1: ◆ppck5xcEk6 2014/10/05(日) 00:33:51 ID:Ad79Z8nk

〈黒鷺:そうなんですよぅ。みんな口ばっかで動かないし〉

 自動更新され、画面には相手の言葉が表示される。彼女は文化祭の責任者だが、クラスのメンバーが働いてくれないらしい。

 何処にでもある――俺自身も経験したことのある――愚痴だ。

 だが彼女には悪いが、俺の視線はチャット・ルームを向いてはいなかった。

 画面右下。時刻表示。

 16:37

 そろそろか。

 そう思って俺はキーボードを叩く。中学の時に叩き込まれた御陰でタイピングはほぼ完璧だ。

〈陸奥:本当そう言う奴等って腹立つよな。俺も経験したから良く分かるよ〉

 取り敢えず此処まで打ってエンター・キー。

 そして間髪置かずに再び、

〈陸奥:おっと、もうこんな時間か。悪いけど落ちますわー〉

〈黒鷺:あ、用事かなんかですか?お疲れさまでしたー!〉

〈陸奥:まぁ似たようなもんかな。また準備の話とか、色々聞かせてくれな〉

〈黒鷺:そりゃもうぜひ!てかお願いですから聞いてください!〉

〈陸奥:楽しみにしてるぜ!じゃあまたなー〉

 そう言い残して俺は退室ボタンをする。

 続けてパソコンの電源も落とし、ブラック・アウトした画面を見て一言。

「まぁ用事と言うか……儀式みてぇなモンなんだがな」

 時計の針は16時43分を指していた。

2: 2014/10/05(日) 00:35:44 ID:Ad79Z8nk





「あら、何処か行くの?」

 玄関でサンダルを履いていると、母親が訊ねて来た。

 居間と玄関は直結していると言って良い。気付かれずに外出するなど――俺の部屋と両親の寝室、台所兼居間しか無い――この安アパートでは少々難しい相談だ。

「あぁ、ちょっと散歩」

「散歩? 珍しいわね」

 喋りながらもサンダルは履き終えている。

「何と無くね」

 冗談めかして応えながらドアノブを捻る。

「気を付けなさいよ」

「おぅ。遅くはならんから」

3: 2014/10/05(日) 00:36:24 ID:Ad79Z8nk

 錆付いた蝶番が音を立てて作ったドアの隙間から、オレンジ色に染まった空気が見える。

 眩しさで思わず半眼になるが、そんなことに構う理由も無い。

「あ」

 何かを思い出したような母の声。――いや、実際に思い出したのだろう。

 その言葉は続かなかった。

4: 2014/10/05(日) 00:37:14 ID:Ad79Z8nk



 ――此のアパートに安全性と言う言葉は存在しないらしい。

 三○五号室の隣に伸びる屋上への階段を目前にした俺は、冗談抜きでそう思い直す。

 階段は非常階段の様に野晒しになった金属製のタイプでは無く、他と同様に両脇と天井を鉄筋コンクリートで囲まれた代物である。

 薄暗いので照明を点けたい所であるが、哀しいかな、右の壁にあるスイッチは数年前に蛍光灯――踊り場にある、唯一本の――を点けて以来は何の役にも立っていない。

 古いアパートの、しかも普段使われない階段特有の、ロック・クライミング級に急勾配な其れを一段ずつ登って行く。

 手摺でもあればまだ楽なんだがな。

 いや、手摺はあるのだ。だが赤錆で完全に覆われていて、少し触れれば手が鉄臭くなる。とてもじゃ無いが握れやしない。

 胸中で溜息を吐き、何とか頂上に登り詰める。

5: 2014/10/05(日) 00:37:51 ID:Ad79Z8nk





 其処は三畳ほどの小部屋になっていて、其の奥に無駄に重そうな扉が据え付けてある。

 扉と階段を結ぶ数歩の間には何も無いが、左の壁に沿う様に掃除道具や謎の工具が散乱している。

 実を言えば、最初は踏み場無く散乱していたのだ。それを俺が蹴飛ばして寄せたに過ぎない。

 これ等が誰の所有物かは知らないが、蹴飛ばされてから人間様の役に立った事が無い事は確かである。配置は蹴飛ばされた頃と変わっていない。

 哀れな道具達を尻目に扉を開ける。――まぁ、蹴飛ばしたのは俺なのだが。

 矢張り蝶番の錆付いたドアは、きぃ、と啼きながら、其れでも其の任を果たした。

 陽射しが舞う埃を金色に輝かせる。眩しいが部屋を出た時よりは目も慣れている。

 歩を外へと進めながら、俺は思わず微笑んでいた。

6: 2014/10/05(日) 00:38:29 ID:Ad79Z8nk





 月並みな表現だが、いつ来ても此処は世界が違う。

 アパート自体は三階建てで、御世辞にも日当たりが良いとは言えない。

 しかし此処まで来れば話は別だった。

 傾く太陽色に染まる空。雲。家。道。車。人。

 全ての喧騒が輝かしい物に思える。

 其れは、若しかすると虚構かも知れない。だとしても、俺は此の場所が好きだった。

7: 2014/10/05(日) 00:39:03 ID:Ad79Z8nk



 階段は屋上の端にある。俺は其処から反対側まで歩いて行き、フェンスにもたれ掛かった。

 何故か知らないが此処のフェンスだけはステンレス製で、錆も無い。

 四辺を囲む銀色の檻が金色の光を反射していた。

 ふと携帯電話で時間を確認する。サブ・ディスプレイには16:58の数字。

「ん、丁度だな」

 呟いて、左のポケットから煙草の箱を取り出す。

 ビニール・フィルムを丁寧に破り、ポケットに突っ込む。その代わりに使い捨てライターを中で掴む。

 俺は箱から出した一本を咥えて再びフェンスにもたれる。両手をフェンスの向こうにやり、頬を左の肩に置く。

 彼方に霞む空を眺める。

 何処までもオレンジ色なのに、何処までも見通すことは出来なかった。

8: 2014/10/05(日) 00:40:04 ID:Ad79Z8nk





 右手を持ち上げて、煙草に火を灯す。

 先端が赤く燃えたかと思うと紫煙が立ち昇る。

 ――すると、其れに重ねるように、遠くから濁った鐘の音が聞こえて来た。



 何処から鳴らしているのかは知らない。

 だが十七時を告げる此の鐘は、十七時になると鳴り響く。

 其れも良く晴れた――そう、今日のように綺麗な夕焼けの日にだけ、此処まで届くのである。

 時計のように時刻の数字分だけ鳴る訳では無い。時間になると鳴り始め、気が付くと止まっている。そんな鐘だ。

9: 2014/10/05(日) 00:40:38 ID:Ad79Z8nk



 其の侭の姿勢でライターを胸ポケットにしまうと、右手の人差し指と中指の間で煙草を挟む。口から離して、吸った煙を大きく吐き出す。

 フェンスから身体を起こし、空を仰ぐ。もう一度、吸う。吐く。

 煙草を手にしたまま、俺はフェンスに背を預けた。太陽に正対する。



 眩しさが俺を襲う。容赦の無いオレンジ。突き放すかのような光の槍。

 鈍い音が俺を揺する。容赦の無い追憶。突き放すかのような孤独の音。

10: 2014/10/05(日) 00:41:08 ID:Ad79Z8nk



「変わらんね……」

 腹に溜まる――行き所の無い――怒りと虚しさを、言葉に乗せて吐き出す。

「お前たちだけは、」

 フェンスと重力に任せて、ずるずると身体を下ろす。足を投げ出して完全に座ってしまう。

「いつだって」

 両手も、だらりと力無く床に寝そべっている。

「同じだ」

 俺は自分が何を考えているのか。そもそも何かを考えているのかさえ、分からなかった。

 唯々空気と共にオレンジに染まり、唯々空気と共に揺れていた。

11: 2014/10/05(日) 00:41:51 ID:Ad79Z8nk



「くそ……」

 分からない。だが口を吐いて出るのは常に悪態だった。

「……畜生」

 いつまでも変わらない物があると言うのに、何故こうも全てが変わって行く?

