158: 2013/06/25(火) 00:34:40.00 ID:0prmuyuu0

【機動戦士ガンダム】ジャブローで撃ち落とされた女ジオン兵が…【前編】
【機動戦士ガンダム】ジャブローで撃ち落とされた女ジオン兵が…【中編】
【機動戦士ガンダム】ジャブローで撃ち落とされた女ジオン兵が…【後編】

【機動戦士ガンダム】ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが…【1】




 「指示書?」

「はい、カラバの方にいただいて…それに、ここへ向かうように書いてあったんです」

ハンナはそう言って、ポケットから一枚の封筒を出してアタシに手渡してきた。

中身を確認すると、そのには確かに、ここの名前と住所と、簡単な地図が印刷された紙片が入っていた。

「皆さんは、カラバの関係者の方ではないんですか?」

自体を理解していないアタシ達に気付いたのか、ハンナがそう聞いてくる。

アタシらは、顔を見合わせて、揃って首をかしげた。

そりゃぁ、ティターンズを良く思ってる連中はこの中にはいないけど、

だからと言って反政府組織に肩入れするほどの想いがあるわけでもない。

アタシらはみんな、自分の身の程を知っている。

だから、そんなでかいことをするよりも、もっと地道な草の根活動の方が性に合ってるんだ。

「いや、そう言うのには全然関係ないけどさ…」

そう返事をしながら、アタシはハンナ達をかわるがわる見つめる。

子ども達は、シュンとしているが、視線はテーブルに並べられた食事に注がれている。

あぁ、なんだ、こいつら腹ペコか?

身なりも汚いしなぁ…相当、苦労してここまでたどり着いたんだろうな…

そう考えたら、なんか、やっぱりちゃんと迎え入れてやりたくなっちまうのが、アタシらってもんだ。

そうだろう、レナ?

 そう思って、レナをチラッと見てみる。レナは、やっぱり、ソワソワ、ハラハラした顔つきでハンナ達を見ていた。

 「まぁ、とりあえず、もっと話を聞かせてくれよ」

「良かったら、食事も食べてね。まだいっぱいあるから」

アタシと、レナもそう言ってくれる。

「い、いいんですか!?」

一番幼く見える女の子が、そう言って目を輝かせた。

「うん。食べな。腹減ってそうだし」

アタシがそう言ってやると、子ども達は食事に飛びついた。
TV版 機動戦士ガンダム 総音楽集

159: 2013/06/25(火) 00:35:25.81 ID:0prmuyuu0

 「食べながらでいいからさ、話、頼むよ」

テーブルに並べてあったピザに、恐る恐る手を伸ばしていたハンナに、そう頼む。彼女は、いったんその手を止めて、

「はい」

と、静かに、でも、力強く返事をした。

「私は、もと連邦軍の少尉です。2週間ほど前に、所属していた、極東第12支部の、第9駐屯地から逃げ出してきました」

「第12支部…っていうと、ニホンか?」

「はい、そうです」

8年前、レナと一緒に北米へ飛び立った基地が、第13支部。あれはフクオカにあって、

確かニホンには他に、12支部と11支部かあったはずだ。12支部は、確か、あの列島のちょうど中央あたりに位置していたはず。

「どうして、脱走を?」

レナが話を促す。

「はい。私の駐屯基地には、ティターンズの大尉が駐在していて、その人が…

 拷問して、捕虜を殺害するのを楽しんでいるような人で。そんな基地へ、彼らが、捕まってきたんです」

ハンナはそう言って、子ども達と、もう一人の女性に視線を送る。

 なるほど…そっか。こいつらも、“そう言うの”から逃げてきたクチか。

それにしたって、なんでこんな子ども達をつかまえる必要があったんだ?アタシは気になったのでそこを聞いてみた。

すると、ハンナは、少し言いにくそうにしてから、ややあって口を開いた。

「彼らは…連邦の、ニュータイプ研究所、と言うところから逃げ出して来たんです。

 人体実験の、被験体としてつかまっていたそうで…。多分、研究所に連れ帰される途中だったのだと思います。

 なんでも、1年戦争末期に、ジオンの研究所からも逃げ出して、有志のジオン軍人たちが命を懸けて、

 地球に送り届けてくれたらしいんですけど…運悪く、地球で連邦に目をつけられてしまったみたいで…」

ジオンの研究所から逃げ出して来た、か。

あれ?

そんな話、どこかで聞いたな…どこでたっけ?

もうずいぶん昔のことみたいだけど…えっと…

160: 2013/06/25(火) 00:35:59.86 ID:0prmuyuu0

「アヤ」

レナの呼ぶ声がしたので、そっちを見たら、彼女は確信を持った表情で

「アイナさん達だ…」

と言った。

 そうだ。アイナさん達が、ラサ基地の戦場から逃げてった先で出会ったのが、

ジオンの研究施設から逃げ出してきた、ジオンのニュータイプの子ども達…

まさか、その子達ってのが、こいつらのことなのか?

確かに、年齢的に考えても辻褄は合いそうだけど…そんな偶然ってあるのかよ?

 「ね、あなた達、アイナ・サハリンさん、って知ってる?」

「なんだい、シロー達の知り合いなのかい、この子ら?」

レナの問いに、シイナさんが反応している。

「アイナお姉ちゃんを知ってるの?」

男の子が、そう声を上げた。

 おいおい、本当かよ?本当に、アイナさん達が会ったって子なのか?

「待ってね…」

レナはそう言って、ホールの戸棚から何かを取り出してきた。あれは、レナの取った写真を収めてあるアルバムだ。

レナはその中の一枚を抜き取ると、それを子ども達に見せた。

「この人で、間違いない?」

レナが聞くと、子ども達の顔がパッと明るくなった。

「そう!アイナお姉ちゃんだ!」

「シローさんも写ってる!」

歓声が上がった。嬉しそうにしてた子ども達だったけど、突然、その表情が、曇った。

あれ?なんだよ、急に?

「どうしたの?」

その変化に気付いたレナが尋ねる。

「お姉ちゃん、捕まっちゃったんだ」

―――な、なんだって!?

 アタシは思わず立ち上がっていた。

「つ、捕まったって、どういうことだよ!?」

「私たちが、基地につかまっていた時に、助けに来てくれたんです。

 爆発を起こして、電気を消して…その間に、私たちはハンナお姉ちゃんと一緒に、逃げ出したんだけど…」

「アイナお姉ちゃんは、逃げ切れなくて、私たちの代わりに、基地に…」

おい、待て、待てよ。その基地には、ティターンズのその、拷問好きの大尉ってのがいるんだろ!?

まずいじゃないか…アイナさん…そ、それって本当なのか?

「あの爆発と停電って、そのアイナさんって人がやったの?」

ハンナが子ども達にそう聞いている。

「うん。声が、聞こえた」

双子に見える子の内の一人が、そう答えた。

161: 2013/06/25(火) 00:36:30.30 ID:0prmuyuu0

「ア、アヤ!シ、シローに電話!」

「う、うん!」

アタシはPDAを取り出して、シローのナンバーにコールする。だけど、どれだけ鳴らしてもシローは電話口に出てこない。

くそ!どうなってんだ!?

「ダメだ、シローでないよ!」

「まさか、もうティターンズに?」

「落ち着きなよ。身を隠しているのかもしれない。今は、とにかく情報収集と、策を練らないと」

シイナさんがそう言ってアタシ達をいさめてくれる。そうだ、なによりもまず、情報を集めなきゃ。

アイナさん、頼む、まだ生きててくれよ…!

「と、とにかく、あんた達は、そこから逃げてきて、それで、カラバに言われてここまできたんだな?」

「はい」

…ってことは、カラバには、ここを知っている人間がいるってことだ。誰だ?今までに相手をしたお客の誰かか?

「アムロ・レイ、と言う人を、ご存知ですか?」

不意に、ハンナが言った。アムロ?そう言えば、何年か前に来たな…あの、ニュータイプっぽい気配をビンビンにさせてた…

「し、知ってる。ここへ来たことも、ある」

「その人、今はカラバに所属しているらしいのですが、そのアムロって人に会わなきゃ、って、

 その…“声”が、聞こえたみたいで…」

ハンナはまた、言いにくそうにそう口にして、子ども達を見た。

 “声”?それって、要するに、「あの感覚」のことを言ってるんだな?

アムロってのが、子ども達をここへ連れて来たのか?アタシらに、「なんとかしてくれ」ってことなのか?

 アタシは、グッと拳を握った。アイナさんのことと、子ども達のこと…でも、うちだって今は、ロビンがいる。

そう簡単に動くのは、ちょっと抵抗がある…でも、でも。

アイナさんは助けてやらないと…それに、こいつらだって…このままほっておくわけには…

162: 2013/06/25(火) 00:37:01.84 ID:0prmuyuu0

 「ねえねえ、お姉ちゃんは、レオナ?」

急に、誰かがそう言った。ロビンだった。

ロビンは、ハンナじゃない方の女性のすぐそばまで言って、彼女の顔を見上げている。

待て、ロビン、そいつの名前、まだ聞いてないぞ?

 アタシは、ロビンがレオナ、と呼んだ女性に目をやった。

 彼女は、目で見てわかるくらいに、体を震わせていた。

「ね、ねえ、大丈夫?」

ソフィアがレオナに声を掛けて、彼女はハッとした様子で、体の震えを抑えた。それからアタシの顔を見て

「あの…あの、この子は…」

と口をパクパクさせながら聞いてくる。

「え?あぁ、アタシと、こっちのレナとの子どもだけど?」

アタシが答えてやると、レオナは少し黙ってから


「その…もしかして、卵子間胚妊娠で出産された子、ですか?」


…え?なんでそれを?子どもを見たらわかるのか?

それとも、あのレオナってのからも、ニュータイプの気配を感じる。

ロビンは、アタシやレナよりも、強い素質を持ってるから、それでなにかを感じてるのか?

163: 2013/06/25(火) 00:37:27.60 ID:0prmuyuu0

「どうしてそれを?」

レナがアタシの代わりに聞いてくれる。

すると、レオナはグッと押し黙ってから顔を上げて

「そのPDAをお借りできますか?」

とアタシの握っていたPDAを指して言った。

「あ、あぁ、良いけど…」

アタシがPDAを手渡すと、レオナは首につけていたチョーカーのヘッドに手を当てた。

パキッと言う、乾いた音がして、そのヘッドが割れる。それは、記憶媒体の様だった。

 レオナはPDAに端子にそれを差し込むと、画面を操作してから

「これを、見てください」

とアタシの方に見せてきた。

 そこに写っていたのは、ロビンと同じくらいの女の子の写真だった。

 ロビンと同じ茶色っぽい髪に、ロビンの、レナから受け継いだんだろう少しグレー掛かった瞳に、見慣れた鼻筋と、唇…

目元は…アタシにそっくりだ。

 まるで、ロビンだ…でも、でも待ってくれよ。これはロビンじゃない。

似ているけど、でも、ロビンの輪郭は、アタシ似だ。

でも、この子の輪郭は…その、レナのに、似ている…。

 レナも、アタシの横からPDAを覗き込んで、絶句した。

「おい、こ、これ…この子…」

呆然とするアタシの膝に、ロビンもよじ登ってきた。彼女は、PDAを見るや否や、叫んだ。

「レベッカだ!」

164: 2013/06/25(火) 00:37:53.90 ID:0prmuyuu0

は?

…え?

…レベッカって、あんたが今、大事そうに抱えているその人形のことだろう?

ち、違うのかよ、ロビン…人形のことじゃ、ないのか?

おい、なんだ?お前いったい、何を感じ取ってるんだ?

「ロ、ロビン、これは、レベッカ、なの?」

レナは戸惑いながらロビンに聞く。

すると、ロビンは笑顔を浮かべながらさも当然と言った様子で

「そうだよ!レベッカはいつもシクシク泣いてるの。だから、大丈夫だよって、わたしが一緒に居てあげるんだよ!」

と人形のレベッカの頭を撫でつけて答えた。

 アタシは、何かを言ってほしくて、レオナを見つめた。

彼女は、ゴクッとつばを飲み込んで

「はい…私は、彼女に、レベッカ、と名付けました。彼女は、私が産みました」

と口にした。

 なんだよ…どうなってんだ、それ?こんな、アタシとレナとロビンにそっくりな子を、このレオナってのが産んだって…?

 アタシはなんだか、全身がガタガタ震えるのを感じて、イスに座り込んでしまった。

ロビンが振り落とされないようにアタシしがみついてくるので、何とか彼女だけは、腕で抱え込んで押さえつける。

 レナからも、混乱が伝わってくる。レナがアタシの手を握ってきた。

アタシはその手を握り返して、レナも抱き寄せる。

なにが、なにがどうなってんだ?なんでこんなことが、いっぺんに起こってるんだ?

 アタシはどうしようもなく混乱していた。

アイナさん、助けなきゃいけないのに、子ども達が居て、で、ロビンにそっくりな、この子は誰なんだよ?

何から話を聞けばいいんだ?

165: 2013/06/25(火) 00:38:25.91 ID:0prmuyuu0

待ってくれ、整理しなきゃ。

えっと、だから…えぇっと…

 思考がまったくまとまらない。こんなにグシャグシャになるのは、レナを助け出そうと思ったとき以来だ。

思考どころか、感情もこんがらがっちゃって、自分でも良くわからなくなっている。

 レナが、アタシの体を、ギュッと抱きしめてきた。それからしばらくして、ふっと力が抜けたと思ったら、体を離した。

見上げたら、レナは、何か、固い意思を持った表情に変わっていた。

 レナ…あんた、持ち直したのか?そうだ…アタシも、こんなんじゃ、ダメだ。

しっかりしろ。これは、一大事かも知んないんだぞ。アタシは自分にそう言い聞かせて深呼吸をした。

考えるのをやめるな…でも、飲まれるな。大事なのは、なんだ?

 そうだ、情報収集と分析、および状況把握、だ。基本は、なにも変わらない。何度も、何度もやってきたことだ。

それを忘れんな…

 アタシも何とか頭を切り替えた。それから、意を決して、レオナに言った。

「話をしてくれ。知っていること、全部教えてほしい」

「わかりました」

レオナも、強い目をして、そう答えてくれた。

166: 2013/06/25(火) 00:38:51.23 ID:0prmuyuu0

「私は、戦争中に、ジオンの研究所から亡命した博士に連れてこられました。

 当時、博士はEXAMシステムと言う人工知能の開発を行っていて、その基幹部となる人間の予備として、でした。

 でも、連邦に来てからすぐに、私は、連邦の研究所に幽閉されました。

  それから何年かして、連邦でもニュータイプと強化人間についての研究が始まるようになり、

 私もかなりの数の研究の被験者にされました。幸い、精神手術を受けることなく済んだのは、

 純粋なスペースノイドのニュータイプ素質を持ったサンプルだったからなんだと思います。

 そんな、ある意味では扱いにくい私に、5年ほど前に、新しい“仕事”が任されました。

  それが、素材となりうるニュータイプ素質を持った子どもの代理母としての出産です。

 そして、最初に私の胎盤に着床されたのが、中米からサンプリングされた、卵子間胚でした。

 通常、人工授精や卵子間結合を行う場合、失敗に備えて複数のサンプルを取って結合が行われます。

 成功例があれば、残ったサンプルは破棄されるものですが、お二人の場合、検査の段階で研究所の手が入ったのだと思います。
 遺伝子レベルでの、ニュータイプ素質が発見されていた…

  だから、残ったサンプルを研究所が引き取り、結合を行って、私にそれを妊娠させた…」

「要するに、あれだね。ロビンとは、二卵性の双子、ってことだ?」

カレンが口をはさむ。

「そうですね」

レオナはうなづいた。いや、この場合、二卵性なのか四卵性なのか、分かんないけど、さ。

でも、そうか、とにかく、やっぱり、この子は…ロビンと同じ、アタシとレナの子…

そいつが…連邦の研究所で、実験の、素材に…だと!?

167: 2013/06/25(火) 00:39:21.07 ID:0prmuyuu0

 やっと、事態が把握できた。途端に、胸の奥からとてつもない怒りがこみ上がってきた。

ふざけんな、どこの誰がそんなこと計画しやがったんだか知らないが、寄りにもよってアタシ達の子を、

そんなくだらないことのために、都合のいいように扱おうってのか!?

 固く握った拳に、爪が食い込むのを感じた。

「今…レベッカ、は、どこに?」

そうたずねたレナからの怒気が感じ取れる。

「恐らく、オーガスタからオーランド研究所へ移送されたんだと思います」

―――オークランド…北米か。

アイナさんは、ニホン。

レベッカは北米。

それに子ども達の保護…いや、場合によってはシローもこっちへ呼び寄せてやったほうがいいかもしれない。

キキもいることだし、何かあってからじゃ、取り返しがつかない…

 でも、これって…アタシとレナだけじゃ、無理だ。

子ども達を連れて、ニホンやまして、北米のニュータイプ研究所になんて連れて行けるわけがない。

そんなことするほどバカじゃない。

助けが、助けがいる…

168: 2013/06/25(火) 00:39:54.96 ID:0prmuyuu0

 アタシが顔を上げたら、カレンがアタシの方をじっと見ていた。

目があったら、カレンは、笑った。カレン、あんた…

 「要するに、要点は、3つだね。アイナの救出、レベッカの奪回、あと、子ども達の保護、だ」

「こういう時は、隊長に声を掛けておいた方が良いな。良い案もらえそうな気がする。あとで連絡を取ってみようか」

カレンが言うと、ハロルドさんがそう言い添えた。

 すると、今度は

「なら、私らのところで、ロビンちゃんを預かるよ。部屋数が足りないから、そっちの子ども達はちょっと難しいけどね」

とシイナさんも言ってくれる。

「なら、うちの社屋の宿直室なんてどうですか?半分、カレンさんの私室になっちゃってますけど、ベッドの数も足りますし」

「あぁ、そうだね。通信設備もばっちりだし、ウチが作戦本部、ってことにしようか。

 今回はソフィアは巻き込めないけど、デリク経由で情報分析は頼めるだろうね」

「任せてください!」

シェリーに、ソフィアも…

「おい、だから、アヤ」

カレンが、またアタシ達の方を向いた。

「あんたらはあんたらのやるべきことをしなよ。バックアップは、全部こっちで引き受けるからさ」

カレン…カレン!カレン!!

 アタシはもう、なんか胸がいっぱいになって、カレンにタックルをくらわせてギュウギュウに抱きしめてやった。

 ああ、本当に、良い仲間に巡り合えたな。アイナさんも、レベッカも…すぐに行ってやるからな…

だから、がんばれ…絶対に、ひどい目になんて、遭わせないんだからな…!

176: 2013/06/26(水) 22:34:15.29 ID:b+Iikr+e0

 子ども達は飯を食ったら、すぐにうとうと船をこぎ始めちまった。よほど疲れてたんだろうな。

とりあえず、泥だらけのまんま寝かせるのは、ペンション的にも子ども達の衛生的にも良くないと思って、

二年前にアタシが庭の一角に作った露天風呂に入れてやった。

一番ちびのニケってのが

「お風呂が外にあるの!?」

とはしゃぎまくっていたのをみ見て、なんだか妙に嬉しい気分になった。

お客に喜んでほしいと思って作った露天風呂だ。

素直にそうやって喜んだり楽しんだりしてもらえるのはやっぱりいい気分になれるよな。

それから子ども達は二階の部屋に寝かせた。やっぱり疲れは相当だったみたいで、寝付くまでにはほとんど時間は掛からなかった。

 そんな様子を確認してホールに戻った。

部屋で寝かせなきゃ、と思っていたロビンがソファーの上で伸びていてレナがリネン室から持って来たんだろう毛布をかけていた。

「しかし、とんだことになったね」

カレンがそう言いながら残ったビールの瓶をあおっている。

「ホントですね…どうしてまた、こうもいっぺんにいろんなことが持ち込まれて来たんだろ…まるで、分かってたみたいに…」

デリクが訝しげに言う。でも、そのデリクの言葉にはちょっと思うところがあった。

 デリクの言う通り、こいつらは偶然こんなところに来た訳じゃないんだろう。

子ども達も、アイナさんも、それにアタシとレナのもう一人の子、レベッカを助けろ、って意思に導かれたんだと思う。

それがいったい、どこの誰の意思かは分からないけど…でも、すくなくともこんなことをするんだ。

悪いやつであるわけはないだろう。

アムロが何とか、って言ってたけど、それもただの言い訳に思える。これはあのアムロってやつの意思じゃない。

いや、もしかしたら、誰か一人だけのものと思う方が違うのかも知れない。

ちょっと信じられないところもあるし、現実離れしている気もするけど、

この感覚はそう言うことだって起こしかねないんだよな…な、ロビン?

 アタシはそんなことを思いながら、ソファーで人形のレベッカを抱いたまま眠るロビンの髪を撫でてやった。

 見たことのない自分の双子の姉妹の名を知っていて、その生みの親のレオナの名前も知っていた。

こんなのを、子どもじみた妄想の偶然とかまぐれとか、そんな言葉で片付けられないだろう?

 結局、理解出来るかって事よりも、感じられるか、ってことなんだよな、きっと。

「みんなも、巻き込んじゃってごめんね」

レナがまだホールに残っていてくれていたカレンとデリクに謝った。

シイナさん達は歩いて3分の自宅に戻って、ソフィアとシェリーは二階のベッドにお泊まりだ。

ハンナとレオナも、疲れてて眠いはずなのに、頑張って起きてホールに居てくれている。

「まぁ、気にしないことだね。これでもアヤと同じあの隊にいたんだよ?

 首突っ込むなって言われたって手を出しちまうだろうしさ」

「そうですよね」

カレンの言葉にデリクが相づちを打って笑った。まったく、ホントに…嬉しくって泣けちゃうじゃんかよ。

「でも、隊長に連絡がついて良かったよ。フ口リダで北米側の援護してくれるとなりゃ、百人力だね」

隊の連中には全員に連絡して協力を頼もうと思ったんだけど、繋がったのは隊長にフレートにベルントだけだった。



177: 2013/06/26(水) 22:35:17.60 ID:b+Iikr+e0

マライアは宇宙に上がったっきり、隊長とアタシとソフィアに時々手紙を送って来るくらいで、行方不明。

ヴァレリオは噂じゃぁ月面にいるらしくて、

 ダリルに至っては軍をやめてからと言うもの、誰一人連絡を取れたやつがいないのだと言う。

あいつらしいと言えばあいつらしい。きっとどこかで怪しい商売でもやってんだろう。

正直言えば協力してくれりゃぁ頼もしかったけど、今は贅沢を言って時間を掛けてる余裕はない。

連絡のついた隊長とフレート、ベルントは二つ返事で協力を了承してくれた。

フレートは北米にいるから隊長と一緒になにかしてくれるだろう。

ベルントは今は運良くニホンの隣、チャイナのホンコンシティにいるらしいから現地で合流の予定だ。

これが前線で支援を受けられる全戦力。素直に言えば厳しい。ただ、そんなことよりもアタシには気にかかっている事があった。

今回の目標は、二ヶ所。ニホンと北米だ。

アイナさんは拷問にあっているかもしれないし、レベッカは精神手術を受けさせられてしまうかも知れない。

どっちも猶予があるとは言えないんだ。

 だから二つの作戦を同時に進行させなきゃ行けない…戦力を分散しなきゃいけない。

ただ、それぞれの事情に詳しいのはアタシとレナだけ…

そう、アタシ達は、出会って初めて別々のところで戦わなきゃいけないんだ。

 不安かって言われたら、不安だ、それもどうしようもなく不安だ、と言うしかない。

レナを信用してないわけじゃない。自分に自信がないわけでもない。

でも、あれからずっと、お互いそばにいて、守りあって生きてきたアタシ達だ。

自分のことは、まぁ、いい。でも、アタシにとってみたら、レナを守ってやれないってのが、ホントに不安なんだ。

 レナが、真剣な表情でアタシのとこにやって来た。あぁ、分かってる、レナ。

それでも、アタシは…アタシ達は、選ばなきゃいけないんだ。

「アヤ」

レナがアタシの目をジッと見る。

「うん」

アタシも、出来るかぎり迷いを捨ててレナの瞳を見つめ返した。

「私が、北米へ行く。あなたは、アイナさんをお願い」

レナはそう言った。アタシも、そう考えてた。北米は隊長とフレートがいる。支援は厚いし、言っても研究所だ。

兵隊がひしめき合ってるところに比べたら、最悪でも力押しが出来る可能性も残されてる。

でも、アイナさんの方は、駐屯基地とは言っても連邦軍の本隊がいて、その狂ったティターンズ大尉までいるって話だ。

どれだけの支援をもらえるかも不透明。それなら、白兵戦での経験が豊富なアタシが向かうべきだろう。

まぁ、白兵戦って言っても、ただのケンカがほとんどだけどさ。

でも、いくら勘のレナでも、対応仕切れないことも多いだろうし、

むしろその勘の良さがニュータイプ研究所なんかでは役にたつかも知れない。レナの判断は正しいと思う。

「あぁ。それが良いだろうな」

アタシが返事をすると、レナはまだアタシをジッと見つめてうなずいた。

178: 2013/06/26(水) 22:35:59.69 ID:b+Iikr+e0

 「それなら」

不意に、声が聞こえた。レオナだった。

「それなら、私が、レナさんと一緒に北米へ行きます」

「あんた…平気なのかよ?子ども達と一緒に、カレンのところへ…」

そこまで言ってハッと気づいた。そうだ。

そもそも、レベッカは、レオナの産んだ子なんだ…写真を肌身離さず、分かりにくい記憶媒体に入れて隠していたくらいだ。

思い入れんがないって思う方がどうかしてる。だいたい、レベッカにとっては、レオナは母親に違いないんだ。

 アタシが黙ったのを見て、レオナは気が付いたみたいだった。

「ごめんなさい…分かっていはいるんです、でも、レベッカのことは…私…」

と言いよどむ。レナは彼女の話を止めた。

「うん、そう言ってもらえてよかった。私も、ロビンを産んだから、分かるよ…レオナ、一緒に着いてきて。

 私たちで、『お母さん』で、レベッカを助けてあげよう?」

「…はい!」

レオナは、ここにきて一番かもしれない、まぶしい笑顔でそう返事をした。

「じゃぁ、アヤさん」

次に、ハンナが口を開く。

「アヤさんとは、私が一緒に行きます」

「…あんたは、アイナさんがつかまっている基地にいたんだよな…」

そうだ。それなら、周囲の地形や基地の警備の配置、警備システム、そのほか諸々まで、把握しているはずだ…

でも、彼女には戻る理由がない。良いのかよ、また危険な目に合うかもしれないんだぞ?

