315: 2013/07/07(日) 23:33:55.91 ID:nBQnR4x30

【機動戦士ガンダム】ジャブローで撃ち落とされた女ジオン兵が…【前編】
【機動戦士ガンダム】ジャブローで撃ち落とされた女ジオン兵が…【中編】
【機動戦士ガンダム】ジャブローで撃ち落とされた女ジオン兵が…【後編】

【機動戦士ガンダム】ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが…【1】
【機動戦士ガンダム】ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが…【2】


「ぷはぁー!これ最高!最高だよ!」


温かいお湯が身に染みる。お酒がグルグルと勢い良く体を駆け巡って、なんとも幸せな心地になる。

あぁ、これ最高!アヤさんてば、ホント、こういうの作っちゃうところがすごいよなぁ。

あればいいなぁとは思うとしても、実際作ろうだなんて、そうそう考えないもん。

 あたし達は、アヤさんのペンションの庭に作られた露天風呂に使っていた。

それほど広いってわけでもないけど、竹か何かで作られた囲いから見える星空が格別にきれいに見える。

お酒もおいしいし、疲れた体には、こういうのが一番だよね、やっぱり。

「そうですねぇ、外で入るお風呂がこんなに気持ち良いなんて、思ってもみませんでした」

レオナがしみじみそう言っている。ホントだよね!

「たははは!マライア、あんたはホントに、大物になっちまったみたいだね」

「そんなことないよ!あたしはあたし!永遠の甘ったれ曹長です、カレン少尉!」

カレンさんがそう言ってきたので、謙遜しておいた。そりゃぁ、あたしだって氏線をいくつか乗り越えて来たけどさ…

やっぱり、アヤさんもカレンさんも大好きだもん。そこだけは、何があったって、変わらないんだ。

どんなに偉くなったって、どんなに強くなったって、あたしはみんなと一緒に居て、

こうやって昔と変わらずに笑っていられることが、何よりうれしい。うん、そのために、ずっと頑張ってきたんだからね。

「いいなぁ、私も入りたい…」

脚を撃たれて、島に着いてからすぐに治療に行ったハンナが、部屋着のままお風呂の脇の大きな岩に腰掛けてつぶやいている。

マークと一緒で、あたしがこんなだって分かってからのハンナの慕い方がなんだかくすぐったいくらいにカワイイ。

あたしも、アヤさん達にこう思われてるのかな?だとしたら、うれしいな…

あたしも、アヤさんみたいに、ハンナもマークも大事にしてあげないとな。

「ハンナはケガ治してからね!あ、お酒なくなっちゃった。お代わり!」

「はいはい」

「ふふふ、くるしゅうないぞ、ハンナ少尉!」

うん、こんな感じにも乗ってくれるハンナは、やっぱりカワイイ。

あたしがアヤさん達の妹分なら、ハンナはあたしの妹だね。
TV版 機動戦士ガンダム 総音楽集

316: 2013/07/07(日) 23:34:58.56 ID:nBQnR4x30

 あのあと、空港に着いたあたし達を迎えてくれたのはカレンさんだけだった。

みんなで、って話じゃなかったの、って聞いたら、わざわざここまで連れて来ることもないだろう?ってさ。

ちぇっ、楽しみにしてたのに。

あたし達はパナマの空港から、カレンさんの飛行機でアルバの空港へと飛んだ。

エプロンからロビーに入ったら、デリクにソフィア、アイナさんと、その夫のシローってのと、娘のキキちゃんに、

アイナさんを手引きしたっていう大きい方のキキちゃんもいた。

ハロルドさんと、妻だっていう、ちょっと怖そうなシイナさんも。

 あたし達の姿を見るなり、アイナさんが走って来て体当たりに近いくらいの勢いで

アヤさんとアヤさんが支えてるレナさんに飛び付いた。

アイナさんはレナさんの顔を見るなり、ボロボロ涙を溢して泣き出した。そんなアイナさんに向かってレナさんが

「アイナさん、無事でよかった」

なんて自分のことを棚に上げて言うもんだから、アイナさんはいっそう激しく泣き出してしまった。

 なんだか、その光景は心がポカポカして、見ているだけで、うれしい気持ちになった。

それからハロルドさんの妻のシイナさんも

「おかえり」

と言って、それから、そっと抱いていたロビンちゃんを下に降ろした。

ロビンちゃんは嬉しそうな、それでいて泣きそうな何とも言えない表情でアヤさんとレナさんのところに駆け寄って、

体をよじ登るようにしてしがみついた。

アヤさんが脇に手を入れて体を引っ張りあげて抱きしめたら、ロビンちゃんは肩に顔を埋ずめていた。

「ロビン、寂しかっただろ…ごめんな」

そう言ったアヤさんは、ロビンちゃんに頬を擦り付ける。お母さんなんだなぁ、アヤさんも、なんて思って、

ちょっとだけ、うらやましく感じた。

「ママは平気なの?」

と言うロビンちゃんにレナさんが抱っこを代わった。

最初は、アザだらけで腫れ上がったレナさんの顔を悲しげに見つめていたけど、

レナさんが昔と変わらないあの様子ではしゃいでロビンちゃんを抱き締めたら、すぐに笑顔になった。

317: 2013/07/07(日) 23:35:37.21 ID:nBQnR4x30

 あたし達は、それぞれアヤさんに紹介を受けて、ちょっと間そこで話をしていたけど、

カレンさんに促されて、このペンションにやってきた。マークとハンナはデリクがすぐに病院に連れて行った。

それから少し遅れて、レナさんも、アヤさんとロビンちゃんで病院へ向かった。

レナさんは、見かけはひどいけど、レントゲン検査なんかをして、命に別状はないってことだった。

撃たれた二人も、傷口はきれいで、治りも早いだろうって言われてすぐに帰ってきた。

 ティターンズの件が収まるまでは、あたしとレオナとハンナにマークは、ここで厄介になっておいた方がいいんだろうな。

隊長達は、明日にでもそれぞれの場所に帰るんだ、と言っていた。

ちょっと寂しいけど、でも、またすぐにみんなで集まろうって、そう約束してくれた。

「良いですねぇ、これ。何時間でも入ってられそうです…」

「レオナはお風呂好きだもんね」

レオナとハンナがそう言って笑い合っている。

話に聞いたら、レオナがケガをしてないのは、レナさんが守ったから、なんだと言ってた。

レナさんは、そんなことないよ、なんて言ってたけど、レナさんが相手にそう仕向けたんだろう。

捕虜になって、拷問されてまでレオナを守ろうとするなんて、たぶんあたしにもできない。

あたしだったら、我慢できなくて相手を挑発しまくって殺されてるだろうな。

やっぱり、アヤさんを尻に敷いているだけあってレナさんはそう言うところは別格だ。

「そういや、あんた良かったの?レベッカちゃんと一緒にいなくて?」

「良いんです、今日はきっと、アヤさん達と一緒に居たいでしょうし…

 それに、もう焦らなくたって、きっと時間はいっぱいありますから…」

カレンさんとレオナが話している。レベッカちゃんは、レオナの子でもあるんだよね…複雑そうだけど…

でも、レオナはあんまり気にしていないようだった。

「まぁ、そうかもね。ここいら中米は、ルオ商会に、ビスト財団とか、いろんなところの利権も絡んでるから、

 連邦も好き勝手に手出しできないし、タイミングが良かったよね。

 あの、ダカールの演説がもうちょい遅かったら、まだ追われる身だったかもしれないしさ」

カレンさんがしみじみ言った。ティターンズも、地球圏での活動はそろそろ難しいだろうな。

活動拠点のグリプスに集結している、なんて情報が入ってたし、たぶん、宇宙での総力戦になるんだろう。

確かに、カレンさんの言うとおり、タイミングが良かった。

あたしも、あのまま基地に居たら、それこそ宇宙へ上がっちゃってたかもしれないからね。

姿をくらますこととか、そう言うのもろもろ考えたら、これ以上ないってくらいのちょうどよさだった。

318: 2013/07/07(日) 23:36:14.31 ID:nBQnR4x30

「おーう、やってるな!」

声がしたので、振り返ったら、アヤさんが、レナさんと一緒にお風呂場に入ってくるところだった。

「あ!アーヤさーん!」

「レナ、あんた大丈夫なの?」

「うん、医者は平気だってさ。でも、痛くなるかもしれないから、ちょっとだけ、ね」

「レナさんも飲む?」

「あぁ、遠慮しとく。口の中の切れてるの、あと2,3日は治らないと思うし」

あたしはお酒を勧めたけど、断られてしまった。残念、レナさんとお酒飲んだことないから、一緒に楽しみたかったのに。

「あのチューブ食ばっかりってのは、気が滅入りますね…」

レオナがしみじみと言っている。確かに、あれはマズイからね…

「ロビンちゃんと、レベッカは?」

「あぁ、寝てるよ。ソフィアとシイナさんがついててくれるっていうからさ、すこし休めって、言われちまったよ」

アヤさんはそんなことを言いながら、桶で自分とレナさんにお湯をザバッとかけてから湯船に突っ込んできた。

「くはー!身に染みるなぁ!」

「アヤ、おじさんみたい」

アヤさんの言葉に、レナさんがそう言って笑う。もう、本当に夫婦なんだよなぁ、二人は…

いや、夫婦っていうのも、なんかちょっと違うのかもしれないけど。

「あ?いいだろ!気持ち良いもんは気持ち良いんだ!あ、マライア、アタシにもくれよ」

アヤさんがあたしの持っていたグラスを奪い取って一気に飲み干した。あっ、もう…せっかくハンナに入れてもらったのに…

いいですよーだ。新しいグラス出すから…

あたしは、ふくれっ面をみせてやってから、ハンナに別のグラスを取ってもらって、お酒をあおって一息ついた。

「はぁ、それにしても、良い夜ですなぁ」

「あはは、マライアさんも、アヤさんに似てる」

「ホント!?それは褒め言葉と思って受け取るよ!」

「こんなのに似て、どこが嬉しいんだかね」

「おぉ?なんだ、カレン、久々にやるか?」

「良いよ?受けてたってあげるわよ?」

「あーはいはい、慣れてない子達いるんだから、そのおふざけは今日はやめてね」

アヤさんとカレンさんが、いつもの、を始めそうになったので、レナさんが止めた。

なんだ、久しぶりだから見てみたかったのに…

まぁ、でも、ハンナやレオナには、ちょっとびっくりしちゃうようなやり取りになっちゃうだろうしね…

「お、なにレナ?ヤキモチ?」

そんなレナさんの言葉を聞いたカレンさんが、そう言ってレナさんを冷やかす。

あ、そう言うパターンもあるんだ?これは乗っておかないと!

「もう!ラブラブこそどっか余所でやってくださいよ!」

あたしもそう言って野次ってやる。

「ちっ、違うって!違うの!」

「あんたら、やめろよ!」

そしたら、レナさんどころか、アヤさんまで顔を真っ赤にして怒ったから、可笑しくて笑ってしまった。

319: 2013/07/07(日) 23:37:28.35 ID:nBQnR4x30

「ふぅ」

「気持ち良い…」

「お酒がおいしいなぁ」

「まったくだ」

「飲みすぎないでよ?アヤを部屋に運ぶの、大変なんだから」

「いいなぁ、私も入りたい…」

「…なぁ」

なんて、みんなでとりとめのない話をしていたら、急にアヤさんがそう言って、あたし達の顔を見た。

「ん?」

「なに、アヤさん?」

あたしとカレンさんが先を促すと、アヤさんは改まった様子で

「あんた達、みんな、ありがとうな」

としみじみと言ってきた。

「なんだよ、急に」

「いやさ…助けてもらったこともそうなんだけど…それよりも、さ。こんなアタシらと一緒に居てくれて、本当に嬉しいんだ!

 つらいのも、大変なことも手伝ってくれて、こうやって酒飲んだりバカやったりするのも一緒にやってくれるのがさ、

 楽しくて、うれしくて、幸せなんだ。アタシは、あんた達に出会えて、良かった」

「うん、私もそう思う…みんながいてくれて、ホントに嬉しい。カレンや、マライアちゃんや、シロー達も、

 シイナさん達も、ハンナにレオナに…みんなが居てくれるのが、ホントに幸せだよ。みんな、ありがとうね」

アヤさん…レナさん…

あたしは、胸がきゅっとなった。だって、8年間もずっと、そのために、頑張ってきたんだ。

別に、ありがとうを言ってほしかったわけじゃない。

アヤさん達の仲間として、そばに居たくて、守ったり、守られたりしたいって思って、ずっとずっと、戦ってきた。

だから、こうして、一緒に居てくれて嬉しいって言われるのは、あたしにとって…あたしにとって、何にも代えがたい言葉だった。

アヤさんが守ってくれたから、そばに居たいと思った。そのためには、アヤさんを助けられるくらいにならないといけなかった。

だって、あのままじゃ、あたしのせいでアヤさんやみんなを危ない目に合わせたり、迷惑をかけてしまいそうだったから…

 あたしは、ソフィアと無事にあそこから逃げ出して、アフリカから連邦に戻っても、ずっとそのことばかり考えていた。

自分が許せなかった。そんな時に、宇宙艦隊再編の動きを聞いて、その中に飛び込もうと思った。

その勇気をくれたのも、アヤさんだった。しっかりしろ、ってそう言ってくれた。

 今のあたしがあるのは、アヤさんのお陰なんだよ。だから、お礼なんていらないよ、アヤさん。

アヤさんが優しくて、それでいて強かったから、あたしを育ててくれたから、

あたしは、アヤさん役に立てるようになりたかっただけなんだ、そう言う存在として、そばに居たかっただけなんだ。

 そして、それを嬉しいって言ってくれる…だから、それはあたしにとっても、とても嬉しいことなんだ!


320: 2013/07/07(日) 23:38:01.01 ID:nBQnR4x30

「何をいまさら言ってんのさ。感謝なんて、こっちがしたいくらいだよ」

「え?」

あたしは、何かを言ってあげたかったけど、その前にカレンさんが、そう口を開いた。

「あたしらはみんな、あんた達にそれ以上を貰ってんのさ。

 アヤが太陽みたいにあたしらを照らしてくれて、レナが海みたいに包んでくれてさ。

 そう言うのが嬉しいから、みんなあんたらのそばに集まってるんだよね。

 あたしらが興味本位で集まったんじゃない、あんたらがあたしらを集めたんだよ。

 だから、気にすることなんてないさ。あたしらは、あんた達のお陰で、あんた達以上に幸せだよ、たぶんね」

あぁ、言いたかったこと、全部言われた…なんかちょっと、肩透かし食らった気分だった。

なによ、もう!二人はケンカしてればいいでしょ!

そう言う、大事なことはあたしに言わせてよ!カレンさん!

「カレン…」

レナさんが目をウルウルさせながら、カレンさんの名を呼ぶ。

「カレン、あんた…抱きしめていいか?」

アヤさんはもう、全身から信愛の気持ちを放出しながら、そう言ってカレンさんににじり寄っている。

「やめてよ、裸のときはさすがに気持ち悪い」

「まぁ、そう言うなって!」

アヤさんがカレンさんの腕を引っ張った。待って、それは待って!

「ちょ!アヤさん!待って!あたしも褒めてほしい!あたしも幸せ!アヤさんといるの幸せ!だからもっと頭を撫でて!」

あたしは、二人の間に割って入り、そう主張した。

だってアヤさん、飛行機の中で帰ったら甘えさせてくれるって言った!ここはあたしが褒められるべきでしょ!

「だー!マライア、あんたはあとだ!」

アヤさんはそう言ってあたしを押しのける。えぇ?!ひどくない?!

「なんでよ!ズルいよ!あたし今回、一番頑張ったじゃん!カレンさんは無線でちょびちょび絡んできただけらしいじゃん!」

「あぁ!?マライアあんた、あたしに文句でもあるのわけ?」

あたしが言ったら、今度はカレンさんがそう言ってあたしの腕をつかんできた。

「な、なによ!お、おどかしたって怖くないんだからね!」

あたしは、目一杯強がって、そう言いかえしてやった…けど。

そもそもカレンさんは、アヤさんと張り合うくらい気が強くて、ケンカはどうかしらないけど、

覇気っていうか、権幕はアヤさんとも引けをとらない…正直、言ってから、しまった、と思った。

「生意気に!沈めてあげるよ!」

「そういや、シイナさんのときにはずいぶん都合よくアタシらを使ったんだったな、マライア!

 アタシもあんたを沈めといた方が良さそうだ!」

カレンさんの言葉を聞いたとたん、アヤさんも手のひらを返したようにそんなことを言いだした。

「ちょ!え?!待って、待ってよ!そんなのないよ!ひどいよ!」

あたしは声の限りに抗議した。でも、二人掛かりで両腕を抑えられてあたしの頭をお湯に沈めようとして来る。

待ってよ!これってイジメだよね!?ダメだよ!イジメダメ絶対!カッコ悪い!

321: 2013/07/07(日) 23:39:19.28 ID:nBQnR4x30

 叫びながらジタバタと抵抗していたら、突然何かが降ってきた。

恐ろしく冷たいそれが、あたし達の頭から降りかかってきて、思わず悲鳴を上げてしまった。

「ぎゃーー!」

「!?」

「ひぃっ!な、なに!?」

「お!やったか?!」

「こちら、爆撃班!目標に命中の模様!くりかえす、目標への直撃を成功させた模様!」

「おーし、次、第二弾、装填!」

「了解!」

「た、隊長!マズイですって!てか、ティーネイジャーじゃないんすから…40超えたおっさんが何一番はりきってんすか…」

隊長達の声だ。どうやら、柵の外から水を掛けられたらしい。

なんてしょうもないイタズラを…そう思っていたら、カレンさんがフルフルと震えながらアヤさんを見やった。

「おい、アヤ」

「あぁ。マライア、あそこのデッキブラシもってこい」

あ、これ、やばいヤツだ。

「りょ、了解。これは宣戦布告と見なして良いんですよね?」

「ア…アヤ?!」

レナさんが戸惑い気味にアヤさんを制止する。でも、レナさん、分かるでしょ?これはね、逆らったらいけないやつ。

止めても、止らないやつ。あたしはキビキビっとデッキブラシを三本持ってきて、アヤさんとカレンさんに手渡す。

アヤさんは、ベンチに積んであったバスタオルを渡してくれて、それを三人で体に巻きながら

「良いか、第二撃投擲を確認したら、一気に叩くぞ」

と指示してくる。

「ダリルはアヤに任せるよ。あたしとマライアで、隊長とフレートを叩く」

カレンさんも、だ。あたしにも任務が割り振られてしまった…これは、やるしかない…

「デリクは最後に三人で袋叩きで良い。制止する気がない奴は、同罪だ!」

「そうだな。いいか、突撃準備!」

アヤさんがそう言って柵に、もうけられたドアのカギを開けて構える。

322: 2013/07/07(日) 23:39:47.74 ID:nBQnR4x30

「第二弾、発射!」

「行くぞ!突撃!」

アヤさんが先頭で飛び出した。カレンさんがそのあとに続き、あたしも最後尾で柵から外に躍り出る。

こうなったら、ヤケクソだ!作戦も無視!今日、久しぶりに会って、話したときに感じたうっぷんをここで晴らしてやる!

