737: 2014/06/29(日) 21:02:57.48 ID:u7tIi3x+o

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738: 2014/06/29(日) 21:04:04.57 ID:u7tIi3x+o






 <まったく、連日連日、懲りないやつらだなぁ>

<ははは、そうだな。そろそろお引き取り願いたいもんだ>

<そういうお前は、そろそろ弾幕に飛び込むのに懲りてほしいんだがなぁ、フレート。

 お前が来て俺が書く始末書の枚数がどれだけになったか教えてやろうか?>

<よ、よーし、ジオンどもめ!今日も俺が叩き落としてやるぞ!>

<おーい、フレート、頼むから張り切らないでくれよ>

隊長たちのそんな会話が聞こえる。私たちは相変わらずのメンバーで空を飛んでいた。

<マライア、そっちは大丈夫か?>

<はい、問題なしです>

アヤとマライアの確認もいつも通り、だ。

 今日は、基地から西へしばらく行ったあたりの哨戒任務。先ほど敵の出現が報じられこうしてあたりを確認しているところだ。

10月に入ってからは何日かに一度、あの攻撃空母が爆撃にやってきて、森や地上兵器を焼こうとしていた。

諜報部からの話では、キャリフォルニアベース周辺の工業エリアが完全にジオンに抑えられ、ジオンのための兵器の生産施設に様変わりしているらしい。

だけど、つい先日、レビル将軍ってやつの率いるヨーロッパ方面隊が、総力戦でオデッサを奪回した、という報が飛び込んできた。

連邦がモビルスーツを投入し、初めてつかんだ戦術的な勝利だ。

オデッサが戻れば、そのまま南下してアフリカ大陸の入り口にある油田地帯も抑えることができる。

3月にあの場所を落とされた連邦が陥った資源不足を、今度はジオンが体験する羽目になるだろう。

この事実は、ジオンがこの地球上での資源的な補給を絶たれたことにほぼ等しい。

少なくとも地球でのジオンの継戦能力は低下の一途をたどるだろう。

 だけど、安心はできない。

それこそ、長いこと戦いをしていく力が乏しくなったとなれば、短期決戦を挑んでくる可能性も少なくはない。

ルナツーを中心に、ジャブロー上空の防衛力は整っているけど、またコロニーでも落とされればそれまで。

そうでなくとも、北米とアフリカの全軍がここジャブローを目指して侵攻してくる可能性もある。

そうなれば、私たちがどれほど抵抗できるかは、正直なところわからないだろう。
 
 アヤはあれから、一週間の謹慎の後に、オメガ隊に復帰した。

オフィスに出向いたアヤは、隊長になんども礼を言うと、隊長は笑って

「くたびれたぜ。もう二度とすんなよ」

とだけアヤに伝えていた。でも、私はダリルに事の詳細を聞いていた。かなり危険な状況だったらしい。

アヤは反逆罪を掛けられそうになっていたし、隊長の免職の話すら出たようだ。

でも、隊長たちは、MPと施設の被疑者の子との橋渡しをし、地元警察と連携をして、事件のあらましと状況を何度も確認した。

そして、写真での面通しを行い、アヤが再起不能にした三人と犯人が一致。

そこからは急展開で、アヤの逮捕は帳消しになり、むしろ、治安維持勲章授与なる表彰が行われた。

ただ、隊長に関しては監督不行き届きと判断が下され、2か月の減俸となってしまった。

それをこっそり聞いた私に、隊長はニヤっと笑って、

「金で解決できる問題なら、よかったじゃねえか」

なんて言って見せた。

やはり、彼の隊長というか、父親としての資質をみせつけられたようで、私までうれしくなったのを覚えている。
 
TV版 機動戦士ガンダム 総音楽集
739: 2014/06/29(日) 21:04:40.26 ID:u7tIi3x+o

 そんなこんなで、とにかく、私たちはまだ、一緒だ。何度となく戦い、そのたびに全員生き残って来た。

フレートをはじめ、出撃があるごとに、被害がない日の方が少なかった、というのも事実だ。

撃墜されることはなくても、被弾して戦域から離脱したり、不時着することもあった。

そのたびに肝を冷やしていた私だけど、それでも、一日の終わりにはいつだって笑顔でいられた。

 この隊に移ってきて半年近くが経つ。いつの間にか、私はこの隊に驚くほどの居心地の良さを感じていた。

それこそ、アヤが家族と言ってはばからない気持ちが、私には十分に理解できるほどに。

だからこそ、私は出撃の度、そんな大事な家族が欠けてしまうんじゃないか、って恐怖に襲われるようになった。

その恐怖心を拭うために、毎回私は、身を賭して戦ってきた。

時にはアヤの指示を無視してまた本気のケンカになったり、無茶はするなと隊長に叱られたりもした。

それでも、私は怖かった。やっとできた、仲間を、家族を失ってしまうことが。

でも、だからこそ、と、いつしか私は思うようになっていた。

 だからこそ、私は、毎日を全力で生きるんだ。

私に生を与えてくれた、氏んでいったみんなのためにも、そして、オメガ隊の全員を、大切な家族を全力で守って、

また、一日の終わりに全力で笑うんだ、って、ね。

<気を抜くなよ。何か月か前に、油断して新型に落とされたのもいたからな>

隊長の声が聞こえる。もちろん、それは私たちのことだ。

<あー、だからそれはナシにしてくれって言ったじゃないか!>

「あれは小隊長の指示のせいですよ。仕方なかったんです、私は」

<なんだとカレン!>

<だははは、なんでもいいが、とにかく気を付けろよ!>

アヤの言葉に私がつっかけたら、隊長がそう言って笑い飛ばした。

「ミナト小隊長?あんまり気を抜いてると、不信任決議出しますよ?」

私がさらに無線にそう言ってやると、怒ると思ったアヤの笑い声が聞こえてきた。

<前回のは、あんたにも責任があるんだからな!一緒に落ちたくせに、偉そうなこと言うなよな!>

「はぁ?あんたの指示に従ってみたら落ちたんですけど?私が判断してたら二人とも撃墜されるようなことはなかったと思いますけどね、小隊長?」

<このぉ…!あんた、地上に降りたら今度こそ二度と文句が言えないようにしてやる!>

「いいよ、相手になるわよ!?」

 ここまで盛り上がると、すぐにたいていマライアが慌てて仲裁に入ってきて、

地上に降りてから私とアヤに変わり順番に関節技を掛けられる約束を取り付けさせられるのがいつものこと、だ。

<あ…あの、えっと…>

マライアの声がヘルメットの中に響く。ほら、思った通り。

<か、各機、えっと、その…うぅ、あー…!あっ、く、9時!9時方向!>

仲裁してくると思ったのに、珍しい、マライアがそんな声上げるなんて。そんな感想を抱きながら私は左手を見やった。

そこにはうっそうと茂るジャングルが途中で割れていて、その間に川が流れているいつもの光景が広がっている。

別になにも見えないけど…
 

740: 2014/06/29(日) 21:05:23.36 ID:u7tIi3x+o

<なんだマライア、なにも見えないぞ?>

アヤのそんな声が聞こえる。

<も、潜った…水中に潜ったんです!ね、隊長!敵の水中型!>

マライアはそう主張した。水中型、ね…そういえば、以前見たあの熊みたいなやつも、

その後の諜報活動で水中型だと言う話があった。あれと同型、ってこと?だとしたら、警戒が必要だね…

それこそ、今のバカ話じゃないけど、懐に飛び込めばたちまちあの機銃4門の餌食になる…。

<おい、ほかに見たヤツいるか?>

隊長がそういう声がする。しかし、他の隊員は誰一人その姿を確認していないようだった。もちろん、私もアヤも、だ。

<隊長!私、ほんとに見たんですよ!>

マライアは必氏になってそう声を上げる。

「まぁ、嘘を言ってるとは思ってないけど…」

私が言うと今度はダリルが

<それなら、いっちょ確かめに行くか…おい、フレート、付き合えよ>

と言ってから

<隊長、水中に、無誘導弾を一発、時限信管モードで投下してもいいすかね?>

と隊長に確認を取る。

<あぁ、そうだな…ダリルが投下を行え。フレートはもしものときの援護だ、了解か?>

<了解、任せてください!>

フレートの張り切る声が聞こえる。まったく…

「フレート、あんた張り切るとロクなことないんだから、気をつけなよ!」

私がそう言ってやってるっていうのに、フレートは笑って

「わぁかってる、って!」

といつも撃墜される前に言う返事を返してきて、ダリルと一緒に川の方へと機首を向けて飛び去った。

 <さて…鬼が出るか蛇が出るか…>

<はたまた、ワニかジャガーか…まぁ、いるとしたらたぶん熊だろうけど、な>

二人はそんなことを言いながら川へと近づく。ダリルが高度を下げて川への投擲体制に入った。

フレートはダリルよりも高い高度から観察している。私たちも二人の様子に目を見張った。

 ダリル機が降下し、胴体下の無誘導爆弾を川へと放り投げて上昇した。爆発は起きない。

時限信管だから、か。ダリルが上空のフレートと合流した。

<さて、カウントダウンだ…5、4、3、2>

ダリルがそこまで言った瞬間、ドン、という音とともに、川に高い水柱が上がった。

<おーい、ダリル!カウント間違ってるじゃないか!>

アヤのはやし立てる声が聞こえてくる。でもアヤは決してふざけてはいなかった。

私とマライアの先頭を行くアヤは、いつでもダリル達のいる川の方へ飛び込めるように、とヨーを効かせて微妙に機体の向きを調整してる。

 しかし、水面の変化はない。

<なんだよ、マライアの見間違えじゃないのか?>

<えー?でも、あたし、ちゃんと見たんですよ!>

フレートのヤジに、マライアが反論した次の瞬間、水面から輝く筋がバッと伸びてきて、

フレートとダリルの機体を抉り取った。
 

741: 2014/06/29(日) 21:06:02.15 ID:u7tIi3x+o

 <ちっ!>

<イジェクトします!>

二人の声が重なったと思ったら、空中爆発を起こす直前の機体から二人がイジェクションシートで飛び出してきた。

よかった…脱出できた…!

<隊長!こいつ、あの熊じゃない!>

ダリルの叫ぶ声が聞こえた。あの熊型じゃないっていうの!?でも、今のはメガ粒子砲…!

まさか、あの機体以外にもメガ粒子砲を撃ちだせる機体を出してきている!?

<ちっ!目標、視認!なんだ、あれ…カニだ…!!>

<熊型もいるぞ!>

見るとそこには、見たことのないカニのようなモビルスーツと、その両脇にあの熊型のが二機寄り添うようにして立ち上がった。

やっぱり、新型の水中タイプ!

<くる…!カレン、右旋回!>

アヤの叫ぶ声が聞こえるのと、カニ型が腕を振り上げたのと、ほとんど同時だった。

私はアヤの言葉に反射的に右へと機体を滑らせていた。その直後、私の機体のすぐそばをビームの筋が何本も通過していく。

う、嘘でしょ…!?なんて連射性能…!

<だぁ、こいつはヤバいな…>

隊長のうめく声が聞こえた。

<おい、隊長、やめろ!>

不意にアヤがそう叫んだ。アヤ、隊長の動きを読んだの?!何をする気…隊長!?

<悲鳴あげる暇があったら援護しやがれ!>

隊長はそういうが早いか、機首を敵のモビルスーツに向けた。発射されるビームが隊長機を掠めていく。

そればかりか、カニ型のモビルスーツは頭部からミサイルを連続して発射してきた。隊長はそれを加速して切り抜ける。

隊長…!あんたいきなりそんな無茶を…!急にどうしたっていうんですか!?

<だぁ!もう!各機!隊長を援護だ!撃ちまくれ!>

心の中でそう叫んでいた私の耳にアヤの叫ぶ声が聞こえた。

私は編隊飛行なんて無視して敵モビルスーツに機首を向けてトリガーを引いた。

他の機体から発射された曳光弾やロケットがモビルスーツに着弾する。それを受けて敵がひるんだ。

「隊長!逃げて!」

私は叫んだ。でも、隊長は回避行動なんてとらなかった。

 隊長機はモビルスーツをフライパスした瞬間に急上昇を初めて、上昇の頂点でくるりと機体を真下に向けた。

あれは…クルビット!私の得意な機動…!でも隊長は敵を撃つわけじゃなかった。

そのまま加速して真っ逆さまに、頭上から敵に迫る。まさか…特攻する気!?私は声を上げて隊長の暴挙を止めようとした。

でも次の瞬間、隊長機のキャノピーが吹き飛んで、中からイジェクションシートが弾け飛んで出た。

パイロットを失った機体は、加速をつづけたままモビルスーツの頭上から迫って、腕に衝突し、はじけ飛んだ。

爆発を起こした戦闘機には、無誘導爆弾と航空燃料にロケット弾が満載されてた。

隊長…戦闘機の機体そのものを武器にするなんて…!
 

742: 2014/06/29(日) 21:06:36.15 ID:u7tIi3x+o

 戦闘機の直撃を受けたカニ型のモビルスーツは、片腕を失い、それ以外のダメージも明らかに負っている様子だった。

おそらく、破壊された腕と同じ側の脚にもダメージを受けている。まともに動けている感じはしない。

 <いまだ、お前ら!とどめをさせ!>

隊長の声が聞こえてきた。隊長、あんた、無謀すぎるよ!

私はそう思いながらもトリガーを引き、ロケット弾の発射ボタンを連続でたたいた。

ありとあらゆる火線がモビルスーツ3機に襲い掛かり、慌てた熊型2機が、カニ型を抱えるようにして水中へ没していった。

<だぁ!くそ!逃げられたか!>

アヤの声が聞こえる。でも、隊長はまだあきらめてはいなかった。

<ハロルド!司令部に通報して、下流域を水中機雷で封鎖させろ!>

<了解しました、隊長!>

ハロルドさんが勇ましくそう返事をした。



   

743: 2014/06/29(日) 21:07:32.23 ID:u7tIi3x+o




 それから私たちはしばらく、その周辺の空域を警戒したけど、結局逃げだし3機を見つけ出すことはできなかった。

基地に戻って確認すると、どうやら仕掛けた機雷を爆破して、敵は外海へと逃げ出して行った可能性が高い、とのことだった。

まぁ、この際、撃墜できたかどうかなんて気にしない。大事なのは、また、全員が無事に生き残れた、ということだ。

 基地へ戻った私は当番だったのでオフィスで報告書をまとめていた。

まぁ、当番じゃなくたって、任務の後は用事でもない限りは隊員はみんなオフィスに集まって、

ソーダに軽食を摂りながら勝手気ままに反省会と言う名の団欒が始まるんだけど。

「いやぁ、しかし、隊長のあれにはびっくりしたよ」

ハロルドさんがソーダをあおりながらそんなことを言い出す。

「まぁ、そうですよねぇ…いきなりでしたからね、隊長」

それにデリクがうなずく。

「俺は付き合い長いが、あんなのは初めてだったなぁ。あのカニが相当ヤバいって踏んだんだろう。

 あぁでもして叩いておかなけりゃ、危ないって判断だったんじゃないかな」

ヴァレリオがいつになく落ち着いてそんなことを言った。

「でもさ!あれは、帰ってきたらちゃんと言ってやらないとダメだよな。危ないことすんな、って」

アヤがなんだかちょっと憤慨した様子で言っている。

「それはまぁ、俺の方から言っておくよ」

「いや、ハロルドさん、ここはみんなで言うべきだろ!あの人に何かあったら、困るのはアタシらなんだ!」

「そ、そうですよ…隊長に氏なれちゃったら、あたしも悲しいですし…」

「あはは!そいつを聞いたら、隊長は喜ぶだろうな!」

「喜ばせたいんじゃないんだっての!」

アヤとマライアの言葉を聞いて笑い出したハロルドさんに、相変わらずの様子のアヤが声を上げた。

 そんなとき、オフィスの外で車のエンジン音が聞こえた。どうやら、ご帰還らしい。

「お、帰って来たな」

「隊長め…あんなバカ、他の誰かが許したって、アタシはそうはいかないからな!」

そういきり立っているアヤをよそに、隊長はヘラヘラと笑いながらオフィスに入ってきた。

むしろ、後ろからついてきているフレートとダリルが困惑した表情をしていた。

「お帰りなさい、隊長」

ハロルドさんがそう声をかけると隊長はガハハと笑って

「おう、心配かけたな!」

なんて悪びれる様子なんてこれっぽっちもない様子で言った。
 

744: 2014/06/29(日) 21:08:54.10 ID:u7tIi3x+o

 「おい、誰かなんとか言ってやってくれよ」

フレートがそんな悲鳴を上げる。

「このおっさん、さっきからずっとこんな感じで俺たちの話なんぞ聞きやしないんだ」

ついでダリルがそう言う。

「バカ野郎、あんなもんのどこが危険なんだ」

隊長はダリルの言葉を聞くなり言って笑う。まったく、あれが危険じゃないんなら他になんだったんだ、って言うんだ。

さすがにそれを聞いたアヤが隊長につかみかかった。

「あんたな!アタシらがどれだけ心配したと思ってんだ!」

そんなアヤの権幕にも隊長はみじんも動揺せずに、そっとアヤの体を押し返しながら

「ま、援護がよかったんだ。お前らのおかげだな」

なんて嘯いた。

「だぁ、もう!あんたはなんでいつもそうなんだよ!ユージェニーさんに言いつけるぞ!」

「それは勝手だが…あんなもん、別にどうってことはねえだろう?」

アヤの言葉に隊長は不思議そうにそう言って、自分のデスクに行くと飛行服を脱ぎ始める。

はぁ、まったく、お気楽というかなんというか…仮に、隊長が氏なない確信を持ってあれをやったにしたって、

それを私たちが心配するんだ、っていうのは、わかってほしい気もする。

毎度あんなことをやる人じゃないし、これまでもやった試しなんかないけど、なるべくならこれっきりにしてほしいものだし、ね。

 「なぁ、カレン、あんたも何とか言ってやってくれよ!」

アヤが困り顔で私にそう協力を要請してきた。

私はちょうど完成していた報告書をプリントアウトする操作をしてから、ふん、と鼻で息を吐いてアヤを手招きした。

まぁ、とにかく。私にも、他のやつらにとっても、ここはどんな手段を使ったって、

“うん”と言ってもらわないことには気持ちがおさまらないのが正直なところ、だ。

 近寄って来たアヤと、それからマライアを引っ張って来て、思いついていた策を耳打ちする。

「えぇぇ!?それ、やんのかよ!?」

「うっ…あたし、それできるかな?」

「マライア、あんたにはできる。アタシが保証する。問題はアタシだよ、そういうタイプじゃないだろ、アタシ」

「だからいいんじゃない。ギャップよ、ギャップ」

私はそう言ってアヤとマライアを隊長の前に引っ張っていく。隊長はさすがに私らを見てかすかに身構えたような表情になった。

まぁ、マライアはさておき、私とアヤとが責めたらいくら隊長だって、ヘラヘラしているわけにはいかないだろうから、ね。

でも、私はそんなことをしようってんじゃないんだよ、隊長。
 

745: 2014/06/29(日) 21:09:46.99 ID:u7tIi3x+o

「ほら、アヤ」

私はアヤの脇腹を肘でつついて促す。するとアヤは、くっとかすかに唸ってから、隊長の胸ぐらをつかんでうつむいた。私はマライアに目くばせをして、隊長を引き寄せたアヤに体を密着させる。

「隊長…あんた…もう、あんな無茶しないって、約束してくれよ」

アヤがそう言って顔を上げた。私とマライアもそろって顔を上げる。

 私が二人に指示したのは、簡単。こういうときは、責めるよりも女の武器を使う方が手っ取り早いんだ。

「隊長…あたしも、お願いです。隊長に氏なれたら、あたし、すごく悲しい…」

「私もだよ、隊長。あんたは、私たちの父親みたなもんなんだ。あんたのいないこの隊がどうなるか、なんて考えたくないんだからさ」

私たちは、それぞれそう言って、私の指示した通り、目に涙をいっぱいに溜めて上目づかいで隊長に“お願い”した。

 うぐっ、と隊長が息を飲むのがわかった。

「な、頼むよ?」

「お願いです、隊長…」

「…無茶はもうしないって、約束してください」

隊長の動揺がわかったんだろう、アヤがさらに隊長を引き寄せて言うので、私とマライアも隊長の目をじっと見つめて追い打ちをかける。

 すると隊長は、むぐぐ、と言葉にならない唸り声をあげてから、

「だぁ!もう、やめろ!わかった!約束する!あんなのは二度とやらんから、安心しろ!」

と声を上げてそっぽを向いた。

 とたん、オフィスが爆笑に包まれた。

「ぎゃははは!ヤバい、ヤバいぞ、隊長があいつらに落とされた!」

「お、おい、マライアとカレンは良い!アヤ、アヤが…お前はないだろ、あのアヤがっ…くっ…ぶははは!」

「ちょちょ、ちょ、待てよ!俺にもほら、もうナンパしないでってやってみてくれ!そうすれば俺ナンパやめられそうな気がするんだ!」

「女の武器、ですね…怖いなぁ…でも隊長がちょっとうらやましいですよ」

「あははは!さしもの隊長も、あれには叶わないみたいだね」

「黙れ!笑うなよ!ダリル、特にあんた今なんていった!?」

「あ、あたし、こういうの初めて…でも、けっこう使えるんですね、これ」

「そりゃぁ、あんたはかわいらしいからね。一番強力だと思うよ?」

「うわっ、お、おい、アヤが暴れだしたぞ!誰か止めろ!」

「やだよ!あいつなんかとやりあえるか!」

「よ、よしヴァレリオを盾にしろ!」

「な、なにすんだお前ら…わっ、アヤ、やめ…げふっ!」

「うわぁぁ!ヴァレリオがやられた!」

「ちょ、ア、アヤさん!ダメだってば!やめなさい!やめるって約束して!」

「マライア、アタシに上目づかいでお願いして効くと思うな!」

「ぎゃぁぁ!カレンさん助けて!」

まったく、また大騒ぎ、だ。ふふふ、でも…やっぱり、私たちの隊はこうでないと、ね。

「ちょっとアヤ!マライア離しなさいよ!」

「離すかよ!こいつ生意気だからちょっとしつけてやる!」

「離せって言ってるでしょ!」

「いだだだだだだ!痛いよカレンさん!そっちに引っ張らないでよ!抜ける!首が抜けちゃう!」

あぁ、本当にまったく…おかげで、今日も笑顔で一日を終えられそうだね。みんなに感謝、だ。

   

746: 2014/06/29(日) 21:10:59.48 ID:u7tIi3x+o




 それから数日が経った。私たちは本当は訓練の予定だったのだけど、珍しく直前にキャンセルになって、オフィスに集められていた。

 オフィスに入って私たちの顔を見る隊長は、いつもと同じけだるそうな雰囲気だったけど、

いつもはだらしなく腰掛けている自分の席じゃなくて、私たちの座ったテーブルの前に立っていた。

傍らには、ハロルドさんもいる。

 いったい、なにが始まるっていうんだろう?

 バタン、とドアが開く音が聞こえて、オフィスにアヤが入ってきた。

「悪い、格納庫に向かっちゃってた」

アヤが申し訳なさそうにそう言いながら席に着く。それを確認して、隊長は私たち全員の顔を見つめて言った。

「昨日、キャリフォルニア、ニューヤーク両地域に潜伏中の諜報部隊から連絡があったらしい。

 敵は、相当数の攻撃空母とモビルスーツを準備して、出撃の準備を始めているようだ」

つまり…それは今までの爆撃任務ではなく…ここジャブローを直接制圧するつもり、ってこと…

「本格侵攻、ってワケですか…」

フレートがそう口にすると、隊長は黙ってうなずいた。

「諜報からの情報によれば、敵は、明日の朝にはこちらの上空へ差し掛かるだろう。俺たちは、戦闘機で出撃し、これを迎撃する」

隊長の言葉に、みんなは一様に息を飲んだ。ついに、恐れていた事態になった。

オデッサを失ったジオンが、勝負を掛けに来たんだ。

これまでの再三にわたる爆撃の様子からおおよそこちらの位置を掴んだのか…

あるいは、先日入港したあの白い木馬の新型戦艦が探知されたのか…

いずれにしても、ジオンは北米の部隊を投げ打っての総攻撃をかけてくる。こちらも相応の戦力を揃えて戦わなきゃならない。

総力戦になる、か…。

「おい、マライア。しっかりしろよ!」

アヤのそういう声が聞こえたのでみると、そこには身を縮こまらせているマライアの姿があった。

「そうだね…考えようによっては、ここうまく守り切れば、北米のジオン戦力を相当削り取ることになるかもしれない。

 そうなったら、オデッサと中央アジアに続いて、北米の奪回も可能になる…」

私が言うと、隊長がうなずいた。

「カレンの言うとおりだ。俺たちにしてもかなり消耗はするだろうが、ここでジオンを削れれば、

 オデッサで失ったヨーロッパ方面軍の補充を完了させる時間が稼げる。

 そうなればあいつらが中心になって北米へ攻め込める。オデッサに続いて北米さえ奪回すれば、

 ジオンの地球での継戦能力はほぼゼロだ。宇宙へと追い返せるチャンス、ってわけでもあるな」

そう、確かに、そうだ。でも私は、あの日、バイコヌールやオデッサに迫ってきたモビルスーツの大群を思い出していた。

ジャブローは川と森に隠された天然の要塞。

あの日のような部隊運用はできないはずだけど、でも、ジオンは今や、水中タイプのモビルスーツもかなりの数を導入している。

こっちも、それに対応できる機体が開発された、って話は聞いたことはあるけど、正直、それほど数が揃っているとは思えない。

それこそ、日ごろモビルスーツの訓練に時間を割いている私たちの部隊にも、廉価の量産機さえ配備されずじまいだからだ。

「とにかく、そういうことだ。師団長が、俺たち戦闘隊は、今日は休んで明日に備えて英気を養え、と言ってきている。

 情報と上の迎撃作戦が発表され次第、ブリーフィングはするつもりだが、

 ま、ついでに戦勝の前祝の準備でもしておこうじゃねえか」

隊長はそう言って、ため息交じりに笑った。
 

747: 2014/06/29(日) 21:11:34.97 ID:u7tIi3x+o

「はぁーやれやれ、どうなることやら、だな」

「まぁ、生きていればのなんとやら、だ。そこんとこを各機忘れないようにしておかないとな」

「いや、お前がそれを言うかよ、フレート」

ダリルとフレートがそんなことを言っている。でも、私はふと、忘れていたあの恐怖感や不安感が胸にかすかによみがえるのを感じた。

一方的な攻撃力と防御力を見せつけられ、守るべきたくさんのものを守れずに、逃げるしかなかった、あの頃の気持ちだ。

入隊して、半年弱。やっぱり、私は、今まで出会ったことのない、温かい仲間…

“家族”を得られた幸福感を味わって過ごしてきて、今更思う。彼らの一人でも失うことになったら、

ううん、そんなのはダメだ…そうならないように、私はたとえ自分に危険が迫っても戦う必要がある…

 そんな私の気持ちをあの力で感じ取ったんだろう、アヤにポン、と肩を叩かれた。見るとアヤはニヤっとして私を見ていた。

「まぁ、そう意気込むな、って。大事なのは…」

「ヤバくなったら、逃げる」

「そうそう、アタシらは、それだけを考えて飛んでりゃいいんだ」

なんて、アヤは自分に言い聞かすみたいにして言った。それから、わざとらしく大きく伸びをして

「そんなら…そうだな。夕飯の準備でもしに行くか。アタシとマライアで買出しに行ってやるよ。

 飲みたいものと食いたいものあれば言えよな」

なんてみんなの顔を見て言った。ありがとう、アヤ…本当に、あんたは、いつだって私を助けてくれる…そう、そうだ。

例え敵の規模が大きかろうが、関係はない。それぞれが危険なことをしない、イジェクションレバーは常に意識して、

逃げ道だけは確保しておけば…どんな戦場だって、私たちは生還する。これまでそうだったのと同じように、だ。

「お、じゃぁ、メモ回すから、必要そうなもんは各自記入な」

「食い物やなんかは、キムラのおやっさんに頼んでもよさそうだけどなぁ」

「まぁ、いいから書くだけ書いとけ」

「俺、ワインがいいです!」

ダリルがどこからか取り出したメモ用紙に、男たちがこぞってあれこれ書き始める。それを横目に私はアヤに声をかけていた。

「私も一緒に行くよ。けっこうな荷物になりそうだし」

「ホントか?助かるよ」

私の言葉に、アヤはそう答えてくれた。それから、意味ありげに私の目をじっと見て、かすかにやさしい笑みを浮かべる。

その力は、素直にものを言えない私にとっては、本当にありがたい力だね。感じ取ってくれてるんだろう?

少し、一緒に居たいって思ってるのを、さ。別に弱気になってるわけじゃない。

でも、今の私にはすこしだけ、あんたのその明るい前向きさが必要だって思うだけだよ、うん。
  

748: 2014/06/29(日) 21:12:05.68 ID:u7tIi3x+o

 それから、アヤとマライアに私もついて行って、モールで食料や酒を買い込んだ。

オフィスに戻って準備をしている最中に、上層部から明日の作戦についての連絡があり、前祝いを始める前にブリーフィングが行われた。

 私たちの部隊は、他の連中と一緒に敵の迎撃のため、北部方面の第3エリアの受け持ちに割り振られ、

戦域に侵入してきた敵と交戦する割り振りになったようだ。

本部直上の防空班やら、私たちよりさらに北部の第1エリアあたりだと、対空砲の支援もないし、

かなり厳しい戦域になる可能性が高い。

私たちのエリアも敵を前面で受け止める位置にあるけど、対空砲部隊がびっしり配備されているエリアだし、

味方の支援数という意味では第1エリアとは比べるべくもない。

厳しい戦闘には変わりないだろうけど、それでも恵まれた戦域に、私は胸をなでおろしていた。

 ブリーフィングを終えてからすぐ、そのままオフィスでいつもの騒ぎが始まった。

私もアヤに絡んではケンカ遊びをしたり、マライアをアヤといじってみたり、ヴァレリオを軽く受け流したり、

ベルントを探したり、とにかくその時間を楽しんだ。

明日になったら、もしかしたらこのうちの誰かが帰らないかもしれない、そんな考えが一瞬頭をよぎったけど、すぐに忘れてしまった。

帰らないかもしれない、なんて馬鹿げてる。

私たちは、なにがあっても、全員無事に帰還して、そのときに帰還祝いでまた騒ぐんだ。

それを楽しみに、それを頼りに、私も隊も、必ず生き残る。絶対に、絶対に、だ。



  

749: 2014/06/29(日) 21:12:44.90 ID:u7tIi3x+o




 その晩、私は早めにシャワーに入って寝る準備を整えていた。

心がけ、というやつだ。明日になって、寝不足で動けなかったり、判断が鈍ったりしないように、自分を調整しておくのは大事だろう。

部屋に戻って髪を乾かしてから、レイピアのリンにもらった、リラックスできる葉っぱなんだというハーブのお茶なんかも入れてみた。

確かに、気持ちが落ち着く香りで、飲むよりも香りを楽しんでいたくなるような、そんなお茶だった。

 レイピアもヘイローもオメガも、明日は総動員。私たちと隣接するエリアでの戦闘になるらしい。

オフィスでのパーティーが終わった帰り際に、アヤとマライアと一緒に各隊のオフィスに出向いて行って、お互いの無事を祈ると話をした。

特に男所帯のゲルプのところではいたく歓迎されて、酒だの料理だのを無理やりに持たされた。

ヘイローにもリタとメアリーっていう女性パイロットたちがいるから、まぁ、特別扱い、ってわけじゃなかったけど、それでも歓迎してくれた。

レイピア隊に至っては、半ば同じ部隊みたいなものなので、歓迎されるというよりは、出入り自由、って感じだ。

とにかく、そうして私たちはお互いに士気を高めあって、無事を祈りあった。

 ハーブティーを飲み終えて部屋の流しでさっとすすいでから、私はベッドに腰掛けた。

アラームをセットして、横になろうと思ったとき、コンコンと、ドアをノックする音がした。

こんな時間に誰だろう、なんて思うわけもない。問題は一人か、二人か、ってことだ。

 「いいよ」

って声をかけると、シャワー上がりらしい髪を濡らしたアヤが顔を出した。

「あれ、悪い。寝るとこだった?」

「そうだけど、別にいいよ」

「そっか、よかった!」

私が言ったら、アヤはうれしそうな顔して部屋に入ってくる。アヤが後ろ手にパタン、とドアを閉じた。

あら、マライアはいないんだね。

「一人なんだ?」

「あぁ、うん。あいつはまだシャワー浴びてる」

アヤはなんでそんなことを聞くのか、って顔して首をかしげて言ってから

「ん、なんか良い匂いしないか?」

と、クンクンと鼻をならしてそう聞いてくる。

「あぁ、ハーブティー。飲む?」

「いいのか?」

「うん、貰い物だけど」

私はまだ暑いまま残っていたポットのお湯を使って、マグに二人分のハーブティーを淹れて片方をアヤにだしてあげた。

それからベッドに座りなおして、マグに口をつけながらアチチとか言っているアヤに声をかけた。

「なにか用事でもあった?」

そしたらアヤは、あーと唸って、少し言いづらそうに

「昼間さ、ちょっと様子が変だったから」

と私の顔色を覗き込むようにして言った。たぶん、少しだけ不安になってしまったときのことを言ってるんだろう。

そんなに心配するようなことでもないのに、なんとも、仕事熱心な小隊長だこと。
 

750: 2014/06/29(日) 21:13:15.95 ID:u7tIi3x+o

「心配してくれたの?さすが、小隊長殿はお優しいですね」

「まぁ、部下の不安を取り除いてやるのも、仕事の内だからな」

私の皮肉に、珍しくなんでもないよ、って感じで答えたアヤは、マグに口を着けて笑って言った。

「ま、気楽に行こう。明日が特別、ってわけじゃないんだ。

 今までは敵も様子見、こっちもそれに合わせて様子見で、それこそ、1戦闘単位ずつしか投入してなかったんだ。

 明日は敵も全軍に近い勢いだろうけど、こっちだって、持ってる戦力総動員のはずだ。

 絶対数が同じなら、明日の戦闘だってこれまでといくらも変わらないだろ」

ふふふ、確かに。でも、そんなに心配しなくても、私はとっくに持ち直してる。要らない心配だよ。

「まぁ、それも小隊長殿の指揮にかかっていると、わたくしは思いますが」

そう返してニッと笑ったら、アヤはようやく私が平気だってのがわかってくれたらしくて、ニヤっと笑顔を返してきてくれた。

 「それよりも、心配なのはマライアの方。あの子、たぶん緊張で固まるでしょうね」

「あぁ…そうだなぁ…なるべくそうならないように言って聞かせてはおいたけど、明日いよいよ来るぞってときになったら、わからないもんな」

私の言葉に、アヤはそう言って同意してくれる。

マライアは、まぁ、地上にいる間はアヤにくっついてるおかげか、いや、隊の連中のおかげもあるだろうけど、

とにかくのびのびしいてて、いい子なんだけど、いざ空に上がってみると、いつだって過剰に緊張してるのを、私は感じていた。

いくら私やアヤの機動をそっくりに再現できても、それを応用して独自の動き方をして私たちを驚かせても、

いざっていうときに、思考が固まって体が動かなくなることが少なくない。

そんなときには、私やアヤの怒鳴り声がマライアの硬直を解くカギになる。

でも、そんな一瞬のラグは、やはり危険であると言わざるを得ないんだ。

「まぁ、あればっかりは、なるべく目を離さないで見ててやるしかないよな」

「うん、そう思う。根本的な解決をするには、まだ時間がかかりそうだね」

私の言葉にアヤはふぅ、っとため息をついた。

「まぁ、明日はアヤがマライアを引っ張るんでしょ?ブラヴォー1の援護をしながら、私とヴァレリオで見ててやるから、なんとかなるよ」

「はは、まぁ、そうだな。ヴァレリオも空じゃぁ頼りになるしな」

「彼、なんで昇進試験受けないんだろうね?隊長も、昇進させてやろうと思えば、あの成績ならいくらでも上申できそうなものなのに」

「あぁ、それはヴァレリオ自身が嫌がってんだよ。なんでも、曹長くらいの方がナンパしやすいんだと。

 士官になっちまうと、とたんに下士官からは上官って扱いをされて、それ以上に発展しにくいとかなんとかって、力説してたことがあった」

「…人のこと言えたものじゃないけど…バカなの?」

「バカだけど、ナンパに命かけてるあいつらしいって言や、筋が通っててカッコいい、とも言えなくもない。

 いや、待ってくれ、カッコいいは言い過ぎた。取り下げる」

私達はそんな話をして顔を見合わせて笑う。
 

751: 2014/06/29(日) 21:13:52.15 ID:u7tIi3x+o

 それにしても。タイガー隊に居た頃も、私はフィリップっていう相棒がいた。

でも、あいつはドライすぎて、信頼はしていたけど、どこまで信じていいのか、っていう疑問が常に付きまとってた。

でも、アヤは違う。彼女のことを、私はどこまでも信頼できた。

彼女なら、口が悪くて気持ちもうまく表現できない私の思いや考えを、正確に受け止めてくれる。

いや、言葉なんて、もしかしたら要らないのかもしれない。それは、彼女の持っている不思議な能力のおかげなんかじゃない。

そんなものがなくったて、彼女は真正面から人と向き合って、理解しようと努力する。

そしてその実、私という人間をこれまで出会ったどんな人よりも理解していると思える。

私自身も、アヤのことを理解しようと思ったし、ある程度はできているって自信を持って言える。

そんな関係だからこそ、私は、彼女を信じて、彼女に背を預けて戦える。

どんなキツイ戦場になったって、私の手の届かない場所にアヤはいてくれる。アヤの手の届かないところに、私はいる。

そうやってフォローし合える、かけがえのない存在だ。これまでにだって、何度も思った。

でも、こうして話をしていると、やっぱり改めて思うんだ。アヤと出会うことができて、本当によかった。

 不意にバタバタと音がしたと思ったら、ドアをノックする音が聞こえてすぐに開いた。顔をのぞかせたのはマライアだった。

「あ、やっぱりここにいた!アヤさん、部屋にいないからどうしちゃったのかと思ったよ」

「あぁ、悪い悪い。明日の細かいことの打合せしたくってさ」

私のために来た、なんて言わないのがアヤだ。

「あれ、なんかいい匂いがする」

「あぁ、リンにもらったハーブティー。寝つきがよくなるんだって。マライアも飲む?」

私が聞いてやったら、マライアは目を輝かせて

「飲む!今、マグ持ってくるね!」

と言って一度ドアを閉めて出ていき、すぐに隣の部屋から自分のマグをもって戻って来た。

そこにお茶を入れてあげたら、アヤが嬉しそうに言った。

「さぁて、じゃぁ、オメガ隊第三小隊の戦勝祈願だ!」

「はい!」

「ははは、そうだね。明日も笑って、地上に帰ってこよう!」

「乾杯!」

私たちはそう言い合って、カチャン、とマグを打ち鳴らした。



 

752: 2014/06/29(日) 21:14:35.54 ID:u7tIi3x+o




 <おい、敵さん見えるかぁ?!>

<団体様でお着きだ…すげー数だな…護衛の戦闘機か>

<ははは!そんなもん、ムシムシ!狙うはあのデカブツだ!>

<おい、フレートォ!お前、今日弾幕に突っ込んだら予備機手配しねえからな!>

<わかってますって、隊長!>

そう言いながら、隊長とフレートにダリルと…ベルントが高高度へ上昇していく。

しかし、あの大編隊を見てもいつもの調子だなんて、頼もしいったらないね、まったく。

まぁ、でもあの護衛の頭でっかちの戦闘機は確かに敵じゃない。

いたところで弾幕を張ってくるとか、進路を妨害してくるのが関の山。

戦闘機動でも速度でも私たちの機体には足元にも及ばない。油断は禁物だけど、ビビるようなことじゃないんだ。だから…

「マライア、気圧されてないだろうね?」

私はそうマライアに声をかけてみる。

<だ、大丈夫です…今のところは…あの戦闘機は、いくら数がいてもそんなに怖くないですし…>

マライアの返事が聞こえてきた。そうは言っても声色は緊張の色が隠せていない。

でもまぁ、合格、ってことにしといてあげようか。

<こちら、オメガリーダー。オメガブラヴォーへ。お前らはそこで降下してきた敵モビルスーツを狙え。

 上で煽ってやりゃぁ、焦って降りてくるだろう。なるべく体制を崩させるから、そこを狙え。

 おい、対モビルスーツ攻略の基本、その1、デリク、言ってみろ!>

隊長が昨日のブリーフィングで説明した作戦をサラッとおさらいして、それから見習い二人にそう聞いた。

<はい!装甲の弱い部分を狙う!>

<おーし、マライア!その2!>

<えーっと、バーニア、スラスターなど誘爆要因となる個所を狙う!>

<ははは!おい、教育係!しつけは順調だな!>

返事を聞いた隊長のうれしそうな声が聞こえる。

<バカ言うなって!アタシはなんもしてない!これはカレンとヴァレリオのお陰だ!>

「そりゃぁ、ね。小隊長が不甲斐ないから、手を貸してやったんだよ」

隊長の声にアヤがそう返したので、すかさずそう言葉をはさんでやったら、アヤはまたいつもの口調で

<なんだと、カレン!>

なんて荒げてから、とたんにトーンを落として

<…感謝してる。今日も、頼むぞ>

なんて言い直してきた。このっ…そういうのが一番答えづらいってわかってて言ってるでしょ、あんた!

