1: 2015/01/10(土) 21:41:56.20 ID:2i7hE4430
急に禁断症状が出てしまったので、書き出してしまいました…。
【諸注意】
*ファースト編、Z、ZZ編、1st裏編、CCA編、UC編の関連作を貼っていきます。
*宇宙世紀のガンダム作品を題材にしています。
*オリキャラ、原作キャラいろいろでます。
*if展開は最小限です。基本的に、公式設定(?)に基づいた世界観のお話です。
*公式でうやむやになっているところ、語られていないところを都合良く利用していきます。
初スレ
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機動戦士ガンダム外伝―彼女達の選択―【4】
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機動戦士ガンダム外伝―彼女達の選択―【6】
機動戦士ガンダム外伝―彼女達の選択―【完】
だらだらしちゃってすんません。
よかったらまたお付き合いしてくださいな!
よろしくお願いします!
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3: 2015/01/10(土) 21:54:53.16 ID:2i7hE443o
UC0081年12月1日
その日、私は昼前には島の空港にいた。アヤがお客さんを連れて近くの島まで船を出しているから、というのが表立った理由ではあったけど、
まぁ、私としては半年前からずっとメッセージのやりとりをしていたし、今更アヤの代わりに、だなんて思えないというのが正直なところだ。
到着ロビーのソファーに座って天井の電光掲示板を眺める。ついさっき、待っていた飛行機の案内表示が“到着済み”へと切り替わった。
多分、そろそろ出てくるはずだ。
そう思って、私はボーディングブリッジから伸びてきている廊下に目を向ける。そこからは、たくさんの観光客らしい人たちが思い思いの様子で出てきていた。
戦争が終わって、もうすぐ一年経つ。この島への観光客は日を追うごとにその数を増やしているように感じられた。
この調子が続くのならペンションの方も運営は明るいし、それに、これから仕事を始めるんだという“彼女”も、ことをうまく運びやすいんじゃないかな。
ふと、観光客の中に知った顔を見つけた。いた!私はソファーから立ち上がって彼女に向けて大きく手を振る。
彼女の方も私を見つけてくれたようで、軽く手を振り返しながらこっちへと歩み寄ってきた。
アヤと同じくらいの身長に、引き締まった体。長い髪を後ろで束ねている、美人さん。カレン・ハガード。それが、彼女の名だ。
「カレン、久しぶり!」
私はそう彼女を出迎える。カレンは照れくさそうな表情で笑いながら
「なんだかこう、改めて会うとなると、くすぐったいね」
なんて言って肩をすくめている。
こんなところは、アヤに似ている、なんて本人達の前で言うと必氏になって否定するから面白い。
カレンは、自分はアヤとは正反対だ、なんて言うし、アヤはアヤで、カレンとはソリが合わないんだ、なんて口では言うけど、
私にしてみたら、これほどお似合いのコンビはいないんじゃないかって感じてしまう。
特に、アヤのカレンへの信頼の強さと言ったら、羨ましいを通り越してちょっとした嫉妬のような気持ちを沸き上がらせるくらいほどだ。
まぁ、そうは言っても、私自信もこのアヤの軍時代の相棒をアヤと同じくらい信用して、そしてたぶん、好きなんだろうと感じていた。
「そう?私は会えて嬉しいけど」
私がそう言ってあげたら、カレンはペシっと私の肩口を控えめにはたいて
「からかわないでよ」
なんて言ってそっぽを向いた。ふふ、ホント、アヤみたい。
カレンは先月の末日付けで軍を退役してきた。
戦争のために膨れ上がった兵士を早期退職させるプログラムを進めているらしい連邦軍部が、退職金を結構な額で上乗せしてくれるんだと、いつだかのメッセージで教えてくれていた。
カレンはこれからこの島で自分の会社を立ち上げる準備に入る。住むところや事務所を決めるまでの間は、ペンションで寝起きすることに決めていた。
私はそのことが嬉しくて、二週間前から今日を指折り数えていたくらいだ。
4: 2015/01/10(土) 21:55:59.36 ID:2i7hE443o
「しかし、ここは相変わらず眩しいね」
車に乗り込んで駐車場を出たカレンが助手席で目を細めながらそんなことを言っている。
「ジャブローはいつも曇ってたもんね」
「そうそう。それに私たちはそもそもがモグラ暮らしだったから、太陽の下ってのは、眩しいよ」
カレンはそう言いながら膝の上に置いていたハンドバッグからサングラスを取り出して掛ける。私も車を運転するときはなるべく掛けるようにしていた。
それくらい、ここの日差しはとにかく明るい。まるで、アヤの笑顔そのまま、だ。
市街地を抜けて港へと続く道を走り、車はペンションにたどり着いた。ガレージに車を戻して、カレンをペンションの中に案内する。
ホールに入ると、ソフィアがモップで床を拭いてくれているところだった。
「あぁ、レナさん。おかえりなさい」
あれからソフィアも随分と明るくなった。
未だに夜な夜なジャブローでの夢を見て飛び起きることもあって、その都度、私かアヤが一緒に居てあげて背中をさすったり、
落ち着くまでおしゃべりの相手をしてあげている。
最初の頃は気を使ってか謝ってばかりだったソフィアも、最近ではようやく安心して身も心も私達を信頼して預けてくれているのが感じられていた。
「ただいま、ソフィア」
私はソフィアにそう返して、それからカレンをホールに招き入れる。
「ソフィア、久しぶり」
「お久しぶりです、カレンさん!」
二人がそう言葉を交わすのを見守ってからカレンにはソファーを勧めて、キッチンへコーヒーを入れに行く。
南米産の豆で入れたコーヒーをポットに入れてカップと一緒に持っていくと、カレンはソフィアと和やかに話し込んでいるところだった。
「はい、召し上がれ」
「あぁ、ありがとう」
「荷物、部屋に持って行くね」
コーヒーをテーブルに置き、そのままカレンのトランクを引っ張っていこうとしたら、カレンに掴まえられた。
「良いって。私はお客じゃないんでしょ?」
「そんなことないよ、大事なお客さん」
「なら、金をちゃんと取る?」
私の言葉に、カレンはこっちの顔色を伺うような不敵な笑みを浮かべて言い返してきた。
今回のペンション滞在については、食費以外は取らないよ、と事前に言い聞かせてある。
カレンはそれについては、部屋を借りるんだからその分は出す、とひとしきり私とアヤに主張していたけれど、私達はそれを断固として受け入れなかった。
結局、カレンの方が折れてくれて、それじゃぁ、お言葉に甘えるよ、って言葉を何とか引き出すことができた。
だから、確かに。そうだね。お客さん、って言うのは、ちょっと違ったかな。
「お客さん、じゃなかったか」
私がそう答えたら、カレンは満足そうに笑って
「そういうこと。お互い、気を使うのはやめようよ。私も自由にやらせてもらうからさ」
なんて言ってくれる。
アヤの誕生日会のときはたった二日間の滞在で、それ以後はメッセージのやり取りだけで、いざこうして面と向かうとやっぱりいろいろしてあげたくなってしまう。
だけど、カレンはそういうことを望んでなんていないんだ、ってのが、話していて感じられた。
カレンから伝わってくるのは、もっと大切で、もっと嬉しくなってしまうような、そんな気持ちだった。
5: 2015/01/10(土) 21:56:41.61 ID:2i7hE443o
彼女の心は、私にまっすぐに向いている。気なんか使わないでいい、そういう間柄でありたいって、そう言っているように感じられた。
「うん、そうだね!」
私は、カレンの気持ちが嬉しくて笑顔でそう応える。それを聞いたカレンは満足げに笑ってくれた。
カレンの滞在は、どれくらいになるかまだ分からない。一週間かもしれないし、もしかしたら一ヶ月以上になるかもしれない。
それこそ、カレンの仕事の準備次第だ。だからこそ、気なんか使い合ってたら無駄にくたびれてしまうだけかも知れない。
カレンが言うように、お互い気楽な関係でいられたら、それが一番だって思う。それこそ、アヤとの関係と同じように、ね。
6: 2015/01/10(土) 21:57:21.69 ID:2i7hE443o
それからカレンとは一緒に昼食をとって、私はソフィアと一緒にペンションの仕事に戻った。
カレンは、荷物を部屋に置いてから、コンピュータをホールに持ち出してきて黙々とキーボードを叩き続けている。
なんでも、週末に予定されている銀行への融資相談のための資料を作っているらしい。いわゆる事業計画書ってやつだ。
これは私もペンション立ち上げのときに簡単なものを作ったけど、頭金があってペンションの値段の半分は支払えていたにも関わらず、内容には相当苦労した。
運輸会社を起こすとなると、飛行機を買わなきゃいけない。
小型のビジネスジェットを一機買うとしても、たぶんこのペンションと同じのが何棟も建てられるだけの金額になるはずだ。
その分、審査は厳しくなるし、計画にも将来性と緻密性が求められる。それにも関わらず、カレンは涼しい顔をして淡々とキーボードを叩いている。
ペンションの計画書を書くときの私なんて、ガブガブコーヒーを飲んで、うーうー唸りながら頭を抱えていたというのに。
次、何か事業を拡大するとしたら、真っ先にカレンに相談するのが良さそうだな、なんて、そんなことを思った。
部屋の方の掃除を終えて、ソフィアとキッチンに入って夕食の準備をしていると、ガチャっという玄関の開く音とともに、賑やかな声が聞こえてきた。
「帰って来たみたいですね」
ソフィアが右手でスープの鍋をかき混ぜながら言ってくる。
「間に合いそうだね。ちょっと向こうの様子聞いてくるから、少しお願い」
「うん、了解です」
私はソフィアにそう断って、キッチンからホールへと続くスイングドアを押し開けた。
ワイワイと楽しそうに話しながら、お客さん達がゾロゾロとホールに入ってくる。
カレンはチラっとお客さんの一団に視線を送って、すぐにまたコンピュータのモニターに目を落とした。
そんなお客さん達の最後尾について、アヤがホールへと入ってくる。
「アヤ、お帰り!」
「あぁ、レナ、ただいま!カレンの迎え、大丈夫だったか?」
「うん。ほら」
アヤの言葉に私はカレンの方にそっと頭を振る。彼女を見つけたアヤの表情が、みるみる緩んでいくのが分かった。
アヤの気持ちが暖かくなるのが伝わってきて、私もどこか幸せな気持ちが湧き上がってくる。それなのにアヤは
「せっかく帰って来たってのに、顔一つ上げないなんて薄情なやつだよな」
なんて口を尖らせて言った。気持ちと表情があんまりにも一致していないものだから、私は思わず吹き出して笑ってしまう。
アヤはそんな私をジト目で睨みつけて来たけど、そんなことは気にせずに
「ね、バーンズさん達、これからどうする感じかな?」
と泊まりに来ている元連邦の兵士さん達のことを聞いた。
7: 2015/01/10(土) 21:57:54.19 ID:2i7hE443o
「あぁ、先にシャワーに入りたいって言ってたから、夕食は…六時半くらいがいいかな」
アヤが腕時計に目をやってそう教えてくれる。うん、それなら余裕で間に合いそうだな。
「了解、じゃぁ、準備しておくね」
「あ、レナ!アタシ腹減った。これからダイビング機材洗うから、夕飯遅くなるパターンだし、なんかつまめるのない?」
アヤはキッチンに戻ろうとした私をそう言って引き止めた。もう、仕方ないんだから…
「ちょっと待ってて、お昼の残りのパン持ってくる」
私はキッチンに戻って、お昼にカレンと食べたバターロールの残りを一つ取り出して、
包丁で切れ目を入れてそこに夕飯用に作ったお肉と野菜の炒め物を挟んでアヤに持っていった。
「はい、おやつ」
そう言って手渡そうと思ったけど、ふっと、悪巧みを思いついてしまって、私はニンマリ笑ってアヤに言ってみた。
「はい、あーん」
「えぇ!?」
とたんに、アヤが顔を真っ赤にしてそう小さく声をあげる。それでも私はパンをアヤの目の前に突き出しながら
「ほら、あーん」
と言い直す。アヤはホールの方を振り返って自分に視線が集まっていないことを確認すると、私の手の中のパンを二口で食べきった。
顔を赤くしながらモサモサと不服そうにパンを食んでいるアヤに、今度はお茶を入れて持ってきてあげる。
さすがにアヤは私の手からコップを奪い取って自分で飲んだ。
「ん、うまい。ありがとな」
コップを返しながら、アヤは私から視線をそらせて言う。相変わらず、耳まで真っ赤だ。
「どういたしまして。片付け、お願いね」
「あぁ、うん。そっちも、夕飯頼むな」
私たちはそう声を掛け合った、持ち場に戻った。
私はソフィアと夕食の準備をしてバーンズさん達に声を掛け、もちろんカレンにも別のテーブルを用意して夕食を振舞う。
私とソフィアは、キッチンに作った簡易のダイニングでおしゃべりをしながらの食事になるのがいつものことだ。
それからタイミングを見計らってワゴンを押して行って、食べ終わった食器を回収し、テーブルの上をキレイにしてから、
用意したお茶のセットをテーブルに置いてキッチンに戻ってくる。
ソフィアと食器を洗おうとしていると、不意にギィっとスイングドアの開く音がした。見るとそこには、カレンの姿がある。
「あれ、カレン、どうしたの?」
「手伝うよ」
私の言葉に、カレンは頭を振ってそう応えた。私は、すこし戸惑ってしまう。だって、気を使わなくって良い、って言ったのはカレンだ。
私もそう思ったけど、そう思ったからこそ、手伝いなんて気遣いは、やっぱりなんだか心苦しい気がする。
「気を使わないでって話じゃなかったっけ?」
私がそうカレンの説得を始めようとしたら、カレンはなんだか楽しそうな顔をして笑って言った。
「あぁ、ごめん、性格でね。頼りっぱなしだったり任せっぱなしだったりするのが苦手なの。だから、気が済むまででいいからやらせてよ」
カレンの口調は、まるで私を試すような、からかうような、そんな感じだった。
でも、どうやら私に気を使っている、って感じではないっていうのはなんとなく感じ取れた。気遣いというよりもむしろ、遊びに来たような感触がある。
なんというか、仲良くしようよ、って言っているような、そんな雰囲気にも感じられた。
8: 2015/01/10(土) 21:58:20.72 ID:2i7hE443o
「なんかそれ、ズルい言い方だね」
私がそう切り返してみたら、カレンはニヤっと笑って
「そうかな?本心で言ってるだけなのに」
とおどけた様子で言い返してくる。もう、そういうところもアヤと一緒だよね。一筋縄じゃいかない、っていうか。
まぁでも、本当に気遣いじゃないっていうのは分かったから私は、仕方ないな、ってわざとらしい表情をカレンに見せつけてあげてから、
「じゃぁ、一緒にやろう」
と応じた。あえて“お願い”ってニュアンスを込めなかったのだけど、カレンはそれをいたく気に入ってくれたようで、
「うん」
ニコッと優しい顔で私に笑いかけてくれた。
「計画書の方はどう?」
ソフィアは片腕がないので洗い物は難しい。その分、いつもほうきを持ってキッチンやホールの掃除をお願いしている。
洗い物は私の仕事。そんな私の隣に立って、食器を擦ってくれているカレンにそう聞いてみた。
「あぁ、概ね完成してるよ。プレゼンはたぶんなんとかなると思う。あとは、良い不動産があれば先に見繕っておきたいところだね。
いつまでもここに世話になってちゃ悪いし」
「別にうちは構わないよ?大口の予約が入ったら一晩か二晩、私達の部屋かソフィアの部屋に移動してもらうかもしれないけど…」
「そうもいかないって。部屋が一つ埋まってるってことはそれだけ稼働率を下げちゃってるんだ。
ほら、もし万が一、出撃する戦闘機に不備があったときには、すぐに予備機を投入できるようにしておかないとまずいってのと同じだよ」
カレンはそんなことを言いながら、チラっと私を見やる。もちろんカレンも、私が元ジオンの軍人だってことは知っている。
そんな例え話を投げかけてくるのは、そんなことは気にしないよ、って暗に私に伝える意味合いがあるんだろう。
カレンがどこでどんな戦闘を経験してきたのか、は聞いたことがないけれど…でも、オメガ隊にいた彼女だ。
きっと彼女も、あの隊長達と同じように国や所属じゃなくって、人となりを真っ直ぐに見つめられるような人なんだろうって、そう感じた。
「そうだけどさ…もうちょっとお金が貯まったらね、西側の敷地に、母屋を建てたいなって思ってるんだ」
「母屋を?」
「うん。稼働率、って言ったら、私たちも客室を使っているわけだしね。食事とかはこっちで摂るにしても、寝る場所は別棟があれば、
きっとその方が良いかなって思うんだ。なんなら、そこにカレンの部屋も作っちゃえばいいかな、って」
「やめてよ、そこはあんたとアヤの愛の巣になるわけだろ?」
そんなこと考えもしてなかったのに、カレンがいきなりそんなことをいうものだから、私は顔が急に顔が火照るのを感じてしまった。
「ああああ愛の巣じゃないよ!っていうか、べ、別に私とアヤはまだそんな関係じゃないから!」
「へぇ、違うの?てっきりそうなのかと思ってた」
「ち…違うわけじゃ…ないかも知れない…かも知れないけど…」
「えぇ?なに、それ」
カレンはいたずらっぽい笑顔を浮かべながらわざとらしくそう言ってくる。あれ、これって、なんか覚えがある…まるで、アヤに遊ばれているときみたいな…
そう思って、私はハッとした。これ、完全にからかわれてる!
9: 2015/01/10(土) 21:59:02.83 ID:2i7hE443o
「もう、やめてよ!」
私はそのことに気がついて、お皿を流しながらドン、っとカレンに肩をぶつける。カレンはなんでも内容に私のタックルをこらえると
「あはは、ごめんごめん」
なんて声を上げて笑った。
「えぇっと…その、あれだよ、あれ。私たちに気なんか使わないでいいから、この島で生活するんなら考えてみてよ。
自分の家か、実家だって思ってくれていいからさ」
私は気持ちを整えて、さっきまでの話題に戻しカレンにそう伝える。するとカレンは、なんだか少し驚いたような表情をして私を見やった。
「ど、どうしたの?」
「あ、ん、いや、なんでもないよ」
今度はカレンがハッとした様子を見せて、こすり終えたお皿を私に手渡してきた。不思議に思いながらもそれを受け取って流水で流していたら、カレンがつぶやいた。
「実家、ね…」
それを聞きながら、私は無意識に集中して頭の中に響いてくる声に耳をすませた。だけど、妙な事にカレンの気持ちが伝わってこない。
まるで、水中で何かを聞いているようにくぐもったぼんやりとした感覚だ。
どうしたんだろう、カレン…アヤとのことで、何か気になることでもあるんだろうか?それともやっぱり私たちに気を使ってるの?
