666: 2013/09/03(火) 21:44:00.32 ID:TIniHMsXo


【機動戦士ガンダム】ジャブローで撃ち落とされた女ジオン兵が…【前編】
【機動戦士ガンダム】ジャブローで撃ち落とされた女ジオン兵が…【中編】
【機動戦士ガンダム】ジャブローで撃ち落とされた女ジオン兵が…【後編】

【機動戦士ガンダム】ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが…【1】
【機動戦士ガンダム】ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが…【2】
【機動戦士ガンダム】ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが…【3】
【機動戦士ガンダム】ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが…【4】

 
Epilogue




 カランと、グラスの中の氷がなる。

私は薄暗くしたホールのソファーに座って、まだこの場にかすかに残る興奮の熱を感じながら、静かに話をしていた。


 マライアからメッセージがあったときは、すこし驚いた。

レオナの妹に、それからもう二人連れて帰ってくる、と言うのだ。

翌日、キャリフォルニアに降りたマライア達は民間機でアルバの空港へと帰ってきた。

 マライアは相変わらずで、アヤに飛びつこうとして関節技を決められたり、

いじられまくって半べそかいていたりと、にぎやかだった。

 レオナの妹は、それはもうレオナにそっくりで、

私やアヤを見てすこし照れたときの表情なんかは、レオナに負けず劣らずのかわいらしさだった。

それから、もう二人の連れは、レオナの育ての親、と言う人とその娘。

ユリウス、なんて男みたいな名前の女性は、とても美人で、息を飲んでしまいそうになるくらいだった。

もちろん、彼女の娘さんと言うのも、ちょうどレオナの妹、マリと同じくらいの年齢だったけど、

彼女とは違う、どこか凛とした雰囲気の魅力を持った子だった。

 お決まりのようにペンションに全員を連れて帰ってきて、それからはどんちゃん騒ぎ。

アヤは、ユリウス、レオナはユーリ、と呼んでいたけど、その人と息が合ったみたいで、

二人してマライアをいじめては、私に叱られていた。

レオナの妹のマリは、やっぱりなんだか照れた様子でぎこちなかったけど、

私やロビン、レベッカに気を使われまくって、夕飯ごろにはなんとか打ち解けてくれた。

 さんざん騒いで、今日のところはとりあえず、全員客室に泊まってもらうことにした。

母屋の方にも準備は出来ていたけど、こんな日は、こうしてゆっくり余韻を楽しめるスペースのあるペンションで過ごすに限る。

 飲み干したグラスに、レオナがバーボンを注いでくれた。

「ありがとう」

私が言ったら、レオナは静かに微笑んだ。今日、久しぶりに会ったレオナは、どこか、旅に出る前の彼女とは違っていた。

すごく落ち着いていて、余裕があって、なんだか暖かい。

大変だった、ってマライアが一生懸命に喋っていたけど、レオナにしてみたら、それ以上にたくさんのことがあったんだろう。

それをレオナはちゃんと乗り越えてきたんだ。

出かける前にあった、どこか子どもみたいな印象はすっかり影を潜めて、今は、もう、りっぱな大人の雰囲気が漂っている、って感じかな。
 
TV版 機動戦士ガンダム 総音楽集

667: 2013/09/03(火) 21:44:43.34 ID:TIniHMsXo

 「久しぶりの地球は、どう?」

「うん。ここは、やっぱり、暖かくて、気持ちが開いて行くね」

レオナはそう言って、また笑った。

「お母さんのこと、残念だったね…

 私もさ、戦争で家族をみんな亡くしちゃったから、辛かっただろうなっていうのは、なんとなくわかるよ」

「レナさんも、そうだったね…。でも、私行って良かったよ。

 いろんなことを思い出して、辛くて壊れそうになったこともあったけど…

 私、ママやユーリに愛されてたんだな、守ってもらえていたんだなって分かった。それが、すごく嬉しかった」

レオナがグラスを傾ける。窓から差し込む月明りで、きらりと彼女の瞳が輝いたのが見えた。涙、かな。

 「ね、レナさん」

グラスをテーブルの上に置いて、レオナが改まって声を掛けてくる。

「ん、なに?」

私が首をかしげて聞くと、レオナはとても優しい笑顔で

「ここに住もう、って言ってくれて、ありがとう。

 レナさんやマライアに会えなかったら、私、今こうしていることもできなかったって思う。本当に、ありがとう」

なんて言ってきた。

 お礼を言われるようなことじゃないよ、レベッカのこともあったけど、そうでなくたって私達はけっこう、

誰にだってこんな感じなんだ、って言おうかとも思ったけど、止めておいた。せっかくの、レオナの言葉だ。

私も、レオナに言ってげないと、ね。

「レオナこそ、ありがとう…レベッカを産んでくれて、守ってくれて」

私がそう言ったら、レオナは少し照れたみたいにして笑った。でもそれから、またちょっと真剣な表情で

「これからも、よろしくおねがいします」

と言って、また笑った。

「うん。こちらこそ!」

それ以上、言葉はいらなかった。
 

668: 2013/09/03(火) 21:45:33.53 ID:TIniHMsXo

 パタンペタンと廊下を歩く音がした。

ホールのドアに目をやったら、ユーリさんが、眠そうな目を擦りながら、ホールに入ってきた。

「あぁ、ユーリ。どうしたの?」

レオナの表情が一段と明るくなる。

「あー、いや、マリのやつにベッドから蹴り落とされて、な」

ユーリさんはボリボリと頭を掻きながら大あくびをして、私達のソファーに崩れるようにして腰を下ろしてきた。

「ユーリさんも、飲みますか?」

「うん、頼むよ」

私は、開いていたグラスに氷を入れて、バーボンを注ぐ。彼女は、グラスを口元に近づけてクンクン、と匂いを嗅いだ。

「これ、なんだ?」

「バーボン。トウモロコシが原料の、ウィスキーの一種」

私が説明したら、彼女はふぅん、と鼻をならして、グラスに口を付けた。それから、ニコッと笑って

「いいな、これ」

と言ってくれた。アヤのお気に入りだし、そう言ってもらえると私も嬉しい。

 「ユーリさんは、これからどうするつもりなの?」

私は彼女に聞いてみた。

「うーん、レオナは今、ここに住んでるんだろう?それなら近くに家でも借りて住まわせてもらえれば、それがいい。

 さすがにアタシやカタリナまで住まわせてもらうわけにもいかないしな」

ユーリさんはそんなことを言った。レオナの家族なら、まぁ、義理の親、みたいなものだし、

私としては全然かまわないんだけど、逆に気を使わせちゃうかもしれない、ってことを考えたら、

その方がお互いに安心できるかもしれない、なんてことも思う。

「このペンションを紹介してくれた不動産屋さんがいい人だから、今度一緒に連れて行くよ」

「ホントか?それは助かる」

私が言ったら、ユーリさんは本当に嬉しそうな顔をしてそう返してくれる。

「ユーリはお医者さんなんだよ、レナさん」

「そうなんだ!それなら、開業できるようなスペースのある物件が良いかもね。

 ここじゃぁ街の中心に総合病院があるだけで、風邪やなんかだと、混んじゃってて行きづらかったりするんだよ。

 町のお医者さんがいてくれたら、みんな助かると思う」

「町医者、か。ここでならそれも、悪くないかもなぁ」

ユーリさんは、宙を見つめて、ニコニコしながらグラスのバーボンを空けた。

お代わりいるかな、と思って、バーボンの瓶を手に取ろうと思ったら、

ユーリさんは急に、隣に座っていたレオナにしなだれかかった。

 

669: 2013/09/03(火) 21:45:59.64 ID:TIniHMsXo

「あ…」

レオナが、何かを思い出したようで、そう声を上げる。

「どうしたの?」

「ユーリ、お酒にすごく弱いんだった」

「え、でも、一杯しか飲んでないよ?」

「い、一杯でも、ダメなんだよ!酔っぱらったユーリは…ユーリは…!」

レオナは、何かにおびえたような表情で恐る恐る、ユーリさんの方を見る。

「レオナ…あんた、やっぱ、アリスに似て、美人だな」

ユーリさんはそんなことを言いながら、レオナの髪を撫でつけた。

 頬が赤く染まって、とろんとしたまぶたの中の瞳が潤んで、かすかに震えている。

理性を射抜かれそうなその視線が、レオナをまっすぐに見つめていた。

「ずっと、会いたかったんだ…なんども夢に見た…。もう、放さないからな。

 アリスの分まであんたを、アタシが愛してやる。守ってやる。だから安心しろ…」

ユーリさんはそう言って、まるで母親が小さなこともにするように額にキスをして、レオナを胸の中に抱きすくめた。

「ユ、ユーリは、お酒が入ると、感情のブレーキが利かなくなるの…これ、まずい、私、溺愛される…」

レオナがそう言ったのもつかの間、ユーリさんは抱きしめたレオナにキスの嵐だ。

「ちょっと、ユーリ!やめてよ、恥ずかしいよ!」

レオナはじたばたしながらそんなことを言って抵抗しているけど、私はその光景をほほえましく眺めていた。

 ふと、ユーリさんの姿に、母さんの面影が重なったような気がした。お母さん、か。

ふと、10年近くも前の、出征するときのことを思い出す。母さんや、父さん、兄さんと揃って食べた最後の夕食のこと。

思い出すと、すこし切ないけど、でも、今の私には、あのころの家族と同じ、大好きで、暖かい家族と、仲間たちがいる。

だから、寂しくなんかはないんだ。

母さんたちが私を見守ってくれているのも、私には感じられるし、ね。

 そんなことを思いながら、私は、グラスのバーボンを飲み干した。

なんだか、無性にアヤとロビンとレベッカを抱きしめたい衝動に駆られながら、それでも私は、

じゃれ合っているレオナとユーリさんを眺めていた。

 良かったね、レオナ。良かったね、ユーリさん。

私たちも一緒にいるから、これからは今までの分まで、昔以上に、幸せになってね。

ううん、これからもっと、幸せになろうね。


 

670: 2013/09/03(火) 21:48:29.28 ID:TIniHMsXo

 青く突き抜けた空に、エメラルドグリーンに透き通った海!吹き抜ける潮風の香りに、

ジリジリ照りつける日差しに、おいしいお酒と、おいしいお肉!もうさ、天国って、こういうことを言うんだよね!

 あたし達は地球に着いて一週間ほどして、アヤさんの船でいつもの島に強制連行されていた。

アヤさんに、レナさんに、ロビンにレベッカ、それから、レオナとマリに、ユーリ博士とカタリナ。

それに、ルーカスも、だ。

 初めてビーチなんかに連れてこられたマリとカタリナはどうしたらいいのか、最初のうちはドギマギしていたけど、

アヤさんとレナさんに謀られて海へ投げ込まれたり、ロビン達と砂浜でお城を作ったりして、

なんとなく、楽しめているみたいで良かった。

 ユーリ博士は、

「地球がこんなところだなんて、想像もしてなかったよ」

なんて、感心しながら、気が合ったらしいアヤさんと、チビちゃん達にを混ざって楽しそうに遊んでいる。

それを見ながら写真を撮りまくっているレナさんとも、仲良し、って感じだ。

ルーカスは、そう言えばここには初めて連れてこられたようで、しかも、彼以外みんな女で、水着、と来ている。

さすがにいろいろと感じるところがあるのか、砂浜の隅っこの方で、アヤさんに借りた釣り竿から糸を垂らしていた。

デリクも誘えばよかったんだけど、あいにくと、ソフィアが出産したばかりで、それどころじゃないようだった。
 

671: 2013/09/03(火) 21:48:55.22 ID:TIniHMsXo

 それにしても、カタリナの話には、驚いた。

お母さん、と呼んだ時にもきっと驚かされるんだろうな、とは思ったけど、もう、想像していたよりもびっくりな話だった。

 カタリナは、博士の子で、レオナの異父姉妹、だというのだ。

最初は、あぁ、なるほど、彼女も人工授精で生まれた、被験体の一人だったんだ、なんて思ったのだけど、そうじゃ、なかった。

いや、厳密に言えば、確かに自然に出来た子どもじゃなかったんだけど…カタリナは、卵子間結合胚で生まれた子なんだ、と博士は言った。

片方の母親は、ユーリ博士。もう片方の母親は、あのアリシア博士だというのだ。

待ってよ、だって、アリシア博士は、事故で子どもが作れない体になっちゃったんじゃ?

なんて聞いてみたら、博士は自分のシャツをめくって見せてくれた。

今、水着姿の彼女の右のお腹に見えている手術痕だ。で、シャツをめくって傷を見せてきた博士は胸を張って、言った。

「アタシを誰だと思ってんだ!?宇宙一の名医、ユリウス・エビングハウスだぞ。

 アリスの卵巣を直接回復させることはすぐに出来なくても、

 卵巣になる幹細胞を採取して、培養することくらいはできる!」

つまり、彼女は、あろうことか、アリス博士の卵巣を再建するために、事故に会った直後には、

自分の腹部にアリス博士の幹細胞を埋め込んで、拒絶反応を軽減する薬を何年も飲みながら、

自分の体に三つ目の、アリス博士の卵巣を再建した、と言うのだ。当のアリス博士にも、ナイショで。

そして、実験で使われるはずだった卵子と、ユーリ博士の体の中にあったアリス博士の卵巣の卵子をすり替えて生まれたのが、レオナで、

その後、卵巣自体は体に影響を及ぼしそうになったから摘出したものの、卵子だけは冷凍保存していたらしい。

そんなもの、最初からアリス博士の体でやればよかったんじゃないか、と聞いたら、

どうも研究所でアリス博士がレオナを産むことができたのは、自分の卵子が使えなくなっていたことが大きかったとのことで、

そのため、研究所にいる間にはそれができなかったそうだ。

 遺伝子治療とか、細胞研究てのは、ほんとうにすごいよな。

博士くらいのレベルになれば、代わりの臓器を作ったりすることもできちゃうなんて。

 で、アクシズへ脱出後、卵子間結合胚で、自分の卵子とアリス博士の卵子を使って生まれたのが、カタリナなんだそうだ。

もちろん、産んだのはユーリ博士。でも、待ってよ?それって結局、どっちも博士の体の中にあった卵子だよね?

遺伝情報は違っても、細胞を作ってた成分は、博士の体の物と同じなわけであって、遺伝情報は違っても、

結局、その、どっちも博士が摂った栄養とかを使って育ったもの、ってことでしょ?

それって倫理的に大丈夫なのかな?なんて思っても見たけど、

そしたら博士になんかとてつもなく難しいレベルの説明をされてギブアップした。

とにかく、違う遺伝子同士が出会ってできた子どもなんだから、良いんだ、とそう思うことにした。

いや、実際そうだし、そう考えれば別に問題があるわけじゃない。

 だからそんなわけで、レオナは本当にアリス博士の娘で、カタリナはアリス博士とユーリ博士の娘、

と言うわけだ。これはもうさ、あたしもびっくりしたけど、レオナの動揺っぷりって言ったら、なかった。

だって、ずっと血がつながっていないと思っていたアリス博士と、実は本当に親子だったんだもん。

そりゃぁさ、うれしいよね。もう、氏んじゃった人だったとしても、さ。
 

672: 2013/09/03(火) 21:49:26.96 ID:TIniHMsXo

「ほらほら、マライア。もっと飲むでしょ?」

そんなレオナがあたしのそばにやってきて、ウィスキーをソーダで割ったのを持ってきてくれた。

あたしは礼を言ってそれを受け取ったら、レオナは嬉しそうな顔で自分のグラスをあたしに押し付けてきた。

なんだかその笑顔がかわいすぎて赤くなっちゃいそうだったけど、とにかくあたしはレオナのグラスに自分のをぶつけてから、

ゴクゴクと中身をあおった。あぁ、おいしい、幸せだぁ。

 「っと、アタシはお肉いただいちゃお!」

子ども達との遊びをひと段落させて戻ってきたユーリ博士も楽しんでいるようで、

BBQコンロから焼いたお肉を何枚かお皿に乗せてあたしとレオナのところにやってきた。

博士は、レオナにお茶のグラスを催促して一口貰うと

「うはぁーこれ、最高だな!」

と満面の笑みを見せて言った。見ない。あたしは、その顔は見ない!見たらヤバいから、絶対に見ないんだ!

「レオナは、こんな良い人たちと一緒に暮らしてるんだな」

博士は肉を食みながらそんなことをしみじみ言ってくる。

「そうなんだ。すごく暖かくて、明るくて、優しくて、私、だから、ユーリ達のことをちゃんと思い出さないとって、そう思った」

「記憶操作だなんて、モーゼス博士も妙なことをしたもんだ。気でも使ったつもりだったのかな、あの人」

「私は、そうだったんだと思ってるよ」

レオナは少しさみしそうな表情で言った。

「そう言えば、昨日、レナちゃんに不動産屋に連れてってもらって、ペンションのすぐ近くに良い家を見つけたんだ。

 一階が店舗に使えるようになっててな。そこで町医者やりながら、のんびり暮らしすることに決めたよ」

それはナイスアイデアだね。総合病院はいつも混んでて診察行くにも半日は覚悟しなきゃいけないから、

フラッと行って気付けのお薬くれたりとか小さい子の風邪なんかを診てくれるところがあったら、みんなうれしいと思うし。

 「あー、はしゃいだはしゃいだ!」

そんなことを言いながら、アヤさんが楽しそうな余韻を引きずって、あたし達のところにやってきた。

なにをするのかと思ったら、イスに座っていたあたしをグイッと担ぎ上げた。

うぇ!?うそ、流れとかいっさい無視で!?

あたしはアヤさんの肩の上でジタバタ暴れてみたけど、こうなってしまったら、もう覚悟を決めるしかない。

 アヤさんはそのまま、ザバザバと海に駆け込んで、あたしを放り投げた。身を丸く縮めて、

いっぱいに息を吸って、ザブン、と海中に落っこちる。

腰までもない浅瀬だから、すぐに体制を立て直して、立ち上がった。

と、思ったらアヤさんがすぐ目の前にいて、あたしに組み付いて、両腕を取って、脚を払って、また海中に引き倒した。

アヤさんがそのままあたしに圧し掛かってくる。

 なに、なんなのアヤさん、なんか今日は、すごく執拗だよ!?

 わけがわからず抵抗していたら、不意に、アヤさんの声がした。

「心配した」

え…、と思って振り返ったら、アヤさんが、見たことのない悲しい顔をしていた。
 

673: 2013/09/03(火) 21:49:53.64 ID:TIniHMsXo

あたしは、全身から力が抜けて行くのを感じた。ザブン、と、海中に座り込んで、胸まで水に浸かってしまう。

 アヤさんは、そんなあたしの頭を、まるで何かを確かめるみたいに、ゴシゴシと撫でてくれる。

「あ、あたしは平気だよ!なんてったって…」

強がろうと思って、空元気でそう言おうとしたら、アヤさんが頭を撫でていた手をあたしの口に当てた。

「あんたにしかやれなかった。あんたに任せるしか、なかった。

 結局あんたは、その腕に抱えられる以上の命を、助けて来てくれた。

 大変な役目を押しつけちゃって、悪かったな、マライア」

アヤさんは、悲しそうな顔で、そう言った。

アヤさん、心配してくれてたんだね…嬉しいよ。さすがに今回は氏にかけたし、無理しすぎたかな、って反省はしてる。

あたしもアヤさんに、心配かけちゃったことは謝るよ。

でもね、アヤさん。せっかく帰ってこれたんだから、そんな顔しないで…

あたしの大好きな、太陽みたいな顔で笑って、あれを、言ってほしいんだ!

「アヤさん、あたしもごめん。心配かける様なやり方しかできなかった。次からは気を付けるよ。

 でも、こうして帰ってきたんだからさ、いつもみたいに笑って、『おかえり』って言ってよ!」

あたしが言ったら、アヤさんは、いつもの笑顔じゃなくて、今まで見たことのない、優しい顔であたしにほほ笑んでくれた。

「あぁ、そうだな。おかえり、マライア。無事で、何よりだ」

それからアヤさんは、いきなりあたしをギュッと抱きしめてくれた。

とっても力強く、アヤさんの胸の鼓動が伝わってくるくらいに、ギュッと。

あぁ、やっぱり、こうされるのはすごく嬉しいな。

マリがレオナに姉さん、姉さん、って懐く気持ちがすごくよくわかるよ。

アヤさんになら、あたし、どんな弱みも泣き言も見せられるよ。全部こうやって受け止めてくれるもんね。

やっぱり、アヤさんが一番。あたしの一番大好きな、大事な、お姉さんだよ。

あたしは、どうしようもなく甘えたくなって、全身の力を抜いてアヤさんに身を任せた。

 しばらくして、アヤさんがスッと、あたしを解放する。

うん、あれ?

解放された…

あたしが、っていうか、その、胸が…

あたしの水着の、トップスがなく、なって…

 ハッとして顔をあげたら、立ち上がったアヤさんがあたしのことをニヤニヤとイヤらしい表情で見下ろしていた。

その手には、あたしの着ていたはずの水着のトップスが…

―――しまった、謀られた!
 

674: 2013/09/03(火) 21:50:51.26 ID:TIniHMsXo

「ルゥゥゥゥカスゥゥゥ、ちょっと良いもん見せてやるよぉ!」

アヤさんはそう言ってケタケタ笑い声をあげながら、あたしの水着を人差し指にひっかけてくるくる回しつつ

ルーカスの方にザバザバと水しぶきを上げて走って行く。

ちょ、アヤさん!やややや、やめてよ!あたしはそのあとを慌てて追いかける。

「どうしたんですわあぁぁぁぁ!!!」

アヤさんに呼ばれて、ルーカスがこっちを向いちゃった。あぁ、見られた…!

寄りにも寄って、ルーカスに見られた!あたしはとっさに胸を両腕で隠す。

くぅっ、これじゃあアヤさんに追いつけない!くやしい!大好きだなんて思わされたのがくやしい!

 「おーい、アトウッド!タオルタオル!」

砂浜でユーリ博士がそう言って大きいバスタオルを広げてくれている。

あたしは、ひとまず、あのバカ姉を追うのを諦めて、砂浜へと向かう。

バカアヤさんは、あたしの水着を頭の上に乗せて、ルーカスにほれほれと言わんばかりに絡んでいる。

今日という今日は本気で怒った。真剣勝負を挑んでやる!アヤさんはこんなところで呆けて暮らしてるんだろうけど、

こっちは修羅場をかいくぐって生きてきたんだ!とっちめて、こらしめてやる!

 砂浜に辿り着いたあたしは、ユーリ博士からバスタオルを受け取ろうと思って腕を伸ばした、ら、

なぜか博士があたしの腕をガシっとつかんだ。

 へ?

「かかれ!」

「とつげーき!」

そんなことを思っていた次の瞬間、バスタオルの陰からマリが出てきて、あたしの腰めがけてタックルしてきた。

いや、ちょ、待て、待って、待って待って待って!

マリ、ダメだって!!

下はダメだってば!!!!

 でも、気が付くのが遅すぎた。片腕は博士に掴まれ、もう片方は上半身の防御で手一杯。

仲間だと油断しきっていた博士が持つバスタオルの陰からの

ニュータイプで強化人間のマリの奇襲に、対応できるはずなんてない。

憐れあたしは、全身剥かれて、海の中に倒れ込んでしまっていた。

「よぉし、撤退!」

「了解!」

 アヤさんが爆笑する声が聞こえてくる。許さない、許さないんだから!

あたしが起き上がったその時には、マリも博士も逃げ足早く砂浜の奥、テントを張っているあたりへピューと逃げて行った。

「よーし、じゃぁここで!本日のメインディッシュ!ニホン産の牛肉と、

 レオナ達の帰還祝いで奮発したシャンパンで乾杯しよう!子ども達にはアイスも持って来てるからな!」

アヤさんがテントに駆け込んでそんなことを言っている。

 な、なんだと!?あたしが身動きできないのをいいことに、そんなおいしそうなものを食べるつもりなの!?

ズルい!ひどい!あたし、今回も相当頑張ったのに!こんな仕打ちって、あんまりだよ!!!

許さない、絶対に仕返ししてやる!!!!

 そう勢い込んで怒っても、海から出れないあたしになにをするすべもない。

結局あたしはそのまま、見かねたレナさんが助けに来てくれるまで、ギリギリと歯ぎしりをしている他はなかった。
  

675: 2013/09/03(火) 21:51:20.99 ID:TIniHMsXo

 それからなんとか水着は奪回して、あたしも食事の輪に加わった。

プリプリ不機嫌ぶって困らせてやろうと思ったけど、

マリがデザートのアイスを食べようかどうしようか真剣に悩んでいる姿があって、可笑しくって笑ってしまった。

お腹がいっぱいなら、取っておいてもらって、あとで食べなよ、と言ってあげたら

「マライアちゃん、頭良い!」

だって。宇宙で戦闘したときは頼もしかったのに、すっかりただの10歳に戻っちゃった。

ううん、その方が良いんだよね。だって、マリはまだ本当に10歳なんだもん。

子どもはちゃんと子どもさせてあげるのが一番だ。

 そんなことを思っていたら急に、PDAが音を立てた。なんだろう、と思ってみたら、メッセージが2件入っていた。

 あけてみたら、1通はプルから、もう1通はアムロからだった。

 プルからは、ジュピトリス追跡の追加情報が入っていた。

ジュピトリスは脚が早いらしくてまだ追いつけていないらしい。

でも、追手はないし、発信前にユーリ博士が積み込んでいた大量の物資のお陰で、1年は航行が出来そうだという話だ。
地球から木星までは、概算で見積もって、およそ240日。

まぁ、木星が近づけばジュピトリスも速度を落とすだろうから、追いかける側としてはもっと期間は短くて済む。

さらに、あの輸送船が大気圏突破ができるほどのエンジンを積んでいたとするなら、

少なくとも第二宇宙速度までの加速は出来るはず。そうしたら、さらに期間は短くて済む。早く会えると良いな。

それにこうしてちょくちょくメッセージをくれるのはすごく嬉しいことだ。あとで、マリにも見せてあげなきゃな。

 そう思いながら、こんどはアムロからのメッセージを開く。これには、添付資料が付いていた。

「アムロさんから、だね。なにか用事?」

レオナがPDAを覗いて聞いてくる。

「うん。ちょっと、あたしが戦ったあのEXAMっていう人工知能のことが気になってね。

 ほら、レオナの友達の、マリオンって子も一緒に地球へ降りたんでしょ?

 その子の居場所とかがわかったりしないかなと思って、調べてもらってるんだ」

あたしはそう説明をして、本文を読み進める。

なんでも、アムロの方はあまり情報がつかめなかったらしくて、

知り合いのジャーナリストに調べてもらった結果の書類を付けてくれいるらしかった。

 あたしは画面を操作して、その書類を開いた。

 

676: 2013/09/03(火) 21:52:43.57 ID:TIniHMsXo

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
1年相当時、連邦軍では複数の人工知能と思しき研究計画があったって情報は掴んだ。

だが、規制が厳しく、保身上、つっこんだ調査はそっちで勝手にやってほしい。入手した情報は以下の通りだ。

各リンクからツリーになっているから、適当に見といてくれ。

EXAMシステム[datalink]

ファントムシステム[datalink]

ALICEシステム[datalink]

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

677: 2013/09/03(火) 21:53:09.91 ID:TIniHMsXo

これは、あたしに向けて、ってより、アムロに向けて書かれたメッセージだね。

 アムロにジャーナリストの知り合いがいる、って話はチラッと聞いたことがあるな…なんていったっけ?

確か、女性の、ベル…ベルチ…あぁ、忘れた。確か、アムロと良い仲だったなんて噂もあった人なんだけどな。

その人にでも頼んだのかな?それにしてはずいぶんぶっきらぼうな文面だけど…

あ、もしかしてアムロ、痴話げんかの最中だったのかな?

そうだとしたら、なんか悪いことしちゃったなぁ。

 データを見るよりも先に、アムロにごめんなさいメッセージを送っておいた方が良いかもしれない。

いったん、メッセージを閉じて新規のメッセージ作成画面を開こうと思ったら、レオナが叫んだ。

ビクビクンと背中が飛び跳ねる。

「ちょっと!マライア、今の画面戻って!」

「な、なによ、レオナ!?急にでっかい声出さないでって言ったじゃん!」

「いいから、戻って!ユーリ!ユーリ、ちょっと来て!」

レオナはなんだか、すごく夢中な表情でわめき散らしている。

EXAMシステムの情報がそんなにびっくりするようなことなのかな?

