1: 2010/02/18(木) 22:20:54.01 ID:BAGbQEFS0

キョン「……」

ハルヒが学校を休んだらしい。
理由は知らない。大方、体調不良とかそんな感じの適当なものだろう。

ハルヒがいないお陰で、俺の日常は滞りなく整然と流れていた。
平穏に授業が進み、放課後が過ぎ、日が暮れた。

異変が起こり始めたのは深夜からだった。
いや、異変はもう既に始まっていたのかもしれないが……
涼宮ハルヒの憂鬱 「涼宮ハルヒ」シリーズ (角川スニーカー文庫)
2: 2010/02/18(木) 22:22:07.88 ID:BAGbQEFS0

プルルルル


キョン「誰だよこんな時間に……」

キョン「……ハルヒから?」

携帯の画面に映る「涼宮ハルヒ」の文字に何か違和感めいたものを感じずにいられなかった。
もう午後一時に近い深夜である。ハルヒがこんな時間に電話をかけてくるのは初めてだ。

キョン「全く……」ピッ

キョン「もしもし?」

ハルヒ「……キョン?」

5: 2010/02/18(木) 22:23:26.00 ID:BAGbQEFS0

聞こえてきたハルヒの声はかすれていて、どこか弱々しかった。

キョン「一体何の用だ、こんな時間に」

ハルヒ「……ごめんね。急に電話して」

キョン「どうしたんだ」

ハルヒ「……」

明らかに様子がおかしかった。
電話の向こう側からハルヒの静かな息遣いだけが洩れている。

9: 2010/02/18(木) 22:26:50.44 ID:BAGbQEFS0

キョン「もしもーし」

ハルヒ「ごめんね、特に用とかは無いんだけれど」

キョン「用も無いのに深夜に電話かけるたぁ、迷惑甚だしいな」

ハルヒ「ごめんね……」

キョン「……おいハルヒ、お前マジでどうした? なんかやけにテンション低いぞ」

ハルヒ「……」

キョン「……」

どこか気まずい沈黙が流れる。
しばらくして、ハルヒはゆっくりと語り出した。

11: 2010/02/18(木) 22:30:38.44 ID:BAGbQEFS0

ハルヒ「……何だかよく分からないけど、凄く不安なの」

キョン「…………はぁ?」

ハルヒ「自分が自分でなくなってしまうような気がして……」

キョン「ハルヒ、一体何があったのか詳しく教えてくれ。何の事だかさっぱりだ」

ハルヒ「……あたしもよく分からないの」

キョン「え?」

ハルヒ「ごめんね、変な電話して……ただ不安で、不安で」

キョン「……」

14: 2010/02/18(木) 22:33:52.27 ID:BAGbQEFS0

意外にハルヒにもナーバスな面があるんだな。
まあ、訳も無く不安になる事なんて誰にでもあるだろう。
取りあえず落ち着くまで適当に話を聞いてやるか。

キョン「まあ落ち着け。らしくないじゃねーか」

ハルヒ「うん……ありがとう……」

キョン「……」

すぐに会話が途切れてしまって気まずいので、
今日の学校でのどうでもいい出来事を絞り出して適当に話した。

16: 2010/02/18(木) 22:38:08.20 ID:BAGbQEFS0

しばらく話している内に、少しずつだが元気を取り戻していったように感じた。

ハルヒ「もうこんな時間……急に電話して悪かったわね」

キョン「眠い」

ハルヒ「あたしも」

キョン「少しは元気出たか?」

ハルヒ「まぁ……少しだけ気は紛れたわ」

キョン「そうかい」

ハルヒ「ありがとね」

18: 2010/02/18(木) 22:41:50.65 ID:BAGbQEFS0

キョン「明日は学校来れるのか?」

ハルヒ「…………」

キョン「……まあ、無理すんな。辛かったら休め」

ハルヒ「ごめんね……」

キョン「謝んなよ、お前らしくもない」

ハルヒ「……あたしが休んでる間、SOS団をお願い」

キョン「おいおい、戦争にでも行くような台詞だな」

気付くともう小一時間も話していた。流石に瞼が重い。
携帯を閉じてベッドに潜ると、すぐに睡魔が覆い被さってきた。

20: 2010/02/18(木) 22:44:24.08 ID:BAGbQEFS0

次の日。


キョン「……(ハルヒは今日も休むのか?)」

睡眠不足による倦怠感になんとか耐え登校した俺は、
一つ後ろの席に誰も座っていないのを確認し、大きな欠伸をした。

キョン「ふぁぁ……ぁ」

ホームルームが始まるまで仮眠でもするか。
しばらく机に突っ伏していると、背中に鈍い痛みが走った。

22: 2010/02/18(木) 22:45:59.14 ID:BAGbQEFS0

