593: 2013/03/31(日) 17:14:14 ID:fLgPQKWI

594: 2013/03/31(日) 17:15:07 ID:fLgPQKWI

 父の存在を感じる。

 とても懐かしい感覚。


 雄々しいようで脆く、繊細で、人知れず涙を流しながらそれでも武教の王であろうとした人。

 王となることを義務付けられ、きっと誰よりも悩んで、苦しんで、悲しんできた人。

 人頃しの国に産まれるには、あまりにも優しすぎた人。

 私はそんな父上が大好きだ。今でもだ。

 たとえ血の繋がりがなくても、私を誰より愛してくれた。守ってくれた。

 最後の最後で突き放したのも、きっと私を守ろうとしてくれたから。

 だから、返したい。そして確かめたい。

 今度は私が助けたい。

 そして、もう一度言ってほしい。

 怒るかもしれない、悲しむかもしれない、けれど、これは私の我儘だ。

 だから、私は私のために。

 あなたのことを諦めない。
_
葬送のフリーレン(1) (少年サンデーコミックス)
595: 2013/03/31(日) 17:16:27 ID:fLgPQKWI

『さっすが、王女様は違うなぁ』

『国王陛下って前は勇者だったんだろ?なら王女様が凄いのも納得だわ』

『強ぇー……、やっぱ元勇者様の血を引いてるだけあって半端ねえや』

『あの王様の娘で王子様の妹だからなー』


『なんせ王女様だし』


『元勇者様の娘だから』



『あの人の妹だから』



『王女だから』





『七光りのくせに』

_

596: 2013/03/31(日) 17:17:08 ID:fLgPQKWI

 ……小さい頃は、ずっとお兄ちゃんの後ろに隠れてた。

 なんでもできるお兄ちゃん。

 みんなに認められるお兄ちゃん。

 王子だからとかじゃなくて、ちゃんと自分を見てもらえてたお兄ちゃん。

 いつもすごくいいかげんで、でも大事な時はすごくかっこいいお兄ちゃん。

 人気者で、頭がよくて、強くて、優しくて。

 いつもいつも、たくさんの人に囲まれて。

 そんなお兄ちゃんの後ろに隠れて、ずっと服の裾を掴んでた。

 それが、昔のボク。


『世界をひと回りしたら、すぐ戻ってくるからな』


 そう言って旅立っていった、お兄ちゃん。

 それが、最後に聞いた、お兄ちゃんの言葉。


 ――訃報が届いたのは、その三か月後だった。
.

597: 2013/03/31(日) 17:18:23 ID:fLgPQKWI
女勇者「ねえおじさん。勇者ってなんなの?」

農家「は?」

女勇者「…………」 じぃ~…

農家「…………」

農家(なんでこいつら親子は揃いも揃ってそれを俺に聞くんだ……) 何なんだ…

女勇者「ねえ、なんなの?」

農家「そう言われてもな……」

農家「というか、テメエよくわかんねえままで勇者やってんのか」

女勇者「わかんないっていうか……わかんなくなったっていうのかなぁ……」 むぅん…

農家「んじゃあ元々どういうモンだと思ってたんだ?」

女勇者「えーっと、なんかこう悪い奴をズバズバーッとやっつけてー、うん、みんなのヒーロー! みたいな」

農家「テメエ馬鹿だろう」

女勇者「失礼な!?」

農家「そんな単純なモンだったら誰でもなれるだろ」

女勇者「お? ……おお」 なるほど

598: 2013/03/31(日) 17:19:03 ID:fLgPQKWI
農家「まあ、本当は誰がやったって構いやしねえモンなんだが」

女勇者「でもなんか変な決まりがあるんでしょ? 昼間話してたやつ」

農家「ありゃただの都合のいい目安だ」

農家「ああいう能力的な部分を除けば勇者に求められるモンってえのは……」

農家「そうだな、精神的な支柱としての役割、とかか」

女勇者「支え?」

農家「どう説明したモンか……例えば仲間が10人しかいない状態で、敵が1万いたら、お前ならどうする?」

女勇者「氏ぬ気で逃げる」

農家「逃げちゃなんねえ状況だとしてだ」

女勇者「えー……うーん……」

農家「そこで迷わず立ち向かうのが勇者ってモンだ」

女勇者「……いやいや、それただの無謀じゃない?」

農家「それを無謀と思わせないのも勇者の仕事だろ」

女勇者「訂正。無茶苦茶すぎ」

農家「そういうモンなんだよ、勇者ってのは」

599: 2013/03/31(日) 17:19:42 ID:fLgPQKWI
女勇者「んないいかげんな……」

農家「そういう部分じゃタコ助も立派に勇者やってたがな」

女勇者「えぇー……想像つかない」

農家「まあ、元はヘタレ愚図だから仕方ねえだろ」

女勇者「想定以上の酷い評価だ!?」

農家「妥当だ、妥当」


農家「とにかくだ。勇者ってのは迷っちゃなんねえモンなんだ」

農家「自分の勝利を信じる。自分の正義を信じる」

農家「ブレずに自分を貫き通す。それができて初めて勇者として胸を張れる」

農家「テメエの心に芯がねえ奴には、どうやったって勤まりやしねえよ」

農家「その意味じゃ、テメエはまだ勇者は名乗れねえなあ」

農家「お前は勇者にゃ向いてねえよ」

農家「拗ねんな面倒くせえ。つーか、勇者なんざ絶対に必要なモンじゃあねえんだ」

農家「別に投げ出したってな、誰にも文句言われる筋はねえんだぜ」

農家「まだまだテメエはガキだろ。勇者らしさより先に、しっかり悩んできっちり考えろや」

600: 2013/03/31(日) 17:20:17 ID:fLgPQKWI



農家「いいか、大事なのは勇者としてどうなのかってことじゃねえ」

農家「テメエが何を、どうしたいのか、ってことだ」

農家「そんで勇者ってモンが枷になっちまうようならな」

農家「構うこたあねえ。勇者なんざやめっちまえ」


.

601: 2013/03/31(日) 17:21:32 ID:fLgPQKWI

 魔力にはいくつかの性質が存在する。


 一、無色の魔力は拡散しやすく、属性を帯びやすい。

 二、属性を帯びた魔力は同じ、または近しい属性と結合しやすい。

 三、その反対に、属性が異なる程に強く反発を起こす。


 例えば風の属性を得意とする国王は、対属性とされる地の属性を不得意としている。

 そして、


 四、創造、終焉(破壊)、回帰(再生)の魔力は、創<壊<再<創、の順に三つ巴の性質を持っている。


 と、されている。

 ここに一つ、間違いがある。

 現代においてそれを知る者は、二人の人間と一人の魔族、そして一柱の神のみ。


 端的に真実だけを述べるなら、

 原初の神は、三柱ではないのだ。
.

602: 2013/03/31(日) 17:22:02 ID:fLgPQKWI
「作戦に移る前に、一度細かい情報を整理しておこう」

「この作戦の肝は、あの暴走状態にある覇王の中核──つまり覇王本人の元に如何に迅速に辿り着けるか。これがまず一点」

「次いで、そこまで行くための道を切り開き、作戦成功まで無事道を維持できるか。この二点にかかっている」

「覇王の外套は単一性質の魔力の塊で、密度もハンパじゃない。鬼神がぶっ飛ばして薄くなった場所を狙ったとしても、それだけでは覇王まで届かないだろう」

「仮に届いたとしても、高密度の魔力の収束速度は速い。覇王に到達するには時間が足りないし」

「何よりあれだけの魔力に呑み込まれたら、並の人間程度では一瞬で御陀仏、即ゲームオーバーだ」

「そこで切り札を使う」

「いや、拡散力場は最後の詰めだ。なにより多用できるほど余裕がない」

「よって道を作り、道を保つためには、もう一つの手札が必要となるのだが」



 魔人の中心、人間の心臓に位置する場所。
 そこに身を隠す覇王の元を目指し、女勇者一行が降下する。

魔女「女勇者!」

 一人飛び出しかけた武教の姫を追いつつ、魔女が声をあげる。

女勇者「オーライ!」

 それに言葉を返すより早く、女勇者は『聖霊の剣』を抜き放った。

603: 2013/03/31(日) 17:22:46 ID:fLgPQKWI
「聖霊の剣は、かつて初代勇者が精霊王より賜ったとされる神界の剣」

「ただ振るうならばただの堅固な鉄塊に過ぎないが、多重複合魔法剣を実現可能とする数少ない宝具の一つ」

「そしてその真髄は──」



女勇者(あらゆる魔力の相性を無視して、力ずくで黙らせる『調和』の力──ッ!!)

 女勇者が魔力を注ぎ、聖霊の剣が強く鳴動する。
 天高く掲げた刀身から、漆黒の魔力に相反するように、純白の光が溢れ出す。

 溢れた光は帯となり、光帯は円環を描き、迫り来る漆黒を『斬って』『鎮める』。
 やがてその軌道は螺旋を描き、ひとつの巨大なリングとなった。

女勇者「いぃぃ……っ」

 振りかぶる。

 それに呼応するように、光輪が加速する。

女勇者「──っけええええええええええ!!」

 降りおろす。

 その動きに従って、光輪が真っ直ぐに走り出した。
 目指す先は一直線、覇王の元へ。

604: 2013/03/31(日) 17:23:26 ID:fLgPQKWI
女魔法使い「『空間固定』……あとよろしく」

 女勇者達の足下を固め、女魔法使いが魔女らに続く。

女魔法使い「『飛翔魔法』」

 光の軌跡を追うように、少女の体が加速する。
 その姿が先行した二人に追い付くのを見届け、

女勇者「任された!」

 いつになく真剣に応え、震える剣を握り直した。



女勇者「――とは言ったけどもぉ……っっ」

女勇者(これ、予想以上にキッツい……!)

 荒ぶる魔力を斬り鎮める度に、聖霊の剣が強く小さく震える。
 その震えを抑え込みながら、丁寧に魔力を注いでいく。

 女勇者自身の内蔵魔力量は、実のところ一般人と大差ない。
 勇者としてはなんとも情けない話だが、修行を受けていなければ、おそらく持って10秒程度。
 元来不器用な女勇者にとっては、神経を削るこの奥義は崖の上の綱渡りに等しい。

女勇者(こーゆー時のためだったのかな……?)

