349: 2018/01/17(水) 19:41:30.46 ID:bIz//WNa0
未来からやって来たPの娘な楓さんですか
ちょっと書いてみます

シリーズ:○○な楓さん

前回:【モバマス】ようせいさんな楓さん


350: 2018/01/17(水) 19:50:41.35 ID:bIz//WNa0
あれは確か神社をお散歩していた時のこと

ひゅうっと吹いた風がどんどんと強まっていく所までは覚えている

目をぎゅっと瞑って身を屈めて、とりあえず頭は守らないとと体に力を込めた

けれど、何時になってもその風は私を巻き込むことがない

おかしいと思って、眼をゆっくりと開けてみる

「……あら?」

そこは先ほどと変わらない風景が広がっているだけだった
THE IDOLM@STER CINDERELLA MASTER 004 高垣楓
351: 2018/01/17(水) 19:56:33.81 ID:bIz//WNa0
一体なんだったのかしら……

しばらく考えてみたけれど、ぐぅっとなるお腹の音で考えるのを止めた

こんな時でもお腹はすくものなのね、と一人で笑って家路へと向かう

神社の境内を抜けながら、今日は何を飲もうかな、寒くなってきたし熱燗がいいかな

そういえばお気に入りのお酒が残っていたし、それを飲みながらおこたでゆっくりしよう

コートの襟を立てながら、そんなことを考えて……ちょっとした違和感に気付く



352: 2018/01/17(水) 20:05:51.11 ID:bIz//WNa0
あら? こんな建物あったかしら

通り慣れた道に見慣れない建物がちらほらと

ここはもっと樹木が多い場所だったはずだったけれど……

道を間違っちゃった? いえ、そんなことはないはず

何年も通ってきた道を間違えるほど、方向音痴ではない

じゃあ、なんで……?

徐々に私の心に焦りが生まれ始める








353: 2018/01/17(水) 20:12:47.02 ID:bIz//WNa0
気付けば私は駆けていた

息を荒くして、知らない所を駆ける

知らない、ここも知らない、どこも知らない……

急げば急ぐほど、どんどんと私は追い込まれている

けれど、今止まってしまうのがとても怖くて

私の知らない今が突き付けられてしまうようなそんな気がして


354: 2018/01/17(水) 20:17:52.82 ID:bIz//WNa0
前を見ないでがむしゃらに走っていたせいだろうか、目の前にいた人とぶつかってしまった

結構な衝撃で尻もちをついてしまう

「す、すみません……急いでいたもので」

とにかく謝ろうと、顔を上に上げると

「あー痛ぇ……こりゃ骨にヒビはいってんな」

目つきが悪くて、とても怖そうな人がにやにやしながら私に言った


355: 2018/01/17(水) 20:23:28.36 ID:bIz//WNa0
「す、すみません……謝りますので」

怖くて、体が震えてしまうけれど今は謝らないと

深く頭を下げるが、相手の返事は私が望むものとは違った

「ごめんで済んだら警察はいらないよね?」

笑っているのを堪えながら私に言っているのがわかる

「あの……どうすればいいんですか?」

少しでも早くこの場から立ち去りたいのに、頭がパニックなってしまっている

356: 2018/01/17(水) 20:28:12.68 ID:bIz//WNa0
「まぁまぁ、そう急がないでさ」

もう一人いた髪の毛を金髪にした男の人が私の肩を抱く

嫌悪感と怖さで、思わず悲鳴を上げてしまいそうになるが、何とか飲みこむ

「お姉さん綺麗だしさ、ちょっと俺らと遊ぼうよ、それで水に流してあげるからさ」

煙草臭い息が鼻につく

「嫌です……放してください……」

大きな声を出そうとしても、掠れたような声しかでない

357: 2018/01/17(水) 20:32:07.56 ID:bIz//WNa0
どうしよう……誰か……

周りを見てみるが、通行人は我関せずとも言うように目を逸らすばかり

たまにこちらを見る人も、可哀想なものを見るような眼でしらんぷりをする

なんで……? なんで私がこんな目にあうの?

