141:◆8Mj6VMVRzQ 2010/11/18(木) 22:19:01.10 ID:qC58TdAo
俺の姉ちゃんは可愛い。

確かに、姉ちゃんは美人だけれど、そういうことじゃない。

「さとしぃ……」

甘えた声で抱き着いて来る。
他の人が見たら驚くだろう。
いつも明るくて、うるさくて、勝ち気。
それが、他の人の描く田井中律という人物だろう。

あれしよーぜ、とかあそぼーぜ、何て言って遊んでくれた、姉ちゃん。
俺も、女らしくないなんて思っていた。


でも、そんなものは俺が姉ちゃんに押し付けていた仮面だったんだ。


きっかけは、きっと
軽音!

142: 2010/11/18(木) 22:20:28.51 ID:qC58TdAo
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
その日、何の用事だったかは忘れたけど、そう言えるほどにいつも通り、俺は姉ちゃんの部屋へ行った。

けれど、入った瞬間それは一変した。

一言で表すなら、混乱。
それくらい、いつもからは掛け離れた光景。

始めて見た姿。
姉ちゃんが、体を小さくして震えている姿。

顔は見えなくてもわかった。
泣いているのだと。


俺は、狼狽した。
俺が泣いて姉ちゃんに慰められることはあったけど、姉ちゃんが泣いているのなんか見たことがなくって。想像も出来なくて。嘘だろ?なんて考えていて。

姉ちゃん?
なんてマヌケな事しか口に出来なかった。

「聡?」

初めて姉ちゃんがこちらを向く。
目が真っ赤で、当たり前だけどいつもみたいな元気なんてなかった。

何か言わなきゃと、思う。
けれど、何も言うことが出来なかった。
姉ちゃんが顔を背ける。
何か言うチャンスを逃してしまった事がいやでも伝わって来る。

「ごめん、今は出てって……」

俺はすぐさま回れ右をして部屋を出た。

143: 2010/11/18(木) 22:21:21.05 ID:qC58TdAo
意気地無し。

自分で自分が嫌になる。
男だったら、女の子が泣いているなら何とかしなくちゃいけないのに。

俺はあの部屋から出られた事にホッとしていたんだ。

144: 2010/11/18(木) 22:22:00.90 ID:qC58TdAo
自分の部屋に戻っても、頭に浮かんで来るのはさっきの姉ちゃんの姿ばかりだった。

何かあったのかな?
何かあったから泣いてるんだろ。

……姉ちゃん、泣いてたな。
あんなところ初めて見た。

知らなかっただけじゃないのか?
実は一人で、ずっと泣いてたんじゃないか?

ぐるぐると思考が頭の中で堂々巡りをする。


解ってるさ。
考えても仕方ないって。
でもじゃあどうすればいい?
解らない。


もし本当に辛いんなら澪ねえとか母さんに相談するさ。
そう、しばらくしたら元に戻ってくれる。

そんなふうに俺は、自分の都合のいいように無理矢理自分を納得させていた。

145: 2010/11/18(木) 22:22:29.15 ID:qC58TdAo
次の日の朝、姉ちゃんはいつも通りの明るい姉ちゃんだった。
よかった、いつもの姉ちゃんだ……
俺はホッとしていた。

うん、よかった。

146: 2010/11/18(木) 22:23:12.96 ID:qC58TdAo
家へ帰ってくると、鍵が空いていた。
どうやら姉ちゃんが先に帰ってきているようだった。

ただいま、と大きな声で言う。
でも、返事はなかった。

何だか、嫌な予感がした。
急がなくちゃいけないような、そんな気がして早足で歩く。

荷物を居間に置いて、自分の部屋ではなく、姉ちゃんの部屋の前へ。

深呼吸。

ドアノブに手をかける。


カチ……

もう少し力を入れるだけなのに、そこで手が止まってしまう。
俺は、どうしようもなく臆病者だった。
今ならまだなかったことにして引き返せる何て考えていた。

だけど、勇気を振り絞ってドアを開ける。

そこにはやっぱり、肩を震わせてなく姉ちゃんの姿があった。

147: 2010/11/18(木) 22:23:41.67 ID:qC58TdAo
姉ちゃんは俺に気づくと、すぐに笑顔を浮かべてた。
「なんだ、帰ってきてたのか」