「げ!」

「で、出た!」

「うお!デッキブラシ持ってんぞ!」

「鬼神だ!ジャブローの鬼神が出たぞ!」

「て、撤退だ!」

「デリク、すまん!」

「ちょっ!わっ!フレートさん!」

フレートさんが、逃げながらデリクを引き倒した。あぁ、囮にされたのね、デリク。

残念…でも、あたしは今日は、容赦しないからね…

 ひっくり返ったデリクの傍らにあたしは立って、怒りを込めて見下ろしながら言ってやった。

「デリク!あたしより先に…しかもソフィアと結婚なんて…!抜け駆けした罪は重いんだからね!」

「ひっ…ひぃぃ!」

デリクが本気で情けない悲鳴をあげるもんだから、噴出して笑ってしまった。


323: 2013/07/07(日) 23:40:15.78 ID:nBQnR4x30

「まったく、アヤってば。はしゃいじゃって」

「ごめんって。まったく、あいつら、ホントいつまでたっても子どもだよな」

私が言うと、アヤはそう言って笑った。何言ってるの、

「アヤだって、いつまで経っても子どもみたいなところあるよね」

さらに追撃したらアヤは

「え、そうかなぁ?」

なんて苦笑い。ふふ、意地悪でごめんね。

 アヤは、私を脱衣所まで送ってくれた。まだお風呂で騒ぐ、と言うので

「あんまり飲みすぎないでね」

とだけ伝えて、背伸びをして、キスをした。口の中が痛いから、軽く、ね。

そしたらアヤは代わりに私をキュッと抱きしめてくれた。

 部屋着に着替えてホールに戻ったら、お風呂に行く前のメンツがそのまま、まったりとした雰囲気で談笑していた。

「ソフィア、シイナさん、ごめんね。大丈夫だった?」

遊び疲れて寝てしまった、ロビンとレベッカを見ていてくれたソフィアたちに聞いたけど、

「あぁ、特になにも。もっとゆっくり入ってくりゃ良かったのに」

なんて、シイナさんが言ってくれた。

 ケガが痛くなると困るから、と言いながら席について、コップに冷たいお茶を入れてストローを差す。

これでなら、飲めるんだな。

「あはは、キキちゃんも寝ちゃったんだ」

「ええ。もうぐっすり」

アイナさんが、ソファに寝かせたキキちゃんの頭を撫でている。

その隣のソファでは、アイナさん達と古い仲だって言う、アイナさんの基地潜入を手引きした大きい方のキキちゃんも

すやすやと寝入っていた。

「大きいキキちゃんも、寝ちゃったんだね」

「ええ。なんだか、私のことも、皆さんのこともとても気にかけていたみたいで…安心して、疲れが来たんだと思います」

「シローも?」

「はい。彼も、数日寝てないと言ってましたし」

私が聞くと、アイナさんはそう言って笑う。

なんだか、モヤモヤソワソワして部屋の中をうろついたり、

たまらなくなって壁やテーブルを叩いたりしているシローの姿が目に浮かんできて、

失礼だな、と思いながら、でも笑えてしまった。

324: 2013/07/07(日) 23:40:51.77 ID:nBQnR4x30

「そうだ、シイナさん、ロビン大丈夫だった?」

「あぁ。最初の日だけは、しばらくメソメソしていたけどね。一緒に寝るようにしてやったら、それからは落ち着いたよ」

ロビンはなぜだか、1歳になるころには、シイナさんにべったりと懐いた。アヤと私の次に誰が好き?

なんて聞いたら、確実にシイナさんの名前が出てくる。

本当にどうしてか不思議なんだけど、もしかしたら、あの懐の広さみたいなのを、ロビンも感じるのかもしれない。

どんなことがあったって、部下に慕われた、部隊長なんだ。みんなのお母さんとかお姉ちゃんみたいなものなのかもしれない。

「ロビンちゃん、シイナさんに懐いてますもんね」

「シイナさんは、お子さんは作らないんですか?」

「迷ってるんだ。こんな私が、って思うところも、正直あってね」

「そうですか…」

アイナさんとソフィアがシイナさんとそんな話をしている。

「気にすることないですよ、それはそれ、これはこれ、だと思います」

「うんうん、そうそう。見たいな、ハロルドさんとシイナさんの子。きっとすっごい美形のはず!」

「あはは、あんた達ならそう言ってくれると思ったよ。まぁ、考えてみるさね」

アイナさんとソフィアに言われて、シイナさんは笑った。それからシイナさんは思い出したように

「そう言えば、アイナは大丈夫だったのかい?ケガとかそう言うのさ」

と聞いた。

「ええ、全然。マライアさんが良くしてくれて…まさか、アヤさんの元部下だったなんて、驚きましたけど」

アイナさんがそう言って笑う。

「それは私も聞いたときは驚いたよ!8年前に会ったときは泣いてばっかりで、アヤにすがってる子犬みたいな子だったのに」

「あはは、子犬、か。確かに、犬っぽいですよね、マライア」

私が言ったら、ソフィアもそう言う。

「子犬ねぇ。さっき話した印象だと、子犬ってより、従順な軍用犬、って印象だったね」

「でも、犬は犬なんですね」

シイナさんの言葉に、アイナさんがそう口をはさんだので思わずみんなで笑ってしまった。

325: 2013/07/07(日) 23:41:25.26 ID:nBQnR4x30

 一通り笑って、それを収めてから、私は、言おうと思っていたことを伝えるために、口を開いた。

「あのね」

「はい?」

「さっき、お風呂でアヤも言ってたんだけど…みんな、ありがとうね」

「何がだい?」

シイナさんが、キョトンとした表情で聞き返してきた。

「一緒に居てくれて。友達で、ううん、アヤ風に言えば、家族として、そばにいてくれて…

 今回のことがあっても、なかったとしても、私たちは、みんながいてくれて、すごく幸せだよ。

 だから、ありがとう…それから、これからもずっと仲良くしてね」

ホントはね、それだけじゃないんだよ。アイナさんも、ソフィアもシイナさんもね、私にとっては、同じ故郷の同じ仲間。

あの暗い宇宙からここにたどり着いた、かけがえのない人たちなんだ…

昔アイナさんが言ってくれたみたいにね、みんな、私の姉妹なんだって思ってる。

血のつながった家族を亡くした私の、家族なんだよ。辛いときに助けてくれて、楽しい時に一緒に笑ってくれる…

みんながいてくれて、私、本当に幸せなんだ…。

 気が付いたら、また、ポロポロと涙がこぼれてしまっていた。

「レナさん…」

「あははは。泣くようなことかい。私らの方が礼を言いたいくらいなんだ」

シイナさんが、ポンポンと私の肩を叩いてくれる。カレンさんと同じことを言ってくれるのが、また、うれしくて、

私はそのまましばらく、涙が止まらなかった。本当に、すぐ泣けちゃうこのクセ、かっこ悪いんだけどさ…。


326: 2013/07/07(日) 23:42:20.30 ID:nBQnR4x30

皆がホールから部屋に戻った。私も、ロビンとレベッカを抱いて部屋に戻っていた。

ロビンたちは隣の子ども用のダブルに寝かせて、私もゴロゴロとベッドに転がる。

しばらくそうしていたら、

「ふぅ」

とため息をつきながら、アヤが部屋に入ってきた。はしゃぎ疲れたのか、すこし、眠そうな顔だ。

「おかえり、みんなは?」

「カレンとマライアははしゃぎ足りないみたいで、まだホールで騒いでるよ。マークとハンナに、レオナは部屋に通した」

アヤはそう答えて、ベッドに腰を下ろした。

 私がすり寄って行くと、アヤはギュッと私を抱きしめて、そのままベッドに倒れ込む。私も、アヤの体にしがみつく。

アヤだ…。私の大事な、一番好きな、最愛の人。彼女の暖かいぬくもりが伝わってくる。

彼女の温度、彼女の匂い、彼女の声、彼女の瞳、彼女の心…

すべてが私を優しく、大事に、包み込んでくれているような気さえする。

なんだか、胸の奥が暖かくて、とても暖かくて、いっそう、彼女に体を密着させる。

 そしたら、アヤはクスッと微かに笑い声をあげた。

「なに?」

「ん、別に…」

私が聞いたら、知らないよ?と言わんばかりに、そっぽを向く。

「なによ?」

「いや…昔のこと、思い出してた」

さらに聞いたら、アヤは正直に白状した。昔のこと、か…

「あのときは、びっくりしたけど…でも、ほら、戦闘機の中で寝たときさ。

 アタシ、あんなに心から安心したのは、施設にいたときに、ユベール達と過ごしてたとき以来だったんだ」

アヤは私の髪に、顔をすりつけながらそう言ってくる。

「あの時のアヤのこと、私もまだしっかり覚えてるよ…戦闘機の中のことも…

 私が一番はっきり覚えてるのはね、独房に来てくれたとき。私の顔を見て、泣きそうな顔で怒ってくれたこととか、

 あれは本当に嬉しかった。それから、船の中で私を守るって言ってくれたことも」

「懐かしいな」

「うん…」

私は返事をして、目を閉じる。

 本当に、あれから長い月日が経ったな。いつの間にか、友達も、仲間も、家族もたくさん増えた。

何事もなく、ずっと一緒に居たから、こんなこと考えもしなかったけど…でも、今回のことがあって、改めて思い知らされた。

今のこの生活が、どれだけ愛おしくて、どれだけ幸せなのかってことを。また、目頭が熱くなる。

もう、どうしてこう簡単に出てきちゃうんだろう、涙って。

327: 2013/07/07(日) 23:43:40.99 ID:nBQnR4x30
「アヤと一緒に居られるのが、うれしい」

私はアヤに囁いた。

「アタシもだ」

アヤもそう言ってくれた。私はアヤを見上げると、アヤも私を見ていた。

「なんで泣いてんだよ」

そんなことを言ってきたアヤも、ポロポロと涙をこぼしていて、なんだかちょっと、笑ってしまった。

「アヤだって…」

そう言ってやったら、なんだか、どこかで張りつめていたものが、プツッと切れた。途端に、強い感情が湧き上がってきて、

涙になってあふれだしてくる。暗くて冷たくて、鋭い、恐怖が、アヤの温もりに溶かされてあふれ出てくる。

 私は、アヤの胸に顔をうずめた。

「…怖かった」

「うん」

いつの間にか、私は震えていた。そうだ、私は怖かった。

あのとき、あの場所で、もしかしたら殺されてしまうんじゃないかってことを、胸の内に閉じ込めていた。

それは、とてつもなく怖いことだった。自分が氏んでしまうことなんかじゃない。

アヤを、アヤ達を悲しませてしまうかもしれない、それを考えるのが、とてつもなく、怖かった。

「アヤ達を残して氏んじゃったら、アヤが、ロビンがどれだけ悲しむかって思ったら、すごく怖かった…」

「うん」

私が告げたら、アヤはそう返事をして、私の体にまわした腕により一層強く力を込めてくれる。

暖かい…本当に、あの時の戦闘機の中みたい…私は、そんなことを思っていた。

「…無事でいてくれて、本当に良かった…」

アヤの囁くような、うめくような、泣き声に近い、そんな言葉が聞こえた。

 私は、アヤにしがみついて泣いた。アヤも私を抱いて、私の髪を涙で濡らしながら泣いていた。

「もう、寝なきゃね」

「ああ、そうだな。隊長達に朝飯作ってやんないといけないしな」

「うん」

「海に行きたいね」

「そうだな、明日は船でも出すか。いつもの島なら、風が出てても大丈夫だし」

「ニケたちも連れて行ってあげよう?」

「あぁ、それがいいな」

「…」

「…」

「…アヤ?」

「ん?」

「暖かい」

「うん」

「安心する」

「…あぁ、アタシもだ」

「おやすみ、アヤ」

「おやすみ、レナ」

328: 2013/07/07(日) 23:44:19.98 ID:nBQnR4x30

 良い夜だ、か。まったく、その通りだな。

俺は、デッキに出て、マライアさんにもらったビールを片手に、空を見上げていた。

部屋に通されたけど寝る気になんて、ならなかった。この開放的な気持ちを、もっともっと味わっていたかったからだ。

 俺のしたことなんか、大したことはない。口から出まかせを言って、あの無線モジュールを繋げただけ。

敵と戦ったわけじゃない。自分の手で、レオナを取り戻したわけでもない。

でも、なんだか無性にすがすがしくて、気分が良い。あぁ、そうだ。

俺は、やったんだ。きっと初めて自分の義ってやつを貫き通した。だから、こんな気分なんだろう。

 空港でニケたちに再開したとき、あいつら、まるで幽霊を見るみたいに俺を見つめてから、こぞって飛びついてきて大変だった。

だけど、俺は、あいつらをちゃんと受け止めることができた。脚が痛かったしよろけたが、そう言う話じゃない。

もっと精神的な部分だ。ニュータイプのあいつらを、俺は、まるで弟や妹みたいに思って、再会を喜べた。

そのことが、どうしてか嬉しくてたまらなかった。

それもこれも、マライアさんが助けてくれたことと、それから、アヤさんが信じてくれたからこそ、だ。

 あのアヤさんって人は本当に不思議だ。

ニュータイプらしいけど、レオナやニケたちに感じたような壁は全くと言っていいほどなかった。

マライアさんも、レナさんもそうだったけど、それはあのアヤさんあってのことだと思う。

ニュータイプってのは、感じ取ることに優れているものだと思っていたが、

あのアヤさんは、感じ取るだけじゃなくて、まるで自分の意思や勇気を相手を選ばずに伝えることが出来る様な、

そんな感じだった。

 もしかしたら、ジョニーの話の中にあった、人を惹きつけるタイプのニュータイプなのかもしれない。

いや、おそらく惹きつけるだけじゃなくて、ある種の変革ももたらす人だ。

あの人の、強烈な「繋がろう」とする気持ちは、人と人の間のわだかまりなんて簡単に打ち壊して、

まるで古くからの友人みたいに手と手を取り合うような気持ちにさせる。

ただそれは、能力よりも人柄なのかもしれない、とも思う。話を聞けば、小さい頃からいろんな苦労をしてきたっていうし。

そう考えたら、ジョニーの言った、希望としてのニュータイプの、さきがけなのかもしれない。

 ニケたちも、あの人のように、苦労を乗り越えて、何かをつかめば、もしかしたら、

たくさんの人を幸せに出来る様な人になるのかもしれない。

 あいつらには、そう言う未来を望んでやりたい。

329: 2013/07/07(日) 23:44:47.14 ID:nBQnR4x30

「あー、いたいた」

ハンナの声だ。デッキから玄関の方を見やったら、ハンナとそれを支えるレオナがいて、こっちに手を振っていた。

 二人はデッキまでやってきて、俺の隣に腰を下ろす。

胸に暖かい感覚が湧いて来たのもつかの間、そう言えば、メキシコで別れるときのレオナが…

それを思い出して、ひとりでに体が固まった。待てよ…これって、あれか?修羅場なのか?

 「いやぁ、のぼせちゃったよ」

「レオナは本当にお風呂好きね」

「だってさ、研究所の中って他に自分の時間とか楽しみとかなかったし…」

「あぁ、そっか…ごめん、なんか変なこと聞いた」

「ううん、いいのいいの!明日は海に行ってみたいんだよね。アヤさんにお願いしようかなぁ」

あれ、なんか、平和な会話だな…大丈夫、なのか?

 「ははは。そうだな、頼んでみろよ。俺は大人しくここでのんびりしてるからよ」

「えぇー?マークも行こうよ」

「残念、私とマークはケガにんなので海水浴は出来ません!レオナ一人で行ってきな!」

「なにそれ、ひとり占め?ずるい!」

あれ、なんかやっぱり、おかしな方向へ行かってないか?

 「そう言えば!レオナ、あのとき、マークに無理矢理キスしたでしょ!」

「無理矢理じゃないよ!マーク、受け入れてくれたもん!」

「嘘よ!マークは私の恋人なのよ!?そんなことないよね、マーク!?」

「マーク、どうなの?!私とキスするのイヤだったの!?」

なんだよ、これ。なんなんだ、この状況?

「いや…えぇと…あのときは、その、突然で、なんていうか…」

「なに!?認めるの?!最低!離婚よ!もう離婚!」

り、離婚て、結婚すらしてないだろうに…

「ひどいよ…そんな気もないのに私を受け入れるふりをしたなんて!」

ちょ、え、レオナ?まで何言い出すんだ!?

 俺がまるで意味が分からなくて、しかも動揺していたら、二人は顔を見合わせてから俺の方を見て、

ニンマリと、ハンナのお得意のあのいたずらっぽい、したり顔でニヤついてから、さらに声を上げて笑った。

 なんだよ、くそ!ハメられた!

 俺は腹立ちまぎれに、ビールをあおる。まったく、性質の悪いぞ、お前ら!

330: 2013/07/07(日) 23:45:15.98 ID:nBQnR4x30

「ふぅ、あー、可笑しい」

笑いを収めたレオナがそうつぶやいてから、

「あのね」

と俺をチラッと見やってきた。

「なんだよ」

ぶっきらぼうに、不機嫌な態度を見せて聞き返してやるとレオナは少しだけ寂しそうに笑った。

「二人は、これから、どうするつもり?」

「え?」

俺よりも早く、ハンナがそう声を上げた。これからのこと…

そう言や、今日のことで精一杯で、そんなこと、考えてなかったな…チラッとハンナを見た。

ハンナも、戸惑った表情をしている。

「まだ、決めてないけど」

俺が言うとレオナは

「そっか」

と言って、話を続ける。

「レナさんがね、言ってくれたんだ。一緒にここで、ペンションをやりながら生活しないか、って。

 ほら、レベッカもいるしね…あの子は多分、アヤさんレナさんとロビンちゃんと一緒に過ごすのが良いと思うんだ。

 レナさんにも、そう言ったの。でもね、レナさんは、『あなたも、レベッカのママでしょ?』って言ってくれた。

 遺伝子は繋がってないかもしれないけど、レベッカは、私の体の中で育って、私が産んだ、私と体を分け合った、

 私の子どもでしょ、って、そう言ってくれた。だからね、私、ここに残ろうと思うんだ。レベッカの母親の一人として」

レオナは笑った。寂しそうに、笑った。

「だから、聞いたの。二人は、どうするのかな、って」

そうか、レオナ、別れを言いに来たのか…俺たちに。俺は息を飲んでしまった。そんなこと、考えていなかった。

短い間だったけど、何をしてやれたかわからないくらいの期間だったけど、基地から逃げ出してから、

一緒に時間を過ごしたレオナとは、これからもずっと一緒にどこかへ歩いて行くんだろうって、なんとなく考えていた。

 だけど、そうか。そうだよな。冷静に考えれば、そんなこと、ないんだよな…。

331: 2013/07/07(日) 23:46:06.37 ID:nBQnR4x30

「私は…」

ハンナが口を開いた。

「私は、ニケたちについて行こうと思ってる。あの子達には、親とか、そう言う頼るべき存在が必要だと思う。

 あの子達がこれから、カラバに引き渡されてどこで生活するかわからないけど、

 私は、あの子達が、せめて自分で生活を立てられるようになるまでは一緒に居て見守ってあげたい」

ハンナは、言った。そうか…だとしたら、俺は…俺は…

「マークは、ハンナについて行くでしょう?」

レオナが、先にそう言ってきた。そうだ、その通りだ…

「あぁ、ハンナがそう言うのなら、そうしようと思う」

「そうだよね」

レオナは、また笑顔を見せた。なぜだか、胸がキリキリと痛む。

でも、レオナは辛そうな表情で、しかし、はっきりとした口調で言った。

「お別れだね」

 その言葉は、俺の胸に、ずっしりと圧し掛かった。なんでだろうな…本当にちょっとの間しか一緒にいなかったのに…

今生の別れってわけでもないのに、どうしてこんなに気持ちが重くなるんだ…。

「マークのことが、好きだった」

―――あぁ、そうだ

「こんな私を、私たちを、助けて、それで、自分の気持ちと戦いながら、

 一生懸命に向き合ってくれようとしていたあなたに惹かれた。

 生まれてきて、初めて、普通の人の、暖かさに触れた気がした。大事に想われてるんだなって、そう感じられた」

―――分かってただろうに、俺は…また、同じことを繰り返すところだった…

レオナは、目に涙をいっぱい溜めて、それでも続ける。

「だから私も、戦えた。レナさんと一緒につかまって、レナさんの拷問を見せられても、道具だって言い捨てられても、

 私は、絶望しなかった。負けなかった。あなたが信じてくれたから。優しくしてくれたから。

 私たちのために、戦ってくれたから…」

「レオナ…」

ハンナが、彼女の肩を抱く。

「だから、お別れは、寂しいよ」

レオナ、そんなに俺のことを大事に想ってくれてたか…俺は…俺は、なんて声を掛けてやればいいんだろう…

「…別れなんかじゃない」

考えるよりも早く、俺はそう口にしていた。

332: 2013/07/07(日) 23:47:15.78 ID:nBQnR4x30

「マーク…」

「別れなんかじゃない…サビーノが、言っていた。お前ら、ニュータイプは、離れていても、気持ちが通じ合うんだろう?

