591: 2009/01/16(金) 01:21:39 ID:m48uveYH

「いってー。どうやったら頭ぶつけるんだろ」
「しーらない」

海から這い上がったシャーリーは、先ほど思い切りぶつけた額部分を撫でながら、ぼやくように呟く。回収したストライカーユニットの備品やらを抱えていた、シャーリーの妹分のようなフランチェスカ・ルッキーニは、にししと意地悪そうに笑う。

「頭からズトーン! だったね。垂直落下!」
「音速に近い速度は、急には止まれんのだよ。でもまーさか途中で取れたパーツが頭に落ちてくるとは思わなかったなー。いつ取れたんだ?」

減速しながらとはいえ、海に垂直落下も相当危険である。どうしてそうなったのかは不明であるけれど。もっともシールドは張っていたし、魔法も使っている最中だったから、それほど大事には至っていない。
しかし問題は、一番気を抜いた時に落ちてきた部品の方である。気を抜いていた分だけ魔法力が落ちたのか、それとも部品なりの懇親の一撃だったのか、それはそれは痛かったのだ。

「ルッキーニ。デコどうなってる?」

593: 2009/01/16(金) 01:22:25 ID:m48uveYH
ぽたぽた水の滴る髪を持ち上げてルッキーニに尋ねると、彼女は少し覗き込んでかたら、けたけた笑っていた。

「まっかっかー! こぶになるね!」
「切れなかっただけマシってことなのか……」

諦めたように溜息をつくと、隣でルッキーニは笑う。馬鹿にするわけでもなくただ笑っているルッキーニを見ると、なんだか少し気分が楽になる。周りを明るくする力があるんじゃないか、とシャーリーは思った。
少し和んだ二人の間に、一陣の風が吹き抜ける。
その瞬間ぞくりとしたものが背中を走ったかと思うと、鼻がなんだかムズムズしてきた。
 
「ふえっきし!」
「シャーリー大丈夫?」
「水着だと頭からずぶ濡れでもたいしたことないんだけどなぁ。やっぱり服は不便だな。次からは水着かマッパでやろう。うん。そうしろってことなんだ、うん」

力強く言う。
本当は今日やろうかと思ったが、本当に布を少なくするだけで早くなるのか実験したい気持ちもあった。今日は普段来ている軍服を一枚減らして、軽量化を計っていたりする。結果は、前より早くなっていた、気がする。
やはり、布か。次は全裸確定だ、と小さく呟いた。

「あーシャーリーなんか頭についてる!」

594: 2009/01/16(金) 01:23:53 ID:m48uveYH
考えに没頭していたシャーリーの思考を遮ったのは、ルッキーニの驚いた声である。
言われたように頭に手をやってみると、なにやら変なものが頭に付着していた。

「んー? げっ! なんじゃこりゃ!?」
「海草?」
「なんでこんなもんが……?」
「海に落ちたからだよー」

なるほど、と思う反面、もっと何か体についているんじゃないかと思って、嫌な気分になる。
海は嫌いじゃないし極度の潔癖という訳でもないが、やはり体が汚れるというのはあんまりいい気分じゃない。
それに海に落ちたせいか、太陽の光で乾いてきたところが妙に痒い。多分水気が飛んで塩になってる。
猛烈に、お風呂に入りたかった。

「こんな海水の水びだしじゃ、備品の掃除もセットも出来ないしね。うん、一回風呂に入ろう。そうしよう」
「その後またユニット触るんでしょ? 汚れちゃうよ」

 そう言うルッキーニに、ニカッとシャーリーは笑った。



595: 2009/01/16(金) 01:24:54 ID:m48uveYH
「あっはっは! 大丈夫! もっかい入るから。いちち……」

笑った拍子に、額がずきりと痛む。
周期的な痛みは引いてきたけれど、それでも、ふとした拍子にズキっとしたものが襲ってくる。

「芳香に頼んだら?」
「いや……あたしの勝手な挑戦で、あたしの不注意で起きた事だしね。宮藤に迷惑掛けるわけには行かないよ。
それにまあ、そのうちに治る治る! 風呂上がったら、氷のう頭に乗っけて機械でも弄るさ!」