そうは思ったけど、さすがにこれを皮肉で返すのは居心地が悪い。目には目を、だ。

「わ、わかってるよ。ちびちゃん達は任せな。そっちは、上のバカ共が無茶しないように見ててよね」

まったく…こういうこと言うこと自体、恥ずかしいっていうから、その手の方法で“仕掛けて”くるなとあれほど言ったのに…

まぁ、でも、アヤも通常運転だ、っていうことだ。私の方も大丈夫だとアヤには伝わっただろう。私たちはそれでいいんだ。
 

753: 2014/06/29(日) 21:15:49.73 ID:u7tIi3x+o

 <おぉっと、おいでなすったぞ!露払いだ!>

ヴァレリオが言った。正面の空でキラリ光が瞬いて敵航空空母の護衛の戦闘機が無数に機体を翻してこっちに群がってきた。

<オメガアルファ、現在の高度を維持せよ。敵戦闘機は引き離せ。オメガブラヴォー、アルファの援護を頼む>

<こちらブラヴォーリーダー、援護了解。各機、小隊分散してアルファを援護せよ!>

<了解、ブラヴォーリーダー!こっちはブラヴォー2だ。カレン、マライア!遅れんなよ!>

これも昨日の作戦通り。

上空に上がった隊長達は攻撃担当、私達ブラヴォー班はそれよりもやや低空の位置で援護と降下してきたモビルスーツへの攻撃を担当する。

ハロルドさんとヴァレリオにデリクがブラヴォー1、私とアヤにマライアでブラヴォー2だ。

こっちの指揮は、もちろんアヤがとるけど、アヤは上空の隊長達に気を配らなきゃいけない。

その分、ブラヴォー1の援護をしながら私が指揮をフォローしつつ、マライアの援護をする手はずになっている。

最初は私の仕事が多い気もしたけど、ブラヴォー1のヴァレリオとデリクの分隊はマライアとアヤを援護する。

要するに私は、アヤ達を気にしながら、アヤ達を守るヴァレリオ達を援護すればいい。

意識する先が同じだから、大した労力も必要なかった。

私の援護はヴァレリオの分隊がやってくれるから、こっちも敵に食いつかれるのを気にすることはないけど、

そもそも私とハロルドさんはあの敵機に遅れは取らないと折り紙付きだから、この位置を任されてる、ってこともある。

これも、特に珍しい形態じゃない。分隊飛行するときの、オメガ隊の定石だ。

 ふと、レーダーがホワイトアウトしていることに気が付いた。私はさっそくアヤに怒鳴る。

「アヤ、レーダーがホワイトアウト!」

<ったく、手が早いやつはきらわれるぞ?各機、ミサイルは使えない。機銃掃射で弾幕はって避けつけるな!

 アタシとマライアでアルファの援護!カレンは、ブラヴォー1を見ててやってくれ!>

「任せて!」

「了解!」

<こちらブラヴォー1。こちらは、俺がアルファの援護に着く。デリクとヴァレリオにそっちの護衛を任せる!>

<了解です!>

敵機が私達に群がってくる。同時に地上から対空砲が撃ちあがって来た。敵の数はかなりのものだけど、でも、遅いね…

そんなんで私たちを落とそうなんて、甘いんだよ!私はスロットルを押し込んで加速する。

一気に敵の一団を引き離して旋回して、外から様子をうかがう。

案の定、隊長達に絡みつこうとしている敵機を狙っているアヤ達の後ろを取ろうと位置取りを決めにかかっている敵が複数。

それをヴァレリオの分隊が蹴散らしに突っ込んで行く。

私はその中で、逃げずに機動を反らしてヴァレリオ達をやり過ごした敵編隊を見つけた。まずはあんた達からだ!

私はその敵編隊に機首を向けてさらに加速した。グングンと迫ってくる機体をHUDにとらえて、機銃弾をバラ撒く。

今日は空戦がメインになるから、とエルサに頼んで、ミサイルの数は少なめにして、

その代わりにガトリング砲の弾を余分に積み込んでもらっている。あの戦闘機なら、いくらでも落としにかかってやれる!

 キャノピーの向こうで敵機3機が私の弾に縫われて爆発を起こした。さて、次だ!私は旋回をしながらさらに周囲を観察する。

と、アヤ達を援護していると悟ったのか、今度は敵機がヴァレリオ編隊に群がっている。

全部で9機…一撃で仕留めるには少し多いね…まぁとりあえず真ん中の奴らを狙って散らばせておこうか…

私は上方に居たヴァレリオ分隊を応用にシャンデルで機体を上昇させてヴァレリオ達の背後の敵機に迫る。

相手は、こっちの動きを感知してないらしい。あんな出っ張ったキャノピーしてるっていうのに、うかつすぎるよ!
 

754: 2014/06/29(日) 21:16:40.40 ID:u7tIi3x+o

 私は速度を上げてヨーを効かせながらトリガーを引いた。曳光弾の軌跡が敵編隊を舐めるようにして撃ちぬいて行く。

それに合わせて、敵機の編隊が次々と爆発を起こした。

ようやく私の存在に気が付いたらしい残りの敵機2機が急な機動で回避行動に入る。

でも、その機体じゃなにをやったってダメなんだよ…すまないね!

 操縦桿を倒して機体を寝かせ、次いで思い切り引っ張って急旋回の機動で敵機に2機を追う。

すぐさま敵をHUDに捕らえて私はトリガーを引いてそいつらも処理する。さぁ、次は…!?

<カレン、後ろに付かれてるぞ!>

不意に、ヴァレリオのそういう声がした。まぁ、そうだろうね。順番的に私が狙われるのは分かってる。

<カレンさん!右旋回でこっちへ!援護します!>

デリクの声が聞こえた。でも、要らない心配だよ!

「デリク、こっちは自分で処理する!あんたたちは、アヤとマライアを見ててやってくれ!」

私は無線にそうとだけ怒鳴って、さらに機体を旋回させる。キャノピーの向こうに私の機動に追従してくる編隊が2つの6機。

距離はある…なら、あれが有効だろうね…!私は機体を水平に戻してスロットルを押し込み一気に機体を急上昇させる。

強烈なGがかかり、頭が白みそうになるところで耐Gスーツが反応して下半身が強烈に締め付けられる。

十分に上昇し、あたりに敵機がいないのを確認して私はインメルマンターンの機動に入り、

そのまま思い切りブレーキを効かせて機体を翻させる。

眼下に、のんびりとこっちへ上昇してきている敵が見えた。スロットルを押し込みながら、私はトリガーを引いた。

上昇中で機動力が落ちてきた敵機は私の銃撃をよけきれずに次々と爆散していった。

ふぅ、とため息をつきながら、上って来た分の高度を降りてまたヴァレリオ分隊とアヤ達を確認する。アヤ達も隊長達をうまく守れている。

ヴァレリオ達も、そつなくアヤ達へ接近する敵機を追い払って、あるいは撃墜していっている。いい感じだ。

あとはこのまま、隊長達があのデカ物空母を叩いてくれれば、今日の夜は祝勝会だね!

<敵空母接近!アルファ隊、上から攻撃をかけるぞ!高度を300上げろ!>

隊長の声が聞こえて、アルファがさらに高度を上げていく。

<マライア!アタシらはこの高度を維持!カレン、そっちは?!>

アヤの声が聞こえた。なんにも問題はない。私はこのまま、敵を潰し続ければいいだけ…

「こっちは平気よ!上を頼むわ…っ!?」

そう答えた瞬間だった。ガン、と鈍い金属音がして、コンピュータが警報を鳴らし始めた。撃たれた…?!

いったい、どこから!?私はとっさに旋回してあたりを確認する。でも、私を狙っている敵は確認できない。

その代わりに、上空に多数飛来している敵機を落とすための対空砲の曳光弾の閃光がまるで地上から上空へ降る雨のように、

無数に立ち上っていた。まさか、今の、対空砲部隊の連中が!?

「こ、こいつら!味方がいるの見えてないわけ!?」

<カレンさん、大丈夫ですか?被弾してますよ?>

「あぁ、大丈夫、飛ぶのに支障はないよ」

私はコンピュータで被弾箇所を確認してからデリクに答える。幸い弾は、エアインテークのカバーをかすっただけ。でも…

「でも、この対空砲は…!デリク、あんたも気をつけな!」

私はデリクにそう怒鳴る。地上のやつら、ミノフスキー粒子でIFFが効かないからって、手動でめちゃくちゃに撃ち上げてきてるんだ…

一か所や二か所だけじゃない、ジャングルの中から、これだけの数でそんな攻撃をされたら…!デカ物空母がさらに接近してくる。

襲いかかってくる敵機の位置を頭に入れながら、ヴァレリオ分隊とアヤ達に群がる敵機を追い払い続けるの!?

この無数に、不規則に飛び交う対空砲をかわしながら…!?
 

755: 2014/06/29(日) 21:17:29.04 ID:u7tIi3x+o

 そう思っていた次の瞬間、アヤ達の背後に旋回しようとした敵機を撃ちぬいたデリク機が対空砲の曳光弾に重なった。

「あっ!」

私が声をあげるのと同時にパッと、デリク機に炎が灯った。

<デリクが被弾!おい!火吹いてるぞ!>

<くそぉ!地上の奴ら、見境なしですよ!すみません、先に出ます!>

デリクの声が聞こえた。

<了解、デリク!気を付けろ!>

<役に立てなくてすみません!みんなも気を付けて!>

ヴァレリオの返事を聞いたデリクがそう言い残して、機体からイジェクションシートで脱出した。くそっ!

地上のやつら何考えてる!味方を落としてなんになるっていうんだ!

<こちら、上空のオメガ航空隊!地上の対空砲部隊へ!射線を一定に取ってくれ!空が混乱する!>

隊長の怒鳴る声が聞こえるけど、対空砲の打ち上げが変わる様子はない。

<マライア!食いつかれてる!右旋回!>

唐突にヴァレリオの怒鳴り声がした。しまった…!地上に気を取られて、援護を…!

見るとマライアは敵機2機に食いつかれて回避行動をとっている。

<マライア!低空へ逃げろ!上で回避してると味方の対空砲につっこんじまう!>

<はい!>

アヤの指示を聞いたマライアはスライスバックで高度をさげつつ速度を稼いでさらに敵機から逃げる軌道に入る。ちょうど、私のいる高度と同じだ!

「マライア!そのまま5時方向まで旋回しな!そうすればこっちの正面にでる!私が叩いてやる!」

私はマライアにそう指示した。

<了解!>

マライアの強張った返事が聞こえた。でも、マライアは空を切り取るんじゃないかっていう鋭い機動で旋回してくる。

私はマライアの機体を横目に見ながらすれ違って、マライアを追っていた敵機の後ろに回り込むと一連射で2機を撃墜した。

「よし!排除したよ!」

<あ、ありがとうございます!>

そう返事をした次の瞬間、今度はマライアが地上から撃ち上げてきた対空砲に重なった。

とたんに機体が揺らめいて、バランスを崩す…

「マライア!」

<だ、大丈夫です!支障なしです!>

マライアの報告が聞こえてくる。よかった…そう胸をなでおろしたのも束の間、今度はヴァレリオの悲鳴が無線に響いた。 

<くっそ!こっちも下から食らった!>

ヴァレリオ…!どこに!?私は対空砲の動きに細心の注意を払いながら機体を旋回させてヴァレリオ機を探す。

そこには、白い何かを引きながら飛ぶヴァレリオ機の姿があった。

「ヴァレリオ!無理しないで、あたしの後ろへ!着いてきな!」

私はそう指示をしてやる。すると

<了解!頼むぜ!>

とヴァレリオの返事が返って来るとともに、機体から伸びていた白い筋が消えた。燃料タンクをやられたんだね…

でも、爆発しないでよかった。燃料の流出を止めれば、まだ安全に飛ぶくらいのことはできる…それにしても地上のやつら!

完全に混乱しきってるじゃないか!空の戦闘はこっちに任せてあんたたちはおとなしく援護だけしてりゃいいんだよ!
 

756: 2014/06/29(日) 21:18:00.70 ID:u7tIi3x+o

「アヤ!下はダメだ!バカ対空砲部隊のやつら、敵も味方もあったもんじゃない!」

私はそう思ってアヤに怒鳴った。これは危険だ…すぐにでも高度を上げて密度の薄い空域へ移動する必要がある…!

<了解!隊長!中層域は対空砲の密度が濃すぎて危険だ!高度を上げるぞ!>

<了解した!すぐに退避しろ!気を付けて来い!>

アヤも同じことを考えていたようで、すぐさま隊長に言った。隊長からの返事を聞いたアヤはすぐに

<カレン!マライア!あと、ヴァレリオも!着いてこい!上にあがるぞ!>

と指示を出してくる。でも、次の瞬間

<だぁぁ!>

という誰かの声が聞きえた。

<くっそ、悪い、エンジンにもらった!>

ハロルド副隊長の声だ。まさか、ハロルドさんも?!

<アヤ、ブラヴォーの指揮を頼む!隊長、すんません!先に脱出します!>

私は上空にいたはずのハロルドさんの機体をさがす。

するとそこには、爆発する機体から何とか脱出したハロルドさんのイジェクションシートのパラシュートが開くところが見えた。

くそっ!デリクに、ハロルドさんも、敵じゃなくて、味方に落とされてる!

本当に地上のやつらは私たちを頃す気つもりなのか!?

 <上空からモビルスーツ!撃ってくるぞ!>

アヤの声に、私はもう一度空を見上げた。そこには、通り過ぎた空母の後部ハッチから降りてくるモビルスーツの姿が見えた。

下からは対空砲、上からは、モビルスーツのマシンガンとあの空母の対地機銃…!?待って、あのモビルスーツ…まずい!

「マライア、右上方へ回避!」

私は、マライアのとびぬけるその先に、敵のモビルスーツが降下していくのを確認してそう怒鳴った。

マライアが慌てた様子で機体を旋回させるけど、その機動に気づいたトゲツキがマシンガンを撃ち下ろし始める。

<くそ!マライア、もっとパワー上げろ!>

アヤがマライアに怒鳴った。パワーを上げても、その機動じゃモビルスーツの射界からは逃げきれない…なら!

「あたしが行く!マライア!そのまま逃げな!」

私はマライアにそう指示してスロットルを押し込んで機体を上昇させた。

<待て、カレン!そのコースはダメだ!>

アヤが私にそう言ってきた。おそらく、あのトゲツキの次に降りてきたヤツのことを言ってるんだろう。

私の視界にも入っていた。でも、このまま速度を上げていけば、あいつの下を潜り抜けられる…!

「マライアがヤバいのわかってんでしょうが!」

私はトリガーを引きながらマライアを狙っていたトゲツキめがけて上昇した。

2時方向から、アヤの機体がわざわざマライアの援護のために急降下してくるのが見える。

いや、マライアの援護だけじゃない。アヤ、あの機動でモビルスーツの注意を引いて、私の援護もするつもりだ…!

助かるよ…旋回して離脱するタイミングが一番危ないって思ってたところなんだ!
 

757: 2014/06/29(日) 21:18:28.95 ID:u7tIi3x+o

 アヤの機体と高速ですれ違った。

次の瞬間、トゲツキが飛び抜けて行ったアヤへ注意をひかれてマシンガンをマライアから外し、私の機体からも遠ざかった。

逃げるなら、このタイミング!私は機体をトゲツキから離れる機動で旋回させる。

上空にはすぐそこに次のトゲツキが迫っていた…

でも、この機動なら背中側からあいつの下を抜けて、マシンガンの射程距離圏外まで一気に飛び去れる…大丈夫だ!

 そう思った瞬間だった。ガン!と音がして、コンピュータからまた警報がなりだした。また…また、対空砲だ!

私はとっさにコンピュータを見やる。するとそこには、左のエンジン異常の警告が表示されていた。

エンジン…!?まずい!出力が…!

 出力が落ちれば、速度は上がらない。敵の下を抜けるこのコースには、速度は…絶対条件だったんだ…

このままじゃ!私はコースを変えようと操縦桿を握る手に力を込めた。

「あぁ、くそ!」

でも、次の瞬間、私の目の前には、トゲツキの背中があった。

 激しい衝撃と轟音とともに炎にまかれた青空が見えた。私は、意識が遠のくのを感じた。

自分が衝突したのかどうかも定かではなかった。強烈な力で体が揺さぶられている感覚だけが、微かに分かった。

 あぁ、しくじった…まさか、こんなドジを踏むなんて…こんななら、アヤの言うとおりにこのコースはやめておくんだったな…

まったく、最後の最後、こんな形で命令無視の報いをうけさせられるなんてね…。

 隊長…私をオメガに誘ってくれてありがとう。

あのとき隊長に拾ってもらえなかったら、私、あれからどうやって過ごしてたかな…

きっと、あのまま腐って、どこぞの敵に特攻でも仕掛けてたか、そうでもなければ、もっと早い段階で今みたいに氏んでたかもしれないね。

そう考えたら、本当に幸せな時間だったな…フレートも、ダリルも、ハロルドさんも、ヴェレリオにベルントも、本当に家族みたいだった。

デリクもマライアも、素直で健気でかわいかったな…アヤが、妹だ、弟だ、って胸を張ってたのを見て、

少しだけ優秀だった弟と妹のことを思い出したこともあったっけ。

それに…アヤ…。こんな私に優しくしてくれて、うけいれてくれてありがとうね…

あんたのおかげで、私、本当に大事なものを見つけることができたよ。ずっと見つけられなかった幸せを、

私はあんたのおかげで見つけることができたんだ…だから、ありがとう…

それから、命令守らずにこんなことになってごめんね…どうか私のように気にやまないでね。

悪いのは、いつまでも突っ張ってた私なんだから。ごめんね、アヤ…ありがとう…

―――カレン!このバカ!なんで命令守らないんだよ!

アヤの声が頭の中に響いてきた。ごめん…本当に、ごめん…


…待って…


頭の、中?

 

758: 2014/06/29(日) 21:19:07.52 ID:u7tIi3x+o


 けたたましい警報音が鳴り響いていた。体が不規則な方向にまるで振り回されるように揺さぶられている。

マイナスGで視界が赤らんで見える。でも…でも、私…まだ生きてる!

意識が戻ってそう気が付いた瞬間に、私はとっさにヘルメットと飛行服の隙間に手をねじ込ませて自分の頸動脈を押し込んだ。

嘘かほんとか、マイナスGのレッドアウトは、頭に血液が集まりすぎた際に起こるから、

もしものときはこうやって頭へと集まる血液を止めればいい、と言ってたのはフレートだったか…

 とにかく私は、瞬間的に気を失っていたらしい…でも、そう、でも…私は生きてる!状況は…状況はどうなってるの!?

私はそんな思いからキャノピー越しの外を見やった。時折地上が見えたり空が見えたりと目まぐるしく景色が移り変わっている。

落ちてる…落下してる!しかも、かなりの速度で、だ!

そういえば、トゲツキとぶつかる瞬間に力を込めた操縦桿に反応して機体がギリギリで旋回の機動に入っていた。

そして衝突した瞬間、薄れゆく意識の中で私が見たのは、炎と、空…

そして今私はコクピットの中にいてしかも落下しているらしい…状況的に、どうやら機首だけは衝突を逃れて、

トゲツキの脇か股の間をすり抜けて分解して放りだされたんだ…

でも、このままじゃ、遅かれ早かれ、激突氏は免れない…イジェクトを…でも、この状況で脱出して、無事でいられるの?

こんな不規則に回転したまま脱出したんじゃ、射出されたシートも慣性で回転を続けるに違ない。

そうなったら、パラシュートが開くどころか、そのままパラシュートにまかれて生身のまま落下していくことになる…

それももれなく激突氏…だとしらた…

 私は、まだぼんやりする意識の中で考え付いていた。とれる策は一つ。

森に突っ込む直前にこのキャノピーが空を向いた瞬間にイジェクションレバーを引く…

それなら、少なくとも落下のスピードと射出のスピードが吊り合う。

そうなれば、慣性が加わってシートが多少回転しようが、問題はない。

パラシュートが開かなくても、あの厚い木々の枝が、クッション代わりになってくれる…

そこは、アヤと一緒に撃墜されたときに、実証済み…賭けるならその一瞬しかない。

 私はそう決心をして、片手で頸動脈を抑えて視界を維持する無駄かもしれない努力をしながら、

もう一方の手でシートの下のイジェクションレバーを握った。

 そうだ…私は、生かされたんだ…

バイコヌールでも、オデッサでも、カイロでも、トンポリでも、オメガ隊と出会ったカサブランカでも…!

私は、たくさんの人が守ってくれたおかげで生きてこれた…!隊長に誘ってもらって、オメガ隊に支えてもらって、アヤに…

あんたに救われて、生きてきたんだ!こんなところであきらめてたまるか!

私がここで氏んだら、私のために犠牲になった人たちの命が、アヤ達が私にくれた想いが無駄になる…

そんなこと、許されるはずがないんだ!
 

759: 2014/06/29(日) 21:19:46.15 ID:u7tIi3x+o

 よく見なよ、カレン!回転の方向と、落下の速度を…!タイミングが鍵なんだ…!

 見上げたキャノピーに、森が見えた。コクピットは空の方へ向かって回転をしている…!

今だ!私はイジェクションレバーを思い切り引っ張った。体がGに押し込まれ、息が詰まる。

でも…高度は…?向きはどう…!?

 私は必氏になって、あたりを見渡した。森が…すぐ目の前に…!

そう思った瞬間には、私は全身を襲う鈍い衝撃とともに、生い茂る木々の中にシートごと突っ込んだ。

木々の枝が体に当たりあの時とは比べ物にならないくらいの痛みが体を襲う。

でも…でも…痛い、ということは生きてるって証拠…!

不意に、木々がなくなり…落ち葉と土と、まばらな雑草の生えた地面が見えた。

私は、そのときになって初めて怖い、と思った。想像していたよりもずっと早い…このまま衝突したら…確実に…

でも、そう思って両腕を顔の前で交差させて衝撃に備えようとした瞬間、別のショックが私を襲った。

パラシュートが、木の枝に引っかかって、落下の速度が急激に落ちた衝撃だった。

でも、そのおかげで私の体をシートに固定してくれていたベルトが食い込んで、激しい痛みが走った。

全身に力を入れて、ベルトの食い込みを抑えようとしたけど、骨が、軋む感覚があちこちに走った。

また、ガクン、というショックが来た。

あとから考えたら、それは、パラシュートのコードが切れて、再び私がシートごと地面に落ちていく前触れの衝撃だったんだけど、

そのときはそんなこと、思い浮かびもしなかった。

私はシートごと、4,5メートル下の地面にたたきつけられていた。

体が、動かなかった。痛くて痛くて、どうしようもない…

でも、それでも私は、骨が軋んで痛む腕を無理やりに動かしてベルトをはずし、シートの下からサバイバルキットを引っ張り出して、

地面に寝ころびながら、あたりを見まわした。

すぐ近くに、川が見える…この辺りって、ワニ、いたっけな?もし、出くわしたら…この腕で、拳銃、撃てるかな…?

救助が来るまで、どれくらいかかるだろう…ミノフスキー粒子の効果が薄れるまではどれくらいかな…?

ミノフスキー粒子が薄れれば、イジェクションシートの救難信号が届くはず。そうすれば、救助は必ず来る。

それまで…それまでの辛抱だ…どんなに痛くっても、どんなに苦しくても、最後まであきらめるもんか…氏ぬもんか…!

みんなに生かしてもらったんだ!

また…必ずみんなのところに、

オメガ隊に、私の、大事な家族のところへ、

アヤのところへ戻るんだ…!

約束したんだ…!

氏ぬもんか…絶対に、絶対に氏ぬもんか…!



 

760: 2014/06/29(日) 21:21:19.54 ID:u7tIi3x+o




―――い





――うい





――ンしょうい!


声だ…私を呼ぶ声がする…



誰…?誰なの…?


―レン少尉!少尉!


カレン少尉!


 ハッとして、私は意識を取り戻した。目の前には、なんだか懐かしい顔が涙目で私を見下ろしている。

 見下ろしている?待って、ここは…いったい?

そう思って体を起こそうとした瞬間、全身に激しい痛みが走って思わずうめき声をあげてしまった。

「ダ、ダメですよ、少尉!動いちゃ!」

懐かしい顔の、黒髪に、色黒で、相変わらずほっぺたにオイル汚れを付けたエルサが、

そう言って私の体にそっと触れて、ベッドに押し戻した。

 ベッド…私、今…?ここは、どこなの?

「エルサ…ここは?」

私は、ようやくそう声を出して、エルサに聞いた。自分で驚くほどに、かすれた声だった。

「病院です…!」

エルサはそう言いながら、ポロポロと溢れ出している涙を一生懸命になって拭いている。

待ってよ、エルサ…泣く前に状況を教えてほしいんだ…頼むよ、エルサ…

「軍の?」

私が聞くとエルサはブンブンと首を横に振った。

「ボゴタの市民病院です。カレン少尉、2週間前にここから30キロも下流の川べりで倒れてるのを地元の漁師さんが見つけて、

 慌ててここに運んだんだ、って…すぐに基地に連絡が入って、私いてもたってもいられなくて、飛んできたんですよ」

エルサは嗚咽を漏らしそうになるのをこらえて、私にそう教えてくれる。そうか…うっすら、覚えてる…

夢で見たような感覚だけど、意識も絶え絶えで、あれがあそこに落ちてから何日目の出来事かとか、

昼なのか夜なのかもよくわからないような状況だったけど、とにかく空になった水筒に入れる水を補給したくって、

サバイバルキットの中にあった浄水器をもって川べりまで這って行って、そこで動けなくなって…

それで、そのあと…確か、小さい漁船が来て…そこまで思い出して、私はハッとした。そうだ、みんなは?

隊の連中、みんな無事なの…?
 

761: 2014/06/29(日) 21:22:04.37 ID:u7tIi3x+o

「エルサ、あいつらは?オメガのみんなは、無事?レイピアもゲルプもヘイローもみんな大丈夫だったの?」

「オメガは、カレンさん以外は全員無事です。レイピアも、大丈夫でした。でも、ゲルプは3人、ヘイローでも2人戦氏者が…」

正直、よかった、と思ってしまった。

我ながら、なんてことを、とは思ったけど、それでも、オメガは私にとっては、他のどの隊のどの人たちよりも大切だったから。

「ヘイローとゲルプが展開した空域には、高射砲部隊の作戦域で、みんな、味方の高射砲に撃たれて氏んだって、言ってました」

そっちも、か…私は、あの戦闘を思い出して気持ちが滅入った。陸上の対空兵器群を指揮してたのはどの司令部だったか…

責任問題どころの話じゃない、銃殺ものだ。そうでもなきゃ、私が撃ち頃してやりたいくらいだ…。

まぁ、でもそのことは、今は良い…

「それで、私の容体は?」

「全身15か所の骨折と、あと、肋骨が肺に刺さりかかっていて、その個所からの出血が少しあったみたいで、手術をしたって聞いてます」

「そう…奇跡、ね…」

私はそんなことを呟いていた。

エルサはいよいよ我慢の限界らしくって、痛い、って言ってるのに、私の腕に顔を押し付けて、

手をぎゅっと握ってよかった、よかったと連呼しながら泣き出してしまった。

良かった、か。本当にそうだね…まだ、あまり実感ないけど、どうやら私は生きてるらしい…

よかった…本当に、よかったよ…

「そういえば、エルサ。隊の奴らに知らせてくれないか…?あいつらの顔、見たいんだ」

連絡が取れれば、きっといの一番にアヤが駆けつけてくれる。

命令無視したこと謝って、それから、また言い合いでもすれば、本当に生きてるんだな、って実感できそうな気がするんだ。

 でも、そう頼んだ私にエルサは言いにくそうにしながら、オメガとレイピアが、北米に出立した、という話を聞かされた。

オメガやレイピアの連中がわざわざジオンを追いかけてジャブローを出ていくなんて思えなくって、なんでだと聞いたら、

エルサはさらに言いにくそうに、私に耳打ちしてきた。

それを聞いた私は、体が痛いって言うのに、笑いをこらえきれなくなって、痛くて涙を流しながら、それでも大笑いしてしまった。

 エルサが機体の整備をしようと思って格納庫に入ったら、そこでレOプされた捕虜を連れ出すんだ、

と息巻いている隊長達の姿を見たんだそうだ。

それから、オフィスで問い詰めたら白状したので、

エルサ自身も協力して、隊の連中がジャブローから北米へ向かう輸送機に乗せる荷物の中にその捕虜を隠したんだそうだ。

その輸送機が飛び立った日の午後、留守にしてたオメガ隊の留守番をしてたエルサ達整備班のところに、

私がこの病院に収容された、って情報が入ったらしい。

あいにく、オメガ本隊は作戦地域へ行っちゃった影響で連らがつかず、いまだに私が氏んだと思っているらしい。

それにしても、まったく、我が隊ながら、あきれてしまう。呆れてしまうけど、オメガ隊なら、やりかねない。

何しろ、私たちは正義のためとか連邦のために戦ってたわけじゃない。

私たちはみんな大事な仲間を、大事な家族を守りたい、ってそう思って戦ってただけだからね。

うん、そう思えば、やりかねない、どころの騒ぎじゃない。

そういうことの一度や二度、必要に迫られればまよくことなくやってのけるやつらばっかりだ。

そう思ったら、またおかしくて泣きながら笑った。なんとか笑いを収めた私は気持ちを落ち着かせるために息を吐いた。

それにしても、そうか…北米に、ね…まぁ、みんなのことだ。何があったって氏ぬような無茶はしないだろう。

帰ってくるまでに、私もこの体、少しは治しておかないと、ね…
 

762: 2014/06/29(日) 21:22:47.86 ID:u7tIi3x+o

 そんなことを思っていたら、不意に、ピリリと電子音が鳴った。

エルサがあっと言ってポケットからPDAを取り出して画面をのぞいた。

「あ、ちょっと、すみません!」

エルサはそう言って病室から駆け出て行ったと思ったら、数分もしないうちにまた慌てて駈け込んで来た。

何かと思って聞こうとしたら、エルサはバタバタとPDAを私の耳元に押し付けてきた。

なによエルサ…いったい、どうしったって…そう思っていた私の耳が、PDAから聞こえる懐かしい声を拾った。

<おい…幽霊、じゃぁ、ねえんだろうな?>

これ…隊長の声…?私はエルサを見やった。エルサはもう、ボロボロに泣きながら

「今さっき帰って来て、それで、留守番のみんなに、カレン少尉のこと…聞いた、って…それで、電話を…」

と事情を説明してくれた。

<おい、聞こえないのか?>

また聞こえる、この懐かしいダミ声。

「あぁ、ごめんなさい、隊長。エルサが泣いちゃっててね…どうやら、生きてるらしいですよ、私…」

私がそう言ってやったら、電話の向こうで盛大に歓声が上がった。

口々に電話口で何かを言っているけど、私は、と言えば、エルサと一緒に、大粒の涙を流して泣いていてよく聞き取れなった。

 生きてる…私、生きて、みんなのところに帰れる…!そんなうれしい気持ちと暖かな安心感が胸の中いっぱいに広がって、

体が痛むのも忘れてただただ、泣いていた。

 0079年の、12月29日のことだった。


 

763: 2014/06/29(日) 21:23:14.13 ID:u7tIi3x+o





 何かが焼ける、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。カチャカチャと硬いものがかすかに触れ合う音や、ひそひそという話し声も聞こえる。

 うっすらと意識が覚醒してきて、私は心地よいまどろみに後ろ髪をひかれながらも目を開けた。ここは…どこ?

