309: 2013/11/27(水) 02:07:04.51 ID:COZlmXEko


【機動戦士ガンダム】ジャブローで撃ち落とされた女ジオン兵が…【前編】
【機動戦士ガンダム】ジャブローで撃ち落とされた女ジオン兵が…【中編】
【機動戦士ガンダム】ジャブローで撃ち落とされた女ジオン兵が…【後編】

【機動戦士ガンダム】ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが…【1】
【機動戦士ガンダム】ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが…【2】
【機動戦士ガンダム】ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが…【3】
【機動戦士ガンダム】ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが…【4】
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【機動戦士ガンダム】ジオン女性士官「また、生きて会いましょう」学徒兵「ええ、必ず」

【機動戦士ガンダム】機動戦士ガンダム外伝―彼女達の戦争―【1】
【機動戦士ガンダム】機動戦士ガンダム外伝―彼女達の戦争―【2】


 階下からにぎやかな声がする。

私は、慣れない雰囲気を感じて目を覚ました。

ここに来て、3日目。レナと、彼女の“妻”なんだという、アヤが経営するこのペンションに滞在している。

 ここには、レナにアヤに、娘のロビンとレベッカに、マライアと、えぇと、それから、

レオナって言う、レベッカの産みの親と、それから物静かでいつも他の人たちを遠巻きに、優しい表情で見つめているマリオンって子がいる。

 あと、ほぼ毎日顔を出すカレンという女性と、レオナの両親と妹達は、半ばここに住み着いているようなものだ。

それから、まだ一度しかあったことのない、シイナという人と、その夫のハロルドに、デリクと車イスのソフィアって夫婦がいるらしい。

ソフィアって子については、マライアからよくよく聞かされた。

なんでも、1年戦争答辞にジャブローに掴まってきた子で、マライアと彼女が所属していた部隊員たちとで脱走させた子なんだそうだ。

 他の人たちについても、マライアはおおよその話を、私に聞かせてくれた。

ほとんどの人たちが、戦争を戦っていた人達だったけど、でも、最終的には何か大切なもののために、

“戦争と”戦って、ここにたどり着いたみたいだった。

そんなものと戦おうだなんて、考えたこともなかった。

特にアヤって人は、まるで難しい気持ちや考えを全部叩き壊して、信じたことをやり抜くような強さを感じられた。

マライアからも同じ感覚を受けたことがあったけど、アヤは、自分だけじゃなく、

周りにいる人に対してもそうするための勇気と強さを与えてくれるような感じもあった。

マライアがあんなだったのも、彼女の影響が大きかったのかもしれない。とにかく、豪快で力強い、そんな人だった。


 私は着替えを済ませて一階のホールに降りた。

そこでは、ロビンとレベッカが手伝いをしながら、レナとレオナが配膳をしている。

昨日から宿泊している10歳くらいの男の子を連れた夫婦が、テーブルについて、準備をしているレナ達と楽しそうに談笑していた。

「あぁ、おはよう、“ミリアム”」

レナが、鳴れない呼び方で私にそう声を掛けてきた。

 戦争前、妹と家族を失って、連邦憎しで兵学校に入る際、年齢の足りなかった私は、

事務をやっていた軍人に紹介されるがまま、年齢をごまかした戸籍をつくり、兵学校へ潜り込んだのだった。

それが、イレーナ・バッハと言う名前。あの戦争で、氏んだ、ジオン軍の中尉だ。

 「ミリアムお姉ちゃん、アタシの作ったオムレツ食べてよ!上手に出来たんだ!」

もうすぐ10歳になるんだ、と言っていたロビンがそばによってきて、私にそんなことを言ってくる。

その笑顔は、平和で、優しくて、温かくて、私も思わず、クスっと笑顔になってしまう。
 
TV版 機動戦士ガンダム 総音楽集

310: 2013/11/27(水) 02:07:34.83 ID:COZlmXEko

 戦争から離れた私は、なにを思って生きるんだろう?

あの晩、マライアと話した私はずっとそんなことを考えていた。

いつまでもここで世話になっているわけには行かない。私は、戦うことじゃないなにかを、ここで見つけなきゃいけないんだ。

 「うん、ありがとう、ロビンちゃん」

私はそう言って、彼女に促されるがままに、席についた。

 ロビンが、自分で焼いたと言うオムレツと、それからスープのお皿を持ってきてくれる。

私の食事は、もう3日スープばかりだ。ユーリさん、とか言う、レオナの親だっていうお医者さんが、

宇宙旅行症候群対策で、私のために食事メニューを用意してきた。今日のはずいぶんと、ゴロゴロ野菜が入っている。

昨日の晩御飯は平気だったけど、こんなにたくさん、食べられるかな…

 そんなことを不安に思っていたら、ロビンがニコニコしながら私を見つめてきているのに気がついた。

これは、残すわけにはいかないかな。私は、ロビンに笑顔を返して、先ずはオムレツを口に運んだ。

卵の中には、細切れのお肉と野菜が閉じられていた。

ほのかなバジルの香りと、卵に閉じられたお肉の味と野菜の風味が口の中に広がる。

うん、おいしい…これをロビンが?

 私はそう思って、ロビンを見やる。彼女は、私が何かを言う前に、

「良かった!」

とうれしそうな笑顔で言って笑った。私、そんなに美味しいって顔してたかな?

「ロビン、ちょっとこっちきて手伝ってくんないか」

そうしてたら、アヤがそんなことを言いながらホールに入ってきた。ロビンは、ピョンと飛び跳ねて

「いいよ、どうしたの?」

と聞いている。

「ん、マライアにボンベの充填頼んでたの忘れててさ。あいつが向こうに行っちゃったから、

 ダイビングの器材チェックとバッテリーの積み込みの両方やらなきゃいけなくて」

「分かった!ママに言ってくるね!」

アヤに言われて、ロビンは小走りにキッチンへと入っていった。昨日は学校だったけど、今日は休みらしい。

彼女は、ここの手伝いをするのが好きなのか、朝から楽しそうだ。

 「騒がしちゃって申し訳ない。食事が終わるくらいには、準備が整うようにしておくんで」

アヤは私をチラっと見やってから、私の奥に座っていた家族を見て言った。家族は、明るくそれを了承している。

それからまた、私に視線を戻してきて

「な、今日はあんたもどうだ、ミリアム」

なんていってきた。どうだ、ってなにがだろう?と思っていたら、彼女は

「ダイビング。試してみないか?」

と言い添えてくれた。ダイビング、と言うのは、スキューバダイビングのことだろう。

ノーマルスールのようなものを着て、海の中に潜るあれか…

泳ぎは、ずいぶん昔、それこそ、サイド3にいたころにやったことはあるけれど…大丈夫かな?
 

311: 2013/11/27(水) 02:08:38.74 ID:COZlmXEko

 「やったことないけど、大丈夫ですか?」

「あぁ、うん、宇宙をノーマルスーツで移動するより簡単らしいから、大丈夫」

アヤはそう言って笑ってくれる。そっか、なら、やってみてもいいかもしれないな。

ずっとここでのんびりしているよりは、すこしでも活動して、ここの生活になれておいたほうが良いと思うし。

「そっか、それなら、お願いします」

私がそういうと、彼女はうれしそうに笑って

「おし、そうこなくっちゃな!食事終わったら、レナに言ってくれれば、準備手伝えると思うから!」

と何でか分からないけど、胸を張った。

 「母さん、お待たせ!」

パタパタと、ロビンがキッチンからホールに出てきた。

「うん、急がせてごめんな。頼むよ!」

「了解、任せて、船長!」

ロビンはうれしそうにそう言いながらアヤに飛びついた。

アヤはロビンを片腕でひょいと抱えると、ロビンと仲良く話をしながら、ホールを出て行った。家族、か。

私、もう15年以上もずっと1人だから、そんな感覚、忘れてしまっていたけど、そう、あれが家族なんだよね。

ちょっと形式の変わった家族だな、なんて思ってみるけど、でも、ここにいる人たちはみんな幸せそうにしている。

形はどうあれ、そのことがきっと一番なんだろう。

 私は食べ終えたあとの食器を、キッチンに運んだ。

中を覗くと、レオナとレナが、キッチンの隅に小さなイスを出して、小ぢんまりと食事をしていた。

「あ、“ミリアム”、置いといてくれればやったのに」

レナがちょっと慌てた様子でそういってくる。

「ううん、アヤさんがダイビングに誘ってくれて、準備するなら、レナに聞けっていうから、そのついでに、ね」

私が言ったら、レナは納得した様子で

「あぁ、そういうこと!なら、ちょっとお茶でも飲んで待っててよ。すぐにこっち終わらせていくからさ」

レナの笑顔も、アヤみたいで、まるで太陽を反射して輝く、あの青い海みたいだった。
 

312: 2013/11/27(水) 02:09:42.40 ID:COZlmXEko





 港から、潮風を切って船は走っていた。ホールにいたお客に、私に、船を操縦するアヤとマライアに、ロビンもついてきている。

「ひゃっほーーー!海だーー!」

マライアが二階のデッキでそう絶叫している。

さっきからマライアはテンションが上がりっぱなしで、まるで子どもみたいだ。

それに引き替え、ロビンはお客の家族とニコニコしながら話を弾ませている。

営業ってわけでもないんだろうけど、でも、そう言う意識がもしかしたらあるのかもしれないな。

 それにしても、蒼い海と、青い空と、輝く太陽に、吹き抜けて行く潮風。なんて、心地良いんだろう。

私は船の舳先に腰を下ろして、そんなことを考えていた。

 港を離れて少し。前方に小さな島影が見えてきた。

近づくと、岩でごつごつとした島で、上陸には不向きそうだ。アヤはそんな島の岩場の近くに船を止めた。

エンジンが止まるのと同時に、彼女は軽い足取りで梯子を降りてくると、ゴーグルのようなマスクを装着し、

腰に重りを結びつけた。そんな彼女にマライアが何やら鉤状になった大きな釣り針のようなものを手渡した。

その釣り針には頑丈そうなロープが括ってある。

「んじゃ、頼むな」

「うん、了解」

そう言葉を交わしたと思ったら、アヤが突然に船から飛び込んだ。

舳先から海中を覗いたら、アヤはそのまんま、海底まで潜って行って、岩場にロープを括り付け、プクっと海面に浮かびあがってきた。

「よーし、オッケー。マライア、準備手伝ってやってくれ」

「はーい」

船から上がりながらアヤがマライアにそう言う。

マライアは素直に、家族連れにノーマルスーツみたいな、ウェットスーツを着込ませ、機材一式を装備させていく。

「ほら、ミリアムお姉ちゃんも早く」

ロビンが私に声を掛けてきた。私は舳先から後部のデッキへと向かい、ロビンとアヤにまるで着せ替え人形のようにされながら、

スーツとBCDと言う、ベストのようなものを付けらえた。それから背中に小型のタンクを背負う。

そこに、レギュレータを繋いで、さらにベストにもホースを繋ぐ。

 私の準備が整う頃には、家族連れの方も準備が整っていた。

「じゃあ、ノースさん達はアタシがレクチャー役で。マライア、あんた、ミリアムとロビン頼むな」

「うん、わかった!」

マライアはそう返事をする。ていうか、マライア、アヤさんと一緒に居ると、ほとんどそんなことしかしゃべらないよね。

マライアが、彼女のことを心の底から信頼して、尊敬しているのが分かる。

でも、あの自信たっぷりで、どんなことにもくじけないマライアが、

こうも素直に他人の言うことを聞くのがなんだか可笑しくて、私はクスっと笑ってしまった。
  

313: 2013/11/27(水) 02:10:23.57 ID:COZlmXEko

 それから、私は、マライアとロビンの先導で、海中に潜った。透き通った海中には、色とりどりの蛍光色の魚がたくさんいた。

それだけじゃない。海の中に差し込んでくる太陽の光が、波に揺られてキラキラと輝く様子とか、水に包まれている心地良さとか、

マライアやロビンが捕まえてくる、なんだかうねうねしてたり、つんつんしてたりする見たことのない生き物たち…。

そっか、これが、地球なんだね…。

 私は、改めて、そんな当たり前のことを感じていた。

 それから、何度か、船と海中とを行ったり来たりしているうちに夕方近くになったので、船は港にもどった。

港から車でペンションに戻って、私はマライアに言われてシャワーを浴び、ホールに出された夕食を摂った。

 水の中にいるってのが、こんなにも疲れることだなんて、知らなかった。これもまた、地球での新しい発見だ。

 食事のあと、私はそんな疲れた体のせいで、ホールのソファーで居眠りをしてしまった。

居眠りなんて、もうずっと昔、子どものころにしたくらいだったな、なんてことを思いながら、睡魔に身を任せていた。

どれくらいたったか、目が覚めたときには、ホールは真っ暗だった。でも、そこには微かに人の気配がした。

体を起こそうとしたら、毛布がかけらていたのに気付いた。これは…?
 

314: 2013/11/27(水) 02:10:54.00 ID:COZlmXEko

 私は、目を擦りながら暗がりのホールを眺める。すると、

「あ、起きた?」

と声がした。レナの声だ。

 私は目を凝らすと、レナはホールのテーブルに座り、小さなランプのような明かりを灯した手元で、

小型のコンピュータのキーボードを優しく叩いている。

「ちょっと待ってね、もうすぐ今日の伝票打ち終わるから」

レナはそんなことを言いながら、コンピュータのモニタに視線を落としている。

私が体を動かしてミシミシ言う骨格を元に戻していたら

「ふぅ、お終い」

とレナが口にした。

 「バーボン飲もうと思うんだけど、ミリアムも飲む?」

レナはコンピュータの画面を閉じながらそんなことを言ってきた。私は、それを聞いて黙ってうなずいた。

 レナが用意してくれたバーボンをグラスに注いで、乾杯する。私がそれを口に運ぶと、レナは嬉しそうに笑った。

「まさか、こんな形でまた会えるなんてね。マライアから連絡をもらったときは、本当に驚いたよ」

レナがそう言ってまた笑う。

「レナは空港に来たときは知ってたんでしょう?

 私はなんにも知らされてなかったから、一瞬、何が起こってるのか理解できなかったよ」

私はちょっと不満げに行ってみたら、レナはクスっと、またまた笑った。それから、遠くを見つめたと思ったら、

「ずいぶん経ったもんね、あれから…もう、14年くらい前、かな?」

と、静かな口調でつぶやくように言った。

「うん、そうだね。14年も前だ。まだ私が、17のとき。兵学校2年目の、モビルスーツ適正テストから数えて、ね」

「あぁ、あれね。あのときの教官は怖かったなぁ。

 そのあと、正式に配属が決まってからの、ほら、なんて言ったっけ、えっと…」

「ん、ヤッケ・バルト大尉?」

「そうそう!あの人は愉快な人で、好きだったんだよね」

私が記憶の彼方から呼び起こした名を口にしたらレナはニコニコしながらそう言ってくる。

 そう、14年前。私は、サイド3の一角にある小さな軍事用コロニーに居た。

2年目になって、各専科に配属するためのテストの一環で、兵学校からそこへと学生全員が移動していた。

3人一組の小隊が編成された私は、そこで彼女と出会った。

レナ・リケ・ヘスラー。

忘れもしない、絶望と怨恨に染まったイレーナ・バッハが、唯一心を許すことのできた、かけがえのない、友達の名だ。


  

319: 2013/12/05(木) 20:24:45.64 ID:4DksFEN/o



 0078.3.19

<貴様ら!それで教科課程を修了してきたというのか!?なっとらん!>

教官の怒号が無線から聞こえて来る。

<チャーリー、そっち、大丈夫?>

<あぁ、なんとか。お前はどうだ、イレーナ?>

「こっちもなんとか。こんなにも揺れがひどいなんてね…ちょっと、想像してなかったです」

私は、コクピットの中のレバーにしがみつきながらそう返す。

<それでも、イレーナ良い感じ。チャーリーの方が危なっかしいな>

<レナだって、同じようなもんだろう?>

<ふふ、まぁ、三人とも似たり寄ったりなのは確かかもね>

レナさんの声が聞こえたと思ったら、別の、耳をつんざくような怒鳴り声も響いて来た。

<おい!3班!私語をするな!譴責されたいか!>

<は、もうしわけありません>

レナさんが、そう言う声が聞こえてきたけど、教導隊との無線を切った彼女の機体のコクピットの映像がこっちにつながれた。

彼女は、ノーマルスーツのバイザーを開けて、ベーっと舌を出して笑っていた。本当に、すごい度胸をしているよな、彼女は。

 私達は、サイド3の一角にある、軍事コロニーに居た。

士官学校の本校舎がある1バンチ、ズムシティから、訓練や試験のためのこの軍用の試験施設へと出向いてきていた。

 現在私達はモビルスーツと言う新型兵器の適性テストの第3次試験前の練習の真っ最中。

だけど、変な方向に気合いの入りすぎている教導官が居て、どうにもやる気があがらない。

怒鳴ってばかりで人心を掌握できると思っているなんて、前世期の人じゃあるまいし、

二十歳にもならない私にだってもっと別の方法を考え付くだろうに、まったく、情けない人だ。

レナさんがあそこまでシレっと相手にしないのも分かるけど、

でも、彼女のやり方は少しだけ危うくて、あまりそばで聞いていて安心はできなかった。

だけど、あの怒鳴ってばかりの教導官の相手をするの気が滅入ってしまいそうだ。

そう言う意味では、レナさんと一緒にいることができて、幸いと思える部分もある。

 レナさんは、同期の中でも異色の経歴の持ち主で、軍人の家系で、お父さんもお母さんも、お兄さんも軍人。

レナさん自身も、去年までは戦術課程に居たらしい。

そこから実戦訓練課程を受けに、わざわざ編入してきたのだという。

なんでも、そっちの方が絶対に役に立つから、と両親に言われたからだそうだ。

 だから彼女は、私達よりも年齢が上だ。

まぁ、私自身のことを言えば、1つ年齢を誤魔化しているから、周りにいる人たちはみんな年上ではあるんだけど。
 

320: 2013/12/05(木) 20:25:30.22 ID:4DksFEN/o

 そんなことを考えていたら、先頭を歩いていたレナさんの機体が、事前にレクチャーされていたコースから外れた。

「レナさん、そっち違いますよ」

私が声を掛けたら、レナさんのムスっとした声が聞こえてきた。

<“レナ”だって、言ったでしょ、イレーナ>

「あ、う、うん、ごめん、レナ。そっちは、行き過ぎ。手前の廃ビルの間を9時方向」

<あちゃ、間違えた。どうも、方向感覚だけは鈍いんだよね。

 宇宙で迷子になるようなことになったら、さすがに、笑えないな>

レナさん…レナはそう言いながらも、クスクスと笑った。

 彼女とは、今朝一緒になったばかりだけど、なぜだろう、不思議と、そこはかとない安心感を覚えていた。

お姉さんみたい、と言ったら、きっと彼女はまたムスっとするだろうけど、

でも…きっと、それに近い感覚なんだろう、と私は心のどこかで感じていた。

 訓練が終わってすぐ、私達は、寮の部屋割りが発表された。ここへきている中で、女子訓練生は数えるほどしかいない。

私はレナさん…レナと同じ部屋だった。そのことに、なんの感慨も覚えなかった。だって、当然だって思ったから。

嬉しいのも、嫌だなって思うこともなかった。

 荷物を部屋に運び込んで、やっと休憩を貰えた。ここで2週間、みっちりと基礎訓練が行われる予定になっている。

基礎訓練が終わったら、学校へ戻って、今度は宇宙空間での飛行訓練。

それまでに、3分の1くらいはふるい落とされる、って話を聞いた。

ここに残るだけでも、相当の倍率だったけど、さらにここから絞られるんだと思うと、正直、落ち着かない気分ではある。

部屋に入って、荷物を開けている最中にそんな話をレナとしたら、彼女は

「まぁ、難しいこと考えても仕方ないよ。やれることを、出来る限りやるっきゃない」

なんて、あっけらかんと言ってのけた。

年齢のせいなのか、それとも性格なのか、なんにしても、そう言ってくれると、肩の力が抜ける思いがした。

 そんなレナと一緒に居るせいだろうか、夕食を摂って、消灯時間になってベッドに入っていた私は、久しぶりに、あの夢を見た。

燃え盛るシャトルの中で、繋いでいた手を、放してしまった瞬間の夢。

振り返ったらそこには、大好きだった妹の姿がなかった、あの夢だ。
 

321: 2013/12/05(木) 20:26:08.39 ID:4DksFEN/o

 ハッとして、目を覚ました。汗をいっぱいにかいている。あぁ、そう、夢、夢だ…思い出すことなんて、ない。

忘れたままでいいんだ…私はそう思いながら、タオルで汗をぬぐおうと思って、体を起こした。

そんなとき、声が聞こえた。

「大丈夫?」

レナだった。彼女は、私のベッドの足元に腰掛けていて、心配そうな表情で、私の顔を覗き込んでいた。

レナが、私の手をそっと握ってくれる。

「怖い夢でも、見た?」

レナの瞳が、私をまっすぐに捉えた。

茶色い、大きなその瞳は、本当に私を心配して、見つめられているだけなのに、

なんだか、肩を抱かれているような暖かさがあるように感じた。とたん、涙が、頬を伝った。

 あぁ、違う、違うの…これは…悲しくなんて、ないはずなのに…なんで…なんで…?

そのことに気が付いてしまった私は、強烈に切ない感情が胸の奥からこみ上がってくるのを意識してしまった。

止めどなく、涙があふれて止まらなくなる。

 「ん、そっかそっか…なんだかわかんないけど、大丈夫だよ」

レナはやわらかな笑顔でそう言うと、空いている方の手で、私の頬の涙をぬぐってくれる。

それから、私をそっとベッドに押し戻した。

「ついててあげるから、寝な」

レナは、優しく私にそう言ってくれた。いや、その…でも…

「あ、あの…あ、汗を」

私が言ったら、レナはハッとした表情になって、それからバツが悪そうにへへへと笑った。

「ごめん、そう言うことだとは思ってなかった。じゃぁ、準備済んだら、声かけてね」

そう言ったレナは今度は優しく私をベッドから起き上がらせて、

自分は穏やかな鼻歌交じりに立ち上がって自分の荷物を広げたデスクに腰掛けて、

小さな明かりに照らされたノートに何かを書きこみ始めた。

 私は、ふう、とため息をついて、立ち上がって洗面所へ向かった。
 

322: 2013/12/05(木) 20:26:39.98 ID:4DksFEN/o
 私は、ふう、とため息をついて、立ち上がって洗面所へ向かった。

お湯に浸したタオルで首回りと胸もとを拭いて、冷水で顔を洗う。なんとか、気持ちを落ち着けようと思ったからだ。

幸い、冷たい水は、私を夢の世界から現実に引き戻すのに十分な温度で、あふれ出て来ていた感情も一緒に洗い流せた気分になった。

それから、小さな冷蔵庫から支給品のミネラルウォーターを出して、軽く口に含む。こっちも冷たくて、心地良い。

 私は、すっかり落ち着けた気持ちのまま、部屋に戻った。

「あぁ、おかえり。もう寝る?」

レナが、そう声を掛けてきた。相変わらず、穏やかだ。

「うん、ありがとう。レナは、何してるの?」

「あぁ、手紙を書いてるんだ、家族に」

手紙、か。宇宙世紀のこのご時世に、電子メッセージじゃなくて、手紙だなんて、不思議なことをするんだな。

そんなことを思ったら、まるでレナはそれを感じ取ったみたいに

「なんだかね、こうして、手紙でやりとりする方が、家族を身近に感じられるんだ」

と、なんだか恥ずかしそうに笑った。

 家族、か。ふと、胸の奥に、また、ぷつりと黒い影が浮かび上がる。レナは、そんな私の様子を見逃さなかった。

「夢…家族のこと、だったんだね?」

レナはそう聞いて来た。私は、うなずくしかなかった。

「そっか…ごめんね。そう言うつもりじゃなかったんだけど…。良かったら、家族のこと聞いてもいいかな?

 役に立てるかわからないけど…でも、ほら、子守唄歌ったりはしてあげられるよ?」

子守唄、だなんて、まるで子どもみたい。でも、そう言ってくれるレナの気持ちは嬉しかった。

もしかしたら、彼女なりに、私の気持ちを理解してくれようとしているのかもしれない。

ううん、理解するだけじゃなくて、私を支えてくれようとしているのかもしれないな…。

 「子守唄は、たぶん、必要ないけど…でも、聞いてくれる?ちっとも面白い話じゃないけど…私の、昔の話…」

私は気が付いたらレナにそう頼んでいた。レナは、相変わらず穏やかな表情で、ニコっと笑って、

「うん」

と、優しい返事をしてくれた。


 

323: 2013/12/05(木) 20:27:05.52 ID:4DksFEN/o



 それから1年もしないうちに戦争は始まった。1月の出来事だった。

3月卒業の私達は、機運高まる士官学校の兵舎の食堂で、戦況報道が伝えられるテレビを眺めていた。

 ジオンは宣戦と同時のモビルスーツを主体とした電撃戦で、周囲のコロニーに駐留する連邦軍を次々と撃破。

あげくには、サイド2のコロニーのひとつ、アイランドイフィッシュを地球に向けて落下させた。

当初はジャブローの連邦軍本部を狙って落とされたはずが、連邦軍の思わぬ抵抗に合い、落下のコースが逸れた。

重力で分解したコロニーは、地球上のあちこちに破片となって降り注ぎ、多大な数の民間人に被害が出たという。

ジオンの報道は、自らの身を守るために、一般市民を犠牲にした連邦首脳部、と言う批判が湧き上がる中、

コロニーを落とす、という行為自体に疑問を投げかける人たちもいた。

 私も、いくら戦争だからって、そこまでするのは、と戸惑った。

連邦は憎いけど、でも、政府や軍部とは関係のない民間人まで巻き込むような戦いは、

きっと、私のような人間を無数に生み出すだけだと感じたから。それが、つい、先週の話。

<ただいま、情報が入ってまいりました。先ごろより、特殊任務に就いていた我が公国軍第一連合艦隊が、

 ルウム宙域周辺で連邦軍の大艦隊との交戦の末、連邦艦隊のおよそ半数を撃破したとのことです。

 開戦からこのような大規模な戦闘は初めてであり、詳細な情報はまだ分かっては降りませんが、

 我が軍の新兵器、モビルスーツは劇的な戦果をあげることができると証明されたといっても過言ではないでしょう>

アナウンサーが無意味に力強くそういうと、食堂中に喝采が沸いた。

「ははは!見たか連邦のモグラどもめ!」

「ジオン公国に栄光あれ!」

「ジークジオン!ジーク、ジオーン!」

私はそれほど興奮はしなかったけど、でも、盛り上がるのはきっと悪いことじゃない。

レナも同じなのか、みんなの様子を微笑みながら見つめている。

自由とか、権利とか、そんな難しいことは、正直どうだっていい。

私は、家族を頃した連邦に、苦味を味わってほしい、そうとだけ考えていた。

軍人の家系で、戦術的な視点でしか戦争をレナは、あまり喜ばなかったけど、

でも、それでも、彼女はあの日、家族が連邦に殺された話を穏やかに話を聞いてくれた。

 「へスラー曹長」

不意にそう声がして、いつもは口うるさい教官が、食堂に入ってきた。みんなは、瞬間的に緊張した面持ちになる。

でも、今日の教官の様子は、なんだか普段とは違う。どこか、引き締まった、硬い表情だ。

「はい」

レナが、返事をした。レナの顔をみやった私は、彼女の表情もまた、こわばっていることに気がついた。

次の瞬間には、私はその表情の理由を理解した。大きな戦闘があったんだ。

今の放送では、こちら側の被害については話がでていなかったけど、でも、現実的に考えて、そんなことはありえない。

戦闘機の一機くらい、もしかしたら、軽巡洋艦の一隻くらいやられていたっておかしくはない。

レナの家族は、軍人だ。

まさか、彼女の家族になにかが…?
 

