126: 2014/03/02(日) 15:50:10.95 ID:oQzje+ako

127: 2014/03/02(日) 15:51:13.58 ID:oQzje+ako






 1時間ほど経ってから、あたしはプル達が調べていたはずの工業区画へと戻ってきていた。

でも、そこにいたのはミリアム達で、プルとロビンの姿はなかった。

「ロビンたちは?」

そう聞いたあたしに、ミリアムは肩をすくめながら、

「シャトルに戻ったわ…ロビンが、限界だったみたい」

と教えてくれる。ロビン…あなたは慣れてないからね…ううん、こんなのに、慣れるべきじゃないけど…

ごめんね、ケンカなんかしてなければ、きっとあたしがちゃんと守ってあげたのに。

いや…でも、それも、自分の力で越えていかなきゃいけないこと、なのかな…

 そんなことを考えながら、工業区画の奥へとミリアムの案内にしたがって進む。

「よく、こんなところ、大手を振って歩けるね。こっそり進入しなきゃいけないと思ったのに」

あたしが言ったら、ミリアムは小さく笑って

「最初は、マリと私でそうしたのよ。そしたら、あれを見つけたから、ね」

と立ち止まって、何かを見上げた。

あたしもミリアムの視線を追うとその先には、どこか見たことのあるモビルスーツがケージに固定されている姿があった。

「これ…ゼータ?ううん、量産型の…リゼル、って言ったっけ…」

「この機体、コロニーへ突入してきたロンドベルが使っていたのと同型のみたいでね。

 その機体の破片の一部が民家を直撃していたんだけど、それが本当に連邦機のものかどうか、

 って言うのを現物と比較して確認したい、って言って、正式にここへ入れてもらったってわけ。

 コロニー側としても、連邦による被害と言うことになれば、いろいろと都合が良いんでしょうね」

「そりゃぁ、それが確かなら補償はコロニー側の言い値で決められるだろうからね」

そんなことを話しながら、あたしはリゼル、リファイン・ゼータガンダム…“ル”、って、何の頭文字だろう…

分からないけど…万が一のときは、これを強奪して戦うことも出来そうだね。

シャトルに積んである型落ちで中古で欠陥品を応急手当しただけのジェガンに比べたら、頼もしいったらない。

操縦性があたしに合えばいいんだけど…

「なんだか、懐かしい感じがするね。初めてあったときにマライアちゃんが乗っていたのと、兄弟なの?」

「うん、そうだね。同じ開発系統だから、そうなるね」

「そっか。うん、マライアちゃんの機体に似てて、ハンサムだね」

マリはそんなことを言って笑った。ハンサム、ね。マリがガンダムを褒めるなんてな…

プルもマリも、ガンダム憎しって言う意識操作を受けていたはずだって、聞いてたけど、

そんなことが言えるんなら、それももうすっかり解けてる、ってことだよね。

でも、それも当然、かな。

ユーリさんとアリスさんと、カタリナと一緒に居れば、マリだってプルだって、そんなものにとらわれることなんてない。

こと、ユーリさんに至っては、そういう洗脳的なものを解いていく方法も知っていそうだし、ね。

数は…3機か…1個小隊だけで警備が出来るとは思えないけど…

まぁ、でも、あたし達にしてみたら、都合がいいね。

これを強奪しちゃえば、少なくともモビルスーツに後ろから追われることはないだろうから。

シャトルに格納するのは無理そうなのが心配だな…牽引でなんとなるかな…ま、それはあとでもいいか。
 
TV版 機動戦士ガンダム 総音楽集
128: 2014/03/02(日) 15:51:47.38 ID:oQzje+ako

 「どう、気に入った?」

ミリアムがそんなことを言ってきた。ないに越したことはないから、見つかってよかったけど…

「あのジェガンよりはマシだろうけど、でも、このタイプは操縦したことないから、なんとも言えないなぁ。

 ゼータと同じくらいに動いてくれればいいんだけど…」

「その、ゼータ、って、ロンドベルが昔使ってた、あのガンダムモドキがそうだったんでしょ?」

「あぁ、うん、リガズィね。あれにも乗ったことないし、コンセプト自体が独特だから、単純な比較は出来ないけど…

 でも、ギラドーガに比べたらずっと高性能だよ」

ミリアムの乗ってた機体だし、と思ってそう言ってやったけど、ミリアムは顔色ひとつ変えないで

「そう。どんな感じなの?これ」

なんて聞き返してくる。なによ、もう。

もうちょっと怒ったりとか、ふてくされるとか、カチンと来るとか、そういうの見せてくれたって良いじゃん。

なんて思いながらも

「んー、あたしの知ってるゼータ、ってのは、だいたい、反応速度が良くって、グンって加速する感じだったんだよね。

 早い話が、じゃじゃ馬」

と説明する。そしたらミリアムはクスっと笑って

「じゃじゃ馬ね、誰かさんにそっくり。私とも相性が良さそうで良かった」

なんて言ってあたしの表情を覗き込んだ。だぁーかぁーらっ!やめてよね、そういうの!

「なによ、あたしを乗りこなしてるつもりなの?」

「え?私まだ、マライアに“乗せて”もらったことはないけど?

 まぁ、もし乗せてくれるんだったら、うまくやれる自信はあるけどね」

い、い、い、いやいやいや!ちょ、え、ミ、ミリアム!

子どもだって…あ、い、いや、子どもってわけじゃないけど…わ、若い子がいるんだから、そういう話は…

っていうか!なに口説いてんのよ!あなた人妻でしょ!あたしだって、二児の母!

あたしが言うのもなんだけど倫理的にいけません!

「マライア」

なんだかワケも分からず動揺してしまっていたあたしにミリアムが改まって声をかけてきた。

「な、な、なによ?」

あたしが聞き返したら、ミリアムはニヤニヤと笑って

「顔、真っ赤だけど?」

と言ってきた。な、な、な、な…!?そ、そんなはずない!

あ、あたしにはアヤさんとレナっていう、心に決めた人がいるんだ!

い、いや、心に決めた、っていうか、必ず守るっていう、こう、騎士道精神的なあれで忠誠を誓った相手で、えっと…その…

 ミリアムは、なおも錯乱しているあたしを見てまた、プッと噴き出して笑ってから

「ともかく、もしものときにはこの機体が使えそうだ、って言うのはわかったかな。

 今日のところは、とりあえず戻って成果報告会でも開くとしましょ」

なんて、何でもないみたいにみんなに言った。

 ミリアム…あたしをもてあそんで!あなた、絶対に仕返ししてやるんだからね…!

そんなあたしの強い想いとは裏腹に、ミリアムはマリ達と楽しそうに笑いながら、もと来た道へと引き返して行った。
 

129: 2014/03/02(日) 15:52:24.91 ID:oQzje+ako

シャトルに戻って、マリとカタリナに手伝ってもらいながら、ミリアムとあたしとで簡単な食事を準備した。

メルヴィだけは、まだ固形物は食べさせてあげられないから、

とりあえず買い込んでおいたあたし厳選のチューブ食だったけど。

地球に帰ったら、まずはユーリさんに治療メニュー考えてもらわないとな。

 それをダイニングに運び込んで、食事をしながら今日の調査のしようと思ったけど、ロビンが姿を現さなかった。

「まだダメみたい」

とプルが心配そうな表情でポツリと言った。

戦場や、シドニーあたりに立ち込めるあの強烈な感覚をモロに受け続けちゃったんだろう。

かなり吐いた、ってプルは言ってた。心配だな…さすがに、あとで様子を見に行ってあげようかな…

なんてことを思っていたら、ふと、プルが首にかけたチョーカーのようなものをもてあそんでいるのが目に入った。

「あれ、プル、そんなのしてたっけ?」

「あぁ、これ?姫様のところから戻ってくる途中の宇宙空間で拾ったの。

 ほら、私のは姫様に預けちゃって、なんだか納まりが悪かったから」

プルはそんなことを言って笑う。なんだろう、宝石、ってわけじゃないな…

金属みたいな材質のT字ヘッドが付いてる。とくにきれい、ってわけでもないけど…

ていうか、宇宙で拾ったんなら、誰かの遺品、ってことだよね…うーん、それってなんだか不吉じゃない?

あたしがそんなことを言おうとしたら、

「ね、それで、ラプラスの箱、って言うのは見つかったの?」

とマリが話しかけてきた。

「え?あぁ、ううん。箱のありかはまだ分からなかった。

 でも、あそこのデータは全部抜き取ってきたから、それを解析するつもり。

 ただ、どうもあの白いモビルスーツがここに運び込まれたってのは本当みたい。

 NT-Dっていうシステムを組み込んでいるみたいだね、あの機体は」

「NT-D?」

あたしの言葉にミリアムがそう声を上げる。

「うん。まだシステムの断片しか見れてないけど…

 前にアリスさんに見せてもらった、EXAMって言う人工知能の起動ソースに形が似てたんだ。

 EXAMって言うのは、ニュータイプや強化人間のサイコウェーブを検地して起動する人工知能なんだけど…」

「あの機体には人工知能が?」

「ううん。どうもそうじゃないみたい。

 まだ確定じゃないけどNT-Dは、サイコウェーブを感知すると、サイコフレームが起動する仕組みになっているんだと思う。

 EXAMと同じで、リミッターが強制解除にもなるかもしれない。

 いずれにしても、機体の性能は大幅に向上する可能性が高い…」

「ニュータイプの存在を感知すると起動するとして、なんの意味があって?」

ミリアムが、沈んだ声で聞いてきた。たぶん、そう聞いては来てるけど、内心答えが分かっているんだ…。

「EXAMもそうだったらしいけど、おそらく、ニュータイプに対抗するために…ニュータイプを、抹頃するための機能、なんだと思う…」

あたしの言葉に、一瞬、場が静まり返った。
 

130: 2014/03/02(日) 15:53:38.93 ID:oQzje+ako

 そう…EXAMの発想を思いついたアリスさんは戦場からニュータイプを弾き出すためのものだと考えていたみたいだけど、

実用化に踏み切ったなんとかって博士は、ニュータイプを頃すことを念頭においていた。

このNT-Dも、基本的な考え方は同じだ…対抗するため、なんて、生易しい表現じゃない。

ニュータイプを憎み、消滅させるって意思が感じ取れる。

明らかに、これは、“あたし達”に向けられている兵器なんだ。そう考えたら、胸が詰まった。

言い知れぬ圧迫感がどこからか感じられる。

 「まぁ」

重い沈黙を破って、ミリアムが口を開いた。

「万が一戦うことになったとしても、それがニュータイプに反応する、って言うんなら問題ないわ。

 マライアに叩けなくても、代わりに私がやれるはず。それほど脅威だなんて思えない」

うん…そう、そうだよね…

ミリアムは、同じギラドーガに乗ったあたしとほとんど互角にやりあえるくらいの腕の持ち主だ。

あたしだって、落ち着いて能力を抑えれば、NT-Dを起動させないですむ。そうなれば、情勢はこっちが有利だ。

ただ、あの白いのは、袖付きに鹵獲された。袖付きの、あのクワトロ大尉に良く似た感じの男が使ってくる可能性もある。

そうなったときは…あたしとミリアムでやるしかない、か。似ているのは感覚だけであってほしいもんだな。

能力まで大尉と同じレベル、ってことにでもなったら、さすがにちょっと厳しいかもしれない…

念のために、対抗策は考えておいたほうがいい、か…

 「ミリアムさん達のほうは、いかがでしたか?」

話が途切れたとき、今度はメルヴィがミリアムに聞いた。

「市街地区に落ちていた機体は、さっきの格納庫で見た機体…リゼル、って言ったっけ?

 あれが、数機。それから、ジェガンもいくつか。それから、マリが言うには、ファンネルビットが二つ。

 これは、たぶん、あのとき見たつぼみのようなモビルスーツのものだろう、ってこっちはマリの意見よ」

ミリアムがそう言って、マリとプルを交互に見やる。二人は黙って頷いた。
 

131: 2014/03/02(日) 15:55:23.58 ID:oQzje+ako

「袖付きの機体はコロニーの中ではやられた形跡はなかったわね。

 ただ、コロニーの外側でギラドーガが何機か確認されてる。

 どれも、カメラでの目撃で映像にも残っているから確かね。

 規模は不明だけど…ロンドベル隊と思われる部隊は、かなりの損失を受けていると思うわ。

 引き換え、袖付きは、被害機がなかったとしても大規模な数がいるとは思えない…

 ただ、性能も腕も確かなのが揃ってる、って印象ね」

「いつになっても、物量の連邦と、技術と性能のジオン、ってわけね」

あたしが言ったら、ミリアムは肩をすくめて

「そうね」

なんて苦笑いをした。

 「じゃぁ、工業区画のほうはどうだった?」

今度はあたしはプルに話を振る。さっき格納庫を見つけたときの話じゃ、ミリアムたちも向こうへ行ったらしいけど…

「うん。ロビンのことがあって、あまり長い時間探索はできなかったけど、データベースは見つけたよ。

 とりあえず、内容はディスクに全部コピーしてきた。

 私にはできないけど、マライアちゃんになら解析できるでしょ?

 モビルスーツに関する内容なら、きっとコロニービルダーの方よりも情報量があると思う」

プルは、カレーのスープに浸したパンを頬張りながら説明してくれた。

データベース、か…たしかに、今日、コロニービルダーで調べた情報には、どこかに隠された工場があるって感じじゃなかった。

ってことは、調整を行っていたとしたらきっと、プル達の向かった工業区域だよね…

あたしが抜いて来たデータと合わせて分析しておかないとな。

あそこはあそこで、妙な情報が幾つかあった。例えば、PRXってやつだ。

工業区域以外にモビルスーツを組み立てたり調整したりする施設がないにもかかわらず、

どうしてただコロニーを建造するためのあの巨大な“船”にそんな情報があったのか…

そう考えたら、あの“船”がただコロニーを作ってるだけとは思えない…

きっと、あのモビルスーツに何かしらの関係があるはず。出来たら、分析は明日までには終わらせておきたいかな…

明日の予定は夕飯が終わったら考えるとしても、明日はここでデータをいじっているより、

あのモビルスーツを運び出す算段をつけたり、あのコロニービルダーの中を探索する必要があると思う。

持って帰ってきたデータはどう見積もっても少ないとは言えないから、こりゃぁかなり時間かかりそう…

少しでも眠る時間が取れるといいんだけど…

 あたしはそんなことを思いながら、マリとカタリナが作ってくれたカレースープにパンをつけて頬張った。

うん、おいしい。やっぱり、暖かい場所と暖かい食事と、暖かい笑顔が、一番の幸せだよね…

姫様、がんばってね。あたし、待ってるからね。ミリアムと、プルと、マリと、メルヴィとで、ね…。



 

132: 2014/03/02(日) 15:56:47.41 ID:oQzje+ako




 気持ちが悪いのは、多少治まった。

プルがちょこちょこ様子を見に来てくれて、スポーツ飲料とか、チューブのゼリーなんかを差し入れてくれた。

正直、ゼリーの方はまだ入らなそうだったからスポーツドリンクだけ飲んで、ひと息付いた。

重力のかかり具合もあるから、気分が悪いときは、床に寝たほうがいいよ、とミリアムちゃんが言ってくれてたので、

アタシは毛布に包まって、床に寝転んでいた。確かに、ベッドで眠っているよりもここの方が少し楽、かな…

 それにしても…あの悲鳴がこだまするような感覚には、完全に打ちのめされてしまった。

プルが、ずっとアタシに“こちら側”の意識を投げかけてきてくれていたから辛うじて飲まれないで済んだけど、

それでも聞こえてくるあの声は、アタシの精神を削り取るのに十分だった。

結局、アタシはマライアちゃんに任されたはずの工業区画の調査はほとんどできずじまいで、

プルに担がれてシャトルに戻ってきてしまった。

 正直、情けないな、って気持ちが強い。姫様のために、助けたい、なんて言ったのに、何にもできなかったな…

マライアちゃん、ああいうのも全部分かってて、アタシを止めたんだね…やっぱり、マライアちゃんにはかなわないな…

アタシはヤケッパチだったけど、マライアちゃんは冷静にアタシのことを考えて言ってくれたんだな…

それなのに、アタシ、自分の気持ちばっかりしか考えてなくてマライアちゃんにひどいこと言っちゃった…謝らないと…

 カタン、と音がした。振り返ったらそこには、カタリナの姿があった。

「大丈夫?ロビン」

カタリナは、そう優しく声を掛けてくれた。

「あぁ、うん…ありがとう、カタリナ」

「ほら、スポーツドリンク持って来た。もう結構な時間なんにも食べてないでしょ?宇宙で空腹のまんまでいると、あんまり良くないんだよね」

カタリナはそう言って、床を蹴って、フワッとアタシのところまでやって来た。アタシは床から体を起こす。

視界がグルグルするのは収まってる、かな。カタリナが肩を貸してくれて、アタシはベッドの上に戻った。

気分の方も落ち着いてきてる。これなら、飲み物だけじゃなくて、なにか食べれるかもしれないな…。

 アタシはベッドに腰掛けて、カタリナの持って来てくれたスポーツドリンクを飲む。

微かな甘さと、程よい温度が、喉と体を潤していく。

 「ふぅ…」

なんて、思わずため息が出ちゃった。

「ふふ、良かった。だいぶ楽になったみたいね」

そんなアタシの様子を見て、カタリナが笑顔になる。安心した、って感じがジワッと伝わってきた。

「ありがとう」

アタシはそうお礼をしてから、

「今は、どんな感じ?」

と聞いてみた。カタリナは笑顔のままで

「もう、今夜の会議はお終い。続きはまた明日、って言ってた。プルは今、シャワーに入ってるよ。

 メルヴィはもう寝ちゃってる。ミリアムちゃんとマライアちゃんは、まだラウンジでおしゃべりしてた」

と教えてくれる。

「マリは?」

「マリは、マライアちゃん達のオツマミ目当てで、二人にくっ付いてるよ」

カタリナはそう言って、声を上げて笑った。
  

133: 2014/03/02(日) 15:57:17.88 ID:oQzje+ako

 カタリナとは、アタシが5歳の頃からの付き合いだ。

ユーリさん達と一緒にアルバにやってきたときから、カタリナの優しい雰囲気がアタシは好きだった。

アタシにお姉さんがいたら、こんな人が良いな、って思うくらい。

そのことを母さんに話したら、母さんはカラカラっと笑って

「なら、そう頼んでみりゃいい。血がつながってないから姉妹じゃない、なんて、そんなことはないんだからな」

って言ってくれた。

それを聞いて、アタシは実際にカタリナに姉さんになって、とは言わなかったけど、でも、心の中では、そう思ってる。

 カタリナは、優しくて、絹みたいにサラッとしてて、でもとってもあったかで、一緒に居てすごく居心地がいいんだ。

カタリナになら、なんでも相談できる。もちろん、プルやマリが信用できない、っていうんじゃない。

マリは一緒に楽しいことをするときは、他の誰よりもアタシを楽しい気分にしてくれる友達みたいなお姉さん。

プルは困ったときに頼れるお姉さん。

カタリナは…そうだな、どんなアタシでも受け止めてくれる、頭が良くって、やっぱり、優しい、お姉さんだ。

「ニュータイプって、こういう時は大変だよね。

 私は能力は、本当に微かにそんな感じがするだけで、声が聞こえる、とか、肌に感じる、とか、時が見える、

 とか、そう言うのは良くわからないからさ。うらやましくもあるし、なくてよかったな、って思うこともあるんだ」

カタリナはそんなことを言ってくれる。アタシのことを心配してくれてるのがジンジンと伝わってくる。

あったかいなぁ…カタリナは…。まるで、レナママみたいだ。

 「あのね、カタリナ」

アタシは、カタリナの話には答えないで、彼女にそう声を掛けた。

カタリナは、なに?って表情でアタシを見つめてくる。

「あのね…カタリナは、プルとか、マリと、ケンカすることって、ある?」

こんなの、カタリナにしか相談できないって思うんだ。ね、だから、教えて。

「んー、プルとは、そんなことはあんまりないかな。

 プルは私なんかより頭が良くって、飛び切り優しいし、いっつも先回りして私に気を使ってくれたりしてさ。

 時々、悪いな、って思うこともあるんだけど、私も甘えちゃってる。

 私たちの中では、たくさん苦労もしてきてるし、一番お姉さんかもしれないね。

 マリとは、昔はしょっちゅうしてたかなぁ、くだらないことで。

 やれ、夕飯のおかずがどうの、とか、私の食べてる方のアイスの方がたくさん入っててずるい、とか、そんな感じでさ。

 あぁ、それと、マリは生理のときはちょっと機嫌が悪くなることがあるから、

 そう言うときに私が余計なこと言っちゃって、怒らせちゃったりとかもあったかも」

カタリナがそう言った。そっか、やっぱり、そう言うことはカタリナ達でもあるんだよね。

「そういう時って、さ。カタリナは、どうやって仲直りするの…?」

「どうやって、かぁ…そりゃぁ、アイスを分け合ったり、翌日はマリの好きなおかず作ってあげたりすることもあるけど…

 あぁ、でもそう言うこと聞きたい、って感じじゃないよね?」

「うん…もっとこう、大事なところ?」

カタリナがアタシを見つめて来たので、そう返事をしたら、カタリナは、んー、っと考えるそぶりを見せてから言った。
 

134: 2014/03/02(日) 15:58:12.20 ID:oQzje+ako

「相手の幸せを考えること、かな」

「相手の、幸せ?」

「そう!ほら、マリが良く言うじゃない。幸せ2つ、とか、3つ、とか。

 あれって、すごく大事なことだって思うんだよ。

 相手にどんなことしたら喜んでもらえるかな、とか、相手が幸せだって思うことってなんだろう、って、考えるんだよね。

 そうすると、自然とケンカしてる相手のことを考えちゃう。

 あぁ、あのとき、ああいったのがいけなかったのかな、とか、こんな風に想ってくれてたんだな、とか、

 そう言うことがなんとなく分かってくる。そうすれば、あとは簡単。

 たとえば相手がマリだったら、マリはあれを言っちゃったから怒っちゃったんだよね、ごめんね。

 でも、私はこう感じたからああいったんだ、とか、ね。本当は仲良くしたいんだもん。それだけで、十分。

 そこまで言えば、相手も自分がどう感じたのか、とか、どうしてそんなことを言ったのか、とか話してくれる。

 あとはもう、ごめんね、って言えば、それですぐに仲直りだよ。私達は幸せも分け合えるけど、

 ときどきそうやって、痛い思いも分け合っちゃうことがある。そんなときもね、基本はおなじだと思うんだ。

 二人して、痛かったね、ごめんね、って言い合う。痛かったのを二人で共有する、っていうのかな。

 そうすれば、ほら、痛かったのをお互いに分け合えて、また幸せ2つに戻れるでしょ?

 あとは、ハグでも頬っぺたにキスでも、なんで出来ちゃうかな」

カタリナは、話を終えて、アタシを見た。それからクスっと笑って

「マライアちゃんと、仲直りしたいんだね。ニュータイプじゃなくて、分かるよ」

なんて言ってきた。
 

135: 2014/03/02(日) 15:58:49.54 ID:oQzje+ako

「うん、そうなんだ…アタシね、街にいて、気持ち悪い声を聴きながら、ずっと思ってた。

 マライアちゃんに抱きしめてもらって、頭撫でてもらって、泣きたいな、って。悲しいんだ、怖いんだ、って。

 ケンカしてて、それが出来なくって、すごくつらかった。

 一緒にプルが居てくれて、助けてくれたからなんとか飲まれないですんだけど…」

「そりゃぁ、お母さんだもんね」

アタシが自分の気持ちを話したら、カタリナはそう言ってくれた。うん、そうなんだ。

マライアちゃんは、アタシのお母さん第4号なんだ。

それも、ずっと小さい頃から一緒に居て、怒られたり、褒めれたり、一緒にペンションを守ったり、

母さんをからかって遊んだりした。アタシ、マライアちゃんが大好きなんだ。

だから、今の状態はつらいんだ。ホントだったら、一番に飛びついて、ワンワン泣きたいな、って思うくらいなのに。

 「それで、私の話でなにかヒントになったかな?」

カタリナはそう言ってアタシに確認してくる。アタシは、笑顔を見せてカタリナに頷いた。

マライアちゃんの幸せはみんなの笑顔をみることだって、前に言ってた。

アタシ達に何かがあって、その笑顔がなくなっちゃうかもしれないのが怖かったんだよね、きっと。

そしたら、アタシ、やっぱり笑ってあげなきゃな。それから、言ってあげなきゃ。

アタシは、アタシのやろうと思ったことをしたい。

だから、お願いだから、マライアちゃんは、アタシ達を守ってね、って。

「そう、良かった。役に立てたみたいで」

カタリナはそう言って笑った。と思ったら、カタリナちゃんはアタシの頭をゴシゴシ撫でてきた。

それから、優しい声で言った。

急にそんなことをされたからびっくりしちゃって、撫でられながらカタリナを見たアタシに、

それでもニコニコの笑顔で笑いかけてくれてたカタリナは優しい声でアタシに言った。

「元気になったら、マライアちゃんのとこに行っといでね」


 

136: 2014/03/02(日) 16:00:12.59 ID:oQzje+ako





 「ねぇ、ミリアム。なんかあった?」

「ううん、今のところはめぼしいものはないかな…」

「ねぇねぇ、このビーフジャーキ開けて良い?」

「あぁ、うん、いいよ、マリ。あ、これは…」

「なによ?」

「あー、いや、違った。仕様書かと思ったら、鋼材のテスト結果だった」

「あ、マライアちゃん、お代わりいる?」

「うん、ありがと」

「あぁ、私にも頂戴。半分くらいで良いわ」

「はーい」

「ありがと、マリ」

「うわっ!このジャーキー、けっこう美味しい!ほら、マライアちゃん、あーん」

「ん?ふん…あ、ほんほら。おいしいね、これ」

「でしょでしょ?はい、ミリアムちゃんもあーん!」

「ん、ホント。ちゃんとしたお肉ね。合成じゃないみたい…あれ、マライアこれ見て!」

「なに?…これ…あの白い機体…?ううん、違うね…PRX-0…あの白いやつの、試作機だ…!」

私が見つけたのは、モビルスーツの仕様書のようなものの一部と、それから、スペック。

機体の簡易な図面から線が引かれ、細かな情報が書き込まれている。

何ページかあとには、表が添付されていて、そこには各スラスターやバーニアの出力や、積載限界重量なんかが入力されている。

私のモニターを覗くために体を寄せてきたマライアにモニターを向けて、私もマライアにすり寄るようにして、

モニターに目を走らせる。

 これは…スペックだけなら、ギラドーガなんて足元にも及ばない…

いいえ、ニュータイプ専用機だったヤクトドーガや、総帥の乗っていたサザビーって機体のさらに上を行っている…これを敵に回して先頭をするなんて、正直、ゾッとする。

まだ戦闘になる、なんて決まってはいないのにそんなことを思わされてしまうほどの数値だった。

 「んー、想像してたよりも過激だね、こいつ」

マライアがつぶやくように言った。それから、ポツリと、私とは正反対のことを口にした。

「あたしが乗ったら、敵なしだね、これ」

それを聞いて思わず笑ってしまった。さすが、と言うよりほかはない。プラス思考、とも違うのかもしれないけど、絶望に取り込まれやすい私と、

それに抗せるマライアとの差はきっとこんなところなんだろう。

「このコロニーにあると思う?」

そんなマライアに話をあわせて聞いてみたら彼女は

「んー、そうだったらいいな、と思って情報漁ってるところもあるんだ、実は」

なんて言って苦笑いした。その言葉の裏には、自分が乗ってみたい、と言うのと同じくらい

“敵の手に渡っている可能性を否定しておきたい”という気持ちがあるのは分かった。それは同感。もうすこし調べてみないとね。

「なら、私は重点的にそっちを調べてみるよ。システム関係は正直手の出ないところだから、マライアはその箱の情報とか、白いヤツの情報を探してみて」

「分業ね、了解」

そう言い合って、私達はひっついたまま顔を見合わせて笑った。
 

137: 2014/03/02(日) 16:01:02.23 ID:oQzje+ako

 「ねぇ、こっちのチーズも開けていいかな?いいよね?」

そんな私達の会話を縫って、マリがそんなことを聞いてきた。

それもまた、温度差があっておかしくて、笑ってしまう。

「うん、いいよ。私達のも残しておいてよね」

そう言ったらマリは嬉しそうな表情を浮かべて

「うん!」

と言うが早いか細くスティック状にスライスされたチーズの包みを開けて、

自分が食べる前に私とマライアに「あーん」とさせて振舞ってくれる。

それから自分でチーズを頬張っては悦にひたった表情をしている。

「マリは本当に食いしん坊だよね」

「初めて会ったときからそうなんだよ」

「あー、あれね…あやうく氏んじゃうところだったからねぇ」

私が言ったら、マライアとマリがそんなことをしみじみと言い出した。

「なんのこと?」

「あぁ、初めて会ったときね、お腹空かせてたから、レストランでいっぱい食べさせたら、

 宇宙旅行症候群で、急性の血流ショック起こしちゃってさ。かなり危ないところだったんだよ」

「あのときはさすがに、自分が強化人間でよかったって思っちゃったよ」

マライアの言葉に、プルがそんなことを言って笑い出した。うーん、強化人間を笑いのタネに使えるなんて…

マリってば、すごいね…

「それに、ね」

そんなことを思っていたら、マリはさらに言葉を継いだ。

「食べられる、ってことは、すごく幸せなことなんだな、って思うんだ、私。

 撃墜されたキュベレイの脱出ポッドの中で、怖くて震えてて、お腹も空いてて、寒くて、凍えてて…

 このまま氏んじゃうんだって、思ってた。

 そういうのがあったからだと思うんだけど、そういう、なんでもないことがとっても幸せなんだな、って思った。

 食べることも、カタリナやママ達とおしゃべりして笑ったり、

 寂しいな、って思ったら、そばに居てって、お願いしたりさ。

 もちろん、私もそういうことを、出来る限りみんなにしてあげたいって思う。

 マライアちゃんが教えてくれた大事なことは、こういうことだったんだな、ってあれからしばらくして思ったんだよ。

 家族ってなんだろう、とか、幸せってなんだろう、とか。

 大事なのはさ、チョコビスケットとアイスを一緒に食べるってことでも、

 一枚のチョコビスケットを半分にして食べることじゃないのかもしれない…

 どう言ったらいいのか分からないけど…両方食べようよ、って思ったり、

 半分にして食べようよ、って思う気持ちが、幸せなんじゃないかな、って思うんだ」

なんだか、驚いてしまった。マリって、いつも明るくて愉快で、いろんなことを素直に楽しめる子なんだな、とは思っていたけど…

それって、なんとなく、っていうか、場当たり的に、いろんなことを楽しんでるんだろうな、としか思っていなかった…。

平たく言えば、なんでもない日常のことを幸せだな、って捉えることが出来る子なんだね、あなたは…。
 

138: 2014/03/02(日) 16:01:30.52 ID:oQzje+ako

そう、そうよね…私も、3年前にマライアに会って、ルーカスと再会できて、

逃げたり隠れたり戦ったりしてきた人生から救い出してもらえた。

それから、は本当に、穏やかな日々を、あのアルバ島で、マライア達と一緒に過ごしてきた。

朝起きて、ご飯を食べて、海を見たり、泳いだり、マライア達とお酒を飲んでバカ話したり…

望んだこともない生活があの島にはあった。それはどうしようもなく心地良くて…

そう、私も確かに、そんな些細なことが、それ以上ないと思えるくらい幸せだ。

でも、そんなに深く、あの生活のことを考えることはしていなかった。

ただあるものを享受していただけで、いや、感謝はしたけれど、でも…

心地よかったばかりに、私はそれが、当たり前のように感じていたから…

 マリの言葉には、感心するどころか、反省させられてしまったような気分にさえなった。

私は、あの島での生活をもっと大切にしなければいけないな…

そう思っていたら、マリがチーズとビーフジャーキーを重ねるようにして私の口元に押し付けてきた。

「な、なに?」

「難しく考えすぎだよ、ミリアムちゃん。

 大事なのは、そういうことじゃなくて、幸せを何個まで増やせるか、ってことなんだから」

幸せを、増やす、か。うん、そうだね…ひとつの幸せを、みんなで共有すること。

共有できる人たちをたくさん増やしていくこと…

それが確かに一番大切で、一番簡単で難しいことなのかもしれないね…あるいは、それが、マリの答え、なのかもしれないんだね…。

 私はそんなことを思いながら、マリの差し出したジャーキーとチーズに噛み付いた。

塩気とチーズのまろやかさが合わさって、どちらもいっそうおいしく感じられる。

「なにこれ、おいし」

「でしょ?発見しちゃった」

「ふふ、いいこと教えてもらっちゃったな。これも幸せ2つ?」

「そうそう」

私が言ったら、マリは嬉しそうに笑った。

その笑顔は、レオナが見せるのと同じ、なんだか抱きしめてあげたくなるような、屈託のない、愛しい表情だった。

と、マリが何かに気がついたみたいに、ふっと後ろを振り返った。

 そこには、ロビンが居た。

 ロビンは、口をへの字にして、なんだか目にうるうると涙を溜めながら、

キャビンからベッドルームへ続くドアの前に立っていた。

次の瞬間、マリは私の隣にいたマライアの脳天に手刀を振り下ろした。ズコっと音を立てるのと同時にマライアが悲鳴を上げた。

「いったぁぁぁあぁ!」

そんなマライアにマリは言った。

「ヘタれマライアちゃん!そういうの、良くない!」

「うぅぅ…分かったよ…」

マライアも目に半分涙を浮かべて、コンピュータを置いてロビンの方に振り返った。

それから、のっそりと立ち上がったマライアは、ロビンをじっと見つめる。

マライアの口をへの字にして、ロビンとおんなじようにただ突っ立って固まってしまっている。
 

139: 2014/03/02(日) 16:03:13.45 ID:oQzje+ako

 どれくらいそうしていたか、とにかくどちらとも、身動きしないで、立ち尽くしたまま、時間が過ぎた。

さすがに見ていた私もちょっと戸惑ってしまって、そばに居たマリを引っ張って

「ね、能力で何か話ししてるの?」

と聞いてみた。そしたらマリは

「ううん。探り合ってはいるみたいだけど…」

と教えてくれる。あぁ、もう…なんなのよ、マライア!らしくない、もう、さっさとスパっと決めちゃいなさいよ!

ロビンがあんな顔してきてくれてる、ってことは、ロビンだって、そういう話をしようって思ってきてるんだから、

あなたがヘタれてどうすんのよ!

 そんなことを思ったら、マリが私の肩をポン、と叩いた。

見たらマリはニヤニヤっと笑いながらマライアの背中に向かって両腕を曲げたり伸ばしたりしている。

そのしぐさも、マリの考えていることも、おかしくって、私は笑いを堪えながら、でも、マリの考えに同意して頷いた。

それから、そっとマライアの後ろに忍び寄ってマリと息を合わせて、力いっぱい、その背中を突き飛ばした。

「へ!?」

そんな声を漏らしたマライアは、遠心力を振り切ってシャトルの中を、ロビンに向かって飛んでいく。

「わっ!わわっ!!」

突進してくるマライアを、ロビンがそんな悲鳴をあげながら全身で抱きとめて受け止めた。

ロビンはそのまま、ドン、と壁にぶつかって止まる。

 「あの、あのね…マライアちゃん…!」

そのままの体勢で、ロビンが口を開いた。なんだか、言葉が震えてる。ロビンも一生懸命だ。

でも、そんなロビンの口に、マライアは人差し指を立てて押し当てた。

「…ロビン、ひどいこといって、ごめんね。あなたの気持ちも考えないで、

 あたし、自分が不安なばっかりに、あんなこと言っちゃって…」

マライアは静かに、落ち着いた声で言った。

それを聞いたロビンも、自分の気持ちを落ち着けたのか今度は、なんとか震えをとめたような声で、

「アタシこそ、ごめん…マライアちゃん、心配してくれてただけなのに、わがままなこと言っちゃった…

 ごめんね、ごめんなさい」

とマライアに謝った。と、思ったら、ロビンは急に大きな声を上げて泣き出した。とたんに、私も胸がキュンとなる。

ロビンってば、ホントはずっとそうしたかったんだよね…分かるよ。

マライアは、辛いとき、そうやってすがりつきたくなるようなところがあるもんね。

アヤ譲りの懐の深さと、レナと同じくらいの優しさがあるから、当然なのかもしれないけど、ね。

 私は、それからしばらく、ピーピー泣くロビンとそれをギュッと抱きしめているマライアを、

切ないような、嬉しいような、良く分からないけど、でも、なんだか心地良い雰囲気を感じながら眺めていた。

ふふっと、笑う声が聞こえたのでそっちを向いたら、マリも幸せそうな表情で二人を見つめていた。

私の視線に気がついたマリが私を見て、その嬉しそうな表情でささやくように口にした。

「幸せ、4つ、かな」

「うん、そうだね」

私はマリに笑顔を返しながら、そう言って頷いた。

 

144: 2014/03/02(日) 23:40:49.65 ID:oQzje+ako




 目が覚めた。

なんだか、体の中の細胞が、全部キレイに入れ替わったみたいな、清々しい気持ちがアタシの胸の中に広がっていた。

あれからアタシは、作業を中断してくれたマライアちゃんに抱きかかえられたまま、ベッドで眠った。

こんなのはすごく久しぶりで、なんだかちょっと恥ずかしかったけど、

でも、それ以上に嬉しくて、ついついべったり甘えてしまった。

 時計は、朝の8時だ。ちょっと寝過ごしちゃったかな。

「マライアちゃん、起きて。朝だよ」

アタシは、相変わらずアタシにぐるっと腕を回してくれているマライアちゃんをゆすった。

「ん…んあぁ、ロビン、おはよう」

マライアちゃんは寝ぼけた様子でそう言って、アタシをギュウギュウと抱きしめてきて頬擦りを始めた。

マライアちゃんの胸に顔が埋まってしまって苦しいけど、こうされるのって、嬉しいよね…

やっぱり、アタシ、マライアちゃんが好きだよ…うっ、でもやっぱ、苦しい…息が…息がっ…!