 思念ってのが、伝わるんだろう?だったら、離れていたって、それは別れじゃない。

 ニュータイプの力はそのためにあるんだって、俺はそう思う。

 この広い地球を飛び出して、広大な宇宙へ飛び出した人類が得た、電波なんかじゃ伝わらないものを伝えるための力なんだと思う。

 俺は…いや、俺も、ハンナも、ニケ達も、いつでもレオナと繋がってる。安心しろ。

 レオナの、俺を好きっていう気持ちには答えてやれないけど…俺たちは、ずっと、レオナと心を繋げていると約束する。

 だから、別れなんかじゃない。そうだろう?」

そうだ。ニュータイプは得体の知れないものなんじゃない。

能力のない俺のような人間でも、ごくありふれて使っている感覚と同じなんだ。

誰かを思いやって、誰かと心を繋げておく、心に、誰かの存在を刻んでいくのと、何一つ変わりないじゃないか。

「マークぅ」

レオナは、泣き崩れるようにして、俺に抱き着いて来た。レオナを抱き留めて、腕を回してやる。

ハンナもレオナを後ろから抱きしめてくれた。

 大丈夫だ、レオナ。お前はもう、ずっと過ごしてきた研究所にいたみたいに一人じゃないんだ。俺たちがいる。

アヤさん達もいる。遠く離れても、その気になれば、俺を感じ取れる。

 ニュータイプってのは、この広く果てしない宇宙で、人と人が繋がっていくために生まれてきたんだ。

言葉に乗らない想いを、目に見えないしぐさを、触れることのできない温もりを感じるために芽生えた能力なんだ、きっと。

人と人が、理解し合い互いにわかり合うための、誰かが孤独にならないために、誰かを孤独にしないために、

負った傷を、癒し癒されるための力なんだ。

 ニュータイプもオールドタイプも、関係ない。

俺たちは、みんな、幸せを願って、大事な誰かとともに生きたいと願う、同じ人間に違いないんだ。








―――――――――to be continued

336: 2013/07/07(日) 23:59:08.74 ID:nBQnR4x30

 あれから、半年以上たった。

私のケガもすっかり治ったし、レベッカはここの暮らしにもなれて、いつもロビンとべったり二人でいるくらいすっかり仲良し、

レオナも、なぜか居ついているマライアちゃんも、ペンションの仕事を手伝ってくれたり、ロビン達の面倒を見たり、

アヤの船の仕事を手伝ったり、すっかりこの島での生活も板について来た。

 私たちが研究所から逃げ出してからしばらくして、ティターンズはエゥーゴとアクシズとの三つ巴の戦闘の末、壊滅した。

これで、すこしは平和になるかな、と思ったら、今度はアクシズがネオジオンって名前を掲げて、現在連邦と戦争中。

ティターンズに飼いならされた連邦軍と、ティターンズとの戦闘で多くの戦力を喪失したエゥーゴは苦戦中。

 戦略的価値のないこの辺りには戦闘は及ばないし、マライアちゃんが言うには、

地球とコロニー全域に強大な幅を利かせている財閥や経済組織と関係の深いこの辺りを襲ったり、

戦闘にさらすのはタブーになっているらしくて、戦争をしている、なんて話を聞いても、

テレビなんかで情報を取らない限りは、てんで実感がわかない。お客がちょっと減っちゃったってことくらいかな。

まぁ、正直な話、それが一番痛いところだっていうのはあるんだけど…

 「ただいまー!」

玄関から声がした。掃除を中断して、客室から一階に降りると、そこには、

レオナに連れられたロビンとレベッカが、お揃いの服にお揃いのカバンを背負ってニコニコしながら立っていた。

幼稚園から帰ってきたんだ。

「おかえり!ほら、手洗いうがいして、おやつにしよ!今日はソフィアがケーキ焼いて持ってきてくれたんだよ!」

「ケーキ!?」

「食べる!」

二人は、黄色い悲鳴を上げながら、階段を駆け上がって、自分たちの部屋へと走って行った。

「レオナ、おかえり」

「ただいま、レナさん。アヤさん達は、まだ戻ってないの?」

「あぁ、うん。もうすぐだと思うんだけどね」

私が言うと、レオナはなんだか少し、顔を曇らせた。

「どうしたの?」

私が聞くと、レオナは首をかしげて、

「分からないけど、なんか変なの。気分がさえないっていうか…イヤな感じがするっていうか…」

と歯切れの悪い返事をする。私は、特になにも感じないけど…でも、少し気になるな。

こういうのって、とりあえず対処しておいた方が、精神衛生的に良かったりするよね。

「そっか…とりあえず、私連絡してみるよ。レオナは、ケーキ、冷蔵庫に入ってるから、ロビン達に準備して一緒に食べてて。

 私も掃除が終わったらすぐ行くから」

そう言うと、レオナはすぐに顔を輝かせて

「ケーキ私のもあるんだ?!」

と、子どもみたいな顔をして喜んだ。

337: 2013/07/08(月) 00:00:07.61 ID:HDJ29ZM50

笑顔で、レオナがホールへ入るのを見送ってから、階段を上がりつつ、PDAでアヤのナンバーにコールしてみる。

「はいよ!レナ、どうしたー?」

アヤの明るく抜けた声が聞こえた。

「今どこにいる?おやつにしようと思ったんだけど…」

私が言うと、アヤはまた飛び切りに元気な声で

「そっか!ちょうどよかった。もう着くから、アタシらのも頼むな!」

と言ってきた。うん、これなら大丈夫そうだ。レオナにも言ってあげなきゃな。

「了解!」

と返事をしてから電話を切って、階段の上から大声でレオナにアヤとマライアが帰ってくると教えてあげた。

レオナは少し安心した表情で、

「わかった。ケーキ出しておくね」

と返事をして、ホールの方へと入って行った。

 私も胸の引っ掛かりが取れたので足早に部屋まで戻って、掃除を終わらせる。

掃除機と雑巾の入ったバケツを持って、階段を下りた時に、ちょうどよくアヤとマライアが玄関から入ってきた。

「あ、おかえり!」

「ただいま、レナ!」

アヤはいつもの笑顔で私に駆け寄ってくると、いつもとおんなじように私を抱きしめて、額に口付てきた。

研究所から脱出してきた次の日から、アヤの愛情はとどまることを知らなくて、なんだかもう、

恥ずかしいなんて言っている方が恥ずかしくなってくるくらいだった。

 こうなったらもう、開き直ったほうがすがすがしいんじゃないかと思って、

最近では私も照れずにアヤの行動を素直に受け入れることにしている。

まぁ、うん…毎日やってるのに、毎回嬉しいから、別に良いんだけどさ。

338: 2013/07/08(月) 00:01:32.89 ID:HDJ29ZM50

 と、アヤの肩越しにマライアと目があった。と、思ったら、アヤの後ろから飛んできて、

アヤが離れた直後の私に飛びついて来た。でも、私のところにたどり着く直前に、

アヤに後ろ襟をつかまれて制止され、階段の方にひょいっと追いやられてしまった。

「ひどい!あたしだってレナさんと仲良くしたい!」

「あんたの仲良くは行きすぎなんだよ!」

「アヤさん、自分にはやっても怒らないくせに!ケチ!ヤキモチ焼き!

 あたしはアヤさんみたいにイヤらしい目的でハグしたいんじゃないもん!」

「んだと!言わせておけば、マライアのクセに!」

「なによ!掛かってきなさぎゃーーーー助けて!」

アヤがマライアに立ち姿勢の関節技をかけている。まぁ、これもいつものことだ、うん。

 不意に、ガチャンと物音がした。

「なんだ?」

「ん?なにか聞こえた?」

アヤとマライアがそう言って騒ぎを収めて私を見る。確かに何か聞こえた。ホールの方からだ。

「聞こえた。ホールから」

気になって、掃除機とバケツを壁際に置いてホールへ行こうとしたらロビンがホールのドアを開けて飛び出て来た。

「ママ!レオナマーが!レオナマーちゃんが変なの!」

ロビンはそう言って慌てた様子でピョンピョンと飛び跳ねている。

―――レオナが?

 私は、さっきのレオナの様子が頭をよぎった。あれは、いつもの感覚なんかじゃなくて、

具合が悪かったとか、そう言うことだったのかもしれない…

 思わず、私はロビンの脇をすり抜けて、ホールに駆け込んだ。

でも、そこにはケーキと紅茶が用意してあるけど、誰の姿もない。

「ママ!ママ!!」

キッチンだ!

 私はホールの脇からキッチンに向かう。

 中を覗くと、そこには、レベッカとレオナがいた。

 レオナはうずくまって、頭を抱えながら、うずくまって、うわ言のように何かをつぶやいている。

レベッカはそんなレオナの顔を心配そうに覗き込みながら一生懸命にレオナを呼んでいる。

 「レベッカ、すこし離れていて」

私は、レベッカにそう言うと、レオナの脇に座って様子を見る。

 レオナはガタガタと震えていた。そして震える唇で

「だめ…れいちぇる…れい…ちぇる…」

とうめいていた。

―――レイチェル?誰のこと…?

そこまで考えて、直感的に、分かった。レオナは、何かを感じ取ってしまったんだ。なにか、とてつもない、怖いものを。

その、レイチェル、と言う人に、その、恐ろしい何かが起こったんだってことを。






367: 2013/07/13(土) 20:31:45.94 ID:G6UAFIMc0

 あれから、半年以上たった。

私のケガもすっかり治ったし、レベッカはここの暮らしにもなれて、

いつもロビンとべったり二人でいるくらいすっかり仲良し。

レオナも、なぜか居ついているマライアちゃんも、ペンションの仕事を手伝ってくれたり、

ロビン達の面倒を見たり、アヤの船の仕事を手伝ったり、すっかりこの島での生活も板について来た。

 私たちが研究所から逃げ出してからしばらくして、

ティターンズはエゥーゴとアクシズとの三つ巴の戦闘の末、壊滅した。

これで、すこしは平和になるかな、と思ったら、今度はアクシズがネオジオンって名前を掲げて、

現在連邦と戦争中。

ティターンズに飼いならされた連邦軍と、ティターンズとの戦闘で多くの戦力を喪失したエゥーゴは苦戦中。

 戦略的価値のないこの辺りには戦闘は及ばないし、マライアちゃんが言うには、

地球とコロニー全域に強大な幅を利かせている財閥や経済組織と関係の深いこの辺りを襲ったり、

戦闘にさらすのはタブーになっているらしくて、戦争をしている、なんて話を聞いても、

テレビなんかで情報を取らない限りは、てんで実感がわかない。

お客がちょっと減っちゃったってことくらいかな。

まぁ、正直な話、それが一番痛いところだっていうのはあるんだけど…

 「ただいまー!」

玄関から声がした。掃除を中断して、客室から一階に降りると、そこには、

レオナに連れられたロビンとレベッカが、お揃いの服にお揃いのカバンを背負ってニコニコしながら立っていた。


「おかえり!ほら、手洗いうがいして、おやつにしよ!今日はソフィアがケーキ焼いて持ってきてくれたんだよ!」

「ケーキ!?」

「食べる!」

二人は、黄色い悲鳴を上げながら、階段を駆け上がって、自分たちの部屋へと走って行った。

368: 2013/07/13(土) 20:32:14.17 ID:G6UAFIMc0

「レオナ、おかえり」

「ただいま、レナさん。アヤさん達は、まだ戻ってないの?」

「あぁ、うん。もうすぐだと思うんだけどね」

私が言うと、レオナはなんだか少し、顔を曇らせた。

「どうしたの?」

私が聞くと、レオナは首をかしげて、

「分からないけど、なんか変なの。気分がさえないっていうか…イヤな感じがするっていうか…」

と歯切れの悪い返事をする。私は、特になにも感じないけど…でも、少し気になるな。

こういうのって、とりあえず対処しておいた方が、精神衛生的に良かったりするよね。

「そっか…とりあえず、私連絡してみるよ。

 レオナは、ケーキ、冷蔵庫に入ってるから、ロビン達に準備して一緒に食べてて。私も掃除が終わったらすぐ行くから」

そう言うと、レオナはすぐに顔を輝かせて

「ケーキ私のもあるんだ?!」

と、子どもみたいな顔をして喜んだ。笑顔で、レオナがホールへ入るのを見送ってから、

階段を上がりつつ、PDAでアヤのナンバーにコールしてみる。

「はいよ!レナ、どうしたー?」

アヤの明るく抜けた声が聞こえた。

「今どこにいる?おやつにしようと思ったんだけど…」

私が言うと、アヤはまた飛び切りに元気な声で

「そっか!ちょうどよかった。もう着くから、アタシらのも頼むな!」

と言ってきた。うん、これなら大丈夫そうだ。レオナにも言ってあげなきゃな。

「了解!」

と返事をしてから電話を切って、階段の上から大声でレオナにアヤとマライアが帰ってくると教えてあげた。

レオナは少し安心した表情で、

「わかった。ケーキ出しておくね」

と返事をして、ホールの方へと入って行った。

 私も胸の引っ掛かりが取れたので足早に部屋まで戻って、掃除を終わらせる。

掃除機と雑巾の入ったバケツを持って、階段を下りた時に、ちょうどよくアヤとマライアが玄関から入ってきた。

369: 2013/07/13(土) 20:33:17.38 ID:G6UAFIMc0

「あ、おかえり!」

「ただいま、レナ!」

アヤはいつもの笑顔で私に駆け寄ってくると、いつもとおんなじように私を抱きしめて、額に口付てきた。

研究所から脱出してきた次の日から、アヤの愛情はとどまることを知らなくて、

なんだかもう、恥ずかしいなんて言っている方が恥ずかしくなってくるくらいだった。

こうなったら、開き直ったほうがすがすがしいんじゃないかと思って、

最近では私も照れずにアヤの行動を素直に受け入れることにしている。

まぁ、うん…毎日やってるのに、毎回嬉しいから、別に良いんだけどさ。

 と、アヤの肩越しにマライアと目があった。と、思ったら、アヤの後ろから飛んできて、

アヤが離れた直後の私に飛びついて来た。

でも、私のところにたどり着く直前に、アヤに後ろ襟をつかまれて制止され、階段の方にひょいっと追いやられてしまった。

「ひどい!あたしだってレナさんと仲良くしたい!」

「あんたの仲良くは行きすぎなんだよ!」

「アヤさん、自分にはやっても怒らないくせに!ケチ!ヤキモチ焼き!

 あたしはアヤさんみたいにイヤらしい目的でハグしたいんじゃないもん!」

「んだと!言わせておけば、マライアのクセに!」

「なによ!掛かってきなさぎゃーーーー助けて!」

アヤがマライアに立ち姿勢の関節技をかけている。まぁ、これもいつものことだ、うん。

「それで、話の方はどうだった?」

私は、二人の様子を流して聞いてみる。

「あぁ、おっちゃん、見かけに似合わずすげえ良い人でさ!来週からでも、手を入れてくれるって。

 2か月もあれば、出来そうだって言うんで、一応、前向きに検討させてくれって言って帰ってきたよ。

 ほら、これ見積もり」

アヤはそう言って、マライアに関節技を決めながら一枚の紙を手渡してきた。

私はそれに目を走らせて、満足する、うん、これなら何とかなりそうかな!

 二週間くらい前に、アヤがふと、

「なぁ、客室使ってんの、なんか効率悪いよな」

なんてことを言いだした。

 レオナとマライアが住み込むことになって、今まで客室だったところを新たに二人に貸していた。

レオナはペンションを手伝ってくれながら私たちと一緒に、ロビンとレベッカの面倒を見てくれている。

マライアは、ペンションの手伝い半分と、もう半分はカレンさんの会社の手伝いをしている。

うちは、正直、それほど忙しいわけでもないけれど、戦争の相手がティターンズからアクシズに移ってから、

カレンさんの方は、物資の輸送や避難民の運搬なんかでずいぶんと繁盛しているらしかった。

カレンさん自身は浮かない顔つきで皮肉だね、なんて笑っていたけれど。


370: 2013/07/13(土) 20:34:19.11 ID:G6UAFIMc0

 そんなことで、客室が二つ使えない状態だった。そこで、さっきのアヤの言葉が出た。

要するに、敷地内に私たちが寝泊まりする母屋を作らないか、と言う話だ。

食事なんかはホールで済むし、私とアヤはホールのソファーで寝ていても構わないけど、

ロビンとレベッカにレオナとマライアにはそれはちょっと申し訳ない。

なので、せめて、寝たりくつろいだりするところは別にあったほうが、私も含めて良い気がしていたので、大賛成だった。

 あとは、お金と質の問題。そこで、今日はアヤとマライアに、

島で個人経営している建設業者に相談と見積もりを取りに行ってもらっていた。

業者のおじさんは、アヤの居た施設の移転のときに、カレンさんが仕事を頼んだ人で、話もすんなり運んだみたい。

見積もりもそこそこ金額は抑えてくれているのが感じられるし、

品質は、新しく建った施設を見た私からすれば、満足できそうな仕事をしてくれると感じられていた。

 

371: 2013/07/13(土) 20:34:45.58 ID:G6UAFIMc0

「どう?」

「うん、いいんじゃないかな」

私が答えるとアヤは

「んじゃぁ、あとで電話かけて頼むって言っておくな」

と言ってニコッと笑った。

 母屋が建てば、私とアヤが二人で過ごせる時間も増えるかな?

そうしたら、また、すこしのんびりいろんな話ができるかもしれないな…それって、ちょっと楽しみ。

そんなことを考えて、私は知らず知らずのうちにニヤけてしまっていた。

 不意に、ガチャンと物音がした。

「なんだ?」

「ん?なにか聞こえた?」

アヤとマライアがそう言って騒ぎを収めて私を見る。確かに何か聞こえた。ホールの方からだ。

「聞こえた。ホールから」

気になって、掃除機とバケツを壁際に置いてホールへ行こうとしたら

ロビンがホールのドアを開けて飛び出て来た。

「ママ!レオナマーが!レオナマーちゃんが変なの!」

ロビンはそう言って慌てた様子でピョンピョンと飛び跳ねている。

―――レオナが?

 私は、さっきのレオナの様子が頭をよぎった。

あれは、いつもの感覚なんかじゃなくて、具合が悪かったとか、そう言うことだったのかもしれない…

 思わず、私はロビンの脇をすり抜けて、ホールに駆け込んだ。

でも、そこにはケーキと紅茶が用意してあるけど、誰の姿もない。

「ママ!ママ!!」

キッチンだ!

 私はホールの脇からキッチンに向かう。

 中を覗くと、そこには、レベッカとレオナがいた。

 レオナはうずくまって、頭を抱えながら、うずくまって、うわ言のように何かをつぶやいている。

レベッカはそんなレオナの顔を心配そうに覗き込みながら一生懸命にレオナを呼んでいる。

 「レベッカ、すこし離れていて」

私は、レベッカにそう言うと、レオナの脇に座って様子を見る。

 レオナはガタガタと震えていた。そして震える唇で

「だめ…れいちぇる…れい…ちぇる…」

とうめいていた。

―――レイチェル?誰のこと…?