ダメだよ、姉ちゃん。
そんなに目が真っ赤で声が震えてたら。
ごまかされるなんてこと出来なくなってしまう。

考えればすぐ分かることだった。
考えるのが怖かっただけ。

澪ねえに相談する?
そんなこと姉ちゃんがする訳ない。
いや、違う。
出来ないんだ。

俺たちが姉ちゃんに求める像を押し付けるから。
明るい姉ちゃんを押し付けるから。
だれにも相談できない。

だれにも相談できないから一人で泣いてたのに。

俺が臆病だから
だから分からないふりをして逃げた。

最低だ。

泣いてる姉ちゃんを見るのもつらいけど、必氏に笑顔を浮かべて笑う姉ちゃんを見るほうがずっとずっと俺の心に刺さった。

俺のせいだ。
俺が昨日、もっとちゃんと姉ちゃんに向き合っていたら。
姉ちゃんにこんな顔させなくて済んだのに――――――!

148: 2010/11/18(木) 22:24:55.86 ID:qC58TdAo
「なんだよ聡、どうしたんだよ」

姉ちゃんがいつも通りなのがむしろ腹が立つ。
俺が頼りないせいで。
そんな思いがわきあがってくる。

姉ちゃんこそ、どうしたんだよ。

びくりと姉ちゃんは一瞬肩を震わせたが、次の瞬間にはまた笑顔でべっつにーといった。

姉ちゃん。
無理して笑わないでよ。

そういうと姉ちゃんは顔をしかめ、無理なんかしてねーしと呟いた。
いつも優しい姉ちゃんの少し怒った顔。
でも、今姉ちゃんの笑う顔を見るよりずっとましだと思えた。

俺はまだ子供で。姉ちゃんのほうがずっと出来ていて。
でもそんなことは百も承知で。
だから俺は言う。
姉ちゃんに届くように。
ありのままの心と言葉で。

俺は頼りないかもしれないけど。
何にも出来ないかも知れないけど。
だけど、泣いてる姉ちゃんを無視できない。
聞くくらいならできるし、できることは何でもする。
だから、俺の前でくらい、無理して笑わないでほしい。

そういうと、姉ちゃんは黙ってしまった。


ああどうか。
俺の拙い言葉が、姉ちゃんの心に少しでも……

届け。どうかお願いだから――――――!

149: 2010/11/18(木) 22:25:29.02 ID:qC58TdAo
「聡ぃ……」

姉ちゃんは泣きだした。
昨日は逃げてしまったけど、もう逃げない。

ギュッと姉ちゃんを抱きしめる。

ごめんね、姉ちゃん。
気付けなくて。
馬鹿な弟でごめん。

でも、気づいたから。
俺はずっとそばにいるから。
だから、俺の前では泣いてくれよ。


伝えたいことを、俺は伝えた。
姉ちゃんはうん、うんと言って聞いてくれた。





そして、この関係は始まった。

150: 2010/11/18(木) 22:27:17.02 ID:qC58TdAo
蓋を開ければ、なんてことのないこと。
女の子が悲しんだり、落ち込んだりした、それだけのこと。
ただ誰も、それに気づいてあげられなかっただけで。

姉ちゃんは、些細なことで傷つく普通の女の子だ。

友達に悪口を言われたり、噂を気にしたり、陰口をきいてしまったり。
そんなことで傷ついてしまう、か弱い女の子なんだ。

なのに、それでも明るくふるまう。
俺が、みんながそう姉ちゃんに求めるから。
だから、無理してしまう。
求められるまま演じ続けて、演じた人格が独り歩きして。
そして、演じるのをやめると、見放されるのではないかと思ってしまう。
だから誰にも言えず、一人で泣いていた。
誰にも気づかれないよう。
ひっそりと。


