128: 2008/12/31(水) 06:39:52 ID:wxzFxxEo
「坂本さん、お正月と言ったら勿論、お餅ですよね!」
芳佳の元気な一言で、全てが始まった。
「餅か。宮藤、お前は前にも少し作ったよな」
「ええ。でもせっかくのお正月ですから、ここはひとつ新しいのを作りましょう。鏡餅ですよ」
「なるほど。そう言えば私もここに来てからは一度も鏡餅を作ったり飾ったりした事がなかったな」
「じゃあ早速、扶桑海軍の連絡所に行って来ますね。餅米分けて貰って来ます」
「私も一緒に行こう。その方が色々と早いだろう。杵と臼も忘れないようにな」
「はい!」
ふたりはミーナからジープを借りると、扶桑海軍連絡所の有るロンドン目指して走った。

暫くして二人は大量の餅米と、杵、臼などの様々な道具を持ち帰った。
「これは?」
見た事もない木製の道具各種を眺めるペリーヌ。
「今からお餅を作るんです」
「お餅……あの、やたらと粘着性の有る、あの“餅”を?」
ルッキーニ誕生日祝いの席で、きなこ餅でむせた苦い記憶が甦る。
「どうしたペリーヌ。餅は嫌いか?」
「いいえとんでもない! 高カ口リーで優れた携帯保存食と聞いております」
「さすがだなペリーヌ。確かにそう言う捉え方も出来るな」
芳佳は慣れた様子で餅米を磨いでから十分に水に浸すと、蒸し器を用意して餅米を蒸す準備に取り掛かった。

やがて十分に蒸された餅米が運び込まれ、これまた丁寧に準備された臼の中に放り込まれた。
手つき用の水も準備万端。芳佳はぐいぐいと杵を使って餅米を臼の中でならして、粘りを出していく。
頃合いを見計らって、芳佳は杵を、美緒に刀の如く丁寧に差し出した。
「坂本さん、お願いします!」
「よおし、いっちょうついていくか!」
料理下手な美緒と言えど、餅つきには妙な自信が有った。杵の振り方は……見た目は剣の素振りと大差ない。
これなら行ける。美緒は妙な確信を持ち、杵を握った。
「よいさ!」
「ほいさ!」
「よいさ!」
「ほいさ!」
初めてとは思えぬ見事なコンビネーション。軽快に餅つきが始まった。
しかしこの扶桑の魔女達……、二人揃ってノリノリである。
台所から妙な掛け声が聞こえて来るので、他の隊員達が皆何事かと集まってきた。
「芳佳ぁ、何の遊び?」
「これはね、お餅をついているの」
「お餅? この前のきなこ餅?」
「あれもそうだけど、今回はお正月用」
「色々あるんだ」
「うん」
「エイラ、あれ……」
「アア。タイミング間違えたら宮藤の手ガ……」
「それにしても凄いね。スリリングと言うか」
美緒は色々と感想を述べる隊員達を目の前にして、豪快に笑った。
「これが扶桑の餅つきだ。よく見ておくんだ。よし、もういっちょ行くぞ宮藤!」
「はい!」
「よいさ!」
「ほいさ!」
「よいさ!」
「ほいさ!」
ぺったんぺったんとお餅が出来ていく。芳佳の手水も絶妙なタイミングで、美緒のスイングをアシストしている。
「米を加工するとこんな形状に変質するのか。不思議だな」
トゥルーデが真面目に観察している。
「お米をそのまま食べるんじゃダメなのかな?」
エーリカの疑問。
「ああする事に何か意味が有るんだろう。よくは知らないが」
「ふ~ん」