私はカレンと仲良くなれると思っているし、カレンも私にそう言ってくれていた。それに、現にこうしておしゃべりをしていても、楽しいし、気楽でいられる。
母屋の話は半分冗談と受け取られても仕方ないとは思っても、カレンが楽なようにペンションを使ってもらうことは一向に構わないって思うんだけどな…
そんな私の様子に気がついたのか、カレンが私を見てクスっと笑って言った。
「アヤも、レナ、あんたも、私にとっては大事な友達だ。だから、逆に迷惑をかけたくないって思っちゃうのが私なんだ。
まぁ、でも、せっかくそう言ってくれるんだから、気楽にはやらせてもらうよ」
そんなカレンから伝わってきたのは、やっぱり、胸が暖かくなるような、穏やかな心地だった。
10: 2015/01/10(土) 22:00:24.69 ID:2i7hE443o
「ふぃぃ、ようやく終わったよ…」
その晩、アヤがそんな声を漏らしながらホールへと戻ってきた。
「あぁ、お疲れ様です」
ソフィアがアヤに声をかけながら、トレイの上にあったグラスに氷を入れ、アヤが好んで選んでくるバーボンを注いでテーブルに置く。
「ありがと」
アヤはソフィアの肩をポンっと叩きながらイスに腰掛けると、グラスをグイっとあおって大きくため息をついた。
「ふぅぅ…腹減った」
「まだ暖かいから食べて」
私は日報を打っていた手を休めて、テーブルに運んできておいたアヤの分の夕食を並べる。
アヤはよほどお腹が空いていたのか、並べ終わる前から細切れにしたサイコロステーキを指先でつまんで頬張り、
「んー!うまい!」
と幸せそうな笑みを浮かべる。
「もう。行儀悪いよ」
顔をしかめてフォークを差し出してあげるけど、アヤはどこ吹く風でヘラヘラと笑った。
アヤが食事を始めたので、私は日報打ちに戻り、ソフィアも来週のスケジュールの確認へと戻った。
日報にはその日使った食材や、消費した燃料、エネルギースタンドの代金だったり、
あと、月末に引き落とされる水道や電気なんかの料金の支払いに回す分の金額を細かく入力していき、最後にその日の予算と合わせて確認して記入する。
食材に関しては毎週大量に買い込む分の代金を七日分に分けた金額になるけど。
ソフィアのスケジュール確認は、来週掛かる予算を計算して運営全体の予算からその分を確保しておくのに必要なものだ。
ソフィアが来るまでは、これをアヤと私の二人でやっていた。もちろんアヤは私に出来ない車や船の整備に、
その他、ペンションのメカニックも担当してもらっていたから、私が負う分も多くて、正直大変な作業だった。
ソフィアは元情報士官の分析官ということもあってか、こんな事務作業はお手の物のようで、作業はすこぶる楽になった。
あの日、ソフィアに働いて欲しいと誘ったのはソフィアのためでもあったけど、こうしているとペンションの運営面でも本当に助かっている。
もちろんソフィアにはその分のお給料を支払ってはいるけど、仕事内容の多様性と拘束時間から鑑みても相当、安いと言わざるを得ない。
それこそ、街のカフェのパートタイムと変わらないくらいだ。それでもソフィアは
「住むところと食事を提供してもらっているのにお給料なんて」
と毎回の様に申し訳なさそうな顔をする。でも、ソフィアだってもしかしたら、この先、自分のしたいことが見つかるかもしれない。
そんなとき、少しでもここで手伝っている分のお金が役にたつように、って、そう思うんだ。
11: 2015/01/10(土) 22:01:17.04 ID:2i7hE443o
「カレンはもう寝ちゃったのかな?」
不意に、アヤがガーリックトーストをかじりながらそんなことを聞いてくる。
「うん。明日は、ナントカって財団の人と会わなきゃいけないから、早くに出て行くって」
私がさっきカレンから聞いた話をするとアヤは
「ふーん…」
と鼻を鳴らして無関心を装う。なによ、その反応。素直に寂しいって言えば良いのに。私は、アヤから伝わってくるその感覚に思わず口元を緩ませてしまっていた。
だけどアヤはそんな私を知ってか知らずか
「ホント、愛想のないやつだよなぁ、あいつ。それに口が悪いんだよ。二人共、なんか変なこと言われてないか?」
なんて嘯いている。あまりにも嬉しそうな表情をしていたからか、今度はソフィアまでぷっと吹き出してしまう。
「な、なんだよ?」
「だって、アヤさんすごく嬉しそうだから」
怪訝な顔をするアヤにソフィアがそう言ってクスクスと笑う。アヤはそれを聞いて顔を真っ赤に染め上げて
「そ、そんなワケないだろ!なんでカレンのことなんか…!」
と一瞬声を大きくして主張したけど、私がジッと見つめてあげたら急にモジモジとしだして
「…ま、まぁ、そりゃぁ、さ。カレンとは一緒に飛んでた仲だし…いろいろ大変なこともあったからな…」
とようやく認めたようでそう口にした。
「いろいろ、って?」
すかさずソフィアがアヤの言葉尻を捉えて前のめりに尋ねる。
うん、それは私も気になる…共同経営者として是非聞いておかなければいけない、うん、共同経営者として、ね。
「えー?うーん…」
ソフィアの質問に最初はそう口を濁したアヤだけど、私とソフィアの無言の圧力に押し負けたのか、ポツリポツリと話を始めた。
「例えば、さ…同じ作戦で二人共撃墜されて、喚き合いながら救助が来るまで野営したこともあったし…あと、あれだよ、ほら。ベイカーズフィールドで隊長がしてた話」
「あぁ、40人の陸戦隊を全滅させたってやつ?」
「全滅って!ちょっとぶん殴っただけだよ!…うん、まぁ、あれを止めてくれたのもカレンだったし。
カレンが仲裁に入って来てくれなきゃ、アタシ、たぶんあいつら頃してたかもしれない。
戦時中に味方を頃すだなんて、銃殺ものだよな…そうならなかったのはカレンのお陰だ」
アヤは、宙を見据えるようにしてバーボンのグラスを煽った。やっぱり、頬がほんのり赤い。そんなに照れなくったっていいのにね。
「ふーん、なるほど…苦楽を共にした戦友ってわけですか…」
アヤの言葉にそう言ったソフィアが今度は含み笑いをして私をニタリと見つめてくる。
「レナさんとしてはどうなんですか、そのあたりは?」
「そ、そのあたり、って?」
「だから、アヤさんの恋人としては、多少ヤキモチとかそういうのあるんじゃないんですか?」
こここここ恋人!?私は、ち、ち、ち、違わないのかもしれないけどでも、そそそそ、そういうんじゃなくて、その…!
「ソ、ソフィア!」
焦った私に変わって、アヤがそう声をあげる。アヤの顔はさっき以上に真っ赤だ。
「えー?アヤさんは今余計なことを言うと、レナさんに言い訳みたいに聞こえちゃいますから控えたほうがいいですよ?
ね、レナさんいいじゃないですか、ぜひコメントを!」
そんなアヤを言葉で制してソフィアはなおも私にそう食らいついてくる。ソ、ソフィアってばときどき、すごく鋭い切り込み方してくるよね…
こ、これは、情報士官ゆえなのかな?そ、それとも性格…?
12: 2015/01/10(土) 22:01:42.24 ID:2i7hE443o
私はそんなことを考えながらも、なんとか気持ちを落ち着けて冷静にソフィアの質問について考える。
確かに…もし、私がアヤの恋人だったのなら、嫉妬の一つでもしていいかもしれない。いや、現に、二人のやりとりを見ているとときどき羨ましくなることもある。
でも、だからといってそれをやめてほしいと思うことはない。むしろ、私もそこに加わりたいな、と感じるくらいだ。
おかしな話だけど、もちろんそれはカレンが女性だからかもしれない。
自分を差し置いてこんな表現するのは変だけど、もしそれが男性だったら…あるいは、寂しさくらいは感じるかもしれない。
あ、でも、オメガ隊の人達と楽しそうにしているアヤを見るのは、どっちかと言えば好きな方だ…。
じゃぁ、アヤが大切じゃないのか、と言われたらそれも違う。他に家族のいない私にとって、アヤは、唯一家族と呼んで差し支えない存在だと感じている。
何があっても失いたくない、って、そう思う。だけど、アヤのことを思うと、別に誰と仲良くしていようが、
彼女が私から離れて行ってしまうのでは、なんて恐怖感や不安感を感じるようなこともない。
それは私がアヤを信じているからで、たぶん、アヤも私を信じていてくれるからなのだと思う。
そう、たぶん、私にとって、アヤは恋人というよりは、もう家族、なんだ。
「アヤは家族、って感じだからかな。恋人を通り越して、もう家族って感じだから、別に嫉妬したりしないし…楽しくしてくれていれば、嬉しいって思うのかも」
私がそう言うと、ソフィアは少し意外そうな表情をした。
「恋人、って感じじゃないんですか?じゃぁ、姉妹みたいな?」
その表情のまま、ソフィアは確認するようにそう聞いてくる。
「うーん、姉妹、とも違うかな…何に近いか、って言われたら…たぶん、夫婦に近いんだとは思うんだけど…」
「夫婦に近いのに…嫉妬心はなし…」
私が答えると、ソフィアはさらに首をひねる。そんな様子がなんだかおかしくて、私はクスっと笑ってしまった。
私にうまく説明できないものを理解しようとしているソフィアが、嬉しいようなくすぐったいような、そんな風に感じてしまったから。
「まぁ、ほら、アヤも私も、天涯孤独だからね」
そんなソフィアに私はそう言ってあげる。するとソフィアは、釈然としないという雰囲気の表情を浮かべながらも、
「それは、まぁ、なんとなくわかる気がしますけど…拠り所、っていうか、そんな感じですかね…」
なんてぼやくように言う。
確かソフィアの家族は月にいると言っていた。
なんでもソフィアのお父さんは技術職の人で、グラナダのツィマッド社が管轄の軍事工場に勤務していて、戦時中はモビルスーツの生産ラインの責任者だったらしい。
今は、その分野はアナハイム・エレクトロニクスに吸収されて、解体、再編されて
ジオン共和国となったサイド3の自衛部隊が所有するモビルスーツの整備点検の委託を受けているという話だ。
ペンションに来て、ホールの共用のコンピュータでメッセージのやりとりを再開したソフィアによれば、
人事次第ではアナハイム社の地球工場に転勤も有りうるらしいから、もしかしたらそのうちうちのペンションにも遊びに来てもらえるかもしれない。
そうなったら、目一杯サービスして喜んでもらわなくちゃね。
13: 2015/01/10(土) 22:02:15.68 ID:2i7hE443o
「そういえば、カレンも家族が氏んでるんだったな」
不意に、アヤがそんなことを口にして、私はハッとして彼女を見つめた。
「そうなの?!」
「あぁ、うん。カレンの家族はシドニーに住んでて、それで―――!」
シドニー…?今、アヤ、シドニーって、言ったの…?
そこまで言って、アヤはしまった、って顔をして私を見つめ返してきた。
私は、まるで、頭を撃ち抜かれたんじゃないかっていうくらいの衝撃を感じて、目眩すら覚えた。
シドニー…そう、オーストラリアの、あの、穴の空いた大地…
コロニーが落ちて、無数の人たちが亡くなって、あんなに怨嗟が立ち込めるあの場所に、カレンの家族は居たの?あの声の中に、カレンの家族が、いたの…?
私は、胸に込上がる吐き気に思わずイスを引いて、ホールの隅にあったゴミ箱に顔をうずめた。
あの日、あの時、シドニー湾で感じた得体の知れない感覚が私の脳内に染み出して耐え切れなかった私は、
あの港の桟橋のときとおなじように胃が裏返る感覚と共に、熱い胃酸をゴミ箱の中に吐き戻した。
「レナ…!」
アヤがそう言って私の元に駆けつけてくれる。彼女の優しい手が私の背を撫で、柔らかく落ち着いた口調で
「大丈夫、ここは、シドニーじゃない。大丈夫だ、大丈夫…」
と繰り返し私の耳元で囁いてくれた。だけど…だけど、今回は、違う。あのときと明らかに違う。だって…私は知ってしまったんだ。
あの場所に、カレンの家族が居た。私たちが、ジオンが、あんなことをしなければ…!
どうしよう、私…明日、どんな顔してカレンに会えばいいの?どんな顔して、カレンと話せばいいの?何を話せばいいの?
カレンの家族を頃した人間なのに…ぬけぬけと、私…!
そんな思考が頭の中を支配仕掛けたとき、私は、夕食のあとの会話を思い出してしまった。食器の片付けを手伝ってくれたとき、私、カレンに言った。
「実家だと思ってくれていいよ」
って…。
家族を頃したジオンの人間なのに、私、なんて…なんて軽はずみなことを…私、私、カレンになんてことを言っちゃったんだろう…!
そのことに気づいて、私は胸をかきむしりたくなるような罪悪感が込み上がってくるのを感じた。
それは胸から溢れ、喉へと至り、頭の中にまで登ってきて、涙と嗚咽になって吐き出される。
「レナ…落ち着け…。大丈夫、大丈夫だから…」
アヤが私の肩を抱いて。手を額に当ててくれながらそう囁いている。
「レナさん…」
カツカツと、ソフィアも私のそばに来て、ためらいがちに、私の背に手をおいてくれた。
でも、それでも、私は、自分の胸を壊したくなるような嫌悪感と罪悪感に支配され、ただガタガタと全身を震わせているしかなかった。
「どうしよう…どうしよう…どうしよう…」
そんなうわごとをただただ繰り返しながら。
16: 2015/01/13(火) 22:11:52.38 ID:2lkmBX+Eo
翌朝。眩しい光を感じて、私は目を覚ました。私は、部屋のベッドに横になっていた。窓から差し込んでくる朝日が私の寝ぼけ眼に刺さる。
ふと、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。朝ごはん…?どうして?ぼんやりとする思考で私は壁掛けの時計を見やる。
時間は、いつも朝食を提供する7時をもう一時間近くすぎていた。
あぁ、寝坊した!そのことを理解し、ベッドから飛び降りた瞬間、ガクン、と膝が折れて床へと倒れ込んでしまう。
何、今の?
私は今度は、恐る恐る体を起こしてみる。立ち上がることは出来たものの、なんだか全身がスカスカとしていて力が入らない。
虚脱しているような、そんな感覚だ。だけど、私はその奇妙な感覚に、覚えがあった。これは、シドニーで点滴を受けて眠ったあとに感じたのと同じ。
そう思って、昨晩のことを思い出す。そう、確か、私、カレンの家族のことを聞いてと取り乱して…
そのあと、アヤに落ち着くように、ってコップの水を一杯もらった…でも、その水は、ソフィアが用意してくれたはずだ。
そうか…ソフィアの薬を盛られたのかもしれない。ソフィアは、未だに時々悪夢を見るから、と街の総合病院で軽い安定剤と睡眠導入剤をもらっている。
たぶん、それを水と一緒に飲まされたんだ。あのときも、そうやって収まったから、たぶん今回も、アヤがそうしてくれたんだろう。
私は手早く身支度を整えてホールに駆け降りた。ホールのドアを開けると、アヤとソフィアが食後のお茶をすすりながら何かを話し込んでいる姿があった。
「あぁ、レナ。おはよう、気分どうだ?」
私に気付いたアヤがそう聞いてくれる。
「おはよう…うん、大分楽だよ…」
少しだけ戸惑いながら二人のところまで行って席につくと
ソフィアがお茶を、アヤが朝食だったらしいサンドイッチとサラダにポテトと目玉焼きの乗ったプレートを準備してくれた。食欲は…あまりない、な。
私はソフィアが淹れてくれたお茶に口をつけてからふうと息をついて、まずは寝坊してしまったことを二人に謝った。
「まぁ、気にすんな。あんたがヤバいときはアタシが守る。それがアタシらのルールだろ?」
「いつもは私ばっかりお世話になってるから、これくらいなんてことないですよ」
二人がそう言ってくれたので、少しだけ胸が軽くなる。
「ありがとう…。カレンはもう出かけた?」
「あぁ、うん。空港に送ってやったよ。バーンズさん達も今日はキュラソーの方へ行ってみるって言うから、さっき街の港まで送り届けたところだ」
そう…とりあえず、良かった、かな。お客さんのバーンズさん達に迷惑が掛からなくて。私は胸を撫で下ろしつつ、もう一度二人にお礼を言う。
すると、アヤよりも先にソフィアが
「良いんですよ。こんなときは頼ってくれて」
なんて言って笑ってくれた。ふと、そんなソフィアの笑顔私は少しだけ疑問を感じた。ソフィアだって、ジオンの人間だ。
カレンの家族の話を聞いて、何かしら感じるところはあるはず…ソフィアはそういう気持ちをどう扱っているんだろう?
