1:◆EhtsT9zeko 2013/04/27(土) 23:05:02.61 ID:4bbA3AcR0
もうずいぶん久しいが、なんとなく立ててみることにした。
ガンダムオンラインやってたら思いついた。

完結するか不明。

需要あれば支援よろ。



2: 2013/04/27(土) 23:07:19.42 ID:4bbA3AcR0
喉はカラカラだし、お腹も空いたし、全身はまだひどく痛む。昼はじっとりと張り付くような湿り気を帯びた暑さに襲われ、闇夜には響き渡る得体のしれない獣の声におびえながら、私はもう2日、このどこだかもわからない、熱帯雨林の中をさ迷い歩いている。出征前に気候やなんかについては、もちろん一通り教育は受けてきたけど、聞くのと体験するのとでは、こんなにも違うなんて。
―――それにしても
 私はそう思い直して空を見上げた。これでも、パイロット。幸い、脱出する機体から装備品一式は取り出すことができた。その中のコンパスと航法の学科でならった星の読み方を頼りに、とにかく北へ進んでいく。まぁ、コンパスなんて、コロニーや宇宙では、使ったことないから、初めてだけど。

ギャーッギャーッ!

び、びっくりした…今の、何?鳥かな?すごい近かった…は、離れた方が、良いかな…
急に動物の大きな鳴き声が近くで聞こえたものだから、心臓が止まった。それから、暗闇の森の中から得体のしれない恐怖感が私を襲って背中を伝っていく。
 拳銃を引き抜いて、携帯ライトとコンパスを頼りに、夜営ができそうな場所を探す。
 無謀だったんだ、こんな作戦。第一、空挺降下するのに、対空砲の位置や数をきちんと把握していないなんておかしいにもほどがある。それでは、撃墜してくれと言っているようなものじゃないか。連邦はこのジャングルの中に、どれほどの規模の兵器と兵員を持っているのか、事前に調査したんだろうか。仮に、50機のモビルスーツを投入して勝てる計算だったとしても、降下に使われたガウ攻撃空母はたったの18機。護衛の戦闘機はもっとたくさん張り付いていたけれど、対空砲火を浴びてはひとたまりもない。敵にしてみれば、50機のモビルスーツと戦う以前に、18機のガウを撃墜すればそれだけで勝ててしまうのだ。事実、私の搭乗したザクを搭載していたガウも降下が始まる前に敵の対空砲の直撃弾を受けて炎上。動力をやられてコースを外れ滑空をし始めていた空母から無我夢中で飛び降りたけれど、そんな状態で訓練のように落下速度をバーニアでうまく調整できるはずもなく、挙句には敵戦闘機に撃たれまくり対空砲火を浴びまくり、降下中に撃っていたマシンガンはとんでっちゃうし、半分衝突みたいに地面に降り立った時には、機体はもう使い物にならなくなっていた。訓練では、鹵獲されないようにと自爆させる手順も教わったけど、自爆に必要なモビルスーツの動力部すら機能していなかった。幸い落ちたのが沼地で、機体自体は、沈んでしまったから良かったけど。この作戦を立案したなんとかって将校、兵隊を駒くらいにしか思ってない士官学校出のボンボンなんだろう。
 木々の間を抜けると、開けた場所に出た。川だ。このあたりなら、夜営できそうな場所もあるかもしれない。そう思って、拳銃を仕舞い、あたりをライトで照らそうとしていたら、何かが匂った。なんだろう、これ…煙…何かが燃えているにおい…
 次の瞬間、何か固いものが背中にゴリッと押し付けられた。

3: 2013/04/27(土) 23:13:37.41 ID:4bbA3AcR0
「ひぃっ!」
 思わず声が出てしまう。
「静かにしろ」
 しまった、敵!?そう悟ったときには、背後から相手の腕が伸びてきて、私の口元を覆った。
「騒ぐな、動くな!氏にたいのか!」
 敵は、小さな声で、私の耳元でささやくように言うとその手を離し、私の持っていたライトで5メートルくらい先を照らした。
 そこには、何かがいた。なんだ、これ?ごつごつしてて、黒っぽくて…大きい…息、してる。生き物だ。こんな大きな…そうこれは確か、動物園で見たことがある、ワニだ!
「このままゆっくり下がるぞ…」
 声の主はそう言って私の腕をつかむと、一歩、また一歩とワニから遠ざかる。しばらくそのまま後ろ向きで歩くと今度は
「足元、気をつけろ」
と言い添えて、いつのまにか背後にあった、2メートルもない崖の上へ私を引っ張り上げた。
「ふぅービビったぁ」
 声の主、それは女性だった。彼女は、そう大きな安堵の声を上げてその場に座り込む。
 手には拳銃、タンクトップ姿だが、腰から下の恰好は、汚れているけれど、何度か見た、地球連邦軍の軍服…っ!
 私はとっさに腰に差していた拳銃を引き抜こうとした…が、ない!まさか、落として!?
「あぁ、これは預かってるよ」
すぐに彼女の声がした。見ると彼女の腰のベルトに、私の拳銃が差さっていた。あのとき、奪われてしまったんだ…
 まずい、非常にまずい。どうする、逃げる?戦う?相手は同じ女性。取っ組み合いなら勝てるかもしれない。勝てはしなくても、彼女の拳銃を奪うことができれば…
 決心して、飛びかかろうとした瞬間、彼女はベルトから私の拳銃を引き抜いた。とっさに、足が止まる。彼女は、私の方を見るでもなく、拳銃をしげしげと眺めて
「へぇ、写真でしか見たことないけど、ジオンってこんなん使ってるんだね」
と物珍しそうに言い、それから
「握った感じは、ジオン製の方が好きだなぁ」
と笑いながら弾倉を引き抜いて、そこから一発だけ取り出すと、機関部に装てんして弾を全部抜き取った弾倉を戻して私に投げてよこした。
「この森、あんまり安全じゃなんだ。持っときな。あ、自殺とか、アタシを撃とうとかは、なしにしてくれよ。生身の氏体見るのイヤだし、アタシはまだ氏にたくはないんでね」
 彼女はそう告げるとたき火とそばまで歩いていき、木の枝のようなものを一本手に取って、その場に座り込んだ。
「あー、ちっと焦げちゃった。あんたのせいだぞ?」
 不満なのかどうなのか、そう言った彼女は笑っていた。
 彼女が手にしたのは、魚だった。この川で取ったのだろうか?いや、ダメだ、そんなことを考えている場合じゃない。こいつは敵だ!
 私は、彼女が寄越した拳銃の銃口を、彼女に向けた。
 沈黙が、あたりを包む。
「一発で、頭当たる?」
彼女は、まるでとぼけた様子で私に尋ねる。
「この距離なら、外さない」
ひるんでは、ダメだ。
私が答えると彼女は困ったような表情を見せて
「そっかぁ。んー、こんなナマズが最後の晩餐になっちまうのか…悪くはないけど、もうちょっとうまいのが良かったなぁ」
とつぶやいた。なぜ?銃弾入りの拳銃を渡せば、こうなることくらいわかるでしょ?なんで、そんなに困った顔をするの!?
「まぁ、でも、空からおっこって氏んじまってたかもしれないんだからなぁ、食えるだけ、ありがたいと思っとくか」
 彼女はなおもそう言って、焼けた魚に食らいついた。香ばしいにおいが私の鼻とお腹をくすぐる。
「頼むよ。せめてこれ食い終わって、満腹になってからにしてくんないか?」
 口をもごもごと動かしながら、行儀悪く私に頼んでくる。
 おいしそう…すなおに、そう思ってしまった。だって二日も食べてない。食べれるものなら、なんだっておいしいだろうに、目の前にはあんなにおいしそうに焼けた魚がある…私も、食べたい。いや、そうじゃなくって。こいつも、お腹が空いたまま氏ぬのは、ちょっとかわいそうだ。お腹が減るってのが、こんなにつらいとはおもわなかったから。今すぐこちらをどうしようと思っているわけでもないようだし、食べ終わるまで待ってやっても…
 グゥ~
 そんなことを考えていたら、匂いにほだされた私のお腹が派手に鳴った。また一瞬沈黙が流れて、彼女が笑った。
「半分食べるか?ちょっと泥くさいけど、味はそんなに悪くない」
 彼女はそう言って、魚を指した枝を私に突き出してきた。
 良いの?いや、待って、何かのワナかもしれない…でも、でも、食べたい…
 私は考えて、拳銃を彼女に向けたまま、おずおずとそれを手にとって、半分をむしり取るように手を引っ込めた。すると彼女は満足そうな表情をして、また自分に残された分の魚を食べ始めた。
 彼女の様子を観察しながら、私も魚を口に運ぶ。パサパサとしていて、独特のにおいがする。けど、なんだろう、これ。鶏肉?うん、鶏肉に近いかもしれない…ささみとか、そういう部位だ。薄味だけど、おいしい、おいしいよ、これ。
 私は気が付いたら、無我夢中で魚にかぶりついていた。ぼろぼろと崩れやすくなっているから、両手でちゃんと持たないと…ん、おいしい。
 あれ、両手で?…あ!拳銃を!
 私はあわててあたりを手探った。手の甲に固いものがはじけた感覚があって、かつん、かつん、と音がする。そして最後にトポンと言う音も。
 私は思わず、彼女を見た。すると彼女も私の方を見ていた。
 知られた。拳銃を落としたことを…すると彼女はすぐさま自分の拳銃を引き抜くと、立ち上がった。
 殺される…っ

4: 2013/04/27(土) 23:14:44.52 ID:4bbA3AcR0
魚を取り落として、私は尻もちをついてしまった。に、に、逃げなきゃ…そうは思っても、とっさのことで足が動かない。そんな私に彼女は手を伸ばし、私の口を覆った。そして耳元でまた、囁くように
「静かに」
と言って、あたりを見回した。それから
「立って!」
とまた小声で言うと、私をたき火の方まで引きずっていく。彼女は息を頃して
「あいつら、水音には敏感なんだ。あたり、気を付けて…」
と緊張した様子で言う。
「あ、あいつら?」
私は思わず聞いた。
「クロコダイルだ。さっきみただろ!?」
「あ、ワ、ワニ!?」
「そうだよ!しゃべんな!警戒しろ!」
彼女は私を叱りつけるように言った。
どれくらいの時間がたったかわからない。その間、動物の鳴き声はしても、何かが近づいてくる気配はなかった。
「ふぅ、大丈夫そうだ」
彼女は改めてそう言うと、どっかりその場に腰を下ろした。私も、なんだかよくわからず、ペタンと座り込んでしまった。なんだかまだ、脚に力が入らない。
「あーあ、びっくりして魚ほうりだしちまったじゃんか、もったいない」
彼女はそう言って、自分が取り落とした魚を拾い上げ、まだ汚れていない部分を探して口に運んでいる。
「こ、殺さないの?」
「あ?」
わけがわからず、彼女に尋ねてしまう。
「あークロコダイル?」
「わ、たし、を」
「あぁ、そっちか」
彼女は少し考えるように宙を見つめてから
「あんたを頃して戦争が終わるんなら、喜んで[ピーーー]よ…あ、でもそしたら氏体を引っ張ってかなきゃまずいか?証明できねえもんな。それは嫌だな。氏体運ぶのなんかまっぴらだ。氏体じゃなくたって、こんな森ん中、人ひとり運んで歩くなんて、ごめんだな。うん、じゃぁ、殺さない」
と割と真剣な表情で私に告げた。理解できない。私は敵なのよ?あなたを殺そうとした人間なんだよ?!
「どうして!?私は、敵!殺せばいいでしょ!」
私は、なぜだか、彼女に強い口調で言っていた。
「騒ぐなって、あいつら耳だけは良いんだよ!…、と、で、なんだ、あんた氏にたいの?」
「そ、そうじゃなくて…」
「あー敵兵だから?ジオンが悪で、コロニー落っことしてきて、人がいっぱい氏んだから、とか、そういう話?」
「そ、そうよ」
「別にあたしには関係ないしなぁ。どっちが良くてどっちが悪いかなんて考えて戦争やってないし」
「なによ、それ」
「うん?金がほしくって、さ」
「お金?」
「そう!あたしさ、小さいころに親氏んじゃってね。で、いろんなとこをたらいまわしにされて生きてきて、で、学校卒業してからは行くトコないから、軍に入ったんだ。身元引き受けてくれるし、戦えば金くれるしさ!」
「傭兵、ってこと?」
「そうじゃないよ、ちゃんと正規軍人さ。なんつうか、さ。ほら、あんだろ、わかれよ」
「わかんないよ」
「あーもうっ!あー、あれだ、やりたいことがあるんだ」
彼女は、なんだかじれったそうな、恥ずかしそうな表情で言った。
「なにを?」
「ここより、ずっと北にいったところに、セブ島て島があってさ!海がすげーきれいなんだよ!あたし昔っから海が好きでね、そういうところで暮らしてみたいなーってずっと思ってたんだ!だから、働いて金をためて、家と船でも買ってさ。魚とって売ったり、ダイビングのンストラクターしたりして生活できたら楽しいだろうなって!」
最初はあんなに恥ずかしがっていたくせに、いざ話し始めたら、なんだか子供みたいにはしゃぎ始めた。なんだろう、この子は。これまで、何人もの連邦の軍人にあってきたけど、こんなに無邪気で、とっぽい人は始めてだ。
「あんたは?」
「へ?」
急に質問してくるものだから、私は変な声を上げてしまった。
「だから、あんたの話。スペースノイドなのか?」
私は、ジオン公国軍の地球方面軍のパイロット。サイド3で生まれ育った。軍人の家系で、父も母も兄も軍人だった。そう、「だった」。父はルウム戦役で巡洋艦と一緒に宇宙の塵に。母と兄は、最近、ラサから転戦した先のオデッサで戦氏した。聞いたときはとても悲しかったけれど、軍人だし、覚悟はしていた。だから別に落ち込んでなんかいない。落ち込んで、こんな無茶な任務を受けたわけでもない。単純に、命令が下りてきたから、参加しただけ。
「そっか、あんたも天涯孤独の身か」
私の話を聞くと彼女はそう言ってすこしだけ、さみしそうな顔をした。それから
「家族のことは、残念だったね…あたしが悪いわけじゃないんだけど、一応、頃したのはこっちの身内だ。謝っとく」
と、遠くに視線を投げながら言った。
「うん、仕方ない、戦争だし…」
なんだか、言葉が継げなかった。たぶん、彼女の「残念だった」と言う言葉と、謝罪が、本心からのものだったからだろう。なんだか、気持ちがストンと落ち込んでしまった。

5: 2013/04/27(土) 23:17:40.17 ID:4bbA3AcR0
 そんな私を気遣ってなのか、彼女はいろいろと話しかけてくれた。
 私がモビルスーツのパイロットであることや、少尉であると階級を教えると、彼女もまた、戦闘機のパイロットで階級も同じ。被弾した機体をなんとか不時着させてみたものの、基地までの距離が遠く、簡単に帰れないことなどを教えてくれる。それから、彼女は魚取りが好きで、釣り以外にもいろんな方法を知っているんだと話すので、私が趣味は読書だと話すと、「暗いなぁ」なんて悪びれもせずに言った。年齢は22歳だそうだ。私の方が1歳下だ。なんだか、本当に普通の会話で、今が戦争中で、相手が敵軍の兵士だということすら、信じられないくらいだった。でもなんだかくすぐったいのと、なれ合っちゃいけないという変な意識で、名前は聞けなかった。
 ずいぶんと長い間話をしていた気持ちになっていた。不意に彼女があくびをして同時に大きく伸びをした。
「さて、寝るかなぁ。あんたはまた明日、味方探しに行くんだろ?あたしは、戦闘機に積んであったビーコンが直れば救助をひたすら待ってみるけど」
「うん」
そう言われると、なんだかさみしい気もした。でもまぁ、少なくとも、連邦にはこういう人もいるんだというのを知ることができただけでも良いことだろう。
「だったら、ちゃんと休んだ方がいい」
彼女はそう言って、ポンポンとお尻をはたきながら立ち上がった。
「そこに不時着させた機体があるんだ。コクピットの中なら、ゆっくり休めんだろ」
「いいの?」
だって、敵軍に自軍の兵器を見せるなんてことは、機密が漏れてしまう危険性を十分に孕んでいるじゃないか。そんなことまでしてくれるのか、この子は…。
「何日か歩いたんだろ?だったら、こんなジャングルでも、夜中にはひどく寒くなることは知ってるよな。それに、ワニもいるし、ヘビもサソリも出る。最近じゃ数も少なくなっちまったみたいだけど、ジャガーってでかいネコみたいのもいないこともないしな」
確かにその通り。昼間はあれだけ暑いのに、いざ日が沈むとどんどん寒くなっていく。昨日の晩は、墜落のショックと痛みと恐怖と寒さで、寝るになれなかった。
「じゃぁ、お言葉に甘えようかな」
たぶん、この子には機密とかそういうことも関係ないのだろう。私も、これから彼女が案内してくれる先に何があっても他言しないと、内心固く誓った。
 彼女が案内してくれた先には、木々を何本かなぎ倒して止ったと見える戦闘機らしき残骸が横たわっていた。戦闘でも、軍の資料でも良く見る、汎用的な機体だ。ボロボロになった尾翼に「Ω」のマークが描かれている。
「あれ、あのマークは?」
「あぁ、私の部隊名。オメガ隊っつって。まぁ、あたしは中隊の7番機だから、おまけみたいなもんだけどね」
彼女はそう言いながら、コクピットのキャノピーを外付けのハンドルをグルグルまわして開いた。
「そっちは、あの緑のトゲツキに乗ってたんだろう?あたしも最近モビルスーツの訓練受けてたんだけど、あたしの隊には配備が間に合わなかったんだよ。あ、今のは機密だったかな…ま、いいや、忘れてー」
連邦がモビルスーツの量産をしているという情報は手にしていたが、そうか、連邦軍の本拠地ジャブローへの配備が間に合っていないところを見ると、まだ数が多いというわけではないのだろう。でも…そのことは、聞かなかったことにする。
「うん、忘れとく」
「悪りーな」
「ううん」
「悪いついでに、もう一つ謝っとく。この戦闘機、単座なんだ。複座のタイプもあるんだけどさ。だからちょっと狭い」
「いいよ。ワニが来ないだけ、ゆっくりできそうだし」
彼女は、私がそう言ったのを聞いていたのかどうなのか、コックピットの中をごそごそといじりながら
「あーおっかしいな、このシート外れんだけど…くっそ、工具ないとダメか、やっぱ?イジェクトのこと考えりゃ、もっと簡単に外れてもよさそうなんだけど…いっそイジェクションレバー引いちまうか…いや、そんなことしたらあたし黒焦げだしキャノピーもとんでっちまうしなぁ…」
とぶつぶつ言っている。
私は、コックピットの縁に手をかけて中をのぞかせてもらう。
「そんなに狭いの?」
「あぁ、シート目いっぱい後ろに下げてもこの程度」
彼女が中を見せてくれる。足元は広々してはいるが、確かに二人が収まるにはちょっと狭い気がする。
「お、待ってくれ、このレバーか?うしょっと」
彼女がシートの脇に腕を差し込んで何かを操作すると、シートがゴトっと動いた。
「おー、やった!ちょっと手伝ってくれよ。これ、外に放り出す」
彼女の言葉に従って、コクピットに収まっていたシートを二人掛かりで機体の外へと運び出す。すると機内には、なんとか足を延ばすことくらいは出来そうな空間が現れた。
「それにしたって、まだ狭いけど…ま、さっきよりはマシか」
彼女はそう言って、私を、いや、正確に言うと、私の体を見やって、
「どっちかっていうと、あんたが上だな」
とつぶやいた。
「上?」
私が聞くのも構わず彼女は
「ほら、上がれ」
と手を差し伸べてきた。私はその手をつかんで、コクピットの中に上げてもらう。すると彼女が先に床に座って、ブーツを脱いでキャノピーの支柱に結び付けると外に垂れ下げて、体をコクピットの後ろの壁にもたせ掛ける。それから
「キャノピー、閉めるぞ」
と言ってきた。私は仕方なく、彼女の上に折り重なるようにして寝転ぶ。私はブーツを外には干さずに、足元に置いておくことにした。コクピットの内側にもあった手動のハンドルを回して、キャノピーを閉めた。私は、彼女の体にもたれる様な格好だ。
「あの、重くない?」
私が聞くと彼女は相変わらずなにかをごそごそとやりながら
「ああ。へーきへーき」
となんでもない風に答えて、どこからか大きな厚手の毛布を取り出した。
「寒いからちゃんとかけてくれよ。あたしまでかぜ引いちまう」
彼女は、私の後ろでカラカラと笑いながら言った。
 私は一度体を起こして、軍服の上を脱いで足元に畳んでから、彼女と一緒に毛布をかぶった。
「あーなんか、あれだな」
「ん?」
彼女が何か言いかけるので聞く。
「一人で寝るより、安心する」
そうだね…私もそう思うよ。たとえそれが敵であるあなたでも。
「うん」
そうとだけ返事をして、私は目を閉じる。
「アヤ・ミナト」
「え?」
「私の名前、アヤ・ミナト。あんたは?」
「えと、レナ・リケ・ヘスラー」
「そか、んじゃぁ、おやすみ、ヘスラー少尉」
「うん、おやすみ、ミナト少尉」

11: 2013/04/28(日) 02:47:26.74 ID:mfe01pas0
コツコツ…

コツコツコツ…

何かが当たる音がする。それが何度も鳴るものだから、私は目を覚ました。キャノピーの向こうには青空が見える。朝だ…。

コツコツ。

 ふと音のする方を見ると、そこには人がいた。小銃を抱え、連邦の軍服に身を包んだ男が。

 私はすぐさま事態を理解した。それと同時に

「こりゃぁ、まずいな」

と彼女の声もする。

「すまん、まさかビーコンなしに見つけられるとは思ってなかった」

毛布の中から彼女の顔を見上げると、苦渋にゆがんでいた。

「このままじゃ、捕虜か、もしかしたら、この場で…」

「あぁ、いや、それはアタシが絶対させない…けど、捕まったら、遅かれ早かれ、その可能性は出てくるよなぁ…」

彼女は、毛布の中で私の体を抱きしめた。

「何があっても、私に話を合わせろ、良いな?」

彼女は、力強い口調でそう言い、それから

「足元に、私のパイロットスーツがある。それを着ろ。あんたは私の飛行隊の編隊員。脱出したところを合流して、救助を待っていた。名前はカレン・ハガード」

と言ってくる。

私は彼女の言うとおり、足元にあった飛行服に、毛布をかぶりながら足を通す。

「ちゃんと、裾でブーツ隠せよ。それ、中に置いといて正解だったな、外に干してたんじゃぁ、一発でバレてた」

彼女はかかっていた毛布を抑えながら言う。まったく、彼女の言うとおりだ。私は飛行服を着込んで念のために認識票も外してポケットに入れ、彼女に合図をした。

「よし、キャノピー開けるぞ」

彼女がハンドルを回してキャノピーを開ける。体を起こすと、外には数人の連邦軍兵士がいて、機体を取り囲んでいた。

「うっく、やっぱ体ちょっと痛いわ」

彼女が大きく伸びをして言う。

「ごめん、乗ってたから…」

「あぁ、いや、この床のせいだ」

彼女はホントにそう思っているのか、と言うような、気の使い方をしながら、私にそっと拳銃を渡してきた。

「持ってろ。無茶はすんなよ。でも、やばくなったら、アタシなんかほっといて逃げろ」

そう言って私の体を後ろから押して、立ち上がらせた。

私がジオン兵だということがバレて逃げだしたら、彼女がたちまち疑われてしまう。下手をすれば、スパイ容疑で銃殺なんてことにもなりかねない…そんなのは、ダメだ。

「救助に来てくれたのか?ありがたい、ビーコンが壊れちまって、途方にくれてたんだ!」

彼女が連邦の兵士たちに言う。

「あんた、オメガ隊か?」
「あぁ、オメガ隊のアヤ・ミナト少尉だ。こっちは、カレン・ハガード少尉。あんたたちは?」
「第7歩兵大隊だ。この周辺の戦況調査を任されてる」
「そうか、ご苦労なことだ」
「それにしても、あんたらオメガ隊の生存率は神懸っているな!」
「他の編隊員で、生き残った者は?」
「全機撃墜されたって話だが、パイロットたちは全員脱出して無事だったって話だ。あんたら二人で最後だよ」

兵士はそう言って笑った。

「ね、カレンって人、バレないの?」

私は小声で彼女に聞いた。

「面識があるやつでなければ大丈夫だ。カレン本人は撃墜されて氏んでる…確認したから」

アヤも小声で答える。

12: 2013/04/28(日) 02:50:06.63 ID:mfe01pas0
 私たちは揃ってコクピットから降り立った。兵士は全部で5人。どれも男。近くにはジープも止めてある。揃いも揃って、小銃を携行している。撃ちあったって、特殊部隊員でもないただのパイロットの私に勝算はない。

「まぁ、とにかく乗れよ。本部には連れてってやれねぇが、ちょっと行ったところに、シェルターへの入り口がある。市街地区だが…情報部隊

と輸送隊が出張ってきているはずだ。本部なり基地なり、そこからトラックの荷台にでも積んでってもらうと良い」

「あぁ、助かるよ!恩に着る!」

アヤはそう言うって大仰に礼を言った。

「シェルター?」

「ああ。ジャブローのほとんどの施設は、安全のために地下に造られてるんだ。軍人やその家族なんかが居住してる地区ってのもあって、どうやらここはその近くらしい。好都合だ。軍人も一般人もいる場所なら、まぎれやすい」
私たちは小声で話をしながら車に乗り込んだ。

 荒れ道に揺られて1時間ほど。時折、車を止めて、兵士たちがあたりを見回り、戻ってきては発車するのを繰り返しながら、シェルターの入り口、と言うところにたどり着いた。もっとこじんまりしたものを想像していたのだけれど、山をくりぬいたようなところに大きなコンクリート製の門のようなものがあって、そこから伸びる幹線道路のような坑道が奥へ奥へと続いていた。

 「おお、バーンズじゃないか!どうした、もうパトロールは終わりか?」

コンクリートの門の脇にあった軍の検問兵が車を呼び止めた。

「いやぁ、途中で撃墜されたパイロットさんを見つけてな!オメガ隊の連中だ!」
「あぁ、あの、不氏身の飛行隊か。噂通り、強運の持ち主だったんだな」
「ははは、どいつもこいつも、臆病なだけさ!危なくなったら逃げる!ただそれだけだよ!」

アヤがそう言って笑う。

「だはは!違いない!」
「中まで案内した方がいいと思うんだが、構わないかな?」
「あぁ、ちょうど2時間もすれば、司令部からの補給隊が来るはずだ。それまで、どこかで休んでいると良い」
「ありがたい」

そう話があった、車は坑道の中へと進んでいった。外から入った瞬間は薄暗く感じたが、すぐに、天井の照明が煌々と灯り、あたりを明るく照らし出した。そこから30分も走ると、目の前には大きく開いた空間が現れ、その中には大きなビルがいくつも洞窟の天井に向かって伸びている。

 ビルの間を通る道には人々があふれ、お店やなんかもたくさんあるようだった。

 あまりの光景に私が呆けて見回していると、アヤがぺしっと私の膝をはたいた。

「あんま、きょろきょろすんな。怪しいぞ」

「あ、ご、ごめん」

アヤに言われて一度は視線を足元に戻すも、やはりどうしたって周囲の光景に目が行ってしまう。

13: 2013/04/28(日) 02:52:00.66 ID:mfe01pas0
 やがて車がゆっくりと停車した。そこは、公民館のようなところで、中からは軍人たちがひっきりなしに出たり入ったりしている。

「ここがこの地区の軍の連絡所だ。中に、配給を手配してる担当の士官がいるからよ。そいつに言って、司令部まで連れてってもらってくれ」

「ありがとう、ほんとうに」

アヤはそう返事をして、私に車を降りるよう促した。

「良いってことよ!」
「あんたらはこれからまた巡回なんだろ?気をつけろよ!」
「あぁ、わかってるって!」
「危なくなったら」
「逃げるんだろ?ははは、オメガ隊のパイロットさまの言うことじゃぁ、聞かないわけにはいかねえからな!」
「そうだぞ。命は大事につかえ」
「そうするよ。じゃぁ、またどこかでな!」

彼らは口々にそう言うと、車をUターンさせて元来た道へと帰っていった。
私とアヤは、その姿が見えなくなるまで手を振っていたが、姿が消えたとたんにアヤが私の手を取って歩き出した。

「ここから離れよう。補給部隊は、顔の効く連中が多い。カレンの顔も多分知られてる。言い訳ができない」
「どうするの?」
「幸いここは、軍人の家族や、生活に必要な店や施設の従業員も住んでる都市だ。服屋もある。あんた、そこで服買って、着替えろ。そうすりゃ、今よりずっと怪しまれずに済む」

確かに、顔を知られているかもしれない人に成りすますよりは、市民Aになったほうが、安全なのは確かだろう。

「ほら、あそこなんかどうかな…ってか、アタシがたまに使う店なんだけど…趣味に合わないとか、そういうことは言わないでくれよ」

アヤが指差した先には、こじんまりとした構えの店があった。ジーンズやパーカー、Tシャツといった具合に、ごくごく素朴な品ぞろえだ。確かに、こんな感じの服装はアヤには似合いそうだ。

「私も似たような感じだから、大丈夫」

私はそう言って笑ってあげた。私も、義務教育を卒業してからはすぐにジオンの士官学校に入った。もっとも、エリート養成のための特別なコースじゃなくて、もっと下っ端の、技術職やパイロット、砲兵とか、その道の分野に特化した教育を施してるコースではあったけど。そこでは四六時中、制服で、休日に着る普段着なんて、ほとんど持っていなかった。わずかに自分で買ったのが、ここにあるようなごくごくありふれた感じのラフなものだったから、まぁ、抵抗があるというよりはむしろ、懐かしい感じの方が強い。

「ほら、これ金な」

そう言って彼女が私の手に紙幣を何枚か握らせた。

「持ち合わせこれしかないから悪いけど、とりあえず今着るものだけ買ってきて。あぁ、それと、カバンな。バックパックみたいんがいいだろ。いつまでも、ジオンの軍服を毛布にくるんで小脇に抱えとくのも怖いしな」

 悪いよ…と言おうと思ったが、私は連邦の紙幣なんて持ってないから、ここは甘えるより仕方ない。

「ありがとう」

礼を言うと、彼女はすこし照れたような、恥ずかしそうな顔をして私から目をそむけ、

「あ、アタシはここで見張ってるから、ちゃっちゃと済ませてきて!あぁ、それと、このビルの3階にクアハウスがあっから、買ったらそこで汗流そう」

クアハウス、と言うのは聞いたことがなかったけど、汗を流せるところ、と言うからには、まぁ、公衆浴場みたいなものなんだろう。とにかくここでは、私は彼女の指示に従うほかに、できることはない。まだ、この不思議な敵兵を全面的に信頼しているわけではないけれど…でも、アヤはそんなに、悪い人、と言うか、これが嘘で罠で…と言うような回りくどいことをするような性格ではないだろうということだけは、確信をもてていたから、安心はしていた。

 私はお店に入って、下着とゆったり目のジーンズにダークブルーのパーカーに、白い半そでの無地のTシャツを選んだ。それから、アヤに言われたとおり、少し大きめのバックパックを選んで買い込んだ。お店の人にお願いしてタグを取ってもらい、フィッティングルームで着替えを済ませて店の外に出た。

 アヤは退屈そうに、でもちゃんと店の前で待ってくれていた。

「お待たせ」

私が言うと、彼女は

「はやかったな」

とニコッと笑って言った。

「悪いんだけど、アタシ、今の金が手持ち最後でさ。ちょっと銀行行こう」

アヤは、道の向こう側にあった銀行を指差して言った。道を渡って、銀行に入ろうとして、私は足を止めた。

「どした?」

「いや、私はここで待ってるよ。防犯カメラくらいあるでしょう?さすがに顔が映っちゃうのはマズイと思うし」

さっきの洋服店には、防犯カメラらしきものはなかったが、銀行ともなれば話は変わってくるだろう。私だけが映る分には問題ないのかもしれないが、アヤと一緒にいるところを撮られたら、アヤにまで迷惑をかけてしまう。

「そっか…まぁ、じゃぁ、すぐ終わらせるから、そこで待ってて」

アヤはそう言い残して銀行へと入っていった。

14: 2013/04/28(日) 02:53:28.92 ID:mfe01pas0
 さて、私はこれからどうするか。アヤと汗を流しに行って、今夜はこの街で休めるだろうか。それから、北米に戻るべきだろう。ジオンは、オデッサに続いてジャブローでも相当な兵力を失った。一人でも多くの兵員が必要なはずだ。連邦の反抗に備えるためにも、一刻も早く帰還する必要がある…

 「もし、そこのご婦人?」

そんなことを考えていた私に、誰かがそう声をかけてきた。振り返ると、そこには連邦の軍服を着た兵士たちが数人立っていた。その腕には「MP」と書かれた腕章がついている。

「はい、なんでしょう?」

内心の驚きを何とかかくして、平静に対応する。しかし、MPは穏やかな口調とは裏腹に、確信に満ちた鋭さで私の足元を見た。

「ご婦人がはいている、そのブーツは、市販のものではなさそうですね?」

しまった!服屋には靴が売っていなかったら、ジーンズで隠していた。ほどんど見えない状態だったから、多少ならごまかせると思ったのだが…うかつだ。

「こ、これは、その、譲り受けたものでして。どこから出た物かは…存じません」

「ほう、さようですか。それでは、その譲り手の方について教えていただけませんか?あ、いや、その前に、そのお荷物の検閲をさせていただけると幸いです」

「みせろ!」

私の返事を聞かず、他のMPが私のバックパックを引っ掴む。

「やめてください!」

見られるわけにはいかない!抵抗するが、私も軍人とは言え、同じ軍人の男数人に力でかなうはずがない。私の荷物はたちまち奪い取られ、中を見られてしまった。

「これは…ジオンの軍服!?」

「認識票があります…!」

兵士の一人が、認識票をバックから出して、上官と思しき私に話しかけてきたMPに手渡す。

「さて、レナ・リケ・ヘスラー少尉。何用でジオン兵がこのようなところにいるのか、説明していただこう。ご同行願えるかな?」
上官MPが手をかざすと、部下たちが私に小銃を突きつけた。

――ここまで、か。

私は観念して、両手をかざした。

 その場には、すぐに車がやってきて、私は手錠を掛けられてそれに押し込まれる。私を見つめる民衆の中に、アヤの姿があった。彼女は、もの悲しげな表情で、私を見つめていた。

 少尉とはいえ、士官だ。しかも、戦場で捕虜になったのではなく、連邦の機能中枢に入り込んだいわばスパイ容疑。恐らく、私は拷問されるのだろう。情報を引き出すために。一般兵の私が知る情報なんてたかが知れているが、それでも搾り取れるだけ搾り取ろうとするだろう。そして、情報を引き出すだけ引き出したら…その、あとは…銃殺か、いや、拷問中に氏んでしまうか…。それならば、自ら命を絶つことも考えた方が。でもそれは怖いな…なら、このまま逃亡を図って、射殺された方がいいのかもしれない。
 ふと、亡くなった両親や兄のことが、頭に浮かんできていた。

22: 2013/04/28(日) 12:11:52.17 ID:mfe01pas0
「痛たた…」

数時間後、私は地下にある独房にいた。

幸い、まだ生きていた。

暗くて冷たくて、それにジメジメした空間だったけど、あの取調室に比べたらマシだった。

体中が痛む。

十何発か、男たちに拳や金属棒をたたきつけられたけど、私は自分の所属と、今回の作戦のことしか話さなかった。

と言うより、話せることなんてなかった。

キャリフォルニア基地でモビルスーツを作っていることとか、宇宙への行き来を行っていることなんか、連邦だってすでに知っている事実。

でも、それで納得できないのが彼らだ。

他の諜報員はどこか、とか、名はとか。あと、次回の作戦を吐け、とか。そんなの知るわけない。

でも、きっと彼らにとって、私はなんにもしゃべらないひどく優秀なスパイだと思われているのだろう。

殴られている間は、感情と言う感情を頃して、ただ時間だけが過ぎ去るのを待った。

そうでもしないと、恐怖で壊れてしまいそうだったから。

今だってそうだ。今日は殴られるだけで済んだ。

でも、明日になればきっともっと厳しくなる。

針とか釘とか電気とか、得体のしれない金属器具とか、そんなものが登場してくるだろう。

そうなったら…ダメ、考えちゃいけない。

だけど、考えなくたって明日はやってくる。

そして、私がそれらから解放されるには、彼らの望む「情報」を喋るしかない。

でも、私はそれを知らない。

適当に嘘をついたって、すぐに調べられてバレてしまうだろう。

そしたら、もっと追究は厳しくなる。

もう、どうしようもない。


ぐう、とお腹が鳴った。

そう言えば、ジャブローに降り立ってから満足に食べ物を口にしていない。

携行していたブロックみたいなおいしくない携帯食料を一つと、アヤにもらった魚半分。

あの魚は、本当においしかったな。あれが最後の食事になっちゃうのかな…。

もう少し、食べたかった。

もう少し、アヤともいろんな話をしたかった…。

23: 2013/04/28(日) 12:15:46.57 ID:mfe01pas0
「おい、ここに、レナ・リケ・ヘスラーって捕虜が捕まってるはずだ」

不意に、どこかでそう声がした。

「はっ!確かに、ここですが」

「会わせろ」

「は、いえ、しかし…」

「いいから、会わせろって言ってんだ」

「で、できません」

「あぁ?あんた、私の階級章が見えないわけじゃないよな、伍長?」

「ですが、少尉殿…ここは…」

「上官命令だ。すぐに会わせろ。責任は私がとる」

「う…」

「別に何するわけでもない。ちょっと知り合いかもしれなくてね。

 知り合いだったら、最後の晩餐くらい振る舞ってやったって、バチはあたらないだろう?