「危険だぞ?」

アタシが言うと、ハンナはニコっと笑った。それから、少し悲しそうな瞳で

「マークの…ここへ来る途中で、きっと、彼らに殺されてしまった、私の幼馴染み、恋人の敵を取りたいんです…」

と言ってきた。

 その話は、子ども達が風呂に入っているあいだに聞いた。そっか…あんまり、気の進む動機じゃないけど…でも。

MPを頃したソフィアとおんなじような気持ちなんだろうな…だとしたら、なにもせずに放っておくのも…違うような気もする。

「わかった」

アタシはハンナの意思も、了解した。

 そんなとき、不意に、アタシのPDAが鳴った。ディスプレイを見る。そこにはシローの名があった。

「レナ!シローだ!」

アタシはそう言いながら電話口に出る。

レナに、カレンもこっちへ視線を送ってくる。

「シロー!あんた、大丈夫か?!」

「アヤか?何の用だ?今、ちょっと取り込んでるんだ」

「シロー、アイナさんの話を聞いた」

「なんだって?!」

電話の向こうのシローは驚いていた。

 そりゃぁ、そうだろう。こんなところに、シロー達が会った子どもが逃げてくるなんて、普通なら想像できもしない。

179: 2013/06/26(水) 22:36:48.29 ID:b+Iikr+e0

アタシは事の成り行きをシローに説明した。そしたら、シローは電話の向こうで声を震わせながら

「手を、貸してくれるってのかよ…?」

と聞いて来た。バカ、手を貸すどころの騒ぎじゃない。

アタシが直接乗り込んでいくって言ってんだ、バカシロー!

「アタシがアイナさんを助け出す。明日にでもこっちを経つからな。

 シロー達は大丈夫なのか?あ、居場所は言うなよ。盗聴されてない保証がない」

「あぁ…俺たちは、無事だ。今は、知り合いのところに身を寄せてる…軍時代の仲間だ。

 あ…待ってくれ…ああ、分かった。そう伝える。なあ、アヤ。こっちで協力者を用意できる。

 俺とアイナの共通の知り合いだ。どこかで合流できないかと言ってる」

協力者?支援は信用できる身元のやつなら、あればあるだけありがたい。選択肢が増える。

「頼むよ。明日はカゴシマに飛ぶつもりでいる。

 飛行機じゃなくてシャトルのチケットを押さえるつもりだから、夕方前には着くと思う」

「シャトルか…どうする?」

「―――」

「あぁ」

「――、――――?」

「わかった。フクオカではどうか、って言ってる」

フクオカ…8年前、シロー達と別れた、あの街だ。

「よし、そこにしよう。合流方法やなんかは、あとで安全な回線を使ってこっちから情報を送る」

「アヤ」

急に、シローがアタシの名を呼んだ。

「なんだよ?」

アタシが聞き返すと、シローは本当に消え入りそうな声をしながら

「俺が、こんなんじゃなければ…すまない。アイナを、頼む!」

と言ってきた。バカだな、シローは相変わらずバカだ。あんたに礼なんか言われる筋合いはないんだよ!

アイナさんは、あんたに頼まれなくたってなんだって、アタシとレナの大事な大事な友達だ!

放っておけるわけないだろうが!

 アタシは思ったまんま、そう言ってやったら、泣いてんのか、シローの声色がおかしくなったが、

まぁ、気にしないでおいてやった。

 それから、2、3言葉を交わして、とりあえず電話は切った。

それからレナとカレンに今の電話を説明する。

そしたら、レナは少し安心した顔つきで

「良かった。アヤの方にも、頼れる人が増えてくれると良いんだけど」

と言ってくれた。アタシの身を案じてくれてるんだな、レナ。ありがとう。

あんたこそ、隊長とフレートをうまく使えよ。

絶対に、氏んだり怪我したりなんかしちゃダメだからな…

180: 2013/06/26(水) 22:37:24.04 ID:b+Iikr+e0

 翌日の早朝、アタシ達は空港に居た。

出る前、うちに来てくれたシイナさんに、ロビンを預かってもらった。ロビンはちょっと不安げな顔をしたけど、泣くでもなく、

「レベッカを助けてくるね」

と言ったレナの手を、黙ってギュッと握った。そして、アタシにも泣かずに、ギュッと抱き着いて来た。

ごめんな、ロビン。

不安だよな。

大丈夫。ちゃんと笑顔で帰ってきてやるからな…

あんたには、アタシやレナみたいな、寂しい一人ぼっちな思いなんて絶対させない。

アタシは心にそう固く誓った。きっと、ロビンには伝わったと思う。

 空港のロビーでアタシとレナは出発前の言葉を交わした。

レナはカレンの飛行機でレオナとフ口リダへ。

アタシとハンナは、デリクの飛行機で南米に渡って、そこにある民間のシャトル発射基地から出てる、

旅客機なんかよりもはるかに高い高度、宇宙との境目の大気圏の「上澄み」を滑るように運航しているシャトルに乗る。

 だから、レナとは、ここでお別れだ。

 「気を付けてね、アヤ」

「レナこそ…無茶はするなよ」

「分かってる、ヤバくなったら…」

「逃げろ、だ」

アタシ達はそう言い合って、笑って、それから抱き合った。

 心配だ、なんて口には出さなかった。出してしまえば、とたんに弱気になってしまうような気がしてしまって。

お互いにそう思ってるってことは、十分感じ取れてはいるから、伝わっているようなものなんだけど…。

 切なくて、苦しいよ。

ほんとだったら、一緒に行って、レナを守りながら一緒にレベッカもアイナさんも助け出してやりたいよ…

その方が、よっぽど安心だし、それに。レナといるアタシは無敵なんだ。

どんなことにだって、どんな相手にだって負ける気はしないのに…あぁ、もう。

アタシもすっかり家庭人になっちゃったんだなぁ。

若い頃なんか、怖いモンなんかなんにもなかったのに…今は、氏ぬことがどうしようもなく怖いよ。

レナ、あんたを悲しませちゃうかもしれないって思うと、キリキリ胸が痛むよ。

あんたが、氏んじゃったらなんて思ったら、胸がつぶれそうになるくらいに恐ろしいよ…

そんなこと、現実にしないでくれな…隊長、レナを守ってやってくれよな…アタシの代わりに。

あんたなら、勤まるだろう?歳くったからできない、なんて言わせないからな…頼む、頼むよ…。

 そんなことを思いながらした、レナとのキスは、どっちのかわかんないけど、とにかく、鼻水の味がした。

キスをしてから、レナが噴き出して笑った。

仕方ないだろ、お互いに号泣してんだからさ。

186: 2013/06/27(木) 20:06:15.97 ID:asNSo3CW0

 「あんまり無茶はするんじゃないよ」

カレンがそう言ってくれる。

「うん、分かってる。そっちも、カレンも子ども達とロビンをお願いね」

「任せておきなよ。何かあったらこっちへ情報や連絡をしな。アヤの方に中継してあげるからさ」

「ありがとう」

 私は、北米のフ口リダはセントピーターズバーグの空港にいた。ここは確か、8年前にクリスと初めて出会った街だ。

ロビーで、送ってくれたカレンにお礼を言う。

「ちゃんと帰ってきなよ」

カレンがそう言って私にハグしてくれた。私も、カレンの体を抱きしめ返す。

 泣きそうになったけど、我慢した。今は、そう言うのはダメだ。これから、向かわなきゃいけないところがある…。

「隊長も、レナを頼むよ」

私の体を離してから、カレンはすぐそばにいた、レオニード・ユディスキン元少佐、アヤのもともとの上官にそう言った。

「まぁ、こっちのことは任せとけ。悪いようにはしねえよ」

隊長は、本当に歳を取ったのか、もう40過ぎのはずなのに、あの頃とまったく変わらない容姿と、

自信たっぷりの顔で笑って返事をした。

 「じゃあな。帰って来るの、待ってるよ」

「うん。すぐに戻る」

カレンは私の返事を聞くと、少し名残惜しそうにしながら、飛行機を駐機させているエプロンの方へと歩いて行った。

その姿を見送った私は、隊長の方へと向き直る。

 「よろしくお願いします」

「まぁ、詳しい話は機内でしよう。急ぐんだろ?」

隊長はそう言ってくれた。

187: 2013/06/27(木) 20:06:51.89 ID:asNSo3CW0

 空港で私たちを待っていたのは、隊長だけではなかった。

さすが、と言うほかはないのだけど、隊長と連絡を取っていたフレートさんが、飛行機を調達して空港に駆けつけてくれていた。

フレートさんは、今はその整備を行っているらしい。

私は隊長に連れられて、カレンの機体が止めてあるエプロンから少し離れた駐機場に向かった。

 「おー!レナさん!久しぶり!」

駐機場で、機体の外回りをチェックしていたフレートさんが私たちに気付いて手を振ってきた。

「レナー!久しぶり!」

もう一人、明るい声が聞こえた。見ると、機体に登るステップの上にはフレートさんの奥さん、

元連邦軍人でマライアちゃんのために一緒に戦って友達になったキーラの姿があった。

「キーラ!」

その姿を見て、一瞬、心が緩んだ。懐かしくて嬉しくて、思わず笑顔がこぼれてしまう。

「なんか、大変な事になってるみたいね。困ったら言って!会社から必要なものは全部ちょろまかしてくるから!」

キーラがそう言って笑った。本当に、この人たちは頼りになる。フレートさんが、私の隣にいたレオナに気付いた。

誰だ?と言わんばかりの表情で私を見つめてくる。

 「隊長、フレートさん、キーラ。紹介するね。この子は、レオナ。連邦のニュータイプ研究所にいた…元、被験者さん」

「レオニーダ・パラッシュです。レオナ、と呼んでください。よろしくお願いします」

レオナは、驚くほど丁寧な感じに自己紹介をした。あれ、私たちにはもうちょっとフランクだったのに…緊張してるのかな?

 そんなことを思っていたら、隊長が笑った。

「『レオニーダ』、か。良い名前じゃねえか」

「あぁ…そう思う、って言っちまうのも、なんだか癪ですけどね」

隊長の言葉に、フレートさんが茶々入れをする。キーラがそれを聞いて笑った。名前?何か面白いところだったの?

…あ、そっか、隊長の名前が…

「俺はレオニード・ユディスキン。アヤの元上司だ。まぁ、楽に行こうぜ。安心しな。

 なんとかうまくいくように手だては整えてやっからよ」

そっか、隊長と同じ名前なんだな。レオナの方は、女性名だけど…

私はレオナをチラッと見やった。彼女はなんだか驚いている様子だったけど、不意にニコッと笑顔を見せた。

まぶしい、アヤみたいに明るい笑顔だった。そんなレオナの様子になんだかちょっと、ホッとした。

「俺はフレート・レングナー。アヤの元同僚。こっちは、キーラ。俺の妻だ」

「初めまして、レオナ!」

フレートさんとキーラもそう言ってくれる。レオナは、二人にも笑顔を返した。

188: 2013/06/27(木) 20:07:24.49 ID:asNSo3CW0


 「さて、挨拶はこれくらいにして、さっさと出ようや。時間が惜しい」

隊長がそう言って、ニヤっと笑った。

 飛行機が、フレートさんの操縦で離陸した。私はレオナと隣り合わせに座って、機体が安定するまでシートに身を任せている。

 レオナは、やっぱり、どことなく緊張した面持ちだった。どうしたんだろう、レオナ?

「緊張してるの?」

気になったので、聞いてみた。レオナは一瞬びっくりした様子をみせてから、戸惑い気味にコクッとうなずいた。

「大丈夫だよ。隊長も、フレートさんも頼りになるんだ。きっとうまくいくから」

私がそう言ってあげると、彼女は小さく、首を横に振った。

「そうじゃ、ないんです」

それから、掠れそうな小さい声で、そう囁くように言う。

 違うの?これからのことに緊張しているんじゃないんだ?じゃあなに?飛行機怖いとか、そう言うこと?

 私が疑問に思っていると、レオナは口を開いた。

「私、あんまり、地球の人に好かれる人間じゃないんですよ…その、ニュータイプ、だから」

そう言ったレオナの唇は、かすかに震えていた。

 あぁ、そっか。なんだか、納得してしまった。

この子は、小さい頃に地球に来て、連邦に監禁されたり、実験されたり、果ては、スペースノイドだから、って理由だけで、

ティターンズに追われ、研究所に追われて、捕まったり命の危険にさらされてきたんだ。

だからきっと、隊長達が怖いんだな…そんなこと、心配しすぎだって笑うのは簡単。

でも、とてもじゃないけど、そんなことをする気にはなれなかった。

 だって、彼女から伝わってくる緊張感は本物だ。とても軽い気持ちで受け止めたり、流したり出来る様なものではない。

それだけの目に遭ってきたんだ、彼女たちは…。

 なんだか、胸が締め付けられるような気持だった。寄る術もなく、物のように扱われてきた気持ちってどんななんだろう…

私が、父さんや母さんや、兄さんを亡くして、一人ぼっちだなって思ったときときっと似ているんだろうけど、

たぶん、それよりももっとつらくて悲しい時間だったはずだ。

それこそ、自分で自分の命を絶ちたくなってもおかしくはないくらいに…

 そんなことを考えていたら、いつのまにか、目からポロポロと涙がこぼれ出していた。

あぁ、私のバカ!泣いちゃダメだって思ってたのに…あぁ、なんでこんなに涙腺ゆるいんだろう、私…

189: 2013/06/27(木) 20:07:52.65 ID:asNSo3CW0

 「グスッ」

涙を同時に鼻もすすってしまった。やだな、これ。かっこわるいよ。

 鼻をすすった音で、レオナが私を見やった。そして、なんだかすごく驚いていた。

いや、まぁ、隣に座ってた私が急に泣き出したら、そりゃぁ、びっくりもするよね。ごめんね。

 私は深呼吸をしてから、何を伝えればいいのかを考えた。

もちろん、隊長達はレオナをそんなふうに扱ったりしないってのは、分かってる。

だって、同じニュータイプの私たちにこれまでも、今回も、こんなに良くしてくれてる。

レオナが出会ってきた人たちとは、別の括りの人種だと思ってもらったっていいくらい。

だけど、たぶん、そう言うことじゃないんだ。レオナが緊張してしまう理由は、隊長達がどうのこうのっていうより、

もっと、深い、これまで経験してきた辛いことの積み重ねがあるからなんだ。

私は、彼女になにを言ってあげられるかな…彼女の、何になってあげられるかな…

 「レオナ。レオナには、本国に家族はいるの?」

私はレオナに聞いた。レオナは、少し困ったような顔をした。

「私は…妹が、います」

「名前は?」

「…わかりません。妹が生まれる前に、地球へ連れて来られてしまったので…」

「そう…」

あまり、驚かなかった。なんとなく分かっていた。身近な人がいなかったんだろうって。

きっと、父親も母親の顔も、あまり知らないんだろう。

ジオンの研究所に、拉致されたみたいにつれてこられたのかもしれない…。

そうだよね…それなら、うん…きっと、安心してもらえるだろうな…

190: 2013/06/27(木) 20:08:21.06 ID:asNSo3CW0

「ね、レオナ。これが終わったら、一緒にペンションで働かない?」

私がそう言ってあげると、レオナはさっきよりもいっそう、驚いた顔をした。どうして、って表情で私を見つめ返してくる。

どうして、って決まってるじゃない。

「だって、あなたは、レベッカのお母さん、なわけでしょ?私も、アヤも、レベッカのことを他人だなんて思えない。

 それなら、レベッカを産んでくれたあなただって、同じ。

 産んでくれたあなたと、血のつながった私と、アヤと、レベッカはお母さんが3人だね。

 ふふふ、ロビンがうらやましがるかも」

ロビンのことだから、そんなことを言うよりも、「じゃぁ、レオナも私のママになって!」とか言いそうだけどね。

レオナは、なんだか呆然とした表情になってしまった。私は、それでもレオナに続けた。

「私たちは…家族。レベッカっていう子どもで結ばれた、家族なんだって思う。

 私たちのところに来てくれて、本当に良かった。

 きっと、その『声』の人は分かっていて、私たちとあなたを引き合わせてくれたんだよね…。

 だから、私はあなたを家族だって思う。私たちの居る場所が、あなたの帰る場所だよ」

「レナさん…」

レオナは目に涙をいっぱいに溜めて震えている。大丈夫だよ、レオナ。あなたは、ひとりじゃない。

私は、いつもアヤがしてくれるみたいに、レオナの頭を撫でてあげた。良かったかな…これで少しは安心してくれると良いな…

「隊長もフレートさんも、私ともアヤとも、古い付き合いなんだ。

 みんなとっても優しくて、それこそ、こんなことに手を貸してくれるような人たちだから…安心して。

 みんなで一緒に、無事に帰ろう」

そこまで言うと、レオナは顔を覆って静かに泣き始めた。

伝わったかな、私の気持ち…アヤは、反対するかな?ううん、するはずないよね。

だって、レベッカとレベッカを産んでくれたレオナだもん。

隊のみんなを家族だって言うアヤが、そんな二人を家族じゃない、なんていうはずがないんだ。

大丈夫、大丈夫だよ、レオナ。あなたもレベッカも、私とアヤがまとめて守ってあげるんだからね。

191: 2013/06/27(木) 20:09:02.82 ID:asNSo3CW0

 機体が安定するころには、レオナも私も落ち着いて、隊長がそれをみて作戦会議をしようといってそばにやってきた。 
「で、オークランドって確か、サンフランシスコのすぐそばでしたよね?」

「あぁ、そっか。地球の地理は分かんねえんだったな…そうだ。何の因果か、打ち上げ基地の目と鼻の先、だ」

隊長が苦笑いで言った。キャリフォルニア、か…

大変な事ばかりだったけど、今考えてみたら、なにもかも全部いい思い出のように思える。

また、あそこへたどり着くんだね…アヤはいないけど、その代わりに隊長もフレートさんも、キーラもレオナもいる。

レベッカを救い出して、私たちのペンションへ戻るんだ。

「幸い、昨日の夜の議会放送で、地球圏のティターンズは大わらわだ。

 議会で排除決議も通ったし、今は、ティターンズと言えど、これまでの権力を振りかざしにくくなっている。

 それでも、うちの社員が出向してたりするオーガスタに比べると、

 完全にティターンズの傘下だったオークランド研究所は比較的組織構造が整っているんだろう。

 その、レベッカって子をオークランドに移していたのは、これを予見していたのかもしれない」

キーラさんに操縦を代わって、客席へやってきたフレートさんがそう言う。

「逆に、抵抗されるとめんどくせえってこともあるな。一枚岩じゃねえオーガスタなら、無難に潜入することも出来たろうが…」

隊長が憎々しげにつぶやいた。

「オークランドも似たようなもんだと思いますよ。

 現に、うちの社内にもある程度のオークランド研究所の内部情報が出回ってます。

 一番影響力があるだけで、完全に掌握しているとは思えません」

「なるほど、なら、突くならそのポイントだな…ダリルのやつがいりゃぁ、どんな反則でもキーボード一つなんだがなぁ」

「その点は、俺もキーラも役には立てませんね。俺たちはどちらかっていうと、陽動に向いてる」

「弾幕に飛び込むのが仕事だったもんな、お前は」

「あ、ちょ!それ今言いますか!?」

 作戦会議をしてたのに、いつのまにか、隊長とフレートさんの昔話になってしまった。

まあ、こんなノリはいつものことだから気にしない。

192: 2013/06/27(木) 20:09:33.37 ID:asNSo3CW0

「で、潜入する方法ですけど…」

「あぁ、それなんだけどな」

私が口をはさむと、フレートさんが思い出したようにしゃべりだした。

「話を聞いてから少し、社内を調べてみたら、三日後に、うちのエネルギーキャップをオークランドに納入することになってたんだ。

 さすがに、俺はテストパイロットで部署違いだから、それを代わりに引き受けるわけには行かなかったけど…」

「そいつを事前に襲撃して、成りすまして潜入、か」

フレートさんの話に、隊長がそう付け加える。

「夜な夜な敷地内に忍び込むよりは、安心だと思いますけどね」

「そいつを利用させてもらうか。搬入のルートは分かってんだろうな?」

「恐らくは、本社工場からこの国道を使って街に入ると思います」

フレートさんが地図上を指し示して言う。

「なら、オークランドに入る手前を通る…」

隊長がそう言って、国道を南へと辿って行く。その先って…

「…あ、やっぱり」

「お」

「あぁ、そうですね…」

私たちがほとんど同時に声を上げたので、レオナが不思議そうな顔をしている。

あとで、私たちの昔話もした方がいいかもね、レオナには。

 「あとで話すよ」

私はそうレオナに笑いかけた。

 それにしても、こんなことってあるんだね。この場所って、何か、特別なのかな?良くわからないけど…

もしかしたら、何かがここにもあるのかもしれない。私はそんなことを考えていた。

 オークランドからストックトンまで西へ行き、そこから国道を南下して行くと、フレOノと言う街があって、

その先は、ベイカーズフィールド。

私と隊長たちが初めて会った、あの街がある。

 ここで、アナハイム社から出発した輸送車を乗っ取ろうという計画だ。

「あの店のオヤジさん、元気ですかね?」

「まぁ、あの様子だ。大方、地下組織にでも入って反連邦活動でもやってんじゃねえかとは思うがな…」

私たちが食事をごちそうになった、あのお店の店長さんのことだろう。

「と、すると、ロサンゼルスへ戻ることになる、か。まぁ、サンフランシスコへ直接降り立つよりは無難かな。

 そこで降りて、飛行機はキーラに向こうへ運ばせましょう。どっちにしたって、逃げる手だてがいる」

「いや、待て。モビルアーマーに追われたら手も足も出ねえ。その策はうまくねえな」

隊長が首を振った。

「なら、どうすんです?」

「考えがある。とりあえず、ベイカーズフィールドだ」

フレートさんの言葉に、隊長はニヤっと笑った。また、何かを考え付いてるんだろうな、この人。

 私は、そのしたり顔にそこはかとない安心感を感じながら、進路変更をする機体に身を任せて、気持ちを落ち着けた。

アヤ…そっちも、うまくやってね…

203: 2013/06/28(金) 19:57:57.63 ID:OJWBqZ2T0

 「アヤさん、ここに、その協力者って人が?」

ハンナが少し不安そうに話しかけてくる。ここはフクオカの街の路地裏。

怪しげな店が立ち並んでいて、行きかうやつらもガラの悪い連中ばっかりだ。

ま、アタシにとっちゃ、慣れた感じだったけどな。施設にいたころは、こんなとこばかりに入り込んで遊んでたし。

「あぁ、この先の飲み屋のはずなんだけど…」

アタシは、シローから指示のあった住所と、地図を見比べながら返事をする。ハンナはこんなとこ来たことないんだろう。

なんだかビクビクしちゃってて、ちょっと申し訳ない感じがする。

 不意に、目の前に人が現れた。痩せ細った、タッパのある男だ。

そいつの目はアタシらを品定めするみたいに嘗め回している。うーん、こいつじゃなさそうだな、シローの知り合いってのは。

 「悪いな、ちょっと約束あるんでそこどいてくれるか?」

アタシが押しのけようとしたら、男はそんなアタシの腕をつかんだ。

「まぁ、そう連れないこと言うなよ、お姉さん。俺たちと遊んでくんないか?」

男は品のない笑い方でそう言うと、アタシらの後ろに目配せした。そこには、別の若い男が二人。

ニヤニヤとしながら突っ立っている。ったく、騒ぎは起こしたくないんだけどな…

ま、こんな場所なら、別に憲兵も警察も治安部隊も来やしない、か。

「ハンナ、あんたやれる?」

アタシはハンナに聞いてみた。意味が分からなかったのか、彼女はおびえた瞳でアタシを見つめ返してきた。

あぁ、そうだった。こいつ、素人だったな、戦闘は。

アタシは、昨日の夜、ペンションに入ってきたハンナのことを思い出した。

拳銃先に突っ込んだら、抑えられちゃうだろう、ハンナ。ああいうときは、まずは視界を確保するのが優先なんだよ。

 そんな講義を後でしてやらなきゃな、と思いながら、

アタシは握られた腕を払いのけるとそのまま踏み込んで、反対の腕を振り上げながら拳を男の顎の真下からたたきつけた。

舌、噛んでなきゃいいけどな。

「がっ…」

男はそう呻いて二、三歩後ずさる。

「この女!」

後ろにいた男たちのいきり立った声が聞こえる。挟まれるのは、ちょっとうまくないよな。

アタシは目の前でよろめいている男の下腹部を思い切り蹴りつけて昏倒させ、ハンナの手を引いてその上を飛び越した。

 向き直って迎撃だ。

「ハンナ、アタシの後ろを離れんなよな」

ハンナを背中側に押しやって、そうとだけ言った。残りの男二人がとびかかってくる。

まったく、こいつら、こんな風体でケンカ慣れすらしてないのかよ。

 アタシは真っ先に飛びかかってきた方のヤツの顔面に拳を突き出した。メリっと鈍い音がして衝撃が走る。

あぁ、鼻潰しちまった。男はそのまま地面に崩れて悶絶する。

そのすぐ後ろから来た最後の一人はアタシを羽交い絞めにでもするつもりだったんだろう、腕をグッと伸ばしてきた。

バカだな。そんなことしたら…

 アタシはその腕を取ってひねり上げた。こうなっちゃうだろ?

男がそれでも抵抗しようとするので、迷うことなくその腕を思い切りひねってやった。グキっと鈍い音がした。

あーあ、大人しくしてればよかったのに…間接外しただけだから、許せよな。

204: 2013/06/28(金) 19:58:31.02 ID:OJWBqZ2T0

 アタシは手を離して、転がった男をけっぽってから背を向けた。ハンナが、すごい顔してアタシを見ていた。

「あの…アヤさんて、なんなの?」

「あぁ、えーっと、元連邦のパイロット?」

「そ、それは昨日聞いたけど…」

ハンナは、あわあわと口をパクパクさせてあっけにとられている。なんか、レナみたいなリアクションだな、あんた。

 そんなことを思っていたら笑えてしまった。

「なんでも、噂じゃあ、ジャブローの暴君、とか、連邦の鬼神、なんて通り名があったらしいよ」

まぁ、うちの部隊のそばでは、の話だけど。アタシの話を信じちゃったのかどうなのか、ハンナは目をぱちくりさせて

「そ、そうなんだ…」

とつぶやいていた。

 「へぇ、すごいな…」

そんな感嘆がどこからか聞こえた。見ると、そばにあった看板の陰から、ひとりの女が姿を現した。

女は、手に何かを持っている。紙切れ?いや、写真か?

「あなたが、アヤ・ミナト?」

女はアタシの名を呼んだ。あぁ、こいつが、シローの知り合いっていう?

