1: 2014/01/31(金) 20:59:44.89 ID:+8KVJeOa0
機動戦士ガンダム外伝―彼女達の選択―

【機動戦士ガンダム】ジャブローで撃ち落とされた女ジオン兵が…【前編】
【機動戦士ガンダム】ジャブローで撃ち落とされた女ジオン兵が…【中編】
【機動戦士ガンダム】ジャブローで撃ち落とされた女ジオン兵が…【後編】

【機動戦士ガンダム】ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが…【1】
【機動戦士ガンダム】ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが…【2】
【機動戦士ガンダム】ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが…【3】
【機動戦士ガンダム】ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが…【4】
【機動戦士ガンダム】ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが…【5】

【機動戦士ガンダム】ジオン女性士官「また、生きて会いましょう」学徒兵「ええ、必ず」

機動戦士ガンダム外伝―彼女達の戦争―【1】
機動戦士ガンダム外伝―彼女達の戦争―【2】
機動戦士ガンダム外伝―彼女達の戦争―【3】
機動戦士ガンダム外伝―彼女達の戦争―【4】
機動戦士ガンダム外伝―彼女達の戦争―【5】
機動戦士ガンダム外伝―彼女達の戦争―【6】


CCA編で終わる予定でしたが、永井一郎氏の追悼の意味を込めて、UC編を続けます。

本作もお付き合いのほど、どうぞよろしくお願いします。


【諸注意】
*前々スレのファースト編、前スレのZ、ZZ編、1st裏スレからの続き物です。

*オリキャラ、原作キャラいろいろでます。

*if展開は最小限です。基本的に、公式設定(?)に基づいた世界観のお話です。

*公式でうやむやになっているところ、語られていないところを都合良く利用していきます。

*レスは作者へのご褒美です。

*更新情報は逐一、ツイッターで報告いたします→@Catapira_SS


以上、よろしくお願いします。

 

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1391169584

3: 2014/01/31(金) 21:22:20.18 ID:+8KVJeOao




 真っ青な世界に無数の星が光っている。ちょっと油断するとシャトルに浮かび上がってしまうのにも、もう慣れた。

遠心力の重力って、結構当てにならないんだね、これもひとつの新しい体験だな。

トイレとかもかなり大変だけど、まぁ、要するに慣れだね、宇宙生活、ってのは。

ママは怖いし、退屈だし、キライって言っていた宇宙だけど、アタシはそれほど怖さは感じない。

そりゃぁ、もしこの宇宙船がいきなり破裂したらどうしようとかそんな風な想像はしちゃうけど、

まぁ、そんなのカレンさんの飛行機に乗ってたって、母さんの船に乗ってたって、おんなじことだし、

気にしてたら、余計に怖くなっちゃうだけだもん。

 ただ、退屈って言うのは本当だね、今回は、みんなと一緒だからいいけれど、

これ、アタシ一人とかだったらイヤだっただろうなぁ。窓の外を見てたって、真っ青な宇宙に星だけだもん。

最初は地球がキレイだな、ってしばらくは見てたけど、まぁ、1時間も眺めてたら飽きちゃうしね。

星も、地球にいて眺めるのと違って、瞬いたりしないからこれまたすぐに飽きちゃう。

ジッとしてるのってなんだか苦手だし、やっぱ、ママの言ってた通り、あんまり好き好んで来るような場所じゃないのかもね。

 「はい、ロビンの番だよ」

カタリナがアタシにそう言ってくる。っと、いけない。ボーっとしてて、何にも考えてなかった。

えっと…え、ドロー2じゃん…あ、アタシ持ってたわ。

「はい、もう一枚」

私は手元にあったカードを切る。

「げ、あたしかぁーとか言って、実はあたしも持ってたりして!」

次に居た“隊長”がムフフと笑ってカードを切る。

次はマリだけど、あれ、待って、マリも持ってるよね、これ。あれ?これってヤバい?

「私も持ってるんだな」

マリはそう言って、またドロー2を切った。これで、一周した。

カタリナが二枚目とか隠してなければ、自滅してくれるんだけど…チラっと見たら、カタリナが笑った。

あ、ダメだ、これ。

「二枚目ー!」

「ぐわぁぁー!何枚?これアタシ何枚?!」

「えっと、1、2、3…2かける5で、10枚、進呈しまーす」

「うぅぅ、フォン・ブラウン名物、うさぎ饅頭が遠ざかる…」

「あははは、ロビン隊員、あたしを倒そうなんてまだまだ甘いよ!」

アタシが悲しんでいたら“隊長”こと、マライアちゃんがそんなことを言う。

くそぅ、悔しい!だから、これでもくらえ!アタシは手元にあったドロー4を二枚山に叩きつけてやった。

「うぐ!?い、いや、待って!あ、あたしチャレンジ!チャレンジするもんね!」

「あれぇ?ホントに?いいの?いいんだね?」

「いいよ、見せなさい!あたしを騙そうとして偽のイメージ考えたってダメなんだからね!」

マライアちゃんがそんなに言うので、アタシは自分のカードをマライアちゃんに見せてあげた。

とたん、マライアちゃんがピシっと言う音がするんじゃないかって言うくらい突然に固まった。
 
TV版 機動戦士ガンダム 総音楽集
4: 2014/01/31(金) 21:23:04.81 ID:+8KVJeOao

「ま、ま、ま、まさか…!10枚も引いたのに、緑が一枚もないなんて…!」

「残念でした!8枚とペナルティ2枚で10枚進呈します!」

「おのれ、一介の部隊員のくせに隊長に逆らうなんて…!」

「勝負の世界に情けは禁物だよ、隊長!」

アタシが言ってやったら、マライアちゃんはぐぬぬ、と悔しそうに歯軋りしている。よしよし、うさぎ饅頭が戻ってきそうだな。

 「あれ、まーだやってたの?」

そんな声がして、頭の上からミリアムちゃんが降ってきた。

ミリアムちゃんは空中で体を翻してマライアちゃんにしがみつくようにして着地する。

それからアタシ達をぐるっと見回して

「何よ、劣勢じゃない?」

ってマライアちゃんに言う、マライアちゃんは鼻息を荒くして

「ふん、今から本気出すとこだから!」

なんて強がってるけど…マライアちゃん、そんなに悔しがってたら、カード丸見えだよー?

そう言ってあげようかと思ったけど、止めた。すべてはうさぎ饅頭のため、だ!

 「ミリアムちゃん、そろそろ船が月軌道に乗るよ」

今度は、頭の上からプルが降ってきた。プルはマリのそばに降り立つ。チラっとカードを見たプルは静かにマリに言った。

「あと、2手ってところだね」

「ん、まぁね」

二人はおんなじ顔して見詰め合って笑ってる。

 「ほら、交代。仕方ないから負けを挽回しといてあげるわよ」

ミリアムちゃんがそう言って、マライアちゃんからカードを奪い取る。

「くぅ、悔しいけど、任せるよ。マリ、行こう」

「はーい。じゃぁ、私のもお願いね」

「任せてよ」

マライアちゃんに言われたマリが、プルにカードを手渡してマライアちゃんと一緒に飛び上がったところにあるシャフトからコクピットの方へと浮かんで飛んでいった。

「えっと、じゃぁ、次は?」

「マライアちゃんはペナルティだったから、つぎはプルかな」

「私か。ロビン、色は?」

「えぇー、っと赤」

「赤か、ありがと。それじゃ、これで…ウノ」

プルがそう言ってカードを切った。ぐぬぬ!まさかもうウノだなんて!そう思ったらプルはニヤっと笑った。

アタシはハっとして場を見る。そこには、スキップが二枚重ねられている…!し、しまった!!!

「で、上がり、だよ」

プルは最後の一枚を場にペラっと出した。黄色の6で、プルが上がっちゃった…!

「危ない危ない…私、数字二枚だけだから2点」

カタリナがふぅ、と息をつきながらそう言う。

こ、これは、アタシとマライアちゃんのカードを引き継いだミリアムちゃんがドンケツじゃん!

うぅ、うさぎ饅頭がぁぁぁ……

アタシの心の悲鳴が果てのない宇宙に、ミノフスキー粒子を伝って響いた、りすることはなかったけど…悔しいなぁ。
  

5: 2014/01/31(金) 21:23:34.60 ID:+8KVJeOao

 アタシ達は、今、月のフォンブラウン市に向かっている。

理由は、ジュピトリスっていう大きいんだっていう、木星までなんとかって言う物質を採掘しに行っている船が3年ぶりに帰って来て、

そのフォンブラウンっていうところにシャトルを降ろすからだ。

 その船には、メルヴィ・ミアっていう人が乗ってるんだって。

なんでも、プルやマライアちゃんの知り合いらしくって、

その人が地球圏に戻って来て、こっちで暮らそうかと思っているというから、それならアルバに来ればいいよ!

っていつもの流れで、月まで迎えに行ことになった。

 最初はマライアちゃんが定期シャトルで迎えに行くよ、ってことだったんだけど、

マリもプルもカタリナも行きたい、って言うので、マライアちゃんはわざわざどこからかシャトルを調達してきた。

昔から思うんだけど、マライアちゃんって、こういうものをどこから用意してくるんだろう?

大好きな“4人目のママ”みたいなマライアちゃんだけど、正直まだまだ、不思議なところがいっぱいだ。

マライアちゃんはルーカスさんに着いて来て、って言ったらしいんだけど、そこでどんな話し合いがあったのか、

ミリアムちゃんがアタシ達の引率についてきてくれた。

二人はなんだかアヤ母さんとカレンちゃんみたいな関係で、パッと見ると仲悪い感じなんだけど、

実際は、結婚しちゃえばいいのに、っていうくらいに仲良しなのをみんな知ってる。

それを本人たちに言うと、マライアちゃんは「えー!やだよ!」なんて言うんだけど、

ミリアムちゃんの方はマライアちゃんにそう言われると少しだけショボンってなるから面白いんだ。

ミリアムちゃんはルーカスさんと結婚しているっていうのに、おかしいんだから。

 あ、そうそう、アタシはみんなが行くんなら、ついでに連れてってよ、ってお願いしてついてきただけ。

宇宙って、一度でいいから来てみたかったんだよね。

レナママは、怖いし、面白いところじゃないよって口が酸っぱくなりそうなくらい言ってたけど、

アヤ母さんは、まぁ、何事も体験が大事だよ、なんて言ってくれてた。だから、アタシはただの野次馬だね。

 うーん、それにしても、今の負けは痛いな…罰ゲームのうさぎ饅頭なしはヤダな…自分のお小遣いで買うのは悔しいしなぁ…

 なぁんて考えてたら、船の中にマライアちゃんの声が響いた。

<みなさーん、そろそろフォンブラウンに着くから、一応、シートに着いてね>

「ふぅ、やっとかぁ」

カタリナがそんなことを言って大きくため息を吐いた。あはは、そんな気分だよね。

こうずっとウノばっかりやってるのも飽きちゃうしね。

あ、でも、今ウノやめたらアタシとマライアちゃんのビリツートップが罰ゲームだ…うさぎ饅頭…

「ほらロビン、行くよ」

カードを手早くまとめたプルがそう言ってアタシの手を握ると床を蹴って操縦席へ続くシャフトへと引っ張った。

アタシ達はシャフトに入って、操縦席へと向かう。後ろからカタリナとミリアムちゃんもついてくる。

操縦席に着いた私達は、シートに着いてベルトを閉めた。
 

6: 2014/01/31(金) 21:24:56.12 ID:+8KVJeOao

マライアちゃんの操縦なら絶対に大丈夫だと思うんだけど、まぁ、ベルトは念のため、ね。

「こちら、民間シャトル“ピクス”。フォンブラウン管制塔、応答せよ、着港許可を求む―――

 了解、管制塔、データリンク開始…コード確認。復唱します。

 シエラ、エコー、セブンティーン、フォックス、エコー、デルタ…コード認証、了解。

 4番ハッチですね…確認できました。アプローチ開始します」

マライアちゃんが管制塔と交信しながら操縦桿で船をコントロールする。

見下ろすとそこには大きな格納庫が広がっていた。

船はマライアちゃんの操縦で、ふわりとその格納庫の中に降り立った。それと同時に格納庫の天井の扉が締まり始める。

たぶん、これから気密作業が始まるんだろう。

確か、そのメルヴィって人は、ジュピトリスからこのフォンブラウンに降りているって話をしてた。

ジュピトリス自体はこんな都市の港でも収まらないサイズだから、

もっと先にある小惑星に建造された特別な港で整備点検とか荷物の積み下ろしなんかをするってマライアちゃんは言っていた。

点検と乗組員の休養が済んだら、また1年かけて木星に戻るんだとも教えてくれた。

マライアちゃんは、物知りだな…正直、あんまり興味はないんだけどね…

 ガコン、と音がした。音が聞こえる、ってことは空気が充填された証拠だ。

「は、了解です、誘導に感謝します」

マライアちゃんがそう言って無線を切った。

それから、耳にはめていたマイク付きのヘッドホンを外すとアタシ達に振り返って言った。

「さて、メルヴィを迎えに行こうか!」

その言葉に、マリとカタリナが歓声を上げる。アタシは、といえば、首に下げていたお財布の中身を確認していた。

アヤ母さんの土産に5、レナママに5、レオナママに5、レベッカにも5、マリオンには、いつもいろいろしてもらってるから、10…

うさぎ饅頭一個ワンクォーターって言ってたよな…あれかな、ジュースを一回我慢すれば、自腹で食べれるかな…

うん、そうしよう、うさぎ饅頭は絶対に食べないとダメだ。なんて、すっとそんなことを考えていた。

 アタシ達はそれから一応、ノーマルスーツに着替えて船を降りた。

月ということもあって、重力は地球の10分の1くらい、って言ってたっけ。

ジャンプしたら、どれくらい高く飛べちゃうんだろう?

そう思うくらい、ふわりふわりとしてて、正直歩きづらい。アタシが困っていたら、後ろからプルが捕まえてくれた。

「一歩ずつ歩こうとしないほうがいいよ。一回蹴ったら、10メートルくらい前にすすんで、また次を踏み出す感じ」

プルはそう言いながら、アタシを捕まえながらポーン、ポーンと前進して見せてくれた。

あぁ、なるほど、そうやってやるんだ!アタシはプルの動きを覚えて、同じように地面を蹴って飛ぶように歩く。

あーうん!これ、なんだか面白いね!そう思ったら、プルはニコっと笑いかけてくれた。

マリと違って、少し物静かなプルだけど、すごく優しいのを、みんな知ってる。

それでいて、能力がすごく強いんだ。それは、木星生活が長かったから、って、プルが言ってた。

まだまだ向こうの施設は発展途上で、ジュピトリスⅡを離れて採掘作業に入ると、とっても大変なんだ、なんて話してくれた。
 

7: 2014/01/31(金) 21:25:34.04 ID:+8KVJeOao

今日来るメルヴィって子も、すごく力が強いのかな?って聞いたら、プルは笑って

「そうだね、たぶん、ロビンと同じくらいかも」

なんて言った。そっか、それなら、話も合わせやすそうだし、いいかもしれないな。

アタシはそんなことを思って、やっとそのメルヴィって子に会うのがちょっとだけ楽しみになった。

 マライアちゃんとミリアムちゃんを先頭にして、アタシとプルと、マリとカタリナが続く。

格納庫を抜けて狭い廊下に出ると、壁から変なレバーが出ている。ん、これも初めてだ。

どういう装置なんだろう?じっと見つめて考えてたら、マリが

「これつかって進むんだよ」

と言ってそのバーを握ってボタンを押した。

すると、先に進んで行っていたマライアちゃんとミリアムちゃんの後ろに着いていくように、

握ったバーが移動して、それに掴まっているマリもスウーっと廊下を移動していった。

なるほど、重力が弱いからこそ出来る移動法だね。アタシはマリの真似をして、バーを握ってあとに続いた。

 その先には、別の格納庫があった。ガラスの向こうには、随分と大きな輸送船が止まっている。

シャトルやランチ、って感じじゃない。サイズで言うなら、輸送船、って感じの大きさだ。

マライアちゃんが一番最初にその格納庫に入っていく。

ミリアムちゃんはその入口のところで待って、次に来たマリを中に入れる。

ミリアムちゃんがやっていることはなんとなくわかるから、アタシはそのままミリアムちゃんに抱きとめてもらって、

あとから来たカタリナとプルを格納庫に先に入れてあげてから、ミリアムちゃんと一緒に中に入った。

 そこには、アタシより少しだけ年上に見える女の子と、かっこいい、20代半ばくらいのお兄さんがいた。

あの女の子の方がメルヴィ、だよね?じゃぁ、あっちの男の人は誰だろう?

アタシがそう思っていたら、プルがその男の人に飛びついて叫んだ。

「ジュドー!会いたかった」

ジュドー?そういうんだ?あ、なんだか嬉しそうに笑ってる。あったかい感じがジンジンと伝わってきた。

ふふ、ホントに嬉しいんだな、二人共。カタリナの方も嬉しそうにメルヴィに抱きついて挨拶をしている。

マリは、メルヴィとジュドーさんにそれぞれ挨拶をしてから、遠巻きにその様子を眺めていたアタシとミリアムちゃんのところに戻ってきた。

「どうしたの?もっと一緒にいたらいいのに」

アタシが言ったらマリは笑って

「いや、私、まだあんまり親しくないしね…あの三人が、やっぱり一番嬉しそうだからさ」

と言った。確かに、マライアちゃんもプルもカタリナも嬉しそうだ。

こういうの、マリの言い方でいえば、幸せ3つ、だよね?そう思ってマリを見たら、マリは笑って

「うん」

と頷いた。本当に、そうだね。

ああして、誰かが喜んで抱き合ってる姿っていうのは見ているだけで幸せな気持ちになる気がするよ。
 

8: 2014/01/31(金) 21:26:03.79 ID:+8KVJeOao

 少しの間マライアちゃんたちはそうして再開を喜んでいたけど、それが済んでからはアタシ達も呼んでくれて、

アタシとミリアムちゃんは、二人に紹介された。二人共いい人そうだな。

特に、このジュドーって人からは、母さんに少し似た感じがする。

まっすぐで、ちょっと不器用で、でも、絶対に折れない気持ちを持っているような、そんな感じのする人だ。

「じゃぁ、俺はちょっと行くな」

ジュドーさんは話を終えると、そんなことを言い出した。

「もう行っちゃうの、ジュドー?」

プルが彼にそう聞く。すると、ジュドーは苦笑いを浮かべて

「リィナ達に会いに行く約束になってんだ」

と言った。リィナ、って誰だろう?好きな人?奥さんかな?それを聞いたプルは少しだけさみしそうな顔をして

「そっか…うん、あの子も、きっと会いたいだろうね」

なんて言った。あぁ、そうなんだ…プルはこの人のことが好きなんだな…

でも、それでもユーリちゃん達のところに帰ってきたんだ。

彼の幸せと、自分の幸せを考えて、二人共がそれぞれ別々でも、それでも幸せになれるように、って。

それって、ちょっと辛いね。アタシはまだ、誰かを好きだとかってあんまりわかんないけど…

うん、いや、シャロンちゃんのところのユージーンくんはかっこよくて優しくいけど、そう言うんじゃないから。

そういうんじゃないんだよ?ホントに、ホントなんだから。

でも…うん、プルの辛いのは、ちゃんと伝わってくるから、わかるよ。

「ごめんな。また、すぐに会いに来るさ。地球圏にはしばらくとどまる予定だから、

 メッセージはしばらくやりとりできるし、時間ができたら、連絡して、遊びに行くよ。えっと、なんていう島だっけ?」

「アルバ島だよ!」

アタシはジュドーさんにそう教えてあげる。そしたらジュドーさんは優しく笑って、

「アルバ、か。分かった。覚えとくよ。リィナ達に会って時間があったら、会いに行く」

とプルに言ってくれた。プルはそれを聞いて、嬉しそうに笑った。ふふふ、良かった、元気になってくれたね、プル!

 それからアタシたちはジュドーさんを見送って、それから港の中のレストランに向かった。

シャトルの再発進準備にはもうちょっと時間がかかる、って聞いていたから、まぁ、それまでの、時間つぶしに、ね。

もちろんお土産屋さんもあるから、うさぎ饅頭はそこで、だ。

もうここまできたらうさぎ饅頭とそれから宇宙料理を食べて行かなきゃな!

アタシはすっかり楽しい気分になって、まだ慣れない月の重力に苦戦しながら、それでもスキップで格納庫を抜けた。



 

9: 2014/01/31(金) 21:26:40.26 ID:+8KVJeOao







 「あ、これ見て、可愛い」

「へーなにこれ?…フォンブラウン市のゆるキャラ…ディアナとキエル…?」

「これのどこが月と関係あるの?」

「ここ見てよ!イヤリングが月の形してるよ!」

「いやぁ、それだったら別になんでも良くない?」

「あ!こっちには違うのもいるよ!ガガーリンくん?」

「ガガーリンって確か、人類初の宇宙飛行士のことじゃなかったっけ?

 月のキャラクターなら、アームストロングくん、が正解のような気がするけど…」

「あ、あ!こっちにはぬいぐるみのディアナとキエルがあるよ!」

「そんなのやめなよ、子どもっぽい」

食事を終えてすぐにアタシ達はお土産屋さんに向かった。

お土産屋さんで、マリとカタリナとミリアムちゃんとマライアちゃんがはしゃいでいる。

プルは興味があるくせにそんなことを言って呆れ顔を作っている。みんなをメルヴィちゃんがニコニコして見つめていた。

 まぁ、アタシも興味ないわけじゃないけどさ、とりあえず、母さん達とレベッカには最初に月に来たっていう、

アポロ号の着陸船が小さな便に月の砂と一緒に入ったキーホルダーを買って、

マリオンちゃんには月の鉱物で出来てるっていう、ネックレスを買ってあげたから、用事はもう済んじゃった。

問題は目の前にある屋台の商品だ。うさぎ饅頭…聞いていた通り、1個ワンクォーターだけど…

想像していたよりも小さいな…これ、2つくらいは欲しいところだけど、うーん、だとすると今月分のお小遣いが厳しくなっちゃうな…

困ったな…ペンションの料理長の立場としては、いろんな味を確かめておくのはお仕事上、必要なことだけど…

こ、これ、領収書もらって、経費で落として、ってママに言ったら処理してくれるかな?ダ、ダメかな…やっぱり…?

 「ロビン、まだ迷ってたの?」

苦悩していたアタシのところに、マライアちゃんたちが戻ってきた。

「ほら、見てロビン!ディアナちゃん!」

「私はキエルちゃんを買ってみた!」

カタリナとマリが抱えていたぬいぐるみをアタシに見せてくる。いや、うん、かわいいけど今はそれじゃないのっ。

「さて、じゃぁ、ビリはロビンだから…お兄さん、お饅頭、6個ください」

「はいよっ!」

屋台のお兄さんは、マライアちゃんの注文にそう威勢よく答えて、お饅頭を6個、包に入れてくれた。

それを受け取ったマライアちゃんは、みんなにそれをひとつずつ分けている。

くぅ、美味しそうだ…あの、お饅頭の上にある月をかたどった黄色い模様は何でできてるんだろう?