 アタシはマライアちゃんの腕の中でもがいてなんとか拘束から抜け出すと

逆にマライアちゃんを抱えてベッドのマットレスを蹴って無理矢理にマライアちゃんごとベッドから抜け出た。

マライアちゃんは二度寝を諦めたみたいで、ふわぁぁと大きなあくびをして、体制を変えて壁に着地すると、

その壁を蹴って行ったさきにあった引き出しから自分の荷物から着替えを引っ張り出して、

着ていたスエットを脱いで、トレーニングシャツとパーカーにまったりとした動きで袖を通した。

アタシも着替えを済ませたところで、キャビンに続くドアが開いて、プルが顔をだした。

「あ、起きてたね、良かった」

「おはよ、プル」

「おはよう、ロビン。朝ごはんの準備できてるよ」

「ありがとう」

アタシが返事をしたら、プルはニコっと笑って引っ込み、ドアを閉めた。

 そのあとを追いかけるようにマライアちゃんとキャビンに出たら、もうみんな揃っていて、アタシ達を待って居てくれた。

「ごめーん、お待たせ」

「遅いよー。お腹空いちゃった!」

アタシが謝ったらマリがぷっと頬っぺたを膨らませて言った。でもすぐに笑顔になって、

「座って!食べよう食べよう!」

ってまるですごい楽しみって感じで言った。

 アタシとマライアちゃんも席に座って、食事を始めた。
 

145: 2014/03/02(日) 23:41:16.48 ID:oQzje+ako

「それで、今日の予定は?」

ミリアムちゃんが、パンをかじりながらマライアちゃんに聞く。

「昨日寝ちゃったもんね…とりあえず、アタシは引っ張ってきたデータの解析をやろうと思う」

マライアちゃんは、サラダをシャキシャキ言わせながらそう答えて

「ミリアムはさ、もう一度あの格納庫にもぐりこんで、潜入路の確保をして欲しいんだ。

 あと、隙があったら、格納庫全体の制御装置があったら、あとで渡す無線機を取り付けもお願いしたいかな。

 もしも、ってときに、こっちの遠隔操作で好き勝手できるようにしておきたいからさ」

とミリアムちゃんに頼んだ。

「ん、了解」

ミリアムちゃんは、ココアに口をつけながら答える。と、今度はプルが声を上げた。

「私達は、なにをすればいい?」

マライアちゃんは、んー、とすこし考えてから、

「プルは、マリと一緒に、コロニービルダーを探ってみて。昨日調べてたデータの中に、妙な場所を見つけてね。

 そこを確認してきて欲しいんだ」

と言った。

「妙な場所?」

マリがソーセージをムシャムシャとしながら聞き返す。

「うん。なんか、コロニー建造とは関係ない空間があるんだよね。

 外に面している場所じゃないから格納庫とか工場ってわけでもなさそうなんだけど、

 ここにもなにか別の情報があるかもしれないから、念のために、ね」

「うん、分かったよ」

マライアちゃんの説明を聞いて、プルはそう言って頷いた。

「カタリナとメルヴィには、マライアのサポートをお願い。

 私のほうは、一人でもどうにかなるけど、データの分析にはもうしばらく人手が必要そうだったから」

ミリアムちゃんがメルヴィとカタリナを見て言った。二人は、コクっと頷く。

 アタシは…なにをしたらいいのかな…?みんなの話を聞いていたアタシはそう思って、

マライアちゃんとミリアムちゃんの顔を交互に見た。そしたら、マライアちゃんが

「ロビンは、プルとマリと一緒に、コロニービルダーを調べて。プルとマリのサポートをしてあげてね」

といってくれた。それは、このコロニーについて警告の意味を込めてアタシ達にあれこれと言ったときとは、全然違った。

危険なことはしないでね、とは思ってくれてたけど、でも、それ以上に、信じてるよ、って気持ちが伝わってきた。

「うん。分かった」

アタシは、お腹に力を入れて、そう返事をして頷いた。
 

146: 2014/03/02(日) 23:41:55.96 ID:oQzje+ako

 「うん、よし。じゃぁ、今日の予定は決まったね!そしたらご飯さっさと食べて、準備しないとね!」

一通りは無しが終わったのを見て、ミリアムちゃんがそう言って全体をまとめた。

それからアタシ達は、さっさと、どころか、ぺちゃくちゃと面白話をしながらのんびりご飯を食べて、

それからまたのんびりと出発の準備を整えた。

 シャトルから出る前、マライアちゃんが、マリとプルに、どこから調達したんだか、拳銃をこっそり手渡した。

「可能な限り、使わないように気をつけてね」

マライアちゃんは真剣な表情でそう二人に伝えていた。プルはそれを聞いたら、優しく笑って、

「大丈夫。使いかた、ロクに分からないからね」

なんて言ってた。使わないよ、って、そういう意味なんだってのが伝わってきた。

それからマライアちゃんはアタシに向き直ると、肩に手を優しい表情で、アタシに言ってきた。

「ロビン…あなたの心に、従いなさい…ただし、くれぐれも、無茶をしないように」

それは、マライアちゃんなりの、信頼しているよ、と言う言葉だった。マライアちゃんの信頼だ。

これを、裏切るわけにはいかない。裏切るつもりもない。

アタシは黙って、でもマライアちゃんの目をじっと見つめて頷く。そしたら、マライアちゃんはニコっと笑ってくれた。

「よし、じゃぁ、みんな気をつけてね!なにかあったら、とにかくあたしに連絡して!

 どこにいたって必ず助けに行くから、無茶して怪我したりしたら絶対だめだからね!」

マライアちゃんの言葉に、全員が返事をした。

それから、アタシ達はマライアちゃんとメルヴィに見送られてシャトルを出た。

港を出たところに置いておいた車に乗って、プルの運転でコロニーの“奥”、コロニービルダーの作業区域へと向かう。
 
 コロニーの市街地区を走っていたら、プルがルームミラー越しにアタシに

「マライアちゃんと仲直りしたんだ」

と聞いてきた。

「うん。迷惑かけちゃって、ごめんね」

アタシが言ったら、プルは笑って

「別に。良くあることだよ。私とマリなんて、最初のころはしょっちゅうやって、母さんに怒られたもんね」

とマリを見やってクスクス笑い合った。

おんなじなのに、ケンカなんてするんだなぁ、と思ってみたけど、

でも、似すぎちゃってるから返ってケンカになっちゃうこともあるのかな…?

そういえば、アタシはレベッカとあんまりケンカしたことないなぁ…

「あー、でもシャトル生活の食事って、飽きるよね。せっかくロビンがいるんだから、何か作ってほしいんだけどなぁ」

「あぁ、それはそうだね。レトルトもインスタントも、どれもおんなじ味がするような気がしちゃうし」

「料理かぁ、一応キャビンに電熱器は付いてるから、それでなにか出来るか考えてみるよ。

 って言っても、グラナダで材料を買ったわけじゃないから、限界があるけど…」

二人がそう言ってくれたので、アタシも応えて、シャトルの冷蔵庫の中にあるものを思い出しながら頭の中のレシピノートを広げる。

確か、冷凍の細切れミックスベジタブルはあったよね。あとは、これもドライのだけど、ライスもあった…

本当はパスタなんかがいいかなと思ったけど、買ってないしなぁ…お肉は何かあったっけ…

あ、ベーコンのパックは買ったはずだ。あれが使われてなければ、野菜とご飯と一緒に炒めて味をつければ、

あのチャイニーズリゾットみたいなのが作れそうだな。あれ、ちゃんとした料理の名前はなんていうんだっけ?
 

147: 2014/03/02(日) 23:42:22.57 ID:oQzje+ako

 なんてことを考えていたアタシの頭の中に、遠くから何かが聞こえたような気がした。

同時に、クッと胸に苦しい感じなのが込みあがってくるような感覚もある。

「あとはさぁ、やっぱり甘いもの食べたいよね。アイスってまだあったっけ?」

「うーん、どうだったかな…ね、ロビン、冷蔵庫にまだ、アイスあった?」

マリと話をしたプルがそう聞いてくる。あぁ、そっか…二人は、アタシを心配してくれてるんだ。

だって、アタシ、昨日この街に居てあんなことになっちゃったんだもんね…

だから、アタシの好きな料理の話なんかを振って、注意をそっちに引っ張ってくれようとしてたんだ。

二人とも、優しいな…それに気がついて、アタシはなんだか嬉しい気持ちになった。

まだまだ今のアタシは、心配をかけないようにするのは難しい。

ううん、きっとアタシがどんなに頼れる大人になったとしたって、みんなはアタシを心配してくれるんだろう。

その気持ちをちゃんと受け止めてあげるには、大丈夫だよ、って言いながら、

でもその気持ちに甘えておくのがいいと思うんだ、アタシ。そういうのってさ、持ちつ持たれつ?っていうのかな?

ちゃんと、お互いを信頼して、で、大切に出来ている証拠だな、って思うんだ。

だから、ってことでもないけど、このままこの場に漂ってる感じを受け止め続けてたら、

アタシまたダメになっちゃうかもしれないし、ここは二人に頼らせてもらうんだ。

「アイスは、昨日気持ち悪いときにちょろっと食べちゃったけど、まだたくさん残ってたと思うよ」

アタシが答えたら、マリが体を躍らせて

「ホント?良かった!帰ったら食べようよ!」

なんて喜んでた。

 アタシ達は、そんな感じでおしゃべりをしながら市街地区を抜けて、コロニー造成地区へと辿り着いた。

マライアちゃんから手渡された図面を見る。図面の中の大きな空間に、ペンで記しがつけられていた。

これが話しに出ていた妙な空間、だ。図面で見ると、どうも酸素は供給されているみたい。

だとしたら、格納庫、ってわけではないよね。作業スペースにしては広すぎるし…いったい、なんなんだろう、ここ…?

 「まぁ、とにかく行ってみよう」

車から降りて考えていたアタシの背中をポンとプルが叩いて後押しをしてくれた。

とにかく、図面どおりに空間のあるエリアを目指す。

 それにしても、コロニーは見るのも来るのも初めてだけど、こうしてコロニーを作っている現場、っていうのも、初めてだ。

 あたりの景色は、昨日居た市街地区とも、工業区画とも違う。鉄の鋼材がむき出しになった“壁”が広がっている。

そこを覆い隠すように、出来上がったばかりの“地面”さらに奥のほうから送られてくる。

コロニーの地面はずっと外壁と表裏になっているんだと思っていたけど、どうやらそうじゃなくて、

外壁の中にもう一枚“地層”を作って、そこに生活基盤を作っているみたい。作業員なんかの姿はない。

マライアちゃんは、この作業自体はほとんど無人で行っていて、コロニーの中心部からビルダーの状況を逐一確認しているんだ、って話をしていた。

いわば、このコロニービルダーは瓶の蓋みたいなものなんだな。

で、その蓋の部分に瓶を伸ばしていく機能がある、って感じと言うか。うーん、そう考えると、ちょっと怖いよね…

もし、なにかの弾みでこの蓋が外れちゃうようなことがあったら…このコロニーの中ってどうなっちゃうんだろう…?

い、いや、そうならないようになってるんだろうけどさ、なんだか、ね、考えちゃうと怖いよね。

うん、ママ、宇宙ってやっぱり、なんとなく怖いところだね…
 

148: 2014/03/02(日) 23:42:50.97 ID:oQzje+ako

 アタシ達は図面を頼りに造成中のコロニーの内装を縫うようにして進む。

長い坂道を上がって、エレベータに乗って、奥へ、奥へと進んでいく。

やがて、アタシ達は薄暗い通路へと差し掛かる。本当に作業用の廊下みたいで、配管や電気系統の配線なんかも見える。

不意に、先頭を歩いていたプルが足を止めた。

スンスン、と鼻を鳴らしてから、マライアちゃんから預かったバッグから携帯ライトを取り出してあたりを照らす。

2、3歩進んで、プルはその場にしゃがみこんだ。

 「どうしたの、プル?」

アタシが聞いたら、プルは落ち着いた声で言った。

「血…しばらく時間が経っているものだけど…」

 血…?血液?

「マリ、ロビン、気配には気をつけて。ここで、なにかあったんだ…」

アタシとマリは、頷いて気を引き締めた。

能力を研ぎ澄ませて、あたりに人の気配がないかを探りながら、歩みを進める。

さすがに、緊張感はグングン高くなる。能力には、なにかを感じられないけど…油断は、禁物だ。

どれくらい移動したのか、アタシ達はある大きな扉の前に行き着いた。

この先が、図面に出ている広い空間みたいだけど…目の前にある金属製のその扉は、そう簡単に開きそうもないな…

「出来そう?」

「うん、やり方は、マライアちゃんに聞いてあるよ」

マリが声をかけたら、プルは静かにそう答えながら、提げていたカバンからコンピュータとケーブルを出した。

ケーブルを扉の脇についていたパネルに接続して、カタカタとキーボードを叩く。

すると、プシュっと音がして目の前の扉が開いた。

 その先に広がっていたのは、一面緑の芝生だった。さらにその先には立派なお屋敷が建っている。

「なに…ここ…?」

マリがそう声を上げた。アタシは、声すら上げられなかった。今までの、金属で出来た通路なんかとは別世界…

人口太陽ってのに照らされた、まぶしいくらいに明るい空間がそこには広がっていた。

それは、まるでカタリナの持っている絵本でみるみたいな、昔のお話に出てくるみたいな光景に、アタシは思えた。

「マリ、ロビン、何か感じる?」

プルが、静かな声でアタシ達に聞いてきた。感覚を研ぎ澄ますけど、何も感じない。アタシはマリを見た。

マリが無言でアタシに首を振ってくる。それを見てからアタシはプルに

「なにも感じない…人は居ない…と、思う」

と伝えた。プルはそれを聞いてコクっと頷いた。それからふう、といちど息を吐いて、

「行こう。あのお屋敷、調べてみないと」

とアタシ達に言って、お屋敷に頭を振った。
 

149: 2014/03/02(日) 23:43:19.18 ID:oQzje+ako

 アタシ達は、芝生の上を歩いて、まっすぐにお屋敷へと進む。芝生の上を歩いていて気がついた。

あまりの光景に最初は気付かなかったけど、この場所は、ずいぶんと荒れている。

壁も崩れているし、お屋敷にも崩れている箇所がある。市街地区ほどの被害ではないみたいだけど、

でも、傷みは激しい感じがする。ここでも戦闘があったんだ…

さっきの血液と言い、たぶん、モビルスーツ同士の戦い以外に、白兵戦でここを占拠しようとした連中がいた、ってことだ。

今は誰の気配もないけど、もしかしたら、ここを監視している人たちがいるかもしれない…

そのときには、アタシ達も戦闘に巻き込まれる可能性は低くない。

プルやマリは、モビルスーツの操縦はうまい、って聞いているけど、果たして、銃を使った戦闘はどうなんだろう…?

二人とも、アタシと一緒に母さんやマライアちゃんやカレンちゃんから護身術を習ってはいるけど、

相手がマシンガンか何かで撃ってくるくらいの相手だったら勝てるかどうか…

無茶はしないように、って、マライアちゃんは言ってた。

でも、すこしそのリスクを負わないと、この先には進めないかもしれない…

 「ねぇ、プル」

アタシはプルを呼び止めた。

「マライアちゃんに連絡しておこう。この先は、マライアちゃんの指示を聞きながら進んだほうがいいと思うんだ」

アタシは、そう言った。プルは、すこしハッとした感じの表情でアタシを見て、それから

「うん、そうだね」

と返事をして、PDAを取り出してアタシに手渡してきた。それから

「マリ、一応、拳銃を抜いておくよ。万が一のときには、発砲音だけでもさせておけば、威嚇になる」

「そうだね、了解」

二人はそう言葉を交わして、プルはカバンから、マリは上着の下に隠していた拳銃を手にした。

アタシはそんな様子を見ながら、PDAでマライアちゃんに電話をかけようとして、連絡先を呼び出していた。

そんなとき、ピッと画面が切り替わって、マライアちゃんの名前の表示が出るのと同時に、ブルブルとPDAが振動を始めた。

マライアちゃんから連絡だ…!アタシは慌てて通話ボタンを押した。
 

150: 2014/03/02(日) 23:43:46.32 ID:oQzje+ako

「マライアちゃん?アタシ、ロビン」

<ロビン?今、どこにいるの?>

マライアちゃんの声が聞こえる。なんだか、緊張した感じだ…なにか、あったのかな…?

「今、話にあった妙な空間、ってとこに来てるよ…芝生が強いてあって、立派なお屋敷がある…」

<屋敷…?そっか、じゃぁ、やっぱり、さっきのデータは間違いなさそうだね…>

電話の向こうで、マライアちゃんが何かに気がついたみたいに言葉を失っている。なに?どうしたの?

「マライアちゃん、どうしたの?なにかあったの?」

アタシは、心配になって、マライアちゃんに聞いた。そしたら、マライアちゃんは声を落ち着けてアタシに言って来た。

<いい、ロビン、聞いて。これから、カタリナとメルヴィをそっちへ向かわせる。

 合流して、二人から情報をもらって…あたしの解析したデータと、そっちの状況的を考えると、たぶん、間違いない>

間違いない、って…どういうこと?

「なに?話がわかんないよ、マライアちゃん!詳しく教えてよ!」

<ごめん、ロビン、今は時間がないんだ。とにかく、一度戻って、メルヴィ達と合流して。

 おそらくそこは、ビスト財団が作った隠れ家。その地下エリアに、例の白いモビルスーツを開発していた場所がある…>

「じゃぁ、そこに行けば、情報が手に入るかもしれないの!?」

<ううん、情報はもういいの。地下には向かわないで、カタリナ達と一緒に、屋敷の奥へ進んで…たぶん、そこにあるはず…>

「ある、って…まさか…」

<うん。おそらく、ラプラスの箱は、そこにある>

そう言ったマライアちゃんの声は、力強くて、確信に満ちていた。




 

151: 2014/03/02(日) 23:44:14.36 ID:oQzje+ako





 あたしは、メルヴィとカタリナと3人で、それぞれポータブルタイプのコンピュータを見つめていた。

黙々と、昨日のデータをさらに詳しく調べている。

 調べなきゃいけないことは山ほどあるんだけど、あたしはとりあえず、

最終目標であるラプラスの箱のありかを示す、っていう、あの白い機体、RX-0のシステムの残骸を探していた。

これは、あくまで予想だけど、OSのコードの中に、暗号化されたデータが隠されているんじゃないか、って、そう思ってる。

OSについてのデータはチラホラあるんだけど、どうも、そう言う類の情報は今のところ出て来てない。

まぁ、断片的なデータが多いせいもあるから、もうちょっと調べて、

最終的にそれぞれを組み合わせてOSを再生するのが近道だと思ってる。

0から作るわけじゃないから、まぁ、パズルみたいなものかな。

 メルヴィには、平行してあたしの見つけたデータの中にあったPRX-0と言う機体について調べてもらっていた。

敵の手に渡っていたら要警戒だし、まだこのコロニーのどこかにあるんだったら、

接収して手元においておくなり、破壊するなりしておきたい。

あの動きは、どう考えても危険だ。出来ることなら、設計図やなんかのデータそのものを破壊して置きたいところだけど…

それは、今は本題じゃないから、帰ってからルーカスと一緒にやるとして…

とにかく、PRX-0の所在も突き止めておきたい。カタリナには、コロニー全体の構造を調べてもらっている。

特に、コロニービルダー、メガラニカについてだ。

あの奇妙な空間もそうだけど、あのビルダーは、あたしが知っているのとはなんだか構造が違う気がする。

もちろん、型が違うから、といわれてしまえはそうなのかもしれないけど…

なんだろう、言葉に出来ない種類の違和感があった。

それを拭う意味でも、確認はしておいたほうがいい気がしてた。

正直、ただの勘だけど…この手の勘は、当たることはなくても、まったくハズレってことも少ない。

大きいことか、小さいことか分からないけど、とにかく何かがある…あたしは、そう思っていた。

 それにしても…RX-0のデータに出てくるのは、その仕様とNT-Dについてくらい。

OS関連のデータはパズルで組み立てながらやっているけど、中々それらしい情報もコードも暗号文も出てこない。

これだけ当たりがないと、さすがに前提が間違ってるんじゃないか、って心配になってくる。

例えば…あの白いのとラプラスの箱が関係なかったり、とか。

そんなだったら、ここでいくら情報をあさったって、箱のありかなんかには行き着かない。

何より、急がないと、袖付きの連中が先に箱のありかを見つけてしまったら、今のあたし達には抗し得る手段がない。

ましてや、連邦に先を越され様ものなら、箱の存在が闇から闇へと葬られる。

それが良いか悪いかの判断をする立場にはいないから考えないとしても、姫様との約束に反する。

袖付きや連邦の腹の黒い連中の思惑がどうであれ、あたし達を守りたいと言ってくれた姫様をあたしは信じるんだ。
 

152: 2014/03/02(日) 23:44:52.86 ID:oQzje+ako

 「マライアちゃん、これ、見て」

不意に、カタリナがそう声をかけてきてあたしの方へモニターを向けた。それは、何かのリストのようだった。

「資材納品表…メガラニカ整備維持班…?」

あたしは宛名を確認してから、さらに表に目を走らせる。と、妙な記述に目が止まった。

「エネルギーCAPに…推進剤…60mm機関砲弾…?」

「まるで、モビルスーツの部品みたいじゃない?」

カタリナがそう言ってくる。これが、メガラニカに納品されたの…?

工業区画じゃなくて、メガラニカに、なんだね…?待って、確か、昨日見たデータの中に、あの機体のスペックがあったはず…

あたしは思い出して、今チェックしていたデータのウィンドウを閉じ、取り分けて保存しておいたRX-0のスペック表のデータを開く。

60mm機関砲…やっぱりだ…ヘッドバルカンの口径と同じ…い、いや、でも、確かリゼルにも同型の機関砲が搭載されてたはず…

早合点は出来ないけど、でも、もしリゼル用だったとしたら、どうして工業区域じゃなくて、コロニービルダーに運び込む必要があったの…?

あたしはさらに表を確認していく。でも、他に納品されているのも、汎用的なモビルスーツのパーツや鋼材くらい…

決定的な手がかりになる証拠はない…けど…

「カタリナ、メガラニカの図面を詳しいのあるかな?」

「うん、これがそうじゃないかな」

カタリナはそう言ってキーボードを叩いた。そこには、あの妙な空間の中にも大雑把な区画があるくらいだったけど、とにかく図面が写っていた。

大きな空間は“上下”に二分されてて、さらに奥、あのカタツムリのような部分へと通路が伸びている。

この空間の片方は、もしかしたら、格納庫…?もし、メガラニカに格納庫があるんだとしたら…PRXもそこに…?

だとするなら、あたしが行って、直接処理をした方がいいかもしれないな…

そんなことを思って、なにかそれに関する情報はないかとデータを順番に流し見していたら、ふと、妙な文章があたしの目に飛び込んできた。

―――condition”Alfa” of activating La+ system>>”NT-D”activation*navigationdata[sys]

…La+システム起動条件、アルファ…?NT-D起動と位置情報…NT-Dと位置情報が、La+システムの起動条件…

La+システム…?ラ、プラス、システム…ラプラス…!これだ!

「あった!」

あたしは、思わず大声を上げていた。

「箱のありかですか?!」

驚いた感じでメルヴィがあたしのモニターを覗いて来る。

「ううん。でも、このLa+って言うのが、箱のありかを示すためのシステムだと思う」

「La+…ラプラス、ですね…?」

「そう!」

あたしが言ったら、メルヴィはすばやく自分のコンピュータのキーボードを叩いた。そうしながらあたしに

「その文字列は、先ほど見ました…!

 NT-Dと言うシステムについて調べていたときに、RX-0にインストールされた後付の補正システムと名打ってあったものですが…」

と言って、タンっと、エンターキーを叩いて、あたしの方にモニターを向けてきた。

そこには、La+システム言う内容のソースコードが書き込まれていた。これ…これ、La+システムの、内容!?
 

153: 2014/03/02(日) 23:45:40.43 ID:oQzje+ako

 あたしは、メルヴィのモニタに飛びついた。そこに表示されているロジックに目を走らせる。

 これは…起動条件…さっきの、起動条件アルファ、だ…位置情報とNT-D起動が条件…位置情報は…複数?

いや、これは、起動ごとに違う座標が表示されるシステムなの…?待って、最初は…この場所…

このコロニーのある宙域…その次は…ここは、どこ?ま、待って、えっと、ナビソフト…ナビソフト!

 あたしは自分の使っていたコンピュータの位置情報ソフトを起動して、ロジックに指定されている位置情報のデータを入力する。

あたしのコンピュータのモニタに表示されたのは…地球の衛星軌道上のポイント…この場所は…爆破された首相官邸…

ラプラスの残骸のある場所?今は、史跡ってことになっているけど…ここに箱が?

ううん、違う、まだシステムのコードは続いてる。あたしはそれを確認してから、さらにシステムの内容を読み進める。

位置情報と、NT-Dの起動…また、条件設定がされてる…この場所で、NT-Dを起動させると、次の位置情報が得られる、ってこと…?

次の位置は…ここは、トリントン…1年戦争でコロニーが落ちた、あの場所のすぐ近くだ。

このプログラムを作った人は、戦史を見て回れ、と言うの?

人の業を見せて、箱を託すにふさわしいかってことを、試しているというの?

まだ、コードがある。これが最後…。あたしは、ソフトにコードを入力した。ううん、入力していて、気がついた。

この座標って…もしかして…あたしのコンピュータに、位置が表示された…やっぱりだ…

最後の座標は、ここ、インダストリアル7…それも…メガラニカ、あのコロニービルダーの内部だ…!

 あたしは、全身を駆け巡った悪寒が背中に抜けていくのを感じた。そんな…まさか、ここにその箱があるの?

だとしたら、このプログラムを作った人は、本当に、あの白き遺体を使って、戦史を見せたかっただけ…

それを見て、その鍵を持つ誰かが何を思うかに賭けたんだ…それは、憎しみかもしれないし、悲しみかもしれない。

人の業をあざ笑う気持ちかもしれないし、あるいは、もっと別の何かなのかもしれない…

このプログラムを作った人は、いったい、鍵の持ち主に何を願ったの…?

 そんなことを思いながら、あたしはPDAを取り出した。それと同時にカタリナに言った。

「カタリナ、すぐにミリアムを呼び戻して」

「はい」

カタリナが返事をするのと、ほとんど同時くらいに、

「どうしたの?」

といいながら、ミリアムがキャビンに姿を現した…良かった!いいタイミング!

「箱の場所が分かった。これからすぐに行くから、準備お願い!」

あたしはミリアムにそう伝えて、改めてPDAの画面に目をやった。

と、いつのまにか、そこにはメッセージの着信の表示が光っていた。

このPDAは緊急用の特殊なやつで、連絡先を知ってる人はそう居ないはずなんだけど…

メッセージ、なんて、なんだろう?あたしは、浮き足立ちそうになった気持ちを落ち着けて、画面をタップしてメッセージを開いた。

これは…フレートさん?そっか、このコロニーの情報を教えてもらうときに、このPDAを使ったんだった。

それで、こっちに連絡してきたんだね。そんなことに、妙に納得しながら、あたしは本文に目をやる。

――――――――――――――――――――――――――――――

Need a scramble

――――――――――――――――――――――――――――――

そんな、単純な文章だけが横たわっていた。要、スクランブル…?どういうことだろう…?いつ受信したのかな?

あたしは、メッセージのステータスを確認する。そこには、つい2時間ほど前の時刻が表示されている。

スクランブル…緊急発進…?なんのために…?フレートさんは、あたし達がここにいることを知っているはずだ。

だとしたら、なにかの危険を察知して、それを知らせてくれているの…? 

154: 2014/03/02(日) 23:46:23.64 ID:oQzje+ako

 そう頭に思い浮かべた次の瞬間、あたしは反射的に、コンピュータのキーボードを叩いてた。

このコロニーの、港のレーダー情報が要る…フレートさんのメッセージの意味は、もしかして…!

 パッと、モニターの表示が切り替わって、画面にレーダー情報が出た。

そこには、一隻の船が、コロニーに接近して来ていることを示すビーコンが表示されている。

あたしは次いで、港の管制室の無線を傍受した。

<所属不明艦、その場で停船せよ。当コロニーは連邦政府の管理下にある。

 警戒ラインを超えた場合は、攻撃の意思ありと、連邦軍に通報する…繰り返す…!所属不明艦、その場で停船せよ!答えろ!>

やっぱり…!連邦?ネオジオン?ビスト財団…?あぁ、もう、敵が多すぎてどれがなにやらわかんないよ…

だけど、この調子じゃ、コロニーを攻撃するか、武力制圧でもかけようって魂胆に違いない…これは、まずい。

あいつら、ここに箱があるって知ってるのかな?

それとも、あたし達みたいに、情報を無理やり引き出して解析するつもりなのかな?

あぁ、もう!どっちにしたって、こんな方法は姫様のやり方じゃない。

別の何かで、それはあたし達が対抗しなきゃいけない相手だ…!

「マライア…」

ミリアムがあたしを呼んだ。彼女は、あたしをまっすぐに見つめている。うん、やるっきゃ、ない、ね。

「メルヴィ、カタリナ。聞いて。この情報を持って、すぐにプルたちと合流して!この場所に必ず箱がある。

 セキュリティの開け方はプルが知ってる。あぁ、それと、念のために、ノーマルスーツとランドムーバーを持っていって」

あたしは二人に伝えた。

「マライアちゃん達はどうするの!?」

険しい表情をしたカタリナがそう聞いてくる。

「あたし達は、この艦を足止めする…少なくとも、味方じゃない。

 箱がここにあるって分かった以上、すくなくとも、あなた達が箱を確保するまでは防衛が要る。

 だから急いで行って来て!長引けば、あたしとミリアムがキツくなる!」

あたしが言ったら、カタリナはさらに厳しい表情をして、頷いた。それから、メルヴィと顔を見合わせると

「マライアちゃん、氏んだらダメだよ。ミリアムちゃんもね…!」

といってきた。

「お二人とも、どうか、ご無理はなさらないでください…!」

メルヴィもそう言ってくれる。二人は、それからパッと身を翻してキャビンから飛び出て行った。

 「うまい言い方ね」

二人が外に出て行ったのを確認して、ミリアムがそうささやいてくる。

ほかに言い方があったんなら、そっちが良かったな…あんなのは、ちょっとズルいよね…。

「ミリアム、あたし達もノーマルスーツ準備。戦闘になるかもしれないね…リゼルは行けそう?」

「この騒ぎだからね…コロニー警備の連中が先に乗って出て行かなければいいんだけど、って感じね」

うん、そう、そうだね…急がないと、抵抗すら出来なくなる…!
 

155: 2014/03/02(日) 23:46:49.48 ID:oQzje+ako

 あたしは焦る気持ちをさらに押さえつけながら、PDAでロビンに電話をかけた。

ほとんど呼び出し音が鳴らないうちに、電話口にロビンが出た。

<マライアちゃん?アタシ、ロビン!>

「ロビン?今、どこにいるの?」

<今、話にあった妙な空間、ってとこに来てるよ…芝生がしいてあって、立派なお屋敷がある…>

「屋敷…?」

メガラニカの中に、屋敷がある…?それはおそらく、ビスト財団の隠れ家か何かだ…ってことは…

さっきカタリナが見つけてくれた図面が、あってる、ってことになる…

だとしたら、La+システムの情報も、あたしの仮説も、たぶん、間違ってない…

「そっか、じゃぁ、やっぱり、さっきのデータは間違いなさそうだね…」

<マライアちゃん、どうしたの?なにかあったの?>

あたしの言葉に、ロビンが反応した。落ち着いて、あたし。とにかく要点だけをロビンに伝えないと。

「いい、ロビン、聞いて。これから、カタリナとメルヴィをそっちへ向かわせる。

 合流して、二人から情報をもらって…あたしの解析したデータと、そっちの状況的を考えると、たぶん、間違いない」

<なに?話がわかんないよ、マライアちゃん!詳しく教えてよ!>

「ごめん、ロビン、今は時間がないんだ。とにかく、一度戻って、メルヴィ達と合流して。

 おそらくそこは、ビスト財団が作った隠れ家。その地下エリアに、例の白いモビルスーツを開発していた場所がある…」

<じゃぁ、そこに行けば、情報が手に入るかもしれないの!?>

「ううん、情報はもういいの。地下には向かわないで、カタリナ達と一緒に、屋敷の奥へ進んで…

 たぶん、そこにあるはず…」

<ある、って…まさか…>

「うん。おそらく、ラプラスの箱は、そこにある」

あたしは、そう言い切った。電話の向こうで、ロビンが絶句しているのが分かる。

でも、ややあってロビンが気持ちを整えるのが分かった。それからすぐにロビンは落ち着いたトーンで

<分かった。いったん、外に戻るね>

と返事をしてくれた。さらにロビンは

<マライアちゃんとミリアムちゃんは?>

と聞いてきた。一瞬、迷った。これからあたし達がすることを、正直に言うかどうか…

うまく言い逃れることもできるかもしれない…でも、あたしは、ロビンを…あの子達を信用したい。

あたし達の子どもとして、じゃなくて、一人の人として、仲間として…
 

156: 2014/03/02(日) 23:47:42.95 ID:oQzje+ako

「たぶん、箱の情報を漁る目的で、船が来てる。あたしとミリアムは、その足止めに向かうよ。

 あたし達は、あたし達にしか出来ないことをやる。ロビン、あなた達は、あなた達にしか出来ないことをやって!」

ロビンは、黙った。ためらっているのか、悲しんでいるのか、電話じゃわからない。

しばらくの沈黙があってからロビンの声が聞こえた。

<分かったよ、マライアちゃん。気をつけてね>

ロビンの、何かを覚悟した、凛々しい返事が帰って来た。

その声にまるであたしは励まされるように、背筋が伸びるような感覚になった。

「任せて。そっちも、十分に気をつけてね」

<了解、じゃぁ、切るね>

「うん、連絡は、プルに渡してある無線機で取れるから、以後はそっちを使って」

<分かった。無理しちゃ、ダメだよ!>

「うん、ヤバくなったら逃げるから大丈夫!」

あたしはそう伝えて電話を切った。時間がない。

コンピュータのデータを自分用にディスクにコピーしてから抜き取ってキャビンを出て、ハッチの方に向かったら、

そこにはノーマルスールに身を包んだミリアムの姿があった。

「さぁ、行きましょう」

ミリアムが、引き締まった表情で、あたしを見て笑った。

まったく、だからその嬉しそうなのやめて、って言ってるじゃん!

あたしはそんなことを思いながら、ミリアムからノーマルスーツを受け取って急いでそれを着込んだ。



 

157: 2014/03/02(日) 23:48:35.90 ID:oQzje+ako




 「最短は、このルート?!」

「ええ!急ぐんでしょ!?なら、ちょっとくらいのリスクは覚悟してよね!」

私はそう言いながらマライアの腕を引っ張った。私が見つけた、シャトルから格納庫への一番の近道は、外に出ること。

宇宙空間を直線で行くのが最短で最速のルートだった。

点検用のハッチを開けてマライアを引っ張り出した私は、彼女を抱き留めながらランドムーバーを吹かした。

体に力が加わり、ゆっくりと移動を始める。いや、コロニーなんて巨大なものと比較するとどうしても速度感が薄れる。

実際はかなりの速さで飛行しているだろう。港部分の外に突き出した構造物の上を通過して前を見つめる。

もうすぐそこに、工業区画の格納庫へと続く構造物が見えている。

 私はランドムーバーを逆向きに吹かして、徐々に速度を落としていく。

「マライア、あのハッチよ!」

「オッケ。ワイヤー射出する!」

マライアはそう言って、手に持っていたワイヤーの先に付いた電磁石を打ち出す拳銃のような形をしたワイヤーリールの引き金を引いた。

宇宙空間にワイヤーが伸びて行って、コロニーの外壁にへばりつく。

「巻くよ!」

「了解。相対速度、もうすこし落とすね!」

マライアがリールを起動させてワイヤーが巻き取られていく。私たちの体も、コロニーへと接近していく。

ランドムーバーをかわらずに逆噴射しながら、位置と速度を調整する。そして、私達はハッチのすぐそばに接地した。

「あたしが開ける!体押さえてて!」

マライアが言ってきたので、私はノーマルスールの足の裏の電磁石をオンにして、外壁に体を固定して、マライアの体を後ろから押さえつける。

こうでもしておかないと、無重力空間で回転式のハッチロックを回そうとすると自分が回ってしまうからね。

マライアは、苦も無くハッチを開くと、まずは自分が滑り込むようにして中に飛び込んだ。

私もすぐにそのあとに続く。ハッチをくぐって、すぐにまたロックを回して密封する。

このエリアにはエアーが充填されていないのは確認済みだから、こんなすんなり来ることが出来た。

次のハッチの中は気密のための二重扉になっているから、エアーに弾き飛ばされるような事故はないはず…

「ミリアム、次は!?」

「すぐそこの区画扉!Gって書いてあるやつ!」

私が指差さしたら、マライアはすぐにそれを見つけて、扉に貼り付いた。

マライアが開けたその扉の中に二人して飛び込んで、いったん扉を閉め、さらに前にあった二枚目の扉を開ける。

その先に広がっていたのは、私が確認していた通り、モビルスーツの格納庫の、ちょうど天井側。

3機のリゼル、って機体を見下ろす形だ。格納庫には、人の姿がある。

パイロットって感じじゃないけど、みんなノーマルスーツを着込んでくれてはいる。

これなら、多少無茶をしても大丈夫かな…
 

158: 2014/03/02(日) 23:49:05.27 ID:oQzje+ako

「ミリアム、あたしはあっちの機体へ行く」

「了解。じゃぁ、私はその隣ね」

「じゃぁ、気を付けて」

「うん、そっちも」

私達はそう言葉を交わして、天井からモビルスーツに降下しながら、お互いをゆっくりと突き放した。

体を動かして軌道を修正しながら、モビルスーツのコクピット付近に取り付く。

「おい!何やってる!」

モビルスーツの足元からそう怒鳴る声が聞こえてきた。

「ごめん、貸して!あの船、叩いてくる!」

私はそうとだけ告げると、モビルスーツのコクピットを開けて中に飛び込んだ。

全周囲モニターに、リニアシート。ん、ちゃんと体裁は最新じゃない。あとは私との相性がいいかどうか、かな…

私はシートに飛び乗ってパネルを操作する。コクピットのハッチが音を立てて閉まり、全周囲モニターが点灯した。

「出撃します、作業員は退避願います!」

私は一度だけ、外部スピーカーで格納庫内にそう告げた。と、無線に別の声が飛び込んでくる。

<ミリアム、機体の無線と、ノーマルスーツの無線のモジュールの接続、分かる?>

マライアの声だ。無線連携は大事だよね。私はさらにパネルを触る。

いくつかのメニューが分かりやすく表示されている…RadioLink!これね。

メニューを選択し、決定ボタンを押すと、ノーマルスーツの無線と機体の無線が接続が成功したという表示が出た。

「マライア、聞こえる?」

<あー感度良好!>

今度は、さっきよりもよりクリアにマライアの声が聞こえた。マライアはそれからすぐに

<待ってね、今、ハッキングしてハッチをこじ開けるから>

と言ってきた。格納庫内の作業員は、退避を始めている。でも、これは間に合いそうにないかな…

「ハッチ開きます!体を固定してください!」

<ミリアム、開くよ!>

マライアの声がしたと思ったら、左手にあった壁が割れるようにして開いた。

どうやら、このハッチも二重構造になっているらしい。作業員を危険にさらさなくて済みそうだ。

<安全仕様だね…緊急発進には向いてないなぁ>

「戦艦ってわけじゃないもの。仕方ないわ」

ぶつくさ言っているマライアにそう声を掛けながら、モビルスーツをハッチの外へと移動させる。

 さらにマライアが操作しているのか、背後のハッチが閉まって、目の前の壁が、また左右に割れて開いた。

その先には、真っ暗な宇宙が広がっていた。
 

159: 2014/03/02(日) 23:49:31.22 ID:oQzje+ako

 <出るよ、ミリアム>

「了解、ついて行くわ」

私の合図を確認して、マライアがスラスターを吹かしてゆっくりと宇宙へ飛び出していく。

私もペダルを踏んでそのあとに続く。ん、じゃじゃ馬ってほどでもないね。素直で、良い機体じゃない。

なんて思っていたら、マライアの声が聞こえた。

<あー違うんだよなぁ、この操作感…もっとこう、ビンビンって反応してほしいんだけど…>

まぁ、確かに…3年前まで乗っていた私のギラドーガも、もうちょっと俊敏に動けるように調整してもらっていたな。

この機体は素直だけど、返って重い感じがしないでもない。

<ミリアム、そっちは?>

「気持ちは分かるわ」

私が言ったら、マライアはクスクスっと笑って

<だよね。リミッター解除しちゃおう。ミリアムも試す?>

なんて言ってきた。それが良い。できれば段階的に設定できる仕様だとありがたいな。

完全になくなってしまったら、さすがに機動中に失神なんて危険性もある。

ブランクなんて気にもならないけど、体はなまっているかもしれないからね。

「やってみる。コンソールからいけるよね?」

<うん。194番のショートカットで直接いじれるよ>

194…私はマライアに言われたとおりに番号を入力した。パネルにリミッターの設定が表示される。

リミッターは無段階で調節が出来るようになっている。良かった、これだけの性能の機体だ。

ありとなしの単純な設定しか出来ないようじゃもったいないもんね。

私はとりあえず、リミッターを半分よりも少し低めに設定して機体をロールさせてみる。ん、悪くない。

これで行ける、かな。そう思って設定を閉じた。

マライアもリミッターの解除に成功したようで、私と同じように機体を回転させている。

<よし、これこれ!やっぱゼータはこうでなきゃね!>

「いい機体ね、確かに、じゃじゃ馬」

私が言ってやったら、マライアの笑い声が聞こえた。
 

160: 2014/03/02(日) 23:50:35.75 ID:oQzje+ako

 さて、そんな話もいいけど…気を引き締めなきゃ、ね…

ここからは、戦闘…生半可な覚悟じゃ、1年戦争のときに逆戻りだ…

そうは思いながら、それでも私は、あのときとは違った心持ちだった。

いや、これまで経験してきたどんな戦闘ででも感じたことのない気持ち。

安心感とも違う、高揚…私は、戦闘狂ではないとは思う。だけど、どこかで心が震えていた。

そう。戦うということに対してではない。私のこの気持ちは、あなたと一緒に戦えるから…

ねぇ、分かるんでしょ、マライア?

