91: 2014/11/05(水) 21:34:12.47 ID:1VyRggQfo

こんばんは。

なんとなくその後の話を書き始めたので、投下していきますー。

前回:幼女とトロール

 

92: 2014/11/05(水) 21:35:09.97 ID:1VyRggQfo




「よう、大丈夫か?」


「あぁ、うん…はい、なんとか」


「涼しくなるまで休んでろな。もうじき街だ。夕方に出れば、夜になる前に着けるから」


お姉さんはそう言いながら、そっと私のおでこのところに手をかざした。とたんに、溶けかかっていたタオルがキュンと冷えてくる。


気持ち、いいな…そんなことを思って私はまた目を閉じた。ゆっくり深く呼吸をして、頭の中がぐるぐると回っているような感覚を追い出す。

 もうここにたどりついて休み始めてからずいぶんたつし、ようやく体の方も落ち着いてきた。
私たちは、砂漠の真ん中にあるオアシスにいた。

見たことのないサボテンのような植物にロープを括って、反対側を地面に刺した杭に結びつけ、その上にシュラフを掛けて簡単なテントをお姉さんが作ってくれた。

私は暑さで完全にやられてしまって、テントが作り出した日陰に寝そべってじっとおとなしくしていた。


お姉さんも妖精さんも全然平気そうにしている。

私は、父さんと母さんと一緒に一日中だって畑仕事をしたってへっちゃらなくらい、体力に自信はあったんだけど、

この暑さばかりはどうしようもなくってこんなことになってしまった。


私がもう少し頑張れていれば、お姉さんも妖精さんもきっともう街について、ふかふかのベッドで眠れたはずなのに。そう思って謝った私にお姉さんは笑って言った。


「こんな暑さじゃ普通は大人だって参っちゃうよ。あたしや羽妖精が平気なのは自然の力を魔力で操れるせいだからな」


確かにお姉さんも妖精さんも、着替えをしたりたくさん汗をかいているなんて様子もない。魔力って、すごい力なんだね。


「回復魔法より、水と木苺がいいよ」


妖精さんそう言って、お姉さんの水筒に汲んできてくれた水と山で採ってあった木苺の入った革袋を持ってきてくれる。

水筒の中身はお姉さんか妖精さんが冷やしてくれたみたいでキンキンに冷たくなってい。

コクリ、コクリってゆっくり飲んで、木苺も二つ口に入れて、もう一度水筒に口を付けてからまた私はバタっとその場に寝転んだ。


 それにしても、こんなところに住んでいる人がいるんだね…私のいた山の麓とは気候が全然違う。

もう何日も旅して来たし当然なのかも知れないけど、やっぱりこの暑さにはなれないなぁ。
あの日、私はお姉さんと一緒にあの山を後にした。

最初の晩は、洞穴と同じように野宿をして、次の日の夕方には、草原の真ん中にあった城塞都市の宿に入った。そこで休んで、次の日は食料とかそういう物も買い込んだ。

私はお姉さんに旅用の服やマント、それに小振りなナイフと小さな肩掛けのポーチを買い与えてくれた。

ポーチには水筒に傷薬に、それから革袋に包んだトロールさんの石も入ってる。

本当はお姉さんに預けておくほうが安全なんだろうけど、どうしても私が持っていたかった。

お姉さんは「気をつけろよ」なんて笑いながら私にそう言った。


 そこから次は、村のそばにあった山よりも少し険しい山を一つ越えて、麓の宿町にたどり着いた。宿町から先が、この砂漠。町で一泊し砂漠の旅を始めて二日目。

お姉さんはさっき、もうすぐ街だ、って言っていた。あとちょっと休んだら、歩けそうかな…その街の宿屋さんには、お風呂はあるだろうか?

出来たら、体が冷えるくらいの温度の湯船にしばらく浸かっていたいな…あるといいな。


私はそんなことを思いながら、ふぅ、と大きく息を吐いて、目を閉じた。

お姉さんが魔法で冷やしてくれたタオルと、妖精さんが持って来てくれたお水でなんとか頭の中がぐるぐるしているのは落ち着いて来た。

うん、この調子ならやっぱり、あとちょっと休んだら歩けそうだ。
Lv1魔王とワンルーム勇者 1巻 (FUZコミックス)
93: 2014/11/05(水) 21:35:39.67 ID:1VyRggQfo

 やがて太陽が傾いて来て、憎いくらいに真っ青だった空が微かに橙色に染まり始めた。とたんに空気が冷たくなるような感じがする。

砂漠の夜は想像していたよりもずっと寒い。夜になったら冷えたお風呂なんて必要ないかもしれないな。私はそう思いながらもゆっくりと体を起こしてみた。

頭の中のぐるぐるは、もうだいぶ治まった。これなら平気そうだ。

「お姉さん、もう、大丈夫そう」

私が言ったら、お姉さんはニコっと笑って

「そっか。無理するなよな。また何かあったらそんときは背負ってやるから、あと少し頑張れよ」

と言ってくれた。

 そもそもお姉さんにとってはこの旅は、本当になんでもないようなことみたいだ。でも、転移魔法を使わないでわざわざこうして、町から町へと歩いている。

お姉さんは、その方が楽しいだろ、なんて言っていたけど、私にはなんとなくわかった。

お姉さんはきっと、人間の世界にお別れをしているんだろうって。

これから魔界に行って、魔族のために魔王になろうとしているお姉さんは、きっと簡単にこっちの世界へ戻ることはできなくなる。

寂しくないように…ううん、きっと寂しいから、こうして歩いて向かってるんだろう。

ひとつひとつの出会いとか、そういうのを確かめるみたいにして。

昼間、砂漠を吹いていた焼けつくような風はどこへやら、で、肌に触れる空気はもうひんやりと冷たい。

夜になる前に着かないと…そう思っていたけれど、私たちの目に、蜃気楼のようにぼんやりと浮かんでいた町が、ようやくはっきりと姿を見せた。

あれは幻やなんかじゃないだろう。

「あれ、そう?」

私はかぶっていたフードをめくってお姉さんに聞いてみる。お姉さんは

「あぁ、うん」

と少しだけ安心したような表情で笑ってそう返事をしてくれた。

 私たちはようやく町へとたどり着いた。妖精さんが私のフードの中にもぐりこんでくる。

声は出るようになったけど、やっぱりたくさんの人間を見るのはまだ怖いみたい。

それもそうだろう。私だって、トロールさんたちみたいな大きい人がたくさんいる町になんて迷い込んだらきっと何をされてなくたって怖いって思うに決まってる。

「まずは、とりあえず宿を押さえないとなぁ」

お姉さんは慣れた様子でそういうと、私の手を引いて町の中を歩き始めた。

 町は、想像していたよりもずっと賑やかで、人がたくさんいた。

町の真ん中を抜ける大きな通りには出店のようなものもたくさん出ていて、あちこちから良い匂いが漂ってきている。

夕方になってきたこともあり、あちこちでランプに火が入りワイワイと声をあげて客引きをしたりしている。

94: 2014/11/05(水) 21:36:19.13 ID:1VyRggQfo

「面白い町だろ?ここは砂漠の大きなオアシスを中心に栄えた町でさ。王都のある北から南へ行くのと、西への交易街道とが合わさる場所なんだ」

お姉さんがそう教えてくれる。そうなんだ…そう思っていたら、お姉さんが不意に足を止めて、そばにあった屋台のおじさんに怒鳴った。

「おっちゃん、これ二つ!」

「あいよ、ねーちゃん!」

お姉さんは銅貨を二枚払って、屋台で何かを買った。

その一つを私にヒョイっと手渡してくれる。

「えっと…」

それは私が今まで見たこともない食べ物だった。

白くってふわっとしたものが、パンみたいな生地にくるっとくるまれている。中の白いのからは、赤い粒々がチラチラと混ざっていた。

持っている手の平にひんやりとした感触がある。冷たいもの、みたいだけど…

「あぁ、知らない?クレープってんだ。まぁ、クレープにアイスクリームを包もうなんてのはこの年中暑い町くらいだけど」

「ア、アイスクリーム?」

「えっ?知らない?そっか、あの村、街道からも逸れてるからなぁ、王都の流行は入りにくい、か」

お姉さんはそんなことを呟きながら、それでも自分はそれにかじりついて

「牛やなんかの父に卵とかを混ぜて冷やして作るんだよ。甘くって冷たくっておいしいんだぞ!」

と私に勧めてきた。あ、あ、甘いんだ?甘いのは好きだな…私はお姉さんの言葉を聞いてなんだか少しドキドキしてしまって、恐る恐る、クレープってのを口に運んだ。

フワフワのパンの生地みたいなのがムニュっと避けて、中から冷たくって甘いのが舌の上に出て来て解けるように広がる。

これ…こんなの初めて!おいしい!すごくおいしいよ!

「んーー!」

私は、口にそのクレープをほおばりながら目を見開いてお姉さんを見つめていた。そんな私の顔を見てお姉さんは満足げに笑って

「どうだ?うまいだろ?」

と言ってくる。私はコクコクうなずきながら二口目をかぶりつく。

と、フードをかぶっていた耳元でボソボソと声がする。

「人間ちゃん、私にも頂戴!」

妖精さんの声だ!

私はとっさにあたりを見渡して見つめられていないことを確かめてから、クレープを少しだけちぎってフードの中の妖精さんに手渡した。

「んっ!冷たい!うわっ、甘いー!」

妖精さんがフードの中で喜んでいる声が聞こえてくる。

「あはは!砂漠だけど、ここは交易の重要拠点だからな。物資には事欠かないし、うまいものも揃ってる」

 今日は川の魚なんかじゃない、とんでもなくうまいもの紹介してあげるよ!」

お姉さんはなんだか無性に楽しそうにそう言った。

「うん!」

「わ、私も、頂くです魔王様!」

フードの中で妖精さんもそう声をあげていた。

95: 2014/11/05(水) 21:37:55.71 ID:1VyRggQfo

 そんな私たちは町の中心の道と同じくらいの道の交差点に出た。真ん中はちょうど大きな広場になっていて、そこにはなんだか、たくさんの人だかりができている。

「ほら、宿はこっちだぞ。迷子になるなよ」

お姉さんはそんなことを言って私に手を差し出してくる。

そういえば、村のお祭りのとき、母さんがこうして手を引っ張ってくれていたっけ。

私はそんなことを思って、どうしてかお姉さんがそうしてくれることがうれしくて、ニコニコしながらお姉さんの手を握っていた。

「おいおい、ほんとだな…これ、どうなってんだ?」

「気味が悪いね…こんなのがあの山の向こうにはうごめいてるってのか?」

「なんでも今度新しく来た憲兵団長の指示らしいぜ。晒し者にしろってさ」

「どうして国王軍はこいつらを根絶やしにしてくれなかったんだ!おちおち夜も寝てられない!」

「まぁまぁ、もう戦争は終わったんだ。ほれ、みろ。こいつらは負けたんだよ。なさけねえ姿じゃねえか」

ふと、中央にあった広場の声が私の耳に届いた。

いったい、なんの話をしているんだろう?

私はそのことが気になって広場の方を向いた。

大人たちがたくさんいて小さい私にはその向こうの様子は見えないけど、大人たちはみんな眉をひそめて不穏な表情をしている。

「ね、お姉さん。あの向こう、何があるの?」

私はお姉さんに聞いてみた。お姉さんは私の言葉に何かに気が付き、ふっと広場の方を振り返って急に顔をしかめた。

ど、どうしたの?なにが見えるの?

 そう聞こうと思った私に、お姉さんは

「そこに、道具屋さんがあるだろ?あそこに入ってちょっと待ってろ」

私はなんだかわからないけど、お姉さんに言われるがまま、道具屋さんの店先に入って、人垣の方を見つめる。

お姉さんは、なんのためらいもなくそこにズンズンと突き進んで行って、怒鳴った。

「おいおいおい!ここに魔族がいるって?どういうことだよ?!」

ま、ま、魔族!?町の真ん中に、魔族がいるの!?

私はお姉さんの言葉に耳を疑った。でも、お姉さんはなおも声を荒げるようすで言う。

「おい、どけよ!あたしの部隊のやつら、魔族の連中に殺されたんだ!あたしが仇を討ってやるんだ!」

お姉さんはそう大声をあげた。とたんに人垣が割れるように道を開ける。その先に、私は、見た。

そこに居たのは、まるで熊みたいに全身毛むくじゃらの黒っぽい、なにか。でも、熊や狼みたいな動物じゃない。あれは、人の形をしている。

でも、でも…あれは、人じゃない。体の外側の皮膚には毛がたくさん生えている。顔こそ、鼻と口元に目元は人間に似ているけど…で、でも、耳が頭についている。

あれ、あれって、確か、獣人、ってやつじゃなかった…?

96: 2014/11/05(水) 21:40:26.90 ID:1VyRggQfo

 そんな獣人さんに、お姉さんは肩を怒らせてズンズンと進んでいく。

ま、待ってよ、お姉さん…いきなりどうしちゃったの!?お姉さんは魔王でしょ!?そんな、仇を討つ、ってその獣人さんをどうする気なの!?

私はそんな思いに考えがいたって、思わず道具屋さんの店先からお姉さんの方へと飛び出していた。

幸い、お姉さんが大声をあげて剣を振り回していたお蔭で、道ができるように人が居なくなっている。

私はその中に飛び込んで、お姉さんに駆け寄った。

お姉さんは、鎖につながれ、広場に用意された木製の磔台に鎖で括られている獣人さんのところにたどり着いて、

左手をその胸元に伸ばした。

「お姉さん、ダメ!」

私はお姉さんの体に飛びついた。でも、そんな私の体はお姉さんの片手に簡単に捕まってしまう。

「なんで来たんだよ!待ってろって言ったろ!」

「お姉さんは、そんなことしちゃダメ!自分でわかってるでしょ!」

私はお姉さんをキュッとにらみつけてやる。でも、お姉さんはあきれた様子で小さくため息をついた。

「いいから、少し黙っててくれ」

お姉さんは私にそう言った。私はもう一度叫んで止めなくちゃ、って思って、お姉さんの体に縋り付く。でもそんなとき、私の目に写った。

お姉さんは人獣さんの胸ぐらをつかむのと同時に、スッと左の袖を捲っていた。

その事に私が気づいたときには、お姉さんは今までの睨み付けるような視線から悲しげな瞳に変わって獣人さんに囁いていた。

「すまない、夜まで辛抱しろ」

お姉さんの腕をみて、言葉を聞いた獣人さんはハッとした様子でお姉さんを見つめていた。

「おう、ねえちゃんやっちまえ!」

「そうだ!汚らわしいやつなんてぶん殴れ!」

辺りからそんな声が一斉にあがる。

そんな声を聞いてお姉さんは獣人さんを見つめて腕を振り上げた。

な、殴るつもりなの!?そ、それはいくらなんでもやりすぎじゃ…

そう思って私が声をあげようとしたとき、ピッピーと鋭い音が聞こえてきた。

ふ、笛の音だ!驚いて振り返るとそこには、ビシッとした揃いの軽鎧を着こんだ一団の姿がった。

「何をしているか!広場での騒ぎは憲兵団が許さんぞ!」

そのなかでも、胸に大きな勲章のような物を着けた女の人が怒鳴った。

け、憲兵団?って確か、街の治安を維持してる、って人達…だよね?

「げ、まずいな」

お姉さんがそう口のしたのが聞こえた。私もほとんど同時に気がついた。

周りにいたたくさんの野次馬の人達がまるで散らばるみたいにそそくさと居なくなっていく。

「貴様、よそ者か?」

お姉さんはとっさのマントのフードを被ると顔を伏せ、いきなり私を抱き上げた。

「走るぞ、捕まれ!」

お姉さんの声が聞こえてきて、私はとっさにお姉さんにしがみついた。とたんに、お姉さんはすごい勢いで駆け出した。

「待て!貴様、逃げるな!」

すでに広場から抜け出した私たちにそう怒鳴ってきているのが聞こえる。でも私はこれっぽっちも慌ててなんていなかった。

お姉さんがその気になったら、捕まるなんてことはきっとない。このままどこかに隠れて時間が過ぎるのを待てばいいんだ。

思って通りにお姉さんは大通りから路地へと駆け込んで辺りを走り回ってから、いつの間にかたどり着いていた宿の中に入った。
 

97: 2014/11/05(水) 21:42:16.31 ID:1VyRggQfo

「ふぅ、いやぁ、ビックリした」

お姉さんはそんなことを言いながら、抱えていた私を下におろして大きく深呼吸をする。

特に息が切れている様子はないけど、確かにいきなり追いかけられたらビックリするよね、なんてお姉さんを見上げて私は思ってた。

「おう、お客さんかい?どうした、あわてて?」

宿の人らしいおじさんが私たちにそう話しかけてきた。

「あぁ、いや。広場で晒されてる魔族に話しかけたら、憲兵団に怒られちゃってさ」

お姉さんはそんなことを言って嘯く。それを聞いたおじさんはガハハと笑って

「あの人らの手間をかけないでやってくれよ。多少偉そうだが、あれでこの街を救ってくれたし今も守ってくれてるんだからな」

と言った。

「あぁ、知ってる。魔王軍の三度に渡る侵攻を食い止めたこの街の英雄だろ?」

「そうさ!お陰で俺たちゃ、こうして生活が出来てるってわけだ。もう駐屯所に足を向けて眠れやしねえよ」

お姉さんの言葉におじさんはそう言ってまたがははと笑った。

あの憲兵団さんたちは、そんなにすごい人達だったんだ…

魔王軍と戦ってこの街を守ったっていうんだね…

でも…でも、あの人達はそれでも、あんなところに人獣さんを磔にされているのを黙っているか、もしかしたらあの人達が磔にしているのかも知れないんだ。

そう考えたらなんだか、胸がぎゅっと苦しくなった。街の人達にしてみたら、魔族を追い払った英雄なんだろうけど…魔族が悪い人達で憎いって思っているんだ。

戦争で魔族にたくさんの人が殺されたんだろう。だから、そう考える人がいても不思議じゃないとは思う。

…だけど、そんなのは苦しい…私だって苦しく感じるんだから、お姉さんや妖精さんはもっと苦しく思っているに違いない。

私は改めてお姉さんを見上げた。お姉さんはおじさんの言葉にニコニコ笑顔で何か言葉を返していたけど、私にはそれが、どこか取り繕った笑顔に見えるような気がした。

98: 2014/11/05(水) 21:43:11.05 ID:1VyRggQfo

 私たちはそのままおじさんに案内されて部屋に通された。

するとすぐに、私のフードの中から妖精さんが飛び出してくる。

「ま、魔王様…あの獣人族、嫌いです?」

妖精さんはなんだかとっても心配げな表情をしている。それを聞いたお姉さんは、なんだか申し訳なさそうな表情で言った。

「あぁ、ごめん、驚かせちゃったな…獣人の一族たちはみんな武辺者で、あんなままにしておくと舌を噛んで自害した方が良いって思うやつが多いんだよ。

 さっき言ったのはうそ。ああでもしないと近づけなかったからさ。でも、あの獣人くんはわかってくれたと思う。今夜彼を助けてやるつもりだ」

やっぱりそういうことだったんだよね。私は不安だったわけじゃないけど、なんだか安心して胸をなでおろしていた。

妖精さんは感激したみたいで、空中をパタパタクルクルと回りながら

「すごいです!やっぱり魔王様はえらいです!」

なんて喜んでいる。お姉さんはそれを見て苦笑いしているけど…うん、でも、あんな方法は私もいけないってそう思う。

それこそ、私のときのあの偽勇者様とおんなじで、ああいうのは一方的に相手を傷つけることが目的だもんね。

それは絶対やっちゃいけないことなんだ。

 でも…ちょっと待って…今夜助けに行く、ってことは…

「お姉さん、もしかして今夜さっきの獣人さんを助けるんだったら、この街でのお泊りはなし、ってこと?」

私はそのことに気が付いて、お姉さんにそう聞いてみる。

お姉さんは、私をみてあって感じの顔をして

「そうだったな…ごめん、ゆっくりはできそうにない」

と私に謝ってきた。

ふかふかのベッドに眠れないのは、すこし残念…でも、仕方ないよね。

獣人さんは、もっと大変なことになっているんだもん。

放っておかれたら、あの磔にされた体制のまま、夜も寝ることになるかもしれない。

そんなのって、ひどいもんね。

そう思った私はお姉さんに言ってあげた。

「平気だよ!あの獣人さん、助けてあげよう!」

そしたらお姉さんはすごく嬉しそうな表情をしてくれる。でも、ちょっとだけわがまま言っていいかな…

「でも、その、あのね?寝るのはダメでも、お風呂とか入るのはダメかな?」

私が聞いたらお姉さんはニコっと笑って

「お風呂くらい入ろう!それから、うまい夕飯も約束するよ!」

って言ってくれた。

うん、私、それだけでもすっごく楽しみでうれしいよ!