そこまで考えて、直感的に、分かった。レオナは、何かを感じ取ってしまったんだ。

なにか、とてつもない、怖いものを。その、レイチェル、と言う人に、何かが起こったんだってことを。

372: 2013/07/13(土) 20:35:12.08 ID:G6UAFIMc0


 パタンとドアを閉めて、レナがホールに戻って来た。浮かない顔をしている。

「レナ…レオナは?」

アタシが聞くとレナは少し笑って

「寝ちゃった。結局、何も話せなかったよ」

と肩を落とした。

「そっか」

アタシもショボンって気持ちがすぼんでしまうのを感じた。

隣に座ったレナにグラスを薦めて、マライアがそこにバーボンを注ぐ。

 窓の外は、すっかり真っ暗。ロビンとレベッカも寝かしつけた。

「レイチェル、か」

マライアが呟く。

「どこにいるか、とか、生きてるかとかが分かれば助けに行ってあげられるんだけどねぇ」

マライアの言う通りだ。

 もしレイチェル、ってのがレオナの知り合いかなんかだって言うんなら、放ってはおけない。

でも、あれからレオナはまるで電池の切れたオモチャみたいに、ロクに喋れず、動けず、で、

アタシとマライアで何とか部屋に運んでやったくらいだ。

それからはずっとレナが付き添っていたけど、結局、夜のこの時間になっても、状況は変わらず、みたいだった。


「とにかく、明日の様子を見てからまた考えよう。今日はもう、起こしてまで聞くのは可哀想だし…」

レナがそう言う 。

確かにな…あれほどのショックだ。

さっき見たテレビのことを考えれば、そのレイチェルが誰かってのは分からなくても、

そいつの身に何があったのかは、何となく感じられた。

 レオナが錯乱するのと前後して、ネオジオンがアイルランドのダブリンにコロニーを落としたと、

マライアのPDAにルーカスから連絡があった。ダブリンっていや、大西洋を挟んで反対側。

アタシはそいつを聞いてすぐさま津波の警戒をしたけど、結局、落着が地表だったらしく、

島に押し寄せた波はほとんど大した規模じゃなくうちの船を含めて、港や街に被害はなかった。

 状況から見て、そのレイチェルってのが、あのコロニー落としに関係している可能性は高そうだ。

コロニー落としなんてあのときの戦争を思い出すようだけど、

なんでも、落下速度と角度がずいぶんと突入には不向きだったそうで、

落着前には半部以上が蒸発したって話だった。

もし、シドニーに落ちたクラスの被害が出ていたらここも無事ってワケにはいかなかったろうし、

何よりあんな島にそんなもんが落ちたらシドニー湾どころの騒ぎじゃない。

島そのものが消滅してたっておかしくはない。今回はなんとか、限定的な被害で済んでいるようだった。

まぁ、それは「壊滅的な限定的被害」ではあるんだけど。

373: 2013/07/13(土) 20:35:38.08 ID:G6UAFIMc0

 このニュースを聞いて、レナは猛烈に怒ってしまって、なだめるのに苦労した。

その直後、シイナさんが飛び込んできて、ダブリンへ救助活動に向かうからしばらく家を開ける、

と言ってきた。せっかく落ち着かせたのにレナはそれに着いていく、とまた言いだした。

 結局、シイナさんは止められなかった。まぁ、戦いに行くわけじゃないし、

ハロルドさんも一緒だし、そっちは大丈夫だろうけど。

 レナには、とにかく今はレオナだと言ってなんとか説得した。

レオナのことはその通りだけど、それ以上に状況が不安定だ。

苦しいけど、今は「逃げ」ておくべきタイミングだと感じてた。

レナが行くなら、アタシはここに残らなきゃ行けない。

やっと安定した生活に戻ったロビンとレベッカを、また不安にさせたくはなかったし、な。

 それに正直、もう、レナだけを危ない目になんて、遭わせたくなかった。

行くとなれば、アタシが一人で行く、そう、決めていた。

 ただまぁ、それもレオナ次第だ。

「とにかく、明日また、レオナに話を聞こう。動くのなら、そこからでも遅くない…

 ていうか、今動いてもリスクが高いだけだ」

「そうだね」

アタシが言うと、レナは苦しそうに返事をした。

 いや、実際に苦しいんだろうな…

1年戦争のときに、祖国がやったコロニー落としを、また経験しなけりゃならないなんて…

8年前も、今回も、レナに責任も関係もありはしないのに、責任感を感じてしまっているような感覚だ。

 アタシは、隣に座ったレナの肩を抱いてやる。それからその肩をポンポンと叩いて

「レナ、難しく考えるな。アタシ達にできるのは、困った人を助けるくらいだ。

 コロニー落としなんか、どう頑張ったって止められやしない」

と言ってやった。確か、あのときもおんなじようなことを言ったな、なんて思いながら。

 それを聞いたレナは、静かにうなずいて、グラスの中のバーボンを一気に飲み干した。

それからふうとため息をついて

「ごめん、今日の私は、ダメだ」

とポツリ、と言った。だろうな。仕方ない。

「うん、分かってる。レナも少し休もう。

 明日何か対応しなきゃいけなくなるとして、その対応に響いても困る」

「うん、ありがとう、アヤ」

レナはそう言って、アタシに体をもたせ掛けてきた。

ガシガシ頭を撫でてご機嫌をうかがうと、レナはニコッとほほ笑んだ。

 それからしばらく、気分を変えるために昔話なんかをして、レナとマライアは寝室へと上がって行った。

374: 2013/07/13(土) 20:36:13.80 ID:G6UAFIMc0

 翌朝、アタシはホールで朝食の支度を終えて、自分で入れたコーヒーをすすりながら新聞を読んでいた。

昨日のコロニー落下の記事が一面に掲載され、中のほうには、

宇宙から撮影されたらしい落下の様子がコマ送りみたいな連続写真で写しだされていた。

アクシズの連中、確か、サイド3の返還を要求しているんだったな。

そんなことのために、コロニーなんか落として・・・

しかも、何千万て人を犠牲に、そもそもの目的はここへ疎開していただろう連邦議員の殺害だって言うんだから、

おかしいにも程がある。そんなに頃したけりゃ、暗殺でもすれば良かったんだ。

そんなにサイド3を返して欲しけりゃ、地球じゃなくて、サイド3を武力で奪回すれば良かったんだ。

関係のない民間人を無差別に頃すなんて、理屈はどうあれ、間違ってる。

そうしなきゃどうにもならなかったなんて、これっぽちも思えない。

 結局、どんな言い分があったって、これってのはたぶん、1年戦争と根っこはおんなじなんだ。

宇宙へ放りだされたスペースノイドの、地球への嫉妬と恨み、だ。

 そう考えたら、なんだか悲しくなった。

 ドアの音がしたので見たら、マライアが目をこすりながら、寝癖頭でこっちに歩いてきていた。

「おはよう」

「あぁ、おはよ」

マライアはアタシの手からコーヒーの入ったマグをむしりとって、ズズズとすすってからふうとため息をついた。

それから

「ずっと起きてたの?」

と聞いてくる。バレたか。

 あんなことのあとだ。次は何が起こるかわからない。

アタシは物置から軍無線を受信できるチューナーを引っ張り出してきて、一晩中情報の収集をしていた。

幸い、ネオジオンも連邦も、このコロニー落としの処理にかかりっきりらしく、

これ以上の戦闘はなさそうだった。まぁ、ネオジオンの勢力が、アタシの分析どおりなら、だけど。

でも、地球に降下してきているネオジオンの勢力はまだ各地に居座っている。予断は許さない。

375: 2013/07/13(土) 20:37:29.45 ID:G6UAFIMc0

「アヤさん、すこし休みなよ。これからあたしも、カラバの情報網使っていろいろ探ってみるからさ」

マライアはそう言いながら、アタシの肩をグイグイマッサージしてくる。…そうかも知れないな。

今は、アタシだけじゃない…あんたもいるんだったな、マライア。

ここは、すこしあんたに頼んでも構わない、か。

「なら、悪い。頼むよ。アタシはそこで横になってるからさ」

マライアにコンピュータデスクの下に突っ込んでおいたチューナーから伸びたヘッドホンを押し付けて、

アタシは隣のソファーに身体を横たえた。さすがに、徹夜すると、少し疲れる。

まだまだいけないこともないけど、無理する必要はない、まだ、今は、な。

 マライアはテーブルに並べて置いた皿にトーストとおかずの何品かをよそって持ってきて、

チューナーの前に陣取って、ヘッドホンに聞き耳を立てている。

時々食べる手を休めて、コンピュータを操作している。カラバの情報にアクセスしているんだろう。

ティターンズは抜けたけど、カラバにはまだ軍籍が残っているらしい。

もちろん、直接任務が与えられることはないが、緊急時の予備役的な立ちに位置いる、とマライアは言っていた。

まぁ、この事態で召集がかからないのであれば、予備役もなにもあったもんではないと思うが。

「そんな…ハヤトが…」

不意にマライアがそう口を開く。

「どうしたんだよ?」

「カラバの、指導的な立場にいた幹部が、ダブリンでネオジオンと交戦して、氏んだみたい」

「そうか…知り合いだったのか?」

「うん、責任感のある、いい人だった」

「そっか。残念だな…」

「うん」

マライアは見るからに落ち込んだ様子だった。

 そうか、やっぱり、あのコロニー落下の場所にはカラバがいたんだな・・・

ハンナやマークを手助けしてくれた連中が、無事だといいけど・・・

 そんなことを考えていたら、レオナがホールに姿を現した。

376: 2013/07/13(土) 20:38:07.25 ID:G6UAFIMc0

「お、レオナ。大丈夫か?」

アタシは思わず起き上がって、そう声をかけた。

 だけど、レオナの返事を待たないで、アタシはレオナから肌に伝わってくる何かを感じ取った。

凛とした、鋭いなにか。これは、決意、か?

「ロビン達が来る前に、話があるんだ」

レオナは、静かにそう言った。

アタシは、ソファーに座りなおして、レオナに体を向けてから

「あぁ、うん。聞かせてくれよ」

と返事をする。アタシの言葉に、マライアも無言でうなずいてレオナを見た。

「レナさんには、今、話してきた。私、決めた。私は、自分の運命を戦わなきゃいけない。

 ニュータイプとして生まれて、道具として使われてきた運命から、私は逃げた。

 逃げないと、いずれ氏んでしまっただろうから。でも、今は違う。私を思ってくれるみんながいる。

 大事な家族と…子ども達がいる。みんなを置いて出て行くのはすこし心が痛むけど、

 でも、私には、やらなきゃならないことがある」

アタシは、黙ってレオナの話を聞いていた。

「私は…サイド3に行く。そこで私たち、ニュータイプのことと、自分自身の出生に関する情報を集めて、

 必要なら、アクシズへも行く。私の、妹を探しに…!」

 妹?妹だって?…そう言えば、いつだったか、そんな話をチラっとしていたな…。

オークランドから脱出してきてすぐのことだったか。ジオンに残してきた、妹がいる、って。

まさか、それが、レイチェルってやつなのか?

 でも…待てよ、レイチェルって…昨日の感じじゃぁ、コロニー落としで…

 「な、なぁ、レオナ。どうしてサイド3なんだ?コロニーが落ちた、ダブリンじゃないのか?」

アタシは思わず、そう聞いていた。でも、レオナは首を振って

「いいえ。妹は、氏んでなんかない。宇宙に居る」

と確信を持った表情で、そう言いきった。

 そのレオナの瞳は、アタシでも、マライアでもなく、まるでまっすぐに、

宇宙に浮かぶサイド3を見ているような、そんな気配さえするようにアタシには感じられていた。

382: 2013/07/14(日) 19:20:10.31 ID:wdMbbXOG0

 空港のロビーに入ったら、そこにはすでにルーカスがいて、あたし達の到着を待ってくれていた。

 レオナが、宇宙へ、サイド3へ行く、とあたし達に言ってきた日、あたしは、カラバの情報網を使って、

ビスト財団という、巨大な財閥へとコンタクトを取った。

理由は、この紛争における戦時被害者の捜索及び救出団体設立に関する、資金援助要請。

ビスト財団って言うのは、連邦から多額の融資を受けていたり、地球上や宇宙にもその根を張り巡らせている組織。

正直、活動そのものはなんだか胡散臭いのがほとんどだけど、それなりに慈善活動にも力を入れていた。

そこにすがろうと思ったわけだ。

 あたしの申し入れは、3週間の審査の後に受け入れられ、多額の援助を得ることができた。

そのお金を持って、今度は、フレートさんに、カラバ経由で連絡を入れた。

目的はもちろん、宇宙へ上がるための資材の購入。

戦艦やモビルスーツ無しで、激戦区の宇宙へ上がるなんて自殺行為もいいところだ。

あたしは、カラバの名義で、手っ取り早く手に入る中で一番高性能のやつを注文した。

結果、フレートさんの口添えもあって、2週間後には北米のサンフランシスコの格納庫に、

中型のシャトル一機と、宇宙専用に換装されたZガンダム3号機、っていうのを手に入れた。

もちろん、カラバ名義。個人になんて、こんな機体は売ってくれない。

 オナが決心してから、二か月近くも経ってしまったけど、そんなわけで、あたしは、レオナとルーカスと一緒に、

また、あの宇宙へ上がる。ライラと一緒に戦った、あの場所へ…。

383: 2013/07/14(日) 19:20:45.87 ID:wdMbbXOG0

 「気をつけろよ」

ロビンを抱いたアヤさんがそういいながらレオナを気遣っている。

「無理はしちゃダメだからね。レベッカも心配するし、早く戻ってきて」

レベッカを抱えているレナさんも、涙を堪えてそんなことを言っていた。

「はい…あの、わがままを言って、ごめんなさい」

レオナは、二人に謝った。そしたら、アヤさんが急に笑い出した。

「ははは、いや、それは構わないって。あんたの運命と戦いに行くんだろう?

 アタシらにそれを止める権利なんてないよ…ただまぁ、心配なだけさ」

アヤさんは、レオナの方をポンと叩いた。

「いいか、危なくなったら、逃げろ。氏んだら目的なんか果たせないんだからな」

「はい」

「レオナ、あなたの目的は?」

「私の生まれを知って、妹を助けて、無事に、ここへ帰ってくること」

「うん、上出来だ」

アヤさんは、満足そうに言って、また笑った。それから、急にあたしに腕を伸ばしてきたと思ったら、

ロビンを床に下ろして、あたしを引き寄せて抱きしめた。あんまり急だったんで、呼吸の仕方を忘れた。

「ア、アヤさん!?」

「マライア…あんたも、無茶はすんなよ。レオナを、頼むな」

アヤさんは、静かに優しくそう言ってくれた。

 へへ、頼まれちゃったよ、あたし。これは、意地でもみんなで無事にここに戻ってこなきゃね!

アヤさんに頼まれごとしたあたしがどれだけ強いか、アクシズの連中、思い知らせてやる!

って、別にアクシズとケンカしに行くわけじゃないんだけどさ。

「任せて。もう、誰にも悲しい思いはさせない。あたしが、守る」

あたしはそう、アヤさんの気持ちに答えた。

 「それじゃぁ、行って来ます」

「ママ、行ってらっしゃい!」

レベッカが、大きな声でそういった。レオナはそれを聞いて、かすかに目を潤ませながら、

レナさんに抱かれたレベッカに顔を摺り寄せて

「いい子でね。すぐ、帰ってくるから」

とささやき、名残惜しそうに離れた。

384: 2013/07/14(日) 19:21:25.02 ID:wdMbbXOG0

 あたしとレオナは、アヤさんたちに手を振って、ロビーからエプロンに向かった。

ルーカスが乗ってきてくれた飛行機に乗って、キャリフォルニアへ向かう。

格納庫からシャトルを引っ張り出してもらって、マスドライバーで宇宙へ打ち出されるんだ。

 そう思うと、なぜだが、不思議と胸が躍っていた。

レナさんは、恐くて嫌いだという、あの無重力の真っ暗な空間が、あたしの心を振るわせた。

あたしだって、好きだったわけじゃない。モビルスーツだろうが船だろうが、放りだされたら、

まず間違いなく助からないあの場所で戦った記憶が、あたしの脳の中にアブナい物質を放出させて、

ハイにさせてるんだろう。条件反射、ってやつだ。

なんだっけ、苛烈な戦闘を経験した兵士が、戦場の中でしか自分の気持ちを表現できなっちゃうヤツ、

何とか症候群?何とかホリック?たぶん、そういうのに近いんだろうけど、

あたしの場合、戦闘のせい、というより、そこで戦った大切な仲間のおかげなのかも、とも思う。

本当に短い間だったけど、ライラは、あたしにとって大事な友達だった。始めてできた、ライバルだった。

それをずっと見ててくれたルーカスも、結局ずっとついてきてくれたしな。

三人で駆ったあの宇宙へ、また上がるんだ。

 そう思って、ふっと気がついた。

なんだか、ハイスクール時代のスクールフェスを思い出すときと、同じ感覚だな、なんて思ってみたりする。

そうだな、どんなに恐い場所であれ、あの宇宙は、あたしの大事な思い出の場所なんだ。

 エプロンで乗り込んだ飛行機が、ルーカスの操縦で滑走路を離れる。

機内でシートを倒してのんびり空を見ていたら、隣に座ったレオナが話し掛けてきた。

「ありがとう、マライア」

「なにが?」

あたしはしらばっくれてやった。いまさらお礼なんて、必要ないじゃん。

こんなことを言うと、アヤさんはあんたは押しかけだけどな、って言うんだけど、

一緒に住んでる家族じゃん!困った時は、お互い様だよね。

「着いて来てくれて」

「あぁ、うん。まぁ、アヤさんにああ言われちゃね。それに、レオナに何かあったら、あたしもイヤだもん」

そう言って上げると、レオナは時々見せる、あたしもドキッとするくらいの、まぶしい笑顔を見せて笑った。

この破壊力は、アヤさん以上なんだよ…狙ってこんな表情できるようならすごいんだけど、

あいにく、レオナ自信はあんまりそういう意識がないらしい。これは、本人には言わない方がいいよね、うん。

無駄に乱発されてもありがたみが減っちゃうし。

 レオナの妹の、その、レイチェルって子も、こんなにかわいい顔して笑うのかな?

無事だと良いな…地球に連れて帰って、これまで離ればなれになっていた分までレオナと一緒に居て幸せになってもらわなきゃ。

 あたしはそんなことを思っていた。飛行機は半日ちょっとのフライトでサンフランシスコへ着いた。

385: 2013/07/14(日) 19:21:58.92 ID:wdMbbXOG0

 そのまますぐに、準備態勢に入っていたシャトルへと乗り込む。

 キャビンでノーマルスーツを着込む。

レオナは、これを着るのは久しぶりなようで、着用に四苦八苦していたのがおかしかった。

手伝ってあげて、あたしは副操縦席へ。ルーカスが操縦席に座る。レオナはちょっと後ろの、乗務員席だ。

<こちら、キャリフォルニア基地管制塔。貴機の打ち上げを担当するフォルク中尉だ。

 これより、リニアマスドライバーカウントダウンに入る。エンジン出力を確認>

「こちら、シャトル“ピクス”。よろしく頼む、フォルク中尉。現在、当機のエンジンはアイドリング状態」

<ピクスへ、了解した。カウント5で出力を最大にせよ>

「了解した」

<カウント開始する。15、14、13、12、11…>

ルーカスが管制塔と通信して、カウントダウンが始まった。

 どうしようもなく、胸がドキドキする。あの場所へ帰るんだと思うと、仕方なかった。

<8、7、6、パワーマックス>

ルーカスがスロットルを目一杯前に押し込んだ。エンジンが高鳴って、シャトル全体が震える。

「レオナ、大丈夫?」

「はい!」

ちょっと心配になって、ノーマルスーツ内の無線機でレオナに様子を聞く。

レオナからは、しっかりとした返事が返ってきた。平気そうだ。

<3、2、1、ランチ!>

ガツン、と言うものすごい衝撃が体を襲った。

内臓が潰されそうになるほどの強烈なGが掛かって機体が急速に加速し、

5キロもある滑り台みたいなマスドライバーが、ものの数秒で通り過ぎた。

機体は空中に放りだされ、夕焼けに染まった空が、目の前に広がる。

雲を突き抜けて、Gがさらに体に圧し掛かり、呼吸が苦しくなる。頭から血が抜けて行くような感覚。

見る見るうちに、真っ赤だった空の色が変わっていく。

最初は、紫に、そして、次第に紺に変わり、最後には、うっすらと白んだ黒になった。

その空の色の変化とともに、体にかかるGも軽くなり、外に星が輝きだしたころには、すっかり楽になっていた。

386: 2013/07/14(日) 19:22:28.14 ID:wdMbbXOG0

「こちらピクス。軌道上へ到達」

<こちらキャリフォルニア管制塔、フォルク。了解した。無事を祈る>

「感謝する、中尉」

 ルーカスが無線を終えてため息をついた。あたしは景気をチェックする。

気密状態は、大丈夫。他の異常も見当たらない。ここまでくれば、安定だ。

 「機体、オールグリーン」

ルーカスにそう報告する。

彼は、返事の代わりに、ノーマルスーツのヘルメットのシールドを開けて息をいっぱいに吸い込んだ。

そんな気分だよね。あたしは思わず笑ってしまった。

 それよりも、レオナの様子が気にかかる。ヘルメットを脱ぎ、ベルトを外して席を蹴る。

体がふわりと浮きあがった。天井に手をついて軌道を変え、レオナの据わっている席へと体を押し出す。

 レオナの席に飛び込んで、ヘルメットの中のレオナの顔を覗き込んだ。

レオナは焦点の合わない瞳を震わせていた。初めての大気圏離脱なんて、こんなものだ。

訓練もなしに、良く気を失わないで済んでいる方だ。

 あたしは、レオナのヘルメットを脱がせた。

「レオナ、聞こえる?ゆっくり、大きく深呼吸だよ」

そう言ってあげるとレオナは、一瞬、正気を取り戻して、酸素を胸いっぱいに吸い込んだ。

そして、その吸い込んだ空気を、ため息と一緒に吐き出す。

「すごいんですね…打ち上げって」

冷や汗をぬぐいながらレオナが言う。

「マスドライバーは速度が出るから特にね。ブースターの打ち上げの方が多少は楽なんだけど、

 この機体だと使い捨ての補助ロケットが必要で、高くついちゃうんだよ」

あたしはそう言いながら、レオナのベルトを外した。

 ふわりと浮きそうになったレオナがとっさにあたしの体にしがみついてきて、思わず顔を見合わせて笑ってしまった。

窓の外には、青く輝く地球が見える。

 帰ってきたんだ、宇宙へ。ライラ、いる?ただいま…。

あたしは、いつの日だったか、ライラと一緒に戦艦の甲板で同じ地球を見上げていたときのことを思い出して、

こころの中で思わず、そう語りかけていた。

390: 2013/07/14(日) 21:44:11.58 ID:wdMbbXOG0
>>388
マジだ…これはキャラの多さとかっていうか編集中に消えたんだと思われ。
レオナとレナを混同しても、レオナのレを打ち忘れるってことはないと思うので…

>>389
感謝。マライア好きさん多い気がする。
フォローも感謝。でも安価まちがっとるw

394: 2013/07/15(月) 14:04:19.14 ID:a4CMWmdY0

 宇宙空間の航行は、退屈だ。何しろ、移動の距離が地球なんかとは違いすぎる。

戦闘の警戒をしていなければいけない戦艦なんかと違って、こっちは常に共通ビーコンを発信して位置を周囲の船に知らせている民間船。

戦闘に巻き込まれることはそうそうないし、エゥーゴにしても連邦にしてもネオジオンにしても、

攻撃前に一声かけてくるのが普通だ。

 サイド3までは、通常のルートで10日。

先月、サイド3は連邦からアクシズへと譲渡され、アクシズとサイド3を結ぶ宙域は、

エゥーゴ先方の連邦軍とアクシズ率いるネオジオン軍とが戦闘状態にある危険な場所だ。

うまく迂回してなるべく安全なルートを通らなきゃいけないから、それを見極めるために、もう少し時間がかかるかもしれない。

 とはいえ、そのあたりまではまだまだ数日かかる。

船は戦闘で撒かれた残留ミノフスキー粒子雲に入らなければ座標情報を入力してほとんどオートパイロットだし、

パイロットたるもの、無重力状態での筋力低下に備えたトレーニングは欠かせないけれど、それにしたって、暇だ。

持って来た映画のデータディスクはもうほとんど見終えちゃったし、

景色を楽しもうにも、どこまで言ったって星とデブリが浮いているくらいなもの。

動かす機会の訪れていないZガンダムの整備なんて、一回したら済んじゃったし…。

 あたしは船内の居住スペース、重力装置の稼働するエリアにあるラウンジでボーっとレオナを観察していた。

重力装置、なんて言っても、居住エリア全体が一種のポッドになっていて、

それが船の内側でぐるぐる回転して遠心力で重力っぽい物を生み出しているにすぎず、

ちょっと思い切りジャンプしたらすぐに振り切ってポッドの中に浮き上がってしまうんだけど。

 そんな中、レオナはジッとソファーに座って、虚空を見つめていた。

時折、おびえたような表情をしたかと思ったら、ぶんぶんと首を横に振って、ヘラッとにやけてみたり、

そうかと思えば、急におおきなあくびをしたり。まぁ、変に緊張しまくっているよりはいいんだけどね。

レオナもなんだか、開き直ってしまってるんだろうな。

 それにしても…

 暇だ…

395: 2013/07/15(月) 14:04:53.00 ID:a4CMWmdY0

「ね、レオナ。なんかお話ししよ」

ふと思い立って、そんな無茶ぶりをレオナにしてみた。レオナはキョトンとして

「は、話って…なにを?」

と返してくる。まぁ、そうなるよね、こんな話題の振り方したって。

「たとえば…好きな食べ物、とか」

あたしが言うと、意外にレオナは真剣に考えて

「んー、甘い物。生クリームのケーキとか、チョコレートとか、アイスクリームとか」

とニコニコしながら言ってきた。

 アイスクリームか、そう言えば、ギャレーの冷凍庫に1ガロンのカップで買ってきたやつがあったなぁ。

「食べよっか!」

あたしが言うと、レオナの目が輝いた。

「あるの?!」

「うん、ギャレーの冷凍庫にあるよ」

「ちょっと行って持ってくる!」

レオナはそう言うが早いか、ソファーから飛び上がってラウンジの隣のギャレーへと飛んで行った。

レオナも、もうすっかり無重力にはなれたみたい。

いや、もともとスペースノイドだから、初めてってわけでもないかな?

