428: 2008/12/27(土) 19:01:51 ID:aWQsHYWm
**

分かりやすく、噛み砕いて、それとなく。
胸のうちにある愛情を伝えると、彼女――坂本美緒は決まってこう答えた。

「月が、綺麗だな」

窓の外に浮かぶ月を見ながら、いつもそうやって逃げていく。
もっと何か追撃を仕掛けようと思ったのだが、彼女が言うとおり月が綺麗なので、いつもそこで黙ってしまう自分がいた。

月はいつも、大体なんとなく綺麗である。

ミーナ・ディートリンケ・ヴィルケはそんなことを思いながら、月明かりに照られる彼女のことを見つめるのだった。



468: 2008/12/28(日) 04:42:31 ID:qbIqm3Un
どうもお久しぶりです。エルマイラ投下します。
―――

静かだわ、と。エルマはぽつりと思った。
スオムスの空は今日も、今にも雪が降りそうなほどに厚い雲が垂れ込んでいる。

もうすぐ4月だというのに、この北欧スオムスにはいまだ春の気配はない。だってこの雪が解けるのは
まだ1ヶ月以上先なのだ。今はまだその時を待つ我慢の季節。眼下に広がる景色は雲を通して淡く届く
陽光に、鈍い光を放っていた。白、白、白。どこまでも続く、白。晴れた日であれば蒼い空と白い雪のコン
トラストがこの上なく美しいが、このような天気だと風の冷たさもあいまってどこか気も滅入って来てしまい
そう。

(いけない、いけない。)

ぱんぱんと頬を手袋の付いた手ではたく。そしてこんなことで気を滅入らせている場合ではない、と
自身を鼓舞して再び、どこまでもどこまでも白が続くばかりの景色に目を凝らして。
川の向こうにある異形の土地はどこまでも遠く、障気に覆われて黒ずんでいる。かつては緑の美しい
森林がそこに広がっていたのだろうけれど、エルマはその景色を知らないのだった。だってエルマが
ストライクウィッチになるずっとずっとまえから、あそこはそんな土地だったのだから。

この国境線の川をまたいでやってきた2月のネウロイの大規模な侵攻の爪あとは雪の下にすっかり
埋められてもう何も見えない。北の大地をすっかり覆う白い雪は不意に訪れたその脅威さえも吹雪の
たった一晩でかき消してしまうのだ。吹雪の後はどこまでも遠く遠く続くような、蒼い蒼い快晴の空。
そんな景色を見ながら空を飛ぶのが、エルマはとてもとても好きだった。残念ながら今日はこんなにも
雪が降りそうな曇天だけれども。

目を細めて地上を見る。かつて何度も繰り返したプロセスどおり、キツネ一匹見逃さないように。ネウロイ
との戦いが本格化してくる前からずっと変わらない、いつものルート。違うことといえば、以前は陸軍の
スキー兵が自分と同じように偵察にやって来ているのを幾度か見かけたものだが、今となってはからっ
きしである、といったところだろうか。なにしろ、ネウロイとまともに戦うことが出来るのはこの世でたった
一握り、このスオムスでも三個中隊分しかいない機械化航空歩兵──ストライクウィッチの少女たちだけ
なのだから。ストライカーに比べてお世辞にも機動力が高いとは言えないスキーや徒歩で偵察を行って
いては、ネウロイの格好の餌食になる。そこでむざむざ貴重なストライクウィッチを余計に出動させる
わけには行かない、というのが軍の意向なのだろう。

しずかなしずかな、空だった。
(まるでこの後嵐が来ます、とでも言いたげなほどだわ)
そうエルマは思う。もちろんそれはたかが"虫の知らせ"のようなものでしかなくて、恐らくはエルマも
切ないくらいに自覚している自身の臆病さからのものだと思われたのだけれども…なんとなく、いても
たってもいられなくなった。管制室からの情報では、今日はネウロイは現れないだろうという予測が
なされていた。あの、志向があるのかさえ分からないネウロイに休息などという概念があるのかはわから
ないが、どうやらネウロイの出現には一定の周期がある、との判断が固まったらしい。
それでもエルマは自分の目で確かめて見なければ気が済まなくて、気が付いたら智子のもとまで行って
偵察に出かける許可を求めていた。それが確か、三時間ほど前の話。

(行かせてやればいいじゃないか。それで気が済むなら)

だから心配しなくていいのよ、と、兼ねてから心配性の自分に呆れて果てている節のある中隊長の言葉
をきいてしゅんとしていたエルマの脇に突然現れて、そう言ってさっさと立ち去っていったビューリングを
思い出し、心の中でありがとうと礼をする。彼女ときたらそうしてよく助け舟を出してくれるのに本人は
毎度その舟を川岸に放置したままふいとどこかへ消えていってしまう。


429: 2008/12/27(土) 19:02:36 ID:aWQsHYWm
**

もしかしたら、彼女のなりの優しさで、仕方なく話を逸らしているのだろうか。
弾の発注だの何だの、いちいち面倒だなと思う書類に目を通しながら、そう思う。
もう何度目だろう。ため息をつくと、紙束の上の紙が、何枚かひらひら飛んでいった。

「そんなに息、荒くなかったと思うんだけど」

はあ、とまたため息をついて立ち上がり、落ちた紙を拾う。
悪気なく飛んでいった紙にまで喧嘩腰になるなんて、どうかしていると思う。そもそも書類の前で盛大にため息なんか吐いてしまった自分が悪いのに。
いや、だが。
ヤキモキする胸を一発ドカンと叩いて、平静を装う。結構痛い。
誰もいないのだから少しは平静じゃなくてもいいと思うが、こういうのは何気ない緩みから大変なことになっていくものなのだ。
同郷の戦友であるゲルトルート・バルクホルンの口調を借りるつもりはないが「一に規律、二に規律」なのだ。狂った歯車を戻すのが容易でない以上、普段からきちんとしておくべきである。
自分に言い聞かせるようにして念じてから、紙を持って立ち上がる。

もう大丈夫。

そう思ってまた作業に入ろうとしたとき、慌てたように慌しいノック音が聞こえてきた。

「入るぞ」
「……言葉と行動が同時だったように思えましたけど、バルクホルン大尉」
「すまん、ちょっと急いでいたから」

最近少し角が取れてきたとはいえ、彼女はもともと真面目で冷静なのだ。特に規律にはうるさく、こちらから返事をする前に特攻を仕掛けてくるなど、本当に珍しいことである。

もしかして、何か緊急事態なのだろうか。

身構えるミーナの雰囲気を察してか、バルクホルンは手を上げて「違う違う」と言った。

「別に何かあったわけじゃないんだ」
「でも急いでいるって」
「いや、急いではいる。慌ててきた。でも、世間はいたって平和だぞ。まあ平和じゃないけど、つかの間の平和というか」