<シーン、返事しません>

「ケチ」

<あはは、ごめん。頼りにしてる>

「うん、分かってる。あなたとなら、どんな絶望だって越えていける」

<…だから、そういうのは恥ずかしいから止めてって、ほんとさ>

マライアの困った声が聞こえてきた。ていうか、なんで困るのよ、もう。

本当に失礼なやつ、なんて、思わないけどね。

こんなおふざけは置いておくにしても、マライアはこと、戦闘においては誰よりも信頼できる。

同じギラドーガで、私と同じくらいにやれるんだ。

機体の性能差がなければ、二人でなら総帥すら追い落とせるだろうって気持ちにだってなる。

すくなくとも、私とあなたは、今の時代、この宇宙でも指折りの実戦経験なんだからね…!
 

161: 2014/03/02(日) 23:51:03.72 ID:oQzje+ako

 <ミリアム、見えてきた。敵艦!>

マライアの声が聞こえた。モニターを拡大する。そこには、クルーザータイプの見たことのない型の船がいた。

目だった武装はないけど…輸送船?いえ、偽装しているだけ…?

「確認したわ。発光信号で停船を指示する」

<了解、お願いする>

私はパネルで発光信号の発射コマンドを入力した。

リゼルの腕から信号弾が発射されて、漆黒の宇宙にまばゆい光がともる。しかし、船は停止する様子を見せない。

あいつは、来るつもりだ…

<返事もしてこないね。無線にも、相変わらず応答なし。徹底してるなぁ、特殊部隊かなんかかな…連邦の特殊作戦群…か>

マライアがつぶやく声が聞こえてくる。そういえば、最初にネェル・アーガマって船で聞いた無線でそんなことを言ってたね。

「なんなの、その部隊?」

<あぁ、知らない?エコーズ、って言って、早い話が、マハ>

「マハ!?」

私は思わず声を上げてしまった。3年前、私とミネバ様を散々追い回した、あいつらが…!?

<まだ決まったわけじゃないからね。とにかく、向こうの所属を確認しよう>

「…そうね。了解。先頭はお願い。着いて行くわ」

私が言ったら、マライアの笑い声が聞こえてきた。

<あたし先でいいの?ちゃんと着いてこないと、追いてっちゃうよ?>

そんな言葉に、私も思わず笑ってしまう。

「当たり前でしょ。のんびり飛んでたら、後ろから蹴っとばすからね」

そう答えたら、またマライアは笑った。それから、キュッと引き締まった声で言ってきた。

<さて、行こう、ミリアム!>

「了解、マライア!」

私はそう返事をして、一気に加速を始めたマライアの機体を追った。


 
  

162: 2014/03/02(日) 23:51:48.66 ID:oQzje+ako



 「カタリナ!こっちこっち!」

私は、あれからすぐに港を出て車を飛ばして、コロニービルダー、メガラニカを目指した。

港を出てから、メルヴィがPDAでロビンに再度連絡を取って、合流場所を指示してくれた。

そこへ車を走らせたら、そう声をかけて、ロビンが私達を待っていてくれた。

プルとマリの姿は見えない…どこにいるんだろう?

 私はそんなことを思いながら、マライアちゃんに預かったコンピュータとデータのディスクを持って車を降りた。

「ロビン、プルとマリは?」

「プルは先に行って、セキュリティを解除してる。マリは進路確保で、真ん中に残ってくれてるよ!」

私が聞いたら、ロビンはそう答えてくれた。とにかく、急ごう。

早く箱を手に入れて、マライアちゃん達に知らせて上げないと、二人も撤退するタイミングを図れない。

「マライアさんからデータを預かってるわ。急いでプルのところまで案内してください!」

メルヴィがロビンに言った。ロビンも引き締まった顔で、力強く頷いて走り出す。

 「今、どんな状況なの?」

走りながらロビンがそう聞いてくる。

「箱のありかは、この空間を抜けた先の、あのカタツムリみたいなところだって、マライアちゃんは言ってた。

 あの白いモビルスーツの中に入れられた情報を分析して見つけたみたい」

「船、って言うのは?敵なの?」

「わからない…それを確かめる意味でも、二人は向こうへ回ったんだと思う」

「そっか…どっちにしたって、アタシにはどうにも出来ないことだし、任せるしかないね…心配だけど」

ロビンは、苦い表情をしてそう口にする。うん…私も、心配。

あのときマライアちゃんは、氏ぬ気であの蒼いモビルスーツに喰らい付いてた。

今回も、同じようなことにならないといいんだけど…

いや、ミリアムちゃんも一緒だし、きっとそんなことにはならないだろうけど…なんだろう、やっぱりなんだか気持ちが落ち着かないよ。

 私達はロビンに連れられて、薄暗い通路を走る。

「マリ!カタリナとメルヴィちゃん、来た!」

不意にロビンがそう声を上げた。すると、物陰からマリが姿を現す。

「良かった、早かったね。急ごう!」

マリはそう言って私達に並走する。さらに狭い通路を抜けて、角を曲がる。目の前に、明かりが広がった。

なに…?ここは…!?

 私は、急に明るくなって、思わず閉じてしまった目を開けた。そこには、芝生のしかれた地面が広がっていた。

「ここは…?」

「ビスト財団の隠れ家じゃないか、って、マライアちゃんは言ってた。あの建物の中に奥へ進める扉があるんだ!」

ロビンがそう言って指さした先には、大きなお屋敷が見える。まるで、絵本に出てくるみたいなやつだ。

「コロニービルダーの中に、こんな場所が…」

メルヴィがそう言ってあたりを見回している。これには私も驚いた。でも、そんなことを気にしている場合じゃない。

とにかく、ロビンのあとを着いて走る。屋敷の中に駆け込んで、階段を上って、私達はドアの開いていた部屋に飛び込んだ。
 

163: 2014/03/02(日) 23:52:40.69 ID:oQzje+ako

 「プル、そっちどう?」

息を切らせながら、ロビンがプルに聞く。

「もう少し時間がかかりそうだよ。この扉のセキュリティ、マライアちゃんに聞いたのとはなんだかちょっと違うんだ」

プルは難しい顔をしてそう返事をした。そうだ、データディスク…!

私はマライアちゃんから預かったディスクをプルに手渡した。

「これ、マライアちゃんから預かった」

「マライアちゃんから?分かった、ありがとう、カタリナ」

プルはそう言って、ディスクをコンピュータに挿入する。それからキーボードをカタカタと叩き始めた。

あのディスクに入っているデータで、扉のセキュリティを破れるといいんだけど…

 そう思いながら、私は、部屋の中を見回した。ずいぶんと立派に作られている。

隠れ家なんて、そんな程度の規模じゃない。こんなの、まるでお城みたいだ…

感心していたら、ふと私の目に、壁にかかったタペストリーが留まった。

 そこには、角の生えた白い馬と、女性、それにライオンが描かれている…これ、見たこと、ある…

「これって、貴婦人と一角獣…?」

思わず、私は口にしていた。

「知っているの?」

メルヴィがそう聞いてきた。

「うん…旧中世期に作られたんだって、本で読んだことがある…これは、ずいぶん傷んでるけど、レプリカかな…?

 6枚で1セットのタペストリーで、これはその中でも“ア・モン・セウル・デジール”って呼ばれてるもの…」

「…我が、唯一の、望み…?」

私の言葉を、メルヴィが繰り返す。望み…ユニコーン…やっぱり、あの機体は、ユニコーンだったんだね…

「…可能性の、獣…」

「あの白い機体のモチーフがユニコーン、と言うことなのでしょうか?」

「…もしかしたら、そうなのかもしれない…このタペストリーの絵はね、まだ、正確な解釈がわかってないんだ。

 真ん中の女の人が、箱の中に何かを仕舞おうとしているのか、取り出そうとしているのか…

 青いテントの中に入ろうとしているのか、出てきたところなのか…他の5枚は、それぞれ、人間の五感を表している、って言うのは確かなんだけど…」

「五感と並ぶもので、我が、唯一の望み、と言うことですか…」

メルヴィもそう言って、タペストリーを見つめた。

「それって、ニュータイプの力のことじゃないの?」

急に、ロビンがそんなことを言ってきた。ニュータイプの能力…?

我が、唯一の望み…確かに、5つの感覚と並ぶ、もうひとつの感覚、といわれたら、それかもしれないけど、でも…

「で、ですが、これは旧中世期のものなのではなかったんですか?

 そんな時代に、ニュータイプの概念があったとは、思えません…」

メルヴィが言う。そう、そうなんだよね…

これを作らせたのは、当時のフランスっていう所の貴族で、ジャン・ル・ビスト、と言う人だって、読んだ本には書いてあった。

ビスト…?そっか、ビスト財団の創始者、って言うのは、その貴族の子孫に当たるのかな…?

その人が、ユニコーンをモチーフにしてモビルスーツを作った…可能性の獣…我が、唯一の望み…

 このタペストリーを見て、あのモビルスーツを作らせた人は、この絵をどう解釈したんだろう…?

その人の思う可能性って、なんなんだろう、その人の唯一の望み、って、なに…?
 

164: 2014/03/02(日) 23:53:12.83 ID:oQzje+ako

 「やった、開くよ!」

そう考えていた私の耳に、プルの声が聞こえてきた。私はハッとしてそっちを見る。

すると、壁の内装がモーター音とともに割れて、その奥に通路が現れた。

「この先に、その箱があるんだね…」

マリがそうつぶやいた。

 箱…私は、ふっと気がついて、またタペストリーを見た。

貴婦人が手を伸ばしている、蓋の開いた宝箱のようなもの…

箱の中身が何かが分かれば、このタペストリーになぞらえたモビルスーツの存在の意味もわかるかもしれない。

こんな仕掛けをした人の思いも、ね。

「行こう」

私は、誰となしにそう口にして、みんなと一緒に、その薄暗い通路に足を踏み入れていた。


  

165: 2014/03/02(日) 23:53:43.10 ID:oQzje+ako





 暗い通路をアタシ達は進んだ。その先にも幾つかセキュリティがあったけど、

マライアちゃんにもらったって言うディスクを使ったプルが、それを次々と開いていった。

さすが、マライアちゃんだよね。

 それにしても、こうしていざその箱がすぐそこにある、となると、なんだか緊張してきちゃう。

ううん、それだけじゃなくて、マライアちゃん達が戦闘状態に入っているかもしれない、って言う焦りもある。

それはみんなおんなじみたいで、揃って駆け出しちゃうんじゃないか、って言うくらい、早足になって重力の弱い通路を進んだ。

 と、アタシ達の目の前に、またしても扉が現れた。

「また、か。もう何枚目かな、これ?」

マリが、なんだかじれったそうに言う。分かる。

厳重にしておかなきゃいけない理由は理解できるけど、手がかかるのはどこかジリジリしちゃうよね。

 プルが無言で扉の横のパネルにコンピュータをつないだ。プルのほうは慣れてきているみたいで、

扉のセキュリティを解除していくたびにそのスピードが速くなっているように感じてる。

アタシは、そういう機械のこととかは、普通程度にしか分からないから、

マライアちゃんに教わっただけでこんなことが出来ちゃうプルをすごいな、って思う。

これも、たぶん、プルにしかできないことだ…アタシはまだ、自分にできること、見つけられてないな…

 そんなことを考えている間に、ピーっと音がした。セキュリティの解除が終わったみたい。

さっすが!プルに何か声をかけてあげようと思って、一歩踏み出したら、アタシの感覚に何かが触れた。

これ、人の気配…?この扉の向こうに、誰かいる…!

 アタシは、そのことに気付いて、プルを見た。プルはアタシを見つめてコクっと頷くと、コンピュータをしまって拳銃を抜いた。

どこかの誰かに、先回りされた、っていうの?

も、もしかして、近づいてきている船っていうのから、工作員でも飛んできたのかな?だとしたら、まずいよね…

「マリ、カタリナをお願い。メルヴィとロビンも気をつけて」

プルはそう言いながらパネルに触れて、扉を開けた。

そこは、天井がガラス張りになっているのか、宇宙の見える部屋だった。通路と同じで明かりはほとんどなかったけど、

遠くに見てる地球が反射してくる光が、部屋の中を青白く照らしている。その部屋の中央に、何かが置いてあった。

箱…?ううん、違う…あれば、ベッドだ…しかも、コールドスリープ用のやつ…

そして、そのすぐそばに、人影が見える。この気配は…あの人、なのかな?
 

166: 2014/03/02(日) 23:54:15.18 ID:oQzje+ako

 プルが拳銃を構えて、部屋に踏み込んだ。アタシ達も身長にあとへと続く。

薄暗くて見えなかった人影が、徐々にはっきりと見えてくる。それは男の人で、中年くらい。

少し警戒しているけど、アタシ達に敵意はないみたいだった。

 プルが拳銃を手にしたまま、ゆっくりと男に近づいていく。

と、男は、プルやアタシ達の顔を見て、すこし驚いた表情を見せた。

「…子ども…?」

彼は、小さくそう言った。

「招かれざる客、か」

不意に、別の声がした。見ると、ベッドの上に、一人のおじいちゃんが横たわっていた。

しわしわで、もうずいぶん高齢なんだな、って感じがする。なんだろう、この感覚…おじいちゃんは、泣いてるの…?

後悔、してるの…?

 「通常のルートではないことは、承知しています」

メルヴィちゃんがそう言いながらプルの前に出た。その手をそっと、プルの握った拳銃に添えている。

下げて、といってるみたいだ。

「私達は、故あって、ミネバ・ザビ様のお手伝いをさせていただいております。

 ミネバ様のお考えを代表してお伝えするなら、箱の開示は、今一度、考え直してはいただけないでしょうか?」

「君は、何者だね?」

おじいちゃんが、ゆっくりとした口調でメルヴィに聞いた。

「私は、メルヴィ・ミアと申します。第一次ネオジオン紛争の際に、ミネバ様の影武者として表に出ていました。

 ダカールでのパレードはご覧になったとはございますか?」

メルヴィちゃんの言葉に、おじいちゃんは頷いた。

「あれは私でした。ミネバ様とは、同じ母の遺伝子を受け継いでいます」

さらにメルヴィが言うと、おじいちゃんはまた、ゆっくりとした口調で言った。

「そうか…ゼナ・ミア、と言ったな…確かに、二人とも彼女に良く似ている…」

おじいちゃんの言葉を聞いて、メルヴィちゃんが一瞬、同様したのをアタシは感じた。

メルヴィちゃんが会ったことのないお母さんを、このおじいちゃんは知っているんだ…

メルヴィちゃんの動揺は、驚いているのと、そして、喜んでいるようにも感じられた。
 

167: 2014/03/02(日) 23:55:25.98 ID:oQzje+ako

 「…箱は、解放されなくてはならない。もう引き返すには遅すぎる…」

おじいちゃんは言った。それを聞いたメルヴィちゃんはハッとして気を取り直して

「それでは、箱を私達に預けていただけませんか?ミネバ様と通じ、正しい扱い方を決めたいと思っています」

と伝えた。でも、おじいちゃんは力なく首を振った。

「君達に、箱を渡すことは出来ない。私は、ユニコーンが選ぶ者を待っている…」

「ユニコーン…あの、白いモビルスーツですね…おじいさんが、あの機体にこんな仕掛けを?」

カタリナが前に進み出ておじいちゃんに聞く。おじいちゃんはまた、黙って頷いた。

「可能性の獣ユニコーンと、“我が、唯一の望み”…よろしければ、聞かせてもらえませんか?

 おじいさんが、可能性の獣に託した、ただひとつの望みって、箱の中身って、どんなことだったんですか?」

カタリナの言葉に、おじいちゃんはすこし驚いたような顔を見せた。それからややあって、穏やかな笑顔を見せた。

「それを知って、どうしようと言うのかね?」

「分かりません…ただ、私は、おじいさんが、あの箱に、なにか、とても大事な想いを託しているんだと思っています。

 私達も、曲りなりに、こうして箱に関わっています。だからこそ、知りたいと思ったんです…」

「そうか…」

おじいちゃんはそう言って、今度はチラッと、プルとマリを見やった。

「君達は、どうかな?」

「私は…プル。実験で作り出された、遺伝子レベルの強化人間なんだ…

 ずっと、長い間戦争の道具として戦わされてきた。そんな私たちを、助けてくれた人たちがいるんだ。

 その人たちは、人として生きることがどういうことか、って言うのを、私達に教えてくれたんだよ」

「幸せってなにか、とか、家族ってなにか、とか、そんなこととか、ね。

 それって、すごくすごく大切なことだって、わかった。お金やなんかよりもっと大事。

 ご飯と同じくらいかなぁ、食べるものがないとお腹空くのとおんなじで、大切な人が居ないと、心が凍えちゃうんだよね。

 優しい目で、そばにいるよ、って言い合えることは、他のどんなことよりも、私達には必要だったんだな、ってそう思った」

「私達を作ってくれた、母さんは、私達には、半分、ザビ家の血が流れてるといってた。

 姫様と、彼女と、同じ血なんだ。親戚か、もしかしたら、母親違いの姉妹かもしれない。

 そんなあの子が、人類の未来を一人で背負って戦ってるんだよ。私は、それを放って置けなかった。

 だって、私も、私達も助けてもらったんだ…あの子の代わりは出来ないけど、あの子を支えてやることは出来る。

 だから、お願い…箱を、私達に預けて…」

プルとマリが、おじいちゃんにそう言った。だけど、おじいちゃんは返事をしなかった。

その代わりに、今度はアタシに目を向けてきた。

「君は…?」

ア、アタシ…?アタシは…

「アタシは…正直、箱なんて、どうだっていい。

 でも、それのために命を賭けてる人がいて、その人を守ろうって思ってる人たちがいる…アタシは、ミネバ様、って人は、会ったことないし、分からないけど、

 でも、大事な家族のみんなが、ミネバ様を助けたいって思って動いてるんだ…

 だから、アタシもそれを放っては置けなかった…アタシが欲しいのは、箱なんかじゃない。

 大事な人が、無事でいてくれること。ただ、それだけ…もし、無事でいるってことの条件に箱が必要だっていうんなら、

 そりゃぁ、ほしいかもしれないけど…その箱は、もしかしたら、持っていたら、危険なものかもしれないんだよね?

 だとしたら、受け取るのは…アタシは、やっぱり悩む」
  

168: 2014/03/02(日) 23:55:57.64 ID:oQzje+ako

そんなことを言ってから、アタシはふと、気がついた。いや、なんだか、あれだね。

こうして、みんなでここに来てみたけど、思ってることが案外バラバラで、

いや、別に、なんにもおかしいことないんだけど、うん…なんだか、笑っちゃう。

だって、お互いに全然関係ないこと考えながら、それでも不思議に、みんなで必氏に、

アタシとマライアちゃんなんかケンカなんかしたりして、それでも協力してここまで来たんだもんね。

マライアちゃんは、たぶん、箱を確保したい派だろうな。

ミリアムちゃんは…どうだろう、きっとミネバ様が無事なら、どっちでも良い派、だね。

うん、あれ、やっぱりバラバラだ、ふふ、なんかおかしい。

 アタシは思わず、クスっと笑ってしまった。

と、それを見たからなのか感じたからなのか、プルもマリも、メルヴィちゃんもカタリナも、アタシと同じようにクスクスっと笑った。

 そんなアタシ達を見て、おじさんもまた、微かに笑顔を見せた。

「改めて問おう。君達の要求は?」

そんなおじいちゃんの言葉に、アタシ達はお互いに見つめ合っていた。

「さて、どうする?」

「んー、私は、マライアちゃん達と姫様が無事ならなんだって良いかな、この際」

「私は、やっぱり、姫様を支えたいよ。一人で戦ってるかもしれないんだ」

「私も、プルと同じ気持ちですが…一番大切なことが、ミネバ様も私達も氏なずに生き延びるということである、

 と言うのは分かります」

「あぁ、なんかまた笑えて来た。アタシ達、おんなじこと考えてるはずなのに、なんでこんなに言い方が違うんだろうね」

「多数決でもする?」

「いやぁ、それはなんかちょっと違うよね。他の意見気にしちゃって、私票入れられない、に一票」

「そうだね…ここまで来て、そんな決め方は違うね」

「そもそもさ、その箱の中身がなんなのか、っていうカタリナの質問ってもっともだって思う。

 だって、それが何なのか、ミネバ様もわかってないわけでしょ?

 もしかしたらさ、アタシのおもちゃ箱とおんなじような物しか入ってなかったりして…」

「確かに…本当にそれが、悪用されるような物なのかどうか…

 あるいはそれを明らかにすれば、ミネバ様が命をかける必要もなくなるかもしれないですね…」

ん、なんとなく、意見一致したよね、これ?結局さ、みんな誰かを守りたい、ってそう思ってるだけだもんね。

箱がどうとか、本当はどうだって良いんだ。

いや、良くはないんだけど、箱はあくまで手段で、目的じゃない、っていうか。

その、だから、えっと…みんなが無事で、現状から抜け出せる方法があるんなら、それが一番良いって、そういうことだよね!
 

169: 2014/03/02(日) 23:56:31.37 ID:oQzje+ako

 「じゃぁ、そういうことで…ね、おじいさん」

アタシはみんなに確認してから、おじいちゃんに言った。

「アタシ達、とりあえず、箱を預かるとか、そういうのは無しにして…箱の中身がなんだか知りたいんだけど、

 教えてくれないかな?ほら、もしその箱の中身がヤバいものでも、こんな小娘達が、話を聞いた!

 箱の中身は、こうなんだって!って騒いだって、誰も相手にしないと思うし…どうかな?」

アタシの言葉に、おじいちゃんは、黙った。何かを考えているのか、

それとも、寝ちゃってるのか分からないくらい、静かで、穏やかな沈黙だった。でも、すこしして、アタシ達ひとりひとりの顔を見て、言った。

「あるいは、君達は、箱の開放を見守る鳥達なのかも知れんな…いいだろう。君達に伝える。

 あの箱のすべてと、そして、私の罪が生み出してしまった、宇宙世紀の混沌を…」

おじいちゃんの罪…?おじいちゃんが、何か悪いことをした証拠が、その箱の中に入っている、とか…そう言うこと?

 そんなことを思っている間に、おじいちゃんは話を始めた。

「あれは、宇宙世紀元年。90億を超えた人々を支えきれなくなっていた地球から、宇宙への移民が始まった…

 当初から、それは『棄民』政策と揶揄されるところではあったにせよ、

 それまで資源や大地の奪い合いをしていた小さな国々が団結し地球連邦政府と言う御旗の下に融和した、

 歴史的な一歩だった。

  その調印式が、宇宙世紀0001年、1月1日、軌道上に浮かぶラプラスと名付けられた首相官邸となるはずだった宇宙ステーションで行われていた。

 地上にあった、百を超える国家の代表と、初代首相として選任されたリカルド・マーセナスとともに、私もそのステーションにいた、作業員としてだ。

 私は、指示通りに集光ミラーを操作した…そして、ラプラスは爆発を起こすことになる」

「おじいちゃんが、首相官邸を破壊したの…?」

「その一員だった…。だが、作業を終えて離脱した私達も、首謀者の手によってシャトルに仕掛けられていたのだろう爆弾に吹き飛ばされた。

 私は、ノーマルスーツのまま宇宙へと放り出された。そのときに、私が見つけた物こそが、元凶…あるいは、希望、か」

おじいちゃんはそう言って、そばにいた男の人に合図をした。

男の人は、ベッドの下から抱えるほどの大きさの箱を取り出した。

ちょっと、待って…それ、それが、その…ラプラスの、箱…?

 いきなりの出来事に戸惑っていたアタシをよそに、男の人は、ためらうことなく、その蓋を開けた。

中には、黒っぽい石で出来たレリーフみたいなものが収まっている。なんだか、文字が刻んであるけど…

なんだろ、これ…?

「これは…宇宙世紀憲章…?」

メルヴィがそう言った。へ、へぇ…ゆ、有名なの?それって…?アタシはおじいちゃんに視線を戻す。

おじいちゃんは、コクっとうなずいて

「だが、これは君の知っているものとは、差異がある」

と言ってメルヴィを見つめた。アタシ達も、つられてメルヴィを見やった。

メルヴィはそのレリーフに刻まれている文章に目を走らせていた。と、その視線が止った。
 

170: 2014/03/02(日) 23:58:05.44 ID:oQzje+ako

「…!?第7章…地球連邦政府は、大きな期待と希望を込めて、人類の未来のため、以下の項目を準備することとする……

 第十五条、1、地球圏以外の生物学的な緊急事態に備え、地球連邦政府は研究と準備を拡充するものとする。

 2、将来、宇宙に適応した新人類の発生が認められた場合、その者たちを優先的に政府運営に参画させることとする…

 こんな章立てではなかったはずです、確か、第7章は…」

「そう。これは、ラプラスの中で、調印へ向けた最終調整を行っている際に作られた、正しい憲章なのだ」

「で、では…私たちがこれまで目にしていた宇宙世紀憲章とは…?」

「うむ…君たちの知っている憲章が広く公表されるのと時を同じくして、即座に発足した連邦新内閣が公表したものだ。

 新内閣その公表とともに、首相官邸の爆破テロを、地球連邦樹立に反対する分離主義国家主導によるものと断定し、

 武力を使ってそのほとんどを粛清した…」

「ま、待ってください…!この第7章の条文が削除されたことと、そのことに、一体どんな関係が…?」

そう聞いたメルヴィを、おじいちゃんはジッと見つめた。

「どのような関係があると思うかね…?」

「…まさか…!そのテロの首謀者というのは…政権側の人間だったのですか!?

 …自分たちの利権最大限に拡張し、テロを起こしたと公表した反対派を一斉に粛清し、

 新しい世界の支配体制を盤石とするために…」

「その通りだ…連邦政府がこの件に噛んできている理由の一つには、

 現在でも当時のテロを演出した強硬派政治家の家系が連邦の中枢に在るという事実がある。

 ともかく、この事実をつかんだ当時の私は連邦と接触し、交渉する中で足場を作り上げた。

 連邦政府を使ってアナハイム社に肩入れし、私自身もアナハイム社の経営陣に名を連ねた。

 私は、歪んでいたのだろう…己の欲望に、忠実だった…」

おじちゃんは、すこしだけ、顔をしかめた。それが、罪なのか、とも思ったけど、違った。

おじちゃんは、まだ、気持ちの中に何かを持っていた。

「んー、でもさ、それって、100年も前のなんでしょ?今更、そんなことで騒ぎ立てるようなことってあるかな…?」

マリが言った。でも、そんなマリに、メルヴィは首を横に振る。
 
「いいえ…この条文は…奇しくも、言い当ててしまっているのです…私達、という存在を。ジオンの思想と同じように…」

「アタシ、達?」

「…ニュータイプ、だね」

プルが静かに言った。それを聞いたおじいちゃんは、またすこし驚いたような顔をして

「そうか…君たちも、そうなのだな…」

とつぶやくように言ってから、

「君の言う通りだ…それから半世紀が過ぎたころ、サイド3の一人の思想家が出現した。ジオン・ダイクン。

 彼は宇宙に進出した人々が、新たな人類と言う種に進化し得ることを説いた。それが、ニュータイプと言う存在を言い表していたかはわからん。

 だが、その思想は、この条文と重なった。宇宙世紀が始って以降、人は次々と宇宙へ上がった。

 地球連邦政府は、自ら敷いた政策で、コロニーから物資も、経済力も搾取していた。

 もちろん、疲弊した地球には必要な事だったというのもまた事実。

 だが、そのことに、不満を持つ者はけっして少なくはなかったのだ…。

 当時なら、スペースノイドと地球連邦の間に諍いが起こったにせよ、まだ混乱も小さいうちに方向転換が出来ただろう…

 だが、私は箱の開示を行わなかった。手放すことができなかった…」

おじいちゃんは、悔しそうに、そう言った。そっか…何が罪なのか、と言ったら、おじいちゃんは、このレリーフを隠すことで多くの人を苦しめてしまったことを後悔しているんだ…
 

171: 2014/03/02(日) 23:58:37.29 ID:oQzje+ako

「ジオン・ダイクンの思想と、憲章との一致…これが、連邦政府の強硬派を刺激し、さらなるスペースノイドへの圧力となった。

 支配体制を揺るがせはしない、と言う意思表示だったのだな…そして、それはスペースノイドの反発として現れた。

 やがて、地球ではスペースノイドに寄る小規模なテロが頻発するようになった。

 強硬派は、これを好機ととらえ、スペースノイドは地球市民の安全を脅かすものだというプロパガンダに利用した。

 それは、今も根付いておる…1年戦争以降の過去二回にわたる、ジオンを名乗った者達の起こした紛争もまた、

 連邦がスペースノイドと敵対する意識を薄れさせないために有効に利用されたことだろう…

 そうした根本にあった圧力によってさらに膨れ上がらせたスペースノイドの不満が最初に爆発したのが、あの戦争だった…」

あの、戦争…17年前の、1年戦争、だね…ママや母さんたちから、話はたくさん聞かせてもらった。

だけど、それはただ、その時の話でしかなかった。おじいちゃんの話は、違う。

おじちゃんは、きっと、ずっと自分のせいだ、って思いながら戦争を見てきたんだ。

自分の見てきた、自分が“作ってしまった”長い歴史の中で起こった、戦争だったんだ…。

「おじいちゃん…聞かせてくれない…?戦争の話を…。おじいちゃんは、そこで、何を見て、何を感じていたの…?」

アタシは、おじいちゃんにそうお願いしていた。するとおじいちゃんは、静かにうなずいた。

 そして、ゆっくりと、重々しく、語り始めた。
  

172: 2014/03/02(日) 23:59:10.47 ID:oQzje+ako

「人類が増えすぎた人口を宇宙に移民させるようになって、既に半世紀が過ぎていた。

 地球の周りの巨大な人工都市は人類の第二の故郷となり、人々はそこで子を産み、育て、そして氏んでいった。

 宇宙世紀0079、人類の全てをみずからの独裁の手に収めようとするザビ家のデギン・ザビ公王は

 その実権を長男のギレン・ザビに譲り渡して開戦に踏み切った。

 地球から最も遠い宇宙都市サイド3はジオン公国を名乗り、地球連邦政府に独立戦争を挑んできた。

 万全の準備をして戦いを挑んできたジオン軍の前に地球連邦軍はなすすべもなかった。

 開戦から一ヶ月あまりの戦いでジオン公国と連邦軍は総人口の半分を氏に至らしめた。

 四つの宇宙都市の群れが消滅し、わずかサイド6のいくつかの宇宙都市が残るのみとなる…

 …人々はみずからの行為に恐怖した」

アタシは、思わず、息を飲んでしまっていた。なぜだかは、分からない…

でも、きっと、それがおじいちゃんの見てきた戦争だったからなんだろう…。

「しかし、それでも全地球圏を支配するには、ジオン公国は小さすぎた…

 延び切った戦線は各個で撃破され、新兵器モビルスーツも、連邦の技術が追いつくと大きな戦果を残すことも難しくなった。

 ジオンは徐々に追い込まれ、ついに、宇宙要塞ア・バオア・クーでの決戦の後に和平協定に調印して戦争は終わった…

 だが、それによって宇宙にばら撒かれたのは、家族や、大切な仲間たち、

 何より、故国を奪った連邦政府に対する怒りと、恨みであった。そしてそれが、この憲章を決定的なものとした…」

「これを持ち出し、公にしてしまえば、再び、スペースノイドと地球連邦の戦いが起こるかもしれない…

 しかも、それは、これまでとは比べものにならないくらい激しいものとなる…」

おじいちゃんの言葉に、メルヴィがそう付け加えた。

「だから、渡す相手を選びたかった…無用な混乱を避け、スペースノイドの立場を認め、

 この戦いの繰り替えされる歴史を別の方向へ導ける誰かに…」

今度は、プルが言う。

「そうだな…加えて、それは、思慮深く、全ての人類の平和と発展について考えることのできる新しい時代を行く、ニュータイプの誰か…。それが、私の望みだ…」

おじいちゃんは、そう言って、黙った。しばらく、誰も、なにもしゃべらなかった。
 

173: 2014/03/02(日) 23:59:38.65 ID:oQzje+ako

何を喋っていいかも、分からない。どれくらい、それが続いたか、不意にマリが、声を上げた。

「あぁ、じゃぁ、私向いてるかもなぁ…要するに、さ、地球と、宇宙で、幸せ2つにすればいいわけでしょ?」

「でも、そんなに簡単なことかな?」

マリの言葉にカタリナがそう言う。

「んー、具体的にどうすれば、って内容は、分からないけどさ。

 でも、結局邪魔をしてるのは、そう言う政治とか、過去の感情とか、そう言うことなんでしょ?

 そんなのさ、きっと、私達が一番、どうしたらいいか、なんて知ってるような気がするんだ」

マリは、首をかしげながら、でもなんにも迷わずにそう言った。

 そう…そうかもしれない…母さんとママは、敵同士だった。シローさんの故郷を攻撃したシイナちゃんは、

今ではシローさんとアイナさんとはすごく仲良しだし、レオナママやユーリさんにプルとマリも、

もともとはジオンの研究所にいて、戦争のために生きてきたんだ。それでも、アタシ達は一緒にいる。

家族だって、そう思ってる。ニュータイプだから、ってわけじゃない。

ううん、ニュータイプだから、良くわかるだけで、思っていることは、みんなおんなじだ。

それは、大切な誰かには、幸せになってほしい、困っていたら助けてあげたい、そう思っているだけなんだ…。

でも、もしかしたらそう言う気持ちが、敵とか味方とかじゃない形で、

アタシ達をつなげてくれるんじゃないんだろうか。

マリの言う、幸せ、2つ…それは、スペースノイドの人たちにも、地球に住んでる人たちにも、

それぞれプラスになるような何かを少しずつ、少しずつ分け合っていくってことなんじゃないのかな…

そんなんで、何かが変わるわけでもないかもしれない。

でも、それでも、そうやって小さな何かを少しずつ分け合っていく気持ちが、もしかしたら、

敵と味方じゃない、憎む人と憎まれる人じゃない、搾り取る側と搾り取られる側じゃないつながりを広げていくことなのかもしれない…。

「姫様が、言ってたよ…無意味な連鎖を繰り返さないために、

 考え方が違っても協力して行けるような世界のために、私達のみたいなのが必要だ、って…」

プルが、何かをかみしめるみたいに言った。ミネバ様…アタシ達を、そんな風に思ってくれていたんだ…

「平和と発展は、他者への想像力に依る…

 ニュータイプはそこのところは、想像するだけじゃなくて、感じ取れちゃうんだもんね」

カタリナがそんなことを言って笑った。

カタリナには、ちょっと素質があるだけで、感じ取るほどの力はないみたいだけど、それは関係ない。

大事なのは、能力があるとかないとかじゃなくて、今のカタリナの言葉なら、想像力、だもんね。

「そうですね…私たちが、もし、ミネバ様のためにできることがあるのだとしたら…

 ミネバ様のおっしゃった、協力して行ける人であることなのかもしれませんね…」

メルヴィもそう言って笑った。うん…うん…!アタシも、そう思う!
 

174: 2014/03/03(月) 00:00:24.01 ID:GCsq1yvOo

 そんなことを話していたら、おじいちゃんが初めて声を上げて笑った。

どうしちゃったのかと思って、ちょっとびっくりしたけど、でもしばらくしてそれを収めたおじいちゃんは、

また、穏やかな声で言った。

「そうか…あなた達は、見守る鳥たちではなく、箱の中身だった、ということか…」

箱の、中身…カタリナが言っていた、“我が、唯一の望み”…ってこと…?アタシ達が?

