1: 2013/07/23(火) 12:42:01 ID:mJEXaUCI

………………………………………

最初は、なんでもない同期生だった。

ライナーの気にしている小柄な女の子、の隣にいつもいる子。

そんな印象しか抱いていなかった。


……入団後一年位して、大体成績も固定化されてきた頃の対人格闘訓練。

あの些細な事故がきっと分かれ道だったのだと思う。

2: 2013/07/23(火) 12:43:06 ID:mJEXaUCI
ユミル「よう、ベルトルさん。ペア組もうぜ」

ペアが見つからずうろついていたら突然背後から声をかけられた。
僕を独特なあだ名で呼ぶ女の子。ユミルだ。

ベルトルト「……あれ、クリスタは」

ユミル「アンタの相方に取られちまったよ」

この日、珍しくライナーとクリスタは対人格闘でペアを組んでいた。

その可憐な見た目によらず強い向上心を持った彼女が、より大きく強い相手との訓練を望んだ結果だ。

そうして、自分は余ってしまった――

ユミルは笑いながら、でも少しだけ面白くなさそうにそう言った。

ベルトルト「いいよ、僕もペアの人見つからないし」

ユミル「そりゃよかった、あのゴリラ見張るにはサボるより訓練してるふりする方がやり易いからな」

ベルトルト「ライナーなら大丈夫だよ、クリスタ相手に乱暴にはしないさ」

ユミル「あー、そうじゃなくてさぁ」

ベルトルト「?」

ユミル「私が心配してんのは、あいつがドサクサ紛れに妙な所触るかもしれない、ってことだよ」

ベルトルト「……大丈夫だと思うよ、それも。ライナー結構純情だし」

3: 2013/07/23(火) 12:43:54 ID:mJEXaUCI
正直な話、僕はユミルのこういうところがちょっとだけ馴染めなかった。

明け透けというか、少しがさつな感じというか。

食事の時間などでライナーがクリスタに話しかける時、彼女がそういう面を見せる度に僕は少し面食らって、反応が遅れてしまう。


ユミル「……アンタも冗談とか言うんだな」

ベルトルト「本当のことだよ」

ユミル「ふぅん……まぁいいや、やるか。いつまでも喋ってて教官様に目をつけられても面倒だしな。」

ベルトルト「……そうだね、氏ぬ寸前まで走るのも嫌だし。じゃあ僕がならず者をやるよ」

ユミル「よし、適当に始めるぞ」

5: 2013/07/23(火) 12:45:56 ID:mJEXaUCI
訓練場に派手な打音が響いた。

僕の持っている木剣をはたき落とそうとしたユミルの平手打ちが逸れて、僕の頬を強かに打った音だった。

別にわざとではないと思う。僕の防御の仕方も少しまずかった。それで狙いが逸れたのだ。

ただ、当たり前だけどそんなこと周りの人達は知らない。

打撃技や間接技が主流の対人格闘訓練ではあまり出ないような音の発生源になった僕らは、ちょっとだけ注目の的になってしまった。

訓練の終了間際、大半の訓練兵がだれてきていて、訓練場が少し静かになっていたのも良くなかった。


モブ「なんだあいつら、痴話喧嘩?」

モブ「えー、やだ訓練中に?」

ベルトルト「……………」

ユミル「チッ、うるせぇな外野は……うげ」

ユミルの視線を追う。軽口を叩く彼らを横目で睨み付け黙らせながら、教官がやってきた。

6: 2013/07/23(火) 12:46:31 ID:mJEXaUCI
キース「貴様ら、随分と注目されているようだが……心当たりはあるのか?」

ユミル「ハッ!私の攻撃が逸れてフーバー訓練兵の頬を打ったのが原因かと」

キース「フーバー訓練兵、それは本当か?」

ベルトルト「ハッ!しかしユミル訓練兵も意図したものではなく、双方のミスによるものです!」

キース「そうか、故意ではないのならよい……しかし頬への平手打ちは鼓膜が破れる可能性がある……
並びに頭部への攻撃全般は後遺症を残す危険性が大きい。なるべく避けろ」

「「ハッ!」」

キース「貴様等もだらけている暇はないぞ!訓練を続行しろ!」

最後に全体を一喝して教官は去っていった。行き先はきっと、独特なポーズで闘うサシャとコニーのところだ。

7: 2013/07/23(火) 12:47:12 ID:mJEXaUCI
単なる事故であるのが判明したことと、なにより教官の一喝を喰らったことで訓練場はいつもの音を取り戻していた。

もう誰も僕らの方なんて見ていない。


ベルトルト「ごめんね、ユミル。次から気をつける――」

ユミルの方を向き直ると、手のひらを頬にそっと当てられた。

ユミル「悪かったな、ベルトルさん」


目を見て謝られた。がさつだと思っていた彼女の手つきは、とても柔らかで優しい。

まだ少しひりつく頬に、ユミルの体温が少しずつ浸み込む感じがする。

ユミル「もうすぐ終わりの鐘だ、もし腫れるようなら医務室行けよ」

そう言ったユミルの手はほんのわずかな動きで二、三度頬を撫でて、離れていった。

ベルトルト「あっ……」

消えていく温もりが名残惜しいような気持ちになって、思わず声をあげてしまう。

8: 2013/07/23(火) 12:47:56 ID:mJEXaUCI
ユミル「ん?どうした?」

ベルトルト「なっ、なんでもないよ。心配してくれてありがとう」

ユミル「まあ、私のやったことだからな……
ああほら、整列だとよ。行こうぜベルトルさん」

ベルトルト「うん……」

言い切ると同時に背中を向けて歩きだす彼女の後ろについていきながら、胸がざわつくのを感じていた。

とても嬉しいような、泣き出したいような、変な気持ちが胸に燻っている。

頬を打たれたときに初めて感じたその感覚は、優しく撫でられてからもっと強くなったようだった。

32: 2013/07/23(火) 16:17:31 ID:Wj7hby0M
~~~~~~~~~

いつもの固いパンと薄いスープの昼食を終えて、部屋で午後の座学の用意をしていた。

「そろそろ行くぞ」とライナーが言うので、教科書と筆記用具を掴んで立ち上がる。廊下を並んで歩いていると、心配げに話しかけられた。


ライナー「お前大丈夫か?なんだか上の空というか」

ベルトルト「そうかな」

ライナー「そうだ。昼食も心ここにあらずって感じで食ってたぞ、遠い目をしながら。エレンやアルミンが話しかけてるのにも気づかず」

ああ、それにいつもよりパンくずをよくこぼしていた、なんて笑いながら続ける。そんなに注意力散漫だったのか、僕は。

ベルトルト「……悪いことしちゃったな、気をつけるよ」

ライナー「そうしろ。その状態で立体機動訓練なんぞしてみろ、えらい目に遭うぞ」

ベルトルト「それだけは避けたいね」

33: 2013/07/23(火) 16:18:35 ID:Wj7hby0M
上の空、とライナーの言うとおりだと思う。

昼食の間、近くのパンやスープがぼけて見えるかわりに、少し遠い席にピントがあって見えたのを憶えている。

なぜだかずっとそこにいるユミルの姿を見つめてしまった。幸い本人はクリスタをかまうのに夢中で僕の視線には気づかなかったけど。

僕の頬を優しく撫でたあの手で、クリスタのほっぺをつついたり、髪をクシャクシャに撫でて怒られたりしていた。

つまみ食いしようとしたサシャの首根っこを親猫みたいにつかんだり、コニーをからかいながら坊主頭を撫で回してもいたな。

ユミルの手は、意外となにかを慈しむことが多いんだな。と思いながら食事をしていた。ライナー曰く、上の空でパンくずをこぼしながら。

34: 2013/07/23(火) 16:19:12 ID:Wj7hby0M
食堂の風景を思い出したら無性にクリスタやサシャ、コニーが羨ましくなってしまった。

できることなら、僕ももう一度撫でてもらいたい。

不意にそんなことを考えてしまって顔が熱くなる。

頬の痛みはもう消えたけれど、胸に燻る妙な感覚は消えないままだった。

44: 2013/07/23(火) 20:04:55 ID:zddR8RWA
~~~~~~~~~~~~~~~

座学の教室では、背の高い僕とライナーは後ろの席を選んで座る。

初日に二人して何にも考えずに真ん中あたりに座ってしまって、席交換のお願いをたくさん受けてしまったからだ。

ここに座っていると、訓練兵はほとんど後ろ頭しか見えない。

顔が見えるのは教官と、隣のライナー。あとは同じ列にまばらに座る知らない同期。

45: 2013/07/23(火) 20:06:10 ID:zddR8RWA
それでもやっぱり普段仲良くしているメンバーは目立つ人が多くて、大体の居場所が分かる。

前のほうに座って、一言一句聞き逃さない姿勢のアルミン。隣にいるのがエレンとミカサ。

ジャンが隣のマルコに何かをひっそり訊いている。

端っこで興味なさそうにしてるアニと、隣はミーナ。

眠気でグラグラ揺れるポニーテールと坊主頭はサシャとコニーだ。

46: 2013/07/23(火) 20:06:54 ID:zddR8RWA
ベルトルト(それでもやっぱり、今日一番に見つけたのは君だったな)


小さいクリスタに合わせたんだろう、女の子にしては背の高いユミルは比較的前のほうにいる。

当てられにくいように、目立たない位置の席に座ってる。

頭の位置が少し低く見えるのは頬杖をついているのかな。

臙脂色の髪留めが、僕の目には一際鮮やかに見える。

47: 2013/07/23(火) 20:07:32 ID:zddR8RWA
ベルトルト(いけない、これじゃまた「上の空」だ)

