1: 2010/04/26(月) 09:23:03.06 ID:ytYFG+Tx0
以前お猿さん食らってその間に落ちちゃったの始めます。

良かったら付き合ってやってください

2: 2010/04/26(月) 09:24:03.57 ID:ytYFG+Tx0
古泉「もうこんな時間ですか……お腹が空きましたねぇ」
 
真夜中特有の静寂とでも呼ぶべき静けさが漂う中、僕は自宅に続く道を歩いていた。
電灯の明かりが照らすなかを寂しく一人でだ。暗さのために転ばないように足元に注意しながら歩を進める。

僕はどうしてこんな真夜中に徘徊しているのかを説明するのは簡単である。
涼宮ハルヒの機嫌を彼が損ねた為に、僕がバイトに狩り出されてしまい、バイトが終了したのがこの時間帯になったからである。

古泉「まぁ彼を責める気は小指の爪ほどもありませんが。
   むしろ閉鎖空間が発生したこと自体が久々でしたので、良い運動になったと申しましょうか」

軽口を叩きながら僕は微笑むのだが、身体は疲れをヒシヒシと訴えてきていた。
いや少し事情は違った。
久々に過激な運動によって体力を使ったのも重要なのだが、もっと重要なのはお腹の空き具合だろう。
 
古泉「昼にパン一つと缶コーヒーだけで済ませていたのは失敗でした。
   涼宮さんの力が弱まってここ数ヶ月は暇でしたからね。まさか突然に発生して、この夜まで時間が掛かってしまった結果、晩御飯抜きですからね」

朝はメンドクサイので食べない主義なので、今日は昼だけになる。流石に空腹の為に空きっ腹が痛むと言う物だ。
しかし……ちょっと堕落しすぎだろう僕。中学時代なんてそれこそ、これの十倍は酷かったというのに。ぬるま湯に一度でも身を浸してしまうと人間腐るというが、その典型的なパターンを身で実証してしまっていた。
涼宮ハルヒの憂鬱 「涼宮ハルヒ」シリーズ (角川スニーカー文庫)
3: 2010/04/26(月) 09:24:51.21 ID:ytYFG+Tx0
古泉「早く帰って、何でも良いからお腹にいれますか」


ちなみに僕は自炊はしない派だ。いつも手短な総菜やインスタントで済ませてしまう。特に冷凍食品は至高の一品だ。手軽に調理でき、味にハズレはなくそこそこの満足感を得れるのだから。

外では大人びた優等生の仮面を貼り付けている古泉一樹だが、誰も居ない場所――自宅とかではそうでもない。

自分で言うのもなんだが、いつでもどこでも完璧超人なんて演じていては心身共に限界に迫られてしまう。だから、自宅ぐらいは人の目を気にせずに、そこら一般的な男子学生と同じ様にズボラな生活をしても罰は当たらないと思う。
 
故に僕は自炊はしないのである。一時期はしていたのだが、直ぐに飽きてしまいました。手間暇かけるだけの価値を見出せなかったので。


古泉「何を食べましょうか……」

 
インスタントはここ四日間ほど毎日世話になっているので避けたい。どうせならボリュームが有る物と白米を食べたいと思うのが日本人の正しい姿でしょう。
夜は、特に疲れて空腹時にはモチモチッとした感触と、含まれた澱粉が滲み出した甘い風味をオカズと一緒にたらふく味わいと思ってしまうのが……。

そこまで思考してハッとする。
そうだった……閉鎖空間で暴れていたために僕はなんて肝心な事を忘れていたのだろうか。

4: 2010/04/26(月) 09:25:37.29 ID:ytYFG+Tx0
古泉「……買い物するのを忘れていました。確か昨日のが最後のインスタントメンでしたよね」

冷凍食品も、インスタント食も、菓子パンすらも、僕の根城には在庫が切れている。
迂闊だった。思わず歯軋りしてしまう。
きっと空腹から、仮面が剥がれ落ちてしまったのでしょう。
普段の矯正しようとも根の部分で染み付いてしまっていたズボラな性格を、この時こそ恨んだことはない。

古泉「冷蔵庫の中に眠っているヴィダーゼリーだけで我慢するしかない……と?」
 
有りえない。
この空腹はそんな歯応えも無い軟性物で補えるわけがない。僕が求めているのは白米だ。インスタント食品が有れば、それに白米を足して我慢できたかもしれないが、インスタント食品すらも切らしている。まさか白米に塩? いやそれこそ有りえない選択肢でしょうが。

古泉「はぁ……仕方ないので、近くのスーパーで弁当でも購入しましょう」

こうして僕の目的地は、自宅から近所のスーパーに変更された。
疲労と空腹に耐えながら、道角を曲がり、大通りに向って舵をとる。

5: 2010/04/26(月) 09:27:04.44 ID:ytYFG+Tx0
                   ●


その時の僕はさっさと弁当を購入して、家に帰ろうと気軽に考えていたのですが……。

結論から先に申し上げておきましょう。

僕はその日、弁当を手に入れること――触れる事すら出来ませんでした。

きっと、今になって思えばコレは必然の結果だったのでしょうけどね……。世の中は広いと言う事です。

宇宙人に未来人に超能力者、そして神たる少女と鍵まで現実に存在しているのを把握していたのに、こんな身近で不思議な存在に今の今まで気付きすらしなかったのですから。

その存在――<<狼>>と呼ばれる彼等と僕が始めて接触した日から、僕の物語は始まったのでした――。

                    ●

需要と供給、これら二つは商売における絶対の要素である。
 
これら二つの要素が寄り添う販売バランスのクロスポイント……その前後に於いて必ず発生するかすかな、ずれ。
 
その僅かな領域に生きる者たちがいる。
 
己の資金、生活、そして誇りを懸けてカオスと化す極狭領域を狩り場とする者たち。

 
――人は彼らを《狼》と呼んだ。

                    ●

6: 2010/04/26(月) 09:28:03.23 ID:ytYFG+Tx0
何が起こったのか、僕には理解できませんでした。

予定通り、僕はスーパーに立ち寄り入店。
そのまま弁当コーナーに向うと、丁度スタッフだったのでしょうか? 黒を基調とした服を来た人の背中がスタッフルームに向って行くのを尻目に、僕は空腹に押され弁当コーナー前に辿り着きました。

日頃の行いと言うのでしょうか? もちろん良い意味でですよ?

なんと弁当が半額になっていたのです。お金に困るような生活をしているわけではありませんが、安く買えると言うのなら得した気分になるのが人情というもの。そのまま手を伸ばし――た所までは覚えているのですが……。
その瞬間から先は記憶が途絶えています。意識が飛んだことにより。

古泉「何があったのでしょうか……」

周囲を見渡せば、僕と同じ様に意識を失っているのか、倒れ伏している人達が四名ほど。起き上がる気配はなしです。

古泉「そしてレジには半額弁当を手にしている人たち……」

意味が判らない。

刹那の間と言っても過言ではない間に、一体何があったのか僕には判断がつきませんでした。

ただ、一つ言えるのは……。

7: 2010/04/26(月) 09:29:56.03 ID:ytYFG+Tx0

古泉「お腹が空きましたね……という事実ですか」

結局、半額シールが貼られたおにぎりを二つ程掴み取り、その場を後にすることにしました。

釈然としない、モヤモヤとした気分を引き摺りながら、スーパーを出た時に考えていたのは馬鹿らしく妄想とも言うもの。

古泉「殺気にも似た気配を感じ取ったのですが……ははっ、スーパーで殺気なんてね?
   ……空腹で頭がおかしくなったのでしょう。早く帰っておにぎりでも食べましょうか」


自宅に戻り、食べたおにぎりは美味しかったですし、目的だった白米だったのですが……。

何か違う、と思いました。


8: 2010/04/26(月) 09:35:00.94 ID:ytYFG+Tx0

またも真夜中。

およそ昨日と似たような時間帯に、僕はこれまた同じ帰り道を徒歩で歩いていました。

理由は説明するまでもありませんよね? はい、そうです。今日も涼宮さんのご機嫌が直ってなかっただけですよ。

古泉「まったく、本当に仲がよろしいことで」

僕は肩を竦めながら呟く。

補足しておきますが、別に皮肉でも何でも無く言葉通りに受け取って貰って構いません。
 
最近は本当に涼宮さんと彼は仲がよろしいのですよ。それこそ犬も食わぬ……といいますかね。傍から見ていて微笑ましいものですよ。

古泉「彼が涼宮さんに対してハッキリとした意思を決めたからでしょうねぇ」

僕達が二年に進級して直ぐに発生した事件によってね。
鈍感の代名詞にされてもおかしくない彼が、涼宮さんに対して不器用ながらも優しさを見せているのですから、涼宮さんもご機嫌ルンルンでしたし。

古泉「僕の見解では喧嘩というよりもジャレ合いだったのですが……どちらも不器用な方々ですから、そこは難しいみたいですけど」

ですので閉鎖空間が発生しても、それほど激しいものではなかったです。
 
小規模なのがポンポンと花火みたいに瞬いては消えていくように、数は多いのですが、処理は楽でしたから。
 
最も、数が多発しているお陰で待機命令が解除されず、この時間帯になってしまったのには頂けませんが。

9: 2010/04/26(月) 09:41:18.15 ID:ytYFG+Tx0
古泉「まぁ彼にも電話で伝えましたし、明日は大丈夫でしょう。それにしても……ククッ」

笑っては失礼なのですが、彼のあの電話での声音は思い出すと愉快としか言いようがありません。
昔なら気にも留めなかった癖して、凄く深刻そうに「どうやって謝ろう……」なんて言ってたんですから。朝比奈さんにご協力して貰えるなら、昔の彼に、今の彼を拝ませてみたいものです。

古泉「僕はこれ以上はフォローしないので頑張ってくださいよ」

馬に蹴られるのは御免被りますから。
それより重要なのはですね……僕のお腹が空腹を訴えていると言う事です。
あぁ……デジャブ。というか全く同じ経験を昨日もしてますのでデジャブでもないですけど。

古泉「早く帰って何かを食べましょう……。昨日と違いパンを二つにしましたが、焼け石に水でしたね」

歩の速度を上げる。
意識し出すと、急速にお腹の虫が暴れ出してきました。気のせいなんじゃなく、しっかりと腹の虫が情けない音を立てていますので。

さて、今日は何を食べましょうか?
昨日はおにぎり二つだけという、夕食としては侘しい食卓でしたので、今日は豪勢にいきたい……。

そこまで思考してハッとする。(あっ、二度目のデジャブ)
そうだった、そうでした……僕はなんて迂闊な事を。いえ、これは迂闊なんて言葉では許せません。弁解がしようのないほど馬鹿じゃないですか……。


10: 2010/04/26(月) 09:44:20.27 ID:ytYFG+Tx0
古泉「昨日、冷蔵庫の中身を補充するのを失念していました」

あまりの不思議体験を経験してしまった僕は、食料の備蓄にまで気が向いていませんでした。

古泉「クッ……家に帰ってもあるのはヴィダーゼリーだけですか」

豪勢にそして贅沢にいきたい! と思っていた僕のお腹はそんな軟性物で我慢できるはずも無く、結局、僕が選んだ行動は。

古泉「……行くしかありませんね」

決意を新たに、帰り道から逸れ、道角を曲がる面舵を指揮する。
 
目指すは昨日に立ち寄ったスーパーでした。





まるで甘い蜜に誘われた羽虫のように、僕はスーパーの道程を進んでいく。
胸に――美味しい弁当と、ちょっとだけ昨日の不思議現象が解明できるかもしれないという好奇心を――抱きながら。

11: 2010/04/26(月) 09:55:28.66 ID:ytYFG+Tx0


古泉「到着ですね……」

生鮮売場からキリッとした冷気が僕を迎えてくれてる。少々早足になっていたため汗ばんだ身体にとても心地良い。

僕は息を整えながらも急ぎ弁当コーナーに向いました。
天上に埋め込まれたスピーカーから流れるBGMも、レジから小銭が弾ける耳障りな音も、冷蔵機の立てる稼動音も……昨日と同じ。