ママレードかな?べっこうアメ?クリーム?チーズ?うぅぅぅ、ダメだ、やっぱり、買おう…

でも、2つはちょっと厳しいよね…再来週はシーちゃんのところの子の誕生日だしなぁ…

そっちをおろそかにするわけにはいかないもんね…
 

10: 2014/01/31(金) 21:27:14.51 ID:+8KVJeOao

「お兄さん、アタシにも1つ頂戴」

「へいよ、お嬢さん!」

アタシは、財布から出したなけなしのクォーターをお兄さんに手渡してお饅頭を受け取った。さっそく一口かじりつく。

中は甘いな…これはアンコってやつだよね。あ、この上の月のところは、しょっぱい!

何かの漬物かな…?これは、このしょっぱさが甘さを引き立てて、しょっぱいから甘くて、甘いからしょっぱくて…

すごい、反対の味なのに、二つが繰り返しやってきて、高めあってる…!

まるで味の感応現象だ!

 おいしいな、これ…アタシはもう一口で、お饅頭を食べきってしまった…

うーん、でもこれ、小さなぁ、やっぱり…もう一個は、いや、ダメだ…我慢だ、ここは耐えなさい、ロビン!

シーちゃんのところの子にプレゼント買わなきゃいけないんだから!

でも、食べたい…いや、でも、いやいや、でもでも…うーん…

 あまりの美味しさと現実に葛藤していたら、ヌッと顔の前に手が出てきた。

そこには、控えめに一口だけかじられたお饅頭が握られていた。

振り返ったらそこには、ソフトクリームを舐めているプルの姿があった。

「私お腹いっぱいだから、残り食べていいよ」

プル…お腹いっぱいな人はソフトクリームなんて食べないよ!でも、でも!も、もらっていいの!?

アタシは恐る恐るお饅頭を受け取って

「ありがとう」

とプルにお礼をいう。そしたらプルはクスっと笑って

「幸せ2つ、でしょ?」

と言ってくれた。胸がキュンとなった。やられた!アタシ今、その笑顔にやられたよ!

「プル、アタシと結婚しよう!」

アタシが思わずそう言ったら、プルは

「うん、考えておくよ」

と言って、クスクスと控えめに笑った。

その顔がまたキュンキュンときちゃってプルに飛びついちゃおうと思ったら、突然ビービーっていう音が聞こえ出した。

なに、これ?サイレン?警報?なんだろう、着港事故でも起こったのかな?

<館内のお客様にご連絡致します。当港監視室はただいま、付近に戦闘と思われる光跡を確認致しました。

 館内のお客様は、至急、最寄りのシェルターへ避難し、係員の指示にしたがってください。

 くり返しお伝え致します。当港管制室が戦闘と思われる発光を確認しました。

 館内のお客様は、速やかに最寄りのシェルターへの避難をお願いいたします>


   

21: 2014/02/02(日) 18:11:08.40 ID:v8bdBS5Lo

<館内のお客様にご連絡致します。当港管制室はただいま、付近に戦闘と思われる光跡を確認致しました。

 館内のお客様は、至急、最寄りのシェルターへ避難し、係員の指示にしたがってください。

 くり返しお伝え致します。当港管制室が戦闘と思われる発光を確認しました。

 館内のお客様は、速やかに最寄りのシェルターへの避難をお願いいたします>

「戦闘!?いったい、どこの誰よ!?」

とたんにマライアちゃんの表情が厳しくなる。これは、緊急事態のときにみせる“隊長”の顔だ。

マライアちゃんはすぐにアタシ達の方を見回すと、

「みんな、シャトルにもどるよ!」

と言って、走り出した。そうだね、こんなところにいるより、宇宙へ逃げたほうが安全そうだもんな…

アタシはそう思って、慣れない重力に気をつけながらお土産屋さんを抜けて、格納庫へと走った。

いや、走ったというか、飛んでた。

 格納庫へ着いて、アタシ達はシャトルに乗り込んだ。マライアちゃんが操縦席に座って、インカムを取り付ける。

「こちら、4番格納庫、ピクス!管制室、離陸許可をお願いします!」

<こちら管制室。当港は現在、危険な状況にある。離陸は許可できない>

管制室からの声がシャトルの中に響く。マライアちゃん、設定、間違ってるよ!

「空中退避って言葉を知らないの?!こっちの戦火が及んだときに地上にいたら、それこそ大惨事だよ!」

<ピクス、待て!>

「許可がなくても…出て行くからね!」

<お、おい、何をやってる、誰がハッチを…!?ハ、ハッキングだと!?>

マライアちゃんが操縦席に付いたコンピュータを操作している。さすがマライアちゃん!

エアーが抜けていくのと同時に、シャトルもフワッと浮き上がる感覚があった。離陸したんだ。

エアーの勢いに乗って一気に離脱するつもりだね!

「みんな、ノーマルスーツを!」

シャトルに乗り込んですぐにシャフトの方に姿を消していたミリアムちゃんの声が聞こえた。

振り返ったら、シャフトの出口からこっちへ、ノーマルスーツを投げてくれている。

アタシはその一つを捕まえて着込んで、それからマライアちゃんの分も確保する。

ヘルメットを付けて、腕のところのコンピュータで気密を確認する。よし、大丈夫!

そうこうしているうちに、ノーマルスーツを着終えたミリアムちゃんが飛んできて、

マライアちゃんの分のスーツをアタシからひったくると操縦席に飛んでいって

「マライア、代わるわ!あなたも着て!」

とマライアちゃんに怒鳴った。

「オッケ、お願い!」

マライアちゃんはノーマルスーツをミリアムちゃんから受け取ると、

そのまま操縦席のシートを蹴って天井に浮かび上がって、その態勢のままスーツに全身をねじ込んだ。
 

22: 2014/02/02(日) 18:11:53.35 ID:v8bdBS5Lo

 気がつけばシャトルは、月面都市フォンブラウンの上に浮かび上がっていた。

はるか向こうにパパパと閃光が走っているのが見える。

あそこに、誰かいる…なんだろう、この感じ…すごく、嫌な気配がする…これが敵意、ってやつなのかな…

 「え…?」

急に声が聞こえた。見上げたら、天井に立って、ノーマルスーツを着終えたマライアちゃんだった。

「うそ…この感じ…」

マライアちゃんはそう呟いて、床の方に降りてきた。どうしたの、マライアちゃん?

アタシがそう思ったら、マライアちゃんは

「知り合いかも…」

とアタシに言ってきて、それからプル達の方を向いた。

「ねぇ…これって…!」

「はい…たぶん、間違いないと、思います…」

マライアちゃんの言葉に、メルヴィちゃんが詰まった声で言った。

あれ、メルヴィちゃんも知ってる人?どの人だろう?たぶんニュータイプだろうなって感覚がいくつか感じられる。

すごく、冷たい感じと、それから、熱い感じと、あと、これは…なんて言ったら良いのかな…

“隊長”の顔した、マライアちゃんみたいな感覚の人…どの人ことを言ってるんだろう?

「ミリアム!あの戦闘宙域に向かって!」

「バカ言わないで!格納庫には型遅れのジェガンってのしか積んでないのよ!?そんなので暴れられるわけないでしょ!」

「でも、妨害することは出来るかも知れない…あそこに、いるんだよ!」

「誰が!?」

「姫様!」

マライアちゃんの言葉に、ミリアムちゃんがびっくりした顔になった。

でも、ミリアムちゃんはすぐに気持ちを立て直して操縦桿を握った。

「あそこに…ミネバ様が!?」

ミネバさま?誰だろう、それ?聞いたことないけど…でも、なんとなくだけど、わかるかも。

きっとこの、隊長マライアちゃんみたいな感じの人のことを言ってるんだね…この人、なんだか困ってる。

それなら、とにかく助けにいかないと…!

「…でも…この子達まで危険にさらすことになる…!」

ミリアムちゃんはそう言って、アタシ達の方を見た。でも、でも、ミリアムちゃん、アタシわかるよ。

この感覚の人は大切な人なんでしょ!?いかないと…ダメだよ!

 アタシはそう言おうとして口を開いた。でも、そんなアタシの肩をプルが叩いた。

アタシはハッとしてプルを見やる。

「ロビン、気持ちを抑えて。向こうに感づかれる」

プルはアタシにそう言って、マライアちゃんたちの方を見て

「私からもお願い。せめてそばに行くだけでもいい」

と、落ち着いた様子で言った。

「くっ…分かったわ…マライア、あなたは出撃準備。万が一の時は頼むわよ…」

ミリアムちゃんは、苦しそうな表情でそう言って、マライアちゃんを見た。マライアちゃんは静かにコクっと頷いた。

23: 2014/02/02(日) 18:13:54.81 ID:v8bdBS5Lo

「マリ、プル。シャトルの中はお願いね。気持ちを波立たせないように…

 あそこには、姫様以外にもニュータイプの感じがする。感じ取られたら、攻撃されるかもしれない」

マライアちゃんは言った。それ、プルに聞いたからもう知ってるよ。大丈夫、落ち着けて奥から。

でも、万が一のときでもマライアちゃんがいるから心配ないでしょ?

「あれは、機体がジェガンじゃなきゃ、任せて、って言えちゃうんだろうけどね」

マライアちゃんはそんなことを言ってアタシのヘルメットをペタペタ叩くと、シャフトの中へと飛び込んでいった。

え…マライアちゃんでも、ヤバい相手っているんだ…?

操縦はすごい、誰にも負けないんだから、っていつも言ってたのに…アタシはそれ聞いてとたんに不安になった。

そんなアタシの肩に手をおいていたプルが、また、トントン、と肩を叩いて気持ちを落ち着かせてくれる。

うん、わ、わかったよ、プル。なるべく頭空っぽにしておく…ウノのときと、おんなじだよね…

あれ、でもアタシ、今日手札読まれまくってビリだったけど、大丈夫かな…

いや、うん、大丈夫だって思うことにしよう、うん。大丈夫、大丈夫…!

<ミリアム、ハッチ開放お願い!>

「了解!」

マライアちゃんの無線にミリアムちゃんが答えたと思ったら、ウィィと機械が動く音がする。

後方にある格納庫のハッチが開いたみたい。今度はガコン、と音がした。

すると窓の外に緑色の塗装がされたモビルスーツが顔を出す。

<ミリアム、あのクレーターの中に隠れて様子を見よう!>

マライアちゃんの無線が聞こえてくる。

「待って…オッケー、確認したわ。降下して着陸するから、席について!」

ミリアムちゃんはそう言うが早いか、シャトルを降下させる。

アタシは慌ててベルトを締めて、体が浮き上がっちゃうような慣性に逆らって、シートの肘掛を掴む。

それでも、ベルトがお腹に食い込む感じがした。

下の方に見えていた月の地表があっという間に近づいてきて、隕石が落ちたあとだっていうクレーターっていう穴の中に着陸した。

 戦闘は、もう目と鼻の先で起こっている…と、思ったのに、あれ…いつの間にか、戦闘の光跡が消えている…?

「マ、マライア!何が起こっているの?!姫様は、無事なの!?」

ミリアムちゃんが慌ててマライアちゃんに叫んだ。

<落ち着いて、ミリアム。姫様の感覚はちゃんとある。大丈夫、まだ、無事だよ…でも、様子が妙だね…

 ミリアム、無線いじれる?周波数帯は…軍の汎用回線…チャンネル…聞こえた、これだ!チャンネルB2!>

「了解!」

ミリアムちゃんが無線を操作すると、ガザっと音がして、シャトルの中に声が聞こえ出した。

<連邦宇宙軍特殊作戦群エコーズの、ダグザ・マックール中佐だ。攻撃を中止して、速やかに撤退願いたい。

 そうすれば、ここにいるミネバ・ザビの安全は保証する>

ミネバ、って言った…やっぱり、マライアちゃんの言った人は、あそこにいるんだ…!

24: 2014/02/02(日) 18:14:21.51 ID:v8bdBS5Lo

「本当に、本物の姫様なのね…」

そばにいたプルがそう言ってくる。

「うん、感じます、プル。これは私の知っている姫様です、間違いありません…」

メルヴィちゃんもそう言っている。

「そっか、メルヴィはもともとは姫様の影武者だったもんね…」

マリも口にした。ミネバ、サビ、って言った。

ザビっていうのは、確か、レナママの故郷の、ジオンって言うところのリーダーの一家の名前でしょ?

あ、そっか…だから、マライアちゃん、姫様、って、そう呼んでるんだ…

「連邦め…姫様を人質に使うなんて…!」

ミリアムちゃんがそう声を上げて、肘掛を殴った。人質に取られてるの…!?やっぱり、助けてあげないと…!

<返してはもらえないのかな?>

別の声がした。これは…冷たい感じのする方の感覚の人だろう…この人は…姫様の、敵?それとも…味方なの…?

「こ、この声…!」

マライアちゃんが、そう言って息を呑むのが感じられる。

マライアちゃん、気持ち落ち着かせて、って言ってたのは、マライアちゃんだよ、落ち着いて!

「わ、私も聞いたわ…間違えであって欲しいけど…でも、そんな…!総帥は、確かに、あのとき…アクシズで…」

あれ、この冷たい感じの人も知ってるんだ?マライアちゃん、顔広いなぁ。

<捕虜ではなく、人質というわけだ。だが、そこにいるミネバ様が本物であるという確証もない>

<赤い彗星の再来と言われる程の男が、ずいぶんと慎重なことだ>

<我々は、そちらが定義するところのテ口リストだ。軍と認められず、国際法の適応も期待できないとなれば、臆病にもなる>

<我々は、人権は尊重する>

「なにを…どの口がそんなこと…!」

ミリアムちゃんがなんだか怒ってる。

むぅ、話が難しくて、半分くらいしかわからないけど、ようするに人質とってるから、おとなしくしなさい、って、

映画でよくある、あれな感じなんだね?

<民間コロニーに特殊部隊を送り込んでおいて、よく言う。まして貴艦は、人質を縦にとっている身だ>

「そう、そうだ、そのとおり!汚いぞ、連邦め!」

<もう、ちょっと、静かにミリアム!荒れないでよ、気づかれるでしょ!>

なんだか興奮し始めていたミリアムちゃんをマライアちゃんがなだめる。

要するに、あれだ、人質を取るなんて汚いぞ!ってやりとりでしょ?違う?

<では、今度はこちらの要求を言う>

<インダストリアル7より回収した物資、及び『ラプラスの箱』に関するデータを全て引き渡してもらいたい>

<ラプラスの…箱…?>

聞こえてくる声に、マライアちゃんがそうつぶやいた。

「マライア、知ってるの?」

<ううん、ラプラスっていうのは、多分、宇宙世紀元年の時に爆破テロにあった首相官邸のことだと思うんだけど…

 箱、って、なんなんだろう…?>

マライアちゃんもわからないんだ?なんだろう、箱って?戦争に使えるような箱ってことでしょ?

なにか、秘密兵器の設計図でも入って、ってことかな…?

25: 2014/02/02(日) 18:14:55.92 ID:v8bdBS5Lo

<見返りは?>

<以後の安全な航海……ということでは不服かな?>

<不服はないが、応じようがない>

<我々は『ラプラスの箱』なるものを持っていない>

<ガンダムタイプのモビルスーツを回収しているはずだが>

<あれは連邦軍の資産だ。『箱』とは関係がない>

<要求が受け入れられないなら、貴艦は撃沈する>

<捕虜の命は無視するというのか?>

<不確定要素に基づいた交渉には応じかねる>

<3分待とう。賢明なる判断を期待する>

無線が途切れた…これは、その、ミネバって人を人質にとっている方が、

ラプラスの箱っていうのを渡さないと、攻撃するぞ、ってこと、だよね?

これって、けっこうまずいよね…だって、映画なんかだとだいたいこういう場合って、人質とってる方が不利でしょ?

こう、話をしてる振りをして、考えさせる振りをして、こっそり後ろに仲間が忍び寄って、ドカーン、みたいな。

そういうことやるのはだいたい正義の味方だからいいけど…現実に正義の味方なんていないしな。

でも、そのミネバさん、ていうのがマライアちゃん達の知ってる人だったら、やっぱり助けないといけないよね…

「マライア…なにか、策は?」

<待って、今、考えてる…人質をとってるのは、連邦だと言っていた。

 姫様を人質をとって交渉に及んでいる、ってことは、相手がジオンの残党ってことだよね…。

 それから、以後の安全な航海、とも言っていた。ってことは、連邦は艦艇、巡洋艦か、戦艦…

 アシをやられてるのかな…それとも、一方的に包囲されてて、身動きできない状況ってこと?

 後者だと、あたしが単機で飛び込んでも巻き返せるかどうかはわからないな…

 特に、クワトロ大尉に似た声の男…妙な感覚がする。

 クワトロ大尉に似てるけど、でも、もっとぼんやりしてて、それでいて空っぽ…なんなの、こいつは…?

 うぅ、不確定要素が多すぎる…

 せめてジェガンじゃなくてもう少しいい機体だったら、いくらかやりようがあったかもしれないのに…!>

マライアちゃんが苦しんでる…戦争の難しいことはわからないけど…

今のままじゃ、もしかしたら、ミネバさんって人が殺されちゃうかもしれない。

なんとか助け出さないと…なんだか、アタシまで胸が苦しくなってくる…

<時間だ、返答を聞こう>

え…う、嘘でしょ!?もう3分経っちゃったの!?だ、誰か…誰か、なにか返事をしないと…!

<了解した。貴艦は撃沈する>

あぁ…ダメ…!

 攻撃が再開された。再び閃光と光の筋が飛び交う。あの下に、ミネバと言う人が居るんだ…

このままじゃ、ミネバさんが…

26: 2014/02/02(日) 18:15:30.26 ID:v8bdBS5Lo

「マライアちゃん、行こうよ!このまま放っておけないよ!」

アタシは無線にそう叫んだ。でも、マライアちゃんは動かない。

ジリジリとした感覚がマライアちゃんから感じられる。あぁ、もう!どうしてよ!知り合いなんでしょ!?

アタシはそう思って、今度は操縦席のミリアムちゃんに飛びついた。

「ミリアムちゃん、助けに行かないと…!」

「今はダメなの、ロビン。ジェガン1機とシャトルじゃ、助ける暇なんてない。瞬く間に撃墜されるのがオチよ」

ミリアムちゃんも、歯を食いしばってそういう。でも、でも…!

<ロビン!少し落ち着きなさい!>

急にマライアちゃんの声が聞こえてきた。

<いい、あそこに飛び込むのは、いくらなんでもヤバ過ぎる。逃げて隠れて、チャンスを待つ…

 戦闘状況なら、必ずどこかに隙が生じる。やるんなら、その一点を突くしかない…>

「うぅっ…でも待ってられないよ…!?その間に、あの子氏んじゃうかもしれないんだよ!?」

<ロビン、手の届かないところにいる誰かを必ず守る、なんてことは出来ないんだよ>

さらに、マライアちゃんはそう言ってきた。

じゃぁ、じゃぁ…アタシ達は黙って、ここで見ているしかない、って言うの…そんなのって…そんなのって…!

 「マライア!何かが上がった!」

アタシが唇をかみ締めていたら、ミリアムちゃんが叫んだ。それと同時に、モニターに映っていた映像を拡大する。

なに、あれ…?真っ白な、モビルスーツ…?そこには、オデコに一本角の生えたモビルスーツが居た。

「あれ…ユニコーンみたい…」

カタリナがそんなことを口にした。ユニコーン、って、あの、角の生えた馬?

確かに、そんな雰囲気もある気がする…この、熱い気配…あの、白いのから感じられる。

ニュータイプなの?あのパイロットも…?

 白いのは、ものすごい速さで動きながら、ビームライフル、ってヤツを撃ちまくっている。

でも、相手をしている赤いのはそれをスルリスルリと躱している…これが、戦争?

これが、ニュータイプ同士の戦いなの…?感情が、あふれてくる。敵意、憎しみ…怒り…

ドロドロしたのが、ぶつかり合って、フラッシュみたいな閃光が迸っているのが感じられる。

白い方が、機体を翻して、宇宙に静止した。そのとき、何か、得体の知れない感覚が爆発した。

次の瞬間、白いモビルスーツが赤い閃光を放った…あ、あれ、変形してるの!?

<そんな…あれまさか…EXAMシステム!?>

マライアちゃんの叫び声が聞こえる。マライアちゃんは、あれも知ってるの!?

アタシにはなにがなんだか分からないけど、あれは…あれは、すごく怖いものだ。分かる。

モビルスーツの性能とか、そういうことじゃない…あれは、あの感情には…あぁ、ダメ…恐いっ…

全身が震えてくる、何も考えられなくなってくる…やめて…ダメ、そんなのは、そんなのはダメだよ…!

27: 2014/02/02(日) 18:16:00.44 ID:v8bdBS5Lo

 ポン、と、肩に何かが触れてアタシは我に返った。そうしてくれたのは、プルだった。

「ロビン、落ち着きなよ」

「プル、あれはなに!?」

「分からないけど、ガンダムタイプだね…このザワザワする感じ…似ている…サイコガンダムに…」

サイコロ?なに、それ…それもあんなに怖いの…?

「いい、ロビン。あれは、人の、黒くてベタベタとこべりつく様な感情を増幅させるんだよ。

 特に、私達のようなニュータイプや強化人間のような人のものをね…

 その感情の増幅がそのまま、私達の能力を限界以上に増幅させる。だけど、乗っている人は普通じゃなくなる…

 あれを感じてはダメだよ、ロビン。“耳をふさいで”」

プルはそう言ってアタシの肩をもうひと撫でしてくれる。耳を塞ぐ、あれのことだよね…うん、うん、分かった。

集中して、アタシ…

うさぎ饅頭うさぎ饅頭うさぎ饅頭うさぎ饅頭うさぎ饅頭うさぎ饅頭…!

 <…えっ…?>

マライアちゃんの声が聞こえた。それに続いて

「これって…あれ…なに、すごく、懐かしい感じがする…」

とマリが口にする。

 アタシは、そばに居てくれたプルが、ギュッと唇をかみ締めるのを見た。

プル…我慢してる…なにかを、すごく…

<プル…マリ…!>

「マライアちゃん、何これ…あれ、誰?!」

あれ?あれって、どれだろう…?

アタシは、頭の真ん中にうさぎ饅頭をループさせながら、そんなことを思ってモニターを見た。

そこには、緑色の、花のつぼみみたいなモビルスーツが新たに戦闘に加わっていた。

あのモビルスーツのこと…?うん、待って…アタシも感じる…おかしいな…アタシ宇宙に知り合いなんていないはずだけど…

アタシもこの感じ、知ってるような気がするよ…!?

「たぶん、そうだと思う…良かった。クインマンサ、あなた、あの子をちゃんと守ってくれたんだね」

プルがボソっと言った。

28: 2014/02/02(日) 18:16:28.69 ID:v8bdBS5Lo

 え?え?何?なんなの?そう思っていたのもつかの間、モニターの中で、つぼみのモビルスーツが、白いのを蹴りつけた。

白いのは、パイロットの感覚が薄くなるのと同時に、赤い光を弱めて、最初の形に戻って、動かなくなった…

し、白いのがやられちゃったの…?つぼみのモビルスーツが、白いのを捕まえてエンジンを噴かしている。

<攻撃が、やんだ…>

マライアちゃんの声がした。そ、そういえば…あれだけ飛び交っていたビームやなんかが、もうひとつも見えない。

あの赤いやつの目的は、あの白いやつだったの…?あれが、その、えっと…

<あの機体が、ラプラスの箱なの…?>

マライアちゃんの声が聞こえてくる。そ、そうそう、それ、ラプラスの箱、だ。

あの白いモビルスーツがその箱だったのかな…?

