1: ◆zOmEgane2k 2018/02/22(木) 20:21:52.89 ID:9a+VV6a70
彼の手が好きだ。
私を撫でる彼の手が好きだ。
彼に触れられると、
じんじん、暖かくなって、
ぴりぴり、電気が走るようで、
きりきり、切なくなってしまう。
それを我慢しきれずに、身を強張らせてしまうと
彼は、ばつが悪そうに手を離してしまうのだ。
……もっと、撫でてください。
そう思って、
すりすり、彼に身を寄せてみても、
この気持ちが伝わったことはない。
たった一言お願いするだけで済む話なのかもしれないけど、
それくらい、わかってほしい。
伝わらないのは、単に、彼が鈍いからなのか、
それとも。
私を撫でる彼の手が好きだ。
彼に触れられると、
じんじん、暖かくなって、
ぴりぴり、電気が走るようで、
きりきり、切なくなってしまう。
それを我慢しきれずに、身を強張らせてしまうと
彼は、ばつが悪そうに手を離してしまうのだ。
……もっと、撫でてください。
そう思って、
すりすり、彼に身を寄せてみても、
この気持ちが伝わったことはない。
たった一言お願いするだけで済む話なのかもしれないけど、
それくらい、わかってほしい。
伝わらないのは、単に、彼が鈍いからなのか、
それとも。
2: 2018/02/22(木) 20:23:29.31 ID:9a+VV6a70
●
●
●
朝早くから劇場に連れられてきた私は、事務室のソファーで、彼が仕事をしているのをぼーっと眺めていた。
最近の彼は忙しい。夜も寝る直前まで、パソコンに向かって作業をしている。
どうせにらめっこするなら、パソコンより、もっと楽しい相手がいるんじゃないですか。ここですよ。ここ。
「プロデューサー、おなかがすきました」
しかし、私は、考えていたのと違うことを言う。
反応はない。
もともと、人に気付いてもらうのが少し苦手なのである。
別にそれで困ったことはない。
……なかったのである。
「プロデューサー」
もう一度呼びかけてみる。
「んー?」
生返事が返ってきた。
一歩前進。やったぞ。
「あの、お忙しいでしょうか?」
彼は手を止めて、首を傾ける。
「……ああ、おなかがすいたのかな」
「正解です。ぴんぽん」
彼は私をしばらく見つめた後で、デスクの引き出しを開ける。しばらくの間、何かを探していた。
3: 2018/02/22(木) 20:24:29.32 ID:9a+VV6a70
「何もないなぁ」
彼は時計を見る。
「すまないが、もう少しだけ、待っててくれ」
右手で「待て」の仕草を見せて、彼は再び、仕事に戻ってしまった。
私は犬じゃありませんよ?
そう言ってやりたいのを抑えて、彼が見ていないところで、伏せのポーズをしてみた。
よし、犬もいけるぞ。
「……この書類だけは今日中に出せって言われててなー」
彼は、モニタから目を離さずに言う。
「この企画が通れば、お前ももう少し劇場に馴染めると思うんだ。だからな……」
どうやら、今日は機嫌が良いようである。
彼の仕事の内容は、実は、よくわからない。
それでも今の言葉が、私のことを思ってのものだということは、なんとなく伝わってくる。
そう、
話していることの意味が伝わらなくても、伝わるものがある。
そんな微かな、あたたかいものを、
最近の私はとても大切にするようになった。
彼は時計を見る。
「すまないが、もう少しだけ、待っててくれ」
右手で「待て」の仕草を見せて、彼は再び、仕事に戻ってしまった。
私は犬じゃありませんよ?