もともと話すのが上手じゃないのに無理をするものだから、何が言いたいのか分からなくなってくる。心なしか話の流れすら変わってきた気がした。

「まあ、平和はいいとして。どうしたの?」
「あ、そうだそうだ」

話がすっ飛んでいく前に手繰り寄せると、バルクホルンも思い出したように手を叩いた。案の定、熱弁に集中してしまって、本題がどっか別次元へ飛んでいったようである。彼女の一生懸命のベクトルは、放っておくとどっかに飛んでいくから困り者である。
そういう訳で、やっと元に戻った話題の前に一呼吸置いてから、バルクホルンは口を開いた。

「前に、月がどうとか言ってただろ?」
「月?」
「そうだ。坂本少佐がいつもそういう、と。月が綺麗だ、と」

目を見開いて驚くと「忘れたのか?」と、バルクホルンのほうも驚いたような顔を見せる。
本当身に覚えがなかった。
もしかしたら、自分でも思いがけずつぶやいていたのかもしれない。そうだとしたら、悩みは意外と深いところまできているのかもしれない。
自分の意外な心理状態に驚いているミーナを他所に、バルクホルンは一つ咳払いをする。
一体なんだ。
キョロキョロと辺りを見渡し、どうにもこうにも居づらそうな表情であった。

430: 2008/12/27(土) 19:03:41 ID:aWQsHYWm
「ここから先は、私の趣味の範疇だ。聞き流してもらっていい。他意はないし、誰かに頼まれたって訳じゃない。私がなんとなくこの驚きと文化の違いに感銘を受け、それを誰かに話したいが為にここにやってきて話している、それだけだ」
「はあ……」

一言も二言も変な付けたしをするバルクホルン。
全く話が読めないミーナは、相槌すら満足に打てないでいた。

「宮藤がどうにも何か引っかかっていたらしい」
「宮藤さんが」

彼女がどうこうというより、いたるところでブツブツ何か言っていた自分に驚いていた。どれだけ無意識に変な事を言っているのか。正直恥ずかしかったりする。

「ミーナ?」
「あ、ああ。何でもないわ。続けて」
「そうか? まあ、とにかく。それからずっと考えていたらしいんだが、この間引っかかっていた原因を思い出したらしい」
「何だったの?」
「ヤクだ」

一瞬『薬』の方かと思い、ぎょっとする。まさか美緒がそれとなくくすり云々の伝言を伝えていたのか、まさか軍部が――などと秒速で色々な事を思案してしまう。
ミーナの動揺はバルクホルンにも伝わったらしく「語訳のほうだ!」とツッコミを入られた。

「扶桑の学校で習ったらしい。まあ習ったというより、教師側からの雑談というか。そうだから記憶には残っているものの、あまり思い出せなかったとか」

聞いたことはあるが、そこまで深く意識して聞いていないと、中々思い出せないことはある。
大抵そういうときはモゾモゾしたくなるほど、気持ち悪いという衝動に駆られる。思い出すまでの間、宮藤には申し訳ない事をした、とミーナは思った。

「扶桑は変った文化があるというか……島国だからか、ネウロイの侵略がそこまでなかったからなのか。少し妙な価値観があって」

いつの間にか目の前にまで来ていたバルクホルンが、「要らない紙あるか?」といつの間にか手にしていたペンを片手にそういう。
ミーナは慌てて机から白紙の紙を一枚取り出すと、バルクホルンはさらさらと何か書いている。そして書き終わると同時に、ミーナに見やすいよう紙を反転させた。
書かれていた一文に、目を丸くする。

「『月が綺麗ですね』って訳すんだそうだ。扶桑でいうところの『奥ゆかしさ』なんだろうな。私にはよく分からない。これ伝わるのか?って正直思う。宮藤も、今時こんなふうに言う人なんて――ただの変わり者かロマンチストだって言っていたよ」

網膜に焼きついた情報が、脳まで到達するのにこれほど時間が掛かるとは。

431: 2008/12/27(土) 19:04:45 ID:aWQsHYWm
驚いて何もいえない代わりに、ミーナはバルクホルンをみる。
彼女は困ったように、笑っていた。

「変ってると思わないか?」
「ええ、そうね。こんなの、分かるわけないのに」
「昔は分かったらしい。いや、こう訳せと言った人間だけかもしれないが」

ああ、ややこしい。つくづく思う。
本当に、なんてややこしいんだろう。
こんな事を言った美緒も、わざわざ変な言い訳までして教えてくれたバルクホルンも。
みんなみんな、ややこしい。

どうしようもない人たちばかりだった。

「ありがとう、トゥルーデ」

部隊長という肩書きを外して、彼女の愛称を呼ぶ。
彼女はバタバタ慌てた後、咳払いを失敗して本気で咳き込んでいた。

「げっほごほ! いや、大したことじゃない。面白い話だと持ったから、話しただけだ」
「そうね。『豆知識』をありがとう。今後の知識の肥やしにでもするわ」

微笑を返すと、彼女も照れくさそうに笑い返してくれる。
そしてもう用はないと言わんばかりに踵を返すバルクホルンの背中に、もう一度御礼を言った。

「ありがとう」

彼女は振り向かない。
返事の代わりに、バタンとドアが閉まった。

部屋にはミーナと、バルクホルンが説明の為に書いた髪だけが残される。

「今日は曇ってるわね……」

ちらりと見えた窓に向かってそう呟く。
今日も月が綺麗だといってくれるだろうか。

猛烈に会いたくなった人の顔を思い浮かべながら、不安交じりにそう呟いた。


432: 2008/12/27(土) 19:05:37 ID:aWQsHYWm
**

分かりやすく、噛み砕いて、それとなく。
胸のうちにある愛情を伝えると、彼女はまたこう答えた。

でも何がいつもと違うかといえば、彼女は今日、窓の外は見なかった。

「月が綺麗だな」

薄く微笑む彼女を前にすると、思わず泣きたくなる。
鼻の奥がツンと痛いのに、でも不思議と笑ってしまう自分がいた。

「今日は月、出てないわよ」

曇った空に、月は確認できない。
もっと違う事が言いたかった。別の何かが口から飛び出してきても良かった。
それでも舌に乗せた以上言葉は戻ってこない。
いつもと違う切り替えしだったミーナに驚いたようだったが、美緒はすぐに微笑んで、ミーナの頭に手を置いた。

「そうか? 私には、月が綺麗だって思えたんだが」

念を押すように、もう一度言う。
何かよくわからない防波堤が決壊したのを感じた直後、視界がゆっくり歪んでいった。

「私も、そう思っていたの」

机の中にしまった紙の事を思い出す。

昔扶桑で、この一文を「月が綺麗だ」とでも訳しておけ!、と言った人がいるらしい。

I love you.

