889: 2014/07/26(土) 22:22:40.35 ID:0Ead4kW7o
【機動戦士ガンダム】ジャブローで撃ち落とされた女ジオン兵が…【前編】
【機動戦士ガンダム】ジャブローで撃ち落とされた女ジオン兵が…【中編】
【機動戦士ガンダム】ジャブローで撃ち落とされた女ジオン兵が…【後編】
【機動戦士ガンダム】ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが…【1】
【機動戦士ガンダム】ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが…【2】
【機動戦士ガンダム】ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが…【3】
【機動戦士ガンダム】ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが…【4】
【機動戦士ガンダム】ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが…【5】
【機動戦士ガンダム】ジオン女性士官「また、生きて会いましょう」学徒兵「ええ、必ず」
機動戦士ガンダム外伝―彼女達の戦争―【1】
機動戦士ガンダム外伝―彼女達の戦争―【2】
機動戦士ガンダム外伝―彼女達の戦争―【3】
機動戦士ガンダム外伝―彼女達の戦争―【4】
機動戦士ガンダム外伝―彼女達の戦争―【5】
機動戦士ガンダム外伝―彼女達の戦争―【6】
機動戦士ガンダム外伝―彼女達の選択―【1】
機動戦士ガンダム外伝―彼女達の選択―【2】
機動戦士ガンダム外伝―彼女達の選択―【3】
機動戦士ガンダム外伝―彼女達の選択―【4】
機動戦士ガンダム外伝―彼女達の選択―【5】
機動戦士ガンダム外伝―彼女達の選択―【6】
てなわけで、続きです!
890: 2014/07/26(土) 22:23:38.07 ID:0Ead4kW7o
ジャブローに異動になって初めての休暇の日。俺は、ブライトマン中尉に連れてきてもらった街で彼女といったん別れて、街の目抜き通りを歩いていた。
パスケースからくたびれた紙片を取り出して広げる。
そこには住所をメモしておいた。ベルファスト時代、金を作って何とか依頼をできた調査会社が突き止めてくれたユベールの居所だ。
あいつはキエフを離れてしばらく経ってから、この街にある施設に入所して、いまだにそこにいるって話だった。
中尉と離れた交差点からしばらく歩いて、俺は住所と一致する建物を見つけた。
まるでこじんまりとしたペンションと言うかコンドミニアムと言うか、そんな雰囲気の建物で、
庭を取り囲む塀にある門のところには、「カリ・チルドレンホーム」と言う看板が掲げられている。間違いはなさそうだな。
看板の横にはインターホンもついている。俺はそいつに手を伸ばして、ふと、胸を押し付けられているような圧迫感に気づいて、深呼吸をした。
緊張なんて、柄でもねえ。ジャックのやろうにバカにされるぞ。俺はそう自分に言い聞かせて、気持ちを切り替え、インターホンを押した。
ほどなくして、女性の声が聞こえて来た。
<はい、どちらさまですか?>
ふと、そう聞かれて考える。こういう施設は、確か、親や親族の出入りについてはけっこうナーバスだって話を聞いたことがあるな。
いや、想像してみりゃぁそうだろう。自分の都合で子どもを手放したり、殴る蹴るして保護された子どもが入ってるところだ。
これは、いきなり兄貴だ、と言ったところで、入れてくれるとは思えないな…
「あー、実は、寄付のご相談があって伺ったんだが…担当者はいるだろうか?」
<まぁ、ご寄附ですか?ありがとうございます、少々お待ちいただけますか?>
インターホンから、そんな明るい返事が返ってくる。我ながら、ちょっとばかし罪づくりな嘘だと思って、思わず顔をしかめてしまう。
だが、まぁ、この際だ。勘弁してもらおう…寄付ってんじゃないが、金の話をするのは、嘘じゃねえからな。
ほどなくして、門のところに俺と同い年くらいの女性と、それから一回り上くらいの男性がやって来た。
女性が門を開けて、にこやかに俺を中へと迎え入れてくれる。俺はそこから案内されるがままに、建物の中の応接室だというところに連れていかれた。
応接室へ行くまでの間に、3歳くらいのとにかく小さい子どもたちがキャッキャッとはしゃいでいる姿を見た。
建物全体に、独特のにおいが立ち込めている気がする。
それは、どこか心を絆されそうになるような、柔らかく懐かしい、小さな子どもからする乳臭さ、ってやつなのかもしれない。
ここがあいつの育った場所、なんだな…そう思うと、感慨深くもあり、胸が張り裂けそうな気持にもなった。
応接室でソファーに座っていると、ほどなくしてさっきの中年男性と、それからお茶を持った同い年くらいの女性が戻って来て、俺の向かいに座った。
「まぁまぁ、どうぞお飲みになってください」
女性が差し出してきたカップから、ふわりとハーブのような香りが漂う。
「はぁ、こりゃ、すいません」
俺はそう答えてカップを受け取り、一口だけ飲んで喉を潤す。それを待っていたかのように、中年の男性が口を開いた。
「それで、ご寄附をいただける、という話と伺っております。私、この施設の事務長をしております、ジェームズ・ブラウンと申します」
「私は、アイリーン・ロッタです。子ども達の世話をしているケアワーカーで、事務も兼ねています」
二人の自己紹介を受けて、俺も覚悟を決めた。まぁ、警察を呼ばれるようなことはないだろうが…対応次第で、出入り禁止くらいにはされるだろう。
とにかく、俺は俺の考えをきちんと伝えて、理解してもらうほかに、手だてなんてあるわけもないんだからな…。
891: 2014/07/26(土) 22:24:12.77 ID:0Ead4kW7o
「あぁ…その話なのですが…寄付、というか、非常に限定的なご支援、という相談なんです」
俺は、とりあえずそう言いながら、ポケットに詰めてきて置いた封筒を取り出した。中から書類を取り出して、応接テーブルの上に広げて見せる。
書類に目を落として、最初に息を飲んだのが、子どもの世話をしている、という、ロッタと名乗った女性だった。
「それから、これが俺の身分証です」
最後に、パスケースから軍の身分証を出して、テーブルの上の書類の上に添える。
書類、と言うのは、戸籍謄本の写しだ。そこには、俺の名と、そしてユベールについてもちゃんと書いてある。
女性は、コピーを手に取り、まじまじと見つめ、それから俺の顔をジッと見た。言葉に詰まっている、って感じだ。
とりあえず…そうだな。やはり、今回の俺の目的から話すとするか。そうでないと、変に警戒でもされたら取り返しがつかんかもしれない。
「今日は…突然、申し訳ない。実は数年前に、調査会社を使ってユベールの足取りを探ってもらい、ここに行きつきました。
今日、こうして伺ったのは、兄弟として、施設に頼みたいことがあるからです」
俺はそうとだけ告げる。ロッタさんが、ブラウン氏を見やる。上司判断、ってことか。俺を追い出すも話を聞くも、この人次第、ということだろう。
ブラウン氏はしばらくの間黙っていたが、ややあって俺に聞いてきた。
「あなたは、おいくつで?」
「今年で26になります」
俺が答えると男は口元を一撫でしてから
「彼がここへ入所したのが2歳だったかな…そうすると、君は当時は…」
と宙を見据える。
「12でした」
俺は答えた。あの日のことは、忘れもしない。片時も、忘れたことなんぞない。だから、俺はここにいるんだ。
「そうか…」
俺の言葉を聞き、ブラウン氏はふむ、とうめいて、ロッタさんにうなずいて見せた。ロッタさんはそれを確認して俺に言って来た。
「ここにいる子ども達は、けっして無理やりにここへ連れてこられたわけではありません。もちろん、強制介入で親元から引き離された子どももいます。
ですがそれは、連邦福祉法に基づいた子どもの生存権保護のためのものです。ここにいる子ども達はみんな、その連邦福祉法によって守られています。
ですから、ここですべてを決定できるわけではありません。いかなる場合にも、福祉局の決定を待つ必要があることをご理解ください。
それでもよろしければ、お話をうかがいましょう」
彼女の言葉は予防線だろう、と俺はそう感じた。これからもしかしたら、俺が無茶で突拍子もないことを言い出すかもしれない。
そんなとき、ここで判断できない、ということを盾にするための物だろう。そして、それはもちろん、ここにいる子ども達を守るためのものだ。
そうでもなけりゃぁ、トチ狂った親が殴り込みをかけて来たようなときに、力づくで子どもを奪われちまう。
そう考えると、予防線と同時に警告でもあるらしい。無茶をやらかすようなら、いつだって通報する準備はできている、ということだろう。
まぁ、だが、そんなに無理なことを頼むわけでもないと思っている。
まぁ、一目、顔を見てやりたいって気持ちもないでもないが、そうされてあいつが喜ぶかどうかは、俺にはまだ判断がついてねえしな。
「感謝します。ご心配させて申し訳ない。
こんな訪問の仕方でこう言うのもなんですが、一緒に住みたいとか、引き取りたいとか、そういう類の話じゃねえんです。一つだけ、許可をいただきたい、ってそれだけで」
「許可?」
俺の言葉をロッタさんが繰り返す。まだ、俺のことをそれほど信用している感じじゃないな…まぁ、いい。本当に、今日のところはただそれだけなんだ。
892: 2014/07/26(土) 22:24:43.47 ID:0Ead4kW7o
「ええ。ご存知かとは思いますが、あいつは心臓の病気を持っています。
医学的に詳しいことはよくわかりませんが、俺が調べたところだと、17になるあいつは、そろそろ症状が出始めてもおかしくないはずです…
あいつは、心筋の移植手術をやらないと、今の俺の齢までは生きられない」
そこまで話すと、ロッタさんはハッとした表情を見せた。気が付いて貰えてよかった。そう、俺の目的は、そうなんだ。
「あいつがドナー登録をしているにも関わらず、提供者が何年も見つかっていないのは知っています。
ですが、もしかしたら俺の体が使えるんじゃないか、と思ってるんです」
「そ、そんな!あなたは彼のために氏ぬと、そうおっしゃるのですか?」
ロッタさんが声を上げた。
「いや、そうじゃありません、俺もさすがに命は惜しいですから…。ですが、別の方法が取れます。ips細胞を使った心筋の培養です。
これなら、俺の体から取った細胞で、俺の心筋の代わりが作れます。それであいつの心臓を動かせる」
「ips細胞の再生医療…聞いたことはありますが、確かあれは保険適用外のはず。莫大な金額になるんじゃないですか?」
「金のことは、俺がなんとかします」
「それが、寄付、ということ、ですな」
俺の言葉にブラウン氏がそう呟くように言った。俺は黙ってうなずく。それから彼はまたふむ、と鼻を離してソファーに深く座り直し、
「許可、と言うのは、手術をさせてやってほしい、とそう言った内容なのですか?」
と確認してくる。彼の言葉に、俺は首を振った。
「まだ、俺の体が使えるかどうかが分からないんです。この手の移植手術では、親よりも兄弟の方が移植の適性が高いと聞きます。
ですが、1歳のころに家を出されてしまったあいつと、俺の体が適合するかが、今はまだわかりません。なので…」
「まずは、検査の許可、ということですね」
「そうです…俺の血液サンプルでもなんでも、検査に必要なものを提供させて欲しいと思っています。そのための許可、を、と」
俺が説明すると、ブラウン氏はしばらくボーっと宙を見据えた。それからややあって、
「緊急時の生命保護のためと、日常生活的に発生する疾病、負傷に対する医療提携機関への受診および、予防、疾病早期発見のための検査、予防接種等の実施の許可」
と口にした。急になじみのない言葉を羅列され、一瞬その意味を取りこぼした俺に、彼は確信を持った表情で言った。
「要するに、検査程度なら、わざわざ福祉局に報告する必要もない、ということです。お申し出に感謝します…希望が湧いてきた気分です」
「それじゃあ!」
「えぇ、それについては、こちらでもぜひお願いしたいと思います」
俺はブラウン氏の言葉に思わず立ち上がっていた。それに合わせて、なのか、ブラウン氏もソファーを立って俺に手を差し出してくる。
俺はうれしさのあまりその手を両手でがっしりと握った。
あの日から、ずっとこのときのことだけを考えて来た。あのとき、俺は両親を止められていればこんなことにはならなかったはずなんだ。
ユベールにも、寂しい思いをさせなくて済んだはず。力のなかった俺は、あいつを守ってやることができなかった。だが、今は違う。
金も稼げるし、知識もユベールを助けるためにこの頭に詰め込んだ。これで俺の細胞がマッチすれば、あいつを助けてやれる。
そして、もし、あいつがこれから先も生きていけるのなら、俺はそのときには…もしかしたら…
俺はこみ上げてくる思いをこらえようと、ぎゅっと歯を食いしばった。それでも、目頭がいやに熱くなってくる。ついに、ここまで来たんだ…!
だが、そんな俺の思いを打ち砕くような言葉を、ロッタさんが口にした。
「それでは…今日は難しいと思いますので、近いうちに病院でお会いしましょう。きっと急いだ方が良いことだと思いますのでね…」
「急ぐ?」
「ええ…彼、一昨年に初めての発作を起こして…今はもう、病院に入院しているんです」
893: 2014/07/26(土) 22:25:32.69 ID:0Ead4kW7o
「それが、用事、ね」
「そうだ。黙っててすまなかったな」
俺はカリの街へ向かう車の中で、最初に二人であの街へ行ったときのことを話した。
ジェニーは、無駄な質問も、茶々もいれずに、ただ無表情で最後まで話を聞いた。そして、俺が話を終えると、ふぅ、とため息をついて
「ギャンブルも、そのためだったんだね?」
と確認してくる。
「あぁ…給金はほとんど貯金に回してんだ。足りない分は、“どうにかして”稼がねえと、生活に困るんでな」
俺が答えると、ジェニーは
「そう」
とだけ返事をして、また黙り込む。おそらく、何か言葉を探してるんだろう。だが、すまねえな。まだ、この話には続きがあるんだ。
「その翌週の休みにカリの病院に行って、細胞と血液を提供した。
それからさらに一か月後、検査結果が出たという連絡をもらって、俺は施設に足を運んだ。これが、その結果だ」
俺はそう言ってユベール関係の書類を全部まとめてあるファイルを開いてジェニーに見せた。
「うそ…だ、だって、あなたとその彼は、兄弟なんじゃ…!」
「兄弟だよ、間違いなく。だが、兄弟でも、マッチする可能性は50パーセントだ」
「そんな…」
ジェニーが俺の渡したファイルを見て愕然としている。そういや、初めてその結果通知を見たときの俺も、同じようだったな。
別にマッチするとタカをくくってたわけじゃない。だが、正直なところ希望を掛けてた。
それだけに、その書類のただの一文、“Matching:Negative”は、俺から正気を奪い去るくらい強烈なショックだった。
今でこそ、それはそれとして捉えるしかねえと思ってはいるけど、な。
「レオン、あんた、こんなこと抱えながら、隊じゃあんな風にふるまって…」
ジェニーは、そう俺に言ってくる。まぁ、ジェニーの言おうとしていることはわからんでもない。
でもな、もともと俺は、そう考え込むタイプじゃねえんだよ。考えるよりも動く方がいい。動けなくなりそうなときだけ頭を働かせる。隊でも同じだ。
あそこには俺のやることがあって、余計なことを考えずに済む。時間があまれば、バカ話が始まる。俺はそれに乗っかっていりゃぁ、楽でいられた。
ただ、それだけのことだ。
「いや、そりゃぁ逆だ。ああしてくれてるからこそ、持ちこたえられてるってところが大きい」
俺がそう言ってやったら、ジェニーはそう、とだけ口にしてまた黙り込んだ。ったく、そんな神妙そうな顔すんなよな。
「お前、大丈夫かよ?会いたいって言ったのはお前だからな」
俺はそう釘を刺してやる。
俺の言葉にジェニーはハッとして顔を上げ
「ううん、大丈夫だよ。ごめん、こんな顔を弟君には見せられないね」
と言って、無理やりに笑顔を見せるが、どうにも不自然に見えてしかたない代物だった。仕方ねえ、少しだけ希望の持てる話でもしてやるか。
894: 2014/07/26(土) 22:26:02.86 ID:0Ead4kW7o
「別に、これっきり手術ができねえっていう話でもねえんだ。連邦医療局に移植待ちの登録は済んでる。
すくなくとも南米のどこかにあいつの体と合うものがみつかりゃぁ、移植はできるだろうさ。それとは別に、非公式の民間の団体にも探りを入れている」
「民間?」
「あぁ。アナハイム社とボーフォート財団が提携して出資してる会社らしい。
こっちは脳氏移植じゃなく、端から細胞培養で移植する臓器を提供する言わばセルバンク、だな。
医療機構を通した培養移植の倍の金額は掛かるって話はされてるが、まぁ、命には代えられねえ」
「倍、って、どのくらいの額なの…?」
「そうさな…俺が軍に終身雇用されて、最終的に師団長か幕僚官にでもなって10年も働けば、なんとかなるくらいの額、だな」
正直に言うと、それでもなんとかなるかどうかはわからない額、なのだが、まぁ、ジェニーに話すには少し酷だろう。
俺はそう思って、少しだけ誤魔化す。だが、それでもジェニーには効果がなかったらしい。
「そんなの…あんたの人生を棒に振るようなもんじゃない!」
ジェニーはそう俺に訴えて来た。別に非難するつもりがある様子じゃねえが…いや、これはあの時と同じ“心配”か。
まぁ、だが、人生を棒に振る、ね…
「それを言っちまったらよ、俺はもう、あいつの人生を棒に振らせちまったのかもしれねえんだ」
「それは、あなたの両親が…」
「親は関係ねえ。あのとき、俺にもっと力があれば、もっと知恵があれば、あいつを守れていたんだ。俺にはそれができなかった。
俺は自分の行動が、俺自身の人生を投げ打ってる、とは思いやしねえが、まぁ、それくらいしてやらないと割に合わねえだろ?」
そう言ったら、ジェニーは黙った。ぎゅっと唇をかみしめ、拳を握っている。
すまねえな、そんな風にさせるつもりじゃなかったんだが…
俺は、そんなジェニーの姿を見て申し訳がなくなって、なんとか気分を変えようとカーラジオを付けた。
いつもはおどけた調子で俺を和ませてくれるパーソナリティも、今日ばかりは白々しく感じられてしまうようだった。
895: 2014/07/26(土) 22:26:46.51 ID:0Ead4kW7o
あの日、ユベールの写真を見て、俺の話を大雑把に聞いたジェニーは、すぐに会わせてくれないか、と聞いてきた。
検査の結果を聞いて以降、施設側の配慮で、俺は奉仕精神の旺盛な軍人として、
非番の日にユベールの入っている病室を訪れて小一時間無駄話をする役割を与えてくれていた。
最初に病室に入った日、俺は、あいつの顔を一目見て、変わってねえな、と思った。
いや、俺が最後に見たユベールは2歳になる前の顔だけで、その後はあの写真一枚っきりだったが、不思議なことに、そう思った。
おしゃべりなやつ、ってわけでもねえんだろうが、俺が顔を出すと、やれ街のカフェに行くならどこがいいだの、