「そうだけど」

アタシが返すと、女は少しほっとした様子で笑った。

「そっか。会えてよかった。あたしは、キキ。キキ・ロジータ」

「キキ?シローの子と、おんなじ名前だな」

「あぁ、そうさ。あたしの名前から取ってくれたんだ」

なにか嬉しかったのか、キキはニコッと笑った。まぁ、悪いヤツって感触はない。こいつで間違いなさそうだな。

「ほら、シローに写真を預かったんだ」

キキは手に持っていた写真を見せてきた。

それは、ペンションで撮った、アタシとレナと、アイナさんに子どものキキの4人が写った写真だった。

あぁ、これもう、ずいぶん前のだよな。確か、レナが妊娠してたくらいに撮ったんだ。やっぱり、間違いなさそうだ。

「悪かったね。こんなに物騒な街だとは思ってなかったんだ。あたしも、危うく狙われるところだった」

キキは悪びれた様子で言う。

「いや、これくらい、大したことはないよ。でも、落ち着いて話を出来る様な感じの場所ではないよな。どこかに移るか?」

アタシが聞くと、キキはかぶりを振って

「空港に飛行機を待たせてるんだ。話は、その中でしよう」

と言って笑った。うん、アタシ、この子は好きなタイプだな。付き合いやすそうな助っ人で助かるよ。

カレンみたいなやつだったら、どうしようかと思ってた。

あ、いや、別にカレンがイヤってわけじゃないんだけどさ。仲良くなるまでに時間かかると、めんどうだからな。

205: 2013/06/28(金) 19:59:09.65 ID:OJWBqZ2T0

 アタシはいまだにすこし呆然としているハンナの手を引いて、キキのあとについて路地を抜けた。

大通りでタクシーを捕まえて、10分もしないうちに空港へたどり着く。

 空港に着いてから、改めて自己紹介をした。

ハンナがあの基地から来て、子ども達を連れて逃げ出したこと、逃げ出してからのことを話すと、キキは顔色を真っ青に変えた。
どうしたのか、と思ったら、彼女はハンナの目をじっと見て

「あれは、あたしが手引きしたんだ。あのちび達を、アイナがどうしても助けたいっていうから…」

と口にした。

「だけど、うまくいかなかった。ちび達だけでも、助けてくれてよかったよ…

 それから、あなたの恋人の、マークさんは、本当にごめん。

 あたしがうまくアイナをサポートできなかったせいで…そんな目に…」

キキは、涙をこらえていたんだろう、奥歯をギリッとかみしめた。

ハンナをチラッとみたら、彼女は特に怒るでも、キキを責めるでもなく

「ううん、私たちは、私たちがしようと思ったことをしただけ。

 あの爆発や停電がなかったら、助け出すこともできなかった。感謝してるわ」

と穏やかな口調で言った。良い奴だな、ハンナの方も。なんだか、笑みがこぼれてしまった。

不謹慎かと思って、何とか口元を引き締めてから、キキを急かして飛行機へと向かう。

 エプロンの駐機場に止っていたのは、なんだか、偉く古めかしい機体だった。

双発の、小型のレシプロエンジンを両翼につけた機体だ。

機体の腹側が船底みたいな形をしているし、そういや、機体の両脇から妙な形のドロップタンクみたいのもぶら下がっている。

待てよ、これって、飛行艇ってやつじゃないのか?この宇宙世紀にレシプロで、しかも飛行艇だなんて…

場所さえ違えば、博物館に展示してあっても驚かない逸品だ。飛行艇か…水上走行に離着陸ができて飛べる…

うちのペンションでも導入できないかな…無理か、高そうだもんな。

 「ずいぶんと、レトロなんだな」

アタシが言ってやるとキキは

「あたしは、東南アジアの民間ゲリラの生き残りなんだ。ツテはあるけど、金はない。

 村も、何も、みーんなティターンズにやられちゃってね…別に、やつらに反抗したわけでもないのに。

 生きるために、カラバやエウーゴに頼まれた偵察をしたくらいで…あんなこと…」

と悔しそうに眉間にしわを寄せてつぶやいた。こいつは、余計なこと聞いちゃったな。悪いことしたか…

 「まぁ、整備は済んでるし、腕の立つパイロット兼コーディネーターも雇ったからさ。力を貸してくれよ」

キキはすぐに自分を切り替えて、アタシにそう言ってきた。勘違いするなって。アタシが助けてやるんだ。

感謝も頼みごともされる筋合いがないんだって。頼みたいのは、むしろアタシからなんだ。

「アイナさんは、アタシの友達だ。あんたやシローに頼まれなくなって、助け出す。変な気は使わないでいいよ。

 こっちこそ、手だてを用意してくれて感謝してるんだ」

アタシが言ってやると、キキはすこし嬉しそうな顔をした。

206: 2013/06/28(金) 19:59:43.70 ID:OJWBqZ2T0

「コーディネーターって?」

キキのさっきの言葉に、ハンナが反応した。そう言えば。コーディネーターってなんだ?

いったいなにをコーディネートするんだよ?

「あぁ、戦闘諜報コーディネーター。まぁ、傭兵と言うか、金で雇う指揮官、みたいな感じかな」

 へぇ、前線に出ないで後方で支援する傭兵ってとこか。そんな商売もあるんだな。

 飛行機の中に乗り込む。中は、割ときれいにレストアされていた。

もしかしたら、どこかのコレクターが保管してたものかもしれないな、この感じは。

ホントに、博物館においてあるみたいにピカピカに整えられている。

これなら、エンジンの方も元気に回ってくれるってのもうなずける。

 「おっさん、頼む、出してくれ」

キキがパイロットに向かって怒鳴った。

「おっさんと呼ぶなと何度言ったらわかるんだ小娘。お前だけ上からパラシュートなしで突き落とすぞ?」

「ふざけんな、おっさん!金払ってんだから、黙って従いな!」

言い返してきた「おっさん」にキキも負けずに言い返す。はは、そう言う勢い、嫌いじゃないなぁ。

 …あれ?

ていうか、おっさん…あんた…聞いた声だな。

「おい、おっさん、あんた操縦大丈夫なんだろうな?」

アタシも「おっさん」を野次ってみる。「おっさん」はエンジンを始動させ、機体を滑走路の端へ移動させながら

「当たり前だ。そこいらの若いパイロットなんかとは比べものにすらならん」

やっぱりだ…こいつ間違いない。

「で、この飛行機はどうしたんだよ?あんたがかっぱらってきたのか、おっさん?」

アタシがそう言ってやったら、「おっさん」はコクピットからこっちを振り返った。

「アヤか!?」

「よう、久しぶりだな、ダリル!いや、おっさん!」

207: 2013/06/28(金) 20:00:11.82 ID:OJWBqZ2T0

 ダリルが機体を滑走路の端に止めた。管制塔と何かを話して、すぐに機体を離陸させる。

高度を上げているダリルにアタシは話しかけずにはいられなかった。

「あんたが傭兵の真似事なんてな」

「物騒な言い方をするなよ。俺はあくまでコーディネーター。作戦を提示して、あとは基本的にはなにもしない」

ダリルは不満そうに言った。それから渋い顔をして

「しかし、そうか。お前が噛んでんのかよ。こりゃぁタダ働きするしかなさそうだな。

 おい、小娘、こっちの女に良く感謝しとけよ」

とキキに言った。

「あんた達、知り合いなのかよ?」

キキも驚いた顔をしている。

「腐れ縁だな、ここまで来ると」

ダリルがそう言って笑った。その言い草になんだかアタシも可笑しくなった。確かに、これは腐れ縁だ。

「連邦にいたころ、同じ部隊の同期だったんだよ。悪ガキコンビでさ」

アタシは笑いながらキキとハンナにそう説明した。ハンナはクスッと笑ってくれた。

「で、どういう状況なんだよ?」

ダリルがそう聞いてくる。

「コーディネートしてるんだろう?当ててみろよ」

「捕まってるって女が、お前の知り合いなのか?」

「ご名答」

さすがはダリル。物わかりが早くて助かる。

 「8年前に、途中まで一緒に逃げてた人なんだ。戦争が終わってからも、家族ぐるみで付き合いがあったんだけどさ」

アタシはこれまでの経緯と、子ども達とアイナさん達の関係もダリルに説明する。

するとダリルは、急に声を上げて笑い出した。

「なるほど、な。つまり、あれだ。俺たちは8年前と同じことをしようとしてるってことだな」

「まぁ、状況に差はあれ、そうなるな」

アタシが肩をすくめると、ダリルはニッと笑った。

「それなら、すこし真剣にならないとまずいな。しくじるわけには行かない」

「ちょっと待て!あんた、この人じゃなかったら手を抜くつもりだったのかよ?!」

キキが急に顔色を変えてダリルに食って掛かった。

「いや、そうじゃねえけどよ。こいつを巻き込むと、ロクなことにならねえんだよ」

ダリルは笑う。

 まぁ、あんたにはそう言われても仕方ない。

これまでのことを考えりゃぁ、あんたとアタシが揃って、ロクなことした試しがないからな。

いつのまにかアタシは、すっかり安心してしまっていた。まるで、昨日、カレンと庭を警戒したあとと同じような心持ちだった。
ダリルとは、どんな危険なことも、ちょいちょいっと抜け道をついてやってきた。

こいつとアタシが揃えば、隊長だって出し抜けたかもしれない。

 待ってろ、アイナさん。すぐに行くからな。それまで、殺されるなよ。氏ぬなよ。

うまく生き抜いててくれ。絶対に、アタシが助け出してやるからな…!

208: 2013/06/28(金) 20:05:10.01 ID:OJWBqZ2T0

 あの時と同じ、乾いた少し冷たい風が吹いている。

私たちは、ベイカーズフィールドの街の入り口にいた。

あのときお世話になったバーの親父さんはすこぶる元気で、

あたし達がついてすぐに取り寄せられないかお願いした連邦軍の制服を奥の倉庫からたくさん出してきてくれた。

これを着込んで、今は検問の真似事の真っ最中だ。

 フレートさんの情報によれば、もうじきここにオークランド研究所へ向かうアナハイム・エレクトロニクスのトラックが

通るはず。それを奪って、研究所へ潜入する計画だ。

 「レナさん」

隣にいたレオナが話しかけてきた。

「ん、どうしたの?」

私が聞くとレオナは恥ずかしそうな顔して、

「さっきの話、うれしかったです。その…ありがとう」

なんて言ってきた。ふふ、なんか、くすぐったいな、そう言われちゃうと。

「いいんだよ。本当のことだもん。むしろ、レベッカ助けても、私たちのことなんて知らないだろうし、

 ずっと育ててくれてたレオナと一緒じゃないと、きっとかわいそう」

「そうでも、ないと思いますよ」

レオナはそんな意味深なことを口にした。どういうこと?

「たぶん、あの子は知ってると思います。レナさんや、アヤさんのこと。

 ロビンちゃんが、私のことを知っていてくれてたように…」

そう言えば、そうだ。ロビンは、レオナのことを知っていた。レベッカのことも知っていた。

あの時は驚いたけど、でも、そうなのかもしれないね。

 そうでなくたって、子どもって不思議な力っていうか、そう言うのを持ってたりするっていうし、

それが、殊、ニュータイプの姉妹なんてことになったら、いろんなことを共有し合っていてもあんまり不思議じゃない。

私とアヤでさえ、ちょっと離れてたって、その気になったら、なんとなくお互いのことを感じられるんだ。

ロビンに至っては、家の中のどこにいるか、くらいはすぐに分かっちゃう。

血のつながった、二人なら、もしかしたら、私たちのことも共有しているのかもしれない。

そうだったら、なんだか嬉しいな。

 思わずこぼれてしまった笑みを見て、レオナも笑った。亜麻色の髪が、風に揺れていて、すごく穏やかに見えた。

209: 2013/06/28(金) 20:05:45.43 ID:OJWBqZ2T0

 「来たぞ」

隊長の声がした。道路の向こうに目をやると、そこには一台のトラックがいた。

ギュッと胸が締め付けられるような緊張感が私を襲う。

「打ち合わせ通りにね。俺と隊長で、乗ってるのを引き摺り下ろすから、キーラ達は荷台の確認を頼むよ」

フレートさんが作戦を確認する。私とレオナは黙ってうなずいて弾の込められた自動小銃を握りなおした。

 隊長が道路にバリケードを広げてゆく手をふさぎ、道路の真ん中でトラックに止るよう手を振る。

そばまで走ってきたトラックは、ほどなくして停車した。

 ふぅ、と一息つく。こんなときは、いつも緊張してしまう。

アヤと一緒に居て、慣れてきた部分はあったけど、それでも、何事もないように振る舞うのは一苦労だ。

「ライセンスを拝見します」

隊長が運転席に座った男に言っている。フロントガラスの中には、男が二人見て取れる。

私とレオナ、キーラで荷台の方に回って、コンテナのロックが開くのを待つ。

カチっと音がして、ロックが開いたのが確認できた。私とキーラが銃を構えて、レオナがそっとコンテナのレバーに手をかけた。

グッと、銃を握る手に力がこもる。警備みたいな人が乗っていても、いきなり撃ってくるようなことはないとは思うけど…

でも、そうは言ったって緊張する。

 レバーを引いたレオナが、ゆっくりとコンテナの扉を開いた。

中には、梱包されたタンクのようなものがぎっしりと詰められていた。人が乗っている様子はない。

「な、なにするんです!」

そんな声が聞こえてきた。隊長たちもうまくやったみたいだ。

すぐに、縛り付けられた男二人が、フレートさんに連れられて来た。私とキーラさんで荷台に放り込むと、

そのまま運転席へ回って乗り込んだ。

 運転席の中は意外に広くて、二つのシートの後ろには、仮眠用だと思われる長いソファー型の座席があった。

私たち3人なら楽に座れる。そこで連邦の制服を脱いで、フレートさんが用意したアナハイム社の係員の服装に着替える。

 うまくいった。ふぅ、とため息が出てしまった。

「なんだ、レナさん、緊張してた?」

フレートさんが話しかけてきた。

「そりゃぁ、緊張しますよ!アヤとは違うんですよ?!」

そう言って抗議したら、フレートさんは笑って

「そうだったな、悪い悪い」

と本当にそう思っているのかわからない様子で言って、笑った。もう、失礼しちゃう。

 トラックを街の中に走らせて、バーの親父さんに礼を言ってから、北へ向けて出発した。

一晩走れば、オークランドの街につくだろう。そこで後ろの係員たちは放置して、そのまま研究所へと向かう。

次の関門はそこだ。

210: 2013/06/28(金) 20:06:19.94 ID:OJWBqZ2T0

 「そう言えば、隊長。逃げ出す算段の方はどうなってんです?そろそろ教えてくださいよ?」

「あぁ、そうだったな。あそこには、例の旧軍工廠があったろ?」

 その場所は、マライアちゃんやソフィアを守った、あの戦場のことだ。

「ジェニーに言って、あそこに戦闘機を運ばせてる」

ジェニー、ユージェニーさんのことだ。キーラさんが所属していた隊の元隊長で、アヤの隊長の奥さん。

そう言えば、話に出てこないと思ったら、そんな手を回していたんだ…これは頼もしい。

「なるほど…オークランドからはそれほど距離もない…」

「事前に調べたが、あそこは相変わらずの廃墟らしい。何かを隠しておくには絶好の場所だ」

オークランドでレベッカを取り戻したら、キャリフォルニアベースの近くの隠し塹壕から地下ルートを通って、

旧軍工廠へ行くつもりなんだ。あの日、HLV発射を援護したフェンリル隊が通ってきた秘密通路…

もうずいぶん時間が経っているけど、隊長が調べた、と言うからには、つかえてしまうんだろう。

戦闘機なら、勝てはしなくてもモビルアーマーに追いつかれる心配はない。

ここには腕の立つパイロットが三人もいるんだ。逃げ切るくらい、なんとかなるはず…さすが、隊長。

話を聞くだけで、逃げ切れるような気がしてきたよ!

 「それよりも、レオナさん。中での動きを決めたいんだが、レベッカの居場所は分かるのか?」

隊長がこっちを向いてレオナに聞いた。

「詳しい場所は着いてからでなけれなわからないと思います…」

「あぁ、『声』を頼りに、ってことになるんだな」

レオナの言葉に、隊長は言った。

「はい…」

レオナは少しおどおどしながら答える。大丈夫だよ、レオナ、怖がらなくっても。

「研究所内で出たとこ勝負、か。避けたいところだな…」

「せめて、見取り図さえあれば、ってところなんですけどね…」

二人が考え込んでしまう。

 確かに、そこが一番重要だ。中に入っても、レベッカを見つけられなければ意味がないし、

バレてこっちがつかまるようなことになったら、何をされるかわからない。穏便に事を運びたいけれど…

211: 2013/06/28(金) 20:06:53.98 ID:OJWBqZ2T0

「また、だまし討ちで行くか」

不意に、隊長が口にした。

「だまし討ち?」

フレートさんが尋ねる。私も聞きたい。どういうことなんだろう?