 いっそ全てが変わるのならば、いっそ全てが無くなるのならば。

 右手から昇って行く煙が視界の端に見える。

12: 2014/10/05(日) 00:42:36 ID:Ad79Z8nk



 煙草を持ったままの手の甲で塞いだ目を押さえる。もう耐えられなかった。

「もみじ……」

 俺は混沌の中から、一人の名前を口にした。

 いつまでも変わらない人の名前を。



 ――鐘はいつしか、鳴り止んでいた。

19: 2014/10/05(日) 22:03:40 ID:Ad79Z8nk





 どうやら俺は眠っていたらしかった。気が付けば、辺りは闇に包まれている。

 残暑が厳しいとは言え、九月も下旬に差し掛かっている。黒い空気は肌に冷たかった。

 堅い床で寝ていた所為だろうか、身体の節々に鈍い痛みを感じる。

 俺は、ぼうっとする頭を一つ振って、ポケットから携帯を取り出す。サブ・ディスプレイが闇に照らし出した数字は、〈20:39〉。

20: 2014/10/05(日) 22:04:18 ID:Ad79Z8nk

「そりゃ、寒いし、暗い訳だ」

 苦笑しながら肩を軽く揉んで、落としていた煙草の箱をポケットにしまう。右手にあった煙草は御丁寧に床に押し付けて消火してあった。偉いぜ俺。

「ん……っと。帰りますか」

 軽く伸びて呟く。

 遅くならないと言ったのに此の時間である。親が心配しているかも知れない。親父も帰って来て、一杯やっている頃だろう。

 ズボンの尻を払いつつ、俺はそう思った。

21: 2014/10/05(日) 22:05:42 ID:Ad79Z8nk




 夜気に肩を竦めながら歩き、自宅まで帰り着く。

 ノブを捻ると、ドアは例によって甲高く啼いただけで抵抗無く開いた。

「あら、長門。遅かったわね」

 母の声が俺を出迎える。紹介が遅れたが、長門とは俺の名前である。

「御飯温め直すから、手ぇ洗って待ってなさい」

 帰りが遅くなったことについては何も咎めず、至って平静に応対する母。

22: 2014/10/05(日) 22:06:25 ID:Ad79Z8nk

「ん、有難う」

 俺は素直にそうとだけ言って、家に上がった。

 食卓では予想通り、親父が一杯始めている。

「御帰り、親父」

「おぅ、只今。お前も御帰り」

 何気無い会話。我が家が門限に対する取り決めが、同年代水準を大きく上回るとさえ知らねば、そう見えることは間違い無かろう。

 親父は、グラスに半分ほど残っていたビールを一気に飲み干した。

23: 2014/10/05(日) 22:07:25 ID:Ad79Z8nk




 其の後、俺は風呂を済ませて布団に潜り込んだ。

 翌朝になると母親に叩き起こされ、高校へと出掛けて行く。また、いつもの毎日が始まった。

 そして何事も無く一週間が過ぎる。あの夕焼けも、あの煙も、日常へ埋没するかに思えた。

 だが、そうはならなかった。

24: 2014/10/05(日) 22:09:18 ID:Ad79Z8nk



 ならなかったのだ 。





― 01. 漂う紫煙は夕焼けに染まり  完―

25: 2014/10/05(日) 22:11:34 ID:Ad79Z8nk
第一話、完

セルフチェックしてるが、ぼろぼろ見つかるなコレ

27: 2014/10/06(月) 09:18:42 ID:6kXlOOJA
>>26
有難う

28: 2014/10/06(月) 09:22:04 ID:6kXlOOJA


 其れは、あのチャットで持ち掛けられた意外な提案だった。

〈黒鷺:あ、陸奥さん、ちょっと聞いてもいいですか?〉

〈陸奥:ん?あぁ良いぜよ?』

 レスポンスは遅かった。まるで、訊ねておきながら、しかし、そうすることを悩んでいるように。

〈黒鷺:来月の第二土日、どっちか空いてます?〉

 何のこっちゃと思いながら、パソコンの隣に置いてある携帯電話を手にする。

「来月第二……確か土曜は駄目じゃないかな」

 呟きながらカレンダーを起動する。矢張り土曜は予定が入っている。日曜は〈no schedule〉。

 其れを告げようとディスプレイに目をやる。と、

29: 2014/10/06(月) 09:23:08 ID:6kXlOOJA

「おや」

 俺のレスポンスが遅くなった所為だろう、其処には再び黒鷺の発言があった。

〈黒鷺:あの、空いてなかったらいいですからっ〉

〈陸奥:悪い、確認してて遅くなった〉

〈陸奥:土曜は無理だけど、日曜なら空いてんよ〉

 其れに対する黒鷺の反応は早かった。

 だが俺の方が発言を見て硬直し――右の口角を持ち上げて笑みを漏らした。

〈黒鷺:私たちの文化祭、来てみませんか?〉

30: 2014/10/06(月) 09:25:41 ID:6kXlOOJA



 俺と彼女が隣接する県に住んでいることは、極初期の内――つまりは自己紹介の段――から承知していた。

 彼女が住む市では公立高校三校が連合し、一つの文化祭を催すらしい。市民公園を丸々使っての其れは、下手な大学祭の規模を超越し、近隣市民の一大イベントにまでなっていると言う。

 そう言われてみれば確かに、そんな話も聞いたことがある。

 彼女の家までは大分遠いのだが、会場となる市民公園までならば電車で行ける。簡単な乗り換え一度で、我が家最寄の駅から“市民公園前”駅まで一時間と掛からずに行ける筈である。公共交通機関の苦手な俺にも優しい安心設計だ。

 どうです? と再び訊ねる言葉に対し、俺の指がキーボードを叩く。

〈陸奥:了解っス。そのお誘い、受けることにするよ〉

31: 2014/10/06(月) 09:33:56 ID:6kXlOOJA





 そして当日。

 電車に揺られ小一時間、普段ならば絶対に降りない駅のホームに俺は立っていた。

 携帯の時計は12:52を示している。待ち合わせは13時。急ぐことは無さそうだった。

 意識した訳では無いが、ゆっくりとした足取りで改札を抜ける。

 小さい駅だった。北口も南口も、西口も東口も無い。一番だの二番三番だのと言った、俺を迷わす為に作ったとしか思えない出口たちも“市民公園前”駅には無かった。

 唯一在る出入り口の両側スペースには、乗車券と赤い自動販売機が2台ずつ。販売機の前には古びたプラスチック製のベンチが一つずつ。

 其処に差し掛かると――居た。構内の車止めにもたれるように軽く腰掛けた姿が、窓の向こう側に見える。

 小柄な印象を受ける身体を、制服だろう深紺に包み、出入り口の方を目だけで追っていた。

32: 2014/10/06(月) 09:34:44 ID:6kXlOOJA

 同じ駅で降りた一団を見守っていた彼女は、其の中に俺を認めなかったのだろう、携帯電話を手鞄から取り出した。

 彼等に遅れること、数拍。外に出た俺は、妙な緊張を笑みに替えて歩み寄る。

 近付いてみると、手の半ばまで余らせた制服の袖が見える。平均身長ほどの俺の肩辺りに顔が届くだろうか。

 ……さて、

「初めまして」

 彼女は驚いたように顔を上げたが――すぐ微笑み返してくれた。

33: 2014/10/06(月) 09:36:21 ID:6kXlOOJA





 歩き始めて、俺と彼女は普通に話すことが出来た。

 俺が朝木長門だと自己紹介すると、彼女は星原朱鷺と名乗った。

 変に緊張して二人で黙り込んでしまうと言うパターンを恐れていたが、幸いにして無用の心配だったようだ。逆にテンパって無闇に高いテンションになることも無く、極々自然な友人として話すことが出来て安心した。

 話したのは此の辺りのことや文化祭のこと……我ながら本当に他愛も無い話ばかりである。

 駅を発って十分としない内に、彼女は「あれです」と指を差した。

 其の先には得体の知れぬバルーンやらアーチやらが見え隠れし、相当に大きいイベントであることを窺わせる。そう言えば車通りも多い。歩いているのは子連れの家族だったり、中には老夫婦や外国人も居たりするのだから、かなりの盛況振りである。