で、でも、良かった、攻撃がやんだんなら、ミネバって人もきっと無事だよね…気配もちゃんとするし、大丈夫。

<…プル、すぐに、ランドムーバー用意して!ミリアム、機体の回収をお願い!>

「マライア、何する気!?」

<たぶん、その辺に戦艦があるはず。アタシとプルで、姫様を救助に行って来る。

 マリは格納庫でジェガンに乗って待機、アタシ達が万が一モビルスーツに追われたら牽制だけお願い。

 ミリアムはシャトルの操縦とロビンとカタリナ見ててあげて>

マ、マライアちゃん、モビルスーツなしで行くの!?あの、戦闘があった場所に!?そ、そんなの

「あ、危ないよ、マライアちゃん!」

アタシがそう言ったら、マライアちゃんはあはは、って笑ってからアタシに言ってきた。

<大丈夫、初めてじゃないから。ね、プル?>

名前を呼ばれたプルは、窓の外のマライアちゃんの乗っているモビルスーツを見つめて、ニコっと笑った。




 

34: 2014/02/04(火) 23:52:21.53 ID:9BYW0AFFo





 「プル、大丈夫?」

あたしは、宇宙空間に浮かぶ小さなデブリに掴まって、同じようにしてデブリにしがみついているプルに尋ねた。

「大丈夫だよ。もう、慣れたものだね」

プルはそう言って、ヘルメットの中で苦笑いをした。

 モビルスーツなしで、宇宙空間に浮いているのはやっぱりあまり気持ちの良いものじゃないけど、

でも、あたしはもう、6年前にプルと同じ経験をしている。そのあたりはお互いに、ほんとうに“慣れた物”だ。

移動速度の速いデブリなんかに気を付けて、背中に背負っているランドムーバーの出力の計算にも注意して、

もちろん、接近に気付かれないように、慎重に。

相変わらず、AMBACがシステム的に組み込まれているモビルスーツじゃないから、

生身で姿勢制御をやるとなると、そう簡単な話じゃない。

いったんバランスを崩して変な回転でも始めようものなら、それを止めるので一苦労してしまう。

そうなったら、ランドムーバーの燃料の減りも早くなって、計算をし直さなきゃならなくなる。

宇宙空間では、移動状態から停止するだけで、加速時と同じだけの燃料がいる。

それを極力抑えるためには、こうして、低速移動をしつつ、デブリ掴まって停止しながら、

慎重に進路を見極めつつ進まなくてはいけない。

 この緊張感は、怖いし、シビれてくるけど、まぁ、あたしもプルも、

それを含めてやっぱり、どこかに気持ちの余裕がある。それでも恐怖は湧いてくるから、そこはお喋りでもして紛らせば良い。

「次は…あのデブリまで行こう」

「ええ」

あたしは、今掴まっているやつから、下方、月面の方向にある、ほぼ停止状態と見える隕石のかけららしいデブリを指して言う。

プルの返事を確認して、あたしは慎重にデブリを蹴って、一瞬だけ、かすかにランドムーバーを吹かす。

体が軌道に乗ったのを確認して、続いてくるプルを見やる。彼女も、うまく離れられたようだ。

 ほどなくして、あたしが先に石ころにたどり着く。振り返ったら、プルがゆっくりと近づいてきて、あたしに手を伸ばしてきた。

あたしはその手を掴まえてプルをグイッと引き寄せる。
 
 ふぅ、とため息をついたら、プルのも同じようにため息をついて、二人で顔を見合わせて笑ってしまう。

 「すこし休憩する?」

「いいえ、大丈夫。あの船がいつ動き出すかわからない。なるべく、急いだ方が良いよ」

「そうだね…じゃぁ、次はあれかな…」

あたしは、プルを抱きしめたまま、さらに下方にあった次のデブリを指す。

「了解。あれに取り付いたら、そのあとは月面を滑って行くしかなさそうだね」

「うん…燃料を節約して行かないとね…」

あたしはそう言って、慎重に石ころを踏み切って、さらに月面の方に浮いていたモビルスーツの破片らしい何かに取り付いた。
 

35: 2014/02/04(火) 23:53:04.38 ID:9BYW0AFFo

あとから来るプルを掴まえて引っ張る。よし、あとは、下…か。そんなことを思って、あたしは月面を見下ろす。

高度は、どれくらいあるんだろう?

レーザーの距離測定器でも持って来てれば分かったんだろうけど、今回はメルヴィを迎えに来ただけだから、拳銃すら持って来てない。

コンピュータはさすがに持ってたけど、工具なんかはシャトルの修理用のを見繕って持ち出してきちゃってるから、

手間のかかる潜入はちょっと出来そうもない。

 そう言えば、格納庫に積んできていたジェガンも、万が一のときのための脱出装置代わりで、

実は武装もライフルはなくってバルカンポッドとビームサーベルがあるだけ。

初期ロットの、アナハイム社で解体されるところだったリコール機体を引き取ってパーツを交換しただけのもので、

たぶん戦闘なんかはできない。

 今主流のA2型やD型に比べたら、性能もそこそこだし…でもなければ、あたし、たぶんさっきあの戦闘に突っ込んで行ったと思う。

我ながら、勢いで行動しなくなっただけ、大人になったなぁ、と思う。ま、もう、歳も歳だし、ね。

無茶して、悲しませたくない人も増えちゃったしさ。

 「ここから、月面に…」

プルの声が聞こえる。

「高度、1000メートルってところかな?もっと近いかも。月は小さいから距離感がつかめないね…」

「そうだね。とにかく、行こう」

「うん」

あたしはプルの言葉にそう返事をして、二人を繋いでいるアンカーワイヤーをチェックしてから、

今度は合図で二人同時に、デブリを蹴った。月面が、スーッと近づいてくる。

どのくらいから引力が加わって来るかな…速度が遅いと加速に気付きにくいから、気を付けないと…

「これは、少し怖いね」

プルの声が聞こえる。同感。怖い時は、お喋りに限るよね。

「プルさ、一度聞いてみたかったんだけど」

あたしが言うと、プルは不思議そうにあたしを見つめてきた。

「変な聞き方するから、気を悪くしないで欲しいんだけど…あなたは、プルツーなの?それとも、あなたの姉のプル、なの?」

プルは、対して考えるでもなく、答えてくれた。

「私は、プルツー。だけど、姉さんも私の中にいるんだよ」

「それって、どんな感じなの?

 二人いる、って言われちゃうと、多重人格っぽい感じなのかなって想像しちゃうんだけど、実際はそうでもないでしょ?」

「うん、そうだね…うまく説明できないけど、姉さんの思念が、心のどこかに焼き付いているような…

 私の心にあった隙間を埋めてくれているような、そんな感じがするんだ」

プルは、胸に手を当てて言った。

心の隙間を埋めてくれるような…やっぱり少し難しいな…あたしにとってのミラお姉ちゃんみたいな感じなのかな?

それの、もっと鮮明なやつ。
 

36: 2014/02/04(火) 23:53:32.50 ID:9BYW0AFFo

「私の中に姉さんが焼き付いていて、支えてくれているような、一緒に生きているよなそんな感じ…

 あぁ、ほら、分かる…?」

プルはそんなことを言って、あたしを見つめてきた。

何かが、あたしの感覚に触れる…プルの、暖かい感覚が伝わってくる…

でも、不思議…確かに、プルにはもう一人、別の人の感覚がある…

それは、プルの感覚と境目がなく溶け合って、プルの一部になっている。

遺されたニュータイプの思念って言うのがあるのなら、

それはミノフスキー粒子に記録される、電子的な情報体なのかもしれない、って、ユーリさんとアリスさんが言ってたな。

プルはもしかしたら、怪我をして意識が混濁している中でそれを感じ続けて、受信し続けて、

いわばそれを自分の心の中に保存したのかもしれない。焼き付いている、っていうのは、そう言うことなのかな…。

それならニュータイプの能力って言うのは、そういうデータベースにアクセスできる力、とも言えるよね。

「マライアちゃん、そろそろかも」

そんなことを考えていたら、プルがあたしに言ってきた。ハッとなって、眼下を見下ろす。

そこには月面がもうすぐそこにまで迫っていた。あたしは、一瞬だけランドムーバーを吹かしてみる。

速度が落ちた。それでも、降下していく。

今ので、加速分は0に出来たかな?この速度なら、なんとか着地できそうだ。

 ふと顔を上げたら、プルがゆっくりとあたしの方に近づいて来た。こっちに手を伸ばしている。

プルから、かすかに恐怖が伝わってきた。

うん、いいよ。

あたしはプルを掴まえてあげる。もう、身長はあたしよりも大きくなった、計算的には18歳のプルがあたしにすがりついてくる。

もう、かわいいんだから、あなた達姉妹は!

 あたしはそんなことを思いながら、握っていたランドムーバーのコントローラを操作して、

2、3度短く噴かして、ゆっくりと月面に降り立った。バフっと、細かな砂埃が立ち上がった。

「着陸」

あたしはプルにそう言って、掴まえていた手をゆっくりと放す。

プルは、地面をチラっと確認して、ゆっくりと脚を付けた。

「その…ありがとう」

「何言ってんの、あたしとプルの仲じゃない」

そう言ってあげたら、プルは嬉しそうに笑った。んー、最近、ホントにレオナに似てきたよなぁ…

いや、まぁ、当然なんだけどさ。くぅ、愛でたいなぁ、この子は、ホントに。

そんなことを思ったら、プルは今度は照れ笑いをする。あ、ごめんごめん、ちょっと素直に妄想しすぎちゃったよ。
 

37: 2014/02/04(火) 23:54:09.01 ID:9BYW0AFFo

 「方向的には…あの山を越えたところ、かな」

あたしは気を取り直して、言った。

「うん、行こう」

プルはそう言って、今度はあたしの手を握ったまま、地面を蹴って、下方にランドムーバーを噴かした。

着陸で燃料をすこし多めに使っちゃったあたしに気を使ってくれてるんだろう。ありがと、プル。

 あたしはプルに引っ張られて、グングン上昇していく。

目の前に見えていた山の頂上付近に着地して、そこからはゆっくりと山を登って行く。

20メートルも進んだところで、山の向こう側が見れた。

そこには、ペガサスタイプの戦艦が山で身を隠すようにして停止していた。

 「あれは…ネェル・アーガマ?」

あたしは、その姿を見て思わずそう声を上げていた。

そう、あれは、確か、第一次ネオジオン紛争のときに、それこそ、あたしがプルやマリ達を助けたときに、

エゥーゴの主力艦として、第一線で戦い続けた船…ジュドーくんの、母艦だった船だ。

「ジュドー…」

プルがそう口にした。そうだ、プルは…ジュドーくんに助けられてから、あの船にいたんだ…

あたしは、なんだか、胸がキュッとなった。悲しいのかな、嬉しいのかな…よく、分かんないや。

あたしはチラっとプルを見やる。少し、動揺してるけど…

「大丈夫?」

あたしが聞いたら、プルはハッとして、気持ちを整えて

「うん、急ごう。止ってる今なら、うまくやれるよ」

と言って、笑ってくれた。

 あたしたちは、月面を滑るようにしてランドムーバーで移動し、一直線にネェル・アーガマの真下へと向かった。

「あの船の構造、あたし良く知らないんだ。艦形識別表で見ただけだから。案内とか、頼める?」

「私が乗ったときとは、すこし形態が変わってるね…中が変わってないといいんだけどな…」

ネェル・アーガマがどんどん近づいてくる。どうやら、損傷個所の応急処置をしているみたいだった。

船外作業員や、プチモビなんかが見える。作業に集中しててね…バレませんように…!

あたしはそう祈りながら、プルと一緒にネェル・アーガマの真下まで滑り込んだ。

下には、作業員やなんかの姿はない。この状態のまま、敵の攻撃を受けきったんだな…

だから、被弾箇所は上部と側面だけ。下部は無傷だったみたいだ。潜入するあたし達にしてみたら都合が良い。
 

38: 2014/02/04(火) 23:54:40.87 ID:9BYW0AFFo

 あたしはプルに合図をしてランドムーバーで飛び上がった。グングンと下部装甲が近づいてくる。

あたしは体勢を反転させて、ノーマルスーツの電磁石のスイッチをオンにする。

装甲に足を付けたら、案の定、つんのめった。慌てて手を着いて体を支える。

まったく、この仕様だけは変わらないんだよね…なんとかならないのかな、これ…

なんて思っていたらドカン、って衝撃とともに、体が下部装甲に押さえつけられた。

「ごっ、ごめん!」

プ、プル…またあたしの上に降ってきたの!?メルヴィを迎えに行く時もそうだったよね?!

もしかして、狙ってるんじゃないの!?あたしは、そんなことを思いながら、それでもプルの体を掴まえつつ体勢を起こす。

改めて、プルの足を下部装甲にくっ付けて上げて、ヘルメットの中を覗き込む。

プルはえへへ、と苦笑いしていた。あぁ、もう、かわいいから許す。

 「狙ってないよ?」

「信じるよ」

あたしは笑顔を返してプルの肩をポンと叩いてから、装甲を見渡す。さて…どこから入ったものか…

この騒ぎだし、ちょっと強引にやっても、なんとかなりそうだな…

そんなことを思っていたら、今度はプルがポンポンと、肩を叩いて来た。

「マライアちゃん、あそこ」

プルがそう言って離れたところを指差している。

その先を見やると、そこには、ぽっかりとハッチが開いている場所があった。い、いや、あまりに無造作すぎない…?

入れそうだけど、でも、誰か見張りに残ったりはしてるよね…?い、いちおう、確認しておいた方がいいかな…?

こっそりね、こっそりだよ…?あたしはプルに目配せをして、電磁石を切って開け放たれたハッチへと近づく。

そこは、5メートル四方くらいの狭い場所でどうやらプチモビの格納庫のようだった。

他にも何機か、プチモビが格納されている。奥にはハッチが見えた。え、なに、まさかこのまま入れちゃう感じ…?

あたしはハッチに取り付いて、向こうの様子を感覚で探る…どうやら、人の気配はなさそうだ。

あたしは、ハッチの中が二重構造になっているのを確認してから、バルブを回してゆっくりとハッチを開く。

向こう側にも、またハッチ。

気密は保たれてるかな…

いつかのように、あたしはプルと一緒に狭い空間に入ってきた方のハッチを閉めて、それから、中へと続いているんだろうハッチを開いた。

プシュっと音がして、エアーが入ってくる。バルブを目一杯回したところで、ハッチは音もなく開いた。

そっとその隙間から中を覗くけど、そこは廊下で誰の姿もない。でも、ここからはさすがに慎重にいかないと、ね。

あたしは、いつのまにか胸にこみ上げていた緊張感を押し込んで、深呼吸をする。
 

39: 2014/02/04(火) 23:55:07.83 ID:9BYW0AFFo

 まずは…お約束の、エアーダクトを探そうか…制服を調達したって、さすがに船に見知らぬ人がいたら、バレるだろうしね…

ミシェルのときのことがあるから、うまいこと行かないこともないのかもしれないけど、リスクは大きそうだし…

あたしはそんなことを考えながら、廊下を慎重に進む。

感覚を最大限にして動員しておけば、少なくとも誰かが近づいてくれば感じ取れるはずだ。

人のいない部屋に入れれば、そこには必ず、エアーのダクトが来ている…

あたし達が通れるサイズか、は分からないけど…廊下の角まで来て、どっちに曲がろうか考えていたら、

ドン、と後ろからプルがぶつかってきた。振り返ったら、プルは真上を指差している。

プル、無線なんだから、小声で喋るくらいなら聞こえないし大丈夫なのに…

まぁ、いいか。で、上?あたしはプルの指先を追う。そこには、天井の一部が網目になっている箇所があった。

ダクト、ってわけじゃなさそうだけど…廊下を移動するより安全かもしれないね。

 あたしはプルを見てうなずいてから、まずは自分が飛び上がってその金網を調べた。

はめ込まれているだけのタイプ見たい。工具も十分じゃないし、これは助かる…

あたしは金網に手を掛けて、天井に足を着けて思い切りそいつを引っ張った。メコっという鈍い手ごたえがあって、金網が外れる。

合図をしたらすぐにプルが飛び上がってきて、空いた穴に吸い込まれるように入って行った。

あたしも後を追って中に入り、金網をはめ直す。どうやら中は、配管や電気系統の点検口らしかった。

エアーもちゃんとある。一息つきたいところだな…あたしは、そう思って、ヘルメットのシールドを開けた。

ふぅ、とため息が出るのは、儀式みたいなものだ。プルも同じようにシールドを開けて息をつく。

「懐かしいね、なんだか」

不意にプルがそんなことを言いだした。見たら、また笑顔になっている。

それを見たら、あたしも思わず笑顔になってしまって思わず

「ふふ、そうだね。ドキドキしてる?」

と聞いていた。プルは肩をすくめて

「まぁ、少し。あのときに比べたら、そんなに緊張はしてないよ。それに、ほら、あのときは潜入よりも別の緊張もあったからさ」

と返事をしてくれた。ふふ、そうだったね。あのときは確か、

プルは潜り込んだことよりも、ユーリさんに会うのに緊張したたんだったね。

それに、こんなのも2度目だし、まぁ、今回は見つかっても殺されるようなことはないだろうからね、たぶん。
 

40: 2014/02/04(火) 23:55:58.43 ID:9BYW0AFFo

 少し休憩したら、姫様を探しに行かないとな。姫様を助けて、話を聞かないと。

ラプラスの箱、って、何なんだろう?話を聞いたときには、なにか強力な兵器かなにかかとも思ったけど、

でも、ラプラス、って名前が気になる。

それは、宇宙世紀元年になった瞬間にテロの攻撃で爆破された宇宙軌道ステーションで、首相官邸だったはずだ。

そんな物の名を取っているってことは、少なからずそれに関係するなにかなんだろう。

100年近く前の兵器だとしたら、そんなもの化石も同じだ。だとすると、兵器って線は薄いかな…

でも、じゃぁ、どうしてそのために戦いが起こっているのか…

あの、クワトロ大尉にそっくりな感触のあるモビルスーツには、ネオジオンのマークが入ってたのは見た。

状況的には、それをネオジオンがそれをロンドベルから奪おうとしている、ってことだけど、

それがあのガンダムタイプのことだったのかな?あれが箱ってわけでもないんだろうな。

あれは新鋭機だ。

あの感じは、サイコフレーム、ってやつだと思う。感情と能力を増幅させる装置だ。

それに、あの反応の仕方は、EXAMシステムに似てた。

まるで、戦場で、クワトロ大尉モドキのニュータイプのセンスを感じ取るのと、

あの機体のパイロットの怒りが弾けるのとが重なった時に、変形してリミッターが外れた感じだった。

ロビンが怖がっていたのは伝わってきたけど、あたしですら、怖いと感じたくらいだ。

あれは、あの機体に増幅されたあの感情は、もはや憎しみや怒りなんてもんじゃない。

あれは、狂気に近かった。まるで小さい時に見た、故郷の駅を爆破したテ口リストみたいな感じだ。

そこまで考えて、なんだかひとりでに笑いが漏れた。

そう言えばあたし、あのときのことを思い出しても平気になってたんだな…あんなに怖かったはずなのに、

あんな機体のあんな感情に晒されても、ああ、あのときと一緒だな、なんて思えるなんて…

自分で言うのもなんだけど、ずいぶん成長したなぁ。

それもこれも、アヤさんレナさんに、みんなに、それと、マヤとマナのおかげかな。

 まぁ、とにかく、そんな技術を詰め込んだ機体が100年前の兵器とは思えない。

ネオジオンがそれでもあの機体にこだわったのには、なにか別の理由があるんだ、きっと。

 あたしがそんなことを考えていたら、何かが感覚に触った。いや、何か、って言うか、プルの感覚だ。

プルは意識を集中させている。あぁ、ごめんごめん、あたしちょっと夢中になってたよ。

プル、それは、姫様を探してくれてるんだよね…?あたしはプルの邪魔にならないように感覚を広げて、受信を担当する。

頭の中を澄まして、入ってくる感覚を研ぎ澄ます。

―――誰です…?マリーダなのですか…?

頭に、そう響いて来た。いた!そう思って顔をあげたら、プルもあたしを見ていた。

「どのあたりだった?」

「近くはないけど、この船だね。着いて来て!」

あたしはそう言って、プルの手を引いて点検口の中を進んだ。

パイプにダクトに、配線の間を縫うようにして移動していく。

中の構造は良くわからないけど、おそらく、方向と距離感からして、ここから上の方…

艦橋の下か、それよりも少し船尾側のどこかだと思う。このまま、ダクトの間を昇って行けば、近づける…!

 

41: 2014/02/04(火) 23:56:43.01 ID:9BYW0AFFo

 あたしは、エアーダクトのサイドにあったパネルを止めていたボルトにレンチをはめ込んで、

手作業でゴリゴリと回していく。あぁ、こういう時って、ホント、電動の工具のありがたみがわかるよね…

硬いし重いし、しかもそれが6箇所って…時間がないとかそういうのより、とりあえずめんどくさい。

スマートじゃないよね、こういうのってさ。

 文句のひとつも言いたくなったけど、でも、急がないと、姫様になにかあってからじゃ遅いもんね…

あたしはそう思いなおして集中して一気にボルトを抜いた。

そこにはぽっかりと、人ひとりくらい楽に通れそうな穴が開いた。ふぅ、よし…行こう…!

 あたしはプルを振り返って確認をする。プルがうなずいたので、先ずはあたしから中に飛び込んだ。

姫様の感覚はすぐ近く…たぶん、この枝管を行った先だ…あたしはエアーダクトに入ってすぐの枝管を見つけた。

姫様の気配以外はないかな。近くに一人気配があるけど、こっちはたぶん歩哨だろう。

物音を立てなければ大丈夫、かな。

 「プル、行くよ」

「うん!」

あたしは枝管に飛び込んだ。すぐそこに金網がある。歩哨が居るみたいだし、蹴破るのはまずいな…

あたしはいったん、ダクトに手をついて体を止めてから、そっと金網を押し込んで外した。

ダクトを蹴って部屋の中に飛び込む。

 床に着地して顔を上げたら、ドカっという重い衝撃がふたたび体を襲った。

えぇぇ?!またぁ?!

 あたしは、床に這いつくばったまま、上に乗っているプルを見上げる。

「マ、マライアちゃんが、すぐどかないのがいけないと思う」

「避けられるでしょ!?」

「ダクトの口が狭いんだから、降りてくる方向なんて変えられないよ!」

ドアの方で気配がした。あたしはあわててプルと一緒のベッドの脇に身を投げる。

「おい、何か言ったか…?」

「ぶ、無礼な!女性の部屋を許可なく覗くとは何事です!」

「あ、す、すみません」

ドアから気配が少しはなれた。ふぅ、危なかった…それにしても…姫様…!

あたしは、ベッドの脇で立ち上がった。そこには、すっかりおっきくなった姫様が居て、あたし達の方を見ていた。
 

42: 2014/02/04(火) 23:57:28.44 ID:9BYW0AFFo

「姫様…良かった、無事で!」

あたしは思わず彼女に飛びついた。

「やはり…マライアさん、なんですね…?」

そう言った姫様は、目に微かに涙を浮かべている。

「うん、近くにミリアムも来てるんだ」

「ミリアムも、ですか?」

姫様の表情はさらにパッと明るくなる。でも、すぐにそれを押さえ込むみたいに真顔に戻って

「どうして、ここへ?」

と聞いてくる。

「うん、たまたま偶然、フォンブラウンに居てね。

 戦闘が起こった、って聞いたから、なんとなく状況を見ていたら姫様の気配がして、

 もっと近づいて無線を傍受して状況確認したらヤバそうだったから、迎えに来たんだ」

あたしが言うと、姫様は嬉しそうに笑って

「そうだったのですか」

と言ってくれた。その表情はあの頃のままの、あどけない笑顔だった。

ふふ、雰囲気だけはもう立派な大人かと思ったのに、やっぱり姫様は姫様だね。

 そんなことを思っていたら、姫様は、プルの方に目をやった。その顔をジッとみた彼女はすこし驚いた表情で

「あなたは…マリーダ、なのですか?」

違う違う、こっちはプルの方、といいかけて、あたしは言葉を飲んだ。

待ってよ、そもそも、姫様って、マリのことは知らないはずだよね?