 思い出すのは、農家に鍛えられた数日間。

605: 2013/03/31(日) 17:23:59 ID:fLgPQKWI
女勇者「あ、ダメだテンション下がる」

 思い出しすぎてへこんだ。超へこんだ。ついでに光帯もへにゃった。
 思わず膝をつきそうになる体を、後ろから大きな手ががっしりと支えた。

暴れ猿「ふらふらするな。お前が要なのだろう」

女勇者「おぉう。意外なところから注意が」
 
暴れ猿「あの男との約束だ。俺様が支えてやる、しっかりやれ」

女勇者「いつの間に……」

暴れ猿「伝言ついでにな。……ああ、そうだ。ひとつ伝えていなかったか」

女勇者「?」

暴れ猿「現実を疑うな、だそうだ」

女集者「なにそれ」

暴れ猿「さあな、わからん。そのうちわかるようになるのかもしれん」

暴れ猿「まあ、それはさておき集中しろ。切っ先がぶれているぞ」

女勇者「ああっと!!」

 暴れ猿に支えられ、もう一度剣を握り直す。

 光帯が安定を取り戻し、更に深くへと斬り進んでいく。

606: 2013/03/31(日) 17:25:19 ID:fLgPQKWI


「理屈はわかったんだけどさ、それボク外にいないと駄目なの?」

「その辺りは魔人をどうやって止めるのか、に関係してくるね」

「と言うと?」

「前の魔人が止まったのは結局自己崩壊が原因だったわけだけど、今回はそれを意図的に起こすのが目的なんだ。

 そもそもの原因は魔人の中核が膨大な魔力に耐えきれずに自壊したことがきっかけでね、
 結果として中核に引き寄せられていた魔力が引力を失い、辺り一帯に拡散していったわけだ。

 そしてどうなったかというと」

「もしや、『魔力乱流』か?」

「なにそれ?」

「人間界にはないけど、高濃度の魔力が指向性もなく滞留してる場所で見られる自然災害よ。

 何の備えもなく入り込んだら魔力の圧力や反応、魔力自体の影響とか、まあ、色々あって氏ぬわ」

「大事なとこぼかしたなおい!?」

「詳しく話すと長くなるもの」

「何より厄介なのが、魔法どころか魔力に起因する技術、魔力を利用した道具などのほとんどが正常に機能しなくなることだね。

 そういうわけで、外にいて後から突入組を引っ張り出せる役が必要なのさ」

607: 2013/03/31(日) 17:26:07 ID:fLgPQKWI
「あれ? じゃあそれ結界張りながら一緒に行くのも無理ってこと?」

「いやできなくはないわよ。でも無理でしょ」

「む、馬鹿にされてる」

「馬鹿にっつーか、そもそも結界は固定設置魔法だから無理だろ、技量的に」

「マイダーリンでも厳しいからね」

「ダーリン言うな」

「…………」

「……? 猿さんどったの?」

「ん、いや。少しな」

「…………ふむ。

 魔物君、少しいいかい?」

「あ? ああ」

「暴れ猿さん、何気に普通に馴染んでますね……」

「悪く……ない……」

「はいはいボサっとしてない。準備するよ準備!
 まずは力場の展開方法と『糸』の使い方を――」

608: 2013/03/31(日) 17:26:54 ID:fLgPQKWI

 ――突入から60秒、三人はかなりの速度で降下している。

魔女(深い……)

 にも関わらず、未だ中核の影さえも見えない。

魔女(まさか突き抜けたりしないでしょうね)

 ぶっちゃけ大体で位置を決めて勢いで(主に武教の姫のせいで)突入してしまったから、覇王本体の場所ははっきり把握してきたわけじゃない。
 とはいえ魔法で調べようにも周囲の濃すぎる魔力が邪魔であるし、そうでなくても聖霊の剣の光帯に包まれた空間内では、その光帯を隔てた範囲に干渉する魔法は無力化される。

 こういった状況下でアテにできるのは、経験、統計、そして、

 武教の姫の顔を見ると、彼女は何か確信を得たような目をしていた。

姫様「間違いない、この先だ」

魔女「オーケー。女勇者、このまま真っ直ぐよ!」

『りょーかい!』

 通信魔法を通じて、はるか上空に立つ女勇者に指示を飛ばす。
 わずか先を走る光帯の切っ先が加速し、さらに深く深くへと切り進――


   ビ シ リ  ピシッ


 ――突如、光壁に黒い亀裂が走った。

609: 2013/03/31(日) 17:27:33 ID:fLgPQKWI

農家「クソッタレ! 暴れんなっつ う の !!」

「■■■■■■■■■■!!」

 空間固定による拘束を打ち破らんと、魔人の魔力が形を変える。
 その形態はもはや人の形ではなく、深海の生物のようでもあった。

 拘束を免れた魔力が触手のようにうねり、幾度となく農家に迫る。
 が、農家はそれを素手でもって打ち払い、魔人を逃さぬようにさらに広域に空間固定魔法を展開した。

 しかし、ただ一点。
 魔人の中心に至る一角だけは、固定するわけにはいかない。
 そこを止めてしまっては、女勇者たちが巻き添えとなるからだ。

 故に、魔人はそこから尚も龍脈から溢れる魔力を吸い上げ、ますます大きく膨らんでいく。
 そしてその魔力でもって、農家の身を狙ってくる。

農家(だが、注意をこっちに向ける分には問題ねえ──!)

 元より農家の役目は時間稼ぎ。
 あえて自分の周囲をがら空きにし、攻撃を許しているのもそのためでしかない。


 この直後、その目論見が甘かったと、魔女と農家は痛感することになった。

.

610: 2013/03/31(日) 17:29:42 ID:fLgPQKWI

 『無属性魔法』

 コモンマジック、あるいはコモンスペル。または基本魔法とも呼ばれる魔法群の総称である。
 属性に囚われず機能するこの魔法群には、空間魔法、具現化魔法、強化魔法などが分類される。

 農家の用いる空間固定もまた、空間魔法の一つ。
 誰でも扱えるが、その代わりに制御が難しく、高い威力を発揮するためには相応の魔力と技術が必要とされる。

 ここで一つ、思い出してほしい。

 『純化』

 有属性魔法において、その威力を最大限にまで発揮する手段の一つである。

 ごく単純な公式として。

 純化されていない魔法では、純化した魔法には敵わない。

 それは、無属性魔法に対しても言えることだ。
.

611: 2013/03/31(日) 17:30:24 ID:fLgPQKWI

農家「こ、っのや、ろ …… !!」


 無属性魔法には、純化という概念が適用できない。

 それに対し、覇王の纏う魔力は、純粋な再生の魔力の集合体である。

 いかに農家が、鬼神が人の域を超えた絶大な魔力を誇ろうとも、


「■■■■■■■■ー――――ッ!!」

農家「っ、くそ! 浸食してきやがった!」


 相性の差は、あまりにも大きすぎる。
.

612: 2013/03/31(日) 17:31:04 ID:fLgPQKWI

 響き渡る咆哮。
 爆ぜるような音と、唸りを上げて吹き荒ぶ風。

 空はいつしか暗雲に覆い隠され、雷鳴が走り、空気を焦がす。

 生き物のように暴れ狂う再生の魔力の集合体。

 それを打ち払う鬼と呼ばれた男。

 両者が交わる度に、砕かれ指向性を失った魔力が荒れ果てた大地に降り注ぐ。



 ……そして、その下で。


『――――』

「…………」

(……また氏に損ねた、か)


 二つの影が、空を見上げ、

 しかし互いに言葉を交わすことはなく、それぞれの場所へと足を向けた。


.

627: 2013/04/28(日) 10:22:18 ID:fy9Bjfps
 魔力は常に消耗する。

 それは空間固定魔法でも、結界でも、ただ火を熾すだけの簡単な魔法でも例外ではない。


女勇者「──っ、はっ、ふぅぅ……!」


 聖霊の剣から放たれる結界は、その効力に対し必要とされる魔力量は少ない。

 しかし、あくまで使用に関しては、である。

 より多くの、あるいはより強力な魔力、魔法を鎮めようとするならば、当然相応の魔力を消耗する。

 持続的にともなれば尚更だ。


女勇者(まず……くらくらしてきた……)


 視界が霞む。

 覇王の圧倒的な魔力量は、女勇者一人と比べれば数万倍、あるいは数十万倍である。

 それに対抗できているのは、ひとえに聖霊の剣の結界の性質が故にすぎない。

 だが結界を維持しようとすれば、消耗する魔力はそれだけ大きくなる。

 相性だけでは埋められない差が、そこにはある。

628: 2013/04/28(日) 10:22:52 ID:fy9Bjfps
 故に、限界は必ず訪れる。

 龍脈から無尽蔵に魔力を吸い上げ肥大化を続ける覇王に対抗するには、


  ── ピキ パキパキ…


 人ひとりの魔力では、不十分に過ぎた。



 その背後で、暴れ猿は考えていた。

 この少女を守るために、自分に何ができるのか。

 そして決断は早く、彼は深く息を吐き、告げた。


暴れ猿「勇者。俺達の背後の結界を解除しろ」

女勇者「へ?」

暴れ猿「それで少しはマシになるはずだ。お前は前だけ見ていればいい」


 突然の言葉に、疑問と不安が心を揺らす。

 しかし、

629: 2013/04/28(日) 10:23:29 ID:fy9Bjfps
『女勇者! 結界がガタついてるわよ、何かあったの!?』


 通信魔法で届く魔女の言葉。

 感じる自分の力の限界。

 その自分を支える暴れ猿の、強い意志を込めた瞳。


暴れ猿「信じろ」


 そして、たった一言。


女勇者「……わかった」


 前へ。

 自分達を守る為に用いていた魔力を、まっすぐに集中する。

 僅かだが勢いを取り戻した結界が、魔女達を導くように下へ下へと加速する。



 その背後に、

 漆黒の魔力が洪水の如く押し寄せた。

630: 2013/04/28(日) 10:24:04 ID:fy9Bjfps
 両の腕を広げる。

 足場を強く踏みしめ、来たる衝撃に備える。

 息を大きく吸い込み、歯を食いしばり、

 全身に流れる魔力を、己の背に集中する。


  ── ゴ …… !!


暴れ猿「────ォォォオオオオオ!!」


 受け止める。

 圧倒されてなお、倒れることなく受け続ける。

 降り注ぐ魔力の暴威を、その身ひとつで防ぎきる。


女勇者「猿さん……!」

暴れ猿「振り返るな!!」

女勇者「っ」

暴れ猿「俺は……俺だからこそ……!」

631: 2013/04/28(日) 10:24:34 ID:fy9Bjfps
 漆黒の氏の雨を浴びながら、彼はなお立っていた。


暴れ猿「錬金術師が言っていた……大魔王は魔族を産み、魔族が魔物を産んだと」

暴れ猿「ならば、その力の根源は全て同じ……。俺ならば、この魔力にも耐えられるかもしれないと!」

女勇者「でも……」

暴れ猿「結果は見ての通りだ……俺は賭けに勝ったぞ! だから、お前はもう迷うな!」


 強い言葉。

 強い姿。

 それを見て、女勇者の口から素直な疑問が零れた。


女勇者「なんで、そこまでできるの?」


 関係ないのに。

 本当なら、関係なかったはずなのに。

 ただたまたま同行してきただけで、人間と魔物とじゃ、義理も何もないはずなのに。

 そんな女勇者の問いかけに、暴れ猿は、ふっと笑みを浮かべた。

632: 2013/04/28(日) 10:25:08 ID:fy9Bjfps
暴れ猿(ああ、全く何故だろうな……)


 魔物は人に害をなすものだ。

 分かり合うことなどないと思っていたし、共に戦うなどあり得ないと考えていた。

 けれど、あの日から。

 農家に殴られ、人に触れ、挙句共に魔物を倒し、

 自分を人と同じように扱い、酒まで振る舞って、


『任せるぜ』


 あの言葉が。

 何気ないたった一言が、ひどく自分の心を揺らした。

 ああ、そうだ。

 あの時感じた感情は──。


暴れ猿「嬉しかったからだ」


 そうだ。俺は嬉しかったんだ。

633: 2013/04/28(日) 10:25:39 ID:fy9Bjfps
 ずっと化け物として生きてきた。
 化け物らしくあろうと振る舞ってきた。

 意思を交わすことを捨て、人と魔物は違うものだと諦めてきた。

 けれどたった一言が、

 わずかなひと時が、

 俺の中にあった諦めを打ち崩し、代わりに別のものを積み上げていった。

 認められた気がした。

 同じだと。変わりないと。
 許されるのだと。

 ああ、なんてことだ。

 こんなほんの偶然の出会い一つが、俺の心をこんなにも満たしてしまった。


『こんなことを頼むのは筋違いかもしれないけれど』

『娘のことを、どうか守ってあげてほしい』


 ああ、もちろんだ。

 もちろんだとも。

634: 2013/04/28(日) 10:26:14 ID:fy9Bjfps
暴れ猿「俺は農家と約束した。そしてお前の母とも約束した」

暴れ猿「お前は俺が守ってやる。魔物としてではなく、仲間として」

暴れ猿「そうだ」

暴れ猿「俺はお前の、お前たちの友でありたい」

暴れ猿「ただそれだけだ……!!」


 押し返す。

 そこに見える感情は、歓喜。

 誰かを守れることへの、

 誰かのために戦えることへの、

 誰かに求められることへの、

 何よりも強い喜びがあった。


暴れ猿「お前はどうだ、勇者」

女勇者「えっ?」


 突然の問いに、思わず声を上げる。

635: 2013/04/28(日) 10:26:47 ID:fy9Bjfps
暴れ猿「いや、違うな」

暴れ猿「勇者。お前は、どうありたい。どうしたい?」

女勇者「ボクは……」


 考えたこともなかった。

 ただ、お兄ちゃんが氏んだって聞いて、

 じゃあ、ボクが、『私』が代わりに頑張らなきゃって思って、勇者になった。

 勇者になろうとした。

 ……でも、それは、求められたわけでも、望んだわけでもない。

 勇者にならなくちゃって、

 私がやらなくちゃって、ただ必氏で、がむしゃらに頑張って、頑張って……。

 でも、

 あれ?

 ボクは、勇者になって、それで……。

 それから、ボクは……。

636: 2013/04/28(日) 10:27:24 ID:fy9Bjfps

『頑張ったな』


女勇者「あ……」


 違う。

 ボクは勇者になりたかったんじゃない。

 お兄ちゃんの代わりになりたかったわけでもない。

 そうか。

 なんだ、簡単なことなんだ。


女勇者「あははっ」


 ふと、笑いが零れた。


女勇者「うん。……そうか、そうだったんだ」


 浮かび上がった答えに、自分で自分に笑ってしまう。

 ああ、なんて単純なんだろう。

637: 2013/04/28(日) 10:27:55 ID:fy9Bjfps
女勇者「ボクはただ、褒めてほしかっただけなんだ」


 それだけ。

 お兄ちゃんの妹としてじゃなくて、

 王女でも、勇者でもなくて、

 ただボクをボクとして、私を私として、認めてほしかっただけなんだ。


女勇者「おじさんに認めてほしいんだ」


 褒めてほしい。

 頑張ったなって、また頭を撫でてほしい。

 だって、初めてだったから。

 自分のことをちゃんと見て、叱って。ああ、これは女僧侶ちゃんたちもかな。

 でも、褒めてくれた人は、おじさんだけだったから。

 すごいなって言う人はいたけど、それは全部、王女の私のことだったから。

 褒められたのは、本当に初めてだったから。

 それが、すごく嬉しかったから。

638: 2013/04/28(日) 10:28:27 ID:fy9Bjfps
暴れ猿「簡単だな」

女勇者「うん、簡単だね」


 笑いあう。

 そして、通じ合う。

 ああ、なんということだろう。

 この少女は自分と変わりないのだ。

 こんな魔物でも、人間と全然違わないんだ。

 だから、守りたいと思える。

 だから、信じて背中を預けられる。


女勇者「絶対成功させよう。そんで、生きてみんなで帰るんだ!」

暴れ猿「ああ、もちろんだ!」


 互いの心をさらけ出し、信頼が両者を繋いだ。



 しかし、暴れ猿は心の奥底で、言葉なく勇者へと謝罪を告げた。

639: 2013/04/28(日) 10:28:59 ID:fy9Bjfps
魔女「……あれは」


 降下を続けた三人の先、漆黒の棒が視界に映った。


 それは2mほどの長さの太い棒だった。

 時に形を変え、槍として、薙刀として、矛として、あるいは剣として、

 そして、鉈としても振るわれた太古の神器。

 名を『星機軸』。単に黒棒、あるいは八刻棍とも呼ばれる、農家の相棒の真の姿である。


魔女「なんであれが……って、地面!?」


 接近し、急減速をかける。

 そこには確かに地面があった。

 飛翔魔法を解除し、揃って着陸する。


魔女「どういうこと? 覇王がいるんじゃないの!?」


 狼狽する魔女をよそに、武教の姫が地面に手をつく。

640: 2013/04/28(日) 10:29:33 ID:fy9Bjfps
姫様「いや、間違いない。この真下に父上がいる!」

魔女「真下って……」

女魔法使い「掘る。『中級水撃』」


 言うや否や、魔法使いの魔法が地面を攻撃する。
 が、埃ひとつ舞わずに、ただ魔力が吸収され、無力化された。


魔女「無理よ。ここは元々創星録時代の怪物を封印していた場所よ」

魔女「その上に前の魔王が封印を重ねに重ねてるんだもの、ちょっとやそっとじゃ掘り返せない」


 ぎり、と歯噛みし、地面を睨む。
 ここまできて……!


姫様「だが確かにいるんだ! くそっ、何か手段はないのか!?」


 呆然とする三人の元に、


『大丈夫』


 一人の女性が、突如その姿を現した。

641: 2013/04/28(日) 10:30:04 ID:fy9Bjfps
魔女「え……?」


 魔女の顔が驚愕に染まる。

 そこにいたのは、姫。

 癒しの姫神子。

 氏んだはずの、かつての仲間だった。


姫『…………』


 三人が声をかける暇もなく、姫神子はゆらりと歩を進め、星機軸に手を触れる。


姫『半分を返します。これで、この子も本来の力を取り戻す』


 そして、手にしていた漆黒の大鉈を、そっと寄り添わせるように重ね合わせた。

 瞬間、黒鉈が光を発しながら、ゆっくりと溶けるように吸い込まれていく。


魔女「ひ、め……」

姫『…………』

642: 2013/04/28(日) 10:30:34 ID:fy9Bjfps
姫『後は、私が捧げるだけ』

魔女「な、待って! 姫、あんた──」

姫『魔女さん』


 振り返った彼女は、笑顔だった。


姫『少しは素直に、ね?』


 そして、

 姫神子の体が、黒鉈と同じように、光に包まれ消えていく……。


姫様「ぅ、ぁ……あの!」

姫『武教の姫ちゃん』

姫様「あ、は、はい!」

姫『元気そうでよかった。お父さんによろしくね?』

姫様「……!!」


 消えていく。笑顔のまま、全ては終わったと言うように。

643: 2013/04/28(日) 10:31:05 ID:fy9Bjfps
『この子を預かってくれませんか?』

『いつかきっと、貴方の助けになってくれます』

『どうか、この子を愛してあげて下さい』

『この子には、父親が必要だと思うから』



姫様「ぁ……お、ね」

姫『ばいばい』



姫様「──おねえちゃん!!」




  ── バキン!




 大きな音と共に、地面に亀裂が走る。

 全ての封印が砕かれ、亜空間への道が開いた。

644: 2013/04/28(日) 10:31:35 ID:fy9Bjfps
 砕かれた地面が消失し、深い闇に覆われた空間が姿を晒す。

 その中に道を作るように、光帯が切っ先を伸ばしていく。

 そしてその先に、淡い光を放つ透明な球状の何かが見えた。


姫様「っ、父上!」


 透明な球体の中心で、覇王が静かに眠っていた。

 胸元には一振りのクリスナイフが転がっているが、傷痕らしきものは見えない。

 三人は重力に任せて落下し、球体の上に着地する。

 同様に星機軸もまた落ちてきた。魔女がそれを拾い、抱きしめる。


魔女「氏んでまで相変わらずなんだから……馬鹿」


 目じりに浮かんだ涙を擦って、眠る覇王に目を向ける。

 氏んでいるようには見えない。予想外だが、嬉しい誤算だ。

 しかし、どうやって接近すればいいのか。

 武教の姫が透明な球体を叩くが、どうにもびくともしないようだ。

645: 2013/04/28(日) 10:32:05 ID:fy9Bjfps
魔女「下がって。私が開けるわ」


 ちょうど真上付近まで近付き、懐から小さな機械を取り出す。

 それは錬金術師からの預かり物。彼女の研究の集大成。


魔女「“ソーサリーキャンセラー”起動」


 押し当て、スイッチを入れる。

 瞬間、ヴン、という音と共に回転するような音が響き始める。

 透明の球体の表面が、チリチリと削りとられ、消えていく。

 魔力で形作られていたらしい球体に大きく穴が開き、覇王の姿を露わにした。

 そこに武教の姫が飛び込む。


姫様「父上! 起きて下さい、父上……!」


 必氏に肩を揺らす。

 ……しかし、起きる気配はない。

 心臓は動いているのに。まるで抜け殻のように、意識だけが戻らない。

646: 2013/04/28(日) 10:32:36 ID:fy9Bjfps
女魔法使い「…………」


 その時、魔法使いは空を見上げていた。

 正確には自分たちが通ってきた光の道を見ていた。

 それを作った友人は今どうしているだろうか。

 この外は今、どうなっているのだろうか。

 不安はないが、疑問は浮かぶ。


 そしてそれが起きたのは、道の始まりを見ようとした直後だった。

647: 2013/04/28(日) 10:33:14 ID:fy9Bjfps




  ぐしゃり。 という鈍い音が、聞こえたような気がした。



.

667: 2013/05/25(土) 18:06:09 ID:gmHzr.mg
「ばば様、森の木達が枯れ始めてます」

「家畜たちも怯えて出てきません。一体何が起きているのでしょうか」


 武教の地から最も遠い、星の裏側で、自然世界が崩壊を始めていた。

 草木が枯れ、風は止まり、水は湧かず、なのに空は恐ろしいほどに透明に。

 上天を埋め尽くす星明りは、まるで空が燃えているかのようで。

 何を感じ取ったのか、人々は申し合わせたわけでもなしに、教会へと集っていた。


「どうしたことだ、治癒魔法が使えぬ……!」

「よもや神に見放されたのか……これはその始まりだというのか……!?」


 教会の奥から響いた声につられ、人々に不安の色が広がっていく。

 蝋燭の火が風もないのにゆらめき、不安を煽るように消えかけたり、かと思えば勢いを増す。

 外では木々が音を立てて崩れ、動物達が嘆くような叫びを上げている。


「みな、落ち着くのじゃ」


 老婆の声が響き、人々が静まり返る。

668: 2013/05/25(土) 18:06:40 ID:gmHzr.mg
「誰か、桶に水を用意しておくれ」

「では自分が」

「何をなさるのです?」

「精霊様にお言葉を賜るのじゃ。おそらくこれはまだ予兆。これから何が起こるのか、わしらは知らねばならん」

「ばば様! 大変です!」


 教会に駆け込む数名の男達。皆武装しているが、顔色は真っ青だ。


「異界の門が……門が今までにない強い光を!」

「静かに! ……それについても、精霊様にお訊ねせねばなるまいな」


 その場に集う全員が、緊張した面持ちで事の成り行きを見守る。

 ゆらめきを失った水面に老婆の顔が映る。


「精霊様。どうかわしらに真実をお伝え下さいませ……」


 捧げられる祈りの言葉。

 それに応えるように、水面に映る絵がくるりと歪んだ。

669: 2013/05/25(土) 18:07:21 ID:gmHzr.mg
 例えば、人が徐々に気圧の上がっていく密室内にいたら、いつまでも無事でいられるだろうか。

 考えるまでもなく不可能だ。

 無制限に密度と質量を増していく覇王の魔力は、もはや圧力だけで全てを押し潰しかねないほどに高まっていた。

 そう。

 聖霊の剣の結界を、無意味なものとするほどに。

 空間固定の拘束を、容易く崩壊させるほどに。


「■■■■■■■■ー───!!」

農家「クソ……」


 砕けるような手応え。
 最早武教の地全土を覆い尽くして余りあるほどに膨らんだ終焉の王は、漆黒の半球体となって天まで届かんとしていた。

 今となっては僅かな拘束は意味を成さず、農家はただ高くへと逃げ見下ろすばかりだ。


農家(“まだ”なのか、あのバカは!)


 半球体は渦を巻き、中心へと向かって収束している。

 その中心にひとつ、闇夜に光る星のような光点が、漆黒の波に抗うように輝いていた。

670: 2013/05/25(土) 18:07:53 ID:gmHzr.mg
 削り合えば摩耗し合い、いずれは弱い方が潰える。

 それは絶対の理。

 限界は必ず訪れる。

 渦巻く漆黒は激しくうねり、光帯を喰らい、

 そして……。


 ぐしゃり、という音が聞こえた。


女勇者「────っ!!」

暴れ猿「どうした勇者!?」
 
女勇者「……そん…………な……」


 光帯が消える。

 聖剣が光を失い、沈黙する。


女勇者「魔力が……」


 そこが限界だった。

671: 2013/05/25(土) 18:08:49 ID:gmHzr.mg
暴れ猿「くっ!」


 砕けた光片が黒に飲まれ、四散する。


暴れ猿(魔女達は!?)


 倒れかけた勇者を抱き留め、暴れ猿は光の道の先を睨んだ。

 しかし、そこは既に漆黒の渦の中。視覚で捉えることはできない。

 頼りになるのは双方を繋ぐ“糸”の感触のみ。 


暴れ猿(切れてはいない──無事か)


 魔力が迫る。



 思考が加速する。



 覚悟が、最期の引き金を引いた。

.

672: 2013/05/25(土) 18:09:26 ID:gmHzr.mg
『魔物は魔族が生み出したものだ』

『元々は私兵を増やすため。だが誤算が一つあった』

『君達は魔力の影響を受けすぎる。終わりなく変化し、どこまでも進化する』

『人間以上に』

『しかしそれでも、許容量の限界は超えられない』

『いいかい? それは“最期”の手段だ』

『君が命を懸ける必要はない』

『だから、それは──』


暴れ猿(それでも──)


 強く抱きしめ、跳躍する。

 魔力の海に、身を投げる。


 回帰の魔力は魔族の力の根源にあたる。

 術式によって性質を固定されていないそれを浴びれば、魔族や魔物は大きく力を増す。

 限界を超えない限り。

673: 2013/05/25(土) 18:09:58 ID:gmHzr.mg
 吸収する。

 弾くのではなく、受け入れ、掌握する。

 包み込む。

 そして、落ちていく。

 魔力の海へ。

 どこまでも深く、沈んでいく。




魔女「! 光帯が……!」

女魔法使い「中に」

魔女「先に入って!」


 魔法使いを球体の中に飛び込ませ、後を追う。

 装置を止めると、球体に開いていた穴があっという間に塞がった。


魔女(自己修復する隔絶結界……一体何故?)

674: 2013/05/25(土) 18:10:36 ID:gmHzr.mg
 武教の地に集う魔力の中心は覇王、そのはずだ。

 しかしここは完全な無風地帯。さながら台風の目。

 魔力を収束させている本体は覇王、そのはずだ。

 けれどここには一切の魔力はなく、覇王はただ静かに眠るばかり。

 異常だ。

 そして想定に合致しない。

 私は多分、まだ知らないことがある。

 考えろ、何が足りない? 今できることはなんだ?


姫様「目覚めない……! 魔女、どうすればいい!? どうしたら父上は目覚める!!」

魔女「…………」


 ── 元々の予定では、魔術の起動源である覇王に装置を取り付けて術式を強制停止させるはずだった。

 なのに、覇王はただ眠っている。

 魔力の残滓すらなく、ただここで守られ、眠っている。


魔女「………………?」

675: 2013/05/25(土) 18:11:07 ID:gmHzr.mg
 ふと、思考にひっかかった。


 “守られている”?


 そうだ、守られている。

 何かに守られている。では、何に?

 考えろ。思い出せ。ここはどこだ。

 武教の地。


 違う、それじゃない。


 龍穴。


 魔力の噴出点。

 ……噴出点?


 おかしい。

 違和感が拭えない。

676: 2013/05/25(土) 18:11:48 ID:gmHzr.mg
 思考を加速しろ。状況を情報を整えて掻き集めて形を作れ。

 そして思い出せ。

 鬼神はいつも肝心なことは言わない。
 あいつはいつだってわざと嘘を吐くし、直接真実を教えるようなことはしない。

 捻くれ者で、自分勝手で、一直線で、

 それでも、ヒントだけはいつも、いくつも置いていく。

 答えを出せるように。

 だったらもう、私は正解を知っている。



 何故この場所で、

 何故“今”なのか。



 龍穴。封印。魔力。

 王。魔王。噴出と収束。

 勇者。

 魔族。

677: 2013/05/25(土) 18:12:27 ID:gmHzr.mg

 創星録というものがある。

 そこには初代勇者の、初代魔王、そして10の魔族との戦いが記録されている。

 しかし創星録の原典は多くが失われており、欠けた部分は教会によって“都合のいいように”埋められている。

 その、失われた記録。

 それを知るのは、20年前の勇者とその仲間と、当時の魔王。

 そして精霊達と、魔族達。


 神界と、人界と、魔界。

 この3つは、元々1つの世界だった。


 しかし、魔族の中に裏切り者がいた。

 彼らは勇者と共に世界を3つに分かち、魔族を永遠に魔界へと封じ込めた。

 そしてその後に自らを人界の4つの場所に封印し、戦を鎮めたという。


 彼らを知る者は、それを四背王と呼ぶ。


 四背王はその魂をもって、人界に魔力を満たしているとされる。

678: 2013/05/25(土) 18:13:15 ID:gmHzr.mg
 龍穴は4つ。

 背王も4人。


魔女(偶然じゃない)


 鬼神が何も語らなかった理由がわかった。

 私は確かに知っていた。

 ここには、間違いなくそれが居る。


魔女(全く、どこまで計算ずくなんだか……)


 理解してしまえばあとはなんてことはない。

 するべきことをすればいい。


魔女「退いて、お姫ちゃん」

姫様「何か分かったのか!?」

魔女「単純な話よ」

679: 2013/05/25(土) 18:13:47 ID:gmHzr.mg



魔女「覇王の魂は、ここよりもっと深いところにいるのよ」


.

680: 2013/05/25(土) 18:14:22 ID:gmHzr.mg



 ── 深い ……。

 ここは、どこだ。

 何も見えない。

 だが、何か冷たいものに包まれている気がする。

 水。

 そう、水だ。

 私は水の中にいる。

 何故だ?

 鬼神はどうした?

 私は何故ここにいる?



『眼(まなこ)を開け、勇者の血を継ぐ者よ』



覇王「────っ!」

681: 2013/05/25(土) 18:15:04 ID:gmHzr.mg
 水。

 これは、海だ。

 気泡が上っていく。

 水面が遠くに見える。


(父上、父上!)


 私を呼ぶ声がする。

 あれは……。


『目覚めたか、終焉を導く者よ』

覇王(この声──)


 ふと視界をよぎる影があった。

 巨体が水を巻き込み、流れを産む。

 人の背丈よりもはるかに太い胴体はどこまでも長く、所々から生える薄い膜のようなヒレが光を透かす。

 その姿は、蛇だった。

682: 2013/05/25(土) 18:15:42 ID:gmHzr.mg
『永かった。この日を待ち続けた』

覇王(この方は……)


 雄大に泳ぐその姿は神々しく、美しい。


覇王「海嘯王様……」

海嘯王『ほう。我が名を知るか、覇王と呼ばれし者よ』


 知らないはずがない。

 永く王家に伝えられてきた伝承の、そこに語られる偉大な魔族のことを。


 その面に眼はなく、その身は星をひと回りしても届くほど長く、薄く透き通った飛膜で空を泳ぎ、全ての海を支配する古代の王。


 共に在った魔族らからさえ、忘れ去られし魔物の王。


海嘯王『目覚めの時は来た。今こそ封印を解き放とう』


 巨体が水面を目指す。

 水流が生まれ、私の体を同じ方へと連れて行く。

683: 2013/05/25(土) 18:16:35 ID:gmHzr.mg


大総統「……さて、そろそろ行かねば」

総司令「ありゃ、どちらへ?」

大総統「ちょっと異界の門まで。封印を解きにね」

大総統「母君から連絡はあったかい?」

総司令「いえ、まだ」

「閣下! ……と、司令。通信です」

大総統「ふむ。繋いでくれたまえ」

『やあ、聞こえているかい大総統』

『それともこう呼んだほうが馴染み深いかな?』





『“角ジジイ”』




.

710: 2013/07/22(月) 00:49:09 ID:lOdgLSl6

 鬼神の号を持つ男は、雲よりも高い空に立ち、一人大地を見下ろしていた。

 眼下では漆黒に染まった魔力が台風のように渦を巻いている。

 その中心は覇王。

 しかし、男は知っている。

 真実を知っている。

 覇王に施された封印の、その奥にあるものを知っている。

 そして、男は知っている。

 真実を知っている。

 今この地で起きている、超常の全てを知っている。

 けれど、男は語らない。

 仲間にすら、語らない。

 知る者にしか、語らない。

 男はただ、待っている。

 “始まり”と“終わり”の地の上で、

 今はただ、待っている。

711: 2013/07/22(月) 00:49:39 ID:lOdgLSl6

 黒渦の中心で星のように煌めいていた光が消え去っても、

 彼は決して、動かない。



 黒雲が空を覆う大地の上で、

  ただ、風だけが泣いていて ────……




女勇者「……って、あれ?」

 気付いたら草原に立ってた。

女勇者「ここどこだろ……」

 足元全部が草、草、草。

 目線を動かすと、空は不思議なくらいに青くて、雲が一つも見当たらない。

 他に見えたのは、草原の中にポツンと生えた一本の木と、何故だか木陰に置いてある真っ白なテーブル、四つの椅子。

 変な場所。それが最初の印象。

 なんでこんな所にいるんだろう……。

712: 2013/07/22(月) 00:50:09 ID:lOdgLSl6
 よくわからないまま、とりあえずは木の側まで歩いてみる。

 風はない。

 匂いもしない。

 まるで宙に浮いてるみたいに、自分の足音すら聞こえてこない。

女勇者「なんなんだろう……」

 さっきまで、風が聞こえてた気がするのに。


 木の陰に足を踏み入れる。

 太陽は真上。

 テーブルにはティーセットが四人分。

 なんとなく、吸い込まれるように椅子に座って、

「いらっしゃい」

女勇者「うぇっ!?」びくっ

 急に声をかけられて、思わず変な声が漏れた。

 かと思ったら、知らない間に知らない女の人が二人、椅子に座ってた。

 ……イリュージョン!?

713: 2013/07/22(月) 00:50:42 ID:lOdgLSl6
「Hello, little girl. How do you do?」

女勇者「は!?」

 ぼけっとしてたら、片方の女の人の口から聞きなれない言葉が飛び出した。

 いや前半は解るけど、後半は……なに?

「ああ狩人さん、ダメですよ“あちら”の言葉でないと」

狩人?「Oh, sorry. ……ん、んん゙っ!」

狩人?「あーあーあー……。すミませんPriestess, 私の言ッてイル内容は理解を可能でスか?」

 プ……えーと、何だろう、名前かな? 名前だよねたぶん。

プ…?「まだ少しおかしいですが、大丈夫ですよ」

狩人?「理解をシまシた。お待たせシまシた。ごめんなさイ」ぺこっ

女勇者「はぁ、はい……どうも」

 思わずつられて頭を下げた。

 何この状況?

 っていうか誰?

 いやむしろ……何??

714: 2013/07/22(月) 00:51:22 ID:lOdgLSl6
プ…「貴女、紅茶はお好き?」

女勇者「はい? あ、っと、普通です、けど?」

プ…「ふふっ。そんなに堅くならなくていいんですよ? リラックス、リラックス」

狩人「Priestess, 私が紅茶ニ入れル4ツの角砂糖を求めまス」

プ…「はいはい」

  パチンッ …カ コン

 いきなり指を弾いたかと思ったら、テーブルの上に瓶詰めの角砂糖が出てきた。

 イリュージョン!?(二回目)

プ…「ミルクも使いますか? ああ、それともジャムのほうが好みかしら」

 手際よく紅茶を用意するプ…なんとかさん。

女勇者「…………」

 なんだろう、なんだかすごく──綺麗だ。

女勇者(不思議な人……) 

 そこにいるのに、いないみたいな。 

 まるで幻みたいな人。

715: 2013/07/22(月) 00:51:59 ID:lOdgLSl6
プ…「さあ、どうぞ」

 用意されたミルクティーを口にして、ふっと息を吐き出す。

女勇者「えーっと」

 落ち着いたところで質問しようとして、

 何を訊けばいいのか思い浮かばず、なんとなく二人を見比べてみた。


 プ…なんとかさんはほんのり紫色を帯びた長い銀髪で、深い赤紫の瞳。

 狩人?さんは肩にかからないくらいの金髪で、空みたいな青の瞳。

 金と銀でどことなく対照的な雰囲気があるけれど、

 っていうか飲み方ひとつでも優雅なプ…さんとなんか荒々しい狩人さんっていう形でかなり差があるけど、

女勇者(似てる……)

 見た目とか、振る舞いとかじゃなくて、なんだろう……、

 気配?

 ううん、もっと根っこの方の……、


 ―― 魂、とか。

716: 2013/07/22(月) 00:52:39 ID:lOdgLSl6
 プなんとかさんは優雅に。狩人?さんはぐいっと。そしてボクはちびちびと。

 全員が紅茶を飲んでひと息吐いて、

女勇者「って何でボク紅茶なんて飲んでんの!?」

 素に返った。

プ…「あら、お気に召さなかったかしら」

女勇者「いや美味しいよ! 美味しいけども!!」

プ…「ふふっ、なら良かった。スコーンもあるけど」

女勇者「わーい、いただきます」

女勇者「って違う!!」ゴンッ!

狩人「?」ずずー…

プ…「面白い子」ふふっ

 駄目だ、なんかよくわかんないけど駄目な感じがする。

 気をしっかり持たないといけない、そんな気がする。

プ…「…………うん、正解」


 ── ふと、空気が変わった。

717: 2013/07/22(月) 00:53:17 ID:lOdgLSl6

  ざあぁぁぁぁ……

 急に吹き始めた風に揺られて、草たちが大きな声を上げた。

 なのに、その風はボクたちを避けるみたいに吹いていて、木の枝は少しも動かないでいる。

 だけど、誰も騒がない。気にしない。

 ボク自身も、何故だか自然に受け入れた。

プ…「──そろそろ本題に移りましょうか」

 狩人さんがカップを置いたタイミングで、プ…さんがもう一度指を弾く。

 と、テーブルの上にあったものが全部なくなって、代わりに見覚えのあるものが落ちてきた。

女勇者「あれ? これって」

 自分の首元からそれを取り出して、それの隣に並べてみる。

 真紅の爪。

 ワーウルフさんから預かった、ええと……確か魔王の城に行くのに必要な道具、だったかな?

 それが二つある。

 なんで二つ?

 思わず首をひねった。

718: 2013/07/22(月) 00:53:56 ID:lOdgLSl6
狩人「そっチがイレもので、こっチがなかミ、デす」

女勇者「……??」

 なんのこっちゃ?

プ…「以前、魔王と先生が今日の計画を組んだ時に、魔族側に妨害を受けた場合に備えていくつかの【鍵】を二つに分けたの」


「世界を繋ぐ物、次元軸の具現──【星機軸】」

「扉を作り開く鍵、四大魔族長の力の欠片──【真紅の爪】【蒼蛇の鱗】【暗き礫(つぶて)】【霊晶玉】」

「そして道を作り照らす灯──【聖霊の剣】」


女勇者「!?」

 前触れなしに、テーブルの中央に剣が突き刺さった。


 それは間違いなく、さっきまでボクが握っていた、剣、で……、



   『お前は、どうしたい?』



女勇者「────ッ!!」

719: 2013/07/22(月) 00:54:42 ID:lOdgLSl6
女勇者「戻らなきゃ!」


 戻る、と。


 女勇者は無意識にそう叫び、立ち上がった。

 その様子を見た銀髪の女性はどこか満足げに微笑みを浮かべ、テーブル上の二つの真紅の爪を手に取る。

プ…「なら、まずはこれや剣を元に合わせないといけませんね」

女勇者「……? どういうこと?」

プ…「さっき言った通り。真紅の爪と聖霊の剣、この二つが完全になれば、この場所と元の場所を繋ぐ道を作り直せるの」

プ…「でも、一度別れたものを完全に戻すには、繋ぎとなるものが必要になるわ」

プ…「正攻法なら、だけど」

 くすりと笑う。

 が、女勇者は理解が及ばないのかただ首をかしげるばかりだった。

狩人「ようするニ」

 それをフォローするように狩人が口を挟む。

狩人「Priestessのチからデ、その二つのジかんを巻キ戻すのデす」

730: 2013/07/24(水) 20:40:31 ID:qchYM0gw

   ・ ・ ・

『──と、今のところ”こちら側“は想定通りの流れになっているようだよ』

大総統「ふんふむ。それではこちらも予定通り行かせてもらおうかな」

『連合の監視は大丈夫かい?』

大総統「部下が優秀なのでね。君の息子も含めて」

『そんな事を言っても僕はダーリン一筋だよ』

大総統「どこをどう捉えたら口説いているように聞こえるんだい……?」

『はっはっは。冗談に決まっているだろうむしろ本気にしたら削ぎ落とすよ』

大総統「股間が寒くなる冗談をありがとう」

通信兵(なんつー会話してんだこの人達……)

大総統「で、今どの辺りだい?」

『あと1分ほどで聖樹が見えてくる辺りだよ。こちらの準備は終わっているから』

大総統「ならついでに一度合流するとしようか。私も君のサポートがあるとやりやすいのでね」

『そうだね。少し説明しておきたい案件もあるし』

大総統「40秒で行くのでそのように宜しく」

731: 2013/07/24(水) 20:41:24 ID:qchYM0gw

大総統「というわけだから後はよろしくねー」ひらひら

総司令「とか言って通信切っちゃったよこの人! 俺も話したかったのにひどいわ!」しくしく

副司令「さめざめ泣き真似しないで下さい」

総司令「はい」

通信兵(コントか……?)


大総統「さて、飛ぶのは久々だ」

 一人砦の屋上に立ち、全身に風を受ける。

 外套を脱ぎ捨て、両腕を広げ、風を”掴む“。


 人の形に留めた魔力を、本来の形に解放する。


 腕を翼に。

 体を炎に。

 その姿は、巨鳥。


 そして、

732: 2013/07/24(水) 20:42:25 ID:qchYM0gw


  ── ズ ド ン ッ!!


通信兵「ホァッ!?」

総司令「あ、飛んでった」

副司令「今の感じ、軽く音速を超えていったようですね」

通信兵(軽く!?)

総司令「それにしても……また暇だなぁ」ぐでー…

副司令「一瞬でダレた!?」

通信兵(一瞬でダレた!!)

総司令「まーほら、どうせ連合が動くのも先生がやることやってから位のタイミングだろうし」

総司令「それまでは静観あるのみさね」

副司令「…………」

副司令(その通りなのに何故か納得いかない……)

総司令「ところで副司令ちゃんの翼モフらせてくんない?」

副司令「んなっ!? い、いきなりセクハラしないで下さい!!」

733: 2013/07/24(水) 20:43:25 ID:qchYM0gw

錬金術師「そんなわけだから後は任せた!」

国王「うおぉぉぉい!? いい笑顔で丸投げしてんじゃねえよ!?」

錬金術師「何を言うんだ、全部説明したじゃないか」

国王「その内容がブッ飛んでるってんだよぉ!? あと毎度なんで後からの説明なの泣くよ!?」

錬金術師「あっはっは、いやだなぁ。20年前とさほど変わりないじゃないか」

国王「」どぐさっ

錬金術師「さてそろそろ時間だ。それじゃあね」

国王「──はっ! ちょ、待ておい!」

錬金術師「グッドラック☆ ……とぅあっ!」タンッ

国王「ちょおま!?」


 制止する暇もなく、空を駆ける馬車の荷台から錬金術師が飛び降りた。

 障壁を突き抜けて空中に投げ出された体は、空高くから風に煽られながらも落下していく。 

 国王は、幌の縁にしがみつきながらその姿を目で追った。

 木々に覆われた大地を背景に、白衣の人影が小さくなっていく。

734: 2013/07/24(水) 20:44:24 ID:qchYM0gw

 と、地平線の先で赤い光が強く煌めいた。

国王「! ありゃあ……」

 光は瞬く間に大きくなり、こちらへ向けて一直線に接近してくる。

 数秒と待たず正体を確かめられる距離まで届いたそれは、錬金術師の下へと潜り込むように軌道を変えた。

 両者が交錯する瞬間、一時的に減速した光がその正体を僅かに晒す。


 真っ白な一本の角を持ち、炎そのもののような赤く輝く羽を持つ、巨大な鳥。

 国王は、その姿を知っていた。


国王「角ジジイ! ……マジで生きてたのかよ」

 錬金術師を背に乗せた巨鳥は、再び閃光となって彼方へと飛んでいった。


 人々の伝承の中で、火焔鳥、あるいはフェニックスなどと呼ばれるもの。

 火を司り、火そのものでもあるそれを、かつて全ての者がこう呼んだ。


 魔王──大魔王に次ぎ、全ての魔族を総べるもの、と。

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735: 2013/07/24(水) 20:45:25 ID:qchYM0gw



 …… またの名を 【炎灼王】 と云う。



 火の王 【炎灼王】

 風の王 【浸食王】

 地の王 【巨岩王】

 水の王 【海嘯王】


 四大魔族長とも呼ばれた彼らの中で、最強と謳われた怪物である。


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736: 2013/07/24(水) 20:48:10 ID:qchYM0gw
 時計の針はただ進む。

 それにどんな意味があるのか、人々が考えるよりも早く、
 とめどなく、
 止まることも、戻ることもなく、ただ進む。

 だからこそ、私は常に考える。

 知る為ではなく、導き出す為に考える。
 思考は己を裏切らない。
 例え間違えても、それは決して無駄にはならない。

 そして、成功と失敗を繰り返し、積み上げ、折り合わせ、
 そうして初めて、本当に求めた答えを掴みとることができるのだと、

 そう、教えられた。

 千年前のあの日、

 私は、“彼”に教えられた。



 さあ、今もう一度螺旋(ねじ)を巻こう。

 私の見た回答と、

 あの“神様気取り”が求める答えと、

 世界がどちらの未来を選ぶか、あるいは別の道を選ぶのか──見定めるために、ただ行こう。

754: 2013/09/02(月) 00:45:40 ID:EgAho4qs

 青空の下、草原の只中。
 大きく枝を広げる一本の木の影で、二人の女性は少女を見送った。

 その二人の元へ、一人の男性が何処からか歩み寄っていく。


「もう行ったんですか?」

「はい。……全部伝えて、全部教えました」

「そうですか」

「Summoner. 用事は終わリまシたデすか?」

「ええ。まあ、元々そう難しくない術ですから。後は本当に使うのかどうかくらいで」

「……そうですね。本当なら、使ってほしくない──」

「──いいえ。使わせたくない、術ですものね」

「たとえ巻き戻しても、元の通りには戻らない、か」

「少シ違うデす」

「?」

「変わっテイくものばかリデも、変わらなイものもある」

「私はそう、Ogreニ教わリまシた」

755: 2013/09/02(月) 00:47:21 ID:EgAho4qs

 夜空がいつかは朝焼けに染まるように、嵐もいずれは晴れるものだ。


 肩を揺すられる感覚。

 腹部に感じる他人の熱と重みが、俺の意識を闇の淵から呼び戻した。

 薄く開いた眼に届く光に、少しの間、世界が白に染まる。

 やがて色彩を取り戻した視界に映ったのは、灰色の空。


 そして、勇者の顔。

 泣いているのか。怒っているのか。悲しんでいるのか。


暴れ猿「……ひどい顔だな」

女勇者「心配させといてそゆこと言う!?」


 批難の声を上げながら、滲んだ涙を乱暴に拭う。

 その様子があまりにも幼く見えて、思わず笑ってしまった。

  どすっ!

 ……腹の上で飛び跳ねられた。息が詰まる。

756: 2013/09/02(月) 00:49:19 ID:EgAho4qs
暴れ猿「ゲホ……。退いてくれ、重い」

女勇者「重くないよ!? 少なくとも僧侶ちゃんよりは重くないよ!!」


 何の話だ一体。


暴れ猿「声を落としてくれ……頭に響く」

女勇者「ぐぬぬ……」


 今度は睨みつけてくる。どうやら不満らしい。

 が、不承不承といった様子で体を退けた。

 ようやく腹が軽くなった。ふ、と息を吐く。

 ひとまず起き上がろうとして、




 四肢全てが、半分しかないことに気が付いた。




.

757: 2013/09/02(月) 00:51:07 ID:EgAho4qs

 肘や膝より先があったはずの場所に、黒曜石のような結晶が砕けて散らばっている。

 俺が気付いたことを察したのか、勇者の表情が曇った。


女勇者「……ごめん」

暴れ猿「命があっただけでも儲けものだ。手足程度、なんてことはない」

女勇者「でも、ボクがもっと頑張れてれば……」

暴れ猿「お前は十分やったさ」

女勇者「…………」

暴れ猿「それより、どうやって助かったんだ? それに」


 覇王はどうなった?


 そう訊ねるより前に、聞き慣れた声が耳に届いた。


「気が付いたか、暴れ猿よ」

暴れ猿「── 将軍……!」

キングレオ「どうやら、お互いまだ氏ぬ時ではなかったらしい」

758: 2013/09/02(月) 00:52:57 ID:EgAho4qs

 驚き目を見開く俺を見下ろし、将軍は笑みを浮かべた。

 運命とは奇妙なものよな、と笑う。

 気のせいか、その表情は憑き物が落ちたかのように晴れやかだ。


キングレオ「落ちてくるお前達が見えたのでな、我が受け止めた。まったく、相変わらず運の良い雄だなお前は」

暴れ猿「そうでしたか……」

女勇者「起きたらでっかいライオンの人がいるんだもん、ビックリしちゃったよ」


 その表現はどうなんだ。いや間違えてはいないが。


暴れ猿「ありがとうございます、将軍」

キングレオ「なに、失くすには惜しい尻だからな」




 空気が凍った。



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759: 2013/09/02(月) 00:54:36 ID:EgAho4qs

  * 女勇者 は 逃げ出した !


暴れ猿「あ! 待て一人にするな!?」

女勇者「ごめんボク男同士とかちょっと理解できないから!」

暴れ猿「望んだことではないわというかトラウマなの知っているだろう!?」

キングレオ「はっはっは! 安心しろ、冗談半分だ」

勇・猿「「半分本気じゃないですかやだー!!」」

キングレオ「おお、随分と息が合っているな」


 あ、駄目だ。この人こっちの話を聞く気がない。




「……今の声、勇者……達」

「無事だったみたいね」

「おーい!」


女勇者「んにゃ?」

760: 2013/09/02(月) 00:56:13 ID:EgAho4qs
暴れ猿「この声、魔女達か」

キングレオ「お前達の仲間か?」

女勇者「どこだどこだーっと……あ、いたいた。うぇーい!」 ぶんぶん


魔女「全く、氏んだかと思ったわよ」

姫様「うわっ、おい猿。その有り様は一体どうしたんだ?」

女魔法使い「…………ライオンだ……」 キラキラ

キングレオ「急に騒がしくなったな」

女勇者「えっと、こっちのライオンの人に助けてもらったみたい」

暴れ猿「命に別状はない。四肢の半分が結晶化して砕けただけだ」

魔女「随分無茶したみたいね」

暴れ猿「そもそも無茶じゃない部分があったか?」

女魔法使い「……おお」 ぽん

姫様「その獅子の魔物は何者だ? かなりの強者に見えるが」

魔女「んー……どっかで見たような。どこだったかしら」

キングレオ「我はキングレオという。暴れ猿の元上官だ」

761: 2013/09/02(月) 00:58:38 ID:EgAho4qs
女勇者「そういえばさっき将軍とか呼んでたね」

姫様「! ということは獣魔の長か!」

女勇者「ジューマノオサ? なにそれ」

暴れ猿「……要するに動物から魔物となった者達のリーダーだ」

女勇者「おお、なるほど」

女勇者「ええっ!? じゃあ偉い人じゃん!!」

姫様(遅っ)

女魔法使い「……うちのお猿さんがお世話になったようで」

暴れ猿「いや元々将軍の部下なのだが」

キングレオ「ははははは。なんとも愉快な連中だな、暴れ猿」

暴れ猿「正直に緊張感に欠けると言ってやって下さい」

魔女「獣魔獣魔獣魔……あ、思い出した。あんた前獣魔将軍の副官だったでしょ」

キングレオ「そういう貴様は魔女だな。直接相見えるのは初めてだったか?」

魔女「遠目に睨み合ったくらいじゃない?」

女勇者(なんか会話に時間を感じる……) おおう…

762: 2013/09/02(月) 01:01:01 ID:EgAho4qs
暴れ猿「それより魔女。覇王はどうなったんだ?」

魔女「あー……それなんだけど、どうも説明できないっていうか」

姫様「そうか、ちょうど猿の真後ろだから見えていないのだな」

キングレオ「背中を貸そう、見て確かめるのが一番早い」

暴れ猿「ありがとうございます」

女勇者「それにしてもすごい距離吹っ飛ばされたなぁ」

女魔法使い「……3km……くらい……?」


 3kmと言われてもわかりづらいんだが。

 確か大人の男の平均歩行速度が時速凡そ5kmだったな。
 と考えると……1時間は60分だから、
 (60分÷5km)×3km=36分。

 歩いて36分の距離か。わりと遠いな。


 などということを考えつつ、女勇者に手伝われて将軍の背に乗る。
 情けなくはあるが、四肢が欠けていては仕方がない。

 俺が落ちないよう上手くしがみついたのを確認してから、将軍が振り返る。

 振り返って、

763: 2013/09/02(月) 01:03:16 ID:EgAho4qs

暴れ猿「── な、ん……!?」


 視界に飛び込んできた光景に、言葉を失った。



 宙に浮く、巨大な漆黒の球体。
 それに絡みつく、長く大きな青い蛇。

 そして、それらの真下に広がる、海面。

 覇王の封印を中心に、真円を描いて広がったそれは、魔力の海。
 海嘯王の力の具現。
 全てを呑み込む水の力。

 その力から逃れようとするように、漆黒は空へと浮かぶ。
 しかし逃すまいと、海嘯王の体が漆黒を絡め取る。

 互いの魔力が衝突する度、火花と呼ぶには強すぎる閃光が空気を切り裂いていく。

 落ちた閃光は大地を抉り、あるいは海面を穿ち、
 昇った閃光は雲を喰い破り、轟音を響かせる。

 その周囲では、強く風が渦巻いていた。


 そして ──、
.

764: 2013/09/02(月) 01:05:10 ID:EgAho4qs
「寝起きの調子はどうだ?」

「何やらスッキリしたよ」

「ハッ、そりゃ良かった。……そんじゃ、やるか」

「ああ」

「鈍ってるとか言うなよ」

「むしろ絶好調だ」


 海嘯王の頭の上で、二人の怪物が構えをとった。

 二人は暴威の塊と化した漆黒を睨み、
 一方は激しさと静けさを併せ持つ炎のような魔力を、
 もう一方は力強さとしなやかさを兼ね備えた水のような魔力を、解放した。

 鬼神は拳を。覇王は剣を。それぞれ構え、力を溜める。


鬼神「行くぜ、覇王」

覇王「応とも」


 「「── 跡形もなく吹き飛ばす!!」」

.

783: 2013/10/13(日) 22:36:22 ID:nHvkHUw2

 ── 時は戻り、回帰の神と空狐が武教の地を去る少し前。



  ~ 魔界 異界の門周辺 ~


「ゲート内魔力量、順調に減少中」

「バリア消滅までの推定時間、凡そ30分」

紳士風の青年「今のところ問題はないようですね」

白一色の女性「焔灼王の施した封印とやらも、崩し方さえ解れば呆気ないものよの」

青年「とはいえその条件を整えたのもまた彼なのです。一体何を企んでいたのか……」

女性「…………」

女性(のう、ちとこの会話はわざとらしくはないかの?) こそっ

青年(そう思うのならもうちょっと気を引き締めて下さい。ただでさえ綱渡りなんですから)

?「退屈しているようだな。参謀、氷銀王」

青年(参謀)「炎竜王」

炎竜王?「俺を王と呼ぶのは止めろ。ただの炎竜でいい」

784: 2013/10/13(日) 22:37:16 ID:nHvkHUw2
参謀「火と風を掛け合わせて炎。性質は変わらずとも貴方のほうがより強いのは明白だ」

参謀「そういつまでも焔灼王に拘ることはないのでは?」

炎竜「だが勝ったわけではない。奴をこの手で斃すまでは王を名乗る気はない」

炎竜「そう考えていたのだが、な」

女性(氷銀王)「煮え切らんの。あやつが氏んだことは変わりなかろう」

炎竜「……お前は海嘯王と浸食王のどちらとも異なるからな」

氷銀王「デカい図体しとる癖にほっそい神経じゃのお」 カーッ!

参謀「まあまあ……」

炎竜「笑いたくば笑え。ケリを着ける相手を失った戦士の憂いなど、女如きに解るものか」 フンッ

氷銀王「──おぬし、喧嘩を売っておるのか?」


  ピキッ……パキパキパキ……


炎竜「──お前とも決着が着いていなかったな。やる気なら相手をしてやろう」


  チリチリ………ジリジリジリ……

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785: 2013/10/13(日) 22:38:07 ID:nHvkHUw2
参謀「はいはいそこまで! こんなところでお二人が喧嘩などしたらどうなるか、考えずともわかるでしょう?」

氷銀王「ぬ……」
炎竜「むぅ……」

参謀「ところで、他の方々はどちらに? 近くにはいないようですが」

炎竜「砂獄王と汚濁王は地面の下だ。落ち着くらしい」

氷銀王「根暗コンビらしいの……ま、ミミズとスライムはその位がお似合いよな」

炎竜「棘のある言い方しかできんのかお前は」

氷銀王「ただの事実じゃろ。おぬしはほんに細かいのう」

参謀「……」 べしっ

氷銀王「あだあっ!? わ、妾の額を弾くとは何事じゃあ!?」

参謀「いちいち喧嘩腰で会話されると面倒なので。次はもっと痛くしますのでそのつもりでどうぞ」 にこっ

氷銀王「」 びくっ!

炎竜「……」 にやにや

氷銀王「~っ! 何をにやにやしとるか!」

参謀「……」すっ

氷銀王「」 びくっ!

786: 2013/10/13(日) 22:39:21 ID:nHvkHUw2

辺りに響くような声『楽しそうですね。私も会話に混ぜて下さい』

炎竜「む。この声はミストか」

声(ミスト)『はい。貴方のミストです。ぽっ』

炎竜「──」

ミスト『ああ、その微妙な表情……たまりません。やりませんか?』

炎竜「何をだ」

ミスト『ナニをですが』


 *炎竜のファイアブレス!

 *灼熱の火柱が空を切り裂いた!


ミスト『──的確に本体の位置を狙ってきましたね。避けましたが』

炎竜「チッ。面倒な奴め」

ミスト『ああ。あああ。もっと言って下さい』

炎竜「…………参謀、なんとかしてくれ」

参謀「このタイミングでこっちに振りますか……」

787: 2013/10/13(日) 22:40:57 ID:nHvkHUw2
参謀「幻惑王、お遊びはそのくらいに」

ミスト『つーん』

参謀「……ミスト。炎竜で遊ぶのは止めてあげて下さい」

ミスト『参謀の命令とあっては従わざるを得ません』

ミスト『でも私を王と呼んだのは減点です。炎竜と同じようにミストと呼んで下さい』

参謀「はぁ」

参謀(こいつどんだけ炎竜のこと好きなんだよ……)

ミスト『あ。今面倒くさいと思いましたね。思いましたよね。失礼ですね参謀』

ミスト『今日の私に実体化できるだけの力が残っていたら腹パンしていましたよ腹パン』

ミスト『人界偵察で疲れている時で良かったですね。自身の幸運に感謝して下さい』

炎竜(何故こいつはこの有り様で魔族長をやっていられるんだろうか……)

氷銀王(うっっっっっざいのおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!)

参謀「わかりました。では報告をお願いします」

ミスト『あいよー』

炎・氷((流した!? そして軽い!!))

788: 2013/10/13(日) 22:42:05 ID:nHvkHUw2
ミスト『こちらで観測した限りでは、聖樹の魔力もゲートと同程度に減衰しています』

ミスト『状況から察するに浸食王──聖霊王が居座っている静寂の森も似たような状況でしょう』

炎竜「確認しなかったのか?」

ミスト『迂闊に近付けないですし。というか人界を彷徨うだけでも怖いのに御膝元になんてとてもとても』

ミスト『まあ龍脈を見た限り問題ない感じでしたね。これで納得して下さいっていうか納得しろ面倒臭い』

氷銀王「最後で本音がだだ漏れじゃのう」

参謀「重要な作戦なのでもう少し真面目に取り組んで頂きたいのですが……」

ミスト『お断りいたす!!』

炎竜「…………」

ミスト『ああ、なんとも筆舌に尽くしがたいその表情。あああっ』

炎竜(疲れる……)

「参謀。鋼鉄王より定期報告、異常なしとのことです」

参謀「ああ、ありがとう。バリア消失までの時間は?」

「凡そ20分程度かと」

参謀「そろそろ頃合いですか……皆さん、大号令の準備を」

789: 2013/10/13(日) 22:43:14 ID:nHvkHUw2
炎竜「ええい、霧の状態で纏わりつくな鬱陶しい!」

氷銀王「どれ妾が氷漬けにしてくれよう。動くでないぞ」

 *氷銀王の手のひらから凍てつく吹雪が噴き出した!