「平たく言えば、レオナさんをつかまえた連邦士官のふりをしたレナさんが、研究所の内部に忍び込む。

 忍び込んだら、タイミングを合わせて、このトラックの荷を爆破する。何、エネルギーCAPだ。

 混乱しないほうが無理だろう。爆発の混乱の隙に、レナさん達でレベッカの捜索と救出、

 俺たちは退路の確保を行う、でどうだ?」

私とレオナで、中に…どうだろう?その爆発のタイミング次第だよね…

うまく混乱させることが出来なかったら、それこそ、私とレオナがつかまってしまいかねないけど…

「エネルギーCAPが充填済みのものである保証がありませんよ、隊長」

フレートさんが言った。

「充填されてようがされてまいが、構いやしねえ。気を引けるだけの規模で爆発を起こして、叫んでやればいい。

 『エネルギーCAPが暴発するぞ!』ってな。そうすりゃぁ、研究所はえらい騒ぎになるだろう。

 暴発する、と勘違いさせられれば、それはそこで戦艦並のメガ粒子砲数発分のエネルギーが吹っ飛ぶって認識になるからな」

隊長はそう言って笑った。

 そうだった、この人はこうやって、なんでもないところで人をひっかけることに関しては

アヤとも比べものにならないくらいの能力を持っているんだった。

 悪くない作戦のように思える。爆薬の準備さえできれば、確実に混乱を引き起こせるだろう。それなら、あるいは…

 私は、胸の高鳴りを感じていた。それは緊張ではなく、ドキドキと気分が高揚するようなそんな感覚だった。

それは、暗に作戦が成功するという、確信だったのかもしれない。

 気が付いたら私は、口にしていた。

「やりましょう」

216: 2013/06/29(土) 17:02:27.76 ID:200yW6J00

 「それほど警戒が厳しい、ってわけでもなさそうだなぁ。あれで、通常の配置なのか?」

「そうですね。正面はあの程度です。裏手は、監視塔が少ない代わりに、警備の人数が、表に比べると1班多くなっています」

「アイナの位置は分かるの?」

「恐らく、拘禁室にいるんだと思います。見取り図、ありましたよね?」

「あぁ、こいつだ」

アタシ達は、基地を見下ろすことができる崖を挟んだ反対側にある山の中腹の少し開けたところにいた。

4人で仲良く寝転んで、双眼鏡で敵状観察中。

ダリルが基地内の見取り図を広げたので双眼鏡の中の景色から、そっちへ頭を寄せ合う。

「東の、このエリアが要監視対象者を取り扱うブロックで、拘禁室はその一番奥。ここになります」

ハンナがそう説明しながら見取り図を指し示した。

この見取り図は、ダリルが基地のデータベースにアクセスさせて引っ張り出してきた。

こういうことをやらせたら、ダリルの右に出るヤツなんてそうはいない。

拘禁室、ってのは廊下の突き当たりだな。すぐそばの部屋に裏口があるのが書き込まれている。

「この出入り口は使えるのか?」

「ここは普段は施錠されています…倉庫なのですが…氏体安置所、なんて呼ばれてる場所です」

ハンナはそう言って身を震わせた。施錠がされてるんなら、壊さなきゃなんないな…音を立てるのは得策じゃない。

アイナさんがこの拘禁室にいなかったら、侵入で音を立てて怪しまれでもしたら、次を探す間に包囲されちまう。

もっと、静かに見つからないように入り込む場所が欲しいけど…



217: 2013/06/29(土) 17:02:54.63 ID:200yW6J00

 「こっちの出入り口は?」

キキが、拘禁室のあるエリアから少し離れた大きな建物の隅にあった出入り口を指す。

「そっちは、補給物資の搬入口です。そこは施錠はされてませんけど、監視カメラがあって、

 不審な動きがあれば、すぐにでもバレてしまいます」

監視カメラ、ね…アタシはダリルを見やった。ダリルは、肩をすくめて

「まぁ、システムが分かれば、要領は同じだ」

と口にした。そう言う工作は、お手の物だ。

「なら、調べてみてくれ。この搬入口が使えそうだ。

 こっちの監視塔のサーチライトの電源を落として、注意を引いて、その間に中に入ろう。

 入ったら、倉庫の東側、ここに通気口がある。

  ここから天井裏に潜り込んで、拘禁室のあるエリアに移動する。天井裏から拘禁室までいければいいけど…ここ。

 建物の継ぎ目になってて、多分、ここからは移動できないから、ここで廊下に降りて、あとはそのまま行くことになる」

アタシが思いついたプランを説明すると、ハンナが思い出したように

「ここ。この場所にもカメラが」

と言ってくる。拘禁室に続く廊下の曲がり角だ。

降り立つ位置から、拘禁室までは一本道で、部屋はいくつかあるけど、逃げ道がない。

隠れることはできても、囲まれたらおしまいだ。

「ここのカメラは同じように潰すとしても、道のりは厄介だな…

 別の場所で騒ぎを起こさせても、ここに見張りがいたら鉢合わせる可能性がある」

「停電でも起こしてやろうか?」

「いや、それは前回使ってるらしいんだ。同じ手だと逆に警戒されて人がエリア内に集まってくるかもしれない。

 ここばかりは、押し通るしかないだろうな…」

「配電の区画は調べてみねえとわからないが…

 この見取り図の通りだとするなら、この一角だけ電源を落とすこともできそうだ。万が一のバックアップ策にはなるだろう」

「うん、決まりだな」

 抜けてるところはないよな?退路はさっき決めた通り、基地から北へ出たところにある林道に車を隠しておいてそのまま北上。

そうすりゃぁ、飛行艇を泊めてあるカワグチレイクに出る。見つからなけりゃぁ、脱出の方が楽に抜けられるルートだ。

 これで、大丈夫だよな?うん、そのはずだ。アタシは、頭の中で何度も計画を繰り返した。

不測の事態も予想して、シュミレーションを組み立てる…大丈夫だ、この案なら、ある程度のことまでは対応できる。

それ以上のことが起こっちまったら、それはどんな案を使っても対応できない。

そう言う事態は起こさないように留意すれば良い…

218: 2013/06/29(土) 17:03:24.68 ID:200yW6J00

「ダリル。カメラと電源設備の解析にどれくらいかかりそうだ?」

アタシはダリルに聞いた。

「この見取り図を引っ張った時の感じだと、大して時間はいらんだろうな。基本的には昔のシステムと大差ない。

 ただ、ずいぶんとバージョンがアップしていたから、そいつがこれまでの穴をどれだけふさいでるか、ってのと、

 あとはまぁ、ロジックに大がかりな変更がないかどうか、ってのが気になるが、まぁ、1時間もあればなんとかなるだろう」

「本当かよ?ブランクあってヘマなんかしてくれるなよ?」

「ははは。俺の腕を疑うなんて、慎重にもほどがあるぜ?任せろよ」

ダリルは胸を張って言った。まぁ、これっぽっちもそんなこと思っちゃいないけどさ。

 それからアタシ達はいったん、飛行艇に戻った。そこで最後の配置を確認する。

潜入班はアタシとハンナ、キキが車を用意して飛行艇で待機。

ダリルもここで待機して、遠隔操作で基地への妨害工作と逃走の際の操縦を担当する。

 アタシとレナは、全身真っ黒のウエットスーツみたいな特製の戦闘服に着替えて、野戦ベストをその上に羽織る。

キキに準備してもらった拳銃は腰のホルスターに収めて、ベストにはナイフと弾倉をポケットに詰め込む。

忘れちゃいけないのが無線だ。さすがに基地だから、ミノフスキー粒子で無線が使えない、

なんて間抜けなことはないだろうけど、万が一使えなくなった時のために、

時間と行動の進行状況は照らし合わせて全員が把握してある。

 アタシは、あたりが暗くなるのを、コーヒーを飲みながら待った。

なるだけ濃いやつをダリルに入れてもらって、ブラックですする。

 こんな作戦は、これまでに経験したことがない。

だって、こんなのはパイロットの任務じゃないだろ、諜報員の仕事だ、普通なら、な。そうは言っても、こなせない理屈はない。

アタシだってそれなりに、腕には自信はあるつもりだ。少なくとも、現役を退いてから8年経つけど、衰えている気はしない。

体はまだまだあの頃のままに動くし、判断能力も錆びついてなんかいない。

歳を食ったせいか、落ち着きが増した気もするし、あの頃よりいい仕事をこなせるかもしれない。大丈夫だ、やれる。

219: 2013/06/29(土) 17:03:50.27 ID:200yW6J00

 夜が来た。アタシはハンナと飛行艇を出た。基地へ向かうには、ここから南へ、林の中を抜けて行く。

30分ほどで基地の周辺に到着するはずだ。

 「ハンナ、身を低く。なるべく、脚を上げて動くようにしろ。

 こういう地形だと、踏み込む音より、地面とすれて枯葉やら草を鳴らす音の方が聞かれやすい。

 なるだけ脚を上げて、やわらかく踏み込むようにすれば、物音は最小限で済む」

「はい」

ハンナに基本的なことを教えながら林の中を進む。

 「この暗闇だ。敵に出くわしたら落ち着いて身を隠せ」

「はい」

「焦らなくていいぞ。到着するまでにバテたら元も子もないからな」

「はい」

ハンナは、素直に何度も、そう小さく返事をする。なんだか、マライアに操縦を教えてた頃を思い出すな。

あいつも、アタシが言うことなんでもかんでも「はい」って返事をして、

たまにカレンのとんでもない発想の指示を聞かされた時に「はい」って返事してから困った顔してたっけ。

ハンナも、筋は良さそうなんだよな。ちゃんと教えてやれば、身を守るくらいのスキルはすぐに身につくだろう。

もしかしたら、ハンナや子ども達にとって、そいつは重要になってくるかもしれないからな。

今のうちに、できる限りのことは教えておこう。

 エンジン音が聞こえた。ハッとして脚を止めて、ハンナに手を挙げて制止する。15mほど先に道路がある。

アタシはハンナに手で隠れるよう合図をしながら、自分も木陰に身を隠した。

 ライトを灯した軍用車が道路を通り過ぎていく。テールランプが見えなくなるのを確認してアタシは立ち上がった。

 ふぅ。

ハンナのため息が聞こえた。彼女の顔を見ると、汗をびっしょりかいて、少しだけこわばって見えた。

そりゃぁ、緊張するなってほうが無理だよな。アタシだって緊張してる。でも、緊張のし過ぎは良くないぞ。

 アタシはハンナの顔の汗を手で拭って、レナにするみたいに頭をポンポンと叩きながら

「楽にしろよ。まだ、そんなに危険ってわけじゃないんだ」

と言って笑ってやった。ハンナは笑ってうなずいたけど、なんとか笑顔を作ろうとして失敗した、ぎこちない表情だった。

まぁ、これもこれで仕方ない、か。

 アタシはさらに林を進む。道路を越えて、しばらく行くと、木々の間から明かりが見えた。あれは…監視塔か…。

220: 2013/06/29(土) 17:05:05.84 ID:200yW6J00

「あそこで間違いないよな?」

「はい、あそこです」

ハンナにそう確認してからアタシは無線に話しかけた。

「7番より、3番。目的地に到着。そっちの準備は出来てるか?」

<こちら、3番。準備できてる。『キロ』も戻ってきた。合図でいつでも行けるぞ>

キロ、ってのはKの頭文字の一般的なコード。要するに、キキのことだ。ちなみに、ハンナはHを取ってホテル、だ。

「了解。頼む」

<カウントする…5、4、3、2、1、ダウン>

ダリルのカウントとともに、少し離れたところにあった監視塔の照明が消えた。

「おい?なんだ?」

「どうした!異常か?」

兵士たちの声が聞こえる。

 「よし、行くぞ」

アタシはハンナに言って、林の中を駆け抜けた。基地の外周のフェンスに取り付いて、

手早くペンチでX字に斬り込みを入れ脚を使って押し広げる。先にハンナを通し、搬入口へと走らせてアタシも後を追う。

他の監視塔は、照明の消えた塔へサーチライトを当てていて、足元は真っ暗。兵士たちも監視塔に確認に走っていて、周辺はザルだ。

 アタシとハンナは何事もなく、搬入口へたどり着いた。

扉の上にある監視カメラは動いているが、誰もいない映像がループで流されているはず。さて、もう少しだ。

アタシは自分にそう言い聞かせながら拳銃を抜いた。ハンナもアタシを見て銃を抜く。

「いいか、拳銃は突き出すな。ペンションに来たときみたいに、押さえされちゃうからな。

 まずは脚だ。一歩踏み込んで、次に肩、で、その次に銃口だ」

「はい」

ハンナの小さい返事が聞こえてくる。よしよし、表情は硬いけど、落ち着いてはいるな…大丈夫。

 アタシはそっとドアを開けて中を覗き込んだ。倉庫になっている中に人影はない。

素早く中に踏み込んでハンナを引き入れてドアを閉める。それから、倉庫の東側の天井付近に換気口を確認した。

金属製の格子でふさがれている。

「ハンナ」

アタシは倉庫のドアをそれぞれ施錠してからハンナを呼んだ。

「あれ、外せるか?」

「やってみます」

ハンナはそう言ってベストからナイフを抜いた。アタシは片膝をついて、ハンナの土台になる。

ハンナはアタシの膝を肩に脚をかけて、腕を伸ばし、ナイフを換気口の格子と天井との隙間にねじこむ。

コトンと言う小さな音がして、格子が外れた。

「こっちへ」

小声で言って、その格子を受け取ってから、

「そのまま上がれ」

と言いながらハンナを上へ押し上げた。ハンナの体が、換気口に吸い込まれるように消えていく。

アタシは、格子をほどいた靴ひもに結び付けてから換気口に飛びついた。

両腕で体を引き揚げて、中に入り込み、靴ひもに括り付けた格子を引っ張って、また換気口にはめ直す。

 よし、これで一息つけるな。

221: 2013/06/29(土) 17:05:37.48 ID:200yW6J00

 「ふぅ」

文字通り、アタシは息を吐いた。それを見たハンナが何かを伺うようにアタシの顔を見つめてくる。

「ここで、ちょっと休憩だ。水、あるか?」

アタシは自分のベストに入れておいた小さいスキットルを出して、それを口に含む。

少しだけ、それを手のひらに吐き出して手を洗うみたいにして全体を湿らせる。

手を濡らすのは、気持ちを落ち着かせる効果があるんだと言ってたのは、隊長だったかな。

ハンナも水を飲んで、すこし落ち着いた表情になった。

「3番、聞こえるか?」

<感度良好>

無線も無事だ。

「地点Cに到着。5分、小休止を取る」

<了解。スケジュールを2分押してる。中途半端だから、8分休んでスケジュール全体を10分更新しよう>

「了解した」

<気をつけろ>

「分かってる」

報告を終えて、さらにもう一息ついた。

換気口の中は、ダクトがあるわけではなくて、天井裏になっていた。見取り図通りだ。

アタシはその場に身を横たえながら、もう一度気持ちを整えていた。

息が詰まるような苦しさを、ゆっくりと解きほぐしていく。集中だ…焦るな…ビビるな…。

自分にそう言い聞かせながら、意識的に呼吸を深く、長く、ゆっくりと整えていく。

「ハンナ、平気か?」

「は、はい」

ハンナが返事をしてきた。

「よし、じゃぁ、動くぞ」

「了解」

アタシはペンライトを灯してあたりを照らした。見取り図だと、このまま西へ勧めば良いはずだが…

細い金属の骨組みに乗っているだけの天井板を踏み抜いちまったら、アウトだ。慎重に、梁の上を這って行かなきゃな。

 ライトで進むべきルートを確認する。少し南側に進んでからなら、しばらくは真っ直ぐ西に向かって梁が伸びている。

あれを辿るか…

「行こう。落ちないようにな」

「はい」

アタシはハンナの方をポンとたたいてやってから、狭い天井裏を這って進んだ。

 「おい、さっきのD塔の停電、なんだったんだ?」

「あぁ、配電盤の制御コンピューターのラグだとさ」

「んだよ、びっくりさせやがる。整備班の怠慢だな」

「まったくだ」

 下から話声が聞こえる。アタシは、進むスピードを緩めて、細心の注意を払う。

 なんとか、梁の上を行き止まりまで進んできた。ここから先は、天井裏から出て、廊下を行くしかない。正念場だ。

222: 2013/06/29(土) 17:06:59.28 ID:200yW6J00

 アタシは後ろから来るハンナをチラッと見やった。ハンナは、覚悟を決めているようで、険しい表情でコクンとうなずいた。

いい度胸だよ、あんた。マライアに見習わせてやりたいよ。

アタシはそんなことを思いながら、天井板の一枚をずらして、

そこから歯医者で使うみたいな折れ曲がった先についた小さな鏡をその隙間に差し込んだ。下の様子をうかがう。

 廊下の曲がり角に、兵士が一人、暇そうに突っ立っている。歩哨の様だ。あいつは…移動はしなさそうだな…

くそ、実力行使に出るほかに手だてはなさそうだ…なるだけ騒ぎにならないように始末をつけないと…。

 「ハンナ、アタシが合図したら、床板蹴りぬいて下に飛び降りろ」

ハンナにそう指示をした。

「廊下の角に、見張りがいる。あんたは囮だ。あんたとは一瞬だけタイミングを遅らせてアタシが降りる。

 制圧はアタシに任せて、降りたらすぐに床に伏せろ」

「はい」

ハンナは返事をして、すぐに身構えた。うん、やっぱり、度胸だけは据わってんな。

アタシは位置を替えて、曲がり角の奥側へと位置取る。ハンナとは、歩哨を挟む形で降り立て場所だ。

ハンナに意識を集中させているところを、叩く。

 勝負は、一瞬だ。ヘマするなよ、アタシ…!

 ハンナの方を見た。彼女は、アタシを見て、力強くうなずいた。アタシは、サッと右腕を振り下ろした。

 ハンナが、天井板を蹴って穴を開ける。次いでアタシは、板を蹴りぬかずにそのまま板の上に身を投げた。

ガクン、と鈍い衝撃とバンッと言う板の割れる音がして、アタシの体は宙に浮いた。

 眼下に、ハンナの方を向いて慌てて銃を構えようとしている歩哨が見えた。

アタシは床に降り立った体勢から、両脚のバネで一気に踏み切り、掌底を歩哨の胸板に叩き込んだ。これで一瞬、呼吸が止まる。

呼吸が止れば、声は出ない。喉を狙って声帯をつぶすという手もあったけど、できるなら、致命的なケガを負わせたくなかった。

 歩哨はカヒュッと喉を鳴らした。効いたな。

 アタシはそのまま、歩哨の持っていた自動小銃に手をかけて奪い取り、その銃床で顔面をぶん殴った。

メキッと鈍い音がして、歩哨は音もなく床に崩れ落ちる。

 ふぅ、これで良し、っと。

「アヤさん…やっぱすごいよ…」

ハンナがつぶやきながらアタシのところに歩いて来た。いや、まぁ、これくらいはなんでもないよ。

ビビらせることはあっても、感心されたことなんてあんまりないから、ちょっとだけ照れてしまった。

 っと、そんなこと言ってる場合じゃない。アイナさんのところに急がないと…

「おい!どうした!?」

不意にそう声がした。

―――しまった!

声を聞き取ったのと、ハンナの後ろの廊下に人影が見えたのはほぼ同時だった。反射的にハンナの腕を引っ張って隠れる。

間一髪、ハンナの姿は確認されなかったようだが、バタバタと数人分の足音が聞こえる。一人じゃなかったか…これは、まずいな…

 後ろを振り返るが、拘禁室はまだ先だ。ここで叩くしかない。

「ダリル、悪い、トラブった。拘禁室のエリアの照明を落としてくれ」

<了解。合図任せる>

「行くぞ、5、4、3、2、1、ダウン!」

ジジッと、電灯から音がして、キュンッと言う音とともにアタリが真っ暗になった。

 そのとたん、耳が壊れちまうんじゃないかってくらいの爆音で警報が鳴りだした。

223: 2013/06/29(土) 17:07:47.78 ID:200yW6J00

 そのとたん、耳が壊れちまうんじゃないかってくらいの爆音で警報が鳴りだした。

なんだ!?くそ、ダリル!あんたしくじったのか?!だからブランクあるんじゃないかって言ったんだ!もう!

 アタシは暗がりに曲がり角から自動小銃を抱えて飛び出した。相手は、3人。

まずは先頭のヤツの顔面を銃床でぶん殴ってなぎ倒して、次の奴の鳩尾を蹴りつける。

ひるんだそいつはとりあえず無視して3人目の首に小銃のストラップをひっかけて力任せに引っ張り倒し込んでから

首を後ろから銃床で殴りつける。最後に2人目もぶん殴って気絶させた。

「ダリル、停電と同時に警報が鳴った!!」

<すまん、トラップだ!配電盤のコンピューターに仕掛けてやがった!

 …!?いや、待て、妙だ。警報は、基地の反対側の異常を信号だぞ?拘禁室のあるエリアじゃない!>

 どういうことだ?トラップを作り間違えたのか?それとも、何か意味があるのか?!いや…今はそこじゃない。

もう時間がないぞ…!

 「ハンナ!拘禁室は?!」

「この廊下の先!」

ハンナは廊下の向こうを指差した。

 アタシはハンナを追い越して廊下を走る。

「こっちだ!」

「逃がすな!!」

くそ!まだ来るか!ブービートラップ仕掛ける余裕もない!とにかく、アイナさんを見つけないと!

 走っていた廊下をさらに曲がってすぐ、進行方向を鉄格子にふさがれた。

 ここか!アタシは迷わずに鍵穴を拳銃で撃ちぬいて鉄格子を蹴りつけた。ガシャン!と言う派手な音を立てて扉が開く。

「突き当りが拘禁室です!」

ハンナが叫んだ。

 拘禁室のドアには、覗けるように鉄格子の窓が付いていた。アタシはドアに取り付いて中を覗く。



 でも、そこに人影はなかった。



224: 2013/06/29(土) 17:08:20.88 ID:200yW6J00

 いない…おい、嘘だろ…?

「ハ、ハンナ…他に、拘留しておくところが、あるのか?」

アタシは、全身の震えを抑えながらハンナに聞いた。ハンナは、絶望した表情で、首を横に振った。

 まさか…遅かったのか?アイナさん、殺されたのか、それとも、どこかへ運ばれたのか…!?その、殺人鬼の大尉に?

 全身から、何かがたぎった。これは、怒りだ。どこにいるんだ、そいつは?アタシが頃してやる…

これまでに殺された捕虜と同じ目に合わせて、苦しめて、ボコボコにしてから頃してやる…!

 アタシは拘禁室の扉を思い切り蹴りつけてからハンナの胸ぐらをつかんだ。

「ハンナ!大尉のところに案内しろ!アイナさんの居場所を聞き出す!」

「は、はい!」

ハンナの目は決意に満ちていた。ハンナだって、マークを始末されてるかもしれないんだ。アタシと思いは一緒のはず…!

 廊下を戻ろうとしたハンナが、身をひるがえした時、すぐ横にあった扉が開いて、アタシの体を絡め取った。

―――しまった!

 アタシは、とっさに体を引きそうになったのをこらえて、思い切って扉の中に突っ込んだ。重い衝撃が体に走る。

タックルが直撃した。

 相手は部屋の中の暗がりに転がって行く。顔は良く見えないが、女だ。

「大尉!」

ハンナが叫んだ。まさか、こいつがそうなのか?!

「こいつが!?」

「はい!間違いないです!」

暗がりに転がって起き上がろうとしているそいつは、確かにティターンズの真っ黒な制服を着こんでいた。

 頭に血が上った。全身が焼ける様な感覚に襲われて、アタシは女に飛びかかっていた。

次の瞬間、鎖骨のあたりに痛みが走る。暗闇から脚が伸びてきていた。

―――こいつ、できる!

「ドアを閉めろ!」

アタシは、ハンナにそう怒鳴って体制を立て直す。大尉はその間に跳ねるように起き上がった。こいつだけは、半頃しだ…!

いきり立って殴りかかったアタシの腕は受け止められた。残念、そいつは囮だ!本命は、左なんだよ!

受け止められた方の腕で、襟首を引っ掴んで動きを封じて残った左の拳をたたき込む。

でも、その左すら受け止められた。くそ、こいつやっぱりただもんじゃないぞ?!

 ひるんだら、付け入られる…!アタシはそのまま両腕で女大尉を引き倒して組み伏せた。

それでもアタシの両腕をつかんで抵抗している。

225: 2013/06/29(土) 17:08:54.27 ID:200yW6J00

「ちょ…お願いっ…待って!」

ふざけんな!この期に及んで命乞いか?!お前はそうやって言ってきた人間をどれだけ頃したんだ!?

何かが頭の中で弾けた気がした。アタシは全力で両腕を振り払って、女の首を締め上げた。

「ちょ…タンマ、く、し、氏ぬ…あっ・・・・やさっ…」

頃しはいないよ、まだ、な…でも、それいじょうに怖い目に合わせてやる…!

 女は、アタシの腕を必氏にタップしている。

「ア…ヤ…さ…」

あ?今こいつ、アタシの名前を呼んだか?なんで、アタシの名前、知ってんだ?

ま、まさか、ペンションを調べられたのか!?だとしたら…まずい…ロビンやカレン達が…!

 気持ちが一瞬ひるんだ。次の瞬間、何か大きなものが横から飛んできてアタシの体にぶつかった。

思わぬ衝撃で、アタシは床に転がってしまう。一人じゃなかったのか!?

 すぐさま体制を立て直したアタシの目に飛び込んできたのは、

ドアの隙間から入ってくる非常灯の明かりに照らされた、良く知った顔だった。

「…ア、アイナさん!」

「アヤさん!」

アタシが叫ぶのとほとんど同時に、アイナさんが抱き着いて来た。

 良かった…アイナさん、本当に良かった。殺されちゃったのかと思ったよ、アタシ…ここに居たのかよ…

良かった…生きてて良かった…。

 アタシもアイナさんをギュッと抱きしめた。

「ゲホッ、ゲホッ…ゲホゲホッ」

女大尉が大きく咳をして起き上がっていた。

しまった―――アタシはアイナさんを引きはがそうとして腕を突き出したが、アイナさんは離れなかった。

「アイナさん、どいて!」

「アヤさん、ダメ!この人が助けてくれたんです…!」

アイナさんが言った。なんだって?だって、こいつは、快楽殺人者で、拷問好きだって言う…

 「ひどいよ、アヤさん…氏んじゃうかと思ったよ…」

女大尉は、四つん這いで苦しみながら、泣きそうな声でそう呻いた。声を聴いて、まさかと思って目を凝らした。

間違いは、なかった。おい、なんでだよ…あんた、なんでこんなところにいるんだよ…なんで、そんな格好してるんだよ…

「マライア!」

226: 2013/06/29(土) 17:09:22.84 ID:200yW6J00

マライアは顔を上げてアタシを睨み付けてきた。

「このバカ!鬼!悪魔!あーこれ、絶対跡残ってるよ…うえ、喉変になった…ゲホッ。

 あぁ、ルーカス、味方だったから、もういいよ。銃降ろして電気つけて」

マライアは誰となしにそう言った。すると、パッと部屋の中が明るくなって、アタシ達のすぐそばに、

別のティターンズの制服を来た男が銃を手に立っていてこっちを見下ろしていた。

 なんだってんだ?マライアがティターンズ?それでいて、快楽殺人者…?嘘だろ?なんだ?おい、説明しろよ…

 アタシがその男とマライアを交互に見ていたら、今度は別の声がした。

「ハンナ!」

振り返ったら、ひとりの男がハンナに飛びついていた。慌てて取り押さえようと思ったら、ハンナの方も彼を抱きしめている。

「マーク…?マークなの!?」

マークって、ティターンズの足止めをして、行方分からなくなってた…ハンナの、恋人?

待ってくれ、ますますわけがわからない…おい…

「マライア、説明してくれよ…」

アタシはマライアにそう言う。

「見ての通りだよ…ゲホッ…うぅ、苦しい…」

見てわかんないから聞いてんだろうが、このバカ!

 「―――!」

「―――!―――!」

表で声がした。バタバタと足音が近づいてきている。

「っと、まずいね。アヤさん、着いてきて!逃げるよ!」

マライアは混乱したアタシにそう言うと、傍らにあったドアを開けた。その先は、外だった。

「ルーカス!準備できてる!?」

「いつでも行けます。合図ください!」

「オッケ、マーク!さっき話した通り、西へ向かって!アヤさんはマークと先行して敵の排除と進路確保!

 あたし達で殿するから、マークに着いて行って!」

マライアはそう怒鳴ると、どこからともなく短機関銃を取り出してこっちへ投げてきた。

「マライア、あんた、ホントになんなんだ!?」

「見ての通り!ティターンズ極東方面支部派遣のマライア・アトウッド大尉だよ!

 詳しいことはちゃんと話すから、今は脱出優先!」

マライア…あんた、そんなに頼もしい奴だったっけ?

なんか、もう、いつも涙目で、フルフル震えて、肝心な時にへこたれるやつじゃなかったっけ?

なんで、あんたがティターンズなんかにいるんだよ?なんで、アタシ、マライアに指示されて動いてんだよ?

ワケわかんないよ!

227: 2013/06/29(土) 17:10:22.89 ID:200yW6J00

 そうは思いながらも、アタシは銃を構えて、マークと呼ばれた男のそばへ走った。

「どっちへ向かうんだ!?」

「こっちだ!あのフェンスを壊す!」

マークはそう言うと、手に持っていた手りゅう弾を投げた。

一瞬の間があって爆発が起こり、フェンスが千切れ飛んで穴が開いた。

「アイナさん、走れるか?」

「ええ、大丈夫!行きましょう!」

「ハンナ、気をつけろよ!」

「はい!アヤさんも早く!」

振り返ると、後方を警戒しながら、マライアともう一人のティターンズの男がついてくる。

 フェンスを抜けた。マライア達も、フェンスをくぐってくる。

「ルーカス、お願い」

「了解」

ルーカス、と呼ばれた男が手元で何かのスイッチを押した。

 ズズン!

次の瞬間、轟音と共にアタシ達が抜け出してきた建物が爆発して火の手が上がった。

「爆発だ!」

「消火班急げ!」

「指揮系統を把握しろ!混乱するな!」

「うはぁー、調合の量間違えたかな…ちょっとやりすぎちゃった。ケガ人出てないと良いけど…」

マライアが苦笑いしている。

「急ぎましょう、追手に気付かれる前に」

マークが静かな声でそう言う。

 「うん、行こう!」

マライアはなんでそんな顔できるのか、アタシの混乱もしらないで、ニコッと満面の笑みで笑った。

 どれくらいの距離か、そこからマークに先導されて林を走った。

228: 2013/06/29(土) 17:10:51.30 ID:200yW6J00

 しばらく行ったところで、急に林が途切れて、そこには一機のヘリがローターを回転させて待っていた。

「ポール!」

「大尉!準備できてます!急いで!」

ヘリの傍らに1人の男が立っていて、マライアと大声でそうやり取りした。

「アヤさん、乗って!」

マライアはアタシの背中を押すようにしてヘリに乗せると、自分も銃を構えながら乗り込んできた。

「ポール!出して!」

「了解!離脱します!」

そう言うが早いか、ヘリはフワッと地上を離れて、ぐんぐんと基地から遠ざかっていく。

「アヤさん!退路の確保はどうなってるの!?」

急にマライアが聞いて来た。

「あぁ?!」

「退路!逃げ出す算段、つけて来てるんでしょ?!」

「あ、ああ!カワグチレイクに向かってくれ!そこに飛行艇がある!」

アタシはパイロットのポールに怒鳴った。

「すぐですね。ほら、もう見えてます」

ポールが言ったので表に目を向けると、そこには大きな湖が広がっていて、

そこにはダリルとキキがいるはずの飛行艇が浮いているのが見えた。

 湖の岸にヘリが着地した。

「急げ!」

アタシはそう怒鳴って一番にヘリを降りて飛行艇へ駆け出す。

 銃を片手に、飛行艇に駆け込んで中を覗いた。

「アヤさん!」

「早かったじゃねえか!ヘリで逃げ出してくるとは思わなかったぜ!」

ダリルが笑っている。

「とんだ食わせ物がいたんだ!すぐに出る、離陸準備頼む!」

 そんなことをしてる間に、他の連中も到着して乗り込んできた。

「アヤさん!全員乗った!」

「ダリル!出せ!」

「おう!…ってお前、マライアか!?」

「わけわかんないだろ!?アタシもまだ混乱中だ!」

そう怒鳴ったら、ダリルはまた笑った。

「ははは!あのマライアちゃんが、やるじゃないか!」

いや、ダリル笑い事じゃないんだって!

229: 2013/06/29(土) 17:11:23.39 ID:200yW6J00

 そんなことを思っているうちに、飛行艇は加速して湖を離陸した。進路は北へ。飛行艇は高度を上げて行く。追手は、ない…。

どうやら、脱出の段階で、うまく逃げて来れてきたようだ。飛行艇の目的地はニホン海沿岸のカナザワ。

ベルントがそこで待っている。そこから、一気に中米へ離脱だ。

 アタシは、どっと疲れが来て、床にへたり込んでしまった。 

 「ふいー!いやぁードタバタだったね」

マライアが楽しそうにルーカスに話しかけている。

「まったく、大尉はすこし慎みを覚えてくださいよ、いい歳なんだから」

「誰がいい歳?!おばさんみたいに言わないでよ!花も恥じらう26歳の乙女だよ!?まだまだこれから!」

得意げに胸を張るマライアを見たら、なんだか笑えた。そんなマライアを見てたら、なんとか気分が落ち着いて来た。

 と、同時に、屈託なく笑うマライアにちょっとだけ腹が立って来た。とりあえず、説明してもらわないとな。

アタシはマライアの首根っこを引っ掴んで

「説明してもらおうか、マライア・アトウッド大尉?」

とにらんでやった。

キュッと恐縮したマライアの顔は、アタシの知ってる、ヘタレのマライアの顔そのものだった。


「ほら、シーマさんをそっちに送ったときの、テロ事件があったでしょ?」

アタシに凄まれて条件反射みたいに姿勢を正したマライアは話し始めた。

「あぁ、デラーズだかって艦隊の決起、だったな」

「あの時の戦闘での戦果でね、直後にできたティターンズへの編入の打診が来たの。

 ヤバそうな連中だなって思ったから、なんかの役に立つと思ってね。入ってみた」

マライアは相変わらず得意げに胸を張っている。

「そしたら、案の定、どんどん変な方向に行くじゃない?これはヤバいって思って、情報をこっそり外出しにしてたのが始まり。

 そしらた、2年前かな、カラバに協力を要請されて、そっちへ情報を流すようになったんだよね。

 私のもう一つの肩書きはね、カラバ極東支部のマライア・アトウッド諜報員!」

諜報員?マライアが?あんなヘタレがスパイだって?笑っちゃうよ、笑っちゃうようなことだけど…

全然笑えないよ、マライア。あんた、優秀だったけど、そんな根性、どこで身に着けてきたんだよ?

230: 2013/06/29(土) 17:13:06.53 ID:200yW6J00

「ほ、捕虜の拷問とか、殺害は…ウソ、なんですか?」

ハンナが戸惑い気味に聞く。

「だいたいは嘘だよ、ハンナ・コイヴィスト少尉。

 中には、ホントに無差別テロやろうとしてて、危ないから刑務所に送った人も何人かは居たけど…それ以外はみんな無事。

 面白いよね、捕まってきた人を翌日、氏体袋に入れて運び出すと、みんな無条件でそれを氏体だって決めつけるんだから。

 あの基地から氏体袋で出て行った人のほとんどは内緒でカラバに受け渡し済み」

マライアはクスクスと笑う。

「大尉って、そんな感じの方でしたっけ?もっとこう、嫌な上官って感じのイメージだったのに…」

「あぁ、それはね。一応体面的にやっておかないとまずいでしょ?

 うぉほん、『マーク・マンハイム中尉、貴様の報告書は目を通した』、って」

マライアは今度は、声を上げて可笑しそうに笑った。

「それじゃぁ、マークも大尉が?」

「そう、それ!大変だったんだよ!

 本当は子ども達もいつもどおりに氏体袋で放り出そうと思ってたのに、アイナさん、だっけ?が来ちゃうし、

 マークとハンナが子ども達を連れて出てっちゃうし、もう、慌てた慌てた!

 警戒網張ったり研究所の連中に微妙にズレた情報流しながら、ルーカスに追跡してもらってさ。

 ジョニーの情報がなかったら、危ないところだったんだから」

「ジョニーを知ってるんですか?」

「もちろん、同じカラバだし、あっちは有名人だからね。ただ、向こうはこっちを知らなかったみたいだけど…

 彼ら、基本的に単独任務が多いし、そもそもあたしも露見防止のために存在が機密だしね。

 でも、こうしてアヤさん連れてきてくれたってことは、子ども達はちゃんと無事にアルバ島についたんだね?」

 ハンナがマライアに質問攻めだ。そりゃぁ、まぁ、そうだろうな。

ついさっきまで、このマライア・アトウッド大尉は捕虜を頃して楽しむ、快楽殺人者だと思ってたんだから。

それにしても、今の話…まさか…

「こうして…って、おい、待てよ、じゃぁ、カラバからこいつらへの、うちに来るようにって指示書を回したのは…」

「そ、あたし!なんか、そうするのが良いかなって、虫の予感っていうのかな?そんな感じがしたからさ」

そんな感じ、か…マライアって、スペースノイドだったっけ?違うよな、確か、アースノイドだったはずだ…

なのに、レオナ達が言っていた「声」を聴いたみたいな言い方…まさか、な…。

さらに話を聞いたら、どうやら、基地に入った段階で、アタシとハンナは、マライアに捕捉されていたらしい。

どうやら、マライアが独自に回線を引いて取り付けた監視カメラがあったらしく、それでアタシらの姿を確認したマライアは、

準備していた偽の警報で基地の警備兵をてんで違う方におびき寄せるシステムを停電と同時に起動するようにプログラムし直し、

アイナさんとマークを拘禁室から出し、銃と爆弾を準備し、ヘリの手配を済ませていた。

事前にどれだけの準備をしていたか知らないけど、見事、としか言えない手際だ。

 アタシもダリルも、マライアにハメられたんだ、信じらんないよ。

アタシがマライアの準備した舞台の上で踊ってたなんてさ!もう、すごすぎて、やっぱり腹が立ってくるくらいだ!

