1: 2013/12/24(火) 23:45:54.87 ID:CRmAOoCx0
★このSSはダンガンロンパとスーパードクターKのクロスSSです。
★クロスSSのため原作との設定違いが多々あります。ネタバレ注意。
★手術シーンや医療知識が時々出てきますが、正確かは保証出来ません。
★どちらかの作品を知らなくてもなるべくわかるように書きます。


~あらすじ~

〈 Prologue 〉
超高校級の才能を持つ選ばれた生徒しか入れず、卒業すれば成功を約束されるという希望ヶ峰学園。

苗木誠達15人の超高校級の生徒は、その希望ヶ峰学園に入学すると同時にモノクマという
ぬいぐるみのような物体に学園内へ監禁され、共同生活を強いられることになる。
学園を出るための方法は唯一つ。誰にもバレずに他の誰かを頃し『卒業』すること――

〈 Chapter.1 〉
モノクマが残酷なルールを告げた時、その場に乱入する男がいた。世界最強の頭脳と肉体を持つ男・ドクターK。
彼は臨時の校医としてこの学園に赴任していたのだ。黒幕の奇襲を生き抜いたKは囚われの生徒達を
救おうとするが、怪我の後遺症で記憶の一部を失い、そこを突いた黒幕により内通者に仕立てあげられる。

なんとか誤解は解けたものの、一部の生徒達に警戒され思うように動けない中、第一の事件が発生した。
Kは重傷を負った舞園さやかを手術で救い、また日頃の素行不良を糾弾された桑田怜恩を励まし信頼関係を築く。

〈 Chapter.2 〉
舞園を救ったことで本物の医者で校医だと認知されたKは生徒達と交流を深めていく。
一度事件が起こったことで今後のことを危惧したKは、授業と称し応急処置の知識を生徒に与えた。

その中で、石丸清多夏は政治家になる前にまず人間として成長する!と医者を志すことを決め、
苗木と共にKに医学を教わり始める。Kは少しずつ黒幕の正体や失った自身の記憶に近付いていくが、
黒幕の魔の手はすぐそこまで迫っていた。そして、罪を犯した舞園が今日いよいよ退院する――


前スレ:苗木「…え? この人が校医?!」霧切「ドクターKよ」



2: 2013/12/24(火) 23:49:10.09 ID:CRmAOoCx0
KAZUYA:スーパードクターKという漫画の主人公。本名は西城カズヤ。このSSでは32歳。
     2メートル近い長身と筋骨隆々とした肉体を持つ最強の男にして世界最高峰の医師。
     現在部分的に記憶喪失を患っている。外の世界の状況にいち早く気付いた。

K一族とは:KAZUYAの祖先は代々世界的な外科医であり名門医師一族。
      全員イニシャルがKのためK一族と呼ばれている。あまりにも
      凄腕なため裏世界から目をつけられがちであり、体を鍛えている。


現在の状況


【物語編】

・三階までの全ての施設が解放済み。
・生徒達が部分的な記憶喪失を起こしていることに気がついている。
・保健室から薬や道具を確保し、最重要な物以外は桑田と苗木に分散して預けた。
・黒幕は様々な能力に特化した少数精鋭のプロフェッショナル集団と推測。
・二階男子トイレにある隠し部屋を発見し「人類史上最大最悪の絶望的事件」と
 「希望ヶ峰シェルター計画」についての知識を得たが、詳細はわかっていない。
・混乱を避けるため、具体的な証拠を掴むまで外の状況については伏せる。

【生徒編】

・桑田が改心し、少し真面目になった。
・江ノ島が黒幕の味方だと気付いた。
・霧切はKから情報を得たため少し記憶が戻っている。
・不二咲が現在脱出に向け何らかのプログラムを組んでいる。
・石丸が医者を目指し、苗木も巻き添えの形で現在医学の勉強中。
・今まで入院していた舞園の退院が決定した。

【現在の仲間】

苗木、桑田、舞園


3: 2013/12/24(火) 23:51:14.41 ID:CRmAOoCx0
《自由行動について》

安価でKの行動を決定することが出来る。生徒に会えばその生徒との親密度が上がる。
また場所選択では仲間の生徒の部屋にも行くことが出来、色々と良い事が起こる。
ただし、同じ生徒の部屋に行けるのは一章につき一度のみ。


《仲間システムについて》

一定以上の親密度と特殊イベント発生により生徒がKの仲間になる。
仲間になると生徒が自分からKに会いに来たりイベントを発生させるため
貴重な自由行動を消費しなくても勝手に親密度が上がる。

またKの頼みを積極的に引き受けてくれたり、生徒の特有スキルが事件発生時に
役に立つこともある。より多くの生徒を仲間にすることがグッドエンドへの鍵である。


・現在の親密度(名前は親密度の高い順)