だから、俺が姉ちゃんの泣く場所になろうと誓った。
たとえ姉ちゃんがどんなになっても、そばにいようと。
俺だけは、絶対に離れまいと。

151: 2010/11/18(木) 22:27:43.71 ID:qC58TdAo
「聡…… ぎゅって、して」


それから、こういうことがある。
少ない時は、ニ週間に一回。
多い時は、それこそ毎日。

姉ちゃんが、俺に甘えてくる日が。


それは、姉ちゃんが傷ついた時だったり、不安になった時だったり。
そして、姉ちゃんが人恋しい気分になった時だったり。

特に何もなくとも、こうなることもあった。

俺はやっぱり子供で、姉ちゃんに相談されても何もできないことが多かった。
そのたびに、すごく申し訳ない気分になった。
でも、俺がいるから毎日頑張れるんだって言ってくれて、すごくうれしかった。
俺は姉ちゃんがあんな風に笑う顔はもう見たくなかったし、それに頼りにされている感じがしてすごくうれしかった。
泣いてる姿は見るようになったけれど、無理して笑わなくなったから。


だから、このままでいいと思った。

ううん、このまま『が』いいと望んだ。



だけど、そろっていたはずの俺と姉ちゃんの歯車は、少しずつ狂って行った。

152: 2010/11/18(木) 22:31:40.42 ID:qC58TdAo
これからは田井中家を書きつつムギあずをどう軌道に戻すか考えて行きたいと思います。
まあ田井中家は短編のつもりだしどっちももう話考えてあるんですけどね……
文章にするのがここまで難しいとは思わなんだ……

154: 2010/11/19(金) 23:52:22.67 ID:7JldZVoo
「私さ、告白されたんだ」

ある日のことだった。
姉ちゃんはそう切り出した。

そりゃ姉ちゃんは美人だし、何もおかしいことなんて無い。
だけど、俺は自分の胸が痛むのを感じていた。

この時の俺はそれが何なのかなんて分からなかった。
姉ちゃんが幸せになるならいいと、そう思っていたはずなのに、自分の中の奇妙な感覚が俺を困惑させた。

そっか

なんて、どうしようもないことしか言えなかった。

姉ちゃんの俺を抱く力が強まった。
少し息苦しい。
でもそのくらいがすごく心地いい。
心地いいからこそ、なぜか後ろめたさが強く感じられる。

「聡はさ、私が誰かと付き合ってもいいの・・・・・・?」

ずきりと胸が痛む。
だけど、俺は強がって言った。

姉ちゃんが幸せになるならいい、と。

そのとき姉ちゃんがどんな顔していたか俺には分からなかった。

自分の胸のもやもやの正体さえ、分からなかった。

155: 2010/11/19(金) 23:53:23.38 ID:7JldZVoo
結果から言うと、姉ちゃんは付き合わなかった、と思う。
いつもと帰ってくる時間は変わらなかったし、変わった様子も無かった。

だけど、俺は気が気でなかった。
姉ちゃんが帰ってくるのが少し遅れたり、誰かと電話するだけで何かもやもやしていた。

ここまで来ると、さすがに気づいていた。
このもやもやの正体。

それはつまり

姉ちゃんが誰かと付き合うのが、嫌だってこと。

だけどそれは、認めがたいことだった。
姉ちゃんがつらい思いをしないようにそばにいると誓ったんだ。
だから姉ちゃんが幸せになるなら応援しなくちゃいけない。

だけど俺は、姉ちゃんを独占したいと思ってしまっていた。


でもこの思いは俺の我侭で、姉ちゃんを傷つけてしまう。
だからこれは自分の胸だけにとどめていようと思った。

156: 2010/11/19(金) 23:54:36.00 ID:7JldZVoo
「お、聡じゃないか」

帰り道で不意に声をかけられた。
声だけで分かる。
そこにいたのは、澪ねえだった。

「久しぶりだな」

そういえば、そんな気がする。
昔、と言ってもほんの一年位前には毎日のように会っていたのに。
物心ついたときから一緒で、もう一人の姉のような存在。
そして、少しだけあこがれてる人。

「前は毎日あってたのにな」

同じことを考えていたのが、少し嬉しい。

「何でかな……
 そうか、私があんまり律の家に行かなくなったからか」

ああ、そういえばそんな気がする。
そりゃ小さいころは俺も澪ねえの家に行って遊んでいたけど、大きくなったら女の子の家に行くのが恥ずかしくなって行かなくなったんだ。
そしたら姉ちゃんと澪ねえが気を使って俺の家で遊んでくれてたんだ。

やっぱり二人には頭が上がらないなぁ。

「そうだ、今度どこかに遊びに行かないか?」

え?