目に見える景色が、いまいち意識とつながらない。

まばゆい日差しが差し込んできている大きな掃き出し窓からは、青々と茂った芝生が見える。

広い部屋、大きなダイニングテーブルに、ソファーに…あぁ、そうか、ここはペンションのホールだ。私…眠ってたんだね…

 そのことに気が付いて、体を起こそうと思って手を動かした。

「あぁ、起きたな」

不意に声がかかったので見ると、キッチンから大皿を持ったアヤが出てきたところだった。

呆けている私を見て、アヤはあははと声を上げて笑った。

「大丈夫か?」

「あぁ、うん…私、昨日寝ちゃったんだ?」

「そうそう、ここで飲んでる間にな。そっちへ運ぶの大変だったんだぞ」

アヤはテーブルに大皿を置いてそう言ってくる。運ばれた記憶なんてもの、ほとんどない。

よっぽどぐっすり寝入っていたんだろう。だから、あんな夢を見たんだろうか…

懐かしい、辛かったり、怖かったりもしたけど、それでも暖かで、幸福な、あんな夢を。

「昔の夢、見てたみたいだったな」

アヤが今度は苦笑いでそんなことを確認してきた。

あの感応能力はそんなことまでわかってしまう、っていうのを今の私はなんとなく知っていた。

別に、アヤにそれを知られてしまうことになんの不快もない。むしろ、あの時間を一緒に過ごして…

私を助けてくれた彼女に知ってもらうことは、夢の中での気持ちを共有してもらえているようで嬉しくさえあった。

「うん…いろいろあったよね、あの頃は」

「そうだなぁ…ま、ケンカばっかりだったけどな」

「ふふ、そうだね。でも、それが楽しかった」

「…だから、それはやめろっての」

アヤがプイっとそっぽを向いてそんなことを言った。

そのしぐさを見て、私はハッと、自分がずいぶんと素直に、抵抗なくそんなことを口にしていたのに気が付いた。

いや、気が付いてしまったら猛烈に恥ずかしくなってくるものだと思ったけど、どうやらそんな気持ちも湧き起ってこない。

あんな夢を見たせいか…いつも以上に、気持ちが穏やかで開いているような、そんな感じがしていた。
 

764: 2014/06/29(日) 21:23:42.16 ID:u7tIi3x+o

 「悪かったね、こんな時間まで寝ちゃってて。手伝うよ」

私はそっぽを向いたアヤのために、そう話題を変えてやる。するとアヤはすぐに笑顔に戻って

「そっか?こっちはロビンとレオナいるから大丈夫だけど…あぁ、じゃぁ、お茶淹れといてくれよ。今一式持ってくるから」

「いや、自分で行くよ」

私はそうアヤに断って、一緒にキッチンへと入る。

レオナとロビンにおはようを言いながら、ティーセット一式を出してホールに戻って、お茶の準備をする。

この島特産の麦とハーブをブレンドしたお茶の香りがホールに漂い始めるころ、

ロビンとレオナが大皿に乗せたサラダやポテトなんかを運んできて、食事の準備が整った。

そこにレナとレベッカにマライアにマリオンもやってきて、朝食を摂る。

 昨日の島での話や天気のことなんかの、他愛のない話をしながらの食事は、それだけで気持ちがよくなるのに、

ロビンが作ったんだというこのスープの味は私が作るよりもよっぽど美味しいように感じられてさらに幸せな気持ちになった。

食事を終えてみんなで後片付けをして、食後のお茶をしながら今日はどうしようか、なんて話をする。

「あたし、昨日島に行けなかったから、今日も島に行くに一票!」

マライアがそう声を大にして言い張る。でもアヤはそれには渋々と

「いやぁ、今日はもうおとなしくしてたい気分なんだよ。二日連続で島ではしゃぎまわるのは、さすがに体力が持たない」

なんて言って反対する。そんなアヤを非難するマライアをよそに、レナがロビンとレベッカに話を振ると

「んー、アタシは美味しいのが食べたいかな」

「私は、楽しければなんでもいいよ」

なんて答えている。

「マリオンは?」

「私は…そうね、ここでのんびりしているのがいいと思う」

レオナとマリオンはそう言葉を交わしていた。

 思えば、面白い“家族”だよね。女ばかりが何人も集まって、それぞれ協力しながら毎日を楽しく過ごしてる。

オメガにいた頃のアヤがこんな生活をするなんて想像はしていなかった。あぁ、でも、違和感があるってわけじゃない。

単純に、こんな構成は想定してなかったな、って思うだけ。

これもあのニュータイプってやつの力のおかげなのかもしれないな、なんて思って、私は内心、すぐにそれを否定した。

だって、ここには私もいるんだ。

もちろん、一緒に住んでるわけじゃないし、入り浸ってはいるけど、まぁ、狭い意味で私はこの家の“家族”ではない。

でも、ここは私にとっては、あの頃のオメガ隊と同じで、どうしようもなく居心地が良くて安らげる、私の“家”そのものだった。
 

765: 2014/06/29(日) 21:24:24.31 ID:u7tIi3x+o

 「ねー!カレンさんも島がいいよね?ね!?」

マライアがそんなことを言って私に意見を求めてくる。私は、なんだかちょっとアヤと“あれ”をしてみたくなって

「私の意見なんて別にいいんじゃない?身内のことなんだし、身内で決めれば」

と言ってみた。するとアヤは待ってましたと言わんばかりに

「毎朝毎晩ウチで飯を食って、休みの日ごとにウチに来て一日過ごすような厚かましいヤツの言うセリフじゃないよな、それ」

なんて言ってきた。あんたが皮肉っぽい言い方をするなんて珍しい。私は内心そんな可笑しさを感じながらも

「あんた来てほしそうにするから来てやってるだけでしょ?」

と言ってやった。さて、照れるか、怒るか、どっちだろう?

「なんだと!?アタシいつそんなこと言ったよ!?母屋にあんた専用の部屋を準備してやろうか、って言っただけじゃないか!」

アヤは顔を赤くしながら、それでもそう言って私に言い返してきた。照れながら怒るチョイスだったか…

なら、乗っかっておいた方が楽しめそうだ。

「勝手に盛り上がって勝手に気を利かせただけでしょ!?そんなことされたら私居心地良くなってここに居座るよ!?」

「なんだと!?」

「なによ!?やろうっての!?」

「はいはーい、話が進まないから、それおしまいにしてね」

これから、ってときにレナがそう言って仲裁に入ってきた。なによ、レナ…

もうちょっとで二人でマライアに関節技をかけられるところだったのに…そう思いながら私はアヤと目と目と合わせて、笑いあった。

「で、カレン。なんかアイデアないのかよ?」

アヤは話をもどしてそう聞いてくる。アイデア、ね…ないこともないんだ。

ずっとペンション暮らしであんた達はあんまり遠出もできないからね…そのうち暇があったらやってやろうって思ってたことがあるんだ。

「これから私の機体でフ口リダの隊長のところを奇襲する、ってのはどう?」

私が言ったら、アヤとマライアにレナがパッと表情を輝かせた。

「いい!それすごくいい!」

「フ口リダかぁ、懐かしいな…!」

「それ楽しそうだけど、燃料代とかいいのかよ?」

「あぁ、うん。確か明日フ口リダへ届ける荷物があったはずだから、一日早いけどそれを運ぶついでにね」

私が言ってやったら、ワッとホールが沸き上がった。それからすぐに、準備に取り掛かる。

私は空港に出ているはずの我が社発足以来の、ううん、発足前から絶大な信頼を置いている整備部長に電話をして、機体の準備をお願いした。
 

766: 2014/06/29(日) 21:25:04.71 ID:u7tIi3x+o

 そんなことをしていたら、すぐに準備を終えたアヤが私のところにやってきて、嬉しそうな表情で私に言ってきた。

「ありがとうな、カレン」

バカ言ってるんじゃない。感謝したいのは私の方なんだ。

あなたが私の傷を受け止めてくれたから、あなたが私を支えてくれたから、あなた私と向き合ってくれたから、

今の私はこうしてここにいられるんだよ。ありがとうなんて、そんな言葉は、私にはいらない。

それは、私があなたに向けて言う言葉だ。その代わりに、私には、アヤに言ってほしい言葉があるんだよ。

わかってるだろう、ね?

 私はそう思って、アヤを見つめた。

そのとたんに、アヤは顔を真っ赤にしてそっぽを向いたけど、でも、私は負けずに、アヤをじっと見つめて首をかしげて促してやった。

ほら、早く言ってよね。

 そしたらアヤは、くっと喉を鳴らしてから、咳払いをして口を開く。

「…その、や、やっぱりあんたは…アタシの、その…」

「なによ、はっきりしないね?マライアの弱虫がうつったんじゃないの?」

そう言って発破をかけてやったら、ムッとしたアヤはちょっとむきになって言い放った。

「あんたはアタシの大事な親友で、アタシ達の大事な家族だよ!文句は言わせないからな!」

親友、ってだけで十分だったのに…やっぱり、アヤ、あなたにとって私は家族なんだね…ありがとう…本当に、ありがとう…

夢の中の気持ちを引きずっていたのか、思いもよらずにアヤの言葉が胸に響いてきて涙が出そうになったので、

なんとかそれをこらえて声をあげて笑った。

なんでそんな誤魔化し方をしたんだか、一瞬自分でもわからなかったけど、でも、たぶん、可笑しかったんじゃない。

本当にうれしくて、頭がおかしくなりそうなくらいに幸せで、私は思わず笑っていたんだと思う。

 それから、なんだか憤慨しているアヤをなだめて、二人して他の6人の準備が終わるまでホールのソファーでのんびりと話に花を咲かせていた。

「へぇ、カルロスのやつがねぇ」

「まぁ、もともと優良物件だったしね、彼」

「そうだなぁ、ハロルドさんの次くらいに優良だよな」

「ほんと、そう」

「な、カレンはどうなんだよ、結婚とか、彼氏とか」

「私?私は、今はまだいいかなって思ってる。今はさ、ここであんた達と一緒にいる方が私には十分魅力的で幸せだからね」

「…カ、カレン、やっぱり…あんたまさかアタシのこと好…」

「あぁ!もう、だから違うって!私はストレート!そういう意味で言ってるんじゃないよ!」

そう、でも、ね。私はあなたが好きだよ。何よりも、誰よりも好き。

何にも代えがたい、誰よりもそばにいたい、私の大事な大事な、私の恩人。私の、親友なんだからね。





 

767: 2014/06/29(日) 21:26:48.61 ID:u7tIi3x+o




 終戦から半年とちょっと。

軍の仕事もようやく落ち着きを取り戻してきて、戦争でふくらんだ軍人の数的整理なんかも始まった。

正規軍人の早期退役をするなら、退役金は1.5倍にするぞ、なんて広報もまわってきている。

 これを機に、というわけでもないのだけど、オメガ隊のみんなも、軍を去る決断をするのが何人か出始めた。

フレートは、アナハイム社の開発部に自分を売り込んで引きをもらうやいなや、

レイピアのキーラも一緒に入れろと無茶苦茶な言い分を押しつけて、半年後には二人してアナハイム社の開発部試験課へ引き抜かれることが決定している。

さすがは我が隊のエース。やり方は本当に無茶苦茶だけど、したたかな交渉と言えなくもない。

それから、ベルントも教師になるんだ、とかワケのわからないことを言って、退役を決めたらしい。

そして何より大きいのが、今年度いっぱいで隊長も退役を考えている、ということだった。

隊長がやめれば、この隊にこだわることもないし、それぞれがバラバラの道を行く決断をしても、それは仕方のないことだろう。

私は、最初はそれをさみしく思うのだろうと少し不安だったけれど、いざそういう話になってみると、

想像していたよりもショックを受けなかった。そんな話をしたら隊長は笑って

「いつまでも子どもをやれる子どもなんていやしねえ。十分遊んだら、自然に独り立ちしていくもんなんだよ」

なんて言っていた。そうかもしれないな、なんて私は思った。

アヤとこの隊に十分に幸せをもらった私は、いつのまにか、本当の強さってやつを知らずに身に着けているのかもしれない。

それがなんなのかはまだよくわからないけど…でも、不思議とそんなような気がしていた。

 そんな0081年の7月のことだった。

かねてより計画されていた一大作戦を決行するために、私達はレイピア隊と一緒に4日間の休みをとって、

ジャブローから北の中米はカリブ海の南岸に浮かぶアルバ島という島にいた。

これをやりたいがために、隊長は私の生存を彼女にはひた隠しにしてきた。もちろん私も口止めをされていた。

この半年ほど、どれだけ会いたいかと思うこともあったけど、でも、隊長の言う計画に乗っかって、

彼女の驚く表情を見てみたい、という葛藤にずいぶんと悩まされた。

まぁ、嬉しい悩みには違いなかったけど、それもこの滞在で全部すっきりさせることができるんだ。

 到着したその日は一日島を見て回って。

ホテルに泊まった翌日の朝、食事を終えて一休みしていた私達の中にいたマライアのPDAに連絡があって、

私たちはその足で荷物を抱え、アヤが経営してるっていうペンションに向かった。

話じゃ、マライアと生活してるソフィアとは別の捕虜を連れて逃げたアヤは、

今はその子と一緒に夢だったと言っていたペンションをやっているらしい。

まったく、アヤらしいと言えばそうだけど、相手がどんなやつだろうが、たちまち心を開かせちゃうんだから、本当にすごいと思わされてしまう。
 

768: 2014/06/29(日) 21:28:22.51 ID:u7tIi3x+o

 ペンションについた私を、その元捕虜のレナ、って子が出迎えてくれた。

明るくてハキハキした感じの子で、物静かで毒のあるソフィアとは違った魅力のある子だった。

私達を中に案内してくれた感じはすごくしっかりしていてまじめで、なんだか私とも気の合いそうな子だな、と感じていた。

部屋に荷物を置いて、アヤの誕生会の準備で私は庭でバーベキューのコンロをセットしていたら、そこにそのレナって子がやって来た。

「あの、カレン、さん」

「あぁ、カレンでいいよ。私もレナって、そう呼ばせてもらうからさ」

私が言ったら、レナはアヤに似た、嬉しそうな笑顔で笑った。

「どんな人かと思ったら、気が合いそうな人で安心したよ」

コンロの準備を手伝ってくれながら、レナはそんなことを言ってくれる。

「ははは、私もそう思ってたところだよ。よろしくね、レナ」

「うん、よろしく!アヤがカレンのことを話すたびに、口が悪い、態度が悪い、なんて言ってたけど、全然そんなことないのにね」

「あぁ、それはアヤ相手にだけだからね。なんだか反りが合わなくってさ」

そう言った私を見て、レナはクスっと笑った。

「なにかおかしなこと言った?」

そう来てみたら、レナはにこっと笑って、私に言ってきた。

「ごめんごめん。今の顔、アヤがカレンのことを話すときとそっくりで、思わず」

レナはそう言ってからまた、クスクスっとおかしそうに笑った。

 それからまた、私はレナとお互いのことを話しながら準備を進めた。レナは思った通りの明るくてまじめでいい子だった。

そうだね、ちょうど、私とアヤの中間って感じのする子だ。私は自分で明るいなんて言えるほど明るくはないけど、

まぁ、まじめすぎるとはよく言われてきた。アヤは明るさだけが取り柄みたいなやつで、律儀ではあるけどまじめとは違う。

そりゃぁ、アヤのことを親友だと思ってはばからない私が、レナと仲良くなれないわけなんてあるはずもないだろう。

 外の準備を終えてから、こんどはホールの準備も手伝った。

なぜだか、初めてくるはずなのに、アヤが生活している気配がするからか、ペンションの中は居心地が良くて、

もうずっと長い間慣れ親しんでいるような、そんな感覚だった。準備を終えてあとはアヤが帰ってくるのを待つだけ。

隊長がまた、相変わらずのお祭り騒ぎで役割分担を決めて、それぞれの配置につく。と、表から車のエンジン音がした。

アヤが帰って来たらしい。

 レナが隊長の調子に合わせて敬礼なんてしながら、ホールの外へ出ていく。

ふと、私は自分の胸が高鳴っていることに気が付いた。緊張が少し、と、あとは、興奮だ。

アヤに会える、生きて、また彼女に会って、話ができる…そう思うと、なんだかいてもたってもいられない心地だった。

 コン、と一度だけ、ドアをノックする音が聞こえた。合図だ。

と、すぐにギッとドアが開いて、そこからひょいっと、あの、短髪で明るい顔をした、

ずいぶんとあってないように思える私の親友が顔を出した。

 けたたましいクラッカーの音とともに、オメガとレイピアの男連中が叫んだ。

「アヤミナト元少尉!ハッピーハースデーイ!!!」

「あ、あ、あ、あんた達、こ、ここで何してんだ!?」

アヤはまるで気が付いてなかったんだろう。本当に驚いて、目をまんまるにして戸惑っている。
 

769: 2014/06/29(日) 21:29:36.58 ID:u7tIi3x+o

 そんなアヤの前に、ソフィアを連れたキーラが進み出た。

「あ!ソフィアじゃないか!なんだよ、怪我、大丈夫なのか!?」

アヤの顔がパッと明るくなってソフィアを軽くハグして聞いている。

「おめでとうございます!マライアから話を聞いて、ぜひお祝いしたいなと思って来てみました!」

「ありがとう!すげーうれしいよ!」

なんて喜ぶアヤを見ていたら、ソフィアの隣に立っていたキーラが私とリンの方をチラっと見つめてきた。

リンがコクっとうなずいて、今度はリンが私にアイコンタクトをしてくる。わかってるよ。

じれったいけど、その方が楽しそうだってのは同感だからね。

 私はリンの陰に隠れて、ゆっくりと歩く背中についていく。

ソフィアとキーラが脇へずれて、リンがアヤのすぐ前に立って、キーラたちと同じようにふっと横へと体を移動させた。

 私はすくっとたって、目の前にいるアヤをじっと見つめた。

半年しかたってないんだからそうそう変わるようなもんでもないとは思うけど、でも、

実感的には10年も会ってないような気がしていて、私はアヤをまじまじと見つめていた。

本当に、最後に会ったあのときと変わってないアヤが、そこにはいた。

アヤはまるでこの世のものとは思えない、幽霊でも見たような、愕然とも呆然とも取れない、すごい顔をした。

その顔があんまりにも面白くって、思わずクスっと笑ってしまう。

でもアヤはそんな私に一歩、また一歩と近づいて来て、ペタペタと確かめるように私の頬を触って来た。

私には、アヤの不思議な力があるわけじゃないけど、でも、アヤが今までみたことのない、

嬉しさで涙を浮かべた表情を見て、私は、アヤに言っていた。

「ただいま、アヤ」

そしたらアヤは私の来ていたシャツの襟をぎゅっと握って、目からいっぱいの涙をあふれさせて叫んだ。

「…カレン…カレン!カレン!!あんた!生きてたんだな!!」

そう言って私に飛びついて来たアヤは力いっぱい私を抱きしめてきた。

正直、相変わらずのバカ力に参りそうになっていけど、でも、私の方も膨れ上がる喜びに体を突き動かされていて、

たぶんアヤと同じくらい強く彼女の体を抱きしめ返していた。

「会いたかった、アヤ…また生きて会えたよ…!」

私はアヤの耳元で、涙と嗚咽に混じらせてそうささやいていた。アヤも、

「うん…うん…!」

とただただ繰り返してくれていた。

 それからは、いつもどおりオメガ隊名物の大騒ぎで、久しぶりにお腹のそこから声をだして笑って怒って暴れて、

とにかく力いっぱい楽しんだ。

 戦争当時のまま、私たちは、あのとき私が願ったように、誰一人欠けることなく、同じ時間を過ごすことができた。

名目はアヤの誕生パーティーだったけど、そんなさなかにアヤは私に言ってくれた。

「あのとき言ってた、帰還祝い。やっとできたな」

って。その言葉がまた嬉しくて、私は、アヤにケンカを吹っかけて、マライアを巻き添えに暴れた。
 

770: 2014/06/29(日) 21:30:37.99 ID:u7tIi3x+o

 そう、そうだ。この感覚、この幸福感なんだ。私がずっとずっと欲しかったもの。アヤとオメガ隊が、私にくれたもの。

そして、たとえオメガ隊から独立したとしても、ずっとずっと大切にしていきたいもの…

気が付けば私は、そのためにはどうしていけばいいのか、なんてことを考えていた。

 その答えは、夕方、一人、また一人、と酒に倒れて三々五々の解散になったあと、

海の見える部屋で一人、外を眺めなていたら思いついた。

昼間、この島を見て回って、空港があるのに、島には運輸会社のないことに気が付いていた。

船便も航空便もそれほど数が多いわけでもなさそうだった割に、市街地には結構な人が住んでいるようだったし、観光客もかなりの数だ。

このカリブ海沿岸地域は確か、ビスト財団にボーフォート財団、あと、ルオ商会の資本が入っているホテルや旅行会社やなんかが多かったはず。

この島も、今はそれほど栄えてる、ってわけじゃないけど、昼間ここから見える海はきれいだし、アヤは泳いだりもできるんだと言っていた。

戦争も終わったことだし、観光事業もこれからは伸びてくるだろう。

だとしたら、荷物や客を運ぶ仕事は、案外、このカリブ海の小さな島々と北米や南米にヨーロッパをつなぐ航路は手付かずなところが多いんじゃないのか。

そこに、稼げるタネが転がっていそうだな。
 
 まったく、現地の状況をそんな目で見て、こんなことを瞬時に思いついちゃうのは両親譲りなのかもしれないね。

あるいは、落ちこぼれと言われて来た私だけど、それでも、たくさんのことを教えてもらってきて、

身に着けることができていたのかもしれない。

他人が聞いたら、理不尽に思うかもしれないし、私自身も頭ではそう思ってはみるのだけど、

不思議と脈略もないのに自然に私の心に、温かい気持ちがわいてきていた。

 父さん、母さん、生んでくれて、私を育ててくれて、軍へやってくれて、ありがとう…。
 

771: 2014/06/29(日) 21:31:30.03 ID:u7tIi3x+o

 そんな思いを胸に抱きながら、私はPDAを取り出して電話をかけていた。

<もしもーし>

「あぁ、私」

<少尉!アヤさんとの再会、どうでした?>

「あぁ、うん…泣いちゃったよ」

<あはは、そうでしょうねぇ、親友ですもんね!>

「やめてよ、それ。それよりも、ね、エルサ。相談なんだけど」

<はい?なんです?>

「私ね、軍をやめて会社を興そうと思うんだ。このアルバ島って島を起点に、お客や物を空輸する会社」

<そうですか…でも、戦争も終わったし、そういうのもいいかもしれないですね。さみしくなりますけど…>

「ううん、そうじゃないんだ。企業の資金の多少の援助と、それから空輸のための飛行機を整備してくれる人間が必要だなって思ってるんだよ」

<えっ、それってつまり…>

「うん。あんたと兄貴と私とで、さ。戦争とは違うけど、また一緒にやってほしいんだ。どうかな?」

<はい…はい!ちょっと、今兄ちゃんに聞いてくるんで、えっと…そうだ、またすぐ連絡します!>

「あぁ、うん。急ぎじゃないから、ゆっくりでいいよ」

私はエルサにそう言って、それから二、三、言葉を交わして、電話を切った。

 それから、胸の中に満ちてくる充実感に、身をゆだねていた。

 いいじゃない。

今度は、この島で、アヤ達と、エルサ達に支えてもらいながら、氏ぬ心配のない新しい戦いをするっていうのものさ。

だって、私は生きているんだ。たくさんの人に助けられて、こうしてここにいるんだ。

自分のできることを、やれることを、精一杯やらないではいられないじゃない。

 生きていく、っていうのはきっとそういうことなんだ。

幸せのために、私たちは精一杯に生きて、そして、一日を笑って終える。

そう、あの頃、オメガ隊のみんなと、アヤと一緒に過ごしたあのときのように、ね。






――――――――――To be continued to their future
 

772: 2014/06/29(日) 21:32:09.87 ID:u7tIi3x+o

お読みいただき、感謝!
 

785: 2014/07/04(金) 00:33:13.06 ID:TajAFm+Qo




 おかしい。絶対におかしい。私は、再三にわたるチェックの末に、そのことに気が付いた。

この記録…一見すれば、なんの問題もなく処理されてはいるが…

多方の情報を組み合わせて考えると、あまりにも“取って付けた”ような処理の仕方だ。

何者かが作為的にこの処理を行い、それを隠ぺいした、と取れなくもない…確たる証拠はない。

だが、明らかに不自然な処理であるように思えてならない。

「おう、精が出るな、新人」

直属の上司が、さっきからキーボードをたたき続けている私を見て、そう声を掛けてきた。

私はまだこの地域には赴任してきたばかり。これでも、以前いたアフリカでの検挙率はトップクラスだった。

栄転へのステップとして、この中米支部の勤務を1年こなせば、あとは晴れて官僚の仲間入り。将来は安泰、というものだ。

「ターナー主任。この住民票、どう思われますか?」

私はコンピュータのモニタを指してそうたずねてみる。主任は情報に目を走らせてからいぶかしげに

「別に…普通の住民票だと思うが?」

と首をひねる。

「移民の処理の箇所を見てください。サイド6からの福祉関連職のための移民と記載がありますが、

 その際の職務経歴が、これはまるでロンダリングの手口です」

「職務暦をロンダリング、ねぇ。不正移民だと言いたいのか?」

「その可能性は否定できないと思います」

私が言うと、主任はむぅーと唸って腕を組む。それからややあって

「現在の居住地は?」

と聞いて来た。私は、キーボードをたたいて現住所を表示させる。

「…中米、ベネズエラの、アルバ、とあります」

「あぁ、あの島か…」

主任はそれを聞くなり、渋い表情をした。それからバンと俺の肩を叩くと

「あそこは、ルオ商会とボーフォート財団のお気に入りだ。不自然に見えるその経歴も、おおかたその関係からだろう。

 やるだけ無駄足だ、今日はもう帰って休め」

と言ってきた。ルオ商会に、ボーフォート財団…。

ルオ商会と言えば、先のグリプス戦役以降、地球保護を名目にティターンズと戦い、

ネオジオン関連紛争ではネオジオンとも戦ったカラバの母体であり、

一貫して地球環境と経済市場の保護と言う観点で独自の活動を行っている経済団体。

二つの紛争以降、その功績から連邦政府に大きな発言権と影響力を得つつ、

しかしそれをほとんど行使せずに地を這うような活動を続けている。

対してボーフォート財団は、宇宙世紀黎明期から、医療と福祉関連企業を抱え、

宇宙へ移民をするほどの人口爆発を起こした人類の身近な生活に根を下ろしている団体だ。
 

786: 2014/07/04(金) 00:33:42.07 ID:TajAFm+Qo

いずれも、政府や市民にとって重要な役割を果たしている組織。

両者とも、その強力な基盤ゆえに市場の独占疑惑などと言ったうわさが聞こえてこないでもないが、

そのあたりは我々の職務の範囲ではない。

確かに、殊ルオ商会の関係者であれば、今や連邦政府軍にとっての第三者的軍事組織として、

紛争時や戦争時の助力、仲裁を受け持つ役割を暗に認められているカラバに関連する人間である、とも考えられる…

が、移民日は、0079年の12月2日…。果たしてこの時期に、カラバと言う組織が存在したのかどうか…

そして、どんな理由でこんな処理をする必要があったのかは、調べてみる必要がありそうだ。

 アンナ・フェルザー。モニターに映る、不自然な住民記録の当事者だ。



 

787: 2014/07/04(金) 00:34:31.03 ID:TajAFm+Qo




 数日後、私は、住民票の職務暦にあった最初の職場のあった場所に出向いていた。コロンビアの、カリ。

住所的に、このあたりだったはずなんだが…めぼしい建物が見つからない。

 しかたなく私は、一度その場を離れて街の役場へと出向いた。受付でバッヂを見せて名乗る。

「私は、連邦移民局第9課のクラーク・アルジャーノン捜査官です。

 お伺いしたいのですが、この住所に、カリ・チルドレンホームと言う児童福祉施設がありませんか?」

用件を伝えると、受付にいた係の女性は私の示した住所を見て、あぁ、と声を上げた。

「こちらでしたら、昨年のグリプス戦役のジャブロー事件を受けて、カリブ海の…

 なんとか、ってところに移転いたしましたよ。確か…アルバ、と言う島だったと思いますが…」

アルバ…!?あの島へ?移転に伴って、あのアンナ・フェルザーもそれに着いて行ったのか…

いや、アンナ・フェルザーがアルバに移住したのは、記録によれば、移民して1年ほど。

79年に移民し、アルバに移住したのは82年のはずだ。施設がアルバに移転したのは、88年…

アンナ・フェルザーが施設移転を支援した、と考えるのが自然だろうが…やはり、なにか引っ掛かるものを感じる。

「そうか、ありがとう」

私はそうとだけ礼を言って私は役場を出た。やはり、このヤマ、何かが妙だ…よくよく調べてみる価値はある、か。

栄転前の、最後の大きなヤマになるかもしれない。

そんな感覚を胸に、わずかな興奮とともに私はオフィスのある中米移民局へと戻った。

 コーヒーを淹れてデスクに座り、思考を巡らせる。気になることは、いくつかある。

まず、やはり最初にひっかかった部分だ。アンナが移民したのは、1年戦争の真っただ中。

まだ北米がジオンの勢力圏にあった時期だ。

こんなタイミングでわざわざ中立宣言をしていたサイド6からジャブローにほど近いこの場所に移り住んできた、と言う事実。

そして、その後、職務を転々としている点だ。移民から1年間の間に、3回仕事を変えている。

いずれも福祉関係の職だが、そのどれもが4か月ほどで退職。そして、最後の仕事を辞めてからは、週職歴がない。

日付的に、仕事を辞めてからアルバ島へ移動したようだが、その後の記録がない。住民税の支払い記録はあるが…

それ以外の生活の様子を示す情報が一切ない。やはり、なにか妙だ…

この手の住民票は、テ口リストの隠れ蓑として利用されてるケースがいくつかある。

あるいは、不法移民に金で取引される類の住民票の可能性もある。

いずれにしても、決定的な証拠をつかむには、アルバ島へ赴いてこのアンナ・フェルザーという人物を探して話を聞く必要がある、か…

 私は、そう決心して主任に明日、アルバ島へ出向く出張届を提出した。主任は相変わらず渋い表情で

「無駄足になるだろうから、やめておくべきだと思うが」

と言ってきたが、私は首を横に振った。無駄足になろうとも、真実を確認し不正を解き明かすのが私の職務であり、正義だ。

 デスクに戻り、明日の出張のためにアンナ・フェルザーの情報をさらに収集しようと、

スリープ状態になっていたコンピュータをキーボードをたたいて起動させたときだった。

私は、モニターに何か、見慣れぬ表示が出ていることに気が付いた。

“No Data”

…データ、なし?バカな…確かに、今の今まで…!

私はキーボードをたたいて、アンナ・フェルザーの住民票を表示させようをするが、

何度入力しても出てくるのは“No Data”の表示。データが消えたのか…?あり得ない…!
 

788: 2014/07/04(金) 00:35:08.03 ID:TajAFm+Qo

再び移民によってどこかに移転したのであれば、その旨の記述が載る。氏亡した場合も同じく、氏亡の記述が付く。

データが消えるなどと言うことは、住民票データにはあり得ない…誰かが意図的に削除したのでなければ…!

「主任!台帳サーバーにハッキングの可能性が!」

「なんだと!?」

主任はそう声を上げて慌てて私の下へ駆けて来た。モニターを覗き込み、私がしたように何度かキーボードを叩くものの、

同じ“No Data”の表示しか出てこない。

「こいつぁ…いったい…」

主任がそう口にした瞬間、突然俺のデスクの電話が鳴り始めた。

タイミングが…まるで謀られたようで、俺は恐る恐る、その受話器を上げていた。

「移民局中米支部、第9課…」

俺がそう名乗ると、受話器の向こうからくぐもった声が聞こえた。

<アルバ島ニ、近付クナ>

ボイスチェンジャーか何かで変えられている…まさか、こいつが、アンナ・フェルザーか?

「アンナ・フェルザーか?」

私はそうたずねたが、相手は一切それには答えず、一方的に告げてきた。

<アルバ島ニ、近付クナ、クラーク・アルジャーノン捜査官>

こいつ…私の名を!?

そう思った次の瞬間には、バツっと電話は切られた。


 

789: 2014/07/04(金) 00:35:54.45 ID:TajAFm+Qo



 翌日私は、朝一番の便でアルバ島へと赴いていた。空港に着陸し、飛行機を降りた私を強烈な日差しが襲った。

中米支部のあるニカラグアも相当の暑さだが、この島の暑さはまたニカラグアと違って強烈に感じる。

ともかく、まずは昨日頼んでおいた現地の支局員と合流しなければ。たしか、アントニオ・アルベルト、と言ったか…

 私は、滑走路からターミナルの中に入り、カラカス支局員のそのアルベルトという男を探す。

話では、旅行社の人間のふりをしている、とのことだから…あの辺りか…

私はターミナルの出口の近くで、色とりどりのサインを掲げている一団に目をつけ、歩み寄って行く。

その中に、「ニカラグア・アルジャーノン様」と書かれたサインを持っている男を見つけた。

男は、名前から感じられる南米系の人種ではなく、どちらかと言えば、東欧系の顔立ちをしていた。

服装は、ラフなシャツにハーフパンツ。頭にはサングラスを付け、見かけだけではけっして移民局の人間には見えないが…

「アルジャーノン様ですね」

彼は、スーツ姿の私を見てそう聞いて来た。

「ああ。君が、アルベルトかね?」

「えぇ、はい。その恰好は、この島では目立ちます。着替えを用意しているので、そちらにお召し替えください」

アルベルトはそう言って、私にそっと紙袋を渡してきた。ローマに至らば、ローマ人のするようにせよ、か。

ここは、この地域に詳しいこの男の言葉に従うべきだろう。

 そう思った私は、すぐさま空港のレストルームへと向かった。

紙袋の中には、アルベルトの着ていたような、ラフな服装が一式、丁寧に折りたたまれて詰められていた。

洗面台にそれを置き、ネクタイを外しシャツを脱ごうとボタンをはずしているときだった。

レストルームのドアが開いて、大柄な男が一人、入ってきた。

男は鼻歌混じりに用を足すと、そのまま私の隣の流し台で手をすすぎ、剃りこみの入った短い髪を撫でつけた。

ふと、鏡越しに男と目が合う。男はすぐさまその視線を逸らしたが、その刹那に、流し台に一枚のカードを置いて、

また鼻歌混じりにレストルームから出て行った。

 今の男…何者だ?そう思いながらも、私は男の置いて行ったカードを手に取って、中を見てみる。

「支局員アルベルトは暗殺され、替え玉の可能性あり。注意せよ。中米公安部」

こ、公安部だと!?なぜ公安がこんなところに…!?私は慌ててレストルームから飛び出してあたりを見回したが、

あの男の姿はどこにも見えなかった。

その代わりに、アルベルトがレストルームの前に立っていて、怪訝な顔をして私を見つめて言ってきた。

「どうしました…?そんな恰好で…?」

「い、いや…なにもない」

私は動揺をなんとかこらえてレストルームの中に戻り、着替えを済ませて出て行く。

私の姿を眺めて満足そうな表情をしたアルベルトは、ニタっと笑って

「それじゃぁ、車を回しておきましたんで、こちらへ」

と私を案内する。 
 

790: 2014/07/04(金) 00:36:53.37 ID:TajAFm+Qo

我々は、移民局でも不正移民への対応を行っている部署。

もちろん、拳銃の携帯は許可されているし、現に今も持ってはいる。

しかし、このラフな出で立ちのまま腰にぶら下げていたのでは目立ってしかたない。

スーツであれば背広の内側に隠して置けたのではあるが…

まさか、この姿に着替えさせたのは、そう言う意味があってのことか…?

もし、アルベルトが実際に暗殺されていたとして、この男が替え玉だとしたら、一体何者なのか…

あるいは、アンナ・フェルザーという戸籍を使っているのがこの男か?

いや、しかし…だとするならば私の前に姿を現す意味合いが分からない。

[ピーーー]つもりなのであれば、こんな回りくどいやり方をする必要もないだろう。

何かほかに狙いがあるのか、公安部の情報にミスがあるのか…

 そう考えているうちに、私はアルベルトの用意してくれたという車までたどり着いた。

やや古ぼけてはいるが、いたって普通のエレカだ。

「まぁ、乗ってください。まずは、どこに行かれますか?」

車のドアを開けながら、アルベルトがそう言ってくる。

「カリから移転してきた児童施設と言うのを知っているか?」

「カリから…?あぁ、あそこのことかな…はい、ではそこへ?」

「あぁ、頼む」

私は車の後部座席に乗り込みながら答えた。アルベルトが運転席に乗り込み、車を走らせる。

 空港の敷地内から出て、車は一路市街地へと向かう。

「アンダーソン捜査官、今回はどういったヤマなんです?」

「いや、なんのことはない。ただの実地調査だ」

「わざわざ、実地調査でこんなところまで?」

「ああ。9課とはいえ、いつだって不正移民を追いたてているわけではない。

 そう言った人物の温床になるような箇所をあらかじめ押さえておくのも、我らの職務の一環だ」

アルベルトが逐一、そんな話をしてくるが、私はそうしてのらりくらりと答えを曖昧にする。

この男を信用するのは危険かもしれない。そんな警戒感が働いていた。
 

791: 2014/07/04(金) 00:37:29.89 ID:TajAFm+Qo

 ふと、アルベルトが歩道の方に目をやった。そこには、エレカ用のパワースタンドがあった。

「アルジャーノン捜査官、申し訳ありません、すこし、充電して行ってもかまいませんかね?