 ほら、お前にも、これ、小瓶で悪いが酒だ。

 さすがにあんたの上官に見つかるとやばいから、アタシが出てくるまでに飲んでおけよ。おら、さっさと鍵寄越して」

ガチャリ…ギイッ…カツカツカツカツ

足音が、私の独房の前で止まった。

ベッドに座っていた私が目を向けると、そこには、連邦の制服に身を包んだアヤの姿があった。

「大丈夫か?」

アヤは、心配そうに私を見た。

「うん」

私は返事をする。

「ほら、こっち来いよ。飯にしよう」

そう言ったアヤの手には、ファーストフードの紙袋があった。

「冷めちゃってるけど…ま、あの魚よりは旨い」

彼女はそう言って廊下に腰を下ろす。私も、鉄格子の前に座り込んだ。

廊下にある明かりが私の顔を照らし出したのだろう。私の顔を見るなり、アヤの表情が変わった。

最初は、悲しげに、そしてついで、怒気を秘めた険しいものに。

「ひどくやられたんだな」

「これくらいは、平気」

そうは言ってみるものの、顔も体も痛くって仕方ない。

 あれから自分で鏡は見られていないけど、たぶん、形がゆがむほどに腫れ上がっているのだろう。

アヤが紙袋からハンバーガーとフライドポテト、紙のコップに入ったジュースを取り出して、鉄格子の間から私にくれた。

それから、自分の分を取り出して、何も言わすにかぶりついた。私も、包み紙を開いて口をつける。

…おいしい。

 口の中も血だらけで、そもそも満足に口も開かない始末だから、ちょびちょび食べることしかできないけど、

小さくちぎったハンバーガーを舌の上で転がすだけで、凍りつかせた心が解けていくような感じがする。

なんだか、一気にいろんなものが湧き上がってきて、ぽろぽろと涙がこぼれだした。

 アヤは、そんな私を見て、一瞬動きを止めたが、すぐにまた、一心不乱に自分のハンバーガーに食らいつく。

24: 2013/04/28(日) 12:20:04.21 ID:mfe01pas0
食べ終わってから、彼女がポツリと口を開いた。

「ごめん、アタシのせいだ」

アヤは顔を伏せて言った。

「アタシが、もうちょっと警戒してたら、こんなことには…」

「ううん」

私は首を振った。彼女のせいであるはずがない。

安心して油断していたのは私の方だ。スパイを警戒している者がいることくらい、想像しておくべきだったし、

何より、気を緩めて、いつまでもジオン軍のブーツなんてはいていたから。彼女になんの責任もない。

「だけど、こんなにされて!」

アヤはそうって、鉄格子の隙間から手を入れ、おずおずと私の顔に触れた。

でも、腫れ上がった私の顔の皮膚はその温度を感じることはできなかった。

「私が油断していたのがいけなかった。気にやまないで。あなたは私に、とてもとても良くしてくれた。それだけで十分」

私は、泣きながら彼女の手を握って、そっと鉄格子の向こう側に押し戻した。

これ以上、彼女に迷惑をかけるわけにはいかない。下手をすれば、彼女だって私の二の舞だ。

彼女がいなかったら、私は今ごろワニのお腹の中か、ジャングルの中で行き倒れか、

女性兵士らしく、連邦兵に玩弄されてから殺されていただろう。

なんとか私を助けようと嘘までついてくれた彼女を、これ以上巻き込むわけにはいかなかった。

「だから、もう行って。あなたまで危険になる」

私はそう言った。でも、それを聞いた彼女は、いっそう表情を険しくした。

それから、ふっと顔から力を抜くと、苦笑いを浮かべて

「実は、もう手遅れだったりするんだけど…ね」

とつぶやくように言った。


ドサッ


遠くでかすかに、何か重いものが地面に落ちる音がする。

「さって、行こうか。歩ける?」

彼女はさっと立ち上がると、持っていた鍵で、私の鉄格子を開けた。

まさか…私を脱走させる気!?そ、そんなことしたら…

「そんなことしたら、あなたが…」

「あーだからもう手遅れなんだって。警備兵に記憶飛ぶくらいの量の睡眠薬飲ませちゃったし。

監視カメラも、逃走ルート用のは回線いじって、ダミーの映像流すシステム組んできちゃったし、警報装置も細工済み。

巡回の兵士のルートも抑えてあるし、あとは、監視センサーなんかも、あらかた潰してきちゃったしな」

アヤはそう言うと私の手を取った。

「行くぞ」

私の返事を聞かずに、そう言って走り出した。

地面に崩れ落ちるようにして眠っている警備の兵士の脇を抜け、階段を上がり、狭い廊下を走り抜けて、さらに登りの階段。

そこから、また狭い廊下に出て、端にある小部屋に入り、食糧庫らしいその部屋の、物資搬入のための通用路へ出る。

そこには、一台の車がとまっていた。軍用車ではなく、自家用のSUVだ。

「後ろに乗って」

アヤはそう言うと素早く運転席に乗り込んだ。

私は後部座席に乗り込む。それを確認すると、アヤは車を急発進させた。

25: 2013/04/28(日) 12:24:32.13 ID:mfe01pas0
「そこに青いバッグがあるだろう?着替えが入ってる。とりえず、着替えちゃって。

この先に検問があるんだ。そこばっかりは騒ぎを起こさずに通過するっきゃない」

「大丈夫なの?」

「あんたの顔はまだ割れてない。脱走がバレれば話は別だが、しばらくは大丈夫だろう」

私は言われたとおりにバッグの中に入っていたラフな服装に着替え、

それから彼女の指示で助手席に移動して、「ぐったりした様子」で座り込んだ。


目の前に検問が見えてくる。兵士が私たちの車を止める。

「こんばんは、少尉殿。こんな時間に、どちらへ?」

「すまない、連れが階段から落ちてけがをしたんだ。軍医殿が、今は負傷兵の手当てに回ってて戻らないそうなんで、街の総合病院へ行きたいんだ」

「なんですって?」

兵士が私の顔を懐中電灯で照らした。そして息をのみ

「こ、これは…す、すぐに通します。あ、いや、軍用車で先導しましょうか?」

とあわてた様子でアヤに言う。

「いや、それには及ばない。連なって走るより、一台の方がずっと早い」

「そうですか…おい!すぐに開けろ!」

兵士がそう言うと、道路をふさいでいた金網が開いた。アヤは敬礼をしながら車を走らせその門を通過する。

サイドミラーで検問が見えなくなると、アヤがふぅーと、大きなため息をついた。それから途端に

「あー緊張したぁ!」

とはしゃいだ子どものように体をムズムズと動かす。


「どうして、どうしてこんなことを?」

私は聞かずにはいられなかった。こんなことをすれば、軍規違反だ。

捕まれば裁判にかけられ禁固刑か、悪くすれば銃殺ものだ。

アヤは、どうしてここまで、私を助けてくれようとするのだろう…。

「あんたは、悪い奴じゃない」

アヤはまるで決まったことのように言った。

「なんで、そんなことがわかるの?」

「最初にあったとき、あんたは、飯を食わせてほしいって言った私を撃たなかった。

 あの魚を食べ終わるまでは、待つつもりだった。だから、だ」

「そ、そんなのって…」

「だってアタシもあの時、銃を持ってたんだよ?普通なら、あんたは撃ってる。

 間違いなく。だって、そうでもしなきゃ、自分が撃たれるって思う」

確かに、あのとき私は、アヤから拳銃を奪わなかった。

いや、あの状況で、下手に奪おうとすれば抵抗される可能性があったから、と言うのもあったのだけれど、

彼女に私へ危害を加えようという意思がなかったのは感じられていた。

「それは、あなたが、なにもしなさそうだったから」

「じゃぁ、それはさ、アタシのことを信用してくれたってことだろう?」

アヤはこちらをチラっと見やっていった。

確かに…アヤが、隙を見て私を撃つ、なんてことをしないというのは、私がただ感じただけで、何の根拠も理論的な裏付けもない。

信用、と言う言葉が当てはまるのかわからないけど、確かに、私は、彼女の言葉を信じたのだ。

26: 2013/04/28(日) 12:26:25.32 ID:mfe01pas0
「…うん」

「戦場でさ、味方すら、自分を置いて逃げ出すかもわからないあの場所で、アタシの言葉を信じてくれた。

 それはすごく大切なものだと思うんだ。

 敵と味方に別れちゃってるけど、あんたが味方なら、きっとこんなに信頼で来て頼りになる人はいないだろうって思った。

 あのときは敵と味方だから、それは出来ないって思ってたけど、あんたがMPの連中に連れてかれるのを見てて、気が付いた。

 敵と味方に分かれてるんなら、まずはあんたの味方になればいいって」

「でも、それじゃぁ、あなたが連邦の敵になっちゃう」

「あー、だから、そこのところで相談なんだ。アタシは、別に連邦が好きで軍にいたわけじゃないし、

 いくらでも逃げ切る自信はあるから、構わないんだけど、問題は、あんたの方だ」

「私?」

「うん。アタシと一緒にいるってことは、アタシが連邦の敵になるのと同じで、

 あんたもジオンの敵になるかもしれないってことだと思うんだ。あんたは、それでも良いか?」

「…」

私は返事ができなかった。

ジオンを裏切るなんてことは、考えもしなかった。

家族はみんな、ジオンのために尽くして、命を落としていった。

それが、誇らしいことだと思えていたから。

だから、ジオンを捨てることは、私の家族や私自身の信念を捨てる様な気がした。

「ごめん、それは、すぐには答えられない」

「あーまぁ、そうだろうな。軍人の家系って言ってたし」

私の答えに、アヤはすこし残念そうな顔をして返事をした。でも、すぐに笑顔で

「でも、とりあえず、アタシは、あんたのためにアタシのできることをするよ。
 
 その途中か、それが終わってからか、アタシといることで、ジオンを裏切るような事態になりそうだったら言ってくれ」

なんてことを、こうも簡単に言うんだろう、彼女は。

27: 2013/04/28(日) 12:27:20.11 ID:mfe01pas0
私は、最初の疑問に立ち戻ってしまった。彼女の胸の内に頭を走らせる。

彼女は、ずっと一人だったのだろうか?友達に恵まれなかった?だから、あんな場面の私の気まぐれを気に入ってくれたの?

それとももっと違うこと?違うこと…たとえば、ス、ストレートじゃない、とか?

「ね、ねぇ、聞いていい?」

「あん?」

私は彼女の言葉よりも、まず、自分の質問をぶつけてみたかった。

何しろ、彼女の行動に、いまだに納得がいっていない。

「あの、その、あなたって、同性愛者?」

それを聞くなり、彼女は吹き出して大声で笑いだした。

「ぶっあははははは!あー、ごめん、違うよ、違う、そういう意味で言ってるんじゃないんだ。

 まぁ、その点は、男とか女とか、割とどっちでも良いタイプではあるけどね。そうじゃなくてさ」

彼女は、何とか笑いを収めて、語りだした。

28: 2013/04/28(日) 12:30:27.56 ID:mfe01pas0
「あの日の、戦闘でさ。アタシは、僚機の、あぁ、例の、カレンてやつなんだけど、こいつがまた性格悪くてさぁ…

 あ、まぁ、その話は別にして…うん、あの日、隊長たちはあの太っちょの空母を狙って上昇していった。

 アタシとカレンとそれから他の何機かは、そのちょっと下の空域で降下してきたモビルスーツを狙えって言われてた。

  でもね、その指示は、隊長にしちゃぁ珍しく、間違ってたんだ。

 や、悪かったのは、隊長よりもむしろ地上の対空砲部隊のやつらなんだけど。

 あいつら、味方機がいるっつうのに、むちゃくちゃに撃ちやがって。

  結局、アタシ達は、モビルスーツが降りてくるのと同時に穴だらけ。

 『ヤバくなったら逃げろ』が合言葉のオメガ隊だけど、逃げる暇もスペースもなかった。

  ガンガンガンってさ、弾が機体に穴を開けてく音が聞こえるんだ。

 アタシの機体は、最初の掃射くらって、左右のラダーがやられた。

 もう、戦闘機としては致命的で、機体の左右のコントロールがほとんどできなくなった。

 あげくにゃ、降りてきたトゲツキとニアミスして、なんとかかわそうと思ってロールしたら、

 今度は垂直尾翼を半分持ってかれた。

  エンジンが火を噴いたからエンジン止めて、燃料を投棄しながら、消火装置を動かして火を消して、

 エンジン再起動しようと思ったけど、言うこと聞かなくて、それからはもうほとんどコントロール不能。

  ぐんぐん地面が迫ってきて、怖かった。

 すごく、怖かった。あぁ、もうこれで氏ぬのかな、って、何度も思った。

  氏にたくないって、その一心で、操縦桿を引っ張って、動くかわからないフラップのレバーをガンガン動かして、

 機体を立て直そうとして、滑空させて、ドーンて、あそこに落ちたんだ。

  落ちてからは、動けなかった。

 放心状態っていうんだろうね、ああいうの。

 気が付いたら、夜になってて、星がきれいに出てた。

 コックピットの中から、星を眺めてたんだ、ずっと。

  で、思った。あーアタシ、生きてるんだな、って。

 氏んだら、なんにも楽しいことなんかできなくなっちゃってたんだなって。

  そしたら、はは、笑ってくれていいよ?怖くなったんだ。戦争で氏ぬのも、誰かを[ピーーー]のも。

 今まで、良く自分が、コクピットの中で、敵機に照準合わせてトリガーなんか引けてたなって。

 なんにも考えないで、誰かの人生を奪ってたんだ、って思ったら、すげーことしちゃったんだなって思った」

「それで、罪滅ぼしのために?」

「いや、そんなんじゃないけどさ。戦争だったんだ、仕方ない。でも、もう戦争はしたくないって思った。

 頃したり、殺されたり、そんなことしかできないわけじゃないだろう、人間って、きっと。

 もし、同じ命を懸けるんでも、誰かの人生を奪うより、誰かの人生を助けるために命を懸ける方がよっぽどいい。

 そんなことを、ビーコンをいじりながら考えてたんだ。その夜に、あんたのライトの明かりが見えた。

 昼間のうちに、一通り見て回ってて、あのあたりにワニが多いことはわかってたから行ってみたら、案の定、気づかないで近づいていったからさ、焦ったよ」

彼女はそう話してクスクスと笑った。

29: 2013/04/28(日) 12:31:46.91 ID:mfe01pas0
 そうか。

なんとなく、合点がいった。彼女は、敵と味方、と言う関係に嫌気がさしたんだ。

[ピーーー]か殺されるか、と言う関係を憎んだ。そしてそこへ現れたのが私で、その私は彼女のことをちょっとだけ信じた。

きっと、そんな私に、敵でも味方でも、[ピーーー]でも殺されるでもない関係を見つけた。

もっと言えば、敵と味方がそうでない関係に変わるための「何か」をみつけたんだ。

普通に困っている人を助ける、と言うのとは違う、もっと大事ななにかを、「敵であった」私との関係の中でやり遂げようとしているんだ。

「あなたの考えてることは、わかった」

「そっか」

「でも、ごめん。今すぐジオンを捨てるって決断をすることはできない。

 だけど、勝手かもしれないけど、私は、あなたの助けなしでは、どこへも行けない。

 だから、お願い。私をキャリフォルニアの基地まで連れて行って。

 そこで、ジオンがあなたにひどい扱いをしそうになったら、今度は私が必ずあなたを助ける。

 もし連邦が追ってくるなら、ジオンに迎え入れてもらえるようにお願いもでもなんでもする」

「あはは、もう軍に入る気はないよ。

 でも、ま、もしものとき、あんたが助けてくれるっていうんなら、アタシも安心だ。

 旅には目的地があったほうが頑張れるもんだしな。良いよ、行こう、キャリフォルニア!」

彼女は、そう言ってくれた。

車はいつの間にか、地下から外に出ていて、空には満点の星空が輝いていた。

34: 2013/04/28(日) 21:05:57.13 ID:mfe01pas0
ジャブローから、夜通し車で走って到着したのは、寂れた港町だった。

夜通し、と言っても、運転していたのはアヤで、私はもう何日もまともに眠れていなかったからか、

車のシートはとても居心地が良いように感じられて、いつの間にか眠ってしまっていた。

だから、私が港町だと知ったのは、今朝、目が覚めてからのことだった。


 アヤは私が目覚めると、苦笑いをして

「腫れ、あんま引かないな」

と私の顔を見て言った。

「早いとこ病院に連れてってやりたいんだけど…物事には順番があってややこしいな」

「順番?」

私が聞くとアヤは眠そうにあくびをしてから

「ああ。病院にかかるって言ったって、身分証と保険証がないとダメなんだよ。

 要するに、連邦の人間だってのを証明できないことには、病院はおろか航空機に乗るのもちょっと厄介なんだ」

と眠たそうに言う。

 それは、困る。特に、キャリフォルニアへは、なるべく急ぎたい。飛行機に乗るのが一番手っ取り早いけど…。

「じゃぁ、どうするの?」

「ん?ああ、今、身分証とドライブライセンスを作ってもらってる」

「?」

「古い知り合いがいるんだ。何年か前まではここらで知らない人がいないくらいの不良だったんだけど、

 今は連邦の移民局の小役人やってるやつでね。まぁ、アタシが世話してやった仕事なんだけどさ。

 そいつに頼んで、アタシらは、サイド7からの移民っつうことで新しく戸籍を作ってもらうよう頼んだんだ」

ハンドルに体をもたせ掛けていたアヤは遠くの方に何かを見つけたのか体を起こして

「ほら、噂をすれば、だ」

私がアヤの視線を追うと、そこには一人の浅黒い日に焼けた肌をした恰幅の良い青年が手を振っていた。

35: 2013/04/28(日) 21:08:09.40 ID:mfe01pas0
彼は、車のすぐ脇まで来ると

「はい、姐さん、頼まれてたもん」

と小さな箱をアヤに手渡した。

「悪いな、迷惑かけて」

「なに、姐さんの頼みとあっちゃ、断るわけにもいきませんし」

青年は、そう人懐っこい笑顔で笑った。

「そっちが、お連れさんで?」

彼は、私の方を見て聞く。

「あぁ、そうなんだ」

「まぁ、訳は聞きませんけどね。無茶はほどほどにしといてくださいよ」

「わかってるよ。これでも昔に比べたらおとなしくなってんだ」

「どうだか」

アヤと青年は、親しげに言葉を交わしている。しかし、私のことや、アヤ自身が逃げてきた話をするそぶりはない。

アヤの方も黙っているし、たぶん、青年もうすうす感づいてはいるのだろうけれど、あえて触れないようにしている感じだ。

「お連れさん、俺は、アントニオ・カルロス・アルベルト。昔っから姐さんにあれこれと世話になってるモンです。

 お連れさんは、アンナ・フェルザーさんですよ」

「?」

「ああ、これだ」

私が意味が分からず首をかしげていると、アヤが小さなカードのようなものを手渡してくれた。

そこには、私の顔写真とともに、アンナ・フェルザーと言う聞きなれない名前が書かれている。

「そっちが、居住IDで、写真のない方が、医療証です。もう一枚、写真の入ってるのが、ドライブライセンスですよ」

青年が言うのに合わせて、アヤがそれぞれのカードを私に渡してくる。

「どうしても、写真を入れなきゃいけなくてね。

 申し訳なかったんだけど、あんたの軍のIDカードの写真、勝手に使わせてもらったよ」

そう言えば、車に乗ってから聞かされたのだけど、

私の身に着けていた軍服やIDなどは脱走に先だってアヤが軍の保管庫から回収してきてくれていたらしい。

確かに、顔写真には見覚えがあるが…あれは確か、軍服で撮った写真だったはず。

「体はアタシなんだ、それ」

アヤがそう言って笑う。見ると確かに。私の顔だが、首から下は、今、アヤが着ているのと同じ服装だ。

写真の偽造までしてしまったのだ。

「これ、大丈夫なの?セニョール・アルベルト、あなた、捕まったりしない?」

私はまた、少し心配になって尋ねると、彼は笑って

「セニョールだなんてよしてください。大丈夫ですよ、この程度。別に汚職やって大金巻き上げてるわけでもないんでね」

「連邦の役人は多いからなぁ」

アルベルトとアヤはわざとらしく困った風な表情をして私を見つめた。なんだかそれがおかしくて笑ってしまった。

36: 2013/04/28(日) 21:09:11.06 ID:mfe01pas0
「あ、いけね、金で思い出した」

アヤはそう言ってダッシュボードからきれいな封筒を取り出してアルベルトに渡した。

「これ、手間賃な」

「え、いいすよ、必要ないっす」

アルベルトは、あからさまに恐縮してそれを突き返そうとする。

「もらっとけって。ID関係はまぁ、良いんだろうけど、こいつには多少足が出てんだろ?」

見ると、箱の中には小型の拳銃が二挺収まっていた。

「…すんません、気ぃ遣わせて」

彼は、そんなことでもないだろうに、ひどく申し訳なさそうにその封筒を受け取った。

「そうだ、北米へ行きたいって言ってましたよね?」

アルベルトも、思い出したようにアヤに聞き返す。

「ああ、なにか情報が?」

「ええ、北米は、ジオン勢力の統治下になってるとこが広い関係で、ここいらから行こうとすると軍のセキュリティが厳しいんですよ。

 もし、どうしても北米へ行かなきゃいけないってんなら、西回りにオセアニア、アジアへ出て、

 シベリアからアラスカにわたるルートの方が、安全だと思います。

 オーストラリアもこの間っからなんだかきな臭くなってきてますが…だからこそ、突ける隙もあると思います。

 戦闘の危機がせまってりゃ、少なくとも、ジャブローからの移動に目を光らせてる場合じゃないでしょうし。

 時間は、多少かかっちゃいますけど」

「アジア回りか…」

それを聞いたアヤは、腕を組んでぐっと考え込んだ。

 このあたりから北米へ行くとなれば、単純に飛行機で北上するだけだからいいけれど、

アジアを回っていくとなると、相当な遠回りになるだろうことは、地球に住んでいない私でもわかる。

でも、危険を冒してまで急いだところで、捕まってしまっては意味がない。

ここは安全なルートを行くべきだろう。

私が考えていると、アヤはふっと息を吐いて。

「貴重な情報だ。感謝する。うし、それじゃぁ、そろそろ行くよ。しばらくこの街には姿見せられないと思うけど。

 落ち着いたら、手紙でも書くよ」

「あはは、手紙ですか。柄でもない。また会いに来てください。待ってますから」

アヤは車のエンジンをかける。

「ああ、わかったよ。気を付けてな」

「ええ、姐さんも!」

手を振るアルベルトに、私も手を振って返して、アヤは車を走らせた。

37: 2013/04/28(日) 21:10:05.55 ID:mfe01pas0
 アルベルトの姿見えなくなってすぐに、アヤは

「なぁ、さっきの、アジアまわりって話だけど…」

と聞いて来た。

アヤのことだ。私のために、何とか急ごうと思うのと、リスクとを測りにかけていたに違いない。

そんな彼女を安心させてあげたくて

「うん、安全な道を行こう!急いで行って、たどり着けなかったら、それじゃ、意味ないし」

と言ってあげた。アヤはニッコリと笑って

「そっか。うん、そうだな」

と返事をしてくれた。

 それから私は、アヤに連れられて病院へ行った。

幸い、骨に異常はないとのことだったが、腫れやアザは二週間は消えないかもしれないと医者の仰せだった。

その時になって、私はようやく自分の顔を鏡で見たが、思ったほどでもなくてほっとした。

いや、痛々しいことには違いはないが、それでもまぁ、お化けみたいな顔になっていたらどうしようと思っていたくらいだったから、

まだ人間の顔をしていたし、大丈夫そうだ。

 病院を出てから、旅行代理店に赴いて、飛行機のチケットを取ろうと思ったが、ここで誤算が生じた。

先のジャブローでの戦闘の影響で、連邦軍は付近の地域の飛行禁止令を発していて、航空機が発着できない状況だというのだ。

アジア方面に行くには、オーストラリアを経由して行く船のルートが一番早いという。

 客室付きの大型の高速フェリーで、一週間。アジアから先で飛行機に乗れる保証はないけれど、

まぁ、キャリフォルニアに着くこと自体は、そんなに急ぐ必要もないのではないかと思うようになっていた。

と言うのも、私が焦っていたのは、やはりこの南米大陸だから、と言うのが大いにあったようだった。

 明日、なにかしらの方法でこの地を離れることができる、そう考えただけで、なんだか気持ちがすっと楽になった気がした。

私たちはそこで、翌朝一番早くに出るというフェリーのチケットを買って、港近くのホテルへと向かった。

空いてる部屋がそこしかない、と言う理由で、私たちはダブルルームへ通された。

食事をして、シャワーを浴びて、私は何日かぶりにちゃんとしたベッドに体を横たえる。

同じダブルベッドにもぐりこんでいるアヤの気配に、そこはかとない安心感を覚えながら、

私は、泥のような睡魔に身を任せて、本当に久しぶりの、深い眠りに落ちることができた。

39: 2013/04/29(月) 19:52:28.79 ID:IQ+37yxC0

「大丈夫?」

アヤが傍らで、そう言いながら私の背をさすってくれている。

「うん、平気」

そうは言いつつも、まだ、胃のあたりが酸っぱい。
南米を出てから一週間。船は予定通りに、オーストラリア大陸へ到着した。

私は、いい加減船酔いに負けて甲板で新鮮な空気を吸おうと思っていたのだけど…。

甲板から見えた景色に気付いて、アヤに話を聞いた途端、いっそう気分が悪くなってしまった。

このシドニー湾は、あのコロニーの破片の落下でできたとアヤが話してくれた。

コロニーが落ちる前、ここは何千万人もの人が住む大都市だったという。

ジャブローに落下させるはずだったコロニーは、連邦軍の抵抗に合い、コースを逸れて大気圏内で3つの大きな破片に分解した。

その一つが、ここに落下したというのだ。

大気圏を抜けてから地上に到達するまでには、ものの数分もかからないだろう。

そんなわずかな時間で、大都市の全民間人が避難できるはずなどない。

ここでは、それだけの数の人間が、一瞬で氏んだんだ。

これまで、ジオンの戦果報告で、コロニーをはじめとするさまざまな場所で多くの民間人の犠牲者がでたことは知っている。

でも、ジオンはそのたびに追悼式を開いていたし、なにより、私にとってはどこか遠くのことのように感じられていたから、

ほとんど感慨を覚えなかったのだけど…この場所に来て、それが唐突にリアルに感じられてしまった。

まるで、ここで亡くなった人たちの怨嗟が、聞こえてくるように…。

「スペースノイドは感受性が強いって話は聞いたことあるけど、こいつはちょっとひどいなぁ」

アヤは心配そうに私の顔を覗き込む。

ごめんね、と言おうとしてアヤの方を見ようと首を傾けた途端ぐらりと脳の中が揺れて、また強烈な吐き気が胸を突いた。

胃が収縮して、酸味が一気にこみあがってくる。私は、何度目かわからない胃液を、海へ吐き戻した。

 「大丈夫ですか、お客様?」

乗ってきた船の船員が話しかけてくる。

「あぁ、うん。悪いんだけど、どこかに水売ってないかな?このままだと脱水になっちゃいそうなんだ」

「あぁ、お待ちください。すぐにお持ちしますよ」

アヤの言葉を聞いて、船員が駆け出す。

 情けない。また、アヤの世話になってしまっている…。

私は、どれだけ彼女に迷惑をかけてしまうのだろう。

「酔い止めも効かないしなぁ…吐き気止めかなにかの方がいいんだけど…」

アヤはあたりを見渡す。

「つったって、薬局なんてあるわけないしなぁ…病院ないかなぁ。港だし、診療所程度ならあってもよさそうなんだけど…」

ここは、コロニー落下のあと、連邦軍が作った仮設の港。船舶の往来のための施設以外は、まだ何もないらしい。

40: 2013/04/29(月) 19:53:10.93 ID:IQ+37yxC0
 とにかく、なんとかしないと…体の調子も悪いけど、それ以上に頭の中に得体の知れない混乱が起こっていて、

それが体調を一層悪くさせている。頭を、カラッポにしないと…

「ふぅ…」

と深く深呼吸をして、揺れる水面を見つめる。太陽が反射して、キラキラと輝いている。

私は頭の中身を吐き出すように、それを無心で見つめ続けた。

 「お待たせしました!」

船員が戻ってきた。手にはミネラルウォーターのボトルを持っている。

「あぁ、悪い、助かるよ」

アヤがそう言いながら、彼に紙幣を一枚握らせてボトルを受け取った。

「港湾事務所に伺ったら、診療所があるそうです。地図を描いてもらいました。

 こちらの方が、すこしゆっくり休めるかと思います」

「あーあるんだ、診療所!良かった」

「ご一緒しましょうか?」

船員の言葉に、アヤが私の顔を見る。

「大丈夫、一人で歩けるよ」

私は、何とか笑顔でアヤにそう告げた。

「親切に、ありがとう。そんなに遠くもなさそだし、二人で行くよ。そっちも仕事があるだろう」

「そうですか…では、お大事に」

船員は返事をして一礼すると、乗ってきた船の方へ、小走りで駆けて行った。

「行ける?」

「うん」

アヤに促されて私は立ち上がった。グラッと、頭の中と視界が揺れる。

思わずバランスを崩して、アヤにしがみついた。

「重症だな…ゆっくりでいいよ。支えるから、ちょっとだけがんばれ」

アヤは私の体を力強く支えてくれた。

不意に、最初に会った日の夜のコックピットの中で過ごしたことが脳裏によみがえってきた。

この不思議な安心感…こんな状態だからだろうか、一週間、同じ部屋で過ごしたからだろうか、

身も心も、彼女にゆだねてしまいたい気持ちだった。

41: 2013/04/29(月) 19:54:18.42 ID:IQ+37yxC0
 診療所は、私がうずくまっていた桟橋のすぐそばにあった。

見るからに仮設である、と言わんばかりの、薄い樹脂ボードで作られた他の建物に比べると、

きちんとしたコンクリートか何かで整えられた建物だった。

 「お邪魔しまーす、すみません、ちょっと連れが具合悪くなっちゃって…」

アヤそう言いながら、ドアを開けて中に入る。

そこは待合室のようになっていて、日に焼けた船乗りらしい人たちが数人、長椅子に腰かけてぐったりとしていた。

 「はいはい、ただいまー」

パタパタと足音をさせて、奥からTシャツにハーフパンツ、その上にだらしなく白衣を羽織った女性が姿を現した。

「あの、すいません。嘔吐がとまらなくって…船酔いみたいなんですけど…」

アヤが説明すると、女性は私の顔を見て、目にライトを当てて見せてから

「下痢なんかはされてませんか?あるいはひどい頭痛はありませんか?」

と聞いて来た。そんな症状はないので、わたしは力なく首を横に振る。

「そうですか…とりあえず、奥の処置室へ。輸液しましょう」

女性の案内で、アヤに支えられたまま待合室の奥の部屋へと通された。

消毒用のアルコールのにおいがする部屋だった。

そこには狭い簡易のベッドがあって、そこに横になるように促される。

倒れこむようにして、私はそこに体を横たえた。見上げる天井が、ゆらゆらと動いている感じがする。

気持ちが悪い。

「それじゃぁ、準備してきますんで、お待ちくださいね」

医師らしい女性は、そう言ってまたパタパタと足音をさせながら部屋から出て行った。

「アタシもちょっとトイレ行ってくるよ。一人で大丈夫?」

アヤが心配そうに私に行ってくる。

「うん、大丈夫。ありがとう」

私はそうとだけ答えて、ふぅ、と息を吐く。

外でうずくまっているより、多少は気分が楽だ。

「じゃぁ、すぐ戻ってくるから」

アヤは再度、私に断って部屋から出て行った。

 アヤは船の中でもあんな感じだった。私を気遣ってくれる、優しい人。

でも、いつもそうなわけではなくて、そのタイミングを心得ている、と言うか。

無駄にこちらを心配しているわけじゃない。私の状態や、周りの状況、いろんな情報を収集して、

助けが必要なときに一番欲しい形の助け舟をくれる。

彼女は優しいだけじゃなくて、状況判断にも情報分析にも長けている。

そしてあのフランクな性格…

 たった一週間かもしれない。

一週間あれば十分だったのかもしれない。

とにかく私は、いつの間にか、そんなアヤにすっかり安心してしまっていた。

いや、そればかりか、信頼と言うか、彼女がかけがえのない友達であるかのように感じていた。

 それほどまでに、彼女は魅力的で、フレンドリーで、何より、優しかった。

42: 2013/04/29(月) 19:55:07.85 ID:IQ+37yxC0

パタンとドアの閉まる音がした。見るとアヤが戻ってきていた。

「ふぅ、すっきりした」

彼女はそんなことを言いながら、にっこりと笑っている。

それに続くようにして、今度はさっきの女医が部屋に入ってきた。

手には点滴のパックが握られている。

「それじゃぁ、点滴しますねー」

女医はそう言って、無造作に私の腕を消毒用のアルコールでふき取ってから、

まるで正反対と思えるほどの丁寧さで私の腕に針を刺し、手早く点滴のパックと管でつないでテープで固定し、

パックを傍らにあったポールにひっかけた。

「じゃ、二時間くらいしたら終わると思うので、終わったら呼んでくださいねー」

そして、そうとだけ告げるとまた、忙しそうにパタパタと足音をさせて部屋から出て行った。

 トクトクと、点滴の針から体に、少し冷たいものが流れてきているのが感じられる。

途端に、体がだるくなってくる。気分も徐々に落ち着いてくる。いや、なんだろう、これ、頭が、ぼんやり…

「落ち着いた?」

アヤがベッドに腰掛けて、私の頭を撫でた。

「なに、これ」

自分の体に、これまでとは違う何かが起こっていることに気づいて、私はアヤに聞いた。

「生理食塩水に、すこし精神安定剤を混ぜてもらった。普通の自家中毒なら、輸液だけで収まるけど…

 たぶん、レナのはちょっと違うだろ?」

そうだ。私は口にしなかったけど、アヤにはきっとわかっていたんだろう。

何しろ、私がこんなになったのは、アヤからここにあった都市の話を聞いた直後だ。

私が何を思ってしまったか、なんて、きっとアヤにとっては手に取るように感じられているはずだった。

「気にすんなよ、あんたなんかがさ。

 もし、作戦が決まる前にレナが止めようとしてたって止められるもんなんかじゃないだろうし。

 なんにも気にすることなんてないんだ…レナや、アタシみたいな下っ端はさ、そんなでかいこと、気にしなくていいんだよ…」

アヤはそう言って私の頭を撫でてくれる。私はコクッとうなずいた。

幸い、薬のおかげで頭がぼんやりしてきて、難しいことは考えられなくなっていた。

ただ、全身を襲う脱力感に身を預けて、私は目を閉じた。

 一週間前の私なら、目を覚ました時には、手錠を掛けられて、連邦の施設に監禁されるかもしれない、

なんてことが頭をよぎっていただろう。

でも今は、目が覚めたときにも、アヤがこうして私が横になっているベッドに腰掛けて見守ってくれているか、

うたた寝しているかのどちらかだろうと素直に思える。

 私は、体のだるさとアヤの体温に身も心も任せて微睡に落ちて行った。

43: 2013/04/29(月) 19:57:54.71 ID:IQ+37yxC0

 目が覚めた。

 消毒液のにおいが鼻をつく。目を開けると、そこにはアヤの姿があった。

彼女は、私が眠りに落ち始める前のまま、ベッドに腰掛けていて、壁に体をもたせ掛けて寝息を立てていた。

処置室の窓からは、オレンジ色の光が差し込んでいる。もう夕方の様だった。

 腕についていた点滴はすでに外されていて、小さな絆創膏が貼ってある。

私は、慎重に体を起こしてみた。

まだ少し、全身に力が入らないが、気分の方はすっかり軽快している。頭の中を渦巻く、妙な気持ち悪さもない。

 私が起き上がった気配に気づいたのか、アヤが目を覚ました。

「あぁ、起きた?おはよ」

彼女はまるでとぼけた様子で、あくび交じりに私に言った。

「もう夕方…どれくらい寝てた?」

「んー、3,4時間、ってとこかな」

アヤは腕時計に目をやって答える。ずいぶん経ってしまったようだ。

「ちょうどよかったよ。もうすぐ診療所もしまっちまうし、東南アジア行きの船が出る時間ももう直なんだ」

「船?」

私が尋ねると、アヤはチケットを二枚取り出して見せて

「寝てる間に買ってきた」

と言って笑った。それから少し、その笑みを苦笑いに変えつつ

「あんまり、長居しないほうがよさそうだし、な」

とも付け加える。

「うん…」

アヤの言葉にはなんだか心当たりがあった。

ここに長く居ては、またあの止めどない思考の渦にのまれて気分を崩してしまうような気がする。

「どこまでいけるの?」

「あぁ、ニホンってとこだ。まぁー元を辿れば、アタシの故郷だったはず、の場所だな。アタシの名前は、その地方のものなんだ」

「ふぅん、地球は場所によって名前が変わるの?」

「まぁ、そうだな。宇宙では違うのか?」

「うーん、そうだな…コロニーによって違うかも。

 ほら、移住の選定のときに、民族とか文化圏でくくる、なんてことをしてたこともあったっていうじゃない?