「ふふ、二人で出かけたらデートだな」

そういうと澪ねえは笑った。

恥ずかしかったけど、久しぶりに澪ねえと遊ぶことが純粋に嬉しくて、俺はうんと頷いた。

157: 2010/11/19(金) 23:55:21.41 ID:7JldZVoo
そして約束の日。
遅刻してはいけないと準備をしていたら、一時間以上前には支度が済んでしまっていた。
今出ても、約束の時間まで30分近くある。
時計の進みがすごく遅い。
そわそわしていても仕方がないし、もう待ち合わせの場所へ行こう。

家を出る前に、俺は姉ちゃんの部屋へ行った。

今日出かけることを伝えるために。

「おう、友達と遊ぶのか?」

澪ねえちゃんと出かける、そう言えば済む話だったのに……
何でか俺はそれがいけないことのようなことのように思えて、そんな感じと嘘をついてしまった。

「そっか、楽しんでこいよ」

そうやってクシャクシャと俺の髪をなでた。
ガサツな撫で方だけど、俺はそれが嫌いじゃなった。

じゃあ、いくからと言って俺は家を出た。



澪ねえとの待ち合わせの場所へ、いつもよりゆっくりと歩いて出かけた。

158: 2010/11/19(金) 23:56:20.72 ID:7JldZVoo
待ち合わせの場所に行くとすでに澪ねえはそこにいた。

ごめん、待たせちゃって。
そう言うと澪ねえは顔を赤くして

「い、今来たところ」

と言った。

澪ねえはこれを言いたいためだけに早く来たんじゃないかと思ったけれど、それも澪ねえらしくていいかなと思った。

今日の行き先は俺には伝えられていない。
行ってからのお楽しみ、と言うやつらしい。
まぁ澪ねえのことだし変な所には連れて行かれないだろう。

じゃあ行こう。
そう切り出したのだけれど

「ちょっと待って」

と引きとめられる。

俺が立ち止まると、澪ねえは俺の髪を優しくなでた。

「ほら、髪がぐしゃぐしゃになってるぞ」

姉ちゃんとは違う、優しい撫でかたで、俺は少しドキドキしてしまった。

「ほら、その……デート……なんだからさ
 身だしなみはしっかりしろよな!」

顔を真っ赤にして澪ねえが言う。

訂正。
少しどころか、すごくドキドキしてしまっていた。

澪ねえが言うなら、今日はデートと思っていいのかな。
うん、そう思って楽しもう。

159: 2010/11/19(金) 23:56:55.28 ID:7JldZVoo
電車に揺られて30分。
ある駅で澪ねえは降りるぞと言った。

降りてから5分ほど歩いたところで目的地に到着した。

「着いたぞ」

そこは、砂浜だった。
といっても、海水浴場って感じでもなく、人もすごく少ないところだった。
潮風が澪ねえの髪をさらっていく。
すごく絵になるなぁなんて思った。

「実は、ちょっと詩作りで行き詰っててさ。
 海でも見ながら少し考えたいなぁって思って」

ああ、なるほど。
急にデートなんておかしいと思った。

「おかしいってなぁ……
 ま、いいか」

そう言って澪ねえは手を差し出してきた。

「ちょっと散歩しようか」

160: 2010/11/19(金) 23:58:13.15 ID:7JldZVoo
ザッ  ザッ

人のいない砂浜を、澪ねえと手をつないで歩く。
もう片方の手には、それぞれの靴を持って。
砂が指の間に入り込む感覚が少しこそばゆい。

澪ねえの顔をのぞいてみる。
ぶつぶつと何かつぶやいているけど、歌詞を考えているのだろうか。
なんだか少し思い悩んだ顔をしている。

……なんだか面白くなかった。
ここにいるのに、澪ねえはここを見ていない。
まるで俺なんていないかのようだ。

だから俺は言った。
そんな風に考えながら歩いてたら、景色なんて見えないって。
今見ているものを見たほうが、想像するよりきっと綺麗だって。

言ってからしまったと思った。
澪ねえに対して生意気なことを言ってしまった。

だけど澪ねえは嬉しそうな顔をした。

「そっか。