 入り口のアーチを潜ると、

「市外から御越しの方は、受付で御名前を御願いします」

 朱鷺が冗談めかした営業口調でそう言った。

34: 2014/10/06(月) 09:37:09 ID:6kXlOOJA

「受付は良いが……何だ其れは」

「さっきまで、私も受付やってたの」

 つい笑って突っ込む俺に、彼女はそう応えた。

「さっきまで?」

「うん。金曜から三日間あって、役員とかは日毎に分担する学校が違うんですよ。其の中で、私は今日の午前だったって訳」

 敬語とタメ口を混ぜて説明してくれる。別に全部タメ口で構わんのだが。

「納得しました」

「宜しい。では行ってらっしゃいませ」

35: 2014/10/06(月) 09:38:06 ID:6kXlOOJA

 送り出され、受付のテントへ向かう。長机で名前と出身市を書くと、男子高校生がパンフレットを渡してくれた。

 其れを手にして戻ると、二人の女の子が朱鷺と話していた。同じ制服なのでクラスメイトか何かであろう。

 平静を装って朱鷺と話を続けているが、時折此方へ向けられる視線は明らかに俺に気付いている。そして、気にしている。

 何だキミタチ。言いたいことがあるなら言い給えよ。

 朱鷺はと言えばこちらに背を向ける格好なので、俺が帰って来たことに気付いていない。

 少し距離を置いた所で見守っていると、友人の一人が俺に視線を向けながら朱鷺に何かを言った。

36: 2014/10/06(月) 09:39:19 ID:6kXlOOJA

 何を言ったかは知らぬが、取り敢えず彼女は俺に気付いてくれたらしい。

 しかし歓談の邪魔をするのも悪いので、俺は右手で「どうぞ」と示す。

 だが三人で一際騒いだかと思うと、友人二人は離れて行った。

「朱鷺ぃ、上手くやれよー!」

 ……成程ね。まさかとは思ったが、勘違いされていたか。

 完全に二人が去った後、困ったように笑う彼女が歩いて来るのを、俺は苦笑で迎えた。

37: 2014/10/06(月) 09:54:00 ID:6kXlOOJA





「さて、どうしましょうか?」

 パンフレットを開いて彼女は俺に問うた。

「御昼は済ませて来ましたか?」

「喰って来た。朝と兼用だったけどな」

 昨晩は年甲斐も無く緊張して寝付くのが遅くなり、寝過ごしそうになったのは内緒である。断じて。

「じゃあ模擬店は後回しですね」

 分かるような分からないような消去法。

38: 2014/10/06(月) 09:55:11 ID:6kXlOOJA

「今からだと、バンド演奏と演劇が見れますね」

「じゃあ其れ行こうか」

 要領が分からぬ俺に出来るのは、提案に賛成することくらいである。

「あの建物です。行きましょう」

 彼女は何処か、弾んでいるように見えた。

42: 2014/10/07(火) 18:13:25 ID:Z2XaqSOQ





 会場に入ると、バンド演奏が始まったところだった。

 俺の好きなバンドのコピーから始まり、パンクとロックが数曲。何と俺好みのセットリストか。

 朱鷺は洋楽に入った辺りから分からないと言っていたが、俺には馴染みのある曲ばかりで楽しかった。彼らとは仲良くなれるかも知れない。

 そして今、ラストナンバーのオリジナル曲が終わり、リストが全て消化された。



 演劇の方は、話題沸騰中の「泣ける」自伝小説がステージに上がった。

 俺は天邪鬼な性格で、特に本や映画なんかで“話題の作品”と言うのを敬遠してしまいがちである。であるからして、其の原作も読んだことが無かったのだが――此れは良い。

 後半、観客席は洟を啜る音が絶えず、朱鷺も目をハンカチで押さえていた。俺は泣きすらしなかったものの、実は結構来ていた。

 此れは原作もチェックしておくべきだろう。『帰ってきたドラえもん』以来の感動だ。

43: 2014/10/07(火) 18:15:04 ID:Z2XaqSOQ





 終わって外へ出ると、既に太陽は其の色を変えていた。

 少し空いた小腹を埋める為に、模擬店で食料を調達した。

「さっきの、どうでした?」

 焼鳥の串を手に、訊ねる朱鷺。

「凄かった。凄ぇ良かった」

「本当ですか?」

 そう言って、我がことのように喜ぶ。

「次は、どうします?」

「んー……」

44: 2014/10/07(火) 18:15:50 ID:Z2XaqSOQ

 蛸焼のパックを左手で支え、右手でパンフレットを取り出して開く。

「此の、“煌夜祭”ってのは何?」

「打ち上げ花火をバックに、有志がそこの広場でトーチ・トワリングをやるんです。結構綺麗ですよ」

「そいつぁ是非見たいな。見よう」

「えっと……でも煌夜祭は六時からですよ?」

「うん。だから、」

 少し苦労しながら、パンフレットを何とか片手だけでポケットにしまう。

「少し歩かない?」

 一本目の焼鳥を完食した朱鷺は、少し意外そうな顔で頷いた。

45: 2014/10/07(火) 18:17:02 ID:Z2XaqSOQ





 至る所に模擬店が並び、余ったスペースでは大道芸や街頭演奏が行われている。

 少し歩いては立ち止まり、少し立ち止まっては歩き。

 本当に自分と同じ高校生たちが作り上げた文化祭だとは到底思えない。

「いやはや、しかし、」

 紙食器を捨てながら、俺は呟く。

「此れは本当に大したモンだな」

 其れを聞き付けた彼女が俺を見て、「あ」

「疑ってたんですか?」

 悪戯っぽく問う。

46: 2014/10/07(火) 18:18:23 ID:Z2XaqSOQ





 至る所に模擬店が並び、余ったスペースでは大道芸や街頭演奏が行われている。

 少し歩いては立ち止まり、少し立ち止まっては歩き。

 本当に自分と同じ高校生たちが作り上げた文化祭だとは到底思えない。

「いやはや、しかし、」

 紙食器を捨てながら、俺は呟く。

「此れは本当に大したモンだな」

 其れを聞き付けた彼女が俺を見て、「あ」

「疑ってたんですか?」

 悪戯っぽく問う。

「まぁ、黒鷺さんの言うことだしなぁ。或る程度はね」

 其れに対して俺も冗談で返す。

「うわ、陸奥さん酷ーい」

 拗ねた振りをした朱鷺は足を速め、俺の隣からすいすいと離れて行く。

 少し離れた彼女はペースを落とし、肩越しの横目で俺を見ながら、私を信用してくれなかったんだねだの、こんな仕打ちをされる覚えは無いわだのと喚く。

「ぬぅ」

 こんな冗談を言い合うのは嫌いじゃない。だが、此れでは本当に俺が悪者みたいでは無いか。

 一息吐いて、つかつかと離れた朱鷺に歩み寄る。彼女は更に離れることさえ無かったが、尚も何かを喚いていた。

48: 2014/10/07(火) 18:19:26 ID:Z2XaqSOQ
>>46
ミス

49: 2014/10/07(火) 18:20:52 ID:Z2XaqSOQ

「まぁ、黒鷺さんの言うことだしなぁ。或る程度はね」

 其れに対して俺も冗談で返す。

「うわ、陸奥さん酷ーい」

 拗ねた振りをした朱鷺は足を速め、俺の隣からすいすいと離れて行く。

 少し離れた彼女はペースを落とし、肩越しの横目で俺を見ながら、私を信用してくれなかったんだねだの、こんな仕打ちをされる覚えは無いわだのと喚く。

「ぬぅ」

 こんな冗談を言い合うのは嫌いじゃない。だが、此れでは本当に俺が悪者みたいでは無いか。

 一息吐いて、つかつかと離れた朱鷺に歩み寄る。彼女は更に離れることさえ無かったが、尚も何かを喚いていた。

 其処に、ぽん、と。

50: 2014/10/07(火) 18:21:33 ID:Z2XaqSOQ

 実際そんな音はしていない。しかし音を文字で表現するならば、此れ以上は望めまい。

 俺の右手が朱鷺の頭に乗る。途端に喚き声が途切れ、彼女は足を止める。

 同じく足を止め、半身を重ねるように彼女の顔を覗き込む。其の先には俺を見返す視線と、金魚のように、ぱくぱくと開閉する――だけで言葉が出て来ない――口があった。

 ――面白い。

 ふとそんなことを思ったが、其の侭で俺は言ってやる。

「御兄さんは少し疲れたよ。……何処かに座れる所は無いかな?」

「あ、あの、えっと……すぐ其処に」

 彼女の指差す先にベンチを確認した俺は、満足して頷き、彼女の頭から手を離した。

51: 2014/10/07(火) 18:22:39 ID:Z2XaqSOQ





 其処には四本の木製ベンチが正方形に組まれていた。

「ふぅ。疲れた疲れた」

 さっさと腰を降ろし、息を吐く俺。此の程度で疲れが来るとは、俺も歳かな。

「しかし、あれだな。此処まで来ると大分静かやね」

 メインの会場から少し離れた所にある休憩所で、普段も余り使われなさそうな佇まいである。其の所為か、先刻まで周りにあった喧噪も今は遠い。

 だが其の声にも朱鷺は黙った侭で居た。

「……どした?」

 黙った侭の上、彼女は未だ立った侭だった。

 心配する俺の問い掛けに漸く気付いてくれた彼女は、急に笑顔を作り、手をぱたぱたと振って「何でも無いです」と言った。

「よいしょ」

52: 2014/10/07(火) 18:23:43 ID:Z2XaqSOQ

 彼女も俺の隣に腰掛け、見守る俺の眼を見て再び笑った。

「大丈夫か? 具合悪いとか無いか?」

「本当に何でも無いですよ。ちょっと、ぼうっとしちゃっただけで」

 其れは其れで、どうかとも思うのだが。

「なら良いんだけど」

 其の言葉の後、妙な沈黙が場を埋めた。

 ざわめきは変わらず、遠くから聞こえて来る。

 俺は別に構う事も無く、輝く夕焼けに目を細めていた。

53: 2014/10/07(火) 18:24:41 ID:Z2XaqSOQ

 しかし彼女は違ったらしい。立とうとしたのだろうか、両の掌でベンチを押さんとして、

「あ、ごめんなさい」

 彼女の右手は、ベンチに掛かった俺のジャケットを踏んでいた。

「いや、気にしなさんな」

 其れよりも重要な事を今、俺は思い出した。

 ジャケットに触れた右手は、同時にポケットの中に在るモノの輪郭にも触れていた。

「すいません……ポケットの中、大丈夫でしたか? 何か紙箱っぽかったですけど」

 観念した俺は、一息吐いて左のポケットに手を滑り込ませる。

 そして、少し崩れた形の其れを――煙草の箱を取り出した。