324: 2013/12/05(木) 20:27:41.42 ID:4DksFEN/o

「少将殿…いや、校長がお呼びだ。至急、校長室まで出頭せよ」

教官は、抑揚のない口調でそういった。

「は」

レナは席から立ち上がった。表情だけじゃない。体中がこわばっていた。私は、思わずレナの手を握っていた。

「レナ…」

「なに、イレーナ…?」

レナが、表情を変えないまま、私を見つめてくる。そのこわばった表情からは、うっすらと恐怖すら見て取れた。

「私、部屋に居るから…。終わったら、戻ってきてね…」

すると彼女は、かろうじてそれが笑顔と分かるくらいの、かすかな、下手くそな笑みを返してきた。

 握っていたレナの手がするりと抜けていった。

彼女は、小さな歩幅で、教官の待つ食堂の出口へと歩いていく。

 私はその背中を見ながら、手の平に残ったレナの手の感触に気付いて握り締めていた。

なぜだろう、シャトルから逃げ出そうとして手を引いていた、妹を、“イレーナ”のことを思い出していた。

 それから、1時間ほどして、レナは部屋に戻ってきた。

食堂を出て行ったときとは対照的に、まるで全身が脱力しているみたいに、おぼつかない足取りで、肩を落として、

まるで、そのまま消えてしまうんじゃないかと感じるほどだった。

「おかえり」

私が声をかけたら、レナは、私に笑って見せようとした。

でも、それは笑顔なんて呼べるようなものじゃなかった。

胸が、締め付けられるような気持ちになった。

レナの話、聞いて上げなきゃ…そうは思っても、どうしたって口が重い。でも…私、ちゃんと聞いて上げなきゃ。

レナも、私にすごく優しくしてくれた。今度は、私の番なんだ。

「…レナ、なにか、あったの?」

そう聞いた私に、レナは飛びついてきた。顔を肩口に埋めながら、かすれた声でレナは答えた。

「父さんが、氏んだ…って…」
 

325: 2013/12/05(木) 20:28:18.31 ID:4DksFEN/o

 やっぱり、か。そんなことなんかじゃない、って信じていたかったけど、でも、私の直感は、悲しいことに、当たってしまっていた。

 レナは、膝から崩れそうに私に体を持たせかけてくる。

ずり落ちないように、私はあわててレナの体を抱きとめて、一緒になって、じゅうたんの敷かれた床に座り込んだ。

 レナの体は、震えていた。ブルブルと、まるでハイGで旋回しているときのコクピットのレバーみたいに…。

ズズッと鼻をすする音も聞こえる。

でも、レナは声を上げては泣かなかった。嗚咽すらこらえて、彼女は、胸のうちに沸いた悲しみに耐えようとしている…

胸が、何かが突き刺さったみたいに痛んだ。

彼女は、あの爆発しそうな悲しみを、なんとか処理しようとしているんだ。

大声で泣いてわめいても、晴れる事のない、あの悲しみを…

「レナ…」

気がついたら私は、レナに声を掛けていた。

「泣いて、良いんだよ…泣いてどうにかなるようなことでもないのかもしれないけど、それでもね、泣いていいんだよ。

 そうじゃないと、辛いでしょ?心が壊れちゃいそうになるくらい…だから、泣きな。私、ついててあげるからさ」

私がそういったら、レナは突然、私の体に腕を回してきた。その腕にギュッと力がこもった。

「うぅっ…ふぐぅ…」

レナの声が聞こえた。大声でなくんでもなく、彼女は、私の肩に口を押し付けて、声を上げていた。

私は、その姿に、やっぱり胸を痛めながら、それでも、彼女の体はしっかり抱きしめて、しばらくの間、背中をさすっていた。



 

326: 2013/12/05(木) 20:28:54.70 ID:4DksFEN/o




 「本当に、いいの?」

「うん…もう引き返せないしね。それに、地球に降りれば、母さんと兄さんがいる。

 場所は少し離れてるかもしれないけど、きっと会おうと思えば会える気がするんだ」

レナは、悲しそうに笑ってそういった。

 あの日、私は泣き止んだレナに言われた。イレーナの気持ちが、すこし分かった、って。

お父さんを戦闘で亡くしたレナは、それでも連邦が憎い、とは言わなかった。

でも、彼女の中で何かが吹っ切れたのを、私は感じ取っていた。

言葉にすれば、“仕方がない”という感じだろうか。

戦争だから、家族が殺されてしまうのも、誰かを頃してしまうのも、仕方ない。

彼女はそうやって、お父さんのことを納得しようとしているみたいだった。

ただ、そんな考えにいたってしまったからこそ、彼女は、こんな任務に志願したんだ、ともいえる。

 私達は、戦線の拡大と人員不足のために、訓練課程を省略されて、

少尉に任官されるのとともに実戦部隊に配備されていた。ここは地球へ向かう軽巡洋艦の二人部屋。

私達は当初、この作戦の護衛にと配属されたのだけど、

これから巡洋艦に乗る際に志願したレナは、他の部隊に混じってHLVに乗り、大気圏へと降下する。

先日、オデッサへ行ったのと同じ、地球降下作戦の一環だ。今回の目標は、北米、キャリフォルニア。

陸軍基地や空軍基地だけではなく、潜水艦隊基地や兵器生産工場を襲撃する。

これが成功すれば、オデッサに続き、ジオンは地球侵攻の足場を固めることができる。

オデッサからの資源を北米へ移送するルートを確保できれば、

キャリフォルニアの施設を使って、現地でモビルスーツをさらに大量に生産することが可能になる。

そうなればこの戦争の先も見えてくる。

 だけど…だけど、わざわざレナが、そんなところに行くことなんてないのに…

 部屋で二人、話をしていた私は、なんだか落ち込んでいた。いっときは、一緒に地球へ行くことも考えた。

だけど、もしレナが地球へ降りるのだというなら、その護衛についていて上げたい。この先はどうしたって戦闘になる。

連邦軍も、戦力を相当数減らされているとはいえ、地球へ踏み込むともなればそれなりの抵抗を見せるだろう。

特に、前回のオデッサに引き続きだ。

前回は奇襲だったけど、どんなに間抜けだって、同じ手を繰り返せば、対策を練るのが普通だろう。

今回も前回のように奇襲がうまく良くかの見通しは、オデッサよりも低いんだ。

そうなるのなら、私は友達としてせめて地球に降りるレナを安全に送ってあげたい。

HLVに微かでも損傷があれば、待機摩擦で分解、ってこともあるからだ。

敵をHLVに近づけさせるわけにはいかなかった。

初心者の私が、どれだけ動けるかは保証の限りではないんだろうけど、ね。
 

327: 2013/12/05(木) 20:29:53.56 ID:4DksFEN/o

 特に、レナを説得しようとか、そういうつもりはない。ただ、とにかく彼女が心配だった。

「ずっと、決めてたんだ。黙ってたのは、謝るよ。

 まぁ、イレーナほどじゃないけど、操縦には定評があるしね、大丈夫」

レナはそう、明るく笑ってくれる。本当に、いつもとおなじ、あの明るくて穏やかな笑顔だ。

 それに、離れ離れになるのは、寂しい。軍の学校に入って、ずっとひとりだった。友達なんて作ろうとも思ってなった。

でも、レナは気がついたら自然に私の隣に居てくれた。それが私にとって、どれだけ支えになってくれていたか…

それがなくなってしまう、と思うと、情けないけど、不安だった。

 レナは、そんなことを知ってか知らずか、私の肩に手を置いてきた。

なにか、と思ったら、いつもの優しい笑顔で、レナは言ってくれた。

「大丈夫、離れ離れになっても、ほら、手紙書くし、手紙がダメなら、電子メッセージでも良いし、

 これっきり会えなくなるわけでもないでしょ?

 戦争を無事に終えたら、そのときは、ゆっくりおいしいものでも食べに行こう?」

レナの言葉に、私はうなずくしかなかった。

 出会って1年。彼女は、凍りかけていた私の心を開いてくれた恩人だ。

シャトルでの事件が私の中から消えてしまうわけじゃなかったけど、

それでも私は、少なくとも今までとは違う気持ちで居られる気がする。

鬱々と塞ぎ込んでいても仕方がない。私も、私の仕事を果たさなきゃいけない。

ジオンがどうのとか、連邦がどうの、じゃない。最終的には、今、レナにしようと思っていることと同じ。

私は、二度と大切なものを失わないように、戦わなきゃいけないんだ。

あるいは、そうすれば、あのとき、時間が止まってしまったような私の心が、少しくらいは動いてくれるんじゃないかって、そう、思えるから。

 「うん…分かった。約束ね」

私は、そう返事をした。もう、泣くつもりはなかった。レナが、また会おう、といってくれてるんだ。

なら、私は、別れを惜しむことよりも、また必ず会うんだ、っていう決意を固めるべきだ。

それが、彼女との約束を果たすために必要な最低限の、でも、たった唯一のハードルのはずだ。

<艦隊司令より、各艦艇に告ぐ。レーダーが敵艦隊を察知した。こちらにはまだ気付いていない。

 各艦の攻撃部隊は至急、降下準備を始めよ。防衛部隊は、大気中の隊から順次発進し、警戒に当たれ!繰り返す…>

艦内に、そう放送が流れ出した。

 レナが私を見て、笑った。私もレナの目を見て笑ってやった。そうだ、また、会うんだ、生きて。

そのためにも、今はレナを守る。レナを無事に地球へ送ったら、今度は、レナの退路を私が守ろう。

だから、レナ。

約束は守ってよね。

 生きて、また会いましょう…必ずだから、ね。

 でも、その数か月後。連邦に追われて北米から打ち上げられてきたHLVに乗った兵士に聞かされた。

レナ・リケ・ヘスラーは、ジャブロー降下作戦以降、行方不明。


おそらく、未確認だけど、たぶん、生きてはいないだろう、って。




 

328: 2013/12/05(木) 20:30:22.03 ID:4DksFEN/o






  話をしてたら、ミリアムはいつの間にかテーブルに突っ伏して眠り込んでしまった。

昼間のダイビングがよっぽど疲れたんだろうな。慣れないことだったろうしね。私も最初のころはそうだったなぁ。

ここへ来てもう10年以上。

アヤの徹底指導のおかげで泳ぎも覚えたし、釣りだって、私1人ででも、楽しむ程度ならできるようになった。

ミリアムにも、ここでの生活に早く慣れてもらえるといいな。

あ、そういえば、「お日様熱」の予防接種をユーリさんにお願いしておいたほうがいいよね。

あれやっておけば、症状はかなり軽くなるし。

 そんなことを考えながら、私は、さっきまでソファーで眠りこけていたミリアムに欠けてあげていた毛布をとって、

もう一度、彼女の肩からかけてあげる。

 飲み残していたバーボンのグラスを片付けようと思ってトレイにまとめていたら、ふと、気配がしたので、

私は自分のグラスだけは残して、ミリアムのだけを持って立ち上がる。

 キィッと微かな音を立てて、ホールのドアが開いた。そこから、アヤがぬっと顔を覗かせる。

「お疲れさま」

私はアヤにそう声を掛けて中へと迎える。アヤの後ろからは、マライアもひょっこり姿を現した。

二人は今夜、お客さんを船に乗せて、夜釣りに案内していた。

ちょっと前に帰ってきて、お客さんはもう部屋に戻っている。二人は、あれこれと片づけをしていて、こんな時間だ。

「ミリアム、寝ちゃったの?」

マライアが、テーブルで寝こけているミリアムを見つけて、すこし残念そうに言う。

「うん、疲れてたみたい」

私が言うとアヤも肩をすくめて

「スペースノイドは、それでなくたって地球の重力はなれてないから疲れやすいからな」

なんてミリアムをフォローする。でもマライアはブーブーと頬を膨らまして

「そんなことないって。ミリアム、ずっと地球にいたんだよ、姫様を警護しながら。

 ダイビング程度で音を上げるなんて、やっぱりヘタレなんだよ」

なんて言っている。もう、一緒に話をしたかったのは分かるけど、そこまで言うことないじゃない。

そんなことを思ったら、なんだかすこしおかしくてクスッと笑いがこぼれてしまった。

 「シャワーも済ませてきたんだね。飲む?」

私は、アヤとマライアの様子を見て聞いてみる。

「あぁ、うん」

「飲む飲む!」

二人はそういってテーブルに着いた。グラスにバーボンを注いで、乾杯をする。

アヤもマライアも、グラスに口をつけて、ほとんど同時に、ふぅ、とため息をつくものだから、また思わず笑ってしまう。

そんな私につられてか、アヤもマライアも笑顔になった。
 

329: 2013/12/05(木) 20:30:49.62 ID:4DksFEN/o

 「ミリアムとは、なにを話してたの?」

「ん、昔の話だよ。出会ったころの、士官学校でのこととか、そんなこと」

マライアが聞いてきたので、私は答えた。そしたら、ふぅん、と鼻を鳴らして

「その話、私も聞きたかったなぁ」

と残念がっている。

「きっとすぐにまた一緒に話す機会あるって」

そう言ってあげたけど、マライアはプリプリしている。もう、どれだけミリアムと話したかったの、マライアってば。

 「昔話、かぁ」

不意にアヤがそんなことを言って宙を見つめた。なに?って感じでアヤを見つめたら、アヤは苦笑いを浮かべて

「いや、あたしとマライアの昔のことって、あんまり話したことなかったな、って思ってさ」

って言ってきた。そういえば、それって聞いたことないな…それ、ちょっと興味ある。

「あー、ね。あたしは、あんまり気が進まないけど…」

「私、聞いてみたいかも、それ」

私が言うと、マライアはちょっと渋い顔をして

「あんまり面白い話じゃないよ?」

なんて言ってアヤの法を見る。でも、アヤはニヤニヤ笑って

「そうか?面白いだろ、あんたの話?」

ってマライアをからかっている。なんでそんな風な言い方するのさ!

ってマライアが怒ったけど、まぁ、いつものことだ。

 ひとしきりじゃれ合った二人は、二杯目のバーボンをグラスに注ぎながら

「さって、じゃぁ、どこから話すかな…」

「まずは、ほら、スカウトのところとかでいいんじゃないかな?」

「あぁ、そうだな。あれは、さすがのアタシもちょっと引いたもんなぁ」

「えぇ?!そうだったの!?だって、あのときは、誰でも一回は経験ある、なんて言ってくれたじゃん?!」

「あれ?アタシ、そんなこと言ったっけか?いやぁ、昔のことすぎて良く覚えてないなぁ」

アヤはそんなことを言いながら、ケタケタと笑って、ふう、とそれを収めてから、ゆっくりと話を始めた。

「アタシはそんとき、隊長に言われて、北米の戦闘機パイロットの訓練施設に出張してたんだ。

 良く晴れた、気持ちいい日だったんだよ」



 

337: 2013/12/07(土) 15:31:18.17 ID:3ULhR63Do

「ったく、なんでアタシなんだよ隊長?

 副隊長になったハロルドさんは留守番する必要があるにしたって、

 ハロルドさんの次に長いベルントあたりの仕事だろ?」

「バカ、あいつが新人なんぞの面倒を見れるタイプに見えんのか?」

「そりゃぁ、まぁ…そうかも知んないけどさ…」

アタシは今日、隊長に連れられて北米中部にある群の訓練施設に来ていた。

ここはアタシも少しの間世話になった場所だから勝手は分かっていたけど、ジャブローから輸送機で4時間もかかる。

正直、移動だけで気疲れしちゃうよ。

 ここに来た理由は、新人のスカウト。宇宙艦隊補強のために転属しちゃったキール副隊長とリプトンの代わり探しだ。

副隊長はハロルドさんが引き継いでて問題はないから、

即戦力じゃなくって、これから育てる人材探しだって言うんで、こんなところだ。

「で、お目当てでもいるの?」

「いや、特になし、だな。基地長とは古い仲で、資料は回してもらってる。

 気になるのは何人かいたが、まぁ、見てみないことにはなんとも言えん」

まぁ、その通り、か。

「俺たちは今日は1日、教官ってことになってる。士官に昇進したことだし、それらしく振舞えよ」

「はぁ、そういうの苦手だ。隊長がやってないことを部下のアタシがやらなきゃならないってのは、おかしいだろ?」

「ははは、違いない!」

 アタシたちはそんなことを話しながら、輸送機の降り立った滑走路から基地の中央の施設までを歩く。

気持ち良いくらいに晴れてて、すがすがしい。

こんなとこに来る予定でもなけりゃぁ、休暇でもとって、フ口リダあたりでのんびりするのも悪くないだろうな…

まったく、

「めんどくさい仕事だよ」

思っていたことが、思わず口に出てしまっていた。

「まぁ、そういうな。お前を拾ってやったのと同じだと思え」

隊長がそういってくる。まぁ、そのことについては感謝してるけどさ…

「分かってる。でも、探して選ぶ、ってのがイヤなんだ。こういうのってのは、縁だろ?

 こっちが指名して連れて行く、なんて、何様だって話だよ」

「だから、それだってたいして変わらんだろうが。お前の言い方をすりゃぁ、ここへは人を探しに来たんじゃねえ。

 その、縁ってやつを探しに来たんだよ」

ちぇっ、口がうまいよな、相変わらず。そういわれちゃ、やるっきゃないじゃないかよ。

アタシはふうとため息をついた。

アタシだって、あのとき、アルベルトのバカをかばって隊長とユージェニーさんにケンカを売らなきゃ、

今の生活はできてない。

ロッタさんは、軍人なんて、ってずいぶん反対したけど、隊長とユージェニーさんがなんとか口説き落としてくれたし、な。

まぁ、そういう出会いがここにもあるんだったら、それを否定する気はさらさらない。

だとしたら、ここでアタシにケンカを売ってくるようなやつを探せば良いってことか?

いや、違うか、それは違うよな、うん。
 

338: 2013/12/07(土) 15:32:00.70 ID:3ULhR63Do

 アタシと隊長は、基地の司令室で隊長の古い知り合いだって言う、司令官に会った。

隊長に負けず劣らず、横柄だったけど、人の良さがにじみ出ているような人で、なんだか好感が持てた。

アタシと隊長は更衣室に案内されて、パイロットスーツに着替えて訓練生が集まる講堂へ向かった。

 この講堂には、アタシもずいぶん世話になった。

うん、まぁ、その、勉強が嫌いなアタシには、学科なんて悪夢そのもので、特に航法計算の学科なんかは、

文字通り血反吐を吐く勢いだった。

ダリルが居てくれなきゃ、隊長がどんなにしてくれたって、アタシはパイロットにすらなれなかっただろうな。

そういや、ダリルと会ったのもここだったな。

いやぁ、会って2日目のあいつとのケンカは、ホント、人生の中で一番の激戦だったなぁ。

隊長やユージェニーさんは別格としても、あそこまでアタシとやりあえるやつなんて初めてだった。

まぁ、ダリルの方は女のアタシにあそこまでやられて相当悔しかったらしいけど、まぁ、いまとなっちゃ、それもいい思い出だ。

 アタシ達は講堂の前に立たされた。

アタシよりもちょっと年下くらいのやつらが、なんだか真剣な顔して席に座っている。みんなマジメだな。

はは、こりゃぁ、アタシとダリルが問題児だった、って言われても、納得だ。

 「気をつけ!敬礼!」

講堂に居た教官の号令で、全員が立ち上がって敬礼をしてくる。アタシと隊長も訓練生たちに敬礼を返した。

「直れ!休め!」

ババっと、機敏に敬礼を下げた訓練生たちは、休め、の姿勢をとる。

まぁ、あれってたいして休めになんないんだよな、なんてことを考えているうちに、基地長が話を始めた。

「先日話していた通り、今日はジャブロー防空隊所属の部隊から諸君らの指導のために、教官をお招きしている。

 お二人は、ジャブロー防衛の要を担う精鋭であり、今現在、最も錬度の高いパイロット一角である。

 今日はお二人に学び、連邦屈指の技術を、ぜひ諸君の技術の研鑽の糧にしてほしい!では、ご挨拶をお願いします」

基地長はそんな風にアタシたちを持ち上げた。

まぁ、お客だしそう言っておくものなんだろうけど、うんと階級が下のアタシにまでそんな言い方するのはやめてくれよな。

アタシはオマケだし、隊長の腕がいいのは本当だけど、でも“最も錬度が高い”って言ったら、そうでもないんじゃないかな。

隊長がすごいのは操縦じゃなくて戦術の方なんだけど…それを伝えられる時間なんてないしなぁ。

「レオニード・ユディスキン大尉だ。

 基地長に、腕のいいやつはうちの隊に引っ張って行って良いという許可を貰ってる。腕に自信のあるものは、どんどん見せてくれ」

隊長がそう言い終えて、アタシをチラっと見やった。もう、こういうのは苦手なんだよなぁ、ホント。

「あー、アタシ…私は、アヤ・ミナト少尉だ。

 私もこの基地出身で、今の隊ではまだ若輩ではあるので、基地長の紹介は身にあまることで、正直恐縮してしまっているけど…

 とにかく、まだまだ勉強中の身で、なにを教えて上げられるかはわからない。

 だから、言葉ではなく、機動を見せようと思う。必要だと感じたところは盗んでもらっていい。

 私の動きに着いてこられるようなら、たぶん、ジャブローでもそこそこはやっていけると思うから、

 とにかく、真似をしてみてくれ」

アタシは、そう言って隊長を見やった。

「やればできんじゃねえか、少尉殿」

隊長が小声でそんなことを言ってきた。まったく、見くびるなよ。

これでも、礼儀正しいやりとりはロッタさんに叩き込まれてるんだ。普段は絶対に使わないけど、な。

アタシはそう思って、隊長を鼻で笑ってあしらってやったら、隊長はニヤニヤと笑いながら肩をすくめた。

339: 2013/12/07(土) 15:33:14.06 ID:3ULhR63Do

 それからすぐにアタシたちは、滑走路に並べられた練習機の前に居た。

訓練生は、アタシが半分、隊長が半分それぞれ交代で見ることになった。

アタシたちが主体だけど、もちろん他の教官たちもいて、逐一、訓練生たちを見ていてくれている。

アタシの動きについてこれないやつは、その教官達に任せることにした。

アタシについて来れないようじゃ、悪いけど、隊長の指揮には対応できない。

うちよりももっと、あれこれ臨機応変に動かない、固定戦術を得意にした隊のほうが向いてる。

 アタシは訓練生たちを見渡した。どいつもこいつも、緊張した顔してアタシを見つめている。

あたしは、その中で1人、まるで、動物園の動物を見るみたいなキラキラした顔してこっちを見つめてきているのを見つけた。

茶色の髪にグレーの人をしたまだちょっとあどけない「男の子」、って感じのやつだ。

「あんた、ずいぶんと楽しそうだな」

アタシはそいつにそう声を掛けてみた。するとそいつはハッとした顔になって

「す、すみません!ワクワクしてしまって、つい…」

とあわてた。この空気の中でワクワクできるなんて、いい根性してるじゃないか。嫌いじゃないな、そういうやつは。

「あんた、名前は?」

「はっ!デリク・ブラックウッド軍曹であります!」

ブラックウッドは、ビシっとアタシに敬礼をしてくる。アタシも軽く敬礼を返して

「あぁ、さっきのワクワクって方がアタシもやりやすい。力を抜いていいぞ。あんたはアタシの分隊でついて来い。

 あとの二人は、教官の指示に従ってくれ」

と、そう言ってそばにいた教官にかぶりをふった。彼はコクリ、とうなずく、おし、問題ないな。

 アタシが教官に提案した演習は、仮想戦闘をイメージした戦闘機動訓練。

訓練生9名を3つの分隊に分けて、戦闘を行くアタシの分隊は想定される敵の機動に対応するための機動飛行をする。

後に続く2つの分隊にはアタシ達の分隊を敵と想定して同じ機動で追跡してもらう。

アタシの分隊は、アタシが直接機動を説明してから動く分、予測はつきやすいけど、

まぁ、実践で使える程度のスキルが必要だ。

逆に、距離を開けてついてくる後ろの分隊は、アタシらの動きは予測できないけど、

最短の距離で追ってこれるから、スキル的には、それほど難しくはない、と思う。

少なくとも、アタシにとっては、だけど。

「よし、では、少尉の分隊には、キサラギ軍曹、ノラッド軍曹が入れ。

 私の分隊にはブラックウッド軍曹とノラッド軍曹を除くB班の3人、

 ジェームズ教官の分隊には、A班の残りのメンバーが加われ」

「はっ!」

訓練生たちは、教官の指示に揃ってそう返事をした。それを確認し、全員を見渡した教官は

「では、準備にかかれ!」

と指示を出した。訓練兵たちがそれぞれに分散する。
 

340: 2013/12/07(土) 15:34:13.21 ID:3ULhR63Do

 自分に割り振られた訓練機に乗り込む準備をしていたら、アタシのところに、ブラックウッドがやってきた。

彼は、相変わらずキラキラした表情でアタシを見つめて

「あの!指名、ありがとうございます!俺、がんばります!」

なんて言って来た。んー、なんだ、かわいいやつだな。

アタシは思わず笑ってしまって、ブラックウッドの肩をバシバシ叩きながら

「とにかく、アタシの機動を良く見てついて来い」

と言ってやってから、ヘルメットを被って、訓練機に乗り込んだ。

 ヘルメットに無線と酸素マスクを取り付けて、シートベルトを締め、キャノピーを閉じる。

電気系統のスイッチを入れて、計器をチェックしていく。

「こちら、アヤ・ミナト少尉。コールサインは、オメガ7。管制塔、これより滑走路に進入する。

 ブラックウッド軍曹をアタシの二番機に。あとは、オズ教官の割り振りにしたがって誘導を頼む」

<こちら、シャイアン訓練基地管制塔。オメガ7、了解。ブラボー2はオメガ7に続け>

<デリク・ブラックウッド、ブラボー2です。オメガ7、よろしくお願いします>

ブラックウッド、デリク、の声が聞こえてきた。キャノピーから後ろを振り返ると、デリクの機体が右後方についている。

「あぁ、期待してるよ」

アタシはそう発破をかけてやった。それからすぐに、別の2機がアタシの後ろと、左後方についた。

「よし、第一分隊、離陸する。空に上がったら、フィンガーチップで後続の分隊を待つぞ」

 アタシは後ろの連中にそういって、管制塔からの指示を待った。

すぐに連絡が入りアタシは機体を滑走路へと進め、一気にエンジンを吹かして機体を空に舞い上がらせた。

「おい、ついてきているか?」

<オメガ7、こっちは、3機とも大丈夫です>

デリクの声がする。まぁ、離陸程度で遅れられても困っちゃうもんな、褒めてやるには、まだ早い。

 アタシらに続いて、後続の分隊が次々と空に舞い上がってくる。

すぐさま空には、4機で編成された3つの分隊、合計12機が揃った。アタシは、訓練空域になる基地から少し離れた荒野へと機体を向かわせた。

 緑が見えていた基地周辺の景色が変わって、眼下には赤茶けた大地が見えてくる。地図上で位置も確認した。

そろそろ大丈夫かな。

「各隊、応答せよ」

<こちら、第2分隊。準備よろし>

<こちら第3分隊。こちらもオーケーだ>

アタシが無線に話しかけるとすぐに教官たちからそう返事が返ってきた。

「よし、それじゃぁ、戦闘機動に入る。教官さんたち、ヒヨッコたちを良く見ててやってくれよ」

<了解した>

「よし、第1分隊。まずはシャンデルから旋回機動に入るから、ハイヨーでいいからついて来い。

 その直後にスライスバックで転舵する。了解か?」

<了解!>

 よーし、いい子ちゃんたちだ。アタシは返事を聞いて、そのまま操縦桿を右に倒しながら手前に引っ張った。
 

341: 2013/12/07(土) 15:34:50.41 ID:3ULhR63Do

 機体がロールしながら機首を空に向け、さらに傾いて180度逆を向く。

そこからさらに、エンジンの出力を上げつつ、エアブレーキと制動板を駆使してハイGターンに入る。

体を強烈なGが襲い、息が詰まりそうになる。

<くっ!すごい…!>

<膨らむ…ダメか!?>

後ろの機体から苦しそうな声が聞こえる。

なんだよ、これっぽっちについてこれないようじゃ、どうしようもないぞ?

