1: 2010/01/29(金) 19:41:50.88 ID:b3BNjtYFP
立つかにゃー

4: 2010/01/29(金) 19:53:46.20 ID:b3BNjtYFP
「おかしいな……。昨日まではあったのに」

『団長』と大層な名の打たれた三角錐とセットで設置されたデスクトップを眺めながら俺は呟いた。背後では古泉が俺の肩口から、これまた液晶を覗いている。視界には入らないが、恐らくいつもの笑顔は湛えたままだろう、と予測はつく。

「1日経ったので消えてしまったのでしょう?こういった物は、上から順番にどんどん新しい書き込みに消されて行くのだと思いますが」

「うん。それにしてもなぁ……ここはそんなに勢いのある掲示板でもないと思っていたんだけどな」

カーソルを右へ左へ動かし、様々な部分から探りを入れるが、やはり、ない。 検索をかけても、ない。おかしいな……
涼宮ハルヒの憂鬱 Ⅱ
5: 2010/01/29(金) 20:07:23.15 ID:b3BNjtYFP
何がおかしいって、昨日のスレッドタイトルをそのまま書き込んで検索をすると、ページが飛び『そのスレッドは消失しました。。』と表示されるのだ。
これはおかしい。普段なら『該当するスレッドがありません。。』だった筈だ。知らない内に、メッセージ形式が変わっただけなのかもしれないが……
「やっぱり駄目だな……残念だったな古泉。まぁ声を掛けたのは俺の方だからな。まぁ、すまん」
「構いませんよ。確かに興味深い内容だったのは確かですから、少々残念ではありますが。なに、そこは週末のコーヒー代で目をつぶるとしましょうか?」

「お前は週末の度に財布が軽くなっていく怪異を味わった事がないから、そんな心ない台詞を吐けるんだろうな」

「おや?不思議の探索に出向いて、そんな現象が見つかっているとはね。是非、団長に御注進なさっては?」

「はん。俺が遅刻するのを前提とした上で抜かした癖に。白々しいぜ」

6: 2010/01/29(金) 20:17:13.66 ID:b3BNjtYFP
「まぁいいか。次の土曜、早く起きりゃイイだけだな」

「そうですね。そうすれば、財布が浮力を持ち出すという恐ろしい現象も影を潜めるかもしれません」

「たまにはわざと遅れて来る、ぐらいの優しさは見せられんのか?」

「ふふふ。考えておきましょう」

喉を擽られたかのような静かな笑い声を聞きながしながら、俺はパソコンの電源を落とす。
と、ほぼ同時に昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。

「では行きましょうか?……どうしました?」
暗くなった画面をぼーっと見つめる俺に、古泉が話しかけてくれる。

「いや、ただの思い出し弛緩だ。行くか」

7: 2010/01/29(金) 20:31:00.31 ID:b3BNjtYFP
『次の日の土曜、案の定というかなんというか、俺はやはり遅刻した。
世間一般の平凡な学生たるや、体内時計が正常な働きを続けているなら、こんなにも寝坊を重ねる事は無い筈だが。まぁ仕方あるまい。
昨夜も長針と短針の逢瀬を過ぎて尚、読書に耽っていた己が悪い。潔く非を認め、5人分の茶代を出そうか。なに、それであの子が喜び、また俺の待ち焦がれる摩訶不思議な事が起きれば安いものだな。
なんだか早く、あの子の声が聞きたくなったな。腹の底から喉を経由し、元気に空気を震わす、俺の名前を呼ぶ声を』

「馬鹿キョン!起きなさいっ!」

「いてぇっ!」

無防備な俺の背中を襲う張り手の痛みと馬鹿デカい叫びが、俺を覚醒させた。 ……どうやら居眠りしてたらしいな。時計を見る。とっくに六時間目は終わっていた。

10: 2010/01/29(金) 21:08:19.22 ID:b3BNjtYFP
「あんた家で寝てないの?よくそんなに居眠りこけるわよね。枕合ってないんじゃない?」

「お前に言われたかねぇよ。まったく、背中がヒリヒリするぞ。もう少し優しく起こせないのか」
「声掛けてあげてるだけありがたく思いなさいよ。」

「『あげてるだけ』ってなんだ。『だけ』って言うなら余計な張り手は勘弁しろよな」

「どうせならスカッと目覚めた方がいいでしょ。半端な起こし方して、寝ぼけて団活動されるのを避けるためなのっ!」

「へいへい。団長自らありがとさん。」

「……ふふんっ♪解ればよろしい!さっさと部室行くわよっ」

いつも通りの推進力で教室を出て行くハルヒの背中を見ながら、俺は弛緩しつつ、考えていた。
夢見てたよな……何か変な感じだ……

11: 2010/01/29(金) 21:24:36.03 ID:b3BNjtYFP
どこかで見たような夢……だったな。夢ってのは多くは視覚で『見る』もんだと、本で読んだ気がするんだが……
さっきの夢は、劇のモノローグでも聞いている感じだったな。いや、どちらかといえば小説のモノローグを読んでいる、というか……

「お待たせぇ!みくるちゃんっ!お茶お願いっ」
ダラダラと考えながら歩いているうちに部室に到着した。ドアを開けるなりの茶の所望は、もはや団長より、女社長といった風だな。

「はぁい。キョン君のも用意しますね」

毎日律儀な事で、変わらずメイド服を纏った朝比奈さんは、さながら美人秘書だな。うん。美人秘書……いい響きだ。

「ありがとうございます、朝比奈さん」

鞄を置き、俺は定位置に座る。
見慣れたニヤケ笑顔と、ページが擦れる音が、古泉と長門の存在を伝えてくれる。
「お昼休みはどうも。オセロどうです?」

「懲りないな。今日はコーヒーでも賭けるか?」
「ふふ。遠慮しましょう。勝ち負けは分かりませんが、大層美味しい玉露が手元にあるのでね」

「ま、そりゃそうだな」

12: 2010/01/29(金) 21:43:30.01 ID:b3BNjtYFP
「はい、キョン君お茶どうぞ」

「どうも」

手元に薫り高いお茶が置かれた。校内で飲むには勿体無いほどの玉露だ。職員室でさえこんな美味いのは頂けないだろうな。出たとしても、来客時の校長室ぐらいか。

ズズズズズ、と団長机から音が聞こえる。もっと大事に飲めんのかハルヒ。
「キョン、あんた昼休み古泉君と何かやってたの?」

「あぁ。大した事はしてないがな。ま、男同士の……」

「密談、ですよ。ね?」
よせ、気持ちわりーな。
「ふぅん。密談ってパソコン触りながらするもんなわけ?」

「何で分かったんだ?」
……って履歴で分かるか。
「なーんだ。工口動画でも見たのかと思ったのに、情報掲示板にログインしただけみたいね。つまんないわね、みくるちゃん?」

問われて、ハルヒの後ろから液晶を覗いていたフリルの美人秘書は、はにかみながら頷いた。

15: 2010/01/29(金) 21:56:00.69 ID:b3BNjtYFP
「ま、履歴削除してなければ、だけど?」

モニターの向こうから顔を半分出しながら、目を細めるハルヒ。

「なにが悲しくて、貴重な昼休みに男2人でハァハァ言ってなきゃならないんだ」

「男子高校生の密談って、そんなもんじゃないの?」

お前が余計なこと言うからだぞ古泉。そんな気分を視線に載せながら、俺は正面の対戦相手を睨む。
知ってか知らずか、黒陣営の超能力者は、腕を組み板上を見つめていた。まだ四枚目なのに、なに真剣に悩んでんだ。

「で?掲示板で何してたのよ。馴れ合いチャットでもしてたの?」

「しねーよ。昨日スレッド立てて、面白い私小説書いてるヤツが居たから、古泉に教えてやったん……だ」

17: 2010/01/29(金) 22:09:41.35 ID:b3BNjtYFP
ああ、分かった……というより思い出したぞ。さっきの夢のモノローグ、ありゃ昨日見た掲示板の小説だ。変な既視感の正体はこれだ。

「なんで、言葉に詰まってんのよ。やっぱり工口動画見てたんでしょ!」
どうしてコイツは、こうも人の心の機微に鋭いんだ?そして、なんだって俺はこういう状況で、必要の無い後ろめたさを感じるんだ。

「古泉。オセロとにらめっこしてないで、俺達の潔白を証明しろ」

「そうですねぇ。『待った』を使わせてもらえるならば、すぐにでも、あなたが満足できる状況を取り繕いますが?」

まだ6順で何をほざいてんだ……後、何故他人事のような振る舞いなんだお前は。

「冗談ですよ。そう睨まないで下さい。彼が言ってるのは偽りない事実ですよ涼宮さん。
その小説の情報と、それと土曜の探索のめぼしい行き場所の検索のことを話し合っていました。ね?」

「ま、そんなとこだ」

18: 2010/01/29(金) 22:21:23.17 ID:b3BNjtYFP
さらっと、ご機嫌とりの方便も混ぜやがって。ま、いいけどな。

「ふむ。古泉君がそう言うならね。で、キョン!何かいい場所見つかったの?」

……まぁいつものことなんであえて言及はせんが、何で俺の言葉にはこうも信憑性が伴っていないんだろうな。

「特になかった。その掲示板、ユーザー層広いから、どこかの板で質問載せとけよ」

「そうね。たまには探索フィールドの拡張も必要ね。この板、携帯でも見れるの?」

「あぁ。携帯から書き込むとやたらに叩かれるがな」

「じゃあ、宿題ね!いい場所探しときなさいよキョンっ!」

「……結局、俺かよ」

「いいっ?返事は!?」
「はいはい。ちゃんと見とくよ」

「よろしいっ♪じゃあ夜メールしてきなさいよっ!忘れたら氏刑だからねっ」

やれやれ。なに微笑ましく見てんだよ古泉。

20: 2010/01/29(金) 22:35:49.64 ID:b3BNjtYFP
帰宅後。シャワーと夕食を済ませ、俺はベッドに寝ころびながら、掲示板へのアクセスを開始した。我ながら律儀な事だ。
毎日決められた事項のように、お茶を淹れる朝比奈さんの忠実さが解る気がするぜ。

携帯の画面に、スレッドの一覧が並ぶ。さて、どこでどう調べたもんか。

考えがまとまらないまま、脊髄反射よろしく動きを手に任せていると、画面には、『お気に入りスレッド』が表示されていた。ここに使えそうなのあったかな。
ダラダラとスクロールしていくと、昨日の、例の小説が表れる。

なんとなくしてみる。どうせ、消失したまま……ではなかった。
どういうことだ?昼間には消えていたスレッドが、俺の目の前に再び姿を表した。新しくスレッドが立てられたのか?

『Mr.Smithの憂鬱なるとも歓待すべき日々』

昨日見たままのタイトルが、手元のツールの画面に静かに浮かんでいる。

21: 2010/01/29(金) 22:54:41.69 ID:b3BNjtYFP
更にタイトルをする。整然な文章が画面内に並ぶ。……レス番号1。昨日読んだままのプロローグが書かれていた。また書き直したんだろうな。
こいつ……この作者も俺や朝比奈さんに負けないぐらい律儀だな。

『今から書くのは、俺の……そうMr.Smithの、語るにはあまりに詮無き日々のエピソードだ。
俺自身が詮無き事、と言い切りながらも、文章に起こし物語に昇華させ人の目に晒すというこの行為は、どう切り崩し文句並べ立てられようと反論の余地はないものだろう。
正直に白状するなら、これは私小説などではない。ただのチラシの裏。下らない自慢話。
しかしながら、お付き合い頂けるであるなら、そうだ約束しよう。
げんなりするような現実に……『僅かながらも待ち望んでいる何か』は潜んでいるのかもしれないという淡い期待……それを読後感として。
願わくば、これを見る画面の前の君に、日々『僅かながらも待ち望んでいる何か』がありますように』

23: 2010/01/29(金) 23:02:38.94 ID:b3BNjtYFP
昨日読んだ筈だったが、勢いでまた目を通してしまった。ま、嫌いな文体ではないんだが、如何せん重く長ったらしいな。
二、三回は読まないと、すぐに始まりの辺りを忘れてしまいそうになるな。

ピリリリ。

不意に情報ツールから、本来の姿に回帰した携帯電話に、少し驚く。

『着信・涼宮ハルヒ』

「もしもし。なんだ?」

24: 2010/01/29(金) 23:22:42.09 ID:b3BNjtYFP
「なんだとはなによ。せっかく電話してあげてるのに」

「メールじゃなかったのか」
「あんたがメール寄越さないから電話してあげたのよ。有り難く思いなさいよ」

「へいへい。ありがとよハルヒ」

「……ごほんっ。で?見つかった?まさか寝てたんじゃないでしょうね」
「まだ七時過ぎだぞ……妹ですら起きてる時間だ。寝てねーよ。ちゃんと掲示板見てたよ」

「そうっ。しっかり探しなさいよ!探索場所の探索!うんっ、これぞキョンの仕事っぽいわ」

「へいへい。どうせ俺は雑用ですよ」

「まぁ、あんただけに任せるのも心配だから、あたしも探しといたげるわ。だから、URL送りなさいね。電話切ったらすぐにね!」

25: 2010/01/29(金) 23:25:55.96 ID:b3BNjtYFP
「URLの転送な。はいよ。了解了解」

「……ん」

「なんだよ。急に静かになって。じゃあ、電話切ってURL送るぞ?」

「……」

「なんだ?まぁいいか。お休みハルヒ」

「うんっ!お休みっ♪」
受話音量の改造でもしてんのか……?そう思わせるには充分な声量の就寝の挨拶を耳に見舞わせ、ハルヒは電話を切った。いきなり黙ったり、テンション高い声出したり忙しいヤツだ。

ピ口リーン。
電話を切って二分後、ハルヒからメールが届いた。速いな。恋人かよ俺達は。
『お休みって言ったけど、寝るんじゃないわよ!ちゃんとURL送りなさいよっ!お休み♪』
やれやれ。

26: 2010/01/29(金) 23:32:31.81 ID:b3BNjtYFP
団長の命令通り、URLをコピーして転送した俺は、トイレに行ってから再び『Mr.Smithのなんちゃら日記』?だったか?を開いてみた。

さっきは、50前後だったレス数が、100ちょいまで伸びていた。スミスさん、勢いあるじゃないか。

レス主以外の、他者の書き込みも冷やかしながら、昨日読み切った部分まで追いつく。

スミス氏の私小説、簡単にまとめると、こんな感じだ。

27: 2010/01/29(金) 23:43:32.05 ID:b3BNjtYFP
スミス氏はごく普通な、高校二年生。勉強は中の下、顔も平凡服装も平凡、どこを取っても平々凡々。この辺は俺と一緒だな。
彼には、親友の男の子が居て、ソイツとは良く昼飯やコーヒーを賭けてポーカーやらチェスをやるらしい。
俺と古泉みたいだな。まぁ、スミス氏達は戦績がドッコイドッコイみたいで、そこは俺達とは大きく違うが。

スミス氏の実家の隣には大きな家がある。そことは、親父同士が昔からの友人らしく、親交もなかなかに深いようだ。
その大きな家には、一人娘が居る。
まぁ、いわゆる幼なじみ……だな。で、彼女が大層な美人なのだそうだ。
正直、羨ましいです。

28: 2010/01/29(金) 23:52:56.51 ID:b3BNjtYFP
偉く可愛い幼なじみとは、幼稚園小学校と同じだったらしく、まぁ仲良しさんなんだと。渾名で呼び合うぐらいに。

しかし、お互い思春期を迎える中学生の時、幼なじみは私立の有名校に入学。勉強が得意ではないスミス氏は当然、近場の町立。その頃から、二人はやや疎遠に。
帰宅時に顔を合わせても『やぁ』とか『バイバイ』くらいしか挨拶はしない。
しかし、そんなには気にしなかったそうだ。漫画にありがちな、『昔は仲良かったのにな……』 『なんか喋りづらくなっちまった』
みたいなのは、感じていなかったとのこと。