 そう言う物の名残はまだあるかも」

サイド3は特にその傾向が強い。

私の名もそうだし、現公王もその前のジオン・ズム・ダイクンって名前も、他のコロニーにはない音感がある。

「どれくらいかかるんだろう、そのニホンまで?」

それよりも、今後のことが知りたい。

44: 2013/04/29(月) 19:59:06.26 ID:IQ+37yxC0
「予定では、6日だって話だ。ニホンからはキャリフォルニアまでは、どうだろうな…

 キャリフォルニアがジオンの支配地域である以上、民間の船や飛行機は使えない可能性が高い」

「どうするつもりなの?」

「まぁ、まだいくつかの候補を検討中だ。向こうの状況次第かな」

アヤはにんまりと笑ってそう言った。その点の心配をしても仕方がない。

彼女の状況判断や分析能力のことは良くわかっている。私を連邦の基地から脱出させてくれた彼女だ。

きっとなにかうまい手を考えているんだろう。

「わかった。そこは、お願い」

「うん、任せとけ」

私が何も問わずにそう答えると、アヤはうれしそうに笑って言った。それから

「立てるか?」

と言いながら、まずは自分が立ち上がって私の手を引いてくれる。

 ベッドから足を下ろして立ち上がる。

薬のせいだろう、脚に力が入りにくいが、立ったり歩いたりができないほどではない…アヤにつかまっていれば。

 私たちはそのまま、処置室を出た。するとすぐに私に点滴を施した女医がパタパタと駆け寄ってくる。

「あら、やっと起きたね。大丈夫そう?」

「はい、ありがとうございました」

私は頭を下げる。彼女は私の表情をうかがうようにしながら

「薬の処方もしておきましたよ。お連れ様に渡してありますので、大事になすってね」

と言い残し、またパタパタと奥へ消えて行った。

 その姿を見送ってからアヤが

「荷物はもう船に運んであるんだ。まぁ、今度はちょっと居心地悪いかもしんないけど、個室押さえたし、部屋の中でじっとしてよう」

と苦笑いで言う。

「どういうこと?」

彼女の言葉の真意が理解できなくて、私は首をかしげた。すると彼女は、私を出口まで案内しながらそっと耳打ちしてきた。

「次の船は、民間船なんだけど、軍事徴用されてて、乗客の半分以上が連邦軍人なんだ」

47: 2013/04/29(月) 22:17:45.73 ID:IQ+37yxC0

 潮風がゆっくりとたなびいている。私は、開けたデッキの二階から、海を眺めていた。

 以前、アヤが話してくれたような、エメラルドブルーに透き通った海が、そこには広がっていた。

無限に広がる宇宙空間の星の「海」は、眺めていると空恐ろしくなってしまうのだけれど、地球のこの海は違う。

青く澄んだ空に、海。こんなきれいな景色が、自然が、これほどまぶしくて目が離せないものだなんて思ってもみなかった。

アヤがこんな海の見える場所で暮らしたいと思うのも、無理はない。こんな景色を見ながら、毎日をのんびり過ごすことができたら…

それはもしかしたら、一番幸福な生活の一つの可能性なんじゃないかと思える。

 そんな話をしようとして振り返った先のデッキベッドに腰掛けているアヤの、サングラスの奥の目は、

決してこの海にも空にも、雲にも太陽にも向けられてはいなかった。

彼女の眼は鋭く、全身から警戒感をほとばしらせている。

 それもそのはず。この船は民間船なのだけれど、軍事徴用もされていて、乗客の半分以上が連邦の軍人なのだという。

確かに、そこかしこにいる乗客のうちには連邦の軍服を着ている連中もいるし、

私服を着ている者の中にも相当数の連邦軍人がいるようで、こんなに素晴らしい景色だというのに、

どこか陰鬱で、物影でコソコソと身内の陰口をたたいている姿を見かける。

もちろん、私のようにデッキに出て空を見たり海を見たり、

陽気に飲んだくれて倒れ、豪快ないびきをかいている兵士もいる。

一口に連邦軍と言ったっていろいろだ。アヤもその一人だったように。

そして、その逆に、私のような隠れたジオン軍人を摘発する任務を受けた者や、

アヤのように脱走軍人をとらえる役割の者も当然存在するだろう。

そういう兵士や軍人たちがこの船に乗っているかどうかは定かではないから、アヤの警戒はもっともだ。

でも、今回ばかりはちょっと警戒しすぎなんじゃないかと思うところがある。

 この船に乗って、もう5日無事に過ごしている。3日目までは、ずっと部屋にいたけれど、

昨日と今日はアヤを引っ張って、こうしてデッキに出たり、船内の売店を回ったりもしてみた。

もちろん、最初のうちは警戒していたけど、まさかオーストラリアから出た船に、

ジオン兵が紛れ込んでいるなんて思ってもみないだろう、普通なら。

 3時間ほど前、船は東南アジアの民間港に入り、そこで降りる乗客と、新たに乗る乗客の乗り降りが行われた。

新しい乗客にも、とりたてて警戒が必要な感覚を受ける者はいない気がしていた。

48: 2013/04/29(月) 22:18:45.55 ID:IQ+37yxC0

「なぁ、レナ。そろそろ戻らないか?」

アヤが私に言ってきた。

「うん、そうだね」

とはいえ、アヤにこんな状態を強いるのは酷だし、警戒はするに越したことはない。

 私はアヤに連れられてデッキを降り、客室へ続く廊下を歩いた。

「アヤ」

「ん?」

「海、きれいだね」

「あぁ、うん」

「あなたが言ってた、セブ島の海、っていうのも、こんなにきれいなの?」

「ああ、そりゃきれいに決まってる!この海よりももっときれいなんだ!」

答えたアヤの顔はキラキラと輝いている。アヤにはこういう表情が似合う。

「前にさ、船の話しただろ?客を乗せたり、魚取ったりって両方するにはさ、やっぱちょっと改造するしかないと思うんだよ。

 漁船を客船に作り替えるには手間がかかりそうだから、いっそレジャー用の小型のクルーザみたいなのを買ってさ、

 そいつのデッキの一部を改造していけすを作ろうかなって思ってんだ。あ、いけすって知ってるか?」

アヤが堰を切ったように話し始める。本当に楽しそうな笑顔で。

彼女のこういう表情を見ているだけで、私まで楽しくなってくるから不思議だ。

まぁ、言ってることは、あんまり良くわからないんだけど…それは、おいおい、ゆっくり話を聞けるときでいいかな…

49: 2013/04/29(月) 22:19:31.00 ID:IQ+37yxC0

 不意に、背中に悪寒が走った。とっさにアヤのシャツの袖口をつかんで歩みを止めさせる。

「なんだよ?…ん?」

アヤの反応に答えずに、私は彼女を欄干のそばまで引っ張って行って、海の遠くの方を指差した。

「あ、あそこ、見た?」

「…ん?あ、あぁ、何かいたか?見えなかった」

私が言わんとしたことを、彼女も理解してくれたようだった。

 私たちが歩いていた廊下の先から、小ざっぱりしたリゾート風のいでたちの女性がいたからだ。

彼女は両手に売店の買い物袋を提げている。食料の様だ。一人分の量ではない。

「イルカかな?何か大きいのがはねたんだよ!」

私は、そんなもの見つけてもいないのに言った。

「えぇ?どこだよ?」

アヤも私の演技に乗ってくる。

「ホラ、あそこ!」

私が虚空をもう一度指差すと、隣に立っていたアヤが、私の指先を追うように私のすぐ後ろに立って、体を押し付けてきた。

―――まさか!

アヤはその瞬間、確かに私の盾になろうとしていた。違う、そんなことしたら!

そう思ってアヤを別の方向に誘導しようとするが、アヤが脚を踏ん張って身じろぎ一つしない。

私は、アヤの手首を握って渾身の力を込めて引っ張った。彼女は少しよろけて欄干に手を付く。

私はそのままアヤの体に肩をぶつけて、女性から遠ざけようと試みる。

廊下を歩いてきた女性は、ペタペタとサンダルの足音をさせて、そんな私たちの後ろを通り過ぎて行った。

 全身を緊張させ、全部の神経をその女の方に向けつつ、なおも私はアヤが無茶をしないように捕まえながら

「ほら!またはねた!」

と芝居を続ける。

「見えないよ。気のせいじゃないのか?」

そう言うアヤは、なおも女性と私の間に入ろうと私の体を自分の方に引っ張ったり体制を動かそうとしたりしている。

もう、なんでそうなの!

「上から見てみよう!」

私はとっさにそう言って、そのままアヤの手を引いて、女が歩いてきた方向へと駆け出して、

先ほどいた前部甲板とは反対方向の、後部甲板へ続く通路へ入った。

50: 2013/04/29(月) 22:20:24.55 ID:IQ+37yxC0

通路に入ってすぐに、アヤは私を奥へ押し込んで、壁際から歩き去った女の後姿を確認する。

 しばらく動きをみせなかったアヤが、大きなため息をついてその場にへたり込んだ。

「はぁ…ビビった…」

そうつぶやいて、彼女は大きくため息をついた。

「部屋に、戻ろう」

私がそう言うと、アヤもコクッとうなずいて立ち上がり、女が向かった方とは別の通路から自分たちの客室へと歩いた。

 その間、私には怒りが込み上げていた。同時に少しの悲しさも。その理由は明白だった。

 部屋に着いた私は、ドアを閉めて施錠を確認してから、アヤの胸ぐらを捕まえておもいっきり引き寄せた。

「あんなこと、もう二度としないで!」

そう告げるとアヤの表情にも怒りがこもった。

「あんたを氏なせるわけにはいかない!だいたい、あんなにのんびりしてるから!」

そう言うだろうと、そう思ってくれているだろうと、私は知っていた。でも、だからこそ言わなければとも思った。

 ここに歩いてくるまでに、いつの間にか感情は最高潮までヒートアップしていた。

私はそのまま彼女の胸ぐらをぐいぐい押して壁際まで行って押さえつけてから、

今感じているありったけの怒りと悲しみをぶちまけてやった。

「油断してたのは私が悪かった!でも!かばわれて、あなたが氏んじゃったら、私は生きてたって、これっぽちもうれしくない!」

そして私は、アヤの目をじっと見つめた。いや、睨み付けていただろう。

 アヤは、私の言葉を聞くなり抵抗をやめた。私も彼女の胸ぐらを離す。

すると彼女は、フラフラと部屋の中を歩きながら、やがて海が見える窓のすぐそばまで行くとギュっと固く拳を握り、

それを壁にたたきつけた。

 ドカン!とまるで壁が割れてしまうんじゃかいとと言うくらいの音をさせたアヤは、

ふっと全身から脱力したように肩を落とすと私の方を向き直って

「すまん…」

と、まるで消え入りそうな声で言った。

「私のことを心配して、守ってくれるのはすごくうれしい。

 だけど、あなたが私を守りたいのと同じくらい、私はあなたを守らなきゃいけないと思ってる。

 もちろん、あなたがいなければこの地球でどう目的地へたどり着けばいいのかわからないからっていうこともある。

 でも、そんなことよりも、私は、あなたを失いたくない。対等の関係の友達でいたい。

 だから私のためだけに命なんてかけないで。私たちは、『私たち』のために、命をかける関係でいたい。

 二人でいること、二人で生き残ることに、すべてを掛けようよ」

アヤは私の言葉を黙って聞いてくれていた。しかし少しして

「そうだな…アタシが間違ってた」

とつぶやくようにして言った。それから、備え付けのソファーにどっと腰を下ろすと

「すこし、話をしてもいいかな」

と同じように静かな声で言った。

51: 2013/04/29(月) 22:21:31.56 ID:IQ+37yxC0
「話?」

「うん、アタシの居た隊の話だ。アタシが信頼してて、誰よりも尊敬していて、一番大好きな、隊長の話」

私は、うなずいて彼女の隣に腰を下ろした。

「隊長はね、いっつも隊のみんなを気にかけていた。

 ほら、前に言ったことあるけど、うちの隊の規則は『やばくなったら逃げろ』なんだ。

 それってのは、単純にあきらめて逃げて帰ることじゃない。

 次のチャンスを逃がさないために無理をせず、何度だって体制を立て直せ、ってことなんだ」

「戦略的撤退ってことね」

「うん、そうだ。戦闘の中では、無理に突っ込まず隙を伺えって意味だし、大きく解釈をすれば、今の戦闘でやばくなったら、

 即戦域を離脱しろ、離脱ができなきゃ、戦闘機を捨てて、脱出してでも生き残れ、ってことだ。

 そうすれば必ず、再出撃のチャンスがある。アタシたちは隊長の言いつけを守って、無理はしなかった。

 いや、無理するやつもたまにいたけど、それを続けてるような奴は大抵氏んじまった。

 まぁ、そんなアタシたちの隊だったけど、隊長だけは違った。あの人は、いつも私たちの頭の上にいて、私たちを見てた。

 ヤバい時には助けてくれた。

 あのジャブローへの降下作戦の何日か前に、ジオンの、ほら、あの爪付いた青いカニみたいなモビルスーツいるだろ?」

「あぁ、うん、ズゴックね」

「そいつと、あと、あの茶色い熊みたいなのが2機、合計3機の偵察隊と、パトロール中に出くわしたんだ。

 あのツメツキ…ズゴック?て言うのか。あれは初めて見たけど、隊のみんながわかった。

 『あぁ、新型だ。しかもいつものトゲツキやらムチツキ以上にヤバイやつだ』ってね。

 隊長はすぐに撤退するように言った。その一瞬で、あのツメツキが撃ってきた。ビームをね。

 一瞬で、2機が落とされた。もちろん、すぐに脱出したさ。でも、隊長はそれだけでわかったんだろうな、逃げ切れないって。

 射程と、連射速度を一瞬で計算したんだ。ケツを見せて逃げれば、確実に撃ち落される。

 撃たれる前なら安全に脱出もできるだろうけど、ケツを向けたら、それも保証できない。

 でも、仲間の支援が来るまでの間に、そいつらを見逃すわけにもいかない。

 だから、隊長はやつらに機首を向けたんだ」

「たった一機の戦闘機で、ズゴックにむかっていったの?」

「うん、そうなんだ。隊長は初撃をかわして、敵の上空をフライパスした。もちろん、敵はそれを追った。

 でも、モビルスーツって、背中側に抜かれたら向き直る動作が必要だろう?

 隊長は、それを読んで、フライパスしながら上昇して、ツメツキの真上に位置取った。

 それから、腹に爆弾抱えた機体を、ツメツキにぶつけた」

「まさか、体当たりで!?」

「いやぁ、それがうちの隊長のすごいところさ。

 隊長は、高高度から急降下しつつ、ツメツキに向きを合わせて、高度500メートルのところで脱出した。

 機体は、ツメツキの肩のあたりにぶつかって、爆発。片腕をもぎ取った。

 茶色の水中型の熊みたいなやつらはそれを見て泡食ったみたいになって、損傷したツメツキを誘導しながら撤退してった」

「そんなことがあったの…」

「アタシは、そうやって身を盾にして仲間を守ってくれる隊長が好きだった。

 そうありたいと思ってた。でも、違うんだな、違ったんだ」

52: 2013/04/29(月) 22:22:58.99 ID:IQ+37yxC0

「どういうこと?」

「アタシたちは何も、隊長に守られてばかり、じゃなかったんだ。

 隊長が、いつも身を犠牲にしてアタシたちを守ってくれてたんだったら、いくらなんでもあの人は氏んでる。

 氏んでなくても、無茶はやめろと私たちは隊長を叱ったと思う。でも、そうじゃなかった。

 アタシたちは、みんな隊長が好きだったから、隊長を氏なせないようにって思ってた。

 自分たちを守ってくれる隊長を、守らないとって思ってた。あのときだってそうだった。

 隊長が撤退をあきらめて、あのツメツキに向かって瞬間、みんなとっさに抱えてた爆弾とミサイルを浴びせてた、アタシもね。

 きっと隊長はそれがわかってたんだ。援護を期待してたんじゃない。援護すると知ってて、信じてくれたんだ。

 『ヤバくなったら逃げろ』を守ってたアタシ達だからこそ、できる最大限の、でも最大限に安全な方法で援護するってことを」

「…」

「隊長は、アタシたちに命を預けてたんだね。それで、アタシたちも隊長に命を預けてたんだ。

 だからこそ、アタシたちはそうやってお互いに守りながら、この戦いで生きて来れた。

 生き残った。それこそ、『不氏身のオメガ隊』なんてあだ名が付くくらいにね」

「アヤ…」

「だから、アタシも、身を犠牲にしてあんたを生かそうなんてマネはもうしない。それは間違ってる。

 でも、アタシは、レナ、あんたのために戦うことはやめない。あんたが危険なときは必ずアタシが守る。

 だから、そんときにはあんたも私を守ってくれ。

 いや、何かあったら、アタシがあんたを守るように行動するんだってのを、覚えといてくれ。

 言ってる意味、分かるか?」

「うん、たぶん…。つまり…アヤが危険な場面になるときは、アヤが私の危険を振り払おうとしているとき。

 だから、私は私とアヤのために、私にとって何が危険なのかを常に考えてなきゃいけない」

「ああ。そんなトコだ」

「だとしたら、ごめん。やっぱり、私が甲板に出てたことは、危険だった。

 アヤは警告してくれてたのに、結果的には、さっきのアヤの行動はわたしのせいだ」

「まぁ、理屈で言えばそうなる、か…うん。なんも考えずに危ない橋渡るのは、これっきりにしよう」

「うん、ごめん。じゃぁ、それなら、アヤ」

「うん?」

「アヤも同じだよ。アヤは、アヤと私のために、自分にとって何が危険か、常に気を付けておいて」

「アタシはそんなヘマはやらかさないさ」

「そうじゃなくて!アヤのことは私が守るんだってことを、忘れないで。

 さっきのは私が悪かったけど…でも、それでアヤがあんな危険な行動をしたら、今度はアヤを守る私が危険になる。

 どっちかがバカやって危険な場面を作ったら、もう片方が『ヤバイから逃げよう』って言わないと、

 結局二人とも守り合った挙句に氏んじゃうかもしれない」

「そうだな…それは、ごめんて」

アヤはそう言ってぽりぽりと頭を掻いた。それから、ちょっと言いにくそうに

「その、さ。だから、もう、仲直り、ってことでいいよな?」

と口にした。それを聞いて、なんだかすごく申し訳ない気持ちになってしまった。

53: 2013/04/29(月) 22:24:01.19 ID:IQ+37yxC0

もとはと言えば不用心な私のせいで、しかも、守ろうとしてくれたアヤに一方的に怒りをぶつけてしまった…

「うん…バカやった上にあんなに怒っちゃって、ごめんね」

「いいよ」

「仲直りでいいかな」

「うん、もうケンカはおしまいにしよう」

アヤはそう言ってそっぽを向いた。顔がちょっと赤い。目もなんだか潤んでいる。

なんだかその様子がおかしくて、思わず笑ってしまった。

その時になって初めて、私自身は目を潤ませるどころか、ボロボロと涙を流していたことに気が付いたのだった。


 「だとしても、だ」

アヤが一息ついていった。

「うん、そうだね」

そう、アヤの言うとおりだ。

 さっきの女性。明らかに、普通じゃなかった。ぱっと見はただの観光客だったけれど、そうではなかった。

全身からほとばしる緊張感と警戒感。あれは確かに、すべての感覚を総動員して何かを察知しようというという雰囲気そのものだった。

それこそ、廊下の角の向こう側、姿を見せる前から感じるほどに…

 「あいつは、スペースノイドだったなぁ」

アヤが言った。それには少し驚いた。

「どうしてわかるの?」

「ん、いや、違うかもしれないけど。昔から、あぁ、こいつはスペースノイドだなってわかる雰囲気があるんだ。

全部のやつがそうってわけじゃなかったし、なんとなく、だったんだけど。

レナと一緒に過ごしているうちに、なんかその辺の感覚が研ぎ澄まされてるのか、

地球の人間と、スペースノイドの差を明確に感じてきているのかもしれない。間違いなく、あいつはスペースノイドだ」

私はそんな雰囲気のことは良くわからないが、少なくともあの女が、普通の観光客の雰囲気ではないことは感じられていたから、

アヤの言葉にもなんだか納得がいく。

「スペースノイド、ってことは、ジオンの?」

私が尋ねるとアヤはポリポリと頭を掻いて

「可能性はあるよな。でも、だからこそ、ことさら連邦の人間かもしれない。

スパイ狩りをしたいんなら、地球人よりもスペースノイド同士の方が警戒感を持たれずに済むだろう?」

と考えを聞かせてくれた。

「確かに…」

私は息をのんだ。

54: 2013/04/29(月) 22:24:42.54 ID:IQ+37yxC0

「私たちのこと、気づかれたかな?」

そのことが気がかりだった。気づかれていたら、もう一刻の猶予もない。

すぐにこの船から脱出する方法を探さなきゃいけない。

「どうだろうなぁ、もしスパイ狩りならあんな下手な芝居でごまかされるようなマヌケではないだろうし」

「へ、下手だったかなぁ?!」

「え、なに、そこ気になるところ?」

私のリアクションにアヤはそう言って笑った。むぅ、うまくやったつもりなのに。

「逆に、本物のジオンのスパイかもしれない。そうだとして、もし私たちに『気づかれた』と感じたとしたら、

攻撃を仕掛けてくるかもしれない…私たちの素性が割れていなければ、ね」

「ジオン側のスパイ狩りってことは?」

「それはないだろう。ここは連邦の勢力範囲内だ、また混沌とした部分はあるけれど。

スパイってのはもっと情報の集まりやすいところでやるもんだろう?

こんなとこに、ジオンの情報を欲しがってる連邦スパイなんて居やしないよ。だから狩る必要もない」

「そっか…じゃぁ、可能性としては、連邦のスパイ狩りか…」

「もしくは、ジオン側のスパイだろう」

私は腕を組んで考え込んだ。

 連邦のスパイ狩りだったとしたら、やはりこの船から逃げ出す算段を練らなきゃいけない。

救命ボートの一艘くらいあるだろう。それを使って、脱出するか…

でももしジオン側のスパイなら、このまま目的地にまで一緒に乗って行ったりしても大丈夫なはずだ。

問題は、あの人がどちらであるか…。

 しばらく沈黙が続いた。しかし、不意に、アヤがポンと膝をたたいた。

「こうなりゃ、威力偵察だ」

「えぇ?!」

「だってそうだろう?あいつのとこに行って、制圧する。それから相手の所属を聞き出すのが一番だ。

 連邦のスパイ狩りならふん縛っておけばいいし、ジオンのスパイなら協力できるかもしれない。

 制圧しちまえば、どっちかはっきりする」

「でも、それじゃぁリスクが…」

「もちろん下準備はしておくよ。あいつの部屋から一番近い救命艇をすぐに切り離せるようにしておく。

 こいつで退路を確保しておけば、万が一の時も逃げ出せる」

「うん…」

「あとは、さっき話した通りだ。あんたは、アタシが守れなくなるほど自分の身が危険になるようなことはしない。

 アタシもあんたが守れなくなるほど自分の身が危険になるようなことはしない、どうだ?」

「…わかった。やるしか、ないんだよね」

「うん。まぁ、任せとけって」

アヤはそう言ってニコッと笑った。それは、あの日、私が捕まった牢で見せた、明るくて、ちょっと不敵な笑みだった。

59: 2013/04/30(火) 18:32:22.76 ID:2P1ljLF20

「あいつの部屋、あそこだな?」

「うん、確か、そう」

私とアヤは、廊下で海を眺めるふりをながら先ほどの女の部屋の位置を確認していた。

羽織ったパーカーの内側には、消音装置を取り付けた拳銃を隠してある。

使いたくはないが…こればかりは、仕方ない瞬間が来てしまうかもしれない。

 アヤはあたりに人がいないことを確認すると、近くに吊り下げてあった救命艇の固定具を一本だけ残して全部取り払った。

それから、救命艇を海面に降ろすレールとワイヤーを確認する。


「いいか、万が一の時には、アタシが先に乗り込む。レナは、この最後の固定具を外してから飛び乗ってきてくれ。

 その間の援護はアタシの仕事だ。飛び乗ってきたのを確認したら、すぐに中でこの射出装置を操作する。

 そうすりゃ、すぐにでも海へ降りれる」


「うん、了解」

それを確認して、私たちは救命艇の中に自分たちの荷物を投げ入れておいた。

「ふぅ、よし、じゃぁ、行くか」

「うん」

アヤはそう言ってパーカーの下から消音器付きの拳銃を取り出してスライドを引き、腰に戻す。

私は、スライドを引いて小脇に抱える。

 息が詰まりそうな緊張が胸を襲う。ふぅと息を吐いてみる。

ダメだ、こんなに緊張していたら、いざと言うときに判断が鈍る、反射が鈍る。

落ち着け、私…。そうは言っても心臓の高鳴りは抑えられない。

 あの女の部屋の前に立った。コンコン、とレナがドアをノックする。

「あーすみません、さっき廊下で落し物したの見かけて届けに来たんですけど…なんだろう、これ、何かのIDかと思うですが…」

うまい言い方だ。ID関係と言われたら、もし軍属の人間でしかも機密任務に就いている人間なら、確認せざるを得ない。

「はい…」

カチャっと控え目にドアが開いて中から女が顔を出した。ドアチェーンは、されていない!

私はとっさにそのドアに足を挟み込んだ。次の瞬間、アヤがそのドアをバンと押し込んで部屋の中へ突入する。

私もそのあとに続く。

「くっ!」

後ろにのけぞった女はすぐに体制を立て直し、アヤに飛びかかったが、

アヤはまるで手品か何かのように女の腕を絡め捕ると、滑らかな動きで肩の関節をきめ、

後ろを向いた女の顔の前に拳銃を突きつけて動きを封じた。

60: 2013/04/30(火) 18:33:25.37 ID:2P1ljLF20

 私はドアをしめて施錠をする。先ほどこの女は二人分の食事を持っていた。まだ中に誰かがいる可能性がある。

「何者ですか!?あなたたちは!?」

女がそう怒鳴った。

「それはこっちも聞きたいんだよ。なんなんだ、あんたら?」

アヤと女が話している最中、部屋の奥で物音がした。

心臓の音がさらに大きくなりつつある私は拳銃を抜いてアヤの左後ろからその音の方に狙いをつける。

「あーっと、アンナ。アタシらの前に出るなよ」

アヤが、私の偽名を呼んで言った。人質を盾にするつもりだろう。

位置を変えずに、そのままアヤの傍らから少し後ろで銃を構えている。

「シロー!逃げて!」

女が叫んだ。次の瞬間、部屋の奥から誰かが転がり出てきて、こちらに銃を向けた。

しまった!胸が押しつぶされそうな緊張がピークに達する。心臓が口から飛び出そうだ。

「アイナ!」

男は叫んだ。手には拳銃が握られている。私は震えそうになる手をなんとか収めてその男に照準を合わせる。

男は、地面に転がったまま、身動きしない。

男を観察すると、彼は左足が、ない。

負傷兵?負傷兵がスパイかスパイ狩りなんてことがあるの?

逃亡兵かもしれないけど、あの傷じゃあ別に逃亡ではなくて、除隊でいいのではないか?

「どっちの側の人間かしらないが、俺たちはもう、新しい人生を生きていくっ!邪魔をするな!」

男は怒鳴った。

 おかしい、なにかがおかしいぞ?これは、スパイでもスパイ狩りでもない…

まるで逃亡兵の様だけど、でも、逃亡する理由は怪我なわけでもない。なんなんだ、この人たちは…。

 「あーそうだな…すまん、その可能性は考慮してなかった」

不意に、アヤが言った。

「なんだ!?」

「待て、落ち着こう、お互いに。な?これ多分、不幸な行き違いだ」

「そっちから仕掛けてきて、ふざけたことを言うな!」

男は怒鳴る。怒鳴ってばっかりの男だ。


「そうだろうけど、すまん、こっちもいっぱいいっぱいでな。とりあえず、話し合おう。

 それにあたる段階的な武装解除を提案するが、どうだ?」


「なに!?」

男がうめく。なんだか、頭悪そうな男だな…

61: 2013/04/30(火) 18:34:09.44 ID:2P1ljLF20

「武装解除と言うのは、私たちが一方的に解除しろ、と言うことですか?」

アヤにつかまっている女が口を開いた。こちらの女性の方がやや冷静な印象を受けた。

「いや、お互いに、だ。よし、こうしよう。アンナ、あの男から銃口外すなよ」

アヤはそう言いながら、自分が女に突きつけていた銃を天井に向け、かつて私にしたように弾倉を抜いて、

機関部に入っていた銃弾を抜き取り、それを自分が捕まえている女性に握らせた。


「さて、アタシとこの女の人はこれでトントンだ。危害を加えるつもりはない。

 話をしよう。次は、そうだな、アンナ。私の後ろに隠れろ。

 隠れたら、アタシがしたみたいに、撃てないようにして、あの男の目の前に投げてやれ」


「うん」

私はアヤと女の影に入り、弾倉と銃弾を抜くと、銃本隊を男に投げて渡した。


「さて、私たちには今は武力はない。でも、こうして人質を盾に取っている。

 次はあんたたちだ。その銃を捨ててほしい。捨ててくれたらこの子は離す。

 引っ込めるだけでも良いけど、その時は、この子を離す前に、持たせてる銃はこちらで回収させてもらう。どうだ?」


アヤの言葉に、男は考え込んだ。確かに、アヤの交渉はうまい。

人質がいる以上、相手はこっちを撃てないだろう。

撃てないアドバンテージを生かしながら、こちらの武装解除を見せつけた。

もちろん、私たちが武器を隠し持っている可能性も考えるかもしれないが、

たとえそうであっても、安心感を与えることにはつながっている。

「後ろに隠れた女、前に出てこい。話はそれからだ」

「それは受け入れられない。アンナ、両手両足を見えるように広げてやれ」

これもうまい。隠れながら、私が武器を手にしていないことを証明できる。私は言葉の通りにした。

「くっ」

男のうめく声が聞こえる。それから男は

「わかった。俺は銃を下げる。だからアイナを離せ」

と抑え込んだ声で言った。

「それなら、アタシがこの子の銃をもらうってことで良いんだな?」

「ああ、ただし、俺は銃を向けない。あんたも、ひっこめろ」

「了解、交渉成立だな。ほら、それ寄越して」

アヤはそう言って、女に握らせた拳銃を受け取ると女を解放し、弾倉を銃に戻して腰のベルトに差した。

「シロー!」

女はそう叫んで、男のもとに駆け寄って支え起こす。


「さって…どうしたもんか…二人は、なにもんだ?えっと、シローとアイナ、って言ったか。

 アイナってほうのあんたは…スペースノイドだな?いや、そっちのシローさんも、か」

62: 2013/04/30(火) 18:36:39.50 ID:2P1ljLF20

―――アイナ?

どこかで聞いた名だ。先ほどすれ違った、アヤがスペースノイドだと言った女。

こんなところでコソコソするってことはジオン兵?ただ、同僚や部隊の誰か、と言うわけではない。

でも私はその名を知っている。昔の友達…いいえ、もっと違う。なにか、こう、他人から聞きづてで知ったような…

「あ!」

私は思わず叫んでしまった。

「なっ、なんだよ、アンナ。びっくりするだろ!」

「あなたは、サハリン家の…アイナ様ですか!?」

私は知っていた。アイナ・サハリンだ。母がオデッサに向かう前、技術士官としてテストパイロットである彼女をサポートしていた。

兄は、サハリン家と言うジオンの中でも名家の彼女の一族を地球で警護する部隊に所属していた。

サラ基地所属だったから…。

「わ、私は!」

興奮していた。うれしさとも違ったが、私は言わずにはいられなかった。

「レナ・リケ・ヘスラー少尉です!母はエレナ・ラム・ヘスラー技術大佐、兄はケリー・ズ・ヘスラー大尉…」

「そんな、まさか!では、あなたは、エレナさんの娘さん!?」

アイナさんは、驚いたの表情をみせた。私のことを知っていてくれた。

まるで、氏んだ家族にまた会えたような感情が胸の内に湧き上がってきた。

「はい…はい!私は!エレナの、娘です…!」

「そんな…そんなことが…」

アイナさんは目に涙を浮かべながら私のところにおずおずと歩いてきて、私の手を握った。

そしてその場に崩れるようにしてへたり込んだ。

「申し訳ありません…お母様と、お兄様をオデッサに送ったのは私の兄です。

 オデッサのマクベ大佐からの支援要請に、鉱物・技術物資の提供を条件に、増援として派兵を…」

アイナさんは力なくそう言って私の手をぎゅっと握った。

「あーなんだレナ、知り合い?」

アヤがぽかんとした表情で聞いてくる。

「うん。母さんと一緒に仕事をしていたジオンの中でも名家のパイロットさん…」

「そっか…そいで、そいつは?シローっつったか」

「俺は、なんでもない。ちょっとした知り合いだ」

「ふうん…」

アイナさんは、私の手を握り、まるで祈るようにして泣いている。

「レナ、その人は信用できるのか?」

「…うん、母から手紙でなんどか聞いたことがあるの。大丈夫だと思う」

「そっか、なら、全部話そう。あんたにとっても、大事な人みたいだしな」

「ありがとう」

63: 2013/04/30(火) 18:37:54.72 ID:2P1ljLF20

 アヤがそう言ってくれたので、私はアイナさんにこれまでの出来事をすべて話した。

アイナさんも、これまで何があったか、そしてどうしてこんなところにいるのかを話してくれた。

 ラサ基地は連邦軍の猛攻で壊滅。アイナさんは、乗っていたモビルアーマーが大破して、

シローと呼んでいた連邦のパイロットとともに墜落したそうだ。

シローの脚はその時に失ったんだ、と。

それからミャンマーにわたり、シローの傷がふさがるまで、軌道上から脱出してきたジオンの研究所の子供たちと生活をし、

今は北に向かって旅をしている最中なんだという。二人は、まるで私たちと同じような境遇にいた。

 「なるほど。そりゃぁ、お互いがお互いをスパイ狩りだと勘違いするわけだ」

アヤは一部始終を聞いてそう言い、大げさに笑った。

「あんたも、すまなかったな。あー、シロー・アマダって言ったか」

「いや、こっちも追手かと思っていた。すまない」

「その脚、平気なのか?」

「傷は一応塞がっている。問題ない」

「なら良かった」

「お二人は、キャリフォルニアベースに行かれるんですか?」

アイナさんが私たちに聞いて来た。

「あぁ、うん、そうなんだ」

「この船の行く先のニホンから、あちらへ渡る手だては?」

「それは…」

私はアヤの顔を見る。すると、アヤはすこし気まずそうな顔をした。なんだというのだろう。


「実は、ニホンからチャイナに渡って、陸路を列車で北へ行く計画だったんだ。

 シベリア地方からアラスカへのルートは民間の漁船に金を払えばもぐりこませてもらえるアテがあったんだけど…」


「先日の、報道ですか?」

「そうなんだ」

「報道?何かあったの?」

聞きなれない話題で戸惑ってしまう。私はアヤにそうたずねる。


「うん…いや、先に謝っとくよ。これも、たぶん、気の使い過ぎと言うか、余計なことだったかもしれないんだけど…

 一昨日、アフリカと北米大陸で連邦が反攻作戦を開始したらしい。

 それにともなって、ジオンは北米の主だった拠点の放棄と撤退を始めている、って話だ。その…黙ってて、すまなかった」


「撤退て、宇宙へ?」

「おそらく、な」

北米から撤退ということになれば、HLVでの打ち上げも行われるだろうが、数も限られている。

多くはキャリフォルニアの打ち上げ基地に招集されるだろう。

だから、キャリフォルニア基地自体はおそらく最後まで地球上の拠点にはなるだろうけど、

それが明日までか、一週間後か、わからない。連邦だって、あそこが宇宙への架け橋のある場所であることはわかっているはずだ。

一網打尽にするには、集合してきた北米部隊を各個撃破するか、集まったところをまとめてたたくつもりか…

いずれにしても、もうどれほども時間に猶予があるとは思えない。

64: 2013/04/30(火) 18:38:35.65 ID:2P1ljLF20

「アヤ、何か代替えの策があるんでしょう!?」

私は、アヤに掴み掛りそうになりながら聞いた。


「まぁ、ないわけじゃ、ない。船がダメなら、空路で行くっきゃないんだが…

 残念ながら、キャリフォルニア行きの航空機なんて出ちゃいないんだ」

「じゃぁ、どうするの?」

「そこは、奥の手を打ってある。ジャブローに、頼れる人がいるんだ。あんまり巻き込みたくはなかったんだけど」

アヤは、すこし渋い表情だった。頼れる人。アヤの言葉を聞いて思い当たる人物はただ一人。

彼女の尊敬する、大好きな、『隊長』のことだ。

でも、大丈夫なのだろうか…アヤは軍を逃亡してきた身。そんな彼女が、元隊長に連絡を取ったというのだろうか?

それは…やはり危険な行為なんじゃないか?

「ん…?」

不意に、アヤが小さく声を上げて、虚空を見つめた。

いや、窓の外を。外?海…?何か、来る…!

「アヤ、アイナさんと一緒にシロー抱えて救命艇まで走れ!」

「うん!」

アヤと私はほとんど同時に気が付いた。

「アイナさん、早く!」

私はアイナさんを急かして、シロー・アマダを支える。

「どうしたんですか?!」

アイナさんが戸惑った様子で聞いてくる。

「攻撃が来ます!」

「急げ!」

アヤはそう言って部屋から飛び出していった。それをシロ―・アマダを担いだ私とアイナさんが追う。

アヤは先ほど固定具を外した救命艇に取りつくと、残していた最後の固定具を取り外す準備をしていた。

私たちも間もなくアヤのところにたどり着く。

「乗って!」

私はシローを中に投げこみ、次いでアイナさんも中に突き飛ばすようにして押し込んだ。

 次の瞬間、轟音と共に船全体に衝撃が走った。甲板が揺さぶられ、体が欄干に激突する。

「つっ!」

「レナ、大丈夫か!?」

「うん!」

「固定具引き抜け!」

アヤの声を聴いて、私は力いっぱい、固定具のピンを引き抜いた。それから、欄干に足を掛けて救命艇へ身を投げる。

中ではアヤが私を受け止めながら、船の天井部にあったレバーを操作する。

すると、救命艇を支えていた支柱が機械音とともに傾き、鈍い衝撃とともに着水した。

65: 2013/04/30(火) 18:39:18.73 ID:2P1ljLF20

「レナ、操縦できるか?!」

アヤの声が聞こえる。私は、その小さな救命艇の操舵部に駆け込んだ。

「Ignition」と書かれたボタンと、二本の操縦桿が突き出ている。

ボタンを押すと、機械音を吐き出しながらエンジンが動き出した。私は一心不乱で操縦桿の両方を前に倒す。

やり方を知っていたわけではないが、おそらく、二か所の排水ノズルからそれぞれの水流を吐き出して推進するのだろう。

勘でやった行動だった。幸い、それは正しかったらしく、ガクンと言うショックとともに、救命艇は加速を始めた。

「急げ、沈没に巻き込まれるぞ!」

「これ以上は急げない!アヤも中入って!落ちるよ!」

私はアヤに怒鳴り返して、操縦桿を握りなおした。

客船は左舷。左の操縦桿を右に倒して、船の進行方向を変え、客船から逃げる進路を確保して、再び操縦桿を前に倒して加速する。

後ろでは、半分に折れた客船が水しぶきを上げながら海中に沈んで行っている。

「ジオンか?軍事徴用されてるとはいえ、民間船だぞ!?なんでこんなことを…!」

シローがそううめいている。

「あれだよ」

そんなシローにアヤが顎をしゃくって言った。

私も操縦桿を握りながらアヤの示した方向を見る。

そこには、真っ青の何かがいた。あれは…モビルスーツ?