63: 2014/10/08(水) 07:33:07 ID:DDK2IoLc



「煙草……吸うんですか?」

 そう言う彼女の声には、明らかに非難の色が混じっていた。

「……昨日、父方の祖父の命日でね」

「関係無いでしょ」

 苦しい言い訳だと思ったのだろう、苦笑しながら言い放った。

 俺は其れを受け止め*?躡?蟆*拍置いて深く息を吸う。

「祖父さんさ、ヘヴィ・スモーカーだったのよ」

 両手で箱を弄びつつ、俺。右手の親指が大書きされた銘柄を撫でる。

64: 2014/10/08(水) 07:34:57 ID:DDK2IoLc



「煙草……吸うんですか?」

 そう言う彼女の声には、明らかに非難の色が混じっていた。

「……昨日、父方の祖父の命日でね」

「関係無いでしょ」

 苦しい言い訳だと思ったのだろう、苦笑しながら言い放った。

 俺は其れを受け止め一拍置いて深く息を吸う。

「祖父さんさ、ヘヴィ・スモーカーだったのよ」

 両手で箱を弄びつつ、俺。右手の親指が大書きされた銘柄を撫でる。

65: 2014/10/08(水) 07:36:48 ID:DDK2IoLc

「俺は俺で祖父さんが大好きで……氏んだ時は凄ぇ泣いたんだ。もう小六だったんだけどな」

 苦笑して言う俺に、朱鷺は神妙な顔を作って黙り込んだ。

「んで葬式の……焼いてる時だったかな、親父が吸ってたんだよ。親父が煙草やるの見たのは、初めてだった」

 一呼吸。

 朱鷺の方に顔をやると、彼女は俺を見上げて居た。

「まだ泣いてた俺の頭を撫でながら親父が言ったんだよ。『祖父さんが氏んで哀しいなら、お前も吸っとけ。祖父さんの代わりに吸ってやれ』ってね」

66: 2014/10/08(水) 07:37:46 ID:DDK2IoLc

「御父さん、小六の息子に吸わせたの?」

 驚いて、朱鷺。

「そう言うこったな。或る意味、凄い親父だと思ってる」

「或る意味、ね」

 俺の言葉に朱鷺が呆れて笑い、俺も一緒に笑う。

「んで親父は、俺の煙を祖父さんに教えてやれとも言ったんだ」

「俺の、煙……?」

 朱鷺が鸚鵡返しに問う。

67: 2014/10/08(水) 07:38:41 ID:DDK2IoLc

「そう。朝木長門の、煙」

「どう言うこと?」

「祖父さんが俺の煙を知ってくれれば、次に俺が吸った時も気付いてくれる。そうすれば祖父、いつでも俺のことを見ててくれる*?躡類噺世Δ海箸蕕靴ぁ*

 自分で言ってて少し恥ずかしい。いや、まぁ、親父が言ったことなのだが。

「御父さん、ロマンチストなのね」

「いや、恥ずかしいから辞めて。未だに実行してる俺も俺だし」

 左手を上げて遮る仕草と共に許しを請う俺。

「長門さんもロマンチスト?」

「本当に、もう、辞めて下さい。ごめんなさい」

 俺の懇願に朱鷺が明るく笑った。雰囲気が和み、つられて俺も笑って見せる。

68: 2014/10/08(水) 07:40:51 ID:DDK2IoLc

「そう。朝木長門の、煙」

「どう言うこと?」

「祖父さんが俺の煙を知ってくれれば、次に俺が吸った時も気付いてくれる。そうすれば祖父さんは、いつでも俺のことを見ててくれる……と言うことらしい」

 自分で言ってて少し恥ずかしい。いや、まぁ、親父が言ったことなのだが。

「御父さん、ロマンチストなのね」

「いや、恥ずかしいから辞めて。未だに実行してる俺も俺だし」

 左手を上げて遮る仕草と共に許しを請う俺。

「長門さんもロマンチスト?」

「本当に、もう、辞めて下さい。ごめんなさい」

 俺の懇願に朱鷺が明るく笑った。雰囲気が和み、つられて俺も笑って見せる。

69: 2014/10/08(水) 07:41:25 ID:DDK2IoLc

「でも、」

 微笑んだ朱鷺が口を開く。

「少し良い御話」

 そんなことを言われると何だか背中の辺りが疼く。「ん、まぁ、」

「あれなんですよ、実際は年に二本か三本吸って、後は捨てちゃう。此れも本当は、昨日の内に捨てちまえば良かったのに」

「捨てなかったから、私に見付かっちゃった訳だ」

「仰る通りで」

 箱をポケットに戻し、肩を竦めて同意する俺に、またも朱鷺が「あはは」と笑い声を上げる。

70: 2014/10/08(水) 07:42:16 ID:DDK2IoLc

 彼女の笑みは気持ちが良いと思う。元気だが嫌味の無い笑み。其れを掲げる横顔は、空を射抜く橙の光が良く似合う。まるで──……

「……長門さん?」

 視線の先で彼女が首を傾げた。其処で初めて、俺が彼女を見詰めていたのだと気付いた。

「あ、いや、何でも無い」

 軽くかぶりを振って言う。別に悪いことをした訳では無いが決まりが悪い。

「……? 大丈夫ですか?」

「うん。“ちょっと、ぼうっとしちゃっただけ”」

 彼女が先刻言ったフレーズを、そっくり返してやる。

 むぅ、と膨れる朱鷺を見て俺は口角を引く。

 ──其の時だった。

74: 2014/10/08(水) 18:38:18 ID:DDK2IoLc



 遠くから、微かに。

 遠くから、でも確実に。

 聞き覚えのある、あの音が此処に届いた。自分も驚くほどの冷静さで、其の音を頭の中で反芻する。同時に記憶の中の音を再生する。あの時の音を。一か月前の音を。そして今、尚も聞こえて来る音を、其れに重ねる。

 ふと其の音が聞こえた方を振り向く。何が見えるでも無い。其処には唯、濁った音を響かせる、輝く空気があるだけだ。

「……鐘、だね」

 俺は、ぼそりと口にした。しかし朱鷺の答えを聞くまでも無く、俺は確信を得ていた。いや、其れを言うのであれば若しかすると、反芻も再生も要らなかったかも知れない。

「え? あぁ」

 突然で何のことかと訊ね返した朱鷺だったが、すぐに理解してくれたらしい。

「五時の、十七時の鐘ですね。此の鐘、変なの。決まって此の時間に鳴らすのに、五回でも十七回でも無いなんて」

 笑って教えてくれる朱鷺。うん、俺は良く知っている。

75: 2014/10/08(水) 18:39:16 ID:DDK2IoLc

「いつも鳴るんだ?」

「うーん、どうなんだろ。毎日は聞かないかなぁ。意識して無いだけかも知れないけど」

 矢張り、か。胸中でごちる。

 朱鷺が続けて口を開く。「でも、」

「此の鐘がどうしたんです?」

「大したことじゃないよ」

 言いながら俺は立ち上がる。一歩、二歩と小さく踏み出し、木を模した柵に右手を掛ける。

 朱鷺に背を向けた侭、我知らず左手をジャケットのポケットに滑り込ませる。煙草の箱の、がさ、と言う感触を知覚して初めて、自分の動作を認識した。

「ウチでも聞こえるんだ、此の鐘の音」

 言って振り向く。柵にもたれて朱鷺に正対する。左手はポケットの中で箱を掴んでいた。

 其れには答えず、彼女も立ち上がって柵に近付いた。俺の隣で両手を柵に掛け、乗り出すように空を仰ぐ。

76: 2014/10/08(水) 18:40:08 ID:DDK2IoLc

「綺麗な空」

 そう言った彼女の表情と、陽光を受けて輝く黒髪を、ふと吹き抜けた気持ち良い秋風が撫でる。

「そうだな」

 ふっと優しい気分になって、そう返す。

 ――何故だろう。

 妙な感覚が俺を走る。肺を締め上げられるような、持ち上げられるような。不快では無いのだが――何か息苦しい。

「長門さん」

「ん?」

 呼ばれて、俺は朱鷺の方に顔を向ける。

「どしたよ」

77: 2014/10/08(水) 18:42:30 ID:DDK2IoLc

 夕焼けに染められた彼女の表情は、矢張り明るい笑顔だった。俺の心臓が一際大きく跳ねたのは、其の中に含まれた哀を見たからか。

「――私、」

 口内に溜まる唾液を嚥下したのは、俺か――彼女か。

「長門さんのこと、」

 其れとも両者か。

「好きだよ」

78: 2014/10/08(水) 18:44:25 ID:DDK2IoLc



 ――鐘は、いつしか、鳴り止んでいた。





― 02. 立ち昇る紫煙は語ること無く  完―

79: 2014/10/08(水) 18:49:24 ID:DDK2IoLc
第二話、完

第三話は更に長い模様

90: 2014/10/10(金) 21:02:44 ID:E0axmaKI



 今度は、脳が即座に反芻し、再生したことを無駄とは思わなかった。

 ──俺のことが、好き?

「俺は──」

 言い掛けて言葉に詰まる。俺は何だと言うのだ?

 俺がマトモに何かを言うより早く、朱鷺が口を開く。

「やっぱ変かなぁ? チャットとメールでしか話したこと無い人を好きになるなんて」

91: 2014/10/10(金) 21:04:10 ID:E0axmaKI

 そう言う彼女の表情は初めて見る物だった。

 胸を衝かれる想いに、俺は軽く決心する。

「俺は──」

 其処で一旦切り、唾液を飲み込もうと喉を動かして気付く。口の中はおろか唇も乾き切っている。

「ごめん……」

 辛うじて水分を保つ舌が上下の唇の上を滑る。

「……俺、好きな人居るんだ……」

92: 2014/10/10(金) 21:05:06 ID:E0axmaKI



「そっ、かぁ……」

 傾く太陽に染まった表情で吐き出す用に言った朱鷺は、何処か吹っ切れたようにも見える。

「……残念」

 そう言いながらも、彼女は笑って見せた。

93: 2014/10/10(金) 21:05:44 ID:E0axmaKI



 正直、俺も彼女に対しオフラインの友人、若しくは其れ以上の感情を抱いたことがある。だが錯覚だと思った──思おうとした。それどころか、友人と見做すことさえ否定した。

 何故? 理由は彼女が言う通りだ。チャットやメールでしか話したことが無い者を、どうしてオフラインの友人や「気になる異性」と同列に扱うことが出来る?

 彼女は所詮、画面の中に居る者に過ぎない。俺にとって黒鷺は、何処まで行っても黒鷺だった。

 だが、彼女は違った。確かに自らの感情を疑問に思いつつも、感情を歪めるような真似はしなかった。陸奥の向こう に、まだ見ぬ長門を見ていた。

94: 2014/10/10(金) 21:06:35 ID:E0axmaKI



 夕焼け色の鱗雲を、仰ぐ朱鷺。

 長く伸びる影に、頭を垂れる俺。



 彼女は俺を、陸奥では無く長門と見ていた。──そして、好いてくれた。

 なのに、まだ、俺は彼女を黒鷺としか見れないのか?

