53: 2009/01/06(火) 02:56:13 ID:unNeJ7n1


かち、こち、かち、こち。
サイドチェアに据え置かれた時計が、規則正しい音を鳴らしている。月明かりに照らされたそれをちらりと見やる。

(あと、じゅうごふん)

音にはせずに、つぶやいた。時計の針はほとんど直角を描いていて、その間をか細く長い針が忙しなく動いている。
あと15分。新しい年がやってくるまでたったそれだけの時間しかない。それだのに。
私が見やったその手前で、すうすうと穏やかな眠りについている人をみやる。はあ、とひとつ溜め息をついた。
新しい年になるそのときは一緒に過ごそうね。そう言ってくれたのはエイラの方だと言うのに、だから私はそれを
楽しみにそのときを待ちわびていたのだというのに。当のエイラと来たらつい30分ほど前そんなの素知らぬとば
かりにとうに眠りこけてしまったのだった。
ねえ、ひどいよ。口を尖らせてみても、ぐっすりと眠りこんでいて気付くはずもない。右手を伸ばして頬をペチペチと
叩く。けれども私の知らない、昼間の訓練だとかでもしかしたら疲れているのかもしれなくて、すぐにやめた。


今日は私たちが夜間哨戒に行くから、と。
ミーナ中佐と坂本少佐に言われたのは今朝の話で、隣で聞いていたエイラは途端に目を輝かせてはしゃいで
いたっけ。

(よかった、よかったなあサーニャ!)

言われているのは私なのになぜかエイラの方がずっとずっと幸せそうで、正直ぽかんとしているだけだった私が
ようやく笑顔を浮かべることができたのはそんなエイラを見て私まで幸せな気持ちになれたからだったことを、
きっとエイラは知らないだろう。
私の心は本当に、エイラの気持ちを見事に映す。エイラが笑顔でいてくれるといつのまにか私も嬉しくなって、
悲しい顔をすると切なくなくなって。私は彼女と全くの別個体のはずなのになぜだかそうして影響されてしまうの
はつまり、絆されていると言うことだろうか。

(だから私たちに何も言わないで、勝手に夜間哨戒に付いて行くなんてことしないようにね。ユーティライネン少尉?)

飛び上がりそうなほど浮き足立っているエイラを、ミーナ中佐が小突いてそう言った。いじわるをする子供みたい
に口許を吊り上げて。げ、と目を逸らすエイラを見て坂本少佐がわっはっは、と笑ったから、私もミーナ中佐も
あはは、ふふふ、とつい笑い声を立ててしまった。笑うなんてひどいじゃないか、と口を尖らすエイラの顔は、
子供みたいで可愛らしかった。
きっと咎められているのはクリスマスイヴのこと。24日の夜、みんながパーティーをしているその最中のこと。
夜間哨戒に出かけなければ行けなかった私を気遣って、エイラは一緒に来てくれたのだ。サンタの格好なんか
して茶化し込んで、その笑顔で私の心を楽しませてくれた。あれは私の記憶の限りで一番幸せなクリスマスイヴ
だった。おぼろげになりつつあるお父様やお母様との楽しい楽しいクリスマスを抜きにすれば、だけれど。私には
その二つを天秤にかけることなんて出来ないから。…まあ、途中でエイラが気絶してしまって私がそれを抱えて
途中まで戻る羽目になった、と言うのも今となってはいい思い出だ。

ううん、咎めているのとはちょっと違うかな。きっと、心配されているんだと思う。だって夜間専従班でもなんでも
ないエイラには、昼間のシフトがちゃんとあるんだから。
私と一緒に哨戒から帰ってきてそのまま待機、そして出撃、と言うことも確か何回かあった気がする。それでも
エイラは「なんてことないって」なんて言って笑うから。そしてその言葉どおり傷の一つもつけずに自分の仕事を
こなして帰って来るから。私はいつも何も言えない。だって本当はもっともっと、一緒にいたいんだもの。そんな
わがままな気持ちばかりが先に立って、私は彼女に気遣いの言葉一つかけてあげれないのだ、いつも。