それでもアタシは予定通りに、今度は左に操縦桿を倒しながら前に押し込む。

今度は機体が地面のほうを向いて、さらに大気を滑ってもともと飛んでいた方角へと機首が向く。

ちょうど、空中にななめに8の字を描く機動だ。敵とやりあうときに、まずやれって言われてる動き。

2種類のハイGターンを連続でやって、どれだけ着いてこれるかを判断して敵の力量と機体性能を測るために、隊長が考え付いた動きだ。

「ちゃんとついてるかぁ?」

<オメガ7、こちらブラボー2!すごい機動ですね!>

期待してなかったんで、声が聞こえてきて驚いた。

キャノピーから後ろを振り返ったら、そこにはデリク・ブラックウッドの機体だけが、アタシの後ろにぴったりとくっ付いていた。

「やるじゃないか、デリク!」

<あんな鋭い機動、教官達でもできませんよ!初めてみました!>

デリクはうれしそうにそんなことを言っている。

こいつ、浮かれてるけど、自分もそれにちゃっかりついてきてるんだ、っての、わかってんのかな?

「あんたも、今のに着いてこれるなら見込みあるぞ!まだ行くからな!」

<了解、がんばります!>

いい返事だ。アタシは、なんだか内心、ちょっとワクワクしているのを感じてしまった。

明るいし、素直だし、腕も悪くない。隊長、こいつは、アタシとしては合格点だ。

 それからさらにアタシは戦闘機動を続ける。

他の訓練生は60点、ってとこだけど、デリクだけはどんな機動をしてもなんとか喰らいついてきて、まぁ、80点ってとこかな。

 点数を付けるのは趣味じゃないけど、でも、アタシは訓練機を駆りながら、

こいつがアタシ達の部隊に入ってきたら、どんな風かってのがぼんやりとイメージできていた。
 

342: 2013/12/07(土) 15:35:16.76 ID:3ULhR63Do

 それから20分ほどの行程を終えて、アタシ達は地上に戻った。

そこにはすでに隊長に受け持ってもらった訓練生も戻ってきていて、滑走路の脇に訓練機を並べて、

疲れた様子で思い思いに休憩を取っている。

 アタシも訓練機を並べて止めて、コクピットから伸ばしたハシゴで降りると、

渋い顔をしながらミネラルウォーターのボトルに口をつけている体調のところへと向かった。

「どうだった、そっちは?」

「あぁ、どうもこうもねえ。資料で目をつけてたやつらも、それ以外も、あらかた残念な結果だったな」

隊長は渋い顔をしてそう言い、肩を落とす。それから

「そっちは?」

と聞いてきた。

「あぁ、うん、良さそうなのが1人居たよ。待ってくれな…」

アタシはそういって訓練生たちを見渡し、その中にデリクを見つけた。

「おい、ブラックウッド軍曹!ちょっとこっちへ来い!」

そう声を掛けたら、デリクはパッと駆け出してきて、アタシ達のところまでやってきた。

 「こいつがそうだ。デリク・ブラックウッド軍曹。隊長の考えた、グルグルスペシャル1番についてこれた」

アタシが言ってやったら、隊長の表情がパッと明るくなった。

「あれに、か!」

「グルグル…?」

「あぁ、最初にやった連続軌道だ。まぁ、ネーミングは気にすんな」

デリクが不思議そうにしているのでそこはとりあえず忘れてもらって、とにかく隊長に目をやる。

隊長は、ニヤリと笑って

「よし、なら、休憩後はお前をメインにためさせてもらうとしよう。だはは、こいつは楽しくなってきたな!」

と声を上げてデリクの肩をバンバンと叩いた。良かった、隊長にも気に入ってもらえそうだ。

こいつ、いいやつっぽいしな、後輩にいるんなら、アタシも教育が楽でいいよ。

 「なら、俺も1人、お前に頼みたいことがある」

「ん?そっちは期待はずれじゃなかったのかよ?」

「あぁ、大方はそうだったんだが、な」

そう言って隊長も訓練生の方をみやって

「おい、アトウッド軍曹!」

と声を張った。訓練生の中に居た、小柄なブロンドがピョンとびっくりしたように飛び跳ねて、こっちへ走ってきた。
 
 女だ。それもなんだか、ビクビクっとしてて、アタシみたいのが声をかけたら、

すぐにでも泣き出しちゃいそうな顔をしている。
 

343: 2013/12/07(土) 15:36:59.58 ID:3ULhR63Do

「この子?」

「ん、まだ、グレーなんだがな。こいつ、俺の機動を2度目で読んだ」

読んだ?隊長の機動を?

あのとんでも発想の動きを、か…?

 いや、ありえないだろ。隊長の動きは、常識はずれもいいとこで、

こんなとこで習う基本戦術なんかとはまったくの別物で、読むどころか普通なら予想すらつかないってのに…

まさか、こいつも、アレが分かるタイプなのか…?

 アタシはそう思って、目の前でフルフル震えているアトウッド軍曹を探ってみるけど、特になにも感じられない。

アースノイドの感じだし、特別何かがすごそうな感じもない。

いや、すごいどころか、なんか、弱々しくしか見えないけど…

「ま、まぁ、ホントならすごいけどな…あんた、本当に読んだのか?」

アタシはアトウッドにそう聞いてみる。すると彼女はビクビクしながら

「えと…あのっ…は、はい…なな、なんとなく、ですけど…」

と答える。ふぅん、なんとなく、ね。

それ素人だから常識に捉われない発想がある、とか、そういう割と良くあるやつなのかな?

 「お前、次の班で飛ぶときは、こいつを後ろに乗せて飛んでくれないか?」

隊長がそんなことを言ってきた。後ろって、アタシの訓練機の、後ろ、ってこと?

「どうしてだ?」

「いや、まぁ、勘だが…もしかすると、一度体で体験すれば、あとは自分で飛べるようになるんじゃねえかって思って
んだ」

アタシが聞いたら、隊長は相変わらずの渋い表情でそんなことを言ってくる。隊長も、半信半疑なんだろう。

まぁ、普段の隊長ならこういうやつの見極めだってなんなくやっちゃうんだけど、こいつに関しては迷うのは分かる気がした。

 「まぁ、そういうなら、やってみるよ」

アタシはそう言って、アトウッドを見やった。

「アヤ・ミナトだ。よろしく頼むよ」

「あ…あぁマライア・アトウッド、軍曹です!」

「アライア?」

「あ…あの、あ、いえ、すみません、マライア、です…」

「あぁ、マライア、か。よろしくな。あと10分、良く休んどけよ」

そう言ったアタシの顔を、マライアは見もせず、ただ、体をビシっと緊張させて、なんだか伏目がちにうなずいた。


 

344: 2013/12/07(土) 15:37:27.67 ID:3ULhR63Do



 「たく、とんだ目にあった…」

アタシは、訓練を終えて、訓練基地のシャワー室に居た。支給してもらったタオルで体を拭いて、においを嗅ぐ。

うん、よし、とりあえず、においは取れたな。

「す、すみませんでした!」

アタシがシャワーの個室から出てくるのをまってたらしいアトウッドが、アタシを見るなり、そう言って頭を下げてきた。

ブルブル震えてやがる。

まったく、本当に、気の小さいやつだな。そんなアトウッドに、思わずため息が出てしまう。

「まぁ、仕方ない。ああいう経験、戦闘気乗りならヒヨッコの頃には一度や二度はあるもんだ」

アタシはそう言って、アトウッドの頭をペシペシ叩いてやる。

まぁ、アタシが知っている限りでは、訓練飛行中に教官機の後ろでゲロ吐いて、

あろうことかそれを教官と一緒になって全身に浴びる、なんてやつは聞いたことないけど。

 頭から手をどけて顔を上げたアトウッドの目にはいっぱいに涙がたまっている。

あぁ、もう、なんだよこいつ。なんでこんなのが軍なんかにいるんだよ?

戦争とか、そもそも戦うとかそういうのまったく向いてないだろう、あんたさ。

あんたみたいなのからは戦場じゃたぶん目を話せないんだろうし、まぁ、入ったって荷物になっちゃう可能性高いとおもうんだけど。

そう、“だけど”、なんだ。

 ゲロを撒き散らした機内で、こいつは、緊急帰還前に一度やっておけと言った、

アタシが手本でやった隊長特製戦術のランクSクラスの機動を、そっくりそのままコピーしやがった。

 ゲロまみれで地上に降りたアタシの報告を聞いた隊長は、ニヤっと笑って、

「俺の目に狂いはなかったな。あ、アヤお前、臭いからそれ以上近づくな」

とか言ってきやがったので、ぶん殴ってやろうと思ったのに、

そそくさと訓練機に乗ってアタシと交代した訓練生たちを連れて空に上がっていきやがった。
 

345: 2013/12/07(土) 15:38:20.08 ID:3ULhR63Do

 とりあえず、新しく用意してもらった、服を着る。

ふと、置いてあったPDAがランプを点しているのが目に入った。

手にとって中を確認すると、隊長からのメッセージ。はぁ、隊長、本気かよ?まぁ、確かに、認めるけど、さ…。

 アタシはポケットにPDAをしまって、シャワー室の出口へと向かう。

と、アトウッドがアタシの背中を見つめている気配が感じられて振り返った。

アトウッドは相変わらず全身をひどく硬直させて、目に涙を浮かべながらアタシを見つめている。

まったく、こいつは世話が焼けそうだな…

「なにしてんだよ」

「あ、え、え?えっと…」

「アタシ、今日はもう帰ってバーボン飲んで寝たい気分なんだ。さっさと部屋行って荷物詰めてきな」

アタシが言ってやったら、アトウッドは目に溜めていた涙をボロボロとこぼし始めたんで、驚いてしまった。

「な、なんだよ、急に!?」

「あ、あたし…ダメですか?あの、その、もう、ここ、訓練生クビですか?し、失礼なこと、しちゃったから…?」

あぁ、はぁ、なるほど。そっちに発想が行っちゃったか。

だぁ、もう。隊長、本当にこいつ、大丈夫なんだろうな?

 アタシはそんなことを思いながらも、アトウッドの涙をぬぐって、もう一度頭をペシペシ叩いてやる。

「バカ。ここを出て、一緒にジャブロー行くんだよ。だからとっとと準備して来い」

そう言ってやったら、アトウッドは一瞬、呆然とした表情になって、

それから、やっと意味が分かったように、ビックリした顔になって

「え、あ…は、はい!」

と言って駆け出して、アタシを追い越し、シャワー室のドアに突撃した。

ノブを手にタックルするようにドアに2,3度ぶつかってから

「あ、引くドアだった…」

と言って、慌ててドアを引き開け、バタバタと足音をさせて廊下を走っていった。


 …大丈夫か、あいつ、ほんと…。

 隊長の決定だし、アタシもまぁ、センスは良いんだろうって認めるよ。

でも、あれ、どう考えたって…

 アタシは、胸がいっぱいになりそうだったので、とりあえず大きくため息だけついといた。
 
 

352: 2013/12/09(月) 20:02:30.06 ID:vXWccbnWo

 基地へたどり着いたアタシは、とりあえず、アトウッドに隊長とデリクと、事務棟へ行って、転属の事務処理を頼んだ。

それから、デリクは隊長が、アタシは、アトウッドを兵舎の自分の部屋へと案内した。

兵舎は大体が2人で一部屋を使うことになっているんだけど、アタシの部屋は、今はアタシ1人。

事務の連中にとっちゃ、隊も同じになる予定だし、そのまま一緒に生活してくるんなら準備や調整の手間が省けていい、

てな程度の理由なんだろうけど、とにかく、アトウッドはアタシと同室になった。

 勘弁してくれ、とは思わないけど、でも、まぁ、慣れるまでは多少気疲れしそうだな。

施設での暮らしで共同生活の長いアタシで良かったろ?

 なんて声を掛けてやろうと思ったけど、アトウッドのやつは、

アタシと同室ってのが決まった瞬間に、また表情を硬くしてしまっていた。

うーん、参ったな、これ…どうしたもんか…あぁ、和ますのとか、意識してやれないんだよなぁ、アタシ。

くそ、こういうときは、ヴァレリオの手を借りたくなるな。

アトウッドをナンパでもしてくれりゃぁ、それを守る名目であんたのタマもつぶせるし、守ってやったってことで、

安心してもらえるチャンスもできるかもしれないし、一石二鳥なんだけどなぁ、ダメか、ダメだよな、うん。

 「あぁ、まぁ、部屋は適当に使ってな。あんたのクローゼットはそっち。デスクはそこな。

 ベッドは、すまないけど、アタシが上つかっちゃってるから、下で頼む。

 それから、トイレや南下は共同だから、ここにはない。シャワーもな。

 まぁ、それは訓練基地の寮も一緒だったから平気か。

 それから…あぁ、そうそう、冷蔵庫はクローゼットの下に個人用のが入ってるのと、

 エアコンのスイッチは部屋の電気のスイッチのとこにある。

 まぁ、アタシはエアコンって好きじゃないから、こっちのファン使ってるけど。

 ここは年中蒸してて暑いから、脱水には気をつけてな」

とりあえず、さし当たって思い浮かんだことを一気に説明する。

アトウッドは、それを部屋のドア口に大きなトランクを抱えながら突っ立って聞いていた。

「あぁ、もう。入りなって。別に、取って食べたりはしないからさ」

アタシが言ってやったら、アトウッドは、

「お、おじゃま、します…」

なんて言いながら部屋に入ってきた。

お邪魔します、じゃないだろ、なんて言ってやりたかったけど、まぁ、今はまだ、かわいそうかもな。

 とにかく、ここはもう、新しい子が施設に居たときとおんなじに振舞っといたほうが安心してもらえるだろう。

そのほうが、気疲れはするけど、こんな状態のアトウッドとおっかなびっくり付き合っているよりはマシだ。

 とりあえずアタシはそう決めて、その日はシャワーやら部屋の使い方だけしてベッドに潜り込んだ。

 寝入りばな、かすかに、マライアのすすり泣く声が聞こえていたような気がしていた。
 

353: 2013/12/09(月) 20:04:26.86 ID:vXWccbnWo

 翌日、今日は午前中、アトウッドとデリクについて回って、一緒によその隊やら上の連中に紹介しろ、と、

アタシは隊長から言いつけられて、この地下にある貴地の中を、車であちこち動き回っていた。

 毎日やってる訓練を抜けられるのは息抜きにはなる。

顔を見たい連中もいるし、そこのところはうれしいんだけど、上の連中に会うのはちょっとめんどくさい。

ちゃんとしなきゃいけないからな。あれ、けっこう、疲れるんだよなぁ。

だから、今さっきそっちを先に済ませてきた。イヤなことは先に処理しちゃうに限るもんな。

 上の連中は、隊長からの推薦状と異動の提案書を見ているはずだから、二人のことは紙の上では知ってたはず。

いや、そもそも、末端のアタシらなんかにはたいして興味もない連中だからな。

紙の上で知ってもらえてるだけ、まだマシか。

アタシのときもそうだったらしいけど、割とこんな形でヘッドハンティングすることはよくある話しらしい。

所属先の責任者と、受け入れ先の責任者との合意の下で、書類が交わされて異動が決定する。

中には、成績良いやつらばっかり集めて、軍内での地位を勝ち取ろうとするやつなんかもいるけど、

幸い、うちの師団長は保守派で、そういう攻めた方法はとらずに今の地位を維持したいって人だから、

トラブルを起こすようなやつ以外は積極的に追い出したり、成績のいいやつを取り込んだりするようなこともしない。

アタシも入りたてのころには良くその流れで譴責を受けた。オフィスに帰ると決まって隊長が、

「バカ、バレないようにやれよ」

と豪快に笑ってたのを思い出す。

その言いつけだけはしっかり守って、最近じゃ、うやむやにしたり、セキュリティをこっそり無効化したりすることだけには慣れてきた。

ダリルに教えてもらえりゃ、ワケはないよな。

 施設を出て、2年、訓練校で過ごした。で、隊に来て、また2年。もうかれこれ、4年か。

軍にいるうちは、食うことも生活することも全部支給品で困らないから、金を使う必要もない。

訓練生のころは微々たるもんだったけど、清拭に配属されて2年、施設に寄付してる以外にほとんど手をつけてないから、

もうけっこう溜まってるよな。船と家を買うには、そうだな、あと2、3年やれば十分だろう。

心配なのは、ここのところどうも宇宙がキナ臭いことだ。

サイド3の自治政府と連邦とが完全ににらみ合ってる状況になっている。

妙なことにならないようにいのるばっかりだな、これに関しては。

 助手席にはアトウッド、後部座席にはデリクを乗せて、車を師団のオフィスからうちのオフィスの方へと走らせる。

デリクもアトウッドも、この地下基地が珍しいようで、始終、キョロキョロとあたりを見回していた。

確かに、こんなでっかい洞穴の中に住もうだなんて、すごい発想だと思う。

店やなんかもあるし生活に困るようなことはないけど、アタシみたいなやつは、1日一回、日の光を浴びに行かないと、

どうも調子が悪い感じがしちゃう。

いつもは毎日の訓練で、半日以上は空の上にいから、あんまり気にしたことはなかったけど、

うーん、今日は訓練抜き、ってことになると、やっぱり、あの青い空が恋しいな、なんて思っちゃう。
 

354: 2013/12/09(月) 20:04:53.40 ID:vXWccbnWo

 「ミナト少尉!あの建物はなんですか?」

後ろで立ち上がって、この屋根のない軍用のジープからあたりを眺めていたデリクがそんなことを言ってきた。

いや、待て、そんなことより、ミナト少尉は、やめてくれ、くすぐったいじゃんか。

「アヤ、で良いよ、デリク。あれは、ショッピングモールだ」

デリクが指さしている、遠くの建物を確認してアタシは教えてやる。

「ショッピングモールですか、アヤ少尉!」

いや、待て、分かった。アタシの言い方が悪かった。

「少尉ってのをやめよう、デリク。午後も一応、あんたたちの案内するように言われてるから…

 そうだな、昼飯は向こうに出張って食べようか」

「えー、と、ミナトさ…あ、いや、アヤさん、良いんですか?」

デリク、あんた、素直で物分り良くっていい子だなぁ。

「あぁ、うん。歓迎会は今夜だからな。まぁ、その前にアタシがおごってやるよ」

アタシが言ったら、デリクは顔をぱっと明るくした。

「ありがとうございます!」

そんな様子を見てたら、なんだか笑いが漏れてしまった。ははは、本当にこいつは、まっすぐだなぁ。

 こいつは、な…

 アタシはそう思って、助手席に座っているアトウッドを見やった。

アタシと目が合うとアトウッドはビクビクっと体を反応させてから

「あ、あの…でも、申し訳ないです、上官ですし…」

なんていってくる。

「あぁ、いいんだよ、気にすんな。先輩を立てるつもりで、付き合ってくれよ」

アタシがそう言ってやったらアトウッドは、体を縮こまらせて…

「はい、えっと…その、あ、ありがとうございます…ミナト少尉…」

いや、お前、アタシとデリクの話、聞いてなかったのかよ!

「マライア」

アタシが名を呼んだら、アトウッド…マライアは、また、体をビクっとさせた。

「は、はい…」

「ア、ヤ、だ」

「あ、あああ、ごご、ごめんなさい、えと、アアア、アヤ、さん!」

うん、そうそう、それで良い。あんたも悪いやつじゃないってのは分かる。

もうちょっと慣れてくれば、少しは砕けてくれるって思っておいてやる。

だから、まぁ、その、なんだ、その泣きそうな顔、止めてくれ。

どんなことされたって、アンタをいじめて泣かすようなことはしないからさ。安心しろよ、マライア。

 アタシは、そんな思いを込めて、マライアに笑いかけてやった。


 

355: 2013/12/09(月) 20:05:29.39 ID:vXWccbnWo



 アタシ達はそれから、あっちこっちの隊にあいさつ回りをした。っ言っても、同じ師団の中隊連中のところに、だけど。

あちこち回って、最後に隣の、レイピアのところへも行った。

レイピア隊は、隊長のアレの、ユージェニー大尉が隊長を務める部隊だ。

ジャブローへ来て、あれこれといたずらをしては譴責されていたアタシに

あの関節技が主体の奇妙な格闘術を教えてやる、ってことで、かなりしごかれた。

厳しいって感じの人ではないんだけど、あの格闘術をおんなじで、じわじわと真綿で首をしめるみたいに追い込んでくるんだ。

おかげでアタシはすっかりおとなしく矯正されちゃって、まぁ、そのおかげでまだこの隊に居ることができている。

そう、何事も、大事なのは正しくあることじゃなくて他人に迷惑をかけないで“うまくやる”ってことだ。

 レイピアには他にも、キーラとリンって女性隊員が居る。

キーラは気さくで明るくて、リンは物静かだけど、凛とした雰囲気がある。

軍の中じゃぁ、アタシらみたいな前線に放り込まれる場所に女がいるのはけっこう珍しい。

キーラともリンとも休みの日なんかは一緒に買い物に行ったり、地上に出て、遠出して施設のある街に行ったりしてる。

隊の連中には、柄でもない、って良く冷やかされるんだけど、さ。

まぁ、確かに、どっちかって言ったら、ダリルと倉庫の酒をどうやってかっぱらってくるか、ってことを考えるのも楽しいけどさ。

でも、その作戦会議にはたまにキーラも混ざってくるし、

リンはリンで、かっぱらってきた酒を飲みに来るし、みんな同じようなもんだろ。

でも、今はそういうことじゃなくて、

もしかしたらこんなアタシよりもキーラかリンと、マライアが仲良くなってくれたら

こいつも少しは楽になってくれるんじゃないかな、なんて思った。

それから、ユージェニーさんに優しくじわじわと絞ってもらったほうが、今のこんな状態よりは多少はマシになるかもしれない。

こんなんじゃ、有事のときにまともに戦うことさえできないだろ。

とっさのときに体がこわばっちゃって動けないんじゃぁ、自分の身だって守れない。

連携とか、敵と戦うとか、そこまで期待しなくても、せめてアタシの後ろをついてきて、

万が一のときに、自分の身を守って、敵から逃げ切れるだけのことができるようにはなっておいてほしいからな。

これはあとで、隊長に相談してみるか。

 世話が焼けるって思うのは正直なところだけど、施設にいて、そういうことをたくさんしてもらってきて、

自分もしてあげてきたからなんだろうか、悪い気はしないし、めんどうだと感じることもない。

まぁ、性分なんだろうな。

デリクみたいなやつもかわいいと思うけど、マライアみたいにビクビクでも、これはこれで、かわいいってもんだ。
 

356: 2013/12/09(月) 20:05:59.41 ID:vXWccbnWo

 それからアタシ達は、モールに入ったレストランで昼飯を食べた。

マライアのやつはやたらに遠慮して、一番安いサンドイッチのセットなんかを頼もうとするんで、

アタシはそれをキャンセルさせて、店で一番ボリュームあって高いやつを頼む、って注文してやった。

出てきたのは、カリカリのオニオンブレッドと

600グラムあるっていう特大のハンバーグがビーフシチューの中を泳いでるすごいセットだった。

さすがに、こんなちっこいマライアにこれは気の毒だったかな、と思ってたけど、

マライアは相変わらずカチコチに緊張してたのに、それをぺロッと平らげた。

無理してんじゃないかって心配したけど、どうもそんな感じもしない。

うん、よし、今度からはもうちょっと財布に入れてくるようにしよう。

 それからアタシはいったん隊のオフィスに戻った。

午後は、基地内の施設を案内することになってたんで、その前に全体の見取り図を見せてやんないとならない。

見取り図は機密情報の一部だから、まぁ、ちょいちょいアクセスしちゃってるけど、基本的にデータ上でのアクセスは厳禁。

隊のオフィスに紙に出したでかいやつがあるから、それを使うつもりだった。

 隊のオフィスに入ったら、うちの連中とは別に、見慣れない人の姿があった。1人は、中年の女性。

もう1人は、マライアと同じくらいの、小さい子…

 ドアを開ける音で気がついたのか、二人がこっちを向いた。



あ、あ、あんたたち!



