3: 2010/03/17(水) 04:58:16.89 ID:KPvBUoek0
事の始まりは学校の帰り道、黒子がジャッジメントの仕事ということでいつもどおりの道を一人で
何気なくぶらぶらと歩いていると、路地裏へ続く道に見るからにガラの悪い不良がたむろっていた。
普段だったら相手も突っかかってこないし、こちらとしてもとっちめるのは簡単だが、
黒子の小言を聞くはめになるかもしれないことから相手にしない、ということが常であった.
だけど本日ばかりは勝手が違った。見覚えのある顔が不良に絡まれていたからである。
「あの・・・すいません、私用事があるので・・・」
長い黒髪につけた花のような髪飾りが、その人物を後輩であり友人でもある佐天さんであることを、
私に認識させるのに時間はかからず、そのまま自然と不良達の下へ足を運ばせることになった。
「そんなこと言わないでさぁ、デートしようぜぇ」
ゲヘヘと不快な声を発しながら彼女に詰め寄った不良の一人に対して電撃を走らせる。
ガクンと膝を折り、崩れ落ちるのを見て、不良達の間にどよめきが走り、佐天さんにも小さな驚きの声を上げさせた。
『魔女狩りの王(イノケンティウス)』
5: 2010/03/17(水) 05:05:11.29 ID:KPvBUoek0
「・・・全く。スキルアウト風情が私の知り合いに舐めたことしてくれてんじゃないの。」
そう吐き捨てた後、佐天さんに当たらないように心がけながら不良達を伸したあと、佐天さんに駆け寄った。
彼女の左手にある袋には葱などの野菜が入っており、どうやら買い物の帰り道だったことがわかる。よくみ
ればあたりに玉葱やじゃがいもも散乱していた。
「あの・・・助けてくれてありがとうございます。御坂さん。」
そう言って佐天さんは周囲に散らばった玉葱をいそいそと袋にいれながら立ち上がると、何か思いつめた表
情をしながら俯いてしまった。
「極稀にあるんですよ、こういうこと。レベル0だからかわからないけど、こういった不良に絡まれて・・・。
普段は一人とか二人だからなんか適当なこといって逃げるんですけど、今回みたいに集団で襲ってくる
となるとどうしようもありません・・・。最近は無能力者を狙う犯罪も増えてきてますし、やっぱりこの町には
私みたいな無能力者はいちゃいけないのかな・・・。」
確かにスキルアウトの数が増え、ジャッジメントもアンチスキルも毎日てんてこ舞いになりながらも日々、
そういった輩に制裁を加えているのは黒子からも聞いていたし、その理由も能力者が抱く劣等感による無能力
者狩り、つまりは弱いもの虐めから、無能力者の自身を守るために自ら不良グループに入る者まで、
様々であることも知っている。
「この街のシステム上、無能力者がいらない者扱いってのは何となく想像できます。一定のカリキュラムを
踏めば能力に目覚めるのは間違いないとされているし、それでも能力に目覚めない人はやっぱり可笑しいで
すよね。――こんなことになるんだったら、来るんじゃなかった。」

7: 2010/03/17(水) 05:15:32.59 ID:KPvBUoek0
最後のほうの言葉は小さい声だったので余り聞こえなかったが、佐天さんが自嘲気味に笑っているのを見
て、大体何を言いたいのかがわかった。どう返答すればよいのかがわからず、とりあえずアンチスキルに
連絡しよっか、と佐天さんに言い、気絶した不良達を傍らに携帯電話で通報しようとしたときであった。
「っ!御坂さん!危ない!」
えっと思った瞬間、私の背後に回った佐天さんの身体が宙に舞い、吹き飛ばされた。その姿を見たとき、
呼吸をすることを忘れ背筋に冷たい汗が流れた。
私は急いで彼女に駆け寄った。
「うっ・・・」
ぐったりとしていて声を掛けても返事をしない、どうやら気絶しているようだ。胸の動悸が激しくなりな
がらも、振り返ってみるとうつ伏せになりながらも手を前にかざした、先ほど気絶させたはずの不良の
姿がそこにあり、ニタァと不快な笑みを浮かべ、こちらを見ていた。
――身体の体温が一気に上昇する。そして、怒りにまかせて電流を放ってしまった。いつもなら相手に応
じて手加減をしなくてはならないと思っているのだが、今はそんなことはどうでもいい。己の力に過信し
たから?それとも不良が馬鹿みたいな耐電性を持っていたから?何にせよ、私のせいで佐天さんをこんな
目にあわせてしまったのは確かだ。混乱する思考を何とか働かせながら佐天さんを担ぎ、この場を離れて
アンチスキルと救急隊に連絡をした。到着するまでの時間は、これまで感じたことが無い程長いように感
じられた。

「たんに打ち所が悪かったんだね。外傷も無いし大丈夫、安心しなさい。」
リアルゲコ太、もといゲコ太先生のその言葉を聞き、ふっと身体の力が抜けたのと同時に涙が出てきた。
佐天さんの病室に行くと病院服姿の佐天さんが別途で眠っていた。
「ごめんね。私のせいでこんな目にあわせちゃって。本当にごめんね。」
佐天さんに申し訳ないと思う気持ち、そして何よりも佐天さんが無事だと知ったこと、目から溢れる涙を
拭う事も忘れ、寝ている彼女に抱きつきながら連呼した。

10: 2010/03/17(水) 05:25:33.37 ID:KPvBUoek0
少し時間が経つと黒子や初春さんも病室に来た。泣いた所為で赤くなった目を見られ、からかわれてしま
ったが不思議と恥ずかしくはなかった。二人に佐天さんの状態、そうなった理由を話した後、じきに目を
覚ますだろうと冥土帰しが言った。
佐天さんが目を覚ますまでの間、私は佐天さんのいっていた言葉を思い出していた。無能力者はこの街に
いてはいけないのか?彼女の自嘲したような笑みが忘れられず、私の心を縛っていた。
(能力者が無能力者のことを分かってあげるのって、そんなに無理なことなのかな・・・)
レベルアッパー事件のときもそのせいで佐天さんの気持ちを分かってあげられず、あんなことになってし
まった。今回も同じだ。自分の無能力を感じてしまい、彼女が取り返しのつかないことをしようと考えて
いる。でも、あの時私は何も言えなかった。何を言っても傷つけてしまいそうで恐かったのかな。 
そんなことを考えているうちに、ううんと眠たげな声が聞こえた。佐天さんが目を覚ましたんだ。
彼女はゆっくりと目を開けた後、のっそりとした感じで身体を起こした。
私は慌てて佐天さんに駆け寄った。
「佐天さん、気がついたのね!身体のほうは・・・大丈夫?」
自分の所為で彼女をこんな目にあわせてしまったという負い目を感じているせいか、言葉をうまく声に出
すことが出来なかった。だが、佐天さんはその言葉に反応せず、何かに怯えているのか、縮こまるように
身体を丸めた。
「あの・・・ここはどこですか・・・?あなた達は・・・誰?」
少し間をおいた後、は?と間の抜けた声を出してしまい、今の状況を少し理解できずにいた。いや、理解
したくは無かったというのが正しいのだろうか。
「何って、佐天さん悪い冗談はよしてよ。ここは病院で、私は御坂よ?」
佐天さんの反応に混乱しながらも一応彼女の質問に答えることはできた。脳裏には彼女が私たちをからか
っているんじゃないだろうかという考えしかなかった。
「病院って・・・なんで、私がこんなところに?御坂って?何なんですか、一体」
あうあうと混乱しつつ、返事が出来ないでいるとゲコ太先生が部屋に入ってきた。
「やはりこうなっていたか、単に私の勘違いだと信じたかったが・・・。
どうやら厄介なことになってしまったね。」

14: 2010/03/17(水) 05:44:30.11 ID:KPvBUoek0
どういうですか、と初春さんが尋ねる。ゲコ太医者は佐天さんにすまないけどちょっとそのまま寝てて
くれないか、と言い佐天さんは戸惑いながらもまた仰向けになった。