「ジャブローで試作型を一度見たことがある。エース専用機だ、水中型の」

「ガンダムタイプの水中機…!」


「躯体はジムベースだって話だけどな。あんなもんを民間船の船底にかくして運んでたのか。

 いやな予感がしてたのは、あいつのせいだったみたいだな」


青いモビルスーツは、沈んでいく船から顔をのぞかせると、一度だけメインカメラを光らせ、水中に沈んでいった。

「ジオンの潜水艦かモビルスーツがいるんだろうな…水中戦になりそうだ。離れよう」

でも―と言いかけて、周囲を見渡した私は、その言葉を飲み込んだ。

あまりに急な襲撃で、海に投げ出された人なんていなかった。

沈んでいく船の渦に巻き込まれたのかどうか、海面には、人の姿なんて見えなかった。

頭の中に、また何かが響いてくる。ガクガクと膝の日からが抜けていくような感じがする。

「レナ、落ち着け。大丈夫だ。海が落ち着いたら、捜索に戻ってこよう。今はここを離れないと、海戦に巻き込まれる」

アヤが私のそばに来て、そう言って肩を抱いてくれた。

「うん」

私は、そうとだけ返事をして唇をかみしめ、こみ上がってくる得体の知れない不快感に耐えながら操縦桿を握りしめた。

71: 2013/05/01(水) 02:04:31.81 ID:XyRfTXec0

「くはっー参ったな、こりゃぁ」

アヤが救命艇のハッチを出て、天井に上って声を上げている。

 あたりはすっかり夜だ。救命艇の中には、煌々と電池式のランプがともっている。

私たちはあれから時間を置いて一度、船が沈んだ地点に戻ってみた。

しかし、そこには生きている人影はなく、ただ無数のがれきと動かなくなった体が浮いているだけだった。

アヤの指示でその場所からすぐに離れた。海戦で連邦かジオンか、どちらが勝ったのかは知らない。

けれど、船が沈んだともなれば連邦の軍艦が来ることは明らかで、

アヤも私も、アイナさんもシローも、それと接触することは避けるべきだったから。

それから半日、ジャイロを頼りに救命艇を走らせていたけれど、夕方ごろに動力がとまった。

バッテリー切れの様だった。幸い、船内には数日分の食料と水がある。

簡易のトイレも付いているし、すぐにどうこうなる状況ではないと思うのだけれど、

連邦の救助を待つわけにはいかない私たちにとって、今の状況は決して芳しくはない。

 「星がきれいだなぁ…」

アヤの声が聞こえる。のんきなものだが、アヤのことだ。

何か策でも巡らしているのかもしれない。

「レナも来いよ!キレーだぞ!」

アヤがそう呼ぶので、私もハッチから顔を出した。

星なんて、宇宙でいやと言うほど見慣れていたけれど、地球から見るそれは、宇宙で見るのとは別物だった。

宇宙で見る星は、果てがなくてなんだか怖い感じがするけれど、

地球にいると、「自分がここにいるんだ」と実感できる、不思議な感覚があった。

「ホント…」

アヤは救助船の天井に寝転んでいた。私も天井にあがり、アヤの隣に腰を下ろす。

そうして一緒に、しばらく星を眺めてから、少しして、アヤに聞いてみた。

「ね、次のプランは?」

するとアヤは笑って言った。


「今のトコ、お手上げ。夜だからな。日が昇ったら、何か考えよう。

 救難信号発信用のビーコンは切っちまったけど、ジャイロと地図でだいたいの位置は把握してる。

 近くに島がいくつかあると思うから、そのどれかに行こう。これ、わかる?」


アヤがコンコンと、天井をたたいた。見ると、天井には奇妙な幾何学模様が走っている。これは…ソーラーパネル!


「そう言うこと。明日の昼にでもなれば、多少は船も動くだろ。

 とにかく、人の居る島を見つけて、船でも飛行機でも乗れれば良いんだけどなぁ」



72: 2013/05/01(水) 02:06:23.13 ID:XyRfTXec0

「そう言えば、客船で話してた、キャリフォルニアへ行く策って、具体的に聞かせてくれる?」

これも、実は聞いてみたかったことだ。

「あぁ、うん。隊長にね、連絡を取ったんだ」

彼女は静かに言った。


「いや、本当はとるつもりはなかったんだけどね。ジャブローを出たときにIDもらったろ?

 シドニーでさ、銀行に行って、あのIDで口座作って、アタシの給金用の口座から金を移し替えようと思ったら、

 なんか増えてたんだよ、貯蓄が。で、調べてみたら、『退役金の振込』ってなっててさ」


「退役?」

「そ。負傷による退役だって。はは。アタシ休暇届は出したけど、退役届なんて出した記憶ないんだ」

「まさか、それって…」



「うん、隊長が手を回してくれたらしい。休暇を終えても帰らないアタシのことと、それから独房からいなくなった捕虜。

 まぁ、他にもいくつか残してきちゃった足跡あるけど。バレてたんだなぁ、かなわないわ、隊長には。ははは。

 隊長が、ジオン降下作戦防衛時の負傷による退役、で処理してくれたらしい。

 だからシドニーから、あんな連邦軍人ばっかりの船にも乗ろうって思った。

 アタシが大丈夫なら、レナ、あんただけ部屋に閉じ込めとけばほとんどリスクなかったからな」


「そうだったんだ…でも、あたなたの隊長はどうしてそんなことを?裏切り者じゃない…」


「あぁ、そりゃぁ、決まってるだろ。『ヤバくなったら逃げろ』が合言葉のアタシらだ。

 でもって、逃げる仲間を助けんのが、アタシらだ。軍の外だなんだと、細かいこと気にするやつはいないってことだな」


アヤはそう言ってにっこりとほほ笑んでいた。それはなぜか、どこかさみしそうにも誇らしげにも見えた。


「で、それに気づいたから連絡を取ったわけだ。シドニーで。事情と計画を話したら、連邦の反抗作戦の話を聞いてさ。

 それで困ってたら、そっちも手を回してくれるって」


「どんな?」

「極東第13支部基地へ、工作員協力の要請」

「え?」

「まぁ、平たく言えば、偽の指令書だな。それをニホンのホテルに送ってもらう約束をしてた。

 工作員のふりをしてその指令書を持って第13支部へ行って、小型機を徴用することになっててね。

 隊長の案だけど。工作員ってのは、実際良い案だ。あんたの顔は割れてるだろう?そこを利用すんのさ。

 逃亡したと言われてる捕虜に顔を変えた工作員が、これからジオン拠点に潜入し、情報を探る。

 しかも、連邦軍本部からの指令書付きだ」


「うまくいくのかな?」


「まぁ、大丈夫だとは思う。言っちゃえば、どこの軍も諜報部は汚いやり口と機密がつきものだからな。

 捕虜逃亡自体が、今回の『工作活動』を支援するためにあえて公表したブラフである、とでも言っておけば問題はないだろ」

73: 2013/05/01(水) 02:07:31.06 ID:XyRfTXec0

「そっか、本物の私が、偽物に成りすますわけね」


「そう言うこと。本部に確認とか言い出したら、こう言ってやれば良い。

 『貴官らは諜報員たる我々の行動およびその情報を、漏えいの危険がある軍の汎用電波に乗せるつもりか!

 そのような漏えいを避けてこその指令書であるぞ!』ってな」


「確かに…良く考えられている、ような気がする」

「だろう?まぁ、それもこれも、無事に指令書を受け取って、13支部へいければ、の話だけど…」

アヤは、珍しくそんな弱気なことを言ってため息をついた。この事態は、アヤにとっては予想外だったのだろう。

私は、何か声をかけた方がいいのか、一瞬悩んでしまった。言葉を探していたら

「ん、お!」

と急にアヤが飛び起きた。

「な、なに!?」

「来った来た!」

嬉しそうにそう叫びながらアヤは、暗闇で何かを手繰り寄せる様な動きを始めた。

「ひゃー、こいつ良い引きしてんな!ちょ、レナ!そこのライトで海面照らして!」

私はアヤに言われるがまま、そばに置いてあったライトで海の上を照らした。何か白いものが反射してキラッと光る。

「やばいかなぁ、ライン切られそう~!」

アヤはなおも楽しそうに一人で何かをやっている。

「いけっかな…おいせっ!」

そう掛け声とともに、アヤはひときわ大きくその腕を上に振り上げた。

すると、海面から何かが跳ね上がってきて、ハッチの脇にドサッと落ちた。

それは手のひら二つを並べたくらいの、ピンクの肌をした魚だった。

「うおぉ!鯛じゃんか!」

アヤはそれこそ飛び上がりそうなくらいに喜び始めた。

すぐさま魚をつかむと、口から、いつどこで手に入れたのか知らない釣り針を外して、

魚を救命艇の脇から海面につるされた網に投げ込んだ。

あぁ、そうか。そう言えば、アヤがさっき、自分の荷物をごそごそとやっていたのは、この釣り針と網を出していたのだ。

「すっげーよ、なぁ、レナ、鯛だぞ、鯛!あ、鯛って知ってるか?前に食わしたナマズなんか比べものになんないんだからな!」

アヤはまるで子どもみたいに喜んでいる。私もなんだかおかしくって、声を上げて笑ってしまった。

なんとか笑いを収めてから

「聞いたことないけど、おいしいの?」

と聞いてみる。

「うまいさ!天然ものだしな!刺身か…あーいや、ちょっと炙って…塩とレモンかなんかで食うのもいいかも!

 そうだ、あっついお湯かけてギュッとなったところをさっぱり系のドレッシングに和えてもうまそうだなぁ!」

可笑しい。本当に、まるで子どもだ。

「お、お、お!」

また不意にアヤが声を上げる。

「左足にも来たぁ!」

暗がりでわからなかったが、ライトを当てると、アヤの脚には何やら輪っかが付いていて、それに釣り糸を結び付けているらしかった。

まさか、自分の脚を釣竿の代わりにしているなんて。

74: 2013/05/01(水) 02:08:36.52 ID:XyRfTXec0

「こっちもなかなか良い引きしてるな。あ、そうだ!レナ!あんたこれ引っ張れ!」

「え?えぇ!?」

アヤは私の返事も聞かず、手にした釣り糸を握らせた。途端に、グイっと海の方に引っ張られて天井から落ちそうになってしまう。

「ちゃんと踏ん張れ!」

そんな私をアヤは捕まえてくれて、片腕で体を支えながら、もう片方の手で、糸を半分引っ張ってくれる。

 細い糸がぐいぐいと引っ張られ、手のひらに食い込む。


「あ、待て待て、強く引っ張られてるときは無理しちゃダメだ。タイミングを見て。

 海の中であっちこっちに向かって泳いでるからな、引っ張りやすいところで引っ張って、

 逆に引っ張られるときは糸に加わる力を逃がしながらじっと我慢だ」


「う、うん!」

私はいつの間にか、アヤの指導に従って、一生懸命になって糸を引っ張っていた。

糸はブルブルといって震えたり、急に軽くなったりを繰り返す。

「ちょちょ、アヤ、アヤ!すごい引っ張られてる!!」

私が悲鳴を上げるとアヤは、海面を覗き込み

「いるいる!すぐ浅いとこまで来てんだ!あれ、ライト!ライトは?ライトどこやった!?」

とあわてだす。

「ここ、ポケット!私のポケット!!」

私も必氏になって、ライトの入っているズボンのポケットをアヤに押し付ける。

アヤがポケットをまさぐってライトを取り出して海面を照らす。さっきみたいに、また何かが光っている。


「よし、ここが勝負だぞ!良いか、一瞬でも軽くなったらその瞬間に一気に手繰り寄せるんだ!

 無理に引っ張ると糸切れちゃうからな!集中しろよ!」

「うん!」

アヤに言われるがまま、私は手のひらの感覚に集中する。グイグイと引っ張って、少し弱まって、またグイっと引っ張る。

よし、いまだ!

 私はそのタイミングで、一気に糸を手繰り寄せた。アヤも手伝ってくれる。

ブルブルと強い振動が伝わってきて、次の瞬間には、すぐ目の前に銀色の細長い魚が姿を現した。

「お、サバ?や、アジか!おい、アジだぞ!」

「うん、わからない!どうなの?食べれる?」

「もちろん!こいつこそ、さっと湯引きしてマリネが良いかなぁ…

 って、アタシさっきからそんなことばっか言ってるけど、調味料なんて一切ないんだよな!悔しいなぁ!」

アヤはニコニコしながらそう「悔しがって」、魚を網に放り込んだ。それから

「今日はこんなもんにしといてやるか!大漁だ!」

と言いながら、脚に付けた輪っかを外して、それに糸を巻いて片付け始めた。

私は、と言えば、なんだか無性にドキドキしていた。

コロニーで魚なんて釣れるはずもないし、そもそもコロニーで魚と言えば、だいたいは生鮮食品売り場で見かけるだけだ。

養殖していないコロニーもある。

75: 2013/05/01(水) 02:09:29.96 ID:XyRfTXec0

いきなり魚釣りの初体験をさせられ、しかも収穫があったなんて…なんだか妙に感動してしまっている。

「ん、レナ、どうした?」

糸を巻きながら、私の様子に気づいたらしいアヤが聞いてくる。

「あはは、うん、なんだか初めての釣りで、その…どきどきした!」

私が感じたままのことを言うとアヤは満面の笑みを見せ

「そっか!初めてだったのか!」

と言うなり大声で笑いだした。

 あまりに派手に笑うから、なんだか気恥ずかしくなって、

コロニーには海なんてないし、川や池があっても人口で、そこにいる魚は勝手にとっちゃまずいし、なんて話をしたら、

糸を巻き終わったアヤがにんまりと笑った。

 一瞬、背中がゾクッとした。

「ちょ、な、なに!?」

そう言ってアヤから離れようと思った次の瞬間、彼女は糸を巻き終わった輪っか二つをハッチから救命艇の中に投げこむと、

そのまま私に飛びついて来た。いや、これは!そんな程度のことではなくて!!

身の危険を感じたときにはすでに遅かった。

私はアヤに抱きかかえられたまま、救命艇の天井から宙を舞っていた。

「息だけ止めろ!」

アヤの声が聞こえたので必氏になってそうした。体が、冷たい水の中に突っ込んだ。

ポコポコと耳の中で音がする。訳も分からず、苦しくなって私はアヤの首元にしがみついた。

「ぶはっちょ、レナ、待って」

アヤの黄色い悲鳴が聞こえたかと思うと、唐突にアヤの体が腕の中からスルッと抜けて行った。

でも、恐い、と思う間もなく、後ろから腕が伸びてきて私の体を支え、次いで

「もう息していいぞ?」

と言う声が聞こえてきた。その声を聴いて初めて、私は口ところか目もつぶっていたことに気が付いた。

ぷはっと息を吸い込むと同時に目を開けると、私は水面にうつぶせに浮いていて、

その私が沈まないように、アヤが背中側から抱えるようにして支えてくれていた。

「海水浴も初めて?」

後ろから私の顔を覗き込むようにしてアヤが聞いてくる。その表情は、ニヤニヤと、私を海に突き落としたときのまんま。

なんだか悔しくなったので、なんにも答えずに水をぱっと顔にかけてやった。

「ぷぁっ、何すんだよ!もう知らねっ」

アヤはそう言うが早いか、私からぱっと体を離した。

待って待って待って待って!それはまずいんだって、ダメダメダメ!!!

 私は慌てて向き直るとアヤの腕を捕まえた。

「ダメ、捕まえてて!」

いつの間にか私は彼女にすがっていた。

よっぽど必氏な顔をしていたんだろう。そう言った途端にアヤがまた大声で笑い始めた。

76: 2013/05/01(水) 02:10:47.07 ID:XyRfTXec0
「なんだ、レナ、あんた泳げないの?!」

だだだだ、だってコロニーで泳ぐ必要なんてこれっぽっちもないし?!

そりゃぁ、士官学校の選択に水泳の授業もあったけど、べ、別にパイロット養成にはこれっぽっちも関係ない分野だし!?

そもそも、ちょっと練習すれば泳ぐのなんて簡単だし!?

てなことを言ってやろうと思ったけど、結局は図星を付かれて、私は口をパクパクさせているだけで精いっぱいだった。

 「大丈夫ですか!?何かあったんですか!?」

船の方からアイナさんの声が聞こえる。

「あー、や、ごめん、ただの悪ふざけ!」

アヤはそう言ってまた笑う。それから

「アイナさんもどう?気持ちいいよ!」

と誘っている。

「ふふふ!いいえ、遠慮しておきます。この緯度では、この時期に水に入るにはちょっと寒いですもの」

「この辺りは南からの海流だから、暖かいんだけどなぁ」

アヤは残念そうに言っている。確かに、水温はさほど低いとは感じない。

肌に触れる温度自体はアヤが言うように心地よいほどだ。いや、そうじゃなくって!

「そうじゃなくて!私たち一応、遭難してるんだからね!?」

私が訴えるとアヤはすました様子で

「太陽電池とジャイロと食料と地図がある遭難なんてあるわけないだろ!

 今のアタシらにないのは、時間と元気!時間の方は待つしかないけど、ほら、元気の方は出ただろ?」

と言ってきた。

うん…確かに、なんだかんだで沈みそうになっていた気分をアヤは持ち直させてくれた。

まさか、私を元気づけようとしてわざわざこんなことを急に…する、必要、は、ない。

「それって、今思いついたでしょ」

「だっはは、ばれた?」

「ほらぁ!危うくだまされるとこだった!」

もう一度顔に水をかけてやろうかとも思ったけど、たぶん、いや絶対にまた私を放り出すに決まっているので我慢した。

「さーて、ま、そうは言ってもお遊びはほどほどにして…さっきの魚食べようか」

アヤの言葉にハッとした。アヤのを引き受けただけだけど、初めて自分が釣った魚だ。食べてみたい!

「うん、食べる!」

「あはは、なんだ、子どもみたいだな」

アヤに言われるとは思わなかった。と、反論しようとした矢先に

「さ、上がろう」

と言ってアヤは片腕だけで巧みに泳いで救命艇に取り付くと、私をラダーのところまで押し上げてくれた。

二人で船の上に上がって、体を拭いてから、携帯式のバーナーでお湯を沸かし、

アヤが捌いた二匹の魚をそれぞれ半分ずつ湯引きしたり、そのまま生で「刺身」と言われて食べさせられたり、

火であぶってみたり、残りの半分は「干してみようか」と言うアヤの言葉に従って、釣り糸を使って救命艇の外に干した。

アヤの言った通り、あの日に食べた魚とは比べものにならないくらいおいしかった。

でも、なぜだか不思議と、あの日に食べた魚の味も思い出されて、お腹どころか心まで満ち足りた気分になってしまった。

食べ終わったのがどれくらいの時刻だったかはわからないけど、そんな私はすぐに眠くなっていた。

いつのまにか、心地よいとさえ思い始めてしまった波の揺れを体に感じながら、私は、呑まれるように眠りに落ちて行った。

82: 2013/05/01(水) 21:50:24.30 ID:XyRfTXec0

「レナさん!アヤさん!起きてください!」

翌朝、私はアイナさんのそう叫ぶ声で目を覚ました。

救命艇の窓からはまぶしい光が差し込んでいる。

「どうしたんだよ、アイナさん」

アヤが眠そうな目をこすりながら聞いている。

「どうやら、どこかの島に流れ着いたみたいなんですが…」

島に?私も体を起こして窓の外を見やる。確かに、窓の外には岩陰が見えた。

アイナさんは天井のハッチを開けて外を見ているようだった。

「なにかあった?」

アイナさんの様子を見たアヤが尋ねる。

「それが…」

口ごもるアイナさんを見て私も起き上がる。

アイナさんが表に出て場所を開けてくれたので、ハッチへ続く梯子を上って表に出ると、すぐそこに陸があり、

そこから数人の子どもたちが私たちを見つめていた。

「人…」

「人だって?」

アヤも梯子を上って表に出てくる。

「ドアン!早く!こっちだよ!」

どこからか子どもの叫ぶ声が聞こえた。その声がした方を見やると、別の子ども達数人が、一人の男を先導して走ってきていた。

 男は、たくましい体つきをした、年頃20代半ばだろうか。農作業用の鍬を担いで、ボロボロになったランニング姿だった。

「救命船か?近海で沈没事故でも?」

男が私たちに尋ねてくる。

次の瞬間、アヤが腰に差していた拳銃を抜いた。

子ども達から悲鳴が漏れ、正直私も驚いた。

「あんた、軍人だな!?こんなところで何してる!?」

アヤの言葉に、私は男を見やった。ボロボロのランニングに、下には長ズボンに、ブーツ。

あのブーツ、あのズボン…あれは、ジオンの軍服?

「お、お前もドアンをいじめに来たのか!?」

「どっか行っちまえ!ドアンはなんにも悪いことなんかしてないんだぞ!」

「そうだ!帰れ!」

「かーえーれ!かーえーれ!」

子ども達が口々にそう叫び始め、数人が石ころを拾ってこちらに投げてきた。

83: 2013/05/01(水) 21:51:19.34 ID:XyRfTXec0

「おい、やめないか」

ドアン、と呼ばれたその男が子どもたちをいさめた。

「元軍人だ。わけあって、今はここで子どもたちの面倒を見ている。

 君たちに危害を加えるつもりはない。俺が気に入らないのなら船を出すんだな」

ドアンはそう言って私たちに背を向けた。

「待って!」

思わず私は呼び止めてしまった。

「私たち、ニホンへ向かいたいんです。その途中に船が沈んでしまって…

 良ければ、何か知っている情報をいただけませんか?私たちも危害は加えません!」

アヤが昨日話していた計画なら、ニホンへ渡る手だてがいる。

いくらなんでも、一日走ればバッテリーがなくなってしまうこの救命艇ではたどり着くのは難しい気がする。

私はアヤの銃を下ろさせた。

「…わかった。だが、この岩場では船が傷ついてしまうだろう。北へ回れば砂浜がある。

 先に向かっているから、そちらに船を回すんだ」

ドアンはそう言って子どもたちに何かを告げると、岩場から続く森の方へと歩いて行った。

船を北に走らせると、ほどなくして砂浜が見えてきた。私は操縦桿を微妙に操作しながら、その砂浜に乗り上げてモーターを止めた。

ハッチを開けて、アヤが一番に船から降りる。私はアイナさんと一緒にシローを支えながら、それに続いて地面に降り立った。

久しぶりに踏む地面は、船の揺れの影響でどこかふわふわする感じがする。

 砂浜にはすでにドアンと数人の子どもたちが来ていた。子どもたちは、松葉づえをついているシローをまじまじと見つめている。

「にーちゃん、脚、どうしたんだよ」

子ども達の一人が口を開いた。

「あぁ、戦争でな。爆発に巻き込まれてとんでっちまったんだ」

シローが言うと、子ども達から小さい悲鳴が漏れた。

「俺たちの母ちゃんも父ちゃんも、戦争で氏んじゃったんだ」

「それで、悲しくて泣いてたら、ドアンが助けてくれたんだよ!」

戦争孤児なのか、この子たちは…それを、元ジオン軍人のこの人が?

「まぁ、そうだったんですか…」

アイナさんは子どもたちの言葉に、なにか感じ入ってしまったようだ。いや、アイナさんだけではない。

私もこの子たちと同じようなものだ。思えば、アイナさんだって、身内とは氏に別れてしまっている…

ふと、そう言えばアヤも、と思って彼女の顔を見た。しかし、その表情はいまだにかすかな緊張を帯びている。

 どうしたというのだろう。いつものアヤなら、ひょうひょうと相手からいろんなことを引き出して手玉に取ってしまいそうなものだが、
このドアンと言う男に対しては違う。表面上は普通そうにしているが、心のどこかに一瞬の隙も許さないような、

そんな気配を感じ取れる。

 「さぁ、着いて来たまえ。この先に、子ども達と建てた小屋がある。話はそこでしよう。船を係留するのを忘れるなよ」

ドアンはそう言ってサクサクと砂浜を歩き始めた。

84: 2013/05/01(水) 21:52:01.59 ID:XyRfTXec0

 私とアヤで、船からロープを引っ張って手ごろな岩に縛り付け、島の内側へと向かった。

 砂浜を抜け、木々の生い茂る森を切り開いたような上り坂の道を進むと急に目の前が開けた。

そこには、畑が広がっていて、その真ん中に木で作られた小屋があった。

 「すごい…これ、あんたたちで作ったのか?」

畑も小屋も、とても素人が手掛けたとは思えないものだった。それに感心したのかシローが聞いている。

「あぁ。子ども達のおかげだ」

ドアンはそう言って子どもたちに目配せをした。彼らはそれぞれ照れたり胸を張ったり、ドアンの言葉に喜んでいるようだ。

「よし、お前たちは畑の水まきと草引きを頼む。俺はこの人たちと話をしてから行くからな」

「大丈夫かよ、ドアン!」

「あいつ、銃持ってんだぜ!」

「危ないよドアン」

子ども達が口ぐちに言う。まぁ、そう言われても仕方ないだろう…アヤ、子どもにも好かれると思うんだけどなぁ、本来なら…

「大丈夫だ。悪い人じゃない。いろいろあって、ちょっと心配症なだけさ。お前たちも、最初のころはそうだっただろう?」

ドアンが言うと子どもたちは戸惑ったように黙った。

「ねえ、あなたたちの畑、私に案内してくれないかしら?どんなものを育てているの?」

見かねたのか、アイナさんがそう言って畑をみやった。

「いいよ!」

「えー、めんどくせえなぁ」

「なによー!じゃぁ、あたし達と行こう!お姉ちゃん!」

「あ、ちょ、ちょっと待てよー」

ワイワイと騒ぎ出した子どもたちに手を引かれて、アイナさんは畑の方へと歩いて行った。

 「すまないな」

ドアンが静かに言った。

「いや…こっちこそ。あんたがアタシらになにかしようって気がないのは、わかった。でも、用心だけはさせといてくれ」

アヤらしくもない。私はそう思ってしまった。

「わかった。だが、子ども達を怖がらせるようなことはしないでくれ」

「あぁ。そこは、十分に気を付ける」

アヤは顔色を変えずに答えた。変なの…。

85: 2013/05/01(水) 21:53:57.40 ID:XyRfTXec0
 「それで、どうしてジオンの兵士が、子ども達を?」

シローが聞いた。うん、そこは大事なポイントだ。

「通りすがりの君たちに話すべきことか…判断できんな。事情があって、と言うことで納得してもらおう。

 君たちこそ、どういういきさつで?見たところ、ただ事故に巻き込まれた旅行者ってわけでもなさそうだ」

ドアンが私たちを見やって言う。私は、チラッとアヤに目をやった。アヤも私を見ていた。

私には、この人には別に、私たちの話をして良いのではないかと感じていたけれど…アヤの目は、どこか迷っているようだった。

「俺は、シロー・アマダ。元連邦のパイロットだ。子ども達と一緒にいるのは…アイナ。アイナ・サハリン」

「サハリン?まさか、ジオンのサハリン家か?」

ドアンが少し驚いている。当然だ。サハリン家と言えば、サイド3黎明期に栄えた名家。

今でこそ規模は小さくなってしまったが、それでも、立派な家柄には違いない。

サイド3に住んでいれば、一度くらいは誰だって耳にするだろう。

「有名なんだな。そうだ、間違いない」

「そんなお嬢さんが、どうしてこんなところに?」

ドアンが聞くと、シローは珍しく穏やかな笑顔で

「もうやめたんだ。俺も、アイナも、戦争を。軍人として、敵と戦うことも、もうやめた」

と言って、アイナさんの方へ視線を投げた。

「お姉さん、ほら、このイチゴ、食べていいよ!おいしいんだよ!」

「いいんですか?ホント、真っ赤ね、おいしそう」

「あ、あ、葉っぱのトコは食べれないよ!」

「バーカ、そんなこと、言わなくたって知ってるよ。お姉さん大人だぞ」

「ふふふ、ありがとう。食べないように気を付けるわ」

アイナさんが、子ども達たちと楽しげにしている。

その表情は、まるで今自分たちのことを話したシローの穏やかな顔つきにそっくりだ。

ふと、シローに視線を戻す。シローはまだ、穏やかな表情でアイナさんたちを見つめていた。

 そっか、そうなんだ。私は気が付いた。

この二人は、私たちと同じようなことを考えて、戦闘とか敵とか味方とか、そう言うしがらみから逃げてきた人たちなんだ。

すべてを捨てて。それは、私とアヤの関係に良く似ていたけど、実際は違った。

二人から、直接そう言う話は聞いたことはなかったけど、見ていればなんとなくわかる。

二人は互いに互いを必要としているんだ。依存心やなにかではなく、もっと健全で、もっと強いもの。

たぶん、愛し合っているんだろう。とても、強く、穏やかに。だから、確信を持てる。

あぁ、この二人はきっとどこまでも一緒に行くのだろうな、って。でも私とアヤは違う。

ずっと一緒に、なんてことはない。私は、キャリフォルニアに帰ろうとしている。

無事にたどり着いたところで、アヤは連邦軍には戻らない。ジオンに亡命もしないだろう。

私とアヤの関係は、私がキャリフルニアに到着するまでの約束で、契約みたいなものだ。

アヤはあの日、それでも良いといってくれた。でも…でも、肝心の私は、それで本当にいいのだろうか?

アヤにとって、私ってなんなのだろう?私にとって、アヤってなんなのだろう…?

「アタシらも似たようなもんだ。アタシは元連邦の軍人。こっちは、元捕虜」

「ははは、そうか。脱走兵ばかりが集まるとは、奇妙なものだ」

ドアンはすこし安心したのか、初めて笑顔を見せた。それからふぅと息をついて

「それなら、俺の話もしなければなるまい…。子どもたちには、黙っていておいてくれ」

とおもむろに小さな声で語りだした。

86: 2013/05/01(水) 21:55:10.84 ID:XyRfTXec0

 ドアンの話では、子どもたちの親を頃したのは、彼自身だというのだ。

戦闘の流れ弾が民家に着弾し、頃してしまったのだという。

その報告を受けた彼の上官は、反ジオン的な思想が根付くことを恐れて、子ども達も殺害せよと彼に命じたのだそうだ。

急進派の指揮官のやりそうなことだ…私は、怒りを抑えきれなかった。

ドアンも同じだったらしい。彼はザクを無断で発進させ、それを使って子どもたちをこの島に保護したのだという。

ザクは、以前にこの島に来た連邦軍に処理をしてもらったようだ。

ザクに仕込まれていたビーコンか何かが、ジオンの追手にここの位置を特定させていたんだろう。

ザクを処理して以来、戦況のこともあってか、ジオンがこの島に来ることはなくなったという。

「聞くが」

ドアンの話が一区切りついたのを見計らっていたのか、アヤが口を開いた。

「なんだろう?」

「ジオンの軍人ってことは、スペースノイドなのか?」

「あぁ、そうだが?」

「そうか…」

ドアンが不思議そうな顔をしている。私も、何を聞いているんだろう、と首をかしげたが、

当のアヤ本人もなんだか微妙な顔つきをしている。

何か気になることでもあるんだろうか。

 「ドアーン!」

子ども達の声がする。

「ドアン!見てみて!スイカ、こんなに大きくなってた!

「みんなで食べていいだろ、な!な!」

「あんまり走ると転んで落としてしまいますよ」

見るとアイナさんが子どもたちと一緒に、大きなまん丸い果実を持って駆け寄ってきていた。

「ん、良く育ったな、食べごろだ。さっそく切って食べてみようじゃないか。お客さんにもちゃんと振る舞うんだぞ」

「うん!」

「お姉ちゃん!あたい、包丁つかえるんだよ!」

「これ固いから気をつけろよ!怪我しちゃうぞ!」

「そうですね。見せくれるのはうれしいのですけど、気を付けてやりましょうね」

子ども達の相手をしているアイナさんは、まるでお母さんみたいだな、なんて思いながら、

私もなんだか、穏やかな気持ちになって、その様子を見ていた。

87: 2013/05/01(水) 21:55:55.61 ID:XyRfTXec0

「見えてきた。あの島だ」

ドアンが正面の窓に見えてきた島を指差した。

 私たちは、ドアンの住んでいた島から1時間ほど走ったくらいの海域にいた。

目の前に見える島から、アヤが「隊長」に手紙を送っても

らうことにしていたホテルがある港町までの定期便のフェリーが出ていると聞いたからだ。

「そうだ、引け!引けって!」

「うわぁぁ!すごい!釣れたよ!お魚連れた!」

「お姉ちゃん見てみて!」

「すごいですね!これからは、畑仕事だけではなくて、釣りでお魚をみんなに食べさせてあげられますね!」

船尾では、アヤがアイナさんと子どもたちと一緒に魚釣りに興じている。

なんでも、トローリング?とかルアー?とかって釣り方らしいんだけど、ちゃんと説明を聞いてなくて、ちんぷんかんぷんなんだけど。

「それにしても、この船をもらってしまって、本当にいいのか?」

ドアンが私に聞いてくる。

「ええ。私たちには必要ないですし…ただ、さっきアヤも言っていましたけど、救命艇ですからね。

 誰かが来て調べられないうちに、わからないように改造しておく方がいいかもしれません…できますか?」

「ああ。工具一式は小屋にあるしな。俺もコロニー生まれで心得はないが、子どもたちと一緒に釣りでもするのに使わせてもらうよ」

ドアンは船尾ではしゃいでいる子ども達を見て、かすかに笑みを浮かべながら言った。

 船が港に着く。私は、船をなるべく人目の少ないところに着岸させた。

「ついたみたいだな」

アヤが言った。

「えーもう行っちゃうのかよー」

「もっと遊びたかったな」

「あはは。まぁ、落ち着いたらまた来るかもしれないからな。その時までに、もっと釣り練習しとけよ」

「うん!」

アヤもすっかり子どもたちと仲良しだ。

 私たちは荷物を準備して、救命艇を降りた。中から子ども達とドアンが手を振っている。

「ばいばーい!」

「お元気でね!」

アイナさんが声を張って子どもたちに答えている。私も、彼らに手を振っていた。

88: 2013/05/01(水) 21:57:58.40 ID:XyRfTXec0

「ドアン!」

不意に、アヤが叫んで、船に何かを投げ込んだ。ドアンが、それを拾って、広げてみせる。

それは、布袋で、中には大きめの7分丈のズボンと、マリンシューズが入っていた。

「今着てるそのズボンと、ブーツ、海になげちまえ。あんたはもう、軍人なんかじゃない。

 いつまでもそんなもん着てると、根暗になっちまうぞ!」

アヤが叫んだ。思いがけず、それを聞いたシローとアイナが笑った。

「あぁ、そうだぞ!ドアン!俺たちも軍服は山奥に埋めてきたんだ!」

「ええ!軍服なんて脱いで、子ども達を幸せにしてあげてください!」

二人も口ぐちに叫ぶ。なんだかよくわからなかったけど、ドアンはうれしそうに笑って、力いっぱい手を振ってきた。

それから、ゆっくりと、船を岸壁から離して、海の彼方へと戻っていった。

 それから私たち4人は、フェリーが出るという桟橋を目指して歩いた。

 歩きながら、島でのドアンに対する様子がおかしかったアヤにそのことを尋ねてみた。

するとアヤは、バツが悪そうにポリポリと顔をかきながら

「いや、さ。なんていうか、あいつ、戦ったら勝ち目ないなぁと思っちゃったからね。

 いつもなら、何かしら手を思いついて、どうにかなるプランが浮かぶんだけど、あいつは違った。

 何をしても、ダメな気がして、だから拳銃を手放せなかった。悪い奴じゃないとはわかってたんだけどね。なんていうか…」

と口ごもった。

「なに?」

私が促すと、アヤはちょっと怒ったみたいな口調で

「か、考えすぎちゃってたんだんよ!その、なんつうか、さ…」

と言って、また言いにくそうに黙った。

じっとアヤの顔をみて、続きを待っていると彼女は意を決したように口を真一文字にしてから

「け、ケンカしたろ。だ、だから、守るとか、守られるのとか、そう言うのってなんだろうって考えすぎてた。

 自分を危険にしない方法で、かつ、レナを安全に守る方法を考えすぎてた。

 相手が、何をやっても勝てそうにない、あいつだったから、余計にダメになっちゃたんだよ

 それにあいつ、スペースノイドか、アースノイドか、いまいち分からない感じでうまくつかめなくって、さ」

と言い切って、ふうとため息をついた。なんだか、そんなアヤがおかしかった。

あんなにいろんなことを起用にこなす彼女なのに、こと、私を守ろうとかと言うことになると、とたんに不器用になって、

勢いだけで動いてしまう。

そんなアヤを嫌いじゃなかったけど、なんとなく、そこで悩んでいるのは、かわいそうと言うか、申し訳ないというか、

そんな感じにも思ってしまった。

89: 2013/05/01(水) 21:59:10.33 ID:XyRfTXec0
 フェリー乗り場に到着した私たちは、無事にフェリーに乗り込む。2時間もしないうちに、フェリーは大きな港に入った。

そこからはアヤの案内に従っていくと、すぐに目当てのホテルに到着した。

私たちとアイナさんたちはそれぞれ部屋をとって今日はそこで休むことにした。

アヤが頼んでいたという指令書も、ちゃんとホテルに届いていた。

あとは、明日、連邦軍の基地に行って、北米大陸へ渡ることになる。

 今日も一日、楽しかった。ドアンさんたちと別れた後も、アヤがシローを茶化すのを笑ったり、アイナさんとおしゃべりしたり、

夕飯で食べた魚料理について語るアヤに、ちょっとあきれたり。

たくさん笑って、たくさんしゃべって、たくさん食べて身も心も満ち足りていくような感覚だった。

でも、私の胸にはどこか引っ掛かるものもあった。それはドアンさんのところで感じた疑問。

 私は、これで良いのだろうか。私にとってアヤとはなんなのだろうか。

 アヤにとって私とは、なんなのだろうか。

これまでたくさん、私のために協力してくれたアヤに、私はどれほどのことができているのだろうか。

アヤはこの旅をどう感じているの?

アヤは、どうしてそんなに優しいの?

アヤは、この先のことを、どう考えているの?

 そんなことを聞きたいと思っていたけれど、結局聞けずじまいだった。

夜になって、私たちはベッドに入った。もちろん、今日はツインの部屋で別々のベッド。

一人で布団をかぶって天井を見つめながら、とりとめもなく自分のことを考えていたら、

隣で横になっていたアヤの寝息が聞こえて彼女の方を見た。

アヤは手を伸ばせば届きそうな距離にいるのに、なんだか、このわずかな距離感がとても広く離れているように感じられた。

なんだろう、この感じ…

 そんな感覚を胸に抱きながら、私は眠りに落ちて行った。

98: 2013/05/02(木) 13:27:51.35 ID:VmD4ERcB0

「じゃぁ、元気でな!」

アヤが、アイナさんとシローと、それぞれに握手をしながらそう言う。

「そっちもな」

「さみしくなりますわ。お二人も、どうかご無事で」

アイナさんとシローもそれぞれにアヤに言葉をかけている。

「あぁ、そうだ。居場所が決まったら、これを使ってくれよ」

アヤはそう言ってアイナさんに封筒を手渡した。

「なんです?」

「知り合いに、連邦の役人がいてさ。あぁ、大丈夫、融通の利くやつだから。

 アタシ達も世話になったんだけど、そいつ宛に手紙書いて入れてある。二人の居住IDやらを作るようにってな」

「新しい戸籍、ってことか?」

「うん。新しい名前やなんかは、自分らで考えてくれよな」

アヤは笑って言った。

「ありがとうございます」

アイナさんはアヤの手を改めて握ってそう礼を言った。


「いや、良いって。アタシ、落ち着いたら中米でリゾートペンションでもやろうかと思ってるんだ。

 その手紙のヤツ、アルベルトっていうんだけど、そいつ経由でお互いの連作先を確認できる。

 そっちも大変だろうけど、落ち着いたら遊びに来てくれよ」


「はい、必ず」

「あぁ。約束だ」

二人はそう言ってうなずいた。

99: 2013/05/02(木) 13:29:06.32 ID:VmD4ERcB0

 次は、私がアイナさんの手を握る。

「アイナさん、会えてよかったです。母や兄のこと、お話聞かせてくれてありがとうございました」

「いいえ…私は、ご家族を助けることができませんでした…お話をして差し上げることが、私に唯一できることなのではないかと」

「そんなこと…」

アイナさんの言葉に、私はなにも言えなかった。でも、一緒にいた短い間に、母の話や兄の様子を聞くことができた。

話を聞く限り、二人は最後まで、私の知っている母と兄のままだったのがわかった。

なんだかもう、それで胸がいっぱいで、それだけで十分だった。それなのにアイナさんは


「私も唯一の肉親を失いました…これも、お母様のお導きかもしれませんね。レナさん、いつかまた必ずお会いしましょう。

 私の勝手な思いで申し訳ありませんが…レナさん、私はあなたを姉妹のように想っています」


なんて言ってくれるのだ。正直、いっぱいだった胸がもう限界で、ボロボロと涙が零れ落ちてしまった。

「はいっ…はい!」

「気を付けてな。あっちはまだ戦場だ」

「はい!」

シローにも言葉を返して私は涙をぬぐった。そんな私の肩をアヤがポンッとたたいてくれる。

「なーに、またすぐ会えるさ!」

「ええ、きっと」

アイナさんの声がした。私も、自分のことが片付いたら、アイナさんのことを探そうと、心に決めてうなずいた。

「それじゃぁ、アタシらは行ってくる。そっちも、気をつけろよ」

「はい!お元気で!」

「シローはギャンギャンわめく前に、もっと考えろよ!バカっぽいぞ!」

「なっ…!余計なお世話だ!」

「ははは。じゃあな!」

私は、ただ手を振ることしかできなかった。もっとたくさん、伝えたいことがあるような気がしたけど、それも言葉にできないまま。

 私たちはホテルからタクシーに乗って、極東第13支部へと向かった。

タクシーの中ですすり泣く私の背中を、アヤはただ黙ってさすってくれていた。

本当に、本当にアヤは…。

ほどなくして、タクシーは基地のすぐ近くに付いた。アヤが車を止めさせ、料金を払って私たちは表に出た。

「ほーら、しっかりしろ!こっからが本番だぞ!」

アヤがバシッと私をひっぱたく。

「うん…うんっ!」

いつまでも泣いてる場合じゃない。ここからは一つのミスで全部がダメになるかもしれない。気を引き締めないと…

 パシパシっと私も自分の顔をはたいた。

「うっし、じゃあ行くぞ」

「うん」

私たちはそのまま、第13支部と書かれた門の方へとずんずん向かった。

100: 2013/05/02(木) 13:30:03.04 ID:VmD4ERcB0

「レナ、聞こえるか?」

「うん、感度良好」

アイナさんと別れてから2時間後、私たちは13支部の滑走路の上にいた。

乗っているのは連邦軍製の戦闘機。

ジャブローでアヤが一晩泊めてくれた機体と同型のロット違い?マイナーチェンジ?