おじいちゃんは、そう言い終えて柔らかく笑った。それから、アタシ達ひとりひとりを見て、

「この箱を、あなた方に託す、というわけには行かないだろうか?」

と言ってきた。は、箱を、アタシ達に!?でも…でも、それって…アタシは思わず、プルを見た。

プルはアタシと目が合ったら、今度はマリに視線を送った。

そんなマリは、ニコっと笑って、カタリナを見る。

カタリナはメルヴィちゃんに視線を送って、メルヴィちゃんはアタシを見て、コクっとうなずいた。

 みんなの気持ちが、伝わってくる…みんな、おんなじことを思ってる…アタシも、そう思うんだ…。

アタシ達のために、姫様のために、地球にいる母さんたちや、

まだほかにもいる、これから出会うかもしれない家族たちにとっても、きっとその方がいいと思う。

うん、それが良い。アタシは、みんなを代表しておじいちゃんに伝えた。

「その箱は、要りません。もちろん、中身も…。それは、アタシ達が持ってちゃいけないものだと思うんです…

 それはきっと、とても大切な物…アタシ達のように、助け合える誰かを生み出せるかもしれないもの。

 アタシ達が持っていても、なんの役にも立てないと思います…だから、それは、ミネバ様に渡してあげてください。

 おじいちゃんも、ミネバ様と話をすれば、きっと、安心して預けられると思うんですよ。

 アタシ達は、ミネバ様を助けて、きっとここまで来れるようにします。

 アタシ達を守ってくれようとしているミネバ様に、迷惑の掛からないやり方を探して…!」

アタシの言葉を聞いて、おじいちゃんはほほ笑んだ。それから、小さな声で

「それが、あなた方の選択なのだな…?」

と聞いて来た。

「はい!」

アタシは胸を張って、そう返事をした。
 

175: 2014/03/03(月) 00:00:53.79 ID:GCsq1yvOo
そしたら、おじいちゃんはまた、満足そうにして笑って

「連なり、響きあった“光”…もう、すでに灯され、繋がり始めているのだな…可能性の“光”は…」

とつぶやいた。ん、光…?なんのことだろう…?なんて、考えてたら、マリが急に

「おじいさん。私、おじいさんにありがとうを言わなきゃいけないと思うんだ」

なんて言いだした。マリが、おじいちゃんに、お礼を?

「なにかね…?」

「私はね、あぁ、このプルも、だけど、ジオンのニュータイプ研究所で作られた強化人間のクローンで…戦争の道具だったんだ」

マリの言葉を聞いて、おじいちゃんは変な顔をした。それが、どうしてお礼に結び付くのか、って感じだ。

でも、アタシもマリの言おうとしていること、分かるな。だって、アタシもそうだから、ね。

「だから、戦争が起こらなかったら…ニュータイプを、戦争の道具として使おうって誰かが考えるようなことがなかったら、私達は生まれてないんだよ。

 そりゃぁ、これまで辛いこともたくさんあったけどね…だけど、今はこうして、幸せに暮らせてるんだ。

 おじいさんが、箱を見つけて、隠してくれたから、私達は生まれたんだ、って思う。

 そのせいでたくさん氏んじゃった人がいたってのも、きっと事実なんだろうけど…

 でも、そのおかげで、私達は、こうしてここにいられる。だから、ありがとう」

マリは、そう言った。うん、次、アタシも良いよね!

「アタシも、ありがとうって言わなきゃ。アタシの…両親は、連邦とジオンのそれぞれの兵士だったんだけど、

 戦争の間に出会って、アタシが生まれたんだ。戦争がなかったら、出会えなかっただろうしね!

 だから、アタシもありがとう、って言わなきゃいけないと思う!」

「ふふ…だとしたら、そうですね…私も、戦争のお陰で、影武者として生まれたわけですから、感謝しなくてはなりませんね」

「なら、私もそうかなぁ…母さんたちが出会ったのは、ニュータイプ研究所の前身だった施設だし…

 それがなかったら、私が生まれてたどうかはわからないもんね。ありがとうございます、おじいちゃん」

メルヴィちゃんも、カタリナもアタシに続いてそう言った。

 おじいちゃんは、最初はなんだか、何を言われてるんだろう、って顔をしていたけど、

でも不意に穏やかに目をつぶって、ポロっと一粒だけ、涙をこぼした。

こんなので、おじいちゃんが胸に抱えている罪だって言う気持ちがきれいになくなるなんて思わない。

でも、それだけじゃなかったんだな、って思ってもらえたら、それは嬉しいことだなって思う。

辛いばかりじゃ、やっぱりアタシ達も辛いもん。さすがマリだね。幸せ、えっと人数分で、6つになったよ!

「ありがとう…」

おじいちゃんは、静かにそう言ってくれた。良かった…少しは、温かい気持ち、伝わったよね…。

 不意に。パッと辺りが明るくなった。

アタシはびっくりして振り返ると、そこには、大きな耐圧ガラスの向こうで、何かが弾け飛んだ閃光が、うっすらと消えていくのが見えた。

 マライアちゃん…ミリアムちゃん…!話し込んでて、気付けなかった…戦闘になっちゃってたんだ…!

こっちの状況、伝えないと…!アタシはそう思ってプルを振り返った。

プルはもう、カバンの中からマライアちゃんに預けられた無線機を取り出して、マライアちゃんに呼びかけていた。

「マライアちゃん!こちらプル!今の爆発はなに!?大丈夫なんだよね!?」



 

176: 2014/03/03(月) 00:01:55.72 ID:GCsq1yvOo




「こちらはインダストリアル7警備班、所属不明艦に警告します。今すぐ停船しなさい。

 こちらの命令に従わない場合は、自衛手段として、貴艦へ発砲する準備があります」

あたしはそう、船に呼びかけた。だけど、やっぱり返事はない。なんだか、こうも反応がないと気味悪いな…

幽霊船、ってわけでもないんだろうけど…それにしても、見たことのない船だな…

パッと見、武装がある感じじゃない、ただの輸送船みたいだけど…ううん、そんなことはなさそう。

船体の装甲のあっちこっちに、明らかに無数のハッチのようなものが見える。

あれ、砲塔を格納してるんじゃないかな…ハイメガ粒子砲なんてバカみたいにデカいやつじゃなさそうだけど、

ビーム機関砲だと、ちょっとめんどくさい。

出来たら早めにつぶしておきたいところだけど…その前に、本当に敵かどうかを確認する必要はある、か。

「ミリアム、あたしが行って、接触通信で最後通告してくるから、等距離保って、観察と援護頼める?」

あたしが無線に言ったら、明るい声で

<了解、任せて>

と聞こえてきた。頼もしいんだから、ほんとさ!あたしはペダルを踏み込んで加速し、一度船の後方に回ってから、

距離を詰めて操舵室らしいところを覗き込んだ。マニピュレータで触って、接触通信をつなげる。

「これが、最後通告です。停船しない場合は、攻撃します」

あたしは、なるだけ冷静に、突き付けるようにしてそう言う。だけど、それでも返事がない。

でも、操舵室の中には人影が見える。あたしはモニターに映っているその部分を拡大してみた。

ジオンでも、連邦でもなさそう…このノーマルスーツは、民間用の仕様に見えるな…そんなことを思いながら画面を見つめていて、あたしは気がついた。

ノーマルスーツの胸のところに、マークが見える…これは、アナハイム社の社章だ…!

インダストリアル7もおなじアナハイム社だって言うのに、連絡もなしに船で押しかけるなんて、普通じゃない。

箱のありかを探すためにただ調べたいって言うんなら、調査だって言っていくらでも人を送り込めるはずなのに、

そういうわけでもない…

どういうつもりかはわかんないけど、すくなくとも穏やかにことを運ぶような連中の艦がすることじゃない、よね。

 相変わらず応答もなく、船も停船する様子はない。しょうがない、か。

これ以上接近させてロビンたちを危険にさらすわけにはいかないもんね。

「返答なし、ですね。了解しました。攻撃を開始します」

あたしはそう言い切って、その輸送船から離れた。距離をとりながら

「ミリアム、輸送船に、信号弾撃ち込んで。当てちゃっていい」

とミリアムに無線を入れる。

<了解、脅かそうってわけね>

「そういうこと」

コロニーのモビルスーツはあくまで警備。積極的にしかけてくることはないと、タカをくくってるんだろうってことは想像できる。

一発撃ち込んでどういう反応をするか…それを観察してからでも、本当に攻撃して足止めするには遅くないはずだ。

<いつでもいいわ>

ミリアムから無線が入る。

「オッケ、合図で2,3発、一緒に撃ち込んでみよう。3、2、1、発射!」

あたしはカウントと同時にパネルを操作して信号弾を船に向けて発射した。弾は爆発する前に船体にあたって弾け、それから爆発して発光する。

さて、どうするの?
 

177: 2014/03/03(月) 00:02:22.98 ID:GCsq1yvOo

 <マライア、輸送船に動きが…!後部の格納ハッチを開いてる!>

ハッチを?モビルスーツでも積んでるの…?なによ、やろうっての!?

そう思った次の瞬間、ビームの破線があたしの傍らを飛びぬけた。やっぱり、砲台を隠してたね…!

応射してくるんなら、こっちだって手加減しないんだからね…!

あたしは、信号弾の発光が収まった船体を拡大して、砲台部分をロックする。

トリガーを引いて、ヘッドバルカンで掃射した。撃沈するつもりはないよ…

でも、その攻撃手段とアシだけは止めさせてもらう…!機銃弾の命中した砲台が小さな爆発を起こして停止した。

見えるだけで、あと5門ある。さきにこれを壊しておけば、あとが楽かな…

「ミリアム、そっちは、エンジンを狙って!」

あたしは残りの砲台を破壊しながら、ミリアムにそう無線を入れる。

でも、ミリアムから返ってきたのは、ミリアムの詰まりかけた声だった。

<マライア…敵、モビルスーツ…!>

モビルスーツ!?格納庫から出してきたのは、やっぱりモビルスーツ…!

「ミリアム、一瞬だけひきつけられる!?あたし、ここの砲台だけは破壊しておく!」

あたしは無線にそう怒鳴った。でも、ミリアムからの返事はない。でも迷ってる暇はなかった。

急いでるんだ、ちょっと外しちゃって、気密区画ぶち抜いちゃっても勘弁してよね!

あたしはそう思いながらトリガーを引き続けた。6門の砲台が次々と爆発を起こす。よし、全部つぶした!

「ミリアム!」

あたしは再度ミリアムを呼び出しながら、あたりを見回す。

そこには、ビームに撃ちまくられて、きわどいところでそれを躱しつづけているミリアムの機体があった。

敵は、輸送船の陰になってて見えない。

あたしは機体を駆って、輸送船をすれ違いざまにビームサーベルでそのエンジンの一機を切りつけながら敵機を確認する。

それを見て、あたしは一瞬、全身を貫く衝撃に、自由を奪われた。
 

178: 2014/03/03(月) 00:02:51.05 ID:GCsq1yvOo

 その機体は、頭部にアンテナのような角を付けた…白と黒にカラーリングされた機体…

あの、形…あれ、あれって…昨日、ミリアムと一緒に図面を見た…

―――PRX-0!

あの白いヤツの、プロトタイプだ…!

 <くっ…!>

ミリアムのうめく声が聞こえてハッとした。あたしは、とっさにビームライフルを発射した。

敵機は、まるでそれを分かっていたかのようにほんの少しだけ軌道をずらしてなんなく躱す。

こいつ…この感じ…強化人間!?

「ミリアム、いったん距離をとろう!」

<了解…援護お願い!>

ミリアム機があたしの方へと旋回しながらやってくる。

あたしは、ミリアムへ照準を合わされないように、連続してビームを撃ち込む。

そのことごとくが避けられるけど、今はミリアムの脱出が優先だ…!

<ふぅ、危なかった…>

ミリアムがそばに来て、そう無線をしてきた。

「やばいことになったね…あのスペックの気体を相手にしなきゃいけないなんて…

 あたし、対抗策考えておこうと思ってたんだけど、間に合わなかったな…」

<この機体を持ってた、ってことは、相手は、連邦かアナハイム?>

「アナハイム社だと思う。取り付いたときに、ノーマルスーツに社章が見えた」

<そう…箱を開放せずに、自分達の利益のために利用したい、って言う財団の人間の差し金、ってところかしら?>

「たぶんね…」

そんなことを話しながら、あたしは昨日見た図面を思い返していた。こいつは、あくまでプロトタイプ。

あの白いヤツほど調整は済んでないはずだ…もしそうなら、その粗さを突けば、なんとかなるかもしれない…

だけど、あの図面が確かなら、こいつにもサイコフレームが使用されている…

パイロットが強化人間、ってことになると、これは…変形したら、勝ち目ないかもしれないね…

「これは…かなりヤバい状況だね…」

<なに、弱気?>

「そうじゃないけど、こう言うときは逃げの一手しか取る手段が浮かばないんだよ…あとは、特攻覚悟で突っ込むか…」

<ふふ、絶望的、ね>

「絶望的で、なんで笑うのよ」

ミリアムが可笑しそうに言うから、あたしは聞いた。もちろん、返ってくる言葉はだいたい予想が付いてる。

だけど、今のあたしは、その言葉を聞いておきたかった。

<あなたとなら、どんな絶望だって超えて行けるわ…!>

ミリアムは、思ったとおりに、そう言ってくれた。

そうだ…あたしだって、ミリアムとなら、どんな敵を相手にしたって、負ける気はしない…

ううん、負けちゃ、いけない。ミリアムにまた、あの黒くて悲しい想いをさせるわけには、行かない。

ロビン達を、悲しませるわけにはいかない…マナとマヤの成長をみないで、氏んでたまるか…!
 

179: 2014/03/03(月) 00:03:21.18 ID:GCsq1yvOo

「うん…あたしも、そう思うよ、ミリアム…」

<あら、同意してくれるなんて珍しいね>

あたしが答えたら、ミリアムはそう言ってきた。こんなときだもん、素直になっておかないと、ね。

「本音だよ。さ、やるよ、ミリアム…あの化け物を、デブリにしなきゃ」

<オーケー。機体の性能差が、戦力の差じゃないってこと、教えてあげるわ!>

敵機があたし達の位置を捉えて、突っ込んできた。あたしはミリアムと分かれて散開する。







  

180: 2014/03/03(月) 00:04:31.66 ID:GCsq1yvOo




 敵機が突っ込んできた。私は機体を翻して距離をとる。

この、リゼルって機体、すごいじゃない…リミッターを外しているのもあると思うけど、いい反応をしてくれる…

とても、一昔前の設計が元になってるとは思えないな。

 私は、旋回しながら白いモビルスーツの下半身を狙ってビームを放った。

このあたりを狙えば、必ず上昇して回避する…マライア、読めるでしょ!?

想像したとおり、敵機は私のビームを上昇して避けた。

そこにマライアの機体が発射したビームが浴びせかけられる。

敵機はそれを1発、2発と躱したあと、3発目をシールドで防いだ。

ビームが流れる水のようにシールドの表面で四散する。

それに微塵もひるまずに、敵機はマライアに向けて応射した。マライアも負けじとヒラリヒラリとそれを回避する。

私はその隙をついて、一気に距離を詰めて背後からビームを撃ち込んだ。

次の瞬間には敵機は急上昇して行き、ビームは何もいない空間を通過する。

やっぱり、強化人間、ってのは間違いないみたいだね。あの動きは、いくら高性能の機体だからって、普通じゃない。

なんて思っていたら、上昇しながらこっちを狙って撃ってきた。

私はとっさにペダルを踏み込みながら機体を滑らせて射線から機体を移動させる。

今度は、その敵機にマライアがサーベルで切りかかった。でも、それはすんでのところでシールドに弾かれる。

マライアの機体を払いのけた敵機がビールライフルをマライアに向けた。

と、マライアは機体を捻ってそれを回避し、再び距離をとろうとしているのか敵機から離れていく。それを私は射撃で援護した。

 すごい反応速度と、危機関知能力だけど…押してる…

このまま、パイロットの集中力を削っていけば、決定的な隙を作れる…!

「マライア、行けそう!」

<うん…でも、気を付けて…こいつ、まだ変形前だからね…>

そうだった…この機体は、サイコフレームを起動すると、飛躍的に性能が上がる…出来れば、その前に叩いておきたいところだ…

「変形される前に、機動力だけでも奪っておこう」

<そうだね…スラスターの一機でも破壊できれば、あれだけの機動をする機体だもん、相当な無茶になるはず…

 あぁ、でもやりにくいなぁ、こいつサイコウェーブを感知したら変形しちゃうし、ものすごーく気を使うよ>

確か、マライアの話なら、あの機体の変形は、NT-Dと言うシステムによるものだといっていた。

サイコウェーブを感知して起動するらしい…待って、サイコウェーブを感知して、起動する、ってことは…

それは、マライアのだけ、ってわけじゃないんじゃないの…?そう思って私はハッとした。

それと同時に、マライアの無線が聞こえてくる。

<あぁ、そっか…これ、最悪じゃん…>

私の考えていたことが、マライアにも伝わったらしい。そう。

もし、あの機体がサイコウェーブを感知して変形をするとして、そのパイロットは、強化人間だ…

どれほどの力の持ち主かは推測の範囲を出ないけど、

すくなくとも、背後から仕掛けた攻撃を避けられる程度には、感じ取れるくらいではあるらしい。

もしかして…あいつは、その気になったら、自分自身でNT-Dを発動させることも出来る、っていうことなの…?
 

181: 2014/03/03(月) 00:05:27.69 ID:GCsq1yvOo

「本当に、早めに勝負を着けておいた方が良さそうだね」

<同感。連携で押し込もう>

「了解!」

私はそう返事をしながらペダルを踏み込んだ。ほとんど同時に、敵機にロックされた…撃ってくる…!

私は、モニターを拡大して敵機を映し出した。ライフルの角度を見極めて、さらにペダルを踏み込む。

銃口が光った。レバーを捻って、機体をロールさせてそれを躱してさらに敵機へ突っ込む。

普通に組み合ったんじゃ、力負けする。加速が重要だ…!さらに、あたし目掛けて敵機が撃ってきた。

そのすべてを私は躱しきる。敵機の上方からビームが降り注いた。マライアだ!

敵機は最小限の回避行動を取ってマライアを確認するためか、一瞬動きを止めた。

今だ!

私はビームライフルを収納して、両腕にビームサーベルを装備した。

「おとなしくしてなさい!」

私はそう叫びながら敵機に切りかかった。片方はシールドで、もう片方は瞬間的に引き抜かれたサーベルで防がれる。

でも、これで身動きは取れないでしょ!?

「マライア!」

<うん!>

返事とともに、私達の上方からマライア機がサーベルを握って降りかかった。

<どぉりゃぁぁぁ!>

マライアの雄たけびが聞こえた。行ける…!そう思った次の瞬間、私の機体に強烈な衝撃が走る。

しまった、蹴り飛ばされた!?衝撃緩和用のエアバッグが作動して瞬間的に視界が奪われる。

「もう!邪魔な…!」

私は危険を感じて、思わず機体を上昇させて離脱する。

エアバッグが収納されてモニタを確認すると、すぐそばでマライアが敵機とつばぜり合いをしている。

援護だ!

私はもう一度、加速して敵機に突っ込む。

振り下ろしたサーベルは、すんでのところで、またもシールドで防御される…くっ、さすがの反応…

近接戦闘は自信があったのにな…!

<ミリアム、このまま押し込む!>

「了解!」

マライアの言葉を聞いて、私もペダルを踏み込んで敵機を押す。

2機相手なら、パワーで負けていても、質量で押し勝てる…

このまま、押し込んでバランスを崩したところを、脚でも腕でも切り落とせれば、勝てる…!

 そう思った次の瞬間、モニターがパッと明るく光った。ま、まさか…!

<だぁ、もう!間に合わなかった!>

その光は、まるで、血のような赤で、敵機から漏れ出ていた。

頭部にあったアンテナが割れて、ガンダムタイプ特有のツインアンテナとマスクが姿を現す。

機体の装甲が開放されてそこからも真っ赤な光が漏れ出てくる。サイコフレームが、起動した…

と、さっきまでとは違った振動が伝わってくる。まさか…押し負けてる!?
 

182: 2014/03/03(月) 00:05:58.45 ID:GCsq1yvOo

<ミ、ミリアム!ロケットと機関砲を撃ちながら距離をとる!このままは危ない!>

「くっ…!もう一押しだったのに…!」

私はマライアに言われたとおりに、ヘッドバルカンと小型のミサイルポッドのミサイルを一斉に発射しながら、

バーニアを噴かして離脱した。マライアも、一瞬で距離をとっていた。

<あぁ…もう、最悪…!EXAMとやったとき以上に、やばいよ、これ…!>

マライアの声が聞こえてくる。口ではそう言っているけど、気持ちが負けてるって感じはしない。

だけど、実際、確かにこれは…

 そう思っている間に、敵機がバーニアを噴かして…

「き、消えた!?」

<ミリアム、右に回避!>

マライアの声が聞こえて、とっさに右へ回避する。上方からビームが降って来て、私のすぐ横を通過して行った。

は、速い…なんてスピードなの…?目で追えなかった…こんな機動、ありえるの…!?

<ミリアム、まだ来るよ!集中して!>

マライアの声が聞こえる。私は、機体を立て直して敵機の機動を確認する。動いた…く、来る…!

敵機は、コンピュータの管制システムすら追いきれない速度で機動している…

システムがエラーを吐いて、ロックすら出来ない…!私は、全身が震えるのを感じた。

悪寒だ…くっ…なんなの、こいつ…!来るな…来ないで…!!

そう心の中で叫びながら、私は浴びせかけられるビームを避けるために一心不乱に回避行動を取る。

それでも執拗に敵機は私を狙ってくる…

<ミリアム!そっちは…!>

マライアの声が聞こえる。分かってる…この方向だと、マライアの援護が追いつかないことくらい…

だってこの敵それが目的なんだ!追い込んで、追い込んで、分散させてから叩くつもりだ…

今はまだ引き離すことが目的なのだろうから、精度はそれほど重視してきていないんだろうけど、

もし、マライアと距離が開いてしまって、落とすつもりで狙われたら…私、それを避けきれるの!?

 さらにビームでの攻撃が加えられる。私は半ば反撃は諦めて、逃げることだけに集中した。

それでも、迫ってくる目の前の機体の信じられない機動に私は完全に飲まれていた。

逃げ切れない…落される…このままじゃ、まずい…どうする…?どうするのよ…!?

ガクガクと手も足も震えてくる。忘れかけていた、恐怖と絶望が私の心を蝕む。

マライア…マライア…助けて…!アレク…アレク…!
 

183: 2014/03/03(月) 00:07:25.46 ID:GCsq1yvOo

 ビームが、機体を掠めた。モニター上に、飛行形態時用のウィングが破損したという表示が出る。

私は、その警告音を聞いて、心臓が握りつぶされた気がして、ほんの一瞬、全身が反応しなくなっていた。

<ミリアム!>

マライアの声で我に返ったとき、敵のビームライフルの銃口が光るのが見えた。

 あぁっ…やられる…!

―――部隊長、しっかり

 な、なに、今の…?こ、声が聞こえた!?いや、頭の中に響いてきたような、そんな感じだった…

マライア?あなたなの…?

―――部隊長、負けないで…アレクが、帰りを待ってるんでしょ?彼にまた寂しい悲しい想いを、させないで…

私は、それを感じた。これ、この感じ…これって…あなたなの…?ウリエラ…?

 次の瞬間、私は気付いた。なんだろう、やけに、視界が明るい…あれ…?

宇宙って、もっと暗いはずだったのに…どうして、こんなに蒼く見えるんだろう…

これって、まるで…海の、蒼だ…アヤやマライアとよく一緒に潜る、アルバの海の中のような…

 その海の中を何かが私目掛けて飛んでくる。あれは、ビーム…!間に合う、回避を…!

私は、ペダルを踏み込むのと同時に、レバーをいっぱいに押し込んで旋回してビームを避け、

まっすぐに突っ込んでくる敵機をなんとか振り切り、マライアと合流できる軌道に入った。

<ミリアム!?>

「マライア…なに、なんなの、これ…私、おかしくなってるの?!」

私は、自分の体験している得体の知れない感覚が理解できないで、マライアにそう聞いていた。

まるで…まるで、世界が話しかけてきているみたい…なんなのこれ…まるで…時が見えているような…

<ミリアム、大丈夫!?あんなの避けるなんて…どうしちゃったの…!?>

「わ、わかんないよ…脳がおかしくなってみたい…宇宙が、蒼く見えるの…」

<宇宙が、蒼く…?う、ウソでしょ?!いくらなんでも、遅咲き過ぎるよ!>

マライアがそう叫んでいる。遅咲き?なによ、いったい、なに言ってるの?

「どういうこと?」

<目覚めちゃったんだよ…ニュータイプの能力…!>

ニュータイプの、能力…?これが、マライアや、ルーカスの見ている世界…?これが、そうなの…?

そう、でも、分かる…相手の動きが、頭の中に入ってくる。敵意が感じられる。

あの機体からはその他にも、ひどくゆがんだ、憎しみと怒りがほとばしってる…

だけど、不思議…ついさっきまで、あんなに怖かったのに…今は、そうは感じられない…

分からないけど…負ける気がしない…!
 

184: 2014/03/03(月) 00:08:03.25 ID:GCsq1yvOo

<ミリアム、来るよ…!動ける!?>

マライアが言ってきた。動けるかどうか、どころか、その逆だ…!

「マライア、一気にやろう…!」

<行けるんだね…分かった…乗ったよ!>

マライアの言葉を聞くのとほとんど同時に私はさらにペダルを踏み込んだ。

敵機が、さっきと同じように、鋭い機動でビームを放ってくる。

だけど私には、それがどんな軌道で、どう飛んでくるのかが、分かった。

機体を滑らせて、敵の照準をそらしながら一気に距離を詰めて突っ込む。

敵が、私を避けようとして、旋回するのも“見えた”その頭を押さえるようにして私も軌道を合わせる。

距離が詰まった。私は、ビームサーベルを抜いて、それを、敵機に投げつけた。

敵機は、シールドでそれを弾き飛ばす。その隙を、待ってた!

私は、もう一方の手に握っていたビームサーベルを敵機に突き出した。

機体を貫ける寸前のところで、敵機が身を翻し私の機体の腕を掴んで押さえこもうとしてくる。

いや、それだけじゃない…サーベルを使う気だ…!

私は、それを感じ取って、とっさにヘッドバルカンで敵機の頭部を掃射する。敵が、ひるんだ…!

―――マライア!

<行ける…!>

ズン、と激しい衝撃が機体を襲った。私と敵機の真上から、マライアの機体が降ってきていた。

降りかかったマライアは、ビームサーベルで敵機の首の後ろから、機体をまっすぐに突き刺していた。

 私は、シールドを構えながら敵機から離れる。マライアもサーベルを残して飛びのいた。

次の瞬間、敵機は内側から膨れ上がるようにして爆発を起こした。

 やった…私達、勝てたの…?あの、化け物に…そう思ったら、私は、全身から力が抜けていくような感覚に襲われた。

あぁ…なんだか、すごく疲れた…なんだったの…今の…マライアはニュータイプの能力、って言った…

でも、私はニュータイプではないし、なんでいきなり、こんな景色が見えるようになったの…?

<ミリアム、大丈夫?意識、ある?>

マライアの声が聞こえた、と思ったら、すぐ横にマライアが機体を寄せてきていた。

「あぁ、うん…だ、大丈夫だよね…?私達、勝ったんだよね…?」

私は、声まで震えそうになっていたけど、なんとかそう言葉にしてマライアに聴いた。

「うん…勝ったよ…。一時は、どうなることかと思ったけど…」

マライアがそう穏やかに言う。安心する、声色だ…

<ガッ…ザザッ…マライアちゃん!こちらプル!今の爆発はなに!?大丈夫なんだよね!?>

突然、無線が音を立てて鳴り響いた。
 

185: 2014/03/03(月) 00:08:30.93 ID:GCsq1yvOo

<プル?こっちは、大丈夫だよ…今、ちょっと苦戦したけど、まぁ、なんとかなったところ。そっちはどう?>

マライアの声が聞こえる。

<良かった…。こっちももう済んだよ…詳しい話は、合流してからにしよう。港に戻ればいいかな?>

<うーん、と、そうだね…先にもどっておいて。あたし達、まだちょっと処理しなきゃ行けない問題があるから>

マライアがそう言いながら、マニピュレータで宇宙を指し示す。

その先には、さっきの輸送船が黒煙を噴きながら停止している。

そっか、あれを何とかしないと、放置したまま、って分けにはいかないね…

体はだるいけど、もう一仕事しなきゃな…

<…分かったよ。無理はしないで>

プルの、こっちを気遣うような声が聞こえてくる。

「大丈夫だよ、プル。ここから先は、面倒なだけで危険はないから」

私が言ってあげたら、プルは安心したのかすこし明るく

<そっか…なら、良かった>

と返事をしてくれた。

<じゃぁ、戻るときにまた連絡するね>

<了解>

二人はそう言って交信を終えた。

 ふぅ、さて、この輸送船、どうするつもり?そう聞こうと思ったら、口にする前にマライアが答えた。

―――港にでも引っ張っていって、臨検はあっちに任せればいいかな?

ん、そうだね…それでもまだ、一苦労だ。あれ、大きいもんな…

―――まぁ、のんびりやろうよ

そうだね…あれ、なんなの、これ…無線じゃ、ない、よね…?

―――自覚ないの?仕方ないなぁ、あとで説明してあげる

マライアの声が響いてきたと思ったら、無線から、彼女の笑い声が聞こえた。

んー、なんだか、へんな感じ…なんだか、すぐ横にマライアが座っててそれで話をしているような…

そんなことを思って、自分の感覚を探っていこうとしたら、何か、別のものを感じ取った。

これは…なに?何か、来る…!

「マライア!」

<うん…感じた!3時方向!>

私は、機体の向きを整えてモニターを拡大した。

そこには、目の前にあるのとは別の船がいて、こっちに近づいてきている。

船とは別にその周囲に、光点が3つ。不規則に動きながら接近している。

あれは、モビルスーツ…敵の増援、ってこと?

でも、敵意は感じない…だけど、なんなの…この、ビリビリする感じ…!
 

186: 2014/03/03(月) 00:09:49.12 ID:GCsq1yvOo

<大丈夫、味方だと思う…たぶんね>

マライアの声が聞こえた。それと同時に、マライアは近づいてきているモビルスーツ隊に、発光信号を送った。

するとまた、ガサガサと音がして、無線がつながった。

<マライアか?お前ら、無事なのか?>

この声…確か、アナハイム社でテストパイロットやってるって言う、マライアの先輩だったって、人?

ジェルミのお姉さんの同僚の…

<遅いよ、フレートさん!遅すぎ!>

マライアがキーキー言う声が聞こえた。

<ははは、すまん。ヒーローってのは遅れて到着するもんだろう?>

<いや、ことが終わってから到着して威張ってるヒーローなんて聞いたことないから!>

<ん、なんだ、終わってたのか?そりゃぁすまなかったな…

 ロンドベルのブライトって司令官に言われて、腕っこきの協力を得られたんだが、なんだ、必要なかったかもな>

フレートさんが笑ってそんなことを言っている。彼は、それからすぐにそれにそれを収めてから

<まぁ、とにかく、あいつを相手にして、無事だとは恐れ入った。そっちの輸送船の面倒は俺達が見る。

 うちの社内でも派閥争いで大混乱だが、上司がまともで助かったよ。

 しばらくしたら、連絡を入れるから、それまではそっちのことを済ませといてくれ。いろいろあったんだろう?

 詳しいことは聞かないけど>

フレートさんはそう言ってまた笑った。

それを聞いたマライアから、ジワっと、安心感がにじんでくるのが伝わってくる。

<ありがと、フレートさん…それじゃぁ、お願い。ミリアム、港に帰ろう>

「ん…了解」

私は、今度はそんなマライアの気持ちに当てられたのか、

自分まで安心してきたような感覚におぼれそうになりながらそう返事をして、機体をインダストリアル7の格納庫へと向けた。

<ったく、おっさんが遅いからだぜ?>

<おっさんと言うな、おっさんと!それよりも、武装解除の手伝いを頼むよ、若い衆>

<ちぇっ、ブライトさんの頼みじゃ、断りづらいんだよね。せっかくの休暇だってのに、こき使ってくれちゃってさ>

<俺のお守りをしろとも言われてるんだろう?よろしく頼むよ、こっちは病み上がりなんだ>

フレートさんたちがそんなことを話しているのが聞こえてくる。

私も、マライアも、それにまるで背中を支えられるようにして、まっすぐに、格納庫のハッチへと向かって行った。



 

198: 2014/03/04(火) 01:39:06.29 ID:9muAHG2qo



 「マライアちゃん!」

インダストリアル7の格納庫に着いて、モビルスーツを係りの人に引き渡してから、

まぁ、とにかく危機を退けたんだからいいじゃない、って押し通して戻ってきた港のシャトルに入ったら、

ロビンがそう言って飛びついてきた。

「マライアちゃん、心配したんだよ…!」

ロビンは、涙目になりながらあたしにそんなことを言ってくる。ん、ごめんね、心配かけて…

あたしはそう思いながら、ギュッとロビンを抱きしめてあげる。

それから、格納庫に到着してすぐに、膝が笑っちゃって動けない、

とか泣き言いってあたしにしがみついてたミリアムをプル達に引き渡して、あたしもやっと一息、キャビンのソファーにドカッと腰を下ろした。

重力がないから、って、虫みたいにあたしにへばりついてるロビンはそのままだけど、

まぁ、これはこれでかわいいから好きにさせておこうかな…

 「はい、お疲れ様」

マリがそんなことを言って、ポットに入った紅茶を蓋付きのマグに入れてくれる。いい香りが鼻をくすぐった。

それを一口飲んでから、あたしは、あたしとミリアムの周りに集まってきてくれていたみんなの顔を一人ずつ眺めた。

なんだろうな…なんだか、急に大人になった、って感じがする。

なんていうのか、顔つきが変わった、って言うんじゃないけど…

あたしがこんな表現をするのも、なんだかおかしい気がするけど、

なんていうか、人間としての深みが増した、って言うか、そんな感じも思えるな。

箱を探しに行ったことが、そんなにみんなを大人にしたんだろうか?そのあたりの話も、じっくり聞いてあげたいな…

もちろん、箱の中身、って言うのがなんだったか、も知りたいけど。

「それで、そっちはどうだったの?」

あたし達が聞く前に、マリがそう言ってきた。あたしは、チラッとミリアムを見た。

ミリアムは、わざとらしく首をかしげて“なにが?”って表情をしている。もう、なんで肝心なときはそうなのよ!

そんなことを思いながらあたしはもう一口紅茶を飲んでから

「んー、敵が来て、ミリアムが能力に目覚めて、勝った。

 あぁ、あと、フレートさんが来てくれたよ、たぶん、ブライトさん経由で、ジュドーくんも来てる」

と報告した。そのとたん、プルが飛び跳ねて

「ジュドーが!?」

と叫び、アヤさんくらいのまぶしい笑顔になった。嬉しそう…プル、本当に彼が好きなんだな…

それでも、地球にいることを選んだのは、やっぱり、きっとたくさん考えるところがあったんだろうな…

でも、良かったかな、うん。

「うん、会ってないけど、声聞いたし、感じもほら、するでしょ?すぐ近く」

あたしが言ったら、プルはふっと、シャトルの天井を見上げてから、またパァッと表情を明るくする。
 

199: 2014/03/04(火) 01:40:00.25 ID:9muAHG2qo

 「ミリアムちゃん、能力が出てきたの?」

カタリナがミリアムにそんなことを聞く。そしたらミリアムは

「なんか、実感ないんだけどね…でも、今カタリナ、ちょっとうらやましいな、って思ってる?」

なんて聞き返して、曖昧に笑った。

「うん、いいなぁって思う」

カタリナは、キラキラした目でミリアムを見つめてる。

カタリナも、たぶん、本当は全然分からないってワケじゃないんだってのは、なんとなく知ってるんだ。

きっと虫の予感、じゃないけど、うっすらといろんなことを感じられてるんだって思う。

もしかしたら、カタリナもこれから何かをきっかけにして、それが伸びるかもしれないもんね。

 「そっちはどう?箱、見つけた?」

あたしは、話を本線に戻して、みんなに聴いた。

そしたら、みんなは顔を見合わせて、ニコニコ笑って、ロビンが代表してあたしに言ってきた。

「見つけたけど、受け取らなかったよ」

え…?う、受けとら…え?…えぇぇ!?

「な、なんでよ!?」

「んー、なんか、あたし達が持ってるべきものじゃないな、って思って」

「い、いや、たとえそうでも、それを確保して姫様に渡せば、あとは姫様が…」

「それも考えたんだけどね。でも、きっとあれは、ミネバ様自身で辿り着いて手にするべきだと思ったんだよ。

 そのための手助けを、私達はするべきだ、って、そう思ったんだよ」

混乱していたあたしに、プルがそんなことを言ってきた。

「そうそう。その代わりに、いろんな話を聞かせてもらったんだ」

今度はマリが口を開いた。

「うん、大事な話だった…」

カタリナが、何かをかみ締めるみたいに言う。いや、でも…えっと、それで、いいの…?

あたしは、メルヴィを見やった。彼女は、ロビン達と同じ、やわらかい笑顔で

「あの箱は、人と人を、地球と宇宙を、途切れさせもし、繋げもする可能性を持ったものでした。

 繋がり方を知っている私達には、不要なもの…

 ミネバ様があの箱の中身に触れ、そして、それをどうお感じになるかはわかりませんが…

 いえ、ミネバ様なら、必ず人を繋ぐ可能性を見出されるでしょう。

 私達は、そのミネバ様に守られる代わりに、それを手にするまでミネバ様をお守りするべきだ、と、決めました」

と、さらりと言った。

 箱を、あえて、置いてきた、っていうんだ…話はまだ全然見えないけど、でも…

みんなで話をして、みんなで納得して、そう決めてきたんだね…戸惑ってはいるけど…

だけど、それが良い、って、そう思えたんだね。だったら、ロビンとケンカしたときと一緒だな…

あたしはもう、そのことについては何も言うべきじゃないよね、きっと。それが正しいか、なんてわからないし、そもそも、正しければ良いってもんでもないんだろうけど、

とにかく、あたしは信じられた。彼女達は、自分達の意思で考えて選んできたんだ。

能力で感じなくたって、その、表情で、言葉で、なんだかいきなり大人になっちゃったみたいな雰囲気で、分かるよ。

それはきっと、大事な何かを請け負ったって証拠だって思う。

それが何であれ、そんなことが出来るのは、すごいことだって思える。だから…うん、そうだね…!
  

200: 2014/03/04(火) 01:40:36.24 ID:9muAHG2qo

「そっか…分かったよ」

あたしは、みんなの言葉にそう答えた。それから、いいよね、ってミリアムをみたら、彼女もニコッと笑って

「なんだか、まぶしいわね」

なんて言った。

 「それで、箱の中身、ってなんだったの?それくらい、聞かせてくれてもいいよね?」

あたしは元諜報員としてはそれだけはどうしても気になっていたので、とりあえずそれだけでも、と思って聞いてみた。

そしたら、ロビンがニンマリと笑っていってきた。

「それは、ね。“我が、唯一の望み”、だよ」

「え?」

ロビンが、なにか変なことを言い出した。なに、それ?なにかのことわざ?