そして、

古泉「昨夜、半額弁当を手に入れていた方達の姿も拝見できますね……」

チラチラと失礼にならぬように盗み見ながら、気付く。
更には、異常とも言っていいほどの――緊張感が周囲にピリピリと漂っていた。

古泉「昨日もこのような感じだったのでしょうか?」

判らない。昨日は急いでいたし、周囲にも気を配っていなかったのだから。

気付けたのは事前の予備知識――ここには“何”かがあるという警戒心があったからでしょう。

12: 2010/04/26(月) 09:58:06.83 ID:ytYFG+Tx0
古泉「考えても無駄ですね……」

事実なのは、推測するには判断材料が少なすぎると言う事。
差し当たっては警戒だけは怠らぬように、気を引き締めることだけ。

古泉「弁当コーナーには……あっ、もう半額シールが貼り付け終わったようです。急ぎましょう」

視線を飛ばした先には、昨日と同タイミングで、スタッフオンリーの扉に消えようとしている、黒を基調とした服を着こなしている男性の背中が。
遠目だが、昨日よりも近い距離に居たために、より鮮明にその後姿を拝めた僕にある疑問が沸きあがった。

古泉「誰かに似ているような……? あの服装もアレですよね?
   ……いえ、気のせいでしょう。まさかスーパーにアレな服装で、しかもあの人が居るはず無いじゃないですか」

一笑に付すと、地面を力強く蹴り加速しました。本気のダッシュです。
弁当如きに何もここまで真剣にならなくても、と思わなくもないが、空腹は馬鹿に出来ませんからね。今日もおにぎりはご勘弁願いたいです。
急激に後ろに流れている背景の中、半額シールを貼り付けた店員さんが扉から完全に姿を消す前に、僕は弁当コーナー前に到着する。

古泉「これに決めました――っ!」

手を伸ばせば届く位置。
もはや誰にも邪魔されず、不思議現象が介入する余地など皆無。


僕は一気に――ひと目で判るほどボリュームタップリなハンバーク弁当に――手を伸ばしました。
同時に、僕の耳はキィ、と音の残滓を木霊させながら、店員専用の扉が完全に閉じた事を認識し――全身の毛という毛がゾクリと粟立った。


13: 2010/04/26(月) 10:03:43.60 ID:ytYFG+Tx0
古泉「なっ――っ!?」

咄嗟に、弁当に伸ばしていた右手を、無我夢中で自分の真横の空間を払うように振るう。

右腕に重たく鈍い衝撃が走った。

古泉「――――っ?!」

驚きに埋め尽くされた思考回路は、巧く言葉を発せず、呻きに似た声を漏らすのみ。
自分の右腕の筋肉に食い込むように、捻り込まれた肘鉄。鈍い痛みの正体はコレか。

古泉「……馬鹿な」

囲まれていた。
ほんの数秒前まで僕の周りには誰もいなかったはずなのに、辺りには十人を超える人々が瞬時に現れていました。
まるで初めから其処に存在していたかのように。

「へぇ、やるじゃない……豚の分際で」

底冷えするほど憎悪を含んだ言葉が、肘鉄を叩き込んできた茶髪の女性から吐き出される。
周囲から僕を囲むように出現した人達からも、混じりっ気のない憎悪と侮蔑が視線から迸っていた。

まるで物理的な圧力を持つかのように、僕の身体を雁字搦めに拘束されていくような感覚に陥ってしまっていた。
彼らの眼は等しく同じ。獲物を狩る、狩人の眼。

14: 2010/04/26(月) 10:07:58.09 ID:ytYFG+Tx0

肘鉄を抑え込んでいた右腕の防御が、圧力に押され突如として崩れ去ってしまう。
茶髪の女性が、有りえない程の怪力を発揮し――全身ごと踏み込まれたことにより――均衡していた場が崩されたのだ。がら空きになった腹部に肘鉄とは逆手で手刀を叩き込まれた。
腹筋に力を籠めるという、精一杯の抵抗を嘲笑うかのように、僕の身体は九の字に折れ曲がってしまう。

「弱きは叩く――」

どこからかの男の声とともに、突き出していた顎に強烈な蹴り上げを喰らい、漫画みたいに空中に吹っ飛ばされる僕。

「――豚は――」

吹き飛んび空中を滞空する僕よりも、更に上空から濁った男の声とともに、頭部に向ってカカト落としが振り下ろされる。

「――潰す」

女の声。
急落下する僕の着地地点を見極めていたかのように、左脇腹に渾身の正拳突きが穿ってきた。
朦朧とする意識と痛みにより、碌に防御も行なえないまま、無防備に喰らった僕は力の慣性により、弁当コーナーの外にへと弾き飛ばされて行き、

「それが――」

己の身体を雑巾のようにし地面を拭きながら、無様に転がり続けた僕が最後に待っていたのは、

「――この領域の掟(ルール)だ」

豚とは? 領域とは? そして掟とは?

様々な疑問が一瞬で脳裏に浮かび埋め尽くされるが、迫る大形の厚底靴に顔面を潰された僕は、混濁する意識の向こうへと力ずくで追いやられたのだった――。


16: 2010/04/26(月) 10:23:16.95 ID:ytYFG+Tx0


意識が浮上する。
薄らぼやけた視界の中、照明の光に目が痛むのを感じながら、僕は起き上がろうとした。

古泉「……くっ」

呻く。
焼け付くような猛烈な痛みが、全身に満遍なく訴えかけていた。食欲など失せ、今にも嘔吐しそうな吐き気まで襲い掛かってきている。
あれだけ全身を殴打されたのだ、仕方ないとは言え、微かな不満と……怒りが胸の淵から溢れ出す。

??「起きたか……。もう閉店だ」

唐突に掛けられた、野太い声。
僕は自分以外にも人がいたのかと驚きながら、慌て視線を飛ばした先で、更なる驚愕に襲われることになりました。

古泉「……え? あ、あなたは?!」

その人物は僕が良く知る人物であり、つい最近になって“機関”から足を洗った――

??「元気そうだな……古泉」

 
――荒川さんでした。


15: 2010/04/26(月) 10:19:17.55 ID:ytYFG+Tx0
古泉「な、なぜ荒川さんがこんなところに……?」

荒川「そう驚くな。私がここのスーパーの店長をやっているのだから、居ても不思議ではないだろう?」

古泉「あぁ……あの後姿は見間違いじゃなかったんですね。まさかとは思っていたのですが」

荒川「ん?」

古泉「ええ、執事服だったものでして。普通……スーパーに執事服っておかしくないですか?」

荒川「趣味だ」

古泉「そうですか」

荒川「……」

古泉「……」

気まずい空気が僕達の間に流れる。
久方ぶりの再会――と言っても数ヶ月だけですが、あまりにもアレな再会になってしまいました。

あまりにも劇的な再会を果たしてしまった僕は呆然とし、最も気になっていた疑問が掻き消されていたが、沈黙の時間が長くなるにつれ、訊ねたい欲求が増えてくる。
僕の表情から何かを読んだのだろうか。
荒川さんは本物の超能力者のように、僕に言葉を発してきた。

17: 2010/04/26(月) 10:32:07.73 ID:ytYFG+Tx0
荒川「訊きたい事があるのだろう? だが、私から答えることはできん」

古泉「……何故ですか?」

荒川「私がここの店長だからだ。言えるのは無様な真似をした報いというのが結論だな」

古泉「無様……ですか」

荒川「そうだ。私からはこれ以上は言えん。誰にあっても平等でなければならい立場にある私からはな」

古泉「……」

荒川「……お前のそんな顔を見るのも久しぶりだな古泉。
   機関に連れられ、出会った当時の事を思い出してしまう。……憤っているか?」

答えるまでもない。
きっと今の僕に貼り付けられた微笑は無いだろう。

理不尽な理由により叩きのされ、そうなった原因は己の無様さだと指摘されれば憤って当然だと思う。
そう、それこそ。
初めて超能力に目覚め、分けが解らず、世界を守るために非現実的な世界に招待されたときのように。

荒川「だが、昔のよしみだ。本来なら禁忌なのだろうが、少しぐらいヒントを与えてやらんでもない」

古泉「……それは?」

18: 2010/04/26(月) 10:46:18.13 ID:ytYFG+Tx0
荒川「お前はまだこの領域に訪れる気はあるか?
   古くは<<騎士>>と、今は<<狼>>と呼ばれる猛者共が生と氏を、誇りを懸けて交差する場所にへと」

古泉「僕を古くから知る貴方なら、答えは聞くまでもないですよね?」

荒川「ふっ、愚問だったな。ならばあいつに尋ねるがいい」

荒川さんは左手を翳し、人差し指をピンッ、と立ててくる。
その左手の薬指には最近になってはめられるようになった金属製の指輪が輝いていた。

荒川「――――に、な」




次の目的地が決まった瞬間でした。

19: 2010/04/26(月) 10:48:21.32 ID:ytYFG+Tx0

僕は会議室で使うような一室にいた。

時刻は夕方を越えた辺り。もう暫くすれば、早い家庭ならば夕食を食べ始めることでしょう。
SOS団の活動が終わり、僕はすぐさま、集合命令があったわけでもなく、機関が関わっている一つのセーフハウスに向い、この場で待ち合わせした人物を待っていました。

古泉「やはりこの怪我は拙かったですかね」

ガーゼと絆創膏を張られた頬を指先でなぞる。
SOS団の活動の際、皆には驚かれたものです。今までこんな風に怪我をした僕を見せる事はありませんでしたからね。

古泉「どうみても、喧嘩して殴られた後にしか見えませんでしたし」

一応、階段から転げ落ちた、なんてベタな誤魔化しをしておきましたが、どれだけ効果があったものやら。
涼宮さんも彼も胡散臭そうな視線でしたし、朝比奈さんは涙目でしたね。長門さんは……うん、無表情でした。

古泉「最終的には折れてくれたのか、追求されずに終わったので助かりましたけど」

涼宮さん的には、仲直りした彼との交友の方が大事だったのでしょうけどね。
彼もよくやってくれたものです。ちゃんと僕の期待に答えてくれたのですから。

古泉「機関を代表して、こんど彼にはお礼をしなければいけませんね」

僕は微笑みながら頷く。
そして時間は経過していき、出入り口の扉がガチャリと開いた。

20: 2010/04/26(月) 10:51:15.86 ID:ytYFG+Tx0
??「待たせちゃったかしら?」

古泉「いえいえ、とんでもございません。
   こちらこそ、忙しいところに時間を作ってもらっているのですから、ご無理をいいます」

??「そう? ならいいけど。
   それで――聞きたいことってなんなのかしら古泉。その見っとも無く顔を腫らしているのと関係あるのかしら?」

古泉「……いや、あの僕らしくないのは分かっていますけど、笑うのって酷くありません? ……別にいいですけど」

??「ごめんごめん。そう怒らないの。
   じゃあ話しなさいよ。私が答えれることなら教えてあげるから」

古泉「はぁ……不安になってきました」

相変わらず半笑いなのだが、文句は言えません。彼女はこういう性格なのですからね。
僕は一度大きく息を吸い心を落ち着かせました。



古泉「お願いします、森さん」

21: 2010/04/26(月) 10:54:20.30 ID:ytYFG+Tx0

・神(店員)が売り場から消える前に駆けることなかれ。

・その夜に己が食す以上に狩るなかれ。

・狩猟者でなき者攻撃するなかれ。

・獲物を捕った者襲うなかれ。

・店に迷惑かけるなかれ。


古泉「なるほど。そしてこれらの大前提として――礼儀を持ちて誇りを懸けよ、ですか」

森「そういうこと。それらを守れない者は嘲笑の的として<<豚>>って呼ばれるのよ。つまりは今の古泉がそうね」

古泉「豚……豚ですか」

森「そしてこれらを準じ誇りを懸ける者を<<狼>>って呼ぶわけ」

22: 2010/04/26(月) 10:56:50.73 ID:ytYFG+Tx0
古泉「説明の中に出ていた<<犬>>とは?」

森「簡単に言えば未熟者のことよ。ルールは理解してるけど、未だ弁当を手に取ったことのない人とか、誇りを懸けれない奴とかね」

古泉「ふむ……」

僕は椅子に腰掛ながら、考えるように顎下に右手をやる。
ルールは把握した。
あのスーパーという庶民が慣れしんだ場で、これほどの不思議が日々繰り広げられていようとは。

古泉「涼宮さんが知ったら、さぞ悔しがるでしょうね……」

僕は苦笑しながら、胸に生まれてくる高揚感を押し隠す。

森「涼宮ハルヒには知られたくないわね。色々な意味で」

古泉「涼宮さんがあの時間帯にスーパーに行くのは考えづらいので大丈夫でしょう。
   もしバレたらバレたで、世の中にスーパーマンみたいな人が溢れてしまいそうですが?」

空中を滑空し、片手一つで人間を軽々と投げてしまえる人間ばかりになってしまうだろう。
あの弁当コーナーで繰り広げられていた格闘戦。

古泉「まさに人外の業でした……」

僕だって機関の末端とはいえ構成員である。
日々のトレーニングは欠かしていないし、体術の指南も嫌と云うほど森さんや荒川さんから受けている。
プロのボディーガードと遜色ないと自負していたのに、昨日の一件以来、ガタ崩れですよ。

23: 2010/04/26(月) 11:08:48.44 ID:ytYFG+Tx0
森「腹の虫の加護よ」

古泉「は?」

森「だから腹の虫の加護――意思の力と言い換えてもいいかしら?
  本能的欲求、敵に挑む覚悟、唸りを上げるほどの空腹……それら全ては意思の力。 
  意思が強ければ人は強くなる。そしてあの“中”では、それだけが全てなのよ」

古泉「“外”の経験だけでは届かないと?」

森「相変わらず聡明ね。話が早くて助かるわ」

古泉「ええ……昨日に体験してきたばかりですので」

森「そういえば、そうだったわね――<<豚>>の古泉君?」

古泉「――」

森「でも信じるのね? もっと疑うべきじゃない? これ普通の人が聞いたら失笑ものよ?」

古泉「ええ、本当に……ははっ、面白いですよ」

24: 2010/04/26(月) 11:25:11.01 ID:ytYFG+Tx0
僕は笑う。
だけど疑ったわけじゃない。なんせ世界を守る秘密結社に属する立場にある自分にとって、いま語られた話は疑う程ではなかった。

ならば、何故僕は笑っているのか。
そんなのは決まっているじゃないですか? ねぇ?