231: 2013/06/29(土) 17:13:35.97 ID:200yW6J00

「ねえ、アヤさん!」

床にへたってそんなことを考えていたアタシに、急にマライアが四つん這いで詰め寄ってきた。

マライアは本当に嬉しそうな顔して

「あたし、頑張ったよ!」

だって。なんか、そう言うところは変わってないのな。まぁ、でも、褒めてやろう、うん。

「あぁ、すげーよな、ティターンズ大尉って」

そう言ってやるとマライアは一層キラキラした顔をして

「でしょ!それに、たくさん人を助けたんだよ!」

とさらに詰め寄ってくる。

確かに、ティターンズ大尉って肩書きを利用して、捕まってくるやつらをことごとく逃がしたんなら、それってすごいことだ。

アタシや昔の隊の皆がレナやソフィアを必氏で逃がしたのに、

出世したあんたは、そんなことを簡単にやっちまうようになったんだな…そう考えたら…うん、やっぱりすごいよ。

 アタシの誕生会に来てくれて、ソフィアが残るって聞かされたマライアを思い出していた。

あのとき、アタシはしっかりしてほしくて思わずペシッとマライアの頬をはたいちまった。

そういや、あれから一切会ってなかったんだよな…宇宙に行ったって話は、隊長達に聞いてたけど…

ははは、そうだよな、あの頃のマライアとは比較にならないな。

 そう思ったら、なんだか嬉しくなってきた。

アタシとダリルと隊長の秘蔵っ子のヘタレが、まさかアタシ達に一杯食わせてくるなんて、思いもよらなかった。

マライア、あんた、やっぱり、アタシの自慢の妹分だ…。

「だから、ね!アヤさん!」

そんなことを思っていたら、もう、抱き着いているのと同じくらいのところまで詰め寄ってきたマライアが

上目づかいでアタシに言った。

「偉いって、褒めてくれると嬉しい!」

見直して、ちょっと損した。根本はまっっったくかわってないな。なにが出来たって、ただの甘ったれだ。

でも…まぁ、認めるよ。あんた、すげー頑張ってきたんだな、この8年間…。すごいよ、素直にそう思う。

マライア、あんたは、すごい。

「頑張ったな、マライア。あんたはやっぱり、アタシの自慢の妹分だよ」

そう言ってやったマライアは、本当にうれしそうに笑いながら、ポロポロと泣き出して、

ガバっとアタシに抱き着いてしゃくりあげ始めた。

 お、おいおい、まったく、部下が見てんだろ?泣くなよ、せっかくかっこよかったのに。

そんなことを思ったけど、なんだか胸が暖かくて、アタシはマライアを抱きしめて頭を撫でてやっていた。

「無事で良かったよ、マライア。8年も良く頑張ったな…おかえり…」

「アヤさん…会いたかった…会いたかったよ…!」

しゃくりあげながらそう言ってきたマライアは腕の中でフルフルと震えて、まるで甘えてくる子犬みたいだった。


238: 2013/06/30(日) 02:24:58.35 ID:CYaP2sVk0

酉忘れました。

>>237=アウドムラです

239: 2013/06/30(日) 02:25:32.66 ID:CYaP2sVk0

 「アヤ、おい、アヤ起きろ」

ダリルの声だ。なんだよ…どうしたってんだ?アタシはクラつく頭を振って、意識を覚醒させた。

いつの間にか眠っていたらしい。時計は、夜中の1時を回っている。

マライアは、まだ、アタシの膝を枕にしてクークー寝息を立てている。

寝ている顔は、なんだかあどけなくて、やっぱりこいつは妹なんだな、とか感じてしまう。

他の連中も軒並みシートに座って寝入っていた。すまんな、ダリル。こんな状況で操縦さしちまって。

「悪い、寝てた…どうした?」

アタシが聞くと、ダリルはなんでもない風に

「ぼちぼち、カナザワに着く。お前、床じゃさすがに危ねえから、席につけ」

と言ってきた。着水ほどじゃないだろうが、床に座ったまんまの着陸なんか、ぞっとしない。

「あぁ、了解」

アタシはそう返事をしてマライアを担ぎ上げた。

「ほえ?アヤさん?」

さすがに目を覚ましたマライアがそんな呆けた声を上げる。

アタシは返事の代わりに、マライアをドッとシートに座らせて、ベルトをしてやった。甘やかしすぎかな、と思ったけど、

まぁ、無事にこうして逃げ出してこれたのも、マライアのお陰だ。ご褒美、ってことにしといてやろう。

眠っている他のやつらのベルトを確認したアタシがその隣に座ってベルトをすると、

マライアはそのままアタシの肩にもたれてきて、夢の中に戻って行った。しかし、本当に根性座ってんな。

いや、根性、っていうか、そう言うの感じるなにかが頭の中でぶっとんじゃったんじゃないかって風にも思える。

240: 2013/06/30(日) 02:26:02.88 ID:CYaP2sVk0

 飛行艇が高度を下げるのを感じた。窓の外に、煌々と灯る空港の明かりが見える。

グングンと高度が下がり、やがて飛行艇は鈍いショックとともに、滑走路へと降り立った。

「ん、着いたの?」

そう言いながら、マライアは目を開けて大きく伸びをした。

「あぁ。降りる準備でもしておこう。すぐにでも、ベルントと合流してもうひとフライトだ」

アタシが笑って言ってやると、マライアも笑顔を返してきた。

 手分けして他の連中も起こして、機体を乗り換える準備をする。って言っても、大した荷物があるわけでもない。

マライアにはハンナの、ルーカスとポールには、ちょっとサイズが合わないけどダリルの服を貸して着替えさせた。

あんまり、ティターンズの姿でうろつくと目立っちゃうからな。

アタシとハンナも、いつまでも物騒な格好をしているわけにはいかない。

とりあえず着替えて、装備品は基地から持ち出した銃と一緒に、ダリルが持ち込んだというデカイ金属のケースにしまった。

 飛行艇がエプロンに着く。予定では、このまま空港の建物の中には入らずにベルントと合流することになっているんだけど…

 アタシはPDAを取り出してベルントにコールする。ほどなくして、ベルントが電話口に出た。

「あぁ、ベルント。今着いた。そっちはどうだ?」

「確認した。こっちは、4番の駐機場にいる。すぐ隣だ」

相変わらず、愛想のねえやつだな、なんてことは言わないで置いた。せっかく協力してくれてるんだもんな。

 「ダリル、4番の駐機場ってどっちだ?」

「恐らく、左側だろう。たぶん、あの機体だ」

ダリルがコクピットから外を指差す。その先を見ると、カレンの会社の小型機と同じクラスの機体が駐まっていた。

尾翼に、赤と緑の二本のラインが入っている。

「赤と緑のラインの機か?」

「あぁ、そうだ」

ベルントの味気ない声が返って来た。

 「正解らしい。移動しよう」

アタシはそうみんなに言って、飛行艇を降りた。エプロンをそぞろ歩いてベルントの機体へと向かう。

 あの飛行艇は、この空港でしばらく保管を頼むらしかった。ことが済んだら、ダリルが買い取る、と言っていた。

どうやら、気に入ったようだ。まぁ、あれなら、ちゃんと整備を続けていれば、家にだってなる。

旅をしながら行く先々で湖畔にでも浮かべて、のんびりするには良い機体だ。

241: 2013/06/30(日) 02:26:38.35 ID:CYaP2sVk0

 「無事みたいだな」

到着したアタシ達を、ベルントはそう言って出迎えた。でも、すぐに、アタシは妙な胸騒ぎを感じ取った。

ベルントの、いつもの無表情が、今日はなかった。妙に険しい顔をして、アタシをじっと見つめている。

「なにか、あったんだな」

アタシが聞くとベルントはかぶりを振って

「まぁ、入れ。カレンと通信がつながってる。直接話を聞いた方が良い」

と告げて、機体に乗り込んでいった。

 胸が一気に苦しくなった。なにかあった、それでいて、カレンと連絡は付くってことは、

必然的にその「なにかあった」ってのはレナ達のことに他ならないからだ。

まさか、レナ、あんたケガとかしてんじゃないだろうな…氏んじゃったり、してないよな…?

 アタシははやる気持ちを抑えながら機内に乗り込んだ。そこには通信用の機材と簡易の液晶モニターが設置してある。

みんなが乗り込んで、機体のドアをシールしてから、アタシは通信機のスイッチを入れた。

 「カレン、アタシだ」

マイクに向かって話すと、すぐにパリパリっという電子ノイズとともに

「アヤか」

とカレンの声が入ってきた。カレンはすぐに

「映像回線をつなぐよ」

と言ってきた。通信機材に接続してあったコンピュータを操作して、アタシも接続準備を整える。

パッとモニターが明るくなって、カレンが写った。ここは、カレンの会社の、オフィスだ。

 「そっちは無事みたいだね。とりあえず、良かった」

カレンがそう言ってくれる。こっちの映像も、小型のカメラを通して向こうに写っているんだろう。

マライアのこととか、アイナさんのこととか、話すべきだったのかもしれないけど、

アタシには、もう、そんな心の余裕がなくなっていた。

「カレン、何があったんだ?」

「うん…とりあえず、フレートと音声を繋げる。詳しくは、フレートに聞いてくれ」

アタシが聞くと、カレンはそう言って、手元のキーボードをカタッとたたいた。また、パリパリとノイズ音がする。

 「アヤ、聞こえるか?」

フレートの声だ。

「あぁ、うん」

アタシが答えると、フレートは沈み込んだ声色で言った。

「すまない。しくじった」

やっぱり、か…。肩が、震えるのを感じた。エアコンの効いた機内だって言うのに、イヤな汗が止らない。

フレートの説明を聞きたいような、聞きたくないような、そんな葛藤が胸の奥に起こる。

 ハンナが、アタシのところにやってきて、寄り添うようにして座ってくれた。

レナがしてくれるのとはちょっと違ったけど、アタシのシャツの袖口をつかんで、

なんとか落ち着けようとしてくれているのが分かる。

242: 2013/06/30(日) 02:27:45.01 ID:CYaP2sVk0

「説明を、頼む」

掠れそうになる声を何とか絞り出して、アタシはフレートに聞いた。

「基地内にレナさんとレオナちゃんが潜入して、俺たちは外で爆破を起こして混乱させる、って手はずだったんだ」

フレートは沈んだ声で話し始めた。

「起爆装置は、レナさんが持っていた。外にいる俺たちには、起爆のタイミングが分からない。

 だから、中から起爆できるようにする備えだった。俺たちは、倉庫に爆弾を運んで行って、逃走手段を確保して、待った。

 だけど、待てど暮らせど、爆発が起きなかった。

  起爆装置につけた発信機の電波も届かなかったから、おそらく、特殊な電波妨害壁が設置されていたんだろうと思う。

 そのせいで、起爆のための信号が届かなかったんだ。それに気づいて、隊長が残った。

 隊長は、手動で爆弾を起爆させて、その間に俺とキーラだけが脱出してきた…」

「そうか…」

アタシは、少しだけ、ホッとした。どうやら、目の前で殺された、なんてことではないらしい。

研究所の中に入って、連絡が取れなくなったから、作戦を中止した、と言うことだ。

その判断は…残念だけど、正しい。全員がつかまったり、殺されてしまうよりは…。

「他に、情報はないのか?レナ達の生存に関することとか…」

「すまないが、それも確認できていない。研究所周辺を飛び交っている電波を拾ってはみたんだが、

 厳重に秘匿処理を施された通信で、内容を解読できてない…」

フレートはそれっきり黙ってしまった。

「負担掛けて悪かったな、フレート…」

そうとしか、言ってやれなかった。フレートには申し訳なかったと思う。でも、アタシの心は、レナ達のことでいっぱいだった。

氏んで、ないよな…そうだ、あいつだってニュータイプだ。

研究所の人間にしてみたら、頃すよりも、実験材料として生かしておいた方が得なはずだ…

生きているんなら、チャンスはある…そうだ、そうに決まってる…そうであってくれ…

 アタシはいつのまにか、祈るみたいに顔の前に拳を握って、うなだれてしまっていた。胸が張り裂けちゃいそうだ…

レナの顔ばっかりが頭に浮かんでくる。レナ、生きてるよな?今、何を考えてるんだ?何を感じてるんだ?…レナ…レナ…!




243: 2013/06/30(日) 02:28:30.10 ID:CYaP2sVk0

「アヤ」

カレンの声がした。アタシは、涙でかすんだ目をぬぐって、モニターを見つめる。

「今の話を聞いて、思ったことがあって、デリクをシイナさんのところに走らせたんだ」

シイナさんのところへ?なんでだ?協力を頼んでくれたのか?

でも…シイナさんのところには、ロビンが…ロビン、そうか、ロビンだ。

 アタシはハッとして顔を上げた。

「ロビンに話を聞いた。ちょっと半信半疑だったけどね、だけど、

 一昨日のロビンの話を聞いてたら、あながち、妄想でもないだろうと思ってさ」

「ロビンは、なんて…?」

「ロビンが言うには、レベッカが、『ママ』に会ったんだと。

 嬉しかったけど、今は一緒に居なくて、悲しくて泣いてるんだと言ってる。

 でも、『ママ』はレベッカに、『助けに行くから、頑張ってね』と言ってくれてる、って話だ」

一緒に居ないのに、言ってくれてる、ってのは、つまり、話をしている、ってことだな。あの「声」で、レナとレベッカが…。

「ただ、『ママ』っていうのが、レナのことか、レオナのことかはわからない。

 ロビンから見ての『ママ』なのか、それとも、

 レベッカの視点で言うところの『ママ』なのかは、ロビンも説明できなかった」

…そっか、その可能性も、否定できない、か…また、頭から血の気が失せて行った。

レナ…レナ…体の震えが止まらなくなった。感情の抑えが利かない。

あとからあとから、鋭利に胸を切り裂くような悲しみが湧いてきて、口から嗚咽になってあふれ出る。

それでも止まらないその気持ちは、頭の中にまで入り込んできて、真っ黒な絶望感に変わっていく。

244: 2013/06/30(日) 02:29:58.90 ID:CYaP2sVk0

 突然、何か強烈な力で、頭をはじかれた。

シートベルトさえしてなかったアタシは、あまりのことにいつの間にか離陸していた飛行機の床に崩れ落ちた。

「とりあえず、おおよその事態は把握した」

見上げたらそこには、マライアが腕を組んでふんぞり返っていた。

「立ちなさい、アヤ・ミナト元少尉!」

マライアはそう怒鳴ってアタシの体を足で押しのけた。

抵抗なんてする気力のないアタシは、簡単にあおむけにひっくり返される。

「立てって言ってんでしょ!」

マライアは、アタシになおも怒鳴ってくる。

アタシは、マライアの剣幕に押されて、言うとおりに震える体を何とか立ち上がらせた。

するとマライアは、怒りのこもった瞳でアタシを見て

「いい、グーで行くからね。歯ぁ食いしばって」

マライアがそう言って素早く右腕を振りかぶった。

ガツンと言う鈍い衝撃が、アゴに走って、よろけそうになった体を、なんとかこらえさせて、マライアを見やる。

「しっかりしろ、アヤ・ミナト元少尉!」

「マライア…あんたにアタシの気持ちが分かるかよ…レナが、氏んじゃってるかも知れないんだぞ…」

そう言ったアタシの頬に、もう一発、マライアの拳がめり込んだ。

「おい!アヤ・ミナト元少尉!あんた、いつまでもウダウダ言ってんじゃない!」

マライアはそう言ってアタシの胸ぐらをつかんだ。それから

「アヤさんがしっかりしないでどうすんのよ!レナさん、まだそこで戦ってるかもしれないんだよ!?」

と、目に涙をいっぱい溜めて、アタシに言ってきた。

「レナが、戦ってる?なんで、なんでそんなことが言えるんだよ?」

アタシが言いかえすと、マライアはアタシを引き寄せて

「なんで氏んでるなんてことが言えるの?同じことでしょ!?」

と怒鳴りつけた。

 同じこと?…そうか、そうだよな…まだ、氏んだとも、生きてる、とも情報は出てないんだ。

氏んでる可能性と同じだけ、レナがあそこで生きて、戦っている可能性もあるんだ…

それなのに、アタシ、こんなところで、泣いてていいのか?違うだろ。

泣いてる場合じゃない…すぐに、飛行機を北米に向けてもらって、到着するまでに情報を集めて、奪い返す方法を探さなきゃ…。

それに、レナだけじゃない。レオナも、レベッカも、隊長も、まだあそこにいるかもしれないんだ…

そうだ、泣いている、場合じゃ、ない…泣いている場合じゃ、ないんだ…

245: 2013/06/30(日) 02:30:24.47 ID:CYaP2sVk0

「マライア」

「なに?」

アタシはそれが分かっても、なお、へし折れた気持ちを立て直せずにいたので、マライアに頼んだ。

「もう一発、くれ」

「よし来た!」

マライアは振りかぶると、アタシの頬を平手でしたたかにひっぱたいた。

 くそ…痛ぇ…痛てえよ!何発殴られた、アタシ?あぁ、もう、バカだ。全部マライアの言うとおりじゃないか。

レナはアタシが守るんだろう!?だったら、何を迷うことがあるんだ。乗り込んで行って暴れて、奪い返す。

もし、氏んでたりなんかしたら、研究所を全部吹っ飛ばしてやる…!

 「マライア、悪い。ありがとう」

「どういたしまして!」

「でも、あんたはちょっとやりすぎた。あとで仕返しするからな」

「えぇ!?ちょっと待って、それは納得できないよ!?」

「うるせえ!グーはないだろ、グーは!アタシ、一度もあんたをグーで殴ったことないぞ!?

 気合入れの平手だって、あんな思いっきり行った記憶はない!」

「へこたれてるアヤさんが悪いから、しょうがない!」

「んだと、生意気になりやがって!」

アタシはそう言ってマライアに飛びかかってチョークを噛ませながら脇の下をくすぐってやった。

本気で窒息しかけてたけど、まぁ、調子に乗った、マライアが悪い、うん。

 一通り、マライアとじゃれてから、アタシは自分で気合いを入れ直した。

そうだ、まだ、あのときと、8年前と同じ状態になっただけだ。なにも変わらない。

アタシはあいつの無事を信じて、乗り込むだけだ。

「ベルント、サンフランシスコ空港までどれくらいかかる?」

「急いで、8時間ってところだ」

「よし、なら、3時間後にまとめよう。これから、ちょっとアタシに状況の話をさせてくれ。それで、みんなに助けてほしい。

 もしお願いできるなら、ダリルに情報収集を頼みたい。マークとポールは、ダリルを手伝ってやってくれ。

 マライアはルーカスと一緒に、フレートと連携して現地の状況把握と潜入プランをいくつか練ってほしい」

「私たちは、何をしましょう?」

ハンナとアイナさん、それから、キキが、引き締まった顔つきでアタシを見つめてくる。

「ハンナは、悪い、コーヒー入れてもらえると、助かる。なるべく濃い目で。

 アイナさんとキキは、ギャレーで何か食べるもの作ってほしいんだ。腹が減ってちゃ、何とかっていうだろ?

 ハンナは、それが終わったら、ダリルを手伝ってくれ。アイナさんとキキは…」

ふっと、二人の顔を見て、思い出した。そうだ、二人は、安心させてほしいやつらが居たんだった。

「アイナさんとキキは、終わったら、カレンと話してくれ。二人の顔を見たいってちび達が、今、いっしょにいるはずなんだ」

アタシは、二人にそう言って笑いかけた。そうだ、まずはそれを大事にしないとな。

それが、アタシ達のモットーだ。そうだろ?な、レナ…!

246: 2013/06/30(日) 02:32:59.26 ID:CYaP2sVk0

つづく!



Z名物、部下からの叱咤激励パンチでした。

マライア「修正してやるー!」ボグッ

アヤ「こっ、これが若さかっ…!」キラキラキラ

252: 2013/06/30(日) 21:38:25.56 ID:CYaP2sVk0
>>247>>248
レス感謝!
マライアと断定は難しいかもしれませんが、怪しいポイントはいくつか。
主語が「あたし」だったり、爆発が起こった際には口調が戻ってたり…
ちなみに演じていた大尉の口調はライラ風、という作者の中でのイメージがあったりしました。

>>249>>250
いやっ!違うから!マークさんが嫌っていただけであって、
作者的にマライア嫌いとかそんなこと思って間違えたんじゃないから!
まぁ、最初はどうしていったらいいかわからんキャラではありましたw

>>251
その場面、書こうと思ったのですが、アヤ視点だと表現しづらくて断念しましたw
見たいですよね、ティターンズの制服で雌豹のポーズで迫られるシーンw
ちなみにマライアは1年戦争時は金髪セミロング、グリプス戦役時はショートになってるイメージです。


マライアが出たらレスが増える不思議w

続き行きます!

253: 2013/06/30(日) 21:39:14.93 ID:CYaP2sVk0

 「レナさん…」

心配そうに、レオナが私に声を掛けてくる。何を言いたいか、なんてことは、分かってる。

だから、そんな顔しないで、レオナ。

 私は返事をする代わりに、レオナに笑いかけた。でも、レオナは気持ちを抑えきれなかったみたいだった。

「レナさん、ごめんなさい…私があんなことしなければ…」

レオナは、そうつぶやいて、歯を食いしばりながら、涙を流した。仕方ないよ、レオナ。

あなたがしなかったら、きっと私がしていたと思う。だから、気にしないで。

 研究所への潜入は、驚くほどにスムーズに行った。

入り口に軍用車を回して、手錠をかけたレオナを見せたら、すぐに中へと通された。

そこで、車から飛び出て、人気のない通路に入り込んで、二人して研究員の制服に着替えて、中を散策した。

 私も、レオナも、レベッカを感じていた。車に乗って入り込んだ地下階よりももっと下層で、彼女の気配がしていた。

私たちは、エレベータに乗り込んで、ほとんど直感で、地下4階に降り立った。

白く塗られて、妙に明るい感じのする廊下を歩くこと、少し。

私とレオナは、研究員と護衛の兵士に付き添われた、子どもを見つけた。レベッカだった。

写真で見たよりも少し大きくなっていたけど、その顔は、本当にロビンそっくりだった。

 このタイミングだ、私は、そう思って、手に握っていた爆弾の遠隔操作のスイッチを押した。

でも、何度それを押しても、爆発が起こった気配がしない。

隊長たちに何かあったのか、このスイッチが壊れているのか、私にはわからなかった。

254: 2013/06/30(日) 21:39:43.94 ID:CYaP2sVk0

 だから、そこで別の方法を取ろうと考えた。レベッカ達のあとをつけて行った先から、連れ出そう、そう思った。

でも、次の瞬間に、レオナが握っていた拳銃の引き金を引いていた。

 考えてみれば、彼女は兵士だったわけじゃない。

私だって、アヤのようになんでもできるわけじゃないけど、

それでも、こんな状況でどう動けばいいかくらい想像は付くけど、レオナはそうじゃない。

必氏だったんだ、レベッカを助けようとして。銃弾は、兵士の肩を捉えた。そうなったら、もう、あとには引けない。

私は研究員に銃を突きつけて手錠で拘束し、レベッカと抱き合っていたレオナを連れてその場を離れるために走った。

 でも、銃声を聞いて四方から警備兵が詰めかけてきて、私たちは逃げ場を失って、投降するしかなかった。

 そして、今、私たちはこうして、旧世紀にあったような、固定具に両腕を拘束されて、

座った状態ではあるけど、壁に吊るされるような恰好で囚われている。

255: 2013/06/30(日) 21:40:38.76 ID:CYaP2sVk0

 これからどうなるか、なんて、大方、予想は付いている。8年前に予習済みだ。

きっと研究所の人間は、レオナには手を出さないだろう。貴重なサンプルだ、とレオナ本人が言っていた。

私にしてみても、純粋なスペースノイドのニュータイプではあるけど、それを証明するものは何もない。

能力自体は調べることができるだろうけど、私の身元を調べるには時間がかかる。そんな手間はかける必要はない。

 だとすれば、可能性は一つ。レオナの見ている前て、私をいたぶる。

痛めつけられた私が子ども達のことや、隊長達のことを喋るもよし、それを見ているレオナが、耐えきれなくなって喋るもよし。
向こうにとっては、簡単なことだ。

 でも…今回は、8年前とは、違う。私には、確信があった。あの子は、アヤは、必ずここに来る。

それが、1時間後か、明日か、一週間後か…いや、一週間はかからないな。アヤのことだ。

遅くても2、3日すれば、きっとここにたどり着く。

私は、何をされても、氏なずに、何もしゃべらずに、それを待てばいい。

私にとっても、簡単なこと、だ。

 「レオナ」

「はい…」

「これから、私は、たぶん、あなたの見ている目の前で、拷問される」

私は、なるべく感情を乗せないように気を付けながら、落ち着いたトーンでそう伝えた。

「そんな…!」

「拷問をかけた私が隊長や、子ども達のことを喋るか、拷問される私を見せつけてあなたに喋らせるかのどちらか。

 でも、レオナ。何も言わないで。何も喋らないで。私に何があっても、絶対に」

私は言った。レオナの表情は悲痛にゆがんでいる。

「そんな…そんなの!」

レオナは、何かを言おうとしている。でも、そこから先は、出てこないみたいだった。

だって、私たちにある選択肢は、喋るか、喋らないか、しかないんだから。

だけど、喋ってしまえば、みんなが危ない。それだけは、絶対に避けなきゃいけない。

「いい、聞いて、レオナ。アヤは、アイナさんを救助して、必ずここに来る。

 地上にいた隊長たちがどうなったかわからないけど、生きているなら、連絡を取っている。

 もし、他の場所につかまったりしていても、カレンさんたちが異常に気付いてくれる。だから、あきらめないで」

私が言うと、レオナは絶望した表情になった。

256: 2013/06/30(日) 21:41:10.52 ID:CYaP2sVk0

 まぁ、そうだよね…拷問に慣れている人なんて、そうそういるわけないし…

私も慣れてるわけはないけど、でも、方法はなんとなく理解してる。

 最初は、殴ったりするだけ。でも、そこが一番重要。なるべく恐怖を植え付けるようにして、痛めつける。

そして、少し時間を置く。時間を置く前に、次は今までのよりも、もっときついことをする、と言って去るだろう。

そうやって、植え付けた恐怖を大きくさせる。それから、もう一度、同じように痛めつける。

こんなものか、と思わせて、それからが本番。爪を剥ぐとか、焼きゴテを押し付けるとか、歯を抜いて行くとか、

考えたくないけど、針とか、殴るなんてよりも、一段も二段も痛いことを試すふりをするか、

実際にして、こっちの精神力を削ぐ。犯されるんなら、たぶん、この段階だろう。

 でも、アヤは来る。絶対に来る。だから、私は耐えればいい。どんなに痛くっても、それだけで氏ぬことはない。

アヤが来るまで、無用な挑発も、抵抗も、服従も、絶望もしなくていい。

ただ、アヤを信じて、心を頃して、感覚をかい離させて、状況を受け入れつつ、心を折られなければいい。

作業は単純。あとは、拷問を担当する人間が、レオナ達を拘束したような人頃しを楽しむような狂人でないことを祈ろう。

 プシュッとエアモーターの音がして、部屋のドアが開いた。軍服を来た男が、3人、中に入ってくる。

年配の男と、若い男が二人。

 来なさいよ、顔は覚えておいてあげるから。

アヤが来たら、あんた達全員、氏んだ方が楽だって思うくらいのことされるんだからね。その覚悟はしておいた方が良いよ…。

「どっちだ?」

襟にキラキラした大きな勲章の付いた年配の男が、若い方の一人に聞いた。

「金髪の方が、サンプルです」

「ふん、なら貴様か」

次の瞬間、男が腕を振るった。

 メキッと嫌な音とともに鈍く、重い痛みが顎に走る。頭がクラクラと揺れる。

「さて、どんな目的でここに入り込んだ?」

男は私の髪をつかむと、顔を正面に向けて、反対側の頬を殴りつけてくる。また、痛み。

口の中いっぱいに血の味が広がる。男は何かを言いながら、私を何度も、何度も殴りつけてくる。

そのたびに、重く激しい痛みが私を襲い、骨が軋むのが分かった。

 気が済むまで殴ればいいよ。犯したいなら、犯せばいい。

傷だらけにされて、犯されて、爆発で腕も脚も奪われたソフィアだって、今じゃいつも笑顔で、

しかもデリクくんの子どもまで身ごもってるんだからね。

あんた達みたいのが何をしたって、折れないよ、壊れないんだよ、人の心は。

生きている限り、何度だって元に戻る。どんなにされたって、アヤのそばに戻れば、すぐに笑顔で笑ってやる。

あんた達なんかに、私は、負けない。

257: 2013/06/30(日) 21:41:40.38 ID:CYaP2sVk0

 男の蹴りが私の下腹部に沈んだ。胃の中がこみ上がって、口からあふれ出る。

あぁ、お昼に食べたパスタの味がする…。

 吐しゃ物が、男のズボンにかかった。いい気味だ。男は、腹が立ったようで、私の顔を平手で殴りつけた。

痛い…耳が、キーンと鳴っている。

 ふん、こんなので苛立ってるようじゃ、この血と半分消化されたパスタと胃液の混ざった唾でも吐きかけてやったら、

気が違ったみたいに怒るだろうな。まぁ、無駄な挑発で逆上させても特はないから、そんなことはしないけどね。

 代わりに、口の中の物を床に吐き出す。口の中で真っ赤になった、とろとろに溶けているパスタが出た。

食べたのは、カルボナーラだったんだけどな、これじゃぁ、ミートソースだ…なんてことを考える。

そう言えば、ソフィアの作ったミートソース美味しかったなぁ。帰ったら作ってもらおう。

あ、ダメだ、ソフィア妊婦だった。なら、作り方を教えてもらわないと…。

 殴られるたびに、メキとかミシとか、そんな音がする。あんた、知らないでしょ?