今まで何度も、噛み砕いて、判りやすく愛情を伝えたつもりだったのに。
今、初めて、やっと伝えられたような気がした。



the end

433: 2008/12/27(土) 19:08:07 ID:aWQsHYWm
もっさんはロマンチストかもしれないとか思って
しかも昔I LOVE YOU を超訳した某人の話を思い出したら
まるでクリーチャーが如く書いてしましました。

でも早くから貿易していた扶桑的にはどうなんでしょう……?
色々至らないです
そしてもっさん出番少なすぎで申し訳ないです。
それでは失礼いたしました。

469: 2008/12/28(日) 04:43:07 ID:qbIqm3Un
だからエルマはいつも申し訳なく思うばかりだ。いつかまとめて礼をせねばならないと毎日日記にした
ためているのだけれど、その数はどんどんと増えていくばかり。出来ればおいしい料理でも振舞ってあ
げたいものだけれど、エルマにはビューリングの好みなど分からない。以前薄味でなければなんでも
いいと言っていたが、その『なんでもいい』というのは一番困る返答だ、とエルマはいつも頭を悩ませる
のだった。何かこの辺りで有名なものを、と思案するもまさか同国の人間でも顔をしかめるような隣国の
ニシンの缶詰だとか、あの不思議な味のする飴だとかを振舞うわけには行くまい。

びゅう、とひときわ強い風が吹いた。魔力で覆われているおかげでそこまで寒さを感じることはないけれど
、やはり強い寒風には体が強張る。…けれどもなんとなく、この震えは寒さのみに起因しているのでは
ないような気がしてならないのだった。時間にして数秒ではあったろうが、物思いにふけってしまった
自分を再び奮い立たせて、胸によぎる不安を打ち消すように白く続くばかりの景色を見やる。川のこちら
側はなだらかな丘が続いていて、その向こうには寒さにも負けず青々と茂る針葉樹林が広がっている。

ふと雲が切れて、押し殺されていた陽光がその小さな小さな切れ間から、エルマの背に降りかかった。
キラキラと雪が光る。青っぽい影を形作り、太陽に向かって目一杯光を反射する──

(…あれ?)

ふと、どきりとしたのは。
自分の進行方向に、雪の返すそれとは明らかに違う輝きを見つけたからだった。不思議な色をした銀色。
雪の鈍い青色とは異なった光。そして、それ以外のものもエルマは見てしまった。ぴしり、と体から音が
したような気がした。もちろんエルマ自身が板になったわけではないからそれは幻覚に過ぎないけれど、
そのくらい、エルマの体はがちりと固まったのだ。

(あれは……ラロスッ!!)

それは見慣れた、黒ずんだ飛行機のような機体だった。すぐに魔道エンジンの出力を上げて、そちらに
近づけば近づくほど状況が見えてくる。先ほど雲の切れ間から覗いた太陽はもうなく、先ほどまでと同じ
ような曇天が空には広がるばかりだったがもうエルマは見間違えるはずがなかった。人が、ネウロイに
襲われている!しかも子供だ!!
いち、に…かぞえるまでもない。淡い黄色味がかった銀色をした少女が、3機のネウロイに追われていた。
幸いにしてまだ攻撃は受けていないようで、器用にスキーを動かして逃げ惑っている。

「…"雪女"、こちら"ひばり"!!緊急事態ですっ!!」
「コールサイン」
ハッキネンの冷静な声が通信機に響く。そのやりとりに、エルマは以前も似たようなやり取りをしたことが
あるのを思い出した。けれどそんなことに構っている場合ではない。自分でも信じられないくらいの大声で、
エルマはマイクに向かって叫んでいた。

「そんな状況じゃありませんっ!人が……子供が、3機のはぐれネウロイに襲われているんですっ!!」

一瞬、あちら側からの言葉がなくなる。その間にも目の前で少女はラロスに襲われ逃げ惑い続けている
のだった。命令を待っている場合ではない。エルマは構わず機関銃を構えた。ラロスも少女も上空に
いるエルマには気付いておらず、丘の上をまるで競争しているかのように滑っている。

(落ち着いて、落ち着くのよエルマ、いつもどおり、訓練どおり、敵を狙って…)

どくどくと、心臓が情けなく音を鳴らす。狙いを定めようとしても手が震えて、上手く定まらない。だって、
だって、自分の狙う先には。

470: 2008/12/28(日) 04:43:40 ID:qbIqm3Un

(──ひばり、状況を報告しなさい)
耳に響いた冷静な言葉に、ひとまず息をついて自分の今いる地点を口にした。そして先ほどと同じ、
一般市民がネウロイに襲われている旨を報告する。その間も照準器を見つめ続け、エルマは引き金を
引くタイミングをうかがっていた。照準器に敵が飛び込んでくる。引き金を引こうとする。でも──出来ない。

だって、その先には自分が守らなければいけない対象がいるのだ。機械化航空歩兵であるエルマが
何よりも優先しなければいけない相手。スオムスの国民が。もし間違えて、あの少女に弾を当てて
しまったら?挙句の果てには、そのせいで彼女が命を落としてしまったら?きっともう、自分は立って
いられない。──想像すれば想像するだけ、気持ちは後ろ向きに行ってしまう。あなたには無理よ、
どうせ無理なのよ。心のどこかが諦めたような叫び声を上げる。でも逃げない。逃げちゃいけない。
今にもきびすを返して逃げ出したいほどの衝動に駆られていたけれど、エルマは負けるわけには
行かなかった。

(すぐに増援を向かわせます。──それまで全力で、その少女の保護に努めること。無理な対峙は
控えてください。それが貴官の任務です。分かりましたか?)
「……はいっ!」