あたしは訳が分からず、首をかしげたまま、レオナとユーリ博士に奪われたPDAとアムロへのメッセージはあきらめて

アヤさんに焼いてもらったニホン産の薄くスライスされたビーフを運んだ。

ビールに合ううま味たっぷりのお肉を味わいながら、あたしは、二人のやりとりを見つめていた。

 その5分後に、イスの上で飛び上がるくらいにびっくりして、

バランスを崩して顔面から砂浜に墜落することなんて想像もしていなかったんだけど。




678: 2013/09/03(火) 21:54:09.07 ID:TIniHMsXo
 
 「…わかりました…では、ご武運を!」

彼は、そう言って私に敬礼をし、シャトルの方へと走っていた。一号艇も発進の準備が整う。

ケージ内のエアーが抜けた。ハッチが開いて、シャトルが発進する。

一号艇は、地球方面へ、二号艇は、戦闘の始まっているギリギリのラインへ、盾として進む。

「ママ!どこにいくの、ママ!」

ヘルメットの中に、レオナの叫ぶ声が聞こえてくる。私は、唇を噛んで、涙をこらえた。

「レオナ…行きなさい…!」

「ママ!」

「行きなさい。あなたは、もう、誰の言うことを聞く必要もない。被験体や道具や兵器としてじゃなく、

 レオニーダ・パラッシュっていう一人の人間として、あなたの運命を、生きなさい!」

「ママ、ママも一緒じゃなきゃイヤだ!」

「レオナ、どこへ行っても、私達は家族。どこへ行っても一緒だよ。あなたには、素晴らしい能力があるんだもの。

 私はいつも、あなたのそばにいるよ。それを…忘れないで」

「ママ!」

私は、ヘルメットの無線を切った。これ以上は、聞いていられない。

 カッと、目の前が明るくなった。エルメスのビットから放たれたビームが、二号艇をつらぬいた。

 レオナ…元気でね。もう一度、あなたの笑顔、見たい、な…

 二号艇の爆発が、涙で滲んで見えた。

レオナ、頑張ってね…!どれだけ時間がかかってもかならず、あなたの笑顔を見に行くからね…!

 

679: 2013/09/03(火) 21:54:59.10 ID:TIniHMsXo

「博士、行きましょう…!」

飛行士のジェルミが、私の肩を叩いてそう励ましてくれる。

私は、彼女に頷いて見せた。

 先乗りしていた二号艇に人工知能を搭載して、回避行動を延々と繰り返させるようにプログラムしたのは、

レオナを確実に戦域から遠ざけるためだけじゃない。私たちが、別路でここを抜け出すための、時間稼ぎでもあるんだ。

 私は立ち上がって、ランドムーバーを背負った。

あの爆発に戦場が気を取られている隙に、私達はリボーコロニーから出航した連邦のシャトルと合流する。

 ジェルミが先頭になって、開いたケージのハッチから宇宙空間に飛び出た。コロニーの外壁にそって移動しながら、

戦闘区域から離れていくと、暗がりに浮かぶ、一隻のシャトルが目に留まった。

<あーこちら、“民間輸送船”。宇宙空間を漂う、投棄物らしき浮遊物を発見>

合言葉が聞こえてきた。

「こちら、アリシア・パラッシュ。ミズ・ルーツ博士、“贈り物”はいかがでしたか?」

<これは、パラッシュ博士。素晴らしい内容でしたよ、感謝しています。

 こちらの研究と、博士からいただいた資料を元に、なんとか基礎構造の完成をみました>

「それは良かった。亡命へのご協力、お願いできますね?」

<えぇ、その程度のことでよければ、いくらでも手をお貸しいたしますわ。

 あぁ、そうそう、完成した新しい人工知能の名称ですけどね>

「名前、ですか?」

<ええ。博士に敬意を表して、お名前を拝借しましたこと、お許しくださいね>

「私の、名前を?」

<はい。詳しい話は、シャトルの中でいたしますが、先に申し上げておいた方が良いと思いましてね。

 私たちは、新しい人工知能を論理・非論理認識装置の頭文字を取って“ALICE”と名付けさせていただきました>

「ふふ、なんだか、恥ずかしいですね」

<それほど、博士に感謝しているのですよ。今、迎えの者を出します。シャトルまで、どうか気を付けて。

 一緒に、地球へ参りましょう、娘さんとの、新しい暮らしを取り戻されるんでしょう?>

「えぇ、これはそのための戦いです。ご協力に感謝します!」







――――to be continued





692: 2013/09/07(土) 01:20:45.89 ID:+7RdnsZDo


ZZ Extra1



 アナハイムエレクトロニクス社 ロサンゼルス第二研究所


 物静かな廊下をあたし達は歩いていた。

「ね、フレートさんは、あのゼータガンダムのテストはやったの?」

「あぁ、一応な。でもあれ、操縦性悪すぎるよ。なんだってあんなに敏感に反応するようになってんだろうな?

 コントロールするので手一杯だったよ」

あたしが聞いたら、フレートさんは、苦々しい顔でそんなことを答えてきた。

…レナさんのときと、今回のことでトータル20機以上撃墜してるって、言わない方が良さそうだね…

しかもあたしにとってはあのくらいの反応速度でちょうど良かったんだけど…これも黙っておこうかな。

フレートさんには、エースでいてもらいたいし、ね。

「マライアも、良くあんな機体を買ってったよな。使い物にならなかったろ?」

フレートさんは、あたしがそんなことを思っていたのを知ってか知らずか、同意を求めてきた。

「うへへっ、はは、そ、そうだったよー、もうね、宇宙飛んでるだけで、精一杯で」

「だよなぁ」

思わず、変な笑い方をしちゃったけど、幸い、気に止められてはなさそうだ。

「それにしたって、なんだって、スキナー博士なんかに用事があるんだよ?あの人、変人で有名だぜ?」

「んー、詳しく話すと、長いんだ。とりあえず、会わせてよ。おいおい、ちゃんと説明するからさ」

フレートさんは、本当にいい人だなぁ…いい人過ぎて、心配になる。

だって、レナさん助けに行ったときだって、工場のゼータをフレートさん名義で勝手に徴発しちゃったし、

宇宙へ行くのだって、かなり無理行ってゼータを回してもらったし…

今回も、こんな突拍子もないお願いをしながら、めんどくさくて説明を省いていても

「そっか。まぁ、いろいろあんだろ。感謝しろよー!

 たまたま偶然、同じチームにいるジェルミってテストパイロットが、博士と知り合いらしくて、

 なんとか頼み込めたんだからな」

なんて、気軽さだ。フレートさん、変な詐欺とかに引っ掛かったりしないよね?

大丈夫だよね?そんな心配をしながらも

「うん、感謝してるよ、フレートさん!さっすが、我らがエース!頼りになるんだから!」

なぁーんて、おだてておけば、問題ない、と思うあたしもいる。

 まぁ、なんていうか、さ。需要と供給じゃない、こういうのって?
 

693: 2013/09/07(土) 01:21:39.64 ID:+7RdnsZDo


 そんなことを思っている間に、前を歩いていたフレートさんが立ち止った。

「ここが、スキナー博士の研究室だ」

フレートさんが、ドアをノックする。

「お約束頂いてた、テストパイロットチームの、フレート・レングナーです」

フレートさんがそう言うと中から

「すまないけど、今、取り込んでるんだ。勝手に入ってきて」

と声が聞こえた。

「じゃぁ、失礼します」

フレートさんがそう言ってドアを開けた。あたし達も続いて部屋に入る。

中は薄暗くて、コンピュータのモニターの明かりだけが煌々と青白く点っている。

書類が散乱し、食べ散らかしたインスタント食品や、ジュースの空き缶が転がっている。

その人物は、コンピュータの前に座って、モニターを見つめていた。

時おり、カタカタとキーボードを叩いてはカップに淹れたコーヒーをあおっている。

コンピュータからは無数の配線が伸び、その先にあった電極を頭につけた、若い女性も、一人。

これはニュータイプ識別テスト?サイコウェーブを検出する方法に似ているけど…

と、不意に部屋のなかがパッと明るくなったって振り替えったら、

ユーリ博士が、照明の電源に手を伸ばし終えたところだった。

 スキナー博士があたしたちの方を睨み付けてくる。

「人の実験を邪魔するなんて、いい度胸だね」

彼女は大きくため息をついて、そう言った。電極をつけられていた女性も渋々といった様子で、

頭から電極を外しつつ大きくため息をついた。

「相変わらず、変な実験ばっかやってんだな」

そんな二人の様子に目もくれず、ユーリ博士はそう言って、笑った。

 その途端、スキナー博士は、ガタン、とイスを倒して立ち上がった。

「ね、ちょっと、ユーリ!早く中入ってよ!」

部屋の外から、レオナの声がする。

ユーリ博士は、部屋の入り口で通せんぼするみたいに、してレオナ達の入室を邪魔している。

「あー、レオナ、これあんた、入らない方がいいわ。

 こいつ、ジャンクの食い過ぎで、ブクブクのひどい体になってるぞ。あんたこれ見たらショック受けちゃう」

スキナー博士は、どっちかっていうとやつれている感じだけど…なんだろうね、こういうやりとり。

もしかしたら、昔もおんなじようなことをして遊んでたのかもしれないな。
 

694: 2013/09/07(土) 01:22:06.40 ID:+7RdnsZDo

 「嘘…嘘だよ…!」

スキナー博士は、口元に手を当てて、そんなことをうわ言のようにつぶやいてる。

 そんな彼女をしり目に、ユーリ博士は、若い女性の方をちらっと見やって、すこし意外そうな顔をした。

「あんた、マリオンか!?はは、そうだよな、マリオンだよな!!なんだ、あんた、意識戻ってたのかばっ!?」

喋っていた途中で、そんな悲鳴とも嗚咽ともわからない声が漏れて、

ユーリ博士は床につんのめるようにしてぶっ倒れた。その上にレオナとマリがのしかかっている。

タックルでもされたのかな…意地悪なんてするからだよ、博士!

 ユーリ博士の上に倒れ込んだ、レオナが顔を上げて、スキナー博士を見た。

その顔が、パァッとまるで太陽みたいに明るく輝いた。

「ママ!」

レオナはそう叫びながら立ち上がって、…ユーリ博士を踏みつけて、スキナー博士に飛びついた。

うーん、感動の再会、のはずなんだけどな。

「レオナ…あなた、本当に、レオナなんだよね!?」

スキナー博士は、レオナを抱きしめて何度も、何度もそうたずねている。

「母さん、大丈夫?」

倒れたユーリ博士を、カタリナが心配そうに覗き込む。

ムクっと起き上がったユーリ博士は、目にいっぱい涙を溜めて

「スゲー痛い…泣きそうに、痛い」

と言って、へたくそに笑った。あぁ、そっか。博士ってば、ずるいな、そう言うのは。

 そんなことをひとしきりつぶやいてから博士は、アリス博士とレオナのところまで歩いて行って二人をまとめて抱きしめた。

あぁ、なんだろう、これを待ってたんだよね、あたし。

こんな感動的で、幸せな光景、世界のどこを探したって、そう簡単にみれるものじゃないもんね。

 あたしは思わず、そばにいたマリとカタリナの背を押した。

あなた達も、あれに混ざって良いんだからね、家族なんだもん。二人は、きょとんとした顔をしてたけど、

「ほら、あんた達も…」

とユーリ博士に促されて、おずおずとその輪に加わった。

あたしはしばらく、その光景を、ワケが分からん、って顔をしているフレートさんと、

マリオン、って呼ばれた女の子と一緒になって眺めていた。
 

695: 2013/09/07(土) 01:22:39.07 ID:+7RdnsZDo



 キッチンから、香ばしいにおいがしてくる。もう、何度目になるか、私は地球での朝を迎えた。

隣のベッドで眠っていたはずのマリの姿はもうない。毎朝のことだけど、彼女はいつも早起きだ。

伸びをして、着替えを済ませて、リビングに降りる。

「あ、おっはよー!カタリナ!」

キッチンには、いつものようにアリス“ママ”が立っていて、明るい笑顔で私を出迎えてくれた。

「おはよっカタリナ!」

テーブルにお皿を並べていたマリも、元気にそう言ってくれる。

「おはよう、ございます」

私は、二人にそう笑顔を返すと、案の定、“ママ”にプクッとほっぺたを膨らまされた。

「敬語はなしだって言ってるじゃん!」

私が丁寧コトバを使うのを、“ママ”はひどくイヤがる。

家族なんだから、って、“ママ”は言うけど、でも、私はなかなか直せない。

イヤだって言うんじゃないんだけど、なんだか、ムズムズしちゃって、うまく出てこないんだ。

「母さん、配膳終わったよ!」

マリが“ママ”に報告する。

「はーい!もうできるからね!あ、カタリナ、ユーリ起こしてきて!」

“ママ”は私の頼んでくる。

「…うん」

はい、って出そうになったのを我慢して、私はアリスママと母さんの寝室へと向かった。

 ドアをノックして中に入ったら、母さんはベッドに大の字になって、お腹を出してスヤスヤと寝息を立てていた。

「母さん、朝ごはんだよ。起きて」

私が体をゆすると、母さんはうっすらと目を開けて、私を見た。

「あぁ、カタリナ、おはよう」

母さんはあくびをしながらそんなことを言ったかと思ったら、私の体を捕まえてベッドに引きずり込んだ。

「ちょっと、母さん」

「んー、カタリナぁ」

母さんはなんだか甘い声を出しながら私にほっぺたを擦り付けてくる。好き好き攻撃が激しいのはいつものこと。

こんなときは、母さんが満足するまで、されるまんまになっているに限るんだ。

イヤがると、返って長引いちゃうから。

 少しして、母さんは私を放してくれた。むくっとベッドから起き上がって、ふわわ~と大きい欠伸と一緒に伸びをする。

「ん~今日も良い天気だな!」

母さんはそう言ってニコッと私を見て笑ってくれた。私の大好きな、母さんの笑顔だ。

 私達がそろってリビングに降りたら、もう、朝食の準備が整っていた。

「遅いよー母さんもカタリナも!」

マリが待ちきれないって感じで、言ってくる。

「あぁ、悪い悪い、お待たせ!」

母さんはそう言って、席に着く。私もマリの隣に座って、みんなで一緒に朝食を食べ始めた。
 

696: 2013/09/07(土) 01:23:05.51 ID:+7RdnsZDo

 これまではずっと、アクシズや船の中で、母さんと二人か、メルヴィとオリヴァーさん達と食べるかのどっちかだった。

「ん!オムレツ、おいひい!」

「こーら、マリ、お口に物が入ってるときにしゃべらないのっ」

「あはは、怒られてやんの!おっ、このスープ、出汁変えたか?」

「ユーリもでしょ!お行儀悪い!」

「ねね、カタリナ、パプリカとカリフラワー交換してっ」

「あ、うん。マリ、ダメだもんね、私もカリフラワー好きじゃないから…」

「割り当てたお野菜食べないと、デザートのオレンジなしだからねっ!」

「えぇ?!うぅ、分かったよ、食べる!頑張る!」

「…うん、私も、がんばろう…!」

 食事をしていて、こんなに楽しい気持ちになるなんて、地球に来て、4人で暮らすようになって、初めてだった。

アヤさん達のところで、レベッカちゃんと一緒に暮らしているレオナ姉さんが、家族、って言っていたけど…

きっと、家族ってこういうことを言うんだよね。

「ね、アリスママ。今日のお勉強は何?」

私は、ママに聞いてみた。

「ん、今日はね、化学と数学と、英語かな!」

「げぇ~、化学も数学もきらーい!」

「マリ、能力でカタリナに答え聞いたら、減点だからね」

「うぅっ…バレたっ!」

マリはママにそう言われて、楽しそうにテーブルに突っ伏した。

なんだかそれが可笑しくて、私もクスっと笑っちゃう。

「あ、カタリナ!」

「ん、なに、ママ?」

「敬語抜けてる!満点、二重丸!」

「あっ…」

“ママ”にそう言われて、私は気が付いた。なんだか、顔が熱くなって、縮こまってしまいたくなる。

そんな私のカリフラワーを、“ママ”フォークで突いて、食べてくれた。

「あっ!ずるーい!」

「ふふ、ご褒美!マリは、今日の数学で80点取れたら、夕飯のあとのデザート選択権を進呈します!」

「ホント!?わたし、がんばる!」

「あはは!マリはホント、レオナに似て食べることには目がないよな!」

「ユーリは食べ物口に入れて喋らない!」

「ぷぷ、母さん、怒られてんの!」

ふふふ、楽しいな、“家族”って!
 

697: 2013/09/07(土) 01:23:39.32 ID:+7RdnsZDo

 朝食を済ませて、身支度を整えた私とマリは、“ママ”と三人で歩いて、20分くらいのところにある建物に向かった。

そこは、親と一緒に暮らせない子どもとかが生活している場所で、

門のところには、「ボーフォート財団・ハガード・チルドレンホーム」って立派な看板がかかっている。

この中には、小さな教室があって、“ママ”はこの島に来てから、そこで子ども達に勉強を教えている。

島の公立小学校では物足りない私と、あんまり勉強をしたことがないマリも、一緒になって、そこで勉強をしていた。

 「あー!アリス先生!カタリナ!マリ!」

中に入ったらすぐに、女の子が私たちの名前を呼んだ。彼女は、ソニア、12歳。私にできた、初めての友達。

「ソニア、おはよう!」

私が手を振ったら、ソニアは私達のところに走ってきた。今日のお勉強のことを話しながら教室に向かう。

 教室には、もう、何人も子ども達が来ていた。

その中でも目立つのは、15歳の男の子、無口なラデクくんに、お喋りで明るい、14歳の男の子のマルコくん。

それから、みんなのアイドル、美人な17歳のお姉さんのサブリナ。

あとは、一番小さくて、いつもにこにこしてて優しい、6歳のディーノくん。

ラデクくんはいつもきつい目をしてて、ちょっと怖い。周りにあんまり、他の子も寄りつかない感じ。

反対にマルコくんは明るくて楽しくて、いつも周りに誰かいる。

サブリナさんは、座っているだけで目立っちゃうくらい。

ディーノくんは、なんだかのんびりしていて、見ているだけであったかい気持ちになっちゃう感じがする。

 「はいはーい、それじゃぁ、始めるよー!」

“ママ”がそう号令をして、みんながそれぞれの席に着いた。私とマリも、自分の席に着く。

これからお昼ご飯までは、みっちりお勉強だ。

私はいろんなことを教えてもらったりするのは好きだけど、他の皆は、そうじゃないみたい。

でも、お勉強が終わったら、みんなでお昼を食べて、午後は自由時間。

お庭で遊んだり、公園に行ったりして良い時間になる。

お勉強をさぼっちゃうと、ロッタさん、っていう怖い寮母さんに怒られちゃって遊びに出してもらえなくなっちゃうから、みんなも一生懸命だ。

「それじゃ、今日は最初に数学から!プリント配って、順番に説明するからね~!」

ママ、ううん“先生”がそう言ってプリントを配り始める。

「よ、よし!デザート選択権!アイスクリーム、アイスクリーム…!」

マリが隣でそんなことを言って、やる気を見せている。

その姿がやっぱりなんだかおもしろくって、思わず笑ってしまった。
 

708: 2013/09/10(火) 01:48:17.22 ID:QsUoJHLUo

 お勉強の時間が終った。

ここの子ども達はみんな、一度、寮舎に帰ってお昼ご飯だ。

私とマリにママは、この教室でお弁当の時間。

机をひとつを三人で囲んで、“ママ”の作ってくれたお弁当を食べる。

今日はバターロール二つに、コールスローと、トマトと、ソーセージに、朝のオレンジの残りだ。

「いただきまーす!」

マリが元気にそう言って食べ始める。私と“ママ”もおんなじようにしてお弁当を食べ始める。

「カタリナとマリは、午後はどうするの?」

「うんと、マルコ達と公園に行くんだ!」

ママが聞いたら、マリがニコニコしながら答える。

「カタリナも一緒?」

「ううん、私はソニアと図書館にいくん…だ」

危ない、また丁寧コトバが出ちゃうところだった。

「図書館か、へぇ~勉強熱心だね」

“ママ”がニコッと笑ってくれた。でも、そう言われちゃったら、ちょっと言いにくいよ…

「う、ううん、あのね、絵本、見に行くの」

「絵本?」

“ママ”は、ちょっとびっくりした様子で聞いてくる。

「うん、私ね、絵本が好きなんだ…あ、もちろん、図鑑とか、参考書とかも好きだけど…ね」

「へぇ~!絵本か…アクシズにはあんまりそう言うのは無さそうだもんね!そっかそっかぁ~!」

“ママ”はそんな風にまるで、すごいね!って感じでそう言ってくれた。

なんだか、ちょっと嬉しい気持ちになる。

「そっかぁ、それなら今度、大きい本屋さんにでも行ってみようか?

 この島はあんまり大きいお店ないしね。

 フェリーで海渡った向こうの街は開けていそうだったから、今度、アヤちゃんに聞いてみるね」

「ホントに!?」

私は、マリがいつもするみたいに飛び上がってしまった。それ嬉しい!

図書館の絵本はもう半分くらい見ちゃったし、1週間しか借りれないし…

好きな絵本、お部屋の棚に置いておいて、いつでも読めたらいいな、って思ってたんだ!

「いいないいなぁ~わたしも行きたい!」

「うん、ユーリのお休みの日に、みんなで行こうね!」

「やった!」

ママがそう言ってくれたので、マリもピョンと飛びはねた。

「あ、そうだ、マリ、今日は頑張ったよね、プリント!」

「あ、忘れてた!」

ママが思い出したみたいで、そう言った。マリもはまた、ピョンと飛び跳ねる。

そう、マリ、今日の課題、苦手な数学のプリントでなんと100点を取れたんだ!

マリは、びっくりして喜んでたけど、ママはその倍くらい喜んでいた。

「じゃぁ、今夜の夕飯のデザートはマリに決めてもらわないとね」
 

709: 2013/09/10(火) 01:49:01.48 ID:QsUoJHLUo

「うん!あのね!あのね…!…」

当然、元気にアイスクリーム、って言うと思ったら、マリは私を見た。それから急に

「ね、カタリナは何が良い?」

って聞いてきた。

「どうして私に聞くの?」

私はついつい聞き返していた。

だって、頑張ったのも、100点取ったのもマリだよ?せっかくアイスクリーム食べたいって言ってたのに…

そう思ってたら、マリは言った。

「だって、カタリナのおかげで今度はお出かけ連れて行ってもらえるんだもん。だからほら、その…仕返し…?」

「うん、仕返しじゃなくて、お返しだよ」

「あ、そうか、間違えちゃった」

私が教えてあげたら、マリはペロッと舌を出して笑った。

でも…いいの?だって、お出かけはマリだけじゃなくて私も一緒に行くんだよ?

だけど、マリがせっかく頑張って100点取ったのに、私がマリの食べたいアイスクリームじゃないもの言ったら、

マリはそれ食べられなくなっちゃうよ?

「マリは、それでいいの?」

私の代わりみたいにして、ママがマリに聞いてくれる。そしたらマリはニッコリ笑って言った。

「いいんだよ!あのね、例えばアイスクリームとチョコビスケットがあるとするでしょ?

 アイスクリーム食べるのも、チョコビスケット食べるのも、どっちも幸せだけど、一緒に食べられたらもっと幸せなんだよ。

 だからね、ちょっと違うけど、でも、わたしはカタリナのおかげでお出かけになって幸せで、

 それでカタリナが好きなデザート食べられたらそれも幸せだもんね!ほら、幸せが2つで、もっと幸せでしょ?