そんなに顔ばっかり殴り続けると、脳震とうで意識が遠くなって、あんまり痛くなくなるんだよ?

 気が付いたら、男は、ハアハアと肩で大きく息をしていた。

私は、殴られすぎて動かすだけでミシミシと音を立てる顎と首をあえて動かして

歪みそうに感じられている骨格を整えようと試みる。

痛いよ…泣きたいくらい、痛いよ。でも、この痛みにとらわれちゃダメなんだ。

気持ちを落ち着けて、感覚を頃して、パスタのことを考えよう、うん。

258: 2013/06/30(日) 21:42:09.09 ID:CYaP2sVk0

 男はさらに、今までにないくらいに腕を大きく振りかぶった。

あぁ、これは痛そうだな…私がそれはそれを覚悟して、ギュッと目をつむり顎を引く。

「やめて…!やめなさい!!」

突然、レオナが叫んだ。でも、ダメ、これは来る…。

ヒュッと言う布ずれの音がして、今日一番の衝撃が私の顔面を直撃した。

飛びそうになる意識こらえるけど、口の中の出血が一層ひどくなって、溢れるみたいに流れ出る。

「あなた達は…それでも、人間ですか?!無抵抗の人をいたぶって…なんとも思わないんですか!?」

レ、レオナ…ダメだよ、挑発したら…

「人間?貴様らが?」

男はそう言ってレオナを鼻で笑った。それから私の髪をつかむと、ぐいと自分が殴った私の顔をレオナに見せつけるようにする。

「貴様が喋ってくれても良いんだぞ?ここへどんな目的で侵入した?

 一緒に逃亡したガキどもはどこだ?何から話してもかまわんぞ?でなければ、この女がもっと苦しむことになる」

レオナは、私の顔を見て、それから、男を睨み付けた。レオナ…落ち着いて…変に挑発しちゃ、ダメ…

私の想いが伝わったのかどうか、レオナは、口をへの字にキュッと閉じて、男から顔をそむける。

そう、それでいいんだよ、レオナ。

「ははは、研究の材料は喋る口も持たんのか。まぁ、それもいつまで続くことか…

 この女の苦しみや痛みが感じられないわけはないだろ?ニュータイプ様だものな?

 それとも、何か、実験台にされて、そんな感情はどこかに飛んで行っちまったか?

 まぁ、所詮、戦うための道具だ。そんなもの、あろうがなかろうが関係ないだろうがな…」

その言葉に、レオナは再び、男の顔を睨み付けた。レオナの、焼けつくような怒りが感じ取れる…レオナ…!

「どっちが道具か、なんて、一目瞭然でしょう?権力の狗に成り下がって人の心を捨てたあなた方こそが道具よ!」

男が私の髪を突き放すようにして離し、レオナの方に歩み寄って行った。

ダメ…レオナに手を出さないで…!

 パシンッと乾いた音が響いた。男の平手がレオナの顔を捉える。レオナの顔が痛みにゆがむ。ダメ…やめて…。

でも、レオナは男を睨み付けるのをやめない。

 「道具風情が、生意気な口を利く」

男がまた、平手でレオナをはたく。レオナ…傷つくのは、私だけでいい…やめて!

「道具は道具らしく、使用者の言いなりになっていればいい。

 我々に従って、敵と戦い、我々の勝利にその身を捧げて、いればいいのだ!」

バシン、と再びの平手打ち。

「私は、道具じゃない!」

急にレオナが大声を上げた。

259: 2013/06/30(日) 21:42:40.87 ID:CYaP2sVk0

「私達は…道具なんかじゃない!ニュータイプは戦争の道具になるために生まれてきたんじゃない!

 あなた達にはなぜそれが分からないの!?私達は、この広く果てしない宇宙で、人と人が繋がっていくために生まれてきた!

 言葉に乗らない想いを、目に見えないしぐさを、触れることのできない温もりを感じるために芽生えた能力よ!

 人と人が、理解し合い互いにわかり合うための力…あの人は、マークは苦しみながら私達のことを理解してくれた!

 ここへ私を連れてきてくれた仲間は、私に優しく強く笑いかけてくれた!

  戦争や利益に目を奪われ、魂を惹かれ、それをむさぼるだけの道具に成り下がっているのはあなた達の方!

 私達は、違う!

 この力を、人に優しくするために、苦しんでいる誰かを助けるために、喜びも、悲しみも分かち合うために使いたいだけ!

 人として、誰かのそばに居て、幸せにしてあげたいと願うだけ!

 他人を蹴落として、余計な人達と割り切って同胞を宇宙に追い出すことを良とするあなた達の方が

 よっぽど人間なんかじゃない!戦争と利益に操られた、ただの道具よ!」

男の顔に、怒りが宿るのが見えた。いけない…レオナ!

 男が腕を振り上げた瞬間、後ろに控えていた若い男二人が、彼を羽交い絞めにした。

「しょ、少佐!そちらの女にそれ以上は…!」

「貴重なサンプルであるからと…傷がつけば、研究所との関係悪化につながります…!」

「くっ!貴様ら!命令だ!俺を離せ!その道具に、誰が主人かを分からせる必要がある!」

「ダメです、少佐!」

「お、おい、いったん連れ出すぞ!」

「はい!」

男は、若い二人に引きずられるようにして、部屋を出て行った。一瞬にして、室内に静寂が訪れる。

 ふぅ、と思わずため息が出た。レオナを見やると、心配そうな面持ちで私を見ている。

心配なのは、私じゃなくて、レオナの方だよ…あんな、無茶して…

260: 2013/06/30(日) 21:43:19.34 ID:CYaP2sVk0

「レオナ、ダメだよ、抵抗したら」

私が言ってやると、レオナはシュンとした顔をして

「ごめんなさい…でも、あんな言われ方、許せなかった…」

と謝った。

「ああいうのはね、付ける薬がない、っていうのよ。わかる?馬鹿ってこと」

私はそう言って笑ってあげたけど、レオナの表情はさえなかった。たぶん、私が笑っているのが分からなかったんだろう。

顔全体が熱を持って、腫れぼったい。たぶん、表情が読み取れるような状態ではないんだ。でも…

「でも、レオナのお陰で、とりあえず一息つけたよ…ありがとう。

 今日はこれで終わってくれるかもしれない。もう遅いからね…」

基地に入ったのが、3時ごろ。捕まって、ずいぶん経ったから、もう外は夜だろう。

あの様子じゃ、そんなに仕事熱心ってわけでもなさそうだし、

このまま私たちを放って気晴らしにでも行ってくれれば、今日は少しだけ眠れるかもしれない。

あの時のように、独房にでも入れてもらえると、いろいろと助かるんだけどな…その、トイレとか、さ。

「レオナ」

「はい?」

「トイレとか、大丈夫?」

「え?あ、えぇと…」

「我慢しないで良いから、しちゃうと良いよ。私もそうするから」

「…レナさん…」

「勘違いしないでね。弱気になってるんじゃないよ?そんなことで、いちいち精神力使ってる場合じゃないってだけ。

 今守らなきゃいけないのは、命。体面や、主義主張じゃない。そのためにも、余計なことは気にしない方が良い。

 トイレも、あの男も言葉も、同じよ。

 こんな状況でもなかったら、ちゃんとした方法で処理すべきだけど、今は、仕方ないから、

 どっちも好き勝手に垂れ流しておけばいいの」

「…はい、ごめんなさい」

 なんだか、ちょっとお説教みたいになっちゃった。そんなつもりじゃなかったんだけど…ごめんね、レオナ。

正直言うとね、もう私、一回しちゃったしね、蹴られた時に…嘔吐の方の匂いがきつくて、たぶんわからないと思うけど…

だから、まぁ、言い訳だけだと思って、聞いておいて、ね。

 アヤは、無事かな…。

ニホンへは、シャトルで向かったから、たぶん、到着は私たちがベイカーズフィールドに着くよりも早かったはず。

私たちと同じだけの時間を準備にかけていたとしても、もう、作戦は終わって、こっちの状況に気付いているはず。

ニホンからここまでなら、半日はかからない。今はもう、向かってくれてるかな…

アヤ、待ってるからね…必ず来てくれるって、信じてるからね…アヤ…アヤ…。

―――レナ!

 脳裏に、いつもの太陽みたいな笑顔で私の名前を呼ぶ、アヤの姿が浮かんで消えた。

267: 2013/07/02(火) 00:58:35.05 ID:noxIO77/0

 「あれがオークランド研究所か」

ダリルがつぶやくように言う。アタシは、日も暮れかけたころ、ダリルと、マライアと研究所を望める切り立った崖の上に居た。

フレート達はマークとハンナと一緒に少し休ませている。

 アイナさんとキキは、ベルントに頼んで、アルバ島に送ってもらっている。

残る、と言い張ったアイナさんだけど、正直、これ以上アイナさんを危険にさらすことはできなかった。

だから、ペンションでアタシ達の帰りを待っててくれと、なんとか頼み込む形で、折れてもらった。

 それにしたって、この研究所は、まいった。

所内の様子をみて、アタシはまず、まっさきに後悔した。最初の判断がそもそも間違ってたんだ。

アタシがこっちに来るべきだった。なんだ、この警戒態勢?

レナ達の侵入がバレて警戒レベルが上がったんだとしたって、厳重すぎる。

この広い敷地に、監視塔、見回りの警備兵、機銃を積んだトラックまでもがあちこちに配備されている。

ニュータイプ研究所が、こんなに厳しい警備体制を敷いているなんて、思ってもみなかった。

「これはちょっとすごいね」

マライアが双眼鏡をのぞきながら感嘆している。

「隊長の野郎、無事なんだろうな…」

「大丈夫でしょ」

ダリルの言葉に、マライアが言う。

「だって、隊長だもん。『ヤバくなったら逃げろ』の創始者だよ?あのとき、言ってたじゃない。

 『逃げて助けを呼ぶもよし、逃げて隠れて、チャンスをうかがうもよし』だよ」

マライアがさらに明るい口調で続ける。

「隊長はたぶん、支援の要請をフレートさん達に任せて、自分は残ったんだよ。

 今もきっと、あの基地のどこかにいる。情勢を整えながら、たぶん、なにかの準備をしているか、

 そうでなきゃ、一瞬の、決定的なチャンスを息を頃して狙ってる…」

「そうだな、あの人は、そう言う人だ」

アタシはマライアの言葉にうなずいた。

 おそらく、アタシらが行動すれば、隊長は何かしらの援護をしてくれるはず。でもそれが何かまでは分からない。

いや、分かる必要はないんだと思う。むしろ、こっちから隊長にわかるように伝える方法を考えた方が良いくらいだ。

あの研究所のどこにいるかわからない隊長に、それをするのはたぶん不可能だとは思うけど。

268: 2013/07/02(火) 00:59:18.93 ID:noxIO77/0

「ダリル、見取り図は手に入れられないのか?」

「正直、難しいところだ。さっきハッキングかけてみたが、おそらく、見取り図の情報はプロテクトの中。

 足跡を残さなきゃならんし、プロテクトを破った瞬間にバレる。それでも良いってんなら、手に入れられなくもないが…」

「事前に入手するには、リスクが大きすぎる、か…」

ダリルの言葉に、息を飲んだ。これは、簡単じゃないぞ…

それこそ、隊長が中からデータを送ってくれたりしてくれたら多少は楽なんだけど…

そもそも、あの研究所の構造からしてわからない。

 地上に出ている部分は、レナ達が潜入したっていう本棟と、そこから少し離れた研究棟、

さらに、巨大な格納庫や工場のような施設もある。

隣接するバカみたいに広い、滑走路のような広場は、おそらくここで実験している兵器の試験場。

これだけデカい施設だ。付け入る隙は、どこかにはあるだろう。

でも、デカすぎて全体を把握したうえでどこに付け入っていいのかが、まずわからない。

情報が少なすぎるが、集めようにも、ダリルが言う様に、情報自体がかなり厳重に守られている。

 さて…どうするべきか…そう考えて、真っ先に視界に入ったのが、悔しいけど、マライアだった。

「マライア、どう思う?」

アタシが聞くとマライアは少し考えるしぐさを見せてから

「んー、まぁ、最終的に、バレないように、っていうのは、難しいよね」

と口にした。

「それなら、こっちがいかにして、こっちに有利なように対応してもらうようコントロールした方が良いよね」

「混乱の方向を誘導するってわけだな」

「そう。いまの状態で研究所に突っ込めば、どうしたって、レナさん達を救助してきたってバレちゃう。

 あの戦力がレナさん達のところに集中しちゃったら、いくらなんでも突破できる感じはしないしね」

マライアの言うことはもっともだけど…じゃぁ、敵をどこにどう、誘導する必要があるのか…

「狙うなら、格納庫か」

ダリルが言った。

「あの格納庫なら、建物からずいぶん距離もあるし、あそこを狙えば、まずは中身を守ろうとするだろう。

 次の目標は、その隣の工場」

アタシは双眼鏡で位置関係を確認する。確かに、その両方の施設は本棟からは離れている。

あそこに敵をおびき出して、その隙に救助と脱出をする…

確かに、多少の戦力は削げるかもしれないが、それでも簡単ではないだろう。

「もうひと押し、なにかほしいな。押すんじゃなけりゃ、やっぱり中の様子を事前に知っておくとか」

「確かに、レナさん達の場所と研究所の構造が分かっていれば、アドバンデージにはなるんだよね…」

アタシの言葉に、マライアが同意してくれる。頼りになるよな、あんた。ホント、なんか悔しいんだけどさ。

「でも、やっぱりそれは望めないから、代替え案」

「なんだよ?」

「隊長お得意の、アレ、でどうかな」

マライアはそう言ってニッと笑う。

269: 2013/07/02(火) 00:59:50.43 ID:noxIO77/0

「ハッタリ?」

「そ。格納庫と工場を襲撃して、混乱させて、その隙に、ティターンズの陸戦隊に変装して研究所に入る。

 さすがにその状況なら、所属確認なんてしている暇はないだろうから、多少は自由に動けるでしょ?

 その先は潜入班の力量次第だけど、たとえば、警護任務を仰せつかったから、

 捕虜の位置を知りたい、とか、そんなこと言って場所を聞き出すのもありだと思うし」

なるほど…悪くないように思える。

うまくいけば、捕虜を奪回されないために急ぎ移送する、とか言って、連れ出すこともできるかもしれない。

あのデカい施設で、あの警備の数だ。いちいち他部隊所属の人間の顔なんて覚えてないだろう。そこに付け入る隙がある、か。

 「それで行こう」

アタシはマライアとダリルの顔を交互に見てそう告げた。二人は、引き締まった表情で、首を縦に振ってくれた。

「なら、とっと戻って班分けだな」

「うん、そうしよう。あたし、フレートさんにお願いしたいこともあるしね」

二人の言葉を聞いて、アタシもうなずき返して、とりあえず、サンフランシスコの街へ戻る道のりを車で戻った。

 途中のケータリングのお店で夕食を買って、フレート達の待っているホテルに戻った。

そこで、夕飯を食べながら状況と作戦を説明して、班分けをする。

 潜入班には、アタシと、ハンナにマークで決まった。

二人は、今の軍の状況に詳しいし、戦力的なことはちょっと不安があったけど、アタシがカバーできる範囲だと思う。

それから、外部の支援にダリル。情報連携は重要になってくる。

問題は、研究所の地下に入った際に連絡が出来なくなることが想定されるってことだ。

それについては、これからダリルに対策を練ってもらう。

どうやら、思い当たるところがあるようなので、そいつは任せることにした。

それから、格納庫と工場の襲撃は、マライアにルーカスとポール。

そのことで、マライアはフレートにしきりにアナハイム社の工場の場所を聞いていた。

何を考えてるんだか知らないが、こいつなりの考えがあるんだろう。アタシはもう、何も言うことはなかった。

任せるよ、マライア。

 それからフレートとキーラには、逃走路の確保をお願いした。

正直、レナ達の件で責任を感じている様子があって、前線からは遠ざけたかった。

なにより、そもそもフレートは戦闘の一番ひどいところに飛び込んで行って暴れるクセがある。

そんなことを、責任を負われてやられたら、正直、特攻でもして氏にかねない。

そんなことを考えていたアタシの気持ちを見透かしたのかマライアが

「フレートさん達は、もうここに入って長いんでしょ?

 あたし達はまだ土地勘もないし、できれば逃げ道をいくつか考えておいて、手段も準備してくれてると助かる」

なんて援護してくれた。気の利くマライアなんて、なんか違和感あるよな、と、あとで言ってやろうと思う。

 そんなこんなで、配置は決まった。決行は明日の早朝。

時間的な猶予はないから、なるべくなら今夜にでもやりたかったけど、

あいにく、昨日の夜の飛行機の中から作戦会議と対応の連続でみんなロクに寝てない。

さすがに、ここらで一眠りしておかないと、作戦自体に支障が出ちゃいそうだ。

270: 2013/07/02(火) 01:01:10.76 ID:noxIO77/0

 会議が終わって、みんながそれぞれの部屋に戻った。

 アタシもシングルの自分の部屋に戻ってシャワーを浴びてからベッドに入ったけど、

レナのことを考え出したら寝るに寝れなかった。

 明日のこともあるし、早く寝なきゃな、と思いつつ、ホテルの地下にあるバーへ向かった。

カウンターの席について、バーテンにバーボンをロックで頼む。焼ける様なうま味が喉と体にしみわたっていく。

これで、すこし気持ちをほぐせば眠れるだろう。

まだ、胸の内にくすぶっているもどかしさを静めるにも、多少のアルコールは必要だ。

 カラン、と、バーの入り口のドアについていたベルが鳴った。

「アーヤさん」

呼ぶ声がしたので振り返ったら、マライアがいた。

「マライア」

彼女の名を呼ぶとその後ろから

「私たちも来てますよ」

とハンナとマークも顔を出した。

 「寝なくて平気なのか?」

アタシが聞くと、マライアは笑って

「アヤさんこそ」

と言いながら、

「仲直りしようと思ってね。ハンナとマークと」

と二人を見やった。

 そういや、二人はマライアのことを快楽殺人者だと言ってたもんな。

事実が分かってもまだ、うまく溶けないわだかまりもあるんだろう。酒の肴にして忘れるのは、良い案だ。

 アタシがスツールをずれてやると、3人は並んで座った。

「ジントニックお願いします」

「私は、スクリュードライバーで」

「ウイスキーあるか?オススメの銘柄を頼みたい」

3人は酒を注文した。

 3人分揃うのを待って、一緒に乾杯する。なんだか、ジャブロー防衛戦前夜の、戦勝祈願会を思い出した。

あれ、結局みんな撃墜されたけど、防衛は成功したし、誰一人氏なずに帰還できた、って意味では、アタシらの勝ちだった。

だからまぁ、そんなのを思い出しても別に縁起が悪いわけでもないよな。

271: 2013/07/02(火) 01:01:47.92 ID:noxIO77/0

 「だから、マークの報告書は笑っちゃったんだよー。内容が痛烈すぎて、もう可笑しくってさぁ。

 もうね、『そうそう、ホントそうだよね』とか思いながらルーカスと読んでたんだよ」

「あんなのを書いて、懲罰もけん責もなくのらりくらりで、挙句には部下になれなんて何考えてんだとは思ってましたけど、

 こういうことだとは想像もしてませんでしたよ。気に入られてたっていう理由が分かりました」

「大尉は、私たちが捕虜に食事を提供してたのも知ってたんですか?」

「もちろん!氏体袋に詰めて逃がす前に、大抵の人が、そのことを言って心配するんだよね。

 『彼らを悪いようにしないでやってくれ』ってね。まぁ、他にバレないうちは、処罰するつもりもなかったけどさっ」

「これが終わったら大尉はどうするつもりですか?ティターンズに戻るとか?」

「いやぁ、もう無理でしょ?爆発に巻き込まれて氏亡って、ことになってると思うしね。

 それに、ほら、クワトロ大尉の演説もあったでしょ?」

「クワトロ大尉?」

「あ、ええっと、シャア・アズナブル、キャスバル・レム・ダイクンの…」

「あぁ、ダカール宣言、ってやつ」

「そうそうそれ!あれのお陰でティターンズはもう地球にはいられないセンが濃厚だからね。

 今じゃ、あっちこっちから撤退して宇宙に上がってるよ。

 オーガスタからも、あと一週間もしたら、ティターンズは撤退するんじゃないかなぁ。

 アクシズとの協定も決裂しかけてるらしいし、もうどこからどう見ても賊軍だよね。

 連邦がエウーゴの支援を表明するなんて、てんでおかしな構造になっちゃってるくらいだし」

「確かに、エウーゴってAnti Earth Union Governmentの頭文字でしたよね?反地球連邦政府組織を地球連邦が支援って…

 エウーゴにしてみたら、こんな妙な話はないでしょうね」

「そうそう、だからいい機会だし、あたしももう隠居しようかなって」

「そうなんですか?せっかく良い関係になれそうなに…残念です」

「そうでもないよ、たぶん、アヤさんのところのペンションで働いたりしてると思うしね」

「本当ですか?じゃぁ、落ち着いたら遊びに行きますね!」

3人は、楽しそうに話しながら笑っている。

マライア、途中でアタシもびっくりするようなことを勝手に口走ってるけど、まぁ、流しておこう。

 それにしてもマライアに部下が、ねぇ。想像もしてなかったけど、今のマライアを見てたら、それもなんだか自然に思えた。

部下、なんて言ったら「それは違うよアヤさん!」なんて言いそうだけど、

まぁ、アタシとあんたの関係みたいなもんなんだろうな。

 マライアは底抜けに明るいし、抜けた感じもあるけど、そこがまた憎めないし、威張るわけでもないし、部下には好かれそうだ。

ははは、マライア・アトウッド大尉、か。ティターンズだし、あの頃の隊長よりも偉くなってるんだよな。

こいつが、アタシらみたいなやつらを引っ張っていく姿も、なんとなく見てみたい気もするな。

いや、なんなら、アタシも引っ張ってもらったっていいかも、とも思う。

あんたみたいな隊長の下でなら、きっと軍人なんて仕事も楽しく感じられるかもしれない。

それこそ、オメガ隊にいたころみたいに、さ。

272: 2013/07/02(火) 01:02:59.46 ID:noxIO77/0

 なんてことを考えてニヤついていたアタシの視線に気が付いたようで、マライアはこっちを向いて

「アヤさん、なぁに?あたしに見とれてた?」

なんてワケのわからんことを言いだした。感心してやってたのに、台無しだよ、あんたさ。

「ホントにさ、生きてて良かったよ。あんなんじゃ、いつ氏んでもおかしくないかもって覚悟してたところもあるんだ。

 それがまぁ、8年経ってティターンズとはな」

皮肉のつもりで言ってみたんだけど、マライアはそれを聞いたとたんに、目を潤ませ始めた。

だから、部下の前だってば。泣くなよ、おい。

 アタシのそんな想いもむなしく、ポロポロと涙をこぼし始めたマライアはアタシにすがるようにして言った。


「ずっとずっと、誰かの役に立ちたいと思ってきたの…

 隊のみんなのように、隊長みたいに、誰かを、大事な仲間を支えて守れる人になりたいって、

 アヤさんみたいに、みんなを励まして、元気にして、

 ダリルさんみたいに、仕事ができて、機転が利いて、頼りになる人になりたいって。

  だからあたし、頑張ってきた。みんなに甘えたかったし、頼りたかったし、

 泣きつきたいって思ったことも、なんどもあった。でも、それでも歯を食いしばって頑張った。

 そうしたら、仲間が出来たの。ルーカスや、ティターンズに入るときに離れちゃって、今は氏んじゃったけど、

 ライラっていうパイロットとか、ハンナも、マークも、ポールもそう。

  こんなこと、考えてもなかったんだけどね…あたしはただ、オメガのみんなと一緒にいたくて、

 胸を張ってあたしはマライア・アトウッドだって言えるようになって、

 それで、みんなと並んで歩けるようになりたいって、ただそれだけを目標に頑張ってきた。

  アヤさん…あたし、今、どんな風に映ってる?

 アヤさんの目に、マライア・アトウッドは、一人前のオメガ隊員になってるって、そう映ってる?」


バカだな、あんた。そんなこと、今更言わなきゃわかんないのかよ?