古泉「ありがとうございました、森さん。
   僕は行かなければいけない場所がありますので、今日は失礼します」

森「あら、せっかちね? これでも忙しい時間の中を縫って付き合ってあげたのに」

立ち上がった僕を見て、森さんは笑いを堪えていた。

古泉「今度お茶をご馳走しますよ。それでご勘弁ください」

森「ふぅ~ん、じゃあ期待して待ってようかしら。
  でもそんな懐かしい表情して、昔を思い出すわ」

古泉「荒川さんと同じような事仰いますね。
   だったら解るでしょう? 僕の性格をご存知の森さんなら」


25: 2010/04/26(月) 11:28:35.22 ID:ytYFG+Tx0
森「ふふっ……あまり無茶しないようにね。最近はそうでもないけど、昔のあんたはヤンチャなんだから」

古泉「考慮しておきますよ森さん」

僕は森さんに背を向け、出入り口の方に向って行く。
背後から楽しそうな声が飛んできた。

森「っで? 聞いてなかったんだけど、何しにいくのかしら?」

ああもうっ、分かってる癖に弄るの止めてください。厭らしい性格は直すべきですよ本当に。
でも一応答えておきますか。
そうしないと彼女は満足しないのでしょうからね。
 
古泉「決まっています。僕は――」




――<<狼>>になろうかと、ね。

28: 2010/04/26(月) 11:39:23.85 ID:ytYFG+Tx0

 <<半値印証時刻(ハーフプライスラベリングタイム)>>の時間が迫ってきていた。

 ちなみにこの名称の意味は、弁当に半額シールが貼られる時間帯の事を示すことを言うらしい。
 壮大な名称だが、なかなかユーモアセンスに満ち溢れていると僕は弁当コーナーに足を進めながら考えていた。

古泉「さっと確認するだけでしたね……」

 弁当コーナーが目前にして森さんの言葉を思い出す。


『いい? 弁当コーナーでは決して立ち止まらない。不自然にならぬよう一定速度を保ちながら通り抜けなさい。
 その通り過ぎる際に、一瞬で弁当の数、配置、内容、それらを記憶に叩き込むのよ。慣れてないと厳しいけど、機関での訓練を耐えた古泉なら大丈夫でしょう』


 教授に従い、そのまま弁当コーナーを通り過ぎる。

古泉「確かに、これはなかなか初心者には厳しいでしょうね。
   ですが、瞬時の記憶力なら僕は負けませんよ。これでも鍛えられていますから」

 弁当の数は七つで、配置も記憶しました。
 その中でもっとも気になった弁当は『必殺必中! ハンバーグとエビフライが織り成す暗殺拳! 今宵、貴殿は――に、出会う! 燃えりゃあぁぁぁぁ!!!!』でした。

古泉「……あ、頭大丈夫でしょうか?」

 額に嫌な脂汗が滲み出してきました。
 この弁当の名前を考えてた人は間違いなく頭がアレですよね? 膿んでますよね? 病院を呼ぶべきですか?


29: 2010/04/26(月) 11:47:19.89 ID:ytYFG+Tx0
古泉「必殺必中……食べたら氏ぬ? 暗殺拳? 一体何に出会うんです? そして何故燃える?!」

突っ込みところが多すぎて、僕は思わず動揺してしまいました。
考えたら考えるほど深みに嵌るように、恐ろしさだけが際立っていく……。

古泉「この弁当の名称を付けた人が荒川さんで無いことを切に祈りたいですね……ええ、本当に」

だけどこうも思うのです。
この弁当を食べてみたい。この弁当はどんな味がするんだ。この弁当を手に入れようと。

古泉「決めました。僕は必ずこの弁当を手に入れてやりますよ」

硬い決意を結びながら、僕は弁当コーナーから少し離れた鮮生コーナーで足を止める。
そして目の前に張られた『豚バラ百グラム七十八円。お買い得!』というプライスに、いかにも興味がそそられたように視線を注ぐ。


『弁当コーナーを下見したら、適当な位置に行きなさい。
 決して弁当コーナーから近すぎないように、それでいて離れすぎてないベストな位置でね。
 そこに至ったら、後はキョロキョロしないで精神集中でもしてなさい。じゃないと他の狼に嘗められるわよ』


森さんには感謝しなくては。
教わなければ、この暗黙のルールに気付くことはなかったでしょう。

古泉「……落ち着け、古泉一樹」

高鳴る胸の鼓動と緊張から強張る身体を、僕はほぐすように呟く。

31: 2010/04/26(月) 11:52:17.61 ID:ytYFG+Tx0
古泉「僕はこれから半額弁当争奪戦に参戦する」

そのためにも、改めて決意と覚悟を見直さなければいけない。

なぜなら――ここから先は拳と拳、力と力で語り合う場。

古泉「僕の趣味じゃないんですけどね……女性に手を出すのは」

だけど、

古泉「手加減しては失礼に値するので、本気でいかしていただきますよ」

手加減する余裕がないのが本音ですが。
だが、負けたまま大人しく引き下がるほど、僕は甘くはない。

ここは誇りを懸けた者達が集う場。
ならば正々堂々と真正面から、僕も誇りを懸けましょう。

古泉「機関としての古泉一樹でもなく、SOS団副団長の古泉一樹としてでもなく、牙もつただの古泉一樹として」

覚悟は決まった。決意も固まった。
後は決戦の狼煙を待つだけ。
僕は目を閉じ、静かに精神集中をする。

暗闇になった視界の中、僕の近づいてくる一つの気配を敏感に察知する。
気配は僕のすぐ左真横まで接近すると停まり、僕にアクションを放ってきた。

32: 2010/04/26(月) 11:56:57.02 ID:ytYFG+Tx0
??「あれだけやられたのに、また来たんだ」

 目を開けなくても声の人物は誰かは判別できる。
 鋭い肘鉄を喰らわせてきた茶髪の女性――いえ、“茶髪”。

古泉「昨日はお世話になりました」

 閉じていた目を開き、チラリと左横を確認する。
 僕と同じ様にプライスに視線を集中させ、決してこちらに視線を寄越さない茶髪が佇んでいました。

 狼に馴れ合いは不要。
 必要最低限のコミュニケーションが取れれば良いということですね。

茶髪「絆創膏なんか貼っちゃって、かっこいい顔が台無しじゃない。
   悪い事言わないから、三割引きの弁当手に取って帰ったほうがいいわよ?」

古泉「挑発ですか。そこまで昨日の僕の行動が気に入りませんでしたか?」

茶髪「愚問ね。ここに豚はいらないのよ」

古泉「豚……ね。僕はまだ犬ですらないと?」

33: 2010/04/26(月) 11:58:49.87 ID:ytYFG+Tx0
>>30ベン・トーのクロスさせやすさは異常だと思います。原作面白いですよねー

34: 2010/04/26(月) 12:07:57.67 ID:ytYFG+Tx0
茶髪「ふんっ……誰にテコ入れされたのかちょっとは知識を齧ってきたのね。それでなんのかしら豚」

古泉「ククッ……まったくもって」

愉快。
僕は腹の底から込み上げてくる怒りを、笑みとして表現し処理する。

普段ならこんな挑発に乗ってやらないけど、乗ってやろうじゃありませんか。
僕にだっていい加減、鬱憤が溜まっていたことがありますしね。
外見は一見すると優男に見えて、荒事に向いてなさそうに見えるらしいが、僕だって男だ。
それに今の僕は――ただの牙持つ古泉一樹なのですから。

――ここいらで、本戦に参戦する前に、軽い参戦表明を済ませちゃいましょうかね。

古泉「人を見下ろすのもいい加減にしておかないと、足をすくわれますよ?」

茶髪「――へぇ」

古泉「その場の掟を知らずに厚かましい真似をしてしまった僕にも責任は無いとは言いませんがね。
   ですが、“ルールも知らない素人”を寄って集って袋叩きにし、愉悦に浸る勝者は忘れがちですが、敗者には二通りの存在が居るのですよ」

茶髪「それは?」

35: 2010/04/26(月) 12:19:50.08 ID:ytYFG+Tx0
古泉「そのまま落ち零れ影として消えていく者か。もしくは、悔しさをバネにし立ち上がろうとする者か」

茶髪「あんたは後者って言いたいんだ?」

古泉「あの時とは状況が違います。僕はもう知っている。知ってなお、この場に居るのを忘れずに。でなければその牙を――」

好戦的な、牙を剥き出しにした笑みで僕は宣言した。

茶髪にだけではない。遠巻きから感じる無数の視線全てに対して。
嘲笑の的として、僕を見ている輩に宣戦布告するのだ。

古泉「――叩き折られるのはあなた達だと、知るがいい」

茶髪「言うじゃない。取り敢えずこう返しておくべきかしら。――ようこそ弱肉強食の世界へ、と」

古泉「僕の思いは伝わったようですね」

茶髪「少しは認めてあげる。今の啖呵は嫌いじゃないわ。
   だけど、まだまだね。ここは言葉で語る甘ちゃんが生き残れる場所じゃないの。
   あんたの啖呵が本気だっていうんなら、拳で語りなさい――子犬ちゃん」

茶髪は背を向け去っていく。もはや言葉は必要ないとばかりに。

古泉「子犬ちゃんですか……その言葉、すぐに撤回させてやりますとも」

36: 2010/04/26(月) 12:41:34.93 ID:ytYFG+Tx0
弁当を手にした事を無い者を<<犬>>と呼ぶ。そして僕の風貌から混ぜて“子犬ちゃん”と呼んだのでしょう。
今はその屈辱に甘んじるしかない。僕がデビューするのは今日が始めてですし。

まずは犬と認めさせただけ良しとしなければね。
周りからの視線と気配も、嘲笑の的としてではなく、一匹の敵として警戒されたのを感じているのですから。

古泉「そろそろ荒川さんが――半額神が来る頃ですね」

半額シールを貼り付ける店員の事を半額神と呼称するみたいです。
郷に入れば郷に従えと言いますし、荒川さんではなく半額神と呼ばしていただきましょう。

古泉「来ましたか……」

店員専用の扉が開き、その向こうから執事服を纏った半額神が姿を表す。
礼儀正しく本物の執事のように胸に手の平をつけると一礼をして見せる。周囲の半額弁当を狙う者達の緊張感が一気に張り詰めていく。

古泉「まずは総菜コーナーからなんですね」

弁当コーナーはどうやら最後に整頓され、半額シールが貼り付けられるようです。

手馴れた手付きで、丁寧に全てのコーナーを整理整頓した半額神は、立ち止まることなく最後の未整理箇所――弁当コーナーに向った。
七つの弁当に一つ一つ、愛おしそうに赤い半額シールを貼り付けていく。