17: 2015/01/13(火) 22:12:39.72 ID:2lkmBX+Eo
「ねぇ、ソフィア。ソフィアは、カレンさんのこと、どう感じてるの?」
私がそう聞いてみると、ソフィアは少し難しい表情をして黙った。なぜだか、迷っているような、そんな感覚が伝わってくる。でもややあってソフィアは口を開いた。
「私は…正直、自分のことで精一杯で、そこまで気持ちがついて来ないんです。カレンさんの気持ちを考えるよりも、自分のことが先に立ってしまって…」
あぁ、しまった…私、また…なんて不用意なことを…私は鈍いショックで体が震え出すのを感じた。
「レナ…」
アヤが声を掛けてきて、私の手をそっと握る。ハラハラと、私の弛い涙腺から涙が溢れて止まらない。だけど、そんな私をじっと見つめてソフィアは言った。
「だけど、レナさん。私もいずれ、その気持ちと向き合わなきゃいけない日が来るんだと思う。
きっと、自分の生き方を、幸せを見つけて、それに埋もれそうになったとき…私は、それを素直に享受できないって感じる日が来る。
私はそのときまで、良い意味でも悪い意味でも、一歩ずつ進んで行くしかないんだと思ってます」
ソフィアの言葉はまっすぐだった。
その視線は、私を力強く見つめているのと同時に、
ソフィアが立ち向かっていかなきゃならない捕虜になっていたときの記憶や体験をまっすぐに見つめているようにも感じられた。
でも、ソフィアは次の瞬間、クスっとその真剣な表情を笑顔に変えた。
「なんて言ってますけど、ただ単に向き合うのが恐いのかもしれません。私は私達ジオンが犯した罪を認めてしまったら、
自分の身に起きたことをただただ納得する他にないかも知れない、なんて思っちゃうところもあるんですよね」
コロニーを落としたジオンの人間だから、何をされても仕方がない…ソフィアの言葉はそう思うところがある、ってことだ。私はそれが正しいとは思わない。
いや、もちろんソフィアだってそうあるべきだなんて思ってないだろう。ソフィアから伝わって来るのは照れているような、キュッと胸が切なくなるような感覚だ。
でも、ソフィアが伝えたかったことは分かる。何をしたか、何をされたか、ってことを一次元的に考えてしまうことはないって、きっとそういうことだ。
それには優先順位もあって、同時に複数を進められないようなことで、同時に考えてしまえば心の整理がつかなくなってしまうもの。
だから、それはそれ、これはこれとして、分けて考えて行けば良いんだ、って、きっとそういうことなんだろう。
「そんなことないよ…ソフィアは、立派に立ち向かってるって思う」
私はソフィアの照れ隠しをキチンと否定してあげてから
「ありがとう、ソフィア。あなたの言う通り…私は今は、カレンを受け入れてるペンションの共同経営者で、カレンの親友のパートナー。カレンのことを考えたら、
私が気持ちを整理したいためだけに、会社の立ち上げに動き回ってる彼女に家族のことを無理に思い起こさせるのは、私が今、最優先でやることじゃないよね。
私は、まずは、カレンのサポートを全力でやるよ」
と、少しだけ整理できた胸のうちを伝えた。ソフィアは優しく笑って頷いてくれる。
アヤは…まだちょっと心配してくれているのが伝わって来るけど、でも、私の目を見て、黙って頷いた。
私は二人に、三度目のお礼を言ってお茶をすすり、顔の涙を拭って深呼吸をして、ソフィア特性のドレッシングがかかったサラダをフォークで口に運んだ。
口の中に、爽やかであっさりとした、気持ちの良い朝にぴったりの風味が広がって、力強い何かと一緒に全身に染み渡って行くような、そんな気がした。
だけど、胸の内のどこかにあるモヤモヤとした感情は、完全には消え去ってはくれなかった。
18: 2015/01/13(火) 22:14:48.54 ID:2lkmBX+Eo
つづく。
トロールの方を優先したら、こんなワンシーンのみだったごめんなさい。
意外と、ソフィアがアヤレナとどう馴染んで行ったのかってのも、どこにも書いてなかったなぁと思ってついでに書いてます。
21: 2015/02/09(月) 02:24:08.65 ID:N5mizT4Bo
向こうに誤爆しちゃったぜ・・・orz
22: 2015/02/09(月) 02:26:42.43 ID:N5mizT4Bo
その晩、隣のキュラソー島から戻ったバーンズさんたちは明日の早朝の飛行機でこの島を出るために、夕食を摂ってすぐに部屋へと引き上げて行った。
バーンズさん達がチェックアウトしたあとは、週末まで予約は入っていない。急な予約でも入らない限り、明日と明後日はのんびりとしていられそうだ。
私は夕食の片付けを終えて、例のごとくホールで日報を打っていた。
ソフィアは来週分のスケジュールの確認や予算編成なんかを昨日の夜には概ね済ませてしまったようで、お店でもらった領収書なんかの整理を手伝ってくれている。
アヤは今日は機材や船、ペンションの設備関係の仕事もない代わりに、北米へと飛んだカレンが、アルバの空港に戻ったら掛ける、と言った電話を待っている。
ソリが合わない、口が悪い、なんて言っている割に、カレンの事となるとアヤはなんだか嬉しそうだ。
だけど、アヤは昨日の晩の私のことを思ってか、そのことをあまり考えないようにしているみたいだった。
口にも出さないし、それに意思もぼやかしているのか、ぼんやりとした感覚が伝わってくるだけだ。私にしてみたら、それはなんだか申し訳ないように感じられた。
「あー、なぁレナ。今って資金、どれくらい余裕あるかな?」
不意に、アヤがそんなことを聞いてきた。
「んー、っと…二月は凌げるくらいかな…」
私は手元のコンピュータの表計算ソフトを切り替えて確認してから答える。するとアヤはなぜだか少し残念そうに唸った。
「どうしたんですか?」
そんなアヤの様子にソフィアがたずねた。するとアヤは、あぁ、なんて声をあげてから
「今回のバーンズさんがそうだったけど、空港へ迎えに出るには四人がギリギリじゃないか、あのオンボロだと。
出来たら、安いのでいいからワンボックスタイプのエレカでもあれば良いんじゃないかって思ってさ」
とグラスを持った手を振りつつ言う。確かに、アヤの言うことはもっともだった。
今までは大口のお客さんと言えばオメガ隊やレイピア隊の人達くらいで気は使って居なかったけど、
これからもっとお客さんを呼び込もうと思ったら、あの小型のガソリン車では心許ないどころの話じゃない。
この島はタクシーも少ないし、あの車に乗りきれないほどのお客さんが来てくれたら不便をかけてしまう。
10人以上とは言わないまでも、せめて7、8人は乗れる車があれば、それに越したことはない。
だけど…
「エレカ導入にはもう少し蓄えが欲しいところだよね…買えなくもないけど、カツカツになっちゃう」
「そうだよなぁ。特にこの島じゃ、輸送費ばっかり嵩んで相場よりもちょっと高いしさ。せめて、中古でも良いから三分の二くらいの値段じゃないとな」
アヤの言う通り、残念だけど、新車導入はまだ先のことになりそうだ。
そんな話をしていたら、不意に玄関のチャイム音が聞こえた。途端にアヤがピクッと反応する。そんなアヤを見て、私も気配を感じ取って分かった。
カレンが戻ってきたようだ。
「なんだよ、あいつ!空港に着いたら連絡しろって言ったのに!」
アヤは憤慨しているのかどうなのか定かではない表情をしながら、ツカツカと、つとめて肩を怒らせるようにしてホールから出ていった。
その姿を見送った私は、ソフィアに気づかれないようにそっと、静かに、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。
気持ちを落ち着けて、穏やかに保とう…今、カレンは大事な時期だ。
ただでさえ傷付けてしまったかもしれないのに、これ以上私の勝手でカレンを困らせる訳にはいかない…そう自分に言い聞かせた。
23: 2015/02/09(月) 02:27:10.46 ID:N5mizT4Bo
程なくしてアヤに連れられ、カレンがホールに姿をあらわした。パンツスーツに身を包み、大きめのビジネスバッグと見慣れない細長い紙袋を携えている。
「おかえり、カレン」
なるだけ明るく見えるように、と笑顔を作ってそう声をかけるとカレンの方もまぶしいくらいの笑顔で
「あぁ、レナ。ただいま。まだ事務仕事してたんだね。お疲れ様」
なんて私達を労う言葉まで添えて来た。ありがたいやら、苦しいやらだけど、とにかく、くつろいでもらうためには笑顔が一番、だ。
「ありがとう。カレンこそお疲れ様。首尾はどうなったの?」
私がそう聞いたら、カレンはニコッと笑って持っていた細長い紙袋から細長い箱を取り出して見せた。上品なリボンがつけられた木製の箱だ。
表面には、焼き鏝かなにかで付けられたんだろう刻印がある。
「お、おい、カレン!それって、ノーザンオーシャンか!?」
その箱を見るや、アヤが声をあげた。
「そ。しかも、半世紀記念の限定ボトル」
「ホントかよ?!軍時代の俸給の一ヶ月分以上はするじゃないか!」
「はは、そうだね。だけど、祝勝会にはうってつけでしょ?」
アヤの言葉にそう返事をしたカレンはまた私を見やって笑顔で言った。
「財団からの出資契約、バッチリ取り付けて来たよ。お祝い、付き合ってくれるでしょ?」
すごい…!私は素直にそう思って思わず椅子から立ち上がっていた。財団からの支援なんてよほどのことがない限り取り付けられない。
それこそ、今回カレンが交渉したボーフォート財団は医療や福祉分野が主な活動拠点。
カレンが計画している普通の会社経営にはあまり興味を示すようなこともないだろう。だけど、カレンはあの経営計画書で、それを勝ち取ってきた。
長い時間カレンと一緒にいるわけでも、ましてやあの計画書をカレンがどんな苦労をして作り上げたのかを知っているわけでもない。
だけど、昨日の晩、自分のプランを嬉しそうんk私に話してくれたカレンを思い出して、私も気持ちが弾んでしまうのを抑えられなかった。
「おめでとう!」
そう声をあげた私は、思わずカレンの両手を握って小さく跳び跳ねながら
「すごい!すごいよ!」
なんて繰り返していた。
「あ、あぁ、ありがとう、レナ」
そんな私に、微かに頬を赤らめて言ってすぐにそっぽを向いたカレンは、思い出したように
「グラスあるかな?あと、つまめる物も欲しいね。チーズは買ってきたけど、何かあるかな?」
と聞いてきた。
「昨日のローストビーフが少し冷凍してあるから、あれ解凍しましょう」
カレンの言葉を聞いたソフィアがそう言って立ち上がる。
「ソフィア、大丈夫?」
「ええ、歩くくらい、どうってことないですよ?」
カレンの気遣いにソフィアはそんなことを言って、ヒョイっと義足の脚に体重を掛けて片足立ちをしてみせる。でも、次の瞬間バランスを崩した。
でも、カレンがその体をパッと捕まえて
「分かったよ。頼むね」
なんて言って、ソフィアをしっかり立たせてポンっと肩を叩いた。
ソフィアは珍しくなんだか少しバツの悪そうな表情を浮かべて返事をすると、軽い足取りでキッチンへのスイングドアをくぐって入った。
24: 2015/02/09(月) 02:27:43.46 ID:N5mizT4Bo
「ほら、カレン、あんた座れよ!荷物は部屋に運んどくからさ」
そんなソフィアを見送らない内に、アヤがそうカレンに椅子を勧めながら、荷物を奪おうとする。
「あぁ、気にしないでよ。自分でやるからさ」
「そう言うなって。ほら、貸せって」
「いいって言ってるでしょ?」
「あぁ?なんだよ?」
「なによ?やる気?」
つい今しがたまでいい雰囲気だったのに、突然目の前で剣呑なやり取りが展開され始める。
まったく、またいつものが始まった…半分呆れてそれを見ていた私だけど、荷物を奪おうと手を伸ばすアヤと、
それを躱しながらアヤの体を押し返すカレンの応酬が、次第に激しくなっていく。
「貸せってんだよ、この石頭!」
「構うなって言ってるでしょ、意地っ張り!」
しまいにはそんなことを吐き捨てた二人はお互いの胸倉をつかみ合う。あ、あれ、これって本気のやつ?いつものおふざけじゃないの?
せっかくカレンの仕事がうまくいったのに、ケンカなんて…!
「ちょ、ちょっと待ってよ二人共!」
私はハッとして二人の間に割って入る。でも、その途端だった。
「邪魔しないでよレナ!」
そう言ったカレンが私の腕を取った。
「レナ、どいてろ!今日という今日は、黙らせてやる!」
と、今度は、アヤが反対の腕を掴んでくる。
そして二人は、私の腕を逆方向に引っ張り出した。
「レナ、どいて!」
「どけよ、レナ!」
そう声をあげる二人のあいだで、私は両腕を左右反対に引っ張られて身動きがとれない。あ、あれ…!?やっぱりこれ、ふざけてるの!?
わ、私、遊ばれてる!?そのことに気づいたときにはすでに遅かった。
私はそのまま訳の分からない文句を言い合うアヤとカレンに挟まれて、明らかに無意味にもみくちゃにされる。
「ちょ、まっ!待って!」
必氏にそう声を上げてみるけれど、アヤもカレンもそんなのはお構いなしだ。
やがて私はバランスを崩して、二人の間にサンドイッチにされながらアヤの脚に体重を預けるように転がってしまった。
25: 2015/02/09(月) 02:28:14.47 ID:N5mizT4Bo
「あっ、レ、レナ!大丈夫?!」
「おい、カレン!あんたレナになんてことを!」
「なによ!?そっちがふっかけて来たのがいけないんでしょ!?」
床に座り込んだ私の見上げる先で、二人のそんな迫真の舌戦が続く。そう、これはオメガ隊方式の遊びだ。
アヤには船の上やらペンションに来てからもずいぶんとハメられたし、アヤの誕生会のときにさんざん見てきたから分かる。
私としたことが、また良いようにやられてしまうところだった!
私の様子に気がついたのか、アヤがチラっと私を見やった。アヤの暖かな気持ちが伝わってくる。
うん、分かってる…ありがとね、アヤ。私に余計なことを考えさせないように、ってそう思ってくれてるんだね。
だとしたら、やっぱりここは乗っておいた方が良いに決まっている。
私はそう意気込んで、立ち上がってカレンとアヤの間に再び割り込んだ。
「いい加減にしなさい!」
そう言いながら二人の頭に腕を回してヘッドロックを試みる。だけど、私の考えは甘かった。
二人共、この重力のある地球でモビルスーツの照準装置でも追いかけられない様な機動と速度で空を駆けていた戦闘機のパイロットだ。
モビルスーツでの機動でもGは掛かるけど、地球の、しかも戦闘機のそれとなると話が違う。
宇宙空間でさえモビルスーツでは追いきれない動きをするような戦闘機のパイロットは、そもそも体の鍛え方からして次元が違う。
私がいくら抵抗したところで、そんな二人を一気に制圧するだなんて、できるはずもなかった。
「やったな、レナ!」
「邪魔するんなら、レナから相手になるよ!」
二人はニンマリといたずらっぽい笑顔を浮かべながら私を捕縛すると我先にと関節技をかけようと私に絡みついてくる。
私は慌てて必氏に抵抗するけれど、あとの祭りだ。
「もう、何してるんですか?」
そんなとき不意に声が聞こえたのでハッとして見やると、そこにはお皿を抱えたソフィアの姿があった。
「あぁ、ソフィア!ありがとう!」
その姿を見たアヤがすかさずソフィアのところまで小走りで近付いてお皿を受けとる。カレンはカレンで今までのやり取りが全部なかったみたいな顔をして
「よし!じゃぁ、飲もうよ!」
なんてなんでもない様に席を進めてきた。もう。アヤ一人ならともかく、二人でこんなことするだなんて…オメガ隊の風習も困ったものだ。
私はそうは思いつつも二人のお陰ですっかり楽しい気分になって、仕方がないからカレンに勧められるがままに席に着いた。
アヤとソフィアもテーブルに戻って来るのを待たずに、カレンは木箱を開けて中から上等そうな金色のラベルの付いたバーボンのボトルを取り出した。
すぐに封を切って、私が氷を入れて並べたグラスへと注いでいく。
26: 2015/02/09(月) 02:28:45.26 ID:N5mizT4Bo
「んー、香りからして、旨そうだなぁ」
アヤがスンスンと鼻を鳴らしながらそんなことを言っている。
「これって、そんなに良い物何ですか?」
ソフィアがアヤにそう聞いた。確かにそれは私も聞きたいところだった。
いつもはアヤが気に入っている北米産のバーボンか南米産のウィスキーだし、そもそも地球のお酒には私もほとんど知識がない。
サイド3でもお酒はあったけど、ワインかビールに、地球の物に比べるとずいぶんと素っ気ない味のするウィスキーくらいだった。
「ノーザンオーシャンってのは、ニホンってところの北の方にある島が原産のブランドなんだ。
良いトウモロコシを厳格な品質管理と製法で醸造させてて、味も風味も一級品なんだよ。
そのノーザンオーシャンブランドの中でもこういう年代物は希少価値が高くてなかなか手に入らないんだ」
アヤに変わってカレンがそう教えてくれる。
地球に来てもう一年半。コロニーに比べると食料も種類が豊富で味も良くて、コロニー以上に手軽に手にいれることが出来る。
それが、コロニーを植民地扱いして得られている贅沢なのだと思うと少し複雑な気持ちになる部分もないではない。
でも、あの戦争以降、地球連邦政府のコロニーに対する締め付けが一分緩和されていることも事実。
もちろん、サイド3はその限りではないけれど…そう思うと、あの戦争で散っていったスペースノイドの人達も無断氏にではなかったんだって、考えられる部分もある。
全部が全部、良かった、だなんて思わないし正当化するつもりはない。アイランドイフィッシを落としてしまったことは許されるべき行為に違いはない…
途端に胸がギュッと締め上げられ、頭にあの声が響いて来た。あの場所には、カレンの家族がいたんだ。
兵士でも、軍の関係者でもない、カレンの両親や弟妹が…
カヒュっと息が掠れて呼吸が出来なくなったような感覚に陥った次の瞬間、バシッと背中を叩かれる感覚で私は我に返った。
見ると、アヤが私を優しい瞳で見つめてくれていた。
―――大丈夫だよ、大丈夫
アヤのそんな声が頭に響いて来た気がして、私はそっと深呼吸をして気持ちを整える。
そう、今はその事を考えてはいけない。カレンが会社を立ち上げて、自分の暮らしの基盤を固められるまでは…
「ほら、レナ」
カレンがそう言って私の目の前にグラスを滑らせてくれる。アヤが好きで毎晩グラスに一杯だけ飲んでいるあのバーボンとは違う香りが鼻をくすぐる。
「レナ、音頭を頼んでも良い?」
カレンは私を見つめてそんなことを言ってきた。一瞬、こんな私が、とそう思ったけど、内心で私はその想いを振り払った。
戦争のことはどうあれ、カレンの計画が順調に行っていることは私にも嬉しいことだ。その気持ちに嘘はない。
私は乱れかけた気持ちを奮い立たせてカレンに頷いて声を張った。
「カレンの今日の成果と、さらなる成功を願って」
私がそう高々とグラスを掲げたら、カレンは嬉しそうな笑顔を見せて
「このペンションと、この島のさらなる発展も願って」
と言い添えてくれる。
カレンの言葉と想いが、突然私の胸に飛び込んで来た。暖かくて、優しくて、穏やかな…それは、アヤから感じる気配に本当に良く似ていて、なぜだか目頭が熱くなる。
私はそんな気持ちに背中を押されるように、二階ですでに眠っているだろうバーンズさん達のことも忘れて高らかに声をあげていた。
「乾杯!」
四人のグラスがぶつかり合ってカチャン、と微かな音を立てる。口をつけたバーボンは、私の心を満たしている暖かで穏やかで、そして優しい味がした。
32: 2015/03/09(月) 01:58:57.90 ID:ldjAGy3+o
大変お待たせしてすみませぬ…
プライベートでちょっといろいろあって、どうにも執筆に集中できませんで。
なんとか回復してきましたので、なんとか続きをば。
>>31
海はもうちょい待ってwww
33: 2015/03/09(月) 02:06:21.83 ID:ldjAGy3+o
それから、数日が経った週末。
ペンションには、また別のお客さんがやって来た。何でも北欧出身の資産家の家系で、北米から南米へと縦断する旅の最中なんだとか。
見てくれはヨレヨレのシャツに伸ばしっぱなしの髭面で、とてもそんな風には見えないんだけど、アヤが言うには履いている靴がとんでもなく上等な代物らしい。
薄汚れていてとても高そうには見えない、と言ったらアヤは、
「あれ一足で、車が1台買えるかもしれないって靴だぞ」
なんて声を押し頃すようにして教えてくれた。
本当かどうかは知らないけど、
高級ホテルなんかではお客さんの靴を見ればその人がどんなお客さんかが分かる、
なんてことが、ペンションを始めた頃に読んだノウハウ本にも書いてあったし、
見掛けに囚われないで感応してみれば、特段おかしな雰囲気を感じる分けでもなかったので、
アヤの話をそのまま信じていつも通りに出迎えて予約してあった部屋に通して、いつも通りに食事も振る舞った。
今日は、アヤの誘いで海の方に行くと決めていたようで、朝早くからオンボロで港へと向かって行った。
ペンションに残っているのは私とソフィアだけ。
カレンは木曜日に、大手銀行からの融資を受けるための相談と、ボーフォート財団からの資金で調達予定の飛行機を下見のために、ロサンゼルスに飛んでいる。
今日の夕方には帰ってくる、なんて話にはなっているんだけど、どうやらペンションにやって来るのはカレンだけではないらしい。
なんでも、軍時代にカレン達のオメガ達の整備についていて、今後は導入する飛行機の整備をしながらカレンと共同経営に当たる予定の兄妹が一緒なんだそうだ。
彼らとはロサンゼルスで合流して、アナハイム社とその関連会社の製品…とどのつまり、飛行機を見ることになっているらしかった。
私はその話を聞いて、一抹の不安が消せないでいた。
カレンともまだなにも話せていない状況で、さらに連邦の人が来て…もし彼らがコロニー落としや戦闘で、大切な人でも失っていたら…
私は、どうやってそれを償えば良いのだろう…
そんなことを考えながら夕食の下ごしらえなんかをしていたものだから、キャベツを千切りにしながら自分の指先を包丁に引っ掻けてしまった。
「いっ…たぁ…」
鋭い痛みで、我に返ってとっさに傷口を押さえる。
「レナさん、大丈夫?」
すぐそばでシチューを煮込んでいたソフィアが心配げにそう聞いてくれる。
流水で洗い流して傷口をみると、それほど深く切ってしまったわけではなさそうだった。本当にほんの少し引っ掻けただけ。
「うん、ありがとう。平気みたい。ちょっと絆創膏貼って来るね」
そう言えば、こないだもやらかしちゃったっけな。まったく、心配性なところがあるのは分かっていたけど、いくらなんでも集中を欠きすぎている。
こんなのじゃぁ、カレン達どころか大切なお客さんにまで迷惑を掛けてしまう恐れもある。
気を引き締めないと…私はそう自分に言い聞かせて、こっそりと絆創膏を巻き終わった方の手で自分の頬を張った。アヤ流の気合い充填方法だ。
34: 2015/03/09(月) 02:06:52.53 ID:ldjAGy3+o
そんなことをしつつ私たち手早く下準備を終えた。時刻は昼前。アヤとあの旅人風のお客さんは、昼間は島に行っているし、昼食は私とソフィアだけ。
洗い物する前に、何か簡単につまめそうな物でも作ろうかな…
そんなことを思って、冷蔵庫の扉に手を掛けたときだった。
ペンションの玄関のチャイムが鳴るのが聞こえた。
カレン達かな…?