 「アヤ姉さん!」

そう声を上げて、小さい方がアタシに向かって突進してきた。

アタシは彼女を受け止めて、すがりつくみたいにして寄せてくる体を抱きしめてやる。

「シェリー、なんだよ、どうしてこんなところに?」

「うん!こないだくれたお洋服と、お菓子のお礼の手紙をみんなで書いたから、代表で私がとどけに来たの!」

シェリーはキラキラした笑顔でアタシを見上げてそんなことを言ってきた。

 あれは先月だったか、アタシがいつもみたいにお菓子と寄付金を施設に送ってやろうとして、

このオフィスで準備してたら、それを見つけた寡黙なベルントが

「良かったらこれも」

と言って、ダンボールいっぱいの子ども服を持ってきたのがきっかけだった。

それから、隊長とかキーラ達レイピアの連中まで、服だの文房具だのオモチャだの、いろんなものを集めてくれて、

結局、最終的にはダンボール8箱分にもなって、それを施設に送ってやっていた。

どうやら、その礼を言いたくて、わざわざ出向いてきたみたいだ。いや、それだけじゃない、かな。

 「なんだよ、街までからじゃずいぶんとかかっただろうに、わざわざ来なくたって良かったんだぞ?」

アタシが言ってやったら、シェリーは笑って

「いじわる。遊びに来てくれないから、来ちゃったんだよ」

なんて言ってきた。あはは、それは、ごめんな。そろそろ行ってやろうかと思ってたところだったんだよ。

でもこっちもけっこう忙しくてさ。新人の面倒見たりとかな。
 

357: 2013/12/09(月) 20:07:14.46 ID:vXWccbnWo

 「悪いな。また今度、ちゃんと時間とって遊びに行くよ。それより、シェリーは大きくなったな。いくつだ?」

「今年で、13」

「13か、大人っぽくなって…あれか、もう好きな人とかできたんじゃないのか?」

アタシがそう言ってやったら、シェリーは真っ赤な顔して

「もう!そういうの、やめてよ!」

と笑いながらアタシをひっぱたいてきた。あはは、ホントにかわいいやつだな。

 アタシがそんなことを思いながらシェリーの頭をなでていたら、一緒に居た、中年の人がアタシの方へやってきた。

この人はちょっとだけ知ってる、施設の寮母さんだ。

メイさん、ってアタシは呼んでたけど、そのメイさんが

「アヤちゃん、皆さんには先に言ったけれど、あんなにたくさんの寄付、本当にありがとうね」

と言ってくれる。

「いや、アタシはいつもどおりのことをしようとしてただけなんだよ。でも、こいつらが、あまり物を集めてくれたりしてさ」

あまり物、だなんて、ウソだけど。施設の子だからって、中古品送るわけにいかない。

確かに使ってない新品もあったかもしれないけど、ほとんどはみんな、

わざわざモールで買ってきてくれたものだってのを、アタシは知ってた。

「まぁ、あれくらい、なんてことはないよな」

ヨーロッパの士官学校出で、アタシやダリルなんかと同期で入隊したフレーとがダリルにそう言っている。

ダリルもガハハと笑って

「違いないな。その気になりゃ、車でもトラックでもなんだって都合してやれるからな」

なんてことを言ってる。

いや、ダリル、盗品を寄付するのはさすがにどうかと思うぞ?なんて言ってやろうかと思ったけど、

シェリーの手前、やめといた。

 「未来の美人さんへの貢物だしな」

アタシより先の入隊だけど、二等兵からのたたき上げの曹長で軟派なヴァレリオが言い始める。

未来の、ってのは、どういうことだよ?シェリーはもう十分美人じゃないか。いや、だからってお前になんて

指一本触れさせないからな、てのも、言わないでおいてやった。

 「年に一度くらい、こんなことをしてやるのもいいですよね」

「あぁ。サンタクロース、って風体じゃねえがな」

「いっそ、赤と白のパイロットスーツでも注文しておきますか?」

副体調になったばかりのハロルドさんと3番気のカーターと隊長がそういって笑ってる。

いつもは寡黙で無表情なベルントまでが、今日ばかりは優しくニコニコとしてた。
 

358: 2013/12/09(月) 20:08:20.76 ID:vXWccbnWo

 施設や、こいつらのことを考えて、そんな顔してくれるのは、アタシにとっては、

ホントに、本当に、うれしいことだった。だから、ときどき思うんだ。

これは、施設っていう、血のつながってないやつらばっかりが身を寄せ合ってるとこで暮らしてたからかもしれないけど、

そうやって、アタシの大事なもんをおんなじように大事にしてくれるあんた達が、さ、

アタシは、家族みたいだな、って、そう思うんだ。

 「おう、ヒヨッコ共もご帰還のようだな」

不意に、隊長がそんなことを言ってきた。あ、いけね、忘れてたよ。

 アタシはシェリーの頭をポンポン撫でながら体を離して

「デリク、マライア、紹介するよ。

 あたしのいた施設にいる子で、アタシの、血のつながってない妹の、シェリーだ。ほら、挨拶」

アタシが言ったらシェリーは

「うん」

とかわいく返事をして

「シェリー・アスターです。よろしくおねがいします」

って笑顔で挨拶できた。うん、さすがロッタさんも認める“しっかり者”。えらいぞ、シェリー。

「シェリー、この二人は、昨日からうちの対で働くことになった、デリクとマライアだ」

今度は、二人のことをシェリーに紹介する。ほら、お前らも挨拶、な。

 「デリク・ブラックウッドです。よろしくね、シェリーちゃん」

デリクは、にこやかにそう挨拶をする。うん、爽やかだ。

アタシ、あんただったらシェリーを嫁にやったっていいと思うぞ、デリク。

それに引き換え…おい、あんた、相手は13歳だぞ、しっかりやれよ…?

でも、そんなアタシの思いをよそに、マライアは相変わらずにガチガチになって言った。

「えっと、あ、あライア・アトウッドです」

「アライアさん?」

「あ、う、ううん、あの、えっとね、マ、マライア」

「あぁ、マライアさん!よろしくお願いします!」

はぁ、と出そうになったため息をこらえて、アタシはとりあえずちゃんと挨拶できたシェリーの頭を

ペシペシっと叩いて褒めてやった。

 


  

367: 2013/12/11(水) 01:22:27.17 ID:AOshTCCVo



 シェリーたちとさんざん話をして、それからレイピアの方にも顔を出してもらって、

子どもたちが欠いてくれたって言う手紙とか絵とかを受け取って、メイさんの運転する車で基地を出て行った。

見送りに出てったアタシはシェリーに

「2ヶ月のうちには、きっと遊びに来るように!」

なんて約束を取り付けさせられてしまった。

そんなことしなくたって、ちゃんと行くから大丈夫だって、一応言っておいてやったけど、

訓練生時代に顔をだせなかったのが、シェリーにしてみたら寂しかったんだな、って感じだ。

 他の誰にも頼りたがらないシェリーに、アタシにくらいは甘えろよ、って言ってやったのは、

シェリーが施設に来て半年くらいしてからだったかな。

確か、まだ、8歳くらいだった気がする。そのときには、アタシが16か17くらいだったっけか。

一緒にいたのはほんの2年くらいだったけど、とにかくそう言ってやって以来、シェリーはアタシにはああしてべったりだ。

でも、施設の中ではしっかり者で、年下の面倒を見てくれたり、年上の連中を支えてやったりしてるらしい。

アタシはそういう、子どもっぽくないところがイヤで、甘えろ、なんて変なことを言っちゃったんだけどね。

でも、だからこそ、こうしてちゃんと甘えてこれるシェリーはえらいし、アタシもそれをちゃんと受け止めてあげたい。

絶対に、約束する、と言って納得したシェリーは待ってるね、なんてニコニコしながら、車に乗り込んでいった。

 で、それから、ずいぶんとほったらかしにしちゃってたデリクとマライアに基地の説明と案内をして、

夕方からは、歓迎会でいやって言うほど飲んでやった。

デリクはさっそく、フレートやダリルに気に入ってもらえたらしくて安心した。

マライアの方は、と言えば、相変わらず固まっていて、それをほぐそうとでもしたのか本気でナンパしようとしたのか、

ヴァレリオがあれやこれと口説き文句を並べ立ててたので、

フレートとダリルに羽交い絞めにしてもらったところにアタシがドロップキックを喰らわせてやったら、

マライアのやつ、いよいよ倒れるんじゃないかってくらい、になっちゃって、焦ってしまった。

 途中でレイピアが来てくれて、リンが隣に座ってポツリポツリと話をしてくれてるのが目に入ってた。

リンには少し安心できたのか、気持ちが微かに緩んだのを感じて、アタシも胸をなでおろしていた。

 その晩、シャワーを浴びて部屋に戻ったら、マライアはすでにベッドに入っていた。

まぁ、緊張しっぱなしだったし、酒も入ってたみたいだし、疲れが出たんだろう。

アタシは、マライアを起こさないように、そっと二段ベッドの上に登って横になった。エアコンはついてないらしい。

アタシは枕元につけておいた小さなファンのスイッチを入れて濡れた髪をタオルで拭く。

 歓迎会の最中に、隊長がユージェニーさんに言ったら、マライアの特訓を承諾してくれた。

ユージェニーさんはついでだから、とデリクもまとめてみてくれるとも言ってくれた。

明日からは、デリクとマライアはしばらく、午前中に飛行訓練、午後にはユージェニーさんの特訓、

夜は、隊長とダリルから学科の講義を受けて、昇給の条件になってる戦闘飛行隊への清拭な配属決定試験をパスしなきゃなんない。

二人とも士官学校を出てるから、試験をパスできれば曹長になって、その後半年問題がなければそのまま少尉まで昇進できる。

アタシやダリルが来たのとおんなじルートだ。

フレートは訓練基地で学科を修めて、そこで曹長に上がって、そのあとすぐ実戦飛行機動訓練って言う、

技術向上のための試験を受けて合格し、少尉に昇進してからうちに配属になったと言ってた。
 

368: 2013/12/11(水) 01:23:13.24 ID:AOshTCCVo

 入隊するにはいろいろとルートはあるんだけど、隊長が人事に自分の意思をねじ込みだすようになったのは最近だ。

それって言うのも、宇宙艦隊の増強やら、開発部への転属なんかが相次いでて、隊員の出入りが不安定なのがイヤだったみたいだ。

そりゃぁ、そうだろう。わずらわしいし、それに、結束力や連携の問題もある。

実戦のことを考えたら、なるべく“抜けていかなそうなやつ”を隊において要にしておきたいんだろう。

3番機のカーターも、宇宙艦隊の方へ転属しようとしてたのを、隊長が口説いて残らせたって話だ。

 アタシは昇進にも興味はなし、まぁ、戦争がしたいってわけでもないけど、でも、船や家のためにしばらくは働きたいし、

施設のこともあるから、宇宙へなんて出るつもりはない。

それに、なによりここの隊のやつらがみんな好きなんだ。

ホントに、家族で、アタシは、なにより、あいつらと一緒にいるために、あいつらを守るために、ここに居たいって思えるんだ。

本当に、こればかりは性格なんだろうな、なんて思ったら、ひとりでに笑えてしまった。

 もぞもぞと、動く音がする。しまった、マライアを起こしちゃったかな?

アタシは髪を拭き終わったタオルをベッドから手の届くクローゼットの前に取り付けたタオル掛けに通して、

ファンの出力をさげる。これで、多少は静かかな…

「あの…」

なんてことを思ってたら、声が聞こえた。今の、マライアか?

 アタシは上から、下のベッドを覗き込むようにして見下ろすとそこには座り込んで、こっちを見上げているマライアの姿があった。

「悪い、起こしちゃったか?」

アタシが聞いたら、マライアは首を横に振って

「い、いいえ、起きていたんです。ミナトしょう…あ、アヤさんも、まだ、その、寝ないのでありますか?」

と、つっかえながら言ってくる。

 うーん、そっか。あんまり、アタシの気持ちばっかり押し付けて、逆に困らせちゃってるんだ、これ。

「アタシ、あんまり固いの好きじゃないから、砕けてくれた方がいいんだけど、ちょっと、いきなりすぎたな。

 まぁ、あんたの呼びやすいように呼んでくれて大丈夫だし、それに、口調も変に意識しなくたっていい。

 一番、気を使わないしゃべり方でいいからさ」

アタシは、なるだけ穏やかに言ってやった。マライアは、薄暗い部屋の中で、コクっとうなずいた。

それから、クッとあごを引いて、唇を噛んでから、

「あの…も、もし、寝ないのでしたら、その…すこし、お話をしませんか?」

なんて言ってきた。肌にピリピリとしたものが伝わってきて、同時に胸が詰まるような感じがする。

こいつ、緊張してるんだな、こんなに…でも、分かるよ。

あんた、今、その小さい体の中にある小さな勇気をなんとか振り絞って、アタシにそう言ったんだろ?

だったら、アタシもちゃんと答えてやらないとな。

 アタシは、上のベッドの柵を乗り越えて、柵にぶら下がりながら振り子の要領で下のベッドに飛び込んだ。

「キャッ」

とマライアの小さな悲鳴が聞こえる。

驚かせちゃったかな、と思って見つめたマライアは、アタシの顔を見て、口を手で覆って、恥ずかしそうに、少しだけ、笑った。

すかさずに、アタシはその頭を撫でてやる。

マライアは、肩をすくめて、

「ありがとう、ございます」

と、さっきよりもちょっとやわらかい笑顔を見せてくれた。
 

369: 2013/12/11(水) 01:23:47.38 ID:AOshTCCVo

 「で、どんな話がしたいんだ?」

アタシは、自分のベッドから毛布を引っ張って出して、

それを丸めて腰の後ろに突っ込んで策に背を持たせかけながら聞いてみる。

するとマライアは、また少し緊張した表情になりながら

「あの…こ、こんなことを聞いて良いのか分からないんですけど、その…

 ミナト少尉は、どうして、軍に入ったんですか?」

と聞いてきた。

 そんなもの、理由は簡単だ。

「ん、金のため、かな」

「お金、ですか」

アタシの言葉をなぞるように言ったマライアはそれからすぐに

「その…し、施設のため、なんですか?その、ミナト少尉は…」

とそこまで続けて、マライアはハッとしたようで、とたんに何かを怖がるような顔つきが恐怖にゆがんだ。

「あ、あ、あの、ごごごごめんなさい!たた立ち入ったことを、聞いちゃいました!」

 施設出身なのか、そう聞こうとしたんだな、ってのは、なんとなく分かった。

まぁ、普通なら多少はナイーブな話ではあるよな。

どこの施設も、アタシがいたところみたいに良い場所だって保証はないし、いや、実際いろいろ聞くと、

相当ひどい環境のところもあるらしい。

そりゃぁ、施設って所は、いろんな境遇の子どもが来るから、虐待されたりして、捻じ曲がっちゃってるな、

なんて感じるような子どもも少なくはない。厳しくしたり、逆に内側が崩壊しちゃってる、なんて話も、割と聞く。

でも、アタシのいたところはそういうことは関係なく、寮母さんたちはアタシ達を大事にしてくれたし、

叱ってくれたし、褒めてくれたし、辛いときは一緒に泣いてくれたりしたこともある。

アタシはあそこが好きだし、恥ずかしいなんて思うことも、知られたくないなんて思うこともない。

だって、あそこはアタシの実家で、アタシの家族が居る場所だ。

「ま、そういうやつも中にはいるかもな。アタシは平気だから、安心しな。

 そう、あんたが思ってる通り、アタシも施設出身だ。

 ここから西へ、車で山を2つ越えたところにある街にあるんだよ。車なら、3時間ちょっとくらいかな」

そう言って、チラっとマライアを見やる。

彼女は、ホッとしたような、でも、まだ緊張が切れてはいないし、なんだか必氏な顔をしてる。

おっかなびっくり、距離感を探ってる、って感じだ。

まぁ、焦るなって。

ちゃんと待っててやるし、なるべく分かりやすいようにしてやるからさ。

「それじゃぁ、やっぱり、施設のために、お金を?」

マライアはそう聞いてくる。あぁ、なるほど、そういうことか。

良くあるよな、施設出身者が仕事について、子どもたちには内緒でいつもプレゼントやらをたくさん届ける、って話。

なんだっけ、ボクシングだったか…あ、いや、違うな、なにかのスポーツだと思ったんだけどな…

あ、まぁ、それは、今は良いか。
 

370: 2013/12/11(水) 01:24:41.04 ID:AOshTCCVo

「いや、そうじゃないよ。まぁ、昼間見てもらったみたいに、多少のお金とか物とかは入れてるけどね。

 そのためってワケじゃないし、まぁ今回のは特別だったんだよ。金は、アタシの夢のための、貯金なんだ」

「夢、ですか…そ、その、それって、どんなか、って、聞いてもいいですか?」

「アタシさ、船がほしいんだよ!

 そいつで、魚を獲ったり、ダイビングを教えたりしながら生活できたら、って思うんだ!

 ここから北に行ったところに、アルバ島って島があって、そこがすごくキレイでさ!

 そこで、そうやって、のーんびり暮らせたら楽しいだろうなって、な!」

アタシはなるだけ自分にブレーキをかけてその話をした。

どうも、船と海と釣りの話になると、夢中になりすぎちゃうところがあるんだ。

 アタシの話を聞いて、しばらく呆然としてたマライアはちょっとしてから我に返って

「そうだったんですか…」

と口にした。どうも、意外だったらしい。反応に困っていそうだったので、今度はアタシから聞いてやる。

「マライア、あんたは、どうして軍なんかに?」

するとマライアは、グッと黙り込んだ。

あれ、なんだ、まずいこと聞いたか?

 そうは思ったけど、マライアはアタシを見つめ返してきた。

そんなにまっすぐにアタシの目を見るの、初めてだよな。

「あの、話しても、いいですか?長いですし、あんまり面白い話じゃ、ないですけど…」

「うん、聞かせてほしいな」

アタシが言ってやったら。マライアは、コクっとうなずいて、それから何かを考え始めた。

いや、確かに、ちょっと長くなりそうだな。

だとしたら、ちょっとあれだ。

「ごめん、やっぱちょっと待った」

アタシが言ったら、マライアは急に悲しげな表情になる。

アタシはマライアの頭に手を置いて、

「長話になるなら、トイレ行って、あったかいココアでも淹れてからにしよう」

って言ってやった。

 マライアはホッと安心したように柔らかな表情になって、

「はい、アヤさん」

って返事をしてくれた。

371: 2013/12/11(水) 01:26:31.25 ID:AOshTCCVo

 トイレを済ませて、お湯を沸かして用意したマグ二つにココアを入れた。

それから、またマライアのベッドに入り込んで、話を続きを促す。

「えっと…はい。あの、あたしが、10歳のころだったんですよ」

マライアは、すこし、寂しそうな表情をして、そう言った。

「当時、あたしは、家族で北欧に住んでました。小さな一戸建てで、2つ上の兄さんと、両親と4人家族でした。

 その家の隣に、すごく仲良くしてた家族が住んでたんです。

 あたし達兄妹より、うんと年上の、ミラってお姉さんと、それから、ミラさんのご両親の三人暮らしでした。

 本当に小さいころからあたしと兄さんをかわいがってくれて、本当に、毎日遊びに行ってたんですよね。

 ミラさんはとっても優しくて、しっかりしてて、あたしミラさんが大好きだったんですよ」

マライアは、言った。とっても、悲しそうな表情で。

 アタシだって、馬鹿じゃない。

いや、バカだけど、でも、これくらいのことなら、分かる。

「氏んじゃったのか、その人」

「…はい」

マライアはうなずいた。ふと、頭の片隅に、ユベールのことが思い出された。

掻き乱されそうになる感情を、ふっと吐き出して、それからアタシはマライアに言った。

「聞かせてくれるか?なにがあったのか」

でも、マライアは、急に口ごもった。

「でも…でも、ごめんなさい、やっぱり、あたし、この話したら、泣いちゃいそうで…ワケ分からなくなりそうで。

 怖いんです…だから、さわりだけでも、その、いいですか?」

マライアはそう言いながらすでに涙目だ…。さわりだけ、か…でも、でも…良いのかな、ユベール…?

だってこいつ、話したらおかしくなりそうなことを、今でもずっと胸の中にしまい込んでるんだっていうんだろ?

ユベール…あんたなら、アタシがそんなだったら、放ってはおかないよな。

そんな状態で、こいつを放っておくなんて、それは…それは、絶対にダメだ。

「マライア。あんたはそれを話すだけで辛いんだろ?

 だとしたら、胸の中にずっとしまっとくほうが、もっと辛いんだって、アタシは思う。

 だから、泣いたっていい、ワケわからなくなって、パニくったっていい。

 アタシがついててやる。だから、全部話せ。アタシが全部、一緒に聞いて、一緒にそれを抱えてやる。

 どんだけ時間がかかっても、それでもいい。

  アタシにとってオメガ隊は、アタシの家族だ。

 だから、あんただって新入りだけど、アタシの妹みたいなもんだ。

 家族が苦しんでるのを、アタシは放ってなんて置けない。だから、話してくれ。

 辛いもの、悲しいのも、一緒になってアタシが抱えてやる。だから…な?」

アタシはマライアにそう言ってやった。マライアは、また、全身をフルフル震えさせて、硬直した。

でも、これは、今までのとは違う。安心しろ、マライア。あんたのことはアタシが守ってやる。

どんなに弱くったって、どんなに気が小さくてもいい。

それが、アタシが姉貴分としてやれることだ。

 マライアは、それでも、フルフル震えて、ポロポロなみだをこぼしながら、固まっている。

まったく、本当に、世話の焼けるやつだ。
 

372: 2013/12/11(水) 01:27:23.15 ID:AOshTCCVo

 あたしはマライアの支給品のスエット地の寝巻きの胸倉を引っつかんで、自分の胸元に引き寄せた。

昼間、シェリーにしてやったみたいに、ギュッと抱きしめてやる。

肩より少し長めのブロンドを撫でてやった。

マライアは、最初はびっくりしてたけど、アタシが頭を撫でつつ、背中をトントンと叩いてやったら堰を切ったみたいに泣き出した。

 とたんに、まるで呼吸が詰まるみたいに、何かがアタシの感情を揺さぶった。

マライアの体から、切り裂かれるような悲しみと、胸を押しつぶすみたいに、恐怖が流れ込んでくる。

 こいつ…こんなもんを、ずっと抱えてたってのかよ…!

アタシは、普段なら締め出したくなるその感情を、全部受け入れた。

それが、マライアに伝わるとは思ってない。でも、少なくとも、アタシは知ってた。

ユベールが氏んだときに辛いのも、悲しいのも全部、全部を分かってくれようとして、一緒に泣いてくれたロッタさんも、

アタシと同じ気持ちになってくれてたって。

他の子たちも、他の寮母さん達も、あの時はアタシと一緒になって泣いてくれた。

それが、アタシにはとっても安心できることだった。とってもうれしかった。

ユベールだけしかいない、なんて突っ張ってたのがバカらしいって思うくらい、ユベールが言ってくれたみたいに、

信じられる、って感じられる安心感とか心地良さに、アタシはそうやって貰って、初めて気がついたんだ。

 この方法以外にもやり方があるのかもしれないけど、でも、他に知らないし、辛くて悲しくてきついけど、

でも、マライアだって同じなんだ。

安心してもらうために、アタシは、これをするのが一番だと思うんだ。

 ひとしきりマライアが泣きまくって体を離したとき、アタシのスエットは涙と鼻水でべったりになってて、

思わずギョッとしちゃったけど…とにかく、アタシもなんとか気持ちを整えて、泣き止んだマライアに、静かに言った。

「大丈夫だから、聞かせてくれ」

静かにうなずいたマライアは話始めてくれた。

 どうして彼女が、軍なんかに入ったのか。

どうして彼女が、こんなに怖がりなのか。

どうして彼女が、こんなに悲しいのか。

どうして彼女が、こんなに傷ついているのか…を。

「あれは、雪の降る、寒い朝でした―――」



 

373: 2013/12/11(水) 01:28:16.43 ID:AOshTCCVo




 朝、目がさめて、窓の外を見たあたしは、思わず飛び上がりそうになった。

 今日も、雪が降ってる!

あたしは、冬が大好きだ。

寒くって、凍えそうで、指の先っぽとか、耳がジンジンって痛くなるけど、

でも、朝起きてあたりが真っ白だとワクワクするし、

それに、寒いときにはママとパパのベッドで一緒に寝ても良いってことになっててあったかいし、

あたしはそれがうれしいんだ!

 あ、でも夏も好きだな。太陽はぽかぽかで、サワサワって、気持ちいい風が吹いてきて、

森は緑で、その向こうにある湖はキラキラしてて、とってもきれいなんだよ!