意味が分からなくて、そばにいたカタリナを見たら、彼女もクスっと笑って

「“あるいは、希望”、かな」

といった。うん、いや、希望って言葉くらいは分かるけど…だから、なに?え?ね、ねぇ、ちょっと…

誰か分かるように説明してよ!

「私は“可能性の光”、ってやつが好きかな」

と、今度はマリまでそんなことを言い出した。もう、ちょっと!もったいぶらないで教えてよ!

 そうわめこうと思った矢先、ガリガリっと音が聞こえて、シャトル内に無線が鳴り響いた。

<マライア、こちら、フレート。応答できるか?>

フレートさんだ!輸送船の拿捕作業、終わったのかな?

あたしは、ノーマルスーツのポーチから取り出しておいた無線機を取り出す。

「フレートさん、聞こえるよ。状況はどう?」

<こっちは、輸送船を確保した。別働隊に引き取ってもらって、こっちは事態の収拾に当たる手筈になってる。

 とりあえず、状況を確認したいから一度合流できるか?そっちのシャトルならこっちの船に接続できる。

 いったん会って、詳しく話を聞かせてくれよ>

こっちの船、か。このクラスのシャトルを接続できる、ってことは、少なくとも巡洋艦クラス、ってことだよね。

アナハイム社の自社製品、ってとこかな?そしたら、予備のモビルスーツなんかも積んでるかもしれないね。

そうなったら、姫様の支援もしやすいと思うし、助かるかな。

それに、このコロニーに長居したら、モビルスーツ勝手に借りたし、なぁんか面倒なことにもなりそうだし、ね。

「うん、分かった。これから港から出るから、ちょっと待ってて」

あたしはそう無線に言ってから、みんなに了解を取った。

プルは、その船にジュドーくんが乗っているって言うのが分かったらしくて、いつになくうきうきとして、

はしゃぎ出してしまいそうになっている。

お兄ちゃんなんだもんなぁ、昔のあたしにとってのアヤさんみたいなもんだよね、きっと。

 そんなことを思いながら、あたしはキャビンを抜けて操縦室に向かった。
 

201: 2014/03/04(火) 01:41:41.43 ID:9muAHG2qo

 シートに座って、エンジンを起動させる。

モニターで船内に異常がないことを確かめてから、管制室に連絡してハッチを開けてもらって、あたしはシャトルを宇宙に浮かべた。

そこには、アーガマを小型にしたような中型の船がいて、シャトルに向かってレーザー誘導装置のリンクを発信してきていた。

あたしはコンピュータをいじって操舵をオートパイロットにして、その誘導装置もオンにする。

これであとは、向こうが送ってくるデータ通りの位置について、

マグネットで船同士をくっつけたらあっちがこのシャトルの腹側にあるハッチに気密されてる通路を圧着してくれる。

もう疲れちゃったから、あとはもうホント、休みたい、ってのが正直なところなんだ。

あたしはそれからグタっとシートに体を委ねた。

 「マライアちゃん!マライアちゃん!!起きて!大変!」

突然、そんな声がして、あたしはシートから飛び上がった。

「な、なに!?あ、あたし、寝てないよ!?」

「いや、寝てたって!お願い、マライアちゃん、助けて!」

とりあえずそう言ったら、いつの間にかそばにいたプルがあたしの服を掴んであたしを揺さぶっていた。

あ、あれ?ホントに今、一瞬、意識飛んでたみたい…

あたしはシートに腰掛ける前まで見えていた輸送船がすでにそこにはなく、

代わりに壁のようなものがシャトルの腹側から前方へと地面みたいに延びているのに気がついた。いつの間に、接続したんだろう…

「マライアちゃん!」

プルの叫ぶ声で、あたしは我に帰った。えっと…そう、そうだ、プルは助けて、ってそう言ってた。

「どうしたの?何かあったの?」

あたしが聞いたら、プルは必氏の形相で、あたしの両腕を掴んで言ってきた。

「あの子が、危ないんだ…!お願い、そこに行かなきゃ…!」

あの子…?あの子って…あ、そうか…姫様のところで言ってた、12番目のプル…。マリやプルの妹が…!?

 あたしはそれを聞いて、まず感覚を研ぎ澄ませた。でも何も感じない…でも、プルには感じられてるんだね!?

「分かるの?!」

「うん…!近くはないけど、苦しんでる…きっと、戦ってるんだ…!」

プルは唇をぎゅっとかみ締めた…行かなきゃ…もしかしたらそこには、姫様もいるのかもしれない…

その子が危ないっていうんなら、姫様も危険な可能性がある…!

「プル、一緒に来て!」

「うん!」

あたしはそうプルに伝えてからシャフトに飛び上がる。

シャフトを、シャトルのハッチの方へと進みながら無線機を取り出してフレートさんを呼び出した。

「フレートさん、緊急事態!」

<あぁ!?なんだ、どうしたってんだ、急に!?>

「今から外に出るから、ちょっとモビルスーツ貸して!リゼルあるでしょ!?」

シャフトを出て、ハッチ前のホールでノーマルスーツを着込みながらフレートさんに頼む。

こっちのシャトルの格納庫は腹側が開く作りになってるから、ジェガンを出すには接続をいちいち外さないといけない。

それに外したところで、あのポンコツジェガンじゃ、急ぎたくても急げない…

でもフレートさんの乗ってきた船には、小さいけどカタパルトも付いてる。

それでリゼルを射出してもらったほうが、その分の加速も付くから早く到着できる…きっと、その方法が最速…!
 

202: 2014/03/04(火) 01:42:14.80 ID:9muAHG2qo

「あぁ、良かった、間に合った!」

そう声がしたと思ったら、シャフトからマリが飛び出てきた。

「マリ、急いで準備して!」

「うん!」

マリも行くんだ…大丈夫かな…?いや、そんなことを気にしている場合じゃない、か…。とにかく、急がないと!

 ノーマルスーツを着終えたあたしは、プルとマリの気密確認が終わるのを待って、外へ続く二重ハッチの手前のほうを開けた。

プルに閉鎖を頼んで、すぐさまあたしは一番外のハッチを開く。バシュ、とエアーが抜けていく。

足元の電磁石の電源を切って、ハッチから外に出て、外からまたきっちりと閉めなおす。

それから、ランドムーバーでフレートさんの船のカタパルトへと向かう。

 カタパルトには、リゼルが一機、発信準備をしながら待っていた。

この船のカタパルトは1本…あれで出たとしても、あとの2機分を待つ必要がある…

どうしよう?あたしは、今はまだその子の居場所が分からない…先に、プルだけ行かせる…?

マリも位置はつかめているのかな…あぁ、もう!戦闘のときの安全性をとるか、時間をとるか…難しいな…!

 とにかくあたしは、リゼルに飛びついた。そこに、プルもマリもやってくる。

「どうする!?次を待つ!?」

あたしが聞いたら、マリの声が聞こえた。

「マライアちゃんが操縦して…あたしとプルは、とにかくあの子に呼びかける…!」

そっか、そうだね…間に合うかどうかわからないあたし達の戦力がどうこう、っていうより、

こっちから働きかけてこっちが到着できるまでの時間を稼いでもらうほうがいいよね…

「分かった、乗って!」

あたしはリゼルのハッチを開いて中に飛び込んだ。予備のシートなんてついてない。

リニアシートシステムのこのコクピットじゃ、浮いてるみたいなこのシートにしがみつくか

無理にでも座るかでもするしか方法はないけど。そんなこと、構ってるときじゃない。

あたしはシートに座って、アンカーワイヤーをマリとプルのノーマルスーツのワイヤーに引っ掛けて、

リールをロックした。二人のリールもロックしてあげる。これで、多少は体のコントロールはし易いはずだ。

「マリ、プル、掴まってて!フレートさん、射出お願い!」

あたしは無線に再び怒鳴る。

<よし、カタパルト、グリーン。コールしろ!>

「了解、マライア・アトウッド、リゼル、出ます!」

そう報告をしながら、あたしはペダルを踏み込んでバーニアを全開にする。

次の瞬間、体が弾かれたような衝撃が襲ってきて、機体が加速しカタパルトからはじき出された。

激しいGが収まるのを待って、プルとマリを確認する。

「大丈夫?二人とも」

「平気だよ、マライアちゃん達とは作りが違うんだから」

「そうそう!」

確かに、そうだったね。いいよなぁ、その身体能力の強さはさ。

ハイGターンでも頭白んで来ないなんて、楽そうじゃん、なんだか。あたしも鍛えたらなれるかな…

いや、心肺機能ばっかりはさすがに無理か。
 

203: 2014/03/04(火) 01:42:52.47 ID:9muAHG2qo

「良かった。で、その子の場所は?」

「うん、アストロナビってどれ?」

マリがシートに付いたモニタパネルを覗く。あたしはそれを操作して、位置情報システムを起動させた。

それを見たマリとプルは、一瞬、集中をさらに研ぎ澄ませた。

「分かった…たぶん、この位置から、こっちへ向かってきてる」

「合流するのなら、この手前のポイントに出て、それから正面に出るコースがいいね」

二人はそう報告をくれる。

「オッケ、それなら、あまり時間かかんないはず…限界まで加速するから、掴まって!」

確かに近くはない…でも、この距離で、このリゼルならそう時間はかからないはずだ。

ウェーブライダー形態…これって、メタス系統の変形になってるなぁ…

でも、ブースターとスラスターを後ろに集めたほうが絶対に効率もいいよね…

あたしはそう判断してリゼルを飛行形態に変形させて先を急いだ。そんなあたしに、プルが静かに言ってくる。

「マライアちゃん…あんまり、近づいちゃ、ダメ…」

「え?」

「過剰に近づいたらダメ…あの子、あいつと戦ってる…」

プルはそう言ってヘルメットの中で唇を噛んだ。あれ、って…まさか…!

「プル、それって…!?」

「うん…たぶん、あの白いやつ…強い憎しみが伝わってくる…マリーダって名前だって、ミネバ様は言ってたよね…

 マリーダ…お願い…応えて…助けに行く、それまで、がんばって…!」

プルはそう言ってヘルメット越しに、祈るように組んだ手を額に押し当ててつぶやき始めた。

妹と、意思をつなごう、って、そう思ってるんだね…それにしたって、またあの機体とおなじところを飛ぶの…?

ミリアムに増援を頼もうかな…

ううん。あの船にはジュドーくんも乗ってるし、こっちに向かってもらうように頼もう。

プロトタイプだったけど、あたしとミリアムで何とかなったんだ…

ミリアムと、そこにジュドーくんも加わってくれれば、きっともっと楽になるはず…あたしはとにかく、急がないと…!

 コクピットのコンピュータで、フレートさんにメッセージと一緒に位置座標データを添付して送る。

それを終えてから、あたしはさらにペダルを踏み込む。

焦る気持ちを無理矢理に押し込んで破裂しそうな胸の痛みにこらえながら、モニター越しに、目指すポイントを見つめる。

ふと、あたしの感覚に煮えたぎるような暑い感覚が触れた。

 これは…怒り?憎しみ…?ホントだ…これは、あの機体のNT-Dが起動しているときの、感情がハウリングして膨れ上がっている感覚…!

間違いない、マリーダは、あの機体と戦ってるんだ…敵味方がどうなってるんだろう…

あの白いのは、袖付きに鹵獲されてから、その後はどうなったんだろう?マリーダは姫様の味方?それとも敵…?

ううん、プルたちの妹が、“マスター”を攻撃することは、きっとない。

特に、ずっと戦いに生きてきて、強化が解けるきっかけがなければ、余計にそうだ。

マリーダの感じも、うっすらと感じられ出す。これは、正気を失っている感じじゃない。

彼女は、正気だ…あの、強烈な敵意と憎しみを浴びながら、

それでも、戦う意思を、守るんだ、って気持ちが折られていない、恐怖を押さえ込んで、コントロールして、

それでも戦ってる…すごい、なんて、強い子なんだろう…!
 

204: 2014/03/04(火) 01:43:28.35 ID:9muAHG2qo

 プルとマリの感覚が強くなった。二人は、目をつぶって意識を集中している。

目で見えてくるんじゃないかって思うくらい、二人の体はビンビンと思念を発しているのが感じられる。

「プル…!プル!!」

不意に、マリがそう叫んだ。その声にあたしは思わず、ふたりの方を見やる。

すると、プルのヘルメットの中が、ぼんやりと緑に光っていた。

なに…この光…?あたしは、じっと目を凝らしてプルを見つめる。

すると、プルのノーマルスーツの首元から、細い糸のような、

かろうじて目で見えるくらいの光の筋が漏れ出ているのが見えた。

待ってよ…これ、おかしい…だって、ノーマルスーツだよ!?

宇宙線も遮断する、空気も通さない素材なんだよ?光なんかが漏れ出てくるはずない…

だけど、これは確かに…プルの内側から出ている…

 プルも、マリに言われてハッとして、それから、ヘルメットのバイザーを開けて、

そこから自分の胸元に手をねじ込んで、何かをひっぱりだした。それは、T字の金属のヘッドのチョーカーだった。

姫様と話をしに行った帰りに、プルが宇宙で拾った、って言っていた…

その金属のヘッドは、ほのかな緑色の光を放っていた。この光…とっても暖かい感じがする…

「なに…これ…この光…マライアちゃんを助けたときに見たのと、おんなじ感じがする…」

プルが、そんなことを言った。プルがあたしを助けたとき…?

そうだ、クワトロ大尉が蜂起したネオジオン紛争で、

ミリアムとケンカしたあとにやってきた連邦のモビルスーツ部隊からプルがあたし達を守ってくれたときに、

アクシズを地球から弾き出した、あの緑の光と、同じ感じだ…これって…もしかして、サイコフレーフの鋼材なの…?

ってことは、この光は…Iフィールド!?

 「プル、何か、感じる!?」

あたしはプルに聞いた。プルは、すこし戸惑いながら

「…うん、感じる…マリーダの息遣い…これ、どうして?

 マリーダには届いてない感じなのに、マリーダのことは伝わってくる…なにか、別のものに引っ張られてる感じだよ!」

別のものに、引っ張られてる…?Iフィールドが、別の何かを選んでいる、っていうの?

マリーダの息遣いが聞こえるくらい近くの、なにか、に…?…!そ、そうか…もしかして、あのつぼみの機体…!

「プル、それたぶんサイコフレームの鋼材なんだよ。

 それが反応しているのは、たぶん、つぼみのモビルスーツの機体に載ってる、サイコフレームなんだ!」

「どうしてそんなことがわかるの!?」

「そうとしか説明できないからだよ!そこから伝わってくるのは、あの白い機体の感覚じゃないんでしょ?!

 だとしたら、マリーダのすぐそばにある機体…マリーダの乗ってる機体しかないじゃない!」

あたしがそう言ったら、プルはハッとして、ぎゅっとチョーカーのヘッドを握りしめた。
 

205: 2014/03/04(火) 01:44:27.18 ID:9muAHG2qo

プルから伝わってくる思念が、変わった…マリーダに向けて、じゃない。彼女、あの機体に思念を送ってるの…?

―――クシャトリア、お願い、マリーダを守って…!

姫様は、確かにつぼみの機体をそう呼んでたね…

もしかしたら、これが、あのときあたし達が見たアクシズを押し返すようなIフィールドを発生させるなら…

マリーダも無事で済むかもしれない…!

 プルの手を、マリが握りしめた。マリからも、強い思念が伝わってくる。

光が、さらに大きく、濃く、放たれてくる。これは…本物だ…!

 アムロ…どうしたらいい?これでいいんだよね…?

サイコフレームの力、あたしよくわかんないんだよ…!

マリーダって子を守るためには、こうやって思念を送ればいいんだよね!?

―――俺も力を貸そう、大尉。

―――アムロ!

あたしは、何かに操られるみたいに、いつのまにか、マリと一緒になって、プルの手を握っていた。

プルとマリのマリーダを守りたい、って意思が流れ込んできて、

それがあたしの意思と感覚を増幅させて、光をさらに強くしている。

これが…サイコフレームのハウリング?これが、マリーダの機体のサイコフレームを共振させてくれる力なの?

―――まだ、生きている妹がいたんだな、プル。俺にもやらせてくれよ。

―――今度は、俺の力をみんなに貸す番だ。協力させてくれ。

今の感じ…ジュドーくん?それに、ジュドーくんとフレートさんと一緒にいた、もう一人の人の感覚も…

 なんだかよくわかんないけど、お願い…お願い、みんな!

マリーダを、あの子を…戦争の道具なんかのまま氏なせたくない…!だから、力を貸して…!

あたし達ニュータイプは、頃しあうために生まれてきたんじゃない…

この広い宇宙で、つながりあうために生まれ来たんだ!レオナの、プルやマリの妹に、それを伝えてあげたいんだ…!

―――力を貸して…姉さんたち!

「マリーダ!」

何か、どこからか声が響いてきたと思ったら、プルが叫んだ。

次の瞬間、何か、身に覚えのない、強烈な、それも、なぜかとてもあたたかな感情が弾けるようにして伝わってきた。

そして、モニターの中央、はるか遠くの方で、何かが爆発するのが見えた。近くには、何かが居る…

あれは、ネェル・アーガマ!まずい、近づきすぎた!?

そんなことを思ったあたしは、ふと、それまであふれ出るようになっていた緑の光が、鼓動を刻むように、

ゆっくり、ゆっくりと小さくなっていっているのに気がづいた。

それに、今の爆発…ま、まさか…間に合わなかったの…!?

あたしは、そう感じて、がくがくと全身の力が抜けていくような感覚に襲われた…

あたし、守れなかった…?ミラお姉ちゃんのときと、ライラのときと同じで…

また、あたし…胸の真ん中に、ナイフでも突き立てられたみたいな痛みがする。

どうして…どうしてこんなことになっちゃうの…!
 

206: 2014/03/04(火) 01:44:57.79 ID:9muAHG2qo

「マライアちゃん、まだだよ!」

プルが叫んだ。と思ったら、彼女はシートのパネルに手を伸ばしてきて、宇宙空間を拡大した。

それから、押し頃した声で言った。

「まだ、生きてる…!ここにいる!」

それは、アーガマから4キロ後方の位置。私は、デジタル補正を加えて、さらに画面を拡大する。

そこには、猛スピードでアーガマから遠ざかる方向で飛んでいる何かが見えた。

アルゴリズムの解析が間に合ってないから、それが何かまではわからないけど…でも…

「プル、これが、彼女なの?」

「うん…そうだよ!急いで!」

あたしが聞いたら、プルは答えた。その言葉に、迷いはなかった。プルにはわかるんだね…?

「わかった。爆風にあられたんだね…あの速度じゃ、急がないとやばいね…」

あたしは、そう思って、ペダルを踏み込んでスラスターで方向を変える。

その何か、は、ネェル・アーガマからかなりの速度で離れていく。

あたし達はネェル・アーガマの左舷側にいる。あたし達も、あの塊を追っていく形だ。

これなら、あのヤバい機体にも見つからなくて済みそう…とにかく今は、あの塊を確保しなきゃ…

 そう思って、そっとあの白い機体らしい感覚を探る。

でも、なぜかあの機体らしいのからは、さっきまでの憎しみや恨みが感じられてこなかった。

伝わってくるのは、後悔と、贖罪の気持ち…?いきなり、どうしたっていうんだろう…?

プル達の思念が、あっちの機体にも影響したのかな?

それとも、マリーダの最後のあの強烈な意志がそうさせたのかな…?いや、両方あるかもしれないな…

でも、そにかく、あっちの戦闘も終わったみたい…と、あたしは、また別の気配を感じた。

 これ…姫様…?ネェル・アーガマに、まだ乗ってたんだ…

ネェル・アーガマの航路はインダストリアル7に向いてる…よかった、姫様の方も、箱の場所に気が付いたんだね…。

あとで、連絡を入れるから、それまでは辛抱してね…!

 「マライアちゃん、近づいてきた!」

マリの叫ぶ声が聞こえた。あと、200キロ、ってところかな…相対速度的には、やっぱりこっちがかなり早い。

減速しよう。あたしは、そう思って機体を倒しながらバーニアとスラスターを進行方向に向けて少しずつ噴射していく。

この距離なら、レーザー測量で距離を測れるな。あたしはパネルを操作して、その塊に向けて測距を行った。

画面には180と出て、それがどんどん、縮んでいく。150、120、90、60…もう少し減速を…

 さらに速度を落とす。50、40、30、20…さらに、減速…15、10、5まだ、早い…!3…2.5…2.5…っと、落としすぎたかな?

あたしは今度は速度を速めてみる。2.3、2.1、1.9…よし、よし、いい感じ!もう、すぐそこだ!
 

207: 2014/03/04(火) 01:45:28.43 ID:9muAHG2qo

「マライアちゃん、私が出て、回収してくるよ」

「了解。これでも、まだかなりスピード出てるから、周りに浮いてるかもしれないデブリには気を付けて」

あたしが言ったら、プルはコクっとうなずいて、シートに下にあったランドムーバーを背負った。

 1.0、0.9、0.8、0.7、さらに、少しだけ、減速…0.5…0.4…0.3…あと、200メートル!

これで、少し減速してみれば…0.2…0.2…よし、相対速度、ほぼ同じ!

「プル、ハッチ開けるよ。マリは、捕まって」

あたしはそういいながら、マリをぎゅっと抱き寄せて、コクピットのハッチを開いた。

プルがアンカーワイヤーをつないだまま、ゆっくりと宇宙へ飛び出していく。

プルは、ランドムーバーを小刻みに吹かせながら、あの爆発から飛び出してきた塊に近づいていく。

 やがて、彼方でプルが、半ばデブリのような塊へと取り付くのが確認できた。

「プル、大丈夫!?」

マリが心配げに声をあげる。するとすぐに

<私は大丈夫だよ…これは…コクピットの鋼材…?待って、脱出ポッドが中で潰れてる…!>

と声が返って来た。でも…あたしは、感じ取っていた。

この距離で、ようやく分かるほどだけど、あのポッドからは、息遣いが聞こえる。

かすかだけど、意思も感じ取れる…生きてる…マリーダって子は、生きてる…!

<脱出ポッドの中に入れたよ…いた…マリーダ…マリーダ…?しっかり、今連れ出してあげるから…!>

プルの、小さな声が無線越しに聞こえてくる。やがて、プルが、何かを抱えてデブリの表面に姿を現した。

<マライアちゃん、リール巻き取ってコクピットに戻るよ!>

「了解、気をつけて!」

あたしはそう伝えながらあたりに気を配る。

こっちに向かってくるような、目で見えるサイズのデブリやなんかはなさそうだ。

プルは、コクピットへと、スルスルと近づいてきた。

マリがハッチから身を乗り出して、プルとプルの抱えたマリーダを捕まえて、コクピットの中に引き込んだ。

プルは、助け出したマリーダらしいパイロットスーツの人物にしがみつくようにして抱きしめている。

その二人をまとめてマリが抱え込んでいる。

んー、ノーマルスーツ着てると、感動が半減…顔見えないし、ね…

でも、この感じは、あたしにも分かる…マリやプルと同じ感じがする。この子は間違いなく、二人の姉妹だね…

「こちらマライア。フレートさん、聞こえる?」

あたしはそう思いながら無線に呼びかけた。でも返事はない…ちぇっ、ミノフスキー粒子かな?

それとも、距離の問題?まぁ仕方ない、か。とりあえず、あのチビのアーガマと合流できる進路を取ろう。

ホントにあたし、もう今日は疲れちゃったよ…すこし休んでおかないと、ね。

きっと、これからもうひと働きしないといけないだろうから。

あたしは、念のためにフレートさんにメッセージを打って、それから機体をオートパイロットにしてシートに身を預けた。

ふぅ、今はまだ、寝るわけにはいかないけど…向こうに戻ったら、すこしだけ寝てもいいよね…

ミリアムも、フレートさんもいることだし、ね。



 

208: 2014/03/04(火) 01:45:56.43 ID:9muAHG2qo






 アタシはベッドに寝かせた。マリとプルとおんなじ顔をした女の子を、そばに座って、ジッと見つめていた。

いや、すごいね、これ。ホント、みればみるほどそっくりそのままだ。

こっちの子の方が、ちょっと痩せてて、血色もあんまり良くないけど…。

まぁ、マリとプルも見間違えるくらいそっくりだし、

別にいまさら、それについて驚くようなこともないのかもしれないけど、

いざこうしてもう一人、なんていわれると、やっぱりびっくりしちゃうよね…。

 彼女の腕には、カタリナの打った点滴の管がつながっている。

ここに運び込まれた彼女は、全身がひどい打撲状態になっていたらしかった。

たぶん、爆風に煽られたときの衝撃がひどかったんだろう、って、マライアちゃんは言ってたけど、

船のメディカルルームでの検査では大きな怪我やなんかは見つからなかったから、

痛み止めだけでも、と、船医さんがくれたので、それを使ってる。まぁ、大事がなくて良かった良かった。

 なんてことを思ってたら、エアモーターの音をさせて、カタリナが部屋に入ってきた。

「彼女、大丈夫そう?」

って聞いてくるので、

「うん」

と答えてあげる。そしたら、カタリナはすこしの間黙ってから

「もう少しで、増援って人たちが到着するみたい」

とすこししょんぼりして言った。もう、なにしょげてんのよカタリナ!

なんて言おうかな、と思ったけど、やめた。そりゃぁ、心配なのは分かるよ…

でもね、たぶん、それ、要らない心配だと思う…。

フレートさんはどうか知らないけど、フレートさんと一緒に来たジュドーさんと、それからもう一人の男の人…

あの人たちは、たぶん、相当強いよ…特に、もう一人の男の人、確か、カミーユ、って言ったっけ?

あの人の能力はもう、ほとばしってるって感じ…

二人とも、もともとパイロットだったって言うし、マライアちゃんとミリアムちゃんにあの二人、ってことになれば、

そう簡単にやられるとは思えないもん。まぁ、もちろん、絶対はない、ってわかってはいるけど、それでも、ね。

「アタシ達は、アタシ達の出来ることをするだけ、だよ、カタリナ」

アタシはそう言って、カタリナの肩をポンと叩いてあげた。

「そっか…そうだね。私達は、今はきっと、この子を守ってあげなきゃいけないんだろうね…」

「うん、マライアちゃん達とプルが戦いに行くから…こっちはアタシ達で請け負わないと」

アタシはカタリナを見て言った。カタリナも、頷いてくれた。

 またモーターの音がした。振り返ったら、今度は、マリとプルが入ってくる。プル

はノーマルスーツに身を包んでいて、キリっと引き締まった顔をしている。

マリは、プルに比べると、なんだかカタリナとおんなじように、ちょっと元気のない顔をしていた。
 

209: 2014/03/04(火) 01:46:33.99 ID:9muAHG2qo

「プル、やっぱり行くんだね…」

「うん」

アタシが聞いたら、プルは穏やかに笑って頷いた。横で口を尖らせたマリが

「私も行くって言ったのに…」

と不満そうにしている。

「言ったでしょ、マリは、サブリナさんとミシェルちゃんとこっちのシャトルを守って欲しいんだよ」

「それって、なんか取って付けたみたいな理由で、好きじゃない」

「そんなことないよ。この宙域には、敵が集結してくる。もしシャトルが目を付けられたら

 防衛がいないと危険になっちゃう。ロビン達のことは、マリに頼むしかないんだ」

プルが言ったら、マリは相変わらずの表情だけど

「…分かってるよ…」

なんて言う。マリも、プルが心配なんだよね…。

 「ん…」

不意に声がした。ベッドの上のマリーダが、うめいた声だった。

彼女は、モゾモゾと体を動かして、それから小さなうめき声をあげて、目を覚ました。

「良かった、気がついたね!」

アタシはパァッと嬉しい気持ちになって、マリーダの顔を覗き込む。

彼女は、アタシの顔を見てしばらく呆然としていたけど、腕に点滴が刺さっているのを見て、

バッと起き上がって管に手をかけようとした。彼女からは、強い緊張感が膨れ上がったのを感じる。

でも、次の瞬間には彼女は顔をしかめて、身動きを止めた。

「あぁ、もう!だめだよ、安静にしてないと!」

アタシはあわててそう伝えて、彼女をベッドに寝かそうと促す。でも、マリーダはアタシを睨んできて

「誰だ、お前は!?ここはどこだ…!?私を、どうするつもりだ?!」

と噛み付いてくる。ありゃりゃ、これ、混乱してるのかな…?

「落ち着いて、マリーダ。大丈夫だよ」

プルが、優しく言った。その声を聞いたマリーダは、ハッとしてプルの顔をみて、

それからすぐ隣にいたマリの顔にも目をやって、絶句した。顔が恐怖に歪むのを、アタシはみた。

彼女の胸の内から、飲み込まれそうになるような黒くて冷たい感情が膨れ上がる。

「ここは…私は、氏んだのか…?」

「バカ言わないで。助けたんだから、氏んじゃったりされてたら、返って驚いちゃうよ」

プルがそう言って、マリーダのベッドに腰を下ろした。

「あなたは、12番目だ、って、姫様に聞いたよ、マリーダ。私は、プルツー」

プルが言った。それに続いてマリが

「私は、9番目だよ」

と言い添える。

「…姉さん達…?まさか…本当に…?」

マリーダは、言葉を失ってる。

プルはノーマルスーツを半分脱いで、引き抜いた手でマリーダの頭をクシャっと撫でた。
 

210: 2014/03/04(火) 01:48:11.22 ID:9muAHG2qo

「検査するときに、体を見たよ…辛かっただろうね…ひどい目にあったんでしょ…もう大丈夫だから…」

そう優しく言ったプルの言葉に、マリーダの目に、涙が浮かんできた。

 アタシも、マリーダの体は、見た。傷だらけで、ひどい去り様だった。

あれはたぶん、戦争の傷跡なんかじゃない…あれは、拷問とか、そういう類の傷だと思う。

でもなければ、あんなに、執拗な感覚を受ける傷にはならないはずだ。プルもそれが分かってたんだ…。

 <プル。そろそろ作業に入るから、一度こっちに来てくれる?>

不意に、プルの持っていた無線がそう音を立てた。マライアちゃんの声だ。作業、ってことは、アタシも行かなきゃな…

 それを聞いたプルは、ノーマルスーツを着なおすとマリーダに言った。

「マリーダ。あなたはここで、みんなと休んでてよ。あとは、私達が引き受けるから」

「…そうだ…姫様…!マスターも!みんな、無事なのか!?」

マリーダがプルに掴み掛かってそう聞く。プルは、相変わらず優しく、マリーダを諭すように言った。

「うん…無事だよ、今のところ。さっき連絡が入って、姫様は、箱の中身を放送で公表するみたい。

 袖付きの連中が、あちこちのジオン残党に協力を呼びかけた。

 もしかしたら、連邦や、アナハイムとビスト財団の連中も出てくるかもしれない。

 これから私達は、インダストリアル7へ続く宙域を封鎖して、そいつらを食い止めにいくから、安心して…」

「それなら、私も…つっ!」

「そんな体じゃ、戦闘どころか、操縦も無理だよ」

体を動かそうとして、痛みでうめいたマリーダに、プルは苦笑いで伝えて、立ち上がった。

それから、穏やかな表情で彼女に言った。

「大丈夫。あなたをのけ者にするんじゃないだよ。あなたは、もう十分戦ったんだ。

 あとは、私達がそれを引き継ぐ。私達は戦争の道具じゃない。

 だけど、あなただけに戦争を押し付けるわけにはいかないでしょ?

 だから、ここで待ってて。姫様も、あなたのマスターって人も、私が必ず守ってみせる。

 あなたの、“希望の光”は、誰にも消させはしないから」

マリーダは、黙った。戸惑っているのが伝わってくる。なにを言っていいか、分からない、って感じだ。

ふふ、なんにも言う必要なんてないのに、ね。

 そんなマリーダを意識してか、そうでもないのか、プルは

「マリ、こっちはお願いね。ロビン、行こう」

と声をかけてきた。アタシが頷いたら、プルはシャフトへ飛び上がる。
 

211: 2014/03/04(火) 01:49:26.07 ID:9muAHG2qo

「待って!」

そんなアタシ達に、マリーダが叫んだ。

プルがシャフトの入り口で止まってしまったので、アタシはどうしようもなくて、プルに追突してしまう。

そんなアタシを捕まえながらプルはマリーダを見やった。

「…姉さん…姫様と、マスターを…氏なせないでくれ…お願いだ…」

マリーダはすがりつくような瞳で、プルにそう言った。そしたらプルは、あの一番かわいい、明るい笑顔で笑った。

「うん、任せてよ」

プルはそう言って、シャフトに飛び込んでいった。

「じゃぁ、戻ってくるまでに出発の準備しててね!」

アタシもそう言ってシャフトの中に飛び込んだ。向かう先は、操縦室。

そこで、マライアちゃんとミリアムちゃんが、最終の調整を行っているはずだった。

アタシはメルヴィと一緒にその手伝いをする手筈になっていた。まぁ、出来ることなんてあんまりないんだろうけど…

でも、マライアちゃんがそう言って頼んでくれたから、アタシは引き受けた。

 操縦室に着くと、そこにはマライアちゃんとミリアムちゃんと、

それから、フレートさんの船に一緒に乗ってきたんだという、サブリナさんとミシェルちゃんがいた。

ジュドーくんと、カミーユ、ってお兄さんも一緒だ。

「ごめん、お待たせ」

プルがそう言いながら、床に降り立った。

「あぁ、大丈夫。今、増援が来てるところ」

プルの言葉に、ミリアムちゃんがそう言って、操縦席に座って無線をしているマライアちゃんに頭を振った。

「こちら、民間シャトル、ピクス。接近中のモビルスーツ、信号を受信できますか?」

<確認した。そこにメルヴィはいるのだろうな?>

増援だっていう、モビルスーツのパイロットらしい人の声が聞こえる。なんだか、トゲトゲした感じの声だな…

怖そうな人…
 

212: 2014/03/04(火) 01:50:05.80 ID:9muAHG2qo

「メルヴィです。お久しぶりですね」

メルヴィちゃんが、マライアちゃんの横から身を乗り出して、マイクに向かってそう話しかける。

<メルヴィ。連絡をいただいたときには驚きました。無事だったのですね…>

あれ、メルヴィにはやけに丁寧じゃない?この人も、ジオンの人だったのかな?メルヴィの知り合い?

「そちらこそ、健勝そうで何よりです…それにしても、ナナイさんを説得していただけたのですね!」

<メルヴィの頼みとあらば、断るわけにも行きません>

「止めてください、私は、姫様ではないのですから」

そう言ってきた声に、メルヴィちゃんはなんだかちょっと恥ずかしそうな顔をして答えている。

なんだか、仲が良さそうだな…身近な人だったのかもね。それにしても、ナナイさんが来てくれてるんだ!?

アタシはそのことにびっくりした。だって、あんなに悲しそうで、空っぽだったのに…

この声の人、どんな風に言って、ナナイさんを立ち直らせたんだろう…?

分からないけど、でも、感じる…ナナイさん、すこし元気になってるな。

まだ悲しいのがなくなった感じはしないけど、でも、なんだろう、反対に、力強い感覚もある。

何かをしなきゃいけない、って、そんな感じだ。

 「な、なぁ、おい。カミーユさん、この声って、まさか…」

「あ、あぁ…間違いなさそうだ…」

ジュドーくんとカミーユさんが、そんなことを言って言葉を失っている。なに、どうしたの?

二人もこの声の人、知ってるの?

「知り合いなの?」

アタシはそう思って、ジュドーくん達に聞いてみた。そしたら、二人は、引きつった表情で笑った。

「ちょ、ちょっと、な」

唇の端をヒクヒクさせて答えてくれたジュドーくんの顔が、なんだかおかしくって、アタシは笑ってしまっていた。





 

213: 2014/03/04(火) 01:51:44.43 ID:9muAHG2qo





 あたし達は、チビアーガマのブリーフィングルームにいた。

30分前に、ロビン達は、サブリナとフレートさんに任せてシャトルで離脱してもらった。

この船に残ったパイロットは、あたしとミリアムと、プルと、ジュドーくんにカミーユくんに、

それから、ナナイさんと、ナナイさんを連れてきてくれた、彼女。

 「生きてたんだな」

「ふん、ネオジオンやアクシズが消えたとしても、姫様の安全を見届けるまでは氏ねるものか。

 それにしても、戦場に上がりさえしなければ二度と会うこともないと思ったが、

 よりによってジュドー・アーシタとカミーユ・ビダンがお揃いだとは、恐れ入った」

「俺は、あなたがこんなところに来るなんて方が、不気味に感じるよ」

「相変わらず貴様は無礼だな、カミーユ・ビダン。初対面で人の記憶を覗き見る俗物が」

「なに、カミーユさんそんなことしたの?さすがにそれはデリカシーってやつがなさすぎでしょ?」

「俺だって、やりたくてやったわけじゃない。敵か味方か分からないあの状況で、分かり合えるんじゃないか、

 って思ったら、自然とそうなってしまったんだ」

「貴様の無礼な行いがなければ、私はティターンズなぞと手を組むこともなかっただろうさ」

「えーっと、あの、ブリーフィングを始めます…」

「えぇ!?じゃぁ、グリプス戦役って半分はカミーユさんのせいじゃない!」

「もっともだな」

「なっ…言いがかりだ!…あなただって、そうだろうに!」

「そうだな、否定はしない…私も、愚かな咎人には違いない」

「その点については、私も、背負っているつもりでいるよ」

「プルツー…ダブリンのことは、もう気にするなって」

「お優しいのだな、ジュドー・アーシタ?」

「茶化すなよ。あんただって同じだ…」

「ほう?私にも優しい言葉をかけてくれるというのか?」

「あー、いや、そのだから…あー、もう!昔の話は、今はいいでしょ!それよりこれから戦闘なんだ!

 あんたのこと、信じて大丈夫なんだろうな?」

「安心しろ。もはや、なんの未練もない…あの男に化かされた愚かな女達だと、後悔することはあってもな」

「あの、ブリーフィングを、ですね…」

「そうね…これは、契機なのかもしれない」

「ナナイさん…」
 

214: 2014/03/04(火) 01:52:38.41 ID:9muAHG2qo

「そうかよ。カミーユさんは、それで大丈夫?」

「…クワトロ大尉、か…。分かったよ、信じよう…

 あのときだって、俺は分かり合えるんじゃないかって、そう思ったんだ」

「よ、よし、じゃぁ、とりあえず、一時休戦ってことで!