ライナーに注意されたばかりじゃないか。

臙脂色に吸い込まれそうになる視線を強引にそらして、教壇に意識を集中する。

眼鏡をかけた教官とアルミンが、何か難しい話をしている最中だった。

途中からの難しい話はさっぱり分からないし、視界の端に臙脂色はちらつき続ける。

今日の座学は散々だ。

48: 2013/07/23(火) 20:08:27 ID:zddR8RWA

~~~~~~~~~~~

座学を終えて部屋へ帰る途中、エレンとアルミンと合流する形になった。

ベルトルト「昼食のとき、無視したみたいになっちゃって。ごめんね二人とも」

エレン「いや、それは気にしてないけどよ……」

アルミン「ベルトルト、今日なんだか調子悪そうだよね。大丈夫?」

ベルトルト「うん、体調は問題ないよ」

エレン「朝は普通だったよな、今も顔色はいいし」

いつもより血の気があって、いいくらいだよな、と呟くエレンにかぶせるようにアルミンが囁く。

アルミン「……対人格闘」

ベルトルト「えっ」

49: 2013/07/23(火) 20:09:04 ID:zddR8RWA

対人格闘。


アルミンの声で感覚が甦った気がして、頬に手を重ねる。

打たれた頬の痛みと、ユミルの優しい手の温度を鮮明に思い出す。

つい半日前のことなのに、ずいぶん前からあったようなとても心地いい記憶。

50: 2013/07/23(火) 20:09:57 ID:zddR8RWA
ベルトルト(な、何考えてるんだ僕は、痛みが心地いいなんて、そんな)

アルミン「そう、そうだ、対人格闘の最後の整列あたりからベルトルトは様子が変わったよ。なんだかポーっとして」

ベルトルト「あっ……ライナーにも言われたよ、上の空だって。しっかりしなきゃいけないね」

ライナー「対人格闘か。そういえばお前、災難だったな」

ベルトルト「も、もう大丈夫だよ!腫れもないしね!」

記憶の中であの手の感覚に浸っていたのがライナーにばれた気がして、少し動揺してしまった。

51: 2013/07/23(火) 20:10:42 ID:zddR8RWA
ライナー「お、おお、そうか。なら良かったな」

エレン「しかし、普段ならライナーが降ってきても誰も騒がないのに、ビンタ一発であんな騒ぎになるなんてな」

少し憮然としながらエレンが言う。エレンはいつも訓練に全力だから、なにか思うところがあるのかもしれない。

アルミン「はは、今日はライナーが降ってこなかったから、じゃないかな」

ライナー「なんだその理屈は……ふっ、今日の俺はクリスタとペアを組んでいたからな、投げ飛ばされるはずがないだろう」

エレン「ライナーこそなんだよその理屈……」


呆れ顔のライナーが、クリスタのことを思い出したとたん満足げな顔をする。

まあ、あんなに想っている相手と一緒にいられたんだ。満足だろうと思う。

52: 2013/07/23(火) 20:11:24 ID:zddR8RWA
……想っている相手と一緒、か。

そもそもライナーが降る原因だってミカサがエレンを想っているからだし、

エレンとジャンが喧嘩するのだってジャンがミカサに恋しているからだ。

フランツとハンナなんてお互いがいればいつだって幸せそうな顔をしている。

みんな生き生きしていて、ああやって誰かを想うことはなんとなく心の満ち足りたことなんだろうと想う。

53: 2013/07/23(火) 20:12:06 ID:zddR8RWA
……ユミル。

誰にも聞こえないように、声量を絞って小さく呟いてみる。

ライナーやアルミンの発言から振り返ると、対人格闘のあの出来事以来

僕はずっと彼女のことを目で追って、考えている気がする。

ジャンやミカサ、フランツたちのように、僕も君のことを想っているのだろうか。

君に心を支配されているのに、全く満ち足りていないこの僕が。

64: 2013/07/24(水) 18:26:54 ID:zTar4vMo

~~~~~~~~~~~

もやもやした気持ちを抱えたまま、就寝時間を迎えた。

部屋の明かりは落とされ、みんな静かにしている。
エレンとアルミンのベッドからは、早々と寝息が聞こえる。

ライナーも、半分寝ているんだろう。
時折身じろぎする以外は静かなものだ。
僕はといえば、目ばかりが冴えていた。頭はもやがかかったように考えがまとまらないのに。

ベルトルト(今日は眠れそうにないな……明日休暇だからいいけど)

明日も訓練があるなら無理やりにでも眠る努力をするところだけど、
そうではないからこのまま起きていてしまおう。
気持ちの整理にも丁度いい。

65: 2013/07/24(水) 18:27:32 ID:zTar4vMo
ライナー「zz……んん……ふぐ……」

ベルトルト(……ライナー)

ライナーに相談してみようか。思えば、僕はいつだって彼に決断してもらいながら生きてきた。
ライナーなら、答えを持っているんじゃないか。
僕のこの想いの答えも、ユミルに感じるものの正体も。

ベルトルト「ライナー、起きてる?」

背中をつつきながら、囁き声で彼を呼ぶ。

ライナー「……z……んお……なんだ、まだ起きてたのか」

少し寝ぼけ声だけど、返事が返ってきた。
ライナーがこちらを向く。

ベルトルト「うん、眠れなくて。……あのねライナー」

ライナー「ああ」

ベルトルト「僕は、何かおかしいみたいだ。今日のあの出来事から、ユミルのことばかり見て、考えてしまう」

ライナー「……そうか」

ベルトルト「うん、今までそんなことなかったのにね。どんな人混みからだって、すぐ見つけ出せるんだ」

ライナー「……恋じゃないか……お前、それは」

66: 2013/07/24(水) 18:28:28 ID:zTar4vMo
ライナーが少し笑う。こちらを優しい目で見ている。

ベルトルト「そうなのかな、したことないから分からないよ」

ライナー「……結論はお前に任せる」

ベルトルト「え」

ライナー「俺が言ったら、お前はそれを結論にする気がするからな……自分の気持ちなんだ、自分で考えてみろ」

結論を自分で出して、自分の意志で決断する。僕が一番苦手なことだ。
けれど、確かにライナーの言うようにこの問題はそれが必要なことだと感じた。

ベルトルト「うん……そうだね、そうする。
……起こしてごめんねライナー、おやすみなさい」

ライナー「おやすみ、早く寝ろよ。」

67: 2013/07/24(水) 18:29:38 ID:zTar4vMo
僕の頭にポンと手を置いて、再び眠る体勢に入ったライナーを見ながら、彼の言葉を反芻する。

ベルトルト(恋、か)

(僕はユミルのことが好きなのかな)

思い返せば、彼女を意識するようになったのは対人格闘のあの事故からだ。

ベルトルト(恋か。よく、胸の締め付けられるような感じなんて本には書いてるけど)

恋愛小説なんてあまり読まないけど、たしかそんな描写があった気がする。

胸の締め付けられるような、内側から圧迫されているような感覚には覚えがある。
その感覚を初めて感じたのは、確か……

ベルトルト(頬を撫でてもらったときだっけ……いや、違うな)

(それよりもっと前だ、そう)

(頬を叩かれたあの瞬間だ)

68: 2013/07/24(水) 18:30:30 ID:zTar4vMo
(……何で?)

意味が分からなかった。何故僕は痛い目に遭ってときめいているのか。

ベルトルト(でも、そういえば廊下でアルミン達と話した時だって、
僕はあの痛みとユミルの優しさをセットで思い出してた。心地よい記憶として。)

(何だよこれ……どうしろっていうんだ、こんなの)

人を虐げたり虐げられたりして快感を得る種類の人間がいるのは、知識として知ってはいたけれど。

まさか自分がそうかもしれないなんて思わないし思えなかった。

しかし一方、彼女に虐げられたあと優しく扱われるのを想像するとどうしようもなく胸が高鳴るのも事実だ。

今も心臓は早鐘を打っているし、心なしか息も荒い。

ベルトルト(……これ以上考えると変になりそうだ、もう寝ちゃおう)

そう決意して目を閉じるけれど、一向に眠気は訪れない。

どんどん目は冴えてくるし、頭は思考の沼にはまったようで、妄想から抜け出せなかった。

73: 2013/07/24(水) 19:12:24 ID:zTar4vMo
~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「痛ってぇぇぇ!」

「ダハハハハ!」

結局、結論が出ないまま朝を迎えた。

明け方近くにやっと眠気がやってきて、そのまますぐ意識を無くすように寝ついた。

起きたのはいつもよりうんと遅くて、朝食を食べ損ねてしまった。

変な姿勢で寝ていたようで、首と肩が少し痛い。

本当に、今日が休暇で助かった。

とは言ってもライナーは当番でいないし、街に出かけて買いたいものもない。

図書室で過ごそうかなと思っていたけど、通りかかった食堂からコニーの絶叫とユミルの笑い声が聞こえてきたものだから、

引き寄せられるように入ってしまった。

74: 2013/07/24(水) 19:14:50 ID:zTar4vMo
コニー「おっ、お前!昨日教官の言ってたの忘れたのかよぉ!トーブへのダメージはダメなんだぞっ!」

サシャ「そうですよぉ!野生動物でも眉間を割られて無事なものはいないくらい眉間というのはぁぁァァ!!」

コニー「サシャーッ!氏ぬなー!」

ユミル「お前らの頭にはちょうどいい刺激だろー?ん?」

状況がつかめない。

三人をハラハラと見ているクリスタに話しかけることにした。

ベルトルト「……クリスタ、アレ何してるの?」

クリスタ「あ、ベルトルト。あのね、前の休暇に街でゲーム用のカードを買ってきたの。今それで遊んでたんだ」

「それで、勝った人から抜けていくんだけど……
いつのまにか抜けるときにデコピンをするルールになっちゃって。ユミルのデコピンすごく痛いの……」

75: 2013/07/24(水) 19:15:21 ID:zTar4vMo

ベルトルト「……そっか、痛いんだ。ユミルの」

彼女から痛みを与えられることを想像して、思わず声が少しうわずる。

受けてみたい。今二人にしたみたいに、楽しそうに笑いながら僕の眉間を打ってみてほしい。

そしてそのあと、そっと撫でてもらえたら。

ベルトルト(……昨日からおかしいぞ、僕は……こんなの、まるっきり変Oじゃないか)

自分の思考に愕然とする。

幸い僕の変Oじみた願望には気づかないまま、クリスタは無邪気に続ける。

クリスタ「うん、ほんとに痛いんだから!女子寮で遊んでたときなんかね、アニやミカサだってちょっとたじろいだ位だよ」

そんなに強い痛みなのか。

それでも遺恨を残さないのは、ユミルのやり方が上手いのかな。フォローがしっかりしているとか。

ユミルは本当は優しい人だから。僕の頬を気遣ってくれたあの時だって。

76: 2013/07/24(水) 19:17:07 ID:zTar4vMo
ユミル「クリスタちゃんのがあんまり優しいから、私がバランス取ってるんだろぉ」

ベルトルト「ユミル」

ユミルがこっちに歩いてきた
クリスタの首に背後から片腕を絡めて、彼女をからかう。
もう、とクリスタが軽くむくれる。

ユミル「お、ベルトルさんも来たのか」

ベルトルト「今さっき来たところだよ」

クリスタ「ユミル、二人は大丈夫なの?」

ユミル「見てみろ、そろそろ芋女も復活する頃合いだ」

ユミルが示す方を見ると、

悶絶していたサシャがよろよろと復活してコニーとゲームを再開するところだった。

二人ともとても真剣な顔で、自分の手札を凝視している。

座学もあれくらい真剣にやれば、きっともっと成績が上がるのにな、と思ったけど

昨日あの様だった僕が言えたことでもないなと反省する。

原因の彼女は、クリスタの頭に顎を置き、二人をニヤニヤしながら眺めている。

80: 2013/07/24(水) 21:35:34 ID:G2q0KvZs

~~~~~~~~~~~~~~~

サシャ「やったー!上がりですよコニー!」

コニー「また最下位オレかよ!ちぇ、今度はいけると思ったんだけどなー」

サシャが最後のカードを振り上げて、高らかに宣言した。

どうやら勝者はサシャのようだ。

コニーは机に残りの手札を置いて、目を固く閉じている。

サシャ「フッフッフ、いきますよぉ……」

コニー「おう、どっからでも来やがれ!」

サシャが怪しい笑い声を出しながら、じわじわにじりよる。

コニーが叫んだその直後、デコピンが命中した。

81: 2013/07/24(水) 21:36:14 ID:G2q0KvZs
コニー「痛ってぇ……やっぱお前のも結構痛てぇよ、ユミルほどじゃねぇけど」

サシャ「このメンバーで痛くないデコピンなんてクリスタしかないですよ」

コニー「まあなー……ん、ベルトルトじゃん」

サシャ「あ、ベルトルト!どうしたんですか?」

ベルトルト「コニーが絶叫してたから、気になって。ちょっと見てたんだ」

サシャ「ああ、コニーの……フーッ」

コニー「お前も叫んでただろ!」

サシャの「あの表情」に挑発されたコニーが声をあげる。この二人はとても仲がいいな。見ていてすこし和む。

クリスタ「そうだ、ベルトルトも一緒にやる?」

クリスタが首を精一杯上に向けて話しかけてきた。

この子はいつも他人を気にかけられる。ライナーもそういうところが好きなのかもしれない。

ベルトルト「え、いいのかな……僕ルール知らないし、迷惑じゃない?」

嬉しい誘いだったけど、少し迷う。

この良い雰囲気に水を差してしまうんじゃないかと心配になったから。

82: 2013/07/24(水) 21:36:54 ID:G2q0KvZs
クリスタ「フフ、そんなこと全然ないよ」

コニー「なんで迷惑なんだよ?」

サシャ「これは大勢で遊んだ方が楽しいですよ!」

ユミル「ルールなら教えてやる、あの馬鹿二人にだって覚えられる位簡単なものだから」

ベルトルト「……ありがとう」

皆の好意に甘えることにする。

それになにより、ユミルが僕の為に何かしてくれるのがとても嬉しかった。やっぱりユミルは優しい人だ。

ユミル「じゃあそこに座れ」

すぐそばの椅子にカーディガンの袖を掴んで座らされる。

その強引な仕草にもときめいてしまう。

馬鹿呼ばわりされた二人が後ろで異議あり!と騒いでいた。

83: 2013/07/24(水) 21:40:50 ID:G2q0KvZs