神様、私なにか悪いことでもしたのでしょうか

心の中での質問に、答えなんて返ってくるわけがなかった

358: 2018/01/17(水) 20:40:26.00 ID:bIz//WNa0
これから酷いことされちゃうのかな

痛いのとかは嫌だけど……怖いな

頭の中にこれからのことが想像されて、体がぶるりと震える

相手は男性が二人、私には格闘技の経験もないし心得もない

嫌な想像が現実になってしまっても、絶対に泣いたりはするものか

そう強く思って、下唇をきゅっと噛んだ時だった


359: 2018/01/17(水) 20:44:34.53 ID:bIz//WNa0
「お巡りさん、こっちです」

何とも間の抜けた声だった

ちょっとおどおどしていて、声が上ずっている

けれど、お巡りさんという単語が効いたのか、相手の二人組はどこかへと去って行った

……わたし、助かった……の?

今までの緊張の糸がほどけて、この日二回目の尻もちをついてしまった

360: 2018/01/17(水) 20:50:42.70 ID:bIz//WNa0
「大丈夫ですか?」

先ほどの声が頭の上から聞こえる

「……」

大丈夫です。そんな簡単な言葉を返すだけ、それだけでいいのに

私はこの知らない所で初めて感じた人の温かさに

涙を流して、ただ泣き続けることしか出来なかった

361: 2018/01/17(水) 21:00:58.76 ID:bIz//WNa0
どれだけ泣き続けたのだろう

いつの間にか渡されたハンカチは、すでに涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ

泣かないって決めたけれど、これは方向性が違うからセーフ、うん

泣いてすっきりしたせいか、少しずつ頭が動いて来た

いつまでもこうしていたら、助けてくれた人にも迷惑がかかってしまう

そうだ、それにまだお礼を言っていない

とにかくお礼、まずはお礼、ハンカチはどこかで洗って返そう……






362: 2018/01/17(水) 21:05:56.59 ID:bIz//WNa0
「あのっ……ありがとうございました」

精一杯の感謝を言葉に込めて、頭を下げる

「怪我はないみたいで何よりです」

初めて顔を見たけれど、誠実そうな人だ

仕立ての良さそうなスーツを着こなしていている

「じゃあ、私はこれで」

すっと手を挙げて、去っていこうとする男性を

「待ってくださいっ!」

私は、自分でもわからないまま呼び止めていた

363: 2018/01/17(水) 21:14:15.95 ID:bIz//WNa0
「ど、どうしました?」

大きな声で呼び止めてしまったせいか、驚いてしまっている

「えっと、あの……」

自分でもわからないので、しどろもどろになってしまう

ありがとうの言葉はさっき伝えたし、私は相手に何を伝えたいのか

もちろん、相手方にそんなものはわかるはずもなく

お互い無言のまま、しばらく硬直する

そんな硬直を解いたのは、ぐううっっと前より大きくなったお腹の音だった

364: 2018/01/17(水) 21:18:57.19 ID:bIz//WNa0
きっと私の顔は真っ赤になっていることだろう

助けてくれた人、しかも男性に、お腹の音を聞かれるなんて恥ずかしい以外のなにものでもない

女としてちょっとどうかと思ってしまって、自己嫌悪で消えたくなる

あわあわとする私に、さっきよりも声色が優しい声で男性が言う

「もしかして、お腹減ってる?」

私は恥もちょこっとのプライドも捨てて、ゆっくりと頷いた


365: 2018/01/17(水) 21:25:09.31 ID:bIz//WNa0
茶褐色の香ばしい匂いのスープの中に箸を入れる

そして、麺を持ち上げてちゅるりと一口

もぐもぐと咀嚼してから、レンゲでスープも一口

「はぁ……おいし」

私の口から漏れた吐息には、幸せ成分が多く含まれているに違いない

やっぱり醤油が一番美味しい

お腹のぐーぐー虫がまだかまだかと急かし、私もそれに乗っかることにした

366: 2018/01/17(水) 21:28:30.35 ID:bIz//WNa0
「ごちそうさまでした」

あっという間に食べ終わってしまった

寒い日には温かいものが一番

なんて、満腹になった余韻に浸っていたが、ふと気づいて横を向く

「よっぽどお腹減ってたんだね」

あはは、と笑う声に私は「……は、はい」とぼそりと返すことしか出来なかった

367: 2018/01/17(水) 21:35:50.09 ID:bIz//WNa0
「何度も助けて頂いてありがとうございます」

身の危険と空腹も助けてもらえるなんて思いもしなかった

……ちょっとした女のプライド的なものはどこか行ってしまったけれど、今回は仕方ない

「いやあ、あんな大きなお腹の音を聞かされたら……ね?」

悪戯っ子みたいな笑みで楽しそうに笑う男性

「何かお礼できたら良いのですが……今はあいにく……」

お金もないし、ないないづくしだ

368: 2018/01/17(水) 21:43:30.78 ID:bIz//WNa0
「なんか訳ありなの?」

そう聞かれて、ぎくりとなる

訳ありと言われればそうだし……でも、素直に答えていいものか

黄色い救急車を呼ばれて、怖い病院に連れていかれたりしないだろうか

……どうしようか

良い人そうだし、もしかしたら信じてくれるかもしれない

でも待って。私がこんな話をされて信じられる?