なんで、あたしとレオナで付けてあげたマリーダって名前を知ってるの…?

「いいえ、姫様。私は、2番目のプルです」

プルは、姫様にそう丁寧な口調で伝えた。うん、そうだよね、マリは9番目だったもんね…

あれ、でも、それって姫様がマリを知っているって説明になってないじゃん。

なに、えっと、あれ、混乱してきた…あたしはそう思って、二人の顔を交互に見やる。

すると、プルがクスっと笑って言った。

「たぶん、さっき感じた子のことだよ。やっぱり妹で間違いなかったみたい。あの緑のモビルスーツに乗っていた…」

そうだ、忘れてた。確かに、あのとき、あの戦闘で感じたのは、マリやプルの感覚とそっくりだった…

やっぱり、あの感覚は間違えじゃなかったんだ…でも、その子の名前は、マリーダって、そう言うんだね…?

こんな偶然って、あるのかな…なにか、大きな意思がそうさせたのかもしれないな…

もしかしたら、エルピー・プルの思念なのか…

あたし達は助けてあげたマリのように、その妹も、助けてあげてくれって、そう言っているのかな…

「クシャトリアといいます。先の紛争で、私が乗って逃げたあの船に、追尾プログラムを施されて接近してきた見たことのない機体を鹵獲して、

 その設計を元に開発されたと聞いています」

それって、もしかして、あのとき、あたしを助けに来てくれたプルが乗っていたモビルスール…?

あれにも確か、あんな羽みたいなのが付いてたよね…あ、いや、モビルスーツの話はまぁ、置いといて…

そ、その、マリーダって方の話を聞かせてよ…あたしのそんな気持ちを察してくれたのか、プルが姫様に聞いてくれた。
 

43: 2014/02/04(火) 23:58:09.33 ID:9BYW0AFFo

「姫様、あの子が何番目か、ご存知ですか?」

「マリーダは、プルトゥエルブだと聞いたことがあります」

トゥエルブ…12番目の、最初のエルピー・プルとプルツーのあとに作られた、プルツーの純粋なクローン体が確か、

10人いたって話だったはずだ。

だとしたら、そのマリーダって子は、末っ子、ってことになるのかな…。

なんだか、無性に嬉しくなった。まだ、生きている子がいてくれたなんて…

「その子も、準備をして、隙を見て連れ出さないとね!とにかく、姫様、ここから逃げよう。

 助けがいるんなら、協力する。ラプラスの箱って言うのを探さないといけないんでしょ?」

あたしがそう言ったら、姫様の顔が苦渋にゆがんだ。なに、今度はなんなのよ、姫様…

なにか、まずいことでもあったの…?

「マライアさん、今回はマライアさんたちを巻き込むわけには行きません」

姫様は、キッと表情を引き締めて、あたしの目を見つめてそう言ってきた。

その力強い目に、あたしは一瞬、たじろいでしまった。でも、こんな状況でそんなこと言ってる場合じゃないよね…

どうしてそんなことを…?これも、姫様が考えてる計画のうちなの?

それとも、なにか、かなり危険なことなの?

ううん、危険なことなんだったら、なおさらあたし達が助けてあげないといけない…どうして、そんなことを言うのだろう…?

「姫様…なにか、あったの…?」

あたしが聞くと、姫様は顔を伏せて話始めた。

「…いいえ。ですが、これは、私達でどうにかしなければいけない問題だと思っています。

 私には、ザビ家の生き残りとして、ジオンとスペースノイドを、正しく導かねばならない責務があると考えています。

 このままでは、私達は、スペースノイド弾圧の理由として、永遠に連邦に利用され続けるでしょう。

 フル・フロンタル率いる“袖付き”は、ラプラスの箱を使って、地球連邦の打倒を掲げるつもりです。

 ですが、私は、それも正しいとは思いません。

  何があったとしても、それは、硬直化したシステムを変えるには至らない、

 いえ、いっそうシステムを強固に固めてしまう恐れすらあります。

 現に連邦政府はビスト財団とアナハイム社を通して、この戦いに干渉を強めています。

 再び“ジオンの残党”が、連邦の憎悪の矛先として担がれるのです。

 フル・フロンタルが勝てば、立場は逆転しますが、

 それは今度は、スペースノイドがアースノイドを弾圧する世界の始まりになるでしょう。

 私は、それも望んでなどいません…地球には…」

姫様は涙を一杯に溜めた目で、あたしを見つめた来た。

「大切な人たちがいるからです…」

姫様…だからって、そんなの…なんで全部を、ひとりで背負い込もうとするの…?

そんなの、辛すぎるよ…だって、姫様は、その“袖付き”とかって言うジオンの残党とも、連邦とも戦うって、

そういうことをいってるんだよね?

あなた自身の理想のために、それをやろうって言ってるんだよね…?

気持ちは、分かる。分かるけど、でも…!
 

44: 2014/02/04(火) 23:58:46.58 ID:9BYW0AFFo

「姫様…あたしは、あたしもミリアムも、あなたをそんな辛いところに置き去りには出来ないよ。

 連れ出すのがダメでも、なにか、出来ることを言って。力になるから…!」

なんとか、姫様を説得しなきゃ…意地っ張りで、その意地はそう簡単に折れないってのは分かってる。

でも、それでも…あたし、姫様を一人でなんて、戦わせられない…。でも、姫様は首を横に振った。

「それは、受け入れられません…マライアさん。私は、守りたいのです。

 地球と、宇宙の双方、アースノイドと、スペースノイド双方、なにより、あなた達のような方々を、

 私は守らなければならないのです。そのために、あなた達を危険なことに介入させるなどは本末転倒です。

 それに…」

姫様はまた、あたしをジッと見つめてきた。

「私が夢見る、無意味な連鎖を繰り返す憎しみを乗り越え、

 相反し、異なる価値観を持ちながら手を取り合っていく世界には、あなた達のような方々が必要なのです。

 ですから、今はまだ…いいえ、もう二度と、危険なことに関わっていただきたくないのです。

 ここは、私に任せていただけませんか…?」

あたしは、なんにも言い返せなくなっていた。だって…

姫様、あたし達を思って…あたし達に大事ななにかを託して、戦おうって思ってるんだ。

ううん、あたし達だけじゃない。姫様は、分かってるんだ。

戦えばまた、スペースノイドとアースノイドの間に憎しみがばら撒かれる。

それがまた、不幸な連鎖を産む…そうさせないために、憎しみを繰り返さないために、姫様は、一人で戦おうって思っているんだ。

あたし達が戦っちゃったら、それは、姫様の邪魔をすることになりかねない。

一人で戦う姫様は、それを望んでなんかいないんだ。

辛いよ、それ…だって、姫様は一人なのに…すべての人を思いやって、

きっと、守りたいと思っている人とすら戦わなきゃいけないって言うんだ…

そんなのって…そんなのを、ただ見ているしかないなんて、ひどいよ…でも、姫様の意思を大事にするんなら、そうするしか…

「姫様」

不意にプルがそう口にした。

「なんでしょう、プル…とお呼びすれば宜しいですか?」

「はい、姫様。姫様は、私達の生まれをご存知ですか?」

プルは、姫様の話に少しも動じていなかった。ただただ、冷静に、気持ちを落ち着けて、姫様に話しかけている。

プル達の、生まれ…?プル達は、レオナの細胞から作られたクローンだけど…

「はい、存じています。あの戦争の直後に合成された遺伝子から生まれたクローンだったのではなかったでしょうか?」

「それは、少し違います。私達は、ある一人の女性のクローンとして生まれました。

 レオニーダ・パラッシュと言う女性…私達の姉です」

「姉…?」

「はい。彼女もまた、ニュータイプ研究所で、初期のニュータイプサンプル作成のために人工授精で誕生しました。

 この人工授精には、別の思惑もありました。とある有力な政治家の遺伝子を使い、

 その遺伝子と血縁を強化し進化させ、来るべき新人類の集団の先頭に立つのにふさわしい存在となる者を作り出すという目的が…」

「…まさか…!」

そうだ。アリスさんの話を思い出した。レオナが生まれるときに使ったのはユーリさんの体で作ったアリスさんの卵子と、それから…

だから、レオナやプルには…
 

45: 2014/02/05(水) 00:02:26.31 ID:wNfNQBlIo

「はい、姫様。私達にも、ザビ家の血が流れているのです」

姫様は、言葉を失っていた。でも、プルはさらに続ける。

「それから…今、私達の船に乗っているのですが、姫様は、メルヴィをご存知ですよね?」

姫様は、コクコクと言葉もなくうなずく。

「私の身代わりとして…影武者として、ともにハマーンから帝王学を習いました…」

「彼女の、フルネームも?」

今度は、フルフルと首を横に振る。

「そうですか…もしかしたら、姫様の前では隠されていたのかもしれませんね…。

 彼女の名前は、メルヴィ・ミア、と言います」

プルが言った。うん、確かにそんな名前だったよね…それが、姫様と何の関係があるんだろう?

でも、それを来た姫様は、また一瞬絶句して、それから消え入りそうな言葉で

「ミ、ミア、と、言うのですか…?」

と言った。

「はい…姫様の母上、ゼナ・サビ様。旧姓、ゼナ・ミア様の卵細胞を使った人工授精によって、

 そもそも、姫様の影武者になるために生まれたのが、メルヴィ・ミアです」

 そ、そっか…そうだったんだ…確かに、ただの影武者にしては良く似てるな、とは思ったけど…

まさか、姫様と、異父姉妹だったなんて…あたしもびっくりしたけど、あまりのことに、姫様も本当に絶句して、

その場に立ち尽くしていた。そんな姫様に、プルは諭すように、易しく言った。

「姫様が現状をご自身の責務だとおっしゃるのであれば、それは、私達にとっても同じこと。

 なぜ、姫様一人に、このような大事を押し付けられましょうか…?

 姫様が血の問題だとおっしゃるのであれば、それは私達も同じなのです。

 姫様は一人ではありません…ですから、姫様。教えてください、私達に、あなたの、姉妹に。

 ラプラスの箱とは、なんですか?姫様は、いったい、何と戦っているのですか?」

そんな言葉を聴いて、姫様は、ハラハラと、声を頃して、涙を流していた。
 
 プルの気持ちが、あたしにも伝わってきた。

---姫様、大丈夫。あたなは、ひとりじゃない。私達が、ついているよ…。

それは、まるであたしも泣きそうになっちゃうくらいに、暖かくて、穏やかで、力強い感覚だった…。

プル…強くなったね…

あたしは、そんなことを思いながら、プルをじっと見つめていた。
 

46: 2014/02/05(水) 00:05:19.90 ID:wNfNQBlIo

 姫様はそれからしばらく声もなく泣いて、泣き止んでからあたし達にラプラスの箱の話をしてくれた。

それが何かは、姫様にもまだわからないのだと言った。

ただそれは、連邦政府を根底から揺るがすことの出来る代物であるらしい。

兵器でもなく、連邦を動揺させるほどの力を持つもの…それだけの情報では具体的にどんなものかはわからないけど、

少なくともそれは形あるなにか、というよりは情報に近いものなのかもしれない。

連邦を揺るがすような情報で、しかも、ラプラスの名を持っている…

想像だけど、もしかしたら、それは一種の書類なんじゃないだろうか?

それも宇宙世紀創世にまつわる、なにか、今の連邦の立場を作り上げ、

体制を維持するために抹消されたはずの情報が書かれた書類…

 ただ、とにかく姫様はそれをネオジオン残党の一派、“袖付き”の連中に渡すことも、

連邦によって機密裏に処理されることも望んでいなかった。

それは、来るべきタイミングで、限りなく多くの人のためになるかたちで公表されるべきなのではないか、とそう言った。

姫様の意見に、あたしは賛成だった。

あるいは、姫様はそれを受け取って、そのときまで自分で守ろうとしているのかもしれない。

そんなことは出来ないって、よほど言おうと思ったけど、やめた。

今は、それを議論している場合じゃない。早くその箱を確保して、逃げなきゃいけないんだ。

でもその箱は今はどこにあるかわからないらしい。

なんでも、そのありかを示すヒントがEXAMの様な反応をする、

赤く光るガンダムタイプのモビルスーツに隠されているらしい、と姫様は言った。

あの機体が、鍵なのだと。でも、あれは袖付きに押収されてしまったみたいだし…

取り返すにも、今の戦力じゃぁちょっと心細い。

まぁ、それはとりあえず、脱出してから考えよう、と言ったら、姫様はそれを拒んだ。

そして、真っ直ぐな目であたしを見つめていった。

「私にもしものことがあったときのために、マライアさん達は別行動で箱のありかをさぐってください。

 万が一の時でも、あの子なら、メルヴィなら、私の代わりができるはずです。

 ミネバ・ザビとして、来るべきタイミングで、箱の中身を公にすることも」
 
それは、ある種の保険だった。

それに、あたし達を激戦地から遠ざける意味合いも含まれているんだろうってことも、分かった。

でも、それについては、あたしはもう、食い下がらなかった。姫様にあたし達の気持ちは伝わっているはずだ…

それでも、そう言ったのは、姫様の意思…

あの時、スィートウォーターの牢に閉じ込められたあたしが、姫様に助けなくても大丈夫、と伝えたのと同じだから…

あのときのあたしより、もっとずっと大変な状況だっていうのは、分かってる。

でも、それでも、あたし、それだけは、尊重してあげたいって思う。それが姫様の覚悟で、姫様の決意なんだ。
 

47: 2014/02/05(水) 00:10:50.19 ID:wNfNQBlIo

「うん、わかったよ…姫様。それが姫様の考えなら、それ以上は口は出さない。

 でも、約束してね…そんなことを考えることないとは思うけど…

 あたし達にすべてを託して、自分を危険にさらすようなことだけはしない、って」

あたしの言葉に、姫様は力強い目であたしを見て、頷いてくれた。

うん、分かった…約束だから、ね。あたしも姫様に頷き返して、それからニコっと笑ってあげる。

話が決まったら、あとはどうするか、だよね。

「それにしても、探すって言ったって、そのモビルスーツ以外しか手がないんだったら、正直お手上げだね…

 なんかヒントないかなぁ?」

あたしが聞いたら、姫様は少しだけ考えるような仕草を見せてから、自信がなさそうに

「インダストリアル7に、情報が残っているかもしれません。

 あのモビルスーツが作られたのは、あの場所だったと思いますので…」

と言ってきた。インダストリアル7…確か、アナハイムエレクトロニクスの自社コロニーだったな…

開発されたのがそこなら、確かになにか情報の末端くらいは残っているかもしれない。

システムをそこで組んでいたとしたら、そう言うのを引っ張れる可能性もあるし…

「わかったよ、姫様。あたし達は、そこに向かう。姫様も気をつけてね」

あたしはそう返事をして、姫様の肩に手を乗せた。心配だよ、どうしようもなく…

手の届かないところにいる人は、守れないかもしれないんだ…だから、ね…姫様。

無理は絶対にしちゃダメだよ。

ここぞというときまで、うまく逃げ続けてね…あたしは、胸の中にあったそんな思いを姫様に伝えた。

姫様はそれに、かすかな笑顔で答えてくれた。

「姫様」

今度はプルが声をかけた。と、彼女は、姫様に何かを手渡した。

「これは…?」

姫様は、それを受け取って手のひらに載せる。

それは、レオナがアリスさんにもらって、メルヴィ達を助けたあの日に、レオナがプルに託した、あのネックレス…

っていうか、記憶媒体、だった。

「私の大切なお守りです。どうか、姫様のおそばにいられない私達の代わりと思って、受け取ってください」

プルは静かにそう言った。姫様は、そんなプルの表情を見て、黙って頷く。それを見たプルはニコッと笑顔になった。

「それは、母と姉と私をつなぐ、本当に大事な物なのです…

 ですから、すべてが終わって、事態が落ち着いたら、必ず返しに来てください。私達、家族が、待っていますから」

「…はい、必ず」

プルの言葉に、姫様は真剣な表情でそう返事をして、受け取ったネックレスを首につけた。

それを見たプルは満足そうに笑って、姫様をギュッと抱きしめた。姫様も、まるで、懐かしい誰かに会ったみたいな顔でプルに腕を回していた。
 

48: 2014/02/05(水) 00:12:16.79 ID:wNfNQBlIo

 そんな様子を微笑ましく見つめていたあたしの感覚に、何かが触れた。誰か、来る!

「プル、逃げるよ!」

「うん。姫様、どうかご無事で!」

あたしはプルをそう促してエアーダクトの枝管に飛び込んだ。金網を元に戻して、とりあえず息をひそめる。

姫様はさもぼーっとしてました、って感じで、ベッドの上に座るような姿勢で体を丸める。

 シュバっと、エアーモーターの音がする。誰かが部屋に入ってきたんだ。金網の向こうで、姫様が振り返った。

それを確認したのか、男の声が聞こえ出す。

「子どもの頃、テレビでザビ家の演説ってのを聞いたことがある。

 ジークジオン、ジークジオン…気味の悪い光景だったよ…

 君の叔父さんに洗脳されて、何千人もの人間が、一緒になって叫んでた。ネオジオンでもやってるんだろう?

 ジークジオン、ってさ。ここで言ってみろよ…言えよ!」

こいつ…姫様にいきなり、なんてことを…!

瞬間的に頭が沸騰したけど、次の瞬間には急激にそれが冷えていた。

もっと熱い怒りを、プルが胸に抱いているのを感じ取ったからだ。

今出てったら、姫様にも、あたし達にも得はない…抑えて、プル…!あたしはプルの体を抱きしめて、そう伝える。

そんなとき、今度は、別の声が頭に響いてきた。

―――行ってください…私は、大丈夫です

姫様…負けないでね…待ってるからね。

あたしは、そう心の中で叫んで、プルを枝管からメインダクトへと引っ張り上げた。

―――来てくれて、ありがとうございました…必ず、またお会いしましょう!

また、姫様の声が響いてくる。それから、姫様の雰囲気が変わった。

あたしに見せてくれた、あの芯の通った、強くて、真っ直ぐな姫様を一瞬で作り上げた。

姫様、本当に、すごいね…あのとき感じたあたしの勘は間違えじゃなかったね。

姫様は、あたしなんかよりもずっとずっと、強くて、しっかりしてる…こっちは、任せて…

終わったら必ず、アルバに来てよね。姫様一人守るくらい、あたし達にかかれば、どうとでもなるんだから。

だから、お願い…氏んじゃダメだからね…

 そう思いながら、あたしは、なんとか気持ちの整理をつけたプルを連れてネェル・アーガマを抜け出して、

シャトルへと戻る月面のルートを急いだ。
 



 

59: 2014/02/07(金) 20:50:58.84 ID:uGyG5jW3o
 



 マライアちゃんとプルを回収してからシャトルはいったん、グラナダと言う月面の町に進路を取った。

無理矢理に離脱してきちゃったフォンブラウンにはもう受け入れてもらえないだろうってマライアちゃんがいうから、月の衛星軌道上をしばらく飛行している。

シャトルを自動操縦にしたから、といって、アタシたちはラウンジで一息ついていた。

 マライアちゃんはシャトルに乗り込んでから、状況を説明してくれた。
なんでも、ラプラスの箱の中身は良く分からないけど、とにかく、ネオジオンに渡しちゃいけなくて、

間違った使い方をしたら、なにか大きなことが起こっちゃうかもしれないものだ、って話した。

大きなこと、って言うのは、戦争のことなのかな…なんて、思ったけど、なんだか聞けなかった。

それから、姫様はネェル・アーガマっていう、ロンドベルの船に残るって言っていたらしい。

自分は一人でその箱って言うのを探すつもりだけど、マライアちゃん達がどうしても、って言うから、

姫様はマライアちゃん達に別動でラプラスの箱を探して欲しいと頼まれたとも言っていた。

それを聞いたミリアムちゃんは、悔しそうな、辛そうな表情で、ギュッと手を握って唇を噛んでいたけど、

「きっと、それが一番、確実な方法だね…」

って、気持ちを押し込めていた。ミリアムちゃんは、しばらくの間、ずっと地球でミネバ様を守ってたってさっき話してくれた。

本当は今すぐにでもまたあの船に行って、無理矢理にでも引っ張り出したい、って気持ちが伝わってくる。

それを感じていた私もなんだか胸が苦しくなって、泣きそうだった。

 説明が終わって、とりあえず、グラナダに向かおう、ってことになってこのラウンジに来てから、マライアちゃんはすごく難しい顔をしている。

何を考えてるんだろう、って探っては見たけど、なんだか念入りにボヤかされてて、よくわからなかった。

まぁ、でも、たぶんこれからのことを考えてるんだよね。

マライアちゃんの話だと、その箱っていうのはインダストリアル7に行けば在り処が分かるかもしれないってことらしい。

そもそも、インダストリアル7ってどこにあるんだろう?

確か、工業力強化とか、そう言うのに携わるための勉強が出来る学校があるって聞いたことがある。

確か、サイド5にはインダストリアル3だったか4だったかがあるって聞いたことあるけど…

インダストリアル7もどこかのサイドにいあるのかな?そこに美味しいものでもあるといいんだけどなぁ。

 そんなことを思ってアタシはマライアちゃんをチラッと見た、マライアちゃんは、宙を見据えて、

相変わらず何かを考えているみたいで、難しい顔だ。まぁ、でも、ちょっと聞くくらいなら構わないよね?

「ねぇ、マライアちゃん、インダストリアル7って、どこにあるの?」

アタシは紅茶のマグをテーブルに置いてマライアちゃんにそう聞いてみた。

すると、マライアちゃんはアタシの顔を見つめてきて

「あぁ、うん。正直、正確な場所までは把握してないんだ。

 今、フレートさんに詳しいことを聞いてるから、じきに連絡が来ると思う」

とぎこちなく笑った。
 

60: 2014/02/07(金) 20:51:37.27 ID:uGyG5jW3o

 アタシはそれをみて、ふと気がついた。マライアちゃん、アタシに何かを隠してる…

だから、なんだかモヤモヤしてマライアちゃんの気持ちがあんまり感じられないんだ…。

こんなの初めてだ。マライアちゃんは、いつもアタシ達に優しくて、面白くって、大好きだって思ってた。

もちろん、今だってそうだけど、でも、今日のマライアちゃんはいつものマライアちゃんじゃない。

何かあったときに顔を引き締める“隊長”の顔とも違う。

迷ってて、それでいて、トゲトゲしてるふうにも思える。

マライアちゃんも、母さんもレナママもレオナママも、シイちゃんにカレンさんに、

ライオン隊長達もプル達も大好きで、だから、どんな気持ちなのかな、って、アタシはずっとそれを感じてきてた。

でも、こんなのは初めて。大好きな人に気持ちを隠される、なんて…

大好きな人の気持ちを、ただ予想して考えることしか出来ないなんて、なんだかアタシの胸までモヤモヤしてくる。

ううん、モヤモヤどころか、ギュッと詰まったみたいに苦しい。

なんなんだろう、この感じ…うまく言えないけど…なんだか、イヤだな…

「ねえ、マライアちゃん」

アタシは、それに我慢しきれなくなって、マライアちゃんの名前を呼んでいた。

「ん、なに、ロビン?」

「なにか考えてるんなら、教えて」

アタシがそう言ったら、マライアちゃんは、ギュッと眉間に皺を寄せた。

だから、なによ、それ…ちゃんと言ってくれないとわからないことだってあるんだよ?