 狭い島とはいえ、道端で電池切れなんてシャレになりませんから」

アルベルトはそう言うと私の答えも聞かずに車をスタンドに入れた。

「すぐすみますんで、少々お待ちください」

アルベルトはそう言い残して車を降りる。

充電ユニットを車に取り付け作業をしているところを見ると、本当に電力を補給しているようだが…

何を仕掛けて来るかわからない。気は抜かないようにしておかねば…

 そう思っていた私の鼻に、何かが香った。甘い、シロップのような香りだ。

スンスンと鼻を鳴らしてそれをさらに吸い込む。この匂い…急に、どこから…?

その瞬間、私は突然にひどいめまいに襲われた。これは…ガス!?催眠ガスか!?

そのことに気付いて、私はドアを開けようとノブに手を伸ばすが…開かない!しまった…!

あの男、やはりなにか目的があって…!私は、慌ててブリーフケースにしまっておいた拳銃を取り出そうとするが、

目の前が揺らめき、それどころではない。ブリーフケースのダイヤルロックのナンバーがゆがんで見えない。

くそっ…まずい…これ、は…まず…い…

 そうして私はまるで泥沼に沈んでいくように意識を失った。



 

792: 2014/07/04(金) 00:37:59.16 ID:TajAFm+Qo




 叩きつけるような衝撃と、皮膚が避けそうになるような低温で、私は目覚めた。暗い。何かで顔を覆われているらしい。

どうやらイスに体を固定され、後ろ手に縛られているようだ。脚の自由も効かない…イスの脚に括りつけられているのか…?

 私としたことが、うかつだった…やはりあのアルベルトは偽物だったのか…?

公安を名乗る男の言ったとおりだったというわけだ…しかし…ではいったいどこの手の物か…

 「お目覚めかな?」

不意に、男の声が聞こえた。先日の電話と同じく、ボイスチェンジャーで声を変えているようで、奇妙なノイズの混じった機械音だ。

「誰だ…?私をどうするつもりだ?」

私が聞くと、声の主がそばに歩み寄ってくる気配がした。と、私の右足に、何かが括り付けられる。

「勘違いするなよ。質問するのはこちらだ」

声の主はそういうと、私の頭を小突いてくる。それから私の周囲をぐるりと歩いているのがわかる。

「さて…貴様は、どこの組織の者かな?」

「私は、移民局第9課所属のクラーク・アルジャーノン捜査官だ」

私はそう伝えた。質問からして、妙だ。私をとらえているこの男は、私の身分を知らずにとらえた、というのか?

先日オフィスにかかってきた電話では、私の名を知っていた…ここへ来ようとしていることもわかっている口ぶりだった。

こいつは、それとは別口なのか…?

「移民局、だと?ふざけるなよ、なぜ移民局が我々を追う必要がある?痛い目を見ないうちに、正直に話した方が身のためだ。

 俺はまだ親切な方なんでな。軍部の人間か?それとも、治安警察や公安ということもあるまい?」

この声の主、いったい何を言っている…?軍部?公安?違う、私は…

「本当だ。私は移民局9課の人間だ。問い合わせてもらえばわかる!」

私は声を上げた。するとどこからか笑い声が聞こえる。

「貴様の名は、移民局9課には存在しなかった。我々がそんなことを調べもしないと思うか?」

同じ、ボイスチェンジャーにかかった声色だが、私の周りを歩き回っている人物とは、別の方向から聞こえた。

複数人いる、ということか…それにしても、今の話はどうことだ?ブラフなのか…カマをかけているつもりなのか…

私の名がないはずはない。だが、こいつらは、私の所属を確認できる立場にいるのか?

「おい、余計なことを言うな」

私のそばにいた人物がそう釘を刺した。ボイスチェンジャーのスピーカーだけを私の耳元に近づけてきて

「正直に答えろ。さもなくば、貴様を証拠も残さずにこの世界から抹消すること程度は、簡単なことだ」

と言ってきた。いったい、なんだというんだ…私はエージェントでもなければ、諜報員でもない。

移民局9課の捜査員、クラーク・アルジャーノンだ!

「何度も言うが、私は移民局9課の―

そう口を開いた瞬間、私の全身に何か強烈な衝撃が駆け巡った。思わぬ痛みに、叫び声をあげてしまっていた。

「あぁ、言い忘れていたが、先ほど貴様の脚には高圧バッテリーに接続したケーブルを一本結んでおいた。

 もう片方のケーブルは私が持っている。水にぬれた貴様にこれを押し当てれば、当然…」

何かが右腕に触れた瞬間、また体を衝撃が貫く。

「こうなる、ということだ」

声の人物は淡々とそう言った。それから、また私の周りを歩きつつ聞いてきた。
 

793: 2014/07/04(金) 00:38:47.02 ID:TajAFm+Qo

「さぁ、貴様はどこの所属だ?ネオジオン残党か?それとも、オセアニアのスペースノイド解放戦線か?

 それとも、アフリカの宇宙移民自由同盟か?」

「な…!?」

私は思わず、そう声を上げていた。私がスペースノイドの、しかもテ口リストと誤認されているというのか?

だとするならこいつらは、それこそ先ほどの公安か、あるいは軍部の治安諜報部か…

い、いや、だとしたら、私の所属はすぐに確認が取れるはずだ。

現に空港ではおそらく私のことを移民局の人間だと分かったうえで、公安の大男が接近してきた。

…いや、待て。あの男は、本当に公安だったのか?

私は、思わぬ出来事と、あの手紙に記してあった文字をうのみにしてそうだと思い込んだが…

もしかすると、あれは公安なんかではなく、私をなんらかの理由で利用しようとしたテ口リストの類だったのではないか?

あの男にはかられて、私はもしかするとあの男の身代わりとして本物の公安に捕縛されている可能性が…!

「ほ、本当なんだ!ちゃんと調べてくれ!私は連邦政府移民局の中米支部第9課に所属しているクラーク・アルジャーノンだ!

 ここへは、アンナ・フェルザーをいう人物を訪ねてやってきた!嘘じゃない!」

「貴様の名前も、アンナ・フェルザーなどという人間も、どこのデータベースを探しても発見できなかった」

また、体に電撃が走る。

「下手な芝居はやめておけ…もう時間がない。これは、警告ではなく、親切心だ。早く、口を割ってくれ」

機械音が私にそう言ってくる。そうだ…アンナ・フェルザーの住民情報を消したやつがいる。

そいつが、9課のデータから俺の名を消したに違いない。

身内は自分たちのデータなど見もしないから気づいていないだろうが…これは、アンナ・フェルザーが仕掛けた罠に違いない。

「本当だ!…そ、そうだ!中米支部の9課オフィスに連絡を着けてくれ!そこに私の上司がいる!ターナーだ!

 彼なら、私のことを証明してくれるはずだ!」

私はそう頼んだ。だが、声の主は、ふう、と機械音に変わったため息を漏らしてから言ってきた。

「移民局中米支部のターナー主任なら、今朝、遺体で発見されたが…?それも貴様の仕業か?

 主任を殺害し、それが露見する前に別の人間が主任のふりをしてオフィスへ入り情報でも盗もうとしたのか…

 あるいは、中の人間に丸々成り代わって、ことが公になる前にテ口リスト仲間をこぞって地球へ呼び込む計画でも立てていたか?」

バ、バカ…!主任が、氏んだ、だと…?まさか…アンナ・フェルザーが…?!

「違う…!私は!本当に、移民局の人間だ!」

ジジっというかすかな音とともに、全身を電流が襲う。体中の筋肉の制御が奪われ、呼吸すらままならない。

激痛と苦しさが同時に私から意思の力を奪い取る。

「なるほど…いつまでも同じ設定を貫きとおす、か。どうやら並の諜報員ではないようだな…

 それなら確かに、私の手には負えない、か…だが、覚悟しておけ。あの人の取り調べは…地獄だぞ」

あの人…?この声の主と、もう一人離れたところにいる人物とは別に、まだ来るっていうのか?
 

794: 2014/07/04(金) 00:39:27.37 ID:TajAFm+Qo

 そんなときだった。バタン、と物音がして、カツカツという足音が聞こえる。

バッと、素早く身動きするような物音とともに、私は、空気が緊張するのを感じていた。

「それで…何か吐いたのか?」

声がした。ボイスチェンジャーにもかかっていない。恐ろしく冷たく鋭い女の声…。

まるで感情のこもっていない…聞くだけで、意思や魂を切り裂かれそうに思えるほどの声色だ。

快楽殺人者…感情のないこの声が、私にそんな言葉を連想させた。

「はっ、大尉、それが…」

ボイスチェンジャーの男がそう言って、ハッと息を飲んだ。大尉、と言ったか?であれば、軍か、公安か…?

そう思考を巡らそうとした私は、次の瞬間には、それを意識の外へと追いやらざるを得なかった。

 私の耳に拳銃のスライドを動かす音が聞こえたからだ。

「口が過ぎるな」

あの冷たい声が響く。

「す、すみませんっ…」

ボイスチェンジャーの、明らかに激しい動揺を見せる声もする。

「…まぁ、いい。都合が悪ければ、この男を消せばいいだけだ」

再び、金属の触れ合う音がしたと思ったら、私の額に、何か冷たいものが押し当てられる感覚があった。

じゅ、じゅ、銃口…?

「さぁ、白状するんだな。貴様の所属、名前、目的だ。そうだな…まずは、名前だ。この右膝と取引しようか」

冷たい女の声が私のそう告げるのと同時に額から冷感が消え、すぐに右膝に何か硬いものが押し付けられた。

「さぁ、名前を教えてもらおうか。膝が惜しければ、な」

ゴリっと、膝に当てられた感覚が強くなる。体が震えた。な、何を答えればいい?私は真実を話しているだけだ。

私の名も、所属も、目的も、何一つ、ウソも偽りも言っていない。だが、それはここでは通じない。

私を何か別の人間と勘違いしているんだ…。わ、私は…

「私は…私は…!い、移民局9課の、クラーク・アル―――

銃声が響いた。私は身を縮めて襲い来るだろう痛みに備える。が、それはやって来ない。

代わりに、私に感じられたのは、股間と太ももの周辺が生温かくなってくる感覚だった。

「情けない、この程度で失禁とは…」

冷徹な女の声が、私を打ち捨てるような、そんな言葉を放ってきた。だが、私にはもはや、抵抗する言葉すらなかった。

「違う…私は、違うんだ…不正移民者を探しに来ただけで…」

口を開けば、そんな泣き声しか出てこない。頼む、信じてくれ…私は、本当に何も知らないんだ…!

すると、女のため息が聞こえた。

「…もういい、処分しろ」

「はっ!」

処分…?処分、だと?こ、[ピーーー]、ということか?待て…待ってくれ!私は…!

「待ってくれ、違う!私はスパイでも頃し屋でもない!ただの捜査官だ!不正移民者の取り締まりにこの島に来たんだ!信じてくれ!」

私は叫んだ。胸からこみ上げる恐怖感が、吐き気と嗚咽になって漏れでる。

どうして、どうしてだ、どうしてこんなことになったんだ!やだ…やめてくれ、氏にたくない…まだ、氏にたくはないんだ!

 だが、私の体には電流が流された。焼けつく痛みと、筋肉がちぎれそうな痛みが全身を襲う。

やめろ、やめろ…やめてくれ!そう叫ぼうとした瞬間、私は、後頭部に強烈な衝撃を受けて、意識を失った。 

 

795: 2014/07/04(金) 00:40:12.80 ID:TajAFm+Qo





「おーい、もしもーし、お客さん!起きてください!」

声…声がする…?ここは…?私は、氏んだのか…これが氏後の世界、というやつなのか?

「おーい、お客さん!空港着きましたよ!」

空港…?私は氏んだんじゃないのか?そんな声を掛けられて、私は我に返り、意識を取り戻した。

私は、飛行機のシートに座っていた。それも、どうやらビジネスジェットのようなチャーター機らしい。

パイロットらしい女性が私の様子を心配げに見つめながら声をかけてくれている。

「…ここは?」

「お客さん、本当に大丈夫?あんた、自分でこのニカラグア空港へ行ってくれってそう言って乗り込んできたじゃないか」

「私が?」

「あぁ、そうだよ。ほら、チャーターのサインも書いてくれてるよ」

女性パイロットはそう言って1枚の紙切れを私に見せてくる。

それは、チャーターの契約内容とそれに同意したとサインが書き込まれてる。間違いなく、私のサインだ。

「…いったい、なにがどうなっているんだ…?」

「お客さん…疲れてんだよ。まぁ、大変な仕事だったろうからね。しばらくは休暇でももらうといいよ」

「仕事…?」

「えぇ?だって、ほら…これ、あんたの仕事でしょ?」

彼女は戸惑う私に、新聞紙を開いて見せてきた。その一角を彼女は指さす。そこには…

“移民局が摘発!キャリフォルニア打ち上げ基地テロ計画を事前に阻止!!”

と言う記事があった。

「…え?」

「え、じゃないでしょう?ちょっとしたヒーローだって言うのに、あなた」

「こ、これを…私が…?」

「違うの…?でも、ほら、出迎えもたくさん来てるみたいよ?」

彼女はそう言って、すでに開いていた機体のドアの外を指さした。

そこには、黒塗りの車に、スーツ姿の男たちがビシっと立っている。あ、あれは…主任か?

それに、あ、あれは…支部長…?その隣にいるのは本部長じゃないのか?!うちの人間だけじゃなく、あんな大物まで…

テ、テレビカメラか、あれは…!?取材陣もかなりいるぞ!?

「ほら、早く降りて来いってさ。私も、機体を次のフライトに回さないといけないから、そうしてもらえると助かるんだけど」

「あ、あぁ…すまない…」

私は戸惑いつつもそう返事をして、彼女に持たされた荷物を片手に、ビジネスジェットから降り立った。

そのとたん、報道陣がわらわらと私の前に群がってくる。私は理解できないままにとにかく主任のところまで歩いた。

彼の前にたどり着いた私を、彼は拍手で出迎えた。
 

796: 2014/07/04(金) 00:41:16.47 ID:TajAFm+Qo

「いやぁ、アルバへ向かうと言い出した時は何事かと思ったが、こんな巨悪の存在を察知していたとは恐れ入る!」

主任がそう言って私の手を握ったと思ったら、今度は支部長と本部長が私のもとにやって来て主任に握られた私の手を奪うように握り

「これは素晴らしい快挙だ!私も鼻が高い!」

「支部長に許可をもらい、君を本部の官僚として引き抜くことが決定した」

「わ、私を本部に、ですか!?」

私は、本部長の言葉に思わずそう口に出していた。それは、官僚の中でもエリート中のエリート…

願ってもない話だが…しかし…

「まぁまぁ、詳しい話は中でしようじゃないか」

「あぁ、そうだな。来たまえ」

「あ、え、はぁ…」

私は本部長と支部長に連れ去られるように滑走路に留めてあった黒塗りに詰め込まれて空港をあとにした。

支部の応接室へとたどり着いた私は、“昨日提出した”報告書について、大変お褒めをいただいた。

そんなもの書いた記憶もなければ、事件にかかわった、などと話す隙さえ無かった。

ただただ、私は、何者かに導かれるように、翌週からの本部勤務を命じられ、出世の階段を上ることとなったのだ。




 
 

797: 2014/07/04(金) 00:41:51.94 ID:TajAFm+Qo




 翌週、私は移民局本部のあるニューホンコンシティの本部ビルへと赴いていた。

新しいスーツに身を固め、主任たちが昇進祝いだと言って共同で購入してくれたブランド物のブリーフケースを片手に、

ビルの中へと身分証を使って入構する。

内装からして厳かで、ここがエリート階級の職場だ、ということを否が応でも実感してしまう。

そして、ここか今日から自分の職場になると思うと、嬉しくもあり、しかし、複雑でもあった。

いったい、なにがどうしてこうなったのか…私の身に何が起こっているのか、いまだに理解に苦しんでいた。

 と、とにかく、オフィスに向かわなければ。私は足を急がせ、オフィスのあるというビルの4階へエレベータで向かった。

その階は今まで仕事をしてた9課関連ではなく、単純な身元調査を行う3課。

これまでのような摘発に結びつくような職務ではないが、そんな平和で安定した仕事こそが、エリートの特権でもある。

 オフィスに入ると、早速部下となる者たちが私を出迎えた。

彼らの視線が、まるで英雄を見るように輝いていて、私はやや気おくれしてしまうが、

それでもなんとか自分の執務室へとたどり着いた。だだっぴろい部屋に、巨大な執務机。

高級なスピーカーセットに、応接用のソファーセットもある。さらには、長身で美人な専属秘書と名乗る女性が二人…。

 まるで至れり尽くせり、だ…夢ならば覚めないでほしいとも思うし、自ら何をしたわけでもなく、

最後にあるのがあの拷問の記憶だと考えると、もはやこれは氏後の世界なのではないかと思いさえする。

だがしかし、どうやらこれは現実のようだ。手をついた木製のデスクのひんやりとした感覚が伝わってくる。

 ふと、私は、私を出迎えてくれた秘書に言った。

「私はただ、何もせずに気を失っていただけだ、と言ったら、君たちはどうするかな?」

すると、二人はクスっと笑って答えた。

「冗談もお上手なんですね」

まぁ、そうだろう。疑うようなら、このような扱いは受けていない、か…

 私は、黒革張りの椅子に腰かけた。座り心地は最高だ。

ふと、デスクのコンピュータのモニタの前に小さな封筒が置かれているのに気が付いた。それを手に取り眺める。

ずいぶんと高級そうな封筒だが…本部長か、支部長からのメッセージだろうか?
 

798: 2014/07/04(金) 00:44:09.30 ID:TajAFm+Qo

 「これは、どちらの方からかわかるか?」

私が秘書の二人に尋ねると、彼女たちはそろって首をかしげて

「さぁ…私たちが来た時には、すでにそこにおいてありましたが…」

と答える。だとするなら、セキュリティの厳重なここへはいれる本部長から、ということになるだろう。

私はそう思って封筒を開けて中身を取り出した。

 それは、ほんの小さな紙切れで、スタンプのようなもので印字されている文字列がならんでいた。


―――――――――――――――――――――

報酬ハ、気二入ッテ 貰エタカナ?

コレニ免ジテ、今回ハ見逃シテ貰イタイ。

ソシテ改メテ指示ヲスル。

アルバ島ニハ、近付クナ。


クラーク・アルジャーノン三等書記官 殿

―――――――――――――――――――――

 それに目を通し、愕然とした私の手から封筒がデスクに滑り落ちた。コトリ、と硬い音がした。

まさか、と思い、中をのぞいた私は、背中に強烈な悪寒を感じた。そこには、一発の拳銃弾が入っていた。

 こんなものを、わざわざここまで置きに来た人間がいる、というのか?

この場所のセキュリティは、そう簡単にやぶれるものではない。まして、誰にも見つからずに潜入することなど不可能だ…

この本部の中に、私をここに据え付けた者の協力者がいるということか?

いつでも監視してる、とそういう意味合いを込めて…?

 し、しかし…いったい、誰がなんの目的で…?あの時の拷問官は、まるで自分たちが連邦側の人間だと言っていた。

だが、私が追っていたのは、不自然な移民者だ。それを連邦側が隠ぺいする意図があるというのか…?

だが、あのとき私に警告を発してきた公安はなんだったのか…そもそも、あのアルベルトと言う男はなんだったのか…

 そこまで考えて、私は思考を止めた。

す、すくなくとも、相手は、私をああも簡単に拉致し、いつでも殺せる状況に置きながら、あえてそれをせず…

打ち上げ基地の爆破テロを計画しているような連中を差出すか、捕らえて私に功を乗せることができ、

セキュリティの厳重なこの場所に侵入でき、そして、こんな地位すら私に与えることのできる“なにか”なのだ。
 

799: 2014/07/04(金) 00:45:35.94 ID:TajAFm+Qo

 そこまでして、あのアルバ島に近づけたくない理由がなんなのかはわからない。

だが…すくなくともそれは、私なんかが命を懸けたところで、どうなるものではないだろう。

この目の前のコンピュータで、“アルバ島”と検索を掛けた次の瞬間には、私は今度こそ本当に氏んでいるかもしれない…

そういう類の相手だ…。

 私はそう思い直し、拳銃弾をデスクに置き、手紙をスーツの胸のポケットにしまいこんだ。

もう、考えるのはよそう…おそらく、ロクなことにはならないだろう。

せっかく“サービス”であたえてくれたこの地位だ。正義感で命を落とし、無為にしてしまうには惜しい。

 ふぅ、とため息をついて、柔らかな椅子に腰かけなおした。うん、悪くは、ないな…

 そんなとき、一人の職員がノックをして部屋に入って来た。

「ご配属直後で申し訳ありません、アルジャーノン書記官。実は、気になる案件があり、ご報告にまいりました」

「なんだね?」

「はっ。実は、中米はベネズエラ行政区内にあるアルバ島の居住者で、奇妙な履歴のある住民登録を発見しまして…」

「…その住民の名は?」

「えぇと、アンナ・フェルザー、と言う女性です」

…これは、テストか何かか…いや、おそらくそうだろう。

私がなんと答えるか、盗聴器でもなんでも仕掛けているに違いない…。

「あぁ、その名か。私も一度調べたことがあるが、問題はない…」

「は、そうでありましたか」

「うむ…あぁ、そうだ、他の者にも伝えてくれ」

「何をでありますか?」

「アルバ島居住者には、あまり詮索をするな、とな…

 あの島には、ルオ商会や、ボーフォート財団、ビスト財団に関わる人間も少なくない…

 下手に首を突っ込むと、ヤブヘビ、ということもあるだろうから、な…」

私は、主任の言った言葉を思い出しながら、不思議そうな顔をしている職員に、そう伝えていた。




 

800: 2014/07/04(金) 00:46:50.40 ID:TajAFm+Qo





 「うん、うん、そうなんだ。そんな感じで手を打っておいたよ」

<ははは、気が利くじゃねえか。頃したり退職に追い込むんじゃなく、脅したうえで立場を与えてやるとはな。

 利口なやつなら、自分の身の回りにもその島にはかかわるな、と伝えるだろうよ>

「でしょ?」

<ったく、あの甘ったれがやるようになったな!>

「へへへ。隊長とアヤさんのおかげ、かな。

 あ、ね!あのときさ、生きて帰ってきたら認めてやる、って言ってたよね、隊長!今のあたし、どうかな?」

<認めるもなにも、こっちがすがってやりたいくらいだぜ>

「もうっ!隊長ってば、調子いいんだから!」

ガハハハと隊長が笑った。あたしもつられて大笑いをしてしまう。でも、隊長が笑いを収めてから、ふとあたしに聞いてきた。


<そういやよ、アヤとレナさんがそこに住み始めてから、今年でちょうど10年じゃねえか?>

「あぁ、うん、そうだったかも」

あたしが答えたら、隊長はグフフフ、とあんまり聞かない笑い声をあげて言った。

<どうだ、マライア。あいつらを楽しませる、いい案を思いついたんだが、乗ってみる気はないか?>

アヤさんたちを楽しませる案?…なんだろう、なんだかわからないけど、なんだかそれ、すごく楽しそうだよ!?

「やる!やります!やらせてください!」

<がははは!そうこなくちゃな!その島に、まだダリルとお前のとこのルーカスもいるんだろう?引き留めておいてくれ。

 お前と、ダリルとルーカスに協力を仰いで、アヤ達には一丁船旅にでも出てもらうとしよう>

「船旅?それ、どういうこと?」

<いいか?つまり、だな…>

あたしはそれから隊長の説明を気いた。

聞けば聞くほど、想像すればするほど、気持ちがワクワクしちゃって盛り上がってくるのがわかった。

こんな面白そうなこと、やらない手はないよね!

 「なるほど、今回の件をヒントにってことだね!わかったよ、隊長!こっちのことは任せて!うまくやるよ!」

<あぁ、頼むぜ。細かい内容はあとで、お前のPDAにデータで送る。しくじるなよ>

「むふふ~大丈夫!こう見えても、元凄腕諜報員なんだから!」

<ダハハハ!期待してるぜ!>

あたしはそう言葉を交わして、いったん電話を切った。

 うーん、結婚10周年記念のサプライズ企画、か…ふふふ、アヤさんびっくりしたあと、きっと喜んでくれるだろうなぁ…

楽しみ!

 私は、連日の秘密のお仕事で少しばかり寝不足だったこともあるけど、なんだか無性にテンションが上がって、

すでに楽しくって幸せいっぱいの気分になっていた。
 

801: 2014/07/04(金) 00:47:28.75 ID:TajAFm+Qo

 そんなとき、アヤさんがホールのドアを開けて顔を見せた。

「おぉ、マライア!帰ってたのか。もういいのか、その、カラバの招集、ってやつ」

「あ、アヤさん、ただいま!もう大丈夫だよ!ヒヨッコ達に厳しくしつけしてきただけだから!」

「あははは!あんたがヒヨッコにしつけだ、なんて、笑っちゃうけどな」

そんなことを言うので、私はぷっと頬を膨らませてやったら、アヤさんはまた、あははは、と声を上げて笑った。

でもそれからすぐに

「これから島にバーベキューのお客さんを連れてくんだけど、一緒に来るか?」

なんて誘ってくれた。あ、いいタイミングだね!

アヤさんにはあたしから話をして、レナさんには、あとでレオナに伝えてもらえるようにお願いしておこう!

「うん、行く行く!」

あたしはそう思い切り返事をして、アヤさんに飛びついた。珍しく、関節技を掛けないであたしの頭を撫でてくれる。

おかえり、マライア、なんて気持ちが伝わって来て、なんだかうれしくなって、アヤさんの腕にぎゅっとしがみついてしまっていた。

それから島に向かった私達は、いっぱい楽しんで、それから、アヤさんには旅行の話を聞いてみた。

回答をあやふやにするんで、しつこく迫ったら、海にぶん投げられちゃったけど…ま、それも込みで、楽しかったから良しとしよう!

 まぁ、こんな感じで始まったこの計画が、まさか、最後にあんなことになるだなんて…

もう、これっぽっちも想像してなかったんだよね…

 はぁ、調子に乗ると、ロクなことない、っていい例だよね。ね?
 



 

816: 2014/07/07(月) 23:14:23.75 ID:1pWURFzco


0069年5月10日 地球連邦ヨーロッパ方面軍 ベルファスト基地



 「よう、見送りか?」

「バカ言うな。そんな色っぽいことする男に見えるかよ」

「ははは、違いねえ」

「まぁ、元気でやれや、レオン」

「そっちこそ、良い子にしてるんだな、ジャック」

俺たちはそう言い合って、握手を交わした。この男くさい野郎とも、しばらくはお別れだ。

清々する、と言ってやりたいところだが、まぁ、この際だ。皮肉はやめておこう。

 俺は、ベルファスト基地の滑走路に居た。

着替えくらいしかねえ荷物を詰め込んだバックパックを背負って、発進準備を整えている輸送機を見上げた。

この機体の向かう先は、ジャブローの連邦軍本部。やっと漕ぎ着けた転属だ。

 ジャック…あぁ、この男くさいジャック・バートレットの野郎は、しきりに

「本部様へ行って、威張り散らしたいんだろう?」

と茶化してきていたが、まぁ、そんな環境の中で良く転属試験なんぞに受かったもんだと、自分で自分をほめてやりたい。

ホントにこいつは、なんというか…いや、やめておこう。褒めるなんて、柄じゃねえし、寒気がするね。

 「官僚様にでもなるんだったら、俺もそっちへ呼んでくれたって構わねえんだぜ?」

「ごめんこうむるよ。ただでさえあっちは蒸し暑いんだ。お前みたいのにいられると、汗臭くてかなわん」

俺たちはまた、そう話をしてから唇の端を持ち上げた。

「じゃぁな、相棒。達者でな」

「あぁ。そっちも、よろしくやれよ」

俺はジャックに背を向けて輸送機に乗り込んだ。住み慣れたこの基地と、この街を後にするのは、まぁ、寂しくはある。

だが…そんなガキみたいに感傷的なことを言っている場合じゃねえ。俺には、目的がある。

いや…罪滅ぼし、と言うべき、か…。

 機内に入ってシートに着く。ややあってエンジンが始動し、機体が動き出した。

一眠りして目覚める頃には、あのジャングルのど真ん中、だ。心躍る要素はただの一つもありゃしない。

だが、俺は行かなきゃならない。そう、決めたから、だ。


 

817: 2014/07/07(月) 23:14:53.01 ID:1pWURFzco



 輸送機は物の数時間で、目的地のジャブロー本部に到着した。

木々の間の滑走路へ降りると、そのまま地下の格納庫へと機体が収納される。

俺はシートに縛り付けられていた体を動かしながら、機体が停止するのを待った。

 機体が止ってすぐ、俺は地下の格納庫へと降り立ち、そこから通りがかりのジープを掴まえて師団本部へと出頭した。

そこで、辞令交付が行われることになっている。

 本部は、格納庫から5分ほど走ったところにあった。

地下に造られたにしちゃぁ、ずいぶんと立派な建物で、モグラどもの気位の高さを示しているように感じて、妙に気分が悪くなる。

だが、そんなことを言って配属早々、上官殿の機嫌を損ねてもつまらん。

とにかく、挨拶だけはお上品にすませておくかな。そう思いながら俺は師団長のオフィスを尋ねた。

 「あぁ、君が…あー…」

師団長が俺を見るなりそう言って、傍らの秘書官に目配せをする。

「レオニード・ユディスキン中尉です、大佐」

秘書官が言うと、師団長は、あぁ、そうだそうだ、などと口にしながら

「こちらが、君の辞令だ。これより、第27飛行師団第81戦闘飛行隊副隊長に任命する。そちらが現隊長の、スミス・ジェイコブ少佐だ」

師団長が、部屋の隅に突っ立っていた中年男を指して言う。彼は俺を見るなり苦笑いで肩をすくめ

「ジェイコブだ。君には何かと世話になると思うが、よろしく頼む」

と言って敬礼をしてきた。俺も敬礼を返し、それからすぐに隊長とともにオフィスから追い出された。

 「まったく、あのオヤジにはほとほとうんざりする」

オフィスを出るや、少佐はそう言って首をバキバキと鳴らす。それから

「中尉の評価には目を通している。俺は、おおざっぱな人間だから、フォローしてもらうことも多いと思うが…

 めんどうに思わず、助けてくれると助かる」

なんてことを言って来た。なるほど、こっちの隊長さんは、話が分かる側の人間の様だ。やりやすくて助かる。

俺も、堅っ苦しいのは苦手なんでな。

「いや、自分も、どちらかと言えばおおざっぱな方ですからな。脚を引っ張らんよう、気を付けます」

俺が言ったら、隊長殿は上機嫌で笑った。

 それから俺は、隊長殿の運転で隊のオフィスへと案内される。車を降りた俺に、彼は言った。

「隊の連中を紹介しておく。細かい業務については、それから説明しよう」

「助かります。仮にもこんなんが副隊長やるっていうんで、下の連中にも良い顔しておかないとまずいでしょうからね」

「ははは、なに、気のいい奴らだ。中尉もすぐに気に入る」

隊長殿はそう笑いながら先を歩いてオフィスへと入った。

そのあとに続くと、隊の連中はオフィスの中でコーヒーを飲んだりカードをしたり、思い思いに過ごしていた。

隊長殿が入ってきたから、と言って、背筋を正して敬礼したりってこともないらしい。

なるほど、確かに要らん気は遣わなくてもよさそうな隊だな。
 

818: 2014/07/07(月) 23:15:23.27 ID:1pWURFzco

 「あぁ、聞け。あ、いや、その前にとりあえず立て」

隊長殿はそんな気の抜けた指示をして、オフィスに居た連中を立ち上がらせる。それから

「話があったように、本日付けで、我が隊に配属になった、レオニード・ユディスキン中尉だ。中尉、挨拶を頼む」

と俺を紹介し、話を振ってきた。

「あぁ、紹介に預かった、レオニード・ユディスキンだ。

 この度は、優秀なるジャブロー防衛軍への編入はおろか、副隊長を任ぜられ、恐縮してはいるが…

 古参の隊員や、隊長の足を引っ張らぬよう、努力するつもりだ。よろしく頼む」

そう俺が挨拶をすると、まばらに拍手が起こった。それから隊長殿は俺に席を勧めて、各隊員の紹介を始めた。

「彼が、ミカエル・ハウス少尉。我が隊の中じゃぁ、センスだけはピカイチだ」

「どうも、初めまして。ハウスと言います。自分もこの隊は配属されてまた半年なんで、よろしく頼みます」

彼はそう言って懐っこい笑顔を見せた。

「あぁ、頼む」

俺の挨拶を待って、また別の奴を隊長がさす。

「彼はエリック・ノーマン少尉。ハウス少尉とは正反対に、正確な技術と判断能力が売りだな」

「よろしくお願いします、中尉」

次の男は、精悍な顔立ちで落ち着いた印象のある男だ。なるほど、技術がありそうな雰囲気は分からないでもないな…

「こちらこそ」

「それから、向こうの二人が、ブラット・フェルプス少尉に、アーノルド・ザック少尉。

 この二人は訓練生時代からのコンビで、巧みな連携が武器だ。気持ち悪いくらいの仲良しなのが俺の心配のタネなんだ」

さらに隊長は別の二人を紹介する。

「やめてくださいよ、そんな趣味はありません」

「そうそう、腐れ縁みたいなもんです」

二人はそう言って笑っている。空戦における連携力はそのまま戦力に結び付く。相手にすれば手ごわいだろう。

 隊長はさらに他の隊員たちを紹介していく。そして最後の一人を指す。その最後の一人は、女性パイロットだった。

「こいつが、我が隊の問題児。ユージェニー・ブライトマン中尉だ」

中尉?俺は隊長の言葉に首をかしげた。もともと隊に中尉が居て、それでも俺を呼んで中隊長に据えたのか?

なぜわざわざそんなことを…?今言った、問題児、と言うのがネックなんだろうか?

そんな俺の疑問を感じ取ったらしい隊長が口を開く。

「こいつは、わがままと言うか、じゃじゃ馬と言うか…副隊長やれって俺の命令を辞退して、いまだに小隊長で飛んでるんだ」

「よろしく頼むよ、副隊長殿。私らを失望させないでくれよ」

ユージェニーと呼ばれた彼女は、挑戦的な視線を俺に浴びせかけてそう言った。

なるほど、じゃじゃ馬ね…面白い、勝手されると俺の評価に関わるからな…

いや、評価なんて大して興味はねえが、まぁ、しつけてみようじゃねえか。

 俺は当初の目的をいったん忘れて、こっちをにやけた表情で見つめてくる生意気な女パイロットを見つめて笑顔を返してやった。


 

819: 2014/07/07(月) 23:15:51.26 ID:1pWURFzco




 それから俺は、隊の連中と歓迎会と言う名の酒盛りになだれ込んだ。

どいつもこいつも陽気な奴らで、ヨーロッパにいたガルム隊と似たような雰囲気に、何の苦労もなく溶け込むことができた。

全体が終わってから、俺はまだ飲むんだ、というノーマン少尉にハウス少尉、

それからフェルプスとザックの仲良しコンビに捕まって、オフィスでカードをやっていた。

「うへー、まぁた副隊長殿にもっていかれた」

ザックがそう言って俺に紙幣を叩き付けてくる。俺がそいつを笑って受け取った。

ポーカーなんざ、カード1セットでやるんじゃぁ、勝敗は見える。こと、この人数だ。

二回りもすりゃぁ、カードは一巡する。

となれば、一山のうち、最初の勝負はとにかくカードを覚えるだけに使って、二度目の勝負でカマを掛けてやればいい。

自分の手がどうだろうが、相手の手の内さえ知れてしまえばあとは口から出まかせでどうとでもなる。

 「ったく、副隊長、いかさまでもしてんじゃないでしょうね?」

カードを集めてシャッフルしながら、ザックがそう聞いてくる。俺はそんなザックを笑ってやって

「いかさまなんてする必要はねえ。フェルプス少尉とコンビになられたら、さすがにちょっとは厳しいかもしれんがな」

と言ってやると

「まぁ、二人一組で一人前だもんな、お前らは」

とハウスが茶化して笑った。そんなハウスに悪態をつきながら笑うザックが、またカードを配った。

 新しい山か。ここは様子見だな…よほどのいい手がこない限り、な。手元のカードを開けてみる。

クラブの3と9に…ハートのクイーン、スペードとダイヤのジャック、か…。ジャック、ね。

あの野郎にゲンを担ぐわけじゃねえが…まぁ、ここは試しに乗ってみるのもおもしろそうだ。

俺はそう思って2枚のジャック以外のカード切って、順番を待って新しいカードを三枚引いた。

へへへ、なんだよジャック。お前、俺が恋しいのか?