答えはノーだ


371: 2018/01/17(水) 22:36:18.17 ID:bIz//WNa0
流石に話が非現実的すぎる

でも、これから私はどうするの?

この人とお別れした後はどこに行く? お腹が空いたらどうする? 泊まる所は?

この人みたいに良い人ばかりじゃないのは、さっき思い知ったばかり

「わ……」

言葉が出ていかない

ほんのちょっぴりの勇気があれば良いのに

ほんのちょっぴりこの人を信じることができれば良いのに

372: 2018/01/17(水) 22:43:01.92 ID:bIz//WNa0
私の言葉を待つ男性の目は、真っすぐにこちらを見ている

それは嘘か真かを見定めるためなのかはわからない

何もかも今の私にはわからない

けれど、ただ一つだけわかっていることがある

それは、私では今の状況を変えることができないということだけ

「私の……」

きっとこれは私に垂らされた、一本の蜘蛛の糸

373: 2018/01/17(水) 22:47:07.95 ID:bIz//WNa0
掴んで切れるかわからないなら、掴んでから確かめれば良い

「私の話を信じて、くれますか……?」

少しの沈黙の後

「わかった、ゆっくりで良いから話してみて」

言ってしまえば気が楽なもので

私に起こった全ての事を、この男性に話すことができた


374: 2018/01/17(水) 22:55:17.34 ID:bIz//WNa0
「面白い! そうだ、うちでアイドルやってみない?」

話し終わると、そう提案された

「へ……?」

この人は大丈夫なのかしら、さっきの二人組より怖い人なんじゃ……

「あ、あの……身分証も持っていない人間ですよ?」

「大丈夫、うちにはどこから来たかわかんないアイドルいっぱいいるから」

ええ……アイドルってそんな人がやっていいものなの?


375: 2018/01/17(水) 23:03:49.23 ID:bIz//WNa0
話を聞くと異星人や魔王やサンタさんがいるらしい

「さ、さよならっ!」

すかさず逃げ出そうと試みるが、腕を掴まれた

「ご、ごめんなさい! 私そういうの信じない性質なんです、なので今回はご縁がなかった言う事で」

丁寧にお願いしてみるが、それでも私の腕を放してくれない

「待って待って! 怪しい人じゃないからマジだから」

そんなに早口でいうところも怪しい……

「ほら、これ俺の名刺」

すっと懐から名刺ケースと共に名刺を取り出した

376: 2018/01/17(水) 23:11:26.01 ID:bIz//WNa0
「シンデレラガールズプロダクション……?」

名刺には会社名と、プロデューサーという文字

「あれ? うちは割と大きな芸能プロダクションなんだけど、知らない?」

小さなころに聞いたことがあったような気がするけれど、思い出せない

「おかしいなぁ……じゃあさ、あの子も知らないかい?」

指をさした方へ、ゆっくりと顔を向ける

そこにはビルの側面に設置された大型のディスプレイがある



377: 2018/01/17(水) 23:18:10.81 ID:bIz//WNa0
目を引くような銀糸の髪に、赤みがかった瞳

見るものを虜にしてしまうような存在感をもった女の子

その子が踊り、歌い、そしてこちらに語り掛ける

「可愛い……」

「だろ? うちの魔王だよ」

ま、魔王って言うからもっとこう凄い感じを想像していたのに

……魔王的魅力的な? そんな感じなのかしら

378: 2018/01/17(水) 23:24:17.50 ID:bIz//WNa0
「どうどう? やってみたいと思わない?」

ちょっと心が揺れる……

「今なら住むところもご飯も付くよ!」

そ、そんな誘惑に……

「お酒もたまには付くよ?」

お酒! そういえば今日お気に入りのを飲むはずだったんだ

「お、こりゃ大物が釣れたみたいだ」

……どうやら顔に出てしまってたみたい、悔しい

379: 2018/01/17(水) 23:40:39.14 ID:bIz//WNa0
かくして、住むところとご飯、あとお酒……を確保できた私はこの人に付いていくことにした