 わたしの好きなデザートになっちゃったら、わたしの幸せは2つだけど、カタリナの幸せは1つになっちゃう。

 わたし一人で幸せなだけなのはダメなんだよ。だって、そうしたらまた幸せ1個になっちゃうもん!」

私は何も言えなかった。ママも黙っていた。

だって、マリがそんなこと考えてたなんて全然知らなかったから。

そりゃあ、いつでも食べ物のことばっかり考えてる、とか、なんにも考えてない、とかって思ったことがなかったら嘘になっちゃうけど…

マリ、それなのに、私のことを…ううん、私だけじゃないよね、きっと。

ママや母さんのことだって、きっとそういう風に思っているんだよね…ごめんなさい、マリ。

私、ちょっと勘違いしちゃってたよ…ありがとう、

って言おうと思ったらその前に、ママがマリを抱き締めた。

「マリ、マリ!もうっ!大好きだよ!100点!ううん、200点花丸あげちゃう!」

ママはそんなことを言ってぎゅうぎゅうとマリにほっぺたを擦り付けた。

「ちょっと、母さん!やだよ、やめてってばっ」

マリは嬉しそうに笑いなが言った。それからすぐに、ママにもみくちゃにされながら

「だ、だからカタリナ、デザートなにがいい?」

って聞いてくれる。

うーん、私は、デザートはさっぱりしたフルーツとかが好きなんだけど…

でも、ここで私の好きな物を言ったら、良くないよね。

だって、マリの言い方を借りたら、それじゃぁ、私だけ幸せ2つになっちゃうもんね。
 

710: 2013/09/10(火) 01:49:39.83 ID:QsUoJHLUo

「私、アイスがいいな」

「アイス!?」

「ふがっ!?」

私が言ったら、マリがママの腕の中で飛び上がった。マリの頭がママの顎に当たって、ママがそんな声を上げる。

「アイスがいいの!?」

マリが聞いて来た。

「うん、アイスがいいな、白いヤツ」

私は答えた。フルーツの方が好きだけど、でもアイスも嫌いじゃないし。

それに、マリに喜んでもらえた方が、私、嬉しい気がする。

「あぁ、カタリナ!あんたも200点!」

ママはそんなことを言いながら、私まで抱きしめて来た。私はマリと一緒に、ママの腕の中でギュウギュウされてしまう。

「もう!今日は特別に、アイスにチョコビスケットも付けちゃう!」

「ホントに!?幸せ、3つ目!」

ママが言ってくれたので、マリも嬉しそうにママを見上げた。

「もうね、大好き、あんた達、大好きだよぉ!」

そんなマリを気にも留めないで、私とマリはそれからまたちょっとのあいだ、“ママ”にもみくちゃにされていた。
 

711: 2013/09/10(火) 01:50:32.51 ID:QsUoJHLUo


 お昼ご飯を食べ終わってから、“ママ”は母さんの手伝いとお家のことをしに帰った。

私とマリは門のところで“ママ”を見送って、それから、マリはマルコくんや他の子達と一緒に公園へ向かった。

私は、ソニアと図書館まで歩いた。

 図書館は二階建てで、一階は、子ども向け、二階には大人向けの本がある。

二階ももちろん好きだけど、やっぱり一階の絵本コーナーが一番好き。ソニアはもっと文字がいっぱいある本を良く読んでいる。

私は、絵本の棚でお気に入りの絵本を探した。

 一番好きなのは「きたのうみのせいれい」と言うお話。小さい頃に母さんに良く、寝る前に聞かせてもらった。

まさか、こうして本であるなんて思ったことなかったから、見つけて読んだときは、すごく嬉しかった。

 このお話は、北の海に住んでいるとても強くて、勇敢な精霊のお話。

精霊は、人々を守ろうとして戦うんだけど、いつのまにか、彼女は自分が守ろうとしていた人たちを傷つけてしまっていたことを知って、

さらにはその人たちに追い出されてしまう。

でも、その人々が再び困ったときに彼女は舞い戻って、今度は人知れず、みんなを守ってあげる、ってお話。

 最初のころは、精霊はすごく怖い絵で描かれているんだけど、終わりの方には、おんなじ絵なのに、

なんだかとってもきれいで、優しく描かれている。

ソニアに見せたら、最初の精霊は怖くて嫌い、って言ってたけど、私はどっちの精霊も好きだった。

小さい頃は良くわからなかったけど、このお話は、物事の二面性についてを教えてくれているんじゃないかな、って感じる。

怖い精霊も、優しい精霊も、厳しくて怖い時と優しくて楽しい時とがある母さんやママと、私にはおんなじに思えていた。

 そこで夕方まで本を読んだり、ソニアとおしゃべりをしてから、私はソニアと別れて家に戻った。

マリはまだ帰ってきてないみたい。ママがキッチンで、夕ご飯の支度をしていた。

 「ママ、ただいま」

「あー、おかえり、カタリナ」

「なにか手伝う?」

「良いの?じゃぁ、これの皮剥いてくれ?」

私が聞いたら、ママはピューラーと大きなジャガイモを3つ、私に手渡してくる。

「それ、アヤちゃんのところで獲れたんだって」

ママはそんなことを言いながら、トントンと野菜を刻んでいる。
 

712: 2013/09/10(火) 01:51:34.92 ID:QsUoJHLUo

 ガチャっと玄関を開ける音がした。

「ただいまぁ」

そう言いながら、マリがリビングに現れた。なんだか、疲れたような顔をしている。

「あら、おかえり。なんだか、ぐったりしてない?」

ママも気が付いたみたいで、マリにそう尋ねている。

「うん、遊びすぎちゃった…」

マリはそう言って苦笑いをする。

「そっか。先にシャワー浴びてきたら?そうすればすこしさっぱりするかも」

「うん、そうするね」

ママに言われてマリはニコッと返事をして、部屋へ戻って行った。

 「ママ、ジャガイモ、終わったよ」

「ありがとう、じゃぁ、それ蒸かすから頂戴」

ママはお鍋に布を張ったものの上にジャガイモを置いて、火をかけて蓋をした。

それ、布が燃えたりしないの、と聞いてみたら、布の下には水が張ってあって、その蒸気でお芋を“煮る”んだって教えてくれた。

アクシズにいた頃は毎日出来合いの食事ばかりで、自分で作る、なんて考えたこともなかったけど、

こうしてお料理をするのも、楽しいな。

 それからもママを手伝って、夕飯が完成した。

その頃には、一階から母さんが帰ってきて、マリもシャワーから出てきた。

今日は、2種類のパスタにポテトサラダに、塩とお魚の小さいのを煮込んで味を付けた、冷製スープ。

 4人そろって、夕ご飯を食べだす。

「うはっ!今日はパスタか、うまそうだなぁ!」

母さんがそんなことを言いながら、大皿に盛ったミートソースを自分のお皿にとって口に運ぶ。

「こっちのサラダは、カタリナに作ってもらったんだよ」

「ホントか?どれ、味見…ん!おいしい!やるじゃないか、カタリナ」

「ううん、ママの言うとおりにやっただけだよ」

「そうか?アタシは料理とかできないからなぁ、昔もアリスに頼ってばっかりだったよな」

「何言ってんのよ、あんたの方が上手でしょうに」

「え、そうなの、母さん?」

「そうよ~?レオナが小さい頃なんかは、けっこうしょっちゅう作ってくれてたんだから。

 ユーリはね、スープとか、それから、ライス使った料理が得意よね。リゾットとか」

「へぇ、母さん、そんなことできたんだ!アクシズじゃ配給食だったし、初めて聞いた!今度作ってよ!」

「えぇー?仕方ないなぁ、じゃぁ、仕事のない日にな」

「やった!」

そんな話を、食べながらする。ふと、隣に座ったマリが気になった。元気がない。

話にも入ってこないし、そう言えば、食事も進んでない。
 

713: 2013/09/10(火) 01:52:09.01 ID:QsUoJHLUo

「マリ、どうしたの?」

ママもマリの異変に気が付いてたみたいで、マリにそう聞く。

「うん、ごめんなさい、なんだか食べたくないんだ」

マリは静かにそう言う。

「私のサラダ?お、おいしくできたと思うんだけど…い、いやだった?」

私は心配になって聞いてしまった。でも、マリはぶんぶんと首を横に振って

「そうじゃないよ、カタリナのサラダ、食べてみたい。でも、食べたくないんだ…」

と言う。どういうこと?そう思ったら、急に母さんが立ち上がった。

「マリ、あんた…」

母さんはそう言いながら、マリのおでこに手を当てる。そしてすぐに険しい顔をした。

「…40度は出てるな…アリス、悪い、すぐに氷嚢頼む」

「あら、具合い悪かったのか」

母さんは、ママとそんなやりとりをしたと思ったら、そのままマリを椅子からグイッと持ち上げて抱き上げた。

まるで大きい赤ちゃんみたいに、マリは母さんに抱っこされる。

 母さんはそのまま、マリを部屋に運んで行った。マリ、体調悪かったんだ…

だ、大丈夫、かなぁ…あのマリが食事もできないなんて、よっぽどのことだよね…

 私は少し心配になってママを見た。ママは私の視線に気が付いて

「大丈夫、ただの風邪でしょ」

って言って笑ってくれた。私はその言葉と笑顔に、なんだかちょっとだけ、安心できた。

 それから、私とママは二人で夕食を食べ終えて、片づけをしてから部屋に向かった。

母さんがマリのベッドに寄り添うようにして、何かをやっている。

「どう、様子は?」

ママが聞くと、母さんは苦笑いを浮かべて

「なにかの感染症みたいだ。ケガとかはないから、破傷風ってわけでもないんだけど…

 反応的に見て、細菌、ってよりは、ウィルスかなにかのセンの方が濃そうだな」

「だとすると、特定は難しそうね」

「そうなんだ」

母さんは肩をすくめた。そんな母さんの手をマリがギュッと握る。

「ユーリ母さん、私、氏んじゃう?」

マリは、とっても辛そうに、怖そうに、母さんにそんなことを聞く。でもそれを聞いた母さんはカカカって、笑った。

「こんなんで氏んだら、コロニー作らなきゃならないくらいまで人間が増えたりしないよ。安心しな」

母さんがそう言ってマリのおでこを撫でる。
 

714: 2013/09/10(火) 01:53:18.52 ID:QsUoJHLUo

「でも、わたし、前にも氏にそうになったよ」

マリは、続ける。

「マライアちゃん達と会って、お腹空いてて、おいしいご飯食べていいよって言われて、

 いっぱい食べたら、急に苦しくなって、それで…」

「あぁ、急性ショックか。宇宙旅行症候群、なんて言ったっけな。ははは、そんなのとは全然違う。

 今、マリの体には悪いバイキンが居て、それとマリの体の中の…防衛部隊が戦ってるんだ。

 そのバイキンは、マリの体に攻撃は出来るけど、防衛部隊を攻撃することはできないから、負けることはない。

 もちろん、マリの体はちょっとダメージを受けるかもしれないけど、氏ぬようなことはないよ」

「…分かった」

マリは、母さんの返事を聞いてうなずいた。なんだか、真剣な表情だ。

戦う、と言われたら、モビルスーツに乗っていたマリのことだ、なにか、そう言う、心構えみたいなものがあるんだろうな。

「状況が分からないから、とりあえず抗生剤は打っておいたけど、

 ウィルスなら種類特定してワクチンが欲しいところだよな。アタシ達にも伝染しないとも限らないし」

「そうだね。総合病院に連絡してみる?」

「うん、アタシがやっておくよ。アリスは、アヤちゃんのところに聞いてみてくれないか?」

「アヤちゃんに?」

「あの子達、この島での生活が長いんだろ?なにか知ってるかもしれないし、な」

母さんはそう言って笑った。

 それから電話を掛ける、と言うので、ママと母さんは部屋を出て行った。

私はマリのベッドの枕元に座って、じっと様子を見つめる。

 汗をいっぱいかいて、暑そうだ。苦しそうにゼーゼーと息をしている。

「カ、カタリナ…」

マリが、苦しそうにしながら私の名前を呼んだ。

「ん、どうしたの?」

「わ、わたしが氏んじゃったら、母さんたちをお願いね」

真剣にそんなことを言うから思わず笑っちゃった。

「大丈夫だよ、マリ。母さんは宇宙一のお医者さんなんだから。母さんが大丈夫と言ったら、大丈夫なの」

私はマリにそう言ってあげる。それから

「なにか、飲む?あと、お腹空いてない?」

と聞いてあげると、マリはうーん、って唸ってから

「アイス食べたい。暑い」

なんて言ってきた。

「うん、分かった。母さんに聞いてくるから、ちょっと待っててね」

私は、マリの肩をポンポン叩いてあげてから、リビングへ向かった母さんたちのところへ向かった。
 

715: 2013/09/10(火) 01:54:10.90 ID:QsUoJHLUo

 母さんやママが電話で確認したところ、マリの症状はたぶん、この島周辺に良くあるウィルス性の熱病で、

一週間ほどすれば治る、とのことだった。

でも、母さんの言った通り、私達にも順番に伝染する可能性が高いから、ワクチンを接種したほうが良いらしくて、

こんな時間だけど、夜勤のドクターが対応してくれると言うので、母さんが総合病院までお薬を取りに行くことになった。

お医者さん同士なら、こういう話は早いんだ、って母さんが言って笑った。

でも、病院まではちょっと距離がある。歩いて行ったら、往復で二時間はかかってしまうくらい遠い。

そこで、ママが電話していたアヤさん達に、車を出してもらうようにお願いした。

アヤさんはマリを心配してくれてすぐに行く、って言ってくれた。

 ちょっとして、すぐ玄関のチャイムが鳴った。

 ママが玄関に出て、戻ってきたらアヤさんが一緒だった。

「あぁ、ごめんな、アヤちゃん。夕飯食べてた時間だったみたいなのに」

母さんがアヤさんに謝る。でもアヤさんははははって笑って

「いや、こっちのことは良いんだよ。あの病気辛いからな。早く薬もらってきて、休ませてやんないとかわいそうだ」

って言ってくれた。

 アヤさんは、強くて優しくて、面白くって、マライアさんも、島の他の人たちも、みんなアヤさんが大好きだ。

もちろん、私も、アヤさんは母さんやママの次くらいに安心できて、頼れて、好きな人だ。

「じゃぁ、ユーリさん、行こうか」

アヤさんはそう言って、母さんと一緒に出て行った。
 

716: 2013/09/10(火) 01:54:46.41 ID:QsUoJHLUo



 「カタリナ、大丈夫?」

マリが心配げに私を見下ろしている。氏にはしない、なんて母さんは言ってたけど、これってすごく苦しいね…

これでも、あらかじめワクチンを接種をしてたはずなのに…なんにもなかったマリはもっとつらかったんだろうな。

 アヤさんが車を出してくれて、母さんが病院から薬を譲ってもらってから一週間。

母さんの治療の甲斐あって、マリはみるみる元気になった。

明日からは一緒に遊んだりできるねっていうときに、今度は私が同じ病気になっちゃった。

 母さんも言っていたし、あの日もアヤさんも、それ、順番に罹るから覚悟しとけよ、なんて言ってたけど、

まさか本当にこんなことになるなんて。

しかも、私だけじゃなくて、三日前にはママも発症して倒れてしまっていた。

これだと、母さんも時間の問題かもしれない…

マリのときもそうだったし、私達のことを診てくれているし、一緒に居る時間が長い分、いつそうなってもおかしくはないけど…。

「大丈夫だよ、マリ…これ、苦しいね」

私は笑顔を作ってみたけど、うまくいったかどうかは分からなかった。

「お水とか欲しかったら言ってね。あと、アイスとか、氷とか、エアコンの温度とか、

 やってほしいことあったら言うんだよ?」

マリがあれこれ心配してそんなことを言ってくる。

「ありがとう」

私はお礼を言って、またぐったりとする。そこへ、ドアをノックして母さんがやってきた。

「おーい、カタリナ。具合いはどうだ?」

母さんは注射のセットを抱えてそんなことを言ってくる。

「けっこう、苦しい」

私が言うと、母さんは苦笑いを浮かべた。

「この手のウィルスは増殖力が爆発的だからな。

 初期症状に気が付かないと、一時的に免疫機能の反応が遅れるから、ひどくなっちゃうんだよ」

そんなことを言いながら、母さんは注射器で小さな瓶の何本かからちょっとずつ薬を吸い込むと、消毒をした私の腕にチクっと刺した。

「これは?」

「ん、解熱剤と、追加のワクチンと、栄養剤。こいつで多少、苦しいのは取れるし、

 あとで生理食塩水の点滴もしてやるから頑張りな」

注射器を抜いて、そこをまたアルコール綿でギュッと押さえながら母さんは言った。

なんだか、ふうって息が出てしまった。具合悪いって、辛いよね。
 

717: 2013/09/10(火) 01:55:13.68 ID:QsUoJHLUo

「マリ、ごめん、私、氷欲しいな」

私は、すごく暑く感じていたので、マリにお願いした。マリは、

「うん、待ってて!」

って、すごい勢いで立ち上がったかと思ったら、バタバタと部屋から出て行ってしまった。

「あはは、張り切ってるな、マリのやつ」

それを見て母さんが笑う。

「張り切ってる?」

「うん。マリ、自分が具合い悪いときに、ずっとあんたに世話してもらってたの、すごくありがたがってたから、

 たぶん、そのせいだろ」

母さんはニッコリ笑ってそう言った。世話する、なんて言っても、昼間のうちにちょこっとだけ様子見て、

なにかほしいものはないか、なんて聞いてただけだったけど。

ママは教室に行って勉強を教えなきゃいけなかったし、私もそれについて行っていたから、

一階の病院でお医者さんをやっている母さんがいちばん面倒を見ていたと思うんだけど…

「私、なにもしてないよ?」

私が聞いたら、母さんはまた笑って

「具合いが悪くなると、心細くなるもんなんだよ。特に、マリ、最初は氏んじゃうかも、なんて思ってたくらいだ。

 カタリナが多少でも世話を焼いてくれてたのを、ちゃんと覚えてるんだよ」

って教えてくれた。そっか、そうかもしれなな。だって、私も今ちょっと心細いもん。

夜寝るときとか、マリが一緒に、同じ部屋で寝ていてくれたら安心するな。

私は、マリのときは伝染するから、って言われて一緒に寝てあげられなくて、代わりに母さんが私のベッドで眠っていたけど…

 バタバタと足音をさせて、マリが戻ってきた。両手で氷嚢と、砕いて小さくしてくれた氷の入った小皿を大事そうに抱えていた。

「食べたいのか冷やしたいのかわからなかったから、両方持って来た」

マリも母さんとおんなじ、優しい笑顔でそう言ってくれた。

マリから氷嚢を受け取って、タオルに包んで首元におく。冷たくって、気持ちいい。

「氷は?食べる?置いておく?」

マリが聞いてくる。

「うん、一個食べる」

ちょっと食べたら、もうすこし冷めるかな、体…そう思って、返事をした。そしたらマリは、ひとつぶ氷を持って

「はい、あーん」

なんてやってきた。

「だ、大丈夫だよ、それくらい自分で出来るからっ」

「ううん、ダメダメ、具合い悪い時は休んでないといけないって、母さん言ってたから」

なんだか、悪いなって思って、遠慮したのに、マリはそう言ってやめてくれなかった。

仕方ないから、マリの指から氷を口で受け取ると、マリは嬉しそうに笑った。
 

718: 2013/09/10(火) 01:56:08.45 ID:QsUoJHLUo

 そんなとき、玄関のチャイムの音がした。今日は土曜日でお休みの日。こんな時に、誰だろう?

「わたし、出てくるね!」

マリがそう言って、また部屋から飛び出した。母さんも相変わらず、その様子を可笑しそうに見ていた。

その眼はとっても優しくて、私に向いているわけじゃないのに、なんだか私まで嬉しい気持ちになってくる。

家族って、不思議だね。ここで一緒に過ごしている時間って、まだ一か月くらいしか経ってないのに、

マリは私のことや、母さんや、ママのことをすごく大切に思ってくれてるってのが分かる。

もちろん、私もそんなマリを大切な人だって思う。一か月前に会ったばかりのママも同じ。

だから、よけいに不思議。だって、一か月前は知らない人同士だったのに…

こうやって、心配したりされたり、母さんみたいに、優しい顔をして見つめたり、叱ったりするんだもん。

好きだ、って思っても、そんなに簡単に行くのかな、ってちょっと思ってるんだ、本当は。

 「母さん、レナちゃんが来てくれたよ!」

マリがそう言って部屋に戻ってきた。後ろには、アヤさんの家族のレナさんが居た。

「お日様熱が拡大中だって聞きましたよ」

「お日様熱?」

「ここいらでは、そう呼ぶらしいんですよ、その病気。島に来て、お日様にいっぱい照らされ慣れていない人が罹るから」

「なるほど、うまく言ったもんだな」

レナさんの言葉に、母さんがそう言って笑った。

「これ、果物持って来たんです。市場で、知り合いのおじさんが安くしてくれたんで、たくさん買えて。

 良かったら、食べてください」

レナさんがそう言って、大きなビニールのバッグを母さんに差し出した。

「いいのかよ、ありがとう!悪いな、気を使ってもらっちゃって」

「いえいえ。持ちつ持たれつ、ですよ」

「わー!おっきいオレンジ!リンゴもあるよ!」

マリが袋の中を覗いてそんな大声を上げた。

「あ、そうだ、カタリナ、食べるか?朝から何も食べてないもんな、あんた?」

母さんがそう言ってくれた。うん、冷たくしたやつだと、もっと嬉しいな。そんなことを思って、私はうなずいた。
 

719: 2013/09/10(火) 01:57:06.48 ID:QsUoJHLUo

「そっか。今切ってくるから、待ってろな。レナちゃん、良かったらお茶でも出すからさ、すこしゆっくりして行ってくれよ」

「ふふ、お邪魔しちゃ悪いですから、すぐにお暇しますよ」

「あ、母さん、私が切ってカタリナに持って来るから、オレンジ頂戴!」

マリがそんなことを言って、バッグに手を突っ込んだ。でも、私の気持ちは、ちょっと違った。

オレンジも食べたいけど…でも、それよりもしてほしいことが、実はあるんだ…。

「マリ…」

私はそう言って、マリを呼び止めていた。

「ん、なに、カタリナ?あ、オレンジが良い?リンゴ?」

「ううん、マリ、行かないでここにいてくれない?

 お話できる元気はないかもしれないけど、ひとりになっちゃうと、なんだかさみしいかも、って思って…」

私が言ったら、マリは一瞬キョトン、って顔をしたけど、すぐにあの真剣な表情で

「うん、分かった!一緒に居るよ!」

なんて言って、私のベッドのそばに座り込んだ。

「見てて上げるから、ゆっくり眠ったほうが良いよ!」

いや、フルーツは食べたいんだけど、な…そんなことを思ったけど、マリの言葉が嬉しくって、私はうなずいて目を閉じた。

 熱が高くて、暑いし、呼吸も苦しいし、全然、楽でもなんでもないんだけど、それでも。

目を閉じても、そばにマリがいるのが分かる。なんだか、それが、私にはとっても嬉しくて、暖かく感じられていた。
 

724: 2013/09/12(木) 00:36:58.52 ID:rxqo84eno

 それからまた一周関して、私の具合いも良くなった。

いつもみたいに、マリとママと教室に行ったら、先に来ていたみんなにあっというまに取り囲まれてしまった。

「お日様熱だったんでしょ?大丈夫?」

「あれ、大変だよな。俺もここへ来た頃に罹ったんだよ」

「お薬注射しておくと大丈夫だってお医者さんが言ってたけど、注射した?」

とか、マリと私の周りに来た子達は口々に私たちにいろんなことを聞いて来た。

私とマリはそういうのに一つずつ答えながら、お勉強が始まるまで待った。

「はいはい、じゃぁ、席について!」

ママがそう号令を出したら、みんなはパッと自分の席に散っていく。

そんなとき、フラリ、と私たちのところへ、あの目つきの怖いラデクくんがやってきた。

「なぁ、大丈夫なのか?」

ラデクくんは、ボソッと、私にそう聞いて来た。

私は、ノートとペンケースをカバンから出そうと思っていたところだったけど、ちょっとびっくりしてその手を止めてしまった。

「う、うん、大丈夫だよ」

「元気だよ!ラデクくん、ありがとう!」

私とマリがそう返事をしたら、ラデクくんは

「そっか」

と小さな声で言って、またフラッと歩いて自分の席に座った。

 な、なんだったんだろう、今の?いつも怖くてなんとなく距離を置いていたけど…

ラデクくんて、ホントは、優しい人なのかな?
 

725: 2013/09/12(木) 00:37:50.87 ID:rxqo84eno

 マリはあんまり気にしてないみたいだったけど、私はなんだか今のことが引っ掛かって、

お勉強にいまいち集中できなかった。そんなだったから、お弁当を食べている最中に、ママに聞かれてしまった。

「カタリナ、今日はなんかボーっとしてたけど、大丈夫?まだ、具合い良くなかった?」

「ううん、そうじゃなくて、ね」

私はママに、朝あった出来事を話した。そしたらママはクスッと笑って

「あぁ、そっか、そんなことがあったんだね…。ラデクくんは、悪い子じゃないよ、きっとね。

あんまり喋らないし、目つきも怖いけどさ、私は分かるよ。彼はすっごく、優しい人だと思う」

なんて言った。そしたらマリも

「そうだよ?ラデクくんは、いつもみんなのことを見てて、みんなの心配をしてる人なんだから!」

って言い出した。マリは、ニュータイプ、っていうやつだから、そう言うの私達よりももっと強く感じるんだって、

母さんが言ってた。ママやマリがそう言うのなら、もしかしたら本当にそうなのかもしれないな…

でも、やっぱりちょっと怖いけど…。

 「そういえば、お二人さん、今日の午後の予定は?」

思い出したように、ママがそう聞いて来た。

 私たちは今日は、マルコ君たちと一緒に公園で遊ぶことになっていた。

図書館にも行きたかったけど、今日はソニアも公園に行くっていうし、週末には街へお出かけして本を見れるから、

今はそっちが楽しみなんだ。

「今日は、みんなで公園!」

「うんうん!サッカーするんだよ!」

私たちが言ったら、ママは嬉しそうに笑って

「そっか。でも、病み上がりなんだから、特にカタリナは無理しないようにね」

って言ってくれた。
 

726: 2013/09/12(木) 00:39:18.62 ID:rxqo84eno

 お昼ご飯を食べ終えて、ママと別れた私たちは、みんなと一緒に公園に向かった。

公園は、教室のあるところから、すこし港の方へ歩いたところ。

ちょうど、アヤさん達のペンションのある通りに沿って町へすこし歩いたところにある。

開けていて見晴らしが良くって、いつも青い海が見下ろせる場所だ。

 公園に来たのは、マルコくんに、いつもマルコくんのそばにいる男の子3人と、ソニアにソニアの友達のサシャ、

あと、ディーノくんに、サブリナさんとその友達の年上の女の子2人。それから、ラデクくんも一緒だった。

私はちょっと驚いたけど、マリに言わせると、別に珍しいことでもないようで、良く一緒にサッカーをしたりして遊んでいるんだという。

 「おっしゃ、チーム分けだ!」

マルコくんが張り切ってそう言う。みんながマルコくんの周りに集まった。

こういう時はだいたい、同じくらいの年で、同じ性別の人とじゃんけんをして、勝った方と負けた方に分かれてチームになる。

もちろん、私の相手はマリ。実は、マリにじゃんけんで勝つことはできない。

言わないでもわかると思うけど、ニュータイプ能力のせい。

チームを決めるだけなら別にいいけど、勝ち負けに関わることだと、ちょっとずるいなぁなんて思うこともたまにある。

 グーを出した私は、案の定、パーをだしてきたマリに負けちゃった。

私のチームは、ラデクくんに、マルコくんの子分みたいなマットくん、それからソニアにサブリナさん、サブリナさんの友達の、ドリスさん。

 マリのチームは、マルコくんに、アルビンくんに、ハンスくんと、サシャに、アシュレーさんと、それからディーノくんだ。

 「よし!キックオフ!ピピー!」

マルコくんが口で笛のマネをして、ゲームが始まった。

サッカーって言っても、この公園のコートはゴールのポストがあるだけでネットもないし、そもそも、テニスコートくらいの広さしかない。

私たちも真剣に試合をするっていうより、みんなで走り回って、笑って楽しむのが目的だ。

特に、マルコくんなんかは優しくて、小さいディーノくんあたりにパスを出してあげたり、

他の子がたくさんボールを蹴れるようにいろいろと気を使ってくれる。

 マルコくんが出したパスをディーノくんが受けて、ゴールの前まで走ってきた。

ディーノくんが蹴ったボールはゴールのポストに当たって跳ね返ってしまう。

「惜しいぞ、ディーノ!」

「次、次!せめて来るぞっ、もどれ!」

マルコくんとアルビンくんが楽しそうに言っている。こぼれたボールをラデクくんが取って、コートを駆け上がった。

そこへ、マリがものすごい勢いで突進して行く。ボールを取る、っていうんじゃなくて、

完全に足元をすくうようにして伸ばしたマリの脚を、ラデクくんは器用に飛び越えて、私にボールをパスしてきた。

 地面をころころ転がってきたボールを足で止めて、ベコッと前に蹴っ飛ばしてゴールを目指す。

と、前にはマルコくんが出てきた。困ってしまう前に、すぐ脇に走ってきていたサブリナさんにパスを出す。

「アブリナ、ゴー!」

ドリスさんがそう叫んでいる。でも、その前に立ちはだかったのはディーノくん。

ディーノくんは、もう反則なんだけど、サブリナさんの脚にしがみつくみたいにして、何とかボールを取ろうとしている。

「ちょ、ディーノ!脚持たないでよ!」

サブリナさんは楽しそうに笑いながら、器用にボールを足先で転がしてディーノくんをからかうみたいにして逃げ回っている。

サブリナさん、じょうずだなぁ。
 

727: 2013/09/12(木) 00:39:47.12 ID:rxqo84eno

 でも、そんなことをしていたら、そこにまたマリが突進して行った。

「もらったぁぁ!」

でも、そんなマリを身をひるがえすようにしてするりと躱したサブリナさんは、再び私にパスをくれた。

目の前には誰もいない、フリー、ってやつだ!

 私は思いっきりボールを蹴っ飛ばした。ベコっと鈍い感触があって、

ボールはゴールとはてんで違う方向へ転々と転がって行ってしまった。

「あちゃ、ごめんなさい、サブリナさん」

「あはは、気にしない気にしない!もっと行こう!」

サブリナさんはそう言って笑ってくれた。

 転がったボールを一足早く、ディーノくんが取りに走っていた。

私がその姿を目で追っていたら、ボールの転がった先に、誰かが居た。男の人だ。

8人くらい?ううん、10人いる、かな…それも、みんなずいぶんと大きい体をしている。

その人たちは、私達を見ていた。と、ボールを追いかけて行ったディーノくんの足が止まった。

 そこにいるみんなが、そのことに気付いた。

「どうした、ディーノのやつ?」

「誰だ、あれ…?」

マルコくん達が口々に言っている。

 すると、見ていた男の人たちの一人が、不意にディーノくんの腕をつかんで引っ張った。

「お、おい、あいつ!」

それを見たマルコくんが走り出す。みんなも、マルコくんのあとを追った。もちろん、私も。

「おい、なにやってんだ!」

マルコくんがそう叫ぶ。

「あぁ、なんだ、ガキが」

ディーノくんの腕をつかんだ男が言う。なんだか、イヤな感じのする人だ…

人相が悪くて、どこか、ラデクくんの鋭い目つきとは違う、怖い目をしている。

肌に伝わってくる雰囲気も、なんだか私の胸をドキドキと詰まらせる。あぁ、怖いんだ、これ…

私は、自分の感じていることに気が付いた。

「は、話してよ、おとーさん!」

ディーノくんが言った。

 お父さん?この人は、ディーノくんのお父さんなの?
 

728: 2013/09/12(木) 00:40:55.03 ID:rxqo84eno

「まぁ、そう言うなよ、ディーノ。母さんがよ、お前を連れて帰れば、ヨリを戻してくれるってんだ。

 大人しくついてこい。昔みたいに、お仕置きされんのイヤだろう?」

男は、言った。

 そうだ。マルコくん達は、親や家族と一緒に暮らせない子ども達。親が病気になったり氏んじゃったりしてる子もいる。

でもそうではなくて、親が虐待をしたりして、引き離されてここへきている子だって、いる。

ディーノくんは、そうだったの?そして、あの人が、ディーノくんのお父さん…?