キョン「いてっ」

ハルヒ「学校に登校して早々寝始めるなんて、本当に怠け者ね!」

キョン「ハルヒ……?」

そこにいたのは、普段通りの見慣れたハルヒであった。
生意気そうな笑みを浮かべ、俺を牽制するように腕を組んで睨みつけている。

ハルヒ「すっごいアホヅラよ? あんた寝ぼけ過ぎ!」

キョン「……」

おかしい。
昨夜の弱々しいハルヒは一体何処へ消え去ったと言うのか。

26: 2010/02/18(木) 22:49:13.20 ID:BAGbQEFS0

キョン「…………まあ、元気でなによりだが……」

ハルヒ「はあ? あんた何言ってんの? あたしはいつでもフルスロットルよ!」

そうだ。そもそもハルヒが弱気になることなんてあり得ない話じゃないか。
何かの間違いだったのだろう……それかハルヒの単なる気まぐれか何かで、
俺をおちょくるつもりで一芝居打ったのかも知れんしな。全く、油断できない奴だ。

キョン「やれやれ」


……本当に、芝居なのか?
昨夜電話してきたハルヒは、あいつの今までの人格を疑う程のテンションだったし、
「SOS団をよろしく」とまで言っていた。あれが芝居だと言えるだろうか。いや、少し考えづらい。


キョン「…………」

28: 2010/02/18(木) 22:53:49.61 ID:BAGbQEFS0

ハルヒ「じゃあ今日はこれで解散!」

みくる「お疲れ様ですぅ」

ハルヒ「明日は10時に駅前だからね!」

キョン「なあハルヒ」

ハルヒ「何よ、なんか文句でもあんの?」

キョン「一応言っておくが、お前本当に体調は大丈夫なんだよな?」

ハルヒ「はあ?」

31: 2010/02/18(木) 22:58:48.49 ID:BAGbQEFS0

小馬鹿にするような顔で俺を見るハルヒ。

ハルヒ「あんた何言ってんの? あたしがいつ体調崩したっていうのよ」

キョン「え?」

ハルヒ「全くバカキョンは仕方ないわねー、もっとしゃっきり生きていかないといつか事故るわよ?」

キョン「おい、ごまかすなよ……昨日お前休んだじゃねーか」

ハルヒ「親戚の法事って言わなかった?」

キョン「いや、だって……お前昨晩電話してきたじゃねえか」

ハルヒ「……?」

33: 2010/02/18(木) 23:03:00.79 ID:BAGbQEFS0

キョン「不安だとか……言ってたじゃんか」

ハルヒ「キョン、あんた頭大丈夫?」

キョン「…………」

ハルヒが手の凝った悪戯を仕掛けているのか、
それとも本当に体調不良のことを忘れてしまっているのか、どちらか見当が付かん。
目の前のハルヒは、狐につままれたような、本気で訳が分からないといった顔をしている。
これは演技なのか? 演技だとしたら……大層なものだ。

キョン「……そ、そうだ。携帯の履歴」

ハルヒ「もういいわよ。キョンの妄想に付き合う気なんて無いから!」

36: 2010/02/18(木) 23:08:33.81 ID:BAGbQEFS0

キョン「携帯にはちゃんと、お前が深夜に電話をかけた記録が残ってるんだからな……」

携帯を開き、着信履歴を確認する。

……無い。

履歴の一番新しい項目に「涼宮ハルヒ」の文字が刻まれている筈である。
忽然と消えていた。勿論、履歴の整理や削除などをした覚えは無い。
これは一体どうしたことだ。

ハルヒ「あたし先に帰るから! 明日までにそのボケボケな脳味噌を治してきなさいっ!」


バタンッ!

41: 2010/02/18(木) 23:16:08.30 ID:BAGbQEFS0

キョン「……なんだこれは」

古泉「では、僕もこれで失礼しますね」

みくる「さようならぁ」

長門「……」

キョン「………………」

その後しばらく部室に一人立ちつくしていた。

43: 2010/02/18(木) 23:21:55.80 ID:BAGbQEFS0

家に帰ってからも、ハルヒの豹変(?)のことは頭から離れずにいた。

キョン(しらばっくれてるような様子じゃなかった……本気で忘れたっていうのか?)

ベッドに寝転がりながら悶々と考える。
俺は携帯を取り出し、着信履歴をもう一度確認した。

キョン「おっかしいな……」

途方に暮れつつ、しばらく携帯をいじっていた。


すると、


キョン「……ん?」

45: 2010/02/18(木) 23:25:26.22 ID:BAGbQEFS0

携帯の画面、映し出されている文章の一部が、文字化けしている。
こんな経験は初めてだ。携帯ってこんな簡単にバグるものなのか?