 こっちは、ゼータタイプのモビルスーツを使えるって話だけど、そっちの乗ってきたあの鳥頭は使えるの?」

「うむ、ヤクトドーガだ」

「あれは、第二次ネオジオン抗争のときに試用されたニュータイプ専用機。

 グラナダ工場の地下格納庫に機密裏に保管されていたものを拝借してきたわ。

 ファンネルも搭載しているし、私は実験レベルでしか使ったことはないけど、彼女になら使いこなせると思う」

「造作もない」

「ファンネルかぁ。いやな思い出しかないなぁ」

「同感だ。たしか、あのときの機体はキュベレイって言ったよな」

「あんな型落ちでは、ここからの戦場は戦えん。ゼータガンダムなどでやろうとする貴様達の方がよほど不安だ。

 氏んでくれるなよ」

「いや、リゼルはちゃんと性能も上がってるから平気だよ!って、聞いてる?ねぇ、聞いてる?」

「なに、心配してくれちゃってんの?」

「こちらの負担を増やすなといっている」

「またまたぁ。そんなことより、指揮ってどうすんの?カミーユさんやれる?」

「俺はリハビリって言っただろう。それに指揮を執るなんて、柄じゃないよ」

「たしかあなたは指揮官だったのよね?」

「決まっているだろう。指揮は私が取る」

「いや、あの…もしもーし、指揮は一応、あたしが一括してとりますよ…」

「あんた…大丈夫かよ?」

「問題ない」

「いや、だってさ…グレミーのこととか…」

「…!」

「あっ…」

「なっ…ど、どうしたんだよ、急に?」

「ちょっと、あなた!良く分からないけど、それ言っちゃまずいことなんじゃないの!?」

「おっ、おい、なんだよ…急に泣くなよ!」
 
「…ど、道化だったにせよ…私とて…よっ、良かれと思って…っ」

「ジュ、ジュドー!い、今の、謝んなきゃダメ!」

「そうだな、今のはジュドーが悪いよ」

「…わ、分かったよ…悪かった!だから、泣き止んでくれって、な?」

「…ぐすっ…ふん…私もずいぶんと感傷的になったものだ…裏切りの記憶にこれほど胸が軋ませられるとは…」
 

215: 2014/03/04(火) 01:53:25.45 ID:9muAHG2qo

いや!

いやいやいやいや!

泣きたいの、あたしだから!

ブリーフィングするって言ってんじゃん!

なに、この人たち!?なんなの、我が強すぎでしょ!?

ここ、ジュニアスクールじゃないよね!?

いや、ジュニアスクールの子達だって、先生の話はちゃんと聴きましょう!って言われてるよね!?

なんなの!?本当になんなのこの状況!?

「ミ、ミリアムぅ…」

あたしは行き場のない感情をどうにかしたくって、ミリアムを見つめた。

ミリアムはあたしをギュッと抱きしめてくれた。

うぅ、なんだろう…そこはかとなく、泣きそうだよ…戦闘より辛いよ、これ…

「私が変わるわ」

ミリアムは、あたしをひとしきり撫で回してから、そう囁いてブリーフィングルームのディスプレイの前に立った。

そして、そんなに大きくはなかったけど、でも張りのある声を高らかに上げた。

「はい、注目!」

とたんに場が静まり返って、全員がミリアムを注目した。あれ、なに、これ…なにがどうなってんの?!

「それでは状況を説明するまえに、まず、本作戦の指揮を取ります、マライア・アトウッド班長は

 ただいま傷心中につき、代理指揮を執ることとなりました、ミリアム・アウフバウムです。よろしく」

ミリアムの挨拶に、みんな真剣に聞き入っている。ていうか、あれ、一瞬であたし指揮官解任されたよ!?

「では、状況説明に入ります。

 現在、当宙域には、各所から袖付きのし支援要請に応えたジオン残党が接近しつつあります。

 我々の主任務はこれを迎撃し、ミネバ様の要るインダストリアル7を氏守することにあります。

 また、これは不確定要素ですが、連邦軍の一部、アナハイアム社の一部も、戦局に介入してくる可能性があります。

 現在、我が方の諜報班が、グリプス2付近でアナハイム社の無線が頻繁に交信されているのを掴んでいます。

 おそらく、あのコロニーレーザーを再利用しようと言う思惑があると思われます。

 こちらについては、現在、通報したロンド・ベルの主力艦隊が対応中ですので、制圧は時間の問題と思われます。

 その他、連邦軍の第3機動艦隊の一部の消息を確認できていないという情報も入っており、

 こちらについては鋭意索敵中で、続報があり次第、連携します。以上、ここまでで何か質問は?」

ミリアムがそう言ってみんなを見回す。

す、すごいな…ミリアム。さすが、元学徒部隊の部隊長…

くぅ、そっち方面の経験は、ミリアムの方が豊富だなぁ、こればっかりは悔しいけど、認めるしかない、か…
 

216: 2014/03/04(火) 01:54:41.66 ID:9muAHG2qo

「ないですか?では、次に班編成を行います。1班は、マライア、カミーユ、ジュドー、2班は私と、ナナイさんに、ハマーン…様です」

あれ、今、ミリアム、ハマーン様って読んだ?なに、ミリアムも知ってるんだ?あの人?

あ、そっかもともと、ネオジオンで姫様の警護してたんだもんね…そりゃぁ、知ってるか…。

「畏まらなくていい、アウフバウム元特務大尉。ここは軍ではない。あなたが私にそうすべき理由などないのだ」

「はっ…あ、いえ…う、うん」

ミリアムはなんだか、ちょっと恥ずかしそうな顔をしてそんな風に答えている。うー、いいないいなぁ。

あたしもそうやって、かっこよく指揮して、それから部下に優しい言葉とか賭けられたかった…

ルーカスがいたらなぁ…

「ほかに質問がなければ、最後に、元指揮官のマライア・アトウッドより、話があります」

なんてことを思っていたら、ミリアムは突然そんなことを言って、あたしのために、なのか、ディスプレイの前を空けた。

―――な、なにそれ、聞いてないよ!?

―――いいからなんか喋りなさいよ!士気を上げて、みんなをまとめられるようなこと!

―――なにそれ!ハードル高っ!

あたしは、ミリアムとそんな無言の会話を交わしながらそれでも、ディスプレイの前に立った。

 話す、って言ったって…こんなのしたことないから、よくわかんないよ…。どうしたらいいかな?

こういうのって、いろいろ考えちゃダメなんだろうな…

えらそうなことを言うのとか、得意じゃないし、やろうと思ったって出来ない…でも…うん、そうだ。

思っていることを伝えるのは出来る。

あたしは、そう思って、胸いっぱいに息を吸い込んで、思いのたけをみんなに伝えた。
 

217: 2014/03/04(火) 01:55:27.98 ID:9muAHG2qo

「みんな、今日は、力を貸してくれて、ありがとう。

 あたしは、今日、この日、この場所にいられることを、すこしだけ誇りに思ってる。

 これから行われるのは、たぶん、あたし達にとっては、そんなに過酷な戦闘にはならないと思う。

 だけど、その意味は、これまで行われてきたどんな戦闘よりも意義深いものかもしれない、ってそう思う。

 これから、姫様は、彼女は、きっと新しい道を示してくれるって信じてる。

 ラプラスの箱の持ち主は、プル達に、“希望の光を灯してつながれ”って言ってくれたって聞いてる。

 たぶん、彼女の演説は、あたし達ニュータイプや、スペースノイド、アースノイド達にも、

 そんな光を灯せる可能性のあるものになると思う。それはきっと大火じゃない。

 ろうそくの火ほどの小さなものかもしれない。それでも、あたしは、それが灯ることを信じたい。

 ううん、それはもう、少しずつ灯っているんだと思う。
 
 ここに、こうして、ジュドーくん、カミーユくんと肩を並べて、ハマーンと、ナナイさんがいるのがその証拠。
 
 

218: 2014/03/04(火) 01:57:37.42 ID:9muAHG2qo

 この宇宙には、宇宙世紀開略以来、渦巻いてる淀んだ感情の沼地がある。

 そして、特に感覚の鋭いあたし達は、どうしたってその沼に一度はハマって、

 大事なことがなにも見えなくなってしまうことがある。もちろん、あたし達のような存在だけじゃない。

 そうやって、繰り返し、繰り返し、何度だって戦いが起こってきた。

  でも、今日、これから、それを変えるチャンスが来るかもしれない。

 こうして、ここにこのメンバーが揃ったのは、それが出来るってひとつの証拠だと思う。

 過去をなかったことには出来ない。でも、これからを生きるあたし達にとって大事なのは、

 過去にこだわることよりも、未来を信じることだと、あたしは思う。

 そして、あたしは、スペースノイドが誇りを持って生きることの出来る社会が来ることを信じたい。

 それをきちんと受け止め、受け入れることのできる地球社会ができることを信じたい。

 そのためにはあたし達が、その土壌を作らなきゃいけないと思う。

 これまで、悲しいけど、たくさんのニュータイプが戦争に投入されて氏んでいった。

 でも、あたし達は、戦争の道具じゃない。まして、戦争の引き金でもない。

 あたし達は、本来、みんな同じように願ってるはずなんだ。

 戦争とは真逆の、理解し合える世界を、助け合える仲間の存在を…。

  それはきっと戦争じゃ、見つけられないもの。それを、あたし達は理解して、守って、

 次の世代に伝えていかなきゃいけない。たとえどんなに小さくても、あたし達はその火を消しちゃいけないんだ。

 だから、これからするのは戦闘かもしれないけど、戦争じゃない。

  あたし達は、戦って勝ち取るんでも、敵を撃ち倒して守るんでもない。

 あたし達は、もう二度と、あたし達のような思いを、あとに続く子ども達のお手本になれるように、“選ぶ”んだ。

 あたし達は、あたし達が、したいって思って、出来る唯一のことをする。それは戦うことなんかじゃない。

 奪うことでも、守ることでもない。繋がりたい、って、そう思って、信じて、手を差し伸べ続けることなんだ。

 それがどんなに辛くたって、どんなに苦しくたって、あたし達はそれをやめちゃいけないんだ。

 信じよう、あたし達の明日を。子ども達の未来を…姫様の、成功を…!

 きっとここから、あたし達の新しい時代が始まるんだ…!」

みんながあたしを見ていた。ただ、ジッと、見つめてくれている。

不思議と、それは、安心感と一緒に、あたしを支えてくれるみたいな、力強いなにか、だった。

胸の内側に、得体の知れない力が…暗い海に漕ぎ出すための、勇気が、湧いてくるように思えた。

「さぁ、行こう!スペースノイドでもアースノイドでもない、あたし達、みんなの未来のために!」





 ――――――――――to be continued to their future...

231: 2014/03/09(日) 00:34:50.59 ID:4tGXi4G7o





 今日もいつもと変わらない、綺麗な青空だ。

まだ朝も早いから、それほど日差しも強くないし、気温も上がってない。サラッと吹き抜けて行く風が心地良い。

私は、と言えば、そんな中、朝早く起きて洗ったシーツを庭先に干していた。

こんなに気分が良いと、自然と鼻歌なんて口ずさんでしまう。

「なやんだ日々に答えなんてぇ歩き出すことしかないよねぇ~、

 か~さねあう~寂しさは~ぬくもりをぉおしえ~てくぅれたぁ~、

 抱き合えば~なぁみださえ~わぁけもなくぅ、いとぉしいぃぃぃ~」

アヤ風に言えば、ほんとにもうご機嫌で、シーツをピンピンに伸ばして洗濯ばさみで止めて行く。

まるで、このシーツの白みたいに、私の気持ちも真っ白で、すがすがしい。

 パタン、と音がした。振り返ったら、そこにはアヤが眠そうに欠伸を漏らしながらいて、

私を見つけてこっちに歩いて来ているところだった。

「未来のふたぁりにぃ、今を笑われないように~、ねぇ、夢をぉみようよぉ~」

なんて、いつまでも歌いながら、ミュージカル気分のステップなんかを踏んで、私はアヤを、両腕を広げて出迎える。


「いや、起きたばっかりだから。今、夢から覚めたところだから」

なんて言いながら、アヤは私の腕の中にドンっと収まってきて、チュっとおでこにキスをしてくれた。

なんでおでこなのよ!そう思って、私が唇にキスを返したら、アヤはデレっと笑った。

「おはよ」

「ん、おはよう。もう港行くんだね」

「あぁ、うん。ほら、なるべく早くに連れて行ってやりたいなって思ってね。

 ちょっとエンジンのチェックとかだけでも、先にやって来るよ」

「ふふ、だからって、早すぎ。ね、ちょっと手伝ってよ」

私はそう言ってアヤを解放して、別に二人でやるような作業でもないけど、一緒になってシーツを干す。

6枚洗濯したのに、あっという間に終わってしまった。んー、思ったより、早かったな…

たまには、二人でこういうのもいいんじゃないかなぁって思ったんだけど…残念。

 なんて思ってたのが顔に出てたのか伝わっちゃったのか、アヤはいつもみたいにゴシゴシと私の頭を撫でまわして、

「共同作業は、また夜に、な」

なんて言って笑った。もう、アヤってば。

私が横っ腹をベシっと叩いたら、アヤはなんだか嬉しそうに笑って、それから

「じゃぁ、ちょっと行ってくるな」

なんて言って、手を掲げた。

「うん、行ってらっしゃい、気を付けてね」

私もそう返してアヤを見送った。
 

232: 2014/03/09(日) 00:35:21.36 ID:4tGXi4G7o

 昨日の昼過ぎ、ロビン達が、デリクくんの操縦する飛行機で空港に帰ってきた。

一連の事件の発端になった日、マライアから無線で話を聞いたときに、私は、一瞬、背筋が凍るように感じたけど、

そばにいたアヤは、すぐに自分の気持ちを立て直して、マライアに言った。

 「頼む」

って。アヤからは、なんだか、すごくいろんな気持ちが伝わってきたけど、

でも、不思議と、心の中にいっぽん、ビシっと筋が通ったように感じられた。

それが何なんだろう、って考えて、聞いてみたら、それはたぶん、親としての覚悟じゃないか、って、そう言った。

それを聞いて、私も、感じるところがあった。確かに、いつまでも、子どもじゃない。

そうは言っても、ロビンはまだ13だけど…でも、もうそろそろ、いろんなことを経験してもいいはずだ。

いや、いきなり戦争なんて、と思うところも、半分、ロビンが決めたのなら、そうしてみればいい、って思うのも半分。

アヤの覚悟、っていうのは、そう言う不安の一切合財を押し込めて、

ロビンの好きにやらせてやってくれ、って言うのを、マライアに伝えるために必要だったんだな、って、そう思った。

そうしたら、私にもその芯が通るような気がして、少しだけ驚いたのを覚えている。

レオナも、レベッカも、マリオンも、私とアヤの様子を見て、なんとなく、覚悟を決めてくれたみたいだった。

レオナがユーリさん達にそのことを知らせてくれらた、ユーリさん達なんかは慣れたもので、

「そっか…あの子達なら、そう言いだそうだね」

なんて言って、笑っていられるくらいだった。うーん、やっぱり、箔が違うよね、お母さんとしての、さ。

 まぁ、でも、なにはともあれ、ロビン達は帰ってきた。

空港へ迎えに行ったアヤとレベッカに連れられてペンションに戻ってきたロビンは、なんだか、見違えるくらいに大人の顔をしていた。

それがなんだか、とっても嬉しくて、必要以上に撫でまわしてしまって、迷惑がらせてしまったけど…。

 あとは、マライアとプルにミリアムが心配だな…

まぁ、大丈夫だって、連絡はあったから、そのうちいつごろ戻る、とか言って来てくれるとは思うけど。

いや、うん、その前に、とにかく、だ。

 ロビンも、マリも、カタリナも、それからマリとプルそっくりの、マリーダって言う、

レオナの最後の妹って子が帰ってきたんだ。私達にできるのは、旅の疲れとそれから、戦争の傷跡を癒してあげること。

いろんな気持ちを洗い流してまっさらになってもらうこと、だ。

真っ白で、ピンピンになった、このシーツみたいに、ね!

 なんて思って、私ははためくシーツを見ながら洗濯カゴと、洗濯ばさみの入ったケースを抱えて空を見上げた。

「よっし、洗濯、終わり!」

 ん、今日も平和で、良い天気だ!




233: 2014/03/09(日) 00:35:48.40 ID:4tGXi4G7o




 「おーい、ロビン!そろそろ起きてー!」

誰かがアタシを呼んでる声がする。これ…レベッカ?あれ、なんでレベッカ、宇宙にいるんだっけ?

ペンションで留守番してるんじゃなかった…?ん、なんか変だな…体が重い気がする…

えっと、うん、まぁ、とにかく、起きなきゃ…

そう思って、ベッドマッドの上に手を突っ張るようにしたけど、あれ、やっぱりなにか変だ。

いつもなら、これでふわっと体が浮き上がるはずなのに…

浮き上がるどころか、これ、腕曲げたら、またベッドに逆戻りじゃん…あれ、なんで浮かないんだろう…

「ロビン?」

ん、レベッカ、アタシ変なんだ…うまく体が動かない、って言うか、重いって言うか、眠いって言うか…

「ロビーン」

そんな声が耳元でしたと思ったら、耳を何かがスルスルとくすぐって、そのゾクゾク感がアタシの背筋を駆け抜けた。

「ひゃんっ、あひゃぁっ!」

アタシは、そのこそばゆい感覚に、そんな悲鳴を漏らして飛び起き…ようと思ったら、

何か重いものがアタシに圧し掛かっていて、体の自由が効かない…ていうか、重い、って…

あ、そうか、アタシ、地球に帰って来てたんだ。この重い感じは、そのせいかな…

 そう思って目を開けて改めて起きようと思ったら、

アタシに圧し掛かっていたのは、地球の重力なんかじゃなくて、レベッカだった。

「ん、起きたね。お寝坊姫」

レベッカがそんなことを言ってくる。ていうか、重いんだけど…レベッカ…

「今、なにかしたでしょ?すっごい、ゾクゾク来たんだけど」

「あぁ、ちょっと耳がおいしそうだったから、ハムハム、っと、ね」

「ちょっ、やーめーてーよー!」

そんな文句を言いながら、アタシは起き上がろうと思って腕に力を込めたけど、

レベッカはのしかかってきたまんま、どこうとしない。

それどころか、さっき以上に体重をかけてきてグイグイとアタシをベッドに押し付けてくる。

234: 2014/03/09(日) 00:36:18.04 ID:4tGXi4G7o

「もう、ちょっとー!」

たまらずにそう悲鳴を上げたら、不意にレベッカがアタシの体をギュッと抱きしめてきた。

あ、あれ…なに、これ?どうしたの、レベッカ…?あ、あなた、泣いてるの…?

アタシはレベッカから漏れ出て来る感覚に触れてそのことに気がついた。

レベッカにしがみつかれながらアタシはなんとか体を動かしてレベッカの顔を覗き込む。

彼女は、アタシの胸元に顔をうずめて、声もなく涙を流していた。ど、どうしたのよ、レベッカ…?

そう思っていたら、レベッカは蚊の鳴くような、細く小さな声で言った。

「心配、したんだから…」

その言葉で、アタシは全部理解できた。あぁ、そっか…ごめんね、レベッカ…

あなたが来てからはずっと一緒で、楽しいのも悲しいのも、一緒に経験してきたんだもんね。

それが急に、アタシ一人で行った宇宙で、あんなことになっちゃって…そりゃぁ、心配だよね…

アタシ逆の立場だったらいてもたってもいられなくって、誰かに頼んであとを追いかけようとしてたかもしんない。

心配かけて、ごめんね、レベッカ。

「ごめんね…」

アタシは謝って、レベッカをギュッと抱きしめた。

「ママ達も母さんも、マナにマヤもマライアちゃんも大事だし、大好きだけど…

 ロビンだけは、もっと特別なんだ…研究所で、ひとりぼっちのあたしに話しかけてきてくれて、

 ずっとそばにいてくれた…あなたがいたから、あたし、寂しくなかった…

 あなたがいなくなったら、あたし、心に大きい穴があいちゃう…

 だから、もうあんな危ないこと一人でしないって約束して…するくらいなら、あたしを一緒に連れて行ってよ…」

レベッカは、絞り出すようにそう言った。うん、ごめんね、レベッカ…

「うん…安心して。アタシ、もうあんな危ないことは二度と進んではしないよ。

 アタシにとって、仲間や家族が、どれだけ大事で、ううん、アタシにとってだけじゃない。

 宇宙にとって、アタシ達、戦場にいないニュータイプが、どれだけ大事かっていうのが分かった。

 だから、もうあんなことはしちゃいけないんだって、思う。

 アタシ達は、そうじゃない方法を探して、選んでいかなきゃいけないし、きっとそれが出来るんだって、わかったから…」

そう言ったら、レベッカは一度、腕にギュウっと力を込めてきて、しばらくしたら、

それを緩めて、アタシに馬乗りになるみたいに起き上がった。

235: 2014/03/09(日) 00:37:05.28 ID:4tGXi4G7o

レベッカは、笑いながら涙で濡れた頬っぺたを拭って

「絶対だよ?」

と念を押してくる。

アタシは、ぐいっと体を起こしてレベッカの涙を一緒に拭いてあげてから

「うん、絶対。約束する」

と両手を取って、言ってあげた。そしたら、ようやく安心してくれたみたいで、

レベッカはアタシの上から降りてくれて、ベッドからギシっと立ち上がった。

「じゃぁ、着替えて降りてきね。ご飯、一緒に食べようよ」

「うん!」

アタシはそう返事をして、部屋から出て行くレベッカを見送った。

着替えながら、アタシはレベッカの気持ちに想いを馳せていた。ううん、レベッカだけじゃない。

母さんや、ママ達だって、同じだったかもしれないんだ。

母さん達は何も言わなかったし、感覚をボヤかして、アタシにはわからないようにしてるけど…

でも、きっとそうだったんだろうな。

そう思ったら、なんだか、自分がとても申し訳ないことしちゃったな、って感じた。

後悔してる、ってわけじゃない。でも、もっとちゃんと説明するべきだったし、

帰ってきてからも、甘えてトロトロになってばっかりで、ちゃんと謝ってなかったな…

うん、そうだね。それはちゃんと言わなきゃダメだ。

 アタシは今日の目標をそれに決めた。

母さんに、レナママにレオナママに、マリオンと、あと、ユーリさんとアリスさんにも、ごめんなさいしに行かなきゃいけない。

これは、アタシが言い出しちゃったから起こったことだ。最後まで責任取らなきゃね。

 そう決心をしながら、アタシは一階に降りてリビングに向かった。

母屋ができて、こっちで生活をするようになってからは、寝坊してもあんまり気にしなくていいから楽だよね。

リビングでは、今日は船番で、そんなに早くなくて良いはずの母さんと、レベッカがいた。

マリオンちゃんは今日は宿直明けだから、まだ向こうだし、

レナママとレオナママは朝食の準備と洗濯やなんかがあるから、いつも朝早いんだ。

 「おはよう」

「あぁ、ロビン、やっと起きてきたな、おはよ」

母さんはそう挨拶を返してくれたけど、渋い顔をしてタブレットコンピュータの画面を見つめている。

この表情してる、ってことは、来てるのかな、アレ。

「ハリケーン?」

アタシが聞いたら、母さんはチラっとアタシを見てニコっと笑ってからまた渋い表情に戻って、

「あぁ。今度のは、ちょっと勢力が強うそうだからなぁ。予報じゃ、かすめて行く程度、って言ってるんだけど、

 時期も時期だし、こりゃぁ、うろちょろしそうなタイプに見える」

なんて言って、モニターを見せてくれる。

うーん、確かに、この位置で発生するのって、北上すると見せかけて、なぜか西進してくるのが多い気がするなぁ…

ふむ、これは対策必要かもね。

236: 2014/03/09(日) 00:37:35.51 ID:4tGXi4G7o

「明日には、準備しといた方がいいかもしれないね」

アタシは、レベッカがよそってくれたスープに口を付けながら言う。ん、これこれ、レオナママのスープの味だ…

なんだか、嬉しいなぁ…。

「あぁ、そうだなぁ。こりゃぁ、マライアのご帰還も遅くなりそうだ」

母さんも、ガーリックトーストをバリバリ言わせながらそう言う。え、マライアちゃん、帰ってくる見込みついたんだ?

「いつごろ戻ってこれるかわかったの?」

「ん?あぁ、さっきメッセージが入っててな。今日の夜くらいにはキャリフォルニアに降下出来る予定だ、

 とは言ってたんだけど、ハリケーンのコースがこっちに来てから北上する、ってなると、

 フ口リダは直撃するだろうからなぁ、このあたりの航空便は飛べそうにないだろ。

 さすがに、ハリケーンの進路を避けて、運行してないパラオの方の空港を経由する航路で迎えに行ってくれ、

 なんて言えないしなぁ」

まぁ、カレンさんなら二つ返事でやってくれるんだろうけど、ね。

でも、無事なら、まぁ、2,3日帰ってくるのが遅れるったって、大した問題じゃないよね、きっと。

 なんて思ってたら、母さんはコンピュータをテーブルの端に押しやって本格的に食事を始めながら言った。

「まぁー、今日のうちに遊んでおこうな!ダイビングにするか?それとも、島に行くか?

 あぁ、そういや、レオナの一番下の妹ってのも、無事なんだろ?その子も一緒に連れてってやったら、

 きっと喜ぶだろうな!」

ふふふ、母さんってば、ホントに元気だなぁ。アタシも見習わないと!寝坊なんかしてる場合じゃない!

「うん、島がいいな!お客さんもいるんでしょ?

 なら、そっちの方が色々と都合も良さそうだし、マリーダも泳げるかわからないし、その方がいい!」

「今日は、あたしも着いて行く!ロビンと遊ぶんだ!」

アタシも言葉に、レベッカも言った。アタシ達の言葉を聞いて、母さんは嬉しそうに声を上げて笑って、

「ははは!じゃぁ、食べ終わったらとっとと準備しような!ユーリさんのところにも連絡しておくよ!」

なんて言ってくれた。




237: 2014/03/09(日) 00:38:02.91 ID:4tGXi4G7o




 「ひゃー!うぅぅー!やっぱ、こうでなきゃね!」

飛行機から伸びたとたん、ロビンがピンピンに体を伸ばしながらそういった。

飛行機のハッチをあけたとたんに、熱気とじりじりと言う日の光が私たちを包む。

マリもタラップをジャンプで飛び降りて、ロビンとエプロンでじゃれ合っている。

「大丈夫?マリーダ?」

ロビンに続いてマリが滑走路に下りて、その後で4段しかない機体に格納できるタイプのタラップを降りた私は、

振り返って、飛行機の中にいる彼女に声をかけた。

「…まぶしい…」

ハッチのところから外を見渡したマリーダが、片手で顔を覆って、口をぽかんと開けている。

地球には、ついこの間、来ていた時期がある、って言ってたっけ。

でもきっとこんなところは初めてだろうな…好きになってくれるといいな…

私は、そう思いながらマリーダに手を伸ばして、タラップをおろさせて、マリーダは大地を踏みしめた。

 私とロビンと、マリ、それにマリーダはあれから、シャトルで直接、地球へ戻ってきた。

迎えに行ったはずのメルヴィは、姫様に万が一のことがあったときの保険、ってことで、マライアちゃん達と宇宙に残った。

私達のシャトルはキャリフォルニアに降下して、フレートさん達とはそこで分けれた。

キャリフォルニアにはデリクさんが迎えにきてくれていて、私たちはそれに乗ってここ、アルバ島に帰って来た。

 滑走を歩いていると、上からの太陽に、暖められたアスファルトに照り返されてくる輻射熱もジリジリと熱い。

空は真っ青だし、風はカラっとしていて気持ち良い。

なぁんか、ドタバタした旅だったけど、なんとか無事に帰ってこれたな…

あとは、月の位置の関係で、途中までしか連絡を取れなかったから、それだけがまだ少しだけ心配だったけど、

きっと大丈夫だろう…たぶん、ね、うん…。

あぁ、こんなときに私もニュータイプの能力であれば、きっともう少し安心していられるんだろうなぁ…。

 「ここは、何という場所なんだ?」

不意に、マリーダが呟くように言った。あれ、いけない私、なんにも言ってなかったね、ごめんごめん。

「ここは、アルバ島だよ、マリーダ。ようこそ、私たちの島へ!」

そう言ってあげても、彼女はまだピンと来ないようで、ポカーンとしてはいたけど。

 私達は、ロビンを先頭にして空港の建物の中に入った。

いつものところに、見ただけで嬉しくなっちゃう顔ぶれが待っていてくれる。

「いた!」

ロビンがそう言って駆け出した。

走っていった先に居たのは、アヤちゃんとレベッカで、タックルくらいの勢いで突っ込んでいったロビンを、

二人してがっちりと受け止めてはしゃぎだす。

私も、同じくらいのことしたい気分だけど、さすがに恥ずかしいから、ちょっと止めておこうかな。

アヤちゃん達のすぐそばで、ママと母さんが、こっちを見て手を振ってくれてるけど、

マリも、ロビンたちを見て、あはは、って笑いながらのんびり歩いてるしね。

238: 2014/03/09(日) 00:38:31.45 ID:4tGXi4G7o

「おかえり、マリ、カタリナ」

ユーリ母さんが、そう言ってくれる。

「元気そうでよかった」

ママも、ニコっと笑ってそう言ってくれた。

 二人とも、いつまでも若くって美人で、私の自慢なんだ!

さすが、宇宙一のドクターとその妻だけのことはあるよね。

見かけだけなら、母さんは特に、私が5歳くらいのときとほとんど変わってないし、

ママに至っては、たぶん、最初に会ったときより若返ってる気がする…医学って、すごいよね…。

「うん、ただいま」

「だたいま!」

私は、プルとそろってそう言う。ママはそんな私たちをニコニコした顔で見つめてから、私たちの後ろに視線を移した。

「あなたが、そうなのね…」

「あっ…マリーダ、クルスと、いいます」

マリーダがそうあいさつをしたら、ママはクスっと笑って

「楽でいいわよ。宇宙の様子も慌しいし、しばらくはうちで療養していきなさい。

 そのままこの子達の姉妹として一緒に、私たちと家族になったっていいし、

 なにかしたいことがあるんならそれを目指すのもいい。でも、その前に、あなたには休息が必要だわ」

とマリーダの手をキュッと握っていった。マリーダは、まだ、相変わらずポカン、って顔をしていたけど、

それを見たママが、ん?って首を傾げたら、マリーダもちょっと慌てて

「は…はい」

と返事をした。なんだか、困り顔だけど、ま、そのうち慣れるよね。

マリはまぁ、ずっとあっけらかんってタイプだったけど、私はママに慣れるのにはしばらくかかったし、

プルも3年前にこっちに来たときには、やっぱりリラックスするまでには1週間は掛かったって言ってた。

もしかしたら、マリーダはもっと時間がかかるかもしれないな…だって、つい何日か前まで、戦争をしてたんだ。

それがいきなりこんなところにつれてこられて、そう言うのとは縁のない生活が出来るんだ、

って言われたって実感わかないだろうし、落ち着かないかもしれないしね。

 私はそう思って、マリーダの肩ポンポンって叩いてあげた。

私を見たマリーダに、出来る最大級の笑顔を見せてあげて

「大丈夫!とにかくさ、美味しいもの食べて、すこしゆっくりしよう!何か好きな食べ物とかある?」

と明るく言ってみる。そしたら、マリーダは

「…アイスクリーム、とか…」

って、控えめに答えた。ぷっと思わず笑ってしまった。

いや、うん、何て言うか、ホント、味覚とか嗜好まで似てるんだな、と思ったらなんだかおかしくて。

でも、それを見たマリーダはちょっと不機嫌な顔をした。

239: 2014/03/09(日) 00:39:02.98 ID:4tGXi4G7o

「…なにがおかしい?」

「あぁ、ごめんごめん。みんなそうなんだな、と思って。さっすが姉妹だね」

あたしはそう言ってマリを見やる。そしたらマリも笑ってくれて

「そうそう、あたしもアイスと生クリームには目がないんだ。あ、アイスはさ、フレーバー何が好き?」

なんてマリーダに聞いてくれる。そしたら、マリーダはまたきょとんとした顔で

「フレーバー?アイスクリームはアイスクリームの味だろう、おかしなことを言うな」

とマリに言い放った。あ、そっか…

ずっと輸送船とあとは、どこかの鉱石採掘用の衛星暮らし、だったんだっけ…

アクシズと同じような生活だったんだろうな…

そしたら、地球みたいにアイスにあれこれ味がついてるなんてことはきっとないな…

ていうか、アイスの味がするあのドライフードの可能性だってある…ん、これは由々しき事態だよ、マリ!

そんなことを思ってマリを見つめたら、マリは妙に真剣な顔をして、頷いた。

「うん、よし…ちょっとおいで」

「なっ、何をする…!」

それからマリはそう言うが早いかマリーダの腕を取って、

反射的に抵抗しようとするマリーダを近くの売店に引きずり込んだ。

「あはは、ありゃぁ、洗脳の解き甲斐がありそうだな」

そんなやりとりを見ていた母さんが笑いながらそんなことを言う。やっぱり、まだ影響あるんだよね…?

「それ、やっぱり必要なんだ?」

「ん?あぁ、まぁな…洗脳、って言うか、あの子達はたぶん、刷り込みの方だと思うんだけど…

 マスターの命令は絶対、ガンダムは敵、自分は道具、って、な」

「そっか…」

あたしは、なんだか気分がシュンとなってしまう。

想像はしていたけど、プルやマリもおんなじように、小さい頃からそうされてきたんだよね…

それって、どんなに辛いことだったんだろう…

話を聞けば想像は出来るけど、私にはそれを自分のことのようにして感じることはできない。

もし、私にも能力があって、マリやプルみたいに、マリーダの気持ちに沿うことが出来たら、

きっともっと、力になってあげられるんだろうけど…

 私はなんだかそんな気持ちになりながらも、マリーダと売店に入っていったマリのあとを追った。

そしたら案の定、マリとマリーダは、アイス売り場の前にいた。

240: 2014/03/09(日) 00:39:34.11 ID:4tGXi4G7o

「こ、これが全部そうなのか…!?」

マリーダはそんなことを言って、言葉を失ってる。

でも、目だけは小さい子みたいに輝かせて、ガラスのケースの中を食い入るように見つめていた。

「んー、スタンダードなのはこのバニラ、ってやつだよね。私は、チョコのやつが好きなんだけど…

 あと、カタリナはアイスよりもこっちのシャーベットの方が…」

「チョコ?チョコレート味のアイスもあるのか!?」

マリの言葉にマリーダは、ニュータイプの私じゃなくても感じちゃうくらい、信じられない!

って感じ全身で表現してる。

「こ、これは、その、あれか、た、高いのか?」

これもまた、すぐに分かった。食べたいんだな。やっぱり、なんだか可笑しい。

可笑しいし、子どもみたいでかわいいな…表情はいつもあんなに怖い感じなのに。

「あーはいはい、チョコのでいいんだね?カタリナはなんにする?」

マリがそんなことを言って私に話を振ってきた。んー、そうだな…

「イチゴのにしようかな」

私が言ったら、マリは

「そっか。じゃ、私はクッキーのにしよ」

と言ってガラスのドアをあけ、チョコとクッキーとイチゴのアイスの小さいカップのやつをひとつずつ取り出した。

「ま、待て。わ、私は連邦の金は持ち合わせていないぞ!」

「あーいいっていいって、大した額じゃないし」

なんだかひとりでいっぱいいっぱいになっているマリーダをよそに、

マリはレジで会計を済ませてからマリーダの袖口を引っ張って売店を出た。

あぁ、やばい、笑いそう…でも、あれかな、笑ったらまたキッて睨まれて、何が可笑しい!、って言われちゃうね、きっと。

別に怖いとかそういうんじゃなくて、そうされるのはイヤなんだろうなって感じだから、我慢だ、我慢。

241: 2014/03/09(日) 00:40:02.12 ID:4tGXi4G7o

 「ん、用事済んだ?」

売店の外で、レベッカとアヤちゃんにひとしきり撫で回されているロビンを見ていたママが私たちに気がついてくれてそう声をかけてくれた。

「うん、おませ!」

マリがはつらつ、って感じでそれに答えた。

「よし、それじゃ、今日のところは、帰ってのんびりしようか」

母さんもそう言ってアヤちゃんたちに声をかけて、一緒に空港を出て駐車場に向かった。

いつもならこんなあとは、アヤちゃんのところでパァっと、ってやつが始まっちゃうんだけど、

今はまだ、マライアちゃんたちが戻ってきてないから、それを待ってからでもいいだろう、ってことだった。

なんでも私達が到着する2時間くらい前にマライアちゃんからは連絡があって、

全員無事に、作戦は終えられた、って話があったらしい。姫様の放送は、私もシャトルの中で聞いた。

 姫様は、私達の思った通りのことを、地球にも、宇宙にも、伝えてくれた。

あの放送を聞いて、少しでも多くの人が、私達のように、戦う以外の、なにか、新しい道を探し始めてくれることを願うばかりだな…

 アヤちゃんの車に乗って、私達は空港を離れた。アヤちゃんは、私達を先に家に送ってくれた。

 とりあえず、マリーダを家の脇の玄関から招き入れて、そのまま二階のリビングへと向かう。

マリーダは、物珍しそうな、戸惑ったような感じだ。

マリは、それを感じてはいるみたいだけど、何も言わないし、何もしない…

なんだか、悩んでるんじゃないかな、って言うのが伝わってくる気がした。

もしかしたら、マリーダが戸惑っているのを、もらっちゃっているのかも…なんて思ってしまうくらいだった。

 そんなマリーダだけど、リビングで一息ついて、お茶なんかを飲んでから、

マリが思い出したように冷蔵庫から取り出した、空港の売店で買ったアイスクリームを見るや、

一瞬だけ目を輝かせて、マリと私と3人でそれぞれのアイスを食べながら舌鼓を打っていた。

食べ終わってから、あぁ、一口ずつ分けられたら、少しは安心してもらえたかもしれないな、なんて思って、

ちょっぴり後悔しちゃったけど。

 これが、昨日、私達が帰ってきたときのこと、だ。
 
 

242: 2014/03/09(日) 00:40:34.68 ID:4tGXi4G7o



 じゅうじゅうと、ベーコンがフライパンの上で音をたてる。スープはもう大丈夫かな…

ん、ジャガイモ煮えてるし、オッケーだね。

あとは…昨日のポテトサラダが残ってるから、野菜はそれで済ませればいいかな。

昨日、帰りに買ったパンをカゴに乗っけて…うん、出来上がり、かな!