 そうだよな。

 せっかく海に来てるのに、私が見てたのは頭の中の海だった。
 
 ふふ、やっぱり聡と来て良かった。」


ギュッと澪ねえが強く手を握る。

その笑顔がまぶしくて、すごくドキドキして、恥ずかしくなった俺はそっぽを向いてまぁね、なんて言った

161: 2010/11/19(金) 23:58:56.48 ID:7JldZVoo
ザッ   ザッ


「聡はさ、恋って、してる?」

恋。
恋って何なんだろう。
恋をしてるかどうかと言われても、俺にはピンとこなかった。

「そっか、じゃあ好きな人はいる?」

好きな人。

そう言われて一番最初に浮かんだのは姉ちゃんの顔だった。
確かに、姉ちゃんのことは大好きだけど、姉ちゃんは姉ちゃんだ。
それを好きな人と言っていいのか、俺は迷った。

次に浮かんだのは、澪ねえの顔だった。
恋は何かなんてわからないけど、クラスの女子に感じる気持とは明らかに別なものがあるのも確かだった。
それは、単なる憧れかもしれない。
でも、こんなにドキドキするのが憧れのせいなのか、それも分からなかった。

だからこう答えた。
好きかどうかわからないけど、大切な人はいる、って。

「そっか。 大切な人か」

俺にはどういう意図でその質問をされたのかわからなかった。

162: 2010/11/19(金) 23:59:44.93 ID:7JldZVoo
「私はさ、恋って何かわからないんだ」

ちょっと意外だった。
澪ねえは綺麗だし、その気になればすぐ彼氏なんて……
あ、そう言えば澪ねえは男性恐怖症だったっけ。

「んー、別にそこまでではないんだけど。
 でもまぁ、確かに私は誰かと付き合ったことがないんだ。
 ……ううん、付き合うどころか、誰かに片思いしたこともないかも。

 でも、いや、だから恋っていうものにあこがれてた。
 恋は素敵なもので、恋に落ちたらもう毎日幸せで、その人のこと考えるだけで胸が熱くなったり、夜も眠れなくなったりしてさ」

いつの間にか、澪ねえの足が止まっていた。
俺の手を握る手が、今にもはなれそうなくらい弱々しい。

「……私はきっと、恋に恋してるだけで、本当の恋なんて知らないんだよな」

そう、呟くように言った。

「なぁ聡、恋って、何なのかな?」

164: 2010/11/21(日) 03:05:02.29 ID:MzAGssoo
恋か。
好きな女の子が出来たら、どうなるんだろう。

確かに、澪ねえみたいに一緒にいたら幸せで、ふわふわする感じって言うのが俺の想像する恋にも当てはまる。

でも、俺はだれかを思って夜も眠れないなんてことはあるだろうか。
むしろ、そうなる前に何かしら行動しようと思う気がする。
臆病だからもしかして出来ないかも知れないけど、でもやっぱり俺は何か行動してるほうが性に合っている、と思う。

だから、澪ねえみたいに想っているだけで幸せって言うのはたぶん、俺の恋じゃないと、そう思う。

「そっか……」

でもたぶん、全部、ちゃんと恋なんだと思う。
その人を好きな気持ちが恋なんだから、その方法も、想いも、色々あって全部正解なんだと思う。

だからさ、澪ねえが思ってるのもちゃんと恋なんじゃないかな。

「そっか、そうだよな。
 うん、ありがとう。」

そう言って澪ねえは笑った。
思う、ばっかりでちゃんとしたことが言えなくて少し恥ずかしくなる。

「そんな事ないさ。 聡の考えはちゃんと伝わったし、たぶんそれで当たってるんだと思う」


「もしかして聡は、恋を知ってるのかもしれないな」

そう言った。
俺は恋を知っているのだろうか。
だとしたら、俺は誰に恋をしているのだろうか。


でも、それは絶対にかなわない気がして、かなっちゃいけない気がして、俺はすごく寂しかった。

165: 2010/11/21(日) 03:06:07.49 ID:MzAGssoo
澪ねえは んー と大きく伸びをした。
胸のつっかえが取れたようですっきりした顔をしていた。