30: 2010/01/30(土) 00:03:09.70 ID:fwJWpA2LP
ポーカー仲間の親友と、無事に並のランクの高校に入学したスミス氏は、やや驚く。なんと同じ教室に、見慣れた……顔ではあるけれど最近は交友が途切れていた幼なじみが居たのだ。

そりゃあ驚くよな。頭脳明晰で周囲の評価もバッチリな彼女が、他には山程あるだろう進学校には行かずに、こんな勉学レベルの低いトコに来たのだから。

スミス氏も、世の馬鹿男子達の御多分に漏れずに『ひょっとして俺を追ってこの学校に!?』……とは思わなかったみたいだな。文章からすると。

恥ずかしいから書いてないだけだけだろ。と俺は睨んでるんだがな。

31: 2010/01/30(土) 00:08:45.46 ID:fwJWpA2LP
で、偶然席も隣り合わせになった二人は、また仲良く遊び始めたらしい。
『家も席も隣だね!』って元気良く笑う彼女が、堪らなく可愛いかったらしい。……なんかこの辺の描写は、見てて腹立たしさと、こっぱずかしさが同時に来たな。

だって『100テラバイトの笑顔』って何だよ。恥ずかしいヤツだな。

32: 2010/01/30(土) 00:21:12.08 ID:fwJWpA2LP
スミス氏と親友に幼なじみ。
三人はよく登校や帰宅を共にして、ヨロシク青春やってたらしい。

で、だ。一年の夏。放課後の帰り道。

親友の『アンダーソン』がこんな事を言ったらしい。
ってゆーか『スミス』に『アンダーソン』って、マトリックスかよ。作中の名前だから気にはせんがな。

まぁ親友アンダーソンいわく
『スミスばっか、可愛い幼なじみが居てズルいな。なぁオードリーちゃん、今度から遊ぶ時には、他に女の子を連れてきてよ』

『オードリーちゃん』とは幼なじみの作中での呼び名だ。オードリーって…春日かよ……。

33: 2010/01/30(土) 00:31:06.90 ID:fwJWpA2LP
アンダーソンと別れ、2人で帰る道すがら……

『ふっ。アンダーソンのヤツ、あんな事言ってるけどモテるくせにな』

『そうだよね。二年にもアンダーソン君のファンが居るらしいよ?』

どうやら、作品を読む限りでは、アンダーソンは結構な男前で運動神経もいいらしい。
少し斜に構えたクールな性格に、パンチの効いた軽いジョークも言える洒脱さは、特に二年女子の憧れの的である。
手品も得意だ。勉強はかなり駄目らしいが。

『でも、まぁ解る気もするけどな。アイツ言ってたよ』

『何て?』

34: 2010/01/30(土) 00:42:41.18 ID:fwJWpA2LP
『一年の女子の中でも、かなり上位ランク美人のオードリーと、遊べるけど、スミスの幼なじみだから、手は出せないだろ?ってね』

『あはは。何それ』

『仮に俺が、親友の幼なじみだとしても構わないからオードリーに言いよったとしても、そうなると今度は三人で遊べなくなる。だと』

『オードリーは、いつもの感じでスミスの横に居てるのが一番輝いてる。とも言ってたな』

『ふふっ……』

『幼なじみサイコー!!ふひひぃー!とも叫んでいたな』

『あははは。アンダーソン君、いいよね。スミス、大事にしなよ?』


……こりゃ、確かに自慢も入ってるな。私生活の充実っぷりが、ひしひし感じられるな。

恐らくさっきのスレッドの伸びは、叩きによる勢いだな。と俺は確信した。

35: 2010/01/30(土) 00:53:06.46 ID:fwJWpA2LP
再び、小説に話をもどす。

帰り道も、終着点に差し掛かり、お互いの家が見えた時……

『ま、もし一緒に遊べそうな女友達が居たら、良かったら声かけといてくれないか』

『……スミスはその方がいい?』

『…あぁ。』

『わかった!じゃあ探してみるね!でもさ、きっとアンダーソン君、結構な可愛いさの女の子じゃないと駄目そうじゃない?

中学からの友達、みんな他に進学したからなぁ……まだ今の学校での女友達はそんな居ないしなぁ』
『ま、無理して探さなくてもいいさ。俺は三人でも楽しいしな。もしたまたま居たら、な』

『うん。あんまり可愛い子だと、スミスも惚れちゃうかもしれないしね?』
『ははっ、それはないな』
『…その言葉、覚えときなさいよっ♪バイバイ!』

36: 2010/01/30(土) 01:06:30.28 ID:fwJWpA2LP
とまぁ、ここまでは普通の話だな。私小説といえば聞こえはいいが、唯の恋愛小説にも見えるな。
もうわかりきったことなので、言うまでもないが、何故このスレッドの存在をわざわざ古泉に教えようとしたかというと……
『Mr.Smith』これだ。

俺に限った話で、その上馬鹿らしい内容なのだが、『キョン』という情けない渾名の他に、俺には『ジョン・スミス』という、通り名がある。
通り名とはいっても、道行く人達が、口々に『ようジョン!』などと言ったりはしないけどな。

オーソドックスにして、日本で名乗るには些か恥ずかしいこの名前を、何故名乗ったかだとかは省く。
ただ俺の目を引く名前ではあったのだ。
勿論、それだけではない。主人公スミス氏を取り巻く環境や人物が、少しばかり俺の周りと似ていた。
俺と古泉のように、日がな皮肉を交わしながらチェスやオセロに興じる、平凡な男子とハンサム男子…だとかな。

37: 2010/01/30(土) 01:13:40.53 ID:fwJWpA2LP
それでもまだ、パンチが弱いだろう……とは自分でも思う。
この程度でわざわざ古泉を昼休憩に呼び出していたら、その内校内に噂がたっちまうだろう。

SOS団って妙な団には、どうもゲOが居るらしいぞ。ってな。

いかん。考えただけで寒気がする。

ピリリリ

『着信・古泉一樹』

「うわぁっ!」
俺は思わず携帯を放り投げた。タイミング良すぎ……いや、悪すぎだ。

39: 2010/01/30(土) 01:18:13.61 ID:fwJWpA2LP
「なんだ。用がないなら切るぞ。俺は忙しいんだ」

「おや。それは失礼。しかし連れませんね。電話をするには、するなりの用件を携えますよ?僕は」

「……何だ」

「涼宮さんには、もうメールを送りましたか?忘れて、掲示板の閲覧に耽ってやしていないかと、心配になりましてね」

41: 2010/01/30(土) 01:25:06.15 ID:fwJWpA2LP
「お前のとこの機関は本当に盗撮やら盗聴はしてないだろうな」

「おや。図星でしたか」
「安心しろ。ちゃんとメールは送ったよ。まぁ肝心の土曜の行き先はまだ見つかってないけどな」
「ほう。では案件以外にもメールを交わしてるんですね?仲が良くて、とても喜ばしいですね。お二人が羨ましいです」

「ならお前もハルヒにメールすりゃいい」

「ふふ。辞めておきます。涼宮さんは、あなたの側に居る時が一番輝いて見えますから。お二人はセットが一番です」

……どこかで聞いた台詞だな。

54: 2010/01/30(土) 05:26:58.56 ID:fwJWpA2LP
「それと、昼休みに聞いた小説の話が気になりましとね」

「気になる……か?そりゃどういう風にだ?」

「大丈夫ですよ。あなたが懸念しているようなことはありませんよ。
Mr.Smithでしたね?確かに面白い符合ではありますが涼宮さんの能力や、常識の埒外にある出来事などとは、無関係でしょう」
「まぁ、な。そう毎度毎度じゃ、ぶっ倒れちまうよ」

「単に気になっただけです。あなたが僕に、読み物を勧めてくるなんて、珍しいですからね。よほど琴線に触れたのかな、と」

55: 2010/01/30(土) 05:32:35.14 ID:fwJWpA2LP
「そんな大層なもんでもないさ。お前に似たヤツも出てくるんで教えてやろうと思っただけだ。
丁度いい、さっき掲示板を覗いたらスレッドが新たに立ってたんだ。URLを転送してやるから、直に見ればいいさ」

「ありがとうございます。ですが、ふふ。やはり脱線していましたね?探索の件もお願いします。寝不足にならない程度に、ね」

「さあな。善処するよ」

57: 2010/01/30(土) 05:58:15.22 ID:fwJWpA2LP
電話を切った俺は、まるで習慣であるかのように掲示板にアクセスしスレッドを覗く。
あまり変化はなかった。

スミス氏よ、スランプかい?俺も人のことを言ってられんがな。

話に進展は無かった為、俺はさっきまで注目していた、スミス氏とオードリーがお互いの家に帰った、次の日……からを再度読み進めた。

59: 2010/01/30(土) 06:11:47.32 ID:fwJWpA2LP
作中にて、アンダーソンが『俺にもお似合いの女友達を!』と高らかに宣った翌日。

『それ』は起きた。


ここだ。ここから、俺の興味と食指を一辺に攫っていった展開が始まる。

60: 2010/01/30(土) 06:44:31.34 ID:fwJWpA2LP
『次の日。目を覚ました俺は、いつも通り向かいにオードリーを迎えに行き、学校までの下りの坂道にあるバス停でアンダーソンと合流。
普段と何も変わらない朝……普段と何も変わらない授業に……変わらない昼休み……。一つ予想外なことを無理に挙げるならば、アンダーソンが昨日の件に就いて特に触れてくることがなかった、位だろうか?
しかし、放課後に……ソレは待っていたのだ。矢張り、我々学生が待ち焦がれる『何か』は国語でも歴史でも数学にでもなく……そう、放課後。
課せられた勉学の鎖から放たれた後にこそあるのだな。』

「スミス。掃除終わったか?」

「あぁ。終了だ」

「よし。帰るか。別嬪な幼なじみはどうした?」
「ホールの購買に行った。今日はメロンクリームパンの取り置きをしてもらったらしい」

61: 2010/01/30(土) 06:53:04.69 ID:fwJWpA2LP
「ホールまで迎えに行くか?」

「いや、さっきメールが来た。少し時間がかかるから、校門で待ってろと、さ」

「じゃあ、校門行くか。しっかしスミス。お前も律儀だな?ちゃんと掃除をサボらないんだから」
「俺は成績も運動も今一つだからな。こういう日常の些事ででも点数を稼がないと拙いのさ。そういうお前だって掃除をサボらない」

「俺がサボって女子にしわ寄せが行くのは、イメージ的に拙い」

「ふっ。只真面目なだけだろ」

63: 2010/01/30(土) 07:47:25.77 ID:fwJWpA2LP
『校門に到着した俺達の元に、五分とせずにあの子が……オードリーがやって来た。そう。俺が……俺達が待ち焦がれる日常に潜んだ何かを……その手に掴んで』


「ごめーん!お待たせっ!やー半分だけ食べてすぐに行こうとしたんだけど、美味しくって美味しくって。結局三つとも食べちゃった」

「三つって……太るぞ………そちらの子は?」

「そうそう!紹介するね!えっと、彼女は四組のエイドリアン!喋ったのは今日初めてなんだけどね?
この子も偶々メロンクリームパンの取り置きしててね。偶然だねーって話してて。
でね……いつもあたし達三人で連んでるって話したらさ!なんとなんと!エイドリアンも一緒に遊びたいって言ってくれたのよっ!ね、ね!凄いでしょっ!しかもエイドリアン、凄く可愛いでしょぉ!」

「エイドリアンです。よろしく、です」

65: 2010/01/30(土) 08:18:29.27 ID:fwJWpA2LP
「おぉ……アナタが神か……」

「……何言ってんだアンダーソン」

「へっへーん。凄いでしょ!?アンダーソン君はこれから、あたしを女神として崇めなさい!
でねでね、エイドリアンは三年前にこの町に引っ越してきてね、まだまだここら辺の立地や穴場は詳しくないんだって!
だから、みんなで色んなとこ遊びに行こうねっ」

『風の凪いだ初夏の校庭中に、ジワリと広がりを見せるかのようなオードリーの嬌声。
その愛くるしい眼差しや口角は……
諸手を叩き出さんばかりに喜ぶアンダーソンや微笑を湛えながら俺達に握手を求めるエイドリアン、そして何よりも誰よりも、俺の心に拡散、伝播した。
まるでビタミンのように身体に染み込む、俺の幼なじみの喜々とした笑顔はこれから先にまだまだ起こるであろう『何か』をヒシヒシと予感させた』

66: 2010/01/30(土) 08:32:07.63 ID:fwJWpA2LP
『あの夏の日の放課後以降、俺達は常に四人で行動を共にしていた。
垂涎の新女子エイドリアンは、どうやらオードリーと同じく、いわゆる天然という性格の部類に属するようで、
普段はやや物静かながらも、時に口を吐く些少ながら不可思議でズレた発言は、俺達三人を漏れなく笑わせ、そして安堵させた。
活動的でよく笑う、陽の天然オードリーと、粛然としながらも律儀で凜とした、静の天然エイドリアンは日が経つ毎に仲むつまじくなり、見ている俺とアンダーソンの口元を弛緩させた』

67: 2010/01/30(土) 08:42:27.32 ID:fwJWpA2LP
『ある日の放課後、こんな話になった』

「ねぇ、エイドリアンは兄弟いる?」

「いないわ。私は一人っ子」

「一緒だ。あたしもなんだ。そういえばアンダーソン君は?」

「俺?一人っ子だよ」

「じゃあみんな一人っ子なんだ。」

「四人も男女が揃っていて、みんな兄弟無しってのも珍しいもんだな…」
「おいアンダーソン。俺は年の離れた妹が居るぞ。忘れたのか」

68: 2010/01/30(土) 08:47:44.93 ID:fwJWpA2LP
「そうだったな。すまん」

「だが、四人とも長兄ないし長姉なのは共通だな」

「自分の上に兄弟が居るという状況は、どんなものかしら……興味深いわ」

「出たな?エイドリアンの考察癖!なんなら、このアンダーソンが兄になってしんぜましょうか?」

「キモいぞアンダーソン」

「顔も近い」

69: 2010/01/30(土) 08:52:44.53 ID:fwJWpA2LP
「はぁ。一人っ子ってさ羨ましがられるけど、優しいお兄ちゃんかお姉ちゃんは欲しいなぁ…って思うよねっ」

「分かるな。俺は妹が出来た時分から、兄らしくあれ、と育てられたから尚更共感出来るな」

「俺も、美しくて包容力のあるお姉様が欲しいな……」

「私も」

71: 2010/01/30(土) 09:11:27.61 ID:fwJWpA2LP
『次の日の放課後。俺達四人は我が二組の教室で、来月末…つまり夏休みの終盤に予定していた海水浴旅行の計画について意見を交わしていた。
行き先はもう決まって居たので、話し合うとはいっても、それは細を穿ったタイムテーブルなどではなく、展望と期待に胸を膨らませるだけの、歓談会のようなものであった。
前触れも予告編もなく……厳密に言うなれば、これ以上の提言と提出が他にあろうか?
といった言質は既にとられてはいたのだが……兎にも角にも不意に教室に、さもトリを務めるが如くに現れたその女性こそは、この私小説の中枢の人物最後の一人である』

73: 2010/01/30(土) 09:27:46.36 ID:fwJWpA2LP
『ガラガラ、と掠れた音を伴い扉が開く。俺達はそれが規定事項であるかのごとくに、雁首を揃え音の発生源を見やる。其処には、なんとも美しい物云う花が一輪』


「こんにちは。こちらにオードリーさんはいらっしゃいますか?」

「あっ……はい。何ですか?」

「ふふっ。噂通りとても可愛らしいわね。初めまして。わたしはミラといいます。よろしくね」

「あっ、はい」

「スミス。あれ誰だ?スカーフが赤いから、二年生だな?凄い美人だ」

74: 2010/01/30(土) 09:39:28.45 ID:fwJWpA2LP
「いきなり自己紹介してごめんね?わたし、家の都合でしばらく休学してて、今日復学してきたの。」