でも、いくらスペースノイドだからって、基本的にはコロニー暮らしで、

そうそう、こんなフワフワした空間に出るってことはないだろうし。

まぁ、ただ、慣れたんなら良いことだ。下手をすると、本当にケガしちゃったりするんだよね、宇宙って。

396: 2013/07/15(月) 14:05:29.07 ID:a4CMWmdY0

 それにしても、レオナは面白い。真剣なときは、凛々しいっていうか、

あたしの方が年下なんじゃないかって思うくらいに張りつめた表情を見せるのに、

そうでないときは、ああやって子どもみたいにはしゃぐんだ。

そんなのを見てると、ハンナとは違うかわいさがあって、気持ちがなごむ。

小さい頃から、ずっと研究所で育ったからなのかな。

そう思うと、少しつらい気持ちになるけど、でも、レオナの心の底、っていうか、真ん中っていうか、

そう言うところにある本当に大事な部分は、とてもまっすぐで健やかなように感じられる。

研究所に入れられる前は、両親に大事にされてたんだろうな…

そう言えば、レオナの両親のことって、聞いたことないな。

妹がいる、ってことは、少なくともそれまでは生きていたってことなんだろうけど、

今はどうなんだろう?もしかしたらそれを調べることも含めて、サイド3に行きたいって思ってるのかもしれない。

もう少し、サイド3に近づいたら、いろいろと聞いてみよう。

今聞いて、変に意識させた状態を長く続けさせるのはつらいもんね。

 そんなことを考えていたら、レオナがサーブボックスと何かの袋を抱えて戻ってきた。

397: 2013/07/15(月) 14:05:57.04 ID:a4CMWmdY0

「おかえり」

「マライア、このビスケットも食べていいかな?」

袋は、確かルーカスが持って来たやつだ。

「良いんじゃないかな」

あたしはそう返事をしながら、両手の塞がっているレオナを捕まえて、ソファーに座らせる。

 レオナはサーブボックスの中からお皿とスプーンとチューブに入った紅茶を取り出してテーブルに並べ、

さらに中に詰め込んできたらしいアイスクリームを別のスプーンでかきだして、

ホントにもう、ニッコニコしながらお皿に盛りつけて行く。

アイスクリームを分け終わると今度は、ビスケットの袋を開けた。

「あ!これ、チョコレート着いてる!」

途端に、また、顔がキラキラと輝く。なんだかなぁ、こんな無邪気なの、まるでホントに10歳の子どもみたい。

 レオナは、片面にチョコレートのコーティングのされたビスケットを二枚ずつアイスクリームに添えて、

一皿をあたしの前に差し出してきた。

 連邦軍は宇宙では基本的にチューブ食。こういう甘い物とかが支給されることはすくないから、

常に楽しみとして自分で持参して乗船しておくと、気が滅入った時には即効性があっていいんだ。

あたしがアイスクリームを持ち込んだのも、ルーカスがビスケットを持って来たのも、そう言う習慣だったから。

他にも、いろいろと持ってきてる。無くならないように、ちょっとずつ使ってペース配分していくのが大事だ。

 レオナは、早々とビスケットでアイスクリームをすくって口に運んでいる。

パクッとビスケットにかじりついたレオナは目を満面の笑みで

「んー、おいしい!」

と身もだえしている。

 あぁ、アヤさん。あたしはそう言う気はないから、最初は、アヤさんがレナさんとイチャイチャしてるのを見て、

なんか複雑な気持ちだったけど、でもレオナのこういう顔、レナさんも良くアヤさんに見せるよね。

今だけはなんとなく気持ちが分かるよ…これは、なんていうか、目一杯愛でたくなるね。かわいいんだもん。

 レオナは幸せそうにアイスクリームを食べ続ける。

あたしも、とりとめのない話をしながら、レオナの幸せそうな笑顔を見つつ、久しぶりの甘味を楽しんだ。

398: 2013/07/15(月) 14:06:30.86 ID:a4CMWmdY0

 アイスクリームを食べ終えて片づけをして一息ついていたとき、不意に船内に警報が鳴った。

あたしはなんだか、不謹慎にもちょっとワクワクとしてしまって、一気にソファーを蹴って、操縦室へと飛び込む。

「ルーカス、どうしたの?」

「レーダー波を感知。何者かにキャッチされました」

あたしが聞いたら、ルーカスがそう答えた。

「ネオジオン?連邦?」

「未確認です…いや、待ってください」

<こちらはエゥーゴ所属艦。航行中の民間シャトルへ。この宙域は現在、警戒区域に指定されている。

 侵入の目的を説明せよ>

唐突に無線が入ってきた。エゥーゴか…逮捕されるなんてことはないだろうけど、いろいろ聞かれると面倒だなぁ…

 「こちら、民間シャトル“ピクス”。当船は、ビスト財団より戦災遭難者の捜索と救助に当たっている慈善団体です。
  現在は、サイド3付近の宙域へ移動中」

<あそこは現在戦闘区域だ。民間船の侵入は禁止されている>

「そんなの、あんた達が勝手に決めたことでしょ?戦闘でモビルスーツや戦艦から投げ出された人を、

 あんた達は敵味方区別なく救助してるわけ?違うでしょ?悪いけど、警告は承知でいくからね!」

あたしは思わずそんなことを口走っていた。この無線のヤツ、偉そうで気に入らない。

こっちの身を案じているんなら、もうちょっと優しく言ってくるべきだし、ただ邪魔なんだって言うなら、

こっちにだってそれ相応のやり方があるってことで納得してもらおう。

 そんなことを思っていたら、急に、無線の声が変わった。

<あなた…姓官名を、名乗れますか?>

あれ?こっちの人はなんか物腰がちょっとやわらかい感じ…。しかも、どこかで聞いたことのある声…

「マライア・アトウッド…大尉。カラバの、非正規構成員だけど?」

<やっぱり大尉なんだな!>

声の主は、すこし興奮したみたいにそう言ってきた。あたしは、それだけで、彼が誰かを確信できた。

「アムロ・レイ!?やだ、嘘、久しぶり!」

399: 2013/07/15(月) 14:07:11.61 ID:a4CMWmdY0

<こちらが見えるか?そちらから、左舷、12時方向>

あたしはアムロの声を聴いて、外を見やった。

進行方向から見て左側の上方に、ペガサス級の戦艦が航行しているのが見える。

ただ、ペガサス級には珍しく、塗装が黒い。宇宙空間での偽装色。あれは…なにか、隠密任務を帯びているの?

「見えたよ」

<サイド3へ行くと言うのは本当なのか?>

アムロがそう聞いてくる。

「うん。ちょっと用事があってね」

あたしが返事をしたら、アムロは黙った。

長い付き合いってわけじゃないけど、ティターンズとカラバの二重スパイ時代、2、3度作戦で一緒になったことがある。

彼にも、あたしの能力は知ってもらえている。

彼らエース部隊ほどじゃなかったけど、それでも、あたしだってそこいらのパイロットには引けをとるレベルじゃない。

彼となら、話が早そうだ。

<…そうか…それならば、止めないが。万が一のときに戦えるのか?>

「うん、ケージにZガンダム積んでるから、まぁ、あなたクラスのパイロットに絡まれなければ、なんとかなるでしょ」

あたしが言ってやったら、アムロはちょっと声を上ずらせて

<大尉の腕なら、そうだろうな>

なんて返事をしてきた。なにこの褒め合い。ちょっとむず痒い。

400: 2013/07/15(月) 14:07:41.22 ID:a4CMWmdY0

 それにしても、アムロ、いつ宇宙に上がったんだろう?

しかもあんな戦艦に乗っているなんて…ワケありには違いないよね…

「アムロこそ、そんな真っ黒な木馬に乗って、なにか大事な任務でも?」

<あぁ…ある男を探しているんだ>

「ある男…?」

<この状況を、静観しているらしい…何かを企んでいる可能性がある>

アムロは、なぜだか憎々しげに言った。これは、あんまり深入りしない方が良さそうだな。

なんだか、直感的にそう感じた。

「良くわからないけど、あなたがアクシズと戦うよりもそっちを取ってるってことは、よっぽどのことなんだね…」

そんな風に返事をしてから、ハッと、彼のことを思い出した。そう言えば、旧知の間柄だったはずだ。

 「その、ハヤトの話は、聞いてる?」

<ああ…残念だった>

アムロは、無線でも表情がうかがえそうなくらいに落ち込んだ様子でそう言った。

「家族がいたんだよね…」

<あぁ、俺の幼馴染だ…>

「そっか…ショックだっただろうね」

なんだか、こっちまで気持ちが落ち込んでくる。

<覚悟はしていただろうさ>

アムロはやっぱり、落ち込んだ様子だった。でも、すぐに切り替えられたみたいで

<サイド3に行くのなら、近くまで運ばせよう。俺たちも月へ戻る最中だ。この艦ならそのシャトルより、足も速い>


と言って来てくれた。

 急ぐならありがたい話だけど…あたしはルーカスをチラッと見やって、

それから、いつの間に後ろに来ていたレオナの顔も見る。

「大丈夫なの?」

レオナが心配そうにあたしの顔を覗き込んでくる。あたしは笑顔を作って

「うん!レオナの脱出の手助けもしてくれた人なんだ!大丈夫だよ!」

と言ってあげた。

 それから連絡を取って、あたし達のシャトルは黒いペガサス級のドッグに着艦した。

エアーの充填を待って、アムロが軍服であたし達をシャトルまで迎えに来てくれた。

事情を説明してほしい、と言うので、あたしはこの船の艦長なんだという、ブライトと言う人物とアムロとだけになってもらって、

レオナと一緒に事情を説明した。アムロはさえない表情を見せて、

「すまない。俺たちが、ニュータイプの正しい道を作れていれば…」

と謝った。あたしも思ったけど、レオナはそれに、そんなことはないですよ、と異を唱えた。

アムロなんかが気にすることじゃない。これは、人が宇宙に上がったそのときから始まっている負の連鎖なんだ。

 一通り話をしてから、あたし達は艦の部屋に通された。

あたし達の民間船に改装されたシャトルの居住スペースに比べると、簡素で飾り気のない空間だったけど、

ライラといた頃のことを思い出して、なんだかすごく懐かしい心持ちになっていた。

401: 2013/07/15(月) 14:14:46.99 ID:a4CMWmdY0




 時間にして42時間後、あたし達はアクシズ近くの宙域に到達した。

辿り着く5時間ほど前から、あたし達は出発の準備を進めていた。この先で、アムロ達の艦は月へ戻る。

あたし達は、このまま、アクシズとサイド3をつなぐ地帯へと突入する。艦長のブライトは、態度とは違って親切で、

準備しているあたし達に、現在行われている戦闘の要旨と場所、

それから付近に展開しているエゥーゴ・連邦軍勢力と、分析から判明しているネオジオン軍の勢力の配置図のデータなんかを渡してきて、

心配そうな面持ちであたし達の送り出しに立ち会ってくれた。そ

んな表情のままあたし達それぞれに握手をしてくるくらい思い入れてくれたらしくて、

ありがたいやらオーバーに思えるやらで、なんだか笑えてしまった。

 <大尉、気を付けて>

「ありがとう、アムロ。あなたもね!」

あたしはアムロと無線でそう言葉を交わして、ルーカスの操縦で戦艦からシャトルを出した。

ブライトのくれた情報では、つい12時間前、この場所では、エゥーゴとネオジオン、そして、

ネオジオンから反乱を起こした艦隊の三つ巴の戦闘が繰り広げられていたらしい。

ネェル・アーガマと言う戦艦の持つ、エゥーゴの先遣部隊の活躍で戦端が切り開かれていて、

今やエゥーゴ艦隊の主力はサイド3間近に迫っているって情報も手に入っていた。

あそこまで地球を追い込んだネオジオンが、たった一個部隊にここまで押し込まれているなんて…

おそらく、その反乱と言うのが相当の混乱を呼んだに違いない。

エゥーゴや連邦にとっては、これ以上ないチャンスだっただろう。

402: 2013/07/15(月) 14:15:29.15 ID:a4CMWmdY0

 あたし達の船は暗闇を進む。アムロの艦から離れて数時間。明らかに周囲に浮かぶデプリの数が増えていた。

時折、ガンガンと、シャトルの外壁に何かがぶつかる音がする。

これは、地球に戻る前にちゃんと点検しないと、突入時に摩擦熱が入りこんだら途中で吹き飛んじゃうかもしれない。

 「大尉。近接レーダーを起動させます」

「うん、了解。このデプリ群はやっかいだね…」

ルーカスの報告にそう返事をしつつ、あたしは周囲を見渡す。浮かんでいるデプリは、コロニーの残骸だけではない。

戦艦や、モビルスーツの破片みたいなものもある。

時折、そのどれでもない、明らかにかつて人間だった物の破片なんかも、見て取れた。

本当にここは、戦場だったんだ…あたしは、その気配に気持ちを引き締める。

 「ルーカス、Zガンダム出す準備ってできてる?」

「はい。大尉が乗ってから、20秒で射出できますよ」

「オッケ、ノーマルスーツ着といた方が良いね」

あたしはそう言って、後方に居たレオナを見た。レオナはキョトンとしていたけど、

「レオナ、ここからは、ノーマルスーツを着ていよう。
 なにかあったときに、のんびり着込んでる余裕はないかもしれない」

と言ってあるげると、

「うん」

と返事をしてニコッとほほ笑んだ。

 ルーカスと操縦を交代しながら、ノーマルスーツを着用する。

ミノフスキー粒子が濃くて、超短波の近距離レーダーでさえも、ほとんど機能していない。

こんなレーダーあってもなくてもおんなじようなものだ。

だって、レーダーに映るくらいのサイズのデプリなんて、映る手前から肉眼で見えてるんだから。

「マライア…!」

急に、シートを離れたレオナが、副操縦席の後ろに飛んできた。

「レオナ、危ないよ!」

あたしはそう言いながら、レオナをつかまえて引き寄せてから

「どうしたの?」

と聞き返す。レオナは厳しい表情をして、真っ暗な宇宙のかなたを見つめている。

403: 2013/07/15(月) 14:16:05.64 ID:a4CMWmdY0

「いる…生きてる…」

「生存者?感じるの…?」

あたしは、レオナからほとばしっている研ぎ澄まされた感覚を捉えて、自分も神経を集中させる。

この一帯には、戦闘の痕跡だろう、恐怖や苦しみの感覚が広がっている。

それにとらわれないように、かき分けるように閉ざしながら、レオナが感じているだろう何かを探る。

 寒さ…これは、寒さだ…それに、恐怖…?いえ、これは氏者の思念?ううん、違う。これはもっとリアル。

生きている人の、震える感覚…。

 「ルーカス、速度落として、慎重に。誰かいる」

「了解」

ルーカスがスロットルをいくつか操作して微かなマイナスGが体にかかる。

あたしは自分と前に抱いたレオナのノーマルスーツからアンカーワイヤーを引っ張って、シート下のフックにひっかける。

 そうしながら、暗闇のデプリ群に目を凝らす。感じる…近く、近づいている…もっと先、もう少し…すぐ、近くだ…!


「あれ!」

レオナがそう言って声を上げて指を差した。そこには、進行方向から迫ってくる球体があった。あれは…脱出ポッド!

 「速度落とします。大尉、あれを回収するのは無理です。Zで直接、パイロットだけを回収しないと」

「うん、分かった。ケージへ行くよ。乗り込んだら、連絡する」

あたしはそう言ってレオナを解放してアンカーワイヤーを外した。席を立とうとしたあたしをレオナが捕まえた。

いつの間にか、レオナもワイヤーを外している。あたしの慣性に引っ張られて、レオナと一緒に天井にぶつかる。

柔らかく受け身を取りながら、レオナはノーマルスーツのヘルメットの中からあたしを力強い目で見つめて

「あたしも連れて行って…」

と言ってきた。その瞳は、確信だった。まさか、あれが、レイチェル?わかるの、レオナ…?

 天井に跳ね返ったあたしは、レオナをつかまえたまま操縦室の中を漂う。

別に、中の人を回収するくらい、ひとりでもできそうだけど…でも、かなり怖がっているのは確かだ。

レオナが一緒に居てくれれば、錯乱でもしていたりしたときに落ち着かせてくれるかもしれない。

「わかった、レオナ。行こう」

あたしはそう言って笑ってあげた。レオナも、ヘルメットの中で嬉しそうに笑顔になった。

404: 2013/07/15(月) 14:16:55.66 ID:a4CMWmdY0

 あたしはレオナの手を引いて、操縦室から居住スペースを抜けてケージへのハッチを開ける。

レオナに合図をして、ヘルメットのシールドを閉じさせて、酸素ボンベを開く。

ケージの中も気密されているけど、これもまぁ、一種の習慣ってやつだ。

 ケージに横たわるZガンダムのコクピットを開けて乗り込む。

機体の酸素供給装置にあたしとレオナのノーマルスーツを繋いで、

操縦席にいたときとは逆にあたしがシートの前に座り、レオナを後ろにして二人まとめてベルトで固定する。

「ルーカス、準備出来た。ハッチ開けて」

<了解。ハッチ、開けます>

無線が聞こえてくるのと同時に、機械音がして背中側のハッチが開いた。

シャトルのアームが動き、モビルスーツがシャトルの外へと放り出される。

 スラスターを吹かして機体を安定させる。周囲を360度見渡せるモニターであたりを確認する。

脱出ポッドは、シャトルのすぐ上を飛びぬけて、後方へと流れて行っている。

バーニアを点火させて脱出ポッドを追って捕まえ、逆噴射でポッドも機体も制止させた。

 「脱出ポッドに乗っているパイロット!助けに来たよ!ハッチ開けて!」

あたしは接触通信でポッドへのコンタクトを試みる。でも、ポッド側からは何の反応もない。

氏んじゃっている…感じではない。これは生きている人の感覚。

こちらの呼びかけに答えられないほどにおびえているんだ…。

 「マライア」

レオナがそう声を掛けてくる。考えてることは、なんとなくわかる。

「私が連れてくる。ここでモビルスーツの操縦をお願いしていい?」

レオナはそう言ってきた。そうするほかにないよね。

レオナにモビルスーツの操縦は出来ないし、あたしが声を掛けて反応がないのに、なおもあたしがポッドへ行ったって、状況が変わらないかもしれない。

あたしはまた、ノーマルスーツからアンカーワイヤーを引っ張ってシートにひっかけた。

一度ベルトを外してレオナをシートから浮かせてからシートにもどってベルトをする。

「レオナ、開けるね」

「うん」

レオナの返事を待って、あたしはコクピットを開いた。

コクピット内に充填されていた補助のエアーが一瞬にして外に吹き出す。

そのエアーの勢いに乗って、レオナが外へ飛び出していく。

アンカーワイヤーが伸びて行って、あたしの操縦でZガンダムが抱えている脱出ポッドへレオナが漂っていく。

レオナが脱出ポッドにぶつかって、姿勢を安定させた。

 あぁ、なんだかハラハラしてきた…胸がキュッと、詰まるように苦しくなる。

405: 2013/07/15(月) 14:17:33.34 ID:a4CMWmdY0

 レオナはそれから、ポッド中を確認し、外側にある強制開放のボタンを操作した。

ハッチが開いて、ポッドからもエアーが吹き出る。

そのエアーと一緒に出てきたパイロットを、レオナは両腕と両脚を絡めて捕まえた。

レオナは、そのままスーツのワイヤーを自動リールで巻き取って、コクピットへ戻ってきた。

 レオナの腕に抱えられたパイロットは、ダークグリーンと白っぽいカラーリングの、

ジオンの汎用的なノーマルスーツに身を包んでいて、ブルブルと目で見てわかるくらいに震えていた。

小さくなって…いや、違う。このパイロットは、小さいんだ。子ども、なの…?