予定では夕方のはずだったけど早くなったのか、それとも、飛び込みのお客さんかな…?
「ちょっと出てくるね」
私はソフィアにそう言葉を掛けて、スイングドアを押してキッチンから出、ホールから玄関へと向かう。
「はーい、ただいま!」
そう言って玄関のドアを開けた。
そこには、まだ若い男の人が立っていた。
ヨレヨレのシャツにボロボロの靴と裾が擦り切れたズボン姿で、シュラフの様に円筒形のバッグを肩に担ぐようにしている。
あどけなさを残したその男の人の顔が、明るく緩んだ。
私は彼を知っていた。
「テ…テオ…なの…?」
そう。彼は私が地球へ降下すると決ってから、ジャブロー攻略作戦までの間同じ隊で戦った、テオ・バーデン軍曹だった。
「少尉…良かった、元気そうで…」
呟く様な声で言ったテオは屈託のない表情で笑い、そしてそのまま、膝から崩れるようにして地面に倒れ込んだ。
「テ、テオ…!テオ、どうしたの!?しっかりして…!」
私は倒れたテオを力任せに仰向けにひっくり返して彼の体を支えながら叫んだ。
でも、彼は私の言葉にはなんの反応も見せずに穏やかな笑顔を浮かべたまま身動き一つしない。
呼吸はしてるけど…心拍は、かなり早い…ど、どうしよう…?
35: 2015/03/09(月) 02:07:24.71 ID:ldjAGy3+o
私はいきなりの出来事で動転してしまっていた。
病院に連れて行ったほうが良いかな…?で、でも、オンボロはアヤが港に乗って行っちゃったし、担いで行ける距離じゃない。
そ、そうだ、タクシー呼べば…いや、待って。テオが、連邦の医療証なんかを持っているはずがない。
ジオンの軍人が地球に移民するだなんてことはそう簡単じゃないはずだ。
私はアヤの知り合いで政府機関で移民に関する仕事をしているアルベルトに少しだけ経歴を詐称してもらって、
戦争被害のための福祉職員増員に伴う逆移民制度を使い、戦時負傷者のケアを名目にレナ・リケ・へスラーとしての戸籍を地球に置けているけれど、
テオがそんなことをやれているとは思えない。
病院に連れて行って地球に滞在できる許可がないなんてことがバレたら、ジオンの残党狩りをしている連邦軍部に拘束されてしまうかもしれない。
それは、ダメだ。
「テオ、しっかりして!」
私はテオにもう一度声を掛けて、腕を肩に担いで彼を助け起こした。小柄で痩せているとは言え、力の抜けた人間はそう簡単に運べるものじゃない。
私はそれでも全身の力を振り絞って、テオを引きずる様にホールへと連れて行く。
ホールでは、私の声を聞いたのか、心配そうな表情のソフィアがキッチンから出て来てくれているところだった。
「レナさん…その人は…?!」
「テオって言うの…同じ部隊にいて、一緒に戦ってた」
「そんな人が、どうしてここに…?」
ソフィアの疑問はもっともだ。どうしてこんなところにテオがいるんだろう?彼はジャブローで私より先にガウから降下してから姿を見ていない。
氏んじゃったとばかり思っていたのに、まさか生きていたなんて、それだけでも驚きなのに、どうしてわざわざこんなところに…?
「うぅっ…」
不意にテオが呻いたので、私は我に返った。そうだ、今はともかく、テオの状態が優先だ。
私はなんとかテオをソファーまで運んで寝かせた。意識がもうろうとしているのか、やはり、微かに呻き声を上げている。
そんな彼の額に手を当てて見ると、かなりの熱感があった。
「ひどい熱…!」
私は思わずそう口にしていた。
「すぐにタオルと氷水用意します」
ソフィアがそう言って、キッチンの中に駆け込んで行く。
私は一旦その場を離れてリネン室に飛び込み、乾燥機から仕上がったばかりの毛布を引っ張り出してホールへと戻った。
36: 2015/03/09(月) 02:07:50.60 ID:ldjAGy3+o
そこにはすでにソフィアも戻ってきていて、義手ではない方の手でぎこちなく氷水に浸したタオルを懸命に絞ってくれている。
「ソフィア、ありがとう」
私はそうお礼を言いながらソフィアの手からタオルを受け取ってきつく絞り、テオの額へと載せる。
その間にソフィアは、保冷剤をキッチンにあったタオルにくるんでテオの首元や脇の下へと押し付けた。
「お医者さんには、連れて行けませんね…」
ソフィアが深刻そうに言った。ソフィアにもわかっているんだろう。
いずれは、ソフィアの名前で登録しなおす予定だけど、彼女は今は、私がアヤに都合してもらった「アンナ・フェルザー」の戸籍を使っている。
だから病院にも通うことが出来ていけど、それですら安全であるとは言い難い。
そんななのに、テオが医療証も戸籍もなく病院にかかれば、たちまち移民局に連絡が行きかねないんだ。
私は、めまぐるしく思考を回転させる。
でも、地球に来てまだ1年も経っていない私には、
どんな抜け道があるのか、どんな対応がベストなのかを判断することが出来ないという事実に行き着くしかなかった。
私は、ポケットからPDAを取り出して画面をタップする。通話履歴の画面を開いて、アヤの電話番号を表示させた。
アヤに助けてもらわないと…!
そう思った次の瞬間、私は金縛りにあったような奇妙な抵抗感に、身を固めてしまっていた。
いいのだろうか…?テオは、ジオン兵だ。私やソフィアは、成り行き上、アヤやオメガ隊のみんなに助けてもらえた。
でも、テオはオメガやアヤとは直接関係がないんだ。
彼を助けたいと思うのは私の都合。私の気持ち。
それをアヤが許さないとは思わないけど…ジオン兵としての私の事情を押し付けて甘えることになるんだ。
私は…彼女にそんなことを求める権利があるのだろうか?だって…だって、私は…今はどうあれ、元ジオン兵なんだ。
コロニーを地球に落として、億を超える人々を頃して、地球を侵略した一派の人間なんだ。
私も、テオも…ソフィアも…自分たちの都合で地球の人たちに甘えるなんてことをして、果たして許されるのだろうか…?
「レナさん…?」
そんな私の様子に気づいたのか、ソフィアが心配げにそう声を掛けてきた。私は、ソフィアの顔を見やって、もう一度PDAに目線を落とした。
私は、勝手だ。ううん、勝手でも良い。
アヤ…ごめんね、私、テオを助けてあげたい…!
37: 2015/03/09(月) 02:08:19.90 ID:ldjAGy3+o
心の中で、アヤのあの明るい笑顔を浮かべて、それにすがりつくように私はPDAの画面に触れる決心をした。
そんなときだった。
ガチャン、と音がして、ホールに誰かが入ってきた。ハッとして顔を上げるとそこには、カレンと、見たことのない男女がいた。
「レナ、ただいま」
明るい声で言ったカレンは、私とソフィア、それからソファーに倒れ込んでいるテオを見て、瞬時に表情を険しく変えた。
「なにかあったの…?」
カレンが小走りで私たちのところにやってきて、テオの様子を伺った。
「レナ、彼は?」
テオを見るなり、カレンは私を見つめて言ってきた。私は、言葉に詰まった。アヤに頼っていいのか、と巡った思考が戻ってくる。
カレンは、アヤなんかよりももっと頼れない。
だって…カレンの家族は…
「レナさんの元部隊員だそうです」
言葉を継げなかった私に代わって、ソフィアが言った。カレンはその言葉だけで、事態を把握したようだった。
「医療証がないんだね?」
カレンが私の顔を覗き込むようにして聞いてくる。そんなカレンに、私は頷いて返すことしかできなかった。
カレンは私の反応を見るなり振り返って言った。
「カルロス!手を貸して!」
その言葉を聞いた男の人の方が険しい表情で頷く。
「レナ、車は?」
今度はカレンは私に視線を戻して言ってきた。
「ア、アヤが乗って行っちゃって…」
「ならタクシーだね…レナ、頼める?」
カレンはそう言いながら私の肩を力強く掴む。私は…また、黙って頷くことしかできなかった。でも、そんな私にカレンは優しく笑って言ってくれた。
「しっかりしなよ。大丈夫、任せておきなって。カルロス、そっち側、頼む」
私の返事を待たずに、カレンはカルロスと呼ばれた浅黒い肌をしたラテン系の男とソファーに倒れていたテオを肩に担いだ。
「レナ、電話頼むね」
カレンが振り向きざまに私にそう言ってきて、ハッとして、PDAでいつもお客さんが使いたいっていうときに頼んでいるタクシー会社に電話を掛けた。
その間に、テオを担いだ二人は、もうひとり残された女性が先導してホールの外に出て行っていた。
電話を終えた私もそのあとを追う。そのときにはカレン達はすでにペンション玄関を出ていた。
「カレン、私…!」
私はカレンに声を掛けた。何かを言わなければ…そんな思いで胸がいっぱいだったけど、声を掛けただけで何も言葉が継げなかった。
でも、そんな私にカレンはまた、優しい笑顔を見せてくれた。
「レナ、アヤが戻ったら知らせて」
そんなカレンの顔は、やっぱりアヤのあの顔にどこか似ていた。
程なくしてやってきたタクシーに乗って、カレン達はペンションから市街地の病院へと向かっていった。
私は走り去っていくそのタクシーをただただじっと見つめていた。
41: 2015/03/17(火) 02:25:56.92 ID:CqIKSWGFo
「レナ」
夕方、お客さんの島巡りを終えたアヤが、キッチンに居た私のところへとやって来た。
「アヤ…」
私はそのときにはすっかり憔悴してしまっていて、ホールから持ち込んだイスにへたり込むようにしてただただ座り込んでいた。
テオがカレン達に病院へと運ばれて行ってすぐ、私は耐えきれずにアヤに電話を掛けてしまっていた。
嗚咽を漏らしながら、テオのこと、戦争のこと、自分の罪のことをぶちまけた私に、アヤは努めて穏やかな口調で、冷静な指示をくれた。
「アタシがもどるまで、キッチンに座ってろ。何もしなくていい、とにかく、じっとしてろ」
そうして私は、まるでそばにいないアヤにすがる様にして、キッチンに引きこもって身を震わせていた。
「いい子にしてたな…」
アヤはそんなことを言って私の頬に優しく触れ、髪を梳いてからそっと抱きしめてくれる。
アヤの体温が私を包んで、こらえていた感情がこみ上げて涙とうめき声に変わってあふれ出る。
「苦しいな」
アヤが囁くように言った。私は、アヤの腕の中でうなずく。アヤの腕に、少しだけ力がこもったのが感じられて、今度は
「苦しいな…」
と少し力んだアヤの声がした。それを聞いてまた私はうなずいた。
こんなことでアヤに頼る資格なんて私にはないのに…私達は、あなた達を傷つけたっていうのに…それでも私は、アヤを頼らずにはいられなかった。
「傷ついたなんだ、って話なら、そもそも連邦政府がスペースノイドからの搾取をしてたんだ。どっちがどっちか、なんて関係ないさ」
私の気持ちを感じ取ったらしいアヤが、そう言いながら私の髪をクシャっと撫でつける。アヤの言うように、確かに連邦政府の締め付けは厳しかった。
宇宙なんて過酷な環境に人間を追いやり、植民地化して地球経済の安定と強化をはかった。
サイド3に限らず、どのコロニーも、地球に物資を安価で買い叩かれ、地球からは高値での消費をせまられたことによるデフレが激しく、
場所によっては食うや食わずの生活を強いられていたコロニーもあった。
賃金を得るために危険な仕事に身を置く人や、犯罪に手を染める人も珍しくなかった。
でも…でも、少なくとも連邦はスペースノイドを頃すつもりなんてなかった。
ジオンは違った。開戦と同時に連邦軍が駐留している周囲の各コロニーを徹底的に叩き、破壊し、あるいは制圧して来た。
そして、アイランドイフィッシュを地球に落としたんだ。ジオンがしでかしてしまったことと、連邦政府がこれまでして来たことは比較できることじゃない。
植民地政策は話し合いで転換できる可能性だってあった。私はそう信じてた…ううん、私だけじゃない。
父さんも、母さんも、兄さんも…そのことを信じて軍人になった。
でも、結局私達は…取り返しのつかないことを…この世界を傾けるようなことをしでかしてしまったんだ…。
「レナ、落ち着け…」
アヤの腕が、きつく私の体を支えてくれる。アヤ…ごめんね…私、こんなで…ごめん、ごめんなさい…アヤ…カレン…!