 それでは余りに寂し過ぎる。

 哀し過ぎる。

95: 2014/10/10(金) 21:07:08 ID:E0axmaKI

 だから、

「少し、」

「え?」

 振り向いたであろう朱鷺の声が、一瞬の躊躇いを生む。だが其れを一瞬の決意が打ち消す。

 乾いた喉から出る声が、掠れないように気を払って、言う。

「話を聞いて貰えるかな……?」

 ──彼女を黒鷺では無く、朱鷺として見る為に。

 俺が頭を上げると、きょとんとした風に頷く朱鷺が見えた。

 ふっと自然に笑顔を取り戻せた俺は、自らの選択が間違っていないことを確認した。

96: 2014/10/10(金) 21:09:37 ID:E0axmaKI

 始まりは小学四年生の時の話だから、もう八年にもなる。

 俺の住む襤褸アパートの二○五号室に、或る家族が引っ越して来た。父母と一人娘──つまり、子の性別が違う以外は俺の家族と同じ構成──の家族で、姓を夕水と言った。娘の名は、もみじ。

「夕方の夕に水って書いて、ゆうみ、な」

「夕水もみじ……さん」

 もう俺の言う「好きな人」が分かったのであろう。少し複雑と言った表情と口調で呟く。

 俺は俺で、少し居心地が悪くなって目を逸らした。

97: 2014/10/10(金) 21:12:20 ID:E0axmaKI



 引っ越して来た理由は詳しく知らない。只、あんな襤褸アパートに好き好んで引っ越して来る者は居ない。

 事実、俺の家族も経済状況が好ましくなかったから留まっていたに過ぎない。

 理由は何にせよ、娘にとって不幸なことが一つあった。引っ越した時期が七月末だったことである。

 つまり引っ越したは良いが、転校先の小学校は夏休みに突入していた。

98: 2014/10/10(金) 21:13:26 ID:E0axmaKI

 此れは遊びたい盛りの彼女にとって苦痛でしか無かった。一か月を超える休日を持っていながら、遊び相手が居ないのだ。

 彼女の親は隣の部屋に挨拶をした時、同じ年頃の子供が居ると知って、其の話を持ち出す。

 二○三号室の家主夫婦は快諾し、息子に──朝木長門に、遊び相手になってやるようにと話を通した。

 しかし、幾ら年が同じとは言え、小学四年生である。男女入り混じって遊ぶ年頃でも無い。

99: 2014/10/10(金) 21:14:52 ID:E0axmaKI



「正直、最初は乗り気じゃなかった」

 苦笑して言う俺。此の辺りは個人の性格による話だが、朱鷺も思うところがあるのだろう、同じく苦笑で同意する。



 確かに小学四年生と言えば、男女の間に見えない隔たりが出来上がる時期である。

 しかし別に彼等は、必ずしも互いが互いを嫌っている訳では無い。

 隔たりが出来ると言うことは、同時に彼等が互いに異性を気にし始めていることに他ならない。

 大抵は同姓からのからかいを恐れて接しないようにしているだけだ。

100: 2014/10/10(金) 21:16:37 ID:E0axmaKI



「確かにそんな感じあったなぁ。御互い素直じゃない、って感じ」

 意味ありげに頷いて見せる朱鷺。



 だが今度は夏休みと言う状況が逆に幸いした。

 相手は学校の誰もが知らない転校生で、遊ぶ約束でも無ければ彼らに会うことも無かったからだ。

 最初は乗り気じゃなかった──逆に言えば乗り気じゃなかったのは最初だけで、すぐ自然と遊ぶようになっていた。

 幸い親同士も仲良くなって、二家族して電車に揺られて日帰りの旅行もした。

101: 2014/10/10(金) 21:20:25 ID:E0axmaKI



 其の内に夏休みは終わり新学期が始まる。

 彼女は残念ながら違うクラスになったが、少しばかり安堵したのも事実である。

 対立している筈の女子勢力の一人と仲良くなっていると知れれば、謀反者として相応の処罰が組織から下されるからである。

 ──念の為に言っておくが、此れは決して冗談などでは無い。自分で立つことのならぬ小学生は、グループを作ることで何とか御互いを支え合う。

 其の分かり易い例が、男子であり女子と言う括りなのだ。其処から追放されることにでもなればクラスに自らの居場所は無くなる。

 兎も角、もみじと俺は違うクラスになった。しかし其れは交流の断絶を意味せず、帰宅後や休日等には普通に遊んでいた。

102: 2014/10/10(金) 21:22:58 ID:E0axmaKI
第三話スタート&今日は此処まで

余り気にしてなかったが、回想シーンに入って文字量が一気に増えた印象

108: 2014/10/11(土) 06:31:42 ID:XU4pSHTw



 其の侭、中学に上がった。

 ──いや、其の侭と言う表現は正しくないかも知れない。御互い違う部活を始めたこともあり、会う時間は確実に減っていた。

 一方で男女間の壁は、確実に崩れつつあった。少しずつだが男女の二人組が帰宅する光景を目にする機会も増えていた。

 そんな中、今度はクラスが離されたことを恨んだ。

109: 2014/10/11(土) 06:36:47 ID:XU4pSHTw



「……つっても、本当に恨んでたかどうか」

 自嘲の笑みと共に吐き出す俺。

「どう言うこと?」

 きっと彼女にとっては苦しい話を聞かされている。にも関わらず極自然な──勿論、内心は分からないが、少なくとも見ている限りでは──調子で朱鷺が問う。

「俺が、もみじを……」

 口の中が苦い。

「一番と、思っていなかった……かも、知れない──って、こと」

 まさか今更、昨日吸った煙草の所為と言うことも無いだろうに。

110: 2014/10/11(土) 06:37:31 ID:XU4pSHTw

 まさか今更、昨日吸った煙草の所為と言うことも無いだろうに。

「クラスで女子と話してて普通に楽しかったし……其の中で──気になった娘も、居た」

 朱鷺は黙して聞いている。口の中が苦い。

「彼女に──もみじに、どう接して良いか分からなくなってた。避ける、とまでは言わなくても、」

 ──あぁ、畜生。

「わざわざ時間を取って遊ぶことも……会うことも、減ってった」

 口の中が苦い。

111: 2014/10/11(土) 06:38:26 ID:XU4pSHTw


 二年生に上がっても、もみじと同じクラスになることは無かった。

 例え同じクラスになったところで接し方の分からない俺──若しくは彼女もか──にとっては居心地が悪かっただけかも知れないが。

 互いが互いの生活に干渉しない日々が当然となって久しく、夏休みも殆ど顔を見ることすら無く過ぎて行った。

 そして、二学期が始まって二週間と少し。生活リズムも夏休みモードから復帰しつつあり、再び日常を取り戻した時のことである。

112: 2014/10/11(土) 06:39:18 ID:XU4pSHTw





 其の日、俺は部活を休んで家に帰っていた。

 理由は大したものじゃない。空と風が気持ち良いから。まぁ、要はサボったんである。

 とは言え、澄み渡った空と吹き抜ける涼しい風は──少なくとも俺にとっては──部活をサボるのに充分な理由だった。

 自室に帰った俺は、靴下だけ脱いで着替えもせずベッドに腰掛けた。

113: 2014/10/11(土) 06:40:50 ID:XU4pSHTw

 窓を開け放つと、滑り込んだ風が籠った空気を排斥する。

 風を浴びながら空を眺める。空は青く、雲が流れていた。

 暫く眺めている内に、締め付けられるような想いに捕らわれた。

 此の感情を切ないと言うのだと気付いた俺は、不意に煙草を吸いたくなった。



 窓の外では陽が傾き始めていた。

 昼から夕へ向かう空は、夏から秋への移ろいに似ていた。

114: 2014/10/11(土) 06:42:44 ID:XU4pSHTw



 がこん。

 予想以上に大きな音を立てて、煙草の箱が取り出し口に落ちる。目の前の自販機は、アパートの襤褸具合とは裏腹に綺麗な光沢を放っていた。

 アパートの前を通る、日当たりの悪い細い路地は人通りが少ない。

 誰かに気付かれて学校や警察に通報されることも無い筈であった。制服であるカッターシャツを着替えぬ侭で買いに来たのも、此の為だった。

 平然と煙草を手にする。好みの銘柄などは無い。あの時と同じ物であれば、其れで充分だ。

 ふと、天を仰ぐ。

 ──空は確実に、夏から秋へ変わろうとしている。

 何と言う訳でも無く、俺は胸中で呟いた。

115: 2014/10/11(土) 06:44:04 ID:XU4pSHTw



 相も変わらず薄暗い、屋上への階段を一歩一歩登って行く。慎重に登りながら、手は丁寧に煙草の箱を覆うフィルムを剥いでいた。

 しかし、マナーを守る優等生の俺はゴミのポイ捨てなぞしない。ちゃんとズボンのポケットに突っ込んでおく。

 登り詰めたところで、左手が持つ箱から一本を出して咥える。

 シャツのポケットから使い捨てライターを取り出した右手は、其の所作の侭で屋上へのドアノブに絡み付く。

 甲高い音を立てながら、重々しい耐火扉が開く。埃っぽい踊り場に無数の光条が差し込む。

 俯いて視線を落としながら扉をくぐった俺は、先客と其の表情に最初気付けなかった。

116: 2014/10/11(土) 06:50:38 ID:XU4pSHTw



「……長門?」

 久し振りに聞いた声だった。しかし其れ以上に、無人だと思っていた屋上で声を掛けられた驚きの方が大きかった。

 弾けるように顔を上げた先には、見慣れた中学の女子制服と──久し振りに目を合わせた顔。

「もみじ……?」

 彼女の驚いた顔が笑顔に変わる。

 咥えていた煙草を落としたのに気付いたのは、口角を引いてからだった。

 俺は慌てて其れを拾い、箱と共にポケットへ捻じ込んだ。

122: 2014/10/13(月) 08:58:30 ID:qN7UWdeM



「久し振り」

「おう」

 金の光を反射する、銀のフェンスが眩しい。

 其れにもたれて彼女が言う。彼女に近付きながら俺が答える。

「こんな所で、どうしたん?」

 彼女の隣まで歩を進めて、何とは無しに訊ねる。

「そっちこそ」

 そう言う口調は、詰問と言う風では無かった。

「びっくりしたよ」

「そりゃ俺もだ」

 あはは、と太陽の方を向いて明るく笑う。

123: 2014/10/13(月) 09:00:26 ID:qN7UWdeM

 降り注ぐ橙に目を細める横顔。俺の心臓が大きく跳ねる。

 ──こんなにも、夕焼けが似合う奴だったか?