ディーノくんに暴力を振るっていたりしたの…?

「ディーノを離せよ、おっさん」

マルコくんはそう言うが早いか、転がっていた石を拾い上げて男に投げつけた。

石は狙った通りなのか、男の顔面に飛んで行って、慌てた男は、ディーノくんの手を離して、石を両腕で払いのけた。

 その隙に、ディーノくんが私たちの方に逃げてくる。

「このクソガキ…痛い目に遭いたいらしいな…」

男が、そばにいた他の男たちにも目配せする。

 あぁ、これは、まずいよ。どう考えたって、こんな人たちからディーノくんを守ってあげることなんてできない…

ディーノくんどころか、私達全員、殺されちゃうかもしれない…どうしよう、どうしよう…?!

 膝が震えてくるのをこらえながらそんなことを考えていたら、マリが叫んだ。

「みんな!ディーノ連れて逃げて!」

マリは叫ぶのと同時に、男たちの前に立ちふさがった。

「マリ!」

「カタリナも早く!誰か、大人呼んできて!」

私が止めようと思って名前を呼んだら、マリはさらにそんなことを言ってきた。ダメ、出来ないよ、マリ。

私、怖くて、逃げ出したいけど、だけど、マリを置いて行くなんて、出来ないよ!

「サブリナさん!ディーノを頼む!」

ラデクくんも叫んだ。

「おい、お前ら!走れ!人呼んで来い!」

マルコくんがアルビンくん達にそう言いつけた。

「…わ、わかった!マルコ兄、待ってろ!」

アルビンくんがそう言って、ディーノくん達の手を引いて公園を走って出て行った。

「ちっ!邪魔すんじゃねぇ、ガキども!」

男がマルコくんを蹴り上げる。マルコくんはそれを避けると、男の顔面に拳を振り上げて叩きつけた。

 でも。男はそれを何でもないようにしてこらえている。

「ちっ!」

マルコくんが舌打ちをして、素早く後ろに下がった。

「このガキ…生かしちゃおかねえ…!」

男の目に、狂気が灯った。

「来なさいよ!あんた達なんか、怖くないんだから!」

マリが声を上げた。ラデクくんは黙って半身に構える。二人とも、戦う気だ…人数も、体の大きさもまるで違うのに…!

すぐさま、男たちが3人を取り囲む。私は、それを少し離れたところで見ているしかできなかった
 

729: 2013/09/12(木) 00:41:33.06 ID:rxqo84eno

「手を挙げた相手が悪かったな。俺たちゃ、元連邦の軍人だ。生きてママの顔を見れると思うなよ」

男の中の一人が言った。でも、マリ達は動じなかった。それどころか、マリなんかは鼻で笑って

「あんた達、軍人だったの?へぇ、でも、どうせ人も頃したことのない、

 この地球で威張り腐ってただけで、宇宙にも出たことのない弱虫でしょ?」

なんてことを言いだした。

「ガキが、黙らせてやる!」

男の一人がマリを殴りつけた。でもマリはそれをするりと躱して、男を、今まで見たことのない、鋭い目つきで睨み付けた。

「あんた達は、人を頃す、ってどういうことか、知ってるの?

 殺されるかもしれない、って恐怖を知ってるの?

 一瞬でも気を抜いてもダメ、油断しても、怖がって、身を引いてもダメ。

 そんな経験をしたこと、ないでしょ?」

そう言ったマリのその眼は、男たちに『わたしは、あるんだよ?』と言うことを伝えるには十分な雰囲気だった。

男たちが一瞬たじろぐ。

「ガ、ガキが!知った風な口をききやがって!」

「そ、そうだ!こんな小娘に何ができるってんだ!」

男たちは、マリに浴びせかけられた視線の威圧から抜け出るように口ぐちにそう言うと、一斉に3人に手を伸ばした。

 囲まれていたんじゃ、避けるなんてできなかった。

まるで、3人は、今まで私たちが蹴っていたサッカーボールみたいに、蹴られて、殴られて、男たちの間を転がっていく。

「マリ!ぐはっ!」

ラデクくんが叫ぼうとして、お腹を蹴られてうずくまる。

 すこしも経たないうちに、3人とも、その場に転がって動かなくなった。

「くそ、時間取られた…おい、あいつを探せ!」

ディーノくんのお父さんらしい人が、周りの人たちにそう言う。

でも、散らばりそうになったそのときに、マリの手がピクリと動いて、ひとりのズボンのすそを捕まえた。

「行かせない…行かせないんだから…!」

マリは口から血を流しながら、うめくように言った。

 ズボンをつかまれた男が、脚を大きく振り上げた。あれは…ダメ!

 考える暇もなかった。気が付いたら私は駆け出して、マリを庇うようにして上に覆いかぶさっていた。

次の瞬間、重くて鈍い痛みが脇腹に走る。

「ひぐっ…」

思わず、そう声が漏れた。痛い…痛いよ…

「か、カタリナ!」

マリの声が聞こえる。

 この人たち、なんでこんなにひどいことするの?なんでよ、私達、ただ楽しく遊んでただけなのに…

なんでこんなことになってるの?この人はお父さんなんでしょ?それなのにディーノくんに手を上げるなんて、どうして?

なんでよ?家族なんじゃないの…?

私の知っている家族は、もっとあったかくて、幸せで、優しくて、それで…それで…

自分よりも大事にしてあげたくなっちゃうくらい、大好きなのに…

あなたはどうして、ディーノくんに暴力なんてできるのよ!?そんなのは違う、間違ってる…!

そんなのは、そんなの、いくら血がつながってたって、そんなことをする人は、家族なんかじゃない!

730: 2013/09/12(木) 00:42:07.03 ID:rxqo84eno

「おい、いいから早く、あいつを探せ」

ディーノくんのお父さんがそう言って、男たちが、みんなが逃げた方へと歩き出す。

「許さない、あんた達、許さない!」

マリが大声を上げた。

 気が付いたらマリは、何か、得体の知れない気配を発して男たちに突進していた。

「ちっ!いっぺん氏にたいみたいだな、クソガキ!」

マリが腕を振り上げた。男も、大きく脚を振りかぶる。

 次の瞬間、男が足を振り抜いて、マリは…別の人に体を捕まえられて、動きを止められていた。

「ったく、あいつらがギャーギャー言うから、なんの騒ぎかと思って来てみたら…」

マリの体を押さえつけたのは

「アヤちゃん!」

レオナ姉さんの家族、アヤさんだった。

「あぁ、傷だらけにされて…痛かったろ…」

アヤさんはアザだらけになったマリの顔を優しく撫でて、ポンポンと頭を軽く叩く。

「アヤちゃん、あのねっ!」

そう言いかけたマリの口をアヤさんは人差し指を立てて優しく塞いで

「分かってるよ。あとは、任せな」

と柔らかい声で言って、男達を睨み付けた。

「アタシの可愛い弟妹に手を出して、ただで済むと思うなよ…」

アヤさんは今度はとがった低い声でそう言う。

「あんた達もよく頑張ったみたいだね。チビ達を守ってズタボロになってさ、男じゃないか」

「子ども相手にここまでやるなんて…ちょっとくらいの反省じゃ、済まさないよね」

後ろで別の声がしたので振り返ったら、そこには…

「カレンさん!」

「マライア姉ちゃん…!」

マルコくんとラデクくんが叫んだ。

アヤさんの友達のカレンさんと、マライアさんがいた。

「あんた達は下がってろって。アタシがやるから」

アヤさんが手をポキポキならしながらそう言う。

「まぁ、そう言わずにさ。あたしにもやらせなって」

カレンさんも首をパキパキと左右に振りながら応える。

「10人か、3で割ると、1人余っちゃうね」

マライアさんは腕をグルグル回している。
 

731: 2013/09/12(木) 00:42:42.74 ID:rxqo84eno

「はっ、何かと思えば…女が三人出てきてなんだってんだ?保護者会なら他所でやれや」

背の高い男が低い声で言う。でもアヤさんはヘラヘラと笑って

「いや、保護者会はここでやるって聞いたんだ。でっかい僕ちゃん達のママはまだ来てないのか?」

って言い返す。

「このアマ…!」

男が拳に力を込めた。

アヤさんの両脇にはマライアさんとカレンさんが並んで、男達をじっと見つめている。

「どいつもこいつも、乳臭いと思ったらそう言うことか。早く帰っておっOいしゃぶらせてもらいなよ。

 イライラしちゃってさ、ポンポン空いたんでちゅよね?」

「ねね、最後の1人は早い者勝ちってことでいいかな?ね?良いよね、それで?」

み、みんな、なんでそんな怒らせるようなこと言うの?!

相手はただでさえあんなに大きい男の人で、それもいっぱいいるって言うのに…!

「クソ女どもが、言わせて置けば!やっちまえ!」

背の高い男が叫んだ。男達が一斉に三人へ飛びかかった…でも、ホントに一瞬の出来事だった。

「うらぁぁ!」

アヤさんが叫び声をあげて、まず最初の男の顔を下から振り上げた拳で殴り付けた。

さらに振りかぶったアヤさんを見て両腕を顔の周りに引き寄せた男のその腕の上から叩き付けた拳がほっぺたにめり込む。

その男の髪の毛を掴んでまた顔を狙って、今度は膝蹴りをしたと思ったら、

その後ろから来た男のお腹を跳ぶようにして反対の足で蹴っ飛ばして、

くるっと一回転してムチみたいにしなった脚が、男の首と顎を凪ぎはらった。

 カレンさんは最初に飛びかかった男のお腹を膝で蹴り付けて地面に引っ張り倒し、

その男を踏みつけながら飛び上がって別の男の顎を爪先で蹴りあげたと思ったら、

着地した瞬間にはそばにいたさらに別の男の顔に肘打ちを炸裂させた。

 マライアさんは、組み付こうとして来た男の腕を捻りあげて地面に叩き付け、

それを見て助けに入ろうとした次の男の襟首を掴んだと思ったら、頭の後ろからまた地面に叩き付けて、

さらにそばでびっくりしていた男の胸ぐらを捕まえて、素早く遠くに投げ飛ばした。
 

732: 2013/09/12(木) 00:43:57.65 ID:rxqo84eno

「はっ、何かと思えば…女が三人出てきてなんだってんだ?保護者会なら他所でやれや」

背の高い男が低い声で言う。でもアヤさんはヘラヘラと笑って

「いや、保護者会はここでやるって聞いたんだ。でっかい僕ちゃん達のママはまだ来てないのか?」

って言い返す。

「このアマ…!」

男が拳に力を込めた。

アヤさんの両脇にはマライアさんとカレンさんが並んで、男達をじっと見つめている。

「どいつもこいつも、乳臭いと思ったらそう言うことか。早く帰っておっOいしゃぶらせてもらいなよ。


 あまりのことに、最後に残った一人の男の人がしりもちをついてへたり込んだ。

「さて、こいつ、どうする?」

アヤさんがカレンさんとマライアさんを見て言う。

「そりゃ、二度と同じことをしないように体に覚えさせないとね」

カレンさんが表情を変えずに応える。

「それならあたしの出番だね。まずは末端からやると良いらしいよ。

 指を一本ずつ反対に曲げて行って、全部終わったら次が腕と膝で、それでも言うこと聞かなかったら、次は爪なんだって」

マライアさんがニヤニヤして言う。

「あー、なるほどな。まずは指か…カレン、あんた左手やれよ、アタシが右やるからさ」

「あぁ、それじゃぁ、そうさせてもらうよ。じっくりと記憶して帰ってもらわないといけないからね。

 今日みたいなことをしたら、どうなるか…」

アヤさんとカレンさんがそんな事を言いながら男ににじり寄った。

「ひっ…ひぃぃぃ~!」

最後に残ったその男は、そんな情けない声をあげて、何度も転びながら、どこかへ走って行ってしまった。

その後ろ姿を見送ってから、アヤさんはポケットからPDAを取り出した。

「カレン、施設に電話かけてくれ。マライアは、ユーリさんだ。子ども達の手当て頼まないと」

「アヤさんは、どこにかけてるの?」

マライアさんが自分のPDAを取り出しながらアヤさんに聞く。アヤさんはニヤッて笑って

「保護されてる子どもに勝手に手出しする親は、治安警察に引き渡すようになってんだ、連邦法で、な。

 まぁ、それでなくても、傷害罪なんだろうけど」

とため息混じりに、そう答えた。
 

739: 2013/09/13(金) 23:58:28.98 ID:qI8Mija5o



 「ふぅ、まったく。こんな時間になっちゃったじゃないか」

アヤがニコニコしながらそんなことを言って、リビングのソファーに腰を下ろした。

「でも、みんなが無事で良かったじゃない」

私が言ってあげたら、アヤはまた笑顔で

「まぁな。あいつら、アタシがチビだったころにそっくりだよ」

なんて嬉しそうに言った。

 「皆さん、今夜もお疲れ様です」

そんなことを言いながら、レオナがバーボンとグラスにアイスボウルを乗せたトレイを持って現れた。

「あぁ、レオナ。ありがとう、ロビン達はもう寝た?」

「うん、もうぐっすり」

アヤが聞いたら、レオナはそう言って、あのかわいい笑顔を見せてくれた。

「マリオンももうすぐ戻ってくると思うし、先に飲みません?」

「そうだね。始めちゃおうか」

 やっぱり、母屋を作って正解だったな、ってこういうときほど思う。

ペンションの方のホールでおしゃべりするものいいけど、お客さんがいるときはあんまり遅くまではやっていられないし、

ペンションでもリラックスしてくつろげるけど、やっぱり、気にするものがないこの母屋のリビングでは、夜のこの時間も別格だ。

 私たちは乾杯して、チビチビとバーボンを傾ける。

「それにしたって、良かったのかよ、レオナ?」

夕飯の残りを肴にしていたアヤが、レオナにそうたずねた。

「ん、なにが?」

「アリスさんと一緒に住まなくて」

「あぁ、うん、いいんですよ」

レオナは笑った。

「会いたいと思えば、会いに行けるところにいるだけで、安心するんです。

 それに、私は、ママにいっぱい愛してもらってた。今度は、それをマリに向けてほしいんですよね。

 あの子にもきっと、それが必要だって思うから…」

「そっか。まぁ、もう十分かもしれないけどな、マリのやつも」

「どういうこと?」

私が聞いたら、アヤはクスっと笑って、

「いや、昼間のこと」

とだけ言って、バーボンをあおった。

 昼間のことは、マライアから詳しく聞いたけど…そこでマリになにかあったのかな?

でも、アヤやマライアの様子なら、それはきっと良いこと、だったんだよね。

それなら、今度マリに会ったときに、確かめてみればいいかな、なんて、私はのんきに構えていた。
 

740: 2013/09/13(金) 23:59:02.29 ID:qI8Mija5o

 カチャっと音がした。玄関の開く音だ。

「ん、マリオンかな?」

アヤの言った通り、マリオンがリビングに姿を現した。

「おかえり、マリオン。見回り、ありがとうね」

私が言ってあげたら、マリオンは恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべて

「あ…はい」

なんて、言葉少なに言う。感情の表現の少ない子だな、なんて最初にあったときは思ったけど、

こうして一緒に暮らしていると、この子ほど感情豊かな子はいないんじゃないかな、って感じる。

もちろん、表現はうまくないけど、私達だからこそ感じられる、“アレ”で、良くわかる。

海を見たり、空を見たり、庭の芝生を見るだけで、こんなに気持ちが沸き立つくらい、感性も豊かな子なんだ。

今度、ホールに飾る絵でも描いてもらおうかな?もしかしたら、すっごく上手かも知れないしね!

 そんなことを考えていたら、マリオンが後ろを振り返った。

「あの…お客さん、です」

マリオンに続いてリビングに姿を現したのは、アリスさんだった。

「ん!ママ!」

レオナがピョンと飛び上がる。ふふ、これは、嬉しいお客さんだね、レオナ。

「こっちに居たのね。ペンションの方に行ったら、マライアちゃんからいなかったから」

アリスさんはそう言いながら懐っこい笑顔を浮かべる。

「最近は、夜勤当番以外はこっちに帰ることにしてるんだ。一応、家だしな。

 あ、まぁ、アリスさんも座ってくれよ。飲むだろ?」

「ええ、じゃぁ、少しだけ」

アリスさんはそう言って、ソファーに腰を下ろした。グラスをぶつけて、アリスさんがバーボンに口を付ける。

それから、なんだか改まって

「今日は、迷惑をかけてごめんね。うちの子達を助けてくれて、ありがとう」

とアヤに礼を言った。アヤは相変わらず照れたみたいで

「べっ、別にそう言うことじゃないだろ!もとはと言えば、うちのチビどもが無茶して巻き込んじゃっただけで…

 こっちこそ、謝んなきゃいけないくらいなんだ」

なんて言う。その話は、昼間さんざんしたんじゃなかったの?二人とも。

 それからしばらく、二人のありがとうとごめんなさいのやりとりが続いた。

アリスさんはアヤをからかっているみたいだったけど、アヤの方がいっぱいいっぱいになってそれを必氏に躱している感じだった。

「そ、そんなことよりもさ、アリスさん!」

アヤが、いかにも思い出しました、みたいな感じでそう言いだした。

「アリスさんは、あの戦争中に地球に降りたんだろう?どうしてすぐにレオナに会いに行けなかったんだ?」

アヤの質問は、私もすこし疑問に思っていたことだった。本当はすぐにでも会って、逃げ出したかったはずなのに…

どうして、レオナ達が発見するまで、アリスさんは身動きできなかったんだろう?
 

741: 2013/09/13(金) 23:59:49.71 ID:qI8Mija5o

「あぁ、うん。話してなかったっけね。地球に降下して、私は、連邦の研究所に入った。

 そこで、人工知能の研究をつづけながら、レオナの居所をつかむつもりだったんだ。

 ほら、レオナを連れて行ってくれた研究者ってのがたでしょ?

 彼とも、コンタクトを取る方法を事前にいくつか準備しておいた。

 でも、地球に降りてすぐに、人工知能の研究を一緒に行っていたミズ・ルーツ博士ってのが、試験中の事故で亡くなって、

 私が関わっていた人工知能計画自体が凍結になって、連邦軍にいられなくなった。

 幸い、私はその研究所に居た人のツテを借りることができて、アナハイムエレクトロニクスへの入社が決まって、

 地球に留まることが出来たけど、ほとぼりがさめて、レオナを連れ出してくれた研究者とコンタクトを取ろうと思っても、音信不通。

 あとで調べてみてわかったんだけど、そのときには彼も亡くなっていたの。

 それでもほうぼう手を尽くして、なんとか、彼が手がけていた研究の一端を見つけて、そこの情報を集めた。

 それで、発見できたのが、マリオンだったの。そのときにはもう、戦争から3年も経っていてね。

 なんとかマリオンを引き取って、レオナのことも探していたんだけど、ティターンズ、ってのが幅を利かせ始めた時期で、

 それに加えて、レオナは連邦の研究所預かりになったまま、機密裏に移管されていて、追跡が出来ず仕舞い。

 そこで私は方法を変えて、マリオンに力を貸してもらうことにした…」

「能力の、強化です」

マリオンが静かに言った。

「そう…弊害が出ない、うまい方法を探して、マリオンの能力を強化して、レオナを探してもらおうと思っていた…

 我ながら、ひどいな、とは思うけどね…」

「いいえ、博士。これは、私の言い出したことです。博士が気に病むことではありません…」

「そうは言っても、ね。やっていることは、同じだったんだよ」

アリスさんは、すこし悲しそうに笑った。だけど、すぐに表情を変えて

「でも、そんなときに、同じようにアナハイム社に所属していた脱出組のジェルミっていうパイロットから

 会いたいって言っている人がいる、って言われてね。

 それで来てくれたのが、マライアちゃんや、レオナ達。まさか、ALICEの方を辿って見つけてくれるなんて、思ってもみなかったんだ」

なんて、嬉しそうな笑顔を見せた。

「それはね、なんかピンと来たんだよ!マライアちゃんのPDA覗いてて、人工知能とALICEって文字を見てたらさ」

「あぁ、そう言えばそうだったな。さすが、ニュータイプの勘ってやつだな」

楽しそうに言うレオナにアヤが調子を合わせておだてる。それからアヤは、話題が逸れたことに満足したようで

「まぁ、なんにしたって、みんな無事で、新しい生活ができて何よりだよ」

なんて、話を閉めにかかった。もう、それってちょっと乱暴すぎない?

って思っていたら、私の気持ちを感じ取ったのか、アヤがこっちをチラッと見て苦笑いして見せた。

アヤってば、いい加減、その照れ屋なの、直せばいいのに。
 

742: 2013/09/14(土) 00:00:58.46 ID:xj1B6uGxo

 なんても思いながら話を聞いていたら、急にアリスさんが口を開いた。

「レオナ…あんた、考えは変わらないの?」

それを聞いたレオナは、それまでの笑顔を真剣な表情に変えて

「うん」

とだけ返事をした。

「どうして?私たちに気を遣うことなんてないのに…」

「ううん、そう言うんじゃないよ。でも、アヤさんやレナさんが、ここが私の家だって、言ってくれたから」

なんのことかと思ったら、その話か。

ユーリさん達がこの島に来て、ペンションの客室から今の家に引っ越しをするにあたって、アリスさんとユーリさんは、

レオナに一緒に住まないか、と声を掛けていた。さっき、アヤとの話題にも出ていた話だ。

 その誘いを、レオナは笑顔で断った。自分には、レベッカがいるっていうことと、それから、

私達と一緒にいるのが良い、と言ってくれた。

気を使ってそんなことを言っているんじゃないってのは、感覚で分かっちゃっていたから、嬉しかったけどでも、

すこし複雑でもあった。

だって、レオナにしてみたら、アリスさんもユーリさんも、ずっと会いたいと思っていて、

氏んじゃったって思っていた人たちだったわけでしょう?

それも、幼いころの話だし、今でも一緒に居たいって思っても不思議ではなかったのに…。

「それに、ね…」

レオナは、目に、うっすら涙を浮かべてアリスさんを見た。

「マライアと一緒に宇宙に出て、いろんなことを調べて、私は、ママやユーリにいっぱい愛されていたんだなって、すごく実感できた。

 私のことを、二人が命を懸けて守ってくれた。それが嬉しかったし、生きてたって分かって、すごく嬉しかった…。

 私を守ってくれたおかげで、私は、今、アヤさんやレナさんや、レベッカにロビンに、マライアに…

 たくさん仲間が出来て、支えてもらいながら、生きてる。それだけでも十分満足だったのに、二人が生きていてくれて…

 いつでも会いに行けるところにいる。私にとって、こんなに幸せなことはないんだよ!

 だから、私はこれ以上は望みようがないんだ!今度は、私が誰かを幸せにしてあげる番なんだよ。

 私はね、お姉さんとして、マリに、もっとちゃんと、愛情を上げたいんだ。ママの暖かい愛情も、

 ユーリの、ちょっと行きすぎだったり、ときどき厳しくて怖かったりするのも…

 それから、私のも、アヤさんやレナさんや、マライアのもの、カタリナだって、そうしてくれると思う。

 あの子には、なんにもなかったんだ。でも、少しずつだけど、今は、いろんなことを感じ始めてる。

 目一杯甘えて、ちゃんと子どもやって、ゆっくり、満たされながら、成長して行ってほしいって、そう思うんだ」

レオナの言葉に、アリスさんはほほ笑んだ。
 

743: 2013/09/14(土) 00:01:25.31 ID:xj1B6uGxo

「そっか…ふふ、マリ、ね。レオナ、あんた、マリを見くびっちゃダメよ?」

「え?」

「あの子は、あんたが思っているより、ずっとたくましくて、ずっと頭が良い。

 私たちが思っている以上に柔軟で、自由だよ。私たちがどれだけあの子にしてあげられているかわからないけど、

 あんたが変に意気込まなくたって、あの子は、私達以外からの愛情も、きちんと認識して、

 それを味わってくれている。あの子は、変わってるけど、でも、今はすくすく育ってるよ」

アリスさんは可笑しそうな表情でそう言い、それから、いつにない、穏やかな声で

「だから、やせ我慢はやめなさい。甘えたいときは、甘えたっていい。

 あんたを愛してあげたからって、マリの方をおろそかにする、なんて、そんなことないことくらいわかるでしょう?」

と言って、レオナの手を握った。レオナの頬には、涙が伝った。

 それからレオナは、言葉もなくうなずいて、アリスさんに引き寄せられるようにして、その腕の中に納まった。

 その様子を、私はアヤと手を握って眺めていた。マライアが見たかった、って言っていた意味がなんとなく分かる気がした。

もしかしたら、戦いから逃れてきた私たちは、こう言う物を求めて、今までやってきていたのかもしれないな…。

祈りや、想いが、形になって、繋がりになって、この戦争の続く世界を繋ぎとめて行くんだって、そうとすら思える。

アリスさんがそうだったように、私とアヤがそうだったように、敵も味方も、ジオンも連邦もない。

そう言うのものを越えて、私達は繋がれるんだ。ただ一つ、幸せを見つけたい、その想いだけで…。


 

744: 2013/09/14(土) 00:02:19.90 ID:xj1B6uGxo



  二週間後、私は、マリと、母さんとママとで、島からフェリーで30分くらいの港町にいた。

今日は、約束していたお出かけの日、だ。

 「わー、すごい、大きい街だね!コロニーみたい!」

マリがそんなことを言いながらはしゃいでいる。私もドキドキしている。

だって、私は生まれてからずっと、アクシズで暮らしていたから、コロニーにも行ったことはなかったし、

こんな大きい街は本当に初めてだ。

 「ね、ね!ご飯食べるところはあるかな?」

マリが楽しそうにそんなことを言う。

「マリは本当に、そればっかりだなあ」

「いいの!おいしいの食べるのは幸せでしょ!」

母さんが笑ったけど、マリはそれを笑い飛ばした。

「アヤちゃんの描いてくれた地図だと、この大通りを2ブロック行ったところに大きい本屋さんがあるらしいけど…」

「ま、時間はいっぱいあるからさ。のんびり行ってみよう」

広げた紙を見てそう言ったママに、母さんは明るく言った。

「ほら、あそこの店なんかおもしろそうだ!」

「わ、わー!きれい!あれ、何屋さん?」

「なんだろうな、あれ?マリ、ちょっと行ってみよう!」

「うん!」

「あ、ちょ、マリ!ユーリ!」

母さんもなんだか楽しくなっているようで、マリを連れてお店に走り出してしまった。

ママが二人を呼んだけど、本当に一目散、だった。

 「まったく、ユーリもマリも…」

ママが呆れた様子でため息をつく。でも、マリも母さんも楽しそうで、私も嬉しいな。

「まぁ、いいわ。PDAにメッセージだけ入れておいて、私達は本屋さんに行こう」

「うん!」

ママがそう言ってくれたので、私はママと一緒に、この見慣れない街の大通りを歩いた。

あちこちに色とりどりの看板がかかっていて、おいしそうな食べ物の匂いや、楽しい音楽か聞こえたりしている。

歩いているだけで楽しくなる。
 

745: 2013/09/14(土) 00:02:48.40 ID:xj1B6uGxo

 2ブロック歩いてた先にあった交差点の角に、ひときわ大きい建物があった。

「ん、これみたいだね」

「これ?何階が本屋さんかな?」

私が聞いたら、ママはクスッと笑って

「これ、全部が本屋さんだよ、カタリナ」

え…これ全部が、本屋さん?だ、だって、この建物、5階建てくらいはあるよ…?これ全部が、本屋さんなの…!?

「す、すごい!」

私は思わずそんなことを言って、ママに飛びついていた。ママはニコニコしながら

「さて、絵本コーナー探さないとね。迷子になっちゃだめだよ」

なんて言った。そうだね、こんなに大きいところじゃ、はぐれたら大変。私は、そう思って、ママの腕にしがみついた。

この手を離さなきゃ、大丈夫、だよね…?