「そっか、そうだよな。
 ありがとう、聡のおかげで気が楽になったよ」

澪ねえはどこを見るでもなく、

「私も恋、してみたいな」

と言った。

無理して急ぐ必要なんてないと思う。
澪ねえは美人だし、あせることなんてない。
いつか誰かを好きになって、そうしたら始めればいい。
澪ねえの恋を。

そういうと澪ねえは驚いた顔で言った。

「なんだか、私の知ってる聡じゃないみたいだ。

 そうだよな、いつまでたっても子供じゃないんだよな……」

そう言うと澪ねえは顔を赤くした。
俺は心配になって声をかける。

「いや、な、なんでもないんだ。
 ただ、そ、その、デート、なんだなって思ったら急に……」

澪ねえが照れた顔にまたどきっとして、俺の顔も赤くなる。
だけど、嫌じゃなかった。
ずっと澪ねえの弟なのは変わらないかもしれない。
でも、眼中にない子供からちゃんとそういう『対象』になれたんだとしたら……
守られる対象から卒業できたのなら、嬉しいと思う。

やっぱり、俺は男だから。
大切な人は、守りたい。

姉ちゃんも、澪ねえも。
ようやく俺が守れるようになったとしたら、それはすごくうれしいことだった。

166: 2010/11/21(日) 03:08:59.68 ID:MzAGssoo
澪ねえが落ち着くまで、たっぷり10分くらいはかかった。

その間にいろいろ考えて、不安になった。
澪ねえを守れる立場になれたことはすごくうれしい。
だけど、それを認めたってことはつまり、俺と澪ねえの関係も、変わるということ。

今までみたいに遊んでくれくなるかもしれない。
今までのように気軽に接してくれなくなるかもしれない。
今までと違って、俺から離れていってしまうかもしれない。

そう思うと怖かった。

だから、聞いた。

俺が、怖い?

返事を聞くのはすごくこわかった。
肯定されるってことはつまり、澪ねえが離れてしまうってことだから。
でも、聞きたかった。
だって、変わるって言うのは悪いことばかりじゃないと思うから。

「ね、聡。
 手を出して」

俺は言われるまま澪ねえに手を差し出した。
澪ねえはゆっくり、おずおずと俺の手にふれ、握った。

「うん、大丈夫。
 怖くないよ。
 確かに、聡は成長して男の子になったけど、それでも聡は聡だから。
 子供のころから知ってる、優しい聡だもんな」

そう聞いてすごくっほっとした。
やっぱり、悪い変化だけじゃない。
これからは、俺も、守っていけるんだ。
ずっと守ってもらっていた澪ねえも、姉ちゃんも。
だけど。
澪ねえが でも、 と続けた。

「でも…… なんだかすごくドキドキする」

その顔がいつもと違ってすごくかわいく見えて、俺の心臓はうるさいくらいに高鳴った。

167: 2010/11/21(日) 03:11:09.39 ID:MzAGssoo
ドキドキして、顔も真っ赤で恥ずかしい。

恥ずかしいけど、俺は男だから。

だから、好きな人は出来たら引っ張っていきたい。

「あっ……」

だから、俺は澪ねえの手を引いて歩きだす。
せっかくデートなんだから、もっと楽しまなくちゃ。

「そうだな。

 聡」

そういうと澪ねえは手を強く握りかえしてくれた。
こうして並んで歩けることが、すごく誇らしかった。

「こういうのもいいかな。
 ううん、これならきっと見つかる

 ゆっくり探していくのも悪くないな。
 私と、聡で」

え? と思った。
それは、つまり……

「あっ、調子に乗っちゃ駄目だぞ。
 聡がもっと成長して、いい男になったらもしかして、ってことだからな」

俺はさらに恥ずかしくなってしまって、うつむいた。
だけど嬉しくて、うんと返事をした。

「だから……」

澪ねえは俺の前を歩きだす。
いつもどおり、俺の手を引いて。

「今はまだ、私のほうが先だよ」

そう言った。

今はまだ、ということは、いつかは俺が先を歩ける日が来るのだろうか。

ううん、澪ねえは俺が男の子だって言ってくれた。
だから、あとは俺の頑張り次第だ。
いつか、俺から手を取って歩けるよう、頑張ろう。
そうしたら、

きっと、そうしたら――――――

169: 2010/11/24(水) 23:56:55.57 ID:L7Z6kQYo
それから何度か、澪ねえと俺は恋を探しに出かけた。
恋って何なのか。
澪ねえにとっての恋探しは進んでいるのか。
全然わからなかったけど、俺は嬉しかった。

必要とされている。
そう実感できた。

だから、俺はうぬぼれていたんだ。
俺も大人になったって。

でも、俺は全然大人になんてなれていなかった。

だってもし俺が大人なら、浮かれていなければ、きっとあんなことにはならなかったんだから。

170: 2010/11/24(水) 23:57:30.09 ID:L7Z6kQYo
その日、澪ねえとの恋探索が終って俺は家へ帰って来た。

ただいま、と大きな声でいう。

いつもならすぐに姉ちゃんのお帰り、という声が聞こえるのだが今日は静かだった。

まぁ、たまにはこんな日もあるだろう。
寝ているのかもしれない。
ただ気付かなかっただけかもしれない。
だから、俺は姉ちゃんの部屋に向かった。
ただいまというために。

姉ちゃん?

部屋へ行くと、姉ちゃんはいた。
寝ていた様子はなかった。
俺に気がつくと姉ちゃんは振り返った。

「おう、聡
 おかえり」

そう言って姉ちゃんは笑った。




その眼尻に、涙を浮かべつつ。

171: 2010/11/24(水) 23:58:26.38 ID:L7Z6kQYo
ぐらり

視界がゆがんだ気がした。

俺が、最も見たくない顔。
もう見なくていいように、そう行動していた顔。

「いや、ははは
 寝ちゃっててさ」

そういって姉ちゃんはあくびをした。

ああ、そうか。
寝ていたなら仕方がない。
真っ赤な目も、その涙も、全て説明がつく。

本当に寝ていた、なら。


だけど
そうやって気付かないふりをした結果どうなった?
誰にも相談できなくて一人で泣いてたんじゃないか。

あの時の姉ちゃんの姿がよぎる。
あんな思いは、もう嫌なんだ。

だから、勇気を振り絞る。
今度こそ間違えないように。
行動する勇気を。

嘘だ。

と言う勇気を。

172: 2010/11/24(水) 23:59:11.05 ID:L7Z6kQYo
「何が、だよ」

姉ちゃんはそう俺を突っぱねた。

姉ちゃんは、強い。
でも、嘘は下手だ。

じゃあ何で泣きそうな顔をしてるんだよ。
そんな顔で嘘だって言われて、引き下がれるわけないだろ。
嫌なんだ、もう。
姉ちゃんが一人で泣くなんてことは。

だから。
俺の前では泣いていいから。
俺の前では強い姉ちゃんじゃなくていいから。
だから、お願いだよ。
無理に笑ったりなんかしないでよ――――――――

173: 2010/11/25(木) 00:00:11.30 ID:aOBiU/ko
俺は思いのたけをぶちまけた。

お互いに、動くことも、話すこともない。
たぶん、ほんの数秒の静寂。
陳腐な表現だけれど、俺には永遠にも感じられる数秒だった。

姉ちゃんが動く。
ビクッと、体が震える。
それが情けなくて、うつむく。

姉ちゃんの手が俺の頬に触れる。

「何で泣いてるんだよ」

触れた手が、濡れている。
それが俺の涙だということに気づくのに、少しかかった。

「ばか」

そうだよ。
俺は馬鹿だよ。
だって、何の言葉も出ないし、何にも出来ないし、何で姉ちゃんが泣いてるかもどうすればいいのかも全然わからない。

「ばーか。

 ……でも、私も馬鹿なんだ」

「わかんないんだよ。
 何でこんなに苦しいのか。

 ううん、分かってるんだ。
 
 ほんとは駄目なのに。
 応援しなくちゃって、そう、思うのに。」

そして姉ちゃんは泣きだした。
まるで子供のように、顔をぐしゃぐしゃにして。
それでも、しゃくりながら、えずきながら続けた。

174: 2010/11/25(木) 00:01:32.36 ID:aOBiU/ko
「だめ…… なんだよぅ
 澪と  聡が    歩いてて。
 手を つないでて
 すごく    幸せそうで

 聡が澪のこと  見てるの知ってたから
 だから
 応援しなくちゃって  そう  思うのに


 苦しくて

 わけわかんなくて 
 
 どうしてって    思って 

 でも気づいちゃって

 そしたらもうだめで

 苦しくて


 苦しくて


 だめなの



 だめなの……」


慰めようと、抱きしめようと手を伸ばす。

そうして気づいた。

175: 2010/11/25(木) 00:02:12.40 ID:aOBiU/ko
手が、止まってしまう。

もしかしたら。
もしかしたら、それは、つまりそういうことで。
俺が、逃げていたことで。
でも、
もしも、俺が思っていたことを姉ちゃんも思っていたとしたら。

だけど、それは絶対に許されないことだ。
だから考えないようにしていた。

もし、それがそうだったとして。
俺がこの手を伸ばしたら……



姉ちゃんは、不幸になってしまうんじゃないのか?




176: 2010/11/25(木) 00:03:03.69 ID:aOBiU/ko
分からない。

絶対に姉ちゃんが不幸にならない方法が。

どうすればいい?
どうしたらいい?

気持ちばかりが先にいって、思考は空回る。

まわる。

まわる。


「さとしぃ……

 ごめんね、 ごめんね」

分からない。

分からない。



分からない、だけど。

俺は姉ちゃんを抱きしめる。

だって、俺は男だから。

許されないなら、許されないのはおれでいい。
幸せになれないというなら、不幸になるのはおれだけでいい。

だって、俺にとってはそんなの些細なことだから。
姉ちゃんが幸せになれるためなら、なんだってする。

だって、そうだろ?

好きな人の幸せは、俺にとっての幸せなんだから。

だから俺は言う。



姉ちゃん、好きだ。

大好きだ。

177: 2010/11/25(木) 00:04:04.89 ID:aOBiU/ko
「さとしぃ……

 私も好き
 聡が好き
 大好き
 大好き」

そう言って姉ちゃんはまた子供のように泣く。
その涙の意味は、分からない。
だけど、それがさっきと違う涙だったらいいと思う。

178: 2010/11/25(木) 00:04:40.54 ID:aOBiU/ko
俺が、告白した。
姉ちゃんが、受け入れてくれた。
だから、許されないのは、俺のほう。

俺は、姉ちゃん以外に恋をしない。
俺が姉ちゃんから離れるのは、姉ちゃんが恋をした時。
そうしたら俺は大人しく身を引こう。
幸せになれないのは、俺だけでいい。


それが、俺の覚悟。


恋人とはとても言えないかも知れない。
ううん、恋人には、なれないかもしれない。

でも

恋の形は人それぞれで、それが全部正解だと思うから。

だから、俺は悔やまない。

誰かが見れば、おかしいと思うだろう。
変だと思うだろう。


それでも、俺は姉ちゃんの幸せのためなら何でもしたいと思う。


それが

この気持ちこそが



俺の、恋なんだから

179: 2010/11/25(木) 00:05:22.01 ID:aOBiU/ko
こうして、俺の恋探しは終わった。
ここで、俺の恋は見つかったから。

ありがとう、澪ねえ。
心の中で話しかける。




全ての恋愛に正解なんてなく、その全てが等しく正解だというのなら。





ありがとう、澪ねえ。

あなたは、俺の初恋の人でした。

180: 2010/11/25(木) 00:06:01.38 ID:aOBiU/ko
俺の姉ちゃんは可愛い。

確かに、姉ちゃんは美人だけれど、そういうことじゃない。

「さとしぃ……」

甘えた声で抱き着いて来る。
他の人が見たら驚くだろう。
いつも明るくて、うるさくて、勝ち気。
それが、他の人の描く田井中律という人物だろう。

だけど


「ねぇ、さとし

 でーと、しよ?」

脆くて、か弱い、繊細な女の子で。

そして、俺の大好きな人。




もしも、もしもだけど。
一つだけ願いがかなうなら。


この人がずっと、ずっと幸せでいられますように。

181: 2010/11/25(木) 00:07:50.54 ID:aOBiU/ko
田井中家の素晴らしき日々 完



なんだかか弱いりっちゃんって可愛いよね、って感じで始めたのにこんな形に。
まだまだか弱いりっちゃんについて語りつくしてないのでもしかしたら続き書くかもしれません。

引用: 紬「けいおん自給自足」