頭の中がそんな言葉でいっぱいになって、私はアヤに腕を回してしがみつき、その胸に顔をうずめて、声を頃してただただ泣いた。
どれくらいたっただろうか、そうしていると、不意にお尻のあたりでブルルと何かの振動が感じられて、私は我に返った。
顔を上げ、アヤに回した腕を緩めると、アヤの方も顔を上げて私の様子に気づく。
アヤに頬の涙を拭われながら、ポケットにしまってあったPDAを取り出すと、そこにはカレンの電話番号が表示されていた。
こんなんじゃ、いけない…私はそう感じて、一気に気持ちを押し込めて鼻をすすり、深呼吸をして気持ちを整え、通話ボタンをタップした。
42: 2015/03/17(火) 02:26:25.87 ID:CqIKSWGFo
「もしもし…」
「あ、レナ?私。テオくん、って言ったっけ?だいぶ落ち着いたよ」
カレンの明るい声が聞こえて来た。
「彼は…?」
「あぁ、熱中症と、それから軽い栄養失調らしいよ。
何があったかは全然話してくれないから、なんでこんなことになってるのかはまだよくわからないけどね」
そう言ったカレンは、PDAの向こうでクスクスと笑っている。
「医療証の方はどうなったの?」
「あぁ、とりあえず、ナシで治療を受けた。私の知り合いでアースノイドだって言ってね。そのことで、アヤにちょっと相談したいんだよ。
さすがに退院するまでに何かしらの対応しておかないと、軍の憲兵にでも通報されたら厄介だからね」
カレンがどんな風に言ったのかはわからないけど、でも、そう言われたらうまく言いくるめられたんだろう、と思ってひとまず安心してしまう。
カレンだって、アヤと同じオメガ隊にいたんだ。あの隊長さんのやり方を学んでいないはずがない。
「ごめんなさい…迷惑かけて」
私は、カレンに思わず謝ってしまっていた。でも、当のカレンは明るく笑って、
「なに、気にしないでよ。性分なんだよね、こういうのってさ」
なんて言ってくれる。私はそれを聞いて、さっきまでの想いがこみ上げてきそうになるのを必氏にこらえた。
代わりにお礼を言おうと口を開いたけど、すぐにカレンの声が聞こえて来た。
「アヤは、戻ってる?」
そうだ。カレンはアヤと話したいと言っていた。アルベルトくんのツテを使えば、緊急用でテオの戸籍を一時的にでも作ってもらえるかもしれない。
そうすればテオも疑われることはないし…
それになにより、そうでもしなければテオを知り合いだと言って治療を頼んでくれたカレンの身も危なくなるかもしれないんだ。
「うん、今一緒にいるよ」
私はそうとだけ答えて、PDAの通話をスピーカーに切り替えた。
「カレン」
「あぁ、アヤ」
「レナからだいたい話は聞いた。ありがとな」
「あぁ…その、まぁ…うん…やめてよ、くすぐったいから」
カレンが言いよどんだのを聞いて、アヤの口元が微かに緩んだ。
43: 2015/03/17(火) 02:26:54.46 ID:CqIKSWGFo
「まぁ、そう言うなって。あぁ、それより、例の件だろ?」
「そう。なんとかなりそう?」
「大丈夫。アルベルトのやつに頼んでおいた。明日には発送できる、って言ってたから、三日後には本土のカルドンに届くだろ。
局止めにしてもらって、アタシが船でもらいに行くよ」
「エアメールじゃないの?」
「この島、エアメールは週に1便しかなくって時間がかかるんだ」
「へぇ、それは良いこと聞いたね。郵政局から下請け業務でも受けられれば、カネになりそう」
「あはは、すっかり社長だな」
「まぁね。食べさせて行かなきゃいけない社員もいることだし…って、あぁ、そうそう。
さっき、カルロスとエルサ、タクシーに乗せてそっちに向かわせたから、夕飯でもふるまってやってよ」
カレンが思い出したようにそう言って来た。カルロスと、エルサ。カレンが呼び寄せた、元連邦軍の整備兵の二人。
あのとき一緒にいた、男女のことだろう。
「あんたはどうするんだ?」
「私は、売店で適当に買って済ませるから構わなくていいよ。そっちはお客がいるんでしょ?
レナがこっちに来たらそっちが大変そうだから、今日のところは私が付いてる」
カレンは、こともなげにそんなことを言った。私は、ぎゅっと胸が締め付けられる感覚に襲われて、思わず心臓に手を当てていた。
そんな私の肩をそっと撫でながらアヤが
「大丈夫か?」
と、私に、なのか、カレンになのかわからない声色で言う。私が思わずうなずくと、アヤはまた、優しく頬を緩めた。
「飛ばなくて良い分スクランブル待機の当番なんかより楽だし、気にしないで」
カレンからも、返事が聞こえてきて、アヤの顔はさらにほころぶ。
「そっか。なら、頼む。エルサ達はこっちに任せとけ」
「あぁ、酒はほどほどにしておいてやってね。二人とも、今朝ジャブローを出てから移動しっぱなしで疲れてると思うし」
「あはは、分かってるよ」
「それなら良かった。じゃぁ、何事もなければ、また明日の朝連絡を入れるよ」
「カレン!」
その言葉に、カレンが電話を切りあげようとしている気配を感じ取って、私は思わず声をあげてしまっていた。
44: 2015/03/17(火) 02:27:22.07 ID:CqIKSWGFo
「ん、レナ、どうしたの?」
カレンが、不思議そうな声色で聞いてくる。いっそ、話をしてしまおうか…一瞬、そんな思いが頭をよぎる。
でも、ダメだ…もし、本当に伝えるのだとしたら、電話なんかじゃ、ダメだ。
カレンの目の前で…カレンに罵倒されても良い様に、カレンに殴りつけられても良い様に伝えないといけない。
それが、私に示すことのできる、唯一の誠意だろう。
「その…ありがとう…」
私は、結局そうとだけ、カレンに伝えた。でも、当のカレンは
「ん…いや、うん、別に…ど、どういたしまして…んーあぁ、もう!あんたら、二人して私をからかってんじゃないでしょうね?」
と、なぜだか楽しそうに憤慨した様子で言い返してくるだけだった。それを聞いた私の頭を、不意にアヤがクシャっと撫でてくれる。
顔を上げて見やったアヤは、やっぱり、いつものあの明るい笑顔で笑ってくれていた。
「アタシはそうだけど、レナは違うぞ!」
「まったく…自分がやられたら、真っ赤になって怒るクセに」
「ア、アタシのことはどうだっていいだろ!」
カレンの言葉に、アヤは突然声を上げた。アヤの顔がみるみる赤くなっていく。
「あはは、これでおあいこだね。まぁ、とにかく何かあったら連絡するよ。そろそろ切らないと、売店がしまっちゃいそうなんだ」
「油断も隙もあったもんじゃないよなぁ…まぁいいや。こっちも何かあったら連絡する。それまで、頼むな」
「お願いね」
アヤの言葉に、私もカレンへそう声をかける。カレンは穏やかな声で
「あぁ、任されたよ」
と言ってくれて、それから
「それじゃぁね」
と電話を切った。
アヤはPDAを私に握らせて、それから両肩にポン、と手をおいてくれる。
「ほら。しっかりしよう!今はとにかく、そのテオって子のことと、それからアタシらの隊の優秀なる整備班の二人を出迎えてやらないと!」
そう言って、アヤがニコっと明るく笑った。その笑顔に、私はすっと背中をただされた様な気持ちになって、すぐさま並だった心を整えた。
「うん。私、夕食の準備しなきゃ」
「手伝おうか?」
「ううん、ソフィアが下準備しておいてくれてたから大丈夫。アヤはお客さんの相手をお願い」
私が言うと、アヤは少し嬉しそうに頷いた。
45: 2015/03/17(火) 02:27:49.25 ID:CqIKSWGFo
それから、少しもしない内に玄関のチャイムがなる音がして、昼間の男女二人がペンションに戻ってきた。
アヤの話では、エルサ・フォシュマンとその兄のカルロス・フォシュマンだそうだ。二人共色黒で濃い色の髪をした、いかにもラテン系という風貌だ。
アヤに呼ばれてキッチンから出てみると、エルサはふざけてアヤに敬礼なんかをして、楽しそうに絡んでいる。
カルロスというお兄さんの方が私に気がついて軽く会釈をしてくれた。
「さっきは動転していて、ごめんなさい」
私は二人のそばへと行ってまずはそう声を掛けて謝る。
「いえいえ!」
「とんでもない。とりあえず、命に関わるようなことではないようですので、一安心です」
明るく笑うエルサに、カルロスはそう穏やかな笑みを浮かべて言ってくれる。
「二人共、改めて紹介するよ。彼女が、レナ。レナ・リケ・ヘスラーだ。元ジオン軍少尉であのトゲツキのパイロットだったんだ」
アヤが紹介してくれたので、私は精一杯の笑顔を作ってから
「よろしくお願いします」
と改めて二人に頭を下げる。
「で、レナ。この二人がオメガ隊の自慢の整備員。エルサ・フォシュマン軍曹と、カルロス・フォシュマン元曹長だ。
あ、ファミリーネームが同じだけど、夫婦じゃなくて兄妹な」
「よろしくお願いします、レナさん」
「よろしく」
アヤの紹介で、二人もそう私に言ってくれる。
彼らも、私が元ジオンだという事にさほどの疑問も持たないようだった。
普段だったらきっと嬉しいと思うはずなのに、今の私には、それがなぜだか辛かった。
「夕飯の準備までまだ少し時間がかかりそうなので、掛けて待っててください。お茶をもってきますね」
私がそう言ったら、そばにいたアヤが不意におかしそうに笑い声をあげた。
「レナ。そんなに丁寧にしなくてもいいんだぞ?こいつらだって、アタシやオメガの連中とかわりないんだ。いつも通りに接してやってくれよ」
そう言ったアヤの目は、私を気遣うような、そんなぬくもりがこもっているように感じられた。アヤの言う通り、少し気を張りすぎだろう。
カレンのことで思い悩んでいるのは確かだし、それに、テオのこともあるけれど、
うん…オメガ隊と同じでいいのなら…今の接し方は硬すぎるかな。
「うん、分かった。二人とも、どうぞ座って!すぐにお茶持ってくるね!」
私が気を取り直してそう言い直すと、アヤが満足そうに笑った。
46: 2015/03/17(火) 02:28:25.03 ID:CqIKSWGFo
それから私はお茶のセットを出してきて、ソフィアと一緒に夕食の準備に戻った。
今日のメニューは鶏のテリヤキとエスニックな香辛料を使ったスープに、ライスと細かく切った野菜を炒めて味を付けたチャイニーズリゾットだ。
程なくして夕食は完成し、お皿に大盛りにして二人と、そして昼間、アヤが船で島の沿岸を案内したお客さんに振舞う。
私もソフィアとキッチンの小さなテーブルで食事を済ませて、食器洗いの準備だけを先にしておく。
ちょうどよく準備が終わるくらいに、アヤがワゴンにお皿を乗せてキッチンに戻ってきてくれるのはいつものことだ。
手早く食器洗いを終えた私は、明日の朝食の仕込みもそこそこに、ホールでバーボンを傾けながら談笑しているアヤとエルサ、カルロスのところへと向かった。
テオのお礼を、もう一度ちゃんとしなければ、とそう思ったからだった。
「あぁ、レナ。もう終わったのか?」
エプロンを外した私を見て、アヤがそう声を掛けてくれる。
「うん。もう大丈夫」
私はアヤに笑顔を返してから、イスに座る前にエルサとカルロスに向き直って言った。
「二人共、今日は帰ってきて早々、ありがとう。本当に助かったよ」
すると二人も私に笑顔を返してくれた。
「いいえ。困ったときはお互い様です」
「ええ。部屋だけじゃなくて、食事の世話までしてもらうのに、あの程度のことは大したことでもなくて、申し訳ないくらいですよ」
二人のそんな言葉に、私は改めてお礼を言ってから席に付いた。
「そうそう、それよりさ。エルサ、マライアと最近連絡取ってるか?」
私が座るとすぐに、アヤがそれまでの話題に話を戻す。マライアちゃんか。
そういえばアヤ、宇宙に出たっきり、ほとんど音信不通のマライアちゃんを心配していたっけ。
あの隊長さんはどういう方法でか、マライアちゃんの無事を確認できているみたいで、アヤはそっちから時折話を聞き出しているけれど、
あんなにアヤにべったりだったマライアちゃんが連絡をよこさないなんて、アヤでなくても何かあったのでは、と心配をしてしまう。
「それが、宇宙に出てからはさっぱり。ミノフスキー粒子の関係で連絡がとりづらいのかな、って思ってたんですけど、
どうも、連邦の一般回線は普通に使えてるみたいなんで…」
「ふーん、やっぱりそうなのか…あいつ、宇宙で凹んでたりしなきゃいいんだけどな…」
アヤが、腕組みをして表情を歪める。確か、大事な妹分、って言ってたもんね。
「少し心配してるんですよね。内部情報だと、宇宙ではけっこう、旧ジオン軍残党が潜伏していて、抗戦を呼びかけているらしくて、
実際に、小規模な戦闘があちこちで起こっているみたいです」
エルサは、旧ジオン軍、と言った。私に対して気を使ったのかどうかは分からないけど、そう表現するのはちょっと珍しい。
確かに今はジオンは、ジオン公国からジオン共和国と改編され、連邦政府主導で統治機能を整備している最中だと聞いた。
そして、ジオン共和国に残り、連邦主導の元に再編されたジオン軍部隊を、ジオン共和国国防軍と言う。
それに対して、連邦の統治を嫌い、各地に潜伏してゲリラ活動をしているジオン軍は旧ジオン軍、と呼ばれている、なんて話だ。
実際には、ジオン残党、なんて呼び方が多い。
47: 2015/03/17(火) 02:29:04.46 ID:CqIKSWGFo
「アフリカなんかでも騒いでるって話もありますし、なんというか、連邦の業は深いですよ」
カルロスはそんなことを言ってため息を吐く。
―――業が深いのは、私たちの方だ…
彼の言葉にふと、そんな思いが私の頭に浮かんでくる。次の瞬間、私のスネに何かがコツンと当たった。見ると、そこにはアヤの足があった。
チラッとアヤを見やると、アヤは心配げな表情で私を見つめている。
―――ごめん
胸のうちでそう強くアヤに伝えて、それから笑顔を見せた。大丈夫…今は、テオと二人のことを考えてあげるのが優先だもんね。
「きっと忙しいんでしょ?マライアちゃんはアヤ達の肝いりらしいし、そう簡単にやられたりはしないんじゃないかな」
「まぁ、そうだけどなぁ。また、隊長の知り合いって人に聞いてもらうかな」
「何かわかったら、教えてくださいね!」
私の言葉に呑気に声をあげたアヤに、エルサが期待を込めた視線でそう言った。
こうしてなんでもない話をしていると、二人からもあのオメガ隊の人達と同じ雰囲気を感じられる。
どこまでもお人好しで芯が強くって、それでいて穏やかで明るい。
オメガ隊って場所がそう言うところだったのか、それとも、そういう人たちがオメガ隊に集まったのか…
もしかしたら、隊長さんやアヤが、みんなをこういう雰囲気にさせたのかもしれない。
優しい太陽の下で寝転んでいるような、そんなぬくもりのある何かを、この二人も持っているように私は感じた。
「それにしても、さっき食べたスープ、あれ、美味しかったです!」
エルサがそんな話を私に振ってきた。
「ありがとう。あれは、東南アジアの辺りで出たスープを見よう見まねで作ってみただけなんだけどね」
「東南アジア…行ったことないですけど、ここと似た雰囲気ありそうですよね」
「あーそうだなぁ。でも、海はこっちの方がうんと綺麗だと思うぞ!」
アヤが私達の会話に加わる。そういえば、あの船旅のときもアヤは同じことを言ってたっけな。
「同じ香辛料を使った料理でも、私が戦時中に逃げてたときに食べた訓練基地の食事は、
ただ辛いだけの鶏肉とか、味付けのない野菜炒めとか、そんなのばっかりで…」
「訓練基地はそれぞれだからなぁ。アタシのいたシャイアンの訓練基地はそこそこ旨かったよ。
ベーコンとスクランブルエッグとか、レパートリーは少なかったけど」
アヤもアヤで、二人と話すのはどこか嬉しそうな表情を見せている。それこそ、オメガ隊の人達と一緒にいるときと全く同じ表情だ。
アヤにとっては、この二人も“家族”なんだろう。私も…いつか、カレンをそれくらいに思える日が来るんだろうか?
この胸の中にある気持ちを打ち明けて…それでもし、カレンがそのことを許してくれるのなら…
48: 2015/03/17(火) 02:29:36.13 ID:CqIKSWGFo
「そうそう、今日のお肉に掛かってたソースも絶品でした!あれは、どこのソースなんですか?」
「ん、あれは、ニホンってところらしいよ」
「ニホン…って、確か、極東でしたっけ?」
「そうそう。東の果て、だ」
テリヤキとそのソースも、アヤと一緒に逃げていたときに食べたものを真似て作って見たものだ。
これは、私のメニューの中でも特に自信のある一品だから、褒めてもらえたのが嬉しい。
「私、ソースにはけっこううるさいんですよね、土地柄、舌が肥えてるんですよ。でも、レナさんのソースは本当に美味しかったです!
今度作り方教えてもらっていいですか?」
エルサは目を輝かせながらそんなことを言ってくる。そこまで持ち上げられちゃうと、教えずにはいられなくなっちゃう。
「うん、いいよ。企業のバタバタが落ち着いたら、いつでも言ってね」
私がそう言ってあげたら、エルサは両手放しで喜んだ。
「あはは、エルサがそこまで食い物にうるさいだなんて知らなかったな。生まれはどこなんだ?スペイン行政区か、南米あたりか?」
アヤが、はしゃぐエルサを見て笑いながらそんなことを聞いた。
すると、その隣に座っていたカルロスが微かに悲しげな表情を見せたのを、私は見逃さなかった。
エルサも、つい今しがたの勢いが、しゅんとしぼんでしまう。
「俺たちは、フランス行政区出身なんです」
カルロスが静かな声色で言った。
「フ、フランス…って…まさか…!」
アヤが、急に体をこわばらせ、声を詰まらせた。
私は、背中に忍び寄る悪寒を感じて、知らず知らず、手にしていたグラスを握りしめていた。
そんな中エルサが、乾いた、悲しげな瞳で笑顔を作りながら言った。
「私達は、パリ出身なんです。コロニーの破片で壊滅した…」
49: 2015/03/17(火) 02:30:04.67 ID:CqIKSWGFo
私は、夜の住宅地を車で走っていた。目指しているのは、テオが入っている病院。
胸に押し掛かっている重い感情はもう、崩壊寸前のところまで来ていた。エルサ達の家族の話を聞いた私は、一瞬、本当に思考が停止してしまっていた。
そして沸き起こってきたのは、情けないことに、その事実を否定したいと言う気持ちだった。
アヤが止めるのも構わずに二人から家族のことをさらに聞き出した私は、
ついにそれを認めるしかないことを理解して、込上がってきた悪心を堪えつつ、二人になるべく悟られないようにとトイレへ駆け込んだ。
何度も戻している最中にアヤが来てくれて、優しく背中をさすっては
「ごめん…あいつらの家族のことは知らなかった…」
なんて私に謝った。
謝らなきゃいけないのは私の方だっていうのに、アヤから伝わって来るのは、本当に申し訳ない、って気持ちでいっぱいになっている彼女の優しさだった。
ひとしきり吐いて落ち着いた私は、ふと、思った。当然のことなのかも知れない、って。
あの戦争で、人類は宇宙と地球合わせてその半数の命を失った。
そのうち、コロニー落下による被害がその何割に当たるかは分からないけど、
その家族や友人、親戚が生き残っているとなれば、とてもじゃないけど少ないなんて考える方がどうかしている。ジオンは、それだけのことをしてきたんだ。
アヤの夢を一緒に来て叶えたい?カレンと仲良くしたい?オメガ隊のみんなと過ごした楽しい時間が嬉しかった?