とにかく、今度のは、複座、二人乗りだ。前席にアヤが座り操縦桿を握る。

私は、一応、レーダー員用の席なのだけれど、別にすぐさま戦闘区域に行くわけではないので、今のところやることはない。

 基地を尋ねた私たちを迎えたのは、基地司令だという大佐だった。

アヤが、以前に彼女から聞いていた通り

「工作員を現地に送るための協力を願いたい」

と命令書を見せて言ったところ、司令は特に疑う様子もなく

「貴重な任務にご協力できること、光栄に思います」

と、もともと尉官であるアヤに敬礼を返していた。アヤも調子に乗ったのか


「私たちの上官、名は機密で明かせませんが、大佐のことを良く存じ上げている方です。

 上官は大佐のことを高く評価されておりました。今回のこの任も、大佐であれば必ずや遺漏なく支援くださるだろう、と」

とおだてた。大佐も大佐でそれを聞くや否や

「はっ!必ずや!どうぞ、上官殿によろしくお伝えください!」

なんて言って、またもや背筋を伸ばして敬礼する始末である。

いよいよアヤも面白くなったようでにっこりと、いつもの不敵な笑みを浮かべて


「この作戦成功の暁には、上官の昇格も決定することと思います。

 そうなれば、大佐にも遠くない将来、本部より正式な辞令が届くことになるでしょう。

 あちらのオフィスでお会いできるのを、お待ちしております」


などと言うのだ。それを言われた大佐は目を丸くして

「わ、私が、本部付きに…!」

と絶句し、傍らにいた副官までが

「え、栄転ですよ、司令!もしその時はぜひ私もお供に…」

と耳打ちしていた。

「それでは、よろしく頼みます」

アヤがピッと敬礼したのを見た二人は、まるで定規みたいにぴんぴんに伸びて敬礼をした。

 アヤのそばでずっと黙ってそれを聞いていた私はもう、笑いをこらえるので精一杯だった。



101: 2013/05/02(木) 13:32:51.85 ID:VmD4ERcB0

「あれは、やりすぎだったんじゃないかぁ」

機内の有線マイクでアヤに言う。

「いいんだよ、あのくらいの方が!人間、びっくりするような事態が起こったほうが、返って信じちゃうもんなのさ」

アヤはそう言って笑った。

<こちら、管制塔、フェロー大佐です。滑走路、オールグリーン>

ヘルメットに内蔵されたスピーカーから大佐の声がする。

「こちら特殊作戦機。感度良好。これより、滑走路に進入する」

アヤが答えた。それから

「あー、大佐へ。さきほどもお願いしたとおり、本作戦は軍内外いかなる方面へも機密事項であります。

 本機は離陸の後、無線封鎖を行います。また、本作戦に関するいかなる問い合わせ、情報開示も行わぬようお願いします。

 本作戦の成否は、追って本部から機密文書、あるいは暗号での報告があるかと思います。

 上官の信に答え、何卒、他言されませんように」

と大佐に念を押した。

<は!了解しております!>

まるで敬礼姿が目に浮かんできそうな返事だ。思わず吹き出してしまう。

「これより離陸する」

<成功をお祈りいたしております!>

「感謝する」

そう返事をしてアヤは無線を切った。それから、有線に切り替えると

「レナ、出すよ。準備良い?」

と聞いて来た。私は顔のニヤニヤを引き締めてシートに座りなおしてベルトを確認した。

「オッケー、いつでもいいよ」

そう返事をするとアヤはすこし真剣な声で

「モビルスーツに乗ってたんなら平気かと思うけど、結構なGがかかるから、気を付けて」

と言ってきた。

「うん、了解」

私の返事を待っていたのか、それを言った途端、エンジン音がごうごうと大きくなっていく。

 ガクン、と言う衝撃の後、みるみる機体が加速していく。体がものすごい力でシートに押し付けられて、呼吸が苦しくなる。

私は、ぐっと顎を引いてそれに耐えた。

 ふわりと言う感覚があって顔を上げると、機体はもう空に舞い上がっていた。

高度300メートル、350、400…目の前にある電子機器の表示がぐんぐんと上がっていく。

 不意に足元の方から機械音が聞こえた。車輪が格納されたのだろう。と、思っていたら、機体が急にきりもみ回転を始めた。

「わぁっ!」

「いぃやっほーーーい!」

私が叫ぶのと同時に、アヤの雄叫びが聞こえた。どうやらアヤがやったらしい。

「急にやめてよ!」

本気で文句を言うと、彼女はちょっとだけ申し訳なさそうな声色で

「あ、悪い。つーい、気持ちよくなっちゃって」

と、戦闘機を水平飛行に戻した。

102: 2013/05/02(木) 13:33:54.63 ID:VmD4ERcB0

 計器はほどなく高度1万メートルを指した。

 「あぁ、そうだ、レナ」

「なに?」

「レーダーの脇にボタンがいくつかついてるだろう?」

アヤに言われて確認すると、レーダーのすぐ横にボタンが4つ並んでいる。

「うん」

「それのうち、えーと、1番上と、それから上から3番目かな?押してみてくれない?」

私はアヤに言われるがまま、ボタンを押す。すると、レーダーの右上に赤い表示が映った。SEWRactivating、とある。

「アヤ、これ、なに?」

「あぁ、隠密性の高い早期警戒レーダーのスイッチ入れたんだ。これで、もしレーダーになんか掛かれば警報で教えてくれる。

 この高度まで打ち上げてくるモビルスーツはまずいないから、まぁ、あるとしたら連邦かジオンの戦闘機だと思うけど。

 IFFってわかる?」

「敵味方識別装置、よね?」

「そうそう。北米につくまではそいつで連邦機からは味方だと思ってもらえる。

 危険になるのはあっちに近づいてからだから、まぁ今のうちは安心だけど」

「これって、こちらがロックされたときも警報なる?」

「もちろんだよ。じゃないと氏んじまう」

アヤはそう言って笑った。

「あとは何か準備しておくことは?」

私はアヤに聞いた。

「んー、あとはない、かな。しばらくはのんびり空の旅だ。あの太っちょの空母はこんな高度飛べるのか?

 もし飛べないんだったら、外の景色、初めてだろう?」

アヤに言われて、思わずキャノピーから外を見た。雲が、あんなに下に見える。空には青空と、太陽しかない。

船の上から見上げる空とはまた違う、幻想的な景色だった。

「すごい…」

「怖くないか?」

思わず漏らした私の言葉に、アヤが聞き返してくる。

 アヤが操縦桿を握っているんだし、恐いことなんて一つもなかった。怖いどころか、この景色…なんて表現したらいいんだろう。

地球は、こんなにも美しいんだ…

「うん、すごい、きれい」

私が言うとアヤの笑い声が聞こえてきた。

「だろう?アタシもこの高さを飛ぶのが、きれいな海の上に居るときの次に好きなんだ…ほら、空、見てみなよ」

アヤが言うので、私は空を見あげた。

「なんだか低い感じがするだろう?もうちょっと高度を上げると、宇宙との境目まで行けるんだ。

 この機体じゃぁ、ちょっと無理なんだけどね」

「宇宙との、境目…」

「あの青い空の先に、レナの故郷があるのかぁ…」

アヤがポツリと言った。


103: 2013/05/02(木) 13:35:44.65 ID:VmD4ERcB0

 そう、この空のはるか向こう。あの星の世界に浮かぶ小さな箱庭私の故郷。私の「帰ろうとしている場所」。

一瞬、体から意識が抜け出て、宇宙に漂うような感覚に襲われた。とてもともて冷たくて、心細くて…。

「この空の、ずっと向こうが、私の故郷…」

なんだか、その言葉が、胸に突き刺さった。わからない。わからないけど、それは、なんだか…絶望的な感覚だった。

できることなら、今すぐにこのベルトを外して、アヤに飛びつきたかった。

あまりにも突然だったけど、それくらい、心が軋んで痛くて、たまらなく、切なくなる。

 そんな私の様子に、アヤは気づいたようだった。

「おい、どうした、大丈夫か?気分でも、悪くなった?」

「ううん…大丈夫…」

私は、声を振り絞って答えた。大丈夫には、聞こえなかったろうけど。

いけない、またアヤに変な心配をかけてしまう。気をしっかり持たなきゃ…私はそう思って、ふるふると頭を振った。

そうしたら、ふと、ドアンの島から、ずっと気にしていたことを思い出した。

なんだか、今なら聞けそうな気がした。いや、今だからこそ、聞いておきたい、そんな気持ちだった。

「ねぇ、アヤ」

「うん?」

とは言え、いざ聞こうと思うと、少し怖い。いや、何が怖いのかも、良くわからないけど…

でも、今聞かないと、この先聞くチャンスはもうないかもしれない。

「アヤは、私のこと、どう思ってる?」

「レナのこと?」

「そう…」

「どうって?」

「わかんない…ただ、どんな気持ちなのかな、って」

「うーん、難しいこと聞くなぁ…」

そう言うなり、アヤは黙り込んだ。私はただじっと、アヤの言葉を待つ。

思い切って聞いてしまったら、おかしなもので、今度は早く答えが聞きたくなっていたけれど、

とにかく、急かしてはいけない、と、そう思った。

「そうだなぁ」

アヤが口を開いた。

「説明が難しいんだけど…。アタシの小さいころの話って、あんまり話したことなかったよね?」

「うん」

「なら、そこから、だな」

アヤはそういって、ゆっくりとしゃべりだした。

104: 2013/05/02(木) 13:39:20.99 ID:VmD4ERcB0

「アタシは、親が氏んじゃってから、親戚の家とかいろいろ回って、最終的には施設で生活することになったんだ。

 まだ10歳になったばっかりのころ。そっから8年間、軍に入るまでそこで過ごしたんだけど…

 その施設に入ったころにね、ひとり居たんだ、今のレナみたいに思ってる人が。

  男の子でね、とびきり優しくて、いいやつだった。施設にはさ、親が氏んじゃった子どもだけじゃなくて、

 親に虐待されてたりする子どももいて、いろいろと難しいとこではあったんだけど、でも、寮母さん達も優しかったし。

 ほら、アタシ、家族ってよくわかんないけどね、みんな家族みたいだった。



  その中でも、その男の子は特別で、入ったばっかりのアタシを、いじめっ子みたいなのから守ってくれたり、

 施設のルールやなんかを教えてくれたりさ。あと、ほら、アルベルト!あいつと知り合ったのも、その彼のおかげなんだ。

  でも、彼は生まれつき体が弱くて、14の時に、持病が悪化して入院しちまった。

 アタシは暇さえあれば見舞いに行って、元気になってもらおうとしたけど、ダメだったんだ。

 日を追うごとにどんどん衰弱して行って、子どものアタシが見ても、『あぁ、もうダメなんだな』って感じちゃうくらいだった。

  でもそれでもアタシはお見舞いに行って、いろんな話をした。で、ある日ね。彼が、言うんだ。

 みんなとなかよくやれよ、って。そんなお別れみたいな言葉聞きたくない、ってアタシは言い返してそれから

『ほかのみんななんていらない。だから、あなたはどこにもいかないで』って。

 そしたらさ、はは。怒られちゃったんだ。『一人だけしか要らないなんて、さみしいことを言うなよ』って。

『誰かひとりしかいらない人生なんか、さみしいじゃんか』って。
 


 言われた時は、言葉の意味が良くわからなかったけどね。でも、彼が氏んだあと、泣いているアタシをいろんな人が慰めてくれた。

 寮母さんも、同じ部屋で生活してた子も、さっき言った、最初はアタシをいじめてた子もさ。

  そのときにようやく意味が分かったんだ。彼はきっと、ちゃんとみんなと向き合わなきゃいけないって、そう言いたかったんだと思う。

 彼が氏んじゃって、みんなが私を心配してくれて、それでアタシはみんなと向き合うことになった。

 向き合って、それでやっと大事なことが分かった。そうしていることで、孤独ではなくなれるんだって。

 それからは、出会う人すべてに、ちゃんと向き合って、言葉も気持ちも交わそうって思った。

  で、ずっとそうしてきた。それが今のアタシ。レナも、アイナさんも、シローも。

 アルベルトもそうだし、それから、隊長に、隊の連中に、ドアンやあの子ども達と、それから…そうだな、

 名前も良く知らない、連邦の気のいい軍人たちもそうだ。

  血のつながってない他の子たちと生活してたアタシだからそう思うのかもしれないって思ったこともあったけどさ、

 でも、とにかくアタシは、出会うすべての人と、言葉と心をやりとして、正直でありたいって思った。

 で、きっと、そうしていれば、誰とだって家族みたいになれるんだって、思った。

 ううん、今でも思ってる。それがアタシの生き方。それがアタシの生きてる世界だ。で、その世界をくれたのが、彼だった。

 彼は、アタシの人生の、灯台みたいなもんだ。今でもずっと、心の中で輝いてて、アタシ不安も、迷いも全部照らし出してくれる」

105: 2013/05/02(木) 13:40:14.46 ID:VmD4ERcB0

「その彼と私が、おんなじなの?」


「うん。アタシはずっと、信じて、正直にしていれば、どんな人とでも家族になれると思っていたけど、

 でも、そううまくいかない人ももちろんいた。人間、いろんな人がいるもんね。

 馬が合わない人もいれば、いがみ合っちゃう人だっている。

  正直言えばさ、たとえばシローとか、あいつ、昔のアタシだったら絶対に大ゲンカしてたと思うんだよ。

 でも、あのときにはもうレナがそばにいて、アタシの人生を照らしてくれてた。

  アタシはさ、人に正直なばっかりで、誰かを正直にすることなんて考えたこともなかった。

 誰かに信じてもらうことの大事さを全然わかってなかったんだ。それをレナは教えてくれた。

  だから、シローとも友達になれたし、隊長が私たちを信じてくれてたんだってことにも気が付けた。

  小さいころの彼は、アタシに、誰かを信じることの大切さを教えてくれた。

 レナ、あんたは、誰かに信じてもらえることの温もりを教えてくれた。今は、この二つの灯台が、アタシの人生を照らしてる。

 だからアタシは、迷いなく歩ける。たぶん、この先なにがあっても、ね」


「…」


「あー、で、なんだっけ、長くなって忘れちゃった。えーっと…あぁ、そうだ。レナのことをどう思ってるか、だったな。

うんと、まぁ、だから、そういう意味で、レナはアタシにとって、とても大事な人だよ、ってな感じで、答えになってるかな?」


 言葉が、継げなかった。

 私はずっとアヤに助けてもらってばかりで、何かをアヤに返せるかなんてことばかりを考えていたのに…

アヤは、しっかりと私を見ててくれていた。受け入れてくれていた。そんなに、大切に思ってくれるほどに。

アヤが、大好きなこの子が、そんなにも思ってくれているなんて、想像もしていなかった。だからこそ、私は胸が痛んだ。

「…アヤは、これでいいの?」

「何がだよ?」

「だって、だって、そんなに…そんなに大事に思ってくれてるのに…私、宇宙へ帰るって言ってるんだよ!?」

「はぁ!?」

「そんな風に思ってくれてるのに、それなのに、アヤはなんで怒らないの?なんで、送り出す手伝いなんかしてるの!?」

そう。わかった。ずっと私の中に引っ掛かっていたものの一つ。それは罪悪感だ。

私は、アヤを、大切だった隊長と部隊の仲間から引き離して、世話をさせて、撃沈されるような船に乗せて、

挙句、ジオンと連邦が生氏をかけて争っている戦場に連れ出しているのだ。

そんな風に、大事に思ってくれているなら、私も同じくらい、アヤを大事にしなきゃいけないはずなのに、そう、したいのに。

私はアヤを振り回した挙句に、一人で宇宙へ帰ろうなんて思っている…

そんなひどいことを、身勝手なことを、どうして大切なアヤにしているんだろう。いっそ怒鳴ってほしかった。

もっとアタシを大事にしろよ、って。散々こき使った挙句に、結局はその『彼』と同じで、アヤを置き去りにしようとしているんだ。

「あーなんだろう…それは、まぁ、何つうか…難しいんだけどさ」

アヤはまた、すこし考えてからしゃべりだした。


106: 2013/05/02(木) 13:41:01.65 ID:VmD4ERcB0

「さっきのさ、『彼』は氏んじゃったけど。でも、ちゃんとアタシの心には彼が残ってるんだよ。

 ロマンチックな意味じゃなくて。なんだろうな…彼がさ、生きて、で、守って、大事なことを教えてくれてできたのがアタシで、

 彼の灯してくれた灯台はちゃんと、胸の中であったかく燃えて光ってんだ。

  氏んじゃった人と並べるのはちょっと申し訳ないけどさ、レナ。あんただっておんなじだよ。

 あんたがどこに居ようが、あんたがくれた灯台はアタシの中であったかく燃えて光ってる。

 あんたがどこに居ようが、アタシがアタシである以上、アタシはレナを感じて、そばにいられるんだ。

  まぁ、キャリフォルニアまで送っていくっていうのは、オマケみたいなもんかもね。

 彼には、何もできなかったからさ、アタシ。少なくともレナには、今やってあげられることがある。後悔はしたくないからな。

 寂しくないっていえば嘘になるし、一緒にいたいとも思う。でもそれはアタシの想いで、レナの気持ちとは無関係だろ?

 宇宙へ帰るのも、帰らないのも、レナの考え次第だ。

  アタシはただ、アタシの人生を照らしてくれる大切なあんたの役に立ちたいだけなんだ。悔いが残らないように。

 だから、まぁ、難しいことは考えんなって。任せとけよ」


アヤのカラカラと言う笑い声が聞こえた。

まるで、何かにはたかれたようだった。アヤの中に私の存在がどれほど深く刻み込まれていたのかを知った。

そんな私をアヤがこんなにも大きくて、暖かい、緩やかで、優しい気持ちで思ってくれていたなんて…

私は、そのことがたまらなくうれしかった。

「ありがとう…ありがとう、アヤ…」

「あはは、なんか恥ずかしいな。まぁ、まだ時間かかるし、のんびりしよう」

「うん…」

もう言葉なんてそれくらいしか出てこなかった。私はマイクを切ってしゃくりあげた。

きっとマイクなしではエンジン音でアヤには聞こえないだろう。泣いているのがわかってしまったら、またアヤに心配をかけてしまう。

アヤがどんなに言ってくれたって、私はまだなにもアヤには返せていないんだ。

アヤが私にしてくれたように、私ももっとちゃんと考えなきゃいけない。そして、伝えなきゃいけない。

私はアヤのことをどう思っているのか、アヤは私にとってどんな存在なのか。私はアヤに、何を返してあげたいのか。

 そんなことを考えながら、私は、胸の内に湧き上がってきた不思議な暖かさを抱きしめるように、身を丸くしてしばらく泣いていた。

110: 2013/05/02(木) 20:53:33.24 ID:VmD4ERcB0

 離陸してから、どれくらい経っただろうか。

これまで、南北への長距離移動の経験はあったけど、東西へ、経度から経度への移動は初めてだったから、

離陸してしばらくして訪れた夜が、もううっすらと明け始めている、不思議な現象に目を丸くしてしまった。

どうしてこんなことが起こるのか、理屈は知っていたけれど、実際に体験してみると不思議な感じがする。

それに…高度1万メートルから見る夜明けは、まるで心の中を洗い流すみたいな、美しい風景だった。

「アヤ、すごいね…」

呼びかけたアヤは、返事をしなかった。それもそのはず、彼女は戦闘機をオートパイロットにして寝こけていたらしかった。

何度か呼びかけたら起きてくれて、景色の話をした。アヤもこんな景色はそうそう見ないようで、

「あぁ、これはきれいだなぁ」

なんて、寝ぼけた声で言うので笑ってしまった。

 そんなのんびりした時間もつかの間、私の席についているレーダーに何かが映った。

機影ではない。何かモヤモヤとした霧みたいなもの…

「アヤ、レーダーが」

「うん?あぁ、ミノフスキー粒子だな…いよいよ、北米大陸だぞ」

アヤはそう言って大きくため息をついた。それから

「ベルト締め直して。こっからは何が起こるかわからない。無事に陸のあるところまで飛べりゃぁいいけど…」

そう言っていた矢先、ヘルメットの中に警報音が聞こえた。レーダーに目をやると、小さな光点が三つ、こちらに接近してきている。

「アヤ、何か来る!」

「確認した。さーて、どこのどいつだ、お前らは…っと」

アヤはそう言いながら戦闘機の高度を下げた。眼下に広がっていた雲の海すれすれのところに位置取る。

<こちら連邦軍北米攻略隊所属のAWACS、“イーグルアイ”。ポイント、セクター7から東へ飛行中の機体。貴機の所属を報告されたし>

不意に無線からそう聞こえてきた。

「早期警戒機か…やっかいなのに出くわしたな…」

「逃げるの?」

「いやぁ、まだ騒ぎを起こしたくはない。なるべく穏便に行くと良いけど…」

アヤはそう言って無線のスイッチを入れた。


「イーグルアイ、貴官のIFFを確認した。

 当機は連邦軍本部からの指令による極秘任務中のため、所属、およびコールサインを発信できない。

 こちらのIFF情報を開示するが、以後は隠匿の必要があるため、確認後は再び封鎖し、

 貴官の方でもデータマップ上からは抹消してほしい。IFFの情報を連携する」


<了解、確認する。IFF情報識別完了。こちらに貴機の作戦コードは伝わっていない。確認のため作戦コードを明らかにせよ>

「うーわ、こいつ作戦本部の司令付きかよ…いよいよヤバいぞ」

「どういうこと?」

「この警戒機、攻略作戦を指揮してる本部の直属だ。さすがにこいつには、『機密のため言えない』なんて通じないし、

 怪しいと思えばすぐに連邦軍本部へ確認できる」

「それなら…」

「うん、はは。わかってきてるじゃんか」

私の言葉を聞いてアヤは笑った。私はシートベルトを改めて確認して、気持ちを引き締めた。

そう、「ヤバくなったら、逃げろ」だ。

111: 2013/05/02(木) 20:54:44.94 ID:VmD4ERcB0

「こちら特殊作戦機!敵の攻撃を受けている!今の交信で察知された模様!レーダー上では確認不能!AWACS!

 そちらのレーダーではどうか!?」

アヤはそう叫びながら機体を降下させて雲の中へ突っ込ませた。

<特殊作戦機へ、これより貴機の仮称サインをアルファとする!アルファ、こちらのレーダーでも敵性反応を検出していない!>


「下から撃たれてる!洋上に敵艦隊の可能性あり!ミノフスキー粒子散布を行いつつ回避行動に入る!

 あぁ、クソ、被弾した!友軍機は!?」

<現在、貴機の空域へ飛行中。到着まで…あと5分!>

「無理だ、撤退を!こちらはもうコントロールが利かない!友軍機を危険にさらすな!繰り返す、援軍は間に合わない、脱出する!」

アヤはそう怒鳴って無線を切った。

<アルファ、応答せよ、アルファ!>

「さって、友軍機の様子はっと…」

アヤの声に、レーダーに目を落とすと、先ほどとは違う光点が3つ、急速に接近してきている。

「くはぁ、殊勝なやつらだ。来るなって言ってんのになぁ」

そう言いながらアヤはさらに機体の高度を下げて、雲から下を覗いた。気づけば、眼下には陸地が広がっている。

「やるっきゃねぇか。脱出するって言っちゃったしなぁ」

「脱出装置を使うの?」

「うん。もうちょっと高度さげるな」

ぐんぐんと機体の高度が下がる。計器の表示が、1000メートルに近づいたときにアヤの声が聞こえた。

「さて、行くぞ、準備良いか?」

私はもう何度目かわからないけどシートベルトを確認して

「うん」

と返事をした。

「荷物抱えて。胸の前にギュッとね。キャノピーぶっ飛ばすから、そうしたら足元の黄色いレバーを思いっきり引いて」

「わかった」

「よっし行くぞ!」

合図とともに爆発音がして、頭上を覆っていた風防が吹き飛んで行った。途端に強烈な風が吹き荒れ、身動きがうまくできなくなる。

私はそれでも足元のレバーに手を伸ばして思い切り引っ張った。

112: 2013/05/02(木) 20:55:20.35 ID:VmD4ERcB0
 強烈なGが体にかかって、気が付いたら、シートに座ったまま体が宙に浮いていた。

まるで宇宙空間にいるみたいで、一瞬、あの空恐ろしい恐怖が身を襲う。下を飛び去っていく戦闘機からアヤが脱出するのが見える。

グンっと何かが引っ掛かったような衝撃があったので見上げると、すでに真っ白いパラシュートが開いていた。

ふぅ…どうやら無事に脱出できたみたいだった。戦闘機はそのまま降下して行って、赤く焼けただれた大地に激突して炎上した。

 「ひゃははは!怖えぇ!!!」

ヘルメットからアヤの声が聞こえる。

「アタシ、これダメなんだよ!いやぁ、恐かったぁ!」

本当にそう思っているのか、アヤは楽しそうな声色で笑っていた。

 そのまましばらく、ふわふわと空中を漂ってから、私はシートごとパラシュートで地面に降り立った。

いや、降り立った、と言うより落っことされた、と言う方が正しいかもしれない。思いのほか、着陸の衝撃が強くて体がガクガクする。

 私がシートベルトを外しているとすぐにアヤも地面に降り立った。

アヤは慣れたもので、高さ1メートルくらいになったときにはすでにベルトを外して、私みたいにガンっと着陸しないためなのか、

身軽にシートから飛び降りていた。

 「ふぅー。とりあえず、飛行服脱ごう。ヘルメットは…いいや、ここいらにぶん投げておくか」

「うん」

アヤに言われて飛行服を脱ぎ、荷物の中にしまった。

それからアヤはシートの下から何やら小さな袋をとりだして中身をチェックしている。

「どうしたの?」

「あぁ、簡易の座標計算装置。位置的には…キャリフォルニア基地から、南に2、300キロってとこか」

「300キロ…歩きでは、無理だね」

「ははは、行けるかもしれないけど、楽しいハイキングってわけにはいかないだろうな。時間のこともあるし」

「こっからは、アタシのナビは役に立てない。レナ、あんたに頼む」

アヤはそう言って私の顔を見て、地図を開いた。

「今いる位置が、ここだ」

アヤが地図上をマークする。私はそれを覗き込む。確かにここはキャリフォルニアの中心部からは300キロほど南にある場所。

待って、だとすると…私は地図を東へたどる。すぐ近くに、街があったはずだ。

「あった、ここ!」

地図上で私は街を見つけた。距離にして、10キロほどだろうか。ベイカーズフィールドと言う街がある。

確かここには何度か、休日に連れ出されたことがあった。

「良かった。とりあえずそこへ行って情報を集めよう。ここが今、ジオンの制圧圏内なのか連邦の方なのかがわかんないと、正直不安だしな」

アヤはそう言って地図を仕舞い、座標の計算装置を握って荷物を背負った。

「おーし、西はこっちだ!道路でもありゃぁ、歩きやすいんだけどなぁ」

アヤはそんなことをつぶやいてから私を振り返って

「さぁて、もう一息だ。行こうぜ!」

なんて言って、にっこりと笑いかけてくれた。

113: 2013/05/02(木) 20:56:40.64 ID:VmD4ERcB0

 着陸した場所から30分も歩くと私たちの目の前には道路が現れた。その道路を歩くこと1時間ほどでベイカーズフィールドに到着した。

 ベイカーズフィールドは、かつてはジオン軍の統治下にあり、休暇中のジオン兵が訪れることも珍しくない街だった。

私も何度かここへ来たことがある。

軍事拠点はさらに南の大都市に置かれたため、この街は戦火には飲まれず、一見すれば平和なところではあった。

しかし、着いてみるとそこにはすでに連邦軍の姿があり、軍事車両の数々とともに複数機のモビルスーツが街の外側に置かれていた。

 「んー、あまり長居したくない場所だな…」

アヤはその景色を見るなりそうつぶやいた。

「情報を集めるにも危険そうだ…とりあえず、車の確保と…変装でもするか」

アヤの提案で、私たちはまず、中古車の販売店に向かった。そこで、現金で買えてすぐにでも乗り回せる、

もうだいぶくたびれた小型車を買った。もちろん、アヤのお金だ。

それからその車で、街で一番大きいショッピングモールへ向かう。

 「まずは…セルかな」

「セル?」

モールに入った途端、アヤがそうつぶやいた。セル…何かの略語だろうか?

「あれ、知らない?ジオンにはないのかな…」

アヤは小首をかしげた。正直、思い当たることはない。

「うーんと、なんだろう、個人無線機っていうか、携帯式の電話なんだけど…」

「あぁ!PDAのこと!」

「PDA…は、また別じゃないのか?」

「違うの??」

「PDAってのは、ほら、電話もできるコンピュータだろう?セルは、簡単なメッセージ送信くらいはできるけど、それ以外は電話くらいしかできないんだよ」

「そうなんだ…地球ではセルの方が良いの?」

「いやぁ、ま、手軽なのはセルの方だけど。レナがPDAの方が良ければ、そっちにしよう」

アヤがそう言ってくれた。種類はともかく、少なくともここから先は何が起こるかわからない。

すぐに連絡が付く手段は持っておいて損はないだろう。

 私たちはモール内の家電量販店へ行き、そこで2台のPDAを契約した。もちろん、アルベルトに作ってもらった戸籍で、だ。

それからアヤは同じ店で、何を考えているのか、アヤはそこでカメラの機材一式と、別のお店では化粧品を買い込んだ。

私が不思議がっていると

「まぁ、あとでな」

となにか企んでいるときのあのニヤニヤ顔で笑った。

そのあと、洋服店に行って、特に変装する必要がある私にあれこれと服を着せては

「あーこれは違う」

「おぉ、これかわいいな!」

「これは…うん、なんか、ごめん」

などなど…正直、この段階ではいつものおふざけだったみたいだが。私が着せ替え人形じゃないよ!と怒ってみたら、

ケタケタ笑いながら謝って、結局、これまでの地域では必要なかった冬物の服をそれぞれ一式購入して店を出た。

114: 2013/05/02(木) 20:59:54.89 ID:VmD4ERcB0

 車にもどった私たちは、そそくさと着替えを済ませる。

「レナ、あんたはちょっとお化粧して」

アヤはそう言って、買ったばかりの化粧品を私に渡してきた。

「えっと…うん…あんまりしたことないんだけど…」

正直、あんまり化粧の習慣がない私にとってはちょっと戸惑うことだった。

それをきいたアヤは、カメラ機材一式を箱から出してはセッティングしつつ、

「あー適当でいいから。目はサングラスで隠すし。ファンデーションだけぬっといて」

と言う。私は、アヤに言われるがままに、ファンデーションを塗る。

その間に彼女はカメラのセッティングを終え、入っていた箱をつぶして袋にまとめていた。

 「終わったよ」

私はアヤに声をかけた。アヤが私の方を見るなりにっこり笑って

「化粧映えする顔だな。似合うよ」

なんてことを言ってきた。なんだか気恥ずかしくなってしまう。

そんな私の気持ちを知ってから知らずか、彼女はいきなりグッと私に顔を近づけてきた。

「な、何!?」

ドキッとした。な、何する気…?!と身構えていたら、アヤは両腕を私の頭の後ろに伸ばしてくる。

その手が私の髪を梳いていく。

「ちょ…アヤ!?」

そ、そう言えば、最初のころに言ってたよね。同性愛者かって聞いたら…わ、割と、どっちでも良いって…

え、ちょ、なんで!?なんで今急にそんな感じになってるの!?


115: 2013/05/02(木) 21:01:37.35 ID:VmD4ERcB0

「あー、やっぱ髪は結っといた方がいいな」

私の顔から20センチもないところで私を見つめていたアヤがそう言った。アヤは私の肩までの髪を後ろで束ねていただけだった。

「もう!」

思わず、アヤを突き飛ばした。

「な、なんだよ!?」

アヤはわけがわからない、と言う風な感じで私に文句を言ってきた。

私は、自分がそんなことを考えてしまった気恥ずかしさでいっぱいでアヤのことを見れなかった。

「そ、それくらい自分でできるから!」

と言うと、アヤは

「んー」

と鼻を鳴らして

「なるべくアップにしてほしいんだ」

なんてことを言ってきた。髪型にまで注文を?なんで?アヤの…好み?

「ど、どうして?」

「うなじ出しておきたいんだよ」

私が聞くと、アヤは答えた。

「そ、その方が、良い?」

「あぁ、うん。顔じゃなくて、別のとこに視線を誘導したいんだ。男ってな、うなじだの胸だのに視線が行く生き物らしいからな。」

だ、だよね、そうだよね。変装のために、だよね…なんだか、内心ちょっとがっかりしている自分がいた。

そう言えば、服屋で選んだ私の服は、確かにちょっと胸のあたりが頼りない感じのものだった。

それを思い出して、思わず自分の胸に手を当てる。サイズは…あんまり自信ないな…。

それに比べてアヤは。そう言えば、そんなことを考えてアヤを見たことはなかったけど、その、む、胸は大きいっていうんじゃないけど、

しっかりと主張しているというか、キュッとしまってる感じと言うか…なんというか、その、う、うらやましい、と言うか…。

 そんな私を見たアヤが、ははは、と笑った。

「アヤのもそれなりに見栄えするから大丈夫だよ」

「わ、私まだなにも言ってないでしょ!」

「あはは。まぁまぁ。ほら、これで髪止めて」

アヤはまるで気にしてないみたいにそう言ってヘアゴムを渡してきた。なんだかその何でもない感じに腹を立てながら、私はゴムで髪を結った。

「オッケ、じゃ、仕上げだ」

アヤはそう言って、アイライナーを取り出した。そしてまたさっきみたいに私ににじり寄ってくる。

「動くなよー」

アヤは、この子絶対半分以上楽しんでるでしょ!?と確信を得られるぐらいの笑顔で、アイライナーを使って私の口元に何かを描いている。

終わると、さっき私が使ったファンデーションをそのあたりに少し塗って

「完成!」

と楽しそうに言って鏡を私に向けてきた。見ると、唇のすぐわきにホクロがある。

「どうだ!?セクシーだろ!」

そんなことを言いながら今度は、サングラスと、いつの間に買ったのかテンガロンハットを取り出して私にセッティングした。

するとアヤはお腹を抱えて笑い転げながら

「ほーら、もう別人!」

と言って、また大声で笑った。

116: 2013/05/02(木) 21:02:16.28 ID:VmD4ERcB0

「フリーのジャーナリストって設定な。アタシは記事担当で撮影はレナ…じゃない、アンナの役。

 あんたはとりあえず、そのカメラを大事そうに抱えてれば大丈夫だ」

「う、うん」

「とりあえず街に出て、情報を集めよう。夕方過ぎには街を出る。寝泊まりは…この車だな、狭いけど」

アヤはそう言ってポンポンと車のシートをたたいた。

 そう言われて、思わず私も笑みがこぼれてしまった。こんな車でも、あの時の戦闘機のコクピットに比べたらまだ広いし。

それに、アヤと一緒なら、どこで寝るにしても、私は安心していられる。

 気が付けば私はそんなことを考えていた。

117: 2013/05/02(木) 21:06:23.03 ID:VmD4ERcB0
キマシタワー建設がレナさんの中で始まっているのかどうなのか!

こんなgdgdな展開に君は生き延びることができたのか?!

次回アップは深夜か明日の予定。
ついにあの人が登場?!