 そんなことを思いながらコクピットを閉じてシャトルへ戻りながら、ルーカスに連絡した。

「ルーカス、パイロットの保護完了。これから収納位置につくから、回収お願いね」

<了解。位置についたら、連絡をください>

あたしは、それを聞きながらモビルスーツをシャトルの下側に仰向けにすべり込ませる。

ルーカスに連絡をしてすぐに、シャトルのケージから伸びたマグネットアームがモビルスーツをつかまえて、

ケージの中へ引き込んでくれる。

 「収納完了。異常ないよ」

<了解、ハッチ閉鎖>

出た時と同じ機械音がして、シャトルのハッチが閉まる。ほどなくしてまたルーカスから無線が入り

<ケージ内、エアーの充填完了しました>

と知らせてくれた。あたしは、コクピットを開ける。

レオナのアンカーワイヤーを外して、片腕を引き、居住区へと続く廊下へのハッチの中へと引きこんだ。

 ハッチを固く締めて、気密を確認してから、ヘルメットを取る。ふぅ、と、ため息が出た。

パイロットはまだ、レオナの腕の中で震えている。

「レオナ、居住スペースへ行こう」

レオナにそう言って、廊下を抜け居住スペースに向かう。

くるくる回っている居住スペースのラウンジに据え付けのソファーに手をかけて、遠心力に体を預ける。

あたし達は、フワッと居住スペースの床に降り立った。

 すぐにルーカスが操縦室から中へ入ってくる。

 レオナが、パイロットのヘルメットの中を覗き込んでから、首元のボタンに触った。

プシュッと言う、空気が漏れる音とともに、ヘルメットが外れた。レオナがそのヘルメットを取って、床に置く。

その中から出てきたのは、レオナと同じ亜麻色の髪の少女だった。

恐怖と混乱にゆがんだその表情は、レオナに良く似た…ううん。

レオナと瓜二つの、まるで、10年前くらいの、まだ子どもの頃のレオナ本人みたいだった。

406: 2013/07/15(月) 14:21:28.10 ID:a4CMWmdY0

 あたしはルーカスに言って、甘いお茶と、楽しみに取っておいた地球から持って来たお菓子を取ってきてもらった。

それを、レオナにそっくりなこの子は、戸惑い気味に口にした。

一口食べて、お茶を飲ませたら、何かが緩んだんだろう、残りのお菓子を口一杯に頬張って涙を流した。

なんだか、どれだけ怖かったのかが伝わってきてしまって、胸が詰まった。

 それから、体の自由が利かないくらいに震えた彼女のノーマルスーツを脱がして、リラックスをさせた。

ルーカスは、デプリのない宙域まで船を移動させ、

あたしとレオナも、ノーマルスーツを脱いでこの、“小さなレオナ”のそばに着いていた。

 「あの…助けてくれて、ありがとう…」

どれくらい経ったか、落ち着きを取り戻した彼女はおどおどしながらそう言ってきた。

なんだか、拾ってきた子猫みたいだ…ふと、そんなことを思ってしまう。

「あの、あなた達は、誰…で、すか?アクシズ?エゥーゴ?」

「どっちでもないよ。どっちでもないけど、あなたの味方。あなたを助けに来たんだよ」

レオナがそう言う。

「わ、私の…味方…ですか?」

彼女はなおもおどおどと、慣れてなさそうな敬語を使ってレオナの言葉を繰り返す。

なんだか、気が重くなっちゃってダメだな、こう言うの。そう思ったあたしは

「普通に喋っていいよ!あたし達は偉い人でもあなたに命令するような人でもないんだからさ」

って言ってあげた。そしたら彼女は、少しだけ何かを緩めたような気配をさせた。

よかった、話せばちゃんと、分かってくれる子みたいだ。

「あたしは、マライア・アトウッド。よろしくね」

「私は、レオニーダ・パラッシュ…あなたの、お姉さん、みたいなものかな。レオナって、呼んで」

あたしが名乗ると、レオナも名乗った。

…あれ?レオナ、今、お姉さんみたいなもの、って言った?姉妹だったんじゃないの?

この子が、レイチェルじゃ?それとも、いきなり驚かせないようにしているのかな?

「私の…姉さん?」

彼女は、ハッとした表情でレオナを見返す。

「あなたの、名前は?」

レオナは、彼女にそう尋ねた…待ってよ、レオナ。名前って、やっぱりこの子、レイチェルじゃないの…?

こんなにそっくりなのに、血のつながりがないなんて思えない。

だけど、レイチェルではない。他の姉妹が居たってこと?

 あたしがそんなことを思っていたら、名を聞かれた彼女は少し困った顔をして戸惑いながら、言った。



「名前…?分からない…。でも、私達はプルって呼ばれてた。私も、プル。プル、ナイン」






411: 2013/07/15(月) 19:16:58.81 ID:a4CMWmdY0

「名前…?分からない…。でも、私達はプルって呼ばれてた。プルナイン」

プルナイン?ナインがファミリーネーム?でも、レオナはパラッシュ、だったよね?

ホントに姉妹じゃないってこと?それとも養子か何かに出されたってことかな?

それに…今、彼女の言った「私達」 、って、どういうこと?

あたしはレオナを見やった。彼女は、真剣な表情であたしを見つめ返して来る。そして

「マライア…怒らないで、怖がらないで聞いてくれる?」

と言ってきた。

ビビり屋のあたしとは言え、レオナやこの子が幽霊だなんてことでもない限り、

別に怖いなんて思う事もないって言い切れるけど…怒る、ってのは、気になる。

何か、あたしに対して罪の意識でもあるのかな?たぶん、怒るなんて事もないだろうけど、

もしレオナがそんな風に感じてるんだったら、余計に話は聞いてあげた方が良いのかも知れない。

「大丈夫だから、話して」

あたしがそう言うと、レオナはコクッと頷いた。それから、静かに喋り出した。

412: 2013/07/15(月) 19:17:45.07 ID:a4CMWmdY0

「彼女は、厳密に言えば、私の妹じゃないの。まだ戦争も始まる前のジオンに居たときに、

 ちょうど、私はこの子くらいの歳だったけどね…私の体から取り出されたips細胞から、二人のクローンが作られたの。

 ニュータイプって言う言葉の概念はなかったけど、ある種の遺伝的要素が、

 特殊な脳波とコミュニケーション能力を発現させる、と考えていた博士がいてね。

 軍事転用も見据えていたんだと思うんだけど…

  とにかく、そう言う現象の研究対象だった私から取り出された細胞に、

 それぞれ異なった遺伝子操作を加えて産まれた二人の子がいた。

 エルピー・プルと、プルツーって呼ばれる、双子。

 そして、産まれてすぐの検査で、よりニュータイプとしての能力が高いと見込まれたプルツーのクローンとして、

 その細胞を使って産まれた10人の子ども達がいた。

 彼女達はプルシリーズって呼ばれて、プルツーと同じように、番号を振られていたの。

 彼女は、その中でもプルナイン、9番目のプルとして生を受けた子…。

  最初のクローン、エルピー・プルは、私の名前からとったんだ」

「レオニーダ・パラッシュ…L.P…」

「うん、そこに人々、って意味のピープルを掛けて、

 最初のクローンの二人はエル・ピープル、と呼ばれることになった」

「レオナ達、って意味、か…」

「うん…そもそも、プルって名前が一人歩きした時点で、オリジナルは最初のプルとプルツーになったんだろうけどね…」

「そうだったんだ…でも、それでどうしてあたしが怒るって思ったの?」

「だって、ずっと妹だって、言って嘘を付いてたし…それに、クローンだ、なんて事も…

 怖がらせたり気味悪く思われたりするんじゃないか、って…」

「あぁ、なるほど、そう言うこと…」

「うん」

「別にそんなこと思わないよ。

 こっちに来る前にいきなり、クローンだなんて言われてもどう受け止めて良いか混乱しただろうしね。

 でも、こうして彼女を見たらそれも納得しちゃうよ。だって、レオナに瓜二つだもん。

 姉妹だって言う方がなんだか不自然なくらいだし。それにさ、そうやって命を道具みたいに扱うのは良くないとは思うけど…

 でも、そのお陰でこの…プルナインちゃんは産まれたわけでしょ?

 本人がするのならともかく、無関係なあたしがそこを否定しちゃってもさ、なんだかかわいそうじゃない」

あたしはそう伝えてあげてから、プルナインの方に、怖がらせないようにゆっくり近付いてからそばにしゃがんで、

ガシガシと頭を撫でてあげた。

「無事でよかったね…あたし達が守ってあげるから、安心していいよ。

 もう誰にもあなたを道具としてなんか扱わせないからね…!」

そう言って笑ってあげると、プルナインの目に涙が涌いてくるのが見えた。

413: 2013/07/15(月) 19:18:30.48 ID:a4CMWmdY0

「ね、レオナ。この子にちゃんとした名前をつけてあげようよ!ナインなんて番号じゃなくてさ。

 レオナ・パラッシュの妹としての名前を、さ」

「私に、名前を?」

「良いかも知れないね」

「じゃぁ、何にする?」

「うーん、それじゃぁ、マライアとレオニーダからそれぞれ文字って、マリーダ?」

「あ~…それはいろいろとどうかなぁと思う…ニュータイプ的に」

「そう?」

「マリーダ?」

「そう。私の妹だから、マリーダ・パラッシュ」

「それがいい!」

レオナの言葉を聞いた瞬間に、プルナインの表情が輝いた。

「いいの!?」

「私を助けてくれた二人の名前なんでしょ?それ、嬉しい!」

プルナイン、いや、マリーダは顔をキラキラさせてそう言って来る。

「本人が気に入っちゃったんじゃ、なぁ」

あたしはそう呟いて渋々レオナの顔を見て頷いてあげた。良いのかなぁ、そんな名付け方で…?

いいのかな、ね、平気か

な、これって?

そんなあたしの気持ちなんか知りもせずに、レオナはマリーダと嬉しそうに話をしている。

「姉さんは、レオニーダって名前でレオナなんだね!なら、私は、マリ?マリー?」

「マ、マリがいいんじゃないかな!それがかわいいと思う!」

あたしはその会話を聞き逃さずに、相づちを打った。するとマリーダは

「ホントに!?」

と、一層顔を輝かせる。そして本当に嬉しそうな顔をして、

「じゃぁ、私は、マリーダで、マリが良い!」

と声をあげた。

それにしても、かわいいな。素直に、そう思った。無邪気って言うか、天真爛漫って言うのか。

こんな子が、噂に聞いたジオン、アクシズのニュータイプ専用機に乗せられて、戦闘に参加させられていたというんだ…

そして…さっきの話を考えれば、少なくとも彼女の姉妹達、10人近くが、戦闘で氏んでいるってことになる…

戦争のために作られて、戦争のために氏んでいったんだ…こんな、無邪気な子ども達が…

 ニュータイプは戦争の道具なんかじゃないのに…この計画を考え付いた連中は命を何だと思ってるのよ!

まだ生きていておんなじことしようとしてるんなら、あたしがそこにいる皆を助け出した上で、

ハイメガ粒子砲で吹き飛ばしてやるんだから!

 あたしがそう怒っていたら、不意にマリのお腹がグウと鳴った。

レオナがクスクスと笑う。何がおかしいの?と言わんばかりのマリの頭を、レオナはごしごしと撫でると

「食事にしようか。船の中じゃ、良いもの出してあげられないけど…

 もうしばらくしたら、コロニーに入れるから、そうしたらそこでおいしいもの食べようね」

「うん、食べる!」

マリはまた、キラキラの笑顔でそう言って、レオナに抱きついた。

433: 2013/07/28(日) 23:44:56.96 ID:zKUMyycL0

 「ねぇ、大丈夫?」

道を歩きながら、レオナが心配そうにマリを支えている。

あたし達は、マリを助けた場所からしばらくの航行で、サイド3にたどり着いた。

コロニー入りを管理していたエゥーゴの連中には怪しまれたけど、結局あたしの軍籍をカラバに確認してもらって、

なんとか許可が降りた。いちいち地球に確認するなんて、疑り深い指揮官だったなぁ。

こっちは、そんなこともあろうかと思って、

ちゃんとカラバのワッペン付きのジャケットを人数分用意して着込んでたっていうのに。

 サイド3に着いてからすぐに、あたし達は都市部の喫茶店へと脚を運んでいた。

もちろん、マリとの約束を果たすためだったけど、はじけ飛んじゃうんじゃないかってくらい喜んだマリは、

ハンバーグのランチとデザートにチョコレートパフェを食べて少ししてから、気分が悪い、お腹が痛いと苦しみだした。

 あたしも、マリが食べているときにちょっと気になってて、止めれば良かったんだけど、

要するに、宇宙旅行症候群、ってやつだ。

 宇宙では、固形物を食べるよりも、栄養素を混ぜ込んで作ったチューブ食がメインの食生活になる。

大人でも、二本食べれば摂り過ぎなくらいで、長く宇宙にいると胃が縮小しちゃう、ってあれのこと。

マリがどんな生活をしていたのかはわからないけど、すくなくともずっとアクシズなんかに居たんだとしたら、

まともな固形物なんて、初めて食べるかもしれない。多少、気分が悪くなっても仕方がない。

 「マリ、頑張って。もうちょっとで港だからさ」

あたしは青い顔をしたマリをそう励ます。

でも、マリは返事もしないまま、レオナにもたれるようにしておぼつかない足取りで歩いている。

434: 2013/07/28(日) 23:45:45.99 ID:zKUMyycL0

 「ねぇ、大丈夫?」

道を歩きながら、レオナが心配そうにマリを支えている。

あたし達は、マリを助けた場所からしばらくの航行で、サイド3にたどり着いた。

コロニー入りを管理していたエゥーゴの連中には怪しまれたけど、結局あたしの軍籍をカラバに確認してもらって、

なんとか許可が降りた。いちいち地球に確認するなんて、疑り深い指揮官だったなぁ。

こっちは、そんなこともあろうかと思って、

ちゃんとカラバのワッペン付きのジャケットを人数分用意して着込んでたっていうのに。

 サイド3に着いてからすぐに、あたし達は都市部の喫茶店へと脚を運んでいた。

もちろん、マリとの約束を果たすためだったけど、はじけ飛んじゃうんじゃないかってくらい喜んだマリは、

ハンバーグのランチとデザートにチョコレートパフェを食べて少ししてから、気分が悪い、お腹が痛いと苦しみだした。

 あたしも、マリが食べているときにちょっと気になってて、止めれば良かったんだけど、

要するに、宇宙旅行症候群、ってやつだ。

 宇宙では、固形物を食べるよりも、栄養素を混ぜ込んで作ったチューブ食がメインの食生活になる。

大人でも、二本食べれば摂り過ぎなくらいで、長く宇宙にいると胃が縮小しちゃう、ってあれのこと。

マリがどんな生活をしていたのかはわからないけど、すくなくともずっとアクシズなんかに居たんだとしたら、

まともな固形物なんて、初めて食べるかもしれない。多少、気分が悪くなっても仕方がない。

 「マリ、頑張って。もうちょっとで港だからさ」

あたしは青い顔をしたマリをそう励ます。

でも、マリは返事もしないまま、レオナにもたれるようにしておぼつかない足取りで歩いている。

 これは、ちょっとかわいそうだな…。薬局でもあれば、胃薬の一つでも買ってあげられるんだけど…

もし、ひどい症状だったら、そんなのじゃ収まらない。病院に行って、点滴でもすれば早いんだけどな…

 あたしはそう思ってあたりを見渡す。きれいな街並みではあるんだけど、どこか、寂れた印象のある街だった。

オフィスビルのような建物は、半分以上がカラッポ。

お店も、開いているのはまばらで、ほとんどはシャッターを下ろしてしまっている。

 このコロニーは、連邦の管理下におかれてから、凄惨な事が起こっていたってことを、あたしは知っていた。

1年戦争以降、駐留していた連邦軍の兵士たちが、ここでどんなことをしていたか…

そんなの、いまさら言うまでもない。あたしは、なんとかできないかって、何度も思った。

でも、それもつかの間、ティターンズ将校でもあったあたしには地球降下の指令が降りてきて、

サイド3の心配ができるのも、それっきりになってしまっていた。

 こんなことを考えてしまうのは、ひどいことだと思う。でも、あたしは考えずにはいられなかった。

―――レナさん、地球に残ってくれて、良かったよ…。

 「マライア、やっぱり病院につれて行った方が良いかもしれないよ…」

レオナが不安そうな表情であたしに言ってくる。確かに、そうかもしれないね…

そう言えば、宇宙旅行症候群のひどいときって、食事のあとにショック症状が出て、

最悪氏んじゃう、なんて話も聞いたことある。確か、胃腸に血液が回りすぎて、脳まで血が行かなくなるとかなんとか…

えっと、なんて言ったっけ、急性…ナントカ不全?

435: 2013/07/28(日) 23:46:29.23 ID:zKUMyycL0

 「大尉、あれ、病院じゃないですかね?」

不意に、隣にいたルーカスがビルの中からヒョコっとひときわ高く頭を突き出している建物を指差した。

その建物の外壁には、棒のようなものに、ヘビが巻き付いているマークが描かれている。

あれって、確か…………

…………なんだっけ…。

 「あのマークは?」

「アスクレピオスの杖、だよ。神話で、医学をつかさどる神様が持っているっていう、杖だ」

あ、そうそう!アクスピ…え、ルーカス、今のもう一回言ってくれない?

 「神話に由来を取る辺り、ジオンらしいな。大尉、俺、先に行ってみてきますね」

「え…あ、うん、お願い」

あたしの返事を聞いたルーカスは軽い足取りで、建物の方へと続いている道を小走りに駆けて行った。

 その姿を見送ってから、あたしはマリの顔色を見る。相変わらず、真っ青で、しかも、唇まで紫になってきてる…

あれ、これって、かなり危ないんじゃない?

 なんとか建物のそばに着いたとき、ちょうど中からルーカスが出てきた。

思った通り、病院らしく、ルーカスが手続を済ませてくれたらしい。ルーカスに続いて白衣を来たナースも駆けてきて、

マリの顔を見るなり、キュッと厳しい目をして

「すぐにICUへ運びます」

と言ってきた。あ、やっぱりかなり危ないよね?

 それから、ストレッチャーが出てきてマリをそこに寝かせて、ガラガラと病院の中に突入して、ICUへと入った。

マリは、すごい勢いで体にいろんな機械を取り付けられる。と、思ったら、マリは突然に叫んだ。

「やめろ!そんなもの、つけるな!」

 思わず、ビクッとしてしまった。な、なによ、マリ。急に大きい声出さないでよ!