 そう思いつつも彼女に気付かれる前に視線を逸らす。フェンスに右腕を沿わせるように掛ける。

「でもさ、」

「ん?」

「何か嬉しいよ」

「なっ……」

 意外過ぎるほど、ストレートな言葉。反射的に一声呻いた後は、何も言えず口を開閉させるしか無かった。

「何よ、其の反応」

 本気で怒ったと言う訳では無い口調。拗ねたように俺から表情を隠す其の一瞬前、紅く見えた頬は夕焼けの所為か。

 あ、の形に口を開けて一瞬の逡巡。

「俺も──」

 掠れ気味の声が、向けられた背中に届く。

124: 2014/10/13(月) 09:01:42 ID:qN7UWdeM

「何?」

 肩越しに振り向いた目は、悪戯っぽい色を湛えている。

 ──嵌められたか?

 悔やんでも、もう喉の辺りまで出掛かっている。吐き出した方が楽になれた。

「俺も、だよ」

 言ってから更に後悔した。当たる陽光の所為以上に、顔が火照る。自分で分かる。

 くす、と耐え兼ねたように笑う口元が妙に大人びていて、俺の鼓動が高鳴る。苦しい──が、不快では無かった。

 身体を戻した彼女に、誤魔化すような苦笑を返す俺。しかし、

 ──現金だね、俺もさ。

 浮かべた笑みに自嘲が重なる。けど、

 ──思い出した。

 もう、

 ──もう迷わない。

 そう誓う俺の、視線に気付いた彼女が「何?」と振り向く。

125: 2014/10/13(月) 09:02:38 ID:qN7UWdeM

 そう誓う、俺の視線に気付いた彼女が「何?」と振り向く。

 其の時、声に鐘の音が重なった。何処かは分からないが、確実に何処かで鳴らしている。あの濁った音が届いた。

「……覚えてる?」

「ん?」

「昔、此処で一緒に遊んでた時。長門、此の鐘が鳴ると大急ぎで帰ったの」

 自然に浮かんだ笑顔で言われて、俺は「あぁ」と呻いて苦笑を漏らす。

「ウチの門限、五時だったもんな」

 だから此の音が鳴り始めると走って帰った。遊ぶ場所は、もみじの家か此処が殆どだった。走れば何とか間に合うのだ。

「其の所為で突き飛ばされたしね、私」

 半眼で言って頬を膨らませる。俺はフェンスに体重を預け、項垂れる。

「まだ言いますか」

「女の子を突き飛ばしたんだもん」

 ──俺の門限を知っていながら、走り出した俺の前に立ち塞がった方が悪いだろう。

126: 2014/10/13(月) 09:03:24 ID:qN7UWdeM

 なんて口には出来ないので胸中で呟く。

「私より門限が大事なんて酷いわ」

 顔を覆って泣き真似をして見せる彼女。

 はぁ、と其れを見て嘆息する俺。再び視線を落とし──と言うか逸らして──言ってやる。

「外出禁止にでもなってみろ、遊べなくなっただろうが」

 泣き声が止まる。もみじを目だけで伺うと、覆っていた手の下から笑みが現れた。

 にやり、と言う擬態語が此れ以上に似合う笑みも、そうあるまい。

 ──また嵌められたか。

「今日どしたの?」

「何が」

 不愉快、とは言わないが良いようにヤラれているので良い気分はしない。わざと突き放した言い方で問い返す。

「何か、色んな話してくれる」

「……誘導しといて良く言うよ」

 自分の顔は呆れを表しているだろうなと思いながら言う。

127: 2014/10/13(月) 09:04:15 ID:qN7UWdeM

 あはは、と笑って前髪を掻き上げる。柔らかそうな髪の一本一本が、オレンジ色の光を受けて鈍く光る。

「有難う」

 俺に正対して言うその顔に、影が落ちている様に見えたのは光の加減だろうか。妙に改まって言われてしまった言葉への返答に戸惑って、じっくり確認することは出来なかった。

 結局、何も返せずに居た俺に、「ねぇ、長門」と、もみじが続ける。

「どしたよ」

「握手」

 白くて細い手が差し出された。

「握手?」

 当然だが俺は更に戸惑う。餓鬼の頃の習慣……と言う記憶も無い。

「そ、握手」

 空に開いた掌が誘う。

「……握手」

 答えになってない言葉を出しながら、出された手に俺の手を重ねる。ひやりと冷たくて、柔らかくて小さくて、簡単に壊れてしまいそうな気がした。

 ──脈が上がってるの、気付かれないだろうか。

 そんなどうでも良い心配をしながら触れた俺の手を、もみじの手がぎゅっと握る。俺も応える。

128: 2014/10/13(月) 09:07:15 ID:qN7UWdeM

「長門の手、暖かい」

 もみじが明るく言う。

「もみじは相変わらず冷たい手してるな」

 特に冬場はすぐに冷えてしまう彼女の手。逆に俺の手は何故か暖かくて、餓鬼の頃は懐炉代わりに良く握られた。

 仕方無いな、と言う顔をして手を繋いでやっていた俺だが、悪い気がする筈も無く──寧ろ密かな楽しみにしていたのは内緒だ。断じて。

 互いの体温を確認するように絡み合った手が、解ける。

「有難う」

 再度感謝の言葉を口にする彼女。陽光に目を細めながらも、口は笑みの形を作っている。

「……先刻から、何だよ其れ」

 先は何も言えなかったが、分かった。改まった態度を取る彼女に──若しくは彼女の改まった態度に──、俺は苛立ちを感じているらしい。

 此処暫く話しもしなかったことを考えれば御門違いでさえあるだろうが、男子中学生にそんな理屈が通じる筈も無い。

 そんな俺の身勝手な苛立ちにも、もみじは笑うのだ。

129: 2014/10/13(月) 09:08:14 ID:qN7UWdeM

「あはは、何でも無いよ」

 其れでも何故か、言葉通りに受け止められる。

 彼女が俺に笑ってくれる──其れだけで俺は、込み上げる何かを実感出来る。其れは、無性に叫んだり飛び跳ねたりしたくなる衝動に似ている。

「ん──」

 両手を組んで伸びをして見せる彼女。それと同時に制服と肌着が上に引っ張られる。

 九月も中旬とは言え、まだ日中は暑い。薄いインナーから白い肌が零れて、夕陽に晒される。

 俺は慌てて──だが飽く迄も自然を装って──視線を逸らす。

 其れに気付きもせずに思う存分伸び切った彼女は、肩から、そして全身から力を抜いた。

 「ふぅ。──さて」

 私は帰るです、と言って挙手敬礼をした。

「何だ其れ」

 俺は笑ったが、

「あぁ、御苦労だった。無事に帰り給え」

 と敬礼で返してやった。

 妙に真面目な表情の二人。そして数拍の後、どちらともなく笑い出した。

130: 2014/10/13(月) 09:08:46 ID:qN7UWdeM

 ひとしきり笑った後、

「良し。じゃあ、まぁ、気を付けて帰れよ」

 フェンスに背を預け、右手をひらひらと振ってやる。

「うん……って、すぐ下だけどね」

「確かに」

 笑う俺に彼女が尚も口を開いた。「て言うか、」

「ん?」

「長門は帰らないの?」

「──あ、そっか」

 それもそうだ。部屋は隣同士なのだ、一緒に帰れば良い話である。

「オーケイ、一緒に帰ってあげよう」

 散々してやられた反撃のつもりで、俺は言ってやった。

「そう言う言い方するんなら、別に一緒に帰ってくれなくて良いですー」

 ──どうやら、敵の方が一枚上手だったらしい。

「……すんません。一緒に帰らせて下さい」

 そして俺は敗北し、もみじは明るく笑い──あの鐘は鳴り止んでいたのである。

131: 2014/10/13(月) 09:11:59 ID:qN7UWdeM



 何と言うことは無い会話を交わしながら、二階分の階段を二人で降りた。

 其々の部屋の前まで来ると、彼女は言った。

 各階の廊下は、屋上ほどでは無いが陽当たりが良い。特に俺から彼女を見ると向こう側に太陽がある為、半眼で無いと堪えられない。

「また、会えるよね」