ガンオンのアプデ、ソロモンつまんねww

120: 2013/05/03(金) 11:26:46.41 ID:0XcMYoE50

 街には、想像していたほどの混乱はなかった。

連邦軍が来て解放されたとよろこぶ街の人も少なく、ただ淡々と、日々の生活を営んでいるように見える。

 私たちは街の目抜き通りを歩いていた。

 一般の住民に紛れて、時折連邦軍人が目につく。警戒を緩めてはいけない。私は気を引き締めてあたりを観察していた。

 アヤは、と言えば、すれ違う軍人に目を光らせたりしながら、何かを探しているようだった。

「ア…レベッカ。どこか目的地があるの?」

私は、アルベルトが作ってくれた彼女の偽名を呼んで尋ねる。

「あぁ、うん。バーか何かが一番いいんだけど…さすがにこの時間じゃぁ、開いているところは少ないなぁ」

以前に来た際に、何度か行ったお店…名前なんだっけな、確か、ちょっと小道に入ったところだったと思うけど…

でも、まだお昼すぎ。とてもじゃないけど、酒場がやっているような時間じゃない。

とはいえ、そんなところが営業を始める時間までこの街にいるのは危険なように感じる。それはアヤも同じなようで、

「バーじゃなけりゃぁ、あとはどこがいいかな…」

とつぶやいていた。

 不意に、重いエンジン音が聞こえた。街の人たちの様子も途端にざわつき始める。

見ると、目抜き通りの向こうから大きな車両がこちらに向かって走ってくる。あれは…

「モビルスーツの運搬車だ」

アヤが言った。

 トラックの様でその後ろに、シートがかけられているが、巨大な何かが乗った荷台をけん引している。

車は私たちのすぐ前で停車した。運転席から軍人が数人降りてきて、伸びをしたり、近くにあった売店に駆けて行く姿もある。

 アヤが私に向かって人差し指を立てた。

―――離れよう

事前に決めた合図だった。

 私たちは足早にそこを離れようと歩き始めた。そんなとき、どこからか声がかかった。

「おーい、そこの、テンガロンハットの」

ギクッとした。あたりを見渡すが、そんなものかぶっているのは私くらいしかいない。

アヤと目があった。彼女が小さく舌打ちするのが聞こえる。私は声のする方を振り返った。

そこには連邦の軍人がいた。トラックから降りてきた中の一人らしい。初老の、くたびれて汚れた軍服をだらしなく来ている男だ。

「そうそう、あんただ」

目が合うと男はそう言って私に向かって手招きした。

「なんでしょう?」

ここで逃げ出すのもおかしい。私は返事をして、だが近づきはせずに彼を見つめる。アヤがすぐ隣に立った。

121: 2013/05/03(金) 11:29:29.64 ID:0XcMYoE50
「記者さんか何かだろ?この街は長いのか?」

男はそう聞いて来た。

「いや、一昨日ついたばかりなんだ。良く記者だってのがわかったな」

アヤが言う。

「そんなカメラ持ってりゃぁ、そうじゃないかって思うだろ」

男はそう言って笑う。それから

「それにしても、そうか、まだ日が浅いんだな。このあたりで良い飲み屋知ってりゃぁと思ったんだが」

と肩をすくめた。

「飲み屋ねぇ、悪いな、良くは知らないが…」

アヤはそう返事をしながら、男に近づいて行った。私も慌てて後を追う。

 男は近づいてくるアヤを迎え入れるようにトラックに寄りかかった。男のすぐそばまで行くとアヤは小さな声で

「あそこに見える、ダイニングバーだけはやめといた方がいい。飯がひどかった」

と通りの向こう側に見える店を指差して囁いた。

「あー、ホントかよ。そりゃぁ…なんだ、気を付けるよ」

男は残念そうにしながら、タバコに火をつけた。

 まぁ、さっき着いたばかりの私たちもそのお店に行ったことはないのだけど…アヤのこの感じも、もう慣れたものだ。

 「あんたたちはどこから来たんだ?」

アヤが尋ねた。きっと、この兵士から情報を引き出すつもりなんだろう。

「あぁ、俺たちはヨーロッパ戦線からこっちへな。ベルファストから東海岸の侵攻で北米大陸に来て、あとはこっちで旅暮らしさ」

「そうか…故郷が恋しいだろうな…」

「そうさなぁ。まぁ、キャリフォルニアが片付けば、休暇で家にも帰れんだろうよ」

男は少しさみしそうにしたが、最後にはそう言って笑い飛ばした。

「戦況はどうなんだ?」

「こっちのか?なんでも、打ち上げ基地は、さすがに激しい抵抗だって話だ。

 今は先導部隊が牽制をかけているらしいが、それだけじゃ数不足らしくてな。こっちの本隊が防衛線を破るまでは、終わらんだろう」

「そうか、それならまだアタシらの飯のタネは転がってそうだな」


「ははは!違げえねぇ!そうさな、ひどい飯屋を教えてくれた礼になるようなことと言えば…

 一番の激戦になりそうなのはここより北西のモントレーってとこだっつうことくらいか。

 なんでもジオンの潜水艦隊の駐留基地があるらしくてな。ちょっとした海戦になるかもしれん」


 モンテレー。確かにそこには、キャリフォルニアの打ち上げ基地と連携できる潜水艦隊のドックがあった。

そこを放棄していないのであれば、激しい戦いになるだろう。

「ここから北はどうなんだ?」

アヤがさらに尋ねる。

「こっから北は、ほとんど荒野だ。ちょっと前に、ストックトンとかって拠点を奪回したし、めぼしい敵拠点はもうないはずだ。

 ぼちぼち、味方の陸戦艇が到着するから、戦闘隊の連中は今夜にはそいつに乗って…おっと、こいつはまだしゃべっちゃまずいんだった」

男はそう言いつつ、ニヤリと笑った。


122: 2013/05/03(金) 11:31:29.81 ID:0XcMYoE50

「なんのことか良くわからなかったな」

アヤもそう言うと、ニコッと笑った。それから

「話を聞かせてくれて助かったよ。気を付けて」

と言って男と握手を交わした。男の手には紙幣が握られている。

「あぁ、良いってことよ。さて、俺もあいつら戻ったら、本部様に報告にいかねぇとな」

男はアヤから渡された紙幣をそっとポケットにしまいながら、けだるそうに言った。

「あ」

思わず声を上げてしまった。

「な、なんだよ」

アヤがすこし戸惑った様子で聞いてくる。

「そっちの道を入っていったところにある、ソードってお店は、お酒も料理もおいしい…って噂、だった、よ」

さっきアヤとバーを探していた時に思い出せなかった店の名前を思い出した。

「へぇ、ありがてぇ。今夜はそこで決定だな」

男はそう言って笑った。

 私たちは彼に手を振って、その場を後にした。

 目抜き通りを、車を止めた駐車場の方へと歩く。

「ビッグトレーが来る、か…」

アヤがつぶやくように言った。

「陸戦艇ね」

「あぁ。今夜出るという話だったから、おそらく明日の朝には総攻撃をかける準備が整っちまう。

 さっき聞いた、モントレーって言ったか?そこの攻略にどれほどの時間がかかるかにも依るだろうけど…」

アヤの言葉に、私は思考を走らせた。モントレーには確かに、潜水艦のドックはあったけど、果たしてあそこで戦闘が起こるのだろうか?
今、ジオン軍は、味方を次々と宇宙へ打ち上げているはずだ。そうなれば、当然戦線は縮小していく。

防衛線も狭まっているだろう。南はモントレー、東へはサクラメントとストックトン、北はサンタ・ローザ。

この点を結んだラインが最終防衛線になるはずだ。でも、さっきの兵士の話では、ストックトンはすでに陥落している。

だとすれば、防衛線はほとんど機能していないと考えるべきだ。そんな段階で、モントレーのあの位置に潜水艦隊を置いておくだろうか?
打ち上げ基地はサンフランシスコの湾内にある。

もしギリギリまで基地を維持するつもりなら、潜水艦隊は基地で水際防衛にあたらせる方がいい。


「モントレーは、もう撤退しているかもしれない」

「そうなのか?」

「うん。ストックトンが連邦側に落ちたということは、防衛線の維持は出来ていないと思う。

 防衛線にいた戦力は全部、基地周辺に配置されてる可能性が高い…」

「なるほど…だとしたらマズイな。いくらなんでも、そんな局地点への総攻撃となったら、そいつはもう飽和攻撃だ。

 物量で押し込まれる」

「うん」

「時間ないな、急ごう」

そう言って、駐車場へ続く細い路地へ曲がった。

123: 2013/05/03(金) 11:32:55.46 ID:0XcMYoE50

 私とアヤは細い路地を早足で歩く。

10メートルも進んだところで、目の前に突然3人の男がのそりと姿を現し、道をふさいだ。連邦の軍服を着ている。

若い男が両側に、そして真ん中には30代後半くらいの男。   

彼らは私たちを見ていた。確信のこもった目で。

―――しまった!

考え事に夢中で、気配を感じられなかった。

「アヤ!」

私は彼女の名を呼んできた道を引き返そうとした。

しかし、振り返った先にも連邦の軍服を着た男が4人、道をふさぐようにして立っていた。

 囲まれた!どうして!?ずっとつけられていたの!?

私はとっさに隠し持っていた拳銃を引き抜いた。なんとかして、切り抜けないと…アヤが!

そう思っていた次の瞬間、アヤが目の前の男たちに駆けだした。

「アヤ!ダメ!」

途端、胸が切り裂かれるように痛んだ。あんなに言ったのに、アヤ!なんとか二人で生き残ろうって言ったのに!

危険なことはするなって、あれほど言ったのに!

 でも、私の想いは、彼女には届かなかった。

アヤは3人のうちの真ん中に立っていた男に思い切り突っ込んだ。

「バカ!」

私もアヤのすぐ後に続くが、男はアヤの体当たりをまるでなんでもないかのようにこらえる。

私は足を止めて、男に拳銃を向けた。

「彼女を離しなさい!」

声の限りに叫んだ。

124: 2013/05/03(金) 11:33:21.64 ID:0XcMYoE50

 男は、アヤの体を捕まえている…捕まえ、て?…良く見ると、アヤは男にしがみつくようにしている。

 何か変だ。アヤのあれは体当たりでも体術でもない。男も、捕まえているというより…アヤを抱きしめているようだ。

なんだ、いったい、何が起こってるの!?

頭の中の整理がつかないまま、私が後ろの男たちと前の男たちに交互に銃を向けて威嚇していると、アヤが叫んだ。

「たいっちょぉぉ!」

たいっちょう?たいちょう…隊長!?まさか!

「お、おぉい、アヤ、この子なんとかしろよ!」

後ろにいた男たちから声が上がった。

それに気づいたアヤが、隊長に抱き着いたまま私を振り返る。

「あ、あ、レナ!大丈夫、この人たちは、大丈夫!」

アヤは慌てたようにそう言いながら私のもとに戻ってきて、混乱している私の手に握られた拳銃を、ジャケットの下にしまわせた。

それから、私の肩を抱いて、

「レナ、紹介するよ。あれが、あたしの隊長と、あとアタシの隊の仲間、家族」

とアヤは今抱き着いていた男と他の男たちを指して言った。

それから、男たちに、

「みんな。アタシの…相棒?ジオン兵のレナだ」

と所属まで紹介した。

 唖然としてしまった。どうして?どうしてアヤの部隊の人たちがこんなところに?

頭の整理と言うより、一瞬で吹き出した緊張状態が抜けずに、頭の中が高速で空回りしているような感じだ。

アヤの言っている言葉の意味すら良くわからない。

 でも…でも。そう、大丈夫、大丈夫なんだよね…

 そう思った瞬間、膝がガクガクと震えて力が抜けて立てなくなった。

まるで背骨がなくなってしまったみたいに私は膝から崩れ落ちそうになる。

それをまた、アヤがガシッと掴まえて支えてくれる。

「アヤ、ここでは話しづらい。着いてこい」

隊長はそうとだけ言うと、私たちに背を向けて細い路地を進んでいった。

私はまだ、安心感でも危機感でもない、ガクガクと震えて真っ白なまま、

ただ、アヤの体にしがみついて、崩れ落ちそうになるのをこらえていた。

128: 2013/05/03(金) 22:39:47.32 ID:0XcMYoE50

私とアヤは、彼らに連れられて車で街のはずれにある建物の地下のバーに連れて来られていた。

お客は私たち以外はいない。アヤの隊の人数は、ここに着くまでにもう1人合流して、合計8名になった。

「人払い頼んでおいた。まぁ、こんな時間だし、客はそもそもいなかったけどな」

隊長が言った。それから私の顔をじっと見ると申し訳なさそうに

「びっくりさせてすまなかったな。ブラついてたら思いがけず見つけちまったもんで、

 あのタイミングであの場所でくらいでしか呼び止めらんなかったんだ。街中じゃぁ、目立っちまうし」

と謝った。

「こいつから聞いていると思うが、俺はレオニード・ユディスキン大尉。こいつらの世話をしてる」

「わ、私は…その、ジオン地球方面軍、レナ・リケ・ヘスラー…少尉です」

私も戸惑いながら自己紹介をする。すると別の男が

「なーんだよ、アヤ!こんなかわいい子と一緒なんだったら言えよな!」

と声を上げた。

「うっさい!あんたは黙ってろよ、ヴァレリオ!」

アヤが楽しそうに男に怒鳴り返す。

「僕はハロルド。以後よろしく」

別の男が丁寧にあいさつをしてきたと思えば

「ベルント・アクスだ」

と簡潔に話す無口な男もいる。

「おい、アヤ、俺たちもちゃんと紹介してくれよ」

また別の男が声を上げる。

「わーったよ!順番な!」

アヤはわざとらしく煙たそうな表情をしてそう言ってから、私を見やった。

それはまるで、私に『大丈夫?』と私に聞いているような感じだった。

私は、出されたお水を一杯、一気に飲み干してため息をついてから、アヤに向かってうなずいて見せた。

すると、アヤはニッコリとほほ笑んでくれる。

129: 2013/05/03(金) 22:41:13.46 ID:0XcMYoE50

「じゃぁ、紹介するよ。隊長は、もう済んだね。じゃぁ、まずはこいつだ」

アヤはそう言って、一人の男を指した。彼は精悍な顔立ちで、まだ若いのだろうけど、

そんな外見とは裏腹に落ち着いた雰囲気が伝わってくる。

「こいつは、ハロルド・シンプソン中尉。うちの2番機で、副隊長だ」

「はじめまして。隊長を通じて話は聞いていたよ。大変だったね」

彼は落ち着いた声色でそう言った。アヤに似た、なんだか安心できる感じがする。

「それからこっちが、3番機のダリル。ダリル・マクレガー少尉だ。アタシとつるんで問題起こすのがだいたコイツだったんだよ」

次の男は、人懐っこそうな表情をする人で、体は大きいけど、愉快そうな感じがする。

「ダリルだ。あー、まぁ問題起こしてたのはアヤだけで、俺はだいたいフォローしてただけってのが、真実なんだけどな」


「だー、お前、ここへきて裏切るのか!もういいよ!で、次が、4番機のベルント・アクス少尉。

 真面目でつまんないヤツなんだけど、腕は確かなんだ」

「よろしく」

彼は口数も少ないようだ。表情もなんだか、味気ない。

「で、次が5番機、我らがエースのフレート・レングナー少尉。

 うちの隊で一番撃墜数が多いんだけど、撃墜されてる回数も一番多い、いろんな意味でのエース」

「おいおい、落とされた回数のことは言うなって。恥ずかしいだろ!」

そう不満を上げた彼だが、どことなく、自信にあふれているような雰囲気がある。自信だけではなくて、男気、みたいなものも。

きっと被撃墜数が多いのも、誰かを守ったり囮になったりすることが多いんじゃないかなと感じる。

「で、次は6番なんだけど、こいつは紹介しないで良くって…」

「ちょっと待て!お嬢さん!俺はヴァレリオ!ヴァレリオ・ペッローネだ!よろしくな!」

どことなくひょろっと細長い印象のこの人は、なんだか軽薄そうだ。

「入隊したてのころ、延々3か月くらいアタシを口説き続けてたんだ、こいつ。レナはこいつとは口きかない方がいいぞ。

 てか、だいたいヴァレリオ!お前曹長だろ!レナはアタシと同じ少尉だぞ!敬意を払え、敬意を!

 って、あんたそういやアタシにも敬意を払えよ!上官だぞ!」

確かにそんな軽薄な感じがする。そう思ったら少し笑ってしまった。

130: 2013/05/03(金) 22:41:49.18 ID:0XcMYoE50
「えぇと、次は、7番!アタシ!」

「それは、うん、知ってる」

「じゃぁ、次は、8番機…は、あれだ、うん」

「カレンさんね」

「あぁ。まぁ、残念だった…」

「うん…」

「で、次が、9番機、アタシの妹分のマライヤ・アトウッド曹長」

「こんにちは、レナさん!」

彼女が、途中で合流てきた子で、この店での密会の手筈を整えてくれていたとのことだった。

かわいい感じのする、妹分、と言うのがぴったりの感じがする。

「そして最後が…えーと、お前、名前なんだけ?」

と最後に一人残された男に、アヤが聞き返した。

「ちょ!アヤさーん!それはひどいっすよ!」

彼はアヤにそう悲鳴を上げてから私の方を見やって、

「自分は、デリク・ブラックウッド曹長です。アヤさんの下で、操縦を学んでました」

と言った。

「若いんだけど、スジがいいんだよ」

アヤはフォローのつもりなのかそう言ってまた、幸せそうな笑顔を見せた。

 正直、全部の人の名前と顔のすべてを覚えようとするのは難しそうだ。

 でも、みんながみんな、とても暖かい人だっていうのは感じられる。この中にいて、アヤはこの人たちを家族だ、と言った。

その気持ちはなんとなく理解できるような気がしている。

 「それで、隊長。話ってのは?」

不意に、アヤが会話の流れを本題に戻した。

「おう、そうだったな」

隊長はそう言って腕組みをした。

131: 2013/05/03(金) 22:43:01.53 ID:0XcMYoE50
「恐らく、今夜中にはビッグトレーが出発する。明日の朝にはサンフランシスコ周辺に展開して、総攻撃になる予定だ。

 モンテレーに敵艦隊が残ってるって話もあるが…俺はそれはないと踏んでいる。

 味方機がさっき、モンテレー上空で被弾して不時着したって情報も届いているんだが…

 対空砲程度があったとしても、主力はサンフランシスコの拠点に集結していると考えるのが自然だ」


味方機が被弾して不時着って…それってもしかして

そう思って私はアヤの方を見るとアヤも私を見つめていた。

「あー、たぶん、その不時着機ってのはアタシらが乗ってきた戦闘機だ。正確に言えば、墜落させちまったけど…」

「お、ってことは、あの指令書の作戦はうまくやったんだな?」

隊長がそう聞いたのでアヤよりも先に私が

「その件では本当にお世話になりました。なんてお礼をいったらいいか…」

とお礼を言う。すると隊長は


「だはは、まぁ、うまく運んだんなら何よりだ。気にしなさんな。アヤの頼みとあっちゃ、断るわけにもいかなかったしな。

 それよりも、今日こうしてあんたに会えて、アヤがどうしてこんなに肩入れしてんのかってのがわかったよ。

 うちのかわいい妹分とその大事な人を助けるのに、あの程度の骨身を惜しむようなヘタレたオメガ隊じゃぁねえさ」


と言ってくれた。


「それよりも、聞け、アヤ。明日には総攻撃になる。だから、今日中にお前たちはサンフランシスコに入っておかなきゃならない。

 でなければ、お前の宝物をシャトルに乗せることができなくなる。俺たちも作戦がある以上、サポートできることは限られてる」


「わかってるよ、隊長。しかもビッグトレーが今夜出る、ってことは、少なくともそれより先に出発して、

 追いつかれないアシで走って、なんとかジオンの勢力内に飛び込む必要がある」


「ああ、そう言うことだ」

「あのポンコツで…4時間ってとこかな」

アヤは表に止めておいた車のことを指して言う。

「いや、道路も各地で寸断されていて、まともには走れない」

「なんだって?」

「車は走れねぇんだ。だからま、こいつを見ろ」

隊長は、机の上に手書きの地図を広げて見せた。

132: 2013/05/03(金) 22:43:36.01 ID:0XcMYoE50
「この街から北へ15キロも進むと道の脇に崖が出る。

 その崖の横穴に、何日か前に俺らが鹵獲した武装ホバートラックが一台隠してある。それをつかえ」

「隊長、なんだってそんなものを?アタシらがここに来ることがわかってたってのかよ?」

確かに、アヤの指摘はもっともだ。この広い北米大陸のどこにたどり着くかなんてわかるはずがない。

しかも、隊長は、基地から戦闘機を借りて無事に出撃してきたことも知らなかったようだし…



「備えあればって言うだろう。ここのほかにもいくつか、同じようにして隠した移動手段を用意してた。

 正直言うと、あの戦闘機で基地へそのまま着陸する方法を選べればとは思ったんだが、

 さすがに警戒網が厳しかったようだしな。ニホンからまっすぐキャリフォルニアを目指すのなら、

 北へ接近するより、このあたりへ出た方が航路の計算がしやすいだろう?」


「そ、それはそうだけど…」

「まぁ、だが、こればっかりは偶然だな。俺たちもこの街へ来たのは3日前なんだ。

 だはは!オメガ隊の悪運ってやつはまだまだ健在らしい」

「はは、そうかも、な」


「まぁ、あれっきりお前からの連絡は一切ないし、こっちは情報がなかった分、対応が限られちまってすなまいと思ってる。

 今回はほんとに運が良かった。できたら、もういくつかやってやれそうな案もあったんだが、任務こなしがらだと、なかなか難しいな」

「いや、隊長、感謝してるよ」

アヤは感激したのか目を潤ませている。この隊長は、確かにすごい。

数少ない情報と状況を頼りに、不測の事態まで想定したプランを複数準備してくれていた。

これは天性のものなのか、それとも、彼からにじみ出ている数々の戦闘を切り抜けてきただろう経験からきているものなのか…

「だが、できるのはここまでだ。あとはアヤ、お前が頼りだぞ。無茶はすんな」

「あぁ、わかってるよ」

隊長はそう言って笑った。アヤのことを見ていて、すごく機転が利いて、

選択も判断も早くて自信をもってそれらを実行していくさまはすごいと思っていたけれど、

この隊長はアヤのそれをはるかに上に行っている。本当に、すごい人だ。

 「話が分かったら、飯を食おう。ささっと準備して向かってやらないと、レナさんが乗り遅れちまうんだろ?」

「うん、そうなんだ。それには何とか間に合わせるよ」

アヤは力強くそう言ってくれた。

 でも。

 当の私は、と言えば、まだその言葉を素直に聞けるような気持には、なれていなかった。

140: 2013/05/04(土) 11:28:12.56 ID:nPZkj2RQ0

 「へぇ、なんだこいつは?」

武装ホバーを見てアヤが言った。

ホバー自体はごく普通の軍事車両だったけれど、屋根の部分には大きな可動式の砲塔が付いている。


「詳しくは知らんが、ダリルが言うには現地改修車じゃねぇかって話だ。くっついてんのは連邦軍の対戦戦艦用の120mm実弾砲。

 モビルスーツなんかでも、狙撃翌用ライフルとして装備してるやつがいるが、まぁ、その銃身を徹底的に切り詰めたもんのようだ。

 そんなんだから、遠距離での命中精度は当てにならんが…ないよりましだろう」

隊長が言った。

 私たちは、隊長に連れられて街から北に少し走ったところにあった崖の横穴に来ていた。

あたりはすっかり真っ暗で、人気は一切ない。こんなうまい隠し場所もそうそうないだろう感じがする。

アヤは隊長と一緒に、トラックの荷台に、私たちが使っていたオンボロ小型車を積み込み終えていた。

「燃料の方は十分だ。だがそれだけに、」

「撃たれたら、火だるま、か」

「そういうことだ。見て分かる通り、小銃を防ぐ程度の装甲しかない。モビルスーツやら戦車を相手にするのはもっての外だ。

 ランチャー持った歩兵にだって吹っ飛ばされかねん。極力、交戦は避けるべきだな」

「なぁに、そんなのは得意分野だろ」

隊長とアヤが話をしている。

 「アヤさん、レナさん、どうか気を付けて」

ここまでついてくる、と言って聞かず、先導する隊長の車ではなく、

私たちのオンボロ車に無理やり乗りこんできたマライアが私たちを心配してくれる。

「あぁ、わかってるよ。ここまで来てヘマしてたまるかってんだ」

アヤはそう言って笑い、それから

「お前も氏ぬなよ、マライア。この作戦が終われば、戦場は宇宙になる。

 アタシら地上部隊はお役御免で、あとはのんびりジャングル警備生活だ」

「はい!」

マライアは元気よく返事をした。なんだろう、まるで子犬みたいな子だな。

 「よっし、レナ、行こうか」

アヤの声がかかった。

「あ、うん!」

私はそう返事をして、隊長の方へ向き直った。

「何から何まで…なんてお礼を言ったらいいか」

すると隊長は、豪快に笑って

「まぁ、気にすんなって。今度会うときゃ戦場で睨み合ってるかもしれん。

 礼をしたいってんなら、そんときに俺たちを見逃してくれりゃぁ、それでいい」

と言った。

 そう、そうなんだ。私が宇宙へ、ジオンへ帰るというのは、そう言うことなんだ…。

「まぁ、達者でな。うちのアヤを、頼むよ」

隊長はそう言って手を出してきた。私も手を伸ばして彼の手をギュッと握った。

 アヤがホバーのエンジンをかける。私は隊長とマライアに手を振って、ホバーに乗り込んだ。

 モーターのような音が高まって、ホバーは滑るように動き出すと、洞窟を出て、荒野の中を走り出す。

操縦席の中にあった後方を映すモニターの中で街の灯とうっすら見える洞窟が、どんどん小さくなっていった。

141: 2013/05/04(土) 11:30:06.07 ID:nPZkj2RQ0
 「良い人だったね、隊長」

私はアヤに言った。

「だろう?頼りになるな、やっぱり」

アヤは胸を張って答え、笑った。

 この先を行けば、ジオンの拠点だ。そこにはきっとHLVかマスドライバーに戦艦でも来ているかもしれない。

それに乗って私は宇宙へ帰る。アヤとも、もう少しでお別れだ。正直、船の上ではそんなこと思っても一切実感がなかった。

でも、今は違う。基地について、シャトルに乗って宇宙に飛び立つとき、私は何を思っているだろう、

そして、きっとどこかでそれを眺めているだろうアヤは、どんな気持ちで私を見送っているのだろう。

そんなことを考えてしまっていた。

 そもそも、私はどうして宇宙へ帰りたいのかな?もう、あそこには誰もいない。

そりゃぁ、友達くらいはいるけれど、家族はみんな氏んでしまった。私の帰る場所、私の家は、もうただのもぬけの殻だ。

でも、でも。ジオンを裏切るというのは、ジオンのために尽くしてきた、氏んでしまった家族を裏切ることになる。

そんなことはしたくない。

―――家族

 ふと、アヤの声が聞こえてきたような気がした。アヤは、隊のみんなを家族だと言った。

いや、前の話なら、彼女は自分が知り合った人、出会った人すべてと家族なんだと、そうなりたいんだと言った。

だとしたら、アヤにとっては、私も家族だってことなのかな?血は繋がってないけど、それでも。

私にとって、アヤは…確かに、家族みたいに近くて、頼もしくて、安心できて、甘えられて、言いたいことを言えて、ケンカもできる、

そんな相手だ。

142: 2013/05/04(土) 11:33:01.58 ID:nPZkj2RQ0

「なぁ、レナ」

急にアヤが話しかけてきた。

「な、なに?」

慌てて返事をする。

「あんたさ、宇宙に帰ったら…いや、すぐじゃなくてもいいんだけどな。戦争が終わって、落ち着いたらで良いんだけどさ。

 また、アタシに会いに来てくれるよな?」

「え?」

な、なんだって、急にそんな話をするの?

「いや、ほら、前に話したろ?船買って、ペンションでもやりたいなって、さ。もし形になったら、遊びに来てくれるだろ?」

「う、うん!もちろん!」

私は答えた。答えたけど、ザワザワと胸の中が沸き立っていた。だって、だって…こんなのはまるで…

「約束だぞ?ホントはお客第一号で来てほしいんだけど、まぁ、どんなタイミングになるかわからないから、そんな贅沢は言わないよ。

 でも、来てくれたら、また釣りしような。あと泳ぎも教えてやる。ダイビングも楽しいんだぞ?あのあたりは熱帯の魚が多くて、

 黄色とかグリーンとか、ピンクとか、きれいな魚がたくさんいるんだ。そう言うのも、レナに見せてやりたいんだ」

143: 2013/05/04(土) 11:35:27.78 ID:nPZkj2RQ0
「アヤ…」

「だからさ、あんた、宇宙に帰っても、絶対に氏んじゃだめだぞ。ヤバくなったら逃げるんだからな。

 戦争が終わるまで、絶対に生き残れよ」

「うん…うん…」

 アヤは前に言った。宇宙へ帰るのも、帰らないのも、私の気持ち次第だって。

アヤはただ、私が望むように在れるために手を貸したいだけなんだって。

でも、じゃぁ、私は今、何を望んでいるんだろう?

「寂しいよなぁ」

アヤがぽつりと言った。

「え?」

「寂しいよ、やっぱさ、別れは」

何かが、私の胸に突き刺さった。得体の知れない感情が胸の内にこみ上がってくる。

何か、何かを言わなきゃ…そう思ってアヤの顔を見て、口を動かそうと思ったけど、何も、何も出て来なくて、

パクパク口を動かすので精一杯だった。

 アヤが私を見た。彼女は、半分泣きそうな、でもいつもみたいに明るい笑顔で

「なんだよ、その顔。マヌケに見えるぞ」

と言って私を片腕で抱き寄せた。私もアヤにすがりついた。

 暖かい。最初に会ったときもそうだった。思えば、コクピットで眠る前、

ワニが来るから騒ぐなと言って圧し掛かってきて私を黙らせたアヤも、暖かかった。

旅の最中は、体調を崩したり、ヘナヘナ力が抜けたりして、アヤに抱えられてばかりだったな。

迷惑かけてばっかりだな、って思っていたけど、でも本当はそうしてもらえるたびに、うれしかった。

味方なんて近くにはどこにもいないこの地球で、家族の居ないこの世界で、アヤだけはずっとそばにいてくれた。

こうやって抱きしめて、支えてくれた。それがどんなに私を助けてくれたか。どんなに、幸せだったか…。

 気が付けば、私はアヤに何も言えず、ただこみ上がってくる感情を抑えきれずにしゃくりあげて泣いていた。

そんな私を、アヤは腕でしっかりと抱きかかえて、優しく髪を撫でてくれていた。これまでと変わらない、優しいぬくもりだった。

「レナ、約束だぞ」

うん

「約束だからな」

うん

私はアヤの言葉に、しゃくりあげながら、何度もうなずくことしかできなかった。



 「おい…あれ…」

どれくらい時間がたったのだろうか。私は、ずいぶんと長い間、アヤに抱きかかえられたまま泣いていたけれど、

彼女のそう言う声に顔を上げた。

 アヤが見つめる、フロントガラスのその先には、夜の暗闇にぼうっと浮かぶ奇妙な明かりが見えた。

まるで、夜空が、何か強い光に照らされているようだ。時折パパパッと閃光のようなものが走る。あれは…

「あれは…」

アヤが息をのんだ。私にも、わかった。

「あれは、戦闘だ」

アヤが言った。

147: 2013/05/04(土) 21:24:59.69 ID:nPZkj2RQ0

 「おい…あれ…」

どれくらい時間がたったのだろうか。

私は、ずいぶんと長い間、アヤに抱きかかえられたまま泣いていたけれど、彼女のそう言う声に顔を上げた。

 アヤが見つめる、フロントガラスのその先には、夜の暗闇にぼうっと浮かぶ奇妙な明かりが見えた。

「街…?」

私は、涙で滲んだ目をこする。

 いや、街の灯ではない。まるで、夜空が、何か強い光に照らされているようだ。

時折パパパッと閃光のようなものが走る。あれは…

「あれは戦闘だ」

アヤが言った。

 そうだ、あれは戦闘の光だ。

「くっそ、なんだってこんなとこでドンパチやってやがんだよ!」

アヤがそう怒鳴りながら、計器のパネルをいじって、いくつかのスイッチを入れた。

フロントガラスに防弾壁が降りてきて、代わりにガラスへ外部にあるカメラが映し出した映像が投影される。

「暗視モニターのスイッチどれだ?」

「たぶん、これ!」

私はアヤに抱えられたまま、計器のスイッチを押した。画面が緑がかり、暗闇が明るく映し出される。

 そこには、煌々と燃える火と、崩壊した小さな町のような建物の影。そしてその中で戦闘を行うモビルスーツの機影…

「ムチツキが1機に…連邦はジム1個小隊…あのムチツキ、たった1機でなにしてんだ?」

私はアヤの体から離れて助手席側にあるスコープを引っ張り出して覗いた。倍率を上げていく。

町の建物の陰に見覚えのあるシルエットが見えた。

148: 2013/05/04(土) 21:26:12.87 ID:nPZkj2RQ0
 あれは輸送機?ファットアンクルだ。

「輸送機を守ってるんだ」

「輸送機?見えるのか?」

「うん、建物の陰になってちゃんとは見えないけど、でも、確かにあれはジオンの輸送機」

「あの小さい太っちょだな、見たことあるぞ…ちきしょう、あの連邦、送り狼ってワケか」

「迂回しよう!このままだと感づかれちゃう!」

「あれを黙って見逃せってのかよ!」

私の言葉にアヤは声を上げた。グフだけじゃない、輸送機がいるということは撤退する兵士たちが乗っているに違いない。

そんなこと!

「わかってる!悔しいけど、でも!」

「あんなのは、戦争ですらない…!あんなもん見逃したら、アタシは絶対に後悔する。

 そんなことしたら、アタシは明日魚食べてもうまく感じないし、

 あのきれいな海と空を見ても、きれいだって感じられなくなっちまう。そんなのは、ごめんだ」

「アヤ…」

「レナ、あんたは降りろ。ここからなら、道がなくたって後ろに積んでるオンボロで2時間も走れば基地に着ける。

 アタシの荷物もってけ、ジャイロが入ってるから、それを使えよ」

「アヤ、こんなトラックで突っ込んでも勝ち目なんかない!」

「策はある!時間がないんだよ!

 戦闘終わったときにホバーもオンボロも走れなくなってたら連邦本隊に追いつかれて終わりだぞ!わかれよ!バカ!」

バカはアヤの方だ!こんなときに、こんなトラックなんかでモビルスーツ3機とやり合うなんて正気じゃない…

でも、策はある、今、アヤはそう言った。

「本当に、策はあるのね」

「あぁ?あるよ!無駄氏にはごめんだ」

私は、覚悟を決めた。

「なら、私も行く。私も、手伝う」

「レナ!あんた、何言ってんだ!」

アヤは驚いていた。私はそんなアヤに構わずに、なるだけ心を落ち着けてアヤの目を見た。


「策があって、確実に勝てる方法があるんなら、私もやる。約束だから。アヤのことは私が守る。

 だから、アヤ、あなたも私を氏なせないように、私を守るために、うまくやって。

 このホバー、一発でももらったら二人とも氏んじゃうからね。あなたがバカやるときは、私が止める、そう言う約束。

 でも、その責任は、ちゃんと取ってよ。戦闘が終わったらまた、シャトルに間に合う策を立てて」


私はアヤにそう言いきって、席についてシートベルトを締めた。ここまで来て、アヤを一人にしてたまるものか。

アヤに投げ出されてたまるものか。

149: 2013/05/04(土) 21:26:57.48 ID:nPZkj2RQ0

「レナ…」

「何か文句ある?」

「…いや、ない」

「よろしい」

「なら、レナ!射撃翌頼む!」

「了解!」

私はスコープを引き寄せて、それから手元にあった、砲台操作のために後付けされたと見えるレバーを握った。

「安全装置、解除。いつでも撃てる!」


「よぉし、レナ!あいつら機体の構造上、ひねりに弱い!旋回を続けてればそうそう照準には捕まらない!

 連邦機の背後に回るぞ!背中のバーニアか、股関節部分の装甲の隙間を狙え!」

「オッケー!」

ホバートラックが速度を上げた。前方の戦場を右に迂回していく。

 モビルスーツがぐんぐん近寄ってくる。すでに、肩に入っているエンブムが肉眼でも確認できる距離だ。

 「ちっ!」

アヤが舌打ちした。それと同時に、モビルスーツの一機がこちらを向く。

―――撃たれる、ビーム兵器だ…!

直観だった。モビルスーツが手に持ったビーム兵器を振り上げてこちらに照準を付ける動きがイメージに入り込んでくる。

私はほとんど無意識に照準を合わせてトリガーを引いた。

 バガァァン

激しい砲撃音とともに車体が大きく揺れた。

次の瞬間、照準をつけようとして振り上げた携帯用のビーム兵器が爆発し、その腕ごと吹き飛んだ。

「まず1機!」

アヤがグンっと操縦桿を回して、ホバーはモビルスーツから離れるように旋回を始める。

連邦のモビルスーツの爆発に好機を見つけたのかグフが持っていたヒートソードを光らせた。

「グフが出る!アヤ、援護!」

「ムチツキ、そんな名前だったんだ!言いにくい!」

「いいから!」

「左へ切るぞ!足元狙え!」

またグイっとホバーが向きを変える。私は、横に流れていく連邦のモビルスーツの足元に狙いを定めた。

 バガァァン

再びの砲声。弾はモビルスーツの足元に着弾した…いや、当たったはず!

 着弾に気付いたモビルスーツがこちらを振り向こうと一歩足を引いた。しかし、その足は半分が破損している。

引いた足を地面に着いてからそのことに気付いたようで、その場でバランスを崩したモビルスーツにグフがヒートソードで斬りかかった。
左肩から右わき腹までを袈裟懸けに切り捨てられる。

150: 2013/05/04(土) 21:28:45.52 ID:nPZkj2RQ0

「レナ!」

「うん!」

バランスを崩したモビルスーツの脚の付け根に照準を合わせて三度目のトリガーを引いた。

 砲撃音とともに、連邦のモビルスーツの片脚がもげて、上体から地面に崩れ落ちた。

 私とアヤは、瞬く間に、グフ1機とともに3機のモビルスーツを撃破していた。

「ひゃっはー!レナ!すげー腕してんな!」

「はぁ、はぁ、はぁ…」

はしゃぐアヤをよそに、私は荒くなった呼吸を整えていた。

そのわずかな時間の間、今起こった戦闘がまるでフラッシュバックのように脳裏によみがえってくる。自分でも信じられなかった。

いや、射撃には自信があったし、この距離だ、当てるだけならどうとでもなる。

でも今のはそうではない。腕と足元と、そして股関節。どれもパイロットへの致命傷を避ける位置だ。狙った通り、に。

グフに斬られた一機以外は融合炉に損傷の可能性はないはず。

私は、自分自身がこんな戦いをすることは初めてだったし、まさかできるとも思っていなかった。

でも、戦闘のさなか、まるで敵の動きが頭に入ってくるような妙な感覚があった。きっと、その感覚が今の戦いを可能にしたんだ。

そう、そういえばその感覚はシドニーや船の沈没に遭遇したときと、同じ感覚だった。

 アヤがホバーをすこし走らせて建物の陰に止めた。すぐ近くに補給機が見える。

急いで降りると、グフが、腕を爆破されたモビルスーツの頭部を破壊しており、それが終わると動きを止めた。

斬られたモビルスーツも爆発する様子はないようだ。

 「レナ、行こう!」

アヤの呼びかけで、私たちは補給機に走った。

 補給機は、弾痕が無数に残り、形こそとどめていたが無残な状態だった。とても飛行ができる様な感じではない。

 ズシン、ズシンと足音を立てて、グフが近づいてくる。

その時になって私は、そのグフに見覚えのあるマーキングが施されているのに気づいた。

 あれは、フェンリル隊のエンブレム!