この痛みをバネに、次こそ公式的に音速を超える。そう考えると、この痛みもたいしたことないように思える気がした。
気のせいだとは思うが、まあ細かい事など気にする事ない。
シャーリーはルッキーニも風呂に誘ったが、彼女はもう眠いからいい、とよじよじ木の上に移動していた。どこでも眠れるのはいいことだが、どうして木から落ちてこないのか、正直不思議だったりもする。

「まあ、いいか。落ちてこないんだし」

細かいことは気にしない気にしない。結果的に落ちていないのだからそれでいいのだ。
そう思って風呂に向かってシャーリーが格納庫を歩いていたときである。
ふと、珍しい奴が、いつも通り眉間にシワを寄せて目の前に立ちはばかったのだ。

596: 2009/01/16(金) 01:25:45 ID:m48uveYH
「見事にずぶ濡れだな、リベリアン」
「脳天からつま先までね。余すとこなくべったべた」

垂れてきた髪の毛をかきあげ軽口を叩くと、目の前の人物は眉間のシワをより一層増やす。
目の前の人物とは、堅物妹好きの通り名を馳せているゲルトルート・バルクホルンである。
 
「全く、ストライカーユニットだってタダじゃないんだぞ。スピード中毒で壊されたんじゃ、たまったもんじないな」
「失敬だねぇーバルクホルン。ついでに堅い。向上心は大事さ。それに遊んでるわけじゃないしね」
「訓練をサボってユニットを壊すなんて、いい向上心だな。いいか、いつネウロイが襲撃してもおかしくないんだぞ。もうちょっと」
「ああ、はいはい。今日はその手の話題を、耳が受け付けない日なんだよ。ついでに理解する脳みそは臨時休暇とってる」

これが全く知らない奴の会話なら、多少なりともイラっと来るものがあるかもしれない。でも相手はバルクホルンなのだ。
 
――まあ、軽いジャブって言ったところなんだよね。

慣れてない人から見るとヒヤヒヤするらしいが、やっている方は別段気にしてない。朝会ったら「おはよう」という。そういうことだ。
だが会話はいいのだが、訓練も終わっただろうこの時刻に、バルクホルンが意味もなく格納庫にいるとは思えない。それが不思議だった。

597: 2009/01/16(金) 01:26:52 ID:m48uveYH
彼女は真面目と妹好きが服を着て歩いているような人間なのだ。
特に軍の規律や効率的な行動に関しては、溜息がつきたくなるぐらい完璧。
行動だって手際がよくって、片付けもちゃっちゃと済ませてしまう。
終わったらさっさと帰って、また何かをやり始める。そういう人だ。

「で、何か用なんじゃないのかな?」

完璧主義で無駄のない彼女だからこそ、ただなんとなく格納庫にいて、なんとなくシャーリーに声を掛けたとは極めて考えにくい。
しかも話しかけてきたのは向こうだ。確実に何かある。
少し身構えてそういうと、バルクホルンがはじめて眉間のシワを解いた。

「何構えてるんだ、取って喰ったりしないさ。まあ、多少はびっくりはするかもしれないが」
「へ? 何を――」
 
言うより速く、バルクホルンの顔が消える。
いや、消えたわけじゃない。『何かが二人の間に割り込んでいる』のだ。
そう理解したのは、それが顔に当たった後だった。

「うおあ!? 冷てー!」

顔でワンバウンドした後、シャーリーの豊かな胸にぶつかり
、そして待ち構えていた手に着地したそれは――氷のうだった。

598: 2009/01/16(金) 01:28:08 ID:m48uveYH
驚きとまた痛み出した額の分の怒りを混ぜて睨むのだが、バルクホルンは笑いを一生懸命堪えているだけだった。

「くっくっ……凄い顔してるぞリベリアン。記録に残しておけばよかったな」
「い、行き成り物投げるなんて、カールスラントじゃ随分と紳士な教育してるじゃないか!」

しかも腫れているデコに命中したらしく、また周期的に痛み始めているのを感じる。
そういう抗議をしこたま練りこんで言ったのだが、バルクホルンは気にしていないようだった。