 私たちは、そのまま、本屋さんに入った。

入り口のすぐそばには、色とりどりに印刷された雑誌が、これでもかっていうくらいに並べてある。

そのコーナーを抜けて、ママがエスカレーターのそばにあった、案内板を見た。

絵本コーナーは、2階、って書いてある。そのまんまエスカレーターに乗って、絵本コーナーまで行く。

そこは、もう、なんだか夢みたいな場所だった。

図書館で見た絵本もたくさんあるし、私がまだ見たことのない絵本もたくさん置いてある。

 「なにかほしいのがあったんだっけ?」

「うん!『北の海の妖精』!」

私が答えると、ママは宙を見据えて

「あぁ、あれね。なんてったっけ…えぇ、と、確か古い民話が元の、ラーズグース?ラーグズリース…?

 違うな、そんなような名前だったと思うんだけど…」

なんて言っている。
 

746: 2013/09/14(土) 00:03:19.64 ID:xj1B6uGxo

 私はママの腕を引っ張りながら、北の海の妖精を探す。絵本はすぐに見つかった。でも、1種類じゃなかった。

本棚には、おんなじ名前の本が、3種類、どれも違う絵柄で描かれた本だ。

「あった!でも、いろいろある…これは図書館にあるやつだ」

私はその中の一冊を手に取る。図書館にあるのに比べて、ピカピカでピンピンでとってもきれい。

「確か、アジアか北米のもっと北の方の地方民話だった気がしたけど…マイナーな話の割に、

 いろいろと書いてる人がいるんだね。中を見てごらん、それぞれ、ちょっとずつお話が違うはずだから」

ママがそう言って、別の一冊を取って開いてくれる。

確かに、そこに書いてある文章は、図書館にあるこの本とはちょっと違う。

「気に入ったのを選ぶと良いよ!本はいくら持ってても良いものだからね。科学者が言うんだから、間違いないよ」

「じゃ、じゃぁ、例えば…これ、3冊とも欲しいって言ったら…?」

私は、ちょっとドキドキして聞いてみた。だってこれ、おんなじ話だけどちょっとずつ違って、絵も違うし、

図書館の方の妖精はかわいい感じだけど、ママが取ってくれた本の妖精は、妖精っていうより、女神さまみたいできれい。

もう一冊はちょっとおどろおどろしい絵で描いてる。三冊あったらすごい嬉しい…

「あー、良いよ良いよ!今日はもう、10冊でも20冊でも選んじゃって!そのために来たんだから!」

「やった!ありがとう!」

ママは、母さんみたいに豪快に笑ってそう言ってくれた。

私はもう、どうしようもなく嬉しくなって、そう叫んでママに抱き着いた。ママは私の頭をなでながら

「ふふ、分かった分かった。だからほら、それよりも、もっと絵本見よう!」

「うん!」

なんだかもう、頭がおかしくなりそうなくらいに嬉しくて、私は絵本を選ぶのなんかよりも、

ママに抱き着いたままはしゃぎまわってしまった。

あとから考えたらお店の中で大きな声を出してしまって恥ずかしかったけど…でも、それでも、いいかな!
 

747: 2013/09/14(土) 00:04:06.26 ID:xj1B6uGxo

 それから、絵本を5冊も買ってもらえて、マリ達と合流した私とママは、

4人でそろって、港の近くにあったダイナーでご飯を食べた。

 マリは相変わらずの食いしん坊で、ハンバーグのランチと、食後にはパフェを頼んだ。

マリは、私は自分の分でいっぱいだよ、と言うのに

「一口!おいしいから、ほら!」

って言って、全部の料理を私に一口ずつおすそ分けしてきたりした。

マリの気持ちが分かっているから、私は、断るわけにもいかないで、結局、お腹がパンパンに膨れるくらいまで食べてしまった。

 食べ終えてからは、また街を歩いて、お洋服を選んだり、テーブルクロスを探したり、

良いにおいのするお香、なんてのも買った。

 アクシズや、戦艦の中にいた頃には、考えもつかない生活。

私は、心のどこかにあった、固く軋んだなにかが、ゆっくりと溶け出すような、そんな感じを覚えていた。

どうしてなんだろうな、と考えて、私はすぐに答えを見つけた。

 マリが笑っているからだ。

マリだけじゃなくて、母さんも、ママも、ニコニコ笑顔で、4人で一緒に、街歩きを楽しんでいる。

それだけで心の中が暖かくなって、私も自然と笑顔になる。

私たちは、まだ、家族2か月目。まだまだ、始めたばっかりで、それがどう言う物か、とか、

どうあるべきか、なんてこと、全然わからないし、考えもつかないけど、でも、ひとつだけ確かなことがある。

 今、私は、この4人でいることが、とっても幸せで、みんなが笑顔でいてくれるのが、とても嬉しい。

マリの言葉を借りれば、私達は、幸せ4つ。

一人よりも、二人よりも、4人で幸せを持ち寄って、これからもっとそれを増やしていけるんだろうな、

なんて、そんなことだけは、確かに感じられていた。


「あ!見てみて!カタリナ!おもちゃ屋さんだって!」
「あ、ホント!ねぇ、カードあるかな?こないだマルコくんが持ってたやつ!」
「ちょ、待て、二人とも!あのおもちゃ屋さんは違う!あれは大人向けのお店だ!」
「おもちゃ?大人もおもちゃが欲しいんだ?」
「カードとか、パズルの売ってたお店なら、向こうの通りにあるみたい。行ってみる?」
「行く!」
「よし、じゃぁ、そっちへは私が一緒に行ってあげるわ!」
「やった!」
「ユーリはあっちのおもちゃ屋さんを見て来ていいわよ~?好きでしょ、おもちゃ?」
「ちょ、ア、アリス!」
「あれ?ユーリ母さん、なんで赤くなってんの?」
「いっ!いいから!あんた達は、アリスとカード探しに行って来い!」

母さんが、なんだかわからないけど、ワタワタしながらそう言ってくる。

なんだか、そんな様子も、私にもどうしようもなく嬉しく感じられて、いつのまにか声を出して笑っていた。
 

764: 2013/09/21(土) 01:16:53.72 ID:2Wyk15q9o
 <ホントごめん、レナ。こんなときに居てやれないなんて…>

アヤが電話の向こうでしょんぼりしている姿が目に浮かぶ。

「大丈夫だよ、こっちにはマライアもレオナもいるし、人手は十分だから。アヤこそ、気を付けてよ」

<うん、分かった…>

そう言ってあげたのに、アヤはまだ立ち直っていないみたいだ。まったく、世話が焼ける大黒柱だこと。

 そんなことを思っていた私の手から、マライアが受話器を奪い取った。

「アヤさん!うだうだ言ってると、鉄拳制裁だよ?」

<あぁ?やれるもんなら、やってみろよ!>

「あはは、その意気その意気。こっちは大丈夫だからさ。レナさんの言うこと聞いて、アヤさんはアヤさんの安全を確保しなさい!」

<ちぇっ、あんたにまで言われるとは思わなかったよ…。分かった、今日はもう、無理はやめてホテルを取る。

 マライア、あんた、みんなを頼んだからな>

「うん、任せて!その気になったらハリケーンの一つや二つ、メガ粒子砲で吹っ飛ばしてやるんだから!」

マライアはそんなことを言って可笑しそうに笑っている。私はそんなやりとりを、懐中電灯の電池をチェックしながら聞いていた。

 アヤは、珍しく海の向こうの港まで、お客を船で送って行った。

昨日から近海に発生したハリケーンは、そのまま西にコースを取るって予報だったのに、なにがどう変わったのか、

まるで反対方向の、島の方へと進路を取ってきた。

このあたりじゃあ、ハリケーンは迷走するから、こんなことは珍しくもないんだけど、

今回ばかりは少し、タイミングが悪かった。

 アヤはここから南へ100キロほどのところにある港街で、足止めを食ったらしい。

いや、無理してでも帰ってくる、と言いだしそうな雰囲気だったので、絶対にそんなことはしないで、と口を酸っぱくして言った。

ペンションの中でハリケーンに襲われるのと、海の上で襲われるのとでどっちが危険か、なんて、アヤならわかりそうなものだけど。

本当に、私達のこととなると、見境がなくなっちゃうんだから、アヤってば。

 それは嬉しくもあるけど、ちょっぴり心配でもある。

いつだったかロッタさんが私に、アヤが突っ走りそうになったら止めてね、なんて言ったことがあったけど、

確かに、思い返せばそんなやりとりをしてきたことは多いよね。

 「んじゃ、気を付けてね!」

マライアがそう言って電話を切った。受話器を置きながら鼻息荒く

「まったく、アヤさんてば!聞き分けの悪いヤツ!」

なんて言っている。それもまた、なんだか可笑しくって笑ってしまった。

 パタンと音をさせて、ホールにレオナと、それにくっついてロビンにレベッカがやってきた。

「2階のシャッター、締め終わったよ」

「かんりょうしました!」

「いろう、ありません!」

レオナの報告に、二人がピンと気を付けをして敬礼しながら言う。これは、マライアとやっているごっこ遊びの続きだだ。

「うむ!ロビン隊員、レベッカ隊員!ご苦労であった!」

マライアも負けずにピンとなって敬礼を返す。

 「さって、じゃぁ、ペンション防衛隊は、そろそろおやつにしようか」

「わ!食べる!」

「今日はなに?シュークリーム?」

レベッカったら。シュークリームは、昨日食べたでしょ?今日は、パンケーキ!
 

765: 2013/09/21(土) 01:17:39.94 ID:2Wyk15q9o

 ロビンとレベッカはテーブルに人数分のお皿を並べてくれる。

私とレオナで手分けしてパンケーキを焼いてホールに運んだときには、マリオンも無事に帰ってきていた。

「あぁ、おかえり、マリオン。大丈夫だった?」

私が聞くとマリオンは、柄にもなく

「風が…雨も、すごくて…」

となんだか一人で慌てている。ハリケーンは初体験なんだろう。そんなに怯えなくっても、大丈夫だよ。

 私はマリオンをなだめて、買ってきてもらった予備の電池を受け取ってから、とりあえずイスに座らせた。

「ここ…大丈夫でしょうか?」

「大丈夫。こんなの、この時期は2週に一回のペースで来ちゃうこともあるんだから」

私はそう言ってあげながら、みんなのカップに紅茶を注いで、イスに着いた。

 ロビンとレベッカにレオナは、目をキラキラ輝かせてパンケーキを頬張っている。

マリオンもそれをみて少し安心してくれたのか、小さく切ったパンケーキを控え目に口に運んだ。

この子ってば、本当に大人しいなぁ。すこしアヤに分けてあげたいよ、この感じ。

 「ぬわぁ!レオナ!あたしの食べたでしょ!?」

「わ、私じゃないよ!」

「じゃぁ、誰が!?せっかく切っておいたのに!」

「そうなんだ、小さいからバレないかと思ったのに」

「レオナァ!」

…マライアにも、分けてあげたい、かな。

 そんな様子を見ていたら、不意にロビンと、それに次いでレベッカが、何かに気が付いたみたいに、顔を上げた。

私にも、なにかが触れた。誰か、来る?どうしたの、そんなに焦って…?

 ドンドンドン!

思った通り、玄関のドアが激しくノックされた。

 そのとたん、マライアがイスから飛び降りるみたいにして、臨戦態勢に入る。

アヤに、頼む、なんて言われて張り切っているのは分かるけど、すこし落ち着こうね、マライア。

 ドンドンドン、と再びノックの音。まぁ、マリオンがこの様子なら、そうなってるんじゃないかとは思っていたけど、ね。

「おい!アヤちゃん!レナちゃん!いないのか?!」

ユーリさんの怒鳴り声がする。怖がっているみたいな声が、他に3つ。アリスさんに、マリに、カタリナだ。

 「なんだ、ユーリさんか」

マライアはくたっと脱力してそうつぶやくと、

「レナさん、あたし出てくるよ」

と言ってホールから玄関へと向かって行った。

 私も、それを見て席を立つ。

「ん、レナさん、どうしたの?」

レオナが不思議そうに聞いて来た。

「パンケーキを追加で焼いてくるよ。食いしん坊が、増えるみたいだからね」

私が言ってあげたら、レオナも気が付いたみたいで、ニコッと笑顔を見せてくれた。

「それなら、私は、タオル持ってこようかな」

「うん、そうだね。お願い」

レオナもパタパタと食堂を出て行った。

766: 2013/09/21(土) 01:18:05.91 ID:2Wyk15q9o

 私がパンケーキを焼いていたら、ほどなくしてホールにユーリさん達が入ってきた。

「あれ、レナちゃんは?」

「あー、こっちです」

私はキッチンから顔を出して言う。するとユーリさんは不安いっぱいの表情で

「な、なぁ、これって避難とかしなくっていいのかよ?」

なんて聞いて来た。ほらね、思った通り。

「大丈夫。この程度なら、まだまだなんでもない方だよ。

 予報じゃ、今夜には島を直撃するみたいだから、盛り上がってくるのは、夕方くらいからかな」

「こ、これ以上激しくなるの…?」

アリスさんもアワアワとその場で右往左往している。

 私は焼き上がったパンケーキを新しいお皿に乗せてホールに運んだ。

レオナが持って来てくれたタオルを頭からかぶっているユーリさん一家四人は、まるで命からがら逃げてきたみたいだ。

まぁ、こんな風の中を移動するのは、確かに危険だけど、ね。

 「ほら、とりあえず、召し上がれ。紅茶もあるから」

私はそう言って四人に席を勧めた。

「わっ!パンケーキ!」

マリの顔が一瞬にして輝く。レオナとおんなじ、かわいい笑顔だ。

食べ物につられるマリとは対照的に、カタリナの方はいまだに焦点の定まらない瞳で、ガタガタと鳴るシャッターの方を呆然と見つめている。
 

767: 2013/09/21(土) 01:18:34.02 ID:2Wyk15q9o

 大げさだな、とは思うけど、でも、この島で初めてのハリケーンに遭遇した私も、おんなじようだったかもしれないな。

あのときは…うん、確か、アヤのシャツの裾をつまんで、ペンション中のシャッターを閉めて回るアヤについて回っていた気がする。

この嵐の中を追い返すわけには行かないし、今日はホールで屋内キャンプかな。

客室は、アヤが送って行った大口のお客さんを送り出したままになっているし、そっちへ泊まってもらうのは申し訳ないからね。

 そんなことを思っていたら、ふっと電気が消えた。カタリナが悲鳴を上げる。

「うわっ!大変だ!」

「たいへん!」

「きんきゅうじたい!」

マライアの声に、ロビンとレベッカが答える。

「よし、ペンション防衛隊、出動!倉庫からランタンの搬出作業を開始する!」

「りょうかい!マライア隊長!」

「りょうかい!しゅつどう!」

三人はそんなことを言い合ってから、わざとらしくバタバタと走るマライアを先頭にして、ホールを出て行った。

 私はとりあえず、電池を入れ替えておいた懐中電灯をともした。ユーリさんにアリスさんに、カタリナにマリ、マリオンも、不安げだ。

 そんな5人を安心させようとしたのか、私が照らしていた懐中電灯の前に、レオナがにゅっと手を伸ばしてきた。

何をするのかと思ったら、人差し指と小指を立てて、中指と薬指をまげて親指の先とくっつける形を作って自信満々に

「キツネ!」

と言い切った。

 沈黙が、ホールを包んだ。ガタガタと、シャッターの鳴る音だけが響いている。

「なんか、ごめん…」

レオナがシュンとなった。

 あぁ、もう、なにこの感じ!ごめん、マライア!ペンション防衛隊!すぐに戻ってきて!

ホールが今、得体の知れない危機に陥っているよ!

 私は、平常心を保つために、心の中でそんなことを叫んでいた。
  

772: 2013/09/24(火) 01:48:46.31 ID:J9ii/eyso

 マライアとペンション防衛隊の二人が帰ってきてから、私はマリオンと逃げ出すようにホールから飛び出していた。

いや、逃げ出したんじゃなくて、その、マリオンとリネンを取りに、ね?

 私たちはブランケットやシーツをしまってある二階の倉庫へと向かった。

マリオンはガタガタと音を立てるシャッターの音を気にして、いちいちソワソワしている。

なんていうか、その怯えた感じが、どことなくかわいかった。

「大丈夫?マリオン」

「あ、はい」

私が声を掛けると、彼女はハッとしてそう返事をした。でも、不安な感じがビンビンと伝わってくる。

倉庫でブランケットと、それから枕なんかを集めながら、私はどうにか、安心してもらえないかと考えた。

確かに、ガタガタ鳴って、風はビュウビュウ吹いてて、雨もまるで地鳴りみたいな音を立てて降っているけど…

でも、これはこれで、情緒ってやつなんだと思えば、案外悪くないと思うのは私だけなんだろうか?

アヤもハリケーンは嫌いだし…私の感覚が可笑しいのかもしれないけど…

「私はね、ハリケーン、嫌いじゃないんだ」

私はマリオンにそんなことを言っていた。

「え?」

マリオンが、静かにそう聞き返してくる。

「ハリケーンは、近海で温められた空気が急上昇して空で冷やされて大きな雲になるんだって言う話だけどさ…

 私、そう言う難しいことは分からないけど、でも、この島にいるとね、

 7月ごろから12月ごろまではこうやって時折ハリケーンが来て、大暴れして行くんだ。

 港の施設が壊されたり、漁礁が荒れたりしちゃことも多いんだけど、でも、それでも、ね。

 私たちが、地球に生きてるんだな、って証拠だって思うんだ。コロニーじゃぁ、こんな気象は起こらないでしょ?

 暖かくって、地面があって、良いところばかりじゃ、きっと退屈しちゃうと思うし、そんなことあるわけがないもんね。

 私たちは、この地球に身を寄せ合って、助け合って生きてる。良い時もあれば、悪い時もある。

 でも、すくなくともどんなときだって私たちは、この星に抱かれて生きてるんだ、ってそう感じられる要素に違いはないと思うんだ。

 だから、このハリケーンも、私にとっては、お天気の日と一緒。

 そう思ってたら、不謹慎だけど、ハリケーンも悪くないかなって、思うようになったよ」

私が言ったら、マリオンは、へぇ、とわんばかりの、キョトンとした表情になった。

774: 2013/09/24(火) 01:49:45.43 ID:J9ii/eyso

マリオンなら、分かってくれるかもしれないな、なんて、話をしてから思った。感性豊かなこの子のことだ。

もしかしたら、イメージを伝えれば、理解してもらえるかもしれない。

「マリオンはさ、絵を描いたりしないの?」

ついでにそのことも聞いてみた。

「絵、ですか?」

「うん、そう。そう言うの、好きそうだなってずっと思ってたんだ」

私が言うと、マリオンは首をかしげた。

「あんまり描いたことないです…」

「そうなんだ…今度さ、みんなで一緒に描いてみようよ!ロビンとレベッカと私で写生大会!面白そうじゃない?」

ちなみに、アヤもマライアも、絵はひどい。

なんでなんだろう、ロビンとレベッカに「ライオンさん描いて!」と言われた二人は、

ロビン達の子ども用の図鑑を見ながら、アヤはトカゲのような生き物を、マライアは…得体の知れない怪獣を描いた。

二人の絵を見たロビンとレベッカの表情は忘れられなくて、思い出すだけで吹き出しちゃいそうだ。

動物なんて図鑑を見なくたって、一種の記号みたいなものじゃない?

マルを描いて耳を付けて、Uをふたっつ並べたみたいな口を描いて黒い鼻をクリクリ描いてあげて、

くるくるタテガミを付ければライオンになるのにね。

牙がいっぱいあって今にも火を噴きそうなのとか、毛並みを再現しようとして鱗みたいになっちゃうのは、全然わからない。

「…それ、楽しそう、ですね」

マリオンはそう言って笑ってくれた。

775: 2013/09/24(火) 01:50:39.91 ID:J9ii/eyso

 私たちは、ブランケットと枕を人数分抱えてホールに戻った。

ホールには、レオナがポータブル用のコンポで、

お客さんがいるときにたまに流しているのんびりしたテンポのクラシック曲をオムニバスにしたデータディスクをかけてくれていた。

良いアイデアかもね。これなら少し和めそうだし。

 私とマリオンで、ブランケットと枕を配った。まだ寝るには早いけど、こう暗いと他にできることなんてない。

こんなときは、寝てしまうに限る。

3人掛けのソファーを向き合わせてくっつければ、寝心地はそれほど良くはないけど、ベッドの代わりになる。

ユーリさん達を優先してあげて、ソファー4脚を貸してあげた。残りは3人掛けが2脚に、二人掛けが、4脚。

ロビンとレベッカは二人一緒でも二人掛けのでベッドを1つ作ってあげれば済むから、

3人掛けの方は、マリオンかレオナに使ってもらえばいいかな。

申し訳ないけど、マライアとレオナかマリオンのどっちかは二人掛けのに座って寝てもらおう。

私はロビン達のベッドに無理やり潜り込むか、狭ければブランケットをもう1枚持って来て、床に寝る、って方法もある。

母屋に戻ればベッドもあるけど、こっちは放っておけないし、

そもそも、さすがにこんな嵐の中、母屋に移動するのは危険が伴うしね。

 私たちはそれぞれで準備をして、寝る支度を整えた。ユーリさんはマリと、アリスさんはカタリナとベッドに横になる。

これって、考えてみたら、不思議な組み合わせだよね。

カタリナはずっとユーリさんと暮らしてきていたのにアリスさんと一緒で、マリはアリスさんの血を引いているわけだし

そっちかな、と思ったらユーリさんと一緒だ。でもきっと、これって4人がちゃんと家族になってるってことだよね。

うん、なんか、いいよね。

 私もロビンとレベッカを寝かしつけるのに、二人のベッドに体を丸めて入り込んだ。

レオナが3人掛けの方に潜り込んで、マリオンはまだ眠る感じではないのか、

ライトをテーブルに置いて何かを眺めながら、お茶をズズっとすすっている。

 「レナさん、あたし、寝る前にもう一度見回りして来るね」

マライアはそう言って、ホールを出て行った。

 「マライアちゃんはお仕事?」

「うん、見回り」

ロビンが聞いて来たので、私は答えた。

「隊長はえらいね」

レベッカがそう言って、ロビンと顔を見合わせて笑う。

「ほら、二人とも寝なさい。今日はお仕事いっぱいで疲れたでしょう?

 明日も片付けお願いするかもしれないから、いっぱい休んでおいてね」

「うん」

私が言ったら、二人はそう返事をして目を閉じてくれた。

 ガタガタと言うシャッターの音に、風の音、雨音のBGMに、ゆったりと流れるクラシックが、妙に心地良い。

私は両手で二人の髪を梳きながら、一緒になって目をつむる。そう言えば、こうやって3人で過ごすのは初めてだな。

それでなくっても、夜寝るときは二人とは別のベッドだ。アヤが帰ってきたら、4人で一緒に寝てみるっていうのも悪くないかもしれないな。

 私はそんなことを考えながら、いつの間にか襲ってきていた睡魔に、意識を奪われていた。

776: 2013/09/24(火) 01:52:06.71 ID:J9ii/eyso

 ホールを出て、1階の階段の下の倉庫に潜り込んだ。その一番奥に、あたしの使わなくなった小道具グッズの箱がある。

あたしは懐中電灯を頼りにその箱を探し当てた。ふたを開けると中からは昔使ってたあれこれが出てくる。

 まずは、連邦時代にもらった、陸戦用のヘルメットだ。それから、ポンチョでしょ。

ブーツは玄関にあるから良くって、あとは…あ、あった、防水用のヘッドライト!

水気の多いジャブロー所属ならではの品だね。予備の電池を入れてみて、使えるかチェックしないと。

防水用のポーチに、携行ボックスに入った工具類を入れて…と。ええと、ピストルベルトもここに入れた気がするんだけど…

お、あった!これにポーチを通せばいいよね。ロープやなんかは要るかな?一応、準備だけはしておこうか。

あれ、これって、ここにあったんだ、サバイバルナイフ。

これはイジェクションシートの下に収まってる装備だったもので、

ジャブロー防衛戦で脱出した後にお世話になった思い出の品だ…

あぁ、あんまり思い出したくない出来事だったけど…ひどかったなぁ、あの戦闘。

まぁ、ともかくこれもケースに入れてピストルベルトに通しておこう。

 と、こんなところだよね、うん。

あたしは一通り装備をそろえて、まずはピストルベルトを付けて、ポンチョを羽織って、最後にヘルメットを装着した。

あ、ゴーグルも居るかな?飛んできたなにかで目をやられたら一大事だよね。ゴーグルも付けておこう。

…よし、準備完了!

 あたしはもう完全って言っていいくらいの装備を整えて、倉庫を出た。

ここからは、ペンション防衛隊のマライア・アトウッド曹長、ひとりの任務だ。

 ひどいハリケーンが来るたびに、アヤさんはときどき寝ないで夜な夜な見回りをしているのをあたしは知っている。

いや、レナさんももちろん知ってるんだろうけど、アヤさんが何にも言わないから、あえて聞かないようにしているのかな。

レナさんはハリケーンも風情があって良いよね、とか言って、みんなを安心させてくれてる。

いや、本当にそう思っているんだろうけど、それはそれで、大事だ。でもそれだけじゃ、安全を守れるとは言い難い。

ペンションの中は、レナさんに任せてる。

でも、ひどいハリケーンのときには、ペンションの外も誰かが守らないといけない。今日はそのひどいハリケーン、だ。

アヤさんがいない今、このペンションを守るのは、あたしの役目!マライア・アトウッド曹長、出撃しまっす!

 と、勢い込んで玄関から出ようとしたら、ホールから出てきたマリオンと鉢合わせになった。

マリオンはあたしの恰好を見てびっくりもせずに、小さな声で言った。

「お手伝い、します」


そうして、あたしとマリオンの不眠不休の一夜が始まることになるなんて、

このときは自分のかっこうが恥ずかしくてこれっぽっちも思ってなんかいなかった。
  

781: 2013/09/29(日) 18:22:45.07 ID:Whh22nJ9o

 あたしとマリオンは揃って表に出た。

マリオンにはティターンズ時代のヘルメットにゴーグルに、それからカッパの下にボディアーマーも装備させた。

なんかあったら、たいへんだもんね、守りは固めておかないと。

 外はもう、文句のつけようのないくらいの、お手本みたいな暴風雨。

立っていられないくらいの風と、それに煽られて叩きつけるように雨が横殴りでバチバチと顔に当たってくる。

おまけに夜だし、停電であたりは真っ暗。これはもう、ひどすぎてテンションあがってくるやつだ。

もう、笑うしかないよね。って、あたしはこんなで平気だけど、マリオンは大丈夫かな?

あたしは後ろに従えていたマリオンを振り返った。彼女は、いつもは無表情のその顔に、笑みを浮かべていた。

「なにこれ…すごい…」

人間って、やっぱり、ある程度いろんな感覚を越えちゃうと笑うしかないのかもしれないね。

「マリオーン、飛ばされないでね!」

風の音に負けないように、マリオンにそう怒鳴ると、マリオンは笑顔で

「大丈夫!」

と返事を返してきた。マリオン、いつもぼそぼそ喋ってるけど、大きい声、ちゃんと出るんじゃんか。

そんなことを思ったら、それもなんだか無性に可笑しくて笑ってしまった。

 「離れないで、着いてきて!」

あたしは口元をゆるませたまま、ペンションの周囲を壁伝いに進むことにした。一周して何もなければいいんだけど…

玄関を出て右回りで母屋の方に向かって歩いていたあたし達は、すぐさま、笑顔なんて忘れてしまった。

 敷地内に、どこのかわからない車がお腹を見せて転がっていたからだ。風で煽られて転がってきたんだ…

このまま放置してたら、また風の勢いで転がって、ペンションの壁か、母屋にドシーン、なんてことになりかねない。

これは、マズイね…。

 あたしは、装備を確認する。ロープを出しておいてよかった。これで転がらないようにどこかに固定しよう。

道路端にあるガードレールが良いかな。あれなら、根元が深くまで埋め込んであるはずだし、風くらいじゃびくともしないよね!

 「マリオン、車を固定するよ!」

「はい!」

あたし達はそう確認し合って、風にあおられないように、慎重に車へと近づく。

ほんの10メートルもない距離だけど、とにかく風も雨もすごいし、よそ見でもしていて何かが飛んでくるとも限らない。

車が転がっちゃうくらいだ。これはどんなものが飛んでくるか、分かったもんじゃないよね。

それを想像したらちょっと怖くなったけど、とにかく、この車は何とかしないと!