そんな事を、私に言う権利があったのだろうか?私がそんな事を思うのを誰が許したのだろうか?
アヤや他の連邦側の人達には、私を罵倒して殴り倒して良いくらいの権利がある。
そして…私にはそれを受け入れなければならない義務がある。
戦闘員でもない、ただ日常の生活を送っていた家族をあんな非道な方法で殺されたカレンやエルサ達には、特に…だ。
だから、私はアヤに言った。カレン達に、ちゃんと話をしたい、って。それが終わったら、アヤにもちゃんと話をさせてくれ、て。
アヤは最初はアタシに対してはそんな必要はない、と言ってくれたけど、私は首を振ってそれを断った。
もしカレンやエルサ達が私を蔑み、蔑ろにするのなら、私はアヤのそばには居られない。
あのとき…アヤと一緒に逃げている最中に、私は気がついていたはずだ。私は、アヤから大切な“家族”を捨てさせたんだ、って。
それでも、オメガ隊のみんなはアヤを拒んだり見放したりせずに、受け入れてくれた。
でも、もしカレンやエルサが私を拒めば、私のそばに居てくれようとするアヤとは決定的な溝になりかねない。
50: 2015/03/17(火) 02:30:30.89 ID:CqIKSWGFo
アヤはあんなにカレンを信頼して、カレンとの関係を大切にして、そして一緒に居ることを、言葉を交わすことを楽しんでいる。
私はアヤから、そんな大切な人達を奪うわけにはいかない。もうこれ以上、アヤや連邦の人達から、家族を…大切な存在を奪いたくないんだ。
その気持ちを伝えると、アヤは黙った。
でも、彼女からは微かにジリジリとした怒りかイラ立ちの様な感覚と、悲しみとも切なさとも取れない気持ちが伝わってきていた。
どれくらいの間か黙っていたアヤは、私に言った。
「…それなら、まずはカレンに話して来い」
そう言ったアヤの表情は真剣だった。
ポンコツのキーをアヤから受け取って、私はペンションを出た。そして、今、だ。
道路の先に、市街地の明かりが見えてきた。大通りを走り、夜中、煌々と輝いている病院のサインに向けてハンドルを切り、駐車場に車を止めた。
車から降りて私は病院を見上げていた。
許してもらおうだなんて思ってない。自分の気持ちだけを伝えて楽になろうとも思ってない。
でも、私に出来ることは、カレン達に謝ることだけだ。それを聞いたカレンが、エルサとカルロスがなんと言うか…
とにかく私は、彼らの言葉を、例えそれがどんな言葉だったとしても受入れて、そして彼らの望むことを甘んじて受け入れるべきだろう。
それが一人のジオン軍人として、私がするべきことだ。
私は一度だけ大きく深呼吸をして、病院の中へと入った。
警備室で、入院のための荷物を届けに来た旨を伝えて許可をもらい、エルサに教えてもらった病室へと向かう。
どうやらそこは個室のようで、ドアの前には知らない名前のプレートが一枚、掛けてあるだけだった。
カレンが使った偽名なんだろう。私はスライドドアをノックして、中を覗き込む。
そこには、手元に小さな明かりを灯してイスに腰掛け、ハードカバーの本に目を落としているメガネを掛けたカレンの姿があった。
カレンは顔を上げて、私を見るなり驚いたような表情を見せた。
「レナ…ペンションの方は大丈夫なの?」
カレンは開口一番、私のことを心配してくれる。本当に、アヤと同じで優しくて頼りになる人だ。
だからこそ、私は…ただその優しさに甘えているべきじゃないって、そう思いが強くなる。
「うん、仕事は片付けて来たし、残った分はアヤとソフィアにお願いしてきた」
「そう…まぁ、心配だろうからね」
カレンはそんな事を言いながら、自分の隣、テオのベッドの方にパイプイスをひろげてくれた。
「ありがとう」
そう声を掛けて、私はカレンの隣に腰掛けた。それから、カレンの表情を伺う。
彼女は不思議そうに私を見つめていたけど、ややあって気が付いたように
「あぁ、このメガネ?私らパイロットはどいつも視力だけは良くってさ。
私も本を読んだり読書するときには遠視用のをかけてないと、あとで頭痛くなったりしちゃうんだ」
なんてテオを気づかってか、囁くように静かな声で言っ笑顔を見せてくれる。
なぜだか、その笑顔のお陰で私は、決心が決まった。何があっても、私は、カレンの気持ちを大切にしよう。
それが例え、私に対しての侮蔑や罵倒であったとしても。
51: 2015/03/17(火) 02:31:00.03 ID:CqIKSWGFo
「お皿洗い手伝ってくれたときに、自家だって思っていいよ、って話したの、覚えてる?」
「え…?あ、あぁ、うん。嬉しかったから覚えてるけど…それがどうかしたの…?」
カレンは、不思議そうな表情で私にそう聞いてきた。私は、カレンの目をジッと見つめて、胸に詰まっていた想いを口にする。
「私…カレンにとんでもないことを言っちゃった…カレンは私がジオン兵だったって知ってるでしょ?
それなのに私…私…カレンの本当の実家がシドニーにあったなんて知らなくって…それで…だから…
私が…私達がカレンの家族を頃しちゃったのに、私、カレンにペンションを実家だと思ってくれていいよ、だなんて軽はずみなことを言って…!
私、カレンを傷付けた…謝っても許してもらえるなんて思わない…怒ってくれていい…!
私は、それだけのことをしちゃったって思ってる…!」
いつの間にか、顔が涙と鼻水でクシャクシャになっていた。
カレンの家族の話を聞いて以来、ずっとずっと胸に押し込めてきた罪悪感が一気に吹き出して来て、体が震えているような気さえしていた。
カレンは、ジッと私を見つめている。その表情はまるで…怯えているような、そんな感じだった。
「カレン…ごめん…ごめんなさい…ごめんなさい…!」
私は、堪らなくなって、そう言いながら顔を伏せ、頭を下げた。
どんな事を言われようとも、何をされようとも、私はすべてを受け入れる覚悟を決めたんだ。
アヤを…一緒に過ごしたあのペンションでの生活を捨てる覚悟だって…!
「…レナ……」
カレンの声が聞こえる。ギシっと、カレンがイスから立ち上がる音もした。私は、顔を伏せたまま、ギュッと目を閉じ、歯を食いしばる。
でも、次の瞬間、カレンから私に放たれたのは、罵声でも侮蔑でも、怒号でも皮肉でもなく、ましてや、平手打ちでも蹴りでもなかった。
「レナ…あ、あんた、急に何言ってんだ…?だ、大丈夫か?」
カレンの戸惑った、それでも優しく私の様子を伺うような声色の言葉とともに、カレンの両手が私の両肩に当てられた。
「だって…だって…私、ジオンなんだよ!?カレンの家族を…私達が頃したんだよ!?」
気がつけば、私は、そう大声をあげていた。カレンの言葉が、態度が、私には理解できなかった。
アヤと逃亡中に、私のために大切な隊や生活を捨てさせてしまったアヤに感じたのと同じ感情が私の中に膨れ上がる。
―――怒鳴ってよ…怒ってよ!
だけどカレンには、私の気持ちはまったくと言って良いほど、届いていなかったようだった。
52: 2015/03/17(火) 02:31:29.80 ID:CqIKSWGFo
「こ、声が大きいって!」
カレンはまず、そんな事を気にしてから静かに、優しく私に言った。
「そんなこと、ずっと気にしてたの?」
私は、コクンと頷いた。
「…アヤから、少しだけあんたの家族の話も聞いてるよ…あんたの家族はあんたを遺して戦争で氏んじゃったんだってね…」
私は、ただ声もなく頷く。
「なら、あんたの家族を頃したのは、私達連邦の人間ってことになる。それなのに、どうしてあんたは私達を恨んだりしないんだ?」
「…だって、私の家族は…軍人だった。地球を滅ぼそうとしたわけじゃないけど…
戦争は交渉手段の一つだって、そう考えて戦ってたから、だから…私の家族は仕方ないんだよ…
でも、カレンの家族は違うんでしょ?軍人でも、軍の関係者でもなかったのに、それなのに…」
「おんなじことじゃない…?私達アースノイドが、あんた達スペースノイドから搾取しなければ、戦争にはならなかった。
元はと言えば、地球であぐらをかいていた私達の責任なのかも知れないし」
「でも、アースノイドはスペースノイドの虐殺なんてしなかった。
生活が苦しいところは無数にあったけど、それでも私達は日々の暮らしをなんとか出来ていた。貧しくても家族がいた、友達がいた…。
私達ジオンがしたことに比べたら…そんなのは、コロニーを落として良い理由になんてならない…!」
それも、ずっと私が抱えていた想いだった。でも、それを聞いてカレンは、呆れたように大きなため息を付いた。
「レナ、あんたね、考え過ぎなんだよ。
私は、仮にあんたがコロニーを地球まで運んで来た部隊の人間だったとしても、あんたを恨むつもりもましてや傷つけるつもりもないんだからね」
…どうして…?どうして、そんな…?
私は、カレンの言葉には思わず顔を上げた。カレンは、私をジッと見つめていた。
「自分のしでかしたことでもないのにそんな顔して謝ってくるあんたを、どうして責られる?
もし、あんたが罪の意識を感じてるんなら、それは私があんたに何かを言ってどうにかなるもんでもないだろう?」
カレンは、そう言って私の頬の涙を拭って続けた。
「悪いけど、レナ…。あんたがどう思ってようが、私はあんたを責めたいとも、責めようとも思わない。それが私の気持ち」
カレンはそれからクスっと笑って
「ほら、ティッシュ。ひどい顔だよ?」
と、サイドボードからティッシュのボックスを手に取って私に押し付けて来た。私はカレンに促されてティッシュを何枚か引き抜いて鼻をかむ。
それが済むのを待って
「どう?気分は晴れた?」
と、苦笑いを浮かべてカレンが私にそう言ってきた。その言葉に、私は思わず、自分の気持ちに目を向ける。
53: 2015/03/17(火) 02:32:23.38 ID:CqIKSWGFo
カレンが家族のことで、私を責めたりしないって言うのは分かった。気持ちがちゃんと伝わってくる。
カレンは私に嘘や誤魔化しを言っているわけじゃない。それはまさしく、私にまっすぐに向けられた、カレンの本心だった。
でも、それでも私の胸の内には、何かがあった。それは、モヤモヤしていて掴みどころのない何か。とても不快で、ドロドロとしていて、拭っても拭い切れない、奇妙な感情だ。
私は、カレンに向かって首を振った。するとカレンは、腕組みをするなりうーん、と唸って私に聞いてくる。
「怖いの?」
怖い…?怖い…そう、そうだ…怖いんだ…そう、これは…この感情は、恐怖だ…!
カレンの質問に、私は胸の内の流動的な感情に突然形が現れたように感じた。
私は、カレンに頷いてさらにその感情を探る。同時にカレンがまた聞いてきた。
「何が怖いの?」
そう、それだ。私は、怖いんだ。でも、何が怖いんだろう…?
私はカレンを傷付けたと思った。不用意に、ペンションを実家だと思ってくれていい、なんて、元ジオンの私が言ってしまったからだ。
テオをカレンと一緒に病院に運んでくれた、フォシュマン兄妹にもそうだった。謝らなきゃ、ってそう思った。
ごめんなさい、ごめんなさいって、トイレで何度、思ったことか…でも、少なくともカレンは傷付いてなんていなかった。
むしろ私の言葉を嬉しい、と、そう感じてくれているようだった。でも、それじゃぁ私は、この罪悪感は、いったい、何なの?
そう思ったときだった。私の脳裏に、なんの脈略もなく、ある一つの可能性が降って沸いた。
私は、その可能性を反芻して、そして確信した。きっとそれが、私の心の中にあるものの正体だ…
私は、カレンの顔を見て言った。
「私は、怖いんだ…戦争が怖い。誰かの体を、心を傷付けてしまうのが怖い。誰かの命を奪うことが、誰かの意志を奪うことが怖いんだ…だって…だって、そんなことをしたら、私はまた…
また…あのときのシドニーみたいに、あの船のときみたいに、胸に穴を開けられるみたいな痛みと苦しみと恐怖が…私を絡め取るから…」
そう。それは、カレンに対する罪悪感でも、エルサ達に対する罪悪感でもない。いや、罪悪感なんてものじゃない。
それは、二次的に沸いてきてしまったもののことだ。その元となるこの胸にまとわりつくドロっとした感情。
それは、シドニーやアイナさん達と乗っていた船が撃沈されたときに感じたものと同じもの。それは、そこにいた人達の恐怖と絶望と、そして…
私が見つめていたカレンの表情が、悲しみに歪んだ。
カレンは私の肩を掴むと半ば強引に私を引き寄せて、アヤがしてくれるように、その腕で私を優しく抱きとめてくれた。
「分かったよ…レナ。あんたも…」
そう。私は…
「あんたも、傷付いてたんだね」
カレンの言葉を聞いて、また、目から涙がハラハラとこぼれだした。
そうなんだ。各サイドへの攻撃と破壊、コロニー落としや地球侵攻、そして家族を失って…
空っぽの私を助けてくれたアヤと一緒に巡って目にしたのは、傷付いた大地、傷付いた人達だった。
いつからかは分からない。分からないけど、どこかで私は壊れていたんだ。
私は、私の参加した戦争という行為そのものに、自分自身が傷付けられていたんだ。
それが、このドロドロの感情の正体…私のまだ癒えていない傷跡とそこに沸いた膿で、罪悪感の根源…。
カレンに対してじゃない。エルサ達に対してでも、ましてやアヤやオメガ隊のみんなに対してでもない。
私は…私自身を傷付けたあの戦争に参加したことそれ自体を、非難して、そして恨んでいるんだ…
「大丈夫だよ、レナ…。あんたにはアヤがいる。何なら、私もいてやるから…だからそんなもの、一人で抱えるんじゃない…私らにちゃんと預けなよ」
カレンが、そんな優しい口調で私に語りかけてくれる。
私はカレンにしがみつきながら、ただただ、彼女の言葉に頷いて、泣きじゃくっていることしか出来なかった。
58: 2015/03/22(日) 00:39:27.55 ID:D3j8wK7yo
どれくらいの間泣いていただろうか、気持ちが落ち着いた私は、そっとカレンの体から離れた。
見上げたカレンの表情は、涙こそ流していたけど、穏やかで優しくて、でもどこか力のある確信のようなものを秘めているようにも感じた。
「今度こそ、少し落ち着いた?」
カレンがそう聞いてくるので、私はコクンとうなずいてみせる。するとカレンは、なんだか嬉しそうな、安心したような表情で笑ってくれた。
「なんだか、ごめんね…頼って、甘えちゃった…」
私が言ったら、カレンはクスっと笑って言った。
「なに、構わないよ。私も戦争中には、アヤに世話になってるからね」
「そうだったんだ…その、カレンは、アヤのことが好きだったの?」
私がなんとなくそう聞いたら、カレンは今度は苦笑いを浮かべて
「恋愛って意味なら、答えはノー。でも、単純に好きかって聞かれたら、私はアヤが好きだよ。この世界の誰よりも信頼してる、私の親友。
この先、私がどこかの男と結婚することになったとしても、私はアヤとの関係を最優先にしていたい…そう思えるくらいにね」
なんて言って、私の頬の涙を拭ったカレンはまた明るくて嬉しそうな表情で笑って言った。
「もちろん、レナ。あんたともそういう関係で居られたらいいなって思ってる。本当に嬉しかったんだ。
ペンションを実家だと思ってくれていい、って言われてさ。
私、シドニーにいた家族のことは好きだったし、愛されてなかったとは思ってないけど、
正直、安心して生活出来ていたのか、って聞かれたらそうでもないんだ」
言い終えたカレンの表情は笑ってはいたけど、どこか寂しそうな感覚が伝わって来る。私はそんなカレンに、なんの抵抗もなく聞いていた。
「家族と、何かあったの?」
するとカレンは
「うん」
と返事をしてみせてから、宙を見据えて話し始めた。
「私はね、あの家じゃ落ちこぼれだった。父親は代々続く資産家の家系で、母親はシドニーで一番の大学の大学院を出たバリバリの経済屋でエリート。
そんな二人の間に生まれた長女の私は、厳しく育てられてね。褒められたことなんて一度もなくって、ずっとずっと叱られて生きてきた。
結果を出そうって努力しても、とてもじゃないけどエリート様なんかには及びもつかない有様でね。
でも、私の弟と妹は違った。誰に何を言われなくても自分で勉強して、私にはとても貰えないような評価を受けられるような、出来の良い子達だった。
羨ましいって気持ちもあったけど、幸い下の二人は性格も良くてね。両親に叱られる私をそれとなくフォローしてくれるような、良い子達だったんだ。
でも、そんな二人と比べて落ちこぼれだった私は、大学を中退させられて、軍に追いやられた。根性を鍛えなおせ、ってね。
家は、そんな家庭だったんだ」
そしてカレンは私を見やってクスっと笑った。
「でもね、そんなだったけど、私は、家族が好きだったの。一生懸命、誉めてもらいたくて、好きでいて欲しいって、そう思っていろいろ頑張ってた。
それでもうまく行かなくって追い出されるように軍へ入ってたんだけど…
コロニーが落ちてくるってときに、バイコヌールにいた私へ、母さんから電話があったんだ。母さんは言ってた。
『戦争なんかに出ることはない、すぐに軍から脱走しなさい』ってね。
自分は逃げずに…いや、逃げられなかっただけかもしれないけど、とにかくそんな状況で、私にわざわざそんな電話を掛けてきたんだ。
結局すぐに電波障害で電話は切れちゃって、それっきり。遺体なんて出てきやしないし、形見なんかも残ってない。
知っての通りの、穴ボコが空いたんだ」
カレンの言葉は生々しくて、あの地で何が起こったのかをありありと私に想像させた。でも、不思議とそれは、恐ろしくも辛くもなかった。
見上げたカレンの表情は、涙こそ流していたけど、穏やかで優しくて、でもどこか力のある確信のようなものを秘めているようにも感じた。