朝食を終えていったん部屋に戻りながら、そんなことばかりを考えていた。
私を心配して、エイラを心配して。そんなことをまるで息をするように自然に出来るエイラやミーナ中佐たちに
比べて、私はひどくひどく幼くて。自分のわがままを通すことしか考えられなくて。きっとこのままじゃ、エイラにも
愛想を付かされてしまうだろうと思ったのだ。エイラは優しいから、今はいくらでも私のわがままを聞いてくれる
けれど彼女にも我慢の限界というものがあるはずだった。そして多分私はその限界に向かってものすごい加速度
で進んでいるのだろうと思ったのだ。


54: 2009/01/06(火) 02:56:55 ID:unNeJ7n1

(あの、あのさっ)

けれどほら、やっぱり。
そうして後ろ向きになったその瞬間、エイラの言葉が耳に届く。まるで映画で好きな人に愛の告白をする俳優の
ように言葉を詰まらせて、立ち止まった彼女に気付かずに先を行こうとした私の服のすそをちょいとつかんで、
けれどもすぐ離して。その、良かったら、あの。二の句を告げずにまた詰まる。戦闘中はひどく毅然としていて、
みんなのいるところではその不思議な言動で逆に周りを翻弄しているこの人だというのになぜどうしてこんな
ところで口ごもるだろう。私には全くその思考が理解出来ない、けれど。

綺麗な色白の肌をこんなにも赤く染めて、瞳を少し潤ませて、少し震えながらそんなことをいう彼女を私はひどく
可愛らしいなあ、と思うから。だから絶対に急かしたりしない。いつものように静かに彼女の次の言葉を待つ。恐
れる必要なんてない。だってエイラが私に悪いことをすることなんてあるはずがないんだから。

(せっかく休み貰ったんだしさ、良かったら今夜、一緒にすごさないか?…ほら、せっかく新しい年だし、迎えるなら
一人より二人のほうがなんか感動できるじゃんか)

──それが彼女自身の願望だったのか、そう言えば昨年は空の上で一人で新しい年を迎えていた私に対する
気遣いだったのかは分からなかったけれど、私はとても、とてもその言葉が嬉しくて。いいの?と尋ねたら「うん」と
答えてくれたことが嬉しくて、嬉しくて。
上手く言葉が出てこなかったから何度も何度も頷いた。もしも私の使い魔が猫でなくて犬であったなら、尻尾を
ぶんぶんと大きく振っていただろうと思うくらいに。


ぼーん、ぼーん、ぼーん…
突然、どこかの部屋から12時を知らせる音が鳴る。驚いて時計を見るも、まだ10分ほど早い。ハルトマン中尉
の部屋かな。「ちょっと話を聞いてよ」と部屋に引きずり込まれたときに見たことがある。確かハルトマン中尉の
部屋にはたくさんの時計が置いてあった。けれどそれらは一つとして同じ時間を指していなくて戸惑ってしまったのだ。
バルクホルン大尉が片付けたばかりだったのだろうか、ずぼらだと言う噂の割には部屋は片付いていたけれど──
言っては悪いけれど確かにハルトマン中尉がいちいちずれた時計を直すような人には思えない。どうしてバルク
ホルン大尉が直してあげないのかはわからないけど恐らく今もずれた時計がそのままなのだろう、と思った。

そんなことをぼんやりと考えているうちに、さらに重なる時計の音。たくさんの時計が鳴らすオーケストラ。ここまで
聞こえるのだからきっとハルトマン中尉の部屋はやかましいくらいなのに違いない。眠くなったらどこででも眠って
しまう私が言えることではないけれどよく眠っていられるものだ、と思う。それとも今、ハルトマン中尉は自分の
部屋にいないんだろうか。…例えばほら、私に語る話の大抵の主題である『説教くさくてうるさくて細かくて妹バカ
なトゥルーデ』の部屋だとかに。今私がエイラの部屋にいるのと同じように。

さきほどまでかちこちと聞こえていた秒針の音は、どこかの部屋からする、少し気の早いファンファーレでかき
消されてしまってよく聞こえない。だから私は暗闇に慣れた目でずっと、エイラの寝顔の向こうにある時計を見て
いる。一緒に新しい年を迎えるはずのエイラは眠ってしまっているけれど、でも、こうして傍にいる。眠ってしまった
のはひどいけれど、それまではたくさん話をして、タロットをしたりして、本を読んでくれたりして…たくさん、たくさん
構ってくれた。ねえもしかしたらはしゃぎ疲れて眠ってしまったのかな。私とこうして過ごせることが嬉しすぎて、
それに気がはやりすぎて。