~~~~~~~~~~~~

さっきまでゲームをしていたテーブルに、ユミルと向かい合わせで座る。

僕が教えてもらっている間、クリスタ達は隣のテーブルに座っておしゃべりをするようだ。さっきの一戦の感想でも言い合うのかな。

ユミル「……で、基本は場札と同じ色か数字のカードを出し続ける。特殊なカードの使い方はさっき言ったとおりだ」

ベルトルト「なるほど、あとは手札が無くなるまで繰り返すんだね」

ユミル「そうだ。ただ最後の一枚は数字札のみ、上がり宣言を忘れると無効、手札二枚追加だ」

ベルトルト「さっきサシャのやってたやつだね」

ユミル「あんなに派手じゃなくていいけどな、一言で十分だ」

ベルトルト「よかった」

ユミル「アレが必要だったら、ベルトルさんずっと上がれないな」

ベルトルト「そうだね」

二人でクスクス笑う。確かに僕にはできそうもないことだ。

84: 2013/07/24(水) 21:43:36 ID:G2q0KvZs
ユミル「あとは罰ゲーム、残ってるやつにデコピンして抜けるだけだ。理解してないところはあるか?」

ベルトルト「ううん、大丈夫」

ユミル「じゃあやるか、カード配るぞ。」

言葉の後ろの方は隣に向けて、ユミルが言う。三人が集まってくる。

ベルトルト「……あ、待って」

ユミル「ん?」

ベルトルト「その、先に一回してみてくれないかな。ユミルのデコピン」

クリスタと話していた時から感じていたものが抑えきれなくなっていた。

今でなければ逃してしまう気がして、カードを纏めるユミルに言ってしまった。

自ら痛い目に遭いたい、なんて変に決まってるのに。

衝動に任せて言葉を口走るなんて、初めてした。

85: 2013/07/24(水) 21:56:15 ID:G2q0KvZs
クリスタ「えっ……?」

コニー「お、お前っ、正気か!?」

サシャ「わざわざ一回余分に味わうなんて……やめておいた方がいいですよ」

ユミル「……こいつらの言うことももっともだな、理由はあるのか?」

ベルトルト「えっ……と、」

ユミル「まさか、いじめられるのが好き、とか?」

ベルトルト「、っ」

ユミルはなんの気なしに、いつものからかいの調子で言ったのだろうが

その言葉は僕の歪んだ想いをを見透かしたようだった。

微笑を湛えた鋭い目付きに射竦められて、呼吸がうまくできなくなる。

顔に血液が集まる。心臓がうるさい。

86: 2013/07/24(水) 21:56:47 ID:G2q0KvZs

クリスタ「も、もう!ユミルはそんなこと言って!きっとなにか、ちゃんとした理由があるんだよ」

ね?とクリスタがこっちを見る。

サシャとコニーも返事をじっと待っている。

なにか、何か言わなきゃ。


ベルトルト「いや、あの……先に一回受けておけば、
覚悟ができるんじゃないかなって。僕結構臆病者だから」


クリスタ「なるほど、一回訓練しておくんだね……」

コニー「おお……」

サシャ「頭のいい人は流石ですね……」


苦しい言い訳だった。三人は信じてくれたみたいだけど、ユミルは相変わらず僕を見ている。

やっぱり無理だったんだ、こんな。

87: 2013/07/24(水) 21:57:22 ID:G2q0KvZs
ベルトルト「ごめん、変なこと言ったね。忘れて――」

ユミル「いいぜ、やってやるよ」

ベルトルト「ふぇっ?」

ユミル「なんだよ、してほしいんだろ?やめとくか?」

承諾されるとは思わず、予想外の答えに変な声が出た。

挑発的な言葉づかいと目つきに、体の芯がゾクッとする。

ベルトルト「う、ううん!お願いします!」

ユミル「……そんなに期待するものでもないけどな」

88: 2013/07/24(水) 22:06:02 ID:G2q0KvZs


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

さっきまでとは逆に、テーブルを背にして座る。前にはユミルが立っている。僕らの身長差を埋めるためだ。

ユミル「後で痛かった、って怒るのは無しだぞ」

ベルトルト「お願いした身でそんなことしないよ」

ユミルの右手は僕の顎を固定していて、左手は構えられて狙いをつけている。

獲物を捕らえた猫みたいな目が、鋭く僕を見下す。

ユミル「いくぞ、目閉じてろ」

顎に添えられていた手が離れて、頭に移動した。額を出させるために前髪を上げているんだ。

目を閉じた瞬間パシッ、と音がして、中指の爪が額を打つ。

確かに痛い。固いものがぶつかった痛さだ。

ユミルの指はしなやかだから、鞭みたいによくしなるんだろうな。

じんじんとした痛みは皮膚を通り抜けて、奥の方に浸みていく。

痛いはずなのに、なんだか頭がぼうっとする。幸せな感じだ。

89: 2013/07/24(水) 22:06:57 ID:G2q0KvZs
ユミル「どうだった、ベルトルさん」

ベルトルト「……は、ぁ」

温かい手が前髪をくしゃっと撫でる。

昨日と同じ感覚が胸を襲う。

自覚してしまったからだろうか、締め付けられる感じがずっと強くてうまく話せない。

幸福感が大きくなる。体が熱い。

クリスタ「大丈夫?ベルトルト……」

クリスタの声がして、三人の心配そうな視線に気づく。

ユミルにも、純粋に心配してくれている彼らにも、こんなこと気づかれちゃいけない。

痛い目に遭って興奮しているなんて。

荒くなりそうな息を必氏に整える。鼓動が聞こえてしまわないか心配だ。

90: 2013/07/24(水) 22:09:14 ID:G2q0KvZs
ベルトルト「う、うん!やっぱり痛いね。ありがとうユミル。」

ユミル「ああ、負けたらまたしてやるよ」

精一杯体裁を取り繕って返事をする。

僕と目を合わせて笑ったユミルは

最後に前髪を戻すように一撫でして、自分の席に戻っていった。各自にカードを配っていく。


サシャ「今からならあと2、3回はできますね!ユミル覚悟!」

コニー「よっしゃ!ベルトルト覚悟!」

配られた手札を持って、二人がはしゃぐ。

僕の暗い欲望を覆い隠すような快活さがひどくありがたかった。

106: 2013/07/25(木) 21:33:01 ID:sN.cP9.w

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

もうすぐ昼食の時間になる。

外出者が多いとはいえ食堂はそれなりに混雑するだろうし

ゲームはサシャの予想したように、この三回目で一旦お開きになるだろう。

僕が入って一回目は一位がサシャ、二位が僕。

二回目は一位がクリスタで、僕はまた二位だった。

「負けたらまたしてやるよ」という彼女の言葉に期待感を抱きながら参加していたけれど

僕が喰らったのはサシャのそれなりに痛いデコピンと、クリスタの痛くない一撃だけで

未だにユミルからはしてもらっていない。

107: 2013/07/25(木) 21:34:03 ID:sN.cP9.w
ベルトルト(もしかしたら、もう無理かも)

何しろ今ゲームを続行しているのは僕とユミル二人で、僕の手札はあと一枚。

さっきまでユミルもあと一枚だったんだけど、出せない札らしくて山札から一枚引いたから今は二枚。

僕の持っているのは場にあるのと同じ数字の札だから、これを出すだけで簡単に勝ててしまう。

ベルトルト(……いや、待てよ)

ふと、打算が頭をもたげる。

あるじゃないか。上がりを無効にする手段が、一つだけ。

これまでちゃんとこなしていたのにいきなり忘れるっていうのも妙な話だけど。

ベルトルト(……どれだけユミルにしてほしいんだ、我ながら卑しいぞ)