裏路地に入ったら、まずはタトゥーだらけの男に話をつけろだの、施設の子どもと釣りに行ってどうのだの、
そんな話を、まるであのまぶしい太陽みたいな表情を浮かべて話していた。
俺は、なんだかそれを見て、安心したような、切ないような、そんな複雑な気分になったのを覚えている。
こんな笑顔で笑えるような生活だったのか、良かったな、という想いが半分、
もう半分は、やはりどうにもしてやれなかった気持ちが募るってくるってとこだった。
まぁ、とにかくそうして俺は、休みの日にはユベールのやつと1時間話をするために、往復四時間かかるこの道を走るのが日課になっていた。
その話をしてやったらジェニーが、自分も連れてけと言い出した、ってわけだ。どうしてそんなことをしたいのか、と聞いたら、ジェニーは顔をゆがめて、
「私にできることがあるかもしれないし、それ以上にあんたを理解してなかった、これからは、もっとあんたを理解できるようにしたい」
とか言いやがって、反応に困った。
まぁ、だから、ってわけでもないんだろうが、これだけ勝手に凹んでいるのも、俺があのとき何をどう感じたか、ってのを正確に理解してくれているからなんだろうと思える。
それなら、申し訳ないって気持ちの半分は感謝に変えることができた。正直なところ、嬉しかった。
いや、ユベールに対してそう思ってくれていることもそうだが、
それ以上に、俺がずっと一人で心の中に抱えて来た問題を話せる相手ができた、という安堵感だったんだろうと思う。とにかく、そのとき俺はそいつを快諾した。
そうしている間に、車はジャングルを抜けて市街地へと入った。ジェニーに気持ちを切り替えて顔も作っとけ、と頼み込んでおく。
さすがに今の表情で会われたら、かえってあいつに気を使わせちまう。そんな見舞いなんて、ねえよな。
やがて、車は病院にたどり着いた。駐車場に車を停めて表に出る。来るたびに思うが山を一つ隔てただけで、気候はずいぶんと違うもんだと実感する。
もちろん標高が高いこともあるんだろうが、ジャブローの蒸し暑さとは別世界だ。
「ふぅ」
とジェニーのため息が聞こえた。振り返ると彼女は、サイドミラーを覗き込みながら平手で頬をパシパシと叩いている。
「そんなに確認しなくても、十分美人だぜ?」
そう言って茶化してやったら、ジェニーのやつは車に乗って以来、久しく見ていなかったあの表情を見せて、
「誰に物を言ってんだ。当然でしょう?」
と言って笑った。
うまく気持ちを切り替えてくれたらしいな。俺はそのことに少しだけ安心して、病院の方にかぶりを振ってから歩き出した。
その後ろからジェニーは少し早足で追いついてくる。
建物の中に入ってエレベータに乗り病棟へと向かう。押しておいた6階のボタンのところでエレベータは停止し、チンと音を立てて扉が開いた。
とたんに、消毒液の匂いが香ってくる。俺はそのままジェニーを連れて、まっすぐにユベールの病室へと向かった。
896: 2014/07/26(土) 22:27:24.63 ID:0Ead4kW7o
「よう、調子どうだ?」
そう声をかけて中をのぞくと、ベッドに座っている少年が一人、手にしていた本から顔を上げて俺の方を見ていた。
俺の顔を見るなりユベールは満面の笑みを浮かべて
「おぉ、ライオンの旦那!そろそろくる頃だと思ってたよ!」
なんて言ってくる。ったく、その笑顔は、嬉しいような、辛いような、だ。
「ははは、お坊ちゃんはお世辞がうまいな。今日は連れがいるんだ。こないだ話したろう?」
俺はそんなことを言いながら、病室の入り口の手前で二の足を踏んでいたジェニーを中へと引っ張り込んだ。
「こ、こんにちは!」
ジェニーはそんなかしこまった返事をする。お前、なんだよそれ。誰だよ、お前…
だが、俺のそんな思いを知ってか知らずか、ユベールのやつはうぉーっと叫び声をあげて
「ホントだ!とびっきりの美人じゃないかよ!やるなぁ、旦那は!」
なんて感動してやがる。まったく、秘密にしているとはいえ、実の弟ながらどうしてこうも素直なんだよ。性格だけは似ても似つかねえな。
まぁ、顔もそれほど似てるわけじゃねえ。しいて言や、鼻の形くらいか…
俺はジェニーを引っ張ってベッドの横にあったパイプイスをジェニーの分と2つ出して揃って座り込む。
「えっと、俺、ユベールって言うんだ、よろしく!」
イスに座るなり、ユベールはジェニーにそう言って自己紹介を始める。こいつは、俺と会ったときもそうだった。
ファーストネームについては話しても、ファミリーネームについては一言も言及しない。まぁ、それがさみしい、ってわけでもねえ。
だが、それだけでもこいつが、少なくともあの両親やおそらく俺のことも覚えてねえだろうことは明らかだし、かかわるつもりもねえってのが分かる。
今は、それでもいいと俺は思っていた。俺も本当のことを言えない以上、そんなことを気にしたってしかたねえ。
「わ、私は、ユージェニー・ブライトマンよ、よろしくね。ジェニーでいいわ」
「ジェニーさんは中尉だって、旦那は言ってたけど、そうなの?」
「ええ、そうよ。まぁ、今昇進の話が来てるから、もしかすると大尉になるかもしれないけど」
「あ、それも聞いたな!あの墜落寸前だったシャトルを不時着にまで持って行ったって話だろ?すげぇよなぁ、あれ。
俺、ここで中継見てたけど、あんな無茶やるなんてどんなバカかと思ってたら、旦那だって言うんだもんなぁ!」
「おいおい、その話はやめてくれって言っただろう?その話になると、また蹴られる」
俺がそう口をはさんだ瞬間、ジェニーに足を踏みつけられた。
くそっ、もういい加減水に流してくれたっていいと思うんだがなぁ、女ってのはこれだから困る、ってんだ。
それにしても…ユベールのやつは、本当にいい笑顔で笑う。確かに、そいつ見りゃぁ、気持ちが軋まないでもない。
だが、やはり、それは俺にとってはうれしいことだった。
あのとき、泣きながら車に乗せられていったこいつが、こんな笑顔を浮かべるだなんて想像したこともなかった。
それだけで、こいつが少なくとも悪い人生を送ったわけじゃなかった、と安心できる。何も、良かったとは言わねえ。
だが、それでも、家から連れ出されたこいつが、今日まで孤独や寂しさに苦しんでいたと思えないで済んだ。
897: 2014/07/26(土) 22:28:15.99 ID:0Ead4kW7o
こいつが1歳のころ、住んでいたキエフの乳幼児検診で遺伝病を患っていることが分かった。
俺は、弟の誕生を喜んでいただけに、そいつを聞かされたときは本当にショックだったのを覚えている。
だが、現実ってのは、もっと残酷だった。それを聞いたとたん、両親はユベールの養育を拒否した。
当時9歳か10歳だったはずだが、自分の両親が言っていることがまったくと言っていいほど理解ができなかった。親父は言った。
「自分より先に氏んでしまうのが分かっていて、一緒にいるのは辛い」んだ、と。
ふざけんな、と、母親を罵倒して親父をぶん殴った。
もちろん、まだジュニアスクールに通う俺が大人の親父を叩きのめせるわけもなく、返り討ちにあって痛い目を見た。
それからほどなくして、ユベールは福祉団体に引き取られて行った。あの日のことは、忘れたことはない。
キエフの家に白いワゴンで乗り付けて来て、中から降りて来たスーツの男が二人に、女が一人。
家にも上がらず、まるで忘れ物を取りに帰って来たみてえに、まだ小さくて、母親から離れて泣き叫ぶユベールを抱いて車に乗って去って行った。
その様子を、俺は二階の窓からじっと眺めていることしかできなかった。
ジュニアスクールを終えて15になった俺は、家から出たい一心で、軍の訓練校に入った。
そこで、ハイスクールの勉強をしながら最初は、配属された寮の給仕班の下働きをしていた。2年経って、今度は衛生班の下働きを1年やった。
その3年で俺はハイスクール卒業の資格と、基礎訓練を終えて、晴れて正式に軍人としてのキャリアをスタートさせることができた。
配属を希望できる、と聞いて選んだのが航空隊だった。別に空を飛びたかったわけでも、飛行機が好きだったわけでもねえ。
単純に、俸給が良かった、ってだけだ。
俺は、ずっとそのためだけに働いてきた。ユベールの病気は、細胞を金があれば治せるんだと知ったからだった。
そのためだけに、ひたすら働いて出世して、金を溜めて来た。自分の小遣いを稼ぐためにポーカーを覚えて、勝ちまくった。
ヒヨッコの訓練校を終えた俺が士官候補生として配属されたのがベルファストだった。
そこで俺は、調査会社になけなしの金を払って、ユベールの居場所を探るよう依頼を出した。
一か月もしないうちに、その会社の担当調査員だという男から電話がかかって来て、ユベールがカリにある施設にいるという情報を掴んだ。
それが、5年前の話だ。あの日、ジェニーに見つかった写真は、その時に男が入手してきたものだ。カリに一番近いのは、今いるジャブローの連邦軍本部。
ここは、コネでもない限りは希望してもまず入ることのできない“エリート基地”だ。そこになんとか潜り込むために俺は必氏で試験勉強に明け暮れた。
そしてやっと、ここまで来たんだ。
「なぁ、旦那!結婚はしないのかよ?」
ジェニーと明るく話していた俺に、ユベールがそんなことを聞いてきた。
898: 2014/07/26(土) 22:28:44.15 ID:0Ead4kW7o
「お、おめえ、急に何言いだすんだ!」
「えぇ!?だってさ、もうずいぶん長いんだろ?そういうのをちゃんと決めないと女は不安だって、路地裏のねーちゃん達が言ってたぜ?」
「俺にだっていろいろと事情があんだよ…それにお前、結婚てな、金がかかるんだ。それこそ、俺みたいな薄給がおいそれとできるもんじゃねえんだよ」
ジェニーがどんな顔してるのかはさすがに恐ろしすぎて見れなかったが、だがまぁ、そう答えておくべきだろう。
ユベールのことでこれからどれだけ金がかかるかはわからん。そう考えりゃ、自分のことなんて後回し、だ。ジェニーには悪いとは思うが…
「なんだよ、旦那。あんた、あんなバカをやるくせにそういうところはヘタれかよ!しっかりしろよな!」
俺の言葉にユベールがそう言い返してくる。こいつめ、俺がまともに言い返せないところをぐいぐい責めてきやがるな。
「ふふふ、ユベールは私を応援してくれてるみたいだけど?」
不意に、ジェニーがそう言って俺をみやった。いつもの挑発的な表情だが、その視線は、何かを訴えようとしているようにも見えた。
適当に話を合わせてやれ、とでも言ってるんだろうか?すくなくとも、結婚どうのこうので怒ってる、って感じじゃなさそうだ。
「ったく、いい気なもんだ。寄ってたかってイジめるのはよくねえって、あのロッタって人から言われなかったのか?」
「こいつはイジめじゃない、説教だよ」
俺の言葉にユベールは笑顔で反論してくる。まったく、ああ言えば、こう言う。誰に似たんだか、ほんとによう。
だが、そう思っていた俺の、ユベールはそのままのまぶしい笑顔でまるで本当に何でもないかのように、口にした。
「俺たちは身近に親戚もなにもいないから、結婚式なんてそうそう呼ばれないんだよ。だから、俺、一度でいいから見てみたいんだよなぁ!
テレビやなんかで見ると、幸せそうじゃんか!ああいう、家族になろう、って誓いってさ!」
その言葉は、俺の気持ちを一気に抉り取った。理由はいくつもあるだろう。
俺が兄だと名乗れないことも、名乗ったところで、こいつが喜ぶとはわからんということも、
家族ってものに何か幸福なものを感じているんだってことも、そして、もしかしたら自分はそれを一度も見ないままに氏んでいくのかも知れない、
と案に悟っているのかも知れねえ、ってことも。
「ははは、わかったよ。結婚を決めりゃぁ、一番にお前に教えてやる。点滴棒を引いてでも式には参列してもらうから、体調整えておけよ」
俺は、ユベールの言葉に、そうやって話を合わせてやるので精いっぱいだった。
899: 2014/07/26(土) 22:30:18.37 ID:0Ead4kW7o
ユベールの体調管理のため、話は1時間、と限度を決められていた。
名残惜しそうにしてきやがるあいつにまた来週来ると約束をして俺たちは病院を出て、車に戻った。
とたん、ふぅ、と大きくジェニーがため息をついた。そりゃぁ、そうだろう。俺だって、最初の2、3度は思ったさ。
なんで、あんないいやつが病気になんてならなきゃいけねえんだ、って。ましてや、そいつは俺の弟ときたもんだ。
他人だったとしたってそう思うだろうに、な。
「大丈夫か?」
エレカのモーターを始動させながら俺はジェニーにそう聞いてやる。するとジェニーはまた、ふうと息を吐いて
「あんたこそ…よくああしていられるよね」
と言葉を投げて来た。
「なに…さすがにもう慣れた。今は、ああいうのを聞いて多少落ち込んだとしても、すぐにそいつをそのまま、あいつを氏なすもんか、って思いに変えることにしてる」
「そう…なら、それ、私も付き合うよ。あんたほどじゃないだろうけど、私にだって多少の蓄えはある。あの子の治療の足しにしてやってくれよ」
俺の言葉に、ジェニーはそう言ってくれた。だがそんなの…
「いいのかよ」
「構わないわ。だって、そのうち私の義理の弟になるんでしょ?」
ジェニーはそう言ってあの表情で俺を見てそう言い、笑った。
と、不意にPDAの着信音が社内に響いた。俺の方だ。ポケットから取り出してディスプレイを見ると、そこにはカリの施設の電話番号が表示されている。
なにか、あったのか?そう思いながら電話口に出ると、向こうからはロッタさんの声がした。
<あぁ、ユディスキンさん?私で、ロッタです>
「あぁ、どうも。なにかあったか?」
<少しお話ししたいことがあって…まだ街にいるなら、施設の方に来てもらえないかしら?」
俺が聞くと、彼女はそう言って来た。施設で、話?いったいこのタイミングでどんな用事か…まさか、ユベールの体調が思ったほどよくはねえのか?
俺は湧き起ってくる胸騒ぎを抑え込んで
「分かった。今病院を出たところだから…20分、いや、15分でそっちにつく」
と答える。すると向こうから少し明るい声で
<はい、じゃぁ、待ってますね>
と返事が聞こえて来た。
電話を切った俺の顔をジェニーがちらっと覗き込んでくる。
「何か用事?」
「あぁ、ユベールの施設からな。なにか話があるらしい」
俺がそう答えると、ジェニーは少し考えるしぐさを見せてから、
「またカフェで待ってた方がいいかしら?」
と聞いてくる。まぁ、それでもいいが、な。実は、別件でお前について来てもらった方が都合がいいことがあるんだ。
連邦福祉法で、独身の人間が育児放棄が理由で施設に入ってる子どもの引き取り手にはなれねえ、ってのがある。
親の事故や病気で入所してる子ども達とは扱いがまた違うんだそうだ。
まぁ、まだ手術がすんだわけじゃねえし、そんなことを考えるのも気が早いのは確かなんだが、今からそれをにおわせて置くのも悪くはない。
900: 2014/07/26(土) 22:30:57.92 ID:0Ead4kW7o
「いや、一緒に来てくれると助かる。あいつの義理の姉になってくれんだろう?」
俺がそう言ってやったら、ジェニーはクスっと笑って
「その言葉、絶対に忘れるんじゃないよ」
なんて念を押してきた。それに、な。
もし、悪い話だったときには、お前には悪いとは思うが、それでも、一緒に聞いてもらえることは、やはり少し安心できるような、そんな気がするんだ。
俺はそのまま車を施設へと走らせた。車を停めてインターホンを押し、中に上がらせてもらう。
俺の非番はたいていウィークデーなんで、ここに来ても子ども達とはほとんど顔を合わせることはない。
もちろん、ジュニアスクールへ通学するよりも前の、4歳か5歳くらいのチビ達は何人か見たことはあるが、な。
俺とジェニーはいつもの応接室に通された。しばらくそこで待っているとロッタさんが顔を見せる。彼女はジェニーを見るなり
「はじめまして。どちら様ですか?」
と聞いてきた。
「あぁ、ユディスキン中尉の部下で、ユージェニー・ブライトマンと言います。私も、ボランティア活動に興味があって、ご一緒させていただきました」
ジェニーはそんなことをシレっという。それを聞いたロッタさんは、やけにツンとした態度で
「そうですか」
と返事をしてそれから
「来ていただいてありがとうございます、ユディスキンさん」
と改めて俺にそう言い、俺の向かいに腰を下ろした。
「なにかトラブルでも?」
俺がそう尋ねると、彼女は複雑そうな表情をしてふうと、息をついてから俺に言った。
「実は、先日、ユベールに関する会議が福祉局の方でありましてね。あなたのこともご報告させていただきました」
俺の報告、ね…あんまり良い話でもなさそうだな…報告は義務だろう。だが、それが必ずしもいい結果に結びつくとは考えにく。
施設の生活を知っている彼女たちの報告が、俺とユベールの関わりをどうとらえているのかは、想像の域を出ない。
もし万が一、俺があいつに悪影響を与えている、と判断された日には、これまでのような交流もできなくなる恐れがある。
そいつだけは避けたいもんだ。もちろん、そんなことのねえように、印象は大事にしてきたつもりではあるが…
「それで?」
俺が先を促すと、ロッタさんは俺の目をジッと見て言った。
「会議で、あなたとユベールの関係を隠さないで良い、という方向に結論付けました」
俺は言葉を失った。それは、つまり…
「それは…要するに、あいつに、俺が兄貴だと、そう伝えていい、ってことなのか?」
「えぇ、その通りです。施設側としても、その方針に従う方向でおりますが…肝心なのは、ユディスキンさんがどうされるか、です」
「俺が?」
「はい。ユディスキンさんが伝えないと言われるのでしたら、施設側もそれに合わせてあなたはただのボランティアの軍人であるといたします。
ですが、もし伝える、ということであれば、私も同席する場で、一緒に伝えたいと思っています」
901: 2014/07/26(土) 22:31:30.28 ID:0Ead4kW7o
そうか…それは、心臓の悪いユベールにとっては、負担になるだろう、って意味合いだな。俺はそう感じた。
いや、それもあるんだろうが、もしかすると、あいつがマイナスの方向に動揺するんじゃねえか、ってことを恐れている感じもする。
今までは禁じられていたから、そんなことは考えないですんでいた。だが、こうしていざ許可が出るとなると、確かに難しい問題だ。
俺一人の気持ちを言えば、言ってやって抱きしめてやりたいと思う。だが…果たして今の状態のユベールにそれを伝えて、あいつが喜ぶのだろうか?
この先、あいつが確実に回復するのなら構わないだろう。
だが、もしかするとあいつは、俺が伝えてしまうことで、混乱したままに命を落としてしまう可能性もある。そいつは…避けたい。
だが、もし…いや、それでも…ちっ!今すぐに答えなんて出せるような問題でもねえな…
「おっしゃることは、わかります…すみません、ここでは、簡単に結論を出せそうもない。良ければ、しばらく考える時間をいただきたい。
どうするかを決めたら、必ず一番に知らせると約束します」
俺の言葉に、ロッタさんは黙ってうなずいた。それから俺は、最近のユベールの様子なんかを話した。
だが、俺はその話をほとんど理解しちゃいなかった。あいつは、ユベールは、俺が本当の兄貴だと知ったらどんな顔をするんだ?
