172: 2010/04/26(月) 02:58:02.64 ID:3ClxNkQo
 某月某日   -学園都市-

 「魔術」やら「レベル6」やら「2万人の妹クローン軍団」やら「幻想御手」やら。
 そんな非日常な世界とは無縁でいらっしゃる普通の住民達には何とも迷惑な話ではあるのだが。

 この日、学園都市はまたも原因不明の超巨大な雷に襲われ、何度目かの大停電に見舞われていた。

 七月初めに起きた大停電に関しては、常盤台中学の超電磁砲とツンツン頭の高校生が事件の中心にいた事は言うまでもない。

 その大停電の次の日。

 ツンツン頭の高校生こと上条当麻は、学生寮の部屋のベランダで、食品バキュームカーこと禁書目録と出会うのだが、それはまた別のお話。

─────────────────────────────────────────────────────────

 雷の落下した中心地。

 いまだ白煙が漂う現場にとある少女が立っていた。

「ったく、何だってのよ!この私を痺れさせるなんて───!」

 前回の事件の張本人、超電磁砲の御坂美琴だった。

「おかしいわね、実験レポートによればあの子達の能力は高くてもLV3程度だったはずなのに……、」

 痺れたせいで感覚がない手をギュッと握りながら美琴が呟く。

 高レベルの電撃使いを電撃で痺れさせる。

 これがどれだけ難しいかは美琴自身が誰よりも理解していた。

 学園都市に七人しかいないレベル5のうち、第三位に当てはまる「最強の電撃使い」を痺れさせる能力者など存在するはずがないのだから。

「あの電撃を受けて片腕が痺れただけだなんて、さすがはお姉様ってとこかしら?」

 声は、美琴がいる位置から離れた場所から聞こえた。

「アンタねぇ、やって良い事と悪い事って教わらなかったの!?黒子はともかく、アイツにも加減してるようには見えなかったわよ!」

 相手の口調から人を舐めたような雰囲気を感じ取った美琴は苛立ちながら答える。

「そ、それは……アイツが私よりもお姉様を選ぼうとしたからで、べっ別に悪気があった訳じゃ……」

 声の主があからさまに動揺したことで美琴は少し安心する。

173: 2010/04/26(月) 03:00:52.82 ID:3ClxNkQo
「ま、いいわ。詳しい話は全部終わった後でちゃんと聞いてあげるわよ」

 美琴は喋りながらスカートのポケットに手を入れる。

「どうしてこうなったのかは正直分からないけど、アンタはちょっと調子に乗りすぎたわね」

 (お願いっ……1枚でもいいからっ……)