私はお姉さんにそう伝える代わりに、ありがとう、って言ってお姉さんの体に飛びついて抱きしめた。






102: 2014/11/08(土) 11:44:58.33 ID:yCCWq62eo





 その晩、私はお姉さんの声を聞いて目を覚ました。

いけない私…寝ちゃってた…獣人さんを助けに行かなきゃいけないのに…そう思って慌てた私をお姉さんが押し止めた。

「大丈夫、まだ浅い時間だ。慌てずに、静かに仕度しよう」

そう言って笑ってくれたので、私もうなずいて笑顔を返す。念願のふかふかベッドから這い出て着替えを済ませる。ポーチを肩に掛けて、中身を確かめた。

 水筒はこれから水を入れるから出しておいて…もしものときのためにポーチの掛け紐に、山で村の人に押し付けられたダガーの鞘を通してすぐに使えるようにした。

ポーチの中にはお姉さんに買ってもらったナイフとトロールさんの石もちゃんと入ってる。

トロールさんの石は革袋から飛び出てぶつけたりしちゃったらトロールさんが痛いかなと思って、袋の口の紐を閉め直した。

最後にマントを羽織って私の準備は完了だ。

終わったよ、と声を掛けようと思ってお姉さんを見やったら、お姉さんは感心したような顔をして私をみていた。

「はは、すっかり旅慣れたな」

そう言ったお姉さんは、そんなの持っていたんだと私が思うような真っ黒なマントに身を包んでいた。きっと夜に目立たないようにするための物なんだろう。

私のマントは暗い茶色だけど…平気かな?

 妖精さんは落ち着かない様子で部屋の中をパタパタと飛び回っている。妖精さんは準備がそんなに要らないし、これから獣人さんを助けに行くと思うと落ち着かないんだろう。

それから私たちはこっそり部屋を出て、階段を降りたところの宿のホールで専用の井戸から水筒に水を汲んで、物音を立てないように気をつけながら宿を出た

 外は砂漠の夜で凍えるような寒さだった。思わず私はマントにギュッとくるまる。それを見たお姉さんはクスっと笑って私に言った。

「回復魔法なんかより、防御魔法の基礎を先に教えてあげた方が良さそうだな」

あ、それってお姉さんや妖精さんが寒くなかったり暑くなかったりするやつだよね?それ、出来るといいな…そう思ってうなずいた私にお姉さんはまた笑顔を見せてくれた。

でもお姉さんはそれからすぐに表情を引き締める。

「それじゃぁ、行くか…見張りがいるかも知れないから用心だ」

私はもう一度お姉さんにうなずいた。

真っ暗で人の気配のない大通りを広場の方へと歩いて行く。下弦の三日月で月明かりも微かだから、身を隠すには良いんだけど、目が慣れて来るまでは私も周りがよく見えない。

 なんだか妙に胸がドキドキと大きな音を立てている。そのドキドキは広場に近づいて行くほどに大きくなってきて、心臓が口から出てきそうだって思うくらいだ。

すごく寒いはずなのに手の平にはじっとりと汗をかいているのが分かった。

そ、そりゃぁこんなの緊張するよね…私はいつの間にか握りしめていた拳をほどいて握り直す。でも…これはドキドキしているだけで、怖いわけではない。

私にはお姉さんも妖精さんもいる。怖いことなんてこれっぽっちもないんだ。
 

103: 2014/11/08(土) 11:45:41.04 ID:yCCWq62eo

 そうして私たちは宿からしばらく歩いた。ぼんやりと暗がりに昼間見た覚えのある景色が現れた。確か、この先が広場のはずだったけど…

私はようやく夜の闇に慣れて来た目を凝らして遠くを見つめる。

そこには確かに磔台があった。それからそのすぐ近くに、ぼんやりと何かが見えた。あれ…なに?

そう思ったとき、そのぼんやりしたなにかがユラリと動いた。あ、あ、あれ…!誰か人がいるんだ…!

まずいよ、もしかして、誰かが獣人さんに戦争の仕返しでもするつもりで…!

私は慌ててお姉さんを見た。するとお姉さんは私の手をとって、そのままずんずんと広場に踏みいった。

磔台の前にいたのは私達のように頭からすっぽりとマントをかぶった人で、暗いこともあって、顔をうかがい知ることは出来ない。

「よう、なにやってんだ?」

急にお姉さんがそう声をあげた。私は急にお姉さんが声を出すから心臓が跳び跳ねるくらいに驚く。

マントの人も驚いたみたいで、慌てた様子でこっちを振り返った。少しの間、お姉さんもマントの人も喋らなかった。

私がその様子をハラハラしながら見ていたら、不意にマントの人が口を開いた。

「やはり…見間違えではありませんでしたね…」

マントの人はそう言うなり、かぶっていたフードを取った。私は、その顔を見て少しだけ驚いてしまった。

マントの人は、昼間、お姉さんが獣人さんに詰め寄った時に笛を吹いて来た、あの憲兵団の大きな勲章をつけていた女の人だった。

「久しぶりだな、兵長」

「勇者様…やはり、ご無事だったのですね」

兵長、と呼ばれたマントの人はお姉さんにそう声をかけるなりその場に跪いた。

「幾度も街の危機を救ってくださったのに、いつもことが終わる頃には雲隠れでお礼も申し上げられませんでした。この場を借りて、この街の憲兵団を代表しお礼を」

「いや、あれはあたし達だけじゃどうしようもなかった。この街に残って戦ったあんたたち憲兵団と、あんたたちを信じて街に残り、あんたたちへの補給を絶やさなかった街の人たちの勝利だ」

お姉さんはそう言って、兵長さんの肩をポンっと叩いた。

でもそれから、獣人さんの方を見て

「それで、説明してくれないか?」

と兵長さんに聞く。

そういえば、と思って私も獣人さんの方を見る。すると、昼間は鎖で磔台に縛られていた獣人さんが地面に座り込み、お肉やパンがいっぱいに盛られたお皿を手に呆然としていた。

「ゆ、勇者…?」

獣人さんがそう口にする。

その言葉に兵長さんが気がついて顔を上げ

「獣人の兵士よ。聞いてくれ、この方は、魔族と見れば斬りまくる鬼とも悪魔とも言われるような人じゃない」

と獣人さんにそう説明をする。

でも、私には獣人さんが言った言葉の理由がわかっていた。獣人さんはきっと、お姉さんのことを魔王だと思っていたはずなんだ。

昼間、あの紋章を見せたから…
 

104: 2014/11/08(土) 11:46:34.19 ID:yCCWq62eo

「あなたは、魔王様ではないのか!?」

とたんに、獣人さんの口調が鋭くなる。お姉さんは、それを聞いても少しも動じなかった。でも、あのときと同じ、少しだけ悲しい顔をして両方の腕を捲くった。

「見ていてくれ。その目で見たものと、あたしの言葉を信じられなければ、それでも構わない」

お姉さんはそう言うと、両方の腕にグッと力を込めた。

左腕には赤い魔王の紋章が、右腕には青い勇者様の紋章が浮かび上がる。

「こ、これは…!?」

「な、なんてことだ…!」

兵長さんと獣人さんが揃って言葉を失っている。それを見たお姉さんは腕の力を緩めて、ふう、とため息をついた。

腕から光が消えて、お姉さんは袖を元に戻しながらしゃべりだした。

「あたしは、もともと勇者だった。でも、魔王城決戦で、魔王と対峙して、魔王を討った…そのときにあたしは託されたんだ」

「た、託された、と?」

「あぁ、うん。あたしは、魔王に魔界の…世界の平和を、託された」

お姉さんの言葉に、獣人さんは唖然とした表情を見せている。でも、兵長さんは違った。もちろんおどろいていたけど、すぐにハッとした表情を見せてお姉さんに聞いた。

「まさか…魔王は、勇者様に、力を返した、と…?」

「うん、たぶん、そうだったんだと思う…それしか方法がないんじゃないか、って、魔王は思っていたんだとあたしは感じてる…先の三回の魔王軍侵攻だけじゃない。

 これまで、魔界と人間界との戦いは何度だって繰り返されてきた。世界が二つに分かたれたその日から」

「そ、それはまさか、いにしえのこの大陸創造の伝説…?」

獣人さんが、ようやくって感じでそう口を開いた。うん、たぶん、そうなんだろうって私は知っていた。

それは、母さんが読み聞かせてくれた絵物語のことだろう。

「うん。かつて、この大地は魔族と人間族が入り乱れ、あちこちで争いが起こって、たくさんの命が失われてきた。大地と自然と共に生きる魔族と、

 山を切り開き、野を焼き払い、自分たちの生活の場を広げて田畑としてきた人間との争いだ。

 その争いを憂いた各国の代表が、魔導学者を集めて作り上げたのが、この二つの紋章…契約の呪印だ。

 この呪印の最初の依代となった『勇者』は、魔族たちを西の大地に、人間たちを東の大地に集めて、その間にその強大な魔力を使って巨大な山脈を作り出した。

 そしてその『勇者』は、魔界の安寧を願って施政者を立てた。そしてその者に、契約の呪印の片方を譲った。

 こうして、世界は二つに隔てられ、勇者は人間界に帰り、そして魔界には魔王が生まれた…」

そう…それが絵物語の内容。

大昔、平和を願った人達の希望を集めて出来上がったその紋章の力で、世界は平和になったはずだった。

そう、そのはずだったのに…

「世界と共に分かたれた二つの紋章が、ひとりの『勇者』の元に戻ってきた…それがすなわち、二つの世界に分かれて繰り返し続いてきた戦乱を収める手になる、と、魔王は考えた…」

「うん…あたしは、そうだと思ってる」

兵長さんの言葉に、勇者様は頷いた。

「先代魔王様が、あんたに世界を託した、ってことなのか?」

今度は獣人さんがお姉さんにそうたずねる。お姉さんは、コクっと頷いた。

「たぶん。あたしは、魔王とはそのときに一度会っただけだから、魔王の人となりは分からない。だから、本当に託されたのかは分からないけど…でも、あいつは言った。

 あたしに、魔界の住人を守ってやってくれ。世界に平和と繁栄を、って、ね」

お姉さんの言葉に、獣人さんも兵長さんも黙り込んでしまった。

お姉さんは、それでもなお、悲しい表情をして二人に言った。
 

105: 2014/11/08(土) 11:48:18.76 ID:yCCWq62eo

お姉さんは、それでもなお、悲しい表情をして二人に言った。

「あたしはもう、人間でも魔族でもない。きっと世界でただ一人、世界の運命を左右することのできる存在になっちゃったし、

 もしかしたら裏切ったなんて思われてるかもしれないってのは分かってる。でも、あたしはあいつと…魔王とその従者に約束したんだ。

 あたしなりの答えを持って、魔族を守り、世界に平和と繁栄を紡がなきゃいけない。

 だから、ここでなにがあったのかを、あたしは知りたい。

 魔族のことはあたしの問題だ。それに、勇者として人間のが困っているのなら見過ごすわけにもいかない。

 兵長、どうして獣人族がこんなところで捕らえられてるんだ?

 あんたはどうして、そんな獣人族に飯なんか食わせてるんだ?」

ふと、お姉さんのその質問は、お祈りをしているみたいだな、って私には思えた。

まるで、「どうか私を嫌いにならないでくれ」って、そう言っているように私には聞こえた気がした。

どうしてなのかは、わからなかったけど…

 お姉さんの質問に、二人共少しの間黙っていたけど、不意に兵長さんが喋り始めた。

「二日前のことです…街の西側の衛門に、この獣人族が現れました。彼は、この街で行方知れずになった子供たちを数人連れており、すぐに私の部下が取り押さえたのです。

 ここ一ヶ月ほどの間、この街で子供達や若い女性が姿を消すという事案が複数起こっていて、私たちはその捜査を行っていました。

 最初は、行商人に紛れた組織的な人買いによるものと考え、街の出入りの際の検閲を強化しましたが、それでも一向に減ることなく、危機を感じていたところに、

 彼が現れた、という報があったのです…行方がわからなくなっていた内の子どもを三人と若い女性を連れて」

兵長さんはそう言って獣人さんをみやった。獣人さんは、しばらく黙って兵長さんとお姉さんを交互に見つめていたけど、少しして、地面に跪くと深々と頭を下げた。

「…確かに、あなたからは魔王様と同じニオイがする。あなたは、魔王様から魔界の王としての責任を引き継いだのだな…

 ならばこれより、私はあなたを次の魔王様であると思い、お話をさせていただきます…」 

獣人さんの言葉に、お姉さんは黙って頷いた。

「私は、この街へ侵攻した第三次攻撃で、機動諜報小隊を指揮していました。ご存知のとおり、勇者一行と憲兵団の防衛陣に対して玉砕。

 そのまま人間軍の反攻へとなる契機となった戦いですが…我が隊はあの玉砕後の残党救出のために活動しておりました、先代様のご指示です。

 ですが、その最中に我が隊十名が次々と命を落とすこととなりました。原因は定かではありませんでしたが、とある地域へと捜索に向かった者達が一斉に、です」

「小隊員が全部…?」

「はっ。私がついていながら、情けない…。私はそれから、単独でここから西、魔王軍が退避した中央山脈裾野の森林地帯に潜伏し、状況を探り続けました」

獣人さんは、そこまで言って、兵長さんをチラっとみやった。兵長さんは、獣人さんの話を聞いて何かの合点がいったような表情でうなずき、しゃべりだした。

「彼が連れてきてくれたのは子供が三人と、若い女性が一人。彼女たちは口々に、報告をしました。『私たちは、あの黒猫の人に助けてもらった』

 『西の森にはオークがいて、そいつらに攫われたんだ』と」

「オーク?」

「はっ、魔王様。我が救助隊を屠ったのは、人間ではなく、同じ魔族。オーク族の兵士たちでございました」

 私は、オーク族の集落に潜入したところで、粗末な小屋に人間が捉えられているのを見つけました。

 先代様は、かのような狼藉を決して許すようなお人ではございませんでした。

 戦争は手段であり目的ではないと、そうなんども仰っており、私もその心を理解していたつもりであります。

 そして、そのお心に従い、オーク族を討つよりもまずは人間を助けようと思った次第」

「取り調べにおいても、彼は同様の説明を私たちにしてくれました。私も、彼の言を信用に値すると判断したのですが…」

獣人さんの話のあとに、兵長さんはそう言葉を添えてから口ごもる。

「それなのに、磔、か…」

お姉さんがそう口にした。
  

106: 2014/11/08(土) 11:49:18.97 ID:yCCWq62eo

そうか。

兵長さんは獣人さんの言葉を信じた。

きっと、悪い人じゃないって、そう思ったんだ。

それなのに、どうして磔なんかになっているんだろう?

私がそれに気がつくくらいだ。お姉さんもきっと不思議に思っているに違いない。

「はい…新しい憲兵団長の指示でした。あの方は、魔族を赦すわけにはいかないと…

 我々が後手に回っていた人拐いを見つけ出し、捕らわれていた者たちを助け出してもらっていただきながら、こんな磔なんてマネをさせて…

 私にもっと力があれば…獣人の戦士よ、申し訳ない…本当に、申し訳ない…!」

「人間の兵士よ、頭をあげてくれ。貴殿は俺を粗末には扱わなかった。毎夜こうして食事を持ってきてくれているではないか」

獣人さんはそんな兵長さんに恐縮してそう言葉を返している。

そんな様子を見て、お姉さんの表情が、すこしだけ穏やかになったのを私は見逃さなかった。

私も、なんだか暖かい気持ちになっていた。

お互い戦いあっていた兵隊さんたちなのに、こうやってお互いに謝り合うことができるなんて、なんだかとっても嬉しいことのように思えた。

 でも、そんな様子を一通り見ていたお姉さんは二人の話を割って質問した。

「それで…じゃぁ、西の森にはまだオークのやつらが潜伏しているんだな?」

「はっ、おそらくは。やつらは魔王軍から逃亡した者たち。魔界にも戻らず、この地で好き勝手に暴れようという魂胆のようでした」

「なるほど…そうか。それで、兵長。憲兵団の動きは?」

「はい。今朝より、団長が精鋭部隊を率いて西の森へと進軍しました。私は彼を庇ったからでしょう、街に留守番を言い渡されました」

「その団長、ってのも、クセ者だな…まぁ、憲兵団の団長は王都から派遣で回されてくるからなぁ。手柄を立てて王都に戻って出世するしか脳のないやつも多い」

「恥ずかしながら…」

お姉さんの言葉に、兵長さんが悔しそうにうつむいた。

兵長さんに、少し申し訳なさそうな顔をしたお姉さんは、気を取り直したみたいに表情を厳しくした。

お姉さんのことだ。オークって人たちも、その団長って人も、厳しくお仕置きするつもりでいるんだろう。

私だって、できるならそうしてやりたいって思うくらいだ。

魔王で勇者様なお姉さんが、そんなのを放っておけるはずなんてない。

私の思ったとおり、お姉さんは兵長さんと獣人さんに言った。

「その場所に案内してくれ。あたしが行って、全部ぶっ叩いてやる」

兵長さんと獣人さんは揃って顔をあげた。

「私も行きます!部下たちの無念を晴らさせてください!」

「勇者様、私もです!このような横暴、やはり許されてはならない!」

そんな二人の言葉に、お姉さんはやっぱり、なんだか嬉しそうに笑った。

 でもそんな時だった。

「兵長!兵長!!」

そんな叫び声が聞こえてきた。

獣人さんが慌てて磔台に飛び上がって、自分で鎖をグルグルと巻きつけて縛られている振りをする。

そうしている間に、私たちの目の前に、憲兵団の鎧を来た兵士さんが一人、姿を表した。
 

107: 2014/11/08(土) 11:50:03.91 ID:yCCWq62eo

「どうした、このような時間に大声など、感心しないぞ」

「そ、そ、それが!屯所に魔族が!奇襲です!」

「なんだと!?門衛はどうしたんだ!?」

「わかりません!とにかく今、総出で迎撃していますが、混乱しきりで!至急戻って指揮をお願いします!」

「オークの連中か!?」

部下の人なんだろう、憲兵団の兵士さんの言葉を聞いて、獣人さんが鎖をほどいてそう言った。

「うわぁぁっ!」

「おい、彼は味方だ。とにかく屯所に戻るぞ!もしオーク族だとしたら、団長の部隊がしくじったってことになる…!」

「人間の兵士よ、俺の武器はあるか?」

「兵長と呼んでくれ!あぁ、受け取れ!」

兵長さんがそう言って、懐から抱えるほどの革袋を取り出して獣人さんに投げた。

「たかじけない!」

「あたしも行こう。憲兵団の精鋭が負けたんなら、よほどの勢力だ。あんた達にもしものことがあったら、あたし、寝覚め悪そうだしな」

「勇者様…!」

「魔王様…!!」

「二刻で屯所を奪還して、追撃隊を組織したら西の森へ向かうぞ」

「はい!」

お姉さんはそう指示をしてから、私を振り返った。優しくて、嬉しそうな顔をして私の頭を撫でたお姉さんは、

「悪い、ちょっと仕事してくるよ。羽妖精と宿に帰ってフカフカのベッドで眠っててくれ」

と言ってくれた。

ホントのことを言うとついて行きたいけど…でも、私が一緒に行ったってなんにもできやしない。

お姉さんを心配させちゃうだけだし、私は宿でおとなしくしていた方がいいよね。

「うん、分かった。お姉さん、気をつけてね」

私が言ったらお姉さんはまたガシガシと私の頭を撫でて

「あぁ、分かってる。昼飯までには戻るから…ほら、こいつで、昼飯用意して待っててくれな」

と、お金の入っている革袋を私に手渡してくれた。それからお姉さんはギュッと表情を引き締めると

「よし、行くぞ!獣人はあたしから離れるなよ!混乱してる状況じゃ、憲兵団に敵だと思われて斬られるかもしれない」

なんて指示を出しながら、兵長さんたちに先導されて通りの向こうの方へと走って行った。
 

108: 2014/11/08(土) 11:50:40.50 ID:yCCWq62eo

 私はそんなお姉さんの後ろ姿を見送ってから、宿への道へと引き返す。

妖精さんがフードの中から出てきてパタパタと心配げにお姉さんの走って行った方を見つめている。

「大丈夫だよ、妖精さん」

「うん…でも、心配。魔王様、負けちゃイヤです…」

「負けるわけないよ!お姉さんは勇者様で魔王様なんだから!」

私はそう妖精さんに言ってあげた。

私たちは、お姉さんが帰ってきて安心できるように、美味しいご飯とそれから元気な姿で迎えてあげられる準備をしてあげなきゃいけない。

きっとお姉さんには、それが一番喜んでもらえるって、そう思うんだ。

 向こうの方に、宿の看板が見えてきた。

寒いし、今日のところはあのふかふかのベッドに戻って寝よう。それで、明日の朝は早起きをして、宿のおじちゃんに美味しいお昼ご飯を手に入れられるところを教えてもらわなくちゃ。

 そう思っていたときだった。

暗がりに、ユラリと何かの影が蠢いた。

私は、なんだかわからないけど、背中がツツッと寒くなるのを感じて、脚を止めた。

「よ、妖精さん!」

私はそう怒鳴りながら、ポーチの掛け紐につけておいたダガーを抜いた。

暗がりの中で影がユラリとまた動く。

来る…こっちに、来る!