あの笑顔は、いったどんな変化をする?そんな想像ばかりが頭に浮かんで、それ以降、離れることはなかった。
908: 2014/08/02(土) 22:52:37.10 ID:6Qy/ywUTo
翌日。俺は朝から訓練で、ジャブローの空を飛んでいた。なんのことはねえ、ただの対地目標への爆撃訓練だ。
昨日の晩はロクに眠れやしなかったが、多少の寝不足でも、これくらいはワケはない。
「各機、ぬかるなよ」
俺は率いていた第二小隊のハウスと末尾で見習いを抜けたばかりのアイバンにそう声をかけた。
<了解、副長>
<引き締めていきますよ!>
二人の返事が聞こえてくる。俺はそいつを聞いてからレーダーに映し出された仮想目標の位置を確認して、火器管制のスイッチを入れた。
訓練用のセンサー付き模擬弾はオールグリーン。いつでも投下できる状態だ。
<おーい、ハウス!どうだ、今夜の一杯賭けて、勝負、ってのは?>
<ははは、ザック、泣きを見るだけだと思うがそれでもいいのか?>
<言うじぇねえか。受けて立つってことでいいんだな?>
ハウスと、第一小隊のザックがそう言葉を交わしている。ったく、呑気な野郎どもだ。
こっちは見習い上がりのアイバンがいて不利だってことをわかっちゃいない分けでもないだろうに。
「アイバン、ハウスに無駄金使わせるわけにゃいかねえ。いつも以上に気合入れていけ」
<はは、了解です!>
俺はそんなやり取りに合わせてアイバンにそう声をかけてやる。アイバンは何が楽しいんだか、そう弾んだ声で答えて来た。
<よし、各隊、準備良いな?まずは第一小隊が行かせてもらう>
次いで隊長の無線が聞こえて来た。同時に、第一小隊が高度を下げて、目標地点へとアプローチを掛けていく。俺は上空からそいつを眺めていた。
滑らかな軌道を描いて降下して行った第一小隊は、寸分たがわぬタイミングで模擬弾を切り離した。
レーダー上に、模擬弾が放つ位置情報の信号が爆発効果範囲として表示される。目標10個中、9個がその範囲の中に納まった。
<ヒュー!やるじゃねえか!>
ハウスの歓声が無線に響いた。なるほど、こいつはなかなかプレッシャーだな。俺は内心そんなことを思いながら
「ハウス。お前、外すんじゃねえぞ」
と無線に言ってやる。するとヘルメットの中にハウスの笑い声が響いてきた。
<ははは!任せてくださいよ、この程度、ミスはしません!>
「よし、期待してるぜ。第二小隊も行く。編隊乱すなよ」
ハウスの言葉にそう返事をしてから、俺は機体を降下させた。後ろからハウスとアイバンがぴたりと機体を寄せてついてきている。
ハウスはまぁ、このくらいは当然だが、アイバンはずいぶんと腕を上げたな。こりゃぁ、近いうちに少尉への昇進を申請してやってもいいかもしれねえ。
見習い上がりの連中の中じゃぁトップクラスだし、な。
レーダー上の目標がグングンと近づいてくる。ジャングルの一部に木々のない禿げ上がった地面が見えてくる。
俺は速度と高度を読みつつ、レーダーを見ながらタイミングを計って無線に怒鳴った。
「投下!」
同時に、操縦桿のボタンを叩く。ガコンと音が響いて機体が微かに浮き上がる。俺は上昇軌道に入りながら、レーダーの反応を見やった。
<おいおい、どうした?>
誰よりも最初に聞こえて来たのは、隊長の声だった。それもそのはず、俺たちの投下した模擬弾は仮想目標から大きくずれて、
3つを辛うじてその効果範囲に収めているだけだった。しまったな…タイミングを間違えたか?
909: 2014/08/02(土) 22:53:03.90 ID:6Qy/ywUTo
<たっはー!やっちまったな…風でも出てたか?>
<運が悪かったな、ハウス!ごちそうになるぜ!>
ザックとハウスのそんな声が無線に響いた。すまんな、ハウス…おそらく、風のせいなんかじゃねえ…俺が集中を欠いてたようだ。
<第三小隊、行くよ>
不意に、無線にジェニーの声も聞こえた。上昇した俺たちの下を、ジェニーが率いる第三小隊が降下して行き、爆弾を投下した。
だが、第三小隊の爆弾も目標からかなりそれた位置に着地し、レーダー上では俺たちと同じ3つの目標をとらえたに過ぎなかった。
<あちゃー、第三小隊も、か>
<こりゃぁ、相当風が出てるか?第二小隊も第三小隊も、ずいぶん進行方向側に流れてるもんな。追い風だろう>
相変わらずそんなことを言っている二人だが、俺には分かった。ジェニーのやつも、おそらくは俺と同じなんだろう。
まったく、お前がそんなにしょい込むことはねえってのに…あいつのためにそんな状態になっちまってる、なんて、申し訳ねえやら、嬉しいやら、だ。
<よし。各機、各隊。再度、爆撃軌道に入るぞ。集中して掛かれよ>
隊長の無線が聞こえて来た。その通り、だな。寝不足が堪えてるわけじゃねえ。こりゃぁ、集中力の問題だ。頭がどうにも冴えねえ。
靄がかかっているみてえに、判断が鈍いような感覚だ。
「すまんな、ハウス。俺の読みが悪かった。次は外させねえよ」
俺は無線にそう言ってやる。するとハウスはまた笑って
<まぁ、次の第一小隊の結果次第、ですかねぇ。大外しでもしてもらわない限りは、こいつは勝ち目がなさそうだ>
なんてことを言っている。呑気なのはありがたいが、さすがにこんな結果になったんじゃぁ、心苦しい。次こそは、全部潰せるようにしてやらなきゃな。
俺はそう気合いを入れなおした。
それから俺たちは2度目の投下訓練を行い、第一小隊は俺とジェニーが外したのを風の影響と読んでタイミングをずらしたせいか4個にとどまった。
俺たちは今度は何とかタイミングをとらえられて9個。ジェニーもなんとか修正できたようで、7つ目標を捕まえていた。
それでも、1個差でハウスの負け、だ。悔しがるハウスと、それを笑うザックの無線を聞きながら、俺は自分の気の抜けたザマを内心で責めたてていた。
まさか、ここまで自分が割り切れてねえとは思ってもみなかった。もう何年もこんなことは考え続けてきたはずだってのに、ひどいもんだ。
それだけあいつのことを思っている、と言や聞こえはいいが、それにしたって、ひどいありさまだ。
だが、そう思って幾ら気合いを入れなおしても、気持ちを切り替えようとしても、うやむやでつかみどころのない何かが俺の中に漂っていて、
どうにも、判断のキレがなかった。
まったく…我ながら、繊細なもんだ。呆れて言葉もねえや。
910: 2014/08/02(土) 22:53:30.94 ID:6Qy/ywUTo
訓練を終え、デブリーフィングも済ませて食堂で夕食を摂った夕方過ぎ、兵舎の自分の部屋に帰った俺は、案の定、眠れずにいた。
昨日のほとんど寝れやしなかったのに明日は朝から機動訓練だ。さすがに、今夜ばかりは眠っておかないとまずいことこの上ねえ。
だが、ベッドに横になったところで浮かんでくるのはユベールのやつの笑顔だけだった。
あの日泣いて連れていかれたあいつが、今になってあんなに明るいだなんて思ってもいなかったってのが、最初に会った正直な感想だった。
あいつにとって、施設での生活はいったいどんなだったんだろう、あいつにとって俺たち家族ってのはどう認識されているんだろう、
もしあいつが、俺が兄貴だと知ったとき俺に対する感情はどう変化するんだろうか。
俺が血のつながった兄弟だと伝えたとき、あの笑顔が消えてなくなっちまうんじゃねえか。俺はそんなことを、グルグルと考え続けていた。
コンコン、とドアをノックする音。ジェニーの奴だろう。まぁ、来るだろうな…いや、ありがたい、と言うのが本音、か。俺はドアを開けてやる。
案の定そこには、ジェニーがいた。いつもの表情はなく、沈んだ、不安げな表情をしている。
俺が迎え入れる前に、彼女は俺の胸元にすっぽりと収まってすがり付いて来た。俺はドアを閉めながらジェニーの体をそっと抱きしめる。
「ごめん…こんなで」
ジェニーは俺に顔をうずめながらそう言った。
「いいさ。俺も、似たようなもんだ」
俺もそう答えてジェニーの髪に顔をうずめた。
ジェニーを開放してソファーに座らせる。
「コーヒーでいいか?」
「ううん…こっちがいい」
ジェニーはそう言って、ローテーブルに置いてあったバーボンのビンを差して言った。
グラスを取ってやったら、自分でバーボンを注ぐので、俺はジェニーの隣に腰を下ろす。バーボンを一口飲んだジェニーはふう、とため息を吐いた。
沈黙が部屋を包む。
「今、何考えてる?」
不意に、ジェニーがそう聞いてきた。何を考えているか、か…
「正直言うと、わからん。ユベールのことを考えてる、ってのは確かだがな…
実際、具体的になにがどうなのか、って言われたら、正直なんと言って良いかは霧の中、だ」
俺の言葉に、ジェニーはしずかに
「そう」
とだけ返事をした。
正直言って、頭が回転しているのかどうなのかさえ疑問だ。問いは、端から決まっている。
ユベールに俺が兄貴だと伝えるか、伝えないか、ただのそれだけのはずだ。だが、どうしてかそいつがうまく扱えないでいる。
本当に、ただのそれだけの問いのはずなのに、その質問自体が、まるで煙を掴むようにして扱おうと思えば思うほどに消えていく。そんな感じだ。
911: 2014/08/02(土) 22:54:05.33 ID:6Qy/ywUTo
「あの子の笑顔が、頭から離れないんだよ」
不意にまた、ジェニーが言った。
「素直なことを言うとね。施設で、あなたのことを彼に伝えてもいい、って話を聞いたときに、私は、そんなことはするべきじゃないって、そう思った。
それを聞いた彼のあの笑顔が、歪んでしまうんじゃないかって、そう思ったから」
俺は黙ってジェニーの話に耳を傾ける。だが、ジェニーはつづけた。
「でも、帰ってくる車の中で少し考えたんだ。そんなのは…ずるいんじゃないか、ってね。まるで、逃げてるみたいじゃないか。
それが怖いから、あの子の笑顔を壊すのが怖いから、だから、伝えないでいてほしいってそう思ってるんじゃないか、って」
ジェニーの言葉に、俺は鈍い反応しか示さない自分の頭をなんとか回転させる。逃げてるみたい、ね…確かにそう言われりゃぁ、そう捉えられなくもない。
俺が兄貴だ、っていう告白が、あいつの笑顔を壊しちまうかもしれない、って思いは俺も同じだ。だが、それはあくまで可能性の話だ。
必ずしもそうはならねえかもしれん。本当の家族を知らないあいつが、それを知りたい、って思っている可能性だって、ないわけじゃねえんだ。
「だがよ…あいつが、俺たち家族をどう思ってるかなんて、わかりゃしねえ。
あいつが姓を名乗らねえことに、どういう意味があるのかを考えると、伝えるってことは、ただの俺の独りよがりのようにも思える。
そんなんで、あいつにリスクを負わせるのも違うだろう?」
「だけど…!」
俺の言葉に、ジェニーはそう声を上げる。だが、俺はつづけた。
「少なくとも俺は、ユベールのことさえなけりゃぁ、親に感謝もしている。お前はどうだ?自分の親、どう思う?悪く思うことなんてないだろう?
言っちまえば、俺もお前も、そういう意味では何不自由なく育ってきちまったんだ。
だから、伝えることで、多少の苦労があっても、家族はきっと分かり合える、なんて思えちまうのかもしれねえ。
だから、あいつが同じ結論に至ると決めつけるのは、予測が甘すぎるような気がする」
ジェニーはグラスをギュっと握ってうなだれた。さて、どうしたもんか、な…いよいよ、行き詰ってるらしい。
俺の気持ちや思いだけを考えるんなら、答えは簡単だ。そんなもん、後先考えずに全部まとめて伝えてやればいい。だが、ことはそう簡単じゃねえ。
今のあいつは、俺のその一言が致命傷になりかねない病状だ。俺の一言がもし、あいつを悩ませ苦しめるようなものだとしたら、
あいつはあの笑顔を忘れて、そのまま氏んじまうかもしれねえんだ。だが、ユベールのことを考えりゃ考えるほどに、思考は迷路に入っていく。
答えなんて見つからず、行き止まりにぶつかるだけ、だ。このままじゃ、埒があかねえ、な、まったくよ。
「仕方ねえ」
俺は、いよいよすべてを投げ出してそう呟いていた。ジェニーが俺の顔を見やる。
「こうなったら、あいつに直接聞いてみるしかねえよね」
「直接、って…彼に、何を?」
「家族について、どう思ってるかを、だ。そうでもねえと、答えなんて見つかりそうもない」
俺の言葉を聞いて、ジェニーが俺を見つめて来た。その表情は、俺を心配しているそれだった。大丈夫だ、ジェニー。苦しいし、辛いさ。
だけどな、ジェニー。なにがどうあっても、これは俺にとっては前進なんだ。言うにせよ、言わないにせよ、俺はユベールのそばにいることができる。
ただ、あいつの身を案じ、調査会社を通してしか、あいつのことを知ることができなかったあのころとは違う。
そう思や、こんな状況だって、捨てたもんじゃねえと、俺は、そう思うっきゃねえだろ?
912: 2014/08/02(土) 22:55:01.19 ID:6Qy/ywUTo
翌週の休み。俺は朝からジェニーを連れて、カリの街へと向かっていた。
あれから毎晩、ジェニーは俺のところにやってきては、何を話すでもなく過ごしていた。4日ほどたってようやく表情の冴えて来たジェニーは、
5日目の夜にはあきらめたような、何かを悟ったようなそんな表情で
「あんたの言うとおり彼と話さないことには何一つ進まなそうだよ」
なんて言って、微かに笑った。本当にその通りだと、俺も思うようにした。何しろ、重要なのは情報収集と分析、だ。
何をするにも、自分の想像と推測だけで物事を推し進めるにゃ、限界がある。
確定的でないにしろ、ある程度の状況を知っておく必要があるのは、何も戦術論だけの話じゃねえ。人と人の間だって、そいつは同じだろう。
カリの街に入った俺は、まず病院ではなく中心街のデパートに車を走らせた。そのデパートの玩具コーナーで、ジグソーパズルをジェニーと選んだ。
釣りが好きだと四六時中言っていたから、まぁ、多少難解そうではあったが青い海の風景がプリントされているものを選び、
それに合うフレームも買い込んだ。
まぁ、話のタネにでもなりそうだし、それに、本ばかり読んでるのも退屈なんじゃねえか、と思っていたからだった。
ついでに、ユベールが食えそうな菓子も買って、俺たちは車に戻って病院へと向かった。
エレベータを降りて病室に近づくと、珍しくこんな時間だってのにユベールの部屋から話し声が聞こえて来た。誰か来ているのか?ナースだろうか?
そんなことを思いながらドアをノックして中を覗くと、そこには、嬉々とした表情で喋っているユベールとそれを無表情で聞いているユベールと同じくらいの年ごろの、
アジア系の少女が椅子に座っていた。
「あぁ、旦那!」
ユベールは俺を見るなりそう声を上げる。
「おっと、お客さんだったか。外すか?」
俺がそう聞くと、少女が椅子を立って
「ユベール、帰るね」
と小さな声で言って立ち上がった。
「あぁ、別に気にしなくていいのよ?」
俺にくっついて部屋を覗いていたジェニーがそう声を掛けるが、彼女は微かに笑みらしき表情を見せて
「たまたま近くを通ったから寄っただけなので」
と言うと、俺たちとユベールに挨拶をすると、そのままスタスタと病室を出て行ってしまった。こいつは、ちょいとばかしタイミングが悪かったか?
そんなことを思って、部屋に入りながら俺はユベールに謝る。
「すまんな。この時間に人が来ているなんて、初めてだったもんだから」
俺が言うとユベールは明るく笑って
「あぁ、気にしないでくれよ。シャロンって言って、施設のやつなんだ。いつもは週末の昼間か、ときどき平日の夕方に顔を出すくらいだからさ。
タイミング悪かったのは、むしろあいつの方だし」
なんてことを言う。ふと俺は、ユベールの表情がいつも以上に明るくなっていることに気が付いた。
それこそ、見ているのがまぶしくって目をそらしてしまいたくなるほどの、満点の笑顔、ってやつだ。
「ははーん?さては、ユベールくんのイイヒト、だね?」
ジェニーがそんなことを言いながら茶化す。だが、ユベールはそんなのには一切動じないで
「あははは、そんなんじゃないよ。まぁ、親しいって意味じゃ、施設の中では1番か2番を争うくらいだけどさ」
なんて笑い飛ばす。そうか…まぁ、邪魔でなかったんならよかったよ。
俺はそう思いつつ椅子に腰かけて、デパートで買って来たパズルとフレームをユベールのベッドに放ってやる。
913: 2014/08/02(土) 22:56:02.05 ID:6Qy/ywUTo
「なんだよ、これ?」
「土産だ」
そう答えて中を開けるように促すと、ユベールは袋を開いて中を覗き、パァッと明るい表情を見せた。
「おぉ!パズルだ!はは、こりゃぁ、しばらく退屈せずに済みそうだな!ありがとう、旦那!」
まったく…弟ながら、嬉しい反応してくれるじぇねえか…
俺は、そんな今日ばかりはそんな場合じゃねえっていうのに、そんなユベールを見ていたら、ふっと気持ちが緩んでしまうのを感じていた。
本当に、不思議な魅力のあるやつだ…つかめないやつだ、ともいえるが、まるで警戒心なく他人との境目を踏み越えてすっとこっちの気持ちの中に入り込んでくる。
そいつは、なぜだか踏み込まれているはずなのに心地よく感じた。本当に、妙なやつだよ、お前。
そんな俺をよそに、ユベールはジェニーと一緒になってパズルの箱を見て話しに花を咲かせている。
「おっ!海だ!南の島かなんかか、これ?」
「そうよ。えっと、確か…モルディブ、だったかしら?」
「あ、ほんとだ、そう書いてあるな。モルディブってどこなんだ?」
「インドの南の方だよ」
「インド…がどこかもあやふやだけどな。地理には疎いんだよ」
「ふふ、まぁ、私もパイロットじゃなければ知らない場所だよ。行ったこともないしね」
「そんなもんか。あ、そういえばさ、施設にいるアヤってのが、こっから北のカリブ海ってところにある、アルバ、とか言う島がどうのこうの、っていっつも騒いでるんだよ」
「さっきの子は、シャロン、って言ったっけ?そのアヤって子が本命なの?」
「あはは、だから違うって!あいつらとは、そういうんじゃないんだ。あ、でも、アヤはシャロンと同じで特別なんだぜ?親しさの1番と2番があいつらかな」
「ふーん?どっちが一番なの?」
「あははは、そんなの決められるはずないだろう!」
ジェニーとユベールはそんなことを話しながら笑っている。
ジェニーもここへ来てユベールと話すのはまだ二度目だっていうのに、完全にユベールに心を許しているように見える。
それどころか、いつものジェニーのあの挑発的で勝ち気な雰囲気はどこにもない。本当に、まるで年の離れた弟と話しているような、そんな様子だ。
そんな、普段基地やなんかで一緒にいる俺が新鮮に思えるようなジェニーにも関わらず、それすら自然なことだと感じている俺がいる。
ユベールのあの笑顔に微笑まれりゃぁ、たとえ俺だろうがジェニーだろうが、たちどころに気持ちが穏やかになっちまう。
こんな笑顔で笑えるこいつは、抵抗も警戒もなく俺たちの懐に飛び込んでくるこいつは、いったい、俺たち家族から離れてどんな暮らしをしていたんだ?
あの施設や、“どこかにいる本当の家族”は、こいつにとってどんな存在なんだ?
俺は、数日前、ジェニーと一緒に頭を悩ませた疑問を思い出した。だが、その疑問は、あのときとは印象が違った。
あのとき、俺は、俺が兄貴であるかを伝えるかどうかで苦しみ、その答えをユベールに求めようとしていた。
だが、今のこの感覚はそのときのとはだいぶ違う。
俺はただ、純粋にユベールが生きて来た時間と、生きて来た暮らしのことを聞いてみたい、とそんな気持ちになっていた。
これは、おそらく俺が覚悟を決めた、とかそういうことでもねえな。おそらくは、こいつのおかげ、か。
914: 2014/08/02(土) 22:56:54.97 ID:6Qy/ywUTo
俺はそう思いながら、そのアヤってのとシャロンってのの話をジェニーに聞かせているユベールの横顔を見つめた。
「それでさ、アヤがそのチンピラに飛びかかっていくもんだから、俺とシャロンと、そのタトゥーのバリーってので止めに入って大変だったんだよ」
「あはは、ずいぶん生きの良いのがいるんだね。しつけが必要じゃない」
「それは言って聞かせてるんだけどさ、あいつ、全然聞きやしないんだよ」
ユベールはアヤってやつに少しばかり呆れたような表情で言って笑った。俺はそいつに空笑いを交えてから、気が付けばポロっと、ユベールに尋ねていた。
「お前にとって、あの施設はどういうところなんだ?」
すると、ユベールはニコっと笑って、迷うことなく答えた。
「あそこは、俺の家さ!」
「そりゃぁ、ずいぶん長いこと住んでるって話は聞いてるけどよ」
「あぁ、2歳くらいからだ、って…あぁ、この話はしたよな。まぁ、それくらいからずっとだからさ、あそこにいる連中は、俺にとっては家族なんだよ」
ユベールの言葉に、俺は、ハッとした。家族…あそこにいる連中が、そうだ、っていうのか?