 引いた三枚のカードのうちの2枚は、クラブとハートのジャックだった。

「ほらよ」

俺は前のゲームでザックから巻き上げた紙幣の倍をテーブルの上に置いてやった。

とたん、他の連中が緊張した面持ちで俺を見つめてきやがった。ブラフかマジか、見極めようとしてるんだろう。

ここは、本音はブラフ、駆け引き上は、マジだ、とふるまっておこうか。

ブラフと読んでもらって、明日の飲み代は俺に献上してもらおう。

「まぁ、こんなもんだろう、今の手なら。言っておくぜ、降りておいた方がいい」

俺が言ってやると、くっとうめき声をあげたフェルプスが俺と同額の紙幣をテーブルに出した。

「その手は食わないっすよ…副隊長、それはブタだ」

と俺の顔色を窺うように言ってくる。なるほど、自分は犠牲で、あとに続く連中の援護、ってわけだ。殊勝だな。

だが、その手は食わん。お前さんがブタだ、と読んでくれてるんなら、俺は多少の動揺を見せてやればいいんだ。

「まぁ、そう思ってくれるんなら結構だがよ。他のやつはどうだ?じっくり考えてくれていいんだぜ」

俺はそう言ってから、手元にあったグラスの中身を一気に飲み干す。

さて、どうだ?勝負を急がず、じっくり考えてくれ、と俺は言ったぞ?

俺がもしいい手を持ってるとしたら、さっさと勝負を決めにかかりたがるはずだろう?

それに、半分以上入ったグラスを一気に空にしてやった。興奮を抑えられないように見えやしないか?え?どうだよ?
 

820: 2014/07/07(月) 23:16:24.91 ID:1pWURFzco

「い、いや…俺もブラットに乗っかってみるぜ…どうだ!」

今度はザックがそう言って、同じだけベットしてきた。へへへ、お前もお生憎様だな。

「…俺は、降りとくよ。どうも副隊長の手は読めてきた。読めない、ってのが読めた」

技術と冷静さに定評のあるノーマンが言った。なるほど、冷静さはこんなところでも発揮する、ってわけか。

カモが減っちまったが、まぁいい。さぁ、残るはお前だぞ、ハウス。俺はそう思ってハウスを見やる。

やつは俺をチラっとみて、それから自分のカードをじっと見つめてから、ドン、っとテーブルに紙幣を叩き付けた。

「男には、引いちゃいけないタイミング、ってのがあると思うんすよね」

と言って再び俺を見つけてきた。さて、出そろった、とみていいんだな。

「なら、オープン、と行くか」

俺がそう言ってカードを広げようとした瞬間、バタン、と音がしてオフィスにあの女…

ユージェニー・ブライトマン中尉が入ってきた。俺たちの姿を見るや

「あんた達、またやってんの、それ」

と笑い出した。

「あぁ、中尉。いいじゃないすか、たまの楽しみですよ」

「そうですよ、どうです、中尉も?」

ザックとフェルプスがそう言って、ブライトマン中尉にも席をすすめて、カードと新しいグラスに安物のラム酒と氷を入れて差し出した。

「誰が勝ち馬なんだい?」

中尉がそう言って俺たちを見回す。

「そりゃぁ、副隊長殿ですよ、中尉」

「俺たちは負け越しです」

「あんた達、タカられてるか、接待でもしてるわけ?」

話を聞いた中尉は怪訝な顔をしてそういう。だが、それを聞いたハウスが笑って

「まったく。気を遣うよりも、挑んで行った方が喜んでくれる副隊長らしいんでね」

なんてこそばゆいことを言いやがる。

だが、中尉はその表情を崩さずにふぅん、と鼻を鳴らすと、カードを開けて見せ、クッとグラスを煽ってから、

カードを2枚交換した。2枚、ってことは、最高でも3カード。

そこへ何が来たかが問題だが、俺の4カードを超えるような役はストレートフラッシュ以上。そうそう負けはないだろう。

「オヤは、副隊長?」

「あぁ。どうするね?乗るか?降りるか?」

俺は挑戦的に彼女を見つめてやる。彼女はカードをじっと見つめてニヤリとほくそ笑んだ。

そしてポケットの中からマネークリップで止まった札束をテーブルの上に放り投げる。

「えぇ!?中尉、本気ですか!?」

「ね、ねぇ、いくつあるか数えてもいいですか?」

「あぁ、構わないよ。たぶん、10枚はあると思う」

ブライトマンの言葉を聞いて、ハウスが紙幣を数え始める。10枚。確かに彼女の言った通りの枚数があった。

この女正気か?
 

821: 2014/07/07(月) 23:17:02.21 ID:1pWURFzco

「こりゃぁ、今週分の飲み代にはなりそうだが…オヤは俺だ。レートを決めるのも俺だろう?」

「ははは、副隊長殿ほどの方が度量の狭い。いいじゃないさ、飛び入りの私に花を持たせてくれたって」

俺の言葉に、ブライトマンは笑って言う。なるほど、こいつはじゃじゃ馬だ。

ゲームのルールじゃなく、自分がルールだと言わんばかり、だな。だが、しかし…乗るかどうかは別問題、か…

ただのバカなら乗るべきだろうが、10枚となるとさすがにリスクの計算にどうしたって頭が行っちまう。

これで負けたとなりゃぁ、今日の稼ぎがまるまる吹っ飛ぶだけじゃすまないな…さて、どうする、か。

 「俺は、3スリーカード以上だが、それでもこの額でいいか、中尉?」

俺は考えた末に、思い切ってそう言ってやった。

スリーカード以上、なんてともすると弱気なくらいだが、まぁ、探りを入れるならこのくらいがベストだろう。

すると中尉は首をかしげて

「私、役は良く知らないけどね…数字が順番に何でるし、マークも揃ってるし、それなりに高いんだろう、これ」

と身じろぎもせずに俺を見つめ返してくる。なるほど、これだけの額を叩き付けてくるくらい根性は座ってる、ってこと、か。

言葉をそのまま信じるなら、ストレートフラッシュで俺より上。乗ったら最後、すっからかんだ。

「他はどうするんだ?オヤを交代するなら、もう一度選んだっていいだろう?」

俺は、とりあえず周りにそう聞いてやる。すると、少尉どもは次々と首を横に振って

「こんな怖い勝負には乗りたくありません」

「そもそも、ツーペアでしたしね、俺」

「自分も、今回はおりますよ。見てるだけでも楽しめそうだ」

と口々にそう言ってテーブルの上にカードを伏せる。ってことは、俺とこの女の一騎打ち、と言うことになる、か…

そう理解して、俺はまた中尉を見つめる。相変わらずの不敵な笑み。まったく、妙な女だ。

「副隊長、スリーカード、なんて野暮な役で勝とうだなんて思ってるのかしら?」

俺の考えを読み透かしたように、中尉は言ってきた。その誘いには乗らねえよ。

お前さんは、“役を良く知らない”んだろう?スリーカードが野暮かどうかの判断も、そう簡単じゃねえはずだ。

言ってたことが本当なら、な。そう考えりゃぁ、俺の混乱をあおろうとしてやがる、ってのは見え見えだ。

「まぁ、最低でもそれ以上だ、って話だ。役を知らないようなら、下から何番目か教えてやろうか?」

「さぁ、あんまり興味ないんでね。でも、たんぶんこの役なら勝てるだろうさ。

 もし説明してご自身の安心を確かめたいのなら、お伺いしますけどね、副隊長殿?」

中尉はそう言ってニヤニヤと俺を見つめてくる。俺の挑発に乗るほど軟な根性をしていないってのは認めてやる。

だが、俺がそんな挑発に乗るほど軽いと踏んでるんなら大間違いだ。

 情報をまとめよう。まずは、この女がポーカーを知っているかどうか、だ。おそらく、知っているだろう。

それは周りの奴らの反応からもわかる。中尉の言葉を聞いてもリアクションはなかったが、こいつらは降りた。

少なくとも、中尉のこの手のやり方を理解している。

この女がポーカーを理解している、と考えるなら、次はこれがブラフかどうかが問題になる。

この性格だ。並の奴が相手なら、勢いと口先に任せて勝負を挑み相手を負かせるのもお手の物だろう。

だが、やつの掛け金はヒントになる。10枚紙幣を叩き付けてくるってことは、リスクの計算ができない勢いだけの女か、

あるいは、それでも勝てる、と踏んでいるかのいずれかだ。

勝ち気で勢いがあり、口も良く回るのは認めてやる。

だが、そこまで頭のキレる女が、10枚を掛けてブラフのみで戦うような無茶をする、ってのは理屈にあわねえ。

だとするなら、あの手札は俺の以上の役だ、と踏むのが妥当だろうな。
 

822: 2014/07/07(月) 23:17:41.76 ID:1pWURFzco

「いや、必要ねえな。俺も降りさせてもらうぜ」

そう言って俺はカードを伏せ、代わりにフォールド代の紙幣を一枚テーブルに差し出した。

すると中尉は、ニヤリ、と笑って自分の手札を表に返した。そこには、てんでバラバラの5枚のカードがあった。

 へぇ、やりやがったな、この女!悔しいとも、憎たらしいと思うわけでもなかった。

単純に、感嘆し、面白いやつだ、とそう感じた。だが、中尉の方は次の瞬間、俺に鋭い目つきで一瞥をくれてから言い放った。

「さぁ、今日のところはおひらきにしな。明日は朝から訓練なんだ。いつまでも飲んだくれてると、ひとりずつ蹴っ飛ばすからね」

他の連中はそれを聞いて、それぞれ目を合わせては肩をすくめて

「やれやれ、とんだ水を差されたもんだ」

「ちぇっ、負けた分取り返してやろうと思ったのにな…」

「あぁ、副隊長、またしましょうね!」

なんて口々に言いながらオフィスから出て行った。部屋には、俺と目の前の中尉だけが残される。

中尉はさっきまでのニヤけた表情ではなく、鋭い視線を俺に浴びせかけている。

さて、なんだってんだ?

俺が副隊長に座ったのが気に入らねえのか…あるいは、こっちを品定めするつもりか?何を考えてんだかは読みにくいが…

俺をブラフで負かすとは、面白いやつだ。話をしてみるもの、悪くなさそうだな。

俺はそんなことを考えながら、安物のラム酒の入ったグラスを煽りながら、その目をじっと見つめ返す。

すると、中尉は口を引いた。

「あんた、あいつらに幾ら勝ったんだい?」

それが副隊長に向かっての口の利き方か、なんてクソみたいな理由に腹を立てるほどの根性は俺にはない。

だがこの中尉殿は、やはり何やらお怒りのようだ。

「さぁな…まぁ、明日の酒代程度だろうよ」

俺が言ってやると、中尉はさらに俺に鋭い視線を浴びせかけてくる。俺が勝ったのが気に入らねえ、って感じだな。

イカサマでも疑われてんのか、こりゃぁ?

 俺はそう思ってラム酒を注ぎながらまた中尉を見つめて反応を待つ。すると中尉は、俺が思っていないことを口にした。

「あんたは、副隊長だ。私にとっても、あいつらにとっても上司に当たる」

…なんだってんだ、この女?俺を認めねえ、って腹じゃなさそうだな…他に思い当たる理由はねえが…?

「だったら、何だってんだ?」

俺が言ってやったら、中尉もラム酒を一気に煽って、俺に言った。

「上官が、部下から金を巻き上げるな。勝負だなんだと理由があろうが、関係ない」

部下から、金を…?あぁ、そうか…あいつら、少尉だもんな。

俺も先月までは少尉だったが…そこまで考えて、中尉の言葉の意味がわかった。

…あぁ、そうか、なるほどね…そりゃぁ、仰せ、もっともだ…。

俺はとりあえずグラスのラム酒をまた一気に開けてため息をつき、中尉に言った。

「そうだな…軽率だった。いつまでも平隊員の気でいたよ」

別に、こんな遊びはどこでもやってる。だが、部下から金を巻き上げる、と言うのは、この女の言うとおりだ。

ゲームだろうがなんだろうが、そこには上下関係があり、力の差がある。

例え俺が仮に“良き上司”であり、“良き上官”であったとしたって、そういう間柄で金のやりとりをするのは、

たとえば権力に物を言わせて部下の金品を脅し取るのと変わりゃしねえ。

そんなのは…確かに、上の人間がやることじゃねえ、か…
 

823: 2014/07/07(月) 23:18:40.85 ID:1pWURFzco

 そう言ってやったら、今度は中尉が意外そうな表情をした。肩透かしを食らった、って顔をしてやがる。

俺はラム酒を注ぎ直し、それから中尉にも腕を伸ばしてやる。

すると彼女はハッとした様子で自分のグラスをつっと前に押し出してきた。なみなみ酒を注いでやったら、中尉は

「ありがとう」

と静かに礼を言って、今度は控えめにグラスにそっと口を着けて、また俺をじっと見つめてきた。

「意外だったか?指摘をすんなり受け入れたのが」

そう言って笑ってやったら、中尉の方もようやく余裕を取り戻したようで

「…あぁ、そうだね。もう少し、身勝手なやつだと思ってたけど…思い過ごしだったみたいだ」

と言って、さっきの不敵な笑みを取り戻した。それを見て

「おぉ、よしよし。その顔の方がいいぜ?せっかくの美人が台無しだ」

なんて言ってみたが、中尉は動じずに

「金でも取ろうか?部下がせびる分には、問題ないからね」

と言い返してくる。やはり、おもしろい女だ。

 だが、さっきの話は、しごくまっとうなことだな。

あいつらよりの階級が上で、副隊長の職を与えられてる俺が、あいつらからゲームで金を奪うのは、タカリも同じだ。

だが、あいつらのあの様子じゃ、返すったって受けとりゃしないだろうな…だとするなら、だ。

「今日勝った分で、もう少し上等な酒を買ってみんなで一杯やるってのはどうだ?

 こんなラム酒じゃなく…そうだな、北米産のバーボンが好みだ。それでチャラってことにしてやってくれないか、中尉殿?」

「そうだね、そいつはいい案だと思うよ、副隊長殿」

中尉はようやく、俺へ浴びせていた挑戦的な視線を解いて、柔らかく笑った。

良かったよ、いつまでもあんな顔されてたんじゃ、こっちも身構えちまって楽できねえからな。
 

824: 2014/07/07(月) 23:19:46.72 ID:1pWURFzco

 だが…そうか、今までのように、オフィスでポーカーやって稼ぐ、ってのはまずいな。

だとするなら…別の場所を探すべき、か。

「中尉。どこかほかに、問題なく小遣い稼げる場所を知らないか?」

「はぁ?あんた、ギャンブル中毒かなんかなの?」

「そういうわけじゃないがな…金が要り用でな」

俺が言葉を濁すと、やはり、と言うか、中尉は表情を曇らせた。

「借金でもあんのかい…?悪いけど、そういうことに興味はないんだ。あんたも、そんなことばっかりやってるから借金なんて作っちまうんだよ」

借金、ね。まぁ、借りる予定はないこともないが、今のところはゼロだ。だが、中尉がそういうだろうとは思った。

部下から金を巻き上げるな、なんて言ってくる女だ。

あれだけ挑戦的な目つきをして俺に絡んでくる割に、そういうところはオカタイらしい。

それが確認できただけ、よかった、と思っておくことにしよう。

「へいへい、ご忠告、痛み入りますよ」

悪態をついてみたが、どうやら、これは効かないらしい。中尉殿は満足そうに俺を見やって、グラスを煽った。

まったく、妙なやつだぜ。

「そういや、さっきのブラフは見事だった。あんな根性、どこで身に着けてきたんだ?」

「なに、簡単だよ」

俺の言葉に、中尉はそう言って自分の手元に一組のカードを取り出した。カード…?

おい、いや、待て。さっきまで使ってたカードは、まだテーブルにあるだろう?お前、それ、どこから…?

そこまで考えて、俺はまたハッとした。なるほど、この女…

「てめえ、俺が降りなかったら、イカサマするつもりだったな?」

「えぇ、ご名答。どうしても副隊長殿へご指摘すべきだと思いましたのでね。そのためには、どんな手を使ってでも勝たなければ、と、ね」

そう、わざとらしい口調で言った中尉は、手元で器用にカードをもてあそびながら俺を見やって肩をすくめた。

 部下から金を巻き上げるな、ギャンブルはやめろ、なんて言うくせに、

俺に説教垂れるために、自分はイカサマまでして俺を負かそうって魂胆だったのか。

なるほど、まったく、この女…やっぱり、なかなかに、面白いやつじゃないか。

 そう思った俺は、思わず中尉に笑いかけていた。




 

831: 2014/07/14(月) 00:58:41.41 ID:MS09ySNGo



 翌日は朝から訓練を行った。前日の隊長の話通り、どの連中も腕利きばかりだ。

特に、ハウス少尉の力のある機動は、見ていて見事だと感じた。

ブライトマン中尉の機動は隊長の言ったじゃじゃ馬とは程度遠いキレのあるいい動きをしていたな。

冷静な判断と技術が取り柄だ、と言うノーマン少尉の機動もなかなかだったが、まるで教科書みたいで、

俺には少しばかり退屈だった。

だが、ああいうきれいな飛び方をする奴が訓練校かなんかにいると、後進が良く育ちそうだな、

なんてことを思いながらの訓練だった。

 訓練終わりにハウスに頼んで基地内を案内してもらう。

いい具合の“賭場”はなさそうだ。仕方ねえから、酒の量をすこし削るかな…

まぁ、週4日飲んでたのを2日に減らせば、幾らかはマシだろう。

ハウスの奴はその晩もポーカーに誘ってきたが、俺は昨日の話をして乗らずに、そばで見ながら笑ってるだけにしておいた。

自分がやるんじゃなけりゃ、気楽に他人を野次れる。これはこれで、悪かねえな、と思う自分がいた。

 そして、一晩明けた今日はオフ。オフィスには人がよりついている気配はなさそうだ。

俺は朝食を終えてから、地図を片手に、少しばかり基地内を歩き回っていた。車を調達したかったんだが…

さすがに、軍のジープやなんかを勝手に乗ってっちまうと罰則ものだろうしな…

 そう思っていたとき、俺の目にある人物が映った。あの女だ。

朝から、トレーニングシャツに短パンをはいて、この蒸し暑い地下基地をランニングしていやがる。

絵にかいたような“優等生”だな、あいつ。

 俺は、そんなユージェニー中尉に向かって手を上げて見せた。向こうも俺に気が付いたらしい。

外周をグルグル回っていたようだったのに、わざわざコースを変えてこっちまで軽い足取りでやってきた。

「何か用?」

微かに息を切らせながら、中尉は俺にそう言ってくる。さすがにこんな時には、あの表情は出てこねえみたいだな。

なら、こっちも普通に対応してやるべき、か。

「あぁ、聞きたいんだが、どこかで車を借りれないか?」

「車?どこかへ行くつもり?」

「あぁ、ちょっとな…この街へ行ってみようかと思ってんだ」

俺はそう言って、手に持ってた地図を広げて見せた。

「なんだってそんなところに…?」

タオルで顔を拭きながら、中尉は俺にそう聞いてくる。

「いやぁ、日用品なんかを買い揃えたいのと、それから、一昨日の晩に話した、例のアレを仕入れてこようかと思ってな」

「ここのモールで事足りる話だろう?」

「ここはダメだ。品ぞろえが俺の好みじゃねえ」

俺がそういうと、中尉は首を傾げながら、

「オフの日に軍用車は出させてくれないよ。使うんなら、私の乗っていきな」

と言った。やっぱりな、さすが“優等生”。そう答えてくれると思ったぜ。
 

832: 2014/07/14(月) 00:59:36.41 ID:MS09ySNGo

「あぁ、ついでと言っちゃなんだが、一緒に付き合っちゃくれねえか?この辺りのことは全然分かってねえし、道案内がいると助かるんだが」

俺が肩をすくめて言ってみると、中尉はようやくあの挑発的な表情になって

「ナンパのつもりなら、どこかよそでやりなよ」

と言ってくる。ははは、そうでなくちゃ、な。

「ナンパなら、もう少し準備のよさそうなときに声をかけるさ。わざわざランニング中に引き留めたりしねえよ」

そう答えてみると中尉は

「どうだか。怪しいものね」

と俺の目を見つめてから、ふっと表情を変えて

「戻ってシャワーと着替えを済ませたいから、30分だけ待てる?」

と聞いてきた。30分なら、ワケはない。

「あぁ、おめかしして来い。オフィスで待ってる」

そう言ってやったら、中尉はまた、あの表情でニヤっと笑って、女性用の兵舎の方へと足取り軽く駆け出して行った。

 その足で俺もオフィスへ向かい、古ぼけたコーヒーメーカー入れた泥水をすすっていると、ほどなくして中尉は姿を現した。

タンクトップの上に薄手のシャツを羽織り、下には作業着のようなハーフパンツと、スニーカー姿だ。

ドレスがよかった、なんて贅沢なことは言わねえ。素材がいいと、ラフでもこれほど化けるとは想像していなかった。

「へぇ、似合うじゃねえか」

俺が言ってやると中尉はふん、と鼻で笑って

「見え透いた世辞はいらないよ」

なんてことを言いながら、それでもかぶりを振って

「ほら、行くならさっさと出よう。それほど近いってわけでもないからね」

と言ってくる。俺はお言葉に甘えて、オフィスを出て、中尉の物らしい黒いSUVに乗り込んだ。

 車が基地を出て、長い地下通路を通り抜け、地上へと出た。まぶしさに一瞬目がくらむ。

中尉の方は慣れたもんで、地下トンネルを出る直前にサングラスをかけてそれを防いでいた。

あたりはまだ見渡す限りのジャングル。こんなところに、舗装された道路が走っていることの方が不思議に思える光景だった。
 

833: 2014/07/14(月) 01:00:27.31 ID:MS09ySNGo

 「それで?せっかくデートに誘ってくれたんだ。楽しいお話の一つでもしてくれるんだろうね?」

ハンドルを握っていた中尉がそんなことを言い出した。楽しいおしゃべり、ね…柄じゃあないだろ、俺も、お前も、な。

「そうだな…趣味はなんだ、中尉?」

俺はそんな見え透いた話題を振ってみる。すると彼女はクスっと笑って

「ギャンブルじゃないのは確かさ」

と言って、俺をチラリと見つめてくる。まったく、かわいげのねえやつだな、本当によ。

「だろうな。お料理とお裁縫、ってとこか?」

「あははは!あんた、目は節穴みだいだね」

「そうでもねえだろ?しとやかな美人の趣味って言や、この二つだと相場が決まってる」

「それが節穴だって言ってるのさ。こんな女のどこにそんな要素があると思う?」

中尉はそう言って、高笑いを始める。まぁ、そういうな、って。俺は、ハンドルを握っている中尉の右手を指さして言ってやった。

「人差し指の腹にタコがある。そりゃぁ、包丁握ってて出来るもんだろ?」

チラリと中尉を見やる。すると彼女は、ハッとしてハンドルを握り込み指の腹を隠して

「…操縦桿を握ってるから、ね」

と小声で言った。ほう、こういう話には案外弱いんだな。

「そんなところにタコのあるパイロットなんて見たことねえがな」

追い打ちをかけてやったら、中尉はあからさまに

「そ、そりゃあんたが中途半端な訓練しかしてないからじゃないの?そんなことより…街でなにするつもりなの?」

と話題を変えにかかって来た。まぁ、いいだろう。これでまずは、俺の一勝だな。

「バーボンを仕入れるのはさっき言ったな。欲しいのは食器類と、あとはコーヒーメーカーだ。自分の部屋用と、それからオフィスにも新しいのを入れた方がいい。あんなポンコツじゃ、コーヒーじゃなく、泥水くらしか飲めん」

「そんなの、モールにだって売ってるけど?」

「分かってねえな。安物じゃどのみち泥水なんだよ」

コーヒーなんぞの対してこだわりがあるわけじゃないが、まぁ、話のタネにはなる。

ベルファストじゃぁ、土地柄か紅茶を飲むような気取ったやつらが多くて、コーヒー派の俺やジャックは肩身の狭い思いをしたもんだ。

あいつらと来たら、こっちが不用意にコーヒーを淹れようものなら、

「誰だ、そんな泥水飲んでやがるのは!せっかくのアフタヌーンティーの香りが台無しじゃねえか!」

なんて怒鳴ってきやがったもんだ。

バカ言え、どの面下げてアフタヌーンティーとか言ってんだよ。鏡見て来い、この顔面ルナツー野郎!

とか言い返してやったっけな。今考えりゃぁ、不毛なケンカしたな、俺…。

 なんてことを思い出していたら、中尉がなにか思いついたようで、俺の顔を例の表情でじっと見つめてきてから言った。

「なら、今夜はあんたの部屋でコーヒーをごちそうになることにするよ。おめかしして行くから、美味しいの期待してるよ」

色気で俺を揺さぶろうったって、そうはいかねえぞ?そんなのは常とう手段だ。真に受けると思う方がどうかしてるぜ。

「コーヒーなんかより、マティーニかなんかを用意しとくよ」

「そう?なら、シェーカーにジンにベルモットも買っておいてくれよ」

「へいへい」

「あと、そうね、ワインなんかもあると楽しめそうだね。前世紀くらいの年代物がいい」

「おいおい、ちょっと待て。それ俺が用意するのかよ!?」

「招待してくれたのはあんたでしょ?」

しまった…ここまで考えての、揺さぶりだったか。これは、俺の負け、だな。
  

834: 2014/07/14(月) 01:00:54.54 ID:MS09ySNGo

 「マティーニだけで勘弁しろよな、お嬢様」

そう言ってやったら、中尉は得意げな笑顔を見せた。

 それから二時間ほど、そうして噛みつき合いをしていたが、ややあって車が市街地に入った。ここがそう、か…。

「最初はどこへ回す?コーヒーメーカーを買うんなら、家電量販店か、専門のところがあると思うけど」

彼女は街の大通りを走らせながら俺にそう聞いてくる。それを聞いて、俺はふと考えた。

いきなりこいつを連れていくのは、あまりうまくねえかもしれねえな。

いや、向こうはどうか知らないが、少なくともこいつにとっては、ワケがわからないだろうし、

俺もまだ、説明する気にはなれない。俺自身が、どう整理をつけていけるのか、不透明で判断しかねているくらいだし、な。

「あぁ、それなんだが、ちょいと野暮用があってな。一時間ばかし一人でぶらつく。買い物はそのあと、ってことで頼むよ」

俺が言うと、彼女は不思議そうな表情で俺を見た。

「なに、女でもいるの?」

いや、待て、そうじゃない。そういうつもりで言ったんじゃねえし、本当にそういうことでもねえんだ。

「いや、違う…まぁ、ごくプライベートな問題ではあるが、な」

俺が答えると、彼女はふうん、と鼻を鳴らし、

「そ…。なら、そこに止めておくよ。私はその角のカフェで時間を潰してるから」

と言うが早いか、大通りの道路わきにあった駐車スペースに車を入れた。

「悪いな」

俺は、こればかりは皮肉のひとつでも垂れられたって仕方ない、って思いでそう言ってやる。だが、中尉は、肩をすくめて

「構わないよ。詮索するのは趣味じゃない」

と言い、それから思い出したようにダッシュボードからメモ帳とペンを取り出すとサラサラと何かを書き始め、俺に手渡してきた。

「私のPDA。用事ってのが終わったら、連絡して」

中尉は、そう言って俺の目をジッと見つめてくる。

一瞬、心臓が握られた気がして、いや、これは罠だ、と自分に言い聞かせる。

「あぁ、じゃぁ、俺も…だな」

動揺を悟られると厄介だ。俺は中尉の手からメモ帳とペンを奪い取って自分のPDAの連絡先を書いて押し戻してやった。

それを中尉が受け取るのを確認して俺は車から降りた。それから、ふう、と呼吸を整える。

こんなところで、のぼせてる場合じゃないんだがな…まぁ、ともかく、行ってみるしかねえよな。

後のことは、また後で考えりゃいい…。俺は自分にそう言い聞かせて、中尉の電話番号を胸のポケットにしまい、地図を広げた。



 