「今度こそ、少し落ち着いた?」
カレンがそう聞いてくるので、私はコクンとうなずいてみせる。するとカレンは、なんだか嬉しそうな、安心したような表情で笑ってくれた。
「なんだか、ごめんね…頼って、甘えちゃった…」
私が言ったら、カレンはクスっと笑って言った。
「なに、構わないよ。私も戦争中には、アヤに世話になってるからね」
「そうだったんだ…その、カレンは、アヤのことが好きだったの?」
私がなんとなくそう聞いたら、カレンは今度は苦笑いを浮かべて
「恋愛って意味なら、答えはノー。でも、単純に好きかって聞かれたら、私はアヤが好きだよ。この世界の誰よりも信頼してる、私の親友。
この先、私がどこかの男と結婚することになったとしても、私はアヤとの関係を最優先にしていたい…そう思えるくらいにね」
なんて言って、私の頬の涙を拭ったカレンはまた明るくて嬉しそうな表情で笑って言った。
「もちろん、レナ。あんたともそういう関係で居られたらいいなって思ってる。本当に嬉しかったんだ。
ペンションを実家だと思ってくれていい、って言われてさ。
私、シドニーにいた家族のことは好きだったし、愛されてなかったとは思ってないけど、
正直、安心して生活出来ていたのか、って聞かれたらそうでもないんだ」
言い終えたカレンの表情は笑ってはいたけど、どこか寂しそうな感覚が伝わって来る。私はそんなカレンに、なんの抵抗もなく聞いていた。
「家族と、何かあったの?」
するとカレンは
「うん」
と返事をしてみせてから、宙を見据えて話し始めた。
「私はね、あの家じゃ落ちこぼれだった。父親は代々続く資産家の家系で、母親はシドニーで一番の大学の大学院を出たバリバリの経済屋でエリート。
そんな二人の間に生まれた長女の私は、厳しく育てられてね。褒められたことなんて一度もなくって、ずっとずっと叱られて生きてきた。
結果を出そうって努力しても、とてもじゃないけどエリート様なんかには及びもつかない有様でね。
でも、私の弟と妹は違った。誰に何を言われなくても自分で勉強して、私にはとても貰えないような評価を受けられるような、出来の良い子達だった。
羨ましいって気持ちもあったけど、幸い下の二人は性格も良くてね。両親に叱られる私をそれとなくフォローしてくれるような、良い子達だったんだ。
でも、そんな二人と比べて落ちこぼれだった私は、大学を中退させられて、軍に追いやられた。根性を鍛えなおせ、ってね。
家は、そんな家庭だったんだ」
そしてカレンは私を見やってクスっと笑った。
「でもね、そんなだったけど、私は、家族が好きだったの。一生懸命、誉めてもらいたくて、好きでいて欲しいって、そう思っていろいろ頑張ってた。
それでもうまく行かなくって追い出されるように軍へ入ってたんだけど…
コロニーが落ちてくるってときに、バイコヌールにいた私へ、母さんから電話があったんだ。母さんは言ってた。
『戦争なんかに出ることはない、すぐに軍から脱走しなさい』ってね。
自分は逃げずに…いや、逃げられなかっただけかもしれないけど、とにかくそんな状況で、私にわざわざそんな電話を掛けてきたんだ。
結局すぐに電波障害で電話は切れちゃって、それっきり。遺体なんて出てきやしないし、形見なんかも残ってない。
知っての通りの、穴ボコが空いたんだ」
カレンの言葉は生々しくて、あの地で何が起こったのかをありありと私に想像させた。でも、不思議とそれは、恐ろしくも辛くもなかった。
59: 2015/03/22(日) 00:40:00.40 ID:D3j8wK7yo
「私の家族は、最後のときをそうやって生きた。自宅から私に逃げろ、って伝えた。ひどい扱いを受けて来たって思いは消えない。
でも私は、もっずっとあとになって…
それこそ、アヤの誕生会で前にこの島に来たあとくらいにね、それが私を思いやってくれた言葉だったのかもしれないって、そう思えたんだ。
その証拠に、最後の最後、家族は私に、生きて欲しい、ってそう思いを伝えてくれたんだ、ってね」
カレンはそう言いながらまた流れ出していた私の涙を拭って、さらに続ける。
「まぁ、とにかくそんなコロニー落着があってからはもう大混乱。
バイコヌールにジオンが降下してきて、オデッサ、カイロ、北アフリカを転々と逃げまわった。
そしてたどり着いた先のカサブランカの空で、私は、もう一つの私の家族と出会ったんだ」
カレンの、もう一つの家族…そう、それはあのオメガ隊のことだ。
「どいつもこいつも、バカばっかりで、真剣に悩んでた自分の方がバカらしいなんて思うこともあった。
でも、みんな優しくて、頼りになって、私を家族だって思ってくれた。
私の辛いのも、苦しいのも、嬉しいこと楽しいことも、全部自分の事のように感じて泣いたり笑ったりしてくれる人が居た。
家を追い出されて軍に入れられた私は、家族に嫌われていたわけじゃなかった。
軍に入って、戦争が起こったことで、私は私がありのままで居ても良いんだって思わせてくれるもう一つの家族出会えた。
確かに、シドニーの家族は戦争で氏んだし、仲間も大勢、失った。でもね、それでも私は、今まで生きてきた人生の中で、今が一番幸せだって思える。
これからもっと幸せになって行けると思える。綺麗事かも知れないし、結果論だって言われるかも知れないけどね…私は、戦争を生き残った。
たくさんの人達が私を守って、支えてくれて、こうして生き残ったんだ。だったら、その命を無駄になんて出来やしないだろう?
私の命は、私を軍にやって、最後に私の身を案じる電話を掛けてくるような家族に守られて、私を見を挺して庇ってくれた仲間たちに守られて、
ジャブローで、私のために泣いて怒って喧嘩して…信頼して頼ってくれる親友と“家族”達に支えられて来たんだ。
そんな人達の思いを、私は引き継いで生きたいって思う。私を想い、守ってきてくれた人達の分まで幸せでいたいと思う…
それが私の答えで…私なりの、感謝の気持ち」
カレンの手が動いて、また私の涙を拭ってくれる。気がつけば私は、カレンが話し始める前と同じくらいの涙と鼻水を垂れ流していた。
彼女は苦笑いを浮かべながらティッシュを何枚かを引き抜いて私の鼻に押し付けると、小さい子にするように鼻水を拭き取った。
そのティッシュを丸めて捨ててから、カレンは穏やかな表情を浮かべて言った。
「私にとってはコロニー落しのことも、戦争のことも今の私を形作ってくれた要素のひとつで、否定も肯定もする必要のないことなんだよ。
言ってみればもう過去の出来事なんだ。そういうことだからさ、レナ。私は構わないから、あんたも変に我慢することなんてないんだよ。
辛いときは、私も力になってやれる。アヤほどうまくやれるかは分からないけど、ね」
カレンの表情が…言葉が…温もりが…気持ちが…私の心を、まるで包み込むようにして伝わってきた。
暖かくて力強くて、それはアヤがしてくれるのと良く似ているけど、どこか違う。
アヤは手を引いてくれるような感じだけど、カレンのはまるで背中を押してくれているような感じがする。
穏やかで、どこまでも優しい感覚…
60: 2015/03/22(日) 00:40:32.04 ID:D3j8wK7yo
「ありがとう…ありがとう、カレン…」
私はそんなカレンの心強さに、いつの間にか謝罪の言葉を忘れてそう口にしていた。するとカレンはあはは、と笑って、なんだか嬉しそうな表情で言った。
「礼なんていいよ。私もアヤに助けられたクチだからね。回り回って、なんだよ、きっと」
「回り回って、か…そうだね…オメガ隊は、そうやって生き残ったんだもんね」
「ふふ、そうだね。あの隊はまさにその通りだったな…まぁ、フレートに関してはなんで生き残ってるか不思議なくらいだけど…
あいつ、週に一度は撃ち落とされていたんだからね。撃墜スコアが良かったからクビになるようなことはなかったけど、
毎度始末書を書いてた隊長は災難だったろうね」
カレンは昔を思い出したのかそう話してプッと吹き出して笑い、それからふと、テオに目を向けてから私に聞いてきた。
「そこの彼とは同じ部隊だ、って言ってたよね。長かったの?」
カレンの問いに、私は首を振った。
「テオとは、キャリフォルニア降下作戦で一緒になったんだ。
私は当時は、降下作戦を実施する部隊の護衛艦隊にいたんだけど、降下作戦前に上申して配属を変えてもらったの。
そのときにはもう、父さんが氏んじゃってて、兄ちゃんと母さんが地球に居てね…会えるはずないって分かっていたけど、同じ地球で戦いたかったんだ」
私は、当時のことを思い出していた。
あのとき…訓練校時代からの友達だった、まだ幼さの残る年下の同期のイレーナ・バッハ少尉の護衛に見送られて、地球に降下したときのことだ。
「護衛隊からの転属は歓迎で、私は同じように増援で組織された部隊に配属されたんだ。そこにいたのが、テオ。
まだ18歳で訓練校を出たてだったんだけど、腕が良くって、口が軽くって、心配なところもあったけど、
私の緊張をほぐしてくれるような、そんな子だった」
私はそう言いながらテオを見やった。彼の小さな呼吸音が、病室に響いている。
「キャリフォルニア制圧に成功して、そこからは北米全土の侵攻に参加してた。
幸いテオも、隊長も、私も、無事に任務を終えたけど…結局、オデッサが奪回されて、私はそこで兄ちゃんと母さんを氏んだって知らせを聞いて…
自分ではヤケになったわけじゃない、ってそう思いながらだったけど、
きっと本当はこれ以上ないっていうくらいにヤケになって、そのままジャブロー侵攻に参加したんだ」
「あの日…だね…」
カレンは、辛い表情を見せることもなく、ふっと宙を見据えて記憶の糸を辿っているようなしぐさを見せる。
まだ一年も経っていないのに、この島でアヤと生活をしていたり、こうしてカレンと話をしていると随分遠い昔のようにも感じるようだった。
「ひどい戦闘だったね…私達の隊を積んでいたガウも高射砲の直撃を受けて、隊長が私とテオを押し出すみたいにして機体から放り出して、それっきり。
私は地面に降り立ったときにはモビルスーツは機能停止で、逃げている最中にアヤに出会った。
隊長はガウと一緒に墜落しちゃった。テオはそれからどうなったのかは分からなかった…」
「そっか…これまでどうしていたかも、ここへ辿り着いた理由も、本人に聞かなきゃ分からない、ってことね…」
カレンは少し渋い表情を浮かべて言う。そんなカレンから、私は微かに動揺を感じた。本当に微かで、表情や仕草に出ていたわけでもない。
アヤの言っていたニュータイプの感覚が、ほんの僅かなカレンの心の機微を伝えて来たような、そんな感覚だった。
「カレン、何かあったの…?」
私が聞いたら、カレンは少し驚いたような顔を見せた。私がその目をジッと見つめたら、その表情は私が感じていた通りに悲しげにくぐもった。
「うん…私にもいたんだ、後輩っていうか、部下っていうか、そういうのがね。オメガ隊に入る前の、バイコヌールにいた頃にね。
ベネットっていう、新米の見習いがさ」
ジワリと、カレンから何かが伝わってくる。
白い布にポツンと付いた黒い汚れのような、肌にザラッとする不快感がまとわり付いているような、そんな…罪悪感だ。
61: 2015/03/22(日) 00:41:05.64 ID:D3j8wK7yo
「…その人は…どうしたの?」
私はコクリとツバを飲み込んでからカレンにそう尋ねた。するとカレンは
「ありがとう」
なんて、どうしてかお礼を言ってからため息混じりに教えてくれた。
「カサブランカ付近でね…オメガ隊と合流する直前に、私達はジオンの偵察タイプのヒトツメと、その護衛らしいトゲツキの砂漠タイプを見つけた。
私の機体は、直前の戦闘で残弾が尽きかけていたから、私はそのベネットに爆撃指示を出したんだよ…
でもね、ベネットはそのときにはもう、戦闘なんて出来る精神状態じゃなかったんだ。
元々小心者だったけど、逃げている間に限界まで擦り切れちゃってなんだろうね…
爆弾を放り投げたあいつは、砂漠タイプのトゲツキのロケット弾が接近してきたことでパニックになって固まっちゃったんだ。
そしてそのまま直撃を受けて、氏んじゃったんだ」
それを聞いて、私は胸が痛んだ。カレンは家族のことや戦争のこと、コロニーのことはもう過去の出来事なんだと、そう言った。
その言葉に嘘はなかった。でも、そのベネット、って人のことは違うんだ。
カレンは、その彼についてだけは、未だに自分を責めつづけている…なぜそんな指示を出したんだ、って。
もっと他に方法はなかったのか、って…。
「カレン…」
私は、カレンに何も言ってあげられなかった。でも、カレンの辛さが伝わってきていた私は、彼女の名を呼び、その手をギュッと握りしめていた。
でも、そうした途端にカレンが見せたのは、嬉しそうな笑顔だった。
「ははは、ほら、回り回って、でしょ?」
カレンの言葉に、私は途端に胸の中がポッと暖かくなるのを感じてカレンに笑みを返していた。
そうか…さっきのありがとう、の意味は、私がカレンの思いを受け取れていたからだったんだ。
カレンはそれを、私がついさっきカレンに頼もしさや優しさを感じて安心できたように、安心させてあげられたからこそ出てきた言葉だったんだろう。
そんなカレンの感覚が伝わってきて、私は気が付いた。カレンはアヤと良く似ているようだけど、そうじゃない。
ううん、似ていないわけじゃないんだけど、きっと大元は違うんだ。
アヤは…血の繋がった家族はいなかったけれど、それ以上に大切な絆で繋がって来た“家族”がいた。
たくさん辛いことがあったのかも知れないけれど、その絆に支えられて来たんだ。
でも、カレンは違った。血の繋がった家族がいたのに、支えてもらってるって実感を感じられなかった。
傷付いて、それでもなんとか上手くやろうとして、だけどまた上手く行かなくて傷付いて…
ずっとずっと、そんな想いを抱えて生きてきたんだ。アヤが誰かを眩しいくらいに明るく照らせるのは、
支えや絆が、どれだけ人に力や安心を与えるかを知っているから。
カレンが…こんな優しくって繊細なのは、傷付いて誰にも助けてもらえない辛さを知っているからなんだ。
その痛みや苦しみを、私も知っていた。父さんが氏に、母さんも兄ちゃんも氏んだ私が感じた痛み。
コロニー落としの被災地のシドニーを見て、戦争を通して感じた自分の愚かさ、弱さ…そういう物に私も傷付いて、そして苦しんでいた。
でも、私は幸運だったんだろう。私を照らしてくれるあの明るい笑顔の敵兵と、
その明るい笑顔を受けて、こうして穏やかな笑みを浮かべる、私をそっと支えてくれようとしている優しい元敵兵とに出会うことが出来たのだから…
そしてきっと、そんな人達のそばにいれば…
甘えて頼って、この胸を蝕むあの戦争で負った傷を、思い出として、過去として、きちんと向き合って胸にしまっておくことが出来るようになる…
そんな確信が私の中に湧いてきた。
62: 2015/03/22(日) 00:41:31.62 ID:D3j8wK7yo
「回り回って、か…」
「そうそう」
私が呟くと、カレンは嬉しそうに笑って頷いた。
「それなら」
ふと、私はあることが思い浮かんで、口を開いていた。
「私も…誰かにそれをあげたいな…。
傷を癒せなくても、そばに居てあげられなくても、せめて、ひとときでもホッと心に背負った重しを下ろしておけるような、何かを、さ」
「あはは、出来るだろうね。レナとアヤ、それにあのペンションならさ」
私の言葉にカレンがそう言って笑った。
「カレン…?」
私は、カレンが言った意味が分からなくってどうしてかを促してみる。そしたらカレンは、言ってくれた。
「アヤの誕生会で初めてペンションにお邪魔したときに感じたんだよ。あのペンションには、どこか懐かしい感じがあった。
それこそ、ずっとあそこで暮らしてきたような、そんな感覚なんだ。
アヤがやってるからそう感じたのかなとも思ったんだけど、ここ二週間世話になってて分かったよ。
レナ、あんたの気遣いも細やかで優しいんだ。暑い日差しの中で、ここの海に使っているみたいに、心地良いんだよ。
あんた達二人があのペンションにいれば、きっと誰だって羽を休められる場所になる。私が保証するよ」
私が…そんななの?自分のことって良くわからないし、私はこれまではただ、お客さんに出来るだけのんびりして欲しいって思って接して来ただけど…
でも、もしそうだったとしたら、それは何より嬉しいことだし、それに…私が感じる、戦争への罪の贖罪になっているように思えた。
こんなことを言ったら、アヤもカレンも怒るか、そんな風に思うことはない、って言いそうだけど…でも、それでも、今の私はそう思う。
私のように…ソフィアのように、戦争で心身が傷付いた人達の助けになれたら…もし出来るなら、その傷を癒やすことが出来たなら…
私の胸にあるこの傷も、もしかしたら癒えて行くんじゃないか、って、そう感じる。
「ありがとう、カレン」
私はただカレンの言葉が嬉しくて、そう彼女に礼を言った。するとカレンは不意に私から視線を逸らせて
「ん…その、か、感じたことを言っただけだから…」
なんて照れ隠しをしてみせた。その様子が可笑しくって思わず笑ってしまった私につられてなのか、すぐにカレンもクスクスと笑い出す。
話せて、良かった。カレンへの罪の意識が消えたからでも、彼女が私の抱えていた想いに気付かせてくれたからでもない。
私はようやく、カレンとちゃんと友達になれたってそう思えたから、ね。
63: 2015/03/22(日) 00:42:00.32 ID:D3j8wK7yo
「そうそう、それならさ、カレン!」
「ん?」
「やっぱりペンションを実家だと思って欲しいな!何なら、住んでくれたって良い!