──でも、やるしかないのだ。
確か今日、第一中隊や自分の隊の他の面々は機体の整備をするのだと言っていた。となれば、すべて
ではないにしても出撃できる機体はぐっと減ることになる。『すぐに』と、ハッキネンは言っていたがその
声は彼女らしくもない、微かな焦りを怯えていた。もちろんそれは長くカワハバ基地に身を置き、彼女の
言葉をよく聞いていたエルマだからこそ分かる機微であったろうけれども。とにかく、増援には期待しない
ほうがいい。だからハッキネンは『撃破』ではなく『保護』と言ったのに違いない。エルマ一人でラロス3機
を撃破することなど無理だと知っていたから。

(…守らなくちゃ。だって私は、ウィッチなんだもの)

そうだ、戦って、勝つことなんて考えなくていい。撃墜スコアを競うために自分はウィッチになったわけ
ではない。とにもかくにも、まずはあの子を助けなければ。そして、安全な場所に。──そのためには。
ぐい、と再びエンジンの出力を上げ、降下してラロスの脇に躍り出る。そして確実に少女に当たらない
方向、つまりラロスたちの横腹から機関銃の引き金を引いた。バババババ、と体全体に響く振動。射撃の
腕があまり良いとは言えない、更には実戦ともなると情けないほどになる自分では、まともに当てること
さえ難しいと、エルマはちゃんと知っていた。だからその攻撃でラロスが一体も落ちなかったのを見ても、
気を取り直して銃を構えなおす。大丈夫、こうなるのは分かっていた。私はネウロイを撃墜するために
放ったのではない。

「そこの子ーーーーっ!!聞こえてますかあーーーーっ!!」

突然の攻撃に、予想通りラロスたちがひるんだ。その隙にエルマは眼下の少女に叫びかける。そこでは
すでに少女が顔を上げてこちらを見ていた。ちらちらとラロスの様子を見やりながら、エルマは更に
告げる。

「森のほうに向かって!!全力で!逃げて!私もすぐに行きますからっ!!!」
「ウ、ウン!!」
頷いた少女が突然目を見開いた。そして見開いて、叫ぶ。

「あ……!!ねーちゃん、右に避けてえーーーっ!!」

471: 2008/12/28(日) 04:44:10 ID:qbIqm3Un

続いた言葉にびくりとして、考える間もなく体をそちらにやった途端、そのエルマの体のすぐ左横をラロス
の放った機銃弾が掠めていった。驚いて振り返るとやはり大したダメージは与えていられなかったようで、
ラロスが3機とも体勢を立て直してこちらに照準を当てるかのように機首を向けていた。これでは少女を
逃がしている暇はない。それはおろか、自分も無事でいられるか分からない。…けれど、まだしばらくは
増援の期待も出来ない。

(戦わなくちゃ…ううん、守らなくちゃ。私が、ちゃんと)

手をぎゅう、と握り締める。手袋越しでも、汗がにじんでいるのが分かる。自分はウィッチだ。シールドが
あるから、多少の攻撃を受けても無事でいられる。けれどあの銀髪をした少女は違う。よく見ると微かに
黒い毛が混ざっているように見える少女は単なる一般市民だ。身を守る術など無い。ならば、いまする
べきことはまず一つ。

「スキーを脱ぎ捨ててくださいっ!!今そっちに向かうから、私に捕まってっ!!」

ラロスに向き直って、もう一度。機関銃を撃ち放つ。先ほどに比べたら当てることが出来たようだけれど、
単機での戦闘経験は皆無に等しいエルマにとって一人の空は恐ろしく大きく、敵は多勢の上強大で。
体の震えが止まらない。懸命に押さえつけようとしても、どうにもならない。けれども自分がやらなくては
いけないのだ。いつものように誰かの影に隠れて、おこぼれに預かるように後ろで震えていることなんて
できない。エルマの背に目はないから視界には入っていなかったけれど、体はしっかりと感じていた。守る
べき相手がそこにいる。自分でなければ誰がやる。

機関銃を撃ち放ち続けながら、エルマは急降下して少女のほうへ向かった。そして手を伸ばす。チャンス
は一度きりだ。これを逃したら、再び体勢を持ち直すのには相当の時間が掛かる。けれど少女のほうを
見やっている暇もない。どうか上手くいきますように──

先ほど少女がいた地点辺りに来て、エルマは内心祈りながら空いた左手を動かして少女の姿を探した。
──しかし、手は空を切るのみ。どうして?なんで?私、もしかして場所を間違えた??どうしよう、私の
せいだ。自分の犯した失敗の情けなさに涙がこぼれそうになった、そのときだった。

「泣かないで。ここにいるよ、ちゃんといるから」

背中にふわり、とした重みを感じた。ぎゅ、と首に手を回されて、おんぶをしているかのような様相になる。
耳元で囁かれてようやっとエルマは少女が自分の背にいることを知った。けれどどうしてか少しも重く
ない。むしろ軽くなったようにさえ感じる。…どうして?不思議に思ったけれどもしかし、それを気にして
いる暇を『敵』が与えてくれるはずがない。ぼんやりとしていたエルマに、鋭く少女が叫んだ。

「ねーちゃん、左ッ!」
「ひだり?」
「いいからそっちに避けてっ」
「は、はいっ!!」

疑問に思っている暇はない。だって少女ときたら次々に指示を飛ばしてくるのだ。エルマはただそれに
従って動くだけ。…けれどそのうちに、あることに気が付く。

「次、うえっ!!」
「はい!!」


472: 2008/12/28(日) 04:44:42 ID:qbIqm3Un

少女の言うとおりに避けると、どうしてだろう。先ほどと同じように、避ける前にエルマがいた場所を正確に
ラロスの攻撃が過ぎっていく。だから不思議と被弾することがない。
少女はまるで、敵の攻撃を先読みしているかのようにエルマにそれを伝えて来ているのだった。どうして。
小さく呟く。けれど、それに答えている暇も少女には無いようで。ぎゅう、と少女がエルマの肩を手でつかむ
。情けなく震えている、その肩を申し訳なく思う。けれど直後にはっとした。だって、少女の手もまた同じ
ように震えていたから。当たり前だ。一般市民がこんな間近でウィッチの戦いを見ることなんて無い。怖く
ないはず、無いのに。
それでも少女は臆することなく、エルマに指示を飛ばすのだった。

