636: 2014/01/19(日) 03:57:42.63 ID:YBBB6qxGo


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【機動戦士ガンダム】ジャブローで撃ち落とされた女ジオン兵が…【中編】
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【機動戦士ガンダム】ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが…【1】
【機動戦士ガンダム】ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが…【2】
【機動戦士ガンダム】ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが…【3】
【機動戦士ガンダム】ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが…【4】
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【機動戦士ガンダム】ジオン女性士官「また、生きて会いましょう」学徒兵「ええ、必ず」

機動戦士ガンダム外伝―彼女達の戦争―【1】
機動戦士ガンダム外伝―彼女達の戦争―【2】
機動戦士ガンダム外伝―彼女達の戦争―【3】
機動戦士ガンダム外伝―彼女達の戦争―【4】
機動戦士ガンダム外伝―彼女達の戦争―【5】


たくさんのレスありがとうございました。
名残惜しいですが、そろそろ、冬眠の準備に入ろうと思います。
次回作がいつ、どんなものになるかはまだ、モヤモヤっと頭の中ですが、
彼女たちに負けない物語を書いていけたらなと思います。
ここまで読んでいただけて、本当にありがとうございました。


・・・


ときれいに幕引きしたい気持ちもありつつ…

もう一つだけ、書いておきたいことがあったのです。

以下、蛇足かもしれない、もう一つの主人公たちです。

 

637: 2014/01/19(日) 04:15:28.25 ID:YBBB6qxGo

 「おい、準備大丈夫か?」

「うん、こっちは平気。なんだっけ、オールグリーン?」

「ははは、無理に難しい言葉を使わなくなっていいさ。操縦はこっちに任せておけ。

 そっちはのんびり、宇宙の旅を満喫していてくれてて構わないから」

俺の声掛けに返事をしたニケにそう返してやった。

 俺たちは、ルオコロニーの港に居た。小型のシャトルを手に入れて、地球に向かう。あれからもう4年だ。

レオナ達は元気だろうか…?

メッセージやなんかでやり取りは続いていたし、写真なんかも送ってもらったりはしていたけど、

こうして会うのはあれ以来、だ。楽しみだ、と言うのが正直なところだ。

 「こっちに、って、マークは計器見てるだけでしょ?」

横からハンナがそう口を挟んでくる。ノーマルスーツの中で、いつものいたずらっぽい笑顔が光っていた。

相変わらずのハンナのこんな調子にもすっかり慣れたな。

「はいはい、分かったよ。ルオ管制室、こちら第3ケージ。出港準備完了した。指示を頼む」

俺はハンナをあしらってから港の管制室にそう無線を入れた。するとすぐに女の管制官の声で

<了解。ケージ内のシール完了を確認。外部ハッチ解放します>

と聞こえてきた。それと同時に、目の前のハッチが音もなく開き始める。

その向こうには、漆黒の宇宙が広がっていた。

「ケージ開放を確認」

<了解。アームロック、解除します。5、4、3、2、1、解除>

「解除、確認」

俺は計器で、シャトルを固定していたロックの解除を確認して報告を入れる。

<了解。出港、してください。お気をつけて>

「感謝する」

そう返事をして、無線をきった。それから、操縦桿を握るハンナの方をチラっと見やる。

ハンナはコクっとうなずいて、ペダルを踏み込んだ。

シャトルがスラスターを吹かしながらゆっくりとコロニーの外に進んでいく。

やがて、港から出ると、ハンナがスロットルを開いて加速を始めた。
 
TV版 機動戦士ガンダム 総音楽集

638: 2014/01/19(日) 04:15:56.99 ID:YBBB6qxGo

 俺たちの目的地は、地球。北米のシャトル降下場だ。

そこから車で1時間ほど行ったところにある空港へ向かって、そこに“迎え”が来ている、と言う話になっている。

ハンナの操縦で、無事に北米へ降りられれば、のことだが。

 ハンナは、このコロニーに来てから暇だった、と言うのもあって、シャトルの操縦免許を取った。

1年も学校に通って、ようやく、だ。別にギリギリ卒業とかってわけでもないし、

まぁ、それなりの技術はあるんだろうけど、ハンナの操縦、と言うだけで、どこか不安になるのは俺だけだろうか。

 「地球かぁ、久しぶりだな」

もう、体つきだけはすっかり大人と変わらなくなったサビーノが言っている。

「ね!地球行ったら何しようかなぁ」

ニケの声も聞こえる。サラとエヴァは、いつもみたいにそれを見てニコニコしているんだろうな。

 それからこのシャトルには、もうひとり、お客が居た。

先日、俺たちは今日と同じように、コロニーを出て、地球を目指した。

だが、運悪く俺たちの選んだ航路は

アクシズを落そうとするネオジオンとそれを防ごうとするロンドベルだかってやつらとの戦闘区域を掠めた。

あわてて引き返している最中にサラとエヴァがわめきだして、俺がビビりながら船外に出て、

壊れたモビルスーツの中から、一人のパイロットを回収した。

あのときみた、地球を覆うみたいな緑の光は、なんだったんだか…

ハンナ達はそれに何かを感じ取ったらしいけど、俺はまぁ、きれいなだぁなんてのんきに思っていただけだった。

ま、悪いものじゃなけりゃぁそれでいいんだけどな。

 助け出したパイロットは、体中骨折していた。無理な機動でもして体に負荷が掛かったような感じだった。

乗っていたモビルスーツは、ネオジオンの量産機のようだったが、

どうしてここまでボロボロになるような操縦をしたのか、不思議に思っていた。

 俺たちはコロニーに引き返して、病院まで彼女を運んだ。

すぐに集中治療室に入れられた彼女は、三日三晩眠り続け、四日目の昼間、俺とニケとで様子を見に行ったときに、目を覚ました。

彼女は、最初は呆然としていたけど、しばらくして俺たちが助けて、ここに運んだんだ、って話をしたら、

ようやく生気を取り戻した感じで、ワッと泣き出したのを覚えている。

 話を聞いたら、どうやら、あの戦闘の終盤、大気圏に突っ込みそうになったアクシズを

モビルスーツで押し戻そうとしたパイロットが居たらしい。

それを見た一帯に入り乱れていた部隊や、遅れてやってきた連邦の援軍なんかが加わって、

仕舞いには、ネオジオン軍でさえ、アクシズに取り付いて押し戻そうとしたらしかった。

彼女はその中にいたらしい。

だけど、大気摩擦のせいなのか、なにかものすごい強い力に煽られて、

彼女の機体を捕まえてくれたジェガンのがんばりもむなしく、宇宙に弾かれてしまったんだという。

そこへ、たまたま引き返していた俺たちは通りかかった、ってわけだ。
 

639: 2014/01/19(日) 04:16:24.35 ID:YBBB6qxGo

 彼女は、ミシェル・ジェルミだと名乗った。ネオジオンでは、軍曹だったらしい。

だが、ネオジオンは先の戦闘でほぼ壊滅、残ったやつらはまた潜伏したって情報が入っている。

彼女にそのことをつげはしたものの、ほとんど感慨もなさそうに

「そうですか…」

とぼやくように言っていた。どうやら、あの緑の光に当てられたらしい。

あれは、それくらい強い意志の宿った何かだった。戦うこととか、奪い合うことがバカらしいと感じられるくらいに。

 そんなわけで、俺たちはコロニーで彼女の体が治るのを待った。

まぁ、急ぎってわけでもなかったから、特に支障もない。

1ヶ月ほどしてなんとか動けるようになった彼女に俺たちのことを話したら、一緒に連れて行ってほしい、と言うので、今だ。

彼女にしてみたら、おそらく地球なんて脚も踏み入れたことのない場所だろう。

そこへ行きたい、といった彼女は、なにか、新しい人生を探そうと思っているように、オールドタイプの俺には見えた。

ま、本当のところはどうなのか知らないが、ハンナも子どもたちも何も言わないから

変な気を起こすようなやつではないんだろう、と、そうとだけ思っておくことにしていた。

 「よし、巡航軌道に入った。楽にしていいよ」

ハンナがそう言って、ノーマルスーツのバイザーをあけた。俺はヘルメットごと脱いでため息をつく。

 正面の窓の外には、あの青い星が、静かに美しく浮かんでいた。



 

640: 2014/01/19(日) 04:17:16.35 ID:YBBB6qxGo




 「ほれ、メシだぞ!」

俺はそう言って、シャトルの中のダイニングテーブルに、今晩の夕食を並べた。

「うは!私、このエビのピラフ!」

ニケが率先してピラフの袋を抱え込む。サビーノ達もハンナもあぁでもないこうでもないと言いながら、

冷凍食品のパッケージを選んでいる。俺はまぁ、食えれば何でもいい。あまったのをいただくことにしよう…

あぁ、だから、

「ミシェル、好きなの選んでいいんだぞ?」

と言い添えてやった。遠慮がちなのは、救助して意識を取り戻してからずっと変わらない。

堅っ苦しいのは苦手だ、って言ったろ。

他人行儀にされるのも、案外疲れるんだよ、普通でいいんだ、とは、何度も言ったけどあまり効果はないらしい。

そうなると、もう俺の手に負える範疇じゃない。ハンナか、ニケに任せておこう。

「あ、はい」

ミシェルはそう言って、遠巻きにテーブルを見つめている。ま、仕方ない、か。俺はひとつため息だけついた。

と、そんなとき、俺のノーマルスーツにつけておいたポーチからポン、と電子音がした。PDAにメッセージだ。

ここにいるやつら以外で、俺に連絡を取ってくるような人は限られてる。

大方、“受け入れ先”からの連絡だろう。

 俺はそんなことを思いながらPDAを取り出して、メッセージを開いた。

――――――――――――――――――――――――――― 

マークへ

 確か、出発は今日だったよね?

こっちは準備万端で迎撃準備をしてあるから、楽しみにしててね!

北米に無事降りれたら連絡頂戴ね!

                     マライア
――――――――――――――――――――――――――――― 

そのメッセージには、画像が添付されていた。

それをタップして開くと、そこには、あのペンションの前で、「welcome!」なんてボードを掲げたマライアさんと、

ペンションのみんなが一緒になって写っていた。相変わらずだな、この人たちは…思わず、笑顔がこぼれてしまう。

「ん、マライアさんから?」

「あぁ、そうだ」

俺はそう返事をしてPDAをハンナに見せる。もれなくハンナも笑顔になった。

 

641: 2014/01/19(日) 04:17:57.67 ID:YBBB6qxGo

 ニケやサビーノも見せてくれとせがんでくるのでみんなにも写真を見せてやる。

歓声を上げているこいつらを見てると、なんだか、こっちまでさらに嬉しくなってくるようだった。

コロニーから地球までは、2日と少しかかる。

それまではこの冷凍食品生活だが、まぁ、それでもあのチューブ食に比べたらうまいことこの上ない。

ミシェルも最近ようやく、宇宙旅行症候群の克服もできて、こういう固形物を食べられるようになった。

コロニーでハンナの手料理を初めて食べさせたときの表情ったらなかったよな。

ひどく興奮して美味しい、美味しいと騒ぎまくった挙句に急に大人しなって恍惚とした表情で食事を続け出したもんだから、

こいつこのまま氏んじゃうんじゃないか、って、意味もなく感じたっけ。

まぁ、そんなこともなく、ミシェルは俺たちと同じ食事を摂れるようになってる。

食卓を囲む人数は多ければ多いほど楽しいもんだから、これも嬉しい変化に違いない。

 俺たちはそれぞれの食事を温め終えて、袋を開けて食事を始めた。ニケが

「地球、楽しみだな!私、またあの海で遊びたいんだよね!」

なんてニコニコしながら言う。そしたら、珍しくサラが

「私も。お日様、気持ち良い」

なんて笑って言うんで、また嬉しくなってしまった。あの場所は、本当にいいところだ。

ネオジオンがやらかした5thルナ激突の影響も大きくないらしいし、

俺たちが離れたあのときのままなら、どんなに素晴らしいか…

そう思えば、ほとぼりがさめるまでの生活は、別に辛かったわけでもないけど、待ち遠しく感じていた分、長かったな。

 それから俺は、ハンナやサビーノ達と、地球での生活について話をした。

どいつもこいつも、楽しそうな妄想話ばかりでホントに笑いまくってしまってたけど、

俺も俺で、あの白い砂浜でする、人生で一番の勝負の最高の結末を妄想している一人だった。


 

642: 2014/01/19(日) 04:18:48.03 ID:YBBB6qxGo










 「みんな、そろそろ突入ポイントだから、ノーマルスーツとベルトのチェックしてね」

ハンナはそう言って、ヘルメットのシールドを上げる。

俺も、自分のノーマルスーツを点検して、それからベルトもしっかり閉まっていることを確認する。

このシャトルは突入時に滑空していくタイプだから、ある程度の振動があるはずだ。

本当は、ミノフスキークラフト技術を使って、大気摩擦を軽減しながら突入していくようなシャトルを手に入れたかったんだけど、

ルオ商会からの援助で食っているような俺たちがそんな贅沢をできるはずもない。

こんな中古のシャトルでも手に入っただけ、幸運だった。

 俺はそうを思いながら計器をチェックする。大丈夫、異常はない。

あとは、ハンナ、お前の操縦に掛かってるんだからな、頼むぞ。

そんなことを思いながらハンナを見てやると、彼女はニコっと笑って

「大丈夫。学校じゃ、私、この訓練が一番点数高かったんだから」

なんて余裕そうだ。でも、俺は知ってる。そいつは、シュミレータでも話だろ?

いくらなんでも、実際にやるのとシュミレータとじゃ、完璧に同じ、ってわけじゃない。

そこんとこ過信しすぎないようにしてくれよな…

 そこの部分だけは、正直、祈るような気持ちがないでもなかった。

それにしても、そう言えば、こっちからキャリフォルニアの降下場に送った無線と識別信号への返答がない。

この距離なら、そんなにラグもなく届くと思うんだが…

 俺はもう一度計器を確認して、管制塔へとビーコンを送る。だが、今回も返事はない。

どうしたってんだ?まさか、通信機が機能してない、なんてことはないだろうな?

ふと、不安になって、俺は電波の状況を確認する。と、モニターに電波レベルが表示された。

それを見て、俺は青ざめた。電波が、ない。い、いや、ついさっきまでは大丈夫だったはずだ。

なのに、急に、なにが、どうなったんだ?

 俺は混乱して、アンテナのチェックを行う。アンテナは機能は正常なようだが、それでも通信が確立できない。

いったい、どういうことだ?
 




643: 2014/01/19(日) 04:20:00.93 ID:YBBB6qxGo

「ミノフスキー粒子?」

ハンナがポツリと言った。そうか、ミノフスキー粒子!

俺たちは、戦闘で残されたミノフスキー粒子の雲の中につっこんじまったのかもしれない!

うかつだった、確か事前に、雲の位置と移動方向が情報で送られてきてたはずだったのに…!

「ハンナ、この位置での降下はまずい。いったん距離を取って、別の方向からアプローチをしよう」

俺はハンナにそう言う。だけど、ハンナは俺を見て、苦笑いを浮かべた。

「たぶん、もう無理。重力圏に入っちゃった」

な、な、な…

「なん…だと…!?」

俺は頭から血の気が失せるのを感じた。ど、ど、どうする?

このまま無事に滑空出来たとして、その先にちゃんと降りられるような場所がなかったら、どうするんだ!?

「あーこれ、ちょっとマズイかもしれない」

ハンナがまた言いだした。

「今度はなんだ!?」

「ミノフスキー粒子のせいで、角度情報が入ってこない。

 あれ、地球との磁力の関係で角度計算してるはずだから、影響出るかなぁって思ってたけど、やっぱり出たね…」

は?え?お、おい、それ、ちょっとか?ちょっとマズイだけか?かなり、だろ?

角度が分かんなけりゃ、どうやって突入姿勢取るつもりなんだよ!?

変な角度で入ったら、加速して宇宙の彼方まではじき出されるか、そのまま摩擦で燃え尽きるぞ!?

「ちょっと、見せてください!」

俺たちの話を聞いていたミシェルが操縦スペースに飛び込んできた。

ミシェルは計器を眺めて、そのいくつかを操作する。

「な、なにをしてるんだ!?」

「ジャイロと重力の測定値から、角度を計算します。コンピュータ、見せてください!」

ミシェルはそう言って、俺と計器の間に割り込んできて、モニターとキーボードをたたき始める。

その間にも、シャトルはどんどん地球に引き寄せられているのが分かる。頼む、ミシェル、急いでくれ…!

「隔壁閉めないとヤバそうだなぁ。えーっと、これだ」

ハンナはいたってのんきにそう言って、ボタンを操作してガラス外の保護隔壁を閉める。

代わりに、ガラスにカメラがとらえる外の様子が映し出された。青い地球が、今はもはや恐怖の対象でしかない。

「出ました!25度前傾に!」

ミシェルが叫んだ。すぐさまハンナが

「了解!」

と返事をして、操縦桿を動かす。カメラの映像が、地球と宇宙の半分ずつになった。

よ、よし、なんだか、滑空して行けそうな景色じゃないか…だが、次の瞬間にはミシェルが叫んだ。

「ダメ…速度が上がりすぎている…!」

速すぎる、って言うのか?!
 

644: 2014/01/19(日) 04:20:36.45 ID:YBBB6qxGo

「このままだと、はじき出されます!逆噴射を!」

「はいはい、任せて!」

ハンナはそう言って手元のレバーを操作しながらベダルを踏み込んだ。

微かなマイナスGが掛かり、機体の減速が感じられる…が、どうなんだ、これで?

俺はそう思ってミシェルを見やる。だが、彼女の顔色はさえなかった。

「か、角度を、30度まで下げて、加速を!」

加速、か…逆噴射で速度の落ち方がイマイチだったんだな…

それなら、角度を下げて、加速して大気圏に深く突っ込む…それなら、はじき出される心配はないが…

逆に機体が炎上するリスクが増す…ギリギリの状況、ってわけか…!

俺はそれを察知して、歯を食いしばった。くそ、こんなポンコツを買うからだ!

だから俺は、チャーター機で良いんじゃないかって言ったんだ!

ガタガタと機体が激しく振動を始める。ミシェル、他に案はないのか?!

 俺はそんな思いを込めてミシェルを見つめた。

でも、ミシェルはコンピュータのモニターを見つめて、険しい顔をして黙りこくっていた。

もう、打てる手立てがない、ってことかよ…!くそ!こんなんで終わりなのか、俺たち!?

 「ミシェルちゃん、ダメっぽい?」

ハンナがのんきにそう聞く。ミシェルは、コクリと頷いた。やっぱり、なのか…

「そっか、じゃぁ、しょうがないな」

ハンナはそう言って、計器の中にあった蓋のようなものを開けて、その中にあったレバーに手をかけた。

「お、おい、ハンナ!待て、お前、何する気だ?」

俺は慌ててハンナに声を掛けた。するとハンナは、なんでそんなことを聞くの?って顔をして、俺に言った。

「いや、だってこのままじゃ、危ないんでしょ?緊急時はこうしろ、って学校でならったし」

「こうしろ、って、どうするのか、って意味だよ!」

「あぁ、そっちか」

ハンナはヘラヘラと笑って言う。笑いを収めたハンナは、さも何でもない風にして言った。

「バリュート開けってことっ」

バリュートって、あの大気圏突入用のパラシュートのことか?!いや、待て、ハンナ!

今そいつを広げるな!俺がそう怒鳴ろうとした瞬間には、ハンナはレバーをひねっていた。
 

645: 2014/01/19(日) 04:21:39.31 ID:YBBB6qxGo

俺はすぐ目の前にいたミシェルの体を腕で抱きとめる。それとほぼ同時にガツンと言う衝撃が走った。

俺は腕の中のミシェルを力いっぱい抱きしめてその衝撃に耐える。

やがて、シャトルの揺れは収まった。どうやら、まだ生きているらしい…。

俺はミシェルを解放してふぅ、とため息を吐いた。ハンナめ、こうするなら最初から言っておけっていうんだ。

俺の冷や冷やしてた時間を返してくれよな、まったく…

そんな文句は思いついたとしても言う気にはならず、

「ミシェル、大丈夫か?」

とミシェルに尋ねる。

「え、あぁ、はい、ありがとう、ございます…」

ミシェルは少し戸惑いながらそう答えてくれた。

ま、元パイロットだって言っても、この状況じゃぁさすがに焦るだろうな、戸惑って当然だ。

それから俺は後ろのニケ達の様子を見る。4人はケロっとしていて

「いやぁ、すごい衝撃だったね」

「そうか?チビのときの、あの脱出艇の方がひどかったじゃないか」

なんて話をしている。

ハンナの考えを読んでいたからなのか、それとも経験的なものなのかはわからないが、まったく、頼もしい限りだ。

 そしている間にも、シャトルはどんどん降下していく。さて、こいつは一体、どこに降りるんだ…?

俺はそう思って、カメラの映像を確認するが、真っ白になっていてなにも見えない。

そうか、バリュートがカメラに干渉している、か…いや、待て、これだと、下の様子が分からなくないか…?

俺は今度はそっちが心配になって、コンピュータを操作する。

大気圏の中に入れば、地上の信号を受け取れる可能性が高い。

それなら、位置情報を確かめることもできるはずだ…よし、大まかだが、出せそうだ…って、おい、これ、まさか…

 そう思った瞬間、コンピュータがビーっという警告音を発し始めた。くそ、なんだ!?

俺はモニターを確認する。そこには、信じがたい文字列が表示されていた。

<Warning low altitude>

低高度警告だと!?俺は計器を見やった。降下が、早すぎる!あと1000メートルしかないぞ!

「ハンナ!着水する!バリュート切り離して、スラスター!」

「え!?あっ!しまった!」

ハンナはそう叫んで、手元のボタンをいくつか押してからペダルを思い切り踏み込んだ。

800、700、600…くそ!速度が落ちない!

「衝撃に備えろ!不時着するぞ!」

俺はニケ達に怒鳴って、そばにいたミシェルを再び捕まえようとした。

その瞬間、下から突き上げるような衝撃がシャトル全体を襲って、俺はシートの上で体の軋む音を聞いた。

全身が強烈に痛んで、身動きが取れなくなる。

だが、幸いなことに、シャトルが壊れた様子もない、俺も、生きているらしい…。

 「大丈夫か?!」

俺は声を上げた。しかし、シャトルの中の誰からも返事が来ない。

くそ…さっきも思ったが、だからこんなシャトルじゃなくて、チャーターしようって言ったんだ、ハンナ!
 

646: 2014/01/19(日) 04:22:06.49 ID:YBBB6qxGo

「うぅ、痛たた…」

声が聞こえた。これは、ミシェルか?俺はシートのベルトを外して立ち上がった。

シャトルはなんとか水平を保ってはいるが…位置情報を確認した俺の見間違えでないのなら、

こいつは今、海の上に浮いていることになる。機体に破損があれば、沈んでいくのも時間の問題だ。

しかも、海で遭難することなんか設計の想定に入っていない。

救命ボートもなければ、救命胴衣すらないんだ。バリュートを切り離したのは、失敗だったか…

いや、だけど、切り離さないとスラスターの噴射ができなかったから、海面に激突していた可能性もあった。

 すぐ傍らで、ムクっと何かが動いた。ミシェルだ。

ミシェルは機体がおかしくなってすぐに、俺たちをバックアップしに来てくれた。

ベルトもなしに、この不時着水に遭ったんだ。

「大丈夫か?ケガないか?」

俺はミシェルを助け起こしながらそう尋ねる。彼女はノーマルスーツのヘルメットの中で顔を苦痛に歪めていた。

「腕、折れたみたいです…」

ミシェルは言った。確かに彼女の左腕は、力なく垂れ下がっているように見える。

 「痛っっっったぁぁぁ!」

今度は後方で別の声がした。見たら、ニケがヘルメットを外して首を押さえている。

「ニケ、大丈夫か?」

「うん、たぶん…」

「もし動けたら、サビーノ達の様子を見てくれ」

「了解、マークさん」

ニケはそう言いながら、首を押さえつつベルトを外して立ち上がった。

一瞬、少し足元をふらつかせたが、すぐにしっかり床に足をつけた。

ニケは、大丈夫そうか…後ろは任せるとして、あとは、ハンナだ…

 俺はミシェルをシートに腰掛けさせてからハンナの体を揺すって呼びかけた。

「おい、ハンナ、ハンナ!」

ほどなくハンナはうめき声とともに目を開けた。それから一言

「おぉ、すごい、生きてる…私の腕もなかなかのもんじゃない…」

なんて言いのけた。いや、言ってる場合か!