 「あー、カタリナ、ありがとう」

そんなことを言いながら、ママがリビングにやってきた。

「ううん、平気。そっちは大丈夫?」

私が聞いたらママは、オタマにスープを取ってペロっと舐めて

「ん、おいし」

なんて言いながら

「うん。マリが手伝ってくれてるから、大丈夫。あれ、たぶん虫垂炎だわ。

 結果が出たら救急搬送するから、朝ご飯はお預けかなぁ」

って教えてくれた。今朝方、母さんのPDAに緊急の連絡があった。

なんでも、急にお腹が痛くなった、とかで担ぎ込まれてきた患者さんが、今ひとしきり検査をしている。

正直、うちの病院の施設で手術なんてよっぽど緊急じゃないとまずやらない。

もし、手術が必要な患者さんがいたら、総合病院に入院してもらって、母さんが執刀するのがいつもの流れだ。

一応手術室はあるけどね。でも、あそこは半ば母さんの研究所で、手術なんてほとんどしたことない変わりに、

検体調べたりとか、あとは、処置室代わりになってるかな。

まぁ、急患なんて珍しくないから、慣れっこだけど、最近はずっとプルも居てくれたから手が足りてたんだけど、

まだ宇宙から帰ってないし、忙しいのは仕方ない。

パタンとドアの閉まる音がした。

「あ、マリーダ。おはよう」

ママがそう言ったので振り返ったらそこには、マリの服を借りたマリーダが、すこし呆けた様子で突っ立っていた。

「おはよう、マリーダ」

私も彼女にそう声をかける。マリーダは、それから何かに気がついたみたいな感じで少しだけ顔色を変えて、

「えと…おはよう…ございます」

とおどおどしながら言った。敬語だなんて、変なの。まぁ、いつかのことを考えたら、私が言えたことじゃないけどさ。
 

243: 2014/03/09(日) 00:41:02.95 ID:4tGXi4G7o

 ピピピッと、電子音が鳴った。

「おっと、呼んでる。じゃぁ、ごめんねカタリナ。ちょっと二人で先に食べてて」

ママはそう言うと、私の頬っぺたにチュッとキスをしてパタパタとリビングから出て行った。

それを見送った私の視界には、相変わらずどうしていいのか分からない、って感じで突っ立っているマリーダの姿がある。

「なにかあったのか?」

と、彼女は、下の騒ぎを感じ取ったのか、そんなことを聞いてきた。

「ん、急患みたい」

私はそう答ながら、バターロールを包丁で切って、そこに洗ったレタスとベーコンに、スクランブルエッグを挟み込む。

あの様子じゃ、お昼までは帰ってこれないかもしれないから、持たせてあげたほうがよさそうだもんね。

「…その、ユーリさん、は、医者だと言ってたな」

「うん、そうなんだ。あれで、かなり腕がいいんだよ」

私はそう言ってマリーダを見た。彼女は、ふぅん、って感じで首をかしげてからまた、気がついたみたいに

「いいにおい」

と口にした。ふふ、知ってるよ、マリとプルと同じで、きっとあなたも食いしん坊なんだよね。

昨日話をして、宇宙でも固形物を食べてた、って言ってたから、虚血性ショックの心配はないって母さんも太鼓判だった。

もちろん、夕食を食べても平気そうにしていたから、朝ご飯がダメ、ってこともないだろう。

「あぁ、食べようか。母さん達、このまま総合病院に患者さん運んでいくって行ってたから」

私はそう説明をしながら作り終えたバターロールのサンドイッチをラップで包んで、

ワゴンに出しておいた食器にマリーダの分と私の分のスープをよそった。

「はい、これ、並べておいて」

マリーダにそう頼んだら、彼女は

「あっ…うん」

と、また、おどおどしながら、私の方までやってきて、お皿を受け取ってくれた。

パンとベーコンにスクランブルエッグは大皿に乗っけて、お好みで。冷蔵庫からサラダも出した。

お茶もポットに淹したし、オッケーかな。あ、いけない、サンドイッチ。
 

244: 2014/03/09(日) 00:41:29.93 ID:4tGXi4G7o

 「ごめん、ちょっと待ってて。これ、渡してくるから」

私はテーブルの脇に突っ立ってまだ呆然としているマリーダにそう断って、

引出しから引っ張り出した布のバッグにサンドイッチを詰めて病院へと下りる内階段を駆け下りた。

そこには、レントゲンの写真を専用のケースに詰めているマリと、

それから患者さんの容態を記録しているママの姿があった。母さんは、車出しに行ってるのかな?

「マリ、これ、朝ご飯」

私はマリにそう伝えて布バッグをマリに差し出した。

「うわっ!ありがとう!朝ご飯はあきらめかけてたところだったんだよ!」

マリはすぐさまそんなことを言って、パッと明るく笑った。

ふふ、ニュータイプじゃなくったって、マリのことならなんだってお見通しなんだからね。

そんなことを思ったら、マリは照れたような笑顔に変わって

「へへ…あ、マリーダのこと、お願いね」

なんて話を変えてきた。まぁ、それも大事なこと、だよね。

「うん、大丈夫、任せて」

私もそう言って笑顔を返して、マリーダの待っているリビングに戻った。

 マリーダは私が出たときのまま、ボーっとテーブルの脇にたたずんでいた。

どうしていいか分かんない、ってのは、それを見れば誰だって分かる。

「ごめんね、マリーダ、お待たせ」

私はひとこと彼女にそう謝ってから

「座って!食べよう」

と席に促して上げた。

 二人して席について、食事を始める。マリーダは、節目がちに黙々とスープに手をつけている。

なぁんにもしゃべらない。うーん、まぁ、昨日の夕飯もそうだったし、そうだろうなと思ってたけど、案の定、だね。

普通ならこういうのって息が詰まっちゃうんだろうけど、あいにくと私は、どっちの立場も経験済みだから、

なんとなくどうするのが一番いいのか、ってのは分かるんだ。

「あ、マリーダ。ベーコンとスクランブルエッグと、こっちのサラダは、自分で食べたい分だけ取り分けていいからね」

とりあえず、自分の分を取り分けながらそれを教えてあげる。

って言うか、今の一言を話すために、あえて事前に言わなかったんだけど、ね。
 

245: 2014/03/09(日) 00:41:57.90 ID:4tGXi4G7o

「え?…あぁ、分かった」

マリーダはそう言って、私が終わるのを待って、トングをもって自分のお皿に、それぞれをよそった。

あら、これはちょっと予想外。もうちょっと控え目かと思ったけど、意外に大胆だね、サラダなんて、山盛り。

 「いっぱい食べるんだね」

そう言ってあげたら、マリーダはちょっとギクっとした感じで

「その…いけなかっただろうか?」

と聞いてきた。あ、いや、そういう意味じゃないんだ、ごめんごめん。

「あ、ううん。そういう意味じゃなくて、ただの感想。どんどん食べて良いからね!」

私は、出来るだけの笑顔を見せてマリーダにそう言ってあげた。

そしたらマリーダは、すこし安心したみたいな表情を見せて、食事に戻った。

 洗脳に刷り込み、か…母さん、そんなに意識することない、って言ってたけど、でも、やっぱり心配だよね…

マリやプルは、一緒に暮らすようになったときには比較的落ち着いてて、すんなり慣れていけたけど、

マリーダはやっぱりすこし違うな…本当に、ついこの間まで、生氏を賭ける戦場で戦っていたんだ…

彼女は、ここでの生活で何を感じて、何を思うんだろう…

 たぶん、家族になる、とか、そう言うことはまた、全然先の話だよね、きっと。

まずは、ここでの、何も起こらない日常に慣れることから始めたほうがいいんだろうなぁ…

だとしたら、いろんなことを一緒にやったりとか、そういうことからやったほうがいいのかもしれないなぁ…

あ、そうだ!

「ねぇ、ご飯食べたら、ちょっと一緒にお出掛けしない?」

私は、思いついてマリーダにそう聞いてみた。マリーダはきょとん、として

「お出掛け?」

と聞き返してきた。

「うん、そう!買い物とかあるからさ、手伝ってくれると、助かるんだよ」

まぁ、冷蔵庫を見た感じ、それほど買い足さなきゃいけないものがあるって感じではなかったけど…

でも、まぁ、買い物するがてら、島を案内するのもいいかもしれないしね。

「そうか、分かった」

マリーダは、そう言ってコクン、と頷いた。そうと決まれば、プラン練らなきゃな…

街は、車がないかもしれないからまた今度にして…ペンションまでの道にある雑貨屋さんで、

調味料を買って、あと、その先のパン屋さんでパンも買えたらいいかな。

で、そのままペンションに行って、おしゃべりして、時間があったら港に連れてってもらって、

船とか海とか、見せてもらえるかもしれない。

とりあえずその辺りを見てもらっておけば、一番身近な生活圏は十分だよね。

あ、そうだよ、レオナ姉さんにも紹介しないと!きっとビックリするだろうな…

ふふ、なんだか、楽しみになってきた!

 そんなことを一連想像してしまったら、思わず私は笑みをこぼしてしまっていた。


 

252: 2014/03/11(火) 00:40:30.46 ID:0nquc7UXo



 マリーダに手伝ってもらいながら朝食の後片付けをした私は、彼女に服を貸してあげて、一緒に家を出た。

そういえば、着る物もちゃんと揃えてあげないといけないよね…マリーダ、傷だらけだから…

きっと、着る物は、モノを選ばなきゃいけないだろうし、あぁ、そんなこと言ったら、家具も居るよね。

今はプルのベッドに寝てるけど、プルが帰って来たら寝るところなくなっちゃう。

いや、私がリビングのソファーで寝ればそれですむんだけど、それはそれで、変に気を使わせちゃいそうだしね。

そう言うのは、明日かなぁ。

 私はマリーダとペンションへと続く道を歩く。

ほんの少しの間離れてただけだけど、なんだかこの道も懐かしく感じて、どこか気分が嬉しくなる。

ジリジリ照り付けてくる太陽に、潮の香りに、道の脇に立ち並んでいる民家の芝生の匂い。

柔らかく吹き抜けていく風も心地良い。

マリーダは、ギラギラのこの太陽になれていないみたいで、手をひさし代わりにして、まぶしそうにしていた。

サングラスとかあったほうがいいかな…私も、生まれてからはずっと宇宙に居た身だから、分かる。

ここの太陽は、本当にまぶしくって、慣れないうちってけっこうキツく感じるんだよね。

 「まぶしい?」

私が聞いたら、マリーダは目を細めて

「あぁ、うん」

と言葉すくなに答えた。雑貨屋さんに売ってたっけな、サングラス…

確か、安物が何個か、レジのところに掛けてあった気がするな。あれ、買ってあげたほうがよさそうだね。

 雑貨屋さんが見えてきた。

「あの店か?」

マリーダが、聞いてきた。

「うん、そう。お塩と、あそこはソイソースも売ってるから、それを買うんだ」

私が言ったら、マリーダは首をかしげて

「ソイソース、というのは、聞いたことがないな」

と呟くように言った。

「大豆っていう、マメから出来てるソースなんだよ」

教えてあげたらマリーダはふうん、と鼻を鳴らした。

「料理、興味ある?」

「えっ?」

更に私はマリーダに聞いてみる。

マリーダはそんなことを聞かれたのが意外だったのか、ずいぶんと驚いた顔して私を目をパチパチさせながら見つめてきた。

プルもマリも、作るのも食べるのも好きだから、きっとそうじゃないかな、って思うんだけど…

「どう?」

「…考えたこともない…そうか、自分で料理を作るのか…」

マリーダはそんなことを言って、口元に手を当てて俯いた。
 

253: 2014/03/11(火) 00:40:57.39 ID:0nquc7UXo
何かを考えてるみたい。と、不意に顔を上げて

「出来るだろうか…私に?」

と聞いてきた。

「まぁ、最初はなれないかもしれないけどね。でも、きっと大丈夫だと思うよ」

私が答えたら、マリーダはまた俯いて

「そうか…」

なんて言った。これなら、誘ってみたら、料理も一緒に出来るかもしれないな。

それももしかしたら、マリーダにとってはプラスになるかもしれないね。

少しでもやれそうなことはやってあげた方がいいと思うんだ。ゆっくり、ちょっとずつ、ね。

 「こんにちはー」

私はそう声をかけながら雑貨屋さんの自動ドアをくぐった。

「おっ!先生のとこのお嬢ちゃんじゃないか!」

「こんにちは、おじさん!風邪はもう大丈夫?」

「あぁ、お蔭様でな。先生が来てくれてからは、あんな風邪でも診てもらえるから助かってるよ。

 街の総合病院しかなかったころには2、3日寝込んでるしかなかったもんなぁ」

おじさんはそんなことを言いながらガハハハっと笑っている。それ、毎回言うよね、おじさん。

でも、うん、調子はすっかりいいみたいだね、良かった良かった。

なんて思っていたら、おじさんは私の後ろから入ってきたマリーダにも声をかけた。

「お、双子のお嬢ちゃんの方も一緒かい」

それを聞いたマリーダはなんだか困ったような顔をして私の顔を見やった。

双子、か…うーん、確かにこれまではそう言ってたけど、ね…ま、難しい説明を省いちゃってもいいか。

「おじさん、この子はね、プルやマリの生き別れの姉妹なんだよ」

「えぇ?!ってぇ、ことは、三つ子だった、ってのかい?」

「うん、まぁ、そんなところ」

私が言ったら、おじさんはまた、へぇーと大げさに驚いて見せたけど、でも、なんだか今度は訳知り顔で、

「まぁ、このご時世だ、お嬢ちゃんらも、いろいろあったんだろ?

 これまで大変だったろうが、無事にこうして会えてよかったじゃねえの!

 ま、俺なんかにはなにしてやれるわけでもないけどな。困ったことがあったらなんでも言ってくれや!」

といってくれた。ふふ、おじさんってば、相変わらず変な人。

「ありがと、おじさん。迷子になったりしてたら、ペンションへの道を教えてあげてね」

「おぉよ。アヤんとこなら安心だな」

私がお願いしたら、おじさんはそう言ってまた、ガハハハと笑った。
 

254: 2014/03/11(火) 00:41:55.12 ID:0nquc7UXo

 「っと、で、おじさん。お塩とソイソースもらっていい?」

私はおじさんにそうお願いする。

「お、いつものだな、待ってろ」

おじさんはそう言うが早いか、カウンターの下から塩を、後ろの業務用の冷蔵庫からソイソースのボトルを出して、

ビニールのバッグに入れてくれた。代金を支払って、バッグを受け取る。

と、カウンターの脇に下がっていたサングラスに、私は気がついた。

「あ、ごめん、おじさん、これも頂戴」

私は、その1つをとってカウンターに置いた。

「ん、こんなん、どうするんだ?」

「うん、彼女、まだここの日差しになれてなくって」

私が説明したら、おじさんは、あぁ、と声をあげて私からのコインを受け取った。

私はそれをマリーダに渡して、お礼を言いながらお店を出ようとドアの方へと向き直った。

「おっと、そうだ、お二人さん!」

と、後からおじさんが声を掛けてきた。振り返ったら、

「これ、もってきな」

と私達に何かを投げてよこした。マリーダがその二つを器用に両手でキャッチする。

「んっ!?」

マリーダはビックリしたみたいにそう声をあげて、キャッチしたものを指先で摘むように持ち替えた。

どうやら、冷たかったみたい。それは、水色をしたアイスキャンディーだった。

「ここに来たばかりじゃ、暑さも堪えるだろ。それ食ってちっと涼んでくれや」

「わぁ!ありがと、おじさん!」

「いいってことよ!先生によろしくな!」

私は、おじさんにそうお礼を言って、マリーダと一緒にお店を出た。

 「…カタリナ、これはなんだ?」

店から出るなり、マリーダが受け取ったアイスキャンディーを顔の前に二つ掲げて私に聞いてきた。

「アイスキャンディー。知らない?シャーベットみたいなものなんだけど…」

「アイスクリームとは違うのか?」

「うん、アイスクリームは、ミルクで出来てるんだけど、それは、氷に味を付けてある、っていうか。まぁ、食べてみれば分かるよ」

そう言ったら、マリーダの表情が一瞬緩んだのを私は見逃さなかった。

片方を私に手渡して、自分も、包装を破いて中身を取り出す。

私もマリーダの顔を見ながらアイスキャンディーを取り出して、ハムっと咥えてみせる。

マリーダも、私を真似してそれを口に入れた。と、思ったら

「んぐっ」

と悲鳴を上げて、なにかに驚いたみたいにすばやくそれを口から出した。

「…くっ、キーンとなった…冷たいな、これ」

「ふふ、アイスみたいにかじるとそうなっちゃうからね。こういうのは、ぺろぺろ舐めたりするもんなんだよ」

「そ、それを先に言ってくれ」

マリーダが、ちょっと起こった顔をして私にそう言ってきたけど、アイスキャンディーを舐めた彼女は、すぐにまたほんのちょっとだけの笑顔を取り戻した。

んー、硬いけど、まぁ、仕方ない、じっくり、じっくり、ね。
 

255: 2014/03/11(火) 00:43:18.05 ID:0nquc7UXo

 それから私達は雑貨屋さんからほんの少し歩いたところにあるパン屋さんで、明日の分の食パンを1斤買った。

そしたら、最近代替わりしたパン屋のお姉さんが、揚げたてだよ、って言って、ドーナッツを2つオマケでくれた。

アイスキャンディーを食べ終えてから、ペンションまでの道のりを歩きつつ、今度は二人してドーナッツを頬張る。

アイスキャンディーよりもこっちの方が好きみたい。

マリーダの目が、キラキラと輝いているのをみて、なんだか私も嬉しい気持ちになった。うん、幸せ2つ、だ!

 ドーナッツを食べ終えるころ、私とマリーダは、ペンションに着いた。

庭先でレナちゃんがマナとマヤを遊ばせていて、レベッカが敷き詰められた芝生を、

掃除機みたいな芝刈り機で手入れしているところだった。

「あれ?カタリナ!そっちの子は、昨日会ったマリーダちゃん?!」

そんなレベッカが、私達に気がついてくれた。レナちゃんもこっちを見て、笑顔になってくれて

「あら、お二人さん、おはよう。どうしたの?」

と聞いてくれる。

「ちょっと、買い物がてら、マリーダを案内してるんだ」

私はそう説明をしてからマリーダにレナちゃんを紹介する。

「マリーダ、この人は、レナちゃん。ロビンやレベッカのお母さんで、アヤちゃんの奥さんで、このペンションの…オーナー?」

「んー、影の支配者?」

「いや、ママは影って言うか、どこからどう見たって、ここの経営の責任者だよね」

「そんなことないわよ?大事なことは、ちゃんとアヤと合議でやってるから問題ないわ」

レベッカとレナさんがそんなことを言いながら笑ってる。

ひとしきりそんな話をしてから、レナちゃんがマリーダを見て言った。

「マリーダちゃんね。話は、ロビンから聞いてるわ。よろしくね」

「あ…えぇと…は、はい」

レナちゃんの笑顔の挨拶に、マリーダはぎこちなくそう返事をした。それから、ふと気がついたみたいに、

「そっか、レオナに会いに来たんだね…良かったら、上がってってよ。レオナ今、お昼ご飯の下準備してるところだから」

と提案してくれた。そっか、忙しかったんだね…さすがにちょっと迷惑かな?

なんてことを思っていたら、レベッカがマリーダの手を掴んだ。

「ね、マリーダちゃん!来て来て!あそこから見える海がきれいなんだよ!」

「なっ、ちょ、いきなり…やめないか…!」

そんなことを言うマリーダを気にせず、レベッカは庭から一段高くなっているデッキにマリーダを引っ張り上げた。

「ほら、あっち!」

レベッカが海のほうを指差す。あそこから見える景色は、私も知っている。

ちょうど、港へ向かう坂道が見える場所で、その先に、あのエメラルドグリーンの海が広がっているんだ。
 

256: 2014/03/11(火) 00:44:20.50 ID:0nquc7UXo

「さっきね、母さんが電話して、一緒に島に行かないか、って誘おうと思ってたんだけど、

 なんだか誰も出なかったんだよ、カタリナのところ」

マリーダに海を見せながら、レベッカがそう言ってくる。

「あぁ、ごめん、今日朝から急患が入って、みんなその対応してて出てるんだ」

「そっかぁ。ね、二人だけでも良かったら、一緒に行かない!?」

私が言ったら、レベッカはそんなことを言って私達を誘ってきた。

あの島、かぁ、んー、マリ達には申し訳ないけど…マリーダにもあそこは見せてあげたいし…暇だし、良いかもしれないな…!

 「レナ、呼んだ?」

そんな声が聞こえた。

見たら、レオナ姉さんが、エプロン姿でホールから続いているデッキに出てきてこっちを見ていた。

いつ呼んだんだろう?また、あれかな、意識集中して、ってやつかな…?

「あー、レオナ!ほら、マリーダちゃん!」

レナちゃんがそう言って、マリーダをさす。

そしたら、レオナ姉さんは、みるみる内に表情を緩めて、パッとデッキから飛び降りてきて、マリーダに駆け寄ってきた。

 マリーダは、レオナ姉さんの顔を見て、目を見開いて、なにが起こってるんだ、って顔をしている。無理もない…

レオナ姉さんも、マリーダ達に瓜二つだもん。でも年齢は違うから、自分達とは違うんだ、だけど、

どうしてこんなにそっくりなんだろう、きっとマリーダ、そんなことを思って混乱しているんじゃないかな…

「初めまして、マリーダ。私は、レオナ。レオニーダ・パラッシュよ。

 ユーリ母さんと、アリスママの娘で、あなた達のお母さんか、お姉さん、ってところかな」

「あ、あなたは…一体…」

レオナ姉さんの言葉に、マリーダは口をパクパクさせながら、そう聞いた。

うん、まぁ、そうだろうね…ワケわかんないよね、普通。マリーダが全身を固くさせて、緊張しているのが伝わってくる。

「プル…あぁ、プルツーね。彼女やそのお姉さんのエルピー・プルは私の細胞を使った、私のクローンなんだ。

 プルツーの体細胞を使って出来たのが、あなた達。

 体を分け合った、あなたの…うん、やっぱり、姉さん、って言うほうがしっくりくるかな」

レオナ姉さんは、そう優しい表情で言って、マリーダを抱きしめた。

「長い間、ひとりにしてごめんね…辛い目にあわせて、ごめんね…本当は、私やユーリが守ってあげなきゃいけなかったのに…!」

レオナ姉さんの、マリーダを抱きしめる腕に力がこもる。

マリーダ、困るだろうな、これ…だって、マリやプルに会ったときだって、混乱して、どうして良いか分からない、

って顔してたのに、今度はお姉さん、だなんていう、おんなじ顔した年上の人が現われちゃったんだからね…
 

257: 2014/03/11(火) 00:44:48.08 ID:0nquc7UXo

ピクっと、マリーダの手が動いた。なにをするのか、と思ったら、

マリーダは、その手で、レオナ姉さんの体にためらいがちに触れて、着ていたシャツをギュッと掴んでいた。

緊張感はやっぱりあるけど、でも、マリーダは、それ以上に、動揺が大きいみたい。

「…姉…さん…?」

マリーダは、そう、小さな声で言った。レオナ姉さんの肩に隠れて顔は見えないけど…

でも、プルや、マリのときとは、反応が違う。戸惑ってるし緊張もしているけど…でも、明らかに、何かを感じて…

たぶん、喜んでる…

「そうだよ、マリーダ…」

レオナ姉さんがそう答えたら、マリーダは姉さんの腕の中で、ガクガクと脚を震わせて、その場にしゃがみこんでしまった。

姉さんも、マリーダを抱きしめたまま、芝生の上に座り込む。

私は、そんな二人を見て、胸がギュッと詰まるような、そんな気持ちになっていた。

マリーダが、心を許せる存在に、レオナ姉さんがなってくれるのかな…

それだとしたら、私はすこし安心できる…でも、でも…

もし出来たら、私やマリや、プルに、ママや母さんとで、そうしてあげられたらいいのに。

それが出来ないかもしれない、って思うのは、なんだかすごく歯がゆい…血のつながった、姉妹なのに…

私は、マリーダになにをしてあげられてるんだろう?なにをしてあげられるんだろう?どうしたらいいのかな…

ね、ママ、母さん…アヤちゃん、マライアちゃん…

 ぶるぶると身を震わせるマリーダと、彼女を抱きしめているレオナ姉さんを見つめながら、

私は、嬉しい気持ちを半分感じながら、そんなことを考えさせられていた。



 

258: 2014/03/11(火) 00:45:56.00 ID:0nquc7UXo





「ロビーン、ここ!ここいたよ!」

「ほんと!?レベッカ、ナイス!ジェーンちゃん、来て来て!いたって!」

ロビンとレベッカが、そんなことを言って、お客のアンダーソンさんのところの娘さんと、

このあたりに割と多くいる種類の熱帯魚を、ゴーグルにシュノーケルを着けて追い掛け回してる。

あの魚は、レベッカのお気に入りだ。

さすが、お気に入りだけあって、探す場所も心得てるんだなぁ、

なんて、アタシはバーベキューの準備を済ませて、冷たいお茶をあおりながら見つめてた。

 まったく、あいつらも大きくなったよな…宇宙から帰って来たロビンは、見違えるくらい良い顔になってたし、

レベッカはレベッカで、レオナやレナに似て来て、穏やかなのに頑固でしっかりしてるんだ。

アタシがあのくらいの年頃は、シャロンちゃんにくっ付いてたり、ユベールユベールって言って甘ったれたり、

釣りに行ったり裏路地街で悪さしたり、ってなもんだったもんなぁ。

ホントにあいつら、誰に似たんだか出来が良いよ。

そのくせ、まだまだしっかり甘えてくる、って言うのもまた、かわいいったらないんだけどな。

 っと、そんなのんびり親バカやってる場合じゃなかった。野菜炒めておかないと。

アタシは思い出して、気を取り直して赤く焼けた炭に鉄板を掛けて、その上に軽く油を敷いてレオナに切ってもらった野菜を広げた。

ジュウー!という音がして、たちまち芳ばしい匂いがアタシの腹をくすぐる。

くぅ、うまそうだ。ロビンが庭で始めた家庭菜園が、今じゃぁ立派にうちの食材だからなぁ。

もっと規模を大きくすりゃぁいいのに、って言ったら、ロビンは口を尖らせて

「これはまだ実験農場だから、これくらいでいいんだよ」

なんて言って来た。どうやらロビンなりにいろいろと考えてるらしい。

悔しいから、アタシも魚、とは言わないけど、貝やなんかの養殖でもしてみようかな、なんて思わされたもんだ。

 ん、よし、野菜はもう良さそうだ。あとは、肉と魚だな。

アタシは、クーラーボックスからとりあえず先にホイルに包んでくれてあった魚を出す。

中身を確認してから、網の上に乗せて、肉のほうは準備が出来てから一気に焼き上げれば良い、か。

「あー、アンダーソンさん、昼食の準備できたんで、良かったらどうぞ!」

アタシは、砂浜で小さな男の子を遊ばせているアンダーソンさん夫婦にそう声を掛けてから、

一瞬だけ、ギュッと意識を集中させる。ロビンとレベッカなら、これで気がついてくれる。

あとは、っと。
 

259: 2014/03/11(火) 00:47:26.64 ID:0nquc7UXo

「カタリナ、マリーダ、一緒に食べよう」

アタシは船のそばの波打ち際で、パシャパシャと跳ね回っているカタリナと、それを呆然と見つめているマリーダに声を掛けた。

マリーダは、体に傷がたくさんある、って言われたから、アタシのラッシュガードを上下貸してやった。

カタリナの水着は、船のクローゼットに常備してある。

それこそ、多いときには週に2、3回ここに一緒に来ることもあるからな。

そんなとき、ってのは、だいたいお客が子連れだったり多かったりして、

ちょっと人手が足りないときに助けてもらえるように、ってお願いして付いてきてもらってるんだけど。

 「はーい!」

カタリナがそう言って、海から上がってくる。

マリーダもこっちを向いて、無言で頷いてこっちへ向かって駆けて来るカタリナの背中を見送ってからアタシのところへやってきた。

「ほら、先ずは野菜からだぞ。好き嫌いはダメだからな」

アタシはそう言って、マリーダに野菜を山盛りにした皿を押し付けた。

「は、はい…」

マリーダは、そんな控えめな返事をして、皿を受け取る。

 うーん、なんだろうな、この子の、この感覚…あんまりいないタイプだけど…

いや、でも、初めてじゃ、ない…この子は、虐待やなんかを受けて来た子のそれに似ている。

自分の腕の中で、大事な姉さんが氏んじゃった、って言ってたあの頃のマライアともすこし似ていたけど、

でも、マライアにはそれでもベース、って言うか、基本的な部分はあった。

マリーダはそうじゃない。怒りも、喜びも。誰かとつながりたいって気持ちも、まるでない様な感覚。

だけど、本当にそんなに無感覚なやつは少ない。

たいていは、爆発しそうな怒りや悲しみを、無理矢理押さえつけているから、こんな平坦な感じに見えることがあるんだ。

いったん、タガが外れてしまったら、感情が自分も相手も傷つけまくって、何もかもをダメにしてしまうかもしれない、

って確信を持っている感じだ。

感情の抑制が効かないことを、自分でもよく分かってるんだろう。

だから、膨れ上がる前に、抑えておくって言う手段なんだろうな。

こういう子は…案外、本気でケンカしてやると、いろんなものを吐き出せていいんだけどな…

まぁ、アタシの思いつく限りは、だけど。

 マリーダはアタシに言われたとおり、素直に野菜をモシャモシャと頬張っている。

あ、いや…マリーダ、一応、タレとか、塩コショウとかあるけど…味付けないだろ、その野菜…ま、いいか。

「よっし、じゃぁ、肉と魚どんどん焼いて行くから、どんどん食べちゃって!」

まぁ、この際、細かいことは抜きだ!とりあえず、今は、腹一杯食べてもらうこと!

それ以上に大事なことなんてないもんな!

 それからしばらく、みんなでギャーギャーやりながら食事をした。

ロビンとレベッカは、ジェーンちゃんとすっかり仲良くなって、

食事を終えるや、今度は一緒になって、寝転がったレベッカに砂を盛り始めている。

それをみながら、カタリナとアンダーソンさん夫妻が大笑いしていた。

 ああして楽しんでくれれば、アタシも満足だ。やっぱ、アタシがここが好きなように、お客にもここを好きになってほしいからな。

で、また遊びに来てくれれば商売的にも良しだし、それに、ここに住んでくれるようなことにでもなれば友達も増えるし、

はは、良いことずくめだよなぁ、うん。
 

260: 2014/03/11(火) 00:49:19.34 ID:0nquc7UXo

 なんてことを思っていたら、サクっと砂を踏む音がした。振り向いたらそこには、なんだか神妙な表情をしたマリーダが立っていた。

無意識に、彼女からにじみ出てきている感覚に集中する。

ん、なんだろう、これ…?

ゾワゾワしてる感じだ…ビビってる、っていう風でもないな…本当に、なにかを迷っている、って感覚、っていうか…

「どうした?」

アタシはそう思いながら、なるだけ笑顔で、彼女にそう声を掛けてやる。

すると、なんだか、不安そうにうつむいていた彼女は、一瞬、戸惑ってから、でも、すぐに口をへの字にして、なにかの覚悟を決めた表情になった。

「あの……頼みが、あります」

「頼み?なんだよ、急に?」

ちょっと予想外だった。

 アタシのところに来る前に、庭でレオナに会って、ちょっとだけ何かが緩んだ気がする、

なんてカタリナはチラっとアタシに言ってきたけど、

でも、それでも彼女は、どこか頑なで、気持ちを押し込めているところがあるように感じてた。

ただ、きっと加減の出来ないタイプだと思ってたから、そういう気持ちを吐き出す先をさがして、

アタシに話しかけてきたのかと、そう思ったんだけど…これ、どうもそうじゃないみたいだな。

アタシはそんなことを思いつつ、マリーダにそう聞き返していた。そしたら彼女は、ゴクンと、一度、喉を鳴らしてから

「私を、働かせてくれませんか?」

とアタシの目をまっすぐに見て、言ってきた。働かせて欲しい…?

ペンションで、ってことか?別に、やりたいっていうんなら、構わないけど…

今は家族経営みたいなもんだし、レナが毎月みんなに配るお小遣いくらいは出してるけど、

ソフィアのときみたく従業員、って感じで給料を出してないし、

ソフィアのときもそうだったけど、あんまりたいした金額出せるわけじゃないし、

それこそ、街のコーヒーショップのパートタイムとトントンくらいなもんだけど…いや、待て、その前に…か。

「別に構わないけど…どうしてか、聞いてもいいか?」

アタシはマリーダにそう投げかけた。マリーダは、また、ひと息、グッと飲み込んで言った。

「私は…私は、今、自分が何者なのか分からないんです…確かに、姉さん達がいて…その、レオナ…姉さん…も、

 母親だという、アリスさんもいます。だけど、それだけでは、私は私自身を規定出来ないんです。

 私には、マスターがいました…私のことを救ってくれた、恩人です。

 姫様をお助けするために、私はマスターにわがままを許して欲しいと、そう頼みました。

 命令に背いて…マスターは、言ってくれました。心のままに、と。でも、今は、状況が変わってしまって…

  私には、私の心が分からなくなってしまいました。だから、もう一度マスターが必要なのです。

 私が、私の心を取り戻すために…。だから、私のマスターになってもらえませんか?」

マスター、か…たしか、マリやプルもそうだった、と言っていたけど、強化人間だって話だったよな。

基本的に高い能力をさらに底上げして、身体能力も強化されてるはずだ。

それから、“使用者”に忠実に従うよう、意識の“調整”もされる場合がある、って、ユーリさんは言ってたな。

その、マスターってのは、“使用者”なんだろう。命令には絶対に忠実に働く、“戦争の道具”、か…。

でも、そのマスターにこの子は言ったんだろう。その命令は違う、従いたくない、って。

それは、マライアの言っていたジオンの姫様を守りたいって、気持ちが起こっていて、だから、マスターにそう言ったんだ。

そのマスターってのも、この子のそんな気持ちをちゃんと受け止めてくれるような人間だったんだろうな…心のままに、か。
 

261: 2014/03/11(火) 00:50:01.88 ID:0nquc7UXo

 こりゃぁ、アタシが思ってたのとも、ちょっと違うな。

この子は気持ちを我慢してるんでも、押さえつけてるんでもない。

単純に、それがなんだか分からなくなってるんだろう。

自分の役目を失って、信頼していた繋がりからは遠く放れてしまって、

自分が何者なのか、自分がどうしたいのか、って言うのが見えなくなっちゃってるんだ…

アリスさんは、ここで一緒に暮らそうとは言ってなかった。

とりあえず、休む必要がある、って、そうとだけ言っていた。

きっとそれは、この意識の“調整”ってやつを解くための時間をここで過ごすべきだ、って意味だったんだろうな…。

だとしたら…ここで、マスターとそれに従う人間、ってのに分かれたんじゃ、意味がない気がする…。

 要するに、あれだろ?この子は、今一人きりなんだ、ってことだろ?

他人との関係を、マスターとそれに従う自分って規定する以外の方法を知らないのか、

それとも、そういう意識が協力すぎるから、どう人と接したらいいか、

どう、アタシ達とつながっていいかがわからない、ってことなんだと思う。

たしかに、そう考えたら、カタリナやマリが相手だと、どうしたって、上下関係は付けづらいよね、同い年だし、姉妹だしな。

それで、アタシ、ってワケか…。だけど、それは違うよな…意識“調整”を解くんだったら、

そういう関係じゃない繋がりを探させないとダメなんじゃないかって、アタシは、そう思う。

「そういうのは、受け入れかねるな」

アタシは、考えた末に、そう伝えた。マリーダの顔が、悲しげに歪む。

「どうしても、ですか…?」

マリーダは、懇願するみたいに、アタシを見つめて、そう言ってくる。

「うん…アタシも、あんたには“心のままに”生きて欲しいと思う。だから、マスターなんて存在にはなりたくないよ」

アタシが言ったら、マリーダはシュン、と肩を落した。ちょっと、話聞いてやったほうがいいな、これ。

その前のマスターってのは、心のままに、なんて言えるような、いいやつだったんだろうな…

その辺りの話と、気持ちを、ちゃんと聞いてやりたい…気がつけばアタシはそんなことを思っていた。

「な。その、マスターって人のことを聞かせてくれないか?あんたに“心のままに”って言ってくれたっていう、さ」

アタシが頼んだら、マリーダは、表情こそさっきのままだったけど、コクっと頷いて話し始めた。

 「私達のことは…どの程度知っていますか?」

「あ、えーっと、たしか、プルのクローンで…最初のネオジオンの紛争のときに、部隊が全滅した、って言うのは、マリから聞いた」
 
 

262: 2014/03/11(火) 00:50:43.42 ID:0nquc7UXo


「はい…私も、その中にいました。

 キュベレイが撃墜されて、運良く、脱出ポッドが無傷で投げ出された宇宙空間をどれくらいの間彷徨ったかは、わかりません。

 でも、あるとき、脱出ポッドに振動があって、急にハッチが開きました。

 男が数人乗ってきて、衰弱していた私を抱え揚げて、シャトルの部屋で、治療を受けました。

 そのときは、正直、助かったんだ、と言う安心感でいっぱいでした。

 ポッドの中では、怖くて、寂しくて、寒くて、どうしようもなく不安で…

 だから、“また、安全なところに辿り着くことが出来たんだ”、と言う感覚は…

 それまで生きていて、初めてのことだったように感じるくらいでした。

 ですが、そのシャトルは、安全とは程遠かったのです。

 やがて私は、シャトルを降ろされ、どことも知れぬ場所へと連れて行かれました。

 そこは、いわゆる“売春宿”だったんだ、と、マスターは言っていました。

 その言葉にどういう意味があるのか、今では分かりますが、当時はそんなこと、想像すら出来ていなかった…

  一日に、何人も男がやってきて、私を抱きました。置かされました。

 抵抗して、男達を殴ると、直後には、両腕を繋がれ、その状態で、何度も…。

 不思議と、氏にたい、とは思いませんでした。怖いという思いも、えづくような不快感も嫌悪感もあったはずでしたが…

 それでも、あのときの戦闘と、そしてポッドでの漂流中の恐怖が、私の中に深く根を下ろしていたんでしょう。

 そこでの生活がどれくらい続いたのか分かりません。

 ですが、あるとき、強烈な腹痛と吐き気が来て、私は牢獄のような部屋でのたうち回っていました。

 苦しくて、苦しくて、このまま氏ぬのかと、そう思っていたときに、部屋の扉がパッと開いたんです。

 いつもは夜にしか開かないその扉からは、まぶしい光が差し込んできて、そこにいたのが、マスターでした。

 客かと思って、おびえた私の、錠を外してくれたマスターは、私の体を見て、すぐに病院へ運んでくれました。

 私はそこで手術を受け、命はとりとめましたが、女性としての機能は失われたと、伝えられました…」

マリーダは、淡々と語った。

 アタシは、アタシは…怒りなのか、悲しみなのか分からなかった。

だけど、とにかく、全身をガタガタ震わせている自分に気がついていた。

だって、そのころ、って言ったら、まだ10歳かそこいらだったはずだ。

それなのに、戦争の道具にされて、生き残ったかと思ったら、今度は、クズ野郎共の道具にされてただなんて…

そんなこと…そんなことあっていいのかよ!