「次来るよ、下ッ!!」
「う、うん!!」
「右斜め上来るよ、撃って!!」
「…はいっ!」

言われたとおりに機銃を構える。震える指。心臓が大きく音を鳴らす。けれどそこに敵の姿はまだない。

「む、むりよ…当たらないわ。だってそこにはなにも…」
「大丈夫、絶対当たる。ちゃんと全部、"視えてる"」

ぎゅう、と後ろから小さな体がエルマを抱きしめる。耳元でもう一度、少女が呟いた。

「大丈夫。絶対大丈夫。怖がらないで。私を信じて」
「でも、」
「ねーちゃんならできる。信じてるから」
「……しんじ、てる…」

信じてる。その言葉にほわんと胸の奥が熱くなったのを感じた。どうしてだろう、『絶対大丈夫』、そんな
感覚が体中に広がっていく。銃を構える。不思議といつもよりずっと安定している。ストライカーの調子も
すこぶるよく、何でも出来そうな心地。こんなに寒い冬の日なのに、どうしてかひどく背中が温かい。
――そう、少女のいるそこから、魔力が直接流れ込んでエルマに力を与えてくれているかのような。

できる。今の私なら。
確信めいた気持ちで、エルマは目を見開いた。構える先は全くの虚空。3機のラロスはどこにいるの
だろう?──でも、そんなことは今はいい。大丈夫。信じよう、この子を。信じよう、私を。

「いっけええええーーーー!!!」

少女の叫ぶのと同時に機銃の引き金を引くと、すぐ目の前にラロスが躍り出た。





ゆるゆると降下して、ぼふり!柔らかな雪にダイブするようにして着地する。疲れ果ててはいるが、エルマ
も少女も、体には傷一つない。

空からキラキラとした、ネウロイの破片が雪のように降って来た。いつの間にか雲はとぎれて、曇天の
はずだった空から、筋のように太陽の光が差し込んで来ている。まるで昔絵本で見た光景のよう。
天使のはしご。そう、確かその絵本ではこの景色をそんな風に呼んでいたっけ。

「…あの…大丈夫?」

473: 2008/12/28(日) 04:45:13 ID:qbIqm3Un

年の頃にして10つくらいだろうか。先ほどまでエルマの背の上で共に飛んでいた少女は今、不時着に
備えるために前から抱き締めた、その格好のままでエルマの胸にしがみついている。スオムスの軍服と
よく似た色をした水色の上着を羽織って、金髪を薄く薄くしたような、銀色の髪をして。そして、髪の一部が
黒く逆立っていて──
そこでようやっと、エルマはあることに気が付いた。いや、むしろ今までどうして気付かなかったのか、
ということにが不安になるくらいに、それは明白だったのだ。

「あなた、ウィッチなの?」

尻の辺りを見やると、犬のそれよりもふさふさとした、先の白い黒いしっぽがある。そして頭にすっくと
立っているのは、やはり犬のそれよりも幾分か長い、黒い二つの獣の耳で。つまりそれは、この少女が
魔女の力を持ったウィッチであることを示していた。
がくん、と少女から力が抜けたのを感じ、エルマは慌ててそれを抱きとめる。同時にしゅるりと頭から耳が
消え、傍らに犬のようでいて犬ではない、黒ずんだ獣が現れた。主人に寄り添う犬のように、獣は少女に
顔をこすり付ける。

「ねえ、どうしてあんなところにいたの?ここは国境近くだから危ないって、お母さんに言われなかった?」

先ほどから自分は質問ばかりだ。それでも少女が何も答えないものだから、エルマは質問に質問を
重ねていくことしか出来ない。困り果てて、ひとまずぎゅう、と少女を抱きしめた。もしかして先ほど敵の
攻撃を先読みしたような発言をしていたのも、もしかして彼女の能力だったのだろうか。

(だとしたら、すごいことだわ)

だって、ウィッチの中でも特殊能力を持つものがそもそも稀なのだ。少なくともエルマはその類のウィッチに
はまだ、一人もあったことが無い。遠く、つらい戦いの続いているカールスラントにはそんな優秀なウィッチ
が数多くいるというが、この北欧の田舎ではウィッチとなるだけの魔力を持つことさえ貴重なのだから。
その特殊能力が、例えば敵の動きを先読みできる類のものなのだとしたら──そうしたら、全然怖くない
わ。確かエルマはかつて、そんなことを思ったことがあった。人一倍臆病な自分でも、そんな能力があれ
ば怖くないのに、と。もちろんそんな力があればそもそも怖がりなどではなかったのかもしれないけれど、
それは大した問題ではない。

この子はきっと将来、このスオムスを背負って立つような、そんなストライクウィッチになる。
そんな確信めいた気持ちが、エルマの胸によぎった。それはただ単に彼女の特殊能力からのみ判断
したのではない。あの背中から感じた、強い強い力。他人にまで影響を及ぼすような強大な魔力の証。

それよりも、なによりも。

手を伸ばして、まっすぐなストレートの長い髪をゆっくりと撫でる。微かにいまだ、震えているその体。
怖かったに違いない。怖くなかったはずが無い。それでも、怯える自分を勇気付けてくれた。「大丈夫」と
囁いて「信じて」と呟いて。そして、「信じてる」といってくれた。『いらん子』などと言われて皆から笑われて
ばかりだった自分を、初対面でこんなにも信頼してくれた。そのことがエルマは嬉しかったのだ。

ぼそぼそと、胸のところで少女が小さく何かを呟いた。じんわりと熱いものがこみ上げるのはきっと、
少女の涙で衣服が濡れているせいだけではない。そのつぶやきは小さな小さなものだったけれど、
しっかりとエルマの耳に、心に、届いていた。
(ありがとう)
もしかしたらウィッチとして初めての、自分に対するまっすぐな感謝の言葉。自分がこの小さな女の子を
救ったという証。この世のどんな勲章よりもずっとずっと意味のある、最高の名誉。

474: 2008/12/28(日) 04:45:44 ID:qbIqm3Un

「ありがとう──」
少女が顔を上げて、もう一度感謝の言葉を述べる。何かを言いかけて淀んだのを見て、エルマはにこ、
と笑って恐らく彼女の望んでいる言葉を返した。
「私の名前はエルマ。エルマ・レイヴォネン。スオムス空軍中尉──ストライクウィッチです」
ねえ、いつかもしかして、あなたも私と同じ空を飛んでくれるかしら。そんな未来が、あなたには見えますか?