 あたしとマリオンは、這いつくばるようにして車までたどり着いた。

マリオンと協力してロープを車輪に括りつけようとしていたら、マリオンは急に、怪訝な顔をした。

 「マライアさん!」

「なに、マリオン?!」

風で声が良く聞き取れない。

「変な臭いがする!」

マリオンの声をなんとか聞き取って、意味を考える。変な臭い…?なんだろう…?あ、ホントだ…あれ、こ、この臭い…!?

あ、え、ちょっと待って…この車って…!

「ガ、ガソリン車だ!」

 
 

782: 2013/09/29(日) 18:23:43.33 ID:Whh22nJ9o

 あたしは、裏返った車の腹側を見て気が付いた。これ、ガソリンエンジンを積んでる!エレカじゃない!

これはヤバイよ!これ、この臭いって、ガソリン漏れてるってことでしょ?!

こんなところで引火でもしたら、爆発してペンションにも母屋にも火の手が及んじゃう!

「燃料が漏れてる!」

あたしはマリオンに叫んだ。マリオンはぎょっとした表情をあたしに見せてくる。

「どうしよう!?」

「動かすしかないよ!」

こんなところで爆発されたんじゃ、たまんない。とにかく、場所を移さないと…せめてもっと道路の方に。

できたらそこで、燃料を抜き取っておきたいけど…でも、二人だけでどうやってこのひっくり返った車を運ぶの!?

考えて、マライア!これはペンションの危機だよ!あんたがやるしかないんだ、考えろ!

 あたしは自分にそう言い聞かせて思考を走らせる。でも、どうやったって、人の手では無理だ。

だとするなら、何か機械の手を借りるほかはないけど…車、か。

ガレージのワゴンの方ならパワーもあるし、なんとかなるかもしれない。

 「マリオン!車持ってこれる!?ワゴンの方!」

「大丈夫だと思うけど…!ガレージ、開けて大丈夫かな?!」

マリオンの言うことはもっともだ。

風向きを考えないと、ガレージに風が吹き込みでもしたら、めくり上がってしまうかもしれない。

それはそれで、大問題だ。あぁ、もう!ゼータでもあれば車の1台や2台、ヒョイッと持ち上げて終わりなのに!

「とりあえず、車を固定しよう!一緒にガレージに行って、ワゴン出さないと!」

「分かった!」

あたしはマリオンとそう言い合って、ロープで車のシャフトとガードレールを固定した。

それからまた這いずるみたいにして、なんとかガレージへとたどり着く。もう、この往復だけでものすごい消耗だ。

これが自然と戦うってことなんだね…ジャブローの気候が暑いだなんだって言ってた自分がかわいく思えるよ…。

 ガレージのシャッターの前に立って、風向きを見る。東風、時々南風だ。

南風に吹かれたら、ちょっとヤバそうだよね…タイミングが難しいな…。

 「マライアさん!あたしが車を動かすから、マライアさんはシャッターをお願い!」

「でも、タイミング合せるの、かなりシビアだよ?!」

「大丈夫、ほら、ここで!」

マリオンはそう言いながら、人差し指でこめかみをちょんちょんとつついた。あ、そうか!マリオン、頭良いね!

あたしはうなずいて、マリオンをガレージの中に押し込んだ。

自分は、外で、風向きを観察しながらシャッター解放のボタンの前に立つ。シャッターが開くのには5秒くらいかかる。

開けて、マリオンがすぐに出れば、閉じるのには3秒で済む。最短で8秒。勝負だ…!

 風が弱まったのを感じた。いまだ!あたしは、マリオンの肌触りを感じて、神経を集中させながらボタンを押した。

ガコン、という鈍い音とともに、シャッターがするすると昇って行く。

上に上がり切る前に、マリオンがワゴンに乗って飛び出してきた。あたしはそれを確認して、すぐさま閉鎖のボタンを押す。

上がり切る前のシャッターがまた、するすると降りてきてガシャンとしまった。良かった、なんとかなった!

 

783: 2013/09/29(日) 18:24:22.42 ID:Whh22nJ9o

 あたしは、マリオンの運転するワゴンを誘導して、転がっていた車の方へと向かう。

途中、何度か、ワゴンが風にあおられてひやっとする瞬間があった。それ、考えてなかった。


 こんな小さな車がころがるくらいだ。ワゴンなんて背の高い、表面積の広い車はそれだけ風を受けやすい。

長引かせていたら、今度はうちのワゴンがマリオンごと転がって行ってしまうかもしれない。

そんなことになったら、あたし、アヤさんに顔向けできないよ!急がないと!

 あたしはガードレールに結んでいたロープをほどいて、ワゴンの前に取り付けたウィンチに結び付けた。

マリオンに合図をして、ゆっくりとワゴンを交代させてもらう。

ミシミシと車体が軋んで車はドン、と低い音を立てて元の位置に戻った。あとは、移動させるだけ…!

あたしはさらにロープを車の下の牽引用フックに結び付けた。

「マリオン、引っ張って!」

あたしはマリオンにそう怒鳴って、手を大きく振った。

フロントガラスの中のマリオンがオッケーサインを作って、ゆっくりとワゴンを動かしていく。

ロープがピンと張って、ミリミリ言いながらも、転がってきていた車がゆっくりと動き出す。

あたしは車のそばについて、ロープの具合や、進行方向を調整しながら、

なんとかマリオンと一緒になって、車を道路に運び出すことに成功した。

 ウィンチに縛り付けたロープをほどいて、車を改めてガードレールに固定する。これなら、大丈夫、かな。

あとは、雨でガソリンがきれいに流れてくれると良いんだけど…。

 「マライアさん、どう!?」

「うん、これで大丈夫!ワゴンをガレージに戻そう!」

そのままワゴンに乗って、ガレージに戻って、出した時と同じように風向きに気を付けながらテキパキとワゴンを中に戻した。

 もう、とんだ騒ぎだよ…さて、見回りの続き、はじめないとな。そう思って、あたしはマリオンを見やった。

大丈夫かな、相当な肉体労働になってきてるけど…

「マリオン、まだ見回り続けるけど、大丈夫?」

「ええ、問題なしです」

あたしが聞いたら、マリオンはかすかな笑顔を浮かべて、そう返事をしてきた。

感触もまだ、やわらかだし、大丈夫そうだ。

「それなら行こう。気を付けてね」

「はい!」

あたし達はまた、壁に沿って、ペンションの周りの状況を確かめに戻る。

さっき、車が転がっていた辺りは、もう何もない。

そのまま壁沿いに車を退避させた道路側へと歩いて角を曲がったとき、何か聞きなれない音が聞こえてきた。

 ガランッ、ガンッ、ゴンッ

 なにか、金属みたいなものがぶつかるような音だけど…

あたしは風で持って行かれそうな体を壁で支えながら音のする方を懐中電灯で照らす。
 

784: 2013/09/29(日) 18:24:55.30 ID:Whh22nJ9o

 その瞬間、照らされた暗がりに動く何かが見えた。こっちへ来る、すごい勢いで…あれって…ガスボンベ?!

見えたのは、生活用のガスを入れて家の外に置いておくための1メートルくらいある円柱状のガスボンベだった。

それが、ガランゴロンと音をさせながら踊るみたいにして、まっすぐにあたし達の方に向かってくる、それもすごい勢いで…!

あぁ、これヤバイっ!!!!

 あたしはとっさに、マリオンの体を掴まえて地面に引き倒した。

あたし達の頭の上スレスレをボンベがすっ飛んで行く。幸い、直撃は避けられた。

 ふぅ、と息を吐いたのもつかの間、後方で、ベゴンッと言う鈍い音がするのが聞こえた。

今度は、なによ!?

振り返ったてライトで照らしたらそこには、恐ろしい光景が広がっていた。

今のボンベが、さっき退避させた車のフロントガラスに突っ込んでいたのだ。

 ちょ、え、なんでよ!?どうしてそんな、爆発物に爆発物突っ込むようなことになってんの!?

あそこなら万が一車に火がついても大丈夫だと思ったのに!

あれでもし火が付いたら、この風だし、燃焼したガスが一気に拡散してたちまに気化爆弾だよ!?

 「マライアさん、あれ、危険ですよね…」

「ものすごい危険だね」

マリオンが恐る恐る言うので、あたしもそうとだけ返した。

それから二人して顔を見合わせてうなずきあってから、何とか起き上がって這って車へ向かう。

火が付いていなければ、ガスを漏らしても大きな問題にはならない。

今のうちに、あのボンベのバルブを解放して中身をカラにしておけば、車が燃えても被害はない筈だ。

 車にたどりついたあたし達は、割れたフロントガラスを工具で叩き壊して車の中からボンベを引っ張り出す。

30キロそこそこだから、二人でやればそうたいした重さではないんだけど、この風と雨の中でそれをするとなると一苦労だ。

それでもなんとかバルブ部分だけ外に出せたので、それをひねってガスを放出させる。

これだけの量だから、3分はかかりそうだな…最後に、もう一度ここにチェックしに来ればいいか。

 「マリオン!ペンションの方に!」

「はい!」

そう言ってあたしはマリオンの手を引いてペンションの方に向かおうとしたら、

またガランガランという音が聞こえてきて、目の前に何かがふっと現れた。

と、思ったら鈍い衝撃があたしを襲って視界がふさがた。

「んがっ!?」

そんな情けない声を漏らしてしまったあたしは思わず後ろに倒れ込んでしりもちをついた。

「マライアさん!大丈夫!?」

マリオンがあたしを助け起こしてくれた。

「もう!」

あたし目がけて転がってきたのは金属のバケツで、身をかがめていたあたしの頭にすっぽりとはまってしまったのだった。

 腹立つ!誰よ、ハリケーンが来るっていうのにバケツなんて置きっぱなしにしたやつ!危ないでしょうが!

あたしはいきり立ってバケツを脱ぐと車の中にポイッと放り投げておいた。

 そんなあたしを見て、マリオンはクスっと笑顔を見せてくれた。もう、笑い事じゃないんだってば!
 

785: 2013/09/29(日) 18:25:21.33 ID:Whh22nJ9o

 気を取り直して、ペンションの周りのチェックに戻る。他の箇所は幸い、トラブルはなさそうだ。

車のところに戻って、ボンベの中身が全部抜けているのも確認した。

ひとまずは大丈夫だろうけど…油断はできない。

とりあえず、中に戻って一息ついて、シャッターの具合いとかをチェックしないと。

 マリオンとそう話をして、ペンションの玄関の方に戻ったら、庭先を何かが転がっていた。

黄色っぽいもので、ゴロゴロとなんだか質量はけっこうありそうななにか、だ。

「うおぉぉぉ!?」

その黄色いなにかは、叫んだ。

次の瞬間、手足が生えてきたと思ったら、庭の芝生に両手両足でへばりつくみたいにしてしがみつく。

 あれ、人?

「ちょ、ちょっと!なにやってるんですか、こんなところで!?」

「だ、大丈夫ですか?!」

あたしとマリオンでその黄色い人に近づいて行く。黄色いのは来ていたカッパみたいだ。

あたし達の声に気が付いたのか、その黄色いカッパの人は顔を上げた。

「マ、マルコくん!?」

「マライア姉ちゃん!」

あたし達はほぼ同時に、そう声を上げていた。

「どうしたのマルコくん!?散歩ってわけじゃないよね!?」

あたしは訳が分からずにそう聞いた。そしたら、マルコくんは、必氏の形相であたしに訴えてきた。

「園庭の木が倒れてきて、寮舎をかすめて大騒ぎなんだよ!アヤ姉ちゃん呼びに来た!」

「施設が!?」
 

790: 2013/10/01(火) 00:03:12.30 ID:ObsLsi9Ro

 マルコくんの話を聞いて、あたしはマリオンと一緒にすぐさまワゴンで施設へと向かった。

車で門から園庭に入ったら、そこにはびっくりするような光景があった。

 高さ、6,7メートルはあるんじゃないかっていうくらいの木が、根元のあたりからバッキシと折れていて、

折れた幹が3階建ての寮舎を直撃していた。

寮舎は鉄筋コンクリート製で丈夫なはずなのに、まるで建物を壊す鉄球に殴られたみたいに3階部分が割れて幹がそこにめり込んでいた。

マルコくん、かすめた、って言ってたよね?これ、かすめてる、ってレベルじゃないよ?直撃してるよ?

 あたしは、ワゴンを折れて切り株のようになっていた地面に残ったほうの木の幹に

ワゴンのウィンチのワイヤーを巻きつけて固定してから、マリオンとマルコくんと一緒に、寮舎の中へ駆け込んだ。

 「あぁ、マライアちゃん!」

入り口からロビーに入ったら、ロッタさんがあたし達に気が付いて呼びかけてきた。

「ロッタさん、ケガ人とかは出てない?!」

あたしはまずそれを聞いた。もし、木の倒れたところに誰かいたとしたら、大ケガになってもおかしくない状況だったからだ。

「部屋に居た子が、すこし擦りむいただけよ」

ロッタさんはロビーの隅をチラっと見て言った。そこには、各部屋から避難してきたのだろう子ども達が身を寄せ合っている。

その中に、額に大きな絆創膏を貼ったサブリナちゃんが居た。あぁ、顔をケガしちゃったんだね…女の子なのに…

 そう思って、あたしはサブリナちゃんのそばへ近づいた。サブリナちゃんは、まだすこし興奮状態で、あたしを見つけるやいなや

「マライア姉さん!あのね、木がドカーンって!」

と掴み掛ってきそうな勢いでそう言ってきた。あたしはサブリナちゃんの肩を抱いてもう一度座らせてから

「怖かったね…ケガは、ハリケーンが行ったら、ユーリさんに診てもらえるように言っておくから、安心して。

 キズとか残らないように、ちゃんとお願いしておくから」

と言ってあげた。でもサブリナちゃんはポケっとした顔をして

「キズなんて残っても平気だよ?それよりも、穴が開いたままだと、水漏れして下の階の子の部屋までダメになっちゃう!」

なんて言ってくる。参ったな、さすがアヤさんを見て育ってる子は考えることが違うね。

あたしは思わず笑ってしまったけど、でも、サブリナちゃんの言っていることはもっともだ。

これ以上の被害を抑えるためにも、雨水の侵入は防がないといけない…。

 「ロッタさん、現場見させてもらえますか?」

あたしは表情を引き締めてお願いする。ロッタさんは、コクンと頷いてあたし達を3階のサブリナちゃんの部屋まで案内してくれた。

 サブリナちゃんの部屋はもう、ひどい状況だった。壁が崩れて、あちこち瓦礫だらけ。

寄りかかっている木の幹と壁の隙間から大量の雨水が漏れ出ていて、敷いてあったカーペットをぐっしょりと濡らしている。

男性の寮母さんが一人、なんとか雨水を食い止めようと、隙間にタオルなんかをつっこんでいるけど、

正直、あんまり役に立っている感じはしない。

 こんな大きな木の除去は、さすがにこの嵐の中で、しかも素人が重機もなしに取り掛かるには無理がある。

そっちは明日専門の業者にでも頼むとして…問題は応急処置だ。

このままじゃ、本当に吹き込んでいる大量の雨が下へ下へと伝わって行っちゃう。

なんとか、雨水の侵入は食い止めないといけないけど…方法って言ったら、一つくらいしか、浮かばない。
 

791: 2013/10/01(火) 00:03:46.76 ID:ObsLsi9Ro

 あたしは決心を決めて、マリオンを振り返った。マリオンはあたしが言うよりも早く、

「マライアさん、それはいくらなんでも危険じゃ…」

とあたしを制止しにかかってくる。

でも、そんなこと言ってる場合じゃない!チビちゃん達の暮らしを脅かすわけにはいかないもんね!

「安全帯を付けるよ。マリオンはここで、安全帯の確保と指示をお願い。あたしはシート持って、屋上に上がる!」

あたしの言葉を聞いて、マリオンはなんにも言わなかった。黙って、うなずいてくれた。

 あたしはポンチョを脱いで、持って来ていたロープを体に括り付けた。

男性の寮母さんに用意してもらったビニールシートを小脇に抱え、

工具の入っていた腰のポーチに、ハンマーとアンカーボルトを詰め込む。

どうせ壊れてるんだ、コンクリートに直にアンカーボルトを打ち込んで、シートを固定してやる。

固定したうえで中から防水対策を施せば、少なくとも今のような浸水にはならないはずだ。

 あたしは、木の幹と崩れた壁の隙間に体をねじ込んで表に出た。屋上は、地上以上に風が強い。

もう、立っていることなんて不可能だ。

 あたしは、ひとまず、屋上の床に伏せたまま、畳んであったビニールシートの端っこを引っ張り出して

その上からアンカーボルトをハンマーで打ち込む。

このビニールシートだけは放しちゃいけない。

いったん広がってしまったら風にあおられるどころか、せっかくボルトを打ったところが、裂けて飛んでっちゃうだろう。

 カーン、カーンと金属音が響く。ハンマーを握る手が雨でぬれて滑るから、余計に慎重にならざるを得ない。

そうして、なんとか一本目を打ち込めた。次は、反対側に打たないと…

あたしは今打ち込んだ場所から2メートルほど匍匐姿勢で移動する。

途中でロープが張ってしまったので、マリオンに怒鳴って、送り出してもらう。

 二本目のボルトを打ち込んだ。ここからはもっと慎重に…シートを少しずつ広げながら作業をしなきゃいけないから、ね。

気を付けてよ、マライア。集中、集中だよ…!

 最新の注意を払いながら、3本、4本とボルトを打ち込んでいく。

どれくらいの時間が掛かったか、とりあえず、大きな開口部はおおよそ覆うことが出来た。

ふぅ、これで、浸水の心配はなくなったかな。

 「マリオーン!作業終わったから、戻るね!」

あたしは、マリオンにそう報告した。けど、マリオンから、とんでもない言葉が返ってきた。

「マライアさん!ここ全部ふさいじゃって、どうやって戻ってくるつもりなの!?」
 

792: 2013/10/01(火) 00:04:30.24 ID:ObsLsi9Ro


え…?


えぇぇ?!



あぁぁぁ!しまった!


マリオンのその言葉で、あたしはとんでもないことに気が付いた。

穴をふさぐことに必氏で、自分が戻ること全然考えてなかった!どどどどどうしよう!?

撤退を考慮しない作戦計画なんか立てたら隊長に怒られる…!違う、そうじゃない!

いや、確かにマヌケだけどね?!怒られるとかそう言うことじゃなくて、どうやって中に戻るか、ってこと!

残念なことに、ボルトはもう完璧に打ち込んじゃったから、多分、そう簡単には抜けないし…

シートを破ったら、張った意味なくなっちゃうもんね…ほ、他に、中へ入る方法…

あたしは、頭を高速で走らせる。っていうか、マリオン、それって途中でうすうす気が付いてたんじゃないの!?

いや、気が付かなかったあたしが言うのもなんだけどさ、気が付いてたんなら、言ってよね!?

そんな理不尽な怒り方をしていたら、ふと、あたしの視界に、園庭に伸びる木の幹が入ってきた。

…このロープ、30メートルはあった、よ、ね…

てことは、マリオン達に中で支えてもらいながら、この木の幹を伝って…

あたしはそう思って、上から木の幹の先の園庭を覗いた。





いや、無理。これは、無理、高い!

戦闘機やモビルスーツに乗って、もっと高いところ飛んでたあたしが言うのもなんだけど、これは怖いよ!

しかも、こんな強い風と雨だもん、確実に手を滑らせて墜落氏だよね…

ダメだ、この案は使えない。何か、別の方法を考えないと…そう思っていたら、マリオンの声が聞こえた。

「マライアさん!そのまま隣の部屋の窓の上までいけませんか?!中から私が受け止めます!」

と、隣の部屋の窓?!あぁ、サブリナちゃんの部屋の隣、ってことだね…

そっか、アンカーボルト打ち込んで、そこにロープひっかけて、リペリングの要領で降りれば…

いやでも、手を滑らせたらアウトだよね?リ、リペリングはダメだ。

ロープはガッチリとボルトに固定しておいて、あとは本当に窓の前にぶら下がるだけの方が、いくらか安全、かな…

あとはマリオン次第だけど…だ、大丈夫かな…

「マリオン!それ、できそうなの!?」

「うん、窓の上の庇にだけ気を付ければ、大丈夫だと思う!」

ま、窓の上には庇があるんだね?それなら、そこを足場にできるね…それなら、なんとかなるかもしれない…

「分かった、やってみる!もう少しロープ送って!」

「はい!」

マリオンの提案を受けて、あたしは隣の部屋の窓があるだろう位置まで移動した。

こっちは、倒木の影響を受けていないからちょっと申し訳ないけど、背に腹は代えられないし、怖いし、仕方ないけど、アンカーボルト打たせてもらうからね…

あたしは、窓のすぐ上の屋上にアンカーボルトを打ち込んだ。そこに、ロープをひっかけて、力いっぱい結びつける。
  

793: 2013/10/01(火) 00:05:06.49 ID:ObsLsi9Ro

こ、これで大丈夫なはず…あとは、マリオンの方の準備ができてれば…。

「マリオン、居る!?」

「はい、準備できてます!いつでもどうぞ!」

 よ、よし…!マライア・アトウッド曹長、しゅ、出撃…!

 あたしはマリオンの返事を聞いて、意を決して屋上から下へロープの弛みに気を付けながらぶら下がった。

まずは、庇まで。屋上から垂らした脚が風にあおられて自分の意思とは関係なしにブラブラと揺れる。

くぅっ…どこ、庇ってどこよ!?あたしはまだ屋上に乗っている上半身を支えながら、つま先で庇を探す。

ガツっと、つま先が何かに当たった。そっとそのまま足を付けて行く。

屋上から1メートルほどのところに、庇はあった。コンクリート製で、しっかりしている。両足をつけて、庇の上に降り立った。

 でも、問題はここからだ。窓は庇の下。庇は、50センチほど壁から出っ張っている。

正面から降りたんじゃ、窓までの50センチは距離がある。

決して大きな距離じゃないけど、この風に全身を吹かれながらぶら下がるなんて、振り子も同然。

いやいやいや、それはさすがに怖すぎるよね…。

 そこであたしは庇の脇から降りることにした。これなら、外壁にへばりついていられる。宙ぶらりんになるよりは、マシ!

「マリオン!右側から降りるよ!」

「はい!」

マリオンにそう伝えてから、あたしは庇の右へと脚を下ろす。この下には何もない。

あとは、ロープだけが頼りだ…でも、このロープ大丈夫だよね…?切れたりとか、結び目ほどけたりとか…しない…よ、ね?

そんなことを想像してしまったら、脚は降ろせたけど、上半身も下ろしてロープに身を委ねることなんてできなかった。

「マ、マリオン!あたしの脚、捕まえられない!?」

「もうちょっと!あと、30センチ降りてきて!」

マリオンの声が聞こえる。あ、あと30センチって…いくら脚を伸ばしても、それは届かない、よ、ね…

あぁ、怖いよう…!

 あたしはそれでも胸の内の恐怖心を押さえつけて上半身をグッとズラす。

庇の角をしっかり持って、ロープではなく、懸垂の要領で体重を手で支えながら、ゆっくりと降りて行く。

「あとちょっと!もう少し…!」

下からマリオンの声が聞こえる。腕がプルプルと震えた。

でも、それでも、もうあとには引けない…降りなきゃ…さもないと、宙ぶらりんか、墜落だ。

 あたしはさらに腕を伸ばしていく。次の瞬間、何かがあたしの脚に触れて、捕まえてくれた。

「捕まえた!マライアさん、もう少し降りてくれば、窓枠に足を掛けられる!がんばって!」

マリオンがそう指示してくれる。もうちょっと…うぐっ…腕がきついよ…!

下でマリオンがあたしの脚をつかんでいるせいで、体に変な方向へよじれる力が加わっていて、腕への負荷が増している…

でも、つかんでもらわないと、どこに着地していいかわかんないし…でもこの体勢、きっつい!

「もうちょっと!あと、5センチ!」

マリオンの声が聞こえる。あたしは思い切って、クッと腕の力を抜いた。

マリオンが捕まえてくれていた足の裏が、固い物を探り当てる。あった、これが、窓枠!

 

794: 2013/10/01(火) 00:05:56.70 ID:ObsLsi9Ro

 あたしはその感触を頼りに、腕をまっすぐに伸びるまで力を抜いた。庇の下の窓が見えた。

一辺が1メートルもない小さな窓だけど…それでも…!あたしは、もう一方の脚も窓枠にひっかける。問題はここから。

ロープに体重を預けないと、窓にはたどり着けない。あたしは恐る恐る、庇にかけていた手を離した。

 巻きつけたロープが、体にめり込む。で、でも、意外にしっかりしてる

…こ、これなら大丈夫…だ、だいじょ…だ…だ…ダメだ、これ!

窓枠へ体を引き要せようとしたあたしは、ロープがピンピンに張っていることに気が付いてしまった。

屋上のアンカーボルトからここまで、と思って伸ばしていたロープが、ほんのちょっと短かったんだ!

 あたしは、窓枠に足を引っかけて、体重はロープにかけたまま、斜めの状態で身動きが取れなくなってしまった。

どどどどどどどどどど、どうしよう!?このまま、ハリケーンが過ぎるまで宙ぶらりん!?

イヤだよ、そんなの!どんな罰ゲームでもそんなことさせられたことないよ!

アヤさんやカレンさんにもやられたことのないようなことを、進んでやるような勇気ないよ!

 「マライアさん!こっちのロープ使って!」

マリオンが怒鳴って、別のロープをあたしに投げてきた。

なんとかそれを掴まえたあたしは、自分でも寒気がするくらいのアイデアを思いついてしまっていた。

 ま、まず、このロープを体に巻くでしょ…で、それで…マリオンにグッと中へ引っ張ってもらいながら…

あたしは今巻き付いている方のロープを、ナイフで切る…

そうしたら、体は窓枠についている足を支点にして窓の中へ引っ張られる。

も、もちろん、窓の中への力だけじゃなくて、重力もかかるから、その、万が一失敗したら、

マリオンが支え切れなくなれば、墜落…で、でも、だだだだだだだ大丈夫!

こ、この庇を手で突っ張れば、ちょっとの間なら維持できる…や、やろう…!

「マリオン!このロープの終わり、どこかに結び付けてある!?」

「建物の柱に結んであるから、大丈夫!」

よ、よし…そ、それなら…!あたしは、マリオンのくれたロープを体に巻いて、しっかりと結んだ。

それから、深呼吸をしてベルトに通したケースからナイフを抜く。

うぅ、考えてみればこのナイフ、イジェクションシートのナイフなんだよね…

戦闘機は撃たれて…つ、“墜落”したんだった…な、なんか、縁起悪くない?大丈夫かな?大丈夫だよね、ね?
 

795: 2013/10/01(火) 00:07:32.61 ID:ObsLsi9Ro

 あたしはもう、半分パニックになりながら、それでもマリオンに怒鳴った。

「マリオン!ロープを引っ張って!力いっぱい!」

「は、はい!」

マリオンの声が聞こえて、体がグイグイと引っ張られる。やれ、やるしかない、マライア曹長!

やれる、あんたならやれる!うぅ、こわっ…い、行くよ!