【かなり良い】桑田 、石丸

【結構良い】苗木、舞園 、不二咲

【そこそこ良い】霧切、大和田

【普通】朝日奈、大神、セレス

【イマイチ】葉隠、山田、十神、腐川

 ~~~~~

【江ノ島への警戒度】結構高い


5: 2013/12/25(水) 00:18:17.77 ID:5md/b7CP0




Chapter.2 週刊少年マガジンで連載していた  医療編




6: 2013/12/25(水) 00:20:35.42 ID:5md/b7CP0

苗木「じゃあ、舞園さん…行くね」

舞園「……はい」


二人は緊張の面持ちで食堂の前に佇んでいた。もうメンバーは全員揃っている。
苗木はゆっくりと車椅子を押し、食堂に舞園を連れて入った。


「…………」


緊張しているのは何も二人だけではない。彼らの姿を視認すると、それぞれが
思い思いの反応を見せる。当然好意的な反応の方が圧倒的に少なかった。


苗木「…み、みんな! 舞園さんを連れて来たよ!」

「…………」

舞園「……」

舞園(私から、何か話さないと…)


勇気を振り絞り、舞園は口を開く。


7: 2013/12/25(水) 00:23:27.05 ID:5md/b7CP0

舞園「あの…みなさん、おはようござ 「おはよう、舞園君っ!!」


舞園の必氏の言葉を遮って大きな挨拶をしたのは、勿論あの男である。


石丸「もう怪我の具合はいいのかね? また一緒に朝食会を開けてとても嬉しいぞ!」

舞園「あ、あの…」


口ごもる舞園に対し、援護するように霧切も口を開く。


霧切「おはよう、舞園さん。まだ傷は痛むのかしら?」

舞園「あ、その…先生のおかげで、痛みはもうほとんど…」


言葉が途絶える。みんなが見ている。だが意を決し、舞園は立ち上がった。


石丸「ま、舞園君! 歩いたりしたら傷が…!」

K「いや、少しなら歩いても問題ない」


8: 2013/12/25(水) 00:26:45.29 ID:5md/b7CP0

腹部を庇いながらも舞園は全員の前まで歩き、深々と頭を下げた。


舞園「みなさん、この度は騒ぎを起こしてしまい……本当に申し訳ありませんでした」

「…………」

舞園「簡単に許されることじゃないというのはわかっています。いえ、許してもらえなくて
    当然です。でも今は…ただ、謝らせて下さい。本当に、ごめんなさい」


誰も何も言わない。いつもなら確実に嫌みを言う十神すら、事前に厳しく釘を刺され
今もKAZUYAに睨まれているからか、黙っていた。しかし、十神の意思を継ぐかのように
今度は腐川が嫌みを言い始める。


腐川「…二人も陥れようとした女がよく言うわよ」

石丸「腐川君! 全ては黒幕が悪いのだ。舞園君を責めたりしないと先生と約束しただろう!」

腐川「ふん! 約束じゃなくて脅しでしょ…そうよね。天下のアイドルだもの…
    美人はいいわね…あんな酷いことをしたっていうのに、みんなに庇ってもらえて…
    あたしが同じことをしても、みんな…か、庇ってなんかくれないくせに…!」


9: 2013/12/25(水) 00:31:05.70 ID:5md/b7CP0

石丸「そんなことはない! 腐川君も立派な仲間ではないか!」

腐川「いい加減なこと言うんじゃないわよ! あ、あたしみたいなドブスを…
    みんなが、庇ってくれる訳ないじゃない…! 口だけなら、何とでも言えるわよ!」

石丸「馬鹿なことを言うのは…!」

霧切「やめましょう。起こってもいないことを議論するのは不毛なだけだわ」

山田「そ、そうですよ! ほら、せっかくのご馳走が冷めてしまいますよ!」

葉隠「朝からすっげえなぁ。こんなにたくさん食いきれないべ」

石丸「…ウム、そうだな。それでは舞園君も席につきたまえ。第九回朝食会を開催しよう」


石丸に促され舞園は空いている席に向かい、血の気が引いた。そこは…


桑田「…………」


自分が殺そうと謀略にかけた男の真向かいだったからだ。


10: 2013/12/25(水) 00:38:48.79 ID:5md/b7CP0

舞園「あ、あ……」


顔は完全に青ざめ、唇は震える。それでもなんとか足を動かして舞園は席に着いた。
桑田はそんな舞園の様子を時折盗み見ては不安げに視線を落とす。


桑田「…………」

舞園「…………」


何故この席なのだろう。本当はみんな自分を憎んでいて桑田が何かするのを
期待しているのではないか。そんな邪推すら生まれた。だが、桑田の横に座る
KAZUYAと自分の隣に座る苗木の心配そうな顔を見て、その馬鹿げた考えを振り払う。