届くはずは無いけれど、そんな気持ちを込めて語りかける。少女と自分が着ている衣服を見ていると、
まるでスオムスの蒼い空が白い雪の上にちょこんと乗っかったようだ。それはエルマの、とてもとても
大好きな景色で。

「ありがとう、エルマ」
「あの、あなたの名前は──」
「エルマ中尉~~~~!!!」

少女の名前を尋ねようとした瞬間、元気な声が、空から聞こえた。見やるとそこにはぶんぶんと手を
振っているキャサリンを先頭に、なぜか対のメンバーが全員集まっている。キャサリンに続いてウルスラ、
ビューリング。ちなみに智子はというと後ろのほうでハルカとジュゼッピーナに絡まれてじたばたしていた。

「みなさん!!」
嬉しくなって、エルマもキャサリンに負けないくらい大きく手を振った。腕の中の少女も一緒に揺り動か
されて、いつの間にか笑顔を浮かべていた。

「遅れてもうしわけなかったね。準備に手間取ってしまったねー。」
「…残機ゼロ。エルマ中尉3機撃墜」
「Oh!!さすがエルマ中尉ね!!見事全部撃破してしまったのね!」

ウルスラとキャサリンに手を出され、その手をとるエルマ。少女はというといつの間にかビューリングに
抱きかかえられていて、何が気に食わないのかじたばたと暴れている。なんだかおかしくてくすくすと笑う
と、少女は恥ずかしそうに口を尖らせてうつむいた。後ろではビューリングがなぜかひどく楽しそうな顔を
している。

「ありがとうございます、実は魔力使い果たしちゃって、へとへとで…ぇ」
「エルマ!!」
「エルマ中尉!!?」
「オーゥ!たいへーん!!」

お疲れ様。
今日一日は非番だったはずなのに、どこかげっそりした顔でいる智子のもとにたどり着いてそう言われた
ところで、エルマの意識は途切れた。
エルマ!!自分の名前を呼ぶ、自分の助けた、自分を助けてくれた少女の声だけが、エルマの耳の奥の
奥にまで確かに届いた。

475: 2008/12/28(日) 04:46:21 ID:qbIqm3Un





目を覚ましたらそこは見慣れた、基地の宿舎の天井だった。起きたか。その言葉とくゆるコーヒーの香り
で傍にビューリングがいることを知る。

「あのう、ビューリング少尉、」
「あのキツネ娘はエイラ・イルマタル・ユーティライネンというらしい」
「…はあ」
「10歳の誕生日を祝うために、家族で祖母のところに帰省していたんだと。どうも村のまじない師だとか。
 …まあ、先月の侵攻で帰るに帰れなくなって仕方なくまだここにいるのだとか言っていたが」

エルマの反応などお構いなく、どうやら送り届けるついでに尋ねておいてくれたらしいメモを読み上げて
いる。ああまたお礼を言わないといけないことが増えた。話を聞きながら、心のどこかでエルマは思う。

「『ありがとう』と伝えておいてくれと言われた。命の恩人だと。──良かったな」
「…はい」

がたり、とビューリングが席を立った。どうしたのだろう、と見上げると「ウルスラが外で人払いをしている
んだ」と肩をすくめる。寝込んでいる病人がいるにもかかわらず世話を焼きたい騒ぎたい連中が多くて
困る、と。眠っている自分の口に切ったりんごを突っ込まれたり、添い寝と言わんばかりにベッドに
潜り込まれていろいろされることを想像して、エルマの口から乾いた笑いが漏れた。常識で言えば絶対に
やらないであろうことだが、そんなものがこの部隊にないことは当初から周知の事実なのだ。

「おい、中尉が目を覚ましたぞ……と、わ、わ、うわあああ!!」

ビューリングが扉を開いた瞬間、まさに『堰を切った』ように何人もの人間が部屋に雪崩れ込んできた。
キャサリンやウルスラをはじめとした部隊の面々はもちろん、どうしてかアホネンやハッキネンまでいる
ことにエルマは目をぱちくりさせる。駆け寄ってきた彼女らに押しつぶされてビューリングが床で伸びて
いるのが人と人との間から見えて、不憫に思うと同時につい噴出してしまった。そういえばビューリングの
あんなにも慌てた声ははじめて聞いた気がする。みんなはそんなことはどうでもよいようで、一体エルマ
の見舞いに来たのかただそれに乗じて騒ぎたいのか分からないくらいにはしゃいでいた。智子やアホネン
やハッキネンに、りんごやらベリーやらをひっきりなしに差し出される。冷たいタオルと熱いタオルを順繰り
に頭に乗せられてどちらがいいのかウルスラとハルカがどうしてかにらみ合いをしている。キャサリンが
放った空砲がまた、宿舎の壁に穴を開けた。ジュゼッピーナはというと「パスタ作ってきーましたー」と果物
でいっぱいになった口の中にフォークを差し出そうとしてビューリングに後ろから止められていた。もう
何が何だかわからない。先ほどまでの静けさが嘘のようだ。──そう、静かな後には必ず、何か一波乱が
起こる気がするのはこんな光景を毎日目にしているからかもしれない。

どこかもう慣れてしまったその喧騒を穏やかに見やりながら、エルマはあの少女に思いを馳せていた。
いつか一緒に空を飛べるだろうか。一緒にスオムスを守ってはくれないだろうか。そんな淡い希望を、窓の
外の景色に乗せる。外は猛吹雪で、これではネウロイも襲ってはこれないだろう。皆がここに終結して
いるのも恐らくはそれが理由なのではないかと思う。それでも心配してくれていたことが、エルマはこの
上なく嬉しかった。嬉しくて嬉しくて、顔が綻ぶ。

「ありがとうございます。」

口にするのは、ありとあらゆる人への感謝。それはまだ欠片でしかないから、もっともっと形にして、伝えて
いかなければいけないけれど、とりあえず今は、これだけでも。
今も同じ空の下にいるあのダイヤの原石にも、届けばいいと願いながら。

その少女がその後ストライクウィッチとして志願し、スオムス随一のエースとなって世界をまたにかけ
活躍するのはまた、別の話である。

476: 2008/12/28(日) 04:50:04 ID:qbIqm3Un
以上です。
埋めの人は明日も予定があるので、別に埋め立てしてしまって構いません
というか埋めネタの続き誰かがかけばいいんじゃないかな