隠してるってのは、なんとなくわかる。でも、そんなのされると、アタシは苦しいよ。だから、ね、お願い、教えて。

 アタシはそんな思いをマライアちゃんに届けた。どれくらいたったか、マライアちゃんは

「ふぅ」

ってため息を吐いてアタシを見た。それから、ポリポリ頬っぺたをかいてから

「ロビンは、マリとカタリナとメルヴィと、地球に帰りな」

と、そっぽを向いて言った。

 アタシには、一瞬、なんのことだかわからなかった。帰る?地球に…?

どうして?アタシ達、これからインダストリアル7に行って、

そこで、ミネバ様の言っていたラプラスの箱っていうのを探すんでしょ?

そのつもりだったから、マライアちゃんの言葉の意味が全くわからなかった。
 

61: 2014/02/07(金) 20:52:20.27 ID:uGyG5jW3o

 「なんで?どういうこと?マライアちゃんたちは、どうするの?」

アタシが聞いたら、マライアちゃんはまた大きなため息をついて、アタシをじっと見つめてきて、静かに言った。

「ロビン、聞いて。姫様は、あたし達を危険な目に遭わせるわけにはいかない、って言った。

 その気持ちが、あたしには今はすごくよくわかる。

 ロビン、あたしは、あなた達を危険なところに連れて行きたくなんてない。

 もしあたし達が箱を先に抑えることができたとして、その先はどうなると思う?

 きっと連邦やネオジオン残党の“袖付き”ってやつらが追ってくる。

  もしかしたら、戦闘を避けられないかもしれない。どこかでモビルスーツは調達するつもりだし、

 それなりの機体があれば、あたしとミリアムなら、あの白いのやファンネル機でも相手にしない限りは

 そう簡単に負けないって言えるけど、でも、それは、あたしとミリアムのことだけなんだよ。

 戦闘中に、シャトルを100%守りながら戦うのはいくらなんでも不可能。

 かならず、ほころびが出る。ほころびが出たときに、それを見逃してくれるほど、戦争は甘くない。

 そのときは、このシャトルが撃ち抜かれる。ロビン、あなた達ごと、ね」

マライアちゃんの気持ちが、まるでアタシを飲み込むように、突き刺すように、襲ってきた。

黒くて、ドロドロしてて、冷たい、何か…なに、なんなの、これ…?

 真っ暗な、宇宙。そこに飛び交う光跡。

締め付けられるような気持ちと、凍りそうな恐怖が交互にせり上がって来る。これが、戦闘?これが、戦争なの…?

あちこちから無数に飛んでくる、敵意。それを躱して、躱して…反撃する余裕なんて、ない。

機体を、敵意がかすめてる。

その刹那に、別の方から伸びてきた敵意が、真っ直ぐにシャトルを貫いて、

中にいた、アタシもメルヴィもマリもカタリナも一瞬で溶けて、蒸発して、それからシャトルが爆発して、飛び散る…

黒いドロドロが、アタシの心を絡め取って、締め上げて、押しつぶしていくようだった…大事な人が、氏んだんだ。

守ってあげなきゃ、って、そう思ってた人が、氏んじゃったんだ。

目の前で…守らなきゃ、って、そう、思ったのに…これが、マライアちゃんなの…?

マライアちゃんは、こんなのをずっとずっと続けてきたっていうの?

こんな、悲しくて、辛くて、ネバネバドロドロで、凍りそうに冷たいのを、ずっとずっと、胸に持ち続けている、って言うの?!

 「マライアちゃん、やめて」

不意に声がして、アタシを襲っていた感覚が消えた。声を上げたのは、マリだった。

アタシは、少しだけホッとしたけど、いつの間にか脚がガクガクなっちゃってて、立っていられずに、その場に膝をついてしまった。

それでも、マライアちゃんは、アタシを見てた。

「ロビン、感じたね?今のが、戦争。頃し合いだよ。

 さっきみたあの白いのがやってた戦闘なんて、戦闘って呼べるほどのもんじゃない。

 こっちは、2機か、プルの分があれば、3機。相手は20機以上かもしれない。

 どう足掻いたって、勝てる相手じゃなかったときは、必ず、今みたいになるの…

 撃ち落とされるのはシャトルじゃなく、あたしか、ミリアムかもしれない。

 撃破して、壊した敵のモビルスーツからは、苦痛と恐怖がこだまして聞こえてくることだってある。

 いい?あたしは、ロビン達にこんな思いをさせたくない。ロビン達を失いたくもない。

 ロビンは大好きなアヤさんから預かってる、あたしの大事な、“娘”。

 プルやマリにカタリナは、大事な妹達なんだよ。危ない目に遭わせるわけには行かないんだ。だから、わかって…」
 

62: 2014/02/07(金) 20:52:51.29 ID:uGyG5jW3o

アタシは、プルに支えられてなんとか立ち上がって、胸にこべり付いた、マライアちゃんが伝えてきた感覚の残りをもう一度感じた。

これが、戦争…これが、恐怖…これが、絶望、なんだね…マライアちゃんは、知ってるんだ。

大事な人を失ってしまうことの怖さを…戦争の恐ろしさも…だから、アタシに帰って、って、そう言ってくれる。

ミネバ様がマライアちゃん達に言ったように、アタシ達を危険から遠ざけるために…でも…

でも、それじゃぁ…そんなんじゃ、アタシ…

「マライアちゃん、プルが残るなら、私も残る。私だって、パイロットなんだよ。

 それに、12番目の妹が戦ってるんでしょ?ほっとけない」

マリがそう言った。でも、マライアちゃんは首を振る。

「ダメだよ…マリ。確かにあなたは、能力も強いし身体能力も高いし、操縦だって卒なくこなせるんだろうけど…

 でも、これから手に入れられるモビルスーツはあなたが動かして来たのとは別物なんだよ。

 サイコミュ付きなんて絶対に無理。どんなに能力が強くたって、それを活かすだけの経験と腕がいる。

 撃たれるのがわかってても、きちんと回避できないと、意味がない。

 キュベレイしか知らないマリに、いきなり別の機体での戦闘はさせられない」

「なんでよ!私だって戦える!」

マリが、マライアちゃんに声を上げた。マリにも帰れっていうの?!だって、マリはパイロットだったんだよ?

確かにアタシは何にも出来ないかもしれないけど、マリはちゃんと戦えるのに…それでも、ダメだっていうの!?

「ねぇ、プル!プルも何か言ってよ!」

マリがプルにそう訴えた。プルは、しばらくうつむいたまま黙っていたけど、

キュッと顔に力を入れて、マライアちゃんを見た。

「マライアちゃん。みんなは、私が守る。だから、一緒に行かせて」

「プル!」

今度はマライアちゃんが声を上げた。

「マライアちゃんの心配は分かるよ。だけど、私達だって、姫様と、マライアちゃんにミリアムちゃんが心配なんだよ。

 マリは別としても、ロビン達が居て、戦闘のバックアップにはならないと思う。

 正直に言ったら、むしろ足かせになる…でも、私はその方がいいと思う。

 私は、マライアちゃんのこともよく知っているつもりだよ。

 マライアちゃんは、いざって言うときに、大事なもののために、氏ぬことが出来ちゃう人。

 でも、私達が盾になれば、マライアちゃんは絶対に無茶はしない。

 戦うことが出来なくても、一緒に居れば、マライアちゃんは危険から遠ざかる選択をすることになる。

 結果的には、マライアちゃんを守れる。マライアちゃんが姫様に向けた気持ちと同じ。

 私達も、マライアちゃんとミリアムちゃんに氏んで欲しくない。だから、残らせて欲しいんだよ」

プルもそう言ってくれた。くやしいけど、確かに、アタシやカタリナは戦う方法を知らない。

そりゃぁ、もちろん母さんに護身術は一通り習ったけど、モビルスーツの操縦なんててんでチンプンカンプン。

ペンションの船の操舵なら少し出来るけど、モビルスーツやシャトルはどう考えたってそれと似たようなものとは思えないしね…

でも、プルが言ってくれたように、一緒に居ればマライアちゃんとミリアムちゃんを守れるんだったら、それがいい。

姫様もほっとけないけど、それ以上に、もしマライアちゃんとミリアムちゃんに何かあったら、アタシはその方が悲しいと思うから…
 

63: 2014/02/07(金) 20:53:29.50 ID:uGyG5jW3o

 「お願い、マライアちゃん!」

アタシはマライアちゃんにそう言って詰め寄った。

マライアちゃんからは、固い決意と、それでもアタシ達の気持ちを考えてくれているのが感じられる。

困らせてるって言うのは、分かってる。でも、でも…!

 「…やっぱり、ダメだよ。あたし、みんなを巻き込めない。姫様は言ってた。

 あたし達のように、戦いから逃れた人達を二度と戦場に上げないために、私は戦うんだ、って。

 あたしやミリアムは、それでも戦う。姫様と同じで、守らなきゃいけない人達がいるから。

 でも、みんなは違う。戦う以外のことが出来る。いまさら、戦争なんかに引っ張り出しちゃいけない。

 アヤさんも、レナさんも、ユーリさんたちもそれを望まないだろうし、

 なんかあったら、あたし、どんな顔して帰ったらいいかわかんないもん…」

マライアちゃんは、自分の中の気持ちを整えて、また、強い視線をアタシ達ひとりひとりに向けて言った。

なんでよ…なんでそんなこと言うのよ!アタシ、ずっとマライアちゃんと一緒だと思ってたのに…

家族だって思ってたのに、なんで、なんで自分はアタシ達とは違うなんて言い方するの…!?

ひどいよ…アタシ達を気遣ってくれてるのは分かるけど…ひどすぎるよ!

「マライアちゃんのバカ!分からず屋!」

アタシは心の中に湧き上がった爆発しそうな思いを、そのままマライアちゃんに吐き出した。

「いいかげんにしなさい!戦争ってのは、あんたが考えてるほど甘くないんだよ!」

マライアちゃんが怒鳴ってってきたけど、アタシは負けなかった。

「戦争がどんなかなんて、知らない、知りたくもない!でも、そんなの関係ない!

 アタシは、大事な人が辛い思いをして欲しくないって思うだけ!

 そのためなら、戦争だって探し物だってなんだってやる!なんでそれをダメだって言うのよ!

 マライアちゃんだっておんなじことしようとしてるじゃん!」

「あたしとロビンとは、出来ることが違うからだよ!」

また、また言ったね?アタシとは、違う、って…

なんでよ、それがどんなに傷つくかって、マライアちゃん、分かってるでしょ!?

それを何度も、何度も…いいかげんにしてよ!アタシはカッとなってマライアちゃんに掴みかかった。

勝てないのは分かってる…でも、でも!

一発でもいい、アタシが傷ついたのとおんなじ思いをマライアちゃんにさせてやる…

アタシの気持ちがわかんないのなら、分からせてやる…どんなに悲しいか、どんなに、痛かったか…!
 

64: 2014/02/07(金) 20:54:06.10 ID:uGyG5jW3o

 「ロビン、やめな!」

「ちょちょ!それ、ダメだって!」

プルとマリがそんなことを言っているのが聞こえたけどアタシは止まらなかった。

胸倉を捕まえようとしたアタシの手は、マライアちゃんに弾かれて、反対に袖口をつかまれてしまう。

捻られる…!アタシは反射的に腕を掴んで固定する。

マライアちゃんの開いていた方の腕がアタシの襟元に伸びてきて、着ていたパーカーを捕まれた。

投げられる…?!

とっさに、握っていた方のマライアちゃんの腕に、アタシももう一方の腕を絡めて、しがみついて、

体重を下にかけて引き手を利かなくさせる。

 と、プルがアタシの体を後ろから押さえてきた。マライアちゃんの方にはマリが、腰にタックルするみたいにしがみついている。

 離して…離してよ、プル!そう思って、プルを払いのけようとしたとき、アタシの耳に、笑い声が聞こえてきた。

ハッとして、アタシは、その声のするほうを見た。

そしたら、その先には、ミリアムちゃんがシートからこっちを見て、なんだか本当におかしそうに笑っていた。

「なにがおかしいのよ、ミリアム!」

マライアちゃんが怒鳴った。そしたらミリアムちゃんは、あぁ、ごめんごめん、なんて言いながら

「いやね、ニュータイプもケンカなんかするんだな、と思って。お互いの気持ちも分かるんでしょ?

 それでもケンカになるなんて、人間って難しいもんなんだねぇ」

ミリアムちゃんはそう言いながらゆっくりと立ち上がって、

アタシとマライアちゃんとの間にグイグイ割って入ってきて、アタシをジッと見つめてきた。

「ロビン、あんまりマライアを困らせちゃダメだよ。マライアの言っていることは正しい」

「分かってる、そんなの!でも、アタシは…」

また、アタシが言おうと思ったら、ミリアムちゃんはアタシを待たずに、今度はマライアちゃんのほうを向いて

「マライアも、そんな意地張らなくったっていいじゃない。

 限りなく危なくない方法を考えるのがあなたらしいんじゃない?」

なんて言った。マライアちゃんは、ミリアムちゃんの言葉を聞いて、

「そうだけど、でも…」

と言いかけて、黙った。それを見て、ミリアムちゃんは、ふん、と鼻を鳴らした。

それから今度は、アタシをつかまえているプルを見て聞いた。

「プル、あなたは、ついて来るとして、なにが出来て、なにが出来ない?」

「私は…戦えるよ。木星でもずっと作業用のモビルスーツに乗ってた。

 戦闘は、3年前にマライアちゃんを助けてからはしてないけど…

 操縦の技術なら、木星の重力圏での経験もあるし、十分に対応できると思う。

 出来ないことは、やっぱり戦闘の経験はそれほどないから、戦況の判断は適切に出来ないかもしれない」

プルは落ち着いた様子でそう応えた。

「うん、分かった。じゃぁ、マリ、あなたはどう?」

ミリアムちゃんは、今度はマリに話を振った。
 

65: 2014/02/07(金) 20:54:35.75 ID:uGyG5jW3o

「わっ、私?!私は…確かに、プルに比べたら、モビルスーツはずいぶん乗ってないし…

 キュベレイしか知らないから、あんまり役には立たないかもしれない…

 それこそ、本当にちょっと移動させたりとか、その程度の方がいいかも…。でも、運動神経と、能力には自信ある」

「そうだね、マリとプルは、そういう部分が強化されてるって言ってたからね…。

 モビルスーツに関しては、私は個人的には事前に少し慣らす時間があれば大丈夫だと思ってるけど…

 ま、それは置いておくとして、じゃぁ、カタリナはどう?」

「私は…正直、なにが出来るかは、分からない。まぁ、万が一のときに応急手当が出来るくらいかな」

「出番がないことを祈りたいけど、ケガの手当ては、もしみんな一緒に行くんなら、

 必要になる可能性は否定できないよね。メルヴィちゃんはどう?」

「私は…姫様の代わりが出来ます」

「ミネバ様に万が一のことがあったとき、か。

 それも、ないことを祈りたいけど、そうじゃなくても姫様の顔パスが効くようなことがあれば、

 無理な潜入や力押しをすることもないだろうし、助かるかな」

ミリアムちゃんは、カタリナとメルヴィちゃんにもそう確認して、最後にアタシに視線を戻して、聞いてきた。

「ロビン、あなたには、なにが出来る?」

アタシに出来ること…なんだろう…?料理は出来るけど、でも、シャトルの中じゃ、そんなのたいして必要ないし…

ううん、もしかしたら、そういう具体的なことじゃないのかもしれない。

アタシが、みんなのために出来ること…能力で、敵意を感じたりするのは、アタシじゃなくっても出来るけど…

あ、でも、この力って、ある種、無線みたいにお互いの状況を知らせるくらいだったら簡単だから、

それでは役に立てるかもしれないな…あとは、なんだろう…

アタシには、たぶん、みんなを守ることも、戦うことも出来ない…アタシがここに出来ることなんて、たぶん、なんにもない…

「…分かんない…もしかしたら、ここでアタシが出来ることなんて、なんにも無いかもしれない…。

 でも、アタシ、がんばる。アタシに出来ることを探すよ。アタシにしか出来ないことを探して、

 必ずそれをして、きっとみんなの役に立つ。みんなの手助けを出来るようにする。

 だからお願い、ミリアムちゃん、アタシも一緒に連れて行って!」

アタシは、もう、そう言う事くらいしか出来なかった。だって、なにも出来ないのは本当だ。

料理も、畑仕事も、魚を取ったりする能力も、ここじゃなんの役にも立たない。

でも、アタシやらなきゃいけないと思うんだ。みんなのために、自分のために…戦うなんてことじゃなくたっていい。

アタシにしか出来ない、みんなを助けて、守る方法が、きっとあるって思うんだ。それを探さなきゃ…!

アタシは、ミリアムちゃんをジッと見つめた。
 

66: 2014/02/07(金) 20:55:09.24 ID:uGyG5jW3o

ミリアムちゃんは、なぜだかクスっと笑って、相変わらずマリにしがみつかれているマライアちゃんを振り返って言った。

「さ、どうするの、アトウッド大尉?」

マライアちゃんは、それを聞いて、うなだれた。でも、しばらくして何かを諦めたみたいに口を開いた。

「プルは、あたしとミリアムと一緒に、もしものときは戦闘に参加してもらう。

 それ以外は、マリと一緒に、ロビンとカタリナとメルヴィの安全に気を配って。

 マリも、戦闘になったことを考えたら、打って出なくでも、

 シャトルの直掩をしてくれるくらいに動けるようになっておいてもらえたら、あたし達が少し楽になる。

 カタリナは、グラナダで必要なクスリと手当て用の道具を準備しておいて。

 銃創、切創、やけど、骨折に対応できるレベルの器具が揃えば、理想。

 メルヴィは、グラナダではなるべく顔をかくしておいて。

 あそこには、元ジオンの関係者もいるし、ネオジオンとのパイプがあった地域だから、

 まずは変装に必要なものを調達して。

 でも、そういう地域だから、姫様だってメルヴィが言えば、物資の調達とか、情報提供を頼めるかもしれない。

 あたしとプルと一緒に、情報収集を手伝って。ミリアムとマリでカタリナに着いて、医療物資の調達を穏便に済ませて」

アタシの名前は、出てこない。

「アタシは?マライアちゃん」

アタシは、そんな言い方したくなかってけど、堪えきれなくって、

つい、トゲトゲした言い方でマライアちゃんにそう聞いてしまった。

それを聞いたマライアちゃんはアタシに一瞥をくれると

「勝手にすれば」

って言い捨てて、シャフトへ飛び上がって、操縦室の方へと姿を消した。

 アタシはマライアちゃんの態度に、ショックと、怒りのふたっつを感じながら、

ただただ、その場に突っ立っているしかなかった。



 

67: 2014/02/07(金) 20:56:03.47 ID:uGyG5jW3o







 グラナダまでは、あと、まだ少しあるかな。あの子達はラウンジで気分直しに、なんて、カードを始めた。

ロビンが相当荒れているけど、まぁ、プルとカタリナに任せておけば大丈夫かな…

マリは17になったって言う今でもあどけなさがあって、好感が持てるけど、頼れる、って言う点では、

たくさん辛い経験をしてきたんだ、って言うプルと、ずっと母親のユーリさんを支えてきたカタリナの方がちょっとだけ上、かな。

落ち着き方がちがうんだよね、なんだか。

クローン、って一口に言っても、あそこまで性格が違うってところを見ると、

人が育つ環境って本当に重要なことなんだな、なんて思ってしまう。

私も、幼い頃は両親と妹と、平和に暮らすことが出来ていて良かったな、と思う。

そのあとにどれだけ辛いことが重なったかわからないけど、でも、そういう下地がなかったら、

今頃こうして、マライアのことを思って、コーヒーなんか淹れることもなく、デブリになって、この暗く冷たい宇宙を漂っていただろう。

 蓋つきのマグに、蓋つきのポットでドリップしたコーヒーを注いで、私はシャフトを通って操縦室へ向かった。

操縦室に入ると、マライアはシートに一人、どかっと腰を下ろして、ボーっと遠い宇宙を眺めている。

「マライア」

声をかけたら彼女はこっちを振り返って

「あぁ、ミリアム」

なんて力の無い声色で私の名を呼んだ。

私は、マライアの隣のシートに腰を据えて、それからマグの片方をマライアに押し付ける。

「コーヒー?ありがとう」

マライアはまた、言葉少なに返事をして、マグを受け取った。もう、世話が焼ける天使さまだこと。

「凹んでるのか、怒ってるの?それとも悩んでる?」

私が聞いたらマライアは、無表情でコーヒーに口をずずっと啜ってから、

「わかんない。全部、かな」

なんて、気の抜けた返事をしてくる。

「ふぅん」

私はそうとだけ返事をしてあげる。根掘り葉掘り聞いてあげるほど、甘やかす気はないよ?