スミス(一体何歳なんだ……)

「それでね、わたしの父親がオードリーさんのお父様の会社に勤めているんです。
今日復学することを聞いて、あなたのお父様が、ウチの娘を宜しく頼むよって言ってくださったの。それで、挨拶に来ました」

「……あ、はい」

「わたしで良ければ、お姉ちゃんだと思って仲良くしてね?」

「は、はいっ!あのっ!」

「ふふ。何ですか?」

「夏休み、一緒に旅行しましょっ!」

75: 2010/01/30(土) 09:50:51.70 ID:fwJWpA2LP
『少々長くはなったが、ここまでが俺達5人が揃った来歴だ。
暦は、紐解かれると、その繋がりを詳らかにし、其処に見え隠れする、あの子の不思議な想いの力が幾重にも俺を、俺達を包み込む。
ともすれば時流に埋没していかんとする日常に対し、さに非ずと叫ぶだけならば、何人にも出来るだろう。
しかし斯様に、真の意味で非日常を体現させ、この矮小な俺の胸に喜びを萌芽させるあの子との日々を……此処に記せて、俺は嬉しい』

76: 2010/01/30(土) 09:56:08.09 ID:fwJWpA2LP
『出逢いが生んだ、
“この時”を、
初めて夢が見えたバースデイにしよう』

77: 2010/01/30(土) 09:58:47.80 ID:fwJWpA2LP
……目が痛い。一旦画面を待ち受けに戻し、時間を確認する。

AM2:30

……マジかよ。
いかんな。夢中になって読みふけってしまった。

レス番号204
今読んだとこで、一旦流れは止まったみたいだ。
まぁ、流石にこの時間だしな。スミス氏も寝てるだろうよ。

78: 2010/01/30(土) 10:05:54.16 ID:fwJWpA2LP
今日はもう検索は無理だな。
明日ハルヒにどやされるぞ、きっと。

いや悪いのは自分だとは分かってるけどな。やれやれ、こんな小説を見つけちまったばかりに。

古泉はもう読んだだろうか?ん?URL送ったっけ?
駄目だ。そろそろ眠気が臨界点だな。
とりあえず、全部明日にして、寝るか……

82: 2010/01/30(土) 10:28:25.32 ID:fwJWpA2LP
「あぁ、眩しいな……」
浅い惰眠明けの眼球には、幾分堪える日光に、俺は下を向いて歩いた。

今日も足腰に優しくない坂道は、ゴール地点を見据えずに下を向いたままだと永遠にだらだらと続きそうな気がする。

やむを得ず、前を見る。数十メートル前方に、陽光を養分にしながら歩いてんじゃないのか?そう思わせるような、しっかりとした足並みのハルヒが居た。
そうだ……昨日目的地のメールを送れなかったんだった。
思い出した途端に足がいっそう重くなるな。

「ようキョン!」
肩を叩かれて、振り返る。なんだ、谷口か。

「なに氏にそうなツラしてんだよ!自家発電に頑張りすぎたのかぁ?」

「お前と一緒にするな。はぁ」
隣の悪友に適当な相槌を返しながら、前方を見ると坂道を登り切ったハルヒが、こちらを振り返っていた。
谷口の俺を呼ぶ大声に振り向いたものか、はたまた俺の溜め息が団員想いの団長様の耳にでも届いたものか。
少し間を置いて……
あー。ありゃ『アッカンベー』だな。間違いない。
あんなとこでやったら、坂を登る生徒全員に放ってるようなもんだぞ、団長。

83: 2010/01/30(土) 10:40:52.53 ID:fwJWpA2LP
教室に入る。ハルヒはまだ居なかった。毎度毎度、どこで時間潰してんだか。まだ校内の不思議を諦め切れずに探してんのか?入学当初のように。
まあいいか。今の内に……と。
これで少しでも、俺の背中目掛けて振り下ろされる平手打ちに、ブレーキがかかりゃいいんだがな。

さて。授業までは少し時間があるし、昨日出来なかった『探索先の探索』とやらの雑務を進めるか。携帯を取り出し、某掲示板にアクセス。
ロードが終わり、早朝だというのに枚挙に暇がないほどのスレッドがズラリと並ぶ。

『女子高生の通学時間キター!』

こういうのを立てるヤツは高校生じゃないんだろうな…きっと

85: 2010/01/30(土) 10:53:52.21 ID:fwJWpA2LP
『Mr.Smithの憂鬱なるとも歓待すべき日々』(452)

惰性で眺めていると、例のスレッドが目に入った。
レス数452……って、俺が寝た後にかなり伸びたんだな。
どれ、話が進んだか少し開いてみるか……

「これ、なに?」

「ぉわっ」

ハルヒが後ろから声を掛けてきた。気配を絶って忍び寄りやがって。コイツ、絶対背中を叩く気だったろうな。危ないとこだった。作戦成功だ。

「なにって、見たまんまだ。ココアだよ」

「あんたが買ったの?自分の机に置きなさいよ」
「お前に買ってきたんだよ。ココア好きだろ」

86: 2010/01/30(土) 11:09:32.52 ID:fwJWpA2LP
「ふんっ」

一言、そう洩らすとハルヒは、タブを開け、ココアを一息に飲み干した。
カンッ。机に空き缶が無造作に置かれ、ハルヒが着席する。
御馳走様だとか、美味しかったぐらい言えんもんかねコイツは。
せめて『なんでココア買ってきたのよ?これで許しを請うてるつもり』とか。
が。腕と脚を組み、窓の外をジッと睨みつける団長様からは、何の言葉も下賜されなかった。
少し隈があるようにも見える瞳からは、とてもじゃないが、話掛けられそうな光は窺えなかった。
やれやれ。

「空き缶捨ててくる」

俺は席を立った

87: 2010/01/30(土) 11:21:39.30 ID:fwJWpA2LP
ホームルームの三分前、教室に戻ると、ハルヒは机に突っ伏していた。
俺が席に着いても、微動だにしないままだ。
障らぬ神にはなんとやら、と言いたいところだが……。

「ハルヒ、寝てんのか?」
前なら放っておいたような場合でも、最近なんか気になるんだよな……いやまあまあ今回は俺が悪いからな。

「ハルヒ?機嫌直せよ」
「……うっさい。眠いのよ」

「眠れなかったのか。枕が合ってないんじゃないのか?」

……返事はない。ただの屍のようだ

90: 2010/01/30(土) 11:33:51.88 ID:fwJWpA2LP
たっぷり一分ほどが経過して、ようやく返事がきた。

「あんた昨日何時に寝たのよ」
うつ伏せのままだがな。
「3時ぐらい、だな」

「あたしは4時」

4時ってお前……そりゃ眠いだろうよ。そんな時間まで何してたんだ……はいはい、俺が悪いな。
「そんな遅くまでメール待っててくれたのか」

俺が言うやいなや、ハルヒは勢いよくリボンを揺らしながら、顔を上げた。
「あんたが寄越した掲示板見てたら目が冴えただけよ馬鹿キョン!」

次は、自分が言うやいなやリボンを翻し、また顔を隠した。目、充血して真っ赤だぞ。後、顔もな。
「そうか、こっちも結局、行き先はまだ見つかってないんだ。悪かった」

92: 2010/01/30(土) 11:42:45.20 ID:fwJWpA2LP
袖口がピクッと動く。何か言いたそうなアクションだったが、相変わらず伏せたままだ。

「悪かった。この通りだ」

「……悪かった、じゃないでしょ」

「ん…あぁ……すまんかった」

「……」

「ハルヒ、ごめん…」

「がくしょく」

「え?なんだって?」

「学食奢りなさいよ……じゃあ許す……」

93: 2010/01/30(土) 11:53:26.63 ID:fwJWpA2LP
「二品までにしてくれよ?」

「ココアも付けなさいよ。後、もう明日は探索の当日なんだから、絶対土曜日の朝までには、行き先の目星を付けとくこと。いい?」

「はいよ。約束するよ」
「……おやすみ」

やれやれ。一段落だ。
それにしても最近、よくコイツのおやすみを耳にするぜ。
次の休憩時間、古泉にも場所探しの助っ人を頼んでみるか……

95: 2010/01/30(土) 12:11:55.59 ID:fwJWpA2LP
二時限目が終わり、十五分の休憩になった。携帯をポケットに入れ、九組に行く為に俺は立ち上がった。
ハルヒは二時間ずっと寝っぱなしだった。今もまだ夢の中のようだ。

悪いことしちまったな。今更ながらも、多少の罪悪感を胸に、ハルヒを見下ろす。相当眠かったんだろう。

すっと、ハルヒの髪を手櫛で撫でてやる。ハルヒがピクッと、震えた。

……何やってんだ俺。気持ち悪いな、キャラじゃねぇよ!いや、あまりにも気持ちよさそうに寝てるから、子供の頭を触る感じでつい……
あー。何自分の内面と丁々発止の言い訳合戦やってんだよ!ほら、古泉んとこ行かねーと休憩が終わってまうって!

とりあえず、「わりい」とだけ言い残して、俺は九組の教室に足を向けた。

96: 2010/01/30(土) 12:25:38.84 ID:fwJWpA2LP
「おやおや。矢張り見つかりませんでしたか。解りました。僕も空いた時間で良さそうな場所を探してみましょう」
九組教室前、古泉が腰の位置の高さにある窓枠に腕をもたれかけて、こちらに笑い掛ける。

「そうだ。古泉、例の面白スレッドはどうだった?」

「あぁ。Mr.Smith、ですか?残念ながら見れておりません」

そうか、やっぱり俺URLを転送するのを忘れてたんだな。

97: 2010/01/30(土) 12:42:22.13 ID:fwJWpA2LP
俺は古泉に、昨日読んだところまでの概要と、思わず古泉にも見せたくなった理由というのが、いかにご都合主義的で、かつ興味を引くものだということを、簡潔に語った。

俺達とまんま同じ年齢、学年の男女構成のグループ。
小説内でのそれぞれの個性や設定が、sos団員達にやや似ているというところ。
箇条書きにするなら……
・三年前に越してきたとされる物静かな女の子→長門
・年齢不祥の一学年年上の美人な先輩→朝比奈さん
・手品のできるイケメン親友→古泉(超能力の代わりに手品か?)
・上記二人の女生徒を望み通り?友人にしてしまう幼なじみ→まんまハルヒじゃねえか!

こんなとこか

132: 2010/01/31(日) 00:30:21.04 ID:O/pVoljrP
「なるほど。面白いですね」

「特に、お前に見たてたイケメン君が『勉強は全然駄目らしい』ってところがな。」

「そのアンダーソン、でしたか。彼を僕に見たててくれるということは、あなたの中での僕の位置付けは親友……になるわけですね」

……皮肉を込めての俺の発言にも、こいつは上手にカウンターで返してきやがる。

133: 2010/01/31(日) 00:46:55.00 ID:O/pVoljrP
「せめて友人にしろ。もしくは知人に」

「親しい友、という意味合いからは、なんらおかしくは無いほどの体験を共にしてたではないですか。
なんでしたら去年の春からこっちに起きた数々の思い出話をここで詳らかに語るというのはどうです」

「よせ。十五分休憩じゃ足らんだろう。それにこの距離でお前の口から訥々とそんなもんは聞きたくない。何の呪詛だ」

135: 2010/01/31(日) 01:01:31.61 ID:O/pVoljrP
「呪詛とは手酷い皮肉だ。そうは言っても我々のこれまでの日々はあなたにとっても輝かしいものでしょう?」

「……まあな。そこは認めてやる」

「では二人は親友ということで」

……お前、楽しんでやがるな。なんだその眩しい笑顔は

136: 2010/01/31(日) 01:17:14.35 ID:O/pVoljrP
「まあ、お前も読んでみればいいさ。読後の小難しい講釈を聞く気は遠慮しておくけどな。」

「いえ。ですから閲覧は無理でしたよ。僕の携帯からでは対応してないのでしょう」

……なんだ?

「俺、昨日URL送ったっけか……?」

「ええ。電話のすぐ後に。……どうかしましたか?」

怪訝そうな顔で、俺に語りかける古泉。いつも張り付いている笑顔のマスクが少し息を潜めるだけで、悔しいことだが……またなにか起きるんじゃないか?そう思ってしまう。
三限目の開始を告げるベルの音が、やたらに胸に響いた。

143: 2010/01/31(日) 02:57:18.44 ID:O/pVoljrP
「次の五分休憩に長門さんの教室に行きましょうか」

俺の携帯に映る『このスレッドは消失しました。。』の文章を見て、古泉はそう提案した。なんでもかんでも長門に意見を仰げば安心だろうという自分を見透かされてるようで、少し情けなく感じた。

「心配ありませんよ。単なるシステムの不具合でしょう。僕の携帯からは閲覧が出来ない、あなたの携帯からは……閲覧は可能でも、たまたまこの時間にスレッドが落ちてしまったのでは?
まぁ念の為、長門さんに調べてもらいましょう。そのほうがあなたの顔色が改善されそうですしね」

俺がどんな顔色してるって?親に心配されてるような、こそばゆさを拭いきれないまま、俺は教室に戻った。

166: 2010/01/31(日) 12:44:18.67 ID:O/pVoljrP
教室に戻る。

ハルヒは右手で頬杖をつき窓の外を見ていた。

教室でのコイツは、机か景色とのにらめっこ以外にやることがないのか?
「よう。起きたか。なんか面白いもんでもあるのか?外に」

「……別にないわよ。窓のすぐ外にそんなのがあるなら不思議探索なんてしないでしょ」

「まぁ…それもそうか」
「どこ行ってたのよ」

169: 2010/01/31(日) 13:37:30.19 ID:O/pVoljrP
「古泉のとこだ。俺だけじゃ処理しきれそうもない案件は、副団長に意見を仰ぐのが妥当だと思ってな」

「まだ決まってないの?明日の行き先。あんたあたしが寝てる間なにやってたのよ」

授業だ、授業。

「あんたって将来結婚とかしても、旅行の予定とかたてられなさそう」

「失礼なことを言うな。それぐらいの決断力はあるぞ」

「甲斐性の問題よ。ったく大丈夫なのかしら」

それは明日の行き先の心配なのか俺の行く末の心配なのか。

172: 2010/01/31(日) 14:58:26.86 ID:O/pVoljrP
席に着き携帯を開き掲示板に飛ぶ。すっかり慣れた指の動きが止まると、そこには『消失』の文字。
おかしいな……古泉はああ言っていたがなんだか腑に落ちない。ホームルーム前には、まだ残っていたスレッドが古泉と見ようとしたら、またも『消失』していた。
大体『消失』ってなんだ?昨日も思ったんだが『削除』や『期限切れ』の間違いじゃないのか?