 「マライアー、朝ごはんよー。起きてきなさーい」

下の階からママの呼ぶ声がする。

「はーい」

あたしは返事をして、昨日の夜に準備しておいた昨日、パパが買ってきてくれた新しいお洋服に着替えをした。

パパってば、早くに準備をして買ってたら、渡さないように我慢していられなかったんだって。

本当は昨日じゃなくて今日だったのに、パパったら、はりきりすぎ!

 一階に降りたらパパは、テーブルについてコーヒーを飲みながら、板みたいな形をした機械で、

いつもみたいに配信されてくるニュース記事を読んでいた。

ママはテーブルにご飯を並べてくれていた。

今日の朝ごはんは、トロトロに解けたチーズがハムの上に乗ったトーストに、シチューに、それから、ココアもある!

 「おはよう、マライア」

「おはよう、パパ!どう、似合うでしょ!」

あたしは、昨日パパがくれた白とクリーム色のしましまで首まですっぽりあったかいセーターに、

もこもこで防水の紺色ズボンを見せてあげた。

「ははは、思ったとおり、よく似合うよ」

パパは、そう言って笑ってくれる。

 「ココア、こぼさないようにしなさいよ。白いんだから、目立っちゃう」

ママもニコニコしながら言ってきた。もう、大丈夫だってば!

 「うー、おはよう」

ボリボリと頭をかきむしりながら、お兄ちゃんが降りてきた。その姿を見るなりママが

「マシュー、シャツが出てるわよ、だらしない」

ってお小言を言う。

「ん、あぁ、ほんとだ」

お兄ちゃんは、気にも留めずに、言われたとおり、セーターからはみ出していたシャツをズボンの中にしまってイスに座った。
 

374: 2013/12/11(水) 01:28:50.64 ID:AOshTCCVo

 「いただきまーす」

私はそう言って、ご飯を食べ始める。あったかいシチューは、体の中もあったかくなる。

寒い冬には、これを食べるのが一段だよね、って思って、スプーンにすくったシチューを口に入れたら、

思っていた以上に熱くって、アツアツってなってしまった。

「あぁ、もう、がっつくから」

ママがそう言って、パタパタとキッチンからコップにお水を入れてきてくれる。

それをゴクゴク飲んで、口の中を冷やす。

ふぅ、びっくりした。

 そんなあたしを見て、ママとパパが笑った。

な、なによう、しょうがないじゃない、ママのシチューはおいしいんだからさ!

 あたしはシチューはさめるまで、もうちょっと我慢することにしてトーストをかじった。

トロトロのチーズとハムが口の中で踊るのを楽しんでいたら、ママが話しかけてきた。

「マライア、今日は、何ケーキがいい?」

ケーキ、って聞いて、あたしはまた、飛び跳ねたくなるくらいにうれしくなっちゃった。

だって、今日はあたしの誕生日!パパはフライングして昨日プレゼントを渡してくれちゃったけど、

ママもお兄ちゃんも準備してる、って言ってたのを聞いちゃったし、

それに、先週のお休みの日、お家の前で遊んでたら通りかかったミラ姉ちゃんも来てくれるって言ってたんだ!

だから、今日はあたしの誕生日パーティーなの!

「うんとね、ケーキは…白のクリームとイチゴが乗ってるやつがいい!」

あたしが言ったら、ママは笑って、

「うん、分かった。楽しみにしててね!」

って言ってくれた。もうね、楽しみすぎて、あたし、学校までずっとスキップしていきたいくらいだよ!

 朝ごはんを食べ終わって、歯を磨いて、髪の毛をママに結ってもらって、

イヤーマフつけて、ダウンのジャンバーを着てかばんをかけて、スノーブーツを履いて玄関を出た。
 

375: 2013/12/11(水) 01:29:19.39 ID:AOshTCCVo

 空は鉛色で、フワフワと白い雪が降っている。吐く息は白くて、ほっぺたが冷たい。

あ、手袋忘れた!あたしがお家の中に戻ろうと思ったら、ママが出てきて

「忘れ物」

って言って、手袋を渡してくれた。

それから、もう冷たくなってきていたあたしのおでこにチュっとキスをしてくれた。

「行ってらっしゃい、マライア。気をつけなさいよ」

「うん、行ってくるね」

あたしも、ママのほっぺにキスを返して、学校への道を歩こうと思って、玄感の前の3段しかない階段を降りた。

そしたら、あたしを呼ぶ声がした。

「マライア、おはよ!」

あたしはその声に、またうれしくなって、パッと振り返った。

そこには、背が高くって、肩幅が広くって、茶色の長い髪に、茶色の瞳に、雪焼けした肌をした、

紺色のいつものかっこいいコートを身に付けた、ミラお姉ちゃんがいた。

あたしは思わずミラお姉ちゃんに駆け寄って飛びついた。

「お姉ちゃん、おはよう!今日、来てくれるんでしょ?!」

あたしが聞いたら、ミラお姉ちゃんは笑って

「うん。緊急の呼び出しがなければ、ね」

って言って、寒いのにわざわざ手袋を外して、あたしの頭を優しく撫でてくれた。

 ミラお姉ちゃんは、町の消防士さん。

女の人なのに、男の人みたいに力持ちで、運動神経も良くって、すごくかっこいいんだから!

「待ってるね!」

あたしが言ったら、お姉ちゃんは

「うん」

って言って、また笑ってくれた。それからあたしを放して、

「ほら、遅刻しちゃうぞ!行ってらっしゃい!」

って背中をポンって、叩いてくれた。それがまた、なんだかとってもうれしくて、あたしは飛び上がって、

「うん、行ってきます!」

って、お姉ちゃんにいっぱい手を振ってから、雪の積もった道を学校までスキップで行った。
 

384: 2013/12/14(土) 19:28:16.95 ID:g4jzLNiqo

 「誕生日おめでとう!」

歌が終わってパパとママとお兄ちゃんと、それからミラお姉ちゃんとミラお姉ちゃんのおじさんとおばさんが言ってくれた。

「ありがとう!」

あたしは、みんなにお礼を言う。

「ほら、ろうそく!」

ママがケーキをあたしの前に押し出してくれる。あたしは、胸いっぱいに空気を吸い込んでお願いをした。

―――ママとパパとお兄ちゃんと、ミラお姉ちゃん達とずっと仲良く、一緒にいられますように。

 あたしは、そんなお願いをしながら、ろうそくを一気に吹き消した。わっと、みんなが拍手してくれる。

なんだか、はずかしいな。

 「ほら、マライア、プレゼント!」

お兄ちゃんがそう言って、抱えられるくらいのかわいい袋を出して渡してくれる。

「ありがとう!」

お礼を言って受け取って、袋の外から触ってみる。中には、ふわふわした物が入ってるみたい。

開けていい?開けていいかな?

「開けていい!?」

「おう」

 やった!あたしは、袋の口を閉じていたリボンを引っ張って解いて、袋を開ける。

中には、クリーム色の、くりくりした目になんだか笑顔に見えるかわいい顔つきをして座っているクマのヌイグルミが入っていた。

「やぁー!かわいい!」

あたしは思わずそれを抱きしめる。

お兄ちゃん、自分の分のお小遣いで買ってくれてるんだ、って思うと、すっごくうれしい。

だって、お兄ちゃんは、自分用のラジコンが欲しくて貯金してたはずなのに!

「ありがとう、お兄ちゃん!」

「うん」

あたしがお礼を言ったら、お兄ちゃんも笑顔になった。

 「あー、それにしたんだ、結局」

ママがニコニコ顔してお兄ちゃんに言っている。お兄ちゃんは、なんだか照れてて、そっぽを向いて頭をかいている。


 「じゃぁ、ママからね!」

今度は、ママが包装紙にくるまれた箱を渡してくれた。

なんだろう、ちょっと重たいんだけど…ワクワクしちゃって、もうダメ!

「ママ!開けたい!」

「ええ、どうぞ!」

あたしは返事を聞いてすぐに、包装紙のテープを剥がしてめくっていく。

中から出てきたのは、いつもパパが使っているみたいな、板型のコンピュータだった。

うそ、いいの、こんなの!

 あたしは、思わずママの顔を見た。

「ふふふ、お兄ちゃんも学校の勉強で使ってるしね。マライアも、そろそろ自分のを持って使い方を覚えておかないとね!」

ママはそういってくれた。あたし用のコンピュータ…うれしい!あたし、いっぱい使えるようにする!

「ありがとう、ママ!」
 

385: 2013/12/14(土) 19:28:48.76 ID:g4jzLNiqo

 「えー、いいなぁ!これ、俺のやつよりいいやつじゃん!」

お兄ちゃんが包装紙の中から出てきた箱を眺めて言っている。

「マシューのは去年のモデルだったからなぁ。来年はジュニアハイだし、またそのときに考えようね」

なんて、ママはお兄ちゃんに優しく言っている。

「あぁ、俺もフライングしないで、今渡すべきだったなぁ」

パパが、うらやましそうにそうぼやいている。ふふふ!パパってば。

でも、昨日いきなり渡してくれて、びっくりしてうれしかったんだからね!

 「じゃぁ、これ、私からのプレゼント!」

そんなことを思っていたら、ミラお姉ちゃんがそう言って、小さな包みを取り出した。

赤いきれいな包装紙に、かわいい緑のリボンがついてる。

「わぁ!ありがとう!」

ミラお姉ちゃん、来てくれるだけじゃなくって、プレゼントを持ってきてくれるなんて!

 今日は夕方前に隣町で火事があって、ミラお姉ちゃんが出動したって、おじさんから聞いていたから心配した。

でも、お仕事が終わる時間にはちゃんと帰ってきてた。大丈夫だったの、って聞いたら、お姉ちゃんは笑って

「マライアのために、超特急で消火してきたよ!」

って言ってた。顔に黒いススの跡をつけて笑ってるお姉ちゃんの顔は、やっぱりかっこよくて、大好きだなって、思えた。

あたしは、ミラお姉ちゃんのくれたプレゼントを受け取った。

「ねぇ、開けていい?!」

「うん、どうぞ!」

お姉ちゃんの言葉を待って、ワクワクする気持ちを我慢しながら包装紙を剥がしていく。

中に入っていたのは、革みたいな材質でできた、四角い箱…なんだか、まるで、アクセサリーを入れておくみたいな箱だ。

 え、え、え…?ア、アクセサリー?なの?

あたしは、ワクワクを通りこして、ドキドキに変わっていた気持ちにそわそわしちゃって、ミラお姉ちゃんの顔を見た。

「うん、いいよ、開けてみて」

ミラお姉ちゃんは、あたしを見て、にっこり笑ってくれた。
 

386: 2013/12/14(土) 19:30:23.85 ID:g4jzLNiqo

 あたしは、なんだか震えちゃいそうな手で、その箱の蓋をパカっと開けた。中には、小さな羽根の形をしたトップのついた、ネックレスが入っていた。

小さな青い石が、キラキラしたシルバーの材質に目立っている。

「わぁ・・・!」

あたしは、もう、胸がいっぱいで、そうとした言葉が出てこなかった。

 「ね、付けてみて」

ミラお姉ちゃんがそう言う。あたしは、ネックレスを手でつまんで取って、金具を外して、首につける。

それから、リビングにあった鏡の前まで走っていって、どんなかって、見てみた。

すごい、なんだか、いっきにお姉さんになった気分!

 「あはは、似合ってよかった」

ミラお姉ちゃんは、そう言って笑う。

あたしは、もう、なんだか、よく分からないけど、とにかくうれしくてうれしくて、ミラお姉ちゃんに飛びついた。

「お姉ちゃん、ありがとう!」

あたしはお姉ちゃんの体にギュッと抱きついて顔を埋めた。

お姉ちゃんは、あたしをフワッと抱きかかえてくれて、優しく頭を撫でてくれる。

嬉しいな…嬉しいな…!

 ぐりぐりとお姉ちゃんの体に顔を押し付ける。柔軟材の匂いなのか、それとも、お姉ちゃんの香水なのか、なんだか分からないけど、

いつも香ってる、お姉ちゃんの匂いと、あったかい体温があたしを包み込んでくれる。

嬉しいな、本当に、嬉しいな。

 あたしはひとしきりお姉ちゃんに抱きついてから、ママ達に促されてテーブルに戻った。ケーキ食べないとね!

あたしは、汚しちゃまずいから、と思って、貰ったプレゼントをとりあえずいったんしまっておこうって思って、

ヌイグルミもえっと、タ…タブレット?コンピュータも包装紙にくるみなおした。

それからお姉ちゃんに貰ったネックレスも外して、かっこいい革のケースに入れようと思ったら、

羽根のトップに、何か文字が刻み込まれているのを見つけた。なんだろう、これ?

 あたしは目を凝らして、その小さくて、細かい文字を読もうとする。

「あぁ、それ?」

ミラお姉ちゃんが、そんなあたしに気がついたのか声を掛けてくれた。

 「それはね、ファイヤーマンズプレイ、って言う詩の一節よ」

ミラお姉ちゃんはそう教えてくれた。

「消防士の、祈り?」

「そう、前世紀の、どこだかの消防士が書いた詩で、消防士の精神として語り継がれてるのよ。

 そこに刻印してもらったのは、私が一番好きなフレーズなんだ」

「え、これって、手作りなの?」

「そうよ、知り合いの職人さんに頼んだの。ルナチタニウムって言う、丈夫な金属で作ってもらったんだから」

「そうなんだ…ありがとう、ミラお姉ちゃん!…“人を助けし我を、守りたまえ”…?これ、どういう意味…?」

「うん、火事の現場やなんかで、私達は命をかけて人を助けるわ。

 でも、そんなことをしたら、いつか怪我をしたり、氏んじゃったりするかもしれない。

 みんな、怖く思うこともあって当然なんだよ。でも、そんなときにこの言葉を思い出すの。

 困ってる人たちは、私が助けます、だから、どうか私を守ってください、って、ね」

あたしが聞いたら、ミラお姉ちゃんは、そう言って笑った。
  

387: 2013/12/14(土) 19:31:50.78 ID:g4jzLNiqo

「誰に、お願いしてるの?」

「原文なら、神様、なんだけどね。あたしは、あれは神様にお祈りをしているって感じじゃない気がするんだ。

 でも、人ではない何か、ではあるんだけど…ね」

ミラお姉ちゃんは、そんな良く分からないことを言った。神様でも、人でもない人?

それってなんだろう…あたしは、しばらく考えて、ふと、トップが羽根の形をしているのを思い出した。

「そっか、天使さま、かな?」

あたしがそう言ったら、ミラお姉ちゃんは笑って、

「ふふ、そうかもね」

なんて言って、あたしの頭を撫でてくれた。

 そっか、この羽根は、天使様の羽根なんだね。

あたし達が困ったときに、空からやってきて、あたし達に降りかかってくる困ったことを、全部まとめて取り除いてくれる。

そういうものから、あたし達を守ってくれる、強くて、優しくて、それから、たぶん、いっつも穏やかに笑ってる、

きっとそんな天使様なんだ。

 あたしは、貰ったネックレスの羽根を指で摘んだ。電気の明かりに照らされて、キラッと、きれいに光った。

「はーい、じゃぁ、ケーキ切るわよ!」

ママがそう言って、ケーキ用のナイフを持って来た。

「あ!俺、そのチョコレート乗ってるとこがいい!」

お兄ちゃんがそんな声を上げた。ママがチラッとあたしを見る。

「ふふふ、今日は嬉しいから、お兄ちゃんはそれ食べていいよ!」

あたしはそう言ってあげた。チョコレートなんて、いっぱい食べてよ!

あたしは今日はすごく嬉しいから、もうこれ以上のよくばりはいらないんだ!

 ママがケーキを配ってくれて、あたしとお兄ちゃんはジュースで、

ミラお姉ちゃんに、パパとママとおじさんとおばさんは、ワインで、みんなで乾杯をした。

 あたしは、すっかり楽しくなっちゃって、ケーキにチキンに、それから、パスタも山盛りお皿によそった。

 「お、これ」

ふと、パパがそんな声を上げた。見たら、パパは、テレビに目を向けていた。

そこには、2週間後に走り出す、新型の大陸間鉄道の車両が映っていた。

確かあれ、アジアの方を出発して、何日もかけて、

この町にあるターミナル駅に新しく出来たプラットフォームにも止るんだって、学校の先生が言ってた。

<これが、アジア-ヨーロッパ間をつなぐ大陸間鉄道が新規に導入した新型車両です。

 ニューホンコンシティから北欧を経由し、プラハまでを2週間でつなぐこの列車、車内は、

 これまでの車両以上の、生活しやすい工夫が施されています>

ナレーターの人がそうしゃべったら、電車の中の映像に切り替わった。

中は、なんだかホテルみたいで、ベッドにきれいなテーブルセットみたいなのもある。

 

388: 2013/12/14(土) 19:32:24.84 ID:g4jzLNiqo

 「だいたい、どうしてホンコンとプラハをつなぐのに、こんなことを通る必要があるって言うんだよ」

「あれでしょ、建設時に、なんとかって言う、この辺り出身の政治家が圧力かけたって話、あったじゃない」

「あぁ、そんな話あったよね。まったく、北欧なんて遠らなきゃ、もう3日は早く着けるだろうに」

ママにパパに、ミラお姉ちゃんのおじさんとおばさんが話してる。難しいことは良く分からないけど…

でも、あたしはこの町に止まってくれるのはうれしいな!

「あー、いいなぁ、これ。俺も乗ってみたいよ」

中の映像を見ていたお兄ちゃんがそう言う。うん、あたしもそう思う。

「ねぇ、これって高いのかな?」

あたしはママに聞いてみた。ママは苦笑いして、

「まぁ、安くはないわね。それに、アジアへ行くなら、列車よりも飛行機の方が全然早いし…

 ママは、この電車を使うとどんないいことがあるのかはわからないな」

なんて言っている。もう、ママってば、こんなにきれいでピカピカのホテルみたいな電車なのに!

「パパ、こんどこれに乗ってお出かけしたい!」

あたしは、パパに言ってみた。パパはちょっと苦笑いを浮かべて、

「そうだな、まぁ、春の休みになったら考えておこうな」

って言ってくれた。

「ね、ミラお姉ちゃんも行こうよ!」

お姉ちゃんも来てくれたら、そんなにうれしいことないんだから!

あたしはそう思って、今度はミラお姉ちゃんにも聞いてみた。お姉ちゃんは、にっこり笑って

「うん、お休みが取れたら、ね」

って、あたしの頭を撫でてくれた。

<さて、次のニュースです。先日、ラサで起こった政府機関の入ったビルの一階が爆発、炎上した事件ですが、

 捜査当局は、今日、ネットワーク上に拡散されている犯行声明映像に写る集団を犯人と特定し、

 テロ事件として連邦軍諜報部と連携して捜査を開始しま――――





 

389: 2013/12/14(土) 19:37:52.54 ID:g4jzLNiqo




 「いいですか?ちゃんと列になってついてくること!」

先生が、駅の前でそう言っている。

「はい!」

あたしは、ちゃんと返事をした。今日は社会科の見学。

この間ニュースになっていた新しい電車が、この町の易に停車する。

あたしの学校は、鉄道を経営している会社からの招待を受けて、この列車に1時間だけ乗って、

少しだけ離れた大きな街まで行って、そこから別の列車に乗って帰ってくる、って言う見学会をすることになった。

 話を聞いたときは、それはもう、飛び上がりたくなるくらいにうれしかった。

しかも、この見学会に来れたのはあたし達の学年の40人だけ。

お兄ちゃんにこの話をしたら、すっごくうらやましがって

「写真いっぱい取ってきてくれよな、あと、お土産もな!」

って、すっぱく言われちゃった。そんなの言われなくたって、ちゃんとやるから大丈夫だよ!って言ってあげた。

 「はーい、いいですか、困ったことがあったら、先生か、案内してくれている職員さんに聞いてくださいね!

 それじゃぁ、行きますよ!」

先生がそう言って駅の中に歩き出した。あたし達もその後ろに二列になってついていって駅に入る。

この駅は、あたしも何度も来たことがある。

なんでも、すっごく昔からある建物を、修理したり補強したりして使っているって聞いたことがある。

 なんだか博物館か美術館みたいになっていたりして、あたしはこの駅が好きだった。

「なぁなぁ、昨日のテレビでやってた特集見たかよ?」

すぐ隣を歩いていたアーサーくんがそんなことを言ってきた。あたしは、ワクワクしててキョロキョロしてたから、

ちょっとびっくりしちゃったけど、でも、すぐに昨日のテレビでやってた情報番組でやっていたあの列車の話を思い出した。

「見た見た!部屋にバスルームまでついてるんだってね!」

「あ!それ、私も見た!」

今度は話を聞いたリズが後ろから話題に入り込んでくる。

「あのスイートルームって言うの、見てみたいなぁ、今日見せてくれるかな?」

リズも目をキラキラさせながら言っている。

スイートルーム、って、あの車両一両分を全部使ってある部屋のことだよね?あれ、すごかったなぁ。

大きいベッドに、冷蔵庫とキッチンまであったんだ。

バスタブなんて、プールみたいに大きかったし、テーブルに果物の入ったバスケットまで置いてあった!

「あたしも見たいな、あの部屋!あとで、聞いてみようよ!」

あたしが言ったら、アーサーくんが、

「まぁ、俺の親父に言えば、たぶん簡単だろうけどな」

なんて言いだした。
 

390: 2013/12/14(土) 19:38:44.82 ID:g4jzLNiqo

「え、アーサーくんのお父さん、鉄道関係のお仕事してるの?!」

アーサーくんの言葉に、リズが驚いている。

「ふははは!なんたって、俺の親父は、大陸間鉄道を持ってる会社のCEOやってるんだぜ?」

「それって、あれでしょ、社長みたいなやつでしょ!?すごい、アーサーくん、お金持ちじゃん!

 あ、って言うことは、この見学会もアーサーくんが言ってくれたの?」

「まぁ、そうだな。お前ら俺に感謝しろよ」

アーサーくんはそう言って腕組みをして胸を張る。だけどあたしは、ふふふ、って笑ってしまった。

「なに言ってるの?アーサーくん。あなた、うちから1ブロックのところにあるヘッジ工務店の一人息子でしょ?」

「ぬぁっ!?マライア、言うな!」

「え!ひどーい、アーサーくん、うそつき!」

声を上げたアーサーくんの肩を、リズが笑いながらひっぱたく。

「うっわ、折れた!今ので肩の骨が折れた!」

アーサーくんが大げさにそんなことを言って苦しみだした。

 あたしはおかしくなって歩きながらお腹が痛くなるくらい笑ってしまった。
 
「お、あれ見ろよ」

急に痛がってたアーサーくんが何かを指差した。あたしとリズで、その先を見た。

すると、駅のホールの天井に、誰かが見える。人が、二人、高い天井に昇って、何かをやっていた。

 「なにやってるんだろう?」

「工事じゃないか?俺の親父は良くやってるよ。こういう古い建物は、雨漏りとかひどいからな。

 点検とか修理は欠かせないんだよ」

アーサーくんはまた胸を張って言った。

「ぶっ!もう!やっぱり?つきじゃん!お父さん、工事の人なんじゃん!」

リズがまた、アーサーくんの肩をペシっと叩いた。

「ぐわぁ!しまった!自分で言っちまった!」

アーサーくんはそんなリズに負けずに、わざとらしくそう言った。

あたしはもう、それがまた可笑しくてお腹を抱えて笑ってしまう。

 もう、おかしくっておかしくって、夢中になっていたら、ドン、と何かにぶつかった。

あちゃ、ごめんなさい、って思ってあたしは前を見たら、そこには、怖い顔をした先生があたし達三人を見下ろしていた。

「ヘッジくん、アトウッドさん、マーラーさん!しっかり歩いてください!」

先生は、ギロっとあたし達を睨みつけてそう言った。もうさ、シュンとしちゃうじゃない…

「ごめんなさい」

あたし達三人は、そう言って先生に謝った。まぁ、でも、とにかく、今日は楽しいことには違いないんだ。
 

391: 2013/12/14(土) 19:39:36.84 ID:g4jzLNiqo

 それからあたし達は、一緒についていてくれた職員さんたちの案内で、ピカピカのプラットホームに案内された。

他のところよりも長いそのプラットホームには、あの列車を待っているんだと思う人たちがたくさん詰め掛けていた。

 職員さんに言われて、あたし達はフォームの一番端っこの搭乗口、って書いてあるところに並んでいた。

「あと、5分ほどで到着しますからね!」

職員さんがそう教えてくれたので、もう、あたしもアーサーくんもリズも、他のみんなもワクワクが止まらなくなってしまった。

あたしは背負ってきていたかばんからパパに貸してもらった小型の電子フィルムタイプのカメラを出して、ドキドキをこらえながら列車を待つ。

もうね、口から心臓が飛び出そうなくらいのドキドキなんだよ!

飛び跳ねたり、わー!って声を出して走り回っちゃいたいくらいにドキドキしてるんだ!

 そしてついに、ホームに列車が入ってきた。テレビで見たとおり、ピカピカの青い車体で、もうかっこいいのなんのって!

 あたし達は職員の人に案内されて、その先頭車両に乗せてもらった。

あたし達が全員乗ったのを確認したみたいに、列車が動き出す。

 それからはもう、興奮の連続だった。

あたし達は、客席を案内されて、それから、なんと、運転席まで見せてもらえた。

アーサーくんが運転席に座らせてほしい、と言ったら、運転手の人がちょっとだけ乗せてくれて、アーサーくんは大興奮。

興奮しすぎたアーサーくんは、直後にブパッと鼻血を吹きだしたんで、また笑ってしまった。

客席もピカピカで、スイートルームは見せてもらえなかったけど、

その次くらいに豪華だって言う部屋は、本当にホテルみたいで、あたしまで鼻血を吹いちゃいそうなくらい興奮した。

 そんなだったから、列車はすぐに次の駅に着いてしまった。1時間って、あっという間だ。

そこから普通の特急列車に乗って、あたし達はいつもの町の駅まで戻ってきた。

 「はい、じゃぁ、みんなで、職員さんにお礼をいいましょう!」

ホールに戻ってきてから先生がそう言って、二人の職員さんを前に

「ありがとうございました!」

と頭を下げた。

「ありがとうございました!」

あたし達も、声をそろえてお礼を言う。

「みんな、また来てね」

「私達も楽しかったです。今度は、お客さんで来てくださいね」

二人の職員さんはそう言ってくれた。

 「はい、それじゃぁ、帰りますよー!学校まで、歩きですから、ちゃんと最後まで頑張りましょうね!」

先生がそう言った。いや、ちょっと、待って!待って!!