 だけど、マリーダはそんなアタシに構わずに続けた。
 

263: 2014/03/11(火) 00:52:04.09 ID:0nquc7UXo

「マスターは当時、不当に監禁されていたり、利用されたりしている元ジオン軍人を秘密裏に救出して、

 残党軍やアクシズへ送る活動をしていたと聞きます。

 私を助けてくれたのも、その活動の最中だったようです。依るべきもののない私に、マスターは言ってくれました。

 この艦が、俺達の家だ、俺達が、お前の家族だ、と。

 それからずっと、私はガランシェールで、マスター達とともに働いてきました。

 最初のころに、私は、私の仕事の一環と思い、マスターの体に奉仕しようとしたことがありました。

 でも、そんな私をマスターは厳しく叱りました。

 それは、間違ったことだと。そんなことをする必要はないんだ、と。

  私は、叱られたはずなのに、それがどうしてか、嬉しくて、ポッドから救助されて感じたとき以来、

 二度目の安心感を得ました。そして、それは、あの船では恐ろしいことには変わりませんでした。

 私は、マスターの命令に従いながら、あのマスター達と一緒に、ジオン軍の生存者の救助に当たっていましたが、

 あるとき、シャア・アズナブルと名乗る男と出会い、マスターは彼の依頼を受けて、

 地球にいる姫様の敬語を請け負うこととなりました。

  そして、第二次ネオジオン紛争中に、姫様をスィートウォーターから退避させて以降は、

 姫様とともに宇宙を漂流し、袖付きとの合流を果たし、そして、今回の戦いとなりました」

そっか…その、マスターは…マリーダのことを守ろうとしてくれたんだな…

家族として、たぶん、部下として…分かるよ、それ…。隊は、家族だもんな…

「何て名前だったんだ、その、マスター?」

アタシは、そう聞いた。

「スベロア…ジンネマン…」

マリーダは、すこし戸惑い気味に、そう教えてくれた。あぁ、そっか…そうだよな。

なんだか、気持ちが複雑に絡んでて、よく分からなかったけど…気がついたよ、アタシ。

そりゃぁ、そうだよな…世界で唯一、安心できる相手だったのかもしれないもんな。

そう考えれば、今のこの子の気持ちは、当然だ。

「寂しいんだな…会いたいだろうに…」

アタシはマリーダの目を見つめて、なるだけ穏やかに、そう伝えてやった。

そしたら、マリーダの目に、みるみるうちに涙がこみ上げてきて、頬を伝った。

渇いていたような、押し込めていたような彼女の感情が膨れ上がってくるのが感じられる。

ようやく、出てきてくれたな…あんたの心…。

「おいで」

アタシはそう言って、マリーダの手を取って引き寄せ、デッキチェアのとなりに座らせた。

そのまんま、髪をクシャっとやって、頭を撫でてやる。
 

264: 2014/03/11(火) 00:52:35.11 ID:0nquc7UXo

「ごめん、アタシは、やっぱりあんたのマスターにはなれない…

 だけど、あんたが望めば、アタシも、ユーリさんもアリスさんも、あんたの家族…

 あんたの母親、母さんになってやることは出来る…あんたがこれからどうして行きたいのかは、分からない。

 たぶん、まだ決めかねてるんだろうけど…でも、その答えがどうだって、アタシ達は構わない。

 どんな答えがでようが、アタシ達はあんたを大事に思う。それだけは、絶対に変わらないと約束できる。

 あんたがどんなわがままを言おうが、どんな辛くて悲しい思いをしようが、アタシ達はそれをちゃんと受け止めてやる。

 嬉しいときには、一緒に笑ってやる。だから、安心していい…

 そんな主従関係がなくったって、アタシ達はそうやって繋がっていけるんだ」

マリーダは、固く歯を食いしばって、何かを必氏にこらえている。それはきっと、涙なんかじゃないんだろう。

そんなのは、さっきからずっと、ボロボロとこぼれ出している。

そんなの、がまんする必要なんてないんだ、マリーダ…アタシで良けりゃ、全部そいつを受け取ってやる…

だから、吐き出せ…

「アリスさんが言ったみたいに、ここでゆっくり休んで、そういうもんを見つけて行けよ…

 それがここで出来る様になりゃ、そのマスターってのにまた会うことが出来た時には、

 ちゃんと、道具としてじゃない、あんたの気持ちを伝えられるようになる。

 たぶん、マスターにも、あんたにも、それが必要だ。だから、構うことなんてない。

 あんたの好きなようにやっていいんだ…もう、強がってなくったっていいんだよ」

マリーダは、ギュッと拳を握った。うん、頑張れ…勇気出せ。

あんたは、小さい頃からずっとずっと、誰とも繋がれないで育って来たんだろ…

だから、やりかたも分からなきゃ、不安で怖いのは分かる。

だけど、良かったのは、“調整”を受けてたせいだろう、根っこのトコが、

まだ歪まずに、汚れずに、真っ新で残っててくれたことだ。

そいつを、その気持ちを引きずり出せ…アタシ達なら、大丈夫だから…

「泣いて喚いて、すがりつけ…もう、我慢なんてしなくったっていいんだ。もう、誰かに甘えて、いいんだ」

アタシは、そう伝えて、マリーダの頬に伝った涙をぬぐってやった。と、マリーダは、そんなアタシの手を取った。

マリーダは、アタシの手を両手でギュッと握りしめて、自分の手の甲を口元に押し当てて、

嗚咽をこらえながら、肩を震わせて泣き出した。

 張りつめていた感覚が、解けて行くような感じがして、アタシはふぅと、息を吐けた。

頑張れた、かな。うん、まぁ、不器用だとは思うけど…でも、それでも、なんとか一歩踏み出せたじゃないか…

偉いぞ、マリーダ。あんたも、昔のレオナやプル達と良く似てる。何があっても融通利かないくらいにまっすぐで、

頑固すぎるくらい意思が固くて、でも、強いんだ。

それを良い方向に持っていけさえすれば、どんなことがあっても乗り越えられると思える。それに、みんな知ってる。

あんた達姉妹には、笑顔が一番似合うんだ。

 そんなことを思いながら、アタシは、空いている方の手をマリーダにまわして彼女を引き寄せて抱きしめてやった。

マリーダは、戸惑いがちにアタシにしがみついてきて、アタシの肩に顔をうずめて、また嗚咽を漏らす。

 そんな彼女の体温を感じながら、アタシは、伝わってくる安心感で胸の奥がいっぱいに満たされていた。
 

272: 2014/03/15(土) 01:52:50.08 ID:7V6ONPw4o

 それから、私達は島でひとしきり遊んで、ペンションに戻った。

マリーダとアヤちゃんが何か話してて、マリーダが何かを受け取ったんだろうな、ってのは、なんとなく分かった。

ペンションに戻ってからもマリーダの様子はあまり変わらなかったけど、でも、患者さんの手術を終えて帰って来て、
私とマリーダが島に行っている、って言うのを聞きつけた母さん達に会ったときに、

「あの、お疲れ様、でした」

と言ったマリーダの表情が、昨日よりもちょっとだけ緩んでいたのには気が付けた。

私達がなんとかしなきゃいけなかったかもしれないことなのに…アヤちゃんてば、やっぱりすごいよね。

懐の深さもそうだけど、たぶん、自分も含めて、いろんな人の、たくさんの困難を共有して、

それを一緒に解決してきたんだろうな。

そう言う経験が、アヤちゃんの人を照らし出す力の源なんだろうな、って、そう思える。

私、ううん、私達は、きっともっと、アヤちゃん達から学ばなきゃいけないことがたくさんあるんだ。

これからの、未来を背負ってたつ希望として、ね。

 レナちゃんが勧めてくれて、私達はペンションで夕ご飯にあやかってから、自宅に戻った。

時間も時間だったし、シャワーに入って、身支度を済ませる。

マリーダはプルの部屋のベッドを貸してるから、そっちで。

私は、いつもと変わらずに、マリと同じ部屋で、ベッドに潜り込んだ。

今日は久しぶりに海ではしゃいじゃったし、疲れたな。ぐっすり眠れそう。

 なんてことを考えてたら、パタン、と静かにドアを閉めて、マリが部屋に戻ってきた。

「あぁ、早かったね、シャワー」

私が言ったら、マリは小さな声で

「ごめん、起こしちゃった?」

と聞いて来た。電気も消しちゃってたからかな。

「ううん、まだ全然」

私が言ったら、マリは暗がりで安心した表情をして笑った。

それから、自分のベッドには行かずに、私のベッドにそっと腰を下ろした。

「マリーダのこと、ありがとね」

「ううん。マリの方こそ、手伝い、お疲れ」

「まぁ、手伝いはいいんだけどさ。私達を置いて島に行っちゃうなんて、ひどいよ」

マリは、不満そうに口をとがらせてそう言ってきた。

「ふふ、ごめんね。レオナ姉さんにマリーダ紹介しに行ったら、なんだかそんなことになっちゃってさ」

怒ってるってわけでもなかったけど、私がそう言い訳をしたらマリは、パッと私の方を見た。
 

273: 2014/03/15(土) 01:53:42.34 ID:7V6ONPw4o

「それで、かな?マリーダの様子がちょっと変わったの…」

「あー、うん、それもあるかもしれないけど…たぶん、一番はアヤちゃんじゃないかな」

私は、ベッドから起き上がって昼間のことを話した。そしたらマリはうーん、と唸って

「やっぱさ、すごいよね、アヤちゃん。私どうしたらいいかわかんなくって、戸惑ってたんだよ」

なんて言う。

「それって、もしかしたら、マリーダが戸惑っていたのを共感しちゃってたのかもね」

私が言ってあげたら、マリはハッとした表情をして

「あっ…そっか、この感じは、そうだったんだ…」

なんて、妙に納得して見せた。そんな仕草がおかしくって、クスクスと笑ってしまう。

「私達、あの子になにしてあげられるのかなぁ」

それからマリは、天井を見つめるみたいにしてそんなことをつぶやいた。うん、それは、私も考えてた…。

マリーダは、決してかたくなに人と関わりを持ちたくない、って思ってるわけじゃないんだと思う。

ただ、どうやって関わったらいいかを、本当の意味で知らないんじゃないかな、って言うのが、今日一日の感想。

もちろん、日常的なやり取りは普通に出来るし、彼女自身が興味を持てば、

今日の、アヤちゃんに話しかけたみたいにできることもある。

でも、それってある意味で、密接に関われてる、っていう感じではない気がする。

もっと、なんて言うか…ある一定の距離感がないと、そういう気持ちが刺激されない、って言うか…

なんだろう、やっぱり、上下関係なのかな…?

それも、ママ達みたいに、近しい存在じゃない人との、上下関係。それって、要するに、たぶん…

「マスターを、探してたのかもしれないね」

マリがボソっと言って私を見た。

「うん…そう、思う」

私が答えたら、マリはドサッと、私のベッドに倒れてきた。

「だとしたら、難しいなぁ。だって、私達はあの子のマスターには不向きだし…

そもそも、マスターとの主従関係って、幸せ2つにならないんだよ」

マリは難しい顔をしてそう言った。
 

274: 2014/03/15(土) 01:54:12.62 ID:7V6ONPw4o

そうだよね…命令する側と、盲従する側…利害は一致して、お互いに得ることはあるのかもしれないけど…

それってやっぱり、道具としてのニュータイプにしかならないし、家族の間でそんなことしたくなんてない。

だけど、マリーダはそれを求めていて、私達が作っていきたい関係って言うのを、マリーダはうまく認識できない…

確かに、困っちゃうよね。

「あの子は、私以上に、苦しい体験をしてきたんだろうな…ほら、私なんか、楽な方なんだよ。

ちょっと怖かっただけでさ、すぐにマライアちゃん達に助けてもらえたから…。

プルは…姉さんを頃して、目の前でマスターを失って…

それでも再起して、ジュドーを追いかけてメルヴィと木星にまで行って…

考えてみたら、すごく大変だったんだろうなって思う。そう言う経験のない私って、どう乗り越えたらいいかとか、

どう解決していけばいいのかって方法を真剣に考えたことないからさ、なんだか無力だな、って思っちゃうよ」

マリは、あの日、プルが戦いに行く、と言って、シャトルを後にしたときと同じ、シュンとした顔をしていた。

「そんなことないよ、マリ。幸せ分け合うって言うのは、あなたが一番うまくできるんだから。

それってきっと、一番大事なことの一つだって、私は思うんだ」

私はマリにそう言ってあげた。本当のことだから。

マリほど、誰かと一緒に、幸せを分け合おうって思ってる人は、そうそういないんじゃないかな。

アヤちゃん達だってママ達だって、島の他の人たちだって無意識にそうしてくれることはたくさんあるけど、

考えてやれてるのはきっとマリくらいだと思う。

考えてそれをできる分、マリは人よりもたくさん幸せを感じられる子で、幸せを感じられてるからこそ、

それを誰かと分け合えることができるんだからね。

「へへ。それは、ちょっと恥ずかしいよ。うれしいけどさ…」

マリはそう言ってはにかんだかわいい顔で笑った。つられて、私も笑顔になっちゃう。

「まぁ、さ。もしかしたら、考えすぎなのかもしれないしね、私達」

「あぁ、うん。それはちょっと思う。自然じゃないよね、あんまり」

「そうそう」

マリの言葉に私はそう返事をして

「とにかく、してあげたいって思ったことをしてあげようよ。

それぞれがあんまり効果なくてもさ、ちょっとずつ、何かを変えていけることだってあるかもしれないし」

と言って、マリの額を撫でてみた。

「うん、そうだね…服とか一緒に買いに連れてってあげたら、喜ぶかなぁ」

マリはそんなことを言いながらクスクスっと笑った。
 

275: 2014/03/15(土) 01:55:17.98 ID:7V6ONPw4o

 コンコン、と、不意に、ドアをノックする音が聞こえた。

誰だろう、なんて言うのは、マリの表情を見て、すぐにわかった。マリは私の目をジッと見て、うなずく。

マリーダ、なんだね…?

「どうぞー」

マリはそんな抜けた声で返事をした。

そしたら、ギィっと音を立ててドアが開いて、マリのパジャマを着て、枕と毛布を抱えたマリーダが部屋に入ってきた。



なんだろう…なんだか、すごく神妙な表情をしてる…そう思って、私はチラっとマリを見やる。

と、マリの口元が微かに緩んでいるのを私は見逃さなかった。マリ、なにを感じてるんだろう…?

 そう思っていた矢先に、マリが口を開いた。

「どうしたの?」

そしたらマリーダは、モゴモゴと口ごもってから

「その…こんなことを頼んで良いのかわからないが…寂しいんだ。だから、その…一緒に寝ても構わないだろうか?」

照れてる、って感じじゃない。本当に、こんな変なお願いをして申し訳ない、って顔をしてる。

でも、あまりのことに、私は笑うことさえ忘れていた。

レオナ姉さんと会って、アヤちゃんと話して、マリーダは確かに、何かが変わった。

何が変わったのかはよくわからないけど…なんて言うのかな、今まで気が付いてなかった、寂しいとか、

そんな自分の気持ちに目が向くようになった、って言うか、気が付けるようになったんだ、って言うか…

「うん!私とにする?それともカタリナが良い?」

マリが起き上がって明るく言った。マリーダはマリが良いかな?その方がきっと安心するだろうな…

私でも全然かまわないけど、どっちがいいかな?

「あーいや、待った!」

と、マリはすぐさまそう言って、マリーダの返答を遮った。それから私をチラっと見て

「ベッドくっつければ、3人で寝れるね!」

と、笑って言った。正直、そんな発想、思いもよらなかったけど…でも、さすがマリだね!それなら、幸せ3つかな!

「カタリナ、私のベッド引っ張るから手伝って!

マットレス、縦に割れてると寝づらそうだから、くっつけて横向きに並べ直そうよ!」

「うん、そうしよう!」

私はマリとそう言い合って、ベッドをくっつけて、シーツを剥してマットレスを並べ替えて、

段差がちょっと気になったから余ってた毛布を敷いてシーツを掛けてたちまちダブルサイズのベッドが完成した。
 

276: 2014/03/15(土) 01:56:14.38 ID:7V6ONPw4o

「ほら、マリーダは真ん中」

マリはなんだか嬉しそうにそう言って、ボンボンとマットレスを叩いてマリーダを呼んだ。

マリーダは戸惑いながら、でも、ちゃんとベッドにやってきて、ごろんと横になった。ふふ、私も嬉しいな。

こういうの、久しぶりだ。私とマリも横になる。うーん、嬉しいけど、なんだかゾワゾワ落ち着かないな…

なんだろう、これ。悪い感じじゃない。

むしろ、なんだかこう、ロビンのところにお泊り会してるみたいで興奮しちゃって、目がさえてきちゃってる感じだ。

 「二人に、言わなきゃならないことがあるんだ」

不意に、マリーダがそんなことを言いだした。私達に、言わなきゃいけないこと…?なんだろう、急に?

「なに?」

マリが聞いたら、マリーダは穏やかな声色で、言った。

「マリ姉さん…アイスクリームをごちそうしてくれて、ありがとう。それから、カタリナ姉さんも…

ずっと、私を気にかけてくれていて、ありがとう」

ハッとして、私はマリーダの顔を見た。彼女は笑っていた。

私の良く知っている、マリとプルとレオナ姉さんと同じの、あの、優しくてかわいい笑顔だった。

 私は、なんだか胸がキュンと締め付けられた。もう、なんだってあなた達はそろいもそろって、それができるのよ。

マリやプルにだって、その顔されると私までデレっとした気持ちになっちゃうのに…

昼間はあんなに険しい顔をしてたマリーダにされたら、マライアちゃんやアヤちゃんが言ってるみたいに、

私だって愛でたくなっちゃうでしょ!いや、もう、今日は愛でる!一緒に寝ようって言ってくれたんだ!

愛でまくってやる!

 私はそう決心をしてマリーダに抱き着いてやろうと思ったら、それよりも早く

「ちょっ…な、なにをする…!ね、姉さん!」

とマリーダが小さく声を上げた。見たら、マリがマリーダの頭をぎゅうぎゅうに抱きしめていた。

あぁ!ずるい!抜け駆け!マリが頭なら、私は胴体だ!私は、そう思ってマリーダの体にしがみついた。

「…!?カ、カタリナ姉さんまで!」

マリーダがまた、囁くような悲鳴を上げた。でも、知ーらない!

マリーダはそれからしばらくモゾモゾと私達を振り払おうと抵抗していたけど、

少ししたらそれも無意味だと悟ったのか、大人しくなった。ふふ、素直になってくれたかな?

ちょっと強引だったかもしれないけど、でも、良いよね、こっちの方が!

 トクン、トクン、とマリーダの力強い心臓の音が聞こえて来る。

マリや、プルのと同じ、強くて、はっきりしていて、それでいて、普段は、私達なんかよりもずっとゆっくり動いてる。

スポーツ選手の心臓と同じようなもんなんだ、と母さんは言っていたっけな。

心臓の筋肉がすごく強いから、自然と心拍が少なく済むように自律神経が働きを調節してゆっくりにしているらしい。

私は、実はこの音がとっても好きだった。

 ゆっくりで、それでいて、力強い脈動は、なんだかとっても安心するんだ…

まるで、母さんのお腹の中にいるときに聞いていたのを覚えているような感じになったりする。

実際、そんなこと全然覚えてないんだけどね。でも、安心するのは本当なんだ…。

 ふっと、まぶたが重くなってくる。
 

277: 2014/03/15(土) 01:56:48.56 ID:7V6ONPw4o

「ねぇ、マリーダ。今日は、アヤさんとどんな話をしたの?」

「あぁ、うん…私の話をした。キャラに撃墜されてから、脱出ポッドから救助された後の話だ」

マリとマリーダが静かな声で話し始めた。マリーダの静かな低い声が、耳を押し当てている胸の中に響いている。

それも、とても心地良い。

「ふぅん…それ、聞いたことないけど…あれ…なに、これ…?涙…?あれ…わっ、私、どうしたの…?」

「…ごめん、姉さん…私のせいだ…感じ取ってはいけない」

「マリーダの感じなんだね…これ…あぁっ…嘘でしょ…」

「…本当なんだ…」

なんの話、してるんだろう…?眠くて、良くわからないや…

「…そんな…」

マリ、マリ?どうしたの…?どうしてそんなに悲しいの…?

「…そんなのって…あんまりだよ…」

「仕方ない。もう過ぎたことだ」

「…ごめん、ごめんね、マリーダ…私だって、きっと近くに居たのに…

 マライアちゃん達に拾われるまで、私きっと、あなたと同じあたりを漂っていたはずなのに…

 私、あなたに気付けなかった…もし、もし私が、あのとき自分の気持ちをもう少しだけ早く立て直すことができてたら、

 あなたを助けてあげられたのに…そうしたら、こんな、こんなことになんて、ならなかったはずなのに…

 ごめんね…ごめんね…!」

「姉さんのせいなんかじゃない…だから、泣かないでくれ…」

「…無理だよ…!マリーダだって、泣いてるじゃん!」

「それは…姉さんが泣くから…だから…!」

なぜだろう…話、全然わからないのに…眠たくって、全然なんにも考えられないのに…

胸がキュっと締め付けられるみたい…どうして私、こんなに悲しいって感じてるんだろう…?

おかしいな…なんでだろう…どうしてこんなに眠いのに…涙ばっかりこぼれてくるんだろう…

ねぇ、マリーダ…あなたは、どんな人生を生きてきたの?

…撃墜されてから、あなたに…なにがあったの……?マリーダ……私…あなたが、心配だよ…

あなたを守るために、私はどうしたら…いいの…?あなたは、どうして……欲しいって、思っているの……?

ねぇ、マリーダ……マリー……ダ…。マリ…ダ……



 

278: 2014/03/15(土) 01:57:14.89 ID:7V6ONPw4o




「…さん、……姉さん」

ん、あれ…?誰かが、私を呼んでる…誰、あなたは…?マリ?ううん、プル?

「姉さん、カタリナ姉さん」

「んんっ」

私は、返事をしようと思って漏らした自分の声に気が付いて、目を覚ました。出窓から明るい日の光が差し込んできている。

あれ…朝、だ…えっと、あれ…私、昨日の夜、寝る前になにか考えてなかったっけ…?えぇと…なんだっけな…

「おはよう、姉さん。マリ姉さんが呼んでる」

「マリーダ…」

私は、ベッドを見下ろすようにして私の肩に手を伸ばしていた彼女を見て、思わず、名を呼んでいた。

それと同時に、思い出した。昨日の夜に感じていた、奇妙な悲しみを。

マリーダ…あれは、あなただったんだね…それに、マリのも混じってた…わかるよ、私…

「マリ姉さんが、朝ごはん、だって」

マリーダが言った。私は、ハッとして我に返った。いけない、今日って、ママが施設に勉強教えに行く日じゃなかったっけ!?

朝ごはん当番、私じゃない!

 それを思い出して、私はベッドから飛び起きた。そしたら、マリーダが、クスっと笑った。

えっ…今…笑った…?私が、思わずそれにびっくりして何かを言おうと思ったら、マリーダは

「ほら、早く」

と私の手を引っ張って、ベッドから立たせてくれた。

「着替えて来て」

マリーダはそんな私に柔らかい表情のままそう言って、部屋から出て行った。

 えっと…マリーダ、ずいぶんと柔らかくなったね…昨日の夜、マリとあれからいっぱい話出来たのかな?

後で、こっそりマリに聞いてみようかな。

もしかしたら、マリ、打ち解けてもらえるようにほぐしてくれたのかもしれないし、ね。

 私はそれから着替えを済ませてリビングに出た。

そこには、すでに朝食を食べ始めている母さんと、マリとマリーダの姿があった。壁に掛かっていた時計を見る。

ママは、もう出掛けちゃったか…

 「マリ、ごめんね、今日私だったのに」

「あぁ、いいよいいよ、たまにはさ」

「明日は代わるよ」

「うん、お願いね」

私は、マリとそう言葉を交わしながらテーブルに付いた。朝ごはんは、マフィンとサラダに、マッシュポテトだ。

おいしそう。そう思って、まずはポテトをフォークでつついて口に運んだ。

思った通り、マリの料理の、幸せの味がした。
 

279: 2014/03/15(土) 01:57:43.38 ID:7V6ONPw4o

 朝食を済ませてからも私たちは、リビングにいた。

マリーダのため、ってわけじゃないけど、でも、昨日少し料理に興味持ってたみたいだったし、と思って、

パンを作ってみることにした。

朝ごはんを終えてすぐに準備をした小麦粉をこねる機械から生地を取り出して、あとは形作って焼くだけ、なんだけどね。

 「カタリナ姉さん…これは、どうしたらいいんだ?」

「あー、適当でいいんだけど、そうだなぁ、握り拳よりすこし小さめくらいだといいのかも。

 これからまた膨らむからね」

「うー、お腹空いてきた。早く焼いてよー」

 マリーダはなんだか物珍しそうに生地に触れて手でもてあそんでいる。

私は、冷蔵庫から細切れにしたベーコンにチーズに、それからバターなんかを用意した。

マリは後ろ前にしたイスに腰かけて、背もたれにしがみつくみたいにしながら、あれこれと楽しそうに野次を飛ばしてくる。

やればいいのに、ってチラっと言ってあげたら、マリは今日はマリーダにたくさんやってもらいたいから見てるよ、

なんて言ってた。こういうことを体験するのも、幸せのうちなのかもしれないね。

 「ベタベタするな、これ」

マリーダがそんなことを言っている。

「うん。この粘り気がおいしいパンを作るには大事なんだよ」

いつも行っているパン屋さんにもらった特性のイースト菌おかげだ。

生地はシールみたいにベタベタとくっつくくらいになってて、コシも強い。

これで焼き上げると、フワッとしててそれでいてキメの細かいパンに仕上がる。焼き立てなんか、とくにおいしいんだから。

 「これでいいだろうか?」

マリーダが私の言ったとおり、手のひらでなんとか握れるくらいの塊にした記事を見せてきた。

「うん、いい感じ。そしたら、これをギュッと押し込んで」

私はそう説明して、自分の作った生地に、ベーコンとチーズを押し込んで見せた。

マリーダは真剣な表情をしてコクリと頷くと、見よう見まねで生地に具を押し込んだ。

「これで、大丈夫かな?」

「うん、マリーダ上手じゃん」

私が返事をしてあげたら、マリーダはなんだか、照れくさそうに笑った。

 それから、チーズをつまみ食いしようとするマリと、それを防ぐ私とで攻防を繰り広げたりなんかしながら作業を続けて、

生地をオーブンに入れてスイッチをおした。これでお昼ご飯には完成するかな。

パンだけじゃ寂しいから、あとはなにか別のものを作っておこうかな…なにがいいかなぁ、シチューとかがいいかな。

カボチャの冷製のポタージュとかかな?うん、それがいいね!

 そんなことを思ってたら、マリが今度は私がやるよ、と言って、マリーダと一緒にポタージュを作った。

マリってば、いつもはもっとピョンピョンとはしゃいでいるのに、マリーダと一緒にいると、

お姉さんっぽい雰囲気になるから不思議だ。特に無理をしてる、って感じじゃない。

もしかしたら、マリーダにはそのほうがいいって、そう感じてるのかもしれないな。

マスターに従うことしか知らなかったマリーダだから、考えちゃうところもあるけど…

でも、お姉さんって感じのほうがマリーダが付き合いやすいんだなっていうのは昨日のレオナ姉さんや、

アヤさんとのことを見てたら感じたから、ね。
 

280: 2014/03/15(土) 01:58:16.30 ID:7V6ONPw4o

 ポタージュが出来上がって、お昼ご飯の準備をしてから、お茶を入れておしゃべりをしている間にチン、と音がしてパンが焼きあがった。

 「うはっ!焼けた焼けた!」

マリが声を上げて、イスの上で飛び上がった。ふふ、我が家の食いしん坊さんは、相変わらずだね。

その様子を見て、マリーダはどんな顔するんだろう、なんて思って、彼女をチラっとみたら、

マリーダも目をキラキラ輝かせてうずうずと体を動かしている。それをみたら、噴き出さずには要られなかった。

「ふふ、マリーダ、オーブン開けていいよ。熱いから気をつけてね」

そう言ってあげたら、マリーダは目をいっそう輝かせて私の方を向いて

「りょ、了解」

と言うのとほとんど同時に立ち上がってオープンに駆け寄り、ハッチみたいになっているドアをゆっくりと開けた。

中からは、芳ばしい匂いがフワフワと漂ってくる。

「んー!いいにおい!」

マリがそう言いながらマリーダの後ろから飛びついて、オーブンの中を覗き込んだ。

「うぅっ!おいしそう!」

マリはそう言いながら、オーブングローブを手につけて、中の鉄板ごとパンをオーブンから引っ張り出した。

キッチンからリビングいっぱいに、芳ばしい匂いが広がってくる。

 私がテーブルに耐熱のクロスを強いて、マリが鉄板をその上に置く。うん、焼き色もいいし、うまく行ったみたい。

良かった。私はなんだか嬉しくなって、思わずマリーダの顔を見た。

そしたら、マリーダはまた、キラキラと目を輝かせてパンを見つめていた。

おいしそう、って言うのもきっとあるんだろうけど、でも、それ以上に、純粋に感動しているって風にも思える。

初めて自分で作った料理だもんね。

私も、地球に来て、ママや母さんにいろいろ教えてもらいながら初めて作ったスープのこと、すっごく良く覚えてるもんな。

きっと、あのときの私とおんなじ気持ちなんじゃないかな…

「ね、ひとつ食べてみようか」

私は、マリーダにそう言ってあげた。私もそうだったから、分かる。

食べて、おいしい、って言うまでが料理だもんね!

「い、いいのか!?」

「うん、この大きいやつ千切って、三つにして食べようよ」

「うんうん!賛成!待ちきれない!じゃぁ、他のは冷ますから、それだけ取っちゃって」

マリがそう言って賛成してくれた。マリーダが一番大きいパンを手に取る。とたんに彼女は

「あっ…熱っ…」

なんて、手の上でパンをころころと転がし始めた。もう、そりゃぁ、熱いに決まってるじゃん!

私はとっさにテーブルに並べておいたお皿を差し出して、そこにパンを置かせてあげる。

ホッと、安心したような表情を、マリーダはした。

「手、大丈夫?やけどしてない?」

「あ、あぁ、問題ない。少し驚いただけ」

私が聞いたら、マリーダは初めて、なんだかちょっと恥ずかしそうな顔で答えてくれた。

「ほら、切り分けよう!」

マリがパンを乗せた鉄板をキッチンにおいて、代わりにパンナイフを持って出てきた。

マリがそれでパンを三つに切ってくれる。私はなんとなく端っこを選んだら、マリも反対側の端を選んで取った。
 

281: 2014/03/15(土) 01:58:43.75 ID:7V6ONPw4o

と、マリとほんの少しだけ目が合った。彼女は、私を見るなり微かにニコっと笑って見せる。

ふふ、考えてることはおんなじだね。一番おいしいところは、マリーダに食べてもらわなきゃ、ね!

そんな私たちの気持ちを知ってかどうか、マリーダはおずおずとパンに手を伸ばした。

さっきの、熱かったのを警戒しているみたいで、ちょんちょんと指先でつついている。もう大丈夫だって、私達も持ててるでしょ。

「大丈夫だよ」

私は笑いながらそう言ってあげた。マリーダはコクっと頷いて、そっとパンを手にとって、そっと口に運んだ。

私もマリも、自分の分のパンを食べながら、どうしたって、マリーダの様子が気になっちゃって、

知らず知らずのうちに彼女の顔をジっと見つめていた。

 そんなマリーダの顔は、パンを口に入れた瞬間に、パァっと、明るくほころんだ。

心臓をつかまれたみたいになる、あの笑顔だ。

 「おいひい」

マリーダは、パンをもう一口、ガブリとかじって、満足そうに微笑む。マリーダ、変わってきてるね…

アヤちゃんや、レオナ姉さんのお陰で…。私、こんなことしかできないけど…

それでも、あなたのことをいっぱい考えてるつもりなんだ…役に立ててるかわからないけど、でも…

「カタリナ」

なんてことを考えてたら、マリが私を呼んだ。

「なに?」

「難しく考えすぎ。昨日言ってたよね?」

マリは、そう言ってニヒヒ、と笑った。うん…そうだった。考えすぎちゃうのは、悪い癖だ。

あれこれ考えたところで、読まれちゃってるかもしれないし、それが余計に負担になるとも限らない。

こういう時は、素直にするのが一番だ。素直に…今、一番したいこと…それって…

私は、そう思ってマリーダの顔を見やった。うん、そりゃぁ、ね、もう一回、みたいじゃない、あの笑顔!

「ほら、マリーダ、もう一口、あーん」

「いっ、いや、姉さん、それは姉さんの分だろ」

「いいかいいから、ほらほら、あーん」

私は、なぜだか抵抗するマリーダの口元に自分のパンを押し付けてるんじゃないかってくらいに突き出してそう言った。

マリーダは観念したのか、控え目に口を開いたので、ムギュっとパンをその隙間からねじ込んであげた。

「どう?おいしい?」

「…おいひいけど、いったい、どういうつもりで…」

マリーダは、私に文句を言いながら、それでも、パンの味には勝てないようで、

怪訝なお表情を浮かべようとしたのが失敗して、奇妙な、ニヤついたみたいな笑顔になった。

あぁ、もう、そんなんでもかわいいんだから!
 

282: 2014/03/15(土) 01:59:14.93 ID:7V6ONPw4o

「あぁ、ほら、私のもいいよ!食べなよ!」

今度は、マリがそう言ってマリーダの口元にパンを差し出した。

「い、いや、姉さん達!自分の物は自分でっ…ふがっ!マリねえしゃん、まら私しゃべってっ…んくっ」

「どう?おいしい?おいしいよね?」

「むぐっ、いや、だから…」

マリが調子に乗ってグイグイ押し付けていたので、私の乗っかって、残っていたパンをマリーダに押し付けてみた。

 と、急に、マリーダの顔から表情が消えた。あ、ヤバっ!

「いいかげんにしろ!」

マリーダは急にそう声を上げた。こわっ!顔、こわっ!!

「ヤバいっ、逃げろ!」

とたん、マリがそう言って駆け出した。え、なに?!そんな感じで大丈夫なの!?

私は、瞬間的に謝ろうと思ったけど、マリがそう言って逃げ出したので反射的に一緒になって駆け出していた。

「あっ…待て!」

背後からマリーダの声が聞こえる。ちょ、ちょっと!怒ってるよ、マリーダ!

そう思って、後ろを振り返った瞬間、私達二人目がけてマリーダがとびかかってきた。

「きゃっ!」

「ぎゃぁぁ!」

私とマリは、仲良くマリーダにタックルをお見舞いされて、ラグの敷いてある床に倒れ込んでしまった。

「やられっぱなしの私だと思うな!」

マリーダはそう言うが早いか、上から圧し掛かってきて私達に腕を回してギュウギュウと締め付け始めた。

「くっ、くはぁっ…まっ、負けるかぁ!」

マリは、ケタケタと笑いながらそう叫んで、マリーダの腕に掴まりながら、彼女の脇腹に指を這わせた。

「んん!?」

ビクン、とマリーダが体をのけぞらせて、力が緩んだ。

「カタリナ、いまだ、反撃!」

マリはそう言って起き上がると、反対にマリーダを組み敷いた。い、いや、えっと、だ、大丈夫だよね?

本気でケンカなんかにならないよね?!なんて、私は心配しちゃったけど、

なんのことはない、マリとマリーダはお互いに脇腹に指を立て合って悶えながら笑っている。

その様子を見たら、やっぱり、心配していた自分が考えすぎだな、って思えて、反省するのと同時に、なんだか笑ってしまった。

「カタリナ、笑ってないで、支援!」

「い、いや、姉さん!こっちに援護を…!」

うーん、でも、これ、二人が身悶えしながらせめぎ合ってるの見てる方がおかしくって笑えちゃうんだけど…

参加しないとダメなのかなぁ…?

そんなことを考えている間にも二人は笑いをこらえながら、

お互いに手を払い合いながら、なんだか楽しそうにじゃれ合っている。

ふふふ、なんだか、昔の私とマリみたいだね。ここに来て仲良くなってからは、良くあんな風にじゃれ合ってたっけ。

ああいうのが、マリの奥の手、なのかな。誰かと繋がるために、不安とか、

そう言うのを乗り越えて、誰かと信頼しあうために、マリはああやって体を使ってじゃれてるんだろうな、

ってそう思う。私も体験したから、それがけっこう効くんだっていうのも、知っている。
 

283: 2014/03/15(土) 01:59:44.48 ID:7V6ONPw4o

それにしても、平和だなぁ…ね、そう思うでしょ、マリーダ?

マリのやり方だけじゃない。もっと他にもたくさん、そうして楽しめることがあるんだよ。

幸せだな、って、ジンワリ感じられることが、たくさん、たくさん、あるんだ。私、それをあなたにあげたい。

一緒に、それを分け合いたいんだ…だって、昨日、私は、あなたの悲しいのを知っちゃったから…

あなたの、心が、分かったような、そんな気がしたから…

 と、どこかで電子音がした。

「電話だ」

私はハッとして、テーブルの上に置いてあった電話の子機を取って、通話ボタンを押した。

「もしもし?」

「姉さん…!いい加減、あきらめたらどうだ!」

「わぁー、ちょ、マリーダ、ちょっと待って!電話、電話!静かに!」

マリがそう言って、じゃれ合いを中止させる。うん、助かる。急患とかだったら、大変だからね。

「もしもーし?あ、カタリナちゃん?」

この声は、ロビンか、レベッカか…あ、いや、私のことをカタリナちゃん、って呼ぶのはレベッカだ。

「うん、そうだよ!レベッカ?」

「うん、私!あのね、今、ミリアムちゃんから連絡があって、プルちゃん達と一緒にそろそろ空港に着くって!」

え…?プル、帰ってきたの…!?だ、だって、もうちょっと遅くなるかも、って話を、昨日アヤちゃん達がしてたのに…

でも、でも…ホントに?プル、帰ってきたんだ!

私は、胸の奥から込み上げてきた安心感と、嬉しいのと、

あと、なんだかよくわからない興奮した気持ちを抑えきれなくなって、マリ達に叫んでいた。

「マリ!マリーダ!プルが帰って来るって!母さんに言って、空港まで迎えに行かなきゃ!」






 
  

284: 2014/03/15(土) 02:01:47.88 ID:7V6ONPw4o



つづく。
 

285: 2014/03/15(土) 02:04:59.97 ID:7V6ONPw4o

次回は、場面と時間が少し戻って、あの後の、宇宙へ移ります。

マリーダさんとはしばしお別れ!(たぶん)


今回、キャノピに挿絵っぽいものを描いてもらいました。

今後、こんな感じで、話の中のワンシーンを挟んで行けたらなぁ、と思っております。


最後に、ちょっとバタバタで投下に間があいてごめんさない。

年度末、年度初めとちょいとバタつきそうなんで、ちょいとばかしペースが遅くなるやもしれませんが
(あと、誤字チェックおろそかになると思いますが)

のんびりお付き合いのほど、よろしくお願いします。
 

287: 2014/03/15(土) 05:35:20.64 ID:WFaXWwd30

引用: 機動戦士ガンダム外伝―彼女達の選択―