呆れ果てた考えだけれど、もう一回受けて確かめたいことがあった。

彼女は僕の特別なのか。それとも。

体のいい言い訳を見つけて、僕はそれを実行することにした。

108: 2013/07/25(木) 21:34:44 ID:sN.cP9.w
ベルトルト「……」

無言で札を置く。ユミルの持っているのが二枚とも出せないものなら意味はないけど、

さっき山札から一枚引いた彼女の目はまだ勝負を捨てていなかったから。

僕はそれに賭けることにした。


クリスタ「あっ」

コニー「ああ!」

サシャ「ベルトルト……」

先に上がった三人が驚いている。

さっきまで難なくこなした上がり宣言を、今忘れていたことに対してだろう。

あんなに素直な彼らを騙したような感じで少し心は痛むけど、もう退けない。

109: 2013/07/25(木) 21:35:45 ID:sN.cP9.w
ユミル「ベルトルさん、宣言」

ベルトルト「あっ、忘れてたよ。手札二枚追加だよね」

参ったな、なんて呟いたけどわざとらしかっただろうか。

ユミル「……悪いな、あんたの手番をとばして」

場と同じ色の特殊札を置く。これを最後に残してしまったのか。

頭の回るユミルらしくない凡ミスだ。

ユミル「これで上がり、残念だったなベルトルさん」

続けて後から引いた数字札を場札に載せて、ゲームは終わった。

ユミルが手をヒラヒラさせながら笑っている。その表情に、仕草に釘付けになる。

ベルトルト「うん……そうだね」

無言も怪しいと思って、かろうじてそれだけを返した。

クリスタ「ね、ほんとに」

片付けに協力しにきたクリスタが微笑む。

ほぼ同時に、昼食の時刻を告げる鐘が鳴った。

110: 2013/07/25(木) 21:36:58 ID:sN.cP9.w
サシャ「あ、もうお昼ですね!今日は芋の匂いがします!」

コニー「芋がつくのかぁ、ちょっといいな」

サシャ「コニー、お裾分けなどは!」

コニー「ねぇよ!」

二人はもう昼食のことで頭がいっぱいのようだ。

片付けを終えたユミルがカードを箱にしまって、クリスタに話しかける。

ユミル「クリスタ、私はコレを寮に置いてくる。先に席とっといてくれるか」

クリスタ「うん、ありがとうユミル。……ベルトルトも一緒に食べない?」

ベルトルト「えっ、」

クリスタ「……嫌かな?」

ベルトルト「ううん、びっくりしただけ……あっ、ライナーも一緒でいいかな」

クリスタ「うん、もちろん」

ベルトルト「ありがとう」

クリスタと昼食なんて、ライナーもきっと喜ぶだろう。今日は一日当番だから、暇だろうし。

111: 2013/07/25(木) 21:37:46 ID:sN.cP9.w
ユミル「なんだ、あいつも来るのかよ」

クリスタ「ユミルったら」

不満そうなユミルに、プクッとクリスタの頬が膨らむ。怒ったときの癖だろうか。

ユミル「冗談だよ……それじゃ私は行くから」

ユミルが食堂の入口へ向かう。

昨日から見ていて気づいたけど、けっこう歩くのが早い。

ベルトルト「僕も、ライナー呼んで来るよ」

見失ってしまいそうになって、急いで後を追った。二人で話したいことがある。

114: 2013/07/26(金) 00:11:35 ID:qmrPIHIA

~~~~~~~~~~~~~

食堂へと急ぐ人の流れに逆らって歩く背中に、早足で歩いて追いつく。

ベルトルト「ユミル」

呼びかけると、立ち止まってくれた。並んで歩きだす。

ベルトルト「途中まで一緒にいいかな」

ユミル「どうぞ」

ベルトルト「……最後のゲームだけど、珍しいね。君があんなミスするなんて」

ユミル「……ちょっと考え事しててな、そっちに気をとられた。
ベルトルさんこそ珍しいな、なんでもそつなくこなすアンタが」

ベルトルト「僕も同じようなものだよ。考え事してた」

ユミル「ふぅん」

ユミルの考え事ってなんだろう。

こうして単に話をするだけでもなんだか緊張するのに、ライナーのいるであろう教官室と、

女子寮との別れ道にもうすぐ差し掛かってしまうのが無性に寂しい。

もっと二人で話していたい。一緒にいたい。変だな、どうせすぐ食堂で会うのに。

115: 2013/07/26(金) 00:12:16 ID:qmrPIHIA
ベルトルト「……ところでさ、ユミル」

ユミル「ん」

ベルトルト「最後の罰、僕まだ受けてなかったよね」

ユミル「律儀だな、うやむやにしてもよかったのに」

ベルトルト「なんか気になっちゃって……」

ユミル「してやろうか、今ここで」

今この廊下に人通りは全くない。隅には何かの木箱が放置されている。

あつらえたように具合のいい場所だった。期待に胸がざわつきだす。

ベルトルト「……うん」

ユミル「……やっぱり律儀だな。よし、そこ座れ」

116: 2013/07/26(金) 00:15:48 ID:qmrPIHIA
木箱に座って、食堂でやったのと同じように顎を固定されてから前髪を捲られる。

言われる前に自分から目を閉じて、ユミルの指を待つ。

ユミル「すっかり慣れた感じだな、二回目なのに」

ベルトルト「そう?」

ユミル「ああ、あいつらなんて未だに抵抗する」

コニー達のことかな。確かにすごい抵抗ぶりで、思い出して少し笑った。

ユミル「まあそれはいいか、やるぞ」

ベルトルト「いいよ」

返事から一拍おいて、ユミルが中指を弾く。

今回も上手く当たっている。痛い。そして幸せだ。

僕がわざと負けてまで確かめたかったこと。

僕にとってユミルは、やっぱり特別な人らしかった。

サシャやクリスタのものでは微塵も感じなかった、心が満たされる感覚がする。

急にひどく気恥ずかしくなって、それをユミルに感づかれないように下を向いた。

117: 2013/07/26(金) 00:16:52 ID:qmrPIHIA
ユミル「……やっぱりなんかベルトルさん、嬉しそうじゃないか?」

ベルトルト「……っ、そんなこと」

ユミルがしゃがみこんで僕の顔を覗きこむ。予想外の行動だった。

言えるわけがない。単に君のことが特別なんだ、ならまだしも。

君に痛みを与えられるのが嬉しい、なんて。こんなことを知られて、嫌われたくない。

もっと何十倍も嫌われ蔑まれるような秘密を抱えているくせに、そう思った。僕は馬鹿だ。

ユミル「そうか?なんだか――」

いつのまにか添えられた手で額を引っ張るようにして、ユミルに上を向かされる。

ベルトルト(あ、)

また幸福感に襲われて焦る。

駄目だユミル、これ以上されたら。

118: 2013/07/26(金) 00:18:01 ID:qmrPIHIA
「お前ら……何してるんだ、そんなところで」

ベルトルト「ラ、ライナー」

ユミル「別に、只の罰ゲームだよ。……じゃあな、私は寮いくから」

ベルトルト「……うん、また食堂でね」

ユミルはスルッとあっけなく離れて、女子寮への曲がり角を曲がっていった。あっという間に見えなくなる。

ライナーが来てくれて助かったけれど、反面ちょっとだけ恨めしかった。

119: 2013/07/26(金) 00:18:31 ID:qmrPIHIA
ライナー「罰ゲームって、遊んでたのか。珍しいな」

ベルトルト「うん、色々あってね……あっ、クリスタが一緒にご飯食べないかって。来るだろ」

ライナー「断る理由がないだろう」

ライナーが嬉しそうにニヤつく。

よかった。少しは彼にとって良い休暇になっただろうか。

120: 2013/07/26(金) 00:25:44 ID:qmrPIHIA
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

昼食の後も、僕はなんだかんだでユミル達と一緒にいた。

サシャとコニーが座学のレポートの再提出を命じられていたのをすっかり忘れていて泣きつかれたので、協力していたのだ。

その時ユミルが「協力してやれよ、暫定三位様」なんて言ったせいで、二人にもしばらく「暫定三位様」なんて呼ばれる羽目になった。

終わる頃には飽きたのか、元通りになっていたからよかった。

「暫定三位様」には困ったものだけど、ユミルに「ベルトルさん」と呼ばれるのが僕は密かに好きだった。

あだ名なんてつけられたのは、小さい頃にアニとライナーに「ベル」と呼ばれていた以来だったので最初は驚いたけれど。

ここ二日間はもっと好きになった。なんだか彼女の特別になれたような、そんな自惚れを僕に感じさせてくれた。

ベルトルト(……そういえば、この後ユミルに呼び出されていたっけ)

夕食後解散してそれぞれの寮に別れる間際、素早く引っぱり寄せられて囁かれたのだ。

ベルトルト(入浴後自由時間、第二資料室横空き教室)

(今は倉庫みたいになってる教室だよな……鍵空いてるのかな。何を話すんだろう)

132: 2013/07/26(金) 20:32:37 ID:VyD8gncg
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「ムぎゃっ!?」

ベルトルト「わっ!」

背中に誰かがぶつかったのにびっくりして振り向くと、ジャンが鼻を押さえて立っていた。

ジャン「ベルトルトお前……脱衣場の入口でつっ立ってるのはやめろよ……」

ベルトルト「ご、ごめんねジャン……怪我はない?」

ジャン「そんなに柔じゃねぇよ、平気だ」

マルコ「ジャン、ちゃんと前を見てなかっただろう。気をつけなよ」

ライナー「なんだ、ベルトルトはまた上の空か」

後ろからマルコと、ライナーが顔を出す。風呂場へ来る途中で二人と会ったんだろうか。

133: 2013/07/26(金) 20:35:45 ID:VyD8gncg
ベルトルト「ライナー、当番終わったんだね」

ライナー「ああ、少し長引いたが」

マルコ「上の空、って…ベルトルト悩みごと?」

ベルトルト「うん、悩みっていうか……そうだ、ジャンはミカサに片想いしてたよね」

ジャン「……まあな」

片想い歴の長いジャンなら、何か分かるかな。入浴の準備をしながら話してみようか。



ベルトルト「……もし、もしだよ。絶対に受け入れてもらえそうになくても、言ったら軽蔑されそうでも。
どうしてもミカサに想いを伝えたくなったらどうする?」

ジャン「ハッ。なんだ、お前誰かに片想いしてんのかぁ?」

マルコ「ジャン、君ってやつは……」

ベルトルト「……まあ、うん。それはそうとしてさ、ジャンならどうするか聞かせてよ」

ジャンは最初こそからかい半分だったけど、二回目の問いかけをすると真剣な顔になって考えはじめた。

134: 2013/07/26(金) 20:36:20 ID:VyD8gncg
ジャン「……言うな、俺なら」

ベルトルト「そっか、どうしてか聞いてもいい?」

ジャン「俺は元々正直者だしな、言いたいことは全部言う質だ。それに、」

ベルトルト「それに?」

ジャン「どうしても伝えたい、とまで思ってることを押し込めておくなんて器用なこと出来ねぇよ、俺はな。」

お前はどうか知らねぇけど、と言ってジャンは言葉を切った。

135: 2013/07/26(金) 20:36:54 ID:VyD8gncg
マルコ「そうだね、ジャンはそういう人だ。けどベルトルト……君とジャンは性格が違いすぎる。参考になるかな」

ジャン「マルコ、何だよそれは」

冷静な意見を述べるマルコを、ジャンがジ口リと見る。僕自身、マルコの意見をもっともだと思う。でも。

ベルトルト「はは、確かにね。……ありがとうジャン」

ジャン「ああ……もう終わりなら、俺は風呂に行くぞ」

ベルトルト「うん、もう大丈夫。」

ジャン「そうか、まあ頑張れよ」

マルコ「応援してるよ、頑張ってね」

二人を見送った後、話に夢中になってほとんど準備が済んでなかったことに気づいてはっとした。

横を見るともうすっかり準備万端のライナーが待ってくれている。

136: 2013/07/26(金) 20:37:36 ID:VyD8gncg
ベルトルト「ごめんライナー、すぐに済ませる」

ライナー「ああ、それはいいんだが……結論は出たのか」

ベルトルト「……うん、やっぱり僕はユミルが好きみたいだ。彼女のことが特別に見える」

「言うだけ言うよ、伝えるっていうより、吐き出すだけになりそうだけど」

ライナー「そうか、初恋まで長かったなぁ、お前」

カラカラとライナーが笑う。

初恋がこんな形なんて、とんでもないことだ。もっときれいなものだと思っていた。

ベルトルト「でもライナー、言ってしまっても僕は戦士でいられるだろうか。……やっぱり」

ライナー「まあ、いいんじゃないか」

軽い調子で返されて、ちょっとムッとする。

137: 2013/07/26(金) 20:38:11 ID:VyD8gncg
ベルトルト「そんな簡単なもの?」

ライナー「お前は溜め込む質だからな……放っとくとこじらせて悪化しそうだ。そんなにでかい想いなら尚更」

ベルトルト「……」

何も言えない。想いをこじらせて駄目になった自分の姿が見えるようだったからだ。

ベルトルト「……やっぱりライナーは僕のことをよく知ってるね。きっと末路はその通りだよ」

ライナー「ハハハ、何年お前とアニの兄貴分やってると思ってるんだ」

「……OKされるにしろ断られるにしろ、なった方に次の手を打てばいいんじゃないか。
臨機応変に動けるのも優秀なやつの条件だ」


ベルトルト「そうかな」

ライナー「そうだ。……さ、俺達も行くぞ」

なんだかライナーに上手く丸めこまれた気がするけど、今はこれ以上の結論なんて見えない。

事態がどう転ぶか怖いけど、早めに入浴を済ませて空き教室に向かおう。ユミルが待ってる。

138: 2013/07/26(金) 20:39:04 ID:VyD8gncg
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

言われたように空き教室の前で待っていると、ユミルが来た。

鍵を針金か何かで器用に開けて、僕を先に押し込めた後、自分も入ってくる。

ベルトルト「意外な特技だね」

ユミル「……昔色々、な」

詮索されたくなさそうな話題だと感じたので、それ以上は聞かないことにしよう。

暗いのでカーテンを開く。月明かりで教室が僅かに照らされた。

ユミル「なあ、ベルトルさん」

「恐らく、アンタもでかい秘密を持っているんだろ?決してばらす訳にはいかないものを」

開口一番、とんでもない発言に心臓を掴まれた気分になる。ばれたのか。僕の最大の秘密。

ユミル「それは言わなくていい、私にも同じような秘密はあるからな」

そう言われて息をついたものの、気になる言葉だった。ユミルにもあるのか。

ばれてしまったら、自分の根幹が崩れるような秘密が。

139: 2013/07/26(金) 20:40:09 ID:VyD8gncg
ユミル「まあ、それは置いとくとして、だ……」

「この際だ。お互い全部ぶちまけようぜ」

ベルトルト「え……お互い?」

ユミル「ああ……ここのところ、ちょっと変だからさ」

彼女は誰が、とは言わなかった。

ベルトルト「どっちから話すの」

ユミル「話したくなった方からでいいだろ」

ユミルが床の埃を払って座る。僕もそれにならって、背中合わせになるように座った。カーテンの開いた窓から星が見える。

140: 2013/07/26(金) 20:40:44 ID:VyD8gncg
十五分くらいそのままでいただろうか。

僕にはこの時間が一番よかった。

肯定も否定もされない、二人でいる曖昧な時間。

ただ、消灯時刻の都合もある。いつまでも決断しないわけにはいかない。

この時間が長引くと傷が深くなる、と感じたらもう、さっさと話してしまいたくなった。

この想いだけ吐き出して、何もなかったことにしたい。

早く否定されて、楽になりたい。

146: 2013/07/27(土) 01:57:31 ID:pmlUz4Xs
ベルトルト「……じゃあ言うよ」

「ユミル、僕は。僕は君が好きだ。」

ユミル「……それだけか?普通の告白に聞こえるけど」

拍子抜けしたようなユミルの声が返ってくる。それだけ、だったらどんなによかっただろう。

ベルトルト「……君に軽蔑されるような形で好きになってしまったから。ずっと黙ってようと思ってた。」

「ただ、今日は少しやりすぎた」

「君に近づけると思ったら止まらなかった。柄にもなく自分から行動していた」

今日してしまったことを思い出して、少し照れる。

ベルトルト「……一つお願いがあるんだ」

「この先を聞いたら、答えがほしい。否定でも肯定でも。そのまま受け入れるから」

「答えだけは返す、って誓ってくれないか」

147: 2013/07/27(土) 01:58:24 ID:pmlUz4Xs
ユミル「……ああ、誓ってやるよ。だから話してくれ、ベルトルさんの腹の内を」

ベルトルト「……対人格闘の事故から、君のことを好きになった」

「君が僕を気遣ってくれた時、なんだか嬉しくて、すごく胸が苦しくて」

「それからずっと見てた」

「今日も一緒にいて、すごく楽しかったよ。ずっと傍にいたいと思った」

ユミル「…………」

ベルトルト「でも、そんなきれいなことばっかりじゃなくて」

「……昨日の夜いっぱい考えて、僕は君に痛いことをされるのが好きなんだって気づいた」

「そして今日、君にしてもらったデコピンで確信した。叩かれた後撫でてもらうと、心が満たされる感じがした」

ユミル「……わざと負けてたもんな」

ベルトルト「あ、ばれてたんだ……恥ずかしいな。どうしても確かめたくて。君だけが特別なのかどうかを」

「……やっぱり、君じゃなきゃ駄目だったよ、ユミル」

「これが僕の隠し事だ。……答えをくれないか」

148: 2013/07/27(土) 01:58:58 ID:pmlUz4Xs
ユミル「……ベルトルさんよぉ……」

ベルトルト「やっぱり、こんな気持ち悪い奴駄目かな」

ユミル「人の話を聞けよ……私の隠し事だけどな」

ベルトルト「何?」

ユミル「まず、告白の返事はOKだ。それを頭において聞けよ」

ベルトルト「えっ!?う、うん……」

サラリと受け入れられて驚愕した。いいのかユミル、ついさっきあんなに気持ち悪い欲求をさらけ出したのに。

149: 2013/07/27(土) 01:59:32 ID:pmlUz4Xs
「私も、あの日の対人格闘が頭から離れないんだ。叩いちまった頬の感触も、撫でてやったときの安心した目も。」

「決定打はあの名残惜しそうな声だった。あれを聞いて、何かが目覚めた」

「……言っとくが、あれ自体は完全に事故だった。撫でたのも本当に心配だったからだ。」

「でも私はベルトルさんをもう一回、今度はわざと叩きたいと思ってるし、その後でまた撫でてやりたい。

いじめて泣かせてその目を涙でいっぱいにした後、思いっきり甘やかしてやりたい」

151: 2013/07/27(土) 02:00:18 ID:pmlUz4Xs
ベルトルト「え、ユミ、ル?」

頭を殴られたような衝撃があった。ユミルも、そうだったって?

僕のことをいじめてやりたいって、ユミルが?

僕と同じような嗜好を持っているのか?思考が追いついていかない。

ユミル「アンタが「そう」なんじゃないかとは薄々感じていた。わざわざ痛い目に遭いたがってたし、

デコピン食らわした後の目だって、熱っぽくて物欲しそうだった。褒美を欲しがる奴隷の目だ」

今日の一連の行為は、分かっててしてたのか。僕が本当は何を求めていたのか。

ベルトルト「試してたの、僕のこと」

ユミル「人聞きが悪いな。ベルトルさんがやってたみたいに、私なりに折り合いつけて発散してたんだ。

万一「そっち」じゃなかったら、私のやりたいことはただの傷害だからな……あれならまだ、遊びで済むラインだろ」

152: 2013/07/27(土) 02:01:01 ID:pmlUz4Xs
ベルトルト「つまり、あの、僕たちって」

ユミル「~~両思いだっていうのに腹の内探り合ってた馬鹿共だよ!」

ユミルが叫ぶ。僕たちはなんだか、ひどく回り道をしていたみたいだ。

ベルトルト「……そうだね、馬鹿だったかもね」

ユミル「ともかく、私は条件を飲んだ上で了承した。そっちもだろ?」

ベルトルト「もちろんだよ」

ユミル「じゃあ、今から私の奴隷になるか?」

ユミルがもたれかかってくる。

ベルトルト「……犬がいいな」

ユミル「……人ですらないのかよ、ベルトルさん重症だな」

ベルトルト「そうじゃなくてさ、犬ならいっぱい撫でてもらえそうだし。

痛いの好きだけど、撫でてもらうのも好きなんだ、僕」

ユミル「そうかよ。じゃあ私の犬になるか」

ベルトルト「うん。ユミル、僕は君の犬だ」

153: 2013/07/27(土) 02:01:43 ID:pmlUz4Xs
ユミル「よし」

ユミルの重みが離れる。立ち上がって、僕の前に回りこむ。

ユミル「手ほどいて、足も平らにして座れ」

癖になっている縮こまるような座り方を解くように命令される。

従うと、腿の上に向かい合うように座られた。腕を首に絡められて、頭を引き寄せられる。

ベルトルト「んっ、む、ぅ」

ユミル「ん・・・・・・っぷは」

キスされた。少しだけど、舌も入ってきた。

こんなことするのは初めてで混乱していると、額にもキスされる。

ちゅ、ちゅと音を立てて、何回も。片方の手は髪の毛をクシャクシャ撫でてる。

可愛がってくれてるのかな、なんだか安心する。ユミルはいいご主人様だな。

154: 2013/07/27(土) 02:02:16 ID:pmlUz4Xs
ユミル「これからもっと、色々してやる。しっかり躾けるから覚悟しとけよ」

ベルトルト「よろしくね、ユミルさま」

ユミル「その呼び方はやめろ。「ユミル」だ」

そう言いながら、ユミルが軽く僕の頭をはたく。

ご主人様なんだし、様付けで呼ぶのがいいよねと思ったんだけど駄目みたいだ。

ベルトルト「わかったよ……改めてよろしく、ユミル」

ユミル「よし、よくできました。」

言うとおりにすると、ユミルはちゃんとはたいたところを撫でてくれる。

その手はやっぱりとても心地よくて、僕にとっては最上級のご褒美だった。

162: 2013/07/27(土) 20:26:53 ID:UHUPpwro

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

「あれ、ベルトルトにユミル?」

「どうしたの、そんな所から……そこっていつも鍵かかってなかった?」

教室を出た途端、後ろから声がかかって肩が跳ねる。

振り返ると、マルコとアルミンが隣の資料室から出てくる所だった。

ベルトルト「マルコ、アルミン……君たちこそなんで」

最近二人が熱心に調べものをしているのは知っていたけど、いつもは図書室にいるんじゃなかったか。

大量の本を抱えて部屋に帰ってくるアルミンを何度か見た覚えがある。

マルコ「今日はここにある資料が必要だったんだけど、第二資料室のものって持ち出し禁止なんだ。」

アルミン「だからこもりっきりになるしかなくて……夢中になって調べものしてたらこんな時間に」

アハハ、とアルミンが笑う。 こんな真面目な二人がいる隣の部屋で、僕はなんてことを言っていたんだ。

羞恥心が刺激されて顔が熱くなる。きっと今、ひどい顔してるんだろうな。

ユミルが僕の顔を見上げてニヤニヤしている。

163: 2013/07/27(土) 20:27:31 ID:UHUPpwro
マルコ「それにしても二人は……あ、そうか。ベルトルト、言ったんだ」

アルミン「マルコ……?ああ、そうか!」

マルコ「今日のジャンはすごいなあ……あ、二人とも!もうすぐ消灯だから、早く寮に戻ったほうがいいぞ」

アルミン「また部屋でね!そうだ、ベルトルト元気になったよって、エレンにも言っていいかな?結構気にしてたからさ」

ベルトルト「あ、うん……よろしく……」

最初の質問に戻ったものの、僕達の目的を聡い二人はすぐに感づいたようで、じゃあね、なんて手を振って行ってしまった。


ベルトルト「……消灯もうすぐなんだね。寮まで送るよ」

ユミル「ああ、任せる。私の犬だもんな、ちゃんと送れよ」

ベルトルト「うん、任せて!」

頼ってもらえたのが嬉しくて、声のトーンが上がった。

後ろからシャツの襟を持たれる。ユミルに連れられて散歩しているみたいだ。

164: 2013/07/27(土) 20:28:06 ID:UHUPpwro
ユミル「しかし、男も結構お節介焼きなもんだな」

ベルトルト「ふふ、その様子だと女子もあんな感じなのかな」

ユミル「……まあな」

ユミルがげんなりしている。

女の子は恋の話が好きだっていうし、今日彼女は寝かせてもらえないかもしれない。

ベルトルト「今日はお互い大変かもね」

ユミル「ああ、どうやってクリスタとミーナ誤魔化すかなぁ……あいつらにばれると近しいやつらにはまず広まるな……」

ベルトルト「あはは……あ、ついたよ女子寮」

ユミル「よし、ここまででいい。おやすみ」

ベルトルト「おやすみ、また明日」

別れ際に頭を撫でてもらった。ちゃんと送れたご褒美だろうか。

ユミルはまだ歩きながら色々計算しているようだけど、結局どうしたってばれちゃうんじゃないかな。

なんだかそんな気がした。

165: 2013/07/27(土) 20:29:19 ID:UHUPpwro
エレン「ベルトルト、元気になったんだってな!よかった」

ベルトルト「お、おかげさまで……」

エレン「うんうん、なんか吹っ切れた顔してるぞ」

部屋に帰ってくると、エレンが嬉しそうに言ってきた。僕が元気になったのを本当に喜んでくれている。

アルミンもニコニコ笑っている。僕の想いが純粋に叶ったと思っているんだろう。二人にはなんだか申し訳ない気持ちだ。

166: 2013/07/27(土) 20:45:07 ID:UHUPpwro

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ライナー「で、どうなったんだ?ユミルとは」

消灯時刻になって、ベッドに横になった途端にライナーにヒソヒソと訊かれた。

色々協力してもらったし、彼には洗いざらい話そうか。

ベルトルト「……ライナーになら言ってもいいかな……彼女の犬になったよ」

ライナー「はぁ!?」

ベルトルト「声が大きいよライナー……僕はユミルにいじめられたいし、

ユミルは僕をいじめたかったんだって。お互いあの対人格闘が引き金だったみたい」

ライナー「そうか……いや、犬ってお前……それでいいのか……」

ライナーがポカンとしている。

167: 2013/07/27(土) 20:45:41 ID:UHUPpwro
ベルトルト「表向きは普通に付き合ってるだけだから、内緒にしててくれよ、ライナー。」

ライナー「……分かった。お前も……あんまり外でそれ言うなよ」

ベルトルト「言わないよ。ユミルとそう決めたし」

ライナー「それならそうでいいんだが……」

ベルトルト「訓練兵としての残りの期間はそうやってすごそうかなぁ、って。……僕もう眠いから寝るね、おやすみライナー」

ライナー「ああ、おやすみ……変な方に吹っ切れたな、お前の初恋……」

ライナーが最後に何か言っていたけど事実だし、聞き流して寝ることにした。

168: 2013/07/27(土) 20:46:22 ID:UHUPpwro
明日ユミルはどうなっているのかな。

どうであっても、せめて「その日」までは。

君の犬で、恋人でいたい。

できることなら、壁を壊さなくても済む、君とずっと一緒にいられる方法を探したい。

叶いそうにない夢物語にすぎないけれど、それが今のところ、僕の願いだった。

174: 2013/07/28(日) 00:58:07 ID:ZduUBgRg

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

やっぱりというか、僕とユミルが付き合うことになったのは翌日には近しい人達全員にばれていた。

敗因はユミルがクリスタとミーナの質問責めに思わぬぼろを出したことと、僕の様子が普段と違うとサシャに感づかれたことだと思う。

彼女の勘を甘く見ていた。あと関係ないけど、ライナーもなんだか挙動不審だった。

175: 2013/07/28(日) 00:58:41 ID:ZduUBgRg

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ユミル「ベルトルさん、今度の休暇は空いてるか」

僕達が一緒にいるのにも皆が慣れてきたころの夕食後、ユミルから誘いを受けた。

ベルトルト「あ……ごめん、その日は当番で」

前回ライナーのやっていた当番が、二日後の休暇には僕に回ってくるのだ。

前から決まっていたことだけど、よりによって今か、と少し落胆する。

ベルトルト「本当にごめんね、折角君が誘ってくれているのに」

こんなに急なら、誰かに代わってもらうのも難しいだろう。少なくとも知っている人は皆、予定がありそうだ。

176: 2013/07/28(日) 00:59:54 ID:ZduUBgRg
ユミル「そんなに落ち込むなよ、当番は兵団の都合だ。私も急だったな。」

ベルトルト「うん……でも、君と出かけたかった」

ユミル「仕方ないだろ、私はクリスタと芋女と出かけることにするから。そっちも当番ちゃんとやれよ」

未練がましく落ち込むと、あやすように背中を叩かれる。子供扱いされたみたいで照れくさい。

ベルトルト「外出、楽しんできてね」

ユミル「ああ。なにかいいもの買ってきてやるから、いい子で待ってろよ」

後頭部を一回撫でてから、ユミルは去っていく。

彼女が最後の一言に怪しい含みを持たせたように思えて、なんだか落ち着かなかった。

177: 2013/07/28(日) 01:04:30 ID:ZduUBgRg

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

休暇日の朝は、皆落ち着かない様子で朝食を食べている。やりたいことが沢山あるんだろう、いつもより早く食堂は空になる。


ベルトルト「失礼します」

静かな兵舎の入口近く、小さな部屋に入っていく。

今日僕が担当するのは、外出許可書の受付補佐だ。人の出入りを確認したり、書類や名簿をまとめたり。

厩舎の掃除や馬の世話をしていたライナーよりはうんと楽だろうな。

窓口は教官がするので、主な仕事は書類相手だろう。大分ましになったとはいえ、人見知りの気がある僕にはありがたい。

178: 2013/07/28(日) 01:05:03 ID:ZduUBgRg
教官「ああ、フーバーが担当か。君は真面目だからな、頼りになりそうだ」

ベルトルト「いえ、そんな」

教官「まあ、一日よろしく頼む」


今日の窓口担当教官は、座学の眼鏡をかけた教官だ。

僕を高く評価してくれているようで、この前上の空でいたのがなんだか申し訳ない。

罪滅ぼしといったら大げさだけど、せめて今日はできるだけ真面目にやろうと決めた。

179: 2013/07/28(日) 01:06:21 ID:ZduUBgRg

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

午後になって、教官は遅い昼食を食べに行った。

部屋に一人で残されてぼんやりしていると、出入口の開く音がする。

(あっ、ユミル達帰ってきた)

彼女の姿をみとめて、ちょっと気分が高揚する。聞き分けのいいふりをして、やっぱり僕は寂しかったのかもしれない。

サシャ「あぁー、ベルトルトは愛されてますねぇ。幸せ者ですよ」

ベルトルト「お帰り。……どうしたのいきなり」

と喜んだのも束の間、帰るなりサシャが絡んでくる。

180: 2013/07/28(日) 01:07:10 ID:ZduUBgRg
クリスタ「もうサシャ……」

ユミル「昼飯についてたパンやっただろうが」

サシャ「へへ……そうですけどぉ……」

ベルトルト「お帰りなさい、サシャは一体どうしたの?」

サシャ「ユミルのプレゼント、楽しみにするといいですよ。なんたって――ムグ」

ユミル「あー、芋女はもう黙れ」

ユミルがニタッと笑うサシャの口を塞ぐ。そういえばなにかいいものをくれるってユミルが言ってたな。それのことだろうか。

ユミル「これだよ、一人の時に開けろ」

サシャを捕まえているのと逆の手から、コトッ、と白い紙箱が置かれた。大きさは両手に載るくらい。

ベルトルト「ありがとう、後で開けるね」

ユミル「そうしてくれ」

ユミルが僕のために選んでくれたものだと思うと、心の暖まる感じがする。なんだって嬉しく思える。

181: 2013/07/28(日) 01:08:10 ID:ZduUBgRg
クリスタ「ふふふ……あ、ベルトルト。私達のチェック大丈夫かな?」

ベルトルト「うん、三人とももう行って大丈夫だよ」

ユミル「じゃあ一回部屋行くか」

サシャ「く、苦しかったです……」

僕達のやりとりを笑顔で見ていたクリスタが問いかける。大丈夫、と言ったら三人とも寮の方に行くようだった。

ユミル「ああ、そうだベルトルさん」

去り際にユミルが近寄ってきた。窓越しに、あの時と同じように僕を引っ張り、素早く囁く。

ユミル「今夜の自由時間、あの教室だ」

182: 2013/07/28(日) 01:22:01 ID:ZduUBgRg

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

帰ってくる人への応対も一段落ついて暇ができたので、ユミルにもらった箱を開けてみることにした。

シンプルな無地のハンカチと、野菜を薄切りにして干したお菓子。サシャはこれが欲しかったのかな。

ベルトルト(女の子のおみやげって感じだ。かわいいなぁ)

ユミルもやっぱり女の子なんだな、と思って顔が綻ぶ。

ただ、入っていたものに対して箱が重かったのが気になった。

(あれ、この箱二重底になってる?)

ハンカチとお菓子の包みをどかして底になっている厚紙を揺すると、カタカタと僅かにずれる。

(なんだろ、まだ何か入ってるのかな)

底の一辺に爪を引っかけて持ち上げた。

次の瞬間、中に入っていたものに体が強ばる。

183: 2013/07/28(日) 01:23:28 ID:ZduUBgRg

(……えっ、何これ!?)

首輪だ。赤色の革を縫い合わせてある。鎖もついた、犬につけるようなもの。

(……僕の、だよね。これ)

彼女の犬になったのは僕も合意の上だけど、こうして形にして見せられるとすごく恥ずかしいことのように思えた。

首輪を見た瞬間、驚きはしたけどそれより大きく期待をした自分がいることも含めて。

今夜、あの教室で僕は何をされるんだろう。期待と不安が入り交じって落ち着かない。

心臓を握られているような感覚がして、妄想ばかりが大きくなっていく。早く鎮めないと、人が来たらどう思われるか。


「フーバー」


ベルトルト「は、はいっ!」

扉が開いて、眼鏡の教官が入ってくる。

びっくりした拍子に手を離したので、二重底はパタンと元の場所に収まった。

184: 2013/07/28(日) 01:24:02 ID:ZduUBgRg
教官「……君が大声を出すのは珍しいな。」

ベルトルト「申し訳ありません」

教官「いや、咎めたわけではないよ。窓口は私が代わろう。君は今までまとめた書類をキース教官に提出したまえ。」

ベルトルト「ハッ」

教官「それで本日の君の仕事は終了だ。報告が済んだら夕食に向かいなさい」

ベルトルト「ハッ、失礼します」

真っ赤になっているだろう顔を見られないように、急ぎ足で部屋を出る。

キース教官に会うまでには、普段通りにふるまえるようにならないと。

185: 2013/07/28(日) 01:25:25 ID:ZduUBgRg

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

何事もなく報告が済んでから向かった食堂には、もうほとんど人がいなかった。

当番をしていた訓練兵と、相当遅れて来た人くらい。

話し相手もいないのでさっさと食べてしまって、部屋に戻る。

ベルトルト(入浴も、早く済ませないとな)

今夜の約束を思い出した。ユミルを待たせてはいけない。

歩くたび、右手に持った箱がカタカタ鳴っている。二重底の下の首輪が揺れる音だ。

(そうだ、これ持っていかないといけないよね)

さっき鎮めたはずの妄想がまた噴き出してくる。首輪をつけた自分がユミルに犬のように扱われるのを想像して、

頑張って冷ました顔がまた赤面した。もう寮の部屋の前まで来てしまっている。

186: 2013/07/28(日) 01:26:55 ID:ZduUBgRg

(誰もいませんように)

エレン「おっ、ベルトルトも今帰ったのか」

願いながらドアを開けるも、現実は無情だった。

ベルトルト「エ、エレン。アルミンは一緒じゃないんだね」

エレン「アルミンとライナーなら先に風呂に行ったぞ。俺は自主練してたから、ちょっと遅くなった」

ベルトルト「そうか、僕は当番で。エレンは今からお風呂?」

エレン「ああ。お前は?」

ベルトルト「僕もだよ」

喋りながら着替えやタオルを取り出して、最後に箱をベッドの上に置くとエレンが関心を示した。

エレン「ん、なんだ?それ」

ベルトルト「……ユミルからのおみやげ」

エレン「ユミル……?ああ、そっか。お前ら」

ベルトルト「うん、まあね……行こっか」

中身に興味を持たれる前に出てしまおう。

はぐらかされたのも気にせず、エレンもすぐについてきた。部屋にいたのが彼でまだよかったのかもしれないな。

187: 2013/07/28(日) 01:28:00 ID:ZduUBgRg
エレン「ところでさ、ベルトルト」

ベルトルト「ん?」

エレン「なんでさっきからそんなに顔赤いんだ?プレゼントもらっただけにしちゃちょっと……」

ベルトルト「……な、慣れてないから、こういうの……」

エレン「ふーん」

体調悪かったら言えよ、とエレンが下から見上げてくる。

隠そうとうつむいても意味がない、自分の長身が少しだけ恨めしい。

この前も僕の顔色に言及したことといい、彼は意外に人の感情の機微に敏感なのかもしれない。そう感じた。

195: 2013/07/29(月) 00:09:55 ID:mFzb8PJo
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

入浴後すぐ箱を持って空き教室に行くと、既にユミルは中で待っていた。よくわからない戸棚に背をもたれさせて立っている。

ここは倉庫として使われている割には埃っぽい感じがしない。普通の部屋より頻度は落ちるだろうけど、清掃が入っているのかな。

ベルトルト「待たせてごめんね」

ユミル「全くだよ……犬のくせしてご主人様を待たせるなんてな、生意気だ」

ユミルが怒ったふりをする。

ふりだっていうのは分かっているんだけど、やっぱり待たせてしまったのは申し訳なかった。

ベルトルト「……ごめんなさい」

ユミル「よし。素直なやつは好きだぞ、私」

頬をポフポフ、と軽くはたかれた。

これだけでも結構充足感はあるけど、今日これからすることはこんな可愛らしいことだけじゃないんだろう。

196: 2013/07/29(月) 00:10:27 ID:mFzb8PJo
ユミル「ベルトルさんにな、もう一つプレゼントがあるんだ」

ユミルが後ろ手に持っていた物をかざした。

受け取ってみると、口の広い小瓶に入った何かだ。暗くてよくみえない。

カーテンを開けて入ってきた月明かりで読んだラベルには「蜂蜜」の文字があった。

ベルトルト「蜂蜜……よくサシャに狙われなかったね」

ユミル「けっこうな貴重品だからな。アイツも流石に空気読んだらしい」

甘いものが貴重な今、こんな小瓶でもかなり値が張るはずだ。なんでユミルはこんな高価なものを僕にくれるんだろう。

ベルトルト「そうか、だからサシャはあんなこと」

サシャの羨ましそうな姿を思い出す。

普段の固いパンにでさえ執着する彼女が、蜂蜜ときたらあんなふうになるのももっともだ。

197: 2013/07/29(月) 00:13:23 ID:mFzb8PJo
ベルトルト「僕はお菓子が欲しいんだと思ってた」

ユミル「うん、そう思ってほしかったからな。入れておいたんだ」

どうせあの芋は口を滑らすからな、とユミルが悪戯っぽく笑った。策がうまくいったときの笑い方だ。

僕はまんまと彼女の仕掛けたミスリードにはまったらしい。

ベルトルト「箱が不自然に重かったのも、わざとだね」

ユミル「びっくりしただろ」

ベルトルト「うん……すごく。」

そこまで話して、ふとある可能性が思い当たる。

198: 2013/07/29(月) 00:13:54 ID:mFzb8PJo
ベルトルト「ねえ、ユミル」

ユミル「なんだ?」

ベルトルト「サシャとクリスタって、これのこと知ってるの」

箱を開けて首輪を取り出す。もし知られていたら、明日から僕はまともに会話ができない。顔を見ることだって難しいかも、

ユミル「そんなわけないだろ……まだ社会的に氏ぬ気も、頃す気もない」

最悪の可能性は即座に否定された。そうだ、僕達は訓練兵で、集団生活をしている。

社会的に氏ぬような事態は極力避けたい。

199: 2013/07/29(月) 00:15:36 ID:mFzb8PJo
ベルトルト「よかった……」

ユミル「私のことを何だと思ってたんだ……そうだ、ベルトルさん。着けてやるよ、それ」

それ、と首輪を指差したので、着けやすいように床に座った。

金具が外れて、首に革が巻きつく。

ユミルが真剣な顔で、径を少しずつ締めていく。

ユミル「苦しくないか」

ベルトルト「うん、平気」

小さな穴に金具を通して、余った端を輪になった部分で留める。これで装着は完了だ。

ユミル「やっぱり赤色にして正解だったな。よく似合ってる」

鎖を軽く引っ張りながら、ユミルはとても満足そうだ。

指先で首輪をなぞられると、存在感が増す気がした。

完全に彼女の犬になったんだ、と思うと嬉しさと恥ずかしさで体が熱くなる。

200: 2013/07/29(月) 00:16:13 ID:mFzb8PJo

モジモジと手を動かしていると、蜂蜜の瓶を持ったままだったことに気づく。

首輪もこれも、ユミルのお金で買ったものだ。もちろん表向きのおみやげだって。

……全部与えられっぱなしというのはよくない。

ベルトルト「……ユミル、蜂蜜のお金払うよ。君にばっかり使わせちゃ駄目だ」

ユミル「今それ言うのかよ、無粋もいいとこだな」

ベルトルト「でも高かっただろ、蜂蜜も、これも。」

これ、と首輪に指をかけながら言ったら、頭を撫でられた。

ユミル「いいんだ。私が与えた、っていうのが重要なんだよ。こういうのは」

蜂蜜は私も食べるしな、と小さく呟く。

それは良かったけど、やっぱり金銭のことは甘えきれない。

ご主人様だから、そういうものなんだろうか。でも女の子にばかり負担をかけるのは。

201: 2013/07/29(月) 00:17:15 ID:mFzb8PJo
ユミル「じゃあさ、今度一緒に出かけよう。その時に私に何か買うなりすればいい」

釈然としない様子の僕を見かねたのか、ユミルが提案してきた。

ベルトルト「……うん、そうしようか。楽しみだな」

思わぬところからデートの約束ができて嬉しい。

浮かれる僕を尻目に、ユミルはひょいっと動いて椅子を引いてくる。鎖が引っ張られて体が傾いた。

202: 2013/07/29(月) 00:17:50 ID:mFzb8PJo
ユミル「お喋りも楽しいが時間が惜しい、そろそろ始めるか」

僕の手から蜂蜜を取りながら椅子に座ったユミルの目が、カードで遊んだあの時と同じ目をしていた。

獲物を捕らえた猫のような目。ゾクリと背中が粟立つ。

ユミル「まあそんなに心配するな……初めてだからな、優しくするよ」

ベルトルト「心配はしてないよ、君のこと信用してる」

僕達はこれから、ばれたら社会的に氏ぬようなことをする。

それでも、もう胸を占めるのは不安より期待のほうが大きかった。

203: 2013/07/29(月) 00:33:57 ID:mFzb8PJo
瓶についていた木のへらで蜂蜜をすくったユミルが、それを自分の人差し指に垂らしはじめる。

しなやかで形のいい指が、黄金色の蜂蜜に覆われていく。

たっぷり塗り終わったところで、その指は僕の前に差し出された。

ベルトルト「えっと」

ユミル「早く。垂れる」

ベルトルト「ん、」

その一言でするべきことが分かったので、指を口に含んだ。

まとわりつく蜂蜜を少しずつ舐めとっていく。粘度の高い蜂蜜は、意外にとれにくい。

204: 2013/07/29(月) 00:34:49 ID:mFzb8PJo
ユミル「あんまり歯立てないようにな」

ベルトルト「ぅ、ん」

ユミル「もっと舌使って」

ベルトルト「、は」

鎖を引きながら指示される。

言われたように舌を積極的に動かすと、蜂蜜がさっきよりよくはがれた。

甘い衣がとれて、だんだんユミルの指が露出する。

(ユミルの味だ)

そう思ったらもっと味わいたくて、夢中になって舐めていた。口に残る蜂蜜の味がどんどん薄まっていく。

205: 2013/07/29(月) 00:35:31 ID:mFzb8PJo
ユミル「ん……よし、いいぞ」

ベルトルト「あ……」

ちゅぷ、と音がして口から指が引き抜かれる。唾液でテラテラ光って、なんだかいやらしい。

ユミル「ハッ、そんな目するなよ。まだ終わりじゃない」

ベルトルト「……よかった」

失敗したわけじゃないと知って安心する。

今度は中指を加えた二本の指に蜂蜜を塗りつけたユミルが、手を差し出す。

今度は指が上を向いていたけど、躊躇わずに口に入れた。

206: 2013/07/29(月) 00:36:34 ID:mFzb8PJo
ユミル「あんまり奥に入れるとえづくぞ、吐かれるのは勘弁だ」

ベルトルト「ふ、ぅ……っ」

苦しくなるギリギリまで入れて、舌を動かす。

たまにユミルが指先で舌や上顎を触ってくるのがくすぐったくて、声が漏れる。

根元にも蜂蜜が残っているのに気づいた。手のひらを包むように持って、指の又を舐める。

さっき舐めとれなかった側面の蜂蜜も取っていると、ユミルの肩がピクリと跳ねた。

右手に握られた鎖がジャラ、と鳴る。

ベルトルト「ん、ユミル」

ユミル「……なんだよ」

ベルトルト「横側、いっぱい舐めたほうがいい?」

ユミル「さぁな……好きにしろ」

そうは言っても、一度気になってしまうと自然と側面を舐める回数が増えていく。

再び指を口の中に含む。蜂蜜なんてどこにもついていなかったけど、もうそんなこと関係ない。

207: 2013/07/29(月) 00:37:25 ID:mFzb8PJo
(ユミルは気持ちいいのかな、これ)

さっき少し反応していた様子からすると、全くなんともないわけではなさそうだけど。

僕が楽しいだけだったらどうしようか、と不安だったのでよかった。

(あ、指先ちょっと甘い)

まだ薄く甘味の残っている指先を吸ってみると、頭に手を置かれる。

ベルトルト「ふ?」

ユミル「そのまま吸ってろ」

ユミルの言うようにしていると、突然指を奥に動かされた。

そのまま往復させられて、ジュブジュブと音が立つ。

口の中を犯されているような気分になって、なんだかとても恥ずかしい。

ベルトルト「んっ、ぐ、ぅ」

ユミル「はは、上手いぞベルトルさん」

ちょっと苦しいけど、上目遣いに見上げたユミルが満足気に笑って僕を撫でるので気にならなくなる。

見下ろす彼女の目をみると、慈愛と嗜虐の入り交じった色をしている。

もっといじめてほしい。君の好きにしてほしい。そう思わせる色だった。

208: 2013/07/29(月) 00:38:29 ID:mFzb8PJo
ベルトルト「、ぁ」

また指が引き抜かれる。唾液が口端からツゥ、と垂れた。

ユミルはまた蜂蜜を塗っている。指はまた一本に減るようだった。

ベルトルト「……指、減らすんだ」

ユミル「今からのは、こっちのが勝手がいいんだ」

「ほら、今度は舌動かさなくていい。なにもせずに咥えるだけだ」

差し出された指を口におさめる。

何もしなくていいって、どういうことだろう。

ちゃんと回らない頭で考えていると、ユミルが上顎を弄りだす。

撫でたり、軽く引っかいたり。くすぐたっい。指についた蜂蜜が塗りつけられていく。

そうされているうち、別の感覚が混ざるのを憶えた。

210: 2013/07/29(月) 00:40:04 ID:mFzb8PJo
(あれ、なんか)

気持ちいいような、落ち着かないような。

僕は上顎を弄られて感じているのだろうか。否定したいけど、指が滑るたびに頭がぽぅっとする。思考が繋がらない。

ベルトルト「わっ」

首輪が引っ張られる。目を見開くと、ユミルが椅子を降りて目の前に座っている。

ベルトルト「ユミル?……んっ」

鎖を引かれて、顔が近づく。名前を呼び終わらないうちに口づけられる。

侵入してきた舌は、さっきのように上顎をくすぐりだす。

ベルトルト「ぅ、ふぁっ」

ユミル「……は、ぁ」

薄い舌に舐められて、声が出てしまう。

指にしたように舌を絡めると、ユミルも少し吐息をこぼした。

211: 2013/07/29(月) 00:40:45 ID:mFzb8PJo
ユミル「……久しぶりに食べたな、蜂蜜なんて」

ひとしきり口内を舐めきって、唇が離れた。

息の上がったユミルが、僕の首筋を撫でながら言う。

さっき蜂蜜を口の中に塗りつけたのは、これが目的だったんだろう。

「私も食べる」って、こういうことだったのか。

213: 2013/07/29(月) 00:41:19 ID:mFzb8PJo
ユミル「……なあベルトルさん」

ベルトルト「……なに?」

ユミル「そろそろ限界じゃないか?……私も、アンタも」

お互いやっと息が整ってきたころ、そう問いかけられた。

ベルトルト「……うん……もう、我慢できない、かも」

羞恥に押し潰されそうになりながら答える。

ユミルはそのまま、僕の目を見据えていた。相変わらず首筋を撫でたまま。

223: 2013/07/30(火) 00:15:58 ID:w3.GZjzY

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ユミル「ズボン脱いで、そこ座っとけ」

最初にユミルがもたれていた戸棚に背を預けるようにして座った。

この間と同じように、首に手を回してユミルが腿の上に乗る。顔が近い。

今回は右足を跨ぐように座ったので、僕の脚の間に右膝が入っている。


ベルトルト(ほんとに限界なんだな、ユミルも)

露出した太腿に湿った感触を感じた。

僕の頭を抱えるようにして、眉間や唇に触れるだけのキスを繰り返すユミルは未だ一糸乱れぬ姿ではあったけど、

静かに息を荒げているのが伝わった。頬や目尻も僅かに赤く染まっている。

224: 2013/07/30(火) 00:16:36 ID:w3.GZjzY
(僕で興奮してくれたんだ)

ずっと余裕に見えたのに、内心では彼女も高ぶっていたんだ。

自分がそうさせたんだと思ったら、奇妙な満足感があった。

ユミル「……ベルトルさん」

ベルトルト「え?……ぁ、ユミ、ルっ」

浸っているところに、不意打ちのように与えられた刺激に声が裏返りそうになる。

ユミルが右膝をグリグリと動かして、股関を弄っている。

ベルトルト「……ひぁ、な、何してっ」

ユミル「……限界だって言っただろ」

力加減をしてくれているから痛くはないけど、押したり擦ったりされる度に腰の奥が疼く。

ユミルも腰を揺らして、僕の太腿に股関を擦りつけていた。

彼女も快感を得ようとしていることに気づいて、とても淫らな行為をしているのだと再認識する。

225: 2013/07/30(火) 00:17:16 ID:w3.GZjzY

ベルトルト「……ぅく、ん」

ユミル「……はぁ、可愛いなぁ、ベルトルさん」


円を描くように擦られて、抑えられずに声を漏らすと気を良くしたのか膝の動きが早まる。

押しつけたまま小刻みに震わせるように動かされると、おかしくなってしまいそうだった。

頭が蕩けたように何も考えられない。縋るようにユミルを抱きしめる。

ベルトルト「も、駄目だよ、ユミル 出ちゃ」

ユミル「我慢しなくていいからさ、出しちゃえよ……下着着たまま」

肩口に顔を埋めながら、うわごとのように呟いた言葉に優しく囁かれた。現実に引き戻されて背筋が凍る。

思わず顔を離してユミルを見ると、今日一番の嗜虐的な表情をしている。

微笑んでいるのに、声色も慈愛に溢れているのに。これは命令なんだ、とほとんど本能的に理解した。

隠しきれない加虐の喜びに高揚しているのがわかる。僕には一切、逃げ道がなかった。彼女の命令に従うことしか許されていない。

226: 2013/07/30(火) 00:17:49 ID:w3.GZjzY
ベルトルト「っ、着替えが」

ユミル「いいじゃん、履いてない状態で帰れば」

ベルトルト「だって、人がいたら、んっ」

ユミル「どうせこんなことされて気持ちいい変Oなんだから、今さら変わらないだろ。運が良ければばれずに済むしな」

それでもせめてもの抵抗を試みようとしたら、呆けている間は止められていた膝の動きが再開された。

鎖を引いて、強引に離れた体を密着させられる。

柔らかな胸を押しつけながらなじられて、いろんな感情がない交ぜになる。

目からは涙が流れるし、体は快感に反応するのを止めてくれない。

227: 2013/07/30(火) 00:18:21 ID:w3.GZjzY
ベルトルト「お願いだ、離して、ユミル」

ユミル「――駄目だって言ってるだろ」

ベルトルト「うぁ、そんなことしたらっ……あっ」

みっともなく泣きながら縋りつく。

ユミルは懇願するように発した言葉をきっぱり否定した後、耳を甘噛みしながら舐める。

同時に膝で強めに擦り上げられて、呆気なく達してしまった。

僕を抱きしめる力が強くなったように感じたのは、彼女もそうだったからだろうか。


ユミル「ははっ……よくできたな、えらいぞ」

ベルトルト「うぅ……」

満足そうにユミルが僕を優しく撫でる。こんな時でも喜んでしまう自分の浅ましさが情けなかった。

228: 2013/07/30(火) 00:21:34 ID:w3.GZjzY
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ベルトルト「……優しくするって言ったのに」

ユミル「そんなに拗ねるなって……気持ちよかったんだろ?」

ベルトルト「……そうだけど……」

しばらくそんな会話をしながら撫でられたりキスしたりしていたけど、濡れた下着が気持ち悪くなってきた。

一刻も早くこれを脱いでしまいたい。

ベルトルト「ユミル、下着脱いできていいかな」

ユミル「履かずに帰るのか?」

ベルトルト「もうそれしかないだろ……」

ユミル「……このまま待ってろ」

投げやりに答えるとユミルが僕の上から退いて、乱雑に置かれた備品の陰に消える。

229: 2013/07/30(火) 00:22:10 ID:w3.GZjzY
ユミル「ほら」

戻ってきたユミルの手には、紙袋と水の入った手桶があった。

ベルトルト「え、なに?これ」

ユミル「替えの下着と、洗濯用の石鹸水だけど」

ベルトルト「えっ?」

理解が追いつかない。こんなに様々なものをポンポン取り出してみせるなんて、ユミルは魔法使いなんだろうか。

ユミル「私がこういうことしたかったんだからな、後始末まで用意は万全だ」

先に来ていたのは、これを準備して隠しておくためだったんだな。

つまり僕はこの前の休暇だけでなく、今もまたユミルの手のひらで転がされていたのか。

頭の切れる人だとは思ってたけど、ここまで用意周到だとは思ってなかった。

230: 2013/07/30(火) 00:22:43 ID:w3.GZjzY
ユミル「言っただろ、社会的には殺さないって……早く着替えてこい」

ベルトルト「あ……」

行為を始める前に彼女が言っていたことだ。熱に浮かされてすっかり忘れていた。

手桶と紙袋を受け取って、物陰に行く。

ベルトルト「……君がしっかりしたご主人様でよかった」

ユミル「犬の後始末は飼い主の当然の責任だからな」

服装を整えて、汚した下着を洗いながら戸棚の前にいるユミルに話しかけると、何事もなかったようにそう答える。

ベルトルト「僕、君のそういうところ好きだな。素っ気なく見えて優しいところ」

ユミル「……私もベルトルさんの従順なところと、思慮深いところは好きだ。好きだから早く終わらせろ。消灯時間が来る」

ベルトルト「あはは……分かった」

最後は冗談めかしてユミルが言う。彼女なりの照れ隠しだ。

231: 2013/07/30(火) 00:23:23 ID:w3.GZjzY

ユミル「出るぞ、忘れ物はないか」

ベルトルト「うん、いいよ」

ユミルに首輪を外してもらって、箱に入れる。

水は途中でトイレに流して、下着は濯いで自分の洗濯物と一緒に干してしまえばいいか。

洗濯の済んだ下着を紙袋に入れて、手桶を持って教室を出た。

232: 2013/07/30(火) 00:24:37 ID:w3.GZjzY
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

事の始末が済んだ後は、首輪の変わりに襟を持たれて歩く。

ユミル「首輪をつけて散歩するのも楽しいだろうけど、当面無理だろうな」

ベルトルト「そうだね……ちょっとしてみたいけど」

ユミル「ベルトルさん、順調に躾られてきたな」

ベルトルト「う……」

サラッと変O発言をしてしまったことを指摘されて、冷や汗が出る。

そうだ、散歩といえば。

233: 2013/07/30(火) 00:25:16 ID:w3.GZjzY
ベルトルト「ユミル」

ユミル「うん?」

ベルトルト「今度出かけるの、楽しみにしててね。今日は最後まで君に与えられっぱなしだったから」

ユミル「……ああ、楽しみにしておいてやる。ベルトルさんの行動範囲って気になるしな」

ベルトルト「そんなに変わったところはないけど……頑張るよ」

街に一緒に行くのなんてライナーくらいだから、僕の行動範囲はそのままライナーの行動範囲なんだけど。

でもユミルとなら、なにか新たな楽しみが沢山ありそうな予感がした。ただ一緒にいるだけでこんなに幸せなんだから。

街では首輪なんて着けられないから、手を繋いで歩きたい。女子寮までもうすぐだし、今からお願いしてみようか。



235: 2013/07/30(火) 00:31:25 ID:w3.GZjzY
毎日感想レスありがとうございます。ダラダラ書いてしまいそうなので、本筋は終了です。

最後のほうベルトルトが喘いでるだけの気持ちの悪い話ですみません。
明日以降もおまけのような感じで組み込めなかった話とかを投下するので、よかったら読んでやってください。

引用: ベルトルト「ユミルさま」