私はダガーをギュッと握って構えた。

妖精さんも、ピカピカと光りながら警戒しているのがわかる。

「グフフフ、これはうまそうなガキじゃねえか」

暗がりから現れたのは、人間じゃなかった。

くすんだ苔色の肌に、尖った耳、突き出た下顎から上に伸びる牙が見える…これ…これって…!

オーク!?

も、もしかして、襲われているのは屯所ってところだけじゃないってこと!?

街中にオークが入り込んでるの!?

「よ、妖精さん!お姉さん呼んできて!」

私は叫んだ。でも妖精さんが

「ダメ!あなた一人じゃ、どうしようもない!私も一緒に戦う!」

と言い返してくる。で、でも、妖精さん、戦えるの!?

回復魔法しか見たことないけど…他に何かできるの?

そんな小さな体じゃ、このオークに叩かれただけで大怪我しちゃうよ!

そう思って妖精さんにもう一度お願いしようと声をあげようとしたとき、ガツン、と何かが私の背中からぶつかってきた。

痛い、と感じる暇もなかった。

私はその衝撃で、頭から血の気が失せていくのを感じた。

あぁ、しまった…後ろにもうひとりいたんだ…

お願い、妖精さん…お姉さんを…お姉さんを呼んできて…!

言葉にできていたのかどうなのか分からない。

とにかく私は、そうやって必氏に妖精さんに伝えようとしながら、意識を失っていた。



 

113: 2014/11/08(土) 18:04:13.09 ID:yCCWq62eo





「おい、お嬢ちゃん、お嬢ちゃん、しっかりしろ」

私は、そんな声と体に何かがぶつけられるような衝撃で目を覚ました。

視界がぼんやりとしてよく見えない。

何度か瞬きを繰り返して、ようやく自分がいる場所がはっきりと見えてきた。

 そこは、土壁でできた小さな小屋のような場所だった。目の前には竹か何かで作られた格子がある。

身を捩ろうと思って腕を動かそうとして、自分が後ろ手に縛られているのが分かった。

ここは…オーク族の集落、かな…?

街で、獣人さんが言ってた場所に違いない。

私は街で、宿に帰ろうと思って、オークに出くわして、それから…

 意識を失う前にことを思い出して、私はふと自分の頭の後ろの方の感じに注意を向ける。

確か私、思いっきり殴られたんだ…でも、痛みはない。

背中側にある壁に押し付けてみるけど、痛まない。

どうして…?あんなに強く殴られたのに、コブの一つもできていないの?

「大丈夫か、お嬢ちゃん?」

声がしたのでハッとしてそっちを向くと、すぐそばに憲兵団の軽鎧を来た女の人が私と同じように後ろ手に縛られている姿があった。

でも兵長さんじゃない。金髪で青い瞳の凛々しい顔立ちをしているけど、勲章もついていない…

「あ、あなたは?」

「私は砂漠の街の憲兵団員だ。騎馬部隊の小隊長をしている」

「女騎士さん…?そ、そうだ、憲兵団の人たちはオークの集落に戦いに向かって…」

「知っているのか?残念ながらこのザマだ…やつら、集落中に罠を仕掛けていたようだ。数でも練度でもこちらが優っていたのに…!」

女騎士さんはくっと悔しそうに声を漏らした。

でもすぐにその気持ちを立て直して私に聞いてきた。

「あれは、お嬢ちゃんの友達か何かか?」

「あ、あれって?」

私は、女騎士さんがそう言って見つめたその先に視線を走らせた。

 小さな小屋の、少しだけ高くなった天井。

その梁のところに、チラリと見える、小さな体…!あれ、妖精さんだ!

そっか、私の頭の殴られたところは、妖精さんが治してくれたんだ…!

それに気がついて妖精さんを呼ぼうと思ったけど、次の瞬間に女騎士さんがドンっとぶつかってきた。

「見張りがいる」

女騎士さんはそう言って格子の向こうを顎でしゃくった。

そこには、あの街で見たのと同じ、緑の肌に牙をはやしたオーク族が椅子に座ってウトウトと船を漕いでいた。
 

114: 2014/11/08(土) 18:05:05.93 ID:yCCWq62eo

 妖精さん、お姉さんに知らせてくれたかな?で、でも、こんなところにいる、ってことは、知らせるよりも私が心配でついてきちゃったのかな?

それは嬉しいけど…お姉さん、間に合うかな?

このオーク族はトロールさんとは全然違う。

人をさらって、なにか悪いことをしているに違いない。

そうじゃなかったら、こんな檻になんて入れるはずがない。

 どうしよう、困ったな…お姉さんが来てくれないと、私、なにかされちゃうかもしれない…

あぁ、もう、どうして私は戦えないんだろう?

あの偽勇者さんのときにも思った。

怖いって気持ちもある。でも、こんなときに私は戦えない。

どんなに怖くっても、歯向かうことができない。

どんなに悔しくっても、それを叫ぶことしかできない。

まだ子供だから、と言われてしまえばそれまでかもしれないけど…でも、悪い人たちにいいように弄ばれて

自分の身も守れないで、トロールさんのときみたいに、なんにもできないまんまなのは…悔しいよ…

そう思ったら、知らず知らずの内に涙がこぼれてきた。歯を食いしばってこぼれないように我慢したけど、それもうまくいかないで、ポロポロと目から溢れ出てきてしまう。

「お嬢ちゃん、大丈夫、怖くなんてない。私がなんとかしてやる…気持ちをしっかり持つんだ」

女騎士さんがそう言って励ましてくれる。

ありがとう、女騎士さん。

でも、私怖いんじゃないよ…怖いんじゃなくて、今は、悔しいの…

 そう思っていたとき、ガタン、と音がして小屋の隅にあった扉が開いた。

椅子に座って寝こけていたオークがビクッと体を震わせて立ち上がる。

 まさか、お姉さん!?

一瞬そう期待したけど、小屋に入ってきたのは、同じオーク族達だった。

「グフフフ、さぁて、女ども、よく聞け。この小屋は俺たちの分け前になった。ありがたく思え」

オーク族の一人が笑いながらそう言う。

「貴様らには、我らオーク族の繁栄の糧になってもらうぞ、グヘヘヘ」

別のオーク族が言う。

 全部で、5人。お姉さんがいれば、片腕を振るうだけで終わるだろうけど…私なんかじゃ、いくらやったってひとりに噛み付くくらいしかできないだろう。

どうする?どうすればいいの、お姉さん…!?

「くっ、殺せ!」

女騎士さんがそう言ってうめいた。でも、それを聞いたオーク族はまた気味の悪い笑い声をあげて

「頃すものか。我らオーク族のために、子を産んでもらうまでは、な」

「さて、どちらから相手をしてもらおうか?」

と口々にそう言って格子に手をかけてこっちを覗き込んでくる。
 

115: 2014/11/08(土) 18:05:54.23 ID:yCCWq62eo

「こんな幼女にまで手を出すつもりか!」

女騎士さんがそう吠える。

「んん?なんだ、お前が二人分頑張ってくれるというのなら、その子どもの方は見逃してやらんでもないぞ?」

「くっ…外道め!」

「グフフフ、まぁ、悪いようにはせんさ。せいぜい楽しませてもらおう」

オーク族は格子を開けてのそりのそりと中に入ってくる。

女騎士さんが…私のために、乱暴されちゃう…!

「やめて!」

私は叫んだ。

「抵抗するな…!わ、私は、大丈夫だっ…!」

女騎士さんがそう言った。歯を食いしばって、全然大丈夫そうなんかには見えない。

 オーク族が女騎士さんに群がって、軽鎧を剥ぎ取って行く。ダメ、ダメだよ…そんなの!

私はそう思って体を捩り手を縛っているロープから抜け出そうとする。

でも、固く縛られていて手首に食い込むばかりで緩む気配もない。

そんなとき、ゴトっと重いものが地面に落ちたような感覚があった。

見ると、お姉さんに買ってもらったポーチが地面にずり落ちていた。トロールさんの石が地面にぶつかったんだ…

 ま、待って…確か、このポーチにはお姉さんに買ってもらったナイフが入っていたはず…!

私は天井を見上げた。

妖精さん、お願い…ポーチからナイフを出して…ロープを切れば…私が助けを呼びに行ける…だから、お願い!

 天井にいた妖精さんは、すぐに私の気持ちがわかったみたいだった。音もなく、光を消して天井から落ちてくるように私の胸元に飛び込んできて、

そのままポーチのあたりまで這いおり中からナイフを出してくれる。

妖精さんはそのまま私の後ろに回って、私の手にナイフを持たせてくれた。

 「グヘヘヘ!なんだ、胸は小さいな」

「孕めば育つ。問題は、下の具合だ」

「俺はそのままでもかまわんがな」

オーク達は口々にそんなことを言いながら女騎士さんに群がっている。。

急がないと…!そうは思っても、背中側で縛られている自分の手首に巻き付いたロープをナイフで切るなんてことがそう簡単にできるはずもない。

ナイフの切っ先が腕や指に刺さって痛む。

だけど、痛がっている暇なんてない…!
 

116: 2014/11/08(土) 18:06:25.92 ID:yCCWq62eo

私は自分の腕が傷ついているのが分かりながら、それでも無理矢理に手首とロープの間にナイフの刃を差し込んで、手をひねった。

ブツっと言う感触と共に手首が自由になったのが感じられた。

でも、このままこのナイフでオーク達と戦うの?

わ、私にそんなことができる…?

ううん、きっと無理だ…で、でも、どうにかしないと…!

 そう思っていたら、縛られた振りをしたままの手に何かが張り付く感じがした。

ペタペタと私の指先にまとわりついて、私の手からナイフを取ろうとしている。

これって、妖精さん?

妖精さん、何をするつもりなの…?

私はそうは思いつつも、妖精さんの促す通りにナイフを手放した。

ま、まさか、妖精さん、戦うつもりじゃないよね?

ふと、そんなことが心配になって私はそっと後ろを振り返った。

でも、なぜかそこに妖精さんの姿がなかった。

妖精さんの姿どころか、ナイフさえない。

う、うそ…!妖精さん、どこ言っちゃったの…!?

私はそう思って慌ててあたりを見回すけど、どこにもその姿がない。

妖精さん…?いったい、どうしちゃったって言うの!?

 「グフフフ!おら、脚を開け!」

オークの一人が女騎士さんにそう命令した。

「くっ…その汚らわしいものを私に近づけるなっ…!」

女騎士さんが体をよじってオークから少しでも離れようともがいている。

見れば、オークはいつの間にか履いていたズボンを脱いでいて、そこから…その、えぇっと、“アレ”をそそり立たせていた。

私は思わず、顔を背ける。

どうしよう、このままじゃ女騎士さんが…!

 「ゲヘヘヘ、貴様が拒むのなら仕方ない、そっちのガキにブチ込むとしようか」

「まっ、待て!わ、分かった…わ、私がやる…で、でも、少し待ってくれ…!」

女騎士さん…そんな!

「グフフ、素直にそういえば良いのだ。おら、まずはその口でキレイにしてもらうじゃないか」

くくくくく口で!?キレイにするってどういうこと!?そそそそ、そんなことするの…!?

大人のことはよくわからないけど、そんなことを女騎士さんが…私のために、私を守るために、そんなっ!
 

117: 2014/11/08(土) 18:06:56.47 ID:yCCWq62eo

私は、よっぽどやめてって怒鳴ろうかと思った。でも、そうしてしまったらきっと私も同じ目に合わされてしまう。

そんなことになったら、女騎士さんの我慢が無駄になっちゃう。

でも、このままだと女騎士さんが…どうしよう…?どうしたらいいの、お姉さん!

「分かった…その汚物を、キレイに掃除してやることにしよう」

だけどそのとき、女騎士さんはそう、冷たくするどい口調で言い放った。

とたんに、オーク達の顔が憮然とした怒りの表情に歪む。

でも、次の瞬間だった。

女騎士さんが鋭く腕を振るったかと思ったら、オークの“アレ”に下から私のナイフが突きたてられていた。

よ、妖精さんが女騎士さんに渡してくれてたんだ!

「うっ…ぎゃあぁぁぁぁ!!!」

オークが絶叫するのも構わずに、女騎士さんはその腹を蹴飛ばした。

お姉さんが握ったナイフが突き刺さったままだったオークの“アレ”が裂けて、血が吹き出す。

女騎士さんはその返り血を浴びながら、それでもそのオークが腰から下げていた剣を引き抜いていた。

「こ、この!」

「貴様ァ!」

オーク達が次々と腰の剣に手をかける。しかし、女騎士さんは目にも止まらぬ素早い動きで剣を振るい、オーク達を斬りつけて行く。

「ひぃぃっ!だ、誰かぁ!!」

その様子に、檻の外で見張りをしていたオークが悲鳴を上げて小屋の外に駆け出した。

「くっ!しまった!」

女騎士さんはそううなって私を振り返る。

「お嬢ちゃん、走れるか!?すぐにあいつらの増援が来る、逃げるんだ!」

に、逃げるって、どこへ!?

そ、そうだ、妖精さん…妖精さんは、どこ…!?

一緒に逃げないと!

そう思ってあたりを見回すと妖精さんはまた天井の梁の上にいて、何かをやっている。

「妖精さん、早く!逃げないと!」

私は妖精さんに怒鳴った。

「待って!」

妖精さんが小さな声でそう返事をしてくる。

 でも、そんな短い時間に、ドカドカと足音が聞こえて、さっきよりもたくさんの、小屋を埋め尽くす程のオーク達が駆け込んできた。

「くっ!」

「貴様…黙って子を産んでいればいいものを!」

「女の分際で!」

オーク達は剣や槍を構えて女騎士さんに詰め寄る。女騎士さんは剣を握ったまま、後ろ手に私を背中の方へ押しやって盾になってくれようとしている。

女騎士さんは強い。今の一瞬の動きを見ただけで分かった。でも、こんなに囲まれたら手も足もでない…

それこそ、きっと一歩でも踏み込んだたたちまちに串刺しにされちゃう。
 

118: 2014/11/08(土) 18:07:37.63 ID:yCCWq62eo

 だけど、他にできることなんてない…戦うしかないよ…!

私はそう思って、傍らに倒れていたオークの体から剣を抜いた。

剣はずっしりと重くって、とても自由自在になんて振り回せそうにない。

でも、それでも…!

頑張っていればきっとお姉さんが来てくれる…それまでなんとか生き延びれば…!

「妖精さん!お願い、手伝って!魔法でもなんでもいいから!」

私は天井を見上げて妖精さんにそうお願いした。でも、妖精さんから返って来たのはよくわからない返事だった。

「大丈夫、もう終わる!」

もう、終わる?

な、何が?

妖精さん、さっきからそこで何してるの!?

私がそう聞こうと思ったときだった。

妖精さんのいる辺りからパパパっと言う眩しい光がほとばしった。

眩しくって思わず目をつぶってしまう。

何…?いったい、何があったの…?

私は少し痛んだ目を恐る恐る開けてあたりを見た。

 すると、そこに誰かの後ろ姿があった。

ううん、誰か、なんかじゃない。

あの背中、あの髪、あの服!

あれは…あれは!

「お姉さん!」

そう、そこにはお姉さんが立っていた。なんでか知らないけど、でも、確かにお姉さんだった。

「よう、待たせた!」

お姉さんは私に振り返ってそう声をかけてくれる。

「お姉さん!」

私はお姉さんに駆け寄って飛びついた。お姉さん、良かった…やっぱり来てくれた!

「騎士長、ケガは!?」

「兵長!これは返り血です、問題ありません!それよりも、ここを切り開いて生存者を助けましょう!」

お姉さんでも女騎士さんでもない声がしたので振り返るとそこには、女騎士さんと並ぶようにしている兵長さんの姿があった。

へ、兵長さんも!?

「魔王様、ここは私にお任せを。部下たちの仇、討たせてもらう!」

今度は反対の方から声がしたのでお姉さんの肩越しに見やるとそこには獣人さんの姿もあった。

どうして?どうして急に、三人してこんなところに現れたの!?

「まぁ、あんた達、ここはあたしに任せとけって。こうも囲まれてたんじゃ、暴れるに暴れられないだろう?」

お姉さんはそう言うと、左腕にグッと力を込めた。袖をまくっていなかったお姉さんの腕が赤く光る。

お姉さんはその腕を、まるで煙でも払うみたいにシュッと振るった。

次の瞬間、あの空間が歪むような何かがあたりに広がっていき、ドスン、というトロールさんの足音みたいな重くて大きい音がして、

オークたちも土壁も格子も妖精さんがいたはずの天井さえもが弾き飛ばされるように吹き飛んでいく。

 気がつけば私たちは、星空の下の外に立っていた。す、すごい…ひと振りで小屋もオーク達も吹き飛ばしちゃった…
  

119: 2014/11/08(土) 18:08:11.83 ID:yCCWq62eo

「い、今の力は…!?あなたは、いったい…!?」

「騎士長、その話はあと!…来る!」

女騎士さんの言葉に兵長さんがそう言って剣を構える。

「なんだ!」

「女が暴れてるぞ!」

「武器を持て!取り押さえろ!」

「殺せ!」

外にはまだたくさんの小屋があって、あちこちから武器を携えたオーク達が飛び出して来ていた。

「くっ、なんて数!」

女騎士さんがまた唸る。でも、それを聞いたお姉さんが落ち着いた声色で言った。

「大丈夫。すぐに応援を呼ぶからな。妖精ちゃん、もっかい魔法陣頼む!」

「はいです、魔王様!」

「兵長、黒豹隊長、それからえっと、騎士長ちゃん!少しの間、この子を守ってやってくれ!」

「はい!」

「お任せを!」

お姉さんはそう言うが早いか、何かを唱え始めた。

それに反応するみたいに、私たちの周りの地面に何か光る物が動き回り始める。

その光る何か、は、まるで地面に絵を描くみたいに光の筋を残しながら素早く動き回っている。

こ、これって…魔法陣!?

そっか、お姉さん今、魔法陣、って言ってた。

この光、これは妖精さんがやってるの!?

「魔王様、できたです!」

「よくやった!…来い!」

どこからか妖精さんの声がした。

それを聞いたお姉さんが最後の一言、何かの呪文を唱える。

 するとまた、あたりがパパパっと眩しい光に包まれて、気がつけば私たちの周りには憲兵団の軽鎧を来たたくさんの兵隊さん達がいた。

「これは…転移魔法!?」

女騎士さんが驚いている。

そっか、お姉さんたちは転移魔法でここまで来てくれたんだ!

あの魔法陣の描いてある場所に転移できる、ってことなのかな?

あ、もしかして妖精さんはさっき、天井の梁にこの魔法陣を描いていたの?

私がそのことに気がついたとき、パッと目の前に妖精さんが姿を表した。

どこからか飛んできたんじゃない。本当に、何もないところにパッと出てきたみたいに。

「おぉ、妖精ちゃん!ありがとうな!おかげで間に合った!」

「お安い御用ですよ!」

お姉さんの言葉に、妖精さんがそう言って胸を張っている。
 

120: 2014/11/08(土) 18:08:52.00 ID:yCCWq62eo

「よ、妖精さん、あの光は妖精さんなの!?」

私が聞いたら妖精さんはエッヘン、といっそう胸を張って

「私のとっておき!姿を消せるんだよ!」

妖精さんはそう言うと、パタパタと羽ばたきながら消えたり出てきたりを繰り返してみせた。

妖精さん、すごい!そんな魔法も使えたなんて!

「騎士長!第一分隊を連れて生存者の捜索と救助に当たれ!第二分隊は黒豹殿の指揮に従い、騎士長と第一分隊を援護!

 第三分隊は私と来い!集落東側に橋頭堡を取る!」

兵長さんがそう素早く指示を出すのが聞こえた。

「ははっ、さすがの手腕だな!」

お姉さんがそう言って笑った。

「お姉さん、みんな、大丈夫なの?」

私は兵長さんや女騎士さんが心配になってお姉さんに聞いた。するとお姉さんはニコっと笑顔を見せてくれて私に言った。

「大丈夫。あの街の憲兵団は、オークなんかに遅れをとったりはしないさ。

 ここに先に送られてきたやつらは、団長ってのが下手を打ったんだろうけど…兵長に任せておけば問題ないよ」

「へ、兵長さんはそんなに強いの?」

「あぁ、強いぞ!あたしの仲間だった剣士が足元にも及ばなかったくらいだ。剣の腕だけならあたしよりもすごいかもしれない。

 それに、兵長は指揮の才能もあるしな!」

お姉さんはそれからなんだか嬉しそうな顔をして、いきなり私の頭に頬ずりをしてきた。

「怖い思いさせたな…大丈夫、あとはあたし達に任せておけ」

私は急にそんなことをされたものだから、こんなときだっていうのに、なんだか嬉しいやら恥ずかしいやらで抱き上げてくれているお姉さんの腕のなかでムズムズと体を動かしてしまっていた。

お姉さんはそんな私にまた優しく微笑んでから、キッと表情を引き締めて、低く、そして張りのある声でみんなに言った。

「集落周辺には物理結界を張った!魔王と勇者の名において、貴様ら無法者どもを粛清する!逃げられると思うなよ!」




 

126: 2014/11/11(火) 19:23:25.07 ID:YHUdzLsxo




 二日後の朝。

私たちは砂漠の街の衛門にいた。

旅の支度はばっちり済んでいる。

お水も汲んだし、食料もたっぷり買い込んだ。

私も、自分の分は自分で持つよとお姉さんに言ったら、お姉さんは今度は私用にって大きなナップザックを買ってくれた。

着替えや何かを突っ込んだら重くなっちゃって、宿で背負った瞬間には少しよろけてしまった。

そんな私を見てお姉さんは

「無理すんなよ」

なんて苦笑いをしていた。

「それじゃ、世話になったな」

「いや、私たちの方こそ…幾度も勇者様のお世話になり、なんと感謝を申し上げていいか…」

あっけらかんって感じで言ったお姉さんに、兵長さんが畏まってそう返す。

「んまぁ、仕方ないさ。今回はあたしの連れも巻き込まれたわけだし、そうでなくったって放ってはおけないしな」

お姉さんはそう言って兵長さんの軽鎧の肩をバンバンと叩く。

見送りには、兵長さんだけじゃない。

憲兵団の他の人達もビシっと並んで私たちを見つめていた。

「あんたもしばらくの間は頼むな。向こうに戻って体制が整い次第、なんかしらで連絡付けるから」

「はっ。くれぐれも、道中お気をつけて…!」

お姉さんの言葉に深々と頭を垂れて返事を下のは、獣人さん、黒豹隊長ってお姉さんは言ってたけど、とにかくその人。

驚いたことに、黒豹隊長さんはこの街に残ることになった。

オーク討伐の業績と、勇者であるお姉さんの推薦に、それから兵長さんが全部の責任を負うってことで、

オーク達につかまり危うく殺されてしまうところだった憲兵団長にお許しをもらった。

お姉さんは黒豹隊長さんに「在駐武官」だの「友好特使」だのに任命する、って言っていた。

私にはそれが難しくてなんのことかはよくわからなかったけど、とにかく街の人の安全のために、オーク達のように悪いことをする魔族の取締をしたり

人間とうまくやっていくための交渉なんかをする役目なんだろうってことだ。

 「お嬢ちゃんも、気をつけてな」

「はい、ありがとうございます!」

あの日、オークの集落で私を助けてくれた女騎士さんが優しく言ってくれる。

私は、女騎士さんに助けてもらった、って思ってるんだけど、女騎士さんは私に助けられたって思っているらしくって、あれからいっぱいお礼を言われたけど

私はどうしていいかわからなくって、ちょっと困ってしまった。

お姉さんが

「まぁ、気持ちはもらっといてやりなよ」

って言うので、お礼に何かする、と言って聞かない女騎士さんの好意に甘えて、

私は街の道具屋さんで女騎士さんに手渡してそれから戦いでどこかに行ってしまったナイフの代わりに、すこし上等なダガーを買ってもらった。

もってたって使い方はあんまり分からないけど、でも、この間みたいなこともあるし、やっぱり持っていた方がいいよな、って思ったから。

女騎士さんは、それなら鎧の類もあったほうが良いだろうって言って、危うく高価な鎖帷子みたいな物も買いそうになったんだけど、それは断った。

物とかそういうのをもらうのって嬉しいけど、でも、ありがとうって言ってもらえることの方がずっと良い気がしてしまったから。
 

127: 2014/11/11(火) 19:23:53.55 ID:YHUdzLsxo

そんな報告をしたらお姉さんはケタケタと笑って

「立派だなぁ、くれるって言うならもらっておけばいいのに」

なんて楽しそうに言っていた。

「困ったら、なんでも兵長に相談しろな。彼女、ちょっと硬いところあるけど、見かけや性別や種族で偏見持つような人じゃないから」

「はっ、心得ております」

「ちょっ、黒豹さんったら、もうっ」

とたんに、兵長さんがなんだか真っ赤な顔をしてうつむく。

あれ…?

そこ、照れちゃうところなの?

そんな兵長さんの肩にガシっと腕を回したお姉さんは、真っ赤な顔した兵長さんにヒソヒソ声で

「オークがそうだったけど、基本的に人間と魔族の間でも子どもとかいけるらしいからな!」

なんていたずらっぽい顔をして言っている。兵長さんの顔がさっき以上に真っ赤に膨れ上がった。

あー、なるほど、兵長さん、黒豹さんのこと好きになっちゃった、ってこと?

むふふ、そっかそっかぁ、それは応援してあげないとね!

「そそそそそそういうのはまだ!世の中的に、受け入れられるかどうかも分かりませんしっ!!」

その言葉に、お姉さんの顔が一瞬曇った。

うん、でも、そうだよね…魔族、ってだけで、事情も関係なしに磔にされちゃうんだもん。

人間と魔族の間に子どもができた、ってことになったら、もしかしたらイジメられたりしちゃうかもしれない。

それは…やっぱり、いろいろ辛いよね。

でも、お姉さんは直ぐにパッと明るい顔をして

「安心しろ。すぐにでもそんな世の中、あたしがぶっ壊してやる!なんたってあたしは魔王で勇者だからな!」

と兵長さんの真っ赤な頬っぺたを指でつまんでグイグイ引っ張ってからかった。

「やややややめてくださいよ、もう!」

兵長さんがキーキー声でそう叫んだので、私も妖精さんも思わず笑ってしまっていた。
 

128: 2014/11/11(火) 19:24:32.84 ID:YHUdzLsxo

 それからまた、お姉さんと私とでお礼を言って、兵長さんや女騎士さん、黒豹さんとお別れをして、私たちは衛門に背を向けて西の森への街道を歩き出した。

兵長さんたちは姿が見えなくなるまで、ずっと衛門のところで私たちに手を振ってくれていた。

 しばらく歩くと、道の先に鬱蒼と茂る森が見えてくる。さらにその森の向こうには、真っ白な雪をかぶった中央山脈がまるで壁のようにそびえている。

あの山を越えた先が、魔界。魔族さん達が住んでいる、分けられた世界の、もう半分。

トロールさんの、故郷…あの山を越えるのは、大変そうだな。

早く私も、寒かったり暑かったりしなくなる、あの魔法を教えてもらわないと。

「お姉さん、魔法って、どうやって使うの?」

「ん?あぁ、そうだったな。歩きながら、基本的なことを教えておこうか」

お姉さんはどこか嬉しそうな表情で話し始める。

「魔法、ってのは、自然の力を操るってことなんだ。人間と魔族では、その方法が違ったりするんだよ。

 自然と共に生きる魔族たちは、自然の力を割と自由に使うことができる。

 人間はそういう感覚がイマイチつかみにくいから、こうやって呪印を彫るのが一般的かなぁ。

 これをやることで、人間の内側にある自然の力ってのを増幅させて使うんだ。

 で、その自然の力を操るときに必要なのが魔力、ってことになる」

「魔力って、なんなの?」

「ん、魔力ってのは…言っちゃえば、気合い」

「き、気合い?」

「そ。あと、集中力、かな。自然の力を操るためには、それだけの精神的な力が必要なんだ。使えば使うだけ、感覚が疲れて力を扱いにくくなる」

「その魔力ってのがないと魔法は使えない?」

「いや、魔力は生きる物すべてが持ってるもんだ。強い弱いはそれぞれあるけどね。重要なのは、そいつで自然の力を捕まえるコツ、ってことになるかな」

「ふぅん、難しそう。じゃぁ、私もその呪印…ってのを彫らないといけないの?」

「うーん、それはどうかな。人間でも、自然の力をそのまま操ることのできるやつもいる。もしかしたら、父さん母さんと畑やってたあんたなら

 そういう自然の力を掴むのも案外出来るかもしれないってあたしは思ってる。それにほら、あたし魔王だし、羽妖精ちゃんもいるしさ」

「私、頑張って教えるですよ!」

お姉さんがそう話しかけると、妖精さんは張り切った様子でそう言って、パタパタと空中を飛び回った。

 私たちはそんな風にして、楽しくおしゃべりをしながら道を歩く。

こうしていると、きっちり詰まったザックの重さもたいして気にならないし、なによりなんだか楽しくって胸があったかくなる。
 

129: 2014/11/11(火) 19:25:05.53 ID:YHUdzLsxo

 ずっと先に見えていた森が近づいて来ていた。

砂漠を越えてゴツゴツと荒れ果てた様子の地面にも、ポツリポツリと緑の草が生えだしている。

今のところ天気はいいけれど、向かう先のあの山には、分厚い雲がかかっていてなんだか薄暗く感じた。

あんな山、本当に越えられるのかな?

私はそんな不安を少しだけ感じてお姉さんを見た。

でも、明るく笑うお姉さんの顔を見たら、そんなことも簡単に出来そうな気がしてくる。

なんか、いざとなったらお姉さん、私を抱えて空でも飛べちゃいそうな感じだし、きっとなんとかなるだろう。

そう、旅をするくらい、お姉さんと入れば、なんてことはない。

 だけど、お姉さんはなんでも出来るわけじゃない。

だって、ときどきどうしようもなく悲しい顔をするから。

さっきの兵長さんと話していた時の顔。

初めて私の前で、魔王と勇者の紋章の力を使った時の顔。

あれは、お姉さんが越えられない辛さや悲しみを抱えているんだって証拠だと私は思う。

私は、きっとお姉さんなしじゃ、この旅は無事に終わらせられない。

魔法も使えないし、戦うことも、自分を守ることさえ、怪しい。

それでも私は、お姉さんと一緒にいてあげたい。

お姉さんの辛さや悲しみをどうにもすることができなくたって、きっと一緒にいてあげられれば、それを和らげることくらい出来るって、そう思うから。

 ふわっと、何か冷たい物が私の肌に触った。

「おっと、冷えてきたな…マント、きっちり閉めておいた方がいい。ここから先は、あの山からの吹き降ろしで冷えるんだ」

お姉さんはそう言って自分のマントの紐をキュッと引っ張って私にそう言ってくれた。

「うん!」

私も、なるだけ明るい笑顔でお姉さんにそう返事をし、マントの前についていた紐を結んで閉め、冷たい風に備える。

「さて!夜にならないうちに良さそうな野営地を見つけないとな!」

「うん!」

お姉さんの言葉に私はそう返事をして、森へと向かったずんずん歩く。

木々と雲で太陽がかくれて、ひんやりとした空気がさらに強く冷たくなってくる。

だけど、私の胸の中は、なんだかポカポカした心地で満たされていた。




 

134: 2014/11/14(金) 22:14:12.28 ID:2lNpKKWmo

レスありがとうございます。

まったり展開ですが、第三話始まりますー。

よろしくどうぞ。
 

135: 2014/11/14(金) 22:15:04.59 ID:2lNpKKWmo






「へい、おまちどう」

どうどう、っと言って馬…なのか、牛なのか分からない生き物を人魔族だというおじさんが手綱を引いて止めた。

馬車の振動も収まって、ようやく目的地についたようだった。

「ありがとうな」

お姉さんが人魔のおじさんにそうお礼を言っている。

「なに、ちょうど通り道だったしな。しかし、こんなところに何の用だよ?ここは元は魔王城だぜ?」

「今でも魔王城さ」

「そりゃぁそうだがよ。魔王様はもう亡くなって、今は魔王様の重臣だったサキュバスの女がいるだけだってのに」

「あぁ…サキュバスの治世はどうだ?」

「ん?まぁ、各一族も人間に攻め込まれて大打撃だしなぁ。混乱しきりだが、けが人の治療と食料の配分なんかを一手に手配してると聴いてる」

「なるほど。役目はきちんと果たしている、ってわけだな」

「役目?」

「あぁ、まぁこっちの話しさ」

「そうかい」

「世話になったな」

「なに。楽しい旅路で良かったよ」

私はまだ話をしているお姉さんに促されて馬車を降りた。妖精さんもパタパタと私の肩に腰を下ろす。

そのあとからお姉さんが降りてきて、御者の人魔のおじさんに小さな布袋を押し付ける。

「おいおい、勘弁してくれ。そんなつもりで送ってやったんじゃねえや」

「そう言うなって。これくらいのことしかしてやれないからさ」

「要らねえって言ってんだよ。そんな金あるなら、そっちのチビに飯でも食わせてやれ。最近じゃ、麦の価格もバカに上がってやがるしよ」

「だったら、なおさらだ。あたしが持ってても使うことは多分ないし」

お姉さんはそう言って、グッと左腕をまくって見せた。もちろんそこにあるのは、あの魔王の紋章。

 それを見るや、人魔のおじさんは顔色を真っ青に変えて馬車から飛び降り、お姉さんの前にひれ伏した。

「ごごごご、ご無礼、お許しを…!」

「あー、いいっていいって。とにかく、ほら、その、あれだ。よ、余は、その…感謝しておる。受け取るが良い」

「はっ…ははー!」

人魔のおじさんは深々と頭を下げながら両手を差し出したのでお姉さんはその手のひらの上に革袋をおいて上げていた。
 

136: 2014/11/14(金) 22:15:42.41 ID:2lNpKKWmo

 地面にひれ伏したままだったおじさんをお姉さんが引っ張り起こして御者台に乗せ、馬車が走り去るのを三人で見送った。

馬車が道の彼方に消えてから、私は少し先に悠然と建っている魔王城って言うのを見上げた。

空は快晴で、真っ青な中に、お城の塔が何本も伸びている。

魔王城、なんていうからどんなおどろおどろしいお城なのかと思っていたけど、外から見る限りではなんの変哲もなさそうなお城だ。

もちろん、お城なんて数えるくらいしかみたことはないし、それも私が知っているのは王都のお城じゃなくって、住んでいた村を管轄してた貴族様のお城だけど。

 それに、魔界っていうのも、もっと暗くってどんよりしててあっちこっちに魔物がいるんだとばっかり思っていたけど、空はまぶしいくらいに晴れているし

魔物も見たけど、別に足が何本もある大きな蜘蛛とか、目玉が飛び出たゾンビ犬とかがいるわけでもない。

村の傍の山で見たちょっと大きいネズミとか、大きなネコとか、ウサギみたいにオドオドしてるクマとかそんな感じ。

正直、ここに来るまでに見た魔物より、さっきの馬車を引いていた、馬と牛の間みたいな生き物の方がよっぽど目新しいくらいだった。

 山越えもそれほど苦労はしなかった。

それというのも、森から山へ入って、少し登ったところには祠があって、その祠の地下には魔法陣の描かれた小さな部屋があった。

それは、お姉さんが旅をしたときに一緒だったっていう魔道士さんが作った祠で、魔界と人間界を行き来するための転移魔法の魔法陣らしかった。

転移魔法っていうのは、どこへでも自由に移動できるわけじゃなくって、行く先にも魔法陣が必要らしい。

だから、もしある場所に行きたくてもそこへ一度は足を向けて、自分が行くための印として魔法陣を描き残して来る必要があるんだそうだ。

 魔王城に魔法陣は描いて来なかったの、と聞いたら、お姉さんはすこしバツが悪そうに

「実は、魔王とのことで頭がごちゃごちゃしてて、描いてくるの忘れちゃったんだよね」

なんて言って笑ってた。

 どうやら、旅をしてたのもあながちお姉さんの気持ちの整理のためだけってことでもなさそうだった。

 まぁ、それはともかく、私たちはようやく目的地にたどり着いた。

「いやぁ、それほど長いことこなかったわけじゃないけど…なんだか懐かしい気がするよ」

お姉さんは私と並んでお城を見上げる。

「お姉さんが話してたサキュバスのお姉さんは元気かな?」

「さぁ、どうだろうな…魔王をさみしがって、泣いてなきゃいいけど…」

そう言ったお姉さんの顔を見上げると、なんだか緊張したようにこわばっているのが分かった。

そうだったね。

お姉さん、もしかしたらこれからサキュバスさんを斬らなきゃ行けないかもしれないんだ。

もしサキュバスさんがそうして欲しいって言ったら、私もお姉さんに協力して説得してみるつもりではいる。

でも、それでもサキュバスさんが気持ちを変えてくれなかったとしたら、お姉さんは約束を果たさないと行けない…

そうならないといいな。

そんなことを思って、私はまだ顔も知らないサキュバスさんに心の中でお願いした。

これ以上、お姉さんに悲しい顔をさせないで、って。
 

137: 2014/11/14(金) 22:16:52.67 ID:2lNpKKWmo

 「さぁて、早く行って休もう。さすがに今夜はゆっくり眠りたい」

「まままま魔王様!わ、私もお城に入ってよいですか?」

「あぁ?今更なんだよ。入るどころか住むための部屋を用意させるって」

「そ、それなら人間ちゃんと同じ部屋がいいです!」

「はは、分かった分かった。夜までに準備してもらえるように頼んでおくよ」

妖精さんとそんな話をし終えてから、お姉さんが私の肩をポン、と叩いた。

「さて、行こう。あ、もうマント脱いでもいいからな」

「うん!」

私は、魔界に入ってからずっと目深にかぶっていたマントのフードを取った。

人間の子どもがこんなところをうろついてると、手を出してくる魔族がいるかもしれないから、ってお姉さんは言っていた。

一瞬、そんなひどいことを、って思ったけど、例えばもし、私の住んでた村に魔族の子どもが入り込んできたとしたら…

やっぱり私は怖いって思うだろうな、なんて考えたりもした。

なにより、変に騒ぎになったりするのは避けたかった。

私はいいけど、きっとそうなったらお姉さんが悲しい顔をしちゃうだろうな、ってそう思っていたから。

そんなお姉さんも、魔界に入ってからはほんの少しだけ魔力を使って、サキュバスさんに彫られたっていう、魔王の紋章とは違う呪印で

あの悪魔みたいな姿に変身している。

最初、少しの間は怖く感じたけど、すぐにいつものお姉さんと全然変わっていないことに安心して、この姿のお姉さんにもすっかり慣れた。

サキュバスさんもこんな感じなのかな?

 そんなことを思いながら、私たちはお城への道を歩いた。

程なくして正面の大きな門の前にたどり着く。

金属の両開きのドアが付けられた城門は、トロールさんが頭を下げなくても通れてしまうんじゃないかって思うくらい大きい。

そんなドアをお姉さんがガンガンとノックする。

そんなことしても、誰かが開けてくれるとは思えないけど…

そう思って私はお城を見上げる。

こんな大きなお城なのにすごく静かなことに、私は気がついた。

周りに街があるわけでもないし、中に誰かがいる気配もない。

お城なら普通、警備の兵隊さんがいたりとか、メイドさんがいたりとか、そういうものだと思うんだけど、少なくとも声や物音は聞こえないし、

門の上に見える窓の中にも人影はない。

そんなお城の様子に、私はうっすらと気味の悪さを感じ始めてしまった。

今のとこは、魔王城って言うより、廃城か幽霊のお城って感じがしないでもない。

そう思ったら、ひとりでにブルっと体が震えた。
 

138: 2014/11/14(金) 22:17:36.23 ID:2lNpKKWmo

「あー、参ったな…呼び鈴とかないのかな、これ?前の時はこの門、魔法で爆破して突入したけど、今はもう自分の家だからやりたくないしなぁ」

お姉さんが腕組みをして考え始める。

「お姉さん、その翼で飛んだりできないの?」

「さぁ…この体になってまだちょっとしか経ってないからなぁ。飛ぶだけならまぁ、魔力を使えばできないこともないだろうけど…」

「魔王様、私が偵察行ってくるですよ!」

「あぁ、羽妖精ちゃん、大丈夫。考えはあるんだ」

パタパタと飛び立ちそうになった妖精さんを引き止めたお姉さんは、腰に提げていた剣を抜いた。

その剣を、大きな両開きの門戸の隙間に差し込んで何かを確かめている。

「ん、やっぱり閂掛かってるな。ふんぬっ!」

お姉さんはそう掛け声を漏らして全身に力を込め、その剣を上にお仕上げた。

途端、門の向こうでゴトン、と大きな重い何かが落ちる音が聞こえる。

「おぉし、外れた!」

お姉さんはそう言うなり扉の片方に手を掛けて思い切り引っ張る。

すると、ゴゴゴゴと言う音を響かせて、金属の門戸が開いた。

 門をくぐってみて少し驚いた。

そこには一面、青々とした芝生が茂っていて、向こうの方には綺麗な花畑のようなものが見える。

そびえるお城の建物は石造りで外壁には蔦が絡まっていたりすることもなく、白く輝いているようにみえた。

お姉さんが門を閉め、大木みたいに大きな閂をかけ直す。ふと見ると、門戸の両側にはお姉さんの二倍くらいの背丈の石像が二体、のっそりと鎮座していた。

鎧を着た、角の生えている大男の石像は、ジッと私たちを見据えている。

「さて…正面の入口が開いてるといいけど…」

お姉さんがそう言ってお城の方を振り返ったとき、私は声をあげて驚いてしまった。

 門戸の両脇の石像の首が動いて、手に持っていた金属の棍棒のようなものを私たちめがけて振り上げたからだった。

「おぉ?」

お姉さんがそう言ってパッと私を抱きとめてくれる。

「おおおおお姉さん!」

「あはは、大丈夫。こいつらはゴーレムだ」

お姉さんはそう言うと、左の袖をぐいっとまくって石像に見せつける。

「あたしはこの城の主だ。あんた達のご主人様はどこにいるんだ?」

お姉さんの紋章を見た石像の動きが止まり、スっと腕を下ろすとそのままその場に膝まづいた。

「ゴ、ゴーレム、って、確か…」

「ん?あぁ、魔力を使って作った人形のことだよ。石だったり、木だったり、鎧だったりいろいろだけど」

「こ、これは、サキュバスさんが作った、ってこと?」

「うん、たぶんね」

お姉さんはそう言って私の頭を撫でながら

「サキュバスのところに案内してくれないか?」

とゴーレムたちに声を掛けた。
 

139: 2014/11/14(金) 22:18:10.94 ID:2lNpKKWmo

 すると、左手にいたゴーレムが、音もなくスっと腕を上げて、私たちの後ろを指し示した。

私はゴーレムに注意を払いながら恐る恐る振り返ってみる。

そこには、頭から角を生やし、背中にお姉さんと同じ黒いコウモリのような翼を背負った綺麗な女の人が立っていた。

「お帰りなさいませ、勇者様」

「…ただいま。約束通り、戻ってきた」

この人がサキュバスさん、なんだね。

魔王の姿になったお姉さんと違って、肌は透き通るような白だ。

魔王お姉さんの肌の色は、暗い肌の人間よりももっと暗い、黒炭のような色をしているけど、このサキュバスさんは、私の肌の色に似ている。

ううん、私なんかよりももっと白いかもしれない。絹みたいにきれいな色。

「お連れ様は?」

サキュバスさんは、不思議そうな瞳で私を見つめてお姉さんに聞く。

「旅の途中で会ったんだ。彼女が、私に答えをくれた」

お姉さんの言葉に、サキュバスさんはキョトンとした顔をしたけど

「な、少しゆっくりくつろげる部屋ってあるかな?もう三日は野営してて、そろそろ体が痛くって」

と言ったお姉さんに視線を戻す。

「話は、そのあとでゆっくりさせてくれると助かる」

「かしこまりました。ご案内致します」

サキュバスさんは、たおやかにお姉さんと私に一礼すると、私たちを先導してお城の中に入った。

 私とお姉さん、妖精さんもそのあとに続いてお城へと入る。

お城の中も、想像していた魔王城とは全然違った。

まるで普通。壁に掛かっている絵やなんかは魔族の人の肖像画みたいな物もあるけど、

不気味な鎧とか、怖い石像とか、ドクロの飾り物とか、そういうものは全然ない。

赤い絨毯が奥へと伸びていて、壁掛けの花瓶にはたくさんのお花が活けてある。

入口のちょうど真上にあるステンドグラスから暖かな光が差し込んでいて、ホールのようなその部屋を明るく照らし出している。

ふわっと香ってくるのは、お香かなにかの匂いだろうか。

 「キレイになったな」

「はい。あの日は、戦争のせいでずいぶん荒れていましたからね」

お姉さんの言葉に、サキュバスさんは穏やかな口調でそう答える。

お姉さんはそれを聞いて、やっぱり少しだけ、悲しそうな顔をした。

 ホールを抜けた先の階段を上がると廊下があって、さらにその奥へと案内される。

突き当たりのドアをサキュバスさんが開けた。そのとたん、まばゆい光が私たちを包み込んだ。

 そこは、大きな窓のある部屋だった。

ベッドみたいなソファーに暖炉、大きなローテーブルが置いてあって、その上にも白い花瓶にお花が活けてある。

窓から入ってくる光のせいか、部屋の中は暖かくて、どこか気持ちをホッとさせてくれた。

 「おかけになってお待ちください。今、お茶をお持ちしますね」

サキュバスさんはそう言って部屋を出て行った。
 

140: 2014/11/14(金) 22:19:16.09 ID:2lNpKKWmo

 それを見送ったお姉さんはふぅ、と大きなため息をつきながら、ドスンとベッドみたいなソファーに腰を下ろした。

私もそれに習って、ちょっと控えめにソファーに腰掛ける。お姉さんはそんな私を知ってか知らずか、

「んんーー!」

なんて声を出して大きく伸びをしてから、ドサッとソファーに横たわった。

「この部屋、気持ちいいなぁ」

お姉さんはなんだか甘ったるい声でそんなことを言っている。

うん、でも確かに気持ちいい。

あったかで、ふわふわのソファーがあって…まるでお姉さんと一緒のシュラフで眠るときみたいな気持ちになる。

 そんなことをしていたら、パタン、とドアが閉まる音がして、サキュバスさんが部屋に戻ってきた。

手にはティーセットの乗ったトレイを抱えている。

「あー、悪いな」

「いえ。物資は殆どを民の救済に回しておりますので、質素なものしかございませんが」

「あぁ、うん。いいよ、贅沢するつもりはない。パンと少しの肉と野菜に、ゆっくり眠れる寝床があればそれで十分すぎるくらいだ」

お姉さんの言葉を聞いているのかどうなのか、サキュバスさんはカップを私とお姉さんの前において、

それから、妖精さん用らしいおもちゃみたいに小さなカップのおいてくれて、それぞれにお茶を入れてくれる。

かすかに湯気を立ち上らせているカップの中身は、きれいな黄金色をしていた。

 お姉さんはなんの疑問もなくそれをカップを口に運んでググッと煽る。

「これって、あれか、えっと魔界の葉っぱで…」

「よくご存じなんですね。はい、カモミールという葉に、少しばかりオレンジピールをブレンドしてあります。

 お疲れを取ってお心を休ませる効能のあるお茶でございます」

「なるほどなぁ。向こうじゃ、紅茶か緑っぽい渋いのしかないから、こう言うのは香りだけでもなんだか落ち着く気がするよ」

お姉さんはそんなことを言いながら、残りのお茶もグビグビっと飲み干した。

サキュバスさんを疑っているわけじゃないけど…ま、魔界のお茶、か…人間が飲んで、こう、錯乱しちゃったりしないかな?大丈夫かな?

きっとそんな不安が顔に出ていたんだと思う。そう考えていたらお姉さんが笑って

「大丈夫。人間界でもたまに飲んでるやついるよ。でも、紅茶やなんかの葉っぱとは違ってあんまり買い手がないから栽培されてないだけだ」

と教えてくれる。

 そ、そうなんだ…じゃぁ、大丈夫そう、かな?

私はそう思ってカップに口をつけた。

暖かで、苦い中にほのかにオレンジの香りと甘みが広がってくる。

不思議な感じのお茶だけど…なんだか、ホッと出来る気がして好きだな、これ。

またそんな気持ちが顔に出ていたのか、今度はサキュバスさんが控えめに笑って

「気に入っていただけだようで、安心いたしました」

と私に向かって言ってきた。

私も

「美味しいです。ありがとうございます」

とお礼をしたら、サキュバスさんは穏やかな笑顔の返事をしてくれた。
 

141: 2014/11/14(金) 22:20:48.11 ID:2lNpKKWmo

「本当なら早めに状況を聞きたいところなんだけど…もう少し、休んでからでもいいかな?」

お姉さんは私をチラリとみやってからそう言った。

私を心配してくれてるのかな?確かに疲れてはいるけど…私、大丈夫だよ?

そう言おうと思ったら、お姉さんの話を聞いたサキュバスさんが口を開いた。

「…そうですね。では、お話は夕食が済んでからにいたしましょう」

「ああ、うん、そうだな。そうしよう。そういえば、あんた、手伝いはいないのか?他の従者だっていただろうに」

「いえ、今は私と私の力で作ったゴーレムだけです。

 あの戦争で家族の行方がわからなくなった従者達も大勢おります。

 勝手ながら、彼らには一度里に戻り、各々の家族や大切な者たちを探すことを許しました」

「そっか…まぁ、その方が良いだろう。あたしがいればこの城に防衛機能なんていらないし、身の回りの世話くらいなら自分たちでも出来るしな」

お姉さんはそう言ってニコッと笑う。

「はい」

そんなお姉さんにサキュバスさんも笑顔で答えた。

「それでは、お夕食の準備をしてまいります」

「あぁ、手伝おうか?」

「いいえ。どうかお休みになられていてください」

サキュバスさんは立ち上がり掛けたお姉さんをそう言って押しとどめると、またおしとやかに一礼して、部屋から出て行った。

 それからしばらくその部屋で休んでいると、サキュバスさんがワゴンに載せた食事を運んできてくれた。

お城だし食べきれないほどの豪華な食事だったらどうしよう、なんて心配したけど、サキュバスさんが運んできてくれたのは

ごくごく普通のシチューにサラダに、カリカリのパンだった。

それからサキュバスさんも一緒になって食事をした。

お姉さんと私で、サキュバスさんにこれまでの旅の話をしてあげる。

サキュバスさんは、ニコニコな笑顔で私たちの話をずっと聞いていてくれた。
 

142: 2014/11/14(金) 22:21:14.09 ID:2lNpKKWmo

 食事が済むと私たちはそのままサキュバスさんの操るゴーレムさんの案内でお城の中のお風呂へと向かった。

お風呂はまるで公衆浴場みたいに大きくて、思わず声を上げて驚いたらその声がくわんくわんと反響するくらいだ。

そこからはのんびりとお風呂に使って、先にお姉さんがあがって行ったので私もそこそこで切り上げた。

身支度を済ませていたらサキュバスさんがやってきて、ベッドルームに案内してくれる、と声をかけてきた。

 私は優しい笑顔で笑うサキュバスさんを疑うことなく着いて行って、これまた大きなベッドのある部屋へと案内された。

そこには私より少しだけ先にお風呂から上がったお姉さんと妖精さんがいて、

お姉さんは寝間着らしいダボダボの絹の服を着て、窓からボーッと外を眺めていた。

妖精さんはその肩にちょこんと座り込んで、一緒になって星空を見上げている。

パタン、とドアがしまる音がすると、お姉さんはハッとした様子で私とサキュバスさんを振り返った。

「あぁ、ずいぶんとゆっくりだったんだな」

お姉さんそう言うと、サッとカーテンを閉める窓から離れてドサッとベッドに身を投げた。

それから自分のとなりをボンボンと叩いて

「ほら、一緒に寝ようよ」

と誘ってくる。

その言葉に、私はふっと胸にずっとあった緊張感がほぐれていくのを感じた。

こんな広いお城の見知らぬ部屋で一人で寝るのはちょっと怖いなって、そう思っていたから。

私は素直にベッドに飛び込むとそのままお姉さんの胸元に体を刷りよらせて引っ付く。お姉さんのふわりとした温もりと優しい香りが私を包んでくれる。

やっぱり母さんのことをふt思い出してしまって少しだけ切なくて、私はお姉さんの体にしがみつくように寝間着の胸元をキュッと掴む。

お姉さんはそんな私に腕を回して、ギュッと抱き締めてくれた。

 そんなお姉さんの温もりに包まれた私は、ほどなくしてうとうとと心地よい眠りの中へと落ちていく。

そんなとき、ふとお姉さんの体が離れる気配がした。

どうしたの、お姉さん。お手洗い?

そう思っても微睡みの中にいた私は声をかけることもなくお姉さんが代わりに置いてくれた枕にしがみつく。

「待たせたな」

お姉さんの声がした。

「いいえ。まずは、帰ってきて頂けたこと、嬉しく思います」

サキュバスさんの声も聞こえる。

あぁ、そっか…二人はお話をしなきゃいけないんだったね…

大変…私も一緒にサキュバスさんを説得しないと…二人の言葉を聞いた私はそう思って起きようと思うけど、体も眠気も言うことを聞かない。

ふわふわとまるで体に力が入らず、意識もはっきりしてこない。

眠いし疲れてはいたけど、こんな眠気は始めてだ。もしかして、お姉さんに魔法をかけられたのかな?

確か、トロールさんに助けてもらったときも、矢を抜くときに睡眠の魔法をかけたって言ってた。これがそうなのかな…?
 

143: 2014/11/14(金) 22:21:54.72 ID:2lNpKKWmo

「あたしは、答えを見つけたよ。あたしは魔王をやる。魔族と人間とが、分け隔てなく平和を享受出来る未来を探したい。

 全部、あの子とあの子を助けたトロールが教えてくれた。あたし達はきっと、同じ世界に生きて行ける。争いはあるかも知れない。

 でも、それだけじゃない世界を、あたしは見つけなきゃいけない。あの子やトロールが、その身を持ってあたしに教えてくれたから」

「そうですか…」

「あんたは?どうするか考えは決まったのか?」

「正直に申しあげれば、今日の今日まで迷って居りました」

「そっか…」

「ですが、皆さんを見て、私も心を決めさせていただきましたよ」

ぼんやりとする視界の中で、お姉さんはゆっくりと方膝を付いてその場に跪いた。

「勇者様…どうか、剣をお取りください」

「…うん、分かった」

サキュバスさんに言われて、お姉さんは枕元にまとめて置いていた荷物から剣を手に取るとシャキンと音をさせて鞘から引き抜いた。

うそ…ダメ…ダメだよ、お姉さん…!目の前で起こっている出来事なのか夢の中の出来事なのかもわからない。でも、そんなのダメだよ、お姉さん…やめて…!

私はそうは思うけど、声がでない。体も動かない。

そんな中、お姉さんはサキュバスさんの肩口に剣を当てがった。

お姉さん…!

 やっと、呻き声だけが口に出る。でもお姉さんは、こっちを見向きもしない。

でも次の瞬間、お姉さんは不思議なことをした。

剣の腹でサキュバスさんの右肩をポンっと叩いて、今度は剣を左肩に置いてまたポンっと叩く。

それからお姉さんは剣を自分の顔の前にまっすぐに立てて掲げると、そのままシュンと一振り剣で空気を斬って、

最初と同じようにシャキンと剣の刃を響かせながら鞘に戻した。

「私は、あなたを新たな主として忠誠を誓います。勇者様…いえ、新たな魔王様」

「ありがとう…あの子達と同じようにそばにあって、どうかあたしを支えてくれ」

「はい、仰せのままに」

サキュバスさんはそう言って深々と頭を下げる、ややあってすっくと立ち上がった。

「…良いものですね…」

「そうだな…あたしにはこれまで誰も居なかった」

「私には、魔王様しかいらっしゃいませんでした」

「先代のように、もうあんたを一人残すようなことはしないと誓うよ」

「はい。私も魔王様がお一人で苦しまぬよう、いつ何時でもお側に侍りましょう」

ランプの薄暗い明かりの中で、サキュバスさんがにっこりと笑うのが見えた。

お姉さんはこっちに背中を向けているから分からないけど、きっと嬉しいときの顔をしているに違いない。

でも、良かった…最初はびっくりしたけど、あれは忠誠を誓うって儀式だったんだね。

絵物語の中で、騎士が君主にああして剣で肩を叩く場面を見たことがある。サキュバスさんは侍女として、お姉さんの手伝いをするって決めてくれたんだ。

きっとお姉さん、嬉しいだろうな。お姉さんは一人じゃないよ。私も妖精さんもトロールさんもサキュバスさんも、

お姉さんのそばにいてお姉さんの友達で、味方でいるから…ね…

 そんなことを思いながら私は、胸の内側に沸いてきた安心感に包まれるように、そのまま深い眠りに付いていた。




 

148: 2014/11/23(日) 03:10:13.14 ID:lOvVjl0Vo



「人間ちゃん、人間ちゃん。起きて 」

翌朝、私はそう呼ぶ声とともに、頬っぺたにペチペチ何かが当たるような感じで目を覚ました。

目を開けるとそこには私の顔を覗き込んでいる妖精さんの姿があった。

「ふわぁ…おはよう、妖精さん」

大きく出てしまったあくびを納めてから挨拶をすると、妖精さんはパタパタと羽ばたいて

「おはよう!」

と返してくれる。

私は体を起こしてぐっと伸びをしてから部屋を見渡す。

大きな窓に掛かっていたカーテンは開かれ、眩しいばかりに朝陽が差し込んで来ている。

昨日の夜はランプの明かりだけでよく見えなかったけど、私の眠っていた部屋はあちこちに貴重そうな調度品が置かれ、立派なじゅうたんに、大きな暖炉もある。

まるでお姫様の部屋みたいだ、と思ってからここが魔王城だった事を思いだし、やっぱりなんだか想像と違いすぎてなんだか笑ってしまった。

「人間ちゃん、魔王様がご飯だって言ってたよ」

妖精さんがそう言って私の着ていた絹の寝間着を引っ張る。

「うん、わかった」

そう返事をしてベッドの際まで這いつくばっていると、ふわりと何かが香ってくる。なんだろう、何かを焼いている芳ばしくっていい匂い。

昨日の夜はサキュバスさんが夕食を振る舞ってくれたけど、朝ご飯の準備もしてくれたのかな?

私はそんな期待を胸に、用意されていた薄手の肩掛けを羽織って妖精さんと一緒に部屋を出た。

いい匂いはその先の廊下にもいっぱいに立ち込めていてワクワクする気持ちがいっそう強くなる。

私は廊下を、その匂いに導かれるみたいに歩いて食堂にたどり着いた。

「あー、起きたな!おはよう!」

ドアを開けたらお皿を両手に持ったお姉さんがいて、私と妖精さんを見て明るく挨拶をしてくれる。

「おはよう、お姉さん」

「おはようです、魔王様!」

私と妖精さんの挨拶を聞きながらテーブルにお皿を並べたお姉さんは

「ほら、今準備してるから座ってて」

と私たちに席を進めてくれる。

「魔王様!ここにあったお皿ご存知ないですか?」

急にそう声がして、食堂にワゴンを押したサキュバスさんが入って来た。

「あぁ、もうならべちゃったよ」

お姉さんが言うとサキュバスさんは少し困った顔をして

「昨晩、主従の誓いを立てたではありませんか。お気遣いなど無用です」

と言い返す。でも、お姉さんはヘラヘラっと笑って

「いやぁ、働かざる者食うべからず、って育ての親に叩き込まれて来たからさ。自分の食事の準備くらい手伝わないと、バチが当たっちゃうよ」

なんて言う。そんなお姉さんの言葉を聞いて、私はハッとした。そうだ、私もお手伝いしなきゃ!

「サキュバスさん、私もするよ!」

私はそう言って、困り顔のサキュバスさんが押していたワゴンからパンのバケットを掴んでテーブルに並べる。
 

149: 2014/11/23(日) 03:12:52.83 ID:lOvVjl0Vo

「あぁ、もうっ」

サキュバスさんはもっと困った顔をしたけど、でも、やってもらってばっかりじゃなんだか窮屈だもんね。

「サキュバスさん、私は魔王様じゃないから気にしないでください!」

私がそう言ったら、サキュバスさんはなんだかちょっと諦めたような顔をして

「結構ですと申しておりますのに」

なんて言って、私に続いてワゴンにまとわりついていた妖精さんにスプーンやフォークの入った小さなバケットを手渡した。

そうやって食事の準備を整えた私たちは、四人で揃って食卓について、サキュバスさんの作ってくれた朝食を食べる。

洞窟や砂漠の街で、トロールさんと妖精さんとお姉さんと食事をしたときも楽しかったけど、サキュバスさんと一緒もなんだか楽しくって

ついつい、おしゃべりしながらになってちょっとお行儀が悪くなってしまっていた。

 食事を終えて、私たちはサキュバスさんが淹れてくれたお茶を飲んでいた。

昨日とは違う葉っぱで、また不思議な風味のお茶だったけど、どうしてか私はこの手の魔界原産のお茶が口にあうらしい。

飲むと口からお腹まですっきりするような感覚のする、そんなお茶だ。

「それで、こっちはどんな様子だ?」

カップを煽ってから、お姉さんがサキュバスさんにそう尋ねる。

「はい…目下のところ、各地で混乱が続いています。人間軍の侵攻路にあたる東部地域は戦争によって狩り場や森が荒らされ、食料の確保が難しい状態です。

 このため、この北部、南部へ避難民が急増し、そこでも人口過多による食料の不足が著しい状況が現在のもっとも懸念される問題です。

 この食料不足による各部族間の摩擦も日に日に増加しています。

 私のゴーレムを使って魔王様管轄の地域より集めた食料を優先的に当該地域に送っていますが、それでも不十分なのが現状です」

サキュバスさんの言葉にお姉さんはうーんとうなって言った。

「食料か…まず優先してかからなけりゃならない問題だな」

「はい。また、治安の悪化も深刻です。各部族の自警団は活動しておりますが、食うに困って盗みや強奪を行う者の報告があとをたちません。

 西部地域に残存していた魔王軍を投入して治安維持に当たらせていますが、なにぶん、広範囲に渡っており手に余る状態です。

 北部地域、南部地ともに人間軍による攻撃で魔王軍そのものが壊滅状態にあることから鑑みても、

 治安維持のために至急、兵員なり治安維持組織の増員が必要と思われます」

「治安維持、か…」

「最後に、駐屯している人間軍による影響です。人間軍は、北部地域、南部地域、西部地域にそれぞれ5000人規模の駐留軍団がおかれています。

 特に西部地域に展開している人間軍はかなり粗暴で、西部地域から民間魔族が避難せざるを得ない一因となっているようです。

 北部、南部でも同様の事件の報告はあがって来ておりますが、特に北部からの報告は治安維持のためにやむなく武力行使を行う場合がほとんどです」

「ってことは、まずは東部への対応が必要、か…」

「おおむね、この三点が現在もっとも憂慮されている問題です」

「分かった…。まずは食料問題についてだ。魔族は畑を作ったりはしないんだったっけな?」

「そうですね、あまり盛んではありません。妖精族の一部が薬草の類を栽培していたり人魔族が麦を作っていたりしますが、

 ほとんどの部族は人間の様に農耕の術を持っていません」

「ゆくゆくは身につけておいた方がいいだろうなぁ。ただ、今からやるとなると、すぐに食料問題解決の糸口にはならない…

 それとは別に、目先のことをなんとかしないと」

空になったお姉さんのカップに、サキュバスさんがお代わりを注ぐ。しばらく口に手を当てて考えていたお姉さんは、顔をあげて私を見やった。
 

150: 2014/11/23(日) 03:13:23.89 ID:lOvVjl0Vo

「なぁ、あんた、魔族たちに畑教えてやってくんないかな?」

「は、畑を?」

お姉さんが急にそう言ってきたので、私は驚いてそう返してしまう。

「うん、そう。喰うに困ってるやつらを魔王城管轄の土地に呼び込んで、ここの資源を使って生活をしてもらいながら、畑を教えるんだ」

「しかし、それだけでは魔界全域の食料問題を即解決するには…」

「うん、もう一方で、あたしが駐屯軍へ行って撤退させてくる。おそらく、人間が消費してる分の資源はかなりあるだろう。

 それを魔族が享受できるようにすれば、多少は改善出来ると思うんだ。本当は居住区を整理したりもしたいけど、そいつはもう少しあとかな」

お姉さんは腕を組み、難しい顔をしながら続ける。

「それと、魔界全土に魔王復帰の報を行き渡らせよう。治安の方はそれで少し落ち着くんじゃないかな?」

それを聞いたサキュバスさんが、すこしだけ表情を曇らせた。

「それですと、いたずらに人間界を刺激するのではないでしょうか?」

「可能性は、あるよな。でも、これでも勇者だ。あっちの王族や貴族に、軍属から魔導協会、それに官僚達にも顔が効く。

 人間が魔界を食い物にするつもりならぶっ叩くし、ただ単に魔族側からの復讐を恐れてるだけなら、あたしがちゃんと統治するように伝えるさ」

「…あくまでも、『勇者』個人がこの魔界を牛耳り、この世界の王の役割を担われる、と?」

「うん、まぁ、そんなとこ」

お姉さんの言葉に、サキュバスさんがさらに顔をしかめた。

それは、いつもお姉さんが見せる、あの悲しげな表情だった。

「『勇者』とは、人間界の希望ではないのですか?魔界を我がものにしその王として君臨するようなことをして、人間たちは…裏切られた、と考えないのですか?」

「考えるだろう、な…」

サキュバスさんに言われて、お姉さんも悲しげに笑った。でも、お姉さんは俯かなかった。

「でも…仕方ない。先代との約束だし、数え切れない程の魔族を斬ったあたしがいうのもなんだけど、

 魔族にだって家族があって、平和を願う者達がいるのをあたしは知ってる。

 そういうやつらを無視するようなことは、あたしにはできない。先代も、あたしのそういうところを知って、こんなことを託したんだと思う」

お姉さんは、それから私の顔を見て、次に妖精さん、最後にサキュバスさんを見て、ニコっと笑って言った。

「それに…あんたたちは、一緒にいてくれるだろう?」

それを聞いて、サキュバスさんの顔がギュッと歪むのが分かった。

私も、きっと同じ顔をしていたに違いない。

お姉さんは、覚悟を決めてるんだ。
 

151: 2014/11/23(日) 03:14:05.94 ID:lOvVjl0Vo

 いつだかに私に言った。

「あたしは、勇者でも魔王でも、人間でも魔族でもない、化け物になったんだ」

って。それはきっとどれほど辛くて、どれほど寂しくて悲しいことか、想像するだけで、胸が痛くなる。

でも、お姉さんはそう在る覚悟を決めてるんだ。

そんなお姉さんに、私は言った。

「お姉さんは、お姉さん。怖くないよ」

って。

一緒にいてあげられるよ、って。

剣術や魔法のことなんてよくわからないし、戦争のことなんてもっとよくわからないけど、でも、お姉さんがとてつもない力を持っていることだけは私にもわかる。

魔王の紋章は、自然の力を扱うもの。勇者の紋章は、自分の力を増幅させるもの。

二つを持っているお姉さんは、魔王の紋章で得た自然の力を、勇者の紋章で増幅させることが出来る、ってことだ。

自然が持つ力を増幅させて操れる…たぶん、その力を使えばお姉さんにできないことなんてほとんどないだろう。

 そんなお姉さんが、ただ一つ恐れていること…それは、一人になってしまうってことだ。

そしてそんなことにならないように、って、そうお願いしているんだ。

トロールさんのことがあってから、砂漠の街でも伝えてあげたはずなのに、お姉さんはまだそのことが心配で怖いんだ。

 そう思い至った私はやっぱり胸がギュッと苦しくなる。

いてもたってもいられなくなって、椅子から飛び降りてお姉さんの膝によじ登ってその体にギュッとしがみついた。

「一緒にいるよ。約束するよ、お姉さん」

そう伝えたら、お姉さんが優しく私を抱きしめてくれる。

「うん。ありがとな」

そう優しい声が聞こえてきて、お姉さんが私の頭にゴシゴシと頬っぺたを押し付けてきた。

「ふふ…では、しばらくお待ちくださいね。後片付けを終えたら出立の準備のお手伝いをいたしますから」

サキュバスさんの、少しだけ安心したような声も聞こえる。

 そうだよ、お姉さん。

安心してね。

お姉さんがいなかったら、私、あの日、偽物の勇者達にひどいことされてから殺されてただろうし、

オーク達にだって何をされたか、想像もしたくない。

お姉さんはそんなところから私を助け出してくれた。

私はお姉さん無しでは、きっと生きていられなかったんだ。

ここにこうしていられるのは、お姉さんのおかげ。

私は、その恩をお姉さんに返したい。

だから、ね、お姉さん。お姉さんが世界中の嫌われ者になったって、私たちはお姉さんの味方だよ。

私は胸の中で、お姉さんのためにそう祈って、わざと明るくお姉さんの顔を見て言った。

「そうと決まれば私、畑頑張るよ!麦とお芋ならちゃんと知ってるから大丈夫!」

「ほんとか?あはは!じゃぁ、よろしく頼むよ!」

お姉さんはそう言って、ニコッととびっきりの笑顔で私に笑って見せてくた。
 


 

158: 2014/11/25(火) 20:19:02.77 ID:n44hDM9Ho
>>155
知らなかったら調べて見た。
イメージはすごく近いかもしれないw

>>156
あざっす!

>>157
へい!


つづきです。

 

159: 2014/11/25(火) 20:20:55.77 ID:n44hDM9Ho




 食後のお茶を終えてから少しして、私は妖精さんとサキュバスさんと一緒に、魔王城から北にあるっていう魔族の城砦都市へお姉さんが転移魔法で出かけるのを見送った。

お姉さんは夕方には帰ってくるから、なんて笑っていたので、私は少しだけ安心してお姉さんに手を振った。

お姉さんの今日の仕事は、向かった先の城砦都市に駐屯している人間の軍隊を説得して撤退させることらしい。

話を聞くだけで、そう簡単なことじゃないってのはわかる。

だけどお姉さんは「それでもやらなきゃ」って笑って言っていた。

その笑顔に悲しさはなく、どこか凛々しい雰囲気がしていて私も背筋が伸びるような感じがした。

私も、任せられたことをしっかりやらないと!

 そう意気込んで、お姉さんを見送ってすぐに私はサキュバスさんにお願いして魔王城の外へと出て来ていた。

妖精さんはお姉さんに頼まれて、風の魔法っていう遠くの仲間と話をする魔法で、魔王城に新しい魔王が立ったってことを魔界中に知らせている。

そんなわけで、私をサキュバスさんの二人だけ、だ。

 サキュバスさんは角さえなければ人間とほとんど変わらない出で立ちをしていて、とてもきれいな人だ。

しかも優しくっておしとやかで、すごくいろんなことに気が回る。

たった一晩だけど、私はすっかりサキュバスさんに信頼を寄せていた。

「いかがでしょうか?」

魔王城から持ってきた小さなスコップで地面を掘り返していた私に、サキュバスさんがそう尋ねてくる。

「あ、はい。このあたりは砂利が多いですね…」

「砂利が多いといけないのですか?」

「うーん、すぐに畑にはできないかな。土はベタベタしてて畑には向いてそうですけど…特にお芋とかをやろうとすると、砂利はない方がいいんです」

私は言うと、サキュバスさんはなんだか感心したような表情で私の隣にしゃがみこんで、落ちていた木の棒で地面をつつく。

やっぱりそこからも小さな石が土に紛れてボロボロと出てきた。

「これは…魔王城建築のときに使われたものだと思います。この白い石は、人間界と魔界を分かっているあの山脈から切り出されたものです」

サキュバスさんは砂利の中の小さなつぶをつまみあげてそういう。なるほど、そっか…だとすると、このあたり一帯の土は全部こんな感じかな?

「…魔王城には、四つの門があるのですが…私たちが出てきた門は南門。そこは、吐き出しの門、と呼ばれています」

「吐き出しの門?」

「はい。魔王城の建築自体は、私が生まれる前の出来事なので詳しくは存じませんが、

 そう呼ばれるのはなんでも、廃材などを運び出すのに使っていた門であるからとうかがったことがあります」

「そっか…だとしたら、南門じゃない方向のところは砂利が少ないかもしれないですね」

「そうですね…北は砂利とは違いますが、人間軍との戦いでまだ少し荒れていますので畑にはしたくありませんね…

 石材は東から運ばれて来たという話ですし、残すは西側でしょうか」

サキュバスさんは立ち上がってお城の西を指差す。

「行ってみましょう」

「そうですね」

私はサキュバスさんとそう言葉を交わして西の方へと足をすすめる。
 

160: 2014/11/25(火) 20:21:31.29 ID:n44hDM9Ho

 サクサクと、雑草がまばらに生えている地面を踏み歩く。土はまぁ、人がたくさんいれば作るのは簡単だ。

でも、問題は水だよな…魔王城って畑で遣えるような井戸とかあるのかな?

ここに来る途中に川は見なかったから、水を引いてくるのは難しいと思うし…そのあたりのことも、サキュバスさんに聞いておいた方が良さそうだな。

そう思ってサキュバスさんに声をかけようと彼女を見上げたとき、サキュバスさんの方から私に話しかけてきた。

「その…畑と、花を育てるのと、では何か違いがあるのでしょうか?」

「え?お花?」

「はい。魔王城の庭園に花を植えているのですが、なかなかうまく育ってくれず、苦労しているのです」

サキュバスさんの言葉に、私は思い出した。

確かに、魔王城の中庭には花壇があって、色とりどりの花が咲いていた。

お城の中にもいたるところに花が活けてあったけど、あれはサキュバスさんがやっていたんだね。

「基本的なことはあんまり違いはないと思いますけど…あのお花はサキュバスさんが?」

「はい。この地で命を落とした者たちへの弔いのために」

その言葉に、私はふと、先代の魔王って人の話を思い出していた。

「先代の魔王様とかですか?」

私がそう聞いたら、サキュバスさんは一瞬、涙を流し出してしまいそうな表情をした。ま、まずいこと聞いちゃったかな…

「ご、ごめんなさい…なんか、いけないことを聞いちゃったみたいで…」

「…いえ、お気遣い無く。そうですね、先代の魔王様のためです。先代の魔王様は、花がお好きで…あの花壇ももともとは先代様が作ったものなんですよ」

サキュバスさんは、気を取り直してそう私に教えてくれる。

先代の魔王様、お花が好きだったんだ…昨日までの私だったら、魔王なんて人がお花なんて、って思っていたかもしれない。

でも、あのお城に一晩泊まってみて分かった。

あのお城に住んでいた人は、晴れている暖かな日が好きで、きれいな星空を眺めたり、色とりどりのお花を見たり、

たぶん、風の香りを楽しんだり、芝生に寝転んでお昼寝したり、そんなことが好きな人だったんだろうなって思った。

それは私たち人間と変わらない。

平和で、心穏やかな時間を大事にしたいって気持ちがある人だったんだ…

どうして人間は、そんな人と戦争をしなくちゃいけなかったんだろう?

そんな疑問が、ふっと私の頭の中に浮かんできた。

だけど、すぐに私はそれを頭から追い払う。今はそのことじゃない。

畑ができるかどうかを考えないと。

「そのことは良いとして…それじゃぁ、あとで花壇の花のことも教えていただけませんか?」

「はい、分かりました。花壇はお花がたくさんの方がいいですもんね」

サキュバスさんの言葉にそう返事をしてあげて、それから直ぐに

「畑の話に戻りますけど…魔王城に井戸ってありますか?」

と聞いてみる。

「えぇ、ございますよ。このあたりは東の山脈の地下水が豊富ですから」

「そうなんですか!良かった…それなら、あとは土さえ良ければ畑はできそうです」

サキュバスさんの言葉に私は胸をなでおろす。そんな私を見て、サキュバスさんは笑った。

「そうですか。なによりです」
 

161: 2014/11/25(火) 20:22:16.24 ID:n44hDM9Ho

 それから私たちは城の西側の土地へとたどり着いた。

スコップで少し掘ってみると、そこからは焦げ茶色のベタベタしたいい土が出てくる。

砂利も少ないし、耕せば十分に畑になりそうな感じだった。

それをサキュバスさんに伝えると、彼女はなんだか嬉しそうに笑って

「それでは、すぐにでもゴーレム達に命じて準備を整えましょう」

なんて言った。それよりも、まずは区画を決めておかないといけない。

ただ畑を広げるんじゃダメで、きちんと区分けして管理しないと排水とかそういうことも気にしなくちゃね。

 私はそのことをサキュバスさんに伝えて、持ってきていた麻のロープで地面にわかりやすく区画を作る作業を始めた。

とりあえずはここに住む人たちの分の畑ってことだから、私のいた村程の面積くらいあれば済むはず。

そう思って、百歩の幅ので八つの畑にする区画を作った。

排水路や作業路のことも考えなきゃいけなくって、父さんと母さんに教えてもらったことを思い出しながらやっていたらなんだか切なくなったけど、

私は涙をこらえて作業に励んだ。

日が傾きかけたころには作業が終わり、私はサキュバスさんと雑草の茂っているところに腰を下ろしてサキュバスさんが持ってきてくれていたお茶を飲んでいた。

「では、この縄の中をゴーレム達に掘り起こさせればよろしいのですね?」

「はい。それであとはどこからか種芋を少し持ってくれば大丈夫だと思います」

「芋の類は、西にある山地に自生していますから、そこから掘り起こすことになりますか…」

「それでもいいですけど、そうするとその土地の魔族さん達が困っちゃうんじゃないですか?」

「確かにその心配はございます」

「ですよね…そのあたりはお姉さんと相談した方が良いと思うので、後回しにしておきます」

そんなことを話しながら、私は縄を張った地面を見渡す。

ここが一面、お芋畑になったら…ふふ、なんだか嬉しい気分になりそうだ。

 そんなとき、すこし冷たい空気が私の肌に触れた。

もう夕方になる。気温も下がってきているみたい。

私は作業の前に脱いでいたマントを羽織りなおす。すると、サキュバスさんが私を不思議そうに見た。

「どうされたのですか?」

「あ、その、少し寒いな、と思って。サキュバスさんは平気なんですか?」

「ええ、私たちは寒さや暑さは…」

「あ、そっか、魔法だ」

私は旅の途中でお姉さんや妖精さんがやっていたっていう、あの魔法のことを思い出した。

お姉さん、魔法を教えてくれるって言ったけど、忙しくなりそうで言い出しにくいな…

そんなことを思って私はふとサキュバスさんに聞いてみた。

「あの、サキュバスさん。サキュバスさんは、魔法を教えたりすることってできますか?」

「魔法を、ですか?」

サキュバスさんが不思議そうに首をかしげる。

「はい。私、ここに来るまでいろいろとあって…自分の身を守る程度でいいから魔法が使えたらなって思って」

そう言うとサキュバスさんはなんだか納得した様子で

「そうでしたか。魔族式の魔法で良ければ、ご指南させていただくことはできますよ。人間様がその力をお使いになれるかどうかはわかりませんが…」

と言いながら、すぐそばに生えていたク三つ葉を一本引き抜いて私に手渡してきた。
 

162: 2014/11/25(火) 20:23:19.00 ID:n44hDM9Ho

「それをお持ちになっていてください」

私は言われるがままにそれを手に持つ。するとサキュバスさんが私の肩に手を置いて、小さく何かをつぶやいた。

 すると、サキュバスさんの手が置かれている肩がふんわりと暖かくなるのを感じた。

それが腕に伝わり、そして三つ葉を持っている手へと流れるように広がっていく。

指先までその暖かな感じが伝わって行った瞬間、握っていた三つ葉が目に見える早さでぐんぐんと伸び始めた。

「わっ…!わわわ!!」

私は驚いて思わずそう声をあげてしまった。

これが魔法なの?

そうか、魔族の魔法は自然の力を使うんだった…

そう考えればこんなこともやれる、ってことだ。

 やがてサキュバスさんは私の肩から手を離した。

それからフフっと笑って

「これが魔族式の魔法です。私の魔力をきちんと伝えられるようですし、人間様には才能がお有りなのかもしれませんね」

と言ってくれる。

良かった、それなら練習すれば魔法を使えるようになるかもしれない、ってことだね。

私は嬉しくなって思わずサキュバスさんの顔を見やる。

「お仕事の合間にご指南いたしますね」

「はい!お願いします!」

私はサキュバスさんの言葉に、そう明るく返事をした。

 と、不意に、サキュバスさんが笑顔をすこし収めて

「人間様、そのカバンに、魔具の類をお持ちですか?」

と聞いてきた。

「マ、マグ?」

「はい、魔力を伝えるための道具のことです」

このポーチの中に、そんなの入ってたかな?

砂漠の街で騎士長さんに買ってもらったダガーと、傷薬と、あとはトロールさんの石が入っているだけだけど…もしかしてダガーがそうなのかな?

私はそう思ってポーチからダガーを取り出して

「これですか?」

とサキュバスさんに手渡す。でも、それを手にとったサキュバスさんは首を振った。

「これではありませんね…」

ってことは…傷薬ってわけでもないし…トロールさんの石の魔力のこと、かな?

「こっちですか?」

私は、トロールさんの石を丁寧に革袋から出してサキュバスさんに見せた。
 

163: 2014/11/25(火) 20:23:56.49 ID:n44hDM9Ho

「こ、これは…」

「これ、トロールさんなんです。私が悪い人たちに襲われたところを助けてくれて、こんな姿になっちゃって…」

私はあの日のことをサキュバスさんに説明する。するとサキュバスさんはなんだかお姉さんみたいな、どこか嬉しそうな表情を見せて

「そうでしたか…同じ魔族が、先代様が目指したことを成したのですね…なんて誇らしいことでしょう」

なんてつぶやくように言った。

先代の魔王さん…城にお花を植えたり、人間と戦争がしたくなかったり、お姉さんに魔王の力を託したり…

本当に、優しい人だったんだな…

私は、サキュバスさんの言葉からそんなことを感じ取っていた。

「その石は、城の花壇に埋めて差し上げなくてはいけませんね」

なんて感心していたら、サキュバスさんが急にそんなことを言い出した。

「サ、サキュバスさん!トロールさんは氏んじゃったんじゃないんです!埋葬とかしなくていいんですよ!」

私は驚いてそう声をあげてしまう。でも、それを聞いたサキュバスさんは優しい笑顔を見せて言った。

「いいえ。トロール族は大地の妖精です。土に埋め、大地の力の中に預ければ魔力の回復が早まります。

 今触った感じですと、二晩も寝かせて差し上げれば姿を取り戻されると思いますよ」

え…?

ほ、ホントに!?

トロールさん、そんなに早く元に戻れるの!?

「ほ、本当ですか!?」

私は思わず、サキュバスさんに詰め寄っていた。サキュバスさんはそんな私に、相変わらずの優しい笑顔で

「ええ。ご安心ください」

と言ってくれる。

そっか…良かった…!

私、ちゃんとトロールさんにお礼が言える!

それがわかったら私はなんだか無性に嬉しくなって、気がつけば立ち上がってサキュバスさんの手を引いていた。

「サキュバスさん、お城に戻りましょう!花壇の話と、トロールさんを寝かせてあげないと!」

そんな私にサキュバスさんはしとやかに応じてくれて、二人してお城へと戻った。

 西門へ着くと、中から大きな音がしてゴゴゴと金属の扉が開く。

ゴーレム達が扉を開けてくれたみたい。

門の中に入るとサ、キュバスさんが何をいうでもなくゴーレム達はまたゴゴゴと低い音をさせて金属の扉を閉めた。

 花壇は、東門の方だったよね…!

早く…早くサキュバスさん!

私はいつのまにか飛び跳ねるような胸のうちの気持ちを抑えきれずに、自分もウサギみたいに跳ねるようにしてサキュバスさんの手を引いていた。

 南門の前を通って東門へと回る。夕焼けに赤く染まった花壇が見えてきた。

あそこにトロールさんの石を寝かせてあげれば…トロールさん、きっと!

 そう思って花壇に駆け出そうになった私の足が、急に止まった。

私の目に、見慣れない何かが映ったからだった。

それは、お城の通用口のところにうずくまっているようにして動かない、誰か、だった。
 

164: 2014/11/25(火) 20:24:29.86 ID:n44hDM9Ho

 夕焼けに染まっているその誰かは、夕焼けの色じゃない、赤く黒っぽい、何かで全身がくすんでいる。

「魔王様…」

サキュバスさんが、そう掠れた声で言った。

あ、あれ、お姉さん、なの…?

あの色…あれって…あれって、も、もしかして、血…?

そのことに私が気がついたとき、サキュバスさんの声を聞いたのかお姉さんは顔をあげた。

その顔にも、べっとりと血がこべりついている。

お姉さん…もしかして、ケガを!?

とたんに胸がギュッと締め付けられるように痛くなって私は思わず声を上げていた。

「お姉さん!」

「来るな!」

駆け寄ろうと足を踏み出した私を、お姉さんが鋭い叫び声で怒鳴りつけてきた。

ビクン、と体が跳ねて、足が止まる。

―――怖い

正直、そう感じてしまった。

お姉さんに怒鳴られたのは初めてだったから、っていうのもある。

でもそれ以上、私はあんなお姉さん、みたことがなかった。

あんな目をしたお姉さんを、私は知らなかった。

まるで…まるで…絵物語に出てくる幽霊みたいに、気持ちの色のない目をしていた。

「魔王様、おケガを…?」

サキュバスさんが、か細い声でお姉さんにそう尋ねる。

お姉さんは、力なく首を横に振って

「いや…大丈夫。全部返り血だ」

と低い声で言った。それから

「大きい声出してすまない」

と、血だらけの顔で私に謝ってくる。でも、私が言葉を失っている間にお姉さんは続けた。

「ごめん、今日はあんたとは一緒に寝れないや」

そ、それ、どういうこと?

お姉さん、なにがあったの!?

訳がわからず私が言葉を探していると、サキュバスさんが口を開いた。

「…すぐに、湯浴みの準備をさせましょう」

「すまない…」

サキュバスさんの言葉に、小さな声でそう言ったお姉さんをよく見れば、両腕で自分の体を抱いて小刻みに震えていた。

 お姉さん…お姉さん、いったい、なにがあったの?

私、大丈夫だから、お願い、話をして!

ただの一言、そんな言葉が口から出ずに、私はサキュバスさんに連れられてお城の中に入っていくお姉さんをただただそこで見ているだけしかできなかった。
 


 

170: 2014/11/26(水) 22:56:48.23 ID:PqR1jCeJo




 その晩、私は昨日お姉さんと一緒に眠った寝室で窓際に座っていた。妖精さんも黙ったまま、私の肩に腰かけている。

窓の外には満点の星。だけど私は、星を眺めているわけではなかった。

 あれから私は、トロールさんの石を花壇に埋めてすぐにお姉さんとサキュバスさんの後を追った。

でもお姉さんは浴室に入ったっきり、ゴーレム達にその入り口を守らせて、長いこと出てこなかった。

その間に私と妖精さんとで夕食を食べて、お姉さんが上がった後のお風呂に入って、こうして寝室に戻ってきた。

 だけど、とてもじゃないけど眠れる気分なんかじゃない。お姉さんにはずっとサキュバスさんが一緒に付いているみたいだから変なことはしないだろうけど、

でも、それでも私はお姉さんが心配だった。

 私だってバカじゃない。お姉さんは北の街で戦いに巻き込まれたんだろう。

お姉さんのことだ、怪我した誰かを助けようとして、でもそれができなかったとかそういうことなんじゃないかなって、そう感じていた。

だから、あんな呆然とした表情をしていたにちがいない。

 本当なら一緒にいて慰めることはできなくても、いつもみたいに抱きついてあげることくらいしてあげたかった。

でも、お姉さんは頑なに私を避けて、顔を見ようともしてくれなかった。

 きっと、それだけ大変なことだったんだろう。そう思うと、私はどうしたって胸の中がジクジクと痛んだ。

 お姉さん、大丈夫…?お姉さん、心配なんてしなくていいんだよ。私は、お姉さんが優しいのを知ってる。

誰かと繋がっていたくって、それでも怖かったり、不安だったりしてそれがでいないのもしってるよ。

 でも、だから、安心感してほしい。私はお姉さんのそんなところも全部まとめて受け入れられるから…だから、お姉さん…負けないで…

 「…お姉さん…」

そんなことを考えていたら、私はふと、そう口に出していた。

「人間ちゃん…」

妖精さんがそう言って、私の頭を小さな手で撫でてくれる。と、ついでその手が私の頬に触れた。

「魔王様は、きっと大丈夫…だから、泣かないで…」

そう言われて私はふと自分の頬に手を当てた。濡れてる…私、いつの間にか泣いてたんだ…

「今夜はもう横になろう?魔王様には明日、ちゃんとお話をすればいいよ」

妖精さんがそう言ってくれる。うん…そう、そうだよね。きっとお姉さんは私には話してくれる。

たぶん私は、お姉さんの心の準備が出来るまで待っていた方がいいんだ。

 そう自分の気持ちに言い聞かせて、私は窓際の椅子から立ち上がってベッドへと身を投げた。

 妖精さんも、そばにあったテーブルに用意されてる専用の小さなベッドにパタパタと飛んでいって布団をかぶった。

「おやすみ、妖精さん」

「うん、おやすみ、人間ちゃん」

私たちはそう言葉を交わしてベッドに潜り込み毛布と布団をかぶって目を閉じた。
 

171: 2014/11/26(水) 22:57:39.28 ID:PqR1jCeJo

 寝ようと思って、なるべく頭のなかをからにしようと思うけど、あとからあとあらお姉さんのことが頭に浮かんできて、

目をつぶっていても頭の中でぐるぐると考えが巡り続けていた。

 そんなとき、ギィッとドアを開ける音がして、部屋に一筋の光が差し込んでくる。

体を起こしてみるとそこには、少し疲れた顔をしたサキュバスさんが立っていた。

「まだ、起きていらっしゃったんですね」

サキュバスさんそう言って私の眠っていたベッドまでやってくると、ギシッと音を立てて腰かけた。

「お姉さん、どうなりました?」

私は恐る恐そう聞いてみる。するサキュバスさんは静かにため息をついて

「私の催眠魔法でおやすみになられましたよ」

と教えてくれた。良かった…お姉さんはちゃんと休めているんだね…でも、それにしても…

「サキュバスさん、お姉さんに何があったんですか?」

私はその事が気になってサキュバスさんにそう尋ねていた。でも、サキュバスさんは宙を見据えてから

「お話しない方が良いのかもしれません」

と静かな声で言った。言いにくいこと、なんだな…サキュバスさんの言葉だけで私は分かった。

それでも、何でも、私は聞きたい。聞かないといけないんだ。

「サキュバスさん…教えてください…お姉さんの助けになりたんです」

私はサキュバスさんの目をじっと見てそう伝えた。サキュバスさんはそれを聞いてまた、しばらく考えるような表情を見せてから

「わかりました…ですが、心して聞いてくださいね」

と私に念を押してくる。私はコクっとうなずいた。それを見たサキュバスさんは、ゆっくりとした口調で話始めた。

「魔王様は転移魔法で北の城塞都市に駐留する人間軍の司令官にわたりをつけて面会がかなったそうです。

 魔王様は撤収を要請しましたが聞き入れられず、それでも説得を続けました。

 話し合いは平行線をたどり、解決は難しいと感じられたとき、人間の司令官が言ったそうです。

 『魔族のような連中と馴れ合う気もなければ、赦すつもりもない』、と。

 そして司令官はあろうことか、その場にいた、恐らく召し使いとしてつれて来られてた獣人族の子どもの首をはねるそうです」

「ま、魔族の子どもの首を?!」

私はあまりのことに言葉を失った。でもサキュバスさんは、たぶん私を驚かせないようになだろうけど、落ち着いた、静かな声でいった。

「魔王様は、感情に任せてその司令官とそばにいた警護の人間を斬り捨てられたそうです」
 

172: 2014/11/26(水) 22:58:16.16 ID:PqR1jCeJo

に…に…人間、を…?

「はい。その者だけではなく駆けつけてきた近衛部隊も、騎士団も、お気持ちに飲まれて斬り伏せたそうです。

 総数5000は下らない北の城塞の人間軍が即座に退却を始めたとのお話でしたので…おそらく、10人や20人では下りませんでしょう。

 もしかすると500か、それ以上は…」

サキュバスさんはそこまで言って、またふぅとため息をついた。

 私は頭に重い衝撃を受けたような感じがした。

お姉さんが…人間を頃したの…?

あんなに、あんなにたくさんの血を浴びるくらいの人間を…あの優しいお姉さんが…?

信じられない、って最初の一瞬はそう思った。

でも、あのときのお姉さんの様子を見ていた私にとっては、どうしてもそれが間違いないことだと思えてしまっていた。

だからお姉さんは、あんな目をしていたんだ。まるで幽霊みたいな、もぬけの殻っていうか、意思のない、ただ呆然とした…

ううん、絶望を目の当たりのして、それに抵抗する意思を失ったような瞳を…

お姉さんはいつだって私を守ってくれた。トロールさんや妖精さんに、砂漠の街でさらわれた人たちや、憲兵団の人たちも、

あの偽物の勇者達だって騎士団に引き渡したって言ってたし、オーク達ですら粛清するだけで無闇に命まで取ろうなんてしていなかったお姉さんが…

きっと、お姉さん自身が一番したくないことをしてしまったんだ。それも、取り返しのつかないことを、とりかえしのつかない規模で…

「サキュバスさん…!どうしよう…お姉さん…お姉さんが苦しんでる…!」

私は敬語も忘れてサキュバスさんにそう言ってすがり付いていた。そんな私を、サキュバスさんは穏やかで、すこし悲しそうな目で見つめて

「そうですね…私も、胸が痛む思いです…」

と、私の髪を撫で付ける。

どうしよう、どうしたらいいの…?私、お姉さんを励ましてあげる言葉も、慰めてあげる方法もわからないよ…

お姉さんが苦しんでいるって言うのに、私…私…

「魔王様は、今朝の食事の席でおっしゃいました。私たちは一緒にいてくれるんだろ?って」

サキュバスさんが不意にポツリとそう言ってたので、私は思わずサキュバスさんを見上げた。

「もしかすると人間様、妖精様やトロール様は、魔王様の救いなのかも知れませんね…」

私には、サキュバスさんが言っている意味がわからなかった。私たちが、救い?どういうこと?

そうおもっていたら、サキュバスさんはクスっと笑顔を見せて私の目をのぞきこんだ。

「どうしたら良いのか、は、私にもまだわかりません…ですが、それを共に考えていくことが、私たちの役目なのかも知れません」

一緒に考える…?なにを…?

サキュバスさんにそう聞き返そうと思ったとき、突然に体の力が抜けて全身が重くなるのを感じた。

意識が急に遠くなってぼんやりと心地良い眠気に包まれる。これって、催眠魔法…?

「今晩はゆっくりお休みください。明日、ご一緒に考えましょう。魔王様を助け、支えるための方法を…」

そんな声が聞こえてきて、私の意識はまどろみの中にうずもれていった。
 


 

173: 2014/11/26(水) 22:58:58.52 ID:PqR1jCeJo

つづく。


ワンシーンのみしか進まなかったよ。
ご勘弁を。
 

182: 2014/12/01(月) 04:03:42.27 ID:ppWUwfEjo





声が聞こえる。

喚き声だ。

誰かが、叫んでいる。

誰か?ううん、違う。

ひとりだけじゃない。大勢の人達が怒号に似た声で何かを言っている。

なに?どうしたの?何があったの?

私はそう思って窓の外を覗いた。

そこには、鎧や剣、槍で身を固めたたくさんの人間たちが城の外に詰めかけている光景が広がっていた。

「来たか」

そう声がして、私は思わず振り向いた。

そこには、スラリと背が高くて、ガタイの良い、頭にピンと立った角か、犬の耳のようなものを生やした男の人が立っていた。

 ドカン、という大きな音がした。

再び窓の外に目を下ろす。

するとそこには、門の扉を突き破ったんだろう、一人だけ鮮やかな色のついた人が立っていた。女の人だ。

ほかはみんな白黒で色なんてないのに、その女の人だけが輝いているように見える。

 私は、その女の人を知っていた。

あれ…お姉さん?

「共に来るか?」

大きな男の人はそう言って、羽織っていた黒いマントを翻して私に言った。

そのときになって、私は気がついた。

男の人の胸には、一輪の小さなお花が差してあった。

あれ、庭の花壇に咲いていたお花だ…。

 男の人は、私に背を向けてツカツカとドアの方へと歩いていく。

ドアのすぐ脇には、角を生やした女の人がいる。

サキュバスさん…?

「はい、仰せのままに」

サキュバスさんがしとやかに頷いてそう答える。

二人はそうして、揃って部屋から出て行った。

 あの男の人…も、もしかして、魔王?

お姉さんに倒されたっていう、魔王さん?

いけない、魔王さん、お姉さんと戦うつもりなんだ…!

待ってよ、二人が戦うことなんてないんだよ!

お姉さん、魔王さんは優しい人なんだよ。

戦争なんてきっとホントはしたくないって思ってる。

戦わなくったって、お姉さんが話せばきっと分かる…

だって、お姉さんも同じくらい優しくて強いんだから…だから!
 

183: 2014/12/01(月) 04:04:19.35 ID:ppWUwfEjo

 私はそう思って部屋から飛び出して魔王さんとサキュバスさんのあとを追う。

なぜだかわからないけど、私には二人がどこへ向かったのかが分かった。

廊下を走って、これまでに入ったことのなかった城の上の階にある大きな扉を開け放つ。

 そこには、剣を胸に突き立てられている魔王さんと、その剣を握るお姉さんの姿があった。

「魔王…!」

お姉さんの目は、怒りと、憎しみと、絶望に満ちていた。

「お姉さん!」

私はそう叫んでお姉さんの体にまとわりつく。

「ダメ!」

お姉さんの体を魔王さんから引き離そうと引っ張ると、私は何か強い力を全身に受けて宙を舞っていた。

ドサリと体が床に落ちて、見上げるとすぐそこにお姉さんがいて、魔王さんに剣を突き立てていたときのままの目で私を見下ろしていた。

その傍らに、サキュバスさんが血まみれで倒れている。

動かない…サキュバスさんを…斬ったの…?

お姉さんが…?

 私はそのことに気がついて、全身が凍った。

声も出ない。体も動かない。

なんで?どうして?お姉さん…どうしてこんなことをするの!?

背筋を貫くような寒気が私からすべての自由を奪う。

 そんな私を見下ろしながらお姉さんは握っていたその剣を高々と振り上げた。

怖い…怖い…怖いよう!

私は自分の体をギュッと抱きしめて身を縮める。

お姉さんが剣を振り下ろして来て、体にめり込む嫌な感触が走った。


「お姉さん!」


 私は、自分の声にハッとして目を覚ました。

慌ててベッドから飛び出して窓から外を眺める。

そこには、人影なんて一つもない。見下ろす門の両側にゴーレムの石像が置いてあるだけ。

門戸もどっしりと外壁にはまったままだ。

ゆ、夢…だったんだ…
 

184: 2014/12/01(月) 04:04:46.37 ID:ppWUwfEjo

 私はそのことに気がついて、知らずに荒くなっていた呼吸を整え、大きくため息をついた。

「に、人間ちゃん、大丈夫?」

不意にそう声が聞こえたので振り返ると、妖精さんが驚いた表情をして私を見ていた。

「あぁ、うん…怖い夢見ちゃった…」

私は窓際を離れ、ベッドに腰掛けて妖精さんにそう伝える。すると妖精さんはパタパタと私の胸もとに飛んできてギュッと私にへばりついてくる。

「大丈夫。夢だったんなら怖くない、怖くない」

妖精さんがそう言いながら私のほっぺたに小さな頭をゴシゴシと押し付けてくるから、なんだか安心してふふっと笑ってしまった。

「ありがと、妖精さん。お着替えして、サキュバスさんのお手伝いに行こうよ」

私は妖精さんにお礼を言って、そう提案してみる。妖精さんも私が大丈夫だっていうのがわかったみたいで

「うん」

と明るく返事をしてくれた。

 部屋を出てすぐのところにいたゴーレムにお城の台所を聞いてそこに行ってみたけど、もうサキュバスさんの姿はなかった。

料理を作ったあとがあったから、またあの大きな窓の部屋にいるかもしれない。

 そう思って廊下を進み、食事を取る大きな窓とソファーのある部屋のドアを開ける。

そこにはやっぱり、サキュバスさんの姿があった。

 サキュバスさんは、テーブルにお皿を並べている。

そのテーブルに、お姉さんは座っていた。

 とたんに、私は全身が固まってしまうような感覚になる。

夢の中のことを思い出して、怖いのが少しだけど、それから強い緊張が湧き上がって来た。

でも、そんな私を見て、お姉さんは柔らかい笑顔を見せてくれた。

「あぁ、おはよう」

お姉さんのそんな表情と優しい声色が、私の体と心を溶かしてくれるような、そんな気がした。

「おはよう、お姉さん」

私はお姉さんにそう返す。

「羽妖精ちゃん、ありがとな。一緒にいてやってくれて」

「人間ちゃんとは友達だから当然ですよ、魔王様!」

妖精さんとお姉さんのそんなやりとりを聞きながら、私はテーブルについた。

今日は、パンとサラダに、スモークされた何かのお肉…ハムじゃないみたいだけど…なんだろう?わからないや。

そんなことを思いながらサキュバスさんが用意してくれていたバスケットの中からナイフとフォークを取り出していると、

ガタリ、とお姉さんが椅子を引いて立ち上がった。

「んー、うまかった」

お姉さんはそんなことを言って大きく伸びをする。

それから、私のところにつかつかと歩いてくると、いつもみたいに私の頭をクシャクシャっと撫でる。

「一緒に食べたかったんだけど、悪い。今日は南の人間軍の駐屯地に行かなきゃいけないんだ」

「あ、えと…ううん、大丈夫だけど…」

私が言葉に困っていたら、お姉さんは曖昧に笑って

「また夕方には戻る」

と言い、私から手を離し、私に背を向けて部屋から出て行った。
 

185: 2014/12/01(月) 04:05:31.70 ID:ppWUwfEjo

 パッと話した感じでは、いつものお姉さんと何も変わらない。

優しくって、柔らかな感じだったけど、私は気がついていた。

お姉さんは、私の頭を撫でる前に、いつもはしていない剣を握るときに使う革手袋をつけていた。

それに、どことなく私を遠ざけるような感じもした。

あんな夢を見たからって、私はお姉さんが怖いだなんて思わない。

お姉さんもきっとそれは分かってくれていると思う。

でも、それなのにお姉さんがあんななのはどうしてだろう…?

昨日と同じように、ギュッと胸が締め付けられる。

「あの手が、血で汚れていることを自覚されてしまわれたのでしょう」

不意にサキュバスさんがそう言った。

それは、昨日の話のこと?

「人間を斬ったから…?」

私が聞くとサキュバスさんはクッとうつむき加減で言った。

「いいえ…おそらく昨日の出来事はきっかけに過ぎません…魔王様、いえ、かつての“勇者”は、昨日手に掛けた人間の数以上の魔族を頃して来たのです。

 そのことに気がつかれてしまわれて…苦しんで居られるのだと思います」

そっか…

お姉さんは勇者として、戦争で人間の軍を率いて数々の戦場で戦ってきたんだ。

勇者の力を見た私には分かる。

あの力があれば、並みの兵隊なんて相手にもならない。

それがたとえ魔族だったとしても、きっとおんなじだ。

お姉さんは、今は守らなきゃいけないって思っているものを、これまで自分の手でさんざんに傷つけて来たんだ。

「人間様」

サキュバスさんが私を呼んだ。

「私は…とんでもない従者なのかもしれません」

「えっ…?」

「私は、魔王様が苦しんでいることに胸を痛めている反面、どこか嬉しいのです」

サキュバスさんは、笑みとも、泣き顔とも取れそうな不思議な表情で私を見た。

「私は魔王様の苦しみが、魔王様が真に私たち魔族のことを守らねばならないと感じていてくださっている証拠だと、そう思えるのです」

お姉さんの苦しみが、証拠?
 

186: 2014/12/01(月) 04:07:38.85 ID:ppWUwfEjo

…そうか。

お姉さんは、昨日人間を手にかけてしまって、気がついたんだ。

自分は人間も守りたいって思ってる。

同時に、魔族も守らなきゃって思ってる。

最初は、自分と同じだった人間を斬ってしまった罪悪感があったのかもしれない。

でも、それならこれまで斬った魔族たちも同じだったんだ、ってことに気がついてしまったんだ。

だからきっとお姉さんは、戦争のときのことにまで罪悪感を感じるようになって、苦しんでいるに違いない。

サキュバスさんが嬉しい、って思う部分があるっていうのは、つまり、お姉さんが戦争のときのことに罪を感じてしまう程に、

本当に心から魔族も助けたいって思っているからなんだ。

それはきっと、サキュバスさんにとっては嬉しいことだろう。

でも、お姉さんが苦しんでいる姿を見るのはサキュバスさんも辛いんだ。

そんな二つの気持ちが心の中にあるときって、誰かに話したくなるのは、なんとなく分かる。

 「そんなことないです。私も、お姉さんがサキュバスさんやトロールさんに、妖精さんたちを大事にして欲しいって思いますし…

 大事なのは、お姉さんの苦しいのをどうにかして私たちが和らげてあげることなんじゃないかって、そう思います」

私がそう言うと、サキュバスさんの顔がみるみるうちに安心したような笑顔に変わった。

それに私もホッとしていると、サキュバスさんがクスっと笑い声をあげて言った。

「魔王様が仰っていた、人間様たちが答えをくれたというのは真実でしたのですね。人間様。あなた様はとても聡明で、お優しく、不思議な魅力のある方ですね」

急にそんなことを言われたものだから、私はなんだか恥ずかしくなって思わずうつむいてしまった。

 でも、そんなことはともかく…お姉さんが苦しんでいるんだ。

私とサキュバスさんが明るくしてあげて、すこしでもお姉さんがホッと出来るようにしてあげないといけない。

それに、昨日の夜にサキュバスさんとした話。

私たちは、お姉さんのそばにいる者として考えてあげないといけないんだ。

人間と魔族が仲良くなる方法とか、お姉さんが苦しくなくなる方法を…

「サキュバスさん、食事が終わったら、また一緒に外に行きましょう。畑をしながら一緒に考えなきゃ、お姉さんの助けになれるようなことを」

私は食事もそっちのけでサキュバスさんの目をジッと見てそう言った。

それを聞いたサキュバスさんはなぜだか本当に嬉しそうな表情で、短くてしとやかで、それでいて、なんだか少し子どもみたいに丸い声色で

「はい」

と頷いてくれた。




 

195: 2014/12/12(金) 19:14:41.78 ID:HqqR7x+So




 それから私とサキュバスさんは食事の片付けを済ませて、二体のゴーレムを連れてお城を出た。今日は妖精さんも一緒だ。

昨日、区画を区切っておいた畑は、夜の内にゴーレム達が一面に耕してくれていて、すっかり良い状態になっている。

でも、これだけだとまだダメ。畝を作って、お芋を植える準備をしないとね。私はその事をサキュバスさんに説明した。

するとサキュバスさんはゴーレム達によくわからない言葉で何かを伝える。それを聞いたゴーレム達はずしずしと畑の中に入って行って、畝を作る作業を開始する。

ゴーレムを動かすのも魔法、なんだよね。私もこんなことが出来たらいいなぁ。

「サキュバスさん、ゴーレムを動かす魔法って難しいんですか?」

私たちはクローバーの生えた場所に藁を編んで作った敷物をしいてゴーレムの作業を眺めているだけだったので、そんな話をサキュバスさんにしてみる。

「そうですね…物体使役の魔法はかなり複雑な術式が必要です」

やっぱりそうだよねぇ…

「お姉さん達が、寒かったり暑かったりしなくなる魔法が基礎だって言ってたんですけど、それなら私にも出来ますか?」

「どうでしょうね…確かに基本的なところではありますが…少し試してみましょう」

私の言葉にサキュバスさんはそう言うと、昨日と同じように三つ葉を一本プチっと抜き取った。

「これを手にお乗せください」

私は言われるがままに、三つ葉を手のひらに乗せる。

「ではまず…その三つ葉を浮かせるところから始めましょう」

う、う、浮かせる?!そんなことができるものなの!?私は思わぬことそう驚いてしまう。

「そんなこと、出来るんですか…?」

「防御魔法の基本は、自らの体を自然の力で覆うことにあります。

 力には大きく分けて光と風と土と水がございますが、暑さ寒さを防ぐには、光の力か風の力が良いと思います」

「私達羽妖精の一族は風と光の魔法が得意なんだよ!」

私とサキュバスさんとの話に、妖精さんがそう言ってパタパタと胸を張っている。そっか、光の力でオーク達に拐われたときも姿を消したり出来たんだね。

私はそんなことに納得したけど、でも一方でそんな力をどうやって扱うのかなんて想像すら出来ない。

「サキュバスさん、ごめんなさい、どんな風にやれば良いんですか?」

「そうですね…まずは、風の力の練習を致します。風と言うのは空気の流れ。すなわち、風の力とは空気を操る力です」

サキュバスさんはそう言うと、指先で宙にくるっと円を書くようなしぐさを見せた。

すると、私の手のひらの上にあった三つ葉が風を受けたようにくるりと一回転する。

「す、すごい!」

「ふふふ。基礎の基礎ですから、感覚さえ掴むことが出来ればきっとすぐに出来るようになると思いますよ」

思わず声をあげてしまった私に、サキュバスさんはそう言って優しく笑ってくれた。

 それから私はゴーレム達が畑を作っているのを見ながら、サキュバスさんと妖精さんに魔法の授業をしてもらった。

でも、手のひらの上に置いた三つ葉は一向に動く気配を見せなかった。

私の肩に手を置いて魔力の流れを感じてくれたサキュバスさんによれば、自然の力を操るための魔力はきちんと動いているって話だ。

それでも三つ葉が動かないのは、たぶん自然の力をうまくつかめていないせいだろうって、サキュバスさんは私に教えてくれた。

あとはとにかく、コツをつかむまで練習あるのみ、だって。
 

196: 2014/12/12(金) 19:15:03.45 ID:HqqR7x+So

 練習はある程度で切り上げて、そこからはお姉さんについて話した。でも結論だけで言うと、良い方法はこれっぽっちも浮かんでなんて来なかった。

私たちにできることって、なんだろう?

お姉さんの帰ってくる魔王城を守ること、お姉さんが安心できるこの場所を失くさないこと以外にできないような、そんな気がしてしまった。

 日が傾いてきたのでゴーレム達の作業を終えさせ、私達は西門の方へと戻る道を歩く。

私達を守るように、ゴーレム達が重そうな体でのしのしと地面を踏みしめていた。このゴーレム達は、サキュバスさんの魔法なんだよね…

あれ、でも昼間言っていた四つのうちの、どの魔法なんだろう?

「あの、サキュバスさん。ゴーレム達は土の魔法で動いてるんですか?」

私の言葉に、サキュバスさんはそう言えば、って顔をした。

「使役魔法は、特別なのですよ…これは、限られた一族にしか使えない…魔界の、謂わば神官のような一族の秘伝なのです」

「神官…?魔界にも神様がいるんですか?」

そう尋ねた私に答えてくれたのは妖精さんだった。

「魔界の神様は、人間の信じている神様とは違うんだよ!魔族にとっての神様って言うのは、自然そのものの事を言うんだ」

「自然、そのもの?」

「はい。自然を守り、命を育み与えてくれるたくさんの神々です。もっとも、信仰の文化だけで、神々が本当に存在していると考えているわけではありませんが」

「命を…」

「そうです。神官達の術は、命を操るものです。もちろん、氏した者を生かすことなど出来ません…しかし、仮初めの意思を宿らせることはできます。

 禁術の類いではありますが…例えばこのゴーレム達のように、氏した体を使役することも可能です。

 そのようなものを呼ぶ言葉が人間界にはありましたね…えぇと、たしか…」

サキュバスさんの言葉に、私はゴクリと喉を鳴らしてしまった。

「そ、その、それって…ゾンビ、ってこと?」

「あぁ、そうそう、その呼び名です。私達にしてみれば、ゴーレムの範疇なのですけどね」

私の背筋に一瞬走った悪寒を知ってか知らずか、サキュバスさんはいつものしとやかな笑顔でそう言い、続ける。

「命の力は扱いが難しいのです…もっとも、回復魔法はその一種ではありますが、これはまた少し別の扱いになりますね。

 怪我を治したり、昨日お見せした三つ葉を伸ばした魔法は生体の活性力を促すもので、命の力そのものを扱うと言うより、魔力を使って個体に直接働きかけます。

 そのため、広域に作用させることは難しいのですけどね。

 使役魔法の場合は、使役対象が損壊すればすぐにとけてしまう上、思い通りに使役するためには一体ずつ、慎重に術式を施さねばなりません。

 効率や労力を考えると、あまり使いどころがないと言うのが本当のところなのです」

ふ、ふぅん…なんだか途中からよくわからなかったけど…と、とにかく、難しいんだね…。

でも、じゃぁ、それを使えるサキュバスさんは神官の一族ってことなんだよね?

「もしかしてサキュバスさんって、魔界でもけっこう偉い人…だったりするんですか?」

私が聞いたらサキュバスさんは少し可笑しそうに笑って

「そうですね…私個人が偉いかどうかと言う問題を除けば、サキュバス一族は魔界でも古くから続く伝統ある一族ではありますね。

 サキュバスと言う魔族の事をご存知ですか?」

と私に聞き返してくる。サキュバスって、夢に出てくる、なんて話は聞いたことあるけど…具体的にどんななのかはよくわからない。私はそう思って首を横に振る。

するとサキュバスさんはまたクスッと笑って言った。
 

197: 2014/12/12(金) 19:15:50.07 ID:HqqR7x+So

「サキュバス族は人間界では淫魔とも夢魔とも言われ、人の精力を奪うと言われているようですが…あながち間違えではございません。

 私達は確かに魔力を使って活性力を奪うことも出来ますし、反対に与えることも出来ます。人間界で言われるインキュバスも私達のことです。

 命の力を扱う一族として、私達には性別などはありません。母なる者として宿すことも父なる者として宿らせることも出来てしまうわけです…

 人間様にとってだけでなく、魔族にとってもこれは大変奇妙で不気味な事実であることでしょう」

またちょっと難しかったけど…要するに、サキュバス一族って言うのは、男の人でも女の人でもあるってことだよね?

私はサキュバスさんの話を理解してふと、サキュバスさんを見上げていた。

 きれいで透けるような白い肌。赤とも茶色とも取れない髪の色。頭に生えているちょこんとした角。

絵物語に出てくる「悪魔」っていうもののようなサキュバスさんの出で立ちだけど、私はもうひとつ、別のことを考えていた。

「悪魔」と「天使」は、大昔は同じ存在だった、って話のことだ。確か、天使にも男と女がないんだって聞いたことがある。

もしかしたら、天使っていうのは最初の勇者様が大陸を二つに分けたときに、人間界にいたサキュバスさん達の一族のことだったんじゃないかな?

もしそうだったとしたら、おかしな話だよね。山のこっち側にいたから聖なる天使で、山の向こう側にいるから悪魔だの、淫魔だのって呼ばれちゃうなんて…

そもそもは同じだったかも知れないのに…

 そんなことを考えていたら、サキュバスさんが不思議そうな表情で私の顔を覗き込んで来た。

「あ、い、いえ…なんでもないです!」

私が慌ててそう返すと、サキュバスさんは首をかしげて、でも笑ってくれた。

 魔王城に戻った私たちは、花壇に埋めたトロールさんの石の様子を見た。サキュバスさんの話だと、あと一晩もすればいいんじゃないかってことだ。

それを聞いた私は、やっぱり心からホッと安心するような心持ちになった。

それから私は妖精さんとサキュバスさんと一緒に台所に行って、夕食の準備を始めた。

そろそろお姉さんが戻ってくるはずだし…正直、不安だった。

また血だらけで帰ってきたらどうしよう、って思いが頭から離れなかった。

 鳥肉と野菜を煮込んだスープと魔王城の庭になっていた真っ赤で赤い果物を切り終えた。この果物、人間界では見たことがない。

サキュバスさんはリンゴって呼んでた。少しだけかじってみたら、人間界で言うところのアップルの実と同じ感じだ。

でも魔王城のこのリンゴはアップルよりも一回り以上大きくて、きれいな赤の実。人間界のアップルは大人の拳より小さいくらいで、緑と赤の中間の色をしてた。

あとはパンが焼け上がるのを待つだけ。
 

198: 2014/12/12(金) 19:16:31.56 ID:HqqR7x+So

 私は香ばしい匂いを嗅ぎながら、胸の中の不安を一生懸命ごまかそうとしていると、突然バタン、と音がした。

見ると、台所のドアを開けたお姉さんが立っていた。

「魔王様!おかえりです!」

「お帰りなさいませ、魔王様」

「お姉さん!」

妖精さんとサキュバスさんの挨拶の返事を待たないで私はそう叫んで弾かれたみたいに駆け出してお姉さんに飛びついた。

「おっと!あはは、ただいま。良い匂いだな!あたし、腹減っちゃったよ!」

お姉さんは私を抱き留めながら、そんなことを言って笑ってる。

その顔を覗き込んでみると、お姉さんは穏やかな笑顔を浮かべていた。

良かった…今日は、ひどいことにはならなかったんだね…よかった、お姉さん…

そんな私の気持ちを感じてくれたのかどうか、お姉さんは私を見つめ返してきて、ゴシゴシと頭を撫でまわしてくれる。

革の手袋はつけたまま、だったけど。

「もう食べれそうかな?」

「うん、パンが焼きあがれば」

「そっか、なら、あたしは着替えを済ませてくるよ。ダイニングに運ぶ準備しておいて」

「分かった!」

私はとにかく元気にそう返事をしてお姉さんの腕から飛び降りた。

「では、人間様、お願いいたします。私は魔王様の御召し替えに着いて参ります」

「えぇ?着替えくらい一人で出来るって!子どもじゃないんだぞ!」

「そう仰らないでくださいませ。主の遣えるのが従者たる者の役目にございます。ささ、行きましょう」

「あぁ、もう!わかったって!」

サキュバスさん連れられて、お姉さんが台所を出て行った。その後姿を見送ってから私の肩に、妖精さんが降りてくる。

「さ!準備しよう準備!」

妖精さんの明るくて、うれしそうな声が聞こえてくる。お姉さんが元気に帰ってきてくれて、私と同じように妖精さんもうれしかったんだなってそう感じて

私もなんだかますますうれしくなった。

「うん!お姉さんにいっぱい食べてもらわないと!」

私は掛け声みたいに大きな声で、妖精さんにそう返事をした。



 

202: 2014/12/13(土) 04:05:38.84 ID:9RyEwb7Fo





 夕食を取りながら、私たちはお姉さんから今日の話を聞いた。

お姉さんは、南の城砦都市に向かった。

そこでは、昨日の北の城砦都市での出来事が既に伝わっていて、厳重な警戒態勢に入っていたらしい。

そのため、お姉さんは今日は一日情報収集にあたっていて、南の城砦都市の司令官と会うことができなかったようだった。

私はそれを聞いて、ホッと胸をなでおろした。

 うまくいかなかったとはいえ、またお姉さんが傷つくようなことがなくて良かった。

でも、だからといってお姉さんのやらなければいけないことが変わるわけでもない。

お姉さんは明日も南の城砦都市へ行って、撤退の勧告をするつもりでいる。

それを止めることはできない。魔界にいる人間の軍隊が、魔族たちの生活を苦しめているのは本当だろう。

それを黙って見ていることなんて、お姉さんにできるはずがない。

お姉さんは…約束をしたから…

 夕食を終えて、私はサキュバスさんに言われて早めにお風呂に入った。

私が上がる頃にお姉さんが代わりに入ってきて、すこし残念だったけど、お姉さんは私に

「今日は一緒に寝ような」

って言ってくれた。

一緒に寝てくれるってことも嬉しかったけど、そう言えるお姉さんが、昨日のことを乗り越えようって思っているんだ、っていうのがわかったことが嬉しかった。

 寝室に戻って、寝る前の身支度を整えていると、コンコン、とドアをノックする音が聞こえて、サキュバスさんが部屋に入ってきた。

「あ、サキュバスさん」

「人間様、今少し、お時間をいただいてよろしいでしょうか?」

サキュバスさんは、たおやかに私なんかに向かって一礼をしてそんなことを聞いてくる。

「え、あっ…い、いいですけど…どうしたんですか?」

戸惑う私に、サキュバスさんはニコっと微笑んで言った。

「魔王様のことで、ご相談が」

「お姉さんのこと?」

「はい…できたら、明日の出立前に、魔王様にお願いしていただきたい次第がございます」

サキュバスさんは、私の目の前まで歩み寄ってきてそう話を始める。

「お姉さんに、お願い、ですか?どんなことを?」
 

203: 2014/12/13(土) 04:06:18.66 ID:9RyEwb7Fo

「一緒に、南の城砦都市へ連れて行って欲しい、と」

「わ、私が一緒に、ですか!?」

「はい」

「私も一緒に行くよ!」

急にそんな声が聞こえて、どこからか妖精さんが姿を現した。

「ど、どういうことですか?」

ワケがわからずそう聞いたら、サキュバスさんは、少しだけ表情を険しくした。

「魔王様は、明日、ことがうまく運ばねば、強硬手段に踏み切るおそれがあります…それは、魔王様の御身をさらに追い詰めるようなことになると思えてならないのです」

「強硬手段?」

「はい…御召替えの最中に仰っておられました。魔族を数え切れないほど頃して来た自分が、今更人間を斬ることをためらうのもおかしな話だな、と」

それを聞いて、私はお風呂場で聞いたお姉さんの言葉を思い出した。

今日は一緒に寝てくれるって、お姉さんはそう言った。

私はお姉さんが昨日のことを乗り越えようとしているんだな、なんて思ったけど…もしかしたら、違うのかもしれない。

お姉さんは、何かを諦めようとしているんじゃないのかな…?

人間であることを諦めようとしてるの…?それとも、命を救うことを諦めるの?違う、違う気がする…でも、サキュバスさんの話を聞いてしまったら、

さっきお風呂場で言われた言葉は、乗り越えようだなんて前向きな言葉じゃなくって、まるでヤケになっている言葉に思えてしまう。

ううん、実際に、そうなのかもしれない。

「魔王様の魔族へのお気遣いは大変嬉しく思います…ですが、力を振りかざせば先代様の二の舞となりましょう。

 そうでなくても…昨日のようなことを魔王様が繰り返せば…魔王様ご自身が、何か大切なものを失われてしまいそうで…」

サキュバスさんはそこまで言うとうつむいた。

サキュバスさんも、私と同じことを感じているんだってことが伝わってきた。

お姉さんは、魔族のことを考えて、魔族を助けるために、何か自分の大事な物を諦めようとしているんだ…

そんなのは…違うんじゃないかな…

たとえ世界が平和になっても、お姉さんが笑顔になれないのなら…私は、そんな平和を望みたくなんてない。

でも、でも…

「で、でも、私が一緒に行っても、足でまといにしかなりませんよ…!?一緒に行くなら、サキュバスさんの方が…!」

私はこれまでのことを思い出してそう言っていた。

トロールさんは私を守るために大怪我をして石になってしまった。

オークに捕らわれて騎士長さんは身を挺して私を守ろうとしてくれたし、助けに来てくれたお姉さんに迷惑をかけてしまったし

私は、自分の力で戦うことも逃げることもできない…

「いいえ、私はこの城を守る必要がございますし、魔族の私がお供したとしても問題がこじれるばかりかと思います。

 それに、人間様に魔王様を手助けしていただこうと考えているわけでもありません。

 ですが、魔王様は人間様とご一緒なら、無茶なことをされないと私は信じています」

サキュバスさんは、私の目をジッと見て言った。

「あなた様は、魔王様の大切な道しるべ…。魔王様はあなた様と共にあれば、大切なものをなくさずに済むと、そう信じています」
 

204: 2014/12/13(土) 04:06:52.44 ID:9RyEwb7Fo

お姉さんの、大切なもの…

私と一緒にいれば失くさない、大切なもの…?

私はふと、それが何か、と思考を巡らせていた。

でも、その答えが見つかるよりも先に、サキュバスさんが私に聞いてきた。

「いかがでしょう…?私の代わりに、魔王様と共に向かってはいただけませんか?」

「人間ちゃん、大丈夫!私も一緒に行って、人間ちゃんを守るからね!もしものときは姿を消せる魔法で隠れればいいし、

 私が一緒に行けば、サキュバス様と交信して助けに来てもらえるから!」

サキュバスさんの言葉に、妖精さんがそう言って続ける。

お姉さんの大切なもの、ってなんだろう、まだわからないけど…

でも、私が着いていくことでそれを守れるのなら、私はお姉さんと一緒に行く。

だってそれは、いつもお姉さんに守られてばかりの私が、やっとお姉さんのためにしてあげられる小さな“何か”かもしれないんだ。

 私は、サキュバスさんの目を見つめ返して頷いた。

とたんに、サキュバスさんの顔がほころんだ。

「ありがとうございます。どうか、魔王様をよろしくお願いしますね」




 

205: 2014/12/13(土) 04:07:45.42 ID:9RyEwb7Fo

つづく。


これで一回分のアップ量になったかな…

時間かかってすんません。
 
幼女とトロール【第三話】

引用: 幼女とトロール