「ここが女子寮ね」

タクシーで揺られること数十分、女子寮なる場所へ連れてこられた

なかなか綺麗な建物で、セキュリティも万全らしい

「俺は入れないから、はい鍵。そのキーホルダーに書いてある部屋を探してみて」

「は、はぁ……」

部屋にあるものは好きに使ってもいい、とのことだ

380: 2018/01/17(水) 23:45:15.02 ID:bIz//WNa0
「じゃあ俺は事務所に戻るから」

それじゃ、と手を挙げて去ろうとするプロデューサー

「今日は本当にありがとうございました。感謝してもしきれません」

さっきは変な流れになってしまったけれど、これは私の正直な気持ち

「どういたしまして。今日は早く休んでね」

ひらひらと手を振るプロデューサーを、見えなくなるまで見送った

381: 2018/01/17(水) 23:51:47.64 ID:bIz//WNa0
さて、まずはお部屋を探さないと

キーホルダーに書いてある番号は『302』号室

どこかに階段があるはずよね、まずはそれそ探し……あら?

今、壁の所で何か動いたような……

ゆっくりと近づいてみると、銀色の髪がひょこひょこと揺れている

とても綺麗な髪なので、ついついちょこんと触ってみた

383: 2018/01/18(木) 00:00:21.41 ID:B+Co3zNT0
「ぴゃっ……」

可愛らしい悲鳴

つんつん

「ぴゃああっ!」

た、楽しい……もっと突いてみようかしら

もう一突きしようとすると、髪が指をすり抜け、黒いふわふわが飛び出してきた

「ククク……我が領域内に侵入するとはなかなかの力を持っているようだ」

日本語かどうか悩んだしまったけれど、単語自体は日本語みたい

「こんばんは?」

「……こんばんは」

どうやらこちらの言葉は通じるらしく、挨拶が返ってきた

389: 2018/01/18(木) 19:21:33.78 ID:B+Co3zNT0
暗がりだったから良く見えなかったけれど、良く見てみるとさっきのディスプレイに映っていた女の子?

「もしかして……魔王ちゃん?」

「ま、魔王っ……!? 我を称賛する名ではあるが真名ではない(私にはちゃんとした名前があるんです)」

何て言ってるかはちょっとわからないけれど、この子のお名前を教えてもらえそう

「私は高垣楓、よろしくお願いします」

魔王ちゃんは先輩にあたるから、挨拶はきちんとね

「高垣?……あっ、私は神崎蘭子です」

私の苗字を聞いて不思議そうな顔をしていたけど、ちゃんと名前を教えてくれた

独特な話し方だけど、良い子みたい







390: 2018/01/18(木) 19:29:48.82 ID:B+Co3zNT0
どうやら、プロデューサーから連絡があったようで

私をお出迎えしてくれたようだった

その蘭子ちゃんはどうせならと、女子寮の案内を申し出てくれた

「ふむ……しなやかなる肢体はまるでヴァルキリーのようだ(楓さん、スレンダーでカッコいい……)」

「あ、ありがとう……嬉しいわ」

これはきっと褒めてくれているのよね?