いや、言ってほしいのかもしれないな、甘ったれは甘ったれだし…。

でも、そっか…あんたは、ソフィアを守ってたあんときに、そんなことを考えてたんだな…

だから、宇宙になんか飛び出して行っちゃったのか。このままじゃいけない、なんて思ったんだろうな。

それで、8年も、アタシ達には一切会わずに、頑張ってきたんだな…

 本当に、アタシはうれしいんだ。あんたが、そうやって自身持って輝いてる姿見るのはさ。

偉かったな、頑張ったな、マライア…。


273: 2013/07/02(火) 01:04:38.73 ID:noxIO77/0

 「だから、言ってやっただろう?アタシの答えは、ひとつだけだ。『おかえり』」

「うん…うん!ただいま、アヤさん…マライア・アトウッド曹長、ただ今、オメガ隊に復隊しました!」

マライアは何を思ったか立ち上がってそう宣言し、アタシに敬礼してきた。

曹長、か。あんたの基本は、そこなんだな。いくらティターンズで階級が上がったって、関係はなかったんだ。

それそこ、そんなもの、道具でしかなかったんだな。

 あんたはこれまでずっと、そう言う経験が、“マライア・アトウッド曹長”を成長させるための、

隊の皆を、支えて、守れる存在になるための肥やしにしてきたんだな。

 だとしたら、はは、確かにそうだな。マライアの変わってない甘ったれなところも、そりゃぁ当然だ。

なんたって、こいつは、あのときのまま、経験が豊富になった“曹長”なわけだからな。

 マライアの敬礼には、敬礼を返さなきゃいけない。アタシも立ち上がってマライアに敬礼を返しながら

「おかえり、マライア・アトウッド曹長。アタシや、友達のアイナを守ってくれて、ありがとうな。

 本当に帰ってきてくれてうれしいよ、マライア。おかえり、アタシの妹。

 8年も、偉かったな…良くりっぱになって帰ってきてくれた。これからは、ずっと一緒だ。

 アンタはもう、オメガ隊から二度と出て行っちゃダメだからな。

 それから…頼む。明日は、アタシとレナのために、力を貸してくれな…頼りに、してるから」

と言ってやった。

「ふぐっ…ううぅぅっ…」

アタシが言ってやると、マライアは途端に声を上げて泣き出した。

それからもちろん、アタシに突っ込んできて抱き着いて、胸に顔をうずめて、わんわんと悲鳴のように泣き出す。

 妹か…良く言ったもんだ。アタシもいつのまにか、すっかりあんたの姉さんになってたみたいだ。

あのころはお遊び程度の呼び名くらいにし思ってなかったけど、でも、隊の皆は家族だった。

マライア、あんたもやっぱり、妹だったんだよな。だから、姉として、あんたが返ってきてくれたのが、何よりうれしい。

良かった、本当に、良かったよ…

 「ははは。大尉、飛行機での中でもそうだったのにな」

「きっと、アヤさん達の役に立ちたくて、ずっと頑張ってきたんだね…

 私も、アヤさんや、マライア大尉みたいに、立派になれるかなぁ」

マークとハンナがそう言って笑っている。

 はは、そうだな。アタシがマライアの姉ちゃんなら、マライアはあんた達の姉ちゃんだ。

こんな甘ったれだけど、たぶん今じゃ、アタシやダリル、隊長よりすげえかもしんないからな。

こいつを見習っておけば、あんた達もやれるようになるさ。

 そんなことを思いながら、アタシはマライアの頭を撫でまわした。でもな、マライア。

まだだからな。この状況が終わるまで、ちょっと待ってくれな。そしたら、今まで我慢してたぶん、目一杯甘えさせてやる。

アタシも、もっと別の、言いたかった言葉を聞かせてやる。だからそれまで、アタシに力を貸してくれ。

 な、マライア。頼んだからな…。

 バーに流れていたピアノソナタの音に混じって、溶けた氷がバーボンのグラスの中でカランと鳴った。

280: 2013/07/03(水) 21:56:10.32 ID:RggOFisF0

 翌朝、セットしていたアラームの音で目が覚めた。

外は真っ暗。それもそのはず、時間はまだ午前4時だ。4時30分に最後の確認の打ち合わせをして、5時にはここを出る。

 マライアだけは別動で、すでにどこかへ出かけているはずだ。合流はなし。

作戦決行は6時で、マライアはその時間に格納庫と工場へ攻撃をしかける算段になっている。

 アタシは荷物をまとめて、部屋をで、フレートが準備していたワンボックスに乗り込んだ。

中は機材が山ほど積まれていて、ここがダリルの前線基地になる。

フレートとキーラさんもここで別れて、基地のそばにある街の市街地で防弾装備を整えた車を待たせて待機。

 アタシ達の車がオークランド研究所の近くにつけば、配置は完了でマライアを待つだけになる。

フレート達に別れを言って、ダリルが車を走らせた。

 途中のドライブスルーで朝食を買う。腹が減ったら戦闘は出来ないからな。

研究所の近くに着いてから、すぐに無線の確認をする。フレート達とも感度良好、マライアともつながっている。

建物の見取り図は、格納庫襲撃後にハッキングをかけて、ダリルからアタシらに連携されることになった。

研究所内の無線についても、内部にある有線の通信回線に無線用の受信機を取り付けることで対応できるそうだ。

取りつけには、10秒もかからないから、隙を見てやっておこう。

281: 2013/07/03(水) 21:56:50.16 ID:RggOFisF0

 持っていく機材と、装備の最終チェックをする。漏れはない。マークとハンナも、大丈夫そうだ。

引き締まった表情で、アタシを見つめている。

 マライアが格納庫への攻撃を始めたら、アタシらは車で研究所につっこむ手筈だ。

「マライア、こっちはいつでも行ける」

アタシが無線のマイクに向かって言うと

<りょーかい!あと3分待ってね、もうじき着くから!>

とマライアの声が返ってきた。

 着く、ってどういうことだ?あんた、格納庫にいるんじゃないのか?

てっきり、基地で使ったみたいな爆弾でも仕掛けているのかと思ってたんだけど…?

 アタシがそんなことを考えているうちに、突然、研究所全体からデカイ音が鳴り響きだした。

ウウウウウウーーーーーーゥゥゥゥ、ウウウウウウーーーーーーゥゥゥゥ

 これは、サイレン?警報だ。なんだ、マライア、敵に見つかりでもしたのか?

「警報…空襲警報だ!」

マークが叫んだ。空襲警報?!あいつ、まさか…!

 アタシは気づいた。気づいたのと同時に、どこか遠くからけたたましいエンジン音が鳴り響いて近づいてくる。

見上げた空を、グレーの機体が切り裂くように飛びぬけた。

 研究所内の動きがあわただしくなる

。施設の中に駆け込んで行くやつもいれば、トラックの機銃を握って迎撃態勢をとっているやつもいる。

バタバタと、まるでアリの巣の中みたいな混乱だ。

「おい、マライア、その戦闘機に乗ってんのか?!」

<戦闘機じゃ、ないよっ!>

マライアの声が聞こえたと思ったら、戦闘機じゃないというその飛行機が旋回してきて、格納庫に向けてビームを放った。

ビームは格納庫の天井を貫いて小さな爆発を起こす。

 と、格納庫の前扉が吹き飛んで、中からモビルアーマーが姿を見せた。

「アッシマーだ!」

マークが叫ぶ。それも、3機!マズイぞ、マライア!モビルアーマー相手に戦闘機なんて…

逃げるだけならいざ知らず、戦闘だなんて!

「マライア、気をつけろ!」

車を研究所の敷地に向けて走らせながら怒鳴る。しかし、当のマライアからは、抜けた声色で返事が返ってきた。

<ふっふーん!今日のマライア・アトウッド“曹長”は、無敵なんだよ!アヤさん!>

バカ、何言ってんだ!あんたがいくら腕が良いとしたって…機体の性能差ってのは厄介なんだぞ!

 そう言ってやろうと思って、見上げていた空で、マライアの機体は、その…変形した…!?

282: 2013/07/03(水) 21:57:32.05 ID:RggOFisF0

「あれって…」

「エウーゴの可変モビルスーツ!?あの、ガンダムタイプ!?」

なんだって?ガンダムタイプだ?あれが?!

「マライア、あんたそんなもんどこから!?」

<フレートさんに工場の場所聞いて借りてきた!ていうか、アヤさん、外は良いから急いでレナさん拾ってきて!>

「…わかった、マライア。頼むぞ!」

<まっかせといて!>

マライアはモビルスーツ形態のまま降下しつつ、飛び上がってくる飛行形態のモビルアーマー3機のビーム砲を

まるで風に紙切れが舞うようにヒラヒラと躱している。なんだ、あの動き?あいつ、宇宙でどんな戦闘してきたんだ!?

<三次元機動ってのを分かってないなぁ!空であたしに勝とうだなんて!8年早いよー!>

無線から叫ぶマライアの声が聞こえる。マライアの機体は、ビームを発射した。

動き回るモビルアーマーが被弾して、地上に落下して行く。当てた!?あんな状態で?

<はいはい、次ぃ!>

と、次のビームでもう1機を被弾させて、地上へ叩き落とす。

 残りの1機がビームを吐きながらマライアに迫って行った。

さらに地上から対空ミサイルらしい何かが無数に発射されてマライア機迫る。

「マライア!」

アタシは叫んだ。でも、マライアはそんな状況でも

<わー!いっぱいきた!>

とかふざけた調子で言いながら、空中で飛行形態に戻ると、高速で旋回しながら機体をロールさせつつ急速に上昇して行く。

マライアの機動を追いきれないミサイルが近接信管だけを作動させて空中ではじけ飛ぶ。

<ひゃっほーーーーぃ!!!>

その爆炎と煙をまるで引き連れるようにしながらマライア機はさらに上昇する。

モビルアーマーもマライアの機動に追従しようと上昇を始めた。

でも…これはアタシでもわかる。モビルアーマーのパイロット、それは悪手だ。上昇中は、機動力が鈍るんだ。

前にしか撃てない戦闘機相手ならそれも良いが、相手はモビルスーツ。先に上を取られたら、あんな追い方したら、ダメだ。

 思った通り、上昇を始めたモビルアーマーは、さらに上空でモビルスーツ形態になっていたマライア機に簡単に撃ちぬかれた。

 「あ、あれが、大尉の操縦…?!」

「す、すごい…一瞬で、モビルアーマー3機も!?」

…いや、アタシもびっくりだよ、マライア。あんた…ホントに、どこまですごいやつになっちゃんだ?

そんな動き、まるで…ニュータイプのエースじゃないか!

 関している間に、格納庫からはまだモビルアーマーが出撃してきて上空へと上がっていく。

空で、激しい戦闘が展開され始めた。だけど、マライアは微塵も押される気配がない。

<ふっふー!まだ来る!?何機来ても同じだよ!>

<そんなんじゃ、これは避けられないでしょ!>

<わわわっ!あんたちょっとうまいじゃん!でもそんなの、かすりもしないんだから!>

…すごいな、マライア。



…すごいけど、ちょっとうるさい…無線機ってやれよ、あんたさ。

283: 2013/07/03(水) 21:58:20.33 ID:RggOFisF0

「ダリル、こっちの無線のチャンネルをBに切り替える…」

<了解。マライアとのおしゃべりは、こっちに任せとけ>

<あっ!ごめん、アヤさん!しゃべってないと、怖くてダメなんだ、あたし!>

良く言うよ、あんな圧倒的に敵を叩いといて怖いとか、どの口が言うんだ。

「こっちに用事があったらBチャンネルで話しかけてくれ」

<りょうっかい!>

アタシは車を止めて、マークとハンナにもチャンネルを替えさせてから、表に出た。マークとハンナも車を飛び降りてくる。

「ハンナ、マーク。アタシから離れるなよ。銃は抱えてりゃ良い。まだ撃ち合いするつもりはないからな」

「了解です。こんなとこで敵とやり合うなんて、正直、生き残れる自信ないんでね」

マークは脂汗をいっぱいにかきながら言う。ハンナは、マークよりはすこし余裕のありそうな表情で

「分かってます。アヤさんの後ろを離れません」

と言って笑った。ハンナの根性の据わりっぷりは、やっぱり、さすがだ。

「ダリル、これから研究所内に潜入する」

<了解した。こっちもハッキングを開始する。見取り図を見つけたら、そっちのコンピュータに転送する>

「頼んだ」

アタシはダリルにそう言って無線を切った。それから、ふうと一息ついて、また二人を見やって

「行こうか」

と確認する。二人は黙ってうなずいた。

 駆け回る警備兵の間を縫って、研究所へと走る。

 轟音と、爆発、それから叫び声が飛び交っている。マライア、派手にやりすぎだぞ!増援でも来たらどうするつもりなんだ!

 そんなことを思いながら、アタシ達は研究所の正面入り口に到着した。

入り口を守っている警備兵が二人、あたりを警戒している。アタシは迷わずにそいつらの前に姿をさらした。

「第三分隊所属のエインズワースだ!本部から捕虜警備の増援命令を受けてきた!」

アタシが言うと、警備兵の一人が真剣な表情で

「そうか!中は混乱している!指揮系統を確認して、持ち場についてくれ!」

と言って研究所の中へとかぶりをふった。なに、ちょろいもんだな。

 「あぁ、任せろ!そっちも氏ぬなよ!おい、行くぞ!」

アタシは、彼をそうねぎらってから、マークたちに叫んで研究所の中に駆け込んだ。

中は、壁が真っ白に塗られて、真っ白な照明が明るく照らす、奇妙な空間だった。警備兵が廊下を慌てた様子で走り回っている。

「ダリル、研究所の中に入った」

<よし…待て…あったぞ、転送する>

ダリルの無線を聞いて、アタシは腕につけていたポータブルコンピュータを確認する。確かに、見取り図が送信されてきていた。
レナは…どこだ!?

<アヤ、地下2階と3階の間に、ミノフスキー粒子を充填してある階層がある。おそらくこいつで電波を遮断してるんだ。

 地下階へ行ったら、まず最優先で無線機を取り付けろ>

ダリルの言葉に、アタシは見取り図を確認する。

電波を通さない、ってことは、どこかに、有線の通信用のモジュールがあるはずだ。

そいつを目指そう…とにかく、まずは非常階段!

「こっちだ!」

アタシは見取り図に従って、真っ白な廊下を走る。

284: 2013/07/03(水) 21:59:15.42 ID:RggOFisF0

 曲がりくねった廊下を走って、非常階段を見つけた。扉を開けて、一気に駆け下りる。

「ダリル、レナの位置は分からないか?」

<検索をかけてるが、不明だ。まだ調べてみるが――ザッそっちで―――ガザザザ―――

無線が切れた。妨害壁を越えちまったみたいだ…無線機を取り付けるまでは、見取り図が頼り、か。

「アヤさん、無線モジュールの位置、分かりますか!?」

マークがそう聞いてくる。アタシは階段を駆け下りながら見取り図でその位置を確認する。

地下4階?5階か?いや、違う…配線を辿れ…あった!地下3階の、エレベータ横だ!

「見つけた!まずは、そこに向かう!」

アタシが怒鳴ると、マークが腕をつかんできた。

「そっちは、俺に任せてください」

おい、何言ってんだよ…あんた一人で行くってのか!?

アタシはマークの言葉に、一瞬、戸惑ってしまった。だって、あんた、兵士だけど、実践なんて、したことないんだろう!?

事務屋だって、自分で言ってたじゃないか…

「アヤさんと、ハンナで、レナさんてのと、レオナを、頼みます」

マークは端的にそう言った。その表情は、なにか、固い決意をしているように見えた。こいつから感じるこの感覚…

これは、犠牲になって、とかそう言う類のもんじゃない。役割、だ。使命感…助けるんだっていう、覚悟…

 「…わかった、マーク。無茶はすんなよ」

アタシはそう言って、腰のポーチからマークに無線機を手渡した。

「大丈夫。もうヘマはやらかしません。うまくやってきます」

マークは相変わらず脂汗をかいているクセに、やっぱり固く決めたって表情で、そう言った。

マライアもそうだけど、そんな顔されたら、断るわけに行かないだろう…

「…頼む」

アタシはマークの肩をポンとたたいて、ハンナを見やった。ハンナは黙ってアタシにうなずいて来た。

はは、あんたら、やっぱりマライアの部下だよな!

なんだか、ちょっとおかしかった。

285: 2013/07/03(水) 21:59:51.49 ID:RggOFisF0

「ハンナ、着いてこい!」

 アタシはハンナに言って、階段をさらに駆け下りる。レナの居場所は…どこだ…?さっきから、探してんだ。

こんな見取り図上でなんかじゃない。あんたとつながってる、この感覚で、だ…でも、なにも感じないんだよ!

レナ、あんたどこにいるんだよ!答えろよ!

「アヤさん!」

不意に、ハンナが叫んだ。

アタシは階段でまた脚を止める。

「レオナ、この階にいる」

そう言ったハンナは、地下五階の扉を指していた。

…迷ってる場合じゃない…まずは、レオナからだ!アタシは、そのドアの扉を開けた。

 そこは、相変わらず真っ白な廊下で、それを照らす明るい照明がまぶしいくらいに光っている。

 なにかの気配を感じる。ごくわずかな警備兵の物らしい、物々しい肌触りの中に、かすかに触れる温もりがある。

「アヤさん…ハンナのところには、私が行きます…だからっ!」

急に、ハンナはそう言ってアタシを見た。

 思わず、ため息が出た。なんだって、そうなんだよ、あんたも、さ。

ハンナは、マークとそっくりに、もう決めた!って顔していた。

「…ハンナ…アタシが教えたこと、忘れんなよ」

「はい。銃を向けるときは、まずは、脚から」

「そうだ」

「それから、考えることを、やめるな」

「うん」

「あと…ヤバくなったら、逃げろ」

「あぁ」

アタシはうなずいてやった。ハンナも、コクっと顎を引く。っと、待て、まだ言い忘れてたことがあった。

「あと、もう一つ。あんたの、その感覚を信じろ。ニュータイプの感性は、気持ちに応えてくれる。

 特に、助けたいって想いには、さ」

アタシがそうだったように、レナがそうだったように、そして、たぶん、マライアがそうなように…

それは、きっと、そう言う強い気持ちと集中力がより一層強化してくれるもんなんだと思う。

その想いを負えば負うほど、力は強くなる。この力は、誰かを助けたり、守ったりするための力なんだ…!

「はい!」

ハンナははっきりと、力強くそう返事をして、そして、笑った。頼むぞ、ハンナ。必ず生きて、ここを出よう。

うちのペンションで、みんなでゆっくり、酒でも飲みながら、今日の話をしよう。絶対だぞ、絶対だからな!

286: 2013/07/03(水) 22:00:20.92 ID:RggOFisF0


 アタシは、駆け出した。ハンナの方を振り返らなかった。あいつは、やる。必ず、レオナを助け出す。

アタシも急がなきゃいけない…レナと、そしてレベッカを助けなきゃ!

 走りながら、見取り図を見つつさらに感覚を研ぎ澄ませる。何も感じない、何も触れない。

おい、レナ…氏んでなんかないよな…!?頼む、何かを言ってくれ…何かを考えてくれよ!

ここにいるって、そう叫んでくれよ…レナ…レナ!!!

 唐突に、見取り図に赤い点が灯った。なんだ、これ…?

 アタシは思わず、脚を止めた。

その点は、地下5階をぐるっと一周している廊下の反対側にある小部屋をマーキングしているようだった。ダリルからか?

でも…まだ無線は生き返ってない。ここへ信号が届くはずがないから、少なくともダリルではない。

罠か…?ここに何がある…?レナか…?レナが、呼んでんのか!?

 直感的に、そう思った。何を感じたわけでもない。だけど、そこに行くべきだと、思った。そこにレナがいる…

まるで、何かに導かれるようだった。

 全力で回廊を駆け抜ける。

 数メートル先に、突然なにかが飛び出してきた。人だ。男…連邦の軍服を着ている…銃は持ってないが…なんだ…この感じ!?

 肌に、まるで粘りつくような奇妙な感覚が走った。

―――こいつ…やばい!

アタシはとっさに、自動小銃を構えた。しかし、男はそれに怖気付くこともなくアタシに飛びかかってきた。

銃口の先から男が消える。まずい…しゃがみこんだ…タックルが来る!

アタシは小銃を持ち替えて、銃床を真下にたたきつける。鈍い衝撃が腕に響く。

男は、床に這いつくばるようなかっこうで、それを受け止めた。

―――なんだ、この力!?

男は、そのまま銃を押し上げるようにして、アタシを壁際まで突き飛ばす。強烈に、背中を打ちつけて、一瞬呼吸が止る。

 こいつ!ニュータイプみたいだけど、そうじゃない!これが、強化人間ってやつなのか!?

 男は間髪入れずにアタシに飛びかかってきた。背中を打ってしまったせいで反応が遅れる。

たちまち馬乗りになられたアタシは小銃すら弾かれて、抵抗する間もなく、首を締め上げられる。

 くそっ…!こいつ…!

 体勢を入れ替えることも、腕を押し返すことも、振り払える気すらしない。

めりめりと首に指が食い込んで、酸素と、血液の循環が妨げられる。まずい、トぶ…!

 アタシは、悶えながら腰のポーチからそいつを取り出して、男の体に押し付けた。

とたんに、男はビクビクと全身を痙攣させて、床に崩れ落ちる。

「…っ、かはっ…はぁ…はぁ…」

肺と脳が熱くなっていた…危ないところだったな、今のは…

アタシは、何とか立ち上がって、ポーチへスタンガンを戻して、小銃を拾い上げた。

 こんなのが、ハンナやマークの方に行ってなきゃいいけど…そう思いながら、アタシはまた廊下を駆け出した。

レナ…そこにいるのかよ、レナ!

287: 2013/07/03(水) 22:01:19.45 ID:RggOFisF0

 見取り図の、マーキングの部屋の前にたどり着いた。扉があって、その横にキーボードの付いた電子制御用のパネルだけがある。

ノブや、鍵穴は見当たらない。迷ってる暇は、なかった。

アタシは、腰から消音装置付きの拳銃を引き抜いて、パネルを打ち壊した。

バチバチっと音を立てて、パネルの液晶画面が消える。同時にトビラから、バスンッと言う鈍い音がした。

電源、うまくやれたのか…?

 拳銃を腰に戻して、ナイフをトビラと壁の間に突き立てる。

思い切り押し込んで、テコの要領でひねると、かすかに隙間が空いた。

アタシはそこに両手の指を突っ込んで、両腕と、壁につっかけた脚に力を込めて、扉をこじ開けた。

 中は、廊下とおんなじ、真っ白な部屋。その部屋の奥の壁に、何かがあった。

イスに座り、両腕を壁に括られるようにして、うなだれて身動き一つしない、人の体…

 レナだった。

レナ…おい、レナ…氏んでないよな…生きてるよな…

胸にこみ上げてきそうになった絶望を押さえつけて、アタシは部屋に踏み込んだ。肌に、何かが感じられる。

これは、レナの気配だ…生きてる、レナ、あんた、生きてるんだな!

 アタシは思わず駆け出していた。レナ座っているイスの周りには血しぶきが飛んでいて、吐き出したのだろう、

ぐちゃぐちゃになった、こうなる前は食べ物だったんだろう何かが、酸えた臭いを放っている。

レナは、顔中あざだらけだった。

 またかよ…レナ、なんでアタシ、あんたをこんな目ばかりに合わせちゃうんだよ…ごめん、ごめんな…

そう思いながら、アタシは壁に両腕を固定されたレナの頬を叩いた。

「レナ…レナ!しっかりしろ!」

声を掛けたら、レナがうめいて、うっすらと目を開けた。

「ア…アヤ…」

レナは、アタシの顔を見て、ニコッと笑った。

「待ってろ、すぐ外してやるからな!」

アタシは固定している拘束具の錠を銃床で叩き壊した。拘束具が外れたレナは、ぐったりとアタシに寄りかかってくる。

アタシはレナを抱き留めて、その場に座り込んだ。

「レナ…ごめん、遅くなって、本当にごめん…」

「ううん。きっと来てくれるって、信じてた…」

レナがアタシにまわした腕に力がこもった。

「アタシ、いつもこうだ。レナばっかりに怖い思いさせて、辛い思いさせて…守るってそう決めたのに…アタシ、アタシ…!」

頬を涙が伝っていた。悔しいよ、悲しいよ、レナ。なんであんたが傷つけられなきゃいけないんだよ…

アタシだって良かったじゃないか。なんで、こんなひどい目に、二度も会わなきゃいけないんだよ…

288: 2013/07/03(水) 22:01:55.40 ID:RggOFisF0

 そんなアタシの涙を、レナはぬぐってくれた。

「アヤ…私は、アヤがこんな目に遭わなくてよかったって思う」

「だって!」

そう言いかけたアタシの口をレナは人差し指を立ててそっと閉じさせた。

「どっちがされても、辛いのは一緒。悲しいのも一緒。だからそれは気にしないで。それに、今回は怖くなんかなかったよ。

 必ず来てくれるって分かってたから。あなたを信じて待っていられた。耐えていられた。あの時とは、同じじゃない。

 アヤ…これが私の戦いだったんだよ。私は、負けなかったよ。心を折られなかった。踏みにじられもしなかった。

 あなたのことだけを考えて、信じて、戦えた。遠くに居ても、あなたは私を守ってくれてたよ。

 だから、そんなに悲しまないで。体なんて、休ませれば治る。痛いのはいっときだけ。

 私とアヤが生きて、またこうして会えた。それが私の戦いの結末。私の、勝ち」

レナは、こんな状態なのに、いつにもまして穏やかな口調で優しい目で、じっとアタシを見て言った。

それからニコッと笑うと、

「だから、あとはお願いね。次は、アヤが勝つ番。私を無事に連れ出して…一緒に、みんなで、アルバに帰ろう…」

と言って来た。

 はは、レナ。分かってるよ…そんな状態のあんたに、励まされちゃうなんてな…アタシの方が負けそうになってたんじゃんか。

そうだよな…まだアタシ達は生きてる。アタシも、レナも、マライアも、みんな生きてるんだ。

どんなに姿になったって、たとえどんな怪我をしたって、生きて、それでみんなでまたあの生活に戻るんだ。

新しくできた仲間たちと一緒に…そうだよな、レナ。

これまで、アタシ達はそうやって生きてきたんだもんな。これからも、それは、同じだ。

 アタシはもう一度レナを、力いっぱい抱きしめてから、立ち上がって腕を肩に担いだ。

 部屋から出ようと振り返った時、その出口には、ティターンズの黒い制服の連中がいた。銃口がアタシ達の方を向いていた。

「あの男…」

「誰だ?」

「拷問官」

レナが憎々しげに言う。そうか…あいつか…あいつが、レナをこんな目に…!

アイナさんを助けに行ったときに、マライアとは知らずに大尉に向けたのと、まったく同じ感覚がアタシの中から込み上げた。

胸が、体が、焼き切れそうなくらいに熱くなるような…

「なんの騒ぎかと思えば、芸がない」

初老の男がそう言って、こっちに歩いてくる。後ろに連れたティターンズの兵士は4人。

どれも、自動小銃をこっちに向けている。アタシからの距離は6メートルほど。

飛び掛かろうものなら、たどり着く前に、ハチの巣だ…。

 くそ、ここまで来て、こんな状況かよ!どうする?自爆覚悟で、音響手りゅう弾か…投稿するフリでもするか…?

この状況で、後者は危険だ。その場で殺されかねない。だとすれば…アタシはチラッとレナを見た。

レナはアタシの顔を見て、ニコッと笑って、アタシの肩にまわした腕に力を込めた。レナ、悪い、こいつは分が悪いや。

 「わかった、抵抗はやめる」

アタシは小銃をなるべくアタシ達の目隠しになるように、

ティターンズの連中の目の高さくらいになるように放り投げた。

そのままの手で、戦闘用のベストにひっかけていた手りゅう弾を手に取ってピンを引っこ抜いた。

 次の瞬間に響いたのは、アタシの手りゅう弾の爆音じゃなくて、自動小銃の銃声だった。

298: 2013/07/06(土) 19:37:05.53 ID:VXHUrXhO0

 俺は、手の中の無線モジュールを握りしめた。

 こんな状況だってのに、いや、実際ビビってしょうがないってのに、胸の内が震えているのを感じていた。

 あの日、俺はメキシコのあの場所で、氏んだ。なんにも出来ずに、殺された。そう思っていた。

輸送中の飛行機の中で目が覚め、基地に着いて会ったマライア大尉にいつものトゲトゲしい口調ではなく、

キーキー声で怒られて初めて、事態を理解できた。

俺は、この人達に助けられたんだってことを。素直に、嬉しかった。

嫌いだったはずの大尉が、誰にも見つからないように捕虜に食事を提供していた俺たちと同じことをしていたってのが。

そんなだいそれたことをやってのけるような人がこんなにもそばにいたのかってことも。そんな人に助けてもらったってことも。

そして、まだ俺に出来ることがあると知って安心した。

あの日、氏んだと思った俺が出来なかったことに、もう一度望めることが嬉しかった。

 それは罪滅ぼしなのかも知れなかった。

最後の瞬間まで 、あいつらの本当の辛さや苦しみを理解してやれなかったってことを詫びたかった…

いや、違うかもしれない。これは俺の問題だ。全部のことが終わったとき、俺は、胸を張ってあいつらに会いたい。

負けたまま、なにも出来なかったまま、大尉に助けられたままで、あいつらのところに行くわけにはいかない。

 俺は、俺だって、戦える。大事な存在の一人や二人も守らずに、安全な場所へ逃げていくなんて出来るはずがないだろう!