151: 2013/05/04(土) 21:30:12.31 ID:nPZkj2RQ0

「どこの隊の方ですか?援護に感謝します、助かりました!」

グフのスピーカーからそう言う女性の声が聞こえる。まさかとは思ったが、その声の主を私は知っていた。

 「シャルロッテ!」

私は大声でさけんで、その場で飛び跳ねながら手を振った。

「ヘスラー少尉ですか!?」

スピーカーからそう聞こえたかと思うと、グフのコクピットが開いて、ノーマルスーツに身を包んだ人影が姿を現した。

跪いたグフのコクピットからリフトでその人物が降りてくる。リフトの上で、彼女はヘルメットを脱いだ。

間違いない、シャルロッテだ!

「少尉!」

シャルロッテはリフトの途中から飛び降りてきて、私に駆け寄ってきた。

「無事だったんですね、少尉!」

「シャルロッテこそ、よくジャブローから無事に!」

「ええ、我が隊はみんな無事です!」

シャルロッテは笑ってそう言い、私の後ろにいたアヤに気付いた。

「そちらは?」

「あ、えーっと」

「あぁ、流れ者の元軍人。ま、アタシのことは気にしないで」

アヤもニコッと笑顔を返しながら言った。

「ア…えーと、レベッカ、こちら、シャルロッテ・ヘープナー少尉。

 特殊部隊所属なんだけど、ジャブロー降下作戦の前に仲良くなったんだ」

「へぇ、若いのに少尉だなんて、すごいんだな」

「とんでもないです」

シャルロッテはうれしそうにそう言う。

「で、シャルロッテ。こちらは、レベッカ・エイズンワース。元連邦軍人なんだけど、今は退役してジャーナリストやってるんだ。

 戦線を取材させてあげる代わりに、ここまでの道案内を頼んだの」

「そうだったんですか…また会えてうれしいです!それにしても、助かりました。

 援護が来るまで持たないかもって思ってたところで…」

シャルロッテは胸をなでおろす。

「戦況はどうなの?」

アヤがシャルロッテに聞いた。

「はい。明日の朝にHLVを打ち上げを行います。それを最後に、基地は完全に放棄、撤退の予定です」

「撤退…って、どうやって?」

「ほとんどはHLVに搭乗予定ですが…複数の部隊は、その…」

「打ち上げを見届けるまで残るつもりか」

「…はい」

アヤがうめいた。

152: 2013/05/04(土) 21:31:32.52 ID:nPZkj2RQ0

「フェンリル隊はどうするつもりなの?」

「私たちも残ります…HLV打ち上げ後は、ここから西へ少し行ったところにある旧軍工廠の地下にガウを待たせてあるので、

 それを使ってアフリカへ渡る予定です。旧軍工廠までの退路は地下道で確保できているので、ガウが無事なら、まだ活路はあります」

「そう…」

そんな話をしていたら、上空からエンジン音が聞こえてきた。見上げると、機影が確認できる。ファットアンクルだった。

「あ、来た!」

シャルロッテの言う、援軍のようだ。

 輸送機は私たちからすこし離れたところに着陸して、格納ベイからトラックとザクが二機降りてきた。

他にも、ジオンの軍服を着た人たちが何人も降りてくる。

それを待っていたかのように、ボロボロになった輸送機と

それから、どこに隠れていたかはわからないジオン兵がたくさん湧いて出てきた。

お互いに生還を喜んで抱き合ったり手をたたいたりしている。

 「シャルロッテは、どうするの?」

私は彼女に聞いてみた。

「私はこれから打ち上げ基地に戻ります。おそらく、厳しい戦闘になるでしょうし…少尉も基地へお願いします。

 HLVは私たちが必ず守りますから、先に宇宙へ帰っていてください」

シャルロッテは言った。

 そうか…

 私は気が付いた。

 目の前に降りてきた輸送機。あれに乗れば、基地について、それで、シャトルに乗って、宇宙へ出られる。地球ともお別れだ。

そう、アヤとも、お別れ…

―――アヤ…アヤは?

ふと気が付いてあたりを見回した。

「うそ…」




そこにアヤの姿はなかった。






153: 2013/05/04(土) 21:34:27.72 ID:nPZkj2RQ0


―――そんな…行っちゃった、なんてこと、ないよね…

 思わず私は駆け出した。あたりを走って見て回るけど、その気配がない。止めてあったホバートラックの中に駆け込んで中を見る。

でも、そこにも、誰もいない。外に出てまたあたりを探し回る、でも、どこにも、どこにもアヤの姿がない。

 うそでしょ…まさか、さよならも言わずに…?

 胸の内に得体の知れない焦燥感がこみ上がっていた。走り回って息が切れてきている。

でもこんなに胸が熱くて痛いのは、走り回ったせいなんかじゃなかった。

探せば、まだきっとどこかにいる…まだ、追いつく。待って、待ってアヤ!

 だけど、あたりにはジオン兵ばかりがいて、けが人を運んだりと忙しそうに動き回っているだけ。

あたりのどこを見渡しても、周囲の建物のどこを覗いても、どこを探しても、アヤの姿はない。

町のはずれまで走って、荒野に残っているかも知れない足跡すら探した。だけど、どこにも、アヤの痕跡すら残っていない。

補給機のところまで戻ってみるけど、軍服を着た周囲のジオン兵たちの中に、まるで取り残されたような私がいた。

154: 2013/05/04(土) 21:34:59.97 ID:nPZkj2RQ0

 私は、ようやく自分がしてしまったことに気が付いて、愕然としてその場にへたり込んでしまった。

アヤのことだ。もしかしたら私が迷っていたことを感じていたのかもしれない。宇宙へ帰るべきかどうかを。

いや、あのアヤなら、気づかないはずがない。

そうだ…だから、さっきホバートラックの中であんな話をしたんだ。

私をこれ以上迷わせないように、いつでも姿を消せるように、あのタイミングで、二人きりの、

たぶん一緒に過ごせる最後の時間だったから…でも、そんな、そんなのって…。

 だってあのときだって、私ただ泣いていただけじゃない…まだ、私アヤに何も伝えてないよ?

アヤのことをどんなに大事に想っていたかって。アヤのことをどんなに好きだったかって。

助けてくれてありがとうって。支えてくれてうれしかったって。まだ、私まだ、あなたに何も伝えてないのに…

 なんで?なんでよ!なんであなたは、いつもそうやって…自分のことより、アタシのことばっかりを…アヤ、アヤ…アヤ…!

「アヤーーーー!」

私は彼女の名を叫んだ。そうせずにいられなかった。胸の奥から、ただただひたすらに悲しさと寂しさと後悔が湧き出していた。

私はバカだ。あんなに好きだったのに、あんなにやさしくしてくれたのに…

私のために、自分の身を犠牲にして、危険な目にあって、こんなところまで私のために来てくれたのに…どうして…

どうして、心からのありがとうの一言すらいえなかったんだろう…宇宙に帰るとか、家族のことだとか、そんなことばかりを気にして、

どうして私は、一番大事な人に、一番大事な、こんなに簡単なことを伝えてあげられなかったんだろう…

あんなに時間がたくさんあったのに。どうして、間に合わなくなる今の今まで、一言も口に出せなかったんだ、私は…。

もう、もうアヤは私の声のとどくところにからいなくなってしまったというのに。

―――約束だぞ

 アヤ…ごめん、ごめんなさい。私きっとまた会いに来るから。生き延びて、必ずあなたのお客さんとして地球に戻ってくるから。

きっとその時には戦争は終わってるだろうから、必ずあなたを探し出して、私の気持ちも感謝も、全部あなたに伝えるよ。

ありがとうって、好きだよって。それで、それからは今度は、私があなたの夢を手伝うよ。

お客さんじゃなくなっちゃうけど、ずっと手伝わせてよ。ずっとずっとそばに居させてよ。

もう、二度とあなたにこんなお別れさせないから。二度と寂しいなんて言わせないから。

悲しい思いもつらい思いもさせないから…ね、アヤ。

 ごめんね、アヤ。ありがとう、アヤ。また必ずあなたに会いに行くからね…約束する、約束するよ。

 私は、大声で泣き叫んでいた。地面を握りしめていた。でも…でも、これはアヤが作ってくれた道だ。

泣いている場合じゃない。私はアヤの想いを受け止めなきゃいけない。補給機に乗って基地へ行き、宇宙へ帰るんだ。

そして、きっと生きて地球にもどって、彼女との約束を果たそう。


私は、そう固く、心に誓った―

155: 2013/05/04(土) 21:36:31.46 ID:nPZkj2RQ0


「おーい、レナぁー」


―――のに、すぐそばからそんな、とっぽい声で私を呼ぶ誰かがいた。

「ちょっと、そんな所ですくんでないで手を貸せよ!こっちまだケガ人、山ほどいんだぞ!」

私が声のした方に目を向けると、なんてことはない。

アヤは攻撃されていた方の輸送機に乗り込んで、他のジオン兵と一緒にけが人を運び出していたのだ。

いや、居なくなっちゃっと思ったから、確かに補給機の中は探してなかったけどもさ…

 ホントに、この子は…もう…。安心したら、もっと涙が出てきてしまった。

 けが人の人には申し訳なかったけど、アヤのところに駆けて行った私が、

彼女に飛びついて涙と鼻水でくしゃくしゃになった顔を彼女のシャツで拭きながらもうひとしきり泣いてしまったのは言うまでもない。

156: 2013/05/04(土) 21:39:21.82 ID:nPZkj2RQ0

Epilogue


「おー見ろよ、上がったぞ」

「うん、3つだね」

「ちゃんと全機だ。やるなぁ、フェンリル隊っつたっけ?」

「そう」

「無事だといいなぁ、あいつらも」

私とアヤはまた、あの赤茶けた大地にいた。もうすっかり夜は明けて、真っ青な青空に白煙の軌跡を描きながらHLVが上昇していく。

もう成層圏を越えただろう。あとは、宇宙空間に出たところで連邦の艦隊に狙われないのを祈るばかりだ。

 すこし冷たい風が、ひゅるると吹き抜けた。

私たちはあれから、武装ホバーを乗り捨てて、荷台に積んでおいたオンボロでマーセッドと言う小さな町にたどり着いて、

そこで明け方までサンフランシスコへ侵攻していく連邦軍をやりすごした。今はマーセッドから南へ向かうハイウェイに車を止めている。

シャルロッテから聞いた、シャトルの打ち上げ時刻だったから。

 「なぁ、良かったのかよ」

アヤが私に聞いて来た。

「うん?」

さも、わからないふりをして聞き返す。

「あれに乗っていかなくて」

「うん」

私は答えた。

「なんでだよ」

「アヤのそばにいたいと思ったから」

私は伝えた。

「そう言ってもらえるのはうれしいけどさ。でも、家族のこととか、あと、シャルロッテって言ったっけ?友達だったんだろ」

「うん、良いんだ。シャルロッテはああ見えて、責任感強いからね。私がどうとかこうとか関係なしだよ。

 それに家族は…あなたの幸せなようにしなさい、って」

「え?」

「そう、言ってくれてるような気がするんだ」

私は感じたことを、そのまま話した。

「あぁ、そっか…スペースノイドだもんなぁ」

アヤは、なんだか合点が言ったようにそうつぶやいた。なんだかそれが奇妙で訳を聞いてみる。すると

「ニュータイプ、って言葉を知ってる?」

とアヤが逆に聞き返してきた。なんとなく聞いたことはあるけど、いったいそれがどう言う物なのかは良く知らなかった。

たしか、感覚が優れている、とか、そういうことのようなはずだったけど…


157: 2013/05/04(土) 21:40:09.29 ID:nPZkj2RQ0

「アイナさんとね、チラッと話をしたんだ。ほら、宇宙から逃げてきた子どもたちと生活してたって言ってたろ?」

私が悩むとアヤは話をつづけ始めた。

「うん」

「会ったときにね、その子たちの一人が氏んじゃってたんだってさ。で、残った子が丁寧にその子を埋葬してたらしいんだ。

 でも、誰一人悲しい顔してなかったんだと」

「どうして?」

「彼らは、ジオンの、そのニュータイプ研究所で良い結果を出せなくて殺されそうなところを、

 見かねた別口のジオンの軍人たちに助け出されたんだそうだ。

 大気圏突入のギリギリまでモビルスーツの護衛が付いて、そいつらは摩擦で吹っ飛んじまったらしい。

 でも、そうやって守られた子ども達だったんだな。

  あー、で、そう、その子ども達は、やっぱり多かれ少なかれニュータイプの素質があったらしくて、アイナさんに言ったらしいんだ。
『自分たちは、心も意識も一つだから、体が氏んでしまっても、心の中でちゃんと生きてる』ってね」

「なにそれ、オカルトっぽい」

「よし、もう話すことは何もない!」

私は特にふざけて言ったつもりはなくて、ぽろっと出てしまった。今のは、失言。

「ごめん!それで?」

「うん…つまり、レナにもあるんじゃないかなって思うんだよ。そう言うの。

 なんていうか、どんだけ離れていてもさ、たとえ、生きてようが、氏んでようが、心は繋がってるんだ、って感じること、かな?」

「あれ、それ私アヤから聞いたことある」

私はふと、戦闘機の中で、アヤが私やかつて特別な存在だった男の子との話をしていたことを思い出した。

確かあの時のアヤも同じように、「心の中に、ずっと一緒にいる」なんて話をしていた。

「あー、はは。そうだ、な…。うん、レナになら、もう隠しておくことはないな。実はさ、アタシもスペースノイドなんだ」

「え?」

驚いた。アヤは、地球のことは詳しいし、何より釣りが好きで海が好きで…

そんな子だったから、てっきり地球の生まれだとばかり思っていたけど…確かに彼女からは、親が亡くなってしまった話は聞いても、

どこで生まれたかなんてことは初めて聞くような気がする。

158: 2013/05/04(土) 21:41:38.19 ID:nPZkj2RQ0

「生まれは宇宙。親が氏んじゃって、地球に降りてきたんだ。これは、悪い、ずっと隠してた。

 地球じゃ、スペースノイドって知られると、いろいろと立場が悪くてね。

 あんまり大きい声じゃ言えないけど、連邦軍じゃ、前線に出るのはスペースノイドが多いんだよ。

 もちろん、そうじゃない場合もあるけど。でも、連邦の高官連中はみんな地球生まれで、ジャブローの連邦軍のお偉方の大半もそう。

 アタシも隊長からずいぶんとスペースノイドだってことは隠すようにって言われてた。ジャブロー防衛ってのは意外に安全なんだよ。

 でも、スペースノイドだってのが知れたら、隊から引っこ抜かれて前線に転戦、なんてこともあり得たからな。

 別にレナのことを信じてなかったわけじゃなくて、これはまぁ、ちょっとしたクセみたいなもんだから、悪く思わないでくれよな」


「そんなこと思わないよ。むしろ、話してくれてうれしいけど…

 でも、それってつまり、アヤにも、この声みたいのが聞こえてる、ってこと?」

「うん。すげぇヤツは、相手の動きとか考えてることが手に取るみたいにわかるのもいるらしいけど、アタシはなんとなくって感じだ」

そうだったんだ…じゃぁ、私が感じていたあの戦闘での敵の動きを、アヤも感じていたってことだよね?

いや、もっと言えば、海の上やあの港で感じたのも…

「じゃ、じゃぁ、もしかして、シドニーや、あの船が沈没したときのイヤな感じって、アヤも感じていたの?」

「あぁ、うん。あれはたぶん、氏んじゃった人の感情。氏にゆく人の恐怖。多分、そう言う類のものだよ」

やっぱりそうだったんだ…私は驚きを隠せなかった。でも、同時にすこし合点がいった。

あの時に苦しむ私を、アヤはこれ以上ないくらいに理解してくれていた。アヤは、私がそうなっていることに気が付いていたんだ。

「よく平気でいられたね…あれが聞こえていたのに、気分が悪くなるどころか、

 私を元気けられるくらいには大丈夫だったってことだよね…?」

「それは慣れかなぁ。この感覚を体験し始めて、実はけっこう長いんだ。

 だから、まぁ、聞きたくない声を聴かないようにする、ってことは、なんとなくできるようになった」

「そうだったの…」

「だからさぁ」

「うん?」

そこまで話した、アヤの顔色が変わった。赤くなったというか…これは、照れてる?

「レナがアタシに感じてることとかも、感情が高ぶったりしてるときは、なんとなく感じるんだよ」

ちょ、え、えぇ!?それって…つまり…えぇ!?

私は狼狽した…顔が熱くなって、火が吹き出るんじゃないかと思うくらいだ。

「でもさ、なんていうか。やっぱり、そう言う大事なことってさ。

 気持ちはわかってても、言葉でちゃんと聞いておきたいって思うのが人情だと思うんだよ、うん」

アヤは続けた。うん、確かに、確かにそうだよ。今、この時間の中で、ちゃんと伝えようとしてたよ、アヤ。

でも待って、急にそんな話の振り方されたらかえって緊張するでしょ!

「いつもさ、話してるとアタシばっかりしゃべっちゃって、レナの気持ちとかちゃんと聞かなかったのがいけないんだけどさ…

 うん、だから、その、今から黙るから、あの…聞かせて、ほしい」

アヤはそう言って、顔を真っ赤にしながら、でもいつもならそんな時は目をそらすのに、今は潤んだ瞳で私をじっと見据えた。

私はもう覚悟は決まってはいた。あ、あ、あ、あとは、口がうまく言葉としての意味を成したその…言葉を発してくれれば、

きっと伝わるはずだ。うん、大丈夫だ。だから落ち着け私。大丈夫だ、大丈夫…

159: 2013/05/04(土) 21:42:41.03 ID:nPZkj2RQ0
私は大きく深呼吸した。それから、今のアヤの話に返事をする。

「うん…」

それから、アヤの名を呼んだ。

「アヤ」

「うん」

アヤも深呼吸をして私を受け止める準備をしてくれているようだった。


「アヤ、今日までずっと、そばにいてくれて、助けてくれてありがとう。私にとって、アヤは誰よりも、何よりも大切な人。

 私は…私はアヤが好き。大好き。戦争も、宇宙も、もう気にしない。家族はきっと応援してくれる。

 だからアヤ。アヤが嫌じゃなければ、ずっとずっと、ずっと一緒にいた。どこまでもあなたと一緒に…一緒に居させてほしい」


私の言葉を聞いて、アヤは、今までに見せたことないハッとした表情とともに、まるで太陽みたいに明るい笑顔を浮かべてくれた。


「うん。ありがとう、レナ。アタシにとってもあんたは誰よりも大事で特別な人だ。だから、そう言ってもらえてすごくうれしい。

 あんたと一緒に入れるのなら、アタシも幸せだ。これからはずっと一緒だ。

 今までよりも、もっとずっと楽しことをたくさんしよう!」


「うん…うん!」

私は、目一杯に明るい笑顔で返事をして、アヤに飛びついた。いつものようにアヤは私をしっかり支えてくれて、抱きとめてくれる。

彼女の暖かいぬくもりが伝わってくる。

彼女の温度、彼女の匂い、彼女の声、彼女の瞳、彼女の心…すべてが私を優しく、大事に、包み込んでくれているような気さえする。

なんだか、胸の奥が暖かくて、とても暖かくて、はらはらと勝手に涙がこぼれだした。


160: 2013/05/04(土) 21:44:16.33 ID:nPZkj2RQ0

 くっと顔を上げると、私よりちょっと背の高いアヤが、ウルウルした瞳で、笑顔で私を見ていてくれた。

「なんか、愛の告白とか、プロポーズみたいだね」

「ははは。おんなじようなもんかもしれないな」

なんだか、溶けてしまいそうな心持ちで、無性にアヤに甘えてしまいたくなって、そんなことを言ってみた。

「じゃ、キスとか、する感じ?」

「え?これってそこまでの雰囲気のやつ?」

気恥ずかしさも忘れて、そんな冗談を言ってみたら、アヤはニコッと笑ってそうはぐらかした。

「レナにそう言う気があったなんてなぁ」

「わかんないけどね。私、女の人としたことないし。アヤの方が詳しいんじゃないの、そう言うの?」

「してほしけりゃぁ、してやるよ?まぁ、アタシも経験ないけどな」

「そうなの?でも、どっちでも良いタイプって言ってたよね?」


「それはそうだけど…実際、性別とか気にしないタイプだってだけで、女の相手なんてしたことないし…

 その、男の方も、その、あの…ひ、ひとりくらいしか、知らないし…」


え、そうなの?想像していなかった。私はてっきりあの隊長とか、他の隊員とか軍人とかと数々経験済みだったのかと思っていたけど…

いや、私だって、士官学校出てからすぐ軍に入っちゃったからそういうチャンスは多くはなかったけど、

まったくないわけじゃなかったし…そりゃぁ人並みにそんなことを経験したこともないこともない。

 でも、いつもはどんなことでも何でもないみたいな顔をするアヤがこうして困っている姿ってのも、なかなか面白い。

「ホントに!?うそ、もっとこう、オープンな性生活してる人かと思ってた!」

私が言ってやるとアヤは顔を真っ赤にして

「う、うるさいなぁ!だいたいそれ、どういうイメージなんだよ?!」

と反論してきた。

「ふふふ、アヤにはいろんなとこ負けっぱなしだけど、もしそう言う関係になったらその時は、私が調教してあげられそう」

私がってやると、アヤは手のひらをぱたぱたさせて

「ちょ、調教ってなんだよ!」

と悲鳴みたいな声を上げた。

「へへへー」

なんだかその姿がおもしろくて、あと、なんだかとても幸せで、変な笑みが出てしまった。

「もう、ほら、乗れ!おいてくぞ!あんまりのんびりして連邦のヤツらにでも出くわしたらたまんない!」

アヤはいきり立ってそう言った。あんまりいじめるのもかわいそうだから、今日はこれくらいで勘弁して上げることにした。

「うん!」

アヤが運転席に乗って、私も助手席に乗り込む。

ハンドルを握ってエンジンをかけたアヤの横顔を見ていたら、また幸せな気持ちになって

「ふふ」

と思わず変な笑い方が漏れてしまった。

「あーもう、調子狂う!行くぞ!」

「うん!」

赤くなってプリプリしたアヤが言うので、私も元気よく返事をした。アヤがアクセルを踏んで車がどんどん加速していく。

161: 2013/05/04(土) 21:46:45.61 ID:nPZkj2RQ0

 そう言えば。

「どこ行くの?」

「ん、ここからずっと南のフ口リダってとこだ。昔から海のレジャーが盛んなところで、

 下調べしてみたら、船の中古屋がいくつかあったからさ。まずはそこで船を仕入れて、その船で島まで行くのが楽しいかなって」

「うん、それ楽しそう!」

「だよなぁ!」

「ね、釣りと泳ぎ教えてよ!」

「あぁ、任せとけって」

「あと、なんだっけ?ダイビング?」

「そう!海の中に潜るんだ!耳抜きってのがあってな、最初慣れないとは思うけどでも――


 アヤがアクセルを踏んで車のスピードが上がる。

 赤茶けた大地に、道路がまっすぐに伸びている。

この道路の先には海があるのかな?山があるのかな?きれいな川かもしれないし、

もしかしたら、戦争の被害にあっていない、大きな街があるかもしれない。

 何が待っているかはわからないけど、いや、うん、もうそんなことはどうでもよかった。

 だってアヤと二人でいるんだ。どんなところだって、私たちならやっていける。

どんなつらいこと、大変なことも、楽しく乗り切ってやるんだ!

 どこまでも続いていくこの青空と、この赤茶けた大地と、それから道路のように、

まるで私たち自身が本当の意味で何物からも解き放たれたような気がしていた。

 もう、できるだけ大きな声で叫びたいくらいだ。

 いや、もう、いっそそうしよう!

私は車の窓を開けて叫んでやった!

「待ってろー!フ口リダ!」

するとアヤも大声で笑って、窓を開けて叫んだ。

「待ってろ!アタシらの船と家と…楽しい未来!」

 アヤの叫びを聞いて、私はうれしくってアヤの方を見た。アヤも私を見ていた。

なんだかやっぱり幸せな気持ちになってお互いに、自然と笑いあっていた。





―――to be continued

171: 2013/05/05(日) 01:57:07.39 ID:6/eGDgcU0
Extra.

 「ん~ふふ~ん~♪」

隣で、レナが鼻歌を歌っている。連邦の軍ラジオで情報を聞こうと思ってかけていたんだけど、

そこで流れていた曲を気に入ったようで、おんなじフレーズを何度も何度も繰り返している。ご機嫌のようだ。

アタシだってなんとなくワクワクしてるんだ。

「ねぇ、まだかな、フ口リダ!」

「昨日走り出したばっかだぞ?夜通し走ったって、あと1日か2日はかかる」

「そうなんだー」

興味があるのかないのか、レナはそう返事をした。まぁ、楽しそうだからいいんだけど、さ。

 「それにしても」

「お腹すいたねー」

まるであたしの心を見透かしたように言うので、ちょっと驚いた。

「だよな。どこかに町でもあれば、飯にしたいんだけど…」

「川ないかなぁ、また釣りでも良いよ?」

レナはいたってお気楽なようだ。いくらアタシだって、そうそう都合よく釣りあげられるわけでもないし、あれは基本的に緊急手段だ。

できれば、ちゃんと調味料使った食事がしたい。

「地図見てくれよ」

アタシが言うと、レナは、何がそんなにうれしいんだか、喜び勇んで地図を開いた。

「待ってね、えーと今は…この辺りか、な」

レナは位置計算機と地図を照らし合わせてつぶやく。それからあっと声を上げて

「町あるよ!アルバカーキ…って読むのかな?」

レナが地図をこっちに見せてくるので、アタシもそれを確認する。Albuquerque。たぶん、そう読むんだろう。

「あぁ、たぶんな。デカイ街だと良いなぁ」

「どうして?」

レナが不思議そうに聞いてくる。

 ここから先は、中西部。しばらくは大きな街はないだろう。しばらくは西に走り続けるしかないし、食料や燃料を買い込んでおいた方がいい。

連邦軍が怖くて、ベイカーズフィールドじゃぁ給油しかできなかったし。

 「買い物しておきたいんだ。この先は、下手をすると一日走っても町がないかも知れなくてな。水と食料と、あとは、燃料」

「そうなんだ…それはちょっと心細いね。お腹すくのは、イヤだし」

まったくだ。この時期だから、気温も低いしタイヤがバーストしたりすることは…さすがにこの車、オンボロだけど、タイヤは替えてあったし、ないとは思う。

もちろん、熱中症で氏ぬようなこともない。問題は、やっぱり食料!

「あ、ね、アルバカーキのそばに川があるよ」

「まーだそれ言ってんのかよ!どんだけ釣りしたいんだよ、レナは!」

あんまりにもこだわるのでそう言って笑ってしまった。

まったく、興味を持ってくれるのはうれしいけど、そんなにワクワクした顔で言われるとちょっと困っちゃうじゃんか。

「えーだって…」

レナはそう言ってぶすくれる。だって、のあとは何を言うのかな、と思ったら

「だって、楽しかったんだもん、あのとき」

なんていうのだ。あーもう、この子は、どうしてこうもかわいいんだろう。

172: 2013/05/05(日) 01:57:33.83 ID:6/eGDgcU0
「まぁ、そんな小さい川には小さい魚しかいないだろうしさ。釣りなら、海に出たらイヤってほどできるから、今はまだ我慢しておけよ」

アタシがそうなだめてやると、レナはまるで子どもみたいに

「うん!絶対ね!」

と目をキラキラさせながら言った。その笑顔を見られるのが、今のアタシには何よりもうれしいんだ。

 そんなことを30分ばかりしている間に、車はアルバカーキに差し掛かった。

 お、これは思ってたより…

「大きい町だ!」

「あぁ、良かったよ。これならいろいろそろえられそうだ」

 とりあえず、町の入り口にあった給油所で燃料を入れて、予備の燃料も1缶だけ、買い込んでおいた。

 それから、食料を仕入れるために町を走る。走るって言っても、ほんのちょっとの距離しかないところにショッピングモールがあったし、小さい商店なんかもそこかしこにある。

それに、幸い、連邦軍の姿はどこにもなかった。アタシは良いが、レナがまだ脱走捕虜として手配されていることを忘れちゃいけない。

 とりあえず、ショッピングモールに車を止めた。レナが勇んで車から降りたので、テンガロンハットとサングラスをつけさせた。

うん、やっぱこの姿は何度見てもおかしい。

 笑っていたら肩口をひっぱたかれたけど、でも、やっぱりおかしいもんはおかしいんだ。

 そう言えば、ちょっと驚いたのが、ベイカーズフィールドで買ったカメラをレナが大事そうに抱えていたことだ。聞いたら

「アヤの写真を撮るんだ!」

とか胸を張って言った。

 なんでも、これまでのこともカメラを持っていれば写真に残しておきたかったらしい。だから、今はカメラもあることだしこれからはたくさん撮るんだ、だと。

なんだよ、それ、かわいいじゃんかよ、もう。

だからまぁ、買い物だけだし、そんなタイミングたぶんないぞ?なんてことは、言わないで置いた。

 アタシ達はモールで水とインスタント食品なんかを大量に買い込んだ。生鮮食品なんかもほしかったけど、日持ちしないし、今回はあきらめた。

あと、忘れちゃいけないのが調味料だ。これさえあれば、最悪、レナの大好きな釣りになるようなことになっても、多少はうまいモンに化けさせられるだろう。

 車に戻って走り出してから、買ったファーストフードのハンバーガーを二人で楽しんだ。レナは、

「牢屋で食べたときは泣けたなぁ」

なんて、かわいいことを言ってアタシを困らせた。

食事を終えてからレナが妙に静かになった。見やると、真剣なまなざしでPDAをいじっている。

「なにしてんだ、レナ?」

「ひゃ!ななななんでもないよ?」

173: 2013/05/05(日) 01:59:12.47 ID:6/eGDgcU0
声をかけた瞬間の反応を見る限り、なんでもないこともなさそうだ。

「アタシに隠しごとか?」

ちょっと意地が悪いかな、と思ったが、まぁ、この手の質問がレナになにかを白状させるには一番な気がする。

「う、うーん…」

レナは唸った。

「別に言いたくなけりゃぁ、無理して聞かないけど」

なんていえば、言いたくなるのが、レナだ。

「あのね」

ほらな。

「株やってるの」

「株ぅ!?」

これは思わぬ答えだった。てっきり、釣りのハウツー情報でも検索しているのだと思っていたけど…

「うん」

レナはなんだか気恥ずかしそうにそう言った。なにをそんなに照れてるんだ?

「もともと、そう言うことしてたの?」

「ううん、つい昨日、始めたの。もうやめるけど」

「どういうことだよ?」

いまいち要点がつかめない。

「実はね、さっきのモールにあった銀行で、偽名の方で連邦の口座作ったの」

なんだろう、アタシが派手に買い物するから、心配になったのか?

まぁ、船と家買うのにそれなりに溜めてたからすぐに困るってことはないけど、そもそも収入ないのに口座作ってどうするつもりだ?

…良く分からないけど、レナのことだ。何か気にしているに違いない。

「あはは、金の心配なら大丈夫。当面はやっていけるくらいの貯めはあるんだ。家は買えなくても、最悪、船の方だけなんとかなれば、生活はできるし」

アタシが言ってやるとレナは一層、顔を赤くした。

「そのことなんだけどね…私だって軍人で、それなりに稼いでたし、使う道も暇もそんなになかったから、それなりに貯まってたし。

 それにね、家族の…その、見舞金とかそう言うのもほら、あったし」

なんだか言いにくそうだなぁ。

「レナ、ホント、言いたくなければいいんだぞ?」

「ううん、そうじゃないから、黙って聞いてて!私のペースで説明させて!」

レナはなんだか必氏に頑張っているようだ。じれったいがしょうがない、黙って聞いてやろう。

「悪い、わかった。それで?」

「うん、で、ね。ジオンのお金は、連邦では取り扱ってないし、一般では換金もできないみたいだったから、貯金の全額でアナハイムエレクトロニクスの株を買ったの。

 これが、昨日の朝の話」

174: 2013/05/05(日) 02:00:19.48 ID:6/eGDgcU0
「全額!?」

さすがにびっくりした。いや、待て、全額、という言葉に騙されてはいけない。もしかしたら、一か月分の家賃程度の全額、だったかもしれない。

レナに限ってそんなことないとは思うが、でも、ジオンの貨幣価値がどんなものかもわからないし…

「うん、で、その株を、ポイント12倍になってたから、全部売ってみた。連邦貨幣で、今作った新しい口座に払い込んでもらうように」

なるほど、ジオンの通貨を連邦の通貨に両替するためだったのか。でも、株なんてちょっと怖いよな。金あたりならそうそう急に値崩れすることもないだろうけど。

それにしても、ポイント12倍ってことは、0.12倍プラスってことだろ?1割増で売り抜けるなんて、やるじゃないか、レナ。

「やり手だなぁ。勝算があったのか?」

「うん、ちょっとだけ。ほら、アナハイムエレクトロニクスの本社って、キャリフォルニアにあるでしょ?

 キャリフォルニア奪回で北米全体が安定して、戦場が宇宙に移るんなら、地球は情勢が安定するし伸びるかなと思って。案の定、ぐーんと伸びてた」

「ははは。レナは経済には強いんだな。アタシは自分の小遣い計算するのでいっぱいいっぱいだってのに」

金の難しい話は正直わからない。まぁ、レナが得をしたんなら、良かったんだろう。

「で、これ、株を売って入金された連邦貨幣の額なんだけど、どうかな?」

レナがPDAを見せてきた。うん、おぉ、これは…アタシの貯金額に迫る勢い…あれ、アタシの貯金よりも多くないか?!

「すげーな、レナ!アタシより持ってんぞ!稼いでたんだなぁ!」

なんだかおかしくって笑ってしまった。いや、何がおかしかったのかわからなかったけど、本当になんだか笑えた。

「そ、そうなんだ…良かった」

レナはそう言って笑う。それからそのままPDAを私に押し付けてきた。

「じゃぁ、それあげるね」

「…は?」

え?PDAをくれるってこと?いや、そうじゃないだろ、これ。この金を、アタシに譲るってのか?なんでだ?

「レナ、別にアタシ金が欲しくてあんた助けたわけじゃないし、今までにかかった金だって大したことはないし、

 その、なんていうか、気を遣う必要もなけりゃ、なにも払うこともないし、まして…どんな理由があっても、こんな金額受け取れるわけないだろ!」

アタシはそう言ってPDAを突き返した。

「ダメ、受け取って」

「なんでだよ!」

175: 2013/05/05(日) 02:02:28.59 ID:6/eGDgcU0
なんかハーフトラック以降、度胸が据わってきたのかなんなのか、口答えするな、レナめ。

まぁ、マライアみたいになんでも「はい!」「はい!」って聞き分けてくれちゃうよりもよっぽど頼りになるし、

対等に思ってくれてるってのがわかるからうれしいんだけどさ。

そうは言ったって、今までのことを考えても、こんなものを貰うわけにはいかない。

だけど、そんなアタシの考えとか思いなんかより、レナは、もっと嬉しいことを考えてくれてたみたいだった。


「だって、私、船の価値とか、地球の家のこととか、わかんないから…

 その、船も、家も、アヤの夢だけど、その、だからね、それは、もう、その…わ、私の夢でもあるわけで…

 船とか家のために、それがわかるアヤに判断して、使ってほしいなぁ、とか、ね、思ってるんだ…

 あ、やっぱ船くらいは自分専用がいい?て言うか、あれだよね、図々しすぎるかな?そうだよね、アヤの夢に乗っかって、みたいな感じかもだけど…

 でも、ごめん、私そうしたいんだ。えへへ、だから、ね、わ、私たちの船と、家、買うのに、使って。あ、あげるのがダメなら、預けておくのでもいいから!」


なんだこいつ。

なんなんだ、こいつ。

なんでこんなに、健気で、素直で、かわいくなっちゃってんだよ!

ほんとやめてくれよ…そんな風な言い方されたら、こっちが照れんだろうがっ!

「私たちの夢」って、それ恥ずかしいだろ!うれしいけど、そう思ってくれんのはすっげぇうれしいけど!

そんなん、言うの恥ずかしいだろ!うれしくておかしくなりそうだけど!聞くだけでも恥ずかしいだろ!

 アタシは、事故るといけないのでとりあえず車を止めた。

「え?」

一瞬、レナが不安げな面持ちになる。怒るとか、そんなん想像してんのかな?いいや、この際どうでも。すぐに分かんだろ。

 そんなレナのリアクションを無視して、アタシはシートベルトを外し、レナに飛びかかった。

こいつはもう!ぎゅうぎゅうに抱きしめてぐちゃぐちゃに頭撫でないと、気が済まない!

「ア、 アヤ、なに?怒ってんの?喜んでんの?」

「喜んでるに決まってんだろ!バカ!大お喜びだ!バカ!」

バカは言い過ぎたかな、と思ったけど、ま、どうでもいいか。

176: 2013/05/05(日) 02:03:12.71 ID:6/eGDgcU0
 レナをひとしきりかわいがったあと、なぜか息が切れていたけど、私は車を走らせた。

「だ、抱きしめ殺されるかと思ったよ…」

レナが言うので

「アタシはプロレスラーか!そんな殺害方法、世界に存在しないよ!」

と文句を言っておいた。

それから、足元に転がってしまったレナPDAを、改めてレナに返す。

ただ、突き返しても受け取らないだろうから、ちゃんとアタシの気持ちも言ってやらないと。

「レナ、その…アタシたちの夢、はうれしい。すごくうれしい。そう言ってもらえるんなら、必要な分は受け取るよ。

 でも、それは船と家を買うときに相談させてくれればいい。あとは、とっておけ」

「なんでよ」

「その中にはレナの家族が『遺してくれた』お金も入ってんだろう?

 それはアタシとあんたのためじゃない、あんたとあんたの家族のために使うべきだ」

「アヤ…」

そう言ったレナは涙目になった。ホントにもう、泣き虫なやつだなぁ。

 アタシはそんなレナの頭をガシガシ撫でてやった。

「二人の船、か。良いな、それ!じゃぁ、名前も二人で考えないとな!船には名前がいるんだ!」

「名前かぁ…へへへ。なんかうれしいな、それ」

あぁ、泣き顔の次はその照れ顔かよ…やめてくれよホント。その顔はさぁ。こっちの心臓が落ち着かないだろうが。

 なんてことを考えながら、アタシは西へのハイウェイをひた走った。私たちの夢の船、は、もうすぐそこだ。

177: 2013/05/05(日) 02:06:24.39 ID:6/eGDgcU0

 青い海と青い空。海岸線に何本も突き出たセーリングマスト。

ウミネコの鳴く声に、鼻をくすぐる潮風!12月だってのに温かいし!やっぱ良いよな!こういう感じ!

 ワクワクするアタシとおんなじように、助手席のレナも目をキラキラさせながらあたりの景色を眺めている。

 キャリフォルニアを出てから2日。レナと交代で運転をしながらの昼夜を問わない激走で、待ちに待ったフ口リダにあとちょっとだ!

 ん!