「あのロッタって人や、そのアヤも、さっきのシャロン、って子もってことか?」
「あぁ、もちろん!そりゃぁ、それなりに数も多いし、普段あんまり話をしたりしない連中もいるけど、それでも俺は家族だってそう思ってる。
で、アヤとシャロンはその中でも別格なんだよな。まぁ、二人とも、妹みたいなもんだ。ロッタさんは、母親かなぁ…
まぁ、俺、血の繋がってる方の家族のことなんて覚えてないから、母親や兄弟がどんなもんなのか、とか、そういうの全然わかんないんだけどな」
俺の言葉に、ユベールは笑って答えた。家族…お前、今、そう言ったのか?
お前にとって、あの施設が家で、お前にとってあそこにいる大人も子どももお前の家族だって、そう言ったんだな…
「家と同じで、長いこと一緒に過ごしてきてるだろうしな」
話の流れでそう言った俺の言葉を、ユベールは笑って否定した。
「あぁ、でも、それだけじゃないんだ。一緒に居たって、家族になる、ってのは簡単じゃない。家族ってどういうものか、俺には分からない。
だから、俺は俺なりに家族がどんなもんかってことを考えた。で、さ。ロッタさんと話をしたりなんかして、思ったんだ。
ただ一緒にいるだけじゃ、家族だなんて言えない。家族でいたけりゃぁ、それ以上のことをする必要があるんだな、って」
「それ以上のこと?」
俺が聞くと、ユベールは嬉しそうに微笑んでうなずいた。
「あぁ!家族でいたけりゃさ、俺は、一つの物を共有するのが一番だってそう思った。何も、手で触れるものだけじゃなくてさ。
楽しみとか、嬉しいこととか、出来事もそういう気持ちも、全部を共有して一緒に過ごす。
そうやって、人間って繋がっていくもんだってそう思うんだ。それで、そうやって繋がって行って家族になるんだ、って、思ってずっとやってきた。
大変なこともいろいろあったけどさ…でも、そうやって施設のやつらとも、街の人とも、はは、それこそ、路地裏の連中とも繋がって来れたから、
俺は寂しいなんて思わなかったし、たぶん、こういうのを幸せって言うんだと思うんだ」
ユベールはそこまで言い終えて、笑い声をあげた。
「旦那、なんだよ、その顔!かわいそうなやつだ、なんて思ってんじゃないだろうな?もしそうなら、見当違いもいいところだぜ?
俺には不満なんて一つもない。あ、まぁ、そりゃぁ、本当は病院なんかじゃなくて、施設で寝起きしたいな、とか、そういうことはあるけどさ。
あと、飯だよなぁ。病人食って味が薄くって、施設のおばちゃん達の作ってくれるハンバーグとかコッテリした油っぽいもの食いたいとか…
はは、そういう細かいことは上げたら切がないわ」
915: 2014/08/02(土) 22:57:57.10 ID:6Qy/ywUTo
俺は、そう言われてハッとしてとっさに笑顔を作った。ユベールの言うように、別にかわいそうだ、なんて思っていたわけじゃねえ。
むしろ、逆だ。
俺には、ユベールの話を聞いて合点が行っていた。こいつは、幼いころからそうやって、自分の家族を自分で“作って来た”んだ。
だから、誰かの心に自分を受け入れてもらう方法を知っている。自分が誰かを受け入れる方法を知っている。
だから、こいつはこんなに心地良くって、不思議なやつだと思うくらいに、こっちの緊張を解きほぐすんだ。
誰かと繋がること、あらゆることを共有していくことが、家族、か…そうか、そうだろうな…だとしたら、俺は…お前の家族なんかじゃねえな。
血がつながっているから兄弟だ、なんて、そんなのはお前に取っちゃ、あまりにも短絡的で下らねえ縛りでしかないんだろう。
血が繋がってるから、と言って家族だと胸を張るようなのは、そんなことを言われたあとじゃぁ、あんまりにも滑稽じゃねえか。
確かに、その通りだよ、ユベール。俺は、お前を捨てた親を親とは思いたくない部分がある。
それはお前が言うところの、繋がりを断ち切る姿を見たからだろう。そんなのを、お前は家族だ、なんて認めやしないだろうな。
だとすれば、どんなに気持ちがあろうが、俺もそのうちの一人、ってわけか…考えてみりゃぁ、そうだろうな。
ユベールにとって繋がりが何よりも大事なら、俺も両親と変わりゃしねえ。お前を捨てた、繋がりを絶っちまった家族の一人、だ。
そう思えば、もう自分がユベールの兄貴だ、と言おうだなんて気持ちは微かにも残っちゃいなかった。
こいつには今は、かけがえのない大切な“家族”がいる。そんなところへ俺が兄貴だと名乗ったところで…
そんなもんは、こいつにとっては何よりも白々しい、言葉だけの宣言にすぎないだろうってことが分かっちまったから、な。
そう思い至って、俺は胸の空くようなそんな心持ちになった。何を悩んでいたんだか、今となっちゃ、バカらしい。考えてもみろ。
俺は端からユベールの幸せを望んでいたはずだ。こいつは、今、確かに言った。幸せなんだ、と。それは嘘でも虚勢でもねえ。
ユベールは確かに、自分の幸せを自分で見つけて、そいつをきちんと、手にできているんだ。
今更、20年以上も会ってねえ、顔も覚えちゃいねえ兄貴に、出番はねえよな。
「いや、そういうことじゃねえけどよ。まったく、お前ってやつは、その年でよくもまぁそんなことを言えるもんだな、と感心しちまってたのさ」
俺が答えたらユベールはまた声を上げて笑い
「まぁな!これでも、苦労人なんだぜ?」
なんてあっけらかんとして言いやがる。まったく、年上の俺だが、そう言われちゃぁ、取り付く島もねえ。立派になったな、ユベール…
俺はそんなことを思いながら、ジェニーの顔を見やって笑うユベールを見つめた。そうだな…俺は、お前の兄貴でなくたっていい。
ただこうして、お前のそばでお前の笑顔を見守ってやることさえできりゃぁ、それが一番だ。
いや、一番は一刻も早く、お前が快方に向かってくれることではあるけど、な。
「そんなことよりもさ、旦那。結婚式の日取りは決まったのかよ?」
不意にユベールがそう話題を変えに来た。ったく、そう来ると思ったぜ。油断も隙もあったもんじぇねえよな。
俺はふう、とため息をついて肩をすくめて見せる。
「あのな。金の話も、仕事のこともあるんだ。おいそれと結婚なんて出来やしねえって、前も話したろう?」
「だけどさ、旦那。気持ちはもう決まってんだろ?なら、ほら、善は急げって言葉があるなじゃいかよ」
「そりゃぁ、ただ単にお前が見たい、って思ってるだけじゃねえかよ」
俺が言ってやったら、ユベールはニヤっと笑って
「ちぇっ、バレちゃぁしょうがねえな」
と嘯いた。バレるも何も、お前、先週自分で言ってたじぇねえかよ、って言葉を飲み込んで、俺はもう一度、ふう、っと深呼吸をした。
まぁ、お前が見たい、と言うんじゃボランティア活動の一環になっちまうってことでそれまでだが…それでも、な。俺は、お前に見せたいんじゃねえ。
お前に、見ていてほしいんだ。これは、俺の自己満足に違いないがよ。それでも、弟のお前には、見守っていてほしいんだ。
916: 2014/08/02(土) 22:58:24.35 ID:6Qy/ywUTo
俺は椅子から立ち上がった。いきなり、って感じられちまったようで、急にユベールもジェニーも黙り込んで俺を見た。
パズルと菓子を買うためだけに、俺があんなデパートなんぞに足を運ぶかよ。それこそ、そのあたりのショッピングモールで済む話だろう?
俺はそう思いながら、ユベールに言った。
「おい、ユベール。お前、立会人だからな。良く見ておいてくれよ」
「え?あ、あぁ…うん」
ユベールは戸惑いがちに、そう返事をした。まぁ、みてりゃぁわかるさ。
俺はポケットからさっきのデパートでこっそり買い込んでおいたモノの入った小さなケースを取り出して、椅子に座ったままのジェニーの前にひざまずいた。
とたんに、俺のやろうとしていることの意味に気が付いたらしい。ガタンと音をさせて、ジェニーは立ち上がった。
その表情はもう、笑っちまいそうになるくらいに、驚いた表情をしていた。
「お、おい、旦那…!あ、あんた、もしかして…!」
黙ってろよ、ユベール。黙ってみてやがれ。俺はそう内心でぼやきながら、ジェニーを見やって買ってあった指輪の入ったケースを開け、
ジェニーに差し出した。いまだに、口をポカンと開けたままのジェニーの目を見て、俺は端的に告げた。
「ジェニー。俺と一緒になってくれ」
俺の言葉が、病室にシンと響く。ジェニーは、驚きの表情のまま、ブルブルと体を震わせて、いよいよ目に涙すら浮かべ始めた。
だが、ジェニーは相当驚いているらしく、なんの一言も俺に言って来やしねえ。おい、なんか言えよ。俺はジェニーの目を見て、首をかしげてやる。
すると、不意にジェニーの表情に生気が戻って、俺の掲げていた指輪のケースに両手を添えた。
「…えぇ、喜んで」
ポロっと、ジェニーの目から涙がこぼれる。俺はそんなジェニーの返答に笑みだけを返して、その薬指に指輪をはめてやった。
そのとたん、ジェニーはひざまずいていた俺を抱きしめて力いっぱい引っ張って立ち上がらせると、ユベールの前だってのに、
貪るようなキスを見舞って来た。俺はそれに応戦して、ジェニーを抱きすくめてやる。
「うおぉぉぉ!旦那!旦那、あんた!ここでかよ!?」
ユベールがそう声を上げた。そうだよ。ここでなきゃ、ダメだったんだ。ジェニーには悪かったかもしれねえが…
俺は、お前に見届けてほしいとそう思ってたんだ。
どれくらいの間キスをしていたか、ようやくジェニーがぷはっと、声を漏らして、俺から唇を離した。ユベールが笑いながら俺たちをはやし立てている。
俺はそれが、なんだかうれしくって仕方なかった。だが、それ以上のことをユベールは口にした。
「よ、よし、旦那!ジェニーさん!聞けよ!」
俺たちはユベールの声を聴いて、二人してそっちを見る。
「えと、汝、レオニード・ユディスキンは、妻、ユージェニー・ブライトマンを生涯の伴侶とし、互いに幸せを育んでいくことを誓いますか?」
「あぁ、誓う。ユベール。お前に誓って、俺はジェニーと幸せになる」
「よろしい。では、ユージェニー・ブライトマン。汝もまた、夫レオニード・ユディスキンを生涯の伴とし、互いに幸せを育んでいくことを誓いますか?」
「ええ…誓うよ、ユベール。あんたの言う幸せってやつを私達はもっと深めて、広げていく、って」
「よろしい!えっと、じゃぁ、あれだ!俺の前で、もう一度、誓いのキスを!」
ユベールは、あんまり心臓にゃぁ良くなさそうだが、興奮してそう言って来る。だが、そうだな。お前の前で、俺はそいつを誓うよ。
俺はユベールに言われるがまま、ジェニーに顔を向けて、二度目のキスをした。ジェニーが俺の体に腕を絡めてくる。
ここではちゃんとは伝えられねえが…後でで勘弁してくれよな。
俺が、お前にどれだけ感謝してるか、ってことも、俺がどれだけお前を必要としているか、ってことも、な…。
917: 2014/08/02(土) 22:59:16.69 ID:6Qy/ywUTo
やがてことが落ち着いて、俺とジェニーは正気に戻ったようにふぅ、とお互いに息を吐いて椅子に戻った。
だが、ユベールはなんだか相変わらず興奮して
「いやぁ、見たかったもんがついに見れたよ!旦那、あんたやっぱりバカだけど男だよな!」
なんて言っている。おいおい、落ち着けって。お前、それ以上興奮すると発作起こっちまうぞ。
俺はそいつが幾分か心配になっちまって、そこからはなんとかユベールを落ち着かせるために、なるだけ落ち着いて、
なるだけのんびりと話かけてどうにか落ち着きを取り戻させた。
ひと段落してそういえば、と思って腕時計をみやると、すでに部屋に来てから1時間半以上も過ぎていた。
まずいな、興奮させちまったし、これ以上体力を使わせてぶっ倒れられたりしても良くねえ。
「さて…ずいぶん時間も過ぎちまったし、そろそろ行くぜ」
俺はユベールにそう声をかけた。すると、ユベールは珍しく
「な、なぁ、旦那。悪いんだけど、もう少しだけいて、話を聞いてくれないかな?」
と俺を引き留めてきやがった。なんだってんだ?立ち上がろうと思った俺は、とりあえず椅子に座りなおしてユベールをみやる。
「なんだよ?あんまりお前を消耗させると、ロッタさんにうるさく言われちまうんだ。手短にな」
「あぁ…ロッタさんな。あの人、怒ると怖いよな…い、いや、そうじゃなくって、さ」
ユベールは、一瞬体をこわばらせてから、頭を振って俺に言って来た。
「変な頼みだとは思うんだけど…旦那、さ。俺の、兄貴になってくれないかな?」
俺は…言葉に詰まった。兄貴、だと…?いや、俺は、お前の兄貴だが…いや、ユベールの言いたいことは、そうじゃねえ…
そう、こいつにとって家族ってのは、繋がりを深め合っていく相手のことを言うんだ。それを、俺としたいって、そう言うのかよ…?
「なんだよ、急にそんなことを言い出して?」
「いや…正直、ずっと思ってたんだ。あんたはボランティアの人間で、こんなの迷惑かもしれないけどさ…でも、俺、ずっと憧れてたんだ。
施設の男の職員は、兄貴っていうよりも、父親って感じだし…
年上の連中も、俺が家族がどうの、って思う頃には、代替わりであんまりいなくなってて、時間もなかったしうまく繋がれなかったんだ。
でも、あんたはもう1年くらい、毎週俺に会いに来ては、俺の話も楽しそうに聞いてくれたし、俺もあんたの話を聞くのずっと楽しいって思ってた。
それにさ、俺、あれこれ父親みたいに言ってこない、年上の人間に…その、甘えてみたいな、って思ってたんだ。
施設じゃぁ。みんな俺を頼ってくれて、路地裏のやつらもそうだから…ふと思ったんだよ。
あんたが俺の兄貴になってくれて、今までみたいに楽しいことをなんでも喋ってくれたら…
俺の…俺の怖さも、一緒になって抱えてくれたら、俺、それってすげえうれしいことだって思うんだ」
ユベールはそう言って、微かに目に涙を浮かべた。
怖さ、と言ったな…ユベール、お前…やっぱりわかってんだな。今のままじゃ、そう長くは持たねえってのが。
微かな望みをかけて、移植待ちしている身なんだ、ってのを、ちゃんとわかっててそいつをなんとか受け止めようとしてんだな…。
その恐怖を、お前、一人で抱えてた、ってのか。
妹だと言った施設の連中のことを思って、そんなのを口にも態度にも出さずに、ずっとそいつを抱えてきてたってんだな…。
兄貴、か…そうだ、兄貴、だ。迷うことも、ためらうこともない。
俺は確かにお前の血のつながった兄貴だけど、そいつはもう、お前には伝えねえと決めた。だが、お前の言う兄貴は違うんだったな。
繋がろうと思って繋がる、家族でありたいと願って、そうあろうとする努力をする…俺に、そういう存在でいてほしい、とそう思ってくれてんだな。
これまでと同じように楽しいバカ話もそうだが、お前は俺に、自分が氏ぬかもしれねえって恐怖を一緒に抱えてほしいとそう思ってくれてるんだな…
そんなのは…願ってもない。お前が、そう言ってくれるんなら、な…
俺は、ユベールに向かって笑顔を返してやった。
918: 2014/08/02(土) 22:59:49.32 ID:6Qy/ywUTo
「あぁ。俺でよけりゃぁ、兄貴とでもなんとでも呼んでくれ…俺も、そう言ってくれるとうれしい」
すしたらユベールは、ははは、っと笑顔で笑いながら、ポロッと一粒だけ涙をこぼした。
「なら、まぁ、ジェニーは義理の姉ってことになるなぁ?」
俺はなるべく軽い口調でそう言ってジェニーを見やる。ジェニーは
「ははは、そうだね。そういうのも悪くないね」
なんて言いはしたが、こめかみに思い切り力が入っているのが分かった。泣き出しそうなのを我慢している、って感じだ。
こりゃぁ、早々に退散しねえと、ジェニーが持たねえな。
「それじゃぁ、まぁ、兄貴様は今日は撤退するぜ。また来週来てやるからよ。
パズルが終わっちまって、また何か差し入れが要りそうだったらロッタさんに伝言でも頼んでおいてくれや」
「あぁ、うん!そうさせてもらうよ、兄貴!」
ユベールは嬉しそうに笑ってそう言った。俺はそいつを確認して、ジェニーを促して椅子から立ち上がる。
それじゃぁ、またな、と挨拶をして部屋を出ようとして、ふと、脚が止まった。
「レオン?」
「あぁ、先行ってていいぞ」
俺は、ジェニーを部屋ので口に押しやりながらユベールのところまで戻った。本当に、ただなんとなく、だった。
俺がそうしてやりたいと思ったから、と言うのもあったっては正直なところだが…
背中に視線を感じて振り返ったユベールを見て、あぁ、俺だけじゃなかったんだな、と確信していた。
「なにか、他に頼みたいことねえか?」
俺が言ったらユベールは、涙を浮かべた笑顔で、俺に言って来た。
「弟っぽいことされたいって、ちょっとだけ思った」
そうか…よかった。俺もちょうど、兄貴らしいことをしてやりてえと、そう思ったところだ。
俺はぐっと手を伸ばして18になろうかってユベールの頭をガシガシと撫でつけてやった。
ふと、施設に入ったときに感じる乳臭さみたいなあの香りがした気がして、俺は、湧き起った「抱きしめてやりたい」って衝動をこらえつつ
「心配すんな。施設と福祉局で頼んでる医療局のルートの他に、民間企業が抱えてるドナーバンクにも軍のコネでお前のデータを登録してある。
宇宙に人間を打ち上げる世の中だ。必ず、お前の体に合うのが見つかるからよ」
と言ってやった。それから、ポンと肩をたたいてやって
「それじゃぁ、来週な」
と声をかけてやる。ユベールは照れながら、それでもうれしい、って顔いっぱいで表現して
「あぁ、うん、兄貴!待ってるからな!」
と、満面の笑みで俺に言ってきた。そんなユベールに軽く手を振って、俺たちは病室を出た。
919: 2014/08/02(土) 23:00:34.39 ID:6Qy/ywUTo
エレベータで一階へ降り、駐車場になんとかたどり着いた。ジェニーは、車に乗るなり俺にしがみついて来て大声で泣き出しやがった。
俺は、と言えば、人のことなんて言えやしねえ。ジェニーの体をギュっと抱きしめて、歯を食いしばってあふれ出てくる涙を止められないでいた。
悲しいんじゃねえ。そういうんじゃ、ねえんだ。これは、安堵だ。そして、喜びでもあったんだろう。
俺は、戸籍上の血のつながった兄貴としてじゃなく、あいつが望む、あいつの中の“家族”としての兄貴に選ばれたんだ。
それは…それは、やはり、言いようもなく、嬉しいじゃねえか。
俺が悩んでいたことなんぞすべて吹き飛ばした挙句に、こんなことを言ってもらえるなんて、な…
こんな、こんなうれしいことはおそらくどこを探しったってねえだろう。ありがとう、ありがとうな、ユベール。
俺は心の中でそう何度もユベールに礼を言いながら、その一方で強く心に決めていた。
あいつを氏なせるわけにはいかねえ。もう、なりふりなんぞ構ってやいられねえんだ。あいつを生かすためなら…なんだってしてやる。
どんな方法でも、あいつを生かすための心臓か細胞を手に入れてやるんだ、と俺は自分に誓った。
だが、その一か月後。俺はロッタさんから、聞きたくなかった事実を聞く羽目になる。
ユベールの体の衰弱が著しくなってきていて、おそらくは、すでに移植に耐えうる体じゃねえだろう、って医者の診断だった。