「先生!待って!」

あたしは、そう声を上げて手を挙げた。そんなあたしを、先生が不思議そうに見つめてくる。

先生だけじゃなくて、他の子まで、あたしを見てきた。うーん、そんなに見られると、すごい言いにくいよ…

「あの、あのね、先生、あたし、その…おトイレ行きたいんだけど…」

あたしが言ったら、先生はニコッと笑って

「はい、わかりました。それじゃぁ、アトウッドさんの他にトイレに行きたい人がいたら、行ってください!

 他のみんなは、この掲示板のところで待ってますよ!」

って、先生が言ってくれた。良かった、と思ってあたしは他に行く子がいないか、周りを見た。

でも、あたしの他に立ち上がる人はいない。もう、あたしだけ!?恥ずかしいなぁ、もう…
  

392: 2013/12/14(土) 19:41:53.72 ID:g4jzLNiqo

 そんなことを思いながら、あたしは、仕方なくひとりで駅のトイレに行った。

 トイレはそんな混んでも居なくって、あたしは、特に待つこともなく用事を済ませた。

手を洗って、バッグの中から出したタオルで手を拭いて、トイレを出た。

あたしは、みんなの待っている大きな電光掲示板の放を見やった。みんなはそこでワイワイしながら塊って待っていた。

 あたしは、ちょっとだけ焦って、みんなのところまで走っていこうとして、足を踏み出した。

 次の瞬間、あたりが、パッと光った。と思ったら、あたしの体は、宙を飛んでいた。

体を打ち付けるみたいな大きな音が聞こえる。

 なに…?今の、何?そんなことを思っていたら、あたしは地面に叩きつけられていた。

そのときになって初めて、痛い、と思った。痛くて、痛くて、あたしは体を丸める。

背中が痛い…耳が痛い…床にぶつかった肩も痛い…痛い、痛いよう…!

 でも、その痛みもあたしはすぐに忘れてしまった。

うっすらと開けていた目に、真っ赤な炎が見えたからだった。

 火?なんで?燃えてるの…?さっきの、大きな音…爆発したの?何かが…?

そう思っている間に、駅のホールのあちこちから、大きな爆発音とともに、炎が上がる。

ホールに居たお客さんの叫び声が聞こえる。たくさんの人たちが、あちこちをめがけて逃げ回っている。

 みんな…みんなは?あたしは、電光掲示板のあったほうを見た。そこには、みんなの姿はない。

みんな、逃げたの?

 バリバリバリって、爆発とは違う音が聞こえた。あたしは、ハッとして顔を上げた。

そこには、何か、黒いものを抱えた、覆面をつけた人たちが何人も居て、

バリバリ音をさせる黒いものの先からパパパと明かりを撒き散らしている。

 あれ…鉄砲?き、機関銃、って、やつ?…なに…?あれ、悪い人なの?ご、強盗?

あたしは目に映る光景が分からなかった。でも、ただ、あたしは、怖い、って、そう思った。

あたしは、痛い体を我慢して、立ち上がって、走った。

逃げなきゃ…逃げないと、殺されちゃう…!

あたしは夢中で走った。走って、走って、出口のほうへ近づいたとき、今度は、出口の方から何かが飛び込んできた。

ポン、ポンって、ドラムみたいな音も一緒に聞こえる。

飛び込んできたのは、缶詰みたいな、金属の塊…それは、床に落ちるのと同時に、シュゥゥッと白い煙を吐き出し始めた。

とたんに、目が、開けてられないくらいに痛くなってくる。なに…なによ、これ!

目が開かない…涙がいっぱい出てきて、痛くて、見えない…!

 あたしは、とっさにそばにおいてあったソファーセットの間に飛び込んだ。

目を押さえて、床に腹ばいになった。
 

393: 2013/12/14(土) 19:42:28.87 ID:g4jzLNiqo

「一斑、前へ!」

誰かの怒鳴り声がした。

 そのとたん、バリバリバリていう、激しい銃声が聞こえだす。それだけじゃない。

ビュンビュンと弾が飛び交っている音も聞こえてくる。あたしの、頭のすぐ上を…

「警官隊だ!」

「殺せ!」

「3番の爆弾を使え!」

そう怒鳴る別の声も聞こえる。それと同時に、一段と銃声が激しくなった。

戦争?なんで、なんで急に戦争が始まったの?!

 あたしの体を打ち抜くみたいな銃声と、あたしの心を打ち壊すみたいな怒声がホールの中に美引き渡る。

あたしは、目を押さえていた手を離して耳を塞いだ。でも、それでも、音は聞こえてくる。怖い…怖いよ…

氏んじゃう…あたし、氏んじゃうよ…!

 胸が破裂しそうな感じがする。頭なんか、もう、真っ白を通り越して、おかしくなっていた。

あたしは、自分でもき月かなったけど、ずっと叫んでた。

―――やめて、お願い、もう止めて!

って。

 また、爆発が聞こえた。

「く、崩れる…!」

「た、た、退避ー!」

ガラガラと、音がした。と、今度は、ズズズズンって、地鳴りみたいな振動が伝わってくる。

誇りが立ち込めて、あたりがうっすら暗くなる。電気も、消えた。

あたしのこぶしくらいもある石みたいなものがバラバラと飛んできて、あたしの背中にドカドカって降って来た。

あたしはまた痛くって、体を丸めて、頭を押さえながらソファーの陰へ陰へと体をもぐりこませる。

「た、助けてくれー!」

「ぎゃはっ、ぎゃははは!氏ね!腐った連邦め!我々スペースノイドの苦痛を思い知れ!」

ダダダン!

「がはっ…あはは…ひゃははは!」

声…声が聞こえる。あたしは、ソファーの下から、その声のほうを見た。覆面を点けた人がそう言って笑ってる。

まるで、まるで、壊れたおもちゃみたいに…不気味に、気持ち悪く、笑ってる…

 ダダダン!また、銃声。覆面の人が、体を波打たせた。赤い霧みたいなのが舞う。

う、撃たれたんだ…でも、覆面の人は、倒れなかった。

「思い知れ…思い知れぇ!」

覆面の人が、ひときわ大きな声で叫んだ。ビリビリと、空気が震えているんじゃないかって感じるくらい、怖かった。

でも、次の瞬間、ボンッて音がして、男の体が、吹き飛んだ。腕と頭が、散らばって、飛んでいく。

何か、赤い塊が、あたしの目の前の地面に、ビチャっと音を立てて貼り付いた。

 これ…これっ…これって…て、て…手?

 それは、手だった。ごつごつした、大人の男の人の、手。

半分に千切れて、親指と、人差し指と中指しかないけど…手だ、ひ、人の、手、だ…
 

394: 2013/12/14(土) 19:42:54.50 ID:g4jzLNiqo

 それが分かった瞬間に、あたしは胸の奥から何かが湧き上がってくるのを感じた。

次の瞬間には、あたしは絶叫した。言葉にもならなかった。叫んだ、とにかく、叫んだ。

そして、同時に、お腹の中がひっくり返るような感じがして、お昼に食べたお弁当を吐いた。

それでも、絶叫は止まらない。怖い、怖い、気持ち悪い、なんで、どうして?なにが、どうなってるの?!

もう、頭が壊れてしまった気がした。

 バン、ババン、と銃声が小さくなっていく。あたしは、ソファーの下で、うずくまってそれを聞いていた。

あたしに見えるのは、ちぎれた手と、そこから見える崩れた駅のホール。

天井が落ちてきたんだろう。もう、瓦礫ばかりで、歩けるようなところもない。

もやもやと煙る誇りの霧の向こうでは、あちこちから炎が上がっているのも見える。

―――――――!

 ふと、頭の中に、何かが響いた気がした。なに、今度は、今度は、なんなの!?

―――イア!

声?誰…?なに?

―――マライア!

誰…?あたしを呼んでる…これ、これ、この感じ、ミラお姉ちゃん?

あたしは、震えて、うまく動かせない体をそれでも少しだけ動かして、ソファーの下からあたりを見回した。

どこにも、人の姿なんてない。でも、でも聞こえる。これ、ミラお姉ちゃんの声だ…!

―――マライア、無事なの!?

「お姉ちゃん…!あたし、ここだよ!ソファーの下に隠れてる!助けて!」

あたしは、なんとかそう叫んだ。ううん、叫んだ、なんて言うほど大きい声が出なかった。

でも、それでもあたし、できる限りの声でそう、ミラお姉ちゃんを呼んだ。

―――待ってて、すぐ行く!

ミラお姉ちゃん、来て、来てくれるの?あたしを助けに、ここまで…?

あたしは、それを聞いて、ようやく我に返った。ここに、お姉ちゃんが来るの…?

だめ、だめだ、助けては欲しいけど、でも、ここは危ないよ…だって、戦争してるんだよ…?!

お姉ちゃんになにかあったら、あたし…あたし…!
 

395: 2013/12/14(土) 19:43:20.81 ID:g4jzLNiqo

 ドスンって、音がした。あたしは思わず、頭を抱えて、うずくまる。何かが、あたしの頭に触れた。

大きくって、あったかい手…

「マライア…良かった、無事だった…」

声が聞こえた。あたしの良く知ってる、大好きな声…!

 あたしは顔を上げた。そこには、ヘルメットに、防火服に、酸素マスクを首からかけて、

マスクから、腰についている小型の酸素ボンベにホースがつながっている。

胸のところには、ハーネスのついたハンドアックスも下がっていた。

「ほら、立てる?」

ミラお姉ちゃんの手が、あたしの体に回った。あたしは、ミラお姉ちゃんの腕にしがみついて、なんとか体を起こした。

立とうと思ったけど、脚に力が入らない。

ケガでもしてるのかと思って、体を見回すけど、ううん、ケガはしていない。どうして?

でも、力が入らないよ…どうしちゃったの、あたしの体…?

「あはは、腰が抜けちゃったんだね」

ミラお姉ちゃんがそう言って笑った。それから、ギュッとあたしを抱きしめてくれる。

ごわごわした防火服だったけど、お姉ちゃんのほっぺたが、あたしのほっぺたにぴったりくっ付く。

あたしの体に絡みついている腕が、いつもみたいに強くあたしを捕まえてくれる。

安心して、あたしは、ミラお姉ちゃんの言葉を思い出した。

「こ、腰抜けたのって、なな、治る?」

そんなことを聞いたら、ミラお姉ちゃんはプッと噴出した。

「大丈夫、ここを出たら、すぐに元に戻るわ」

 ガラガラっと、何かが崩れる音がした。あたし達は、二人してそっちを見る。

 そこには、スーツを着た人が居た。顔には、覆面をつけている…ここ、この人、さっきの人と同じ…!

 あたしは背筋が凍って、全身が固まるのを感じた。ギュッと、ミラお姉ちゃんの手を握る。

覆面が、あたしたちのほうを向いた。覆面の下の目は、普通じゃ、なかった。

 「マライア!走って!非常口はまだ通れる!」

ミラお姉ちゃんがそう叫んだ。それと同時に、胸の前に掛けていたハンドアックスを握った。

「まだ、生きてるのがいたか…」

覆面の人が、つぶやくように言った。それから、ゆらり、と、覆面の体が揺れる。

その瞬間、ミラお姉ちゃんが、地面を蹴って、覆面に飛び掛った。

「お姉ちゃん!」

ダメ、ダメだよ、お姉ちゃん!逃げようよ、その人たちに近寄っちゃダメ…逃げないと…逃げないとっ…!

 あたしは、でも、逃げることも、お姉ちゃんを止めることもできなかった。

ヘタッと、その場に膝から崩れ落ちて、覆面に組み付いたお姉ちゃんの後姿を見つめていた。

もう、痛くなりすぎて、胸は張り裂けちゃったみたいに、穴が開いちゃったみたいに、

いろんな気持ちが沸いては消えていくのを繰り返していた。

頭でもほとんど何も考えられない。
 

396: 2013/12/14(土) 19:43:46.97 ID:g4jzLNiqo

 バスバスっと、湿った音が、二回した。お姉ちゃんの背中から、赤い霧が吹き出た。

次の瞬間、覆面とお姉ちゃんが、二人して崩れるようにして、床に倒れ込んだ。

 今の、なに…?お姉ちゃん、どうしたの…?赤いのが…血が、お姉ちゃんの体から噴出してた…

お姉ちゃん…ミラお姉ちゃん…!

 あたしは、動かない脚の変わりに両腕を使って、なんとかお姉ちゃんのところまで這って行った。

覆面の人の首下に、お姉ちゃんが持っていたハンドアックスが深く突き刺さっていた。

お姉ちゃんは、うつぶせに倒れたまま、腕で、何とか起き上がろうともがいていた。

「ミラお姉ちゃん!」

あたしは、お姉ちゃんの体をうつぶせに返した。

「げふっ…がはっ!」

とたんにお姉ちゃんは苦しそうに席をして、口から値をあふれ出させる。着ていた防火服には穴が二つ開いてて、

そこから、血が…血が、いっぱい出てる…!

「お姉ちゃん!お姉ちゃん、しっかりして!」

あたしは、お姉ちゃんの肩を叩いて呼びかける。そしたら、お姉ちゃんは、うっすら目を開けて、微かに笑った。

「マライア…逃げて…逃げなさい、私は、もう、動けない」

なんで!なんでよ…!ダメだよ、そんなの!お姉ちゃん!

「やだ!一緒にいる!」

あたしが言ったら、お姉ちゃんは、また、笑った。

「わがまま、言わないで…あたしの、かわいい、天使、さ、ま…」

お姉ちゃんはそう言いながら、血だらけになった手であたしのほっぺたを撫でた。

それから、うっすらと涙を浮かべて

「お願い…私に、悲しい思い、させ…ないで」

って、言って、また、笑う。

「イヤだ!」

あたしは、叫んだ。そんなのイヤだ。こんなところにお姉ちゃんを置いていくなんて、できない!

「マライア…聞いて、私の、大事な大事な、大好きな、私の、妹…、私の、天使さま…。

 なにがあっても、負けないで。なにがあっても、笑っていて。私は、あなたの笑顔が、大好きだったんだから。

 だから、忘れないでね、笑顔でいること…泣いちゃうことが、あっても…最後は、きっと…笑ってて、ね…。

 だから、早く、逃げて…。ここに、いたら…あなたまで、あぶ…ない…」

 ダメ…ダメ…ダメ…!あたし、イヤだよ、お姉ちゃんを置いていくのも、イヤ、一緒にいる、あたし、逃げない…

でも、でも、このままじゃ、お姉ちゃん、氏んじゃう。いっぱい血が出ちゃってる…どうしよう?

どうしたらいい?…ケガしてるんだ…救急車…そうだ、お医者さんだ、お医者さんに連れて行かなきゃ…!

でも、でも…お姉ちゃんを運べるかな…?あ、あ、あたし、脚が、今、う、動かないのに…

 でも、でも…ミラお姉ちゃん、今、言った。あたしのこと、天使さま、って、そう、言った。

そうだ、あたしが守ってあげないといけないんだ。

困ってる人を助けるお姉ちゃんを、あたしを助けてくれる人を守るのが、天使の役目…あたし…やらなきゃ…!
 

397: 2013/12/14(土) 19:44:16.09 ID:g4jzLNiqo

 あたしは、お姉ちゃんの腰のベルトを外した。酸素マスクもボンベも全部外した。

防火服も、重いから、がんばって脱がせる。

「マ、マライア…い、いきな、さい…」

「バカ!お姉ちゃんを置いてなんていかないんだから!早くこれ脱いでよ!」

あたしは、お姉ちゃんに怒鳴った。お姉ちゃんは、ブルブル震えながら、それでも、あたしの言うとおりに、

重い防火服を脱いでくれた。

「マライア…」

お姉ちゃんがあたしの名前を呼んで、クイッと、あたしの頭に腕を回して、あたしの顔を覗き込んで、ニコっと、笑った。

笑って、って、お姉ちゃん、言ってた。

そうだ、あたし、負けない、こんなことなんかに、お姉ちゃんの天使さまは、負けちゃいけないんだ…!

そう思って、あたしは、精一杯の笑顔をお姉ちゃんに見せてあげた。

そしたら、お姉ちゃんもまた、優しくて、柔らかな、あたしの大好きないつもの顔で笑ってくれた。そして

「大好きよ、マライア」

って、お姉ちゃんは、大好きな笑顔で、そう言ってくれた。

それからすぐにランニング姿になったお姉ちゃんを、あたしは背負った。

ううん、背負う、なんてもんじゃなかった。

チビのあたしがおんぶしたって、お姉ちゃんの脚は、地面についちゃう。

それでも、なんでも、あたし、やらなきゃ…!

 あたしは、いつのまにか動くようになっていた脚で非常口に向かって歩いた。

一歩、また、一歩、お姉ちゃんの脚を引きずりながら、とにかく、一生懸命踏ん張って、

急がなきゃ、急がなきゃ、って、それだけを考えながら、歩いた。

腰と背中の筋肉が痛くなる。気を抜いたら、潰れちゃいそうだ。

だけど、でも、止まってなんて、いられない、休んでる暇もないんだ。

 あと、4歩。もうすぐ、非常口に手が届く。あと、3歩、2歩…ついた、非常口…!

あたしは、もう開け放たれていたドアから外を見た。明るい光があたしの眼に飛び込んでくる。
 

398: 2013/12/14(土) 19:44:42.52 ID:g4jzLNiqo

「生存者だ!」

「子どもだぞ!」

「3班、保護しろ!救急隊、前へ!けがしてるぞ!」

男の人の、怒鳴る声が聞こえる。

やった、良かった…お姉ちゃん、警察の人たちも、救急隊の人たちもいっぱいいるよ。

助かる、お姉ちゃん、助かるよ…!

 安心、した。と、思ったら、また、脚から力が抜けた。

お姉ちゃんを背負ったあたしは、そのまま、お姉ちゃんの下敷きになるみたいに、地面に崩れ落ちた。

あたしの周りに警察の人たちが駆け寄ってくる。

 「お姉ちゃん、助かったよ」

あたしは、体を起こして、お姉ちゃんの上半身を抱きしめるようにして、お姉ちゃんの耳元にそうささやいた。

でも、お姉ちゃんは、ぐったりしてる。

「お姉ちゃん、安心してね、もう、大丈夫だから…救急隊もいるから、病院に急いでもらえるよ、お姉ちゃん…」

違う、そんなはず、ない。強くて、優しくて、大好きな、あたしのお姉ちゃんなんだ。

だから、そんなはず、絶対に、ない…!

「ね、お姉ちゃん…褒めてよ、あたし、お姉ちゃんを、守ったよ。

 天使さま、って言ってくれたから、あたしがんばったよ、ねぇ、お姉ちゃん…」

でも…でも、お姉ちゃんは、動かない。

「お姉ちゃん…ねぇ、お姉ちゃん…!」

あたしは、お姉ちゃんの体をゆすった。でも、でも…でも…

お姉ちゃんは、笑ってるみたいに、優しい表情をしたまま、つぶった目を開けて、くれない。

「お姉ちゃん…ねぇ、ねぇ…起きてよ…お姉ちゃん!」

あたしは、もっともっと、お姉ちゃんの体を揺さぶる。

でも、いくら揺すっても、いくら耳元で声を掛けても、お姉ちゃんは、目を開けなかった。

身動きひとつ、しなかった。

 だって、まだ、体、あったかいじゃん、ねぇ、お姉ちゃん…起きてよ、そんなの、いやだよ…

そんなの…やだよ…ねぇ、お姉ちゃん…お姉ちゃん…お姉ちゃん……!

「イヤっ…お姉ちゃん…いやぁぁぁぁぁ!」



 

399: 2013/12/14(土) 19:45:20.72 ID:g4jzLNiqo




 くすん、とマライアが、鼻をすすった。アタシもそれに負けずに、ズルルっと、音を立てて、鼻水を吸う。

マライアは、あれから、過呼吸を繰り返し、涙を流し、鼻水をたらしながら、全部、話した。

アタシは、ただ黙って、マライアの苦しみを感じながら、じっと話を聞いていた。

 「それからのことは、よく、覚えてないんです。

 ふっと、気がついたら、一ヶ月くらい経ってて、お姉ちゃんのお葬式も終わってました。

 テロだったんだ、って、ニュースでは、言ってて、あの頃は良く分からなかったけど、今は、分かります。

 あれは、スペースノイドの解放を掲げた、運動組織だったんですよね、たぶん…」

マライアは、ベッドのヘッドボードにあったティッシュを何枚か抜いて、ズビーっと鼻をかんだ。

それから、ふぅ、っと、ため息をつく。

「大丈夫か?」

アタシが聞いてやったら、マライアは

「はい」

と、力のない笑顔で返してきた。でも、まぁ、笑えるだけ、いい、か。アタシも、ふぃーとため息が出ちゃった。

お姉ちゃん、か。

はは、隊は家族だから、あんたは妹、アタシは姉ちゃんだ、なんて、それだけしか考えないで言ってみたけど、そっか。

なんか、アタシ、あんたの気持ちを感じ取ってたのかもな。

 「あの、ミナト少尉…、あ、ううん、アヤさん…」

ふと、マライアがそう声を掛けてきた。

「ん、どうした?まだ、話してないことでもあったか?」

アタシが聞いたら、マライアは、気持ちを改めたみたいに、ニコッと笑って

「話し聞いてくれて、ありがとうございました」

って言ってきた。

「うん、あんたも、いろいろあったんだな…あんなビクビクしてたのは、その事件のせいか」

アタシが聞いたら、マライアはうずいた。

「はい。あれから、あたし、大きい音とか、大きい声とか、すごく、怖くなって…

 人と関わるのも、しゃべるのも、できなくって…こ、これでも、ちょっとは、良くなった方、なんですよ?

 がんばって、我慢すれば、乗り切れるようには、なったんです」

乗り切れる、ったって、さ。まぁ、よくはなったんだろうけど、でも、支障でまくりじゃないかよ、そんなの。

 

400: 2013/12/14(土) 19:46:09.05 ID:g4jzLNiqo

「軍に入ったのも、その事件のせいか」

「はい。あのあとは、PTSD、って言うんですかね…

 今のあたしより、もっとずっと怖いのと、ショックなのが続いてて、誰とも話せなかったし、

 物音すらも怖かったし…

 でも、それでも、あたしがんばらなきゃ、って思えたのは、ミラお姉ちゃんが、笑ってて、って、言ってくれたから。

 天使さまって言ってくれて、あたしは誰かを守りたいって、思ったんです。

 もしかしたら、お姉ちゃんを助けてあげられなかった罪滅ぼしをしようって思ってるのかもしれないんですけど…

 分かってはいるんですけどね、そんなことしたって、お姉ちゃんが帰ってくるわけじゃないんだっていうのは。

 でも、そう、したいって思うんです。

  天使さまって呼んでくれた、お姉ちゃんの気持ちにこたえたいのかもしれないし、

 あたしを守ってくれたお姉ちゃんみたいになりたい、って思ってるのかもしれないです。

 だから、あたし、怖くても、怒られても、ぜんぜんできてなかったかもしれないけど、

 でも、それでも、諦めなかったんですよ」

マライアは、また、ポロポロ涙をこぼしながら、言った。

それから、また、そんな涙まみれの顔でアタシを見つめてきて

「だから、うれしかったんです。お姉ちゃんとおんなじことを言ってもらえたのが。

 妹だって、守ってやるって、そう言ってもらえて…」

なんて言って、笑った。アタシは、なんだか、なんにも言ってやれなかった。

そっか、アタシのあんな、思いつきみたいな言葉だったかもしれないけど、うん…

あんたの助けになれたんなら、良かったよ。

 「でも、どうしてまた航空隊に志願したんだ?人助けなら、災害支援隊って方が良かっただろうに」

アタシが聞いたら、マライアはニコッと笑って、

「だって、天使さまは、空からやってくる物じゃないですか?」

なんて言った。あはは、なんだよ、結局、動機ってそう言うもんだよな。

アタシなんか大したこだわりもなくて、隊長に引っ張られるまんまにここに居るし、な。

そう思ったら、なんだか笑っちゃった。

「ていうか、そんなチビなのに、よく適正試験に通ったな。身長いくつだ?155センチギリギリか?」

アタシが聞いたら、マライアは今度は、へへへと苦笑いを浮かべる。それから

「内緒にしててくださいね?」

と確認してから

「ジャイアントスイング、って知ってます?」

は?今、身長の話してたのに、なんでプロレス技が出てくんだ?

知ってるかどうかって言われたら、知ってるに決まってんじゃん。

月に1回はそれでヴァレリオを投げ飛ばしてるからな。

「知ってるよ」

「あたし、身長153しかなくて、だから、適性検査直前に、同期の子に頼み込んで、

 代わり順番にグルグルまわしてもらったんです」

「はぁ!?」
 

401: 2013/12/14(土) 19:46:35.44 ID:g4jzLNiqo

こいつ…こいつ、何言ってんだ?ジャイアントスイングの遠心力で、2センチ身長伸ばしたってのか!?

いや、ほら、人間の身長って、背骨とか骨盤のところの関節が詰まったりすると縮むから、

朝と夜ではだいぶ変わるんだ、なんて聞いたことあるけど、遠心力で無理矢理伸ばすなんて聞いたことないぞ!?