「無事ならすぐに脱出の準備しろ!下手したらこの船、沈むぞ!」

俺が言ってやったら、ハンナは緩慢な動きでヘルメットを外した。さすがにあの衝撃だ。

俺もそうだが、全身打ち身になっているようなもんだ。
 

647: 2014/01/19(日) 04:22:47.00 ID:YBBB6qxGo

 「マークさん、私達は大丈夫!」

ニケの叫ぶ声が聞こえた。後ろをみやったら、子ども達はヘルメットを外していて、全員がヘタっとシートに座り込んでいた。

でも、大きな怪我はなさそうだ。

「ニケ、なんでもいいから、浮きそうなものを探せ。この船から脱出する」

俺はニケにそう言ってやってから周りを見て、シートの脇についていた肘掛けを蹴り壊した。

そのクッション部分を引き剥がして、それを添え木にメディカルボックスから出した包帯を使って

ミシェルの腕を固定して、三角巾で首から下げてやる。そんなときになって、ハンナが

「あれ、ミシェル、怪我したの?」

なんて言い出した。流石に、この反応はおかしすぎるな…

「おい、ハンナ、大丈夫か?」

俺が聞いたら、ハンナはうつろな表情でそう答えた。脳震とうか?頭打ってないといいんだが…

「ハンナ、少し座れ」

俺はハンナにそう声をかけて、シートに腰掛けさせる。それから、そっと頭に触れてみる。

コブなんかは出来てない…

「ハンナ、頭打ったりはしてないか?」

「うん、ベルト締めてたし、ヘルメットつけてるし、それはないよ…クラクラするけど…」

「たぶん脳震とうだ、少し座っとけ。ニケ、何か見つかったか?」

ハンナにそう言い聞かせて、今度はまた後ろに振り返ってニケに聞く。ニケは、ビニールのバッグを手に

「これに空気入れたら浮くよね?」

なんて首をかしげてくる。確かに浮くが…せめてプラスチックボトルか何かの方が安心できるんだがな…

ノーマルスーツのヘルメットはつけておくべきか…?エアーを通さない、ってことは水も吸わないし通さないだろう。

ヘルメットの中の空気でも、多少の浮力はカバー出来る。シャトルから出るときにはつけておいたほうが良さそうだ。

酸素供給装置さえ機能を失わなきゃ、それでしばらくは浮いていられる、か…

いや、待て、その前に、救難信号を発信しておかないと、浮きっぱなしのまま揃って衰弱氏だ。

 俺が計器のあるコクピットを振り返った瞬間に、ニケの叫び声が聞こえた。

「マークさん、水が…!」

まさか…もう、浸水が!?俺が確認すると、確かにシャトルの後方から浸水が始まっていた。

同時にシャトル自体が後ろへと傾き始める。そうか、ブースターのノズルからエンジンに…!
 

648: 2014/01/19(日) 04:23:12.80 ID:YBBB6qxGo

「脱出するぞ!全員、ヘルメットをつけろ!酸素供給装置を確認しておくんだぞ!サビーノ、ハンナを頼む!」

俺はそう叫んで、ミシェルにノーマルスーツのヘルメットをつけてやった。

俺自身もヘルメットをつけて、ハンナにもヘルメットをつけさせる。

ハンナをサビーノに担がせて、俺はミシェルをそばに呼んだ。

 全員の準備が済んだのを確認して、ハッチの強制開放装置の防御ガラスを殴り破って、中のボタンを押した。

ズボン、という音がしてハッチが外へと弾け飛んだ。とたんに、大量の水が流れ込んでくる。

「ニケ、サラ、エヴァ!先に行け!」

俺はそう怒鳴りながら、そばにいた三人を引っ張ってハッチから外に投げ出した。

それから、ハンナを背負ったサビーノの背中を押し出し、最後にミシェルを抱えて身を投げた。

着水した俺たちをサラとエヴァが引っ張ってシャトルから引き離してくれる。

やがて、と言うほどのまもなく、シャトルは海中に沈んでいった。

「マークさん、大丈夫!?」

ニケが空気を入れて縛った白いビニールバッグにしがみつきながら、ヘルメットの中でそう言ってくる。

「あぁ、危ないところだったな…ミシェル、大丈夫か?」

俺は前に抱いたミシェルにそう聞く。ミシェルは頷いて

「はい…これが、海、なんですね…」

なんてのんきなことを言っている。ネオジオンの軍人だってことだから、

まぁ、海なんて見たことも体験したこともないんだろうから、仕方ない、か…

 それにしたって、この状況はどうしたものか…このまま漂流するしかないのか?

結局、救難信号すら発信できないままだったしな…まずった…

もっと早く、救難信号のことに気がついていれば、少なくとも救助を待つって希望があったが、現状はそれすら望めない。

シャトルの墜落を、どこかのレーダーが捉えてくれているといいが…

連邦のレーダー網は全空域に向けられてはいるが、シャトルが隕石か何かと判断されていれば救助はないだろう。

ただ、マライアさんには事前に連絡を入れている。

頼みの綱は、到着時刻になっても連絡を入れない俺たちをあの人が探してくれること、だが、

果たして俺たちの位置を正確に特定できるのかは疑問だ。

 くそっ…こんな時こそ、あの“力”に助けてもらいたいもんだが…俺はそう思ってニケ達の方をみやった。

と、ニケ達の向こうから、何かが近づいてきているのに気がついた。あれは、船か…?

随分小さいが…漁船か何かか?
 

649: 2014/01/19(日) 04:23:39.61 ID:YBBB6qxGo

 俺の視線に気がついたのか、ニケ達も振り返って船の姿を確認した。

「なにかくるよ…?」

ニケがそんなことを言う。良かった、少なくとも、俺の見ている幻ではないらしい。

やがてその船は静かなモーター音を響かせて俺たちのすぐ前に停止した。

「大丈夫か?シャトルが墜落したのが見えたんだ!」

そう叫んで船の中から姿を見せたのは、サビーノと変わらないくらいの青年の姿だった。

「あぁ、ちょっとトラブルでな!助けに来てくれたのか!?」

「何事かと思ってさ。乗りなよ!」

彼はそう言って、船のハッチをあけた。中にはほかにも数人乗っていて、俺たちに手を差し伸べてくれる。

こんな広い海原で、こんな小さな船が近くにいるなんて、本当に運がいい。

俺はニケ達を先に船に上がらせてもらって、最後に海面からミシェルを船に押し上げた。

サビーノがミシェルを船の中に引き込んでくれたのを確認して、俺の自力で上がり込む。

「姉ちゃん、ケガしてんのか?」

中には最初に声をかけてきた青年とは別に女の子が二人乗っていた。

最初に声をかけてくれた彼が、ミシェルを見てそう聞いている。

「えぇ、墜落のときに、ぶつけてしまってね」

ミシェルが言うと彼は別の女の子に頭を振って、

「救急箱あったよな。あそこに、確かちゃんとした固定具が入ってたはずだ」

と言った。それを聞いた女の子が、平らな船の床板を上げて、抱えるほどの大きな箱を取り出した。

蓋を開けるとそこには、年代物の応急セットが収まっている。だが、使えないこともなさそうだ。

「すまない、助かる」

俺はそう言って箱の中を見させてもらい、簡易固定具を取り出してシートの肘掛を利用した固定具と取り替えた。

熱軟化タイプのベークライトを使った固定具もあったけど、あれはちゃんとした器具がないと使えない。

器具もこの中にありそうだが、今は手早く作業できる

簡易タイプの方が都合が良かった。ミシェルの手当を終えて、俺もようやく一息つけた。

 ヘルメットを外してため息をつく。

ハンナは相変わらず、意識がはっきりしていないのか、ヘルメットをつけたまま床に座り込んでいる。

俺は、ハンナのところまで歩いてヘルメットを外してやる。それから、その目を覗き込んだ。

と、ハンナの目が俺を捉える。さっきよりは、意識が戻って来ている、かな。

とりあえずは大丈夫そうだが、なるべく早くに医者に見せておきたいところだ。

脳へのダメージってのはわからないもんだしな。

 そんなことを思いながらハンナの頬に触れてやって

「しっかりしろよ。助かったぞ」

と伝えてやった。
 

650: 2014/01/19(日) 04:24:05.82 ID:YBBB6qxGo

 それから、改めて青年たちを見て俺は礼を言った。

「すまない、助かったよ。この船は、漁船か何かか?」

「いや、個人用、かな。あんたたちは、民間人か?」

「あぁ、地球へ旅行に来たんだが、中古のシャトルなんて買うからだなぁ。九氏に一生、ってやつだった。本当に感謝するよ」

「なに、困ったときはお互い様だって、親代わりが言ってた。

 この船じゃ、本土は無理だけど、近くの島にならなんとか運んであげられる。

 今日一日、俺たちのところで休んで、そっちへ送るよ。

 そこからなら本土へのフェリーが出てるから、そっちへ行けば、助けになってくれる人もいるだろ」

彼はそう言って笑った。

「ここはどの辺りなんだ?」

「地図上だと、ゴトウ列島の真ん中、らしい。俺は地理はよくわからないんだけどさ」

俺の質問に、彼はそう言いながらまた笑って、操縦のためらしいレバーを握った。

ゴトウ列島…ってことは、ニホンか、ここは…またとんでもないところに降下してきたもんだ。

俺たちの指名手配はマライアさんが内々に出したものだから、書類上は正規の退役で処理されているし、

子ども達もルオコロニーで正式な戸籍を作って、地球への居住を申請して許可も出ているし、

ミシェルに関しても急いでコロニーの係官に戸籍を作ってもらった。幾らかを“包んで”だが。

まぁ、ルオ商会絡みの人間を連邦政府はとやかく詮索はしない。

もう追われる要素はあるはずもないが、あまりいい気分のするエリアではないな。

 そういえば、あのシャトル…沈んじまったな…地球に降りたらあいつを売って、

あの島に家を建てる資金にする予定だったのに。

まったく、資金繰りなんとかなるか?そこら辺から相談ってことになりそうだ。

数日はあのペンションに泊めてもらうことになるだろうしなぁ、迷惑かけっぱなしだ。

まぁ、あの人たちはそれを喜んでくるような人たちだけど、さ。

 そう言えば、操舵している彼は、親代わりだと、そう言ったな。孤児かなにかなんだろうか?

俺はそう思って彼に聞いた。

「なぁ、親代わり、ってのは、どういう事なんだ?」

すると彼は、ニコっと笑っていった。

「あぁ、俺たちの親を戦争で氏なせちゃったからって、代わりに俺達を育ててくれてんだ。

 ドアンていう、頼りになる男さ」




 

658: 2014/01/19(日) 22:11:35.77 ID:YBBB6qxGo

 それから少しこの海原を走って、俺たちは小さな砂浜のある島へと連れてこられた。

島そのものも大きくはないようで、近づきながら全景を見ることができた。

青年は砂浜を掘って岩で固めたらしい本当に小さな港に船を停めて、エンジンを切った。

「着いたよ。降りな」

彼がそう言うと、女の子たちがハッチを開けてくれる。

 ニケとサラにエヴァが、彼女たちに手を借りながら船の外へと出る。

俺はハンナを支えて、ミシェルの方は、サビーノに任せた。吹いている風がひんやりしている。

時期も時期、仕方ないことだろう。ノーマルスーツを着込んでいて良かった。

 「足元悪いから気をつけてね。ちょっと行ったところに家があるから、そこで明日の朝まで休むといいよ」

女の子の一人がそう言った。すると、青年がもう一人の子に

「なぁ、ひとっ走り行って、ドアンに知らせてきてくれよ。俺、魚を上げちゃうからさ」

と頼んでいる。彼女は

「うん、わかった」

と返事をして、砂浜から続く道へと駆け出した。

青年は、船の中にあった古ぼけた保温ボックスを肩にかけて船を降りてきてハッチを閉めた。

 「来て!案内するよ!」

残った方の女の子がそう言って歩き出した。俺たちはその後ろをついて歩き出す。

砂浜を抜けると、木々を切り開いて作ったのだろう、森の中を進む道があり、その先へ進むと、平らな場所に出た。

建物が見える。北欧で見るような、丸太を使ったコテージのような家だ。

あそこに見える、草の払われているあたりは、畑か…?

こんなところで自給自足で生活しているなんて、その親代わりのドアン、ってのはどんな人物なんだ?

話を聞く限りじゃぁ、元軍人らしいが…

 そんなことを思いながら歩いていると、その家からさっき先に走っていった女の子と、体躯の大きな男が姿を現した。

中年、40前後くらいだろうか?日に焼けた顔で、どことなく穏やかな雰囲気を醸し出している男だ。

 「話は聞いた。シャトルが墜落したそうだが、大丈夫か?」

男は小走りに俺たちのところにやってきて、そんなことを聞いてきた。

「ええ、なんとか…すみません、少しだけご厄介になっても構わないでしょうか?」

「あぁ、ゆっくりして行ってくれ。彼女は怪我を?」

彼はそう言って、俺が担いでいるハンナを見やる。ハンナはへへへ、と笑って

「衝撃で、脳震とうを起こしちゃったみたいで…」

と報告する。それを聞いた男は、顔をしかめて

「それは、良くないな。すぐに横になれるように準備させよう」

と一緒にいた女の子に話した。彼女が先に家の中に駆け込む。
 

659: 2014/01/19(日) 22:12:02.96 ID:YBBB6qxGo

 「申し訳ない。俺は、マーク・マンハイム。こっちは、ハンナ・コイヴィスト。

 子どもたちは、そっちのちびっこいのがニケ、彼がサビーノ。双子はサラとエヴァだ。それから…」

俺は最後にミシェルを紹介しようと、彼女を振り返った。だが、俺が紹介する前に、男が言った。

「君は、軍人だな?パイロットか?」

思わずギクっとしてしまう。い、いや、別に後暗いことがあるわけではないが…

男の眼光が急に鋭くなったもんだから、動揺してしまう。

「はい…ネオジオン軍にいました…」

ミシェルも戸惑いながらそう答えた。男の目がミシェルを突き刺す。

だが、しばらくして男は、ふん、とひとつ息を吐いて、

「まぁ、いいだろう。困っている人間を放って置くわけにもいかんしな」

と言ってから、また最初の穏やかな表情で

「俺は。ドアン。ククルス・ドアンだ。もともとはジオン軍のパイロットだった。

 訳あって今はこの子達の面倒を見ている。よろしくたのむ」

と挨拶をしてくれた。

ジ、ジオン軍…?なるほど…歴戦の勇士、ってわけか…

あの眼光、ただものではない感覚はあったが、まさか、こんなところに、10年以上前の戦争の残存兵がいるなんてな…

ティターンズ連中に発見されていれば、逮捕かあるいは、児童拉致や扇動で即射殺されても不思議ではない。

ま、こんな島に目をつけて視察にくるほど、やつらも徹底して地球を管理できていたわけではない。

それは、マライアさんに言われてやった情報分析からわかっていたことだ。

 俺たちはドアンの案内で家の中に通された。中は想像していたよりも小奇麗に整えられていた。

部屋がいくつかと、キッチンにIHコンロもある。こんな島で、良くもここまで整ったものを作れたものだ。

俺が感心しているとドアンはハハハと笑って

「驚いたか?最初の頃はもっと質素ではあったんだがな。

 10年以上前に来た遭難者がおいて行ってくれた救難艇を使って、近くの島まで出向くことも出来るようになってな。

 ここで育てた野菜や果物をそこで売って稼いだ金で、こうして少しずつ形にしたんだ」

ドアンは胸を張ってそう言う。それから思い出したように

「あぁ、その部屋にあるベッドを使ってくれ。他の者は、座ってくれ。ここで育てた葉の茶を振舞おう」

と言って笑った。俺は言葉に甘えて、ハンナを近くの部屋の中にあったベッドに寝かせ、

テーブルのあったダイニングに戻った。

するとニケ達がすでに、ドアンと女の子にお茶を振舞われているところだった。

「マークさん、これ、すごく美味しい!」

ニケがニコニコと笑顔を見せて言ってきた。ミシェルも、利く方の腕でカップを口に運んで、かすかに微笑んでいる。

サラとエヴァは、サビーノと一緒になって、俺達を拾ってくれた青年と女の子と話を弾ませていた。

「マークくん、と言ったか。座ってくれ、何があったか、話を聞かせてくれないか」

ドアンがそう言って湯気の発つマグを俺に差し出しながら言ってきた。

「すまない。なんてことはない、俺たちも、事故みたいなものだけどな」

俺は彼に笑顔を返しながら、そのマグを受け取って席に着いた。
 

660: 2014/01/19(日) 22:12:38.16 ID:YBBB6qxGo

 お茶の飲みながら、ドアンに事の成り行きを説明する。

 「なるほどな…ミノフスキー粒子の雲に、なんの対策もなしに飛び込んだか」

ドアンは苦笑いを浮かべながら俺たちの話を聞いていた。

「あぁ。まさか、そういうシステムもない船だとは思わなかったよ。

 あれを売った業者、戻れたらとっちめてやるっていうのにな」

俺がそう言ったら、ドアンは声を上げて笑った。

「だが、戻る予定はないんだろう?」

「ま、そうだな。俺たちのことを待っていてくれる人がいるんだ」

俺はそう言って、マライアさんたちのことを思い出す。

レナさんとレオナを助け出してから、ティターンズの壊滅までの間、

あの島で過ごした時間は俺にとっても、人生の中で一番、心の穏やかになれる時間だった。

マライアさん達が俺たちの記録を書き換え、それと同時に、俺たちはルオコロニーでの生活の経歴を重ねた。

この4年間がそれ自体、俺たちがあらゆる意味で安心してあの島で暮らしてく為の時間だった。

それがやっと報われる、ってときに、この騒ぎだ。やっぱりチャーターシャトルで北米へ降りるんだったなぁ…

いや、もうそれを考えるのはやめておこうか。

 ふと、俺はそこまで考え、思い出した。

そうだ、マライアさん…時間じゃぁ俺たちはとっくにキャリフォルニアへ降り立っているはずだ。

連絡もなく、降下の記録もないんじゃ、こっちを心配しているかもしれない。

とりあえず、無事だってことだけでも伝えれやらないと…

だけど、PDAは海中に入ったせいでもう二度と機能しないだろう。

「な、なぁ、ドアンさん。あなた、PDAかセルを持っていないか?その人たちに連絡をしておきたいんだ」

俺はドアンにそう聞いてみる。

するとドアンは、あぁ、と言った様子で後ろにあった戸棚から抱えるほどの大きな無線機を出してきた。

これは…ずいぶんとまた、年季の入った…

「これでよければ、だな。

 無線電話には繋げないが、そこまで情報を操作できる技術を持っているのなら、独自の回線くらい持っているんじゃないか?」

ドアンはそう言いながら無線機のスイッチを入れた。冷却ファンの回る音とともに、いくつかのランプが灯る。

マライアさんの無線…確か、ルーカスさんやポールさん達と話すのに使っていた回線があったな…

確か、周波数は…俺は無線機についていたダイヤルを回す。

秘匿回線じゃないから、未だに使っているかどうかはわからないが…

「こちら、ラーク、こちら、ラーク、誰か、聞こえていたら応答してくれ。繰り返す、こちらラーク…」

俺は無線にそう呼びかけた。ラーク、とは、ルーカスさんのコードネーム。確か、鳥の一種だと話していた。

この回線で呼び合うには、そうした鳥の名を取った名前を使うんだと、言っていたから覚えていた。

 なんどか呼びかけるが、反応は帰ってこない。

諦めかけて、無線を切ろうと思ったとき、ガザっと、スピーカーが音を立てた。
 

661: 2014/01/19(日) 22:13:23.46 ID:YBBB6qxGo

<…こちら、カナリー…ラークじゃないわね?誰なの?>

女の声だ…でも、マライアさんじゃない。誰だ、これは…いや、気にしている場合じゃない。

少なくとも、ルーカスさんのコードを知っている人物であることは確かだ。

それなら、マライアさんにも情報を連携してもらえる可能性がある。

「すまない、緊急なので、名前を借りた。マラドに伝えて欲しい。“嵐あり、親鳥墜つ”」

<マラドに…?あなた、一体…いえ、彼女に確認すれば分かることね…了解したわ>

マラド、はマライアさんのコードネーム。

暗号のように伝えたのは、この無線の相手が果たして信用に足る人物かわからないからだった。

追われているわけではないが、この島を騒がせたくはないし、な。

「すまない、頼んだ」

俺はそう言って無線を切った。あとは、マライアさんに連絡が付けばいいんだが…な。

そう思っていたら、再び無線機が音を立てた。

<ガッ、ザザッ…こちら、マラド!えっと、雛鳥、応答願います!>

この声…マライアさんだ!

「マラド!連絡が遅くなってすみません!」

<いいの!それより、大丈夫?連絡が遅いから調べてみたら、

 連邦のレーダーが落下物を捉えてるって情報があったから、もしかしてと思ってたんだよ!>

「察しの通り、とんだ目にあいましたけど…こっちはみんな無事です。

 そっちへつくのが少し遅れそうですが、必ず行くんで、頼みますね」

<うん、任せて!――お、マーク!あんた達、無事だったのかよ!良かったぁ!

 あぁ、もう!ちょっとアヤさん、名前出さないでよ!一応、一般回線なんだから!

 マライア、今、あんたも思いっきりアタシの名前呼んでるからな>

すぐそばからしている声とマライアさんが言い合っている。

アヤさんだ…俺は彼女にも声をかけようと思って、無線機のマイクを握ろうと思ったら、

横からいきなりドアンが手を伸ばしてきて、マイクをひっつかんだ。

「すまない…後ろで喋っていた女性、君は、昔、船で遭難したことはないか?」

ドアンは、驚いた表情でマイクにそう話しかけている。なんだ?どうしたって言うんだ?

俺が少し戸惑っていたら無線機から

<あれ?その声、どっかで聞いたな…遭難はしたことあるけど、ずっと昔だぞ?

 あ、いや、待ってくれ、その声、まさか…ドわあああああ!名前禁止!>

と、アヤさんが喋っていたのに、最後はマライアさんが会話を遮った。

<雛鳥、聞いて。この回線は今は緊急用だから、別の方を教えるね。

 チャンネルを広域帯の9番に合わせて、コードは1201にセットしておいて。

 別に聞かれてまずい話をするわけじゃないんだろうけど、一応、プロテクトかけるから、

 こっちから連絡するのを待ってね>

マライアさんがそう言ってきた。これでも、元情報将校。マライアさんが言っている意味は理解できた。
 

662: 2014/01/19(日) 22:13:58.66 ID:YBBB6qxGo

「了解、いったんこの回線は切りますね」

<うん、3分したら別の方につなげるね>

マライアさんがそう言って、無線を切った。俺もマイクを置いて、それからドアンを見やる。

ドアンは、信じられない、って顔をして、マジマジと無線機を見つめていた。

なるほど、そうか。

さっきドアンは、俺達を拾ってくれたあの船を昔遭難していた人達にもらった、と言っていたな…

アヤさんとレナさんの話は、4年前に聞いた。それに、今の反応を見れば、自然とどういう状況だったのかは推測できる。

 「ドアンさん、アヤ・ミナトを知っているんだな?」

俺が聞くと、ドアンはすこし戸惑ってから

「あぁ…君たちを乗せた、あの船をおいて行ってくれた…君たちは彼女たちの知り合いだったんだな…」

と俺達を代わる代わる見つめてきた。

ふぅん、これも何かの縁か、それとも、また“白鳥のお姉ちゃん”のおかげ、か?