 マリは叫びながら、体に付けられた電極やなんかを薙ぎ払うようにして体から引っぺがした。

どうしたのよ?それやっとかないと、治療始まらないんじゃ…

 暴れてベッドから落ちそうになったマリをレオナとルーカスが支えた。

それでもマリは、真っ青な顔して、息を荒げて抵抗しようとしている。

「マリ!マリ!!落ち着いて!これは治療よ!実験じゃないわ!」

レオナが叫んだ。

 あぁ、そうか…。レオナの言葉に、あたしは思わず、納得してしまった。やっぱり、マリもそうなんだね…

強化人間なんだ…。だとしたら、医療機器なんて、信用できないよね。

だって、電極なんかは見てくれは洗脳に使う装置に似てそうだし、

血圧や心拍のモニターなんか、きっと実験そのまんまじゃない。そりゃぁ、さ、イヤだよね…。

436: 2013/07/28(日) 23:47:03.56 ID:zKUMyycL0

 あたしは、ふぅっと大きく深呼吸をした。こういうときの対処法を、実は心得ていた。

カラバにも、不安定なのが何人か居たからね…モビルスーツに乗ったまま錯乱するレイラとかジークくんとか、さ。

 なんだか、たいして昔のことでもないのに、そんなことを考えたら懐かしい気持ちがこみ上げてきた。

うん、ちょうどいい。こういう心持ちなら、きっと大丈夫…。

 あたしは、意識をマリに集中させる。

―――マリ…大丈夫だよ…これは実験じゃない。怖くも、痛くも、辛くもないよ。

ずっとそばで見ていてあげるから、怖がらないで…ね、マリ…

―――…!マライアちゃん!

 頭の中だったのか、耳で聞こえたのかわからなかったけど、マリがそうあたしの名を呼ぶ声が響いて、

いつのまにかつぶっていた目を開けたら、ベッドの上のマリは大人しくなっていた。

 ルーカスが体を離す。レオナは、まだ、おっかなビックリ、って感じで、マリの体をベッドに押し付けている。

「レオナ」

あたしは、レオナに声を掛けてから、マリの体を押さえているレオナの手に優しく触れて、そっと引き離してあげる。

それから、マリの頭を撫でで、手をギュッと握ってあげる。

 「大丈夫。なにかされそうになったら、あたしが必ず助けてあげるから、安心して」

そう言ってマリに笑いかけてあげた。マリは、一瞬、呆けたみたいな顔をして、でも、コクッと頷いた。

それを見届けてから

「ごめんなさい、ちょっと、怖がりな子で。もう、大丈夫です」

とナースに声を掛けた。ナースは、たいした動揺も見せない毅然とした感じで、

改めてマリの体に電極と、心拍計に血圧計を取り付けた。

 一瞬、マリの手に力がこもるのを感じたので、一度ギュッと握り返してから、もみほぐすようにして力を抜いて行く。


 マリの表情は、怯えていた。なんだか、それが切なくて、キリキリって、胸が痛んだ。

 それから点滴の針を刺されたマリは、30分もしないうちに、ふぅ、と大きなため息をついて

「マライアちゃん、治った!」

と言って笑った。ホントに、もう、単純だね、マリは。

 その様子に、なんだかあたしまで笑えてしまった。まぁ、たいして心配もしてなかったけどさ。

「良かった…」

そんなことを思っていたら、そばでレオナがそう言って、ヘナヘナとマリのベッドに崩れるようにして倒れこんだ。

あぁ、レオナ、ごめん、そんなに心配してたんだ?もうちょっとちゃんと対応してあげればよかったな…

これは、反省しないと…。

 なんてお気楽なことを思っていたら、そのあとやってきて症状の説明をしてくれた医者の言葉に、

今度はあたしが青くなっちゃいそうだった。

437: 2013/07/28(日) 23:47:40.31 ID:zKUMyycL0

 なんでも、かなり危険な状態だったらしい。

でも、マリの心肺機能が強かったお陰で、なんとか脳まで血が届いていて、事なきを得たんだって。

普通の人なら、食べて10分もしたらバッタリ倒れて、5分くらい痙攣して、そのまま動かなくなる、らしい。

 なによ、それ…脅かすの、やめてよね…。

あたしは、シレッとした顔で説明をした医者を、知らず知らずジト目で睨み付けていた。

でも、そのあとで、今度は医者があたしを睨み返してきて、あんた達は戦争被害者救助のために来てるんだろう、

空腹の人間に急に大量の食事を与えたらどうなるかくらい、分からないのか、と一喝してきた。

何か言い返してやりたかったけど、でも、言えることといったら、

「それは名目上のこと!」

と言う取り返しのつかないカミングアウトくらいなものだったから、もう、黙って反省するしかなかった。

 うん、これは、確かにあたしのミスだよね…さすがに、お気楽過ぎた。反省、反省。

 そんなあたしをよそに、マリは、すっかり気分が良くなったのか、スヤスヤと寝息を立て始めていた。

なんだか、すごくかわいい寝顔で、ションボリしかけたあたしの気持ちをホンワカと緩めてくれるような感じがした。

451: 2013/07/30(火) 22:14:15.89 ID:tVi3RIMI0

 その日は、念のために、と言うことで、医者から入院させる、と言い放たれてしまった。

まぁ、確かに、命の危険があったわけだし、たぶん、あたしへの戒めの意味もあるんだろう。

 やり方は気に入らないけど、結局は、マリのことをいろいろと考えてそうしてくれている、ってのは分かる。

だから、まぁ、ここは穏便に従うことにした。

 「えー、船に帰る!」

マリはもちろん、その話を聞き入れたがらなかったが、とりあえず、あたしが一晩中そばにいることを条件に、

なんとか飲んでくれた。

 レオナはルーカスと一緒に船に戻らせた。マリ一人なら、あたしが守ってあげられる。

レオナにしてもルーカスが付いていてくれれば安心だ。それに、レオナは調べ物をしなければならないはずだ。

そこらへんは、全部ルーカスに任せてある。まぁ、任せてある、といっても、 エゥーゴの顔見知りを探して、

サイド3の公文書館への入館を許可してもらうだけのことだけど。戸籍とか、そういうのも閲覧できるだろう。

レオナも、自分自身のことを早く見つけられると良いな。

 そんなことで、あたしはマリと一緒に、病室にいた。

マリはすっかり元気で、年相応の、なんだが本当にかわいい話題を一生懸命にあたしに投げかけてくる。

「かわいい洋服はどこにあるかな?」

とか

「廊下を歩いていた子どもが持っていたモフモフそうなものはなに?」

とか。

 逐一、洋服は、病院でたら買いに行こうね、とか、あれはヌイグルミって言うんだよ、なんて答えると嬉々として


「そうなんだ!」

「わたしも買っていいかな?」

って言って来る。

 その笑顔が本当にかわいくて、あたしまでほっこりと笑顔にさせられた。

まったく、レオナ一人じゃなくて、マリまで、なんてね。あたし、そっちの道に目覚めちゃったらどうしよう!?

あ、まぁ、アヤさんたちいるし、それでもいいか。仲間に入れてもらうくらいの気持ちで…

いや、ダメか、あそこは夫婦だもんね。

 「ねぇ、マライアちゃん。わたし何か食べたい。おなかすいた」

「お医者さんに病院食だけしかダメだって言われたでしょ?」

「でもー!食べたいの!退屈だし」

そういって両手両足をジタバタさせて駄々をこねる姿すら、なんだかいとおしい。あぁ、やばいな、これ、あたし。


「消化の良いものだったら、下の売店で買われて召し上がっても良いですよ」

不意に声がしたので、振り返ると、ICUからここに運ばれて、担当になってくれた、という、ナースが笑顔を見せていた。


452: 2013/07/30(火) 22:15:07.17 ID:tVi3RIMI0

「大丈夫なんですか?」

「えぇ、先生からの伝言でね。ゼリーとか、ヨーグルトとか、そういうものでしたら、かまわない、って」

「ほんと!?」

マリが表情を輝かせる。

「マライアちゃん、わたし行きたい!」

マリはベッドの上でピョンと飛び上がった。

 「あはは、そうね、ちょっと検査だけさせてくれたら、お散歩に行って来てもいいからね」

ナースは優しい笑顔でマリにそういってからあたしの顔を見た。

 ご機嫌取りがうまいな、この人。たぶん、これからする検査で、マリが抵抗しないようにする下準備なんだろう。

マリのこのテンションを見れば、それが成功したのはどうなのかは、一目瞭然だ。

 「じゃぁ、ちょっと採血と体温だけ測らせてね」

ナースはそういって、体温計をマリに手渡して、マリがそれを脇に挟むのを確認してから、

マリの腕をまくって消毒した。これも、うまいね。

体温計を脇に挟んでなきゃいけない、と思えば、腕を振り払おうとしたって、ちょっとした抵抗になる。

 ナースは、驚くほどの手際で、マリの腕を消毒すると、その腕に採血用の注射器の針を突き刺した。

あたしは、マリの顔を見ていて、少し心配したけど、針をさされた瞬間にマリは、なんだか意外そうな顔をした。

 「ん、どうしたの?」

ナースがそれに気づいてマリに尋ねている。

「いや…いつもされている注射より、痛くなくて…」

マリは戸惑ったように、そう語る。

「そう。まぁ、注射にもいろいろと種類があるし、それに、ほら、上手とか下手とかもあるものなのよ」

「へぇ、そうなんだ!」

ナースの言葉に、マリは素直に感嘆した。

 「はい、オッケー」

しばらくして、ナースは注射器から伸びたチューブの先にある試験管みたいなものを取り外してマリにそういい、

なれた手つきで針を抜き、消毒液のしみこんだ綿を傷口に押し当てて、片手で絆創膏をその上に張って、綿を固定した。

 ピピピ、とまるでタイミングを待っていたかのように、体温計が音を立てる。見ると、37.3℃。

まだ少し高いかもしれないけど、もしかしたら、これがマリの平熱なのかもしれない。

何しろ、心肺機能が相当強いんだ、と言う話だ。多少、熱量が多めだったりしても、うなずける。

「ん、微熱、かな。じゃぁ、検査はおしまいだけど、あまり無理しちゃダメよ」

ナースはそういってマリの肩ポンとたたいて、立ち去ろうとした。

 「あ、すみません!」

そういえば聞き忘れていた。

「あの、なにか食べさせてあげても、いいんですか?」

「ええ、消化の良いもので、一日、一品まででお願いしますね」

あたしの問いかけにも、ナースはニコッと笑って答えて、部屋から出て行った。

、妹がいたら、こんななのかも知れないな。かわいいよ、マリ、あなたね。

453: 2013/07/30(火) 22:15:58.62 ID:tVi3RIMI0

「大丈夫なんですか?」

「えぇ、先生からの伝言でね。ゼリーとか、ヨーグルトとか、そういうものでしたら、かまわない、って」

「ほんと!?」

マリが表情を輝かせる。

「マライアちゃん、わたし行きたい!」

マリはベッドの上でピョンと飛び上がった。

 「あはは、そうね、ちょっと検査だけさせてくれたら、お散歩に行って来てもいいからね」

ナースは優しい笑顔でマリにそういってからあたしの顔を見た。

 ご機嫌取りがうまいな、この人。たぶん、これからする検査で、マリが抵抗しないようにする下準備なんだろう。

マリのこのテンションを見れば、それが成功したのはどうなのかは、一目瞭然だ。

 「じゃぁ、ちょっと採血と体温だけ測らせてね」

ナースはそういって、体温計をマリに手渡して、マリがそれを脇に挟むのを確認してから、

マリの腕をまくって消毒した。これも、うまいね。

体温計を脇に挟んでなきゃいけない、と思えば、腕を振り払おうとしたって、ちょっとした抵抗になる。

 ナースは、驚くほどの手際で、マリの腕を消毒すると、その腕に採血用の注射器の針を突き刺した。

あたしは、マリの顔を見ていて、少し心配したけど、針をさされた瞬間にマリは、なんだか意外そうな顔をした。

 「ん、どうしたの?」

ナースがそれに気づいてマリに尋ねている。

「いや…いつもされている注射より、痛くなくて…」

マリは戸惑ったように、そう語る。

「そう。まぁ、注射にもいろいろと種類があるし、それに、ほら、上手とか下手とかもあるものなのよ」

「へぇ、そうなんだ!」

ナースの言葉に、マリは素直に感嘆した。

 「はい、オッケー」

しばらくして、ナースは注射器から伸びたチューブの先にある試験管みたいなものを取り外してマリにそういい、

なれた手つきで針を抜き、消毒液のしみこんだ綿を傷口に押し当てて、片手で絆創膏をその上に張って、綿を固定した。

 ピピピ、とまるでタイミングを待っていたかのように、体温計が音を立てる。見ると、37.3℃。

まだ少し高いかもしれないけど、もしかしたら、これがマリの平熱なのかもしれない。

何しろ、心肺機能が相当強いんだ、と言う話だ。多少、熱量が多めだったりしても、うなずける。

「ん、微熱、かな。じゃぁ、検査はおしまいだけど、あまり無理しちゃダメよ」

ナースはそういってマリの肩ポンとたたいて、立ち去ろうとした。

 「あ、すみません!」

そういえば聞き忘れていた。

「あの、なにか食べさせてあげても、いいんですか?」

「ええ、消化の良いもので、一日、一品まででお願いしますね」

あたしの問いかけにも、ナースはニコッと笑って答えて、部屋から出て行った。

454: 2013/07/30(火) 22:16:47.97 ID:tVi3RIMI0

 「マライアちゃん、売店行きたい!」

医者の許しが出ているんなら、かまわないよね。

 あたしはそれを確認してからマリに

「よし、じゃぁ、いこっか」

といって手を引いてベッドから立ち上がらせてあげた。

 病室を出て、廊下を歩く。マリは本当に、入院が必要なのか、って感じてしまうくらいで、

楽しそうにあたしの周りをちょろちょろとしたり、スキップして付いてきたりしていた。

あたしはお兄ちゃんしかいないけど、妹がいたら、こんななのかも知れないな。かわいいねぇ、マリ。

 廊下の交差した地点にある、エレベータホールまで着いたあたし達はそこからエレベータで1階にと向かった。

エレベータホールのすぐそばに、売店はあった。

品揃えが多いわけでもなかったけど、病院らしく、栄養ドリンクとか、スポーツ飲料とか、雑誌とか、

お菓子なんかも売っていた。探すのは、ゼリーがいいかな。

なるべく果肉なんかの入ってない、さらっとしたやつか、あるいは、デザート用のチューブ食。

あれも確か、飲むゼリーみたいな感じで、栄養補給目的でない、

ちゃんとした飲むゼリーみたいな感じでいい味付けがしてあるはずだ。

「マリ、どれがいい?」

あたしが聞いたら、マリは店の中を一通り目をキラキラさせたまま見て回って、それから、

アイスクリームのコーナーで、箱のアイスを指して

「これがいい!」

と言い出した。

 うーん、アイス、か。あんまり良くない気がするな…

「マリ、それはちょっとまだお腹に悪いかも。今日のところは、やめておこう?」

あたしが言うとマリは見るからに不満です!と言いたげに頬を膨らませて

「これがいいの!」

と訴えてきた。まったく、こういうところは、本当に子どもだよね。

そう思ったら、なんだかちょっと可笑しくなってしまった。

「また、お腹痛くなってもレオナが心配しちゃうからさ。こっちのゼリーにしておこうよ。オレンジのなんかおいしいんだよ」

あたしはそういって、冷凍棚においてあってゼリーをひとつとってマリに見せてあげた。

「これはじめて!おいしいの?」

「うん、あたしは結構好きかな」

「そうなんだ!じゃぁ、わたしこれにする!」

マリはそういって満面の笑みを浮かべて飛び跳ねる。あぁ、なんだか無性に頭をなでたくなる子だなぁ、マリって…。

 そんなことを思いながら、マリがオレンジのゼリーを選んでいたので、

あたしはグレープ味の紫のやつを手にして一緒にレジへと向かった。

 ニコニコ笑顔のマリと会計を済ませて、店を出たとき、あたし達の前に、一人の少年が立っていた。

彼は、なんだかすごくびっくりした表情をして、あたし達を見ている。いや、あたし達、と言うか、マリを、だ。

455: 2013/07/30(火) 22:20:51.00 ID:tVi3RIMI0

 「あの、どうしたの?」

あたしが聞くと、彼はとたんに顔つきを変えて、あたしをにらみつけてきた。

「あんた!この子をどうするつもりだ!?」

彼が込みあがっている怒りを押さえつけている様子で、拳を握りながらそう言ってくる。

 どうするって…別に、変なことをするつもりはこれっぽっちもないけど、そんなことしそうに見えるのかな?

それとも、あ、マリの知り合いとか?

 ふとそう思って、マリに目をやるが、マリもキョトンとした顔をしている。

「マリ、知ってる人?」

聞いてみるけど、マリは首をかしげて

「うーん、知らない…」

と答えるだけだ。

 そんなマリの言葉に、少年は絶句した。それからまた、憎しみの篭った目であたしを見つめて、

「あんた!この子に何をしたんだ!?また、洗脳をしたってのかよ!?」

といってくる。

 洗脳…?そうか、この子は、マリが強化人間だって知っているんだね…

だとしたら、研究所で、同じような研究対象にされてたのか…あるいは、関係者か…

 そんなことを思っていたら、少年はガバッとマリの体をつかんで揺さぶりながら

「目を覚ませ、プルツー!」

と怒鳴った。

 プル、ツー?違う、違うよ、君。この子は…プルナイン、あなたが思っているプルとは違う人だよ…

でも、あなたは、プルツーのことを知っているのね…?

「なにするんだよ!」

マリがそう言って、少年の腕を振り払った。少年は、それを見て愕然とした表情をしている。

あっと、まずいね、これ。たぶん、いろいろ勘違いしているんだ、彼は。ちゃんと話してあげないと…

「ね、この子は、たぶん、あなたが言っているのとは、違う子だよ。あなたが言った呼び名で、なら、

 この子は、プルナイン。あなたが知っているんだろう、プルツーとは、別のプル、だよ」

あたしは、なるべく冷静にそういいながら、ちょっと動揺しかけていたマリをそばに抱き寄せて安心させる。

 この少年、背格好はあたしと同じくらいだけど、たぶん、けっこうケンカ慣れしてるタイプだ…

ま、でも、油断しなければ、2手…ううん、3手で制圧くらいはできるだろうな。

 そんな感覚があったから、あたしのほうもまだ、冷静でいられた。

 反対に、目の前の彼は、ひどく動揺しているように見える。

 それにしても…プルツーって、もしかして…レオナが言ってた、最初のクローン達の一人、ってことだよね。

つまり、そのプルツーこそ、レイチェルに違いない…。それに気がついて、ハッとした。

この少年は、レイチェルの居場所を知っているのかもしれない。何とか聞きだしておきたいな…

先に、こっちのことを話しておこうか…。

「あたしは、マライア・アトウッド。カラバのスタッフで、今は戦時の遭難者や被災者の救援活動をしてるの。

 その途中であったのが、彼女。宇宙で拾い上げて、それから、ここにつれてきたのよ。

 今は、3階の病室に入院してるわ」

あたしが言うと、彼の表情が、変った。険しいけれど、警戒はなさそうだ。

456: 2013/07/30(火) 22:21:38.97 ID:tVi3RIMI0

 「そうだったのか…変な言いがかりをつけて、悪かったよ」

彼は静かに言った。これは、いけそう、かな?

「プルツーちゃんて、この子の…姉妹、だよね。もともとの家族が、一生懸命居場所を探しているんだ。

 もし、生きてるんなら、居場所を教えてくれないかな?」

あたしがそういうと、少年はあたしとマリを見つめてきた。まるで、何か品定めをするかのような視線。

違う、この子、ニュータイプだ…!あたし達の腹のうちを探ろうとしている。

まぁ、探られて痛む腹じゃないから、なるだけ良く見てもらえるように、こっちもこの探りの感覚を受け入れてみる。


 どれくらい経ったか、彼はふうとため息をついて、静かに口にした。

「この病院にいるよ…」

え…ここに?!驚いた。こんな偶然…でも、待って、じゃぁ、会える…の?

「その…会って、話をできたり、するのかな?」

あたしが聞いてみると、彼は力なく首を横に振った。それから、沈んだ声でこういうのだ。

「意識が戻らないんだ。もう、一週間近くになる…」

彼の表情は一転して真っ暗になってしまった。

 「意識が…?まさか、戦闘で?」

あたしが聞くと彼は相変わらずのしょげた顔で

「そうなんだ…」

とつぶやいた。

 そっか…そんな状態だから、こんな近くにいても分からなかったんだ。でも、生きて、この場所にいるんだね。

会わなきゃ…とにかく、その子に…。

 「連れて行って、あたし達を」

気が付いたら、あたしは彼にそんなことを頼んでいた。彼は、神妙な面持ちで、コクっとうなずいた。

 それからあたし達は、5階にあった個室へと案内された。

「ここだ」

彼はそう言って、病室のドアを開けた。

 急に、胸が苦しくなる。これは、プルツーの感覚…?ううん、違うね。これは…単なるあたしの緊張だ。

戦闘でのケガ…しかも、場所は、宇宙だ。もし…もし、コクピットから投げ出されて、

ノーマルスーツが破損していたりしたら、真空に皮膚がさらされて、血液が沸騰して、どんな状態になってるか…。

脳裏に浮かんできたのは、宇宙で戦氏した仲間の遺体や、腕と脚が吹き飛んだ、8年前のソフィア姿だった。

ゴクッと唾を飲み込んで、握っていたマリの手を握りしめてしまう。

 「マライアちゃん、大丈夫だよ」

不意にマリが言った。その顔を見たら、マリは満面の笑みを浮かべていた。

「2番目の姉さんには初めて会うけど、姉さん、苦しんでる感じしないんだ。だから、きっと平気」

「マリ…うん、そうだよね…」

あたしは、マリの言葉を聞いて、気持ちを決めた。

457: 2013/07/30(火) 22:22:17.90 ID:tVi3RIMI0

病室の中に入る。

 心拍を刻む電子音と、人工呼吸器の音だけが、部屋に響いている。

 彼女は、ベッドに横たわっていた。あちこち傷だらけで…だけど、穏やかで、きれいな顔をしていた。

 頭に浮かんでいたのが、悪い妄想だったことに安心して、あたしは思わずため息をついていた。

 あたしは、マリの手を引いて、ベッドのそばに近づく。

 半透明の呼吸器マスクに顔が覆われているけど、彼女は、

マリやレオナと同じ色の髪、同じ透き通るような肌の色、同じ顔をしていた。

 「姉さん…」

マリが、そう口にした。あたしの手を離して、プルツーの顔に触れた。

それから、その手をプルツーの手に触って、キュッと握った。

「姉さん…」

マリはまたつぶやいた。

 マリ、まさか、この子を呼んでるの?…そんなこと、できるの?