 あたしは窓枠においた足と片方の手で庇を突っ張って体を支えながら、

自分の体とロープの間にナイフをねじ込んで力いっぱいひねった。

 ブツっ、と、瞬間的に体に掛かっていたテンションが抜ける。それと同時にあたしの体は窓枠の中に吸い込まれた。
部屋の中に飛び込んだあたしは、そのままロープをひぱってくれていたマリオンの腕の中に飛び込んで、

いや、大激突して、マリオンを下敷きに盛大に床にぶっ倒れてしまった。

 うぅ、痛い…で、でも、助かった…あぁぁぁぁ、こ、怖かった…戦闘よりも怖かったかもしんない…

胸に安心感が湧いてくるのと同時に、全身から力が抜けて行くのが分かった。

あたしはその脱力感に身を任せて、ぐったりと横たわる…マリオンの上で。

「良かった、うまくいって」
 
マリオンの声が聞こえてきた。あぁ、うん、ごめん、マリオンすぐに降りるから待ってね。

あたしは体を起こそうとして、体にマリオンの腕が絡みついているのに気が付いた。

マリオンを見やったら、バチっと彼女と目があった。

 もう、頭がおかしくなっちゃってたのかもしれないな。

目があった瞬間には、どちらからともなく、笑い声が漏れて、お互いにつられるみたいにして大笑いしながら抱き合っていた。

「だー!マリオン!怖かった!すっっっっごい怖かったよぉぉ!」

あたしはお腹がよじれるくらいに爆笑しながら、そんなことを大声で叫んでいた。
 
 

796: 2013/10/01(火) 00:08:25.94 ID:ObsLsi9Ro

 それから少し休憩をさせてもらってから、あたし達は施設の建物を出た。

「すこし、収まってきましたね」

マリオンが空を見上げて言うので、あたしもつられて、空を仰いだ。

 風も雨も、さっきまでと比べたらほとんど収まったも同然だ。夜空には雲が切れて、微かに星の瞬きさえ見えている。

「目に入ったのかな」

昼間の予報通りの進路と速度で通過しているんだったら、そろそろ中心が通過してもおかしくはないタイミングだもんね。

「目?」

マリオンが聞いてくる。そっか、知らないんだね。

「うん、そう。ハリケーンって言うのは、大きな雨雲の渦巻きなんだよ。

 目って言うのはその中心で、そこには雲もなくて、ぽっかり穴が開いてるんだ。

 衛星写真に写ってるから、帰ったら見せてあげるよ」

あたしが説明したらマリオンはふうんって表情で、コクコクとうなずいてくれた。そりゃぁ、不思議だろうね。

「今のうちに早くもどっておかないと。すぐに目を抜けて、また暴風域に入っちゃうからね」

「…そっか、今度は、後ろ側が来るっていうことですね」

「うん、そうそう、正解!」

あたしがそう言ってあげたら、マリオンはまた、少しうれしそうに笑った。

いつも無表情だよなって思ってたけど、こうして一緒にいると、マリオンもいろんな顔をするよね。

さっきみたいに大笑いするなんて、思ってもみなかったよ。

 あたしはマリオンと一緒にワゴンに乗って、ペンションに戻った。

ガレージにワゴンを戻して、マリオンとあたりを見て回る。道路側や母屋の方にも特に大きな変化はなさそうだ。

施設に出るとき心配したけど、何事もなくって良かった。

と、思いながら部屋のほうに回ったあたし達は、二人してあっと声を上げてしまった。

 庭には、アヤさんが作った露天風呂が会って、竹で出来た柵というか壁があった…はず、だったんだけど…。

ライトで照らしたその先に、そんなものはなくって、雨水がいっぱいに溜まって池みたいになっている岩風呂がむき出しでたたずんでいた。

確か、ごみや雨を防ぐのにフタもあったはずなのに…全部飛んでっちゃったんだ…。

 油断したなぁ、車を運んだあとに見回った段階ではまだあったのに…

施設に行っているあいだに飛ばされちゃったんだ…そこいらを見渡しても、竹の一本も落ちてなんかない。

あぁ、どうしよう、アヤさんに謝んなきゃなぁ…

 そう思ったら、急に落ち込んできた。でも、そんなあたしの肩をマリオンがポンポンと叩いてくれて

「仕方ないですよ。ペンションと母屋が無事だったんですから、柵くらいは許してもらえますよ」

と慰めてくれた。マリオン…優しいね…
 

797: 2013/10/01(火) 00:08:51.31 ID:ObsLsi9Ro

 あたしは、うなずいて、ひとまずペンションの中に戻った。

玄関を入って、ポンチョとヘルメットを脱いで、とりあえず一段低くなっている土落としのスペースにハンガーを使って引っ掛けておく。

マリオンもあたしと同じようにカッパとヘルメットを脱いで、それから中に着ていたボディアーマーも脱いだ。

あたしも腰につけていたピストルベルトを外して装備も床においておく。

 雨具を着てたのに、あたしもマリオンもびしょぬれで、ひどい姿だ。

そんなお互いを見て、なんだかまた少しおかしくって顔を見合わせて笑ってしまう。

「マリオン、先にシャワー浴びておいでよ。暖まっておかないと風引いちゃう。

 目が通り過ぎたら、もうひと働きしなきゃいけないかもしれないからね」

「はい、じゃぁ、そうします」

マリオンとそう言いながらペンションの中にあがる。

あたしはとりあえず、ハリケーンが来る前に持ってきておいた部屋着に着替えて、マリオンはその間にシャワーへと向かった。

 そういえば、お腹空いたな…なにか、食べるものあったっけ…

あたしはそう思って、眠ってしまっているだろうみんなを起こさないように、ホールからじゃなく、廊下のほうからキッチンへもぐりこんだ。

保温ポットの中にはまだお湯が残っている。

電気が切れちゃってて、すこしぬるくはなっていたけど、まぁ、ココアを溶かすくらいは出来そうな温度だ。

それから、夕食のときに残った食パンがあったから、そこにチーズとハムを乗せて、オーブンで焼いておく。

疲れたときは炭水化物と甘いもの、これは基本だよね!

 二人分のココアのカップに、二人分の焼いたハムとチーズのトーストをトレイに乗せてホールにこっそり戻って、

そっとテーブルに腰掛けた。起こしてないかな、と心配していたら、レナさんがムクっと起き上がった。

あ、起こしちゃったかな…

「…ん、マライア、今、何時…?」

「ごめんね、起こしちゃった?夜中の2時ちょっと前だよ」

「…見回り、行ってくれたんだっけ」

「うん、外は異常なしだったよ」

「…ふわぁぁ…、そっか、ありがとう」

「なにかあったら起こすから、それまでゆっくり寝てていいからね」

「うん、そうさせてもらうね…ふわぁ…んしょっと」

レナさんは大きなあくびをして、狭いベッドに丸くなって再び寝息を立て始めた。

 うん、レナさんは大丈夫みたいだね、良かった。あたしは安心した。

やっぱり、レナさんはああしてのんびりしてくれている方がいい。

だって、ここはアヤさんやあたしの帰ってくる場所。レナさんには、いつでもああでいてほしいって、あたしは思うんだ。

それに…ね、
 

798: 2013/10/01(火) 00:09:40.19 ID:ObsLsi9Ro

 パタンと静かな音を立てて、マリオンが部屋に戻ってきた。

「マライアさん、空きましたよ」

タオルで髪を拭きながらマリオンがそう言ってくれる。

「うん、ありがとう」

あたしは返事をして、マリオンにココアを差し出して、自分の分のマグを持ってズズッと飲んだ。体が温まる。

「どうして、嘘なんてつくんですか?」

急にマリオンがそう聞いて来た。

「あぁ、うん…」

聞いてたの?ううん、聞こえちゃったのかな、近くにいたら、感じちゃうもんね、どうしたって。

 別に、嘘をついてるってわけじゃ、ないんだ。まぁ、隠しているってのは本当のことかもしれないけど…。

どうしてか、って言われたら、ね。もちろん、レナさんにはのんびりしてもらって、

優しいままでいてほしいなっていうのが一番だけど…

それと同じくらいにね、最近、あたしにとってのレナさんって、なんなんだろうな、って考えるんだ。

まぁ、言っちゃえばアヤさんとおんなじ、大好きなお姉さん、なんだけどさ。でも、じゃぁ二人ともそれだけかって言われたら、そうじゃないんだよね。

アヤさんじゃないけど、あたしは本当に家族だって思ってる。血も繋がってないし、ずっと一緒に過ごしてきたわけじゃないけどね、

でも、マリ達を見てたら、あたしも、二人をそう思うようになったんだ。

もちろん、レオナやロビンにレベッカに、マリオン、あなただってそう。

 家族って、さ。一緒にいると幸せで、あたしはついつい甘えてばっかりになっちゃうけど、

本当は、オメガ隊にいたころと同じなんだよね。

一人一人になんとなく役割があって、それを家族の一員としてこなしてるんだ。

今日みたいな日は、アヤさんが外周りで、レナさんはペンションの中をやりくりして、

レオナはロビンとレベッカを見ててくれて。

あたしは、そのときどきに合わせて、アヤさんにくっついて手伝いをしたり、

レオナと代わって、ロビン達の面倒をみたりしてきたけど、さ。

それだけじゃ、足りないなって思ったんだ。

あたしは、もっとこの家族のためにたくさんしてあげたいって、そう思うようになった。

アヤさんは荒っぽく、レナさんは優しく、レオナはひょうきんにあたしを甘えさせてくれたり楽しませてくれる。

なんにもないときって、あたしはしてもらってばっかりだ。

だから、こういう時くらいは、あたしがみんなのために頑張らなきゃって思った。

ここには、あたし専用の仕事なんてない。その代わりに、あたしはどんな役回りだって、完璧にフォローするんだ。

 きっとそれも、大事な役割だって思うんだよね。だって、家族なんだもん。一番大事なのは、助け合いでしょ!

 「家族、ですか」

あたしが思っていたことを伝えたら、マリオンはそう言って、穏やかに笑った。それから、ちょっと虚空を見つめたかと思ったら、またあたしの目を見て

「いいですね、それって」

と、今度は嬉しそうな笑顔を見せてくれた。マリオンも、早くここに慣れると良いね。

そしたら、今以上にきっともっと楽しくなれるからさ!

だってここには、ハリケーンも来るけど、青い空と青い海があって、太陽みたいなアヤさんに、海みたいなレナさんがいるんだから!

 なんてことを言う代わりに、あたしもマリオンに笑顔を返してからイスをすすめた。もうじきまた暴風雨になるだろう。

腹ごしらえをして、見回りの準備を進めないといけない。

本当はひとりでやるつもりだったけど、マリオン。手伝ってくれて、本当にありがとうね!

802: 2013/10/02(水) 21:30:53.10 ID:bHj1zBz9o
 ゴンっと、鈍い衝撃で私は目を覚ました。

なにかと思ったら、ロビンのかかとが私の頭に降ってきたせいだった。

ロビンってば、寝心地悪かったのかな?いつもはもっと寝相いいのに。

 私はそんなことを思いながら、眠い目をこすって、狭いベッドから起き上がった。

ずっと猫みたいに丸くなって寝ていたからか、体がミシミシと音をたてて、微かに痛む。

そんな感覚にかすかな懐かしさを感じながら、大きく伸びをする。

 ホールの窓からは、まばゆいばかりの麻日が差し込んできている。あれ、シャッターがもう開いてるんだ…

私はそれに気づいて、ホールの中を見渡す。

空いていた二人がけのソファーにマライアが座っていて、その膝を枕に、マリオンが眠りこけていた。

「レナさん、おはよう」

マライアは明るい笑顔でそう言ってきた。

「おはよう、マライア」

私もマライアにそう声を掛ける。マライアはソファーに座ったまま、マリオンに気を使いながらコーヒーをすすっていた。

「ずっと起きてたの?」

私が聞いたら、マライアは肩をすくめて

「うん、まぁ、念のために、ね。なんにもなかったけどさ」

なんて言う。

「マライア、マリオンとそんなに仲良しだっけ?」

そう聞いてみたらマライアはニコッと笑って

「うん、昨日の夜、マリオン眠れないって言うから、いろんな話しててね、懐かれちゃったんだ」

だって。

 まぁ、その方が良いんだったら、そういうことにしておいてあげようかな。

私はこぼれそうになった笑みをごまかすのに、大きなあくびをして

「もう大丈夫そうだし、今からでも少し休んだら?」

といってあげる。でもマライアは、ケロッとした顔で

「ううん、平気だよ」

と返事をする。うん、まぁ、じゃぁ、それもそういうことにしようね。

でも、今はそのまま、マリオンの枕になっていてあげてね。お互いに疲れているだろうし。

 あたしは、“ベッド”の中のロビンとレベッカの髪を撫でてからゆっくりと外に出て、今度は全身で伸びをする。

窓の外は、もうすでに青空だ。波の方はどうだろう?

アヤ、何時ごろに帰ってくるかな…それまでに、自分ひとりでやれることはやっておこう。

中のことは、レオナにお願いして、私はペンションの周りのゴミ拾いでもしようかな。

 

803: 2013/10/02(水) 21:31:29.01 ID:bHj1zBz9o

 そんなことを思っていたら、玄関の方でバタバタっと音がした。

なんだろう、と思うよりも早く、ホールのドアがバタンと勢いよく開いて、アヤが顔を出した。

「レナ、大丈夫か!?」

ちょっと!アヤ!まだみんな寝てるんだから、静かに!

 私は人差し指を立ててアヤに静かに、と合図をして、そのままホールの外へ連れ出した。

静かにドアを閉めて、改めてアヤに向き直る。

「おかえり、早かったね」

私が言うと、アヤはほっとした様子で笑顔になってくれた。

「ただいま。うるさくして、ごめん」

アヤはそう言って、私をギュッと抱きしめてくれる。もう、心配性なんだから。

「こっちは大丈夫だったか?」

「うん、マライアが頑張ってくれてたから、大丈夫だったよ」

私はアヤの体に腕を回しながら答える。

「マライアが?」

そしたらアヤは、ちょっと驚いたみたいにして、私の顔を覗き込んできた。

「うん、そう。何をしてたか、までは分からなかったけど…

 夜な夜なマリオンと外に出て、いろいろと対処してくれてたんじゃないかな。そう言う感じがビンビン伝わってきてたから」

「そっか…礼を言っておかなきゃな」

「あぁ、それなんだけど…知らないふりをしててあげた方が良いかもね」

「知らないふり?」

アヤはやっと私の体を離して、不思議な顔をしてそう聞き返してくる。

「うん、そう。夜ね、ちょっとだけ、マライアとマリオンが話しているのを聞いたんだ。

 すごく嬉しいこと言ってくれてた。マライアは、私達に心配をさせないようにって思ってくれてたみたい。

 ペンションの心配より、マライアの心配をしたいくらいだったけど…

 でもさ、私には、『なんにもなかった』って言うし、マライアがそう言うなら、その方がいいかなって思うんだ」

私が説明したら、アヤはふぅん、て顔をして

「まぁ、レナがそう言うなら、そうしておこう」

って言ってニコッと笑ってくれた。あぁ、アヤってやっぱり笑顔が似合うよね。

それを見てるだけで、私はどんな時よりも安心できるんだ。

「でもまぁ、なんかやってくれたんなら、礼を言ってやりたい気持ちはあるよなぁ」

「ふふ、そう言うことなら、今日はマライアに優しくしてあげて。あの子はきっと、それが一番のご褒美だと思うから」

「えぇ?アタシ、そう言うのが一番苦手なんだけどなぁ…」

アヤはいつもの照れ笑いでそう言う。何も、目に見えて優しくする必要なんてない。

マライアを甘えさせてあげる必要もない。あの子へのご褒美は、対等に接してあげることだって、私は思うんだ。

家族だ、って、そう言ってくれたからね。

アヤは端からそう思っていたんだろうし、私も、それが良いな、とは思っていたから、きっともっと、自然にそうなれるような気がするんだよ。

 アヤにそう言ったら、はははっと笑って

「分かったよ。まぁ、じゃぁ、肩もみでもしてやるかなぁー」

なんて言いながら、私の手を引いてホールへと入りなおした。
 

804: 2013/10/02(水) 21:32:06.90 ID:bHj1zBz9o

「アヤさん、おかえり!」

マライアが改めてアヤにそう言う。

「おう、ただいま!こっち、大変だったみたいだな、大丈夫だったのか?」

そうそう、アヤ、その調子でお願いね。

「うん、別になんにもなかったかな…あ、そうだ…。アヤさん、ごめん、気が付くのが遅くて、

 露天風呂の柵が、全部飛ばされちゃったんだ…」

「あーあー、良いって良いって。あれ、もう3回か4回飛んでるからな。

 ぼちぼち、違う方法で目隠し作ろうかなって思ってたところだから、まぁ、ちょうどよかったよ」

「そっか…それなら、良かった」

マライアは、安心したような表情で笑った。

アヤはそんなマライアの肩を両手でつかむと、ギュウギュウとマッサージを始めた。

「…うぁ…気持ちいいー」

「レナに聞いた。いろいろやってくれてたみたいだな…助かったよ、マライア」

あぁ、アヤってば!言っちゃダメって言ったのに!

「え…でえぇ?!レ、レナさん、知ってたの?!」

マライアは急にそんな大きな声を上げて聞いて来た。

「そりゃぁ、あんな時間に外に出たら、いくらなんでも気には掛けるよ。

 気にしてたら、マライアがすっごい緊張しているのとかが伝わってきたから、

 きっとあれこれやってくれたんだなってのは、分かったよ」

「あぁ!しまった!そうだった…ここ、能力ある人ばっかだったんだよ!うかつ!

 あんなに集中してたら、そりゃぁ隠せないよ!」

私が言ったら、マライアは頭を抱えてそんなことを言いながら唸り始めた。別に隠さなくったっていいのに。

あなたが居てくれれば、何の心配もないんだからさ、マライア。

 「そう言うわけだ、マライア。あんた今日は休んでな。あとはアタシらでやっておくからさ」

アヤはそう言ってマライアの肩にグイグイと指を食い込ませる。

「痛たたた!アヤさん、痛い痛い!」

「まぁまぁ、遠慮すんなって!」

「遠慮とかじゃなくてっ…いだだだだだ!」

マライアが暴れるものだから、膝に頭を乗せて寝息を立てていたマリオンが目を覚ましてしまった。

アヤってば、ホントにもう、素直にいたわってあげればいいのに。

 「あ…おはよう、ございます…お、おかりなさい…」

「あぁ、おはようマリオン!ただいま!」
 

805: 2013/10/02(水) 21:32:46.32 ID:bHj1zBz9o



 「隊長、それ、なに?」

「えぇ?どう見たってあそこにいる鳥でしょ?」

「鳥さん!?これ、鳥さんなの!?」

「鳥っていうより、ナメクジみたいだね…」

「えぇぇ!?レオナまでひどい!そりゃぁ、ちょっとバランス悪いけど、どう見たって鳥でしょ!?」

「隊長、鳥さんのお目目は、頭についてるんだよ?角の先には、ついてないよ?」

午前中の内に片づけを終えて、お昼を食べながらマリオンと昨日話題になった絵の話をしたら、

それを聞いていたロビンとレベッカも描きたい!なんて言いだしたから、それにマライアとレオナも混ざって、

デッキに出て庭から見える青い海と青い空を並んでスケッチブックに描いていた。

話の感じだと、マライアの絵は、相変わらずみたい。

 私は昨日洗濯できなかったシーツを干しながらそれを眺めていた。

デッキに出た四人は、まるで本当の家族みたいに、わきあいあいと騒いでいて、見ているだけでなんだか暖かな気持ちになってくる。

 アヤはお昼を食べてから、施設の方に向かった。

なんでも木が倒れて、建物に被害が出たらしくって、その除去作業のお手伝いだ。

建物自体は保険に入っているらしいからすぐにでも修繕できるだろう。大きなケガをした子どももいないみたいなのは幸いだった。

「レオナママ!見て!わたしも鳥さん描いたの!」

「わたしも!」

「へぇ、すごい!二人とも、マライアより上手だよ!」

「なんだと!?レオナの絵も見せてよ!絶対あたしの方がうまいに決まってる!」

「えぇ?良いけど…ほら」

「…えぇ?!ぐぬぬ!レオナにこんな才能があったなんて…!!」

「ママじょうず!」

「隊長、どんまいだね」

 もう、ほんとに相変わらずにぎやかなんだから。マリオンの感じを、本当にどうにかして分けてあげられないかなぁ…

そう言えば、マリオン、さっきはデッキに出てたのに、どこかに行ってしまったのか、姿が見えなくなっている。

 私は気になって、その姿を探すと、彼女はホールの中に入って、イスに腰掛けて、

そんな4人の後姿を見つめていた。なんだか、とっても幸せそうな笑顔を浮かべている。

シーツを干し終えてから私は、ホールに戻ってマリオンのところに行ってみた。

絵、描きたくなかったのかな、と思ったら、違った。

マリオンは、膝の上にスケッチブックを乗せて、鉛筆で描いた下書きに、固形のウォーターカラーで淡く色付けをしていた。

邪魔しないようにそっと覗いていたつもりなんだけど、マリオンには気が付かれてしまった。

彼女は私を見て、ニコッと笑顔を見せてくれる。
 

806: 2013/10/02(水) 21:33:59.78 ID:bHj1zBz9o

 マリオンの絵を見て、どうしてこんなところでひとりで描いていたのかが、分かった。

マリオンは、デッキに座った4人を描きたかったんだ。

ホールの大きな掃き出し窓の向こうのデッキに4人が並んで座っていて、その向こうには、青い海と青い空が広がっている、

まるで絵本の挿絵みたいな、眺めているだけで、ホッとするような、淡くて、優しくて、やわらかい絵だ。

「思った通り、マリオンは上手だね」

「あ…その、ありがとう、ございます」

私が言ってあげたら、マリオンははにかみながらそう答えた。

なんだか、その笑顔がかわいくて、私も自然に笑顔になってしまう。

 ふと、昨日の夜、マライアが話していたことを思い出した。

そのときに、それを聞いたマリオンが、どこか嬉しそうにしている感じが伝わってきた。

私は、マリオンがそう感じてくれたことが嬉しかった。マリオンも研究所で育った家族のない子。

レオナとおんなじように、家族だと思って接してきたけど、それを嬉しく思ってくれているんだったら、そりゃあ嬉しいよね。

 「あれ!みんな、なにしてるのー!?」

庭の方で声が聞こえてきた。デッキに出て覗いたら、ユーリさん一家が尋ねて来ていた。

「レナちゃん、昨日はすまなかったな。差し入れ持って来たんだ、良かったら食べてくれよ」

ユーリさんは、そんな気なんて遣わなくていいのに、袋に入った果物をいっぱい持って来てくれた。

「気にしなくっていいのに、わざわざありがとう。お茶入れるから、上がってよ」

「すごーい!お絵かきしてるんだ?ねね、わたしにもやらせてよ!」

「いいよー、マリちゃん!ロビンの紙、一枚あげるね!」

「じゃぁ、カタリナちゃんにはレベッカの紙あげるー!」

とたんににぎやかになったデッキを見て、マリオンが着色の作業を終えた。マリオンの絵を見ていたら、また彼女と目が合う。

マリオンはにっこり笑って

「完成、です」

と小さな声で言った。

 本当にまるで絵本の挿絵みたい…きれいで、暖かい、幸せな絵だな…

額縁を買ってきて、ホールに飾りたいって、今度お願いしてみよう。そう思いながら私は

「マリオン、ユーリさん達にお茶出すの手伝ってくれる?」

と頼んでみた。マリオンは、笑顔のまま

「はい」

と返事をしてくれた。

 それからしばらくみんなでお茶を飲みながらお喋りして過ごしていた。

夕方になったら、アヤが施設の作業を手伝っていたカレンさんとデリクくんにハロルドさんとシイナさんを連れて帰ってきた。

アヤはこうなることを予想してたんだろう、いつのまにか準備してあったバーベキューのセットを庭に広げて、

たちまち宴会が始まってしまった。
 

807: 2013/10/02(水) 21:34:35.64 ID:bHj1zBz9o

 いつものようにいっぱい食べて、いっぱい飲んで、いっぱい話して、いっぱい笑う。

マライアは徹夜が響いたのか、早々に酔いつぶれてソファーで寝入ってしまって、

見かねたアヤが、母屋まで担いで運んでくれた。マリオンもすこし眠そうにしている。

あんまり喋らないのはいつものことだけど、でも、今日は一段と楽しそうに見えた。

 家族って言うのが一体なんなのか、線引きは人ぞれぞれでいろいろある。

私は、父さんと母さんと兄さんで家族だった。今の家族は、それとほとんど変わらない。

 お互いに気遣い合って、言いたいことを言い合って、出来たらみんなが楽しくって、

みんなが幸せであってほしいって願ってる。

アヤがオメガ隊を家族だって言っていたのと、きっとおんなじなんだ。

血がつながっているかどうか、なんて、問題じゃない。だってそもそも、夫婦って血がつながってないもんね。

それでも、家族になれるんだ。私たちがそうなれないって理屈はない。

大事なのは、心がどれだけ繋がっていられるか、ってこと。

そうなんだ、もしかしたら、私達の力は、人類全員を家族にできる可能性すら秘めているのかもしれない。

もちろん、大げさな言い方だけど、それでも、ね。

 戦争ばかりのこの世界に、私は、平和を望まずにはいられないんだ。

 不意に、ホールの電話が鳴った。私が出ようと思ったら、アヤが私の頭を抑え込んで

「アタシが行くよ」

と言ってホールの中へ駆け込んでいった。予約の電話かな?あ、そう言えば、明日は3組予約が入ってたよね…

夕ご飯は何にしようかな…

 そう考えていたら、ホールからデッキにアヤが出てきた。手には電話の子機を持っている。

「おーい、マライア!ルーカスから電話!」

「アヤさん!マライア、さっきアヤさんが母屋に運んでったじゃないすか!」

「あ、いけね、そうだった!」

アヤとデリクくんがやり取りをして、場がドッと沸く。

それを気にせず、アヤは電話口に戻ってルーカスくんと話を続けていた。

「悪い、ルーカス。アタシのPDAにかけ直してくれよ。

 今マライア母屋で寝てるから、そっちへ繋いじゃうからさ。急ぎの話なんだろ?」




――――――to be continued
 

816: 2013/10/07(月) 20:03:26.73 ID:m3HfRBlIo

CCA編、プロローグ。

ルーカス・マッキンリー少尉の回顧録です。

本日の投下で完結します。

ごゆるりとお読みください。
 

817: 2013/10/07(月) 20:04:12.67 ID:m3HfRBlIo

 救助されてから、1年と半年。俺は相変わらず宇宙にいた。ここは連邦軍の宇宙艦隊の拠点の一つ、ルナツー。

俺はこれから、先日決まった配属先の部隊への合流のために、このルナツーを訪れていた。

 まだ歩きなれないサラミス級の艦内を、輸送ランチのケージから艦橋へと歩く。

 それにしても、部隊、か。正直、思い出すだけで胸が痛くなる。

それでも、この戦場を去れないのは、さが、なのかもしれないな。そう思いながらも、俺は艦橋へ急ぐ。

エレベータに乗り、降りた先には第一艦橋と書かれたパネルが掛かっていた。

 ここか。

 俺は、一度だけ深呼吸をして目の前の自動ドアの前に立った。

エアモーターの音とともにドアが開いて、中にいた全員が俺に視線を向ける。

 「ルーカス・マッキンリー少尉、ただいま到着いたしました!」

俺はそう声を上げて報告をし、敬礼をする。

「あぁ、君が、そうか」

中にいたひときわ威厳のありそうな初老の男がそう言いながら敬礼を返してくる。

その男の敬礼に、他のクルーも続いた。

「私が艦長のトーマス・ワシントンだ。まぁ、楽にしたまえ。我が艦のクルーは、有機的連携を重んずる。

 階級ではなく、信頼関係を重要視するのが習わしだ。

 この艦に配属されたからには、まず、そのことを最優先に考えてほしい」

「はっ!」

俺はとりあえずそう返事をしておく。この光景、脳裏に戦争中のことがよみがえってきそうだ。

俺は身じろぎせずに記憶を押し込んで、艦長の話に聞き入る。
 

818: 2013/10/07(月) 20:04:39.11 ID:m3HfRBlIo

 救助されてから、1年と半年。俺は相変わらず宇宙にいた。ここは連邦軍の宇宙艦隊の拠点の一つ、ルナツー。

俺はこれから、先日決まった配属先の部隊への合流のために、このルナツーを訪れていた。

 まだ歩きなれないサラミス級の艦内を、輸送ランチのケージから艦橋へと歩く。

 それにしても、部隊、か。正直、思い出すだけで胸が痛くなる。

それでも、この戦場を去れないのは、さが、なのかもしれないな。そう思いながらも、俺は艦橋へ急ぐ。

エレベータに乗り、降りた先には第一艦橋と書かれたパネルが掛かっていた。

「こちらが、君の所属する第9MS小隊だ」

艦長は続けて、すぐそばにいた二人を俺に紹介した。一人は、中年の男性、もう一人は、若い女性だった。

「わ!隊長、若い子来たよ!聞いてたよりもいい子そうじゃん!」

「ははは。まぁ、お前はうるさいからな。煙たがられないように、大人しくしておけよ」

「ちょ、隊長、それひどい!」

二人はそう言い合って笑っている。それから、まるで思い出したように俺に敬礼をしてきて

「ミカエル・ハウス大尉だ。よろしく頼む、マッキンリー少尉」

「マライア・アトウッド中尉です、以後、よろしく!」

と自己紹介した。

「ルーカス・マッキンリーです。よろしく、お願いします」

ドライでさばけた印象の、隊長と頭の軽そうな、中尉殿。それが、正直な第一印象だった。

俺は胸の内に湧き上がる強烈な感情をこらえて、二人に笑いかけた。その笑顔が、二人にどう受け止められていたかは
、いまだに、謎だ。

「さて、さっそくで悪いが、お手並み拝見と行こうじゃないか。

 ここのところ、ジオン残党の動きが活発になってきていてな。週に1度は、哨戒出撃があるんだ。

 そこで迷子になられてもかなわない」

隊長がそう言ってくる。俺は、姿勢を固めたまま黙ってうなずいた。

「まぁ、艦長も言ってたけど、気楽にね。あんまり緊張していると、体が動かなくなっちゃうからね」

マライア中尉がそう言ってくる。そんな彼女に、隊長がにらみを利かせた。

「それ、自分に言い聞かせてるんだろう、お前」

「た、隊長!それ、言っちゃダメ!あたし後輩って初めてなんだから、先輩風吹かさせてよ!」

中尉は、そんなことを言いながらプリプリと頬を膨らませていた。




 

819: 2013/10/07(月) 20:05:17.81 ID:m3HfRBlIo


 「ルーカス、今日は調子が良さそうだね」

入隊してから1年目。俺たちは三人とも無事に、まだ宇宙中を駆け回っていた。

ジオン残党との戦闘を幾度も繰り返していたが、そのたびに、俺は不思議と安心していた。

 「ええ。なんだか最近、体から毒気が抜けている気分で」

「あはは!最初は根暗な子だなぁって思ってたからね、正直!」

その原因は、この人だ。マライア・アトウッド中尉。彼女は、周りの軍人とも、これまでに会ってきたどの兵士とも違った。

底抜けに明るいとか、どこか抜けているとか、そう言うことではない。

俺の勘だが、彼女は、絶望を知っていた。

自分の信念を折られてしまうこと、貫き通せないこと、守ろうと思った何かを守れないということ、

その絶望感のすべてを知っていて、それでも、いや、だからこそ、笑うんだ、と俺は感じていた。

メンタルは弱いし、すぐに焦って周りが見えなくなりがちなところがあるが、その強さは確かに本物だった。

それはもしかしたら、俺が手に入れたかったものだったのかもしれない。

「マライア、そろそろ接敵するぞ。気を引き締めて行け!」

「了解、隊長!」

 俺たちは、乗機のジムスナイパーカスタムⅡを駆って、ジオン残党の拠点をめざし侵攻していた。

情報では、敵は戦艦1、MS部隊は15機ほどの規模だそうだ。

こちらは戦艦2隻に、MS部隊は予備を含めて30。物量作戦が得意なのは、3年前の戦争からたいして変わってはいない。

加えて、連邦は新規MSの開発を次々と行っているが、ジオン残党は3年前のすでに型落ちのMSを使いまわしている状況だ。

俺たちにとっては、殲滅戦でしかないこの戦いだが

追い込まれたジオンの狂気は、想像を超えて異常であるのを、俺は知っている。

3年前に体験済みだ。微かな油断も出来たものではない。

 不意に、レーダーが反応した。前方12時方向、敵機3!