こいつのことだ、たぶん、泣きながらグルグルまわされて、それでも、もっとやれ、とか言ってたんだろうなぁ…

 こいつ…あんなにビビリだけど、もしかして、過去に話みたいなことでもなけりゃぁ、

もしかしたらアタシと似たり寄ったりなのかも、な。

 なんて思ってみたりしたら、なんだかいっそう、こいつに愛着がわいて来た。

妹、か。

施設に居たアタシにとったら、楽しいのも大変なのも一緒に過ごして、

もっと言えば、同じ部屋、同じ屋根の下に過ごしてるやつなんて、みんなみんな大事な家族だ。

でも、マライアにとっては、もっと大きな意味があったんだな…氏んじゃった、家族、か。

そういや、アタシ、ずいぶん長いこと、あんたの墓に行ってやってないな、ユベール。

次に、休みが取れたら、施設に遊びに行くついでに会いに行くよ。

好きだった、あのガーベラって花、持ってってやるからな。墓、か…

 「まぁ、マライア。そのミラって人の墓、ちゃんと行ってやってんのか?」

アタシはマライアに聞いた。そしたらマライアは、シュンと肩をすくめてしまう。

「いいえ、行けて、ないんです…あたし、行ったら、いろんなこと思い出して、壊れてしまいそうで…

 でも、いけないですよね、そう言うの。あたし、ちゃんと向き合ってない気がします…」

また、マライアの体から、悲しいのが滲み出てくる。まぁ、気持ちは分かるよ。アタシもそうだった。

でも、アタシには、あのとき、そばにアタシを支えてくれるたくさんの人が居た。

たくさんの家族が居て、アタシを助けてくれた…

そうだな、今度は、アタシがあんたを助けてやるべきなのかもしれないな…それに、気になることもある。

マライアは、天井が崩れて、瓦礫ばかりになったホールのソファーの下で、“声”を聴いた、みたいな話をしてた。

まぁ、ないとは思うけど、それ、確かめてみたいし、な。

 「マライア、あんた、これからアタシと特別訓練だ」

アタシは、マライアにそう言ってやった。マライアは驚いた顔になって、あたしを見つめてくる。

「え、あ、あの、アヤさん、それって、どうして…?どういう…」

口をもごもごさせながら、マライアが言ってくる。こういうのは、勢いが大事だ。背中を押すだけじゃ、物足りない。

抱きかかえて、一緒に飛び込んでやるのも、ときには必要だもんな。

アタシは気持ちを決めて、ポケットからPDAを取り出してコールした。

ちょっとして、プッと通話状態になった音がする。

「あー、隊長か?こんな時間に悪い」

「ホントに、迷惑なやつだね、あんた」

女の声だ。あれ、おかしいな、アタシ、隊長のPDAにかけた気がしたんだけど…

あれ、番号は、間違ってない、よ、な。え、あ、ちょ、待て…こ、こ、この声、ま、まさか…

アタシは全身から鳥肌が立つのを感じた。
 

402: 2013/12/14(土) 19:47:03.94 ID:g4jzLNiqo

「ユ…ユージェニー…さ、ん…?」

「あの人の電話に出る女が他にいるのかい?いるんだったら、とっとと白状しな」

うわっ、うわっ!まずいよ、こんな時間に、隊長と一緒にいるって、つまり、その、

うわぁぁぁ、最悪のタイミングで電話掛けちまった!

「いや、そ、その、そう言う、わけじゃないんだ…えと、その、あの…ごめん、邪魔するつもりは、なかったんだって!」

アタシは必氏になって弁解する。いや、もううまい言葉なんてでてきやしなかったけどさ…

「まぁ、いい。で、彼に何か用事?」

ユージェニーさんは、声色を一段明るくしてくれた。

う、うん、助かるよ、ユージェニーさん…あんたの怒った顔想像したら、喋るにしゃべれなくなっちゃう。

「えっと、うん、隊長にお願いなんだけど、アタシとマライアに、

 今から緊急でヨーロッパの、9支部へ主張命令出してほしいんだ。整備中の予備機あっただろ?

 あいつの試験飛行とか、そんな名目でさ」

「え、え、えぇ?!ア、アヤさん!?」

マライアが驚愕している横でアタシは端的に用件を伝える。そしたら、ユージェニーさんは隊長に確認するでもなく

「あぁ、分かった。伝えておくよ。それだけでいいのかい?」

なんて聞いてくれた。

「うん」

「了解、あぁ、待って、何か言ってる…なに?うん、あぁ、うん、伝えるよ。アヤ」

ユージェニーさんは電話の向こうで隊長と何かを話したのかアタシの名前を呼んだ。

「うん」

「彼から、伝言。無茶はすんな、って」

クスっと、笑う声も聞こえた。ユージェニーさん、あんた、なんにも細かいこと聞かないんだな…。

助かる、帰ったら、かならず事情は話すからさ…。

「大丈夫、今回も、迷惑はかけないようにする」

「今回“こそは”にしておいてあげてね」

「うん…今回は、いたずらするわけなじゃないから、大丈夫」

「そう、なら行ってらっしゃい」

「ありがとう、行ってきます」

アタシは電話を切った。
 

403: 2013/12/14(土) 19:49:39.00 ID:g4jzLNiqo

 いやぁ、焦った。

でも、良かった、ユージェニーさん、なんとなくマライアのことだ、って分かってくれたみたいだ。

隊長にも、うまく言ってくれたんだろう。こういうときは、女同士の方が話通じやすいよな。

 ふぅ、とため息をついて、アタシはPDAをポケットにしまってベッドから立ち上がった。

「ほら、行くぞ、マライア!」

「行くって、どこへ、ですか?」

こいつ、まだそんなこと言ってんのかよ。すこしは、デリクのこと見習えよな。

「言ったろ、墓参りだ。一緒に行ってやる。ちゃんと、そのミラって人に、礼を言いに行こう」

アタシはそう言って、いまだに呆然としてるマライアに手を伸ばしてやった。

マライアは、しばらくのあいだ、そのまま変わらずに呆然とアタシを見てたけど、

不意にぱっとアタシの手を取って、立ち上がった。

マライアは、力強くアタシの手を握り返してくる。

「ありがとう、ございます。アヤさん」

「だー!違う違う!あんた、家族に敬語使うのかよ?違うだろ?アタシは、あんたの姉さんだ、そう言ったろ?」

アタシはそう言って、空いている方の手で、マライアの額をピシッと指ではじいてやる。

「いたっ」

とか言って、額を押さえたマライアだけど、それからすぐに、会ってから見る中で一番の笑顔を見せてくれて

「うん、ありがとう、アヤさん!」

って言い直した。

 そんなマライアの首元で、羽根の形をしたネックレスのトップが、

薄暗い部屋の中で、キラッと光ったように、アタシには見えた。

 


 

404: 2013/12/14(土) 20:11:39.87 ID:g4jzLNiqo







 あたしは、お墓の前には、埋葬されてからは、初めて来た。埋葬のときのことは、全然覚えてない。

ううん、あの事件から、しばらくの間の記憶は、本当に抜け落ちてしまったみたいで、

学校に行っていたはずなのに、それも覚えてないし、気が付いたときには、あたしは、身の回りのものすべてが怖い、
って感じるようになっちゃってた。

 今でも、それは残ってる。

でも、でも、だけど…今日は、ちょっとだけ、それを克服できた気がするんだよ…

大好きだって、言ってくれた笑顔で、お姉ちゃんに会える気がしてたんだ…お姉ちゃん、ありがとう。

あたしを守ってくれて、本当に、ありがとう…でも氏んじゃったら、なんにもなんないじゃん、バカたれっ。

 あたしは、お墓の前に座り込んで、ずっと、胸の奥にあったいろんな気持ちを思い起こして、

お姉ちゃんに話しかけていた。

答えてなんてくれないけど、でも、こうしていると、本当に穏やかにお姉ちゃんのことを思い出せる。

 楽しかったこととか、大好きだったこととか、そういうのを。

 アヤさんは、そんなあたしのそばに、ずっと居てくれた。黙って、じっと、墓石を見つめてた。

 あたしが祈り終わって、泣いて、しばらくして泣き止んで、帰ろうか、ってことになった。

帰る前に、パパとママを紹介するよ、って言って、お墓の前から移動しようとしたとき、

アヤさんが、ふと、足を止めた。

「どうしたの?」

あたしが聞いたら、アヤさんは、グイッとあたしの頭を押さえつけた。

指先がこめかみにメリメリめり込んでくる。

いだっ!いだだだだ!!!!

「ちょと、何するの、アヤさん!」

あたしが抗議しようと思って、腕を握ってなんとか引きはがそうとしているときに、何かが聞こえた。

「あぁ、うん、任せとけよ。あんたも、見ててやってくれよな」

アヤさん?

「アヤさん、なにか言った?」

あたしはなんとかアヤさんの腕を払いのけて、そう聞いてみる。でも、アヤさんは不思議そうな顔して

「ん?なにが?」

って聞いてくる。あれ、空耳かな…?アヤさんが何か言ってたような気がするんだけど…

「それより、アタシ腹へっちゃったよ。あんたの家で、飯でもごちそうになれないかなぁ?

 さすがに徹夜で飛び続けだし、ここいらでまとまって休憩しないと、帰りがキツそうだ」

アヤさんは、お腹をペチペチ叩きながらそんなことを言った。

うん、もちろん!ママの料理は、そこいらのレストランなんかじゃ食べられないくらいにおいしいんだからね!

「うん!早く行こう!」

あたしはそのまんま、アヤさんの腕を引いて墓地を後にした。

―――大好きよ、マライア

ふと、ミラお姉ちゃんが優しくそう言ってくれてるような、そんな気がした。

 

410: 2013/12/22(日) 14:49:55.04 ID:xZoE4NcXo




「マライアぁ、マライアぁ、あなたもつらかったんだね、大好きなお姉さんが氏んじゃって、

 それでも、あなた、頑張ったんだね、偉いよ、すごいよぉ」

話の途中で目を覚ましたミリアムがそう言って泣きながらマライアを抱きしめている。

その泣き方って言ったらもう、尋常じゃないっていうか、その、常軌を逸してる、っていうか、

えと、その、相当、酔っぱらってる、というか…

「レナ、レナさん、ミリアム、どんだけ飲んだんだ?」

アヤが顔をヒクヒクさせながら、そんなことを聞いて来た。

「バーボンを3杯くらいだったと思うんだけど…あんまり、飲みなれてなかったのかもね。

 ずっと、そういうのとは無縁の生活してたみたいだし…」

私も、こんなミリアムを見るのは初めてだ。お酒弱かったんだね、ミリアム…。

アヤも私もそうだけど、なにより抱き着かれてるマライアが、一番微妙な顔してる。

マライアもそんな表情することあるんだね、って言ってあげようかと思ったけど、止めておいた。

だって、本当に困っている感じで、とてもじゃないけど、茶化して笑ってくれるとは思えなかったから。

「私もさぁ、妹が氏んじゃったときに、アヤさんみたいな人がいてくれたらなぁ。ううん、マライアが良かった。

 マライアが居てくれたらきっと私も、あんなにひねくれなかったよぉ、マライアぁ、なんで助けに来てくれなかったのさぁ」

「い、いや、ミリアム、その頃のあたしは、たぶんまだダメダメだったあたしで、

 ち、近くに居てもミリアムの役に立てたかどうかはわからなかったなぁ…」

「そんなことない!マライアは私をきっと助けてくれた!

 こないだと同じで、私をきっと、王子様みたいに、あの場所から連れ出してくれた!」

ミリアムは、真っ赤な顔して、ボロボロ涙を流しながら、まるでキスでもするんじゃないかってくらい、

マライアに顔を近づけてそう訴えている。マライアはひきつった笑顔で

「そ、そっか、あは、あははは」

なんて言っている。うーん、これは、ちょっと寝かしてあげたほうが良いよね…

 「アヤさーん、お姉ちゃーん、助けてっ!」

マライアが困り顔でアヤにそうSOSを発信した。

「うん、ちょ、ちょっと待ってろな」

アヤはそう言って、ガタッとキッチンまで小走りに向かって行った。

ほどなくして、グラスを一つ持って、ホールに戻ってきた。

「ほら、ミリアム。とりあえず、水持って来たから、飲んで落ち着こう」

アヤはそう言ってミリアムにグラスを差し出した。

「あぁ、アヤさん…ありがとう、ありがとうねぇ」

ミリアムは、もうワケわからなくなってるんだろう…

アヤにまで、まるで命を助けてもらったみたいにお礼を言いながら、グラスを受け取って、お水をグイッと飲み干した。

 ふぅ、とため息を吐いたミリアムは、さらにマライアに腕を回して、胸もとに顔をうずめてメソメソと泣き続ける。

「アヤさぁん」

マライアのSOSは止らない。アヤはそんなマライアを見て、苦笑いしながら

「あと、5分がまんしろ」

って言う。ま、まさか、アヤ、あなた…
 

411: 2013/12/22(日) 14:50:50.27 ID:xZoE4NcXo

 私の予感は、的中していた。ミリアムは、それからほどなくしてマライアの腕の中で寝息を立て始めていた。

「アヤ、あなた、あれ、盛ったの?」

「あぁ、うん。ユーリさんに出してもらっといた、睡眠導入剤」

このペンション、基本的に、悩みを抱えてる人が来たりするから、まぁ、備えとしてそう言う類のお薬を保管してあったけど…

うん、まぁ、この際、仕方ないよね。

「ねぇ、お酒と一緒に飲ませちゃって大丈夫だったかな?」

マライアが心配そうにアヤに聞く。

「あんまりよくはないだろうけどなぁ。まぁ、でも、氏ぬようなことはないだろ」

アヤはそう答えながら、ミリアムをマライアの体から引き離すと、グイっと担ぎ上げて、

一番近くにあったソファーにソッと降ろして、毛布を掛けた。

 「ふぅ、助かった」

マライアが大げさにため息をついて言うので、思わず笑ってしまう。

そんな私を見て、マライアもクスっと笑みを漏らした。それにしても、だ。

「あなたも大変だったんだね、マライア」

「うん、まぁ、いろいろあるよね、生きてるとさ」

「その、ミラさんって言う人も、もしかしたら、ニュータイプだったのかな?」

「うん。あたしね、宇宙に出て、ちょっとピンチのときがあってね、そのときに、お姉ちゃんのことを感じたんだよ。

 しっかりして、マライアって、声が聞こえて来てね…

 で、そのショックか何かのせいで、あたしも目覚めちゃったんだ」

マライアが、宙を見つめて教えてくれる。もしかしたら、話しながら、ミラさんの思念を感じているのかな。

「まぁ、この力は伝染するからなぁ。そんな話を聞いてもたいして驚きもないよな」

アヤがイスに戻ってきて、そう言う。確かにね。

私の力も、アヤと一緒に居たら、相互作用してるみたいに敏感になったから、そう言う側面もきっとあるんだろうなぁ。
 

412: 2013/12/22(日) 14:51:26.82 ID:xZoE4NcXo

 「でも、そっか。そんなことがあったら、アヤのことが好きになって当然だね」

私はそう言ってアヤをチラッと見やってみる。そしたらアヤは案の定、真っ赤な顔して

「い、いや!ち、違うって!な、マライア!あんたは別にそう言うんじゃないだろ?!な!?」

ってマライアに同意を求め出す。でも、それをすんなり受け入れるマライアじゃない。

「えぇぇ?!ひどいよ、アヤさん!あたし、こんなにアヤさんのこと想ってるのに…!」

なんて、目をウルウルさせながら、わざとらしい演技でそう返した。

「ちょ、あ、あんた!やめろって!」

アヤはガタっとイスから立ち上がった。

「アヤさん!来て!いつものようにあたしに愛情表現をぎゃぁぁぁぁぁぁ!」

両腕を広げてアヤを待ち構えていたマライアは、

突撃して行ったアヤに片腕の関節を取られてテーブルの上に上半身を組み敷かれた。

 もう、素直じゃないんだから、二人とも。そう思ったら、可笑しくって、私は声を上げて笑ってしまった。

「レナ、笑い事じゃないだろう?」

アヤが渋い顔して私に言ってくる。

「なに、ヤキモチでも焼いてほしかった?」

「い、いや、そ、え、あぁっ、っと…」

私の言葉にアヤは動揺して、マライアを解放した。途端にマライアが体を翻してアヤの拘束から抜け出すと

「レナさぁん!アヤさんがいじめるよぅ!」

と言って、私の胸に飛び込んできた。私はそんなマライアを抱きしめて

「あぁ、よしよし、怖かったねぇ」

と頭を撫でてあげる。そしたら、また案の定アヤがムッとして

「マライア!その場所は、アタシんだ!」

ってマライアの後ろ襟を掴まえて、私から引きはがした。

「なによ!もう!ケチ!」

マライアはからかうように笑いながら、アヤにそんなことを言って、また関節技を掛けられて悲鳴を上げている。

 もう。本当に、元気なんだから。
 

413: 2013/12/22(日) 14:52:09.12 ID:xZoE4NcXo

 ひとしきりじゃれあったあとで、私達はなんとか落ち着いて、それぞれの席にもどった。

「いたたた…アヤさん、3つめのは痛かった…」

「ああ、ごめん、ちょっと、変な方にいっちゃったな」

「もう。夜なんだから、静かにしてよね」

そんなことを言い合って、また3人でクスクスっと笑う。それから、誰となしに、ふぅって息を吐いた。

 「それにしても…あれからすぐだったよね、戦争が始まったの」

マライアが言う。

「あぁ、そうだったなぁ。コロニーが落ちて来るって情報が入って…」

そこまで言ったアヤが、しまった、って顔をして私を見てきた。

大丈夫、こんな楽しい話のときに、いちいちそんなのを気にしてたって仕方ないでしょ。

そう言う代わりに私は、アヤに笑いかけてあげる。アヤはホッとした笑顔を浮かべて

「…うん、てんやわんやだったなぁ」

と、途中で止めた話を再開する。

「そうだったねぇ。あれ、てか、あの日ってアヤさん、あたしが起こしに行くまで寝てたよね、二日酔いで」

「あれはダリルがいけないんだ!ノリにノせて、あいつアタシにどれだけ飲ませたか…!」

「考えてみれば、不思議だよね。その頃私は、まだ士官学校に居て、そのあとの降下作戦で、

 キャリフォルニアに降りた…あの頃は敵同士だったんだもんね」

アヤに出会う前のことを思い出して、私はそんなことを口にしていた。

「レナさんはさ、キャリフォルニアに降りてからは、なにしてたの?」

「私?私は、北米大陸の戦闘に参加してたよ。ニューヤークとか、ロサンゼルスの奪取作戦とかね」

「ふぅん。なら、今度はその話しようか!あたし、レナさんのことも聞いてみたいし」

マライアがぱっと明るい笑顔でそう提案してくる。戦争の話になるし、良い話ばっかりじゃないけど、ね。

でも、そうだな。それは、私達が出会うまでの道のりだったんだ、って思えば、別に、悪くないのかもしれないね。

「いいね。じゃぁ、アヤとマライアも、ジャブローでのことを聞かせてよ」

「ははは!そうだなぁ、じゃあ、マライア、あれなんかどうだ、ほら、カレンを拾いに行ったときの話!」

「あーあれね。あれはあれで、大変だったよねぇ」

マライアが苦々しい顔をして感想だけを放し始める。

「何があったの?」

私が聞いたら、アヤが

「こいつでさ、被弾して脱出したんだよ。それも、大西洋のど真ん中でさ」

って肩をすくめて言う。

「もうね、一緒に居たのがアヤさんじゃなかったら、あたしたぶん氏んでたね」

マライアは、クスクスっと笑って、話を始めた。



 

414: 2013/12/22(日) 14:52:37.39 ID:xZoE4NcXo



 「ああ…くそぅ…」

目の前が、グルグルする…ダメだ、あぁ、ダメだ…

アタシはゆっくりと体を起こして、マライアが用意してくれていたビニール袋に、今日3度目の胃液をぶちまけた。

気持ちわりぃ…

 パタン、と、ドアが閉まる音がした。

「アヤさん、お水買ってきたよ」

マライアの声だ。でも、すまん、起き上がれないよ、今、アタシ。アタシは、ベッドの柵から手だけを出す。

マライアがミネラルウォーターのボトルを握らせてくれた。寝たまま、それを開けて、少しだけ口に含む。

うぅ…水飲めるだけ、まだまし、か。

 「換気、してても、ダメだねぇ」

マライアがベッドの中を覗き込んでくる。

マスクの代わりに支給品のタオルを顔に巻いたマライアがそんなことを言ってきた。

「悪いな、マライア」

アタシは情けなくって、そう謝るしかできなかった。もう、目が覚める前から、吐きっぱなしだ。

換気扇は全開で回してあるし、換気のために小さいけど、窓も開けてあるっていうのに、

やっぱ、臭いがこもってるんだろうな、ゲロの。

「ううん、平気。オフィスも氏屍累々だから、ラウンジでリンさん達とテレビ見てるよ」

マライアは、タオルのマスクの下で、そう言って笑ってくれる。あぁ、うぅ、情けない。

ダリルのやつ、アタシを焚き付けて、まさかウィスキーのボトルをラッパで飲み干せとか、今考えればバカじゃないのか?

いや、乗ったアタシも相当バカだけどさ…酒で、判断力を失くすって、怖いよなぁ。

それにしたって…うぅぅ…ダメだ、気持ち悪い…

 アタシは、あれこれ考えるのはやめて、とにかく横になっていることに決めた。

いや、決めたっていうか、そうしてる他に選択肢がない。

胸にこみ上げてくる酸っぱい感じを抜きたくて、ふぅ、とため息を吐いちゃう。

 「辛そうだね」

「あぁ、かなりな」

「ウィスキーのボトルをイッキなんて、バカでしょ、アヤさん」

「…返す言葉もないよ」

「あら…怒ると思ったのに…まだ、休んでた方が良いみたい」

マライアがそう言って苦笑いを浮かべた。

「悪いな、ホント」

アタシはそう言っておく。そしたらマライアは苦笑いをちゃんとした笑顔に変えて、

ベッドの柵によじ登ってきたと思ったら、いつもアタシがしてやるみたいに、アタシの頭をガシガシっと撫でてきた。
それから

「まぁ、気にしない気にしない」

って、ニヒヒと、笑う。まったく、初めて会った頃が嘘みたいだよ、あんたさ。

アタシも、出来るだけの笑顔を、マライアに返してやった。

「じゃぁ、行くね。何かあったらまたPDAに連絡ちょうだいね」

マライアはそう言って、柵から降りると、パタン、とドアから出て行った。
 

415: 2013/12/22(日) 14:53:17.59 ID:xZoE4NcXo

 うぅ、くっそ、グルグルする…いっそ、軍医に点滴でもしてもらいたいけど、こんなんで点滴打ってくれっかな…

自業自得だ、寝ておけ、なんて言われるのがオチなんじゃないだろうか…

うん、よし、寝てよう、今日は一日、ダウンだ。マライアには申し訳ないけど…

 アタシは、もう一度ふぅ、とため息を吐く。マライアに買ってきてもらった水を飲んで、胃を落ち着かせる…

うん、すこし、楽になったかな…とりあえず、一眠りできそうだ…たぶん…。

 アタシは、そのまま目を閉じた。ぼんやりと、意識が遠くなっていく。

すぅっと、悪い気分だったのも、薄れてきだした。良かった、ホントに、すこし眠れそうだ…

 

416: 2013/12/22(日) 14:53:45.50 ID:xZoE4NcXo


 
 「―――!―――!」

 ん、なんだよ、誰だ?せっかく、すこし休めたと思ったのに…

「―――!―ヤさん!」

この声…マライアか?

 それに気が付いたのと同時に、アタシは全身を揺さぶられてるのに気が付いた。

待て、待てよ、マライア…分かった、起きる、起きるから…

 アタシは体をつかんでゆすってくるマライアの腕をつかんで、目を開けた。

「アヤさん!起きて!」

マライアが必氏の形相でアタシを見つめている。なんだ、なにがあったんだよ、そんなに焦って…

ん?あれ、なんだ、この音…?ヤケにガンガン鳴ってるな…くそ、なんだってんだ、頭に響く…

やめてくんないかな、これ…

「マライア、この音、とめて」

アタシが言ったら、マライアは叫んだ。

「止められるわけないでしょ!これ、緊急警報だよ!?」

緊急警報?なんだよ、火事でも起こったか?

まぁ、待て、落ち着けアタシ。いや、逆だ。

しっかりしろ、アタシ。マライアが焦ってんのはいつものことだけど、この音は、普通じゃないぞ。

何かあったんだ…意識、はっきりさせろよ…

 アタシはそう思って、枕元に置いておいたミネラルウォーターの蓋をあけて、半分くらいを一気に飲んだ。

なんとか、意識が冴えてくる。胸の悪い感じも、多少収まってるな。

どれくらい休めた?

1時間か、2時間くらいか?

 「マライア、アタシ、どんだけ寝てた?」

「3時間くらい!ってか、それどころじゃないんだって!」

マライアはそう言って、グイッとアタシの胸ぐらをつかんでベッドから引きずりおろそうとする。

なんだ、おい、マライア!

「おい、落ち着けって、マライア!何がどうなってんだか、説明してくれ!」

アタシはちょっと大声を出してしまった。

すぐに、マライア相手に、まずった、と思ったけど、マライアは動じるどころか、アタシよりもでっかい声で

「サイド3が宣戦同時攻撃を掛けてきたんだよ!もう、サイドがいくつか制圧されたって情報が入ってる!」

 宣戦?攻撃…?サイドが、制圧…?サイド3、って言ったか、今?

ここの所、自治政府が連邦政府ににたてついてあれこれと自衛手段を整えてる、って話はチラっと聞いたことあるけど…

宣戦?戦争を吹っかけてきたってのか…?

 そうか、だから、この警報か。非常事態宣言でも出されたのかな。

兵隊どもは、すぐにスクランブル待機せよ、ってわけか…

 スクランブル?

 アタシはようやく事態を把握した。ベッドの上で飛び起きたら、ガツン、と頭を天井にぶつけてしまう。

くぅっ、いてぇ!
 

417: 2013/12/22(日) 14:54:14.56 ID:xZoE4NcXo

「マライア!オフィスに招集かかってんだな?!」

「うん!そう!」

「起こしてくれて助かった!行くぞ!」

「了解!」

アタシは、痛む頭を手で押さえながら、マライアと一緒にベッドから飛び降りた。部屋を出て、兵舎の廊下を走った。

 昨日まで、新年のバカ騒ぎをしてたってのに!アタシは、明後日の五日まで休み取ってんだぞ!?

どうして…なんでこんなことになったんだよ!?