キョン「なんだこれ……」

下へスクロールしようとするが、画面が中々移り変わらない。
滅茶苦茶な記号の塊は画面の下方からじわじわと浸食するように立ち上って行く。
これは一体……

キョン「…………」

不気味な文字列はやがて全画面を覆い尽くした。
電源を切るかどうか考えていたちょうどその時、画面中央に空白が現れた。

46: 2010/02/18(木) 23:28:04.57 ID:BAGbQEFS0


         (・))!∴∴唖!>ル苻s∴∵+:
         ・゙'''≒?:鮒∴ケ蜑c*〆∴∴
         9蓙ウTr7・・y>cpョe癇ョ・|O
         「-・・曻ユTカyロ裼」Vq]ナ,:c
         HN殫         齲ta
         Cチロk tanasinn...  齲齲
         Sイ9:]         L?/:
         Uワ!キセ`T゙・・梃嘱G・ヤvR5
         レ闍PnX5悊蜑苻snn鬢oロ
         !荳・トna∵嫣・造∵∴∴g
         奬・齲>#∴∵∴ワ&∽2齲
         葡∴∵ウT\嘱エ∴∵∴鎚



キョン「なんだ、これ……?」

52: 2010/02/18(木) 23:30:55.96 ID:BAGbQEFS0

キョン「た、な……?」

読み上げようとした瞬間、突如画面がブラックアウトした。
慌てて電源を入れ直したが、携帯は正常の状態に戻っていた。

キョン「…………」

気分が悪い。頭がズキズキする。

あの文字化けは一体何だったんだ?
ハルヒが昨夜のことを覚えてないことと、何か関係があるのか?


tanasinn?


……あの、中央に浮かびあがっていた文字は、何だったんだ?

キョン「なんなんだよ……糞っ……」

60: 2010/02/18(木) 23:34:24.25 ID:BAGbQEFS0

気が付くともう朝だった。
結局、あれから一睡もできなかった。
時間通りに駅前へ行くが、例によって俺が最後の到着だった。

ハルヒ「遅いわよバカキョン!」

キョン「……ああ、わりぃ」

古泉「どうされました? 調子が悪いように見えますが」

キョン「寝不足でな」

ハルヒ「どうせ夜中までゲームでもしてたんでしょ! ほらさっさと喫茶店行くわよ!」

みくる「はぁ~い」

長門「……」

63: 2010/02/18(木) 23:38:40.58 ID:BAGbQEFS0

実に普段通りの団活である。
俺のみが、いつもと異なる精神状態を抱えてここに参加しているような、そんな気分がした。

ハルヒ「くじ引きの結果……あたしとみくるちゃんがペア、3人組は古泉くんと有希とキョンに決定!」

みくる「わかりましたぁ」

古泉「よろしくお願いします」

長門「……」

キョン「……」

ちょうどいい機会だ。古泉と長門に相談してみよう。
きっと何かアドバイスをくれる筈だ。

68: 2010/02/18(木) 23:44:12.11 ID:BAGbQEFS0

キョン「……という訳なんだ」

古泉「……」

長門「……」

キョン「これは一体、何なんだ? 何が起きているのかさっぱりだ」

古泉「……」

長門「……」

74: 2010/02/18(木) 23:47:49.38 ID:BAGbQEFS0

古泉と長門は、黙ったまま俺の方をじっと見続けるだけだった。

なぜ、何も言わないんだ?
なぜ黙っている? 何か答えてくれ。


キョン「おい……! どうして何も言ってくれないんだ、おい!」

古泉「……」

長門「……」

キョン「おい! やめてくれよ、なんか言えよ!!」

キョン「tanasinnって何なんだよ! 教えてくれよ!!」

76: 2010/02/18(木) 23:49:37.21 ID:BAGbQEFS0


古泉「tanasinn?」



今まで一言も発さなかった古泉が、口を開いた。



古泉「何ですかそれ? 僕たちは違います。そんな事より人は何故、意識の虚無を嫌うのでしょうか?」

83: 2010/02/18(木) 23:54:44.74 ID:BAGbQEFS0

キョン「…………は……?」


古泉「人は理解しがたい物を怖れます。絶対的な無、意識の空白は人間の恐怖の権化たる存在です」

古泉「然しそれは許容してしまえばなんてことは無いのです。恐れずに受け入れ魂で感じ取ればいいんです」

古泉「退廃も虚無も総て受容するんですよ。貴方は知らなかったのですか?」


何を言っているのか分からない。
淡々と喋る古泉に、俺は恐怖を覚えた。

89: 2010/02/18(木) 23:58:09.52 ID:BAGbQEFS0

キョン「お、お前……どうしたんだ……?」

古泉「何がですか?」

キョン「おかしい、お前、おかしいよ」

古泉「あははは、いきなり何を仰るんですか」

長門「ユニーク」

古泉「あはははは、あはははははは」

97: 2010/02/19(金) 00:00:53.58 ID:dZO50Buq0

古泉が高笑いを上げている。長門が微かに頬を緩めている。
一体何が起きているんだ。これは、なんなんだ。

キョン「あ……うあ……あぁ」

古泉「怖がることはありませんよ。何故なら、それはすぐ傍に存在する物なのですから」

キョン「や、やめろ……来るな」

古泉「ほら、手を」

キョン「やめろおおおお!!」

怖い。怖い。怖い。
こいつは古泉じゃない。俺の知っている古泉じゃない。長門もそうだ。

106: 2010/02/19(金) 00:04:31.59 ID:BAGbQEFS0

走った。何処へ行くのか自分でも分からずに、ただ走った。
こいつらの目の及ばない所へ行きたかった。

キョン「はぁ……はぁ……はぁ……畜生っ……!」

キョン「何なんだよ……わけわかんねえよっ……」

道路を抜け、街を横切り、橋を渡った。
そして、


キョン「!?」


気付いた時、俺の脚は空中を踏んでいた。
眼下にはぎらぎらと煌めく水面が揺れていた。

112: 2010/02/19(金) 00:08:11.34 ID:dZO50Buq0

俺はおそらく夢を見ているのだろう。
「自分は今夢を見ている」と根拠も無く理解している。明晰夢とかいう奴か。


古泉「恐れる事はありません」

みくる「皆を見守ってくれる物なんですから」

長門「あなたと共にある」

ハルヒ「tanasinnは」

116: 2010/02/19(金) 00:11:00.87 ID:dZO50Buq0

俺の周りを皆が取り囲んでいる。
顔がぼやけてよく見えない。

キョン「分からない」

古泉「貴方です」

キョン「分からない……」

みくる「私です」

キョン「分からねえよ……」

長門「この空間全て」

キョン「……」

ハルヒ「あんた、まだ分からないの?」

119: 2010/02/19(金) 00:15:45.40 ID:dZO50Buq0

ハルヒ「あたしも最初は怖かったけど、今はどうってことないわ」

キョン「……ハルヒ」

ハルヒ「……」

キョン「教えてくれ……俺には分からない……」

ハルヒ「……」


ハルヒ「  シ  ョ  宇  ガ  Na  い  輪  ネ  ェ …… 」 


目の前に迫ったハルヒの顔がぐにゃりと歪む。
渦を巻くように回転し、俺の周りをぐるぐる回る。

129: 2010/02/19(金) 00:23:07.50 ID:dZO50Buq0

気持ち悪いとは思わなかった。
俺の周りを渦巻くのは、不思議な心地よさだった。

そうだ。これは懐かしさに似ている。
ずっと前からkの風景を見知っている気がする。いやtana気じゃない。本当に知っているんだ。
俺はここに来たことがある。い●ぁかだった∵∵/リ思い∴(・)∵ないが、
ここ(・)∵∴遊・)●べたりtanasiり喋った∵∴∵ミしい思い出がたくさ●∵∴(・)∵∵
こ∵まtanasinnばく(・)ぁw;:「い●∵∴(・)∵∵たてtanasinnし●(・)/リらす
∵●∵(・)∴明●は●∵て∵(・)∵●し●∵
世∵のtanasinnの∵(・)∴れtanasinn<・>ら●を(・)tanasinnし∵∴●い∴(・)

138: 2010/02/19(金) 00:27:38.30 ID:dZO50Buq0

……………………
……………
………



ハルヒ「やっほー! みんなそろってる!?」

キョン「入って来るなり騒がしい奴だな」

古泉「全員出席ですよ」

みくる「来てますよ~」

長門「……」

ハルヒ「今日の団活はみんなで……」

142: 2010/02/19(金) 00:30:50.89 ID:dZO50Buq0

キョン「いい天気だな」

古泉「そうですね」


できればこの平和がいつまでも続いて欲しい。
俺はそんな事を考えていた。



そう、世界は平和だったのだ。

何も心配する事は無い。

始めからそうだったのだ。




<終>

143: 2010/02/19(金) 00:31:26.33 ID:fKLAZfjX0

引用: ハルヒ「tanasinn...」