全ての弁当に半額シールが貼り付け終わり、半額神は店員専用の扉の向こうにへと足を進めていく。

37: 2010/04/26(月) 12:56:10.65 ID:ytYFG+Tx0
心臓がドクンドクンと爆ぜる。

そして、半額神が完全に扉をくぐり、扉が後を追うようにして閉まっていき……バタンと音を残して閉じた。

古泉「――――!」

 
僕は全速力で飛び出した。






これで量的には半分が終了。
限りなく人が少ないけど……誰もいない?
とりあえず飯買ってきます

44: 2010/04/26(月) 14:05:06.44 ID:ytYFG+Tx0

弁当コーナーでは既に乱戦の場が形成されている。
十名を超える人の轟きが壁と鳴り立ちはだかる中、僕は直進し、飛び蹴りを放った。

「ぐわぁっ!」

背後からの奇襲により、吹っ飛んだ男が城壁を崩すように前線で激しい争いを見せていた狼達を巻き込んでいく。

古泉「行きますっ!」

男を吹っ飛ばすことにより出来上がった即席の道筋を駆けていく。
一直線に前線まで疾走した僕の前には弁当棚。手を伸ばせば届くが――、

古泉「そう簡単に行かしてはくれませんよね!」

いつかの焼き直し。
人影を縫うように駆けてきた茶髪が繰り出してきた肘鉄を右手で防ぐ。

茶髪「甘いっての!」

肘鉄を防がれた彼女は動じることなく後ろに頭を振りかぶり、僕の顔面目掛けて頭突きを放ってきた。
避けれない。
避けることはできない。
 
ならば――。

45: 2010/04/26(月) 14:14:00.29 ID:ytYFG+Tx0
古泉「受けてたちましょう!」

ガツン、と特大の火花を散らした僕と茶髪は、額から血を散らしながら仰け反る。
その隙を狙い、後方から僕と茶髪の間に二匹の狼が割り込んでくる。

坊主「悪いが――」

顎鬚「――子犬ちゃんとお前は後ろでイチャイチャしてなっ!」

割り込んできた丸坊主の男に右腕を引っ掴まれ投げ飛ばされる。茶髪は顎鬚の男から腹部に強烈な蹴りを受けていた。
最前線で戦っていた僕と茶髪は一瞬にして吹き飛ばされ、最後尾へ。

古泉「……っく」

空中で体勢を整え、落下する衝撃を他の狼をクッションにし頃しながら、僕は戦況を把握していく。

頭突きを受けた障害から眩む視界を最前線に飛ばした先では、坊主と顎鬚が主導となって他の狼を牽制しながら、争っている。
未だに弁当を獲得した者は誰一人して居ない。

まだまだ勝負はこれからでした。

46: 2010/04/26(月) 14:24:57.38 ID:ytYFG+Tx0
古泉「ですが一筋縄では行きませんね。森さんから聞くのと、実際に体験するのとは勝手が違う」

着地台として扱われた狼達の怒りの鉄拳を捌き、反撃しながら、僕は思考する。

古泉「弁当を狙おうとする者は集中的に狙われるようですね。出すぎた杭は叩かれるように、四方八方から集中打を浴びせられると」

実際、後方の方では小競り合い程度で、最前線とは比べようがないほど緩やかです。
だからこそ、片手暇程度の攻防を繰り返しながらも、戦略を練る事が出来るのですが。

古泉「ですが、あまりゆっくりしていては弁当が奪われてしまう……か」

誠に戦略性に富んだ場だ。
そして始まる前に少しだけ恐れていた事が杞憂だと知り、改めて牙を剥く。

片手で人間を投げ飛ばしたり、拳から衝撃波を放つような連中が相手だったのだ、焦る気持ちはあった。
だが戦えている。まるで冗談のようだが、僕も“空中で制止するような感覚で体勢を整えたり”しているのだから。

だから。
迷う必要も、恐れる必要も無い。

古泉「――突っ込んで弁当を手にするだけです!」

47: 2010/04/26(月) 14:39:44.12 ID:ytYFG+Tx0
僕は後方の小競り合いを止め、最前線に身を飛ばす。
だが目の前には通り過ぎるほどの隙間が無い程の乱戦。

豪風を纏って襲い掛かってきた拳を左手で往なし、相手の鳩尾に掌底を放つ。

古泉「ですが上空からならば、関係ありませんよねっ!」

投げられた際にヒントは得ている。実現可能なはずだ。

掌底を喰らった細男が苦悶の表情を浮かべるのを尻目に、僕は背後にバックステップし距離を開け、その反動を使って前方に加速すると細男の肩を踏みつけ飛翔した。
 
天上すれすれまで飛び上がり、そのまま急落下する先は――坊主と顎鬚の目前。

古泉「――はあぁぁぁ!!」

吼える。
自然と奥底から叫びながら、僕は空中で宙返りし、カカト落としを屈強な体躯を持つ坊主に浴びせかけた。


48: 2010/04/26(月) 14:48:55.83 ID:ytYFG+Tx0
坊主「な、しまっ――ぐはぁぁっ!」

古泉「よしっ――なっ馬鹿なっ?!」

坊主「あ、甘めぇだよ子犬がぁ!」

浴びせ着地した僕はすぐ様に攻撃目標を、近くにいる顎鬚に変更していたのが失策だった。
頭部の山頂に喰らったはずの坊主は気合で耐え切り、ふら付きながら身体ごと渾身の全体重右ストレートを穿とうとしてきている。

これを喰らっては拙い。
 
全身が警報を鳴らすのだが、そうは行かない。右の視界では驚きから硬直していた顎鬚が、驚愕から脱し僕に攻撃を仕掛けてこようとしている。
そっちを無視するわけには行かず、僕は顎鬚に向って防御姿勢を構えながら、歯を食い縛った。もう坊主の攻撃を捌く余裕はありません。

49: 2010/04/26(月) 14:59:09.79 ID:ytYFG+Tx0
古泉「――っ」

一撃を喰らう覚悟で、顎鬚に集中する僕。
左の視界から満身創痍で襲い掛かってきた坊主の豪腕が直撃――する瞬前に坊主の姿が豪腕ごと消失した。

その空間に入れ替わるように登場したのは拳を突き出した茶髪。まるで僕を援護するかのようなタイミングでした。

顎鬚「おらぁ!」

古泉「くぅ!」

状況は進んでいる。

顎鬚の右ハイキックが僕の側頭部を狙ってくるのを、間一髪で両手でブロックする。ブロックした両手に捻り込まれた爪先から衝撃が走るが耐えた。

古泉「次はこちらの番ですっ!」

顎鬚「ぬぉっ?!」

大技を繰り出しバランスを崩していた顎鬚の左足を払ってやる。

茶髪「さっきの仕返しよっ!」

顎鬚「ごほぉぉぉ!!」

転んだ顎鬚に容赦なく、茶髪が蹴りを放ちながら最前線から吹っ飛ばした。顎鬚はそのまま後方の狼達に踏まれ蹴られ転がっていく。

見事な即席の連携技。コンビネーション。

50: 2010/04/26(月) 15:15:31.89 ID:ytYFG+Tx0

僕と茶髪は視線で頷き笑みを浮かべこの戦場の真っ只中、お互いを称えあうようにゆっくりと利き腕を差し出しました。

あぁ、麗しき――弱肉強食(ユウジョウ)の世界!

握手をするように見せかけ、ノーモーションで拳を繰り出す僕と茶髪。

茶髪「素直に殴られておきなさいよっ!」

古泉「そちらこそ初心者に対して容赦がありませんよね!」

茶髪「はんっ! 私の弁当を狙う奴は全員敵よ、誰が容赦するっかての!」

古泉「聞き捨てなりませんね! それは僕の弁当です!」

拳と拳を交えながら僕達はお互いの隙を逃さぬよう注意する。
攻撃する手と反対の手で、弁当に奪い取ろうとするも、その手を打ち払われ、逆に攻め込まれ防戦になるのを何度も交互に繰り返す。
決定打に掛けた泥仕合。

茶髪「やるじゃないっ子犬ちゃん!」

古泉「その汚名はすぐさま撤回させてやりますよっ!」

茶髪「やれるもんならねっ!」

頭部に迫る上段ハイキック。右腕で頭部を守ろうとしたのを読まれたのか、蹴りの機動が変化した。
鋭角に曲がった蹴りは上段から中段にシフトし、僕の脇腹に突き刺さる。

52: 2010/04/26(月) 15:46:51.18 ID:ytYFG+Tx0
古泉「ぐふっ?!」

茶髪「これでお終い――!」

喰らう! と目を見開いた瞬間、予想外の事態が発生した。



「タアァァァァァク!」



どこかの狼が発した絶叫。

そして吹き飛び、空を舞う無数の狼達。

茶髪「まさかこのタイミングで大猪っが出たっての?!」

茶髪が憎しみと怨嗟を籠め吼えた。

また無数の狼達が圧倒的な質量に衝突したかのように、空中に吹っ飛び舞った。


53: 2010/04/26(月) 15:51:27.07 ID:ytYFG+Tx0
古泉「なっ……あれはなんですか?」

人の壁が削り取られ、開かれた先には巨体の体躯を引き摺った主婦が、カートを押してノシノシと迫ってきていた。

足元にはカートに蹂躙され倒れ伏した狼が、サンダルに踏み躙られている。

主婦は踏みつけられた若者を気にも留めず、真っ直ぐに僕達を――弁当コーナーに向ってきていた。

古泉「あ……あぁ……」

茶髪「チィッ、ここは先輩として子犬ちゃんに華を持たせてあげるわ。私が食い止めるから、あんたは弁当持ってさっさと逃げなさい!」

54: 2010/04/26(月) 15:59:01.76 ID:ytYFG+Tx0
呆然とする僕に茶髪が声を荒げると、そのまま悪夢の塊に飛び掛って行く。

茶髪はそのまま四駆の車輪を持つカート(タンク)の籠部分をガッチリとホールドし、押し返そうとしたのだが、

茶髪「きゃあぁぁぁ?!」

まるで生き物のようにカートが暴れ、龍の顎口に叩かれたように茶髪は吹っ飛び、天上に打ち据えられ、地面に落下していった……。
僕は動けずに、その無残な光景を直視することしか出来ませんでした。
急激な重力に叩きつけられた茶髪はまだ辛うじて意識が残っていたのか、呻きながら言葉を吐いてくる。

茶髪「は、はやく……弁当をと、とって逃げるのよ……ばかっ……」

助言の意味は理解できるのだが、僕は恐怖に竦み意思とは反して身体が動かない。

絶望。
圧倒的な絶望感が僕を蝕んでいく。

以前にも一度、似た様な体験がしたことがある。
初めて超能力に目覚め、分けも解らぬまま閉鎖空間に取り込まれてしまった時だ。

灰色の空間の中、真っ青に光り輝く巨人が出現し、ありとあらゆる物が破壊されていく非現実的な光景。
僕はそれに震え縮こまることしか出来ませんでした。
その時は僕より先に超能力に目覚め活躍していた同志達に助けられたのだが――今は頼りになる同志達は居ない。


55: 2010/04/26(月) 16:07:40.01 ID:ytYFG+Tx0
古泉「僕が……ぼくがなんとかしなくては――うわぁ?!」

全ては遅すぎた。
弁当コーナーで立ち竦んでいた僕の前には、龍の顎口が襲い掛かってきていて。


神人に殴られた以上の衝撃が全身を貫いていき――僕は遥か後方に吹っ飛んでいきながら意識を飛ばしてしまった。




第一部完みたいな?
取りあえず少し休憩。流石に平日のこの時間帯は皆忙しいよねー。
そんな中、お付き合いして頂いてる方には感謝です。では休憩開始

58: 2010/04/26(月) 17:46:34.71 ID:ytYFG+Tx0
美味しそうな匂いが鼻孔を擽る。
なんでしょうか、この匂いは? 良く嗅ぎ慣れた匂いではあるのですが、朝食と夕食を抜いているお腹に物凄い空腹感を訴えてきます。