ゲコ太先生に連れられ、私達は佐天さんとは別の部屋にいった。
「どうやら記憶障害のようだね。彼女は自分の事についても最低限の記憶しか無い。他の事についても、
さっぱりと忘れてしまっているだろう。」
そんな馬鹿な、と思いつつもさっきの佐天さんの反応から、やはりそうかという思いもあった。
そう思いたくは無かったけど。
「で、どうして記憶障害に?彼女はいまどんな状況ですの?」
黒子が尋ねると先生は続けて佐天さんの病状について話した。
「アンチスキルの方から連絡が来てね、あの娘が不良の能力でやられたといっていたことからその不良に
ついての詳細を私が少し調べさせてもらったのだよ。そうしたら不良の能力名がね、「精神汚染」だった
からまさかとは思ったが…」
「レベルは2だったからそんなに大したことはないのだが、能力を受けた側が精神的に追い詰められ、
なにか思いつめたりしていたら、レベルは低くてもかなりの武器になってしまうだろう。」
「あの娘は何か思いつめていたのだろう。そのせいで精神汚染を受け、思いつめていたことの後押しを
されたせいで心の安全装置が働いたんだ。その結果がもう一つの人格を生み出してしまった。能力を消
さない限りは元に戻るのは困難かもしれん。」
「記憶障害になっていることは私からあの娘に伝えておくよ。その方が向こうも警戒しないだろう。」

部屋に戻ると佐天さんが身体を起こして窓の外を見ていた。私たちが部屋の中に入ってくるのがわかる
とやはり少し怯えたような感じになってしまった。まずは情報整理しないと。
「えーと…多分いきなりのことで頭が混乱してると思うけど、今からちょっと質問していい?あなたが
どれだけ覚えているか確かめたいからさ?」
片目を瞑り、手を合わせながら懇願するように言うとえっと…といいながらも佐天さんはなんとか了承
してくれた。ありがと、といってから私は矢継ぎ早に質問をしていく。
「名前は…佐天涙子です。歳は、えっと…十二だと思います。あなた達の名前は…すいません、わかり
ません。学校…もわかりません。家?…どこなんだろ。」
結局まともに覚えているのは名前くらいということがわかり、がっくりと項垂れる。そんな私を見て、
佐天さんはすいません…と謝ってしまった。ごめんね、私が悪いのに。

15: 2010/03/17(水) 05:52:23.39 ID:KPvBUoek0
「外傷は無いからすぐに退院は出来るが…時間も遅い、今日一日はここに泊まってもらって構わないよ。勿論、
君達がその娘の面倒を見てもらっても良い。自由にしてくれ給え。」

ゲコ太先生が部屋に入ってきながらそう言った。携帯の時間を見ると十七時と表示されている。もうこんな時
間かと思いつつ、佐天さんの今後について考えることにした。

(記憶が無いということはもちろん、寮の場所も分からないだろうし、生活能力すらあるかどうか不安ね。
そもそもこんな状態で一人にするのは危ないからこのまま入院させておくのがベストだと思う。だけど…)

そう思いつつ、佐天さんのほうをチラリと見ると、先ほどからずっと不安げな表情をしている。
記憶がないし、これからどうなるかが自分では分からないから当然か。

「私の家で世話したいと思うんですが、いいでしょうか御坂さん。さすがにこの状態で一人にするのは不
安ですし、何より一日でも早く外の世界に慣れさせたほうがいいと思うんですよ。佐天さんには辛いとは
思いますが…」

初春さんの言うとおり、先ほどからの怯え方といい、このまま一人にしておくのは危険だと思うし、
何より私が不安になりそうだ。私達は寮生活だし、門限を守らなくてはとんでもない制裁が待っている。
それに私達の部屋に新たに入居者を増やすことも困難だろう。

「ですが初春、ジャッジメントの仕事が入ったときはどうするんですの?」

黒子の言葉に初春さんはうっと言い、黙ってしまった。ジャッジメントの本部におくという手もあるけど
緊急事態の時には混乱しそうだ。

17: 2010/03/17(水) 06:04:19.22 ID:KPvBUoek0
「元々佐天さんがこうなっちゃたのも私のせいだし、私が面倒見なくちゃいけないと思うんだ。私が佐天
さんの家にしばらく住めばいいし、私だったらジャッジメントの仕事も強制的に参加しなくていいから佐
天さんともずっと一緒にいることが出来る。まあ寮監にはしょっぴかれるけど何とか話しつけとくよ。」

私がそういった途端、目を血走らせながら私に飛び掛ってきた。

「いけませんわお姉さま!年頃の娘同士が二人っきりで監視の目も無く同棲生活なんて!しかも佐天さん
のこの状態から考えられるのはお風呂に一緒に入らなければならないということ!しかも身体を洗うにも
人の手を煩わせる可能性があることから背中洗いっこもするわけでありますの!挙句の果てには一緒に浴
槽に入ってあんな事やこんな事をして御親睦を深めるとか!就寝に至ってもそうですわ!この怯えきった
佐天さんを見てお姉さまは『一緒に寝る?』なんてことを言って一つの蒲団で二人寝るようになるんです
の!しかもそのまま寝るには狭いわけだから身体を寄り添って挙句の果てには抱き合って寝るとかそんな
ことそんなこと絶対」

そこまで言ったところで私は黒子を黙らせた。初対面の人の前でこの言葉はどん引きするだろうしね。

「とにかく!私が佐天さんの面倒見るから!退院手続きしてきましょ。…佐天さんもそれでいい?」

佐天さんは少し戸惑った顔してたけどしばらくしてはい、分かりましたと言ってくれた。良かった。
これで断られたらどうしようかと思っちゃった。

病院を出て佐天さんの買い物袋を片手に歩いていると、佐天さんの様子がおかしくなった。

「佐天さん?大丈夫ですか?しっかりしてください。」

初春さんのその声に佐天さんは何故だか分からないけど恐いと言い出した。原因は何かと
辺りを見回してみるが、特に変わったところは無い。けど、佐天さんは震えていて、
しまいには座り込んでしまった。

20: 2010/03/17(水) 06:12:35.61 ID:KPvBUoek0
(どうしよう…とにかく落ち着かせないと)

私は佐天さんに優しく声を掛けた。時々背中をさすったり、とんとんとしたり、無我夢中に行動をしてい
ると、次第に佐天さんが落ち着きをとり戻してくれた。

「すいません…もう大丈夫です。心配かけてすいません」

そういうと佐天さんはむくっと立ち上がった。無理しないでね、と声を掛けると佐天さんはあっと小さく
声を上げた。

「あの…迷惑じゃなかったら、ですけど…そのまま手を握っててもらえますか?」

手元に意識を向けるとがっしりと私の手が佐天さんの手を握っている。無意識にやってしまったのだろう
か?何にせよ佐天さんがこれで落ち着いてくれるのだったら、と優しく手を握るように力を入れると、
少し恥ずかしそうな顔をしながら佐天さんも握り返してくれた。初春さんが耳元でちょっと羨ましいです、
と小声で言いちょっと恥ずかしくなる。…黒子が変なオーラを放っているけどこの際無視しておこう。

黒子と初春さんと別れ、佐天さんの住居に向かうことにした。片手には買い物袋、もう片方の手には佐天
さんの手が握られている。
ここまでの道のりを歩いてきたことで気づいたことは、以前の佐天さんとは別人物のようにおどおどした
感じになっていて、よくある漫画の内気な少女って感じになってしまっていることである。記憶障害って
いうのはここまで人を変えさせるのか。

「財布どこかに無い?多分鍵が入ってると思うんだけど・・・」

私がそういうと佐天さんはポケットを弄り始めた。初春さんが言うには佐天さんはいつも鍵を財布に入れ
ているそうだ。鍵を入れているとお金が増えるとか、無くならないとか言ってたらしい。佐天さんらしい
なと思っていると、鍵を見つけたらしい佐天さんのこれかな?という声が聞こえた。

21: 2010/03/17(水) 06:24:54.36 ID:KPvBUoek0
さすがに一人部屋のせいか、私たちの寮の部屋よりかは狭いけど二人が生活するには充分な広さだった。
家事道具もあるし、キッチンもある。何の問題も無い…と思っていたが、一つだけ問題があった。
ベッドが一つしかない。
いや、一人部屋だからしょうがないけどさ、さっき黒子がだらだらと言ってた言葉どおりになりそうな予
感、と思ってたら佐天さんがとんでもない事を言い出した。

「あの…御坂さん…いっしょにお風呂入ってくれませんか…?」



(どうしてこうなった)

佐天さんが言ったことはなるべく叶えてあげたいとは思っているけど、さすがにこれは想像してなかった。
一緒に入るのが嫌ってわけじゃないけどさすがに恥ずかしい。

「あっすいません…この街の様々なところを見て驚いてしまって…もしかしたらお風呂も私が思っている
ものと違ったりして、何て思うと少し恐くて…すいません、無理だったらやっぱいいです…迷惑ですよね」

佐天さんが伏目がちにそういったのを見て凄く戸惑った。ほぼ同年代の女の子と一緒にお風呂に入るのは
恥ずかしい、恥ずかしいけど…

(そんな顔しているの見たら、断れないよ!佐天さん!)