391: 2018/01/18(木) 19:35:43.24 ID:B+Co3zNT0
最後に部屋まで案内してもらい、今日はこれでお別れとなった

「先達なる我に何でも頼るとよかろう(わからないことがあれば何でも聞いてください!)」

「ありがとう蘭子ちゃん。それじゃあ、おやすみなさい」

ぺこりとお辞儀をして、蘭子ちゃんが去っていく


今日は疲れてしまったし、シャワーを浴びて寝ちゃいましょうか

部屋にあるベッドもふかふかだし、ゆっくり眠れそう

シャワーを浴びた私は、今日起きたことを考えることもなく、泥のように眠りについた

392: 2018/01/18(木) 19:44:16.34 ID:B+Co3zNT0
朝、身支度を整えた私はロビーで新聞紙を手に取った

プロデューサーが来るまでの時間つぶし、そう気軽に思ったのだけれど

「なに、これ……」

思わず声が出る

記事の内容がどれも見たことがないことばかりだ

それにテレビ欄も知らない番組ばかり

……そして私は知ることになる

「私が生まれる前の年号……?」

悪い冗談だと思って、何度も見て、擦ったりしてみたけれど、それは変わることはなかった

393: 2018/01/18(木) 19:54:20.29 ID:B+Co3zNT0
私は迷子になってしまった

知らない時代で、知らないところで

帰れるお家がない迷子になってしまった

友達も両親も、だーれもいない

「お父さん、お母さん……」

ぽつりと声にだしてしまうと、もう駄目だ

疎外感が、寂しさが、胸をきゅっと締め付ける

394: 2018/01/18(木) 20:04:35.99 ID:B+Co3zNT0
「どうしたんだ?」

「プロ、デューサー……」

私の恩人の声が聞こえた

どうしてか、この声を聞くと安心してしまう

異性に対する恋慕なのではないけれど、何故か甘えても良いような、そんな感じ

「話は車の中で聞こうか、立てるか?」

そう差し伸べられた手はごつごつとしていて、とても温かかった

395: 2018/01/18(木) 20:10:59.63 ID:B+Co3zNT0
「ということは、君は未来から来たと?」

「そう、みたいです……」

身分証もないし、なんの証拠も提示できませんが

「嘘じゃないみたいだな」

私は頷く

これが嘘であったのならば、起きて覚める夢ならばどれだけ良かったか


397: 2018/01/18(木) 20:26:30.30 ID:B+Co3zNT0
どうしたらいいんだろう

帰りたいけれど、帰る手段もわからない

一応は生活できる状態になったと思うけど……

ちらりとプロデューサーを横目で見る

うん、私だけで抱え込むと頭がおかしくなってしまいそうだし

この人にもいっぱい話して相談して、私をもっと知ってもらおう

私を知らない人しかいないなんて辛すぎるから


398: 2018/01/18(木) 20:43:04.20 ID:B+Co3zNT0
「スカウトしたからには最後まで面倒見るからさ、だから……そんなに悲しそうな顔をしないでくれ」