 ポケットから引いた美琴の手には、ゲームセンターでよく見かけるメダルが握られていた。

 彼女を止めるには最悪の場合、レールガンを使用する事になるかもしれない。

 もちろん直撃させるつもりはないのだが、威嚇あるいは説得の切り札にはなるだろう。

 美琴は意識を指先に移しつつ、相手を視界にいれようと足を前に動かそうとした───、


 ──────!!! 瞬間、衝撃が目の前を通過する。


 もし足を前に出していたなら美琴の体は右半身が持っていかれ、
 今ここにいるのは半身から生きた証である赤い液体を噴き出しながら倒れる美琴だったに違いない。

「……、え、何よ、これ」

 目の前で起きた出来事が理解できなかった。

 レールガンと呼ぶべきものがオリジナルの威力を遥かに超えて打たれた時、それは何と表現されるのだろうか。

 ガクリと美琴は膝をつく。つかざるをえなかった。全身が震えに襲われ、とても立ったままではいられない状態だった。

「一応、加減はしてるのよー?まぁ、ちょっと演算に時間がかかる割に精度が低いのが難点かしらね」

 つまり、声の主はこう言いたいのだ。

 これを打たれて生きていられるのは運が良かった訳じゃない。

 御坂美琴は、先程の一撃で全身を吹き飛ばされて氏んでいてもおかしくはないのだと。

174: 2010/04/26(月) 03:02:08.03 ID:3ClxNkQo
「何で、こんな事になってるのよ……悪い夢なら早く覚めなさいよ……」

「あの馬鹿──夢なら早く、たす…なさいよ…」

 美琴は泣きそうだった。

 夢であってほしい。

 妹に意味もなく殺されようとしてる夢なんて幻想だったらいい。

 アイツだったらこんな時でも諦めたりはしないんだろうな、と美琴の脳裏にある少年の姿が浮かぶ。

 どんなに絶望的な状況でも打ち壊してみせた右手を持つアイツならば、この悲しい幻想だって壊せるはずだから。

 だが、これは現実だった。

 御坂美琴を殺そうと最後の一撃を繰り出す為、ネットワークを使用した演算の準備を始める妹達。

 検体番号10032号──とある少年からは御坂妹と呼ばれる存在だった。

「あっ、そうだ。氏んじゃう前に何か言っときたい事ってあるかしら? って優しい優しいミコトセンセーは遺言を残す時間を与えてあげるんだけど」

 その言葉に躊躇はない。

 不自然に喜怒哀楽を感じさせる彼女の言葉が、美琴の小さな希望さえ打ち砕く。

「そう、どうせ言っても無駄でしょうけどね。アイツの……を………んじゃないわよ」

 美琴が紡いだ最後の言葉は誰の耳にも届かなかった。
 
 (もうアイツに会えないかもしれないからこそ、言いたい言葉がある)

 (でも、それは誰にだって教えてやらない)

 (もちろん、アイツに言った所で気づいてもらえないかもしれないんだけどね)

 あえて少年への想いを口にすることなく、美琴は覚悟を決めた。

「えー?何?聞こえないわよー?……もしかして、もうそんな元気すら残ってないの?」

 それは残念ね、と御坂妹は肩を落としてみせる。

「お姉様もあんまり大したことなかったわね。じゃあ、これでお別れってことで、別れの挨拶ぐらいは告げてあげるわね」

 美琴に遺言を残すよう促したことに、実際には何の意味もなかった。

 本音を言えば、美琴が何を言い残すかなんて10032号にはどうでもよかった。

 ネットワークを使用した分散処理が終了するのを待っているだけの時間を、せめて有効利用しようという程度の認識でしかない。

 御坂妹自身も少なからず割り振られた演算をこなされければいけないという、そういう事情もあった。

175: 2010/04/26(月) 03:03:48.97 ID:3ClxNkQo
「N19999 Call L6_railgun(20000,m)……、N20000 exit」

 美琴との会話時とは打って変わって、淡々と機械的に発せられる声。

「ミサカネットワークによる演算処理の終了を確認、とミサカは状況を把握します」

「本プログラムの実行により、No15230からNo19700までの個体に異常発熱を確認。
 ですが、以降の本プログラムの実行に必要な演算と処理時間に大幅な変更が発生しても特に問題はないでしょう、
 とミサカは判断しました」

 一方通行の言語能力と能力使用の代理演算を日常的に行っているミサカネットワークにとっても、
 長時間に渡り短い間隔での超重量級の負荷がかかる処理を連続で行うのは、もはや許容限界を超える状態だった。