 俺は眩しさも忘れて目を見開いた。彼女の表情は分からない。俯きがちなのは、歪んでいるのは、眩しさの所為か。

「──やっぱ何か変だぞ? そんなこと訊きやがって」

 わざとらしく後頭部を掻き、呆れたと言う風に言ってやる。

「当たり前だろうがよ。また会おうぜ」

 彼女が顔を上げる。──まただ。また笑顔に影が見える。光の加減だろうか。

「うん、また会おうね」

「おう」

「──ごめん」

132: 2014/10/13(月) 09:13:24 ID:qN7UWdeM

 頷く俺に、彼女は口の中でそう言い、左手を翳して右手でドアノブを掴んだ。

「じゃあね」

「ん」

 きぃ、とドアが啼き、彼女は部屋に吸い込まれていった。

 取り残されたような気分になった俺は、ふと気が付いた。



 笑顔に影が見えたのは、確かに光の加減かも知れない。

 だが、そうであればこそ、夕陽は俺に向かって差しているのだ。彼女が眩しがる訳は無い。俯く理由も、表情を歪める理由も無い筈である。

 そして──、

135: 2014/10/14(火) 11:43:26 ID:5t7N9y8M





「彼女は“変なことを言って”ごめん、とは言わなかったし……じゃあ“またね”とは言わなかった」

 あの頃を頭の中に再現する。意識するまでも無く、リプレイされる映像のディテールはメガピクセルだった。

 ──そう。彼女は「ごめん」と言い、「変なことを言ってごめん」とは言わなかった。そして彼女は「じゃあね」と言い、「じゃあ、またね」とは言わなかったのだ。

「それって……」

 息を呑むような朱鷺の声。それで俺は、ふと現実に呼び戻される。

136: 2014/10/14(火) 11:43:58 ID:5t7N9y8M

「あぁ、御察しの通りだ。其れきり、彼女とは会ってない」

「住所とか、連絡先も……?」

「全く、知らない」

 肩を竦めて言ってみせる。

「何で……」

「さぁな。……今にして思えば、あの時に無理矢理にでも引き止めて、訊き出さなきゃいけなかったんだろうな」

 だが、其れは出来なかったし、しなかった。

 当たり前だ。そんなもん、大丈夫だと思ったのだ。

137: 2014/10/14(火) 11:46:06 ID:5t7N9y8M





 其のツケは翌日の同刻、早くも回って来ることになる。

 チャイムを押してもノックしても反応の無いドア。

「今日はー、長門ですー」

 早くなる動悸を認めたくなくて、平静を装ってドアの向こうに声を遣る。

 三秒、四秒、五秒……返事は無い。代わりに西日と共に烏が、かぁ、かぁ、と啼く。

 其の声に俺は、身体を震わせて振り向いた。三つの黒い点が、オレンジの世界を滑るように飛んで行く。

 そして追い討ちを掛けるように──あの鐘の音が響いた。

 遠くから、微かに。遠くから、確実に。

138: 2014/10/14(火) 11:47:38 ID:5t7N9y8M

 オレンジの空気を震わせ、金に舞う埃を揺さぶり、俺の背中に触れた。

 音は俺の背中に当たると全身を這い回り、その蠢く感触に産毛が逆立った。汗が吹き出たが、暑さの所為で無いことは明白だった。

 怖い。──そう、其の時の俺は怯えていた。

 鐘の音は鳴り続けるが、逃げることも出来ない。

 急き立てられるように、奮い立たせるように──逃げ込むように、ノブを捻ってドアを引いた。

 きぃ、と一声だけ啼いて、ドアは開いた。

139: 2014/10/14(火) 11:48:41 ID:5t7N9y8M

 其処には見慣れた間取りがあった。其れは我が家が同じ間取りだからと言うことでもあるし、実際に良く見た夕水家の間取りだからと言うことでもある。

 だが、夕陽を受ける玄関には唯の一足も履物が無かった。

 心地良い日陰の涼しさを満たした台所には、冷蔵庫が無かった。食器はおろか、棚が無かった。テーブルが無かった。テレビが無かった。壁の至る所に掛けてあった写真や、もみじが描いた絵も無くなっていた。

 ──そう、あそこには二人で写っている写真が飾られていた。小六の冬休み、珍しく雪が積もった時の写真。いつの間にか無くしてしまい、つい昨日、取り戻そうと決意した風景だ。

 其処からは一切の生活感が欠如していた。家具と呼ばれる物の他、凡そ生活用品らしい物は一つも見付けられなかった。

140: 2014/10/14(火) 11:50:01 ID:5t7N9y8M

 頭の中が真っ白になった。──いや、色も分からない。目に見える物が何もかも信じられず、視覚も聴覚も何処か違う所へ飛んで行ってしまったかのようだった。

 玄関から差し込む強い陽の熱と、響き続ける鐘の音だけが俺を現実に繋ぎ止めていたが、其れでも俺は、離れた所から俺を見ているような気分だった。

「おう、朝木さん家の坊主じゃねぇか」

 低い声が背中にぶつけられた。俺は首を巡らせることも出来ないように思えたが、視界は白髪混じりの男性を捕らえていた。皺を刻みながらも脂を失っていない顔──此のアパートの大家だった。

141: 2014/10/14(火) 11:51:37 ID:5t7N9y8M

「夕水さん家な……。何か知らんが、突然出て行ったよ」

「何か……聞いてませんか」

 自分が自分で無い感覚とは、こう言うことを言うのだろうか。自分の声を録音して聴いてみると全く違う声に聞こえるように、誰が発した声かを判別するのに少し時間が必要だった。

「何も聞いてないし、訊きもしなかった。まぁ──こっちとしちゃ、貰えるモンが貰えりゃ、其れで構わないしな」

 脳と心臓が一気に炎上した。次の瞬間、俺は大家の襟首を締め上げていた。

142: 2014/10/14(火) 11:52:24 ID:5t7N9y8M

「手前ぇ……っ」

 何故そうしたかは分からない。

 だが、勝手に息を荒くしている俺に、「……坊主、」

 大家の声は冷静だった。

「詮索屋は嫌われるぜ」

 恐らく、此の襤褸アパートを経営して行く秘訣であり──人生の先輩としての忠告だったのだろう。

 其れでも、

「其れでも──其れでも俺は……っ!」

「離せ」

 大家が鬱陶しげに右手を振るうと、俺は無様に尻から墜ちた。

143: 2014/10/14(火) 11:52:56 ID:5t7N9y8M

「ほら、さっさと出てくれねぇか。空き部屋だからって勝手に入られちゃ困るんでね。──ほれ、俺ぁ鍵を掛けに来たんだ」

 ポケットから小さな鍵を取り出す。何とも安っぽい鍵だが、夕陽を受けて金色に光っている。

 俺は何も言えないままに立ち上がり、廊下に出た。

 ドアが啼き、空き部屋として──元・夕水邸として、閉鎖する。鍵が掛けられ、其れは完全な物となった。

「そうそう」

 鍵をポケットにしまうと、大家は思い出したように言った。

144: 2014/10/14(火) 11:54:03 ID:5t7N9y8M

「夕水さん家の嬢ちゃんにな、返しといてくれって頼まれた」

 そう言って左手を差し出されて初めて、大家がCDを持っていることに気付いた。

 ハートに包帯が巻かれた、手描きタッチのジャケット。

 あれは確か、中二に上がる前の春休みだったか。久し振りに声を掛けられたから何かと思えば、貸してくれと頼まれたのだった。

「有難う……御座います」

「あぁ、料金外だがサービスにしといてやるよ」

 じゃあまたな、と言って大家は背を向けた。

145: 2014/10/14(火) 11:55:01 ID:5t7N9y8M

 俺は何も言わず、CDに目を落とす。シンプルで優しいジャケット。

 ──でも。

 そう言えば──そう、良く考えてみれば可笑しな話だ。まさか──いや、でも。何故だ?