835: 2014/07/14(月) 01:01:21.22 ID:MS09ySNGo



 それから用事を済ませた俺は、車を止めた場所まで戻った。

気分はさえなかったが、さすがに中尉とやり合うのに今の心境では心もとない。

俺はそう思ってふう、と一つ深呼吸をしてから、PDAのディスプレイを撫でた。

呼び出し音が鳴ってほどなくして、電話口に中尉が出る。

<あぁ、早かったんだね>

「すまねえな。まださっき言ってたカフェにいるのか?」

<ええ。バルコニーの席だよ>

「分かった、今から向かう」

そう言葉を交わして電話を切り、すぐ向こうに見えるカフェに向かった。

中尉は、二回のバルコニー席でエスプレッソを飲みながらどこで手に入れたのか、新聞を読みふけっていた。

「待たせたな」

そう言って向かいの席に座ってやると、中尉は、わざとらしく今気が付きました、ってな顔をして俺をじっと見つめてくる。

探るようなその視線は、どうやら俺の様子を観察しているらしい。

「キスマークも口紅もついてねえだろ?」

別行動になる前に交わした会話を思い出して俺はそう言ってみる。すると中尉はクスっと笑って

「そうらしいね。さ、それじゃぁ、楽しいデートに行こうじゃない」

とエスプレッソを飲み干して立ち上がった。俺も椅子を引いて立ち上がり、二人して店を出た。

「そういえば、さっきの話だけど。家電の店と、コーヒーショップとどっちが好み?」

中尉は俺にそう聞いてくる。

「コーヒーメーカー以外にも見てえもんがないこともない。量販店を所望するね」

「そ。なら、通りの向こうがいいね」

通りを渡ってしばらく歩いたところに、その家電の量販店はあった。なるほど、それなりのサイズの店だ。

ここなら多少のいいものが揃うだろう。コーヒーメーカーに、部屋に置くファンに、それから…

あぁ、いや、コンピュータは必要ねえ、か。

 店の中に入って、とりあえずはキッチン回りの家電を扱っているらしいフロアへと向かう。

店員に尋ねるまでもなく、店内の一角に、結構な数のコーヒーメーカーが陳列されているコーナーを見つけた。

さすがにこの辺りはコーヒー豆の特産地。ベルファストの街に申し訳程度に置いてあるものとは段違いだな。

「割と種類があるんだね」

中尉がもの珍しそうに言う。

「まぁ、そうだな」

「で、どれがいいんだい?」

「そうさな…ミル機能が付いたもんもあるが…これは好き好きだな。豆の量と時間にそれから、濃さを調整できる機能がついてるもんがいいだろ」

俺はそう思って手頃そうなやつのスペック表を眺める。
 

836: 2014/07/14(月) 01:02:01.80 ID:MS09ySNGo

「ね、私、エスプレッソが好きなんだけど、これで出来る?」

「あぁ?なんだ、おめえも買うのか?」

「せっかくだし、いいかなと思って」

俺が聞いてやったら、中尉は笑顔で肩をすくめて見せる。愛嬌あるな、なんて思うわけでもないこともないが…

とにかく、今のは負けでいい。

「なら、それかこっちのがいいだろう。オフィスに置いておく方は、ミル機能も付いたヤツの方が面倒がなくてよさそうだな。オフィスでも飲むか、エスプレッソ?」

「あるとうれしい、ってとこね」

「なら、オフィス用はこいつでいいか。自分の部屋に置くんなら、そっちのやつだな。一度に2杯か3杯までしか作れねえらしいが」

「それだけなら十分だよ。別に、大勢お客が来ることなんてないわけだし」

彼女はそう言って、俺の選んでやったメーカーの箱を引いてきたカートに入れる。

俺も、オフィス用のやつをカートに入れて、それから、自分用に手挽きタイプのミルと、

アナハイム社製の小型のメーカーを選ぶ。このシリーズは、淹れ方の細かい設定ができて、気分で調整できるから楽しめる。

 それから、同じフロアにあったファンの売り場で適当に見繕ったのを選び、会計を済ませて店を出た。

付き合ってもらった礼に、と中尉の分も出してやるつもりでいたが、どうやらそういうのは気に入らないらしく、

丁重にお断りされたんで、それぞれ自分のものは自分で済ませ、

オフィスに置くメーカーの方は経費で落とせるって話だったので、領収書を切ってもらった。

中尉は、自分のを後生大事に胸の前に抱えて満足そうな表情をしている。

そんな姿を見ていた俺の視線に気が付いたようで、俺の顔を見つめ返してきた中尉に

「そうしてると、女の子だな」

なんて言ってやったら、顔を赤くしてそっぽを向いた。なるほど、これは俺の勝ちでいいな。

 一度車に戻り、そこから2ブロック離れたところにあった建物に向かった。

そこは、1階がコーヒーショップ、2階が酒屋になっているらしい。

好都合な店だな、と思ったら、待っている間に中尉が調べて見つけておいてくれたらしい。気を回してくれたことに礼を言うと

「まぁ、楽しいデートの礼ってことにしておいてあげるよ」

なんてかわいげがあるんだかねえんだかわからない言い方をしてきた。まぁだが、ここなら酒も豆も揃いそうだ。

 一階で店員と話して、オフィス用の豆のLサイズ缶と、自分用にMサイズの好みの豆の缶を選んで買い込む。

中尉は、またもや俺の言うがままに、ミルされてるフルシティローストの豆の真空パックを幾つかと、Sサイズの豆缶を買っていた。

ここはさすがに俺が押し切って支払いを済ませた。

中尉は、相変わらず妙にうれしそうな顔していて、いつもあの挑発的な視線で睨まれている身としては、和むような、戸惑うような、複雑な思いになった。

それから、二階で昨日の勝ち分にすこし上乗せした額で売っていたバージニア州産のバーボンを手にいれた。

ベルファストだとスコッチが主流で、バーボンの上物は手に入りにくいがこっちでは比較的簡単に仕入れられそうだ。

ま、酒は控えないとならんけど、な。
 

837: 2014/07/14(月) 01:02:31.17 ID:MS09ySNGo

 それから俺は中尉の買い物にも付き合ってやって、夕方過ぎには基地に戻った。

あいにく、基地の夕食には間に合わなかった。

とりあえず、オフィスにコーヒーメーカーとバーボンを置き、“好きに飲んでくれ”とだけ書置きをして出てきた。

中尉が車を男性兵舎に回してくれたんで、礼を言って降りる。ドアを閉めようとした俺に中尉は声をかけてきた。

「あぁ、ちょっと待ちなよ」

「あぁ?なんだ?」

「コーヒー、ご馳走してくれるって約束だろ?」

俺の質問に、中尉はニヤついてそう答えてくる。この女、どこまで本気なのか気になり始めてきちまった。

本気になった方が負けをみるな、こりゃぁ。

「あぁ、そういうことか。一度戻るのかと思ったぜ。ドレスにでもお召替えしなくていいのか?」

俺がそう言ってやったら中尉は笑って

「あんたがそうしてほしけりゃ、着替えてくるよ」

と切り返してくる。ったく、そういう勝負の掛けかたは反則だろう?そのやりとりじゃぁ、どうしたってこっちが不利なんだ。

いや、こいつそれがわかってて言ってきてるのか?だとしたら、相当なタマだぜ。これはしびれる舌戦になりそうだ。

「構いやしねえよ。そのままでも十分魅力的だ」

「それは光栄だね」

中尉はそう言いながら、後部座席から自分の買ったコーヒーメーカーと挽いてある豆のパックをつまんで車から降りた。

「ついでだから、使い方も教えてくれると助かるよ」

「お安いご用ですよ、お嬢様」

そう言ってやったら、中尉はまた嬉しそうに笑った。

 俺の部屋は兵舎の二階にあった。たかだか中尉とはいえ、副隊長ともなると個人部屋が与えられる。

ベッドルーム兼リビングにはベッドにデスク、ローテーブルにソファーにテレビ。

小さなキッチンには簡単な食器棚と備え付けの冷蔵庫、シャワーとトイレも完備。

ちょっとしたホテルの一室みたいなもんだ。

ベルファストの兵舎じゃ、ジャックともう一人の男と同室でむさくるしい思いをしたもんだが、そう考えりゃぁここは天国に違いないな。

 「へぇ、これが指揮官殿の部屋、ね」

中尉が皮肉交じりにそういう。

「お前は、望めばこんな部屋もとれたんじゃねえのかよ」

俺が言ってやったら中尉は笑って

「私はあいつらの上に収まるには、すこしまじめすぎるなと思ってるんだ。昇進は別の機会まで取っておくことにするつもりさ」

と言いながらソファーに座り、テーブルにコーヒーメーカーの箱を置いた。それからすぐに

「さ、使い方教えてくれよ」

なんてことを言いながら、子どもがクリスマスのプレゼントを開ける前みたいな顔をして俺を見つめてきやがる。

ったく、これを計算でやってるんだとしたら、とんでもなやつなんだがな。生憎と、ずいぶん素直にそう思っているらしかった。
 

838: 2014/07/14(月) 01:03:02.35 ID:MS09ySNGo

「あぁ、とりあえず中身出しな」

俺はそう言いながら、自分の買ってきたものを食器棚にとりあえず詰め込み、

水を入れた買って来たばかりのケトルを持ってソファーの中尉のところに向かう。

 中尉は中からコーヒーメーカーを取りだして、付属していた説明書を手に取ってしげしげと眺めていた。

「とりあえず、パックの豆とフィルターだ」

俺が言うと、中尉は付属していたフィルターと豆の封を切る。皮肉の一つでも言ってくるかと思ったが、ずいぶんと素直じゃねえか。

改心でもしたのか?なんてことを思いながら

「カップを置くスペースの上の樹脂のパネルを開けろ。そこにフィルターを詰める場所がある」

と教えてやる。すると中尉は特に迷うこともなくパネルを開いて、慎重に何かを確かめながらフィルターをセットする。

「あとは、その上に豆の粉を一袋入れておけ」

中尉はまたも素直にフィルターに豆を入れる。この手のタイプは、確か、圧縮用のハンドルが付いてたはずだな…これ、か。

 俺は機械を眺めてそれを特定し

「このハンドルをぐっと押し下げて、豆をしっかりと押し込んでロックだ。それが済んだら、パネルを閉じろ」

と教えてやる。

「カフェでこんなのをやってたね」

中尉は、そんなことを言いながら、やはり素直に俺の言った手順にしたがってハンドルをおろしパネルを閉じる。

あとは、だ。

「この部分に水を入れてやって、スイッチを入れる。熱湯になったところで、ランプが切り替わったらあとはカップを置いてそのオレンジのボタンを押せば抽出するはずだ。

 クリームやなんかは俺の買って来たのがあるから、適当に使ってくれ」

そう言いながら俺は給水タンクに水を入れ、電源ソケットを壁の差込口に押し込んで、メーカーのスイッチを入れた。

静かな機動音とともに、コポコポと湯の沸き始める音が聞こえだす。

「あとは待つだけ、だね?」

「あぁ、そうだ」

俺が言ってやったら、中尉はさっきとおなじ、子どもの顔で笑った。
 

839: 2014/07/14(月) 01:03:38.15 ID:MS09ySNGo

 それにしても、だ。夕飯の時間にゃ乗り遅れちまったし、なにか食っておきた気分だ。

「中尉、なにか食いたいものはあるか?食事の時間は終わっちまったし、デリバリーでも頼もうと思うんだが」

「いいね。ご一緒させていただきますよ、副隊長殿」

俺の言葉に、中尉はやっと、あの挑戦的な笑顔を見せてくれた。

 それから俺たちはケータリングの店でピザを一枚とサラダやフライドポテトやらを頼んだ。

湯が沸き、カップに注いだエスプレッソを見て中尉はまた嬉しそうな表情を浮かべる。

そいつを一緒にすすって、ようやくカップが空になったところで、玄関のチャイムが鳴り、デリバリーが届いた。

 食後には、中尉がご所望だった俺のコーヒーを淹れてやった。

わざわざ豆をミルで挽いて、そこそこに砕いた豆で、食後に合うよう少しあっさり目に入れてやると、彼女はまた喜んだ。

まったく、その笑顔ばかりにゃぁ、調子を崩されるな。

こんなところ、ジャックに見られでもしたらたちまち笑いものにされるだろう。いなくてせいせいするな、まったくよ。

 食後のコーヒーを飲みながら、俺は中尉と本当にどうでもいい話をしていた。

それは、車でしていた噛みつき合いでも、皮肉の垂れ合いでもない。

それこそ、彼女が好きらしい料理の話や、俺の趣味のことなんかについて、だ。

 妙なもんで、そんな時間が俺にはどうにも心地よく感じられていた。

いや、“そういうの”ってのは案外とこう、穏やかなものなのかもしれないなと思わされてしまうような感覚だった。

 コーヒーを飲み終え、食事の後片付けをした俺たちはそのまままた、とりとめのない話の続きをした。

だが、中尉は昼間の俺の用事については一切聞いてこなかった。

気にしていて気を使ってやがるんだか、本当に気にしてないのかは相変わらずわからんやつだが…

 そのどっちだっていい、と俺は思っていた。どちらにしたって、中尉は、俺に対してそうしてくれているんだろうから、な。

 不意に、ポーンと壁掛けの時計が鳴った。兵舎の消灯時間を知らせる音色だ。

俺たち指揮官には関係のない合図ではあるが、まぁ、話を打ち切るにはいいタイミングだ。

「もうこんな時間か」

「そうみたいだね」

さて、とりあえず、言っておくかな。
 

840: 2014/07/14(月) 01:04:05.54 ID:MS09ySNGo

「こんな時間まで付き合ってくれて感謝するよ、お嬢様」

俺の言葉に、中尉はピクリと反応した。それからあの挑発的な表情を浮かべて

「意外に紳士ね。何かされるものと思っていたんだけど?」

と返してくる俺だって野暮じゃねえ。お互いにどうしたいか、なんて、たかが知れている。

だが…言い出した方の負けだろう?俺とお前はそういう間柄のはずだ。

「ずいぶんなお言葉だぜ。これでもベルファストから出てきてる身だ。分別くらいはわきまえてるつもりだ」

「へぇ、それは結構なことだね」

俺が言ってやったら、中尉はそう答えてソファーから立ちあがった。

何をするかと思えば、ダイニングから引っ張っていて座っていた俺のイスの方まで歩いて来て、膝の上に馬乗りになる。

「あのあたりの紳士は、臆病者なんだね?」

「バカ言え。相手の同意がなけりゃぁ、獣と同じだと言ってるんだ」

「私にねだれ、っていうの?あはは、とんだ紳士さまだね、こりゃぁ」

中尉は俺の首に手を回して体を近づけてくる。拒む理由はない。

だが、こっちだってその一言を簡単に口に出すほど、甘くもない。

「そうでもなきゃぁ、お帰り願ったっていいんだぜ?」

俺が言ったら、中尉はクスっと笑って挑発的に俺を見つめて言った。

「帰せるものなら、帰してみればいいんじゃない?」

彼女は、俺の鼻先に自分の鼻をこすり付けてくる。ったく、そういうのは反則だろう?

生理現象が先に起こって来ちまうじゃねえか。俺は下半身に広がるムズムズとする欲求を耐えもせずに、中尉の腰に腕を回して引き寄せる。

「なるほど…なら、まずは帰りたくない、って気持ちになってもらう必要がある、ってことだな」

「あなたにそんなことができれば、の話だけどね」

俺の言葉に、中尉はまたそう言って試すような視線を俺に投げかけてくる。なるほど、自分を虜にして見せろ、ってことだな。

安く見られたもんだ。なら、そうさせてもらおうか。勝負は、そのあとにお預けといこうや。

 俺はそう胸の内で思い、それから、中尉の唇を柔らかく食み、すぐに自分の唇を思い切り押し付けた。

 出会ってまだ3日だなんだというのは野暮ってもんだ、そうだろう?こういうのは、ピンときた瞬間が勝負なんだよ。

あとは、俺のその感覚が狂ってなかったって確信を得りゃぁそれでいい。

中尉の下が俺の舌をからめとってくる。

ほらな。何一つ、間違っちゃいなかっただろう?



 

846: 2014/07/20(日) 01:37:44.44 ID:xMrn++QAo



 その年の8月。

かねてから連邦政府との緊張状態が続いていたサイド3、10年前にジオン共和国と名乗っていたやつらが

突如として自分たちを“ジオン公国”とすることを宣言した。

それとともに、これまでにも何度か起こっていたスペースノイドによる小規模なテロが地球の各所でさらに頻繁に発生するようになっていた。

いや、地球だけではなく、宇宙もきな臭くなって行った。それに呼応するように、連邦政府と軍は軍備拡張計画を採択。

宇宙を仮想戦場とした新たな戦力の増強に入った。

新たな宇宙戦艦の投入と、戦力の補充。戦闘員の増員も計画されているらしい。

このジャブロー基地にも、宇宙軍への転属する人員を募集する旨のが出回った。

興味はないが、戦争だなんてのは、この際避けてほしいもんだと思ったのは覚えている。

だが、俺の思いもむなしく、事態は悪化の一途をたどっているようだった。

 俺は隊にもだいぶ慣れた。毎日訓練づけだったが、それなりの仕事をしていたつもりだし、

ジェニー、あぁ、ユージェニー・ブライトマン中尉とのことも、うまく行っていた。

毎週の非番の日には街にも通い続けていた。

この辺りのこともすっかり慣れて、そこいら中に顔見知りもできたし、

ベルファストにいたときのような居心地の良さを感じ始めるようになっていた。

 そんな0072年の冬。訓練終わりのブリーフィングで、隊長が俺たちに珍しい指示を出してきた。

明日から一週間、隊で北欧へ出向だって話だ。
 
なんのことかと思えば、週末に北欧のカウハバで行われる航空ショーへの参加の打診だった。

そんなもの、アクロバットをやるエースチームに任せりゃいいじゃねえかと文句を垂れたら、隊長は渋い顔して

「俺たちは地上待機で客の接待だよ」

なんて言った。なるほど、どうりで“お上品”な俺たちの部隊が選ばれたわけだ。

宇宙軍の拡張に動いている今、上の連中も人集めに必氏のようだ。

最近じゃ、あちこちでこんなショーなんぞをやって新兵募集を触れ回っている。おそらく、これもその一環なんだろう。

まったく、面倒な任務だが…まあ、観光気分で構わないだろう。
 

847: 2014/07/20(日) 01:38:13.59 ID:xMrn++QAo

 「北欧かぁ。あのあたりはきれいだからな。仕事以外の時間は退屈しなさそうだな」

ハウスがそんなことを言って笑っている。

「あぁ、それは間違いないな。副隊長、確かヨーロッパから来たんですよね?案内して下さいよ」

フェルプスが俺に言って来た。

「バカ言え、俺はベルファストだぞ。そんな離れた場所のことなんて知るかよ」

俺がそう言ってやると、隊員どもは口々にブーブーと文句を垂れてくる。ったく、うるさい野郎どもだ。

それにしたって…北欧、か…ジャックの野郎も来やがるのか?だとしたら、めんどくさいことになりそうだな。

俺はそう思ってチラっとジェニーを見やる。

楽しそうな表情でやりとりを見つめていた彼女は俺の視線に気づいて、不思議そうに首をかしげてくる。

あぁ、ったく、やめろよ、それ。

 「とにかく、だ」

無駄話を始めた俺たちを遮って隊長が口を開く。

「明日は長旅になる。早いうちに荷物をまとめて休むように」

「うーい」

野郎どもはいつもどおりにそうけだるそうに声を上げる。そいつを聞いた隊長は満足そうに笑った。

 翌日の朝早く、俺たちはジャブローから戦闘機に乗って飛び立った。

増槽を二つ抱えて、途中で空中給油機と合流して給油を行う予定だ。

まぁ、それにしたってジャブローから北欧までは8時間はかかる。

空じゃぁ最初の2時間はバカ話でもしてりゃぁ問題ないが、さすがにそれだけかかるとなるとしまいにゃぁどいつも黙り込んでしまう。

それでも俺たちは何とか、北欧の片田舎にあるカウハバヨーロッパ方面軍基地に到着した。

そこには、各地からの航空隊が出張って来ていて、まさに壮観の一言だった。

 翌日には航空祭の簡単な打ち合わせをして、さらにその次の日とそのまた次の日が航空ショー当日。

俺たちは愛機をエプロンに並べて飛行服に身を包み、寄ってくる観光客相手に機体や武装の説明やなんかをしていた。

野郎どもはまぁ、どうってことはねえが、当然ジェニーの方はあれだけ美形の女性パイロットがいる、となりゃぁ

人だかりの一つもできて、写真やら握手で二日間終わるころにはさすがにげっそりと疲れ切っていた。

野郎どもは良い気なもんで、さっさとこの田舎の基地を引き払って、ヘルシンキ基地へ行き、そこでの休暇をたのしむぞ、なんて息巻いてる。

<元気なもんだね>

と、カウハバからヘルシンキへ移動する間、無線でくっちゃべってるのを聞いてジェニーがそう言ったのがおかしくて、

俺は思わず笑い声をあげていたが。
 

848: 2014/07/20(日) 01:39:14.15 ID:xMrn++QAo

 ヘルシンキに着いたのは4日目の夕方。

機体を格納庫に収めた俺たちは、兵舎に案内してくれた士官への礼もそこそこに、車を借りて総出で市内を走り回っていた。

 ベルファストやロンドン、中央ヨーロッパのあたりは、近代化されてどこへ行ってもビルばかりの街並みが続き郷愁を誘うような雰囲気はほとんど残っちゃいなかったが、

このあたりはまだ前世紀の面影がある建物がそこかしこに残っていて、雰囲気がいい。

俺の育ったキエフとは趣が多少違うが、懐かしい気持ちにさせられなくもない。

「アトランタとはだいぶ違うね」

ジェニーがそんなことを言って感嘆している。

他の野郎どもも、それぞれに思うところがあるようで、車の中からお登りさんよろしくキョロキョロとあたりを見回しながらいちいち声をあげている。

 「隊長、どこへ向かってるんだ?」

俺はハンドルを握っていた隊長に聞いてみる。

「あぁ、この先にヘルシンキ中央駅、ってのがあるらしいんだ。さっきの士官の話じゃ、大陸間鉄道の通過駅になってるらしくてね。

 見ておくと良いらしいから、とりあえず目的地はそこだ」

なるほど、市街地の中心なら、そのあとでバラけてあちこちを見て回ることもできる。それも悪かねえな。

「隊長は列車がお好きで?」

「いや、別にそんな趣味はないけどな」

俺の言葉に、隊長は苦笑いを浮かべてそう答えた。まぁ、そうだろうな。

そんなことなら、戦闘機に乗って空なんぞ飛んじゃいない。そう思って肩をすくめて見せた俺の視界に何かが映った。

あれは…煙か?

 「隊長、ありゃぁ…」

俺が声を上げるのと同時に、ふたたび沸くような勢いで煙が膨れ上がって空に立ち上った。

「爆発、か…?駅の方だ…!」

隊長はそう口にした。ったく、なんだってんだ?めんどうごとなら勘弁しろよ、こっちは休暇中なんだ!

「お、おい、あれなんだよ?」

「ただの火事、ってわけじゃないのか?」

野郎どもも騒ぎに気付いたようで、口々にそう声を上げ始める。そうしている間に、隊長の運転する車が交差点に差し掛かった。

その先に見えたのは、天井のあちこちが焼け落ち、煙と炎を吹きあげているでかい建物だった。

 それを見て、俺は一瞬、判断力を失った。一目見て、それがただの火事ではないことは明白だったからだ。

だとするなら、事故か、あるいは、故意にやらかしたか、だ。火事でなら、あんな屋根の崩落にしかたはありえねえ。

ありゃぁ、まるで、内側から爆発したような穴じゃねえか…

 「これが中央駅…!」

隊長がかみしめるように言う。隊長の言葉で、俺はハッと我に返った。

そうだ、ここは駅なんだ。救助はどうなってる!?中に人を残してんじゃねえだろうな!

「くそっ!なんだってこんなことになってんだ!」

そう叫びながら俺は思わず、停まった車から飛び出していた。あたりには警官隊と救急隊が山ほど詰めかけている。

俺は警備にあたっていた制服姿の警官を捕まえた。
 

849: 2014/07/20(日) 01:39:45.04 ID:xMrn++QAo

「おい、どういう状況なんだ!?」

「あっ、ぐ、軍の方ですか!?ここは今は、テ口リストによる破壊活動が進行中で…!」

「テ口リストだと!?」

俺はそれを聞いて再び駅舎を見やった。でかい駅舎は、すでに穴だらけで全体が崩壊寸前に見える。

あちこちにあいてるあの穴ぼこは、爆弾か…?くそったれ!こんなことをやりやがるのがいるのか…!

政府や軍相手ならいざしらず、ここは民間の施設で民間人しかいないんだぞ!?

なんだってこんなところを標的にしやがるんだ…!俺は湧き起る怒りに体が震えそうになるのをこらえて拳を握りしめた。

政治状況なんぞは理解してる。連邦政府が、スペースノイドを食い物にしていることもわかってる。

公国と名を変えたジオンも、それ以外のスペースノイドも、多かれ少なかれ、政府や軍部に対する締め付けに反発していることだって最近始まったことじゃねえ。

だが、それがこんなことをする理由になって良いワケがねえんだ!

立ちすくんで、怒りをこらえつつそう思っていた俺の耳に、誰かが叫ぶ声が聞こえた。

「生存者だ!」

「子どもだぞ!」

「3班、保護しろ!救急隊、前へ!けがしてるぞ!」

その声に引かれるようにして、炎が噴き出している駅舎の出口を見やった。

そこには、一人の女性を背負って駅舎の出口から這い出すようにして抜け出してきた、ブロンドの少女がいた。

くそっ…寄りにもよって、子どもが巻き込まれてんのかよ!

 指示を受けた武装警官隊が少女のところへ駆け出す。

しかし、次の瞬間、駅舎の中からバリバリバリという激しい音とともに銃撃があって、そのうちの何人かがもんどりを打って倒れ込んだ。

流れ弾があたりに散らばり、広場を包囲してる警察車両に当たってカンカンと火花が散る。

俺も瞬間的に車両の陰に身を隠し、それ以上の攻撃がないことを確かめて顔を上げる。

突撃していった警官隊はひるんだのか、すぐさま足を止めて、仲間を引きずり後退していく。駅舎の入り口に、少女と女性は残されたままだ。

 くそったれ!威嚇も支援射撃もなしに突っ込んだらそうなるってわかんだろ素人め!どうする…!?

あのままじゃ、あの二人、流れ弾にでも撃ちぬかれるか、爆発か、建物の崩落に巻き込まれちまうぞ…!

だが、こいつらはただの警官だ…せいぜい、相手したことあるのは武装強盗程度だろう…

俺だって、陸戦を経験したことなんてねえが…俺たちパイロットは、敵地降下時のサバイバル訓練と戦闘訓練は一通り受けてる…

あいつらよりは、マシ、か。

ったく、やるほかにねえだろ…!放っておくわけに行くかよ!

権限だ、管轄だ、なんて細かいことを言ってるときじゃねえ…そんなもん、クソくらえだ!

俺は自分を抑えきれずに、次の瞬間には怒鳴っていた。

「おい、貸せ!」

目の前にいた警官からサブマシンガンを奪い取って、警察車両の向こう側に張られていた警戒線を飛び越えた。

「お、おい!とまれ!」

「危険だ!…あれ、誰だ!?軍人か!?」

そんな声が聞こえる中、俺は姿勢を低くしながら駅舎前の広場を駆け抜けた。

サブマシンガンを乱射しながら二人のそばに滑り込む。応射はねえな…中はヒデエ状況だ。

テ口リストの連中も、息も絶え絶え、か?寄りにもよって、自爆かよ…

だとしたら、じきにこの建物を全部吹き飛ばすくらいの爆発を起こしてもおかしくはねえな…

そう考えを巡らせながら、俺は傍らの二人を見やった。
 

850: 2014/07/20(日) 01:40:12.88 ID:xMrn++QAo

「おねえちゃん!おねえちゃん!やだよぅ…やだよ!!氏んじゃダメおねえちゃん!起きてよ、起きてよぉ!」

少女は倒れ込んだ女性を抱いて泣きわめいていた。女性からは、明らかに出血の跡が見える。

女の子の方も血まみれだが…これは、この女性の血か?俺は少女の血まみれの背中をさする。

ケガの様子は見られない。今度は、女性の首元に手をやった。脈は、ない、か…

姉ちゃんって言ってな、この子ども…肉親、なのか?それに気づいて、俺は一瞬、脳裏に何かがよぎるのを感じた。

だが、次の瞬間、

 「レオン!あんた、なにバカやってんだ!」

と怒鳴り声がしたと思ったら、すぐそばにジェニーのやつが滑り込んできた。

手には、これも警官から借りてきたんだろう、ハンドガンが握られている。

そうだ…今は、そんなことを考えてる場合じゃねえ…とにかく、生きてるこっちの子どもだけでもここから引き離さないと危険すぎる!

「こっちの女はもうだめだ!さきに、この子を!」

俺は少女の体を引っ張ってジェニーに預けようとする。だが、彼女は動かなかった。

女性の体にしがみつき、まるでここで手を離しちまったら、この“姉ちゃん”が二度と戻ってこないだろうって確信しているような、そんな感じだった。

「おい!お前まで氏んじまうぞ!早く来い!」

「やだぁぁぁ!おねえちゃんと一緒にいる!おねちゃん…おねえちゃぁぁぁん!」

ダメだ…こいつ、完全に錯乱してやがる…力ずくで引き離しちまうのは簡単だが…髪の色も、肌の色も違うが本当に肉親なのか…?

いや、だが…くそっ、生きてようが氏んでようが、そんな風に呼ぶ人間と無理やりに引きはがされちまうような別れ方は御免だな…

そうされた思いを知っている俺が、それをやっちゃぁ…自分自身で証明することになっちまう。

そういう希望や、そういう想いが、現実ってやつに無残に切り裂かれる、ってことを、だ。

そいつと戦っている俺が、そんなこと、できるわけがない…少なくとも、俺自身と、あいつが許しゃしねえだろ…!

だが、どうする!?このまま俺が二人を抱えて広場を走り去るにしたって、さっきの警官隊の連中のように機銃掃射を受けない保証はない。

おそらくあれは、ライフルじゃなく、ミニガンの類だ。

補足されて狙いをつけられたら、とてもじぇねえが、人間の脚で逃げ切れるもんじゃねえ。

 そんな時だった。モーターの回る激しい音とともに、借りてきた軍用車が広場に突っ込んできていた。

車は俺たちから数メートルのところに、タイヤを鳴らして停車する。

「副隊長!援護します!早くそいつら連れてこっちへ!」

とすぐに、いつの間に降り立ったんだか、ハウスが警官隊用のシールをを構えて車のフロンに姿を現した。

ハウスめ、良いぞ!その位置なら、車を盾にして退避できる!この状況なら…!

俺はそれを確認して、ジェニーにサブマシンガンを手渡した。

「俺が二人を運ぶ!援護頼むぞ!」

そういうと、ジェニーは笑った。大丈夫だ、俺はお前になら背中を預けられる。そう思って、俺も笑顔を返してやった。

それを見たジェニーは、黙ってうなずき、駅舎の中に銃口を向けた。

 ババババと火薬の炸裂する音がする。

「走りな!」

同時に彼女が叫んだ。俺は少女と女性の体をまとめて抱き上げると、軍用車目がけて走った。

軍用車の脇で、フェルプスとザックが防弾シールドを構えて俺を迎え入れる体制を取ってくれている。

さらにその陰から、ハウスとノーマンがアサルトライフルで援護射撃もくれている。ったく、良いチームだよ!
 

851: 2014/07/20(日) 01:40:42.29 ID:xMrn++QAo

 俺はそのまま広場を走り抜け、フェルプスの構えた盾の後ろに飛び込んだ。ジェニーもすぐさま俺に続いてくる。

よし、よし、無事だな!?

「ジェニー、ケガは!?」

「応射はなかった、問題ないよ!そっちは!?」

「この女は脈がない!救急隊!こっちだ!」

俺は息が切れるのも気にせずに女を軍用車の陰に引きずりながら怒鳴る。すぐさま気道を確保して心臓マッサージを始める。

この出血だ…無駄かもしれないが、とにかく、やるだけやってやる!

「おねえちゃん…おねえちゃん…!起きてよ…おねえちゃぁぁん!」

少女がまた女性にすがり寄ってくる。俺のそばに駆け寄って来たジェニーがすかさず女性に口付けて人工呼吸を始めた。

心臓も呼吸も止まってるのは知ってんだよ!くそったれ!奇跡でもおこりやがれ!

「おい、お嬢ちゃん、大丈夫だから」

ハウスが俺とジェニーのCPRの邪魔にならないようにと少女を引きはがそうとしているが、

そうすればするほど、少女は女性にしがみついて作業の邪魔になる。ハウスはあきらめて少女の頭をなで始めた。

 そうしている間に、俺たちの周りに武装警官部隊に警備された救急隊がかけつけ、女性は少女とともストレッチャーに乗せられて、

俺たちと警官隊に援護されて広場を抜けた。隊長が盾に使った軍用車も広場の外へと逃がしてくれた。

俺はジェニーと、それから最後まで様子を心配そうに見つめていたハウスと三人で、ストレッチャーごと救急車に乗せられた二人が、

後部のハッチバックを閉められて見えなくなる。

救急車は、けたたましいサイレン音とともに猛スピードで現場を離れ、俺たちが来た交差点を曲がって、姿を消した。

 あの女性は、おそらく、消防隊だった。あの特殊な防火ブーツは確かそうだったはず。

おそらく、爆発と火災の第一報を聞いて駆け付けたんだろう。

テ口リストがいたのを知っていたのか…知っていたが、あの少女を助けるためにわざわざ突っ込んで行ったのかはわからないが…

そんな人間を傷つけて、あんな少女も巻き込んで…政治的主張だと…?ふざけるな…そんなのは、ただの怨恨じゃねえか。

どんなに立派な大義を掲げてようが、スペースノイドが政府にどんな仕打ちを受けていようが、

こんなのは…このやり方は許せねえ…!

―――お願い、この子を、守って…

そう思っていた俺に誰かがそう言ったのが聞こえて来た気がして、ハッとした。俺は思わず、ジェニーを見つめていた。

「ジェニー、お前今、何か言ったか?」

「いいや。何も…?」

ジェニーの言葉に、そうだろうな、とは思った。今のはジェニーの声色とは違った。だが、じゃぁ今のは…?

空耳なんかじゃ、ない感じではあったが…そう思っていた俺の耳に、バキバキ、と何かが軋み折れるような音が聞こえてきた。

ハッとして顔を上げた俺の目に映ったのは、基礎構造から崩壊してつぶれていく駅舎の姿だった。

ズシン、という鈍い音と衝撃とともに炎が吹き上がり、熱が俺たちを煽る。

だが、俺は、身を隠すことも、目を閉じることもなくその光景をジッと見ていた。バカ野郎どもめ…命を、なんだと思ってんだ。

氏にたくないと思ってる連中を頃すなんてこと、どうしてしようと思うんだ。

ましてや、自分の命を投げ出してそんなことをしようなんてことを、どうしてやっちまうんだよ…。

世の中にはな、どう抵抗しようが、どんなにあがこうが、生きたくったって生きられないやつも―――

そう思いながら俺は、いつの間にか血まみれになった自分の手を握りしめて、立ち尽くしていることしかできなかった。


 

852: 2014/07/20(日) 01:41:42.36 ID:xMrn++QAo




 「ふぅ」

その晩、俺は部屋で、差し入れてもらったバーボンを煽りながら、一人窓辺で星空を眺めていた。

あれから、俺を気遣ってか、隊長からハウス達が変わり順番にやって来て、どうでもいい話をしていっては部屋を出て行った。

別に、落ち込んでるわけでもショックを受けているわけでもねえ。

あんな無差別殺人を見たから、といって、腹が立つことこそあっても、ただそれだけ。一杯飲んで寝ちまえば忘れられる。

 そう思っては自分に言い聞かせているんだが、俺は妙に、あの時に聞こえた気がした声が気になっていた。

それと同時に、あの二人がどうなったのか、も。

そのせいなのか、今の俺は、ショックや怒りなんてことではない、別の感情に支配されていた。

胸に穴が空いたような、気力も、思考も、他の余分な感情さえそこから流れ出て行ってしまっているような、そんな感じだ。 

 コンコン、とノックする音が聞こえた。俺はハッとしてドアを見やる。来てくれた、か。

そろそろじぇねえかと思ってたところだ。いや、正直、少し、待ち遠しいと思っていたくらいだ。

「開いてるぜ」

そう声をかけるとキィっとドアを開けて、案の定、ジェニーが顔を出した。ジェニーは俺を見るなり苦笑いで

「ひどい顔」

といいながら、後ろ手にドアを閉めて俺の方へと歩み寄ってくる。ひどい顔、ね。まぁ、お前が言うんならそうなんだろう。

ジェニーは俺の体に腕を回してきて触れ合うだけの、微かなキスをしてくる。

それから、俺のバーボンを奪い取って口を付け、ため息をついた。

「あの女性、亡くなった、って」

ジェニーは、そうかすれた声で言った。

「そうか…」

まぁ、そうだろうな、とは思っていた。あんな出血をしていて、あの場ですでに呼吸も脈もなかった。

搬送よりも輸血を最優先にしたところで、助けられなかっただろう。だから、別に何がショックだ、ってわけじゃねえ。

だが、この押し込んでくるような感覚はなんだ?ジェニーが言うように、顔にまで出てるこの感じは…?

「子どもの方は?」

「無事だ、って話。でも、精神的なダメージは相当だろうね」

ジェニーがそう答えて、俺にすり寄ってくる。無事だった、といわれたところで、気分が良くなるわけでもねえ。
 

853: 2014/07/20(日) 01:42:10.41 ID:xMrn++QAo

 それが何かは、結局のところ、わからなかった。

だが、俺はまるで何かに促されるようにジェニーを抱き寄せて、ブロンドに顔をうずめていた。落ち着かないこともない。

だが、根本的な部分は解決したようには感じられなかった。

そんな気持ちに煽られてなのか、俺は自分でも特に気にしてないようなことを、ジェニーに聞いていた。

「あの女を助けられたと思うか?」

「え?」

「もし、俺が彼女を助けられたとしたら、どうするべきだったのか…」

「あぁ…さぁ、ね。彼女が、いつどこで撃たれたのかはわからない。

 仮に、あと10分早くたどり着いてたとしたって、その時にはもう手遅れだった可能性もあるんだ」

「そうだな…」

ジェニーの言葉に、俺はそう言ってうなずいた。と、首元に顔をうずめていたジェニーが俺を見上げて聞いてきた。

「後悔でもしてる、っての?」

「いや、そうじゃない…。ただなんとなく、な…どうにかして助けてやれなかったもんか、と、そんなことを思った」

俺の言葉に、ジェニーは返事をしなかった。その代わりにまた、俺の首元に顔をうずめてくる。

ふと、そんなことをしてくるジェニーが気になった。俺のこの感覚を、もしかしてこいつも持っちゃいねえだろうな?

「お前は大丈夫かよ?」

俺が聞いてやると、ジェニーは再び顔を上げた。

「別に。やれるだけのことはやったし、仕方ないだろ。そんなことより私は、あんたが心配だよ」

ジェニーはそう、潤んだ瞳で俺を見上げながら言って来た。ったく、柄にもねえだろ、そういうのはよ。やめろよ。

そう伝える代わりに、俺はジェニーの額に口付て、窓辺を離れた。

それから、ハウス達が置いていったグラスにジェニーの分のバーボンを注いでやる。そいつを突き出しながら俺はジェニーに頼んだ。

「しばらく付き合ってくれ」

細かいことを伝えられるほど、自分自身の気持ちがわかっているわけでもない。

何かを話してすっきりできるほど、単純な物でもねえ気がする。

だが、それでもジェニーは、何も聞こうともせずに、少なくともここには居てくれるだろう。

情けねえ話だが、今はそうして欲しい気分なんだ。俺の言葉を聞いたジェニーは、意外にもクスっと笑った。

「珍しいこともあるもんだね。いいよ、甘えさせてあげるよ、僕ちゃん」

そんな挑発的な言葉に、俺は笑顔だけ返してその晩はジェニーと間借りの兵舎の一室で過ごした。



 

854: 2014/07/20(日) 01:42:43.13 ID:xMrn++QAo




 翌朝、多少気分が整っていた俺は、朝食の席で隊の連中に昨日の詫びを言って回った。

どいつもこいつも、気にするな、なんてことも言わずに、妙な笑顔で俺の肩をポンポンとたたきやがった。

おめえらにそんな顔されても、嬉しくもなんともねえ、なんて皮肉を言う気にもならなかった。

まったく、ほんとに気の良いやつらだ。

 食事を摂ってしばらく経った昼前。俺たちは機内で食べるチューブ食や水を受け取って、基地の滑走路から飛び立った。

ここでも隊の野郎どもは、休暇がつぶれた不満も、疲れたの一言も言わなかった。

ただいつも通りに、無線でバカ話をしちゃぁ笑って、3時間もすれば黙りこくって欠伸なんかを漏らしだす。

良い部下を持って、幸せだよ、俺は。

 そうして俺たちは大西洋を半分以上飛行した。そろそろカリブ海が見えてくる頃か、と位置情報を確認していたところへ、

ヘルメットの中に発信音が響いた。

なんだ?こいつは部隊内の無線の発信音じゃねえ。もっと上位の部署からのもんだ。慰労のお言葉でももらえるってか?

<こちら、ジャブロー防空司令部。第81飛行隊聞こえるか?>

<こちら81飛行隊>

無線に隊長が答える。

<緊急事態が発生している。急ぎ、方位320へ転舵。ケープ・カナベラルへ向かえ>

…緊急事態だと!?

「いったい何だってんだ?」

俺は思わず、そう無線に口を挟んでしまっていた。だが、それに反応せずにまずは隊長が

<各機へ、方位320へ>

と指示をしてきた。とにかく俺もそいつに従って機体を旋回させ北北西へ進路を取る。

<で、司令部。どういうことだ?>

全機が方位を変えたのを確認して、隊長がそう聞き直す。

<緊急事態につき、情報が錯そうしているため、判明してることのみ説明する。

 2時間前、サイド2から地球へ飛行していた輸送シャトルがハイジャックにあった。

 このシャトルには政府高官が搭乗しており、SPと犯人グループ間で銃撃戦が発生。

 機体の奪回には成功したものの、銃撃戦とテ口リストによる爆破工作でシャトルは破損している>
 

855: 2014/07/20(日) 01:43:25.11 ID:xMrn++QAo

テ口リストだと…!?昨日のヘルシンキの事件と何か関連があるのか…?同じグループの犯行か…それとも全くの別組織?

いずれにしても…また、民間人を巻き込みやがったんだ、クソ野郎どもめ…!

そんな俺の思いをよそに、司令部はさらに状況を伝えてくる。

<電気系統を一部損傷した機体は、現在、スラスターの一部と制動板への電気供給が一時ストップし、引力圏に引かれて降下中だ。

 統合参謀本部の計算だと、このままの角度で大気圏への再突入が成功した場合、南米西側の都市部周辺に降下することになる>

おいおい、待て…制動板が故障したまま滑空する、なんてことになったら、機動を変えることはおろか、着陸態勢にすら入れないぞ…!?

<そんな…それじゃぁ、そのまま市街地に突っ込むことに…>

ハウスの声が聞こえる。もしそうなったら、どれだけの人間が巻き込まれるかわかったもんじゃない…

<そもそも、そんな機体で大気圏再突入が可能なの?>

<現在、偶然乗り合わせた軍のパイロット候補生が生きているスラスターを使って進入角度の調整を行っている。

 機体の外壁自体の損傷は、宇宙軍戦闘機隊が現在確認中だ>

<パイロット候補生?正規のパイロットはどうしたんだ?>

<銃撃戦の最中に、パイロット、コパイも負傷。パイロットについては氏亡しているとの情報も入っている>

<状況は芳しくないね>

「で、ケープ・カナベラルへ向かってどうしろって言うんだ?」

<当該基地で、新型のFF‐3型戦闘機セイバーフィッシュの高高度飛行仕様への換装を進めている。

 これを使い、高高度で大気圏再突入を終えたシャトルの迎えを任せる>

<迎え、って…それ…>

ノーマンの低い声が聞こえる。迎えと言ったって、そう単純な意味じゃねえのはすぐに分かった。

大気圏に突入してきたとなりゃぁ、今度はさっき言ってた市街地へ不時着するかもしれないってことだ。

もしそうなりそうなときは…

<もしものときは、撃ち落とせ、ってのか>

<その通りだ>

隊長の言葉に、司令部は乾いた口調で答えた。

 そうだろう、な…他に方法がないとなりゃぁ、いよいよそうするしかない…シャトルは核エンジンを積んでる。

不時着して万が一のことがありゃぁ、それこそ大惨事だ…それに、もし南米の西側に落ちるんなら、あの街も巻き込まれかねない…

そのときは、やるっきゃない…が…くそっ、どうしたって気持ちの良い任務じゃねえな…!