言っておきたいことがあるんなら、ちゃんと口で言いなさい、私はニュータイプじゃないんだからね。

そんなことを思って、私はチラっとマライアを見やる。

マライアも私を見ていて、パッと目があった。その瞬間になって、やっとマライアの目に、少しだけ生気が戻った。

「あたしさぁ、間違ってたかな?」

68: 2014/02/07(金) 20:56:43.81 ID:uGyG5jW3o

「ううん、ひとつも間違ってなんていなかったと思うよ」

私は答えてあげる。

「じゃぁさ、なんでみんなあんなに文句言うのさ?」

「そりゃぁね、あの子達だって、いつまでも子どもじゃないってことじゃない?」

私はコーヒーをすすって言う。マライアがぷくっと頬を膨らませた。

「危ないんだよ?下手したら、連邦にネオジオンだけじゃなくて、アナハイムエレクトロニクスやビスト財団とか、

 他に利権を奪おうって連中がこぞって狙ってくるかもしれない」

「うん、そうだね」

まぁ、確かにその通り、か。

今はまだ連邦とネオジオンの“袖付き”って連中にビスト財団が一枚噛んでいる、ってのは分かっているけど…

さっきのマライアの話だと、ビスト財団がその箱を使って、連邦に対して優位に立ってこれたからこそ、

今の立場があるんだと思う。ビスト財団が莫大な額の資金を支出しているアナハイム社にしても同じだ。

だとしたら、ライバル企業あたりが箱を奪うために何かしらのアプローチをかけてくる可能性はけっして低くはない。

もちろん、この箱についての情報がどこまで漏れ出ているかにもよるんだろうけど…

少なくとも、この手のやつは一度漏れ出してしまえば歯止めが利かなくなる。

そうなると、連邦としては躍起になってその存在を葬ろうとするかもしれない。

例えば、その在りかが分かった時点で、一帯を核を使って消滅させるとか、

宇宙なら、戦艦のビームでも、コロニーレーザーでも、ソーラレイってあの鏡の壁でも、いくらでも手はある。

その狙う先に、箱を追うか、すでに手に入れたあとの私達が居ないとは、誰にも言えない。

「退路のない作戦は立てちゃいけないんだって」

「なら、まずは退路を考えないとね」

「そういう問題じゃないんだって。最悪、袋小路につっこむようなことになるかも知れないんだよ?」

「だとしたら、その袋小路をどうやって突き破るか、じゃないの?」

私が言ってやったら、マライアは私をジト目で睨んできた。

でも、あなたに睨まれたって全然威圧にならないんだから。

そう思って、笑顔で肩をすくめてみせてら、マライアは

「はぁーぁ」

と大きなため息をついて、ギシっとシートに身を預けた。

「分かってるんだよ、あたし、怖がってるだけなんだ、って。

 考えることをやめて、なにもせずに尻尾を巻いてあの子達を逃がそうと思ってるんだって」

「そうね」

「でもさ…プルも、マリも、カタリナも、メルヴィも、とっても大事なんだ。

 ロビンなんか、その中でも特別。アヤさんレナさんの娘で、レオナとあたしの娘でもあって、

 マヤとマナのお姉ちゃんで…あぁ、ううん、違うね…

 子どもの親になったとたんに、あたし弱くなっちゃったのかなぁ」

マライアはそう言って、なんだか声にならないうめき声を上げた。それから、ふっと思い出したように

「ミリアムはなんで平気なのよ?」

と私に聞いてきた。

69: 2014/02/07(金) 20:57:24.88 ID:uGyG5jW3o
ウリエラ…一昨年生まれた、私の娘。

父親はもちろんアレク、ううん、ルーカス・マッキンリー。

宇宙空間に投げ出されて被爆した私にはもう無理だと思っていたのに、

検査をしてくれたユーリさんはケロっとした顔をして、「別になんでもないよ?」なんて言ってくれた。

その言葉どおりに、ウリエラは生まれてきてくれた。

16年前に、“アレク”からもらった命は、私の中に宿ることはなかったけど…

今度は、正真正銘、私と、彼の子だ。単純に、それが嬉しくて仕方がなかったのを覚えている。

そんなウリエラも、もう2歳。最近は、良くしゃべるようになっていて、アヤさん達にもよくなついている。

マライアが宇宙に上がる、といって、ルーカスに声をかけてきたとき、私は彼に残って欲しい、と頼んだ。

こんなことになるなんて微塵も思ってなかった。

 ただ、お互いに母親になったマライアと、こうして宇宙へ出るのも、楽しいかもしれないな、なんて、

そんなことを思っていたからだった。

ルーカスは思った以上に子煩悩だし、それに、あそこには私が数日いなくたって、

面倒を見てくれて、本当の娘みたいに大事にしてくれる人達がたくさん居る。

一人娘だろうが、私はそのことだけは安心していられた。

「言ったでしょう?あの子達は、もう大人よ。子ども扱いするマライアの方が、気にしすぎているだけ」

「気にしすぎ、って、だって、これからは…」

「危険になるかも、って言うのは分かるよ。でも、それは私達だって同じだったじゃない。

 私は年齢をごまかして、15で訓練校に入って、19で入隊して、レナと一緒に、地球圏に居たよ。

 マライアだっておんなじようなもんでしょ?」

私がそう言ってあげたら、マライアは指を折って何かを数えて、

「うん、あたしは18でオメガ隊に引き抜かれたかな」

なんてつぶやいた。

「プルたちと変わらない歳でしょ?」

私がそう念を押したら、マライアは少し黙って、それから

「そうだけど…でも、あたし、怖いよ。あの子達が危険な目にあうのが」

と、ポツリといった。もう、マライアったら。

愛情が深いのは結構なことだし、決して過保護だなんていうつもりはないけどさ…

「それはさ、あの子たち次第じゃないかな。

 あの子達が選んで、あの子達がそうしたい、って言うんなら、私はそれを応援してあげるのが親の役目だと思う。

 戦争とは規模が違うけど、例えば子どもが木登りをしたい、って言い出したときに、

 危ないから止めなさい、と言うのか、気をつけなさい、と言って自分は木の下で様子を見ながらやらせるのか。

 私は、後者を選ぶかな、って思う。何かしたい、って気持ちがあるんならさ、とやかく言うより、

 身をもってそれがどういうことか、って言うのを体験してもらったほうが、私はいいと思ってる。

 もちろん、明らかに間違っていることをしようとしたら、それは止めるけどね。

 でも、親が心配だから、って言って、なんでもかんでもダメって言ってたら、子どもって育たないような気がするんだ」

70: 2014/02/07(金) 20:59:10.26 ID:uGyG5jW3o

私はマライアに思ったことを伝えた。マライアは少しの間ポカーンとしてたけど、ややあってコーヒーをずずっとすすって

「子ども生んだの一週間違いだって言うのに、なによ、この母親レベルの差。なぁんか悔しいんだけど」

なんて言って私をチラ見してまた頬を膨らませる。

「まぁ、私は、ほら、あれくらいの子達の面倒を見てたこともあったしさ。10台前半の、学徒兵達…」

「あぁ…ごめん」

私がちょっとだけ気落ちしたのに気がついたみたいで、マライアがそう謝ってきた。

まぁ、そりゃぁ、思い出すと、つらいけど、別にもう、それにとらわれることなんてない。

あなたが助けてくれたから、ね…

「ぶはっ!げほっ!げほっ!」

そんなことを思ったら、急にマライアが噴出した。あ、しまった、またやっちゃった。

なんだかもうこれも慣れたものだったから、特に照れるほどのことでもなかった。

毎回同じように動揺するマライアのほうが耐性がつかなすぎて笑えてしまうくらいだ。

「気にしないで、私はもう平気。あなたに助けてもらえたからね、マライア」

「もう!なんであえて口に出して言い直すのよ!」

私が言ったらマライアがそう文句を言ってきたけど、気にしない、気にしない。

 でも、それからマライアは、ふう、とため息をついて、またポツリと言った。

「アヤさんも、同じ気持ちだったのかな…あたしを宇宙に送り出すときに」

その話は聞いたことがあるな。自称、ダメダメだった自分を鍛えなおそうって決心したマライアは、

地球を離れて単身宇宙へ転属を希望した、ってやつだ。

アヤさんは、そのとき、いつものように励ましてくれたんだ、ってマライアは言っていたけど…

そうだね、もしかしたらそんな気持ちだったのかもしれないね。

「それがなかったら、今のマライアはなかったかもしれないね」

「うん…」

私が言ったら、マライアはまたショボンとした返事をした。

あれ、慰めに来たつもりだったけど、なんだか説教みたいになっちゃってるな…まぁ、いいか。

マライアは、ずっと誰かを守りたい、大事な人を失いたくない、ってそう思ってきた子だ。

その気持ちは良く分かる。マライアは大好きなお姉ちゃんを、私は、大切な妹と家族をなくしたんだ。

もう誰も失いたくない、って思うのが普通だよね。

そしてマライアは、きっと、その多くを実際に守ってきたんだろう。

だからこそ、失うことの怖さをよく分かっているんだ。それは、多くを失ってしまった私も一緒だけど…

でも、だから、ああまで言って、ロビンたちを地球へ帰そうとした。それは、全然、間違っては居ないと思う。

でも、間違ってないってことが必ずしも正解ではないかもしれない。

ダメダメのマライアを送り出したアヤさんのおかげで、私はこうして生きている。

そんな結果を想像したわけでもないんだろうけど、でも、たぶんアヤさんは、マライアの可能性に賭けたんだ。

アヤさんのように、手の届かない宇宙へ送り出すなんて、よほどの度胸がないと出来ないだろう。

私にはたぶん無理だ。だから私は、せめて、送り出しながら、それでもそばに居て、いつでも手を貸せるようにしていたい。

それがたぶん、私に出来る、次の世代の子達への、大人らしいなにか、なんだと思うんだ。
 

71: 2014/02/07(金) 20:59:56.34 ID:uGyG5jW3o

 「ああ、そういえばさぁ」

そんなことを思っていたら、急にマライアが声を上げた。

「うん、なに?」

私が聞いたら、マライアは相変わらずボーっと遠くに視線を投げて話を始める。

「宇宙に出るずっと前にね、ダメダメで、戦闘中にビビリまくって動けなくなるあたしに隊長は、

 戦闘隊から外す、って言ってきたことがあってさ。

 それでもあたしは隊のみんなと居たいんだ、って、隊長に言ったら、隊長はあたしに返事をしたんだよ。

 『勝手にしろ』って。それは、悲しかったけど、でもそのあとでダリルさんと話して、

 そういう意味じゃなかったんだ、って気が付いた。

 あたしは、あたしにしか出来ない何かを探さなきゃいけなかった。

 隊長は、そんなあたしの思いを見越して、勝手にしろ、ってそう言ってくれたんだって、今でも思ってる」

「マライアにしか出来ない、なにか、ね…ふふ、ロビンと一緒じゃない」

ふと、そんなことに気がついたので、私はそう言ってみた。そうしたら、マライアはなんだか神妙な顔つきで

「うん、だから、ちょっとびっくりした。あたしも、ロビンに勝手にしろ、って言っちゃったけど…でも、あたしのは、隊長のとは違ったな…

 たぶん、あれはロビンを傷つけちゃった…あぁ、バカだな、あたし…ロビン相手にケンカだなんて、今年いくつだと思ってんのよ…」

なんて言って頭を抱える。

「なに言ってんの、精神年齢なら、同い年くらいじゃないの?」

「な!なによそれ!?」

「なにって、そのままの意味よ?」

笑いをこらえて、クールにそう言ってあげたら、マライアはへんな雄叫びを上げて私に襲い掛かってきた。

抵抗したって、かなうはずもない。マライアは簡単に私の膝の上に馬乗りになってジッとこっちを見つめてきた。

それからマライアは静かな声で言った。

「…その、ありがとう」

「なに言ってんの、私とあなたの仲でしょ」

「だから、それやめてって」

「やめない。ルーカスとマライアが同時にピンチになったら、

 私は彼を見捨ててあなたを助けるだろうなって思うくらい、大事に思ってる」

「うわぁぁ、ゾクゾクしてきた…と、鳥肌がっ…」

「なんでいつもそうなのよ、もう。キラい」

「えー、それ言われるのもヤダ」

「どうしろって言うの!?」

私が言いかえしてベシッとマライアの肩を叩いてやったら、彼女はやっと、ニコっと笑顔を見せてくれた。

「…まぁ、そんな冗談はともかく、ロビンとちゃんと話しなさいよね」

「うん、分かってるよ」

私が改めて言ってあげたら、マライアはそう返事をして、なんだか恥ずかしそうにクスっと笑った。

たぶん、私が心の中で思ったのを感じ取ったんだと思う。

---ずっと一緒だからね、掛け替えのない、私の親友!

って、ね。



   

81: 2014/02/10(月) 23:59:13.67 ID:rKlK1sePo




 アタシがマライアちゃんとケンカをしてから半日、シャトルはグラナダの港に入った。

シャトルがアームに固定されて、ヘルメットを取ったマライアちゃんに言われてアタシ達もそれぞれ楽にする。

ここで物資の調達と、それから、フレートさんからの連絡を待つのと、

さらに、マライアちゃんは今回のことを母さんたちに報告するんだ、と言っていた。

特に、母さんたちへの報告、と言ったときには、アタシをジッと見つめてきた。

何を考えてるのかは感じられなかったけど、なんだか、当てつけみたいでいやな感じ!なんて思ってしまった。

でも、冷静に考えたら、母さんにもママにもあんまり心配はかけたくない、ってのが本音ではあるんだよね。

それにたぶん、そんなことを母さんたちに言ったら、マライアちゃんはきっと怒られるんだろうな…

ケンカしたとはいえ、アタシのせいでマライアちゃんが母さんに怒られるのは、あんまりいい気分じゃないな。

そのことについては…気は進まないけど、あとで謝っておこうかな…いや、やっぱりやめとこうかな…

 なんてことを思っていたら、マライアちゃんとミリアムちゃんが何かを話して、それからアタシ達の方を見てきた。

「じゃあ、さっき話した通り。カタリナとマリは、ミリアムと一緒に医療物資を揃えて。

 プルとメルヴィはあたしと一緒に、情報収集と、その他に必要なものを雑多で揃えに行くから、着いて来て」

マライアちゃんはそう言って班分を発表する。

アタシの名前は、なし、か。そうだよね、勝手にしろ、だもんね。

「ならアタシはミリアムちゃんの方に着いて行く」

わざわざ、マライアちゃんと一緒に歩く気には、今のところはなれないから、アタシはそう言った。

それを聞いたミリアムちゃんが、肩をすくめてマライアちゃんを見る。マライアちゃんは大したリアクションもしないで、

「じゃぁ、それぞれ準備ね」

なんておすましして言って、自分はさっさとシャフトを通ってラウンジの方へと飛んで行った。

もう、ほんとにいやな感じ。せっかく気持ち入れ替えようと思ったのにあんなんじゃ、そんなのも全然できないじゃない。

 アタシは相変わらずのマライアちゃんにまた気分を悪くしながら、

それでもとにかく気持ちを整えてから準備をして、ミリアムちゃん達と港を出て、市街地区へと向かった。

 月面都市は、フォンブラウンに次いで2つ目だけど、グラナダはフォンブラウンとはちょっと雰囲気が違った。

なんだろう、フォンブラウンは、なんとなく明るくて自由な雰囲気のある街だったけど、

ここグラナダは、どこかじっとりと重い雰囲気のする街だ。

決して荒れていたりとかそう言うわけじゃないんだけど、なんて言うか、

街全体に、押し込めた強い感情が行き場をなくして、内側から人や街を圧迫しているような、そんな感じ。

それほど強烈にそれが伝わってくるわけじゃないけど、どことなく緊張して、胸が詰まるようなところだった。
  

82: 2014/02/10(月) 23:59:39.88 ID:rKlK1sePo

 「なんだか、妙な雰囲気の街だね」

アタシがミリアムちゃんを見て言ったら、ミリアムちゃんは表情を変えずに

「ここはね、月の“裏側”で、地球が見えないのよ。

 それに、この都市はサイド3、今のジオン共和国のコロニー群建設に大きく関わってきていたから、

 今に至ってもジオンシンパが多いの。

  アナハイム社の工場や研究所もあるんだけど、ここもジオン寄りで、

 すくなくとも3年前までは、ネオジオンのためのモビルスーツの開発と生産まで行っていたくらい。

 もしかしたら、今でもそれは続いているかもしれないわね」

なんて小声で説明をしてくれる。

 その説明だけ聞くと、アナハイムエレクトロニクス、って、すっごくひどい会社なんじゃないの…?

だって、モビルスーツやなんかを作っては、連邦にもジオンにも売ってるってことでしょ?

フレートさんとか、キーラさんに、あと、3年前に島に来たミシェルちゃんのお姉ちゃんのサブリナちゃん達が働いている、って言うから、

いい会社なんだとばっかり思っていたけど…戦争の道具を作っているんだよね。それって…どうなんだろう?

だって、戦争になったら兵器が売れるから、もしかしたら、商売を順調にやっていくためにも、

定期的に戦争があった方がいい、なんてことを考えてたりするんじゃないかな…いや、そんなのは、考えすぎ、か。

だって、アナハイムエレクトロニクスは、別にモビルスーツだけを作っているわけじゃないもんね。

PDAのシェアもトップだし、家電の中でも、テレビとか、通信機器とか映像機器関係は

どこへ行ってもアナハイムエレクトロニクスの製品が置いてある。

だから、そんな自分勝手な理由で、戦争を煽ったりとか、しない…よね…?

 そうは思ってはみるけど、アタシは胸のうちに沸いた、くすんだもやもやする気持ちを拭えきれずにいた。

 「医療物資、か…薬局はあるけど、あそこだけで揃うかな?」

マリが遠くにあるお店を指差して言って、カタリナを見る。

「どうだろう、メスと鉗子に…長めのピンセットとナート器具一式あればいいんだけど…」

「メスと鉗子はあるかなぁ?ナートセットも怪しいけど…」

「どっちにしたって、私とマリだけじゃ、臓器になにかあったときは止血くらいしか出来そうにないからね…

 麻酔は、まだ危ないと思うし…免許がないと、さすがに手に入れるのは難しいよね」

さすが、日ごろからユーリさんの手伝いをしているだけのことはある。

なんの話をしているのかは良く分からないけど、それがまたアタシにはすごいって感じられた。
 

83: 2014/02/11(火) 00:00:27.76 ID:23iZ1240o

「ね、ナートって、なに?」

アタシが聞いてみるとカタリナが

「ん、傷口を縫うことを言うの。ナートセット、っていうのは、まぁ、針と糸のことかな。

 持針器っていう針を持って縫う器具もあればやりやすいんだけど、それはまぁ、なくても大丈夫」

なんて教えてくれる。なるほど、縫うことをナート、っていうんだね。

そういえば、ずいぶん前に母さんが、一緒に島へお客さんを連れに行ったときに、

二の腕をピッと何かで切ったらしくて、パックリ空いた傷を、熱湯で消毒した裁縫用の針と糸で縫って止めてたな、

なんてことを思い出した。

氷でキンキンに冷やすと痛みが薄れていいんだよ、って笑ってた。

あんなことを、カタリナもマリも出来るんだろうな。将来、お医者さん、っていうのも悪くないかもしれない。

あぁ、でも学校へ行くのは高い、って聞いたな…そこまでしてなりたい、ってわけでもないや…

うん、それよりも、やっぱり料理をしている方が好きかな。

 でも、料理ってこういうときって役に立たないんだよなぁ。

やっぱり、もっとなにか別の出来ることを探さないといけない、か。

そもそも、手当てはカタリナとマリが出来るんだから、いまさらアタシが出来たとしたって、

マライアちゃんを見返すなんて出来ないし…。

 なんてことを考えてたのが漏れ出ちゃってたみたいで、マリがケタケタと笑いながら

「ロビン、難しいこと考えてないで、のんびりしようよ。ほら、グラナダ名物、うさぎ団子だって」

なんて声をかけてきた。う、うさぎ団子!?

フォンブラウンの名物は出かける前に調べたから知ってたけど、グラナダにもそんなのがあるなんて!

「あぁ、ほんとだね。買出し終わったら、みんなで食べようか?」

「いいの!?」

ミリアムちゃんがそう言ってくれたので、アタシは嬉しくなって思わず聞いていた。

うさぎ団子…串に小さな玉が何個も刺さってて、あの、茶色っぽい蜜みたいなのはなんだろう?

いい匂いがする…ん、これは甘いものを焦がしている匂いだ!ってことは、あの蜜は甘いのかな?砂糖系かな?

うぅ、楽しみ!

「私お財布置いてきちゃったよ」

「ふふ、あれくらい、ご馳走しちゃうわよ」

「えぇ!?ミリアムちゃん、優しいなぁ!」

マリの言葉へのミリアムちゃんの返事を聞いて、アタシはまた嬉しくなって、思わずそう口にしていた。

「それに比べて、マライアちゃんは今日はずるいし、意地悪だよ」

なんて言葉も、思わず、付け加えてしまった。でも、それを聞いたミリアムちゃんはクスクスっと声を漏らして

「マライアも優しいじゃない。嫌われたり、傷つけるって分かっていながら、

 相手のためを思って自分からそれを話すことが出来るなんて、私にはなかなか出来ないことだよ」

と言って来た。わざと、嫌われるようなことを、言う?

あれは、そうなるって分かってて、それでも、アタシ達に言った、ってことなの・・・?

「アタシ達のために?」

「うん、そうだよ」

アタシが聞いたら、ミリアムちゃんはニコっと笑顔でそんなことを言った。
 

84: 2014/02/11(火) 00:01:04.82 ID:23iZ1240o

 マライアちゃん、そんなことを考えてたのかな…?良く、分からない…

アタシ達は、ミネバ様を助けたい、ってそう思ってる。だけど、マライアちゃんはそれをダメだって言った。

戦争が恐いとか、氏んじゃうかもしれない、ってのは分かる。

だけど、もし、アタシ達が帰ったことでミネバ様の助けになれないで、大変なことにでもなっちゃったら、

アタシは、絶対に後悔するだろう、ってそう思う。

だから、あれがアタシ達のため、だなんていわれても、全然納得も理解も出来ないよ。

「わかんないよ、それ」

アタシが膨れっ面でそういったら、ミリアムちゃんはなおも笑って言った。

「わからなくても、頭の片隅で、考えておいて。答なんて出ないかもしれない。

 出たとしたって、それは“どっちが正しい”か、とか、そう言うことでもないかもしれない。

 だけどね、考えておくのは大事なことだと思うんだ。

 考えるのをやめて、思考を固まらせてしまうことが、一番怖いことなんだよ」

ミリアムちゃんの声色は、優しくて、穏やかで、でも、それでいて、なぜだか力強く、アタシには感じられた。

ニュータイプでもないミリアムちゃんは、戦いの中で、なにを感じて、どんなことを考えて生きてきたんだろう?

ミリアムちゃんはルーカスちゃんの昔の仲間で、離れ離れになってからは、ネオジオンに身を寄せていて、

3年前のあのアクシズショックのときと同じときに、マライアちゃんに助けられたんだ、って、そんな“外側”の話は聞いたことはあるけど。

なにを経験して、なにを考えてきたか、なんて話は、聞いたことなかったな…いつか、聞いてみたいかもしれない。

きっと、ずっと一人で戦ってきたんだ、ってのは知ってる。

そんなミリアムちゃんは、今、アタシ達を見て、どんな風に考えて笑ってるんだろう?