「これが最後の一発って訳か。胸が熱くなるわよね……なんだか感動すら覚えそうよ」

 そして御坂妹は左手を前に伸ばし、開いた手の平の上に載せた銀色の物体を狙うように右手でデコピンの形を作り構える。

 オリジナルが使用する金属製のメダルとは違い、御坂妹の手の上にあるのはそれとは異なるモノ。

 対戦車用の狙撃銃で使用されるいわゆる巨大な弾丸そのものだった。

 照準をセットする為、御坂妹は環境要因を含めたあらゆる障害の可能性を計算し尽くした完璧な射出コースの選定を開始した。

 殺されるのをただ待つしかない美琴は、御坂妹の位置からは氏角ともいえる遠く離れた場所をボーッと見つめていた。

 正確には、そこにいるはずがない何者かの幻を見ていた。

 氏ぬ間際に過去の出来事が走馬灯のように駆け巡るというが、なぜかその幻は先程から動こうともしない。

 美琴はそっと目を瞑る。

 体はもう動かせない。

 あの衝撃波のもたらした光景を前にして、まだ勇敢に立ち向かっていける勇気はなかった。
 
 それでもこの御坂妹に対して挑もうとする奴がいるとすれば──。

 何も考えてない馬鹿か、大切な人を守る事だけしか考えられない馬鹿しかいない。

 自分の手の中で汗に濡れ、もはや何の価値も無くなったメダルがどうも浮いた存在に感じられて、美琴は思わず笑ってしまった。

176: 2010/04/26(月) 03:05:18.57 ID:3ClxNkQo
 瞑っていた目を開き、御坂妹の顔を見つめながら笑顔で別れの言葉を告げる。

「よく考えてみたらさ、一度はアンタ達を助ける為に、過去の私がしてしまった過ちを償おうとして捨てるつもりの命だったのよね」

「私に出来る事はこれしかないけど、せめてアイツだけは幸せにしてやんなさいよね?」

 美琴は両腕を大きく横に広げて、御坂妹が狙いやすいように姿勢を変えた。

「……!?」

 美琴のとった行動が理解できないのか、御坂妹は面を食らったような顔をしていた。


 覚悟は、決めた。

 本当は、本当はちょっと、ちょっぴり……、いやかなり不本意だったりするんだけど。

 私はこれでも、あなた達のお姉ちゃんなんだから。

 大事な妹のために何かをしてあげるのは当たり前でしょ?

 だから、ごめんなさい。本当にごめんなさい。私のせいであなた達を氏なせてしまって。


 美琴は助けられなかった妹達に心の中で謝罪をする。

 笑顔だったはずの少女の顔は既に涙でぐしゃぐしゃになっていた。
 
 その様子をじっと見ていた御坂妹は、ネットワークを介した軌道計算を中断させると本来の口調で美琴に語りかけた。
 
「……、ミサカはお姉様と一緒にいられる時間が、彼と一緒にいられる時間が、
 何よりも有意義な時間でした。とミサカは最後の最後にお姉様に教えてあげます」

「ミサカの共有している記憶データベースに発生した致命的なエラー……いまさら知っても遅いとは思いますが、
 このエラーの修正を拒否したのはミサカ自身であると、ミサカは謝ります」

177: 2010/04/26(月) 03:06:31.34 ID:3ClxNkQo
 「……、」

 致命的なエラーと、御坂妹は表現した。
 
 生まれてはいけない感情だと、消されるべきものだったと御坂妹は悲しそうに告げたのだった。

 だが、美琴はそんな馬鹿な話はないと御坂妹の謝罪をあっさりと切り捨てる。

(でもそれって……オリジナルである私を消してしまいたいぐらい、アンタはアイツの事が好きだったのよね)

 彼女達が、人を好きになっちゃいけない理由なんてない。 

 感情の起伏が小さいから、感情を表す必要がないなんて理屈があってたまるものか。


 打ち止め[ラストオーダー] という少女がいる。

 妹達の管理統制を目的とした生まれた、20001番目の実験用の妹達とは異なる不完全な検体。

 だから、彼女は人を好きになれるんだろうか?

 純粋な感情のままに想いを伝える事が許されるんだろうか?

 もしかしたら、彼女達は羨ましかったのかもしれない。

 ただ、私みたいにアイツとデート紛いの事をしてみたり、親しい人間と口喧嘩をしてみたかっただけなのかもしれない。


「けど……それでアンタは間違っちゃったのよね。そんなやり方じゃあ、何万回繰り返したってアイツは振り返ってくれはしないのに」

「……、」

 頷きこそしなかったが、その沈黙が御坂妹の解答のようだった。

「もはやこの感情エラーを修正するのは不可能です。ミサカは……私はお姉様を頃してアイツを、上条当麻を私の物にするんだからっ…」

 それが彼女の答え。

178: 2010/04/26(月) 03:07:11.15 ID:3ClxNkQo
 幻想頃しを右手に持つ上条当麻。

 彼が立ち上がらなかったら、二万人の妹達は全員が実験結果として無に帰るだけだった。

 ミサカ個人の意思というものを初めて教えてくれたのも、彼だった。

 そんな上条少年に妹達は好意を抱いた。

 彼が与えてくれた感情は、学習装置では得る事ができなかった唯一無二の貴重なデータだった。

 しかし、彼の周りにはいつもオリジナルがいた。気の知れた仲間達がいた。
 その人達はきっと、その誰もが彼にとって大切な存在に違いない。

 対して自分は九千人以上いるクローンのうちの一体に過ぎない。

 それならば己を認めてもらうには、それこそ唯一無二の存在になるしかない。

 10032号が認められなかった場合は、ミサカが御坂自身になればいい。

 彼女達の抱いた想いと歪んだ想いが交差してしまったとき、事件は起きた。

「本当に最後に、私達を生んでくれたお姉様にミサカは感謝と謝罪を述べます」

 最終調整など既に完了していたレールガンを打つと決めて、御坂妹は発射用の弾丸を握る手に力を込める。
 そしてミコトはゆっくりと、その引き金とでもいうべきデコピンを手のひらに置く。

「……、」

 この状況下でさえ、美琴は先程とってみせた姿勢を崩さない。まるで、この後自分がどうなるのか解っているかのように。

 御坂妹の指先が動く。


 ──────!!!!!!!  衝撃が走る。

 遅れて、パァンッ!!  という何かが弾ける耳障りな音が直線を走り抜ける。

179: 2010/04/26(月) 03:08:28.04 ID:3ClxNkQo
 十秒。いや三十秒か。それともレールガンが放たれてから一分以上は経過したのかもしれない。

 巻き上げられた粉塵によって視界が封じられる中、とある声の主が沈黙を破った。

「ふーっ、ギリギリ間に合ったか……?っと、それどころじゃないよな」

「おーい!ビリビリー!生きてるかー!!というか生きてたら返事ぐらいしてくれないと、
 上条さんはこれっぽっちも安心できないのですがっ!?」

「……、名前」 

「あ、なんだよ。すぐ近くにいたんじゃねーかよ!ったく、心配させやがって…!!
 無事なら無事ですって早く言っ……、あの、なぜにどうしてそんなに元気に放電していらっしゃるのでせうか…」

「こういう時ぐらいちゃんと名前で呼びさないよ!私にはちゃんと、御坂美琴っていう世界で私だけの可愛らしい名前があんのよ!!」

「ぎぃにゃあぁぁあああ!!お、お前な…せっかく助けにきた恩人に対してその態度はないのでは!?
 つーか、世界中を探したら同姓同名の人間ぐらい何十人もいるだろ!!」

「うるさいわね!助けに来るなら、さっさと来なさいってのよ!!」

「ふ、不幸だ。やっぱり俺は幸せにハッピーエンドを迎えるフラグがばっさり打ち消されてるんだー!?」


 仲睦まじいというと、語弊があるかもしれない二人をどこか羨ましそうに見つめる一つの視線。

 御坂妹は目の前で実際に起きた有り得ない出来事が、すぐには理解できなかった。

 理解できない失敗。分散処理によって導き出した結果では99.99987%の精度で命中する予定のレールガンはある障害によって命中しなかった。

 理解できない脅威。一般人の接近を感知するため周囲に展開していた磁場観測に対し、上条当麻が全く反応すらしなかった。

 理解したくない現実。自分があの御坂美琴のいる位置に立つ夢は二度と叶わないという絶望。

 彼女は分かってしまった。この幻想はもう終わりを迎えるのだと。

 「どうして、アンタが…ここにいんのよ」

 ここで、ふと気付く。

 美琴に対する嫉妬のためか、体から溢れるように放電していたはずの静電気が先程から出ていなかった。

180: 2010/04/26(月) 03:10:49.42 ID:3ClxNkQo
「やっと気付いたかよ?ハッ、お前等ってのは、いつでも冷静に物事を判断すンのが売りだと思ってたンだがなァ」

「むぅっ、下位個体への悪口と見せかけて、それって実は私への当て付けなの!?ってミサカはミサカは口を尖らせてみる」

「あァ!?馬鹿か……そんな訳ねェだろォが」

「むぅ」 (ほっぺたをふくらませる)

「なァ、おい!?違ェって言ってンだろォ!?……チッ、糞ガキ…俺が悪かった……だからもうその面はやめろ」

 事実、一方通行が言った言葉にそのような意味など微塵も含まれてはいなかったのだが。

 それでも打ち止めに過剰反応されてしまった事が耐えられないのか、渋々ながら一方通行は謝罪の言葉を吐き捨てた。

 すると突然に、打ち止めは何事もなかったかのように御坂妹の元へと移動しながら、

 打ち止め「そんなに慌てて訂正するかわいいアナタを尻目に、ミサカはミサカは本来の目的に移ってみたり」

 一方通行「な!?ちょっと待て!この、糞ガキ……舐めた真似してンじゃねェぞ!?」

 御坂妹は考えていた。上条当麻と御坂美琴のやり取りを、一方通行と打ち止めのやり取りを見て、ひたすら考えるしかなかった。

 どうして二人はあんなにも仲が良いんだろうか。

 どうして私は自分を大切に思ってくれる相手がいないんだろうか。

 どうして世界はこんなに───、

「それは違う、ってミサカはミサカは断じてみたり」

「……っ」

 いつの間にか御坂妹の正面に立っていた打ち止めは、真っ直ぐに御坂妹の顔を見上げて喋り続ける。

「あなたは自分が一人ぼっちだと考えているけど、それは違う。
 誰もあなたの事を思ってくれないなら、誰もあなたに関わったりはしない。
 あなたが欲しいと思った大切なものは、誰もが大切にしたいと考えているから。
 それでもあなたを止めたいと思ったのは、あなたのやり方が間違っているから。
 あなたはあなたを止めてくれる誰かを待っていたんじゃないの?
 ってミサカはあなたを含めた残りの妹達の記憶を参照しつつ、同意を求めてみる」

「……まァ、他人を犠牲にしてまで何かを手に入れるってのは、あんまり気持ちがイイもンじゃねえよなァ」

「最後の最後まで、この子に仮想レベル6を維持させるためにネットワークを極力使わないようにしていたのは誰だっけ?
 ってミサカはミサカはあなたの優しさに感謝していたり」

「たまたま使う理由がなかった。それだけだろォが!!勝手に勘違いしてンじゃねェぞ!?」

「お姉様を頃すのを止めるだけなら……もっと早い段階で上位命令を発行すれば済んだはずなのに」

181: 2010/04/26(月) 03:12:50.12 ID:3ClxNkQo
 下位個体は打ち止めからの上位命令に逆らう事は出来ない。

 ただ、一言。

「御坂美琴の殺害を停止せよ」あるいは「活動を停止せよ」と命令を出せば、10032号はその瞬間に無害な存在になっていたはずだ。

 しかし、打ち止めはそれを実行しなかった。

「もちろん、あなたのとった行動と記憶は全てミサカネットワークを通じてわたしにも伝わっていたよ。
 ってミサカはミサカはその理由を教えてあげたいんだけど……」

 チラリ、と打ち止めは一方通行の顔を確認するかのように見てから続けた。

「敢えてそれをしなかったのは、それじゃ意味がないんだって彼が教えてくれたから。
 過ちを犯してしまった人間は、その過ちの大きさを、罪深さを、痛みを心に刻みこまないと何も変わらないんだよ。
 ってミサカはミサカは彼の代わりに答えてみたり」
  
「……テメェも、止めろと言われて、ハイわかりましたァ、なんてのはスッキリしねェだろォが」

「それを私に分からせるために、アレを打たせた…?」

 上条が現れて美琴が生きているのを確認した時から、御坂妹の中でモヤモヤと理解できない何かが駆け巡っている気がしていた。

 もしもあのレールガンで美琴が氏んでいたとしたら、上条は誰よりも自分を責めるに違いない。大切な人を守れなかった自分自身を。

 そこに御坂妹が入り込む余地なんて無い。

 上条を悲しませる結果しか得られない未来を、今の今まで御坂妹は気付けなかった。

 だから美琴が生きていた事が彼女の心に痛みとして突き刺さったのだ。


 そして、今の彼女にとって最も大きな存在である少年がいつもと変わらない様子で彼女の所にやってくる。

「そっちの件ってのは済んだのか……一方通行」

「テメェか…あァ、もう用はねェよ……おィ、帰んぞ、チビ」

「えっ、もう帰っちゃうの!?ってミサカはミサカは名残惜しそうにあなたの後ろを慌てて追っかけてみたりー!」

「おっと、忘れる所でしたよ? 打ち止めー!サンキューな!!御坂妹に気付かれずに接近出来たのはお前のおかげなんだろ?助かったぜ」


「どーいたしましてー!って…ハァハァ…待ってっ…歩くのが早すぎない!?ってミサカはミサカは息を切らしつつ、やっと追いついたよ!」

182: 2010/04/26(月) 03:13:29.39 ID:3ClxNkQo
 上条のもとから離れた一方通行は、まるで今までは我慢していたかのように足下に反射能力を使いながら跳ぶように進んでいく。

「チッ…やっぱあいつの顔見てっとイライラしてくンだよなァ…」

「…?どうしたの、初恋でもしちゃったの? ってあなたの顔がちょっと赤い気がするけど気のせいだよね?
 ってミサカはミサカは心配そうにその白いお顔を覗いてみたり」

「黙れ」

「むぅー」 (ほっぺたをふくらませる)

「……無視」

「………無視だ」

「まだ何もいってないよ!?もぅ、あなたはミサカの事が嫌いなの?ってミサカはミサカはショックで嘘泣きをしてみたり!?」


 そんなやり取りをしながら一方通行たちは表舞台から姿を消した。

 残されたのは三人。

「それで……なんでまたこんな事になっちまったのか、お馬鹿な上条さんに分かるように説明してくれると嬉しいのですが?」

「悪いけど、アンタはちょっと黙っていなさい」

「……はい」

 物語の主人公っていったい何なんだろうなぁ、と上条当麻はついそんな事を考えてしまうのだった。

183: 2010/04/26(月) 03:16:05.80 ID:3ClxNkQo
「あ…その…」

「ん?」

 御坂妹は美琴に伝えなければならない事があるのだが、心の隅で何かが邪魔してどうしてもその言葉を紡げない。

「さっきの事なら、私は何にも気にしてないわよ?」

 紡げなかった言葉はそれじゃない。

「やりすぎちゃった感はあるけどさ、でもそれってアンタの気持ちがそれだけ強かったって事じゃないの?」

 もう、それ以上は。

「アンタはこいつの事が好きで好きでしょうがないんだから、素直にこいつにぶつけちゃえばいいのよ」

 やめて。

「私の事なんて気にする必要は───、」

「私にそんな資格なんかないっ!!私は、たった一人しかいないお姉様を殺そうとしたの!
 お姉様がいなくなって悲しむ人がいる事に気付けなかった!そんな私が幸せになろうだなんてっ…」

 美琴の言葉を遮って御坂妹は叫んだ。

 謝りたくても言葉では懺悔しきれない程の罪の深さ。もはやどう償えばいいかすら分からない程の心の痛み。

 それを知ってしまった以上は、叫ばずにいられなかった。

「……、」

「どうすればいいかなんて……わからないよ」

 御坂妹の目から涙がこぼれるのが見えて、美琴は思わず溜息をついてしまう。

 まるで自分が泣いているのを見ているかのようで、やるせなくなる気がした。

 本当なら上条に頼るつもりなど無かったのだが、仕方がない。

 二人の後ろで正座をしながら様子を伺っていた上条へ近づくと、そっと背中を叩いて彼の出番である旨を告げる。

「あの子の相手は任せるからね。ヘマしたら承知しないわよ、馬鹿」

「わかってる。あいつは必ず俺達の世界に連れて帰るって約束する。だから安心して待ってろ…美琴」

 そう言うと上条は美琴に背を向けて御坂妹の元へと歩き出す。

 上条の後ろには、顔を茹でたタコみたいに真っ赤にしながらうわ言のように何かを呟いている美琴の姿があった。

184: 2010/04/26(月) 03:17:52.78 ID:3ClxNkQo
 御坂妹はただ茫然とその場に立っていた。好意を抱いた人が目の前にいるというのに、なぜか嬉しくもなんともないのが悲しかった。

「なぁ……御坂妹。
 俺には妹や姉貴なんていないから、姉妹喧嘩っていうのがどういうものかよくわからない。
 けどな、これだけは俺にもわかる。
 どんなに相手の心に傷をつけちまったって、たとえどんなに悲しい想いをさせちまったって。
 必ず最後はニッコリ笑って仲直りできるのが姉妹ってもんだ!
 それができないっていうのなら、そんなのは姉妹なんかじゃねぇ!赤の他人も一緒じゃねーかよ!」

 それは本当の姉妹だから、血の繋がった本当の家族だから言える台詞だ、と御坂妹は上条の言葉を切り捨てる。

 それでも上条は止まらない。止まる事は許されない。彼女が戻ってこられるまで、上条は咆え続ける。


「おまえは、生まれてからこれまで一体何を見てきたんだ?
 捨てられてる猫を、何とかしてあげたくて俺に助けを求めたのは誰だよ!?
 脅えさせたくないから、猫を触りたくても触れなかったのは誰なんだよ!?
 おまえが本当は優しい奴だってことぐらい、俺は知ってるんだよ!!」

 いぬ。

 ダンボールに捨てられていた猫に御坂妹がつけた名前だ。

 歪んだ感情が生まれてしまった瞬間から、いぬは御坂妹を避けるようになってしまった。

 優しくなんてない、本当に優しい人間は大事な人を手に掛けたりはしない、と御坂妹は上条の言葉を切り捨てる。


「そうだな、お前は取り返しのつかない事をしちまった。だけどそれが何だっていうんだよ!
 確かに大事なモンを失くしたかもしれない。だからって、これからやれる事まで失った訳じゃねーだろ!?
 今すぐに全部まとめてやれって訳じゃねぇ!少しずつ時間をかけてでも、出来るものから始めればいいだけだろうが!!」

 上条は御坂妹の目を見て話しながら一歩、また一歩と近づいていく。

 御坂妹は目を逸らせない。上条の真剣な眼差しが決してそれを許さない。

 そしてついに、上条は伸ばせば御坂妹の肩へ手が届きそうな位置までやってきた。


「俺は何もしてやれないのに…偉そうな事を言って悪かったな。
 でもな御坂妹、お前が壊しちまったもんは……お前にしか直せないんだぜ」

 そう語りかけて、上条はポンっと右手を御坂妹の肩に載せた。

 ────何も起きない。

 異能の力ならば全てを打ち消す幻想頃しが作用するものなんて、ここには何もないのだから。

 しかし、上条の右手の暖かさを、まるで身体全体を包み込まれるかのような優しさをその身で感じた御坂妹は、
 心の奥底で何かがハンマーで打ち壊されたかのような衝撃を感じていた。

185: 2010/04/26(月) 03:22:51.53 ID:3ClxNkQo
 もはや言葉はいらなかった。 御坂妹は震えながら上条の胸元に抱きついて、泣いた。

 オリジナルとそのクローンによる一人の罪深い少年をめぐる世にも珍しい姉妹喧嘩は、ひとまずの終幕を迎えたようだった。



「それで、アンタ達はいつまでそうしているつもりなのかしら…?」

 これ以上は黙って見ていられないと言わんばかりに、
 美琴は妹に抱きつかれて固まっている上条の前までやってきて、両腕を組む怒りの姿勢を取っていた。

「えーと…これは何ていうか…状況的にこうなるのは百歩譲られて有り得るとゆーか…、
 名残惜しい気もしますが、先程から離れてくださるように頼んではいるのです!
 って、おい!!その手に持ってる見覚えのある黒い震えた剣状のモノは何なんでしょうか、御坂センセー!?」

「ふーん……御坂、ねぇ…?」

「は、はい?…えーと、さっきのは親しみを込めてビリビリって呼ぶのが正解だったのでせうか…?」

「んな訳あるかぁぁぁぁ!!! 氏ね!三回ぐらいまとめて氏ねっ!」

「は、早く離れろ!御坂妹!! このままじゃ二人とも本当に、合わせて6回は氏んじまうぞ!!」 

 顔はよく見えなかったが、しっかりと胸元に抱きついてくる御坂妹が一緒にいては思うように右手でアレを防ぐ事もできない。

「その要望は却下します、とミサカはこの状況を一秒でも長く維持したいという気持ちを素直に表します」

「な、何言ってるのよアンタは…!さっき、その資格がないとか言ってたわよね!?」

「何の事でしょうか記憶に一切ありません、とミサカは嫉妬されているお姉様を尻目にこの状況を満喫します」

 フフフ、と御坂妹が恐らく笑ったように見えたのは美琴の見間違いなどではない。

 ──ブチッ。

「冗談もほどほどにしないと、温厚な私も本気で怒るわよー?」

 さっき既に何かが切れたような音がしたのは気のせいだろうか。

 上条は美琴の泣く子も黙るニコニコ笑顔を見ながらそんな事を考えていた。

「……ですが、あなたを困らせてまでする必要はありませんね、とミサカは渋々ながらあなたから離れます」

「助かった……、しかし女の子ってのはやっぱり男に比べたら小さいもんだよなぁって上条さんは再認識したというか、ドキドキしちゃいましたよ?」

「……?アンタは、む、胸とか小さいほうがいいの…?でも男より小さいって…?」

186: 2010/04/26(月) 03:25:06.11 ID:3ClxNkQo
 上条の台詞に引っかかる要素があるとすれば、それより後の部分だったりするのだが。

 幸いにも美琴はそこに気付く事はなく、むしろ間違った方向にドリフトしていた。
 
「それはねーよ、とミサカは容赦なく切り捨てます。」

美「……!!」ミ「……。…、…。」

美&ミ「……!!!」


上条「まったく、何をやってんだろうな」


 御坂妹から開放された上条は、気付かれないようにそっとその場を離れた。

 離れても聞こえてくる2人の御坂の会話を聞き流しながら、大きく息を吸い込む。

 そして、今日起きた色々な出来事を全部吐き捨てるかのように肺を空っぽにする。

上条「全部が全部、すぐに元通りって訳にはいかねーか」

 それでも上条は信じる。

 きっと、今まで以上に仲良くなれるはずの双子の姉妹を。

 今まで以上に強い絆で結ばれるだろう一万人の姉妹を。
 
 最後に、思い出す。

 否、思い出してしまった。
 
 上条当麻の住む部屋の中で、昼間から何も食べずに主人の帰りを待つ妹<シスター>の事を。


no title
 終わり

187: 2010/04/26(月) 03:27:34.81 ID:3ClxNkQo
空気を読まないSSでごめんなさい。書き手が空気みたいなモンだから仕方ないんだよ!

引用: ▽ 【禁書目録】「とあるシリーズSS総合スレ」【超電磁砲】