妙な既視感から始まったスミス氏の私小説に対するもやもやは、今やすっかり胸の内に嫌な予感として根を張っている。

『異常はない。ただの思い過ごし』

長門のそんな言葉を切望しながら、俺はとりあえず……居眠りを開始した。

174: 2010/01/31(日) 15:37:54.92 ID:O/pVoljrP
「……どうなってるんだ」

帰宅した俺は、携帯の画面を見ながら思わず独り言を唸る。

どうでもいいが、こうも携帯いじって掲示板ばっか見てたら、これじゃあ親指中毒なオタクと変わらんな。

あの後、古泉と連れ立って長門の教室に出向いた俺は、「この端末に異常は見られない」という、想像していた通りのご託宣を賜ることができた。
「思い過ごし」
ご丁寧にそう付け足してくれながら。
……心を読まれてんのか。
「長門さんが仰るなら大丈夫でしょう。安心しましたか?」
保護者ぶんな。まぁお前が言う通りだがよ。

175: 2010/01/31(日) 16:09:43.16 ID:O/pVoljrP
教室に戻り四時限目を消化した俺は、ハルヒに手を引っ張られ学食へ。

カレーと焼きうどんを奢らされた。炭水化物同士の食べ合わせで、よくもまぁそのスタイルを維持出来るもんだ。おら、ご飯粒付いてんぞ。

放課後になり、部室へ。

黒板の前に『ハルヒ立ち』した団長の
「みんな!明日はキョンが朝一番で行き先をサプライズ一斉送信してくれるらしいわよ!ふっふ。楽しみにしてるわよっ!」
との宣言…というか断言というか…を聞いた後、俺達はいつも通りのスタイルへ。

まず間違いなく校内で一番の贅沢品である朝比奈さんの茶を啜りながら、古泉とチェスに興じる。おい。そろそろ投了しやがれ。
長門は窓際で読書。
ハルヒは団長机でネット。
分厚い本の表紙がパタンと閉じられ、それを合図に五人で坂道を下った。

178: 2010/01/31(日) 16:43:13.09 ID:O/pVoljrP
……で、帰宅して携帯を開いた俺の目に飛び込んできたのは……
レス数が690まで伸びた、Mr.Smithの自伝的小説だった。

おかしい。いや、新たに立て直されたスレッドを見る度に首を捻る俺の姿は、はたからみればそれこそおかしいだろうが、そうじゃないんだ。

スレッドの主であるスミス氏の小説が、最初から同じ文章で書き直されているのは当然だが、その他大勢のレスポンスまで『消失』前と一緒というのはどういうことなんだ。
これは、立て直されたものではなく、以前の形のまま復旧したものなのか?
いや、そうに違いないさ。そう考えるのが普通だ。
だが、心中では、せっかく長門によって溶かされたはずの、ばかな疑問がまたも結実しているんだ。
なぜ……

俺が見ている時にだけ、このスレッドは現れるんだ!

179: 2010/01/31(日) 17:05:31.19 ID:O/pVoljrP
しかし、どう憤ろうが既に打てる手は打っている…とはいっても長門に調べてもらっただけだが。
長門が異常なしと言うなら間違いはないだろう。
もう『偶然』という利便性と使い勝手の良い言葉で自分を納得させるしかないのか。

もしくは……自分でどうにかするか。

待機灯光の切れた携帯のボタンをして、俺は小説の続きを読み進めた。

もしこのスレッドに、『何か』が潜んでいるなら、目を通し読み切るしかないだろう。

Mr.Smithが行間に込めた『何か』をな。

180: 2010/01/31(日) 17:23:33.82 ID:O/pVoljrP
「ふぅ」

携帯を机に置き目頭を押さえる。ここ二日、デジタル画面の見過ぎだな。
そのうち眼鏡が要るようになっちまったら、どうしようか。

似合わんだろうな。

とりあえず、今書いているとこまでを、頭の中であらすじに仕立てて反芻してみるか。

182: 2010/01/31(日) 17:43:07.52 ID:O/pVoljrP
スミス氏のいうところの、素敵な五人組が揃って以降、彼らは常に行動を共にしていた。

どっかの誰かさんのように、自分のイニシャル入りの妙な団体を設立したりはしなかったようだが、放課後は共に、図書館やカフェ、ファストフードにゲーセンにカラオケ。様々な場所で、いわゆる青春を楽しんでいて、まぁ結構なことだ。

183: 2010/01/31(日) 17:53:14.51 ID:O/pVoljrP
夏は海の近くの旅館に泊まったり、キャンプ先の山の中で遭難しかかったり。冬はスノボ旅行に出掛け、ホテルでは、女子三人プロデュースのドッキリプロジェクトが行われたらしい。
ちなみに11ヶ月の文化祭なんかでは、五人揃ってダンスをやったんだと。

変わらない友情を男女間に添えたまま、五人は仲良く時を過ごしていた、とのこと。

しかし、そんなに可愛い幼なじみや、美人の女の子二人といつも一緒に居て、普通は恋愛になるんじゃないのか?読んでてヤキモキするぞ。まったく。

186: 2010/01/31(日) 18:34:26.97 ID:O/pVoljrP
高校に入って最初の大晦日。スミスの家に集まった五人。年があける数時間前に、スミスは『ある事』に気付く。いや『気付いていた“何か”に確信を持った』という方が正しいのか?

こたつ机に向かい合うスミスとアンダーソン。二人は五枚のカードと互いの顔色を変わりばんこに見ながら一喜一憂を続けていた。ポーカーだ。今年最後の対決は白熱していた。負けた方が新年早々一発芸を披露しなければならないからだ。

一度目のカードのチェンジを済ませたスミスの後ろにオードリーがひょこっと座った。
彼女は『スミスより、アンダーソン君の一発芸見てみたいよね。あの整った顔でどんな凄いネタやってくれるんだろ』と言う。

しかしスミスの手札はバラバラだ。唯一戦力になりそうなエースを二枚残して、後の三枚をチェンジする。
最悪はエースのワンペア止まりか。
『俺はステイだ』アンダーソンが二回目のチェンジを放棄する。どうやら手役は随分いいようだ。

188: 2010/01/31(日) 18:44:58.17 ID:O/pVoljrP
『ねぇねぇ。勝てそうなのっ?』

『いや、かなりキツいな。奇跡的にエースが後二枚でもくりゃいいんだがな』

『エース?エースかぁ。エース来たらアンダーソン君の一発芸ね?エース来いエースっ』

まぁこれで引ければ、苦労はしないんだろうが。わざわざスミス氏がピックアップして小説に書くぐらいなんだからな、そこでスミスは見事に……
『きゃあっ!やったぁ!エース引いたっ!二枚っスミス凄いっ』

『……はは』

『はぁ!?マジかよ!おいおいこっちはフルハウスだぜ!?最近、ここぞって時には絶対持っていくよなスミスは。大した引きの強さだ』

『……勝利の女神のお陰だよ』

190: 2010/01/31(日) 19:12:41.00 ID:O/pVoljrP
どうやら、スミスは入学からこっち、約一年間、オードリーが後ろで見ている時の自分の勝率が異常に高い事に気付いていたみたいだ。

勿論、背後に勝利の女神を配置したからといっても勝率100%とはいかないが、ポーカーだろうがチェスだろうが将棋だろうがUNOだろうが、耳元で彼女が戦況を尋ねてきて、
一発逆転が必要だ、と答えた場合は絶対に負けることはなかった。

新しい女友達を求めた次の日に、出会ったエイドリアン。
優しい姉が居たらなぁ、と願った次の日に、現れたミラ。
エースよ来い、と念じて揃ったフォーカード。

これらは、ひょっとしてオードリーが、自分も無意識なままに何らかの不思議な力を使い、願いを叶えてるんじゃないのか?

いささか突飛な上に、強引な断定ではあるがスミスはその日、年明けと共にそう確信したのだそうだ。

……これ、どこのラノベだよ。

195: 2010/01/31(日) 20:37:34.52 ID:O/pVoljrP
ここまで来ると、もう間違いなく思う。
この物語は俺達の日常に酷似しすぎている。
もはや偶然じゃないだろう……だが長門は『異常はない』という。

こんな二律背反にケリをつけれるほど俺の頭は柔らかく出来ていないぞ。
だが、宇宙人に未来人に超能力者、更にそれを一同に会させた一人の女子高生の存在が屹立とある以上、もう何が起きてもそう驚きはしないさ。

この小説がノンフィクションを模しただけのただの創作であるよりも、俺達SOS団のような微妙な非日常集団がもう一組居る方が面白いだろ?

200: 2010/01/31(日) 21:24:48.59 ID:O/pVoljrP
一旦、風呂に入った後、再び携帯を手にする。
メールが一件。古泉だ。
なんだか最近、こいつとの距離が近いな……近いのは顔だけで充分だぞ。
『行き先は、見つかりましたか?』

いかん。すっかり忘れていた。なにせ調べようと携帯を開いたら、ついつい例の小説を見ちまってるからな。
そう思いつつも、指の動きはスミス氏の私小説の方へとページを進むていく。
『Mr.Smithの憂鬱なるとも歓待すべき日々』(レス数824)

おお。随分伸びてるな。
寝る前に……じゃなかったな、明日の目的地を探す前に、もう一読しておくか。

201: 2010/01/31(日) 21:35:55.29 ID:O/pVoljrP
話は随分進んでいて、最新の書き込みは、リアルタイムの話に、つまり今日、9月18日の時点での彼らの近況にまで及んでいた。
これはもはやスミス氏の日記代わりになっているな。どこまで書いたら完結するんだ?レス数が1000いったらか?

よし、まとめるか。

二年生になったスミス氏と仲間達は、5月の連休を使い、在住している市内をぐるっと一周、探索したらしいな。
名目はというと、三年前に越してきたエイドリアンを街案内に連れ回す、というのと……なんと言ったらいいものか……

不思議を調査していた、らしい。

マジかよ?

202: 2010/01/31(日) 21:45:57.01 ID:O/pVoljrP
どこかで聞いたことがあるにしても程がある話だ。

なにやら、スミス氏の街で、4月の中頃に地元紙に載るような事件が起きたらしい。
どんな事件かというとだな、聞いて驚くなよ?俺はもう随分驚いたからな。
幼なじみのオードリーの卒業した中学校の校庭に、馬鹿でかくて、けったいな落書きがされていたのだそうだ。
どうだ?強烈な既視感が襲ってこないか。

校庭は砂地ではなくアスファルトの地面で、色とりどりのラッカースプレーを使って描かれていたらしい。
意味不明な記号の集まりは、見ようによってはグラフィティアートのようでもあり、スミス達五人の興味を大いに引いたとのことだ。

210: 2010/01/31(日) 23:56:38.28 ID:O/pVoljrP
だが流石に、そんなニュースだけでは、揃いも揃って市内を練り歩いたりはしなかったようだ。

最初に、そのスキャンダラスな情報を持ってきたのは勿論オードリーで、当初は『物好きなヤツも居たもんだ』といった見解が五人の総意。ただオードリーだけは、『あの色使いはもはやアートね』だとか
『なんだか見たことのある記号だわ』と言っていたらしい。

212: 2010/02/01(月) 00:11:35.50 ID:+OXWQXREP
ところが、それからしばらくして、五人の総意が軒並み『謎の落書き』に向けられる事態が起きる。
最寄り駅に、ボーリング場、初めて行くラーメン屋に初めて行く服屋、五人が行く先々の建物のシャッターや壁に、謎のスプレー記号が描かれていたのだ。
『偶然にしては凄い』そう口々に言いながらも、五人の心中には『こりゃなにかあるんじゃないか?』という期待が充満していたみたいだ。

ゴールデンウイークの2日前にオードリーが口を開いた。

216: 2010/02/01(月) 01:03:13.86 ID:+OXWQXREP
『ねぇ、みんな!ゴールデンウイークに、市内を回ってみない?あの落書きが、一体どんな場所のどんな建物を狙って書かれているか調べたいの!』

一瞬ポカンとするスミス氏と他三人。

『あははー。だめ?かな』

時間の停止はほんとうに一瞬で、三秒後には、みんな笑顔で快諾したらしい。

『いいわね。わたし予定はないから賛成よ』

『別に構わない。私にも興味深い題材の紀行だと思う』

『俺も賛成。ついでにエイドリアンの街案内にもいいと思うぜ。な?スミス』

『ああ。満場一致だな』
『へへっ。ありがとみんな』

うん。似て非なるものとはこのことだ。ウチの不思議団長では、こう朗らかにはいかんぞ。

220: 2010/02/01(月) 02:09:55.20 ID:+OXWQXREP
ゴールデンウイーク初日。目的は確立しているものの、行き先はどこでもいい不思議捜査の御一行は、とりあえず隣町に行くことにする。
普段は足を踏み入れない土地に降り立ち、五分ほど歩くやいなや。五人の視界には、閉店した理容室のシャッターに描かれたトリコロールカラーの落書きが飛び込んできた。
予定調和のごとくに、不可解な絵画にお出迎えされた一同は、その後も場所を移す度に色と形を変えていく落書きに合間見えていった。行き当たりばったりにもかかわらず、だ。

222: 2010/02/01(月) 02:36:59.64 ID:+OXWQXREP
三日間で街を回れるだけ回った結果、発見した落書きは15ヶ所にも上る。

ある一定の規則性を保ったカラフルな記号を新しく見つける度に、スミスはメモをとり、アンダーソンは記念撮影をし、ミラは色使いへの感嘆を漏らし、エイドリアンはそれを解読しようと躍起になって……
オードリーは泣きそうな顔をしたり、かと思えば弾けんばかりの笑顔を見せたりと忙しかったのだそうだ。

『まるで、異国に取り残された少女の元に届いた母国語で書かれた手紙をみているかのよう』

そんな趣の雰囲気だったらしい。詩的だな、スミス氏は。

223: 2010/02/01(月) 02:38:17.49 ID:+OXWQXREP
力士シールって何?

224: 2010/02/01(月) 03:03:29.33 ID:+OXWQXREP
結局、三日間に渡っての調査も芳しい結果は出ず(まぁ楽しかったのには間違いなかったようだが)
その後は、今日この日に至るまで、月一回の落書き探しが続いているらしい。

合間に色々なイベントや、エピソードはあるが、掻い摘んだら、こんなところか。

228: 2010/02/01(月) 03:38:32.70 ID:qIxKLVi4O

頭の中での整理を終え、時計を覗く。午後9時過ぎか。いい加減に明日の場所を決めておかないと拙いか。

最後に一度、小説スレッドをリロードする。

少し話が進んでいた。

これまた奇遇なことに、スミス氏達も、どうやら件の落書き探しに出掛けるようだ。

よし、これを読んだら、俺達の方の探索の行き場所を探索するか。

229: 2010/02/01(月) 04:04:56.10 ID:qIxKLVi4O
『明日は月に一度の調査及び推理の日だな。最近は俺達五人の間に、暗黙の内にこの日を待ちわびている要な空気の漂いが、目視が出来そうな程にある。
無論、五分の一とはいえ、誰にも負けじと張り切っているのは、あの子……ではなく、この俺だろう。
この認識は、自答を受け入れた末のものとはいえ、やはり幾許か俺を赤面させる。
あの日、夜明けと共に清浄な風を伴いやって来た新年は、愚生の身に張りを入れる初日の輝きと共に、何よりも、俺の、あの子への思いの丈を如実にさせる確信を俺に与えてくれた。
あの子は、日常に潜んだ『何か』……それを明るみに出す力の源泉を内に秘めているのだろう。
俺はあの日、そう元旦にそれを信じたのだ。

生まれいずれた、その日から傍に居た彼女は、俺の為にエースを引き当てた。

早く、会いたい。そう思うようになり、しばしの日々が流れた。

明日、あの子の笑顔がまた『何か』を引き起こす、その因子を創らんが為に、俺も尽力しよう。

明日は、地元から遠く離れた遊園地が目的の場所だ。何かを感受したのかオードリーが決めた行き先だ。
あの極彩色のグラフィティが、願わくば、其処にあることを祈ろう。

232: 2010/02/01(月) 04:33:07.14 ID:qIxKLVi4O
ちょうど読み切ったところで、電子音と共に画面が切り替わった。不意をつかれて思わず仰け反ってしまった。

『着信・涼宮ハルヒ』

驚かせやがって。携帯端末用のブラクラかと思ったじゃねえか。

236: 2010/02/01(月) 04:55:23.58 ID:qIxKLVi4O
「もしもし。どうした?」

「キョンっ!ねぇ、あんたもう場所決めたっ!?」
「あー。いや、まだだ。今検索かけようとしてたとこだ。すまん」

「そうっ。やっぱりね!ふっふーん。予想はついてたのよね!喜びなさい!
このあたし、団長自らどうせオタオタしてるに違いないあんたの代わりに飛びっきりの場所を見つけ出してあげたわよっ!」
そりゃありがたいな。しかし、どれだけイイ場所なのか知らんがテンションと声のトーンが高すぎだ。耳が痛いぞ。