それでも、まだ希望はあった。移植ができなくても、正常なips細胞さえあいつの心臓に埋め込めれば、そこから心筋の再生が始まる。
その方法なら、ギリギリまで対処が可能だってことを俺はこれまでの調べで理解していた。
だが、時間がなくなったという事実が、俺にとって重くのしかかってくることに違いはなかった。
920: 2014/08/02(土) 23:01:24.64 ID:6Qy/ywUTo
それからも、俺とジェニーはこれまでと同じように、毎週の休みにユベールの元へと通った。
兄貴、と呼ばれるようになったから、と言って、あいつの態度が極端に変わることはなかった。
ただ、時折怖さを滲ませて「氏ぬのかな」なんて言って俺とジェニーの心を締め上げた。
俺はそれを、ips細胞治療の話をしながら慰めつつではあったが、その恐怖と苦しさを受け止めていた。
それがユベールの求めた繋がりであり、家族である証だったからだ。
ユベールの体調は、週を追うごとに悪くなっているのを、俺たちは感じ取っていた。これまでとは明らかに違う変化だった。
おそらく、心臓のポンプ機能がかなり弱くなってきているんだろう。
顔色は青白くなるし、長いことのバカ話も、体力がついてこないようできつそうになっていた。それでもユベールは、俺たちが顔を出すといつだって、
あの明るい顔で俺たちに笑いかけてくれた。
ユベールに兄貴と呼ばれるようになってから2か月ほどしたころのある週。俺とジェニーはいつもの通り車を走らせてカリの街に来ていた。
その前の週、帰り際にあいつが「三人で写真を撮りたい」とか妙なことを言いやがるもんだから、
カメラなんて持ってねえ俺たちはいつだかにコーヒーメーカーを仕入れた家電量販店で適当にカメラを選んでから病院へと向かった。
病室に入って顔を見たユベールは、先週にもまして青白い顔をしていたが、相変わらずいつもの明るい笑顔で笑っていやがった。
「お、兄貴、待ってた」
さすがに大声を上げるほどの体力もなく、ここのところは声色こそこんな調子だが、それでも話し始めたら終始笑顔で、そいつだけが俺を安心させてくれていた。
だが、以前ユベールの体にマッチする細胞は見つかっていない。もう時間が残り少ないのは、否がおうにも感じられてしまっていた。
「今日も元気そうでなによりだぜ」
俺が言ってやったら、ユベールは
「まぁ、な。食欲がちょっと戻ったんだ。アヤが施設で焼いたガーリックトーストをこっそり持ってきてくれてさ。やっぱあそこの食事はうまいよ。
俺のおふくろの味、ってやつだ」
なんて空笑いをする。食欲が戻ってるんなら、良かった。体重もずいぶん落ちてる、って話だったし、持ち直してきてる兆候かもしれんな。
それを聞いて、俺はさらに、すこし安心した。
いつもの通りにジェニーと二人で椅子に腰かける。そんな俺たちを見てユベールは
「なぁ、結婚式、まだなのかよ?」
と聞いてきた。
「あのな。そいつは、当分先だって言ってばかりじゃなかったか?」
俺が言ってやったらユベールは珍しくぶすくれた表情で
「そうだったっけか?俺、待ち遠しいんだよ。姉貴の花嫁姿なんて早くみたいじゃないか」
とジェニーを見やって言う。
「まったく、あんたはほんとに、よくそういうことを平気で口にするよね。恥ずかしいとかそういうこと思わないの?」
「恥ずかしがって物を言えないのなんて損じゃないかよ。思ったことは、その都度口にしてった方がいいに決まってるだろ」
ジェニーの言葉にユベールは笑った。まぁだが、確かにユベールの言うことには一理ある。ただでさえ、ジェニーはこのつくり、だ。
ウェディングドレスでも着せてばっちりメイクもしてやりゃぁ、
それこそ式の最中にそこら中から俺との結婚待ったが掛かって俺にジェニーを賭けた決闘を申し込んでくるやつがいないとも限らん、とさえ思う。
だが、ユベール、さすがに俺はそこまでは口に出せねえよ。素直に言えるお前がうらやましいぜ。
ユベールが式を見たい、って気持ちはわからんでもない。だが、そればかりは申し訳ないが、お前の治療費の確保で資金がない。
どうしても、ってんなら、手作りの式でもやるしかないが、そうなってくると入籍だのなんだのと言う話になって、隊の方に影響が出ちまう。
お前の体調が予断を許さないこの時期にそんなドタバタは正直避けたい、ってのが俺の本音だ。まぁ、そんなこと口には出さねえけどな。
921: 2014/08/02(土) 23:01:52.91 ID:6Qy/ywUTo
「まぁ、もうしばらくして目途がたったら、だな。それまではお前も大人しくしとけよ。式の途中で倒れられたりするとたまらん」
俺がってやったらユベールはケタケタと笑って
「そんなんじゃ、ぶち壊しだもんな。気をつけとくよ」
なんて答えた。それから、ニヤっと俺たちを見やって
「でも、約束だからな!俺だけ体のことで呼ばないとか、そういうことすんなよな!」
と念を押して来た。ったく…その話は答えづれえって言うのに。
「あぁ、約束は守る。だからお前もちゃんと整えろってんだ。今のお前は、ウェディングドレスより白い顔してやがるぞ」
俺が言ったら、ユベールはあはは、と笑ってくれた。あぁ、そう、その顔だ。やっぱりお前にゃ、その笑顔が一番似合うよ。
そんなことを思って、俺はユベールのその顔を眺めていた。と、不意に、ユベールは何かを思い出したようにその笑いを収めて、俺たちを交互に見つめた。
「そうそう、約束ついでに、もういくつかわがまま言っていいかな?」
「なんだよ、藪から棒に?できねえこと以外のことなら、まぁ、約束してやらんこともないけどな」
俺が言ったら、ユベールはニコっと笑って
「さすが兄貴だ。器が違うね」
なんておだてながら、ベッドサイドにあったワゴンの引き出しを開けて、小さな箱を取り出した。その箱を開けたユベールは、一枚の写真を俺に見せて来た。
その写真は、最近撮ったものらしい。場所はこの病室じゃなく、おそらく一階の裏口を出たところにある庭園のようだ。
その庭園の花壇の前に、ユベールとそれから前にここでチラッとあったシャロンって子と、それから初めて見る髪の短い少女が映っていた。
と、俺はその写真をマジマジと見つめて、思い当たった。この二人、そういや、俺が調査会社から仕入れてもらった写真に写っていた二人、だ…。
「ほら、シャロンは知ってるだろ?それから、髪の短い方がいつも話てるアヤって方だ」
なるほど…あの写真のまだ幼かった少女がそのアヤだった、ってことか。そんなことを思っていた俺をよそに、ユベールはつづけた。
「な、兄貴達はパイロットなんだろ?ってことは、衛生学なんかは多少の知識ってあるよな?」
「ええ、基礎的なことはおおかたは初等訓練のときに習うよ?」
ジェニーが答えると、ユベールは微笑みを浮かべて手にした写真を見下ろした。
「この、シャロン、な。今、看護系の専門学校に行ってるんだ。年度末に医療局の試験があって、それに合格すれば看護師になれる…
だけど、俺が言うのもなんだけど、こいつあんまり勉強できなくってさ。
でも、シャロンは18で施設を出て行かなきゃいけないから、仕事を決める必要があってさ。
資格試験に受からないと、独り立ちできないで、福祉局の保護対象になっちゃうんだ。
そうなると、俺たちみたいな出のやつはそのあとが厳しくなっちゃってさ。
だから、なんとか一発合格させて、今内定をもらってる病院に行ってほしいって思ってんだ」
ユベールはそう言って、ジェニーをみやった。
「なるほど、家庭教師をやれ、っていうのね?」
「あぁ、できたら頼めないかな、と思って」
ジェニーが今度は俺を見つめてくる。まぁ、看護師の資格を持ってるわけじゃねえが、俺たちパイロットは救急救命員の資格を取らされる。
ジェニーの言うように、基礎的な方医療知識なんかは頭に入っていた。
「そんなもん、言ってくれりゃぁ、いつでもやれるぜ。あぁ、ボランティア、ってことになるだろうから、また施設の方に申し出る必要がありそうだな」
「あぁ、なるほど、確かにそうか。良かったら、ロッタさんに相談してみてくれよ」
「分かった。俺よりもジェニーの方がそういうデキは良いから、ジェニーに任せる」
俺がそう言ってジェニーを見たら、ジェニーは妙に神妙な面持ちでうなずいて
「いいよ。任された」
とユベールに返事をした。と、それだけなのかと思ったら、ユベールまた写真に目を落として、呟くように言った。
922: 2014/08/02(土) 23:03:02.86 ID:6Qy/ywUTo
「できたら、こっちのアヤの方も面倒を見てやってほしいんだ」
「アヤの方も?」
「うん…こいつは、本当に無鉄砲で考えなしで、シャロンよりとっぽど心配なんだよ。そりゃぁ、ロッタさんはちゃんと見ててくれると思うけどさ…
勉強もたいしてできる分けじゃないし、やっぱり施設出身者特有の問題なんだけど、俺たちってよほど優秀でもない限りは、資格でも取って手に職つけないと、生きていけないんだよ…
それこそ、宇宙移民としてコロニー公社に身売り同然で就職するようなやつもいるくらいなんだけど…
前に話したかもしれないけどさ、こいつ、アルバ島って島に行って、そこに住みたい、ってのが夢なんだ。
俺、それをなんとかかなえてほしい、ってそう思うんだよ」
そこまで聞いて、俺ははたと気づいた。こいつ…もしかして、俺たちにその二人を託そうだなんて思ってんのか?
自分の体のことがあるから…こいつらの将来を支えてやれないかもしれないから、と、そう思ってやがるのか?
「おい、ユベール、お前…」
「な、兄貴ならわかるだろう?下のやつの面倒ってのは、兄貴が見ていて、支えてやらなきゃいけないもんじゃないか」
ユベールは、切なそうな表情で俺を見つめて来た。そんな顔のお前、初めて見るな…俺はふと、そんなことを考えていた。
「こいつ、本当に呑気でなんにも考えてないやつだから、資格がどうのこうのとかそんなことできないと思うんだ。
だから…もしできたら、兄貴に軍に引っ張ってほしいんだ。別に航空隊じゃなくたって構わない。
ほら、軍って車両の免許とか、整備とか、そういうことの免許もとれるんだろう?そういう資格を取れればさ、あいつもなんとか生きていけると思うんだ」
軍に…か。連邦軍がスペースノイドの増長に対抗するために軍拡を進め初めてもうじき1年になる。
人材を欲してる、ってのは事実だから、まぁ、入るだけなら別に俺のコネがなくったってどうにでもなるだろうが…
それじゃぁ、ユベールの想いを汲む、とは言えねえわな。兄貴として下のやつを守って支えるんなら…
少なくとも手の届くどこか、に居てもらうのが一番ではあるが…だが、そんなことよりも、俺は気になることがあった。
「お前…そんなことを俺たちに頼んで、どうするつもりなんだ?」
俺はユベールに聞いた。そんなのは…あまりにも、遺言のようで…聞かずにはいられなかった。
そんな俺の言葉に、ユベールは突然ハラハラと涙をこぼしながら、口にした。
「俺…こいつらの未来を見ててやりたかったんだ…こいつらが好きで、本当に大好きで…ずっとずっと一緒に居たんだ。
ずっとずっと一緒に居てやりたいって、そう思ってた…」
ユベールの言葉が、一気に胸を締め上げた。やっぱり、そうなんだな…
これまでお前の話を聞いて、お前にとってこの二人がどれだけ大切かってのは、良く知っていたつもりだ。お前がどれだけ二人を心配してたかってことも、な。
そんな二人を、俺たちに託そうとして…
「だけど…俺、もう、どうなるかわからないじゃないか。移植待ってるけど、もう4年もドナーなんて見つからない。
俺、もしかしたら、こいつらの面倒をもう見てやれないかもしれないんだ…もしそうなったらって思うと俺、それだけがどうしても心配で心配で…だから…頼むよ、兄貴!
俺の治療がもし間に合わなかったら、こいつらを助けくれる、って約束して欲しいんだ。別に弱気になってるとかそういうことじゃない。
希望があるなら、俺はあきらめない。だけど、それとこれとは、別なんだ。ちゃんと安心できる誰かに頼んでおかないと、おちおち治療もできない…
な、わかってくれるだろ?」
ユベールは俺にすがり付くようにそう言って来た。嘘だな、と俺は思ってしまっていた。
希望があるなら、なんてこいつはそんなことを思ってなんかいねえ。安心して治療に臨めねえなんて、そんなことを考えちゃいねえ…
だが、弱気になってんのも事実だろう。だが、それ以上に俺は、ユベールが自分の体のことをよく理解してるんだろうことを感じ取っていた。
おそらく、もう長くない、とそう感じているんだろう…それは…俺にとっても、想像すらしたくない結末だ…できることなら、俺は面倒なんて見たくねえ。
そんなもんはてめえでやれ、と、言い捨ててやりたいくらいだ…だけど…だけどな…っ!
「…わかった」
俺は、歯を食いしばってうつむき、こみ上げてくる感情を抑えつけて、そう答えた。
923: 2014/08/02(土) 23:03:49.34 ID:6Qy/ywUTo
それから、できうる限り、その感情を誤魔化しながら顔を上げてユベールを見つめた。
「約束する。お前にもしものことがあったら、こいつらは必ず、俺が面倒をみてやる」
俺の答えに、ユベールは写真をギュっと握りしめて、祈るようにして顔を覆った。
「頼む…頼むよ…兄貴…こいつらを、俺の、俺の大事な家族を、守ってやってくれよな…!」
ユベールはそう言って嗚咽を上げながら泣き始めた。俺も、涙をこらえるので必氏だった。ユベールの想いや覚悟は、もう十分に理解している。
俺だってもう、腹はくくったつもりだ。だが、いざそいつを突きつけられるとどうしたって気持ちは鈍る。
だが、そんなことを言い訳にして、俺はユベールの頼みも、思いも、拒否するわけにはいかないんだ。俺は、こいつの兄貴、なのだからな。
「ユベール、深呼吸だよ…あんた、整えろって今レオンが言ったばかりじゃないか。泣いてると、心臓の負担になっちゃうよ」
ジェニーがそう言ってユベールの背中をさすりながら優しくそう言う。やがて、深呼吸をしながら、ユベールは泣き止み、涙を拭いて気持ちを整えた。
それから、ふぅ、とため息をついてまたあの笑顔を見せた。
「いや、ちょっと恥ずかしいな。人前であんまり泣かないんだぜ、俺。今のは結構貴重な場面だったよ」
なんて、珍しく取って付けたような照れ隠しをするもんだから、俺もこぼれ始めていた涙を拭いて笑ってしまった。
それからは、いつものユベールに戻った。ジェニーと話、そこに俺が茶々を入れたり、逆にユベールが俺を冷やかして来たり、
いつもの、何気ない幸せで、穏やかで、ゆったりとした時間が流れた。
そんなとき、ふと、ユベールが声を上げた。
「そうだ!なぁ、先週頼んでたカメラ、持ってきてくれてる?」
「カメラな。来る前に買い込んださ」
俺はそう言って、掌に収まるくらいのサイズのカメラを取り出して見せる。するとユベールは喜んで、
「な、撮ろう撮ろう!」
と張り切った。俺はセルフタイマーをセットしたカメラを椅子の上に置き、ベッドの方へとレンズを向ける。
シャッターを切って、ピピピ、と音が鳴る中、俺はジェニーとユベールを挟む形でベッドに飛び込んでカメラの方を向いた。
パシャっと、音がしてシャッターが切れた。カメラを持って、今撮った写真を裏の液晶に表示させてやるとユベールはさらに喜んで、しきりに俺に
「次来るときに現像してきてくれよな!絶対だからな!あ、これも約束な!」
と笑顔で言って来た。欲張りは嫌われるぜ、なんて言ってやりながらも、俺はそれを承諾して、いつだかのようにユベールの頭をガシガシと撫でてやった。
時間も程よかったし、ユベールにも少し疲れの色が見えていた。
「さて、そろそろ引き上げるぞ」
俺はユベールに言った。2か月前に俺を兄貴と呼ぶようになってからユベールは、毎度このタイミングで少しだけ寂しそうな表情をするようになった。
そのたんびに頭を撫でてやると、まるで小さい子どものように喜んでくれるのが印象に残っていた。
「うん…早いな、楽しい時間は。また来週までお預けか」
ユベールは案の定、そんなことを口にしている。俺は毎度のごとくユベールの頭を撫でながら
「まぁ、元気出せよ。来週までに少し体重戻しておけよな」
と言ってやったら、やはりユベールは嬉しそうに笑った。
924: 2014/08/02(土) 23:04:21.57 ID:6Qy/ywUTo
「じゃぁ、またね、ユベール」
「あぁ!来週も待ってるからな!」
ジェニーもそう言葉を交わしたので、俺は病室を出ようと歩き出した。
と、そんな時だった。
「あっ」
と言う、ユベールの小さな声が聞こえた。
なんだよ、来週のリクエストがまだあったか?
そう思って振り返った俺の目に映ったのは、今の今までベッドに座る姿勢でいたユベールが、体を丸めるようにベッドに倒れ込んでいる姿だった。
おい…おい…ユベール…お前、どうした…?発作か…?!ぎゅっと、まるで俺の心臓が止まったかのような苦しみが胸を締め上げた。
「ユベール!」
俺はそう声を上げてユベールに駆け寄った。ユベールは胸を押さえてぱくぱくと口を動かしながら呼吸をしようとしている。
「そんな…ユベール、しっかり!」
ジェニーも飛んできて、ユベールにそう声を掛けながら枕元にあったナースコールを押した。
同時に、ユベールの体に繋がれていた心電図からけたたましい警報音が鳴り始める。
くそ…!くそ!バカやってんじゃねえぞユベール!いくらなんだって、今ってことはねえだろうが!明日にはドナーが見つかるかもしれねえんだぞ!
明日じゃなく、数時間後かもしれねえんだ!生きてりゃぁ、治せる可能性があるんだ!いきなり発作だなんて、ふざけたことになってんじゃねえ…!
俺は胸を締め上げる感覚にただただ我を忘れてそう頭の中で繰り返す。
「しっかりしろ、ユベール…!CPR…CPRだ!」
俺はとっさにそう言葉にしてジェニーに伝えた。胸を苦しがっているユベールのベッドに上がって、ユベールに馬乗りになって心臓マッサージを始める。
呼吸は…呼吸はまだできてるな!?ユベール…氏ぬな…まだ氏ぬなよ!覚悟してたなんて、嘘だ!俺はまだ、お前を亡くすつもりなんてねえんだぞ!
頼む…頼む、ユベール…!まだ、まだ…逝くな!
そんなときだった。不意に、胸を押さえていたユベールの腕が俺の着ていたシャツの襟首を掴んで、俺の体を引き寄せた。
俺の頬に、自分の頬を押し当てながら、ユベールの、かすれた、囁くような、声が聞こえた。
「兄ちゃん、ありがとう」
ハッとして、頭が、思考が停止した。…兄ちゃん?兄貴、じゃなくて、か…?お前、おい…なんだよ…どうして急に、そんな呼び方を…?
瞬間戸惑った俺の体にユベールの腕が絡みついてきた。俺は、俺は…気が付けば、ユベールを抱きしめていた。
なんでだよ…お前、まさか…いや、あり得ねえ…あり得ねえだろ…?だって、お前、あのときまだ、二歳にもなってなかったじゃねえかよ。
家族のことなんて、覚えてねえって言ってたじゃねえかよ…!なのに、なんだよ、今のは…?