そう言ってやりたいのを抑えて、彼が見ていないところで、伏せのポーズをしてみた。
よし、犬もいけるぞ。
「……この書類だけは今日中に出せって言われててなー」
彼は、モニタから目を離さずに言う。
「この企画が通れば、お前ももう少し劇場に馴染めると思うんだ。だからな……」
どうやら、今日は機嫌が良いようである。
彼の仕事の内容は、実は、よくわからない。
それでも今の言葉が、私のことを思ってのものだということは、なんとなく伝わってくる。
そう、
話していることの意味が伝わらなくても、伝わるものがある。
そんな微かな、あたたかいものを、
最近の私はとても大切にするようになった。
4: 2018/02/22(木) 20:25:26.97 ID:9a+VV6a70
「プロデューサーさーん」
事務室のドアが開き、美咲さんが元気よく飛び込んできた。
「青羽さん、お疲れさまです」
「企画書の調子はどうですか?」
「あとは、細かいチェックだけです」
「どれどれ?」
美咲さんはプロデューサーの後ろに回り込んで、モニタを覗きこむ。
「……プロデューサーさん、もしかして英語苦手ですか?」
「自慢じゃありませんが、センター試験は60点でしたね」
「6割なら、悪くはないんでしょうかね?」
「200点満点です」彼は指を三本立てた。「数学は得意なんですよ。60/200が何割か一瞬で計算できます」
「とても納得しました。一ページ目から"THE@TAR BOOST"と書いてあったので、ちょっと頭が痛くなってきたところです」
「なんか間違ってます?……英語って同じような発音なのに沢山綴りがあったりするでしょう。不便ですよね」
「中学生レベルのことを言わないでください……あああ二ページ目も間違ってる。切り裂きジャックでも出るんですか?これ。どうして一番大事なタイトル間違っちゃうんですかぁ!」
「まあまあ、落ち着いて」
「誰のせいだと……」美咲さんは額に手を当てた。
事務室のドアが開き、美咲さんが元気よく飛び込んできた。
「青羽さん、お疲れさまです」
「企画書の調子はどうですか?」
「あとは、細かいチェックだけです」
「どれどれ?」
美咲さんはプロデューサーの後ろに回り込んで、モニタを覗きこむ。
「……プロデューサーさん、もしかして英語苦手ですか?」
「自慢じゃありませんが、センター試験は60点でしたね」
「6割なら、悪くはないんでしょうかね?」
「200点満点です」彼は指を三本立てた。「数学は得意なんですよ。60/200が何割か一瞬で計算できます」
「とても納得しました。一ページ目から"THE@TAR BOOST"と書いてあったので、ちょっと頭が痛くなってきたところです」
「なんか間違ってます?……英語って同じような発音なのに沢山綴りがあったりするでしょう。不便ですよね」
「中学生レベルのことを言わないでください……あああ二ページ目も間違ってる。切り裂きジャックでも出るんですか?これ。どうして一番大事なタイトル間違っちゃうんですかぁ!」
「まあまあ、落ち着いて」
「誰のせいだと……」美咲さんは額に手を当てた。
5: 2018/02/22(木) 20:27:03.99 ID:9a+VV6a70
「わかりました、早めに出していただければこちらでチェックします。三時くらいには読めますか?」
「……ええ、はい、もちろん。それくらいに出すつもりでした」
彼は不穏な空気を感じ取ったのか、真剣な表情を作る。「前向きに善処します」
「お願いしますよ」
美咲さんはプロデューサーを睨んでみせる。
けど、すぐに笑顔になった。
「それはともかく、お昼ご一緒しませんか?今日、お弁当忘れてきちゃって」
「え?……ああ、いや……」
彼は一瞬ためらうような素振りを見せてから、答える。「……真壁さんと先約がありまして」
「おやおや」
美咲さんは横目でこちらを見た。
「あらあら、まあまあ……」
「あの、申し訳ありません」
「それは……ええ、三人で事務所を空けるわけにはいきませんし、仕方ないですね」
「仕方ないですね」彼は適当に相槌を打つ。
「お邪魔すると馬に蹴られたり猫に引っ掛かれたり大変ですからねー」
「……何が言いたいのかさっぱりわかりませんが。あの、今度埋め合わせはしましょう」
「書類のチェック料プラス、口止め料ですからね」美羽は舌を出す。「覚悟しといてください」
「前向きに善処します」
「じゃあ、コンビニでお弁当でも買ってきますねー」
「すいません」
「何奢ってもらおうかなぁー。楽しみだなぁ。ではでは、行ってきまーす」
部屋を出るときに美咲さんはこちらにウィンクしてみせた。
「行ってらっしゃい」私はそれに応える。
「……ええ、はい、もちろん。それくらいに出すつもりでした」
彼は不穏な空気を感じ取ったのか、真剣な表情を作る。「前向きに善処します」
「お願いしますよ」
美咲さんはプロデューサーを睨んでみせる。
けど、すぐに笑顔になった。
「それはともかく、お昼ご一緒しませんか?今日、お弁当忘れてきちゃって」
「え?……ああ、いや……」
彼は一瞬ためらうような素振りを見せてから、答える。「……真壁さんと先約がありまして」
「おやおや」
美咲さんは横目でこちらを見た。
「あらあら、まあまあ……」
「あの、申し訳ありません」
「それは……ええ、三人で事務所を空けるわけにはいきませんし、仕方ないですね」
「仕方ないですね」彼は適当に相槌を打つ。
「お邪魔すると馬に蹴られたり猫に引っ掛かれたり大変ですからねー」
「……何が言いたいのかさっぱりわかりませんが。あの、今度埋め合わせはしましょう」
「書類のチェック料プラス、口止め料ですからね」美羽は舌を出す。「覚悟しといてください」
「前向きに善処します」
「じゃあ、コンビニでお弁当でも買ってきますねー」
「すいません」
「何奢ってもらおうかなぁー。楽しみだなぁ。ではでは、行ってきまーす」
部屋を出るときに美咲さんはこちらにウィンクしてみせた。
「行ってらっしゃい」私はそれに応える。
6: 2018/02/22(木) 20:28:26.50 ID:9a+VV6a70
「……さて、昼休みまで、あと15分というところかな」
そう言ったきり、彼は黙った。
彼なりに集中しているようだ。
私は、美咲さんのことを考える。
プロデューサーは、美咲さんと話すときは態度が違う。
距離が違う。
ああいう軽口の応酬に意味なんかないとしても、
いや、意味がないからこそ、
それこそが、コミュケーションの本質で、
人間らしさというのは、そういう無駄の積み重ねでできているのかもしれない。
それは、明らかに、私には足りないもので、
たぶん、どんなに頑張っても、手に入らないような気がしていた。
私は、プロデューサーとの距離を考える。
返答もなく、答えもない。
言わないのではなく、言わない。
意味がないのではなく、意味があってはいけない。
それが、プロデューサーがギリギリ保とうとしている、二人の距離。
何回計算をやり直しても、
路地裏に迷い込んだ子猫のように、
いつもその薄暗い行き止まりに辿り着く。
私は首を振って、こっそり、ソファを降りる。
そう言ったきり、彼は黙った。
彼なりに集中しているようだ。
私は、美咲さんのことを考える。
プロデューサーは、美咲さんと話すときは態度が違う。
距離が違う。
ああいう軽口の応酬に意味なんかないとしても、
いや、意味がないからこそ、
それこそが、コミュケーションの本質で、
人間らしさというのは、そういう無駄の積み重ねでできているのかもしれない。
それは、明らかに、私には足りないもので、
たぶん、どんなに頑張っても、手に入らないような気がしていた。
私は、プロデューサーとの距離を考える。
返答もなく、答えもない。
言わないのではなく、言わない。
意味がないのではなく、意味があってはいけない。
それが、プロデューサーがギリギリ保とうとしている、二人の距離。
何回計算をやり直しても、
路地裏に迷い込んだ子猫のように、
いつもその薄暗い行き止まりに辿り着く。
私は首を振って、こっそり、ソファを降りる。
7: 2018/02/22(木) 20:30:06.00 ID:9a+VV6a70
「……よし、こんなもんでいいだろー」
宣言通りのほぼ15分後、独り言とともに、彼は大きく伸びをした。
「プロデューサー」
私は背後から忍び寄り、声をかけた。
「ん?」
振り返るその隙に、私は彼の正面に回り込む。
「と見せかけて、前から、どーん!」
そのまま、机の下から思いきり飛び出した。
「わっ?」
後ろにのけぞった彼の膝上に、勢いのまま飛び乗る。
そのまま、彼の胸に顔をこすりつける。
「ごめんなさい、驚かせてしまいましたね。心臓、どくどくいっています」
「……なんだ、今日は随分甘えん坊さんだな」
いつもと違う声の低さから、彼の困惑が伝わってくる。
「私はいつも甘えん坊なんです。知らなかったでしょう?」
「どうしたの?」
「もっと、かまってください。褒めてください。撫でてください」
彼は少しだけ悩んだあと、私の頭を優しく撫でてくれた。「これで、いいのかな?」
泣きたいはずなのに、涙は出ない。
けれど、今、きっと、私は笑っているはず。
「プロデューサー、らぶです。すきです。あいしています」
そう、
彼の声が好きだ。
彼の匂いが好きだ。
私を撫でる、彼の手が好きだ。
「おねがいです。ずっと、一緒にいてください。九回、生まれ変わっても、わたしは、貴方のそばにいたいです」
彼の瞳に、私が映る。
そのまま、彼の顔がゆっくり近づいてくるのを見て、
私は、そっと、目を閉じた。
宣言通りのほぼ15分後、独り言とともに、彼は大きく伸びをした。
「プロデューサー」
私は背後から忍び寄り、声をかけた。
「ん?」
振り返るその隙に、私は彼の正面に回り込む。
「と見せかけて、前から、どーん!」
そのまま、机の下から思いきり飛び出した。
「わっ?」
後ろにのけぞった彼の膝上に、勢いのまま飛び乗る。
そのまま、彼の胸に顔をこすりつける。
「ごめんなさい、驚かせてしまいましたね。心臓、どくどくいっています」
「……なんだ、今日は随分甘えん坊さんだな」
いつもと違う声の低さから、彼の困惑が伝わってくる。
「私はいつも甘えん坊なんです。知らなかったでしょう?」
「どうしたの?」
「もっと、かまってください。褒めてください。撫でてください」
彼は少しだけ悩んだあと、私の頭を優しく撫でてくれた。「これで、いいのかな?」
泣きたいはずなのに、涙は出ない。
けれど、今、きっと、私は笑っているはず。
「プロデューサー、らぶです。すきです。あいしています」
そう、
彼の声が好きだ。
彼の匂いが好きだ。
私を撫でる、彼の手が好きだ。
「おねがいです。ずっと、一緒にいてください。九回、生まれ変わっても、わたしは、貴方のそばにいたいです」
彼の瞳に、私が映る。
そのまま、彼の顔がゆっくり近づいてくるのを見て、
私は、そっと、目を閉じた。
8: 2018/02/22(木) 20:33:56.48 ID:9a+VV6a70
。。
゚●゜
。。
゚●゜
。。
゚●゜
騒ぎ疲れて眠ってしまった彼女を撫でて、プロデューサーはため息をつく。
そのままの体勢でキーボードを打とうとして、腕を精一杯伸ばしてみた。そして、諦めた。
仕事自体はこなしているつもりではある。
しかし、彼女と事務所でこうしてじゃれあっている、という証拠は確実に残ってゆく。
散らかったものは片付ければ良いが、
例えば、匂いはなかなか消しきれない。篠宮可憐は最近、この事務室を露骨に避けている。
机やソファについたひっかき傷に気付けば、秋月律子や田中琴葉あたりも渋い顔をするに決まっている。
このままでは、そのうち、『事務所で猫を飼ってはいけません』という不名誉な貼り紙が追加されることになるだろう。
9: 2018/02/22(木) 20:36:03.92 ID:9a+VV6a70
膝の上の子猫をそっと抱えて、彼は立ち上がった。
野良猫は、人にはあまり懐かない。
人に飼われた形跡がないこの子猫は、何らかの刷り込みでプロデューサーを親だと思っているのではないか……と言ったのは、我那覇響である。
その推測が正しいかはともかく、
自分に愛情を向ける存在を裏切るようなことは、あまりしたくない。
あくまで一般論としてだ。
まずはあの「三姉妹カフェ」の企画を形にして、
役作りだなんだと言って、無理矢理子猫の居場所を作る。
その後は、どうしようか。
時計は一時を指している。
そのまま彼女をソファに寝かせて、隣の仮眠室に忍び込む。
「瑞希、そろそろご飯に行くよ。起きてくれ」
控えめに呼びかける。
反応はなかった。
静かにベッドへと近づく。
真壁瑞希は、まだ夢の中にいるようだ。
寝顔を見ながら無意識に頭を撫でようとして、彼は慌てて手を止めた。
……どうも、猫のせいで、癖になっているな。
そのまま肩に手を当てて、ゆっくり揺すってやる。
「みーずーきー、おきろー」
瑞希はされるがままで、手応えがない。
ふむ。
どうしたものか。次の手を考えようとしたとき、彼の背後から呼びかける声があった。
『眠り姫は、悪い魔女の呪いによって、長い眠りについてしまいました』
野良猫は、人にはあまり懐かない。
人に飼われた形跡がないこの子猫は、何らかの刷り込みでプロデューサーを親だと思っているのではないか……と言ったのは、我那覇響である。
その推測が正しいかはともかく、
自分に愛情を向ける存在を裏切るようなことは、あまりしたくない。
あくまで一般論としてだ。
まずはあの「三姉妹カフェ」の企画を形にして、
役作りだなんだと言って、無理矢理子猫の居場所を作る。
その後は、どうしようか。
時計は一時を指している。
そのまま彼女をソファに寝かせて、隣の仮眠室に忍び込む。
「瑞希、そろそろご飯に行くよ。起きてくれ」
控えめに呼びかける。
反応はなかった。
静かにベッドへと近づく。
真壁瑞希は、まだ夢の中にいるようだ。
寝顔を見ながら無意識に頭を撫でようとして、彼は慌てて手を止めた。
……どうも、猫のせいで、癖になっているな。
そのまま肩に手を当てて、ゆっくり揺すってやる。
「みーずーきー、おきろー」
瑞希はされるがままで、手応えがない。
ふむ。
どうしたものか。次の手を考えようとしたとき、彼の背後から呼びかける声があった。
『眠り姫は、悪い魔女の呪いによって、長い眠りについてしまいました』
10: 2018/02/22(木) 20:37:35.88 ID:9a+VV6a70
「……それは、たいへんだ」
理解のため懸命に頭を働かせる。
これはナレーションか。
かなり近くで見ているのに、瑞希の唇は動いていない。
何度見ても素晴らしい技術である。欠点は、ステージ上で映えないことくらいだ。
もし彼女がアイドルでなければ、腹話術師でもやっていけるだろう。
もし彼女がアイドルでなければ。
その仮定は危険なように思えたので、それ以上考えるのをやめる。
『眠り姫を起こすための方法は、ただひとつ……」
「……キス以外で頼む」
『……、……頭を撫でてあげれば良いと思いますよ』
プロデューサーは苦笑する。「腹話術は知っているが、目を閉じたままものを見る技術はなんて言うんだろうね?」
『以心伝心ですかね。さあ、本人の合意の上ですから、ガッとやってしまってください』
「駄目だ。髪が乱れるからな」
『ぶっぶー。ダウトです』
「このナレーション、厳しすぎないか?」
『眠り姫が髪を切ってきたって、一度だって、気付いてくれたことなんてない王子様だったのです』
「ぐうの音も出ないプロデューサーだったのでした」
彼は笑う。
彼女は笑わなかった。
しばらくの沈黙。
しかし、プロデューサーの手は動かない。
理解のため懸命に頭を働かせる。
これはナレーションか。
かなり近くで見ているのに、瑞希の唇は動いていない。
何度見ても素晴らしい技術である。欠点は、ステージ上で映えないことくらいだ。
もし彼女がアイドルでなければ、腹話術師でもやっていけるだろう。
もし彼女がアイドルでなければ。
その仮定は危険なように思えたので、それ以上考えるのをやめる。
『眠り姫を起こすための方法は、ただひとつ……」
「……キス以外で頼む」
『……、……頭を撫でてあげれば良いと思いますよ』
プロデューサーは苦笑する。「腹話術は知っているが、目を閉じたままものを見る技術はなんて言うんだろうね?」
『以心伝心ですかね。さあ、本人の合意の上ですから、ガッとやってしまってください』
「駄目だ。髪が乱れるからな」
『ぶっぶー。ダウトです』
「このナレーション、厳しすぎないか?」
『眠り姫が髪を切ってきたって、一度だって、気付いてくれたことなんてない王子様だったのです』
「ぐうの音も出ないプロデューサーだったのでした」
彼は笑う。
彼女は笑わなかった。
しばらくの沈黙。
しかし、プロデューサーの手は動かない。
11: 2018/02/22(木) 20:38:39.62 ID:9a+VV6a70
何事もなかったかのように、瑞希は上半身を起こして、こちらを向いた。
「……結局、言葉にしても、伝わらないことって、あるみたいですよね」
「伝わっても、思い通りにならないこともあるよ」
「髪を切ったことに気付いても、何も言えないみたいに?」瑞希は首を傾けた。「誰のせいでしょうね?」
「誰かのせいにできれば楽なのに、と思うことばかりだ」
17歳の子にするような話ではないか、と彼は思い直した。「どうしたの?」
「……いえ、昔の夢を、見たものですから」
瑞希は不意に天井を見上げる。
プロデューサーが視線の先を追っても、そこには何もなかった。
「……結局、言葉にしても、伝わらないことって、あるみたいですよね」
「伝わっても、思い通りにならないこともあるよ」
「髪を切ったことに気付いても、何も言えないみたいに?」瑞希は首を傾けた。「誰のせいでしょうね?」
「誰かのせいにできれば楽なのに、と思うことばかりだ」
17歳の子にするような話ではないか、と彼は思い直した。「どうしたの?」
「……いえ、昔の夢を、見たものですから」
瑞希は不意に天井を見上げる。
プロデューサーが視線の先を追っても、そこには何もなかった。
12: 2018/02/22(木) 20:40:57.16 ID:9a+VV6a70
おしまい。
くだらん駄洒落が今日のうちに形になってよかった。
猫の手がずれてしまったのが唯一の心残りです。
ではでは。
14: 2018/02/28(水) 11:11:29.14 ID:P42gty8PO
すっかり騙されてしまった
読み返すとたしかにたしかに
面白かったわ
乙
読み返すとたしかにたしかに
面白かったわ
乙
コメントは節度を持った内容でお願いします、 荒らし行為や過度な暴言、NG避けを行った場合はBAN 悪質な場合はIPホストの開示、さらにプロバイダに通報する事もあります