394: 2012/09/05(水) 10:14:02 ID:iCeyLlnE

農家「魔王とかフザけんな」
農家「魔王とかフザけんな」【その2】
農家「魔王とかフザけんな」【その3】

  ――――……


農家「例えばこう、枝で線を一本引くだろ?」がりがり…

農家「これが『創造』で」ぴたっ

農家「線を引くのを終わらせるのが『終焉』なわけだ」

召喚師「はい」

農家「で、今あるこの一本の線を逆向きに辿る」つつつ…

農家「これが『回帰』だな、簡単に言えば」
葬送のフリーレン(1) (少年サンデーコミックス)
395: 2012/09/05(水) 10:15:15 ID:iCeyLlnE
召喚師「なるほど……」

農家「姫さんの治癒魔法やらテメエの“召喚”やらはこれの応用で……」

農家「ちょっと線の途中が消えたとして」ざりざり

農家「線を逆行して消えた部分を再現するわけだ」がりがり がりっ

召喚師「ズレましたけど」

農家「そう、ズレるんだよ」

召喚師「え?」

396: 2012/09/05(水) 10:16:30 ID:iCeyLlnE
農家「仮に真っ直ぐ引き直せたとして、それは元のとは同じ線じゃない」

農家「土の抉れ方も、枝のすり減りも、見かけは変わらなくても元通りにはならない」

農家「そいつの過去は覆らない」

召喚師「…………」

農家「言ってる意味はわかるよな」

召喚師「はい……」

397: 2012/09/05(水) 10:17:36 ID:iCeyLlnE
農家「お前が気にするのもわかるけどよ、割り切らねえとしんどいぜ?」

召喚師「それは、そうなんでしょうけど」

農家「まあ無理に割り切る必要ねえけどよ」

召喚師「」ずるっ

召喚師「いやなんですかそれ!?」

農家「だから無理ならするなっつっう話だ」

398: 2012/09/05(水) 10:18:57 ID:iCeyLlnE
召喚師「それじゃもやもやしっぱなしじゃないですか……」

農家「そうか?」

召喚師「そうですよ」

農家「ならそれでいいだろ」

召喚師「丸投げですか」ジトー…

農家「じゃあ何て言ってほしいんだテメエは」

召喚師「それは……」

399: 2012/09/05(水) 10:19:47 ID:iCeyLlnE
農家「俺は助言はするが手は貸さねえ。何か決めるなら自分で決めろ」

農家「考えろ。好きなだけ悩んで迷ってぶつかって自分なりの答えを出せ」

農家「納得できなきゃ後に残るのは後悔だけだ」

農家「他人に答えを求めるな」

召喚師「答えを……自分で……」

召喚師「…………」

400: 2012/09/05(水) 10:20:31 ID:iCeyLlnE
農家「ま、あれだな」

召喚師「?」

農家「そんでテメエが勝手やったとしても、誰も咎めやしねえよ」

農家「間違ってると思やそりゃ喧嘩にもなるだろうが、そんだけだ」

召喚師「いやダメじゃないですかそれ」

農家「アホかテメエ」

召喚師「えー……」

農家「間違えてたらぶん殴る。当たり前のことだろうが」

召喚師「普通は殴らないと思いますけど」

農家「こまっけえことはいいんだよ」

召喚師「いえ貴方に殴られる時点で既に氏活問題です」

401: 2012/09/05(水) 10:22:32 ID:iCeyLlnE
農家「ま、とにかくだ」

農家「テメエがこれからも“召喚”を使うってんなら、ひとつだけ覚えとけ」

召喚師「はい」

農家「敬意を払え」

召喚師「はい?」

農家「テメエに力を貸してくれる“氏んだ奴ら”にだ」

召喚師「…………」

農家「忘れんなよ。テメエはそいつらに支えられてここにいる」

農家「もし忘れることがあるようなら」

農家「その時は、俺が思い切りぶん殴ってやる」

  ……――――
_

402: 2012/09/05(水) 22:15:44 ID:iCeyLlnE


 悪魔の鎖を解き放つ者は、

 その手にかかる覚悟を持たねばならない。

 これはとある氏霊使いの言葉である。

_

403: 2012/09/05(水) 22:16:24 ID:iCeyLlnE
回帰の神「面白い、見定めてあげよう」

 両の手に光が集う。
 それは神の魔力。回帰の力。

 回帰とは、言い替えれば戻るということ。

キングレオ「カアァ――――!!」

回帰の神「『静止障壁』」ヴン…

キングレオ「ッ!?」ガクンッ

 光が弾け、神の前に不可視の盾が生じる。

 そこに触れた獅子の拳が、空中で動きを止めた。

404: 2012/09/05(水) 22:17:42 ID:iCeyLlnE
キングレオ(腕が動かん……!)ぐ…っ

回帰の神「どうした、その程度かい?」

キングレオ「っ、舐めるな! ぬあアッ!!」

 気合いと共に獅子の闘気が膨れ上がり、不可視の盾に亀裂が走る。

 ガラスが砕けるような音が響き、不可視の盾が霧散する。

回帰の神「ははは、気迫だけで打ち破るか」

 眼前で吼える獅子を賞賛するように。

 神は尚も笑っていた。

405: 2012/09/05(水) 22:20:15 ID:iCeyLlnE

 ……獅子が駆ける寸前まで、鬼神は考え事をしていた。

 神の目的。実験と魔力の回収。

 聖樹がそびえる地には、初代勇者による強固な結界が幾重にも張り巡らされている。

 それは地下を流れる魔力の大河を含め、回帰の神が力を取り戻すのを阻害するためのものだ。

 そのため、たとえ今のようにその場に魔力をかき集めたとしても、魔力は霧散し元の場所へと帰ってしまう。

 ではどうするか。

 結界は、意図的なのか事故なのか、龍脈からの魔力を制限しきれていない。

 つまり龍脈から魔力を流し込むことは可能だということだ。

 外から崩せないなら、内から溢れさせればいい。

 覇王の復活を図ったのはその実験と、龍穴に施された封印を排除するためなのだろう。
_

406: 2012/09/05(水) 22:21:39 ID:iCeyLlnE

 上空に集まった魔力は渦を巻き、中心部は太陽の如き光を発している。

 これは高純度の魔力の密度がピークに達し、結晶化し始める兆候だ。

 通常、魔力の塊を龍脈からどこかへと流そうとしても、それ以外の膨大な魔力に飲み込まれてしまい、不可能である。

 故に先代魔王は流れ自体を制御し、聖樹への魔力を覇王にと動かしていた。

 その制御が壊れれば龍脈は本来の流れを取り戻し、一時的に激流と化す。

 その中で聖樹へと魔力を送るためには……。
_

407: 2012/09/05(水) 22:23:02 ID:iCeyLlnE
キングレオ「――万氏に値する!」

 獅子が駆けた時、鬼神は姫を見つめていた。

 今まで気が付かなかったが、姫に弾き飛ばされた際、召喚師の首は彼女に奪われ、今はその手の中にあった。

『勝手に動いてはいけないよ、姫』

 神の言葉が思い出される。

 鬼神の中でいくつかの疑問と仮説が解け合って、真実へと答えを導いていく。

回帰の神「……姫」

 呼びかけられてからの行動。

 姫と獅子の衝突。

 姫が殴り飛ばされ、それを避けた神。

 この時、鬼神はそれまでの違和感と、その理由を理解した。

 後は、確信を得るのみ。
_

408: 2012/09/05(水) 22:23:57 ID:iCeyLlnE

 しかしその前にやることがまだ、ある。

 獅子の咆哮を耳にしながら、鬼神は密かに力を溜める。

鬼神「頼むぜ、相棒」ボソッ

 応えるように、大鉈が微かな煌めきを放つ。


回帰の神「なるほど、ただの猫ではないようだ」

 ……回帰の神の意識が、獅子の王に集中した。

鬼神「『残影』」

 その一瞬の隙に、全霊を込めて、

 彼は音もなく、跳んだ。
_

409: 2012/09/10(月) 12:18:14 ID:qHIFE8ek

 高く。

 雲よりもっと高く、光より速く。

 鬼神は飛ぶ。力の渦の中心へ。

 そこはさながら嵐に荒れ狂う大海。

 飲み込まれれば瞬く間に藻屑と化す程の濁流。

 それでも躊躇いなく、彼は飛ぶ。
_

410: 2012/09/10(月) 12:19:33 ID:qHIFE8ek

  たったったったったったっ……

国王「揺れが弱まってきたか」

女勇者「僧侶ちゃん大丈夫なの?」

暴れ猿「気を失っているだけだ。だが、魔力が全く感じられん」

暴れ猿「それより……」

姫様「…………」

暴れ猿「……いいのか?同行させて」

女勇者「置いてくわけにもいかないじゃん。何が起きてるのかもわかんないんだし」

国王「農家がいりゃあなあ……何やってんだあいつは」

411: 2012/09/10(月) 12:20:27 ID:qHIFE8ek
女勇者「おじさんもだけど、魔法使いちゃんも心配だよ」

国王「あの子のことだからそう問題はねぇだろ。なんせ魔女の娘だし」

暴れ猿「魔女というと、昔仲間だったという女か」

女勇者「さりげに初耳なんだけど」

国王「魔女は娘じゃねえっつってたけど、やたら似てるんだよなぁ。胸とか」

女勇者「…………」

暴れ猿「…………」

国王「なんで離れるんだよお前ら」

412: 2012/09/10(月) 12:21:26 ID:qHIFE8ek
暴れ猿「しかし、凄まじい魔力だな……」

女勇者「まるで太陽が落ちてきたみたいだよ」

国王「流すなよ……何者かは知らねえが、ただモンじゃなさそうだ」

女勇者「心当たりはないの?」

国王「遠くの他人の魔力まで強引にかき集めるなんてデタラメ、先代の魔王にだってできやしねえよ」

国王「そういう術式でもありゃ別かもしれねえが、規模がでかすぎて現実的じゃねえ」

暴れ猿「しかし実際に僧侶の魔力はあそこに引き寄せられていったぞ」

国王「だから本来有り得ねえんだって。俺だってわけわかんねぇんだ」

413: 2012/09/10(月) 12:25:53 ID:qHIFE8ek
女勇者「ねぇ、君は何か知らないの?」

姫様「…………」

国王「だんまりか。そういうのよくねぇぞ」

姫様「…………狂化の」

暴れ猿「?」

姫様「我が父が魔人へとなるために使った術式がある」

女勇者「それって狂化薬じゃなくて?」

姫様「その代用と言うべきか……」

国王「おいおい、ンなデタラメなモンがマジであんのかよ」

姫様「私とて幼少の頃に城の研究者達の話を耳にしただけだ。確証などない」

姫様「ただ、元は初代勇者が用いた魔法の一つだと聞いている」

414: 2012/09/10(月) 18:13:22 ID:qHIFE8ek
国王「初代勇者だあ!?」キキッ

女勇者「おわあっ!急に止まらないでよ!」ととと…

国王「おう悪い。だがちょっと待てよ、どういうことだ!」

国王「魔人化ってのは錬金術師どもの失敗で、ただの偶然の産物じゃねえのか!?」

女勇者「あっ!」

暴れ猿「元々存在した魔法の一つだということか?」

姫様「私とて詳しくは知らん」

姫様「だが、遥か昔から禁術として我が王家のみに伝わっているのは事実だ」

姫様「私には使えないが、な」

415: 2012/09/10(月) 20:35:02 ID:qHIFE8ek
姫様「ともすれば、代用というよりも原型と表現すべきかもしれん」

国王「頭こんがらがってきた……つまり何か?」

国王「あの魔力は誰かを魔人に仕立て上げるために集められてるっつーことか!?」

姫様「さて、な。私の知る所ではない」

姫様「もとより、仇である貴様なぞに答える義理もない」

国王「っ、チッ。ここでそれを言うかよ……」

416: 2012/09/10(月) 20:35:56 ID:qHIFE8ek
姫様「だが、何者の手でこの術式が使われているにせよ」

姫様「我が父はこれを使うことを良しとはしていなかった」

女勇者「……? じゃあなんで使ったの?」

姫様「それこそ私は知らん。使ったのか、使われたのか。それさえわからん」

姫様「だから私は父に会わねばならんのだ。真実を知るために」

姫様「そしてこのふざけた術を使った者を、生かしておくつもりもない」ギリ…

暴れ猿「…………」

暴れ猿「もしや、お前が一人だったのは……」

417: 2012/09/10(月) 20:36:41 ID:qHIFE8ek
姫様「…………」

姫様「他の者は皆、この術式に喰らわれた」

国王「なっ!?」

女勇者「そんな……」

姫様「おそらくだが、今起動しているのは二回目だ。一度目がどうなったかは見当もつかん」

姫様「しかしこれだけははっきりしている」

姫様「術者は私の、我々の、敵だ!」

418: 2012/09/11(火) 10:20:04 ID:w3fxKtO6
国王「…………」

国王「……似てんなぁ」ポツリ

女勇者「ん? 誰に?」

国王「なんでもねぇよ」

国王「とにかく急ぐぞ。何か起きてるなら、俺達はそれを調べなきゃならねえ」

女勇者「そうだね。やること知らないと」

暴れ猿「でなければ何もできない、か」

419: 2012/09/11(火) 10:20:33 ID:w3fxKtO6
国王「つーわけで一緒に行かせてもらうぜ」

姫様「ふん……勝手にしろ」

国王「うし、んじゃさっさと」


  フッ……


暴れ猿「何だ? 急に暗く……」

女勇者「! 見てあれ!」

423: 2012/09/22(土) 12:53:49 ID:E1JNlCF6

 その猛攻は災禍に似ていた。

キングレオ「はぁあ――っ!!」

 剛腕が繰り出す数多の轟拳。

 大気を引き裂き真空を生む二十の爪撃。

 地が抉れ弾ける程の技の数々は、その全てが一撃必殺の威力を持っている。

回帰の神「おおっと、怖い怖い」

 しかし、神には届かない。

 不可視の盾が、それらをことごとく防ぎきる。

キングレオ「チィ……!」

 獅子の額に汗が浮かぶ。

 所詮は神と獣、その力の差は歴然としていた。

424: 2012/09/22(土) 12:54:56 ID:E1JNlCF6
キングレオ「オオオオオオ!!」

 それでも――。

 それでも、獅子は拳を振るう。振るい続ける。

 勝てるなどとは思わない。

 ただ一撃、たった一撃でもいい。

 願いにも似た強い意志で、獅子は想いを拳に乗せる。

 間違いなどではなかったと。

 けして無駄ではなかったと。

 神を否定し、未来を願った主のために。

 その姿は美しかった。

 力強く、雄々しく、

 そして、儚かった。

425: 2012/09/22(土) 12:55:59 ID:E1JNlCF6
回帰の神「くくく、いいなぁ、すごくいい」

 神の顔が醜く歪む。

 それは狂喜。

 予定外の獲物を見つけた狂人の笑み。

回帰の神「だが、まだ足りない」

 迫り来る獅子の眼を見つめながら、ぱちん、と指を弾く。


  ……――――ヒュンッ


キングレオ「つ、チイ…!」

 風を切る音。

 それを耳にし、獅子はとっさにその身を退く。

 神と獅子の間に、異様なほど綺麗な直線が刻まれた。

姫『…………』

回帰の神「いい反応だ」

426: 2012/09/22(土) 12:57:01 ID:E1JNlCF6
回帰の神「ではこれはどうかな?」

 神は姫を下がらせ、再び指を弾いた。

  ぱちん

 微かな魔力のゆらぎ。

 風を切る音。

 直線。

 左両腕に熱が走り、重さを失う。

キングレオ「な――!?」

 姫は動いていない。

 ただ神の傍に立ち尽くす。

回帰の神「何を驚くことがある」

 神は実に愉快そうに、

回帰の神「先程の斬撃を『再生』しただけだろう?」

 そして、嘲笑うように告げた。

429: 2012/09/22(土) 15:30:04 ID:E1JNlCF6

 攻守が逆転した。

キングレオ「ぐ……ぁああっ!」

 研ぎ澄ました感覚を頼りに、ただひたすらに『斬撃の再生』を避け続ける。

 その数は無尽蔵。

 神を中心に、あらゆる方向に一直線の斬り跡が刻まれていく。

キングレオ(なんてデタラメだ……!)

 獅子の腕を容易く切り裂いた斬撃を、神は僅かな魔力だけで再現し続ける。

430: 2012/09/22(土) 15:30:37 ID:E1JNlCF6

 本来、ただの斬撃であれば獅子の獣毛は容易く弾き返していただろう。

 姫の一撃を避けたのはあくまで反射的な反応であり、仮に受けても精々吹き飛ばされる程度で済んでいたのだ。

 しかし、この『斬撃の再生』は“斬撃が走ったという結果”だけを繰り返している。

 故に、何が遮ろうとも無関係に、その斬撃は真っ直ぐ走る。

 防御は一切意味をなさない。

 射線上にあるものには、“斬られたという結果だけ”が与えられる。

431: 2012/09/22(土) 15:31:15 ID:E1JNlCF6
回帰の神「ははははは、速い速い!」

 無邪気に、無慈悲に。

 神はただ笑う。

 その表情は新しい玩具を手にした子供に似ていた。

回帰の神「では、今度はこれでどうだい?」

 斬撃の再生が止み、三度神が指を弾く。



 ――瞬間、獅子の体が宙を舞った。

432: 2012/09/22(土) 15:32:10 ID:E1JNlCF6
キングレオ「ガ……は……っ!」

キングレオ(これは、鬼神の……!?)

 反応できたのは奇跡に近かった。

 とっさに受けた右両腕が、ひどく鈍い音をたてて、潰れた。

回帰の神「おやおや、殴る腕がなくなってしまったね」

 笑う、笑う、笑う。

 神は笑う。無邪気に笑う。

 心の底から、一切の悪意もなしに、子供のように嘲笑う。

433: 2012/09/22(土) 17:17:08 ID:E1JNlCF6

 しかし、それでも。

キングレオ「それが――」

 地を滑るように体勢を直し、

キングレオ「――どうしたぁああ!!」

 獅子の王は尚も吼える。


 そう。

 それでも、獅子の王は倒れない。

 剣を砕かれ、敗北しても。

 腕を失い、その身が最早無力でも。

 彼の心は、砕けない。

434: 2012/09/22(土) 17:19:12 ID:E1JNlCF6



 この時、神は気付くべきだった。

 獅子が立ち続ける理由が、誇りだけではないことに。


_

436: 2012/10/02(火) 10:19:59 ID:82fEsITg

 空を覆い尽くす魔力の海。

 矢の如き速さでそれに迫る鬼神は、非常にゆっくりとした動作で大鉈を構えた。

鬼神「“影流”――」

 そして、一閃。

鬼神「――“雲裂き”」

  ヒュッ……

  ――――ゴァッ!!

 大気を大鉈の『面』で叩き、鬼神は激しい風を生む。

 本来立ち込めた霧を打ち払うだけの不殺の技は、鬼神の手で天をも引き裂く斬撃に昇華する。

 魔力の海は両断され、その先の青空が姿を見せた。

「……合図」

 遠く、武教の城の頂点。

 ただ一人それを待っていた少女は、静かに魔力を解放した。

437: 2012/10/02(火) 10:22:35 ID:82fEsITg
女魔法使い「遅延解除、転移魔法を起動。術式逆算、座標解析」

 その目は鬼神の姿を追う。
 魔力の海を突き抜けて、鬼神は空の上へと跳んでいく。

女魔法使い「完了。座標設定、環境対応術式の構成を開始」

 少女の周囲で、色とりどりの魔力が帯状になってくるりと廻る。
 その帯の上に文字らしき紋様や数字が浮かび、凄まじい速さで次々と書き替えられていく。

女魔法使い「……完了。対象に許可を申請……承認確認。起動条件を設定、完了」

 やがて無数の帯は水平に並び、少女を中心に廻りだす。

 それを待ち、彼女は杖を空に掲げた。
 魔力帯が霧散し、杖の先に魔法陣が現れる。

女魔法使い「空間魔法『遠隔転移』」

 そして、魔法陣は光の矢となって、鬼神の元へと飛んだ。

438: 2012/10/02(火) 10:24:24 ID:82fEsITg
鬼神「――来たか!」

 魔力の海の遥か上で、鬼神は空を背に待っていた。

 己目掛けて迫る光の矢を、恐れることなく身に受ける。

 その直後、鬼神の背後に魔法陣が展開し、一際強い光を放った。

魔女「っとお!空の上!?」

錬金術師「高い所は苦手なのだけれど……」

鬼神「文句言うなボケコンビ」

魔女「誰がボケだっつーの」

錬金術師「背中失礼するよ」トサ

鬼神「落ちんなよ」

魔女「無視かこんにゃろう」ガシッ

439: 2012/10/02(火) 10:26:02 ID:82fEsITg
 上昇を続けていた体が勢いを失い、ゆっくりと降下し始める。

魔女「しっかし、また無茶なこと考えるわねあんた」

鬼神「まあ別に『虚数転移』で諸とも吹っ飛ばしてもいいんだが、人手が足りねえしな」

錬金術師「その代わりとしては少々無理がすぎると思うがね。やれるのかい?」

鬼神「たりめえだ。俺を誰だと思ってやがる」

魔女「畑作マニア」

錬金術師「史上最強の農家」

鬼神「褒めても何もでねえぞ」

魔女「いや褒めてないし」

錬金術師「変わらないなぁ君は」くすくす

440: 2012/10/02(火) 10:27:26 ID:82fEsITg
鬼神「始めるか」

 三人の表情が変わる。

 背には大空、視線の先には魔力の渦。
 全身に風を感じながら、三人は光の中心部を目指す。

錬金術師「……『錬成、巨神の弩弓(いしゆみ)』」

 袖口から赤色の透明な石を取り出し、弓の姿をイメージする。

 すると、赤い石が静かに輝き、鬼神の眼前に巨大な弓が生まれた。

鬼神「相変わらず便利な技だな。だがちとデカすぎねえか」

錬金術師「制限はあるけどね。君が使うにはこれくらいでなくては保たないだろう?」

鬼神「それもそうか」

 弓を掴み、弓幹に足を乗せる。

 矢の代わりに大鉈をつがえた所で、魔女が魔力を解放する。

441: 2012/10/02(火) 12:06:23 ID:82fEsITg
魔女「あの子の技を再現するのって骨なのよね……」

鬼神「あいつも規格外だったからなあ……」

魔女「ま、できるんだけど。……術式は自動解放、二番から十二番まで全プログラムを装填」

 言うやいなや、突如としておびただしい数の魔力帯と魔法陣が発現した。

 そしてその全てが、鬼神の大鉈へと吸い込まれるように『装填』される。

魔女「一番を待機、解放は射撃動作に連動」

 装填の完了を待ち、魔女が用意していた魔法の最後のひとつを展開。

 それに続く形で、錬金術師が更なる錬成を行う。

錬金術師「『錬成、翼竜頃しの矢』」

 大鉈を軸にして、巨大な一本の矢が鬼神の手元に錬成された。

442: 2012/10/02(火) 12:19:29 ID:82fEsITg
鬼神「巨神だの翼竜だの物々しいなオイ」

錬金術師「錬成術はイメージが全てだからね。特にモデルがあるわけではないよ」

鬼神「また適当な……」

魔女「てかさ、その弓ちゃんと引けるわけ?」

鬼神「全身使やなんとかなるだろ」

錬金術師「真っ直ぐ飛ぶかは保証しかねるね」

魔女「……補助術式構築。もしかして私が一番仕事してない?」

鬼神「ただの役割分担ってやつだ」

魔女「なんっか納得いかないのよね……」

443: 2012/10/02(火) 12:31:57 ID:82fEsITg
魔女「そういえば、あの子が弓術を使う時って何て言ってたっけ」

錬金術師「確か、The seven deadly sins. だったかな」

鬼神「そこはやらなくてもいいだろ」

錬金術師「いやいや、仮にも技を借りるんだ。彼女に倣うのが礼儀というものだろう」

魔女「まあ最後の一言だけは合わせてあげるから、やるだけやんなさいよ」

鬼神「俺が言うのかよ……ったく」

 面倒くさそうに溜め息を吐き、眼下に視線を投げる。

 魔力の海はすぐそこまで迫っていた。

444: 2012/10/02(火) 12:36:06 ID:82fEsITg
鬼神(…………狩人。お前の技、借りるぜ)

 僅かに呼吸を整え、彼は目を細める。

 見据える先は最大濃度の魔力溜。

 光の渦の中で更に強く煌めく中心部へ、三人は一体となって落ちていく。


鬼神「――『The seven deadly sins』……」

 そして、魔力の海に触れる直前。



「「「『“Gula”』」」」



 『七つの大罪』から、『暴食』を。

 唄うように言葉を重ねて、鬼神は弓を引いた。

445: 2012/10/02(火) 12:38:46 ID:82fEsITg

 ……獅子の王の巨体が、瓦礫の中に沈む。

回帰の神「ふむ、ここまでかな」

 残念そうにもらし、回帰の神は獅子の下へと歩み寄る。

回帰の神「たかが猫がこうも食い下がるとは驚いたよ」

  コッ コッ コッ …

回帰の神「君ならば、良き駒となるだろう」

  コッ コッ ザリッ

 立ち止まり、瓦礫に横たわる獅子を見下ろす。

回帰の神「君の【コア】は私が貰い受けよう。安心したまえ、すぐに再生させてやるさ」

回帰の神「我が忠実な僕として、だがね」

 スゥ…、と手のひらを獅子に向け、術式を展開する。

 その一連の所作を見ながら、

キングレオ「…………は……はは」

 しかし、獅子は堪え切れぬとばかりに笑いを漏らした。

446: 2012/10/02(火) 12:39:55 ID:82fEsITg
回帰の神「……? 何がおかしい?」

キングレオ「おかしいさ……貴様の愚かさも、鈍さもな……」

 獅子は笑っている。
 神の頭に疑問が浮かぶ。

回帰の神「壊れたか、惜しいな」

キングレオ「いいや……正気だとも」

 視線が交わる。

 神の見下すような目を睨み、獅子の王は言葉を続ける。

キングレオ「一撃でいい……ただの一撃だけでいい……」

キングレオ「その為ならば、腕如き惜しくもない……」

回帰の神「……何を言っている」

447: 2012/10/02(火) 12:41:19 ID:82fEsITg
 神の言葉に答えずに、獅子はただうわ言のように呟く。

キングレオ「守りたいものがあるのだ……ならば、惜しむことなどあるものか」

回帰の神「……答えろ、貴様一体」

 獅子が空を見上げる。

キングレオ「…………この命ひとつで済むのなら、なんとも安い代償だ」

回帰の神「何を――」


  ――――フッ……


回帰の神「――ッ!?」

448: 2012/10/02(火) 12:42:29 ID:82fEsITg

 ――魔導術式連動、マナドレイン最大出力、範囲最大。

 鬼神の手を離れると同時に、大鉈に装填された術式が動き始めた。

 ――高濃度の魔力溜を確認、マナドレインに連動し魔力溜に干渉、ベクトルを中心方向へ固定。

 瞬間的に魔法陣が広がり、魔力の海の端にまで達する。

 ――連動、ベクトルブースト起動。

 そして、全ての魔力が大鉈へと向けて瞬く間に収束する。

 ここまで凡そ一秒。

 この時、光源が急に失われたことで、地上にいた生物は僅かに視界を遮られた。

 それは神でさえ例外ではなかった。

449: 2012/10/02(火) 12:43:06 ID:82fEsITg



キングレオ「慢心しすぎだ、愚か者め」


_

450: 2012/10/02(火) 12:43:40 ID:82fEsITg
回帰の神「なっ……!」

 突然暗くなった視界に狼狽し、神は思わずして空を見上げた。

 しかし目が慣れずに何も見えず、致命的な隙が生まれる。

 そのほんの一瞬に――、


 ――獅子の牙が、神の身体を貫いた。

451: 2012/10/08(月) 12:17:57 ID:AbZ5NYac

 ――連動、魔力安定化術式を展開。

 地上目掛けて落ちながら、装填された術式が次々と高速で発動していく。

 ――マナドレインによる超高濃度化を確認。結晶化抑制術式を発動。

 圧縮されていく魔力に耐えきれず、大鉈に亀裂が走る。

 ――発動媒体の形状維持に問題発生を確認。自動維持術式起動開始。

 それでも強引に、限界を超えて莫大な魔力が大鉈に集まっていく。

 ――マナドレイン完了、進行方向に自己修復型障壁を展開。

 ――加速術式を解放、最大出力。

 そして、一本の矢となった大鉈は、流星の如く落ちて、一筋の光となった。

452: 2012/10/08(月) 12:19:31 ID:AbZ5NYac
回帰の神「ぐ……っ!」

  メキメキメキメキ……!!

回帰の神(喰いちぎる気か……おのれ!)

 左肩から食らいついた獅子の牙が、一切の容赦もなく深々と突き刺さる。

 それを退けようと、神は指を弾いて鬼神の技を再生する。

 爆発にも似た轟音と共に、獅子の腹を衝撃が撃ち貫く。

 至近距離での一撃に内臓が破裂し、獅子の口から大量の血が吐き出される。

 しかし牙は緩まない。

 神は何度も繰り返す。

 それでも牙は緩まない。

 一撃で致命傷たり得る衝撃が、何度も何度も獅子の体を撃ち抜く。

 しかし。

 骨が微塵に砕けても、

 胴が裂け臓腑を撒き散らしても、

 牙はますます深く強く、神の身体に食い込んでいく。

453: 2012/10/08(月) 12:20:29 ID:AbZ5NYac
回帰の神(こいつ、氏ぬつもりか!)

 肉が裂け、骨が軋む。

 最早どちらのものかもわからないおびただしい量の血が、両者を赤々と染め上げていく。

回帰の神(まずい……この【器】を壊されるわけには……っ!)

回帰の神「ガ……あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!」

 神は冷静さを欠いていた。

 がむしゃらに拳を振り回し、獅子の頭を殴る。

 殴る。

 殴る。

 しかし獅子はものともせずに、残る力の全てを込めて喰らいつく。

454: 2012/10/08(月) 12:21:51 ID:AbZ5NYac

  メキメキ……ベキッ!

 耳の奥で、骨が砕ける音が響く。

回帰の神「ぎ――――……!!」

 激痛。

 喉の奥から血が溢れ、視界が霞み、意識が途切れかける。


 その時、


「――陛下、ご無礼を!」

 ひとつの影が獅子の頭を打ち据え、


 神の背後で、閃光が地を貫いた。

455: 2012/10/08(月) 12:22:43 ID:AbZ5NYac

 ――対象接近。封印システムを解析。亜空間に干渉。侵入術式自動構築。

 ――マナチャージ準備開始。

 ――全術式の強制破棄プログラム起動。待機モード。

 ――連動、マナチャージ術式解放。魔力充填準備完了。


「いつまでも微睡んでんじゃねえよ、クソボケ」

456: 2012/10/08(月) 12:23:35 ID:AbZ5NYac



  ――――ドクン



 大地が揺れ、封印の間に走った亀裂が大きく広がっていく。

 そしてその中心から、天と地を繋ぐように、
 巨大な光の柱が伸びていった。

457: 2012/10/08(月) 18:52:12 ID:AbZ5NYac
「遅くなり申し訳ありません」

回帰の神「……その声は、白面か」

 弱々しい声で訊ね、視線を向ける。

空狐「今は空狐です。それよりもすぐに治療を」

回帰の神「任せる……心臓に届きかけたか……」

回帰の神(まさしく命懸けとは、恐れ入る)

 己を追い詰めた獣に対し、神はささやかな敬意を抱いた。

空狐「……覇王が目覚めました。治療が終わり次第ここを離れます」

回帰の神「何……?」

458: 2012/10/08(月) 18:52:52 ID:AbZ5NYac
回帰の神(まだ封印は残っていたはず……)

回帰の神(――待て、先程あの猫はどこを見ていた!?)

 ばっと顔を上げ空を見る。

 失血のために視界がはっきりしないが、その先では青色が一面に広がっていた。

回帰の神「まさか……」

 鬼神が?

 その疑念に答えるように、

鬼神「よう。少し見ねえ間にボロボロじゃねえか、屑餓鬼」

 彼は静かに現れた。

459: 2012/10/08(月) 18:53:20 ID:AbZ5NYac
錬金術師「……矢と一緒に落ちていったぞ、彼」

魔女「どんだけ非常識なんだか……」

錬金術師「ところで着地は?」

魔女「そろそろ遠隔転移の二回目が、ああ来た来た」

錬金術師「正直転移自体苦手なのだけれど……」

魔女「はいはい、文句言わないの」

 光が二人を包み込む。

 *魔女と錬金術師は転移した!

460: 2012/10/08(月) 18:54:02 ID:AbZ5NYac
 封印の中心に生じた眩い光の柱。

 それは空間の裂け目。

 地下の封印により亜空間へ閉じ込められていた魔人の、

 ただのシステムのいち部品として組み込まれてきた覇王の、最期の玉座。

回帰の神「よもや、自ら引き金を引くとは……私はふられたということかな……」

鬼神「やけに物分かりがいいな。氏にかけて性格が変わったか?」

回帰の神「ふん……減らず口を……」

空狐「陛下、あまり無理は」

回帰の神「……ああ」

461: 2012/10/08(月) 18:54:30 ID:AbZ5NYac
鬼神「神様の分際で大した有り様だな。一発ぶん殴ってやろうかと思ってたんだが」

空狐「っ」キッ

鬼神「そう睨むなよ。こちとら元々そいつにゃ用はねーんだ」

回帰の神「何?」

鬼神「覇王とケリを着けに来ただけだからな、俺は」

462: 2012/10/08(月) 18:55:47 ID:AbZ5NYac
回帰の神「…………私を利用したと?」

鬼神「いやんなわけねーだろ。たまたまだ、たまたま」

回帰の神(偶然で利用されたのか、私は……)

鬼神「なんつーかなあ、やっぱテメエ、違うな」

回帰の神「何?」

鬼神「召喚師じゃねえだろ、お前」

回帰の神「……そこまで気付くか」

鬼神「確証はなかったが、野郎の性格はよく知ってんだよ、俺は」

鬼神「……お前の体、召喚師と姫さんの子供だろ」

463: 2012/10/08(月) 18:56:17 ID:AbZ5NYac
回帰の神「…………」

鬼神「図星か。ったく、回りくどい野郎だなテメエ」

回帰の神「……いつ気付いた?」

鬼神「気付くも何もねーよ。誰が召喚師に力の使い方を教えたと思ってんだ」

回帰の神「くくく、全く、恐れ入る」

空狐「……陛下。そろそろ」

回帰の神「わかった」

鬼神「逃げるのか?」

回帰の神「いいや、帰るのさ」

回帰の神「魔王の座にね」

464: 2012/10/08(月) 18:56:50 ID:AbZ5NYac
回帰の神「ひとつ教えておこう。私は我が身を解放するためにここへ来たのではない」

鬼神「あん?」

回帰の神「封印は既に壊れている。ここに来たのは貴方達人間が作り上げたものを利用し」

回帰の神「これまで利用されてきた我が力の全てを奪い去るためだ」

回帰の神「もっとも、貴方がその手で使い果たしてしまったが……結果は同じことだ」

鬼神「…………」

回帰の神「人間は二度と【回帰の力】を使えまい。後はただ、醜く足掻いて氏を待つのみだ」

回帰の神「貴方の選択は人間全てを追い詰めたのだよ、鬼神」

鬼神「…………」

465: 2012/10/08(月) 18:57:44 ID:AbZ5NYac
鬼神「……ははーん、お前さてはバカだな?」

空狐「なっ、無礼な!」

回帰の神「私は事実を述べただけだ。それとも、何か間違えているとでも?」

鬼神「間違いしかねーよ、この有頂天バカ」

回帰の神「は?」

空狐(有頂天……?)

鬼神「ったく、千年も何してたんだテメエ。なんだ? ただグースカ寝こけてただけか? あ?」

回帰の神「む……」

鬼神「人間ナメてんじゃねえよ、こーのスットコドッコイ」

回帰の神「スットコ……」

空狐「ドッコイ……」

466: 2012/10/18(木) 12:29:13 ID:4SvpeZDU
空狐(今時本当にそんな言葉を使う輩がいるとは……)唖然

回帰の神(どういう意味だ……?)

鬼神「はあ……まあいい。言っても仕方ねーしな」

鬼神「失せるんならさっさと失せろ。巻き添え食うぞ」

空狐「……いまいち納得できませんが、いいでしょう」

空狐「さようなら、鬼神」

回帰の神(スットコドッコイ……?)もやもや

 *空狐は転移魔法を使った。

空狐「せいぜい悪あがきを」

 *空狐と回帰の神は転移した!

鬼神「……さてと」

468: 2012/10/31(水) 00:16:18 ID:IuI8iJiM

 地の底から天の果てへ。

 高く伸びた光の柱はその周囲を引きずり寄せ、空の上では暴風が巻き起こる。

 遠く空の端から白雲が集まり、その密度を増して黒雲へと変化していく。

 光の柱は歩みのような速さでその直径を広げ、封印の間は既に完全に飲み込まれていた。


  ゴ ゴン …

  ゴ ゴン …


 重く響くその音は、魔人の鼓動。

 人であることを捨て去り、
 魔物にもなりきれず、
 ただ生前の意志のまま、万物に終焉をもたらす者。

 かつての名は覇王。

 武教の国の最期の王。


 そして、

 勇者であることを否定された、終焉の神の司。

469: 2012/10/31(水) 00:17:25 ID:IuI8iJiM

 ―――――
 ―――
 ―

 ~ 武教の国 王城 玉座の間 ~


鬼神「そいつを棄てろ、覇王!」

覇王「ふ……できぬ相談だ」

 そこには2人の男だけがいた。

 返り血に濡れ、深紅に染まった若き日の鬼神。

 膝をつき、脇腹から流れ出る血を抑えながら小さなクリスを構える覇王。

覇王「狂気の研究は止めねばならん……これは必要なことなのだ」

鬼神「そんな理由で氏のうってのか! チビ助はどうする!」

 悲痛にも思える鬼神の叫び。

 彼の手に剣はない。

 覇王の傷は、自ら負ったものだった。

覇王「人の親として生きることなど、私にはできないのだ、鬼神」

470: 2012/10/31(水) 00:18:37 ID:IuI8iJiM

鬼神「ざっけんなクソボケ!! そんなもんテメエの都合じゃねえか!!」

覇王「そうだ。これは私の我が儘にすぎない。……それでもだ」

 覇王はクリスを自分の心臓へと向ける。

 その刀身は黒く、透明で、魔力に満ちている。

鬼神「っ、止めろこの馬鹿!!」

 鬼神が駆け寄る。それよりも早く、

覇王「……後は任せる」

 ただ一言を呟いて、覇王は己の心臓を突き刺した。

鬼神「……! この、馬鹿野郎がああああー―――――っ!!」

 絶叫と閃光。

 クリスの刀身が、覇王の体へと溶けていく。そして……、


覇王「たとえ悪魔と呼ばれてもいい……」

覇王「せめてこの命が、全ての者の糧とならんことを」


 ――覇王は、魔人へと変化した。

471: 2012/10/31(水) 00:19:27 ID:IuI8iJiM



*悉く貪る終焉の王が現れた!


_

472: 2012/10/31(水) 00:21:21 ID:IuI8iJiM

 光の柱が砕け散り、巨大な影が地に降り立つ。


 山よりも大きく、

 闇よりも暗く、

 炎よりも不鮮明で、

 魔王よりも凶々しく。


 彼は生前の意志のままに、万物の敵としてそこに立つ。

 辺りには轟風が巻き起こり、あらゆるものが彼の元へと引きずり込まれていく。

鬼神「……随分とデカくなっちまったなあ、覇王」

 しかし鬼神は悠然と、ただ懐かしげにそれを見上げる。

鬼神「ったく、勝手になんでもかんでも押し付けて行きやがって……」

鬼神(まあ俺も人のこと言えるモンでもねえが……)

 彼は溜め息をひとつ吐き、

鬼神「全く、俺に何を期待してんだか知らねえけどよ」

 ゆっくりと、終焉の王が動き出す。

473: 2012/10/31(水) 00:22:14 ID:IuI8iJiM



鬼神「――――俺は、ただの農家だっつーの」

 そして、

「■■■■■■■■■■■ー―――!!」

 言葉にならない咆哮と共に、その巨大な拳が振るわれた。

476: 2012/11/25(日) 19:14:33 ID:rFusqDWg

  ・ ・ ・

姫様「…………何だ、あれは……」

 光の柱を砕いて現れたそれは、一見すれば漆黒の巨壁のようでもあった。

国王「マジかよ……」

 その底知れぬ威圧感に、後退り、言葉が漏れる。

 感じたものは恐怖。

 そして確信めいた予感。

暴れ猿「く……こんな、馬鹿げたものが……」

女勇者「…………」

 恐怖に身をすくめ、あるいは茫然と、その存在を確かめるように空を仰ぐ。

 人の形でありながらも、あまりにも大きすぎるその姿は、まさに巨人。

 魔力の飽和の果てか、それとも初めからこうなることが決まっていたのか。

姫様「あれが…………父上、なのか……?」

 失意と絶望がじわりと胸に広がり、膝から力が抜ける。

 覇王“だったもの”は、最早人の手でどうにかすることなど到底不可能と思えるほどの、最悪の怪物と化していた。

477: 2012/11/25(日) 19:15:56 ID:rFusqDWg
 三人と一匹が見上げる先で、終焉の王が拳を握る。

 巨体がわずかに身を反らし、その腕をゆらりと持ち上げ、

国王(っ、やべえ!)

 咆哮。それと共に、爆ぜるような速さで拳が振り落された。

国王「お前ら伏せろ!!」

暴れ猿「!」


  ―― ズ ド  ォ  ォ  ン……!!


 轟音と震動。

 それより数瞬早く全員の前へと飛び出し、両の腕を正面に突き出す。

国王「『収束・高位風壁・十二連!!』」

 自らが繰り出せる最大限の障壁を展開して、猛スピードで迫りくる“余波”に身構える。

女勇者「え、ちょ、何?」

暴れ猿「いいから屈め!」ぐいっ


 *終焉の王の一撃が衝撃波を生み出した。

478: 2012/11/25(日) 19:17:20 ID:rFusqDWg

  ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド ド……!!
  ゴ オ オ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ ォ……!!

 *収束した暴風の渦が盾となって全てを打ち払う!

国王「こ、な、く、そ ぉぉお!!」

 ――大地がめくれ上がり、えぐれ飛ぶ程の衝撃。

 ぐらぐらと足場は揺らぎ、暴風、否、“爆風”があらゆるものを薙ぎ払っていく。

女勇者「何これどうなってんの!?」

 女僧侶と共に暴れ猿に庇われながら、想定外の状況に思わず悲鳴を上げる。

 風の盾に弾かれながらも、土石流さながらの“余波”が地を削り、巻き込まれた土砂が視界を覆い尽くした。

姫様「く――――そ……っ!」

 その中で、武教の姫は這うようにして前へ進む。

 縋るように、

 祈るように、

 拒むように。

 在りし日の父の背中を想い、迷子のように前へと進む。

479: 2012/11/25(日) 19:18:28 ID:rFusqDWg
国王「前に出んな!吹っ飛ばされんぞ!!」

  ピシ――パキィン

 風の盾が、甲高い音を立てて一枚、また一枚と砕けていく。

国王「つ、おぉぉおぉど根性おお お お お  お あ!!」

 しかしそれに屈するまいと、国王はさらに強く魔力を込める。


 ―― 一般的に、攻撃・防御魔法の威力は6つの階級で分類される。

 基礎である『初級魔法』

 応用系魔法とも呼ばれる『低級魔法』『中級魔法』

 発展系として存在する『上級魔法』『高位魔法』

 そして限られた者しか使えない奥義とされ、絶大な威力を発揮する『極大魔法』


 通常、高位障壁を破壊できる威力を有するのは、同じ高位魔法、もしくは極大魔法だけとされる。


国王「冗っ談じゃねぇぞあんにゃろ……!爆風だけで収束高位魔法クラスかよ!!」 

国王(こんなモン直撃したら、それこそ極大魔法並みじゃねえか……!!)ゾ…ッ

 冷たい汗が背筋を伝う。

480: 2012/11/25(日) 19:19:55 ID:rFusqDWg

  ゴオオォォォ……ォォォ……

 ……衝撃波が収まっていく。

国王「っは、くそ……ブランクがキツいぜ……」

 荒野の只中で、国王はただ一つ残った風の盾を前に、膝をついた。

 渦を巻いた風が砂塵を連れ去り、視界が急速に開けていく。

 最初に目に映ったのは、爆風に全てを持っていかれた真っ平らな地面だった。

暴れ猿「魔物達の骸すら……」

 立ち上がり、呆然と言葉を零す。

女僧侶「ぅ……」

女勇者「あ、僧侶ちゃん気が付いた?」

女僧侶「……あ、れ? 私、どうなって……」

姫様「気を失っていただけだ。無理はしないほうがいい」

女僧侶「……? 誰?」

女勇者「後で説明するよ。猿さん、背負ってあげてくれる?」

暴れ猿「ああ」

481: 2012/11/25(日) 19:21:23 ID:rFusqDWg
国王「ヤバいな……こりゃもう近付くどころじゃねえ、逃げるぞ!」

姫様「何?」

国王「今のでわかんねぇか? あんなモン、俺らの手にゃ負えねえよ!」

 ぎり、と歯噛みし、国王は終焉の王を見上げた。

 幸いにも動き出す気配はないが、次また同じことをされれば、守り切れる自信がなかった。

 もしもこちらに気付かれ、直接攻撃を受けたりしたら……。



 極大魔法。

 その最大威力は、世界最大の山脈に軽々と“風穴”を開けるほどのものである。

 仮に正面から受け止めれば、無事で済む人間はいないであろう。






 ―― ただ一人を除いて。


_

482: 2012/11/25(日) 19:22:13 ID:rFusqDWg



農家「……こんなもんかよ、クソボケ」


 非常識がそこにいた。


_

483: 2012/11/25(日) 21:56:15 ID:rFusqDWg
 農家は立っていた。

 平然と、何事もなかったかのように。

 左手一本で終焉の王の拳を掴んだままで、えぐれた地面の中心に立っていた。

「――■■■■■■!!」

 終焉の王が拳を引こうと動く。

 しかし、ピクリともしない。

 自身より圧倒的に軽いはずの農家に掴まれ、終焉の王は動くことさえままならない。

農家「魔人に“成り下がって”、ちったあ気が晴れたかよオイ?」

「■■■■……ッ」

農家「情けねえツラあ晒してんなよ……!!」

 ギシリ。農家の右腕が軋む。

 右足をわずかに引いて体をひねり、作った拳を腰の横に揃える。

農家「テメエの強さはよお……、こんなモンじゃあねえだろうがよ!!」



農家「――寝惚けてんじゃねえぞこの大ボケがあああああああああああ!!」

484: 2012/11/25(日) 21:56:56 ID:rFusqDWg



  ド
     ゴ ォ ン!!



_

485: 2012/11/25(日) 21:57:24 ID:rFusqDWg
 半歩踏み込んでの、腰の回転を乗せた一撃。

 ごく普通の、なんの変哲もないパンチ。

 たったそれだけのものが、

「■■■■■■ー―――!!」

  ぐらり…

 山より巨大なその体を、いともたやすく揺るがせた。

486: 2012/11/25(日) 22:16:59 ID:rFusqDWg
農家「農家アッパー……からの」

 跳ぶ。

 否、飛ぶ。

 矢のような速さで空に舞い、傾いだ巨人の真正面に姿を晒す。 

農家「素手じゃ手加減利かねえからなあ……歯ア食いしばれやああああ!!」

「■■■■!!」

 巨体からは信じられないほどの速度で、終焉の王は防御に回る。

 それは本能だった。

 もしそのまま受けたなら、自分はただでは済まないと。

 そして、


農家「農家ハンマアアアアアア!!」


    ―― ズ ン !!




 ……農家の拳が、巨人の両腕を粉々に打ち砕いた。

488: 2012/11/26(月) 10:21:31 ID:/qxpn/GQ

  ズゥゥ――ン…

国王「」
暴れ猿「」
女勇者「」
女僧侶「」
姫様「」

  ぽかーん…

女勇者「……えーっと」

女勇者「気のせいかな、すごい見覚えある人がアレ殴り倒したように見えたんだけど……」あはは…

国王「なんじゃそりぁああああああああああ!!?!?」ごーん

暴れ猿「非常識だ……」

女僧侶「夢……これは夢……そう夢です……」

姫様「なんだ夢か……」

錬金術師「紛れもなく現実だけれど」

国王「いやいやいやあり得ねぇだ――うぉう!?」ビクッ!

錬金術師「ハァイ、マイファミリー」やあ

489: 2012/11/26(月) 12:47:00 ID:/qxpn/GQ
女勇者「ママ!?」

女僧侶「お妃様!?」

錬金術師「くっくっ、そう呼ばれるのは久しぶりだね。元気かい?」

国王「元気かいじゃねぇよ!何でいんの!?」

暴れ猿「言いながら何故俺様の後ろに隠れる……」

姫様「おい、この白衣の女は誰だ」

女僧侶「えっと」

錬金術師「初めまして武教のお姫様。僕は錬金術師。マイダーリン国王のお嫁さんさ!」キリッ

姫様(……何故決め顔で)

女僧侶「えっ、貴女武教の国のお姫様なんですか?」

姫様「ん? ああ」

国王「んなこたどうでもええわ!説明をしろ説明を!」

暴れ猿「隠れながら叫ぶな」

錬金術師「ふむ、ゆっくり説明したいところだけど」

490: 2012/11/26(月) 15:15:35 ID:/qxpn/GQ

「■■■■■■ー―――ッ!!」

「だあらっしゃああああああああああ!!」

  ゴォン……! ドォォン……!!

錬金術師「まずはここを離れるほうが先決だろうね」

魔女「そうそう。さっさか退かないと巻き添え喰らうわよ」

国王「ゲェッ、魔女!!」ギュッ

暴れ猿「体毛を掴むな!」痛いだろが!

女勇者「情けなぁ……」

姫様「錬金術師と魔女……」

姫様「もしや20年前の英雄か!」

魔女「そんな柄じゃないけどね」

錬金術師「魔女、ペガちゃんは?」

女魔法使い「連れてきた」

女僧侶「あ、魔法使いちゃん」

姫様(急に大人数に……)

491: 2012/11/26(月) 15:23:11 ID:/qxpn/GQ
「馬車の修理は完了しています。皆さん早く!」

錬金術師「すまないね」よっ

国王「ちゃんと説明はあるんだろうなオイ」

暴れ猿「貴様はいい加減離れろというに」

女勇者「何しにここまで来たのかわかんなくなってきた……」

姫様「これが聖獣ペガサスか……」

  ぞろぞろぞろ…

錬金術師「一時離脱後、アレが見える距離で止まってくれ」

「はっ」

 *ペガサスは翼を大きく広げた。

 *柔らかな光が周囲を包み込む……。

 *女勇者達は大空に飛び立った!

494: 2012/11/26(月) 18:28:48 ID:/qxpn/GQ

  ~ 武教の地 東端 上空 ~

国王「どうなってんだ。なんで覇王が目ぇ醒ましてる」

暴れ猿「…………」←諦めた

魔女「順を追って話すわ。まず覇王だけど、覚醒させたのは元々そういう予定だったからよ」

国王「……俺それ聞いてねぇんだけど」

魔女「あんたに話したら王様やるどころじゃなくなるじゃない。ただでさえ危ない橋なんだから」

国王「お前も知ってたのかよ」

錬金術師「まあね。というか、僕の研究こそ必要不可欠なものなのさ」

姫様「どういうことだ?」

錬金術師「その前に君の意思を確認しておこう」

姫様「?」

錬金術師「君は覇王――お父さんと話をしたいかい?」

姫様「何?」

国王「は? おいそりゃどういう」

魔女「あんたはちょっと黙ってな」

499: 2012/11/26(月) 21:31:26 ID:/qxpn/GQ
錬金術師「今の覇王は内包した魔力が飽和し、暴走状態にある」

錬金術師「特に先程大量の治癒の魔力を身に受けたお陰で、見てごらん」くいっ

 錬金術師に促され、全員が幌の隙間から戦いの場を覗き見る。

 農家と覇王の衝突……その度に覇王の腕は砕かれ、しかし次の瞬間には復元する。

錬金術師「あの姿は溢れ出した魔力が象った偶像のようなものさ。それ故に農家でさえ終わらせられない」

錬金術師「膨大すぎる魔力をどうにかしなければ、アレを倒すより先に世界が滅びるだろうね」

女勇者「そんな悠長な……」

姫様「貴女達は、それをわかっていてこんなことを……」

錬金術師「別に世界を滅ぼすためじゃないよ。まあ、ある意味では似ているけれどね」


暴れ猿「何だと?」

魔女「錬金術師」

錬金術師「わかってる。その話は後回しだ」

錬金術師「で、どうだい、武教のお姫様」

錬金術師「あの姿を見て、その上で君は彼と話をしたいと思うかい?」

姫様「…………」

500: 2012/11/26(月) 21:44:47 ID:/qxpn/GQ
女勇者「あれと話を……って……」

女僧侶「そもそも意識があるのかもわかりませんよ?」

錬金術師「そのために僕の研究成果が必要なのさ」

錬金術師「といっても、研究そのものはずっと前に完成していて、実用化するのに20年もかかってしまったわけだけど」

国王「」ビクッ

暴れ猿「20年もか……」

女勇者「あれ? 最近そんな話を聞いたような……?」

錬金術師「ぶっちゃけると魔力強制拡散力場の研究だよ」

女勇者「魔力……」

女僧侶「強制……」

暴れ猿「拡散……」

女魔法使い「力場~」だらーん

3人+1匹「「「「あー……」」」」

国王「なんでこっちを見る……はっ! まさかお前ら農家からなんか聞いたのか!? その目は聞いたんだな!? 止めろそんな目で見るな俺は悪くねぇ!!」

魔女「国王うるっさいっつーの!」

501: 2012/11/26(月) 21:56:53 ID:/qxpn/GQ
姫様(緊張感のない……)はぁ…

姫様「……質問に質問で返すようですまないが、ひとつ確認したい」

錬金術師「いいよ」

姫様「…………、武教の禁術を使ったのは貴女達か?」

女勇者「っ!」

錬金術師「禁術? なんだいそれ?」

魔女「あれでしょ、神様(自称)が魔力集めに使ってたやつ」

姫様「貴女達ではないのか?」

錬金術師「よくわからないけれど、僕達ではないね」

魔女「まー結果だけ見たら利用したようなもんだけど……あんな“存在しない術式”なんて止めようもなかったもんねぇ」

姫様「存在、しない?」

錬金術師「説明するとややこしいから後にしよう。とにかく、僕達は関わっていないよ」

錬金術師「ただ、止めることができなかったのは事実だ。すまなかった」す…

姫様「あ、いや……」

姫様「……こちらこそ、無礼な質問をして申し訳ない」深々

502: 2012/11/26(月) 22:06:31 ID:/qxpn/GQ
錬金術師「で、どうする? 覇王と話してみるかい?」

姫様「私はその為に来ました。しかし……」

魔女「じゃあ話は早いわ。さっさと準備しましょ」

姫様「は? いや、でもですね」

錬金術師「そうだね。マイスッウィ~トダーリン、聖霊の剣はあるかい?」

国王「その珍妙な呼び方は止めて下さいお願いします。一応あるが、どうするんだ?」

魔女「そんなん決まってんでしょ」

一同「「「「「?」」」」」

錬金術師「覇王を叩き起こしに行くのさ」

女魔法使い「らりほー」おー

魔女「マホ、それ違うから」

女魔法使い「?」きょとん

503: 2012/11/26(月) 22:28:53 ID:/qxpn/GQ

  ・ ・ ・

『いいかい? まず覇王と魔人は雛と卵のような状態にあるんだ』

『しかし今は殻があまりに硬く、雛も眠ったままだから、覇王の意識は外に出てこられていない』

『ではどうするか。自力で出てくるのを期待するのは少々楽観的に過ぎるからね、ここは乱暴でも確実な手を打ちたい』

『さしあたっては――』

女勇者「ボクが聖霊の剣で穴を開けて」

女魔法使い「ウチが道を作る」

魔女「で、私がお姫様と一緒に中心部の覇王の所に乗り込んで」

姫様「直接父上を目覚めさせる……か」

女勇者「そんなうまくいくかなぁ」んー…

魔女「今更文句言うんじゃないの。ところで……」チラッ

暴れ猿「何だ?」

魔女「あんたモンスターよね。いいの? 勇者一行についてきたりして」

暴れ猿「ふん、俺様はもう氏んだ身だからな」

暴れ猿「それに……」

504: 2012/11/26(月) 22:30:10 ID:/qxpn/GQ

  ぽむっ

女勇者「に?」

暴れ猿「農家に頼まれているのでな」ぐりぐり

女勇者「ちょ、お、わ、ゆ、ら、す、なあああ!」かくんかくん

魔女(随分律儀な魔物ね……)

姫様「ここからでは遠いぞ。どうするのだ」

女魔法使い「転移魔法、使う」

魔女「次に農家が殴り倒したらすぐ跳ぶわよ。心の準備はいい?」

暴れ猿「ああ」
女勇者「ばっちこーい!」
姫様「大丈夫だ」

魔女「よーし! それじゃあ……」

 ―― ド…ゴォォン! …ズー―――ン!!

魔女「行くわよ!」

一同「「「応!」」」

女魔法使い「『転移』」キィーン…

505: 2012/11/26(月) 22:31:23 ID:/qxpn/GQ


 *女勇者たちは転移した!

_

506: 2012/11/27(火) 12:28:00 ID:TLaPQX.o
錬金術師「さて、もう一つの問題に移ろうか」ぴとっ

国王「引っ付く必要はあるんですかねえ!」ぞぞぞわ…っ

錬金術師「あるとも。何故なら僕が癒される」

国王「そうか、俺は逆に嫌な汗が溢れるけどな!」

錬金術師「くっくっ、ダーリンの、照・れ・屋・さん♪」つんっ

国王「耳元で囁くな胸をつつくな頬を赤らめるなあああああああ!!」鳥肌があああああ!!

女僧侶(私は空気……私は空気……私は空気……)

「大変そうっすね……」

女僧侶「あ、お気遣いなく」

国王「でええいくそっ離れろ!」

錬金術師「あんっ、ダーリンのいけずー。……まあいいや、そろそろ真面目な話をしよう」

国王「頼むぜホントお前……くっつくならせめて人のいないとこでしてくれよ……」はあぁ…

錬金術師「……ほう」キュピーン

国王「……はっ!」しまった!

女僧侶(全然話が進まない……)

507: 2012/11/27(火) 12:28:58 ID:TLaPQX.o
錬金術師「それじゃ、次の話に進もう」にこにこ
 ↑後でべったべたに甘える約束取り付けた

国王「……おぅ」ずーん…
 ↑約束させられた

女僧侶(テンションの差が……)

錬金術師「まずおさらいしよう。回帰の神の正体は初代魔王……いわば大魔王だった。ここまではいいね」

国王「おう」

錬金術師「そして大魔王の封印は既に壊れ、根源を失ったことで治癒の魔法はもう誰にも使えない」

女僧侶「はい」

錬金術師「と、大魔王は勘違いしているわけだ」

女僧侶「はい?」

国王「違うのか?」

錬金術師「要は“回帰”の魔力に頼らなければいいだけだよ。その研究も完了しているから、そこはもう無視していい」

錬金術師「何日かしたら魔術師協会から魔導書が配布される予定だしね」

国王「んじゃあ、何が問題なんだ?」

錬金術師「【教会】さ」

508: 2012/11/27(火) 12:29:34 ID:TLaPQX.o
女僧侶「あ……!」

錬金術師「教会は知っての通り、回帰の神を信仰する宗教だ。あれの封印の要の樹を聖樹などと呼んでいるし……」

錬金術師「何より一般の信仰者の絶対数は世界一だ。【連合】を最も強力にバックアップしているのも教会だね」

錬金術師「さあここで問題。そんな彼らの神である大魔王を討とうと試みたら、人々からはどう見られると思う?」

国王「……敵、ってことになるか」

女僧侶「そんな……でも、相手は大魔王ですよ!?」

錬金術師「そんなもの黙っていればわかりはしないさ」

錬金術師「第一、一般人からしたら魔王がどうこうなんて、ぶっちゃけ何の関係もないからね」

錬金術師「人々が求めているのは、平穏だ」

錬金術師「それを崩そうとするのなら、何が敵でも味方でも、どうだって構わないんだよ」

510: 2012/11/27(火) 21:47:39 ID:TLaPQX.o

  ・ ・ ・

「大総統閣下、出撃準備が整いました」

大総統「ご苦労様。副指令君、状況は?」

副指令「鬼神らしき人物と肥大化した魔人が交戦中です」

大総統「ひと段落したら地図の書き換えが必要そうだね」

副指令「冗談になりませんよ……何なんですかあれは」

大総統「人間と人間さ。それ以外の何でもない」

副指令「事実だとしても常軌を逸しています。……今回の出撃も、本当に意味があるのですか?」

大総統「君はどう思う?」

副指令「失礼ながら、必要だとは思えません」

大総統「だろうね。だが、我々が向かわなければ彼は連合の手に落ちる」

副指令「確信があるのですか?」

大総統「ああ。彼は人間を殺せない。頃したこともない」

副指令「戦争となればそうも言っていられませんよ。鬼神ともあろう者が……」

大総統「まあ、彼は甘いからね」

511: 2012/11/27(火) 21:49:07 ID:TLaPQX.o
大総統「4年前、総司令君をうちに迎えた時の事件は聞いているかい?」

副指令「確か、北方大陸東部で魔王軍の残党による襲撃を受けたと」

大総統「ふむ、少し違うね」

副指令「は」

大総統「襲撃事件の実行犯は当時の魔王一人、だったそうだよ」

副指令「なっ!? まさか、魔王が自らなど……」

大総統「むしろ冴えたやり方さ。何故なら、魔王は人間……それも彼の友人だった男、だからね」

副指令「人間が魔王に……?」

大総統「そして彼は魔王を殺せずかけがえのない者を亡くし、総司令君も命を落としかけた」

副指令「……」

大総統「それでもあの2人は泣き言ひとつ口にしない。全く、頭が下がるよ」

副指令「……今の総司令からは想像もできませんが」

大総統「うん? ん、あー……うん、まぁ、ほら、あれだよほら、親が親だもの」

副指令「……あー」

?「…………」そ~…っ

512: 2012/11/27(火) 21:50:19 ID:TLaPQX.o
大総統「男の子は母親に似るって言うしねぇ」

副指令「あまり納得したくないのですが……」

?「なんの話だい?」わしっ

  ふにゅん

副指令「ひにゃっ!?」びくーん!

大総統「おや総司令君」

総司令「どうも閣下」もみもみ

副指令「ふやっ、ちょ!総司令っ!?」

総司令「ん~、相変わらずの柔らかさ。流石は副指令ちゃんのちっぱいだ」もみもみもみもみ

副指令「う、後ろから揉まないで下さっ、ふぁっ!」

大総統「……ほどほどにね」

副指令「とめて下さいよ閣下!っあん!」

総司令「あー、癒されるー」もみもみもみもみもみもみ

副指令「ひっ、や、は……んんっ!」びくびくっ

大総統(振り払えばいいのにねぇ)

513: 2012/11/27(火) 21:51:21 ID:TLaPQX.o
総司令「ふー、やっぱりおっOいはちっぱいに限るね!」ツヤツヤ

副指令「いい仕事したみたいな顔しないで下さい……」ぜー…ぜー…

大総統「満足いったかい?」

総司令「そりゃあもう、これでまた今日一日生きられますよ!」キリッ

副指令「毎日揉む気だこの人ぉ……」

副指令「どうせなら部屋で2人きりの時に……」ぶつぶつ…

大総統(若人は見ていて飽きないねぇ)

大総統「準備は万端かな?」

総司令「広域転送魔法を待機中です。連合の動きがあればすぐにでも介入できます」

副指令(切り替えが早い……)

大総統「ふーむ、そうなるとしばらくは暇だね」

総司令「まあぶっちゃけそうっすね」はい

大総統「どうだろう、動きがあるまで花札でも」

総司令「お、いいですね」

副指令「ちょっ!?」

514: 2012/11/27(火) 21:53:21 ID:TLaPQX.o
やっべ、名前がっつり間違えた

× 副指令
○ 副司令

515: 2012/11/27(火) 22:28:09 ID:TLaPQX.o



錬金術師「――君は今、分かれ道の上にいる」



錬金術師「ひとつは、このまま教会に戻り、弱き者の助けとなって生きる平穏な道」

錬金術師「ひとつは、僕達と共に万人を敵に回し、神頃しに全てを賭ける修羅の道」

錬金術師「あるいは、何もかもを投げ出して終わりを待つ道、なんてのもある」

錬金術師「個人的には3つ目がお薦めだね」

錬金術師「もし幸せになりたいと願うのなら、君は今ここでこの戦いを降りるべきだ」

錬金術師「君は……僕達とは違う、使命もなければ手も汚れていない」

錬金術師「この先は血と泥にまみれた、喪うばかりの氏の道だ」

錬金術師「戻ることはできない。ただひたすらに進み続けるしかない。立ち止まることさえ赦されない」

錬金術師「……それでもこちら側に来るというのなら」

錬金術師「僕達は、君の力を自ら望んで求めよう」

錬金術師「選ぶのは君だ」

錬金術師「答えを聞かせてくれ」

564: 2013/02/10(日) 22:24:38 ID:2PoCuJUc

 晴天。


 僅かな白雲は薄く伸び、風は優しく。
 その下でそれぞれの生活を営む人々の表情は、誰もが明るく。


鬼神「随分と様変わりしたもんだな」

覇王「そうだな」


 武教の国、大きな噴水を中心とした広場の端で、二人の男は少ない言葉を交わす。


「ちちうえー!」

「姫様、あまりはしゃぎすぎませぬように……」

「む、じいはかたいぞ! こんなにいいてんきなのに」


 ほら! と空を仰いでくるくると回る少女。

 その姿を眺める男二人の顔に、僅かに笑みが浮かぶ。

565: 2013/02/10(日) 22:25:21 ID:2PoCuJUc

覇王「お前のお陰だ」

鬼神「またそれか。俺は何もしてねえだろ」

覇王「私を止めてくれただろう?」


 平和で穏やかな景色を見つめ、心は温かく、陽射しは暖かく。


覇王「私には、この国を変えることはできなかった」

覇王「誰もが強さだけを求めて血を流し、骸を積み重ね、永遠に氏と破壊を繰り返してきた」

覇王「私には変えることはできなかった」


 顔を上げる。

 太陽に目が眩み、視界が白に染まる。

 吹き抜けていく一陣の風。

 目を細め、木々が揺れる音が雑踏を掻き消していく。



 ――音が、消える。
_

566: 2013/02/10(日) 22:25:54 ID:2PoCuJUc

「友よ。私にはできなかったんだ」


 そして、幻想は瓦解した。


「私は希望になろうとした」

「しかし、私では届かなかった」

「だから終わらせることを選んだ」

「せめて絶望であろうとした」

「逃げてくれるならそれでもよかった」

「ただ、生きることを知ってほしかった」

「だが結果はどうだ? 私はただの破戒者に終わり、武教の国はもはやない」

「私は失敗したんだよ、鬼神」

「だから、もういい」

「もう、いいんだ……」

567: 2013/02/10(日) 22:26:25 ID:2PoCuJUc

 私を生かそうとしなくてもいい。

 私を助けようとしなくていい。

 終わらせてくれれば、それでいい。

 その最期の願いは――――……


農家「甘えたことぬかしてんじゃねえぞ、クソボケええ!!」


 雄々しき一撃と共に、容赦なく叩き伏せられた。



(……それでも――――)
_

568: 2013/02/10(日) 22:27:00 ID:2PoCuJUc

 友の拳が我が身を揺らす。

 どこまでも熱く、力強く、

 諦めなぞ知らぬとばかりに、その手は私を掴もうとする。

 けれど、私にその資格はない。

 だから、友よ。諦めてくれ。

 どうか私を諦めてくれ。

 もう何も要らないから。

 もう救おうとしなくていいから。

 もう見棄ててくれていいから。

 友よ。

 お前が私を友だと思うなら、

 どうか、私を滅ぼしてくれ。

 どうか、私を頃し尽くしてくれ。
_

569: 2013/02/10(日) 22:27:26 ID:2PoCuJUc

 彼の手は掴み取るために。

 彼の手は振り払うために。

 交錯し、衝突し、互いの意志が絡み合う。

 武人ではなく、友として。

 武人ではなく、王として。

 諦めない男と、

 諦めた男とが、

 ただひたすらにぶつかり合う。


 何故だ。

 何故お前はそうまでして、私を――、


農家「気に入らねえんだよ、このヘタレ野郎」


 それはシンプルな答えだった。

570: 2013/02/10(日) 22:28:00 ID:2PoCuJUc

農家「気に入らねえからブン殴る」

農家「許せねえからブチ頃す」

農家「ムカつくからブッ飛ばす」

農家「どんだけ理由を後付けしようが、俺のやり方はそれだけだ」


 空中に立つ。

 用いる魔法は空間固定。

 ただ何もない場所に見えない足場を設けるための、誰でも使える基本魔法。

 それは農家が使う、たった三つの魔法のうちの一つ。


農家「『空間固定、装填(セット)』」


 ディレイを利用し、魔力の溜めを最小限に。

 右腕は殴るため。

 左腕は掴むため。


農家「今度は逃がさねえ」

571: 2013/02/10(日) 22:28:32 ID:2PoCuJUc

 蠢く闇の塊のような魔人を見据え、農家はその拳を振り落す。

 どこから絞り出されているのか。獣のような咆哮が耳を劈き、巨大なその身が大地に沈む。


農家「――『解放(エミット)』!」


 同時に空間固定魔法を発動。

 狙いは倒れた覇王の四肢。

 農家が内包する、魔王にも匹敵するといわれる強大な魔力が、ただ覇王を止めるためだけに放たれる――。


「■■■■……!」


 覇王の動きが、止まった。



農家「そら行け、ガキども」


_

572: 2013/02/10(日) 22:29:13 ID:2PoCuJUc

 何故だ。

 何故諦めてくれない。

 私には最早何もないのに。

 国も、

 民も、

 夢も、

 志も。

 何もかも間違えて、何もかも失って、

 ただ滅ぶためにここにいる私を、

 何故諦めてくれないのだ。

 何故眠らせてくれないのだ。

 何故逃げさせてくれないのだ。

 やめてくれ。

 頼むから。

 私は、

573: 2013/02/10(日) 22:29:48 ID:2PoCuJUc

 ――私は、もう氏にたいのに……。



姫様「父上ぇ!!」



 ……どうして、来てしまったんだ。
_

574: 2013/02/10(日) 22:36:20 ID:2PoCuJUc
すんませんおまたせしました

農家「魔王とかフザけんな」【その4】

引用: 農家「魔王とかフザけんな」