カレンが居てくれて、私にしてくれたみたいにアヤと一緒にお客さんを支えてくれたら、きっともっと良いと思うんだ!」
「だーからそれは回転率下がるから止した方が良いって言ったでしょ?
それに、いつまでもあんたとアヤの愛の巣に入り浸ってるなんて気まずくって仕方ない」
「ちょ…あ、あ、あ、あ、愛の巣って…そ、そんなんじゃないんだってば!」
「えぇ?じゃぁ、なんだって言うのさ?それともなに?私がアヤを取り返しても良いって言うの?」
「えっ…その、いや…アヤが居なくなるのは困るけど…!って、カレンもやっぱり…」
「違うってば!私はそっちに興味はないの!カマ掛けただけでしょ!?」
私は、カレンとそんなことを言い合って笑った。
アヤが、カレンを信頼して、ときには反発したり、言いたいことを言い合ってふざけてケンカをする気持ちが私にも分かった。
あれは、お互いを信頼して、お互いに甘えていたんだね。
照れ屋な二人だからそんなことになっちゃうんだろうけどそれでも、きっと二人にとってはお互いが本当に心許せる親友なんだろうね。
ふふ、こないだは少し羨ましいって思ったけど、今はもうそんなことは感じない。
たぶん、私もその仲間に入れたんだろうって、そう思うから。
「ん…うぅっ…」
不意に、病室にそんな、私のともカレンのとも違ううめき声がした。私が目をやると、ベッドの上のテオがもぞもぞと体を動かしている。
「…テオ…!テオ!」
私はイスから飛び上がってベッドに覆いかぶさり彼の名を呼びながら肩を叩く。
カレンもイスから立ち上がって私の影からテオを見つめてくれているようだった。
「…ん…こ、ここは…?」
私の呼びかけに答えずに、うっすらと目を開けたテオはそう呟き、それからようやく私に目を向けてくれた。
「少尉…へスラー少尉…ですか?」
「うん、そうだよ…テオ!」
「お、俺…氏んで…?」
「大丈夫、あなた私もちゃんと生きてるよ!」
私はそう言いながら、テオの手をギュッと握ってあげた。
するとテオはみるみる意識を覚醒させて、そしてようやく状況を理解できたのか、目からハラハラと涙をこぼし始めた。
「少尉…良かった!あれ、夢じゃなかったんですね…良かった…生きててくれて…良かった…!」
テオはそう言いながら私の手を両手で握り、まるで祈るように額に押し当てて嗚咽を漏らし始めた。
テオったら、泣くことなんてないのに…なんて思っていた私だったけど、妙に視界が滲んで見える。あれ、暗いからかな…?
ポンっとカレンの手が私の肩に乗った。カレンの方を見やったら、彼女はやっぱり穏やかな笑顔をしていて私に優しく言った。
「まったく…アヤに聞いてた通り、本当に泣き虫だね、あんたさ」
そんなカレンが、もう一方の手で私の頬を濡らす涙を拭ってくれた。
64: 2015/03/22(日) 00:42:27.37 ID:D3j8wK7yo
それから二週間が経った。
テオは入院から三日目に退院した。アヤがアルベルトに頼んでおいてくれた医療証を見せて治療費の支払いを終えてからは、
ペンションに滞在することになった。
テオはペンションに来てから、どうしてこんなところまで辿り着いたのかを話してくれた。
テオはあの日、ジャブロー降下作戦の直前に、隊長と約束したと言った。
オデッサで母さんと兄ちゃんの戦氏報告を聞いてからの私が情緒不安定になっていることを知っていた隊長はテオに、
「自分に何かがあったときはへスラー少尉を頼む」
と伝えていたのだそうだ。
その約束を守るために、テオは降下後も、戦闘ではなく私との合流を最優先にしてあのジャングルをザクで歩き回っていたらしい。
でも、当然連邦はそんなことお構い無しで攻撃を仕掛け、結局テオは連邦軍の砲撃を受けてその場に擱座。
抵抗出来ずに、連邦に捕虜として捕えられたのだという。
下士官でまだ若く、迷子になっていたような彼は拷問を受けるようなこともなくジャブローの捕虜収容施設に収監されて、そこで終戦を迎えた。
そして、終戦協定通りに行われる捕虜交換の準備のための移送の途中で彼は脱走したと言うのだ。
「よくこんなところまで来れたな…っていうか、なんでここにレナがいるって分かったんだ?」
そう聞いたアヤにテオは神妙な面持ちで答えた。
「助けてくれた連邦兵がいるんです。彼が少尉の情報を仕入れてくれて…
福祉用員補充のための特別移民制度を利用して、連邦政府の監視の元でここで生活している、って」
そのことは公の事実だ。確かにある程度の階級の軍人なら調べることは簡単だろう。
元軍人の私のことを監視を担当しているのがこの中米移民局のアントニオ・アルベルトであることに疑問を持たれることはないにしても、だ。
「その連邦兵、横柄な東欧系の中年男か、もしくは馬鹿でかいやつじゃなかった?」
そんなことを聞いたカレンにテオは首を横に振った。
「いえ…俺よりも少し年上くらいの、ヨーロッパ系の男でした。
最初は俺に手錠を掛けたんですが…会わなきゃならない人がいるんだ、と話したら、解放してくれて。
その連邦兵、『俺も、故郷に恋人を残してきてるんだ』なんて言って少尉の居場所を探ってくれて、
この島への船便に載せる輸送コンテナに俺を押し込んでくれました」
そう言ったテオは、自分でも戸惑っている様子だった。
私も、テオがジャブローで殺されずに捕虜になったことやそんなことをしてくれる連邦兵がいるだなんて、って驚いたけど、アヤとカレンは訳知り顔で
「どこの隊だろうな?移送任務ってことなら、陸戦隊か?」
「最近だと、移送は本部やつらじゃなくって宇宙軍からそれ専用の人員を降ろさせてたんだ。
捕虜を宇宙へ返すのに、わざわざ地球から人をあげるのも手間だからってさ。もしかしたら、所属はそっだったかもしれないね」
なんて言っていた。
65: 2015/03/22(日) 00:42:54.15 ID:D3j8wK7yo
確かにスペースノイドの可能性はあるな、と私は思った。だって、地球に住んでいたらこの島が赤道直下にあって暑いことくらいはわかるはず。
それなのに、よりにもよって船便のコンテナに忍び込ませたってことは、
道中でテオが氏ぬように仕向けたかったか、地球の気候を知らなかったスペースノイドか、のどちらかだろう。
前者ならわざわざそんなことをする理由が見当たらないから、たぶん後者だ。テオの熱中症はそのせいだったんだろう。
テオは退院してペンションで過ごしているうちにみるみる元気になって、
そしてさっき、この島の空港から、ケープカナベラルの打ち上げ基地へと向かう飛行機に乗って行った。
テオはサイド3の26バンチ、アキレスの出身。家族も無事なことが確認出来ていたので、私もテオを喜んで見送った。
「また会いに来ますね」
なんて屈託のない笑顔で笑ったテオは、戦争当時よりも穏やかで少しだけ凛として見えた。
それがテオ自身の成長のおかげなのか、それともカレンが言ってくれたように、私やアヤがして彼を支えられたからなのかは分からないけれど。
とにかく、私達は今、テオを空港で見送りソフィアとエルサ達が留守番をしてくれているペンションへ戻る途中のオンボロの中にいた。
晴れ晴れとした青空が広がっていて、いつものように日差しは厳しい。
でも、エアコンなんて付けなくったって、窓を全開にして走ればたとえこの狭い車中に三人乗っていたとしたって心も晴れ渡るように気持ちがいい。
「いやぁ、なんか素直でいいやつだったな。アタシ、デリクを思い出しちゃったよ」
ハンドルを握っていたアヤが、感慨深げにそんなことを言う。
「そう言えば、デリクも除隊した言ってたっけ。ボランティアやりたいいんだってさ。あの子らしいよね」
カレンが後部座席から身を乗り出しながら言う。
「あはは、ホントだな」
カレンの言葉にそう言って笑ったアヤは私にちらりと視線を向けて、その笑みを苦笑いに変えた。
「それにしても、レナの泣き虫は治らないよな」
それもそのはず、テオを見送る前から私は今現在までずっと泣きっぱなしだ。
「仕方ないでしょ!気持ちに関係なく出てくるんだから!」
そう言い返してみても、直後にズルルっと鼻水をすすったのではカッコが付かない。
「まぁいいんじゃないの?私みたいに人前で簡単に泣けないよりよっぽど良いよ」
カレンがそう慰めてくれたけど、どうやらアヤは違うことに注意が向いたらしい。
「何言ってんだ。あんだってメソメソやってただろ、アタシとマライアの前でさ」
でも、そう言われたカレンも負けてない。
「よく言うわね。そう言うあんたは、私の袖掴みながら寄りかかって甘えてたクセに」
「そ、それは言うなよ!ははは、反則だろ!」
「え、何?何なのその話?」
「やめろ、レナ!その話はやめてくれって!」
「んー?いいんじゃないの?アヤ。あんたとレナとの仲じゃない。あのね、レナ。連邦の鬼神伝説って知ってる…?」
「それって…確か、アヤが一個陸戦小隊を壊滅させた、っていう…?」
「そうそう、その後、アヤが私にね…」
「カレン!この…やめろってば!」
私はもう興味津々でカレンの話を聞きたいのに、アヤはハンドルから片手を離して、背後のカレンの口を塞ごうと必氏だ。
それも、顔を真っ赤にして。
66: 2015/03/22(日) 00:43:30.94 ID:D3j8wK7yo
「あー、もう!アヤ!運転ちゃんとやってよ!危ない!」
「カレンが変な話しだすからだろ!そういうのはアタシがいないときにこっそりやってくれって!」
「それじゃぁ、アヤが恥ずかしがる顔が見れないじゃない。そんなのあんまり意味ないんだよね」
「カレン、あんたそれアタシをからかいたいだけじゃないか!」
「え、そうだけど、いけないかった?」
「この…なに当然みたいな言い方してんだ!この…!」
なんておふざけがヒートアップしそうになっている時、不意に車内にPDAの着信音が響いた。
これは…私のだ。
私はポケットからPDAを取り出してみる。ペンションからの電話だ。ソフィア…何かあったのかな…?
そう思って通話ボタンを押してみる。
「もしもーし」
<あ、あ、レナさん?!ちょっと大変なことになってます…!もう空港出ましたか?>
スピーカーの向こうから、いつになく慌てた様子のソフィアの声が聞こえた。
「今帰り道だけど…どうかしたの?大丈夫?」
そんな話しをしている最中、今度は別のPDAの着信音が車内に鳴り響く。
今度はカレンのだ。
「エルサ?なんか今、ソフィアからも連絡来てるんだけど、そっちで何かあったの…?」
<み、皆が急に来て…えっと、それで…!>
「奇襲…?えぇ?!隊の連中が?」
電話の向こうのソフィアの声と、車内のカレンの声が重なった。
その2つを聞いただけで、私にはペンションで何が起こっているかが概ね把握できていた。
今日は宇宙世紀0080年の12月29日。
もう2日で年越しが始まるってタイミングでペンションに奇襲を掛けてくるような部隊を私はよぉく知っていた。
PDAを片手にカレンと目を合わせて笑っていると、今度はアヤのPDAが音を立てた。
私にはソフィアから、カレンにはエルサから、となると、アヤにはあの隊長さんから奇襲成功の勝利宣言の電話でも掛かって来ているに違いない。
そう思っていたら、運転中のアヤが外部スピーカーに音源を切り替えてホルダーに引っ掛けたPDAからどこか懐かしい、凛とした声色が聞こえてきた。
<アヤ!久しぶり!>
こ、この声って…まさか!
「クリスか?久しぶりじゃんか!どうしたんだよ急に!」
アヤが大きな声を張り出してクリスにそう声を掛ける。
<ふふ、ごめんね。地球赴任のあとに退役してアナハイム社に転職したりとかで忙しくって。
去年の年末ぶりだし、話に聞いてたペンションに来て驚かせちゃおうと思って、今ペンションの前なんだけど…
なんだか人がいっぱいで…もしかして、今日ってかなり混み合ってた?>
去年の年末、北米のフ口リダで船を買ったアヤ私が同じフ口リダ半島にある街出会った連邦兵のクリスティーナ・マッケンジー。
彼女、ペンションに来てるの…!?
67: 2015/03/22(日) 00:44:18.23 ID:D3j8wK7yo
私はそれを聞いて瞬時に頭を回転させた。人数!まずはそれを確認しないと!
「ソフィア!何人来てる?」
<えっと…オメガ隊の皆が6人と…レイピアの皆が7…あ、いや、8人!>
ペンションには全部で7部屋ある。そのうちの一つは一階にある小部屋で義足のソフィア専用部屋だ。
他にダブルの部屋が2つに残りはシングルが2つの部屋だ。でも各部屋にはソファー兼ベッドになるのがあるから、最大で三人眠れる。
だけど、今ペンションには私とアヤにソフィア、カレンとエルサにカルロスもいる。
そこにクリスが…部屋数が足りない…!
いや、ま、待って、もしクリスが一人なら私かアヤがホールのソファーで寝られるから、一緒の部屋で我慢してもらえるなら…
「クリス、一人で来てるの?」
私は自分のPDAのマイクを抑えつつ、アヤのPDAにそう聞いてみる。するとクリスは底抜けに明るく嬉しそうな声色で言った。
<実は、今回は二人で来たの!>
その言葉に、私はアヤと顔を見合わせた。も、もしかして…!
「クリス…もしかしてもう一人って…!」
<…うん、そうなの。奇跡って、あるものなのね!今回はぜひ二人に会ってほしくって連れてきたのよ>
もう一人…それはクリスが去年来た時に言っていたバーニィって人に違いない!
それなら、二人には一部屋用意してゆっくりして欲しいけど、あれ、でもそうすると部屋数が…
あぁ、ダメだ!いや、それ以前に単純に定員オーバーしてる!
「だから回転率、って言ったのに」
状況に気が付いたらしいカレンがそんなこと言って苦笑いを浮かべている。
「レナ、クリス達には二人の部屋を準備してやりたい。隊のやつらは無理やり押し込んじゃっていいからさ!」
クリスについては私も同感だけど、オメガ隊とレイピア隊のみんなをなんとか押し込んだところでベッドが足りない。
さすがに床で寝てもらうわけには行かないし…何かうまい方法は…
68: 2015/03/22(日) 00:44:46.31 ID:D3j8wK7yo
そう考えた私がふと視線を宙に向けようとしたとき、カレンの苦笑いが私の視界に飛び込んできた。
その瞬間、パッと解決策が私の頭の中に浮かんだ。
「ね、カレン!レイピアとカルロスって一緒でも平気かな?」
「えぇ?あぁ、たぶんね。カルロスはレイピア付きの整備兵だったし」
「それなら、レイピアとカルロスの9人で3部屋使ってもらおう!
クリス達にダブルの一部屋、エルサには私とアヤの使ってるダブルの部屋で寝てもらって、オメガ隊の皆には申し訳ないけど、
残りのツインの部屋にエルサのところとクリスのところからソファーベッドを運び込んで使って貰えばなんとかなる!
クリス達の部屋には代わりにホールの二人掛けのソファーを移動させれば完璧!」
「おい、待てよレナ。それだと、カレンの寝る場所がないじゃんか。アタシとレナはホールのソファーでもいいけどさ」
私のプランにアヤがそう声をあげる。でも、それも考え済み。だって私達のペンションはね…
「ごめん、カレン!」
きっとカレンなら私の言葉の意味をちゃんと受け取ってくれるはずだ。
私は、カレンに向かって言った。
「私とアヤと一緒に、ホールのソファーで寝てくれない!?」
カレンは私の言葉を聞くなり、苦笑いをみるみるうちに満面の笑みに変えてくれた。
そう。だって、私達のペンションはね、辛いのも悲しいことも、楽しいことも嬉しいことも、そしてちょっと大変なことも分け合って、
甘えて頼って行ける場所なんだ。私達のペンションはね、きっとそうして家族のように繋がっていける場所なんだ。
そしてもちろん、ペンションを実家だと思って欲しいと伝えて嬉しいと言ってくれたカレンはきっと、
アヤや私と他の人達よりもいっそう、辛いことも悲しいことも、楽しいことも嬉しいことも、ちょっと大変なことだって分け合っていける存在なんだ、
って、私そう思うんだよ!
そんな私の思いはちゃんとカレンに届いたようだった。カレンは嬉しそうな表情のままに、私とアヤに言ってくれた。
「わかってるよ、レナ。最初から言ってるじゃない!私はペンションのお客じゃないんだからさ!」
69: 2015/03/22(日) 00:51:01.08 ID:D3j8wK7yo
to be continued to...next side.
70: 2015/03/22(日) 00:55:44.99 ID:D3j8wK7yo
次回エピソード予告
0080年12月10日
モニターに映し出されているのは、真っ暗な宇宙。
あたしは、必氏になって操縦レバーを握り、小刻みにペダルを踏み込んで機体の位置を調整する。
ピピピと、ヘルメットの中のスピーカーが音を立てた。
―――来る…右から!
レーダーの反応を見ていたあたしは、咄嗟に機体を翻した。
右のモニターにあたしの機体を追ってくるのが2機。
鋭い機動を描いて迫ってくる。
キューキューとロックオン用のレーダー波が当てられている信号が響く中、あたしは左右のペダルを交互に小刻みで踏みしめる。
とたんに機体がバランスを失って、左右に大きく揺さぶられた。
でも、でも、まだだ!もっとスラスターを…あぁ、もう!AMBACシステムが邪魔する!そっちに体位変換したいんじゃないんだってば!
<おい!マライア!>
ヘルメットの中に隊長の声が聞こえてくる。
ちょ、ちょっと待って隊長!もう少しで敵を躱せるから…!
そう思った瞬間だった。
<おい、マライア…このバカ!>
キッド少尉の、そんな怒鳴り声が聞こえてあたしはハッとした。
あたしが追従する敵から逃れようとしていた先には、3機小隊の最後の一機が、デブリに隠れて待ち構えていたのだった。
そして、ヘルメットの中に、けたたましい警報音が響いた。
71: 2015/03/22(日) 00:58:22.88 ID:D3j8wK7yo
引用: ペンション・ソルリマールの日報
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