そこで僕は意識を取り戻しました。

古泉「……大猪は?!」

そう、僕はあのトラウマを抉るような存在に吹っ飛ばされ気絶したはず……。

茶髪「やっと起きたんだ?」

古泉「貴女は……」

顎鬚「ご機嫌はいいかよ子犬ちゃん?」

坊主「腹は減ってるかぁ?」

古泉「貴方達も」

迎えてくれたのは半額弁当争奪戦に参加していた茶髪と坊主に顎鬚でした。
 

59: 2010/04/26(月) 17:51:52.61 ID:ytYFG+Tx0
近くの公園の三人掛けベンチの二つを占領し、僕と茶髪、坊主と顎鬚で座っている。
そして彼らの手には人類の鉄壁でもあるどん兵衛とおにぎりのセットが摑まれていました。

古泉「僕はどうして近くの公園に?」

茶髪「まっ仕方なくよ」

古泉「仕方なく……ですか?」

坊主「あんまま置いてたら執事神に迷惑かかるからな」

顎鬚「何度も参加してるやつは顔見知りの生きてる狼が引き摺っていったりするが、お前は初デビューだったしな。特例だと思っとけ」

古泉「はぁ……初めて気絶させたれた時は普通に放置されていた気がするのですが」

顎鬚「豚まで面倒見てられっかよクソが」

茶髪「まったくね」

61: 2010/04/26(月) 17:59:03.44 ID:ytYFG+Tx0
古泉「あの……執事神とは?」

顎鬚「うるせぇな、さっきから質問ばっかりでよ」

茶髪「こら、気が立ってるのは判るけど、当たらないの」

茶髪「……へぇへぇ。執事神ってのはここの半額神のことだよ。執事服きてるだろう? 他にもアブラ神やジジ様とかいるんだよ」

古泉「はぁ……ありがとうございます」

坊主「わかったら取り敢えずコレでも食ってろ子犬」

坊主が僕にスーパーの袋を投げてきました。
落とさぬようキャッチするとズシッとした重みが伝わってくる。

古泉「おにぎりですが……鮭に梅」

坊主「腹減ってるだろう? 半額だから二つで百二十円だ。奢りじゃないからな?」

62: 2010/04/26(月) 18:04:15.00 ID:ytYFG+Tx0
×→茶髪「……へぇへぇ。執事神ってのはここの半額神のことだよ。執事服きてるだろう? 他にもアブラ神やジジ様とかいるんだよ」
○→顎鬚「……へぇへぇ。執事神ってのはここの半額神のことだよ。執事服きてるだろう? 他にもアブラ神やジジ様とかいるんだよ」




古泉「判っていますよ。買って下さりありがとうございます」

 財布から百二十円を取り出し、坊主に渡す。
 僕は購入して貰ったおにぎりの鮭を袋から取り出し、パックを破ると齧り付く。

古泉「美味しいですね……」

 空腹感が満たされていく。ですがやはり物足りない気分は解消されませんでした。
 お腹は頭がアレな名称のハンバーグ&エビフライ弁当を迎える準備をしていたからでしょう。それに三日間連続でおにぎりだけは非情に辛いものを感じます。

 乾燥した海苔のパリッとした音を鳴らしながら、もう一口齧り付く。
 三人も静かにズズゥーと音を鳴らしながら麺を啜っていました。

 

63: 2010/04/26(月) 18:09:07.81 ID:ytYFG+Tx0
静かな夜の公園に、遅めの夕食を食べる音だけが響く。

古泉「大猪に全ての弁当をやられてしまったのですか?」

僕はポツリと呟きました。
森さんから大猪の存在は教えられていませんでした。実戦に必要な最低限の知識を教授頂いた後は、身体で覚えろと言われましたからね。

茶髪「天災みたいなもんよ。『生活力』ていう最強の加護を身に纏ったね」

坊主「大猪が出たらタイミングにもよるが、まず弁当は手に入らないと思っていい」

顎鬚「一人で十個前後を奪っていくクソ野郎だ」

悔しさを押し頃した返答に、僕も唇を噛み締めながら二個目の梅おにぎりを取り出す。
豚のように恥知らずで、それでいて狼でさえなぎ払う牙を持つ存在。まさに天災の如き猛威。


65: 2010/04/26(月) 18:16:55.99 ID:ytYFG+Tx0
古泉「クソッ……」

僕らしくなく口汚く罵りながら、おにぎりに齧り付く。
豚を侮蔑する彼らの気持ちに漸く共感できました。これは確かに……堪えれるものではありません。


『ごちそうさま』

僕よりも先に食べていた三人は、僕よりも先に食べ終わると口を揃えて夕食の終わりを告げた。
そのまま立ち上がり、それぞれの帰路に向おうとする。

僕はその背中に向って――、

古泉「明日は負けませんよ」

返事はありませんでした。

ただふっと笑うような気配だけを残して彼らは去っていく。
僕も最後の一欠片を口に放りこみながら、ベンチから腰を上げる。


帰りましょう……。

夜風が妙に冷たく感じるのは、気のせいだと思いたいです。

66: 2010/04/26(月) 18:22:05.98 ID:ytYFG+Tx0
>>64禁書の人とは残念ながら別人ですwでも楽しんでくれたら幸い



知らない場所に訪れると言うのは新鮮な感覚に満ち溢れていると思いませんか?
例えば中学から高校に進学するとき。旅行に行くとき。身近なら友人の自宅に行くのも当て嵌まるでしょう。

僕も現在進行形でその新鮮さを堪能していた。

昨日、森さんに他に近い場所で半額弁当争奪戦に参加でき、尚且つ近く美味しい場所、という条件化で教えていただいたスーパーに僕は足を運んでいました。
 
荒川さんのスーパーから三十分ぐらいの距離で、こちらの<<半値印証時刻>>の時間帯は荒川さんのスーパーに比べると、かなり早目に始まるそうです。むしろ荒川さんのスーパーが遅すぎるぐらいなのですが。
 
なんせここ四日間目に突入したにも関わらず、僕の夕食はおにぎり二つのみ限定です。流石にそろそろ脂ぎったボリューム満点の食材を腹に納めたかったので、早目の時間帯というのは好都合でした。

古泉「それに……ここの半額神はジジ様と呼ばれているみたいですからね」

昨日の三人の話からジジ様という言葉が出ていたのを記憶している。
間違いなく彼らはこの店にも入り浸っている事でしょう。リベンジするには良い機会です。

68: 2010/04/26(月) 18:37:53.92 ID:ytYFG+Tx0

古泉「そうと決まれば、弁当の下見も兼ねながら探してみましょうかね」

弁当コーナーを通り過ぎ、そのままお菓子コーナーに僕は向う。
弁当の数は九つ。僕はその中からサバ味噌弁当を狙うことを決めました。

そのままポテトチップスの関西だし醤油味を見つめながら、精神集中するように目を閉じる。

そうそう。話は少し前に戻るのですが、新鮮な気持ちと言えば、僕の学校での立場が少し変動しましてね。
茶髪と頭突きをぶつけ合った際に割れた額を、ガーゼで手当てしたまま(今はもう取っ払っていますが)学校に向ったのですが……どうも僕は少々遅い反抗期と申しましょうか?

不良扱い……までとは行かなくても少々危険人物扱いと言いますか、やはり二日連続で怪我は拙かったですよね、はい。

SOS団の皆さんにも心配されてしまいましたし。

彼なんて「閉鎖空間か? 俺はあいつに気を使ってるつもりだったんだが。昨日は一緒に帰ったときも……云々」と惚気をね、吐いてくるわけですよ。
惚気を聞き遂げた僕は「暑苦しいので向こうに行ってください」と華やかな笑顔で答えたのは間違いじゃないと、確信しています。決して僻んだわけでも、昨日の八つ当たりではないので勘違いなさらぬように。


69: 2010/04/26(月) 18:48:35.62 ID:ytYFG+Tx0
精神集中とは掛け離れた戯言紛いを思い浮かべていると、近づいてくる気配に気付きました。
 
一般客で無いのは確実ですね……距離が狭まるにつれビリビリとした圧迫感が強くなってきていますから。
間違いなく、狼。そしてこの気配の持ち主には心当たりがあります。っというよりも弁当確認時に姿を拝見していたんですけどね。

坊主「子犬がここに来るなんてな。俺達でも追ってきたのかよ?」

古泉「ふふっ、やはり貴方でしたか。そして答えは半分正解半分ハズレです。
   僕もいい加減夕飯におにぎり以外の者を口にしたいと疼いていましてね。僕のじょう……師匠に相談しましたらココを紹介されたのですよ」

坊主「そりゃ残念だったな子犬。今日の夕餉もおにぎりとどん兵衛で決定になっちまって」

古泉「その慢心の牙、へし折ってさしあげましょう」

坊主「キャンキャン吠えるのは狼らしくねぇな」

僕達の間で火花が交錯し散っていく。
この緊張感は悪くない。俄然やる気が出てきました。必ずや弁当を手に入れて見せましょう。

坊主「まぁ今日は“ワン公”も“魔女”も居ないことだし……むっ」

古泉「……この音は」

スーパーの出入り口付近から、金属が擦れあうような独特な音が聴こえてきました。
キュルキュルと不吉な音はこちらに近づいて来てるような気がする。

そしてもう一つ音が大きく重なりました。
バタンと店員専用室の扉が開く音が響き、紫のジャンパーを羽織った半額神であるジジ様が登場した合図でした。

71: 2010/04/26(月) 19:03:21.73 ID:ytYFG+Tx0
坊主「チッ……こんな凶運とかねぇぜ」

坊主の毒付きとともに、店内の空気が一転しました。
それまでギリギリまで引っ張った糸のように緊張して空気が、浮き足立った荒波の波飛沫のようにざわめいている。

坊主「<<タンク>>だ」

やはり……古いトラウマと先日のトラウマが二重になって軋み出す。

ですが、まだ決定的な証拠は上がっていない。狼の中にはレアだろうが、あの武器を使いこなす存在も居るはず……。

現実逃避に似た僕の希望的観測を木っ端微塵に粉砕したのは、いつの間にか背後に近寄りうまい棒を覗き込んでいた顎鬚の言葉でした。

顎鬚「<<大猪>>だ。昨日に続いて、今日も奴が来た」

僕はそれに絶望に彩られながら立ち竦む。僕に構わず先輩狼の二人は達観した言葉の遣り取りを続けていた。

坊主「ジジ様が整頓を終えて、弁当にシールを貼り終えるまでに七分はかかるとオレは見る」

顎鬚「デジャブだなおい。前にも似たような遣り取りした記憶があるのは気のせいか?」

坊主「しかも、シッカリとお荷物まで居やがる、ときた」

72: 2010/04/26(月) 19:08:17.69 ID:ytYFG+Tx0

顎鬚「じゃあ質問は省いて本題にいこうぜ。覚悟はあるか?」

坊主「答えるまでもないな。奴が弁当コーナーに到達する時間まで誤差三分。辿り着かれた時点でシールが貼ってあろうがなかろうが、奴の事だ。絶対に貼らせるだろうな」

顎鬚「ああ、オレもそう思う。故に絶対に氏守する。以前の借りは必ず返す。今日こそはジジ様に幸せな一日の終わりを感じ取ってもらわなきゃな」

坊主「他の奴らも気持ちは同じだな。最初のざわめきとは違う、この覚悟を決めた気配のざわめき。悪くねぇ。昨日の借りと、以前の借りを返すには持ってこいだぜ」

顎鬚「あぁ……オレたちの狩り場をこれ以上荒らされてたまるかよ」

一度たりとも視線を交わさず喋りあった二人は、そのまま急に歩調を合わせどこかに行こうとする。

僕が割り込むタイミングはなかった。
お荷物扱いされた腹立たしさに口を挟もうにも、事情に精通していない僕が割り込もうとするのをおごかましいと感じてしまったのだ。

74: 2010/04/26(月) 19:24:18.99 ID:ytYFG+Tx0

二つの背が遠ざかっていく。覚悟を決めた漢の背中。
だけど待って欲しい。未だに弁当を一度も手にした事がなく、彼らから見たら半人前にしか映らないのかもしれませんが、僕にだって意地があります。
昨日の悔しさを忘れたわけじゃない。そして、その悔しさを叩き込んできた存在が襲来したのを知って、僕は黙って見ているつもりなのか? それもお荷物扱いとして。

古泉「……ふざけるな」

そんな事が僕に出来るわけないでしょう。
そんな簡単に諦めるなんて事が可能だというのなら、僕はこんな場所に立ってやしない。
そもそも僕が神人退治なんて危険極まりない行為をしているのも、これが理由だったはずだ。

負けたくない。
負けたまま終わりたくない。

たったそれだけ。
それだけの為に命を張ってしまうのが僕――古泉一樹の起源なのだ。
機関の構成員だろうが、SOS団副団長だろうが、狼であろうが、その根元の軸がブレることはない。
 
自然と足が進み出す。
漢達が向ったであろう場所にへと。


75: 2010/04/26(月) 19:36:05.52 ID:ytYFG+Tx0

もうトラウマに囚われた情けない自分は居ない。
今からそのトラウマを完膚なきまでに叩き潰すのだから。

策はある。

あの“生活力”を源にした力は確かに圧倒的だ。
『いつ如何なる時でも』、世知辛いこの世間の中、家庭を切り盛りするために汗水垂らしながら夜な夜なのスーパーにまで安くなった素材を求める縁の下の力持ち。
“お腹の虫”などという所詮は、『一時の空腹』から湧き出した不可思議な力よりも凄いのは間違いではない。比べるのも馬鹿らしい程の次元の差がこの両者には存在する。

だが、そこに隙がある。その次元の違いが鍵。
僕の理論が正しければあの化物に一矢報いる事ができるはずです。

古泉「……その為にも人手が必要です」

この策には最低でも八人以上の人員が必要であり、尚且つこのスーパーの仕入れ納品に詳しくなくてはならない、という厳しい条件が付きますが、


76: 2010/04/26(月) 19:50:30.35 ID:ytYFG+Tx0
古泉「問題ないでしょう。何故なら彼らはスーパーの常連なのですからね」

故にやはり人手が重要になる。どれだけの狼達が、ヒヨッコの僕の言葉を信用して協力してくれるかだが。
そこはなんとかするしか手は残っていない。

前方に、氏戦に飛び込もうとする背中を見つけた。
その方向の更なる先には打倒すべき相手が、威風堂々とした面構えで前進していました。

その隙を付く様に氏角になる背後と上空から、二匹の名もなき狼が奇襲を仕掛けようとしていました。
地を踏み込み硬く握り締められた拳と、重量を味方に付けた飛び蹴りが大猪に襲いかかるが、大猪は当然のように迎撃して見せる。
背後に目でもあるのか、右腕でタンクを背後に薙ぎ払い地上の狼を吹っ飛ばすと、そのまま片手だけで垂直にカートを持ち上げ、龍の顎口が獲物を待ち構え丸呑みするかのように、飛び蹴り姿勢のまま驚愕に凍りついた狼を打ち上げた。
後に残ったのは打ち上げられた狼が天井にぶち当たり、地上に落下した残音とカートが前進する金属の軋み音。

古泉「やはり真正面から対処は無謀もいいところですね。そうは思いませんか?」

漸く追いついた坊主と顎鬚の背中に僕は語りかけました。

坊主「だがやるしかねぇだろう」

顎鬚「後退の二文字はない」

78: 2010/04/26(月) 20:19:12.10 ID:ytYFG+Tx0
簡潔な言葉だけが返って来る。
それはこの場に集う狼達全ての代弁。姿は見えませんが、大猪を囲むように包囲網を形成する数々の殺気が物語っていました。

古泉「……もし、あの怪物に一矢報いる術があるのならば貴方達は僕に協力して頂けますか?」

坊主「子犬がはしゃいでんじゃねぇよ」

顎鬚「それより弁当コーナーに戻って、取る準備でもしてやがれ。時間は稼いでやる」

一蹴される提案。聞く耳持たず。

こんな下らない遣り取りをしている間にも、我武者羅に突っ込んだ狼の一匹が、地面に屍を晒す。
貴重な戦力と大事な時間を失った瞬間。
今は彼らと議論をしている時間はない。こうなったら概要だけでも聞かせて興味を惹かせるしか手は残っていませんでした。

古泉「……いいですか? 別に無鉄砲な策というわけではありません。
   確かに勝算は限りなく低いとしか言いようがありません。ですが、このままでは確実に負けてしまいます」

だらかこそ、僕は必氏に言葉を重ねていく。



80: 2010/04/26(月) 20:48:04.34 ID:ytYFG+Tx0
古泉「大猪の“生活力”という絶大な力は脅威です。僕達の“腹の虫”とは桁が違う。
   
   ですが――そこに付け入る隙があります。
   
   その隙を突く為にも協力して頂きたい。最終的に僕の策でも、大猪と真正面からぶつかる囮役は必要になります。
   どうせ無残な屍を晒そうと言うのなら――僕の策に乗っかって頂けませんか?」

また名もなき狼の苦痛に満ちた絶叫が響き渡っている。前進を続ける無慈悲な車輪に轢き潰される耳を覆いたくなるスプラッタ音を撒き散らしながら。
その光景に古い搾っていた勇気が萎み、恐怖が身体を苛んでいく。
 
彼等から応答は無い。
 
やはり……駄目なのだろうか? このまま蹂躙されていしかないのか。
挫けそうになる気持ちを救い上げてくれたのは、


82: 2010/04/26(月) 21:09:05.16 ID:ytYFG+Tx0
坊主「……お前の策に乗っかってやろうじゃねぇか子犬」

顎鬚「正直気乗りはしないが……これもジジ様の為だ。勘違いするなよ」

押し頃した覚悟を決めた重い声音で、ぶっきら棒に答えてくれた坊主と顎鬚だった。

古泉「はははっ……ええ、任せてください。勝算は低いと言っちゃいましたが、実は自信はあるんですよ?
   あぁ、理由は聞かないでください。そうですね……身内に似たような方が居るとだけ……。では無駄口もここまでで。
   説明します。僕の秘策を。それは――」

 

さぁ――大反撃です。
そして必ずやこの手に半額弁当を。
僕は高鳴る胸の鼓動を感じながら、力強く拳を握り締めました。


2: 2010/04/26(月) 22:39:43.74 ID:ytYFG+Tx0
古泉「下拵えは上々。ではメインディッシュの調理に取り掛かりましょうか」

弁当コーナーの手前。曲がった通路に身を隠しながら僕は不敵に宣言した。
僕の後ろには顎鬚、坊主、茶髪に他にも名も無き狼達が待機し、標的の対面背後の通路にも狼達が構えている。

古泉「いいですか? 全てはタイミングが重要です。無闇に飛び掛っても意味がありません。アレにどうにかして準備した罠を視界に入れさせて成功です」

僕の最終確認に対して、無言の返答だけが彼等から返ってくる。
僕も頷き返しながら、背後に用意された対大猪用の即席罠に視線を向けました。

どこにでもある商品棚。そこにはなんのコーナーなのか判らないほど、色々な商品がレイアウトされていた。
  
日常の雑多品。トイレットペーパーやボックスティッシュにサランラップ。調味料系や、更にはお総菜や菓子パン系統。なんでもござれとはこの事かと言うぐらいに。
そんな共通点を見出すのが難しいぐらいの商品群。
 
このごちゃ混ぜ感たっぷりのレイアウトに唯一見出せる共通項。それはこのスーパーで格安で売りに出されている商品達であった。
 
良い例としてはボックスティッシュ五箱セットでしょうか。価格は相場にして三百八十円が一般的だが、ここの価格は百九十八円。
間違いなく格安価格である。他に並べられている商品も全て、他のデパートや商店街に比べると間違いなく安いと思わせる逸品だけ。
そして極めつけは、目立つように工夫された色とりどりのプライスやら売り文句を書いたチラシ類が飾り付けられている。華やかに壮大に。

3: 2010/04/26(月) 22:40:59.10 ID:ytYFG+Tx0
ちなみに補足。
前スレの続きからです。次にスレスト喰らったらまた次回暇がある日に
始めから投下するかもしれません。では続けます

4: 2010/04/26(月) 22:44:14.08 ID:ytYFG+Tx0

これが僕の考え出した秘策でした。

大猪の原動力である“生活力”とは、言い換えれば家庭を支えるためにどれだけ仕入れ物を安く手にするかと言う事。
だからこそ<<半値印証時刻>>に半額弁当を狙いに来ているのだから。

だが、もしもです。

<<生活力>>=安い物を手にする。の公式が適用されるのなら、半額弁当よりも魅力的な物を魅せ付けることが出来たなら、大猪の興味をそちらに逸らせるではないだろうか?
あくまでも仮説でしか無い。ここに居る僕を含む者達は経験をしたことがないのだから、実証のしようがない。

だが、僕には確信的な気持ちがありました。
この公式が適用されないのなら、大猪達が持つ驚異的な力の法則が理解できない。

狼達が“腹の虫”を武器にし、人間離れした身体能力を発揮するように、大猪達にも何かしらの法則があるはず。神様の力を持った少女ですら、無意識化での想いが力を発動させるという法則が適用されているのだから。
故に僕は確信していた。この作戦は必ずや成功すると。
“腹の虫”と“生活力”の小さくも大きな次元の差。
狼である僕達の目的はあくまでも半額弁当。だが大猪はその強大すぎる力の源に足を引っ張られ、本来の目的である半額弁当を手にする事ができなくなる。


6: 2010/04/26(月) 22:50:02.81 ID:ytYFG+Tx0
古泉「でも、まさか本当にこんな短時間で準備可能だとは思いませんでしたが」

まさに一瞬の出来事と表現しても過言ではありませんでした。
あの短時間の中、僕が坊主と顎鬚に簡単な指示をしただけだというのに、この二人は一瞬で意を汲んでくれると動いてくれました。
 
スーパーの至る所に走り始め、片っ端からお買い得商品を集め始め、その動きを見ていた他の狼達も、釣られるように協力してくれました。
坊主と顎鬚には、他の狼達からもそれだけ力を認められていらからなのでしょう。僕がお願いするだけでは協力してくれなかったはずです。

本当に彼等と知り合っていて良かったと思いました。

その後は数十人による巡るましい動きにより、一瞬にしてあの大猪専用即席トラップは完成。
一糸乱れぬ統一された動きは、まさにスーパーを知り尽くした覇者達の貫禄を見せつけてくれました。
もちろんお店側に迷惑が掛からぬように、弁当争奪戦が終了した後には、全て元に片付けすることになってますので、ご安心を。


9: 2010/04/26(月) 22:52:39.16 ID:ytYFG+Tx0
古泉「おっと、そろそろですね……」

大猪が射程圏内に接近してくる。
ここが最後の防波堤。弁当コーナーはもう目前。ここを突破されてしまうと、もうチャンスは無い崖っぷち。
丁度、ジジ様も総菜系の整頓を終え、今は最後の仕上げである弁当コーナーに向おうとしています。

……必ず止めて見せる。あの化物を。

ドクン、ドクンと心臓の鼓動が跳ねる。
緊迫した空気の流れが周囲に蔓延しぶつかり合い、今にも破裂しそうな風船のイメージを植えつける。

古泉「…………」

身体が無意識の内に震えていた。

小刻みに、主人の思惑とは反対に止めようにも、その震えは収まらない。
僕は顔を轢きつかせながら唇を小さく歪める。
大猪が我が物顔で近づくてきている。作戦決行まで後数秒。
唇の歪みが大きくなり、小刻みな振動がどんどんその揺れ幅を大きくしていく。

11: 2010/04/26(月) 23:01:21.34 ID:ytYFG+Tx0
身体の制御が思い通りに利かない。まるで昨晩対峙したときのよう、に。
それは僕だけでは無かったようだ。
対面背後に控えた狼達も震えているし、僕の後ろに居る茶髪達からも震える振動の気配を間違いなく感じる。
仕方ない、と僕は恥ずかしがる事なく、この現実を受け入れた。

だって。
そうだ。

この唇の歪みも、身体の震えも。

全ては。
そう、全ては。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これから化物を退治するための武者震いなのだからっ!!


パアンッ! と音が空間を貫いた。
膨らみすぎた風船が破裂し、空気が轟きを放った――開戦を告げる狼煙!