 それからアタシ達は、薬局で必要なものを買い揃えた。

幸い、カタリナの探していた鉗子っていうのも、ナート、縫合に使う一式のセットも売られていた。

なんでも、近郊にある病院にそういう物資を卸しているんだ、と言う薬局だったみたいで、

小ぢんまりしていた割には、いろいろ置いてあったみたいで助かった、なんてカタリナとマリが顔を見合わせて笑っていた。

 それからアタシ達は、うさぎ団子をミリアムちゃんにご馳走になった。

ふわふわでモチモチの、お米か何かを練って作ったんだと思う玉を火であぶって、

そこに甘いシロップみたいのがかかっているデザートで、そりゃぁもう、飛び上がっちゃうくらいにおいしかった。

カタリナとミリアムちゃんは、それから食糧を買いに行くと言うので、アタシはマリと二人で、

お団子屋さんの前で、薬局で買った荷物の見張りをしながら、お団子を作る過程をじっと観察していた。

たいした手間はかかっていないみたい。

甘いシロップはソイソースと砂糖をメインにして作るんだ、って、お店のおじちゃんが教えてくれた。

ペンションに戻ったらさっそく作ってみようかな、なんて思って、

おじちゃんに聞いたシロップの作り方を頭の中で繰り返して記憶しようとしていたら、ふと、何かが触れた。

 この感じ…ニュータイプ?能力の感覚がする…でも、マリでもマライアちゃんでも、プルでもメルヴィでもない…

アタシ達以外の誰かが、近くに居る…そう思って、マリを見たら、マリもキュッと口元を結んでアタシを見ていた。

これは、敵意じゃない…なんだか、寂しい感じがする。ううん、寂しい、っていうどころじゃない。

まるで、大きな穴が心に開いてしまったような、そんな感じだ。
 

85: 2014/02/11(火) 00:01:36.70 ID:23iZ1240o
女性が落したのは写真だった。

ノーマルスーツを着た、金髪の男の人の写真…

「あの!落しましたよ!」

アタシは彼女にそう声をかけた。女性は、立ち止まってアタシの方を振り向く。

手に持った写真を差し出したら、彼女は

「あ…ありがとう、お嬢ちゃん」

と、ボソボソっと、こもった声で言ってきた。

「いいえ」

アタシが笑顔でそう言ってあげたのに、彼女は写真に目を落としていた。

でも、その刹那に、アタシは彼女の目に一瞬だけ、感情が灯るのを見逃さなかった。

「その人、大事な人だったんですか?」

「ちょっと、ロビン…!」

マリが声をかけてきたけど、アタシは彼女の目を見て、そう聞いていた。

彼女は、少し戸惑ったような顔を一瞬だけ見せて、それからすぐに、コクっと頷くと

「えぇ…そうね…私の、すべてだったのよ…」

とささやくように言った。ふつふつと、悲しみがわきあがってくるのが分かる。

「…悲しいんだね…その人は、氏んじゃったの?」

アタシが感じ取ったことをそのまま聞いたら、彼女はすこし驚いたような表情を見せてから

「…ニュータイプ、なのね。そうよ…彼は、氏んでしまったの…」

とまた、小さな声で言う。彼は、すべてだった、と、彼女は言った。

だから、そんな写真の男の人が氏んでしまったから、彼女の心にはこんなに大きな穴が開いてしまったんだろうな…。

それは、とても悲しかった。

アタシには、大好きな人がいっぱい居るけど、でも、もしそういう人たちがいっぺんにアタシの近くから居なくなってしまったとしたら…

アタシ、どんな気持ちになるかな?想像しか出来ないけど、とっても悲しいし、きっと、泣きわめくだろうな…

みんなじゃなくたって、例えば、母さんとか、レナママにレオナママ、マリオンにマライアちゃんとか、レベッカなんかが居なくなったら、

アタシ、どうやって生きていったらいいんだろう…ずっと一緒で、そんなこと、これっぽっちも考えたことなかったけど…

でも、そうなったら、きっと悲しいよね…

「そうなんだ…悲しいね…」

アタシは、自分の胸の中に沸いた悲しさを、彼女に伝えた。母さんが、言ってた。

大事なのは、悲しいことを、一緒に悲しいな、って思うことなんだって。

楽しいな、ってことを、一緒に楽しいな、って思うことなんだ、って。

「…えぇ。ありがとう、そんな風に、言ってくれて」

女性は、アタシの想いが届いたみたいで、そう言って微かに笑った。

それから、写真を胸に抱いて静かにうつむいてから彼女は改めて顔を上げてアタシを見つめてきた。

「ありがとう、ニュータイプのお嬢ちゃん」

彼女はそう言って、静かに頷くと、ゆっくりとアタシに背を向けて歩き出そうとした。

「マリ、ロビン、どうしたの?」

そんなとき、ふと、後ろで声がした。振り返ったらそこには、ミリアムちゃんとカタリナに、

マライアちゃんとプルに、メガネなんかかけて変装しているらしいメルヴィの姿があった。
 

86: 2014/02/11(火) 00:02:12.33 ID:23iZ1240o

「あぁ、ごめんごめん、ちょっとね!」

アタシがそう声を上げたとき、今度は、ドサっと、音がした。

え?なに?

そう思って振り返ったら、さっきの女性が、マライアちゃん達の方を見て、

買ったばかりのお惣菜の入ったビニールバッグを地面に取り落としていた。

驚いたような、憎しみのような、悲しみのような、恐怖のような、なんだかいろんなものが入り混じった顔をしている。

な、なに…?どうしたの…?そう思っていたアタシの耳に、すぐそばまで歩いてきたミリアムちゃんの、静かな声が聞こえてきた。

「ナナイ・ミゲル大尉ですね…良ければ、少しお話をさせていただけませんか?お聞きしたいことがあるんです」

ミリアムちゃんは、相変わらず穏やかだった。

ナナイ、と呼ばれた女性の混乱した感じと比べると、あまりにも温度差があって、見ていたアタシも、

なんだか、混乱してしまいそうだったので、とりあえず、感覚を閉じて二人の様子を眺めていた。









 

87: 2014/02/11(火) 00:02:44.10 ID:23iZ1240o



 それからアタシ達は、ミリアムちゃんと、マライアちゃんの判断で、街の商業地区を離れて、街の隅にあった、小さな公園に来ていた。

宇宙へ物資を打ち上げるためのマスドライバーと、荒涼とした月面を眺めることの出来ようになのか、

耐圧ガラスの天井にから宇宙が見えている。アタシ達は、公園の中にあった、人のまばらなカフェに席を取った。

 マリが、一緒に食べようと言ってパフェを頼んだので、アタシはマライアちゃん達の話をそれを食べながら聞いていた。

ん、このチョコレート、普通のじゃないな?なんだろう、塩かな?妙に口の中で溶けてからの風味があっさりしてる…

隠し味、ってことかな。

うさぎ饅頭にも、しょっぱい漬け物みたいなのが乗っていたけど、

こう、甘さを引き立たせるための塩気、ってのは、それがあるだけで味が一段上品になるね。

これはやっぱり帰ってから試さないとな、なんて思っている横で、

マライアちゃんとミリアムちゃんは、ナナイ、と言うこの女性に、ポツリポツリと質問をしていた。

「それじゃぁ、あれからあなたは、レウルーラを離れてスィートウォーターから、ここへ?」

「ええ、そうよ、アウフバウム特務大尉」

ナナイさんは、見るのも辛いくらいの落ち込んだ表情をしながら、ミリアムちゃんの質問にそう答える。

「そうでしたか…最後まで指揮を執っていたと、元部下から聞いています。大変なお役目でしたね」

「所詮は、道化に過ぎなかったのよ。私も、あの人も…」

あの人、ってのは、あの写真の人だよね?誰なんだろう、あの写真…きっと大事な人だったんだろうけど、ね…

 「ね、ミゲルさん」

今度はマライアちゃんが口を開く。彼女の方を無言で見やったナナイさんにマライアちゃんが聞いた。

「“袖付き”、って、知ってる?」

それを聞いたナナイさんの感情が微かに動揺するのを、アタシは感じた。

アタシが感じたくらいだから、マライアちゃんもきっと見逃してないだろう。

このナナイ、って人は、箱を追っている連中を知っているの?

「…フル・フロンタルを首魁とする、ネオジオン残党…」

「フル・フロンタル…あれは、彼なの?それとも、別人?」

マライアちゃんがナナイさんをまっすぐに見詰めて、そう聞いた。

ナナイさんは、顔を伏せて、手にしていたコーヒーのマグを両手でグッと握った。

それから、微かに体を震わせて、喉の奥から搾り出すような声で言った。

「分からない…私には、彼が、分からないの…あの人は、あの人は、氏んだ…氏んだはずなのに…!」

その声は、まるで、彼女の胸を引き裂いて出ているような感じさえ受けた。
 

88: 2014/02/11(火) 00:03:27.58 ID:23iZ1240o

でも、マライアちゃんもミリアムちゃんも、冷静にそれを聞いて、

マライアちゃんが、冷たいって感じるくらいの調子で、ナナイさんに言った。

「教えて。その、フル・フロンタルについて」

ナナイさんは、しばらくそのまま、黙って震えていた。でも、しばらくして、気持ちを整えたのが分かった。

穴の開いた彼女の心のそこに引き込まれていた感情がわきあがってきているのが感じられる。

いつの間にか、はっきりと、悲しいんだ、と言う目をした彼女は話を始めた。

「あの日…アクシズが押し返されたあとに、周辺に居た味方部隊が、ロンドベルのガンダムと、

 それから、大佐の機体の脱出ポッドが回収されたのを目撃していたわ。

  私は、残存部隊を使って、大佐の居場所を探した。

 その結果、大佐の体は、ルナツーの連邦軍の軍事病院に収容されていると言う情報を掴んで、

 特殊部隊を使って、大佐を回収した。

 だけど、レウルーラへ戻ってきた大佐は、何もしゃべらず、何も見ず、笑うことも、涙を流すこともなかった。

 ただ、呼吸を繰り返すだけの、植物状態といっても良かったわ…。それでも、私は、彼を諦め切れなかった。

  原因は、おそらく、強力なサイコフレームの共鳴、もはやハウリングと言っても良いレベルの、

 サイコウェーブの爆発現象が間近に居た大佐の大脳皮質にそれが過剰な負荷となって伝播した…

 その結果、感情や、思考をつかさどっていた神経が損傷した。早い話が、過電流…脳神経が、焼ききれてしまったのよ…」

「あのとき見た、あの緑の光、だね…」

マライアちゃんがそう口にすると、ナナイさんは、コクっと頷いた。

「それでも…私は諦め切れなかった。回収した大佐を、強化人間の研究施設に運び込んで、人格の再生を試みたわ。

 神経節の再構築のために体細胞を使った再生医療も併用して…私は、彼に生きていて欲しかった。

 指導者としての力も、パイロットとしても技量も、私には必要なかった。

 ただ、彼が彼のまま、私のそばに居てくれていれば…本当にただそれだけだった…

 1年経って、“それ”は、目を覚ました。奇跡が起こったんだと、私は思ったわ…でも、それは違った。

 目を覚ましたのは、もう、あの人ではなくなっていた。自分の意思も、私への愛も、彼の中からは消えていた。

 彼の抱えていた、私が癒すことの出来なかった孤独も傷付きも、迷いも、彼の中にはなかった。

 感情の一切が、彼の中からは消えうせていた。あるのは、微かな記憶の残滓だけ…。

 それは感情も伴わない、なんの脈略もない、反応として湧き上がってくるだけのもの。

 データディスクと同じだったわ。キャスバル・ダイクン、いいえ、シャア・アズナブルは消えてしまった…

 残ったのは、彼が使っていた体と、刻まれた微かな記憶としての電子情報だけ」

「それが、あの、フル・フロンタル?」

マライアちゃんが、そう尋ねる。しかし、ナナイさんはそれには首を振った。

「分からないわ。彼が本当にもう戻らないんだと気付いたとき、私はスィートウォーターから逃げ出していた。

 その後、あの体がどうなったのかは、私には分からない。

  ただ、その後レウルーラがジオン共和国のモナハン・バハロと接触したしたと言う情報があったわ。

 記憶の操作や強化手術と洗脳を受けてフル・フロンタルと名乗るようになったのかもしれないし、

 あるいは、別の人間を、よりそれらしく操作し、強化するための素材として使われたかもしれない…

 でも、それももう、関係のないこと…」

ナナイさんは、そう言って静かにポロポロと涙を流し出した。
  

89: 2014/02/11(火) 00:04:24.56 ID:23iZ1240o

 話を聞いていたアタシは、なんのことを言っているのかはなんとなく理解できていた。

あのときの、赤いモビルスーツに乗っていた、冷たくて空っぽの感じのするパイロットのことだろう。

そうか…あの人が、そうだったのか、は分からないけど、

とにかく、あのパイロットと、ナナイさんの持っていた写真の人とは関係がゼロではなくて、その写真に写っていた男性は、

ナナイさんの恋人だったんだ…生きていて欲しい、って、そう思って、手を尽くしたんだ…

その、シャアって人は、幸せだったのかな…なんだろう、分からないけど…すごく、悲しい感じがする…。

 彼を失ったナナイさんの気持ちを思っているからなのか、

それとも、意思を失ってからも翻弄され続けるそのシャアって人のことを思っているからなのか、アタシ自信にも、良く分からないけど…。

「…後悔、してるんだね」

不意に、マライアちゃんが言った。後悔…?そうか、そうなんだ…これは、この感じは、後悔、なんだ…

「彼を、なまじ希望を掛けて治療をしたこと…人としての機能を再生させてしまったってことを…悔いてるんだね…」

マライアちゃんの言葉に、ナナイさんは、力なく頷いた。

「私は…あの人を失いたくないばかりに、あの人の姿形をした、ただの空っぽの入れ物を作り出してしまった…

 あの人を、汚してしまうようなことまでして、私は…私は…!」

ナナイさんはそう言ってとうとう、突っ伏して泣き出してしまった。

どうしてなんだろう…ナナイさんは、そのシャアって人を助けたい、ってそう思っただけなのに、

どうしてこんなに悲しんでいるんだろう?自分を責めているんだろう?後悔してるんだろう…?

だって、それは、結果的には助けられなかった、って言うだけで、そのシャアって言う人も、

もしかしたら、元に戻りたい、って願っていたかも知れないじゃない。

無理だ、って分かっていながら、それでもなんとかしようと思って、それでもできなかったんなら、

仕方ないことだと思うんだけど…違うのかな…?

そりゃぁ、悲しいけど、でも、出来なかったからって言って、するべきじゃなかった、なんて思うこともないと思うんだけど…

好きな人に生きて居てほしい、って、そう思うのは自然なことだって思うのに…

どうしてそれを、後悔しなきゃいけないんだろう…?

 アタシは、しばらくそうやって、グルグルと頭を回転させていたけど、結局、答えを出すことはできなかった。

辛くなったら、バカやる前に地球においで、ってマライアちゃんがペンションの場所を教えてあげてて、

ナナイさんを住んでる場所だ、って言う家まで送り届けて、アタシ達はシャトルに戻った。

アタシは、と言えば、答えが出ないナナイさんのことが頭の隅から消えずにモヤモヤした気持ちを抱えたままで、

出港するシャトルの窓から、ナナイさんのことを考えながら、ジッと離れていくグラナダを見つめていた。




 

110: 2014/02/16(日) 23:28:43.30 ID:ce1mClQJo




 「あれが、インダストリアル7、ね」

ミリアムちゃんがつぶやくようにそう言った。目の前には、青い宇宙空間に巨大な建造物が浮かんでいる。

こでれも、コロニーとしては中規模のモノで、しかも、まだ半分は建設途中だと言うんだから、驚く。

そりゃぁこんなのを作るんじゃ、木星あたりからたくさんの鉱物を運んでくる必要がある、ってのも納得だ。

 「あのコロニー、なにかくっ付いてる」

「ホントだ。エスカルゴみたい…」

マリとカタリナがそう言っている。たぶん、あのコロニーの先端に着いている変な形の突起物のことだろう。

エスカルゴ、ってのは確か、カタツムリのことだ。

うん、言われてみれば確かに、カタツムリみたいな形してるね、あれ。

<こちら、インダストリアル7管制室。貴船は、事故調査班で間違いないか?>

「えー、こちらシャトル“ピクス”。その通りです。アナハイム社より依頼を受けて、事故の被害状況調査に参りました」

<了解した。10番ケージへ誘導する。以降は、誘導ビーコンに従ってくれ>

「了解」

マライアちゃんが管制室と連絡してそう伝えた。

 グッとGが掛かって、シャトルが軌道を変える。

エスカルゴの部分を通り過ぎて、コロニーの反対側へとゆっくり近づいて行く。

 アタシたちはフレートさんにひと肌脱いでもらって、アナハイム社を通して被害状況の調査を承った調査会社の調査員、ということにしてもらった。

まぁ、会社なんてデッチ上げだし、マライアちゃん曰く、

「適当に報告書を上げて、別の会社に依頼し直してもらえるように仕向けるから問題ない」

だそうだ。

こういう時は、素直にすごい、って思える。

まぁ、でもすごいのはそう言うあれこれを仕込んだライオン隊長だけどね、なんて思ってしまうあたり、アタシもヒネくれてるな。

仲直りしたいんだけどなぁ、ホントは…

 このインダストリアル7は、つい先日に、連邦軍と“袖付き”との戦闘があってかなりの数の人が氏傷した、って話だ。

コロニーの外壁にも穴があいちゃって、今は、隔壁を下ろして修理中ってことらしい。

街もかなり被害が出てるんじゃないかと思う、って言ってたのはフレートさんだけど、

マライアちゃんもミリアムちゃんも、どこか真剣な表情をしている。その予想はたぶん、間違ってないんだろう。
 

111: 2014/02/16(日) 23:29:35.86 ID:ce1mClQJo

 シャトルがケージに入って、気密扉が閉じた。すると、マライアちゃんが立ち上がって、アタシ達を見つめてくる。

「いい、降りる前に、状況を整理しておくから、よく聞いてね」

その表情は、なんだろう、険しくて、鋭くって、なんだかもう、怖いくらいだった。

「まず、箱をめぐる力関係だけど、箱を追ってるのは、ネオジオン残党“袖付き”。

 それを防ごうとしているのが、連邦軍の外郭部隊、ロンドベルの船、ネェル・アーガマ。

 本隊も状況を掴んでるみたいだから、こっちはある程度信用できると思う。

 でも、状況から見て、連邦は一枚岩じゃない。

 それはたぶん、ビスト財団にしても同じで、

 連邦の一部勢力は、箱の存在なんて端からなかったことにするために、処分を画策している。

 ビスト財団も、箱を譲渡しようとしてる一方で、別の一派がそれを阻止して、

 多分、自分たちの利益のために使おうと目論んでいる。

  いい?ここから先は、味方なんていない。誰もがみんな、自分の中に野望を抱いてて、

 隙があれば箱や箱につながる情報を横取りするか、処分しようとしてくる。

 一瞬の油断が、命取りになりかねない。それだけは、心に留めておいて」

マライアちゃんは、ひとりひとりの顔を見ながらそう言って、それから最後にアタシの目をじっと見つめた。

分かってる。アタシ達は、ミネバさまの唯一の味方。アタシ達の仲間は、アタシ達以外には、ミネバさまだけ、でしょ。

逃げるわけにも、無茶をして氏んじゃうわけにもいかないんだ。

まだ自分に何ができるかなんてわからない。でも、少なくとも覚悟は出来てる、と、思う。

怖さとか危険さの実感はまだ出来ない。だから、どこまでやれるかは説明できないけど…でも、必ず最後までやる。

そう、言える。

 アタシは口を結んでマライアちゃんに視線を返した。マライアちゃんは、なんにも言わずに、黙って頷いた。

それから

「じゃぁ、これからの班分けを説明するね。

 マリとカタリナは、ミリアムと一緒に行って、被害地域で情報収集に当たって。

 たぶん、ここで戦闘をしたっていうのは、ロンドベルの特殊部隊だと思う。

 どの程度のモビルスーツが出てきてたのか、と、それから、被害状況から、ネオジオンの機体の性能の分析をお願い。

  メルヴィは、あたしと一緒に来て。あたしはアナハイム社の工場を探してみる。

 たぶんどこかに、あの白いのを極秘に調整してた場所があるはずだから、そこを探して情報を抜き取ってくる。

 それから、プルに、ロビン」

マライアちゃんが、久しぶりにアタシの名前を呼んだ。嬉しい、って気持ちも少しはあったけど、

それ以上に、アタシは緊張感を覚えた。

それは、けっしてマライアちゃんが和解しよう、って言ってきてるんじゃない、ってのが伝わってきたから。

マライアちゃんの思いは、こう言っていた。

―――つまらない痴話ゲンカをしてるい場合じゃない…
 

112: 2014/02/16(日) 23:30:02.76 ID:ce1mClQJo

 被害状況とか、そんなのを聞いてもほとんど何も思わなかったアタシも、マライアちゃんのその感覚には、

正直、恐怖を感じた。

感情じゃなくて、もっと違うところで行動を決めなきゃ行けない、って、マライアちゃんはわかっているんだ。

「プルとロビンは、コロニー内の工業地区を調べて。

 できれば、モビルスーツの試験場とか、そういうのが見つかればベスト。

 ただし、危険なことはまだしないで。今は、まだ、そのタイミングじゃない。

 少しでもやばいと思ったら、一旦引いて、あたしとミリアムに連絡をとってね」

「わかったよ」

「うん、わかった」

プルの返事に続いて、アタシもお腹に力を入れてそう返事をした。

マライアちゃんは、仕方ない、って思いながら、アタシが残ることに何も言わなかった。

これで、アタシがヘマをしたら、アタシは今以上にマライアちゃんを傷つけて、悲しませてしまう。

ケンカのまっさい中だし、ヒネくれちゃってるアタシだけど、それはダメだってわかる。

ケンカは悪いことじゃない、一方的に責めたりするんじゃなくて、ちゃんと相手の言うことを聞いて、

自分の言いたいことを言え、それから、最後には必ず仲直りする方法を考えろ、って母さんは言ってた。

こんな程度のことで、マライアちゃんを嫌いになんてならないし、どうでもいいなんて思わない。

仲が良いから、ケンカくらいするんだ、うん。

 アタシは自分にそう言い聞かせて心の準備を整えた。

お腹に、ぐっと力が入っている気がして、背筋がピっと伸びている。

 無理はしない。できることを探して、それをする。今のアタシがやらなきゃいけないのは、その二つ、だ。

 「じゃあ、行くよ。何かあったら必ずPDAで連絡を取ること。間に合わないときは、集中して呼びかけて。

 能力で呼びかけがあったら、必ずこのシャトルまで一目散に逃げてくるようにね」

マライアちゃんは最後にそう確認をした。

それから、誰からも質問や文句が出ないのを見て、また静かにコクっと頷いて、先頭にたってシャトルを降りた。

 格納庫を出てすぐのところに、制服を着た係員が居た。

「お世話になります。管理部のボイルと申します」

彼は丁寧にそう言ってアタシ達に挨拶をしてきた。

「アナハイムエレクトロニクス社からの依頼で、

 今回の件の調査を委託されましたスミスリサーチカンパニーの代表をしています、ジェーン・スミスです」

「ずいぶんお若い方もいらっしゃるんですね」

ボイル係員はそう言ってアタシに目を向けてきた。一瞬、ギクっとしてしまう。

でも、そんなのを聞いてもマライアちゃんは冷静だった。
 

113: 2014/02/16(日) 23:31:08.35 ID:ce1mClQJo

「彼女は、職場体験の一環で同行しています。

 連邦のマーセナス議員の姪にあたられ、今回は彼女に戦闘の傷跡をお見せして、

 戦争や紛争の理解を深めて欲しいと言う、議員たっての希望でお引き受けいたしました。

 本来ならば、私達もかのような場所に関係者以外を立ち入らせることには抵抗があるのですが…

 こちらが、証書です、お目通し願います」

マライアちゃんはそう言って、抱えていたカバンから一枚の紙切れを取り出して係員に見せた。

彼はそれに目を落とす。

え、ちょっとマライアちゃん、そんなのアタシ聞いてないんだけど?!

なに、アタシ、そういう立場のフリしなきゃいけないの!?

そう思ってマライアちゃんの顔をチラっと見たら、マライアちゃんもチラっとアタシを見てきた。

―――適当に、話あわせて

そんなマライアちゃんの声が頭に響いてくる。え、ちょ、ちょっと!きゅ、急にそんなこと言われても…!

そんな風に内心戸惑っている間に、書類に目を通し終えた係員はまたアタシに視線を向けてきて

「まだお若いながら、立派な志、感服いたします、グレース・マーセナスさま」

と声をかけてきた。アタシは、胸がギュッとなるのをなんとかこらえて

「い、いえ、叔父様は、争いを知らぬうちは、政治など分からないと口を酸っぱくしておっしゃっておりましたので。

 アタシ…私は、それを鵜呑みにしているだけの未熟者ですわ」

と、なるだけお上品に返事をした。だ、大丈夫だよね?政治家のお嬢様、ってこんな感じだよね?