「よく聞きなさいよっ。あたしの駅から、各駅停車で十個ぐらい南下したとこにある遊園地知ってるでしょ!そこに決定よ!」

『あたしの駅』とはなんだ。あの駅はお前の私物かよ。涼宮駅、なんて名前じゃなかっただろ……って、おい!
「今なんて言った?」

「だから!遊・園・地!寝ぼけてんじゃないでしょうね」

……マジかよ。これこそ偶然だよな。それとも最近の高校生は『不思議探索』目的で遊園地行くのが流行ってんのかよ。

240: 2010/02/01(月) 05:41:11.18 ID:qIxKLVi4O
「キョン。聞いてんの!」

「ああ。聞いてるよ。おいハルヒ。なんで遊園地なんだ?」

「なによ。嫌なの?」

「そういうわけじゃないけどな。そのチョイスはひょっとして、昨日教えた掲示板から引っ張り出したのか?」

251: 2010/02/01(月) 10:48:47.58 ID:qIxKLVi4O
まさか、こいつもスミス氏の小説を読んだんじゃないだろうな。読んで、偶さか目に入ってきた小説に天啓を得たり、とばかりに遊園地を行き先に指定した……なんともあり得そうで頭が痛くなるな。

「違うわよ」

そうかい。頭痛の種は存外にあっさりと消された。そりゃあ良かったよ。
「じゃあ、どこからの思い付きなんだ?ただ行きたいだけじゃないだろうな」

「ま、それもあるわね。二日の猶予で絞り込みすら出来てないあんたに文句言われる筋合いはないけど?」

253: 2010/02/01(月) 11:03:51.96 ID:qIxKLVi4O
「別に文句がある、とは言ってないけどな」

「ちゃんと理由はあるわよ。これは、とある消息筋からの情報なんだけど、その遊園地は昔ある小説の中に実名で登場したことがあるらしいのよね」

どの消息筋だよ。怪しい都市伝説引っさげてきやがって。思念体とでもアクセスしてんのかお前は。後、その小説の作者はMr.Smithってんじゃないだろうな。

「でね、その物語の中で園内の一つの乗り物が爆発する描写があんのよ。それ以降、現実でもアトラクションに故障や不備が多々起こるようになったのよ!」

「おいおい。物騒だな。そりゃただの園側の不祥事じゃないのか」

そんな噂がまことしやかに囁かれてて、経営は大丈夫なのか。俺は絶対に、ジェットコースターとかは乗らんからな。

255: 2010/02/01(月) 11:15:45.31 ID:qIxKLVi4O
「とにかく!明日は遊園地!これはもう決定事項なんだからね。かなり距離があるから集合は明日の朝8時に駅前!
あんたはこの要項をみんなにメールで回すこと。あ、それと明日はもし遅れたら、立ち食い蕎麦奢らせた後バンジーもやらせるからね。気合い入れて起きなさい!」

「……はいよ。電話切ったらすぐ寝るよ」

「そうしなさい♪じゃ、おやすみっ」

「あぁ。おやすみ」

256: 2010/02/01(月) 11:34:58.62 ID:+OXWQXREP
「ふぅ……」

電話を切った俺は若干深い溜め息を洩らした。
ハルヒとの電話は無駄にエネルギーを消費するな。アイツは電話でも元気全開だからな。声を聞いてるだけでも残りのHPが削られていく気分だ。

まぁ俺の人知れず漏らされる嘆息の理由は、それだけじゃないのは分かってくれるだろう。

『あっちの』五人も、『こっちの』五人も、明日は遊園地…か。

これはもはや、古泉が言うような『面白い符合』では済まん偶然だ。

一瞬、真面目に同じ遊園地じゃないだろうな?と思っちまった。
俺達の街では、少なくとも謎の落書きが横行しちゃいないから、それはないだろうが。
そういや、地方のニュースでも、そんな出来事は最近聞かなかったがな。俺が見落としてるだけなんだろうとは思うけれど。
せめてスミス氏御一行の向かう遊園地の名称が分かれば、このモヤモヤは解消されるのにな……
そんな淡い願いと共に、掲示板のスミススレッドを閲覧したが、小説は更新されてはいなかった。
はぁ。とりあえず、団員達にメールを一括送信して……寝るか。

257: 2010/02/01(月) 11:55:54.86 ID:+OXWQXREP
次の日の朝。

いつも通り……とは意地でも口にしたくはないのだが。まぁいつも通り、集合時間は守ったものの一番到着の遅かった俺はハルヒの『遅い!罰金』に寝ぼけた頭を揺すられ、蕎麦を奢らされた。

どうでもいいが、五人揃って棒立ちで蕎麦をすする姿はかなりシュールで面白かったな。こら長門、替え玉頼むな。

各駅に停車する鈍行電車に揺すられながら、目的の遊園地のある駅まで、しばしのフリータイム。
長門は文庫本。ハルヒと朝比奈さんは遊園地のパンフレットを見ながら、なんだかんだ言ってる。今キョンとかバンジーとかって聞こえたな。もう忘れろって。
古泉はハルヒに言われ、携帯で取得出来る園の割引クーポンを取得しようとせっせとボタンをいじっている。
手持ち無沙汰になった俺はというと、これまたいつも通りの手順で掲示板にアクセスするが……やはりな。そこには
『このスレッドは消失しました。。』

今、スミス氏の小説が閲覧可能だったならば、俺はすぐにでも古泉か長門に見せていただろう。

そういう条件下では、スレッドが消失するらしい。どういう仕組みなんだか。

259: 2010/02/01(月) 12:22:54.89 ID:+OXWQXREP
電車に揺られること約二時間後、目的の駅に到着した俺達は更に五分ほど歩く。お。見えてきた。アレだな。

その遊園地は、まぁ景気の良い頃には全国の家族連れ達がこぞって押し寄せる人気を博し、近年では国民総出でその存在を忘れれ去る運動でも催されたのか?と思わせる衰退振りを発揮した所だった。
土曜日とはいえ、開園したばかりの園内には人影もまばらで、なんとも言えない寂寥感がそこここに窺えた。

エントランスを潜った俺達は、古泉の手元にあるパンフレットに目を向け、どういう順路で周るかを話合っていた。

「あっあっ。あたしお馬さんに乗りたいです」
大好きなアニメをテレビの最前列に陣取って見入っている子供のような瞳で朝比奈さんがリクエストする。うん可愛い。可愛いよ。

「ここって乗馬もできるのか。そりゃ凄いな」

「違いますよ。メリーゴーラウンドのことでしょう?朝比奈さん」

「はい。それです。馬車と白馬が一緒にくるくる廻る乗り物です」
ああ、なるほどね。

「では、園内を時計周りですね。それでよろしいですか涼宮さん」

ん?てっきり、後ろで仁王立ちでもして園内を眺めて『まぁまぁね』とか言ってんだろうと思っていたハルヒは、少し離れた場所で、俺達と真逆の方向…エントランスゲートをジッと見つめていた。

260: 2010/02/01(月) 12:34:05.59 ID:+OXWQXREP
「何やってんだ?」

俺の問い掛けにも、返事はなし。視線の先を追うと、どうやら入り口でチケットのモギリをやっている若い男女を見ているみたいだ。暇な時間帯も相まってか、二人の店員はとても楽しそうにお喋りをしていた。電話ボックスを一回り広げたようなガラス張りの建物の中で。

「なんだ?モギリやりたいのかよ。俺も子供の時はアレやってみたかったな」

ゴニョゴニョと何事かを呟くと、勢い良く振り返ったハルヒ。びっくりするだろうが。『付き合ってんのかな』とかなんとか聞こえた気がしたな。コイツあーいうのに憧れたりするのか?そりゃないか。
しばし俺の顔をジッと見た後に、視点を背景にズラし『まぁまぁね!』と言うとハルヒは、大股で俺を追い越し、『さぁ遊ぶわよー』と元気よく唸った。
やれやれ。

264: 2010/02/01(月) 13:05:16.43 ID:+OXWQXREP
時間も早いということで、俺達は園内のアトラクションを一つの取りこぼしもなく廻ることにした。
2つを除いてな。一つは当たり前だがバンジージャンプである。頑なに俺を飛ばせようとするハルヒと、断固として反対する俺。2人の舌戦は30分にも及び……まぁなんとも無為な時間だったことだ。
最終的には、俺が昼飯を奢るという形でケリが付いた。こんなにも『一応の終止符が打たれた』という言葉が似合う状況はないぞ。また財布が薄っぺらくなるな。

ちなみに俺達が言い合ってる最中、何の助け舟も寄越さなかった、いけ好かんニヤケ面の超能力者は、長門と朝比奈さんをエスコートする形で、ソフトクリームに舌鼓を打ってやがったらしい。
くそったれめ。お前が飛べば良かったんだよ。球体になっての飛行は慣れたもんだろうが。

「ま!仕方ないわね!昼ご飯で手を打ってあげるわ」
笑顔でそう言うと、「ほらっ行くわよっ」と俺の手を引っ張り走り出すハルヒ。なんかデジャヴュだな…とか思ってたんだが、なんのことはない。昨日も手を引っ張って学食連れていかれたな。

2日も連チャンで昼飯奢らされる男子高校生……いじめられっ子かよ俺は。

265: 2010/02/01(月) 13:13:27.23 ID:+OXWQXREP
で、園内のコンプリート達成から零れたもう一つの乗り物は観覧車だった。これはまぁ、零れたというよりは、後回しにされたという方が正しいか。
観覧車は園内をグルッと一周すると、丁度中間ぐらいで乗ることが出来るんだが、ハルヒいわく今日のメインイベントなので、最後にするらしい。
ここが舞台となった小説で爆発したのが観覧車なんだと。縁起でもないな。

267: 2010/02/01(月) 13:35:54.22 ID:+OXWQXREP
午前中の二時間で、約半分のアトラクションを消化した。

朝比奈さん待望のメリーゴーラウンドでは、白馬に箱乗りするハルヒと、いつもの無表情で馬車に乗ったせいで文化祭の魔女の格好を思わず回想させた長門の、動と静の対比が少し笑えたな。

コーヒーカップでは、案の定回転速度を上げまくるハルヒと、きゃーきゃー悲鳴を上げまくる朝比奈さん。

ゲームコーナーでは、某早撃ち0.3秒の顎髭とハットの似合うクールなガンマンよろしく、射的の景品を片っ端から狙撃していく長門。他にも新しい筐体があるにも関わらず、やたらにテトリスに執着を見せる古泉。
あー後言うのが少し恥ずかしいがプリクラも撮ったな。五人で入ると狭いのなんの。

268: 2010/02/01(月) 13:38:10.48 ID:+OXWQXREP
基本的には、どのコーナーでも毎回係員相手に「この遊園地ってある日を境に呪われてるんでしょ!機械は正常に動いてんのっ!?」と宣うハルヒ。
何に乗っても読書時となんら変わりない無表情な長門。
何に乗ってもわーきゃーと、男性係員を思わず振り向かせる可愛らしい悲鳴を上げる朝比奈さん。古泉は……まぁいいや。いつものスマイルでした。
といった四者四様のいつもの感じで、園内を制覇していった。

俺か?まぁ、な。楽しかったさ。少しの間スミス氏のことを忘れるくらいにはな。

269: 2010/02/01(月) 13:46:34.88 ID:+OXWQXREP
昼。ハルヒの提案で、数ある飲食コーナーを各々個人で周り、買い集めた物を外に設置されたテーブルで食べよう、ということになった。
あまり特筆したくもないが、出資は勿論俺だ。全員に千円づつ配ると、みんな思い思いに散らばって行った。十分後に再集合とのこと。
俺は無難にホットドッグとコーラを五本づつ購入して、一足先にテーブルに座った。

歩きっぱなしだったから、ゆっくり座れる椅子が恋しかったぜ。

食料をテーブルに置いた俺は、もはや無意識に携帯を取り出し掲示板の扉をノックした。

270: 2010/02/01(月) 13:54:39.80 ID:+OXWQXREP
『Mr.Smithの憂鬱なるとも歓待すべき日々』(レス数900)

おっ。やはり今は俺一人だからか、スレッドが見れる。
ついに総レス数が900の大台だな。

スミス氏達はどんな遊園地紀行を楽しんでいるだろうか。何だか遠く離れた所で同じことをやってるヤツらが居ると思うと親近感が湧くな。

スミス氏も飯を奢らせれているのか?下らないことが頭をよぎる。

最新の書き込みに目を通した。

275: 2010/02/01(月) 14:17:40.09 ID:+OXWQXREP
『眼前で、これ以上ないと思わせるような笑顔を振りまき、オードリー達三人の女子がハンマーを振るっている。
土竜叩きを、こんなにも目を細めて眺める日がやって来ようとは、夢にも思わなかったな。
俺の隣では、我が親友スミスが揃って笑顔で、土竜と奮闘する彼女等を見守っている。
……が俺と目を合わせるやいなや、先程までとはやや相違認められる、薄い瞳にて視線の言葉をぶつけてくる。『
おいスミス、あそこだ』と。
成る丈、気配の変化を…勿論女子達にも、斜向かいの標的にも気取られないように、細心の注意を払いながら、チラリと見やる。
居る。あの男だな。
やはり、如何にあり得る奇跡だと確言できる事柄とはいえ、こうもピンポイントに当たりを掴むあの子には、驚嘆し賞賛を惜しめないな。
俺達五人から、10メートルは離れた自販機の裏……太いデニムに赤いパーカーを羽織った若い美男子。
腰には大きいポシェット。中身はもう見当は付く。ラッカースプレーだろう。
あの子の興味を引いて止まない…巷間のアーティスト、記号を使役するパブロ……噂の落書きの創作者が其処に居た』

276: 2010/02/01(月) 14:32:32.87 ID:+OXWQXREP
「おぉ…。マジかよ」

携帯を握る手に思わず力を込めながら、俺は気持ち悪い独り言を呟く。
急展開だ。スミス氏達はついに、探し求めていた『何か』の、それも謎を作っていた張本人に出くわしたらしい。凄いぞオードリー。こりゃハルヒにも負けてないな。

ここで、はたと気がつく。
スミス氏も今、遊園地ってことは、これはリアルタイムで書かれてるのか?
そんなことが可能か?
どれだけ早打ちなんだスミス氏は。
書き込み時間は何時だ? 『 12:35』
うん?リアルタイム……みたいだな。

いや待て待て。
『12:35』だと?俺は、焦って携帯の時間表示を見る。
『12:05』

なんだよ、これ!

277: 2010/02/01(月) 14:43:11.41 ID:+OXWQXREP
携帯から目を離した俺は、上空を仰ぎ見て首をぶんぶん回しながら、園内に設置された柱時計を探す。あった。
時刻は確かに、12時を5分回ったところだ。

再び、携帯に目を落とす。
レス数900 ◆Mr.Smith 書き込み時間12:35

おかしいぞ。何だ?
三十分時間がズレてる。この掲示板の書き込みは、どんな板だろうと総じてリアルタイムに反映されるはずだ。1~2分の誤差はともかく、三十分は異常だ。

頭の中で必氏に言い聞かせる。『おいおい、何焦ってんだ。こんなのサーバーのバグか運営の不備に決まってるじゃないか』と。
だが、頭では分かっているはずなのに、心臓はパーツが一本狂っちまったかのようにバクバク鳴ってやがる。冷や汗が背中を伝うのが、分かった。

279: 2010/02/01(月) 15:13:08.03 ID:+OXWQXREP
震える手で、書き込みを最新のものへとリロードする。くそ。何だってこんなに胸が高鳴ってんだ。
画面が薄く光、書き換えられる。

レス数901◆Mr.Smith
書き込み時間12:42
『ゲームコーナーを離れた俺達は、園内の中央に設置されている軽食コーナーにて昼食を摂ることにした。数ある電子機器との格闘を終える頃には、美麗な落書き青年は姿を消していた。眉根を』顰める俺に、アンダーソンが耳打ちする』

「スミス。大丈夫だ。ある程度は、移動した方角を押さえてある。それより見ろ」

『顎の動作のみで、俺に自販機を指し示すアンダーソン……成る程。赤い自販機の側面は、俺達がゲームに興じる僅か十分足らずの内に、青と黄色の記号アートで埋め尽くされていた。
オードリーはまだ気付いていない。これを報せれるべきか否か。思案に明けくれながら、歩を進めている内に、雑多な人並みに賑わう広場に到着した。
まぁなる様になれ、だな』

281: 2010/02/01(月) 15:15:59.93 ID:+OXWQXREP
『豊富な品揃えのファストフード群の中の、文字通り食指が動いた大きなピザを購入し、俺達は席に就いた。
他愛なき、しかし愛でるべき平々凡々とした会話と、ピザの咀嚼に口を動かしながら、食後の動向について思案明け暮れていると、不意に耳に入ってきたオードリーの
『あっ!』という叫びに幾分か肝を冷やされる。
落書き魔が彼女に見つかってしまったか?そう思い顔を上げる』

「ビックリしたぁ。今ちょっと揺れたよね」

「震度2くらいだと思われるわ。心配ない」

『なんだ。地震か。オードリーとエイドリアンの交わす言葉で、ようのこと気が付かされる。少々思考を奮わせすぎていたようだな。アンダーソンが笑いながら話し掛けてくる。』

「何だよ。スミス。ボーっとして。三人の内誰かに抱き付いて欲しかったのか?」

『その台詞を皮切りに、テーブル上を朗らかな笑い声が行き交う。本当にコイツは頭の良い出来るヤツだ……俺の緊張感を、彼女等に露見さす事なく解いてくれた親友の顔を一瞥しながら、俺はそう思った』

283: 2010/02/01(月) 15:37:36.51 ID:+OXWQXREP
数回まばたきを繰り返し、首まで振ってから、書き込みされた時間を確認するが……やはり、三十分時間が早い。

相変わらず動悸が早い。コーラを一口飲み喉を潤し、一息つく。
今のところは、俺が勝手にあたふたしているだけであって、なんの問題もないのは理解してる。
してるんだが……

如何せん、この不思議な現象を目の当たりにしているのが俺独り、というのが、どうも心臓に悪い。
御存知の通り、俺はごく普通の人間だ。平凡の極みを地で行ってるといっても過言ではないだろう。
そんな俺が、これまでに巻き込まれたトンデモ体験を上手く掻いくぐってこれたのは、長門や古泉、朝比奈さん達という、非現実的属性を有するヤツらと、協力しあっていたからだ。

それが急に、何の助力も助言も得られない立場に突き落とされたんだ。
そりゃ不安にもなるぜ。
なら古泉か長門に相談すればいいと思うよな?

でも、予測はついてるんだ。それをしてしまったら、またもスレッドは消失してしまうだろう。
後な、これは予測ではなく何の宛てもない推測なんだが……
次にスレッドが消え失せてしまったら、もう一生見れないような、そんな予感がするんだ。

スミス氏の意志なのか、それとも本当に偶然なのかは、知る術もないんだが…………
俺が選ばれて、俺にだけ見せたい『物語』があるのなら……そんな状況、汲み取ってやりたいだろ?

日常に見え隠れする『何か』をたまには独り占めしたいもんだぜ。
男ならさ。

284: 2010/02/01(月) 16:00:43.70 ID:+OXWQXREP
「早いじゃないっ!」

不意に後ろから……常々思うんだが、コイツは俺に対して色んな意味で不意打ちが多すぎるぞ!
大声と共に肩をはたかれた俺は、椅子から飛び上がり、ひっくり返った声を上げながら携帯をポケットに入れた。

「……何て声出してんのよ。『ほわぁっ』て何よ『ほわぁっ』て」

「いきなり、後ろから声掛けるからだろうが」

ただでさえ心臓が踊ってるのに、今ので余計酷くなったぞ。バンジーを中止にしたのに、なんだって陸でこんなにドキドキせにゃならんのだ。

「……あんた最近しょっちゅう携帯いじってるわよね……誰と連絡とってんのよ」

両手に持ったナシゴレンの皿をテーブルに置きながらハルヒがジト目で言う。睨むなって。

「別に誰とも連絡取ってねぇよ。調べ物だ」

「ふーん。あっそ。怪しいもんよね。そんな勢いでポケットに隠して。別に興味ないけど」

……まぁ、さっきの行動は確かに、みっともなかったしワザとらしすぎたな。何してんのか聞いて欲しくてやったかのような隠して方だったな。
「興味ないなら、放っておけよ」

「……むぅぅ」

がたん!と音をたてて座ったハルヒは、腕と脚を組み、アヒル口をソッポに向けた。

なんつー分かり易い不機嫌スタイルだ。また古泉に何か言われるな……

285: 2010/02/01(月) 16:13:14.47 ID:+OXWQXREP
間もなくして、古泉達も戻り、昼食が始まった。
一応、みんなが揃うまえにハルヒには「わりぃ。機嫌治せよ」とは言ってみたが、
返ってきたのはドスの効いた睨みと「やっぱバンジーやらせるんだった」という空恐ろしい言葉だけだった。
今日はもうハルヒのまえで携帯はいじらない方がいいかもな……

ポテトとサンドウィッチを携えて戻って来た古泉は、俺達の微妙な空気を察するなり、いつもの、両手を肩の高さで広げる『困ったものです』のポーズをとって苦笑いした。
食い物持ったままやってもダサいだけだぞ。

286: 2010/02/01(月) 16:32:35.65 ID:+OXWQXREP
長門の買って来たナンカレーと、朝比奈さんセレクトのサラダとハンバーガーが更に食卓が賑わせる。
午後からのルート確認や、最後の観覧車に乗る時間を話し合いながら、手と口を動かしていると…………
またしても、俺の心臓だけに狙いを定めたとしか思えない現象が起きた。……無理は承知だが予測しておくべきだったな。なら、ズボンに汚すこともなかっただろう。

「きゃああっ!」

今日何回目か分からない朝比奈さんの叫び声。ハルヒと古泉と、勿論俺も、口々に声を出す。

マジかよ!地震だっ。

慌てた俺はカレーをズボンにベッタリと引っ掛けてしまう、買って来た当の本人の長門だけは、眉一つ動かさずに、カレーを食い続けて、一言。

「この国に置ける数値で算出するならば震度は2、マグニチュードは3.5問題ない。津波の心配も皆無。震源地はここから約23キロ西部の海域」

……お前はテレビのテロップか。

「皆さん大丈夫ですか?久しぶりの地震だったので些か驚きましたね」

「ふぅぅ。もう大丈夫ですかぁ?」

「結構、揺れたわね。キョン、あんたカレー零してるわよ……顔色もカレーみたいよ」

どんな顔色だ!と突っ込む余裕は既になかった。
時計を見る。12:45……あぁ、やっぱりか。

287: 2010/02/01(月) 16:47:55.52 ID:+OXWQXREP
「キョン君大丈夫ですか?」

「情けないわねー。男の癖に一番ビビってんじゃないの。ほら、これでズボン拭きなさい」

「あ、ああ…すまん……」

ハルヒ曰わくスパイシーで茶色な顔色になったまま立ち尽くしていた俺は手渡されたティッシュペーパーでズボンを拭いながら、考えていた。

小説に書かれていた通りの時間に地震が起きやがった。リアルタイムだから当たり前だってか?
いや違う。
『こっち』と『あっち』では何故か三十分の誤差があるんだ。
スミス氏の居る所でも地震が起きたんだろう。それはいいさ。地震大国日本だからな。だがそれが表記されたのは、三十分前だぞ?普通に考えたら、これは三十分後の地震の予知になる。

だが残念、更に非現実的な考えが既に頭の中に陣取っていやがるからな。
聞きたいか?オーケー。きっと、スミス氏の居る場所と俺達の居る場所は時間の流れが違うんだ!彼らは俺達より三十分の未来を生きてるのさ!

……おら。笑いたきゃ笑えよ。
誰だって、俺みたいな立場に居りゃあ、そんな突飛な考えが、平常時からひねり出せるようになるさ。……やれやれ

290: 2010/02/01(月) 17:16:20.54 ID:+OXWQXREP
食後、トイレに行くと古泉が付いてきた。

「大丈夫ですか?」

「ああ、まぁ帰って洗えば取れるだろ。ほんの少し付いただけだ」

「いえ。あれぐらいの地震にしては、顔色がかなり優れなかったので。何かありましたか?」

「心配すんな。一張羅にカレーがかかったんで、びっくりしただけだ」

「……それならよろしいのですがね。何事か、助けが要るような事態になったなら遠慮せずに申し上げて下さいね」

「ああ」

291: 2010/02/01(月) 17:33:31.18 ID:+OXWQXREP
古泉が先に出たのを確認して携帯を開く。
こうも『こっち』と『あっち』の事象がリンクしているならば、一つの指針として見ておいた方がいいかもしれないからな。

あの短い食事の間に、意外にもレス数は950まで伸びていた。ざっと目を通す。

スミス氏一同も、食事を終え、再度園内を巡り始めた。残りのアトラクションをチェックしていってる最中、オードリーは遂に、園内に吹き付けられたスプレーの記号を見つけてしまったみたいだ。

292: 2010/02/01(月) 17:40:15.27 ID:+OXWQXREP
「スミス!これ見て!やっぱりここにもあった!」

「あぁ。オードリー、大当たりだな。お前の選択していく場所には、これで全て落書きがされていた」
「うんっ。でもまだ『全て』かどうかは分からないよ。これから先だって……」

「いや。此処までだ。オードリー。この落書き触ってみろ。まだ新しいだろ」
「え……」

「作者が、すぐ近くに居るんだ。そいつと会ってみて……どうするかは好きにすればいい。俺達はオードリーに最後まで付き合うよ」

293: 2010/02/01(月) 17:59:19.03 ID:+OXWQXREP
レス数960 ◆Mr.Smith
書き込み時間13:35

『そう。これで『何か』の調査はひとまずの終焉だろう。
記号の意味を問うも良し。落書きを続けた理由を問うも良し。きっとあの子が胸の内に宿している筈の……欲するべき結果が訪れるのだろう。

追い求めていた『何か』に触れた時、その『何か』は果たして如何なる形として、俺達の…俺の目に映るのだろう。

誰か…見てくれているだろうか?これを見ている異なる世界の『キミ』よ。もう少しだけ、お付き合い願いたいな』

294: 2010/02/01(月) 18:01:04.46 ID:+OXWQXREP
『異なる世界のキミよ』
か……。

俺が見てるぞ、スミス。

俺は携帯を閉じ、ハルヒ達の元へ向かった。

295: 2010/02/01(月) 18:09:47.48 ID:+OXWQXREP
午後からは、残りの三つのアトラクションと、動物との触れ合いコーナーをまわった。

定番の絶叫系、ジェットコースター、ウォータースライダー、バイキングでは、まぁこれまで通りさ。ハシャぐハルヒに泣き叫ぶ朝比奈さん、いたって冷静な長門と、微笑む古泉。あとは月並みな反応の俺。変化がないというのは、喜ばしいのやらそうでないのやら。

せめて古泉だけでも、多少のビビり具合を見せてくれれば笑えたんだけどな。異空間での赤玉直滑降に慣れてるヤツは違うな。ニコニコしてやがった。

296: 2010/02/01(月) 18:25:18.14 ID:+OXWQXREP
動物コーナーでは、何かと心的披露の多い俺をほっこりさせてくれる絵図が色々見れて良かったな。ここ、今日のハイライトにしといていいんじゃないか?

鼻をヒクヒクさせて震えるウサギを抱きしめながら「うわぁ可愛いですね」と鈴の鳴るような声で仰る朝比奈さん。ああ、可愛い!確かに可愛いです!(バニーガールを連想したのは内緒な)

長門……なんだ、そのお前の周りに群れを形成する異様な数の猫達は。せっかくだから、立ってないで撫でてやれよ……あと頭にオカメインコが乗ってるぞ。

……らしいというかなんというか、ハルヒは虎を抱いていた。赤ちゃんのな。「うりうり。あたしの匂い覚えとけー。将来大きくなって檻から逃げ出しても、あたしのことだけは襲っちゃ駄目なんだからね」

何を刷り込んでんだか。……まぁ悪い光景ではないけどな。

「おや。涼宮さんに見とれてましたか?」

「うるさいぞ古泉」

313: 2010/02/01(月) 23:20:50.88 ID:+OXWQXREP
動物コーナーで予想以上に長居し、時刻は午後4時30分。

俺は古泉と、観覧車近くの自販機の前で、コーヒーを啜っていた。長門と朝比奈さんは、すぐそこに見える土産屋で買い物。
ハルヒはというと、50メートルぐらい離れた券売機の前で初老の係員をとっつかまえて、何やら尋問めいたことをやっていた。
「観覧車なんて乗るのは何年ぶりですかね」

「さあな」

すぐ向こうから、爆発がどうのこうの聞こえてくる。アイツ何聞いてんだか。空き缶を捨てる際に、一応自販機の側面をちらりと見てみたが、謎の記号がスプレーで書かれてはいなかった。
そりゃそうか。

「おや、どちらに?」

「トイレだ。」
「ご一緒しましょうか?」
爽やかな笑顔で連れション宣言はよせ。

「いらん。付いてくんな」

316: 2010/02/01(月) 23:39:06.32 ID:+OXWQXREP
レス数965 ◆Mr.Smith
書き込み時間 16:31

『矢張り言うべきではなかったか。無論いずれは教える腹積もりではあったが、如何せん尚早だったようだ。残りの乗り物をチェックしていく道中、まさに心此処にあらずといった風体のオードリー。
見ている残り4人も、胸中には焦燥感が宿り出している様子で、何とも宙ぶらりんな時間が過ぎ行く。ある一定の法則性があるのだろう。園内の落書きを6つ見つけた時点でエイドリアンが口を開く』

「これは、位置関係と等間隔の距離から推測するに、ペンタグラム。
三元構成された小宇宙の三角形を貫くように同じく構成された大宇宙の三角形……恐らく最後の落書きは六角形の中心部だと思われるわ」

「地図を見るには、……観覧車か」
「オードリー、其処に奴は居るだろうな。最後のグラフィティ見に行くか?」
『数秒の逡巡……張りの無い「うん」の一声。俺達は、さながら運命の車輪……観覧車に向かった』

318: 2010/02/01(月) 23:55:12.60 ID:+OXWQXREP
トイレから出て、自販機の前に戻ると、古泉の姿はなく、代わりに黄色いリボンをヒラヒラさせながらハルヒが立っていた。
「遅いわよ。また携帯いじってたの」
根に持つな。俺だって現代人の端くれだ、携帯ぐらい触らせろよ。

「古泉達は?」

「先に行ったわ。待っててあげたんだから、感謝しなさいよ」

「別に頼んじゃいないだろ」

「……これっ」

自販機に並ぶココアを指差し、得意のアヒル口を見せびらかさんばかりに、作るハルヒ。

「遅かったから、奢りなさい」
へいへい。

322: 2010/02/02(火) 02:34:04.40 ID:7ViK7FPgP
レス数970 ◆Mr.Smith
書き込み時間16:55

『観覧車の麓に到着する。夕暮れ時も関係したものか、家族連れやカップル達で其処は中々の賑わいを見せていた。
周囲への目配りを怠らないアンダーソン。こう人が多くては、落書き青年を、視認し張り続けるのも難しいかもしれないな。
そもそも衆人環視のこの状況で、一体何処にどの様な記号絵画を描こうというのか。ミラが提案する。』

「二手に別れて探しましょう?スミス君とオードリーさんは、観覧車に乗って上から捜索。わたし達三人は下界で探すから、もし上空から見つけたら、電話してくれればいいわ。ね?」

『アンダーソンは2つ返事で了解した。「両手に花だ。悪く思うなスミス」と意味深長な笑顔を寄越しながら。
純粋に名案だと思い、その上、恐らく俺達幼なじみ二人を良い雰囲気にしてあげようとする、年上の女性らしい行き過ぎない優しい配慮に、感心する。
この機に、先程より流れている、オードリーの伏した気分を解消させる事が出来ればいいのだがな。
俺の単なる希望的観測なのかもしれないが、やにわに明るくなったかの様に見えたオードリーが俺の手を引く。俺達は観覧車に向かった』

324: 2010/02/02(火) 03:08:50.12 ID:7ViK7FPgP
ココアを持ったハルヒと観覧車の麓に着く。相変わらず人が少なく夕暮れ時が余計に閑散とした雰囲気を際立たせていた。
あいつらどこ行ったんだ?
ポケットで携帯が震える。ハルヒがこっちを睨む。お前は携帯に何か恨みでもあんのか。

着信は古泉だった。

「どうも。お先に失礼していますよ」
一番風呂みたいな言い方するな何のことだ。
「上ですよ」
何だ?見上げると、観覧車の四分の一ほどの位置のゴンドラから、朝比奈さんと古泉が手を振っていた。長門も居る。

「両手に花ですいません。待ち切れなかったもので。申し訳ありませんが、そちらは二人でお願いします。涼宮さんにも謝っておいて下さい」

……勝手なことしやがって代われよ。飛び降りてきやがれ。隣に目をやる。
てっきりご立腹かと思ったが、口を真一文字に結んだハルヒは、天を仰ぎながら、少し潤んだ瞳と赤らんだ頬で突っ立っていた。

327: 2010/02/02(火) 04:51:52.77 ID:7ViK7FPgP
レス数975 ◆Mr.Smith
書き込み時間 17:20

『十五分近く並んだ俺達は、ようやく黄色いゴンドラに乗れた。観覧車に乗るのは何年振りだろうか。
扉が閉められ、ゆっくりと円を描く上昇運動が開始される。
対面の幼なじみは窓に口付けせんばかりに引っ付き外を眺めている。素直に可愛いな…と思った。俺は横顔に語り掛ける。』
「次の絵は何処に書くんだろうな」

「……うん」

『か細い声が返ってくる。こっちに向き直った彼女が俺を見据えながら喋り出した』

「ねぇ…」

329: 2010/02/02(火) 06:03:27.28 ID:7ViK7FPgP
「ねぇ……これって一周するのに、何分ぐらいかかるの?」
「さあな。7~8分じゃないか?」

黄色いゴンドラに乗った俺とハルヒは、互いに別の窓から外を見ながら言葉を交わした。てっきり「なんであんたなんかと相乗りしなきゃなんないのよ」……なんて詰られると思っていたんだがな。
「今ちょうど有希達はあたしたちの真上ぐらいね。今なら爆発しても大丈夫じゃない?まだ低い所だし」

「代わりに朝比奈さん達が危ないだろうが。向こうは今てっぺんなんだぞ。落ちたら即氏だ。」
「有希と古泉君が助けるわよ」

窓ガラスに内緒話でもしたいのかと思わせる距離で、ハルヒがハァッと息を吐く。ガラスが白く曇る。
「あっ、海」

振り向いた勢いを弱めることなくパタパタと俺の隣に膝立ちになるハルヒ。あんま揺らすなよ。

「キョン……上まで行って、動き止まったら、どうする?」
遠くの海を見つめながらハルヒが問う。恐ろしいことを言うなよ。本当に停止したらどうすんだ。
「ん……まぁ、お前と居るなら大丈夫そうだ」

「……なによ。それ」
……まずった。今のは変な意味に聞こえるぞ。おい黙るなよ。せめて『馬鹿じゃないの?』ぐらい言えって。そこはかとなく漂いだす沈黙。
三秒後にそれを破ったのは、携帯の着信音だった。何だ?冷やかしなら遠慮するぞ、ニヤケ野郎め。
「……あんたホントに電話好きよね。せめてドライブモードにしなさいよっ!ほらっ!貸しなさいっ馬鹿キョン!」

「やめろって!馬鹿!揺れるだろうが!どうせ古泉だろ!お前が文句言ってやれよ」
座った膝の上に乗りかかり俺の携帯を奪ったハルヒは、着信画面を見て糸が切れたように静かになった。おら、返せって。携帯を奪い返す。
着信は、佐々木からだった。

337: 2010/02/02(火) 11:55:33.38 ID:7ViK7FPgP
レス数980 ◆Mr.Smith
書き込み時間 17:25

「あの記号の意味ってなんなんだろ」

「そうだな……見当もつかないが……書いてる張本人に丁寧に質問すれば教えてくれるさ」

「……最初はね、本当に気になってた。あの記号はあたし達に対するメッセージなのかもしれないって。
始めて見て、興味を惹かれて、次からは行く先々で出逢っちゃうから……なんだかソワソワした。まるで、恋みたいだなって思ったの」

『膝の上で握り締められた、彼女の両手が小刻みに震えている。俺は出来うる限り頭を空にし、集中して耳を傾けた。彼女が……『何か』を伝うようとしているから』

「さっき…スミスがこれで最後だって言った時何だか凄く言いようのない寂しさを感じた……。
それで分かったの。あたしが本当に楽しんでいたのは、落書き自体じゃなくて、みんなと『何か』を探してる時間。だからスミス」

『夕暮れの柔らかな光線をたっぷりと湛えて、言葉と共に放つ様に彼女が言う』

「いつもそばに居てくれてありがとう」

『俺の……方こそ。そう動いた筈の口は、パクパクと上下するだけで、声帯は依然として沈黙を保ったままだ。
浮かぶ夕日の傍ら、このまま時間が止まればいい…そう思っていた俺を乗せたゴンドラは……頂点に差し掛かり、ガタンという音とともに停止した』

340: 2010/02/02(火) 12:51:40.27 ID:7ViK7FPgP
「もしもし。どうした?」

「やぁ。随分鳴らしたよ。たて込んでいたかな?」
「…まぁな。良いタイミングだったとは言い難い」
「くっくっ。悪かった……涼宮さんと一緒かい?」
「なんで分かるんだ」
「女の勘…と言ったら納得してくれるかな?忙しい様だし理論的な講釈を聞かせて君を煩わせるのも後が怖そうだ。
なに、大した用向きではなかったんだ。キョンの家の前を通りかかったので、お茶にでも誘おうとしただけさ。
先約があるなら大人しく退散しておこう。それじゃあ涼宮さんに宜しく」
滑舌よくそう言い切ると佐々木はあっさりと電話を切った。通話時間35秒。必要最低限、とはアイツの為にある言葉かもしれないな。

「悪い。もうドライブモードにしといてやるよ。……おいハルヒ」

背を向けて夕日を見つめながら口を閉ざすハルヒ。座ったまま顔を覗き込んでみる。柿色の日の光以外はシャットアウトしたかのような光沢の瞳は、この世のどんなものにも靡かないような強さが宿っていた。願いを灯しているようにも……見えた。
「ハルヒ……夕日にお願い事でもしてんのか」

返事はない。代わりに、ゴトン、という鈍い音がしてゴンドラが揺れる。
…おいマジかよ。
俺とハルヒを乗せた黄色いゴンドラは、観覧車のてっぺんに到着を合図にしたかのように停止した。

344: 2010/02/02(火) 14:31:59.51 ID:7ViK7FPgP
レス数985 ◆Mr.Smith
書き込み時間 17:30
「なに…?止まった…嘘っ」
『橙の陽光に照らされた観覧車は車輪からオブジェへと姿を変えた。時が止まればいい…まさか願いを聞き入れてくれたというのかオードリー。
静寂も束の間、外からざわめきと悲鳴が聞こえだす。馬鹿な事を考えてる場合じゃないな。下界を見下ろす。係員がわらわらと制御室に集る。一体何があったんだ?』

「スミスっ…」

『否…落ち着けスミス。俺はオードリーの手を握り、可能なまでのなだらかな声を、手渡す様に』

「大丈夫だ。すぐに直る。特等席だ景色を楽しもう」
『……俺は駄目だな。なんとも力の無さが露呈し、情けなくなる。捻り出した、繕う為の言の葉も彼女の口元を少しばかり緩ませるのが精々だ。目は怯えている。
ゴンドラを悪戯に揺らさんかのような他の客達の悲鳴が、各々の恐怖心に拍車をかける。俺は携帯を取り出しアンダーソンに掛ける。
右手は彼女と繋がったままだ。伝わる震えとコール音が交差する』
「もしもしスミス!大丈夫か?」
「ああ、少しばかり空気が薄いが景色は抜群だ。どうなってる?」
「それだけ冗談が言えるなら一安心だ。今、下に居る。俺達は丁度降りられたところだ。どうやら、制御係のコンピューターがおかしくなってるらしい。
原因は不明みたいだ……大丈夫だ。すぐに動くさ。俺達は、例え観覧車が崩れてもここに居るからな!幼なじみを守ってやれよ」
『ありがとう親友よ。俺のそれとは違い、溢れんばかりの力の込められた言葉が俺の芯に根付く。この芯の熱が、右手を伝わって彼女にも行き渡れば良いのにな。俺は携帯を彼女に翳す』
「オードリー!心配するな!終わったら笑い話が一つ増えるだけだ」
「オードリーさん?ミラです。怖がらないでね。2人っきりの個室、楽しんでね?」
「わたし。心配はいらない。早急に原因の調査と除去は済む筈よ」
「……ありがとう、みんなっ」
『顔に仄かな明るさが戻ったオードリーが、窓越しに、下界の仲間達を愛おしそうに眺めながら、右手を強く握り締めてくる。俺も強く握り返し、見下ろす。
刹那。俺の目が、他の何物よりも、禍々しくそれで居て不遜に細かな胎動を続ける赤い十字架を捉える。あれは……何だ……?
観覧車の麓に出来た人塵から距離をとった場所に……笑いながら両手を広げた赤いパーカー赤いフードの男が、居た』

345: 2010/02/02(火) 15:26:31.83 ID:7ViK7FPgP
なにかが零れ落ちそうなぐらいに目を見開いたハルヒが、窓の下と俺の顔を交互に見て呟く。
「嘘でしょ?ホントに止まったの?」
……みたいだな。これは、あれか?目の前の神様的少女の願いが、またも俺を巻き込む形で叶っちまったのか?勘弁しろよ
「ちょっと、どうすんのよキョン!」
「俺に聞いてどうすんだ。あんまり動くな。ほら、ここ座れ」
どんな状況でも自己主張をやめないアヒル口を作りながらハルヒが隣に座る。「ぬぅぅ」とか言いながら。……で、どうすりゃいいんだ。電話が鳴る。着信古泉。履歴がお前で埋まっちまうぞ。

「もしもし。お二人とも無事ですか?」
「どこが無事なんだよ。息苦しいったらないぞ。色んな意味でな」
「それだけ毒づけるなら、どうやら大丈夫のようですね。僕達の方は心配ありません。今し方大地に降り立ったところです」
「みたいだな。で、どうなってるんだ?」
「どうやら制御係コンピューターが原因不明の異常を来したようですね……ということにしましょうか?」
…やれやれ。ということは……
「ご想像通り、例の力でしょう。長門さんが2人のゴンドラから小規模の情報フレアを捉えました。プロテクトは強固。干渉は不可。
羨ましいです。よっぽど2人っきりになりたかったのでしょう」

俺は隣のハルヒをチラ見する。目が合う。
「何よ」

なんでもねぇよ。ちょっとは、しんなりしろよ

346: 2010/02/02(火) 15:28:26.41 ID:7ViK7FPgP
「ということですので、当面はあなた次第です。後ろから抱き付き耳元でアイラービューはいかがでしょうか?
それでは、我等の団長を宜しくお願いします。そうですね、流石は涼宮さん、見事に不可思議な現象を引き寄せましたね、感服です……とお伝え下さい。あ、朝比奈さんに替わりますね」

さっさとそうしてくれ。
「キョン君、大丈夫ですか?落ち着いて、落ちないで下さいねっ。あのあの、涼宮さんを守ってあげてね。長門さんに替わります」
ダブルで変な事言わないで下さいよ。

「わたし。心配はいらない。有事の時は、わたしが2人を守る」
ありがとよ。心強いぜ。
電話を切り、携帯を左手で玩ぶ。ハルヒの目に付かないように、画面を見ずにボタンを操作しながら掲示板に繋げる……なんとなく、だがな。

ふと気付くと、ハルヒが俺の袖をギュッと握っていた。……怖いのか?

「ハルヒ、みんながお前によろしくだとよ。あいつらはどうも俺より団長様の方ばかりを心配してやがる節があるな。やれやれだ」
「……当たり前でしょ馬鹿キョン」
下を向いたまま、力ない座り方で言うハルヒ。俺は袖を掴んだハルヒの左手の小指を解き、軽く握った。……しつこいようだが、なんとなく、な。

350: 2010/02/02(火) 16:38:09.98 ID:7ViK7FPgP
レス数990 ◆Mr.Smith
書き込み時間 17:33

『思わず息を呑む。下界に佇む赤い麗人は、己の尊ぶべき全ての物を受け入れんとする様に、諸手をピンと張り、笑っていた。静止した観覧車を見て享楽している。
背筋を怖気が疾走する。あれは……己の集大成である作品を眺めている顔だ。好く言えば達成感を味わう芸術家。悪く言えば創生された背徳の作品に凶兆を見いださんとする狂人に見えた。
アイツが……観覧車の制御系統を弄り、停止させたのか?
どういうことだ?
奴は俺達の好奇心を後援していてくれている、大我のアーティストではなかったのか?』

353: 2010/02/02(火) 17:37:50.70 ID:7ViK7FPgP
レス数901 ◆Mr.Smith
書き込み時間 17:35

「あっ……あれ」

『オードリーが、声を上げる。その目には、狂瀾の落書き魔が。否…狂瀾と断定してしまうのは早計か。あの不祥の笑顔は、隣の彼女には、どう映っているのか。』
「ひょっとして、あれが…落書きの……?」

「ああ。御明察だな」

「あれ…が…?何だか…怖い……あっ」

『押し黙る。どうしたんだ?まさか…オードリー。考えているのか?俺と…同じ事を』

「ねぇ…ひょっとして…この観覧車止まったのって、あの人のせい?何で?
何だかそんな気がする。やだ…怖いよ。ねぇ…スミスっ。まだ動かないのっ?機械の不具合なら、もうそろそろ治ってるんじゃないのっ?」
「オードリー……」
『俺は、カクカクと震える彼女の左手を両手で掴む。今、目の前で安寧を手放しつつある幼なじみを俺は……助ける事が出来ないのか?探し続けていた『何か』が享受し難いモノであったが故に、彼女は……』
「ごめんっ…ごめんなさい。どうしよっ。あたしが…落書きを調べようなんて言ったからっ…遊園地行こうなんてっ、言ったから…こんなことに…」

354: 2010/02/02(火) 18:06:36.27 ID:7ViK7FPgP
レス数902 ◆Mr.Smith
書き込み時間 17:37

「…そうかもしれない。だがそんなことない」

『俺の放つ訳のわからない言葉に、オードリーが、顔を上げ、キョトンとする。その拍子涙が零れていた。
地上数十メートルの黄色い個室に共に居る時であろうが、自室で独り膝を抱えている時であろうが、君が泣いてるいるのに指をくわえて見ているなんて、あってはならないんだ』

「そうかも、と言ったのはアイツが観覧車の機械に細工して停止させた件だ。俺もそう思っていた。理由は無いがな。そう想わせる『何か』がアイツには見える。
そんなことはない、と言ったのは、オードリーが自分が悪い…といった件だ。俺達はみんな、楽しいから、街の落書きの原因と結果を究明しようとした。
だが、だからと言ってその結果起きた事を遡ってわざわざ自分を責めなくて良いさ。何度も言うが、俺達はみんな、お前と居るのが楽しかったから…嬉しかったから、行動を共にしているんだ。

連帯責任だと言っているんじゃないぞ?別に誰も悪くないし、こういう状況も悪くない…俺はそう言いたいんだ」

358: 2010/02/02(火) 18:27:50.68 ID:7ViK7FPgP
レス数903 ◆Mr.Smith
書き込み時間 17:40

『不思議と、周囲の叫喚が聞こえなくなっていた。ゴンドラの中に響くのは俺の声と、彼女の息遣い、そして床に落ちる清廉な水滴の音だけであった。俺は続ける』

「高校に入って久方振りにお前と遊べて嬉しかった。ポーカーも旅行も落書き調査も、全てが楽しかった。
可愛らしい女の子とも一辺に2人も友人になれた。みんな……オードリー、お前が集めたんだ。俺も含めてな。
お前には人を寄せ集める魅力があるんだよ。
不思議な力があるんだよ。俺は……そう信じている。願えば叶う事もある。
お前と居ると『何か』起きそうで、俺はこうも浮つくんだ!
だから……オードリー。
信じて…願ってくれ。

明日、過去になった今日の今が……晴れて愉快な思い出になると」

361: 2010/02/02(火) 19:08:12.67 ID:7ViK7FPgP
レス数904 ◆Mr.Smith
書き込み時間 17:44

「スミス……ありがとう。」

『繋いだ手を顔の前まで持ち上げ、見やる。この手を通じて……伝わってくれただろうか?…想いは。
オードリーが、くすりと微笑む。溢れ、零れた水量の分を補填するに充分な眩い笑顔だ。
手が解かれた。両手でゴシゴシと目を擦る』

「ごめんね。ありがとう。あたし、みんなが…スミスが居れば大丈夫」

『ガタンっ。やっと幕間は終わったようだ。
緩やかな速度でゴンドラは動き出す。
願いは…叶ったようだな。』

「やったぁ!スミスっ。動いたよっ」

「あぁ。ほら座りな。後、半周……景色を見て『何か』探そう」

「うんっ」

『遥か向こうから、大地を暖かく照らす太陽。俺にとってはその偉大なる天体とも相違なく見える晴れやかな笑顔で、オードリーが隣に座る。
手は繋がれたまま。心地良い下降に身を任せた俺は、宥恕の目で下界を見る。

赤い落書き魔は居なくなっていた』

362: 2010/02/02(火) 19:20:13.23 ID:7ViK7FPgP
レス905 ◆Mr.Smith
書き込み時間 17:48

「スミス!」

『しばらく振りの大地への凱旋を果たす。迎え入れてくれたのは、親友の熱い包容であった。』

「この野郎、無事で何よりだ!何分も2人っきりで夕焼け観賞洒落込みやがって。オードリーちゃんも、無事で良かったよ」

「ふふっ。それどっちの意味?みんな、心配かけてごめんねっ。それと……」

『俺、アンダーソン、エイドリアン、ミラ。順に見渡したオードリーは、どんなに謹厳な人間だろうと見るだけで蕩けてしまいそうな笑顔で高らかに言う』

「いつも、ありがとう!」

369: 2010/02/02(火) 19:54:47.31 ID:7ViK7FPgP
レス数906 ◆Mr.Smith
書き込み時間 17:50

『取り敢えず、広場のテーブルに移動した俺達は、数分前の出来事の各々の感想や、推測を語り合った』

「しかし、焦ったな。まさかフリーズするとは思わなかったな。係員も焦りまくってたぜ。しかし、止まったのも不思議だが急に動き出したのも不思議だ。
システムをどう触ってもお手上げ状態だったのに、いきなり直ったみたいだったぜ?ホッとはしていたけど、首を傾げてる係員も多かった」

「あぁ。それはな、きっと願ったからだな。強く念じれば『何か』が起きるんだ」
「なんだそりゃ」
『俺はオードリーの方に視線を投げかける。口元の微笑で、彼女も返事をくれた。』
「でも物騒ね?上から見つけた落書き魔さん。本当に彼の仕業なのかしら」
「確信はないですけどね」「いえ。恐らく落書き魔の仕業だと思われるわ。確率九割で」

『授業中の如くに、丁寧な挙手をしたエイドリアンが、考察を披露しだした』
「まず、係員に聞き及んだ話では、観覧車を制御するコンピューターの画面が、見たことの無い記号のアップ画像でフリーズしていたらしい。恐らくはハッキング。
これが理由の内の一つ。更に、先程、停止した観覧車を遠くから見て初めて気付いたのだけど、観覧車には、既にスプレーで絵が描かれていたわ」
「マジ?」

「マジ。絵とは言っても数十のゴンドラの側面に線を引き一周させただけの物。
それが、さっきの位置で停止する事により、上下が正しくなったので、観覧車の運転を止めたのだと思う。
あの時間だったのは、たまたま、今日描かれたペンタグラムの6つの点の落書きが完成したのが、停止の少し前だったから。
意図までは計り兼ねるけれど、落書き魔は、形成した六角形とその中心に描かれた絵が嵌め合わさって初めて完成される作品に着手していた……のだと思われる」
「はは……そうですか……」

370: 2010/02/02(火) 20:22:29.11 ID:7ViK7FPgP
レス数907 Mr.Smith
書き込み時間 18:00

『帰路に就く。帰りの電車は、駅に到着すると、丁度出発の二分前だった。席も空いていて、座るなり、俺とオードリーを除く三人は口々に疲れたと言って、ウトウトと舟を漕ぎ出し、十分と経たぬ間に眠ってしまった。』

「みんな寝ちゃった。一番疲れてるのあたし達なのにね」
「そうだな。眠くないか?」
「大丈夫……スミス。手、繋いでいい?」
「ああ」
「今日は2人っきりが多いね。……願ったからかな」
「……かもしれないな」

『繋いだ手と手に、春も夏も秋も冬も呑み込んだ、暖かさが灯る。
この温度を永劫に大切にしていきたいと想った。只の幼なじみは、いつの間にか、それ以上で有りながら、決してそれ以下でもない『何か』に姿を変えていた様だ。
想いや。願いが。
そうさせたのかもしれないな。
窓の外、流れ行く景色と時間を眺めながら、俺は『何か』が離れて行かない様にと、強く強く力と願いを込めた』

371: 2010/02/02(火) 20:30:15.00 ID:7ViK7FPgP
すいません、途中からのレス数901~は990番代のミスです
なので次が998です

375: 2010/02/02(火) 21:01:11.48 ID:7ViK7FPgP
「喉乾いた」

「無茶言うな。飛び降りて買って来いっていうのか」

「あーあ。長いゴム紐があったら、下でみくるちゃんにココア持っててもらって、キョンにバンジーキャッチさせるのに」
「お前はどれだけ、俺にバンジーをさせたいんだよ」

依然として、置物のままの観覧車の最上位で俺達は座っている。

古泉曰わく、ハルヒのトンデモパワーが発動しているらしいが、こいつは何がしたいんだ……。
ハルヒが聞いたという、小説の展開を追っている…とかじゃないだろうな。最後には爆発が待っていたら、笑えないぞ。
やれやれ。
あっ、そうだ。
「ハルヒ。お前、トイレは大丈夫か?」

「馬鹿キョン!何気持ち悪いこと聞いてんのよ!さっき行ったから大丈夫よ」
くそ。作戦失敗か。

「はぁ。後、何時間こうしてなきゃならないんだ」

「………」

ハルヒが袖を離し、またも窓の外を向いた。どうせ口元はアヒルさんだろうな。

381: 2010/02/02(火) 21:50:08.78 ID:7ViK7FPgP
「今日、携帯触ってたの、全部佐々木さんだったわけ?」

「いや違う。調べ物だと言わなかったか?今日はさっきの電話だけだな」

「今日『は』ね……。ま、『親友』だもんね」

「ああ。まあな」

静けさがゴンドラ内の空気に滞留する。だらだらと時間が過ぎて行く。こうも静かだと一秒単位で意識してしまうな。
いつまで、このままなんだろう。
そっぽを向いたまま、ハルヒが呟いた。

382: 2010/02/02(火) 21:51:09.46 ID:7ViK7FPgP
>>379-380 何やってんのwww

383: 2010/02/02(火) 22:08:54.43 ID:7ViK7FPgP
「……さっき……観覧車止マレっ!て思ったら、本当に止まった」

サラリと何を言ってくれてんだコイツは。なんだ、その能力の自覚症状を匂わせる台詞は。
何て返せばいいんだ。

「あー……ぐうぜ」
「あんたは?」
「え?」
「思った?止マレって。もうさ……」

一呼吸、間が空く。窓の外に語りかけているかのようなハルヒの言葉が、四角い空間に反響する。椅子の上に置いた俺の手の中指が、ハルヒの薬指に触れる。
さっきまでは、袖を掴まれていたぐらいなのに、今は指の先が当たるだけで、何だか緊張してしまう。続きの声が聞こえてくる。
「……もう、降りたい?キョン。キョンはどうなの?」

俺は……。どうなんだ?ハルヒの背中を見ながら、考える。『止まれ』とか『降りたい』だとかいうことより、もっと大きな質問をされているかのように、俺は考える。
俺は……。瞬間、何故だろう?俺の意識は左手の携帯にとらわれた。
音もさせずに、ボタンを静かに押す。そこには…

384: 2010/02/02(火) 22:10:48.76 ID:7ViK7FPgP
『レス998 ◆Mr.Smith

これで、俺の一人語りは終わりだ。如何だっただろうか?元より見せる為と云うよりは、衝動に任せて、否、駆られて書いた物である。
読んでいる人々に取って一つの娯楽としての価値が生じれば、これ程有り難い事もない。
本当に何故に、文学も生齧りの身でこんな物を仕上げたのかは、甚だ疑問だ。
誰かが……見ている気がしたのだ……と云う他はない。

未だ見ぬ君よ……君が『僅かながらも待ち望んでいる何か』は……君の隣に訪れたたろうか?』

385: 2010/02/02(火) 22:24:03.81 ID:7ViK7FPgP
俺の隣……。
ハルヒが……居る。

突如、俺の脳裏に様々な出来事がフラッシュバックした。
嵐の孤島に終わらない夏休み、奇天烈な映画撮影や部室での鍋。その他にも、細かな出来事が光の速さの如くに。そして……光速の回想の締め括りは、目の前のコイツを……『涼宮ハルヒを消失』した、去年の冬の出来事だった。

『待ち望んでいる何か』
回想とクロスオーバーする、俺とは違うスミスの言葉。


ああ。そうだよな。
俺は……。


「ああっ!キョンっ!イルカよっイルカ!今、絶対イルカ跳ねたっ!」

387: 2010/02/02(火) 22:39:19.32 ID:7ViK7FPgP
顔と両手を窓に貼り付け、興奮気味にハルヒが叫んだ。

「あんた今見てなかった?この辺でもイルカって居るのね。群れから離れたのかしら」

輝石ばりの複雑な組織で、自己発光する瞳を、景色と、こちらとに交互に振り返らせながら、はしゃいでいる。
やれやれ。
「ハルヒ。俺は……俺もこのまま止まってるのも悪くない。お前のそばに居ると……」

本当に、目まぐるしい程に、不思議で非常識で奇天烈なことが起きてばかりだ。でも……そうだったな。『それ』は、俺がずっと待ち望んでいた『何か』だ。

「……何よ」

「……本当に飽きない。欠伸する間も惜しいぐらいにな。ハルヒ以外の他の誰かじゃ、こうは行かないな」

「……ふん」

「ハルヒ」
「何よ?馬鹿キョン」


「ありがとよ」

388: 2010/02/02(火) 22:45:24.12 ID:7ViK7FPgP
ガタンっ、という機会音と共に、観覧車がゆっくりと下降を始めた。

「あっ。動いたわね」

「やれやれ、だな」

「キョンっ!」

「何だ」

「ありがとう……」

「あ…おぅ」

「……って、感謝するのはいいけど!そういう団長への感謝の心意気は普段から常に持ち合わせときなさいよ!後……あたし以外には、あんまり持ち合わせなくていいからね」

「……へいへい」

「あー喉乾いたっ!キョン、降りたら」

「ココアだろ?やれやれ」
「よろしいっ♪」

390: 2010/02/02(火) 22:59:07.70 ID:7ViK7FPgP
やっとのこと、しばらく振りの地面に降り立った。あぁ、大地は偉大だ。
三人が駆け寄って来る。朝比奈さんは、目を潤ませながら「無事で良かったです。お疲れ様」と、思わず抱き締めてさしあげたくなる労いの言葉を掛けてくれた。
長門は無表情……なんだが、まぁ俺の思い過ごしかもしれんが、幾分ホッとしたような雰囲気が出ていなかったこともなかったな。
「ご無事で何よりです。景色のいい天上の閉鎖空間は如何でしたか」などと、ニヤニヤしながら語りかけてくる古泉は…後頭部をひっぱたいてやりたかったな。

平謝りの係員をあしらった俺達は
「ココア買ってから本日の反省会よ!」と、上機嫌で、ズンズン推進して行くハルヒに付いて昼飯を食べたテーブルに向かった。

392: 2010/02/02(火) 23:13:30.75 ID:7ViK7FPgP
言うまでもなく、ココアと、おまけにワッフルまで奢らされた後、テーブルに着席した俺達は、反省会を開始した。
まぁ何を反省することもなく、主に話の俎上に上がったのは、イルカの話だったがな。途中、トイレに抜けた俺は。染み付いた癖のように、携帯を開いて掲示板に繋げた。
『Mr.Smithの憂鬱なるとも歓待すべき日々(レス数998)』

あれだけ勢いがあったのに、クライマックスに来て、レスがぱったり止まっていた。
それに、990を回ってからは、他者からの書き込みがシャットアウトされたかの様に、スミスの書き込みだけだった。




あ、あと、バグだろうな。途中で990番代が900番台になってたな。

394: 2010/02/02(火) 23:23:11.53 ID:7ViK7FPgP
ふと思い立ち、俺は携帯のボタンを押し進める。

……よし。こんなもんか。


『レス数999 ◆雑用

読破した。大変だったな。
『待ち望んでいる何か』は気付いたら隣に居てやがったよ。

面白かったが、『100テラバイトの笑顔』はやめとけ。』

395: 2010/02/02(火) 23:27:16.18 ID:7ViK7FPgP
どうせ、書き込みの規制が掛かってんだろうな。
そう思っていたが、目に映ったのは『書き込み完了しました』のメッセージだった。

用を足し、手を洗い乾かす。トイレを出たところで、リロード。

397: 2010/02/02(火) 23:33:27.86 ID:7ViK7FPgP
レス数1000 ◆Mr.Smith

読了ありがとう。

まだ見ぬ 異なる世界の……俺よ。

そちらの『何か』を大事にしてくれ。

こちらの『何か』は、黄色いカチューシャとポニーテールの似合う、女神様だ。

後、『100テラ』への突っ込みは余計なお世話だな。世間には笑顔の比喩に『100ワット』なんてのを用いる奴が居るらしいからな。

では。

399: 2010/02/02(火) 23:37:39.86 ID:7ViK7FPgP
テーブルのところに戻ると、ハルヒ達は既に帰宅の準備が万端だった。何て奴らだ。

「馬鹿キョン!遅いわよ!」

俺は人生で一体、後何回『馬鹿』と『遅い』のセットの罵声を浴びせられるんだろうな。

401: 2010/02/03(水) 00:00:58.20 ID:GOh50YVhP
帰路に就く。
電車は空いていて、5人横並びに座ることができた。

……結局何だったんだろうな。あのスレッドは。
この世には、俺の左隣に並び座る三人みたいな奴らがいるんだから、やはり、この世界とよく似た創りの異世界があったりするのだろうか?

そうだとしたら……あの私小説は……俺へのアドバイスめいた物なのか、あるいはただの自慢話なのか……。

もしくは、『そっちの世界の女神様はどうよ?」といった興味故だったのか。
俺の右肩に持たれ掛かって寝息をたてるハルヒを見ながら、そんなことを思った。

まぁ、なかなか面白かったし、そんな異世界があってもいいもんかもな。
……俺も、帰ったら書いてみるかな。

2ちゃんねるのvipとかいうなんでもありの掲示板にでもな。

それを見た、また別の奴らにも、『日々探し求めている何か』が見つかるかもしれないな。

おしまい

411: 2010/02/03(水) 00:22:44.12 ID:GnaPh2740
乙、楽しかった

引用: キョン「あれ?『消失』?」