「おい!レナ!みろよ!」

「なに?!」

アタシははるか前方に発見した。あれはフ口リダ州のカントリーサイン。

「あそこからフ口リダだ!」

「おおおぉぉ!来た!!!」

もう、大興奮しながら、アタシ達はフ口リダへの州境を越えた。

「ひゃっほぉぉー!つーいだぞぉぉ!」

「ひゃっほー!」

レナがアタシのマネをして叫んだ。もう、かわいいんだからやめろよな。

「それで、船はどこで買うの?」

レナが、それはもうキラキラとまぶしい笑顔で聞いてくる。

それについては、いくつか候補があったんだけど、もう我慢もできないし行く先は決定した。

「ペンサコーラって街だ!軍港なんかもあるデカい港町なんだ!」

「え…大丈夫かなぁ?軍がいるなら、心配じゃない」

アタシの話を聞くなり、レナは急に不安顔をみせた。

「大丈夫だって!心配ならまたテンガロンハットとサングラスかけてろ!」

アタシはアヤに笑って言ってやった。

連邦がここを奪回してもう一週間はたつ。目立つことをしなけりゃぁ問題はない、たぶん!

 それから、とりあえずペンサコーラの街に向かった。

ちょっと前まではジオンの制圧下にあった街だが、別段戦闘の形跡もなく、市民も普通に生活しているようだった。

 街をぐるっと車で見て回り、手ごろそうなホテルを選んで部屋を取った。時間はまだお昼すぎ。

ちょっと昼飯でも食べながら、レナを連れて船屋さがしだ。

 ホテルの部屋に荷物を運んで、ロビーに降りる。地元のことは、ホテルのフロントに聞くのが一番手っ取り早い。

アタシは、レナの手を引っ張って、フロントに向かい、暇そうなスタッフを捕まえて聞くと、

すぐそこにヨットハーバーがあるというので、そこに向かった。

 こうして、太陽の下で、連邦軍の目を気にしないで歩いていると、なんだかとてもすがすがしい気分になる。

軍港が近いこともあって、軍人らしい姿を目にすることはあるけれど、キャリフォルニアを制圧して北米大陸も安定してきているのか、

ここはあそこからずいぶん距離もあるし、ずいぶんとのんびりした軍人が多いように感じられた。

それもあって、なんか妙にノビノビした気分になってくる。

178: 2013/05/05(日) 02:08:16.86 ID:6/eGDgcU0
レナは、部屋を出るときにアタシがあんなに進めたのに、テンガロンハットはかぶってくれなかった。

代わりに、サングラスをかけて髪を結っている。あれ、おもしろいんだけどなぁ。

それにあの時は変装のためと思って進めたけど、

正直、レナに髪を結わかれると、ちょっとなんか、くすぐったいからなんかやめてほしいんだ、本当は。

 少し歩くと、すぐに海岸線に出た。道路の向こう側には、ハーバーらしい港が見える。

 道路を小走りで渡って向かってみると、確かにクルーザーやらヨットがたくさん係留してある。

あたりの船に目をやる。確かにSALEと札のかかっている船は多い。思った通りだ。

この辺りは、アフリカと海を挟んで隣同士。南にはジャブローを中心とした南米大陸がある。中米と同じく、摩擦が懸念されていた地域だ。

実際は、こんな地方都市を気にするほどの余力はジオンにも連邦にもなかったんだろうし、連邦の攻勢はヨーロッパが中心だった。

ジャブローは、ただひたすらに籠っていただけで、形勢が良くなるまでは部隊を外だしにすらしなかった。

さすが、モグラと揶揄されるだけのことはある。

でも、それが今のアタシには幸運で、結局、戦争を恐れて逃げ出したり、

あるいは、海での安全が確保できないからという理由で船を手放す人がいると踏んでいて間違いはなかった。

 物も悪くないし、値もそこそこだ。

「お嬢さん、船をお探しかな?」

不意に中年の男が話しかけてきた。

「あぁ、そうなんだ。あるかな、アタシみたいな薄給でも買えそうなやつ」

どうやら業者らしい。ここからは交渉だ、気を付けて行かないとな。

「どんなタイプをお探しで?」

どんな反応するか、試してみようか。


「40フィートくらいのクルーザーかな。ハイブリッド式のエンジンと、あと別にバッテリー式のスラスター付きだと安心する。

 メインエンジンの方で、45キロノット以上出るとありがたい。それから、客商売するんで、船腹広めで、中に15名くらい入ると嬉しいかな。

 もちろん、ギャレー、トイレ、シャワー必須。操舵はなるべくなら油圧が良い、慣れてるから。贅沢言えば、空調なんかがあると上等かな」


さぁ、どうだ?アタシがそれだけ並べてみると、男の顔は少し引き締まった。

「でしたら、こちらに係留してあるものよりも、向こうの管理用倉庫に入れてあるのをご覧いただいた方がいいかと思いますが、いらっしゃいますか?」

ふーん、なるほど、良い物はそっちにしまってあるんだな。ま、商品管理としちゃぁ、上出来だ。それなりの業者らしい。


「あぁ、頼むよ。でも、せっかくこっちにも来たんだ。

 ここにあるので、おすすめをいくつか見せてもらえると、連れにもイメージが湧いて良いだろうと思うし」

アタシは、さっきからもう、目をキラキラキラキラさせているレナにとりあえず船を見させてやろうと思った。

とりあえず船に慣れてもらわないと。交渉はアタシの仕事だけど、どうやら金関係はレナの方が強そうだしな。

「えぇ、それでは…あちらなどいかがでしょう?」

案内する業者の後ろをアタシとスキップするレナでついて行った。

179: 2013/05/05(日) 02:10:21.90 ID:6/eGDgcU0
 2日後、アタシ達はハーバーの隅っこにいた。

 と言っても、船を買ったバーバーじゃない。もっと南。

フ口リダ半島の先にある、セントピーターズバーグという大きな港町にあるアタシらみたいな流れ者や、個人旅行者なんかが船を短期間止めておくためのものだ。

 アタシとレナはこの街で食糧なんかを買い込んで、もっと南へ向かうための準備をしていた。

目指すはカリブ海の南岸に浮かぶアルバ島。

 フ口リダでの進水式は興奮した。業者数人とアタシとレナしかいなかったけど、シャンパンのボトルをたたきつけて二人で盛大に騒いだ。

もちろん、レナの新しい趣味になりつつあった写真もいっぱい撮った。良い船を、格安で手に入れることができたのもあって、アタシも大満足だ。

あの日、ハーバーの船を見た後で向かった業者の持っている倉庫の中で、アタシ達はとびっきりに気に入った船を見つけた。

価格の方は、とびっきり、っていうんでもなかったけど、それでもできるだけ残額を残したいアタシらとしては、二人掛かりで相当値切った。

結局、キャッシュですぐに払える、というところが最大の武器になって、最終的にはこっちの提示額で業者は首を縦に振った。

ちょっと青い顔をしていたけど、まぁ、それは気にしない。 

 エンジンはハイブリッドだから燃費は良いし、ソーラーもついてるから、なおのこと。

40フィートの船なのに珍しく補助用のバウスラスターなんかが付いてるのも気に入っていた。

最高速度は50キロノット。時速にすると90キロくらいか。巡航はちょっと控えめに45キロノットくらいにしたって80キロ。相当なもんだ。

内装も外装もレストアされてピカピカ。計器の類は最新じゃないけど、でも古いってほどでもない。広めの船腹で、中も広々。

トイレはもちろん、シャワーなんてバスタブ付きだ。客室って言えるほどの数には別れてないけど、広めの船室が一つに折り畳み式のベッドが4床。

ギャレーも完備。これなら5,6人の団体客でも泊められそうだし、もちろん、アタシらが生活するだけなら十分すぎるほどだ。

 名前も船首にちゃんと入っている。「フルクトライゼ号」。なんでも、ジオンの地方言葉で、逃避行、という意味なんだとか。アタシ達の船にぴったりだ。

 「もう12月29日なんだなぁ」

「うん、そうだね」

食料品を買い込んだショッピングモールを思い出してアタシは口にしてた。あと3日で新年だ。新しい年を、レナと祝うのは楽しいだろうな。

「ジオンでは、騒いだりするの?」

「うん!パーティーなんかはあるよね。もっとも、去年は戦争のこともあって、大きなことは出来なかったけど…」

「まぁ、そうだよなぁ。こっちは、はは、能天気だったなぁ」

確か、去年、アタシはジャブローの基地で前の日の晩から隊の連中とバカ騒ぎして、ひどいことになってた。

あれは、ダリルが焚き付けてあんなに飲ますからいけないんだっ。あの野郎!

 「今年は二人でお祝いだね!」

だーかーら!そう言うのはもう、ホント、やめてくださいお願いします!

「あ、あぁ、うん、そうだな!」

なんとか返事は出来たけど、顔は真っ赤だったに違いない。

 相変わらず浮かれ気分のレナと一緒に、荷物を船に積み込んだ。二人掛かりでもこれだけの荷物は骨が折れる。

こんな時は、あのオンボロがあればいいのにとも思うんだけどさすがにこの船に積むことはできない。

アタシは、船を仕入れた日に売ろうと思ったんだけど、レナが「思い出の車だから!」と言って聞かず、結局、後日船便でアルバ島に送ってもらう手筈を整えた。

 大事にしてもらえるのはありがたいが、「思い出の」とか言われるのはやっぱりどうにも恥ずかしい。

 そんなことを考えながら、なんとか荷物は積み終えた。

ふぅ、と一息。船に乗る前に、また1日か2日は踏めない陸を楽しんでおこうと思って、ハーバーの桟橋に座っていたら、ふらっと人影がハーバーに現れた。

180: 2013/05/05(日) 02:11:43.00 ID:6/eGDgcU0
 髪の長い長身の女で、片腕に怪我をしているのか三角巾で首から吊り下げている。

無事な方の腕でトランクをガラガラと転がして、アタシが座っているのとは向こう側。外海に面している方の岸壁に立ち止った。

連邦軍の制服を着ているが、配色が違う。あれは、どこぞの特務隊だろう。遠目で良くは見えないが、見覚えのないエンブレムではある。

感触的には、スペースノイドみたいだけど…

 「なんだろう、あの人…あれって連邦の軍服だよね?」

レナも女の存在に気付いたらしい。アタシにそう確認してくる。

「あぁ。でも前線の兵士じゃない。何か特殊な任務に就いているやつだ。教導隊か…いや、悪い、具体的には分からないな」

「そっかぁ。なんだろう、悲しいよね」

不意にレナがそう言うので、思わず顔を見てしまった。悲しい…悲しいのか、これ?悲しいっていうよりも、むしろ…

「…後悔?」

口をついて出た。アタシの言葉に、レナがハッとした表情をする。

「そうだ、後悔だ…」

レナの言葉を聞いて、アタシは女の方に視線を戻した。そう、あの女から感じられるこれは、後悔の「感触」だ。

漠然としているし、悲しさとか寂しさも相まっているけど、その中心にあるのは、後悔…。

 「ねぇ、アヤ」

「あぁ…うん」

レナが言わんとしていることは分かった。ったく、自分も追われる身だってのに、レナもああいうのは放っておけないんだろうな。

ま、アタシもどっちかっていうと、そうなんだけどさ。

 「おーい、そこの軍人さん」

アタシは女に声をかけた。

 彼女はアタシ達の方を振り向く。

「飛び込み自殺は、苦しいらしいぞ!」

なるだけ明るく笑って言ってやった。

「ああ、そんなんじゃないですよ!」

女は答えた。声色は、まぁ、明るいっちゃぁ、明るいな。

 アタシは、レナを連れて船に飛び乗り、スラスターで船を彼女の居る方の桟橋に移動させた。

「お二人の船なんですか?」

「そうさ!中古だけど!」

「良い船ですね」

女はそう言ってニコッと笑った。ふーん、近くで見るとけっこうな美人だな。

 「退役された、とかですか?」

レナが聞いた。

「あぁ、いえ。傷病休暇、ってやつ」

「あーなるほど…でも、なにか目的があってここにきてる、ってわけでもなさそうだな」

アタシは女がトランクを引きずっているのを見てそう思っていたので聞いてみた。ここへ滞在するつもりならホテルに預けてもいいだろう。

あの怪我だ、歩き回るにしたって、できるだけ身軽になりたいと思うのが普通だろう。

それをしないってことは、この街に腰を据えることを考えているわけでもない―――

181: 2013/05/05(日) 02:12:43.88 ID:6/eGDgcU0

「ええ。ジャクソンビルに降下してきて…どこかいいところはないかって聞いたら、こっちの方は海がきれいだって聞いたから」

「あー海を見に来たのか」

海が見たくなる気持ちは、良くわかる。けど。この女の場合は、アタシとはちょっと理由が違いそうだ。

 「私たち、ここからもっと南へ行くんですけど、よかったら一緒にいかがですか?」

な、なんだって?レナ、それはいくらなんでも大胆すぎじゃないか?あんたは逃走中の捕虜で、こいつは連邦の軍人だぞ?

いくらけが人だからっつったって…いや、けが人ってのはフェイクで、スパイ狩りの連中ってこともないかもしれないだろう?

「南へ?」

「はい!ここよりもっときれいな海なんですよ!気持ちも晴れますよ、きっと!」

女は、うつむいて、少し迷っているようだった。あれは…フェイクなんかではないだろうな。

危害を与えてくるタイプでは、ない、か。まぁ、万が一のときは、怪我をしてなくても多分勝てるだろう。

「でも…良いんですか?」

女はそう言ってアタシの顔を見た。

「…あぁ!アタシらこれから南へ行って、この船とペンションで客商売しようと思ってんだ!

 良かったらお客第一号になってくんないかな?まだ向こうのこと良くわかってないし、うまい案内できるかは分かんねえけど、

 第一号記念ってことで、フリーで良いからよ!」

アタシは言ってやった。女はまたうつむいて少し考えてそれから、ぱっと笑顔を見せて

「じゃぁ、お願いするわ!」

と返事をしてきた。

 あーあ、ったく、大丈夫かなぁ…

 まだ、内心のちょっとした不安をぬぐえなかったけど、まぁ、レナがそうしたいって言ってんだ。やってやろう、うん。

 レナが船から降りて、女の荷物を受け取る。アタシもついて行って、彼女を船に乗せるのを手伝った。

 「クリスティーナ・マッケンジーです。よろしく」

「アタシは、アヤ・ミナト」

名乗ってからしまった、と思ったが、まぁ今更遅い。

「私は、レナ・リケ・ヘスラーです、よろしく!」

アタシ達のあいさつを聞くと、クリスティーナはニコッと笑った。

182: 2013/05/05(日) 02:15:49.96 ID:6/eGDgcU0
 「きれい…」

クリスがそう口にした。

アタシ達は、目的地であるアルバ島の北およそ500キロ。バラホナという街にいた。

でかい街なのにハーバーがなかったんで、仕方なく漁船用の港の隅を間借りして、燃料だけを調達している最中だ。

 今日は12月31日。標準時間じゃぁ、日付変更線のあたりではもう年は明けてる計算だ。

本当はこの島に腰を据えて、新年を祝うつもりだったんだけど、どうにもここに停泊ってワケにはいきそうにない。

燃料を入れたら、もうちょっと東のサントドミンゴまで出張らなきゃならないだろ。

100キロちょっとありそうだから、まぁ、2時間見ておけば釣りがくる。

 クリスは、船に乗ってからはずっと、2階のデッキで海を眺めている。

アタシも船室の中での操縦よりはこっちが好きだから、そこにレナもやってきて、3人でなんとなく話をしていた。

だけど、クリスに関することはまだなんにも知らない。特に隠している、というわけではないみたいだけど、アタシらの方が、聞いていいのか迷っているところがあった。

 なんだか、こんなアタシですら、不用意に聞いてしまっていいんだろうか、と悩んでしまうような雰囲気が、彼女にはある。

もちろん、それはアタシが感じているだけであって、クリス本人はそうでもないのかもしれないが。

 クリスティーナと呼んでいたアタシとレナに、「クリスでいいよ」なんて言うようなやつだ。

フランクなやつには違いないと思うのだけど…

 「アヤ!給油完了ー!」

漁港の係員が給油してくれているのに立ち会っていたレナの声がした。

「おーう、了解!おっちゃん、悪かったなぁ、漁船でもないのに!」

アタシはデッキから係員に礼を言う。

「なーに、ここいらのはバイオ燃料だからな。特に量に困るこたぁないから気にすんな!」

「レナ、支払い頼むよ!おっちゃんに今日の酒代もつけてやってくれな!」

アタシはレナに頼んだ。こういうとこじゃぁ、いかにコネを作っておくかが大事だ。特にこれからこの海域で仕事をしようってアタシらだ。

まぁ、目的地はまだ先だけど、フ口リダみたいに連邦の基地があるデカイ街へ出るための航路にあるこの町の人間に顔を売っておいて損はない。

「ははは、そいつぁありがてえな、ねーちゃんがた。ありがたくもらっとくよ!」

「なぁ、おっちゃん、このあたりって、どんな漁をするんだ?」

「この辺は、沖に出ちまうと深いからなぁ。近海で網を投げとくのが主流だよ」

「そっか、ありがとな!」

レナと料金のやり取りをしているおっちゃんにアタシは聞いておいた。網か。毎朝毎晩投げてると、船の仕事の方がおろそかになっちまうな。

まあ、アルバに着いてから考えてみるか。向こうの状況もわかんねえし…

 「アヤ!ロープ解くよ!」

「おう!落ちんなよ!」

レナがもやい結びでくくりつけたロープをほどいて船に飛び乗った。アタシはそれを確認してエンジンを回し、船を岸壁から離す。

 湾を出る航路に船首を回している間に、レナが2階のデッキに戻ってきた。

「ごめんね、クリスさん、待たせちゃって」

「あぁ、ううん、全然。景色、見てたから」

クリスはかすかに笑って言った。それから

「今日の目的地は?」

と聞いて来た。

「ここから2時間くらい走ったところにあるサントドミンゴ、かな。新年だし、パーッとやりたいなと思ってんだ」

「そうね。楽しそう」

アタシが言うとクリスはまた笑った。

183: 2013/05/05(日) 02:18:06.36 ID:6/eGDgcU0
やっぱ、なんか気になるな。いろいろぐるぐると考えそうになってアタシはやめた。

これはヤバい感じじゃない。いや、踏み込んだらヤバくなっちまうかもしれないが、そこらへんは一歩を小さく進んでいきゃぁ、避けられる。

なにより、せっかくのお客だ。いや、客っていうか、もう友達になっちゃってんだけど。このまま、妙な気分で帰らせるわけには、いかないだろう。

「な、クリス、あんた、スペースノイドだよな。どこ出身なんだ?そっちにも新年のお祝いとかあったりするのか?」

アタシは意を決して聞いた。すると、クリスは思いのほか気楽に

「あー、私はサイド6出身。リボーコロニーって知ってる?」

と教えてくれた。なんだ、話せば案外と、フランクなやつなのかも。

「なんとなく、だな」

「ふふ、そっか。サイド6でもお祭りになるわよ、新年は」

「そうなんだな。良いのかよ、故郷に帰らなくて?」

「うん。今は、離れたい気分なんだ…この怪我もね、故郷で負ったの」

「サイド6で?」

「そう…あぁ、これ、機密なんだ。だから、ここだけの話にしといてね」

クリスはそうアタシ達に断った。

「そりゃぁ、約束するよ。アタシらも、人に言えないことばっかだしな」

レナの方を見ると、彼女も笑ってクリスにうなずいた。

「ありがとう。こんな話、誰にもできなくってね」

クリスは初めて、さみしそうな表情で、でも笑った。

 「私ね、テストパイロットなの。試作機の中でも…エースに配備される、特殊機体の調整が私の任務」

「あぁ、シューフィッター、か」

思い出した。劇的な戦果を挙げるエースに配備される機体を任され、そのエースのデータや実績をもとに、微調整を行い、カスタム機を完成させる特務隊だ。

噂で聞いたことがある。

「そう。でね、サイド6にその試験場があるの」

「中立宣言してるサイド6に?」

なるほど、それは機密事項だな。サイド6も、戦争の機運が連邦にあるとみて、一部で協力的に動いているんだろう。

戦争開始直後にその経済的な力を背景に中立を宣言したやり手だ。

どっちかに付いて得がある、とわかりゃぁ、こっそり協力するくらいのことはやるだろう。

そいつは、アタシから言わせればずるいんでも小賢しいんでもなく、堂々とした戦術だ。

「うん。そこに、ジオンのモビルスーツが奇襲をかけてきた。私がテストしてたモビルスーツを探知されて、ね」

「そんな…中立都市に奇襲をかけるなんて…」

レナが言う。でも、それはサイド6が連邦の試験場なんて受け入れるからだろう。戦争に関わればそう言うことだって起こる。仕方ないさ。


「それは、連邦だって、そんなところに試験場をつくるくらいだから、同じよ。私は、そのモビルスーツを撃破した。

 コロニーは、多少被害が出たけど、無事だったから良かったんだけどね」

良かったんだけど、という表情ではなかった。

 「どうしたんだよ。知り合いが巻き込まれでもしたのか?」

アタシは聞いた。戦うべきではなかったのかもしれない、彼女からは、そう感じられていた。



184: 2013/05/05(日) 02:21:14.59 ID:6/eGDgcU0

「正直ね。わからないんだ。あのね、私には、アルっていう幼馴染がいたの。ずっと年下だけど。

 そのアルが、連れてきてくれた友達っていう人と私も友達になったの…名をバーニィ、って言った。

 バーニィはね、記者だって言ってて、連邦の私に、新型機のことをいろいろ聞こうとしてたみたい。

 でも、仲良くなって、私、彼に恋をした。好きだったのよ、彼のことが。でもね、あの日。

 モビルスーツがコロニーに現れて、戦闘になった。

 敵の、ザクだったけど、こっちの動きを良く知っていて、相当に準備したんでしょうね。

 かなりの数のブービートラップまで仕掛けていたわ。

 私のテスト機はボロボロ。でもなんとか、そのモビルスーツは撃破できた。

 でもね、あのモビルスーツのコクピットを貫くときに、聞こえたような気がしたの。

 クリス、さようなら、アル、ごめんな、って」

「まさか…」

「うん…私の気のせいかもしれないんだけどね…それこそ、本当に、耳で聞こえたわけじゃないの。頭に響いてきた、っていうか。

 でも、それからバーニィは姿を見せなくなった。毎日みたいに会っていたのに、急に、連絡もとれなくなっちゃってね…

 もしかしたら、って思って。

 それで、なんだかつらくなって、飛び出してきちゃったの」


 自分が大切に思っていた人を、自分が知らぬ間に頃してしまう…なんて、そんなこと…どれほどのことか…アタシはハッとしてレナを見た。

レナはすでにポロポロと涙をこぼしていた。レナだけじゃない。アイナさんとシローのことも頭に浮かんできていた。

あいつらが、もし、シローがアイナさんを頃してしまっていたら…

あいつは、あのバカは、酒にでもおぼれた挙句に自分で頭を吹き飛ばしかねないだろうな…。

 アタシ自身にしても、他の誰かにしても、そんなこと、想像するだけで怖い。

だって、そうなっていたかもしれない可能性はじゅうぶんにあるんだ。

あの日、アタシが味方の対空砲に撃ち抜かれてなかったら、

もしかしたら、降下中のレナのトゲツキのランドセル狙って、ミサイルを撃ち込んでいたかもしれない。

レナが撃った弾がアタシの機体を直撃してたかもしれない。そうなっていたら、レナは、この子は、何を思って氏んでいったんだろう。

家族をなくして、一人きりだったこの子が。アタシは何を思って氏んでいったんだろう。

 背筋が震えた。言葉が、出なかった。

「その、ザクに乗っていたパイロットは、氏んじゃったの?」

レナが口を開いた。おま…ずいぶんと直接的だな…

「わからないわ。戦闘の直後に私は気絶しちゃっていて、気が付いたときは病院だったの。

それからは、確認するのが怖くて、情報は聞いていないし、調べてもいないの。

バーニィじゃないかもしれないけど、でもほんとにバーニィだったら…って思うと、どうしても、恐くなっちゃって。

ただ、ビームサーベルで、コクピットを貫いた。誰であろうと、生きてはいないと思う」

クリスもいつの間にか、涙をこぼしていた。

185: 2013/05/05(日) 02:23:11.03 ID:6/eGDgcU0
 レナが、クリスの隣に寄り添うようにして座り、肩を抱いて背中をさすった。

船の操縦してなかったら、アタシも行ってやりたい気持ちだ。

「つらかったね…そんな気持ちを、ずっと抱えてたんだ…」

レナは静かに言った。

「話してくれてありがとう。いっぱい泣いて、吐き出して行ってよ。私たち、そう言う話ならいっぱい聞くしさ」

レナ、あんた優しいな。アタシはこんなとき、なんて言ったらいいかわかんなくて、すぐ黙っちまうから…いてくれて、助かるよ。

「ありがとう…」

クリスは涙をぬぐって顔を上げた。強い子だ、彼女は。シローだったら、こうは行かない。

なんて思ったら、げっそりしたシローの顔が浮かんできてちょっとだけ和んだ。

 クリスは、しばらく黙って気持ちを落ち着けていたが、しばらくして改めて礼を言った。それからアタシ達に

 「二人は、どんな関係なの?」

と聞いて来た。

 アタシは、今のクリスには、ちょっとつらいかな、と思ったけど、

でも、こんなにいろんなことを話してくれた彼女に、素性を隠しているのもなんだか居心地が悪い気がして、

「アタシは、元連邦軍で、正確に言うと脱走兵。捕虜を連れて逃げ出してきたんだ」

となるだけ明るく言ってやった。すると、アタシに続いてレナも

「で、その捕虜が私。元ジオンのパイロットだったんだ」

と笑顔で言った。

 それを聞いたクリスは、一瞬呆然としたが、しばらくしてクスッと笑った。

「そっか、なんだか、面白いな。でも、そういう選択を思いつけたんだなって思うと、少しうらやましい気がする…」

クリスはそう言って、やっぱり、すこし悲しそうに笑った。

186: 2013/05/05(日) 02:23:39.00 ID:6/eGDgcU0

 サントドミンゴにはちゃんとハーバーがあった。これだけのデカイ街だ。ないわけはないと思っていた。

今日はここで新年を祝うパーティーをしようという話は、レナもクリスも賛成してくれた。

ただ驚いたのは、パーティーというのがコロニー生活をしていた二人と、アタシとでこうも違うのか、ということを知ったことだ。

 コロニーなんかじゃ、パーティーと言えば、ピザやケータリングの食事なんかでやるらしい。

地球でも、そんなことをやるやつもいるが、アタシとしてはもっぱらのジャングル生活。

パーティーと言えばバーベキューだと言ったら、それはアタシだけだろとかぬかしやがった。まったく、失礼なやつらだ。

でも、コロニー組はバーベキューなんてしたことがない、っていうから、アタシは街に着いてからすぐに近場で炭とバーベキュー用のコンロと肉を買ってきた。

もちろん、酒もたんまりだ。1階のデッキにテーブルとイスを出して、コンロを固定して準備万端。野菜はレナに切ってもらう。

そう言えば、料理の方はどうなんだろうと思っていたけど、レナは意外なほど手際が良くて頼もしい。

アタシはこういうバーベキューとか魚の丸焼きとか、おおざっぱな料理は得意だけど、魚料理以外の手の込んだものは作れないから。

 クリスも何か手伝う、と言ってくれた。友達になっちゃったとは言え、一応お客なのでゆっくりしてくれていても良かったのだけど、

せっかくだから、と思ってアタシの釣竿をセッティングして、魚部門を任せたと言って船の上から釣りをさせてやった。

これなら、アタシも準備しながら一緒にやれるし、ちょうどいいだろう。クリスも釣りが初めてなようで、妙に興奮していた。

興味を持って楽しんでくれるのはうれしいけど、スペースノイドの釣好きは共通なんだろうか?

アタシがそうなのも、生まれがスペースノイドだからなのか?

 日が暮れてきたので、バッテリーに灯光器を繋いだ。クリスの方はパームヘッドっていう鯛の仲間を2匹と、良くわからん蛍光色の魚の3匹を釣り上げていた。

なかなかセンスあるな。蛍光色の方はちょっと遠慮して、パームヘッドはアタシが捌いて一匹は塩をまぶして網に乗せた。

もう一匹はホイルで包んで、中にハーブと胡椒とバターと、あと野菜なんかを入れて蒸し焼きにする。あとはもう、焼いて食って飲むだけだ。

 ラジオで音楽を掛けながら、アタシ達は乾杯した。

 肉も魚も野菜もうまいし、何より久しぶりの酒だ。うまくないはずがない。

クリスも、怪我に触るといけないから、ちょっとだけ、なんて言いながら、結構な量を飲んでいる。

レナに至っては、もうはしゃぎまくりで、1時間もしたらもうへべれけだ。

 そんな感じで楽しんでいたら、不意にラジオの音楽がとまった。

187: 2013/05/05(日) 02:26:09.65 ID:6/eGDgcU0

<臨時ニュースをお伝えします。連邦政府によりますと、標準時間、1月1日の正午ごろ、

月面都市グラナダにて、ジオン公国との終戦協定の調印式が行われ、両国の首脳間で戦争の終結が確認されました。

これにより、多大な犠牲を払った戦争に終止符が打たれることになりました。

それでは、両国首脳による記者会見の音声が届いておりますので、そちらをお聞きください―>


 おい…おい、今なんて言った?

 戦争が、終わった?終戦…?

アタシは思わずクリスの顔を見た。彼女も、呆然としていた。

「終戦…?終わったの?戦争が?」

クリスが口にする。

 その言葉が頭の中を駆け巡る。駆け巡るけど、うまく状況が理解できない。信じられない、と言った方が正しいのか。

 いきなりレナが飛びついて来た。びっくりして抱きとめてから顔を覗いこむと、ボロボロと大粒の涙をこぼしている。

「アヤ…アヤ…もう、もう私…」

そうだ。戦争が終われば、レナはもう連邦に追われることもない。

アンナなんて偽名じゃなく、レナ・リケ・ヘスラーとして、アタシのそばにいてくれる。

アタシもいろいろとこみ上がってきているけど、レナにとっては、きっともっと、衝撃的なニュースだろうな。

 アタシはレナを優しく抱きしめてやった。持っていたグラスもおいて頭を撫でてやる。

「がんばったな、アタシら」

声をかけてやると、レナは黙ってうなずいた。

 だけど、無抵抗にアタシにしなだれかかってくるレナをさすっていたら、ムクムクと変な気持ちが湧いていた。

酒が入ってて、おかしかったんだろうな、うん。まぁ、酒が入ってなくてもしてたかもしれないけど。

いや、でも新年だし、終戦なんて、なんにしても良かったじゃないか、うん。

こんな時はさ、目一杯、弾けといた方が、良いってもんだ。

 アタシはレナを起こして、両頬に手を添えた。涙目のレナはなにごとかと言わんばかりにアタシを見つめてくる。

アタシは、レナの顔にそっと顔を近づけていく。

レナも受け入れ態勢万全で、案の定、目をつぶった。


 バカめ!


 アタシはすかさず、レナの脇に手を入れて抱きかかえると、そのまんまデッキから海へ身を投げてやった。

「へ?ぎゃぁぁぁぁ!」

「終戦ばんざーーーい!」

そう叫ぶアタシと、今まで聞いたこともないような悲鳴を上げたレナとで、海へ落ちて行った。

 酒とレナで火照った体に、海の水はひんやりしてて気持ちいい。

「げぇっ!げほっ!げほげほ!」

水を吸いこんじまったらしいレナがむせこんでいる。あちゃ、息止めさせるの忘れた。

「大丈夫か!レナ!?」

「アヤがやっといて『大丈夫か?』じゃないでしょ!?…っ、げほげほっ!この鬼!悪魔!」

そんなアタシらを見て、クリスも大爆笑している。そして、あろうことかクリスまでデッキのふちに足をかけた。

 ちょ、待て、けが人!こら、スペースノイド!あんた、そんなんで泳げ…

「ひゃぁぁーー!」

クリスが奇声をあげて海に飛び込んできた。

188: 2013/05/05(日) 02:26:45.64 ID:6/eGDgcU0
 待て待て、ちょっと待ってって!クリスが泳げなかったら、さすがのアタシでも二人抱えて浮いてるなんてできないぞ!?

 「クリス!あんた泳げんの?!」

「ううん、泳げない!助けて!」

 着水したクリスは、そう言って笑いながら、すぐさまアタシのところまでもがくようにしてやってくると、

レナ同様にアタシにしがみついていた。

 だから言わんこっちゃないっ!!ヤベっ、沈むっ…氏ぬ、氏ぬ!!!

 必氏の思いでデッキに泳ぎ着いたアタシが自分の行いに後悔したのは言うまでもなかった。

 ったく、氏ぬかと思ったよ、ほんと。


189: 2013/05/05(日) 02:29:35.96 ID:6/eGDgcU0

 「シャワーありがとう」

クリスが船室から出てきてアタシに声をかけてくれた。

「ああ、うん」

アタシはデッキの片づけをあらかた終えて、残ったビールをあおりながら星を見ていた。

傍らには、はしゃぎ疲れたのか、すっかり寝こけているレナがいる。

「あなたは良いの?」

「アタシはあんたが入ってる間にここで水浴びしたから大丈夫」

「寒そう」

「まぁ、ちょっとな。でも気持ちいいぜ?」

アタシが言うと、クリスは笑った。

 「腕、大丈夫なのかよ?」

「わからない。でも、痛くはしなかったし、平気だと思うわ」

そのことだけが気にかかっていたから、まぁ、良かった。

 あれから、アタシが謀ったことに怒ったレナが何度もアタシを巻き添えにして海に飛び込んでは、自分は泳げないという自爆を繰り返し、

それにクリスも便乗する、という自殺行的な遊びが続いた。

アタシも命の危険を感じて、途中でウェットスーツに着替えて対応した。

生地が厚めのやつで浮翌力も十分だから、それからは氏にそうになることはなかったけども、それでもレナとクリスがなんども飛び込むもんだから参った。

悪いことはするもんじゃないな。


 「ふぅ」

とクリスがアタシの隣に腰を下ろした。ビールを差し出すと笑顔で受け取って栓を開ける。

「ありがとうね」

クリスはなんだかしみじみ言った。ちらっと彼女の横顔を見やる。

「ずいぶん久しぶり。あんなに笑って、あんなに楽しかったのは。まるで子どものころに戻ったみたいだった」

「はは、そう言ってもらえると嬉しいよ」

アタシはなんだか照れくさくってそうとしか答えらんなかった。

それから、しばらくクリスは黙って、また、口を開いた。

190: 2013/05/05(日) 02:30:27.55 ID:6/eGDgcU0

「今、軍から連絡があって、休暇を切り上げて帰ってこい、っていわれちゃったの」

それは―――

「終戦の影響か?」

「ええ。体制を整理するらしいわ。いつでも移動できるように、待機せよ、だって」

「そうか…せっかくの休暇だってのに、残念だな」

「うん。でも、あなたたちといられたから、良かったわ」

「そっか」

「私ね、サイド6に帰ったら、戦ったザクのパイロットのこと、調べてみようと思うの」

アタシはハッとしてクリスを見た。星空を見上げる彼女の顔は、以前にもまして力強く、きれいに見えた。あの悲しさをたたえた表情はない。

「あなた達と会って、話を聞いてもらえて、こうして子どもみたいにはしゃいで…なんだか、弱ってた部分が癒された感じがするの。

 怖いことから逃げ出してきてここに来たけど、おかげでやっと、向き合っていくことができそうな気がする」

クリスはそう言ってビールに口をつけると、空を見上げた。

「生きてるといいな、その、バーニィっての」

「ふふ。ありがとう。でも、あんまり期待はしていないの」

「いや、期待しとけよ。奇跡、ってやつに」

「奇跡、ね」


「うちの隊長が言ってた。『これから起こることに奇跡を期待すんじゃねぇ。

 奇跡、ってのは終わった後のことにだけ向けられるもんなんだ』ってな」

「そうかもね。願う分には、タダだものね」

「そう言うこと」

アタシはビールをあおった。クリスは、これから大変なことに向き合っていくんだろう。

それはアタシがレナを失ったり、シローがアイナさんを失ったりしたら、って想像にまとわりつくあの絶望感だ。

それはきっと、考えるよりもきついことだ。こいつは、それに向かっていくと決めた。アタシらはもう友達だ。

だとしたら、こいつがまた逃げたくなった時に、援護してやるのがアタシとレナの役目だ。

な、そうだよな、レナ…って、寝てんだった。

「まぁ、どうあれ、結果がわかったら、また会いに来いよ。悪い方に出たら、また一緒に泣いてやる。

 良い方に出たら、また一緒にこうやって騒いでやる。待ってるからな」

「うん!ありがとう。必ずまた会いに来るわ」

アタシが言ってやると、クリスは満面の笑みで笑って返事をした。

 その笑顔を見て、なんだかほっとした。そうしたら、でっかい欠伸が出ちまった。

「ふわぁぁぁ。ふぅ、寝るかな」

「そうね」

「おーい、レナ。部屋行くぞ、歩けるか?」

「むぅぅりぃぃ」

ったく、こいつは!あきれて笑ってしまった。

仕方ないから抱きかかえて船室に連れて行こうと思ったら、途端に飛び起きて叫んだ。

「ちょ!もう海は!飛び込むのはもうやめよう!」

寝起きとは思えない俊敏さに、アタシもクリスも思わず声をあげて笑ってしまった。

191: 2013/05/05(日) 02:32:07.97 ID:6/eGDgcU0

 翌日、アタシらは進路を変えて、クリスを最寄りの空港まで送っていった。

レナは相変わらず泣き虫で、クリスに抱き着いて「また来てね、絶対ね!」と繰り返し言い続けた。

最後の方にはアタシもクリスもちょっと引くくらいだったってのは、内緒にしておこう。


 それから2週間もしないうちに、クリスから連絡があった。なんでも地球への赴任が決まったそうだ。

アタシらは、手に入れたペンションの準備も終わって、本格的に客の受け入れを始めようとしていた時期だった。

 なんとなく、だが。クリスの声は弾んでいるように、アタシには聞こえていた。

赴任先での仕事が落ち着いたら、会いに行く、と言ってくれた。

まぁ、例のパイロットがどうだったかは、そのときにじっくり聞いてやるとしよう。

ただやっぱり、クリスの声を聴いていたら、

あの明るくてきれいなクリスが、とびきりの笑顔で笑ってアタシらに会いに来てくれるような、

そんなイメージが脳裏に浮かんできていた。






「バーニィにも挨拶をしておきたかったんだけど…アルから伝えてくれる?私が『よろしく』って言ってたって」

192: 2013/05/05(日) 02:34:39.30 ID:6/eGDgcU0

おまけ編1、以上です。
お読みいただき感謝&蛇足だったら失礼しました。

次回:【機動戦士ガンダム】ジャブローで撃ち落とされた女ジオン兵が…【中編】

引用: ジャブローで撃ち落とされた女ジオン兵が…