「いやぁ、そんなご謙遜を。うちのバカ息子にも聞かせてやりたいもんです。さ、どうぞ、ご案内いたします」

係員は朗らかにそう言って、アタシ達を先導して歩き始めた。

アタシはそれについていきながら、男からにじみ出てくる感覚を探る…うん、大丈夫…疑われてはなさそうだ。

一安心して、マライアちゃんを見たら、マライアちゃんは真剣な表情で、でもアタシをジッと見て肩をすくめた。

それは、なんでか良く分からなかったけど、暖かいものが触れたような、そんな感じがした。

 港のエリアを抜けて、アタシ達はコロニーの中に入った。

コロニーなんて、アタシは初めてで、思わず辺りを見回してしまう。壁がグルっと辺りを囲んでいて空に延びている。

その空の先にある天井にも、建物がたくさん建っていた。すごく、奇妙な感じがする。

海なんかに出ると、よく水平線が見えてその先が丸くなってるのが分かるけど、なんだかその逆を見ているみたい。

うーん、なんだろう、なんだか、めまいでも起こりそうな、そんな景色だな、これ。平衡感覚が狂っちゃいそうだ。

 「とりあえず、こちらが許可証です。それからコロニー内の地図と、移動用の軽車両を2台ご用意しました」

ボイル係員はそう言って、マライアちゃんに地図とキーに、紐のついたIDカードのようなものを手渡した。

「ほかに何か必要なものがありましたら、ご連絡をお願いします。

 重点的に確認をお願いしたいのは、市街地区のエリアですかね。

 人的被害については現在確認し切れているものについては今日か明日中には書面でお渡しできます。

 それから、要所には警備員を配置しております。

 もし、警備のものと何かありましたら、その際にもこちらへご連絡をおねがいします」

「感謝します」

マライアちゃんはそうお礼を言ってからアタシ達をみやって

「じゃぁ、いきましょう」

と声をかけてきた。
 

114: 2014/02/16(日) 23:31:41.53 ID:ce1mClQJo

 アタシ達もそれぞれ係員の人にお礼を言って、先頭の車にはマライアちゃんとメルヴィ、

後ろの車両にはミリアムちゃんとカタリナにマリ、アタシとプルも乗り込んだ。

カタリナが助手席に乗って地図を覗き込んでいる。

アタシとマリは後ろから身を乗り出してカタリナの地図を覗き込んだ。

「どのあたりで調べ物したらいいのかな?」

カタリナが地図を見てミリアムちゃんに尋ねる。

「んー、私達は、被害の大きかったっていう市街地区に行ってみようか。プル達は、工業地区、って言ってたよね?」

「うん」

「工業地区は、港に隣接してる…車乗らなくてもよかったかもね」

カタリナがそう言って地図を指し示す。確かに、工業地区はコロニーの端。

港と同じブロックにそのエリアが書きこまれていた。

「そう。どうする?」

ミリアムちゃんがそう言ってきた。

「私達も、先に街を見て回るよ。地図で見ると、工場区画はそれほど広いってわけでもなさそうだし。

 先に広い居住区画を一緒に見て回ったほうがいいと思う」

プルが答えたら、ミリアムちゃんは

「そうね、そうしましょうか」

なんて、まるでランチのお店を決めるみたいな気軽さで返事をした。

「ね、ミリアムちゃん…ここって危なくない?」

アタシはさっきのマライアちゃんの話を思い出して心配になってそう聞いた。

もしかしたら、ここにもですでに敵が入り込んでるかもしれない。

アタシも十分気を付けるつもりだけど、あんまり大人数であれこれしてたら、見つからないかな?

でも、アタシのそんな言葉にミリアムちゃんは、ニコっと笑って

「大丈夫よ。このエリアなら路地も多いし万が一のときでも逃げ道はいくらでもある。

 息が切れるまで走って逃げるのは、得意だからね」

なんて言った。ミリアムちゃんは、ちょっとの心配も感じさせなかった。それが、アタシを安心させてくれる。

そんなアタシを見てミリアムちゃんは

「まぁ、こんなところに敵が居るとは思わないけど…むしろ危険なのはマライアとあなた達の担当の工場区画の方よ。

 気をつけてね。能力は研ぎ澄ませて、危険を早くに察知できるように、って、

 私はどれがどんな感じなのかはよく分からないけど」

って私達に言い添えてから、また笑った。ミリアムちゃんってば、優しいな。

こういう、励ましてくれるような気遣いは、マライアちゃんや母さんよりもうまいと思う。

甘えて頼るんじゃなくて、しっかりしなきゃ、って素直に思える言い方をしてくれるんだ。

そういう風に言われるのは楽だし、それに、信頼してもらっているみたいで、とっても嬉しい。
 

115: 2014/02/16(日) 23:32:09.02 ID:ce1mClQJo

「分かったよ。マリ、もし別行動するようなときに何かあったら、集中して私を呼んで。すぐに助けに行くよ」

「うん、頼りにしてるよ、姉さん」

プルとマリがそう言い合っている。

二人の能力は、アタシ達とはまたちょっと違って、二人の間でだけはまるで響き合うみたいに感情が伝わるんだ、

ってマリが話してくれたことがある。

そりゃぁ、一卵性の双子みたいなもんだもんね。

アタシとレベッカも、割とそれに近い感覚でいろんなことを共有することがあるけど、マリとプルのはそれ以上なんだ。

無線なんかよりももっと役に立つはず。そう考えれば、別々に居ても、おなじところに居るようなもんだってそう思う。

意識を共有出来ちゃうような、そんな感じなんだ。

 ユーリさんはそれを、遺伝的な相似が、電気的な共鳴反応を起こしてそう感じるんだ

ってことを言ってたのを聞いたことがあるんだけど、正直なにを言ってるのかはイマイチ理解は出来てない。

とにかく、すごい、ってことだ。

 市街地区に車が入った。そして、アタシは、息をのんだ。そこは、確かにひどい状況だった。

ビルらしい建物は、大きな刃物で真ん中から縦に切られたみたいになっている。

あちこちで建物がつぶれていて、瓦礫だらけ。

ひどいところは、一面が更地みたいになっていて、黒くすすけた塊が転がっていたりする…

ギュッと胸を締め付けるような緊張感と恐怖がアタシを襲う。

これが、戦争…?これが、戦いの結末なの…?道路にも瓦礫がたくさん散乱していて、ガタゴトと車が揺れる。

そんな中、アタシは強烈になにかの気配を感じた。ハッとして、アタシはその出所を振り返る。

そこには一軒の大きなマンションのような建物があって、一部分が崩れてつぶれている。

そのつぶれた箇所から、強烈な思念が発せられていた。

―――怖い、怖い、助けて…そう、言っている。

「ミリアムちゃん!あの建物に誰か閉じ込められてるみたい!」

アタシは指を指しながらそう声を上げた。

「まだそんな人がいるの?!どこ!?」

ミリアムちゃんもフロントガラス越しに、向こうを覗き込もうとする。

でも、そんなアタシ達を見て、プルが静かな声で言った。

「ロビン…これは、違うよ。これは、氏んだ人の思念…

 あの場所で氏んだ誰かの思念が、あの場所に焼き付いてるんだよ」

「え…?」

し、氏んだ人の、思念…?こ、これが、そうなの…?だって…だって、すごく生々しいよ?

まだ、生きてるみたいに…本当に苦しいって、怖いって、そう感じているのとおんなじような感覚なのに…

それなのに、氏んじゃってるの?
 

116: 2014/02/16(日) 23:32:37.51 ID:ce1mClQJo

「氏ん…でるの?」

「うん…同じ思念が、繰り返し反響してるでしょ?生きてる人は、こうはならないんだよ…」

プルは静かに答えた。そんな…こんな、こんなに、怖いって…

この人は、こんなに怖いって思いながら、氏んじゃったんだ…

張り裂けそうな、ううん、爆発して叫び出したみたいな気持ちが、こうやって、残ってるんだ…

これが、これが、戦争…?これが、戦争で氏んじゃうって、そういうことなの?

アタシも何かあったらこんな風になるのかな…マライアちゃん達やプル達も、もしかしたらこんな風に思うの…?

ギュウっと、胸が苦しくなる。

怖い…怖いよ、そんなの…そんな、そんなのって、怖い…怖いし、悲しい…そんなの、そんなの、イヤだよ…!

「ロビン、戻っておいでー」

突然、ズビシッ、という音とともに額に鋭い痛みが走って、アタシは正気を取り戻した。

隣に居たマリがヘラヘラ笑いながらアタシを見てた。っていうか、痛ったぁぁぁぁ!思いっきりデコピンされた!

「しっかり。飲まれそうなときほど、その感覚に集中したらダメだよ」

マリはそんなことを言いながら、自分で弾いたアタシの額を撫でてくれる。

「あ、ありがと、マリ…」

アタシはマリにそうお礼を言う。これが、戦争…これが、戦いの中で起こる感覚…

あのとき、遠くから見ていた戦闘で白いモビルスーツから伝わってきたのと同じ感じだ。

まるで、アタシの意識を黒く塗りつぶすような、不快で、冷たい、そんな感覚…

「絶望…」

プルが呟いたので、アタシは思わずその顔を見た。

「それだけじゃない。憎しみ、悲しみ、恐怖…

 どんな正義があったって、戦闘になって湧きおこるのは、いつだってそんな感情なんだよ。

 それでも、そこにいる人たちは戦わなきゃいけないんだ。大事な何かを守るために…」

プルは静かな声でそう言った。プルの気持ちが、じんわりと伝わってくる。敵も味方も、みんなおんなじ。

それぞれが大事なもののために戦うのが戦争なんだって。

なにが大事かって言うのはひとそれぞれだけど、でも、何かを守るために、

相手の大事なものを打ち壊さなきゃいけない、何かを守る誰かの意思を消さなければならない。

それが、戦争…

 気が付いたら、アタシは、目からハラハラと涙をこぼしていた。

それが戦争…?だって、そんなのは…そんなの、悲しすぎるじゃん…

みんなが、アタシ達と同じように何かを守ろうとしているの?

アタシ達が、お互いに守り合うのと同じように、ミネバさまを助けてあげようって思っているのと同じように、

アタシ達を傷つけようとして来る人たちも、あの“袖付き”って人たちも、

ビスト財団、って人たちも、大事な何かを守ろうとしているの…?どうしてそんなことが起こるの…?

だって、それは、もともとの気持ちは同じじゃない。

少しでも、幸せでありたい、危険や不安じゃなくて、安全と安心が欲しい、って、そう願っているだけじゃない…

なのに、どうして…?おんなじ気持ちを持ちながら、どうしてお互いにそれを壊すようなことをしなきゃいけないの…?
 

117: 2014/02/16(日) 23:33:10.65 ID:ce1mClQJo

「どうして…そんなことになっちゃうのかなぁ…」

アタシは、胸の内に沸いた気持ちを、誰となしに、口にした。

「…わからないよ。でも、そうするほかに、手だてがないのかもしれない…」

プルが静かに言った。

 手だて…それじゃぁ、それなら…戦う以外の手立てがあるとするんなら、戦争は起きないのかな…?

そんなの、本当にあるのかわからない…でも、でももしかしたら、戦うのとは違う方法があるのかもしれない…

どんな方法か、なんて、全然わからないけど…

「戦争以外の方法は…あると思う?」

「…わからない…そんなことが、本当にあるのかどうかも…」

プルが難しい顔をして、また静かに答えた。そうだよね…

それが、簡単なことだったら、こんなにずっと、戦争なんて続いて来てはいないんだ。

これまでにも、アタシ達以外にも、おんなじようなことを考えてた人がたくさんいたのかもしれない。

だけど、誰にもその答えを見つけられていないんだ。答えなんかないかもしれないけど、あるかもしれない…

でも、だからと言って考えなかったら、答えなんて出ない…マライアちゃんも、ミリアムちゃんも言ってた。

考えるのをやめるな、って。それは、“あきらめるな”って言葉にも似てた。

考えることを、悩むことを、あきらめるな、ってそう言っている言葉なんだろう。

戦い以外の方法で、安心と、安全を手に入れる方法、か…

「ふふ」

そんなアタシ達の会話を聞いていたミリアムちゃんが、急にそう声を上げて笑った。

思わず、アタシはミリアムちゃんを見つめる。

そしたら、ミリアムちゃんはなんだか嬉しそうな顔をして、ルームミラー越しにアタシを見て言ってきた。

「いっぱい考えてね。その答え、私も、ぜひ聞いてみたいから」

そんなことを言ったミリアムちゃんは、ニコっと、優しく笑ってくれた。





 

120: 2014/02/18(火) 03:18:01.75 ID:gjFaj1Hho





 あたしは、薄暗い中、黙々とキーボードをたたいていた。

ここは、インダストリアル7の一番“新しい”区画。

コロニービルダーが製造しているコロニーの始まりの場所にほど近いエリアだ。

途中に何人か、ボイルという係員の言っていたのとは別の警備らしい人間を見かけた。

対応するだけ騒ぎになりそうなだけだから、適当に撒いて、

メルヴィと一緒に、今はここ、コロニーの外壁と人工地盤の隙間からコロニービルダーとコロニーの接続部分まで潜り込んだ。

おそらく、コロニービルダー点検用の作業員室なんだと思う。

コロニーが順調に出来上がってきている今は、もう使われていないみたいだったので、都合がよかった。

とりあえず、出入り口すべてに施錠をして、部屋にあった端末にコンピュータを繋いで情報を漁っている。

 確かに、ここであの白いモビルスーツが作られた、ってのは、嘘じゃないみたいだな。

確かな情報があるわけじゃなかったけど、

そこかしこに、UC計画という言葉とともに、RX-0と言う型式のモビルスーツらしきものを示す文章が残っていた。

RXナンバーは、連邦のモビルスーツの中でも、特別な機体にしか与えられないコード。

しかも付いてくる数字が、“0”ということになると、それがどれほどの意味を持つものかは、知れてくる。

一番初めの、アムロが乗っていたあのガンダムでさえ、RX-78。

それ以降も、RXナンバーを持つ機体は、78から数字が積み重なっていたし、ね。

 だとすると、やっぱりこの機体に、そのラプラスの箱のありかが隠されている、って言うのはあながちウソではないのかもしれない…

ビスト財団の、箱の開放を決めた人がどうしてわざわざそんなに手のかかることをしたのかは、分からないけど…

でも、あるいはその理由を探していくことが、もしかしたら、箱のありかを引き出す大事なヒントになるかもしれない。

隠して探させる、というのは、その行為になにかを求めたに違いないんだ。

いったい、それは、なんなのか…

 あたしは、そんなことを考えながらキーボードをたたいて次のデータを開いた。

それはすでに削除されたデータみたいだった。

あたしの組んだシステムが、そのデータを何とかサルベージして修復を掛けてはいるけど、文字化けやデータの損失が多い。

意味の通りそうな文字列は、全体の半分くらいか…あたしはそこに書いてある、断片的な文字列に目を走らせる。

と、ある表記に目が留まった。

―――PRX-0へのNT-D再インストール行程…

 PRX…?P…プロトタイプ、ってこと?あの白い機体がそうなの…?

ううん、これは…違う…RX-0用に調整された、このNT-Dとって言うのを、PRXの方に試験的に適応するための試験行程の表だ…

RXの方があの白いタイプだとするなら、あれとは別に、このPRXって言うのもあるってことだね…

あの機体、相当な運動性能だった。あたしにどこまで操縦できるかわからないけど、

もしあれに乗ることができたら、その気になれば、“袖付き”を単機で引き付けることもできるかもしれない…

これ、探してみた方がいいかな…?でも、待って、先に箱のありかに関する情報を集めなきゃ…
 

121: 2014/02/18(火) 03:19:26.64 ID:gjFaj1Hho

 「マライアさん」

モニターを見つめながらそんなことを考えていたら、そうあたしを呼ぶ声が聞こえた。

振り返ったらそこには、なんだか疲れた顔をしたメルヴィの姿があった。

まぁ、あたしとメルヴィしかいないんだから、それは当然だけど…

「なに、メルヴィ?」

あたしが聞いたら彼女はすこしモジモジしながら

「その…こういう言い方は、失礼かもしれないんですが、その…退屈です」

なんて、言いにくそうにそう訴えてきた。あぁ、ごめんね、メルヴィ。あたし解析に夢中になって忘れてたよ。

「ごめんごめん。じゃぁ、ちょっとこれお願いしていいかな?」

あたしは、予備のコンピュータを取り出してメルヴィに手渡す。

「私、システム関係のことはあまり得意ではないですけど…」

「そんなに複雑なことじゃないよ。ここのデータベースの内容を、全部メモリーディスクにコピーしてほしいんだ。

 毎回毎回ここへ潜入するのは正直面倒だし、

 出来たら、データだけ運び出してシャトルで解析した方が、気分的にも楽でしょ?」

あたしはそう説明をしながらメルヴィのコンピュータも端末に接続して、

それからポーチに詰め込んできていたディスクを何枚か手渡した。メルヴィを見て

「出来そう?」

と聞いてみたら、彼女はなんだか嬉しそうに

「はい」

と返事をしてくれたので、そっちの作業を任せることにした。

 メルヴィはあたしの隣に座って、慣れない手つきでキーボードを触りながらデータをコピーしている。

あたしも、黙々とデータベースを浚って、手掛かりになりそうな情報を集めて行く。

静かな時間が、作業員室を包み込んだ。

 そう言えば、メルヴィとはマリとユーリさんを助けてから、ずっと会ってなかったな。

マリがプルとメッセージをやり取りするときに、時々写真なんかも送ってくれて、そのときになんどか顔は見ていたけど…

あのとき10歳くらいだったメルヴィも、もうすっかり立派になった。

歳とるわけだよねぇ、若い子の成長が著しくって、マライアおばちゃん、目もくらむ思いだよ、なんてね。

あたしもまだまだ、全然イケるけど、さ。それはそれとして、でも、メルヴィも結構変わったな。

最初に会ったときは、なんだか、自信のない、どちらかって言ったら、姫様の影武者としての役割を失くして空っぽな感じだったのに、

今は、なんだか充実している感じがじんわりと伝わってくる。

木星でのヘリウム採掘って言うのは過酷だ、って聞いたことがある。

そう言う状況下で、メルヴィもきっと強くなったのかもしれないな。

なんてことを思っていたら、メルヴィはあたしの顔を見てクスっと笑った。

あ、なに考えてたか、分かっちゃった?

なんだか、ちょっとだけ恥ずかしくなって、照れ笑いをしたあたしにメルヴィは言った。

「何がどう、って言うわけじゃありませんよ?」

「そうなの?ずいぶん大人になった気がするけど…」

あたしが言ってあげたら、メルヴィはクスっと笑って

「ずっと、ひとりだと思っていたんです、私」

と言った。一人…?どういう、ことなんだろう?

122: 2014/02/18(火) 03:20:02.48 ID:gjFaj1Hho

「私はね、自分のことをずっと知らなかったんですよ。

 自分が何者で、どうしてミネバさまの影武者としての教育を受けているのか、とか、そう言うことも。

 ただ、戦争が終わる直前に、研究所から逃げ出した先のアクシズで、

 私はハマーンに拾われて、ミネバさまと一緒に育ちました。アクシズは、私の家だったんです。

 あんなところでしたけど、みんなそれなりに優しくしてくれて、

 少なくとも私は、悪いところだと思ったことはあまりありませんでした。

 でも、心のどこかで寂しさを感じていたんです。

 自分は、何者なんだろう、自分の家族は、今はどこにいるんだろう、って、ね」

メルヴィは、目線をモニターに戻した。昔のことを、思い出してるんだろう…

ハマーン、って確か、アクシズで姫様やメルヴィの側近をやっていた人だよね…話には聞いたことがある。

その人も、きっと姫様とメルヴィを守ろうとしてくれてたんだろうな…

メルヴィの話を聞いたあたしには、そんな風に感じられていた。

「でも、あの紛争が終わって、連邦に逮捕された私を助け出してくれたネオジオンの残党が戻った先の船で、私は、

 ユリウスさんに会いました…彼女は、私に、本当のことを教えてくれました。

 ずっとひとりだと思っていた私に、家族がいる、って。半分だけ血のつながった、姉がいるんだ、って」

メルヴィはそう言って、ポロっと、一粒、目から涙をこぼした。胸が、なんだかジワっと切なくなってくる。

そんなあたしをよそに、メルヴィは話を続ける。

「それが、とても嬉しかったんです。ずっと一緒に育って来た、本当に、姉妹と同じように想っていたミネバさまが、

 本当に私の姉さんなんだ、って、それが分かった時に、嬉しくて、安心して、

 私、子どもみたいに泣いてしまったんです。あぁ、自分は、ひとりじゃなかったんだな、って」

そっか…あたしは、メルヴィとはあの船でほんのちょっと一緒だっただけだから、

彼女がどんなことを考えて来て、どんなことを経験してきたのか、なんて知らなかったな…。

でも、考えてみれば、メルヴィがそう感じていたのも当然だよね。

身寄りもなくて、それこそ、アヤさんの施設みたいに、一緒に暮らそう、って想いがあって生活しているわけじゃないところなら、

自分の家族のこととかに想いを走らせちゃうかもしれない。

そう考えたら…確かにそれって、寂しいし、辛いよね…あたしも、宇宙に出たての頃は、そうだったなぁ。

アヤさんにも、隊のみんなにも、家族にも会えなくて、ひとりぼっち。

ミハイル隊長のとこに配属になって、ルーカスと仲良くなってから、やっと安心できるようになったもんなぁ。

きっとメルヴィは、そんなあたしよりももっと寂しくて、でも、もっと嬉しくって安心できたんだろうな…
 

123: 2014/02/18(火) 03:20:35.43 ID:gjFaj1Hho

「そっか…メルヴィも大変だったんだね…」

あたしが言うと、メルヴィはくすん、と鼻を鳴らして、それからニコっとあたしを見た。

「はい…でも、だからこそ、私にとってミネバ様は、仕える主君以上に大切な人なんです…大事な、姉、なんです。

 だから、やっぱり、すこしでも助けになりたいじゃないですか」

そっか…そうだよね…それって、あたしがアヤさんや隊長達の役に立ちたい、って思ったのと、おんなじ気持ちだよね…

それは、分かるよ、メルヴィ。

「そっか…。じゃぁ、暇させちゃったのは、申し訳なかったね」

あたしがそう言ってあげたらメルヴィは、姫様に良く似た笑顔でまた笑って

「はい。これからは、どんどん、仕事を任せてください。できることなら、私、なんでもやりますから!」

なんて言った。

 なんだか、ロビンとケンカしてた自分が恥ずかしいな…ミリアムの言う通りだ。この子達はもう子どもじゃない。

もちろん、経験不足にもほどがあるけど、でも。

それぞれがみんな、ちゃんと考えて、何かのために行動しよう、って、そう決められるんだ。

 本当に、いつまでも、あたしがあれこれ口を出し続けるのも、違うのかもしれないなぁ…

 そんなことを思っていたら、モーターの回る音とともに、太ももにくすぐったい振動が走った。

ポケットに入れたPDAだ…

 あたしは、慌ててPDAを取り出して画面を確認する。そこには、ミリアムの名前が表示されていた。

画面をタップして回線を繋ぐ。

「ミリアム、どうしたの?緊急事態?」

「あぁ、ううん。そう言うわけじゃないんだけど、ね。ちょっとおもしろい物を見つけてさ。

 そっちの作業が済み次第、工場区画に向かってくれないかな?」

おもしろい物…?なんだろう…?

「なによ、おもしろい物、って?」

あたしが聞いたら、ミリアムのクスクスと言う笑い声が聞こえてきた。

「マライアの大好きな、モビルスーツ、よ」





 

124: 2014/02/18(火) 03:21:28.15 ID:gjFaj1Hho

引用: 機動戦士ガンダム外伝―彼女達の選択―