500: 2008/12/28(日) 17:53:33 ID:qbIqm3Un
※埋めエイラーニャ 絡みはないですごめんなさい 4レス


世界中できっと、誰よりもずっと。
幸せな場所が、ここにある。

ほら、君が奏でる音は、世界中で何よりも、私にとって大いなる福音。


年の暮れに行われる冬至祭のパーティは、外の寒さに身動きが出来ないフラストレーションも相まって
いるのだろうか、夏至のそれに負けないくらいに盛大だ。室内は盛大に飾りつけがなされテーブルには
大きなケーキとたくさんのご馳走。煌々ときらめく電灯に、誰の心も沸き立つよう。

年の暮れはとにかく目出度いことをとりあえず沢山詰め込んだようで、私たちの住むヨーロッパでは文化
の違いが大きくあるのにもかかわらずどの国でもやれどこかのお偉いさんの誕生日だとか、やれどこか
の気前の良いおっちゃんがプレゼントをくれる日だとかとごちゃ混ぜになってみんな好き勝手に一年の
締めくくりを盛大に祝う。逆に遠くはなれた扶桑とかだともっと静かにこの時期を過ごすようで、当初は
ひどく驚いた顔をしていたけれど『めでたいものはめでたいんだ』と主張したらそう言うものなのか、と
すぐに納得してくれた。
そうだ、せっかくの年の暮れ、誰が決めたのか、一年の終わり。そこで区切りをつけるんだから、今までの
ことなんてすっかり忘れて楽しく過ごせばいい。今年一年自分がどんな過ちを犯しただとか、どんな悲しい
ことがあっただとか、そんなことを考えていたらつまらない。なんにせよ、楽しいことを優先したほうが生き
るのは楽しいに決まってる。何かにつけて『何を考えているのか分からない』と周りに言われる節のある
私だけれど、行動理念なんて実はそんな単純なものなんだ。面倒で、説明なんてしないからたぶんだれも
しらないけれど。

…けれど、世の中そううまくはいかないことだってある。
それは、私たちの戦う相手はそんな祭りなんて全く知らない、この私にだって何を考えてるのか分から
ない、だから一緒に祝えるはずもない、そんな異形の怪物たちなんだから。


ミーティングルームに集っている仲間たちはもうすっかり出来上がっていて、その隅っこのソファで私は
ぼんやりとその光景を眺めていた。

この冬の祭りは私の国では、一大イベントとも言える重要な祭りだ。世界中の子供たちが楽しみにして
いる冬至祭──クリスマスのプレゼントを配るサトゥルヌス神ことサンタクロースは、私の国が故郷だと
伝えられているからだ。スオムスにいたころもこの日が来ると決まってひげもじゃで赤い服を着たおっちゃん
が基地にやってきて、私たちにおいしいお菓子や本と言ったなかなか面白いものや、新しいストライカー
ユニットや武器といった恐ろしく現実的なものを届けに来たものだった。もちろんその中身がその実空軍の
えらいおっちゃんだったり、どっかで見たことある顔だと思ったらマンネルハイムのじーちゃんだったりとか
したんだけれど。ちなみにマンネルハイムのじーちゃんから貰ったのは確か勲章だったな、うん。

スオムスではそんなクリスマスが普通なのだけれど、やはりここブリタニアまでなんかするとまた実情が
違うらしい。こうしてホームパーティを開いておおはしゃぎし、飲んで食べて騒いで眠り、目が覚めたら
プレゼントが枕元においてあるのだと聞いたときは坂本少佐のまねをして「けしからん!」と叫びたくなった
ものだった。サンタクロースもトントゥも現れないクリスマスなんて、なんて寂しいクリスマスだろう。

「眠くないか?」

501: 2008/12/28(日) 17:54:19 ID:qbIqm3Un

ジュースの入ったグラスを傾けながら、私は隣で私の肩を枕にしてうつらうつらしている子に話しかけた。
少し、と言う小さな呟きが返って来る。

「部屋で少し寝てル?」
「…大丈夫。」
「そっか。…あ、飲むカ?」

グラスを差し出すと、こくりと頷いて彼女がそれを受け取って飲む。喉が渇いていたんだろうか、半分くらい
残っていたジュースはすっかり空になってしまった。お代わりはいるか、と尋ねたら小さく首を振ったので、
私は空のグラスを持ったままそのままでいることにした。壁にかけられた時計を見やる。ああ、そろそろだ。
思った瞬間、きゅ、と手を握られた。どきりとする私。

「…エイラ、いいよ。みんなのところに行ってきて」
「デモ、」
「私、そろそろ哨戒の時間だから。…私の分も、楽しんできて」

ぱ、と離される手。立ち上がるその子。小さく笑顔を作ってそんなことを言うものだから、私はちらりと
みんなのほうに目をやってこちらを見ていないことを確認して、ずっと前から用意していた言葉を言った。
なんだかちょっぴり気取ってるけど、別に変な意味なんてないんだからな。絶対絶対、ないんだからな。
何度も何度も自分で自分にそう言い聞かせて。

「じゃあ行コ?みんなのことなんてほっといて、二人で夜の空を楽しもうヨ、サーニャ」

空のグラスをその辺りにおいて、笑ってサーニャに手を伸ばす。クリスマスイヴの夜に空を飛べるなんて、
サンタクロースと私たち以外に誰も出来ないよ、サーニャ。重ねてそう言ってやったら、驚いた顔で私を
見上げていたサーニャが「うん」と頷いて笑ってくれた。





「…ねえ、エイラ…」
私の傍らを飛ぶサーニャが、もごもごと濁すように呟いた。
「ん、ナンダ?」
私は返す。その拍子に、腕に取り付けた鈴がリン、リンと音を鳴らす。静かな夜の、澄んだ空気に溶けて
いく優しい音。スオムスのクリスマスではいたるところで、この綺麗な音色がハーモニーを作り上げていた
っけ、なんて思い出す。

「あの、なに、この服」
「サンタクロースの服。」
「…うん」

そんなの見れば分かるじゃないか、と言わんばかりに答えたら、ちょっぴり呆れたような言葉が返って
きた。私は至極真面目に答えたつもりだったんだけど、やっぱりスオムス以外では意味不明なことなのか
もしれない。