いや、今回はそう言うわけでもなさそうだな…

ま、なんにせよ、この島へ来て、ドアンさん達に会えた、ってのは、よかったのかもしれないな。

こうして、ドアンさんとアヤさんを繋げられたんだ。過程はどうあれ、その結果が大事、だ。

 俺はズズズっとお茶をすすった。

香ばしい、甘味と苦味の入り混じった力強い味で、俺はなんだか心の底からにじみ出てくるような安心感に体を預けた。

そう、ここはもう、地球だ。あの島までも、もう少し。

ここから、あの島に向かうのにどうすればいいかは後で考えるとしよう。

着の身着のまま、のんびり以降じゃないか。あのときの旅とは違うんだ。

すこしゆっくりと、地球観光でもしながらってのも悪くないだろうしな。

俺は、そんなことを考えながら、なんとなく、幸せな気持ちになって、誰ともなく、笑いかけていた。

 

672: 2014/01/20(月) 22:57:32.77 ID:NPPk5Lp7o

 日が暮れて、俺たちはドアン達に夕食を振舞われた。

食事を終えてからすぐに身支度を済ませて、彼らの部屋を間借りして、身を寄せ合って眠ることにした。

ニケ達はたくましいもんで、こんな状況にも動じずに、借りた毛布にくるまってスヤスヤと寝入っていた。

脳震とうの症状がすっかり収まったハンナも、いつものお気楽さを取り戻して

「キャンプみたいだね」なんて楽しそうに寝入っていた。

ミシェルも、現状を受け入れるしかないと言う様子で、おとなしく眠っているようだった。

俺は、といえば、夜な夜な丸太小屋から出て、ぼっと夜空を眺めていた。

星なんてコロニーにいた頃にもいやって言うほど見られたけど、地球で見上げる星空は不思議と懐かしさが感じられた。

 あれから無線機にマライアさんから連絡が来た。なんでも、今は諸事情でマライアさんは動けないらしい。

でも、すぐそばに知り合いがいるから、その人物に頼んで、一緒にアルバまで来れるように手配しておく、と言ってくれた。

その人物はその前の無線で返答をくれたカナリーらしい。

どうやら、俺たちのいるこの島から比較的近くにいるらしく、それでここからの無線をマライアさんに中継出来たのだという。

その“カナリー”とは、フクオカの港で落ち合うことになった。

港から空港へ行き、そこからアルバの方へ向かう航空チケットを押さえてくれたのだという。

アルバの近くのカラカスの空港まで飛行機で飛び、そこに迎えを寄越してくれると言ってくれた。

本当に、何から何まで手を回してもらって、申し訳ないやらありがたいやら、俺はマライアさんに感謝するしかなかった。

 それから、マライアさんは無線をアヤさんに代わった。

俺もアヤさんと少し話をして、それからすぐにドアンに代わってやった。

ドアンは、なんだか嬉しそうにアヤに、ここの変化を説明していた。

彼女が置いて行ってくれた船がどれだけ助かったかとか、その船を使って市場に野菜や果物、魚を売りに行っているんだとか、そんな話だ。

まったく、アヤさんは、すごい。

話を聞いたら、ほんの一日ここにいただけだというのに、ドアンの心の中に、これほどまでに自分自身を刻み込んでいる。

俺にはそれが、あの人がどれだけ正面から誰かと向き合うことの出来る人か、っていうのを表しているように感じられた。

 パタン、とドアの閉まる音がした。振り返るとそこには、ミシェルがつっ立っていた。
 

673: 2014/01/20(月) 22:58:00.14 ID:NPPk5Lp7o

「どうした?眠れないか?」

俺が聞くとミシェルは肩をすくめて

「うん、そういうわけでも、ないんですけど…」

と苦笑いした。それから、俺の隣まで来て、俺の真似をするように星空を見上げた。

「ずいぶん、遠いところに来たような気がしますね…」

ポツリ、とミシェルは言った。彼女は確か、20だと言っていた。

この歳でネオジオンのパイロットをやっているということは、長いあいだ、宇宙での放浪生活を強いられてきたのかもしれない。

14年前の戦争でサイド3は連邦の統治下に置かれ、多くの国民が他のコロニーや宇宙空間へ脱走したと言う話は聞いたことがある。

当時のサイド3の一部の惨状は情報士官だった俺の耳にも届いていた。

家族と、あの場所から逃げ出したのだろうか?いや、家族、なんて者が彼女にはいたのだろうか?

 「なぁ、ミシェル。家族が宇宙にいたのか?」

俺が聞いたら、ミシェルは首を振った。それから、低いトーンで

「6歳のときに、歳の離れた姉が亡くなったんです、戦争で。

 姉は、亡くなる直前に、私をアクシズ…当時のアステロイドベルト宙域へのシャトルに乗せて、地球圏から逃がしてくれました。

 アクシズで私は、姉の姿を追って、14で戦闘訓練を受けました。

 でも、私が実践に出る前に、アクシズの前のネオジオンは壊滅して、離散。

 私の乗っていた艦もなんとか無事に暗礁宙域へ逃げ出すことができて、

 それから、シャア総帥の招聘に応じた艦に従って、新しいネオジオンに参加しました」

と話をしてくれた。

「親は、いなかったのか?」

「はい。私が生まれてすぐに離婚して父はいなくて、母も、3歳のときに、事故で他界しました。

 唯一の肉親が、姉だったんです」

ミシェルはそう言ってうつむいた。あぁ、まずいこと聞いたかな…まぁ、でも、仕方ないか。

このご時勢だ。誰にだって、暗い過去の一つや二つ、あるだろう。慰めてやれるかはわからないけど…

彼女も、ニケ達と変わりない。戦争に翻弄されて来た、被害者の一人でしかないんだ。

「そうか…寂しいだろうな…」

俺は、彼女の気持ちを思いめぐらせてそう口にした。だけど、彼女は少しだけ笑って

「そうですね。でも、不謹慎ですけど、新しいネオジオンにいた頃は、少しだけ、楽しかったんですよ。

 私は、地球に潜伏していたある士官とネオジオン旗艦との連絡役を仰せつかっていたんですけど、

 その士官という人に良くしてもらって」

と言って俺を見つめてきた。意外だな、連絡役、ってことは地球が初めてってワケでもないようだ。

ただ、あまり長い時間を過ごした、というわけでもないんだろうけど…それにしても、そんな人もいたんだな。

あの人達みたいな人なんだろうか?
 

674: 2014/01/20(月) 22:59:03.78 ID:NPPk5Lp7o

「どんな人だったんだ?」

「ミリアム・アウフバウム、と言って、大尉で、ぶっきらぼうで、冷たい印象のある人だったんですけど、

 それでも、どこかで私を気遣ってくれているような人で…なんででしょうね、不思議と安心したんです」

冷たい感じ、か。だとすると、ちょっとタイプが違うよな。

あの人たちはどっちかって言うと、こっちが燃え上がっちゃうんじゃないかっていうくらい、

いろんな意味で熱を帯びた人達だ。

冷たい、って言うと、受け入れられる人間は限られそうだけど、

ま、でも、それで安心できる人がひとりでもいるんなら、それはそれで、ありなのかもしれないな。

「そっか…その人は、どうしたんだ?」

「わかりません…アクシズ落としの作戦以降、私はあなたたちと一緒に居ましたし…」

「あぁ、それもそうだな…ま、向こうに着いたら俺の元上司に相談してみよう。

 さっきの、無線の人なんだけど、怖いくらい情報戦術に長けてる人なんだ。

 名前と階級と所属がわかれば、きっと居場所くらいは突き止められると思う」

俺はそう言ってやった。マライアさんにかかれば、それくらい、朝飯前だろう。

あの人のことだ、ネオジオンにすら、確かな情報源を持っている可能性もある。

 それを聞いたミシェルは、少しだけ表情を明るくして、うなずいた。

「生きてるといいな、その人」

「はい」

俺の言葉に、やっと笑顔を見せたミシェルは、そう返事をしてくれた。それから、また、俺の顔をじっと見つめて

「マークさんは、優しいんですね…」

なんて言ってくる。優しい、か。よく言われるよな、それ。

まったく、自分自身はそんなこと思ってみたこともないんだけどな…

誰かのフォローをするにしたって、別にやりたくてやってるわけじゃない。

ただ、そうでもしないと…その、誰かが苦しんでたり困ってたりするのを見るのは、誰だって、イヤなもんだろう?

そんなことを思っていたら、ミシェルは言葉を継いだ。

「ハンナさんとは、恋人同士、なんですか?」

「あぁ、そうだよ、一応な。幼馴染で、小さい頃はずっと一緒だったから、最初はなんか、変な気分だったけどな。

 最近じゃそれを通り越して、昔とおんなじような空気感だけどな」

俺はミシェルの言葉に、そんな話をしてから、ふと思った。

この状況、どこかで似たようなことなかったっけな…
 

675: 2014/01/20(月) 22:59:31.63 ID:NPPk5Lp7o

そう考えたらすぐに思い当たった。あぁ、そうだ。

確か、レオナ達を連れて逃げているときに、オーストラリアでジーク達の隠れ家に泊まった晩の、レオナとの会話だ。

ん…?あれ…?あのとき、確かレオナは「羨ましいな」って言って、笑ったな。

あれはあのあとのことを考えると、つまり、そう言う意味だった、ってことだよな?

もしかして、ミシェルとのこの状況も…い、いや、そんなの思いすごしだ。

いやいや、ないない。俺は普段通りにしてただけで、レオナのときは状況も違うんだ。

そんなこと、あるわけが…そう思っていた俺をよそに、ミシェルは夜空を見上げて、つぶやくように言った。

「羨ましいな…」

お、おい、待て、そ、それは、その、なんだ…い、いや、えぇっと…

「そ、そうか?は、はは、ははは…」

一人で勝手に気まずくなって、俺はそうとしか返事を返せなかった。

ま、でも、ミシェルは笑っているし、いいとするか。

それにしても、まったく。俺の何がいけないんだ?

ニュータイプのことやスペースノイドのことは本当によくわかってきているっていうのに、

肝心の自分のことばかりは、どうにもよくわからない。

こんな男、俺なら願い下げなんだがなぁ…そう思って出そうになったため息をこらえて、俺は大きく伸びをした。

「くぅっ…、ふぅ、さて、明日は移動になる。さすがに今日のところは休んでおかないとな」

俺がそう言ったら、ミシェルは満面の笑顔で

「はい!」

と返事をした。まったく、いつからそんな幸せそうな顔できるようになったんだ?頼むからやめてくれよ。

眩しくって、見てられないじゃないか。

 そんなことを思いつつ、俺はミシェルと一緒に部屋に戻った。



 

676: 2014/01/20(月) 23:00:00.18 ID:NPPk5Lp7o




「世話になったな、ドアンさん」

「いや、こちらこそ、懐かしい人と話ができて感謝している。

 連絡先もわかったし、今度、俺たちを招待したいと言ってくれていた。

 君たちもあの島にいるのなら、またすぐに会えるだろう」

俺たちは、島から30分ほど船で走ったところにあった、ドアン達の島よりもずっと大きな島の港にいた。

港には漁船や、本土へ渡るためのフェリーが着岸している。

あのフェリーに乗れば、その先で“カナリー”と合流することになっている港まではすぐだ。

 俺はドアンと握手を交わし、それから、見送りに来てくれていた子どもたちに手を振って、港を離れていくのを見送った。

船の姿見えなくなってから、俺たちはまずは、フェリーに乗らずに島のショッピングモールへと向かった。

そこで、ノーマルスーツのポーチに収納してあった財布からなけなしの連邦貨幣を使って、全員分の洋服を買い揃える。

もちろん、フェリーのチケット分の金額は残して、だ。

いつまでも、ノーマルスーツを着ているわけにはいかないし、かと言って、

ノーマルスーツを脱いでしまえば、みんな室温管理されたコロニー内で楽に過ごせる薄手の服装。

今はもう12月の初旬で、ニホン地域のこのあたりではさすがに寒い。

なんとかギリギリの金額でチケットを買って、俺たちはフェリーに乗り込んだ。

時間は短いとは聞いていたが、距離もそれほどないようで、船室は分かれておらず、

船内にはたくさんのソファーやじゅうたんの敷かれたエリアがあって、俺たちもお客も、それぞれが思い思いに過ごしていた。

そんな中、はしゃぐニケを連れて甲板に出ていたミシェルが、海を眺めているのが印象的だった。

このあたりの海は、お世辞にも、綺麗だとは言えない、冷たそうな灰色だ。

ミシェルの姿を見ながらアルバへ行ったら驚くだろうな、なんてことを考えてた。

 フェリーがフクオカの港に到着した。予想外だったのは、港が想像していたよりも広かったことだ。

待ち合わせは、港のチケットカウンターの前、とのことだったけど、地図を確認したら、チケットカウンターはいくつかあった。

俺達は、とりあえず一番大きな、建物の中央にあるカウンターへと向かう。

そこは人でごった返していて、お世辞にも、見知らぬ誰かと待ち合わせを出来るような場所ではない。

 だけど、だ。俺はそこで、サラを見た。

彼女は、俺に何を確認するでもなくうなずくと、グルっとあたりを見回して、

「いた、あの人だと思う」

と俺に言ってきた。
 

677: 2014/01/20(月) 23:01:26.80 ID:NPPk5Lp7o

 そこには、長い髪を後ろで束ねた女性がいた。サラの感覚は信用できる。おそらく、あの人なんだろう。

俺たちが近づいていくと、向こうもこっちに気づいたようで、手を上げて俺たちに挨拶をしてくれた。

「はじめまして、私が、カナリー。あなたが、雛鳥ね?」

女性が俺にそう言ってくる。なるほど、間違いはないようだ。

「あぁ。こちらこそ、よろしく頼む。マーク・マンハイムだ」

まずは、自己紹介をして、それから、ハンナ達を紹介する。すると女性もニコっと笑って

「私は、クリスティーナ・マッケンジー。マライアとは、カラバで知り合った仲なの、よろしく」

と名乗った。笑顔の映えるきれいな人だな、と思っていたら、ハンナの膝蹴りが的確に尾てい骨に飛んできた。

なんだよ!こういうときばっか読むなよな!

「もうそろそろ搭乗が始まるから、先に乗っておこう」

それから俺たちは、そう言ったクリスにチケットをもらって、一緒に飛行機へと乗り込んだ。

飛行機は、良くある中型の民間機。シャトルでもないからカラカスまでは、9時間か、10時間ほどかな。

 席についてからクリスに

「マライアさんとは、連邦にいたころからの知り合いなのか?」

と聞いてみる。すると彼女は首を横に振って

「いいえ、私は戦後、連邦をやめてアナハイム社でテストパイロットをしていたのよ。

 その後、ティターンズの結成を見ていて、いてもたってもいられなくて、カラバに参加してそこで彼女と出会ったの」

と説明してくれる。なるほど、それなら、俺たちと付き合いは同じくらい、か。

なんて思っていたら、ハンナが、じっと、クリスの顔を見つめた。

いや、ハンナ、さすがにそれは、気分悪いだろ?なんだよ、そんなに見るなって…

さっき俺が思ったこと根に持ってるんじゃないだろうな?

 俺はハンナの肩を軽く押して視線を変えさせようとしたが、抵抗してくる。

いよいよ、クリスの方も何かを感じ始めたのか、怪訝な顔をしてハンナを見つめ返した。

おい、なんだってんだよ、ハンナ?俺が聞こうと口を開きかけたとき、ハンナは唐突にクリスに聞いた。
 
「ね、クリスさんって、捕虜になったことある?」

捕虜?なんでまた、そんな質問を?

「え、あるけれど…それが、なにか?」

クリスも不思議そうな顔をしている。だけどハンナは続けた。

「ニホンの極東12支部で、じゃない?」

ん?お、おい、待て、それって、俺たちのいたところだろ…?そこへ、捕虜に…って、え、おい、まさか…!
 

678: 2014/01/20(月) 23:02:33.25 ID:NPPk5Lp7o

「そ、そうだけど…え、あれ、も、もしかしてあなた、あのとき、スープを差し入れてくれた…?」

「そうそう!それ私!すごく暑い日でさ、珍しく冷製のスープなんて作ったから覚えてるんだ!」

ま、待て、その日のことは覚えてるぞ…確かあれは、マライア“大尉”が赴任してきて一ヶ月くらい経ってからだったか?

そうだ、初めて氏体袋を用意しておいてくれ、と言われた日だ!

「私はあの日、あの基地で、初めてマライアに会ったのよ」

っていうことは、俺はこのクリスって人にあのときあっていたのか…俺はそう思って、当時のことを思い返してみる。

だけど、その後のことが強烈過ぎて、なんだか、会ったことあるんだかないんだか曖昧だけど…ま、いいか…

「そうだったんだ!じゃぁ、はじめまして、じゃなかったね」

「そうね。あれがあってからは、私は、基地の外で氏体袋に入れられて出てくる捕虜を受け取る役割についていたのよ。

 数か月は、あの基地の周りをウロウロしていたの」

「へぇ!いやぁ、食事差し入れた人にこうしてその後に会うのは初めてだから、なんだか嬉しいなぁ!」

「あはは、大げさね」

「え~そうかな?あ、ねぇ、クリスさんは、どうしてアルバ島に?旅行か何か?それとも、カラバの仕事?」

「仕事じゃないわ。私はあれからもずっとカラバの諜報部にいたんだけど、

 ほら、この間のネオジオンの紛争にも少し関わってから、それまでの気持ちがプツっと切れちゃってね…

 もう、そういうことは良いのかな、って思って。

 そしたら島へ来て生活すればいい、ってマライアが言うから、その言葉に乗っておこうかな、と思ったのよ」

ハンナとクリスが話を弾ませだす。

俺は、と言えば、二人の会話を聞いているのもそこそこに、シートに体を預けて目をつぶることにした。

カラカスの空港には迎えが来てくれているって話だ。そこまで、眠れるだけ眠っておこう。

カラカスからアルバまでは1時間もかからないだろう。

あのまぶしい日差しを浴びても耐えられるように、今のうちに少し眠っておいて、時差ボケ対策をしておく方がいい。

あの島について、昼間のうちから眠い、だなんて、もったいないだろうから、な。

俺は、後ろの客を気にしながら、少しだけシートを倒した。ほどなく、心地良い眠気が俺を襲ってくる。

そこから、しばらくは俺の意識はすっかり途絶えていた。

 意識を取り戻したのは、ホントに半日以上経った頃だった。俺は、飛行機が着陸するショックで目を覚ました。

飛行機がエプロンに向かう間に意識をなんとか覚醒させて、そのまま飛行機を降りて、

滑走路へ出るためのゲートへと向かう。そのゲートの前のロビーで、カレンさんと待ち合わせることになっていた。

 カレンさんの姿を、俺はほどなくして見つけられた。

でもカレンさんは会った瞬間に、俺の顔を見て突然、笑いをこらえきれない、と言った様子で噴き出した。

それを皮切りに、ハンナとニケ達までが腹を抱えて笑い転げ出す。

なんだよ、と思っていたら、ミシェルが苦笑いで持っていた小さな手鏡を差し出してきた。

 それを覗き込んだ俺は、黒いマジックか何かで落書きされまくっている自分の顔に気が付いた。

…くそ、こいつらめ、本当に、俺をなんだと思ってるんだ!

ていうか、俺、この顔であんな人通りの多い中型と大型機用のゲートやらロビーの中を通ってきたっていうのか!?

くぅ…そこはなとなく、泣きそうになって、それから猛烈に腹が立って来た。

 時間もない、とカレンさんが言うので、仕方なくそのまま飛行機に乗り込んだ。

いつもなら、しばらく腹を立てていたんだろうけど、カラカスからアルバへと向かう飛行機の中で海を眺めていたら

そんな気持ちもすっかりおさまっていたんだけど。

 

685: 2014/01/21(火) 22:48:14.43 ID:WmzNKFmxo




 青い空に、青い海、輝く太陽。俺たちはやっと帰ってきたんだな…

飛行機を降りてすぐ、俺はむせ返りそうに熱く熱せられた空気を胸いっぱいに吸い込む。

潮の香りと南国特有の木々の香りが体中に広がる。

コロニーの中では決して味わうことのできないこの解放感は、地球の他の場所でもそうはないだろうな。

「ほら、マーク、さっさと行くよ!」

ハンナが、もう待ちきれない、って感じで、いそいそとエプロンを進んでいく。

「あぁ、分かってる」

俺はそんなハンナに思わず笑ってしまった。

俺もレオナやマライアさんやアヤさんに会うのは楽しみだが、そう焦ることはない。

俺たちはもう、アルバにいるんだ。シャトルが落ちたり、ティターンズに追いかけられることもない。

やっと手にした、安心だ。

 カツンカツン、と音がして、ミシェルがタラップを降りてきた。

あまりのまぶしさに、彼女は目を細めて、手でひさしを作って空を見上げた。

「大丈夫か?」

「あ、はい。きれいなところですね」

俺がそう言いながらサングラスを渡すと、彼女はそれを受け取ってかけてから、辺りを見渡して言った。

「地球には何度か来たことがあるんだろ?」

「はい、でも、滞在していたのは毎回ほんの数時間で、それも、シベリア地域の山奥が多くて」

連絡員だと言っていたもんな。人目の付かないツンドラ地帯へ降下してきていたのか。

あの辺りにその上官ってのも潜伏してたんだろう。確かに、隠れるにはもってこいの場所ではあるな。

「マーク、私は、機体を格納庫にしまってくるから、先に行ってなよ」

ミシェルの後ろからカレンさんが顔を出してそう言ってくれる。

「はい、了解です」

俺はカレンさんにそう返事をして、ミシェルを促しエプロンを歩き、空港の建物の中へと向かった。

 自動ドアをくぐって中に入ると、そこで大騒ぎしている一団が目に入った。もちろん、ハンナ達だった。

「レオナー!久しぶり!元気にしてた!?」

「うん、毎日楽しくやってるよ!わ!サビーノ大きくなったねぇ!もう一人前の男だね!」

そこにはレオナにアヤさん、マライアさんの姿もある。レナさんは来てないな…

ペンションの方が忙しいんだろうか?だとしたら、わざわざ来てもらって、なんだか申し訳ないな。
 

686: 2014/01/21(火) 22:48:47.93 ID:WmzNKFmxo

 俺も、ミシェルを連れてその輪の中へと近づいて行く。一番早くに、アヤさんが俺に気付いてくれた。

「マーク!あんたも久しぶりだな!」

「アヤさん、久しぶりです」

俺はアヤさんの明るい笑顔につられて、満面の笑みでそう返事をする。そうしたら、アヤさんはニヤっと笑って

「なんだ、良い顔になったな、あんた。最初に会ったときは根暗なヤツだなって思ったけど、

 ハンナのお陰ってところか?」

なんて言ってくる。ま、それもないこともないけどな。でも、これは違う、そうじゃないんだ。

「いや、マライアさんと、アヤさん達のお陰です」

俺がそう言ったら、アヤさんはデレっと照れ笑いを浮かべて

「な、や、やめろよ、そう言うこと言うの!」

と文句を言ってきた。それだけ、感謝してるんです、あなた達には。

そんなことを思っていたら、アヤさんが俺の後ろにいたミシェルに気が付いた。

「そっちの、彼女が?」

「あぁ、はい。紹介します。先月降下予定だった日に、戦闘宙域のはずれで救助したパイロットのミシェルです」

俺はそう言って、ミシェルを前に出す。ミシェルはビシっと背筋を伸ばして

「ミシェル・ジェルミと言います。よろしくお願いします」

とあいさつをした。ははは、固い奴だな、相変わらず。ま、それもそのうちに砕けるだろう。

この人たちのそばにいれば、な。

 「あ…あぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「え!?あ、あなたは!?」

急に、声がしたと思ったら、ミシェルも何かに気が付いたようで大きな声を上げた。

見ると、マライアさんが口をあわあわとさせながらミシェルを指差している。

ミシェルの目に、敵意が宿るのを、俺は見逃さなかった。

 なんだ、どうしたっていうんだ?

「スパイのなぜあなたがこんなところに!?」

ミシェルがマライアさんを睨み付けてそう言う。なんだ、これは、何かあったのか…?

マライアさん、もしかして、あの紛争にも首を突っ込んでたっていうのか?

あり得ない話じゃない…この人は、そう言う人だ。

でもなきゃ、ティターンズに居ながらカラバへ協力するなんて危なすぎる橋を渡るようなこともなかっただろう。
 

687: 2014/01/21(火) 22:49:30.94 ID:WmzNKFmxo

「なぜって、言われたって、そりゃあ、ここがあたしの居場所だからね!」

いや、そう言う意味じゃないと思うが、マライアさんはそう言って胸を張った。

ミシェルからにじみ出ている敵意は消えるどころかどんどん膨れ上がっているように見える。

さすがに、ハンナ達も戸惑っている。

「おい、ミシェル、落ち着け。この人は…」

「知ってます。私をだまして、まんまと戦艦に乗り込んできた、ロンドベルのスパイです!」

いや、まぁ、そうなのかもしれないけど、とにかく落ち着け。あぁ、くそ、どうする?

マライアさんにはいったん退場してもらうか?こんなところじゃ、落ち着いて話もできない。

せめて、ペンションの方まで我慢してもらって、そこで事情を話せばミシェルだった分かるはずだ。

「あなたがここに、生きて居る、ということは…まさか、アウフバウム大尉は…」

ミシェルは今度は、そんなことを言って愕然とし始めた。アウフバウム、って確か慕ってた上官のことだったよな…

まさか、その人、マライアさんと戦ったのか!?

だとしたら、無事である保証はない…俺はマライアさんの腕を目の当たりにした。

あれは、モビルスーツになんて乗ったことのない俺でもわかるほどに卓越した操縦だった。

あんなのを相手に戦ったところで、それこそ、ニュータイプのエースだって、敵うかどうか…

俺は、なんだか胸が苦しくなった。いや、分かっていたはずなんだ。戦争がそう言う物だってことくらい。

だけど、まさか、マライアさんが、ミシェルの大切な人を奪うことになっていたなんて…そんなことって…

 思わず俺は着ていたシャツの首のあたりに手を当てていた。息苦しさを少しでも和らげようとしていたんだろう。

だけど、そんな俺とミシェルをよそに、マライアさんは呆けた様子で言った。

「あぁ、ミリアム?この島にいるよ、ちょっと待ってね」

「は?」

「え?」

俺とミシェルは、ほとんど同時に、そんなマヌケな声を漏らした。

マライアさんはPDAを取り出してどこかに電話をかけ始める。と、すぐに

「あーもしもし、ミリアム?今平気?え、忙しい?庭の草引き?知らないよ、そんなの。

 こっちの方が大事だから、ちょっと手を休めて聞いて!

 あなたと話したいって言ってる子がいるから、ちょっと話してあげて」

と電話口に言って、PDAをミシェルに手渡した。ミシェルは、恐る恐るPDAを手に取って、耳元に当てた。

「あの…ミリアム・アウフバウム特務大尉でありますか…?」

さらに恐る恐る、って感じでミシェルはそう聞く。傍らで、なぜだか俺も緊張していた。

「私は…ミシェル・ジェルミ…曹長です……はい、私です!」

そう言ったミシェルの目から、いきなり大粒の涙がこぼれ出した。

そのとたんに、俺の気持ちもすうっと緩んでいくのを感じた。

生きてたのか…良かった、最悪の想定をしちゃってたからな…マライアさん、さすがだ。

戦闘になった相手を殺さずに、この島まで引っ張って来るなんてな…詳しい話を後で聞かせてくれるだろうか?

いや、きっと聞かせてくれるはずだ。

この様子なら、きっとそのミリアム、って人も、ペンションに来てくれるだろう。

ははは、情報源を持っているかもしれないどころの騒ぎじゃなかったな。

まさか、本人を知ってて、ここに連れてきているだなんて、思ってもみなかった。
 

688: 2014/01/21(火) 22:50:00.62 ID:WmzNKFmxo

 ボロボロと涙をこぼすミシェルの肩をハンナが抱いて電話が終わるのを待っている。

アヤさんとレオナはポカーンとして、マライアさんを見つめていた。

「マ、マライア…これ、なにが起こってんだ?」

「あぁ、ミリアムの部下の子なんだよね」

「あー、なるほど…そういうことか…」

マライアさんと話をしたアヤさんが、そんなことを言って、ミシェルの手からPDAを奪い取った。

 「あ、ミリアム?アタシ、アヤ。この…ミシェル、だっけ?

 この子達、今夜はペンションに泊まる予定になってるんだ。これから戻るからさ、あんたも来ないか?

 あぁ、うん、そか、良かった。じゃぁ、急いで帰るから、待っててくれな」

アヤさんは、そう話をして通話を切った。それから、ミシェルの頭をポンポンと撫でると

「ミリアムも会いたいって言ってる。うちのペンションで待っててくれるって言ってるから、早く行こう。

 こんなところじゃ、落ち着いて話もできないだろ?」

そう言われた、ミシェルは、涙声で

「はい…!」

と返事をしてうなずいた。良かったな、ミシェル。

まさか、こんなに早く、そのミリアムって人に会えるなんて思ってもなかっただろうな。

ミシェルにしてみたら、氏んだ姉さんの代わりみたいなものだろうし…良かったな、本当に良かったな…

俺はいつの間にか湧いてきていた暖かい気持ちをかみしめながら、そう何度も胸の内で繰り返していた。

「さて、じゃぁ行こう!レナも待ちくたびれてると思うしさ!」

アヤさんはそう言って、懐かしい、あの明るい笑顔で笑ってそう言った。




 

689: 2014/01/21(火) 22:50:31.38 ID:WmzNKFmxo



 「ぶっあはははは!マライア、あんたそんなことしてたのかよ!」

「だ、だってしかたないでしょ!あれが一番確実な方法だったんだから!」

「汚れ役を任せてごめんなさいとは言ったけど…まさか、本当にそんな…あぁ、ダメ、おかしい!」

「あーもう!クリスまで!」

「マライア、あなた、そんなことしてから私を取り押さえたわけ?!」

「いや!ちゃんとクリーニングルームできれいにしたし!ね!そうだよね、ミシェル!?」

「そうですけど…十分きれいになったんですかね、あれで…?」

「あー、マライアあんた、寄るなよ、におう」

「なぁ!?アヤさんなんてこと言うの!?このっ…こうしてやぎゃーーーーー!レナさん助けて!」

マライアさんがアヤさんの首にチョークを掛けようとして、逆に腕を取られてテーブルにねじふせられている。

ハンナはそれを見ながら、レオナと一緒に満面の笑みで笑っていた。

俺も、当然のように可笑しくって、声を上げて笑ってしまう。

 いや、マライアさんのやった敵艦への単独潜入、なんて、よほどの能力を持った諜報員でもないととてもじゃないが不可能だ。

それをこなしたっていうのはすごいことなんだろうし、

そりゃぁ、普通に考えたら、そんなところから潜入するなんて思いもよらないんだろうが…

はは、さすがに同じことをやれと言われたらなるべく遠慮したいよな。

 空港からアヤさんの運転する車で、俺たちはペンションに連れて来られていた。

そこにはすでに、ミリアム・アウフバウムと言うミシェルの元上官がいて、ミシェルは彼女を見るなり飛びついて大泣きした。

姉代わりだったと言っていたもんな。

そりゃぁ、無事だって言われて、実際にこうして会うことができたら嬉しいことこの上ないだろう。

俺はハンナとそんな様子を眺めながら、妙にあったかい気持ちになっていた。

 まだ時間が早いから、と言うので、とりあえずお茶とジュースで旅の疲れを取ってくれよ、

なんてアヤさんが言って、冷えた飲み物を振る舞ってくれる。

この熱帯気候にはやはりこういう物が一番うまく感じる。ニケ達も喜んでいた。

 「ねぇ、アヤさん、私、海に行きたいです!」

ニケが会話の隙を縫って、アヤさんにそう言いだした。アヤさんはパッと顔を明るくして

「あー海か!そっか、前に何度か言ったもんな!今日のところは、もうあんまり時間がないから、明日にしようか。

 これからデリクの便で来るお客が明日は一日海が良いってリクエストしてくれてるから、

 それに便乗して、またあの島に連れてってやるよ」

なんて言って、ニケを喜ばせてくれる。

「ニケちゃん、ジュースのお代わりいる?」

「あ、うん!ありがとう、ロビンちゃん!」

アヤさんの娘のロビンも、ずいぶん大きくなったな。聞けばもう10歳なんだそうだ。

あの日一緒に助け出したレベッカも元気そうで、レナさんと一緒にお菓子を用意してくれたり、

空になった瓶を下げたりしてくれている。

二人が成長していたり、知らない人が増えたりしているけど、ペンションはあの頃のままの雰囲気で、居心地がいい。

まるで、俺やハンナの生活してた南欧の町みたいに、暖かくて安心できた。
 

690: 2014/01/21(火) 22:51:17.60 ID:WmzNKFmxo

 「まぁ、なんにしても無事で良かったね」

レナさんが空いた瓶をトレイに乗せながらそんなことを言ってくれる。

「ホントですね。俺はチャーターのシャトルにしようって言ったんですが、ハンナがどうしても、って聞かなくて」

いや、我ながら根に持ち過ぎだろうと思いつつ、そんなことを言ってチラっとハンナを見やる。でもハンナは

「なによ?私の操縦だったから助かったようなもんじゃない!」

なんて、悪びれる様子もない。ま、確かにそのとおりかもしれないけど、な。

ハンナの言葉に肩をすくめてレナさんを見やったら、クスっと優しく笑ってくれた。

「で、マーク達はどうするんだよ?この街に住むんだろ?」

話の流れでアヤさんがそう聞いてくる。あぁ、そうそう、そこは重要だ。

「ええ、そのつもりです。

 でも、当初の予定じゃ、乗ってきたシャトルを売った金を資金にして家を購入するつもりだったんですが…」

「あぁ、沈んじまったんじゃぁなぁ」

「はい。なので、銀行にでも相談して貸付を受けるしかないかなと思ってるんです。

 でなきゃ、ルオ商会の保護基金を当てにしてもいいんですけど、あっちは本当に困っている人達に申し訳なくて、

 あまり頼りたくはないんですよね」

コロニーでは、俺は通信会社へ就職をして稼いでいたけど、

子ども達は、ルオ商会からの戦時保護基金からの援助を受けられていた。

だから、生活にはゆとりがあったけど、コロニーから離れたし、

いつまでもそんなものに頼っているのも違うと言う気がしていたのは事実だ。

シャトルを買った分以外に、多少の蓄えは残してあるから、2か月くらいの生活は出来ると思う。

その間に仕事を見つけて、なんとか収入と住むところを確保しなければいけない。

家は、最初は賃貸でも構わないし、仕事は俺にできることといったら通信関係の技術職くらいだろうけど、

でも、他にやれそうなことがあればなんだってやるつもりだ。

 サビーノはパートタイムにも出られる年齢だけど、出来たら、ちゃんとした教育を受けさせてやりたい。

大学とまではいかなくても、専門的な技術を学べる学校なら、そのまま仕事にもつながるし、な。

「まぁ、そう言う話なら、カレンに相談するのが一番だな。銀行にも財団にもクチを利けるやつがいるっていうし」

アヤさんはそんなことをいいながら、ふと、ホールのドアの方を見やった。

するとドアがギっと開いて、カレンさんが顔を出した。
 

691: 2014/01/21(火) 22:51:56.87 ID:WmzNKFmxo

「あぁ、カレン、迎えありがとな」

「うん、構わないよ」

「なにか飲むか?酒がいいんなら付き合うけど」

「あぁ、いや、私もこれから、来週のフライトプラン作らなきゃいけないから、また夜にでも邪魔するよ」

「そっか、まぁ、じゃぁ、お茶にしておくか」

アヤさんがそう言いながら、空いていたグラスにお茶を注いで、カレンさんにイスを勧めた。

カレンさんが席についたところで、アヤさんが

「ちょうどいいところに来てくれたよ。マークが相談したいことがあるっていうからさ」

と俺に話を振ってくれる。

なんだか、頼ってばかりで申し訳ない気持ちにはなったけど、でも、そうでもしないと、目途が立たない、ってのも、本音だ。

 俺はカレンさんにことのあらましを説明する。すると、

「あぁ、なるほどね…。うーん、資金、か…」

と唸って、腕組みをして考え始める。俺がお茶のグラスに口を付けてテーブルに戻すとすぐに

「まぁ、うちの会社が保証書類出してやれば、どこからでも融資は受けられると思うから、

 それが一番リスク少なくていいだろうね」

と言ってくれた。出してやる、なんて言いだすんじゃないかと思って構えてしまっていたけど、よかった。

保証だけでも申し訳ないけど、だからこそ、迷惑かけないように、ちゃんと稼げる仕事を探さなきゃな、って勢いにもなる。

「すみません…もしよかったら、またきちんとした形で相談させてもらっても良いですか?」

「あぁ、いつでも良いよ。だいたい夜は、ここに夕飯食べに来るからね。また今夜にでも、話をしよう」

「あ…ありがとうございます!お願いします!」

俺はそう声をあげてしまったけど、とにかく礼を言った。

 本当に、感謝してもしきれない。俺はこの人たちになにを返してやれるんだろうか?

いや、この人たちは、そんなことを望んですらいないのかもしれないな。

とにかく、これでなんとか、この島での生活を始められそうだ。

 俺はそのことに安心して、ふぅ、とため息をついてしまっていた。いや、でも、安心するのはまだちょっと早かったな。

その前に、やっておかなきゃいけないことがいくつかある。ひとつずつこなしていくことにしよう…

気が重いこともあるんだけど、な…

 俺は、ふとそんなことを思って、気が付けばニコニコ笑っているレオナを見つめていた。



 

702: 2014/01/24(金) 01:46:13.83 ID:DhGGOpy5o





 「うーい、おはよ、マーク」

二階の客室から降りて来て、ホールに入ろうとしていた俺を見つけて、アヤさんがそう声をかけて来てくれた。

「あぁ、おはようございます」

俺が返事をしたら、アヤさんはいつもの、太陽みたいな笑顔を見せてくれる。

階段下にある小部屋から、大きな箱を抱えて出て来ているところだった。

「何してるんです、それ?」

俺が聞いてみると彼女は嬉しそうに笑って

「海水浴に使う道具の一式の予備だ。人数多いしな」

と肩をすくめた。そのしぐさがなぜか可笑しくて笑ってしまう。

「あぁ、邪魔したな。腹減ってるだろ?飯はちゃんと食っておけよな」

アヤさんはそう俺に言って、スタスタと玄関のドアへと歩いて行く。

「あぁ、そうだ」

と、急にアヤさんがそう声を上げた。俺もホールのドアノブに手を掛けながらアヤさんの方を見る。

「マークはホントに行かないのか?」

アヤさんは玄関のドアを出て行く直前に、俺を振り返ってそう聞いてきた。

「ええ、先にカレンさんと銀行と財団に話を付けて。不動産屋にも行っておきたいですし」

俺が言うとアヤさんは肩をすくめて

「そっか、まぁ、大事なことだもんな」

と言ってくれた。それから

「じゃぁまぁ、なにかあったら言ってくれよな」

と言い残して玄関を出て行った。俺はそれを見送ってから、ホールへと向かう。

ホールにはすでに朝食の用意がされていて、ハンナ達と、それから昨日晩くにやってきた家族連れが食事を取っていた。

そういえば、クリスの姿がないが…

 俺はそんなことを思いながら食卓に付く。

「マークさん、遅いよ!」

「寝坊?」

ニケとサラが聞いてくる。

「まぁ、そんなとこだ」

俺はそう適当に答えておいた。
 

703: 2014/01/24(金) 01:46:47.61 ID:DhGGOpy5o

 すこしぬるくなったお茶に口をつけて、それからスープを一口含む。

柔らかな口当たりの、鶏がら風味のスープの味と香りが広がる。おいしい。

「マークさん、おいしい?」

とたんに、俺の足元にそんなことを言いながらロビンが飛びついてきた。いや、どこにいたんだ。ロビン?

「あぁ、おいしいよ」

俺が言ってやるとロビンは

「良かった!それ、一昨日レシピを見て練習したんだよ!」

と声を上げた。

「これロビンが作ったのか?」

「うん、そうだよ!」

俺が聞いたらロビンはピョンと飛び跳ねながら答えた。へぇ、すごいな…

これ、ハンナのに比べると薄口だけど、ずいぶんと上品な味がする。

こんなのを10歳のロビンが、ねえ…

「すごいなロビン!まるで高級なレストランで食べるスープみたいだよ」

俺が言ってやったら、ロビンはまたピョンピョン飛び跳ねて

「ホントに!?良かった!ほら、これ、ガーリック乗せたパンだけど、これに漬けてもおいしいからたくさん食べてね!」

と笑顔を見せてパンの入ったかごをテーブルに置くと、キッチンの方へと消えて行った。

 「ね、マークさんは今日は海に来ないの?」

ロビンがキッチンへ戻ってから、サビーノがそうたずねてくる。いや、俺だって、何もなければ行っておきたいけど、な。

でも、やっぱり、家のこととか仕事のことは先にやっておかなきゃまずいだろう?

「あぁ、うん。今週中にはいろいろと決めておきたいからな。

落ち着いたらまた、一緒にどこかへ連れて行ってもらうつもりさ」

俺が言ってやると、サビーノはすこし寂しそうな表情をしたけど、

「そっか」

と納得したようで返事をくれた。

 「そういえば、クリスの姿が見えないけど?」

ホールに入ってきたときに気がついてすこし気になっていたのでハンナに聞いてみる。

するとハンナは、んー、とうなってから

「なんか、病院に行く、って言ってたよ」

と言って来た。病院?なんだ、隊長でも崩してたのか?そんな風には見えなかったが…

「体調でも悪かったのか?」

「ううん、なんか、知り合いが入院してたんだって。で、今日が退院日らしくて、それに立会いにって言ってた。

 詳しいことは、知らないけど」

ハンナがスープに浸したパンをかじりながらそんなことを教えてくれた。

 本人じゃなくて、知り合いが入院していたのか。クリス、この島の出身、ってわけじゃなさそうだったけど…

どういうことなんだろう?余所からここへ転院させてきたのか、もともとここに住んでる人なのか…

ま、あとで聞いてみるとするか。
 

704: 2014/01/24(金) 01:47:22.39 ID:DhGGOpy5o

 とりあえず、今日は午前中にカレンさんとボーフォート財団ってところの人間と、

カレンさんの会社の取引先になっている銀行で話しをする予定になっている。

午後は、不動産屋に行く。時間が余れば仕事探しも出来るかもしれない。

くたびれそうな一日だけど、こんなうまい朝食を食べられれば、活力のほうは十分かもしれない。

あとは、うまい交渉が出来るか、だ。

 朝食を済ませてすぐ、ハンナ達はアヤさんと一緒に例の小さな島での海水浴の準備を嬉々として始めた。

ミシェルも迷っていたけど、とりあえず行ってみると良い、と俺も促したし、

アヤさんにも半ば強引に誘われていて、あの小島へ行くことに決めたようだ。

 ハンナ達はアヤさんが準備した船の留めてあるバーバーへ、マライアさんが車で別のお客と一緒に送って行ってくれた。

それを見送って、庭先でレナさんとマリオンと言う女性と話をしている間に、カレンさんが車でペンションまでやってきた。

「悪い、待たせたね」

「いえ、とんでもない」

車の窓を開けてそう言ってくるカレンさんに俺は笑顔を返す。

レナさん達に挨拶をして、俺はカレンさんの車の助手席に乗り込んだ。

 「今日は、お願いします」

俺は改めてカレンさんにそう頼む。するとカレンさんは、ははは、と笑って

「丁寧なやつだよね、マークはさ。まぁ、任せておきなよ。

 財団の方は五分五分だけど、銀行の方は、これ提出してやれば断らないだろうからさ」

カレンさんはそう言って、ダッシュボートに置いてあった書類ケースからピラッと一枚の紙を取り出して俺に手渡してきた。

そこには、俺の身元と金銭的な支払い能力に問題がないということを保障するという文面とともに、

万が一俺の支払い能力が喪失した場合はカレンさんの会社がそれを肩代わりする旨が印字され、

カレンさんのサインが書き込んであった。

「その、下のところにあんたのサインを書いといてくれよ」

カレンさんはそう言って、旨のポケットからピっとペンを取り出してきた。

受け取ったそのペンは、ずっしりと重い万年筆で、どう見たって値が張りそうな代物に見える。

い、いや、そんなところに注目している場合ではない。

俺は、カレンさんが渡してくれた書類にサインをして、ダッシュボードの書類ケースに差し戻した。

 それから、ふぅ、とため息が出る。これからは、ちょっとした勝負だ。

カレンさんの後押しがあると言ったって、相手が居ること。信用してもらえないことには、資金調達なんて望めない。

ただでさえ、仕事もないうえに子持ちだ。

大きなビジネスのビジョンを広げて資金を貸してほしい、というんじゃない。

家を建てるために金を貸してほしい、と頼みに行くんだ。財団にも銀行にも利子程度の見返りしかないうえに、

今の俺の状況だけを考えれば、返済能力は未知数だ。

俺ならこんなリスクな高そうな男に金を貸すなんて考えられないな。それをどう説得するか…だ。

ここで躓いているようじゃ、今後の自分が思いやられるが…かといって、簡単な問題じゃないと来ている。
 

705: 2014/01/24(金) 01:47:53.27 ID:DhGGOpy5o

 「あはは、なに、緊張してるの?」

そんな俺の様子を見て感じたのか、カレンさんがそう言ってくる。

そりゃぁ、そうだ、俺だけじゃない、ハンナや、子ども達の人生がかかってるんだ。気楽な気持ちになれる方がどうかしている。

「まぁ…はい」

そうとしか答えられなかった俺は、短く返事をした。するとカレンさんはまた声を上げて笑った。それから

「まぁ、そういう責任感の強いところは悪くないけどね。背負いこみすぎは毒だよ。

 何かあったらうちで面倒見てやったっていいしさ」

なんて言ってくれる。

 そりゃぁ、そうしてもらえるんならありがたいことこの上ない。

でも…でも、こうして誰かの世話になるのはどうにも心苦しい。

マライアさんに命を助けてもらってからずっと、俺たちはこの人たちにずっと支えられてやってきた。

戦争が終わるまでかくまってくれたのもそう、ルオコロニーへ逃がしてくれたもの、

こうしてここで新たな生活を始めることもそうだ。俺は、俺たちはずっとそうしてもらってばかり…だ。

「それは、ありがたいと思います…」

でも、だけど…じゃぁ、もし、明日、彼女たちがいなくなってしまったとしたら、俺たちは生きて行けるんだろうか?

身を守る必要はもうないとしても、毎日の生活には必ず困るだろう…それじゃぁ、やっぱりダメだよな…

 「なぁ、マーク」

そんなことを考えていた俺に、カレンさんがまた声を掛けてきた。

「なんです?」

俺が聞き返したら、カレンさんは急に

「ハンナとは、どうなの?」

と聞いて来た。俺は思わず、ブッと吹き出してしまう。な、な、な…なんだって…

「なんだって急にそんな話するんですか?!」

瞬間的にパニックになってそう非難をしたら、カレンさんはいたって冷静に

「だって、もうけっこう長いんだろう?女ってのはあんまり待たされると、どうでも良くなっちゃう生き物だからね。
 ちゃんとハッキリさせてやんなよ」

なんて言ってきた。わ、分かってる、そんなこと…

「分かってます…準備が、済み次第、って決めてんです」

「ホントに?あはは、それは楽しみだね!」

俺が言ったら、カレンさんはそう声を上げて笑った。

まったく、そう言う話でからかわれるのはどうしていいか困るからやめてほしいもんなんだけどな…

俺は顔のほてりを感じながらそんな不満を心の中でつぶやいた。
 

706: 2014/01/24(金) 01:48:58.02 ID:DhGGOpy5o

からかわれっぱなしじゃ悔しいんで、なんとかやり返してやろうと思って

「カレンさんこそ、そう言う話はないんですか?」

と聞いてやった。そしたら、カレンさんは、今度は空笑いを飛ばして

「こんな性格で、こんな口の利き方だからね。よほどの物好きでもない限り、貰い手なんていないと思うよ」

なんて言う。でも、そうだろうか?

確かに、アヤさんとは違った勢いがあるし、ま、言葉遣いも畏まってるともしとやかとも言いにくい部類だけど、

面倒見は良いし、親しみやすいし、ルックスだって、悪くない。

悪くないどころか、170代後半の俺と身長はさほども変わらないのに締まって、

さすがパイロットって言えるくらい鍛えてあるし健康的だ。

美的な感覚は人それぞれだけど、俺にしてみたら、カレンさんだって、ハンナやレオナや、

アヤさんにレナさんにマライアさんと同じくらい、人間的にも、女性的にも魅力あふれてると思うんだけどな…。

「そうですか?俺は、好きですよ、カレンさんみたいに、輝いてる、って感じの女性」

そう言ったら、カレンさんはまた笑った。

「あははは、そっかそっか、そりゃぁ、なんだね…そう言うのは、やめてくれよ。

 アヤじゃないけど、ダメなんだ、そう言うの」

よくよく見たら、カレンさんはかすかに頬を赤らめていた。

なんだかわからないけど、どうやら仕返しは成功したようだ。

 そんなことを話しているうちに車は島の街の中心地にある建物の地下駐車場へと入った。さて、交渉はこれからだ。
 
俺は、カレンさんのお陰で適度に緩んだ気持ちを引き締めて、頭の中でシュミレーションを始めることにした。
 

707: 2014/01/24(金) 01:49:28.51 ID:DhGGOpy5o

 それから数時間。太陽が真上に上がり、島でも一番暑い時間がやってきていた。

俺はカレンさんの車に乗って、ペンションのある高台へと走っていた。

 財団との交渉は難航。むこうとしても、いくら知り合いの頼みだからと言って、

おいそれと個人に対して個人的な資金を貸すほどの余裕はない、とのことだった。

だが、銀行の方ではカレンさんの会社が取引先だ、ということもあり、それほど渋りはしなかった。

ただし、一つだけ俺に条件が出された。その条件とは、一か月以内に定職を見つけること。

もともとそのつもりだったし、この人口過密による就職難の時代でも、この島には俺が役立てそうなことはいくつかある。

4年もコロニーでグータラしてたわけじゃない。

情報分析の経験を生かした通信システムの解析やら情報分野には、そこそこのスキルはあるはずだ。

それに、この島の情報だって、ないわけじゃない。それが例の、島外との連絡を維持しておくための通信会社だ。

アンテナの管理やなんかと言った設備点検もできるし、システム的なこともおそらく大丈夫だろう。

そこが第一志望だ。まぁ、家族持ちの俺があいつらを養えるだけの金を払ってくれる余裕があれば、だが。

 「とりあえず、なんとかなりそうで良かったよ」

カレンさんが笑顔で俺にそう言ってくる。本当に、カレンさんの言う通りだ。

とりあえず、一歩目はなんとかなった。それもこれも、カレンさんのお陰だ。

「本当にありがとうございます」

俺がそう礼を言うと、カレンさんは照れたように笑いながら

「別に、私はあの紙っ切れにサインをしただけだよ。これから大変なのはマーク、あんたでしょ?」

と俺をチラっと見やる。ま、そうだが。できる、って確信はないけど、やらなきゃならないもんな。

もうあの頃の俺とは違う。やるべきときにためらうほど、俺はもう弱くはない筈だ。

「はい。とりあえず、仕事を探します。遅かれ早かれ、必要でしたしね」

「あぁ、そのことなんだけど…あんた、良かったら、うちで働かない?

 今は、飛行機との通信機能は私とデリクとソフィアでメンテをしてるんだけど、

 それを専門にやってくれる人間が居ると、正直助かるんだ。

 私は最近じゃ、飛ぶよりも事務仕事が多くなってて、忙しいんだよね。

 それにほら、うちで働いておけば、あの紙っ切れ以上の信用にはなるだろうしさ」

カレンさんが、視線を前に戻して、そう言ってきた。カレンさんの会社で、仕事…。

そんなにありがたい話って、ないよな。

それなら、何かあった時の我がままも聞いてもらえるかもしれないし、デリクさんや、シェリーちゃんだって働いてる。

職場環境にしたって申し分ない。でも…そう、でも、だ。そんなことで良いんだろうか?

いや、別にカレンさんのところが不満だって言うんじゃない。

だけど、俺はそのために、この島に戻ってきたのか?俺がやりたかったことって、一体何なのだろう?

 この抵抗感は、なんだ?

カレンさんのところで、万が一トラぶったときに、この島に居づらくなる、なんてことを恐れているのか?

いや、そうじゃない。俺の、この人たちへの信頼は、そんな程度の物じゃないはずだ。

何があったって、この人たちは俺たちを見放したりなんてしないだろう。

俺も、なにがあったってこの人たちを裏切るようなマネはしないと誓える。

だから、そう言うことじゃない。

じゃぁ、なんだ?この抵抗感は…?

708: 2014/01/24(金) 01:50:08.33 ID:DhGGOpy5o

 車がスピードを落とし、停車した。見るとそこはもうペンションの前だった。

「まぁ、考えといてくれていいよ。別に急いではいないからね」

カレンさんは、返事を返さなかった俺にそう言って笑ってくれる。

「あ…すみません、ありがとうございます…」

俺はそう礼を言って車を降りてから、ハッとした。ありがとうございます…?

そうか…俺はこの島に来て、ずっと気にしていたな。

この人たちの世話になることが、申し訳ないな、って。それは、本当にそう感じているんだろうか?

いや、申し訳ない、ありがたいとは、当然思っている。

だけど、あれこれしてもらうことをただ申し訳ないと思っているんじゃない…俺は、そうだ。

このままじゃいけない、と、そう思ってるんだ…。

「カレンさん」

俺は、コンコン、と車のサイドウィンドウをノックした。

カレンさんが、手元のボタンを操作して、窓を開けてくれる。

「さっきの話、ありがとうございます。良くしてもらって、本当に感謝してます。

 でも、俺、ひとりでやってみたいんです。皆さんの手を借りたくないわけじゃなく、俺自身の力を試してみたいんです。

 俺自身の力で、ハンナや、サビーノや、ニケにサラにエヴァを守れるようになりたいんです…

 マライアさんが、泣き虫で、ヘタれだって言われていたって言う、あの人がそうしたように、

 俺には戦うことはあまりできないけど、でも、別の方法で、俺が俺のできることをして家族を、

 仲間を守っていきたいんです…だから、せっかくの話ですけど、今回は、お断りさせて下さい」

俺は、溢れてくる気持ちのままをカレンさんに伝えた。

カレンさんはしばらくキョトンとした表情をしてたけど、少ししてからニヤっと笑い

「あんたの気持ちは、良くわかったよ」

とつぶやくように言った。それからふぅ、とため息をついて

「私も、世話焼きが過ぎたのかもしれないね。変にプレッシャー掛けちゃってたら、悪かったよ。私らみんなで見ててやるから、しっかりやりなよ」

と言って、また、笑顔を見せてくれた。

「はい!」

俺は、カレンさんの言葉が嬉しくて、軍に居た時のような声を張った返事をしてしまった。

それを見たカレンさんは、フフッと優しくほほ笑んだ。

「ハンナが居なけりゃ、口説こうか、って思うところだよ」

「は…?えっ…!?」

突然、カレンさんが変なことを言いだしたので、また、途端に頭が真っ白になって、言葉が継げなくなる。

口説く?な、ちょっと…カ、カレンさん、急に、それ、えっと、なんだ?どういう意味だ?

思考がまとまらないまま突っ立っていたらカレンさんが

「輝いてる男は嫌いじゃない、ってことさ。しっかりやんなよ」

と、俺の胸板をポンっと拳で叩いて、呆然とする俺を置いて、車を走らせて行ってしまった。

 俺はカレンさんの車が見えなくなってもしばらく、その場に立ち尽くしていた。

頭と気持ちの整理がつかないでグルグルと高速で回転している。ただ、その中で確かに感じ取れる思考がひとつだけあった。

 俺、また、やらかしかけたのか…?くそ、なにがいけないんだよ!

別に、そう言う気はさらさらないんだって!!
 

716: 2014/01/25(土) 23:30:56.98 ID:HnusyqMGo




 それから、2週間が過ぎた。俺の仕事は、第一志望どおりにこの島の通信会社に決まり、今週から仕事を始める運びになった。

ほとんど押しかけで元軍人で情報関係を専門にやっていたが、仕事を探していると話すと、

事務所の奥から社長だと言う人物が出てきて話を聞いてくれた。

そこで俺は仕事のことと同じく、家族についても話をした。

全部が全部、本当のことを話すわけには行かなかったが、軍役中に出会った戦争孤児の親代わりをしていて、

彼らの将来のためにもより良い環境での生活をさせてやりたくてこの島に来て、

より良い暮らしを与えてやるためにも安定した仕事が欲しいんだと伝えた。

社長は人がよさそうな雰囲気はなかったが、俺の話を終始黙って聞いて、最後に一言、

「週明けに一日試用勤務をしに来てくれ」

とだけ言ってくれた。

 その試用勤務の日、俺は衛星回線のバグ取りと、各所のアンテナとの送受信を受ける大型モジュールのメンテナンス、

ラグと通信速度の遅滞を防ぐための通信回路全体の再構築の提案書を提出した。

俺の働いているところを終始遠巻きに見つめていた社長は、その日の勤務が終わってから俺を社長室に呼んで、また言葉少なに

「来週の頭から、正式な勤務をお願いしたい」

と言って、雇用契約書を出してくれた。

賃金はそれほど良いってほどでもないが、かといって悪すぎると言うこともない。

家を建てる資金の返済に、サビーノの学費に、生活費を差っ引けば貯金する余裕はないかもしれないが、十分瀬活はできるだろう。

これで、準備は整った。

俺は、その場で家を買うための融資に雇用証明が必要なことを話し、

社長が指示を出した秘書にプリントアウトしてもらって、社長のサインをもらった。

翌日にはそれを銀行に持って行き、なんとか家を建てる資金を借り受けられた。

 さらに翌日には、アヤさんに紹介してもらった個人経営の建築会社を訪れてペンションやカレンさんの自宅のある、

この高台の一角の土地の購入とそこへの家の建築の契約も交わした。

そのあと引いてもらった図面を元に、今はもう基礎工事が始まっていた。

「うわぁ!ここに私たちの家が建つんだね!」

どうしても建設作業が見たい、と言うニケを連れて、俺は仕事のない日の朝に、

ペンションから歩いて20分もないこの“マイホーム”に来ていた。

「ちゃんとニケの部屋もあるからな。ていうか、ニケ、一人で寝られるか?」

俺が聞いてやるとニケはちょっとだけ不安そうな表情で

「どうかな…寂しかったら、サラとエヴァと一緒に寝てもいい?」

なんて聞いてくる。まぁ、これまでずっと一緒だったんだし、

コロニーでも広いとは言えないマンションで、ニケはサラとエヴァと同室で生活してたし、そんなもんだろう。

「ははは、まぁいいんじゃないかな。もしかしたら二人もそのほうがいいかもしれないし」

なんてことを思いつつ、それでも俺は、ニュータイプである彼らに物理的な距離があまり関係のないことを知っていた。

こと、壁一枚挟んだ隣の部屋なんて距離は、あってないようなものだ。心配はないだろう。
 

717: 2014/01/25(土) 23:33:29.89 ID:HnusyqMGo

 さて、これで3つ目のステップはクリア、だ。

あとは、2つ、場合によっては、いや、よらなくても3つになるか、な。

いずれにしても、道半ば、やっと体勢が整っただけだ。とりあえず、次は、今夜、だな。

「今夜?」

そんなことを思っていたら、ニケが急にそう聞いてきた。こいつ!また“覗き”やがったな!

「感じ取るなよ、恥ずかしいだろ?」

「そんなこと言われたって、意識しといてくれないと、こういう二人で居るときとかは

 耳で聞こえたり、暑い寒いって言うのとおんなじ様に勝手に入ってきちゃうんだから、しょうがないでしょ!」

俺が文句を言ったら、ニケはそう言って頬を膨らませてから笑って

「でも、なにが恥ずかしいの?」

と聞いてきた。いや、ま、それは、な…俺は、ニケの質問に意識して頭の中を空にする。まだこれは内緒だ。

「ひみつ、だ」

「えーなんでよ?」

「なんでもだよ。ほら、散歩は終わりだ。今日はまた、あそこの島でバーベキューなんだろ?俺もやっとくつろげるよ!」

「あ、そうだね、マークさん、ここに来てから忙しかったもんね」

俺がそう言って話題を変え、ペンションへの道を戻ろうとして歩き出すと、

ニケがそんなことを言いながら着いて来て、ガバっと俺の腕にしがみついた。

 ニケにとっては、俺ってどんな存在なんだろうな。俺にしてみたら、もうこいつらは大事な家族だ。

ニケにしたって、娘と言っていいくらいだ。お父さん、なんて呼んで欲しいわけじゃないけど…

でも、まぁ、ニケ達からも、そんな存在に思われていたら、なんとなく、幸せなのかもしれないな。

こんなときは、俺にもニュータイプみたいな感じ取る力があればなぁ思うのは、ないものねだりだろうか。

まぁ、そんなものあろうがなかろうが、誰かと一緒に幸せになるためには、

やること、やるべきことはきっと変わりないんだろうけどな。

俺はニケと一緒に歩きながら、そんなことを思っていた。

「家建つの楽しみだね、“お父さん”!」

「な、ちょ、ニケ!止めろっていったろ!?」

「だーかーらっ!勝手に頭に入ってきちゃうんだって!空っぽにしててよ!」

「無茶言うなよ!そっちこそ、感覚塞いどけって!」

「二人のときはそのほうが無茶だよ!」

こんな会話をするのも始めてじゃぁないけれど、今回も、これまでも、どことなく暖かい気持ちになるんだよな。

俺と、それからニケも、知らず知らずのうちに笑顔になっていた。



 

718: 2014/01/25(土) 23:37:05.29 ID:HnusyqMGo




 ペンションに戻ると、そこにはすでに着々と準備を進めているアヤさん達の姿があった。

散歩に行く前は手伝うと言ったのだけど、今日はあんたは休みなんだから、ちゃんと休んでろよ、なんて言われてしまった。

やはり、なんだか申し訳ないな、と思いながら、それでも俺はその言葉に甘えた。

今日は、俺達の他に家族連れが二組。船はどうやらすこし定員ギリギリらしいけど、

まぁ、大丈夫だよ、なんてアヤさんは笑っていた。

「アヤさーん、炭って積んだ?倉庫にもうないんだけど…」

「あれ、アタシ積んでないぞ?え、もしかして在庫ないとか、そういうことじゃないよな?」

「あー!私ちゃんと2ケース載せたよ!最後の2ケースだった!」

「あぁ、ロビンやってくれたのか、ありがとな。レナに追加の注文してくれってお願いしてくれてるかな?」

「うん、ママには言ってあるから、大丈夫」

俺たちはエレカのワンボックス、荷物は年代物の小型車に満載だ。

「私とレナさんは今日は留守番だから、楽しんできてね」

レオナがハンナにそう言っている。実は、別のお客がもう一組、昼前には到着するらしくて、

レオナとレナさんはその準備にあたるんだ、と言っていた。

一緒に来られればとは思ったけど、ま、そのうちまたそんな機会もあるだろう。

それに関しては、焦らなくたっていいんだ。きっとここでの生活は、これまでの人生よりもずっと長くなる。

またあの島へみんなで行くチャンスなんか、何度だってある。

それよりも、ニケが言ってくれたように、俺もすこしのんびりしないとな。

家族と楽しむことも、休みの日に羽を伸ばすことも、必要なことなんだよな、きっと。

 俺はそんなことを思いながら、微かに胸を躍らせてマライアさんの運転するワゴンに乗り込んだ。

島に着いた自分が、アヤさんとマライアさんに特訓だ!と言われて、

寄ってたかって海の中を引きずり回されることになる、なんてことを、そのときはまだ想像すらしていなかった。

 その晩、ペンションに帰ってきた俺達は、シャワーを浴び、夕食を終えた。

俺はさすがに疲れを感じていたけど、子ども達はピンピンしていて、

ロビンとレベッカを交えてカードでババ抜きなんかをやって喜んでいる。

ハンナは、疲れのせいもあってかどこか元気がなく、ボーっとニケたちのゲームを眺めている。

ミシェルは今しがた、シャワーに行ったところだ。

俺は、といえば、チビチビとお茶を飲みながら、食事が終わったホールでまかないを食べ始めたアヤさんと取り留めのない話をしていた。

仕事のこととか、昔のこととか、コロニーでのこととか、来週末の予定とか、そんな内容だった。
  

719: 2014/01/25(土) 23:39:18.61 ID:HnusyqMGo

 アヤさんは、よく食べ、よく笑い、よくしゃべった。

つられて俺も楽しくなって、ついつい話をどんどん膨らませてしまう。

バカ話だったり、とにかく笑ってしまったけど、でも、心のどこかでは、俺はそれに夢中にはなれていなかった。

それというのも、俺は部屋に戻らず、ここで待っているからだ。この場所に、レオナが来るのを。

おそらく、アヤさんもそれをうすうす感じ取ってくれているのだろう。

チラっと腕時計を見やって、そろそろかな、なんて呟いていたし、な。避けられも、逃げられもしない。

大事な話だ。俺はきちんと、レオナに思いを伝えないといけない。

それを伝えて、レオナがどう感じるか…それだけが不安だが、

それでも俺は…そうして置かないと後悔してしまいそうな気がしていた。

 アヤさんの淹れてくれたお茶をあおって、ふうと一息つく。

緊張はしているが、なるだけそれは意識してはいけない、って言うのが余計に疲れる気がする。

だけど、緊張を意識してしまえば、アヤさんだけじゃなく、ハンナにも子ども達にもたちどころにそれを感付かれてしまうだろう。

それだと、順番が違うもんな。まったく、ニュータイプと一緒に居るって言うのは、難儀なもんだ。

 「マーク、酒でも出そうか?」

不意に、アヤさんがそんなことを言ってきた。アヤさんの方を見やったら、彼女はなんだか心配そうな顔をして俺を見ていた。

俺は、なんだかまた申し訳ない気持ちになって、苦笑いを返して

「いや、大丈夫です。これは、俺自身の力で越えて行かなきゃいけないことですから」

とアヤさんに小声で伝える。そしたらアヤさんは少しだけ表情を緩めて

「まぁ、そうか、そうだよな。アタシらなんか、レナが勢いで言って来て、あっと言う間に、だったからなぁ。

 ホントなら、もっとアタシからちゃんと伝えてやるべきだったのかも知れないな、なんて思ってたこともあるんだ」

なんて話を始めた。それは聞いたことがあったな。

俺も、二人の関係を見ていたら、アヤさんはどちらかと言えば男っぽいし、普段はレナさんをリードしているから、

アヤさんからビシっと伝えたんだろうな、と思っていたら、

実は、勘違いをして泣きついたアヤさんを安心させるために、レナさんからそんな話をしたんだそうだ。

その話を聞いてからよくよく二人のやりとりを見ていると、

なんだか、立場が逆転して、アヤさんが尻に敷かれているように感じられてしまうから不思議だ。

 「ま、結果良ければ、じゃないですかね?」

俺がそう言ったら、アヤさんはなおも渋い顔をして

「いやぁ、あれ以来、ずっとアタシは調子狂わされっぱなしなんだ。

 一緒になったってことは例えようのないくらい幸せなんだけど、でも、ちょっとイメージと違うんだよなぁ」

なんてぼやく。

「いや、俺なんて、チビの頃からあいつには調子狂わされっぱなしですからね」

俺はアヤさんの話を聞いて、ハンナをチラっと見てそう言ってあげた。ハンナ、疲れた顔をしてるな。

部屋に戻って寝ればいいのに…なんてことを思っていたら、パタンとドアの音がして、誰かが部屋に入ってきた。

目を向けるとそこには、レオナの姿があった。
 

720: 2014/01/25(土) 23:41:33.87 ID:HnusyqMGo

胸が高鳴りそうなのを必氏にこらえて、マグに残っていたお茶を口に含んで気持ちを落ち着ける。

 「あぁ、レオナ」

アヤさんがそう声を上げた。子ども達もレオナの方を見て

「レオナ姉ちゃん、お仕事終わった?一緒に遊ぼうよ!」

「ママもやろう!」

なんて声を掛けている。

「ふふ、あと、ちょっとやらなきゃいけないことがあるから、それが終わったらね」

レオナはニケ達にそう言って優しく笑いかけた。

あの頃のまま、見つめているのがくすぐったくなるくらいの、まぶしい笑顔だ。

 「レオナ、ちょっとお願いがあるんだけど」

そんなレオナをアヤさんが手招きをしながら呼んだ。

「うん、なに?」

「ちょっとさ、テーブルクロスまとめるついでに、母屋の倉庫に炭の予備がないか見て来てくれないかな?

 一応、昼間、ロビンがレナに頼んで追加の注文はしてくれたんだけど、

 そう言えばあっちの倉庫に予備が入ってたような気がしてさ」

「そっか、今日はアヤさん宿直当番だもんね。わかった、見ておくね」

「悪いな、頼むよ」

アヤさんと言葉を交わしたレオナはまた笑顔を見せて、それから

「それじゃぁ、失礼しますよー」

と言いながら、ホールのテーブルに掛かっていたクロスをまとめて、またドアの外へと出て行った。

それを確認して、アヤさんが俺をチラっと見てくる。え、ま、まさか、アヤさん、今のって、もしかして…

「ま、あそこが一番、人目にもつかないし、良いだろ?ちゃんと決めて来いよ。

 レオナ泣かしたら、鉄拳制裁だからな!」

アヤさんはそう言って、何日か前にカレンさんがしたように、俺の胸を拳でトン、と突いて来た。

こりゃ、アヤさん、感付いていただけじゃない、カレンさんから何か話を聞いてたな?

そう思ったら、アヤさんはニヤっと笑った。

あぁ、まったく、本当にあなた達は…俺は、感謝を伝える代わりに、出来る限りの笑顔を返していた。

 俺は、それからそっと席を立って、ホールを出た。

「あれ、マークさん、どうしたの?」

「ん、なんか腹の具合が悪いってさ」

「あー、昼間お肉食べ過ぎたのかも…」

ニケの声にアヤさんがそんな風に誤魔化してくれている。

ありがたいけど、アヤさん、もうちょっと違う言い方なかったんですか…?

い、いや、そんなことを気にしている場合じゃない。レオナは、母屋の裏の倉庫、か…

俺はアヤさんの言葉を思い出して、ペンションの玄関を出た。

この島の夜は、昼間とは違った良さがある。

昼間あれだけ温められた空気が、湿り気を帯びた風で冷やされて、心地良い程度に気温が下がる。

大都市のような喧噪もなく、煌々と月と星が夜の街を照らし出して、きれいなんだ。

俺は、そんな夜の空気を吸い込んで気持ちを整えながら、母屋の裏へと向かった。
 

721: 2014/01/25(土) 23:43:31.58 ID:HnusyqMGo

レオナは、倉庫のドアを開けてしゃがみこみ、ライトで中を照らしていた。炭はたぶん入ってないと思うけど、な…

「レオナ」

俺が声を掛けたら、レオナはそれほど驚きもせずにこちらを振り返った。

「マーク。どうしたの?」

「うん…話したいことがあって、さ」

俺は、胸を押し付ける緊張に、声が掠れないように、腹に力を込めて、レオナにそう切り出した。

レオナは、そんな俺の心境も感じ取ったのか、真剣な表情で立ち上がると、

「どうしたの…?」

と話を促してくる。こんなこと、気にする必要もないのかもしれない。

でも、もし、そうじゃなかったら、俺はレオナを傷つけるだろう。

それなら、やはり、ここで話を切り出しておかなきゃダメだ。

同じ傷をつけるんでも、先にレオナに話しておく方が、後腐れはない。

助けてくれようがくれまいが、この島の人たちは、俺にとって大切な人たちだ。

レオナも、そうだ。だから、やはり、迷う…でも、でも。言わないわけには、いかないんだ。

「レオナ…こんなこと、もしかしたら、言われても困るかもしれないけど…」

俺は、クッと息を飲んで、それから、伝えた。

「俺、ハンナと結婚しようと思うんだ」

レオナ、どんな表情をしているだろう。

俺は、いつのまにかうつむいていた自分の顔を、勇気を振り絞って持ち上げて、そしてレオナの見やった。

レオナは、ポカーンと口を開けて俺を見つめていた。

うん…うん?その、えぇ、と、それ、どっちなんだ?

「あの…」

俺がそう声を出したら、レオナハッとした様子で正気を取り戻した。

それから、プッと噴き出して、大声で笑い出した。な、何がおかしいんだよ!

お、俺は、真剣に、ちゃんとまずはレオナに話してからじゃないと、と思って…!

「あぁ、いや、ごめん、ごめん、マーク。えっと、そうだね…ふふふっ、そんなこと、私が気にすると思ってたの?

 結婚したって、マークもハンナも私と仲良くしてくれるでしょ?」

「ああ。それは、約束できる。俺にとってもハンナにとっても、レオナは誰よりも大事な友達だ」

「なら、別に何が変わるわけでもないじゃない。

 それとも、まだ私があのときみたいに、寂しいよ、って言うと思ったの?」

レオナはそんなことを言ってくる。そう言うわけじゃ、ないと思う…けど…

「まだ私が未練たらしくマークのことを好きなんだって思ってるの?」

い、いや、そんな、そんなうぬぼれたことは考えてない、でも…

「じゃぁ、ここで、やっぱり、私、マークが好き、私と結婚して、マーク、って言ったら、優しいマークはどうするのかなぁ…?」

俺は、グっと唇をかみしめた。

それでも、俺は…レオナを傷つけるようなことになっても、ハンナと一緒になろうって、そう決めたんだ…

 俺は、自分の決心を伝えようとした。口を開きかけたとき、レオナはまた、クスクスっと笑いだした。
 

722: 2014/01/25(土) 23:45:38.44 ID:HnusyqMGo

「ごめんごめん、嘘。そんなこと言わないから、安心して」

「レオナ…」

「マークは、優しいね…優しいから、優しすぎちゃうからときどき、残酷。

 私は気にしてないし、二人が結婚するんなら、誰よりも最初に、誰よりも心からおめでとう、って言ってあげられる自信あるよ。

 でも、マークは私のことを考えて、もし傷つけちゃったらどうしよう、って、そう思ってくれたんだよね…

 そこまで私を思いやってくれるのは嬉しいけど、あはは、それをわざわざ私に言いに来ちゃったらさ、

 なんだか、二人が結婚するってことは平気なのに嬉しいって思えるのに、フラれちゃったみたいな気分になっちゃうじゃない」

レオナの言葉に、俺はなぜか動揺した。確かに、俺は、誰かを傷つけたくないと、そう思っていた。

レオナに話をしたのは、もしかしたら傷つけてしまうかもしれない、それなら、より浅い方を選んでおきたい、とそう思ったからだ…

でも、それは、レオナにとっては、もしかしたらもっとも残酷な方法だったのかもしれなかったんだとは、考えもしなかった。

そうか、そうだな…もし万が一、レオナが俺のことを引きずっていたんだとしたら、

こうやって優しさや思いやりを掛けてやることが、逆につらいと思われるのは当然かもしれない。

優しすぎる、か…そうなのかもしれないな。

相手の気持ちを想像して、相手の幸せや相手にとって何が最善か、って言うのを考えすぎて、

俺は、相手が本当に何を望んでいるかを考えていなかった気がする。それは、押し売りと同じだ。

カレンさん達がそうだとは言わないけど、でも、あのときカレンさんが言ったように、

俺も世話を焼きすぎて、手を回しすぎていたのかもしれない。

時にはそれがありがたいことかもしれないけど、でも、俺が感じていたような窮屈さや、心苦しさを感じさせてしまうかもしれないことなんだ。

それは、そんなのは、優しいんじゃない。ただ、自己満足なだけじゃないのか?

「ふふふ、まぁた、そうやって考え込む」

レオナはそう言って、笑いながら俺の肩をひっぱたいた。俺は、レオナを見つめる。レオナは笑って言った。
 

723: 2014/01/25(土) 23:47:20.99 ID:HnusyqMGo

「私ね、楽しかったよ、マークと居て。

 でもね、ここで、レベッカとロビンのお母さんやりながら、レナさんとアヤさんとマライアとマリオンで暮らしてるのも、それと同じくらい楽しいんだ。

 近くには、ママやユーリも住んでるしね、すごく心地よくて、すごく幸せだよ。

 それはね、私達がやっと見つけた、居場所だからなんだと思うんだ。

  だけど、私は、ロビンやレベッカには、ゆくゆくは、ちゃんと私たちのところから巣立って行ってほしいって思うんだ。

 ロビンなんかは今は、料理の練習に、アヤさんの手伝いをしているし、

 レベッカはね、絵を描いたりするのが好きで、よく、カタリナって、私の妹と絵本の話をしてたりするの。

 ロビンは大きくなったら、料理人になるかもしれないし、レベッカは絵本作家なんかになるかもね。

  そうやって、大きくなったら外の世界を知って、いろんな経験をしてほしいって思ってる。

 そう思ったときにね、私、初めて、マライアを宇宙へ送った、アヤさんの気持ちが分かったんだ。

  情けなくて、泣き虫だったって言うマライアを宇宙へ送り出すのは、アヤさん、とっても不安だったろうなって。

 でも、それでも、アヤさんは、自分が守ってばかりじゃいけないんだってそう思ったんだと思う。

 それはきっと、マライアのためにはならないだろう、ってそう考えたんじゃないかな。

  マークも同じだよ。優しくして、だれかを守ることもきっと大事。

 でも、もしかしたら、それをこらえて、苦労をさせてあげたり、辛い経験をするのを見守ってあげたりするのも、

 大事なんじゃないかな、って私は思うんだ。そうじゃないと、私達はきっとダメになる。ううん、私達は平気かも知れない。

 でも、ロビンやレベッカや、カタリナ達…ニケもサビーノも、もしかしたら、外に出て、いろんな経験を積まないといけないかもしれない。

 それで初めて一人前になって、胸を張って、ここが自分の居場所だって言えるようになるんじゃないかな」

レオナの言葉が、胸に響いた。そうか…そうだな。ここは俺にとっても“居場所”だ。

でも、ただこの心地良さに浸っているだけで、“居場所”があり続けるわけじゃないんだ。

俺が、カレンさんの誘いを断ったように、ニケ達にもそういう強さや逞しさを身に着けさせなきゃいけないんだ…

あいつらの“居場所”のために、あいつらの幸せのために…。

そうか、やはりそう考えると、俺が今までしてきた優しさ、って言うのは、

確かに残酷で、未来を奪ってしまう可能性があるようなものだったのかもしれないな…。
 

724: 2014/01/25(土) 23:49:30.99 ID:HnusyqMGo

「ありがとう、レオナ…」

「へへへ、先輩の親としてのありがたいお言葉だったでしょ?」

「ははは、そうだな。レオナもすっかり、お母さん、か」

「まあね。最近は、ママ達が三人目はないのか、なんて言うから、人工授精でもしようかなぁって思ってるんだ」

「じ、人工授精…」

「あ、抵抗ある?私さ、生まれがそんなだからなのかもしれないけど、

 まぁ、そう言うのも全然ありかなって思っちゃうんだよね。

 あ、ねぇ、マーク、良かったらマークのタネを分けたりしてくれないかな!?」

な、な、な、な…!

「何言ってんだ!」

「ふふふ、嘘。マライアのマネしてみただけだよ。そんなの、私がハンナに殺されちゃいそう」

レオナは、そう言って本当に楽しそうに笑った。

まったく、俺をからかい方をハンナに教わってから、レオナは俺ばかりに手厳しい。

そんなことばかり言われてると、ホントに身が持たない…。

 「ま、とにかく、さ。頑張ってよ、旦那さん兼、パパ」

レオナがそう言ってくれる。俺はニュータイプじゃない。

ちょっとばかり、訓練で人の表情を読むことに長けたしがないオールドタイプだ。

でも、そんな俺にも、レオナが心からそう言ってくれていることくらいは、ありありと感じられた。

「ありがとう、レオナ。これからも、気が付いたことがあったら、説教してくれよ」

「へへ、あんまりなさけなかったら、マーク追い出してハンナとみんなをペンションで引き取っちゃうからね。気合い入れてよね」

レオナは嬉しそうに、そう言ってくれた。と、何かに気が付いたみたいに、顔を上げた。

なんだ?何か聞こえたか?俺は反射的に耳を澄ます。いや、何も聞こえないが…あの感覚か?

「どうした、レオナ…?」

「ハンナが…?マーク、来て!」

レオナはそう言うなり俺の手を引いて駆け出した。ハンナが、って言ったか、レオナ?

あいつに、何かあったのか?

俺はすぐさま状況を理解して、母屋の裏からペンションのホール前にあるデッキへと駆け上がった。

虫よけの網戸越しに中を見やると、そこには、床に倒れたハンナが居て、

アヤさんやニケ達が心配そうに周りを取り囲んでいた。

「ハンナ!」

俺は思わず声を上げて、ホールに駆け込んだ。
 

725: 2014/01/25(土) 23:52:21.56 ID:HnusyqMGo

「マークさん!ハンナさん、急に吐いて、それから気を失っちゃって…」

ニケが泣きそうな顔をして俺に状況を説明してくる。嘔吐と、失神…?

それを聞いて、俺は首を絞められたような感覚に陥った。

シャトルが墜落して、ハンナはひどい脳震とうのような症状を見せてた。

ドアンの島に着いてからは平気そうだったから、気に留めていなかったけど…

やっぱりハンナ、頭を打ってたのか?打ってなくても衝撃で、脳のどこかが損傷でもしたのか…?

嘔吐と失神なんて、そうとしか考えられなかった。

俺は床に寝転がったハンナを抱き起そうとする。すると、手に何かが伝わってきた。

ハンナ…震えているのか…?いや、違う、これは…け、けいれんか…?そんな、おい…ハンナ!

「アヤさん、けいれん起こしてる…病院、病院へお願いします!」

俺はアヤさんにそう怒鳴った。俺の言葉を聞いたアヤさんはすぐに険しい表情に変わった。

「ヤバい、か。レオナ、ユーリさんに電話して、すぐに受け入れてくれって伝えてくれ」

「うん!」

「ロビン、マライアとレナを呼んでくれ、頼むぞ!」

「了解!」

「レベッカ、仮眠室のいつものところにワゴンのキーがあるから、そっちを頼む」

「分かった、待ってて!」

アヤさんがそう指示を出して、レベッカはホールを飛び出して、レオナは電話に飛びつく。

ロビンは目をつむって、眉間にしわを寄せた。

「ユーリ、私!レオナ!今、友達が急に倒れて…うん、嘔吐して、失神してる。けいれんもあるみたい…わかんない、待って」

レオナが電話の子機を握ったまま駆け寄ってきて、ハンナに触れながら

「マーク、ハンナは最近頭を打ったりした?!」

と聞いて来た。

「シャトルが不時着したときに、脳震とうを起こしてる…」

「分かった…!ユーリ…うん、ある。でも、二十日くらい前にひどい脳震とうも起こしてるかもって…え?ううん、すごく高いよ…?今日は…島に行ったけど…」

レオナが話している間に、バタバタと足音をさせてレナさんとマライアさんとレベッカがホールに駆け込んできた。

「どうしたの!?」

「あぁ、レナ!ハンナが倒れた。これからすぐユーリさんのところに連れて行く。こっちのことは頼む。手が足りなきゃ…」

「カレンに電話、ね。任せて、大丈夫」

「状況が分かり次第、連絡を入れるよ。マライア、ハンナがそのゴミ箱に吐いてる。ここの処理を頼む」

「うん、分かった…ハンナをお願いね…!」

「母さん、鍵!」

「ありがとうレベッカ。あとはレナの手伝いしてやってくれ」

「うん!」

「ロビン、車出しに行くから、一緒に来てくれ。シャッター頼む!」

「分かった!」

アヤさんはそう言うが早いかロビンと一緒にホールから駆け出していく。
 

726: 2014/01/25(土) 23:54:09.46 ID:HnusyqMGo

 俺は、小刻みに震えるハンナを抱きしめていた。胸が締め付けられて、体から汗が噴き出してくる。

くそ、なんでだ…どうしてこんなことに…なんでこの島についてから、検査を受けさせなかったんだ!

発見が早けりゃ、こんなことにはならなかったかもしれないのに…ハンナ、ハンナ、しっかりしろ!

 また、玄関の方からバタバタと足音がする。

「マークさん、車準備出来たよ!」

ロビンがそう怒鳴ってきた。よし、ハンナ、今病院へ連れてってやる…頑張れよ!

「どうしたんですか…?ハ、ハンナさん!」

ミシェルが肩にバスタオルを掛けてホールに入ってきた。

「サビーノ、そっちの肩を担いでくれ」

「分かった!」

サビーノに言って、二人でハンナを担ぐ。それから、ミシェルに

「ミシェル、すまないけど、ニケ達を頼む!」

と言って、俺はサビーノと歩幅を合せてホールを出て、玄関へと向かった。

車は玄関を出たすぐのところに待機してくれていた。スライドドアをアヤさんが開けていてくれている。

サビーノと意識を失っているハンナをどうにか車に引っ張り込んだとき、車にニケ達が飛び込んできた。

「ニケ!サラ!エヴァ!ペンションで待ってろ!」

「やだ!一緒に行く!」

俺の言葉に、ニケが睨み付ける様な視線を俺に向けてきた。

「マークさん、一緒に行かせてください!」

最後に車に乗り込んできたミシェルがそう言いながらドアを閉めた。それから、俺の言葉も待たずに

「お願いします!」

と、いつの間にか運転席に回っていたアヤさんに言う。

「飛ばすからな、気を付けろよ!」

アヤさんは鬼気迫る様子でそう言って、車を走らせた。

 ニケ達には、こんなハンナの姿を見せたくなかった。これからハンナがどうなるかも、見せたくはない…

でも、こいつらが、それを望んでる…一緒に、いさせてやろう…俺はそう納得して、フロントガラスの外を見やった。

頼む、頼むアヤさん…急いでくれ…ハンナを、助けてやってくれ…!
 

727: 2014/01/25(土) 23:56:02.49 ID:HnusyqMGo

 5分も走らないうちに、車が止まった。

「着いた。ハンナ降ろして!」

アヤさんがそう怒鳴って運転席から飛び出して行った。俺はサビーノと一緒にまたハンナを担いで車から降りる。

するとすぐ目の前に白衣を羽織った女性が居た。

「その子だな?」

彼女はハンナを見るや、閉じているハンナの目を開け、ライトで照らしてすぐに

「中へ」

と言って頭を振った。

「ユーリさん!」

そう声がして、アヤさんともう一人、たまにペンションに遊びに来ていた女性がストレッチャーを押してきた。

サビーノと一緒にハンナをストレッチャーに載せて、すぐそばにあったコンクリート作りの建物に運び込む。

そこは処置室と待合室が合わさったような部屋になっていて、そこにももう一台ストレッチャーが用意されていた。

さらにすこし驚いたのは、ニケと同じくらいの女の子が3人、小さな体に白衣をまとって俺達を待ち構えていたことだ。

「カタリナ、検査キット」

「うん!」

「アリスは、エコーとレントゲン準備頼む」

「分かった」

「マリ、検温と血圧測ってくれ」

「了解!」

「プルは点滴セット用意してくれ」

「分かったよ!」

ユーリ、と呼ばれた、確か、レオナの育ての親だって言う女性は、他の白衣姿の人たちにそうテキパキと指示を出す。

それから、俺とアヤさんを交互に見つめて

「こっちのストレッチャーに移す。合図で行くから、シーツ持って」

といってきた。よ、よし、この先が、オペ室だと言ったな…緊急手術、か…

ハンナ、がんばれ…頼む、これから…これからなんだ!俺、まだお前に何も伝えてない…

だから、まだ氏なないでくれ!

「行くぞ、3,2,1、移せ!」

ユーリさんの合図で、ハンナの寝ていたストレッチャーに敷いてあったシーツを持って、隣のストレッチャーに移動させる。

マリ、と呼ばれた子が聴診器を付け、血圧計を巻いてスイッチを入れてから、体温計をハンナの耳に差し込む。

「母さん、キット」

カタリナと呼ばれた子が、小さな密封パックに入った器具を持ってきてユーリさんに手渡した。

ユーリさんがそのパックから3本の綿棒のようなものを引き抜いて、順番にハンナの鼻に差しては抜くのを繰り返し、

それをゴム手袋をつけたカタリナに戻した。

カタリナはそれをキットの中に入っていた銃弾が3つ並んだような形をしている透明なパックに突き立てる。
 

728: 2014/01/25(土) 23:58:12.75 ID:HnusyqMGo

 「アリス、準備どうだ?」

「オッケー、つれてきて!」

オペ室、と呼ばれた方からそう声が聞こえてくる。

「マリ、どうだ?」

「うん、41度、血圧は下69、上98!心拍は正常だけど、ちょっと弱そう」

「血圧下がってるか…カタリナ、色は?」

「待ってね…出た、赤!」

「3本とも?」

「うん、間違いないよ!」

「プル、セイショク!あと、いつものアンプルに2番のも頼む!」

ユーリさんがまた、立て続けに指示と確認を繰り返した。

奥からプルが出来てて、注射器に薬剤をユーリさんに手渡す。

プルが点滴のパックをストレッチャーのバーに引っ掛けてそこから伸ばした管を持って待機している。

ユーリさんがポケットから取り出したパックを口で咥えて噛み切りながら、

中から取り出した消毒用の脱脂綿でハンナの腕を拭くと、そこに針を刺し、

プルから受け取った点滴の管を取り付けて、小さなレバーを操作して点滴を落し始める。

セイショク、と言う点滴がハンナの腕に入っていくのを確認したユーリさんは、

注射器を取り出して、二本の薬剤を手際良く注射器の中に吸い込むと、それを点滴の管の途中についていた分岐器に突き立てて中身を注入した。

 「よし、マリ、そのまま血圧計はデータ送信にしといてくれ。カタリナ、プル、奥へ運ぶぞ。

 アヤちゃん、この先は滅菌しつだから、悪いけどここで待っててくれ」

ユーリさんはそう言い残すと、ハンナをストレッチャーで奥まで運んで行った。

 とたんに、この待合室がシーンとなる。そこに、ニケのこもった声が聞こえた。

「ハンナさん、大丈夫だよね…?」

メソメソ泣きながら、ニケはそう言って俺を見上げてくる。俺はニケをギュッと抱きしめた。

「大丈夫だ…あいつがこんなことで氏ぬわけないだろ…大丈夫、大丈夫だ…」

俺はニケにそう言いながら、同時に自分にも言い聞かせた。そうだ。ハンナが氏ぬもんか。

俺達は、あの絶望的な状況でも生き延びて、レオナやレナさんが捕まっている研究所に突入したって、生きて返って来れたんだ。

たかだか不時着のショックくらいで、あいつが、氏ぬわけない。氏ぬなよ、ハンナ…ハンナ…!

 俺はそのまま、ニケを抱え込むようにして、床にへたり込んでしまった。

だけど、もし…もし、ハンナに何かあったら…いや、あるはずない、そんなこと、あるはずないんだ…

そう思っても、何度も何度も、頭に浮かび上がってくる。

もし、ハンナが氏んでしまったら…俺は、その幻想とも現実とも取れない感覚を振り払えないまま、

その場でただただ、震えているしかなった。
 

729: 2014/01/26(日) 00:00:56.54 ID:uWsRa0/Ro

 どれくらい建ったか、ハンナがユーリさんに連れて行かれたのとは別のドアが開いて、

そこからユーリさんが姿を現した。彼女は首をグリグリと回しながら、アヤさんの顔を見て言った。

「あの子は、手遅れだわ」

 て、手遅れ…って、どういうことだよ…?も、もう、処置が出来ないって、そう言うのか…?

ウソだ…昼間まで、あんなに元気にしてたんだ…手遅れだなんて、もう、何も出来ないだなんて、そんな、そんなの…ハンナ…ハンナ!

 俺は反射的に立ち上がって。ユーリさんを押しのけてその奥へと走った。

そこには、簡素なベッドが置かれていて、その上にハンナが寝ていた。

心拍や血圧を測るモニターが付いていて、そこにコードが延びている。

点滴はまだ腕に刺さってはいるが…ハンナの全身には、保冷剤が敷き詰めておいてある。

お、おい、ウソだろ…?まさか、もう、氏んで…?俺はベッドにハンナに飛びついた。

「ハンナ…ハンナ!おい、起きろよ、目を開けろよ!なんでだよ、お前…俺、まだお前に何も伝えてないのに…!

 ずっと、ずっと一緒に生きてきたじゃないか!小さい頃、一緒に行った湖こととか、家族ぐるみでキャンプに行ったりとか、

 地球に戻ってきたらそういうことをこれからも持っとやりたいって、お前言ってたじゃないかよ!

 なんで、なんでだよ!俺は、ハンナとずっと一緒にいたいんだ。ハンナと一緒に居る時間が、子どもの頃も、今も、これからも、何よりも大事な時間なんだ。

 ずっとそばに居て欲しいんだ…プロポーズの準備だってしてたんだぞ!なぁ、おい、頼むよ、目を覚ましてくれよ…ハンナ…ハンナ!」

バカだ。俺は、バカだ。こんな大事なこと、もっとちゃんと、先に伝えておくべきだったんだ。

家のこととか、収入のこととか、暮らしのこととか、そんなの、あとからだってどうにでもなることだったんじゃないのか?

ハンナの気持ちを考えたら、ハンナのことをもう少しだけ気に掛けていたら、もっと先に伝えていただろうに、

もっと早くに、病院に連れて来てただろうに…どうして…どうして、俺は…

 俺はハンナの体を抱きしめた。まだ…まだ、暖かいじゃないかよ。氏んだなんて、嘘だ…そんなの、嘘だ…!

心臓の音だって聞こえるのに…呼吸だって、ちゃんとあるのに…氏んだなんて…氏ん…氏…

あれ…?ま、待て、心臓、動いてる、よ、な?呼吸もちゃんとしてる…あ、あれ、氏んだんじゃ、ないのか…?

 俺はハッとして顔を上げた。そこには、俺をびっくりしたみたいに見つめるハンナの顔があった。
 

730: 2014/01/26(日) 00:02:05.88 ID:uWsRa0/Ro

「あー…マーク?だ、大丈夫か…?」

アヤさんの声がした。振り返るとそこには、引きつった顔をしたアヤさんと、ユーリさんに、アリスさんが居た。

「これはね、ユーリが悪い。減点、20」

「ユーリさん、悪いけど、アタシもそう思う」

「いやぁ、まぁ、確かに、言葉の選択は間違ったけどさ…」

ユーリさんがそう言ってポリポリと頭をかいている。なんだ?えっと、つまり大丈夫、な、のか…?

「その、せ、説明を…?」

俺が戸惑いながら言ったら、ユーリさんはバツが悪そうに

「あー、診断から行くと、“お日様熱”と、それの発熱と島で遊んだときの熱が重なって、中度の熱中症を起こしてた。

 けいれんは脱水によるものだったから、補液で回復する。解熱剤とその保冷材で体温を下げて応急手当中だ。

 意識障害も、同じく発熱によるもんからだ。一応検査はしたけど、脳には異常ないから、安心しなよ。

 今晩一晩はうちで様子を見る。

 こっちから総合病院に連絡して空きを抑えておくから、そっちで精密検査してあとは2,3日絶対安静にしてた方がいいだろう。

 手遅れ、ってのは、発祥してウィルスの量が爆発増殖しちゃうと、

 ワクチン打っても手遅れで自然治癒に任せるしかない、って意味だったんだ。誤解させてすまなかったね」

と、言ってくれた。そ、そっか…は、はは…なんだよ、俺、てっきり…良かった、ハンナ、お前、なんともないんだな…?

俺は腹のそこから沸きあがってくるような安堵感を覚えてハンナを見た。

ハンナは顔を真っ赤にして俺を見つめている。熱が高いといっていた。

さっきまでは動転していて分からなかったけど、確かにこうして抱きしめているハンナの体は異常に熱い。

「ハンナ、熱大丈夫か?」

俺が聞くとハンナはびっくりした表情のままに俺を見つめて、コクコクと言葉のないままにうなずいてから、上ずった声で俺に言ってきた。

「あの、マ、マーク…?その、ププ、プロポーズ、って…?」

その言葉に、今度は俺が凍りついた。し、しまった…氏んだと思って、動転しすぎて、俺…つい…

…ああああ、まずった、ど、どうする?と、とりあえず濁すか?

い、いや、ダ、ダメだ、この状況じゃもう引っ込みは付かない…いくか?いくしかないのか?

そうだ、いけ、いくんだ、マーク。お前さっき思ってたじゃないか。

ハンナの気持ちを考えたら、早くに伝えておくべきだ、って…よ、よし…行こう、行くぞ、行け、この腰抜け!

 俺はそう決心をして、買ってから肌身離さず持っていた、

腰のベルトにチェーンで止めておいた手のひらに収まるくらい小さなケースをポケットから取り出してベッドの脇に跪いて、

ハンナに向けて掲げた。

「ハンナ。今までずっと一緒にいてくれたように、これからも、ずっと一緒に居てくれ…結婚しよう、ハンナ」

俺は、前々から準備していた言葉なんかすっとんでしまったから、

とにかく、今思っていることを言葉にしてハンナに伝えた。

へ、返事は…どうだ…?どうなんだよ、そんなに驚いた顔ばっかりしてないで、なにか言ってくれよ。

 俺はハンナの課を見つめた。どれくらい経ったか、ハンナは、不意に笑顔でポロポロと涙をこぼしながら

「はい…ダメな嫁かもしれないけど、これからもよろしくお願いします」

と、俺の手ごとケースを握った。

やった…ハンナ、ありがとう…あれ、でも、え、とあと、どうしたらいいんだ、これ…?
 

731: 2014/01/26(日) 00:03:29.89 ID:uWsRa0/Ro

「おい、マーク、指輪はめてやれ、指輪っ!」

誰にも聞こえないと思っているのか、茶化しているのか、誰にでも聞こえるだろうこの状況で小声で俺に言ってくる。

で、でも、そうだ…指輪をはめてやんなきゃ…俺は思い直してケースから指輪を取って、ハンナの左手の薬指にはめた。

ハンナは、また涙を流しながら満面の笑みを浮かべて

「ありがとう、マーク」

と言ってくれた。礼を言いたいのは俺のほうだ。こんなダメな男だけど、必ずハンナと子ども達を守るよ。

約束する…。俺は立ち上がって、ベッドの上のハンナの腕を引き寄せた。

抱きしめて、キスでもしてやらないと、俺の気持ちも治まらない。ハンナ、必ず幸せにしてやるからな…。

「あ、それはまずい。アヤちゃん、ドクターストップ」

「えぇ!?あーでも、そっか…了解」

後ろでそんな声が聞こえたと思ったら、俺は何か得体の知れない力で体を取り押さえられた。

振り返ったらそこには俺の首根っこに指をめり込ませているアヤさんの姿があった。

「ちょっと!このタイミングでなんで邪魔するんです!?」

俺が言うと、アヤさんの横からユーリさんが出てきて

「お日様熱だって言ったろ。それ以上は感染のリスク100%だ。ハンナでこんなになったんだ。

 あんた、男が同じレベルの高熱出したら、大事なタネが氏んじゃう可能性があるんだよ。

 新婚早々にタネなしになっちまう危険を医者として冒させるわけにはいかないんでね」

と真剣な表情で言ってくる。な、だ、だけど、止めるのか!?この状況で、俺達を止めるのかよ!?

「プル、アンプル人数分追加で持ってきてくれ。2,3日したら順番にダウンするだろうから、この際だ。

 全員に打っておいたほうがいい。ほら、みんなは向こうの部屋においで。アヤちゃん、その彼も強制連行」

「うし、任せろ。ほれ、行くぞ、マーク」

アヤさんはそういうと、俺の腕を捻り上げてた。痛みを避けようと、体が自然にハンナのベッドから離れてしまう。

くっ…くそ!知ってはいたけど、なんて技術だ…!俺なんかがどうやったって返せないぞ、これ!?

俺はそのまま、涙を流しながらゲラゲラと笑っているハンナから引き離されて、最初に入った待合室兼処置室に通された。

 そこには、ユーリさんが、注射器を握ってマッドドクターのようにニヤニヤしながら俺を待ち構えていた。
 

732: 2014/01/26(日) 00:04:25.84 ID:uWsRa0/Ro

 俺とニケ達にミシェルの全員が注射を打ち終えてから、それぞれハンナに挨拶だけをして、とりあえずペンションへ戻ることになった。

「実費は取らないけど、薬代は保険から引っ張りたいから、医療証を見せてくれ」

とユーリさんに言われたので、俺は財布の中に入れておいた自分のと、ニケ達のに、ハンナのと、

ルオコロニーで発行してもらい、地球に来る直前に連邦保険に切り替えたミシェルのもユーリさんに手渡した。

コンピュータにその情報を打ち込んでいたユーリさんが、何かに気付いて、俺達の方を見た。それから

「ミシェル・ジェルミ、ってのは、あんた?」

とミシェルを見て言った。

「え?あ…はい、そうですけど…?」

ミシェルが返事をしたら、ユーリさんはそんなミシェルの顔をじっと見つめる。な、なんだって言うんだ?

そう思っていたらユーリさんは

「おーい、アリス!ちょっとちょっと!」

とハンナの方に居てくれていたアリスさんを呼んだ。アリスさんがすぐにドアから出てきて

「なぁに?」

と不思議そうな顔をしてユーリさんを見つめる。

「これ」

ユーリさんは俺の渡した医療証の一枚をアリスさんに見せ、それからミシェルを指さした。

アリスさんはミシェルの顔をまじまじと見つめてから

「え…?あれ…?ホントだ、そっくり…」

と口にした。そっくり?誰に、なんだ?

「どうかしたのかよ、ユーリさん」

「あぁ、いや、知り合いに似てるんだ。ファミリーネームも同じだし、気になってさ」

アヤさんの質問に、ユーリさんが答えて、アリスさんとミシェルに視線を移す。

俺もつられて、二人を見比べて見つめた。

「ね、あなた、お母さんいる?名前が、サブリナ、って言ったりしない?」

アリスさんの言葉に、ミシェルが目を見開いた。
 

733: 2014/01/26(日) 00:05:49.61 ID:uWsRa0/Ro

「姉が…歳の離れた姉が、サブリナ、でした。14年前の戦争で氏んでしまったんですけど…もしかして、姉のことを知ってるんですか?」

ミシェルは前のめりになってアリスさんにそう聞いている。アリスさんは、それを聞いて渋い顔をしてうめいた。

「あー、そっか。あれ、氏亡通知出ちゃってたんだ…」

アリスさんが口走る。でもそれから、すぐに気を取り直して

「あなたのお姉さんとはね、ジオンのある施設で一緒だったの。予備役で、階級はなかったけど、腕のいいパイロットだったんだ」

と笑いながらミシェルに話し始める。

「お姉さんはね、私やレオナがその施設から逃げ出すためのシャトルの操縦を買って出てくれて、

 それで、宇宙空間でビームを浴びて、氏亡、ってことにされたんだけど、ね」

ことに、されたんだ、けど…まるで、本当はそうじゃない、みたいな言い方だ。

い、いや、でも、もし氏亡が本当だとしたら、このアリスさんも生きてなんかいないはず…

でも、じゃぁ…裏を返せば、そのパイロットも、ミシェルの姉さん、ってのも…

「私達はシャトルには乗らないで、連邦の船で脱出。乗るはずだったシャトルは自動操縦で宇宙空間に放り出したんだ。

 おとり、ってわけ。で、私達は揃って地球に来た。連邦で人工知能の研究をするつもりだったんだけど、

 それが出来なくなったから、私は、ジェルミと他の研究者何人かと一緒に、アナハイム社に引き取られた。

 ジェルミはテストパイロットチームに配属されてるんだ」

アリスさんはいつの間にかPDAを取り出して、それを操作しながら言った。

「姉は…姉さんは生きているんですか?」

ミシェルが震えながらアリスさんに聞いた。アリスさんは笑って答えた。

「うん。一昨日も、調子はどうー?なんて話をしたところなんだ。

 そっか、仕事しながら、エゥーゴやらネオジオンやらロンドベルから宇宙の情報を仕入れていたのは、あなたを探していたからなんだね」

そういったアリスさんは、PDAを耳に当てた。

「あ、うん、ごめんね、こんな時間に。あのね、ミシェルが来てるよ。ミシェル、妹さんなんでしょ?うん…そうだって。うん、待ってね」

アリスさんはそんなことを話して、ミシェルにPDAを差し出して

「話がしたい、ってさ」

と笑った。ミシェルは、震える手でPDAを握るとそれを耳に当ててボソっと、口にした。

「姉…さん…?」

その言葉に、向こうから反応があったんだろう。ミシェルの目から大粒の涙が溢れ出した。

俺は、と言えば、この光景って二度目じゃないか?とか、そんなことを思いつつ、

偶然なのか、また“白鳥のお姉ちゃん”なのか、なんてことを考えてながら、

それでも、胸の中でまた、あの日と同じ言葉をミシェルに掛けてやっていた。

 良かったな、ミシェル。本当に、良かったな…




 

734: 2014/01/26(日) 00:09:23.10 ID:uWsRa0/Ro





 三日後、俺はニケと二人で島の中心部にある病院に居た。今日はハンナが退院する。それを迎えに、だ。

「マークさん、良かったね。嬉しい?嬉しいでしょ、ね?ね?」

あの日、目の前でプロポーズをかまして以来、ニケはこの調子だ。

そういや、初めて会ったときも、ニケだけは目をランランとさせて、俺とハンナの関係を聞き出して喜んでたな。

そういう意味じゃぁこれっぽっちも変わってない。良いことなのか悪いことなのかはわからないが…

ま、まぁ、興味がないよりは、いい…のか?

「良かった良かった、良かったよホント」

嫌々って感じで答えているのに、ニケはなぜだか嬉しそうに笑う。

なんか、最近ハンナに似てきてないか、ニケ?ダメだぞ、あんな人をおちょくるのを楽しむような女になっちゃ。

なんて言うのもどうかと思って、言葉を飲み込んだ。代わりにふと売店があるのが目に入ったので

「なんか買っていくか」

とニケに提案すると、ニケはまた嬉しそうに笑って

「うん!」

と返事をした。

 ジュースとビスケットを売店で買って支払いを済ませて店を出ると、そこでどこからか声がした。

「あれ、マーク?」

振り返るとそこには、男の乗った車イスを押すクリスさんの姿があった。

「クリスさん!」

ニケがクリスさんに手を振る。彼女も手を振ってそれに応えてくれた。

そっか、病院に来ている、って言うのは、この人のためだったのかな。誰なんだろう?

「ハンナが倒れたって聞いたわ。大丈夫なの?」

「ええ、お日様熱がちょっと悪化しちゃったって話で。念のために入院してなんですけど、もう大丈夫だって言うんで、これから退院なんですよ」

俺が言うとクリスさんは

「そう、良かった」

と笑ってくれた。

 「こちらの方は?」

今度は俺が、クリスさんに聞いてみる。するとクリスさんはあぁ、と声を上げてから

「彼は、私のフィアンセ。戦争で怪我をして、それ以来ずっと治療を続けてるの。

 ついこの間、肋骨に入っていた擬似骨格を取り除いたのよ。これでしばらく何も支障がなければ、あとは安心って話だわ」

クリスさんは笑顔でそう言って、愛しそうな瞳で車イスに座った男を見つめた。

「それは何よりですね。治療も大変だったんじゃないですか?」

「まぁ、そうだけど、でも氏んじまうよりはよっぽどいい」

車イスの男が笑顔でそう答えてから

「俺は、アーバート・ベルクマンの名で戦史小説を書いてるんだ。クリスや、アヤさん達から話は聞いてるよ。よろしくな」

と愛想良く言ってくれた。アーバート・ベルクマン…?それって、もしかして…

「あの、すみません、もしかしたら『ポケットの中の戦争』って小説を書いた…?」
 

735: 2014/01/26(日) 00:11:15.00 ID:uWsRa0/Ro

俺にはその名に覚えがあった。

まだ軍に入りたての頃に読んだ、小さな局地コロニーを舞台に敵同士の兵士が繰り広げる悲しいラブストーリーだったが、

それを書いたのが確か、アーバート・ベルクマンと言う人物だったはずだ。

それから、その作風が気に入って、忙しくなるまでにもう何冊か、同じ作者の作品を読んだから記憶に残っていた。

ストーリーもさることながら、リアルな戦闘描写が生々しく細かな部分まで描かれていて、

きっと元軍人か何かに違いないとは思っていたけど、まさか、こんな姿になるほどの激戦を経験していたなんてな…

「あぁ、読んでくれたのか?ありがたいな。あれは、俺達がモデルなんだ、な?」

アーバートさんはクリスさんを見上げて言った。クリスさんはきれいな顔を赤くして

「もう、やめてよ」

とアーバートさんに言う。なんだか、仲のよさそうな二人だな。

そんなことを思って、俺はなんだか暖かい気持ちになった。

「それじゃぁ、診察があるから行くわね。来週末に、アヤ達のところに遊びに行くから、またそのときにでも話しましょ」

「はい、ぜひ」

俺は笑顔を返して、二人を見送った。

二人の姿が見えなくなったとたんに、腰の辺りにドカっと何かがぶつかってきて痛みを感じて振り返った。

見るとそこには、俺の背後から腰に正拳突きを繰り出しているニケの姿があった。

「な、なにすんだよ?」

「いや、ハンナさんが、クリスさんにデレデレするようなことがあったら、一発入れておいてね、って言ってたから」

「俺がいつデレデレした!?」

「いやぁ、マークさん、それは顔を鏡で見てから言ったほうがいいよ?浮気なんてしたら、マークさん海に沈めて、私達アヤさんのところに逃げちゃうからね?」

なんて、ニケは頬っぺたを膨らませてそう言ってくる。

くそ、顔のことは知らないが、いや、自覚がないわけじゃないが、美人を見たら、そうなるのは摂理ってもんだろ?

い、いや、違う、そうじゃなく…

「別にそんな気はないよ。俺にとっては、何よりもハンナが大事だ」

俺はニコっと笑ってそう言ってやる。するとニケはプクっとほっぺたを膨らましながら

「じゃぁ、私とハンナさんとどっちが大事なの?」

と聞いてくる。な、え、その、待て、ニケ、そんな質問、どこで覚えてきた!?

「そ、そ、そりゃぁ、もちろん、その…えっと…」

俺が回答に困っていたらニケは

「ブッブー!時間切れです!」

とか言い放ってもう一発、正拳突きを俺の腰目掛けて放ってきた。メコっと鈍い衝撃がめり込む。

くそっ…ニケがどんどんハンナになっていく…!

俺はそんなことにうっすら危機感を覚えつつ、売店で買ったビスケットの袋を開けて、

餌付けでニケのご機嫌をとりながらハンナの病室へと向かった。
 

736: 2014/01/26(日) 00:13:34.46 ID:uWsRa0/Ro

 病室に着いて中を覗くと、そこにはすでに準備を済ませていたハンナが居た。

「お待たせ」

俺が声を掛けてやるとハンナはニヤニヤと嬉しそうな顔で

「待ってたよ、あ・な・た!」

と言って俺に絡みついて来た。お、おい、ハンナ!

「やめろよ、ニケが見ている」

「ヒューヒュー、あっつあつぅ!」

ほら、言わんこっちゃない。俺は顔が熱くなっていたけど、どうにもハンナを振りほどけなかった。

ったく、悪い気分じゃないけど、でも、やっぱり人前は照れくさいな。

「ハンナさん、今そこで、クリスさんにあったよ!フィアンセのアーバートって人と一緒だった!」

病室から出ながら、ニケがハンナにそんなことを言っている。

「へぇ!どんな人だった?マークよりいい男だったでしょ?」

「うんうん、ケガいっぱいしてたけど、かっこよかった!」

はいはい、言ってろよ。男は見かけじゃなくて中身だ。あのアーバートさんって人がどんなかは知らないけど、な。

「それはさ、きっとクリスを守ったからケガをしちゃったんだよ」

「なるほど!そりゃぁかっこいい!」

「いや、一応、俺もルーカスさんから捨て身で守ったけどな」

「きっと、白兵戦もアヤさん並みに強かったんだよ!」

「あぁ、あり得る!50人相手にちぎっては投げ、ちぎっては投げ!」

「そうそう!それで素手でモビルスーツを2機撃破したんだけど、途中で脚を痛めたところを…」

「まさか!ビームライフルでズバーッと!?」

「そこで!逃がしたはずのクリスさんが戻ってきて、ズドドドーン!と!」

「うほぉぉぉ!かっこいい!」

二人はいつもの調子でそんなバカ話を始めた。

あぁ、くそ、それ、どれもこれも、戦闘は出来ない俺へのあてつけだろ?

いつもならこのまま黙ってるが、今日ばっかりは言わせてもらう。
  

737: 2014/01/26(日) 00:15:08.12 ID:uWsRa0/Ro

 俺は、腕に絡みついていたハンナの肩をガシっと掴んで、壁に押し付けた。

驚いたような表情を浮かべたハンナは、俺をジッと見つめてくる。俺もハンナを見つめて言ってやった。

「いいか、誰が何と言おうが、ハンナ、お前と、子ども達は俺が守る。この先、ずっとだ!」

どうだ?少しはこれでそのお茶らけたのも収まるだろ?別に、半歩下がって俺を立てろ、なんて言わない。

でも、このままいじられっぱなしでいるわけにはいかない。ハンナは、うるうるした瞳で俺を見つめてくる。

ふん、分かればいいんだ。

「マーク…」

ハンナがそうつぶやいて俺の手を取った。と思ったら、その手首に激痛が走った。

「あいたたたた!」

俺はその痛みから逃げるように、廊下の床に転がってしまった。い、今のは、関節技か!?

ア、アヤさんがよくマライアさんに掛けているやつだ…まさか、ハンナ…!

「勘違いしないでよね!家族を守るのは、アヤさんとマライアさんに弟子入りしたこの私!ハンナ・マンハイムよ!」

「ひゅー!ハンナさん、かぁっこいい!」

だぁ、くそ!プロポーズしてまでこんなかよ!

俺はそう思いつつも、すぐ横で声を上げて笑っているハンナとニケを、何だか、妙な気持ちで見つめていた。

家族、か。ハンナとはずっと一緒に生きて来たし、ニケ達ともであって4年目だ。

でも、なんだか、こうして見る二人は、今まで見てきた二人じゃないようにも思える。

サビーノにサラもエヴァも、こんなふうに、光っているように見えるんだろうか…いや、きっとそう見えるんだろうな。

「ほら、行くよ、あなた!」

「へいへい、分かったよ!」

俺はハンナとニケに引きずられるようにして病棟を抜けてロビーに出た。車でペンションまでは20分もかからない。

そうだ、帰りに、もう形ができ始めている家を見て行こう。ニケは建設に興味があるみたいだしな。

俺たちの未来の我が家、俺たちの新しい居場所だ。

「ひゅーひゅー!熱いねお二人さん!」

「ニ、ニケ!大声出すなって!」

「なによ!マーク、私にくっ付かれるのがイヤだって言うの!?離婚!離婚よ!」

「いや!一言も言ってないだろ、そんなこと!」

「ちょっと、あなた達!ここは病院ですよ!大声出さないでください!」

「げ、ヤバい!怖いナース長さんだ!逃げろ!」

ハンナがそんなことを言って、俺とニケの手を引っ張って病院のロビーを駆け抜けて、その先で派手にずっこけた。

あぁ、まったく…!

「すんません!ちゃんと言って聞かせますんで!」

俺はナース長にそう言って、今度はニケと一緒になって、ハンナを病院の外まで引っ張って行った。






   

744: 2014/01/27(月) 20:37:34.40 ID:qSZie4Tbo

 「うん、これでいいかな!」

レオナがそう言って、鏡の前でハンナに真っ白なヴェールを着けた。

ハンナは、そのヴェールと同じキラキラと輝く真っ白なドレスに身を包んでいる。お化粧も、バッチリだ。

「いやぁ、ハンナはキレイだからまぁ、当然っちゃ当然としても、マリオンとプルにこんなことが出来るなんてな」

アヤが、ハンナの姿を眺めながら感心している。私も、あれには驚いた。

話は、1ヶ月前にさかのぼる。

ハンナが病院からもどってから少しして、マーク達の家の建設に目処が立った。

1ヶ月して完成したら、庭で新居披露と一緒に、私達に感謝の意味を込めてささやかな食事会を開きたい、と言ってきた。

そんな話を聞いたアヤとマライアは、なら、ついでに結婚も披露しろ、と焚きつけて、同じ会場で手作りの結婚式をすることになった。

企画進行は、マライア。細かな調整や下準備はアヤが担当した。

準備の最中、ウェディングドレスを見繕うときにホールでカタログを見ていたら、覗き込んできたマリオンが

「これくらいなら、作れる」

と言い出した。半信半疑だったけど、あって困るものではないし、と、

素人用にちょっと毛の生えたくらいのミシンを買って、ためしに何か作ってみて、とお願いしたら、

2日で、生まれたばかりのシイナさんのところの赤ちゃん用に、とベビー複を2着縫い上げて驚いた。

そんな作業をしているところに一家で遊びに来ていたプルが興味深げに見つめていて、

マリオンが傍らに置いていたウェディングドレスのカタログを見ながらサラサラと絵を描いたと思ったら、

ウェディングドレスのデザインだった。

それをマリオンが見て気に入って、二人して言葉少なに型紙を作って、布を買ってきて、マリオンが縫製して作り上げた。

デザインなんてしたことあるのか、と聞いた私にプルは、そういうのはないけど、着る物をいろいろと注文したことはある、と言っていた。

そういうセンスがあるみたい。それを聞いたレオナが、なんで私にはそういうセンスはないんだろう?と首をかしげていたのがおかしかった。

 マリオンとプルがドレスを着たハンナを見て、それから顔を見合わせて笑っている。

不思議なコンビだけど、なんだか見ていて穏やかな気持ちになるから、きっといい関係なんだろうな。

プルはユーリさん達とはすぐに打ち解けたけど、島の他の人達とは、まだまだとっつきづらいところがあるみたい。

でも、ああして、少しずついろんな人と仲良くなっていけるといいな、なんて、私は思っていた。

「皆さん、本当にありがとうございます…

 本当なら、私達が皆さんにお礼を言って、お客さんとしてお迎えしなきゃいけないと思っていたのに…」

ハンナが私達の方に向き直ってそんなことを言ってきた。

私は、といえば、そんな話よりも、きれいなハンナに見とれていた。
 
私も、こうしてオメガ隊のみんなに手作りの結婚式をしてもらったっけな…あれ、結局最後は大騒ぎになって大変だったもんな。

「別に、細かいことは気にすんなよ。お礼をしたい、って言うんなら、これから先いつだっていいし、

 まぁ、アタシにしてみたら、今日のことも、ここでの生活も精一杯楽しんで、それで楽しい、って思って笑ってくれてりゃ、

 それが何よりも一番嬉しい」

アヤが言うと、ハンナは微かに目を潤ませて

「本当に、ありがとう…」

と笑った。喜んでもらって、私も嬉しいな…まぁ、私は、オードブル作ったくらいだけどさ。
 

745: 2014/01/27(月) 20:38:12.43 ID:qSZie4Tbo

 コンコン、とドアをノックする音がした。

「どうぞ」

ハンナが言うと、ギィっとドアが開いた。開いたドアの隙間から、一人の女性が顔を覗かせた。

それを見るやハンナが悲鳴を上げる。

「げぇ!ナース趙さん!?なんでここに!?」

「げ、とはご挨拶じゃないですか?」

女性―――シャロンさんは、そう言ってニコリと微笑んだ。

「あー、シャロンちゃん!間に合ってよかった!」

アヤがそう声を上げる。

「明けだから、早めに上がらせてもらったんだよ」

シャロンさんはそう言いながら部屋に入ってきた。

「ナ、ナース長さんとアヤさんは知り合いなんですか?」

「あぁ、うん。施設での、アタシの姉さんだ」

びっくりしているハンナに、アヤは笑ってそう言った。

「お久しぶりです、シャロンさん」

「さん、はやめてくれって言ったじゃない、レナ」

私が挨拶をしたら、シャロンさんはそう言って私と軽くハグをする。私もハグを返して、3人で並んで、ハンナを見た。

「ん、美人だとは思ってたけど、今日は一段とキレイね」

「だろ?マリオンとプルが作ったんだ」

「プルって、ユリウスドクターのところに帰って来たって子でしょ?すごいね」

「そうそう、私も驚いちゃったんです、あ…。えっと、今夜はうちでご飯食べていき…行くよね?」

「あぁ、うん。ウチの子も呼んでよければ、お願いしたいな」

「うんうん、ロビンとレベッカも喜ぶと思うし、ぜひ!」

私達が話しているのをハンナは少しの間びっくりしてみてたけどふいにまたドアをノックする音がしてハッとした。

「あ、どうぞ」

ハンナが言うと、すぐにドアが開く。

そこには、白いタキシード姿のマークが、ルーカスとフレートにキーラと一緒に居た。

マークは、ハンナを見るなり一瞬固まって、少しして、ゆっくりと部屋に入ってきて、ハンナに歩み寄った。

「…キレイだな」

「ふふ、ありがとう。マークも、今日はちょっとだけ、男前だね」

「ちょっとだけか?」

「うん、ちょっとだけ」

二人はそう言い合って笑っている。いいな、こういう感じ。私は、隣にいたアヤをチラッと見つめる。

そしたら、アヤは私が見る前から私を見ていたようで、目が合うなりニコっと笑って私を肘で小突いてきた。

もう、なによ、照れ屋。そんなことを思いながら、私は笑っていた。
 

746: 2014/01/27(月) 20:39:08.28 ID:qSZie4Tbo

 「アヤ、マライアからの伝言」

フレートがそう言って、小さなメモをアヤに渡した。私もアヤと一緒になってそれを見る。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

アヤさんへ


式の会場→アヤさん達が来れOK

パイ→準備完了

ヴァレリオさん→準備完了

逃走路→確認済み、現在、最終調整中



そっちの準備が済み次第、連絡ちょうだいね!


                     マライア
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「ん、向こうは、準備は整ってきてる、って感じだな」

アヤが小さな声でそういう。うーん…?式の会場の準備、って言うのは分かるけど…

パイとヴァレリオと逃走路、ってどういうこと??

マライアの企画だから、またとんでもないことを仕出かさないか、とは思っていたけど…こ、これ、大丈夫、かな…?

「ア、アヤ、無茶はしないよね…?」

「あぁ、今回は、アタシが検閲したから大丈夫だ」

アヤはそう言ってニヤっと笑う。それから、

「マーク、ハンナ、アタシら先に向こうへ行ってるから、あとはしっかりな」

と言って、シャロンさんと私を連れて、部屋を出た。ドアを閉める前に、小さな声で

「フレートとキーラ、あとは頼むな」

と二人に言った。

「あぁ、任せとけ」

「そっちもしっかりお願いね」

フレートとキーラがそう言ってくる。

「あぁ。もちろん」

アヤはそう言って、またニヤっと笑った。




 

747: 2014/01/27(月) 20:40:59.17 ID:qSZie4Tbo







 ドアを開けると、そこには、真っ白なドレスに身を包んだ、ハンナの姿があった。

ギュッと、心臓を握られたような感覚になる。ずっと、美形な方だとは思っていたけど…

幼い頃からずっと一緒で、ハンナのことはずっと見てきていたけど、こんな彼女を見るのは、初めてだった。

キレイだ、と素直に思った。

「ほら、行って来い」

トンと、フレートさんが背中を押してきた。俺は気を持ち直してゆっくりと部屋に入って、ハンナの前に立った。

「…キレイだな」

俺が言うとハンナは笑って

「ふふ、ありがとう。マークも、今日はちょっとだけ、男前だね」

なんて言って来る。

「ちょっとだけか?」

「うん、ちょっとだけ」

俺が聞き返したら、ハンナはそういつものように言い返してきたけど、

なんだかそれすら旨を鷲掴みにしてくるようだった。

 ハンナの手を握って、ジッと目を見つめる。俺は、俺達は、幸せ者だな…

俺がそんなことを思っていたら、ハンナは少しだけ顔を赤らめて

「うん、そうだね」

と笑った。読むな、って言っただろう、まったく、なんて思いはするけど、今日ばかりは文句をいうよりも、

もっとこの時間に浸っていたいと言う気持ちのほうが強かった。

俺は、そりゃぁもう、酒を飲んだときのように火照る顔が自然に緩むのを感じていた。

「マーク、ハンナ、アタシら先に向こうへ行ってるから、あとはしっかりな」

アヤさんがそう声をかけてきた。

「あぁ、はい!」

俺はそう返事をして、アヤさんとレナさんと…あ、あれ、誰だ、あの女の人…?

「ナース長さん。アヤさんの知り合いだったみたい」

ハンナの言葉に思い出した。例のお日様熱で入院したときに、ハンナを恐怖させていたあの人だ。

そういや、退院の日にうるさくして起こられたっけ。なんてことを思い出したら、妙におかしくなって笑ってしまった。
 

748: 2014/01/27(月) 20:41:25.93 ID:qSZie4Tbo

 「それじゃぁ、私達も行ってようか」

レオナが、マリオンとプルにそう言ってから俺達を見る。

「ありがとう、レオナ」

「ううん、おめでとう、ハンナ。ちゃんと幸せにしてもらわないとダメだよ」

レオナとハンナはそう言い合って、ギュッとハグをした。それからレオナは、今度は俺に向き直って

「マーク、ハンナをお願いね。もし、ハンナを泣かせたら…」

「俺を追い出して、ハンナを引き取る、だろ?」

「うん、そうそう」

俺の言葉に、レオナはそう言ってニコっと笑うと俺にもハグをしてくる。軽くレオナの体に腕を回してそれを受け止める。

体を離したレオナは

「じゃぁ、楽しみにしてるね」

とまた笑顔を見せて、マリオンとプルに声をかけて、部屋から出て行った。

 「マーク」

三人を見送ったあと、ハンナが俺を呼んだ。

「ん、なんだよ?」

俺は、なんだか改まった様子のハンナにそう聞き返す。すると、ハンナは、静かに言った。

「私ね、あの日のことが頭から離れないの」

「あの日のこと?」

「うん…あの日、メキシコで、脚を撃たれたあなたが、あの小さな商店に残ったこと」

「あぁ…うん…」

あの日、俺は、脚を撃たれながらメキシコのとある商店に転がり込んだ。そこで俺は、ハンナ達に別れを告げたんだ。

俺は、ティターンズ相手に抵抗することも出来なかった。

スタングレネードを投げ込まれて、朦朧とする意識を、ルーカスさんが従えていたティターンズ一般兵の銃床で殴られて完全に飛ばされた。

氏ぬ覚悟をしていた。氏んでもハンナ達を追わせないと、そう心に誓っていた。

それを、ハンナ達がどう感じて、そんな思いであそこを出て行くのか、ってのを想像しながら、それでも、だ…。

「あんなことは二度とダメだからね…どんなことがあっても、

 二度と自分が犠牲になって、私達を守るなんてことはしないで…」

ハンナは、俺の目をジッと見つめてそう言ってきた。ああ…分かってる。

「もちろんだ。もし今度、同じ状況になったとしても、俺は必ず、全員が生き残るための手段を選ぶよ」

「絶対よ、あなた」

「お前こそ、突拍子もないことは控えろよな」

そもそも、あそこから逃げなきゃならない理由を作ったのは、ハンナだ。

危なっかしいことは、これからは控えて欲しいもんだ。

「えぇ?あれがあったから、今があるんじゃない」

「そうだけど、だ。もうあれっきりにしよう、これからは、俺のためにも、ニケ達のためにも、だ」

「うん、分かってる」

ハンナはそう言って笑った。俺も、やはり笑顔がこぼれてしまう。
 

749: 2014/01/27(月) 20:47:26.54 ID:qSZie4Tbo

 思えば、本当に小さい頃から、いろいろあったな。

初めて会った日は、引っ越してきたハンナの両親が、うちに挨拶をしに来た、そのときだった。

ハンナは、親父さんの後ろに隠れて俺をチラチラ見ていたっけ。

ジュニアスクールに進んだ頃には、すっかり仲良くなって、クラスも一緒だったりしたよな。

家族と一緒に、山へキャンプに行ったり、湖にバーベキューしに行ったり、海へ出たりもしたよな。

ハイスクールは別々だったけど、なんだかんだいって、毎日どっちかの家に遊びに行ったりしてた。

俺が帰ったら、ハンナは俺の分の夕飯を食べながら母さんと話していたときは、

驚いたのとおかしいので、自分の夕飯がないことにしばらく気がつかなかったっけ。

軍に入って、配属が別々になったときは、少し寂しかったんだ。メッセージのやり取りだけは出来てたのが幸いだったな。

だから、ニホンのあの基地への配属が決まったときは正直嬉しかったんだ。

赴任した初日の夜に、スープを持って執務室に来てくれたな。

あのときからハンナのスープは絶品だった、本当だ、ウソじゃない。

離れてた間に、ずっとハンナのことを考えていたからだろう。気がついたら、俺はいつだって一緒にいたいと思うようになっていた。

実際、なるだけそばに居てくれようとしたよな。いや、ハンナも、そうしたかったのかもしれないな。

いや、きっとそうだろう?な、ハンナ…?

 俺はハンナを見つける。ハンナはなんだか、含み笑いをして俺を見つめ返してきた。全部、読んでるんだろう?

ほら、何か言えよ。俺はさらにジッとハンナを見る。そうしたらハンナは、ニコっと笑って、言った。

「マークがあの基地へ赴任してくるって聞いて、私、思わず叫んだんだよ?」

「嬉しくて?」

「それは、秘密だけど」

ハンナはそう濁して、でも、穏やかな笑顔で笑う。まあ、なんにしても、だ。

俺はそう思い直して、ハンナの手を握って、また、ジっと目を見た。深呼吸を一度だけして、それから、あの日言いそびれた言葉を言った。

「ハンナ、愛してる」

「私もだよ、マーク」

ハンナは満面の笑みをたたえたと思ったら、俺の首に腕を回して抱きついてきた。

あぁ、おい、せっかくレオナにセットしてもらったんだ、変になるだろ…まったく、もう。

 俺はそれでも、ハンナを抱きしめてやる。

ムフフ、と奇妙な笑い声がハンナから聞こえてきたもんだから、俺も思わず笑ってしまった。

「ん、オッケ、了解。おーい、お二人さん!そろそろ時間だよ!」

不意に、キーラさんがそう声をかけてきた。俺はハンナを解放して、見詰め合って、うなずきあう。

「はい!」

俺達はそう返事をして、フレートさんとキーラさんに連れられて部屋を出て、

みんなが待ってくれているというダイニングへと向かった。
 

750: 2014/01/27(月) 20:48:05.31 ID:qSZie4Tbo

 二階の部屋から階段を降り、ダイニングの手前で、フレートさんが俺達を制止する。

「こちら、5番。9番、応答せよ」

フレートさんはいつの間にか耳にインカムをつけていて、誰かと交信をしている。

「こちらは、準備完了。最終確認を行うが、6番のタイミングはそちらに一任して良いんだな…?

 了解、それなら、オーケーだ。カウントで、ミュージック、了解。イントロで入場させる」

相手との打ち合わせを終えたフレートさんは、肩をすくめて俺達を見やり、

「ちょっと待ってな」

とダイニングの方の様子をうかがう。すると中から音楽が聞こえ始めた。

それを確認したフレートさんは俺とハンナに合図をした。

 いよいよ、か。なんだろう、緊張してきた…

俺はなんだか全身が固くなりそうになっていたけど、でも、こんなことで押し込まれるわけには行かない。

特に今日だけは、ビシっと決めておいてやりたい。自分のために、ハンナのためにも、な。

 俺はグイと、ハンナに腕を突き出してハンナを見た。ハンナは、俺の顔を見て、笑顔を見せると、俺の腕に手を添えた。

「行くぞ」

「うん、あなた!」

俺達はそう確認して、ダイニングに脚を踏み入れた。

ダイニングには、どこから持ち込んだのか、小さなイスが並べられていて、

そこにはアヤさんにレナさんにレオナにマリオンに、ロビンとレベッカ。

カレンさんに、オメガ隊の隊長にその奥さんに、ベルントさんもいる。

最前列には、ニケに、サビーノに、サラとエヴァ。

見たことのないキレイなドレス姿に、サビーノはスーツだ。そんなみんなが笑顔で俺達を見てた。

 ダイニングの床には、俺達が歩くために真っ白なじゅうたんが敷かれていて、俺達はその上を歩く。

部屋の向こう側には、新婦みたいな格好をしたダリルさんと、それに使える僧侶みたいなデリクさんの姿があった。

 俺とハンナは、並んでその前に立つ。

「さて、それでは、これより、マークとハンナの、結婚の誓いを儀を執り行う。ここに来ている者は二人の結婚の証人だ。

 これだけの人からの信頼と、そして承認を得て、君達二人は、晴れて、夫婦となる。

 ありきたりだが、これより、二人から誓いの言葉を聞かせてもらいたいと思う。

 マーク・マンハイム。君は、病めるときも健やかなる時も、妻であるハンナを愛し続けることを誓うか?」

「はい、誓います」

「では、ハンナ。君は、病めるときも健やかなるときも、夫、マークを愛し続けると誓うか?」

「はい、ここにきてくれている皆さんと、そして、これまで私を支えてくれたすべての人に誓います。」

ハンナは、そう言って俺を見て珍しく照れ笑いを見せた。なんだよ、今の、かっこいいな。

俺ももう少し、気の利いた言葉を考えとくんだったかな。
 

751: 2014/01/27(月) 20:49:08.34 ID:qSZie4Tbo

そんなことを思っていたらダリルさんが満足げな表情で

「いいでしょう。では、指輪の交換を行います」

と言い、すぐそばに居たデリクさんに合図を送った。

デリクさんはサササとすばやく出てくると、手に持ったトレイのようなものを俺達の前に掲げた。

シルバーにゴールドで縁取りをした、俺の選んだリングだ。俺はそれを手にとって、ハンナの左手のクスリ指にはめてやる。

ハンナは自分の手をじっくり見つめ、それから手の甲を返して指輪がはまっている手を俺に見せると、満足そうな笑顔を見せる。

俺も笑顔を返してから、自分の左手をハンナに差し出す。

ハンナも、指輪を取って、俺の左手の薬指にグイっとはめた。

はは、ハンナがあんな顔した意味が少しだけわかるな…照れくさいような、嬉しいような…そんな感じがする。

 サササっとデリクさんが脇へと引っ込んでいく。するとまたダリルさんが前に出てきた。

流れ的に…次は、やっぱり、あれだろうな…俺は、またすこしだけ緊張感が強くなってくるのを感じた。

「それでは、皆の前で誓いのキスを」

ダリルさんがすました表情でそういった。やっぱり、だよな。俺は、ハンナをチラっと見やる。

ハンナと目が合った。嬉しいんだか恥ずかしいんだか、ハンナはニヤニヤと笑っている。

いや、きっと俺も同じような顔をしているんだろうな。だが、とそう思いなおして俺は気を引き締めた。

そう、これは誓いだ。

形式だろうが、なんだろうが、俺がハンナへの思いをハンナにも、みんなにも証明する瞬間なんだ。

俺はハンナをジッと見つめた。ハンナは、そんな俺の表情に何かを感じたらしい。

照れ笑いを引っ込めて、真剣な表情をして俺を見つめてきた。

俺はハンナを見つめたまま、ヴェールを上げてハンナの腰に腕を回して抱き寄せる。

ハンナは抵抗することなく、俺の胸の中に納まって、俺を見上げてきた。旨が高鳴る。

もう、緊張とも、興奮とも違った。だけど、ハンナを見ているだけで、どうしてか、脈打つ心臓が強く鳴る。

「幸せにしてやる、ハンナ」

「それは私のセリフだよ、マーク」

俺達はそう言い合って、いつかのように、短く、でも記憶に残るキスをした。

「それでは、皆さん、新しい夫婦の誕生と誓いの承認を拍手でお願いします」

ダリルさんがそういうと、盛大な拍手とピーピー言う口笛がダイニングに鳴り響いた。

 唇を離した俺達は、また見詰め合う。ハンナの顔、真っ赤だ。なんて思っている俺も顔が火照ってしかたない。

ハンナよりも、真っ赤になっているかもしれないな。なんてことを思ったら、ハンナがクスっと笑った。

やっぱり俺もつられて笑ってしまうんだ。

「それでは、新郎新婦が退場します。拍手でお見送りください!」

ダリルさんがそう言って、拍手がいっそう大きくなったそのとき、誰かの叫び声がダイニングに響いた。

「その結婚、待った!」

振り返るとそこには………誰だか知らない男の姿があった。な、なんだ?だ、誰だあれ?

俺は思わずハンナの顔を見る。ハンナも驚いた表情で俺を見て、ぶんぶんと首を振った。

ハンナも知らないのか?じゃ、じゃぁ、一体、誰なんだ?ハンナのストーカーかなにかか?

い、いや、ニュータイプのハンナが、そんなことに気付かないはずはない。だとしたら、なんだ?

ま、ま、ま、まさか…俺か?ハンナじゃなければ、その、つまり、どどどど同姓愛者で、お、俺のことを…?

い、いや、でも、もしそうならどこかで会っているはずだ。ど、どこだ?街の商店か?病院か…?

くそ、お、思い出せない…何者なんだ、この男!?

752: 2014/01/27(月) 20:50:09.24 ID:qSZie4Tbo

 俺はそれでもとっさにハンナの前に出て、彼女を背後へと隠した。

何者かは、この際置いておくにしても、何かをしてくるようなら、ハンナ、お前は守る…

俺自身の身の安全をはかりながら、な…!

「結婚なんて、結婚なんて…!なんで誰も俺と結婚してくれないんだ!」

男はそう、ワケの分からないことをわめき出した。こ、こいつ、錯乱してるのか…?

まずい、酒を飲んでる感じではない…だとするとドラッグか?!

そう思って身構えたとき、男は背中の後ろへと回していた手をゆっくりと動かした。し、しまった、拳銃か?!

 男は、腕を見せた。男の手には…なにか、手のひらより一回りほど大きい白い円盤状の何かが乗っかっていた…

な、な、な…なんだ、あれ…!?

 わけも分からず、身構えたまま固まっていた俺の耳に誰かが叫ぶのが聞こえた。

「お、おい!パイ、持ってるぞ!」

「まずい!投げつけられたら、笑いものだ!」

「気をつけろ!子ども達から目を離すなよ!」

「おい、お前ら!ヴァレリオを取り押さえろ!マークとハンナを守れ!」

「うおおぉぉ!」

な、な、な、なんだ!?今度は何だってんだ!?

「あんた、ヴァレリオ!自分が結婚できないからって、他人の邪魔をするんじゃない!」

アヤさんがそんなことを言って男に飛び掛った。

男はそれをするりと交わすと、俺達の方にパイを振りかぶって突進してくる。くっ…なんだ、なんだこれ!?

いったいどういう状況なんだ!?

 「マークくん、ハンナさん、下がって!ヴァレリオさん!やめてください!男の嫉妬はみっともないですよ!」

デリクさんがそう叫びながら俺の前に躍り出てきて、ヴァレリオと呼ばれる男にタックルを仕掛けた。

だが、男は手に持っていたパイをデリクさんの顔面にぶつけた。

白いクリームがほとばしって、デリクさんが床に倒れこむ。

 一瞬、ダイニングが静まったと思ったら、また誰となしに叫び出した。

「デ、デリクがやられた!」

「くそっ!メーデーメーデー!緊急事態!」

「総員、スクランブルだ、急げ!」

「おい、マーク!」

そんな叫び声が響き渡る中、アヤさんが俺を呼んだ。俺はハッとして、アヤさんを見やる。

するとアヤさんはニヤっと笑って言った。

「ハンナを連れて、逃げろ!」

その顔、その表情、その言葉…俺はやっとすべてを理解した。まったく、こんなときも、ですか!

俺はそう思いながら、ハンナの手を掴んで叫んだ。

「ニケ、サビーノ、サラ、エヴァ!逃げるぞ!」

「う、うん!」

「ははは!そうでなくっちゃ!」

ニケとサビーノがそう言うのと同時に、4人は席を立った。それを確認して。

俺はハンナの腕を引いてダイニングの裏から廊下へと抜けた。
 

753: 2014/01/27(月) 20:51:09.30 ID:qSZie4Tbo

 廊下からキッチンの裏を抜けて玄関から飛び出す。するととたんに目の前に何かが待った。

玄関の外にはたくさんの人…ユーリさん一家や、シイナさんも居る。

アイナさんとその夫のシローさんって人も、クリスも、彼女のフィアンセも…

みんな笑顔で、俺たちにライスシャワーを降らせてくれている。

「マークさん!ハンナさん!お幸せに!」

声が聞こえて、俺が振り返るとそこには、ミシェルと、彼女の姉、サブリナさんの姿があった。

ミシェル、ありがとな…!俺はそんな思いを込めて、ミシェルに笑いかけてやった。

それから俺はハンナの手を引いて、さらにそこを駆け抜ける。

と、庭の方から、さっきのヴァレリオって男がまた、両手にパイを乗せて走ってきた。

「ヴァレリオさん!これ以上の悪行は!このマライア曹長が許さないんだからねぐぶはぁ!

 ちょ、ちょっと待ってよ、あたしこんなになるなんて聞いてないよ!?」

「うるせえ!今日の俺の役回りを考えたのお前だってな!?会わない間に生意気になりやがって、思い知れ!」

「ちょ、ま、待ってって!マ、マーク!ハンナ!とりあえず、この人やけくそだから逃げて!」

マライアさんはそう言って、俺達に何かを放って来た。俺がキャッチするとそれは、車のキーみたいだった。なんだ?

と思ってマライアさんを見ると彼女は家の柵の外を指差していた。そこには、一台のオープンカーが止めてある。

ちょ、ちょっと、待て!この姿で行くのか?!俺は白いタキシードだし、ハンナはウェディングドレスだぞ?

これで、その、要するに街中一週してこいってことだろ!?そ、それはいくらなんでもさすがに…

 そう、一瞬戸惑った俺の腕を、ハンナが今度は逆に引っ張った。

「行くよ、マーク!」

「本気か!?」

そう言った俺の背中を今度はニケがドンと押してくる。

「ほら!逃げないと!」

「でも!」

ガシっと俺の腕を捕まえたサビーノが言う。

「なんなら、担いで行こうか!?」

「い、いや、それはそれで、いろいろと問題が…」

と、サラとエヴァがニケと一緒になって、俺の背中を押してきた。

「ほら」

「急ごう!」

「だぁ、もう!分かったよ!行くぞ!着いて来い!」

俺はそう言って、ハンナ達の腕を引いて庭先をかけてオープンカーに飛び乗った。

キーを差し込んでエンジンをかける。

 すると、そこに庭にいたみんなや、アヤさん達も駆けつけて来て、またライスシャワーをいっぱいに降らせてくれる。

754: 2014/01/27(月) 20:52:39.95 ID:qSZie4Tbo

「さぁ!逃げよう!」

ハンナがそう叫んだ。

「だぁ!もう!こうなったら俺もヤケクソだ!」

俺は恥ずかしさなんかどうでも良くなってそう叫んでアクセルを踏み込んだ。

そのとたん、エンジン音とは違う、カラカラとにぎやかな音がしてくる。

振り返るとそこには、大量の空き缶が紐に括りつけられて、車の後ろにくっ付いている。

くそっ!あの人たち、こんなことまでして…目立ちまくりじゃないかよ!

 俺はそんなことを思いながら、でも、顔は緩みっぱなしだった。

あぁ、まったく!最高の妻に、最高の子ども達に、最高の友達たちだよ!ホントにさ!

苛立ちとも、幸福感の入り混じったわけのわからない感情に任せて、俺は声を上げて笑ってしまった。

もう、笑うくらいしかできないだろ?だって、とにかく俺は、ハンナの夫で、こいつらの父親で、

少なくとも間違いないのは、俺は、俺たちは幸せだってことだ!

 「かっとばせよ、父さん!」

「どこに逃げる!?まずは、病院方面が良いと思うんだ、お父さん!」

「行こう、お父さん!」

「安全運転でね、お父さん!」

「あはは!頼むわよ、あなた!」

「だぁー!もう!お前ら!読むなっての!」

「間違いなく、幸せだよ!」

「そうそう!間違いない!」

「だから!やめろっていってんだろうが!」

 俺は、それでもアクセルを踏んだ。そうしながら、俺は初めてサビーノ達に会ったときのことを思い出していた。

あんなに震えて、俺たちを見て覚えていたあいつらが、そのあとの船じゃ、ハンナと馴染んで、

メキシコじゃ、こんな俺にすがりついて泣いてくれたっけ。

空港で再会したときは、とにかく嬉しかったな。

考えてみればたった4年。

だけど、もっとずっと長い間、それこそ、ハンナと同じくらいの時間、一緒に過ごしてきたように感じるよ。

お前たち、覚悟しておけよ。俺はこれからもずっと、お前たちの父親だ!

嫌がろうがなんだろうが、ずっとずっとな!

「ずっと一緒だよ!お父さん!」

ニケがそう言って運転している俺に飛びついて来た。ニ、ニケ!

「だから!読むなって言ってんだろ!あと、運転してんだから飛びつくな!」

俺はそう言いながら笑った。あぁ、まったく!幸せで、幸せで、笑えてくるよ!

気が付いたら俺は、また、ハンナとニケとサラとエヴァとサビーノと一緒に、大声を上げて笑っていた。





――――――――――to be continued to their future...
 

755: 2014/01/27(月) 21:02:24.21 ID:qSZie4Tbo


以上です、本日までお読みいただき本当にありがとうございました。

皆様に愛されて、アヤレナマをはじめ、登場人物のみんなも、そしてキャタピラも幸せでした。

以上で、キャタピラのガンダム小説は終わりになります。


ご存じのとおり、これからの宇宙世紀もいろんなことがたくさん起こります。

でも、きっと彼らはそんなヤバいことを力を合わせてスルリとすり抜け、生きて行くんじゃないかと思います。

そんな彼女たちのこれからは、皆さんそれぞれの心の中()で紡いでもらえたら幸せかな、と想っていますw



なにはともあれ、本当にありがとうございました。

キャタピラの次回作にご期待ください。

機動戦士ガンダム外伝―彼女達の選択―【1】
 

引用: 機動戦士ガンダム外伝―彼女達の戦争―