「来るぞ!」

隊長がそう叫んだ。

「ルーカス、あたしの後ろへ!ついてきてよ!」

マライア中尉が叫ぶ。

「了解です!」

俺は返事をした。

 マライア中尉の操縦技術は、まだ未熟だ。

穴も山ほどあるし、おそらく、本人がやりたい、と思っている動きの半分程度しかできていないだろう印象もある。

それでも俺はその動きについて行くだけで精一杯だった。

あの人はそもそも、3次元機動の概念が普通とは違う。

話をするだけで、あの軽そうな頭の中に、どうしてそんなに複雑な機動イメージが詰まっているのか不思議に思うくらいだった。

それは、既存のMS戦術とも異なり、ましてや、普通のパイロットがこなせるような動き方の要求水準に収まるようなものでもなかった。

実際に、彼女の操縦は、目を疑いたくなる動きをする。

たとえて言うなら、まるで、風に舞う木の葉の様で、

慣性とスラスターによる転舵、軸移動、AMBACのシステム特性の応用、そう言う複雑な要素を、瞬間的に計算して、

風のないこの宇宙空間で、ふわりふわりと不規則に動いて見せる。

 その動きに合わせるのは一苦労だし、追うだけで精一杯と言うのが、本音だ。
 

820: 2013/10/07(月) 20:05:45.31 ID:m3HfRBlIo

「隊長、前方1時に掃射!」

「任せとけ!」

マライア中尉の言葉を聞いて、隊長がビームライフルを連射した。敵部隊が塊になって、上方11時方向へ軌道を変えた。

「ルーカス、追いかけるよ!」

「りょ、了解!」

叫ぶのとほぼ同時に加速したマライア中尉の機体に必氏になって追いすがる。

敵がそれに気づいて、こちら目がけてマシンガンを掃射してきた。中尉は、機体をロールさせてそれを華麗に躱す。

俺は、と言えば射線から距離を取って中尉の後ろに食らいつくので精いっぱいだ。

「ルーカス、行くよ!フォローお願い!」

「はい!」

俺の返事を待って、中尉はビームライフルを発射した。光跡がまっすぐに伸び、敵のドムの脚を貫いた。

射撃の腕も、恐ろしいほど正確だ。

 残りの二機が、バラバラに散らばる。中尉は、左に抜けた機体に照準している…なら、俺は右のやつか…!

俺はモニター上でもう一機に照準を合わせてレバーの引き金を引いた。一発目は、外れた!

続けざまに照準を調整しながらライフルを発射する。4発目でやっとドムの右肩を捉えた。

致命弾ではないが、やつの戦闘続行は不可能だろう。撃破、1だ。

「ふっふー!ルーカス、やっるぅ!」

中尉はそんな嬌声を上げた。

「い、いえ」

俺は、本当におこぼれをもらっただけだ。今の戦闘は、最初の一手から完全に中尉の目論見通り。

本当に、恐ろしい人だ。

「よーし、お前ら、俺の指示通りに、良くやった!」

「隊長はなんにもしてないでしょ!?」

得意げに言った隊長に、マライア中尉はそう吠えた。いつものことながら、このやり取りはなぜだか心地よい。

俺は、ヘルメットの下で思わず笑みを漏らしていた。自分でも、驚くことに。

 ピピピと、コンピュータから音が聞こえた。まだ来るか!?俺はレーダーに目を走らせる。

そこには、単機で、猛スピードで突撃をかけてくる機体が映り込んでいた。

「なに、このスピード!?」

マライア中尉の声が聞こえる。

「こいつは…モビルアーマーか?!気を付けろ!」

隊長も叫んだ。次の瞬間、マライア中尉のそばを、何かが飛び抜けた。速い!

「なによ、あれ!?なんか、すっごく怖い顔してたよ!?」

「まだあんなもんが残ってたか…機動力じゃ勝負にならないぞ!?」

あの機体、確か、ザクレロ、とかいうはずだ。

戦艦クラスのビーム砲と、MSを越える機動性で攻撃を掛ける、奇襲用のモビルアーマー…!
 

821: 2013/10/07(月) 20:06:17.42 ID:m3HfRBlIo

 俺と中尉を狙って、モビルアーマーはビーム砲を連射してきた。

「ルーカス!反撃は良いから、とにかく避けて!」

中尉の指示が飛んできた。そんなこと言われなくても、反撃なんて出来そうもないですって!

 俺は神経を研ぎ澄ませてせまりくるビームの軌道を読み、機体を動かす。

なんて連射数だ…機体の反応が追いつかないぞ…!

「マライア!いったん、退避しろ!」

「隊長!他に敵の増援がないか、見張ってて!」

中尉は隊長にそう言った。この人は…あれをやるつもりなのか…?!

 中尉は、木の葉のように攻撃をかわしながら、黙っていた。狙っている…なんだ?

敵の軌道を読んでいるとでもいうのか?

 「そこ!」

マライア中尉は、突然にそう怒鳴ってビームを放った。

光跡の伸びた先に、まるでモビルアーマーが突っ込むようにして重なり、爆発するでもなく、引き裂かれるようにして分解した。

「ふぅー」

中尉のため息が聞こえた。本当に、この人は…なんて能力を持っているんだ…俺は言葉が継げなかった。

「あれだけ高速で動き回ってる、ってことは、機動性はあっても、急な旋回は出来ないんだよね。

 直線でビュンビュン飛び回って、こっちをかく乱してくる戦法だったみたいだけど、旋回時には速度も落ちるし、

 基本的に直線で動くから、進行方向にビームを撃ってあげれば、避けきれない。

 ほら、車は急には止れない、っていうやつと同じだよ」

中尉はそんなことを言って、笑い声をあげた。

「お前は…いったい、どこでそんな操縦を習ってくるんだよ」

隊長が半ばあきれた様子で中尉にそう言う。それを聞いた中尉はなんだか妙に得意そうに

「あたしの大事な姉貴分たちが教えてくれたんだ!高速機を相手にするときの、予測射撃は基本だよ!」

と言ってのけた。

 確かにそうなのかもしれないが…あれは予測の域を超えている。

完全に、あの位置を敵のモビルアーマーが通過するのが分かっていた感じだ。

やっていることはなんとなくわかるが、けっして俺なんかが真似できる芸当ではなかった。

 「まぁ、なんにしても、無事で何よりだ。任務を続行するぞ」

隊長は気を取り直して俺たちに指示を送ってきた。

「了解!ルーカスも、気を引き締めてね!」

「はい!」

「お前に気を引き締めて、なんて言われても、説得力ないよな」

「たっ、隊長!なんにもしてないクセにそんなこと言わないでよ!」

「なんだとぅ!?」

また始まった。頼むから、本当に気を引き締めてほしいもんだ。こんなんじゃ、こっちまで肩の力が抜けてくる。

俺は相変わらず漏れてしまう笑みを、こらえきれずにいた。



 

822: 2013/10/07(月) 20:07:10.86 ID:m3HfRBlIo




 モニターの外には、無数の艦艇がひしめき合っている。さすがにこれだけ数が揃うと、壮観の一言に尽きる。

 俺たちは、乗艦のサラミス級のMS甲板に乗機に搭乗して突っ立っていた。

ここのところ動きが活発になってきているジオン残党へのけん制のために、

わざわざこれだけの数をそろえて観艦式を行うことになっていた。

周囲には、観光用の旅客シャトルや、小型の報道用の艦艇までが詰めかけてきている。

それでなくとも、宇宙軍の7割近い艦艇を集結させているんだ。

なんとなく、この宇宙も狭いな、と感じるほどの混み具合いに俺はやや面喰っていた。

 「これだけ集まると、すごいねぇ」

マライア中尉は、まるで呆けた様子でそう無線で話しかけてくる。

「そうですね…ただ、名目は気に入らないんですけど」

「確かにねぇ。これって、逆に刺激しちゃう気がするよね」

俺の言葉に、彼女は同意してくれた。ジオン残党へのけん制と言えば聞こえはいいが、

言い換えればこれは、連邦軍の健在と力を見せつける示威行為だ。残党の反感を煽ることも必至。

そのあたりのことを連邦首脳部はどう考えているのか…いや、考えてなど、いるはずもない、か。

「まぁまぁ、そう言うのはお偉方に任せておくことだな。それよりもお前ら、お上品にしておけよ。

 テレビ中継も来てるんだからな。我が隊の恥を晒すようなことだけは慎めよ」

「恥ずかしいのは、隊長の機体のマークでしょ!?なによ、その左肩のヌードのジェーンって!誰よ、誰なのよ!?」

「なんだ、マライア、ヤキモチか?」

「ルーカス、あたし隊長撃っていいかな?いいよね、撃っても?」

「中尉、抑えてください。あんなマークが入ってても、一応隊長なんですから」

「おい、ルーカス!一応ってのは、どういう意味だ!?」

ともあれ、甲板上に機体を並べて胸を張っているだけの俺たちは退屈には他ならない。

すっかり慣れたバカ話を三人で盛り上げている間にも、艦隊のパレードは続いている。

 不意に、前方で何かが光った。なんだ?と思う間もなく、先頭を航行していたマゼラン級2隻が相次いで爆発を起こした。
 

823: 2013/10/07(月) 20:07:46.14 ID:m3HfRBlIo

「…!?なんだ!?事故でも起こしたか!?」

「…違う、隊長、敵!」

マライア中尉が叫んだ。次の瞬間、こっちにまっすぐ、ビームが伸びてきた。

ビームはMS甲板を貫いて、サラミス級にめり込んでいった。

「か、各機!離脱!」

隊長の叫ぶ声が聞こえた。俺は反射的に足元のペダルを踏んで、ブースターを点火させ甲板を離れていた。

 眼下で、サラミス級が小さな爆発を繰り返しながら、宇宙空間で砕け散っていく。

「ルーカス、無事!?」

中尉の声が聞こえた。

「お、俺は大丈夫です!…隊長、隊長は?!」

俺は返事をしてから、周囲に姿の見えない隊長機を探した。

「ガ…ザザッ…マライア、すまない、被弾した!機体はまだ飛べるが、衝撃で体をやられちまった…

 ルーカスを頼むぞ!」

「隊長…!了解、隊長はすぐに離脱して!ルーカス、戦闘態勢!」

「了解…!」

「観艦式に参加中の各機へ!正体不明の敵の攻撃を確認!各個で迎撃態勢に入って!

 生き残っている司令官はいますか!?臨時戦隊の編成を願います!」

中尉が無線に向かって吠えている。周囲の残存味方部隊から次々と報告があがった。

第一波、姿は見えなかったが、こっちは…マゼラン級4隻に、サラミス級を3隻沈められた…相当な規模の敵勢力だぞ、これは…!
 

824: 2013/10/07(月) 20:08:11.88 ID:m3HfRBlIo

 「そこの機体!最初の指示は、あんたが出したのか!?」

不意に無線から声が聞こえた。女だ。見回すと、近くに俺たちと同型のスナイパーカスタム改修型が近づいてきていた。

「うん、あたしだよ!」

「良かった、頼れそうなやつが居て助かるよ。こっちのやつらは、戦艦の爆発に巻き込まれて行方不明だ。

 敵を叩いてやりたい、一緒に戦ってくれ!」

「うん、隊の指揮はそっちに任せるよ。あたしは、戦域を把握して各部隊と連携を取るから!」

中尉が、そのパイロットに言った。

「よし、任せな。私は、ライラ・ミラ・ライラ中尉。あんたは?」

「マライア・アトウッド、同じく中尉。もう一人は、ルーカス・マッキンリー少尉だよ」

「マライアに、ルーカスだな、了解した。着いてこい、二人とも!」

「了解!ルーカス、遅れないでね!」

「はい!」

俺たちはそれから、あの混乱した戦場を駆けた。連携がまともに取れず、艦隊の防衛はほぼ無意味だった。

とにかく俺たちは、接近する敵MSを叩けるだけ叩いた。

後方から増援の艦隊が到着したころには、観艦式に参加していた艦艇は半分以下になってしまっていた。

俺たちの乗艦も、初撃で轟沈。艦長以下、乗組員はほとんどが氏亡。ライラ中尉の方も同じのようだった。

うちの隊長は、幸いにして、生きていた。

だが、全身打撲で、あちこちを骨折しており、戦線への復帰は時間がかかるとのことだった。

 俺たちは、やってきた増援の艦隊に収容されてから、

今回の攻撃がデラーズ・フリートと言うジオン残党艦隊のものであると知らされた。

連邦は、このデラーズ・フリート殲滅のために戦力の再編成を行った。観艦式で生き残った俺たちも、

そこへと組み込まれた。そしてあの戦闘へと突入して行く…。

俺とマライア“大尉”が戦いを決意することになった、あの戦闘へと…。




 

825: 2013/10/07(月) 20:08:38.45 ID:m3HfRBlIo





 ライラ大尉の戦氏を、俺たちは赴任先の基地で聞いた。マライア大尉は、静かにその報を受け止めていた。

俺は、と言えば、正直に言えば、ショックだった。

あの人は、マライア大尉に引けを取らないほどの操縦技術を持っていた。

敵に撃ち落とされるなんてことを想像する方が難しいくらいだ。隊長が戦線を離脱してほんの短い間だったが、

俺はライラ大尉とマライア大尉と一緒に居られたことが楽しかった。

まるでタイプの違う二人が、お互いを信頼して、俺のことも信じてくれて、カバーし合って駆け抜けた戦場を思い出していた。

ライラ大尉が、マライア大尉と一緒にいるときに見せた笑顔が脳裏に浮かんできて、俺は胸が痛んだ。

もう、あの三人でバカみたいに奢る、奢らないなんてやり取りをする時間は二度と帰ってはこないんだ。

もう忘れていたはずのあの喪失感が心も体も蝕んでくるようで、逃げ場のない感情を抑え込むのに必氏になったのを覚えている。

 報告に来た士官が帰ってからも、マライア大尉はなにも言わなかった。涙も流さなかった。

だけど、俺には感じられていた。彼女の中に、後悔と悲しみが渦巻いているのが。

 その晩、俺は大尉の執務室へと向かっていた。ドアをノックして名乗ると、大尉はすぐに出て来てくれた。

目を真っ赤に腫らした顔をしていた。

 大尉の部屋にはこれまでにも何度か出入りしたことがあった。以前に居た部隊の写真が何枚も飾られている。

今の俺よりも若いくらいの年齢の彼女は、今とは比べものにならないほどに、幼く無邪気に笑っている。

今でこそそう言う表情をすることもあるが、それでも彼女からはどこか芯の強さが伝わってくる。

だがここにある写真に写っている彼女は、まだ子どものようにも思えるくらいだった。

 大尉は、俺にイスを勧めた。

「コーヒーくらいしかないんだけど、いいかな」

冴えない顔つきでそう言った彼女は、ぎこちない笑顔を見せて小さなキッチンの棚を覗き込んだ。

「あぁ、いえ、お気遣いなく…」

そう答えたが、大尉はそのまま二人分のコーヒーを淹れてくれた。

 ベッドに腰掛けた大尉は、ズズっとコーヒーをすすってからため息をつき

「来てくれて、ありがとう」

と静かに言った。

「いえ…俺も、思うところがあって…」

俺はそう伝えた。

 俺は、大尉に甘えたかったのかもしれない。この人は、これまでにもたくさんの絶望を経験してきているはずだった。

それでも、笑うことをやめない彼女の強さに、俺はすがりたかったのだと思う。そう、これはまるで、あの時と同じようでもあった。
 

826: 2013/10/07(月) 20:09:53.29 ID:m3HfRBlIo

 「大尉は、俺のこと、気づいていますか?」

俺は、大尉に聞いた。大尉は、首をかしげて

「なんのこと?」

と聞いてくる。

「俺が、あなたと同じだっていうこと、です」

俺は端的に応えた。大尉は静かにうなずいた。

「そうなんじゃないか、とは思っていたよ。あなたは、普通の人に比べたら、勘が強すぎるから、

 もしかしたら、って、ね」

「だとしたら、大尉が何を感じているのかを知ってるっていうのも、分かってもらえますよね?」

「うん…」

大尉はまた、静かにそう言ってうなずいた。

「俺は、大尉ほどに強い能力があるわけではありません。だから、大尉が何を考えているのかはわかりません。

 ですが、なにか考えていることがあり、それについてどう感じているのかは、うっすらとわかります。

 大尉、ライラ大尉のことは、あなたのせいなんかじゃない」

俺がそう言ったら、マライア大尉は両手で顔を覆った。それから、掻き消えそうな声を絞り上げる。

「だって…あのときあたしが、あの子をもっと強引に誘っていたら…

 あの子は、宇宙でなんか氏ななくって良かったかもしれないのに…

 あたしは、あたしはまた、大事な人を助けられなかった…」

「それは違いますよ、大尉。ライラ大尉は、自分の信じる道を生きたんです。その結果なんですよ…

 それに、遠く離れたあの人を助けることなんて、あなたにはできるはずがなかった。違いますか?」

「分かってる!でも…!」

大尉は、そう叫び声をあげて、俺を見た。俺は彼女の目をジッと見つめた。

大尉は、何かを言いかけて、それをグッと飲み込んで、脱力した。

「そう…分かってるんだ。ライラは、ライラの義を通したんだって…。

 あたしには、あの子をどうすることもできなかったんだって。

 だけど、それでも…あんないい子が、どうして氏ななきゃいけないのって、そう思うんだ。

 ちょっと間だったけど、あんなに仲よくしたのに…お酒飲んで、ケンカして、笑ったりしてさ…

 大好きだったんだ、あの子が。守ってあげたいって…ううん、ずっと一緒に居たいって、そう、思ってた…

 ねぇ、ソフィアって子の話をしたことあったっけ?」

大尉は思い出したようにそう聞いて来た。今度は俺が黙って首を横に振る。

すると大尉は壁にかかっていた写真の一枚を手に取って俺に見せてきた。

「この、真ん中の車いすの子。その子は、ジオン兵でね。

 あたしの基地に捕らわれてきたところを、みんなで助け出して、ジオンに送り返すつもりだった。

 でも、彼女は戦闘で、あたしを庇って手足を吹き飛ばされちゃった。

 あのころのあたしは、それはもうダメなやつでね。泣いてばかりで、みんなのお荷物。

 その子だけは守ろうって誓ったけど、でも、それも出来ず仕舞いで、最後まで、仲間に甘えるしかなったんだ…」

大尉の昔話は、初めて聞く。確か、もともとは航空隊に居たって話だったとは思うが…
 

827: 2013/10/07(月) 20:10:28.38 ID:m3HfRBlIo

「だからあたしは宇宙に出たの。たくさんの人を助けることは、きっとあたしにはできない。

 でも、せめて身近な大切な人だけは守りたい。そのためには、あたしも強くならなきゃいけない。

 そう思って、宇宙に上がった。みんなには会いたかったし、その、まんなかに写ってる、アヤさんて人がね、

 誰よりも好きだった。

 その人のそばに居て、あたしは、ずっと守ってあげたいって思って、頑張ってる。

 その人の役に立って、喜ばせてあげたい。安心させてあげたい。

 これまで、あたしにそうしてくれたように、あたしは、アヤさんの、隊のみんなと、

 お荷物じゃなくて、仲間として一緒に居たいから…だから…」

大尉は言葉に詰まった。止めどない感情があふれてくるのが感じられる。

「大尉…ゆっくりで大丈夫ですよ…ちゃんと、聞いてますから」

俺は、見かねて彼女にそう伝えた。

彼女は、目に涙をいっぱいに溜めながら、力強くうなずくと、また、大きくため息をついた。

それでも、震えて掠れた声で

「…だから、あたし、こんなことで泣いてちゃいけないのに。泣いてすくんでたら、なんにもできないんだよ…

 誰も助けられないんだよ。それなのに、ライラのことが、悲しくて…悲しくて、どうしようもないんだ…」

 そうか…。俺は理解できた。大尉が、どうしてこんなに強いのかを。彼女は、自分の無力を知っているんだ。

ライラ大尉を助けられなかっただろう事実を、受け止める方法を知っているんだ。

ライラ大尉を失った悲しみを、力に替える方法を知っているんだ。

そして、俺は、それを求めて、大尉のところに来たんだ。いや、それを求めて、大尉とともに、こんなところまで来たんだ。

 俺は…俺はこの人に、何を言ってあげられるんだろう?

俺に、なにか彼女の助けになれる手だてがあるとして、それは一体なんだ…?

「大尉…聞いてください」

考えながらではあったが、気が付いたら俺はそんなことを口にしていた。

「俺は、俺も、これまでに大切なものを守れないで、氏なせてしまったことがなんどもあります。

 でも、そこで出会ったのがあなたでした。俺は、あなたのその強さに惹かれた。

 絶望を知り、それでも絶望に飲まれないあなたの強さに、悲しいことを悲しいと言って、泣ける強さに惹かれて、

 俺は一緒に、ここまで来ました。

 もしかしたら、自分の弱さをあなたに埋めてもらいたいと考えているのかもしれない…

 たぶん、それは甘えなんでしょうけど…でも、いえ、だから、泣いてください。

 それはあなたの弱さなんかじゃない。俺のように、悲しみを受け止められず、ただ胸の内にしまいこんで忘れるのとは違う。

 それはあたなの強さです…大切な人を守りたい、でも守れなかった、それでも、

 まだ誰かを守りたいと思えるそれは、弱さなんかであるわけがない。

 あなたの強さのために、ライラ大尉のために、今は、目一杯、泣いて良いんですよ…」

「ル、ルゥカスぅぅぅぅ!」

ガチャン、とコーヒーのカップが床に落ちて砕けた。

次の瞬間、大尉は俺の腕をつかむと、思い切り引っ張ってきて、すがりつくようにして俺の胸に顔をうずめた。

腕を回してあげようと思って、俺は大尉を抱きしめた。小柄な体がブルブルと小動物みたいに震えている。
 

828: 2013/10/07(月) 20:10:54.84 ID:m3HfRBlIo

 大尉、安心してください。あなたは俺達なんかとは違う。

あなたの心の中には俺たちとは違う、なにかがある。たとえどんなに潰されても、蹂躙されても、折れ曲がっても、

時間が経てばすぐにでもまたまっすぐに伸びることのできる、なにかがある。

だから、我慢なんてしなくていいんです。あなたの強さの根底は、涙くらいで揺らぐものなんかじゃないんですから。

俺が憧れるあなたは、泣かない強さを持った人のことじゃない。

何度でも立ち上がれる、そんなたくましさを持った人なんですから…

 そんな俺の想いが届いたのか、大尉はそのまましばらく、俺の腕の中で大声で泣いていた。

 俺はそうしながら、いつの日かのことを思い出していた。

 人の体温は、こんなにも心地良いなんてな…俺は、長い間感じることのなかったそんな思いを、

あの日のように、思い出していた。

 不意に、デスクの上の電話が鳴った。大尉は泣き止んで、腕の中で俺を見上げた。

「ルーカス、出て。今、あたし、無理」

普段は凛々しい彼女が、涙でボロボロになって。鼻水まで…俺の制服にへばりつかせて言ってきた。

苦笑いを通り越して、さすがにちょっと気持ちが引けた。

 「アトウッド大尉の執務室だ」

俺はデスクの方まで行って受話器を上げ、そう伝えた。

「あ、これは、中尉殿。マーク・マンハイムであります」

受話器の向こうからは、ここのところ、反抗的な態度を見せてくる例の男の声がした。

「あぁ、貴様か」

俺はそう言いながら、大尉をみやって、マークからだと伝える。すると大尉はニコッと笑顔を見せて

「うちの隊に来ないか、って誘っておいて」

と言いながらティッシュで鼻水をぬぐった。

 まったく、あなたって人は、本当に、気合いが抜けているときはただの“お喋りお嬢さん”ですよね。

そう思った俺の脳裏に、ライラ大尉がマライア大尉を呼ぶ声が響いた気がした。







―――――――――――――――――to be continued to CCA




 

829: 2013/10/07(月) 20:15:44.24 ID:m3HfRBlIo


つづく。

以上をもちまして、このスレに投下したいすべての内容を書き終えました。

今後、このスレの更新はありません。

感想、励まし、ダメだし、なんでも書き残してってください。

CCA編のスレを立て次第、こちらのスレで報告したのちにこちらはHTML化依頼出しますので

みなさまどうか、お早めにw


さてはて、お読みいただいている皆様、本当に感謝です。

ここまで書くことが出来たのもひとえに皆様のお陰だと思っております。

CCA編がどうなることかはまだわかりませんが、気合入れて書こうと思っているので、

どうか生暖かい目で見てやってください。


ここまで、本当にありがとうございました。

これからもどうか、よろしくお願いします。

次回:【機動戦士ガンダム】ジオン女性士官「また、生きて会いましょう」学徒兵「ええ、必ず」

引用: ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが…