248: 2013/04/25(木) 19:15:05 ID:5RAtefIY

勇者「仲間募集してます」

勇者「仲間募集してます」【その2】



―――― チュン チュン


男戦士「……う。」


―――― チュン チュン チュン


男戦士「……朝か。」

男武闘家「おー、起きたか。」ガサゴソ


一足先に起きていた男武闘家が荷物をまとめ、出立の準備をしている。
葬送のフリーレン(1) (少年サンデーコミックス)

247: 2013/04/25(木) 19:14:31 ID:5RAtefIY
http://uploda.cc/img/img5177236fd4c5b.jpg

今回も地理に触れた話なので地図を置いときますね。

249: 2013/04/25(木) 19:15:46 ID:5RAtefIY
男戦士「あー、準備してくれてんの? すまんねー。」

男武闘家「気にすんな。男二人の荷造りなんざ楽なもんだ。」ギュギュッ

男武闘家「起きたんなら飯食いに行こうぜ。」


荷造りを終えた男武闘家に促され、男戦士も起き上る。


男武闘家「……飯食ったら、勇者ちゃんともお別れだな。」ハァ

男戦士「……その事なんだけど。」

男武闘家「どうかしたか?」

男戦士「あー、その、なんつーか……」

男武闘家「なんだよ?」

男戦士「……いや、やっぱり何でも無い。忘れてくれ。」

男武闘家「…………」

男武闘家「……ああ、忘れるわ。」


流さずに問い質すべきかという考えを抑え、男武闘家は頷いた。

250: 2013/04/25(木) 19:16:20 ID:5RAtefIY
――――――――

――――――

――――

――


勇者「あ、男戦士さん、男武闘家さん、おはようございます。」ニコニコ


食堂に入ると、一足先に勇者が窓際のテーブルについていた。
勇者の前には一人分にしては、やけに多量の豪勢な食事が並べられている。


男戦士「おはよう、勇者ちゃん。」

男武闘家「おはよう……って、凄い量だね。」

勇者「ええ、お店の人がサービスだって。」

男戦士「はは、なるほどね。」


キッチンに目をやると、料理人達が笑顔でサムズアップしている。
恐らく彼らも昨夜の歌を聞き、勇者に惚れ込んだのだろう。

251: 2013/04/25(木) 19:16:53 ID:5RAtefIY
勇者「お二人も一緒に食べて下さいね。」ニコニコ

勇者「すごく嬉しいんですけど、流石に一人じゃ食べきれそうになくて……」

男武闘家「ああ、まあこの量は流石にちょっとなあ……」タラリ

男戦士「あれ? 女僧侶ちゃんは?」キョロキョロ


ふと気が付けば、一番喜びそうなのが居ない。
周囲を見渡してもその姿は無い。


勇者「昨夜部屋に戻った時から居なかったんですよね。」

勇者「朝起きても居なかったですし……」

男武闘家「……それは妙だな。とは言え、この辺は治安も良いし、女僧侶ちゃんなら大丈夫だろう。」

男戦士「…………」

男戦士(昨夜見たような気がしたのは気のせいじゃなかったのか……?)

252: 2013/04/25(木) 19:17:26 ID:5RAtefIY
女僧侶「――――勇者くん!」

勇者「ひゃ!」ビクッ!


いきなり後ろから声をかけられ、勇者が驚きで身体を震わせる。
後ろの窓を振り返ると、外の広場から女僧侶が食堂に顔を突っ込んでいた。


男戦士「外で何してんの、女僧侶ちゃん。」

男武闘家「散歩? もう食事は済ませたの?」

女僧侶「私の事はどうでもいいんです!」ヨジッ


女僧侶は躊躇なしに窓枠に足を掛け、食堂に飛び込んだ。


男武闘家「……まったく、行儀が悪い。」ヤレヤレ

男戦士(ふむ……白か……)ハァハァ

女僧侶「ああ、良かった……勇者くんが戻らないから何かあったのかと……!」ギュゥ

勇者「ボクが戻ったら、女僧侶さん居ないんだもの……心配してたんですよ。」ヨシヨシ


後ろからひしと自分を抱く女僧侶の頭に手を伸ばし、勇者が優しく撫でている。

253: 2013/04/25(木) 19:17:56 ID:5RAtefIY
男戦士「ああ、つまりアレ? 入れ違いになったって事?」

勇者「そうみたいですね。女僧侶さんがボクを探しに出たのと入れ違いに、ボクが部屋に戻ったみたいです。」

男戦士「なるほどねー。まあ、そういう事もあるさー。」

男戦士「そんな事より早く食事にしようぜ。もう腹減っちゃってさあ♪」


昨夜自分が見たものが何だったのか理解でき、男戦士は上機嫌だ。


勇者「じゃあ、女僧侶さんも一緒に食事にしましょうよ。お腹、空いてるんじゃないです?」

女僧侶「はい! いただきます!」


――――――――

――――――

――――

――

254: 2013/04/25(木) 19:18:40 ID:5RAtefIY
勇者「ごちそさまでした。」カチャ

オーナー「おはようございます、勇者様。少しお時間よろしいでしょうか?」

勇者「あ、オーナーさん。おはようございます。」ニコリ


互いに笑顔で挨拶を交わすと、オーナーが紙片を勇者に差し出した。


勇者「……? なんです、これ?」ハテナ?

男武闘家「ああ、勇者ちゃんは見た事ないかな? それは小切手っていうものだよ。」

男戦士「『木の大国』領か『水の大国』領内なら、役所に持ってけば換金してもらえるんだ。」

勇者「へー、そんな便利なものがあったんですね。」

男戦士「他の領内じゃ使えないから、出る前に換金するのを忘れないようにね。」

勇者「はい!」

男武闘家「とはいえ、金貨でも良さそうなもんだが――――」ドレドレ?

男戦士「だよなぁ。荷物にならないのはありがたいけど、換金も手間だしなぁ――――」キンガクハ?

男武闘家・男戦士「――――ッッ!!」ガタタッ!!

255: 2013/04/25(木) 19:19:14 ID:5RAtefIY
勇者「どうしたんですか、お二人とも?」ハテナ?


金額を見た二人が驚愕する姿に、勇者が首を傾げる。


男武闘家「……マジかコレ。」ヒソヒソ

男戦士「……おいおい、小さな家が建つぞ。」ヒソヒソ


オーナー「昨夜の祭りで住民から集まったカンパです。どうぞ、お納めください。」ペコリ

勇者「ゼロがたくさんですね……パンがどれくらい買えるんでしょうか……」

男戦士「いや、冗談抜きで……パン屋を店ごと買える金額だぞ、これ……」ガクガク

男武闘家「こんなでかい金額の小切手、初めて見た……」ブルブル

勇者「え、ええ!? そんな大金受け取れませんよ!」ガタッ!

256: 2013/04/25(木) 19:19:50 ID:5RAtefIY
オーナー「そう仰らないで下さい、勇者様。」

オーナー「今まで、たくさんお辛い思いもされてきたでしょう……」

オーナー「それについて心を痛めないほど、我々は心無い訳ではないのです……」


暗に勇者の境遇に同情している事を示すが、それをハッキリとは明言できない。
もしも、それを明言すれば、各方面からどんなクレームをつけられるかわかったものではない。
全く筋が通らない話だが、命の神の恩寵が消失してしまったのは、人々にとってそれほどまでに大きな痛みだったのだ。
それこそ、理性も道理もかなぐり捨てて、ただ只管に勇者を責め立てずにはいられないほどに。


オーナー「それでも、どうしても受け取って頂けないというのであれば……どうぞ、そのまま破り捨てて下さい。」

オーナー「私どもと致しましては、是非これからの旅に役立てて頂きたいのですけれど。」スッ


一礼してオーナーは去り、残された勇者は皆の顔を落ちつかない様子で見ている。
自分では判断ができず、意見を求めているのだろう。

257: 2013/04/25(木) 19:20:22 ID:5RAtefIY
勇者「ど、どうしよう……女僧侶さんはどう思います?」チラッ


ずっと話に参加せず、静かにパンを食んでいた女僧侶に話をふる。


女僧侶「え、その……私はお二人の意見に従います……」モグモグ

勇者「女僧侶さん……?」


何時になく元気が無い女僧侶に、勇者が心配そうな表情を向けている。


男戦士「……まあ、もらうべきだろ。」

男武闘家「ああ、金額のデカさで動揺しちまったが、最初からもらうつもりの報酬なんだからな。」

勇者「でも、そんな大金を……」

男戦士「それだけ町の住民の感謝の気持ちが大きいってことさ。胸張りなよ。」ナデナデ

勇者「……はい。」コクン

258: 2013/04/25(木) 19:21:04 ID:5RAtefIY

男武闘家「…………(チラッ」

男戦士「…………」メヲ ソラシ

男武闘家「……ハァ。」タメイキ

女僧侶「…………」モグモグ

勇者「男武闘家さん、どうかしたんですか?」


男戦士に目をやり溜め息をつく男武闘家に気付き、勇者が首を傾げている。


男戦士「あ、いや、その、ね!」アセアセ

男武闘家「……いい、俺から切り出すよ。」ハァ

勇者「?」

女僧侶「……ッ」…モグ…モグ

259: 2013/04/25(木) 19:21:41 ID:5RAtefIY
勇者「そ、そうですよね。それだけ皆さんが期待してくれてるって事ですよね。」

勇者「魔王を倒して、その期待に添えるように頑張らないと!」

勇者「それに、関所の通行料とか、この先色々とかかるんでしょうし……」
男武闘家「勇者ちゃん――――」


少し間を置き、勇者の目を見据える。
首を傾げたままキョトンとしている勇者に、男武闘家は意を決して言葉を続けた。


男武闘家「もう、ここで俺達との旅はやめにしよう。」

男武闘家「勇者ちゃんは、あの楽師さんと旅をするべきだと思う。」

勇者「…………え?」

男武闘家「自分でもわかってる筈だよ。勇者ちゃんに、戦う才能が無いって事は。」

勇者「……それは、その。」

男武闘家「俺達は皆、勇者ちゃんが好きだよ……だから、だからこそ。」

男武闘家「勇者ちゃんが自分から氏にに行こうとするのを、絶対に見過ごす事はできない。」

勇者「…………」

男武闘家「だから、ここでお別れしよう。」

260: 2013/04/25(木) 19:22:17 ID:5RAtefIY
勇者「……そんな、『根の国』まで一緒に行ってくれるって。」

男武闘家「あの楽師さんと会わなければ、そうするつもりだったよ。でも会ってしまった。」

男武闘家「勇者ちゃんとあの楽師さんが組めば、何処ででもやっていけるだろう?」

男武闘家「そういう人生を選んだって、誰も君を責めたりなんかしない……!」

男武闘家「わかるだろ、勇者ちゃん! ここが君の人生の分かれ道なんだ!」


真っ直ぐに勇者の目を見つめ、男武闘家が説き伏せる。

報われぬ『勇者』としての生き方を貫き、道半ばで命を散らすのか。
報われぬ『勇者』としての生き方を放棄し、一人の人間として生きるのか。


勇者「……優しいんですね。」…ニコリ

男武闘家「え、いやッ。」ドキッ!


勇者が浮かべた、儚くもどこか艶のある笑顔に男武闘家が言葉を詰まらせる。

261: 2013/04/25(木) 19:22:47 ID:5RAtefIY
勇者「……皆さんが、ボクのためを思って言ってくれてるのはわかります。」

勇者「楽師さんと旅をすれば、きっと食べるのにも困らないんだと思います。」

勇者「でも、それでも、ボクは思うんです。」

勇者「自分一人が、飢えなければ、渇かなければ、凍えなければ、それで良いのか、と。」

男武闘家「それは……言わんとしてる事はわかる、わかるけど……!」


魔王が存在する限り、魔物が力無い人々を襲い、世を荒らし続ける。
ならば、安らかな平穏を手にしたいなら、真に平和を願うのなら。

どんな犠牲を払ってでも、魔王を打ち倒さなければならない。
力あるものとして、『勇者』として生まれたのなら、魔王を倒す事こそが正道と言えるだろう。

だがそれはあくまで理想であって、現実はそう甘くない。
軍事国家の『火の大国』はおろか、数々の伝説を残している歴代の『勇者』達ですら、未だに魔王の拠点に到達する事さえ出来ていないのだから。


勇者「ボクは『勇者』なんです。」

勇者「だから、ボクが魔王を倒すんです。」ニコリ


さっきとは違う、真っ直ぐな笑顔。
その、言葉を裏付けるような力強さに、三人は呆気にとられてしまう。

262: 2013/04/25(木) 19:23:26 ID:5RAtefIY
いち早く我に返った男武闘家は、今の言葉が示している事に気が付いた。
勇者は『倒す』と断定した。もしも、これがただの妄言ではないとすれば。


男武闘家「もしかして……何らかの勝算がある……?」ゴクリ

勇者「――――はい。」コクン


勇者の頷きは力強い。


勇者「……それでも、この言葉を信用して頂けるかは、後は皆さんにお任せします。」

女僧侶「信じます! 私は信じます!」ガタタッ!

男武闘家(即答かよッ!?)

男武闘家(いや、勇者ちゃんが嘘ついてるようには見えないが……そんな夢みたいな話、信じていいのか!?)

男武闘家(だいたい、『魔王』っていえば何百年も『西の最果て』から魔物を支配してる化物だろ!?)

男武闘家(そこらの魔物すら倒せないような勇者ちゃんが、その親玉を倒せる!? )

男戦士「……俺も、信じるよ。」

男武闘家「って、おいッ!?」

263: 2013/04/25(木) 19:24:01 ID:5RAtefIY
男戦士「落ちつけよ、お前が考えてる事はわかるよ。」

男戦士「でもさ、勇者ちゃんには他の『勇者』には無い何かがある気がするんだ。」

男武闘家「『何か』ってなんだよ!? そんなあやふやなモンに命を懸けさせるつもりか!?」ガタッ

男戦士「落ち着けって。お前はわからないか?」

男武闘家「そんな曖昧な表現でわかるかッ!」

男戦士「なら、もう少し旅を続けてみたらどうよ。そうすりゃ、わかるんじゃねーの?」

男武闘家「ンなッ……!」

男戦士「女僧侶ちゃんも、きっと同じだと思うぜ。」

女僧侶「え、私ですか!?」


急に話を振られ、女僧侶があわてふためく。
難しい話ができるほど頭の回転が良くないのは、自身が一番理解している。

264: 2013/04/25(木) 19:24:35 ID:5RAtefIY
女僧侶「えっと、その……私は他の『勇者』様達がどうなのか知りませんけど……」

女僧侶「私も、勇者くんには他の人には無い何かがあると思うんです!」

女僧侶「だって、一緒に居るだけで、胸が暖かくなって、ずっと傍に居たくなるんです。」

女僧侶「勇者くんの事を考えるだけでドキドキして、触れたくて、触れて欲しくて、落ち着かなくなるんです。」

女僧侶「勇者くんを傷つけるような奴は、すり潰して畑の肥料にするのも躊躇わないですし、それに――――」

男戦士「い、いや、もうそれくらいで。」ドンビキ

男武闘家(……ある意味すげーな。言ってる意味わかってる?)ドンビキ

男戦士「俺のは女僧侶ちゃんとは違う意見だが、俺はこのまま旅に付き合おうと思う。」

男戦士「お前はどうする?」

男武闘家「……勇者ちゃん、勝算ってのを教えてくれる?」

勇者「……それは、言葉にできません。」

勇者「でも、ボクは10年前に実際に魔王を見ています。」

勇者「その時に目にした情報を基にしています。」

265: 2013/04/25(木) 19:25:05 ID:5RAtefIY
男武闘家「魔王を見たって!?」ガタタッ!

女僧侶「それ本当ですか、勇者くん!?」ガタタッ!

男戦士「マジで!? どんなんだった!?」ガタタッ!

勇者「は、はい……でも、なんでそんなに驚いているんです?」キョトン

男武闘家「いや、実際に魔王を見たなんて話は聞いた事ないんだよ。」

男戦士「他の『勇者』達ですら知らないんだ。だから、魔王の容姿すら明らかになってないんだ。」

女僧侶「凄いです! 大発見ですよ、勇者くん!」

勇者「見た感じは、普通の人間の青年って感じでしたけど……ただ、髪と瞳が真っ黒だったのは印象的でした。」

男戦士「こう、角とか翼とかは無かったの?」

勇者「ありませんでした。外見は人間と同じだったんです。」

女僧侶「黒い髪と瞳……恐ろしいですね……」

男武闘家「いや、それ自体は、人間にも普通にいるよ。」

男戦士「あー、そうか。確か『鉄の大国』領の人はそうだったっけ?」

女僧侶「え、そうなんですか? 駄目な勘違いをする所でした……」

男戦士「滅多に国外に出ない国民性らしいけど、各国で流通してる品質の良い道具の大半は『鉄の大国』領製だからね。」

266: 2013/04/25(木) 19:25:55 ID:5RAtefIY
勇者「あ、でも区別はつくと思います……戦う時は白眼の部分が真っ赤になっていました。」

男武闘家「それは目立つ特徴だね。それで、魔王はどれくらいの戦力だった?」

勇者「ボクも、その時は小さかったので詳しくは……突然お城の空が割れて、魔王が現れたんです。」

勇者「お城の騎士団が迎え撃とうとしたけど、いきなり凄い衝撃が走って……気が付いたら壊滅していました。」

男戦士「城勤めの騎士団が一瞬で……冗談だろ……」ゾクッ

勇者「それから、魔王は……もう動けないボク達の前で……女神様を……!」ギュゥゥ


力いっぱい握り締める小さな拳に、女僧侶がそっと手を添える。


女僧侶「大丈夫です……落ち着いて下さい、勇者くん。」

勇者「……うん。ありがとう、女僧侶さん。」

勇者「勝算はあります……ただ、それを信じるかどうかは、お任せするしか……」

女僧侶「信じます! もちろんです! 当たり前です!!」

男戦士「勝算については何とも言えないけど、旅には付き合うよ。」

男戦士「何のかんの言っても、放っとけないのはお前も同じだろ?」

男武闘家「…………」ハァ

267: 2013/04/25(木) 19:26:40 ID:5RAtefIY
男武闘家「……わかった。俺も、もう少し付き合うよ。」

勇者「……その、本当に良いんですか?」

男武闘家「ああ、勇者ちゃんが楽師さんを選ばないなら、旅を続けるつもりだったしね。」

男武闘家「最初に約束した事を、俺から反故にするような事はしないよ。」

勇者「…………ッ」ポロポロ

勇者「ありがとう、ございます……!」


―――― パン!

これにて一件落着とばかりに男戦士が柏手を打つ。


男戦士「さ! 話はこれくらいで、そろそろ出発の準備しようか!」

男戦士「そろそろ馬車も到着するだろうしね。」

268: 2013/04/25(木) 19:27:43 ID:5RAtefIY
――――――――

――――――

――――

――


宿の店員「楽師さーん、お食事お持ちしましたよー。」トントントン

宿の店員「……あれ? 楽師さーん、寝てるんですかー?」トントントン

宿の店員(……もしかして、出かけてる?)

宿の店員(いや、でも、出ていく姿を見てないぞ……)

宿の店員「……お食事置いておくので、扉あけますよ~。あけますからね~。」…ガチャ

宿の店員「あ、楽師さん……なんだ、まだお休みだったんですね。」

宿の店員「お食事お持ちしましたよー。ここに置いておいて良いですか?」

宿の店員「……楽師さん? そろそろ起きなくて良いんですか、楽師さーん?」

宿の店員「楽師さ――――」

269: 2013/04/25(木) 19:28:19 ID:5RAtefIY
――――――――

――――――

――――

――


町の出口付近、馬車が集まる停留所に向かうと、年老いた夫婦が馬車の馬に飼葉を与えていた。
約束の相手を見つけ、男戦士と男武闘家が声をかけると相手も笑顔で応じ挨拶を交わす。


行商夫「おはようございます。男戦士さん、男武闘家さん。」ペコリ

行商妻「お二人ともお久しぶりですね。今日はよろしくお願いします。」ペコリ

男戦士「やー、久しぶり。景気はどう?」

男武闘家「今回の荷物は……これは、苗木? 」

行商夫「はい。『果実の国』で品種改良された桃の苗木です。」

行商妻「実のサイズは少し小さくなるみたいですけど、糖度が高くて病気に強い実がなるらしいですよ。」

270: 2013/04/25(木) 19:28:49 ID:5RAtefIY
男戦士「へー、そりゃ良いね。美味いジャムが作れそうだ。」

男武闘家「桃は高く売れるからなぁ。質の良い苗木なら引く手数多だろう。」

女僧侶(……むぅ。何の話なのか、さっぱりついていけません。)


目の前で繰り広げられる行商トークが理解できず、女僧侶と勇者は所在なげに佇んでいる。
見慣れぬ二人が男戦士の連れだと気付き、行商夫婦が二人に笑顔を向ける。


行商夫「おやおや、今日はお連れの方が一緒ですか?」

男戦士「ああ、そうなんだ。二人も一緒に乗せてってもらって良いかな?」

行商妻「もちろんですよ。護衛の方が多いのは願ったりですから。」ニコリ

女僧侶「よろしくおねがいします!」

勇者「が、がんばります!」

行商夫「ははは、これは頼もしい。でも、珍しいですね、お二人が誰かをお連れとは。」

行商妻「そうですねぇ……見た所、お二人も何か仕入れてきた訳じゃないみたいですし……」

男戦士「ん、まあ……今回は行商じゃなくてね。」

男武闘家「『根の国』までのガイド役なんだ。」

271: 2013/04/25(木) 19:29:25 ID:5RAtefIY
首を傾げる行商夫婦に、勇者が一歩進み出て自らのステータスを開示する。


―――――――――――――

勇者(15)
【神の恩寵】
無し Lv- 

【戦闘スキル】
勇者    Lv1
短剣術   Lv2

―――――――――――――


勇者「ボク達は『西の最果て』に向かう途中なんです。」

勇者「未熟者ですが、精一杯がんばりますので、よろしくお願いします。」ペコリ

行商夫「これは、また……」

行商妻「あらあら……」


ステータスを開示され、行商夫婦は目を丸くしている。

272: 2013/04/25(木) 19:29:55 ID:5RAtefIY
女僧侶(……勇者くんを傷つける事は……許さない。)…カチャ

男戦士(大丈夫だよ、二人は信頼できる人だから。)ヒソヒソ

男武闘家(無言でメイスに手をかけるのはよせ……!)ボソボソ

行商夫「神の恩寵が無い……それに、その髪の色……」

行商妻「もしかして……あなた、『北の国』の方……?」

勇者「――――はい。」


僅かに逡巡するが、すぐにハッキリと返答する。
それを聞いた老夫婦は、痛ましい表情を浮かべ勇者の手を握った。


行商妻「かわいそうに……辛い事もたくさんあったでしょうに……」ギュッ

行商夫「次の街まで、私達がしっかりと送り届けてあげますからね。」ギュッ

勇者「……ありがとう、ございます。」ジワッ

女僧侶(……お二人が良い人でよかった。)

273: 2013/04/25(木) 19:30:28 ID:5RAtefIY
女僧侶「私は新米の僧侶です。応急処置くらいしかできないので、雑用とか頑張ります!」ステータス開示


―――――――――――――

女僧侶(18)
【神の恩寵】
樹の神 Lv1 
海の神 Lv1

【戦闘スキル】
棍棒術   Lv6
体術    Lv5
―――――――――――――


行商夫「……え。僧侶、え? え??」

行商妻「……あらあら。随分と御転婆なお嬢さんですねぇ。」

男戦士「御転婆ってレベルじゃないよ!」

男武闘家「まあ、道中の安全は保証するよ。実際、街道の魔物程度じゃ相手にならないからね……」

勇者「あはは……」

女僧侶「僧侶です! 私は僧侶ですってば!」ムキーッ!

274: 2013/04/25(木) 19:31:06 ID:5RAtefIY
――――――――

――――――

――――

――


ガラゴロ ガラゴロ

御者台に男戦士と男武闘家が座り、他の四人は馬車の中でくつろいでいる。
整備された道を進む幌馬車の中を、心地良い風が吹き抜けていく。


女僧侶「ん~~♪ 今日は風も暖かい良い天気です♪」

女僧侶「幌が陽射しを遮ってくれますし、すっごく快適ですね♪」

行商夫「この天気なら、夕暮れ前には街につきそうですなぁ。」

男戦士「できるだけ早く着きたいから、ちょっと急ぎめで行くよー。」

勇者「急ぐ……って、何か予定があるんですか?」

男武闘家「予定もあるけど、暗くなる前に宿を取っておきたいからね。」

男戦士「でかい街だから、あんまり治安良くないのよ。あそこは。」ヤレヤレ

275: 2013/04/25(木) 19:33:50 ID:5RAtefIY
男戦士「あ、そうだ。街の中では『北の国の勇者』と名乗っちゃだめだからね。」

女僧侶「どうしてですか! 勇者くんに身分を偽れって言うんですか!」ムムッ

男武闘家「ああ、そうだよ。あそこは人が多いから、それに比例して犯罪も多いんだ。」

男武闘家「自分から目をつけられるような事をするのは、馬鹿のやる事だ。」

女僧侶「そんな――」

勇者「お二人の言う事なら、それが正しいと思います。」ニコリ

勇者「でも……それなら、何の職業にしましょうか。」

女僧侶「じゃあ、『僧侶』にしましょうよ。 ほら、私とお揃いですよ♪」

男戦士「いや、パーティーに僧侶二人とかおかしいから。」

男戦士「目立たないのが一番だし……そうだ、『行商見習い』くらいが良いんじゃない?」

男武闘家「そうだな。『見習い』なら知識・経験がなくても、誰も突っ込まないだろう。」

勇者「じゃあ、『行商見習い』にしますね。ふふ、算盤でも練習しようかな。」ニコニコ

女僧侶(……私達が、必ず汚名を返上してみせますからね、勇者様。)ギリッ

行商妻「確かに、あそこは治安が良くないですねぇ。お役人さんも頑張ってはいるんでしょうけど……」

行商妻「人攫いも出るらしいですよ……ああ、恐ろしい。」

276: 2013/04/25(木) 19:34:28 ID:5RAtefIY
行商夫「私ら年寄りはともかく……お嬢さんらは気をつけた方が良い。」

行商妻「そうですねぇ、女僧侶さんはともかく……勇者様は気をつけて下さいね。」

女僧侶「あ、あれ? 私は?」

男戦士・男武闘家「ねーよ(力量的な意味で)。」プッ クスクス

行商夫「あ、いやいや……僧侶のお嬢さんも油断しちゃいけないよ。」

行商夫「『土の大国』領の手練れが組織的に活動している、なんて噂もあるからね。」

男戦士「あー、あそこの連中か……ったく、マジでロクデナシだな。」チッ クソガ

男武闘家「『奴隷』なんて身分を許してるとか、国としてどうかしてるぜ。」クズスギ ワラエナイ

女僧侶「『土の大国』領ってどんなとこなんですか? それに、その『奴隷』って何なんです?」ハテナ?

勇者「…………ッ」

男戦士「あそこは色々と手広くやってるよ。俺達『木の大国』領だと、痩せた農地の地質改善が特に重要かな。」

男武闘家「鉱物資源や貴金属なんかも輸出してるしね。安価な食糧も輸出して、各国を縁の下から支えてるって感じか。」

男戦士「そういうのを批判するつもりは無いけど、問題はその『安価な食糧』だよ。」

277: 2013/04/25(木) 19:35:12 ID:5RAtefIY
男武闘家「なんで『安価』に食糧を供給出来ると思う?」

女僧侶「え、それは……何故でしょう?」キョトン

男武闘家「価格をいかにして定めるかって話なんだけど、難しい話になっても大丈夫?」

女僧侶「簡単にお願いします(即答)。」キッパリ

男武闘家「じゃあ、色々と端折って簡潔にまとめるとだな……」ウーン

男武闘家「地主が人を雇って作物を作りました。」

女僧侶「はい。」フム

男武闘家「地主は給金として1000Gを支払いました。」

女僧侶「はい。」フムフム

男武闘家「その作物を売って儲けを出すには、最低いくらの値段をつける必要があるでしょうか?」

女僧侶「最低で、って事なら……1001G?」

男武闘家「なるほど。女僧侶ちゃんはどうしてその値段だと思った?」

女僧侶「だって……お給金として人に1000G払ってるのに、それ以下だと赤字じゃないですか。」

278: 2013/04/25(木) 19:35:46 ID:5RAtefIY
男武闘家「本当は機会費用とかも考慮しなきゃだけど、女僧侶ちゃんの言う通り、極論すれば1001Gで1Gは儲けが出る。」

女僧侶「機会費用って何ですか?」ハテナ?

男武闘家「説明しても良いけど、多少複雑な話になるよ?」

女僧侶「なら遠慮します(即答)。」キッパリ

男武闘家「じゃあ、話を戻して……雇った人に1000G支払った地主をAとしよう。」

女僧侶「はい。」

男武闘家「地主Bは同じ作物を作らせるのに、500G支払いました。」

男武闘家「地主Aと地主Bの作物。さて、市場に出回る時、どちらが安いでしょう?」

女僧侶「それは……半額しかお給金を払ってない地主Bさんの方が安いんじゃないですか?」

男武闘家「正解。じゃあ小作人の立場から見たとして、地主A・地主Bどちらの下で働きたい?」

女僧侶「そんなの地主Aさんに決まってますよ。だってお給金が二倍なんですから!」ドヤッ!

男武闘家「その通り……誰だってそうする。だから給金はそうそう一定以下には下がらないんだ。人が集まらなくなるからね。」

男武闘家「割に合わない仕事なんか、誰もやりたくない。だが、それが出来ないのが『奴隷』という身分なんだ。」

女僧侶「――――え?」キョトン

279: 2013/04/25(木) 19:36:19 ID:5RAtefIY
男武闘家「『奴隷』がどういう身分か? 一言で表現するなら『権利が無い』と言うのが一番わかりやすい。」

男武闘家「住む場所を選ぶ権利もなく、食べる物を選ぶ権利も無く、給金を求める権利も無い。」

男武闘家「極論すれば、人間として扱われないという事だな。それこそ『家畜』と同じ扱い。」

女僧侶「え、え、ええええッ!?」

男武闘家「さっきの例に照らし合わせるなら、『奴隷』を使う地主Cは給金を支払いませんでしたって話になる。」

男武闘家「そんなやり方で作ったモノを売ってるんだ。そりゃあ、値段も安くなるさ。」

女僧侶「そんなの、そんなのおかしいじゃないですかッ!」

男戦士「しかも、さらにタチの悪い事に、その『奴隷』を他国から調達してるって噂があるんだよ。」

男戦士「『土の大国』領が制度として『奴隷』を認めている以上、一度連れ込まれたら最後、誰も助けちゃくれないからな。」

男戦士「当然、他国には他国の法があるんだから、そんな真似してる奴がいれば即行で捕まるけどね。」

女僧侶「どうしてそんな事が許されるんですか! 他国の事だからって、そんな酷い所業を許して良い訳がッ!」

男戦士「それが、そういう訳にもいかないんだよな……」ハァ

280: 2013/04/25(木) 19:36:52 ID:5RAtefIY
男武闘家「『火の大国』が魔物との戦争を続けるには、安価な武器・燃料・糧食が欠かせないんだ。」

男武闘家「そして、武器・防具を造るための資源や燃料の大半を輸出してる『土の大国』は、外交上はどこの大国よりも力を持ってるんだ。」

男武闘家「だから、こう言っちまうのは何だが……各国は見て見ぬふりでやり過ごしてる。」

男武闘家「当然、自国領で犯罪行為を行っているのを発見すれば抗議は行うが、その元を断とうとまではしない。したくても、できない。」

男武闘家「『奴隷』を使った大規模農場が戦争を支えているのは、紛れもない事実だから。」

女僧侶「え、でも待ってください。つまり、今の話って魔物との戦争が前提なんじゃないですか?」

女僧侶「結局、『火の大国』が魔物と戦わないといけないから、『土の大国』がやっている事を黙認してるって事ですよね。」

男戦士「え、と。まあ、極端な話、そういう事になるね。」

女僧侶「じゃあ、魔王を倒せば良いって話じゃないですか! 」

女僧侶「それで魔物との戦争が無くなれば、安い食糧に頼ったり武器を作ったりしなくて良いんですよ!」パァァァ

女僧侶「ほら! やっぱり勇者くんのやろうとしてる事は正しかった――――」

281: 2013/04/25(木) 19:37:24 ID:5RAtefIY
勇者「…………」フルフルフル

女僧侶「勇者くん、どうしたんですか!?」

行商夫「いけない、顔が真っ青ですよ。」

行商妻「大丈夫ですか? どこか身体の具合が?」


女僧侶と男武闘家の話に聞き入っていた皆は気付かなかったが、勇者が血の気の失せた表情で身体を震わせていた。


男戦士「周りは――――大丈夫、魔物は見えない!」

男武闘家「よし、一度馬車を停めるぞ!」


――――――――

――――――

――――

――

282: 2013/04/25(木) 19:37:57 ID:5RAtefIY
女僧侶「大丈夫ですか! どこかつらい所はありますか!?」オロオロ

男武闘家「脈拍は正常、か……ちょっとごめんね。」グイッ

男武闘家「まぶたも大丈夫……なら、貧血じゃなさそうだな。」

男戦士「勇者ちゃん、立てそうか? 身体が冷えてるみたいだけど、吐き気はある?」

勇者「……え、えと、その。」

行商夫「少しお疲れみたいですね。ささ、この毛布を使って下さい。」

行商妻「喉は渇いていませんか? お水もありますよ。」

勇者「ちょっと……酔っちゃったみたいで……」

男武闘家「――――え?」

男戦士「なに、乗り物酔い?」

勇者「……みたいです。」ウツムキ

男戦士「あー、そうか……あの町じゃほとんど休めなかったしなぁ。」

男武闘家「そういや、そうだったな。疲れが抜けてないのに、慣れない馬車に乗ったからか。」

勇者「……すみません。」

女僧侶「――――ッ!」ピコーン!

283: 2013/04/25(木) 19:39:45 ID:5RAtefIY
女僧侶「ついに私の力を見せる時が来たようです!」

男戦士「――――魔物か!?」バッ!

男武闘家「――――ちぃ、こんな時にッ!」ザザッ!

女僧侶「ち、違いますよ! なんでそうなるんですか!」ムキーッ!

男戦士「……?」イブカシゲ

男武闘家「……?」イブカシゲ

女僧侶「な、なんでそんな疑わしげな目で見るんですか!」

女僧侶「『僧侶』ですから! 私は『僧侶』なんですよ!」ムキーッ!

男戦士「ああッ!」

男武闘家「そういえば!」

女僧侶「では、勇者くん。私の膝を枕に――――」…ハッ

女僧侶「じゃなくて……さ、一緒に毛布にくるまりましょう。」

勇者「――――え?」カァァ(///

284: 2013/04/25(木) 19:40:16 ID:5RAtefIY
男戦士「おい。」イブカシゲ

男武闘家「ちょっと。」イブカシゲ

女僧侶「そ、その目はやめてください! 下心とかじゃないですから!」

女僧侶「別に、この機会に勇者くんを抱っこしたいとかじゃないですから!」

女僧侶「昨夜、勇者くんがいなかったから、その寂しさの埋め合わせをしたいとかじゃないですから!」

男戦士「語るに落ちてんじゃねーか!」

男武闘家「おい、本当に回復できるのか? 薬草煎じた方が効果あるんじゃないか?」

女僧侶「だ、大丈夫です! 効果はちゃんとありますから!」

女僧侶「さあ、勇者くん。こちらへどうぞ!」グィ

勇者「…………」フラフラ

285: 2013/04/25(木) 19:40:59 ID:5RAtefIY
女僧侶「で、こうやって一緒に毛布でくるまって……完成!」テーレッテレー!

女僧侶「……えへへー。」ギュッ

男戦士「おい。」チョップ!

女僧侶「痛いッ。」

男武闘家「『えへへー』じゃないだろ。」チョップ!

女僧侶「痛い痛いッ。」

女僧侶「ちょ、ちょっと待って下さい! 集中しないとですから!」ギュッ

勇者「…………」サレルガママ


女僧侶が目を閉じ、意識を集中して『海の神』へと精神を伸ばす。
『神』への経路が繋がった手応えを感じると、次は望みの恩寵を奉る。


女僧侶(……【循環恒常】)


『神』の恩寵が女僧侶の身に宿り、暖かな光となってその身を包む。
女僧侶を包む光は、その身を伝い、勇者を包み込んだ。

286: 2013/04/25(木) 19:41:29 ID:5RAtefIY
勇者「…………」スゥ スゥ スゥ

女僧侶(……良かった。今日は一回で成功した。)ホッ


顔色が良くなった勇者が、静かな寝息を立てている。


男武闘家「やれやれ、これで一安心か。」

男戦士「だなぁ。女僧侶ちゃん、お手柄だね!」

女僧侶「ほら! 私もちゃんとお役に立てるんです!」エッヘン!

男武闘家「ああ、偉い! よくやった!」

男戦士「女僧侶ちゃん、偉い!」

女僧侶「えへへー。」テレテレ(///

行商夫「大事なくて良かったですなぁ。」ホッ

行商妻「ええ、本当に。」ホッ

行商妻「それにしても、なんて愛らしい寝顔なんでしょうか……」フフッ

男戦士「だね。それじゃあ、勇者ちゃんが眠っている間に出来るだけ進んじゃおう!」

287: 2013/04/25(木) 19:42:04 ID:5RAtefIY
女僧侶「え……せめて、勇者くんが起きるまでここで休みませんか?」

男武闘家「俺達も出来ればそうしてあげたいんだけど……」

男武闘家「乗り物酔いで氏にはしないけど、ここで動いておかないと別の危険があるからね。」

男戦士「せめて、出来るだけ起こさないように、ゆっくり走らせるよ。」

男戦士「また勇者ちゃんが酔っちゃったら、女僧侶ちゃん、お願いね。」

女僧侶「――――はい!」

女僧侶(……頼られてます! 私、頼られてますよ!)パァァァ


――――――――

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――――

――


勇者を起こさぬよう、会話が途絶えた馬車内。
行商夫婦はうつらうつらと舟を漕いでいる。

御者台に座る男戦士と男武闘家は、自然とさっきの会話を思い返していた。

288: 2013/04/25(木) 19:42:36 ID:5RAtefIY
男戦士(『火の大国』の戦費を賄うために『奴隷』が必要とされる。それは間違いじゃない。)

男戦士(だが、『火の大国』の戦費は対魔物だけに向けられたものじゃない。)

男戦士(仮に、魔王を倒し、魔物がいなくなったとして、『火の国』が戦争をやめるか……?)

男戦士(有り得ない。軍事国家の『火の大国』が戦争以外に食っていく事は出来ない。)

男戦士(となると、魔物との戦争がなくっても、次はその矛を侵略の為に他国に向けるだけだ。)

男戦士(そうなれば他国も安価な武具・燃料・糧食が必要になり、むしろ『奴隷』の必要性は増していく。)

男戦士(綺麗事だけで国は動かせない。本格的に国家間の戦争になれば、『土の大国』以外も『奴隷』を認める可能性がある。)

男戦士(侵略によって他国の人員を『奴隷』にし、自らの戦費を賄う。やる事は、現状『土の大国』がやってる人攫いと変わらない。)

男戦士(むしろ大規模で行われる分、タチの悪さは倍増している。)

男戦士(もし『奴隷』を完全に解放するのなら……対症療法じゃなく、もっと根本的な改革が必要なんだ。)

289: 2013/04/25(木) 19:43:16 ID:5RAtefIY
男武闘家(そもそも『奴隷』とは何か。何故『奴隷』にならざるを得ないのか。)

男武闘家(極論すれば、『奴隷』は『弱い』。『弱い』から『奴隷』の身分から逃れられない。)

男武闘家(何を以って『弱い』とするか……一番の尺度は、レベルだ。)

男武闘家(『神』の恩寵レベル・戦闘スキルが極端に成長していない人間。そういった人間が狙われる。)

男武闘家(ステータス表示を偽れない以上、強者が弱者を狙うのが容易すぎるんだ。)

男武闘家(言うなれば、捕食者から獲物が持つ毒の有無を一目で見抜けるようなものか……)

男武闘家(このステータスが存在するために、『強者』と『弱者』という階級が厳然と存在してしまう。)

男武闘家(つまり、突き詰めれば『弱肉強食』の理論……これはそう簡単には覆せない……)

男武闘家(肉食動物が草食動物を襲うのを、悪とは言わない。当然、草食動物が草木を食むのも悪とは言わない。)

男武闘家(『奴隷』も同じことではないのか? 肉食動物が『火の大国』、草食動物が『土の大国』、そして草木が『奴隷』……)

男武闘家(気に入らない。心底気に食わないが、論理的に突き詰めると、こう帰結してしまう……)

男武闘家(これを覆せるような解が存在するのか? 俺にはわからない……)

290: 2013/04/25(木) 19:43:59 ID:5RAtefIY
――――――――

――――――

――――

――


肌触りの良い毛布にくるまれながら、思うままに勇者を抱き寄せるこの現状。
まごう事無き至福の時間と言えるだろう。


女僧侶(ああ……こんなに間近で勇者くんの寝顔を見れるなんて……)ポワァァァ

女僧侶(『海の神様』、感謝いたします。攻撃術が少ない地味な恩寵とか思っててごめんなさい!)

女僧侶(でも……『奴隷』、かぁ……)ウーン

女僧侶(世の中、私の知らない事だらけなんだなぁ……)ムムゥ

女僧侶(お二人は何でも知ってますし、やっぱり頼りになるなぁ……)

女僧侶(私も、お二人のお話を聞いてたら、賢くなれるのかなぁ……)ハァ

女僧侶(それにしても……人間を家畜同然に扱うなんて、酷すぎます……)

291: 2013/04/25(木) 19:44:55 ID:5RAtefIY
女僧侶(まさか……牛や馬にするように、鞭で打ったりするんでしょうか……)ゾクッ

女僧侶(鞭……)ハッ

女僧侶(勇者くん……もしかして……)チラッ

勇者(…………)スゥ スゥ スゥ


勇者の寝顔は穏やかで、そこからは何も窺えない。


女僧侶(……大丈夫です。私がお傍にいますからね。)

女僧侶(絶対に、私がお守りしますから……勇者様……)ギュゥ


――――――――

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――――

――

292: 2013/04/25(木) 19:45:27 ID:5RAtefIY
男武闘家「来たぞ! 左右、距離約500メートル! テトラウルフ、数……16!」

男戦士「くそッ! 情報通りか! ちょっと飛ばすから揺れるぞ!」ピシィッ!   ヒヒーン!


男戦士が馬車に鞭を入れ、スピードを上げる。


女僧侶「わ、わわわっ」ガタガタガタ

女僧侶「ど、どうしたんですか!」

勇者「――――んッ」パチッ

男武闘家「おはよう、勇者ちゃん! 手荒な目覚ましで悪いが、ちょっと魔物が追いかけてきてる!」

男戦士「けど、悪くない位置だ! このまま振り切るよ!」ピシィッ!   ヒヒーン!

女僧侶「魔物は……!」キョロキョロ


背後を振り返ると、視界の先に黒と灰がまだらになった何かが走っている。
ぱっと見では狼のように見えるが、狼より一回り大きいし、何か妙な違和感を感じる。


女僧侶「目が四つある!?」

男戦士「ああ、だから『テトラ』だ! わざわざ相手する気はないけどな!」

293: 2013/04/25(木) 19:46:01 ID:5RAtefIY
女僧侶「で、でも、逃げ切れるんですか!? 何匹か、すぐそこまで来てますよ!」

男戦士「任せとけ!」シュッ!         ギャイン!


男戦士が振り向きざまに小刀を投げ、命中したテトラウルフが転倒して視界の彼方へと消えていく。


男武闘家「仕留める威力はないが……!」シュッ!         ギャワン!


男武闘家も同様に小刀を投げつけると、すぐそばまで来ていたテトラウルフがもんどり打って転倒する。


女僧侶「そ、そっか……自分たちが速く走ってるから、こけるだけで大怪我なんですね!」

男戦士「その通り! しかも後ろから追っかけてくるから、漏れなく全部カウンターで威力倍増ってね!」

女僧侶「あ、今度は遠巻きに追いかけてきてますよ! あそこまで届くんですか!」

男武闘家「さすがに無理だ! 俺達の投擲レベルは2しかない! 投げてもかわされる!」

男戦士「普通にやれば速度は馬が勝つが、狼の方が持久力は上なんだけど……!」 キィィィン


握る手綱を介して、『樹の神』の恩寵である動物操作を発動させる。


男戦士・男武闘家(――【獣身接続・活力増強】)

294: 2013/04/25(木) 19:47:24 ID:5RAtefIY
先程の勇者と同様、馬車を引く二頭の馬が淡い光に包まれる。
馬の速度は変化していないが、走る姿からは疲労の色が完全に消え失せている。

だが、二人にとっては荷が重い恩寵を発動させた代償に、男戦士と男武闘家が消耗し息を切らしている。


男武闘家「……良し。これで、あの丘の向こうまでは持つ……!」ゼェゼェ

男戦士「町で情報集めた情報の中に、こいつらの縄張りの正確な位置があって助かったぜ……」ゼェハァ

女僧侶「丘の向こうまで、って……まだ街までは距離ありますよね!?」

男武闘家「ああ……あと1時間くらいはかかる……」ゼェゼェ

女僧侶「ぜ、全然足りないじゃないですか! どうするんですか!?」

男戦士「大丈夫……まあ、見ててよ……」ハァハァ


息も絶え絶えの二人の言葉も終わらぬ内に、馬車が丘を越え、その先の光景が一気に広がる。

295: 2013/04/25(木) 19:47:57 ID:5RAtefIY
女僧侶「ッ! うわぁ……」

勇者「凄い、馬車がたくさん……」


一変した眼下の光景に、女僧侶と勇者が感嘆の声を上げる。
見渡す限りの広原に忽然と現れた、石畳で隙間なく整備された幅の広い街道。
そして、その大街道を規則正しく進む、何十台もの馬車の数々。


男戦士「ね、あれに合流すれば魔物は手出しできない……」ハァハァ

勇者「全部、計算してたんですね!」

男武闘家「テトラウルフの群れが出るのは知ってたからな……後は、一気に引き離すタイミングさえわかれば、なんとかなるって事……」ゼェゼェ

女僧侶「え、でも……まだ追ってきてますよ!」

男武闘家「そんな、馬鹿な……」ハァハァ


既に無数の馬車が視界に入っているというのに、テトラウルフは退く気配が無い。
それどころか、ここぞとばかりにスピードを上げ、徐々に距離を詰めてきている。

296: 2013/04/25(木) 19:48:44 ID:5RAtefIY
男戦士「くそ……ナイフを投げる体力も残って無いか……」ゼェゼェ

女僧侶「なら私が降りて、あいつらを引きつけます!」

男武闘家「無茶だ……この速度の馬車から飛び降りれば、流石にただじゃ済まないだろ……」ゼェハァ

女僧侶「けど、それ以外に方法が――――」          ギャィン! グギャン! ギャン!


制止を振り切り、女僧侶が馬車から飛び降りようとしたその瞬間、無数の矢が飛来し、テトラウルフの群れを針鼠へと変えた。
哀れな悲鳴を上げ転倒した魔物達は、さすがにこれ以上追いかける事は出来ない。


男弓使い1「よぅ、危ない所だったな。」

女弩使い「大丈夫? 怪我はなかった?」

男弓使い2「これだけの数の冒険者がいるのに、馬鹿なやつらだぜ。」


弓は、先の大街道に合流しようとしていた馬車から放たれたものだった。
馬車には、基本、護衛の冒険者が同行している。

実際に射たこの三人以外にも、大街道から狙いをつけている者がいたが、危険が去ったことを確認し弓を戻していた。

297: 2013/04/25(木) 19:49:22 ID:5RAtefIY
男戦士「いやぁ、助かったよー。余計な戦闘を回避できる筈が、思わぬ誤算だった。」フゥ

女弩使い「あら、イイ男じゃない。じゃ、今のは『貸し』にしとくわね。」フフッ♪

勇者「…………」ムゥ

男戦士「ああ、良かったら後で一杯奢るよ。あんた達もどうだい?」

男弓使い1「ま、断るのも無粋だな。ありがたく頂くよ。」

男弓使い2「じゃあ俺もお言葉に甘えようかね。」

行商夫「ふぅ……なんとも、肝が冷えましたな。」

行商妻「まったくです……皆さんに護衛を頼んでいなければ、どうなっていたか……」


弓使い達の馬車と並走し、石畳の大街道に合流する。
勇者達と同様に、彼らも行商の護衛として馬車に同乗しているらしい。
目的地も、勇者達と同様、この先の『街』との事。

298: 2013/04/25(木) 19:49:54 ID:5RAtefIY
男弓使い1「しかし、さっきの奴ら……どう思う?」

男武闘家「普通じゃないな。あの戦力差が理解できない筈が無いんだが……」

男戦士「獣系統の魔物が活発化してるらしいが、あれもそのせいだったのか……?」

女弩使い「それだって『枝葉の国』はマシな方らしいわよ? 『根の国』の方がヤバいらしいわ。」

女僧侶「『根の国』って……私達が向かってる国ですよね。」

勇者「うん……」

男戦士「その情報、確かなのか……?」

女弩使い「あー、『確か』かと言われると……難しいわね。私も伝聞だし。」

男弓使い1「だが、魔物の目撃件数は増えてるのに、被害件数は増えてないみたいなんだよ。」

男弓使い2「訳がわからないだろ? どういう事なのかね……」ヤレヤレ

男武闘家(あの時と同じ……いや、偶然だ。そうに決まっている。)

299: 2013/04/25(木) 19:50:34 ID:5RAtefIY
――――――――

――――――

――――

――


男弓使い1「なあ、男戦士、男武闘家って……もしかして?」

女弩使い「はは、まさか! そんな有名人に、そうそうお目にかかれる訳ないわ。」

女弩使い「たまたま同じ職業で特徴が似てるってだけでしょ?」

男弓使い2「そりゃそうだ。『枝葉の勇者』の元パーティーがこんな所をうろうろしてる訳がない。」

女僧侶「あれ、そういえば、お二人って『枝葉の勇者』さんとお知り合いって言ってましたっけ。」

女僧侶「もしかして、パーティーを組んでたんですか? 凄いじゃないですか!」パァァァァ!

男戦士「別に俺達はなんも凄くねーの。全部あいつがやり遂げた事なんだから。」

男武闘家「そうそう。たまたま、少し提案しただけでパーティー登録されただけだからな。」

男武闘家「実際、あいつ一人でやり切ってるんだから、俺達はいてもいなくても一緒だから。」

300: 2013/04/25(木) 19:51:15 ID:5RAtefIY
女弩使い「え、それじゃあ、本当に『枝葉の勇者』元パーティーの男戦士と男武闘家なの!?」

男武闘家「まあ、それは否定しない。」

男戦士「不本意ながら、その通りだね。」

男弓使い1「おいおい、マジかよ!」

男弓使い2「こいつぁ参ったな! 会えて嬉しいぜ!」

女弩使い「むしろ、こっちから一杯奢らせてもらいたいくらいだわ!」

女僧侶「……えーと、それで一体何が凄いんですか?」

男弓使い1「ンなッ! お嬢ちゃん、まさか知らないのか!?」

男弓使い2「あんた達も、しっかり胸張って教えてやんなよ。凄ぇ事なんだからさ。」

男戦士「だーかーらー、俺達は何もしてないの! 全部あいつがやった事なの!」ッタク

男武闘家「そもそも、どの面下げて胸張れっての? 俺達は何もしてないんだぞ?」ハァ

女弩使い「……へぇ、外面だけじゃなくて、中身もイイ男なんだ。」クスッ

男戦士「そりゃどうも。」

男武闘家「光栄だね。」

勇者「…………」ムー

301: 2013/04/25(木) 19:51:47 ID:5RAtefIY
女僧侶「それで、一体何をやったんです? じらさないで教えて下さいよー。」

男戦士「『枝葉の勇者』が、『自分に何ができるかわからない』ってベソかいてたから、助言しただけ。」

男武闘家「あったら便利だなー、って考えてた事を冗談半分で言ってみたんだよ。」

男武闘家「そしたら、本当にやっちまったんだ。」

男戦士「要約すれば、『訓練した猛禽による情報伝達システム』ってとこかなー。」

男武闘家「各町を結ぶネットワークを構築して、情報共有をするための仕組みだ。」

女僧侶「それは……つまり、伝書鳩じゃないんですか?」ハテナ?

男弓使い1「違う違う。伝書鳩はあくまで『出先から自分の巣に戻る』習性を利用するものだろ。」

男弓使い1「だから、任意の2点、3点を自在に行き来させるって訳にはいかないのさ。」

男弓使い2「『恩寵』による動物操作も、普通の術者なら長くて一時間程度が限度だから、とても町を結ぶ事はできないしね。」

女僧侶「んー……それって、その、凄いんですか? ちょっとピンと来なくて……」

302: 2013/04/25(木) 19:52:22 ID:5RAtefIY
女弩使い「そうねぇ、お嬢ちゃんにもわかりそうな例を挙げるなら……」

女弩使い「各町を転々とする盗賊がいたとするでしょ?」

女僧侶「はぁ。」

女弩使い「その事件があった次の日には、もう別の町に被害や手口が伝わる訳。」

女弩使い「盗賊が次の町でまた盗みを働こうとすれば、警戒していた衛兵が捕まえるって寸法ね。」

女僧侶「なるほどー。確かに便利ですねー。」ヘー ヘー ヘー

男弓使い1「陸路で『木の大国』領の隅々まで情報を伝達しようとすれば、急いでも一ヵ月半はかかる。」

男弓使い1「それが、このネットワークなら十日程度で済むって聞けば、凄さがわかるんじゃないか?」

女僧侶「おおー、確かに凄いですねー。」ヘー ヘー ヘー

女弩使い(……あんまりわかってなさそうね。)

男弓使い1(……この娘って。)チラリ

男弓使い2(……もしかして、アホの娘?)チラリ

男戦士・男武闘家(否定はしない。)コクリ

男戦士(この情報伝達速度を活かせば新しい商方法も生まれるだろうし、実はまだまだこれからなんだよな。)

男武闘家(とは言え、女僧侶ちゃんに言ってもピンと来ないだろうから言わないけど。)

303: 2013/04/25(木) 19:52:52 ID:5RAtefIY
男弓使い1「まあ、なんだ。その……」コトバガ

男弓使い2「とにかく……凄いんだよ。」ミツカラン

男戦士・男武闘家(……うん。なんて言うか……ごめん。)

女僧侶「あ、あれ? お二人はなんで申し訳なさそうな表情してるんです?」キョトン

勇者「あはは……」


――――――――

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――


軽い雑談を交わしている内に、一行は街へと到着した。


女僧侶「わー、何だか高い建物がありますねー。」

勇者「なんでしょう。一棟だけ目立って高いですねー。」

男戦士「ああ、あれがさっき言ってた『ネットワーク』の中枢『中央塔』だよ。」

304: 2013/04/25(木) 19:53:32 ID:5RAtefIY
男戦士「あそこで各地の情報を統合して、機関誌として発行するって仕組みね。」

男武闘家「つまり、ここが一番情報の鮮度が良い街なんだ。」

男武闘家「この街が急速に発展したのは、『ネットワーク』を利用する人間が押し寄せたってのが主な理由だ。」

男武闘家「情報が特産品になっちまったから、『情報街』に改名したくらいだからな。」

女僧侶「変な名前ですねー。『椚(くぬぎ)の町』みたいわかり易くしたら良いのに。」

勇者「あ、それって皆さんと出会った町ですよね。」

女僧侶「そうです。私の育った町ですよ♪」エッヘン!

男戦士「昨日まで滞在してたのは羊が名産の『羊の町』だしねー。特に、シチューは美味かった。」

勇者「美味しかったですよねー。」

女僧侶「『情報街』なんて名前だと、何が名産かわからないじゃないですか。」

女僧侶「それじゃあ、いったい何を食べれば良いのか……」ムムゥ

305: 2013/04/25(木) 19:54:13 ID:5RAtefIY
男武闘家「まあ、その辺は心配ない。ここは流通が盛んだから、何食っても美味いよ。」

男武闘家「成長を続けるこの街で一旗揚げようと、腕の良い料理人も集まってるしね。」

男武闘家「競争が激しいから、味は何処に入ってもかなり期待できる。」

女僧侶「素晴らしい街ですね!」ジュルリ

男戦士「食事はまだしばらくお預けだけどねー。」

女僧侶「そ、そんなぁ……」

男武闘家「おいおい、この前言ったろ? 『枝葉の勇者』と会わせてあげるって。」

勇者「……ッ」ビクッ

女僧侶「あ、そうでした。」アハハ…

行商夫「それでは、皆さん。私達は商会館に向かいますが、どうされますか?」

男戦士「ありゃ。『中央塔』とは逆方向だな。」

男武闘家「それじゃあ、ここで降りるとしよう。」

306: 2013/04/25(木) 19:54:49 ID:5RAtefIY
行商妻「皆さんのおかげで、何事も無く着く事が出来ました……本当にありがとうございます。」

男戦士「いやいや、俺達も乗っけてもらえて助かったし、お互い様ってねー。」

行商夫「では、勇者様……何の力も無い私達ですが、せめて旅の安全をお祈りしております。」

行商妻「こんな事を言うのはいけないのかもしれませんが……どうか、無理をなさらないで下さいね。」

勇者「……はい。ありがとうございます。」ジワッ


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307: 2013/04/25(木) 19:55:25 ID:5RAtefIY
女弩使い「なんだ、あなた達は『中央塔』に行くのね。」

男戦士「ああ、ちょっと予定してたより着くのが遅くなったんだけどね。」

男戦士「大事な用事があるから外せないんだ。」

男弓使い1「ま、俺達も先ずは宿を取らなくちゃいけないしな。」

男弓使い2「俺達はいつも大通りの『ヒグマ亭』で飲んでるから、良かったら合流してくれよ。」

男弓使い2「もちろん、そっちの用事が済んでからで良いし、味は保証するぜ。」

男武闘家「へえ、そいつは楽しみだ。じゃ、用事が済んだら顔出すよ。」

女弩使い「ふふ……待ってるわ。」クスッ


女弩使いは艶のある笑顔を浮かべ、意気揚々と街へと繰り出していった。


男戦士「よし。それじゃあ俺が宿を探しとくから、お前が引率してやって。」

男武闘家「おう、任された。宿取ったら寄り道せずに合流しろよ。」

男戦士「はいはい、わかってますよー。」スタスタ

勇者「……」スタスタ

308: 2013/04/25(木) 19:56:00 ID:5RAtefIY
男武闘家「あれ。ちょっと、勇者ちゃん?」

男戦士「ん―― ッ!」ドキリ

男戦士「って、無言で着いて来てたのか! ビックリした。」

男戦士「宿は俺一人で良いから、勇者ちゃんはあっちね。」

男武闘家「これから『枝葉の勇者』と会う約束取ってるんだ。色々と、話し聞きたいでしょ?」

勇者「……です。」ポツリ

男武闘家「ん?」

男戦士「ごめん、聞こえなかった。もう一回言って?」

勇者「いや……です。」

男武闘家「え? いや、別に怖いヤツじゃないよ? 歳だって俺より下だし。」

勇者「……他の『勇者』と会うのは……いや、です。」ウツムキ


沈んだ表情で目を伏せ、他と目を合わそうとしない。
意識してか無意識か、男戦士の服の袖をその小さな手で握り、離そうとしない。

309: 2013/04/25(木) 19:56:33 ID:5RAtefIY
男戦士「――まあ、勇者ちゃんがそう言うなら、別に良いじゃん。」

男戦士「勇者ちゃんにも色々と思う所があるだろうし、無理強いは駄目だよな!」HAHAHA!

女僧侶「あの、でしたら私もそちらに――――」

男武闘家「こら。」チョップ

女僧侶「――あ痛っ。」ゴチッ!

男武闘家「わざわざ相手に時間取らせてるのに、急にキャンセルは駄目だろ。」

男武闘家「今初めて聞いた勇者ちゃんはともかく、女僧侶ちゃんのために時間取らせてるんだぞ。」

女僧侶「そ、それはそうですけど……その、でもですね。」シドロモドロ

男武闘家「駄目ったら駄目。それじゃ、勇者ちゃんは任せるから、目ぇ離すんじゃないぞ。」

男戦士「任せとけ、ちゃんと手つないどくから。」ギュッ

勇者「…………」ギュッ

女僧侶「ああ! そんな、ずるいです! 私も、私も!」

男武闘家「はいはい、さっさと行くよー。」グイグイグイグイ

女僧侶「ゥグゲッ――お、男武闘家さん、襟首を引っ張らないで下さい! く、首が!」ズルズルズルー

310: 2013/04/25(木) 19:57:26 ID:5RAtefIY
男戦士は軽く手を振って連行されていく女僧侶を見送ると、つないだ勇者の手を優しく引いて、歩きだす。


男戦士「じゃ、行こうか。人が多いから、はぐれないようにねー。」

勇者「……はい。」…ギュッ


――――――――

――――――

――――

――

324: 2013/04/26(金) 19:08:13 ID:RVK/27TE
受付嬢「ようこそお越し下さいました。」ペコリ

男武闘家「どうも、こんにちは。面会の約束をした男武闘家です。」ステータス開示


―――――――――――――

男武闘家(26)
【神の恩寵】
樹の神 Lv4

【戦闘スキル】
体術    Lv3
投擲    Lv2

―――――――――――――


受付嬢「――――はい。確かに、承っております。」

325: 2013/04/26(金) 19:08:45 ID:RVK/27TE
受付嬢「そちらの方も、ステータスの開示をお願い致します。」ニコリ

女僧侶「は、はいっ。」アセアセ


―――――――――――――

女僧侶(18)
【神の恩寵】
樹の神 Lv1 
海の神 Lv1

【戦闘スキル】
棍棒術   Lv6
体術    Lv5
―――――――――――――


受付嬢「――――え?」ナニコレ フザケテルノ?

受付嬢「……では、手持ちの武器はこちらで預からせて頂きますね。」ニコリ

女僧侶「あ、はい。じゃあ、これを。」ゴトリ

男武闘家(……ああ、これは暗殺者か何かと思われてるな。)シャーナイ

326: 2013/04/26(金) 19:09:25 ID:RVK/27TE
受付嬢「枝葉の勇者様は最上階におられます。係の者が案内いたしますので……」

衛兵1「では、我々が案内致しますので、こちらへどうぞ。」ガッチャ ガッチャ

衛兵2「おかしな真似はなさらないよう、お願い致します。」ガシャン ガシャン

男武闘家(全身鎧に前後を挟まれるとか、圧迫感がヤバい……)

女僧侶「んー、なんだか物々しいですねー。」

男武闘家「そりゃあ、枝葉の勇者は国の重要人物だから。警備も厳重だ。」

女僧侶「なるほどー。そうですよねー。」スゴイナー

男武闘家(まあ、今までこんな衛兵に連れられる事は無かったが……)イワンケド

327: 2013/04/26(金) 19:10:11 ID:RVK/27TE
塔の内壁をぐるりと回りながら登る螺旋階段を進みながら、女僧侶が興味深げに各階を見渡している。


女僧侶「わー、あれって何をやってるんでしょうねー。」ユビサシ

衛兵2「立ち止まらないで下さい。」ガッチャ ガッチャ

女僧侶「ご、ごめんなさい……」トタタッ

男武闘家「『中央塔』は、各階ごとに集まった情報を編集する分野が分けられてるんだ。」

男武闘家「外交、犯罪、社会、経済、芸術、娯楽、生活なんでもござれってね。」

女僧侶「へー、その機関誌、でしたっけ? それってどこに行けば見れるんですか?」

男武闘家「ああ、重要機密も含まれてるから一般には開放してないんだ。」

男武闘家「ただ、全部が機密って訳じゃないから、役所に行けば……ある程度は読めるよ……」ハァハァ

男武闘家「この『情報街』に集まる人間は、それを……目当てにしてるからな……」ゼェゼェ

328: 2013/04/26(金) 19:10:43 ID:RVK/27TE
女僧侶「なるほどー。一回読んでみたいな~♪」スタスタ

女僧侶「――――わぷっ」ドッ

衛兵1「……ゼィ ゼィ」ガッチャ ガッチャ

女僧侶「もう、早く進んで下さいよー。後ろがつかえてますよー。」ブー

衛兵2「……フゥ フゥ」ガチャコ ガチャコ

女僧侶「あ、後ろの人、遅れてますよー。ついてこなくて良いんですかー?」

男武闘家「いや、ゆっくり登ろう……つーか、しんどくないの?」ハァハァ

女僧侶「え? 何がですか?」ケロリ

男武闘家(体力も一級品か……しかし、衛兵さんもかわいそうに。)チラッ

衛兵1「……ヒィ ヒィ」ガチャン ガチャン

男武闘家(全身鎧で10階分の階段上がるとか……苦行すぎるだろ。)ホロリ

衛兵2「……モー ムリ」ガッチャ ガッチャ

329: 2013/04/26(金) 19:11:27 ID:RVK/27TE




女僧侶「おお~ ――――おぉ?」クビカシゲ


最上階の景色に、感嘆の声を上げながら首を傾げる。
見晴らしの良さは格別ながら、明らかに下の階とは様子が違っていた。

情報の編集が行われていた階は、どこも隙間なく机と椅子が並べられ、たくさんの人間が忙しなく働いていた。
だが、最上階のこの階は、一人分の机と椅子がぽつんと置かれているだけで、人の姿もない。
代わりに、大量の止まり木が並べられ、様々な種類の猛禽達が羽を休めていた。

壁には鳥が出入りするために幾つも窓が設けられ、そこから少し強い風が吹き抜けている。
階段近くの止まり木には鷹や鷲などの大型の猛禽が幾羽も止まり、こちらの様子を窺っている。
部屋の奥にはたくさんの梟が一まとめに集まり、一羽の梟が上げる鳴き声に耳を傾けていた。

まるでジェスチャーで梟達に何かを説明するかのように羽を広げ、鳴き声を上げていた一羽が、首だけ回して一向に振り返る。

330: 2013/04/26(金) 19:12:08 ID:RVK/27TE
女僧侶「わ、わわ! こっちに飛んできますよ!」ワタワタ

男武闘家「落ち着いて。別につつかれたりしないよ。」


ゆっくりと飛んできた梟が、女僧侶達の目の前で突然弾けるように羽を撒き散らした。


女僧侶「え、ええぇ!?」

男武闘家「よう、久しぶり。調子はどうだ?」

枝葉の勇者「久しぶりですね、男武闘家さん。そちらも変わり無さそうで。」ニコリ


舞い落ちる羽の中に、一人の青年が姿を現していた。
濃い茶色の髪に、灰色の瞳。二十代前半の、女僧侶より少し低い身長の小柄な青年だ。
細身だが、その瞳には力が漲り、言葉にはできない凄味のようなものが感じられる。

331: 2013/04/26(金) 19:13:08 ID:RVK/27TE
男武闘家「急な約束だったのに、時間とってもらって悪いな。」

枝葉の勇者「いえいえ、ちゃんと手紙届きましたよ~。それで、こちらのお嬢さんの御希望なんですよね?」

枝葉の勇者「どうも、初めまして。『枝葉の勇者』です。」スッ

女僧侶「あ、これは御丁寧に……女僧侶と申します。」ギュ


呆けた表情のまま、差し出された手を取り握手を交わす。


女僧侶「えと、今のは? 手品か何かですか?」ハテナ?

枝葉の勇者「あはは、種も仕掛けもないですよ~。」バササッ


先程とは逆に、一瞬で青年が梟へと姿を変えた。
ふわりと羽ばたき、女僧侶の肩へと飛び移る。


女僧侶「え、ええ、えええ!? ど、どうなってるんです、これ!?」アワワワ!

女僧侶「お、重さも、本物の梟みたいですよ!? な、なな、なんで!?」アワアワ!

枝葉の勇者「ふふ、驚かれました?」バササッ


また元の青年の姿に戻り、悪戯っぽい笑顔を浮かべる。

332: 2013/04/26(金) 19:13:41 ID:RVK/27TE
男武闘家「『樹の神』の恩寵、動物干渉系の最上位。獣化術だよ。」

男武闘家「高レベルの司祭さんでも使えるだろうけど、転身速度も使用回数もこいつは常識外だから……」ハァ

枝葉の勇者「一応、これでも『勇者』なので。」ステータス開示


―――――――――――――

枝葉の勇者(22)
【神の恩寵】
樹の神 Lv∞ 


【戦闘スキル】
勇者    Lv3
剣術    Lv2
―――――――――――――


男武闘家「相変わらず、貧弱みたいで嬉しいよ。」ニヤニヤ

枝葉の勇者「お、男武闘家さんだって、人の事言えないでしょ!」ムムッ

333: 2013/04/26(金) 19:14:17 ID:RVK/27TE
枝葉の勇者「――ん?」

枝葉の勇者「あれ? 何で衛兵さんが二人も上がって来てるの?」

衛兵1「……警備規定に……従ったまでです。」フゥ フゥ

衛兵2「……同じく。」ハァ ハァ

男武闘家「ああ、規定あったんだな。」

枝葉の勇者「そりゃまぁ……一定以上の戦闘スキルの訪問客には、警備をつける事になってるんで。」

枝葉の勇者「じゃあ男武闘家さん、戦闘スキルのレベル上がったのか……なんか悔しいなぁ……」ムゥ

男武闘家「おいおい、俺と男戦士が無駄な戦闘をする訳ないだろ。レベルなんか上がらんわ。」

枝葉の勇者「え? でも、衛兵さんついてるじゃないですか。」ハテ?

334: 2013/04/26(金) 19:14:49 ID:RVK/27TE
女僧侶「えーと……枝葉の勇者様に見せて頂いた訳ですし、私もステータス開示した方が良いですよね?」ステータス開示


―――――――――――――

女僧侶(18)
【神の恩寵】
樹の神 Lv1 
海の神 Lv1

【戦闘スキル】
棍棒術   Lv6
体術    Lv5
―――――――――――――


枝葉の勇者「へー、僧侶だから恩寵二つ持ちなんですね。……?」 ( ゚д゚) ン?

枝葉の勇者「」 ( д) ゚ ゚ ポポーン!

男武闘家「……気持ちはわかる。」ウンウン

枝葉の勇者「え? 僧侶? ……え、ぇえ?」…ウソォ

女僧侶「な、何なんですか、皆して! 私は僧侶です! 僧侶なんですよー!」ムキー!

335: 2013/04/26(金) 19:15:40 ID:RVK/27TE
――――――――

――――――

――――

――


男戦士「二人部屋を二つ取りたいんだけど、空いてる?」

店主「んー? そうだねぇ、今なら両隣の部屋が空いてるねぇ。」

男戦士「へぇ、そりゃ丁度良い! そこ使わせてもらえる?」


宿の店主と話す男戦士の一歩後ろで待つ勇者。


勇者「……ん。」

勇者「――――?」キョロキョロ

男戦士「お待たせー、ってどうかした?」

勇者「あ、いえ……何か視線を感じたような。」キョロキョロ

336: 2013/04/26(金) 19:16:16 ID:RVK/27TE
店主「お嬢ちゃんみたいな可愛い娘がいりゃ、誰だって見ちまうだろうさ!」HAHAHA!

男戦士「そりゃそうだ! おっちゃん、わかってるねー。」HAHAHA!

勇者「……もう。」 カァァァ(///






――――ガチャ


勇者「荷物を運んでもらって、ありがとうございます。」ペコリ

男戦士「……」ンー

勇者「あの、どうかしました?」

男戦士「さっきの視線の話だけど……ちょっと、良い?」

勇者「は、はい。」

337: 2013/04/26(金) 19:17:03 ID:RVK/27TE
男戦士「『情報街』にいる間は、絶対に一人で行動しない事。守れるね?」

勇者「え、それは……はい。そうしろと言われれば、そうしますけど。」

男戦士「……見た感じ、さっきの場に褐色の肌のヤツはいなかったけど。気をつける事、良いね?」

勇者「……褐色の肌だと……何か、いけないんですか?」

男戦士「『土の大国』領の人間の可能性が高い。昼間話してた人攫いだよ。」

男戦士「……ああ、そうだ。後、出来るだけ髪も見せない方が良いな。」

勇者「髪、ですか?」

男戦士「行商のじーちゃんが髪の色から勇者ちゃんの出身を推測してただろ?」

男戦士「俺は初めて勇者ちゃんを見たとき、『水の大国』領出身かと思ったけど、わかる人間にはわかるみたいだからね。」

勇者「それが、何か?」

男戦士「『北の国』出身って事は、イコール『神』の恩寵が無いって事だ。」

男戦士「ハッキリ言って、これほど狙いやすい相手はいない。」

勇者「…………」

男戦士「ま、明日の昼にはここを発つけど、一応警戒するに越した事は無いってね。」ナデナデ

勇者「……はい。」ニコリ

338: 2013/04/26(金) 19:17:58 ID:RVK/27TE
――――――――

――――――

――――

――


枝葉の勇者「いやー、ちょっとビックリしちゃいましたよ。」

枝葉の勇者「でも、それだけレベルが高いなら、そりゃ用心棒も出来ますよねー。」ウンウン

女僧侶「よ、用心棒ってなんですか! 私は僧侶なんですよー!」ムキー!

男武闘家「あながち間違いじゃないが、守る対象は俺達じゃないんだ。」

枝葉の勇者「と言うと?」

男武闘家「今、俺と男戦士と女僧侶ちゃんは勇者のパーティーの一員なんだ。」

枝葉の勇者「はいッ!?」ガタタッ!

枝葉の勇者「な、なんでですか! あれだけ僕が頼んでも組んでくれなかったのに!」

枝葉の勇者「いったい、どこの勇者と組んでるんですか!」

339: 2013/04/26(金) 19:19:06 ID:RVK/27TE
男武闘家「……『北の国』。」

枝葉の勇者「――え?」

男武闘家「だから、『北の国』だって。」

女僧侶「そうですよー。本当ですよー。」ニコニコ

枝葉の勇者(……あの、彼女、目が笑ってないんですが。そして、何故か寒気が。)ヒソヒソ

男武闘家(……間違っても、ウチの勇者ちゃんを貶めるような事は口にするな!)ボソボソ

男武闘家(……そこにさえ触れなければ、ちょっと抜けてるけどイイ娘だから!)ボソボソ

枝葉の勇者「い、いや、それにしても……僕としてはちょっと複雑ですね。」

枝葉の勇者「二人が手伝ってくれていれば、もっと『ネットワーク』を発展させれたのに……」ジトッ

男武闘家「お前の手伝いのために、この街に根をおろせって? イヤだね。」プイッ

枝葉の勇者「別の勇者の手伝いはするくせに――――」ムッ?

340: 2013/04/26(金) 19:19:46 ID:RVK/27TE
枝葉の勇者「勇者ちゃん、って事は……女の子ですか?」

女僧侶「はい、そうですよー。」ニコニコ

枝葉の勇者「かわいい?」

男武闘家「おま、バッ――!」ギクッ!

女僧侶「それはもう! 可憐で愛らしい方ですよー。」ニコニコ

枝葉の勇者「うーわー、それ完全に下心じゃないですかー。」バレバレー

枝葉の勇者「どうせ、『ちょっとかわいいから声かけてみよう』って感じだったんでしょ。」ナイワー

枝葉の勇者「男の二人旅だからって、ちょっと節操無さ過ぎじゃないですかねー?」サイテー

男武闘家「み、見てきたように言うな!」

女僧侶「……男武闘家さん?」ジー

男武闘家「い、いや、違うから! 『根の国』までの道中を案内するだけだから!」ガクガク ブルブル

枝葉の勇者「ああ、なんだ、そうだったんですね。じゃあ、次は僕の手伝いして下さいよ。」パァァァ

女僧侶「……男武闘家さん?」ジジー

男武闘家「ちょ! それは最初からそういう話だったからね!?」ガクガク ブルブル

男武闘家「は、はい! この話はこれでおしまい!」ヤメヤメ!

341: 2013/04/26(金) 19:20:38 ID:RVK/27TE
男武闘家「女僧侶ちゃん、色々聞きたい事あるだろ? さ、時間もないしどんどん質問して!」ネ! ネ!

女僧侶「……そうですね。その件は、また今度『ゆっくりと』お話しましょうか。」ジジジー

枝葉の勇者「やあ、仲が良いパーティーで何よりですね。」ニコニコ

男武闘家(……この野郎、後で一発殴っとくべきか。)ゲンナリ

枝葉の勇者「それで、何を聞きたいんですか? 男武闘家さんの紹介ですし、機密じゃない事なら出来る限り答えますよ。」

女僧侶「え、と……それじゃあ、勇者レベルってどうすれば上がるか、教えてもらえますか?」

女僧侶「枝葉の勇者様はレベル3みたいですけど、勇者様はまだレベル1なので……」

枝葉の勇者「あー、なるほど。その勇者ちゃんのレベルを上げたい訳ですね。」…ウーン

枝葉の勇者「でも、困ったな……勇者レベルが上がる切っ掛けって僕も良く分からないんです。」

枝葉の勇者「2から3に上がった時なんて、朝起きたら勝手に上がってましたし……」

枝葉の勇者「多分、能動的に上げれるものじゃないんじゃないかなぁ。僕なりに仮説は立ててますけど。」

女僧侶「それで構わないので、教えて頂けませんか……?」

枝葉の勇者「それほど外してないと思いますけど、あくまで仮説ですから、そこは了承して下さいよ。」

枝葉の勇者「恐らく、勇者レベルは、『個人がどうあるか』ではなく、『周囲がどうみなしているか』を計るパラメータなんです。」

枝葉の勇者「砕いて言っちゃえば、『人気レベル』ですかねー。『社会に対する貢献度』って言っても良いかもですけど。」

342: 2013/04/26(金) 19:21:20 ID:RVK/27TE
枝葉の勇者「確証はないですけど、『勇者』なら多分誰でも似たような認識だと思いますよ。」

女僧侶(……楽師さんが言ってたのは嘘じゃ無かったんだ。)ムゥ

枝葉の勇者「僕のレベルが上がりだしたのも、『ネットワーク』を構築してからですし。」

枝葉の勇者「多分、『ネットワーク』の規模がもっと大きくなったら、また上がるんじゃないかなぁ。 」

枝葉の勇者「それと、レベルを上げたいって話なら、自分の個性にあった恩寵の使い途を見つけるのが一番の近道だと思いますよ。」

枝葉の勇者「植物干渉系が得意な『花の勇者』が作物の品種改良に取り組み、動物干渉系が得意な僕が『ネットワーク』を構築した感じにね。」

男武闘家(……そう。普通の『勇者』なら、それが一番のやり方だろう。)

女僧侶(……じゃあ、恩寵が無い勇者くんは、どうすれば良いって言うんですか。)

枝葉の勇者「えーと、あれ? どうかしました?」オモイ クウキ?

女僧侶「あ、いえ! なんでもないです。もう一つ聞いて良いですか?」

枝葉の勇者「はいはい、どうぞ。」

女僧侶「あの、戦闘が得意ではないのは、ステータスを見せて頂いたのでわかります……」

枝葉の勇者「」グサッ

男武闘家(ざ ま ぁ )ヒトノコト イエンケド

343: 2013/04/26(金) 19:22:15 ID:RVK/27TE
女僧侶「なので、気を悪くしないで欲しいんですけど――――」

枝葉の勇者「はいはい、なんですか。別に気にしませんよ。」トホホ

女僧侶「魔王を倒そうとしてる『勇者』はいない、って聞いたんですけど……本当ですか?」

枝葉の勇者「え、えーと、それは……何と言うか……」チラッ

男武闘家(ああ、言ったの俺達。)コクリ

枝葉の勇者(ちょっとォォ! 何言ってくれちゃってんですかァァァァ!)ノォォォ!

衛兵1「」ヒソヒソ

衛兵2「」ヒソヒソ

枝葉の勇者(ほらァァ! 衛兵さんらも何かヒソヒソ言ってるじゃないですかァァァァ!)

枝葉の勇者「いやいや、そんな事ないですよ! ないですからね!」アセアセ

枝葉の勇者「ただ、誰しも向き不向きがあるってだけでね! それに、防衛任務も大事な仕事だから!」アワアワ

女僧侶「『防衛任務』と『魔王の討伐』って、どっちに力を入れてるんですか?」

枝葉の勇者「それは……防衛任務ですけどぉ……」ムググ

女僧侶「あ、その、別に枝葉の勇者様を責めてる訳じゃないんです。 ただ、信じられなくて……」

344: 2013/04/26(金) 19:23:18 ID:RVK/27TE
女僧侶「『木の大国』の勇者様が防衛に回るって事は、相手は『火の大国』の勇者様なんじゃないですか?」

枝葉の勇者「あ、いや……流石に『火の大国』の勇者が侵攻してくる事はそうそう無いんです。」

枝葉の勇者「でも、『勇者』が最前線で戦った方が却って両軍の損害が少なくなるとか。僕も伝聞なので詳しくないですけど……」

男武闘家「確かに、戦力差が明白なら無駄に戦いを続ける必要は無いか。」

女僧侶「だからって、それが正しいとはとても思えません……」

男武闘家「一応、フォローしておくと、これは立地の問題でもあるんだ。」

男武闘家「もし、『木の大国』領や『水の大国』領の勇者が『西の最果て』に挑もうとすれば、『火の大国』領を横断しなければならない。」

男武闘家「ハッキリ言うが、これは魔物と戦うより、よっぽど危険な行為だ。」

女僧侶「……え? 別に通るくらいどうって事ないじゃないですか?」

男武闘家「ただで通れると思うか? 奴らがただで通すと思うか?」

男武闘家「防衛の要、一騎当千の『神』の現し身、人心の拠り所、始末できれば戦争にどれだけの影響があるか。」

男武闘家「同盟国の『鉄の大国』、資源国の『土の大国』、この二大国の勇者なら危害は加えられないだろう。相手にメリットが無いからな。」

男武闘家「だが、国境を隣接する『木の大国』『水の大国』の勇者は駄目だ。相手にメリットがありすぎる。」

男武闘家「だから、枝葉の勇者達は動けない。最悪、魔物と『火の大国』の勇者の挟撃にさらされるんだ。いくらなんでも分が悪すぎる。」

345: 2013/04/26(金) 19:24:06 ID:RVK/27TE
衛兵1「な、なるほど……」

衛兵2「考えてみれば、確かに……」

枝葉の勇者「そう! そうなんです! 僕が言いたかったのはそういう事なんです!」

枝葉の勇者(やった! 信頼崩壊の危機を乗り切った! 恩に着ます!)パァァァ

衛兵1「」ヒソヒソ

衛兵2「」ヒソヒソ

枝葉の勇者(ちょっとォォ! ヒソヒソやめてェェェェ!!)

女僧侶「でも、それじゃあ……何時になれば平和になるんですか……」ウツムキ

女僧侶「男武闘家さんの話だと、もうどうしようもないみたいじゃないですか……」

男武闘家「……いや、実はそうでもない。」

女僧侶「――え?」

男武闘家「無意味な争いは避ける動物とは違い、魔物は人間と見れば反射的に襲いかかる。」

男武闘家「そんな危険な化物と国境を接するのは、非常にリスクが高い。自分の身の安全のために対処せざるを得ない。」

男武闘家「しかも人間と違い、意志の疎通は不可能。滅ぼすしかないんだ。」

男武闘家「『火の大国』もこっちにちょっかいを出しつつも、西伐は西伐で進めなければならない。」

346: 2013/04/26(金) 19:24:42 ID:RVK/27TE
女僧侶「だったら、こっちに手は出さずに西伐だけに集中すれば、もっと早く平和になるんじゃないんですか!?」

男武闘家「理屈ならそうなるけど、女僧侶ちゃん……大事な事を見落としてる。」

女僧侶「え、ええ……何をですか。」

男武闘家「俺達が『火の大国』を信頼してないのと同様に、向こうも俺達を信頼してないんだ。」

男武闘家「こちらから手出ししないから西伐に集中してくれと言っても、聞く耳すら持たないだろう。」

女僧侶「そ、それは……そうかもしれませんけど……」

男武闘家「徐々に、徐々にではあるけど、少しずつ平和に向かって動いているのは確かだと思う。」

男武闘家「そう、割り切るしかないだろう……少なくとも、今は。」

枝葉の勇者「『ネットワーク』の整備により、情報の伝達速度は劇的に向上しましたし……」

枝葉の勇者「『火の大国』側に、こちらを攻めても意味が無いと思わせる事ができれば、結果として西伐に専念させる事になりますよね。」

枝葉の勇者「だから、地道に『木の大国』の国力を増大させて『火の大国』の侵略の意図を挫くのが、自分達が出来る平和への努力だ。そうでしょう?」

347: 2013/04/26(金) 19:25:27 ID:RVK/27TE
女僧侶「ちゃんと考えてたんですね、勇者様……」ジィィン

衛兵1「さすがは勇者殿……」ジィィン

衛兵2「うむ、やはり我らが『樹の神』の申し子だ……」ジィィン

男武闘家(なんか誰かの受け売りっぽいな……まあ、良いか。)クチニハ スマイ

枝葉の勇者(ふぅ……やっぱり『樹の勇者』さんの言葉は説得力が違うね。)コレデヨシ…

348: 2013/04/26(金) 19:26:02 ID:RVK/27TE
枝葉の勇者「あ、マズイ。そろそろ夕方の便の時間でした。」

男武闘家「そうか、じゃあ質問はここまでか。」

女僧侶「……色々と、ありがとうございました。」ペコリ

枝葉の勇者「いえいえ、良いんですよ。次は男戦士さんと……『そちらの勇者さん』も一緒に来て下さいね。」ニッ

男武闘家「ああ、言っとくよ。それと、『これ』。後で目を通しといてくれ。」スッ

枝葉の勇者「はあ、わかりました。また後で読んどきますね。」バササッ


封がされた便箋を受け取ると、枝葉の勇者は梟へと姿を変える。
他の梟達を先導するように、陽が落ちつつある空へと羽ばたくと、他の梟達も一斉に夕焼けの空へと飛び立っていった。


――――――――

――――――

――――

――

349: 2013/04/26(金) 19:26:42 ID:RVK/27TE
男弓使い1「それじゃあ、この出会いを『樹の神』に感謝し、乾杯ッ!!」ガチャン

男弓使い2「乾杯!!」ガチャン

女弩使い「乾杯!!」ガチャン

男戦士「乾杯!!」ガチャン

勇者「乾杯!」ガチャン


別れ際に約束した通り、一行は大通りの『ヒグマ亭』に集まっていた。
店内を見渡せば、行商や冒険者が陽気に飲み食いし、活気に満ちている。


勇者「そう言えば、今日って何かのお祭りなんでしょうか。どこもたくさん人がいましたし。」

女弩使い「あはは、これくらいの活気はいつもの事よ。」ゴックゴック

男弓使い1「なんてったって、この『情報街』は『木の大国』領で今一番熱い街だからね!」ゴックゴック

男弓使い2「そうそう!『ネットワーク』に感謝だ!」ゴックゴック

350: 2013/04/26(金) 19:27:14 ID:RVK/27TE
勇者「来る途中も言ってましたけど、そんなに凄いんですか?」キョトン

男戦士「ま、人や物の流れがある場所ってのは景気が良くなるもんなんだよ。」

男戦士「情報のやり取りが早くなれば、それに応じて新しい取引が出来るようになるから。」

男戦士「目聡い商人にとっちゃ、『情報街』は宝の山に見えるだろうねー。」ゴクッ

男弓使い1「おかげで、俺達も仕事に困らないで済む。」ゴックゴック

女弩使い「ああ、『枝葉の勇者』様とあなた達のおかげだわ。」ゴックゴック

男弓使い2「猛禽を『操る』んじゃなくて、自分が親として育てた猛禽に『教える』んだろ? いや、流石勇者様だぜ。」ゴックゴック

女弩使い「ホント、私達とは発想のスケールが違いすぎるわね。」ゴックゴック

男戦士「獣化術なら、あいつ以上の術者はいないだろうしなぁ。」

男戦士「出来るかどうかは半信半疑だったが、実際にやってるんだから大したモンだよ。」ゴクッ

勇者「……凄い、ですね。」

351: 2013/04/26(金) 19:27:46 ID:RVK/27TE
女弩使い「けど、どうしてパーティーを解散したのかしら? 『ネットワーク』管理者なら良い暮らしできたでしょうに。」ゴックゴック

男戦士「別に、俺達は良い暮らしがしたくて『枝葉の勇者』を手伝ってた訳じゃないからね。」

男戦士「同郷の弟分がベソかいてたから、あいつの才能を活かせそうな事を考えてやったんだよ。」

男弓使い1「なんだ、あんたら同郷だったのか!」ゴックゴック

男戦士「まあ、あいつが俺達の町に生まれたおかげで色々と助かったし、これで貸し借り無しってね。」ゴック

女弩使い「へぇ~、やっぱり『勇者』がいる町には国の支援があるんだ?」ゴックゴック

男戦士「ま、先行投資ってやつだろ。でかい図書館作ってくれたのは素直にありがたいけどね。」

男戦士「おかげで、俺も男武闘家も、色々と知識を学ぶ事が出来た。その知識は今でも役に立ってるよ。」

勇者「ああ、だからお二人は博識なんですねぇ。」

男戦士「パーティーを解散したのも、『ネットワーク』の管理者になると、この街から動けなくなるからね。」

男戦士「俺も、男武闘家も……『世界』を見たかったんだ。理由なんて、そんなもんだよ。」

女弩使い「ふぅん……なんだか、カッコ良いわね。」クスッ

男弓使い1「ま、そのおかげで、こうして肩を並べて飲む機会に恵まれたんだ。」

男弓使い2「そうだな。この出会いに乾杯!ってな。」ゴックゴック

352: 2013/04/26(金) 19:28:16 ID:RVK/27TE
女弩使い「あら、二人ともあんまり飲んでないじゃない。お酒は苦手かしら?」

勇者「はい、ちょっとお酒は……」アハハ…

男戦士「『見習い』ちゃんが一緒だからね。潰れないようにペースに気をつけてるの。」

男弓使い1「ははっ、これはこれは。意外と紳士だね。」ゴックゴック

女弩使い「あんた達も見習いなさいよー? かよわい女の子は何時でも守れるようにしないと。」フフン♪

男弓使い2「おいおい、じゃじゃ馬がなんか言ってるぞ。」ゴックゴック

男弓使い1「あー、駄目だ。俺ァ馬語はわかんねーな。」ゴックゴック

女弩使い「タマとアタマ、射抜かれるならどっちが良い?」チャキ

男弓使い1「おまッ、こんなお嬢ちゃんの前でそりゃ無いんじゃねーか? ったく、これだからビXチは……」ヒクワー

男弓使い2「あーあー、汚い大人って最低だよなぁ。もうちょい恥じらいってもんをだな……」ナイワー

女弩使い「なるほど、サオもついでに射抜いて欲しいと。サービスで新しいケツの穴も追加しとくわよ?」キリキリキリ

男弓使い1「すいませんでした。」ドゲザ

男弓使い2「勘弁して下さい。」ドゲザ

男戦士(弩って、素手で引けるのか……)スゲー

勇者「あはは……」

353: 2013/04/26(金) 19:28:51 ID:RVK/27TE
――――――――

――――――

――――

――


男弓使い1「…………」zzz zzz

男弓使い2「あ、潰れちまったか。」ゴク ゴク

女弩使い「今日は、まあまあ頑張ったわね。」グビッ

男戦士「あんたら、酒強いなー。」ゴクッ

勇者「……」コソッ

男戦士「あれ、『見習い』ちゃん、何処行くの?」

勇者「え、えーと……ちょっとそこまで。」モジモジ

男戦士「外の空気でも吸いたいの? ついてくよ。」ガタッ

勇者「い、いいです! 一人で行きますから!」カァァ(///

女弩使い「あら、だったら、お姉さんがついて行ってあげるわよ。ちょっと飲みすぎたから外の空気吸いたいし。」ニコッ

354: 2013/04/26(金) 19:29:23 ID:RVK/27TE
男戦士「え? いや、そんな――」

女弩使い「良いから、座ってなさいな。」

男戦士「……?」ピーン

男戦士(……ああ、手洗いね。これは失礼。)




夜空には星が満ち、三日月が冷たく輝いている。
アルコールで火照った身体に、夜の冷えた空気が心地いい。


女弩使い「トイレは店の裏手に共同のがあるのよ。」

勇者「……すいません。」

女弩使い「あっはは、良いのよ。そりゃ、気になる男に聞かれたくないわよねぇ。」クスクス

勇者「そ、そういう訳じゃ。」カァァ(///

355: 2013/04/26(金) 19:30:18 ID:RVK/27TE
女弩使い「隠す事無いじゃない♪ あんなにイイ男そうそういないわよー?」

女弩使い「で、どうなの? 『行商見習い』って事は色々教わってんでしょ?」

女弩使い「やっぱ、“夜の商談”とかも教わってるの? 私も教わりたいなぁ……」ハァハァ

勇者「知りませんよ、もう!」カァァ(///

勇者「男戦士さんはそういう人じゃ――――?」グイッ

女弩使い(――止まって。)ヒソッ


女弩使いが先を歩いていた勇者の肩を掴んで立ち止まらせる。
周囲の店から陽気な声が漏れ聞こえるが、この裏道は静まり返っている。


女弩使い「こんな裏道で、女のおしゃべりの盗み聞き? 随分と、暇で悪趣味なのねぇ。」

女弩使い「とっとと消えるなら追いはしないわ。でも、去らないようなら敵とみなすわよ?」チャキ


腰に下げていた二本の弩を女弩使いが構える。
次の瞬間、音も無く地面がせり上がり、土の壁が二人の前方と後方を挟み込んだ。
これでは店側に戻る事も、裏道を一気に走り抜ける事も出来ない。
土の壁が街の光を遮り、裏道が暗闇に包まれる。

356: 2013/04/26(金) 19:31:08 ID:RVK/27TE
女弩使い「――甘いわね。」パシュッ! パシュッ!


放たれた弩が、二人に駆け寄っていた二体の何者かを撃ち抜く。
眉間を撃ち抜かれた衝撃で、賊が吹き飛ばされるが、二人に向かって走る足音はまだ続いている。


勇者「弩は連射が――」ハッ

女弩使い「そう思う?」キリリリリリ!


両手に弩を構え、弦を引く事が出来ない筈なのに、既に次の矢が装填されている。


女弩使い「――――はい、おしまい。」パシュッ! パシュッ!


即座に放たれた二矢が、またも賊の眉間を撃ち貫く。


女弩使い「恩寵【獣化転身・梟】。瞳だけなら私にも出来るのよ?」キリリリ


少し暗さに慣れた勇者が見たのは、梟のような琥珀色の瞳の女弩使い。
そして、弩に絡み、弦を巻き上げる植物の蔓だった。

357: 2013/04/26(金) 19:31:40 ID:RVK/27TE
女弩使い「【植物接続・蔓】加えて強化もしてやれば、弩の弦を巻き上げる事も可能。」チャキ

女弩使い「さ、わかったでしょ? 全員ぶち抜いてあげても良いんだけど、矢がもったいないじゃない?」クスッ

勇者(……この人、凄い。)ゴクッ

女弩使い「さっさとその土壁引っ込めて、立ち去るのね。」チャキキ


土壁の傍で、びくりと賊が身を震わせる。
そこは十分に弩の射程内だ。


女弩使い「ま、もったいないって言っても、『五』本くらいなら構わないんだけどね……」ハァ

女弩使い「あら、驚いた? 梟の夜目を甘く見てるんじゃない?」クスクス


正確な人数を把握され、目に見えて土壁の傍の賊がうろたえ始める。
恐らく真っ先に狙われるのは、姿を晒している自分達だ。


賊1「ちぃ……まさか、ここまで実戦慣れした弩使いだったとはな……」


裏道に隠れていた一人が姿を見せる。
土壁の傍の二人と違い、その表情に動揺は見られない。

358: 2013/04/26(金) 19:32:27 ID:RVK/27TE
女弩使い「へぇ、あんたがリーダーかしら?」

女弩使い「揃いも揃って生っちょろい顔色の割に、あんたは肝が据わってそうね。」

賊1「……」

女弩使い「別に全員射頃しても良いんだけど、土壁乗り越えるのが面倒なのよ。」

女弩使い「今すぐ土壁を解除して、ケツまくって逃げるなら、何とか捕まらなくて済むんじゃない?」

賊1「ふむ。ならばお言葉に甘えようか。」

女弩使い(……チッ、いやな態度ね。)

女弩使い「なら、さっさと――――ッ!?」ギチチチチッ!

勇者「――――ッ!」ギチチチチッ!

その刹那、女弩使いと勇者の足元の地面が盛り上がり、蛇のように襲いかかった。
二人に巻きついた土蛇は、一瞬で弩ごと絡め取り、万力の如く締め上げる。


賊1「ふふ、気付かなかったのか? お前が最初に射抜いた刺客が『なに』だったか。」

賊1「あれは、私の意識を分散させて宿らせた人形だ……まあ、その意識は今君達を締め上げているがね。」


賊の分かたれた意識は、破壊された人形から地面を伝って移動し、女弩使いを奇襲したのだ。

359: 2013/04/26(金) 19:33:01 ID:RVK/27TE
女弩使い(……こい、つ……ただの賊じゃ……ない……司祭レベル、の……恩寵、使い……!)ギチギチ

賊1「さて、後は仕上げに――」

女弩使い(……なめ、るな!)ブンッ

賊1「ぐぁっ!?」バキィ!


身体をねじって隙間を作り、近付いてきていた賊を蹴り上げる。


賊1「……小娘ェェ。」ギラリ

女弩使い(……皮膚が、破れた? いや、違う……変装、か!)ギチギチ

女弩使い(褐色の、肌……クソ、こいつら、『土の大国』の……)ギチギチ


賊の頬の皮膚が破れ、その下から褐色の肌が覗いている。
蹴りを受けた賊はひるんだが、分割した意識を与えられた蛇はビクともしない。

360: 2013/04/26(金) 19:33:56 ID:RVK/27TE
賊1「さっさと石化させておくべきだったな。次に目が覚めた時、目の前に居るのが貴様の主人だ。」ククク

賊1「せいぜい、優しく扱ってもらえる主人に恵まれるよう、祈るのだな。」ガシッ!

女弩使い(……アッ……ッ……!)ピキピキピキ


賊が女弩使いの首を掴むと、女弩使いの全身が硬直し、徐々に石へと変わっていく。


勇者(女弩使いさん……!)ギチギチ

賊1「やれやれ、手こずらせてくれた。ああ、君は楽で助かるよ。」

賊1「なんせ、恩寵が無いんだからね。抵抗力も無いからすぐに石化できる。」

賊1「ハハハ、全く以って『奴隷』にピッタリだ。ま、適材適所というヤツだな。」

賊1「『神』を失うような無能な民には、似合いの末路――――?」ムム?


頭上で何かが輝き、眩しさに微かに顔をしかめる。
空を仰ぎ、その煌めきの元を知った賊達は驚愕の色を浮かべた。

361: 2013/04/26(金) 19:34:32 ID:RVK/27TE
賊1「な、なんだ、これは!?」

賊2「空に、水晶!? 何時の間に!?」

賊3「水晶がアーチのように!?」

賊4「土壁を越えて、俺達の頭上に!?」

賊5「お、おい! 誰か走ってないか!?」


音も無く透明な水晶のアーチが頭上に出現していた。
それだけでも驚愕だが、耳を澄ませばその上を駆け抜ける足音が聞こえる。


賊1「おい、何かわからんが撤収だ! お前、こっちの娘を石化させろ!」

賊5「は、はい! ただちに――――」


土壁を担当していた一人が慌ててリーダーの元に駆け寄る。

362: 2013/04/26(金) 19:35:05 ID:RVK/27TE
――――が。


賊5「――――ギャベッ!」ゴキャッ!


水晶のアーチを駆け抜けた影が頭上から襲いかかり、賊の顔面上半分が吹き飛ばされた。


女僧侶「見 ィ ィ ィ ィ つ け た ァ ァ ァ ァ 。」ニィィィィ!


血と脳漿を滴らせたメイスを手に、狂ったような笑顔を浮かべる少女がそこに居た。

363: 2013/04/26(金) 19:35:44 ID:RVK/27TE
賊1「な、なななっ!?」キュィィィン


賊のリーダーが意識を集中し、突然空から降ってきた闖入者のステータスを解析する。
影に隠れていた二人も、賊のリーダーの前に移動し、身構えている。


賊1「そ、僧侶だと……!?」


先ず一番に読み取った職業名が、口から零れた。
それを聞いた他の賊の空気が、目に見えて弛緩する。

――なんだ、僧侶か。
――――それなら大したことは無い。
――――――不意打ちには驚いたが、こいつも捕えてしまえば良い。

各々が似たような感想を抱いていた。

364: 2013/04/26(金) 19:36:16 ID:RVK/27TE
賊3「僧侶の分際で、やってくれたじゃねぇか……お前も『奴隷』に――――ッ!」ゴボキャッ!


賊のリーダーの前にいた一人の下顎がメイスに吹き飛ばされ、地面をのたうち回る。


賊2「な、ななな!?――――ッ!(ゴリュッ)アアアアア! アァァァァァアアアア!!」


驚いたもう一人も、突き入れられた指に両の眼球を抉られ悲鳴を上げる。


女僧侶「ア ハ ハ ! ア ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ッ !」


僧侶、と聞いて侮った僅かな緩み。
それが賊にとって命取りになった。

一足で距離を詰めた女僧侶は、僅かな躊躇いも無く、その暴力を叩きつけた。

365: 2013/04/26(金) 19:36:49 ID:RVK/27TE
賊2「アアアアァァアアア! 目が、目がァァァァァ!!」ヒギィィィィ!

賊3「オゴォォォォオ、オオオオオオ……」ピクッ ピクッ

女僧侶「もうご飯が食べられないですねぇ! もう何も見れないですねぇ!」アハァハハハハッ!!


自らが作った血溜まりの上で、喉を反らして哄笑する少女。
隙だらけに見えるが、その狂気にあてられた賊達は正常な思考能力を失っていた。


賊1「き、貴様、気狂いかッ!?」ゾゾゾゾッ


夜の街に響く狂気を孕んだ笑いは、確実に周囲の目を引く。
冷静さを欠いた賊のリーダーは、すぐに人が集まってくるだろう事にも気付けない。
土壁の傍にいた最後の賊が、慌ててリーダーに駆け寄る。


賊4「に、逃げましょう! これでは、すぐに人が!」

賊1「ぬ、ぬぬぅ……ッ!」ギリッ

賊1(戻れ、分霊よ……!)キィィン!

366: 2013/04/26(金) 19:37:52 ID:RVK/27TE
勇者と女弩使いを捕えていた土蛇の意識を、自らへと呼びもどす。
土蛇は脆く崩れ去り、勇者と女弩使いが解放された。


勇者「う……うぅ……」ドサッ

女弩使い「…………ッ」ドサッ


戦うべきか、逃げるべきか。
賊のリーダーが思案する目の前で、女僧侶がうずくまる手負いの賊に近付き、血と肉片に塗れたメイスを振り上げる。


女僧侶「フンフフ~~ン♪ フンフ~ン♪ フンフンフフ~ン♪」    グチャッ! ゴリッ!

賊4「ひ、ひでぇ……」ガクガクガクガク


鼻歌交じりに振り下ろされたメイスは、容赦なく二人の賊の頭蓋を叩き割り、脳漿を地面に撒き散らした。


女僧侶「逃げるんですかァァ? お仲間の仇、取らなくて良いんですかァァ?」ニィィィィ

賊4「ヒィィィィ! 来るな、来るなァァァァ!」 …ジョワァァァァ

賊1「き、気狂いの相手など、で、できるかッ!」ズズズズズ


捨て台詞を吐き、生き残った賊二人は地面に沈むように消えて行った。

367: 2013/04/26(金) 19:38:28 ID:RVK/27TE
女僧侶「…………」フゥ



女僧侶「大丈夫ですか、勇者くん!」

勇者「う……うぅ……」ゲホッ ゲホッ

女僧侶「しっかりしてください、勇者くん!」

勇者「また……助けてくれたんですね……」ニコ

女僧侶「何度でも、何度でも私がお助けしますから……!」ギュゥ

勇者「ありがとう……女僧侶……さん……」ガクッ

女僧侶「勇者くん!」

勇者「…………」スゥ スゥ スゥ

女僧侶「……お休みなさい、勇者くん。」ホッ


――――タタタタッ!


男武闘家「うっわぁ……」スタッ

白貌の女「もう終わっている? 手際が良いですね。」スタッ

368: 2013/04/26(金) 19:39:05 ID:RVK/27TE
水晶のアーチを駆け、二人の人間が女僧侶の傍に飛び下りてきた。
一人は男武闘家、もう一人は病的なまでに白い肌の若い女だった。

例外無く頭蓋を割られ、脳漿を地面にぶちまけた三つの氏体に、男武闘家が吐き気を堪えている。
白貌の女は氏体を一瞥し、満足気に頷くと、勇者と女弩使いの方に目をやる。


白貌の女「そちらの少女は気を失っているだけですが、こちらは少しマズイですね……身体が半ば石化している。」

白貌の女「まぁ……私が来たのも無駄足では無かった、と考える事にしましょうか。」パァァァァ


白貌の女が手をかざすと、女弩使いが暖かな光に包まれ、冷たくなっていた肌に温もりが戻る。


女僧侶「あ、そうだ。二人が地面に潜って逃げちゃいました。」

白貌の女「なるほど……うん、今ならまだ恩寵の残滓を辿れます。」

白貌の女「私は彼らを追いますので、約束通り、手柄はご自由に……」ズズズズズ


白貌の女が地面に潜ると、空にかかっていた水晶のアーチは音も無く砂と化し、虚空へと散っていった。

369: 2013/04/26(金) 19:39:46 ID:RVK/27TE
集まってきた群衆が道を塞ぐ土壁に気付き、騒ぎ始めている。


『うわ! おい、なんだこの土壁!』

『取り敢えず、ぶっ壊すぞ! 向こう側に誰かいるか? 離れてろよ!』


誰かが発動した恩寵により、土壁の内部から、強化された巨大な根が打ち崩す。


女僧侶「人攫いです! お役人さんを呼んで下さい!」

『マジか! 任せろ、すぐ呼んでくる!』タタタッ

『誰かが攫われたのか!?』タタタッ

『お嬢ちゃんは大丈夫か!?』タタタッ


ある者は役人を呼ぶために走り、ある者は助勢の為に駆け寄ってくる。

370: 2013/04/26(金) 19:40:31 ID:RVK/27TE
女僧侶「はい、私達は大丈夫です。お気遣いありがとうございます。」ニコニコ

冒険者1「……う、わ。」ドンビキ

冒険者2「ひっ――――――ッ!」 エレロロロロロ!

冒険者3「あ、ああ――――ッ」ゲボロロロ!


頭蓋をかち割られた氏体を前に、耐性の無いものは盛大に胃の内容物を吐瀉している。
冒険者と言っても、そうそうこんな凄惨な氏体を見る機会は無い。


男戦士「ゆ――『見習い』ちゃん!」

男弓使い2「女弩使い!?」

男武闘家「お前、なんで目を離し――――あ、いや……そういう事か。」ハッ

女僧侶「『見習い』くんから目を離してお酒ですかぁ?」

女僧侶「さ ぞ 美 味 し か っ た ん で し ょ う ね ぇ 。」チャキ

男弓使い2(え、なにこの娘……瞳孔開いてない?)ガクガクブルブル

男戦士「――――ッ。」グッ

371: 2013/04/26(金) 19:41:05 ID:RVK/27TE
男武闘家「待った、女僧侶ちゃん。これは、流石に不可抗力だ。」ガシッ

女僧侶「手を離して下さいよ。 怪 我 し ち ゃ い ま す よ ぉ ?」ニコニコ

男武闘家「裏道を抜けた先に何が見えてる?」

女僧侶「……?」

女僧侶「共同トイレ、ですか?」

男武闘家「女の子がトイレに行くのに、男と女どっちについてきてもらう?」

女僧侶「それは……ああ、そういう事なんですね。」スッ

男弓使い2「す、済まねぇ……まさか、こいつが遅れを取るなんて考えても無かったんだ。」

男弓使い2「こいつの誇りの為にも、勘弁してやってもらえねぇか!?」ドゲザッ


女弩使いが同行するのに、そこでさらに誰かが同行を主張すれば、それは女弩使いだけでは頼りないと言っている事になる。
当然、これ以上男戦士を責めるのも、遠まわしに女弩使いを責める事になる。

372: 2013/04/26(金) 19:41:40 ID:RVK/27TE
女僧侶「……もう良いです、事情はわかりましたし。」

女僧侶「それに、『弓使い』が狙われてた以上、最初から不利な戦いだったでしょうから。」

男弓使い2「……え?」


『おーい、役人さん! こっちこっち!』


男武闘家「ん……役人も到着したか。説明は事情聴取の後だな。」


――――――――

――――――

――――

――

373: 2013/04/26(金) 19:42:18 ID:RVK/27TE
『情報街』から出て数キロ地点。
周囲には何もない平原に、一台の幌馬車が停まっている。
馬車の傍の地面が盛り上がり、二人の男が姿を現した。


賊1「くそッ、どういう事だ! 何だったんだ、あの気狂いは!」

賊4「た、助かった……」ヒィヒィ


怒りで顔を紅潮させた男と、顔面蒼白の男。


賊1「おい、悪いが今日は失敗だ。何か飲み物をくれ!」

賊4「骨が砕ける音が耳から離れねぇ……ううぅぅぅぅ……」ヒィィアァァ

賊1「おい! 何をしている! さっさと飲み物をよこせ!」

『ああ、たっぷり飲んでくれ。』


良く通る、張りのある声。
だが、それは馬車からではなく、男達の背後から響いた。

374: 2013/04/26(金) 19:42:52 ID:RVK/27TE
賊1「な――ッ!?」ビシャッ

賊4「え――ッ!?」ビチャッ


振り返った瞬間、全身に生ぬるい液体を浴びせられる。


賊1「この、臭い――!」

賊4「うぷ、おご――――」ゲロロロロロ

『あ、悪い。いくらか固形物も混じってたな。』


浴びせられたのは、血液。
それだけでなく、異臭を放つ臓腑らしきものも混じっている。
人間であったらしきモノ、が賊の足元に広がる。


金髪の男「喉渇いてたんだろ? さ、遠慮せず飲み干せよ。」

金髪の男「『4人』分だ。渇きをいやすには充分だろ?」


背後にいたのは、輝く金色の髪と瞳、褐色の肌を持つ若い男。
薄着の服から、鍛えられた屈強な肉体が覗いている。

375: 2013/04/26(金) 19:43:33 ID:RVK/27TE
賊1「『4人』……4人だと!?」

金髪の男「ああ、おかわりは無いんだ。悪いな。」


4人――それは、ここで待機していた筈の仲間の人数。
待機していた筈の馬車に、人の気配は無い。


賊1「貴様ァァ――!」

金髪の男「職業『商人』……商品は『奴隷』か?」

賊1「――ッ!?」

金髪の男「地の神の恩寵レベルは8……へぇ、なるほど。お前がリーダーか。」

賊1「――ッッ!?」

金髪の男「戦闘スキルは杖術が2……どうでも良いな。」

賊1「――ッッッ!?」

金髪の男「何を驚いてる。別に【素材解析】はお前の専売特許じゃないだろ?」

376: 2013/04/26(金) 19:44:08 ID:RVK/27TE
賊4「な、なぁ! あんたも『土の大国』領の人間なんだろ!? 同郷のよしみで見逃してくれよ!」ビリビリビリ


賊は自らの顔から皮膚を剥ぎ取る。
剥ぎ取られた下には、金髪の男と同様、褐色の肌が広がっていた。


金髪の男「同郷のよしみ……?」クビカシゲ

賊1「き、貴様は何者だ!? 同業者か!? 私の商品を横取りに来たのか!?」

賊1(……こいつのステータスが読めん! まさか、妨害術式を構築している? こんな小僧が!?)

金髪の男「それが、見逃す理由になるのか?」ヒュパッ!

賊4「ひっ!」シュルル!


金髪の男が振るった鞭が、賊の腕に絡みつく。

377: 2013/04/26(金) 19:44:44 ID:RVK/27TE
金髪の男「【水晶励起】」

賊4「――――ッ」ピキキッ

賊1(なんだ、この出鱈目な速さの水晶化は!?)


瞬き程度の時間だろうか。
賊は全身が水晶に包まれ、物言わぬ石像と化している。


賊1(本来、自己の強化に使う【水晶励起】を拘束に使う、だと!?)ゾクッ


武具や防具に水晶を纏わせ、攻撃力や防御力をあげるための術。
水晶が成長するのに時間がかかる為、本来こういった使い方は不可能な筈だった。


金髪の男「重ねて【水晶励起】」ヒュッ!

賊4「」パァァン!


鞭が水晶を纏い、威力を増した一撃が、水晶に包まれた賊の頭部を粉砕する。
首から噴き出す血液が全身の水晶を濡らし、赤黒い光を放っている。

378: 2013/04/26(金) 19:45:16 ID:RVK/27TE
金髪の男「そう言えば、さっき何か言ってたな。『同業者』? 『横取り』??」ンン?

賊1「そ、そうだ! ……何なら、私が下についても良い。コネも全て提供する!」

賊1「だから……命だけは……!」

金髪の男「……ぅん?」クビカシゲ

賊1(くくく……手の内がわかれば、やりようはあるわ……!)ニィィ

金髪の男「おいおい、お前状況が――――」ギチチチチッ!

賊1(捕えたッ!)


金髪の男の足元が四匹の土蛇と化し、瞬時に全身を締め上げる。


賊1「間抜けめ! このまま絞め頃してくれる!」

379: 2013/04/26(金) 19:45:48 ID:RVK/27TE
金髪の男「――――フゥ」ボロボロボロボロ

賊1「あ、あああああッ!?」


土蛇は砂となり、風に乗って平原に散らばっていく。


金髪の男「俺を相手に傀儡とか、馬鹿なのか?」

金髪の男「それに、『同業者』? 『横取り』? モグリ風情が舐めた口利いてんじゃあねぇぞ。」ア?

賊1「ッ!!――ま、まさか……まさかお前は……」ガクガクブルブル


賊の高レベルの恩寵を力技で押し潰す、人間離れした桁外れの恩寵。
自分をモグリと呼ぶ、それはつまり、自分は正当な許可を持つと主張している事になる。

380: 2013/04/26(金) 19:46:33 ID:RVK/27TE
賊1「ど、『奴隷商人』の、総元締め……」ガクガクブルブル

賊1「『土の大国』、最高レベルの勇者……」ガクガクブルブル

金髪の男「ほらよ、冥土の土産をくれてやる。」ステータス開示


―――――――――――――
地の勇者(20)
【神の恩寵】
地の神 Lv∞ 


【戦闘スキル】
勇者    Lv7
鞭術    Lv6
体術    Lv6
―――――――――――――


賊1「ああ、ああああ、ああああああ……」ガクガクブルブル

地の勇者「さて、と。」

賊1「ま、待ってくれ! 命だけは、命だけはッ!」ガクガクブルブル

地の勇者「……?」クビカシゲ

地の勇者「お前を生かしておく理由が、何かあるのか?」

381: 2013/04/26(金) 19:47:13 ID:RVK/27TE
賊1「そ、それは――――そ、そうだ! 何なら仲間を売っても良い!」

賊1「ど、どうだ!? これは取引と考えてくれ! 私一人を頃すより、組織を一網打尽にした方が――――!」

地の勇者「――『組織』?」フム?

賊1「あ、ああ、そうだ! か、買い手の情報だって提供する! だから――――」

地の勇者「『組織』って、たった一人でも『組織』って言うのか?」クビカシゲ

賊1「――ぇあ?」

地の勇者「まさか、お前。他の仲間が生きてるとでも思ってるのか?」

賊1「あ、ああ、ああああ……」ガクガクブルブル

地の勇者「じゃあ、もう良いな?」

賊1「い、いやだ! いやだぁぁぁぁ!!」タタタタタッ!


悲鳴を上げ、駆け出した賊に、地の勇者は呆れたように溜め息をつく。

382: 2013/04/26(金) 19:47:44 ID:RVK/27TE
地の勇者「【大地干渉・砂塵】」


粒の荒い砂塵が巻き上がり、走る賊に叩きつけられた。
穏やかな平原に、烈風が吹き荒れる。

風が砂塵を叩きつけているのではない。
渦を巻いて吹き荒れる砂塵が、風を巻き起こしているのだ。


賊1「あああ、ああああああ、ああああぁぁぁぁぁぁ!!」ガリガリリリリリ


何百、何千万もの目の荒い粒子が、ヤスリのように賊の身体を削り取っていく。
徐々に、徐々に全身が削り取られていく激痛により、意識を失う事すらできない。


賊1「ひぃぃぃ、あがぁぁぁ、うああああぁぁぁぁぁぁッッ!!」ガリゴリゴリリリリリリ


どれだけ悲痛な叫びを上げようと、砂塵はその勢いを緩めない。
噴き出す血が混じり、砂塵は赤みを増していく。

383: 2013/04/26(金) 19:48:14 ID:RVK/27TE
地の勇者「――さて、これで良し。」パチン


地の勇者が指を鳴らすと、砂塵は霧散し、平原に静寂が戻った。
そこに賊がいたという痕跡は何も残っていない。
骨一片、皮一片すらも残されていない。


白貌の女「む、丁度終わった所だった?」ヒョコッ


地面から白貌の女が現れ、周囲を見渡している。

384: 2013/04/26(金) 19:48:47 ID:RVK/27TE
地の勇者「ああ、賊は平原の肥やしになった。資源の有効活用だ。」

白貌の女「こっちも、途中で枝分かれした痕跡はなかったわ。」

地の勇者「じゃあ、これで終わりだな。『花の勇者』も満足してくれるだろ。」

白貌の女「……あのね、身内の不始末なんだから、頼まれてなくてもやらなきゃでしょ?」

地の勇者「まあ、そうだな。俺のものに手を出したんだから、遅かれ早かれこうしてたな。」

白貌の女「『俺のもの』って……何か盗られたの?」

地の勇者「おいおい、『奴隷』は全部俺のものだからな。勝手な売買は許さないって話だ。」

白貌の女「はぁ……そういう意味ね。」

地の勇者「さて、俺はこれから『花の国』に行くけど、お前はどうする?」

白貌の女「私もついて行くわよ……あなた一人だと、道中で何をするかわかったものじゃないし……」

地の勇者「じゃあ、その顔なんとかしろよ。気持ち悪ぃ。」

白貌の女「潜入調査の為にやってたの。好きでやってる訳ないでしょ?」

白貌の女「と言うか、なんであなたは素のままなのよ……まったく……」ビリビリビリ

385: 2013/04/26(金) 19:49:20 ID:RVK/27TE
不自然なまでに白かった皮膚を剥ぎ取ると、その下には地の勇者と同じ褐色の肌が広がっている。
変装用のカツラを捨て、恩寵で変化させていた瞳の色も元に戻す。
地の勇者と同じ、金髪金眼、褐色の肌。


地の勇者「あー、楽しみだなぁ。『桜』の品種改良、今回は上手く行ったかなー。」

金髪の女「どうかしら……気長にやるしか無いんじゃない?」

地の勇者「ま、何年かかっても、俺は諦めないけどな!」HAHAHA!


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――

393: 2013/04/29(月) 19:23:32 ID:/lQ4uWDc
時間は男武闘家と女僧侶が枝葉の勇者と別れた所まで遡る。


女僧侶「うーん……何だか想像してたより親しみやすい方でしたねー。」

男武闘家「だろ? できれば勇者ちゃんにも会わせたかったんだが。」


枝葉の勇者との面会を終えた二人が、『中央塔』を後にしている。


女僧侶「勇者くんとも相性良さそうですよねー、何となくですけど。」

男武闘家「基本的に無害な奴だからなぁ。誰とでも上手くやれそうではある。」

女僧侶「あはは――――っ」ピクッ


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394: 2013/04/29(月) 19:24:19 ID:/lQ4uWDc
二人は人の多い通りを歓談しながら歩いている。


女僧侶「」グルンッ!

男武闘家「お、おいおい……どうかした?」ビクッ


女僧侶がいきなり立ち止まり、勢いよく背後に振り返った。
突然の行動に、男武闘家は驚き戸惑っている。


女僧侶「…………」スタスタ

男武闘家「来た道戻ってどうするの?」オイオイ


男武闘家の問い掛けには答えず、無言で来た道を戻っていく。
そして、歩いてきた一人の前で、道を塞ぐように立ち止まった。


女僧侶「何か御用ですかぁ?」ニコニコ

白貌の女「…………ッ」

男武闘家「いやいや、何をやってるんだ。いきなり失礼だろ。」ヤメナサイ

女僧侶「人の会話に聞き耳立てて、尾行みたいな真似するのも失礼ですよね?」ニコニコ

395: 2013/04/29(月) 19:24:49 ID:/lQ4uWDc
白貌の女「……随分、勘が良いのですね。」フゥ

白貌の女「気を悪くしてしまったのなら謝罪します。少し、話を聞いて頂けませんか?」

女僧侶「そうですね。平和に解決できるなら、それが一番です。」

女僧侶「ね、男武闘家さん?」ニコニコ

男武闘家「もう、何が何やら……」ドーナッテンノ


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396: 2013/04/29(月) 19:25:21 ID:/lQ4uWDc
白貌の女に連れられ、二人は寂れた飲食店に腰をおろしていた。
メインの通りから外れた店は活気が無く、店内に三人以外の姿は無い。


白貌の女「紅茶で良いですか?」

女僧侶「はい。ミルクと砂糖もつけて下さいね。」ニコニコ

男武闘家「……同じティーポットから飲むなら、何でも良いよ。」

白貌の女「なるほど、良い心掛けです。」

女僧侶「心掛け?」キョトン

白貌の女「同じ器を使うなら、異物が混入する事も無いですからね。」

男武闘家「……怪しまれてるのに、そこまで開き直れるのも大したモンだ。」

白貌の女「私にやましい事はありませんので。話を聞いて頂きたいだけですよ。」

男武闘家「いきなり、そんな事言われてもな。」ジー

白貌の女「あら、随分と熱い視線ですね。……照れてしまいます。」クスッ

女僧侶(ちょっと、男武闘家さん。いくらなんでも見過ぎですよ……)ヒソヒソ

397: 2013/04/29(月) 19:25:54 ID:/lQ4uWDc
男武闘家「それ、カツラだな。それに、瞳の色も違和感が……肌も質感がおかしい……」ジー

女僧侶「――えっ!?」ジー

女僧侶「そう、ですか? 私にはわかりませんけど……」ジー

白貌の女「……見ただけで見抜かれるとは思ってませんでした。」ヘェ

白貌の女「お察しの通り、変装はしています。こちらにも事情がありますので……」

男武闘家「そんな相手の話を聞いても仕方ない。素顔も晒せないなら、帰らせてもらう。」

女僧侶「だったら剥いじゃいましょうよ。他にお客さんもいませんし、ちょっとくらい騒いでも大丈夫でしょう。」ワキワキ

男武闘家「えっ」

白貌の女「えっ」



女僧侶「えっ?」

398: 2013/04/29(月) 19:26:44 ID:/lQ4uWDc
白貌の女「……面白い冗談ですね。」スススッ

男武闘家「後ずさりしなくて良い。心配しなくても、そんな事しないから。」ハァ

女僧侶「しないんですか。」(´・ω・`)ショボン

白貌の女「変装するような相手を信頼できないのはわかります。」

男武闘家「わかってもらえて嬉しいよ。さ、帰るよ女僧侶ちゃん。」ガタッ

女僧侶「まだ紅茶きてないですよ。」(´・ω・`)エー

男武闘家「後で好きなだけ飲ませてあげるから……」

白貌の女「ですが……こんな変装をしている者が、複数名この街に入り込んでいる。としたらどうです?」

男武闘家「それはまたキナ臭い話だ。警吏にでも教えてやるんだな。」

白貌の女「ここ最近、この街の行方不明者が急増している。としたらどうです?」

男武闘家「…………」


店員「紅茶をお持ちしました。」コトッ

女僧侶「ありがとうございます。」(´・ω・`)カチャカチャ

399: 2013/04/29(月) 19:27:16 ID:/lQ4uWDc
白貌の女「役所で開示されている行方不明者届の写しです。」バサッ

白貌の女「人の増加に比例してトラブルが増えるのは避けられない。ですが、この件数は多過ぎると思いませんか?」

男武闘家「…………」パララララ


女僧侶「砂糖、とミルクを……」(´・ω・`)トポトポ

400: 2013/04/29(月) 19:28:08 ID:/lQ4uWDc
白貌の女「あくまで行方不明。犯罪の確証が無いので、それほど騒ぎにはなってませんが。」

男武闘家「……パーティーの一部が行方不明になってるケースが大半。確かに、普通じゃない。」

白貌の女「仲間が申告したので『行方不明』扱いですが……もし、一人旅ならどうなるんでしょうね?」

男武闘家「……何故、俺達に話す?」


女僧侶「甘くて美味しい♪」(´・ω・`)ズズ~

401: 2013/04/29(月) 19:29:45 ID:/lQ4uWDc
白貌の女「本当は枝葉の勇者様にお伝えする予定だったのですが、突然約束がキャンセルされてしまいまして。」ニコリ

男武闘家(あのバカ……元々入ってたアポをキャンセルしやがったのか……)ナイワー

白貌の女「まぁ、そのおかげで面白いお話も聞けましたから……」クスクス

白貌の女「『北の国』の勇者様なんていたんですね。初耳でした。」

男武闘家「――――ッ!」

男武闘家「まさか、俺達の話を聞いてたのか? だが、部屋の猛禽達にすら気付かれずにどうやって!?」

白貌の女「『中央塔』から出てきたあなた方をつけたのも、『勇者』関連の人間だからですよ。」

白貌の女「近くで聞き耳立てただけで気付かれるとは思いませんでしたが……まあ、結果的には良かったですね。」

男武闘家(……こいつ、得体が知れなさすぎる。)

白貌の女「そんなに身構えないでください。敵意があるなら、こんな距離まで近づきませんよ。」チラッ

女僧侶「――?」(´・ω・`)ズズ~♪

白貌の女「棍棒術6に体術5……とても敵いません。」

男武闘家「ッ!?」

男武闘家「ステータスを開示して無いのに、何故そこまでわかる。」

402: 2013/04/29(月) 19:30:20 ID:/lQ4uWDc
白貌の女「そういう術が存在する、とだけ。まあ、本来の用途から外れた使い方ですが。」

白貌の女「恐らく、この街に潜伏する者達の中にも使える者がいる筈です。」

白貌の女「さて……強者と弱者の選別が可能なら、貴方ならどうしますか?」

男武闘家「まさか、あんたは『土の――――」

白貌の女「詮索はよして下さい。お互いの為になりませんよ。」クスクス

白貌の女「ですが、予想していたより頭の良い方ですね。とても幅の広い知識をお持ちのようだ。」

白貌の女「話を聞いて頂けませんか? これはお互いにメリットがある話ですよ。」

女僧侶「おかわり頼んで良いですか?」(´・ω・`)

白貌の女「はい、もちろん。」ニッコリ

男武闘家「……聞かせてもらうよ。」ハァ


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403: 2013/04/29(月) 19:31:22 ID:/lQ4uWDc
男武闘家「――つまり、要約すると、だ。あんたは行方不明事件の犯人に心当たりがある。」

男武闘家「それをどうにかするのに俺達の手を借りたい、と。そういう事だな?」

白貌の女「そういう事です。」ニコリ

男武闘家「行方不明者のほとんどが弓や弩、飛刀などの飛び道具使い。」

男武闘家「冒険者は街に入る時にステータスを盗み見られ、目をつけられる可能性が高い、と。」

白貌の女「付け加えるなら、恩寵のレベルが低い者も狙われるでしょうね。」

女僧侶「…………」ピクッ

男武闘家「飛び道具使いが狙われる理由は、武器を取り上げられると抵抗が出来ないから。」

男武闘家「……まあ、確かに接近戦ができる体力があれば、武器が無くてもそこそこやれるか。」

白貌の女「話が早くて助かります。」ニコニコ

男武闘家「だが、何故だ? ここまでわかっているなら、俺達の協力なんて必要ないだろう。」

男武闘家「あんた自身……ただ者とは思えないしな……」チラッ

白貌の女「理由が知りたいのですね。まあ……強いて言うなら、目立ちたくないのです。」ウフフ

白貌の女「そちらとしても、『勇者』のパーティーなら手柄は欲しいでしょう?」

白貌の女「お互いにとって、メリットのある話だと思いますよ。」

404: 2013/04/29(月) 19:32:11 ID:/lQ4uWDc
男武闘家「……そうだな。手柄云々はともかく、受けざるを得ないな。」ギリッ

白貌の女「と、言うと?」

男武闘家「『恩寵が低い』、『飛び道具使い』……この条件に俺達の連れが完全に当てはまるんだ。」

男武闘家「街の入り口で目星をつけられるというなら、既に的にかけられててもおかしくない。」

女僧侶「……うふふ。」

男武闘家「」ゾクッ

白貌の女「」ゾクッ

女僧侶「つまり、勇者くんを狙う悪い人がいるんですよね。なら、やる事は一つじゃないですか。」ニコニコ

男武闘家「……お、おい、落ち着いて、女僧侶ちゃん。」ガクガクブルブル

白貌の女「はは……これは、数字以上に頼もしいですね。」ゾゾゾ

白貌の女「連中が行動を起こすのは、完全に陽が落ちてからです。」

白貌の女「そして、特定の術に反応する宝石を街中に埋め込んでおきました。」

白貌の女「反応があれば、その周囲の様子を探り、事件かどうかを見極めましょう。」

405: 2013/04/29(月) 19:32:50 ID:/lQ4uWDc
男武闘家「そんな無茶な……それじゃあ、何か? あんたはこの街の隅から隅まで様子を探れるってのか?」

白貌の女「その通りですよ?」ケロッ

白貌の女「ああ、とは言っても、私が拾えるのは音だけですから。目で見る事は出来ないので、悪しからず。」

男武闘家(冗談だろ……)ゾクッ

白貌の女「信用して下さいよ。それに、言ったでしょう? あなた達の話を『聞いていた』、と。」ニコリ

男武闘家「くそ……信じがたいが、信じるよ。だが、俺達としては勇者ちゃんを守れればそれで良いんだ。」

男武闘家「こっそり勇者ちゃんの周囲で警戒するんじゃ駄目か?」

白貌の女「そちらの勇者様が狙われると確定してる訳じゃないんですよね。」

白貌の女「とは言え、こちらとしてもお願いしている立場なので……手柄に興味が無いというのなら、それで構いませんよ。」

女僧侶「……どうやって現場に向かうんですか? 間に合わなかったらどうするんですか?」

白貌の女「それについては心配ありません。現場に一直線に向かう手段がありますので。」

白貌の女「それと、『間に合わない』心配も不要です。既に脱出ルートは押さえているので、連中がこの街から出る事は不可能です。」

白貌の女「攫う現場を押さえてしまうのが一番確実ですが、攫われても追い詰めて奪還するだけです。」

男武闘家(……嘘を言ってるようには見えない。だが、それらが全て真実なら、こいつはとんでもないレベルの恩寵使いだぞ……)

406: 2013/04/29(月) 19:33:23 ID:/lQ4uWDc
女僧侶「やりましょうよ、男武闘家さん。勇者くんもレベルが上がったら喜んでくれますよ♪」

女僧侶「勇者レベルが上がったら、きっと皆から責められるような事も無くなるんですよ。素晴らしいじゃないですか♪」パァァァ

男武闘家(……マズい。この目はマズいぞ。)ゾゾゾゾ

白貌の女「あ、それと、賊は皆頃しで構いませんよ。生かして捕らえるつもりは無いので。」

女僧侶「はい、そのつもりです♪」ニッコリ

男武闘家(……ぐ、寒気が……胃が痛む。)ブルブル キリキリ


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407: 2013/04/29(月) 19:34:04 ID:/lQ4uWDc
合意した三人は街の中心である『中央塔』の前に待機していた。
既に『中央塔』は本日の業務を終了しており、周囲は人もまばらだった。
白貌の女が言うには、後は賊が『犯行に及ぶ際に使用する特定の術』を発動させるだけで位置がわかるとの事だ。


白貌の女「術式感知……周囲の音源を取得……」キィィィ


白貌の女が持つ深紅のルビーが共鳴するかのように震えだす。



『――甘いわね。』パシュッ! パシュッ!

『弩は連射が――』

『そう思う?』キリリリリリ!


男武闘家「おい、今の声――!」

女僧侶「行きます。場所は?」

白貌の女「一直線で行きましょう。【水晶励起】」


白貌の女の足元から音も無く水晶の柱が現れ、それがアーチのように街の歓楽街の方向へ伸びて行く。

408: 2013/04/29(月) 19:34:37 ID:/lQ4uWDc
白貌の女「これを伝えば、現場まですぐです。」

女僧侶「それではお先に。」タタタタタッ

男武闘家「俺達も乗れるのか!?」

白貌の女「強度は十分です。私達も向かいましょう。」

男武闘家「もちろんだ――――って……」アレ?

白貌の女「彼女、足が早いですね。もう見えないんですが……」アリエナイ


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409: 2013/04/29(月) 19:35:11 ID:/lQ4uWDc
枝葉の勇者「は~……そんな事があったんですねぇ。」(´・ω・`)

男武闘家「あったんですねぇ、じゃねぇよ!」フザケンナ!

男戦士「アポの手紙は出したけど、先約無視しろなんて言ってねぇだろ!」コノ アホゥ!

枝葉の勇者「ヒドッ! そりゃ無いですよ! 僕は二人の為に――――」

男武闘家「誰が道理を無視しろっつったよ! 結果、大事な情報聞き逃してんじゃねぇか!」スカタン!

男戦士「知り合い云々以前に、職務放棄してんじゃねぇよ! このモヤシ勇者!」ボケェ!

枝葉の勇者「そ、それは禁句の筈でしょ!? 僕だって好きでモヤシやってる訳じゃないんですよ!」(´;ω;`)ブワッ




男弓使い2「さすが同郷出身、容赦ねぇな……」スゲェ…

女弩使い「『勇者』相手に遠慮の欠片も無いわね……」アーアー ナイテルワヨ…

男弓使い2「事情聴取も終わったし、俺達は宿に戻るか……」ソレジャ!

女弩使い「そうね……不憫で見てられないわ……」セワニナッタワネ!

410: 2013/04/29(月) 19:35:49 ID:/lQ4uWDc
枝葉の勇者「あ、そうだ! 聞きましたよ、今って別の勇者のパーティーに入ってるんでしょ!」ウソツキ! ハクジョウモノ!

男戦士「それがどーした! 俺達の勝手だろうが! 朝から晩まで机作業なんぞやってられるか!」ゴルァ!

男武闘家「『ネットワーク』立ち上げまで手伝ってやっただろうが! 甘えんな!」シバクゾ!

枝葉の勇者「どうせ、かわいい娘だから一緒にいるんでしょ! この工口冒険者! 種馬!」バーカ! バーカ!

男戦士「ったりまえだろうが! おれらの勇者ちゃんのかわいさハンパねぇぞ! なめんなモヤシ!」ボッキモンダゾ ゴルァ!

男武闘家「熟れる手前の瑞々しさ、最高だろうが! 種馬呼ばわり大いに結構! 」マタグラガイキリタツワ!

枝葉の勇者「うわ、ガチ犯罪者! 口リコンは駄目でしょうが! せめてあの女僧侶ちゃんにしとけよ!」イエスロリータ!ノータッチ!

男戦士「ふッッざけんなァァ! あれ相手に失禁こそすれ欲情なんぞ出来るかァァァァ!!」コワスギンダヨォォ!!

男武闘家「俺達がこの一週間でどんだけグロ耐性がついたと思っとんじゃァァァァ!!」ニンゲンアイテモ ヨウシャナシダゾ!!

ギャー! ギャー!

ヤイノヤイノ!

ウガー!

411: 2013/04/29(月) 19:36:33 ID:/lQ4uWDc
――――――――

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男戦士「……疲れた。」ゼェゼェ

男武闘家「……もう、ネタが尽きたな。」ハァハァ

枝葉の勇者「……二対一でボッコにするのは酷くないですか?」ゼェゼェ

枝葉の勇者「あ、そうだ……『あれ』読みましたよ。」

男武闘家「……そうか、お前はどう思った?」

枝葉の勇者「正直、何とも言えません。難しいですね。」

男戦士「まあ、情報の裏取りも出来ないからな……」

枝葉の勇者「ただ、そちらの『勇者』ちゃんが、本当に十年前の魔王の襲撃に巻き込まれたのなら……」

男武闘家「疑う理由は無いわな。ただ、それを確認する術が無い。」

枝葉の勇者「この何百年、一度も目撃情報が無かった魔王の姿……確証が無いというだけで切り捨てるにはあまりに重い。」

412: 2013/04/29(月) 19:37:11 ID:/lQ4uWDc
男戦士「けど、実際難しいよな。せめて、もっと化物化物した姿だったら良かったんだが……」

枝葉の勇者「ええ。黒髪黒眼の青年の姿って……下手をしたら『鉄の大国』領出身者が虐げられかねない。」

枝葉の勇者「よって、現時点では市井には知らせず、あくまで国の上層部と勇者のみで情報を共有するべきでしょう。」

枝葉の勇者「僕の方でも詳しく話を聞きたいので、また後で勇者ちゃんを連れて来てくれませんか?」

男武闘家「あー、俺もそうしたいんだが……」

男戦士「お前と会うのはイヤだってさ。」

枝葉の勇者「ええッ!?」ガーーン!