12: 2010/04/26(月) 23:10:19.22 ID:ytYFG+Tx0
第一陣の名誉ある華を飾った背面部隊が大猪に殺到した。
ある者は飛翔し、ある者は地を這うように突き進み、ある者は側面から回り込む。

全て組織立った乱れ無き強襲。
一人二人で襲い掛かっていた時とは違い、全てを一転突破に集中した構え。
 
正直、普通の人から見たこの光景はオーバーキルと非難されても否定のしようがないだろう。どこにでも居る主婦に向って、最近の若者が群れで襲い掛かっているのだ。
だけどこの場に常識などという概念は存在しなかった。
上空、真正面、左側面、右側面。
これら四面からに対し、大猪はたったの一撃で答えてみせた。


轟! と風が唸りを上げ、周囲の空気が旋風を巻き上げる。

視界を遮られるほどの豪風が周囲を圧し、空気の断層が発生し――名も無き狼達がビデオの巻き戻しのように吹っ飛ばされていた。
大猪がカートを両手で力任せに振り回した事により。
まるで独楽のように回転した巨体を中心に、発生した暴風が数で圧倒した筈の四面攻撃を全て無力化した光景だった。

まさに暴君。天災。

だけど僕達に動揺は無い。
全ては想定内。これぐらいで倒せるようなら、小細工など弄せはしなかったのだから。


14: 2010/04/26(月) 23:19:22.78 ID:ytYFG+Tx0
古泉「――行きますよっ!!」

吼えた。
狼が満月を見上げ遠吠えするように、腹の底から吼えた。

第一陣はあくまでも陽動。
少しでも大猪の体勢を崩すための。弁当コーナーから視線を外させ、余裕を削るための。

独楽のように回転した為、無防備な背中を見せる大猪に、本命の第二陣である僕達は突っ込む。

『おおおおおおぉぉぉぉおぉぉぉ!!!!』

雄叫びを上げ、僕は真正面から無防備な背後に突っ込んでいく。僕の後ろから控えていた茶髪や坊主に顎鬚と、狼三名が雄叫びを上げながら走ってきている。
我武者羅に、一直線に。


17: 2010/04/26(月) 23:27:05.54 ID:ytYFG+Tx0
第一陣のように多面からの攻撃は容易ず、一塊の鉄槌となって駆ける。
 
理由は二つ。
 
この一撃で大猪を吹っ飛ばしノックアウト出来るのならベスト。それが駄目だった場合は――即席トラップに掛けるだけである。
二段構えの策。
だが、やはりそう甘くはありませんでした。

古泉「――――っ!?」

大猪の巨躯が残像を生み出す。
背後を向いていたはずの体躯が、こちらに方向転換したかと思った瞬間には、龍の顎口がパックリと開き、飛んで火に入る夏の虫の如く強烈な歓迎をしてくれる。

音速を超えた衝撃を生み出し、カートが僕達に真正面から襲い掛かってくる。
咄嗟に防御姿勢を取ろうと、両腕を前面に押し出そうとしたが、無意味だった。

「ぐあぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!」

誰の悲鳴だったのだろうか。
自分の声だったのかもしれないし、茶髪達の物だったのかもしれない。
確かなのは、合計八名で築き上げた堅牢の城塞は一瞬で瓦礫の粉塵と化し、ある者は上空に弾き飛ばされ、ある者は地と平行して吹っ飛ばされていた。
僕もブロックした両腕が内部から破裂するんじゃないかと言うほどの衝撃を受けながら、爛々と輝く天井の証明を見上げていた。

19: 2010/04/26(月) 23:33:40.50 ID:ytYFG+Tx0
古泉「――ガハァッ?!」

浮遊感を感じていた身体は急落下し、碌な受身を取れず硬い地面に叩きつけられる。
打ち付けられた身体は衝撃と痛みに悶え、肺の酸素が喉から吐き出され呼吸困難に陥ってしまう。

苦しい、痛い、呻き。
それらを無視して僕は大猪の方角を見据える。

僕達が吹っ飛ばされた事により、即席トラップの道筋が公開されている。
それこそ大猪の視点で語るならば、邪魔な障害物を薙ぎ払ったかと思えば、突如として目の前に楽園への道が拓かれたように。

古泉「見ろっ……見てくださいっ!」

大猪は僕達を吹っ飛ばした体勢のまま固まっている。
絶大な破壊力を秘めた四輪の戦車は弁当コーナーを捉えたまま、視線だけを即席トラップに固定している。

古泉「そのまま行ってくださいっ!」

大猪は固まったまま微動だにせず佇んでいる。


20: 2010/04/26(月) 23:39:00.14 ID:ytYFG+Tx0

狼達の視線が大猪に注がれる。
神に対して祈りを籠めるように念じていた。そのまま方向転換しろ、と。

カートが十度、斜めに傾く。

古泉「行けっ――」

カートが二十度、傾く。

古泉「――行けっ」

カートが四十五度、傾く。

古泉「行け、行けっ」

カートが七十度、傾く

古泉「いけいけ、そのままいけぇ――っ!!」

カートが九十度の直角を刻むと、そのまま真っ直ぐに進み始めた。
不気味で耳障りな軋み音をばら撒きながら……。

22: 2010/04/26(月) 23:42:34.99 ID:ytYFG+Tx0

遠ざかっていく大猪の背中。
それを見送った僕達は、声無き歓喜の関を轟かせた。あの化物に一矢報いることができたのだ!

『――――っ!!!』

空気が胎動し、歓喜の轟きはスーパーマッケトの隅々まで走り回っていく。
僕と同じ様に横倒しに転がっていた茶髪達に名も無き狼達と顔を見合わせた。その顔には濁り無き純粋な笑みを交し合う。

そして同時に――店員専用の部屋がバタンと閉まる音が僕達の耳に届いてきました。

喜びもつかの間。

歓喜の関は瞬時に消失し、辺りに闘気とも殺意とも取れるピリピリした重圧が覆い尽くすと、風斬り音が幾重にも迸りました。
茶髪も顎鬚み坊主も、名も無き狼達の全てが弁当コーナーに一目散に駆けて行く。もちろん僕も痛む体に鞭を打ちながら全速力で走っていた。


共闘の時間は終了した。これより本体の弱肉強食の世界が展開されていく。


23: 2010/04/26(月) 23:45:10.26 ID:ytYFG+Tx0
×→本体 ○→本来


結局は、どれだけの達成感を得ようが、それだけで腹は満たされはしません。
あれだけ難題だった化物退治も、弁当奪取と言う本番の前に、所詮は前座扱いに成り下がってしまうのだ。

そうです。全ては弁当を手に入れてこそ、今宵の絶対的な勝者になるのですから!

古泉「――ッチ」

それらの想いは狼全員の共通事項。だからこそ彼等も必氏でした。
思わず舌打ちした理由は、判っていたはずなのに出遅れてしまった事による苛立ち。もう弁当コーナーには人の群れが犇きあっていた。
遅れを取っていたのは第二陣。つまりメインを務めた僕達の陣で有り、陽動を司った第一陣のメンバーが少しでも弁当コーナーへの距離を調整していたためだろう。

「月桂冠は俺の物だぁ――っ!」

「ふざけるんじゃねぇ! 今日こそは俺が勝者になるんだよ!!」

「邪魔するんじゃねぇ――!」

第一陣のメンバーから凄まじい叫びと、肉と肉を殴打する音が鳴り響いている。
誰もが目を真っ赤に血ばらせ、命と誇りを懸けていた。

24: 2010/04/26(月) 23:52:35.76 ID:ytYFG+Tx0

古泉「このままでは拙いですね――っ」

疾走しながら、僕は顔を歪める。

古泉「あまり時間を掛けていては、せっかくの時間稼ぎも無駄になってしまう」

背後からの脅威は消え去ったわけではない。
一通り物色が終わったあの化物は、すぐさま本来の目的を思い出すと弁当コーナーに進撃してくるだろう。

古泉「そうなってしまっては地獄絵図です……」

だからと言って弁当を他者に譲れるわけがなく。それが焦りになり、最前線では泥沼展開になりつつあった。
強引に弁当に向って手を伸ばす者は弾かれ、周囲の邪魔者を一斉に排除しようとする者が無茶な大技を繰り出し自分まで被害を出しながら転がっていく。
どこまでも泥沼な状態。この状況を打開するには――そこまで考えていると横に疾走していた茶髪や顎鬚と坊主と視線が合わさった。

無言の遣り取り。ただ瞬時にして僕達は言外の意思を伝え合うと頷きあう。



25: 2010/04/26(月) 23:57:01.74 ID:ytYFG+Tx0
そのまま最後尾の狼達に、僕達四人は突っ込んでいく。
 
僕と丸坊主が速度を速め、少し遅れて顎鬚と茶髪が走る。僕と丸坊主が最後尾の狼二匹に身体全部を使ったタックルをぶつける。
奇襲に成す統べなく吹っ飛んだ狼二匹は前方の狼達を巻き込んでいき、その出来た空間に顎鬚と茶髪が踏み込むと、更に体勢を崩した狼達を蹴散らしていく。

瞬時に中央まで進出した僕達は、その勢いを殺さず最前線。弁当棚の前で凌ぎを削りあう狼達に牙を突き立てる。
僕と坊主がセットで拳を振りかぶり打ち据える。弁当とその相手に集中していた奴らは対処などできようがなく、呆気なく沈んでいく。
その間に、茶髪と顎鬚は尚食い下がろうとする後方や側面の狼達を迎撃していた。

これにより、僕達は間違いなく最前線に降り立った瞬間でした。

古泉「――っ!」

弁当に手を伸ばす。
サバの味噌煮弁当へと一直線に。今日こそは絶対に半額弁当を食してやる、と叫びながら。

古泉「――なっ?!」

弁当に向っていた指先が、誰かの手で弾かれる。

坊主「その弁当は俺が狙ってるんだよっ!」

坊主も同じ弁当を狙っていたのですかっ?! まだ他にも違う弁当が残っているのだから、それを選べばいいものを厄介な!
毒付き驚きながらも僕は思わず笑っていた。ここはそういう場所なのだ。いや、そうでなくてはいけません。彼の目もどこか微笑んでいました、楽しそうに。


26: 2010/04/27(火) 00:01:08.14 ID:qtihieof0
古泉「譲るわけにはいきませんっ!」

坊主「俺の台詞だっ! 月桂冠は俺の物だ!」

坊主と僕の眼を真っ赤にしながら、拳を打ち鳴らしていく。文字通りの渾身の一撃を。

衝撃波が僕と坊主の拳により巻き起こり、肌がビリビリと震わせる。
反対の手による第二撃を放つ。両者とも拳で受け、第三撃、第四撃、息もつかせる拳の嵐を放ちながら、全てを拳で弾きあっていた。

現実とは思えぬ人外の攻防。なんというスペクタルな光景なのでしょうか!

古泉「うおぉぉおぉぉぉ!!」

坊主「らあぁぁあああぁぁあ!!」

絶え間ない拳と拳のぶつかり合い。僕が拳を振りかぶり、負けじと坊主も拳を放ってくる。
限界無きぶつかり合いも、徐々に終わりが見え初めていました。
僕が圧され始めた事により。実勢経験の差がここに来て大きな足枷となって僕を捕らえ始める。なんとか巻き返そうとするも、下手に退いては押し流されてしまう。



27: 2010/04/27(火) 00:03:34.57 ID:qtihieof0
その時でした。
僕と坊主の均衡が崩れる漁夫の利を狙って、茶髪と顎鬚が小競り合いをしていた狼達を蹴散らすと、僕と坊主の間に飛び込んでくる。

先に突入してきたのは茶髪。
身を低く屈め、僕と坊主が交差する拳の下に掻い潜ってくると、僕と坊主の腹部に掌底を押し付けてくる。
一拍。力が発動した。

古泉「グッ――」

坊主「ヌォッ――」

圧されていた僕は耐え切れず退けられる。だが圧していた坊主は違いました。自慢の巨躯を活かし見事に耐え切ったかと思うと、両手を組み合わせハンマーのようにし茶髪に反撃しようとしたのだが。

それが裏目に出てしまった。機を狙っていた顎鬚が耐え切って見せた坊主に飛び蹴り浴びせかける。坊主は反応こそするも防げず、そのまま他の狼を巻き込みながら前線を離脱。

これにより最前線での争いは茶髪と顎鬚、大きく差を開いて僕の三名になったのでした。

茶髪「はぁぁぁっ!」

顎鬚「オリャアアァ!」

 

28: 2010/04/27(火) 00:07:08.11 ID:ytYFG+Tx0
茶髪と顎鬚が争い始める。

どうやら二人の狙いも、サバの味噌煮弁当。どうして皆して、僕と同じ弁当を狙っているというのか?! だからといって負けるわけにはいかない!

体勢を整えながら僕は落ち着け、と自分に囁きかける。

見極めろ。一瞬のチャンスを。一瞬のタイミングを。その瞬間は必ずやあるはずだ――!!

飛び出そうとする身体を抑え付け、必氏に機関の訓練で培った思考と観察眼で状況を把握する。

顎鬚が左手で拳を放つのを、茶髪が右手で受け止めながら左手を弁当に伸ばしている。そして予期していた顎鬚が右手でプロックしようとしている。

――そこですっ!

雄叫びを上げ、一瞬のチャンスを逃すことなく、僕は全てを力を振り絞りながら、隙が出来た茶髪の背に目掛けて全身をぶつけるようにしながら、左手で弁当に手を伸ばす。

殺気に反応する茶髪と、僕を視界に捉えた顎鬚の驚愕の様。


だけど遅い! 僕は茶髪を全身で押し出し顎鬚に向って吹っ飛ばしながら、左手の指先を限界まで伸ばし――――。



29: 2010/04/27(火) 00:08:04.05 ID:qtihieof0
よっしゃ!後は最後のエピソード部分だけです。

では出来るだけサクサクと投下できるよう頑張りますー

31: 2010/04/27(火) 00:12:51.28 ID:qtihieof0

夜も更け、日付が変わろうとする中。

どこかの企業の一室のデスクワークで作業中であったのだろう、未だに稼働中だったパソコンからファンの唸り音を鳴らしながら、妙齢の女は携帯を耳に当てていた。

「ふふっそれは良かったわ。おめでとう。教えた甲斐があったってものよ。
 このまま栄養失調で倒れられても困るしね。うん、え? 月桂冠? 月桂冠って言った?」

女は聞き返しながら、緩む口元を自覚してしまう。

「そういえば教えてなかったわよね。ごめんごめん、まさか駆け出しに月桂冠なんて縁が無いと思ってたから。
 月桂冠ってのはね、そこの神、つまり半額神が残った弁当の中で最も自信の持てる弁当に貼られる特別なシールの事を言うのよ。
 ちょっと普通のとは違うでしょう? うん、そうよ。店舗にもよるけど貼られない時の方がはるかに多いのよね。
 月桂冠の名を示すとおり、これを手にした者はその日、その領域での絶対的な勝者を意味するのよ」

淡々と教授しながら、相手先の言葉に相槌を打つ。

「売れ残りでも、時間を置く事によって味に深みが出たりするのよ。他の狼達も必氏だったでしょう? そりゃ~それが出たからには、譲る奴なんていないわよ。
 なにはともあれ、お疲れ様。ゆっくり月桂冠の味を噛み締めなさい。きっと涙するでしょうから。
 じゃあ私はまだ仕事が残ってるから、電話切るわね。ええ、じゃあまた明日。お休みなさい」

 
妙齢の女が相手先から電話が切れたのを確認すると、鼻歌を交えながら残った仕事――ではなく携帯を弄り出す。
手馴れた操作で電話帳から登録先を表示すると、迷いなくプッシュする。

33: 2010/04/27(火) 00:18:29.94 ID:qtihieof0
ワンコール。ツーコール。

スリィコールする前に繋がった。
妙齢の女性は忙しいだろうに、相変わらず律儀な相手を思い笑みを零す。もっとも忙しいと判っていて電話をする彼女も彼女だったが。

「こんばんわ。うん、忙しい時に電話して大丈夫だったかしら?
 あ、もう今日最後の仕事は終わったんだ。今日はあの子が来なくて残念ね? どうやらジジ様の場所で月桂冠を手に入れたみたいよ。
 あはははっ、そうなのよ! 流石は私達の弟分よね。子供みたいにはしゃいじゃっててね、あんなに喜んでるの久々に見たわ」

そのまま彼女は嬉しそに談笑しながら、世間話をしていく。
仕事が残っているが、今は話したい気分だったから。こんなご機嫌な気分時に、憂鬱な仕事などにかまけていたくはない。今だけは。

「うん、そうね。貴方も順調そうで何よりだわ。こっちも最近は安定してきてるから、時間が空いたら飲みに行かない? 久々に。
 モナー……じゃなかった。奥さんにも会いたいしね。都合が空いたら連絡するから、よろしく。ええ、じゃあお疲れ様」

楽しい談笑は終了。そして憂鬱なお仕事開始。
彼女はめんどくさそうに溜息を零しながら呟いた。

「私も久々に半額弁当でも狙おうかなぁ」

妙齢の女性――かつては二つ名を轟かせるが、今や一戦を退き古狼となった彼女は自然と微笑み。

そして再度の溜息をついた。

仕事はまだまだ残っている。早く終わらして寝る事にしよう……。


35: 2010/04/27(火) 00:22:48.08 ID:qtihieof0
いつかの公園。

ジジ様のスーパーから近い公園で、僕は――いえ茶髪と坊主と顎鬚の四人でベンチに腰掛けていました。
さっきまで使用していた携帯をポケットに突っ込み、一度深呼吸する。外の新鮮な空気が身体を満たし、痛む身体が自然と落ち着いていきます。

古泉「でも良かったんですか? 僕なんかと一緒で」

ボロボロの身体を引き摺りながら、なんとか摑んだ半額弁当――月桂冠をレジに持って行きジジ様から直々に精算をしてくれた後、外に出たときに声を掛けられたのでした。

代表だったのでしょうか茶髪から一緒に食べない? と。

正直言って一人暮らしの僕は困る事はないし、嬉しかったのですが、馴れ合いを好まない彼等からしたら迷惑だったのではないかと思ってしまう。
きっと僕がスーパーの外に出た瞬間、あまりの疲労に膝から崩れ落ちて動けないという、情けなさ過ぎる姿に同情されたのでしょうからね。今日は精神的にも体力的にも限界でした。


茶髪「まぁ借りを返したと思っておきなさいよ。ジジ様が気持ちよくお仕事を終えれたのは、アンタのお陰なんだしね」

坊主「そういうこった。稀にはこんな日があっても罰は当たらんさ」

顎鬚「這い蹲ったまま、せっかくの月桂冠を味わって貰えねぇにも悔しいしな」

 

36: 2010/04/27(火) 00:24:26.54 ID:qtihieof0

月桂冠……か。

まさか初めての半額弁当がこんな大それた物を手にしようとは、夢にも思いませんでした。

ズッシリとした手の平の感触に、僕は思わず締まりのない笑みを零しながらニヤついてしまう。

茶髪「ニヤケちゃって、まぁ」

顎鬚「いいからさっさと弁当食べちまおうぜ。冷めちまうよ」

顎鬚の言葉に全員が同意し、僕達はそれぞれの勝ち取った弁当に向かい合う。茶髪達も残った弁当をなんとか奪取できたようでした。

坊主「それじゃあ」




全員『いただきます!』

37: 2010/04/27(火) 00:27:53.10 ID:qtihieof0

レンジで温めた弁当の蓋を外すと、水滴が蓋からポタポタと雫を垂らしていく。

蓋から外された弁当は、ブワッとサバ味噌の濃厚で深みのある香りが溢れ出し、思わず涎を零しそうになりました。

この四日間、まともな晩御飯に有りつけていなかった僕のお腹はそれだけでギュルルゥと伸縮し、早く飯を食べさせろと催促してくる。

割り箸を持ち、震える手で味噌の濃密色に染められたサバの切り身に突き刺す。サクッと簡単に身は解れ、丁度良いサイズになった身を口元に運ぶ。

食べた。口の中に入れたと同時に、深い味噌と脂の乗ったサバのコラボレーションが舌の上で踊り出す。美味しい、めちゃくちゃ美味い。

古泉「す、凄いです……。これは本当に半額弁当だと仰るのですか」

サバの臭みがなく、身はふっくらとし、こってりしているけどが口の中に残る生姜の風味がしつこさを感じさせない。

さらには臭み消しが本来の目的であろう梅干もまた、アクセントとなって美味かった。

一緒に頬張る白米からも澱粉の甘みが疲労した身体を優しく包み、更に食は増していくばかりである。

止まらない。箸を動かす手が止まりませんでした。

38: 2010/04/27(火) 00:32:50.14 ID:qtihieof0
坊主「どうだ、美味いだろう?」

坊主の言葉に僕は弁当を食べながら頷きました。

茶髪「初々しいわね~。可愛い顔して」

顎鬚「あ~、クソ。ジジ様の店のサバの味噌煮はヤベェしな。オレも食べたかった」

僕はあまりの弁当の美味しさに、彼等に言葉を返せず、ただ頷くばかりでした。

機関での訓練の名目で、最高級ディナーというものを経験していましたが、そんな物とは比べるのがおこがましかった。

この弁当にはそれ以上の価値がある。なによりも素晴らしい最高のスパイス――勝利の味と隠し味が。

これが狼と呼ばれる彼等が住む世界の晩御飯。

 
――いや、夕餉。


39: 2010/04/27(火) 00:34:55.59 ID:qtihieof0
古泉「本当に僕は……不思議な世界に出会ってしまったようですよ」

漸く弁当の魔の魅了から解放された僕は口を滑らしてしまう。

坊主「なんだそりゃ」

茶髪「ちょっと大丈夫?」

そこまで可笑しかったのでしょうか?

皆して僕の呟きに突っ込み笑いながら、それぞれの弁当に箸を進めていく。

やはり何度噛み締めても味が落ちる事はなく、一口一口に幸福が溢れ出して来る。

また無言になった僕に、彼等も無言になりながら弁当を食べていく。

そして僕が最後の一口を食べ終えた時に、タイミングよく一緒に食べ終わった彼等と僕の声が重なった。

全員『ごちそうさまでした』

最後の締めを終えると、彼等はゆっくりと腰を上げていく。

夕餉の終わり。

狩りを終えた狼達はそれぞれの帰路へと。

その三つの背に向って、僕は心からの感謝を送りました。

40: 2010/04/27(火) 00:38:10.28 ID:qtihieof0

古泉「今日はありがとうございました。貴方達のお陰で僕は弁当を手に入れる事ができましたから」

坊主「おいおい。そりゃ皮肉か?」

古泉「ぇ? いえ、そういった意味ではなくてですね?! 大猪の時に協力してくださってという意味で」

顎鬚「月桂冠獲ったヤツが言っても皮肉にしか聞こえねー」

古泉「ですからですねっ……!!」

茶髪「はいはい。じゃあ私ら帰るから。――次は簡単にはいかないわよ」

坊主「覚悟するこったな、子犬」

顎鬚「次は子犬らしい可愛い泣き様にしてやるからな」



三つの背はそう言い残すと遠ざかって行きました。僕の返事すら聞かずに。


41: 2010/04/27(火) 00:42:56.52 ID:qtihieof0

暗い真夜中の闇に埋もれ、姿を消して行こうとする。次に合う時はまた何処かのスーパーマーケットででしょう。

僕は聞こえないと知りつつ、闇に紛れていく背中に言葉を返しました。


古泉「ええ――楽しみにしておきますよ」

 
微笑みながら宣戦布告を受け取りました。



こうして僕の<<狼>>としても物語は幕を開けたのでした。

ただその日の夕餉を求め、たった二百円ちょっと安くなる半額弁当を求める世界にへと。

血を血で洗い、時には命すらも天平に懸け、誇りをぶつけ合いながら。

全てはただ――美味しい弁当を半額弁当を手に入れるために。

これはその始まりの一歩目に過ぎませんでした。





【終わり】

43: 2010/04/27(火) 00:54:05.50 ID:qtihieof0

お付き合い頂きありがとうございました。
前スレから合わせたら合計で130前後のレスと、数だけは物足りないでしょうが、内容だけはそこそこ濃いと思います。
ただ前スレ見た人は判るでしょうが、前半はかなり孤独なボッチ感を味わいつつ投下していたので
後半の支援レスは大いに励みになりました。ありがとうございます。

誤字脱字の反省点や、もう少し遊びと言いますか、SOS団での活動も入れる余地があったなぁ、と反省点か改善案も
書いてる内にありましたので、次回はもう少し頑張りたいと思います。スレストきたのは予想外でしたが。
良かったらこれを機会にクロス元のベン・トーでも買ってみてください!そこそこ面白いですよ。
オルトロス姉妹は俺の嫁!

ではもう暫くは起きてると思いますので、何か質問あればどうぞー。


44: 2010/04/27(火) 00:54:20.71 ID:xsQDgNmsO

45: 2010/04/27(火) 01:06:51.75 ID:Mv6SPRbB0

また気が向いたらベン・トーSS書いてくれ
あせびちゃんは俺の嫁!

引用: 古泉「決まっています。僕は――<<狼>>になろうかと」