おい、答えろよ…何か言えよ、ユベール!
俺はユベールを抱く腕に力を込める。だが、まるでその反対に、ユベールの腕から、体から力が抜けて、俺の中でクタリと大人しくなった。
バタバタと足音が聞こえてきて、病室に医者となんだかわからん機械を押したナースが駈け込んでくる。
俺はジェニーにベッドから引きずりおろされ、床にはいつくばったまま後ろから羽交い絞めのように抱き着かれる。
そのまま、俺は医者とナースが必氏にユベールの蘇生措置に入るさまを、ただただ、呆然と見つめていた。
泣きわめくでも、悪態をつくでもなく、みっともないありさまで、ボロボロと黙って涙をこぼしながら。
934: 2014/08/10(日) 22:45:09.68 ID:FXWOSk4yo
ユベールの最後を看取った俺に、病院に駆け付けたロッタさんが聞いてきた。
「あの子は、苦しんでいた?」
俺は、首を横に振ってやった。
「眠るようだったよ」
そう伝えると、ロッタさんは静かに涙をこぼしていた。口から出まかせだが、残った人間に事実を伝えたってただ辛いだけだ。
本当のことを伝えても、ユベールのやつは喜ばないだろう。
俺はロッタさんとそれからしばらくポツリポツリと話をしていて、ふと、ユベールの最後の言葉の意味を知りたくなって、
ロッタさんに聞いてみた。
だが、俺が伝えないと決めたことを施設も尊重してくれていたらしく、誰一人、ユベールに本当のことを伝えたやつはいない、って話だった。
だとすりゃぁ、あれは、なんだったのか…まるで、俺が血のつながった兄貴だと知っているような、そんな口ぶりだった。
そう考えていたとき、ロッタさんが、ユベールが写真を取り出していたあの箱を手にして、その中から丸い何かを手に取った。
「…それ、ピサンキ、か?」
俺は、ふと、そんなことを口にしていた。
「知ってるの?」
「あぁ。俺の故郷の民芸品…お守りみたいなもんだ」
俺はジェニーにそう説明しながら、ロッタさんに言ってそれを見せてもらっていた。
丸く削った木の固まりに、色とりどりの線を描いて模様にしてある。俺は、ほんのかすかにも意識などしていなかった。
だが、手が勝手に、その木の塊をギュっとひねり込んでいた。そうだ…こいつは、組木細工になっているんじゃなかったか…?
そんな意識とも記憶とも取れない感覚だったが、俺のその感覚どおり、パキっと乾いた音がして、丸かった木の塊が二つに分かれた。
その中からほんの小さな紙片が出て来る。俺は、そうまでなって、ようやく遠い昔の微かな記憶がよみがえってくるのを感じた。
そうだ…これは、俺が…当時、ユベールが手放さなかったおもちゃにくくりつけてやったストラップ…。
12の俺は、翌日に出て行くあいつのために…中に、メッセージを書いて入れたんだ。
俺は、その紙片を広げ見た。
“愛してるよ、ユベール。君の兄、レオン・ユディスキン”
汚い字で、そう書き込んであった。あいつ、これを見たのか…?もしかして…やっぱり、俺が兄貴だと知っていたのか…?
あいつは、それを知っていながら、俺が本当のことを言わない理由を暗に感じ取っていたんじゃないのか…?
俺が、あいつの幸せとあいつの笑顔を思って、それを黙っている、ってことを理解して…。
だから、あいつ、あのときに俺を兄貴と呼ばせてほしい、ってあんなことを言って来たんじゃないのか…?
俺は、呆然とする意識の中でそんなことを考えた。
自分でも気づかないうちに、涙があふれ出していたが、そんなこと、微かにも気にならなかった。
俺はロッタさんに断って、動かなくなったユベールの体をギュっと抱きしめた。もう、ほんの少し硬くなってやがる。
だけど、まだほんのりと温もりの残るユベールは、本当に氏んじまったのかって思うくらいに、穏やかな笑顔を浮かべているように見えた。
935: 2014/08/10(日) 22:45:56.54 ID:FXWOSk4yo
それからはいったん基地に戻り、ジェニーと一緒に一週間の休暇を取って、最初の晩は二人で泣いた。
なぁ、ユベール。お前、知ってたのかよ?知ってたんなら、伝えなかった俺をどう思ってたんだ?
ありがとう、ってどういう意味だったんだよ…な、ユベール?お前、幸せだったのか?俺はお前に、ちゃんと償いをできていたのか?
そんなことばかりが頭を巡っていた。そんな俺を、ジェニーがそっと抱きしめてくれる。そして、耳元で囁くように聞いてきた。
「約束、どうするの?」
「あぁ、守るさ…あいつはもしかしたら、俺を本当の兄貴だと知ってて、あんなことを頼んできたのかもしれねえ。
そうでなくても、破るつもりはねえけどな…」
「ユベールの葬式が終わって落ち着いたら、施設に連れてってよ。シャロンって子と話をしなきゃ」
ジェニーはそう言って、俺の首元に顔をうずめる。
「いいのかよ」
「なにが?」
「こんなことを頼んじまって」
俺が聞いたら、ジェニーはクスっと笑って
「そりゃぁね。私だって義理の姉貴なわけだし」
と言い、絡めてきていた腕に力を込めた。ふっと、胸が少し軽くなるのを感じた。まったく、本当に俺はツいてるな…果報者だよ。
そんなことを思いながら俺もジェニーの体に回した腕に力を込めて抱き寄せてやった。
数日後、ユベールの葬式に参加するためにカリへと向かった。
会場には施設の職員や子ども達に、別の支援者や、柄の悪いおそらく“裏路地の連中”なんだろうやつらも大勢いて、
どいつもこいつも、一様に沈痛な面持ちでうつむき涙を流していた。
これだけの人間が涙を流してくれるだなんて、あいつがどんな人生を送って来たのか、どんな人間だったのかを、改めて思い知らされたように感じた。
やはりそれは、俺にとっては微かに苦しいような、それでいてうれしいような、そんな感じだった。
その会場で、俺はユベールに祈りながらも、会場の中の施設の子ども達から外れ、いつまでもユベールの棺にもたれて泣いている少女と、
それを一歩離れたところで見つめている別の少女に気が付いていた。泣いてる方がアヤ、見ている方がシャロン、だったな。
これから棺が運ばれる、ってのに、アヤってのはそこから離れようとせずに、しまいにはシャロンとロッタさんに引きはがされて、
それでも棺にすがろうと身もだえしていた。
あいつは特別だった、とユベールは言ってたっけな。あれをみりゃ、あのアヤってのにも、ユベールがどれだけ特別だったかはよくわかる。
だが、一方で無茶で無鉄砲で心配だ、と言っていたユベールの気持ちも分かった。
ありゃぁ、芯が強くて自分のルールには絶対にブレないようなやつだろう。だが、その芯自体はまだまだもろくて弱い。
揺らいだとき、誰かの支えが必要なんだろう。ふとそう思って、俺は自分がおかしくなり嘲笑った。
バカを言うな。そんな人間なんていやしねえ。俺がジェニーを求めたように、隊を居心地良くするためにほんの少し気を使っているように、
人間、誰かの支えなしで生きて行けやしねえ。弱い、と思うのは、あのアヤってのがそいつを理解していないからなんだろうな。
だとすりゃぁ、そいつがまずは俺の仕事、か?
936: 2014/08/10(日) 22:46:43.56 ID:FXWOSk4yo
だが、そんな俺の心配はほどなくしてシャロンの家庭教師を始めたジェニーの話で洗い流された。
直接会うことはなかったらしいが、シャロンからアヤの様子をそれとなく聞いたジェニーは、
あの子はもう、それほど心配は要らないだろう、なんて俺に報告を入れて来た。それを聞いたころの俺は、安心して別のことに取り掛かろうとしていた。
宇宙軍の拡張と全軍の戦備強化のため、俺たちジャブロー防衛軍にも大幅なてこ入れが始まりだしていた時期だった。
俺たち第81戦闘飛行隊は解体予定。それまで90番台までしかなかった戦闘飛行隊を130番まで増強することを前提に兵力を均等分配するためだ。
ハウスの奴は自分で志願して、あの日、シャトルを追って地球に無茶な再突入を掛けて来た宇宙軍の部隊長にくっついて行って、宇宙へと出た。
あの隊長、あれから会う機会があったが、なかなか骨のある良い男だった。
俺が言うのもなんだが、あのバカ野郎のハウスのこともうまく扱ってくれることだろう。
ノーマンはその正確な飛行が評価されて、北米のパイロット訓練校へ教官として赴任することになった。
以前も思ったが、あいつに基礎から飛び方を叩き込まれりゃ、新米どもも良く育つだろう。
フェルプスはザックとともに新設の第99飛行隊へと編入が決まっている。
先に決まったのはフェルプスだけだったが、ザックのやつがかなり無理を言ってくっついて行った格好だ。
お前らやっぱりそういう関係か、と冷やかして言ったら相手にされずに鼻で笑いやがった。
それから、末尾のアイバンも98飛行隊へと移動になる。
アイバンのやつは不安そうにしていたが、俺とジェニーで心配するなと散々檄を飛ばしてやった。
俺は、と言や、新設の第101戦闘飛行隊の隊長を任されることになった。同時に、これまで中尉だったジェニーも大尉へと昇進し、
同じ戦闘単位での活動を予定されている第100戦闘飛行隊への隊長に座った。
「めんどうなことになったよ」
なんて、憂鬱そうな表情で言っていたのがおかしかった。
ジェニーには悪いが、こうして隊長になれたってことは、幸いあのアヤってのをどうにかして手を回して俺の下に引っ張ってくることもできそうな雰囲気にはなってきた。
だが、まだ確定じゃねえ。そのための根回しは今のうちからやっておいて損はないだろう。
そんなこんなのドタバタで、数年が過ぎた。俺はユベールとの約束を守って、あのアヤが18になる年にカリの街へ久しぶりに出向いて、
路地裏で適当なやつにケンカを吹っかけた。
案の定、アヤが駆けつけてきて俺とジェニーに挑んできたが、まぁ、そこんところはジェニー一人で十分だった。
見込みがある、と伝えて、ネームカードを押し付けておいた。アヤはそいつを見て、俺のファミリーネームに気づいたらしい。
「ユディスキン…?」
そう言って、まさか、って表情で俺を見つめて来たのを覚えている。
「なんだ?」
と言ってやったら、アヤは神妙な顔して
「ユベール、ってのを知らないか?」
と聞いてきた。俺は肩をすくめて
「知らんな。知り合いか?コーカサスじゃぁ、そう珍しい名前でもねえがな」
と言ってやったら、そんなもんか、なんて言っていた。
937: 2014/08/10(日) 22:47:10.19 ID:FXWOSk4yo
それから俺は、軍へ引っ張りたいとロッタさんにこっそり話を持って行った。最初は難色を示してたが、結局は、
「ユベールの縁ですものね」
と納得してくれた。
施設を出たアヤを、ノーマンのいる北米の訓練施設に入れるように根回しをし、ノーマンに頼んでみっちりとしごいてもらった。
話に聞いていた通りそれほど勉強ができるタイプじゃないらしく座学の方でかなり苦戦していたらしいが、
訓練校で乱闘騒ぎを起こした相手とうまくつるんでいるらしく、そいつの助けを借りて何とか及第点は取れているようだった。
そのころ、俺の隊にはあの日、シャトルに乗っていたハロルドが入隊してきたりと、徐々に隊としての個性が定まりだしてきていた。
だが、そんな俺たちは、宇宙での戦争の足音が迫ってきているのをうっすらと感じ始めていて時期でもあった。
俺たちももしかすると戦線に投入されるかもしれない。それは妄想でも悪い予測でもなく、おそらく現実だろう、って感覚とともに、だ。
938: 2014/08/10(日) 22:47:46.40 ID:FXWOSk4yo
緑の芝生が生えそろう教会の庭で、俺たちは大きな墓石の前にしゃがみ込んでいた。
ジェニーが花を手向けて、俺はその隣に、一度持って行ったときにあいつが旨いと言ってくれた街のデパートで買ったちょっと高級な菓子を積み上げてやる。
墓石は、あの施設に引き取られ、家族も持てず、あいつと同じように亡くなってしまった子どもたちの共同の墓だった。
「みんなで食ってくれよな」
俺はそんなことを言ってみるが、なんとなく滑稽に思えて、思わず笑っちまった。
だが、そんな俺を見て思うところがあったのかジェニーが
「ユベール、聞いてよ。この男、あんたとの約束一つも守りゃしないんだよ。
私との結婚もまだだし、アヤを育てるのもこれからだし、シャロンはちゃんと看護師になれたけど、あれは私が付いてやったことだからね」
なんて言って俺を見てあの挑発的な表情で笑った。肩をすくめて笑ってやったら、ジェニーはクスっと目を細めた。
あれから、6年経った。相変わらず宇宙はきな臭いが、幸いにしてまだ“平和”ではある。
だが、これからさきは気合いを入れておかねえと、本当にユベールとの約束を反故にしかねねえ。そいつは…どうしたって居心地が悪いよな。
そんなことを思いながら俺はジェニーと一緒に立ち上がった。悪いな、ユベール。今日はヒヨッコどもがまとめてこっちへ到着するんだ。
まぁ、長居したって楽しいおしゃべり、ってわけにもいかねえし、勘弁しろよな。
俺は、さっき自分で自分を笑いながら、それでもそうユベールに話しかけて、墓石を掌でそっと撫でてやった。
ごつごつした手触りだが、微かな悲しみと一緒に、暖かな心地が胸に広がるような、そんな気がした。
「じゃあね、ユベール」
ジェニーが昔みたいにそう言って身をひるがえす。
「あぁ、そうだな。また来る」
俺もそう言ってやって、墓石に背を向けたが、あぁ、やっぱり口にすると笑えてきちまうな。
我ながら、これほど感傷的な気分でこんなことを言えるとは、毎度のことだがこらえきれねえ。
俺たちはそのまま教会の庭を抜けて、表通り止めてあった車へと戻った。
「用事、すみました?」
運転席に座ったハロルドがそう声をかけてくれる。
「あぁ、悪りいな、野暮用に付き合せちまってよ」
「いいえ、別に」
「ヴァレリオ曹長は大人しくしてた?」
「もちろんです、ブライトマン大尉。シスターを口説こうとしてハロルドさんに殴られたりはしてません」
「ヴァレリオ、お前それヤブヘビにもほどがあるだろう」
ジェニーとヴァレリオ、ハロルドがそう言って笑っている。俺も思わず、口元を緩めちまったが、ふと腕時計に目をやった。
おっと、こいつはちょいとまずい、か?
「ハロルド、すまん。そろそろ戻らねえと、師団長にどやされる」
「え?あ、そうですね…急ぎます」
ハロルドはそう言ってアクセルを踏み込んだ。車はカリの街を抜けて、郊外へ出た。
そこから山道を穿って作ったトンネルを抜け、川とジャングルが広がる幹線道を走って、2時間弱でジャブローの基地へと戻った。
「そのまま師団司令部へ回してくれ」
俺はそう頼む。ほどなくして車は師団司令部にたどり着いた。
939: 2014/08/10(日) 22:48:58.16 ID:FXWOSk4yo
俺とジェニーは車を降りて、ハロルドに礼と言いそれから待っててもらうように頼んで司令部の建物へと入っていく。
師団長の部屋のドアをノックして入ると、そこにはすでに若い軍服姿の兵士たちが顔を揃えていた。
「遅くなりましたかね?」
「あぁ、ユディスキン大尉、ブライトマン大尉。構わんよ、まだ他二隊の指揮官も来ておらんしな」
俺の言葉に、師団長は眠たそうな表情でそう言い、秘書に俺たちのコーヒーを入れさせる。なんだ、安い豆だな…しょせんは顔を出した部下用、ってことかよ。
そんなことを思っているとほどなくして、師団長室に第99戦闘飛行隊の隊長、フェルプスと第98戦闘飛行隊隊長、アイバンも到着した。
「あれ、旦那、早いですね」
隊長のイスに座ってすっかり生意気になったアイバンがそう声をかけてくる。生意気だ、と言って小突いてやったら、アイバンは懐っこい笑顔を見せて笑った。
末尾のアイバンは、99飛行隊へ移ってからの成績の伸びがよく、ヒヨッコの大量加入のこともあって副隊長に就任。
ついには、引退した隊長の指名を受けて、大尉へ昇進とともに隊長を仰せつかっていた。
「ザックは一緒じゃないのね?」
「あぁ、まぁ、一応、あいつは副隊長ってことになってますからね。実際、指揮官二人の部隊なんて軍組織としては認められないでしょうし」
ジェニーとフェルプスもそう言って笑っている。フェルプスの隊は特殊も特殊。
常に部隊を二つに分けてザックと共同で指揮官をやっている変わり種だ。
上の連中は訝しがっているが、こいつらのコンビネーションを知っている俺にとっては、この戦法は他のどの隊にも真似できねえ強力な武器だってのが理解できる。
相変わらずつるんでやがるのが気持ち悪いんだ、とからかってやってるんだが、それでもこいつら、やっぱりそれを鼻で笑いやがって腹が立つ。
「さて、揃ったようだね」
不意に師団長がそう言ったので、俺たちは姿勢を正した。
同時に、部屋の隅っこで、ずうずうしくもダレていた新米どももやればできるじゃねえか、と言ってやりたくなるくらいにピッと胸を張った。
「これより配属を発表する」
師団長がそう言って、秘書から手渡された紙に目を落とした。
「あー、フレート・レングナー少尉、ダリル・マクレガー曹長、アヤ・ミナト曹長」
師団長が名を呼ぶと、三人は
「はっ!」
と気合いの入った返事をする。だが、俺とチラっと目のあったアヤは口元だけを緩ませてニヤっと笑いやがる。
ったく、こいつは…ノーマンからの報告と言う名の愚痴はたびたび聞かされてきたが、世話が焼けそうなやつだな。
そう思いながらも俺は、アヤ以上に緩みそうになった顔を隠すのにうつむくしかなかった。
「諸君らは、第101戦闘飛行隊へ配属となる。指揮官のレオニード・ユディスキン大尉だ」
師団長が俺を紹介するんで、俺はなんとか表情を引き締めて顔を上げ、うなずいてやる。俺の真顔がおかしかったらしく、アヤはさっき俺がしていたように、笑いをこらえるためにうなずくようにして俯いた。
「次に…キーラ・ブリッジス曹長、リン・シャオエン曹長、ペルラン・ジェームズ曹長」
「はっ!」
「君たちは、第100戦闘飛行隊配属だ。指揮官は、ユージェニー・ブライトマン大尉」
続いて、ジェニーの部隊に配属になる連中も発表される。
「ブライトマン大尉です。以後、よろしく」
ジェニーはさっそく、鋭い口調でそう挨拶をした。こいつらかわいそうに。ジェニーの部隊に回されたら、気を抜く暇もねえだろうな。
そんなことを思ったら、ついに思わず微かな笑い声を漏らしちまった。
とたん、ジェニーのブーツのつま先が俺の脛に飛んできてベコっと音を立てた。あぁ、悪かったって。
さらにアイバンの隊にコリンとバージルとナロウ、フェルプスの隊にチャックとジャスティンのそれぞれ曹長が配属になる発表を聞き、
師団長からの激励の言葉を持って解散となった。
940: 2014/08/10(日) 22:49:49.92 ID:FXWOSk4yo
建物の外に出て、待たせておいたハロルドの車に全員を乗せる。中型の車両だったが、さすがに8人も乗れば押し合い状態だ。まぁ、こんなのも悪かないだろ?