と心の中で思い切り叫んでしまった。どうしよう、今の私、絶対顔真赤になってるよ。大体帰宅してから
すぐ風呂入らなくても、と言おうとしたけど衣服の汚れを見て言うのをやめた。路地裏であんなことがあ
れば汚れないわけない。

結局一緒に入浴することになった。まさか黒子よりも先に女の子と一緒にお風呂へ入るとは思わなかった。
とにかくあんまり深くは考えないでおこう。

23: 2010/03/17(水) 06:30:58.31 ID:KPvBUoek0
「…記憶を失う前の私って…御坂さんとどんな関係だったんですか?」

いきなりの質問にわっと少し驚いてしまった。私たちの関係…?って変な意味じゃないわよね、と思いつ
つ友人関係のことを言っているんだろうと解釈した。

「そうね…知りあった時は黒子の友人の初春さん、の友人って感じだったから仲良くなれるか不安だった。
けど、出会った初日から仲良くなることができてそれが今まで…」

そこまで言ったとたんに口をつぐんでしまった。レベルアッパーの時のこと、記憶障害になる直前のこと
を思うと、私は本当に彼女の友達だったのかな?と思ってしまった。
佐天さんが心配したような声で喋るまで、声を出すことが出来なかった。

「すいません、変なこと聞いてしまって…ごめんなさい…」

今にも泣きそうな顔をした佐天さんを見て慌てながら、また話を続けた。

「ううん、違うの。良い友達だった、って話したかったんだけど本当にそうだったのかなって思っちゃっ
てね。…私、彼女の事を思ってあげなかったことがあったの。自分の価値観だけで、相手のことを考えな
いで、それで彼女にひどいことしちゃってさ。…もしかしたら、良い友達だと思っていたのは私だけかも
しれない。だから…」

そう言うと、また喋れなくなってしまった。こんなこと言いたかったわけじゃないのに、と後悔しながら
しばらくの間、無言でいた。

24: 2010/03/17(水) 06:35:55.12 ID:KPvBUoek0
シーンとした空気の中、先に口を開いたのは佐天さんだった。

「…記憶失う前の私がどうであろうと、私は御坂さんの友達でいたいと思っています。いえ、そうであっ
て欲しいです。」

俯いていた顔を上げると、声の先には顔をうっすらと赤らめながら、少し微笑んだ佐天さんの顔があった。

「さっき私が座り込んでしまった時に心配そうな顔をしてくれて嬉しかった…。暖かかった…。手を握っ
て、私の不安を解してくれた。今もこうやって私の我侭を聞いてくれて、ここにいてくれる…。これで友
達じゃなかったら何なんでしょうね?」

そういいながら、佐天さんはふふっと笑った。…恥ずかしい、恥ずかしいし何か身体中がくすぐったい気
持ちになってる。なってるけど、嬉しかった。

「…ありがとね。私も佐天さんの友達でいたい。」

佐天さんのほうをしっかり見て笑顔でそう言った後、のぼせそうな頭をしっかりと働かせて再び身体を洗
い始めた。佐天さんは湯船に使って幸せそうな顔をしている。身体が熱いし、のぼせそうなのは長時間お
風呂にいるからよ。

ほかに原因なんて、無いんだから。

25: 2010/03/17(水) 06:45:34.27 ID:KPvBUoek0
「うわぁ・・・御坂さん料理上手ですね。」

私が作った料理を目を輝かせながら佐天さんが見つめている。ただのカレーなんだけど、そんなに驚くことかな?
と思いつつも褒められるのはやっぱり嬉しい。

「佐天さんだって料理できるって聞いたわよ?初春さんに頬の落ちるような美味しいお粥作ったらしいしね。
…料理ができたことの記憶ってもしかして無い?」

佐天さんはうーんと唸ったあと、しょんぼりとしながら無いですと言った。

「記憶障害の前の私自体がどんなのかも分かりませんし…。病院で目を覚ました時はいきなり知らない世界に
放りこまれた気分でした。目覚める前の事も…実は良く覚えていません。家族の名前は分かるんですが、
顔もあまり思い浮かばないし…」

学園都市にいた頃の記憶どころかそれ以前の記憶もあまり覚えていない。想像以上に辛い状況だと思う。
言語、知能といった最低限の情報のみしか持っていないが、こうして普通にコミュニケーションは出来る。
ということはやっぱりゲコ太先生の言ってた『別人格』が形成されたというのは正しかったのかな。

「…ああ!せっかく作ってくれた料理が冷めてしまいますね。早く食べましょうよ、御坂さん!」

急に明るい声を出して、無理に自分を元気付けているのが痛いほど分かる。分かるからこそ、そのことには
言及せずに目の前のカレーを食べ始めた。

33: 2010/03/17(水) 08:13:07.22 ID:KPvBUoek0
就寝の時間になった。目の前にあるのはベッド一つ。敷布団、掛け布団のスペアは無し。これから導かれ
る答えは…ってなんでもじもじしてるの佐天さん。

「あっすいません!御坂さんと一緒に寝ることができるなんて…今日出会ったばっかりなのにこんなこと
できるなんてちょっとどきどきします…。」

佐天さんの中では一緒に練るということは確定事項らしい。いや、それしか方法は無いんだろうが、佐天
さんがちょっと黒子に似ているかもと失礼なことを考えてしまった。佐天さん、道を踏み外しちゃダメだ。

「とりあえず学校は休みだし明日はちょっと外に出かけて、ある男の人を探そう。その人だったら佐天
さんの記憶も元通りにしてくれるかもしれないしね。」

一緒に蒲団に入りながら明日の予定を話す。あのバカの能力を打ち消すことが出来る右手があればきっと。
そう思いつつ佐天さんのほうを向く。しっかし一人用のベッドだから詰めなきゃ入れないし、
おかげで佐天さんとの顔の距離が近い。スースーと静かな寝息が聞こえる。

「寝ちゃったのかな。色々あったもんね、ゆっくりお休み…」

そう言って頭をなでると佐天さんはううん…と声を上げる。やば、起こしちゃったかな、
と思ったがどうやら寝言だったみたい。私も寝なくちゃ…

明日はあの馬鹿、上条当麻を見つけないとね。

35: 2010/03/17(水) 08:22:28.55 ID:KPvBUoek0
「…さん…御坂さん。…起きてください御坂さん!苦しいですってば!」

悲鳴とは違う、苦しそうな佐天さんの声を聞いて目を覚ます。目の前には佐天さんの顔、いや目といった
ほうが正しいのだろうか。あまりの近さに接吻してしまいそうな距離になっていた。

「っ!ななななにしてんのよ佐天さん!?いくら女の子同士だからってこんなことは駄目よ!って…」

朝っぱらからこんな恥ずかしい目にあうなんて、と思い自分の手に意識を集中させて見ると、がっちりと
佐天さんの背中をホールドしているのがわかる。しかももの凄い全力でこちらに寄せるように。
うわわっと慌てて手を離すとその勢いでベッドから転がり落ちてしまう。自分の所為だって分かっていて
も朝っぱらから酷い目に合ってるね、私。

「・・・寝てたら御坂さんが抱きついてくるから驚きましたよ。最初は力篭ってなかったみたいで恥ずかし
かったけど、温かくて気持ちよかった。と思ってたら急に締め付けるんですもん。ビックリしました」

人と人形と間違えるなんて…私の馬鹿。ごめんねと謝ったけど佐天さんあんまり怒ってないや。良かった、
ってなんか佐天さん嬉しそうに見えるんですけど気のせいかな?

36: 2010/03/17(水) 08:29:04.43 ID:KPvBUoek0
「昨日の夜、ある男の人を探すって言ってましたけど御坂さんのお知り合いですか?」

食パンを食べていると佐天さんは唐突に質問してきた。ああ…と思ってあの馬鹿のことを説明しようとし
たけど、何故か上手く説明できない。

「あっあいつはただの腐れ縁とかそんな感じで、べっ別に彼氏とかそんなんじゃないわよ!?
ただ、あいつ見てるといらいらしてくるというか…。っそうよライバル!ライバルみたいなもんよ!」

そんな感じで喋ったのを見て佐天さんはふーんと薄ら笑いをした。変なこと考えてるんじゃないでしょう
ね、と言ったら別にぃとニヤニヤ笑いやがった。絶対変なこと考えてる!
そんなんじゃ、絶対ないんだから!

「と、とにかく!その男、上条当麻っていうんだけどね、あいつだったら佐天さんを元に戻す事も出来る
かもしれないから!今日一日かけて探しましょ!」

途端に佐天さんは俯いてしまった。その後…そうですね、頑張りましょうって言ったけど明らかに沈んで
る。記憶が無いから不安なのかな。
安心して!今日中にあの馬鹿のことを見つけ出してやるわ!

37: 2010/03/17(水) 08:38:12.52 ID:KPvBUoek0
上条当麻を探す以外にも佐天さんの記憶が元に戻りそうなことはやってみた。
初めて私達が出会った日に、佐天さんがゲコ太ストラップを譲ってくれたクレープ屋でクレープを食べた
り、一緒に食べ比べをした場所でカキ氷を食べたり、セブンスミストに行ったりと、とにかく過去佐天
さんと私たちが行った馴染みの深い場所に行ったりもしてみた。
だけど、佐天さんの記憶は戻らなかった。

「あいつも見つからないし、気がついたら夕方だしで今日は諦めるしかないのかな…」

佐天さんをこんなにしたのは私のせい、だから一刻も早く元に戻してやらないと、と思っていてもうまく
いかない。悔しさの余り立ち傍にあったベンチを蹴飛ばす。
そんな私の様子に気がついたのか、佐天さんは慰めの言葉をかけてくれた。

「…大丈夫です。そんなに慌てることはありませんよ。記憶障害だといっても身体に害があるわけでも
ありませんし、気楽に行きましょうよ?…ね?」

38: 2010/03/17(水) 08:45:15.85 ID:KPvBUoek0
ジャッジメントの仕事で忙しい黒子と初春さんにも、暇があったら上条当麻の捜索に協力してくれないか、
と頼んでおいた。

しかし、佐天さんが記憶障害になってから三日経っても見つからなかった。あの馬鹿、普段は簡単に見つ
かるのにどうしてこんな時だけ見つからないのよ!

「ごめんね佐天さん、こんなに時間かかっちゃってて、しかもまだあいつを見つけられないんだから
責められても仕方ないわ」

そんな…と佐天さんは言ったけど実際に責めて欲しいのかもしれない。余りに自分が何も出来なくて、
無力で、何がレベル5だ。一人の女の子を救うことが出来なくてどうするのよ。あの時、もっと注意
深くしてればこんな事に…って後悔しても意味が無い。
とにかくこの状況をどうにかしないと、私の気が収まらない。

(とはいっても私に出来るのはあいつを探すくらいだし、『精神汚染』とかいう能力がどの位持続するの
かも分からない。このまま一生ってことはないとは思うけど・・・)

そう思いつつ明日はジャッジメントの二人に上条当麻捜索を任せて、ゲコ太先生のところに行くことに
決めた。能力を消す以外の解決策が見つかるかもしれない。

41: 2010/03/17(水) 08:57:23.10 ID:KPvBUoek0
病院に行き、早速ゲコ太先生に面会をする。佐天さんは待合室で待たせているので、実質ゲコ太先生と私
だけしかこの部屋にはいない。
ただ、佐天さんを待合室に待たせたのはゲコ太先生からの要望だった。

「非常に言いにくいのだが、はっきり言おう。能力を消す以外の解決策は無い。」

ゲコ太先生の余りにもストレートな言葉に思わずため息が出る。分かってはいたけど、上条当麻が見つか
らなきゃ駄目ってことだし、ここまで見つからないとなると、何か所用があって付近にはいないって事に
もなる。佐天さんの記憶障害を治すのがまた先になってしまう。

「ところで…佐天くんといったかな。あの娘の様子はどうかい?
やっぱり警戒心を持ってしまっているのかな?」

ここ数日の佐天さんの様子を思い出してみる。初日のおどおどした態度と最近の明るい態度を比べてみて、
大分親しくなっているように思えた。

「え?別にそんなことは無いですよ。前よりも仲良くなってくらいですし、懐いてくれてますので、
そういった点では問題はありません」

私の言葉を聞いてゲコ太先生が深く考え込んでしまった。しかもなんか複雑な顔をしてるし。
私なんか悪いこといったかな。

「…とにかく早く上条当麻を見つけないと、手遅れになるかもしれないな。能力が消す方法があっても
『消すことが出来なくなる』かもしれん。」

言ってる意味がわからない。時間が経てば経つほどあの馬鹿の力が効かなくなるってこと?と聞いたら
そういうわけではないんだが…と黙ってしまった。

その時のゲコ太先生の顔は辛く、悲しそうな表情をしていた。

42: 2010/03/17(水) 09:07:16.32 ID:KPvBUoek0
解決策が上条当麻の右手だけと言うことから、見つからないことには始まらない、
と途方にくれていること数日、いつものように上条当麻を探していると、ゲコゲコと携帯電話がなった。
携帯の画面には黒子と表示されている。もしかして!

「お姉さま!上条当麻を発見いたしました!」

あんにゃろう、やっと姿を現したか。今まで世話かけやがって、顔一発殴らせてもらおうかな、
と思ったけど佐天さんの治療のほうが先だ。

「佐天さん、やっとあなたの記憶を元に戻すことが出来そうよ!公園にいるっていったから、
今すぐ行きましょ!」

佐天さんと繋がった左手を引っ張って走っていく。黒子から教えてもらったあの馬鹿のいる場所へ。
これで佐天さんの記憶も元通りになるだろう。こんなに嬉しい事は無い!
走りながらそんなことを思っていた。
だけどこの時、私は気づいてなかった。

佐天さんの表情が、喜んでいる時のそれではなく、悲痛なものであったことに。

44: 2010/03/17(水) 09:19:37.83 ID:KPvBUoek0
「じゃあ俺の右手で佐天さんに触ればいいんだな?いっちょやりますかね。」

と、上条当麻が佐天さんの頭を右手で触ろうとした。が、その手は空を切った。佐天さんが右手を避けた
のである。端から見ればそれが、意識的に避けたものであるかのように見えた。

「…あのー触れなきゃ記憶戻らないのは知ってるよなぁ。頼むから大人しくしてくれよ。」

佐天さんは決氏の表情で後ずさりをしている。まるで記憶を取り戻すのを拒否しているかのように。
上条当麻の目が私の方へ向き、何か救いを求めている。
あまりにも想定外のことで私もどうしたらいいかわからない。

「…ごめんなさい!」

そう一言残して佐天さんは逃げてしまった。馬鹿にはちょっとそこで待っててと言い、
慌てて後を追いかける。

結構…体力…あるのね…佐天さん…

47: 2010/03/17(水) 09:42:21.07 ID:KPvBUoek0
佐天さんの体力がつき、追いついた私はとりあえず佐天さんを落ち着かせ、近くにあるベンチに座らせた。
顔を見ると涙でくしゃくしゃになっている。ぐすっと鼻をすすりながら佐天さんは口を開いた。

「…私の記憶を取り戻す為に頑張ってくれているのに、こんなことしちゃって、御免なさい。
でも、どうしても記憶を取り戻せない…。いや、取り戻したくないんです…」

驚きの余り、声が出なかった。だって記憶なくしちゃってからあんなに苦労してたのに、今更、なんで、
と混乱した頭を落ち着かせていると、佐天さんは話を続けた。

「…記憶が無くなった、と聞いたときには不安に押しつぶされそうになってて、記憶を取り戻したい
という気持ちで一杯でした。けれど、御坂さんが私に優しくしてくれてから、徐々にその気持ちが
薄れていって・・・。気がついたら、そのような気持ちを無くしてしまっていました」

優しくされたから記憶を取り戻したくない、と聞いてさらに訳が分からなくなってしまった。
優しくしなければよかったの?また、私は佐天さんに対して酷いことをしてしまったの?
頭の中でグルグルとそんな言葉が回っている。

「で、でも優しくしたことが記憶を取り戻すことを妨げる理由って何なの?
…佐天さんは、どうして記憶を取り戻したくないの?」

恐る恐る聞いてみると、佐天さんはずびっと鼻水をすすり、涙を零しながら言った。


「『私』が…消えてしまうからです…」

48: 2010/03/17(水) 09:57:21.80 ID:KPvBUoek0
私の頭の中がパニックに陥っている。消える?佐天さんが?なんで?そう思っていると、佐天さんは場所
を移動しましょうと言った。移動した場所は、あのゲコ太先生のいる病院であり、
佐天さんが記憶障害になったときに搬送されたところである。

ゲコ太先生の部屋に行くと、あの時の表情と同じ顔をした彼がいた。
私と佐天さんの姿を見て特に驚いた様子も無さそうだった。

「待ってたよ。その顔を見ると、気付いてしまった様だね、佐天涙子くん。」

佐天さんは俯きながらも、こくりと肯定の意を示すように頷いた。

「佐天さんの考えていることが分かるんですね。だったら、教えて下さい。
何故、佐天さんが記憶を取り戻したくないのかを。」

他の人の誰よりも多く、佐天さんの傍にいた私がわからなかったことをこの人は知っている。
悔しいと思う気持ちを抑え、唇をかみ締めながら、ゲコ太先生に質問する。

49: 2010/03/17(水) 10:06:06.31 ID:KPvBUoek0
「始めにこの娘が『精神汚染』という能力で記憶障害、いや別人格を形成したと説明したことは覚えてい
るだろう。元の人格をAとして今の人格をBとしよう。『精神汚染』によってAは自分の心、精神を破壊
することを恐れたことから別の人格Bを創り、自身の持っている記憶とともに自らを封印してしまった。
しかし、今まで持っていた重要な記憶をBのいる身体に残しておくとBの精神をも破壊するかもしれない
と思ったのだろう。結果、精神を壊さない程度で且つ、普通に生活できる程度の情報を持ったBがAがい
た身体に現れたということだ。だからAとBは同一人物であって同一人物じゃないんだ。」

落ち着いて情報を整理していき、彼の言葉を理解していく。

「とりあえずAは記憶障害前の佐天さんでBは今の佐天さんということでしょ?
だけど同一人物であって同一人物じゃないって…」

そこまで言った途端にはっとした。共有してる記憶は最低限のものであって、記憶の大部分を持った佐天
さんはいま外界からの影響を受けないようにするため、深い眠りについてる。ということは…

そこまで気付くと、ゲコ太先生は大きく頷き、また説明を続けた。

「能力が消され、彼女の記憶が戻ったとしても、今の彼女の持っている記憶が残るとは限らない。能力と
いっしょに消えてしまうかもしれないだろうな。今の彼女の人格と一緒にね。記憶喪失をした人は、喪失
していた時の事も覚えている。よっぽどのレアケースではない限りは喪失中の記憶も持っているそうだ。
だが、今回の場合は本人とは違う別人格であり、また別の問題になってくる。もし、本人が目覚めて、そ
の別人格がいた時の記憶が本人に無かったら、本人の身体にはその別人格がいたという証拠が無くなって
しまうだろう。残るのは元々ある人格と接した人の中に残る思い出だけであり、
今ここにいる、別人格である『佐天涙子』は存在しなくなるといってもいいだろう。」

52: 2010/03/17(水) 10:20:22.38 ID:KPvBUoek0
そこまでゲコ太先生が言った後、佐天さんが顔を上げた。そして、悲しそうに笑いながら話し始めた。

「特にはっきりとした理由は無かったんです。ただ、記憶を思い出した途端に何かが崩れ去るんじゃない
かとは思っていました。もしかしたら、私は本当の『私』じゃないということも、薄々と感じていました。
だから、先生が言ったこともああやっぱりな、としか思いませんでした。」

自分の事だからより敏感になっていたのかも、と付け足し、いったん話を途切れさせた。
そこで私はさっき佐天さんがいった『私が優しくしたことが記憶を取り戻すことを妨げる』ということは
どういうことなのかを聞くと、少し恥ずかしそうな顔をしながら、話し始めた。

「始めて記憶を取り戻さなくてもいいんじゃないかと思ったのは最初、一緒にお風呂に入ったときだと思
います。そのときにはもう御坂さんのことを友達、ううんもっと大切なものだと思ってました。だから、
そのときに御坂さんが『前の私』とは友達だったのか分からないと聞いたときに、記憶を取り戻したらこ
の気持ちも嘘だとおもっちゃうのかなって思っちゃって、それが…とても悲しくて」

そこで話を止めると、佐天さんは自分を落ち着かせるように一息吐いた。

「…そう思うと次第に記憶なんて戻らなくてもいいと考えるようになりました。御坂さんと友達かどうか
はっきりとしてないのが元の記憶なら、そんな記憶思い出さなくていいって。けれど、御坂さん達は記憶
を元に戻そうと必氏になっていてくれた。それが嬉しくて、悲しかったんです。だから、だから…!」

最後の方の言葉は涙声でほとんど聞こえず、佐天さんは再び泣き始めてしまった。
全てを聞いた私は喋ることができず、噎び泣く佐天さんの背中をさすってやることしか出来なかった。

55: 2010/03/17(水) 10:30:02.36 ID:KPvBUoek0

「私があの時にこのことを言っていれば。佐天くんに情を移させてはならないと言っていれば、ここまで
悲しまずに済んだかもしれないというのに…本当にすまない。」

ゲコ太先生はそう言い、私たちに深く頭を下げてしまった。先生も、佐天さんも悪くない。
悪いのはそもそもの元凶の、私。

「いいえ、先生があの時こうなることを言っていても、私たちは佐天さんは放っておかなかったと思いま
す。たとえ、それが悲しい結末になるかもしれないということがわかっていても、私はあんな状態の佐天
さんに対してそんなことはできなかった。例え、それがエゴだとか、同情でやってるんじゃないかって罵
られても、そうしたと思います。…だって佐天さんは友達だから。」

肩に重い衝撃が走る。横を向くと佐天さんが顔を私の肩にうずめているのが分かった。
人目構わず、大声で泣いている佐天さんの頭を撫でていると、私の視界がぼやけてきた。

自分が泣いている、ということを理解するのにそう時間はかからなかった。

56: 2010/03/17(水) 10:35:13.35 ID:KPvBUoek0
「悲しいとは思うが、せめて悔いの無いようにしなさい。」

そういってゲコ太先生と別れた。佐天さんは大泣きしたせいか、すっきりとした顔になっている。

「やっぱりこのままじゃいけないから、上条さんに、治してもらいします。だけど、その前に一日だけ猶
予を下さい。」

記憶を取り戻すことを決意した佐天さんの顔は悲しそうではなく、逆に輝いていた。
けど、その顔が反対に凄い無理をしているんじゃないか、とも思わせる。

「分かったわ。…あの、佐天さん?私にできることがあったら…その、何でも言ってね?出来る限り協力するから。」

私にできることはそのくらいだ。せめて佐天さんの気持ちが休まれば。それだけが今の私ができる全てだった。

「ありがとうございます。じゃあ二つだけ、私の我侭を聞いて欲しいと思っているんですが、
いいでしょうか、御坂さん。」

その言葉にええ、と返事を返す。

58: 2010/03/17(水) 10:42:27.51 ID:KPvBUoek0
「じゃあ一つは明日一日、二人でデートすること。もう一つは…その…」

「その…みっ御坂さんと、わっ、わっ私が名前でよ、呼び合うってことです!…駄目ですかね?」

恐る恐るこちらを窺う佐天さんを見ながら、佐天さんの言った『我侭』について少し考えてみる。

(一つ目のデートは「女の子同士」でっていうのもおかしいけど、とりあえず二人っきりで遊びに行くっ
てことなんだろう。だけどこれって今までやってきたことと対して差が無いような…。
二つ目の名前で呼ぶ?ってことは佐天さんが私のことを美琴って呼んで、私は佐天さんのことを涙子って
呼ぶってことでいいのかな。)

あまりにも我侭らしくないスケールに少し肩透かしを食らった気分だ。

「えっと、駄目じゃないけど・・・でもいいの?それだけで。
もっと私にやれることがあったら言ってほしいな。」

てへへと笑い、頭を掻きながら恥ずかしそうに佐天さんは言う。

「いや、これが私の御坂さんにお願いできる最大の我侭です。他の誰よりも、
何よりも私の心を満たしてくれると思っています。」

私は佐天さんの言葉を信じるしかなかった。佐天さんがそれで満たされるのなら、それを全力でやろう。それが私にできる一番のことだ。

「わかった。じゃあ明日のデートの予定を立てるために帰ろうか、『涙子』。」

さらっとそう言った私に、『涙子』は満面の笑みを返した。

「はい!行きましょう、『美琴さん』!」

60: 2010/03/17(水) 10:51:50.68 ID:KPvBUoek0
いつも通り、一緒にお風呂に入りながら佐天さんと明日の予定を話しあう。遊園地か、それとも色々なと
ころをぶらぶらと行くのか、どっちがいい?と涙子に質問した。

「そうですね。やっぱり遊園地ではなく色々なところを回りたいです。美琴さんに出会ってから一緒に
行ったところや、過去の私と御坂さんが一緒に行った所にもう一度だけ、行ってみたいです。」

結局、いつもの喫茶店、クレープ屋、セブンスミスト等の店をゆっくりと回ることに決定した。
こんなんでいいのかな、と先程も同じことを考えたけど、涙子がいいと言うのならそれに従おう。

「時間的に私の寮には行くことは難しいから…まあこんなもんかな。
でも私と涙子ってこの一週間ほどで色々なところいったんだね。」

あっという間の日々だった。あの時、記憶障害に陥った涙子の姿を見たとき、とんでもない衝撃が私の
精神を襲ったことは今でも忘れない。そして一緒に記憶障害を治すために色々なところを奔走したことは
辛かったけど、今となってはいい思い出かも。そんなことを考えていた。

「今まで、本当にありがとうございました、美琴さん。」

不意打ちだった。別れの前の台詞のような、悲しい台詞だったけど、涙子は強い意志を持った顔で、
微笑みながら言った。
涙が出てきそうになった。どう致しましてって言いたいのに。

畜生。泣くな、御坂美琴。

61: 2010/03/17(水) 11:00:41.25 ID:KPvBUoek0
一緒のベッドに顔を向き合わせながら私たちは寝っ転がる。就寝の時間だ。

「本当は、記憶を取り戻すことは今でも少し、いやかなり恐いと思っています。」

寝っ転がってから少し時間が経った時に涙子は急に言った。暗い部屋でも、私の顔から視線をそらしてい
るのが分かる。

「でも、私が消えるのが凄く恐いってわけじゃありません。少し、恐いけどそれよりも美琴さんに会うこ
とができなくなるということが何よりも恐いです。覚悟したはずなのに、本当に私って駄目ですね…。」

私が何を言っても慰めにしかならないだろう。その慰めすらいまの涙子には酷なことだと思った私は涙子
の頭を抱きしめた。これで少し気を休ませることができたら、ということを思って。

「美琴さん…。すいません、そのままぎゅっとしていて下さい。我侭言ってすいません…。」

しばらくすると、涙子の寝息が聞こえてきた。
すやすやと幸せそうな顔で眠る涙子の頭を数回撫で、囁いた。

せめて今だけは、幸せな夢を見なさい、と。

62: 2010/03/17(水) 11:07:43.05 ID:KPvBUoek0
翌日、目を覚ますと腕の中に頭があるのを見て、昨日の事を思い出す。あのまま寝ちゃったみたいだ。

「佐天さん、おはよう。ゆっくり眠れた?」

そういった私に腕の中で膨れながら佐天さんは抗議した。

「んもーっ!言ったじゃないですか!名前同士で呼んでくださいって!
もう忘れたんですか『美琴』さん!」

『美琴さん』という佐天、いや『涙子』の言葉に約束事を思い出し、
しまったと思いながら慌てて彼女をなだめる。
頭を撫でたら次第に機嫌を良くした。犬じゃないんだから。

「…まあ許してあげます。それよりも早く朝ごはん食べましょう!」

ベッドから降りると涙子は食パンを持ち出し、トースターに入れ、焼きあがるのをまだかまだかと待ち始めた。
その間に私はエプロンをつけ、キッチンに立った。目玉焼きとベーコンでも焼いてやるか。

食事を取りながら今日の予定を確かめる。昨日の夜に話したから忘れてるわけは無いけど。

「色んなところを回っているときに携帯のカメラで私たちの仲がいい姿をとりましょう!
一生の宝物になるかもしれませんよ!」

そういって涙子は茶碗を片手に、携帯カメラでパシャパシャ撮り始めた。
今からなの?と突っ込んだが、今からです!と返されてしまった。

あわただしいけど、それ以外は何時もと変わらない朝であった。
そんなこんなで、涙子にとっての最後の日が始まった。

66: 2010/03/17(水) 11:18:42.96 ID:KPvBUoek0
外にでて、ゆっくりと歩きつつ、交通手段を使って目的地へと向かう。
デートということで右手はしっかりと涙子の手を握っている。

まず向かったのは喫茶店だ。朝食後のティータイムには丁度いいだろうと思い、喫茶店に入る。一緒に飲
み物を頼もうとしたら涙子はホットケーキまで頼み始めた。あれ、朝食食べたよねと聞くとそれとこれと
は別腹です!と言い出した。甘い匂いにつられて私も追加注文してしまった。

「なーんだ。やっぱり美琴さんも食べるんじゃないんですか。人の事言えませんよぉ?」

そうしたのは涙子、アンタでしょーが!とあたまをこつんと叩く。なんかブーブー言ってるけどその顔
はとても楽しそうだった。

「あ、すいませんがお金は別々に払いましょう!
今まで奢ってもらっていましたけど今日だけは別なんで。」

雰囲気を楽しみたいとのことから出た言葉だった。その後、10円が足りず、
恥ずかしそうに、お金貸してください…という涙子の姿はとても愛らしかった。

68: 2010/03/17(水) 11:29:45.68 ID:KPvBUoek0
次に向かったのはクレープ屋だ。ぶらぶらと他の場所にも回ってからきたから、すっかりお昼過ぎになっ
てしまった。昼食にクレープというのもどうかとは思ったけど、深く考えないようにした。

「そうだ!お互いのクレープ食べ比べしましょうよ!まず美琴さんから。はい、あーん。」

私が注文したチョコクリームクレープと同じものを目の前に突き出される。同じものなんだから食べ比べ
する必要ないでしょうが、とは思いつつも目の前の物にかぶりつく。うん、まんまチョコクリームだ。

「次は涙子の番ね。はい、あーん。」

半ば棒読みでそう言ってから、食べかけのクレープを突き出すと、涙子は口を大きく開けて盛大にかぶり
ついた。私のクレープは半分ほどなくなり、涙子の口元には余りの勢いのためか、チョコクリームがつい
てしまっている。

「そんなに一気に食べなくてもいいじゃない。もう口元にクリームつけて、
とってあげるからこっち向いて。」

口元を拭ってやり、無意識にチョコクリームのついた指を口へ含む。その行動を見た涙子の顔が赤くなっ
たのを見て、自分が何をしでかしたか理解し、恥ずかしさで数分ほど悶える羽目になってしまった。
悶えている間、間接キスですねという涙子の言葉で更にとどめをさされてしまった。

71: 2010/03/17(水) 11:42:26.93 ID:KPvBUoek0
最後に向かうのはセブンスミストだ。ここが終わったら、デートは終了する。上条当麻には公園で待って
てくれと黒子を通して言っている。
涙子の事情をしったからか、昨日、あの後数時間も待ちぼうけをくらったことついては特に気にしてない
といってたらしい。良かった。

店内をぶらついていると、涙子が急に立ち止まって服に興味を示していた。真っ白なワンピースだ。
目を輝かせて見る涙子の姿を見て、買ってあげよっか?と言った。

「い、いえ、いいです。こんなに高いもの買ってもらうなんて失礼ですし…」

と涙子は言ったものの視線はワンピースに釘付けになっている。

「お金の事なら気にしない!これは私からのプレゼントってことで。涙子に買ってあげるよ。」

餞別のつもりなのか、それとも涙子の頼みだからか、とにかく私にはこのワンピースを買ってあげたいと
いう気持ちしかなかった。涙子のあの表情見たら買うしかないよ。店員を呼びワンピースを指差して、
この娘に合うサイズのこれを下さい、というと涙子は私の胸に飛び込んできた。

「ありがとう…ございます…。美琴さん…!」

店員さんがこちらを見て驚いていたけど、私は別に気にしなかった。
こういうことに慣れちゃったのかな。

75: 2010/03/17(水) 11:50:24.84 ID:KPvBUoek0
「いいのいいの。ほら試着しに行ってらっしゃい!」


試着室からでてきた涙子を見て私の判断は正しかったと確信した。良く似合っている。
長い黒髪と白いワンピースのコントラストがとても綺麗だった。
キャンペーンのおかげで麦藁帽子ももらったので早速かぶせてみると、夏っぽさがでて益々似合っている。
やっぱ涙子にはこういう姿が似合ってるよね、と改めて感じた。

「美琴さん、本当にありがとうございました…。どうしても、どうしても欲しかったんです。」

欲しかった理由を聞いてもごまかされてしまったが、とても喜んでいたからいいとしよう。

しばらくその姿のまま、また店内を歩きまわったが、ほかに目ぼしいものは見つからず、
店から出ることになった。

セブンスミストから出ると、涙子は立ち止まり、意を決した表情でこちらを向いた。

「さて、そろそろいきましょうか。上条さんの待っている公園に。」

76: 2010/03/17(水) 11:56:57.94 ID:KPvBUoek0
心臓が跳ね上がり、少し呼吸が荒くなる。

ついに来てしまった。

この場にいる『佐天涙子』。『佐天さん』ではなく、『涙子』がこの場からいなくなってしまう時が。


昨日と同じ場所に上条当麻はいた。こちらの姿を確認したのか、複雑な顔をしてしまっていた。事情を知
ったせいなのか、私たちが思っていることも分かっているんだろう。

「…もう、いいのか?…心の準備は、出来たのか?」

私が返答に詰まっていると、涙子が間髪いれずにはい、と答えた。

「覚悟は、出来ました…。やっぱり少し恐いけど、仕方が無いことです。だって元々この身体は私のもの
じゃないし。元の『佐天涙子』に戻らなきゃ…。」

そうか、と上条当麻は答えると右手を前に差し出した。
『涙子』が消えてしまう。
『佐天さん』の記憶が元に戻らなきゃいけないのは分かっている。
だけど、だけど。理屈では分かっているけど。止められるんだったら止めたい。
握りこぶしを作り、苦渋の表情を浮かべながら、目の前の現実から目をそらしそうになったその時、
すいませんちょっと待ってくださいと涙子は言い、私のほうへ向いた。

「美琴さん。あなたに会えて…本当に良かった。あなたがいたおかげで、ここまで決心が出来たんです
よ?笑って見送ってください。…そうしてくれないと私、泣いちゃいますよ。」

涙をぼろぼろ零しながら微笑み、そういう涙子の姿を見ていられず、思い切り抱きしめた。
そんな自分も、いつのまにか泣いていた。

77: 2010/03/17(水) 12:05:45.78 ID:KPvBUoek0
しばらくそのままでいて、落ち着きを取り戻した後、互いの顔を見比べた。涙子の目が大泣きしたせいか腫れ
てしまっているのを見て笑ってしまった。
涙子も私の顔を見て笑っていることから、私の目も腫れているんだろう。

そうだ、涙子は言い、上条当麻に携帯を差し出し、カメラを撮らせようとした。
私も慌てて携帯を取り出し、カメラを差し出した。

「これが、正真正銘最後の一枚です。だから最高の笑顔でとりましょう!」

にかっと眩しいような笑顔をする涙子に負けないくらい私も笑った。普段、結構笑う性分だと思うけど、
ここまで笑った顔は今までで無いかもね。
パシャッという音とともにフラッシュが焚かれる。携帯を返してもらい、画面を見るとそこには夕日を
背にした、満面の笑みを浮かべた二人の姿があった。

「ありがとうございました、上条さん。…じゃあ、美琴さんどうか、これからもどうか、お元気で。
…もう一人の『私』をよろしくお願いします。」

そういって涙子は手を前に差し出した。その手が握手だと求めているのを理解し、私は右手でその手
を握る。しばらくそのままの形でいた後、手を離し涙子は上条当麻のほうへ向いた。

78: 2010/03/17(水) 12:08:27.10 ID:KPvBUoek0
「じゃあお願いします。上条さん。」

目を瞑り、涙子は頭に右手が置かれるのを待った。待っているその顔は、
存在が消えることに苦しんでいるような苦しく、辛い顔ではなく、微笑んでいた。

上条当麻の右手が頭に置かれた瞬間、涙子の身体がビクンと震え、そのまま力が抜けたように倒れてしま
った。

「っ!涙子!!」

私は涙子を地面に伏す前に抱きかかえた。腕の中でぐったりとした涙子の姿は、
まるで氏んでしまったかのようだった。

着ている白いワンピースはまるで、氏装束の様に見えた。

90: 2010/03/17(水) 13:06:55.76 ID:KPvBUoek0
涙子は病院に搬送され、黒子と初春さんと一緒に先生のところへ向かう。目を覚ますまではそう
時間はかからないそうだ。初春さんは私の泣き腫らした顔を見て、大丈夫ですか?と心配してくれた。

「うん・・・大丈夫。これで、良かったのよ。」

胸にぽっかりと穴が開いたような気持ちになってるけど、これで良かったのだ。私だけのエゴで皆に迷
惑はかけられないし、それに何より『佐天さん』に申し訳ない。ただでさえ私のことを庇ったためにこ
んな事になってしまったのにね。

「お姉さま、これからはあのようにジャッジメントの仕事に手を出さないで欲しいですの。」

そうね、と答えると黒子の説教が始まった。その説教を適当に受け流していると、涙子の眉が少し
動いた。初春さんも気付いたらしく、傍に駆け寄る。

「佐天さん!佐天さん!しっかりしてください!」

その言葉に反応するかのように涙子はゆっくりと目を開けた。

「あれ?初春・・・?白井さんも・・・?・・・『御坂さん』までどうしたんですか?」

その言葉に、喉まででかけた『涙子』という言葉が止まり、そのまま声に出せなくなってしまった。
そして、同時に理解した。

『涙子』は、消えちゃったんだ。

93: 2010/03/17(水) 13:21:44.75 ID:KPvBUoek0
佐天さんは私をかばった後、身体が飛ばされるような感じになった後、そこからの記憶が無いという。
つまり、『涙子』でいた時の記憶は全く無いようだ。
先生から佐天さんに記憶のことは口に出さない方がいいと言われていたので、佐天さんはずっと寝たき
りの状態になっていた、ということで伝えた。

「…そうですか。また皆に迷惑かけちゃったんですね。」

自嘲するかのように佐天さんが言った瞬間、私は違う!と叫んでいた。

「迷惑なんかじゃない!佐天さんは私を庇ったじゃない!自分の身を考えないで、私を庇って、こんな目
に合って!もしかしたらあの時私を庇ってくれなかったら私が佐天さんみたいになってたかもしれないじ
ゃない!だから…迷惑だなんて、そんなこと言わないでよ。」

落ち込む姿が、涙子のように見えて、だけど涙子はもういないと分かってるから、出た言葉だった。
私の叫んだ姿を見た佐天さんは目を見開き、私の言葉を理解すると、ふっと笑った。

「…ありがとうございます、『御坂さん』。そういわれるとほっとしました。身体を張って守ったかいが
あったってもんです!ところで退院っていつできるんですかね?
退院したら皆で私の退院パーティーやりましょうよ!」

いつもの明るい声で佐天さんは退院時期を先生に聞くと、先生はいつでもいい、なんなら今すぐにでも
良い、という言葉を返した。その言葉を聞いていやっほーいと歓喜の声を上げてから、ベッドから飛び
出て、辺りを駆け回った。

(明るく活発な女の子、そっか、これが佐天さんなんだ。)

95: 2010/03/17(水) 13:33:34.98 ID:KPvBUoek0
私の荷物は昼間に宅配業者が寮へ届けるようにしておいたから、もうじき寮へついてるだろう。
そんなことを考えながら皆で商店街を歩いていた。

「全く。長い間初春のパンツを見てなかったとは、我ながら不覚だった。」

何言ってるんですか!という初春さんをなだめつつ佐天さんは笑っている。やれやれ、と思いながら携
帯電話で時間を見る。十九時だそろそろ帰らないと、と思ったとき、携帯の画面に表示されている画面
を見てしまった。

それは、夕日を背にして笑っている、涙で目を腫らした二人の少女の写真だった。

カメラを受け取った後、待ち受け画面に設定してしまったのだろうか。
それを見た瞬間、『涙子』との記憶が頭の中を駆け巡る。そして、もう『涙子』には会うことはできな
いんだ、と再認識してしまい、いままで我慢していたものが壊れたかのように涙が溢れ、携帯電話を持
ったまま蹲ってしまった。

「…!御坂さん!どうしました!?」

こんなところ、皆には、特に佐天さんには見せられない。そう思っていたが、遅かった。しかも一番見
られたくない人に見られてしまった。
佐天さんは私の背中をさすり、大丈夫ですか、と言った優しく声を掛けてくれた。
堪え切れずに、彼女に抱きつく。

「…ごめんね。少しだけ、ほんの少しだけ、こうさせてて。」

佐天さんは最初え?え?と言い混乱していたけど、次第に私の背中をさすり始めた。

涙が止まらない。止まらないよ、『涙子』

99: 2010/03/17(水) 13:52:57.19 ID:KPvBUoek0
気分が落ち着き、佐天さんにごめん、もう大丈夫と言うと、彼女は安心したかのようにほっと
息をついた。

「よかった。いきなりのことでしたからビックリしましたよ。
…でもいつもの御坂さんとは違った面が見ることができてよかったです。」

私が顔を赤らめ、そのことはもういいでしょと文句をいうが、佐天さんは話を続ける。

「私達今まで色々あったじゃないですか。レベルアッパーのときもそうだし、今回の件も。でも原因を
今思えば私が無能力者っていうコンプレックスのせいでもあったんですよね。だから、御坂さんに言わ
れたことに劣等感を感じてた。」

私は無言で話を聞いていた。

「御坂さんを庇う前に、言ったじゃないですか。無能力だからこんなことになる。だから無能力者は自
分のみをわきまえて、この街から出て行ったほうが良いのかなって。自分に価値を見出すことが出来て
いなかったんですよ。」

「能力者と無能力者は違う人間なんだ。特にレベル5の御坂さんは自分とは、能力以外でも精神面とか、
人格とか、そういった面でも全く違った人なんだと思っていました。」

「けど、今、こうやって泣いている。その理由は分からないけど、やっぱり同じ人間なんだと思いまし
た。私と御坂さんとは、能力面ではそれこそ絶望的な差がありますけど、他の部分なら追い越せはしな
いけれど、近づくことくらいならできるんじゃないか。」

「そして何より、病院で御坂さんに言われたことで、自分に自信が持てるようになったかもしれないん
です。こんな自分でも、やれることはある。私だってこの街に、いや皆と一緒にいてもいいんだと。そ
う気付かせてくれたのは御坂さん。あなたのおかげです。本当にありがとうございます。」

101: 2010/03/17(水) 14:02:01.68 ID:KPvBUoek0
佐天さんのその言葉に救われたのか、ぽっかりと開いた胸の穴が少し埋まった気がした。

私とは違う人、無能力者の人の気持ちを少しだけ、ほんの少しだけ理解できたからなのか、憑き物が落
ちたような、すっきりとした気持ちになったような気がする。

(佐天さんは強いよ。あんなに追い詰められていたのにちゃんと立ち直った。私の言葉がきっかけと
は限らないし、第一、きっかけが私の言葉だとしても、それで立ち上がるのは自分の意志だ。それなの
に、私ときたらいつまでもうじうじとして…佐天さんには負けてられない!)


握りこぶしを作りながら、勢い良く夜空を見上げ、最後に『涙子』が言った言葉を思い出す。

(もう一人の『私』をよろしくお願いします)

見てなさい、これからもきっと『佐天さん』ともうまくやって見せるから。あなたとの約束、果たして
見せるから。
あの時には言えなかったけど、私もあなたに会えて良かったよ。そして、あなたと会ってから過ごした
日々は絶対に忘れない。ずっと憶えておく。だから…


だから…さよなら、『涙子』

103: 2010/03/17(水) 14:12:10.87 ID:KPvBUoek0
途中で皆と別れ、黒子と喋りながら寮へ帰る。黒子がすっきりとした顔をしている、と言ったのであり
がと、と言った。理由は言わなくてもいいよね。

寮へ帰ると、まず寮監に事の顛末を話し、ひとつだけお願いを聞いてもらった。そしてその罰として週
末に掃除をやれ、といわれた。まあしょうがない。

部屋に入ると、佐天さんの家に泊まっていたせいか、自分の部屋を懐かしく感じてしまった。ジジイじ
ゃないんだからと自分に言い聞かせ、荷物を元に戻していく。

黒子が風呂に入ると、その隙にパソコンへ携帯の画像を転送し、印刷する。そして次々に出てきた写真をアルバムにしまい、携帯の画
像を消去する。

「これでよしっと。明日は晴れると良いな…。」

風呂から出てきた黒子にその言葉を聞かれ、明日なにかあるんですの?と聞かれたが、はぐらかしてお
いた。こればっかりは教えられない、と言ったら引き下がってくれたけど。

106: 2010/03/17(水) 14:29:50.15 ID:KPvBUoek0
翌朝、太陽が昇る前に起き、お気に入りのバッグに荷物を入れる。その後、寮監へ挨拶をしにいってか
ら、外へでる。電車に乗り、揺られながら荷物のアルバムに視線を向ける。
いつみても真っ白なアルバムだ。

電車から降り、途中花屋に寄りながら目的地に向かう。朝早いせいか人が少ない。

目的地の公園に着くと、そのまままっすぐと目的の場所へ向かうと、その場で腰を下ろし、荷物の中か
らスコップを取りだし、おもむろに土を掘り始める。
掘った穴にはアルバムから取り出した写真を放り込んで行く。
名残惜しみながら、一つ一つの写真を良く見て放り込んで行き、穴を埋めた。

途中、寄った花屋で買った質素ではあるが綺麗な白い花を束にして置き、しばらくそのままでいた。


「うまくいかなかったり、挫けそうになったりするかもしれない。だけど、決して諦めないから。
でも、それでも、くじけそうになったらまたここに来るから、その時はまた宜しくね。
だからそのときまで…またね。」


目を瞑り、手を合わせる。しばらくしてから目を開けるとあたりが明るくなってきた。
どうやら太陽が昇り始めたようだ。
立ち上がり、空を仰ぐと雲一つ無い青空である。

今日も暑くなりそうだ。

107: 2010/03/17(水) 14:31:50.78 ID:KPvBUoek0
おわり

110: 2010/03/17(水) 14:39:03.56 ID:KPvBUoek0
どうもありがとうございました。
小説書くのも初めてだし、VIPにスレ立てすんのも久しぶりだから結構緊張しました。
にしても書き駄目しておいてここまで時間かかるとか信じられなかった

でもVIPでの美琴と佐天さんの仲が悪いものがやけに多いからここまでしてしまった
反省はしない。アニメでは仲いいのによーちくしょー

矛盾点や突っ込みとかはあんま気にしないで下さい。というかされると・・・その・・・困る

引用: 美琴「さよなら、涙子」