353: 2009/01/24(土) 18:02:00 ID:TIRq4MJg
「ペリーヌさん、入りますよー」
「…………はあい」
 数回のノックのあとの扉の向こうからの宮藤さんの声に、わたくしはようやく気だるい返事をした。
 ここ数日のうだるような暑さにやられて、すっかり夏バテになっていたのだ。

「食欲ありますか?」
 そう言って部屋に入ってくる彼女の手には、皿の2つのったお盆があった。
「おそうめんくらいなら食べられるかと思って」
「おそうめん?」
 聞き慣れぬ言葉に思わず反芻する。
「小麦粉で作った扶桑の麺料理です。さっぱりしていておいしいですよ」
 ベッドから身を起こしてのぞいて見ると、白くて細い麺が皿いっぱいに盛られている。
 見た目は悪くはない。納豆のような鼻をつく臭いもなかった。
 ソースの類いはかかっていない。代わりに、別の小さな皿に黒いスープのようなものが入れられている。
「ここにあるつゆをつけて食べるんです」
 “おそうめん”とやらを前に戸惑っているわたくしに、宮藤さんは説明を加えた。
 わたくしは理解し終えると、ようし食べようと手を伸ばした。
 手にしたのはフォークではなく、箸だった。扶桑料理なのだから当然か。
 まあ、以前坂本少佐にご教授してもらったことがあるので大丈夫だろう……。
 わたくしは箸をおそらく正しいような持ち方をして、“おそうめん”を掴もうと試みた。
 が、ただでさえ夏バテで意識がぼんやりするのだから、なかなかうまく掴むことができない。

「あの、ペリーヌさん」
「なによ?」
「私が食べさせてあげましょうか?」
「な、なにを言っているの!?」
 あまりに突拍子もない彼女の言葉に、ついわたくしは声を荒げた。
「でも、あんまりゆっくりしてると麺が伸びちゃうし……」
「だからこうして食べようと……」
 わたくしはいっそう懸命に“おそうめん”と格闘するも、やはりうまくはいかない。

「あのー、やっぱり私が食べさせてあげます」
 まだ言ってくるか、この豆狸が。
「自分で食べると言っているでしょ!」
 そう強がってみるものの、もう箸を投げ出したい気分だった。
「でも…………」
「………………」
 認めよう。たしかにこのままではらちが開かない。
 しかし、だからと言って食べさせてもらうなんていうのは……

「どうしてそんなに嫌がるんですか?」
 どうして、ですって?
 どうしてって、それは――
「………………恥ずかしいから」
 なにを言っているのか、わたくしは。
「とにかく、お断りですわ」
 人に食べさせてもらう?
 それはつまり、あーんしてきゃははうふふという、そういうことなのでしょう。
 もしいちゃいちゃに48手があるなら、それはもう35手くらいの行為ではないか。
 それをなぜわたくしが、坂本少佐ならいざ知らず、こんな豆狸としなければならないのか。

354: 2009/01/24(土) 18:04:06 ID:TIRq4MJg
「そうですよね……。ペリーヌさんの気持ちも考えずに、私って……」
 沈んだ声で宮藤さんは言った。
 がらにもなくしょぼくれたりしている彼女に目をやると、自分があまりに無下な物言いだったことに気づかされる。
 わたくしのことを心配してわざわざ部屋まで来てくれて。
 食欲のないわたくしのために“おそうめん”なるものを作ってきてくれて。
 箸の扱いに不自由なわたしを見かねて、食べさせてあげますとまで言ってくれて。
 たしかに彼女の申し出は突拍子もないものであったし、抵抗がある。
 けれど、そうした厚意のひとつひとつは、わたくしを思ってのこと――

「ごめんなさい、ペリーヌさん」
 なぜ、宮藤さんが謝るのか。
 むしろ謝るべきはわたくしの方ではないのか。
 わたくしとて、自分を省みないわけではない。
「だって、なんだか恥ずかしいですもんね」
 ……そのことは忘れてほしかったのだけど。

「宮藤さ―ー」
「あっ、そうだ!」
 わたくしの言葉を遮って、宮藤さん手のひらをぱんと打ちあわせた。
「ちょっと待っててください」
 そう言うと、宮藤さんは部屋を出てどこかへ行ってしまった。
 なにかを思いついたようだけれど……
 食堂に行ってフォークの一本でも持ってきてくれるのだろうか。

 しばらくして宮藤さんは帰ってきた。
 その手には冬に着るような厚手のコートを引っさげて。
 なぜにコート? なにゆえに?

「それで宮藤さん、これは一体なんなのかしら?」
 わたくしは背中にぴたりとひっつく宮藤さんに訊いた。
 しかも宮藤さんは、わたくしに着せたコートの中にすっぽり入ってしまっている
 なんという密着感。
 ただでさえこの暑苦しさだというに、なぜこんなものを着てこんなことをしているのか。
「二人羽織です!」
「ににんばおり?」
 またしても聞き慣れぬ言葉に、わたくしは反芻する。
「これなら恥ずかしくないはずです!」
 いやいやいやいや。
 そんなことはないでしょうに。
 というより、そもそも意味がわからない。
「これで、今から私がおそうめんを食べさせてあげますね」

 そうして宮藤さんは箸を手に取った。
 しかし、頭まですっぽり入ってしまって大丈夫なのだろうか。
 さ迷うように箸の先を行ったりきたりさせる。やはり見えてないんじゃないかしら。
 わたくしはもっと右だの左だの指示を出した。
 それに合わせて宮藤さんは“おそうめん”のありかを探り、ようやくそこにたどり着く。
 場所さえわかれば慣れたものなのか、上手い具合に麺を挟んで、つゆをつける。
 なかなか巧みなものだ。
 そうして、わたくしの口元にそれを運んでくる。

355: 2009/01/24(土) 18:06:05 ID:TIRq4MJg
「はい、あーん」
「…………あーん」
 うながされて、ついそんな言葉が漏れる。
 まあいい。今は彼女の厚意に素直に甘えよう。
 すぐ目の前の“おそうめん”にわたくしはめいっぱい首を伸ばして、口の端がそれを掴んだ。
 ちゅるん、と軽くすすって、口の中に入れる。
 そして、もぐもぐと何度か噛みしめてから、“おそうめん”を飲みこんだ。

「どうですか、ペリーヌさん?」
「……悪くないわね」
 それは偽りのない感想だった。
 さっぱりとした爽やかな味わい。
 麺は少し伸びてしまっているようだったけれど、それでもやはり悪くはなかった。
「よかったぁ」
 宮藤さんはほがらかにそう言った。
 それは裏表のない、心からの言葉なのだろう。
「………………ありがと」
 一応、お礼だけは言っておいた。
「え? なにか言いました?」
「……別に」
 聞こえなかったのならそれで構わない。
 そう何度も言う言葉ではない。

「じゃあどんどんいきますね」
 そう言うと宮藤さんは、次々と“おそうめん”をわたくしの口に運んでくる。
 すでに皿やわたくしの口の位置を熟知したのか、そのスピードは見えているんじゃないかというほど速くなっていた。
 わたくしは次々運ばれるそれを口にしていくものの、徐々に遅れだしてきた。
 なにも……そんなに焦る必要は……
 もう少し、味あわせてくれればいいでしょうに。
「ちょ、ちょっと……もっとゆっくり……」
「え? なんですか? 聞こえにくくって」
「だから、もっとゆっくりと……」
 わたくしは振り返って声を出した。
 すると、顔のすぐ近くで、

 ガシャン

 という音がした。
 箸が、なにかに当たったのだとわかった。
 気づくと、わたくしの視界が割れていた。
 否、わたくしの眼鏡が割れたのだ。



以上。
ペリーヌ好きなんだ。不人気だけどそこがまたいいんだ。

引用: ストライクウィッチーズpart18