「だろ? 自慢の国だ」

ニヤっという言葉がとても似合う笑みである。
氷のう投げ返してやろうかと思ったのだが、『それが氷のうである』という事実を思い出し、はっとなった。
シャーリーが理解したのを感じたのか、それともシャーリーが口を開くより早かっただけなのか。
バルクホルンは少し視線を外した。

「ウィッチたるものか、あんな間抜けな理由で怪我するとはな。リベリアンのウィッチの力量を疑うぞ! 
鉄の塊だったからよかったものの、これがネウロイの攻撃だったら、今頃お前の頭がなくなってたところなんだからな」
「……見てたのか?」
「ぬっ……」

小言が止まる。
別にシャーリー自身、深い意図があって言った言葉じゃない。
ただ口ぶりから、シャーリーが音速に挑戦している様子を見ていたようだったから、口に出して聞いただけである。
いつも誰かしらに速度を測定してもらってるし、別に失敗したところを見られても別段恥ずかしくはない。
でもバルクホルンは、照れくさそうだった。

「鼓膜が悲鳴をあげるくらい凄い音だからな。まあ、気になってちょろっと」

599: 2009/01/16(金) 01:30:08 ID:m48uveYH
「ふぅん。その時って、訓練時間だったんじゃないのか? 訓練中のバルクホルン大尉に気に止めてもらえるなんて、光栄ですなぁ」
「ぬっ」

また言葉に詰まるバルクホルン。一度バランスが崩れると、バルクホルンはどこまでも崩れていくので、それは正直面白いと思う。
一種の才能なんじゃないかとシャーリーは思ってすらいた。いや、才能以外のなんだというのだ。

「と、とにかくだ。一応冷やしとけ。ただの打撲とはいえ頭だし、腫れてるんだろ? 
あと余計なお世話かもしれないが……今は痛くないかもしれないだろうけど、風呂入るとズキズキ痛むぞ、その額」
「風呂に入らずとも、今のでまた痛み始めたってーの」
「避けないお前が悪い」

いいから早くデコにでも当ててろ、とバルクホルン。
思わずニヤケそうになる口周りの筋肉を必氏に引き締めながら、シャーリーは言われたとおりに、氷のうを額に当てる。
初めは少し痛かったが、次第に氷のうの冷たさが、気づかぬうちに熱を持っていた額の熱を吸収する。

気持ちよかった。

「つまり心配してくれた、でオッケーかな?」

色々言われっぱなしが癪だったのと、ちょっと照れくさい気持ち。それらが合わさって出てきた言葉は、何となくいつも通りのやりとりであった。
バルクホルンは慌てふためくのだろうか。
そう思って彼女の反応を待つと、彼女は――とても優しい笑顔を浮かべていた。
慌てふためかせるはずが、こちらが逆にドキリとしてしまった。

「まあ、訓練をサボるのは全くいただけないが、何か一つのことを、ずっと頑張るっていうのは悪くないと思ってる。
でもユニット壊すなよ。それあんまり壊すとミーナが泣くぞ。烈火のごとく」

じゃあな、と踵を返すバルクホルン。
なんだったのだろうか。
近頃随分丸くなったとは思っていたが、こんな柔らかい表情を、
真正面からシャーリーにぶつけてきたのは初めてだったように思う。

妙に心臓の辺りが熱い。額の打ちつけたところが、ずきりずきりと痛む。


600: 2009/01/16(金) 01:31:16 ID:m48uveYH
それに呼応して、心臓も動いている気がした。

まだ数歩と進んでない彼女がこれ以上離れるのが『癪だ』と思い、シャーリーは去り行く彼女の背中に、最後の軽口を叩く。

「あたしもそこまで面倒見が悪くないと思ったけど、バルクホルンも中々世話焼きだな。お姉さんみたいだよ」

そういうと、くるりと上半身を少しこちらに向けたバルクホルンが、心外と言わんばかりに微笑んでいた。

「馬鹿者。実際私は、お前より年上だ」

――その顔は反則だろ。

痛む額にぎゅっと氷のうを押し付ける。
そういえば年上なんだっけ、と今さらながらに思い出したのは、内緒だったりする。




The end

引用: ストライクウィッチーズpart17