だったらいいのにな。思いながら頬に触れる。さっき散々叩いた頬。今度は優しく撫でてみる。ごめんね、わがまま
ばかりだよね、私。すぐには変われないから、良かったら来年も私に構ってください。優しいあなたでいて下さい。
エイラが好きだよ、大好きだよ。来年こそは、そう言葉にしていえたらいいのにな。今年までには、今年中には。
たぶん昨日まではそんなことを思っていたのに、私はやっぱりわがままだ。ねえだから来年こそは、あなたからも
何かが欲しいな。なんだっていいから私のこと好きだって、そう分かる何かを形にして欲しいの。

55: 2009/01/06(火) 02:57:40 ID:unNeJ7n1

時計の短針がまた一つ動いて、とうとう明日まであと一分を残すところになった。エイラはやっぱりぐっすり眠って
いて、私ばかりが冴えた目でそれを見つめている。ねえ、あなたはどんな夢を見ていますか?幸せな夢ですか?
その夢に私はいますか?少し笑んでいるようにも思えるエイラの顔。でも私はちゃんとここにいるよ。触れる
くらい近くにいるんだよ。夢の中にいるかもしれない私についそうやって嫉妬してしまう自分が、何だか滑稽で
たまらない。

「えいらのばか」

ハルトマン中尉の真似をしていってみた。トゥルーデのばか。私にする話の中でハルトマン中尉は何度もそう
繰り返す。けれどもそう言うハルトマン中尉の顔がなんだか幸せそうなのを、私はとてもよく知っている。うそだよ、
本当は大好きよ。どうせ口にしても届かないんだから、言葉にするかわりに体を寄せてみた、そのとき。

うう、ん。

ぽつり、エイラが呟く。寝ぼけてるのかな、目を瞑ったまま両手を伸ばして、何かを探して。
…その、探しているものが私だったらいいのにな。そう思ったからついその手に触れた。ねえ、ほら、私はここに
いるよ。そう伝えたかったから。

さーにゃぁ。

むにゃむにゃと、エイラが幸せそうに呟いた。なあに、エイラ。答えようとする前に、強い強い力で抱き寄せられる。
さあにゃあ。ふわふわとした声が、耳元でもう一度。心臓がばくばくと音を鳴らす。驚いて何もでいない。ううん、
驚いてるんじゃない。嬉しくて、嬉しくて、幸せすぎて、きっと。

新しい年を告げる楽しげな合奏がひときわ大きくなった。エイラの肩越しに時計をみると、あと10秒。きゅう、はち、
なな…ごくりとつばを飲み込む。嬉しい気持ちとか幸せな気持ちとか、けれど恥ずかしい気持ちとかがすべて入り
混じってわけがわからなくなって…いつの間にか衝動的に動いていた。手を伸ばしてエイラの首の後ろに手を
回す。クリスマスイヴのあのときにそうしたように、けれどもそれよりもずっとすばやく顔を近づけて──

カチリ。短針と長針と、秒針とが重なり合ったのと、唇と唇が軽く重なって離れたその音がしたのが多分、同時
だった。自分は面倒くさがりだと言う割にはひどく几帳面で、細かい作業も得意なエイラが時計のメンテナンスを
怠っているはずがない。
だから、きっと、たぶん。

胸をおおう満足に私はほくそえむ。ねえ、新しい年を迎えたその瞬間、私たちが何をしていたか知っている?
それを告げたならこの人は一体どんな顔をするんだろう。きっと私は恥ずかしくて告げることが出来ないけれど、
想像するだけでも十二分に楽しい。

あけましておめでとう。
去年はどうもありがとう。
今年もよろしくね。
大好きだよ。

そんな気持ちを込めて、今度はその頬にもう一度キスをした。

―――
以上です。
以前書いたクリスマス話に関連してますがまあ読まなくても平気なんじゃないかと
いちゃこらしてるくせに告白してないとか そんなエイラーニャも楽しいじゃないか21X2w2Ibでした


引用: ストライクウィッチーズpart17