そう言ったプロデューサーの顔は真剣そのもので

「……ありがとうございます」

今は何とかして生きよう

アイドルとして頑張って、いつか帰れる日まで

「よし、気持ちを切り替えます」

ぱしっと軽くほっぺを叩いて気持ちを切り替える

前を向いて今と向き合っていこう

399: 2018/01/18(木) 20:53:54.43 ID:B+Co3zNT0
今日は事務所の案内と、私の日用品の買い出しに付き合ってくれた

女子寮に帰ってきたのは夕方過ぎ

私が帰ってきた少し後に、蘭子ちゃんもお仕事が終わったようで

プロデューサーを見送った私は蘭子ちゃんに声をかけた

「お疲れ様です、蘭子ちゃん」

「闇に飲まれよ!(お疲れ様です)」

いちいちポーズをとるところがたまらなく可愛い


400: 2018/01/18(木) 21:02:48.42 ID:B+Co3zNT0
「今日の戦果はどうだったのだ(今日は何をしていたんですか?)」

「事務所に顔出しと、日用品の買い出しに行ってたの」

昨日よりかは何を言っているのかがニュアンスでわかるようになっている

「おお、我と肩を並べる同胞たちはみな歴戦の猛者よ(みんな良い人ばかりですよ)」

「ええ、そうみたいね」

わくわくとした表情で、蘭子ちゃんが続ける

「貴殿も早く我と共に戦場を駆けようぞ(早く楓さんと一緒にお仕事したいな♪)」

そのときはよろしくお願いします、蘭子先輩♪

401: 2018/01/18(木) 21:10:30.24 ID:B+Co3zNT0
新しい環境に慣れるため、とにかくがむしゃらにレッスンとお仕事に没頭した

お仕事をしている時は悩みも忘れることができるし

辛いレッスンも、仲良くなった皆と乗り切ることができた

この知らない所での生活がもう少しで一年というある日のこと

「神社でのお仕事ですか?」

「ああ、元旦での神事があるんだが、それに関する仕事みたいだ」

「神々への奉仕か、たまには悪くない(縁起が良さそうなお仕事ですね♪)」

蘭子ちゃんは闇属性じゃなかったみたい

402: 2018/01/18(木) 21:20:15.24 ID:B+Co3zNT0
「明日、そこへ下見に行くからよろしくな」

「わかりました」

私と蘭子ちゃんが返事をする

「ふむ……聖なる衣を用意するべきか(白いお洋服のほうが良いのかなぁ……)」

「蘭子ちゃんの着たい洋服で良いんですよ」

白い天使みたいな衣装の蘭子ちゃんも素敵だったから、どちらも見たみたい

……ふと思い返してみると、私がここに来る原因も神社だった

少しの胸騒ぎがしたけれど、気のせいでしょう

403: 2018/01/18(木) 21:25:34.05 ID:B+Co3zNT0
そして下見当日

昨日の胸騒ぎが消えないまま、朝がやって来た

「煩わしい太陽ね(おはようございます)」

「おはよう、蘭子ちゃん」

あら、今日はふわふわの白いコートがとてもお洒落

「おはよう二人とも。それじゃ行こうか」

プロデューサーに挨拶を返し、車に乗る

今日は何も起こらなければいいのだけれど……


404: 2018/01/18(木) 21:36:08.29 ID:B+Co3zNT0
「ここがその神社ですか」

ここは……この神社は……

「ああ、長く続いている神社みたいだ」

奇しくも、お仕事で呼ばれた神社は私がここにくる原因を作った神社だった

「楓さん……? 気分悪いんですか?」

私を心配してか、蘭子ちゃんが声をかけてくれた

「ううん、大丈夫。ほら、行ってみましょう」

言葉では強がったけれど、蘭子ちゃんの手をぎゅっと握った

405: 2018/01/18(木) 21:48:00.33 ID:B+Co3zNT0
階段を上ると、あの時の記憶が鮮明に蘇る

体が震え、ぞくぞくと背中に何かが這う

大丈夫、今は蘭子ちゃんもいるしプロデューサーもいる

すぅ、はぁ……

深呼吸を何回かすると、気分が落ち着いてくる

「宮司さんに挨拶してくるから、ベンチで待ってて」

「はい、わかりました」

うん、大丈夫。落ち着いた

406: 2018/01/18(木) 21:53:50.44 ID:B+Co3zNT0
「ふぅ……太陽神の輝きが身を癒す(今日はぽかぽかしてますねー)」

「ふふふ、そうね」

今日は日差しが暖かくて、実に気持ちが良い

「ふむ、ネクタルを創造するか(私ジュース買ってきます)」

「転ばないようにね?」

ぷくりと頬を膨らませて、子供じゃないもん! と蘭子ちゃんが駆けていく

……あ、一人になっちゃった

境内はしんと静まり返って、私だけが取り残されてしまったみたいな感覚

407: 2018/01/18(木) 21:59:34.87 ID:B+Co3zNT0
ひゅうっと風が頬を撫でる

とても、とても冷たい風が吹いている

それがどんどんと強くなっていって……

「きゃっ……楓さん!」

蘭子ちゃんが異変に気付いて、こちらへ向かおうとする

「来ちゃ駄目。私は大丈夫だから」

取り乱すと思っていたけれど、不思議と私は落ち着いていた

あの時と同じようなことが起きている。そう確信した

嵐のように吹く風が、私の体を包んでいく中、蘭子ちゃんの心配そうな声が聞こえる

408: 2018/01/18(木) 22:06:45.62 ID:B+Co3zNT0
「蘭子ちゃん、今までありがとう」

ここでできた私の大事なお友達

周りがなにも見えなくなっていく

最後に聞こえたのは、蘭子ちゃんの鳴き声だったのだろうか

ああ……あんなに良い子を泣かしちゃった

その鳴き声も聞こえなくなってから、そんなことをふと思った

409: 2018/01/18(木) 22:14:23.44 ID:B+Co3zNT0
風が吹き止んだ

懐かしい空気と見慣れた風景、だけど

辺りを見渡しても誰もいない

蘭子ちゃんもプロデューサーも

きっと私は帰ってくることができたのだろう

けれど……

蘭子ちゃんとプロデューサーの顔が頭をよぎる

「きちんとお礼……言いたかったな」

帰ってこれた嬉しさよりも、あまりにも唐突な別れに

だれもいない境内で、私は静かに泣いた

410: 2018/01/18(木) 22:21:33.98 ID:B+Co3zNT0
目を赤くしたまま、私は家路へと向かう

帰ると普通に両親が出迎えてくれた

あら? 向こうに一年近くいたと思ったのに……

「おかえり」

懐かしく思う父の声

……そうか、お父さんの声に似ていたんだ

お世話になったプロデューサーの声と父の声が重なる

「ただいま、お父さん」

そして、帰ってこれたという実感と、家に帰れた安心感で

私は涙をこらえながら、挨拶を返した



おしまい

411: 2018/01/18(木) 22:24:47.33 ID:B+Co3zNT0
読んでくれた方に感謝を
今日はここでおしまいです

風呂敷をたためなくなって長くなってしまいました
あと、短く書き上げた時に手を抜いているとかはないので、ご理解してもらえると助かります
それではおやすみなさい

引用: 【モバマス】楓さんで安価