オールドタイプの俺があいつらを助けて、

俺達オールドタイプが皆、ニュータイプを嫌っているなんていうこの宇宙に漂っている幻想をぶっ壊してやるんだ!

 大尉、こんなチャンスを与えてくれたことを、感謝します。上司として、先輩として 、俺に見本を見せてくれたことにも。

あなたのお陰で、俺は迷わずに行ける。

 俺は、非常階段を出た。上と同じ、真っ白な壁と照明。ただ白いだけのものが、こんなにも脳に響くとは思ってもみなかった。

俺は眩しさに目を細めて腕のモバイルコンピュータの画面を確認して、アヤさんの言っていた有線のケーブルを辿る。

八の字状の形になっている地下3階は半分が生活スペース、もう半分が食料や機材の倉庫になっているようだった。

その一画に、有線ケーブルが集まっている部屋がある。おそらくここに、メインの終端装置があるはずだ。

 そこにこの無線モジュールを取り付ければ、研究所の電波を使ってダリルさんとも通信が出来る。

こんな場所で、外からの情報と支援なしに進めば敵に悟られるのも時間の問題だ。急がなくては…

 俺は八の字になった廊下を駆け出す。太ももと膝の境目が遠くで痛んだ。

あの日、ルーカスさんの指示を無視して撃ってきたティターンズ一般兵士にやられた傷だ。

包帯とテーピングで補強し麻酔を打って誤魔化してはいるが、動くたびに激痛なのだろう鈍い痛みがうっすらと感じられて

力が抜けそうになる。脂汗は、止まらない。だが、そんなことを言っている場合ではないんだ。

299: 2013/07/06(土) 19:38:10.65 ID:VXHUrXhO0

 俺は廊下を走り、目的の部屋の前にたどり着いた。そこには静脈認証用のパネルの付いた、殺風景な扉が一枚あるだけだった。

ここに来るまでに通りすぎた他の部屋もそうだったので、悪い予感はしていたが案の定だった。

 ポーチからケーブルを取り出して、腕のコンピュータとパネルを接続させる。

仕事柄、こう言うシステムには多少の知識はある…

だが、キーボードを叩いてシステムを読み込んだコンピュータのモニターに表示されたのは、

まるで見たことのないロジックで書かれた命令文だった。

 クソ…拳銃で撃ち抜くか?いや、中に誰かいれば、それこそ扉を開けた瞬間に撃ち殺される。

確実に無線機を取り付けるには、ここを大人しく開けてこっちが先手を取れるような突入の仕方をしなければならない。

「貴様!そこで何をしている!?」

不意に誰かが怒鳴った。見ると、一人の兵士が小銃をこちらに向けてたっていたっていた。

―――しまった、モニターに気をとられ過ぎて気づかなかった…まずいぞ…

「本部からの命令で、侵入者に備えてシステムのチェックをしろと…」

俺は、そう適当な言い訳をする。しかし兵士は、疑いの眼差しを変えることなく

「本部だと?誰の命令だ?!システムチェックならこんな場所ではなく、それこそ本部やサーバールームで行うべきだろう!?」

と詰問してくる。

確かに、言う通りだ。機械それぞれの調子を確認するならいざ知らず、

システムのチェックなんて、我ながら自分の嘘の浅さにあきれる。

 だが…今のままでは、どうにもならない…せめて考える時間を確保しないと…!

「急ぎなんだ、終わったら全部説明してやる…あと3分待ってくれ」

俺は、兵士を「まるで気にも止めない」という風にあしらってモニターに目を戻す。

しかし、いくら見たところで、理解出きるような代物ではない…

こいつに手を出すのは後回しで、なんとかこの兵士を排除する方法を考えなければ。


300: 2013/07/06(土) 19:42:26.22 ID:VXHUrXhO0

 幸い兵士は確信が持てないのか銃を構えたまま固まっている。仕掛けるなら今しかない…!

俺はそう思って、一旦、認証装置のシステムを閉じ、研究所内の管理システムをチェックする。

しめた!こっちは基地のシステムと同じロジックだ!

 俺はシステムから、警報装置のコマンドを探し、地下6階にある火災警報装置を作動させた。

とたんに、近くにあった赤色灯が光出す。

「お、おい!貴様、何をした!?」

兵士が小銃を突きつけてきた。

「俺じゃない!地下6階で火災警報だ…!」

俺は動揺したフリをしながらさらにキーボードを叩く。監視カメラの映像はどこだ…?

…あった、このデータリンクだ!俺はその中から、地下4階の映像を出した。

そこには辺りの様子を伺っているアヤさんの様子が映し出されている。俺はその映像の配信元を地下6階に書き換えた。

「こいつだ!地下6階、中央通路!」

俺はわざとらしくならないよう、兵士にコンピュータのモニターを見せつける。兵士はさらに戸惑った表情を見せた。

俺はその兵士の様子を見て畳み掛けるように

「説明はお預けだ!こいつを排除しに行くぞ!」

とパネルから接続用のケーブルを引き抜いて兵士に詰め寄った。

兵士の顔は、微かな迷いを見せてから 、すぐに何かを決心した表情に変わった。

「よ、よし、緊急用のエレベーターを使うぞ…!」

「あぁ、行くぞ!」

俺が相づちを打つと、兵士は身を翻した。すまない、あんた悪い人間じゃなさそうなんだがな…

俺はポーチからスタンガンを取り出して、その背中に押し付けた。

一瞬、全身を硬直させた兵士は、次の瞬間には脱力して床に崩れ落ちた。

301: 2013/07/06(土) 19:43:27.90 ID:VXHUrXhO0

…よし、排除は出来たが…問題はこのパネルだ…アヤさんもハンナも、もう目的の場所に着いているかもしれない…

猶予は、ない。何か、方法は…?

 そう考えたとき、ふと、倒れた兵士が目に入った。こいつに、ここへの入室権限があれば…

俺は兵士の体を引っ張って、パネルの前まで運ぶと、片手にスタングレネードを構えて、兵士の腕を伸ばし、

パネルにその手を押し付けた。

 ピッという音とともに、パネルに「unlock」という文字が表示された。

―――開く…!

 エアモーターの音がして、扉がスイッと開いた。俺はスタングレネードを投げ込んで小銃を構えて耳を塞ぐ。

轟音とともに閃光が走った。俺はすぐさま銃を構えて内部に突入する。

中には巨大なコンピュータが何台か並んでいて、複数のモニターも輝いていた。どうやら情報処理を行うための部屋のようだった。

床には、白衣を着た科学者風の男が3人と、軍服に銃を持った兵士が2人倒れていた。他に人の姿はない。

 俺は煙の立ち込める部屋を横切り、コンピュータの配線を確認する。

そのケーブルを辿って行った先に、通信用のルータを見つけた。

俺はルータからケーブルを引き抜き、無線モジュールに差し込んでから、無線機から伸びるケーブルをルータへと接続させた。

よし、これで無線が生きた…!

「おい、どうした?!」

表で、声がした。廊下に転がして置いた兵士が見つかったのか!?さっきのスタングレネードの音を聞き付けられたんだ!

どうする…こんな部屋じゃ、隠れるところもないぞ…!?

あたりを見渡したところで、目に入るのは散乱した書類と椅子に 、倒れた科学者と兵士のみ…

―――イチかバチか、だ。

俺はとっさに床に倒れこんだ。すぐに部屋の中へ数人の兵士が駆け込んで来た。

そのうちの一人が、俺の傍らにやって来てグイッと俺を抱き起こす。

「大丈夫か?何があった!?」

「侵入者だ…何かのデータを抜き取られた…奴は、地上階へ…逃げる気だ」

「よし、分かった!すぐに医務室へ運ばせる!」

「いや、自分で行ける…他のやつを頼む」

俺はそう告げて立ち上がると、よたよた歩きながら部屋を抜けた。エレベーターに向かうか…それとも、非常階段か…?

そう言えば、さっきの兵士が、非常用のエレベーターがどうとかって言ってたな…そいつを探しておくか…?

俺はそう思いながら、アヤさんへ、無線モジュールの設置が完了したことを伝えようと無線機を手にした。


「アヤさん、アヤさん!無線の中継、完了です!」

302: 2013/07/06(土) 19:44:20.02 ID:VXHUrXhO0

 手りゅう弾を投げるよりも早く、アタシは、自分たちが撃ちぬかれるイメージを、見た。

あぁ、ダメかって、思ったら、その時には、手りゅう弾の撃鉄バーを握ったまんま、レナと抱き合っていた。

 銃声が止んだ。キンキンと、薬莢の落ちる金属音が聞こえる。終わりか…あれ、撃たれたんじゃないのかよ?

 アタシは恐る恐る顔を上げた。

見ると、入り口に集まっていたティターンズの連中は、体を穴だらけにして、血の海の中でのたうちまわっていた。

 なんだよ…何があった?

 体が、震えて、腰が抜けちまって、アタシは、レナと一緒に、床に座り込んだ。

呆然としていたら、何かが目の前に降ってきた。と、思ったら、それは

「おっと」

と声を上げて、しりもちをついた。人…なのか…いや、待て…

「た、隊長か?」

アタシは思わず声を上げていた。

「ふぅ、やれやれ、やっと明るいところに出た」

むっくりと起き上がって、こっちをみた、その顔は、やっぱり、隊長だ!

「あぁ?なんだ、いたのか、お前ら」

知ってるクセに!そう言ってやる前に隊長はニヤっと笑った。真っ黒な服に、肩には自動小銃。

そして、腕には…見慣れたチビを、抱えている…

「た、隊長、それ…」

レナが、声を上げる。そうだ…それ、その子…

 隊長は、何も言わずに、その子を床に降ろして、ガシガシっと頭を撫でた。それから

「ほれ」

と、彼女の背中を押す。女の子は、すこし戸惑いながら、アタシ達の目の前までやってきて

「あの…は、はじめまして、ママ、お母さん…ベレッカです…」

なんて、震えた、緊張した声で言ってきた。

303: 2013/07/06(土) 19:45:06.53 ID:VXHUrXhO0

 レベッカ…あんたが、そうなんだな。アタシとレナの…ロビンの…もう一人の、家族なんだな…!

急に、胸にキリキリした想いがこみ上がってきて、涙がこぼれた。

アタシは思わず、手りゅう弾を持った腕で、レベッカを抱き寄せた。レナも、彼女に腕を回して抱きしめる。

レナも、泣いていた。なんでだろうな…初めて会ったはずなのに…なんだかすげえ懐かしい感じがするよ…

会ったことないはずなのに、ずっとずっと探してたような気がするよ…

レベッカ…あんた、アタシ達を、ママって、母さんって、そう呼んだな…

あんたも、アタシ達のこと、待っててくれたのかよ?待たせてごめんな…気が付かなくって、ごめんな…

会いたかった…会いたかったよ…

 レベッカの背中にまわした手で握っていた手りゅう弾を隊長がそっと引き取ってくれる。

アタシは、その手で、レベッカの頭を撫でてやった。

ロビンにするみたいに、レナにするみたいに、何度も、何度も撫でてやった。

レベッカは、アタシとレナの胸元にしっかりとしがみついている。

 「隊長…どうして…」

レナが顔を上げて隊長に聞いた。隊長はバツが悪そうな顔をしながら、

「なに…フレートを逃がすために起こした爆発の混乱に乗じて、研究所の中には入れたんだがな…

 なにぶん、ダリルじゃねえんで、端末いじって情報取るのに苦労しちまってよ。

 とりあえず、この部屋と、そのレベッカって子の位置だけは把握できたんでな。

 お前らが騒ぎを起こしてくれんのを待ってたってわけだ、アヤ。

  レベッカは抱いて連れ回すのは簡単だったが、先にレナさんを助けちまうと、

 レベッカを連れに行けなくなっちまうかと思って、お前の端末にここの位置だけ表示させておいたってわけだ。

 まぁ、間に合ったんだから、勘弁してくれ」

と言った。見取り図に出た、あの赤い表示は、隊長がやってくれてたのか。それにしたって、隊長…あんた、

「ずっと隠れてたのか。このチャンスを、逃さないために…」

「あぁ、まぁな。お陰で腹ペコだ。とりあえず、レオナさん見つけてとっとズラかって飯を食わせろ。

 そいつでチャラってことにしといれやるよ」

隊長はそう言って肩をすくめる。まったく、あんたって人は…相変わらず本当にとんでもないやつだな!

 なんだか嬉しくって、泣けてきた。

―――ヤさん、アヤさん!無線の中継、完了です!>

不意に、無線機からマークの声が聞こえてきた。良かった、あいつも無事か!

304: 2013/07/06(土) 19:46:31.76 ID:VXHUrXhO0

「マーク!良かった、無事なんだな?そっちの状況はどうだ!?」

<こっちは、隠れっぱなしです。ちょっとヤバい状況でしたがなんとかやり過ごして、

 今のトコ、目をつけられてはないと思います>

「よし、地下5階へ降りて来てくれ。ダリル、おいダリル、聞こえるか?」

―――ザッ…アヤ!よし、無線戻ったな?おい、無事か?!>

ダリルの声も聞こえた。

「ダリル、レナとレベッカを確保。これからレオナを救出に行く。脱出ルートのナビの準備を頼む!」

<よくやった!任せておけ、最短でそこから抜け出させてやる!>

「頼んだ!」

アタシはそう告げてそれから隊長にレナとレベッカを預けて、すでに氏体になっていた警備兵たちをまたいで、部屋の外に出た。

「ハンナ、応答できるか?!」

無線に呼びかける…しかし、反応は、ない。レオナの感じ…どこだ?!さっきは確かに感じられた…

まだいけるはずだ。再び感覚を研ぎ澄ます。いる…すぐそばだ。

「隊長!安全なところで待っててくれ!レオナ達と合流してくる!」

アタシがそう言って駆け出そうとした瞬間、どこかで銃声だした。

 ハンナ!?アタシは自動小銃を構えて廊下を走る。さっきの二の舞はごめんだ。今度敵にあったら、迷わず発砲してやる。

そう思って廊下の角を曲がったら、そこには、二人の銃を抱えたティターンズの氏体があった。

アタシは大きく深呼吸をして銃を構えて、そっと、さらにその先の角の向こうを覗く。

そこには、私服の女性とその女性に肩を借りながらヒョコヒョコと歩いているティターンズの軍服を来た人間の姿があった。

「ハンナ!レオナ!」

アタシは大声で二人を呼んだ。

「アヤさん!」

ハンナは振り返ってアタシに負けないくらいを返して来た。アタシは二人に駆け寄る…

が、ハンナの脚から、大量の出血があった。

「撃たれたのか!?」

「はい…脚を出してから、銃出すのが遅れちゃって、脚だけ狙い撃ちで」

ハンナは、そんな状況じゃないっていうのに、へへへと恥ずかしそうに笑った。

すでに膝の上に包帯がきつく巻いてあって、止血は施されている。

「レオナ、レベッカは隊長が確保した」

「そうですか…良かった!」

アタシが報告するなり、レオナは涙目になった。


305: 2013/07/06(土) 19:48:25.24 ID:VXHUrXhO0
<マークです、地下5階に到着>

「了解!ダリル!ルートはどうなってる!?」

<…よし、地下4階まであがれ。そこに、研究資材搬入用の出入り口と機材昇降用のエレベータの乗り口がある。

 そこまで言ったら、再度連絡をくれ。その先の状況を確認しておく>

「了解。マーク、その場で敵を警戒してくれ。2分でそっちに行く」

<はい!>

返事を聞いてから、アタシはハンナの顔を見た。

「あんた、行けるか?」

「うん、これくらい、なんともない!レオナ、ごめん、そこまで肩は貸しておいて」

「ええ、任せて」

二人はそう言い合って笑っている。

 そうこうしているうちに、レナとレベッカを抱えてくれていた隊長が到着した。

それを確認して、アタシは小銃を構えて戦闘に躍り出た。そのまま、クリアリングを注意深く行いながら、非常階段を目指す。

階段に入るドアを見つけた。拳銃を引っこ抜いて、そっと中に入ると、そこにはマークがいた。

 「よかった、みんな無事で!」

マークは本当に嬉しそうに言う。

 再会を喜んでいるマークとハンナとレオナをよそに、アタシは見取り図で資材の搬入口と言うのを探す。

あった、非常階段のすぐ脇だ。地上まで伸びて行っているらせん状の車道と、

それから、資材用の巨大なエレベータが用意されている。このエレベータを使わせてもらうとしようか。

 「マーク、最後尾を任せた。アタシが先頭を行く!」

「了解です」

マークとそう確認し合って、アタシは銃を構えて階段を駆け上がった。地下4階へ出る扉の前に立って、隊長達の到着を待つ。

レナを支え、レベッカを抱いた隊長と、ハンナに肩を貸すレオナに、マークがほどなくして到着する。

 アタシは、そいつを確かめてから、すっと息をすって、扉を開けた。真っ白の廊下に、人の姿はない。

扉から出て、数メートルのところに、これまでのキーパッドや認証用のオパネルの付いたのとは違う、両開きの大きな扉がある。
パネルを壊して人力で開けるのは骨が折れそうだ。

「ダリル、搬入口前に着いたが、デカい扉があって進めない。こいつを開けてくれ」

<了解だ。少し待て…あった、こいつか>

すぐにダリルのそう言う声がしたかと思ったら、扉がプシュッと音を立ててゆっくりと左右に開き始めた。

アタシは、隊長に待つよう合図してから単身扉の中に飛び込んだ。警備らしい兵士が、3人。こっちを見て、いぶかしげにしている。

―――悪い、急いでるんだ。

 アタシは迷わずに、小銃の引き金を引いた。単発で、1、2、3!

一人目は肩、二人目にも、同じ位置。最後の一人には、少し焦ってしまったせいで、胸に致命弾をくらわせてしまった。

アタシは肩を撃ちぬいた二人に駆け寄って、スタンガンを押し当てて意識を奪う。

「制圧完了」

無線にそう呼びかけると、隊長達が部屋に入ってくる。

「ダリル、搬入口に入った。扉のシールと、先の指示、頼む」

<よし…エレベータに乗れ。そいつは、真上に昇る他に、水平移動して、研究所端の車輌庫にも出られる。

 そこへ回す。車輌庫の人払いはしておくから、安心しろ>

「頼んだ!」

背後の扉が閉まり、エレベータの到着ランプが灯った。乗り込んで、ダリルに無線を入れると同時に、エレベータは動き出す。

306: 2013/07/06(土) 19:48:58.67 ID:VXHUrXhO0

 地上に近づくにつれ、轟音と震動が伝わってき始める。マライアのやつ、まだ暴れてるのか…ホントにすごいやつだ。

アタシは無線のチャンネルを切り替えた。

<ふっふー!10機目!>

<マライア大尉!油断は危険だ!>

<大丈夫!油断っていうより、気合入れだから、これ!>

<ユニコーン、敵機確認。援護します>

<スネーク、君は無理をするな>

<そいつは私が請け負いましょう。二人は、マライア大尉の援護を>

<了解です、ウルフ。頼みます!>

 途端に、激しい無線のやり取りが聞こえだした。なんだ、味方の数が増えてる?増援、なのか?

マライアのことを知ってるってことは、ティターンズから抜けてきた連中か、カラバ?

「マライア、こっちは無事だ。レナ達を確保して脱出してる!」

アタシはとにかく無線に怒鳴った。すると、明るい声色で

<アーヤさーん!無事で良かった!援護するから、逃げて!>

とまるで危機感のない様子で言ってきた。でも、それからすぐに

<ユニコーン、あたし、そろそろ行かなきゃいけないから、あなた達も撤退を!>

と他の機体に指示を出し始める。

<大尉、いったいどうする気だ!?>

<ごめん、あたし、行かなきゃいけないんだ!アウドムラの彼には伝えといて!>

<帰るべきところを、見つけた、と言う感じですな>

<見つけたんじゃなくて、帰ってきたんだよ、長い旅から!そこに居たいんだ、あたし!>

<…了解した。止める言葉を持たないな…ハヤトには伝えておく>

<お願いね!>

なんだ、身内みたいだな…やっぱりカラバか?

 ガクン、と言う衝撃があって、エレベータが止った。扉が開いた先には、無数の装甲車が収納してある倉庫だった。

「あれが良い、乗り込め!」

隊長が、一番出口に近い位置に止めてあった装甲車を指差して言った。アタシが先行して装甲車を確保する。

倉庫の中に、敵の姿はない。ダリル、どんな手を使ったのか知らないが、ありがたいよ!

 全員が装甲車に乗り込んだ。隊長が運転席に、アタシは天井の機銃を発射するためのコントロール席へと座った。

 装甲車が走り出す。目の前にあったシャッターを突き破って、外に出た。真っ青な青空。地上だ…地上に、抜けたぞ!

 アタシは内心の興奮を抑えられなくて、空を見上げた。

 そこには、ティターンズのモビルスーツに、研究所のモビルアーマーを一切寄せ付けない、モビルスーツの姿があった。

それも、全部同じ型。ガンダムタイプだって、ハンナは言ってた。それが、4機も…!

マライアのグレーの機体の他に、白い奴と、赤いのと、黄色い機体がいる…

どれも、マライアと同じか…イヤ、それ以上の機動をしている。なんなんだ、あいつら!?マライア以上に、普通じゃないぞ!?

307: 2013/07/06(土) 19:49:49.40 ID:VXHUrXhO0

「マライアか!?装甲車で脱出した!援護しやがれ!」

隊長が怒鳴った。

<わ!隊長!久しぶり!待ってね…あ、いた!マーキング完了!

 ユニコーン、あたしはあれについて援護しながら逃げるから、そっちも適当に引き上げて!>

<了解、無事を祈ってる!>

<うん!ありがと!もしなにか困ったら、連絡頂戴ね!>

その会話を聞いていたら、すぐにマライア機が真上に来た。アタシらの上空を旋回している。直掩についた。


 それから爆発音と衝撃、銃声と、発射音が鳴り響く中を、装甲車は走った。研究所の敷地を抜け、市街地へと入る。

約束していた場所で、フレート達と合流して、車を乗り換え、サンフランシスコを目指す。追手はない。

後方で戦闘を行っていたあの3機のモビルスーツはいつの間にか姿を消していた。

幾筋もの黒煙だけが、もうもうと立ち昇っている。

<アヤさん、あたし、この機体、アナハイム社の工場に返してくるから、旧軍工廠で落ち合おうね>

マライアもそう言って、機体をひるがえし、どこかへ飛び去って行った。

 それからしばらく走って、コンクリートで覆われた旧軍工廠へと続くトンネルの入り口に出た。

車輌用のシャッターを爆破して、その中へと進む。

 真っ暗なトンネルを抜けた先には、地下工場があって、そこから、古いエレベータを作動させて地上に出たら、

そこには、ミノフスキーエンジンを積んだ大型の戦闘輸送機が、寂れた格納庫の中にひっそりとたたずんでいた。

「あぁ、やっと来たね」

声がしたので、あたりを見回したら、その機体の陰から、ブロンドの長身の女性が姿を現した。

「ユージェニーさん!」

アタシは声を上げた。隊長の妻で、もう何年も会ってなかった、アタシの性根を叩き直して、身も心も鍛えてくれた先生だ。

「あんなとこから、全員無事で、良くもまぁ生きて帰ってきたもんだ」

ユージェニーさんは、アタシらを見てそう言い、笑った。

 アタシ達はそれから、その機体の中にあるコンテナ内に作られた簡易の座席に乗り込んだ。

どこからやってきたのか、マライアもルーカスと一緒に姿を現して、乗り込んでくる。

ユージェニーさんの操縦で、機体は地面を離れた。

 アタシは、レナの体を抱いて、席に座っていた。

レナはこんなだし、ハンナは負傷。話に聞いたら、マークはそもそも脚に怪我をしていたらしい。

マライアは、明るかったけど、疲労困憊って感じだし、隊長もため息をついて、元気がない。まぁ、隊長はただの腹減りか。

そうは言っても、みんなボロボロだ。レナを助けるために、力を貸してくれて…

こんな飛行機や車に、突入のための機材や武器をそろえてくれて…

アタシ、こいつらになんて礼を言ったらいいんだろう、どうやって感謝したらいいんだろう。

 なんとなくそんなことを考えていた。でも、いくら考えたって、頭に浮かんでくるのは、助けてくれたことの感謝より、

「アタシと出会ってくれてありがとう」って、そんな言葉だった。

 ははは、なんか笑っちゃうよな。そんなこと、これまでだって、何度も何度も感じて来たってのに、さ。

アタシは、あんた達に出会えてよかった。あんた達の仲間に入れてもらえて、「家族」になれて本当に、本当に良かった…

ありがとうな、ありがとう…みんな…。

 そんなアタシの想いを見透かしたのか、レナが見上げてきて、ベコベコの顔で、にこっと笑った。あんたは、また、別口だ。

特別の中でも、特別!そう言ってやろうと思ったけど、さすがにやめた。

こんなにたくさんの中でそれを口にできるほど、アタシの照れ屋は治ってない。

308: 2013/07/06(土) 19:50:22.92 ID:VXHUrXhO0

代わりに、ポケットからPDAを取り出してモニタに表示させた番号にコールした。

<アヤ?>

すぐに電話口からカレンの声が聞こえた。

「あぁ、カレン」

<無事なの?>

心配げな、カレンの声が聞こえる。

「うん。みんな無事だ。今、南米に向かってる。パナマのトクメン空港」

アタシが言うと、カレンは

<そうか…>

と静かに返事をした。その声が微かに震えたのをアタシは感じた。

<なら、総出で出迎えに行ってあげるよ…楽しみにしてなよね>

「あぁ、うん…」

なんだか、カレンの言葉が、暖かくて心地良い。

<なら、またそのときにね>

「あぁ、カレン」

<なに?>

「ありがとうな」

<あぁ、うん>

カレンの、優しい返事が、PDAのスピーカー越しに聞こえてきた。

電話を切ってから、ふうと、ため息が出た。疲れたな、さすがに。

早く帰って、シャワーを浴びて、バーボンあおってベッドに入りたい…

レナを抱いてさ、で、となりのベッドには、ロビンに、今夜からは、レベッカも寝るのかな?

さ、レナ、帰ろう。アタシ達の家に…そう思って見下ろしたレナは、

メコメコの顔してるくせに、相変わらずかわいい顔して、アタシに笑いかけてくれた。

309: 2013/07/06(土) 19:52:07.10 ID:VXHUrXhO0

つづく!

脱出完了~最終パートは疾走感重視でした。
次回、もしかしたら最終回の、エピローグ編!

310: 2013/07/06(土) 20:04:42.16 ID:VXHUrXhO0

引用: ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが…