815: 2015/10/01(木) 00:29:57.48 ID:lJylOm/go

幼女とトロール
幼女とトロール【第二話】
幼女とトロール【第三話】
幼女とトロール【第四話】
幼女とトロール【第五話】
幼女とトロール【第六話】


皆様ご好評ありがとうございます!
一年書いてきて良かったです…!

ってなわけで、いつものアレ。
後日談の導入です。
 

816: 2015/10/01(木) 00:30:30.05 ID:lJylOm/go



 どこまでも青く広がる空。

高く漂う雲。

強い日差しに、鼻をくすぐる不思議な香り。

 ガタゴトと行く馬車を引く馬は、流石に少しくたびれている様子だけど、それももうすぐそこの街までだ。

 「おぅし、もうちょっとだ、頑張ってくれよぉ」

十六号さんがそう言って、御者台へと身を乗り出して馬に水筒の水を掛げている。

「おいおい、嬢ちゃん。悪いね」

御者のおじさんがそう言って笑い声をあげた。そんな御者さんに十六号さんはニカッと眩しく笑って

「馬も暑いだろうしな!」

なんて言い、目を細めて太陽を見上げた。

 「んん、この匂い、さっきから何?」

妖精さんが鼻をスンスンと鳴らして誰となしにそう聞く。

「これは潮の香りだよ。海の匂い」

そんな妖精さんに、大尉さんがなんだか楽しそうに応えた。

「私、海なんて初めて!もう見えて来るかな?」

「あぁ、もうじきだ。この丘を越えるときの眺めが格別だぞ!」

私の言葉に、御者のおじさんが振り返ってそう教えてくれる。

私はその言葉になんだか心が踊ってしまって、そんな気分を分け合いたいのが半分、そして、緊張を解いてあげたいって気持ちが半分とで、

さっきから押し黙っている竜娘ちゃんに

「ね、海だって、海!早く見たいね!」

と話を振ってみる。すると竜娘ちゃんはハッとしたように私を見やって

「そ、そうですね!」

なんて下手くそな作り笑いを浮べて見せた。

 緊張しちゃうのも無理はないけど…

でも、せっかくの旅なんだし楽しい方がいいのにな、なんて思って妖精さんに目を向けて助けを求めてみたけど、妖精さんは苦笑いを浮べて肩をすくめるだけだった。

 半月前、元の魔王城に一通の手紙が来た。それは、大陸各地を巡って情勢を視察している隊長さん達の巡検班からで、内容は一言、

「王国北部、翡翠海の港街にて、彼の人の情報あり」

だった。
Lv1魔王とワンルーム勇者 1巻 (FUZコミックス)
817: 2015/10/01(木) 00:31:05.17 ID:lJylOm/go

 それを見るなり、お姉さんは私と妖精さんを呼んで、すぐにでも竜娘ちゃんと一緒にその翡翠海の港街に行ってくれないかと頼んで来た。

事情を聞いた私と妖精さんは反対するはずもなく、お姉さんに言われて警護役に立てられた大尉さんと、

それから野次馬で着いて行くと言い出した十六号さんに当の竜娘ちゃんとの五人で元の魔王城から通商隊の荷車に載せて貰う形で出発した。

 それから街から街へ、村から村へ、荷車や馬車を乗り継いで、今日こうしてようやく、翡翠海の港街って言うところにたどり着く。

ここは、もともと人間界だった地域で、大陸の北端にあたる。大尉さんの話では、一年中暑くて、冬は来ないくらいなんだという。

私はそんな気候があるだなんて信じられなかったけど、これだけ暑いとそれも頷ける気がした。

 「お、そろそろだな」

御者のおじさんがそう言う声が聞こえたので、私はピョンと飛び上がるくらいに興奮してしまって、妖精さんと十六号さんと一緒になって、御者台に身を乗り出した。

 丘の頂上に差し掛かった馬車から見えたのは遥か彼方まで広がる、翡翠色のまるで草原みたいに綺麗に輝く、湖よりもずっとずっと広大な何か、だった。

 「これが…海…!」

「すっげえぇぇ!」

「きれいだねぇ…!」

私達は、三者三様の感想を口にして、それでも、お互いの顔を見やったら、どれもおんなじ様な驚き顔だったものだから思わず笑ってしまった。

「ははは、そうだろう。これでもいろいろ回ってるが、ここの海ほど透き通ってるのは見たことがねえ。翡翠海の名の通り、まるで宝石だ!」

私達にそう言った御者のおじさんも、なんだか嬉しそうな顔をしている。何はともあれ、もうすぐ目的地だ。早く見つかるといいな…!

 私は、相変わらず硬い表情のままジッと空を見上げている竜娘を見て、そんなことを思っていた。

  馬車がようやく港街にたどり着いた。私達は御者のおじさんにお礼を言って馬車を降り、賑やかな街の通りをそぞろ歩く。

 あちこちに見たことのない建物や看板、お店に果ては食べ物まであって、それだけで私は自然と足取りが軽くなる。

「あ!た、大尉さん!あの建物はなんですか!?」

妖精さんがそう言って、通りの向こうに建っていた小さな宮殿の様な建物を指差して聞く。

「あぁ、あれは旅亭って言って、中流の貴族なんかが使う宿だよ。この辺りは観光業が盛んで、貴族や王族みたいに金を持ってる連中が遊びに来たりすることが多いんだ」

大尉さんは妖精さんの質問にそう答えながらも、手元に広げた羊皮紙に目を落としている。

「ん、なんだ、この匂い…?なんかを焼いてるのか?」

「あぁ、これはすり身の魚を燻てるんだよ。練り干し、って言ったかな?ほら、あそこの棒みたいなやつ」

「あれか!なんだか旨そうだな…よし、宿が見つかったらあれ試そう!」

興奮した様子の十六号さんを相変わらず地図に目を落としたままにやり過ごした大尉さんは、ややあってその地図を閉じ、通りの先を眺めて、

「たぶん、あそこの茶色の屋根がそうだね」

と指を指して言った。

 確かにそこには二階建ての茶色い屋根をした建物がある。看板も掛かっているようだけど、今のところからだと良く見えない。

「そこに隊長のおっちゃんがいるの?」

十六号さんをが聞くと、大尉さんは今度は十六号さんを見やって

「うん、たぶんそのはず。零号ちゃん達も一緒だと思うよ」

なんて言って笑った。
 

818: 2015/10/01(木) 00:31:35.72 ID:lJylOm/go

 勇者様との戦いのあと、大陸の情勢を把握するために隊長さんはじめとする諜報ブタイノ人達や虎の小隊長さんたち元魔族軍の突撃部隊を中心とした巡検隊が作られて、

今も大陸各地を回りながら情報を集めている。全部で12班あって、その中でも隊長さんは一班の班長さんだ。

 実は、その巡検に零号ちゃんが同行している。お姉さんの言葉を借りれば、

「あんたには世界を見ておいて欲しい」

とのことで、最初は寂しがってずいぶん渋っていた零号ちゃんだったけど、十四号さん隊長さんの班に入ったことや、

同じく一緒の班を組むことになったもともとは豪鬼族、って言う、鬼の戦士さん達の一族の亜流?氏族で、

鬼の一族よりも強力な戦闘術を使う魔族だった金獅子さんって女の戦士さんと仲良くなってからは少し元気になって、四人でお城を出発して行った。

 それからかれこれ一年になる。久しぶりに零号ちゃんに会えるというのも、この旅の楽しみのひとつだ。

 私達は馬車の行き交う通りを渡ってその建物へと歩いて行く。すぐそばにまで近付くと、そこには「食事処・旅宿場」と書かれた看板が下がっていた。

どうやら一階は食堂、二階が宿屋になっているらしい。お姉さんと一緒に旅をしていた頃にはこんな宿屋にも良く泊まった。確か、砂漠の街の宿屋もこんなだったっけ…

砂漠の街は、今は復興の真っ最中だ。あの晩、中央山脈が崩れたせいで、砂漠の街は大きな地揺れに見舞われて、多くの建物が倒壊したらしい。被害者も大勢出たと聞いている。

幸い、急激に解けた中央山脈の万年雪はあの砂地に吸収されて大水には遭わなかったようだ。

 中央山脈の崩壊で受けた被害は、人間界で特に甚大だった。魔界では中央山脈のある東側から人間軍の侵攻があったため、

多くの魔族は魔界の西に避難していて難を逃れたようだった。

 カランコロンと鳴子の音を鳴らして、大尉さんが食堂のドアを押し開けた。中は板の間に質素なイスとテーブルが並ぶ、どこにでもありふれたような佇まいだ。

違うといえば、ホールの隅に、この地方のものらしいなんだか麻糸を編んだ布の様な表皮をした幹を持つ、笹の様な葉の観葉植物らしい物が置かれていることくらいだ。

「おう、なんだ、思ったよりも早いお着きだな」

「幼女ちゃん!十六お姉ちゃん!」

そんな声がしたと思ったら、目にも止まらぬ速さで何か黒い塊が私達に突撃して来た。十六号さんが抱きとめたその黒い塊は、もちろん零号ちゃんだ。

「久しぶりだな、零号!背、随分伸びたじゃないか」

十六号さんがそんなことを言って、お姉さんと同じように長く伸びた零号ちゃんの黒い髪を撫で付ける。零号ちゃんは十六号さんの胸元に頬を擦り付けながら

「あのね!剣術もうまくなったんだよ!金獅子のお姉ちゃんに教えてもらったんだ!」

なんて、甘えるような声を出している。

「あはは、そっかそっか。それなら、あとで手合わせして貰わなきゃな」

十六号さんも、そんな零号ちゃんの髪に頬擦りしながら答えた。
  

819: 2015/10/01(木) 00:32:15.07 ID:lJylOm/go

「まったく、あの領主サマも随分な人だよ。こんな小さい子に世界を見て来い、だなんてさ」

 そう言ったのは、テーブルに着いて木彫りのジョッキを手にしていた、金髪のとびきり美人の女の人だ。

歳はお姉さんよりも少し上くらいに見えるけど、実際は隊長さんの一つ下くらいだって言っていた。

 この人がかつて豪鬼族最強の戦士「金獅子」なんて呼ばれていた人らしい。

強いのかどうかは、戦いを知らない私には分からないけど、一度、金獅子さんが私が両腕を広げたくらいある刃幅の大斧を、

魔法が使えなくなってからだったというのに軽々と操って舞った演舞は、圧巻の一言だった。

「がははは!まぁ、あの人も苦労人だからな。あの人しか見えてねえ大事なもんでもあるんだろう」

そんな金獅子さんに、隊長さんは臆面なく笑ってそう言った。

「幼女ちゃんも遠路遥々、ご苦労様。疲れてないかい?」

不意に、十四号さんが私にそう優しく声を掛けてくれる。途端に私は全身がカチコチになって、顔が熱くなるのを感じながら、

「だだだ大丈夫でしたよ!」

なんて、上ずった声を上げてしまってみんなに笑われてしまった。もう…恥ずかしい…

 そんな私をよそに、妖精さんが隊長さん達を見て

「わっ、隊長さん達はお食事中ですね?」

なんて声をあげた。それを聞いた十六号さんも零号ちゃんを抱いたまま

「え?!あ、そうだ、隊長さん!表の練り干しってやつ、ご馳走してくれよ!」

なんて頼みだす。それを聞いた隊長さんは、またがはははっと勢い良く笑って言った。

「なら、食いながら話そう。例の尋ね人は、どうやらこの街にいるようだからな」


 

820: 2015/10/01(木) 00:32:44.39 ID:lJylOm/go

つづく

 

828: 2015/11/07(土) 13:46:12.01 ID:wlHWTXrso





 「んんっ!この焼き物、これなんだ?」

「小麦を溶いたところに、お肉と野菜が入ってるんだよ!」

「それは食べればわかるよ!」

「このかかってるソースも美味しいです!」

「あぁ、確か何かを煮詰めて作るんだと言ってたな…えぇと、タマネギと麹と、なんだったか…」

十六号さんが焼き物をほおばってそう言い、

零号ちゃんがそれについて説明をしたので

私にそれが言葉を挟んだら

妖精さんが二口目を口に運んで舌なめずりをして言い、

それを聞いた隊長さんがそんな話をしてくれる。

 お姉さんと旅をしていた頃も、それからお城での生活になってからも、美味しいものはたくさん食べさせてもらったけど、

この鉄板で焼いた不思議な焼き物の香ばしさと味わい深さったらない。

それこそ、溶いた小麦粉にお肉と細かく刻んだ野菜が入っているだけのように見えたけれど、この味はそれだけでは出ないような気がする。

きっと、何かとっておきの下味を付ける出汁を使っているに違いない。

「まったく、どっちが子どもなんだか分かりゃしないね」

金獅子さんは、妖精さんにソースのレシピについてを思い出そうと頭を捻っている隊長さんの様子に、竜娘ちゃんの方を見やって肩をすくめて苦笑いをして見せる。

「あ、その…いえ…」

竜娘ちゃんは相変わらず緊張した様子だ。

「あぁ、もう!隊長!ソースも良いけど、早く話!」

そんな隊長さんにしびれを切らしたのか、大尉さんが珍しく隊長さんに命令っぽい口調でそう促す。

すると隊長さんは

「あぁ?」

なんてとぼけた反応をしながらも、手早く目の前のテーブルを片付けて、そこに一枚の羊皮紙を広げて見せた。

 「これが、例の?」

「あぁ、そうらしい」

大尉さんの言葉に、隊長さんはそう訳知り顔で返事をする。

 その羊皮紙には、

「拉致要人救出計画書」

と言う題名が書かれ、その下には細かい文字に難しい言葉でなにやら書き込まれていた。
 

829: 2015/11/07(土) 13:46:50.24 ID:wlHWTXrso

「うん、確かに、王下特務隊の資料に間違いないね…」

と呟いた。そんな大尉さんに、金獅子さんが

「あんた達は元々、人間軍の諜報部隊だったんだろう?その王下特務隊ってのとは違うのかい?」

と尋ねる。

「うん。私達は、国王軍に所属する諜報活動を主任務として敵地への潜入や偵察なんかをやってた部隊。

 王下特務隊は同じく諜報活動をする組織だけど、軍部じゃないんですよ。国王直下の純粋な諜報組織で」

さしもの軽々しい大尉さんをもってしても、金獅子さんには敬語を使わないではいられないようだ。

だけど当の金獅子さんは、そんな大尉さんの説明に興味なんてなさそうに、ふぅん、と鼻を鳴らしたっきり、その話をやめにした。

代わりに金獅子さんは妖精さんや十六号さん達と食事の話に戻ってしまっていた隊長さんをチラっと睨みつけると

「まぁ、とにかく…」

と呟いた。とたんに隊長さんが

「痛ぇっ」

と悲鳴をあげる。見れば、テーブルの下で隊長さんは金獅子さんにしたたかに足を踏みつけられていた。

「詳しい説明、してやんなよ」

「あーあー、わかったよ」

 十六号さん達と盛り上がっていた隊長さんは、迷惑そうな表情を浮かべてそう言い、イスに腰掛け直して話を始める。

「ひと月前のことになるが、王都から西へ行った城塞都市で、偶然三班の連中と一緒になったんだ。大陸西側の拠点としては、あの街は都合が良かったからな。

 他の班のやつらもあの街を度々利用はしていたんだが…」

巡検隊の第三班は、女戦士さんと鬼の戦士さんが配属された班だ。

「で、やつらが見つけてきたのがその王下特務の諜報隊が作成した資料だ。

 『特級要人奪還作戦指示書』…後半に、その後の移送順路まで細かに指示がある」

隊長さんはそう言って資料を顎でしゃくった。

それを見て、私はもう一度資料に目を落す。

 確かにそこには、『特級要人』という人を奪還する作戦と、そしてその後の措置についてが事細かに書き込まれている。

措置の項目にさらによく目を通すと、そこには王都から北の城塞都市への移送が指示されていて、さらにそこからこの翡翠海の港街までの道筋も示されていた。

「俺達は王都西部城塞でそいつを見て、まず城主サマへあの手紙を送って、その足でここへ発った。

 道中、情報をかき集めて足取りの裏は取ってある。

 この街にたどり着いていることは間違いはない。

 だが、俺たちがここに着いたのは三日前で、まだロクに調査もできちゃいねえから、その後の足取りは追いきれてねえ。

 もしかすると、この街からどこか他所へ移っていないとも限らん。その点も含めた調査をして行く必要がる」

隊長さんは、そう言って空になったジョッキを控えめにテーブルに置いた。
 

830: 2015/11/07(土) 13:47:21.31 ID:wlHWTXrso

「まあとにかく、俺達はもうニ、三、見て回らなきゃならねえ町や村がある。捜索にそう時間は割けねえから、来てくれて助かったよ。

 そこにある『特級要人』の容姿も俺達は知らねえしな」

「うん…見かけを知っていた方が探しやすいもんね」

私は隊長さんの言葉にそう応えて、相変わらず固まっている竜娘ちゃんを見た。

彼女は、ハッとして私を見ると、

「そ、そうですよね…」

とかすれた小さな声で言った。

まぁ、仕方ないよね…私も竜娘ちゃんの立場なら、いろいろと思い悩むに違いないし…

ここはなるだけ、そっとしておいてあげよう。

 「あぁ、それとな。このチビも一緒に連れ回してやってくれ」

私が竜娘ちゃんに視線を向けていたら、不意に隊長さんはそう付け加える。

見れば、隊長さんは柔らかな笑顔で、練り干しの串を両手に握り締めている零号ちゃんに頭を振っていた。

「零号ちゃんを?」

隊長さんの言葉に、大尉さんがそう反応する。

「ああ。もうじき一年だ。こいつも、あそこが恋しいらしくてな。尋ね人が見つかったら、一緒に連れて帰ってやってくれ」

「私ね、本当はもう少し見て回りたいなって思うところもあるんだけど、でもやっぱり早く姫ちゃんに会いたいんだ!」

零号ちゃんは、満面の笑みでそう言う。

「そっか。あんたが出立してすぐだったもんなぁ、産まれたの」

十六号さんがなんだか感慨深げにそう口にした。

 そう、お姉さんはあの戦いからしばらくして、一人の赤ん坊を産み落とした。

お姉さんと同じ癖のある黒い髪で、それから、瞳は琥珀のように輝く栗色の、大きな声でギャンギャン泣き続ける、とっても元気な女の子だ。

 そんな零号ちゃんと十六号さんの話を聞きつけた隊長さんはふと、

「しかしなぁ…話を聞いたときには驚いたもんだ」

なんて言葉を漏らし始める。

「そうだねぇ、まさかそうなってるとは…あたしもびっくりしたよ」

大尉さんもそう言って微妙な表情を浮べてコクコクと頷いた。と、それを聞くや

「あれはなぁ…最初に見たときはもう、怖かったし痛かったしでもう…」

なんて言って、十六号さんが身震いを始める。

「へぇ?こっちじゃぁ、割と有名な話だったけどね」

金獅子さんは、逆に三人の反応が不思議なようで、首を傾げながら言う。

「私は知らなかったですよ…」

そんな金獅子さんの言葉を聞いて、妖精さんはそう言って苦笑いを浮かべた。
 

831: 2015/11/07(土) 13:48:15.51 ID:wlHWTXrso

 「それ、なんのこと?」

そんな大人達の様子に、零号ちゃんがポカンとした表情で尋ねる。

「あぁ、いや…まぁ、難しい話だ」

「そ、そうそう、大人の話ね」

「あれは…怖かったなぁ…」

「でも、大事なことだよ。そのうち教えてあげるさ」

「ま、まぁ、二人が幸せなら、いいですよね…ね?」

零号ちゃんの言葉に、大人達と十六号さんがなんだかちょっと強張った表情で口々にそう言って

「そ、そう言えば、この辺りのお酒ってどうなの?」

「ん、玉蜀黍で作ったってのが主流らしいな」

「あの強いやつだね。あれくらいの酒精があるのは結構好みだよ」

「辛いお酒は苦手ですよ」

なんて、一気に話題を変えに掛かった。

 話をはぐらかされてしまった零号ちゃんはなんだか不満そうな顔をしていたけど、

すぐさま十六号さんが差し出したチーズとベーコンに玉葱を生地の上に乗った焼き物を口にしてキラキラの笑顔を取り戻していた。

 すっごく遠回しだけど、私には何の事かはおおよそ検討が着いていた。お姉さんの赤ちゃんの「お父さん」のことだろう。

いや、そう呼ぶべきかどうかは曖昧だね…その、つまり、「お父さん」じゃなくて、「種たる母」、のことだ。

 要するに、赤ちゃんのお母さんであるお姉さんは、「種たる母」でもなり得たサキュバスさんとの間に、姫ちゃんを産んだんだ。

そんなことを聞かされたら、人間界に住んでいた人なら誰だって少しは驚くにきまっている。

だって、赤ちゃんは結婚した男女の間にしか出来ないものだって、そう考えるのが普通だからだ。

 愛し合う男の人と女の人が夫婦になれば赤ちゃんが出来る。赤ちゃんって言うのがどうやって出来るのかは大人は教えてくれないけど、

でもとにかくそれは男の人と女の人じゃないとダメなことで、女同士のお姉さんとサキュバスさんに赤ちゃんが出来るのは不思議なことなんだろう。
 

832: 2015/11/07(土) 13:49:47.51 ID:wlHWTXrso

 そう言えば…

 そんなことを考えていて、私はふと、いつだったか皆でお風呂に入ったときのことを思い出した。

確かあのとき、私はサキュバスさんが服を引き剥がされた瞬間に、妖精さんに目隠しをされて何にも見えなくなった。

だけど、サキュバスさんの裸を見たお姉さん達は、何だかとっても驚いていた。

 もしかしたら、サキュバス族の人達は、何か特別な体をしていたのかも知れない。

きっとその特別な何かがあって、それは種たる母になるために必要な物で、そのおかげで女同士でも赤ちゃんを作ることが出来たんじゃないだろうか?

 でも、じゃぁ、その何かって何だろう…?赤ちゃんを作るために必要な物…もしかしたらそれが分かれば、赤ちゃんを作る仕組みも分かるかもしれない…

「あぁ、指揮官ちゃん」

不意に、金獅子さんがそんなことを頭に巡らせていた私に声を掛けてきた。ハッとして金獅子さんを見やったら、金獅子さんは曖昧な笑みを浮べて

「これ以上は大人が困っちゃうから、やめてちょうだい」

なんて言った。

 どうやら、考えていたことが顔に出ていたらしい。そう言えば、いつもこん話になると大人は皆何だか困ったような顔をする。

知りたいのはやまやまだけど、困らせるようなことはしたくはないかな…

 私はそう思って仕方なく

「はい」

と控え目に返事をしておいた。そしたら金獅子さんはクスっと笑って

「お年頃だしね…私の任務が終わってあそこに戻ったら、ちゃんと全部説明してあげるよ。それまでは我慢だ」

なんて言ってくれた。

「はい!」

私はそう言ってもらえたのが大人の仲間入りができるようで嬉しくて、思わず大きな声で返事をしてしまっていた。

 「まぁ、それはさておき、話を戻すとだ」

 そう言えば、随分話が横道に逸れちゃった。

私は気を取り直して隊長さんの話に意識を戻す。

「俺達は、明日にはこの街を出る。手を貸してやれねえからな。しっかり頼むぞ」

そう言った隊長さんは、緊張で固くなりっぱなしの竜娘ちゃんを見やってニヤリと笑みを浮かべた。



 

833: 2015/11/07(土) 13:50:17.99 ID:wlHWTXrso




 それから、私達は宿の中部屋に入った。

女ばっかり五人の旅だったからどこの街でもこんな感じだったけれど、今晩はお風呂に入って出てきた頃合いで、部屋に零号ちゃんがやって来た。

 「十六号お姉ちゃんと一緒に寝るんだ!」

と言い出した零号ちゃんを、十六号さんはいつもやってたみたいに受け入れて、狭いベッドに体を押し合って潜り込んでいる。

「あぁ、零号は本当に大きくなったな」

「そう?髪の毛は長くなったけど…」

十六号さんの言葉に、零号ちゃんはそんなことを返しながら、

「十六号お姉ちゃんのお胸はおっきくなってないね」

なんておどけて付け加える。

「いいんだよ、アタシはこれで」

「でも、旅に出る前の頃はお姉ちゃんはドーンってなってたよ?」

「ありゃぁ、身ごもってたからだろ?」

「身ごもる?」

「赤ちゃんがお腹にいると、そりゃぁ胸だって張るんだよ」

十六号さんは零号ちゃんとそんな話をしながら、前のように腕枕をしてあげている零号ちゃんの髪を優しく撫で付けている。

 「ほら見て!隊長に仕入れてもらったんだ、昼間言ってた玉蜀黍のお酒!妖精ちゃんもどう?」

「うぅ、私、辛いのは苦手ですよ」

「ふっふっふー、そう言うだろうと思って、良い割り方を聞いてきた!この檸檬の果汁水に、砂糖をひとつまみして、お酒をドボドボっと…はい、これ試してみて!」

「んん、わかりました…んっ…んん!?これ、美味しいですよ!?」

「でしょ?お酒に甘いのを混ぜる飲み方はそっちにはあんまりなかったみたいだしね」

大尉さんと妖精さんは、まだベッドには入らずに部屋の隅のテーブルではしゃぎながらお酒を飲み交わしている。

赤ちゃんが出来る仕組みは早く知りたい気がするけど、お酒はまだ飲めなくってもいいかな…

楽しそうなんだけどね、何だか、自分が酔っ払うっていうのはちょっと怖い感じがするし…ね…

 それにしても昼間はあんなに暑かったのに、夜になると涼しい風が通り抜けていって気持ちが良い。

海風なんだ、と言う、ちょっとベトベトする感じの風ではあるけれど、

それでも肌を撫でていくその温度は昼間の太陽で火照った体を自然と冷ましてくれているような、そんな気がする。
 

834: 2015/11/07(土) 13:51:23.50 ID:wlHWTXrso

「幼女ちゃん、あのね、海ってあったかくって入ると気持ちいいんだよ!」

と、風を楽しんでいた私に、零号ちゃんがそう声を掛けてきた。

「海?あれ、入ってもいいのかよ?」

零号ちゃんの言葉に、十六号さんがそう尋ねる。

「うん。昨日ね、漁師のおじさんと一緒に釣りについて行って、そのときに泳いだんだ!」

「釣りに、って…あんた達、ここを調査してたんじゃないのかよ?」

「調査のついでだ、って、隊長さんは言ってたよ」

零号ちゃんの言葉に、私は思わずプッと吹き出してしまっていた。

そんなのはきっと、隊長さんの方便に違いない。

この街に来たはいいのものの、探し人の容姿を知らないようじゃ調べられることには限度がある。

きっとそれ以上情報を集められなくって、私達を待つしかなくなり時間が余ってしまったから、そんなことをしていたんだろう。

「お風呂みたいに?」

私はそんなことを思いながら零号ちゃんに聞いてみる。すると零号ちゃんは

「うーん、そこまで暖かくはないかな…でも、温い感じ」

と首をかしげつつ教えてくれる。

だけどそれから思い出したように

「あ、でも、海の水は武器が錆びちゃうから、鎧もだけど着ていっちゃいけないんだって」

なんて言って不思議そうな表情で教えてくれた。

 確か、海の水は塩が入っているんだ、って話を聞いたことがある。

塩水は鉄やなんかを錆びさせてしまうから、それと同じことなんだろう。

 「あの…」

零号ちゃんと私がそんな話をしていたら、不意に竜娘ちゃんがそう声をあげた。

その顔は相変わらずに緊張している様子ではあったけど、これまでずっとその緊張に隠れていた戸惑いみたいな感覚がなくなっているように、私には感じられた。

竜娘ちゃんはギュッと唇を噛みしめてから、私達に頭を下げた。

「この度は…私のために、こんな遠いところまで来て頂いて、ありがとうございます」

そう言って顔をあげた竜娘ちゃんは、決意を固めた、って感じの力強い眼差しで、私達一人一人を見て言った。

「あれこれ考えていても仕方ないのかも知れません…どうしても会いたいと言う気持ちに嘘はありませんから…いつまでも、こんな事ではいけないですよね…」

「まぁ、それはそうだけどね…まぁ、無理はしなくってもいいんじゃない?」

「そうそう。分かんないけどさ、きっとそういうのは、いざそうなったときに自然に出てくるのが正解だったりするんだよな」

竜娘ちゃんの言葉に、大尉さんと十六号さんがそう応える。

「うん、私もそう思う。そのときにどんな気持ちになるのか…それに従っていいんじゃないかな」

「会いたかったんだから、ぎゅって抱きついちゃえばいいんだよ!」

私の言葉に、零号ちゃんも続いた。そして私達の意見を聞いていた妖精さんが

「大丈夫です、会うときも私達が一緒に居るですからね!」

と、竜娘ちゃんの背を押すように、優しい声色でそう言った。

私達の言葉を噛みしめるように聞いていた竜娘ちゃんは、コクっと一度だけうなずいて、それからまたペコリとお辞儀をした。

「ありがとうございます…」

「まぁ、まだこの街に居るかどうかが不確かなところがあるから、気の早い心配かも知れないけどね」

そんな竜娘ちゃんを見やって、大尉さんがジョッキを傾けながらそんなことを言う。
 

835: 2015/11/07(土) 13:52:05.53 ID:wlHWTXrso

それを聞いた竜娘ちゃんは、ここ半月見せたことのない、まだ少しぎこちなさは残っているけど、とにかく、笑顔を浮べて大尉さんの言葉に応えた。

「明日は街中で聞き込みしないとなぁ…大変そうだ。ほら、零号。明日のために今日はもう寝るぞ」

「えぇー?お話してよ、面白いやつ」

「あんた、アタシの作り話聞いたら笑って寝ないじゃないかよ」

「だって可笑しいんだもん、十六お姉ちゃんのお話」

「それはそうですけど、そう言えば私達まだよく知らないです。良かったらお話してくれませんか?」

ふと、十六号さんと零号ちゃんの話を聞いていた妖精さんが思い出したようにそう言葉を挟んだ。

 そう、確かにそうだよね。

私達はまだ、その人がどんな人で、どんな見かけをしているのかを知らない。一度だって見たことがない。

それは、竜娘ちゃんから聞いておかないと探しようがないもんね。

「それで、どんな人なの?」

私の言葉に、みんなが竜娘ちゃんに視線を向けた。

そう、私たちは誰ひとり、その人の姿を知らない。

ただひとり、竜娘ちゃんの記憶の中にだけある、大切な人だ。

「はい…髪は、私のよりも暗くて…そう、ちょうど、栗色に近い色です。

 瞳はあの海のような翡翠色で…背丈は、大尉さんくらいだと思います。

 肌は、城主様や十六号様のような小麦色です」

栗色の髪に、緑の瞳。それに、小麦色の肌、か。

それが…私達の探しているその人…竜娘ちゃんの、お母さん、なんだね…

「んー、その特徴だけだと、正直言って候補になる人は山ほど居そう」

竜娘ちゃんの情報を聞いた大尉さんが苦い表情でそう呟く。

「でも、その人は戦争が始まった頃にこの街に連れてこられたですから、それも手がかりにはなりますよね」

「そうだけど、こういう街はそうでなくても人の出入りが激しいからね…もっとこう、細かい特徴ないのかな?

 目立つところにホクロがある、とか、傷がある、とか、そんな感じの」

妖精さんの言葉に、相変わらずの表情の大尉さんはそう言って竜娘ちゃんを見やった。

大尉さんの視線を向けられた竜娘ちゃんは、ふっと宙を見つめてから顔をしかめる。

「その他に、というのは…難しいです。一目見ればきっと分かると思うのですが…」

竜娘ちゃんの言葉に、私は残念な気持ちが半分、そりゃぁ当然だろうな、と思う気持ちも半分だった。

例えばもし、私の母さんがどんな人だったか、ってことを口で説明しようとしたら、私と同じ茶色の髪で、それを右側に結いて垂らしていて、瞳は青で、

なんてことしか言えない。

料理がうまいとか、麦刈が早いだとか、そんなことは人探しの手がかりに何かにはなりそうもないし…よくよく考えてみると誰かの容姿を言葉だけで伝えるのは難しい。

「そっか…だとしたら、特務隊の足取りを追うって方法も考えてみた方がいいかもしれないね」

竜娘ちゃんの言葉を聞いて、大尉さんがそう言った。

「特務隊の足取り、ですか」

妖精さんがそうなぞって言う。
 

836: 2015/11/07(土) 13:52:33.40 ID:wlHWTXrso

「うん。特務隊が一緒にここに来ていたって言うんなら、もしかしたらそっちを覚えてる人はいるかもしれない。

 あいつら、出自を隠すためにマントやらを厚手に着込んでるし、王家の紋章の刺繍を付けてるはずだから、竜娘ちゃんのお母さんよりも、目にしたら記憶には残ると思うんだ」

なるほど、と私は思った。

あの作戦指示書と言うとおりに特務隊が動いていたんなら、その人たちを探せば自然と竜娘ちゃんのお母さんに繋がる手がかりも得られるかもしれない。

「どちらにしても、まずは聞き込みをするところから始めないといけませんね…」

そう言う竜娘ちゃんに、大尉さんはジョッキにお酒を注ぎ直しながら、ニンマリと笑っていった。

「大丈夫、宛はあるんだ。これでも諜報部隊の凄腕諜報員だったんだから、任せてよ!」



 

837: 2015/11/07(土) 13:53:33.94 ID:wlHWTXrso




 「栗色の髪の女?」

翌日、街を出る隊長さんと金獅子さんに十四号さんを見送った私達は、街の商工業組合の窓口を訪ねていた。

大尉さんの話では、ここは街の外から来る人の多くが必ず顔を出す場所らしい。

仕事を求める職人さんや、他所から運んできた荷物を卸したりする商人さん達は、この組合の事務所を中心にしているらしい。

そう言えば、元魔王城、今は大陸西部同盟中央都市、なんて呼んでいるけど、あそこの城下にも同じように商人さんの窓口をする場所や、仕事を斡旋する部署もあった。

きっとそこと同じなんだろう。

「はい、瞳も栗色で、少し薄めの唇で…声の良く通る、朗らかな雰囲気の、二十代後半くらいの女性です」

竜娘ちゃんが、窓口のカウンターに背伸びをしながらそう説明する。私は、そんな竜娘ちゃんの格好が何だかかわいいな、なんて思って後ろで頬を緩ませていた。

あ、いや、まぁ、私も同じくらいの身長だから、カウンターの中の人と話をしようと思ったらきっとおんなじような事になるんだろうけど…

「栗色の髪の、か…」

「ねぇ、おじさん。思い当たらないかな?時期で言うと、ちょうど戦争が始まる前後くらいだったんだけど…」

大尉さんが腕組みをして首を傾げる係のおじさんにさらにそう情報を提供する。それを聞いたおじさんも

「開戦の前後、ねぇ…」

と口にはするものの、相変わらず腕を組み首をひねっていた。

 私達がおじさんの回答を待っていたら、当のおじさんはふとした様子で表情を変え

「その女、何者だ?お尋ね者かなんかじゃねえんだろうな?」

と怪訝な表情で大尉さんを見やる。

「いえ、その…私の母、なんです。戦争が始まる直前に生き別れになってしまって…」

おじさんの言葉に竜娘ちゃんが答えると、おじさんはなんとも分かりやすく全身の緊張を緩めて、悲しそうな表情を見せた。

「母ちゃん見つけにわざわざここまでやってきた、ってのか…?」

おじさんはそう言いながら後ろにいた私達に目を向ける。

「で、お付きのあんた達はなんなんだ?」

その問いに、私はおじさんの意図を汲み取った。その目は、悲しそうな表情を見せながらも、私達のことを微かに警戒しているようだった。

 「私と零号ちゃんは、竜娘ちゃんの古いお友達です」

おじさんの考えていることがそんことであるなら、なるだけ警戒を解いてもらえるようにしていかなきゃいけない。

「私は、旅の剣士。この子達を保護していたこの修道女様に雇われて道中の警備を仰せつかっている」

今度は大尉さんがそう応える。

 間違っても、元魔王城から来たなんて言ってしまってはいけない場面だ。人間界には、まだ、魔族に対する偏見がなくなっていない場所もある。

嘘はいけないことだけど、この場合はお互いに気持ちいいやり取りをしなきゃいけないことだから、少しくらいは嘘をつくことも必要かも知れない。
 

838: 2015/11/07(土) 13:54:25.06 ID:wlHWTXrso

「はい…戦争が終わって、それから魔界でのあの事件で傷ついた兵士が我が“大地の教会”に参られた際に話を伺いまして、この街にまかり越した次第です」

大尉さんの言葉を聞いて、妖精さんがよどみない綺麗な敬語を並べてそう事情を説明する。ていうか妖精さんも敬語上手になったよね…

 なんて私は、明々後日なことに感動していたら、おじさんはくぅっと唸り声を上げて、手の甲で目頭を拭った。

 「なるほどな…戦争で離れ離れになった母親を探して、こんな街まできた、ってのか…若い頃には苦労はするもんだ、とは言うが、いやはや、恐れ入るよ…」

そんな感慨深気な様子でいうので、私はおじさんが何かを知っているんじゃないかと期待して一歩前に踏み出した。

でも、次におじさんの口から出た言葉は、申し訳なさの混じった、しょんぼりした返答だった。

「だがすまないな…それだけの特徴だと、とてもじゃねえが誰か一人を特定するのは難しい。

 それこそ栗色の二十代後半くらいの女なんて、街のやつでも部外者でも、一日何人も違うのと会う。時期に照らしても相当な数だ。

 この街に居着いているのだって、酒場には三人、大工の棟梁のとこで線引きしてるのも栗色の髪の女だし、魚漁ってる連中にもいる。

 魚を加工してる工場にだって四、五人いたはずだ。出て行った連中の中にもいたし、ここに物売りに来てる連中の中にも山ほどだ」

 昨日、大尉さんが言っていた通りだった。

それこそ思い返せば私のいた村にだって五人の内一人くらいの割合で栗色やちょっと明るい茶色、くすんだブロンド色の人がいたし、やっぱり昨日考えた通り、それだけを手掛かりにして探すのは骨が折れそうだ。

 もちろん、おおっぴらに魔界に売られていた経験のある人は?だなんて聞けないし、そんなことを竜娘ちゃんのお母さんが公言していない可能性もある。

 少しでも絞り込めそうな条件と言えば、やっぱり、昨日大尉さんが話していたことくらいしかないだろう。

「それなら」

そんなことを思っていたら、案の定、大尉さんがそう口を開いた。

「戦争前後に、王都の特務隊と一緒に来た人ってのはいないかな?」

「王都の…トクムタイ?」

大尉さんの言葉を繰り返しながらおじさんは首をひねる。

「そう。黒い装束に紫のマントを羽織ってて、胸のところに王家の紋章が入った軍人みたいな集団なんだけど、知らない?」

「黒装束に紫のマント…ふむ、見かけた記憶があるな…」

「ほ、本当ですか?!」

大尉さんの言葉を聞いて言ったおじさんに、竜娘ちゃんがそう声をあげる。

「あぁ…それこそ戦争が始まったって噂が届いた頃だったか…各地の貴族連中の家族やら従者が避難してきていた時期に、そんな奴らが混じっていたな…」

「その人達が連れていたはずなんです、私達の探し人!」

大尉さんがそう言ってぐっとカウンターに身を乗り出した。私も、思わずカウンターに飛びついておじさんの顔を見つめる。でも、おじさんは眉間にシワを寄せて言った。

「そうか…だが、すまないな。この暑い街で妙な出で立ちだと思ったっきりで、連れてたやつがいたかどうかは記憶にない…おそらく、ここへは顔も出してないだろう」

それを聞いた途端、竜娘ちゃんがしゅんと肩をすぼめた。大尉さんはそれでも

「なんでもいい、何か思い出せない?」

とおじさんに食いついてはいるけれど、おじさんは宙を見据えてから力なく首を振るばかりだった。

 「そんなお嬢ちゃんの生き別れの母親なんだったっら力になってやりたいのはヤマヤマだが…何分、その時期は本当に戦略的価値のないこの観光街に逃げてきた連中が多くてな。

 正直、全部を覚えてなんていられなかったし、この組合事務所に顔を出してねえんじゃ、なんとも答えかねる」

「そっか…ありがとう、おじさん」

大尉さんが肩を落としてそうお礼を言う。それに続いて竜娘ちゃんも

「ありがとうございました…」

と伏し目がちに口にした。
 

839: 2015/11/07(土) 13:55:14.13 ID:wlHWTXrso

「…すまないな、力になれなくて。宛になるかは分からんが、戦争の時期にこの街へ来た中で特徴に合うやつを調べておこう。夕方にでも、また顔を出してってくれ」

そんな二人に、おじさんはそう言ってくれた。

 私達は組合事務所を出た。外は、朝だと言うのに相変わらず日差しが強くて、肌がジリジリと痛むように暑い。

それなのに、この街の人達はとても賑やかで、開けたばかりの店先で声を張り上げお客さんを呼び込んでいたり、忙しそうに荷車を引いていたりしている。

 ここに来るまでにもいくつか街を通ったけど、どの街も一年前の事件のせいでどこか沈んだ雰囲気があったように感じたけれど、この街はそんなことはどこ吹く風、だ。

 そんな中で、竜娘ちゃんはまるで雨の日の雲のように、どんよりと沈み込んでいる。

 無理もない。隊長さんの話し通り、どうやら特務隊って人達はかつてこの街へ来ていたようだ。

でも、竜娘ちゃんのお母さんがその人達と一緒にここへ来ているかは分からない。

来ていたとしても、まだこの街に居てくれているかどうかは霧の中、だ。

いくら賑やかな街で、太陽がこんなに眩しくたって、はつらつとなんてしていられないだろう。

 大尉さんも、手がかりの宛が外れてしまったためか、なんだか肩を落として難しい顔をしている。

 何か、声を掛けてあげなくちゃ…

 そんなことを思っていたら、私が口を開く前に、零号ちゃんが竜娘ちゃんの肩をポンポンっと叩いて

「よぉし、器の姫様!まずは酒場に行って見ようか!」

なんてあっけらかんとした様子で言った。

 そんな零号ちゃんの言葉の調子に、竜娘ちゃんは顔を上げて一瞬、ポカンとした表情を浮かべる。

「今のおじさんの話なら、酒場とか魚の工場とか漁やっている人の中にもいるんでしょ?手掛かりいっぱいだし、あっちこっち回ってみないとね!」

そんな竜娘ちゃんに、零号ちゃんはそう言いあっはっは!と声を上げて笑った。

 確かに、零号ちゃんの言うとおりだ。おじさんが言っていた人達が竜娘ちゃんのお母さんである保証はないけど、そうではない、とも言い切れない。

考えようによっては、最初の聞き込みでこんなにたくさんの情報を手に入れられたんだ。その一つ一つを確かめて回ってみる価値はある。

「そうだね…零号ちゃんの言うとおりだ。潰しの操作は骨が折れるけど…やってみる価値がないってことでもないよね」

零号ちゃんの言葉に、大尉さんがそう奮起する。そしてそれにつられるようにして、竜娘ちゃんも顔を上げると

「そうですね…この街に着いて初めての手掛かりなんですから、きちんと確かめておかなければいけませんよね」

と、沈んだ気持ちを素早く立て直して表情を引き締めつつそう言った。

 立ち直った二人の様子を確かめて、零号ちゃんが私を見やった。

何だか、一年前の十六号さんやお姉さんに甘えてばかりいた零号ちゃんとは違う、まるでお姉さんのような力強さが溢れているようで、私は思わずホッと胸をなでおろしてしまう。

 一年間も隊長さん達と一緒に各地を旅した零号ちゃんは、どうやらあの頃からは随分と成長しているようだった。

 私はそれが頼もしくも、嬉しくもあり、反面どこか悔しいと感じる。私だって、あの街で何もしていなかったワケじゃない。

畑のことや食糧の管理なんかも一杯やった私だって、それなりに成長したんだ、ってところをちゃんと見せていかないといけないな!

 「よし!そうと決まれば、さっそく探しに行こう!」

私はその気持ちに任せてそう声をあげた。すかさず零号ちゃんが

「おー!」

と明るく答えてくれる。

「それなら、どこに行ったら良いですかね?」

そんな私達の様子を見ていた妖精さんも、明るい表情で大尉さんにそう声を掛けてくれる。すると大尉さんは

「まずは酒場かな。何人かいるみたいだし、人の出入りの多い酒場なら、本人がいなくても情報があるかも知れないしね」

なんて言って、何だか可笑しそうな笑顔を浮かべて見せた。



 

840: 2015/11/07(土) 13:55:58.04 ID:wlHWTXrso

つづく
 

847: 2015/11/16(月) 01:01:26.40 ID:1hRSULfgo




 それから私達は街中をあちこち歩き回って、夕方には組合事務所にも顔を出して、ようやく宿に戻ってきた。

 戻って来た、と言うからには、当然、竜娘ちゃんのお母さんを見つけることは、まだ出来ていなかった。

 けれど、歩き回った分だけ、いろんな情報を手に入れることは出来た。

これから夕食を食べつつその情報を吟味しようと、私達は宿の食堂に集まってテーブルに並べられた料理に手を伸ばしていた。

「あぁぁ…生き返るぅ?!やっぱり汗を流したあとには冷えたエールだよね!」

大尉さんがそんなことを言いながら、煽って空にしたジョッキをテーブルにドンと置いた。

「その気持ちは分かるです。こういうときは、苦いお酒もおいしく感じるですよ」

そう言った妖精さんも、珍しく果実酒じゃなくてエールのジョッキを手にしていた。

 「んんっ!この葉っぱに包まってる肉は…ヤマイノシシか?」

十六号さんが口いっぱいに何かを頬張りながらそんな事を言う。

ヤマイノシシと言うのは、魔界…大陸西部に生息するイノシシの一種で、少し筋っぽいけど、しっかりとした旨味があって美味しいんだ。

「あぁ、そう言うんだってね。先月、遠方から来たっていう商人に勧められて仕入れてみたんだが、たちまちウチの人気メニューさ」

それを聞いていた宿の女将さんがそんな事を言って豪快に笑う。

私も昔、あそこがまだ魔界だった頃には時折サキュバスさんが出してくれた料理に使われていて食べたことがある。

噛むとジュワッと肉汁が出てきて、それがソースや甘い野菜と絡まると絶品なんだ。

「何でも、西部大陸のイノシシだって言うじゃないか。それだと、あまり数が捕れないだろうから、そこが残念だね」

女将さんはそう言って肩をすくめてから、私達が注文した料理を置いて

「ゆっくり楽しんで行ってくんな!」

と言い残すと、そのまま台所の方へと姿を消した。

西大陸で動物の数が多く捕れないのは、土の民である元魔族の人達は、ほとんどの場合、自分達で消費する以外の獲物を獲らないからだ。

だから、こうして市場に出回ることは珍しいし、数も多くはない。さすがに旅宿の女将さんらしく、各地の事情はいろいろと手にしているんだろう。

 そんな女将さんの後ろ姿を見届けてから、零号ちゃんがこっそりとテーブルに羊皮紙を広げ始めた。

そこには、今日聞いた情報がびっしりと書き込まれている。
 
 羊皮紙に目を落としながら、零号ちゃんは言った。

「まずは情報を整理しなきゃね。みんな、聞いた話で気になったことをここで出し合って行こう」

 正直言って少し驚いた。零号ちゃんが率先して場を切り盛りしようとするなんて考えてもみなかったからだ。

これは、もしかしたら隊長さんの影響なのかな…?

「そうですね…新しい手掛かりへの道標を探さなくては…」

零号ちゃんの言葉に、竜娘ちゃんもイスに腰を据えなおす。二人の様子に、私も気合いを入れ直した。二人ばかりに任せてはいられない。

考えたり推理したりするのは、私だって得意なんだ。

 「若い力だねぇ」

そんな私達を見て、大尉さんがそんな茶々を入れてくるけど、私達はそんなことを気にせずにそれぞれが今日のことを思い出し始めていた。
 

848: 2015/11/16(月) 01:02:02.71 ID:1hRSULfgo

 あれからまずは、私達は酒場に向かった。

まだ時間が早くて厨房の料理人の人達が下拵えをしていて、他の従業員さん達はまだ仕事には出てきていないようだったけど、

私達は料理人さん達に無理を言って話を聞かせてもらった。

 酒場には栗色の髪の女の人は全部で四人いるらしかった。

その内の二人は料理人さんで、もちろん竜娘ちゃんのお母さんではなかったし、

残りの二人は砂漠の交易都市から来た人達で、街に来た時期は戦争が始まってからしばらく経った、魔族軍第二次侵攻で砂漠の街に激しい攻撃があった後なのだと言う。

その二人は姉妹で、聞けば十六号さんと同じくらいの年齢のようで、計算的に、竜娘ちゃんのお母さんだと考えるには無理があった。

 だけど、私達は代わりにいくつかの情報を手に入れた。その一つが…

「酒場で聞いた特務隊って人達のことは重要だよな」

十六号さんがそう口にする。そう、酒場の人達は、組合事務所おじさんよりも鮮明に特務隊のことを覚えてくれていたのだ。

「六年前の風の月に顔を出した、って話だね」

妖精さんがその言葉に頷く。

「もしそれが竜娘ちゃんのお母さんをここに連れて来た人達なら、その時期にこの街に来たって手掛かりになるよね?」

零号ちゃんの言葉に、私達も頷いた。

「可能性は高いと思う。隊長が手に入れてくれた資料だと、“要人”奪還作戦は火の月の末日、新月の晩に決行予定って書いてあったから、

 この街に警護して連れてくる時間を計算しても、辻褄は合うしね」

大尉さんもそう言って腕を組んだ。

 「それと、漁師さん達が言っていたことも気になるよね」

「漁師の?何か言ってたっけ?」

「ほら、漁師組合の話」

「あぁ、なるほど、それは確かにな…」

妖精さんと十六号さんがそんな話をした。

 酒場のあとで向かった海辺で、私達は日にこんがり焼けた漁師さん達からも話を聞いた。

 漁師さん達によれば、この街に大勢いる漁師さん達の魚を一手に買い付けているのが漁師組合なんだそうだ。

組合で買い取ることで漁師さん達に収入を保証し、それでいて街には安価で魚を提供出来る仕組みなんだという。

漁師さん達やその家族に竜娘ちゃんのお母さんの特徴に合う人達はたくさんいるらしいけど、そう言うのも漁師組合で聞けば早いし、

何より漁師組合は買い取った魚を売る大きな市場を運営していて、街中にあるお店の人達が魚を仕入れに来たり、

お店の人じゃなくても夕飯のおかずを仕入れるのに街の人達が大勢買いに来るらしい。

自然、街に住む人達の事に詳しい人が大勢いるそうだ。

 竜娘ちゃんのお母さんに関する直接的な手掛かりではないけれど、新しい手掛かりを見つけられるかも知れない情報だ。
 

849: 2015/11/16(月) 01:02:36.60 ID:1hRSULfgo

「明日は、漁師さん達が仰っていた市場に足を延ばして聞き込みをさせていただけませんか?」

竜娘ちゃんは、私達へ気を使ってかそんな言い方をする。すると十六号さんがあはは、と声を上げて

「何か掴める可能性ありそうだしな。行くっきゃないだろ」

と、あくまでも私達みんなの問題だ、と言い換えるように言う。

確かにこれは竜娘ちゃんのお母さんを探すための旅だけど、それでも、私達はみんな自分のお母さんを探すくらいの心持ちでいる。

けっして、竜娘ちゃんの旅にただ帯同しているだけ、なんて気持ちはさらさらない。

そんな私達の気持ちを十六号さんの言葉で理解してくれたのか、竜娘ちゃんは「ありがとう」ではなく、私達の顔を見て

「…はい!」

と力強く言って頷いた。

 それが二つ目の手掛かりだ。そして、もう一つ。私が微かに引っ掛りを覚えた話があった。

 私は、会話が途切れたのを見計らって、竜娘ちゃんに聞いた。

「ねぇ、竜娘ちゃん。竜娘ちゃんのお母さんは、お勉強とか得意だった?」

「べ、勉強…ですか…?」

私の質問に、竜娘ちゃんは少し戸惑った様子でそう言い、それでもそれから、視線を宙に泳がせる。

「…得意だったかどうかは分かりませんが…確か、お屋敷の従者の方達に手習いを説いていることはありました」

竜娘ちゃんの答えに、私は、自分の中で何かが繋がるのを感じた。

「幼女ちゃん、何か気になることあったの?」

零号ちゃんが私にそう尋ねて来る。私は、そんな問いかけをしてきた零号ちゃんに、頭の中でもう一度繋がりを整理して、質問の意図を説明する。

「ほら、漁師さん達に話を聞いてから、商工業組合の事務所に戻ったときにさ」

私の言葉、全員の視線が集まった。

 何人もの漁師さん達に話を聞いているうちに日が傾いて来たのを感じた私達は、船のたくさん浮かんでいた港を離れて、街の商工業組合の事務所に戻った。

事務所のおじさんは、約束通り戦争の前後にこの街にやって来て商工業組合の事務所が世話をした人達の中から、

昼間伝えた特徴に合う人を選んで書き記したんだという名簿を渡してくれた。

 その名簿には、百を超える人達の名前が記されていて、それを見た竜娘ちゃんは複雑そうな表情を浮かべていた。

一人一人を探すには時間が掛かるだろう。でも、もしかしたら、表の中に竜娘ちゃんのお母さんがいるかもしれない。

手間が掛かっても一人一人に会って行く他にない。竜娘ちゃんはきっと、そんなことを考えていたんだと思う。

 「あぁ、あの表のことだね。あれは数が多いけど…でも、立派な手掛かりになるよね」

零号ちゃんがそう言ってコクっと頷く。でも、私はすぐに言葉を添えた。

「ううん、それもあるんだけど、それだけじゃなくって…」

「名簿じゃ、なくて…?」

今度は大尉さんそう言って不思議そうに私を見つめてくる。

「うん。その後すぐ、事務所に来た人がおじさんに聞いてたじゃない?」

そう、それは私達が名簿を受け取り、お礼を言って事務所を出ようとしていたときのことだった。

私達と入れ違いになるように事務所へとやって来た若い商人さんが、おじさんと始めた話だった。
 

850: 2015/11/16(月) 01:03:07.97 ID:1hRSULfgo

『よう、若大将。どうした、暗い顔して』

『いや、それがな…先週仕入れた魔界…じゃなかった、西大陸産の、キレイな花を付ける鉢植えの元気がなくてな。

 あのままじゃ、売り物には出来そうもないんだ』

『そいつは…災難だな…』

『なぁ、あんたのツテに、魔界の草木に詳しい人っていないか?』

『西部大陸の植物…か。そういうことなら手習い所の先生が良いかもしれないな』

『手習い所の…?あの、王都から来た、って言う?』

『そうそう、その人だ。話じゃ、西部大陸のことにも詳しいらしいからな。何か知恵を貸してくれるかもしれん』

『そうなのか!そいつは助かる!俺は会ったことがないんだが、どんな人だ?』

『あぁ、確か…淡い茶色の髪をした碧眼の美人だって話だったかな。ここに関わっちゃいない人なんで、俺も人伝にしか知らんが…』

『そんなでも、喉から手が出そうなほどだよ!ありがとさん、明日の朝すぐに取り次いでもらうよ!』

私が聞いた二人の会話を話すと、みんなは言葉に詰まった様子でグッと黙り込んでしまった。

 あ、あれ…て、手掛かりにしては、ちょっと曖昧すぎたかな…?そんな不安に襲われていた私をよそに、大尉さんがため息を漏らし小さな声で言った。

「あたし、そんな話を聞き漏らしてただなんて…」

「私も、名簿に夢中で聞いてなかったですよ…」

「アタシはチラっと聞いたな。でも、魔界の花って聞いてあの鬱金香のことを思い出してたから、本当にチラッとだけだ」

大尉さんの言葉に、妖精さんと十六号さんがそう続く。

 「栗色じゃなくって淡い茶色の髪、か…でも、それって栗色にも近いよね」

「うん。光の加減とかそういうので色って違って見えるし、それに西大陸のことにも詳しいって言うんなら、会ってみる価値はあると思うんだ」

零号ちゃんが言ってくれたので、私もそう答えて、それから竜娘ちゃんを見やった。

 「確かに、母様なら読み書きと簡単な計算なら教えられると思います。私も、母様にはたくさん教わりましたから…」

竜娘ちゃんは、目に強い思いを宿らせながらそう言う。

「それにしても」

と、不意に大尉さんが口にする。

「よくそんなことに気がついたね」

「うん、西部大陸について詳しい、って聞こえたのもあるんだけど…一番はやっぱり、手習いの先生、って言うことかな」

「どういうこと?」

今度は妖精ちゃんがそう聞いて来た。

「うん…竜娘ちゃんのお母さんは、あの竜族将さんの弟さんのところにお嫁に入ったんでしょ?

 竜族は名家だったって言うし、竜族ちゃんのお父さんも街の領主様みたいな人だった、って聞いてた。

 だから、お嫁に入ってからか教わったのか、それとも元々なのか、とにかくきっと聡明な人だったんじゃないかなって、ずっとそう思ってた。

 その竜族のお嫁さんってのもあったんだろうけど、そもそも、魔族の街で人間が、少なくとも戦いが起こるまでは表立っては穏やかに暮らしてたんだもん。

 きっと、魔族の人が認めるくらい出来た、立派な人だったんじゃないかな。

 そう考えたら、手習いの先生って聞いて、なんだかピッタリ来ると思ったんだ」

そう、それこそ…種族の違いを気にせずに、敵や味方なんてことも、愛した先代様を頃し殺されたってことも乗り越えて、

互いに支え合っていたお姉さんとサキュバスさんとおんなじだ…。
 

851: 2015/11/16(月) 01:03:37.34 ID:1hRSULfgo

「うーん…確かに考えてみればそうだね…それこそ今だって土の民のまとめ役は、その土地に関するほとんどのことを指導して他の皆を引っ張る立場にいる。

 人間の貴族やなんかと違って、領民から税金を搾り取るんじゃなく、領民と共に生活を立てるために導いてたはず。

 そんな人のところにいるんなら、元々学がなくたってきっといろんなことを学べていたっておかしくはない…」

大尉さんは腕組みをしてそう唸った。

「その人が竜族ちゃんのお母さんかもしれない…」

「まぁ、分からないけどね…栗色の髪の女の先生だって、きっと探せばいくらでもいるだろうし」

零号ちゃんの言葉に、私は落ち着いてそう応える。あくまでも、考えられる条件が一致しているってだけの話だ。何か特別な確証があるわけでもない。

「手習い所というのは…」

「街外れの居住区の方だね。ここからだと少し距離があるかな…明日行ってみるにしても、最初は近場の市場に向かってからの方が良さそう」

ほんの少しだけ、目に期待を輝かせた竜族ちゃんに、大尉さんが地図を広げてそう言った。

 市場にはたくさん人がいるだろうし、聞き込みには時間が掛かるだろう。手習い所に向かえるのは、夕方近くになるかもしれない。

でも、そのほうが返って手習い所の手が空いているだろう。

「じゃぁ、決まりだね」

そんな私達の話し合いを聞いて、零号ちゃんが言った。

「明日は、まずは市場に行って、それから手習い所ってところに行ってみよう」

そうまとめた零号ちゃんの言葉に、私達は、それぞれ頷いて返事を返していた。 




 

852: 2015/11/16(月) 01:04:08.04 ID:1hRSULfgo





 翌朝早く、私達は宿屋を出て、市場へと向かっていた。
 
 宿屋の女将さんの話だと、市場は日が昇る頃には開いていて、そこへは飲食店の仕入れの人や宿の料理人の人なんかが大勢集まるらしい。

一番混み合う日の出すぐの時間は避けて、ちょうど空いてきた頃合に聞き込みに入るのが良いだろう、っていうのが、大尉さんの判断だった。

 そうは言っても、時間はまだまだ早い。昼間はあれだけ賑わう大路にも人影はまばらで、お店やなんかも軒並み表戸を閉ざしている。

 宿から市場へは、この大路を歩いて突き当たる海沿いの道を右へ折れて少しの距離だ。

昨日、話を聞いて回った港から目と鼻の先にある。

さすがに早朝ということもあって、太陽はそれほど暑くないし、ひんやりした海風が心地良い。

「市場ならさ、聞き込みのついでに夕飯に食べられそうな魚買って行こうよ!」

「でも、今日は一日聞き込みだから、生の魚は腐りそう…」

「それもそっか…ま、あの練干しって焼き物も旨いから良いか」

「生は無理だろうけど、燻製とかなら大丈夫じゃないかな?」

「燻製かぁ、お酒には合いそうかも」

十六号さんと妖精さん、それに零号ちゃんがそんな話をして笑っている。

私はそれを片耳で聞きながら、少し足を早めて大尉さんと先頭を歩く竜娘ちゃんの隣に並んだ。

その顔をのぞき込んでみたら、案の定、カチコチに固まっていて、思わず頬が緩んでしまう。

「竜娘ちゃん」

「は、はい!何ですか!?」

私が声を掛けると竜娘ちゃんはビクッと肩を跳ね上げてそう聞いてくる。私はそんな竜娘ちゃんに、努めて穏やかに笑いかけてから

「あのね、顔がすっごい怖いよ」

と茶々を入れてあげる。すると竜娘ちゃんはハッとして途端に顔を赤らめて俯いた。

「ま、また…緊張してました…」

「ふふ、まぁ、気持ちは分かるけどね。でも、ずっとそんな顔してたら疲れちゃうよ」

そう言って竜娘ちゃんのほっぺたをツンツンと人差し指でつついてみたら、彼女はようやく、少し表情を緩ませてくれた。

「そうですね…気を張っていてもいなくても…やるべきことや言うべき言葉も、代わりはありませんからね…」

竜娘ちゃんは笑顔で頷きながらそう言う。

 言うべき言葉、か。それはきっと、再会のときにお母さんに掛けたい言葉のことだろう。

今、聞きたい気もしたけれど、私は、それをなんとなく我慢して

「そうそう、その感じがいいよ、きっと!」

と、見せてくれた緩んだ表情に笑顔を返して言ってあげた。
 

853: 2015/11/16(月) 01:05:53.24 ID:1hRSULfgo

 「あぁ、見えてきたよ。あれが市場の建物だ」

不意に大尉さんがそう言って道の先に見えた建物を指差して言った。それは、白い屋根に白い土壁で出来た、随分と大きな建物だった。

外から見るだけでも太い柱が何本も使われているのが分かる。レンガや石造りではないけど、あれならきっと随分丈夫だろう。

 「ん、魚の匂いもしてきたな」

「もう!十六お姉ちゃん、さっきからそればっかり!」

「良いだろ?旅ってのは各地の旨い物を食べる事を言うんだって、十三姉ちゃんが言ってたんだぞ?」

「そうかも知れないけど!今は竜娘ちゃんのお母さん探すのが先だよ?」

「あはは、分かってるって。仕事の手は抜かないよ」

十六号さんはそう言ってヘラヘラっと笑い、零号ちゃんのお説教を煙に巻く。

 私はなんとなく、だけど、そんな十六号さんの言葉や振る舞いは、竜娘ちゃんのためなんだろうって感じていた。

本人がそう言ったわけじゃないけど、十六号さんは人の気持ちにとっても敏感だ。それでいて、お姉さん譲りの特別優しい気持ちを持っている。

さっきからの他愛のない話も、私と同じで竜娘ちゃんの緊張を解こうとしているに違いない。

それなら、と、私もその話題に、竜娘ちゃんも巻き込もうと声を掛けた。

 「竜娘ちゃんは練干しと干物と、どっちがいい?」

すると竜娘ちゃんはほんの少し考えてから、

「練干しの方が食べごたえがあって好きです」

と会話に乗って来てくれる。そんな竜娘ちゃんの表情からは、昨日の夜に見たあの力強さが戻ってきているような、そんな感じがした。
 
 程なくして、私達は市場だという建物のすぐそばにたどり着いた。市場にはこんな早朝だというのに、驚くほど多くの人達が詰めかけていた。

荷物を運んだり、魚が詰まった箱の山に人垣が出来ていたり、中には良くわからない言葉で声を張り上げている人もいる。

「あれ、人間界の…東大陸の言葉なんです?」

それを聞きつけたのか、妖精さんが大尉さんに聞く。

「あぁ、あれね。あれは競り、って言って、魚を買い取るためにどれだけお金を出すかを決めてるんだよ。

 慣れないと何言ってるか分からないかも知れないけど、ちゃんと普通の言葉使ってるんだよ?」

「…でも、何言ってるか本当に分かんないよ。がなってるだけみたい」

「言葉はちゃんと通じるから、大丈夫だよ」

苦笑いを浮かべる十六号さんに、大尉さんは笑顔で言った。
 

854: 2015/11/16(月) 01:06:33.18 ID:1hRSULfgo

 「それにしても…これで本当に空いてる時間なのかな?」

「そのはずだよ。開場直後の市場なんて、それこそお祭り以上に人が集まって大変なんだから。

 昨日の打ち合わせ通り、手分けして聞き込みしよう。お昼になったら、港に集合だから、忘れないでね」

市場の様子を見ていた零号ちゃんをよそに、大尉さんがそう号令を掛ける。

だけど零号ちゃんの言うとおり、空いている時間といってもこの混み様だ。

これは一口に話を聞く、というだけでも、かなり苦労するに違いない。

そう思って、私はパシッとほっぺたをはたいて、気後れしそうになった自分を引き締めた。

 「よし、じゃぁ、掛かろう!」

「おう!」

それから私達はそう声を掛け合った。

 なるべく多くの人から話を聞いて、竜娘ちゃんのお母さんに繋がる手がかりを一つでも多く見つけるんだ。

私は、心にそう決めていた。

 だって…お母さんがいなくてさみしいのは、私が誰よりも一番分かっているから…

私にはもう望めないことだけど、竜娘ちゃんはそうじゃないかもしれない。

 もう会えないと思っていたお母さんにもう一度会えるとしたら…それはどんなに嬉しいことだろうか。

市場へと来る道すがら、竜娘ちゃんが言っていた言葉を思い出す。

再会したときに、竜娘ちゃんはお母さんになんて声を掛けるのだろう…?

私だったら、なんて言うんだろう…?

会いたかったよ、寂しかったよ、また会えて嬉しいよ、大好きだよ…

きっと、どんな言葉でも足りないくらいに嬉しいに違いない。

 そう考えたら、お城でお留守番なんてしてはいられない。ここで頑張らないではいられない。 

「行こう、零号ちゃん!」

「うん!突撃ぃっ!」

私は、一緒に市場のお客さん達に話を聞く役を任された零号ちゃんと二人して、市場の人ごみの中へと零号ちゃんの言葉通りに突撃した。




 

855: 2015/11/16(月) 01:07:18.61 ID:1hRSULfgo




 
 「はぁぁ…」

十六号さんが大きくため息をついた。

「まぁ、仕方ないよ。情報収集ってこういうものだし」

大尉さんが苦笑いで、十六号さんを励ます。

「ずいぶん歩いたもんね…」

妖精さんが弱々しい様子で言うと

「妖精ちゃん、宿に帰ったら脚ほぐしてあげるから頑張って」

と零号ちゃんがその背を両手で押す。

「………」

竜娘ちゃんも、さすがに疲れた表情をして、地面に視線を落としてトボトボと歩を進めている。

そんな竜娘ちゃんに、私はどんな声をかけて上げればいいのか、頭を巡らせていた。

 あたりはもう夕方。傾いた夕日を背にした私達は、街外れの新興居住区を宿のある街の中心部へと歩いているところだった。

 空は綺麗な夕焼けだけど、私達の心は疲れと落ち込みに沈んでいる。

 結果的にいえば、竜娘ちゃんのお母さんは見つからなかった。

ううん、最初から今日中に見つかるだなんて思ってもいない。

だけど、少しは近づけるに違いない、って思いもあった。

それだけに、今日の聞き込みは、ある意味で私達にとっては失敗だった。

 栗色の髪に碧の目をした二十代半ばくらいで、六年前の風の月にこの街にやってきた女性を知らないか?

そんな問いに返って来たのは、私達が想像していた以上のものだった。

「あぁ、それなら布を扱ってる商人の手伝いがそうだろう」

「ん?確か、旅亭の給仕係にそんなのがいたな」

「ふむ、そいつはきっと大工のとこのやつだろう」

「おお、知ってるぞ。酒場で料理人やってるのがそうだ」

「うーむ、そうさな…その頃合いだと、雑貨屋の嫁か、あとはパン屋の若女将だな。あぁ、仕立て屋の針子もそのくらいの時期だったと思うが」

「髪は栗色って言うか茶色だけど、あの自警団にいる女剣士がそうじゃないかね」

「それは土産屋の手伝いに違いないよ。戦争で子供と生き別れになったって話を聞いたことがあるからね」

「木炭売りのことか?何か用事でもあるのか?」

思い出しただけでも、そんな具合いだ。

私達が話を聞いた人の多くは、皆誰かしら特徴に見合う人を知っていた。

そして、重なることもあったけど、多くの場合、別の人を指していた。

私達が話を聴けば聴くほど、新しい人の話が飛び出してきた。
 

856: 2015/11/16(月) 01:08:12.57 ID:1hRSULfgo

 そう。つまり私達は、情報がたくさん集まりやすそうな場所で聞き込みを行った結果、思いがけず手に余るほど膨大な手がかりを手に入れてしまったのだ。

私の両手で足りるくらいの数の人に関することならまだしも、聞き込みを終えて集合しお昼を食べながらその内容を吟味してみたら、

それこそ私達全員の指の数の倍でも全然足りないくらいの人数が、竜娘ちゃんのお母さんかもしれない人として浮かび上がってきてしまった。

商工業組合でもらった名簿と重なる人ももちろんいたけど、そうでない人もいて、結局、ぼんやりとしていた手がかりがさらに霧散して薄まってしまうようだ。

 お昼を食べ終えて、名簿に名のある何人かの人を訪ねながら向かった手習い所の先生も、竜娘ちゃんのお母さんではなかった。

それでもまだ、名簿には百を越える人達の名が連なっている。

一日中歩き回ったのに手がかりが淡く薄まってしまったので、この落ち込みようだ。

 けれど、みんなは弱音だけは吐かなかった。

もちろん疲れたし、気落ちしているのは本当だ。

でも、竜娘ちゃんの気持ちを考えたら、そんなこと口が裂けても言えない。

一番がっかりしているのは、竜娘ちゃんに違いないんだ。

 私はまた、竜娘ちゃんの表情をチラッと見やる。

まだ、何を言ってあげたらいいかは分からないけど…でも、これで終わったわけじゃない。

手がかりが消えたわけでもないし、竜娘ちゃんのお母さんがこの街にいないと決まったわけでもない。

 そう思った私は、なるだけ明るい調子で、大尉さんに尋ねてみた。

「ねえ、大尉さん。あの名簿の人達の全員に会うとしたら、どれくらいの日にちがあれば良いと思う?」

「うーん、そうだねぇ…」

そんな私の質問に大尉さんは宙に視線を投げてしばらくしてから

「二週間か…ううん、十日もあれば、なんとかなるかな」

と肩をすくめて言った。

「十日か…長いような、短いような、だな」

「でも、もしかしたら途中の早いところで見つけられるかもしれないですよ」

「この街にいればそうだけど…もし街から出て行ったりしてたら、さすがにのんびりし過ぎになっちゃわないかな?」

「だけど、この街にいない、ってことが分かればそれも手がかりの一つだよ。

 次の街では、この翡翠海の港街から来た人を探せばいいんだし」

「それもそうか」

「これだけ聞き込みして決定的な情報が出ないところを見ると、その可能性もあながち否定できないんだよね。

 跡を追うことも考えて、路銀のお願いをしておいた方がいいかも知れないな…」

私の質問をきっかけに、大尉さんと十六号さん、妖精さんと零号ちゃんがそう言葉を交わし始める。

うん、とりあえず、黙ったままよりはずっと良い。
 

857: 2015/11/16(月) 01:09:17.12 ID:1hRSULfgo

「そのことを考えると、もっと早くに名簿の人達に会う方法を考えた方がいいかもね。

 例えば…街の人に頼んで、噂を流してもらうとか。

 生き別れの娘が、お母さんを探してます、ってさ」

私は、疲れた頭から振り絞った案をあげてみる。すると大尉さんが

「それ良いかも。心当たりのある人には、宿に来てもらうこともできそう」

と賛成してくれた。

「女将さんに頼もうか。アタシらが聞き込みに出てる最中に来るってこともあるかもしれないしな」

「それなら、酒場の人と、商工業組合のおじさんに市場の人達にもお願いしよう!」

十六号さんと零号ちゃんも、そう私の案に意見を出してくれる。

「その方法でどれだけ時間を縮められるですかね?」

「もしこの街にいたら、ずっと早く見つけられるかもしれない。いなければ、やっぱり十日掛けて名簿の人達を確かめなきゃいけないだろうけど…」

妖精さんの質問に、大尉さんが慎重に答えた。

確かにもしこの街にいなければ、そんな噂を流したところで意味はない、か…

もっと何か、効率よく名簿の人達を調べ上げる方法が必要だな…

考えなきゃ、何か、いい方法を…

そう思って、私が遅くなった頭の回転を無理矢理速くしようとした時だった。

「十日、ですか…」

ポツリと、竜娘ちゃんが言った。

私も、大尉さんや十六号さん達も、ハッとした表情で竜娘ちゃんを見つめる。

そんな私達の視線に気づいて、竜娘ちゃんは大きく深呼吸をした。

まるで、胸に詰まった何かを吐き出したような竜娘ちゃんは、

「…会えなかった六年間に比べたら…きっと、短い時間だと思います…」

と口にして、それから笑った。

その笑顔には、まぶしいくらいの明るさとそれから私達が勇気づけられるような力強さが宿っているように、私には感じられた。

「大丈夫!器の姫様は一人じゃないよ!」

零号ちゃんがそう言って、拳で自分の胸をドンっとたたいた。

「私達が一緒だからね!きっと、一人で探すよりもずっとずっと早くにお母さん見つけられるんだから!」

零号ちゃんの言葉に、十六号さんに妖精さん、大尉さんが顔を見合わせてから竜娘ちゃんにうなずいて見せた。

それを見て、竜娘ちゃんも安心したような表情でコクッと頷き返す。

 そういえば、零号ちゃんはいつだったか私が父さんと母さんと氏に別れたって話をしたときも、おんなじことを言ってくれたっけね。

そのとき私はもう、ほんの少しだけ気持ちの整理がついていたけれど、それでも零号ちゃんの言葉をうれしく感じた覚えがある。

 ただでさえ焦りや不安や落ち込みからなんとか自分を奮い立たせようとしている今の竜娘ちゃんにとってはきっと、

あのときの私以上に頼もしくてうれしく感じるだろう。
 

858: 2015/11/16(月) 01:10:18.64 ID:1hRSULfgo

 「よし、それじゃ、さっさと戻って夕飯食べながら作戦会議だな」

十六号さんも笑顔を取り戻してそう言う。

「名簿と地図を照らして、効率よく回れる道順を考えるですよ!」

妖精さんがそう言って両の拳をギュッと胸の前で握った。

二人と同じように、私もヘトヘトの体の奥底からジワリと力が戻ってくるような感覚を覚えていた。

 そんなことを話していたら、もうすぐそこに中心街が見えてくるころだった。

夕方ということもあって、仕事帰りの人達や買い物帰りの人達らしい人混みが、私達が背を向けている振興居住区の方へと足早に歩いている。

 私達がいたのはちょうど中心街と振興居住区との境目のあたりで、道の両脇には個人がやっている商店なんかが軒を連ねている。

どのお店も表戸を閉じる準備に忙しそうだ。

 「ん、なんかいい匂いしないか?」

不意に十六号さんがそう言った。

「ほんとだ!練り干とは違うにおいだけど…あ!あそこじゃない?」

それに続いて、零号ちゃんが声をあげ、道端の一軒のお店を指さした。

そのお店は一見するとお肉屋さんのようだけど、その店の中で何かを炭火で焼いている。

二人だけじゃなく、私の疲れた体と空っぽのお腹もくすぐる香ばしいにおいは、どうもあの炭火焼きが原因のようだ。

「あぁ、ヤキトリだね」

「ヤキトリ?鳥なんだ?」

大尉さんの言葉に、十六号さんがそう聞き返す。

「うん。なんていうのかな…鶏肉の串焼き、みたいな感じの食べ物だよ」

「へぇ!零号、晩飯のオカズにちょっと買っていこう!」

「うんうん!行く!」

十六号さんと零号ちゃんはそう言うが早いか、パッと店先へ駆け出した。

そんな後姿を見て、大尉さんがあははと声をあげる。

「まったく、ちょっと頼もしいと思ったらこれだもんね」

「でも、おかげで元気出たですよ」

大尉さんと妖精さんがそう言いあって笑っている。

 私達も道の真ん中で待つのも邪魔になるので二人のあとを追う。

店の中に入ると、炭火で鶏肉を焼いているおばさんに、十六号さんと零号ちゃんが何かを話しかけているところだった。

「これって、このまま食べるの?」

「もう少し焼けたら、こっちのタレにつけてまた焼くんだよ。あとはそのままでもいいし、香辛料なんかを掛けるのもうまいよ!」

「ねえ、これいろんな形あるけど、違うもの?」

「あぁ、そうさ!こっちは胸肉、こっちは皮、そっちの串はワタだよ。鶏は捨てるところがないんだからね!」

おばさんは二人にそう説明しながら、串を炭火からあげるとタレの入ったツボに漬け、すぐさまその串を炭火へと戻す。

ジュワッと言う音とともに、香ばしいにおいが一層強く放たれた。
 

859: 2015/11/16(月) 01:11:26.27 ID:1hRSULfgo

「うわぁぁ、旨そう!」

「そうだろう?何本か買っていくかい?」

「うん!適当に十本くらい見繕ってよ!」

「あいよ!もうすぐ焼きあがるから、待ってな!」

おばさんはそういうなり背後の保冷庫らしい箱から追加の串を鷲掴みにしてくると、そのまま炭火の上へと掛けてみせた。

十六号さんと零号ちゃんは、さらに興味津々にその様子を見つめている。

 そんな中で私はふと我に返って、竜娘ちゃんを見やった。

竜娘ちゃんも、二人の姿を見てニコニコと笑顔を浮かべている。

 良かった…もう今日のところは心配なさそうだね。

明日からもまだまだたくさん歩き回らなきゃいけなくなるだろうし、元気なくしちゃうのが一番良くないからね。

 私は、そんな竜娘ちゃんを見てそう胸をなでおろした。

 そうしたら随分と気持ちに余裕が出てきたのか、歩き行く街の人達に目が行った。

こうしてみると、ここが戦争当時に本当にいろんなところからの避難先になったんだろう、ってことがよくわかる。

私の住んでいた元は人間界と呼ばれていた東大陸にも、いろんな人が住んでいた。大陸の東の北の方には肌が焼けたような濃い色をしている人が多い。

東の方へ行けば、収穫時期の稲穂みたいな色の肌の人達もいるし、王都から西の方には白っぽい肌の人達が多い。

もちろん顔だちなんかもそれぞれ特徴があって、色素の薄い白っぽい肌の人達は彫りが深いし、

東の方の人達はどっちかと言えばお姉さんのようにすっきりした感じの人が多い。

 この街は大陸の北に当たるからもちろん焼け肌の人達も多いんだけど、それと同じくらいに白っぽい人達も黄色っぽい人達もいる。

だからこそ、竜娘ちゃんのお母さんを探すのが大変なんだけど…でも、人間同士もよく見ればこれだけ違うんだ。

それでも、こうして一緒の街で生活ができている。

元の魔族…土の民の人達も、そんな違いと大差はない。

 肌の色や、顔だちなんかは違うけど、同じ言葉を話せる同じヒトには違いないんだ。

暮らし方が違うのは仕方ないけれど…それももしかしたら、漁師さんと商人さんが違う暮らし方をしているのと似たようなものなんじゃないのかな。

そう考えたら、土の民と造の民も、そのうちきっとうまくやっていけるようになるだろう…

そのために、私たちがやらなきゃいけないことは多いんだけど、ね。

 「よう、お前さんも今あがりか?」

「おう!どうだ、一杯やってくか?」

「お母さん、今日の夕飯はぁ?」

「今日はカボチャのスープよ。お手伝いしてちょうだいね!」

「後輩ちゃん、今日もまた親方に怒られてたね」

「鉋掛けうまく出来たと思ったら、今度は鋸引きの方をしくじっちゃってさぁ」

「ははは、随分と景気がイイじゃないか!」

「だろう!?潮目が良かったんだ。これだけ釣れる日はめったにねえ!」

商店が立ち並ぶ通りでは、そんなやり取りがあちこちから聞こえてくる。

みんな表情も穏やかで、どことなく笑っているようにも見える。

いつかきっと、土の民と造の民が、一緒にこうして笑える街が大陸のあちこちに造られる日がきっと来るんだ。

私達のいた元魔王城、西部同盟の中央都市みたいに、ね…
 

860: 2015/11/16(月) 01:12:11.53 ID:1hRSULfgo

「にぎやかな街だね」

ポツリと、大尉さんが言った。 

「そうだろう?特にこの道は居住区への一本道だからね。

 中心街や港で仕事をした職人や漁師が帰って行くんだ。

 威勢が良いのばかりだから、退屈しないよ」

おばさんは、大尉さんに笑顔を見せてそう言った。

 「おばちゃーん、さっき頼んだの、できてる?」

大尉さんとおばちゃんが話をしていたところで、不意にそう声を響かせて、一人の女性が店の中に現れた。

「あぁ、もう済んでるよ!ほら!」

そんな女性に、おばさんはそう言って大きな木の葉っぱのようなもので串焼きを包んで手渡した。

女性は、後ろに束ねたその栗色の髪をふわりと浮かせて、おばさんから包みを受け取る。

「そういや、親方の具合はどうなんだい?」

「あぁ、それだったら、もうしばらくはあの調子かも。もう良い歳してるのに、あんな木材担ごうとするんだもん。腰くらいやっちゃうよね」

「あははは、そうだろうねぇ!あの人もいい加減、大工現場は息子に任せてあんたと線引きやってりゃいいのに。息子も腕は確かなんだろう?」

「ええ、もちろん!最近は新人の子も何人か入ってくれてるし、景気もいいんだから!」

女性とおばさんは、そんな言葉を交わして笑いあっている。

 そんな様子を見ていた私達が、気が付かないはずはなかった。

栗色の髪。

碧の瞳。

二十代半ばくらいの年齢。

良く通る声。

「大工の棟梁のところで線引きをしている女もそうだ」と商工業組合のおじさんは言っていた。

「それはきっと大工のとこのやつだろう」って、市場で話をした若いお兄さんも言っていた。

この人が、そうなんだろうか?

もしそうなら、名簿の中に名前がある人に違いない。

この人が竜娘ちゃんのお母さんかも知れない…?

 竜娘ちゃんに聞けば分かる…

私はそう思って二人の会話から意識を離し、後ろにいた竜娘ちゃんを振り返った。

 そこにいた竜娘ちゃんは、固まっていた。

おびえているんではない。うれしいって感じでもない。

でも、ただ、無表情で…ううん、少し、驚いた様子で、まるで石像のように固まっている。
 

861: 2015/11/16(月) 01:12:49.68 ID:1hRSULfgo

 「りゅ、竜娘ちゃん…?」

私は、小声でそう呼びかけてみるけれど、まったく反応がない。

竜娘ちゃんは、ただただ身を強張らせて、おばさんと話し込んでいる女性の後ろ姿を見つめ続けている。

「ね、ねぁ、ちょっといい?」

そんな竜娘ちゃんの様子に気が付いたのか、大尉さんが女性にそう声を掛けた。

「ん、あ、はい?なんでしょう?」

「あの…えぇっと…あなた、六年前の風の月に黒服の人達にこの街に連れてこられた、とか、そんなことあったりする?」

「えっ…?」

その反応は、劇的だった。

大尉さんの質問に、彼女はさっと半歩引いて半身に身構えた。

返答を聞くまでもなく、明らかに動揺している様子だ。

「…だったら、なんだというのです…?」

彼女は、鋭い視線を大尉さんに投げつけながらそう聞き返す。

「あ、えぇと…警戒しないで。別にまた連れ去ろうとかそういうことを考えてるわけじゃなくって…」

大尉さんが彼女の様子にそう口ごもった。

大尉さんは見るからに困っている。

いや、驚いていると言った方が合っているのかもしれない。

 それもそうだ。私だって、彼女の反応をいまだに信じられずにいる。

こんなことって、あるの…?

本当に六年前の風の月に、特務隊にこの街に連れてこられたの…?

もし、もし黒服って言うのが人違いじゃなければ、この人が、もしかして…本当に…?

こんな、お肉屋さんの炭火焼きの前で…見つかっちゃうものなの…?

「あなた、何者ですか…?」

彼女は、鋭い視線で大尉さんを睨み付けながら、さらにそう言葉を継ぐ。

大尉さんは、口をパクパクとさせながら、やがて私に助けを求めるような視線を投げかけてきた。

 い、いや、大尉さん…えと、気持ちは分かるけど、その、竜娘ちゃんも固まっちゃってるし、えっと、確認できないんだけど、

二人の反応を見ればきっとそうなんだろうって思うんだけど、でも、魔界のこととかあんまり話したら良くないだろうし、

だけど竜娘ちゃんが持ち直してくれないと確認取れないけど栗色の髪の女性はすぐにでも刃物を取り出して大尉さんに切りかかりそうな勢いだし

 えええええっと、どどどどど、どうしよう…!?

 大尉さんのせいで、私まで頭の中に真っ白になって、そんな言葉しか浮かんでこない。

 でもそんなとき、ふわりと日除けのマントを翻らせて、大尉さんと女性の間に割り込む少女が一人。

誰あろう、零号ちゃんだった。
 

862: 2015/11/16(月) 01:13:54.27 ID:1hRSULfgo

 「子ども…?何なのです、あなたは…?」

そんな女性の言葉に、零号ちゃんは落ち着いた表情で、何も言わずにひょいっとこちらを指さした。

女性がチラリと私達に視線を向け、すぐに大尉さんへと鋭い眼差しを戻す。

「その子達が、なんだっていうんです…?」

女性がさらにそう低くうめく。そうなって、零号ちゃんはようやく静かに口を開いた。

「もう少し、よく見てあげて。知ってる姿とは少し違うかもしれないけど…たぶん、間違いないと思うんだ」

零号ちゃんの言葉に、女性は戸惑った様子を見せつつ、それでも再び私達…ううん、私と一緒にいた、竜娘ちゃんに視線を送ってきた。

 ほんの寸瞬の沈黙が、やけに長く感じられる。

そして、女性は何かに気づいたように、ハッとその表情を瞬かせた。

 その変化をどう表現していいか、私には分からなかった。

とにかく、彼女は一瞬の間に、目まぐるしく表情を変化させた。

 驚き、戸惑い、恐怖、不安、悲しみ、痛み、そして、喜び…いろんな気持ちが溶け合ったように見えた彼女の手から、ヤキトリの包みが零れ落ちた。

「うわっ」

小さな悲鳴をあげて、そばにいた零号ちゃんがそれを受け止める。

女性はそんなことも構わずに、涙に潤ませた瞳で竜娘ちゃんをじっと見つめた。

竜娘ちゃんの方も、私の傍らで固まったまま、じっと彼女見つめている。 

 にぎやかな街の雰囲気が私達の周りだけ途切れて、固唾をのむ私達と、何が起こったんだ、と言わんばかりの表情のお肉屋さんのおばちゃんが取り残される。

 竜娘ちゃんも、女性も、ほんの少しも身じろぎせず、口も開かず、ただただ、互いに見つめ合っているだけだ。

 どうしたらいいかな、って、きっとそう思っているんだろう。

私はそう感じていた。

それこそ、一昨日の晩に竜娘ちゃん本人の口から出た言葉だ。

いざとなった今、本当にそうなってしまっているんだ、っていうのは想像に難くなかった。

 私は、そっと竜娘ちゃんの肩をたたいてあげる。

「ほら、竜娘ちゃん」

耳元でそう促して、私はそっと竜娘ちゃんから離れた。

それだけで、私の役目は十分なはずだ。

そのまま、店の隅にみんなを押しやって、二人の様子を私達は見守る。

 竜娘ちゃんは一度、固く唇をかみしめると、ゆっくりとその口を開いて、動かした。

でも、竜娘ちゃんの口からは、言葉が出なかった。

強張って、うまく動かないのか、それとも、あまりに突然で“いうべき言葉”が吹き飛んでしまったのかは分からない。

ただ、私にはこみ上げる感情が、ひしひしと伝わってきていた。

 そして、竜娘ちゃんは強張った口を何度か震えるように動かして、もう一度ギュッと噛みしめると、かすれた、か弱い声色で、囁くように言った。

「お、かあ…さま…」

その言葉に、竜娘ちゃんのお母さんがまるで金縛りから解けたように地面をけって、竜娘ちゃんの体を抱きすくめた。
 

863: 2015/11/16(月) 01:14:56.63 ID:1hRSULfgo

「竜娘…あなたなのね…?そう、なのね…?」

「はい…はいっ…!お母さま…お母さま…!ずっと…ずっとずっと、会いたかった…!」

震える声のお母さんに、竜娘ちゃんはもう半分以上泣き声になりながら言い、ギュッと抱き着いた。

そして、いつもの竜娘ちゃんらしくなく、まるでお母さんに甘える子どもみたいに、勢いよくしゃくり上げ泣き出す。

 ギュッと、胸が掴まれるような、そんな感覚だった。

辛い思いや切ないことでこんな感覚になることはあったけれど、嬉しくて、本当に良かったと思ってこれを感じるだなんて、想像もしていなかった。

これまでの竜娘ちゃんが、どんなことを思って過ごしてきたのか。

お母さんへの思いを抱えて、何を感じて表に出さずにいたのか。

そんなことがいっぺんに伝わってきて、私はいつのまにかポロポロと涙をこぼしていた。

 不意に、横からドン、と何かが飛びついてくる。

見ると、零号ちゃんが私に抱き着いて来ていた。

零号ちゃんは私の胸に顔をうずめながら

「良かった…器の姫様、良かったよぉ…」

とグズグズと鼻水をすすりながらつぶやいている。

私もおんなじ気持ちだった。

 私もすぐに零号ちゃんの体をしっかりと抱きしめると、お姉さんと同じフワフワの黒髪に頬をうずめて

「うん、良かった…本当に良かった…」

と胸にこみ上げていた思いを口にしていた。

 竜娘ちゃん、本当によかったね…ずっとずっと、会いたかったんだよね…

もう大丈夫だよ。もうきっと離れ離れになんてならない。

二人そろって、お姉さんの待っているあの街に帰ろう。

そこで、今までできなかった分、いっぱい甘えて、いっぱい愛してもらっていいんだからね。

もう我慢なんてしてなくっていいんだよ。

 私は、零号ちゃんと抱き合って泣きながら、心の中でそんなことを思っていた。

 「ねぇ、ちょっとセンパァイ?誰か泣いてるみたいだけど、大丈夫?」

ふと、竜娘ちゃんの泣き声の合間に、そんな声が聞こえてきた。

「グス…ごめん、後輩ちゃん…あのね…!」

竜娘ちゃんのお母さんはそう言って顔をあげる。

 そして、店の中に入って来た一人の女性を見やって言った。

「私の娘が、会いに来てくれたの…!私を探して、こんな、こんな遠いところまで…!」

「へぇ、前に話してた生き別れの娘、っていう…?」

「うん…!」

そんな言葉を交わして、お母さんに抱き着いて顔が見えない竜娘ちゃんをしげしげと見つめる後輩さんを、

私は、ううん、私達は、固まった状態でただただ見つめていた。

本当に、息をするのも忘れて、ただ見つめていた。

 まるで理解ができなかった…

だって…

だって……

だって………

私達はその“後輩ちゃん”の顔を知っていた。
 

864: 2015/11/16(月) 01:16:08.68 ID:1hRSULfgo

 「ほら、竜娘…この人は、私の働いている大工のところに最近入ってきた人なんだ。お母さんの後輩なんだよ。ご挨拶できる…?」

竜娘ちゃんのお母さんは、凍り付いている私達のことなんて気づかずにそう言って竜娘ちゃんを促した。

お母さんの肩口に顔をうずめていた竜娘ちゃんは、コクコク、っと何度かうなずいて見せてから、ややあって顔をあげる。

お母さんに涙を拭かれて、“後輩ちゃん”に向き直った竜娘ちゃんは、まるで時間が止まったように体の動きをとめた。

同時に当然“後輩ちゃん”も凍り付く。

聞こえるわけはないんだけど、私には二人の体が固まるピシっという音が聞こえたような気がした。

 「な、な、な、な、な…」

「…!?」

“後輩ちゃん”がワナワナと口を動かし、そう言葉にならない声をあげ、竜娘ちゃんはいきなりお母さんに出会った以上の驚きで息を飲んだ。

 お店の中が、さっきとは違った意味で凍り付き、それこそ、まるで結界魔法に包まれてしまったかのように別の世界にあるようだった。

どうして…?

いや、氏んではないとは思ったけど…

なんでこんなところに…?

なんで、竜娘ちゃんのお母さんと一緒に…?

ていうか、なんで、大工…?

そんなどうでもいいような疑問までが私の頭をよぎる。

 だって…だって……だって………

だって、この人は、かつてこの世界を救おうと、大陸を割った人物なんだ。

そしてつい二年ほど前には、世界を破壊しようとした人物なんだ。

 フワフワとした黒髪を後ろで無造作に束ねて、肌は太陽に焼けて少しこんがりした色になっているけれど、

お姉さんと同じ色の瞳に、お姉さんによく似たその顔だち。

 この人の顔を、私達が忘れるはずはない。

忘れられるはずがない。

 私達の目の前に現れたその“後輩ちゃん”は、古の勇者、その人だった。

「な、な、な…なんで、ここに…?先輩の、娘…って、あなたのことだったの…!?」

勇者様は、ワナワナと震える体からそう声を絞り出し、それからハッとして顔をあげ、私達に視線を向けた。

再び沈黙が私達を押し固める。

 でも、そんなとき、どこからか聞こえて来た大尉さんの叫び声で、私達は動き出していた。

「か、確保ぉぉぉぉぉぉ!!!!」

「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

「でやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「えっ!?あっ、てやっ!」

「やぁぁぁ!」

「ちょ、まっ…!ぎゃぁぁぁぁぁ!!!」

私達それぞれの叫び声と私達に取り押さえられた勇者様の悲鳴は、賑わっている表の通りには、それほど大きくは響いたりなんてしなかった。




 

869: 2015/11/23(月) 22:28:35.39 ID:g/PD0yL+o




 ガタゴトと馬車が揺れる。もう何日もこうして移動しているけれど、一昨日ようやく中央高地を越えた。

もう直、あの様変わりした中央都市が見えてくるはずだ。

 「あのぉ…いい加減、この縄解いてくれないかな?」

「そ、それは出来ないですよぉ…」

「黙って座ってろ!」

 幌を掛けられた荷台の中に十六号さんのそんな声が響く。

「あんまり大声出さないでよ、馬が驚いちゃう」

御者台に座った大尉さんがこちらを振り返って小言を言った。それを聞いた十六号さんが肩をすくめて

「…ごめん」

なんて謝り

「ごめんなさい」

と、声をあげていない妖精さんまで口にした。

 荷台には、私と十六号さんに妖精さん。それから私にしがみついたまま、おろおろしている零号ちゃんに、縄でグルグル巻にされた勇者様が乗っていた。

 十六号さんと妖精さんは勇者様の見張り役。

零号ちゃんは、そんな勇者様が可哀想って気持ちとあのときのことを思い出して怖いって気持ちがせめぎ合っているらしくて、

翡翠海の港街を出発してからはずっとおろおろした調子で私に引っ付いて離れない。

あの街での頼れる姿はどこへやら、だ。

まぁでも、私はこんな零号ちゃんもなんだか可愛らしくって好きなんだけれどね。

 馬車にはこの五人だけ。竜娘ちゃんは乗っていない。

 あの日、勇者様のことがあって、大尉さんはすぐにお姉さんへと手紙を書き早馬を雇った。

さらに日が沈む頃にはこの馬車をどこからか買い付けても来た。

 勇者様の身柄を抑えた私達は、一刻も早くあの街を出て翡翠海と元魔王城である中央都市の中間地点にあたる砂漠の街で、

お姉さんからの勇者様の処遇に関する指示を受け取る必要があった。

 それに意を唱えたのが竜娘ちゃんのお母さんだった。

 何も、後輩だった勇者様の身を心配したわけではない。

いや、それもあったのかもしれないけど、それ以上に今抱えている仕事をいきなり投げ出すにはいかない、って思いがあるようだった。

 そして、竜娘ちゃんはそれを聞いてお母さんと港街に残る決断をした。

お母様の仕事に区切りが着いたら、必ず一緒に中央都市に戻るから、と私達に訴えた。

私達はそんな竜娘ちゃんの口から初めて聞くワガママを許してあげないわけにはいかなかった。

 だってようやく再会出来たんだ。ひとときだって離れたくないって思うのが普通のこと。

そしてそれは私達がずっと望んでいたことに違いはなかったんだから。
 

870: 2015/11/23(月) 22:29:19.80 ID:g/PD0yL+o

 「まぁ、もう少しの辛抱だから頑張って」

荷台でシュンしてしまった二人に、大尉さんが申し訳なさそうに苦笑いを返す。

 そんな会話を聞いていたのかどうか、零号ちゃんが私のマントをちょいちょいっと引っ張り不安げな表情を覗かせて聞いてきた。

「お姉ちゃん、勇者様にひどいことしないよね…?」

「うん、大丈夫だよ。あのとき皆にも話したけど、あれはきっと必要なことだったんだ。お姉さんもそれを分かってくれてる。心配いらないよ」

私は、語尾に付け足しそうになった「たぶん…」という言葉を飲み込んだ。いや、きっと大丈夫だとは思うんだけどね…

でも、お姉さん、裏切られたりすることには特に敏感だから…

同じ境遇にあった十六号さんがあのときの勇者様の行動の理由を知ってもなお、あれだけ怒っているんだ、ってことを考えると、不安が過ぎらないでもない。

 ただ、そのことを零号ちゃんに言ったって不安を煽ってしまうだけだし、

どの道お姉さんが勇者様を連行して来いって指示を出して来ているんだから連れて行かざるを得ない。

連れて行かないと分からない結果を連れて行く前に思い悩だりしたって、私の疲れが増してしまうだけだ。

そう考えたら、そんな思いは頭の隅の隅押しやっておく方が良いように思えた。

 「おぉ?はは、見て!お出迎えだよ!」

不意に御者台にいた大尉さんがそう声をあげたので、私は零号ちゃんを引き連れてのそっと荷台から前へと身を乗り出す。

 すると、私の視界には、遠くに見える石壁と、そしてその石壁の方からこちらに向かって来る二つの騎馬の影だった。

 ふふ、さすが親衛隊さんだ!

 私はふとそんな事を思って笑顔をこぼしてしまう。

「幼女ちゃん、あれって…」

「うん、そうだよ!身長が随分伸びたんだから!」

私はまるで自分の事のようにそう言って、それから大きく手を振って叫んだ。

「おぉぉい!十七号くーん!!」

 そう。立派な飾り鎧を付けた馬にまたがっているのは、我らが中央都市会議の親衛隊隊長補佐官見習いの十七号くんと、

元は鬼族だった十七号くんのお目付役兼第三警備班の班長さんだ。

「よぉ!おかえり!」

十七号くんは馬を馬車の横に付けるなり、精悍になったその顔を笑顔に変えてそう言ってくれた。それからすぐに私に引っ付いていた零号ちゃんに気付いて

「零号も…久しぶりだな!甘ったれは相変わらずか?」

なんて声を掛ける。それを聞いた零号ちゃんは、ぷくっと頬を膨らませて

「違うよ、今ちょっと困ってるだけだもん!」

と強がってみせてから、

「でも久しぶり…ちょっとカッコ良くなったね」

と笑顔を溢れさせた。そんなことを言われた十七号くんは、へへへっと朗らかに笑って

「そっか?ありがとう」

と慌てた様子もなく嬉しそうに礼を言う。

 零号ちゃんの言うとおり、十七号くんはちょっとカッコ良くなった。身長が伸びてグッと大人っぽくなったから、っていうのもある。

でも、それ以上になんて言うか、とても大人びた魅力が溢れて来ているようにな感じだ。

それというのたぶん、あの日からしばらく経って、怪我やなんかが落ち着いて来た頃から始めた兵長さんの厳しい剣術修行と魔道士さんの手習いのお陰だろう。

 まだまだお姉さんには一人前として認めてもらえずに「親衛隊長補佐見習い」なんて長ったらしい上に威光も何にもない肩書を背負って、

それでも十七号くんは挫けず腐らず、今もまだ日々特訓の毎日だ。
 

871: 2015/11/23(月) 22:29:58.05 ID:g/PD0yL+o

 そんな話をしている間にパカポコと蹄の音をさせて、班長さんが荷台の後ろに回って中を覗き込んでいた。

「その女性が、例の…?」

「そ。あぁ、班長さん、見張り役変わってよ。アタシ疲れちゃった」

勇者様の顔を見て言った班長さんに、十六号さんはグッタリと肩を落として訴え出る。でも、班長さんは苦笑いを浮かべて

「お役目は果たすべきですよ、筆頭従徒様」

なんて言ってその頼みを断る。

 従徒、って言うのは十六号さんや私、竜娘ちゃんに十八号ちゃんのことだ。

従徒は、今の中央議会の議長であるお姉さんが任命した執政官さん達、つまりは兵長さんや魔道士さんやサキュバスさん、

班長さんのように新しく加わった人達に、各地を巡検している隊長さんのような人達に付き従って、

勉学やなんか以外のうんと専門的なことを学んだりときどき仕事を手伝ったりする。

執政官さんは街が魔王城だったころにいた仲間以外に増え、力を合わせて街の運営をしている。

従徒も私達だけじゃなく、人間や元魔族の子どもの中でも優秀な子ども達が引き立てられ、手習い所では学べない実践的な知識や経験を教えこまれている。

そんな従徒をまとめる役が十六号さんだ。

従徒達はみんな将来的には街の運営に携わるかも知れないし、従徒ではないんだけど、

親衛隊長補佐見習いの十七号くんはこのまま軍人さんとして正規の親衛隊員になれるはずだ。

 「それ、仰々しくてヤだよ」

「そんなことを仰るものではありません」

辟易した顔で呟いた十六号さんを、班長さんはそう言って諌めた。それから班長さんは

「しかし、お話通り議長様の面影がございますね」

と勇者様に視線を戻して言う。

「ホント…そこがまた憎らしいよ。十三姉ちゃんの遠い血縁なのに、十三姉ちゃんを裏切ったんだぞ、こいつは!」

班長さんの言葉に、十六号さんは再びいきり立ってしまった。

 実は、あの日、この大陸を滅ぼそうとした“災厄”は、お姉さんの手で討ち滅ぼされたことになっている。別にお姉さんの名声のためじゃない。

そうでも言っておかないと、大陸中が不安に覆われてしまうかもしれないと思ったからだ。

もしかしたら本当に氏んじゃっているのかも知れなかったし、当の勇者様が、そう語り継いで欲しいと願っていたはずのことだった、という理由もある。

 幸いというか、あの日、魔王城の空に現れた異形の“災厄”は、今の勇者様とは似ても似つかない、おぞましい風体をしていたし、

仮に勇者様を目の前にしたところで、きっとあの“バケモノ”が勇者様だった、なんて思いも拠らないだろう。

 ただし、それはあの街の中枢機能を担う一部の人達には本当のことが話されていた。

特に、各地に出ている巡検班の面々にはどこかで見かけたら即刻捕縛し、議長であるお姉さん連絡を取るようにと命じられている。

班長さんを含めた私達の側を守ってくれる親衛隊の幹部さん達も、その中に含まれていた。
 

872: 2015/11/23(月) 22:30:40.67 ID:g/PD0yL+o

 「まぁまぁ、十六姉ちゃん、そうカッカするなって」

「だけどさ!」

「勇者様には勇者様の考えがあって俺達の手助けをしてくれたワケだろ?感謝こそすれ、怒るのは違うと思うぜ?

 特に、まんまと策にハマった俺達は、どっちかって言うと勇者様と一緒に十三姉ちゃんに謝らなきゃいけない立場なんだし」

十七号くんが肩をすくめてそう言ってみせる。すると十六号さんは、ぐうっと歯噛みして、それ以上何も言えなくなってしまった。

そう、それは本当に、十七号くんの言う通り、だ。

 「ねぇ、十七号くん」

不意に私の傍らにいた零号ちゃんがそう声を上げた。十七号くんはどうした、と言う代わりに、零号ちゃんの顔を見据える。

そんな零号ちゃんの口から、不安げな言葉が漏れた。

「お姉ちゃん、勇者様にひどいことをするつもりかな…?」

相変わらず私のマントを握っていた零号ちゃんの手が小刻みに震えている。それだけ、不安なんだろう…

 でもきっと、十七号くんは零号ちゃんに「そんなことない」、って言ってくれる。私はそう信じて十七号くん顔を見つめた。

 十七号くんは、零号ちゃん私の思いに応える前に、チラッと街の方を見やると、おもむろにふぅ、ため息を吐いた。表情は、複雑そうだ。

「石頭なのは相変わらずだからなぁ“議長様”は…」

そんな皮肉っぽいことを言った十七号くんは、そのまま私達に街の方を顎でしゃくってみせる。

ハッとして街の方に目をやると、三の壁の門かから無数の騎馬隊がこちらに向かって来ている姿が目に入る。

あれは…親衛隊第二班と、班長さんが束ねる第三班の人達のようだ。

「どうやら姉ちゃんはご機嫌ナナメらしいな。最上級警備で当たるみたいだ」

 そう…あの騎馬隊はお姉さんの指示で私達を警備しに来たんだね…私達を守るためじゃなく、勇者様がおかしなことをしないように…

 私はそのことに気が付いて思わずそばにあった零号ちゃんの手をギュッと握ってしまっていた。

これがきっと、お姉さんの気持ちの現れなんだ、って、暗に感じ取れてしまったから…。



 

873: 2015/11/23(月) 22:31:30.51 ID:g/PD0yL+o



 私達は親衛隊の騎馬隊三十騎に警護されてようやく中央都市へたどり着いた。

一年前に零号ちゃんが隊長さんと巡検出発する頃にはまだ計画中だった三の壁がもうほとんど出来上がっていて、そのことだけには零号ちゃんは驚いている様子だった。

 街では沢山の人から

「おぉ、随分と早かったじゃねえ、従徒のお城ちゃん方!」

「あら、おかえりなさい!長旅ご苦労様だね!」

なんて労りの言葉を掛けてもらったけど、それをちゃんと聞けるほど気持ちに余裕がなくて、作り笑いしか出来なかった。

 お姉さん、まさか勇者様を頃すだなんて言わないよね?そうでなくても幽閉するとかって言い出したらどうしよう…?

 私は今まで頭の隅に追いやっていたはずの心配や不安が頭の中で暴れまわっているのを感じて、ぎゅうぎゅうと胸を締め付けられる。

 そうしている間に私達は元魔王城の建物だった、今は議会本部と呼ばれている私達が生活したり、住民の代表と議長のお姉さんが話し合う議事堂なんかが入っている建物に到着してしまった。

班長さんによって黒い袋を頭から被せられた勇者様の前後左右には親衛隊の隊員さん達が張り付き、勇者様に巻かれている縄を手にぎゅっと握っている。

私達は先頭に立ち、お姉さんの居る議長室へを重くなった足をすすめる。

階段を2つあがって出た廊下を右にまっすぐ進み、元はあの暖炉の部屋だった議長室へ着いてしまう。

 「議長様。要人をお連れ致しました」

扉の前で班長さんがそう報告すると、そお向こうから

「入れ」

と言うくぐもった声が聞こえてきた。

 ここまで来たら、もうどうしようもない。私は零号ちゃんと妖精ちゃんと目を合わせて覚悟を決め、

最後に十七号くんを見て勇気をもらってから、目の前の扉押し開けた。

 中には色彩豊かなじゅうたんが敷かれ、その向うには書類が山積した大きな執務机があり、そこに、明らかに不機嫌そうな顔をしたお姉さんが座っていた。

その傍らには、同じく引き締まった表情をした兵長さんがいる。

でも、おかしいな…サキュバスさんや魔道士さんはどうしたんだろう…?

国王軍を抜け、今はここで要職に就いているはずの弓師さんの姿もない。

 「そこに」

そんなことを気にしている間にお姉さんが部屋の真ん中顎でしゃくるので、親衛隊員さん達が勇者様を部屋の中央に座らせた。

「班長級以外の者は下って通常任務に復帰してくれ」

「はっ!」

兵長さんの引き締まった声が響いて、隊員さん達は返事をすると足早に部屋から出ていき、大きな扉が閉められた。

部屋には私と零号ちゃん、妖精さん、十六号さんに大尉さん。それに班長さんと十七号くんに一班の班長を務める鳥の剣士さんと二班の班長さん。

そして、兵長さんとお姉さんに勇者様だけだ。
 

874: 2015/11/23(月) 22:31:59.09 ID:g/PD0yL+o

 一瞬、胸が詰まるような緊張感が漂う。そんな中で口を開いたのは、誰でもない、お姉さんだった。

「よう、久しぶりだな」

ギシっとお姉さんがイスから立ち上がり、敵愾心まる出しの視線で勇者様を見据えながら言った。

「あぁ…その、うん…」

勇者様は、顔を引きつらせてそう応える。そんな勇者様の元に歩み寄ったお姉さんは、勇者様のすぐ前に立って肩を怒らせながら勇者様を見下ろして言う。

「随分と血色がいいじゃないかよ、えぇ?どこをふらついてると思ったら、まさか観光地で大工とはな」

「あぁ…やっぱり生きてたってのは、バレてた?」

「まぁな。あんたの氏体が出なかったから、何かやったと思ってはいた…いや、正確に言うなら、幼女の予想だったけど」

お姉さんはそう言って、私をチラッと見やった。そんなお姉さんの意思を受けて、私が当時考えたことを勇者様に説明する。

「うん…最初は基礎構文と一緒に消滅しちゃったのかと思ったけど…でも、良く考えたらあのとき勇者様は基礎構文を消したんじゃなくて取り込んでた。

 だから、勇者様は氏んだんじゃなくて、身体に宿した基礎構文を使ってどこかに転移魔法か何かで移動したんじゃないかって考える方が自然かなって」

すると、勇者様はがっくりと肩を落として

「…あなたは本当に頭がいいよね…」

なんて呟いた。

 「で?」

と、お姉さんが口を開いて、勇者様の注意を自分に引き戻す。そしてお姉さんは、端的に勇者様に問いただした。

「基礎構文はどうした?」

そう、勇者様が私の予想通り生きていたのなら、もう一つの仮定である「基礎構文は勇者様が取り込んだ」というのもおそらくは正しい。

それを気にしない、と言う方がどうかしている。もし基礎構文がまだどこかに存在しているのなら、私達にはそれに抗う術がない。

「あたしの責任で転移した大陸の果てでちゃんと消滅させたよ」

勇者様は、お姉さんのその問に顔を上げ、お姉さんの目をジッと見て応える。

「…嘘は言ってないな?」

お姉さんはそれでも疑いの眼差しを向けてもう一度聞く。でお、勇者様は表情を一切変えずに

「誓って、本当だ」

とお姉さんと同じく、端的に、そして確信を持って答えた。

 それを聞いたお姉さんは、ひとまずふうとため息を吐くと、すとん、と肩を落とした。

 その様子を見て、私はホッと胸を撫で下ろす。どうやらお姉さん、勇者様をどうかしようだなんて思ってはいないみたい。

これで、あとはうまく仲直りが出来れば言うことないんだけど…

 なんて、思っていた私はまだ状況が理解できていなかった。

お姉さんは今度は、ふんぞり返って腰に手を当てると、色のない視線で勇者様を見下ろしながら言った。

「…よし、それならその首刎ねたら殺せるな?おい、誰か剣を貸せ」

「なっ……!?」

思わぬ言葉に、誰よりもまず勇者様がそう息を飲んだ。
 

875: 2015/11/23(月) 22:32:54.07 ID:g/PD0yL+o

「お、お姉さん!ちょっと待ってよ!」

「お姉ちゃん、ダメだよ」

「城主さま!そんなことしちゃダメですよ!」

「じょ、議長様、それはちょっと早まり過ぎでは…?」

私に零号ちゃん、妖精さんに班長さんもあまりのことに一斉にそう声をあげていた。

でも、お姉さんは今まで見たことのないくらいに目を据わらせた表情で、笑顔のように奇妙に口元を歪ませながら

「良いから貸せ!あたしらを謀ったやつだ…信用出来ない。ここで斬って捨てる。もし基礎構文のことが本当なら、その命を以って真実だと証明しろ!」

と言い放った。その言葉に、当の勇者様も私達も激しく動揺する。

お、お姉さん…そこまで勇者様のことを憎んじゃってたの…?

だってあのときは、お礼のひとつでもしておきたかった、って、そう言ってたのに…なんで…どうして…?!

 混乱して、あまりにも驚いて、私はそれ以上言葉が継げずにいた。

それなのにお姉さんは早くしろと言わんばかりに勇者様の羽織っていたマント引っ掴んでその体をガクガクと揺さぶり始める。

「お、お、おい!止めるぞ!」

「議長様が寝不足で壊れた!」

「ちょ、議長様!気を確かに!」

その瞬間、親衛隊の班長さん達三人がそう叫んで飛び出し、お姉さんを床へと組み伏せた。

「離せっ!やめろぉぉ!」

「縛れ!…誰か、縄持って来い!」

「議長様、気を確かに…!」

「ぐぬぬ…」

ジタバタ暴れるお姉さんを三人掛かりで縛りあげた班長さん達は、そのまままだ何か恨み言叫んでいるお姉さんを引きずって議長室から運び出して行った。

 本当にあまりのことに、私達も勇者様も、ただただ呆然としている。

そんな中一人だけ落ち着いていた兵長さんが凛とマントを翻らせて勇者様の前へと歩み出た。

「…さて、すまなかったな、勇者殿…」

「あ…あぁ、うん、その…助かったよ…」

勇者様は心底驚いた、って顔をして兵長さんにそうお礼を言う。すると兵長さんは肩を竦めて苦笑いを浮かべながら

「議長様はここのところ、姫君の夜泣きで禄に眠れていないのだ。

 今しがたようやくひととき眠れるという頃合いで、貴殿が到着した旨の知らせで叩き起こされてしまってな…」

とため息混じりに返した。

 なるほど…お姉さん、今日は特別虫の居所が悪かったんだ。

どうやらサキュバスさんも居ないみたいだし、お姉さんは姫ちゃんの面倒を見ながら政務にあたって、夜泣きしたら起きて寝かせ直してまた朝から政務を…

それは…うん、せっかくちょっと寝れるってところで勇者様に邪魔をされたら…そりゃぁ、まぁ、あれだけ怒っても仕方ないと言うか…

納得出来てしまうというか…
 

876: 2015/11/23(月) 22:33:30.22 ID:g/PD0yL+o

「ひ、姫君…?」

勇者様が不思議そうにそう尋ねる。

「あぁ、ご息女だ。議長様の、な」

「あぁ、そういうこと…」

「気が立っているのだ。許されよ」

「まぁ、あたしはあなた達に文句を言える立場じゃないしね…」

「感謝する」

兵長さんは、いつも通りに礼儀正しくそう言い、勇者様に目礼を捧げた。

それから顔をあげた兵長さんは、改まった様子で勇者様に問いかける。

「では、話を戻そう…我が盟主に代わって、二つ尋ねたいことがある。ひとつに、基礎構文の消滅は誓って真実か?」

「ああ、もちろん。この身の中に宿しておけば、あたしは永遠に近い生を得ることになる。神になることなんてあたしは望まない。

 贖罪が済んだとは思ってないけど…でも、あたしは人としての生のすべてを、そのために使おうと思っている」

兵長さんの言葉に、勇者様はそう答えた。兵長さんが、チラッと私に視線を送ってくる。その目は私に何かを問いかけるような、そんな視線だった。

兵長さんは、冷静だ。あのときの勇者様の行動がお芝居なんかじゃなければ、私達はこんなところに無事に居られるわけがない。

それが分からない兵長さんではないはずだ。きっと、兵長さんは、勇者様の言葉を信じている。

そして、だからこそ、私に同意を求めてるに違いない。

 そう思った私は、黙ってコクっと頷いてみせる。すると兵長さんは、微かに笑顔をみせてから勇者様に視線を戻した。

「信じよう。まぁ、その点は先の戦いのことを思えば疑う余地はない。もし貴殿がその気なら、大陸はあの日の晩に滅んでいただろうからな」

「あの子はそう思ってくれてないみたいだけど…」

せっかく兵長さんがそう言ったのに、お姉さんを思い出してか勇者様はそんなことを言って身震いしてみせる。

でも、今度は兵長さんはそれには反応せず、まっすぐに勇者様を見つめて再び口を開いた。

「…では、もう一つ。今はこちらの方が重要なのだ」

 そう、それは、私と兵長さんがあの戦いから半年ほどして気が付いた事実だった。

このことは、ある意味では勇者様が未だに基礎構文を宿しているかも知れない、って懸念よりもっとずっと深刻なことだ。

勇者様が見つかってから、ずっと確かめたかったこと。私は兵長さんの言葉に思わず息を飲んで成り行きを見守る。

「…?」

何も口にせず、ただ首を傾げるだけの勇者様に、兵長さんは口を開いた。

「基礎構文とは、魔力を精製するための結界であったとのことだが、

 そうであれば、基礎構文を作り出した段階ではまだ魔法も魔力も存在しなかった、ということになる。

 つまり、基礎構文とは、そもそも魔力や魔法がなくとも作り出すことが出来るものだと考え得る。

 そこで、我々がもっとも危惧すべきは」

「…もう一度誰かが、基礎構文を作り出す、か…」

勇者様が、兵長さんの言葉を先取りしてなぞる。兵長さんは続きを飲み込み、コクっと頷いて

「その通りだ」

と押しこもった声で言った。
 

877: 2015/11/23(月) 22:34:31.46 ID:g/PD0yL+o

「…それも、あの子が気付いたの?」

勇者様は、兵長さんの質問に応えるよりも先に、そう聞き返しながら私を見やった。

「いや、これは私と彼女の合議だな」

兵長さんがすぐにそう答えると、勇者様はなんだか呆れたような、安心したような、どちらともつかないため息を吐いて、私に苦笑いを見せ

「そっか…でも、やっぱりあなたも噛んでるんだね…流石だよ…」

なんて言ってくれた。

 二年前から、私はどうやら勇者様に相当買われているらしい。

嬉しいような、照れくさいような、なんだか居心地が悪いような、お姉さんや十七号さんの手前、複雑な気分にならないでもない。

 勇者様は兵長さんに視線を戻すと、縛られた体をクネクネと動かして

「ちょっと、あたしの首飾りとってくれないかな?」

と首元に掛かる紐を見やすくして言う。

兵長さんが恐る恐る勇者様の首からその紐を手繰って引っ張り出すと、そこには白っぽく半透明の小さな石のようなものが括りつけてあった。

「…これは、水晶の類か?」

怪訝な顔をして問いかけた兵長さんに構わず、勇者様は続けた。

「確かに“円環”の理、基礎構文を作り出すのに魔力は必要ない。でも、代わりに、この石が必要なんだ。あたし達の時代には、白玉石って呼んでいた。

 これは、魔力の元となる自然の力を強く内包した石で、基礎構文を作り出すにはこの白玉石を使うんだ」

「こんな一欠片の石で、なのか…?」

勇者様の話に兵長さんがそう尋ねる。すると勇者様は首を横に振った。

「いや、こんな欠片じゃ何も出来ない。“円環の理”でもう一度大陸を覆うとなったら、山の様にこの石が必要だ。

 白玉石を近寄るだけで火傷するくらいにまで煮詰めて溶かして、その溶液で“円環の理”の構文を綴る。そうしてようやく、だ」

「では、大量のその白玉石と魔法陣の描き方が分かれば、基礎構文は再び蘇る可能性があるのだな?」

兵長さんの質問に、勇者様は頷いた。

「理論的には。だけど、この大陸ではもう無理だと思う」

「なぜだ?」

兵長さんは、眉を潜める。そんな兵長さんに勇者様は続けた。
 

878: 2015/11/23(月) 22:35:10.76 ID:g/PD0yL+o

「そもそも、“円環の理”を真に理解している者がいない。それは、この一年で少し調べてみただけでも分かった。

 まぁ、『管理者』の末裔達はどうかは分からなかったけど、仮に知っていたところで、この大陸にはもう、白玉石がないんだ」

「そんな石ころが、ない、だと?」

「そう。さっき言った通り、この石は自然の力を内包した石なんだけど、この石が出来上がるには途方もない長い月日が必要になる。

 長い長い間に、自然の力が凝固して結晶になるんだ。だけど、この大陸内の白玉石は基礎構文を発生させたことで基礎構文に還元されて消滅した。

 “円環の理”が発生した時点でそれを維持するために、自然の力が白玉石になるのではなく基礎構文の方へ供給されるよう、

 人為的に歪められた新しい循環が基礎構文、“円環の理”そのものによって規定されたからだ」

勇者様の言葉に、私は息を飲んだ。そう、だから“円環の理”なんて呼んでいたんだ。

基礎構文は、自然の力の循環を都合の良いように作り変えるための、新しい円環を生み出すための魔法陣だったということだ。

 そんな話を息が詰まるような思いで話を聞いていた私のマントを引っ張って、零号ちゃんが耳元で囁いてくる。

「幼女ちゃん、私、なんだか頭が痛い…」

「零号、気持ち分かるぞ…」

そんな言葉に、十六号さんも苦い表情で頷いている。

「バカだな二人とも。俺達みたいなのに分かるワケないだろ」

十七号くんはなぜだか得意げにそんな事を言っている。

 零号ちゃんに十六号さん…あとで説明してあげなきゃな…あ、そ、それはともかく…そう、白玉石、だ。私は兵長さんと勇者様に視線を戻す。

「…もし、基礎構文の発生と維持がそのような構造になっているのだとしたら、

 再び基礎構文を作るだけに必要な白玉石が結晶となるには、どれだけの時間が掛かる?」

兵長さんは、険しい表情をしながらもそう勇者様に聞く。そう、そうだ。大事なのはそのこと。

 兵長さんの質問に、勇者様は少し考えるような表情を見せてから答えた。

「さぁ…それはあたしにも分からない。確かなことは、百年やそこらじゃ、爪の先程も出来ないってことだね。

 それこそ、あたしが封印されてた年月なんかとは比べ物にならないくらい、長い長い年月だ」

「…そうか…では」

「安心していい。あなた達が危惧しているようなことがこの大陸で起こるとしても、それは想像も付かない程の遠い先だ」

勇者様はそう言うと、兵長さん私を代わる代わる見つめた。その目は嘘を言っているようには見えなかった。
 

879: 2015/11/23(月) 22:35:36.18 ID:g/PD0yL+o

あの日、私達を騙して“生け贄のヤギ”を引き受けたときのような、悲しい笑みもない。嘘を言わなきゃいけない理由も思い当たらないし、疑うような部分もない。

もし嘘だとしても私達にそれを確かめる方法はないけれど…でも、私は勇者様の言葉を信じられると、そう思った。

勇者様は、あんな日記を書き残した人なんだ。“円環の理”を作り、世界を変えてしまったこと、そお力で世界を分かってしまったことを悔いていた。

それは、私達や大陸全土からの怒りや憎しみを向けられるためにあんなお芝居をしなきゃならないって思うほど、勇者様を深く責め立てていたんだ。

 今度は、きっと大丈夫。一つだけ気掛かりはあるけれど…多分それも些末なことだ。

 私は勇者様と兵長さんに頷いてみせる。すると兵長さんも頷き返してくれて、そして勇者様に視線を戻してもう一度確認をする。

「…信じて、良いのですね…?」

すると勇者様は真剣な表情で

「誓うよ」

と答え、それからすぐに眉を垂れ下げ情けない表情を見せると

「だから、その…き、斬らないでくれる…?」

と兵長さんに懇願した。

 その代わり身が可笑しくって私は思わずクスっと吹き出して笑ってしまった。

兵長さんも同じだったのか、ようやく表情をほころばせると、腰に差していた探検を抜き、勇者様に掛かっていた縄を切って解放し

「斬られることを恐れられるのであれば、真実なのでしょうね…」

なんて言い、それから勇者様に対して跪くと深々と頭を下げ、まるでこの世界を救った英雄にするような最敬礼の姿勢で勇者様に言った。

「おかえりなさいませ、勇者様」


 

880: 2015/11/23(月) 22:36:12.12 ID:g/PD0yL+o




 勇者様は、それから議会本部の三階にある居住区画の一番奥の部屋へと連れて行かれた。

 一応念の為に、と、大尉さんの指示で大尉さんの側近で竜娘ちゃんを助けに王都へ行った際に私達を助けてくれた中尉さんと

その腹心の部下数名が警備についてくれることになった。

まさか十六号さんやお姉さんが夜襲を掛けて首を取る、なんてことをするとは思わないけど、他の誰かが勇者様のことを恐れてそんなことをしないとは言えないし、

警備をすることでもしそういうことを思った人がいたとしてもそんな気をなくさせることと、逆に勇者様がまたなにか一人で変なことをしないためには必要だ。

 私は勇者様が奥の部屋へと入ったのを見届けて、零号ちゃんと十六号さんと一緒にお姉さんの待つ四階の部屋へと向かっていた。

あんなに荒れていたお姉さんのことが心配だったし、それにサキュバスさん達他の執政官がどうしちゃったのかを聞かなきゃいけないような気がしていた。

 零号ちゃんはさっきのお姉さんの姿を見てすっかり怯えてしまって、部屋へと向かう廊下を歩きながら、相変わらず私のマントを握って

「大丈夫かな?大丈夫だよね?」

としきりに私に聞いて来た。

その度に私は

「きっと平気だよ」

なんて笑顔で返してはおいたけど、本当のところは直にお姉さんの顔を見ないと分からない。

 十六号さんは

「良かったんだよ、あれで。いい薬だ」

なんて言っている。でも私としては、そう言うことなしに二人には仲直りをして欲しい、ってそう思っていた。

 私達はお姉さんの部屋の前についた。

姫ちゃんが寝ているといけないから、そっと扉をノックする。

するとすぐに

「開いてるよ」

と言うお姉さんの声が聞こえて来た。

私がノブに手をかけると、一瞬、零号ちゃんが私のマントを引っ張ってそれを制止する。

振り返ってみたら、零号ちゃんは深呼吸をして、気持ちを整えているところだった。

零号ちゃんってば、お姉さんや十六号さん達のことになると、いつだってこんな感じになる。

もちろん私はそれが零号ちゃんの生い立ちのせいだ、ってのは分かっているから、無理に急かしたりなんてしない。

零号ちゃんが自分でそういう怖さを乗り越えられるまで、私はそばにいて安心させて上げるだけだ。

 ほどなくして、零号ちゃんはギュッと結んだ唇を緩めて

「だ、大丈夫」

と低い声で私に言ってきた。私は零号ちゃんにうなずいてあげて、マントを握っていた手を取った。

そして、反対の手でドアノブを回し、扉を開ける。
 

881: 2015/11/23(月) 22:36:59.76 ID:g/PD0yL+o

 そこには、ソファーに腰掛け、自分で淹れたらしいお茶をすすっているお姉さんの姿があった。

さっきの荒ぶる姿はどこへやらで、一見して気持ちが落ち着いているのが分かる。

 「お姉さん」

「あぁ、おかえり。さっきは悪かったな」

顔をのぞかせた私が言うと、お姉さんはそう言って私に謝る。

それから、次いで私に手を引かれて部屋に入った零号ちゃんを見るや、お茶のカップをローテーブルにおいてソファーから立ち上がった。

「零号!」

お姉さんはそう言って零号ちゃんに向かって両腕を広げて見せる。

それをみた零号ちゃんは、とたんにこわばっていた表情をパッと明るくして、私の手を振りほどき、部屋を駆けてお姉さんの腕の中に飛び込んだ。

「ただいま、お姉ちゃん!」

「はは、おかえり、零号。さっきはあいさつもできなくってごめんな」

零号ちゃんを抱きすくめたお姉さんはそのままソファーにどっかりと腰を下ろし、零号ちゃんを膝の上に引っ張り上げて、さらに愛おしそうに回した腕に力を込める。

「はは、ちょっと重くなったな。身長もだいぶ伸びたんじゃないのか?」

「うん!あのね、金獅子さんに剣を教わった、ずっと上手くなったんだよ!」

「そうか!それなら、今度の訓練のときにでも見せてもらいたいな!」

「うん!あとね、それからね…!」

零号ちゃんはお姉さんに抱きしめられながら、隊長さん達巡検隊と旅をして回った街や村の話を楽しげにお姉さんに話し始める。

お姉さんは、そんな零号ちゃんの話をちょっと大げさに反応をしながらも、嬉しそうに聞き入っていた。

 零号ちゃんは、魔法の力によってお姉さんの血から生まれた子だ。お父さんもお母さんもいない。

唯一、血の繋がった家族と呼べるのは、零号ちゃんの元となった血の持ち主であるお姉さんだけだ。

 零号ちゃんにとってはお姉さんこそが竜娘ちゃんにとってのお母さんと同じで、私や十六号さんとのつながりよりももっともっと強い絆と思いで繋がっている相手なんだ。

 「やっぱり、甘ったれは治ってないよな」

そんな姿を見ていた十六号さんが、ニタニタと笑ってそう言う。

「頼もしいのも好きだけど、ああいう零号ちゃんも可愛いよね」

私も思っていたままのことを十六号さんに言った。

 すると、話が途中だった零号ちゃんは

「お姉ちゃんは特別なんだもん!」

なんて笑顔で言って、それから一際力を込めてお姉さんにギュッとしがみつくと、少しして名残惜しそうにお姉さんの膝から飛び降りた。

それから零号ちゃんは控えめに

「お姉ちゃん…あの、姫ちゃん、寝てる?」

とお姉さんに尋ねる。するとお姉さんはすぐに

「あぁ、そうか!あんた、姫には初めて会うんだったな!」

と気がついて立ち上がると、ベッドのそばにあった赤ちゃん用のベッドまで歩き、毛布にくるまれた小さな塊を慎重に抱き上げて戻ってきた。

 ソファーに腰掛けたお姉さんは、零号ちゃんを手招きして呼ぶ。ついでに、私と零号ちゃんもそばによって、泣き虫姫ちゃんの顔を覗き込んだ。

 まだ一歳だっていうのにお姉さんと同じ黒髪はすでにモフモフ、口元や鼻筋はサキュバスさんに似ているかな?

目は、今は寝ていてつぶっているけど、形も黒い瞳の色もお姉さんそっくりなんだ。
 

882: 2015/11/23(月) 22:37:29.74 ID:g/PD0yL+o

 「あの、触っていい?」

「ん?あぁ、もちろん」

お姉さんからそう返事をもらった零号ちゃんは、恐る恐る手を伸ばして、姫ちゃんのほっぺたをツンツンとつついて

「柔らかい!」

とささやき声で絶叫する。でも、そんな様子の零号ちゃんをみたおねえさんは笑って

「なんだよ、遠慮しちゃって。ほら、おいで」

と言うや、姫ちゃんを片腕で抱き、もう一方の腕で零号ちゃんを引き寄せるとその膝に乗せた。

「手、出して」

「えっ!?」

お姉さんに言われて戸惑いつつも両手を前に突き出した零号ちゃんのその腕に、お姉さんは自分の手で支えながら姫ちゃんの体を預けた。

「えっ…えっ…!お姉ちゃん…私抱っこって分かんないよ!落としちゃうよ!」

相変わらずのささやき声で今度はそんな悲鳴をあげた零号ちゃんを、お姉さんは正面から姫ちゃんごと抱きしめる。

「じゃぁ、覚えてくれよ。あんたはこの子のお姉ちゃんなんだからな」

「私が…お姉ちゃん?」

「まぁ、正確に言ったらオバさんが一番近いんだろうけどな、きっと。でも…あたしにとってはあんたも姫もおんなじだ。

 あたしの大事な大事な血のつながった家族なんだよ」

お姉さんはそう言うと、零号ちゃんと零号ちゃんが抱いた姫ちゃんを両方まとめてギュッと抱きしめる。

そんなことを言われた零号ちゃんはその顔を今まで見たことないくらい真っ赤にさせてお姉さんに体をあずけながら、

ジッと見つめた姫ちゃんの体を支えていた腕に柔らかく力を込めた。

 ソファーの上に座ったお姉さんの膝に乗った零号ちゃんが大事そうに姫ちゃんを抱きしめて、三人がギュッとくっつき合う。

 私は、そんな様子を少し遠巻きに眺めてしまっていた。

それは、竜娘ちゃんとお母さんが再会したときに感じた気持ちと似ている。

少し違う気もするけれど、どっちも同じ、胸が暖かな心地になる。

 いいよな、こういうのって…

「はは、絵になりそうだな」

十六号さんの声が聞こえて来たので顔を見上げようと思ったら、ガシガシっと私は頭を撫でられていた。

「うん、本当に…」

私は、十六号さんにそう答えて、胸にこみ上げる暖かな気持ちを、ゆったりと味わう。

それからしばらく、私は小声でささやき合うお姉さんと零号ちゃんの姿を、十六号さんと二人でジッと見つめていた。

 どれくらい経ったか、ようやく部屋の空気がこなれて来た。

 「そう言えばお姉さん。サキュバスさん達見かけないけど、どうかしたの?」

私は気を取り直してお姉さんにそう尋ねた。

するとお姉さんは零号ちゃんから私に視線を戻して

「あぁ、それがな…」

なんて渋い顔をする。

「竜族将がしくじってさ」

「竜族将さんが?」

お姉さんの言葉に、私は思わずそう聞き返していた。
 

883: 2015/11/23(月) 22:38:16.97 ID:g/PD0yL+o

 竜族将さんは、あの戦いのあとしばらくの間は西大陸全土からの物資輸送を行ってくれていた。

半年ほどしてこの辺りの情勢が落ち着いた頃には、この中央都市へ大勢の兵隊さん達を引き連れて戻って来てくれた。

竜族将さんは執政官として、兵隊さん達は親衛隊と防衛隊とに分けられこの街の治安部隊として活躍してくれている。

 そんな竜族将さんは私達が竜娘ちゃんのお母さんを探す旅に出る少し前に、

元サキュバス族だった人達が中心となって治める西部大陸のさらに西側の土の民の氏族領へと、交易と物資交換の協議のために赴いていたはずだ。

「あの石頭、とりあえず最低限で良いって言ったのに、ずいぶんと押しちまったらしくて話自体が破断しかけたらしい。

 側近が慌てて早馬を駆けさせて来たんで、サキュバスと、それから護衛にトロールと防衛隊小隊を一隊付けて向かわせたんだ」

お姉さんはそう言ってため息を吐きつつ続ける。

「その翌日に、中央高地東側の湖の貴族領から救援要請が来た。南の森の貴族が、兵を率いて領境まで進軍してきてる、ってな」

「戦争しようってのか…?」

十六号さんがお姉さんにそう聞く。お姉さんは、肩を竦めて

「どうだろうな…とにかくそれを聞いて、残ってた弓師を指揮官、女騎士を参謀に就けて、防衛隊から一個中隊選抜した連中と一緒に停戦監視団として向かわせた。

 報告じゃぁ、まだ衝突は起こってないようだけど。どうも武力をチラつかせて、高地の新領地を割譲させようとしてるらしい。

 今はたぶん、弓師が間に入って講話交渉中だろう」

と教えてくれた。なるほど、それで、か…

「残ってる執政官は兵長に元機械族の族長と魔道士にあたしだけだ。

 機械族の族長は防衛隊指揮を任せてるし、魔道士は後進と新人育成で掛かりきりだから、実質内務はあたしと兵長だけでなんとか回してる。

 大尉のやつにも手伝ってもらいたいところだけど…帰ってすぐだし、あいつを見張っておく役回りに一人割いておくべきかなと思ってるところだ」

そっか…私はようやく理解した。そもそも巡検隊が大陸各地に散らばっているから、ここの執政官は基本的にそう多くはなかった。

少ない人数だったから、それぞれ適当な人数の補佐官を立てて仕事をこなしていたんだけど、どうやらそれが回らなくなってしまったようだ。

 サキュバスさんがいない分、姫ちゃんの世話はお姉さん一人でやらないと行けないし、残った補佐官達をなんとか使いながら政務もこなさなきゃいけない。

 そんなんじゃ、寝る時間なんて取れなくっても仕方ないかも知れない。お姉さんの寝不足の理由がようやくわかった。

「もっとこう、効率の良いように補佐官やら政務官を増やしても良いんだけど、そういう人を探すにも時間掛かりそうだしな…

 今は現状できることやってるだけで手一杯なんだ…」

お姉さんはそう言ってまた、深いため息を吐いた。

その表情からは苦悩と披露が見て取れる。

「お姉ちゃん、姫ちゃんは私達が見てるから、少し眠ってよ」

零号ちゃんがお姉さんの膝の上でお姉さんを見上げて言う。そんな零号ちゃんに、お姉さんはなんとか笑顔を見せて

「あぁ、うん。ありがとな」

と礼を返してその頭をくしゃくしゃと撫でた。でもそれからすぐに

「だけど、あんた達も帰ったばかりで疲れてるだろ?あたしは大丈夫だから、少し休め」

と零号ちゃんの腕から姫ちゃんを抱き上げて赤ちゃん用のベッドの中にそっと寝かせ直した。
 

884: 2015/11/23(月) 22:39:16.70 ID:g/PD0yL+o

「でも…お姉ちゃん…」

「大丈夫だって。休んでもらったあとはバリバリ手伝ってもらうからな。今のうちに今日のうちに疲れを取っておいてくれないと困る」

心配そうにする零号ちゃんにそう言ったお姉さんは、顔を上げて私を見やった。

うん、これは、引き時だろう。こんなことを言うお姉さんは、頑固なんだ。

何を言ってもきっと気持ちを曲げない。

だったら、早く休んで少しでも早くに手伝える体制に入れるようにしておく方がいい。

「分かったよ、お姉さん」

「…まぁ、そうだな。十三姉、なんかあったら言えよな。すぐに手伝いに来てやっから」

私の気持ちを理解してくれたのか、十六号さんもそう言ってくれる。私達の言葉を聞いてお姉さんは視線を零号ちゃんに戻す。

お姉さんに見つめられた零号ちゃん、心配げな表情ながら、コクっと頷いて見せた。

 「行こう、零号」

「…うん」

十六号さんの呼びかけに答えた零号ちゃんはもう一度お姉さんギュッとしがみつくと、名残惜しそうにしながらも私達のところに戻って来た。

「じゃぁ、行くよ。無理すんなよな」

「うん、そうそう。お姉さん少し眠らなきゃダメだからね」

「…お姉ちゃん、おやすみ…」

私達はお姉さんにそれぞれ声を掛けて、ドアをそっと閉めて部屋をあとにした。

 廊下に出た私達は、当然ちょっと歩き始めてからすぐに誰からともなく口を開く。

「ありゃぁ、相当キテるな」

「うん…私、心配だよ…」

「でも、休めって言ってるしね…あれ、働くって言っても聞いてもらえないやつだよ」

「だよなぁ、どっちが石頭なんだかな」

「どうするの?私、まだ働けるよ。書類の整理とかそういうのだけでも…」

「その辺りは兵長さんに相談してみようよ。兵長さんならきっと、分かってくれると思うし」

「そうだな…戻るか」

そんな話をした私達は、自然と廊下を兵長さんがいるはずに執務室に向かって歩いていた。

 執務室のドアをノックしてみると、ガチャリ、とノブが動いて扉が開く。すると兵長さんの補佐官さんの一人、元狼の獣人だった黒狼さんが顔を出した。

「あぁ、これは従徒の皆様…」

黒狼さんはそんなことを言って、それからチラッと部屋に中を振り返る。あれ…なんかまずかった?お客さんでも来てたかな…?

 そんな様子に私も少し心配してしまっていたら、部屋の中から声が聞こえた。

「構わん。入ってもらってくれ」

兵長さんの声だ。それを聞いた黒狼さんは、ドアを大きく開いて私達を部屋へと通してくれる。中には、兵長さんと大尉さんがいた。

二人は大きなソファーに腰をおろし、大尉さんはがっくりと肩を落としていて、兵長さんは眉間に皺を寄せて難しい顔をしている。
 

885: 2015/11/23(月) 22:39:59.72 ID:g/PD0yL+o

 「またなんかあったみたいだな、あれ…」

「うん…お、お手伝いしようよ。ね?」

「兵長さん、大尉さん。何かあったんですか?」

私は十六号さんと零号ちゃんの言葉を聞いて、すぐに兵長さん達にそう尋ねた。すると、項垂れていた大尉さんが顔をあげて言う。

「ごめん…中尉がヘマした…」

それを受けた兵長さんが、難しい表情のままに私達に、重い唇を動かして教えてくれた。

「勇者様が脱走した…部屋から、シーツとカーテンで縄を作って…階下へと抜け出したようです」

そう言ってため息を吐いた兵長さんの表情は、今までに見たことがないくらい、疲労と無力感に支配された、弱々しい顔だった。

 勇者様が脱走を…?!私はどうしてか、急に心臓が鷲掴みされたようにドクンと痛むのを感じた。無意識に、その感覚の出処を探る。

勇者様…ここに来るのをとても嫌がってた。理由は良く分からないけど…お姉さんに会いたくなかったのかな…?

それとも、また何か妙なことを考えているんじゃないだろうか…?

 勇者様は、お姉さんに考え方がよく似ている。自分がいて迷惑だと思えば、辛くても孤独でも、自分の身を隠すような人だ。

何よりもまず、自分を犠牲にすることを考える人だ。

 私には、勇者様がまた、何か私達のことを考えてここからいなくなったような、そんな気がした。

「あいつぅぅぅ!油断も隙もあったもんじゃない!」

途端に十六号さんがそう唸る。

「じゅ、十六お姉ちゃん!あの人は…悪い人じゃないよ!」

零号ちゃんはそう言うけれど、すぐに悲しそうな表情を浮かべて

「…たぶん…」

と一言言い添えた。

 零号ちゃんにとって、勇者様への想いはやっぱり複雑なんだろう。でも…私はどっちかって言えば零号ちゃんの気持ちに近い。

勇者様は、悪い人なんかじゃない。お姉さんよりはちょっと飄々としたところがあるけれど、それでも責任感が強くて、ちょっぴり頑固で…

それでいて、不器用な人、だ。

ーーー探さなきゃ…

 私の脳裏に、そんな言葉が浮かんだ。放っておいたら危ないことをするかもしれない、って言うんじゃない。

私は…勇者様をひとりぼっちになんてしてはおけない…!

「手分けして探そう。まだ遠くには行ってないと思う」

私は、誰となしにそう言った。
 

886: 2015/11/23(月) 22:40:52.41 ID:g/PD0yL+o

 兵長さんは顔をあげて頷き、大尉さんも両頬をパシンと叩いて気持ちを切り替える。

「あいつ、今度は鉄の足枷付けてやる…!」

十六号さんは相変わらずだけど、探してはくれそうだ。

「私、妖精ちゃんにも声かけてくる!」

零号ちゃんは言うが早いか部屋を飛び出して行った。声を掛ける、か…そう言えば…

 私はふと、そのことが気になって兵長さんの顔を見やる。すると、兵長さん私をジッと見つめていた。

「議長様は、休まれているか?」

「はい…たぶん、少し寝入ってくれてると思います」

私が答えると、兵長さんはふん、と鼻で息を吐き

「ひとまず、お知らせは避けておこう…もしものときは私が責を負う」

と、何かを覚悟した様子で言った。責、と言っても、お姉さんからくどくど説教をされるくらいだろうけど…

まぁでも、とにかく、お姉さんには寝ていてもらいたいから、なるべくは私達だけで解決したい。

 「あたし、街へ降りて残りの防衛隊と連携して、門に検問を張って来るよ」

「アタシも表を見て回る。親衛隊の連中を出しても良いよな?」

「ええ、班長には私からの命だと告げてください。私はここで集まってきた情報を分析してみます」

大尉さん、十六号さん、兵長さんがそれぞれ役割を確認する。

 みんなは外を中心に探すんだね…だったら私は…

「私は、ここの中をもう一度探してみるよ。零号ちゃんと妖精さんと一緒に!」

そ私が言って、おおよそお体制が決まった。

私の言葉を聞いた兵長さんは一人一人に頷いて返し、それから号令を発した。

「各員、無理はするなで。発見を第一に、発見したら警笛を吹いて掩護を待つように!」

「「おう!」

私達は兵長さんの号令を聞き、そう声をあげて足早に部屋を後にした。

 大尉さん達はすぐに階下へと階段を駆け下りて行く。

それを見送ることもしないで、私は勇者様がいた部屋へと駆け出していた。

 もしかしたら、手紙の一通でも残っているかも知れない、ってそう思ったからだった。

廊下を駆け抜け、階段を一つ下って勇者様が囚われていた部屋へとたどり着く。

 そこではすでに、中尉さんとその部下の人による検分が始まっていた。

「中尉さん、何か出た?」

「いや、何も…今のところは…」

「勇者様が脱走した窓ってどこかな?」

「あぁ、そっちの西の窓だ」

私はそれを聞いて、お礼もそこそこにその窓辺に駆け寄ると、開け放たれている窓の外を見やった。

 確かに窓枠にシーツとカーテンしつらえたと見える縄が、地面の方へと伸びている。布で作られた縄は当然下の地面まで伸びている。

縄は、ベッドの足に括りつけられていた。私はそのベッドの足の部分を確かめる。

 ギュッと結んであったその縄の結び目を、私は自分の手でグイッと引っ張ってみた。

ほんかすかだけど、縄がギュッとしまって、さらにベッドの足へとキツく結ばれる。

それを確かめた私は、身を翻して再び窓辺に戻ると、そこから身を乗り出して当たりを確かめる。

下には、商人さん達なんかが右往左往しながら仕事をしている。

もし下に降りようとしたんなら、あの人達の誰かが目撃している可能性が高い…
 

887: 2015/11/23(月) 22:41:48.05 ID:g/PD0yL+o

 身を隠したい人があんな大勢が見ている場所へ落ち立つなんてするだろうか…?

それよりも、むしろ勇者様なら…私は、窓辺から身を乗り出したままに、空を見上げた。

そして、その可能性に気がついた。

 そうか…あり得ることだ。基礎構文がない今、魔法は使えない。

この場所から屋上に飛び上がるには魔道士さんの身長の三倍は飛び上がらないといけないはず。

そんなことは、普通の身体能力じゃけっして出来ない。

でも、もし、さっき勇者様が話していたことが本当なら…

 私はそう思い至って、中尉さんに叫んでいた。

「本部の中の要所の警備をお願いします!出入り口も、ひとまず封鎖してください!」

「従徒ちゃん、それどういう…」

私の言葉の意味分からないおか、中尉さんは首を傾げてそう言う。でも、私に迷いはなかった。

 「お願いしますね!私、探しに行ってきます!」

私は中尉さんそう言い残すとそのまま部屋を飛び出していって、かつてはあのソファーの部屋だった、今の屋上に続く階段を駆け上がった。

 たどり着いた先にあった木の扉を押し上げるとそこには、長い黒髪を解いて風揺らさせている勇者様姿があった。

 私は屋上に足を踏み入れようとして、キュッと胸が苦しくなるのを感じた。

一度だけ大きく深呼吸をして、気持ちを落ち着けて、焦りを押さえつける。

 まさか、ここから飛び降りようとしているだなんて思わないでもないけど…勇者様のことだ。

気持ちを落ち着けて、よくよく様子を観察して、言葉尻から漏れ出る微かな機微を読み取る必要がある…

 そう思って、気持ちが整った私は努めて穏やかに勇者様に声を掛けた。

「勇者様、何やってるの?」

すると途端に勇者様はビクリと肩を震わせる。

「わっ!…な、なんだ、あなたか…驚かせないでくれよ」

私を振り返った勇者様は、なんだか安心したようなそんな表情になる。その表情に、あの悲しさはない。

むしろ…まるで、本当に安心しているようだ。

 そんな勇者様は私にまた背を向けて議会本部の屋上から見下ろせる中央都市に視線を落として、呟くように言った。

「この大陸をね、見てたんだ」

「大陸を?」

思わぬ言葉に、私はそう聞き返してしまう。すると勇者様はまた私に視線を戻すとニコリと笑顔を見せて、私を手招きして呼んだ。

私は勇者様にされるがまま、なんの警戒もせずにそのすぐ隣まで歩み寄る。

「この大陸にはたくさんの人が住んでる…あたしが生きてた時代よりももっと多くの人が暮らしてる…何度も戦争が起こってたなんて考えられないくらいに…」

勇者様はそう言うと、ストン、とその場に腰を下ろした。

私も真似をしてすぐそばに座り込むと、勇者様は満足げに笑いながら続ける。

「知ってる?この大陸の遥か東には、この大陸よりももっと大きな陸地があって、そこでも人が暮らしてる。

 北にずっとずっと行くと小さな島国もたくさんあって、さらにその向こうには氷と雪に閉ざされた大地もある。

 それだけじゃない。その氷の大陸を陸伝いに西行くと、高度に発達した文明が栄えた国々があって、その遥か南いは広大な無垢の大自然が広がっていた。

 そこでは人も獣と同じような暮らしをしてるんだ」
 

888: 2015/11/23(月) 22:42:31.47 ID:g/PD0yL+o

勇者様のそんな話を聞いて私は思った。

そう…それは、まるで…

「まるで、見て来たみたい」

「うん、基礎構文を消す前に、ね」

私の様子を伺うようにして、勇者様がそう言った。でも、私は勇者様を疑ってなんていない。

あれを作ってしまい、それによってどれだけ自分が苦しんだか、どれだけ人々が苦しんだか、勇者様は誰よりも知っている。

あってはいけないものだったんだ、って言うことを理解している。

だからこそ私は、勇者様がそんな基礎構文をまだこっそりどこかに隠しているんじゃないか、なんてこれっぽっちも考えていなかった。

「見たかったな、それ…連れて行ってくれたら良かったのに」

私がそう答えたら、勇者様はまた嬉しそうに笑った。だけど、その笑顔がまた、一瞬だけいつだったかの悲しさを帯び始める。

そしてその表情のままに、勇者様は言った。

「これからずっと先の未来、もし、魔法もなしにあの大きな海を自由に渡る方法が考え出されたら…

 もしかしたら、他の大陸に住む人達と戦争になるかも知れない…そんなとき、この大陸で起きたようなことにならないといいな、って、そう思った」

 まさか、そのときのために基礎構文をどこかに隠して、いざというときには勇者様がそれを使ってこの大陸を守るつもりなのか…

ふと、そんな事を思って私は心の中でそれを否定した。

 たぶん、そういう類の話ではない…勇者様は、たぶん…単純に、この大陸が心配なんだ。自分の手で傷つけちゃったから、っていうのもきっとある。

だけどそれ以上に、勇者様は…この大陸が好きなんだ。だから、傷ついて欲しくないし、自分の手で傷つけてしまったことに、ひどく責任を感じている…

「…勇者様は、ズルいね」

「えぇっ?」

私は、気がつけば勇者様にそんな事を言っていた。

驚く声をあげた勇者様も当然だろう。

 でも、そう思った。勇者様は変わってない。自分一人で、またどうやって難しいことを考えている。

そんなことを考えるのなら、それは私にだって心配をする義務があるはずだ。私だけじゃない。

この大陸に住む数多の人達が、自分の子や孫に、より良い世界を残したいって考えるのはきっと当然のことだ。

そして、正直に言ってしまえば、今を生きる私達にとって、それはただ単に“心配なだけ”に過ぎない…

「またそうやって、自分一人で何でも背負い込もうとする。そんなの、勇者様が心配するようなことじゃないよ。

 きっと、その時代に生きる人達がなんとかしてくれる…そう言うものじゃない?」

「それは…」

私が言ったら、勇者様はギョッとしたような表情で私を見やって、そう声を漏らした。でも、私はそんな勇者様に構わず続ける。

「気持ちは分かる気がするよ。誰だって自分の子どもには幸せでいて欲しい、って、そう願うものだと思う。でも、だからこそ、気にしすぎ。

 私達は、私達のしなきゃいけないことをするだけ。伝えるべきことを伝えるだけ。それが親から子どもへ引き継がれていく…

 そしてその子が親になったら、また引き継げる。もし私達が未来のために何か出来るんだとしたら、きっとそのくらいのことなんじゃないかな」

「伝えるって、何を?」

今度は勇者様は、私の表情を伺うようにそう聞いてくる。そんなの、決まってるじゃない?

「ケンカの落とし所、だよ」

私の答えに、勇者様は一瞬、戸惑ったような表情になったけど、すぐにその意味い思い当たったのか

「…そう、かも知れないな…結局、あたしが下手に手を付けたことで、この大陸の人達を苦しめてしまったくらいだ…」

なんて空を仰ぎ見ながら呟いた。私は、笑っちゃいけない、って思ったけど、

でも、やっぱりお姉さんと似てるんだな、なんて思ってしまって、クスリと笑いを漏らしてしまってから勇者様に言ってあげた。
 

889: 2015/11/23(月) 22:43:02.83 ID:g/PD0yL+o

「だから、背負い込み過ぎだってば」

「…そう、なのかな…」

「うん。勇者様はもう、答えを知ってる。留まることのない様に見える争いが始まったとき、どうしたらいいのかの答えを知ってる。

 勇者様は、私達と一緒にそれを次の世代に伝えて行くくらいでいいんだよ。もう誰も、生け贄なんて望んでないんだから」

私がそう言ったら、勇者様はグッと黙り込んでしまった。でも、私は勇者様の反応を待った。勇者様がこんな言葉で納得してくれるだなんて思わない。

でも、少しは私達と一緒に荷を背負ってもいいかな、って、そう思ってくれればいいな、って、そんな期待を込めて。

 勇者様は、しばらくの間眼下の街に視線を落として押し黙った。その横顔を見れば、勇者様の中にいろんな気持ちが渦巻いて、せめぎ合っているのが分かる。

だから、私は待った。こういうことは、誰かが何かを言ってどうにかするものではないんだと思う。勇者様自身が整理をつけなきゃいけない。

 そして勇者様は、しばらく経って、ようやく私に視線を戻して

「…ありがとう…」

と下手くそに笑って見せた。

 まだまだ整理しきれていないんだろう、っていうのは顔を見れば分かる。だけど、私はなんだかホッと胸を撫で下ろしていた。

 そのときになって、私はようやく気が付いた。私はお姉さんに対してそうなように、きっと、勇者様のそばにも居てあげたいんだと思う。

 勇者様はずっとずっと一人だった。世界を分けてしまった罪の意識をずっと胸に秘めたままに。

そんなのは、寂しいし辛い。その気持ちが痛いほどわかるから、放ってなんておけないんだ。

「うん。何にもできないけど、私は勇者様の味方だよ」

「そんな事言ってたら、あの子に怒られるよ?」

「大丈夫。私はお姉さんの味方でもあるから」

そう言って笑って見せたら、勇者様は釣られたように穏やかな笑顔を見せてくれた。

 それから、勇者様はふと思い出したように

「ところで、何か用だったか?」

なんて聞いてきた。

いや、その、勇者様…脱走してる自覚ないの?

「勇者様を探しに」

「あぁ、追っ手だったのか」

私が言ったら、勇者様はなんだか可笑しそうに声をあげて笑う。

どうやら勇者様は、世界を分けたことは気に病んでも、私達を振り回すことは気にならないようだ。

まったく、せっかく心配して来てあげたっていうのに…

 そうは思いながらも、私は気を取り直して勇者様に聞いた。 

「それもあるんだけどね。勇者様は…ここ、嫌い?」

「え?」

「翡翠海の街でも、ここへ来るの嫌がってたでしょ?お姉さんが連れて来いって手紙くれたから来てもらったけど、嫌だった?」

私の問いに、勇者様の表情が曇った。

「…嫌、ではないよ」

眼下に投げていた視線を屋上の地面に落とした勇者様は、弱弱しく呟くように言った。

「でも、あたしなんかが、って思うんだ。あなた達を裏切って、傷付けて…そんなあたしが、どんな顔してここに居たらいいかな、って思ったら…なんだか、ね」

なんだ、勇者様、ちゃんと気にはしてたんだ…なんて思って、私は思わずプッと吹き出してしまった。
 

890: 2015/11/23(月) 22:43:39.55 ID:g/PD0yL+o

そうだよね、勇者様はお姉さんと良く似てる。世界を分けて民を傷付けたことも、

私達を騙して一人で全部を背負い込もうとしたのも、悪いって、そう思う人なんだよね。

 勇者様は、私が吹き出したものだから、心外そうな目つきを私に送ってくる。

そんな勇者様に、私は言わずにはいられなかった。

「弱虫」

ムッと、勇者様が眉をひそめる。

「そう言うなよ」

「もしそんな風に思ってるんなら、皆とちゃんと話をしてほしい…って、今はほとんど出払ってるみたいだけどね。

 でも、お姉さんはいるし、ちゃんと話して仲直りしないと」

そう言ったら今度は、勇者様の表情が不安に歪んだ。

「あの子、あたしの首を斬り落とす勢いだったぞ?」

「裏切られたんだもん、当然かも」

そんな勇者様に、私はさらにそう言ってあげる。すると勇者様は、まるで子供みたいにプクっと頬を膨らませて

「あなた、少し会わない間にちょっと意地悪になったな」

なんて毒づいた。これって意地悪なのかな?だって、勇者様が言っていることって、さ…

 私は顔に浮かんだニヤニヤをなんとか押し留めて、頭の中を整理する。

そう、どうしたらいいか、なんて、勇者様は知っているはずなんだ。

それを思い出してもらえばいいだけ。

「…それってさ」

「ん?」

口を開いた私に相槌を打った勇者様に、私は言った。

「どんな顔して会っていいか分からないか逃げる、って、それは、争いが絶えない世界を二つに割ったのとおんなじだと思う。

 怖いから、傷付きたくないから、それを避けるために距離を取って衝突が起こらない様にしてるんだよ。ケンカは仲直りしないと終わらない。

 放って置いたら、もっとひどいことになるかも知れない。

 一年半であの怒り様だもん、これから時間を置いたらもっと怒るかも知れないし、もしかしたら取り付く島もないくらいに心が離れちゃうかも知れない。

 そのときに気が付いてもどうしようもないくらいにね。

 だから、今のうちにちゃんと話しておいた方がいいよ」

勇者様は、ハッとした表情私を見つめていた。

程なくしてパクパクと口を動かした勇者様は

「…幼女ちゃん…」

と、押しこもった声色で私の名を口にする。そんな勇者様に、私はもう一度、念を押してあげる。

「勇者様はまた同じ失敗を繰り返すの?」

それを聞いた勇者様は、がっくりと首を落として項垂れる。

「…本当に…バカだね、あたし…あなたの言う通りだ…」

「分かってくれて良かった」

私はなるだけ明るくそう声をあげる。すると勇者様は、ふぅ、っと大きく深呼吸をして顔をあげ、空を仰ぎ見た。
 

891: 2015/11/23(月) 22:44:07.50 ID:g/PD0yL+o

「でも、ちょっと不安だよ。ここにいたってあたしにやれることなんてない…ここの時代のことは、あれからいろいろ学んだけど、それだけだ。

 住んでる人間達の細かな関係とか、立場とか、そう言うのは分からない。

 何にもせずに、食い物と寝床にありつかせてもらおうだなんて、それこそズルいって思わないか?」

「そうでもないよ。そばに居る…それだけで誰かを支えられることだってきっとある」

「あなたがそうだったように、か…」

「…そうだったらいいな、って、そう思ってるだけかも知れないけどね」

私は自分に話を振られてどう答えていいか分からずに、そう言っていた。

お姉さんやトロールさん、妖精さんは、父さんと母さんを亡くした私のそばにいて、何をするでも、何を言うでもなかったけど、

私はずっと支えてもらっていたって感覚があった。

だからこそ私は、お姉さん達のそばにいることで同じように支えになりたいって、そう思った。他に何も出来なかったから、というのもある。

でも、果たしてそれがお姉さん達にとって本当に必要だったのか、と聞かれたら、私には答えようがない。

 でも、そんな私に勇者様は

「そんなことない。あなたは、ここの要だよ」

なんて言ってくれた。要だなんて言われちゃうと…さすがにちょっと照れちゃうな。

私がそんな事を思っていたら、勇者様はまた大きく深呼吸をして

「…気が重いけど、そうだね…ここに居るんだったら、きちんと謝って、あたしが出来ることをやって、それで認めてもらうしかないよな…」

と決意を固めるように口にした。

「うん、それがいいよ」

私もそれに賛成する。すると勇者様は、柔らかい笑顔で私に

「ありがとうな…」

なんて言ってくれた。

 本当に分かってくれて良かった。いつまでもこんなじゃ、勇者様もお姉さんもきっとイヤだろうし…

それに、どっちのことも心配な零号ちゃんやそれを間近で見ている私も辛い。

 「それにしても、あなたは本当にすごいね。封印されてたとはいえ、あたしの方がずっと長生きしてるはずなのに、説教までされちゃうなんてさ」

不意に、勇者様はそんな事を言い始めた。

「い、いや、お説教だなんてそんなつもりはないし…わ、私は思ったことを言っただけで、その、あの…っ」

急に持ち上げられてしまったものだから、私は慌ててそう言葉にならない言葉を並べ立ててしまう。勇者様は慌てた私を見てあはは、と声をあげて笑うと

「お礼と言っちゃなんだけど、あたしに出来そうなことがあったら何でも言ってよ。

 まぁ、さっき言った通り、この世界に関して役に立てるようなことは何にもできないかもしれないけどね」

なんて言う。

 私に、お礼…か。そう言われて、私はふと、さっき勇者様が軟禁されていた部屋で感じたことを思い出していた。
 

892: 2015/11/23(月) 22:45:11.48 ID:g/PD0yL+o

 あの部屋には地面に降りるための縄があった。

でも、その結び目は完全に締まってはいなかった。

あれにぶら下がって街へ降りたのなら結び目はキツく締まっているはずだし、そもそも街の人に見つかって大騒ぎになってもおかしくはない。

勇者様があの縄を地面に垂らしたのは、囮だ。

現に勇者様はこうして屋上にいる。

だけどあの三階の部屋にはテラスもないし、二階層上の屋上へ登れるような足場もない。

あの窓からここへ来る方法は普通に考えればありえない。だけど、私はその方法に思うところがあった

「…あの、それじゃぁ、その…さっき言ってたあの白玉石…だっけ?あれ、私に見せてもらえないかな?」

私のお願いに、勇者様はギョッと顔を強張らせた。

「…どうして?」

「確かめたいことがあるから」

そう答えて勇者様の目をジッと見つめる。すると勇者様は程なくしてはぁ、とため息を吐くと

「…あなたっていう子はホントに…」

と、半ば呆れたように言い、首から下げていた白玉石を私に手渡してくれた。

 手に触れるのは、普通の石となんの変わりもない冷たい感覚。だけど、私は古い記憶を紡ぐように石を握った手に意識を集中した。

そしてすぐに、私は感じ取った。石から私の意志に呼応するように暖かな力が染み出してくる。

懐かしい感覚…間違いない。

これは魔力だ…

「やっぱり…勇者様はズルいや」

私がそう言ったら、勇者様は辟易したような顔をして

「言われると思った」

なんて言い捨てる。でもすぐに表情を緩めて

「そいつで引き出せる魔力はたかが知れてる。せいぜい、藁束が転がせる程度のつむじ風を起こしたり、二階建ての屋根に飛び乗るくらいしか出来ないだろうね。

 グルグル巻にされた縄は切れなかった。代わりに結び目を解すくらいは出来たけど…でも、その程度だ」

「うん…それくらいの、微かな力だね」

確かに、勇者様の言うとおりだ。こんな力では例えば空気を蹴って空に浮かぶことも出来ないし、強力な結界魔法で剣を受け止めることも出来ない。

回復魔法も無理そうだな…出来て活性魔法くらいなら出来るかも…そんな事を考え始めた私は、ふと正気に戻って勇者様に聞いた。

「勇者様は、どうしてこんなものを?」

私は、勇者様がこれを隠しもって何か悪いことをするとは思ってなんかいない。

そもそも、これくらいの魔力なんかじゃ悪いことをしようとしたって、十人からなる兵隊さんに囲まれでもしたら抵抗すら出来ないだろう。

何か他に理由があるはずだ。

 私の問いに、勇者様はまた、眼下に街に視線を投げて答えた。

「基礎構文が機能し始めたとき、この石は人の頭よりも大きかった。でも、すぐにみるみる小さくなってね。

 その流れを、あの紋章の力で押しとどめてた。まぁ、それがその後に自分を封印する魔法の元になったんだけど…

 それはともかく…なんだろうね、それ…たぶん、形見とか、そんな意味のものだったんだと思う」

「形見…?」

「うん。あたしが生きた基礎構文が発生する前の“時代”の形見…この大陸に残った最後の白玉石だ」

そう言った勇者様は、ふと顔をあげて私を見やると、思いついたように言った。
 

893: 2015/11/23(月) 22:46:24.83 ID:g/PD0yL+o

「それ、あげるよ」

「えぇ!?で、でも、大事な物なんじゃ…!?」

「大事だった…でも、もう良いんだ。あたし、ちゃんと未来を生きなきゃいけない。罪滅ぼしのためかなんのためか分からないけど…

 とにかく、これからあたしがやっていく事は、それを持ったままじゃちゃいけない気がするんだ。

 過去を認めて、受け入れるために…幻みたいな奇跡に頼るのは、もうやめたよ」

そう言った勇者様は、よっ、なんて掛け声共に立ち上がった。

「あたしは、魔法がなくてもあたしに出来ることであの子に認められなきゃ行けないんだ。

 それに、あたしは元々戦士じゃなくて学者の出だしね、持ってたってそんなかすかな力をうまく使う自信がない。

 あなたが要らなきゃ、あの子にでも預けておくといいよ」

勇者様はそう言って、眩しいくらいの笑顔を見せてくれる。なんだろう…どこか、吹っ切れたような、そんな力強さを感じる。

「…じゃぁ、ありがたく受け取ります。きっと大事にします」

私は、勇者様に頭を下げて丁寧にお礼を言う。

すると勇者様は、

「うん。ああ、それだけど、使いすぎると石が削れて最後にはなくなっちゃうから、もし使うんなら注意してね」

なんて言って、私が上がってきた階段のある木の戸に向けて歩きだした。

私はハッとして立ち上がり、勇者様の後を追う。

「勇者様!どこ行くの!?」

「あはは、大丈夫。もう逃げないよ」

私の言葉に、勇者様はそう笑い声をあげて答える。それから、ニコっと優しい笑みで、私に言ってくれた。

「出来そうなことに心当たりがあってさ。

 時代を超えて来ちゃったあたしに、この大陸のために出来ることなんて、正直ほとんどありはしないだろうけどな…

 まぁ、幸い、どんなに時間が経ってもさほど変わらないようなこともあるもんだ」

「…?」

言葉の意味が分からずに戸惑ってしまった私の頭を、勇者様がポンポンと撫でてくれる。

そうしながら私達は揃って屋上を後にした。



 

898: 2015/11/30(月) 01:00:08.47 ID:j0JuHi67o
>>895
レス感謝!

お姉さんと零号はほぼクローンなので同じ顔ですが、勇者様は遠い親戚なので
同じ顔というよりは似ている、レベルなんだと思います。

例えていうなら、お姉さんと零号は、プルとプルツーみたいなもんで
お姉さんと勇者様は、「セーラームーン」の天王はるかと「ふしぎ遊戯」の本郷唯って感じです。

>>896
感謝!!

>>897
レス感謝!!!
そうですね…この後日談は、子ども達の成長をテーマにしております故…・
子離れされる親の気持ちなのかもしれませぬな


ってなわけで、続きです!
 

899: 2015/11/30(月) 01:01:20.92 ID:j0JuHi67o




「だから、それじゃぁダメなんだって!」

「うるさいな!姫はこれが好きなんだよ!」

「そうしたらかぶれちゃうから、せめて肌着は着せなきゃダメなんだって!」

「だから、それやるとグズるんだって言ってんだろ!」

「グズったら着替えさせるんだよ!常識でしょ!?」

「それをするのがどれだけ大変かあんたにはわかんないだろ!あたしこれから会議なんだぞ!?」

「だからその間はあたしが見てるんだって!」

「あんたのときに泣き出したら大変だから言ってんだろうがっ!」

「うぅ…グズっ、グズっ…」

「あぁ、ごめん姫!ほら、母さん居るぞ、泣くなよぉ!」

「あたしもいるからねぇ、ほら、居ない居なーい、ばぁ!」

「キャッキャッ」

「ふぅ…危ねぇ…」

「大きい声出すから…まったく…」

「あぁ?だいたいあんたがー

 ガチャリ、とドアが開く音がした。姫ちゃんの離乳食の器を片付けながら見やると、十六号さんが部屋に顔を出す。

「あぁ…またやってんの?」

お姉さんと勇者様の様子を見た十六号さんが、私に目配せをしてそう聞いてきた。

「うん、まぁ…今日はまだ軽いかな。姫ちゃんご機嫌だし…」

「良く飽きないですよねぇ、議長様も勇者様も…」

私と妖精さんが、返答と一緒にそれぞれの感想を述べる。それを聞いた十六号さんも、二人の様子に呆れ顔だ。

「姉ちゃん、防衛隊と親衛隊の幹部さん達揃ったぞ」

「お、もうそんな時間か。ありがとな十六号。じゃぁな、姫、お母さん仕事行って来るからな」

十六号さんに急かされて、お姉さんは姫ちゃんをベッドに戻すとほっぺたにチュッと口付けて、名残惜しそうに姫ちゃんから離れた。それから

「じゃぁ、あとはくれぐれも頼むな」

と私と妖精さんに声を掛けくる。

「うん」

「大丈夫ですよ」

私と妖精さんの返事を聞いたお姉さんは、疑惑の眼差しで勇者様に一瞥をくれると、ツカツカと靴音を響かせて十六号さんと一緒に部屋から出ていった。
 

900: 2015/11/30(月) 01:01:55.98 ID:j0JuHi67o

 バタン、とドアが閉まったのを見計らって、勇者様が姫ちゃんの着ていた服をひッぺがし

「ほんとに困ったお母さんだよねぇ、痒い痒いになっちゃうよ」

なんて姫ちゃんに言いながら、綿の肌着を着せ始める。私と妖精さんは、そんな勇者様の様子をただただ見ているだけだった。

 私が勇者様と屋上で話をしてから、かれこれ二週間が経とうとしていた。

あの日、大人しく部屋に戻っていた勇者様は、翌日には私と零号ちゃんに渡りを付けて、姫ちゃんの乳母さんを買って出たのだ。

 もちろん、お姉さんがそれを諾と言うはずがない。

だけど、そんなやり取りの一部始終を見ていた私や零号ちゃん、兵長さんに十七号くん、

挙句にはお姉さんと同じ立場で勇者様に警戒を示していた十六号にまで、そうするべきだと主張されてしまった。

それでも一人剣幕荒く意気を吐いていたお姉さんは、兵長さんが

「勇者様が姫君を見ている最中は、必ず幼女さん、零号さん、妖精さん、十六号さんの内の二人が同席することにしてはどうか」

と言う妥協案を出してようやく渋々ながら納得した。

 出会ってから今まで、みんながこれほど強硬にお姉さんを説得した試しはなかった。

今回、そうせざるを得なかったのは、お姉さんの披露が限界まで来ている、と言うのが誰の目から見ても明らかだったからだ。

それは、勇者様に対してお姉さんと同じ立場を崩さなかった十六号さんですら、勇者様に任せる方がまだマシだ、と言わしめるくらいだった。

 結界、勇者様は姫ちゃんの乳母に収まったわけなんだけど、

勇者様に預けると分かっていて軽々しく姫ちゃんから離れるようなことをお姉さんがするはずもなく、

二週間、毎日こんな感じで意地の張り合いというか、口ゲンカというか、嫁姑紛争というか、とにかく姫ちゃんを間に挟んだ衝突が起こっていた。

 「こういうのって、教育的に良くないんじゃなぁい?」

とは、そういう問題に疎いはずの零号ちゃんの弁だ。

まぁ、二人は姫ちゃんの前では言葉では言い争っても笑顔だし、声を荒げるでもない。

まだまだ「まんま」しか分からない姫ちゃんにとっては、その辺りの心配はいらないはずだ…きっとそうだ…うん。

 コンコン、とドアをノックする音が聞こえたと思ったら、今度は零号ちゃんが顔を出した。

 零号ちゃんはふわぁと大きな欠伸をしてから

「おはよ…妖精ちゃん、交代…」

と目に浮かんだ涙をゴシゴシと拭って言う。

「早いね。私まだ大丈夫なのに」

妖精さんはそう言いながらも、テーブルのうえでまとめ作業をしていた書類を皮の書類入れに詰め込むと

「じゃぁ、人間ちゃん、また後でね。零号ちゃん、交代よろしく」

と言い残して部屋を出ていった。

 妖精さんの座っていたソファーに代わりに零号ちゃんがちょこんと座り、

肩に掛けていた布のカバンから手習い用の教科書と筆記用具を取り出してテーブルに並べた。

 この二週間に、もう一つ大きなことがあった。それは、勇者様が姫ちゃんの乳母になって四日目のこと。

今日のように言い合いをしながら姫ちゃんに離乳食を食べさせているときのことだった。
 

901: 2015/11/30(月) 01:02:28.94 ID:j0JuHi67o

 部屋に駆け込んできた親衛隊員さんが、中央高地の貴族同士が小競り合いを起こした、と報告した。

それを聞いたお姉さん達は短い会議の末に、兵長さんを指揮官に立てた停戦監視団の追加派兵を決めた。

 そしてその翌日には、兵長さんは防衛隊の残りの七小隊の内の三つの小隊を連れて、

弓師さんが講話を仲介しているはずの貴族領境へと出立していった。

そのせいで、今、この中央都市に居る主だった幹部は大尉さんと魔道士さん、そしてお姉さんだけとなった。

大尉さんは普段の管轄の親衛隊と、兵長さんの管轄だった防衛隊の管理を一手に引き受け、

その他の兵長さんが執っていた仕事を幾つかに、各地の巡検隊から上がってくる報告書のまとめと状況分析もしなきゃならない。

魔道士さんは昼は手習い所、夜には本部に戻って来て対外的な事務処理なんかをやってくれている。

 だけど、バリバリに何でもこなしていた兵長さんの仕事はそれ以上で、

大尉さんと分けた残りの分は全部お姉さんが負わなきゃいけないことになった。

 さらに忙しくなったお姉さんの代わりに勇者様が姫ちゃんに付く時間も長くなり、

その上四人交代制で勇者様と姫ちゃんの様子を見ながら仕事や勉強をしていた私達の内、

十六号さんがお姉さんの小間使いに引っ立てられてしまったので、

結局は三人交代でこうして姫ちゃんの世話をする勇者様の見張りをすることとなった。

 今の生活を始めて一週間の私達でさえちょっとした疲労感と眠気が抜けないのに、お姉さんはこれ以上のことをここひと月は続けているんだ。

そりゃぁ、お昼寝を邪魔されて勇者様の首を落としたくもなるかも知れない…

って言うのは半分冗談だけど、でも、それくらい大変だったんだ、というのは身を以って理解できるような気がした。

 「お姉ちゃん、いつになったら分かってくれるかなぁ?」

不意に、教科書の数の問題を解いていた零号ちゃんがそんな声をあげた。

「お姉さんも意地っ張りだからね…」

私は、そんな曖昧な返答しか出来なかった。

 勇者様がお姉さんに乳母をやると言いに行った日、勇者様はお姉さんに、あの魔王城での戦いで魔族の人達、人間軍の人達、

そして私達を傷付けたことと、裏切るような行ないをしたことを正直に、誠意を持って謝った。

だけど、それを聞いたお姉さんの機嫌は治るどころか、いっそう態度を頑なにして勇者様の話のそんな話なんか聞かない、

どうでも良いなんて言い出す始末だった。

 私もいい加減、許してあげてもいいんじゃないか、って言ってみたけれど、お姉さんは首を横に振るだけ。

取り付く島もなかった。勇者様のやってしまったことは、それだけお姉さんを傷つけてしまったんだって言うのが分かって私はなんだか胸が苦しかった。

 だけど一方で、納得行かないところもある。

戦いが終わったあと、お姉さんは勇者様にお礼を言いたかった、なんてことを漏らしていたんだ。

お姉さんだって、勇者様の行動の理由が理解できていないわけじゃない。

ううん、むしろ、それまで勇者と魔王として世界のすべてを背負わされたお姉さんになら、勇者様の行動が納得出来ないなんてことは絶対にあるはずがない、とさえ思える。

それでも、お姉さんは勇者様を許してないし、相変わらず当たりは強い。今は仕方なく姫ちゃんの世話を任せてる、って感じだけど、

サキュバスさん達が戻って来てその必要がなくなったら…お姉さんは勇者様をどうするつもりなんだろう…?

 私はここのところはそんな先のことまで考えてしまって、魔道士さんに出されている勉強の課題にほとんど手が付けられない状態だった。

 そんな私達に構わず、勇者様は着替えを済ませた姫ちゃんをベッドから出し、積み木を積んだり崩したりして黄色い声をあげて喜んでいる姫ちゃんと一緒に遊んでくれている。

 姫ちゃんも、勇者様がお姉さんに似ているからかすっかりと懐いているし、勇者様も生き生きとしていて幸せそうだ。

あの喧々した関係は、長く続けておくべきことではないだろう。なるべく早くに、二人の橋渡しをしてあげないといけないな。

 私は遊んでいる勇者様と姫ちゃんの様子を見ながらそんなことを思っていた。
 

902: 2015/11/30(月) 01:03:20.07 ID:j0JuHi67o

 そんなとき、不意にノックをする音がして、返事も待たずにドアがキィっと開いた。

部屋にやってきたのは、さっきお姉さんを連れて行ったばかりの十六号さんだった。

十六号さんは積み木で遊んでいる二人を見やるとクスっと笑い、それからすぐに私達の座っていたソファーへとやってきて、どっかりと腰を下ろした。

 同時に

「ふぃー」

なんて情けない吐息を漏らす。

「十六号お姉ちゃんもお疲れ様」

「あぁ、うん。ありがと、零号」

零号ちゃんの労いに、十六号さんはいつものように零号ちゃんのモフモフの髪をクシャクシャと撫で付ける。

「会議は良いの?」

私がお聞くと、十六号さんはあぁーなんて間延びした相槌を打ってから

「班長さんが、細々したことは十七号にやらせるから、『筆頭様』はしばしご休憩を、だってさ」

なんて憎々しげな表情で言う。

「そう言えば会議、って、例の盗賊団についてだよね?」

零号ちゃんの質問に、十六号さんは

「あぁ、うん」

なんて項垂れつつ、それでも話して聞かせてくれる。

「なんでも、棄て民って連中の集まりが東部城塞からの隊商を襲ったんだってさ」

「棄て民?」

聞いたことのない言葉だったので、私はそう聞き返す。

「うん、土の民の町や集落にはいろいろ掟があって、それを破って追い出されたようなやつや、

 そういう掟が嫌で自分からそういうとこでの生活を棄てた連中のことを言うんだってさ。東大陸で言えば、流浪人とかって言うやつ」

流浪人なら、知っている。定住する場所を持たず、宿から宿へ、日雇いの仕事を繰り返しながら生活をしている人のことだ。

どうやら西大陸にも同じような人がいるらしい。

「棄て民ってのは、ほとんどの場合は特別な技能を生かして、普通じゃできない仕事を受けて生活を立ててるらしいんだ。

 例えば、村人が迷惑がってる獣を弓術で狩猟したりとか、行商やってる連中も多いって話だけど、

 今回の盗賊団ってのは、どうも魔力を失って食い扶持に困った連中が寄り合い作って大きな街で盗みを繰り返してるみたいでね。

 先週は東部城塞にもそれらしい連中が出没してる、って話だったらしいんだけど、

 昨日、街道の隊商が狙われた、っていうんなら、次はこの街にも姿を現すかもしれない。

 今は防衛隊半分出張ってて警備に穴が空きやすいから、その対策を話し合うんだとさ」

十六号さんはそんな事を言って、ソファーにドカッと身を横たえる。それから

「二刻したら起こしてくれ…アタシも姉ちゃん頼まれた書類の整理であんまり寝れてなくってさ」

と欠伸混じりに言うなりすぐに目をつむってしまった。
 

903: 2015/11/30(月) 01:03:39.73 ID:j0JuHi67o

 と、それに目ざとく気付いた勇者様が、姫ちゃんが積み木積みに夢中になってる間にササッとお姉さんのベッドから毛布を引っ張り出して、十六号さんに掛けてあげる。

「…ありがと」

「うん、どういたしまして」

十六号さんのお礼に、勇者様はさも、なんでもないよ、なんて雰囲気で答えるとまたすぐに姫ちゃんのところへと戻って行った。

 「十六号お姉ちゃん、最近勇者様にちょっと優しいよね」

零号ちゃんが二人のやり取りを見てそんな事を言う。すると十六号さんは片目だけを開いて

「いつまでもツンケンしてたら、暮らしづらいだろうしな…アタシは、こないだ謝ってるのを聞いてもう良いんじゃないかって、そう思った」

と毛布を体に掛けなおし

「姉ちゃんには悪いかな、ってちょっと思うんだけど…ま、それは、考えても仕方ないし…っと、まぁ、とにかく休むよ、おやすみぃ…」

なんて言い終えた頃にはすでに寝息を立て始めていた。

 どうやら十六号さんも疲労抜けてないみたいだ。このままだと、この街の機能維持に支障が出てしまうかも知れない。

そうなると困ってしまうのはこの街に住む人々だ。

「サキュバスちゃん達の誰でも良いから、早く帰って来ると良いね…」

零号ちゃんが誰となしにそう呟く。

「うん、そう思う…」

私もそんな零号ちゃんと同じ思いで、気付けば私達は揃ってため息を吐いていた。



 

904: 2015/11/30(月) 01:04:23.95 ID:j0JuHi67o




 その日の夕方、妖精さんが交代に来てくれて、私はお姉さんと姫ちゃんの部屋を後にした。

盗賊団対策の会議はまだ続いているようで、部屋にはお姉さんは戻って来ておらず、勇者様が姫ちゃんの面倒を見ている。

 私の生活のために与えられている零号ちゃんと十六号さんとの相部屋にと向かう廊下を歩いていると、向こうの角から賑やかな声がして班長さん達が顔を出した。

「あぁ、これは従徒様」

班長さんがそう私に声を掛けてくれる。

「お疲れ様です、班長さん、皆さんも」

私は頭を下げてそう労ってから

「会議は終わりですか?」

と聞いてみる。

「ええ、ようやく、ですね。人員が停戦監視団で極端に減っているので、我々親衛隊も明日からは防衛隊と共同で市中の見まわりに当たる予定です」

そう言った班長さんは思い出したように、

「ただ、精鋭はここの警備に残しますから、御身の警護は抜かりありません」

と言い添えた。

 正直、本部の中にいるだけなら警護なんて必要ないんじゃないか、って思うけど、それでも私は

「お気遣い、ありがとうございます」

とお礼を伝えた。

 そんな話をしていたら、ふと角の向こうから別の足音が聞こえてひょっこりとお姉さんが顔を出した。

「よぉ、お疲れ様。見張りありがとうな」

お姉さんは私の顔を見るなりそう言って疲労の隠せていない表情にやおら笑顔を浮かべる。

「お姉さんもお疲れ様。姫ちゃん、今は寝ている最中だから大丈夫だよ」

私が部屋を出る前の様子を伝えてあげたら、お姉さんは苦笑いを浮かべて

「まぁ悔しいけど、言ってた通りあいつは子守には慣れてるみたいだしな」

なんて口にした。

 慣れてる…って、どういうことだろう?勇者様、そんな話は全然してなかったけど…

 「それ、勇者様が言ってたの?」

「そうだよ。あいつ、ちょうど今の幼女や零号くらいの頃に生まれたばかりの妹の世話を良くしてたんだって。聞いてないのか?」

「ううん、全然…」

私は、思わぬ話に驚きを隠せなかった。お姉さんと勇者様がそんな話をしていただなんて…

ううん、そんな話を出来るような間柄だったなんて、思っても見なかったからだ。

それに…もしかして、勇者様の妹って…

 私がいつだったかの勇者様の話を思い出しかけとき、それに気付いたらしいお姉さんが複雑そうな表情で言った。

「そ。あたしの大昔の先祖って人のことらしい」

やっぱり…それじゃぁ勇者様はそのとき面倒を見た妹の、遠い子孫の娘の面倒を見ている、ってことなんだね…

 それって、どんな気持ちなんだろう…?

 私はなんだか純粋にそんなことを疑問に思ってしまっていた。いや、でも、待って…そんなことより…
 

905: 2015/11/30(月) 01:05:14.16 ID:j0JuHi67o

「お姉さん」

私は、気を取り直してお姉さんに声を掛けた。

「姫ちゃんは今寝てるし、夕飯まではまだちょっと時間あるし、良かったらお風呂に行かない?」

「お風呂?」

「うん、そう、お風呂」

特に今入らなきゃいけないわけじゃない。ただ、私はお姉さんに聞きたいことがあった。お姉さんが勇者様のことをどう思っているか…

さっき部屋でも感じた疑問だったけど、今のお姉さんと勇者様の話を聞いて、よりいっそう聞いておきたい、って気持ちが湧いてきていた。

「良いけど、あんた寝なくて良いの?」

お姉さんが心配そうな表情でそんな事を聞いてくる。でも私は

「寝る前に汗流したいし…お姉さん最近姫ちゃんと零号ちゃんに手一杯で、二人でゆっくりする時間なかったしさ」

なんて、ちょっとだけ甘えるようなことを言ってみる。するとお姉さんの表情がみるみる申し訳なさそうな表情に変わっていく。

「そうだな…あんたは頼りになるから、忙しさにかまけて頼ってばっかりで、最近は何にもしてあげられてなかったよ…」

お姉さんは私の思いつきの理由を真に受けてしまったようで、逆に私のほうが申し訳ない気持ちになってしまったけど、とにかく少しゆっくり話が出来そうだ。

 「久しぶりに背中流してあげるよ」

気持ちを切り返してそう言うと、お姉さんもすぐに笑顔を取る戻してくれて

「あぁ、うん。頼むよ!着替え取りに行って来るから先に風呂に行ってて」

と手を振りながら廊下を歩いて行った。

 私その足で相部屋に戻り、気替えを持って浴場へと向かう。

脱衣所で服を脱ぎながら、ふと、そう言えばお姉さんの部屋には未だ勇者様がいることを思い出して、一瞬不安になった。また言い合いをしてなきゃ良いんだけど…

 なんて思っていたら、お姉さんがすぐに脱衣所姿を見せた。私はホッと胸を撫で下ろして

「またケンカにでもなったらどうしようって思ってた」

と、正直にそう言う。するとお姉さんは苦笑いを浮かべて

「あいつ、姫と一緒に寝てたからな。文句言いたくても言えなかった」

なんて口先だけで強がるように言う。なんだかそれが可笑しくって、私はクスッと笑ってしまった。

 湿気を防ぐための樹脂の塗られた木の戸を引いて私達は浴室へと入る。

あの頃はサキュバスさんがあれこれと用意をしてくれていたけど、西大陸復興を大掛かりにやるようになってからは、妖精さんの呼びかけで集まってくれた元は妖精族の侍女さん達が、食事や洗濯、お風呂の用意まで幅広く私達の生活の基礎を支えてくれている。

 サキュバスさん仕込みなのか、今日はいい匂いがする薬草が浸された薬湯になっているようだ。

 お姉さんは手桶でザパっとお湯を被ると、そのまま浴槽へと身を沈める。

「あぁ、もう、お姉さん!先に体洗ってからじゃないと」

私が言ったらお姉さんは

「固いこと言うなよ。これは…そうだな、議長特権、だ」

なんて笑い飛ばす。

 私は作法通りに髪から全身までをきちんと洗って、お姉さんお待つ浴槽へと足を突っ込む。ちょっと熱めだけれど、それがまた心地よく感じられる。

「ふぅぅ」

思わず出てしまったそんなため息を聞いて、お姉さんはまた笑い声をあげた。
 

906: 2015/11/30(月) 01:05:49.36 ID:j0JuHi67o

 「しかし、こうして二人で入るのも久しぶりだなぁ」

お姉さんの言葉が、浴室に響く。

「うん。姫ちゃん生まれてからは一緒に入ったことないかも」

「そんなにか?」

「そうだよ!いっつも私と十六号さんと妖精さんで入ってたんだもん」

「あぁ、そうだったかもなぁ…なんやかんや、サキュバスと交代で姫を見てなきゃいけなかったもんな」

私の主張に、お姉さんは心地良さそうに目を瞑りながら答える。ちょっとズルい気もするけど…でも、話を振るなら今だろう。

「そう言う意味では勇者様が帰ってきてくれて良かったでしょ?」

「んー、まぁそうだな。助かってるよ」

私の問い掛けに、お姉さんは思っていたよりも単純明快に、なんのよどみもなく同意した。

想像していた反応と違って、私は一瞬、ポカンとしてしまう。それでもなんとか気を取り直して

「そう言う返事、ちょっと意外…お姉さん、勇者様のこともっと怒ってるんだと思ってた」

と返してみる。するとお姉さんは何やら含み笑いを見せてきて

「怒ってるよ、ものすごい怒ってる。あいつ自覚がないんだから、正直腹の虫が収まらないってのが本音だ」

と言い切った。

 自覚が、ない…?勇者様に…?

 そんなことない…勇者様は自分のしてしまったことがどれだけのことか分かっている。

大陸の人々や私達を傷付けた、お姉さんを裏切ったことがどれだけのことか。

そして勇者様自身がどれだけそのことで思い悩んでいたかを私は勇者様から直接聞いたんだ。

自覚がないなんて思えない。

勇者様は乳母を買って出るとき、許されるとは思ってないけど、って前置きをしたうえで、そのことについて謝ってもいた。

あのときの勇者様の言葉と態度そのものが、勇者様がそのことをどれだけ重く受け止めているかを示していたはずなのに…

お姉さんにはそれが感じられなかったんだろうか…?

「お姉さん、勇者様はむひゅっ」

私が反論しかけた瞬間、お姉さんが私の両方ほっぺたを引っ張ってそれ以上の言葉を遮った。

「あんた最近あいつ寄りだから、これ以上は言わないぞ。下手に喋ってたらまたあれこれ推理されちゃいそうだし、

 あいつ本人にあたしが怒ってる理由の手掛かりなんか渡して欲しくないんだ」

「怒ってる理由を知られたくない、ってこと?」

「知られたくないワケじゃない。自覚して欲しいんだ、ってこと」

ほっぺたを離された私が聞くと、お姉さんはグッと体を伸ばしながらそう答えてくれる。それから思い出したように

「あぁ、でも、心配されていそうだからあんたにはちょっとだけ言っておくけど、あたしはあいつを殺そうとか幽閉しようとか追い出そうとか、

 そんなことは考えてないから。まぁ、いつまでも裏切ったなんてことを謝ってるようじゃ、あたしの機嫌は収まらないだろうけどな」

なんて言って、浴槽から這い出た。

 …待ってよ、お姉さん。お姉さんは勇者様が裏切ったことに怒ってるんじゃないの?

勇者様があの戦いでみんなを傷付けたことを怒っているんでもないの…?

それじゃぁ…それじゃぁお姉さんは、勇者様の何がそんなに気に入らない…?
 

907: 2015/11/30(月) 01:06:32.36 ID:j0JuHi67o

 呆然とした頭でそんな事を考え始めていた私に、洗い場に出たお姉さんが声を掛けてきた。

「ほら、背中流してくれるって言ったろ?」

「あ、う、うん!」

お姉さんに言われた私は慌てて湯船から飛び出すと、絹の手ぬぐいを引っ掴んで菜の花の油の石鹸を付けて、お姉さんの背中をゴシゴシと擦る。

するとお姉さんは腰掛けに座ったまま膝を抱えるようにして屈み込み

「あぁぁぁぁ…疲れが落ちてくよ…」

なんて気合いの抜けきった声をあげた。

 私はそんなお姉さんの、以前よりもどこか小さく感じる背中を擦りながら、さっきのお姉さんの言葉の意味を考えていた。

 いったいお姉さんは何に怒っているんだろう?勇者様は、他に、お姉さんの機嫌を損ねるような何かをしていただろうか…?

分からない…だって、お姉さんと勇者様は、あの日、魔王城のソファー部屋で初めて会って、それからすぐに戦いになり、勇者様は姿を消した。

それ以上のことはなかったはず。あの短い間のどこかに、裏切ったこととは別の何かがあったっていうの…?

 そんなとき、パタン、とお風呂場の外扉が閉まる音が聞こえた。と、脱衣所と浴室を遮る木戸の向こうから

「姉ちゃん達、まだいる?」

と言う十六号さんの声が聞こえた。

 「お、十六号か!まだ居るぞ。あんたも入るか?」

お姉さんがそう声を掛けると

「うん!久しぶりに髪洗ってくれよ!」

なんて言うが早いか、十六号さんは素っ裸で木戸を開いて浴場に入ってきた。

「もうそんな歳じゃないだろ」

お姉さんがそう言うけど、十六号さんは笑って

「いくつになっても、大好きな姉ちゃんに優しくされんのは嬉しいもんだろ?」

なんてどこ吹く風で堂々とねだる。

「ははは、甘ったれめ。じゃぁ、あんたは幼女の髪を洗ってやれよ」

「え、私も洗っちゃったよ?」

「それじゃぁ、肩でも解してもらえよ。今日も見張りしながらうんと勉強してたんだろ?」

「よぉし、じゃぁヘロヘロになるまで解してやるからな!」

「えぇ!?…えっと、じゃぁ、お手柔らかに…」

私達三人はそんな事を言い合ってから誰となしに笑顔になって、お姉さんの背中を流し終えた私の肩を十六号さんが揉んでくれて、

その後ろに位置どったお姉さんが十六号さんの髪を洗い始める。
 

908: 2015/11/30(月) 01:07:15.44 ID:j0JuHi67o
 
 「おいおい、姉ちゃん。もっと優しく頼むよ」

「文句あるなら自分でやれよな。もう十六だろ?」

「うひゃぁっ、十六号さん!そ、そこ、くすぐったいよ!」

いつもは妖精さんと十六号さんの三人で入っていてたまにこんなことをする機会もあったけど、

お姉さんが加わると感じが違ってなんだかいっそう嬉しく感じる。

そう言えば、巡検隊に着いて行ってた零号ちゃんもお姉さんとはずっと一緒にお風呂なんか入ってなかったな…声掛けてあげれば良かった…

 私がそんな事を考えていたら、不意に十六号さんが

「あぁ、そうそう。風呂が楽しみで忘れてたんだけど、アタシ伝令を伝えに来たんだった」

なんてことを言い出した。伝令、ってまた何かあったんだろうか?私だけじゃなくお姉さんも嫌な予感を覚えたのか、少し強張った口調で

「今度はなんだ?」

と十六号さんに尋ねる。すると十六号さんはあははと笑って

「今回は悪い話じゃないよ。さっき、大尉さんトコに、最後の巡検地の調査を終えて、帰路に就くって隊長さんの班からの手紙を持った早馬が届いたってさ」

 帰ってくる…?隊長さん達が…!?

その報告に、お姉さんも私も思わず歓声をあげていた。

「ホントかよ!今日届いた、ってことは、もう砂漠の街か中央高地のどっかには着いてるってことだよな!」

「隊長さん達が戻ってくるなら、きっと他の班も直に戻って来てくれるね!」

「あんたは十四号が目当てだろ?」

「ちっ…違わないかも知れないけど、そ、そうじゃなくって!」

急に十六号さんが冷やかしてくるから、私は逆上せたわけでもないのに顔と頭がグツグツと煮えたぎるように熱くなる。それを誤魔化すように

「みんなが戻って来れば、お姉さんの仕事も楽になるでしょ?」

と言葉を継ぐ。もちろん、十四号さんのことがなくったって、みんなが帰って来てくれるのがが嬉しいって思ったんだ。

本当に、本当なんだからね。



 

909: 2015/11/30(月) 01:07:47.89 ID:j0JuHi67o




 隊長さん達、巡検隊一班が帰ってくる。

その報告は、本部の中に瞬く間に広がった。

 防衛隊や親衛隊にいる元は人間軍諜報部隊の人達が、その報に一段と喜んでいる様子だった。

もちろん、隊長さんや金獅子さん…そ、それに、十四号さんが帰ってきてくれるのは、その、確かにうれしいけど…

私は、そんな個人的な喜びの他にも、この本部の状況が少しでも楽になるんじゃないか、って期待を抱かずにはいられなかった。

お姉さんや魔導士さん、大尉さんが少しでも仕事のことを忘れて眠れる時間が作れるといいな、って、今の三人を見ていればそう思うのも当然だ。

 あくる日の早朝、私はお姉さんと姫ちゃんの部屋へと続く廊下を歩いていた。

 昨日はお風呂を出たあとすぐに夕食を摂ってベッドに潜った。

まだ登ったばかりの朝日が、窓の外からうっすらとした光で廊下を照らし出している。

 私は、寝ぼけ眼をこすりつつ、辿り着いた先のお姉さんの部屋のドアを開けた。

部屋の中はシンと静まり返っていて、みんなの寝息だけがかすかに聞こえてくる。

音を立てないようにフワフワのじゅうたんにそっと足を進めて部屋に入ると、

私の目に飛び込んできたのは姫ちゃん用のベッドにもたれかかるようにして眠っている勇者様の姿だった。

部屋の中を見渡すけど、お姉さんの姿はない。

零号ちゃんは座ったまま、妖精さんはソファーに転げて、眉間に皺を寄せながら寝息を立てている。

なんとも、苦しそうな表情だ…

 私はそっとドアを閉めて二人の下へ行ってソファーからずり落ちた毛布を妖精さんに掛け直し、座ったままの姿勢だった零号ちゃんの肩を優しくゆする。

「零号ちゃん、交代に来たよ」

「…んっ…ふぇぇ?」

そんな声をあげた零号ちゃんは、ギュッと瞑った目をゴシゴシとこすり、大きなあくびとともに伸びをした。

「……おはよ」

「うん、おはよう」

まだ焦点が合っていなさそうな目の零号ちゃんとそう挨拶を交わした私は、どうやら昨日の晩がどんなだったのかを想像できてしまっていた。

「姫ちゃん、寝なかったんだ…?」

「うん…首のところにあせもが出来ちゃって、それがイヤだったみたい。うとうと、ってしたと思ったら、思い出したみたいに泣くんだよ」

零号ちゃんはそう言って、首をグルグルと回して見せる。

私が肩と首をグイグイっと圧してあげると、零号ちゃんは

「あぁ、うぅぅぅ…」

なんて声をあげてから

「お姉ちゃんは結局、帰って来なかったよ」

と報告してくれる。

「そっか…」

私は、それを聞いて心配な気持ちが心の中で首をもたげたのを感じた。
 

910: 2015/11/30(月) 01:08:28.19 ID:j0JuHi67o

 お姉さんはお風呂のあと、夕食を摂りながら書類仕事をする、と言ってた。

昨日の夕方に到着した隊商がこの街で売りたい物資の資料に目を通して、議会の名義で購入しなきゃいけないらしい。

隊商が運んできてくれるのは街の人達用の品物もあるけれど、今回のように議会名義で買い上げるものも少なくない。

 例えば、議会が指導を行っている畑づくりに必要な農具の類は、無償で貸してあげる決まりになっているから予備がいくらあっても足りないし、

もちろん、肥料やなんかも買い入れているし、あとは、馬とか、飼い葉とか、羊皮紙に、防衛隊や親衛隊が使う武器防具も買い入れている。

 私達の自身の身の回りのものなんかはお仕事に応じた給金で賄っている。

食事だけは、一度議会名義で食材を買い入れて、その金額分を給金からそれぞれ穴埋めしている。食材は一括で買った方が安く上がるからだ。

 まぁ、とにかく、そんな資料に目を通して何をどのくらい買うか、次回来るときに持ってきてもらうための注文は何にするか、なんてことを考えなきゃいけない。

本当は、数人で話し合いをしながらやることになっているんだけど、この状況じゃそれも難しい。

補佐官さん達が手伝ってはくれているんだろうけど…

それでも、昨晩帰ってこなかった、ということは、難航してしまったと考えるのが自然だった。

 「私、部屋に戻る前に執務室行って様子見てくる」

零号ちゃんが荷物をまとめながらそう言ってくれたので

「うん、お願い」

と私はなるだけ明るい顔でそう頼んだ。

 荷物をまとめた零号ちゃんは、ふと、自分の体に巻き付けていた毛布を腕に抱え、姫ちゃんのベッドに寄りかかって眠る勇者様にそっと掛けた。

それから私を振り返って

「勇者様、少し寝かしておいてあげてくれないかな?昨日、ほとんど寝れてないんだ」

なんて言う。

「うん、わかった。姫ちゃん起きたら、私が見るよ」

そう私が答えると、零号ちゃんは少しだけ安心したような表情を見せてくれた。

「じゃぁ、おやすみ」

「うん。ゆっくり休んでね」

私はそう言葉を交わして、部屋を出ていく零号ちゃんを見送った。

 それから私は、姫ちゃんのベッドに寄りかかっている勇者様へと歩み寄る。

零号ちゃんの気持ちは、私もよくわかっていた。

たぶん、勇者様は昨日ほとんど寝れていないんだろう。

目の下には大きな隈を作っているし、顔も、眠っているのにげっそりと疲れ切っているように見える。

それならこんなところで寝かして置くのはなんだかね…

 勇者様が一生懸命にやってくれているのは、すぐそばで見ている私達が一番よく分かっている。

それに、お姉さんは私達に見張ってろ、とは言ったけど、手伝っちゃいけない、とは一言も言っていない。

なにより、こんなに一生懸命にやって疲れている勇者様を放っておくなんてできない。

せっかく一緒にいて見張ってるわけだし、ほんの少しだけでもちゃんと休んでもらった方が、みんなのためにも良いと思った。

もちろん、何より勇者様のためでもあったけれど。

「勇者様、勇者様…」

私は勇者様を呼びながら、零号ちゃんにしたのと同じようにそっとその肩を揺すった。
 

915: 2015/11/30(月) 01:43:31.45 ID:j0JuHi67o


私は勇者様を呼びながら、零号ちゃんにしたのと同じようにそっとその肩を揺すった。

「んっ…?…あ、あぁ…あなたか。おはよう、どうしたの…?」

勇者様は、零号ちゃんよりもずいぶんとはっきりとした反応で、私にそう聞いてきた。

「ベッドで寝た方がいいよ。姫ちゃん、私が見てるからさ」

私は勇者様にそう言う。すると、勇者様は一瞬、困ったような顔をして

「それはできないよ。これはあたしの仕事だ」

と私に返事をしてきた。

「いいから、寝なさい」

私は、どうしてか勇者様にはそんな言い方をしてしまう。

本当に、ちょっと意地悪なのかな、と自分で自分を疑ってしまうけど、

でも、こういう言い方の方が勇者様には伝わるんじゃないかな、って感じているところがあるようにも思えた。


911: 2015/11/30(月) 01:09:20.01 ID:j0JuHi67o

 勇者様は私の言葉に、ますます困った表情をして

「でもさ…休んでるところであの子が戻ってきたら、それこそあたし、寝たまま首を刎ねられちゃうんじゃないかな…」

と身震いして見せた。

 ふと、昨日の晩のお風呂での話を思い出す。

お姉さんは、勇者様のことを斬ろうだなんてこれっぽっちも考えていない。

追い出すつもりも、頃すつもりも閉じ込めるつもりもない、ってそう言ってた。

まぁ、初日のことは…うん、ちょっと仕方ないんだろうけど…

と、とにかく、お姉さんが勇者様につらく当たるのは、たぶん、不信感なんかの類のせいではない。

 怒っているのは確かなんだけど…なんていうか、昨日の話ぶりからすると、お姉さんは勇者様のことを信じられないとは思っていない。

ううん、姫ちゃんを預けているっていうのは、それこそ何にも代えがたい信頼の証だ。

それでも、お姉さんは勇者様に怒っている…それって、やっぱりなんだか妙な話のように私には思えた。

「ねえ、勇者様。勇者様は、お姉さんを怒らせるようなことをした心当たりある?」

気が付けば、私は休んでもらおうとしていたことなんかすっかり忘れてそう勇者様に問いかけていた。

「怒らせるって、そりゃぁ、あの日のことを怒らない人はそういないんじゃないかなぁ…」

勇者様は、そう言って再びぶるっと体を震わせてみせる。

 でも、お姉さんはーーー

そう言いかけて、私は言葉を飲んだ。

お姉さんは、昨日私に言った。

私は最近、勇者様寄りだから、って。

確かに、そうだったかもしれない。

 思えば、勇者様が帰って来てから、私はお姉さんに強いことをいってばっかりだったような気がする。

お姉さんの気持ちを汲んでたのは、十六号さんだけだったけど、今はその十六号さんさえ、お姉さんの勇者様への態度には首をかしげるばかりだ。

 ヤキモチを妬いていた、なんて思うわけじゃないけど…でも、例えばお姉さんが姫ちゃんや零号ちゃんの相手をしているときに、

寂しさを感じないわけではなかった。

ーーー三人は、血がつながっているから、ね…

そう思わないわけではなかった。

でも、私はそれ以上にお姉さんと零号ちゃんや姫ちゃんがにぎやかにしているのがうれしいって、そう思えていたのも本当だ。

 だとしたら、勇者様ばかりをかばう私や零号ちゃんの言葉を聞いて、お姉さんは何を思ったんだろうか…?

昨日のあの言葉は、もしかしたら、お姉さんの心の中にあった、ほんの小さな本音だったのかもしれない。

 そう思えばこそ、私は、昨日お姉さんと話したことを、勇者様に言ってはいけないような気がした。

それは、お姉さんが望まないことだろう、ってそう思ったからだ。

 私は、お姉さんから勇者様に乗り換えようとか、そんなことを思っているんじゃない。

二人に仲良くしてほしい、ってそう思っているだけだ。

それなのに、私はこれまで勇者様の気持ちのことばかり考えていて、お姉さんの気持ちに沿ってあげられていなかった。

そんなことで、二人の間をとりもつことなんてきっとできない。

大事なのは、もっと、どちらにも寄らずに…いや、どっちにも寄り添って…?

む、難しいけど…その両方でいるような、そんな感じの立ち振る舞いなんじゃないか、ってそう思えた。
 

912: 2015/11/30(月) 01:10:12.03 ID:j0JuHi67o

 「…たぶん、そのことじゃないんじゃないかな…」

それが、私が今言える精一杯だった。

でも、それを聞きつけた勇者様は

「えぇ?なにそれ、どういう意味…?」

と私を追及してくる。

 でも、ダメ…これ以上は、言えない…

「私にも、良く分からないんだけど、ね…」

…嘘は言ってない。お姉さんが何を思っているかは、今はまだ見当もついていないんだ。

 私の返事に、勇者様はやっぱり困った顔をして

「あたし、あれ以外に何か怒らせるようなことしたかな…だってさ、ほんとに、あの子とかあの短い間しか関わってないんだよ?

 芝居したことを怒ってないってなると、正直見当もつかないよ…」

なんて、なんだか情けない声でそう言った。

ーーー自覚ないんだよなぁ

昨日のお姉さんの言葉が思い出される。

昨日は、私も勇者様と同じことを思った。

 お姉さんが勇者様と言葉と剣を交わしたのは、あの晩だけのことだった。

お姉さんは勇者様の何に怒っているんだろう?

お姉さんは、勇者様に何を気が付いて欲しいんだろう…?

 どうやら、私にも勇者様にも、答えはまだ出そうにない。

でも、お姉さんは勇者様をひどい目に遭わせたりはしない、ってそう言っていた。

だから、たぶん、慌てることはないんだと思う。

多少、勇者様や見ている私達が辛くっても…もしかしたらそれは、お姉さん自身が勇者様に対してずっと抱えて来た気持ちの反動なのかもしれないから、ね…

「でも、きっとなにか思うところがあるんだよ。それより、ほんとにベッドで寝た方がいいって。

 そんなんじゃ、いざっていうときにウトウトして、姫ちゃん落っことしてケガさせちゃったりするかも。

 そしたらさすがに、お姉さん怒るよねぇ…」

「うっ…あなた、本当に意地悪になったよね…」

「ふふふ、なんだか、勇者様にはこんなこと言っちゃうんだ」

勇者様が辟易した顔で私を睨み付けてきたけど、私はそんな表情に思わず笑ってそう言ってしまっていた。

すると勇者様は何かをあきらめたのか、

「…分かった。じゃぁ、少しだけ。姫ちゃん起きたら、あたしも起こしてくれよ。あと、あの子が帰ってくる気配があったときも…」

と言いながら、のそり、と床から立ち上がった。

「うん、わかった」

私は素直に返事をする。

 でも、心の中ではそんなこと、ちっとも思ってなんていなかった。姫ちゃんの面倒はちょっとのことなら、私にだってできる。

お姉さんは事情を話せばきっと、勇者様が寝ていたって苦笑いで

「仕方ないな」

なんて言うんじゃないかな、ってそんな気がする。

そういえば、昨日もお風呂の前に姫ちゃんと眠ってた勇者様を起こさなかった、って話をしていたし、ね。

だから、勇者様には少しゆっくりしてもらおう。
 

913: 2015/11/30(月) 01:11:20.67 ID:j0JuHi67o

 「んじゃぁ、おやすみ」

そういうと勇者様は、のそりのそりとお姉さんのベッドに体を横たえて、毛布をかぶり目を閉じた。

 そんな勇者様の顔は、どこかやつれて見える。

「こんな顔してたらお姉さんが―――

ふと、そう言いかけた言葉が頭を巡って、私はハッとして、息が詰まった。

「ん…何?顔が…どうしたって…?」

まどろみながらのおっとりした声で、勇者様がそう聞いてくる。

「…え、と、こんな顔してたら、お姉さん怒りそうかな、って。自分でやるって言ったんだから、しっかりやれよ、とか言って」

私がとっさにそう言い訳をすると、勇者様は目を閉じたまま眉間に皺を寄せ

「…それは、怖い…なぁ…」

なんて、小さな小さな、掻き消えそうなくらいの声で口にしたっきり、すーすーと穏やかな寝息を立て始めてしまった。

わ、悪いことしちゃったな…困った顔しながら寝ちゃったよ…こ、怖い夢でも見ないといいけど…

 私はそんなことを思いながらベッドに腰かけ勇者様に毛布を掛けなおす。

勇者様はどうやらすっかり寝入ってくれたようだ。

それを確かめて、私は姫ちゃんの眠るベッドの柵に体を預けて、のぞき込むようにして同じように眠る姫ちゃんを見つめる。

 血のつながった、家族、か…

 竜娘ちゃんのときにもそうだったけれど私はふと、氏んだ両親のことを思い出していた。

 そりゃぁ、そうだよね。

 お姉さんが怒るのも、無理はない。

私だって、そう思ったくらいだ。

お姉さんが思わないはずがない。

―――随分と血色がいいじゃないかよ、えぇ?どこをふらついてると思ったら、まさか観光地で大工とはな

 あれはつまり、そういう意味だったんだね、お姉さん。

私は心の中でお姉さんにそう聞いてみた。

もちろん、答えてくれるはずもないんだけど、私の脳裏に映るお姉さんは、少しあきれたような表情で、私に笑いかけてくれたような、そんな気がした。



 

921: 2015/12/14(月) 00:33:31.23 ID:jGgpJsLto




 「勇者様、大丈夫…?」

「………」

「ゆ、勇者様…!?」

「へっ?!あっ…」

勇者様がそんな声を漏らして、意識を覚醒させた。傍らで零号ちゃんが心配そうにその顔を覗き込んでいる。

「ごめん、ありがと…今あたし寝てたね…」

「まんま!まんまぁ!」

「はいはい、今日は姫ちゃんご機嫌だねぇ」

零号ちゃんにお礼を言った勇者様は姫ちゃんにそうねだられて、黄色い声をあげながら姫ちゃんの口に離乳食の乗ったスプーンを差し出す。

 パクっとそれに食いついた姫ちゃんは、パチパチと手を叩きながら

「まんま!きた!」

と何やら喜んだ。それを見た勇者様と零号ちゃんがすかさず

「んん!まんま出来たね!」

「姫ちゃんすごいねぇ!」

なんておだて始める。

 そんな二人の表情には、隠しきれない疲れが滲んでいた。
 
 私がお姉さんの怒りの原因に気が付いてから三日。

 勇者様は未だ、私が行き着いた答えに辿り着いている様子はない。

と言うより、そんなことを考える余裕がない、と言った方が正しいのかもしれない。

 それと言うのも、まず、勇者様は、毎晩遅くに三刻だけ眠りに部屋に戻ってくるだけ。

それからここ数日の姫ちゃんは、すこぶる調子が悪かった。

それこそ今の姫ちゃんからは想像もつかないくらいで、眠ったと思って勇者様がベッドに戻せば大泣きし、離乳食はイヤイヤ。

 流石に食べない回数が増えると栄養のことが心配になって、勇者様がお姉さんにそのことを伝えると、

普段は夜寝る前と夜中起きたときだけだった授乳の時間を昼間にも一度設けられることにはなった。

でも、お姉さんは忙しい身で時間が空かない。

それならば、と勇者様が会議室に衝立とタオルを持ち込んで、会議中だろうと授乳を決行。

その授乳の時間だけはお姉さんが見てくれるけれど、それ以外の殆どは勇者様が面倒をみるような日々が続いた。

 夜泣きすれば、先ずは勇者様が抱き上げてあやし、おむつなんかを確認して、

それでもダメなら横になって仮眠を取るお姉さんを優しく抱き起こして、お姉さんごと姫ちゃんを抱くようにして授乳させてご機嫌を伺う。

お姉さんは半分眠ったままの授乳が終わったらパタリとベッドで二度寝に入る。

 授乳させて貰って安心するのか、姫ちゃんはそこから元気いっぱいでしばらく寝ない。

 それでも明け方ようやく寝付いたと思えば、三刻もしないうちに目を覚ましてギャンギャン泣く。

オムツを変えて離乳食の時間なんだけど、またヤダヤダで食べない。

 二刻掛かってようやく半分、ってくらい頑張って、それでもお腹が膨れるのか姫ちゃんは寝入るけども、

お昼過ぎにはまた目を覚ましてギャンギャン泣く。
 

922: 2015/12/14(月) 00:34:20.98 ID:jGgpJsLto

 で、また勇者様が衝立と毛布を持ってお姉さんのところまで行き、授乳してもらってホッと一息つくと、

姫ちゃんはまたお元気タイムに入るので、勇者様が積み木や鞠で遊んであげる。

遊びに疲れて来るとウトウト始めるんだけど、勇者様が抱き上げて寝かせ、ベッドに戻そうとすると大泣き。

勇者様が抱いたまま二刻も経つ頃には目を覚まして、離乳食の時間。でもやっぱりイヤイヤで半分食べるのに二刻かかる。

で、ようやくまた寝てくれるかな、と思ったら、お姉さんが帰ってくるのと同じくらいに泣き出すので、

また勇者様が二人を抱き上げて授乳を済ませて姫ちゃんはまたほんの短い時間寝入るって、朝方早くにギャンギャン泣いて目を覚ます…

そんなことの繰り返しだ。

 私達も一緒にいてあれこれ手伝ったりはしてるけど、結局一番眠れていないのは勇者様だ。

ここ三日で、勇者様はどれくらい眠れただろうか…

と指折り数えてみるけれど、思い返せるだけの時間を全部合計してみても、今のところはピッタリ両手で足りてしまう。

三日で、十刻…これ、まずいよね…。

 もちろんその手伝いをしている私と妖精さんに零号ちゃんも勇者様ほどじゃないけど軒並み寝不足だ。

 「今夜辺りはちゃんと寝てくれそう…」

ご機嫌離乳食食べる姫ちゃんを見て、勇者様が疲れた表情やおら笑みを浮かべてそう言った。

「何だったんだろう…ここ何日かずっと生活の流れがバラバラだったよね」

私がふとそう言うと、勇者様は事も無げに

「たぶん、風邪引きさんだったんだと思う」

と離乳食をスプーンにすくいつつ答えた。

 私はそれに少し驚いた。確かに鼻水出してたりすることはあったけど…風邪だなんて気が付かなかった。そんな私に勇者様は言う。

「ちょっと熱もあったし、咳もちょこっと出てたしね。小さい子って、二週間に一回は風邪引くんだよ」

それから勇者様は、まんま!と訴える姫ちゃんにスプーンを差し出した。それをパクっとした姫ちゃんは

「まんまきた!」

と手を叩いて喜ぶ。

「うんうん、出来たな!」

勇者様は姫ちゃんにそう優しく微笑みながら

「まぁ、この分ならもう大丈夫だろうけどさ」

と、私と零号ちゃんにチラッと目配せして言った。

 「勇者様、それ終わったら寝て良いよ?あとは私と幼女ちゃんで見てるからさぁ」

零号ちゃんが相変わらずの心配顔で勇者様にそう言う。でも、勇者様は首を横に振って

「大丈夫。あたしの言い出したことだ。あたしが責任持ってやんなきゃ」

と、譲らない。

 あの日から数えて、勇者様が私達に姫ちゃんを任せて眠ったのは二回だけ。それもほんの僅かな時間だ。

それも決まって姫ちゃんが寝入ってくれたときだけ。

姫ちゃんが泣いて起きれば勇者様もすぐに体を起こして、あやしたりオムツの具合いを見たりで、勇者様が眠っている間、

本当に私達は姫ちゃんを“見ている”だけだった。

 なんて言うか…一度決めたら曲げない石頭は、本当にお姉さんにそっくりだよね。

私はそんな勇者様に、呆れるような、でも何だか少し安心するような、そんな気持ちにさせられた。
 

923: 2015/12/14(月) 00:35:13.54 ID:jGgpJsLto

 それから離乳食を食べ終えた姫ちゃんは、しばらく勇者様と遊んでいるうちにウトウトとし始め、

勇者様に抱かれると昨日までがまる嘘だったかのようにぐっすりと寝入ってくれた。

勇者様がベッドに降ろしても、泣き出すこともなく穏やかに寝息を立てている。それを確かめた勇者様は、ふぅ、と一つため息を吐いた。

 勇者様が寝ていないのは間近で見ている私達が一番良く分かってる。

それに、たぶん、真夜中にならないと帰って来ないお姉さんもきっとほとんど眠れていない。

まとまって三刻寝ている分勇者様よりは良いのかも知れないけど、眠っている時間以外は書類の整理や会計、会議に面会と息付く暇もなさそうだ。

 ここのところは二人も言い合いをする気力がないのか、会話と言えば姫ちゃんに関する必要な話をするくらい。

ケンカにならないのは良いことだとは思うんだけど…でも、今の状態が良いかと聞かれたら、けっして良いと答えられるようなことでもなかった。

 「よし…じゃぁ、あたしも少し休ませてもらうよ」

勇者様が姫ちゃんの様子を確かめて、静かな声色で私達に言い、お姉さんが使っているベッドにストンと腰を降ろした。

「うん、そうして」

「ちょっと泣いたくらいなら、寝たままでいいからね。ね?」

私と零号ちゃんが口々にそう言うと、勇者様は少しだけ嬉しそうな顔をして

「ありがと。まぁ、とりあえずおやすみ…」

とベッドにグタリと横たわった。

 それからほとんど間もなく、スースーと勇者様の寝息も聞こえてくる。

それを見届けて、私と零号ちゃんは顔を見合わせて胸を撫で下ろした。

私も零号ちゃんも今は休んでいる妖精さんも、今の状態になってからは勉強や仕事なんてしている暇もなくて、

あれこれと勇者様のお手伝いに駆け回っている。

夜泣きが始まったら私達も起きて、必要そうな物を勇者様に聞いてお城の台所や倉庫に取りに行ったりもしていた。
 
 「赤ちゃんを育てるって、大変なんだね…」

ポツリと零号ちゃんが口にする。それから

「私、大きくなってもお母さんやれる自身ないなぁ…」

と大きくため息も吐いた。なんだかその話が可笑しくって、私は思わず笑ってしまう。

「まだまだずっと先のことじゃない?」

私がそう言ったら、零号ちゃんは渋い顔を見せて

「そうだけどさ…ね、私が赤ちゃん産むときは、幼女ちゃんも一緒に産もうよ。二人で交代してやれば楽かも」

なんて提案してくる。それは良い考えだけど…でも、私は首を傾げてしまう。

「それは良いと思うんだけど…そもそも赤ちゃんってどうやって出来るの…?」

そう言えば、この話は金獅子さんが帰って来てくれたら教えてくれるって言ってたっけ。

「え、結婚したら産まれるものじゃないの?」

「結婚しただけで、自然にお母さんのお腹が身ごもるのかな…」

「…そう言われると、なんだか違う気がする…」

「ね…きっと何かが必要なんだよ」

私達はそう言い合って、揃って首を傾げる。

でも、いくら考えたって知らないことは分からないから、金獅子さんが帰って来るのを待つ他にない。
 

924: 2015/12/14(月) 00:35:44.76 ID:jGgpJsLto

 「でも…零号ちゃんって、結婚したいって思う人いるの?」

赤ちゃんが出来るとか産むとかそんな話の前に、まずはそっちを気にした方が順番としては正しい気がする、

と思って私が聞いたら零号ちゃんは

「ふぇえぇぇ?!」

と変な声をあげた。ほっぺたどころか耳まで真っ赤にした零号ちゃんは

「なななななんでそんなこと聞くの!?」

と逆に聞いてくる。

「だって、順番としては赤ちゃんのことよりもそっちが先でしょ?」

私が答えると、零号ちゃんはなんだか納得してくれたように

「あぁ、そっか…」

頷き、それから言いにくそうに体をモジモジさせながら

「あのね…結婚したいかどうかは分からないけど…十四お兄ちゃんは、優しくて好きだよ…」

なんて言った。

 …へぇ……零号ちゃんも十四号さんが良いんだ…へぇ…へぇぇ…

気がつけば私は、自分の胸のうちに湧いた奇妙な動揺を誤魔化すのに必氏になってた。

でも、そんな私を見透かしたように零号ちゃんが

「幼女ちゃんは?」

と聞いてくる。

「ひぇっ?!え、え、えぇっとね…」

思わずそんな声を漏らしてしまうけど、

私も、その、あの…ま、負けないとそういうことじゃないけども、でも、でもね、そ、そう、どどうしても選ぶって言うなら、ね…

「わ、私も十四号さんが好きかな」

と正直に言う。

 するとなぜだか、零号ちゃんの表情がパッと明るくなった。

「なんだぁ、幼女ちゃんと一緒か!」

零号ちゃんはニコニコと嬉しそうな顔でそう言ったけど、不意に怪訝な顔つきになって

「あれでも…ん?それってだめ…?良いの?ん…?」

とひとりごとを呟きながら首を傾げ始め、ややあって

「ね、結婚って一人と一人じゃなきゃいけないもの…?」

と突拍子もないことを聞いてきた。
 

925: 2015/12/14(月) 00:36:17.43 ID:jGgpJsLto

「そ、それはそうでしょ!?」

「そうなの?決まってるの?」

「決まってるって言うか、普通はそう言うものだと思う…貴族様とか王族には、正妻と側室って言って、

 何人も奥さんいることもあるみたいだけど…」

「偉くなったら良い、ってこと?」

「い、いや、そう言うことでもないんじゃないかな…東部大陸では確か、そう言う法があるらしいし…」

「東部大陸の法って魔導協会が決めたことでしょ?そんなのには私は従わない!」

いや、あの、法そのものは魔導協会じゃなくって確か、王下貴族院が決めることだけどね…?って、そこじゃなくって…!

「そ、それでもやっぱり普通じゃないんだって」

私が言ったら、零号ちゃんは眉間にしわを寄せて腕組みをし、うぅっと唸り始めたと思ったら、

ややあって何かを閃いたのかパッと顔を明るくして言った。

「そうだ、簡単じゃん!私と幼女ちゃんで結婚すれば良いんだ!」

……はい?

ぜ、零号ちゃん…?

ななななな何を言ってる…の…?

「お姉ちゃんとサキュバスちゃんが結婚してるからそれは大丈夫なはずだし、

 そうすれば赤ちゃん出来ても二人でお世話できるし、一石二鳥だしね!」

零号ちゃんは私の混乱なんか気にも止めずにそう追い打ちを掛けてくる。

いやいや待って待って!そもそもそも女の子同士で赤ちゃん出来るの?

お姉さんとサキュバスさんはサキュバスさんが特別だったからってことじゃなかったっけ?

い、いや、その前に女の子同士で結婚って言うのも普通じゃないし、て言うか零号ちゃんはいきなり何を言い出すの!?

零号ちゃんは、その、あの…わ、私のことがすすすす好き、なの…????

「よ、幼女ちゃん、大丈夫…?顔真っ赤だよ…?」

ようやく私のそんな様子に気が付いてくれたのか、零号ちゃんがそう聞いてくれた。

 待って待って待って、落ち着いて、私。零号ちゃんはこういうことに疎いから、きっと何か盛大に勘違いをしているに違いない。

まずは…そう、まずはそこを確認しないと…

「ぜ、零号ちゃんは…私が好き、なの?」

「好きだよ!……あれ、幼女ちゃんは…違った…?」

私の質問に何の戸惑いもなくそう答えた零号ちゃんは、私の様子を見て不意に不安げな表情を見せた。

それを見て慌ててててしまった私は思わず

「す、好きだよ!」

と端的に答えてしまう。

 いや、好きなのは本当だけどその好きと結婚したいかとかって言う好きとは違くってだから…

なんてことを添える間もなく零号ちゃんは嬉々とした表情に戻って

「そっか、良かった!じゃぁさ、そうしようよ!」

と、一人で勝手に突き進んで行く。
 

926: 2015/12/14(月) 00:37:11.33 ID:jGgpJsLto

 待って待って待って待って!これ止めないとまずいよね?

 やっぱり零号ちゃんはいろいろといろいろ、盛大な勘違いをしているみたいだ。

えと、うぅんと…そう、まずは、結婚とは何たるかを説明して、それで好きって気持ちの説明をして、

それからちゃんと、私は友達として零号ちゃんが好きなのであって、結婚とかそういう好きではないんだってことを説明して

えぇと、それから赤ちゃんのことは…まだわからないからとりあえず今は良いとして、それからあとは…えぇと、えぇぇと…

そんなことを考えているうちに私は顔がみるみる熱くなって、その熱が頭の中にまで及んで耳から煙を吹きそうなくらいに混乱する。

 「幼女ちゃん…?」

不思議そうに首を傾げる零号ちゃんに、私がとにかく何でもいいから声を掛けよう、と思ったときだった。

 ガチャッとドアを開ける音がして、部屋にお姉さんが入ってきた。

まだお昼前だというのに、部屋に戻ってくるなんて珍しい。

いつも着ている政務官用のマントを脱いで、普段着用の綿のシャツとズボンに着替えている。

髪もしっとり濡れていて首からはタオルも掛けているし、どうやらお風呂に入って来たらしいってことは分かった。

でも、なんでこんな時間に…?

「お、お姉ちゃん…?ど、どうしたの?」

零号ちゃんが驚いた様子でお姉さんにそう尋ねる。

「ん、いや、魔導士が戻ってきてくれてさ」

「魔導士さんが?」

私は、勇者様以上に疲労の色の濃いお姉さんにそう聞き返す。

するとお姉さんは

「うん。手習い所の方を、師匠だっていう賢者のじいさんとその賢者の新しい弟子が代わってくれたらしくってさ。

 こっちに上がってきて、書類仕事はしてやるから少し休め、って言われちゃったよ」

なんて苦笑いを浮かべて見せる。

「休めるの?」

「あぁ、うん。ほんのちょっとだけどな。三刻したら北部城塞からの使者との面談があるから、それまでの間だ」

三刻、か…。とても十分な時間とは言えないけれど、それでも今のお姉さんには貴重な時間だろう。

「姫は…昼寝か。あいつもここんとこちゃんと寝てなかったもんなぁ」

お姉さんは姫ちゃんのベッドを見やりそう言って笑い、それから私と零号ちゃんを振り返って

「二刻したら起こしてくれ」

なんていうと、返事も待たずにベッドの方へと歩き出した。
 

927: 2015/12/14(月) 00:38:06.27 ID:jGgpJsLto

 それを見たとたん、零号ちゃんが

「あっ」

と声をあげる。

 そう、ベッドには、勇者様が寝ているんだった。

一応、サキュバスさんとお姉さんが寝るためのベッドだから、二人が横になるくらいは問題ない広さではあるけれど、

零号ちゃんが声をあげたのは、たぶんそんなことが気になったからではないだろう。

 「あ、あ、あのね、お姉ちゃん!勇者様はね…」

零号ちゃんがそう言ってお姉さんの足元にまとわりつき、必氏に勇者様を弁護し始める。

これまでのお姉さんを見ている誰も、勇者様のこんな姿を見たら怒るだろう、って思うに違いない。

でも、お姉さんと話して、勇者様と話して、その怒りが勇者様の何に向いているのか見当がついてしまった私には

零号ちゃんの心配は、無用なことのように思えた。

 「あぁ、知ってるよ。寝てないんだろ?」

お姉さんは、勇者様を庇おうと零号ちゃんが話すことをひとしきり聞いて優しくそう言い、零号ちゃんの頭をクシャっと撫でた。

それからベッドに横になっている勇者様の顔を覗き込むと、

「ひでえ顔してんな…」

なんて苦笑いを見せて、勇者様を起こさないようになのか、のそりと静かにベッドの空いている方へと体を横たえた。

毛布をかぶり、首に掛けていたタオルで目のあたりを覆ったお姉さんは、程なくして束の間の睡眠の中へと沈んでいく。

 そんな様子を見ていた零号ちゃんは、なんだか少し戸惑い気味で、ソファーに座っていた私のところに戻ってきた。

「びっくりした…お姉ちゃん、勇者様を怒るんじゃないかって思っちゃった…」

「お姉さんも疲れてるからね」

「うぅん、そうなのかな…?」

私があいまいに答えると、零号ちゃんはそう言って首をひねった。

「どうしたの?」

そう聞いてみると、零号ちゃんは不思議そうな顔をしながら

「お姉ちゃん、なんだかちょっと嬉しそうだった」

なんて口にして、勇者様と並んで寝ているお姉さんを見やる。

そんな言葉と視線につられて、私もなんとなく、お姉さんに視線を送っていた。

 お姉さんってば…そんな顔するくらいなら、さっさと仲直りしちゃえばいいのに…

腹が立つのは分からないでもないけど…勇者様が“自覚”できるにはもうちょっと時間が掛かりそうなんだよね…。

本当に意地っ張りで素直じゃないんだから。

いよいよってなったら、私が本気になってお姉さんを説得する、っていうことも考えておかなきゃいけないな。

私はお姉さんの怒っている理由が分かったけど、みんなはまだ気が付いていないみたいだし…

お姉さんが勇者様とケンカしているときの空気って、あんまり良くないって、私はそう思うんだ。

だからもしそのときがきたら、覚悟してよね、お姉さん。

 私は、ベッドで勇者様に背中を向けて眠るお姉さんの後姿を見ながら、心の中でそんなことを思っていた。




 

928: 2015/12/14(月) 00:38:37.58 ID:jGgpJsLto





 その日の夕方。

 私は妖精さんと交代して勇者様の見張りから離れていた。

 お風呂を済ませた帰りで、部屋に戻って交代の時間まで眠っておこうかな、なんてことを考えながら廊下を歩いていたら、

ふと、いい匂いが私の鼻とお腹をくすぐった。

 もうそろそろ夕ご飯の時間だ。

寝る前に食べちゃおうかな…そういえば、姫ちゃんは離乳食は食べるかな?

自分の食事を済ませるついでに、姫ちゃんのところに離乳食を運んであげたら少しは楽をさせてあげられるかもしれない。

 私はそんなことを思って、部屋への廊下を折れて厨房へと向かう。

入口の自由戸を開けると、そこでは四人の女の人達と、男の人が二人で、鍋を振るったり野菜を刻んだりしている姿があった。

「お疲れ様です」

私がそう挨拶をすると、元は妖精族だった給仕長さんが顔をあげて

「あら、従徒のお嬢ちゃん!お腹すいた?」

なんて明るい笑顔を見せてくれた。

「私これから休憩なので、夕ご飯食べておこうかなと思って」

私が答えると、給仕長さんはあぁ、なんて声をあげて

「お疲れ様だね、あんた達も」

と労ってくれる。

「いえ。私達なんかより、お姉さん達やゆ…内侍様の方が忙しいみたいで」

内侍様、と言うのは乳母に収まった勇者様に取り急ぎ付けられた役職のことだ。

身の回りのことを手伝ってくれる侍女さん達よりもさらにお姉さんの生活に近いところで働くことになったから、

より内側の侍女さん、って言うことで内侍官と呼ぼうと兵長さんが決めた。

 勇者様は役職は要らないと首を振ったけど、公に勇者様だなんて呼んだりは出来ないし、

お姉さんが役職を付けないことに拒否感を顕にしたので、勇者様は渋々ながらそれを引き受けた。

 それもそうだろう。今のお姉さんは、勇者様を部下として扱うか、それとも他の何かとしては関わるか、悩んでしまうところだし。

 それもまぁ、きっといっときのことだろう。

「内侍様ね。あの人、議長様の親戚か何かなんだろう?」

これは当然、本部のみんなは知っている。赤の他人と言ってしまう事が不自然なくらい二人は似ているからだ。

「うん。すごく親身にやってくれてるよ」

私が答えると、給仕長さんは声をあげて笑い、それから

「あんた達も良くやってるよ。若いながら関心だ」

なんて褒めてくれる。
 

929: 2015/12/14(月) 00:39:18.83 ID:jGgpJsLto

「あの、姫ちゃんの離乳食もついでに届けようと思うんですけど、出来てます?」

「あぁ、そっちはもう出来てるよ」

「なら、先にそれを届けて来ます」

「いいのかい?」

「はい。姫ちゃんの様子も気になるし」

私が答えると、給仕長さんは片方の眉をあげて驚いたような顔を見せ

「やっぱり、あんたは偉いね。立派だよ、その気遣い」

なんて、褒めてくれた。

 照れながらお礼を言っている間に、給仕長さんは姫ちゃんの離乳食を乗せたワゴンを私の前に引っ張って来てくれる。

私はもう一度お礼を言って、そのワゴンを引き、厨房の自由戸を開けて出た。

 廊下に出て、お姉さんと姫ちゃんの部屋に続く廊下をワゴンを押しながら歩いて居ると、

不意に後ろから鎧が擦れ合うガチャガチャという音と、バタバタという足音が聞こえてきた。

 振り返るとそこには、親衛隊第一班の班長、鳥の剣士さんが部下の人数人を引き連れて小走りに駆けている姿があった。

「お、こりゃ、お忙しい従徒ちゃんじゃないか」

鳥の剣士さんはそんなことを言って足を緩める。それからすぐに

「先に向かっていてくれ」

と部下の人達に声を掛けた鳥の剣士さんは、私の前でピタッと足を止めた。

「姫ちゃん達はどうしてる、従徒ちゃん?」

「幼女ちゃんって呼んでよ、一班の班長様」

私は鳥の剣士さんにそう言い返してから、

「姫ちゃん、今日はようやく落ち着いててご機嫌だよ」

と答える。すると鳥の剣士さんはニコっと笑顔になった。

鳥の剣士さんが率いる親衛隊第一班は、主に議長であるお姉さんの警護にあたっている。

第二班は執政官の人達を、第三班は私達従徒の身の回りを守ってくれていた。私達が三班の班長さんと親しいのはそれがあるからだ。

反対に、お姉さんの身辺を警護している鳥の剣士さんとは生活の時間が合わなくって、こうして時折廊下ですれ違うくらいのことしかない。

虎の小隊長さん達、元魔王軍の突撃部隊の多くは巡検隊として各地に散ってしまっているからなのか、

鳥の剣士さんはすれ違うだけのこんなちょっとの時間でも、懐っこく足を止めて話しかけてくれる。

「そっか。なら良かった。十六号ちゃんにもチラッと話を聞いたけど、みんなも大変なんだってね」

そう言えば、十六号さんはお姉さんの小間使いに引き立てられているから、鳥の剣士さんとも顔を合わす機会が多くなっているに違いない。

「うん。まぁでも、みんなに比べればなんてことないよ」

私が答えたら鳥の剣士さんは嬉しそうに笑って

「そりゃぁ、頼もしい限りだ」

なんて言ってくれた。

 それにしても、鳥の剣士さんがお姉さんから離れて移動しているのは珍しい。だいたいは何人かの部下を連れてお姉さんにくっついているはずなんだけど…

「お姉さんと一緒じゃないなんて珍しいね。何かあったの?」

私はふと浮かんだそんな疑問を鳥の剣士さんに尋ねてみる。すると鳥の剣士さんはああ、と思い出した様に

「盗賊団らしい人相をしたやつが城下に居るって防衛隊の連中から連絡が来てね。議長サンの指示で、街の警戒強化さ」

と教えてくれる。
 

930: 2015/12/14(月) 00:40:03.28 ID:jGgpJsLto

 盗賊団か…もしそれが本当なら、街の人達が強盗や盗みに巻き込まれちゃうかも知れない…

防衛隊の半分が出払ってる今は、親衛隊がその穴を埋める必要がある、ってこの間の話は私にも分かっていた。

「そっか。街の人達が心配だね…」

私が言うと、鳥の剣士さんも表情を引き締めて

「そうなんだ。俺達の街を荒らそうってんなら、容赦しないよ」

なんて言う。あの頃は、隊長さん達に「まだ若い」なんて言われていた鳥の剣士さんだけど、班長の任に就いてからはすごく立派に見える。

「頼もしいね」

私がそう言ってあげたら、鳥の剣士さんは嬉しそうな笑顔を見せて、

「ありがと。じゃぁ、行ってくる」

と止めていた足を踏み出した。

「気をつけてね!」

廊下を足早に歩いて行くその背中に声をかけると、鳥の剣士さんは律儀に私を振り返って

「あぁ!大丈夫!」

と応えて、階下へ続く階段を駆け下りて行った。

 その姿を見送った私は、改めてワゴンを押して姫ちゃんのところへと廊下を進む。

廊下の窓から外を見やると、親衛隊の人達が隊列を作り、鳥の剣士さんの指示を聞いている。

みんな、お姉さんの理想に共感して街や私達を守りたいって言ってくれた人達だ。

魔法の力がなくなった今、これほど頼もしい存在はいない。だけど同時に心配でもある。

何かがあったときに、真っ先に危険になるのが防衛隊や親衛隊のみんなだ。

 どうか、怪我をしないでね…氏んだりなんかもしちゃ、ダメだから、ね…

 私は窓から親衛隊の隊列を見下ろしながら、そんなことを胸の中で思っていた。

 それから気を取り直して廊下を進み、お姉さんの私室へと到着する。いつも通りに静かにノックをして、ゆっくりとドアを開けた。

開いたドアの隙間からそっと首を突っ込んで中を覗くと

「あれ、幼女ちゃん?」

と零号ちゃんが私に気が付いた。

「離乳食、持ってきたよ」

私はそう答えながら、ギィっとドアを大きく開けてワゴンを部屋に引き込んだ。

 姫ちゃんは、勇者様と一緒になって…なんだか不思議な踊りを踊っている。

「な、なに、あれ?」

私が思わずそう口にしたら、勇者様が私に気が付いたようで

「あ、まんま持って来てくれたの?ありがと」

と声を掛けてくれる。私は勇者様に

「ね、勇者様。それ、なに?」

と聞いてしまう。すると勇者様は

「あれ、幼女ちゃんも知らない?あたしのいた頃にはけっこうやってたんだけどな。体の成長を促す体操」

なんて言いって、聞き慣れない歌を歌いながらクネクネと奇妙に体を動かす。姫ちゃんも可笑しそうに笑いながら一生懸命それを真似しようとしていた。

 踊り自体は奇妙だけど…た、楽しそうだからまぁ、いいか。
 

931: 2015/12/14(月) 00:40:29.73 ID:jGgpJsLto

 私はとりあえず目の前の光景に納得してドアを閉め、姫ちゃん用のテーブルにワゴンを引いてく。そこに零号ちゃんが駆けてきて、

「幼女ちゃん!私がやるから休まなきゃダメだよ!」

なんて言ってくれる。でも、私にはそんな零号ちゃんの後ろでソファーに転がって寝息を立てている妖精さんの姿が目に入っていた。

 妖精さんは従徒じゃなく、一応政務官として侍女さん達のまとめ役もしている。

そのための書類や報告書、日用品や食材の購入計画なんかも建てなきゃいけない。

勇者様の“見張り”をしながらそんな仕事をするのは、やっぱりかなり大変な様子だった。

「私はちょっと寝なくってもまだ大丈夫。勉強出来ないのはちょっと困るけど、今はそんなことを言ってる時じゃないし、

 寝るんだったらあそこのソファーでも寝れるしさ。それよりも妖精さんをちゃんと休ませてあげないと、侍女さん達が困っちゃうよ」

私の言葉に、零号ちゃんは戸惑った様子でソファーで寝息を立てている妖精さんを振り返った。

 零号ちゃんはそのまま、何かを逡巡し始めてしまったので、私はその間に姫ちゃんの離乳食を準備する。それに気が付いた姫ちゃんが

「まんま!」

と声をあげて、覚束ない足取りでテーブルまでやって来た。

 「ありがとね」

勇者様は私と零号ちゃんの会話を聞いていたけれど、ただの一言そうお礼だけを言ってくれる。

きっと内心は自分の仕事なのに、なんて思っているんだろうな、っていうのは表情をみれば分かった。

それを言葉にしないのは…たぶん、勇者様もそろそろ厳しいんだろう。

 でも、今日は姫ちゃん朝から調子が良いし、きっと今夜はゆっくり眠れるはずだ。

私が妖精さんに代わったとしても、バタバタするのは姫ちゃんが寝入るまでの時間までだろう。

「まんましゅる!」

姫ちゃんは、昨日まではイヤイヤ言ってこれっぽっちも食べたがらなかった離乳食に興奮して、自分から勇んで小さなイスに腰掛ける。

それを見た勇者様は黄色い声で

「よぉし、姫ちゃん、いっぱいまんましようねぇ」

なんて言ってさっそくスプーン煮崩したパンとお芋を姫ちゃんの口に運んだ。

 そんな二人を見ていたら、不意に零号ちゃんが心配げな様子で

「幼女ちゃん…ホントに平気?」

と聞いて来た。私は出来る限りの明るい笑顔で

「うん、大丈夫だよ」

と応えてあげる。すると零号ちゃんはまた、思い悩む顔をしてから

「辛かったら、私一人でも大丈夫だからちゃんと寝てね?」

なんて言う。私がそれに頷いてみせると、零号ちゃんも私にコクっと頷いて妖精さんが眠るソファーに踵を返した。

 零号ちゃんは妖精さんを優しく起こし、部屋に戻ってベッドで寝るように促しだす。

妖精さんは寝ぼけた様子で零号ちゃんにふにゃふにゃと何かを聞いていた。

「まんまきた!」

「うんうん、今日は姫ちゃんすごいねー!」

姫ちゃんは相変わらずの調子だし、勇者様もなんとか、って様子で明るく振舞っている。

 そんな様子を見ていたら、唐突に私のお腹がグゥと音を立てた。そうだった、私も夕ご飯食べようって思ってたんだっけ。
 

932: 2015/12/14(月) 00:40:59.63 ID:jGgpJsLto

 「零号ちゃん、私、夕ご飯もらいに行って来るね」

「えっ?あ…うん、お願い」

私は零号ちゃんとそう言葉を交わし、勇者様にも視線を送って了解をもらい、空になったワゴンを押して部屋を出た。

 さっき来た廊下を戻って厨房へ向かい、給仕長さんに私と零号ちゃん、勇者様の分の夕ご飯を準備してもらって、ワゴンに乗せて部屋へと戻る。

表は、太陽が沈んでうすら暗くなっていた。

 さっき親衛隊さん達の隊列を見下ろした窓から外を見ていたら

「あれ、どうした?」

と誰かから声が掛かった。

 急だったので少し驚ろいて振り向いたら、そこにいたのは疲れた顔をしたお姉さんだった。

お姉さんの後ろには、親衛隊の隊員さんも二人控えている。

「あぁ、お姉さん。今、夕ご飯を部屋に持っていくところだよ」

私がそう答えたら、お姉さんは

「そっか」

なんて相槌を打ってワゴンに乗ったお皿に被った唐のかごを持ち上げてチラッと中身を覗き見る。

「ん、今日は魚か」

お皿の中身を確認したお姉さんは、そんなことを言って今度は私に目を向けた。

私の顔色を窺うようにして見つめたお姉さんは、ややあって私に尋ねてくる。

「姫の様子は?」

「うん、今日はやっぱりご機嫌みたい。今もまんま!って喜んで離乳食食べてるよ」

私が答えると、お姉さんはふぅん、と鼻を鳴らして私から視線を逸らす。それから、まるで内緒話でもするみたいに

「その…あいつの様子は?」

なんて聞いてきた。あいつ、なんて勇者様のこと意外には考えられない。

「内侍様は、けっこう疲れてるかも。今日は姫ちゃんがご機嫌で、午前中のお昼寝くらいしか寝てないから」

「姫のやつ、機嫌悪いと泣いて寝ないし、ご機嫌だと面白がって寝ないし、ホント、すごい体力だよな」

私の言葉に、お姉さんはそんなことを言って話を逸らそうとする。でも、私はお姉さんのそんなお姉さんの気がかりを知って思わず顔がほころんでしまう。

素直じゃないんだから、本当に…。

 「あたしもそろそろ限界だし…魔導士も戻ってきてくれてるから、今夜はなるべく早くに戻るよ。

 あいつにばっかり任せてて、姫があたしの顔を忘れたら大変だ」

お姉さんはそう言って、まるで私の追求から逃れるみたいに話を打ち切った。

でも、そう簡単に煙に巻かれる私じゃない。

「内侍様の心配してるの?」

「心配だね。あいつ、姫になにか変なことしようとしてないか?」

「そんなことしないと思うけど。あぁ、でも変な踊りは教えてたかな」

「へ、変な踊り?」

「そう、こう、クネクネって」

私がさっき見た踊りを真似して再現して見せたら、お姉さんはプッと噴き出して笑った。
 

933: 2015/12/14(月) 00:41:29.01 ID:jGgpJsLto

 「なんだよそれ。ホントに変な踊りだ。まぁ、それは別に良いけどさ、とにかく見張りはしっかり頼んだぞ」

お姉さんは笑顔になりながら私にそんなことを言ってくる。

私は、それでもお姉さんを逃がさない。

「見張ってるだけでいいの?」

私の質問に、何かを答えかけたお姉さんはグッと言葉を飲み込んだ。

それから、ふっと視線を宙に泳がせてから

「姫になんかあったら大変だからな。あいつが下手を打ちそうだったら、あんた達で修正してくれると助かるよ、姫が」

なんてうそぶいた。

もう、石頭。

 私はお姉さんのそんな返事に、やっぱり頬が緩んでしまう。

お姉さんはそんな私の視線を浴びるのが居心地が悪いようで、宙に泳がせた視線を窓の外に投げていた。

 と、ふいに、そんなお姉さんの視線がキュッと鋭くなった。

その変化に、私はなんだかハッとして全身を緊張させてしまう。

そんなわずかな間に、お姉さんは窓に飛びついてその向こうに目を凝らした。

「あれ…なんだ?」

お姉さんがそうつぶやく。それを聞いた私も我に返って、お姉さんの脇から窓の外を見やった。

 方角的には、東だ。もうすっかり夜の闇にのまれている街から、何か白い筋のようなものがゆらゆらと揺らめいているのが見える。

あれ…何…?まるで、煙みたい…

「良く見えないな…この方角なら、部屋からの方が開けてそうだな」

そうつぶやくように言ったお姉さんは、すぐさま親衛隊さんの一人に

「おい、すぐに伝令か何かが来てないか確かめてくれ。あれ、煙に見えるんだ。何か分かったら、部屋に報告をよこしてくれ」

と伝えると

「行くぞ。あんたも来い」

と、もう一人の親衛隊員さんと私に声を掛け、足早に廊下を歩きだした。

親衛隊員さんは、慌ててそのあとを追う。私も、ワゴンをあまり揺らさないように気を付けながら速足で廊下を歩き、勇者様たちが待つ部屋へと駆け込んだ。

 「お姉ちゃん、どうしたの!?」

部屋では、すでに東側の窓に張り付いているお姉さんが居て、零号ちゃんがそれに戸惑ったように声をあげていた。 

妖精さんの姿はない。どうやら部屋に戻ってくれているようだ。

姫ちゃんは、お姉さんのそんな様子を不思議そうに見つめながらも、勇者様が差し出したスプーンに口を付けている。

そんな勇者様も、零号ちゃんと同様に戸惑った表情をしていた。

「煙に間違いないようですね」

お姉さんと一緒になって、窓の外を見た親衛隊員さんがつぶやく。

「ああ、そうらしい…まったく、変なことでないといいんだけど…」

それを聞いて、お姉さんはそう言い、ふぅ、とため息をついた。

こんな状況で面倒なことが起こると、疲れが余計にひどくなる。

お姉さんがため息をつく気持ちは良く分かった。
 

934: 2015/12/14(月) 00:42:14.46 ID:jGgpJsLto

 でも、そんな私の心配もつかの間、コンコン、と部屋をノックする音が聞こえて、さっき廊下で別れた親衛隊員さんが部屋に姿を現した。

お姉さんの姿を確認するや、隊員さんは姫ちゃんに気を使ってか、控えめな声色でお姉さんに報告した。

「二の壁外で火の手の報です。焼けているのは、荷馬車宿の飼い葉倉庫とのこと。大尉様がすでに現場に急行されました。魔導士様が指示をお待ちです」

火の手…?

それって、つまり…

「か、火事…?」

零号ちゃんがそう言って息を飲んだ。

私も、喉が詰まるような感覚がして、ゴクリと唾を飲み込んでしまう。

「飼い葉倉庫はまずいな…延焼が速いぞ」

「議長様、あの辺りは木造の建物が密集しています」

「分かってる」

隊員さんの言葉にそう答えたお姉さんは、一瞬、私達に視線を投げてから宙をにらみ、そして二人の隊員さんに言った。

「本部内の親衛隊に非常招集を掛けろ。第一から第三分隊はここに残って警護だ。門戸は閉じて、外部からの出入りを警戒させろ。

 第四から第九分隊には魔道士を指揮に長槍を準備して現場に向かうようにさせてくれ!第十分隊には、各所の防衛小隊へ伝令。

 持ち場から半数を割って二の壁東門に集合し、あたしの指揮に従うよう伝え!」

「はっ!」

二人の隊員さんは、そういうが早いか部屋から駆け出て行った。

それを見送るや、お姉さんは無造作に着ていた儀礼用のマントを脱ぎ、さらには服まで脱いで、下着姿になった。

「零号、あたしの軽鎧を出してくれ」

お姉さんは、衣装入れから綿の鎧下を引っ張り出して着こみながら、零号ちゃんにそう頼む。

「う、うん!」

零号ちゃんはそんなお姉さんの声にハッとして、衣装入れの隣にあるお姉さんの装具入れから軽鎧を出し始めた。

「幼女、パン一切れ取ってくれ!」

「え、あ!うん!」

私は、お姉さんに言われて少し焦ってしまったけれど、気持ちを落ち着けてワゴンに載っていたカゴからパンと、

それから流し込みやすいようにと冷茶を陶器のポットのままひっつかんでお姉さんの下に走る。

 お姉さんは椅子に腰かけ、零号ちゃんに手を借りながら軽鎧を慣れた手つきで身に着けていく。

そんなお姉さんの口に、私はパンを差し出してあげる。

お姉さんは、姫ちゃんがしているみたいにパンに噛り付くと口いっぱいにほおばって、ポットのお茶を欲しがった。

私がポットを差し出せば、お姉さんはその注ぎ口に直に口を付けて、ゴクゴクと飲み下してさらにパンを要求する。

それを何度か繰り返しているうちに、軽鎧は着込み終えた。
 

935: 2015/12/14(月) 00:42:49.58 ID:jGgpJsLto

 「マント!あと、一応剣も!」

お姉さんの言葉に、零号ちゃんが阿吽の呼吸で装具入れからマントを取り出すとお姉さんに手渡し、

さらに皮のベルトに通された剣を引っ張り出すと、お姉さんの腰に腕を回して素早く取り付ける。

 マントを羽織り、腰の剣の位置を整えたお姉さんは、そのまま素早く立ち上がった。

「零号、幼女、姉ちゃん、姫を頼む。十六号と十七号を残していくから、なにかあったらここへ呼びつけろ」

お姉さんはそう言い残すと、マントを翻らせて部屋を飛び出して行った。

 零号ちゃんも、私も、もちろん勇者様も、バタン、と閉まるドアを、なんだか茫然と見つめていた。

火事、か…まさかこんな時にまた騒ぎがあるなんてな…

私は、部屋を出て行ったお姉さんのことが急に心配になり始めてしまった。

あんな状態で、現場で倒れたりしないといいんだけど…

 「火事って…大丈夫かな?」

そんな私とは違った心配をしていたらしい零号ちゃんが、不安げな表情でそう口にする。

確かに、それもそれで心配だ…少なくとも二の壁の外で燃えているんなら、内側への延焼はよほどの大火事にならない限りは大丈夫だとは思うけど、

だからと言って、二の壁の外が重要でないわけではない。

東門のあたりということは、旅客が寝泊まりする宿や、交易の窓口をしている建物だってある。

もちろん、そういう人達を相手にして食事を出したり小物を売ったりしているお店だってある。

たくさんの人が住んでるんだ…心配しない方が無理に決まっている。

でも、それを口にしたところで、状況が変わるわけでもない。

私は、胸にこみ上げた不安を押し込めて、お姉さんが食べ残したパンを零号ちゃんの口にねじ込んだ。

「んぐっ!?」

「今は、夕ご飯を食べておこう…今は、私達に出来ることはきっとない。

 でも、火事が収まれば親衛隊の人達やお姉さん達が疲れて帰ってくる。

 収まらなかったら、街の人達を非難誘導するのに人手がいる…

 私達は、そのときに備えて、食べるもの食べて体を休めておかないと」

私は、口の中のパンを一生懸命に飲み込もうとモゴモゴ言っている零号ちゃんにそう言った。

やがてパンを飲み込んだ零号ちゃんは、なぜだか少し苦しそうに息をついてから

「…うん、そうだね…」

と、唇をキュッと食いしばって答えてくれる。

私は、そんな零号ちゃんの肩を思わず抱きしめていた。

 苦しい気持ちも、不安な気持ちも、私にだってある。

でも、それに流されてはいけない。

また、あの時のように大切なことを見誤ってしまいかねない。

だから、私は私ができる確実なことだけを選ばなきゃいけないんだ。

 それはとても苦しいことだけど…こうして、同じ気持ちでいてくれる仲間がいる。

それだけで私は、せり上がってくる焦燥感や、それを抑え込む苦しさとだって戦えた。
 

936: 2015/12/14(月) 00:43:52.79 ID:jGgpJsLto

 私はすぐさま夕ご飯の準備をして、零号ちゃんと一緒に、姫ちゃんに離乳食をあげながらの勇者様と四人して手早く食事を済ませた。

太陽はすっかり沈み、窓の外には月明かりが照り始める。

二の壁の東門の方角に上っていた煙は、食事を始める前に比べると幾分か細く薄らいでいるようにも見えた。

火事、収まったのかな…そうだといいんだけど…

 そんなことを思いながら、私は食器をまとめてワゴンに乗せる。

姫ちゃんはお腹がいっぱいになったからか、食べ終えてから少ししてコクリコクリと船をこぎはじめ、食事を終えた勇者様に抱かれて早くも眠りに落ちていた。

 「やっぱり、今日はご機嫌だね」

勇者様が不安を隠せていない顔を無理矢理に笑顔を浮かべて言いながら、姫ちゃんをベッドに横たえる。

「うん、今日は寝れるといいね…火事が収まれば、だけど…」

私と一緒に、食器の片づけをしてくれていた零号ちゃんがそう答えながら窓の外に目を向けた。

「煙、少し収まってきてない?」

どうやら、零号ちゃんにもそう見えるらしい。

「うん、そうだね…大事にならなくて済みそう」

私は、零号ちゃんの言葉に自然とそう思えて、ホッと息を吐き出していた。

 でも、そんなとき、不意に零号ちゃんが片付けの手を止めて、まるで固まったように動かなくなった。

首だけをゆっくり動かした零号ちゃんは、ややあって視線を宙に漂わせる。

「どうしたの、零号ちゃん…?」

私は当然、そんな零号ちゃんに戸惑ってそう尋ねた。

すると零号ちゃんは、シッと人差し指を立てて目を閉じる。

それからすぐに

「何か、聞こえない?」

と私を見つめて言って来た。

「え?」

私はそう声を漏らしながらも、手を留めて耳を澄ましてみる。

―――!

本当だ。

「今の、何?」

私は、零号ちゃんを見やってそう聞いてみる。

すると零号ちゃんは、もう一度目を閉じ、さっきよりも少し長い時間、耳を澄ませてみせた。

―――!

――!

―――!

誰かの声だ。

ううん、それだけじゃない。

何か、甲高い音がとぎれとぎれに聞こえてくるような気がする。
  

937: 2015/12/14(月) 00:44:31.86 ID:jGgpJsLto

 私がそのことに気が付いたとき零号ちゃんは持っていたお皿をテーブルに戻して、はじけ飛ぶようにして床を蹴ってお姉さんの装具入れに飛びついていた。

零号ちゃんは装具入れからお姉さんの予備の剣を引っ張り出して腰にベルトを回すと、鬼気迫った表情で剣を引き抜く。

 次の瞬間、ドカン、と音がして部屋のドアが勢いよく開いた。

同時に、何かが部屋の中に転がり込んで来る。

零号ちゃんは素早く剣を構えるのを見て、私は気が付いた。

何かが、起きてるんだ…!

ハッとして姫ちゃんの方に走ろうとして、私は転がり込んできた“何か”を見やり、そして足を止めた。

 部屋に入ってきたのは、肩で息をしてうずくまっている妖精さんだった。

「よ、妖精さん…?どうしたの…?」

「…賊が入り込んでる!」

そう訴えた妖精さんの寝間着は、血に濡れていた。

「ぞ、賊…!?」

私が戸惑う間に、零号ちゃんが緊張した様子で

「妖精ちゃん、ケガは?」

と尋ねる。

「これは親衛隊の班長補佐さんのです…私は平気です!でも、補佐さんが…補佐さんが…!」

妖精さんは、目に涙を浮かべながら一生懸命にそう訴えた。

 それを見て、補佐さん何があったのかを分からないほどのんきではなかった。途端に緊張で胸がギュッとしまり、呼吸が苦しくなってくる。

心臓が耳で気消えるほど大きく脈打ち、私は震え上がりそうになる体に必氏に力を込めた。

 この街に賊…きっと、ここの所話題に出ていた盗賊団に違いない…でもまさか、この本部に直接乗り込んでくるだなんて…

確かにここは今は、各地に防衛隊の人達が出払っていて手薄だ。

それに、火事の騒ぎでさらに人数が少なくなっていた。

…火事…?

もしかしたら、あの火事、って…!

私はそのことに気づいて零号ちゃんを振り返った。

零号ちゃんも、私と同じ結論に辿り着いていたらしい。

くっと歯噛みをして

「あの火事、陽動だったんだ…!」

とつぶやいた。

 「議長様!」

「お早く!ここは我らが!」

「十六姉!十六姉、しっかりしろ!」

次瞬間、そう叫ぶ声が聞こえた。ハッとして目をやると、ドアの向こうに十七号くんと肩を担がれた十六号さんが姿を見せる。

さらにその後ろから、お姉さんとお姉さんに担がれた親衛隊員の人。

そして、最後尾には、鳥の剣士さんともう一人、別の親衛隊員さんがいた。

みんな妖精さんと同じようにあちこちに血がべっとりと着いている。
 

938: 2015/12/14(月) 00:46:40.88 ID:jGgpJsLto

「十六号お姉ちゃん!」

そう叫んだ零号さんちゃんが剣を鞘に戻して、十六号さんの下に駆け出す。

私も慌ててそばに駆け寄ると、十六号さんは肩当たりから大量の血を流していた。

 「十三姉、ごめん…!俺がもう少し早く気付いてたら…!」

十七号くんが歯噛みしながらそう報告する。お姉さんは額に浮かんだ玉の汗をぬぐいながら

「いや、これはあたしの落ち度だ。それより十六号、具合いは…?」

と、まずは十六号さんの様子を聞いた。

「へ、平気…一薙貰っただけだよ…骨もハラワタも無事だ…」

そう答えた十六号さんの表情は、痛みに歪んでいる。

 「よし…気をしっかり持てよ。おい、お前もだ、しっかりしろ!」

お姉さんはそう言いながら、担いでいた親衛隊員さんをドサッと床に寝かせた。

親衛隊員さんは十六号さんよりも重傷で、斬りつけられたらしい腕から白い骨が顔を覗かせ、肩の刺し傷からも出血がある。

「妖精ちゃん、幼女、二人の手当てを頼む!」

「うん!」

「は、はいです!」

私と妖精さんはそう返事をして、ベッドからシーツを剥いでいつも提げているダガーで切って包帯にし、十六号さんと親衛隊員さんの傷口を抑える。

それを確かめたお姉さんは

「剣士、すぐにあいつらを援護に行く!着いて来い!」

と鳥の剣士さんに命令した。

「ダメですよ、議長サン」

でも、それを剣士さんが押しとどめる。

「見頃しにしろってのか…!」

「犬氏にするつもりなんですか?やつらが何のためにあそこに残ったと思ってんです!」

鳥の剣士さんは食って掛かったお姉さんにそう言い返すと、

「坊主、本棚とベッドだ。とにかく、この扉を塞いで時間を稼ぐ」

と十七号くんに指示を飛ばした。

「よし、やろう…」

十七号くんは、一瞬、悔しそうに顔をゆがめたけれど、すぐさまキリっとした表情を浮かべてそう返事をし、鳥の剣士さんと無事だった親衛隊員さんと一緒に、部屋にあったベッドを動かし、本棚を倒してドアを塞いだ。

 私と妖精さんも、ひとまず止血の処置だけは終えて、一息つく。その様子を確かめて、零号ちゃんがお姉さんに聞いた。

「お姉ちゃん、何があったの…?」

「あの火事…防衛隊の連中をここから引き剥がすための罠だったらしい…魔導士が分隊を率いて出てった直後に裏門から入られたみたいだ。

 あたしが火事の件の情報を伝令に聞いてる間に階下が襲撃されて半壊だ。十七号、数はどれくらいいた?」

「ごめん、不確かだ…俺が気付いたときには、部屋の周辺に配置されてた親衛隊の連中は軒並み二、三太刀食らって事切れてた。

 十六姉を助けるのに三人斬ったけど、たぶん、あいつらだけじゃないと思う…剣士さん、そっちは?」

「こっちは議長サンに張り付いてたんで、君と筆頭ちゃん達と合流するまで遭遇はなかった。でも議長サン、こいつは…」

「ああ。本部に残ってた親衛隊の連中はどれも一対一で簡単に打ち取れる相手じゃない。盗賊団なんて言う割に、それなりの数を揃えて来てるか…」

お姉さんは、そう呟いて一瞬だけ逡巡する。そして次の瞬間には

「幼女、火の焚き方、まだ覚えてるか?」

と聞いてきた。
 

939: 2015/12/14(月) 00:47:08.47 ID:jGgpJsLto

思わぬ質問に私は

「えっ?お、覚えてるけど…」

と意図を汲み取れずに戸惑う。でも、お姉さんはそんな私を落ち着かせるように、的確な指示をくれた。

「姫のベッドを壊していいから、あれで火種を作ってバルコニーで毛布でも何でも燃やしてくれ。火と煙で外の防衛隊の連中に知らせる」

「わ、分かった!」

私はお姉さんにそう返事をする。

 次いで、お姉さんは十七号くんと剣士さん達に

「…との障壁、こんな程度じゃ破られるな。剣士、十七号。あっちのソファーと、テーブルもだ。

 零号も手伝ってくれ。とにかく積んで時間を稼ぐほかにない」

と指示を飛ばす。十七号くんに剣士さん、親衛隊員さんに零号ちゃんがお姉さんにうなずいて返した。

そして、それを確かめたお姉さんは最後に勇者様をまっすぐに見つめて言った。

「それから姉ちゃん。姫を頼む。あいつは、あたしとサキュバスの宝物だ」

勇者様は、お姉さんのそんな言葉に微かにも動揺せず、同じようにお姉さんをまっすぐ見つめ返し

「分かった」

とただの一言言って頷いた。

 「うおおぉぉぉぉ!」

突然に、廊下の方からけたたましい雄叫びが聞こえ出す。盗賊団だ…こ、ここへ来るつもり…!?

「急げ!」

それに気付いたお姉さんが、私を見やって叫ぶ。

「うん!」

私は返事をするや、勇者様と赤ちゃん用のベッドに駆け出して、勇者様は姫ちゃんを毛布で包んで抱きかかえる。

私は木で出来た柵を思い切り蹴飛ばして壊し、二本の木の棒と、それから姫ちゃんが使っていた羽根の布団握りしめてバルコニーへと飛び出した。

 お姉さんたちはソファーやテーブルを閉じたドアの前に折り重ねて障壁を作っている。

危険から身を守ろうと思えば、戦うよりも確実な方法だ。

 私はそんな様子を視界に収めながらバルコニーで持ってきた木の手すりのように平たくなった方を下に置き、

丸い形をした支柱の方をその上に立ててゴリゴリと桐もみするように擦り始めた。

この方法は、火種を作るには時間が掛かる…半刻とは言わない…せめて、四半刻あれば、なんとかなる…!

 私はそう考えながら、ひたすらに木を擦り続ける。

そうしている間にドアの外には盗賊団到達したの、ドンドン激しくドアを叩く凶悪な音が室内に響き始めた。
 

940: 2015/12/14(月) 00:47:36.68 ID:jGgpJsLto

 「議長サン、下がってて!」

「そうだ!十三姉、下がってろ!」

「なにぃ?あんたこそ下がれ、十七号!」

「良いから下がれよ、姉ちゃん!姉ちゃんは魔法がなくなってから忙しくて満足に剣なんて振れてないだろ!?

 魔力で身体能力を強化してやるのとは勝手が違うんだよ!今なら俺のほうが戦える…!

 そのために、二年も兵長さんに稽古付けてもらってきたんだ!」

「生意気になった!あたしだって、小さい頃から生身の戦闘訓練は受けてんだ!今更あんたに遅れは取らない!」

十七号くんとお姉さんはそんな怒鳴り合いしながらも、障壁を抑えようと必氏になっている。

 妖精さんはケガをした十六号さんと親衛隊員さんを部屋の隅へと運んでいた。

勇者様は、姫ちゃんを抱きかかえ、毛布に包んでドアをたたく音を遮ろうとその耳を塞いであげている。

そんな中で、障壁を抑えていたお姉さんが、そばにいた零号ちゃんを捕まえてた。

「零号…大事なことを任せるぞ」

「なに!?なにすればいい!?」

なんでもする、とでも言いだしそうな零号ちゃんに、お姉さんは言った。

「姫と、姉ちゃんの直掩に着いてくれ。頼むぞ」

「ね、姉ちゃん…?」

その言葉に零号ちゃんは明らかに戸惑ったような表情を浮かべた。お姉さん零号ちゃんが意味を汲み取れなかったと思ったのか、

「あいつだ、あいつ。勇者様をだよ!」

と言うが早いか零号ちゃん背を押して勇者様の元へと向かわせる。

 この間から、何度かそう呼んでたもんね。お姉さんにとっては、やっぱり勇者様はお姉ちゃん、なんだ。

勇者様って存在でもないし、世界こととか裏切りとか、そういう大きなことが二人の間にあるわけじゃない。

たぶん、私が感じたことに間違いはない。

お姉さんはきっと、何か自分のお姉ちゃんが自分働いた不誠実に怒っているんだ。

 そんな場合でもないのに、私は火種を起こしながらそんな事を考えていた。

 でも、それもつかの間だった。不意に、ドカンと言う衝撃音と共にメリメリっとドアから何かが飛び出してきた。

それは、明らかに斧か何かの刃先だった。

 ドカン、ドカンと言う大きな音がするたびに、メリメリとドアが音を立て仕舞にはドア中保大きな穴が空いてしまう。

その向こうには、鎖帷子や胸甲なんかで身を固めた男の人達の姿がある。あのドアは、そうは持たない…

 一度種火布団やじゅうたんに移せれば、負けないくらいに良く燃えてくれるはず…そう、だから、急がなきゃ…急げ…急げ…!!

 私はもう、そのことだけを考えて一心不乱に木を擦り合わせた。

でも不意にドスンと大きな音が聞こえて顔をあげると、そこには障壁共々打ち壊され押しのけられたお姉さんたちの姿がある。

そして廊下からは、黒い服装に身を包んだ男たちがゾロゾロと部屋に入り込んできていた。



 

943: 2015/12/14(月) 20:55:12.78 ID:jGgpJsLto



 ドカン、ドカンと言う大きな音がするたびに、メリメリとドアが音を立て仕舞にはドア中保大きな穴が空いてしまう。

その向こうには、鎖帷子や胸甲なんかで身を固めた男の人達の姿がある。あのドアは、そうは持たない…

 一度種火布団やじゅうたんに移せれば、負けないくらいに良く燃えてくれるはず…そう、だから、急がなきゃ…急げ…急げ…!!

 私はもう、そのことだけを考えて一心不乱に木を擦り合わせた。

でも不意にドスンと大きな音が聞こえて顔をあげると、そこには障壁共々打ち壊され押しのけられたお姉さんたちの姿がある。

そして廊下からは、黒い服装に身を包んだ男たちがゾロゾロと部屋に入り込んできていた。

 「ほほう、なかなか良い暮らしぶりじゃねえか、救世の勇者」

男達の一人が部屋を見回してニタリと笑みを浮かべる。その男にお姉さんは素早く引き抜いた剣の切っ先を突きつけた。

「あたしの部下を斬ったらしいじゃないか。その上、大事な妹にケガもさせたな…あんた達、生きて帰れると思うなよ…」

そう低い声で言ったお姉さんだけど、男はそれを聞いて可笑しそうに笑い声をあげる。

「さすがは救世の勇者、言うことがでかいな。だが、本当にその人数で俺達全員の相手が出来ると思うか?」

男の言う事はもっともだった。部屋に踏み込んで来ているのだけでも十人以上はいる。その上、廊下からはまだ無数の喚き声が聞こえていた。

いくらお姉さんが勇者としての豊富な戦闘経験があったとしても、今は魔法の使えない一人の人間だ。

よほどの力量の差がない限り、無事で済むとは思えない。

 だけどお姉さんはそれを聞いても顔色一つ変えずに

「やってみるか…?」

とやおら剣を構えて見せる。それに習うように、隣の十七号くんも剣を構えた。

鳥の剣士さんも、無事だった士長さんも剣を抜き、お姉さんの前へと踏み出す。

 あのときと同じだ。

相手の数は圧倒的。それなら、部屋の入口の狭いところで敵を迎え撃つしかない。

 そうでもしないとたぶん、私達に勝ち目はない。

さっき十七号くんが言った通り、お姉さんは魔法がなくなってからは政務が忙しくてまともに剣を振るった機会がほとんどないはずだ。

どちらかと言えば、今は二年間鍛錬を積んだ十七号くんや鳥の剣士さんの方が頼れるかも知れない。

それでも、勝てるかどうか、と言われたら、圧倒的に技量差があるとは思えなかった。十七号くんの剣技が鋭く卓越してるのは知ってる。

でも、それでも兵長さんには及ばず、ちょうど、親衛隊の班長さん級が抱える部下の上級士官の人達と同じ程度だ。

鳥の剣士さんも班長として親衛隊を率い、巧みな剣裁きができるのを知っているけれど…

それでも、上級士官の人達多くがこの本部の警備に着いてくれていたのに、ここへ盗賊団は踏み込んで来た。

数のせいなのかそれとも盗賊たちの力量のせいなのか、ともかく下の階の守備を突破してきたこの盗賊団の攻撃をたった四人で支えきるには限界があるだろう。

 私は、お姉さんにやめてと叫びそうになるのを必氏に堪えていた。お姉さんは戦いに関しては私なんかが想像できない程に知識がある。

この状況で、勝てる方策があるのかもしれない。勝てなくても足止めさえ出来れば、私が火を付けて、防衛隊の人達を呼び寄せられる。

それに、怪我をしている十六号さんとそれ付き添っている妖精さん、そして姫ちゃんを抱きかかえた勇者様とそれを守る零号ちゃんに盗賊団の意識が向けば、

その白刃に零号ちゃん以外は抵抗する暇もなく斬られてしまうだろう。

 部屋の出口は男達が入って来たあの場所一つ。逃げ場はない。どの道、ここを切り抜けるには誰かが戦う他にない。

お姉さんはそれを分かって、覚悟を決めて自分達に盗賊団引き付けようとしているに違いない。

 だから私は、お姉さん制止する代わりに必氏になって木を擦り続けた。

 急げ、急げ、急げ…!そう自分に何度も言い聞かせて、とにかく目の前作業に集中する。

 「さぁ、やれると思うんなら掛かって来いよ。救世の勇者の首をとったとありゃ、悪名も大陸全土に轟くぞ?」

お姉さんなおもそう言って剣を構えた姿勢で、射抜くような鋭い視線を盗賊団に向ける。

 その佇まいからは、魔法が使えるはずなんてないのに、あの強力な勇者の紋章の力が溢れ出てきているのと同じくらいの強烈な気迫が感じられた。
 

944: 2015/12/14(月) 20:55:56.35 ID:jGgpJsLto

 「…な、なるほど…覇気だけは、確かに並じゃねえな…」

そう言った男はスラリと腰の剣を引き抜き、そして叫んだ。

「掛かれ!」

途端に部屋の中にいた盗賊団だ一斉にお姉さん達に斬り掛かった。

 お姉さんは一太刀目を剣の腹で滑らせて往なし、ガチャっと刃立ててその男を一薙切り捨てる。

次いで二人同時に振り下ろされた剣をマントを翻して躱すと、一人を蹴りつけ、そしてもう一人肩を切っ先で突く。

さらに背後から斬り掛かった男の剣を、素早く引き抜いた鞘の装飾の部分で受け止めると、足元から斬り上げた。

男は脚の付け根から肩へと袈裟がけ斬られて床へと昏倒する。

 十七号くんも負けてはいなかった。襲いかかって来る盗賊団剣を躱しては斬りつけ、受け止めては体術で吹き飛ばし、

その隙を付いてきた別の男の剣を素早い動きで振り上げた剣受け止め、腰に下げていたダガーをその胸に突き立てる。

 そんな十七号くん氏角から、先ほどお姉さん蹴飛ばされた男が短剣を握って十七号くんへと突撃する。

それにいち早く気づいたお姉さんが剣を伸ばして男の足元を引っ掛けた。

「おい、頼むぞ!」

お姉さんがそう言うやいなや、十七号くんは

「分かってる!」

と言いながらお姉さんに向かって剣を横薙振った。

それをしゃがんで躱したお姉さんの背後で、お姉さんの隙を狙っていた別の男が十七号くん剣胸に突き立てらて、床にドッと倒れ込む。

 そんな二人が床を転げると同時に、鳥の剣士さんと士長さんが盗賊団に斬りかかった。 

 剣士さんは二本の細身の剣を振るい、まるで踊るような足さばきで軽やかに盗賊団を剣の刃で次々と撫でつけていく。

士長さんも十七号くんに勝るとも劣らない鋭い剣さばきで、盗賊達を入口にくぎ付けにしている。

 正直、想像以上だった。

四人ともすごい…お姉さんは二年も剣をちゃんとやってない様には見えないし、十七号くんもけっしてただ見習い隊員には思えない。

鳥の剣士さんも士長さんも、盗賊団相手に一歩だって引けを取っていない。

 これなら…大丈夫…!私はそう信じて、擦っていた基の板に目を向ける。そこには赤々と輝く火種が完成してた。

 私は傍らに置いておいた布団を引っ張ってきてダガーでそれを破り、中から出てきた羽毛一握り引っ掴んで出し、種火上にそっと盛って静かに息を吹きかける。

チリチリと音がし始めて、やがて火種は大きくなり、私が盛った羽毛を包み込む炎上がった。

私はその火種を破った口突っ込んで、今度はさっきよりも少し強く息を吹き込む。

再びチリチリと音がして、布団の外布が焦げ付き破れて、布団の外に微かな炎が目を出した。

 私はさらにタッと部屋を駆け、壊れた姫ちゃんのベッドの柵の残りを持って戻ると、

火の点っている布団の中に何本かを突っ込んでもう何度か息を吹き込む。

すると最初は微かだった煙が徐々に多くなり、布団の中で柵の木にも火が灯った。

 私はそれをバルコニーギリギリのところまで引っ張り出して、柵の残りの全てを火の中に焚べ、さらに息を吹き込む。

布団からはみるみる炎と煙が上がり出した。

 よし、できた…!これならきっと、街の人や防衛隊が気づいてくれる…あとは少しでも長くここを持ちこたえれば…

 そう思って私が顔をあげた時だった。
 

945: 2015/12/14(月) 20:56:31.32 ID:jGgpJsLto

背後からの剣撃を察知したお姉さんが身を翻した瞬間、マントがはためいたその向こうから、短剣を持った男がお姉さんに飛びかかった。

背後にいた盗賊を斬り倒したお姉さんは、そのせいで突撃へ対応が遅れた。

「あっ!…くそぉ!」

グラリ、とお姉さんの体が崩れかける。

「議長サン!」

鳥の剣士さんが身を翻してお姉さんに剣を振り上げていた別の盗賊に剣を突き出す。

お姉さんも素早く体制を立て直して剣を振るい、突撃してきたその男を地面に斬り沈める。

 でもお姉さんの左肩には短剣による切り傷があり、そこからドクドクと勢い良く出血が始まっていた。

「十三姉!」

「余所見するなバカ!」

お姉さんを見やってしまった十七号くんは二の腕を剣で撫でられた。ガチャリと十七号くんの手から剣が取り落とされる。

「さがれ、坊主!」

「班長!」

鳥の剣士さんがそう叫ぶのと、士長さんが剣士さんに警告を発するのとは同時だった。

 剣士さんはハッとして横から飛んできた盗賊の攻撃を受け止めるために剣を構えるけれど、

その武器…メイスは、剣士さんの細身の剣をへし折って剣士さんの腕にめり込んだ。

ミシッと、骨のきしむ音が私の耳にまで聞こえてくる。

膝から崩れかけた剣士さんを庇うようにして躍り出た士長さんは、剣士さんに殺到した攻撃を防ぎきれずに脇腹と腕を剣で撫でられてしまった。

 「手こずらせてくれる…」

盗賊団の一人が肩を上下させながら辺りを見回してそう吐き捨てるように言う。

お姉さん達の周りには、四人に斬られて床を転げる盗賊が十数人。それでも、まだ無傷の盗賊団はその倍くらいはいる。

盗賊団の一人がお姉さんに剣を突き付けて言った。

「さて、救世の勇者。宝物庫在り処を吐いてもらおうか?街から巻き上げた金がうなってるって話だが?」

「ふざけるな…あれはこの街に集まってきた連中が、この街のために少しずつ出し合った金だ。あたしらの私財とは違うんだよ。

 あんた達なんかに渡せるもんか…」

お姉さんは痛みに顔を歪めながらもそう言い返す。だけど、もうお姉さんは十分に戦える状態じゃない。

剣士さんは腕の骨を折られてしまっているようだし、士長さんは一番の重傷だ。

十七号くんは剣を拾えばまだ振れるかも知れないけど、全員相手にするには荷が重すぎる。

「良いからとっとと吐きやがれ。でなきゃ順番に頃して行くぞ?時間もねえらしいからな」

盗賊の男が私の背後で燃えている布団を見やっそう言った。

 バルコニーの炎は勢い良く燃えている。もう少し…もう少しだけ時間があれば良い…そのために私が出来ることがあるとしたら、それは…

 私は体に力を込めて震えを押さえ込み、首に下げていた、勇者様から貰った白玉石をギュッと握り込んだ。

 こんな程度の魔力では、私なんかが戦うのは無理だ。お姉さんでも、剣を振れるくらいまで傷を回復させるには時間が掛かるだろう。

剣士さんも同じだし、士長さんはこんな程度の魔力を使ったって傷がふさがるかどうかが怪しい。

もし渡すのならせめて怪我の軽い十七号くんか、零号ちゃんが良い。

その機会を伺うために、固まり掛けた思考をもう一度走らせ始めたそんなときだった。
 

946: 2015/12/14(月) 20:57:05.32 ID:jGgpJsLto

 「待って!」

そんな叫び声がして、盗賊達とお姉さんの間に割って入る姿があった。

「おい、何してる…!」

その後ろ姿に、お姉さんが声を漏らす。お姉さんを庇い、盗賊団の前に立ちはだかったのは、勇者様だった。

「んん?なんだ、女?」

盗賊の一人が剣の切っ先を勇者様に突きつける。

「お金は渡す。それで不満なら、あたしを連れて行け。この体、遊ぶなり売るなり好きにしていい」

「ほう、殊勝だな。テメエを犠牲にこいつらを救おうって?」

勇者様の言葉に、盗賊はそう言いながら切っ先で勇者様の服の胸の辺りをピッと引き裂く。

ハラリと服がはだけて、勇者様の胸元があらわに晒された。

「おい、勝手なマネするな!」

お姉さんが勇者様にそう叫ぶ。でも、勇者様は少しも動じずに盗賊達に視線を送って

「どうだ?悪い話じゃないだろう?」

と言ってみせる。盗賊達は、それを聞いて少しざわつき始めた。

 私は、その隙に部屋の中に視線を走らせる。

 勇者様は、私が白玉石を持っているのを知っているんだ。

たぶんこれは自分に注意を引き付けて、お姉さんや十七号くんか零号ちゃんに石を渡しやすいようにしてくれているに違いない。

事実、盗賊団はざわつきながらも勇者様に意識を奪われている。今が絶好の機会だ。

 私の視線が捉えた零号ちゃんは、勇者様が預けたんだろう、毛布に包まれた姫ちゃん抱きかかえている。距離は、十歩程。

石渡すのは放れば済むけど、零号ちゃんが戦うとなると、姫ちゃんは私が直接零号ちゃんから引き受けなきゃならない。

腰に剣を下げている零号ちゃんを自由させるような行動は、この状況でも見咎められる危険がある…

 私は今度は十七号くんに目を向ける。二の腕の傷の部分を押さえながら、自分に剣を向けている盗賊の動きを見逃すまいと睨み付けていた。

十七号くんはさすがに盗賊に近すぎる。私からは零号ちゃんより離れているし、目の前に盗賊がいるのに石を放って渡すわけにはいかない。

やるなら、手当てをする振りをして近付くとか、それくらいのことが必要だ。それは、零号ちゃんを自由する以上に盗賊を刺激するだろう。

 状況的に、渡すなら零号ちゃんだ。投げて渡すか…そっとそばに行って、姫ちゃんと交換する様に渡すか…

どのみち姫ちゃんは預からなきゃいけないんだ、直接手渡しに行った方がいい。

何か、自然に零号ちゃんのそばに行けるようなきっかけさえあれば…

「お頭。どうします?」

「…金の在り処は?」

お頭、と呼ばれた盗賊の一人がそう言って短剣を抜き勇者様に突き付けた。

「あたしを連れて、全員ここから出てくれれば案内する。この子達の安全約束してくれないのなら、氏んでも口は割らない」

勇者様は、低い声で盗賊団の首領らしい男にそう言う。

「あんた!ふざけんじゃない!勝手なことをすんな!」

お姉さんがそう怒鳴り声をあげるけれど、別の盗賊に首元に剣を突きつけられて歯噛みして押し黙った。

 そんなお姉さんをよそに、首領の男はふん、と鼻で笑った。

「茶番だな」

そう言った首領は、勇者様の腕を掴んで引き寄せると、お姉さんに見える様に羽交い締めにし、喉元へと短剣を突き付ける。そして

「救世の勇者、この女が最初の犠牲者だ。在り処を喋る以外のことを口にすれば次を選ぶ」

と端的に言った。
 

947: 2015/12/14(月) 20:57:38.48 ID:jGgpJsLto

 もっともな言葉だった。盗賊はお金が欲しい。それ以外のことはオマケに過ぎない。

力を使って目的を最短、確実に達成するのなら、余計なことは考えずに最も効果的な手段を取る。

首領の言葉は、盗賊として一番利に叶った選択だった。私達にとっては、それがいかに無慈悲なものだったとしても。

 そしてその選択は、私がそれ以外の選択を取る余裕を奪い去った。

 私は左手握った石に意識を集中させた。体に暖かな力が流れ込んでくる。

その力を全身に漲らせた私は、腰に下げていたダガーを引き抜き、首領目掛けて投げつけた。

同時に、ダガーに風の力をまとわせて一気に弾き飛ばす。

 ダガーは、勇者様の首に短剣を突き付けていた首領の額の真ん中に、鈍い音を立てて突き立った。

「あぁ…?」

そう声を漏らせた首領は、そのまま膝から床に崩れ落ちる。誰もが、その瞬間の出来事に唖然として固まった。

ただのひとり、十七号くん以外は。

 「だあぁぁっ!」

十七号くんはそんな雄叫びとともに床に落ちていた剣を拾い上げると自分に剣を突き付けていた盗賊の腕を薙ぎ払った。

空中に盗賊の腕が舞い、血しぶきがほとばしる。

 「姉ちゃん、下がれ!」

さらにもう一太刀、そばにいた盗賊に浴びせかけながら十七号くんが叫んだ。

「立って!早くっ!」

それを聞いた勇者様がすぐさまお姉さん抱き起こして部屋の隅にいた十六号さんと妖精さんの元に走った。

剣士さんも折れた腕を庇いもせずに、士長さんを引っ張って盗賊団達の前から這い出る。

 盗賊団はすぐそばにいた十七号くんに反撃され、慌てた様子で距離を取ろうと右往左往していた。これなら、行ける!

 私はそう判断して床を蹴り、零号ちゃんへと駆け寄った。

「零号ちゃん、交代!」

「よ、幼女ちゃん!?」

私は零号ちゃんから姫ちゃんを掻っ攫う様にして受け取り、代わりに零号ちゃんへ白玉石を押し付ける。

「ごめん、私じゃ、あれが精一杯…お願い、十七号くんを助けて!」

私はそう言いながら石に意識を集中させて魔力を引き出し、それを零号ちゃんに流し込んだ。

零号ちゃんは一瞬、驚いたような顔を見せたけど、すぐに事態を把握してくれた。

「あとで、説明してね…!」

零号ちゃんはそう言うが早いか私の手から白玉石を受け取ると、付いていた紐を手にグルグルと巻き付け、その手で目にも止まらぬ速さで剣を引き抜いた。

 「うりゃあああぁぁ!」

咆哮とともに床を二歩蹴りつけた零号ちゃんは、私が弾き飛ばしたダガーよりも早く盗賊団に斬り掛かる。

一閃、剣を振るうと、盗賊達が四、五人いっぺんに床に崩れた。

「ぜ、零号!?なんだ今の…!?」

「分かんない!」

戸惑う十七号くんにそう言いながら、零号ちゃんは十七号くんの二の腕に手を当てる。

すると、ほのかな光が灯って、十七号くんの腕の傷が塞がった。
 

948: 2015/12/14(月) 20:58:18.62 ID:jGgpJsLto

 回復魔法を使ったの?あれだけの魔力しかないのに…!?

 私は、そのことに驚きを隠せなかった。私が手に持ったときにはそんなことが出来そうもなかったのに…

も、もしかして回復のために石を全部使っちゃったんじゃ…?!

 私は、詳しいことを話さなかったことが急に不安になる。でも、零号ちゃんは私の心配をよそに

「出ていけ、この泥棒!」

と叫びながら、とても生身の人間とは思えない動きで盗賊達を斬り伏せて行く。そこに十七号くんも加わって、形勢が一気に逆転した。

 盗賊達は零号ちゃんの剣激を避けきれず、受けきれず、次々と床に倒れていく。

零号ちゃんに圧倒され、辛うじて身を引いた盗賊も、十七号くんの追撃で傷を負わされていた。

 「く、クソっ!」

不意に、盗賊の一人が斬り合いの中を抜け出して部屋を駆けた。

「あっ…!」

思わず私は声をあげてしまっていた。その先には、怪我をしたお姉さんと十六号さんに、それを庇う妖精さん勇者様がいたからだ。

「て、抵抗するな!こいつらを頃すぞ…!?」

その盗賊が慌てた様子でそう叫ぶ。それを聞いた十七号くんと零号ちゃんは、一瞬、しまった、と表情を歪めた。

 「お、おい、バカ!」

そうお姉さんの声が聞こえた瞬間だった。

 零号ちゃん達を見やっていた盗賊に勇者様が飛びかかった。

「くっ…クソ女ァ…!」

そう漏らした盗賊は、腕にまとわりつき剣を奪おうとした勇者様を床へと叩きつける。そして、その手に握っていた剣を素早く振り上げた。

 あぁ、まずい…!

 身が縮み上がり、息が詰まって悲鳴すら出す暇がなかった程のほんの僅かな瞬間。

 ヒュっと風を切る音が聞こえて、盗賊の体に飛んできた長い剣が突き立った。

ハッとして剣が飛んできた方を見やった私は、バルコニーの炎の向こうに人影を見た。

 ドサリ、と盗賊が床に倒れるのを確かめるような間があってから、その人影が軽い掛け声と共に炎を超えて来る。

 金髪の長い髪を後ろでまとめたとびっきりの美人と、いつだって面倒そうな顔をした、短い黒髪に不精ヒゲの男の人だ。

「た、隊長さん…金獅子さん…!」

私は思わずそう声をあげていた。

 「やれやれ、まったく…出迎えがないと思ったらとんだことになってるみたいだね」

金獅子さんがそう言ってニタリと笑い

「ったくよう…ゆっくり出来ると思って帰って来てみればこれだ。議長サマは相変わらず人使いが荒れえんだよ」

と隊長さんが深々とため息を吐いた。

 「金獅子だと…?」

「まさか…あの、豪鬼族の…」

「あ、あの斧…間違いねぇ…こいつ“首狩り”だ!」

盗賊達が、金獅子さんを見て色めきだった。

目の前にいる零号ちゃんや十七号くんからも身を引き始めていた盗賊達はまるで狼に怯える羊のように身を寄せあい始める。
 

949: 2015/12/14(月) 20:58:50.57 ID:jGgpJsLto

「お前、同族に“首狩り”なんて呼ばれてたのかよ」

「こんなのと同族だなんて言うもんじゃないよ」

隊長さんの言葉に金獅子さんはそう言い返しながら、背負っていた大きな斧を軽々と一振りして

首から下げていた警笛をけたたましく吹き鳴らした。

 次の瞬間、部屋の窓という窓がガシャンと割れて、防衛隊や親衛隊の軽鎧を着込んだ人達が十数人、部屋の中へと踏み込んできた。

廊下の方からは

「長槍隊、前へ!手向かう者には容赦するな!」

という三班の班長さんの声が聞こえる。

 それを確かめた金獅子さんは、ユラリとその大斧を構えて

「さて、見ての通り包囲させてもらった。今からでも黄泉の国へ行きたいってやつがいるんなら前にでなよ?」

と、軽い足取りで盗賊達詰め寄る。

十七号くんと零号ちゃんに押されていた盗賊達は、金獅子さんの出現で完全に戦意を喪失したのか、

部屋の隅にまるで風の魔法で押し付けられているように一塊になっていた。

 「ふふふ…いい表情じゃないか…片っ端から首を刎ねてやりたくなるよ…!」

そんな盗賊達の様子に、金獅子さんが綺麗な顔をまるでこの世のものとは思えない程の恐ろしい笑みに変えて言う。

「…お、おぉぅ…」

その顔を見て、十七号くんがそう声を漏らして後ずさりする。

反対に、零号ちゃんはまるで何かとてつもなく神々しい物を見つめるような視線で

「……かっこ…いい…」

と打ち震えていた。

 不意に廊下からドカドカとけたたましい足音が聞こえて来て、班長さんを先頭に防衛隊と親衛隊の人達が一挙に押し込んできた。

 班長さんが部屋の中を素早く確認すると、

「全員取り押さえろ。ケガ人と遺体はすぐに運び出せ」

と隊員に指示を出す。

部屋を覆い尽くすんじゃないかって程の数で踏み込んで来た隊員さん達に剣や槍を突きつけられた盗賊達は遂に各々武器を床に投げ捨てて降伏の意思を見せた。

それを確保した班長さんはお姉さん達の方へと駆けて行き、その前に跪く。

「議長様…ご無事で…」

俯いたまま班長さんのその声からは、苦しみが感じ取れた。

「うん、まぁ、なんとか…」

お姉さんは、班長さんに穏やかな声色でそう声を掛けて上げている。でも、班長さんはなおも締め上げられているかのような声で

「…この度は…面目次第もございません…」

と絞り出すように言った。

「気にするな…元はと言えば、火事騒ぎで浮足立ったあたしの責任だ」

お姉さんは、そう言い、それから

「下を守っていた連中の被害は…?」

と、本部の警護に付いていた人達の事を尋ねる。班長さんは、それを聞くなり口惜しそうに表情を歪めて

「確認出来た二十二名は氏亡。他の者はまだ未確認です」

と報告した。
 

950: 2015/12/14(月) 20:59:27.08 ID:jGgpJsLto

 私は、その言葉に思わずギュッと痛んだ胸に手を当てていた。

班長さんの言葉はつまり…少なくとも確認出来た人達の全てが氏んでいた、ってことだ。

 「残念だ…」

お姉さんは、班長さんの肩に手を置いて、歯噛みしながらそう言った。

 「生きてるようだな」

班長さんお姉さん話に目を向けていたら、今度はそう声が聞こえた。見ると、魔道士さんが部屋に来てくれていた。

「危なかったよ」

「こっちも、肝が冷えた。手薄とは言え、迂闊過ぎたな」

魔道士さんはそう言ってお姉さんの前にしゃがみ込むと、最近は随分と柔らかくなったその顔に笑みを浮かべて

「無事でよかった」

と、お姉さんの額に浮かんだ玉の汗を拭ってあげる。それから

「上に部屋を確保してある。侍女達も待たせてあるから、手当てそこでやれ。あとは、俺と隊長達で引き継ぐ」

と告げて立ち上がった。

 魔道士さんは、部屋中に転がっている盗賊達の体や床を染めている血しぶきにその表情曇らせて呟いた。

「まったく…人間ってのは、魔法がなけりゃ脆いもんだな…」

魔法がなければ…本当にそうだと思う。

 魔法がなければ、斬った腕が繋がることもない。

斬り裂かれた皮膚がまたたく間に元に戻ることも、一人の人が大勢を相手に無傷で戦い抜くなんてこともない。

 私達は…この大陸住む人達は、きっとこれを知らなきゃいけないんだと思う。

 ケガをしたら、痛いんだってことを。

 感情ままに相手を傷付ければ、元には戻らないんだってことを。

 人を頃すって言うことがどういうことか、を。

 そして、それを知ることが、もしかしたら平和を作ることなのかも知れない、ってそう思う。

 私は、今更になって震えだした体から力が抜けそうになるのをこらえながら、もしかしたら…

ううん、白玉石がなければ…自分が部屋中に転がっている肉塊のどれかになっていただろうって言う現実を、ただただ噛みしめていた。



 

951: 2015/12/14(月) 20:59:57.68 ID:jGgpJsLto




 「しかし…普段あれだけ泣きまくってるのに、あの騒ぎの中を熟睡って、あんた一体どういう神経してんだよ…?」

お姉さんが片腕で抱いた姫ちゃんを覗き込んでそんなことを漏らしている。

「ホントだよな。俺、姫が泣いたら目を付けられると思って気が気じゃなかったよ」

十七号くんがお姉さんに同意すると

「姫ちゃんはきっと、大きくなったらすごい大人になるですよ」

なんて妖精さんが疲れた顔に笑顔を浮かべて言った。

 私達は親衛隊さん達に運び込まれるように、本部の最上階にある、普段は会議室として使っている部屋へと移動してきていた。

剣士さんと士長さんは、別の部屋へと運ばれたらしい。

士長さんのケガが心配だったけれど、医務官さんの話では命に関わる可能性は低いってことだった。

 部屋に着した私達は心配そうな表情をした侍女さん達に出迎えられた。

軽食や水、もちろん手当て道具なんかも一式揃っていて、十六号さんはまさに今、衝立の向こうで手当てを受けている。

 「んぐっ…あうぅっ…痛っ…ダメだ、氏ぬっ!氏ぬぅぅ!」

手当てを受けている…んだけど…本当に氏んだりしないよね…?私は十六号さんのことが心配になって、衝立の向こうをチラッと覗き見る。

 そこでは、十六号さんが侍女さん達数人掛かりで小さなベッドにうつ伏せに押さえつけられ、

消毒ためのに匂いを嗅ぐだけでクラクラ来ちゃいそうな強いお酒を染み込ませた丸めた綿を傷口に押し付けられて悶絶している姿があった。

 「最後の力を使って上げたほうが良いかな…」

私の背中にへばりつくようにして十六号さんを覗き込んだ零号ちゃんが青い顔をしてそう言う。

「でも、白玉石、お姉さんに取り上げられちゃったでしょ」

私が言ったら零号ちゃんは

「返してって頼んでみる…?」

と私に意見を求めて来る。私はもう一度苦しむ十六号さん見やって逡巡してから

「あんなちょっとで回復魔法とか出来る…?」

と零号ちゃんに聞き返してみる。すると零号ちゃんも難しそうな顔で

「節約すれば…出来る、かも…?ダメそうなら、睡眠の魔法とかでも…」

とひとりごとのように言って私と見つめ合い、それから二人してお姉さんに視線を向ける。

 「ダメだからな」

そんな私達の会話に気付いていたのか、お姉さんはジト目でこちらを見つめてそう言ってきた。

 私が零号ちゃんに渡した白玉石は、本当にもう、小指の爪程の小石になってしまっていて、

さすがにどんな魔法もほんの申し訳程度にしか使えないだろう魔力しか残っていないようだった。

 お姉さんはこの部屋に着くや否や、私と零号ちゃんを問い詰め、白玉石のことを白状させるとすぐにそれを取り上げた。

「十六号。あんたこれに懲りて少しは自分を守るクセを付けろよな」

お姉さんが衝立の向こうへとそう声を掛ける。

 お姉さんの言いたいことは、まぁ、分からないではない。十六号さんはいつだって誰かを庇ってケガをする。

それこそ魔法が使えた頃なんかは、十八号ちゃんの回復魔法頼みで自分を守る結界魔法を後回しにしていたところがあったし、

私もたびたび心配させられた。
 

952: 2015/12/14(月) 21:00:25.49 ID:jGgpJsLto

 「んぐっ…!あぁぁぁ!もう許して…やめてくれぇぇ!」

お姉さんの言葉に返事をする余裕はないらしい十六号さんのうめき声が聞こえる。零号ちゃんはそれを聞いて

「お姉ちゃん、ちょっとだけ…最後の一回で良いからっ」

ともう一度お姉さんに頼み込む。でも、それを聞いたお姉さんはぶんぶんと首を横に振った。

「もう、こんな力を頼っちゃいけないんだよ。誰よりもあたし達がさ」

お姉さんのその言葉に、零号ちゃんはハッとして息を飲んだ。

「こんな力をアテにしてるから、あたし達は簡単に間違うんだ…

 転移魔法がある感覚でボヤの現場に防衛隊の大半を向かわせて本部の守りを手薄にした。

 やれると思って戦った結果、正しい戦力分析が出来ずに返り討ちにあった。

 今回のことだけじゃない…この大陸はこの力のせいで、命の重さをずっと勘違いして来た…

 あたし達は、その世界を終わらせたはずだ。それなのに、いつまでもこんな力に頼ってたらきっとあたし達はこの先またどこかで間違える。

 本当に大事なことを軽んじて、守らなきゃならないものを取りこぼす。今日あったみたいに、だ」

そう言ったお姉さんは、私達に向かって頭を下げた。

「今日のことは…あたしの落ち度だ。あたしがもっと慎重に考えていたらこんなことは防げたはずだ。

 正直言って…あたしのその落ち度で、今日、あたし達は氏んだんだ」

お姉さんはそう言って顔をあげる。

「たぶん、この世界には取り返しの付かないことが山ほどあるんだ…それをあたし達は自覚しなきゃいけないんだよ。

 それに気がつくためには、この力はあっちゃいけない」

そう言って、お姉さんは首から下げた白玉石の欠片を指先で弄ぶ。誰もが、お姉さんの言葉に押し黙っていた。

あ、いや…十六号さんだけは相変わらず呻いているけれど…

 それはさっき私が感じたこととおんなじなんだろう。

いや、もっと言えば私は、あの日、勇者様が世界を滅ぼすと言い出したときにだって感じたはずだった。

取り返しの付かないことをしたんだ、って…結果的にあれは勇者様のお芝居だったから良かったようなもので、

あれがもし勇者様が世界を滅ぼすつもりだったら、私は誰になんて詫びれば良いのか未だに分からない。

その苦しさこそが現実ってものなんだ。失ったものが戻ってくるような“奇跡”なんてない。

私達は…たぶん、それを正しく恐れるべきなんだと思う。

 私はそう、お姉さんの言葉を胸の奥深くで噛みしめた。そして、自分の心に今日のことを刻み込む。

これからこの世界で生きてくためには、今まで以上に様々なことを考えて行かなきゃいけないだろう。

そのためには、もっともっと物事を知って、みんなを守るための、お姉さん達を助けるための考える力を付けて行かなきゃいけないんだ。
 
 そんなことを思っていたら、不意に零号ちゃんがスックと立ち上がった。

「…私、十六お姉ちゃんのところ行ってくる」

零号ちゃんは、切迫した雰囲気でそんな事を言い出した。

「じゃ、邪魔じゃないかな…」

妖精さんが衝立の向こう側を気にしながら、そんな心配をし始める。でも、零号ちゃんは青い顔をしながら言った。

「手を握ってあげる…くらいは、私にも出来る…!」

そんな零号ちゃんの必氏な覚悟に、お姉さんはクスっと笑顔を見せて

「そうだな…行ってやってくれ」

と言って頷いた。零号ちゃんはお姉さんに頷き返して、足早に衝立の向こう側へと姿を消して行った。
 

953: 2015/12/14(月) 21:00:59.98 ID:jGgpJsLto

 ふと、沈黙が部屋を支配する。あ、いや、十六号さんのうめき声は相変わらず響いてるんだけど…

それはそれとして、みんなお姉さんの言葉に思うところがあったのか神妙な面持ちで俯いている。

でも、程なくしてその沈黙を破る言葉が聞こえた。

「取り返しの付かないこと、か…」

それは、この部屋に来てからずっと黙ったままだった勇者様の呟きだった。私はそれを聞いて、不安が沸き起こるのを感じた。

「あなたの言う通りだ…今日のことがあなたの落ち度だと言うんなら、今のこの世界を作ったのはあたしの落ち度…

 それをなんとかしようと思って、あたしの残した世界を守ろうとしてくれてたあなた達を裏切って傷付けたのも、

 あたしの身勝手のせいだ…今日のことだって、元を辿れば遠因はあたしにある。あたしがあんなことをしなかったら…

 こんなにもたくさんの人が傷付くことはなかったかも知れない…恐い、苦しい思いをさせたりしなかったのかも知れない…」

勇者様はそう言うと、座っていたイスから床に崩れ落ちてうずくまり、声にじませる。

「許してもらおうだなんて甘かったんだ…あたしは、あたしはそれだけのことをした…

 何をどう頑張ったって、取り返しの付かないことをしちゃったんだ…」

そう言った勇者様は、遂には嗚咽を漏らし始める。そして、しゃくり上げる合間に勇者様は言った。

「…頃してくれ…あたしは、氏ななきゃいけない…この大陸を戦火で荒らして…

 数え切れない程の命を奪った戦争の…原因を、作ったんだ…」

「やめろ」

お姉さんの低い声が、聞こえる。でも、それを聞いてもなお、勇者様は言った。

「許してくれなんて、言えない…でも、でも…みんな…ごめん…本当にごめんなさい…私が…私が全部悪かった…

 私は、やっぱりあのとき…世界を別つべきじゃ…なかった…基礎構文と一緒に、氏んでおくべきだったんだ…」

勇者様の言葉を聞きながら私はお姉さんの顔色だけをずっと見つめてた。

最初は呆れた様子だったけど…でも、氏ななきゃけない、頃して、のあたりからその表情がみるみる険しくなって行った。

そしてお姉さんは勇者様の最後の「氏んでおくべきだった」と言う言葉を聞いた途端、

明らかに理性が弾け飛んだようにその険しさを怒りの形相に変えた。

 最悪だ…最悪だよ、勇者様…それ、回答としては一番言っちゃいけないやつだよ。

私は不安が的中してしまったことに肩を落としながら、それでも素早くお姉さんの元に駆け寄るると片腕で抱いていた姫ちゃんを奪い去った。

部屋隅に走り、姫ちゃんの耳元にしっかり毛布掛けてその上から耳を塞いであげる。

 それを確認していたかどうなのか、お姉さんの絶叫が、部屋に響き渡った。

「このバカ!!!」

お姉さんはそう叫んで掴みかかった勇者様の胸倉を引っ掴んで体を引っぱり起こすと、

ケガをしている方の腕で勇者様の頬をしたたかに引っ叩いた。

パシン、と乾いた音が部屋に響く。
 
 勇者様は突然の出来事にガクリと膝から崩れ、お姉さんはケガをしている方の腕で叩いた痛みで床を転げている。

でももう一方の腕は勇者様の胸倉を掴んだままだ。

 「ね、姉ちゃん!いきなりなんてこと…!」

「ダ、ダメですよ、議長様ぁ!」

十七号くんと妖精さんがそう言ってお姉さんを止めに掛かる。でも、そんな二人は

「うるさい!ちょっと黙ってろ!」

とお姉さんに一喝されて、ビクッと体を強張らせ足を止めた。
 

954: 2015/12/14(月) 21:01:29.23 ID:jGgpJsLto

 お姉さんはそんな二人に目もくれずに体を起こすと、痛みを堪えるためなのか、それとも気持ちが溢れ出るのを堪えているのか、

とにかく全身をワナワナと震わせながら、呆然としている勇者様をグイッと引き寄せて、叫んだ。

「あたしがどんだけ心配したかも知らないで!」

途端に、お姉さんの目からボロっと大粒の涙が零れた。

 勇者様はそんなお姉さんに目を奪われて、何が起こったのか、って混乱しているようにも見える。

自覚がない、か…本当に勇者様ってば、分かってなかったんだね…

「……ま、待って…な、何を…言って…」

戸惑いながらそう聞こうとした勇者様の言葉を遮って、お姉さんはさらに大声を張り上げる。

「だから世界のことなんてどうだっていい!あんたがそれを罪だって思うんならそれはあたしが全部否定してやる!

 あんたにも、あたしにも、どうしたってそうするしか方法がなかったんだ…最初から選ぶことなんて出来なかった…」

「あの…えっと……?」

「でもな、あたしだって、勇者だったんだ!周りのやつらに期待されて、戦うことを強いられて…この世界の未来を勝手に背負わされてさ…

 それが、それがどんだけ辛いかが分からないとでも思ったのかよ!?」

お姉さんの声が部屋中に響き渡る。みんなはただ黙って、お姉さんの言葉を聞いているしかなかった。

それくらいの剣幕でお姉さんは勇者様にまくし立てている。十六号さんのうめき声さえ止んでいた。

「あんたがああしてくれなきゃ、あたし達は今こうして暮らせてない…だから、感謝なんてしてもし足りないよ…

 だから世界がどうとか裏切ったとか、そんなこともうどうだって良いんだよ!

 でも、でもな…!あたしは…あたしは、あんた一人を生け贄にしちゃったって、ずっとずっとそう思ってたんだぞ!?

 あの苦しみの中にあんた一人を置いて来ちゃったって、そのことでどれだけ悩んだか…

 どれだけあんたの身を案じたか、なんでそれが分かんないんだよ!」

 そう…お姉さんがずっとずっと気に入らなかったこと…

それは、勇者様があの日の戦いのあと、誰に何も告げずに姿を消してしまった、っていうことだ。

 私が思ったくらいだ…お姉さんがそう思わないはずがない。

ーーー勇者様、自頃したりとかしないよね…?