 疑問符を次々に浮かべている俺は、大家の足音が止まったのに気付かなかった。「お前ら、」

 反射的に顔を向ける。

146: 2014/10/14(火) 11:55:39 ID:5t7N9y8M

「中坊んなって話さなくなったと思ってたが──」

 大家の背中は、右肩から袈裟懸けに橙の光を受けている。其の姿は歳を感じさせないように見える。

「嬢ちゃんは、ちゃんとお前を見てたんだな」

 そうだ。此のバンドの曲を聴くようになったのは、もみじと話さなくなってからだ。俺が此のCDを持っていると、どうして彼女は知っていたのか。

152: 2014/10/15(水) 15:25:35 ID:TMrkivb2

 何も言えず、再びジャケットに視線を落とす。

「へっ、良い娘じゃねぇか。お前にゃ勿体無ぇぐれえだ」

 足音が再び聞こえ始め、遠去かって行く。

「こんな所で洟ぁ垂らしてる、糞坊主にはよ」

 ──五月蝿い。

 そう言おうとして、喉の奥から言葉は出て来てくれなかった。

 包帯を巻いたハートが滲んで見えたのは、紛れもない事実だったから。



 紫がかった空に烏が一声、二声と啼くまで、俺は呆然とジャケットを見詰め続けた。

153: 2014/10/15(水) 15:26:45 ID:TMrkivb2





「……と、まぁ。長い話になっちまったな」

 出来る限り明るい調子で言う俺。ふと見れば、夕陽は目線の高さまで降りて来ている。

「うぅん……そんなこと、無いよ」

 俺にとって辛い話だが、彼女にとっては更に辛かっただろう。

「話してくれて有難う」

 笑顔を作って朱鷺は言った。

「そりゃ、な。……お前さんとは此れからも、良い友人で居たいから」

 表情を見られたくなくて、腰掛け直しながら視線を落とす俺。

「あーあ」

 弾けたように声を上げる彼女。ふと出来た影に顔を上げてみれば、彼女の背中が其処に在った。

154: 2014/10/15(水) 15:28:02 ID:TMrkivb2

「完全に相思相愛ですもんねぇ。そりゃ敵う訳無いや」

 背中越しの声。

「その上、ナニゲに友達宣言されちゃったし……あーあ」

 二度目の「あーあ」にも何も言えずに落とされた影を見詰めていると、影は一歩、二歩と遠ざかった。

「でも、良かったのかな。伝えられたし。こんだけ話して貰えたし。此れからも──」

 彼女は振り向くこと無く、柵にもたれ掛かった。

「友達で居れるんだし」

 苦笑を作ろうとした俺に、朱鷺の声が降り注ぐ。「ねぇ、長門さん」

 首を巡らせた彼女の瞳が、夕陽を乱反射させている。「どうした?」

「……煙草を一本、貰えないかな」

 俺は視線を逸らし、泳がせて躊躇った。だが彼女は、しっかりと俺を見ている。

「ん……分かったよ」

155: 2014/10/15(水) 15:28:54 ID:TMrkivb2

 観念した俺は、ジャケットのポケットから箱を取り出す。使い捨てライターも箱の中に突っ込んである為、先ずはライターを取り出し、それから一本を抜く。

 有難う、と笑顔で言って朱鷺は煙草を受け取った。「どうすれば良いの?」

「咥えて」

「ん」

 彼女が咥えた煙草の先端にライターを近付け、左手で風除けを作ると、右手の親指で石を回す。二度、三度と回すと、ガスに火が点き煙草を炙った。

「吸って」

「……ん」

 朱鷺は少し顔をしかめながら、煙を肺に取り込む。

 ふと、見守る俺と視線が絡んだ。すぐに彼女は煙草に注意を戻し、人指し指と親指で煙草を摘んで口から離すと、息と共に大きく煙を吐き出した。

 そして一言。

「苦い」

 咳き込むことも無く初めての喫煙を果たした彼女が発したにしては、意外な言葉だった。

 俺は思わず吹き出してしまった。むっとした様子の彼女だったが、すぐに一緒になって笑い出した。

156: 2014/10/15(水) 15:30:38 ID:TMrkivb2



 彼女の手元から昇る紫煙は、夕焼けに染まっていた。

 彼女の手元から昇る紫煙は、何も語らなかった。



 彼女の手元から昇る紫煙は、秋雲に溶けて行った。

157: 2014/10/15(水) 15:31:59 ID:TMrkivb2





 秋の陽は釣瓶落とし、とは良く言ったものだ。空は、すっかり夜の色を纏っている。

 其処に突然、大きな華が咲いた。

「あ、煌夜祭が始まったみたい」

 朱鷺が楽しそうに言った。

「トーチ・トワリングも……あぁ、此処からなら良く見える。ほら、あれ」

 彼女が指した広場では既に、薄暗がりの中に幾つかの炎が浮かんでいた。

 ほど無くして、炎の円舞が始まった。炎は闇と闇の間を駆け抜け、夜の帳を粉微塵に切り裂いた。

 演者の意思からも外れたが如く、狂ったように闇を掻き乱す。其の頭上、かなりの低空で再び花火が炸裂した。炎を取り囲む群衆から、わっと言う歓声が上がる。

「綺麗……」

158: 2014/10/15(水) 15:33:06 ID:TMrkivb2

 恍惚とした声が彼女の口から漏れる。ふと横目で表情を伺うと、乱れ舞う炎に照らされている。

 炎は瞳と、頬の一筋の中で燃えていた。

 俺は拭ってやりたい衝動に駆られたが、見なかったことにした。

 ──下手な同情に何の意味があるだろう。

 そう自分に言い聞かせようとした時、俺の左手に冷たい人肌が触れる。

「……ごめんなさい」

 濡れた声が聞こえた。

 俺は、下手な同情を、彼女に掛けた。

159: 2014/10/15(水) 15:34:47 ID:TMrkivb2





「……っと、此の辺で良いよ」

 煌夜祭も終わり、文化祭は閉幕した。其処此処で打ち上げ騒ぎが起こっている中、俺と朱鷺は入り口のアーチまで歩いて来た。

「え……でも。良いよ、駅まで送るよ」

 彼女は、そう申し出た。慣れてくれたのだろうか、気付けば彼女は、完全にタメ口で話してくれるようになっていた。

「や、悪いよ。片付けとか……友達と騒ぐとか、忙しいんじゃないの?」

「片付けは明日丸一日掛けてするの。皆は今日、私が勝負掛けるの知ってるから大丈夫」

 にや、と笑って見せる。意地の悪い言い方だ。そんな事を言われても、俺は苦笑で返す他に無い。

 ──いや、他にもあるか。

 諦念で、俺は胸中で呟いた。

「御言葉に甘えて、駅まで送って貰おうかな」

 彼女は、笑顔で頷いてくれた。

160: 2014/10/15(水) 15:36:13 ID:TMrkivb2



 煌夜祭が終わった時点で、殆どの客は帰ってしまったのだろう。閉幕後の此の時間、街灯に照らされた歩道を歩く影は少ない。

「朱鷺は、此の後どうすんの? 片付けは明日なんでしょ?」

 素朴な疑問だった。

「うん。バスで高校まで帰って、親が迎えに来るの」

「こっから朱鷺の高校まで、バスが出てるんだ?」

「あ、学校が用意したバスね」

「そう言うことか」

 取り留めの無い会話。此の道を逆に歩いていた時と変わらない。

 ──二人の距離は、どうだろう。

 ふと、そんなことを考える。

 ──近くなったか、遠くなったか。

 物理的な距離は変わっていない。問題は──

161: 2014/10/15(水) 15:37:32 ID:TMrkivb2

「長門さん」

「ん?」

 俺を見上げた朱鷺と目が合う。

 彼女は視線を前方に戻して、

「今日は来てくれて有難う」

「何を言ってる」

 俺も視線を戻す。

「誘ってくれて有難うよ」

 声こそ聞こえなかったが、隣で彼女が笑顔になるのが分かった。

「それと……うん」

 目を遣ると、少し伏せ気味の朱鷺。

「色々と、有難う」

「其れこそ──俺の方こそ、有難う」

 うん、と彼女は小さく頷いた。複雑な心境だろうが、微笑んでくれる。

 良いのか悪いのか分からないが、俺にも微笑が浮かんだ。

162: 2014/10/15(水) 15:39:18 ID:TMrkivb2



 “市民公園前”駅は、小さい割に明るい照明で闇に浮かんでいた。

 出入り口をくぐり、自動券売機で乗車券を買う。

「……さて」

 そう言って俺は、俺の背中を見ていた朱鷺に向き直る。

「今日は本当に有難う。……楽しかった」

「本当?」

「おいおい、楽しんでたように見えなかったか?」

 彼女は笑ってくれた。

 遠くから闇の静寂を破って、音が聞こえる。もうすぐ電車が来るらしい。

163: 2014/10/15(水) 15:40:04 ID:TMrkivb2

「……握手」

 彼女は目を伏せて手を差し出した。

 俺は笑って、

「握手」

 握り返す。

 先刻と同じ冷たい感触が掌に伝わる。

「長門さん、暖かい手してる」

「朱鷺の手は冷たいな」

 何でも無いことで笑い合える。俺は良い友人を持った。

 電車の音が近付いて来た。それを聞き付けた俺はホームの方を見遣る。

「また、会えるよね?」

 其の言葉に、俺は再び朱鷺を見た。

164: 2014/10/15(水) 15:40:47 ID:TMrkivb2

「──当たり前だ。また会おうぜ」

「うん、会おうね」

「おう」

 其の応えに重なって、電車が駅に着いた。

「本当に有難うな。気ぃ付けて帰ってくれよ」

「長門さんも」

 俺は頷いて、握手したばかりの手で、

「わ?」

 朱鷺の頭を、くしゃくしゃと撫でてやった。

「じゃあな」

 そう言って、彼女が再び顔を上げる前に回れ右して、改札を抜けた。

165: 2014/10/15(水) 15:41:28 ID:TMrkivb2

「長門さん!」

 声に振り向けば、俺に乱された髪も其の侭に、今にも崩れそうな顔の朱鷺が居た。

 首を振る彼女。

 きっぱりと、強い調子で。

「駄目」

 俺の右眉が、気付いた拍子で跳ね上がる。「──悪い」

「じゃあ、またな」

 彼女は泣きそうな顔の侭で笑った。手を振ってくれた。

 俺は右手を上げて其れに応え、電車に乗り込んだ。

166: 2014/10/15(水) 15:42:06 ID:TMrkivb2



 “市民公園前”駅で乗ったのは俺一人だった。

 俺が乗り込むのを見計らったように扉は閉まり、電車は出発した。



 電車は、俺を俺の日常へと引き戻して行く。

 電車は、朱鷺を朱鷺の日常へと引き戻して行く。



 ──一切の容赦も無く。

 ──微塵の慈悲も無く。

167: 2014/10/15(水) 15:43:15 ID:TMrkivb2




 揺れる車内。ふと窓から空を見上げれば、白銀の月が浮かんでいた。

 もみじも何処かで、同じ月を見ているだろうか。



 朱鷺は、泣いてはいないだろうか。

168: 2014/10/15(水) 15:44:41 ID:TMrkivb2





 幾ら考えても答えは出なくて、俺は煙草の箱を握り潰した。





―03. そして紫煙は空雲に溶け 完―

 送り火 了

169: 2014/10/15(水) 15:46:50 ID:TMrkivb2
これにておしまい

170: 2014/10/17(金) 20:02:39 ID:gZrnW9Hw
切ない!

最後の朱鷺さんは本当は長門くんに駆け寄ってもらいたかったけど
自分の引き際はここだと自分に言い聞かせたんだろうか

煙草がキーアイテムでありながらも主役が高校生なのは、
大人になろうとしていることの表れなのだろうか

てっきりもみじさんは亡くなっているのかと思いきや、
理由を告げずに姿を消したのか
少し希望があるだけにきついぜ……

お疲れ様でした!

172: 2014/10/18(土) 22:30:03 ID:5CnWii4k
>>170
最後まで御付き合い頂いて感謝です

切なさを楽しんで貰えたなら幸いです
登場人物などの意図を私が説明してしまうのは反則であろうと思うので割愛させて下さい、申し訳無い

ただ、氏別だけは避けるよう意識したのは確かです
これはこれで、個人的には色んな意味合いがありますが、上手く活かせられたら幸い

こまめなレスに元気付けられました、有難うでした

引用: 送り火