 アタシはそんなことを、思っていた。

 まさか、このときはまだ、宇宙からコロニーが降って来るなんて、これっぽっちも考えてなんてなかった。

あんなにたくさんの人が、この時にはもう、殺されてたなんて、アタシはまだ、知らなかったんだ。



 

418: 2013/12/22(日) 14:54:45.72 ID:xZoE4NcXo




 ものすごい衝撃が、HLVを襲う。これ、大丈夫だよね!?地球に降りる前に、分解なんてしないよね!?

私は、ふっと頭に浮かんできたそんな恐怖を、無理矢理に抑え込んだ。

大丈夫、オデッサでは、降下中の事故はなかったって聞いてる…本当かどうかは、知らなけど…。

でも、突入自体は、大きな問題じゃない。

大事なのは、降り立ってから、だ。

 オデッサに次ぐこの作戦だ。敵だって、バカじゃない。

モビルスーツとの戦い方を考えているだろうし、HLVでの降下だって、対策を練っている可能性もある。

十分に気を付けないと…!

 不意に、ガツン、と言う強い衝撃が走った直後に振動が収まった。

コクピットの中のモニターに、映像が映し出される。陸地が見える。

あっちは、水?海、かな?パラシュート、無事に開いたみたいね…良かった…地上には…街が見える…

あれが目標の、サンフランシスコ、ね。マップ、は…と…

 私はコンピュータを操作して、モニター上にマップを表示させる。

サンフランシスコには、キャリフォルニアベースと言う、連邦軍有数の基地がある。

この降下作戦の目的は、その奪取にあった。

ここは、地図上では、連邦軍本部のジャブローから北に位置する。

ここを奪って、ジャブローへの足掛かりにする計画だ。

先の作戦で、オデッサに降り立った部隊は快進撃を続け、ヨーロッパ地域と言うところを、ほぼ手中に収めている、

との情報も聞いた。

オデッサからの資源をこの北米へ回して、ここで兵器を生産することができれば、戦争も短期決着が見えてくるはずだ。

そのためには、なんとしてもここを制圧しなきゃいけない。

 このキャリフォルニアベース周辺には、いくつもの軍事関連施設がある。

湾内には潜水艦ドックもあるし、工場や、格納庫、燃料タンク…空から見下ろすと、相当に広い地域に点在している。

こっちも数をそろえてはいるけど、そう簡単な話でもなさそうだ。
 

419: 2013/12/22(日) 14:55:33.48 ID:xZoE4NcXo

 私達予備部隊の投入は、下で行われている侵攻作戦が思うように進んでいないための増援。

目標は、味方部隊を苦しめている航空部隊の基地を叩くことだ。

このHLVは、敵の航空基地の目と鼻の先に降りるはず…

奇襲作戦、と言えば聞こえはいいけど、こんな強行作戦、一つ間違えれば、全滅しかねない。

幸い、こっちの落下速度に、敵の戦闘機の迎撃は間に合わない。

気を付けなければいけないのは、高射砲や、対空兵器だ。

そっちは、今は味方部隊が側面攻撃を掛けて引き付けてくれている予定になっている…

あとは、無事を祈って、コンピュータ上のランプが青になるのをひたすら待つしかない。

<こちら、隊長機。ヘスラー少尉、バーデン軍曹、気は確かか?>

私の所属する隊の隊長、ライナー・ドーレス大尉の声が聞こえた。

「こちら、ヘスラー。問題なし。すこし、怖いですが…」

私が答えると次いでテオ・バーデン軍曹が

<こちらテオ。このビリビリする感じ、たまんねっすね>

と軽口をたたき始めた。でも、隊長は特にそれをとがめるでもなく

<その意気なら、心配はなさそうだな。降下の手順は分かっているな?

 ランプが緑に代わったら、HLVのハッチが強制開放される。スラスターとバーニアを駆使して、降下動作に入れ。

 着地に気を付けろよ。関節部に負担を掛けて、降りた瞬間に動けません、じゃ、敵の良い的だ>

<了解です、任せといてくださいよ、隊長>

テオは、そんな明るい口調で言っている。

お気楽だな、とは思うけど、でも、今はこれくらい明るくしてもらえるのはありがたい。

私の方は、緊張で胸がつぶれそうになっているから、ね…。

 モニターに、表示が出た。緑色で、“Ready for Dive”。予定の高度まで、無事に降りて来られているらしい。

<よし、ハッチ開放!>

隊長の無線が聞こえた。次の瞬間には、小さな爆発があって、HLVのハッチがパージされる。

外には、モニターで見たのと同じ、街並みと海、軍事関連施設が見えた。

<お先に失礼しますよ!>

テオの無線が聞こえてきたと思ったら、一番ハッチに近い所にいたテオの機体が踏み出して、

バーニアを吹かしてハッチのあった場所から飛び降りた。

「続きます!」

私もそう無線を入れて、ハッチへと進む。高度は、数百メートルと言ったところか、な。

落ち着いて…降下の訓練は、十分につんだ。

バーニアを出力70%で維持、AMBACを信頼して、スラスターも全開にする。

あとは、機体がバランスを崩さないように姿勢を維持させれば良い…

ううん、降下時バランスもAMBACがサポートしてくれる。

大丈夫…!
 

420: 2013/12/22(日) 14:56:29.22 ID:xZoE4NcXo

 私は、機体をHLVから飛び立たせた。ふわり、という、あの無重力の感覚が背筋を駆け抜ける。

私は、そこから沸いてくる恐怖を押さえ込みながら、ペダルを踏み込んだ。

轟音とともに、グンっと機体の落下速度が落ちる。

よし…よし、このまま、このまま…!

<ひゅう!隊長!敵さん、戦闘機の発進準備中だ!>

テオの声が聞こえてくる。

<テオ、あがらせると厄介だ。狙えるか?>

<バラ撒いて、弾幕張っときゃこっちのもんです、やります!>

<よし、レナも続け、反動で降下姿勢を崩されるなよ!中隊長!こちら、先鋒の第2小隊、ドーレスです!

 発進準備中の戦闘機群を発見、上空より攻撃をかけます!>

テオとの確認を終え、私にも指示を飛ばしてきた隊長が、中隊長機を呼び出している。

中隊長は、ガルマ大佐直属の少佐だって話だ。

降下直前に志願した私は面識もないけど、ただ、隊長の話では、キレる人で、頼れるんだ、と言っていた。

<ドーレス大尉、了解した!露払いを頼む!>

少佐の声が聞こえた。

<よし、各機、掃射して発進を阻止しろ!>

<了解!>

「了解です!」

 私は無線で返事をした。それから火器管制を起動させて、モニターに映る照準で、眼下にある滑走路を捉えた。

「射撃準備、完了!」

<こちらもです!>

<よし、反動に注意しろよ!てっ!>

隊長の指示に合わせて、私は握っていたレバーのトリガーを引いた。

断続的な轟音と反動とともに、曳光弾の破線が滑走路を縫う。先に降下を始めていたテオの機体の弾が、

滑走路で発進準備中だった戦闘機群を捉えて、バラバラに引き裂いた。

パパパっと、連続して戦闘機が爆発していく。

<ひゅう!やりました隊長!滑走路を塞いでやりましたよ!>

テオの嬌声が聞こえる。でも、まだだ。滑走路はあれ一本じゃない。

「隊長、次の目標の指示を!」

私は無線にそう怒鳴る。すぐに隊長から

<よし…下方、10時方向の格納庫だ!全壊させる必要はない。

 一掃射したら照準を固定したまま、あとは着地に備えろ!着地出来次第、格納庫の制圧に移る!>

「了解です!」

私は、そう返事をして格納庫に照準を合わせた。トリガーを引く。ギュウンという機械音の直後にまた轟音。

曳光弾が格納庫の屋根に突き刺さっていく。

上からは、一帯の宮司施設は接収し利用できるものは利用するから、と、なるべく被害を出さないよう言われている。

無用な破壊は必要ない。

敵の抵抗だけをなくしていけばいい。

コロニーを落とすような、取り返しのつかないことをする必要はないんだ。

 

421: 2013/12/22(日) 14:57:24.49 ID:xZoE4NcXo

冷静に、着実に、敵のウィークポイントだけを叩けばいい…戦争だから、仕方ない、けど、それでも…なるべく、誰も殺さないように…。

父さん、あなたは、甘いって言うかな?ううん、きっとそうは言わないよね。

父さんは、頃し合いを望んでなんかいなかった。戦争は、話し合うための手段だって、そう言ってた。

戦争が目的になっちゃいけない。戦争も、戦いも手段でしかない。

そうでなければ、解放や平和や発展を望めない。

 父さん…私は、あなたの背中を追って、軍人になった。

“だから”、戦いで命を落としたあなたの仇をとろうとは思わない。

私はただ、父さんの理想に近付きたいって、そう思っているだけ…。

 機体が地面に近づいた。着地態勢に入る、脚を広げて、膝の関節をニュートラルにしておく。

バーニアの出力を80パーセントまで上げて、高度を見る。100、90、80、70、60、40!

スラスター最大出力、軟着姿勢…!

 ゴウっと音がして、各所のスラスターが下方向に噴射された。

またガクンと速度が落ち、次いで、ズン、と言う衝撃がある。

よ、よし、着地完了…各部異常チェック、異常、なし。

<テオです、着地完了!>

「こちら、へスラー。こちらも無事着地!」

<よぉし、俺もなんとか降り立った。これが地球か…よし、テオは格納庫右翼へ。

 俺とヘスラーで正面を行く。重力に気をつけろよ、コロニーとは性質が違うぞ!>

隊長の声が聞こえる。どうやら、私たちの隊はなんとか3機とも無事に降りてこられた。

あとは、可能な限り作戦を遂行して、とにかくこの空港を占拠しないと、これ以上味方を危険にさらすわけには行かない。

 「ヘスラー、前進します」

私はそう報告して、機体を動かす。ズズン、と言う、重い衝撃。

コロニー内でのイレーナたちとやった重力下訓練を思い出した。

 格納庫の前まで到達する。私はレバーを引いて、ザクの足で格納庫の前扉を蹴り倒した。

中を確認すると、機体に穴を開けた戦闘機が数機、無残な姿で横たわっていた。

整備班なのか、制服の連中が、慌てた様子で格納庫内を駆け回っている。戦意があるようには、思えなかった。

 私は、ザクの姿勢を立て直して、空を見上げる。

味方機が次々と地上に降り立ってくる。3個中隊、総数、50機近い。

それでも、ここは敵地のど真ん中。

側面攻撃を掛けてくれている味方の部隊との連携をして進めないと、たちまち包囲攻撃で撃破される危険もあるんだ。
 

422: 2013/12/22(日) 14:57:50.27 ID:xZoE4NcXo

 <格納庫の向こう、12時方向、敵戦車隊視認!>

テオの無線が聞こえた。私は格納庫の向こう側をメインカメラで確認する。

いる、4列縦隊で、50メートルほどの間隔を開けて、こっちへ進んできていた。

と、パパパっと、その砲塔が光った。砲弾が格納庫の天井や、壁に着弾して、爆発し煙が上がる。

<う、撃ってきたぞ!?あの位置から!?>

テオが動揺している。無理もない、彼らの位置からは、私たちなんてろくに見えていないはずだ。

どこ箇所も、空港の施設の影になっているはずだから…でも、それでも彼らは撃ち込んできた。

<あいつら、奪われるくらいなら、破壊しちまえって命令でも受けてるってのか?>

「そんな…まだ、ここには連邦の兵士もいるっていうのに…!」

テオの言葉に私は内心、動揺した。だけど、それを感じ取ったのか隊長が

<早合点するな。あっちは囮かもしれない。俺たちは敵のど真ん中にいるんだってことを忘れるなよ!

 どこ方向からでも押し寄せてくるぞ!>

と怒鳴る。そう、そうだ。あれだけじゃない。どっちへ向いたって、敵だらけ。

今は、そんなことを気にしている場合じゃない。とにかく、この基地の制圧と維持に全力を尽くさないと!

この格納庫はもう抵抗はないはず。次の目標に移るべきだ!

 「隊長、次の目標は?」

私は無線にそう怒鳴る。でも、今度は隊長から、少し穏やかな声色が聞こえてきた。

<ヘスラー少尉、落ち着け。今、少佐が着地した。各隊からの報告を集めてる>

<そうは言ったって、隊長、敵の戦車隊が来てるんですよ?!>

<そいつも報告済みだ。勝手に動くなよ。

 こう言うときに勢いは大事だが、勢いに任せて突っ込んで自軍の配置に亀裂ができれば、

 瞬く間にそこに漬け込まれる。落ち着いて、指示を待て>

さすが、隊長だ。落ち着いてる。聞けば、ルウムでも戦って、敵の戦艦を撃破した戦果もあるらしい。

私もすこし焦っていたのかもしれない。すこし落ち着いて、指示を待とう。

 <こちら、第3中隊長、パウエル。各隊、各機、聞け。第2中隊が北部へ展開、第1中隊が東部へ展開する。

 我々第1中隊はこの基地の確保、維持を行う。必要に応じて、北部、東部への援護を行う!>

中隊長の指示が聞こえた。落ち着いてるな、中隊長。大丈夫、敵の抵抗も少ないし、奇襲はうまく行っている。

この作戦は大丈夫だ…!
 

423: 2013/12/22(日) 14:58:16.27 ID:xZoE4NcXo

 この確信は、おおよそ間違いではなかった。

それから私達は友軍が東部防衛線を突破してこの基地に到達するまでの間、大きな抵抗にも遭わずに維持できた。

こちらの被害も、戦車砲で集中砲火にあい中破した1個小隊のみ。搭乗員はみんな無事だった。

キャリフォルニアベース地下に侵入し、味方部隊援護のために一帯に電力を供給している施設を破壊した特殊部隊の働きも大きい。

 とにかく、私達は、キャリフォルニアベースを制圧した。基地への損傷は軽微。

こちらの兵器生産に転用するのに、それほど時間はかからないだろう。

同時に作戦を開始した東海岸も何とか勝利を収めた言う情報も入ってきていた。北米の主要な軍事拠点は押さえた。

これからは北米全土を制圧し、防衛体制を整えてから、目指すはジャブローだ。

 平和のため、スペースノイド解放のために、もうあと少し、だ。

 私は、そんなことを考えて、表面上では喜んで、そして安堵していた。

でも、心のどこかで、なにか微かな違和感を覚えていた。

私は、いえ、ジオンは、いったい、何のために戦っているんだろう?

そんな疑問を飲み干すように、私はその晩、祝杯に酔いしれていた。




 

424: 2013/12/22(日) 14:58:42.64 ID:xZoE4NcXo





 「ヨーロッパへ遠征?」

隊長のブリーフィングを聞いて、アタシは思わず、そう声を上げてしまった。

ジオンが地球へ降下してきてから、数か月。ヨーロッパ戦線はベルファストを残して、ほぼ壊滅。

ここから北の、キャリフォルニアに降下してきた部隊に北米は制圧されつつあるし、

すでに制圧されたオデッサからの侵攻でアジア方面も苦戦、

オセアニアはまだ辛うじてこっちの方が優勢らしいけど、この先どうなることは分かったもんじゃない。

アフリカは、キリマンジャロ基地でなんとか持ってるって話だ。

オセアニアとアフリカが取られたら、北米が危ない現状では、二面作戦になる可能性があるから、

そっちへの派遣、っていうのならまだわかるけど、どうしてまたヨーロッパなんだ?

「あぁ、そうだ。ベルファストへ合流できずに地中海南岸へ逃れてる連中がいる。

 北米東海岸から脱出した連中も、大西洋上を同地域への救出作戦のために移動中だ。

 俺たちは北米からの部隊と連携して、やつらをジャブローへエスコートするお役目を言い渡された、ってわけだ」

隊長がそう説明する。でも、それ、ちょっと待ってくれよ。

アタシが質問を継ごうと思ったら、ダリルが先に声を上げた。

「そんなもん、こっちへ連れて来るより、キリマンジャロで引き取ってもらった方が、戦略的には良いんじゃないですか?」

うん、ダリル、さすがだ。アタシもそう思う。

「まぁ、それが出来ればそうしたいんだろうが…キリマンジャロも形勢が危ういらしい。

 ほぼ包囲されてると見て良いだろう。連中のいる北アフリカ…

 まぁ、正確に言や、スペインの南部の地中海沿岸らしいが、北にも南にもジオンがいっぱい。

 逃げ手は、大西洋を通る他にねえってわけだ」

なるほど、孤立しちゃってんのか。そりゃぁ、マズイな…

「それから、上の連中は、このジャブローの防衛を厚くしたいらしい。

 まぁ、本部なんだから当然だが、北米とアフリカが制圧されちまえば、今度はここだ。体制を整えておく必要性は、ある」

「そうですね。どっちかが取られたら、こっちへ飛んできてる定期偵察便も、偵察じゃ済まなくなるかも知れないですしね」

「迎撃回数が増えるとなると、正直、疲れるからなぁ」

フレートとヴァレリオが言っている。戦況は、悪い。正直に言って…。

 だけど、いくらジオンって言ったって、この地球をすべて制圧できる、なんて考えているんだとしたら、それは間違ってる。

人口が増えすぎて宇宙へ追い出した、なんてこともあったんだろうけど、実際には、まだ手つかずの自然が残っている場所はいくらでもある。

地球にいるアタシ達ですら、手の出せない地域ってのがあるんだ。

宇宙からやってきた絶対数の少ないジオンが、地球連邦の軍を打破することはできても、

地球全土を制圧し支配することなんてできるはずがない。

 そう思えば、かなりヤバい状況かもしれないけど、でも希望がないわけじゃない。

別に、ジオンが勝とうが、連邦が勝とうが、正直あまり興味はない。

最終的に大事なのは、アタシの身の回りの奴らが、無事に生活できるか、ってことだ。
 

425: 2013/12/22(日) 14:59:24.56 ID:xZoE4NcXo

 「で、出撃の時間は?」

3番機のカーターが隊長に聞く。

「明日の朝だ。各員は準備を怠るなよ。他に質問がなければ、全体は解散とする。このあと、アヤとダリル、カーターはここに残れ」

隊長はそう言った。残れ、か。まぁ、そうだろうな。

 アタシには心当たりがあった。ジオンが投入して来たって言う、新兵器のことだろう。

なんでも人型の近接戦闘用の兵器らしい。

ちょっと聞くだけなら、戦闘機の敵じゃないとは思うんだけど、

どうも、この戦争で使われてる別の技術、ミノフスキー粒子、っていうのが厄介なんだ。

詳しい理屈はよくわからないんだけど、ダリルに言わせると、ミノフスキー粒子、ってのは、

磁力を生み出してる大元みたいなもんだって話だ。

そいつを戦場に散布すると、電子兵器の一切が動作不良に陥るらしい。

特に、レーダーや誘導兵器なんかは一切使い物にならないんだそうだ。

そうなってくると、いくら戦闘機だって話は変わってくる。ミサイルの代わりに無誘導のランチャーを取り付けるにしたって、

当てるには相当の腕で敵に接近しなきゃならない。

もっと言っちゃえば、基本武装が航空機銃だけになったって言ってもいい。

遠距離から、対戦車ミサイルをぶち込んで終わりの戦闘じゃない。

おそらく、敵と戦うことになれば、戦闘機だって、肉薄して遣り合わなきゃいけない。

そんな人形みたいなやつらにやられる気はしないけど、でも、そこまで近づくとなると、流れ弾思わぬ事故ってのも起こりうる。

ただでさえ、一発貰ったらお終いになるかもしれないのが戦闘機だ。

そこらへんは、立ち回りを十分に考えておく必要がある、か。

 他に質問は出なかった。名前を呼ばれたアタシ達以外は、やれやれ、って感じでオフィスを出て行った。

 開戦から、4か月が経とうとしている。

ジャブローへ飛んでくる偵察機と、護衛の戦闘機との戦闘を何度も経験してきたアタシ達は、なんだかもう、戦闘に対しては少しマヒしてしまっているところがあった。

いちいち気にしてたら、HUDに捉えた敵目がけてトリガー引くのをためらっちゃう。

それは、自分を、隊の他の連中を、危険にさらすのとおんなじだ。

 「あ、あの、隊長」

「ん、なんだ、マライア」

不意に、アタシの隣に座っていたマライアが声を上げた。

隊長が聞くとマライアは、そっと、アタシの飛行服の袖口を握ってから

「あの、あたしも、残ってて良いですか?」

なんて言いだした。まぁ、たぶん居ても迷惑ってことにはならないから問題はなだろうけど…

隊長のリアクションはどうだ?アタシはチラっと隊長をみやる。隊長は不思議そうな顔をしながら

「まぁ、別に構いやしねえが…」

って口ごもる。これから話があるのは、たぶん、そこそこ高度な内容なんだろう。

マライアにはわかんねえだろうな、って感じをしてるな、隊長。

でもな、そばで一緒に飛んでるアタシにはわかる。こいつ、なかなか優秀なんだ。

特に、戦術的なところっていうよりも、機動イメージが割と鮮明に出来るタイプなんだと思う。

状況に応じて、アタシや隊長、ダリルに教えられた戦法を組み合わせて、鋭く旋回して見せるんだ。

その点では、もしかしたら役に立ってくれるかもしれないし、な。
 

426: 2013/12/22(日) 14:59:51.70 ID:xZoE4NcXo

「やった、ありがとうございます!」

マライアは満面の笑みで、隊長に言った。まったく、入隊して、そろそろ半年経ったかな?

最初のころに比べたら、ずいぶん馴染んできてるよな。あの頃の心配が嘘みたいだ。

あとは、実戦でパニックにならなけりゃぁ、言うことはないんだけどな。

そんなことを思っていたら、何やら分厚いファイルを取り出した隊長が、それをドンっと机に置いた。

「おーし、待たせたな。ひとまず、これを見てくれ」

隊長がそう言って、ファイルを差し出してくる。ダリルが、ペラっと表紙をめくった。

そこにあったのは、報告書のようだった。これは…戦闘の報告書だ。

出撃から、接敵、機動、敵の反応、こっちの対応、撤退するときの状況なんかが事細かに書きこまれている。

「隊長、これは?」

カーターが隊長に聞く。すると隊長は、冷めたコーヒーをグビっとあおってから、話を始めた。

「そいつは、ヨーロッパからの情報だ。ベルファスト基地に、古い同期が居てな。

 そいつは、ベルファストで飛行隊を率いている。誰に似たのか、横柄なやつなんだが…

 そいつの隊が書いた、人型の兵器、モビルスーツに対抗した戦闘の報告書と要旨だ。こいつを参考に、

 戦法を編み出す必要がある。わかるな?」

隊長のことばにアタシはうなずく。思った通り、だ。

 「俺たちにこれを解析して、身につけろ、と?」

ダリルが聞くと、隊長はあいまいに

「早い話が、そうだ。これを送ってきたバートレットと、やつの隊、ウォードッグは、

 混戦するヨーロッパ戦線で、モビルスーツ相手に被撃墜3に対し敵撃破数は20を超えてる。

 ベルファストの防衛は、やつらの功績と言ってもいいだろう」

「あれを20機も撃破したってのか…」

「なるほど、見てみる価値はありそうですね」

カーターとダリルが言っている。でも、隊長は首を振った。

「いや、それよりも、被撃墜3って方に注目してみてくれ。落とされなければ、挽回するチャンスもある。

 やつらは、それが分かってた。いくら相手が強力な新兵器だとしても、

 1対1で特攻覚悟で突っ込めば、撃破できない理屈はない。

 だが、やつらは、そうはせず、自分たちの生還率を上げた。

 いいか、良く聞け。俺はお前らを氏なせるわけにはいかない。

 たとえ、このジャブローがどうなろうと、知ったことじゃない。集団戦法でもなんでもいい。

 逃げて、逃げて、逃げまくった先に、チャンスを見い出す方法を探せ。

 敵の弱点の分析はウォードッグからのデータがある。戦闘にどれだけ時間が掛かろうが構わん。

 可能な限り安全に、敵を撃破する方法を考え出すんだ」

隊長の言葉に、みんなは黙った。
 

427: 2013/12/22(日) 15:00:49.53 ID:xZoE4NcXo

 逃げて、逃げて、か。そうだな…隊長。アタシも、みんなが氏んでいくのを見るのなんか、まっぴらだ。

アタシもできれば氏にたくなんてないしな。

「なるほど。骨のありそうな仕事じゃないか」

ダリルがそう言ってため息を吐く。

「確かに。特に、あれだな、フレートのことを考えて作戦練っておかないと、あいつは真っ先に氏にかねんからな」

カーターはそう言って笑っている。

 「あ、あの、あたしも考えます!」

マライアも、柄にもなく前のめりになって言った。うん、その気合いは、悪くない。

あとで褒めてやるからな、マライア。

 アタシは、マライアの頭をペシペシ叩きながら、イスから立った。

「どうした、アヤ」

隊長がアタシに声を掛けてくる。

「なに、疲れそうな会議になるだろうからな。珍しく、コーヒーでも淹れてやるよ」

「あぁ、珍しいな、ホントに」

すかさずダリルが言ってきた。こいつ、こんなデカイ図体してて、アタシと同じくらい荒っぽいのに、

コンピュータに強いわ、コーヒー淹れさせたら絶品だわ、お勉強はできるわ、まったく、似合わないにもほどがあるんだけどな。

 アタシは、ダリルの肩をベシッと引っぱたいて、オフィスの給湯室へ向かった。

「あ!アヤさん、手伝うよ!」

後ろからマライアの声が聞こえたと思ったら、背中にタックルされた。

ちょっと痛かったんで、ヘッドロックを掛けて、ぎゃーぎゃー悲鳴を上げるマライアを引きずったまま、給湯室に入った。

 明日は、あのモビルスーツってのと戦闘になる。その意味を、アタシはまだ、ちゃんとは理解していなかった。

有視界戦闘をしなきゃならない戦場で、あれを相手にするのがどれだけ危険なのか、って。



 

428: 2013/12/22(日) 15:01:47.27 ID:xZoE4NcXo

つづく。


刻一刻と、「あの日」に近づくエピソード0s。

だけど、次回、アヤさん、過去語りを始める、の巻。

次回:【機動戦士ガンダム】機動戦士ガンダム外伝―彼女達の戦争―【4】

引用: 機動戦士ガンダム外伝―彼女達の戦争―