俺はそんな思いを胸の内に秘めながら、今はただ黙ってそうしているほかにないことがわかって、とにかく操縦桿を握ってケープ・カナベラルを目指した。

だが、もしものとき…本当に撃墜しか方法がなくなったとき…俺は、引き金を引けるのか…?

そんな疑問が、俺の頭の中を渦巻いていた。

 30分ほどで陸地が見えてくる。同時に、無線が音を立てた。

<こちらケープ・カナベラル航空基地。エリア286を飛行中の部隊は、ジャブロー防衛軍機か?>

<あぁ。こちらジャブロー防衛軍の第81飛行隊。スミス・ジャイコブ少佐だ>

<了解した。急いでくれ、時間がない>

そんな声と同時に、はるか先の陸地に明かりがともった。優先誘導灯だ。

他の機体の着陸を待たせてでも、俺らを下ろしたい、ってわけか。

ったく、他にも手頃な飛行隊はあるだろうってのに、どうして近くを飛んでた、ってだけで俺たちなんだよ!
 

856: 2014/07/20(日) 01:44:45.99 ID:xMrn++QAo

 そんな俺の思いとは裏腹に、隊長達は次々と滑走路へと降り立っていく。俺もそれに続いて、着陸をした。

機体をエプロンに移動させてキャノピーを開けると、すぐそばに軍用トラックが止まってた。

先に降りた連中が次々とその荷台へと飛び乗っている。俺も、コクピットから這い出て、その荷台に乗り込んだ。

 トラックで連れていかれたのは、小型のロケットのようなものが並んだ打ち上げ場だった。

おいおい、ちょっと待ってくれよ…こいつぁ…!

 俺が見たのは、二本セットになったロケットに、新型多目的戦闘機、セイバーフィッシュが打ち上げられるシャトルのようにくっついている姿だった。

高高度戦闘機、とは言ってはいたが、まさか、こんな形で宇宙と地球の間まで飛ばされるとは思ってもみなかったな。

「おいおい、まるで宇宙まで打ち上げようって感じじゃねえか」

フェルプスがそうつぶやく。

すると、トラックを運転していた男が言った。

「ほとんど同義です。本来であれば、増設したブースターで高高度までの上昇が可能ですが、

 今回は有事に付き、加速と上昇の時間が惜しい。そのために、強制的に加速と上昇をさせるプランです」

「大丈夫なんだろうな?」

「えぇ、むしろ、最初からこうする形式での機体設計です。

 もちろん、コストがかかりすぎるので、普段はバーニアでの上昇が求められますが、これはこれで、あの機体の仕様です。ご心配なく」

隊長の言葉にドライバーはそう説明をする。それからすぐに

「来てください!そのフライトスーツでは危険です。新型のノーマルスーツの着用をお願いします」

といって車から降りた。俺たちはそのまま、まさに簡易で建てましたと言わんばかりのテントの中に押し込まれ、

細身の宇宙服のような全身スーツに着替えさせられた。高高度は酸素が薄いうえに、キャノピーが凍り付くほどの温度だ。

このレベルの装備は必要、か…それに離陸はあのロケットにへばりついていくんだ。

それなりの耐G性能がなきゃ、たちまちブラックアウトしちまう可能性だってある。

 「よし、全員準備済んだな?」

テントの外に出た俺たちの姿を確認して隊長が言った。

誰一人声を出して返事をするものはいなかったが、どいつもこいつも、神妙な面持ちで深々とうなずいて見せた。

それから俺たちは技術担当士官にそれぞれの機体に案内された。

新型機、ね…こんなときでもなけりゃぁ、多少は楽しめたんだろうが、今はそんなことにいちいち感心している場合じゃねえ。

連絡シャトルが大気圏に無事に再突入できたとしたって、司令部の計算が間違えてるか、

あるいは突入で多少の軌道変化でもしてくれてなけりゃぁ、どのみち俺たちが撃ち落とさなきゃいけなくなる…。

宇宙世紀元年でもあるまいし、戦争のねえこの時代に、人を頃すことを覚悟している軍人がどれくらいいるか…

いや、敵を頃すのなら仕方ねえ。だが、これから落とすかも知れねえのは民間機だ。

いくら軍人でも、そんなことを喜んでやるようなやつを前線に置いておくほど上層部もバカじゃねえだろう。

俺たちにしたって、それはおなじだ。だが、そうは言ったってそのときはやってくる可能性が高い…

そのとき、俺は何をすべきだ…?

 そんなことを考えていたら、技術士官が操縦の説明を終えてラダーで作業用の足場へと降りて行った。

それにしても、妙なもんだな。離陸しようってのに、寝ころんで真上を向いてるとは…こんなんじゃ、本当に打ち上げロケットも同じ、か。

問題はこのロケットを切り離す瞬間だろう。

スラスターに増設のバーニアもついてるが、空気も薄く引力も弱い高高度に不慣れな俺たちがそこで姿勢制御をどれだけやれるのか、が、まずは大きな課題だろう。

高度を保っていられるかすら、わからんからな。
 

857: 2014/07/20(日) 01:45:25.98 ID:xMrn++QAo

 <こちら、ケープ・カナベラル打ち上げ管制室。これより、各ロケットの打ち上げを開始する。

 打ち上げはほぼリモートで行うので心配はいらない。切り離しタイミングは各ロケットごとに無線で指示を入れる。

 高高度での機動は緩慢だ。急旋回を図ると失速する危険性があるので注意されたし>

管制室からの無線が聞こえた。高高度飛行なんぞ、訓練兵時代以来だ。そんなありきたりなアドバイスでも泣けてくるよ。

<高高度飛行か、緊張するな>

<ははは、俺に着いて来いよフェルプス。俺は訓練兵のころ、この訓練だけはいつだって主席だったんだ!>

<向こう見ずのハウスらしいな。危ないことやらせたら、お前の右に出るやつはそういない>

<それは褒め言葉だと受け取っておくぜ>

野郎どもはそう言って笑っていやがる。まったく、いつだって頼りになる連中だぜ。

 <1番、2番、3番までのロケット、点火20秒前>

無線からそう聞こえてくる。俺のロケットは2番。1番は隊長で、3番はジェニーだ。

まぁ、隊長とジェニーの心配はいらねえ、か。くっちゃべってるハウス達も、おそらく平気だろう。

残りの末尾のやつらが心配だが…まぁ、そればかりは上がってみないと何とも言えんな。

 轟音が聞こえてきて、機体が激しく振動を始める。どうやら、点火が始まったようだ。

俺はスーツのグローブを確認し、操縦桿を一度握って感触を確かめてから手放し、耐G姿勢を取る。

こいつを握るのはもう少し後、だ。

 <10、9、8,7…>

カウントが刻まれていく。俺はさすがに胸を締め付ける緊張を感じていた。まぁ、こいつばかりは仕方ねえ、か。

ははは、我ながら、まだこんな気持ちになっちまうなんて、青いところも残ってるもんだな。

<6、5、4、3…>

機体の振動がさらに激しくなった。さぁ、行くぞ…!

<2、1、0!イグニッション!リフトオフ!>

無線からそう聞こえるや否や、さらに振動がおさまった代わりに強烈なGと激しい轟音とともに、機体がロケットごと浮き上がる。

見える視界なんて空っきゃねえが、それでも機体がまるで打ち上げ花火みたいな勢いで上昇してるのがわかる。

俺は体を襲う強烈な重力に歯を食いしばって対抗する。

人が宇宙へ上がるために振り切らねばならないこの重みは、俺たち人間という種が地球で生まれ育った生き物だってことの証明だ、と言っていたのは、訓練校の教官の言葉だったか。

その言葉の意味は、なんとなく分かるぜ。この星は、俺たちの故郷であり…おそらく、檻でもあるんだろうな。

良いか悪いかはとらえる人間次第だろうが…。

 <1、2、3番機、間もなくロケットをパージする。操縦桿を握り、姿勢制御に備えよ>

不意に、無線が聞こえてきた。俺は、幾分か軽くなったGに抵抗しながら操縦桿を握り、エンジンの出力をチェックする。

問題はなさそうだな。

<パージ、5秒前。3、2、1、0!パージ!>

無線の合図とともに、ガクン、と衝撃があって、機体がロケットから切り離された。

背面状態で放り出された俺は、Gがさらに軽くなっていくどころか、マイナスGがかかっているような感覚に陥った。

だが、焦るな…相対速度的には、まだ上昇を続けている。今マイナスGを感じているのは、慣性のせいだ。問題はない、はずだ。

俺はそう考えながら、操縦桿をゆっくり倒して機体をロールさせていく。空気の薄い高高度では、揚力が得られにくい。

激しい機動をすれば、失速のリスクが付きまとう。

増設したオプションのブースターは調子がいいようだし、大丈夫そうだな、俺は。
 

858: 2014/07/20(日) 01:46:28.46 ID:xMrn++QAo

 やがて機体が裏返り、通常飛行の状態になる。高度も、速度も問題なし。

なんだよ、慣れてない、といっても、やりゃぁできるもんだな。

「こちら、副隊長機。こちらは準備よし。隊長、ジェニー。どうだ?」

<こちらジェイコブ。こちらも問題ない。しかし…いつ来ても、すごい景色だな>

<こっちも無事よ、レオン。それにしても、隊長の言葉、違いないわね…なんてきれいな藍色なんだろう>

俺の声掛けに、すぐさま隊長とジェニーの返事が返って来た。二人の言葉に、俺もキャノピーの向こうの空を見やる。

確かに、すごい景色だ…地球がはるか地上に見えている。

空は深いディープブルーで、地球との境目に視線を投げると、その際だけが良く見知っているあの青をしている。

戦闘機乗りでもそうそう味わうことのできない景色だ。

<ふぅ、いやはや、すごいGだな>

<おい、そっち大丈夫か?>

<問題ない…だが、スカスカする感じだな。少し不安だ>

後続のハウス達の声がする。不用意に機体を傾けると失速の危険がある。

俺はキャノピーにヘルメットを押し付けるようにしながら眼下を確認すると、下からさらにロケットをパージさせた戦闘機が舞い上がってくる。

 やがて、隊の10機が無事にこの宇宙地の境目までたどり着いていた。

末尾の連中も、なんとか大丈夫そうで俺は胸をなでおろした。

<こちら第81戦闘機隊。全機上がった>

<了解した。貴隊をレーダーで捉えている。間もなく、方位270の太平洋上でシャトルが大気圏に突入する>

隊長と管制室との無線が聞こえた。今は、北に向けて飛行している。西は左、か。

俺は現在の位置を確認しながら9時方向の空を見上げた。はるか遠くに星のような点が見える。あいつか?

<管制室へ。シャトルとの無線ラインを確認したい。突入直後からこちらで指示できる>

<了解した。シャトルは現在、宇宙軍と一般バンドで交信している。周波数は、A5チャンネルだ。

 第81戦闘機隊各機へ、方位270にヘッドオン。再突入予想付近をレーダーに表示している。その宙域へ向かってくれ>

<了解した、各機、方位270にヘッドオン>

隊長がそう指示をして、先頭で機体を翻す。俺たちも、失速に注意しながらそれに続いて方位を変えた。

全機がなんとか方位を変更したのを確認して、俺は無線のバンドをいじる。

すると、すぐにけたたましい音がヘルメットの中に響いてきた。
 

859: 2014/07/20(日) 01:47:06.64 ID:xMrn++QAo

<2番スラスター起動!>

<まだだ!もう2度角度を下げろ!>

<了解…!再度、4番スラスターにトライします!…あぁ!くそ!やっぱり4番起動せず!>

<2番の維持だけじゃダメだ!>

<生きている9番を噴射して機首を下げるのはダメですか?!>

<…つんのめる危険がある…!そうなったら、その機体じゃ再度の調整は不可能だ!>

<でも、このままじゃ燃え尽きます!>

<おい!ルナツー基地!なんか良い案ないのかよ!?>

<現在、検討中だ>

<バカ野郎!突入まであと5分もねえんだぞ!急がせてくれ!>

これは…シャトルと宇宙軍のやりとりか?シャトルの方からはとりどりの警報音が聞こえている。

会話を聞くと、芳しい状況ってわけでもなさそうだ…降りてきて軌道の変化がなければ、撃墜の必要がある、が…

だからといって、無事に突入してきてくれれば、最後の最後まで何かしらの対応ができるはずだ。

今はとにかく、無事に降りてきてくれるのを祈るほかにない。

「こちら、ジャブロー防衛軍所属の飛行隊。遭難シャトルへ。こっちのエスコートの準備は済んでいる。

 頑張れよ、なんとか熱圏を突破して来い!」

俺は無線にそう呼びかけてやる。すると、すぐに

<こちら、輸送シャトル!…了解です、なんとかやってみます…!>

と声が帰って来た。なんとか、ね…なるほど、このヒヨッコ、根性だけは座っているらしい。

あとは、それに見合う技術と対処能力があればいいんだがな…

<9番スラスター、起動します…!>

<…それしか手がない、か…いいか、一瞬だぞ!2度以上角度が下がれば、弾き出されるか、出なきゃ機首から解け始める…!>

<了解です…行きます、9番、起動…!>

<どうだ!?>

<あぁ、1度足りない!>

<ちっ、ビビりすぎたか…!>

<隊長!熱圏まで、もうすぐそこです!これ以上行くと、俺たちが戻れなくなります!>

<お前たちは下がれ!あとは俺だけでいい!>

<でも…!>

<大丈夫だ。こんなときのための追加耐熱装甲だろ>

<ですが、その装甲で大気圏再突入の実績は…!>

<なんとかする!とにかくお前らは下がれ!>

宇宙軍の連中の声が聞こえる。無茶しやがる…殊勝な連中だが、いだたけないな!
 

860: 2014/07/20(日) 01:47:37.42 ID:xMrn++QAo

「おい、宇宙軍!シャトルのことはこっちに任せろ!無茶するんじゃねえ!」

俺は無線にそう言ってやる。だが、この隊長というやつは

<ダメだ。ギリギリまでの調整を続けないと、燃え尽きる!>

と怒鳴り返してきて聞きやしない。そりゃぁ、こっちは状況が見えねえから指示の出しようがないが…

くそっ、お前、氏ぬ気かよ!?

<もう一度…もう一度9番スラスターを使います…!>

<くっ…了解した…!慎重に行け!>

<9番起動!>

<どうだ!?>

<あぁ、1度マイナス!>

<8番起動させろ!再調整!>

<了解、行きます!…8番、頼む…!や、やった!やりました!突入適正角度!>

<隊長!>

<…!?ちっ…一瞬、遅かったか…!>

そう無線が聞こえたときだった。はるか遠くに見ている点が、徐々に赤らんでくるのが確認てきた。

野郎…!熱圏に突っ込んだか!だから言ったんだ!

耐熱装甲を付けているからって、こんな戦闘機じゃ、突入できるか保障の限りじゃねえぞ!?

「おい!宇宙軍戦闘機!シャトルの背後だ!そこで可能な限り断熱圧縮を回避しろ!」

俺は無線に怒鳴った。戦闘機に再突入時のプラズマによる電波異常を回避するための通信アンテナが装備されているとは思えねえ。

聞こえていればいいが…こうなったらもう、なんにもしてやれねえ…頼む、無事に降りて来い…!

もう、目の前で人に氏なれるのはごめんなんだ!点を染めるオレンジが、明るく白んで行く。

最高温度…!耐えろよ…!

早く抜けて来い!

 不意に、ふっと明かりが消えた。い、いや、消えたんじゃない…あいつら、抜けてきやがった!

「おい!輸送シャトル!無事か?!」

<…こちら、輸送シャトル…はぁ…はぁ…俺、生きてます、よね?>

輸送シャトルをコントロールしていたヒヨッコの声が聞こえてきた。あぁ、間違いねえよ!

「あぁ、お前らは無事だ!」

俺は無線に怒鳴ってやる。すると向こうから安堵した声が聞こえてきた。

<おい、ジャブロー軍機!うちの隊長は確認できないか!?>

次いで、宇宙軍機の無線が聞こえてくる。俺も気になっていたところだ。俺は空に目を凝らす。

シャトルのすぐ近くに、別の点が見えた。飛んでいるようだ…燃え上がったりはしていないが…パイロットの様子は気がかりだ。

「宇宙軍の再突入機…聞こえたら返事をしろ。なんでもいい、合図を送れ!」

俺は無線にそう呼びかけた。生きていてくれ、頼む…!そう思った刹那だった。小さな点が、チカチカと何かを光らせた。

発光信号!生きてやがるんだな!
 

861: 2014/07/20(日) 01:48:40.88 ID:xMrn++QAo

<発光信号、確認!宇宙軍再突入機も生存してる!すげぇ、やりやがった!>

<あぁ、よかった、隊長!>

<あのバカ野郎!帰ってきたらとっちめてやるからな!>

<発光信号を読み上げる…我、熱により電気系統に異常発生…通信、操縦装置に複数エラー有り…>

「その機体、イジェクションシートはついてないのか?」

俺が聞くと、またピカピカっと光が灯る。

ネガティブ…そりゃぁ、宇宙軍機だもんな…パラシュート付きのイジェクションシートなんて、ついてるわきゃぁねえか…

まったく、助けなきゃならん荷物が増えちまったようだが…仕方ねえ。あとは俺たちで引き受けてやるよ。

なんとか地上に届けてやる…!

「ケーブ・カナベラル管制室!シャトルの滑空軌道はどうなってる?」

<こちらの計算通りだ…今、再度計算を行っているが、おそらく、当初の軌道と変わらず…>

やっぱり、か…だとしたら、やはり何か策を講じないと、俺たちの手であいつらを殺さなきゃいけなくなる…

無線なんて聞いちまったしな…こりゃぁ俺たちも意地でも助けてやらなきゃなんねえ。

 だが…上の連中はそうは思わねえだろう。ギリギリまで待とうだなんてそんな肝の座ったやつがいるとも思えねえ。

おそらく、南米大陸に接近した時点で撃墜命令を出してくるだろう。

あいつらを助けるには、どう考えても命令違反をする必要があるな…しかし、もし俺がそれをしちまうと…隊長に迷惑がかかる。

どうあっても俺は今は副隊長で、すべての権限は隊長が握っている。責任を取るのも隊長だ。

俺の勝手を、隊長におっかぶせるワケには行かねえよな…。

 「隊長」

そんなことを考えた俺は隊長に声をかけた。

<あぁ、どうした、ユディスキン?>

隊長は、そんな何でもないような声で俺に聞き返してくる。

「ここは…俺に任せてやってくれねえか?あんたに任せちゃおけねえんだ>

俺は言った。隊長は一瞬黙ってから俺に返事をしてきた。

<個人無線をつないだ…どういうことだ?>

さすが隊長。察しの良さには頭が下がる。

「…俺は、何がなんでもあいつらを助けてやりてえ。何があっても、だ」

<たとえ命令違反をしたとしても、か?>

隊長はこっちを冷やかすような口調で言って来た。ったく、わかってるんなら、さっさと指揮権よこしやがれよ!

「あぁ、そうだ。あんたに迷惑をかけらんねえ」

<そうか…俺も、迷惑を掛けられるのは勘弁だからな。まぁ、俺の見てないところでお前が何しようが、俺の責任ではないか…

 ユディスキン、ここは任せる。俺は末尾の連中を連れて戦闘機の方の救助にあたる。じゃじゃ馬以下、生きのいいやつらは預けるよ>

隊長は白々しい口調でそう言って来た。

「すまない、隊長」

<なに…あそこまでして地球に降りてきたシャトルだ。上の命令で撃ち落としてしまうのは…忍びないからな。

 ただ、俺たちもすぐに連携が取れるようにしておく。何かあったら、すぐに言えよ>

「あぁ、了解した」
 

862: 2014/07/20(日) 01:49:43.15 ID:xMrn++QAo

<ユディスキン>

「なにか?」

<俺がやるべきだと思うんだ、本当は、な>

「言っただろう?あんたが命令無視して左遷にでもなると、他の連中がかわいそうだってんだ。ここは俺に任せてくれ」

<了解した…シャトルを、無事に地上へ下ろしてやってくれ>

「あぁ!」

俺は隊長と言葉を交わして無線を切った。直後、再び無線に隊長の声が聞こえる。

<司令部へ。これより、隊を二分する。第一分隊で、再突入した戦闘機をエスコートし、最寄りの飛行場までエスコート。

 その間、第二分隊にシャトルの見張りを任せる>

<こちら、ジャブロー統合司令部。81戦闘機隊、了解した。各分隊の指揮官は?>

<第一分隊はジェイコブ少佐、第二分隊の指揮はユディスキン中尉が執る。何、第二分隊は第一分隊が戻るまでの見張りだ。支障はないだろう>

隊長め、口の回るやつだな。完全に別の動きをするっていうんじゃなく、俺たちはあくまでとりあえずの見張り。

戦闘機を無事に下ろしたら戻って合流する、って意思だけ見せておけば、一時離脱も上は許可するだろう。

<…了解した。戦闘機の救助は任せる。その位置からなら、北東のメキシコ、ハリスコ基地が近い。戦闘機はそっちへ誘導を頼む>

<了解した。よし、ジェミニ以下の機は俺に着いて来い。

 ブライトマン、ハウス、ノーマン、フェルプス、ザックは、副隊長の支援に回れ>

司令部、まんまと乗せられやがったな…隊長、感謝するよ…

<了解>

各機からの無線が聞こえて来た。編隊を組みなおして、隊長機が無線を入れた戦闘機とともに北へと進路を変える。

俺たちは滑空してきたシャトルからすこし離れた位置で並走するように進路と速度を固定し、状況を見守る体制を取った。

 俺はその間に、コンピュータをいじってシャトルと俺たちの部隊だけのクローズドバンドを設定した。

シャトルに何も知らせないままに、地上へ下ろすのは難しいだろう。

だが、端から命令無視をするつもりなのを上に知られるのもまずい。内緒話をするに越したことはない、ってワケだ。

「こちら、レオニード・ユディスキン中尉。シャトル、および81戦闘機隊第二分隊各機、この無線が取れるか?」

俺は設定が済んだバンドを使ってそう発信する。

<こちらハウス。取れます>

<フェルプスとザックもとれてます>

<ブライトマン。聞こえてるよ>

<ノーマンも問題なし>

シャトルからは返事なし、か…気を抜いてんじゃねえぞ…

「おい、シャトルのパイロット!聞こえてるか?」

俺はもう一度無線に呼びかける。するとややあって声が聞こえた。
 

863: 2014/07/20(日) 01:50:30.88 ID:xMrn++QAo

<こ、こちら、輸送シャトル…えと、ノヴェンバー。すみません>

「大丈夫か?」

<はい、客室係が、水を持ってきてくれていて>

「なるほど。休憩中だったか、すまなかったな」

<い、いえ。こちらこそ、すみません>

「俺は、ジャブロー防衛軍のレオニード・ユディスキン中尉だ。そっちは?」

<じ、自分は、ハロルド・シンプソン軍曹です。サイド2で航宙訓練を終えたばかりの、パイロット訓練生です>

「話は聞いてる。良く頑張ったな、見事な再突入だった」

<いえ、なんだかもう、必氏で…>

俺がほめてやったら、謙遜したようすでそう口にしてハロルド軍曹は黙った。謙虚な奴だな…だが、冷静だ。

これなら、こっちも、今の状況を説明しやすい。

「だが、悪い知らせがある、ハロルド軍曹」

<レオン!あんた、やめな!>

俺の言葉に、すぐさま真意に気が付いたんだろうジェニーの言葉が聞こえてきた。俺はそれを無視して、状況を説明する。

「そのシャトルは現在、南米の西側に向かって滑空中だ。

 計算によれば、そのままだと南米大陸の西側の都市のどこかに落着する可能性が高い。

 上層部は万が一のとき、俺たちに攻撃命令を出すつもりでいる」

俺は、とりあえずそこまで言って黙った。反応は、どうだ?

<…了解です…核エンジンを積んだ機体ですからね…当然の措置かと思います>

思った通り、冷静な奴だ。それとも、再突入でバカになったか?いや、まぁ、この際それでも構いやしねえ、か。

とにかく、協力してやれれば、策はないこともないだろう。

「だが、俺たちは撃ちたかねえ。命令なんざ無視する。だから、なんとか無事に軌道を変えるぞ。良いな?」

<…了解です。もう一勝負、ってわけですか>

「そうだ」

<再突入でかなり疲労してますけど…泣き言言ってる場合じゃなさそうですね>

「その意気だ。そっちの状況を教えてくれ。何か策を練ろう」

こんな状況で、よくもまぁそんな呑気なことを言ってのける。嫌いじゃねえな、そういうのは。

そんなことを思いながら、俺はハロルド軍曹に尋ねた。
 
<えぇ、と…はい。まず、機内でのテ口リストの爆破により、電気系統のほとんどの部分が破壊されています。

 機体を損傷させる程度の爆発ではなかったのが幸いですが、機体腹部の配電盤が木端微塵です。

 機体の天井裏から後部へ続いている一部の電気回路は無事でした。

 現在動かせるのは、機首部のスラスターと、機体上部、背中側のスラスターの一部のみです。

 制動板は機能しません。エンジンも停止しました。

 現在、自分と一緒に乗り合わせていた整備課程の訓練生が修理を試してくれていますが、状況が状況だけに、芳しくないようです>

メイン回路をやられてるのか…だとすると、かなり厳しいな…あんなもの、修理するにしたって新しい基盤の一枚も必要だろう。

マニュアルを見ながらやったところで、どうにかなれば奇跡だ。
 

864: 2014/07/20(日) 01:51:17.26 ID:xMrn++QAo

「機体の水平はどうやって保っている?」

<機体各所のスタビライザースラスターの回路を、再突入前に破壊された配電盤部分をバイパスしてつなげてくれました。

 左右の安定は保てますが制動板が機能しないので、まっすぐにしか降りれないんです>

なるほど、その整備課程の訓練生ってのもなかなかやれるやつらしい。修理個所が的確だ。

それがなきゃ、再突入の際にひっくりかえって吹き飛んで立っておかしくはなかったな…

だから、降りてきてもそいつのおかげでまっすぐ滑空はできるらしい。

空気のすべり台をただまっすぐ降りてくるしかできないヒヨッコだが、すくなくともすべり台から“外れて”しまう心配は、それほどない、ってことだな。

 「フラップはどうだ?」

だが、電気系統がそこまで損傷している、ってことは、プランAはダメだ。となりゃ、プランBの可能性を探るっきゃない。

<フラップは、おそらく動きます。電気系統とは別に、手動で開閉する方法がマニュアルにあるので…>

なるほど、フラップは使える、か…なら、もっと高度が落ちて、空気の密度の濃くなったころなら、ほんの少し開いてやれば、減速出来る。

そのまま失速ってことにならなけりゃぁ、南米よりはるか手前の海上に不時着できる可能性が高まる。

とりあえず、その手を試すかな…いや、だがそれだと、もし万が一フラップが機能しなかったら、そのあとに打つ手がねえ、か。

プランBは最後の手段、だな。だとするなら…できるかどうかは疑わしいが、プランCを試してみるしかねえか。

「了解した…ハロルド軍曹。お前、航空力学の学科は得意だったか?」

俺はそう聞いてみる。すると無線の向こうから戸惑った声色で

<えと、はい、一応、主席でした>

主席か、なるほど。まぁ、お勉強ができるから対応できる、というわけでもねえんだろうが、

力学を理解できてりゃぁ、応用はできるだろう…たぶん、な。

「よし、なら聞け。これから、俺たちの部隊が、シャトルの左前方…1000メートルのところを編隊飛行する」

<編隊飛行…?どうして…あ、いや、もしかして…!>

主席だけのことはある、気が付くのが早いな。

<ウェイク・タービュランスで!?>

「そうだ。左に位置取れば、そっちの機体の左翼を下から持ち上げる気流が発生するはずだ。そいつで、機体を傾ける。

 ただ、制動板の効かねえその機体を過度に傾けたらそのまま失速してそれっきりだ。

 だが、そっちと密に連携すりゃぁ、1度か2度ずつでも傾けていける。

 その程度の傾きなら、スタビライザーで調整可能な範囲だろうし、そうでなくともこっちが離れて通常の風を受ければ自然に水平復帰する。

 この方法で、じわじわ進路を変えるって寸法だ。どうだ?」

<了解です…お願いします!>

俺の提案に、ハロルドがそう返事をしてきた。

「よし…そういうわけだ、野郎ども!」

俺はそれを聞いて、今度は隊の連中に声をかけた。こんなことをしてるんだ。

ジェニーじゃなくても、俺がこのシャトルをどうしたいか、なんて、手に取るようにわかんだろ?

いや、それよりも、お前らだって、こいつらを撃ちたくはねえだろうな。
 

865: 2014/07/20(日) 01:51:57.07 ID:xMrn++QAo

<まったく、あんたって人は…>

<だははは!さすが副隊長さまさまだ!乗ったぜ!>

<後方乱気流ね…まぁ、これだけ体の大きさが違っても、編隊になりゃぁ多少は影響力あるだろ>

<制御できるかどうかが問題だな…まぁ、スタビライザーを信用してやってみるか>

口々にそういう言葉が聞こえてくる。だが、肝心のジェニーの声だけがない。マジメなお前のことだ。

呆れてんのはわかるがよ…マジメだからこそ、こいつらを氏なせるわけにはいかねえとも思ってるはずだ。そうだろう?

「ジェニー、なにか意見があれば聞くぜ」

<…ないよ。それで行こう>

俺が返事を催促したら、ジェニーは押しこもった声でそう言って来た。心配いらねえよ。

このあとする命令違反も、なるべくなら角が立たねえようにするからよ。

俺はそう言う代わりに、

「任せろ。うまくやる」

とだけ伝えて機体をシャトルの前に出した。

もう少し高度が下がらねえと空気が薄くて意味がないだろうし、空気が薄い分、少しの気流の変化で失速しかねない。

ある程度の距離は開けておかねえとな。

「各機へ。トレイルで編隊を組んでギリギリまで距離を詰めろ。日ごろの訓練の成果を見せる時だぞ」

<まさか、編隊飛行で人助けとはね>

<編隊飛行訓練が、まさか救助訓練だったなんて想像してなかったよ、俺も>

フェルプスとザックの会話が聞こえる。バカ言ってねえでさっさと近づいて来い、とは言わなかった。

まぁ、確かに突飛な発想だとは思うぜ、正直よ。

 そんな話をしている間に、シャトルはどんどん高度を下げていた。まだ、普通の飛行機が飛ぶ高度よりもかなり高いが…

このあたりならぼちぼち行動を始めてもよさそうだな。

早い分だけ軌道変更の効果が出るし、遅くなりゃぁ、撃墜うんぬん、と上から指示が飛んできて対応に気を使わなきゃならなくなる。

片手間でやれることじゃないかもしれねえ。やろう。

「ハロルド、聞こえるか?これより接近する。注意しろ」

<了解です、中尉!>

ハロルドの返事を聞いて、今度は野郎どもに指示を出す。

「おーし、お前ら、行くぞ。俺が先に位置を決める。後ろにへばりついて来い」

<副隊長のケツを見ながらなんて楽しそうじゃねえか>

<おい、ザック。お前、やっぱりそっちの趣味があったのかよ?>

<いや、そういう意味じゃねえよ!>

<ザック、俺以外のケツに興味があるなんて初耳だぞ?>

<悪乗りしてんじゃねえよフェルプス!>

にぎやかなのは結構だが、頼むぜ、お前ら…

そうは思ってはみたものの、俺の心配をよそに5機はシャトルの左翼側から1000メートルほどのところに移動した俺の後ろに、

排熱干渉圏ギリギリまで詰めて機体を並べていた。さすがというほかはないな、こればかりは。

 さて…効果があると良いんだが…
 

866: 2014/07/20(日) 01:52:26.85 ID:xMrn++QAo

「ハロルド。様子はどうだ?」

<はい…今のところ、軌道に変化なしです…>

さすがに、そう簡単じゃねえか…あっちの輸送機と比べたらこっちはてんで小型でしかも同速度で飛行しているんだ。

縦に6機ならんで気流を加速させてやったところで、焼け石に水…か…?

<あ、待ってください…!>

時間にしてどのくらいだったか、そのまま飛行を続けていた俺のヘルメットのスピーカーに不意に、ハロルドのそんな声が聞こえた。

<軌道に変化あり!0.2度、南へそれました!>

ハロルドはそう叫び声を上げている。喜んでいるのか、どうなのか…だが、0.2度…か。

「ジェニー」

俺はハロルドの言葉を聞いてジェニーに声をかけた。

<計算する、待ってなよ>

ツーカー、ってのはこういうのを言うんだろう。俺の言いたかったのは簡単だ。

要するに、このシャトルが南米に到達するまでの時間、ずっとこの調子で0.2度ずつ軌道を変え続けていたら、いったいどのあたりに降下できるのか、って話だ。

計算は苦手じゃないが、俺がするよりジェニーに頼んだ方が数倍早い。

<出たよ>

ほらな。

「どうだ?」

<ダメね…コロンビアからエクアドルに場所が変わるだけ…>

くそっ、ダメか…プランCは不調…残されたのは最後の手段のプランBか…いや、まだ時間はある…焦っても仕方ねえ。

とにかく、この飛行を維持しておこう。もしかすると、もっと低空に降りれば効果が大きくなる可能性も否定できない…

俺はそう自分に言い聞かせて深呼吸をする。胸が詰まるのは仕方ねえ。だが、考えるのをやめるわけにはいかねえんだ。

 「ハロルド。効果はいまひとつだが、しばらくは続ける。逐一、変化を報告しろ」

<了解です>

俺はひとまずハロルドにそう指示を出す。さて…次のプランだ…こっちが使えるのは気流くらいしかねえ。

いや、基地に連絡して電磁石付きのワイヤーを装備させた輸送機で引っ張らせるか…?ダメだ、そんなプラン。

下手すりゃ、輸送機が揚力をなくしてシャトルを引っ張りながら落ちる。

なら、シャトルに軌道を変えさせるか?スラスターの自立制御を切らせて、こっちの気流で誘導するか…?

いや、そんな芸当、危なっかしすぎる。この案もダメだ。くそ、良いアイデアが浮かばねえ…

考えろ、紙飛行機だと思え。紙飛行機を手を使わずに誘導するにゃぁどうしたらいい?

あぁ、くそ、気流以外に思いつかねえ!だとしたら、あとはなんだ?天気ってのはどうだ?こっちはもう夏だ。

海面から上昇気流が発生してる。それに乗れれば、滑空距離を延ばせるかもしれん…いや、ダメだ。

滑空距離を延ばせば、その先にあるのは陸地だ。

上昇ができない以上、距離が延びれば街に落ちなくてもシャトルがアンデス山脈に突っ込んじまう。

狙うとすりゃぁ、海上に不時着だろうが…くそ、それだと、軌道を80度も変更しねえとならねえじゃねえか!

何か、使えるものだ…フラップか?低空でフラップの操作だけで、軌道を…いや、それだと失速の危険が高すぎる…

さっきの輸送機の案…例えば、こっちの無線操作でオンオフができるウェイトを輸送機に運ばせて…

<…!?な、なんだ!?>

ヘルメットに何かが聞こえた。今の声、ハロルドか?
 

867: 2014/07/20(日) 01:53:03.42 ID:xMrn++QAo

「おい、どうした?!」

<け、警報が…なんだ?えっと…32番…?あっ…ちゅ、中尉!>

何かを確認したらしいハロルドが俺を呼んだ。まさか、トラブルか?

「どうした?」

<プロペラント燃料の残量が残りわずかです!>

「プロペラント!?スラスター用のか!?」

<はい!>

くそったれ!そいつはシャトルを少なくともまっすぐ飛ばすために必要不可欠なもんじゃねえかよ!

今はまだ高度が高いからいいが、これから下に降りるとなると、気流が出てくる。

煽られれば、制動板の効かないあいつはそのまま落ちるぞ!

いや、待て、それどころか俺たちは、スラスターを信頼して気流なんかであいつを動かそうとしてるんだ!

まずい、俺たちがいると、燃料を余計に食っちまう!

「各機、離脱しろ!無駄な気流を掛けて燃料を食わすな!」

俺は無線にそう怒鳴って機体を一度降下させ、旋回してシャトルの後方に回った。

ジェニーたちも俺に続いて降下と旋回をして、編隊を組みなおす。

「ハロルド、プロペラントはどのくらい持ちそうだ?」

<わかりません…残り、タンク5分の1ほどだと思います…

 今までの様子で減っていくとなると、あと15分か20分で底を付くかもしれません>

…短く見積もっておいた方がいいな…あと、15分…どこまで降下する?あぁ、くそ!