舞園(逃げては…ダメ…)


席は片側が十神・山田・江ノ島・大和田・石丸・桑田・KAZUYA・朝日奈、
反対側が、腐川・セレス・葉隠・不二咲・苗木・舞園・霧切・大神となっている。

桑田の横には緊張した顔のKAZUYAと石丸が控え、厳戒態勢を取っているのがわかった。


舞園(そう…これは、チャンスをくれているんです…)


11: 2013/12/25(水) 00:42:31.06 ID:5md/b7CP0

今桑田に話さないと、謝らないと、恐らくもう二度と話せない。
だから桑田に無理を言って機会を設けたのだろう。


舞園(自分の、罪に…やったことに向き合わないと…苗木君に、言ったじゃない。
    ケジメをつけるって…勇気を出すのよ、さやか)


舞園が必氏になって言葉を紡ごうとしている姿を見たKAZUYAは、自分の足で
桑田の足をつつこうとした。だがその前に、桑田は自分から口を開く。


桑田「……思ったより、元気そうじゃん」

舞園「……?!」


驚愕のあまり、舞園は喉元まで出しかけていた謝罪の言葉を飲み込んでしまう。
桑田はチラリチラリと舞園の様子を見ながら言葉を続けた。


桑田「これさー…大神と朝日奈が作ったんだってさ。すっげーうまそー…うん、うめぇ」

舞園「ぁ……その……」


12: 2013/12/25(水) 00:46:32.22 ID:5md/b7CP0

桑田「…お前も、食えよ。…お前のために、二人が作ったんだからさ」

舞園「あ……あ……」


舞園は己の持つ勘の良さで察した。恐らく、KAZUYAが根回しをしたのだろう。
今だけは怒りや恨みを抑えて、それどころか自分から話しかけてやってほしいと。


舞園(私は…私はこの人を…)


桑田があの事件の後、みんなに素行の悪さを糾弾され改心したというのは聞いていた。
だが心の奥底では半信半疑だった。人間がそんな簡単に変わることが出来るのだろうかと。
…しかし、桑田は確かに変わっていた。たった数日で、見違える程大人になった。

素晴らしいことだと、以前の自分なら素直に感嘆出来ただろう。
だが今は、自分の愚かさと罪の重さを眼前に突き付けられたも同然だった。


舞園「ごめんな、さい…」


ポロポロと、気が付けば涙がこぼれ落ちていた。


13: 2013/12/25(水) 00:48:40.89 ID:5md/b7CP0

舞園「ごめんなさい…!」

桑田「おい…」


正直な話を言えば、舞園は桑田に心から謝れるのか不安だった。一度は殺意を持った相手。
そして殺意を持たれ、殺されかけた相手。顔を見れば恐怖で声が出ない気がした。


舞園「ごめんなさい。ごめんなさい! ごめんなさい…!!」


でも今は心から申し訳ないと思えた。相手の本当の人間性も、成長する可能性も
全て無視して命を奪おうとした、己のエゴと浅はかさがただただ憎かった。


桑田「やめろっ…!!」

舞園「!」

桑田「…その、飯がまずくなるだろ。冷めないうちに、食えよ」

K「…舞園」


14: 2013/12/25(水) 00:57:02.14 ID:5md/b7CP0

KAZUYAは桑田の肩を掴み、舞園の名前だけ呼ぶと無言で首を横に振った。舞園にはそれだけでも伝わった。
桑田は一見普通に話しているように見えるが、その視線は落ち着かずに耐えず動き回り、唇は微かに震え指も
イライラするように時折机を突いている。本当はいっぱいいっぱいなのだ。刺激するなと言うことだろう。


苗木「ほ、ほら! 舞園さん、これ凄くおいしいよ」

朝日奈「それ、私の得意料理だよ。食べて!」


二人の助けを得て、舞園は箸を取り料理を口に運んだ。緊張で舌がほとんど
働いていなかったが、おいしいのだろうということはわかった。


舞園「とても…おいしいです…」

朝日奈「良かったぁ!」

桑田「やるじゃん、朝日奈。…こっちのこれもなかなかだぜ?」


我慢なんて今までほとんどして来なかっただろう男が、KAZUYAの頼みとはいえ、みんなの空気を
悪くしないために、必氏に自分を抑えて話している。もはや痛々しさまで感じるその姿は、舞園の胸を
酷く締め付けた。お互い何を話したか全く覚えてないぎこちない会話をして、朝食会を終えた。


15: 2013/12/25(水) 01:06:44.01 ID:5md/b7CP0

石丸「舞園君が復帰し、やっと15人全員で授業を受けられるな!」

不二咲「でも、舞園さんは怪我をしてるから大丈夫かなぁ?」

K「問題ない。今日は座学を中心に行い、実践のみ見学してもらう」

葉隠「見学かぁ。K先生の指導はスパルタだからツイてるべな」