 あたしは、マリにそう確認しようとして、言葉を飲み込んだ。

マリから、得体の知れない雰囲気がほとばしっていたからだ。この感じ…ニュータイプとしても、初めての感じだ。

まるで、何かを話しかけているみたい…長さを変え、波長を変えて、まるで、無線の周波数を合わせるみたいに、

意識を集中させている。

 「…んっ…!」

プルツーが、うめいた!

 あたしはその顔をじっと見つめる…でも、それっきり、彼女はまた、静かに呼吸をするだけだった。

 「ふぅ…」

マリが、大きくため息をつく。マリはそれから、フラッとバランスを崩した。

慌ててマリを抱き留めて、そばにあったイスに座らせた。マリは、うっすらと脂汗をかいている。

458: 2013/07/30(火) 22:22:56.57 ID:tVi3RIMI0

「マリ、大丈夫?」

あたしが聞くとマリはニコッと笑って

「うん、平気だよ!」

と明るく言って、それから、チラッと男の子を見やると

「あなた、ジュドーっていうのね」

と言ってまた笑った。

 ジュドー、と呼ばれた彼は、すこしびっくりした表情をして

「あ、あぁ…ジュドー・アーシタだ」

と名乗った。

 「姉さんが、名前を呼んでたよ…ジュドー、ジュドー、って」

「プルツー…」

マリに言われて、ジュドーはプルツーの顔を切なそうに見た。

 この子は、どうしてこんなことになっちゃったんだろうな。戦闘に参加したんだろうけど…

もしかしたら、このジュドーってのを庇ったのかな。レオナの妹だもん、それくらいのこと、するよね、きっと…。

 見つけたよ、レオナ…。ルーカスに電話して、早くここへ連れてきてもらわないと…。

レオナ、もし、さっきマリがしたみたいに、この子に“話しかけ”られるなら、

この子もしかしたら目を覚ますかもしれない。あなたとマリの二人で呼びかけたら、もしかしたら…もしかしたら…。

469: 2013/08/04(日) 13:00:46.92 ID:rbswC/840

  それから二週間後、一人、サイド3の港にいた。

「悪いな、見送りなんて」

ジュドーがそう言って笑いかけてくる。

「ううん。まぁ、一応ね」

あたしは肩をすくめて答える。

 彼、まだ若いから素朴で、それでいて素直だから、なんだか好感が持てた。

 ブライトさんに聞いた話では、エゥーゴと連邦の軍の高官が参加する会議で、ブライトさんをぶん殴ったらしい。

事情はあんまり詳しくは話してくれなかったけど、その会議で扱われていた議題に腹を立てたって話だ。

殴っちゃうのは良くないけど、でも、そんな場でも自分を貫けるってすごいことだ。若さだね。

 「じゃぁ、プルツーのこと、たのみます」

ジュドーはそう言ってきた。

「うん。任せて」

あたしが言うと、彼はすっきりした顔で笑った。

 彼はこれから、ネオジオンの残党の対応のために、また宇宙へ行く。

あたし達はつい一昨日、彼からその話を聞かされて、いまだに目を覚まさないプルツーのことを頼む、と言われた。

そんなこと、頼まれないでもやるつもりだけどね。

 「それより、ジュドーこそ、気をつけてね」

あたしは、むしろそっちの方が心配だった。

ニュータイプなのは分かったんだけど、モビルスーツの操縦のことは分からない。

ブライトさんの話じゃ、結構なもんだって事らしいけど…でも、やっぱり戦場へ行く人を見送るのは、心配だよ。

一緒にいければ、絶対に氏なせない自信があるだけに、ね。

 ジュドーはあたしの言葉に空笑いを返してきて

「大丈夫ですよ。必ず、帰ってきます」

と言って手を差し出してきた。

 あたしはその手をぎゅっと握って、ジュドーを見送った。

470: 2013/08/04(日) 13:01:21.05 ID:rbswC/840

 あれでまだ、14歳だって言うんだから、驚いちゃうよね…。

あたしの14の時なんか、泣き虫で、ビビリまくって、自分の言いたいことも言えない、ただのダメな甘ったれだったからな。

今は…そうだな、ガンガン戦う甘ったれ、だね。

 あたしは、港のロビーを後にした。港を出て、市街地へ向かうモノレールの駅へと向かう。

 歩いている人はまばらで、そのすべてはティターンズや連邦の軍服を着ている。

ふと、あの忌まわしい時期のサイド3が脳裏をよぎった。

このコロニーが、これからまた、良い方向に向かってくれるといいのだけど…でも、きっとダメだろうな。

あたしは、そんなことを思っていた。

 サイド3に来て二週間。

エゥーゴの人たちは徐々にこのコロニーから遠ざけられ、連邦軍所属の部隊が数を増している。

政府がここを、以前の様に占拠下に置こうとしているのがうっすら感じられた。

今のうちに、地球やほかのコロニーへ抜け出るためのルートを確保しておいたほうが良いかもしれない。

エゥーゴの中で、ここへとどまる話の分かる人がいれば良いんだけど…

 不意に、先日契約したPDAが音を立てた。ディスプレイを見たら、レオナの名前が表示されている。

「もしもし、レオナ?こっちはジュドーをちゃんと見送ったよ」

あたしは電話口に出て、そう報告する。

「マライア!」

でも、電話の向こうのレオナは、それどころじゃない様子であたしの名前を呼んだ。

「プルツーが、プルツーが目を覚ました!」

プルツーが?!胸の中がざわめいた。良かった…意識、戻ったんだ!

大丈夫かな、障害とか残ってないかな…?脳とか、腕とか、脚とか、ちゃんと動くかな…?

どうしても、ソフィアのことが、頭をよぎってしまう。あんな想いは、もうしたくない。

 あたしは、モノレールの駅から飛び出して、タクシーを掴まえた。運転手に言って、病院へ急ぐ。

15分もせずに、あたしは病院の前のロータリーにたどり着けた。

471: 2013/08/04(日) 13:02:05.37 ID:rbswC/840

料金を払って、病院に駆け込んで、エレベーターに乗って、プルツーの病室へ向かった。

五階に着くと、なにやら騒がしい声が聞こえた。

「―――!」

「――――――――!」

「―――!――!」

なんだ…?これ…レオナの声?妙な予感がする…あたしは廊下を走った。プルツーが寝ていた部屋に駆け込む。

「放せ!」

「放さない!」

「落ち着いて!プルツー!」

「レオナ、落ち着け。プルツー、マリも、落ち着くんだ!」

「うるさい!出て行け!わたしを放せよ!」

…なんだ、この状況…。

 マリが、半裸のプルツーと激しく揉み合っている。

目覚めたばっかりってのもあるのか、マリが優勢で、プルツーはマリに両手首をつかまれて壁に押し付けられている。
そんな体勢で二人は、自由になっている脚で蹴りの応酬をしている。

レオナは、ルーカスに支えられおろおろと取り乱している。目じりからは、かすかに出血している。

ルーカスも、対応に困っている様子で、声を掛けるだけで、身動きしない。

…まったく…なにがなんだかわかんないけど、とりあえず、止めなきゃな、これ。

 あたしは、ツカツカと壁際の二人に歩み寄って、まず、プルツーを壁に押し付けているマリの首根っこをつかんでひっぱり、

それにひっついてきたプルツーの首根っこも掴まえて二人を引き離した。

「あんたなんだよ!放せっ!!」

「マライアちゃん、放して!こいつ、思い知らせてやるんだから!」

あたしに捕まえられてもなお、二人はジタバタと暴れている。こういう時は、気合い一発だ。

「うるっさい!!!!!」

あたしは、二人を一喝した。

 とたん、マリとプルツーは瞬間的におびえた顔になって、シュンとなった。よし、いい子いい子。

472: 2013/08/04(日) 13:02:42.70 ID:rbswC/840

 あたしは、プルツーをベッドへ、マリを反対側にあった壁際のイスへ腰掛けさせた。

プルツーの着ていた検査着を直してそれから、レオナに声を掛ける。

「レオナ、平気…?」

「あ、う、うん」

レオナは、相変わらずおろおろとした様子で返事をした。

「ルーカス、一緒にいて止められなかったのは、ペナルティ1だよ」

「申し訳ないです」

あたしがそんなことを言ったら、ルーカスもシュンとしてしまった。

 ふぅ、まったく…とりあえず、あれだね、あたしの心配は、ただの思い過ごしだったみたいで良かった。

これだけ暴れられるんなら、怪我の影響もなさそうだ。

 あたしは部屋を見渡した。

もともとそんなに物がおいてあるわけでもなかったけど、プルツーについていた電極やなんかがつながっている機械が倒れていたり、

ベッド脇のカーテンがレールから外れたりしている。あの機械、壊れたりしてないと良いけど…

 と、それにしても…。さて、まず、どうしようか、これ…。

 あたしは、チラッとレオナを見た。目じりの、ちょっと上。眉のところから血が出ている。

「レオナ、傷、見せて」

ベッド脇にあったティッシュを何枚か引き抜いて、あたしはレオナを呼び寄せた。

「うん…」

レオナはあたしの近くにやってくる。ティッシュで軽く押さえて血を吸わせてから、傷をみる。

特に、大して深いわけでもない。

切れているって言うより、ちょっと擦って、ホントに血がちょっと滲んでいるだけだ。まぁ、大事無くてよかった。

473: 2013/08/04(日) 13:03:23.30 ID:rbswC/840

 「それで、今、どういう状況なの?」

あたしが聞いてみると、マリが

「姉さんが目を覚まして、すぐ、暴れて…」

と口にした。そのとたん、プルツーが

「わたしに妹なんていない!姉さんなんて呼ぶな!」

と声を上げた。いちいち噛み付かれると、話が進みそうもない。あたしは、キッとプルツーをにらみつけた。

プルツーは、またビクッとなって、押し黙る。

 「で、レオナは何で怪我を?」

今度はレオナにたずねる。

「私は、単に、二人を止めようとしたら、ベッドにけつまずいて、転んじゃって…」

レオナも、なんだか落ち込んだ様子でそういった。

 あぁ、なんだろう、この空気。重いし、ピリッとしてるし、イヤだなぁ…。原因は、プルツー、か…。

でも、この子を叱るのは、まだ良くないよね。初めて会ったわけだし…この子だって、混乱している可能性もある。

まぁ、マリの様子を見れば、まだまだ子どもなんだっていうのが正直なところだけど、

でも、今はなにより、落ち着かせて、こっちの話を受け入れさせるのが第一だろうな。

 「プルツー」

あたしはそう思って、プルツーの名を呼んだ。

「…なに」

プルツーは警戒するような、不機嫌なような感じで返事をする。

「みんなの自己紹介は聞いた?」

あたしが聞くと、プルツーは何も答えなかった。代わりにレオナが静かに

「まだだよ」

と短く教えてくれる。

 そっか、なら、そこから始めなきゃね…。

空気は最悪だけど、お互いに名乗らないと、始まらないし説明にも入りにくい。

「そう。なら、あたしからだね。あたしは、マライア・アトウッド。

 元カラバの構成員で、ここには、戦争で怪我した人を助けに来たんだよ」

あたしはとりあえずそう伝える。レオナとプル達の関係を話すのは、あたしからではないほうがいい。

「…俺は、ルーカス。マライアさんと同じ元カラバの人間だ」

あたしにルーカスが続く。それを聞いたあたしは、今度は目で、マリに話をするように訴える。

マリは、それを感じ取ったのか、渋々、といった様子で

「わたしは、マリ。元の呼び名は、プルナイン」

と不機嫌そうに口にして、そっぽを向いた。まぁ、マリは仕方ないかな。あとは、レオナだ。

 あたしはレオナに視線を送る。レオナは、クッとあごを引いて、口を開いた。

「私は、レオニーダ・パラッシュ。レオナよ。あなたやエルピー・プルの…お姉さん」

レオナの言葉に、プルツーは反応した。

憎しみでも、恐怖でも、ましてや、嬉しいのとも違う、ただただ、驚いたような表情を浮かべていた。

474: 2013/08/04(日) 13:04:02.16 ID:rbswC/840

 「姉さん…?あたしに?」

マリの話を聞いて、妹なんかいない、といったさっきのプルツーとは、違う表情だ。

レオナのことを、知っていた、って感じでもないけど…どうなんだろう?

「そうだよ、あなたのお姉さん」

レオナは、繰り返した。プルツーは、驚いた表情のまま、レオナをじっと見ていた。

まぁ、嘘は言ってないよね…姉妹って言うよりも親子に近いし、親子って言うには、あまりにもおんなじすぎるけど、さ。

 「そんな…嘘だよ…だって、わたし、わたし…」

プルツーは、そういいながら、頭を抱えてうなりだした。

 強化人間は、記憶操作を受ける、なんて話をふと思い出した。確か、アムロが言っていたはずだ。

プルツーはニュータイプだけど、もしかしたらその資質を伸ばすために強化手術を受けてしまっているのかもしれない。

この反応は、それに近い気がする。

 あたしは、意識をプルツーに集中させる。

けして、踏み込み過ぎないように、でも、大丈夫だって伝えてあげたくて、

そっと寄り添うように、意識を向けて、「こっち」に戻ってこられるためのアンカーを打ち込む感覚で、

彼女の意識から少し離れたところに、自分を投げかける。

 ふと、別の何かが、あたしの中に触れた。これは…マリ?チラリと目をやると、マリも、じっとプルツーを見つめていた。

そして、あたしがしているのを真似るように、踏み込まないように、遠巻きにプルツーの意識の外側で彼女を見ている。

こんな器用なこともできるんだね、マリ。すごいじゃん。

 「ジュドー…」

不意に、プルツーがつぶやいた。

「彼は、任務で、今は宇宙にいるよ。すぐに帰ってくると思うけど…」

あたしが言うと、プルツーは顔を上げた。

「会いたい。わたし、ジュドーに会いたい」

「うん、分かってる。きっと一週間もすれば帰ってくるよ。だから、安心して。

 あたし達は、ジュドーくんに頼まれて、あなたの面倒をみることになってるの」

あたしが説明すると、プルツーはまた、顔を伏せた。それから、ちょっぴり押し頃したみたいな声で

「…ごめん」

と口にした。

 謝れるんだ、あなたも、偉いね。そんなことを思ったら、クスっと笑いが漏れてしまった。

それに応じるみたいに今度はマリが

「わたしも、ごめん」

と謝った。まぁ、基本的に思考回路は似てるだろうからね…感応すれば、反応は似てきて当然かな。

レオナとプルツーやマリはちょっと違う感じがするのは、たぶん、前に聞いた遺伝子操作ってやつの影響かもしれない。

 「ん、仲直りできた?」

あたしが聞くと、二人は、黙ってうなずいた。うん、いい子いい子。

475: 2013/08/04(日) 13:04:57.73 ID:rbswC/840

 あたしはそれを見届けてから、倒れた機械を起こして、カーテンを直した。

それから、ルーカスとレオナに、医者を呼びに言ったついでに傷を見てもらうように言った。

女の子がいつまでも、顔に傷作ってちゃダメだからね。

 病室の空気も、やっと少し軽くなった頃に、二人が医者を連れて戻ってきた。

プルツーから緊張した感じが伝わってきていたから、大丈夫だよ、と声を掛けながら、ちょっとした検査を受けさせる。

幸い、後遺症やなんかの心配はなさそうだった。

でも、やっぱり念のため、と言って、また心拍や血圧のセンサーは取り付けられて、プルツーはベッドに寝かされた。

 病室に、妙な静けさが訪れる。

「…わたし、生きてるんだね…」

ふと、プルツーがそんなことを口走った。

「そうだよ」

あたしが言ってあげると、突然、彼女はポロポロと目から涙をこぼし始めた。

 正直、あまり驚かなかった。さっき、彼女の意識と感応を試した時に、なんとなく、感じていたから…

それは、後悔、だった。

 「わたし…頃しちゃった…」

うん、そうなんだね…

「頃したって…誰を?」

レオナが、恐る恐る尋ねる。

「…プルを…姉さんを…」

 プルツーは、手で顔を覆った。

「エルピー・プルを…?」

「うん」

レオナの質問に、プルツーは答えた。

 レオナ、しっかりね…そんなことはないと思うけど、怒っちゃ、ダメだよ…

レオナはそれを聞いて、ドサッとイスに崩れ落ちた。

グルグルと、ごちゃごちゃになった感情があふれ出てくるのが伝わってくる。

あたしは、とりあえず、今は、ふうとため息をついて、それを遮断した。これは、もらっちゃいけないやつ、だ。

476: 2013/08/04(日) 13:05:29.81 ID:rbswC/840

 「ごめん…ごめんなさい、姉さん…ごめんなさい…」

プルツーは、顔を覆って泣きながら、うわ言のようにそうつぶやいている。

姉さん、ってのが、レオナのことなのか、エルピー・プルのことなのか、分からないけど…。

 そんなことを思いながら、あたしは、これまでのレオナの感じてきたことに、納得がいく気がした。

たぶん、あの日、レオナが感じたレイチェルって子が、エルピー・プルのことだったんだ。

聞いてみたわけじゃないけど、そんな気がした。

きっと、コロニー落着前後に、あのダブリンで戦闘になって、エルピー・プルは、レイチェルは、氏んだんだ。

でも、たぶんレオナは、そこに居たプルツーのことも同時に感じ取っていて、そのことに気付けなかった。

プルツーとプルナイン、マリは、本当に同じような感じがある。エルピー・プルの感覚も、そっくりだったはずだ。

まだ完ぺきに開花しているわけじゃない、力の扱い方が分かっていないレオナが、

遠く離れて同じ場所に居た、会ったことのない二人を識別したり、弁別するのは無理があったんだろう。

 エルピー・プルのことは、残念だったけど…でも、レオナのお陰で、少なくともマリを助けることは出来た。

プルツーとも、こうして会うことができた。レオナにとっては、ショックなことだろうけど…でもね、レオナ。

時には、そう言うことだって起こっちゃうんだよ。だって、戦争なんだもん。人は氏ぬよ。

どんなに助けたいって思ったって、手の届かないところで起こっている何かを、完全に押しとどめるなんて、

出来ないんだ。そうやって、あたしの宇宙での仲間も、何人も氏んでいった。

あんなに仲良くなった、ライラでさえ…ね。

 あたしは、感覚を閉じた代わりに、レオナの肩に手を置いてさすってあげた。

こんなときばっかりは、昔のあたしがムクムクと胸の中に息を吹き返す。

認めたくないけど、でも、こんなときに、あたしは無力だ。

レナさんみたいに、気の利いたことが言えるわけでもない。

アヤさんみたいに、明るく笑ってあげるんでも、大丈夫だよって自信持って伝えてあげることもできない。

 そりゃぁ、口先でそんなことを言うのは簡単だけどね。

でも、それはやっぱり口先だけの言葉で、こんなになっているレオナを励ますことも、

プルツーを元気づけることも、きっとできないだろう。

アヤさんの「あれ」は、一緒に居て、どんなに学ぼうと思っても学べるようなことじゃなかった。

 だけど、今のあたしは、昔とはちょっと違う。できないことがあるからって、悩んだりなんかしない。

できないことは、できないんだ!こういうのは、あたしには無理!これからしなきゃいけないのは、一つだけ。

この子達を、なだめすかして、どうにか地球に連れて帰ること。

あとは、もう、アヤさん達に丸投げでいいよね、アヤさん!

 あたし、この三人が、仲良く笑ってるところが見たい、って今、そう思うんだよ。


477: 2013/08/04(日) 13:05:57.60 ID:rbswC/840

引用: ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが…