109: 2009/09/13(日) 03:30:27.22 ID:Wp/P4fgQ0
彼女と、彼は、想い合っていた。
見えずとも、深く強い信頼が二人にあった。
幾度となく彼に羨望を覚え、またしばしばそれを当の本人に話したこともあったが、
それが果して純粋な羨望だったのか、今でもそうなのか、僕には分からない。
ただ彼らの友人として、二人には幸せになってもらいたいと自然に思うようになっていたし、
機関の一員としても、やはり「そう」なるのが最良であった。
それを、世界も、僕も、望んでいた。
――――
今この部室にいるのは、彼と僕の二人だけだ。
そろそろ盤上が一面彼の黒に染まるかという頃、僕はこう切り出すことにした。
「涼宮さんが最近ストレスを感じているようなんです」
見えずとも、深く強い信頼が二人にあった。
幾度となく彼に羨望を覚え、またしばしばそれを当の本人に話したこともあったが、
それが果して純粋な羨望だったのか、今でもそうなのか、僕には分からない。
ただ彼らの友人として、二人には幸せになってもらいたいと自然に思うようになっていたし、
機関の一員としても、やはり「そう」なるのが最良であった。
それを、世界も、僕も、望んでいた。
――――
今この部室にいるのは、彼と僕の二人だけだ。
そろそろ盤上が一面彼の黒に染まるかという頃、僕はこう切り出すことにした。
「涼宮さんが最近ストレスを感じているようなんです」
110: 2009/09/13(日) 03:40:34.60 ID:Wp/P4fgQ0
彼が顔をあげる。
「…で?」
表情は、まだ変わらない。
「あなたに頼みたいのですが」
「何をだ」
「涼宮さんを癒してあげてください」
「俺が嫌だ、と言ったらどうするんだ」
おおよそ僕にとって理想的な返答であった。
そして、それに対する僕の答も、いつかのエンドレスサマーと同じようなものだ。
彼の目を見、さも当たり前のことのように、告げる。
「そうですね、仕方ありませんから僕が代りに」
「…で?」
表情は、まだ変わらない。
「あなたに頼みたいのですが」
「何をだ」
「涼宮さんを癒してあげてください」
「俺が嫌だ、と言ったらどうするんだ」
おおよそ僕にとって理想的な返答であった。
そして、それに対する僕の答も、いつかのエンドレスサマーと同じようなものだ。
彼の目を見、さも当たり前のことのように、告げる。
「そうですね、仕方ありませんから僕が代りに」
112: 2009/09/13(日) 03:51:05.37 ID:Wp/P4fgQ0
「……!」
これもまた、あの時と変わらない反応だった。
ただ心なしか、その程度は大きい。
「おや、どうなされたんですか?そんな怖い顔をして」
「別に」
まったく、素直ではない。
「…何するつもりだ」
「気になりますか?」
「気になるも何も、お前はハルヒに何かできるのか?」
「できますよ」
「…言ってみろ」
対し僕も、「攻撃」の手は緩めない。
「そうですね、愛の告白なんてのは」
数瞬の後、
「あいつは、恋愛は精神病と」
「だからですよ」
これもまた、あの時と変わらない反応だった。
ただ心なしか、その程度は大きい。
「おや、どうなされたんですか?そんな怖い顔をして」
「別に」
まったく、素直ではない。
「…何するつもりだ」
「気になりますか?」
「気になるも何も、お前はハルヒに何かできるのか?」
「できますよ」
「…言ってみろ」
対し僕も、「攻撃」の手は緩めない。
「そうですね、愛の告白なんてのは」
数瞬の後、
「あいつは、恋愛は精神病と」
「だからですよ」
113: 2009/09/13(日) 04:03:28.22 ID:Wp/P4fgQ0
「は?」
「精神病というのは、すなわち『正常』でない。僕の言いたいこと…解りますよね?」
「恋愛は精神病で、精神病は『普通』じゃなくて、ハルヒは『普通』じゃないものが好きだって言いたいんだろ」
やはり、彼女を一番理解しているのは彼なんだろう。
「理解が早くて助かります」
「…なあ古泉、恋愛ってストレス解消になるのか?」
さあ、どうでしょうね。
「さあってなんだよ」
「僕はあくまで、一つの例を出しただけですから」
「あのな」
「精神病というのは、すなわち『正常』でない。僕の言いたいこと…解りますよね?」
「恋愛は精神病で、精神病は『普通』じゃなくて、ハルヒは『普通』じゃないものが好きだって言いたいんだろ」
やはり、彼女を一番理解しているのは彼なんだろう。
「理解が早くて助かります」
「…なあ古泉、恋愛ってストレス解消になるのか?」
さあ、どうでしょうね。
「さあってなんだよ」
「僕はあくまで、一つの例を出しただけですから」
「あのな」
114: 2009/09/13(日) 04:17:10.14 ID:Wp/P4fgQ0
改めて思うが、彼との会話は不思議に心地がいい。
他の同年代の誰とも違う魅力があるように思える。
だからこそ、彼女も彼を選んだのかもしれない。
「しかしあなたも、なぜそこまで食いついてくるのですか?」
「別に」
こういう彼は、年相応に若くも見える。つい笑ってしまう。
ところで、それ、さっきも言いましたよ。
「別にいいだろうが」
三回目ですね。
「……」
他の同年代の誰とも違う魅力があるように思える。
だからこそ、彼女も彼を選んだのかもしれない。
「しかしあなたも、なぜそこまで食いついてくるのですか?」
「別に」
こういう彼は、年相応に若くも見える。つい笑ってしまう。
ところで、それ、さっきも言いましたよ。
「別にいいだろうが」
三回目ですね。
「……」
116: 2009/09/13(日) 04:28:34.49 ID:Wp/P4fgQ0
「他に案も出ないようですし、今回はこれで行きましょう」
「マジか?」
「えらくマジです」
「ま、頑張れよ」
顔が少し強張ってますよ。触れませんけど。
「では」
「ち、ちょっとまった」
おや、なんでしょう?
「あー、その、なんだ…」
「特に何もないならもう行きますよ」
「あ、あれだ、今のハルヒのストレスとやらはどんだけのレベルなんだ?」
「と、言いますと?」
「お前たちがこんなことをするぐらいだ、さぞかしあのヘンテコ空間とかが大変なことになってるんじゃないかとな」
「マジか?」
「えらくマジです」
「ま、頑張れよ」
顔が少し強張ってますよ。触れませんけど。
「では」
「ち、ちょっとまった」
おや、なんでしょう?
「あー、その、なんだ…」
「特に何もないならもう行きますよ」
「あ、あれだ、今のハルヒのストレスとやらはどんだけのレベルなんだ?」
「と、言いますと?」
「お前たちがこんなことをするぐらいだ、さぞかしあのヘンテコ空間とかが大変なことになってるんじゃないかとな」
117: 2009/09/13(日) 04:35:14.31 ID:Wp/P4fgQ0
さて。
「…それを聞いて、あなたはどうするつもりなんですか?」
「え、あ、そのー…」
彼にしては珍しく狼狽している。
「何か、他にいい案でも?」
「う、その、だな」
あなたが素直になれば、それで大抵は片付くのですよ。
「とりあえず僕は涼宮さんのところに」
「ま、待てって!」
「何ですか?」
おかしい。
「だからさ、ほら、あいつだって別段好きでもない奴から告白されたって」
僕は好きですよ。
「念のため聞くが、そ、それは」
もちろん、涼宮さんのことに決まってるじゃないですか。
「……っ!?」
「…それを聞いて、あなたはどうするつもりなんですか?」
「え、あ、そのー…」
彼にしては珍しく狼狽している。
「何か、他にいい案でも?」
「う、その、だな」
あなたが素直になれば、それで大抵は片付くのですよ。
「とりあえず僕は涼宮さんのところに」
「ま、待てって!」
「何ですか?」
おかしい。
「だからさ、ほら、あいつだって別段好きでもない奴から告白されたって」
僕は好きですよ。
「念のため聞くが、そ、それは」
もちろん、涼宮さんのことに決まってるじゃないですか。
「……っ!?」
118: 2009/09/13(日) 04:42:30.75 ID:Wp/P4fgQ0
「な、何で」
「何でも何も、あんなに魅力的な人はそうそういませんよ」
おかしい。
「あいつのどこが魅力的なんだよ?」
「全てです」
おかしい。
「じ、冗談、だよな?」
「本気ですよ。本気と書いてマジと読むほど本気です」
本気って、なんだ?
僕は今、何を考えている?
――僕は、何に苛立っているんだ?
「何でも何も、あんなに魅力的な人はそうそういませんよ」
おかしい。
「あいつのどこが魅力的なんだよ?」
「全てです」
おかしい。
「じ、冗談、だよな?」
「本気ですよ。本気と書いてマジと読むほど本気です」
本気って、なんだ?
僕は今、何を考えている?
――僕は、何に苛立っているんだ?
119: 2009/09/13(日) 04:51:13.55 ID:Wp/P4fgQ0
「そ、それはそれは」
彼は、自分を隠している。傍目にも明らかに動揺している。
「とにかく、僕はこれから『好きな人』に告白してきますから」
同時に自分もまた、突如湧き出した得体の知れない感情に動揺しているのが分かる。
「それは『友達として』か?」
それは、
「もちろん、『異性として』に決まってるじゃないですか」
彼はついに絶句した。
彼は、自分を隠している。傍目にも明らかに動揺している。
「とにかく、僕はこれから『好きな人』に告白してきますから」
同時に自分もまた、突如湧き出した得体の知れない感情に動揺しているのが分かる。
「それは『友達として』か?」
それは、
「もちろん、『異性として』に決まってるじゃないですか」
彼はついに絶句した。
120: 2009/09/13(日) 05:03:44.50 ID:Wp/P4fgQ0
なんだ今のは。いや、落ち着け。考えるのは後でいい。
「別にいいじゃないですか。僕は『機関』に所属する超能力者である前に、一介の男子高校生なんですよ」
「そう、だよな」
「それでは」
あなたも、早く素直になってください。
「……」
「だから何なんですか?僕はこれから」
「……」
…でしたら、僕から質問させてもらいます。
「あなたは、涼宮さんのことが好きなんですか?」
「別にいいじゃないですか。僕は『機関』に所属する超能力者である前に、一介の男子高校生なんですよ」
「そう、だよな」
「それでは」
あなたも、早く素直になってください。
「……」
「だから何なんですか?僕はこれから」
「……」
…でしたら、僕から質問させてもらいます。
「あなたは、涼宮さんのことが好きなんですか?」
122: 2009/09/13(日) 05:12:22.38 ID:Wp/P4fgQ0
「な、なにを、」
正直に、答えてください。
「まあ、そりゃ嫌いじゃないが…」
「つまり、好きなんですか?」
「だ、だから何でそんな」
「言ったじゃありませんか、僕は涼宮さんのことが好きだと」
「だからって、」
「だからこそ、恋のライバルを気にするのは当然のことでしょう」
「…別に俺は」
「四回目ですよ」
「俺は、その、だな、そりゃまあ好きか嫌いかと言われたら好きだと言うが」
「いわゆる恋愛感情は持ち合わせていない、と?」
「そういうことだ」
どうしてここまで意固地になるのだろう。
正直に、答えてください。
「まあ、そりゃ嫌いじゃないが…」
「つまり、好きなんですか?」
「だ、だから何でそんな」
「言ったじゃありませんか、僕は涼宮さんのことが好きだと」
「だからって、」
「だからこそ、恋のライバルを気にするのは当然のことでしょう」
「…別に俺は」
「四回目ですよ」
「俺は、その、だな、そりゃまあ好きか嫌いかと言われたら好きだと言うが」
「いわゆる恋愛感情は持ち合わせていない、と?」
「そういうことだ」
どうしてここまで意固地になるのだろう。
123: 2009/09/13(日) 05:23:03.57 ID:Wp/P4fgQ0
「では言わせてもらいますが、」
方向性を変えてみることにしよう。
「何だよ」
「あなたは今年の四月某日、カレンダーに印を付けましたよね?」
このツンデレめ。
「ななななななな、何でそれを」
彼が赤面するのも珍しい。自分だったらと思えば、確かに穴の一つや二つ掘りたくなるかもしれない。
「どうしてその日、あり体に言えば去年の入学式の日に印を付けたんですか?」
「いや、それは、その」
涼宮さんが忘れたとし
「な、なあ、古泉」
「なんでしょう」
「俺の部屋のカレンダーくらいなら可愛いもんだが、何故そんなとこまで知ってるんだよ」
さて、なぜでしょうね。
「おい」
と、いつの間にか平静を取り戻している自分がいた。
方向性を変えてみることにしよう。
「何だよ」
「あなたは今年の四月某日、カレンダーに印を付けましたよね?」
このツンデレめ。
「ななななななな、何でそれを」
彼が赤面するのも珍しい。自分だったらと思えば、確かに穴の一つや二つ掘りたくなるかもしれない。
「どうしてその日、あり体に言えば去年の入学式の日に印を付けたんですか?」
「いや、それは、その」
涼宮さんが忘れたとし
「な、なあ、古泉」
「なんでしょう」
「俺の部屋のカレンダーくらいなら可愛いもんだが、何故そんなとこまで知ってるんだよ」
さて、なぜでしょうね。
「おい」
と、いつの間にか平静を取り戻している自分がいた。
124: 2009/09/13(日) 05:35:12.51 ID:Wp/P4fgQ0
prrrrrr
呼び出し、のようですね。
「閉鎖空間か?」
「そのようです。仕方ありません、告白は明日にしましょう」
携帯電話をしまい、立ち上がろうとして、
彼の口から出た言葉は、
「…助かった」
…え?
「何が助かったんですか?」
同じことを、彼も同時に発音していた。
「……」
「……」
しばしの沈黙を経て、自分のなすべきを思い出す。
「こんなことしてる場合じゃないですね。僕はバイトで来れないと伝えておいてもらえますか?」
涼宮さんに。
「…ああ」
そうして、僕は部室を出た。
呼び出し、のようですね。
「閉鎖空間か?」
「そのようです。仕方ありません、告白は明日にしましょう」
携帯電話をしまい、立ち上がろうとして、
彼の口から出た言葉は、
「…助かった」
…え?
「何が助かったんですか?」
同じことを、彼も同時に発音していた。
「……」
「……」
しばしの沈黙を経て、自分のなすべきを思い出す。
「こんなことしてる場合じゃないですね。僕はバイトで来れないと伝えておいてもらえますか?」
涼宮さんに。
「…ああ」
そうして、僕は部室を出た。
125: 2009/09/13(日) 05:52:00.45 ID:Wp/P4fgQ0
閉鎖空間自体は大したことはなく、散発的な小規模なものだった。
彼女が部室に着けば彼もいるだろうし、何もしなくてもあるいは自然に収束したのかもしれない。
それよりも。
今考えるべきはそんなことではなかった。
あのようなことは何度もあってはならないから。
あの、普段の自分に比して異常なまでの感情の奔流の、その原因を。
不意に口元が緩む。
自分を隠していたのは、僕だったのではないか。と。
彼女が部室に着けば彼もいるだろうし、何もしなくてもあるいは自然に収束したのかもしれない。
それよりも。
今考えるべきはそんなことではなかった。
あのようなことは何度もあってはならないから。
あの、普段の自分に比して異常なまでの感情の奔流の、その原因を。
不意に口元が緩む。
自分を隠していたのは、僕だったのではないか。と。
127: 2009/09/13(日) 06:15:59.71 ID:Wp/P4fgQ0
そうなのかもしれない。
だとすれば、僕が僕に隠していたものとはなんだろうか。
――本当は分かっていた。
この一年を想起してみれば、答えを導くのは一瞬だった。
だからこそ、深く考えないようにし、自分を、<古泉一樹>を演じていた。
彼が他人に素直でないのなら、僕は僕自身に素直ではなかった。
つまり、
僕は、彼女が好きなのだ。
だとすれば、僕が僕に隠していたものとはなんだろうか。
――本当は分かっていた。
この一年を想起してみれば、答えを導くのは一瞬だった。
だからこそ、深く考えないようにし、自分を、<古泉一樹>を演じていた。
彼が他人に素直でないのなら、僕は僕自身に素直ではなかった。
つまり、
僕は、彼女が好きなのだ。
128: 2009/09/13(日) 06:54:21.52 ID:Wp/P4fgQ0
気付いてしまえば、ただそれだけのことだった。
「魅力的」だとか「愛すべきキャラクター」だとか、あれは確かに僕の本心だったのだ。
そして今日、彼の煮え切らない態度に腹が立った。
それだけだった。
彼が素直になれば、それで彼女は幸せになれるのだから。
しかし、今にしてこうも思う。
彼は現在を愛するあまり、その喪失を恐れるからこそ、彼女との今の関係を変えられないのだ。
まして一度、本当に失っているのだから、「ダメだったら」という恐怖もまた常人以上に大きいだろう。
だからこそ、彼は素直にならない。いや、なれないのではないだろうか。
だからこそ、最後の、そして最初の一歩を踏み出せないのではないだろうか。
―――僕は、僕自身は、どうしたいのだろう。
「魅力的」だとか「愛すべきキャラクター」だとか、あれは確かに僕の本心だったのだ。
そして今日、彼の煮え切らない態度に腹が立った。
それだけだった。
彼が素直になれば、それで彼女は幸せになれるのだから。
しかし、今にしてこうも思う。
彼は現在を愛するあまり、その喪失を恐れるからこそ、彼女との今の関係を変えられないのだ。
まして一度、本当に失っているのだから、「ダメだったら」という恐怖もまた常人以上に大きいだろう。
だからこそ、彼は素直にならない。いや、なれないのではないだろうか。
だからこそ、最後の、そして最初の一歩を踏み出せないのではないだろうか。
―――僕は、僕自身は、どうしたいのだろう。
130: 2009/09/13(日) 07:12:50.06 ID:Wp/P4fgQ0
この高校に転校して、即日彼女によってSOS団の団員その4に抜擢されたのが五月のこと。
その頃の彼女はもう、中学時代とは別人のようによく笑うようになっていた。見違えるように魅力的になっていた。
そして、SOS団での活動は、世界の何よりも楽しかった。
閉鎖空間での≪神人≫退治も、現実世界での彼女への娯楽の提供も、それが苦でなくなるのに時間はかからなかった。
「世界の安定の為」が、いつしか「彼女の笑顔の為」へと変わっていた。
彼女を幸せにしたい。そう、思うようになっていた。
その頃の彼女はもう、中学時代とは別人のようによく笑うようになっていた。見違えるように魅力的になっていた。
そして、SOS団での活動は、世界の何よりも楽しかった。
閉鎖空間での≪神人≫退治も、現実世界での彼女への娯楽の提供も、それが苦でなくなるのに時間はかからなかった。
「世界の安定の為」が、いつしか「彼女の笑顔の為」へと変わっていた。
彼女を幸せにしたい。そう、思うようになっていた。
131: 2009/09/13(日) 07:26:01.28 ID:Wp/P4fgQ0
ならば、明日、本当に告白をすればいい。
そしてもし彼女が受け入れてくれたなら、それは僕にとって至上の幸福ではないか。
……違う。
何度自問しても、やはり答は違うのだ。
133: 2009/09/13(日) 08:12:01.32 ID:Wp/P4fgQ0
その仮定の先には、彼女の幸せも、誰の幸せもないだろう。
それもまた、最初から分かっていた。
彼女に笑顔をもたらしたのは、彼なのだから。
あの二人の間に、余人が入り込む隙間などありはしないのだ。
もちろん、そういった消極的理由だけではなかった。
僕は、彼女の、そして彼の気持ちを知っている。
何よりも一番困ることは、彼もまた、僕にとってかけがえのない友人だったということだ。
彼の顔を曇らすことなど、僕にはできるはずもなかった。
……彼を恨めたのなら、楽だったのだろうか。
それとも、自分の運命を憎めばよいのだろうか。
135: 2009/09/13(日) 08:32:06.96 ID:Wp/P4fgQ0
それも、違うだろ、古泉一樹。
……そうだ。違う。
今や、僕にとっての幸せとは、彼女と彼の、二人の幸せなのだ。
それ以上をどうして望めよう。
それで、十分じゃないか。
136: 2009/09/13(日) 08:35:49.88 ID:Wp/P4fgQ0
答は、見つかった。
素直になれない二人のために、僕たちがほんの少し後押ししてあげればいい。
そうして、ゆっくりと歩む二人を見守っていくのだ。
僕は、二人の親友なのだから。
137: 2009/09/13(日) 09:09:02.00 ID:Wp/P4fgQ0
――――
翌朝。
空は見事な快晴で、そのせいか頭も不思議と冴えていた。
やるべきことは決まっている。
彼女の姿を見つけたのは、登校中のことだった。
「おはようございます、涼宮さん」
「っ!ここ古泉くん?おはよう!この時間に会うなんて珍しいわね」
彼女はなぜか慌てている。
「そうですね。今朝は目覚めが良かったもので、早めに登校しようかと」
と答えると
「そ、そうなの」
と言ったきり口を噤んでしまった。かといってこの点に触れるのはよくない気がする。
だから、
「ところで、涼宮さん。お話したいことがあるのですが、よろしければ……そうですね、放課後、少しだけお時間をいただけませんか?」
必要なことだけを伝えることにした。
「ほ、放課後ね。いいわよ」
「ありがとうございます」
それでは、また。
「またね」
139: 2009/09/13(日) 09:44:27.30 ID:Wp/P4fgQ0
そして、放課後。
あらゆる感情が混ざり合った挙句、それを限りなく希釈したような表情をして、彼女は僕の前にいる。
鋭い彼女のことだから、僕がどんな話をするのか、おおよその見当は付いてることだろう。
それが正解かどうかは別として。
「涼宮さん」
彼女は黙って僕を見ている。
「僕は、あなたが好きでした」
あらゆる感情が混ざり合った挙句、それを限りなく希釈したような表情をして、彼女は僕の前にいる。
鋭い彼女のことだから、僕がどんな話をするのか、おおよその見当は付いてることだろう。
それが正解かどうかは別として。
「涼宮さん」
彼女は黙って僕を見ている。
「僕は、あなたが好きでした」
144: 2009/09/13(日) 10:42:43.93 ID:Wp/P4fgQ0
「……っ!」
口を開きかけた彼女を、しかし制するように、続ける。
「今まで、そう思っていました。ただ、少しだけ違ったんです」
「違っ…た?」
「はい。ただそれをお話する前に、ひとつお聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか。
もちろん答えていただかなくても構いません」
こくりと、彼女はうなずく。
「あなたの最も大切な人は、彼ですね」
145: 2009/09/13(日) 10:52:18.07 ID:Wp/P4fgQ0
たとえば「好きな人」と形容するのは、何となく憚られた。
二人の間は、それよりずっと、深く、強く、濃いものに思えたからだ。
数十分にも思えるような時間をかけて(実際は数十秒だろう)、彼女は、短く、しかしはっきりと、言う。
「……うん」
安堵にも似た奇妙な思いからか、自然と笑みがこぼれてしまう。
「そうですか」
「…あのっ!でもね!」
「お話というのはですね、」
「僕の、まさに一方的な告白なんです。ただどうしても我慢できなくなって、あなたに伝えたくなってしまったんですよ。
どうか、聞いていただけますか」
機関の一員としてあるまじき行動だな、と、頭の片隅で考えていた。
148: 2009/09/13(日) 11:28:55.19 ID:Wp/P4fgQ0
あなたほど魅力的な女性にお会いしたことはありません。
いつからか、は分かりません。いつのまにか、あなたに惹かれていました。
実はそのことを自覚したのはつい最近なのですが、しかしその本質に気がついたのはさらに最近でした。
同時だった、といってもいいかも知れません。自分でも変だとは思うのですが。
僕が好きなのは、彼の前で見せる、あなたの笑顔だったんですよ。
そして、同年齢とは思えないほどしっかりとご自分を持ったあなたに、どうしようもなく憧れて、惹かれたんです。
・
…
……――― 一つだけ、あなたに、お願いしたいことがあります。
これから先も、SOS団の仲間として、親友として、ずっと―――
149: 2009/09/13(日) 11:36:34.48 ID:Wp/P4fgQ0
精神的な意味で、振り返ることはできないだろう。
カレンダーどころの騒ぎではない。
ただ、後悔などは微塵もなかった。
一通り話したあと、彼女はこう言った。
「もちろんよ!!SOS団は永久に不滅だからねっ!!!」
それに、彼に向けるような最上級の笑顔までつけてもらえば、もはや何も言うことはない。
まさしくそれこそが、僕の望みだからだ。
151: 2009/09/13(日) 11:53:12.68 ID:Wp/P4fgQ0
「それにしても、古泉くん、意外とアツい人だったのね」
部室へ向かう途中、彼女が言う。
あの、どうか秘密にしておいて頂けませんか?
「ふふっ。大丈夫よ心配しなくても。当たり前じゃない」
こういうところも、彼女が彼女たるゆえんなのだろう。
しかし、何となく悔しいので些細な反撃を。
「あなたも、もう少し素直になるといいのですけどね」
たとえ今の自分に満足していても、これくらいなら許されるだろう。
―――まったく、彼が羨ましい。
152: 2009/09/13(日) 12:07:03.47 ID:Wp/P4fgQ0
「みくるちゃん、喉乾いたわ!お茶もらえる?」
「あ、涼宮さんに古泉くん。こんにちは」
部室に着くと、すでに三人とも揃っていた。
彼は……また分かりやすく緊張している。
失念していたが、確かに彼は今日一日、不安と焦りと嫉妬と、いろいろな感情に苛まれていてもおかしくはない。
しばらくして耐えかねたのか、彼が話しかけてきた。
「…おい古泉」
「なんでしょうか」
「どうなったんだ?」
「涼宮さんを見れば分かると思いますが」
そして、彼にはこれで十分なのだ。
153: 2009/09/13(日) 12:20:45.38 ID:Wp/P4fgQ0
「古泉」
はい。
「ありがとな」
…はい。
「俺、なんでお前に礼言ってるんだろうな」
なぜでしょうね。
「解らんのにはいって言ったのかお前は」
そうです。…ところであなたは、解ったんですか?
「いいや」
おあいこじゃないですか。
「…悪かったな」
155: 2009/09/13(日) 12:35:00.83 ID:Wp/P4fgQ0
女性陣の着替えを待つ間、廊下でそんな話をした後である。
いつもより素直な二人になっていたのは、さて、何のせいだろうか。
「ねえ古泉くん」
と、僕に問いかけるのは朝比奈さんだ。
はい、なんでしょう。
「本当はどう思ってたの?」
かけがえのないSOS団の仲間、ですよ。
了
159: 2009/09/13(日) 13:07:30.10 ID:Fwu5tIAqO
乙!面白かったよ
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