ミスト『あー凍る凍る。凍ったところで何の問題もありませんが凍る凍る』

炎竜「冷たァ!! お前、俺ごと凍らせる気か!?」

氷銀王「おおすまんすまん。わざとじゃ」

炎竜「……いいだろうその喧嘩買ってやる!」

 *炎竜のファイアブレス!

 *高熱が辺りの氷を溶かした!

ミスト『今度は溶ける溶けますそして蒸発します。まあ本来の姿ですがはい』

氷銀王「おお温かいのう。ほれもっと熱うしてみい」

炎竜「ハッ。相殺が精々の癖に何を言うか」

氷銀王「あ?」ピキッ

炎竜「あ?」ビキッ

参謀「」

790: 2013/10/13(日) 22:44:05 ID:nHvkHUw2

  ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

ミスト『熱気と冷気で蒸発したり凝固したり。くすくす』

氷銀王「しぃ──」
炎竜「カァ──」



参謀「 喝 ッ !! 」 クワッ!



氷銀王「」 びくっ
炎竜「ぬ……」

ミスト『あらら。あらら。あらららら』

参謀「氷銀王? 次は痛くするって言いましたよね?(笑)」

氷銀王「ヒィッ!?」

参謀「ちょっと来い」

氷銀王「いやあのそのあのあわわわわわわわわ……!」


参謀「 ち ょ っ と 来 い 」

791: 2013/10/13(日) 22:45:58 ID:nHvkHUw2
氷銀王「んままま待て!? 妾だけが悪いわけではなかろう? のう!?」

氷銀王「喧嘩両成敗というではないかほれ! じゃから引きずるのは……」

氷銀王「ヒィッ!? そそそその目は止めんか怖い!」

氷銀王「あ、ちょ、待て、何じゃ!? 何する気」

氷銀王「ふにゃあ!? ま、あ、ちょ!?」


  ・ ・ ・


  バ チ ー ン !!



<ふにゃああああああああああああああああああああああああああ!!?!?


.

792: 2013/10/13(日) 22:48:46 ID:nHvkHUw2

   :
   :
   :


空狐「参謀。今し方大魔王様をお連れして……」

氷銀王「」 しくしくしく

炎竜「ぬおおおおお!! 翼の付け根に関節技はやめろおおおおおおおお!!!!」 バンバンバン!!

ミスト『おーい。瓶詰はひどくねーですかー。おーい。聞こえてるー?』

参謀「なんで魔族長が3人も揃ってまともに仕事できないんですかねぇ? ねぇ? 原因言ってみろやオイ」 グリグリ

炎竜「あがああああああ!? い──ヒッ、は、ヒッ……!」 ガクガク…

氷銀王「穢された……お嫁にいけない……」 しくしくしく

ミスト『あーヤバい酸欠で氏ぬ。呼吸してないけど』

空狐「」

空狐「……なんですかこの状況」

参謀「ああ、側近。任務ご苦労様です」

空狐(側近)「はあ、どうも」

793: 2013/10/13(日) 22:49:40 ID:nHvkHUw2
参謀「大魔王様はどちらに?」 パッ

炎竜「おブッ!」 ドシンッ!

側近「今は砦のほうで治療をしています」

参謀「! 負傷したのですか?」

側近「はっきり言って重傷です。が、所詮仮初の器ですので、問題はないそうです」

側近「まあ本来の器に戻ればこのようなことは起きようもありませんが」

ミスト『さっさと戻して差し上げませんとねー。意識の回復だけでも云百年とかかったわけですし』

炎竜「痛つ……、あの忌まわしい樹さえなくなれば何とでもなろう」

参謀(── 果たして動けるのか、どうなのか。ともあれ)

参謀「では、今は予定通りに進めましょう」

炎竜「…………」

炎竜(何故か釈然とせん……)

ミスト『ならそろそろ出していただけませんか。これじゃ身動きとれないですし』

側近「……いや、貴女はそのままでいいのでは?」

ミスト『!?』

794: 2013/10/13(日) 22:50:47 ID:nHvkHUw2
氷銀王「ざまみろ、ケッ」 ぼそっ

ミスト『解せぬ』

側近「バリア消失までの時間は?」

「あと5分程度の予測です」

参謀「騒いでいる間に……」

参謀「まあいいでしょう。全体通信を」

「了解。……繋がりました、どうぞ」


参謀「作戦司令部から全軍へ。まもなく作戦を開始する」

参謀「異界の門バリア消失と同時に術式を改竄、ゲートを拡大し接続座標を人界・聖樹の袂へと変更する」

参謀「接続が完了次第全軍突入。後、各々作戦に従い行動せよ」

参謀「ただし、大魔王陛下の復活を最優先。それまで“狩り”は自重するように」

参謀「もう一つ。これは戦争ではない」

参謀「人間という名の虫を始末する、害虫駆除だ」

参謀「以上。各員の奮闘に期待する」

795: 2013/10/13(日) 22:52:02 ID:nHvkHUw2

参謀「と、こんな所ですかね」

側近「十分でしょう。私は陛下のお傍に」

参謀「指揮はそちらで?」

炎竜「そんなもの不要だろう。元より我らの眷属は烏合の衆と変わらん」

側近「ああ……それは確かに」

ミスト『今まで軍隊なんてものを立ち上げたのも焔灼王だけでしたからねぇ』

炎竜「ふん。あんなもの、脆弱な獣魔共が群れて強くなった気になっていただけだ」

氷銀王「そりゃあドラゴン族と比べればどの魔族も魔物も脆弱じゃろ」

参謀「揚げ足取るんじゃありません」 ごすっ

氷銀王「あだァッ!? おまっ、妾がデコに水平チョップ喰らわにゃならんほど悪いこと言ったか!?」

ミスト『おーう、説明的ィ』

参謀「話が進まなくなるから黙りなさい本当に……」

側近「……お疲れ様です」

参謀「お疲れですよほんと……」 ハァ…

炎竜(……俺のせいじゃないよな?)

796: 2013/10/13(日) 22:53:02 ID:nHvkHUw2
参謀「ともあれ、側近は陛下の所へ行って下さい」

側近「はぁ。大丈夫ですか?」

参謀「さすがに重要な局面でポカをやらかすほどではないでしょう」

参謀「貴女は貴女の仕事を、我々は我々の仕事を、ですよ」

炎竜「参謀の言うとおりだ。今回は我々に任せておけ」

氷銀王「うむ」

ミスト『ですねぇ』

側近「…………」

側近(余計に不安に駆られるのですが) ひそ…

参謀(大丈夫です。……大丈夫です)

「あの、もう時間ありませんけど」

側近「っとと……では、聖樹崩しと封印の破壊その他諸々、よろしくお願いします」

参謀「そちらこそ。大魔王復活の儀の準備、お願いします」

側近「はい。では」


 *側近は転移魔法を使った。

797: 2013/10/13(日) 22:54:03 ID:nHvkHUw2
参謀「さ。我々も前線に行きますよ」

炎竜「ようやくか」

参謀「ええ、ようやく」




「そう、これでようやく時計の針を進めることができる」




  ──── 直後、閃光が魔界を白く染め上げた。



.

798: 2013/10/13(日) 22:55:05 ID:nHvkHUw2



炎竜「……ぐ、ォ」

炎竜「クソ、一体何が……、ッ!?」


 周囲を見回し、絶句する。

 辺りは一面火の海に包まれていた。

 無数の魔物の亡骸と、黒煙を吐いて燃え上がる瓦礫の数々。

 溶けた地面。破壊された設備。

 ほんの一瞬前までの面影など何一つなく、そこは地獄そのものだった。


炎竜「こ、れは……」


「ふむ、さすがに炎の輩(ともがら)だけあって火では斃しきれないね」

炎竜「なっ! き、貴様は──!」


 深紅の竜の眼前に、炎翼の巨鳥が舞い降りる。

799: 2013/10/13(日) 22:56:08 ID:nHvkHUw2
焔灼王「久しいね後輩君。少しは強くなったかね?」

炎竜「焔灼王……生きていただと!?」

焔灼王「それは異なことを言うね。私が氏ぬわけがないだろう」

炎竜「だが、確かにあの時──」


 言いかけ、はっと言葉を止める。
 焔灼王は言葉を待つように、ただ無言で炎竜を見つめている。


炎竜「……、これは貴様の仕業か」

焔灼王「そうだよ」

炎竜「では、何のつもりだ」

焔灼王「見てわからないかい?」




焔灼王「宣戦布告だよ」




   ── ド ゴ ォ ォ ォ ン !!

800: 2013/10/13(日) 22:57:02 ID:nHvkHUw2

 答えるや否や、焔灼の王が爆炎に呑み込まれる。


焔灼王「やれやれ、私にこの程度の炎が効くはずないだろう」


 しかしその中で巨鳥は悠々と翼を広げ、彼を包む炎は渦を巻き、逆に吸い寄せられていく。


炎竜「黙れ裏切り者め……今度は、今度こそ俺がこの手で頃してやる!」

焔灼王「わかってないねぇ、無理なんだよそれは」

炎竜「ならば氏ぬまで頃すまでだ!!」



 火柱が天を貫く。

 その巨大な紅蓮の渦の中心から、二体の翼獣が魔界の空へと飛び出した。


 一体は巨鳥、炎灼王。夕暮れの太陽に似た輝きを放つ巨翼が、悠々と宙を泳ぐ。

 一体は赤鱗のドラゴン、炎竜。深く暗い赤色に艶はなく、炎灼王の倍以上はあろう大きな体が、大気を強引に裂いて飛ぶ。


 “火”の炎灼王と、“炎”の炎竜。両者は等しくありながら、ある種対照的であった。

801: 2013/10/13(日) 22:58:03 ID:nHvkHUw2

  ────……


参謀「……」 のそっ

参謀「よし、行きますよ氷銀王」

氷銀王「わかっておっても氏ぬかと思うたわ……」

ミスト『なるほど、二人は既に寝返っていたわけですか』

氷銀王「む、なんじゃおぬし無事じゃったのか」

ミスト『火が通じないのは私も同じことですよ。まあ今何かされても抵抗できませんけど』

参謀「一応訊きますが、こちらに付く気はありますか?」

ミスト『まっさかー。私は炎竜以外と添い遂げるつもりはないですしー』

ミスト『で、やっぱり始末される流れなんですかねぇこれ』

参謀「それこそまさかですよ」

ミスト『……はあ?』

参謀「貴女には全て教えた上で、大魔王の下に戻ってもらいます」

参謀「その後どうするかは、ええ。どうぞご自由に」

802: 2013/10/13(日) 22:59:38 ID:nHvkHUw2

引用: 農家「魔王とかフザけんな」