502: 2008/12/28(日) 17:54:49 ID:qbIqm3Un
そう言うサーニャはいつもの黒い服じゃなくて、私が渡した赤い服に白いファーをあしらった、いわゆる
『サンタクロース』の格好をしていた。頭には同じような帽子が取り付けられていて、その先っちょでは
白い雪のようなポンポンが揺れている。本当は長い長いひげもあったんだけれど、それは流石に飛行の
邪魔になると思って止めておいた。「サンタクロースの服が欲しい」と以前故郷にいたずら半分で打診
してみたら恐らくあの真面目な先輩辺りが本気にして、本当に送りつけられてきたものだ。
もっともあの人ときたら私がこちらに来てから全く成長していないと思い込んでいるらしく、今の私にとって
見たらずいぶんと小さめのサイズだったのだけれど。だから試しにサーニャに着せてみたら、これが
ぴったりで、しかも恐ろしくよく似合っていて。まるで私のためだけに小さなサンタクロースがやって来て
くれたような気持ちになってついつい顔がほろ込んでしまう。

「エイラのも、サンタクロース?」
「違うんダナ、これが。こっちはトントゥって言ってさ、サンタクロースの手伝いをする妖精なんだヨ」
「…サウナの妖精とは違うの?」
「同じだよ。トントゥはスオムスの山やサウナにいるんダ」

ふうん、と一つ息をついたサーニャが、かわいいね、と続けて笑う。何だか得意な気持ちになって私も
笑った。だってペリーヌやハルトマン中尉ときたらサウナの妖精のこと全然信じてくれないんだ。実際に
姿を見たことなんてないけれど、サウナの妖精はちゃんといるんだ。ちゃんと私がスオムスから頼んで
一人連れてきた。もしかしたら寂しがって、もう何人も連れ立ってきちゃってるかもしれない。そう考えると
ほら、なんだかわくわくしてくるじゃないか。

まるで海のように広がる雲は、月明かりを清かに反射してまるで昼間のように明るい。今日の天気は
曇りがちだったけれど、空の上はいつも晴れているんだ。年中無休で綺麗な月と星を見られる。多分
それもきっと、すごくすごく幸せなこと。

見えるか、と尋ねたら、サーニャはふるふると首を振った。ネウロイの気配はないらしい。ネウロイも
こんな日はゆっくり休んで、みんなでおいしいご飯を食べて騒いだりしてるんだろうか。そんなことはまあ、
ありえないけれど。そう言えばスオムスにいた頃一度だけ、クリスマスイヴにネウロイの襲撃がぶつか
ったことがあった。もちろん私たちはパーティの真っ最中で、ちょうどプレゼントを受け取っているところ
だったりして。
鳴り響いた警報に、私たちはそれぞれ口をケーキまみれにしたりチキンを口にくわえたりしながら出撃
したのだ。そのときの格好ももちろん、今と同じ赤い帽子に赤い服。スオムスの子供ならみんなする、
トントゥの姿だったっけ。

「…ラジオ、聞く?」

頭のアンテナを淡い緑色に輝かせながらサーニャが言った。二人で夜間哨戒に出掛けるときはいつも
そうしてラジオを聴いて、聞こえる音楽を二人で歌ったり、笑ったりする。かつては二人だけの秘密だった
けれども今では部隊のみんな、誰でも知っているサーニャの力。それはそれだけ、サーニャが部隊の
みんなに打ち解けたということ。

「今日はやめとこうヨ。それよりも、サ」

腕を頭の後ろに回してくるりと旋回すると、またリン、リンと鈴が鳴る。それが面白いのか、サーニャが
微かに微笑んだ。どうしたの?言葉を促すようにサーニャが言った。

「あのさ、私のために、歌ってくれないかな。──今日はラジオじゃなくて、サーニャの歌が聞きたいんだ」

503: 2008/12/28(日) 17:55:21 ID:qbIqm3Un

形のない、だからこそ無限大にきっと大きい、何よりものプレゼント。普段だったらこんなこと、恥ずかし
いし申し訳ないしでなかなか言えないけれど、今日だけは特別。だってクリスマスイヴだもの。何か
プレゼントをくれてもいいでしょう?サンタクロース。
耳に取り付けられた通信機をはずしてポケットへ。恥ずかしがりのサンタクロースの声がちゃんと聞こえ
るように、小さな口に耳を寄せて。

私の体に映る光から、サーニャのアンテナの光がピンク色に変わったのを見た。恥ずかしかったらそれ
でも良いんだ。でも、今日だけだから、ね、いいでしょう?懇願するように囁きかける。たまには私だって
わがままを言ってみたいんだ。

YES。その返答の代わりに耳に届いたのは、音に乗せたサーニャの吐息。ら、ら、ら。耳元でハミングの
ように囁かれる音楽は、私も良く知っているクリスマスソング。まきびとひつじの。昔々どこかの国で
生まれた神様の、誕生の報せを聞いた羊飼いたちの歌。ねえ、サーニャ、知っている?その報せは
ブリタニアでは良い報せ、グッドニュースとしか言わないけれど、ある扶桑の名もなき人が、かつてこう
訳したらしいよ。

福音。
──しあわせのおと、ってさ。

耳の穴から鼓膜を震わせて、優しい優しいサーニャの声が、私の心にまで響いていく。盛大なパーティー
でもなくて、大掛かりなお祝いでもない、寂しくて静かなクリスマスのこの宵。
でもね、私は思うんだ。幸せだなって、思うんだ。とくん、とくん、と、心臓が緩やかな、けれどもいつも
よりも強い鼓動を鳴らす。ちりん、ちりん、と手首の鈴が、風に吹かれて澄んだ音を響かせる。何よりも
ほら、大好きな大好きな、君の声がすぐ近くにある。

ねえこれを、私は福音って呼びたいんだよ。

この気持ちを伝えたくて、けれども上手く言葉にならなくて、思わず手を伸ばしてサーニャの手を握り
締めた。願うなら繋がったそこから、この幸福な気持ちが伝わりますように。

歌が途切れる。続きを催促したくてサーニャに向かい合ったら、サーニャがどうしてか、真っ赤な顔を
してこちらを見ていた。…いや、どうしてか、なんて本当は分かってるのかもしれない。だってたぶん、
私も同じ顔をしてるんだと思う。

ねえ、エイラ。
少しうつむいて、サーニャが呟く。手は繋がれたままで、ゆれるたびにリン、リンと音を鳴らす。
私にもプレゼント、ちょうだい?

明日一緒に買いに行こうと思ってたんだけど、と答える前にサーニャの顔が近づいてくる未来が見えた
から、私は観念してその未来を待ち構えることにした。



引用: ストライクウィッチーズpart15