車が走り出すや否や、ヴァレリオが唐突に声を上げた。
「みんな!俺は、ヴァレリオ・ペッローネ曹長だ!俺たちの隊へようこそ!困ったことがあったら何でも言ってくれよ!」
しまった、こいつ乗せてたの忘れてたな。ジェニーはまぁ、こいつも怖さを知ってるからいいとしても、新米のきれい所が3名、と来ている。
うるさくなる前に手を打っておくか。
「ジェニー、そのバカ、黙らせといてくれ」
俺は助手席から後ろを見やってジェニーに頼んだ。
「あいよ」
ジェニーはすかさずそう返事をして気取って付けているヴァレリオのバンダナをほどくと
そのまま抵抗するヴァレリオを制圧しながら猿ぐつわをかませた。
「うごぐおぐ」
ヴァレリオの口から言葉にならない声が漏れているが、俺はそれを気にせずに
「あぁ、新米ども。こいつは、ナンパなやつだから、口説かれるようなことがあったら蹴り倒して良い。俺とブライトマン大尉が許可する」
俺がそう言ってやったら、目の前の出来事に驚いていた新米たちも多少は安心したのか笑い声が漏れた。
「なぁ、レオンさん!…じゃ、なかった、隊長!」
「お前、それ隊長って呼び名変えただけで、全然敬語になってねえからな?」
「あ、そっか…えっと、じゃぁ、隊長殿!あの建物はなんでありますか?」
「あぁー…アヤ、お前やっぱ普通にしゃべれ。気持ち悪い」
「なんでだよ!?アタシだって丁寧語くらい使えるんだぞ!」
「ったく、こいつは相変わらずうるせえなぁ」
「あれ、そっちも知り合いなんだ?えっと、ダリル曹長、だっけ?」
「ええ、まぁ。同じ訓練校だったんですよ、レングナー少尉」
「あぁ、フレートでいいよ。階級こそ上だけど、俺はほら、昇級試験受けたってだけで、経験的には同じようなもんだからさ」
「ダリルくん、大きいね。身長どれくらい?あ、私、キーラ・ブリッジス曹長です」
「190ある。でかくたっていいことなんて一つもないけどな」
「コクピットで狭いよね、きっと」
「そうそう、でかすぎるんだよ、あんたさ。息苦しいから降りてくれよ」
「あぁ?何言ってんだアヤ。お前こそうるせえし暑苦しいからちっと黙っとけ」
後ろでそんなバカ話が始まる。俺はため息交じりにそいつを聞きながら頭を抱えていた。
そしたらハンドルを握っていたハロルドが声を上げて笑った。
「なんか言いたいことでもあんのか?」
「いえ、ね」
俺が睨んでやったらハロルドは笑って
「苦労が増えそうですね」
なんて言った。まったくだよ、ハロルド。
幾ら増員中だから、ってもうちょっと大人しいのはいくらでもいただろうに、どうしてこうもうるさいのばかりをひいちまうんだ?
まぁ、アヤとダリルはノーマンに言われて引っ張ったし、
フレートのやつも、ジャックが手を回して俺のところに送り込んでくれた、ってことはあるにしても、だ。
隊長としてこいつらを引っ張っていく苦労を考えると、頭が痛くなるな…
941: 2014/08/10(日) 22:51:06.33 ID:FXWOSk4yo
「楽しくなりそうでなによりですよ」
「バカ言え。ここは軍だぞ?楽しいところであってたまるかよ」
「こりゃぁ失礼。撤回しますよ」
ハロルドはそんなことを言ってまた笑顔を見せた。まったく…ユベール。お前、とんでもないことを押し付けてくれたもんだよ。
これからこのアヤを育ててかなきゃならんと思うと、先が思いやられる…ジェニーとの結婚はアヤが一人前になってから、と決めているがよ。
こりゃぁ、ずいぶんと先になっちまいそうだ。
俺はそんなことを考えながら、後ろの様子をルームミラーで眺めて苦笑いをこらえきれずにいた。
「あ、なぁ!隊長!ここからカリまでどれくらいかかるかな?」
「あぁ、車で片道2時間だな」
「そんなで行けるんだ!良かった!な、車って借りられるのかな?」
「俺のをくれてやる。どうせしばらく乗れそうもねえしな」
「ホントかよ!助かる!次の休みに、久しぶりにあいつらの顔を見てやりたいんだ!それと、ユベールの墓参りとかさ!」
アヤはそんなことをはつらつとした表情で言った。
ルームミラー越しに見るアヤの表情は、まるでいつか見たユベールの笑顔と瓜二つに、俺には見えた。
オフィス前に車を付けて、そこからはオフィスの中を簡単に案内し、そのあとは男女それぞれに分かれて兵舎を案内した。
どいつもこいつもうるさいやつらで、まったく、おちおちぼーっともしてられねえな、なんてことを、新米どものバカ話を聞いて笑いながら考えていた。
その晩、例のごとくジェニーが部屋にやってきたんで、俺はバーボンを出してグラスを傾けながらその話を言葉少なに聞いていた。
「あのリンって子は結構見込みあるみたいね。極東の訓練校で、評価はAとSばかりだし、いい子をもらったって感じ」
「へぇ。なんなら、うちのヴァレリオと取り換えてくれるとうれしいんだがな」
俺が言ってやったらジェニーはクスっと笑って
「彼だって、腕はかなりのものでしょう?あれなら、小隊長くらい任せられると思うんだけど」
なんて言いやがる。まぁ、間違っちゃいないがよ。
「俺も昇級試験受けろって言ってんだが、柄でもねえの一点張りで拒否なんだよ。後方にいて、前を飛ぶ機体のケツを追ってんのが性に合ってんだと」
「ふふふ、彼らしい言い訳だね」
まったくだな。変な奴だが、根はおそらくクソが付くほどのマジメなんだろう。
あぁして女のケツばかり追っては白い目で見られるか茶化されているのは、その反動なのかあえてバランスを取ろうとしてるのか、
とにかく俺には、ヴァレリオの行動はそんな感じに思えていた。
あいつが来てもう半年にもなるが、声をかけた女性兵士は星の数ほどって噂を聞く半面、手を出された、ってやつは一人もいないからだ。
顔も、けして悪い部類ではないだろうにそんな話を聞くと、進んで道化を演じてるタイプだとしか思えないのが普通だろう。
「そういえば、先月配属された子はどうなの?えっと、名前が、確か…」
「あぁ…あー…あ、ベルント、か」
「そうそう、その子」
「あいつは…正直よくわからん。訓練校の評価はオールB。いや、機動試験だけはA判定だったか?
まぁ、とにかく普通、って感じだったが…実際に空であいつと1対1での機動を見てる限りじゃ、
俺やカーターなんかよりよっぽどいい動きをするように思える。だが、編隊戦闘になると、めっきり目立たん」
ベルントは、うちの隊で最も目立たない。あいつ、腕は良いような気がしないでもないんだが、
まとまって飛ぶと、どこを飛んでいるかわからないくらいだ。だが、考えようによっちゃ、それがあいつの武器だともいえる。
混戦になったとき、あいつの目立たなさはそのまま相手の油断を誘えるからだ。レーダーにもちゃんと映るし、機体が消えるわけでもねえ。
それでもあいつは、空にいるやつらの意識から消える。究極のステルス性能をあいつの機動は持ってるんだろう。
942: 2014/08/10(日) 22:51:36.98 ID:FXWOSk4yo
「なにそれ」
俺の話に、ジェニーはまた楽しそうに笑う。そういえば、部下ができるようになって、
いつもは俺を試すような表情ばかりだったジェニーがこうして良く屈託のない笑顔を浮かべるようになった。
いつだかにそのことに気が付いて聞いてみたら
「シャロンのことを思い出すんだよ」
と言って笑った。
もうずいぶん昔のことになっちまったが…そうだな。ジェニーにとって、シャロンは妹みたいなものだったのかもしれん、と今になって思う。
あいつらを家族だ、と言ってはばからなかったユベールの兄貴と姉貴だ。
なら、シャロンやアヤも、俺たちの妹だって言ったって、誰も不思議には思わねえ。
いや、そう思ってやれないと、ユベールの奴がブー垂れそうだし、な。
不意に、コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。ジェニーが俺の顔を見つめてくる。
「あぁ、ゲストだ。入れてやってくれ」
俺がかぶりを振るとジェニーは気が付いたようで、にんまりと笑顔を見せて、
それから急に眼光鋭い表情に切り替えるとツカツカドアのほうに歩いて行って、ドアを勢いよく開け放った。
「げっ!ユ、ユユ、ユージェニーさん!」
ドアの向こうにいたのは、アヤだった。アヤはジェニーを見るや、半歩後ずさってそんななさけねえ声を上げやがる。
「げ、とは随分じゃない?何の用?」
ジェニーが温度のない声色でアヤにそう聞く。
「い、いや、その、レオンさん…あ、いや、隊長が配属祝いをしてやるから来いって、だから、アタシその…」
「あんたね、こんな時間に男性兵舎の一室に呼ばれてノコノコ出てくるようなやつになっちまったの?」
「そ、そういうんじゃないだろ!隊長は、い、いや、ユージェニーさん…じゃない、えっと、ブライトマン大尉もだけど、
アタシの恩人で、別にそんなこと思ってるわけじゃなくって…その、だから変な目的とか、そんなことは考えてないって!」
ジェニーの追及にアヤはそう声を上げた。
「おい、ジェニー。それくらいにしてやってくれ」
俺が言ってやったら、ジェニーはこっちを振り返ってヘラっと笑い、アヤの方を向いて
「疑われるようなマネはしないこと。あの人に限らず。良いね?」
と昼間と同じように、アヤの頭を撫でつけた。とたんに、アヤが安堵の表情を浮かべる。
「な、なんだよ、ほんとに怒ってるのかと思った…や、やめてくれよな、まったく…
ロッタさんとおんなじくらいの迫力あるんだからなぁ、ユ…ブライトマン大尉は」
「私のことはいつも通りでいいよ。直属の上司ってわけでもないんだからね」
アヤの言葉にジェニーはそんなことを言って笑い、アヤの軍服の袖口をつまんで部屋の中へ引き入れた。
アヤのやつ、最初はおどおどしていたけど、ジェニーに優しくソファーに掛けなと言われてやっと安心したのか、
ふっと表情を和らげてソファーに座った。バーボンをグラスに注いでやって手渡してやる。
943: 2014/08/10(日) 22:52:18.12 ID:FXWOSk4yo
「さて、じゃぁ、お祝いしようか」
「そうだな」
ジェニーと言葉を交わして、二人してグラスをアヤの前に掲げる。そうしたら、アヤは妙に照れくさそうな顔を浮かべて
「その…ありがと」
とつぶやくように言って、戸惑いながら自分のグラスを俺たちのにぶつけて来た。
チビのころの話をやまほどユベールに聞かされていたからか、それとも、もうずいぶん長いこと面倒を見ているせいか、
俺はその表情が妙にかわいいな、と素直に思ってしまっていた。
本当に、まるで娘か妹のようだな、なんてなことも頭に浮かんできて、自然と顔がゆるんじまう。
こうして、水入らずで酒を酌み交わすのは初めてだ。しばらく、この感じを楽しんでいるのも、悪くはなさそうだな。
それから俺たちは、この辺りのことやカリの街や施設のことなんかをずいぶんと長い間喋り続けていた。
ふと、俺はユベールの葬式の日、錯乱して泣きわめいていたアヤの姿を思い出した。
あの日のあの子どもが、今じゃ、ユベール顔負けの明るい笑顔でジェニーと話し込んでいる様子は、否が負うにも時間の経過と、
そして、このアヤ・ミナト、って女の成長を感じさせた。それと同時に、ユベールの奴が彼女に残した“何か”を俺は感じられるような気がした。
本当に、“何か”としか言えやしないが、アヤからは、ユベールと同じ感触がある。
暖かで、穏やかで、周りにいる連中を照らし出すような何か、だ。
ふぅ、とアヤが深呼吸をしてソファーの背もたれに体を預けた。
「なに、酔った?」
「あー、うん。気分がいい」
「そう。水にしとく?」
「そうだな。明日は訓練なんだろ、隊長?」
「あぁ。朝から機動訓練だ」
「なら、ここらへんでやめといた方がいいよな」
アヤはそう言って、酒で赤くなった顔を懐っこい笑顔に変えた。
「そういえば、アヤ。あなた、シャロンには連絡したの?」
「うん、今朝メッセージだけ打ったよ。今はボゴタの病院にいるって聞いたから、
次の休みが合えば、施設の帰りにでも寄って一緒に飯でも食べようって思ってる。あ、なんなら、二人も一緒にどうかな?」
「私達は別の機会にしておくよ。二人で過ごしておいで」
「そっか…うん、そうする」
ジェニーの言葉に、アヤはまた嬉しそうに笑顔を見せた。それからまた大きく息を吐いて、グッと体を伸ばし、ふと、思いついたように口にした。
「二人といると、昔を思い出すんだ。まるで、ユベールとシャロンちゃんと一緒にいるみたいに感じてさ。
アタシ、二人に目を掛けられてホントによかったって思う。そうでもなかったら、今頃どこで何してたかわかんないし…
それにさ、ここは施設と同じだなって、ちょっと感じる。レオンさんもユージェニーさんも上司だけどさ。
でも、なんていうかさ…やっぱり、アタシにとっては家族なんだよな。ううん、二人だけじゃないんだ、って思う。
二人が面倒見てる連中も、みんな優しくて温かくて、安心できた。この感じは、きっと二人が作ったもんだろうって、アタシ思うよ。
オメガ隊も、レイピア隊も、さ…まるで、家族みたいにあったかいんだ」
そう言ったアヤは、微かにその瞳に涙を浮かべた。
俺は、アヤの言葉に胸を締め付けられながら、それでもこいつは、ユベールのことを思い出しているんだろうってことを考えてた。
俺でさえ、そうなんだ。アヤがそうでないはずはない…
944: 2014/08/10(日) 22:52:50.72 ID:FXWOSk4yo
「私たち部隊が、家族、ね」
「うん、隊は家族、だ」
ポツリと言ったジェニーの言葉に、アヤはニコっと笑ってそう言った。だが、それからすぐに
「あー、ごめん、変な話しちゃったな。だいぶ気持ちがよくなってるみたいだ。そろそろ戻って寝るよ。明日、コクピットで吐いたら大惨事だ」
と声を上げた。俺はチラッと時計を見やる。時刻はすでに日付が変わって少し経っていた。そうだな、そろそろ休んでおいた方がいい、か。
いつだか、ユベールのことで眠れずにヘマやらかしたこともあったことだしな。
「そうだな。今日はこの辺りでお開きとするか」
「そうだね。じゃぁ、今夜は私も戻るよ」
「なんだよ、ユージェニーさんはここに住んでる、ってわけじゃないの?」
「ここ兵舎よ?私は通い妻なんだよ」
「なら、泊まっていけばいいのに」
「良いんだよ、今日は。あんたをきちんと部屋まで見送ってやりたいんだ」
そういうとジェニーは立ち上がって、またアヤの袖口を引っ張った。
「じゃぁ、明日ね」
「おやすみ、隊長!今日はありがとなー!」
二人はそんなことを言いながら、仲の良い姉妹みたいに喋りながら部屋を出ていった。
俺はそそくさとグラスを片づけて身支度をしてベッドに身を投げた。
それから俺は、寝入りもせずに、さっきアヤの言った言葉を頭の中で繰り返していた。
あいつは、俺たちをユベールやシャロンたちと同じようだ、と言ってくれた。そして、隊が家族だと、そう言ってくれた。
俺は、正直意識してそんなことをしてきたわけじゃねえ。だが、俺のジェニーもどうしてか、そんな風に隊の連中を扱っていた。
もちろんジェニーはまじめで厳しいが、肝っ玉母さん、って言葉が似合う感じだ。
俺は…ずぼらな親父かそんなところだろうが、まぁ、そんなのは構いやしねえ。アヤが、そう言ってくれたことが、俺にはうれしかった。
ユベールの妹だから、俺の妹でもある、とは頭では思っていたが、カリで会ったあの日から、もう3年。
長かったのか短かったのかはわからんが、とにかく俺はあいつの兄としての振る舞いを続けて来たつもだった。
それこそ、ユベールの代わりにな。おそらく、ジェニーもそうだったんだろう。
あいつはシャロンからも、アヤのことを頼まれていたってのは、最近聞いた。
あいつにとっても、アヤはシャロンの代わりに導いて、そして成長させてやりたい妹なんだな、って思っていたことも知っていた。
だが、よ。
実際に、ああして言ってもらえる、ってのは、嬉しい限りじゃねえか。
945: 2014/08/10(日) 22:53:21.04 ID:FXWOSk4yo
血なんか繋がってなかろうが、家族だと思い、家族でありたいと願い、そのために心をつなげて通わせることができれば、家族になれる。
ユベールのその言葉はどうやら、俺やジェニーの中にもいつのまにか落ち込んで、無意識のうちに実践しているようだった。
そしてそれは、俺たちに穏やかで暖かで安心できる“何か”を与えてくれている。それは、アヤやシャロンだけじゃない。
俺やジェニーにもユベールの奴はちゃんとその“何か”を残して行ってくれたんだな。感謝する、ユベール。
俺はお前のおかげで、お前の兄貴になれた。そして、ジェニーも、アヤもシャロンも、もう俺の妹たちだ。
それに…隊のバカ野郎どもの、同じようなもんだ。家族を見限り、絶望して家を飛び出し軍になんぞ入った俺が、その先でユベールに会い、
そういう想いを託されたことは…俺にはやはり、何よりも幸福な出来事だったんだろう。
だからな、ユベール、ありがとう。それから、まだ、もう少し見ていてくれよ。
アヤの奴を一人前まで叩き上げて、あいつの夢を確認したら、次は俺たちの結婚の約束を果たす番だ。
お前の墓の前でウェディングドレスをジェニーに着せて見せに行ってやるから待ってろよな。
そんなことを考えていたら、俺は自然にベッドに寝転んで一人、ほくそ笑んでいた。でもな、ユベール。
俺にはもう一つ、考えてることがあるんだ。もし、あいつが5年先、10年先、俺の元を飛び出したとき。
あいつが夢をかなえて、そのなんとか、って島に船を買い込んだら、
そのときくらいには、俺とお前との関係をあいつにちゃんと説明しようかどうか、悩んでんだ。今すぐに結論をだすつもりはねえ。
だが、俺は思うんだ。お前にちゃんと名乗れなかった俺が、あいつにそれをやることができるのか、それが正しいことなのか…
はは、答えなんてすぐには出ねえけどよ、まぁ、考えておくさ。それがどれだけ先になるか、なんて、全然見当もついてないけど、な。
946: 2014/08/10(日) 22:53:54.40 ID:FXWOSk4yo
「ジェニー。準備大丈夫か?」
「ええ。だいたいは済んでるよ。そっちは?」
「ほとんどオッケー!あとはみんなが来るのを待ってるだけ!」
ジェニーの言葉に、ケヴィンが答えた。俺は、片づけたリビングを一回り見渡す。ま、こんなもんだろう。
あとはあいつらが来るのを待つだけ、だな。
「驚くかな、みんな?」
「そりゃぁな。まさかこっちが迎撃態勢を取ってるなんて思っても見ねえだろう」
俺がそう言ってやったら、ケヴィンは嬉しそうに笑って飛び跳ねた。妹のユリアもニコニコと楽しそうだ。
今朝方、カレンのとこのエルサから連絡があって、これからフ口リダへアヤやカレンたちが飛ぶんだ、と言って来た。
どうやら、この家を奇襲しに来るらしい。となれば、逆にこっちから迎え撃ってやるのが俺たち流ってもんだろう?