 お姉さんは、正しく勇者であろうとしてたくさんのものを背負い込んだ勇者様の苦しみが想像できていたんだ。

それが上手く行かずに、結果、守らなきゃいけないって思っていた大事なものを傷付けてしまった苦しみも、

どんな思いで私達を騙し、一人で全てを引き受けて目的を果たそうとしたのかまで…

 だって、お姉さんだって勇者だったんだ。分からないはずがない、同じ立場の人の気持ちを想わないわけはない。

「本当なら、ちゃんと話して欲しかった…一人で背負ってなんて欲しくなかった…

 それがどんだけ辛いかなんて、あたしが一番良く知ってるんだ!

 それなのに…それなのにあんたは一人で全部片付けて…たった一人でどっかに行っちゃったんだぞ!

 あたし、あんたがどんな気持ちで終わった世界を眺めてるか、ってそんなことばっかり考えてたんだ…!

 それなのに…それなのに…あんたは…!」

そう。それなのに、勇者様は…

「観光地で真っ黒に日に焼けて大工仕事だぁ!?人の気も知らないで!」

 お姉さんの言葉が、ひときわ大きく部屋に響いた。
 

955: 2015/12/14(月) 21:07:12.07 ID:jGgpJsLto

 そう…そりゃぁ、さ…機嫌の一つも悪くなったっておかしくない、って私は思うんだ。

ずっとずっと心配してきて、もしかしたら氏んじゃってるかも知れないなんてそんな事を思ってすらいただろうに、

元気溌剌でやれ鉋掛けがどうの、鋸引きがどうの、なんて生活をしていたんだなんて考えたら…腹も立っちゃうよね、きっと。

 お姉さんは、目一杯の気持ちをぶちまけたせいか、それとも動かしちゃってまた血がにじみ始めた傷せいか、

クタッと力が抜けたように膝からその場に崩れ落ちる。

だけど、それでも勇者様の胸ぐらは離さない。

 「世界がどうとか、裏切ったのがどうとか、そんな謝罪なんてどうだっていいんだよ…

 あたしは、あんたがそうするしかなかったってことくらい分かってんだ…あたしがあんたに謝ってやりたいくらいなんだ…

 感謝してもしたりないくらいなんだ…あたしは、そんなことで怒ってんじゃないんだ…」

勇者様は、お姉さんの言葉にただ呆然とお姉さんを見つめている。

そんな勇者様の目を食い入るように見つめたお姉さんは、最後に絞り出すような弱々しい声で言った。

「…自分は姉ちゃんだって、そう言ってくれたじゃないかよ…それなのに、それなのになんで、何も言わずに居なくなったりするんだよ…!

 心配したじゃないかよぉ…!」

そこまで言って、お姉さんはようやく勇者様から手を放し、その場にうずくまってさめざめと泣き出した。

 お姉さんは本当に勇者様がただただ心配だったんだ。

たった一人で世界のすべてを背負いこんで、古の災厄という役割を引き受けて

かつての自分の落ち度を挽回しようとした、遠い遠い血の繋がった、自分のお姉さんのことが。

 勇者様はしばらく茫然とそんなお姉さんを見つめていたけれど、

ややあってそっと、本当に恐る恐る手を伸ばし、躊躇がちにお姉さんの肩に触れて、やがてその体を優しく抱き寄せた。

勇者様の肩が、かすかに震える。

「ごめんね…勝手なことして…心配掛けて…ごめんね…ごめんね…」

そうして勇者様はお姉さんに、静かに、穏やかにそう謝った。

 それは世界を魔法の力に閉じ込め、大陸を二つに割り、災厄として私達を裏切った古の勇者様謝罪なんかじゃなかった。

一人の家族として、お姉さんの姉としての、妹へ向けてようやく紡ぎ出されたほんの小さな小さな謝罪の言葉だった。

 勇者様の体に腕を回してお姉さんはさんざんに泣いている。ふと私は、そんな姿を見て、勇者様の本当の妹さんのことを考えていた。

昔々…自分を封印した勇者様に、お姉さんの先祖は何を思ったんだろう…?誇らしく思っていたのかな…それとも、怒っていたのかな…

もしかしたら、お姉さんと一緒でとてもとても心配したのかも知れないな。

もしそうだったとしたら、今の勇者様の言葉は、もうずっと昔に氏んじゃった本当の妹さんへ謝罪のように思えているんじゃないかな…

 氏んじゃった家族への、か…

 そう思って、私は思わず姫ちゃんをキュッと抱きしめる。姫ちゃんは相変わらず、今日ばっかりはむやみやたらに起きて泣いたりはしない。

私は腕の中で静かに眠る姫ちゃんの顔を見て、なぜだか幼い頃、あの村で過ごした自分のことを思い返していた。





 

956: 2015/12/14(月) 21:07:41.20 ID:jGgpJsLto





 それから、ひと月経った頃のとある昼下がり。

 私達は、本部の中庭に倉庫から引っ張り出したグリルやなんかを囲んで、久しぶりのバーベキュー会を開いていた。

 理由はごくごく単純で、昨日、巡検隊の最後の一班だった鬼の戦士さんと女戦士さん、それにくっ付いて行った十八号ちゃんが戻って来たので、慰労会をしようと言う話になったからだ。

本当はもう一つ、特別なお客さんが来る予定なんだけど、それは私と妖精さん、十六号さんだけの内緒話だ。

 こんな会は本当に久しぶりで、大人も子供も、みんな楽しそうにはしゃいでいる。

 あれから、お姉さんと勇者様はさんざんに泣きわめいたあと、目を覚ました姫ちゃんの世話でまた言い合いを始めた。

結局、似た者同士だからなのか、お互いのことをちゃんと思いやっていてもケンカにはなってしまうようだった。

 でも、それはなんだか微笑ましくって、まるで本当に仲の良い姉妹を見ているように、私達は感じていた。

 「んはっ、これ旨いなぁ!」

「だろ?あっちの酒もなかなかイケるんだ」

「議長様はお酒はだめですよ。それとお肉だけではなくお野菜も召し上がってください」

「分かってるよ、もう!」

「酒は我慢してるけど、少なくともさっきからお肉ばっかりだよね」

「議長様!お義姉様がそう仰っていりますが…?」

「た、食べる!食べるよ!ほら、山盛りで頼むって!」

 急拵えの庇の下で、お姉さんは勇者様とサキュバスさんにそう言われて、面倒そうな顔をしながら侍女さんにお皿を差し出している。

 サキュバスさんがサキュバス族との交渉から戻ってお姉さんが勇者様を改めて紹介すると、サキュバスさんは殊の外喜んだ。

私は、サキュバスがどんな反応をするのかが心配だったからそれを見て安心したけれど、同時にやっぱり少し気になって、

あとからこっそり気持ちを聞いてみた。サキュバスさんはそんな私に言った。

「議長様が頼れる方…それも、血の繋がった方が生きて居られたのは喜ばしいことです。

 議長様は、何でも背負い込もうとするところがありますから…遠慮せずに物を言える方がそばにいてくれると言うなら、私も安心できます」

 それを聞いた私は、なんともサキュバスさんらしい言い方だな、と思ったけど、

とにかく今みたいに両方から包囲してお姉さんに言うことを聞かせる…というか、支える?…

まぁ、とにかくお姉さんがちゃんと出来るようにお小言を言う役割が多いに越したことはない。

事実サキュバスさんが帰ってからというもの、これまでの勇者様とお姉さんの立場は逆転して、

今では勇者様がすっかり姉としてお姉さんを支えている。

お姉さんは居心地悪そうな顔をすることもあるけれど、時々は自分から勇者様に姫ちゃんのことで相談を持ちかけたりと、

まぁ、関係は良好なんだろう。

 「なぁ、それで、巡検どうだったんだよ?」

「うん、いろんな物が見れたよ。特に、王都の東にある学術都市は興味深かった」

「あぁ、あのガッコウってのがある街か」

「うん。王下騎士団の訓練施設もあって、教練してるのを見たり、

 図書館っていう、ここの書庫よりもずっとたくさんの本がある場所もあったわ」

「へぇ、訓練施設かぁ。俺もそのうち一度行ってみたいな…どんな訓練してるのか見ておかないと」

十七号くんと、まだケガが癒えきっていない十六号さんが、帰って来たばかりの十八号ちゃん楽しそうにそんな話をしている。

一年ぶりの再会だもんね…私もあとでいっぱい話を聞かせて貰わなきゃ。
 

957: 2015/12/14(月) 21:08:19.39 ID:jGgpJsLto

 「そっか…あいつがな…」

「まぁ、仕方ねえさ」

「それで、盗賊どもは?」

「議長サマの言いつけ通り、中央高地の開拓に送ってやったよ」

隅の方で話し込んでいるのは隊長さん達だ。ここはまだ、それほど賑やかってわけでもない。それもそうだろう。

 盗賊団が本部に侵入してきたときに階下を警備してくれていた防衛隊の中に、隊長さん達諜報部隊にいた頃からの仲間が一人いた。

私も良く知った人で、妖精さんが言っていた班長補佐官さんの一人だ。

彼は、体中を斬りつけられながらも壮絶に戦った痕跡を残して亡くなっていた。

 彼を弔うとき、お姉さんが涙を流しながら謝罪とお礼を言っていた姿はまだ私の脳裏にはっきりと焼き付いている。

 「ふぅ、久しぶりだな、こう言うのは」

「兵長ちゃんはいっつも気合入りすぎなんだよ。楽に行こうよ楽に」

「お前は常に力抜けすぎなんだよ、大尉」

「ま、それが大尉さんのイイトコだとは思うけどね」

「そういうな。硬いところも兵長の長所だろう」

「ちょちょ、黒豹さんってば…!」

私のすぐそばでは、魔道士さんに兵長さん黒豹さんと、最近はすっかり大人の仲間入りをして立派に仕事をこなしている十四号さんがそんな話をしている。

そう言えば兵長さんと黒豹さんの仲は実はほとんど進んでいない。お姉さんはその話になるたびに

「早くやっちゃえばいいに、じれったい」

と冷やかしては真っ赤な顔をした兵長さんに怒られている。

やっちゃえば、って何をやるのかは知らないけど…結婚ってことだよね?

違わないよね?

 「ぷはっ。やっぱり、この酒が一番旨い」

不意に、一緒に食事をしていたトロールさんがそんな事を言って空になったジョッキをテーブルに置いた。

そこにすかさず、妖精さんがお代わりを注ぐ。

トロールさんのお礼を聞きながら瓶をテーブルに置いた妖精さんが

「でも、さっき人間ちゃんが言ってたこと、私もちょっと気になってたよ」

「あぁ、確かに、様子は変だった」

と言って、ついさっきまで、二人と話していたことに話題が戻る。

「やっぱり、そう思う?」

「うん、元気ない気がする」

「今も、冴えない顔だ」

私の問いかけに、二人はそう答えて、揃ってお姉さん達の方へと視線を投げる。

その先には、お姉さんとサキュバスさん、勇者様からほんの数歩離れたところにあるベッドで眠っている姫ちゃんの様子を見ていた零号ちゃんの姿があった。
 
 零号ちゃんはどこか所在なげな雰囲気で、みんなの和の中にいるのに、遠巻きにみんな見つめているような、そんな感じがする。

 零号ちゃんの様子がおかしいことに気が付いたのは、盗賊団の事件があってから少しした頃だった。きっかけは十六号さんが

「そう言えば、零号見なかったか?」

なんて私に声を掛けて来て、そう言えばここのところ一人でいることが多いな、と思ったことからだった。
 

958: 2015/12/14(月) 21:08:59.90 ID:jGgpJsLto

 零号ちゃんはなんとなく人を避けて…ううん、お姉さんや、十六号さん達を避けているように、私には思えた。

最初は少し大人っぽくなって来たからかな、と思ったんだけど、

その表情には、何かそんな前向きなものとは思えないくすんだ雰囲気があるように思えて、なんとなく気にしながら生活をしていた。

 そんな零号ちゃんの様子は、十六号さんやお姉さんはまだあまり気がついていないらしく、

ちょっと話を振ってみても色良い反応が返って来なかった。

そこで、実は他にも用事があって、ちょうど二人とこっそり話がしたいって思っていたところだから、

零号ちゃんのことも合わせて聞いてみたところだった。

 「…もしかして、アレかなぁ…」

ふと、妖精さんがそう口を開く。

「アレ…?妖精、何か心当たりあるのか?」

トロールさんが尋ねると、妖精さんはそれには答えずに、

「ほら、アレ」

と私に視線を向けて言った。

 あぁ、そうか、と私は納得する。

「それはありそうかも…私も、初めては半年前だったし」

私がそう答えたら、トロールさんが

「あぁ」

なんて、言って口をつぐんだ。

 私、あんまり気にしない方なんだけど、そういう扱いにしておくのが作法なんだ、ってお姉さんが言ってたっけ。

 なんてことはどうでも良いんだけど、とにかく、だ。

「もしそうだったら、誰か教えてあげないといけないよね…」

「十六号ちゃんとか議長様に聞いてないのかなぁ…?今までの零号ちゃんだったら、まずあの二人に相談すると思うんだけど」

妖精さんはそう言って首を傾げる。確かに妖精さんの疑問はもっともだ。

でも、アレになると気持ちがなんだかフワフワ、ソワソワ、チクチクしちゃって、上手く人と接せないこともある。

 もしかしたら零号ちゃん、そんな気持ちで、誰にも相談できないでいるのかもしれない。

 「私、聞いてあげた方がいいかな…」

「そうだね…私よりも人間ちゃんが聞いて上げたほうが安心すると思うよ」

私の言葉に、妖精さんがそう言ってくれた。それなら、善は急げ、だ。

幸いたくさん人が集まってゴチャゴチャしてるし、こっそり抜け出して誰もいない屋上辺りに向かっても平気だろう。

 私はそう考えて、妖精さんと頷き合う。それからトロールさんに

「ごめん、私と妖精さん、ちょっと行ってくるよ」

と謝る。するとトロールさんは微かに笑みを浮かべて

「分かった。幼女の話も、オイは賛成する。そのときは声を掛けてくれ」

と、私の相談についても承諾してくれたようだった。

 それを聞いて安心した私は必要そうな荷物を手早くまとめて、妖精さんと一緒に席を立ち、お姉さん達のいる庇の下へと向かった。
 

959: 2015/12/14(月) 21:09:32.40 ID:jGgpJsLto

 「お姉さぁん」

私がそう声を掛けたら、お姉さんは山盛りの野菜を食みながら

「ん!おう、食べへるか?」

なんてお行儀悪く言ってくる。それを見たサキュバスさんと勇者様が

「食べながらしゃべるものではありませんよ」

「あなたのそう言うところ、姫ちゃんに似ないと良いんだけどなぁ」

なんて釘を指すどころか打ち込む勢いで言うものだから、お姉さんはなんだか半べそみたいな表情で私に何かを訴えかけてくる。

その何かは、単純。助けて、ってそう言ってるんだ。

でも、私は零号ちゃんのこともあるし、ごめんね、お姉さん。今は家族ぐるみ仲良くしていた方がいいよ!

ーーー家族って、ある日突然居なくなっちゃうことだってあるんだから、ね…

 「ごめん、私、十六号さんからお使い頼まれてて」

私はお姉さんにそうとだけ断って、三人の横を通り過ぎて零号ちゃんのところへと歩み寄る。

そんな私達を見つけて顔をあげた零号ちゃんは、やっぱりなんだか冴えなかった。

 「零号ちゃん、ちょっとお願いがあるんだけど」

「お願い?なぁに?お手伝い?」

そう言っ笑った零号ちゃんの顔を見て私は生理のことなんかじゃないって、直感した。

唇を緩ませ、眉を弓形あげているのい、その目だけは笑っていない。

ほんの微かな違和感で、お姉さんや勇者様よりも分かりにくいけど、それは、お姉さんが良く見せていたあの悲しい笑みそのものだった。

 「果汁水残りがなくなっちゃいそうでね。良かったら一緒に取りに行ってくれないかな?」

「え、でも、私、姫ちゃんを見てないと…」

「なら、それ私が変わるよ。良いですよね、議長様?」

零号ちゃんの微かな抵抗に、妖精さんがそうお姉さん市字を仰ぐ。私達思惑を知ってか知らずか、お姉さんは

自分助けてもらえなかった八つ当たりなのか

「あぁ、良いよ良いよ、変わってやって」

なんてちょっとぶっきらぼうに言った。

 「ほら、行こうよ」

そう言って私は零号ちゃんの手を取った。

 すると零号ちゃんは、私の手を思いの外ギュッと握り返して

「うん」

と俯き加減に返事をした。
 
 「じゃぁ、行ってくるね」

そうみんなに声を掛け、零号ちゃんの手を引いたまま私はズンズンと歩き、本部の中に入って、屋上を目指す。

 階段を登っている途中で零号ちゃんが

「あ、あれっ、果汁水って、台所じゃないの?」

なんて至極当然の質問をして来た。

「うん、屋上あるんだって」

私がそう返事を返す頃には、もう屋上へのドアまで二階層のところまで来ていた。

 階段をズンズン上がって屋上へをたどり着く。もちろんそこには何もないし誰もいない。
 

960: 2015/12/14(月) 21:10:10.04 ID:jGgpJsLto

 「あの、幼女ちゃん、どうしたの…?」

「ほら、座って。ちょっと二人でお話しようよ」

私はそう言って半ば強引に、持ってきていた麻布の敷物を屋上床に敷いたその上に零号ちゃん座らせ、

小脇に抱えていた果汁水の瓶二本開けて、一本を零号ちゃんに押し付ける。

零号ちゃんは不思議そうな顔をして、それ素直に受け取った。

 果汁水に口を付けて、甘味で口と喉を潤して、ふぅ、と溜息を吐く。

それを真似したわけじゃないんだろうけど、零号ちゃんも同じようにして、小さな息をふぅ、吐いた。

 それを確かめた私は端的に零号ちゃんに聞いてみる。

「零号ちゃん、なんかあった?」

「えっ?」

私の質問に、零号ちゃんは一瞬、怯えたような顔をした。

「最近なんだか元気ないし、お姉さん達を避けてる感じがするし、ケンカでもしたの?」

私はすこし遠回りかな、と思ったけど、そんな聞き方をしてみる。

「ううん、してない」

「じゃぁどこ具合悪いとか…?」

「それも、大丈夫。元気だよ」

そんな言葉と裏腹に、零号ちゃん私の手をギュッと握ったままだった。

分からないけれど…私はなんとなく、零号ちゃんが何かを怖がっているんじゃないか、っそう感じた。

 だから素直に、そう聞いてみる。

「何か、怖いことでもあった…?」

「………」

零号ちゃん私の質問には答えなかった。

ただ、私の手を握る力さらにギュッと強くなる。

 「何でも言っていいからね。私は怒らないし、零号ちゃんが心配なだけなんだ。

 何か困ってるんなら力になりたいってそう思ってここに来てもらったってだけ。

 他の人に内緒にしなきゃいけないことなら、絶対に言わないって約束するよ」

私がそう言ったら、零号ちゃんはますます私の手を強く握って、そして涙をいっぱい貯めた目で私を見やって、言った。

 「あのね…盗賊が来た日、手当てしているときのお姉ちゃん達の話、覚えてる?」

お姉さんと勇者様のあのやり取りのことだろう。

「うん、忘れてなんてないけど…あれがどうかしたの…?」

私が聞いたら零号ちゃんは目に溜めていた涙をホ口リと零して静かに話し始める。

「勇者様がお姉ちゃんに謝ってて、お姉ちゃんは勇者様にありがとうって言ってて…それすごく良かったな、って思ったんだ。でも、ね…」

目から溢れる涙があとからあとから湧き出て来て止まらなくなった零号ちゃんは、

そこまで言うと一度ふぅっと息を整えて、それからさらに続ける。

「……で、でも、その前に、ね…取り返しの付かないこと、って話をしてたでしょ…?」

うん、確かにそんな話だった。

それは、まぁ、私達がその意識についての認識が甘すぎたって事の話で、誰かを責めるような言葉ではなかったはずなのに、

勇者様が暴走してあんな騒ぎになってしまったんだ。

 零号ちゃん、あの話を聞いて、何か思ったの…?
 

961: 2015/12/14(月) 21:10:39.75 ID:jGgpJsLto

 私はそう思って、零号ちゃんから次に出てくる言葉を待つ。

そしてそれを聞いて、ギュッと胸を締め付けられてしまった。

「私も…同じだったんだ…私は、頃しちゃったんだ…十六お姉ちゃんのお姉ちゃんだった、十五号さんを…

 なんにも知らずに、ただ寂しいのが怖くて、そう在りたくないって思って…私…私…」

 そう、そうだった…零号ちゃんは、勇者候補だった十六号さん上の一番の使い手を、勇者の紋章の力使って頃してしまったんだ…

お城に住むようになって、最初の頃は気にしていたけれど、十六号さん達に精一杯甘える零号ちゃんのことを見て、

そんなことすっかり頭の隅の方に追いやってしまっていた。

 零号ちゃんの告解は、それでも続く。

「それなのに…それなのにね…私、そのことをまだちゃんと謝ってないんだよ。

 もうずっとずっと前のことだったけど、謝る機会も分からなくって、そのうちにみんなが優しくしてくれるから、私…そのことを話したら、

 みんなが私を怒ったりするんじゃないかって思って…そしたら、また一人になっちゃうってそう思って…怖くって、怖くって言い出せなかった。

 でも、私は謝らなきゃいけんないだと思う。

 そうじゃないと、もしかしてそれをウヤムヤにしていたらそのことがいつかどこかで爆発して、私は何もかもを失っちゃうかも知れないでしょ…?

 でもね、私、謝るのも怖いんだ。自分でもズルいって思う。だけど、私は取り返しの付かないことをしちゃったんだ…

 私がしちゃったのは…もしかしたら、お姉ちゃん達にとっては勇者様がしたことよりも許せないことだったんじゃないか、って思う。

 …ここ住んで、みんながお互いを大事にしているのを感じて…どれだけ大切に思ってるかを知ってるから…

 そんな大切な人を頃したやつの謝罪の言葉なんか聞いてくれないんじゃないか、って思えちゃって…

 だから、だからね…私、怖くて…謝らなかったらいつか一人になっちゃうかも知れないって思うのに、

 謝ったときにそんな大切な人を頃したんだってことを許してはくれないんじゃないかって思えちゃって、

 許してくれなかったらどうしようって考えたら…そしたら私そっちも怖くって…

 どっちを選んぼうとしても、やっぱり、怖くて…怖くって、さぁ…」

零号ちゃん最後には、体中を震わせなが私にしがみついてきた。

私は、自分の胸の痛みを和らげるように、零号ちゃんの髪をそっと撫で、震える体をギュッと抱きしめた。

 零号ちゃん、そんな事を考えていたんだね…それがこないだのお姉さんと勇者様との話を聞いて、限界まで膨れ上がっちゃったんだ…

 「ずっとずっと、それを胸に抱えてたんだね、たった一人で」

私が言ったら、零号ちゃんは私の腕の中でにコクコクと何度も頷く。

私はそんな零号ちゃんの体を更にきつく抱きしめて、溢れ出た涙に滲まないように零号ちゃんに伝えた。

「辛かったね…気が付いてあげられなくって、ごめんね…」

零号ちゃんは今度は、私の肩に顔を埋めてフルフルと首を横にふる。私は、そんな零号ちゃんに言ってあげた。

「…大丈夫だよ、零号ちゃん。何があっても、私は零号ちゃんの味方でいるからね…

 だから、一緒に…側にいてあげるから、今の気持ち、お姉さん達にちゃんと伝えよう?

 きっと大丈夫…みんな、零号ちゃんが大切だもん。必ず分かってくれるよ」

返事はない。でも、零号ちゃんの腕が、私体を強く強く抱きしめて来た。

私も、零号ちゃんに安心して欲しくて目一杯その体抱きしめ返す。

それからしばらく私は零号ちゃんと一緒に、辛い気持ちが涙で流れて出切ってしまうまで、ずっとずっと屋上で抱き合って泣き続けていた。

 そろそろ到着するはずの特別なお客さん、竜娘ちゃんとそのお母さんのことをすっかり忘れていて、

ちょっと申し訳ないことになっちゃったんだけれど。



 

962: 2015/12/14(月) 21:11:05.27 ID:jGgpJsLto




 ガタゴトと、馬車が行く。

 本部を出て二週が経った。王都の南にある小さな町を出てからは三日。だけど、すでに目的地の村の姿が遠くに見えて来ていた。

 懐かしいな、って思う気持ちと怖い気持ちと切ない、悲しい気持ちが絡み合って湧いてきて、少しだけ胸が詰まる。

でも、私はここに帰って来たい、って、そう思った。竜娘ちゃんのことやお姉さんと勇者様と姫ちゃんを見ていたら、

どうしても思い出さないわけにはいかなかったんだ。

 「あの山、懐かしいね」

不意に妖精さんがそう言うので、私は荷台の奥にいた彼女を振り返る。

妖精さんはその膝を、三日間、起きている間はずっとシクシク涙を流し、すっかり泣き疲れてしまっている零号ちゃんの枕にしてあげていた。

「洪水の跡も畑に戻ってるな」

トロールさんが私の傍らでそう言った。

 本部の庭で巡検隊の慰労会兼、竜娘ちゃん親子の歓迎会をやった日の翌日、

私は忙しいところ無理を言って、お姉さんや魔道士さん、十六号さん達に集まってもらった。

 そこで、零号ちゃんは泣きながら、自分が頃した十五号さんのことをみんなに謝った。

私に話してくれたように、謝るのが怖かったこと、謝らないままでいるのも怖かったことも全部全部話した。

 みんな呆気に取られている中で、零号ちゃんに声を掛けたのは、他でもない魔道士さんだった。魔道士さんは零号ちゃんに聞いた。

「お前、十六号を何度救った?」

「え?」

と涙ながらにそう声をあげた零号ちゃんに、

「盗賊団の事件を含めて、お前は十六号を二回助けた。十六号だけじゃない。あの日あそこいた連中は全員お前に助けられた。

 基礎構文の一件じゃ、他の連中を庇ってあのバカ剣士の奥義魔法を最前列で受け止めて被害を抑えたそうじゃないか」

と噛みしめるように言い、やおら、柔らかい笑顔を作って零号ちゃんの頭を優しく撫で付けた。

無表情なところ多少なくなってきたけど、私は魔道士さんがあんなに優しい顔をするのは初めて見たような気がする。

「十五号のことは、残念だった。だが、お前がそんなに思ってくれているんなら俺達はお前を責めたりしない。

 確かにお前は十五号を手に掛けたんだろう…それが取り返しの付かないことだったとしても、

 お前はそれ以上に、取り返しが付かなくなる前にその身を張って俺達を守ってくれた。

 お前が居なきゃ、ここにいるうちの何人が居なくなってたか分からない。

 俺達はお前に感謝こそしているが、もう恨んでなんていない」

魔道士さんは、ゆっくり、優しく、穏やかに零号ちゃんにそう言い含めると、最後に一言付け加えた。

「十五号のことを大切に思っていてくれてありがとう」

それを聞いた零号ちゃんが、姫ちゃん以上の大声で泣き出したのは言うまでもない。

それから零号ちゃんは、感極まった十六号さんと十八号ちゃんに抱きすくめられ、そばにしゃがみ込んだ十七号くんに頭を撫ぜられ、

肩を竦めて苦笑いする十四号さんと魔道士さん、お姉さんに見守られながら、寝入ってしまうまでそのままずっとずっと泣いていた。
 

963: 2015/12/14(月) 21:19:50.69 ID:jGgpJsLto

 私は、そもそも十五号さんのことは、みんなもう許してくれているって思っていたから、ほとんど心配はしていなかったんだけど、

でも、もしちゃんと言葉にして伝えていないんなら伝える方がずっと良いと思ったので、零号ちゃんが胸の内をちゃんと吐き出して、

それを魔道士さん達が受け止めてくれたことに安心していた。

 でもそれからしばらくして零号ちゃんは、

「十五号さんにも、謝りたい」

なんて言い出し、魔道士さん達が何もそこまで、だなんて言っても収まらず、それなら一緒に行こうか、と私は声を掛けてあげた。

 十五号さんのお墓のある、かつて魔導士さん達が住んでいた王都の南にある小さな町に辿り着いたのが三日前。

 お墓の前で、何度も、何度も謝った零号ちゃんはやっぱり、最後には疲れ切って、

墓地をあとにする頃には、トロールさんに背負われて寝息をたてている有様だった。

でも、そんな零号ちゃんを呆れたりなんてしなかった。

だって、もしかしたら私も人のことは言えないかも知れないしね。

 街道を揺れていた馬車は、やがて門をくぐって村の中に入った。

「おぉし、着いたぞ」

御者のおじさんがそう言ってくれる。

「ありがとう、おじさん。あのね、私達、明日にはこの村出たいんだけど、良かったら明日また砂漠の街まで乗せてくれない?

 今晩の宿代は出すからさ」

「ははは、良く出来た嬢ちゃんだな。だが、要らん気遣いだ。

 どのみち俺も一晩泊まって交易都市に戻るついでにいろいろ仕入れるつもりだったからな。明日の朝にでもまた声を掛けてくれや」

おじさんはそう言って私を笑い飛ばし、おもむろに馬車を止めた。

「ここが、大手通りだな」

「うん、ありがとう。じゃぁ、また明日よろしくお願いします」

私は御者さんにそう言って、妖精さんやトロールさんに声を掛け、寝ぼけ眼の零号ちゃん達と一緒に馬車を降りた。

 村の様子は、これっぽっちも変わってない。

ここを追い出されて、もう二年以上になる。

本当に懐かしいな…

そんな感慨に浸りながら、私は一歩一歩、足を進める。

 不意に、真っ赤な目を擦りながら、零号ちゃんが私の隣にピッタリとくっ着いて来た。

「何、零号ちゃん?」

私がそう聞くと、零号ちゃんは両手を胸の前でギュっと握り

「私が守ってあげるから、大丈夫だよ」

と言ってくれた。

私はそんな零号ちゃんの思いやりに

「ありがとう」

とお礼をする。

 零号ちゃんの心配はもっともだろう。

 寂れた農村だけど、村の真ん中を横切るこの道には人通りも多い。知っている顔もたくさんある。

そんな村人の多くが私へと視線を送っているからだ。

 生け贄として捧げたはずの人間が、西大陸中央都市が関係者に付与しているマントを羽織っている。

それだけでも村の人達にとっては恐ろしいことだろう。仕返しに来たんじゃないか、なんて思っても当然だ。
 

964: 2015/12/14(月) 21:21:05.12 ID:jGgpJsLto

 でも、私はそんな視線なんて気にせずに、ただじっと前だけを見て、胸を張って歩いた。私は別に村人のことを恨んでなんかいない。

大変な暮らしだったし、今だってけっして楽じゃないけれど、この村にいたままだったら出会いないたくさんの人達と出会えた。

たくさんのことを経験した。それは、私の大事な大事な宝物だ。

 でも、だからと言って、優しい顔をしてありがとうなんて言える気持ちでもない。私にとって、村人のことはもうどうだって良かった。

ただ、ここには父さんや母さんと暮らした思い出がある。父さんと母さんが眠っているお墓がある。

私はそれを引き上げに来ただけだ。

 ふと、私の目の前に、年老いた男の人が、この辺りの土地神様を祀る教会の人達と一緒にいるのが見えた。

 あれは村長だ。それに、教会の人達は私を取り押さえた連中だろう。それを確かめてもまだ、私は足を前へと進ませる。

やがて距離が詰まり、それでも道を譲るでもなく私達の行く先に立ち塞がっている村長さん達に気付いた零号ちゃんとトロールさんが私の前に出た。

零号ちゃんは今にも剣を抜いて斬りかかってしまいそうだし、

トロールさんも何かあればすぐさまメイスを振り回せるようグッと手に力を込めているのが分かる。

 私は、そんな二人のマント後ろから引っ張った。

「大丈夫。荒っぽいことにはならないから」

私はそう伝えてさらに二人の前に出ると、村長さん達の三歩前まで来て足を止めた。

「何か御用ですか?」

私はそうとだけ、村長さんに声を掛ける。村長さんは少し怯えた様な表情のまま

「この村に、何の用かを聞きに伺った」

と随分手丁寧な言葉でそう聞いて来た。

 私の答えは簡単だ。

「父さんと母さんの遺灰と、家あった家財道具を引き取りに参りました」

私の言葉に、村長さんは微かに黙ってから口を開く。

「もしこの村で何かをするようなら、王下騎士団へ救援要請を出させて頂くぞ」

しわがれて震えたその声を聞いて私はふと、自分がこれまでしてきた経験に感謝した。

こんな人の恫喝や思案なんて、私が出会って来た課題やそれを解決するために講じた様々な発想の前には恐れることもない。

 私は、自分をトロールさんの生け贄に捧げた村長さんに、淡々と伝えた。

「王下騎士団とは現在友好関係にあり、またこの村への訪問は、国王府の許可の下です。

 並びにこの村の領主である山の貴族様は現在、我が大陸中央都市とは蜜月の関係にあります。

 万が一私達の旅に支障が出たり、私達の誰かを害する者が現れた場合には、山の貴族様の私兵千五百、及び中央都市の防衛隊の三千、

 王都政府からも治安維持に支障があれば即刻出動を掛けて頂ける手はずを整えております。

 こんな片田舎に年端のいかない子ども二人とその警護役の二名を害する者がいないとは思いますが…

 もしもの時はそのすべてが私達の保護のために馳せ参じてくださいます。

 そちらこそ、村を焼かれるなどを望まなければ、私達の目の前には二度と姿を見せぬことです」

そう言い終えたときには、村長さんの顔はまるで氏んだ人の様な青い顔になり

「な、何もせんのであれば直ちに用向きを済ませて出ていってもらおう」

と震え声で言ってくる でも、村長さん私は言ってあげた。

「私達はここに一晩ご厄介になるつもりでしたが、そんな私達の工程を妨げ、害すのですか?」

すると村長さんついには震え上がり

「も、もう結構です…ご用向き手早く終えられること、お祈りしております」

と言い残すと、村長さんは教会の人達に連れられて道から外れた細い路地奥へと姿を消した。
 

965: 2015/12/14(月) 21:21:50.50 ID:jGgpJsLto

 「人間ちゃんがそんなことをするはずないのに」

と、後ろで妖精ちゃんが憤慨しているけれど私としてはしてやったりだ。

もちろん兵隊さん達の力を借りて村をどうこうしようと思っているわけじゃない。

でも、私を追い出してもなお、力を使って遠巻きに出ていくよう言って来た村長には、

私の一存…ってわけじゃないけど、とにかく声を掛ければ各地から合計一万くらいの軍勢を集められるって事実を端的に伝えて黙らせた。

 全部ハッタリじゃなくて本当のことだし嘘はない。私は、そう言って村長さんをいい任せたことでなんとなく胸がすっとするよう気持ちになった。

 「おぉい、あんた!あんた、もしかして…!」

 不意にそんな声が聞こえたので人混みの中を見やるとそこには、私を引き取ろうとしてくれた道具屋の女将さんが居た。

「女将さん!」

私はそう手を振って女将さんへと駆け寄る。すると女将さんは私の両手をギュっと握って

「あんときは、なんにもしてやれなくてすまなかった…本当にすまなかったね…!」

なんて泣き出してしまった。

「いいえ、女将さんがうちの子になりな、って言ってくれてあのとき安心出来たんです。だから、気に病まないでくださいね」

私はそう言いながら、もしそうだとしたら…ってことを考えて、お姉さんに書いてもらった一枚の羊皮紙を取り出して女将さん手渡した。

「こ、これは…?」

「西大陸の中央都市への推薦状です。女将さん最後まで私をかばってくれてたから、この村じゃ生活しづらいんじゃなかって思って。

 もし良かったら私達の街で生活してみてください。きっといいところだと思うんですよ」

私が言うと、女将さんはまた私の手を握っておいおい泣き、それから私が住んでいた家は他の人手渡ってしまって、

家財道具や小物なんかは女将さんのところの道具屋で保管してくれているとも言ってくれた。

家のことは残念だけど…家の中で使っていた物が無事だった、というのは嬉しい。

 私は明日引取に行くから、約束をして女将さんと別れさらに道をまっすぐに進む。やがて大手通りの右手には小高い丘が見え始めた。

私はその丘の上へと登る道を行き、そしてその先にあった小さな墓地へとたどり着いた。

 墓石と墓石間を歩き、私はすぐに二人が眠るお墓を見つける事が出来た。

二年もの間、誰に手入れをされることもなく、花も供えられてこなかったお墓はもうすっかり荒れ放題になっていた。

 私は墓石の前に跪いて両手で手を合わせる。

―――ただいま、父さん、母さん。待たせちゃって、ごめんね…

胸の中でそう謝ってから、私はトロールさん頼んで二人の骨壷が収められている石の戸を開けてもらった。

そこにはちゃんと、二人の壺が収まって居た。

 その二つを手にとって墓石の中から抱え出した私は、両方を胸にギュっと抱きしめた。

 竜娘ちゃんがお母さん再会できた時にも感じた。

お姉さんと姫ちゃん、零号ちゃんに勇者様、そしてサキュバスさんが一緒にいる姿を見て、私は確かに嬉しいな、ってそう思った。

でも、心のどこかでは、父さん母さんことを思い出して、胸が軋んでいたんだ。

 あれから何度も父さんと母さんのことを思い出して、ここへ来たいってそう思った。

私には大事な大事な、家族と呼んだって良い仲間たちがいる。でもね、やっぱり父さんと母さんだけは特別なんだ。

 零号ちゃんにとってお姉さんや勇者様が特別なように、竜娘ちゃんがお母さんを探し求めたように…

 血の繋がった家族って言うのはやっぱり何にも代えがたいものなんだよね…。

 私は二つの骨壷ギュっと抱きしめながら胸の中で二人に語りかけた。
 

966: 2015/12/14(月) 21:23:51.13 ID:jGgpJsLto

―――会いたかったよ、父さん、母さん

―――あのね、私はあれから大切な人達と会ったよ

―――大事な大事な仲間たちで、一緒にいると幸せな気分になるんだ

―――でもね、時々思っちゃうんだ

―――あの街に父さんと母さんも一緒にいてくれたら、どれだけ幸せだろう、って、ね。

 ハラリと、目から涙が零れた。我慢なんて出来るはずがない。次から次へと零れ出てくる涙と一緒にずっとずっと堪えて居た思いが吹き出してくる。

―――父さん、畑のことを教えてくれてありがとう

―――母さん私に優しくしてくれて…守ってくれてありがとう

―――私…私ね…寂しくは、ないよ…

―――みんなと一緒だから、寂しくなんてないんだ。

―――でもね、でも、時々すごく会いたいって思うんだよ。

―――母さんギュッて抱きしめて欲しいって…

―――父さん手を握って一緒に畑の様子を見に行きたいって…

―――もう一度声が聞きたいって…

―――もう一度会いたいって…

―――そう、そう思うんだよ…

―――父さん…母さん…なんで…なんで…

―――なんで私を置いて氏んじゃったの…?

―――どうして私を一人になんてしたの…?

―――寂しくないなんて嘘だよ…!

―――私、会いたいよ、会って二人にギュって抱きつきたいよ…!

―――父さん優しい声を聞きながら、母さん温かい肌に触れながら

―――また一緒のベッド三人で寝たいよぅ…

―――父さん………母さん………!

知らず知らずのうちに私はしゃくりあげ、まるで姫ちゃんのようにギャンギャンと泣きわめいていた。

 二年間、ずっとずっと胸にしまってあった思いが弾けて、もう自分でもよく分からなかった。

 でもとにかく、私は胸にポッカリと空いた穴を塞ぎたくって、必氏になって骨壷抱きしめ、泣きわめいた。

 どれくらい経ったんだろう。

 それから私は眠ってしまったらしく、骨壷二つは妖精さんが運び出すための木箱に入れてくれて、私はトロールさんに背負われて宿へと戻ったらしい。

ベッド寝かされた私はそれでも眠り続け、荷物を届けてくれた道具屋の女将さんにも挨拶できず仕舞いだった。
 

967: 2015/12/14(月) 21:27:23.79 ID:jGgpJsLto

 そんな私は、夢を見ていた。見慣れた天井。懐かしい感触に包まれて居た私は、父さんと母さん一緒にベッドに眠っていた。

 もぞもぞと体を動かして母さん擦り寄ったら、あの優しい声色で、母さんが言ってくれた。

「これまで良く頑張ったね」

私はそう言われた言葉が心地よくって母さんの胸元に顔を擦り付けた。懐かしい香りが鼻をくすぐって、幸せな心地に満たされる。

「立派になったな」

後ろからは父さんの声が聞こえて、力強い腕が背中から私を抱きしめてくれる。その安心感に、私は身も心も委ねてしまう。

―――会いたかったよ、父さん、母さん…私がそう言うと、私を抱く二人の腕にギュっと力がこもった。

そして、母さんの囁き声が聞こえる。

「これからも、ちゃんと見ているからね」

後ろから父さんの声も聞こえた。

「いつでもそばにいるよ」

―――うん

そんな私返事に、母さんが優しく言ってくれた。

「だから、行ってらっしゃい」

父さんの穏やかな声が響く。

「しっかり頑張るんだよ」

―――うん、わかったよ。父さん、母さん…

その言葉はやっぱりちょっと悲しかったけれど、それ以上に私には嬉しい気持ちが満ち溢れていて、二人にそう返事をした。

 翌朝、誰よりも早くに目を覚ました私は、なんだか晴れ晴れした心地だった。

みんなの朝食何かを用意してあげて、のっそり起き出してから揃って食事を済ませた。

 旅支度を整えてから、街の真ん中歩いて馬車乗り場に行き、お世話になった御者さんを見つけてまた砂漠の街までの道のりをお願いした。

 ガタゴトと馬車が揺れ、村がどんどん遠ざかって行く。

荷台の後ろでそれを見ながら私は、最初トロールさんに出会ったときのことを思い出していた。

 あれからもう二年。私達は今も、あの頃からは想像も付かないような生活をしている。

想像も付かなかった仲間たちと一緒に毎日この取り返し付かない日々を、ただ前を向いて少しずつ進んでいるんだ。

 私一人じゃとてもできなかっただろう。ここまでこれたのは、本当に支え合って居られるみんなのおかげだ。

 そう思ったら私は、どうしたってそう言わずには居られなかった。

「みんな…一緒にいてくれて、ありがとね」

そんな言葉を聞いた三人が一斉私を見て不思議そうな顔をする。

でも私は今の気持ちのまま満面の笑顔を見せてあげたら、みんなも満面笑顔を見せてくれて、それから私にも言ってくれた。

「そばにいてくれて、ありがとう」

自分で言うのは平気だったのに、みんなから言われたらとたんに胸がいっぱいになって、

私は零号ちゃんに飛びついてなぜだか二人して泣きわめいてしまっていた。

 私とたいして変わらないくらいの大きさの零号ちゃんにギュッと抱きしめられた私は、なぜだか母さんや父さんに抱きしめられていたときのように

ギュッと胸のなかいっぱいに暖かな気持ちが湧いて出てきて、それが固く結んでいた気持ちをたおやかに解きほぐしてくれるような、そんな気がした。

 不思議なことなんてない。

きっと、それは当然のことなんだろう。

だって私達はお互いが大切な仲間で、きっと大事な大事な家族なんだから、ね。



fin

968: 2015/12/14(月) 21:41:57.50 ID:jGgpJsLto

以上です!

お読みいただき超感謝!


しかし、一年以上も書き続けることになろうとは…
思えば難産に次ぐ難産で苦難しかなっかったな…w


残レス数もわずかなので、感想ご意見苦情などなどなど書き込んでいってもらえると嬉しいです!

キャタピラの次回作にご期待ください!



>>942
後レスになって申し訳ない!
ずっと続けるのはたぶん無理だったかと…w

このお話は、本編で基礎構文が消えた時点で決着しちゃってたんですよね。
後日談は本当に蛇足で、書き残したことを詰め込んだだけなので…

でも、ご期待いただけたことはうれしいです!
また次作もどうぞよろしく!w
 

971: 2015/12/15(火) 00:12:24.61 ID:VqBdlcKs0
完走本当にお疲れ様でした!

972: 2015/12/15(火) 02:27:05.52 ID:80mm1jZjo
そうか1年以上経ってたんだな
読んでるだけの身だったけど感慨深い

本編も番外もお疲れ様です

引用: 幼女とトロール