129: 2008/12/31(水) 06:40:45 ID:wxzFxxEo
「坂本少佐、随分と熱心ね」
「おおミーナ。来る新年の為に、鏡餅をな」
「鏡餅?」
「正月の、新年の祝いだよ。扶桑では餅を重ねて、祝うんだ。そう言う風習がある」
「なるほど」
「よおし宮藤、まずはひとつめ完成だ!」
「はい!」
芳佳はこれまた慣れた手つきで臼から餅を取り出すと、餅取り粉をまぶしてある台の上にびろーんと広げた。
「芳佳ちゃん、手伝う事有る?」
リーネが芳佳の傍にやってきて聞いた。
「うーん、慣れないと熱くてやけどするから、まずは私がやるよ」
「分かった」
「宮藤、うまく丸い形にしろよ」
「大丈夫です」
素早く餅取り粉をうすくまぶしつつ、綺麗なまるを作っていく。
「よおし、次は二つ目いくか」
「はい!」
「……ん? どうしたバルクホルン、興味ありげだな」
「え? いや、私はただ見てただけで」
「遠慮するな。いっちょついてみろ」
「は、はあ」
「最初は宮藤がやってくれる。つき頃になったら杵を渡してくれるから、やってみろ。宮藤の手を叩くなよ?」
わっはっはと笑う美緒。芳佳は蒸し器からふたつめの餅米を出し、捏ねて下準備をした。
「出来ました。バルクホルンさん、どうぞ」
「これか……」
渡されたので手にしたが、予想以上に重い。木で出来た道具だが、水を吸っているから重いのかと推測する。
「バルクホルン、早くしないか。餅が固くなるぞ?」
「ああ、はい」
「いつでも大丈夫ですよ。声掛けますから、タイミングよくついてください」
「分かった」
「はい!」
「うりゃあ!」
「はい!」
「おりゃあ!」
「はい!」
「えりゃあ!」
「……バルクホルンさん、そんなに力入れなくて良いです。臼割れちゃいますよ」
「何? す、すまん」
「トゥルーデってば、力入りすぎなんだって」
見ていたエーリカが後ろから茶々を入れる。
「これ結構重いんだぞ?」
「よし、じゃあ次はペリーヌ、やってみるか」
美緒からの突然の指名に驚くペリーヌ。
「わ、わたくしが、ですか?」
「お前もガリアの剣術の使い手だろう? 少し勝手は違うが、出来ぬ事はない」
「は、はい……」
トゥルーデから杵を渡される。はやり想像以上の重さによろけてしまい、思わず使い魔の耳と尻尾が出る。
「ウジャー そんなにあの道具重いの?」
「それだけじゃなさそうだけどな」
ルッキーニの問いに、シャーリーはニヤニヤしながら答え、様子を見ている。
やり方が分からずおろおろするペリーヌを見て、美緒が手を添え、身を近付けて丁寧に指導する。
「ほら、こうして持つんだ」
緊張か興奮か幸福か、ペリーヌの尻尾の先端がぴんと張り、先が毛羽立った。
「そう。そうして、杵の重さを利用して、振り下ろす……宮藤、良いか?」
「大丈夫です」
「よし、行くぞ」
「は、はい」
完全に声が裏返っているペリーヌ。

130: 2008/12/31(水) 06:41:43 ID:wxzFxxEo
「どうぞ」
「それ行け!」
「あれ!」
「はい!」
「もう一度、それ」
「ひっ」
「はい」
「もう一回」
「あわわ……」
余り力が入っていない様子に、芳佳は首を振る。
「ペリーヌさん、せめてもうちょっと力入れて貰わないと」
「こ、これでもわたくし精一杯やっているのですよ!?」
「いや、無理強いして悪かったなペリーヌ。ちょっと餅つきを体験させてやりたかったんだが。許せ」
「と、とんでもない少佐! それはもう貴重な経験でしたわ」
「貴重、ねえ」
ニヤニヤしているシャーリー。
「あたしもやる~」
「ルッキーニちゃん、杵結構重いよ?」
杵を渡される。
「おお~ホント。思ったよりも重いね。重心もトップヘビー過ぎ」
「銃と一緒にするな」
苦笑する美緒。
「出来るか?」
「ウニャ やってみる」
「良いよ、ついてついて」
ルッキーニはよろけながらもすぐにコツをつかみ、餅をぺたぺたとついていく。
「ルッキーニちゃん、うまいね」
「ホント? もっとやろうかな」
「あんまりやると、身体痛めるぞ? あたしに貸してごらん」
シャーリーが替わり、結構慣れた手つきでぺたんぺたんと餅をつく。
「なるほど、ハンマーで木杭を打つ動作にちょっと似てるね」
「シャーリーさん、木杭打った事有るんですか?」
「いや、なんとなく」
「エイラ……」
「サーニャはダメダ。あれは危険ダゾ」
後ろで微笑ましく見ていたミーナが、美緒に近付いた。
「私も試して良いかしら?」
「おお。やってみるか? 結構力要るぞ?」
「大丈夫」
「じゃあ、早速……ぎゃあ!」
芳佳が悲鳴を上げた。餅つきの前の手水を入れた瞬間、ミーナがいきなり杵を下ろしたのだ。
息を呑む一同。ひとり平然と杵を持つミーナ。
「あらあら」
「ミーナ、タイミングをよく確認しないと……。あれじゃ宮藤は確実に打たれるぞ」
「ごめんなさいね宮藤さん。大丈夫?」
「お餅がクッションになったから……何とか」
「どれ。あと少しだ。宮藤、我慢して一気に仕上げるぞ」
「は、はい」
ミーナから杵を預かる美緒。
美緒と芳佳は二人は高速で餅をつくと、台の上に広げ、円の形を作った。
芳佳はそれが終わるとリーネに付き添われて医務室へ向かった。骨は折れていないと思うが、打撲している筈だ。
「私、自己治癒出来たかな……」
「芳佳ちゃん、大丈夫?」
「多分……」
右手を押さえながら、芳佳とリーネは台所から一旦退場した。
「よし、餅は出来た。次は鏡餅だな」
見事に円形に出来ている。形も大小有り、ちょうど重ねると良い具合になっている。
「あとは、少し固まったら上に載せて、飾りを付ければ大丈夫だ」
美緒は頷いた。

131: 2008/12/31(水) 06:42:46 ID:wxzFxxEo
「坂本さん、次は蕎麦を作りましょう」
いつの間にか手の打撲が完治した芳佳が、美緒に言った。
「そう言えば、年越しと言えば、蕎麦だな」
「ええ。さっきお餅を貰う時に、そば粉も貰って来てるんです」
「じゃあ早速作るか。頼むぞ宮藤」
「はい」
「……そう言えば宮藤、手は大丈夫か?」
「はい。単にかすり傷だったみたいで。冷やしてたら治りました」
「私にはそうは見えなかったが……まあ、無理はするなよ?」
「任せて下さい」
芳佳はそば粉と小麦粉を混ぜ、水を少量足しながら、ゆっくりと力を入れて捏ねていく。
「粘土遊びみたいだね」
暇そうに見ていたルッキーニが横から口を出す。
「美味しいんだよ? ルッキーニちゃんの国の手打ちパスタに近いかもね。歯応え違うけど」
「へえ~。扶桑の料理って変わってるね」
「あはは。そうかな」
「こうやって見ていると、なんだか扶桑の頃を思い出すな」
美緒は芳佳の横に座り、腕組みして様子を眺めている。
「あれ、少佐は小さい頃から欧州に居たんじゃ?」
同じく横で見ていたシャーリーが美緒に聞く。
「昔の記憶さ。私は知っての通り、料理はちょっとな。宮藤が扶桑料理が得意で、正直感謝している」
「しかし、何故この日に蕎麦を?」
トゥルーデが由来を聞く。
「扶桑の風習さ。これを新年の前の日に食べると幸運になるんだぞ。主に金運とか。
勿論、科学的統計や根拠は無い。まあ、ひとつの縁起担ぎだな」
「なるほど」
「ここに居る連中は皆高給取りだから、あまり関係ないか」
美緒はどっと笑った。
「芳佳ちゃん、手伝う事有る?」
「あ、リーネちゃん。今そば粉捏ね終わったから、一緒に蕎麦を切っていこう」
「うん」
扶桑海軍の連絡所は美緒達の突然の頼みにも気さくに応じ、かつ気を利かせて色々と道具を貸してくれた。
ロンドン市内にある割烹料理店や大使館の料理番などから、わざわざ借りてきてくれたものもあるらしい。
芳佳はとんとんとん、と均等な幅で鮮やかに蕎麦を切っていく。
リーネは最初大きな蕎麦切り包丁に戸惑ったが、ブリタニア料理で鍛えただけあって、
すぐに要領を覚えて、なかなかどうして、見事に切り揃えていく。
「リーネちゃん上手。扶桑に来ても立派にお嫁さんになれるよ」
「全くだリーネ。いっそ扶桑に来たらどうだ」
笑う少佐を前に、恥じらいと照れ、少々の困惑が混じるリーネ。
芳佳は切り揃えた蕎麦を人数分に分け、蕎麦粉を軽く振り、馴染ませた。
「出来ました」
「よしご苦労。後は、つゆを作るんだが」
「作り置きで良いなら有りますよ? 前に作っておいた出汁がありますから」
「ではそれで良い。完璧だな。早速昼食に出すか」
「分かりました」

132: 2008/12/31(水) 06:44:08 ID:wxzFxxEo
昼食の時間になり、隊員達が食堂に集まってきた。
「ねえねえシャーリー見た? ミーティングルームにおっきな餅があったの」
「見た見た。扶桑の風習らしいよ? あれ腐ったりしないのかねえ?」
「……少し、ぷにぷにしてた」
「触ったノカ、サーニャ」
「少佐は余り扶桑の事は言わなかったからな」
「一人だけだと色々ね~。ミヤフジが来てから雰囲気も少し変わって良いんじゃない?」
めいめいが席に着く。
出されたのは、丼に盛られたほかほかのお蕎麦。上に芳佳お手製の海老の天ぷらが乗っている。
「……この灰色のヌードルは?」
「年越し蕎麦です。食べると金運が上がるんですよ?」
「金運……」
「あ、でも年が明けるまでに全部食べないと、金運が悪くなるって噂も」
「呪いのヌードルカヨ」
「ともかく、そんなに量も無いし、食べやすいから大丈夫ですよ」
一同は恐る恐る口にする。
「スープがちょい甘くて、割と好きかも」
シャーリーが真っ先に感想を言う。
「シャーリーさん、甘辛いのお好きなんですね」
「口当たりが、この前食べたジンジャーソースの煮魚に少し似てるかもね」
「確かに、お醤油ベースですから」
芳佳が説明する。
「トゥルーデ、金運が上がるんだって」
「金運か……私達には余り関係ないかもな」
「クリスが喜ぶかもよ?」
自然と食べる速度が上がるトゥルーデ。にやけるエーリカ。
「おいしい……」
「色は微妙だけど、割と普通ダナ」
ちまちまと蕎麦を食べる北欧コンビ。
「マンマのパスタの方がおいしい! ……でも、これはこれでいいや~」
「そう? ごめんねルッキーニちゃん。今度一緒にパスタ作ろう?」
「あたし作り方わかんな~い」
「ええ」
「芳佳ちゃん、美味しいよ?」
「ホント? ありがとうリーネちゃん」
笑顔の芳佳とリーネ。
「リーネちゃんが色々手伝ってくれたお陰だよ」
「私は……ホントに何も」
美緒の「扶桑に来ないか」の言葉を思い出し、何故か顔が赤くなるリーネ。
「金運……」
ぽつりと呟いて、蕎麦を残さず食べるペリーヌ。
「坂本少佐の祖国って面白い……いえ、ユニークな食べ物がたくさんあるのね」
蕎麦を完食したミーナが美緒に微笑む。
「そうか? 本当はまだまだたくさん有るんだが、何せ物資がな」
「仕方ないわよ。宮藤さんも少ない食材でよくやってくれているわ」
「色々ミーナに食べさせてやりたいんだがな。これくらいで許してくれ」
「何も催促してないわよ。十分よ」
ミーナはくすりと笑った。

133: 2008/12/31(水) 06:47:19 ID:wxzFxxEo
「坂本さん、次はおせちを作りましょう」
「おせちか……流石にそれは難しいんじゃないか?」
「材料さえあれば……」
「その材料がな」
「そうですね。今ある材料だと、出来て煮豆位、ですかねえ」
「とりあえず、残りの餅も有る事だし、雑煮位は作ろうじゃないか」
「ですね」
「今日はご苦労だったな宮藤」
「いえ。皆さん楽しんで貰えた様で」
「そうだな。次は……」
ぼそっと何かを呟いた美緒だったが、芳佳がきょとんとしていたので
「いや、何でもない」
とだけ返した。
「さて、新年が楽しみだな、宮藤」
「はい」
「まずはお屠蘇と行きたいが……ミーナは許可してくれるだろうか」
酒の事は懲りているので、正直微妙だった。
二人して苦笑いした。

end

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以上です。
日常的な風景をのんびり書くのもいいかな~と。
オチは無いですがw

さて。
今年は皆様に大変お世話になりました。
私のSSにレス下さった方々、誠に感謝です。
レスを頂いたお陰で、ここまで書いて来られました。
大きな励みになりました。

またSS職人、絵描き職人の皆様方も超GJ!
GJが追いつかなくて申し訳ない次第です。

来年も皆々様にとって良い年でありますように。
そして「ストライクウィッチーズ」に幸あれ。

ではまた~。

引用: ストライクウィッチーズpart16