枝葉の勇者「って、僕何かしました!? まさか、二人がある事ない事吹き込んだんじゃ!」チョットー!

男武闘家「違う! これに関しては俺達は何もしてない!」マジデ!

男戦士「イヤがられて驚いたくらいなんだから!」マジデ!

男戦士「でも、まあ……わからなくもないかな。」

枝葉の勇者「何を!?」

男戦士「同じ『勇者』なのに、自分は無名の冒険者。お前はこの街の市長……そりゃあ、色々辛いだろ。」

413: 2013/04/29(月) 19:37:43 ID:/lQ4uWDc
枝葉の勇者「そんな、僕だって『勇者』の中じゃ大して凄くないのに――――」

男戦士「なら、その『凄くないお前』以下の勇者ちゃんはどうなるよ?」

男戦士「そういうのって、やっぱ辛いだろ……」

男武闘家「まあ、な……なまじ選ばれた『勇者』って存在なだけにな。」

枝葉の勇者「うぅ……二人がそう言うなら僕としても無理にとは言えませんけど……」

枝葉の勇者「国から呼び出しがかかったら、否も応も無いですからね。その辺は覚悟しといて下さいよ。」

男戦士「はいはい、伝えとくよ。」

枝葉の勇者「それと、今回の事件についてですけど……一応、こういう扱いになります。」スッ

男武闘家「紙にまとめてくれたのか、助かるね……」ドレドレ…

男戦士「噂の人攫い集団を壊滅させたんだから、それなりに大きなニュースだろ。」ウンウン

男武闘家「――――くッそ、こういう事だったのか……やってくれたな、あの女。」ギリッ

男戦士「おいおい、何か不満なのか?」ドレドレ…

414: 2013/04/29(月) 19:38:38 ID:/lQ4uWDc
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近頃、『木の大国』領、『水の大国』領内にて発生していた、『土の大国』商人殺害事件がここ『情報街』にて発生。

『情報街』近郊に乗り捨てられていた馬車付近で、複数名の氏体と思われる痕跡を発見。

馬車の登録者が『土の大国』商人であった為、この件も『土の大国』商人殺害事件と関連していると考えられる。

また、その時間帯に置いて、『情報街』で誘拐未遂事件が発生。

北の国の勇者一行によって未然に阻止されたが、容疑者は全員氏亡。

容疑者の身体的特徴から『土の大国』領出身者と思われるが、『土の大国』商人殺害事件との関連は不明。

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415: 2013/04/29(月) 19:39:31 ID:/lQ4uWDc
男戦士「……なんだこれ。」

枝葉の勇者「言いたい事はわかりますけど、証明できないんだから仕方ないでしょう……」ハァ

男武闘家「……証拠とか抜きにして、お前自身は何があったと考えてる?」

枝葉の勇者「そうですね、あくまで僕の勝手な妄想ですが……」

枝葉の勇者「違法に『奴隷』を調達するために、奴隷商人は人の出入りが激しい『情報街』で悪事を働いていました。」

枝葉の勇者「各地で殺されていた『土の大国』商人は、買い手かもしくは協力者でしょう。」

枝葉の勇者「で、それが明るみに出ると『土の大国』としては都合が悪い。」

枝葉の勇者「なので、先手を打って奴隷商人を始末した。という所じゃないですかね。」

枝葉の勇者「最初、僕を利用しようとし、それが叶わなかったので男武闘家さんに声をかけた。」

枝葉の勇者「自分で動かなかったのは、多勢を相手する危険を避けた。恐らく手練れが混じっている事を知ってたんでしょう。」

枝葉の勇者「女弩使いさんの話から察するに、司祭クラスの使い手が混じっていたのは確実です。」

枝葉の勇者「それが複数いた可能性もあるのなら、男武闘家さんが話した白貌の女が慎重だったのも頷けます。」

枝葉の勇者「そして、先に言ったようにこれらは全部僕の妄想なので、証明する事は出来ません。」

枝葉の勇者「せめて容疑者が生きていれば話は違いましたけど……あ、思い出したら吐き気が……」ウップ

416: 2013/04/29(月) 19:40:02 ID:/lQ4uWDc
男戦士「つまり、良いように利用された、と。」ハァ

男武闘家「仮に、容疑者を生きたまま捕まえてても、あの女に始末されてただろ。」

男武闘家「もしも、俺達が何か証拠をつかんだりしてたら……そっちの方がヤバかっただろうな。」ゾクッ

枝葉の勇者(話を聞いた限り、その白貌の女も『勇者』っぽいんですけどね……いくらなんでも恩寵が強力すぎる。)イイマセンケド

男戦士「やれやれ、『桃』を見つけたと思ったら『梅』でしたってか。」ザンネン

男武闘家「ま、毒蜂に刺されなかった事を喜ぶべきかね。」シャーナイ


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417: 2013/04/29(月) 19:40:42 ID:/lQ4uWDc
勇者「……ん。」

女僧侶「勇者くん! 大丈夫ですか!?」

男武闘家「良かった、思ったよりすぐに目が覚めたね。」ホッ

男戦士「…………」

男武闘家「どこか痛い所はある? 気分が悪かったりは?」

女僧侶「大丈夫ですよね!? ぎゅってして良いですよね!?」ハァハァ

男武闘家「待てって。どこか痛めてたらどうするつもりだ。」チョップ!

女僧侶「――ぁいたっ。」ガッ

男戦士「…………」

勇者「えーと、ボクは大丈夫みたいです……それはそうと、ちょっと教えてもらいたい事が……」

女僧侶「良かった! 勇者くん!」ヒシッ!

男武闘家「怪我してなくて何よりだよ。それじゃ、朝飯食って出発の準備しないとな。」

男戦士「…………」

418: 2013/04/29(月) 19:41:15 ID:/lQ4uWDc
勇者「あ、あのー……」オズオズ

女僧侶「どうしたんですか? あ、朝食のリクエストですか? 私はパンが良いです!」

勇者「いや、そうじゃなくて……」チラッ

男戦士「…………」

勇者「なんで、男戦士さんは逆さ吊りにされてるんですか……?」タラリ

男戦士「…………」プラーーン




男武闘家「悪い、勇者ちゃんが起きたら降ろすつもりだったんだが、すっかり忘れてた。」HAHAHA!

男戦士「……あっぶねぇ、危うく逝きかけた。」フゥ

男武闘家「勇者ちゃんから目を離したから、ペナルティとして逆さ吊りの刑をね。」

勇者「そんな、ちゃんと男戦士さんから注意されてたのに、ボクが――――!」

女僧侶「知ってます。知ってますよ、勇者くん。」ニコニコ

女僧侶(……だからこの程度で済ましてあげたんですよ。)

男戦士(あれ、急に寒気が?)ブルブルッ

419: 2013/04/29(月) 19:41:45 ID:/lQ4uWDc
男武闘家「とは言え、何も無しだとこいつも自分で納得できないから。まあ、けじめみたいなモンだよ。」

男戦士「無事で何より、って事で。さ、飯にしようぜ!」

勇者「――――」ウツムキ

男戦士「あ、あれ、勇者ちゃん?」

勇者「……すいません、何の役にも立てなくて。」

勇者「女弩使いさんが戦ってる時も、何もできずに見てる事しかできませんでした……」

勇者「『勇者』なんて肩書きだけで、ボク自身は皆の足を引っ張る事しかできないんです……」

男武闘家「『何も出来ない』、ねぇ。」

男戦士「まあ、実際その通りだよね。」HAHAHA!

勇者「…………ッ」グッ

女僧侶「氏 に た い ん で す ね ?」スチャッ

男武闘家「ま、待った!」ゾクッ

男戦士「まだ! まだ話の途中だから!」ネ! ネ!

420: 2013/04/29(月) 19:42:32 ID:/lQ4uWDc
男武闘家「勇者ちゃん、俺と男戦士は色々な知識を持ってるだろ?」

勇者「はい、それはもちろん……」

男戦士「そんな俺達も最初から何でも知ってた訳じゃないんだよ。」

男戦士「と言うか、俺達だってまだまだ全然知らない事ばかりなんだから。」

男武闘家「だからって、それを恥じたり、気にしたりなんてしない。」

男武闘家「知らない事に直面したなら、その時に知れば良いんだ。」

男戦士「勇者ちゃんが『何もできない』って考えてるなら、それはその通りなんだろう。」

男戦士「でも、それがイヤなら、『できる』ようになれば良いだけだ。簡単な話だよ。」

男武闘家「正直な所、勇者ちゃんの年齢で何でもできるようなら、俺達の立場が無い。」HAHAHA!

男戦士「ぶっちゃけ、女僧侶ちゃんのおかげで既に立場が無いけどな!」HAHAHA!

勇者「…………」クスッ

421: 2013/04/29(月) 19:43:15 ID:/lQ4uWDc
女僧侶「そもそも、勇者くんにも出来る事があるじゃないですか!」

勇者「……え?」

女僧侶「前の町で聴かせてくれた歌なんて、一生忘れられないくらい上手でした!」

勇者「でも、そんなのが上手でも――――」

女僧侶「そして何より!」

勇者「――ッ」ビクッ

女僧侶「私をやる気にさせてくれます!」エッヘン!

男武闘家(やる気っつーか、殺る気だろ……!)ガクガクブルブル

男戦士(つーか、殺りすぎィ!)ガクガクブルブル

勇者「そう、なんですか?」キョトン

女僧侶「そうです。そうなんです。」フフッ♪

男戦士「女僧侶ちゃんの言葉は置いといて、訓練くらいなら付き合うよ。」

男武闘家「そうだな、俺は基本が素手だし、女僧侶ちゃんだと色々不安だ。」

女僧侶「ひどいっ!」ガーーン!

勇者「あはは……」

422: 2013/04/29(月) 19:44:09 ID:/lQ4uWDc
――――――――

――――――

――――

――


『中央塔』の最上階。
猛禽達に囲まれながら、枝葉の勇者が『ネットワーク』を通じて届いた最新の情報に目を通している。

423: 2013/04/29(月) 19:44:42 ID:/lQ4uWDc
枝葉の勇者「へー、『果実の国』は豊作か~。これは買い付けが飛び交うだろうなぁ。」イイネー

枝葉の勇者「『根の国』と『煙の国』の国境付近で『火の大国』領の偵察兵を発見……また、何かやらかす気か?」チッ

枝葉の勇者「『波の国』海軍が『燐の国』海軍を殲滅、か……相変わらず、海の上じゃ敵なしだね。」スゴイナー

枝葉の勇者「『草の国』の不作の原因は土地の栄養不足が原因……『農地の国』に協力依頼。無難だね。」ウン ウン

枝葉の勇者「『木の国』大司教、82歳の誕生日を迎える……相変わらず元気だなぁ。」イイコトダケド

枝葉の勇者「紅葉の楽師が『枝葉の国・羊の町』で客氏……!? うわ、マジで!?」ウッソ!

枝葉の勇者「この人、貴族や王族からも評価されてたよな……若くして勲章もらってたのに、惜しいなぁ……」アチャー

枝葉の勇者「氏因は……外傷は無く、原因不明で心不全扱いか。まさか、変な薬にでも手を出した……?」イヤ ソレハナイカ

枝葉の勇者「……あれ、心不全? なんか、何件か似たようなケースがあったような……偶然かなぁ……」フムー


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――

424: 2013/04/29(月) 19:45:18 ID:/lQ4uWDc
男戦士「さて、飯も食って腹いっぱいになった所で、出発と行こうか!」

男武闘家「次の町までどうやって行くかだが、どうする、勇者ちゃん?」

男戦士「ここなら安く馬車を使えるから、馬車を使うのが無難だよ。」

男戦士「歩きだと、途中で野宿する事になるね。この辺は……それなりに危険かな。」

勇者「…………」ウーン

女僧侶「人攫いをやっつけたから褒賞金もらったんですよね? なら、馬車で良いじゃないですか♪」

勇者「あの……もし皆が良いなら、ボクは歩いて行きたいんですけど……」オズオズ

男戦士「へぇ、ちょっと意外だね。俺は良いけど。」

男武闘家「俺も別にかまわないけど、何か理由があるの?」

勇者「馬車は確かに凄く楽に移動出来たんですけど、その……体力をつけるためにも、身体を動かさなきゃって……」

勇者「駄目、でしょうか……」ウワメヅカイ

425: 2013/04/29(月) 19:45:50 ID:/lQ4uWDc
女僧侶「駄目じゃないです! 全然駄目じゃないです!」ヒシッ

女僧侶(上目遣いの勇者くんにお願いされるなんて、御褒美すぎますよー!)ハァハァ

男戦士「はは、勇者ちゃんやる気だねぇ。」ナデナデ

男武闘家「良い心掛けだし、そうしようか。」ウンウン

女僧侶「それに……魔物や野盗が襲って来ても、私がお守りしますので……」ニコニコ

男戦士(魔物逃げてーー!)ガクガクブルブル

男武闘家(野盗逃げてーー!)ガクガクブルブル

426: 2013/04/29(月) 19:46:29 ID:/lQ4uWDc
一行は必要な物を購入するため、市場を訪れている。


男戦士「それじゃあ、ここで食糧だけ買い足して出発しようか。」

男武闘家「ここなら良いモノが手に入るからな。夕飯が楽しみだ。」

女僧侶「あれ、おじさーん、これ何ですかぁ?」ヒョイ

商人「おや、お嬢ちゃん。『缶詰』は初めてかい?」

商人「それじゃあ、一つサービスしてあげよう。その『つまみ』を引き上げてごらん?」

女僧侶「つまみ? ああ、これですね。これ、を……」プシッ …ミリミリミリ

女僧侶「あれ!? これって、魚じゃないですか!」クンクン

女僧侶「傷んでも無いみたいですし、どうやってこんな内陸に!?」

商人「『水の大国』領から仕入れた一級品だよ。さ、このパンに挟んで食べてみると良い。」

女僧侶「――ッ」パクッ

女僧侶「美味しいです! 甘辛いタレが凄く良いです!」パァァァ

男戦士「この魚、何だったっけ? 『サンシ』……じゃなくて、確か『サンマ』だったか。蒲焼にしてあるんだな。」

商人「おや、御存じとは驚いた。『木の大国』領じゃあ殆ど見ないモノでしょうに。」

427: 2013/04/29(月) 19:47:14 ID:/lQ4uWDc
女僧侶「ほら、勇者くんも一口どうですか? 美味しいですよ。」

女僧侶「はい、アーンして下さい。ア~ン♪」

勇者「もう、恥ずかしいよ……(///」…パクッ

勇者「本当だ、凄く美味しい……でも、どうやって?」

男武闘家「缶詰ってのは『鉄の大国』領で発明された保存食だよ。素材を加熱殺菌して、金属に詰めるんだ。」

男武闘家「生で食べるより味は劣るけど、長期間保存できる上に運びやすいのが強みだな。」

商人「へぇ、お兄さん良く知ってるねぇ。由来や作り方まで知ってる人はそうはいないよ。」

商人「でもそれだけ知ってるなら、これが上物だってわかるだろ? どうだい、お安くしとくよ!」

商人「ウチも、『勇者』様に買って頂けるなら光栄ってもんだ。」HAHAHA!

女僧侶(……う、いけない。さっきうっかり言っちゃったっけ。)

男武闘家「『勇者』相手に物売る割には落ち着いてるな?」メズラシイ

商人「そりゃあ……この『情報街』で商売やってたら、色んな『勇者』様にお目にかかりますからね。」

商人「特に枝葉の勇者様には良くご利用頂いてますので、流石に慣れましたよ。」

428: 2013/04/29(月) 19:47:56 ID:/lQ4uWDc
男戦士「ふぅん、見た感じ良さそうだし、あいつが常連なら質も悪くないだろ。ここで買っちまおうか。」

商人「ありがとうございます! ……では、お会計はこれで。」スッ

男武闘家「おいおい、それはちょっと取りすぎじゃないか? ……これくらいだろ。」ススッ

商人「ハハハ、これは参りましたなぁ。ですが私も商売ですので……これでどうです?」スススッ

男戦士「おっちゃん、缶詰は保存食なんだから売り切らなくても損失無いだろ?……ま、こんなもんで。」ススススッ

商人「こ、これは手厳しい。そうですねぇ……これならどうです――――」

女僧侶(むぅ……良くわかりませんが、口出ししない方が良さそうです……)

女僧侶(あれ? 勇者くん……何を見てるんでしょう?)


男戦士達から少し離れた場所、巨大な掲示板が置かれている。
掲示板の前は貼りだされた情報を書き取る人間で溢れ、ごった返している。

429: 2013/04/29(月) 19:48:28 ID:/lQ4uWDc
女僧侶「何を見てるんですかぁ♪」ギュッ

勇者「あ、うん。これなんだけど……」

女僧侶「私、知ってますよ。これは『ネットワーク』から仕入れた情報を役所が掲示してくれてるんですよ。」

女僧侶「各地の情報を素早く共有できる仕組み、って言ってました。これがどうかしたんですか?」ドレドレ?

勇者「……え、と……その、凄いなぁって。」

女僧侶「あ! 勇者くんの事が載ってるじゃないですか! 『羊の町』に全住民を魅了した歌い手が現れるって書いてますよ!」

女僧侶「ちゃんと勇者くんの特徴と一緒に『北の国の勇者』って載ってますし、これで少し有名になりましたね!」

女僧侶「そうだ! いっそ、行く先々で歌ってみたらどうでしょう。きっと、『羊の町』の人達みたいにわかってもらえますよ♪」

勇者「……ううん、もう、『歌』は……歌わない。」

女僧侶「――勇者くん?」エ?

430: 2013/04/29(月) 19:49:04 ID:/lQ4uWDc
勇者「……ごめんなさい。少し考えたいので、離れてもらえますか……?」

女僧侶「は、はい……」パッ

勇者(どうしよう……特徴だけしか書いてないなら、大丈夫かな……)

勇者(まさか、こんな仕組みができてるなんて……思ってもみなかった……)


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432: 2013/04/29(月) 20:08:21 ID:TgQeiWlM
おつかれさまー

438: 2013/04/30(火) 19:47:15 ID:HH0L3NyM
勇者「…………ッ」ハァ ハァ

女僧侶「あ、あの、勇者くん……やっぱり荷物は皆で持った方が……」オロオロ

男戦士「ダーメだって。何事も基礎体力からだろ?」

男武闘家「そういうのは、優しさって言わないからな。」

女僧侶「で、でも……」オロオロ

勇者「……大丈夫です、女僧侶さん。」ニコッ

勇者「お二人の言う通り、先ずは体力をつけないと……」ハァ ハァ


今までは男戦士と男武闘家が殆どの荷物を持っていたが、今日は勇者一人が荷物を持っている。

439: 2013/04/30(火) 19:48:08 ID:HH0L3NyM
男戦士「もう無理だと思ったら、何時でも休憩入れるから、頑張れ勇者ちゃん!」

男武闘家「夜の見張りは俺達でやるから、日中はいける所まで頑張ろうな!」

勇者「はい!」ハァ ハァ

女僧侶(ああ、頑張る勇者くんもかわいい……!)ハァハァ

女僧侶(でも、小さな体にあんなに荷物を担いで……やっぱり、私もお手伝いを……)オロオロ

男戦士「何をオロオロしてんの。」チョップ

女僧侶「――ぁう。」ビシッ

男武闘家「甘やかして嬉しいのは、甘やかす本人だけだからな。相手の立場で考えなさい。」チョップ

女僧侶「――あう。」ビシッ

勇者(ボクも『できる』ようになるんだ……なってみせるんだ……!)ハァ ハァ


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440: 2013/04/30(火) 19:48:41 ID:HH0L3NyM
男武闘家「……良し。今日はここまでにしようか。」

男戦士「そうだな。次のキャンプ地まで行こうと思ったら陽が暮れちまう。」

女僧侶「あの、大丈夫ですか、勇者くん……?」オロオロ

勇者「…………ッ」ゼェ ゼェ

男戦士「良く頑張ったね。お疲れ、勇者ちゃん。」ナデナデ

男武闘家「野営の準備は俺達で済ますから、女僧侶ちゃんは勇者ちゃんを看てあげて。」

女僧侶「は、はい!」

女僧侶(……【循環恒常】)パァァァァ

勇者「……あり、がとう……女僧侶さん、少し……楽になりました……」フゥ

女僧侶「すみません、この程度で……もっと私が強い恩寵を使えたら良かったんですけど……」シュン


【循環恒常】は人体の機能を正常化させる術だが、その効力はあまり強くない。
どんな症状に使っても一定の効果はあるが、決して特効薬にはなり得ない。
ただし無難なので、僧侶を志す者が最初に身につける、初歩の初歩といった扱いの術だった。

441: 2013/04/30(火) 19:49:30 ID:HH0L3NyM
男武闘家「俺達も回復術はある程度使えるけど、『樹の神』の恩寵はあくまで動物に対するものが主だからね。」ギュギュ

男武闘家「人間の『筋肉の炎症』や『疲労』といった症状に対しては『海の神』の恩寵が一番だ。」ギッチ ギッチ

男戦士「女僧侶ちゃんがあまり怪我を治せなくても、女僧侶ちゃんのおかげであまり怪我せずに済んでるからねー。」ザッザッ

男戦士「ま、プラマイゼロって事で、気にしない気にしない♪」…シュボッ!

男武闘家「あ、もう火を起こしたのか。じゃあ、こっちの仕上げを手伝ってくれ。」

男戦士「おう、任せとけー。」

男武闘家「【植物接続・蔓】」シュルシュルシュルシュル

男戦士「【植物干渉・硬化】」ギチギチギチギチ


木の枝で組まれた簡素な骨組みに蔓が絡みつき、倒れないように補強していく。
その蔓に硬化の術を重ねる事で、更に骨組みの強度が増す。
仕上げに茎で編み上げた繊維を骨組みにかぶせる事で、即席のテントが完成していた。

442: 2013/04/30(火) 19:50:12 ID:HH0L3NyM
女僧侶「あっという間にテントが……」

勇者「ふわぁ……」

男戦士「あはは、ちょっとは見直してくれた?」

女僧侶「もう! お二人を信頼してないみたいな言い方はやめてくださいよ!」プンプン!

勇者「そうですよ! ずっと助けてくれてるじゃないですか!」モウ!

男武闘家「それはまた、嬉しい事言ってくれるね。」

男武闘家「さて、それじゃあ、もう少し良いとこ見せようか。」

男戦士「あ、何か獲りに行くのか? 俺も手伝うぜー。」

男武闘家「いや、お前は勇者ちゃんに稽古でもつけてやってくれ。丁度、時間空いてるし。」

男戦士「なるほど なるほど。オーケー、任せとけ!」サムズアップ!

女僧侶「あれ、男武闘家さん、どこか行くんですか? 」

男武闘家「缶詰だけじゃ味気ないだろ? ちょっと兎でも狩ってくる。」

443: 2013/04/30(火) 19:50:45 ID:HH0L3NyM
女僧侶「なら、私もお供を――――」

男武闘家「良いって、座ってて。狩りは気配を消さなきゃいけないけど、そういうの苦手だろ?」

女僧侶「う……やった事は無いですけどぉ……」ムググ

男戦士(つーか、スイッチが入った女僧侶ちゃんは殺気の塊だから! 狼も尻尾巻いて逃げるわ!)

男戦士「それじゃあ、こっちも始めよう。もう動けそう?」

勇者「はい!」

男戦士「始める前に、勇者ちゃんのステータスを確認しておこうか。」

―――――――――――――

勇者(15)
【神の恩寵】
無し Lv- 

【戦闘スキル】
勇者    Lv1
短剣術   Lv2

―――――――――――――

444: 2013/04/30(火) 19:51:56 ID:HH0L3NyM
男戦士「うん。基本的に、戦いはリーチが長い方が有利なんだけど、剣は使わないの?」

勇者「長剣は少し、ボクには重すぎて……」シュン

男戦士「んー、ちょっとコレ振ってみて? そこらで売ってるような、ありきたりの長剣だけど。」

勇者「は、はい。……こうですか?」ブーン ブォン

男戦士「確かに、剣に振り回されちゃってるね。二キロも無いと思うんだけど……キツイか。」フム

女僧侶「それなら、もっと軽いのは無いんですか?」

男戦士「予備がもう一本あるけど、重さは大して変わらないねー。」

男戦士「勇者ちゃんの小柄な体格を活かすという意味じゃあ、短剣も悪くないんだけど……」ウーン

女僧侶「何か問題が?」

男戦士「一瞬で間合いに入り、急所に一撃入れるのが理想なんだけど……勇者ちゃん、体力無いから……」

勇者「すみません……」ショボン

男戦士「先ずは基礎からだね……【植物接続・檜】」スルスルスルスル


男戦士が恩寵を発動させると、地面から芽が生え、直径10センチ程度の若木にまで成長していく。
術の発動により消耗した男戦士が汗を拭い、息を整える。

445: 2013/04/30(火) 19:52:40 ID:HH0L3NyM
男戦士「……よし、これくらいで良いか。」ゼェ ゼェ

男戦士「今日はこれを敵とみなして打ち込みの練習をしようか。」ハァ ハァ

男戦士「上段・中段・下段、に切り込み、正面に突き込み。檜が折れたら終了にしよう。」フゥ フゥ

勇者「はい!」


女僧侶「それじゃあ、勇者くんが頑張ってる間は私の相手をしてもらえませんか?」スチャ

女僧侶「今日は殆ど体力使ってないので、元気が有り余ってて……」ウフフ

男戦士「やめてください しんでしまいます。」ヒィ ヒィ


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――

446: 2013/04/30(火) 19:53:14 ID:HH0L3NyM
夜の闇の中、パチパチと弾ける音が鳴り、焚火が辺りを優しく照らしている。
木を組んだ簡易椅子に男武闘家が腰掛け、夜の番を務めている。


男戦士「よう、お疲れ。異常は無いか?」

男武闘家「ああ、静かなもんだ。この辺は魔物の目撃も少ないからな。」

男戦士「じゃなかったらここでキャンプなんかしねーよ。」HAHAHA!

男武闘家「そりゃそうだ。」HAHAHA!

男武闘家「二人は?」

男戦士「もう寝てる。腹も満たされて、満足そうな寝顔だったよ。」

男武闘家「嬉しいね、兎を狩ってきた苦労も報われるってもんだ。」

男戦士「おかげで美味いスープが食えたよ。ま、これなら明日に疲れが残る事もないだろう。」


会話が途絶え、周囲には火の粉が弾ける音だけが響いている。


男武闘家「……座らないのか?」


男戦士は少し逡巡したが、促されるまま腰を下ろした。

447: 2013/04/30(火) 19:53:45 ID:HH0L3NyM
男武闘家「で、どうだった?」

男戦士「……ああ、予想通りだった。」

男武闘家「そうか……武器を変えるのはどうだ?」

男戦士「無理だな。俺の長剣ですらまともに振れなかった。」

男武闘家「それなら、刺突剣はどうだ? あれなら重さも問題無いだろ。」

男戦士「刺突剣『だけ』で魔物と戦うのは、ほぼ不可能だ。通常は恩寵と併せて戦う。」

男戦士「それなら、強度のある短剣の方がまだマシだろう。」

男武闘家「だよな……」


二人が話しているのは勇者の戦闘能力について。
人間が相手なら、急所を突ければ、殺せないまでも戦闘不能には追い込める。
だが、魔物が相手ならそうはいかない。

種類にもよるが、基本的に魔物の生命力は人間とは比べ物にならない。
刺突剣で急所を貫いても、即氏しないのが大半だ。
故に、刺突剣で戦う冒険者は、剣に恩寵を付加して戦うのが常である。

傷口から植物の根を生やして内部から破壊する、剣から毒を滲ませ動きを封じるなど、やりようはある。
しかし勇者は恩寵を持たない為、この戦術は使えない。

448: 2013/04/30(火) 19:54:19 ID:HH0L3NyM
男武闘家「短剣を極めるとしたら、どうだ?」

男戦士「小柄な体格は、むしろ短剣向きだと思う。」

男戦士「だが、根本的に『力』が足りてない。」


短剣を使って戦うなら、誰よりも速く動き、一撃で息の根を止める技術が必要だ。
だというのに、速さを支える足腰も、急所を切り裂く腕力も、勇者には絶望的に不足していた。


男戦士「魔物相手なら、切り落としてしまうのが一番有効なんだけどな……」

男武闘家「もしくは女僧侶ちゃんみたく、機能を喪失するレベルで破壊するか、だな。」


どんなに生命力が強い魔物も、バラバラにしてしまえば危険を排除できる。
もしくは骨格ごと粉砕してしまえば、相手は氏ぬかもしくは行動不能に陥る。
打撃武器と比べ、リーチもあり使いやすい長剣を使うのは、無難で堅実な戦法なのだ。

449: 2013/04/30(火) 19:54:57 ID:HH0L3NyM
男戦士「長剣よりも軽く、短剣よりもリーチがあり、刺突剣の扱い易さを兼ね備える……そんな武器があればなぁ。」

男武闘家「そんな良いモノがあれば最高だが、市販品じゃ手に入らんだろ。」

男戦士「だよなぁ。神の恩寵が永続付与されたような武器ならあるいは……」

男武闘家「可能性があるとしたら、その辺りだろうなぁ……って、それこそ手に入らんだろ。」

男戦士「んー、しばらくは基礎体力の向上で良いけど、そこからどうするか、だな。」

男武闘家「剣を自在に扱える程度に、体力が付いてくれれば良いんだが……」


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450: 2013/04/30(火) 19:55:37 ID:HH0L3NyM
女僧侶「ゆ、勇者くん大丈夫ですか? 重くないですか? 手伝わなくて良いですか?」オロオロ

勇者「うん……ボクに出来る事から、始めないと……」ハァ ハァ

男戦士(やる気はあるんだよなぁ……いや、今が成長期なんだから、今の頑張り次第か……)ウン

男武闘家(あの様子だと、少しペース落とした方が良いか。気付かれないように、少しずつ……)ウン


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451: 2013/04/30(火) 19:56:10 ID:HH0L3NyM
女僧侶「勇者くん、汗拭いてあげますね。水も飲んだ方が良いんじゃないですか?」オロオロ

勇者「ありがとう、女僧侶さん……でも、大丈夫……心配かけてごめんね……」ハァ ハァ

男戦士(女僧侶ちゃん、甲斐甲斐しいねぇ。この辺はやっぱり女の子か。)イイネ!

男戦士(年上の姉ってよりは、むしろ母親みたいだが……)


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452: 2013/04/30(火) 19:57:19 ID:HH0L3NyM
男戦士「チッ、ゴブリンだ! 数は十!」

男武闘家「俺と男戦士で勇者ちゃんを守る! 女僧侶ちゃんは――――」

女僧侶「~♪」タタタタタタタタッ

               ゴリッ! グシャッ! ボキャッ! ゴキン!    <ギャー! ヒィー! ニゲロー! ウワー!

男戦士「……ひでぇ。」ガクガクブルブル

男武闘家「……勇者ちゃんに相手してもらえないストレス解消か。」ガクガクブルブル


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453: 2013/04/30(火) 19:57:55 ID:HH0L3NyM
男戦士「駄目だ! もっと腰を落として姿勢を低く!」キィィン!

勇者「は……はいッ!」ザザァ

女僧侶「勇者くん! 刃をかわしたら指を狙うんです! 指のあとに首を!」

男武闘家「難易度高いから! 初心者に指狙うとか無理だから! つーか、首やったら男戦士氏んじゃうから!」


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454: 2013/04/30(火) 19:58:32 ID:HH0L3NyM
男武闘家「マズい、ランドワームだ! あいつの鱗は剣が通らない!」

男戦士「逃げるぞ、勇者ちゃん! 荷物をこっちに渡すんだ!」

女僧侶「~♪」 タタタタタタッ

男武闘家「待て、女僧侶ちゃん! あいつは危険すぎ――――」  メキメキッ! ブチャッ! ブチッ! ゴッ! ゴッ! ゴッ! <ピギャーーー!

男戦士「鱗をメイスで粉砕してからの滅多打ち……うわっ、脊柱引きずり出した……」ウーワァ…

男武闘家「一応、この周辺で一番危険な魔物なんだが……問答無用で急所狙い……」マジッスカァ…

勇者「人間くらいなら丸呑みにしそうな相手なのに……」スゴイナァ


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455: 2013/04/30(火) 19:59:14 ID:HH0L3NyM
野盗1「おっと、すまねぇな。こっから先は通行止めだ。」ヘッヘッヘ

野盗2「通りたいなら通行料を置いてってもらおうか。」ヒヒヒ

勇者「そうなんですか? いくら払えば良いんでしょう……」シラナカッタ…

女僧侶「お金と命、どっちが大事ですかぁ?」ニッコニコ

男武闘家(それ野盗のセリフだから!)

男戦士(野盗逃げてー!)

野盗3「――ひっ! なんだこの女!」ビクッ

野盗4「返り血でメチャクチャじゃねーか……!」ゾゾゾ

女僧侶「途中で襲ってきた魔物の血で汚れちゃったんですよぉ。」

女僧侶「これ以上、法衣を汚したくないんですけどねぇ……」ウフフ

456: 2013/04/30(火) 19:59:46 ID:HH0L3NyM
野盗5「う、ぐぐ……隙がねぇ……」ジリジリ

野盗6「怖ぇ……くそ、震えが止まらねぇ……」ガクガクガク

女僧侶「血で血を拭う……あ、意外と良いかも……罪人の血でも、魔物の血よりはマシでしょうし♪」スチャ

野盗1「ひ、ひぃ! 逃げろーー!!」ダタタタッ

野盗2「うわぁぁぁーー!」タタタタッ

男武闘家「まさに脱兎の如くってヤツだな……」

男戦士「野盗で食ってるだけあって、魔物よりは危機察知能力が高かったんだなぁ……」

勇者「あれ? 結局、通行料はどうしたら良いんですか?」キョトン

女僧侶「通行止めは解除されたので、支払わなくて良いみたいですよ。」ニコニコ


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457: 2013/04/30(火) 20:00:25 ID:HH0L3NyM
幾つもの町を越え、広大な平野を踏破し、陽が昇り沈むのを幾度となく見届ける。

昼は荷を担ぎ、夜は鍛錬をこなし、自らの向上に努める勇者。

危機の際にはパーティーの先陣を切り、氏山血河を築き上げる女僧侶。

勇者の鍛錬を見守りつつ、パーティーの空気を盛り上げる男戦士。

食糧調達やペース配分など、目立たないが重要な役割を務める男武闘家。


自分にできる事で他者の不足を補う。
決してバランスが良いパーティーとは言えないが、順調に旅は続いている。

かくして一行は、『根の国』と『枝葉の国』の国境の街まで辿り着いた。

458: 2013/04/30(火) 20:01:04 ID:HH0L3NyM
勇者「わー、あの城塞の向こうが『根の国』なんですねぇ……」

女僧侶「おおぅ……山がたくさん見えます。『枝葉の国』とは随分違うんですねー。」

男戦士「『根の国』の国土の大半は山だからね。自然の険しさは『枝葉の国』の比じゃないよ。」

男武闘家「そのおかげで『火の国』の侵攻を防げてる面もあるから、悪い事ばかりじゃないが。」

男戦士「『根の国』と『枝葉の国』は同じ『木の大国』領だから、入国手続きもそんなに厳しくないよ。」

男戦士「まあ、それでも多少かかるから、今日はここで一泊する事になるけどねー。」

女僧侶「ややっ! 何だか良い匂いがするのです。」スンスン

男武闘家「ん? ああ、この匂いはチーズだな。」

勇者「チーズってこんなに良い匂いでしたっけ。」クンクン

男戦士「山が多い『根の国』は酪農が盛んだからね~。『枝葉の国』に出回ってるのとは質が違うよ。」

女僧侶「おお……! 異国情緒ってやつですね!」ワクワク

勇者「言われてみると、珍しいものがたくさん……」キョロキョロ

勇者「時間があれば、見て回りたいなぁ。」ソワソワ

男武闘家「いやいや、ここはまだ『枝葉の国』だから。」

459: 2013/04/30(火) 20:01:35 ID:HH0L3NyM
男武闘家「けど、まあ……そうだな。『根の国』に抜けた後は自由時間にしようか。」

男武闘家「たまにはそういう時間があっても良いだろ?」

女僧侶「良いんですか!」

勇者「――!」ヤッタ!

女僧侶「む、でも……治安とかどうなんです? 『情報街』みたいな事になったらヤですよ。」

男戦士「それなら心配無いよ。国境の街だけあって、衛兵の数はどこよりも多いから。」

男戦士「悪さする奴も、国境抜けてからが本番だからね。わざわざこんなリスクの高い所でやらかさないよ。」

男戦士「色んな意味で安全な場所だから、単独行動でも心配無用ってね。」

男武闘家「ま、とりあえず国境を抜けようか。俺と男戦士はともかく、二人は少し時間かかるだろうし。」


――――――――

――――――

――――

――

460: 2013/04/30(火) 20:02:11 ID:HH0L3NyM
『根の国』入国の検問所。
周囲に人はまばらで、あまり混雑していない。
手続きをしている面々も行商ばかりで、衛兵の数こそ多いが、空気は穏やかだ。


衛兵「おや、男武闘家さんに男戦士さんじゃないか。もう戻ってきたのかい?」

男武闘家「ああ、ちょっとこの二人のガイドでね。」

男戦士「入国理由は……何だろうな。行商じゃないし、観光でもないし……」

女僧侶「そんなの必要なんですか?」

男武闘家「そりゃあな。仮に行商だったら許可手形持って無いと商売できないんだよ。」

男武闘家「入国理由によって、行動や持ちこめる物にも制限が入るし、入国に必要な金額も変わってくる。」

男戦士「ちなみに、俺達が『枝葉の国』に入国した時も、金払って商売の許可取ってるからね。」

女僧侶「なるほどー。そういう仕組みなんですねぇ。」

女僧侶「『魔王を倒す』ってどういう入国理由になるんでしょう?……うーん、仕事とか?」

衛兵「へ? お嬢ちゃん、何を言ってるんだい?」

勇者「『勇者』として魔王を倒しに行く、こういう場合はどうなりますか?」ステータス開示

461: 2013/04/30(火) 20:02:42 ID:HH0L3NyM
衛兵「……『北の国』の、勇者様?」

衛兵「はぁ~、これは驚いた。『北の国』の勇者様なんて初めて聞いたよ。」

男戦士「余計な事は良いから、ちゃっちゃと通してくれよ。通行料はいくらになる?」

男戦士(頼むから、地雷を踏むような真似は勘弁してくれ……!)

衛兵「そ、そうですね……何分、自分も初めてのケースなので……」

衛兵「確認してきますので、ちょっと待ってて下さいね。」タタタッ

女僧侶「勇者くんはともかく、私もどうなるんでしょう。」

男武闘家「どうだろうな……俺達の場合だと、枝葉の勇者と一緒だった時はフリーパスだったが……」

女僧侶「え、なら私と勇者くんもそのまま通れるんじゃないですか?」

男戦士「あー、いや……そういう訳には……」

勇者「そうですね。枝葉の勇者さんは国の支援がありますから……」ウツムキ

女僧侶「?」

男武闘家(最初に言っといただろ! 勇者ちゃん以外は国の支援が受けられるって!)ヒソッ

女僧侶「ッ! ゆ、勇者くん、ごめんなさい……そんなつもりじゃ……」オロオロ

462: 2013/04/30(火) 20:03:22 ID:HH0L3NyM



衛兵「お待たせしました!」タタタッ

衛兵「えー、そちらの女僧侶さんは『根の国』で売る物を何か持ちこまれますか?」

女僧侶「え、特にそういう物は持ってませんけど……」

衛兵「では、教会から何か許可証などは預かってますか? 祭事の為の入国か、という意味ですが。」

女僧侶「いえ、それもありません。」

衛兵「それなら女僧侶さんは観光扱いになるので、入国料として1万G頂きます。」

男戦士「まあ、そうなるだろうな。で、勇者ちゃんは?」

衛兵「は、はい……え、えーと、ですね……」

衛兵「さ、先に断っておきますが、入国料は一定ではなく、出身国によって左右される訳でして……」

男武闘家「知ってるよ。それがどうした?」

衛兵「同じ『木の大国』領出身者が一番安く、次に『水の大国』、その次に『鉄の大国』『土の大国』、一番高額なのが関係が悪い『火の大国』となってます、はい。」

男武闘家「だから、知ってるって。何が言いたい。」

463: 2013/04/30(火) 20:04:04 ID:HH0L3NyM
衛兵「実は、これ意外に、『出身不明者』という枠がありまして……こちらの『勇者』様の場合はそれにあたります……」

男戦士「そうなの? それは初耳だったな……で、いくら?」

衛兵「――――ッ」


衛兵は下唇を噛んで黙り込んでいる。
申し訳ないといった風で思案していたが、一行の視線が集中し、ようやく口を開いた。


衛兵「……100万Gに、なります。」




男戦士「おいコラァ! 適当な事吹いてボッたくってんじゃねぇぞッ!」アァァン!?

男武闘家「『火の大国』領の人間でも20万程度なのに、なんで100万も取られなきゃなんねぇンだ!」ゴルァッ!

衛兵「お、落ち着いて下さい! 説明します、説明しますから!」ヒィィ!


響き渡る怒声に、周囲の行商達が驚き、騒ぐ一行に目を向ける。

464: 2013/04/30(火) 20:04:42 ID:HH0L3NyM
女僧侶「お気になさらないでください。すぐに静かになりますので……」ウフフ


が、冷たい眼差しで笑顔を浮かべる女僧侶の姿に、慌てて目を逸らし、行商達は知らぬ振りを決め込んだ。


衛兵「ま、先ず、そもそもどうやって『出身』を見極めるかと言うと、個人の恩寵で判断する訳でして。」

衛兵「誰しも、生まれた場所によって恩寵が決まる訳ですから……こ、ここまでは良いですね?」

男武闘家「ああ、問題無い。」

衛兵「つ、つまり、そもそも『出身不明者』という枠組み自体が不自然な物なんです。」

男戦士「その通りだな。」

衛兵「なら、どういう場合にこれが適用されるかと言うと、本人が入国の際にステータスを開示するのを拒むケースです。」

衛兵「ほ、本人の同意なしにステータスの開示が出来ない為、こういった場合は『出身不明者』としか扱えないんです。」

男武闘家(衛兵もステータスを盗み見る方法を知らない……やっぱりあの白貌の女は只者じゃ無かったか……)

男武闘家(だが奴隷商人達も使えたという事は……『地の神』特有の恩寵か……?)

465: 2013/04/30(火) 20:05:21 ID:HH0L3NyM
衛兵「提示した金額に難色を示し、自らステータスを開示してくれれば良し。金額を払えないなら入国を拒否する、という訳で。」

衛兵「た、ただ、逆に言うと、ステータス開示を拒んでも、入国料を払えるなら入国できるんです。」

衛兵「一応、各国間で自国民が出した損害は、種類にもよるが保障する、という取り決めがなされていまして……」

男戦士「つまり、『出身不明者』は出身国に請求できないから、自分で自分の保障をしろ、と?」

衛兵「は、はい……そういう事になります。」

衛兵「今回の勇者様の場合、出身が不明という訳ではないのですが……」

衛兵「『請求先が存在しない』という理由で、こういった対応をするしかなく……」

女僧侶「えーと、つまりどういう事なんですか? その金額は適正って事なんですか?」

男武闘家「……筋は通ってる。少なくとも、この衛兵がボッたくってる訳じゃない。」

男戦士「いや、でも100万は……流石におかしいだろ。これ入国料だから返還されないんだぞ?」

衛兵「これは私見ですが……恐らく、国も『北の国』の人間が越境するケースを考慮に入れていないのかと……」

466: 2013/04/30(火) 20:05:59 ID:HH0L3NyM
勇者「……金額を支払えれば、問題無いんですね?」

衛兵「そ、それはもう!」

勇者「なら、これで構いませんか?」


勇者が差し出したのは、以前に『羊の町』の住民から受け取った小切手。


男戦士「いや、待つんだ、勇者ちゃん! いくらなんでもこの金額は納得できない!」

男武闘家「そうだ! こんな嫌がらせみたいな真似、黙って受け入れる理由は無い!」

女僧侶(ひぃ、ふう、みぃ――――全部で二十人、飛び道具は五人……)


勇者「良いんです……100万Gですよね? 安いじゃないですか……」

男武闘家「お、おいおい、100万あれば色々できるよ!?」

男戦士「普通に生活してたら、一年は働かずに済むんだよ!?」

女僧侶(全員が全身鎧……少し時間が掛かるかな……その間に門を閉められたら……)

467: 2013/04/30(火) 20:06:38 ID:HH0L3NyM
勇者「なら、『命の女神』様の恩寵は100万G以下の価値しかないんですか……?」

男武闘家「え、いや、それは……」

男戦士「だ、だからって、勇者ちゃんが背負わなくても……」

女僧侶(あ、そうだ……矢から勇者くんを守らないと……どこか隠れる場所は……)


勇者「これは、ボク達が『命の女神』様を守れなかった罰なんです……」

男武闘家「……ッ」

男戦士「けど、流石にこれは……」

女僧侶(夜を待って一人ずつ、の方が良いかな……安全を確保した後、勇者くんを呼んで……)


勇者「だから、これで良いんです……」

男武闘家「……納得できるんなら、口出ししないよ。」

男戦士「……分かったよ、もう何も言わない。」

衛兵「それでは小切手をお預かりします。差額分を再発行しますので、少々お待ちを。」

女僧侶(良し、これで大丈夫……勇者くん、ほめてくれるかなぁ……)

468: 2013/04/30(火) 20:07:10 ID:HH0L3NyM
勇者「女僧侶さんの分も一緒に払っておくね。」

女僧侶「ふぇっ? 何の話ですか?」

男戦士「話をちゃんと聞いときなさい……」

男武闘家「100万払って入国するから、ついでに女僧侶ちゃんの分も払っとくって話。」

女僧侶「は、払うって! そんなお金がどこに!」

男戦士「『羊の町』で小切手もらっただろ? あれを使う。」

男武闘家「まさか入国料で100万持ってかれるとは思わなかったが……残り400万程度か……」

女僧侶「え、ええ!? あれって、そんな大金だったんですか!?」

男戦士「ああ、そう言えば、あの時なんか上の空だったね。」

男武闘家「だが、マズいぞ……全部の関所で100万必要なら、資金はギリギリだな……」

男戦士「だな。何か稼ぐ方法を考えなきゃなぁ。」

469: 2013/04/30(火) 20:07:49 ID:HH0L3NyM
女僧侶「だったら、また――――」


勇者くんに歌ってもらえば、と言おうとした所で思い出す。


―――― 勇者「……ううん、もう、『歌』は……歌わない。」


あの時の表情は、謙遜や遠慮といった類のモノではなかった。
何かに脅えるような、不安を抱いたモノではなかったか?


男戦士「ああ、そうか! また勇者ちゃんに歌ってもらえば良いか!」

男武闘家「んー……確かに、あれだけの歌声なら『根の国』でも十分に通用するわな。」

勇者「――――ッ」ビクッ

470: 2013/04/30(火) 20:08:24 ID:HH0L3NyM
女僧侶「ちょっと、駄目ですよ! お二人は行商もやってるんですから、もっと手堅い方法を考えて下さいよ。」

男戦士「え、ええ!? 女僧侶ちゃんが手堅いとか! そんな言葉知ってるなんて!」

男武闘家「くっそぉ、明日は嵐か……山越えの予定を立て直さなきゃな……」

女僧侶「ど う い う 意 味 で す か ?」ニッコリ

男戦士「イエ ナンデモナイデス」

男武闘家「スイマセンデシタ」

女僧侶「まったく……」チラッ

勇者「…………」ホッ

女僧侶(でも、勇者くん。何がそんなに不安なんだろう……)

女僧侶(ま、別に何でも良いですけど。何が来ようと私がお守りしますし……)


――――――――

――――――

――――

――

471: 2013/04/30(火) 20:08:57 ID:HH0L3NyM
衛兵「お待たせしました。こちらをお返しします。」


入国料を差し引き、再発行した小切手を手渡す。


勇者「……ありがとうございます。」

男戦士「じゃ、行こうかー。」

男武闘家「幸先悪いが、割り切るしかないな。」

女僧侶(やっぱり私が……あ、でも今更言っても、勇者くんに変な子って思われるかも……)

衛兵「あ、お待ちを。」

男戦士「まだ何かあったっけ?」

衛兵「今夜は何処に泊まるかお決まりですか? 流石に、今から山越えは無いと思うのですが。」


時刻はそろそろ夕暮れが近付いている。
わざわざ、夜の山に入りたがる人間はいない。
『根の国』出身で、山の怖さを良く知る二人なら尚更だ。

472: 2013/04/30(火) 20:09:54 ID:HH0L3NyM
男武闘家「そうだな。どっかで適当に宿を取るつもりだが。」

衛兵「そうですか。もし良かったら、あちらに見える国営の宿を御利用下さい。」

衛兵「……自分の方から宿に伝えてありますので、今夜は無料でお使い頂けます。」

衛兵「高級とまでは言えませんが、疲れを取る程度なら不満は無いと思いますよ。」

男戦士「そりゃあ有り難いけど……良いのか? 」

男武闘家「他の『勇者』ならともかく、勇者ちゃんは大丈夫なのか?」

衛兵「『良いのか?』と聞かれれば、『良くない』と答えなくてはいけないのですが……」

衛兵「だからと言って、あの金額が適正だとは自分も思えません。」

衛兵「なので、これは自分の独断です。ま、バレても始末書程度の話で済みますし。」

男戦士「はは、言ってくれるなぁ!」ヒューッ!

473: 2013/04/30(火) 20:10:26 ID:HH0L3NyM
衛兵「どうせもう指示は出してるので、使っても使わなくても同じです。どうぞ、遠慮なく。」

男武闘家「それじゃあ、お言葉に甘えようか。」

男武闘家「……次に来る時は、何か差し入れ持ってくるから期待しといてくれ。」

衛兵「ええ、御武運を!」


衛兵は敬礼し、『根の国』へと入国する一行を見送っていた。


――――――――

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――――

――

484: 2013/05/01(水) 19:48:36 ID:n/QxHO/s
宿の部屋に荷物を置き、女僧侶と勇者はようやく人心地をつく。
荷物持ちを始めた最初は、動けなくなるほど疲労していた勇者だったが、今ではそこまでの疲労は無い。
まだまだ頼りないが、日々の積み重ねは体力の向上として表れていた。

衛兵は高級では無いと言っていたが、それはあくまで一流の宿と比べればの話。
旅人の勇者達にとっては、十分すぎるほど贅沢な宿だ。

自由に使える蝋燭台と、部屋に設けられた風呂洗面所。
大きなベッド、清潔なシーツ、ガラスの器に入れられた飲み水。
そして何より、仄かに漂う樹の香りが、心身の疲労を和らげてくれる。

485: 2013/05/01(水) 19:49:25 ID:n/QxHO/s
女僧侶「勇者くん、外にでかけませんか♪」

勇者「ごめんね、ボクは少し休んでからにするよ。」

女僧侶「そ、そうですよね、お疲れですよね!」

女僧侶(うー、どうしよう……外を見て回りたいけど、勇者くんを置いていく訳には……)

勇者「良いよ、女僧侶さんは先に行ってて。」

勇者「面白いものがあったら、後で教えてね」

女僧侶「うー…………」


どうするか?
勇者を置いて一人遊びに行くのか?
男戦士達が言っていたように、町の至る所に衛兵の姿が見える。
確かにこれなら安全は保障されているだろう。

486: 2013/05/01(水) 19:49:59 ID:n/QxHO/s
女僧侶「そ、それじゃあ……行ってきます!」


戦闘能力は高くても、女僧侶もまだ18の少女。
まだまだ遊びたい年頃なのだ。


勇者「行ってらっしゃい、衛兵さんと喧嘩しちゃダメだよ。」

女僧侶(勇者くんの中で、私ってそういうキャラなんですか!?)ガーーン!


――――――――

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――

487: 2013/05/01(水) 19:51:28 ID:n/QxHO/s
男武闘家「ふぅ、この空気。帰ってきたって感じだなぁ。」

男戦士「森の匂いはやっぱ良いモンだよ、ホント。」

男武闘家「さてと、たまには羽を伸ばしても良いだろう。」

男戦士「おう。水も浴びてさっぱりした事だし、久しぶりに男二人で楽しむとしようぜ!」

男武闘家「だな! 先ず蛇酒を一杯やって――――」

男戦士「あ、ダメ。それ俺飲めねぇよ。」

男武闘家「なら、お前は別のを飲んだら良いじゃないか。」

男戦士「お前が行きたいのは専門店だろ。あそこ蛇酒しか置いてないじゃねーか!」

男戦士「とりあえず、無難にどっかの店でハチノコの佃煮でもつまみながら――――」

男武闘家「それは無い。ゲテモノはお断りで。」

男戦士「ゲ、ゲテモノじゃねーよ! 伝統の郷土料理だろうが!」

男武闘家「それ言ったら、蛇酒だって立派な地酒だろうが!」

488: 2013/05/01(水) 19:52:22 ID:n/QxHO/s
男戦士「…………」ヌググ

男武闘家「…………」ヌググ

男戦士「わかった、それなら一人で食ってくるよ。」フン!

男武闘家「好きにしろ。俺も蛇酒を堪能してくるから。」ハッ!


――――――――

――――――

――――

――

489: 2013/05/01(水) 19:53:01 ID:n/QxHO/s
男戦士「啖呵切って出てきたのに、財布を忘れてたというね……」

男戦士「まったく、あいつの好き嫌いにも困ったもんだ。」

男戦士「……ん。そうだ、勇者ちゃん達は『根の国』初めてだろうし、案内がいるんじゃないか?」

男戦士「よし、せっかくだから俺が伝統料理のツアーを組んであげよう。」


――コンコン


男戦士「おーい、男戦士だよー。勇者ちゃん、いるー?」


ノックをしてから気付く。
二手に分かれてからそれなりに時間が経っている。
既に、二人とも出掛けてしまっているのではないか?

490: 2013/05/01(水) 19:53:48 ID:n/QxHO/s

―― ……カチャ


勇者「……はい。」…グスッ

男戦士「ちょ、ちょっと勇者ちゃん、どうかしたのか?」


顔を出した勇者の目は赤くなっている。
目元には涙を拭った跡も残っており、泣いていたようにしか見えない。


勇者「……別に、どうもしないです。」

男戦士「そんな訳あるか! 入るよ、良いね?」


勇者の手を引き、部屋に踏み込む。
部屋に人の気配は無く、女僧侶は外出しているようだ。

勇者をベッドに座らせると、自分も椅子を引っぱり対面に座る。

491: 2013/05/01(水) 19:54:32 ID:n/QxHO/s
男戦士「で、いったいどうしたの? 泣いてたんだろ?」

男戦士「女僧侶ちゃんが何か……するとは思えんな、うん。」


女僧侶が勇者を傷つけるような事をするとは思えない。
色々と何をしでかすかわからない所はあるが、それだけは断言できる。


勇者「ボク、頑張ってると思うんです……」

男戦士「え? ああ、そうだね。出来る事を一生懸命やってるよ。」

勇者「それを否定されて……ちょっと、悲しかっただけです。」

男戦士「……誰かに、何か酷い事を言われた?」

勇者「『そんな事をしても意味が無い』……『それでは誰も喜ばない』……」

勇者「『ただの』……『自己満足だ』って……」

男戦士「……誰が、そんな事を。」

492: 2013/05/01(水) 19:55:02 ID:n/QxHO/s
誰にそんな事を言う権利があるのか。
誰に、前を向き、懸命に戦おうとする勇者を貶める事が出来るのか。

そんな輩が許される訳が無い。
否、自分が決して許さない。

目の奥が熱くなり、全身の筋肉が強張るのがわかる。


勇者「夢で……」

男戦士「――ゆ、え? 夢?」

勇者「はい、夢で……」


なんだ、夢かよ!
と、安心したような拍子抜けしたような気になるが、表に出す訳にはいかない。

『夢』というのは自分の深層意識の表れだと言われている。
つまり、勇者自身が心のどこかで“そう”思ってしまっているのではないか?

もしそうなら、安易に笑い飛ばす訳にはいかない。

493: 2013/05/01(水) 19:55:44 ID:n/QxHO/s
男戦士「一つだけ、知ってて欲しい事があるんだ。」

勇者「……?」

男戦士「これから、きっと辛い事もあると思うし、人に認めてもらえない事もあると思う。」

男戦士「もうどうしようもない、と思う事もあるだろう。」

男戦士「そういう時には、今から伝える事を思い出して欲しいんだ。」

勇者「……はい。」

男戦士「どんな事でも、自分で動かなきゃ出来るようにならない。」

男戦士「そして、出来ないから、辛い思いだってすると思う。」

男戦士「でもね、どんなに辛くても……それに耐えて動かなきゃ、出来るようにはならないんだ。」

男戦士「自分で自分が信じれなくても、人に笑われたとしても。やって、やってやり通さなきゃ、何も手に入らないんだ。」

男戦士「勇者ちゃんの境遇は、俺なんかじゃ想像も出来ないと思う……でも、それでも。」

男戦士「譲れないモノは、途中で投げ出しちゃいけない。それだけは、覚えておいて。」


真っ直ぐに勇者を見つめ、一言一言を力強く、そして優しく言い聞かせる。
思いは伝わったのか、勇者は微かな笑みを浮かべ、頷いた。

494: 2013/05/01(水) 19:56:25 ID:n/QxHO/s
勇者「覚えてますか、男戦士さん……『羊の町』で中年の僧侶さんに絡まれた時の事……」

男戦士「はは、覚えてるよ。女僧侶ちゃんに連れてかれてボッコボコにされてたね。」

勇者「あの時も、それに今も、男戦士さんは何時もボクを支えてくれてますよね……あ、もちろん他のお二人もですけど。」

男戦士「そりゃあ、俺達は勇者ちゃんが大好きだからね! ……あ、そうだ、あの時みたいに膝に座る?」

勇者「良いんですか?」

男戦士「え? ああ、も、もちろんだよ~。」


冗談半分で言ったのだが、まさか乗ってくるとは思わなかった。
勇者は男戦士の膝に座ると、そのまま身体を預け、深くもたれかかる。

そのまま何もしないのもどうかと思い、勇者の頭に手を置き、優しく撫でてやる。
後ろで結ばれた薄桃色の髪が、男戦士の頬に触れ、陶然とさせる。

495: 2013/05/01(水) 19:57:06 ID:n/QxHO/s
男戦士「相変わらず、華奢だなぁ。」

勇者「それは……男の人みたいにはなれませんよ……」

男戦士「ま、女の子だしねー。とは言え、そっちの方もまだまだみたいだけど。」


後ろから見下ろす男戦士の視線に気付き、勇者が頬を膨らませる。


勇者「これから大きくなるんです! それに、少しはあるんですから……まったく、もぅ。」

男戦士「…………」


薄桃色の髪から甘い匂いが立ち上り、酒に酔ったような感覚に陥る。
頬が上気し、鼓動も早くなる。興奮により、息苦しさも覚え始めた。

男戦士の跳ねる鼓動が、勇者の背中に伝わる。

497: 2013/05/01(水) 19:57:47 ID:n/QxHO/s
勇者「どきどき、してますか……」

男戦士「正直、かなり……」


そういう思惑で部屋を訪れた訳では無かった。
やってる事も、普段からやっている事だ。

だが、部屋で二人きりという状況では意味が全く違ってくる。
沈みゆく夕陽が、更にムードを高めている。

気持ちを落ち着かせようと、勇者の髪を指で梳いてみるが、むしろ逆効果にしかならない。
束ねた絹のような、柔らかさと艶やかさを合わせた手触りが指を伝う。

頭を撫でていた手は勇者の体に回され、後ろから抱き締める形になっている。


勇者「ん……」


男戦士のものが硬くなっているのを感じ、勇者が微かに身を震わせた。
優しく、いたわるように、男戦士が勇者の首筋に口付けをする。

498: 2013/05/01(水) 19:58:28 ID:n/QxHO/s
勇者「一つだけ、約束してもらえませんか……」

男戦士「…………」


かすれた声で、勇者が問いかける。


勇者「ボクと、ずっと一緒にいてくれると……」


それは甘い睦言だというのに、その声の調子は、何かに追い詰められ、すがる様だった。


男戦士「ああ……約束するよ……」

男戦士「ずっと……ずっと、一緒だ……」


夕日は既に沈み切り、夜の帳が訪れていた。


――――――――

――――――

――――

――

499: 2013/05/01(水) 19:59:06 ID:n/QxHO/s
武器屋「いらっしゃい、お嬢ちゃん。何をお探しかな?」

女僧侶「良いメイスがないかなーって。あ、短剣も見たいです。」

武器屋「そうだねぇ……お嬢ちゃんは僧侶みたいだし、護身用ならこの辺りはどうだい?」

女僧侶「うーん……ちょっと軽すぎませんか?」ヒュン ヒュン ヒュッ!

武器屋「お、お嬢ちゃん、なかなかやるね……威力を重視なら、この辺はどうだい?」

女僧侶「おお……! 良い感じですよ。」ブン ブォン ブンッ!

女僧侶「でも、握りがちょっとしっくりこないですねー。」

武器屋「腰に下げてるのが今使ってるやつかい? ちょっと見せてもらえるかな。」

女僧侶「どうぞ どうぞ。」

武器屋「ふむ……デザインはシンプルだが、とても良い鉄を使ってる。結構使いこんでるようだが、特に傷んでもない。」

武器屋「むむぅ、この使いこみから考えて……殺った数は10や20どころじゃないな……」

女僧侶「やや、流石本職の武器屋さん。わかるもんなんですねぇ。」

武器屋「グリップ部分は……何かの革かな? ははぁ、確かにコレはウチの商品じゃ満足できないか。」

女僧侶「色んな店で見てきたんですけど、なかなかこれより良いのが無いんですよね。」

500: 2013/05/01(水) 19:59:50 ID:n/QxHO/s
武器屋「うーん……ハッキリした事は言えないけど、お嬢ちゃんのコレは普通の品質じゃないよ。」

武器屋「市販のモノでこれ以上を探すのは難しいだろうねぇ。」

女僧侶「そうなんですか? そっか~、なら仕方ないかぁ。」

武器屋「しかし凄いね、『水の大国』領はこんな良いモノが出回ってるのかい?」

女僧侶「へ? 私は『枝葉の国』出身ですけど。」

武器屋「そうなのかい? いや、その髪色だから、てっきり『水の大国』領出身かと。」

武器屋「確かに、瞳は『木の大国』領出身者っぽいね……御両親のどちらかが『水の大国』領出身だったのかい?」

女僧侶「え? どうなんでしょう。両親は私が物心つく前に亡くなってるので、何とも言えません。」

武器屋「おっと……これは、何というか、申し訳ない。」

女僧侶「あはは、良いんですよ。私の親は育ててくれた神父様だと思ってますから。」

女僧侶「あ、でも、そのメイスを形見に遺してくれましたし、産んでくれただけでもありがたいと思ってますけど。」

武器屋「ははぁ、強い子だねぇ、君は。……しかし、ふぅむ。」

女僧侶「どうかしました?」

501: 2013/05/01(水) 20:00:26 ID:n/QxHO/s
武器屋「いやね、ここの所に、何かの印が焼き付けてあったみたいなんだが……」

女僧侶「ホントだ……でも、血が染みて判別できなくなっちゃってますね。」

武器屋「削れば見えるのかもしれんが、印ごと削ってしまいかねないね。」

女僧侶「見えないなら見えないで、別に良いですよ。あくまで武器ですから。」

女僧侶「ただ、形見の品を使い潰すのもちょっとどうかなと思ったので、見に来た訳で。」

武器屋「すまないねぇ、それより良い品はウチには置いてないよ。」

武器屋「だが、多少質が落ちても、形見を使い潰すよりは良いんじゃないかい?」

女僧侶「あはは、ダメですよぉ。戦闘にはベストを尽くさないと。」

女僧侶「それに、形見を使い潰す事になっても別に構わないんです。」

女僧侶「もっと大切な人を守るためですから。」

武器屋「おやおや、これはまた随分惚れ込んでる相手がいるんだねぇ。」

女僧侶「もう、やめてくださいよ、照れちゃうじゃないですか。」

502: 2013/05/01(水) 20:01:11 ID:n/QxHO/s
女僧侶「あ、そうでした。その人の為に短剣も探してるんでした!」

武器屋「おお、それならゆっくりと見て行っておくれ。何か当てはあるのかい?」

女僧侶「えーと……うーん、そうですねぇ――――」


――――――――

――――――

――――

――

503: 2013/05/01(水) 20:01:51 ID:n/QxHO/s
男武闘家「むう……この、仄かに香る鉄臭さ……たまらんね。」グィッ

店主「良いのが入ったから、お兄さんの為に取っといたんだよ。」

店主「しばらく『枝葉の国』かと思ってたけど、意外と早く戻ってきたね。」

男武闘家「まあ、色々あって、予定を前倒しして戻ってきたんだ。」

店主「今日は一人なのかい? いつもの連れの兄さんの姿が見えないけど。」

男武闘家「あいつは置いてきた。あの野郎、この酒の美味さがわからないらしい。」

店主「ははは、いつも無理やり呑ませてたっけね。けど、お兄さんも最初は結構辛そうだったよ?」

男武闘家「え? あー、まあ、そうだったかな……」

店主「合わない人は一口で止めちまうんだけど、お兄さんは頑張ったよねぇ。今じゃすっかり常連だ。」

男武闘家「最初は送り酒のつもりだったんだが……今じゃ普通に呑んでるなぁ……」

店主「蛇酒が送り酒とは、珍しい話だね。」

男武闘家「……『あいつ』の好物だったんだ。どうせなら、好きな酒で送ってやろうと思ってね。」

店主「ああ、山で亡くなったっていう、あの……」

男武闘家「勝手な女だったけど……居なくなると、やっぱりな……」

504: 2013/05/01(水) 20:02:37 ID:n/QxHO/s
店主「手間がかかる女の方が、ハマると抜けられないからね。」

男武闘家「はは、別に『あいつ』にそういう気持ちは……いや、そうだったのかもな。」

男武闘家「傍にいる間は、そんな事考えもしなかったのに……」

店主「そういうものだよ……さ、もう一杯いかがです?」

男武闘家「ああ、もらうよ。」

男武闘家「せっかく俺も呑めるようになったのに……何で『あいつ』がいないんだ……」

男武闘家「肩を並べて、一緒に呑みたかったなぁ……」


――――――――

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544: 2013/05/02(木) 20:00:57 ID:Ir5yGuik
男戦士(ああ……くそ、自己嫌悪が……)


自室のベッドに腰掛け、男戦士がうなだれている。
冷静に考えてみると、色々とやらかした感は否めない。

ああいった結果になった事に後悔は無い。
むしろ、誇らしく感じるほどだ。

そう、結果に問題は無い。


男戦士(弱みにつけこむような形でやってしまうとは……)


自己嫌悪の理由は、事に及んだ切っ掛け。
勇者が口にした『約束』にあった。

―― 勇者「一つだけ、約束してもらえませんか……」
―――― 勇者「ボクと、ずっと一緒にいてくれると……」

ムードに流されたまま、深く考えずに約束を交わし、体を重ねた。

だが、少し待って欲しい。
情事の前の睦言にしては、少しおかしくないだろうか?

545: 2013/05/02(木) 20:01:34 ID:Ir5yGuik
勇者のような少女ならば、『自分の事が好きなのか?』『自分を愛しているのか?』等の言葉を選ぶのが自然ではないだろうか。
とは言え、『ずっと一緒に』というのも、将来を誓うような意味合いと取れば、さほど不自然ではないかも知れない。

実際、男戦士はそのように受け取った。
決して軽い気持ちで事に及んだ訳ではない。
そこに嘘は無い。

だが、今更だが男戦士は思い出してしまった。
一番最初に自分達が交わしていた約束を。

―― 自分達は魔王を倒すような事は考えていない。
―――― ただし、同じ道を辿る『根の国』までなら案内しても良い。

そういう約束で、同行していた筈だ。
そして約束の通り、ここ『根の国』まで同行したのだ。

つまり、本来なら男戦士と男武闘家は御役御免。
明日にでもパーティーを離脱しても、責められる謂われは無い。
具体的にどこまで同行するかと言う話も、した覚えが無い。


男戦士(もしも……もしもの話、だぞ?)


考えたくないが、気付いてしまった以上、見過ごす事は出来ない。


男戦士(捨てられるのを恐れての行動だったら?)

546: 2013/05/02(木) 20:02:19 ID:Ir5yGuik

―― 勇者「一つだけ、約束してもらえませんか……」
―――― 勇者「ボクと、ずっと一緒にいてくれると……」

これは、『自分を好きにして良いから、一緒に旅を続けて欲しい』という意味にならないか?

違うと信じたい。
勇者も、そういった打算的な考えで、あのような行動に及んだのではないと信じたい。

しかし、今更それを確認する訳にはいかない。
もしそんな真似をすれば、『良く理解して無いのに、適当な返事で事に及んだ』という事になる。

仮にどちらの意味合いであっても、普通に軽蔑されるだろう。
それだけは、何としても避けたい。


男戦士(いや、俺は最後まで同行するつもりだったからね!?)


『羊の町』を出る頃には、覚悟を決めていた。
ただ、男武闘家を説得する良い理由が思い浮かばないから、口にしなかっただけなのだ。
だから、まだ勇者にも告げていなかった。

547: 2013/05/02(木) 20:02:54 ID:Ir5yGuik
男戦士(今更言えねーよ! どう考えても、言えば逆効果だろ!)


『ずっと一緒にいる』と約束した後に、実は最初からそのつもりだったと言うのか?
やるだけやっておいて、これほど軽薄な言葉もないだろう。口にしない方が万倍マシだ。


男戦士(しかも、あんな口裏合わせまでして……)


後悔に悶えながら、情事の後のやりとりを思い返す。


――――――――

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――――

――

548: 2013/05/02(木) 20:03:44 ID:Ir5yGuik
腰が抜けて動けそうにない勇者を抱え上げ、浴室に二人で入る。
浴室の明かりの下、勇者が恥ずかしそうな表情を浮かべるが、その程度の羞恥は今更だ。
肌を晒すどころか、その先の先まで済ませてしまったのだから。


男戦士「はい、お湯かけるよー。」


勇者の肩に湯をかけ、汗やその他を流し落とす。


男戦士「最後、荒っぽくしちゃってごめんね……大丈夫だった?」

勇者「え? えーと、その……あはは……」


嘘でも『大丈夫』と言わずに笑って誤魔化すあたり、相当だったのだろう。


男戦士「――本当に、ゴメンッ!」


土下座の勢いで男戦士が謝り、勇者もそれを受け入れる。

549: 2013/05/02(木) 20:04:21 ID:Ir5yGuik
勇者「あれ、浴槽につからないんですか? 二人でも、つめれば何とかなりそうですけど。」


汗を流し、身を清めただけで出て行こうとする男戦士を呼び止める。
口にこそ出さないが、一緒に入りたそうに見える。
あれだけ激しく体を重ねたのだ、今度は静かに寄り添いたいのだろう。


男戦士「ああ、俺はちょっと部屋を片付けないとだから。ゆっくり休んでて良いよ。」


しかし、それはあくまで『女』の理論。
『男』は出すモノを出してしまえば、割と短時間で冷静になる生物だ。
表情にこそ出していないが、今の男戦士の心臓は破裂しそうなほど速く脈打っている。

一刻も早く、痕跡を消さなければいけない。
そうでなければ、命が危ない。

いや、もはや危惧ではない。
確 実 に 命 を 落 と す 。

550: 2013/05/02(木) 20:04:53 ID:Ir5yGuik
不満そうな勇者に笑顔で返し、浴室を後にすると、男戦士の脳裏に優先事項が即座に列挙される。

1.汚れたシーツの交換。

2.こもった空気の入れ替え。加えて、香を焚いての痕跡の抹消。

3.この件に関する全てを勇者に口止めする。

この三点は決して譲れない。
それも『彼女』が戻る前に、速やかに完了させなければならない。

同意の上での情交なのだから、別に隠す必要は無い。
常識的に考えればそうなのだが、果たして常識が通じる相手だろうか?
これまでの凶行の数々を鑑みれば、とてもそうとは思えない。

女僧侶の勇者に向ける思いは真っ直ぐだが、一般的に言えばあまりに重過ぎる。
勇者のためなら殺人も辞さない、と言うか、既に嬉々として何人も殺っている。

頃したのは、それだけの理由があったからだが、自分の“これ”も十分理由になりそうな気がする。
いや、むしろ、理由にならない理由が思いつかない。

551: 2013/05/02(木) 20:05:25 ID:Ir5yGuik
勇者「わあ、良い匂い……お香を焚いてくれたんですか?」

男戦士「う、うん……ほら、疲れただろうから、リラックスできる香をね……?」ゼェ ゼェ


浴室から出てきた勇者に、最速で片づけを済ませた男戦士が荒い息を吐きながら答える。
勇者が不思議そうに首を傾げているが、あえて説明はしない。

ベッドに腰掛ける男戦士の隣に、自然な仕草で寄り添うように腰を下ろす。
小柄な体を男戦士に預け、幸せそうな笑顔を浮かべている。

湯上がりの香りが男戦士の鼻をくすぐり、脳を揺らす。


男戦士(……もう一戦 ――――って、駄目だ駄目だッ!!)


あれだけ出したのに、一回だけじゃ物足りないとか思ってしまった。
せっかく綺麗に後片付けしたのに、それを無駄にする訳にはいかない。

もしも、二回戦の途中で女僧侶が戻ってきたら……考えただけで胃液が逆流しそうになる。

552: 2013/05/02(木) 20:05:59 ID:Ir5yGuik
男戦士「勇者ちゃん、ちょっと相談なんだけど……」

勇者「はい、何でしょう?」

男戦士「今日の事は、二人だけの秘密にした方が良いと思うんだ。」

勇者「と、言うと?」

男戦士「あの二人の前では、こうやってくっついたりしない方が良いんじゃないかなー……って。」

男戦士「何もなかったように、今まで通りに振る舞うのが一番だと思うんだ。うん。」

勇者「……え?」

男戦士「部屋割りも、今まで通りに『勇者ちゃんと女僧侶ちゃん』『俺と男武闘家』にしよう。」

男戦士「いや、別に難しい事じゃないよね。ただ、今までと同じようにするだけなんだから。」

勇者「……理由とか、聞かせてくれないんですか?」


不安そうな勇者の眼差し。
話の持って行き方が直接的過ぎたのだが、そこまで考える余裕は無かった。

553: 2013/05/02(木) 20:06:39 ID:Ir5yGuik
男戦士「今日の事を女僧侶ちゃんが知れば……俺は間違いなく、殺される……」ガクガクブルブル

勇者「え、えぇっ!?」

男戦士「いや、確実に。頭カチ割られて殺される……」ガクガクブルブル

勇者「え、いや、そんな事は……」ウーン…


これまでの女僧侶の行動を振り返ってみる。


勇者「――あると思います。」キッパリ

男戦士「だよね!? 絶対そうなるよね!? 俺はまだ氏にたくないのッ!」

勇者「…………」

男戦士「だって、氏んじゃったら勇者ちゃんと一緒にいられないだろ!?」


不意をつかれたのか、勇者が目を丸くするが、すぐに嬉しそうに目を細める。
男戦士に飛び込むようにのしかかり、男戦士の胸に顔をうずめる。

554: 2013/05/02(木) 20:07:09 ID:Ir5yGuik
勇者「大丈夫、ずっと一緒ですからね……」

男戦士「勇者ちゃん……」


さっきとは逆に、男戦士が下になる体勢。
抗うのは容易だが、何故かそういう気にはならない。
胸に感じる勇者の重みが心地良い。


勇者「言いたい事はわかりました。ボクも、男戦士さんに氏んでほしくないですし……」

勇者「今日の事は、二人だけの秘密にしましょうね……」


悪戯っぽく頬笑み、男戦士の頬にそっと口付けた。


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555: 2013/05/02(木) 20:07:46 ID:Ir5yGuik
男戦士(やるだけやって、『今まで通りの関係で』とか……俺、最低じゃね?)


他意は無かった。
ただ、自分が生き延びるために必氏だったのだ。


男戦士(途中の不安そうな表情とか、『え、この人やり捨てする気?』って意味だったんじゃないのか?)

男戦士(いくら女僧侶ちゃんが怖いからって、もうちょっと勇者ちゃんにも気を回すべきだっただろ!)

男戦士(そうだよ! いくらなんでもビビり過ぎだ! いっちょガツンと――――)


言ってやればどうなるだろう?


男戦士(殺されるに決まってんじゃねぇか! 怖ェェんだよ! 勝ち負け以前の問題なんだよ!)ガクガクブルブル


どう考えても勝負になると思えない。
心構えからして、相手になると思えない。

556: 2013/05/02(木) 20:08:22 ID:Ir5yGuik
素手でも武器でも、スキルレベルが下だという客観的事実。
それに加えて、あの異常なまでの躊躇いの無さ。
戦闘に対する適性が、自分とは違いすぎる。


男戦士(バレませんように……どうか、バレませんように……)


色々と氏にたくなるような失敗をしつつも、それでもやっぱり氏なない為に全力を尽くすという二律背反。
男戦士の眠れない夜はふけていく。


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557: 2013/05/02(木) 20:09:39 ID:Ir5yGuik
食堂で朝食を食べながら、昨夜のお出かけを報告しあっている。


女僧侶「――それで、その後は衛兵の皆さんにご飯を奢ってもらったんです!」

女僧侶「チーズを食べさせてもらったんですけど、やっぱり『枝葉の国』のとは違うんですねぇ♪」

男武闘家「ああ、気にいった? どんなの食べさしてもらったの?」

女僧侶「えーと、白かったです。そして柔らかかったです。」

男武闘家「それなら、多分カマンベールか? ワインと合うんだよ、あれ……」

女僧侶「そーですよねー♪ ワインも美味しかったなぁ♪」

女僧侶(良い短剣は見つからなかったけど、とても楽しい時間を過ごせました。)

男武闘家「なんだ、ワインも奢ってもらったのか。随分気に入られたんだな。」

558: 2013/05/02(木) 20:10:21 ID:Ir5yGuik
女僧侶「それも、全部勇者くんのおかげですよ。皆さん、口々に褒めてましたよ♪」

勇者「あはは、そんな……別に何もしてないのに……」

女僧侶「いえいえ! あの法外な入国料を、文句も言わずに受け入れるなんて、並みの器じゃないって言ってました!」

女僧侶「やっぱり皆さんもあの金額はおかしいって思ってたみたいで、熱く語ってくれてましたよ♪」

勇者「……そうなんだ。」テレッ

女僧侶(はにかむ勇者くんかわいい……!)ハァハァ

勇者「男武闘家さんは何をしてたんです?」

男武闘家「俺はここの地酒を楽しんでたよ。久しぶりだったから、ちょっと呑みすぎちゃってね。」

女僧侶「その割には、あんまりしんどそうじゃないですねー?」

男武闘家「ああ、薬用酒みたいなものだから。むしろ調子が良いくらいだ。」

女僧侶「へー、そんなお酒があるんですねぇ。ちょっと呑んでみたいかも。」

男武闘家「ん、興味ある? 一瓶買ってあるから、良かったら今夜にでも試してみると良い。」

女僧侶「おお~、これは楽しみですねぇ♪」

男戦士(あれを女の子に勧めるとか鬼畜か。……あ、でも、そうか『あいつ』は好きだったっけか。)

559: 2013/05/02(木) 20:11:05 ID:Ir5yGuik
女僧侶「男戦士さんも遅くまで遊んでたんですか? 目の下にクマができてますよ。」

男武闘家「いや、こいつ俺が戻った時には、もう自分のベッドに入ってたんだけどな。」

男戦士「あはは……ちょっと寝付けなくてねー。 」

女僧侶「なんだ、勇者くんと逆ですね。結局、昨日はずっと寝ちゃってたんですよね?」

勇者「う、うん、そうなんだ。お香を焚いてみたら、何だか眠くなっちゃって。」

女僧侶「部屋に戻ったら何だか良い匂いが漂ってましたからね~。おかげで私も良く眠れました♪」

男戦士(……良し! 女僧侶ちゃんは気付いてない!)ドキドキ

男武闘家「どうせお前の事だから、また泡風呂にでも行くのかと思ってたんだが。」

男戦士「」ブフォッッ!!

女僧侶「ちょ、ちょっと! いきなり水を吹かないでくださいよ!」

男武闘家「あ……」イッケネ…

男武闘家(女の子の前で大っぴらに言うような事じゃ無かったな……うっかりしてた……)

勇者「……男の人なんだし、普通の事ですよね。別に良いじゃないですか。」フキフキ

男戦士「(滝汗)」ダラダラ

560: 2013/05/02(木) 20:11:42 ID:Ir5yGuik
勇者「男戦士さん、きれいなお顔ですし。そういうお店でもモテるんでしょう。」フキフキフキ

男戦士「」

男武闘家「ゆ、勇者ちゃん、意外と大人だねぇ……あは、あはははは……」

男武闘家(すまん、口が滑った……今度、何か奢るわ……)

女僧侶「ところで、泡風呂って何なんですか?」

勇者「何でしょうね、男戦士さん。説明してあげないんですか?」ニコッ

男戦士(いっそ頃してくれ……いや、氏にたくないけど……でも、頃して……)


――――――――

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561: 2013/05/02(木) 20:12:16 ID:Ir5yGuik
食事を終えた一行は、まだ街を出ずに歩いていた。
出口とは違う方向に向かう男戦士と男武闘家に、女僧侶が不満の声を上げる。


女僧侶「まだ出発しないんですかー?」

男武闘家「出発してるよ。もう町を出るから、そのつもりでね。」

女僧侶「そんな事言って、出口とは逆方向じゃないですかー。」

男戦士「え? ……ああ、そうか。ここからは山を越えていくから、歩きじゃないよー。」

男武闘家「流石に、歩いて山越えは避けたいからね。」

勇者「馬車で行くって事ですか?」

男武闘家「いや、馬車だと小回り利かないからね――――ほら、見えてきた。」


到着した場所にあったのは、何十頭もの馬が繋がれた厩舎。
きちんと世話が行き届いているらしく、どの馬も艶やかな毛並で健康そうに見える。

562: 2013/05/02(木) 20:12:52 ID:Ir5yGuik
男戦士「どーもー、馬を買いたいんですけどー。」

馬主「いらっしゃい。数は四頭で良いかい?」

男武闘家「どうしたものか……二人は、馬に乗った事は?」

女僧侶「私はないです。」

勇者「ボクも馬車しか……」

男武闘家「じゃあ、二頭にしておこう。乗り方は教えてあげるから、覚えたらもう二頭増やそう。」

女僧侶「あまり近くでじっくり見た事は無かったんですけど、つぶらな瞳がかわいいです♪」トタタッ

馬1「ヒヒーーン!」 ブルル! ブルッ!

馬主「おいおい、どうした? 何を怯えてるんだ……」ナデナデ

馬1「…………ッ」ブルルッ! ブルン!

男武闘家(明らかに、女僧侶ちゃんが近付いたからだよな……)

男戦士(動物の勘か……)

563: 2013/05/02(木) 20:13:23 ID:Ir5yGuik
馬主「おいおい、興奮するんじゃない……こいつは無理そうだな。」

男武闘家「馬主さん、一番気性が荒らそうなのを連れて来てもらえる?」

男戦士「狼の群れも恐れないようなの。じゃじゃ馬くらいで丁度良いかな。」

馬主「良いのかい? じゃあ、ちょっと待ってな。」

勇者「大きいなぁ……」ヨシヨシ

馬2「…………」ブルン…

男武闘家「おお、自分から頭を下げて受け入れてるぞ……」

男戦士「勇者ちゃんは問題なし、と。動物の勘マジパネェな。」

女僧侶「あー、下がらないでこっちに来て下さいよ。撫でれないじゃないですかー。」

馬3「ヒヒーーン!」 ブルル! ブルッ!

男武闘家「やめてあげて、怯えてるから!」

男戦士「ここまで全力で拒否するのは初めて見るぜ!」

564: 2013/05/02(木) 20:14:00 ID:Ir5yGuik
女僧侶「実は、昔からあまり動物が懐いてくれなくて……」シュン

男武闘家「血の匂いが染みついてるからじゃあないのか……」

男戦士「つっても、今日はまだ何も頃してないのになぁ。」

女僧侶「こ、頃すのが当たり前みたいに言わないでください!」ムキー!

男戦士「けど、実際どうなんだ?」スンスン

女僧侶「別に血の匂いなんてしてないですよね?」

男武闘家(いきなり女の子の匂いを嗅ぐなよ……)

勇者「……」ニコニコ

男戦士(い、いや、今のはそういうアレじゃないからね!?)ビクーン!

馬主「こらっ、暴れるな!――こっちに来なさい!」

黒馬「…………ッ」ブルルッ!

男戦士「これは、確かに狼の群れでも蹴り頃しそうだな……」

男武闘家「体付きが明らかに他と違うな。」


大きさこそ他のとあまり変わらないが、発達した筋肉が実際のサイズより大きく感じさせている。
黒で統一されたその身体は、見るものを威圧する。

565: 2013/05/02(木) 20:14:37 ID:Ir5yGuik
女僧侶「わぁ、黒くて立派ですねぇ♪」トタタッ

馬主「お、お嬢ちゃん、危ない――――!」

女僧侶「あなたは逃げないんですねー、良い子 良い子。」ナデナデ

黒馬「…………」ブルン…

馬主「はわぁ……驚いた。こいつが素直に身体を触らせるとはねぇ……」

男戦士「じゃあ、一頭は決定だな。」

男武闘家「もう一頭は……まあ、どれでも良いか。」

馬主「おお、こいつを買い上げて頂けるなら、お勧めがいますよ。」

白馬「…………」ブルルッ

馬主「こいつなら黒馬と一緒でも怯えませんよ。他のだと、ちょっとね。」

男戦士「そうか。じゃあ、もう一頭はそれで良いだろ。」

馬主「ずっと売れ残ってたこいつを引き取ってもらえるなら、一頭分の値段で構いませんよ。」

男武闘家「じゃあ、決定だな。」

566: 2013/05/02(木) 20:15:11 ID:Ir5yGuik


男戦士(ちょっと誤解されてる気がするから、早めにちゃんと言っとかないとな……)

男戦士「じゃあ、ペアは『俺と勇――――」

勇者「男武闘家さん、一緒に乗ってもらって良いですか?」

男武闘家「ああ、任しとけ。それじゃあ、俺と白馬に乗ろうか。」

勇者「男戦士さん、今何か言いかけてました?」ニコニコ

男戦士「イエ ベツニナニモ…」

女僧侶「じゃあ、男戦士さんは私と一緒にこの子ですね。」

黒馬「…………ッ!」バフーッ! ブルルッ! ブルッ!

男戦士「」


――――――――

――――――

――――

――

567: 2013/05/02(木) 20:15:52 ID:Ir5yGuik
男武闘家「そうだな……とりあえず今日は馬に慣れてもらおうか。」


白馬に跨る男戦士が勇者を馬上に引き上げ、自分の前に座らせる。


男武闘家「跨るんじゃなくて……そうそう、そうやって横座りで。」

勇者「ボクが前で良いんですか?」

男武闘家「ああ、前の方が揺れが少ないから。勇者ちゃん、小さいから視界の邪魔にもならないし。」

勇者「本当だ、あんまり揺れないですね。でも、少し不安定じゃないです?」

男武闘家「もちろん走る時は跨らないと駄目だ。でも今日はずっと歩かせるから気にしないで。」

男武闘家「安定が悪いと思ったら、俺の腕なり身体なりにもたれて良いから。」

勇者「はい。」ニコニコ

568: 2013/05/02(木) 20:16:40 ID:Ir5yGuik
同じように黒馬に跨る、男戦士と女僧侶ペア。


女勇者「男戦士さん、私もあれがやりたいです!」

男戦士「え? いや、別にやって良いよ。……って言うか、もうやってるよね。」

女僧侶「違いますよ! 私も勇者くんを前に乗せたいんです。」

男戦士「あぁ、そっち? うーん、流石にいきなりは無理だろ……」

女僧侶「早く乗り方を覚えて勇者くんと一緒に乗りたいです。どうしたら良いですか?」

男戦士「そうだなぁ、人を乗せる訓練は受けてるみたいだから、基本的な乗り方を覚えれば何とかなるかな。」

男戦士「もちろん、俺が確かめてみて、まだ無理だと判断したら駄目だけど。」

女僧侶「それは、まあ……勇者くんを危険に晒すのは嫌なので従います。」

569: 2013/05/02(木) 20:17:12 ID:Ir5yGuik
男戦士「それじゃあ、横座りじゃなくて正面を向いて跨り直そうか。で、背筋を伸ばす。」

男戦士「あ、それと、帽子は俺の視界を遮るから外しとこうね。」

女僧侶「了解です!」ファサッ

男戦士「うん、素直でよろしい。」ナデナデ

女僧侶「えへへー。」ホメラレタ♪

男戦士(……こうしてれば、普通の女の子なのにな。肩幅とか腰の細さとか。)


男戦士が握る手綱の間に女僧侶がいるのだから、体勢としては腰に手を回すような形になる。
勇者ほど小柄ではないにしても、その体付きは明らかに女のものだ。
微かに腕に伝わる柔らかさも、十分に女らしい。

女僧侶の肩までの長さの露草色の髪が風に流れ、男戦士の頬をくすぐる。
本人の性格を反映しているのか少し跳ねがあるが、頭を撫でた際に指に伝わってきた手触りは、決して傷んでいるとは思えない。

髪からも、身に付ける青と白の法衣からも、爽やかな石鹸の匂いが漂ってくる。
きちんと洗濯に気を配っているのだろう、これだけ見れば普段あれだけ返り血を浴びているとは思えない。

570: 2013/05/02(木) 20:18:06 ID:Ir5yGuik
女僧侶「ところで、私ちょっと気になってたんですけど……」ボソボソ

男戦士(――――ッ!?)ビクゥッ!

黒馬「…………ッ!」ブルルッ!

女僧侶「わ、わわわっ。どーどーどー?」ナデナデ

黒馬「…………」ブフーッ

男武闘家「なんだ、どうかしたのか?」

男戦士「い、いや、何でもない! ちょっと手綱ミスっただけ!」アセアセ

男武闘家「気をつけろよ、ただでさえ扱い難しそうなんだから。」

男戦士「わ、わかってるって。」アセアセ

女僧侶「この子、結構繊細なんですねー。良い子、良い子。」ナデナデ

男戦士(馬は乗り手の動揺がわかるから、とは言わない方が良いな……)

男戦士(い、いや、そんな事より気になる事って何だ!? まさか……)ダラダラ

571: 2013/05/02(木) 20:18:42 ID:Ir5yGuik
女僧侶「それで、ですね……男武闘家さんの事なんですけど……」ヒソヒソ

男戦士「え? お、男武闘家? あいつがどうかしたの?」ホッ

女僧侶「ええ、私と男武闘家さん、結構一緒に行動してたじゃないですか。」ボソボソ

男戦士「言われてみれば……うん、そうだったね。」ヒソヒソ

女僧侶「それで、私の気のせいかもしれないんですけど……」ヒソヒソ

男戦士(おや? もしかして、ちょっと面白い話?)ワクワク

女僧侶「何となく、男武闘家さんって私達と距離を作ってるような気がするんです……」ボソボソ

男戦士「え? 距離? ……いやぁ、どうかなぁ……」ヒソヒソ

女僧侶「ほら、今だって勇者くんと一緒ですけど、微妙に距離を置いてる気がしません?」ボソボソ

男戦士「うーん、そうかなぁ……言われてみれば、そうなのかぁ……?」ヒソヒソ

女僧侶「あれが男戦士さんだったら、きっと勇者くんが嫌がるくらいベタベタすると思うんです。」ボソボソ

男戦士(えッ!? 俺ってそういう目で見られてたの?)

男戦士(……いや、まあ、否定できないんですけどね。)

572: 2013/05/02(木) 20:19:31 ID:Ir5yGuik
女僧侶「あ、でも、別に避けられたり、冷たくされるとかじゃないんですよ?」ボソボソ

女僧侶「何て言うか……何か基準があって、それ以上は踏み込まないし踏み込ませない、みたいな。」ヒソヒソ

男戦士「一線引いてるって事?」ボソボソ

女僧侶「そう、そんな感じです! 男戦士さんは長く一緒に組んでるみたいなので、何か心当たりがあるかなー、と。」ヒソヒソ


女僧侶の肩越しに、少し先を歩く男武闘家を注視する。
勇者が何か話せば相槌は打っているが、その視線は油断なく周囲に配られている。


男戦士(言われてみれば、確かに変だな……)


女僧侶が言う距離感云々はピンと来ないが、男戦士の目線でも違和感は感じ取れた。

男武闘家は、自分と勇者が体を重ねた事を知らない。
その状況で馬に相乗りになったのだ。
ならば、もっとモーションをかけるのが自然だろう。

勇者が落ちないように気遣う振りをしつつ、自然に背中に手を回すとか。
手綱を試しに握らせてみて、補助する振りをしつつ手を重ねるとか。
もっと勇者と親密になれるように積極的に話を振っていくとか。

自分なら、間違いなくそうしていた。

573: 2013/05/02(木) 20:20:24 ID:Ir5yGuik
周囲に気を配るとは言っても、ここはまだ町の近くで危険は殆どない。
それは男武闘家も当然知っている事だ。


男戦士「なるほど……確かに、ちょっと変かもね。」ヒソヒソ

女僧侶「……っ」ピクン

男戦士「他に、何か気付いた事は無い……? 些細な事でも良いから……」ヒソヒソ

女僧侶「…………っ」フルフル

女僧侶「あの、もう少し、耳から離れて話してもらえると……」


女僧侶の肩越しに話すと、ちょうど耳元で囁く形になる。


男戦士「なんで……? 男武闘家に聞かれるのはちょっと気まずくない……?」ヒソヒソ

男戦士「いや、俺は良いんだけど……付き合い長いし……でも、女僧侶ちゃんは気になるだろ……?」ヒソヒソ

女僧侶「……っ……ぅっ」ピクン…ピクッ…

女僧侶「だから……耳元で囁くのはやめてください……くすぐったいんです……!」ボソボソ

男戦士(おお……女僧侶ちゃん、耳が弱かったのか。なんだ、普通の女の子みたいな所もあったんだ。)

男戦士(よし。いつもビビらされてるんだし、ちょっとくらい悪戯したって良いだろ……)

574: 2013/05/02(木) 20:20:55 ID:Ir5yGuik
女僧侶の耳元に優しく息を吹きかけてみる。


女僧侶「…………っ」ゾクゾクゾク

女僧侶「って、何やってるんですか……! 話を聞いてたんですか……!」ヒソヒソ

男戦士「え? 何の事? 普通に息ぐらいするよ。じゃないと氏んじゃうじゃん。」ボソボソ

女僧侶「……ぁっ……くっ……」フルフルフル

女僧侶「だから……! 耳から離れてくださいって言ってるのに――――」ボソボソ

男戦士「」フゥーー

女僧侶「……ひゃっ!」ビクン!


思わず声をあげてしまった女僧侶が慌てて口元を押さえる。


男武闘家「どうかしたのか?」クルッ

女僧侶「な! なんでもないです!」

女僧侶「え、えーと……そ、そう! 大きな虫がいたのでびっくりしちゃって!」アセアセ

575: 2013/05/02(木) 20:21:42 ID:Ir5yGuik
男武闘家「山だから、確かに色んな虫がいるな……ま、すぐ見慣れるよ。」

女僧侶「は、はい! ですよねー……あはは、あははははは……」

女僧侶「ちょっと、いい加減にしてくださいよ……!」ヒソヒソ

男戦士「別に何もしてないよ。普通に小声でしゃべってるだけなのに……」ボソボソ

女僧侶「ッ……ァッ……」ゾクゾクゾク

女僧侶(もう、また……ッ!)

女僧侶(吐息が耳にかかってくすぐったいんですよ! ――――あ、そうか!)ピコーン!

576: 2013/05/02(木) 20:22:15 ID:Ir5yGuik
――――ドボォッ!


ノーモーションで放たれた女僧侶の肘が、背後の男戦士の腹部を打ち抜く。
狙いは横隔膜。肺の中の空気が空になり、男戦士が言葉を詰まらせた。


女僧侶「これで、耳に息がかかることもないです。さ、お喋りを続けましょう……♪」ヒソヒソ

男戦士「ッ!……ガッ……アッ……ッ!」ヒュー…ヒュー…

男戦士(しゃべれねーよ! ……つーか、息ができねぇ!)


男武闘家「何だ? あいつら、何を遊んでるんだ?」

勇者「楽しそうですねー。」ニコニコ


――――――――

――――――

――――

――

577: 2013/05/02(木) 20:23:20 ID:Ir5yGuik
山を二つ越えた所で日が暮れ、一行はキャンプの準備を始める。


男武闘家「それじゃあ、完全に暗くなる前に、薪と食糧を確保しないとな。」

男戦士「なら、俺が何か獲ってくるぜ。お前は薪と火の準備を頼む。」

男武闘家「そうだな……じゃあ、お前と女僧侶ちゃんに食糧調達は任せる。」

男戦士「え、いや、勇者ちゃんは俺と――――と思ったけど、そっちの方が良いな。」


平地と違い、山には危険な動物も棲息している。
茂みの入り口で済ませられる薪拾いと、茂みに踏み込む食糧調達。
どちらが危険か、考えるまでもない。

個人的な希望と安全とを天秤にかけるような事はしない。
山と共に生きる、『根の国』で育った人間なら当然の選択だ。


女僧侶「それで、私はどうしたら良いんですか?」ワクワク

女僧侶「やっぱり山なら熊とか猪ですよね。よーし、私も頑張りますよー。」ワクワク

男戦士「いや、そんなでかい獲物はそうそう見つからないし、態々狙う必要無いから!」

男戦士「という訳で、これ。」スッ

女僧侶「はぁ、なんでしょうか、これは……キノコの絵がたくさん?」

578: 2013/05/02(木) 20:23:55 ID:Ir5yGuik
男戦士「ん。そこに載ってるのは食べれるキノコだから、それを探して拾っといて。」

女僧侶「わかりました!」

男戦士「後で変な物が混ざってないかチェックするから、安心して拾ってねー。」

女僧侶「あれ? 男戦士さんはどうするんですか?」

男戦士「俺は、もう少し奥まで行って野鳥でも獲るよ。女僧侶ちゃんはこの辺りにいる事、良いね?」

女僧侶「はい!」

男戦士「素直でよろしい。」

男戦士(女僧侶ちゃんって、犬っぽいなぁ。人懐っこいし。)

女僧侶「む、すぐそこに見えてるのに、石が邪魔だなぁ……よし、砕いちゃおう♪」 バキッ! ゴキッ! ゴッ! ガッ! ゴッ!

男戦士(狂犬じゃない事を祈らざるを得ない。)ガクガクブルブル

579: 2013/05/02(木) 20:24:32 ID:Ir5yGuik




勇者「これくらいで良いですか?」

男武闘家「うん。それだけあれば十分だろう。」


ちゃんと男武闘家に指示された通り、渇いた枝ばかりを集めてきている。


男武闘家「思ったよりも早く準備ができた。二人もすぐ戻るだろうし、お湯でも沸かして待っとくか。」

男武闘家「そうだ、紅茶を淹れとこう……昼間に蜂蜜も手に入ったし……」

勇者「何か手伝いましょうか?」

男武闘家「いや、大した手間じゃないし、のんびりしてて良いよ。」


男武闘家は水場から汲んできた水を火にかけ、紅茶の葉と蜂蜜を準備する。
何もない場所に炊事場を構築する手際の良さは、見る者に野営の経験の豊富さを感じさせる。

580: 2013/05/02(木) 20:25:15 ID:Ir5yGuik
勇者「……男武闘家さん、大丈夫ですか?」

男武闘家「え? いや、この程度の作業は心配されるような事じゃないだろ。」

勇者「そうではなくて。」

男武闘家「違うのか。じゃあ、何の話?」

勇者「男武闘家さん……何だか、ピリピリしてませんか?」

男武闘家「…………」

勇者「前から少しずつ……山に入ってからは特に。」

男武闘家「それは……平地と比べれば、山には危険が多いからな。」

勇者「それだけ、ですか?」

581: 2013/05/02(木) 20:25:51 ID:Ir5yGuik
焚火が照らす男武闘家の横顔。
そこから内面を読み取る事は出来ない。


男武闘家「――――そのつもりだよ。さ、湯も沸いたし紅茶を淹れようか。」

勇者「……わかりました。カップを用意しますね。」


――――――――

――――――

――――

――

582: 2013/05/02(木) 20:26:31 ID:Ir5yGuik
男戦士が木々の間に佇み、周囲の気配を探る。
少し先の枝の上に一匹の野鳥がとまり羽を休めている。

音を立てずに移動し、最適の場所を確保する。
野鳥と男戦士との間には太い枝が視界を遮り、互いを視認する事は出来ない。

おもむろに、携えていたロープ状の狩猟具の端を握り、遠心力を利用してゆるやかに回転させ始める。
風切り音が鳴らない程度の緩やかな回転のまま、男戦士が視界の先の太い枝を飛び越える軌道で狩猟具を放り投げる。


野鳥「キーキー!」 バササッ! バサッ!


狩猟具に絡め取られた野鳥が地面でもがいている。
音もなく背後から飛来したボーラ(ロープの先端に球状の重しを付けた狩猟道具)を察知できなかったのだ。


男戦士「……許せとは言わないよ。」         ボキッ


苦しまないように確実に首を折り、血抜きのためにナイフで切れ込みを入れる。
持って帰って血抜きをしても良いのだが、見慣れていない人間には刺激が強いかもしれない。


男戦士「……四人だし、もう一匹くらいは欲しいか。」


それなりに大きな鶉(うずら)だが、流石に四人で食べるには足りない。

583: 2013/05/02(木) 20:27:11 ID:Ir5yGuik
――――ガサガサ


男戦士(…………何だ?)


物音を察知し、男戦士が身を屈める。
気配を消していた男戦士の視界の先で、茂みが動いている。


男戦士(――――ッ!)


茂みを掻き分けて姿を現したのは、犬の頭を持つ獣人型の魔物、コボルト。
それも一体ではなく、三体が連なって歩いている。


男戦士(……一対一で勝てない相手じゃない……だが三対一。)


冷静に彼我の戦力を分析する。


男戦士(……いや、山の中は俺の領域。『樹の恩寵』が最大の力を発揮できる。)


自然に干渉するのを得意とする『樹の神』の恩寵は、周囲の自然が豊富であればある程強力になる。
鬱蒼と茂る山の中は、『樹の神』が最も力を発揮できるフィールドだ。

584: 2013/05/02(木) 20:27:50 ID:Ir5yGuik
男戦士(……負けはしない。だが、無駄に危険を冒す必要もない。このまま気配を消してやり過ごそう。)


低いながらも知能を持つコボルトは、簡単な造りだが武具を身に付けている。
男戦士の長剣を防ぐほどの品質では無いが、獣人特有の高い身体能力で振るう威力は侮れない。


コボルト1「……グルゥ」クンクン


先頭のコボルトが立ち止まり、鼻を鳴らしている。
後ろの二頭も立ち止まり、同様に匂いを嗅ぎ始める。


男戦士(ッ!……くそ、失敗した……)チャキ…


足元には血抜きをしている最中の鶉(うずら)。
犬の嗅覚ならばすぐに嗅ぎつける筈だ。

やり過ごす事は半ば諦め、腰の長剣に静かに手を掛ける。


コボルト1「――ッ!」ハッ


男戦士(あーあ、目が合っちまったよ……)

585: 2013/05/02(木) 20:28:29 ID:Ir5yGuik
腰の長剣を抜き放ち、コボルト達に対峙する。
多対一でも不意さえつかれなければ何とかなる筈だ。


コボルト1「グルルッ……」

コボルト2「ガウガウ!」

コボルト3「ガルル!」


コボルト達も男戦士に気付き、自作の石器を掲げて威嚇する。
傾斜を見下ろす形の男戦士の方が有利だ。
地の利も確保した男戦士に焦りは無い。


コボルト1「バゥッ!!」

コボルト2「――ッ!」ビクッ

コボルト3「――ッ!」ビクッ


先頭のコボルトが叱るように吠え声を上げると、他の二頭が身を竦める。
男戦士を一瞥すると身をひるがえし、コボルト達は出てきた茂みを戻っていった。

586: 2013/05/02(木) 20:29:06 ID:Ir5yGuik
男戦士「……どういう事だ。」


魔物は人間を見ると反射的に襲ってくる。
そこに勝ち負けの計算は無い。

手痛い反撃を受けて撤退する事はあるが、尻尾を巻いて逃げるというのは有り得ない。
コボルトは集団で狩りをする性質を持つが、それはあくまで団体で人を襲うという意味だ。
そこに規律や統制などというものは存在しない。

しない、筈だ。


『情報街』で聞いた話が脳裏に浮かぶ。

――『根の国』で魔物の目撃数が増えている。
――――しかし、実際に被害を受けた報告は増えていない。

あの話はこれを指していたのか?

587: 2013/05/02(木) 20:29:55 ID:Ir5yGuik
男戦士「……戻るか。」


危機を免れたのに文句は無い。
だが、あのコボルトの動きには、言い知れぬ不安を覚えずにはいられない。

狩りを中断し、男戦士は一行の元へ引き返す事にした。


――――――――

――――――

――――

――

606: 2013/05/03(金) 21:02:15 ID:OdsSii5.
男武闘家「――確かに、気になるな。」

男戦士「向こうは完全に俺に気付いていた。偶然って事は無いだろう。」


焚火を囲みながら、夜の番をする二人。
勇者と女僧侶はテントで眠りについている。


男武闘家「誰かに手酷くやられた帰り道だった、とかどうだ?」

男戦士「いや、とてもそうは見えなかった。完全に無傷だったからな。」


傷もなく、疲労の色もなく、追い立てられた焦燥も無かった。


男戦士「まあ、ここで考えても答えは出ないだろうけど、一応情報の共有をな。」

男武闘家「ああ、覚えておく。」


パチパチと火の粉が舞い散る。
黙り込んだ二人だが、頭の中は同じ事を考えていた。

互いに、あまり口にしたい話題ではない。
だが、避ける訳にはいかない。

607: 2013/05/03(金) 21:02:48 ID:OdsSii5.
男戦士「なあ……あの時も、確かこんな事が……」

男武闘家「そうだったな……そんな噂は流れてた……」


男戦士と男武闘家が、そして『もう一人』が。
冒険者として旅立ち、生まれ育った町を後にしようとしていた頃。

二人は、その七年前の記憶を思い返す。


――――――――

――――――

――――

――

608: 2013/05/03(金) 21:04:21 ID:OdsSii5.
女狩人「町長、それって確かなの?」

町長「どうかのぉ、こういう報告が来てるのは確かなんじゃが……」

男戦士「魔物が気付いてなかっただけじゃねーのー?」


ここは、酪農と家畜の角を加工した楽器で生計を立てる『角笛の町』。
男武闘家、男戦士、そして二人の幼馴染『女狩人』はこの町で育った。


枝葉の勇者「それか、魔物もお腹がいっぱいだったとか!」

男武闘家「魔物がそんな、動物みたいなわかり易い生態ならどれだけ良かったか……」


十五年前にこの枝葉の勇者が生まれた事で、『角笛の町』は『根の国』から多大な支援を受けていた。


男戦士「魔物の群れが人を襲わない……そんな話、過去の文献にも載ってなかったよな?」

男武闘家「ああ、少なくとも、寄贈された書籍の中にはなかった。」

女狩人「まったく、この“本の虫”共は……」ヤダヤダ

枝葉の勇者「ねー、外で遊んでた方が楽しいのにねー。」

609: 2013/05/03(金) 21:05:06 ID:OdsSii5.
町に新しく建てられた図書館も、その支援の一つ。
ここで様々な情報に触れ、勇者としての才能を伸ばして欲しい。

そんな願いが込められているのだが、当の本人はどこ吹く風である。
むしろ、男戦士や男武闘家が、女狩人から逃げる為の憩いの場として機能していた。


町長「そう言えば、禁猟区で聞きなれぬ吠え声が聞こえたという相談も来ておったな。」

女狩人「へぇ、そっちの方が面白そうじゃん。」

男武闘家「禁猟区で調査とか、危険すぎるんじゃないか?」

男戦士「そうそう、チビっ子には無理だろ。」

枝葉の勇者「むむ。」


本来の禁猟区はそこに棲む動物を保護するための取り決めだが、この場合は違う。
あまりに山が険しいため、遭難を防ぎ人間を保護するための立ち入り禁止区域として規定されていた。

しかし、山の変化は観察しなければならない為、定期的に慣れた人間が出向いている。


町長「お前達なら、ワシも安心して任せられるんじゃが……」


『慣れた人間』とは、町長の認可を受けた人間。。
それにはここにいる男戦士、男武闘家、女狩人も含まれている。

610: 2013/05/03(金) 21:05:42 ID:OdsSii5.
枝葉の勇者は経験を積むため、町民から寄せられた相談を解決するのが日課になっていた。
兄貴分、姉貴分として一緒に育った三人がその補助についているのだ。

寄せられる相談の中には、経験の乏しい枝葉の勇者では荷が重いものもある。
そういう場合は、代わりに三人が解決に奔走する事になる。


女狩人「ま、空耳か何かだと思うけど、しっかり確かめて来てあげるわよ。」

女狩人「あんた達も引き継ぎ終わってるんでしょ? 一緒に行くのよ。」

男戦士「あー、悪い。俺の方はまだ引き継ぎ終わってないんだ。」

男武闘家「なんだ、お前もかよ。俺の方ももう少しかかりそうなんだ。」

枝葉の勇者「じゃあ、僕が!」

女狩人「おチビちゃんにはまだ早いわね~。」ナデナデ

枝葉の勇者「むむぅー。」

611: 2013/05/03(金) 21:06:18 ID:OdsSii5.
男戦士「魔物の妙な行動の調査も、直接魔物と対峙する事を考えたら、それなりに危険だ。」

男戦士「ま、おチビは家畜の診療で良いんじゃないの?」

枝葉の勇者「えー、あれは牛とか羊とお話するだけで退屈なんだよー。」

男武闘家「何をナメた事言ってるんだ、このおチビは。」

男武闘家「家畜は俺達の生活を支える大切な存在なんだぞ。しっかり世話をしてやるんだ。」

枝葉の勇者「むぅぅ、わかったよー。」

女狩人「素直でよろしい。それじゃあ、お昼は私がご馳走してあげよう♪」

枝葉の勇者「えー……狩人ねーちゃんのご飯よりにーちゃん達の方が……」

女狩人「何 か 言 っ た ?」ニコニコ

枝葉の勇者「……ありがたく、いただきます。」クスン


女狩人と枝葉の勇者は連れ立って町長の家を後にした。

612: 2013/05/03(金) 21:06:50 ID:OdsSii5.
町長「そう言えば、おぬしら、引き継ぎは終わったと言っとらんかったか?」

男戦士「え? とっくに終わってるよ。」シレッ

男武闘家「三日前には終わってる。」シレッ

町長「おぬしら……」

男戦士「来週には旅に出るんだから、今くらいのんびりさせてもらわないと。」

男武闘家「いや、出来れば今からでも『森守』の任に戻りたいくらいなんだけど……」


『森守』とは一人で一つの山の生態系を管理する、『角笛の町』の上位の管理役職。
二人のように、十九の若さで勤めるのは異例だった。


町長「ワシも正直惜しいが……なに、あのじゃじゃ馬も少し旅をすれば満足するじゃろう。」

町長「そうなれば、また戻ってきて『森守』を勤めあげてくれれば良いんじゃ。」

町長「旅には旅の良い所がある。外の世界に触れて見聞を広めるのは、そう悪い話じゃない。」

男戦士「そうかも知らんけどさぁ……」

男武闘家「気が乗らんのよ、実際……」

613: 2013/05/03(金) 21:07:29 ID:OdsSii5.
――――バーン!


いきなり叩きつけるように扉が開かれた。
驚いて振り返ると、息を荒くした女狩人が立っている。


女狩人「あ ん た ら ぁ ぁ ぁ ……」ゼェゼェ

男戦士(……げ。)タラリ

男武闘家(……これはまさか。)タラリ

女狩人「後継に確認したら、『引き継ぎは終わった』って言ってるじゃないの!」ハァハァ

男戦士(確認早えーよ!)

男武闘家(ちょっとは信用しろよ!)

女狩人「ど う い う 事 か 説 明 を ――――」

男戦士「逃げるぞッ!」ダッ

男武闘家「言われるまでもないッ!」ダッ


窓枠を飛び越えて、一目散に逃げ出す二人。

614: 2013/05/03(金) 21:07:59 ID:OdsSii5.
女狩人「待てやゴルァァァァ!」ダタタッ


鬼の形相で女狩人が二人の後を追う。


町長「寂しくなるのう……」


当然他にも若い衆はいるが、腕前や知識や担う役割を考えると、三人が町を出る損失は小さくない。
無事にまた町に戻って来てくれる事を祈りながら、町長は三人を見送っていた。


――――――――

――――――

――――

――

615: 2013/05/03(金) 21:08:32 ID:OdsSii5.
女狩人「まったく、ものぐさも大概にしときなさいよ。」

男戦士「別に禁猟区に踏み込むくらい、お前一人で十分だろが。」

男武闘家「三人もガン首揃えて、いったい何調べんだよ。」

女狩人「わかってないわね。私一人だと大きな問題があるでしょ?」

男戦士「……あったか?」

男武闘家「いや、無いだろ。」

女狩人「あのね、私だって、一人だと暇なのよ。話相手くらい欲しいじゃん。」

女狩人「私と話が噛み合って禁猟区に入れるの、あんた達くらいしかいないんだから。」

男戦士「って、おい! そんな理由かよ!」ブー! ブー!

男武闘家「ざけんな! 帰らせろ!」ブー! ブー!

女狩人「うわぁ、薄情者! 来週から一緒に旅をする仲間にそんなんで良いの!?」

女狩人「女の子は寂しかったら氏んじゃうのよ!?」

男戦士「氏なねーよ! どんな迷信だ!」

男武闘家「巨鹿も一発で仕留めるようなヤツが女の子とか言うな!」

616: 2013/05/03(金) 21:09:05 ID:OdsSii5.
女狩人「……あーあ、せっかく面白い話を聞かせてあげようと思ったのに。」

男戦士「お前がぁ? あてにならねー。」

男武闘家「けど、何か自信ありそうだぞ。」

女狩人「そうだよー? 例えばぁ……わざわざ山五つ先の街まで繰り出して“花を買いに”行った男の子達の話とかー。」チラッ

男戦士「」ギクッ

男武闘家「はぁ? 何の話だよ。」

女狩人「半年分の稼ぎを、景気良くバラ撒いたらしいわよー?」

男戦士「よ、よせッ! つーか、何でお前が知ってんだよ!?」

女狩人「馬鹿ねぇ。知られたくなきゃ一人で行けば良いのに。この小心者。」

男戦士「うっせーー! 男には色々あるんだよッ!」

男武闘家(ああ、そういう話……)アホカ

617: 2013/05/03(金) 21:10:04 ID:OdsSii5.
女狩人「それにぃ、普段はクールぶってるのに、ベッドの中では優しい男の子とかー。」チラッ

男武闘家「ンなっ!?」

男戦士「なにッ!? お前、女できてたのか!? 誘っても付き合い悪いと思ってたら!」

女狩人「もう、すっごいのよ? 蝶よ花よってやつ? お姫様みたいに扱うの。」

女狩人「あ、ちなみに相手は町長の孫娘ちゃん。あの娘素直でかわいーよねぇ。」

男戦士「マジかよー! 俺も密かにちょっかい掛けてたのに!」

女狩人「あー、あんたは無理ね。」

男戦士「なんでだよ!?」

女狩人「さっきの話、町の若い女みんな知ってるから。」

男戦士「」

男武闘家「な、なんで知ってるんだ……? まさか、本人から? いや、そんな筈は……」

女狩人「私も怪しいなーとは思ってたけど、確証は無かったのよねー。」

女狩人「だからもう直接あんたに聞こうと思って、あんたの管理してた山に行った訳よ。」

618: 2013/05/03(金) 21:10:51 ID:OdsSii5.
女狩人「でも不在だったから、そのまま待とうと思って納屋で昼寝する事にしたのね。」

男武闘家「ッ! お、おまえ、まさか……」ダラダラダラ

女狩人「で、うとうとしてたら、人の気配がするから何かな?と思ったらあんた達が入ってきてねー。」

女狩人「『あー、やっぱりかぁ』とか思ってる内に、目の前で始めちゃったのよねー。」

男武闘家「」

女狩人「途中で邪魔するのも悪いじゃない? だから、そのまま息をひそめて二人が出ていくのを待ってたって訳。」

女狩人「孫娘ちゃん、幸せそうでかわいかったなぁ……いや、本当に、ごちそうさまでした。」

男武闘家「」ズーン…


――――――――

――――――

――――

――

619: 2013/05/03(金) 21:11:30 ID:OdsSii5.
女狩人「もう、いい加減に元気出しなさいよー。」

男戦士「…ソウデスネ」

男武闘家「…ホットイテクレ」

女狩人「人間だれしも失敗するのに、いちいち気にしても仕方ないじゃん。」

男戦士「うっせー! だったら、お前も何か自分の失敗を暴露しやがれぇ!」ドカーン

男武闘家「そ、そうだそうだ! 俺達の自業自得とは言え、お前だけ何もないのは納得いかん!」

女狩人「な、なによ……私は別に何も……」

男戦士「いーや、人間だれしも失敗するんだから、お前にも何かある筈だ!」

男武闘家「そんなに重いのは期待して無いから、何か暴露してみろ!」

女狩人「……そりゃ、まぁ……なくはないけど。」

男戦士「お、良いねぇ!」

男武闘家「よし、ドンと来い!」

620: 2013/05/03(金) 21:12:09 ID:OdsSii5.
女狩人「……片思いしてた相手が、いつのまにか別の娘とくっついてたのよ。」ズーン…

男戦士「……お、おう。」

男武闘家「……そ、そうか。」

女狩人「……」ハァ

男戦士(あれ、これガチじゃね?)

男武闘家(もしかしてマズった?)

男戦士「お、おいおい、らしくねーなぁ! そう落ち込むなって!」

男武闘家「そ、そうそう! 別にフラれた訳じゃないんだろ? なら、ノーカン、ノーカン!」

女狩人「…………」ハァ

男戦士「いや、でも意外だな。お前も人並みに恋愛感情なんて持ってたのか。」

男武闘家「まあ、こいつについて行けるような男はそう居ないからな。下手に夢見なくて済んで良かったと思おうぜ。」

男戦士「ところで、相手は誰よ。なんなら、奪っちゃえば良いじゃん。」

男武闘家「そうだな、普通に別れないとも限らないんだし、まだ望みはあるぞ!」

女狩人「………………」ハァ

621: 2013/05/03(金) 21:12:47 ID:OdsSii5.
男戦士「無言で溜め息とか、結構くるな。」

男武闘家「しかも、家畜を見る眼差しのおまけ付きだ。」

女狩人「……女心のわからないおバカ達に相談した私が馬鹿だったわ。」

男戦士「真面目に答えた結果がこれだよ!」

男武闘家「ひでぇ。」


――――――――

――――――

――――

――

622: 2013/05/03(金) 21:13:32 ID:OdsSii5.
女狩人「……どう思う?」

男戦士「不自然に踏み荒らされた跡はあるが、これだけじゃ何とも言えないな……」

男武闘家「だが、この草や木の傷み具合……かなり大きいぞ。少なくとも、人間サイズじゃない。」

女狩人「この辺で、そんなサイズの魔物を見た事ある? 私は無いけど。」

男戦士「俺も無い。だが魔物と決まった訳じゃないだろ。」

男武闘家「大型の熊、の可能性も無い訳じゃないが……」

女狩人「警戒は怠るべきじゃないわね。」スッ


背負った矢筒から、一本の黒い矢を取りだす。


男戦士「黒矢を使うのか? 俺達としちゃ心強いけど……」

男武闘家「良いのか? 残りあんまり無いんだろ?」

女狩人「ま、確かに貴重品だけど……あんた達に壁を任せといて、一人だけ手を抜くのは嫌なの。」


女狩人が握る黒い矢。
それは普通の矢では無かった。

623: 2013/05/03(金) 21:14:08 ID:OdsSii5.
『根の国』の一部でのみ産出される、特別製の矢。
抜群の軽さと強靭さ、そして『恩寵』の浸透に高い親和性を持つ『黒曜樹』という木から削りだした矢。

鉄板すら打ち抜く貫通力。
さらに矢に恩寵を乗せてやれば、軌道の操作すら可能な至高の一品。
弓使いの切り札。

ただ、その加工の難しさから、殆ど市場に出回らないのが難点だった。


女狩人「アシストはきっちりやるけど、あんた達、訓練さぼってないでしょうね?」

男戦士「ちゃんと剣術はやってるぜ!」

男武闘家「体術の訓練もな!」

男戦士(適性が低くてレベルがなかなか上がらんけどな!)

男武闘家(恩寵だけで戦った方が強いんだけどな!)


――――――――

――――――

――――

――

624: 2013/05/03(金) 21:15:01 ID:OdsSii5.
女狩人「だいぶ距離は詰まってきたかしら……」

男武闘家「ああ、だが向こうも追跡に気付いているようだ。」

男戦士「だな。イラついてる痕跡が増えてきた。」


――――ォォォォォォォォォ


女狩人「何か、聞こえる……?」

男戦士「なんだ? 地鳴り……?」

男武闘家「周囲に反響してて音源が読めない……」


切り立った崖の下を進む三人。
周囲には霧が漂い、僅かな距離さえ見通す事ができない。


――――ォォォォオオオオオオ


女狩人「何かの鳴き声……? でも、こんなのは今まで聞いた事が……」

男戦士「ぐっ……耳が痛ぇ……変な圧力がかかってるみたいだ……」

男武闘家「空気が震えている……いや、それだけじゃない……地面まで……?」

625: 2013/05/03(金) 21:16:19 ID:OdsSii5.


ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!


女狩人「う、嘘でしょ!?」

男戦士「崖崩れ、つーか地滑りか!? マズいッ!」

男武闘家「走れ! ここは危険だ!」


突如、地響きと共に両側の崖が崩れ始める。
崖の崩落に巻き込まれればひとたまりもない。
三人は全速で駆け出した。


女狩人「あそこ! 地滑りの中に……何かいるッ!?」

男戦士「よそ見してる余裕があるか! 氏ぬ気で走れよ!」

男武闘家「駄目だ……逃げ切れない……!」


次の瞬間、転がり落ちる岩石に弾き飛ばされ、男戦士と男武闘家は意識を失った。

626: 2013/05/03(金) 21:16:54 ID:OdsSii5.

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男戦士「――――ぐっ……あっ!」


全身に走る激痛に、男戦士が呻き声をあげる。
痛みに耐えて目を開くと、どうやら崖崩れは治まったようだ。


男戦士「……はっ……はっ……」


力を込めれば手足は動く。
痛みは酷いが、幸いな事に骨に異常はないようだ。

隣に目をやると、男武闘家が倒れている。
頭部から血を流し、地面に赤黒い血溜まりができている。

627: 2013/05/03(金) 21:17:28 ID:OdsSii5.
男戦士「おい……! しっかり、しろ……」ゼェゼェ

男武闘家「…………う、ぐっ……」


軽く頬を叩くと、反応がある。
頭部の傷も単なる裂傷程度で済んでいるように見える。

服を破り、包帯代わりに男武闘家の頭に巻きつけた。


男武闘家「くそ……いったい何が……」

男戦士「よぉ……目が覚めたか……? ……お互い、生きてて何よりだ。」

男戦士「後は、女狩人のやつだな……まぁ、あいつの事だ……どうせそこら辺に――――」


そこで言葉を失う。
男戦士の視線の先には女狩人の姿があった。

だが、その姿は――――

628: 2013/05/03(金) 21:18:10 ID:OdsSii5.
男戦士「おい……なんだよ、これ……」


痛む体を引きずり、女狩人の元へと向かう。

見ている物が信じられない。
今見ている事実を、認める事ができない。


男戦士「こんな……嘘だろ……こ、こんな事が……」


どうにか横たわる女狩人の傍へと辿り着く。


男戦士「おい……冗談、だろ……? いつもみたいに、何かの……」

男武闘家「――――ああ、ぁああ……そんな……」


女狩人の腹は裂け、臓物がこぼれ出ている。
これではもう、手の施しようが無い。

女狩人の口元から、咳き込むように血が噴き出された。
微かに光が灯った瞳が二人に向けられる。

629: 2013/05/03(金) 21:18:53 ID:OdsSii5.
女狩人「――――……ッ――――ッ」ヒュー ヒュー

男戦士「ッ!」

男武闘家「おい、大丈夫か!? しっかりしろ!」


大丈夫な訳が無い。
そんな事は一目見ればわかる。

だが、まだ生きているなら、これ以外にどんな言葉をかけるべきなのか。


女狩人「――――ごめ…………ね……」ゴボッ! カハッ

男戦士「しゃべるな! 安心しろ、俺達が……俺達が何とかするから……!」


こんな場所で、いったい何ができるか。
何もできはしない、だが、それを認める訳にはいかない。

630: 2013/05/03(金) 21:19:24 ID:OdsSii5.
女狩人「……くや……し、……なぁ……」ヒュー… ヒュー…

男武闘家「――――あ、ぁあ……こん、な……っ」


今この瞬間も、女狩人から溢れた血溜まりはじわじわと広がっている。
力が入らず、震える腕を掲げ、女狩人が男武闘家の頬に手を添える。


女狩人「あ……んた、たち……と……せか……ぃ……」ゴボッ…

男武闘家「だ、めだ……待てよ、まだ……ッ!」

女狩人「まわりた……か……た、なぁ……」


――――パシャッ


力が抜けた手が、血溜まりに音を立てた。

631: 2013/05/03(金) 21:19:54 ID:OdsSii5.

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――


あの時何があったのか、今でもわからない。
他の場所も地盤が緩んでいる恐れがある為、あの禁猟区は今でも立ち入りが禁止されている。

男戦士と男武闘家を冒険に連れ出そうとしたのは女狩人だった。
だから、その女狩人が命を落としたなら、二人が冒険者になる必要はなかった。

だが、二人は冒険者になる事を選んだ。
それは、最後の女狩人の言葉が忘れられなかったからだ。

632: 2013/05/03(金) 21:20:32 ID:OdsSii5.
男武闘家「……なあ、あの後あいつの遺品を回収した時、黒矢が見つからなかった。」

男武闘家「お前は見た覚えがあるか?」

男戦士「いや、正直、そこまで気が回らなかった。覚えてねぇわ……」

男武闘家「俺達が土砂に飲まれる直前、あいつが何か言ってたが、それは覚えてるか?」

男戦士「……『地滑りの中に何かがいる』だったか?」

男武闘家「ああ。もしかして、あいつが氏んだのは……」


そう、あの時『何者か』が地滑りに紛れて近付いていたのかもしれない。
それに気付いた女狩人が警告の声を上げた。

もしも、それが真実なら、何故自分達は無事だったのか?
何故、僅かな間とは言え、意識を失っていた自分達が無事だったのか?

女狩人が『何者か』の接近に気付いておきながら、無抵抗に襲撃を受けるとは考えにくい。
例え地滑りが目前に迫っていようが、一矢報いただろう。

そして、あの時、女狩人の手にあったのは決して標的を討ち漏らさぬ黒矢。
その黒矢はどれだけ探しても“見つからなかった”。

633: 2013/05/03(金) 21:21:09 ID:OdsSii5.
男戦士「かもしれない。だが、今更そんな事考えても仕方ないだろ……」

男武闘家「いいや……惚れた女が殺されたなら、仇を討つのが道理だろ。」

男戦士「――え、惚れ? 今、お前、何て言った?」

男武闘家「自分でも、つい昨日まで自覚が無かったけどな。」

男武闘家「俺は、あいつに惚れてた……好きだったんだよ。」

男戦士「いや、急にそんな事言われても……それで、これからどうするんだよ。」

男武闘家「俺達はこのまま『煙の国』の国境に向かう。」

男武闘家「当然、国境付近の『角笛の町』も通過するだろ?」

男戦士「それは、そのつもりだけど……」

男武闘家「俺はそこで離脱する。そして、あの禁猟区を徹底的に捜索する。」

男戦士「離脱って、お前……!」

男武闘家「最初からそういう約束だった。お前はどうする?」

男戦士「俺は……最後まで付き合うつもりだ。」

男武闘家「それは、つまりどういう意味かわかってるんだよな?」

634: 2013/05/03(金) 21:21:55 ID:OdsSii5.
勇者の目的は『西の最果て』に挑み魔王を討ち滅ぼす事。
それに最後まで付き合うという事は、自殺を宣言すると同義。


男戦士「俺だって、氏にたくねぇよ……でも、勇者ちゃんを氏なせるのも嫌なんだよ……」

男武闘家「良いのか、そんな理由で。本当に他人のために命をかけるんだな?」

男戦士「惚れちゃったんだから、仕方ないよなぁ。『そんな理由』で充分だろ。」

男戦士「……だが、女狩人の仇討ちは俺にとっても他人事じゃない。」

男戦士「勇者ちゃんには少し『角笛の町』に滞在してもらおう。その間、お前を手伝うぜ。」

男武闘家「そうか……助かる。」

男戦士「長い付き合いだ。気にすんな。」


その長かった付き合いも、もうすぐ終わろうとしている。
だがその事には触れず、二人は無言で焚火を眺めていた。

635: 2013/05/03(金) 21:22:31 ID:OdsSii5.





女僧侶「ぅん……」ムクリ

女僧侶「あれ……ゆうしゃくん……おきてたんれすかぁ……」ムニャムニャ

勇者「うん……さっきトイレに行ってたから……」

女僧侶「らめれすよぉ……ひとりでであるくなんて……」ムニャムニャ

女僧侶「わらしもといれにいきまふけろ……ここにいてくららいろ……」ファァア

勇者「うん、ボクももう寝るよ。お休み、女僧侶さん。」

女僧侶「はい……おやふみなはい……」ムニャムニャ




勇者(…………うん。)

636: 2013/05/03(金) 21:23:12 ID:OdsSii5.

――――――――

――――――

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――


男戦士「ふぁぁ……おはよーさん……」

勇者「おはようございます。いつも夜の番、ありがとうございます。」

男戦士「良いって、良いって。男武闘家と交代しながらだし。」

勇者「紅茶を淹れておきましたけど、飲みますか?」

男戦士「おお、ありがと~。じゃあ、ストレートでお願い。」

男戦士(ふぅ……機嫌直してくれてる。これで一安心。)

男戦士「あれ、それって……?」

勇者「はい。色々と書いてあるので、見てるだけで楽しいですね。」

637: 2013/05/03(金) 21:23:43 ID:OdsSii5.
勇者が読んでいるのは、男戦士と男武闘家が編纂した『根の国』の野草辞典。
食べる際のお勧めの調理方法、味から薬効まで記載され、更に丁寧なイラストもついた一品。


男戦士「ものによっては『根の国』の外でも自生してるからねー。」

男戦士「覚えておけば、後で色々と役に立つかも。」

勇者「はい。食べると危険なものも載ってるので勉強になります。」

勇者「特に……キノコのページ数は多いですね。微妙な違いなのに種類が違ったり。」

男戦士「ああ、地味なのでも毒があったりするから、注意しなきゃいけない。」

男戦士「けど、『毒』も面白いもんでね……使いようによっては『薬』にもなる。」

男戦士「痺れる成分を抽出して麻酔薬を精製したり、脈拍を高める成分から強心剤を精製したりね。」

勇者「ええ、本当に……色んなキノコがあって、びっくりしてます。」

男戦士「ま、キノコを採る時は、その図鑑を確認しながらやれば安心だよ。」

男戦士「女僧侶ちゃんにも出来たんだから、勇者ちゃんなら何も心配ないねー。」

女僧侶「どーいう意味ですかー?」

男戦士「ッ! っとと、おはよう女僧侶ちゃん。」

勇者「おはよう、女僧侶さん。」

638: 2013/05/03(金) 21:24:17 ID:OdsSii5.
男戦士「いやいや、昨日女僧侶ちゃんが採ってきてくれたキノコが美味しかったって話をね?」アハハハハ…

女僧侶「もう……調子良いなぁ。」

女僧侶「馬の乗り方も教えてもらってるんで、文句は言えませんけど。」プイッ

男戦士「ごめん、悪かったって。」

勇者「馬の方はどうです? ボクはもう少し時間がかかりそうで……」

女僧侶「どうなんでしょう。あの子は気性が穏やかなので言う事を聞いてくれるみたいですけど。」

男戦士(穏やかじゃねーよ!)

男戦士「ま、まあ、覚えは良い方だと思うよ。馬を従えるセンスもあるみたいだし……」

女僧侶「やった! 私が乗りこなせるようになったら一緒に乗りましょうね、勇者くん♪」

勇者「うん、楽しみだね。」

639: 2013/05/03(金) 21:24:51 ID:OdsSii5.
男武闘家「そろそろ出発するぞー」

男戦士「おう、わかった。それじゃあ今日は俺と勇――――」

女僧侶「今日もご指導お願いしますね、男戦士さん♪」

男戦士「あ、うん……」デスヨネー

勇者「ボクも頑張って覚えるので、女僧侶さんも頑張ってくださいね。」

女僧侶「はい!」


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640: 2013/05/03(金) 21:25:54 ID:OdsSii5.
山賊1「おっと、悪いなぁ。ここから先は通行止めだ。」ヒヒヒ

山賊2「通りたいなら、通行料を置いてってもらおうか。」ヘヘヘ

勇者「そうなんですか? いくら払えば良いんでしょう……」

女僧侶「お金と命、どっちが大事ですかぁ?」ニッコニコ

男武闘家(それ山賊のセリフだから!)

男戦士(山賊逃げてー!)



男戦士(……あれ、なんか既視感が?)

641: 2013/05/03(金) 21:26:25 ID:OdsSii5.
山賊3「威勢が良いなぁ、お嬢ちゃん。」フヘヘ

山賊4「なんなら通行料分、体で払ってもらっても良いんだぜぇ?」キヒッ

女僧侶「あははは、それじゃあ……体で払ってあげましょうか。お望み通り。」

山賊1「うっ……!? なんだ、急に寒気が……」

山賊2「き、気のせいだ! こんな小娘にビビってんじゃねぇ!」

男戦士(危機察知能力が低いのか……)ムチャシヤガッテ…

男武闘家(だが、そういう訳にもいかないだろ――――【植物接続・蔓】)

山賊1「……うおっ!?」ギチチッ

山賊2「蔓が……絡まる!?」ギチギチ

山賊3「……動けねぇ。」ギチチッ

山賊4「……く、苦しぃ。」ギチチチッ

女僧侶「もう、別にそんな必要ないのに。」スチャ

男武闘家「待て、女僧侶ちゃん、手を出すな!」

女僧侶「殺っちゃいましょーよ、時間は掛けませんからぁ♪」

642: 2013/05/03(金) 21:26:59 ID:OdsSii5.
男戦士「血の匂いは馬が怯える。乗せてくれなくなるぞ。」

女僧侶「……勇者くんと一緒に乗れなくなるのは困ります。」シュン

男武闘家「とは言え、このまま解放して別の人間を襲われても困るので……」

山賊1「ムグッ……ムグムグ……!」シュルシュル

山賊2「ンーッ……ングー……!」シュルルル

山賊3「モガモガ……!」シュルル

山賊4「グッ……ンッ……!」シュルシュルル

女僧侶「おお……蔓に埋め尽くされちゃいましたね。」

勇者「このままにしちゃうんですか?」

男戦士「まぁ、それでも良いんだけど……次の町に着いたら警吏に伝えて逮捕してもらうよ。」

男武闘家「それまでに熊に襲われるかもしれないが、それはそれで仕方ないな。」

男武闘家「念のために締め落としといたから、これ以上何かする必要は無い。」

643: 2013/05/03(金) 21:27:41 ID:OdsSii5.
女僧侶「うーん……それにしても、やっぱり恩寵って凄いんですねぇ。」

女僧侶「私って、『海の神様』と『樹の神様』の恩寵を持ってるんですけど、どっちもレベル1なんですよね。」

女僧侶「どうしたら上がるんです?」

男武闘家「一般的に言われてるのは、『神』に感謝し、『神』を崇める事で更なる加護を得られるってやつかな。」

男戦士「普通は使ってれば上がるんだけどなぁ。俺達は1から2とかすぐだったけど、なんで上がらんの?」

女僧侶「し、知りませんよ! でも、私って最近は結構使ってませんでした?」

勇者「ボクが疲れたら看てもらってたよね?」

644: 2013/05/03(金) 21:28:18 ID:OdsSii5.
男武闘家「まあ、理屈で考えるなら……『感謝』も『崇拝』もしてないから、とか?」

女僧侶「ええっ!?」ガーン!

男戦士「流石にそれは……」ナイワー

男武闘家「人としてどうか、ってレベルだよな……」ヒクワー

勇者「あはは……」


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645: 2013/05/03(金) 21:29:07 ID:OdsSii5.

今日はここまでです。

続きは火曜の夜になります
勇者「仲間募集してます」【その3】

引用: 勇者「仲間募集してます」