「ジェニー!」

<…あと15分だと、まだ太平洋上だね。このまままっすぐ進むんなら、陸地から120キロ、ってところで燃料切れだと思う>

「その段階で、高度は?」

<上昇気流の影響がなければ、おそらく5000メートル前後>

5000メートル…とてもじゃねえが、そこから降下して行くんじゃアンデス山脈は超えられねえな…

降下角は20度くらいか?それで距離120000メートル、高度は5000メートルで、速度はマッハ0.6…

ざっと計算しただけでも、地上に落ちるじゃねえか!どうする?

スラスターが生きているうちにフラップを作動させて速度と距離を一時的にでも落とさねえと、スラスターが氏んでからじゃ、フラップの操作自体で墜落しかねん。

いや、そもそもスラスターなしの制動板機能せず、なんて状態での不時着自体が無理だ。

あとはもう、腹の中で修理やってるっていう、ヒヨッコ整備兵頼みしかねえのか…?

 そう考えている間にも、機体はどんどんと降下していく。やがて、水平線のかなたに筋のような何かが見え始めた。

ちっ…陸だ!
 

868: 2014/07/20(日) 01:54:00.23 ID:xMrn++QAo

 <こちらジャブロー防空司令部。81戦闘機隊、聞こえるか?>

「こちら81飛行隊、第二分隊」

<シャトルは若干の軌道の変化はみられるものの依然として南米西部に接近中だ。

 こちらの計算によれば、あと30分ほどでグアヤキル周辺に到達する>

てめえら…やれってのか?このシャトルにどれだけの人間が乗ってると思ってんだ!?

昨日見た、ヘルシンキのテロでどれだけ犠牲になったか知らんが、少なくともあいつに発砲すれば乗ってる人間が確実に氏ぬんだぞ!

あそこに乗ってる人間が…どれだけ怖いか、あいつらを待ってる家族が…どんな思いか…

姉に氏なれて、それでもその体を引きずって銃弾の飛び交う中を這い出てくるような子どもと同じような思いが、お前らにはわからねえのかよ!

<連邦政府より、正式な命令が下りた。第81戦闘飛行隊、シャトルを撃墜せよ>

黙れ…黙れよ…黙りやがれ!そう無線に怒鳴り返そうと思った、その瞬間だった。

<…おい、聞こえないのか?81戦闘飛行隊…?応答せよ、くそ、どうなってる!?>

と、ひとりでに何かを喋り出した。あぁ?なんだ…?こいつ、何言ってやがる…?

<衛星回線をチェックしろ!アンテナは…!?エラーだと!?生きてる回線を探せ!あと30分しかないんだぞ!>

なんだ…?まるで、こっちの声が聞こえてねえみてえだが…いや、だが、無線はちゃんとつながってる…

「おい、何が起きてる?」

<…衛星が応答しないだと!?まさか、テ口リストの工作か…!?おい、至急AWACSを上げさせろ!>

こいつ…まさか…俺が、無線の向こうの声の意味に当てを付けたその時だった。

ヘルメットの中に信号音が響いて、コンピュータのディスプレイに何かが表示された。

これは…電信?俺はパネルを操作してその電信を開く。そこには、慌てて打ったらしい文字列が並んでいた。

------------------------------------------

save then

-------------------------―――――――――

<おい、なんだこりゃ?“保存してから”?>

<あー…なんだ、そういうことか>

<ノーマンお前、意味わかるのかよ?>

<なるほどな…ははは、あいつらもやるじゃねえか>

<ハウスもか?なんだよ、これ、どういう意味なんだよ?>

<あはははは!わかってないのはあんただけだよザック。ね、レオン?>

隊の奴らの笑い声が聞こえてくる。まったく、そうだな。ザック、お前バカだろ。
 

869: 2014/07/20(日) 01:54:44.87 ID:xMrn++QAo

「あぁ、どうやら、向こうにも粋な連中がいるらしいな」

<副隊長もわかってんです?>

「なんでわからねえんだよ!タイプミスだ!“Save Them”!助けてやってくれってこったよ!」

<えっ…?あ、あぁぁ!え、じゃぁまさか、今の無線、全部芝居だったのか?!>

<そうらしいね。あははは、やるじゃない、お堅い連中だと思ってたのに>

状況が変わったわけじゃない。いや、スラスターの残りの燃料のことを考えれば、刻一刻と事態は悪い方へと転がっている。

だが、俺は、俺たちは、防空司令部の良い様に、沸き立っていた。そうだ…こいつは意地でも無事に降ろさなきゃならねえ。

意地でも、だ。落ち着いて考えろ。手はあるはずだ。

確実な方法はもう残ってねえ。どうしたってギャンブル要素が付きまとうが、この際だ。

ジェニーには目をつむってもらうとしよう。スラスターはあと10分と持たないだろう。

その時点で高度はおそらく5000メートル前後。フラップを降ろすにはタイミングが早すぎる。

エンジンが停止しているシャトルがそんなことをしようものならたちまち失速して海面にたたきつけられるだろう。

だが、そのまま滑空していけば市街地のそばに落ちて最悪は核爆発だ。

そうでなくても、放射線物質が飛散して墜落以外の被害も拡大する。状況は最悪だ…手持ちのカードは役なしのブタに等しい。

これで勝てと言うんなら、イカサマでもするほかないな…イカサマ、か…

だとするなら…そう思って思考を走らせた俺の脳裏に浮かんできたのは、転属してきた日の夜の、ジェニーだった。

あいつ、確か、カードを隠して…そう思った瞬間、俺は最悪なアイデアを閃いてしまった。

最悪すぎて、背中に悪寒が走るのすら感じた。だが…イカサマでもなんでも、勝てばいいんだろう、勝てば!

 「ハロルド!聞こえるか?」

<はい、中尉!>

ハロルドの、落ち着いた返事が返ってくる。お前、なかなかいい度胸してるじゃねえか。ヒヨッコのクセによ!

「いいか。スラスターの燃料が切れたら、その時点でフラップを全開で下げろ」

<フラップを、ですか…?でも、この高度で出力もなしにそんなことをしたら…>

「考えがある。とにかく、残された時間と距離で、やれることをやろう」

<…わかりました。フラップを降ろすだけでいいんですか?>

「状況に応じて、角度を調整して欲しい。おそらく、失速ギリギリの状態になる。

 もし、降下が早すぎるようなら、フラップを段階的にあげて速度を保て」

<了解です…あの、中尉?>

「なんだ?」

<もし無事に降りられたら、一杯ごちそうさせてください>

「やめとけ。映画なんかじゃ、そういうことを言うやつはたいてい氏ぬぞ?」

<ははは、そうですね…じゃぁ、無事に降りれたら、また誘うことにしますよ>

「そうしてくれ」

俺はそう返事をして、空笑いをしてやってから無線を切った。さて…あとは、だ。

そう思って無線を切り替えようとしたとき、そいつに割り込むようにして声が聞こえて来た。
 

870: 2014/07/20(日) 01:56:04.05 ID:xMrn++QAo

<レオン…なにか策があるの?>

ジェニーだった。まぁ、話さねえほうがいいだろう。どうせまた、あきれられるのがオチだ。

「あぁ、イカサマだがな」

そうとだけ答えたが、ジェニーは当然食い下がって来た。

<何をするつもり?>

何か言や、ヤブヘビだな…まぁ、仕方ねえ、か。ここは黙っておくに越したことはなさそうだからな。

「説明している時間が惜しい。無茶をやるつもりはねえから、安心しろ。もう切るぞ」

<ちょ、待ちなさい、レオ―――

すまねえな、ジェニー。

嘘をついた…あぁ、いや、嘘をついたことじゃなく、これから心配させちまうだろうってことの方が気にかかるが…

まぁ、許せ。俺もまだ氏んでやるつもりはない。生憎と、やらなきゃいけないことが残ってるんでな。

だが、ここを放っておいて自分の都合だけ大事にするってのは、どうにも気分が良くねえんだ。

俺はそう思いながら、ハウスへの個人無線をつないだ。
 
「ハウス、聞こえるか?」

<こちら、ハウス。どうしたんです?>

「お前が一番バカそうだから、相談に乗ってもらおうと思ってな」

<からかってんのなら切りますよ?>

「まぁ、そういうな。フラップを高度5000メートルで、出力のないあのシャトルがフラップをおろしたら、お前どうなると思う?」

<そりゃぁ、失速してエライ勢いで“腹打ち”するでしょうね>

「まぁ、そうだな。ときにお前、このセイバーフィッシュのエンジン出力がどれだけあるか知ってるか?」

<さぁ…出発前にスペック表はチラっと見ましたけど…え、ちょっと待ってくださいよ…>

「少なくとも、高高度を音速以上で飛べる程度の出力はある、ってことだ。

 ロケットで打ち上げられなくてもあの高度まで自力で上がれるくらいの性能がある」

<…中尉…あんた、バカだな>

「はははは!物わかりが良くて助かるぜ」

<…なるほど…確かに、そんなバカを一緒にやろうってんなら、俺くらいしか付き合わんでしょうな>

ハウスがそう言って笑う。だが、俺のアイデアには賛成してくれるようだった。

こんな無茶、頼んでやってくれるだろうってのも、やれるだろうってのも、ハウスくらいなもんだったから、引き受けてくれて安心した。

それから俺たちは無線で簡単に打ち合わせをする。

 細かいことは、やってみなけりゃわからねえ。とにかく、出たとこ勝負になるだろうが…それは仕方ない。とにかく、だ。

俺たちにも、あのシャトルにも、もうこれくらいしか方法がねえんだ。そんなら、一蓮托生。体張ってでも止めてやるよ…!

 それからすぐに、ハロルドからの無線が聞こえた。

<中尉、スラスターのプロペラント、ほぼゼロです>

よし、いよいよだな…

「ハウス、覚悟はいいか?」

<やってろうじゃないですか>

ハウスの声が聞こえる。俺一機だと確実に氏ぬだろうからな…巻き込んですまないとは思うが…

まぁ、うまく行くことを祈るほかにねえ。俺は、事前の打ち合わせ通りにハウスと一緒に機体をシャトルの真後ろに向かわせる。
 

871: 2014/07/20(日) 01:57:00.04 ID:xMrn++QAo

慎重に高度と角度を合わせてから、ハロルドにもう一度連絡をした。

「ハロルド。フラップダウン…とりあえず、1段下ろせ」

<了解です…>

ハロルドの返事が聞こえた。すると、少しして機体の翼の後方がゆっくりと動き始める。

とたんに、シャトルが減速して俺たちとの距離が詰まった。

「ハウス!わかってるな!?」

<ええ。高度500フィートになったら救助に行きますよ>

「たのむぜ、お前にかかってんだ」

<こんな無茶、保証はしかねますけどね>

「まぁ、何とかなるだろう…よし、行くぞ!」

<気を付けて!>

俺はハウスと言葉を交わして、スロットルを前に押し込んだ。シャトルとの距離がみるみる近づく。

もうあと数十メートルってところで速度を再度調整して慎重に接近する。

はは、空中給油見てえだが、いかんせん、この場合、俺は突っ込まれる側じゃなく、突っ込む側だからな…

そう考えりゃぁ空中給油なんかよりは楽に思える。

もちろん相手は水平飛行から徐々に角度が上がり始めているシャトルだが…

まぁ、それでも目標はでかいし、やれない理屈はない。問題は、そのあとがどうなるか、だ。

だが、ここまで来たら迷ってる暇はねえ…よし、行くぞ。

 俺はHUDの中にシャトルのエンジンノズルをとらえた。でかいのが4つに、その間を埋めるように小さいのが二つ。

狙うのはあの小さい方だ!俺は位置を合わせてスロットルを押し込んだ。

エンジンが噴いて、機首がそのノズルの中にめり込んでいく。コクピットの中にありとあらゆる警報が鳴り始めた。

だが、俺は構わずにエンジンのパワーをマックスにし、バーナーのスイッチも入れた。

めりめりと機体が音を立てているのが聞こえてくる。だが、このセイバーフィッシュは大気圏内でもマッハ5の速度を出せる機体だ。

マッハ3でぶち当たる1000℃を超える「熱の壁」に耐えられるように素材も設計も考えられてんだ!

少なくとも、この程度で機首が簡単に潰れる分けはねえし、マッハ5まで加速できるエンジンと外付けのブースターユニットのセットだ!

オーバーヒートさえ気にしなきゃぁ、たかが数分、シャトルの速度をギリギリ生かすくらいのことはできる!

俺はそう思いながらマニュアルで推力偏向ノズルの角度を下方向に調整する。

これなら落下スピードを頃しながら、失速を避けられる。あとは、この方法がどれだけシャトルを浮かせられるか、だ。

「ハウス!状況は?!」

<ははは、すごい光景ですよ、隊長。すごすぎて笑えねえ…>

バカ野郎、呑気なこと言ってんじゃねえ!

「どうなんだ?!シャトルは浮いてるか!?」

<あぁ、失速は問題ありません。いや…待って…まずいな…>

ハウスの声色が変わった。まずいって、何がどうした?おい…!

「どうした!?」

<副隊長、偏向ノズルを水平位置に!シャトルの機首が上がり始めてる!>

ちっ…このシャトル、思った以上に空力特性がいいのか!?

フラップに煽られてるのか、それとも速度が足りてねえのか?このまま機首が上がり続けると、ディープストールするぞ…!
 

872: 2014/07/20(日) 01:58:16.55 ID:xMrn++QAo

 <おい、副隊長!あんたバカか!?>

この声…ザックか?

「ザック、そばにいるのか!?」

<そばもそば。ハウスのすぐ後ろを飛んでますよ。こりゃぁ、また…すげえ景色だ。本当にケツに突っ込むとは思いませんでしたよ>

「フェルプス、お前もいるか!?」

<はいはい、見学してますよ。氏ぬ気じゃないでしょうね?それ、どうやって抜くんです?>

「そんなことはあとだ!お前ら、そのままシャトルの両翼にのしかかってピッチアップを抑え込め!」

<なにぃ!?>

<機首、さらに上がります!>

<中尉!機首が上がって速度が保てません…失速します!フラップアップしますか!?>

「ダメだ、ハロルド!フラップは上げるな!高度は下がってるが、このままの速度だと着水後無事じゃすまねえ!

 手を打つ!耐えろ!」

<了解です…!>

「フェルプス、ザック、急げよ!こいつは意地でも海上に下ろすぞ!」

俺は無線に怒鳴った。外の状況はまったくわからねえ。

コンピュータはもうエラーだらけで使い物になりやしねえし、速度計も高度計も、これがほんとの数字なんだかは怪しい。

あとはもう、状況判断しかできやしねえ。ハウスに、ハロルドと逐一連携するようには伝えてあるが、あいつ、やれてんのか?

<まったく!ひどい副隊長だよ、氏ねってのか?>

<…いいからやるぞ、ザック。喋ってないでタイミング合わせろよ>

<わかったって。位置は…この辺りか?>

<上等だろ。はは、おい、客席が見えるぜ>

<こいつら、これから起こることみたらチビるだろうな>

<違いないな。カウント任せる。0で接地。接地したらマニュアル操作でノズルをプラス方向に限界まであげるぞ>

<了解。行くぞ…カウント、3、2、1、0!接地!ノズル方向設定、固定した!>

やりやがったな、あいつら…!これでどうだ?だぁ、くそ、水平器はイカれてる…確認を…!

「ハウス!角度どうなった!?」

俺は無線に怒鳴る。だが、返事が返ってこない。なんだ?おい、またトラブルか!?

「おい、ハウス!」

<うるさい!ちょっと黙っててくださいよ副長!今連携中だ!>

ちっ…なんだ、叱りやがったな、一丁前に!あの野郎、降りたら譴責してやる…!

<副隊長!あいつらがやったぞ!角度、正常値を維持!行ける!>

よし、よし…!大丈夫か?大丈夫だな…?他に何かトラブルはないだろうな?見落としていることも…ないな?

 機体がみしみしと音を立てている。そりゃぁ、マッハ5で飛ぶ出力と、このでかいシャトルにサンドイッチにされてんだ。

軋む音くらいするだろう。正直、いつ潰れてもおかしくはねえとは思うが…いや、もう潰れてるかもしれないな。

何しろ、キャノピーはすっかりノズルの中にはまり込んで外なんて見えやしねえ…外が、見えねえ…?お、おい、ちょっと待て!

 「ハウス!高度は!?」

俺は、ふとそのことに気づいて無線に怒鳴った。

<えっ?…あっ…うわぁっ!副隊長、今行きます!>

この野郎、忘れてやがったな!ってことは、もう1500メートル切ってるってことじゃねえか!
 

873: 2014/07/20(日) 01:59:14.51 ID:xMrn++QAo

<副隊長、聞こえますか?!>

「聞こえてる!行くぞ、見ててくれよ!」

俺はハウスの無線に怒鳴り返して、シートのベルトをしめなおした。コンピュータ、動くだろうな…?

 パネルにタッチすると、まだ反応がある。ツいてるな…。俺はパネルを操作してエンジンを強制的に停止させた。

すると、推力を失った機体が物音を立てて後方にずれ始める。

しかし…思った通り、機首がすっかりはまり込んじまって抜けやしねえ。

機首から折れ曲がり機体に亀裂が入っているのがわかる。

キャノピーの後方から、微かに光が差し込んじゃいるが、この状態じゃ、イジェクションシートなんぞつかえねえ。

「ハウス、思った通り、抜けねえ!やれ!」

<了解、氏んでも恨まんで下さいね!>

ハウスの声が聞こえた。こうもはまっち待ってるんじゃ、あとは引っ張って抜くしかねえが、

まさかロープでも私で牽引してもらうわけにもいかねえ。

だとするなら、だ。シャトルの滑空を邪魔しねえように、下からかち上げてもらうほかに思いつきゃしない。

この状況だ。多少力が加われば、抜けてくれるはず…

<行きます!>

「おぉ、来い!」

俺が返事をした次の瞬間、ギシギシと軋み音が激しくなったと思ったら、目の前が一瞬にして真っ白になった。

次いで体を襲うマイナスG…抜けたか!?

<副隊長!脱出しますよ!意識有ります!?>

「あぁ!行くぞ!」

それが太陽がキャノピーに乱反射している光だと気付いた次の瞬間には、ハウスとそう言葉を交わして、俺はイジェクションレバーを引っ張った。

 破裂音とともにキャノピーが弾け飛び、シートが射出されてからだに強烈なGかかかる。
 
見下ろすとそこには、絡み合うようにして落下していく、俺とハウスの機体が見えた。シャトルの方はなんとかまだ無事だな…?!

 ガツン、と衝撃があった。パラシュートが開いて、俺は空中に浮かぶ。

「ハウス、そっちはどこだ?」

<真後ろですよ、バカ副長>

声が聞こえたので振り返ると、俺より少し下を漂うパラシュートが見えた。ふぅ、とひとまず胸をなでおろす。

それからややあってシャトルを見やった。もう、海面まであと数百メートル。まるで、お手本のような降下軌道を描いている。

<そろそろ限界だろ>

<そうだな…合図で離脱して即イジェクトだ>

<じゃぁな!ヒヨッコ!救助されたら、おごれよな!>

<おい、行くぞ。3、2、1、0、離脱!>

ザックとフェルプスの声が聞こえたと思ったら、シャトルの上部からボロボロになった戦闘機が分解されながら舞い上がった。

その両方からイジェクションシートが飛び出し、パラシュートが広がる。

<よし、行け!そのままだ、ヒヨッコ!>

<いいぞ、行け!>

二人のそんな声を聴いて、俺はまたシャトルに視線を戻す。

 シャトルは海面に近づき、そしてそのまままっすぐ、白波を立てながら海上に滑り降りた。
 

874: 2014/07/20(日) 01:59:56.11 ID:xMrn++QAo

<ははは!やりやがったぞ、あのヒヨッコ!>

<あいつめ、最後の30秒分のスラスター燃料を残してやがった!>

二人の騒ぐ声がヘルメットの中に響く。いや、無事に降りたが…まだだぜ。

「おい、ジェニー」

俺はヘルメットの中の無線でそう呼びかける。しかし、反応がない。

おいおい、どうした?司令部にここの位置を報告してさっさと救助艇を寄越してもらわないと、無茶したし沈みかねないんだ。

いないのか?そう思って上を見上げると、ジェニーの機体はシャトルが不時着した真上をゆったりと旋回している。

なんだよ、いるじぇねえか。

「おい!ジェニー!応答しろ!ブライトマン中尉!」

俺はもう一度無線に怒鳴る。するとハッとしたような声で

<あっ…あぁ、レオン。あんた、何てバカを…!>

と文句を言い出しそうな雰囲気になったので、俺は慌てて口を開いた。

「おい!まずは報告だ。位置情報を防空司令部に報告しろ!」

<…了解>

ジェニーは、はじけ出そうになった感情を飲み込んでそう返事をした。ふぅ、やれやれ…だ。

 俺はそう思いながら無線装置だけを取り外したヘルメットを海面にぶん投げ、大きく深呼吸をした。

潮気を帯びた新鮮な空気が肺いっぱいに満たされる。あぁ、悪くねえ気分だ。はは、隊長、見てるかよ?

やってやったぞ、この野郎!ボーナスでも申請してやるから待ってろよな!

 俺はパラシュートで降下しているシートの上で、ジェニーが防空司令部へ連絡しているのを聞きながら、そんなことを思っていた。



 

875: 2014/07/20(日) 02:00:44.47 ID:xMrn++QAo





 それから、4時間と少しして、俺たちは基地に戻った。

幸い、シャトルを撃墜するために近くに展開しようとしていた艦隊が近くにいて、

シャトルも俺たちも、着水して1時間もしねえうちに拾われて、護衛艦からヘリで基地まで送ってもらった。

司令部へ顔を出して大いにお褒めの言葉をもらってからオフィスへ戻ると、隊長と末尾の連中に手荒い歓迎を受けた。

ヒーローなんて柄でもねえが、ま、悪い気はしないもんだな。

 ただ、やはりジェニーのことは気になった。

オフィスに戻った時には、俺たちに笑顔の一つも見せずにブスくれていて、取り付く島もあったもんじゃなかった。

あの様子じゃ、今夜あたりにでもひと騒動起こりそうだな…覚悟しておくか…。

 俺はそんなことを思いながら、一人部屋でバーボンを煽りながら普段は耳にもしねえ音楽なんかをラジオでかけていた。

そんな気分だったんだ。

海水に濡れちまった写真をドライヤーで丁寧に乾かし終えて、一息ついていた俺は、

ぼーっと、昨日から今日の一連の出来事のことを思い返していた。

 反省なんてことでもねえ。だが、思い返さずにはいられなかった。夢中だったから、な。

 昨日のヘルシンキでのテロは…ひどいもんだった。軍人なんぞになってはいるが、あんな現場に遭遇したのも初めて。

あんなに、自分の手に血がこべり着いたのも、初めての経験だった。

あの女性にすがり付いてた、まだ10歳にもなってねえだろう少女の声が耳に残っている。

そうだよな…あれが、命の大切さ、ってやつなんだろう。

宇宙世紀の“平和”なご時世、戦争なんて、と思ってはいたが、

どうやらそんな呑気に構えてたんじゃマズいかもしれねえ、ってことを実感してしまっていた。

もしものときは、俺だって奪う側に回るかもしれねえし、命を取られる可能性だって十分にある。

そんなのは…どっちも御免だな。だが、もしそうなったとき、俺はどうするのか…考えておく必要はあるだろう。

身に降りかかる火の粉は払いのける必要があるが…攻めてくるやつらだって、氏ねば誰かが泣くだろう…

あんな、子どもと同じように、だ…。

 俺は、ふと思い出して、今度は最初にドライヤーで乾かしておいた手帳を取り出した。

ずいぶん前に書き込んだ計算式を眺めると、思わずため息が出た。

今日の働きで昇進、ってことにでもなりゃぁ、良いんだがな…この調子じゃ、あと何年かかることか、わかりゃあしねえ…。

そんなことを思っていたら、コンコンと、ドアをノックする音が聞こえた。あぁ、いよいよ来やがったな…

ジャブローの暴れ馬、だ。俺は手帳の間に写真を挟んでテーブルに置き、そのままドアまで歩いて行って開けてやる。

案の定、そこにはジェニーがいた。

「入っても?」

ジェニーは、俺の目をジッとみてそう言って来た。うむを言わさない、って面してやがる。まぁ、別に断ることもねえしな。

俺はうやうやしく手を広げて、ジェニーを中に招き入れた。

ドアを閉め彼女の方を振り返った瞬間、何かが視界の中を高速で移動してくるのがかすかに見えた。

とっさに腕を振り上げてそれを防ぐ。いやいや…まぁ、叩かれるくらいはされるとは思っていたが…左ストレートとは思わなかった。
 

876: 2014/07/20(日) 02:01:58.62 ID:xMrn++QAo

 ジェニーは俺に拳を防がれるや否や、そのまま胸ぐらを捕まえて今度は右腕を振り上げた。

おい、ちょっと待てって!俺は声も上げずにシャツを握りしめていたジェニーの手を取るってそのまま押し返して距離を置いた。

「おとなしくしな!」

「やめろって!」

俺の制止なんて聞きやしない。ジェニーは振り上げた拳を俺めがけてふるって来た。

身をよじってそれを交わすと、素早くその拳はひかれ、次いで膝下に鈍い痛みが走った。

目にも止まらねえほどの速さでローキックをかまされたらしい。こいつ…言いてえことはわかるが、いい加減にしやがれよ!

だが、そう思って顔を上げた瞬間に、ジェニーの左フックが俺の頬に炸裂した。

痛みと衝撃で、視界にチカチカと閃光が走る。

 やりやがったな、この女…!こっちが悪いと思って大人しくしてりゃぁ、やりたい放題しやがって…!

ふざけんじゃねえ、こっちだってあんなことのあとで疲れてヘロヘロで帰って来てんだ!ちったぁ気を使いやがれ!

俺は胸に込みあがった苛立ちが脳まで一瞬で突き抜けて、理性が弾ける音を聞いた。

 「このやろう!」

そう声を上げてジェニーに飛びかかる。だが、その腕を妙な動きでからめとられた。次の瞬間、想像だにしていなかった痛みが関節に走って、思わず腰が引けてしまう。

これは、ジュード―かなんかか!?ふざけやがって、とことんやるつもりだな!?

は痛む関節をそれ以上持っていかれねえように反対の手で腕を掴んで固定し、ジェニーの脇腹を蹴り付ける。

「くっ!」

とうめき声をあげて離れたジェニーだが、それでも鋭い目で俺を睨み付けて来た。

「文句があるんなら口で言いやがれ!」

俺は怒りに任せてそう怒鳴っていた。

だが、ジェニーは口を真一文字に結んで、流れるような体裁きで俺の懐に潜り込んでくると、そのまま拳を振り上げて来た。

だが、そんな目で見える動きにやられるほどノロマじぇねえよ!

俺はそれをかわして、空を切ったジェニーの腕を捕まえてやって関節技をかけ返してやる。

だが、ジェニーは反対の手で俺の手の親指の付け根に自分の親指を押し込んできた。

とたんに、しびれるような痛みが走って思わず手が緩んでしまう。

そんな俺の腕を取り返したジェニーが、前かがみになっていた俺をまるで障害物を超える陸戦隊のような動きで飛び越えた。

ジェニーに捕まっていた俺の腕はとてもじぇねえが人間の構造上曲げられねえほうへと力を込められれて完全に固定されてしまう。

そんな俺をジェニーはグイグイと壁に向かって押しやってくる。

テーブルが倒れて、飲みかけだったグラスが床に弾け、手帳やペンや雑誌が散らばる。

それでもお構いなしで仕舞いにはまるで犯人を逮捕した警官のように、俺を壁に押し付けた。

「離しやがれ!」

俺は苦しい紛れにそう怒鳴る。だが、その代わりと言わんばかりに俺の脇腹にジェニーの肘がめり込んでくる。

くそっ、いくらなんだって、本気でぶん殴るわけにはいかねえが、こいつはさすがにやり返さねえと気が済まねえ。

そう思って壁についた腕に力を込めた時だった。

「…いな」

何かが聞こえた。

「あぁ!?」

「誓いな!もう二度とあんなバカをしないと、今ここで私に誓いな!」

そう怒鳴りながらジェニーは俺の腰に膝を叩き込んできた。こいつ…ふざけやがって!
 

877: 2014/07/20(日) 02:02:33.26 ID:xMrn++QAo

俺はいよいよ耐えかねて、素早く身を捩って関節技から抜け出し、ジェニーを突き飛ばした。

だが、ジェニーは吹っ飛ぶどころか身軽にステップを踏んで体制を整えなおして、俺にラッシュを見舞って来た。

一撃がそれほど重いわけじゃねえ。ガードしてりゃぁ、たいしたダメージもねえが、くそ!反撃しづれえんだよ、この!

俺はガードに弾けたジェニーの腕を、今度は関節技を掛けられねえように両手でつかんで思い切り引っ張り、さっき俺がやられたのとは逆に壁に押しつけた。

「ふざけてんのか?ああでもしなきゃ、今頃俺たちは人頃しだ!」

そう怒鳴った俺の声が聞こえてんだかどうなんだか、ジェニーは俺の足を踏みつけてくる。

思わず緩んだ俺の拘束から逃れてジェニーは猛烈な勢いで突進してきて、俺をベッドの上へと押し倒してきた。

腰の上に馬乗りにされ、マウントを取られる。重いわけでもねえ、そんなんで俺を捕まえたつもりか!?

 そう思ってまた突き飛ばそうとしたとき、俺は、何が起こっているのかわけがわからなくなった。

ベッドに押し倒された俺は、ジェニーにまるで貪られるようなキスをされていた。

「お、おい」

ジェニーの体を引きはがして辛うじてそう言うが、ジェニーは馬乗りになった体勢で再び俺の脇腹に膝を入れて来た。

それから一言

「黙りな」

と言い捨てて、俺の着ていたシャツをボタンを弾けさせながら引きちぎった。

こそばゆい感覚が口元から首、胸板の方へと這うように移動していく。その感触が、腰を貫いていくような感覚を走らせる。

ったく…どういうことなんだよ、これは…さすがの俺も、ワケがわからん…

そんな俺の思いを知ってか知らずか、ジェニーは自分も着ていたランニングを下着と一緒に脱ぎ捨てて、また熱く口付てくる。

だが、ジェニーの手練は、いつもとは違った。これは俺を求めているわけでも、慕情をしめしているわけでもない。

まるで、俺を食らい、身も心も征服しようとしている感じだ。愛情なんてもんじゃねえ。

さっきまでのやり合いと変わりない、苛立ちと怒りをぶつけてきている。だが、これは、なんだ…わからねえが…悪くない気もするな…

「おい、いつまで上に乗ってる気だ?」

俺は執拗にキスをしてくるジェニーの体を引きはがしてそう囁いてやって、両脚をジェニーの腰に絡めるとそのまま横に倒して俺が上に乗ってやる。

じゃじゃ馬乗りはこっちが上だってのを教えてやるよ。

 そう思いながら、ジェニーの首筋に唇を押し付け舌を這わせる。

「…んっ…くっ…」

微かな声がジェニーの口から洩れてくるが、仕掛けられた以上、手は抜かねえ。

そのまま下へ下へと“降下”していき、胸へとたどり着く。

先端の突起もてあそびながら、片手でジェニーのベルトをはずし、下着ごと引き下ろした。

だが、それを合図にしたかのようにジェニーは体を起こすと、今度は俺の体を突き飛ばして来た。

ベッドの際にいた俺は体勢を崩してベッドから滑り落ちそうになるのを、床に足を付いてこらえる。

だが、そんな俺の両腕をつかむとジェニーは俺にタックルを仕掛けてくるように体重をかけてくる。

ベッドの脇にあったソファーに俺を押しやると、腰を下ろした俺のベルトをはずしにかかった。
 

878: 2014/07/20(日) 02:03:01.14 ID:xMrn++QAo

 ズボンを脱がせたジェニーは、無造作に俺の腰の上にのしかかって来た。ジェニーの中の肉感が俺を締め上げてくる。

それどころかジェニーは、それこそまるで乗馬でもしているようにして俺を責めたててくる。

俺も彼女の腰に手を回して不利な体勢から腰を動かして対抗する。ジェニーは、俺をジッと見つめていた。

怒りから睨み付けてきているんでも、快感に溺れているんでも、ましてや、愛おしいってな視線でもない。

その目は、まるで、俺が生きてここにいることを確認しているような、そんな風に見えた。

 どれだけ経ったか、不意にジェニーが微かな喘声を上げて体を震わせた。

小刻みなその震えが俺にも伝わって来て、下腹部の緊張が緩まる。俺の方も、腰に差し込んでくる快感の波に襲われた。

 呆然としていた俺に、ジェニーがしなだれかかって来た。はぁ…まったく、とんだ目にあったな…

いや、悪かぁなかったが…一瞬、ヤられる女の気持ちってこんなか?などと思った自分がいたのは、黙っておくとしよう。

「気は済んだか、お嬢様?」

俺はジェニーの体を抱いてそう聞いてやった。また一発くらい叩かれるかと思っていたが、俺の耳に聞こえてきたのは、嗚咽だった。

ハッとして目をやると、彼女は、俺の肩に顔をうずめて泣いていた。

 「氏ぬ気なのかと、そう思った…あんた、バカだから…ヘルシンキのあと、様子がおかしかったから、だから…!」

ヘルシンキのあと…?あの夜のこと、か…?あぁ、確かに…あの晩は、妙に凹んじまってたな…

そう思って、俺は合点がいった。なるほど、そうか…こいつ、そこまで心配してやがったのか…

俺が、あのときの女性を助けられなかったことを気に病んで、

次は身を犠牲にしても助けると覚悟を決めてる、くらいに思っていたのかもしれない。そいつは…想像してなかった…。

「すまん…心配かけた」

俺はそう言って、ジェニーの体を起こしてやる。それから、彼女の目をしっかり見て、言ってやった。

「誓う。もう二度と、あんなマネはしねえ。命を懸けるなんざ、二度としないと誓う」

ジェニーは、涙を拭ってうなずいた。それから、泣き止んで呼吸を整えてから、

いつもの、柔らかい、愛おしさのこもったキスをしてくれた。

 それからしばらく俺たちはソファーで抱き合っていたが、さすがにちょいとばかし、腰が痛くなってきやがった。

「ジェニー、コーヒー飲むか?」

「あぁ、うん。頼むよ」

俺がそう聞いてやったら、ジェニーは笑顔でそう返事をして俺の上から降りた。

そのまんまの格好でティッシュはどこだ、などというもんだから、とりあえずベッドの毛布を投げてやった。

俺も処理を済ませてから支給品のスエットを着て、ジェニーにもクローゼットから出したのを渡してやる。

 キッチンへ行って、ヘルシンキに発つ前に挽いた豆をドリップしてカップに注ぎ、そいつを持って部屋に戻ると、

ジェニーが荒らした部屋の片づけをしていてくれた。
 

879: 2014/07/20(日) 02:03:36.87 ID:xMrn++QAo

「ほらよ」

「ありがと」

ソファーに腰を下ろしながら渡してやったカップをそうとだけ言って受け取ったジェニーは、

手に持った何かを不思議そうに眺めていた。

「なにか珍しいものでも見つけたか?」

俺が聞いてやったら、ジェニーは、

「え?あぁ…うん…」

とあいまいな返事をして、それから手に持っていたそれを俺に見せて来た。それは写真だった。


no title



俺がベルファストにいた頃から、肌身離さず持っていた写真。さっき乾かして、手帳に挟んでおいたんだが…

そうか、さっきの騒ぎで、手帳も吹っ飛んでたか…。

 「誰なの、それ」

ジェニーは、言葉少なにそう聞いてきた。俺はチラっとジェニーを見やる。あまり、お前と一緒にいるときには扱いたくはねえんだがな…

だが、そんな俺の気持ちを察したのかジェニーは、いつもの挑発的な表情を浮かべて

「あんた、今日は私に逆らえると思わないことね」

と言い捨てた。まぁ、そうだろうな…仕方ねえ、話すよ。俺のプライベートを。

俺はそう覚悟を決めて、一度だけ深呼吸をした。

別に、ジェニー相手に緊張するわけでもねえが、この話は、誰にもしたことがないし、

妙な気持ちもくっついてくるもんだから、さすがに気が重いのが正直なところなんだが、な…

それから俺はコーヒーを一口飲んで、教えてやった。

「真ん中にいるのが、弟なんだ」

俺の言葉に、ジェニーはへえ、とだけ反応して、俺の顔色を窺ってくる。大丈夫だ。

話すのが重いだけで、お前に話したくないってわけじゃねえんだ。

「弟?」

ジェニーがそう話を促してきた。俺は、写真を見つめて、答えてやった。

「あぁ。ユベール。ユベール・ユディスキン。生き別れの、俺の弟だ」




 

880: 2014/07/20(日) 02:04:11.89 ID:xMrn++QAo

引用: 機動戦士ガンダム外伝―彼女達の選択―