不意に、玄関のチャイムがなった。来たか。そう思った次の瞬間には、ドアを開ける音とともに
「突撃ぃぃぃ!いぃぃ!?」
と、掛け声とも悲鳴ともつかない声が聞こえてドタドタと騒々しい音も聞こえた。どうやら掛かったらしい。様ぁないな。
「ちょ!アヤ!大丈夫!?」
「レ、レナ!その床踏んじゃだめだ!」
「へっ!?えっ!?キャー!」
「ちょ、レナっ…!うぐっ!」
また、ドタドタと言う物音。こりゃぁ、盛大なことだな。俺はユリアを肩車し、ケヴィンを連れて玄関の方へと向かった。
そこには、床に倒れ込んでいるアヤにカレンにマライアと、三人の上にのしかかる様にしているレナの姿があった。
玄関の外で、ロビンとレベッカに、レオナとマリオンが呆然と見つめている。ケヴィンとユリアはそいつを見てケタケタと笑い声を上げた。
「よう、どうしたお前ら?」
「隊長!このっ!なんで玄関に両面テープなんて貼ってんだよ!」
「エルサのやつから情報があってな。ま、歓迎代わりだ」
「エルサが!?あの裏切り者ぉ!」
「痛たたたっ!レナさん、そこ痛い!」
「ご、ごめんマライア!今靴脱ぐから待ってね…」
「なんか楽しそうー!アタシも!」
「ちょ、待てロビン!」
「行くよー」
「来るな!」
玄関先でもがいていた4人の上に、ロビンがジャンプしてのしかかった。全員からむぐふっと苦しげな声が漏れる。
俺はケヴィンとユリアと一緒に大笑いをしてから、
「まぁ、うちは素足派なんでな。そのまま靴脱いで上がれよ。歓迎してやる」
俺はそう言って、奥へと案内した。
947: 2014/08/10(日) 22:54:26.47 ID:FXWOSk4yo
そこにはすでにジェニーが料理を準備して待っていてくれた。こいつら、やたら食うからなぁ。
その点に関してはジェニーにだいぶ迷惑を掛けちまったが、まぁ、ジェニーも喜んでいるのが分かる。
ジェニーはリビングに顔を出したアヤを見るなり嬉しそうに飛んできてアヤをきつくハグした。
「久しぶりだね、アヤ」
「うん、ユージェニーさん、ありがとう。アタシも会えてうれしいよ」
アヤに続いて、カレンにマライアに次いでと言わんばかりにレナまでハグをしたジェニーは、
「今日は楽しんで行ってよ。腕によりをかけて準備しておいたからさ!」
なんて、明るく言って、まぶしいくらいの笑顔を見せた。
カレンが今日のうちには飛行機をアルバに戻しておかなきゃいけねえってんで、
酒じゃなくて口当たりの良い焙煎された麦を水出しにした茶をふるまって、食事を始めた。
「うわっ!これ美味しい!ジェニーさん、これ、なんて言うの?」
「鯛のパイ包みの香草焼き、ってところかね、ロビン」
「すごい!パイはサクサクでお魚も濃厚だけど、そこにこの香草が聞いてて後味はさっぱり、って感じ!」
「さすが!ロビンは料理が好きなだけあって、感想も一味違うね!」
「ちょ、なによぅケヴィンくん、そんなに褒められるとアタシ照れちゃうなぁ…」
「あの、こっちのピザに入っているのは、果物ですか?」
「あぁ、あんたはマリオンって言ったよね。そうそう、パイナップル」
「これ美味しいね!あっさりしてて、ピザじゃないみたいなのにピザだ!」
「あれ、これってコーンブレッド?」
「そうそう。そればかりは出来あいだけどね。今からスープ持ってくるから、それに浸すと美味しいんだよ。ユリア、手伝ってくれない?」
「うん!」
「ロビンさ、今度俺にロビンの料理食べさせてくれよ!みんなが旨いって言ってたからさ」
「え!?い、いいよ!じゃぁ、ペンション遊びに来てよケヴィンくん!アタシ腕によりをかけて作っちゃうんだから!」
「みんな飲ませてもらえばいいじゃない。私は構わないよ?」
「いやぁ、だってカレン飲まないのに、アタシらばっかり飲むわけにいかないだろ?
せめてアタシくらいは、我慢してコパイの席には座っといてやらないとバチが当たっちゃうよ」
「あれ、じゃぁ、あたし達は飲んでいいの?」
「あぁ、いいぞ!隊長に言って高い酒を出してもらえよな!」
「なんだよ、突然来て俺にたかる気か?」
「ちょっ!アヤさんこれ見て!このバーボン、すごい高いやつじゃない!?」
「開けちゃいなよ。どうせそこに置いといても私とレオンとじゃ、飲み終える前にダメにしちゃだろうからね」
「あぁ、そうだなぁ。残ったら持って帰れ」
「へぇ、それ美味しいの?」
「分かんないけど、北米じゃ随一のブランドだよ!ありがとう、隊長、ユージェニーさん!」
家族、か。俺は目の前に広がる光景を見ながら、そんなことを思っていた。
948: 2014/08/10(日) 22:55:27.82 ID:FXWOSk4yo
それはまさに、あのときユベールの言っていたこと、そのままの様に、俺には感じられていた。
結婚して、ジェニーがケヴィンとユリアを生んだ。遅い出産で多少心配したところもあったが、二人とも体にはなんの異常もない。
遺伝病だと言われていたユベールのことがあったから、多少気にはなっていたが、
いわゆる胎児期の発達段階での遺伝子異常だったな、って話を思い出して、もちろん検査でも無事に優良をもらった。
だから、と言うわけじゃねえが、俺は安心して俺の家族を大事に守って来ていた。
そうしているうちに、すこしだけ、あの時、ユベールの話していた意味が分かったような気がした。
繋がろうと努力することで、家族は家族になれるんだ、ってやつだ。
アヤが隊に来た日、俺たちはすでに家族みたいだ、ってそう言ってくれてたが、正直、自分にそんな実感があったわけじゃねえ。
言ってもらえてうれしかったがよ。そんなもんを意識して作ったってわけじゃねえんだ。
だが、いざ自分が家族を持って、繋がりだ、なんだと思い返したときに、今のこの生活は、あのときとたいして変わりぁしなかった。
大事だと思い、氏なせたり危険な目にあわせるわけにはいかねえし、面倒をみて、できればこの先に自分の進みたい道へ進んでほしいと思う。
バカなことをすりゃぁ、当然叱る。特別なことなんざ、何もない。だが、ジェニーも、ケヴィンもユリアも家族だってそう胸を張ってやれる。
だとするなら、アヤが毎度言ってたように、やっぱ、隊は家族、だったんだな。
それは、アヤにとっても、いや、おそらくそれ以上に俺にとっても、だ。
そんなことを考えていたら、ずいぶん昔に…そう、アヤが隊にいた頃に、始終俺の頭に沸いて来ていた疑問がしばらくぶりによみがえって来た。
俺とお前の関係、あいつに話しておくべきだと思うか?ユベール。
今更だが、妙な心持ちだ。アヤがまだ隊にいたころは、その疑問がわいてくるたびにまだ早え、なんて思ってはいたが、今はどうだ?
今、アヤは、あのときのお前と一緒で、自分の力で、こんな家族を作った。あいつはもう、立派になっただろう?
だったら、黙ってやっていなくても良いような気がするんだ。
それに、お前のときのように、このことを言ってやったって、あいつの幸せが壊れちまう可能性はほとんどないだろう。
多少感傷に浸るようなことがあったって、アヤの周りにはそれをくみ取って、共感してくれる家族がこんなにいる。
こいつは、まぎれもない、アヤ自身の努力のたまものだ。そうだろう?
本当によ、アヤ、お前、よく立派に育ったよ。ユベールの棺にすがり付いて泣いていたあの頃の子どものまんまの心を持ちながら、たくましく、強くなったな…。
俺はそんなことを思いながら、座っていたソファーの脇にあったサイドボードの引き出しのカギを開け、
アヤが来る、と言われてしまいこんでいた写真と、古びた封筒を一通取り出した。
写真は、ユベールの病室で、あいつが氏ぬ直前にジェニーと三人で撮ったあの写真だ。
封筒にはロッタさんのところへ出した、戸籍謄本の写しが入ってる。
ユベール。お前、あの時はもう、俺が血のつながった兄貴だと、そう知ってたんだろ?だとしたら、笑っちまうが、
俺があれこれ心配したのがどれだけヘタレだったか、ってのが分かっちまってなさけねえが、
もしあのとき俺がこのことをお前に言ったとしたら、お前、なんて答えたんだ?
俺は、手にした写真立ての中のユベールをジッと見つめる。お前のことだ、「うん、知ってた」なんて、あの笑顔で答えたのかもしれねえな。
なら、言わない俺を、どう思ってた?本当は俺の口から聞きたかったんじゃねえのか?
俺は、お前の血のつながった兄貴だ、って。お前を助けようと、守ろうとして、ヨーロッパから南米なんていうところにやって来たんだ、って、
そう言ってほしかったんじゃねえか?そうだよな…家族を大事にするお前だ。俺に“兄貴”と呼んでいいか、なんて聞くお前だ。
たぶん、お前のお得意のあの笑顔で、笑ってくれてただろうな。
ははは、だとしたら、やっぱりこんなことでウダウダ悩んでるなんて滑稽じゃねえか。アヤは、間違いなくお前の妹だ。
お前の生き方を、お前の明るさを、お前の強さを全部引き継いでる。
お前からもらった全部と、あいつが持っていたものを合わせて、磨き上げて、お前以上に明るく強く生きてるよ。
そんなあいつが、俺とユベールとの関係を聞いて、怒ったり、凹んだりするわけはねえよな。
949: 2014/08/10(日) 22:55:57.97 ID:FXWOSk4yo
俺の様子に気づいたのか、ジェニーが俺の座っていたソファーのアームレストに腰かけてきて、そっと俺の肩に手を置いてきた。
俺はジッとジェニーの目を見た。俺の意思を了解したらしいジェニーは、黙って、コクリとうなずいた。
「なぁ、アヤ」
「ん?なんだよ、隊長?」
俺はそんな呆けた返事をしたアヤに、写真立てを手渡して見せた。収まっていた写真を見るや、アヤはパッと顔を上げて、
「ユベールじゃんか!」
と俺を見て、明るい笑顔で言って来る。それから俺は古い謄本の写しを封筒から出して、それもアヤに突き出して言った。
「俺は、な。兄貴なんだ。ユベール・ユディスキンの兄貴、レオニード・ユディスキンだ」
アヤは写真と謄本とそして俺の顔を代わる代わる見比べて、最後に俺の顔に視線を向けてきて、あの、明るくてまぶしい笑顔を見せて言った。
「うん…知ってた」
一瞬、俺は目の前にユベールがいて笑っているような錯覚に陥って、ハッとして我に返った。
アヤはそんな俺を、まるで懐かしい誰かでも見つめるようなそんな表情で見ていた。だが、不意にプスっと笑って言った。
「なんとなく、そうなんだろうな、とは思ってたよ…って、隊長、何泣いてんだよ?!」
アヤに言われて、俺は自分が涙をこぼしていることに気が付いた。くそっ、年を取ると涙腺が緩んじまってダメだな、まったくよ。
俺は、黙れよ、なんて悪態をつきながら涙を拭いてアヤに言ってやった。
「アヤ、お前、立派になったな」
そうしたら、アヤはいつにない穏やかな表情で、俺に言葉を返して来た。
「うん、ずっと見ててくれてありがとな…兄ちゃん」
950: 2014/08/10(日) 22:56:47.54 ID:FXWOSk4yo
「おぉーい、ミナト少尉殿、あんた無事だったんだな!うれしいぜ~良かったら帰還の祝いにメシでもどうよ?」
ヴァレリオのそんな声がオフィスに響く。ジャブロー防衛線から2日目。アヤのやつが無事にオフィスに戻って来た。
一度は俺たちに挨拶をしたものの、それからは俺に休暇届を出してきて、オフィスのコンピュータに向かってしきりに何かをしている。
昨日、陸戦隊の連中から聞いた話じゃ、“カレン・ハガード”を名乗る女性兵士を連れてたらしいが…カレンのことはマライアに聞いてる。
トゲツキに突っ込んで、木端微塵だ、って話だ。良くわからんが、身元を割られたくないやつと一緒にいたんだろう。
で、帰ってくるなり、コンピュータにかじりついている。なんかあったんだろうな、と思うのが当然だ。
俺はたまたまオフィスの奥の給湯室に引っ込んでコーヒーを入れていたところだった。
「っせーーんだよ!あっち行ってろ!」
アヤの怒鳴り声がオフィスに響いた。ヴァレリオの
「お、わ、悪い」
と言う戸惑った声が聞こえて、バタンとドアを閉める音。なんだよ、あいつ。もう少し何か聞きだしてから逃げやがれ。
そう思っていたところへ、ダリルが姿を見せた。とっさに人差し指を立てて、黙れ、と伝えて引き寄せる。
「あいつが何やってるか見て来い」
俺はダリルにそうとだけ伝えた。ダリルは怪訝な顔をして
「自分で行けばいいでしょうに」
と言って来るが、俺は首を振ってこたえた。
「良いことじゃねえってのはわかる。そいつを、アヤが俺に知られねえようにしてる、ってのも、な。さっき、休暇届を出して来た。
またなんか企んでるに違いねえ」
するとダリルは、ふぅ、とため息をついて
「隊長、あんた、いい男すぎて損だな」
と苦笑いを浮かべた。うるせえ、黙って行けよ。あいつのバカは、昔からだ。
いつも言ってるように、そのバカでいてもらうための、俺の部隊なんだ。
俺はダリルに言葉を返す代わりに立てていた人差し指をオフィスの中へ向けた。
はいはい、と言わんばかりの表情でコーヒーカップを二つ持ったダリルガ給湯室を出ようとする。
ふと、俺は何か妙な予感がして、ダリルを止めた。
「ダリル」
「なんです?」
「バカやりそうなら、伝えてやってくれ。“合言葉を忘れんな”ってな」
俺が言うとダリルは首をかしげて、そのまま給湯室から出て行った。
俺はコーヒーのカップを傾けながら聞き耳を立てる。
951: 2014/08/10(日) 22:57:20.33 ID:FXWOSk4yo
「それ、そこのコード違うぞ」
ガタン、と椅子を動かす音。
「別に隠すことなんてねぇだろ。何しようとしてんのか知らねえが、別にしゃべらねえよ」
「悪い…」
「そこの温感センサーの試験モードのコードはA-258だ、次の施錠センサーのコードがA-220…」
「うん…」
「隊長に休暇願い出したんだってな」
「うん、5日間、休みをもらう」
「帰ってくんだろうな?」
「そのつもりでいる」
「そうか」
「あぁ」
キーボードをたたく音が、静かに響く。
「隊長から、伝言を預かっててな」
「隊長から?」
「あぁ。“合言葉を忘れんな”、だと」
「ヤバいのかよ?」
「だから逃げる算段たててんだろ」
逃げる算段、ね…さて、どういうことだか…あのバカ、ついになんかやらかしたのか?
いや、まずいことならまず俺に詫びを入れに来るのがあいつだ。俺や隊に迷惑をかける分けには行かねえ、と日ごろから言っているし、な。
だとするなら、俺たちに事前に知られちゃまずいことだろう。脱走、か?あいつが敵前逃亡でもしようってのか?
ダリルのため息が聞こえた。
「作業が終わったらそのコンピュータはおいてけ。アシが付くかも知らん。俺がぶっ壊しておいてやる」
「隊長には」
「黙っとくよ」
嘘つきやがれ。俺はダリルの言い様に、思わずそう笑いそうになった声を堪える。
「すまん、迷惑かけることになるかもしれない」
「なーに、平気だろ。隊長にしてみりゃ、今に始まったことじゃねえと思うしな」
「ありがとう。じゃぁ、行く」
「おう、気を付けてな」
「うん。PC、頼む」
アヤとダリルの会話が終わった。ガタン、と椅子を引く音がして、次いでドアの閉まる音。出て行った、か…さて、結果はどうだ?
952: 2014/08/10(日) 22:57:56.69 ID:FXWOSk4yo
俺は給湯室から出て行った。そこには、ダリルがカップを二つ手に持って、妙な表情をして俺を見つめている姿があった。
あのバカ、ダリルが困惑するほどのことをしでかそう、ってのか?そう訝しく思いつつ、俺はデスクに腰を下ろした。
ダリルがツカツカと俺のところにやって来て、じっと俺を見る。
「で、どうだ?」
「あいつ、管理棟の地下4階に用事があるようです」
管理棟の地下四階…あそこは確か、捕虜や軍法違反の奴をブチ込んでおく独房があったな…
なるほど、昨日のカレンの話ってのはそういうこと、か。
「なるほどな」
「あいつ、まさか捕虜を…」
「おそらくは、な」
俺の言葉に、ダリルはまた眉間にしわを寄せて俺を見つめてくる。
何があったか、なんて想像の域を出ちゃいねえが…止めるか?今ならまだ間に合う…
だが、あいつが何の考えもなしにそんなことをしでかすほどバカだとは思わねえ。何か理由があるんだろう。
それを知るすべは、今はなし、か…これは、叱り倒すべきか、手を貸してやるべきか悩むよな…だが、そうだ。
アヤは俺たちに何も言わずに出て行った。家族だと言ってはばからないあいつが、家族に黙って、何の相談もなしに出て行こうっていうんだ。
それくらいの事態だってこと、か。
俺はそう思って、デスクのコンピュータを操作し、一枚の書類を印刷した。
そこに、引き出しから取り出したアヤの作った書類のサインを見様見真似で書き写し、さらに俺のサインも書き加えた。
それから軍医殿に連絡して、至急、戦争後遺症による心神喪失の診断書を書いて送ってもらうように頼んだ。
礼に、バーボンを一本持っていく、と言づけて、だ。
「何する気で、隊長?」
「逃げる、ってんだろ?逃げる仲間を援護するのも、俺たちの役目じゃねえか」
俺がそう言ってやったら、ダリルはやっと笑顔を見せた。
「ダリル、お前、何人か連れて管理棟の近くで乱闘騒ぎを起こして来い。MPの連中を引き付けて、あいつの退路確保してやれ」
「了解」
「他の連中には、まだ言うなよ」
「分かってます」
ダリルはそう返事をして、何やら楽しそうな表情を浮かべてフレートとデリクを連れてオフィスから出て行った。
953: 2014/08/10(日) 22:59:52.50 ID:FXWOSk4yo
それから俺は、デスクの引き出しから大事にしまっておいたあの写真を取り出して眺める。
そこには、ユベールの両脇で、ユベールそっくりの明るい笑顔で笑ってる俺とジェニーの姿が映っている。
これでいいだろう、ユベール。あいつは、ここを出る気らしいが、いつまでも俺の下で呑気にやってるやつでもねえってのはわかってた。
時期が時期だし、苦労するだろうが…まぁ、あいつのことだ。ヘマをして氏ぬようなことはないだろう。
これであいつが無事に生き延びられりゃ、約束は果たせたことになるだろう、なぁ、ユベール?
そうしたらあとは、ジェニーにウェディングドレスを着せて、お前の墓にまた誓いを立てに行くからよ。
もうしばらく、待っててくれよな。
しばらくして不意に、デスクの上の電話が鳴った。
出ると受話器の向こうから、男の慌てた声で、俺の部隊員がレイピアの部隊員と乱闘騒ぎを起こしてる、と報告が入った。
なるほど、あいつらも巻き込んでのお遊び、ってわけだ。ダリルの奴、気が利くな。これならいくらだって誤魔化しが効く。
俺はそんなことを思いながら、二枚目の写真を見る。
シャロンとユベールとアヤで映ってる、調査会社から手に入れた写真だ。まったく、最後まで世話の焼けるやつだったよ、お前は。
俺は写真をしまってデスクから立ち上がり、窓の外を見やった。
人工太陽が夕方を過ぎ薄ら暗くなっているはるか向こうに、見慣れた車のテールランプが微かに光っているのが見える。
ありゃ、俺のやった車だな。基地の一番の外側の検問を何事もなく通過した車は、その先のトンネルへと姿を消していった。
俺は、冷めたコーヒーを飲み干して、ふと、呟いていた。
「行って来い、アヤ…気を付けろよな、バカ妹」
――――――to be continued to their future
954: 2014/08/10(日) 23:02:25.87 ID:FXWOSk4yo
以上です。
最後はちょっとあっさり目でしたが…残りレス数の関係もあり、書きたいところにピンポイント照準して書きました。
長い間ご愛顧いただき、大変感謝です。
キャタピラ、おっさんだけど、このシリーズを通してちゃんとしたのを一本書いて、どこぞの会社にでも投稿してみようかな、とか思い始めています。
まぁ、それはともかく、大変にありがとうございました。
【機動戦士ガンダム】ペンション・ソルリマールの日報【前編】



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