舞園「…スパルタなんですか?」

山田「ふふふ、とーっても厳しいですぞ!」

苗木「そんなことないよ。凄く優しいし丁寧だから」

朝日奈「けっこう楽しいよ! 私そんなに勉強得意じゃないけどわかりやすいし」

大神「西城殿は非常に博識な方だ。為になることを我等に教えてくださる」

舞園「そうなんですか」


事件に一番わだかまりを持つ桑田が率先して話したことで、舞園はいつのまにか
普通に周囲と話せていた。KAZUYAはその様子を見て胸を撫で下ろし、桑田に歩み寄る。


16: 2013/12/25(水) 01:14:09.44 ID:5md/b7CP0

K「…無理を言ってすまなかったな」

桑田「まったくだぜ…もう、当分頼みごとはなしにしてくれよ…」

K「埋め合わせは絶対する。約束だ」

桑田「…………」


桑田は慣れない我慢と自制を長時間し続けていたせいか、とても疲れ切っているようだ。
深い溜息をつき、どこかぼんやりとしている。KAZUYAはその肩をポンポンと叩き労ってやった。


・・・


その後、初めて舞園も含めた生徒全員で授業を行った。桑田だけは少しぎこちなかったが、
他のメンバーはいつも通り賑やかだった。更にこの日は、授業を早めに切り上げて
娯楽室にも行った。みんなで色々なゲームをして遊んだ。その後は昼食だ。

朝にたくさん食べたからと、朝日奈推薦のドーナツやお菓子中心の軽食だったが、
みんなで食べる食事は美味しいし楽しい。久しぶりの普通の生活は本当に楽しかった。

楽しかった。


17: 2013/12/25(水) 01:19:13.47 ID:5md/b7CP0

モノクマ「楽しかったかい?」

モノクマ「もう、十分楽しんだよね?」

モノクマ「でもね…残念ながら犯罪者は楽しんじゃいけないんだよ?」

モノクマ「それもただの犯罪者じゃなくて、友達を殺そうとしたんだから…!」

モノクマ「自分のために! 法を犯し! 罪のない人間を! 殺そうとしたんだよっ!!」

モノクマ「楽しむ権利なんて……ないよね?」

モノクマ「もうわかったかな?」

モノクマ「忘れちゃいけない。忘れさせてなんかあげない」

モノクマ「君達が目を逸らしている現実を、僕が思い出させてあげるよ」


ピンポンパンポーン


モノクマ『えー。校内放送、校内放送。オマエラ生徒諸君と先生は、至急体育館まで
      お集まりください。エマージェンシー、エマージェンシー!』


29: 2013/12/28(土) 01:17:04.33 ID:HjIFW/iK0

楽しい午後のひと時を遮る校内放送が流れ、生徒達は色めき立つ。


苗木「せ、先生!」

K「…遂に来たか」ジワリ


― 体育館 PM2:35 ―


モノクマ「ヤッホー、みんな元気してるー?」

苗木「一体何の用だ!」

モノクマ「そんな怖い顔しないでよ~。折角束の間の平穏を用意してあげたのにさぁ」

十神「無駄話をするだけなら俺は帰るぞ」

モノクマ「ちょっとちょっと! こういうのは手順ってものがあるのに」

モノクマ「いい加減僕飽きちゃったんだよね~。KAZUYA先生が医療実習とか無駄な足掻きを
      始めたのはちょっと興味深かったけど、ただ真面目に授業するだけだし。
      勉強したからには実践しないとね。という訳でそろそろ次の事件起こしてよ」

桑田「ハァ? お前ふざけてんのか?!」

苗木「あの事件が起こってから僕達は結束したんだ! もう二度と事件は起こらない!」

石丸「苗木君の言う通りだ! 仲間同士でコロシアイなど起こるはずがない!」


30: 2013/12/28(土) 01:19:51.34 ID:HjIFW/iK0

モノクマ「…うぷぷ。そう思うのは自由だけどね。とりあえず今回も動機を用意してみました!」

K「やはりか…今度は何だ!」

モノクマ「えー、今回のテーマは恥ずかしい思い出や知られたくない過去です。今から24時間以内に
      殺人が起こらなかった場合、この封筒の中に書いてあることを世間にバラしちゃいます!」

モノクマ「あ、ちなみに今回はちゃんと先生のも用意しといたよ。さあさあ、みんな受け取って!」


そう言うとモノクマはそれぞれの名前が書かれた封筒を床にばらまく。


K(俺に世間に公表されて困る秘密などはないはずだが、一体…)


封筒を開くとそこに書いてあったのは…


『西城先生は校医のくせに学校の備品をすぐ壊す。あと手術道具で解剖した物を平気で食べる。キモい』


KAZUYAがシャッターや扉を破壊する写真も一緒に入っている。


K「…………ハァ」モアイ


何とも言えない顔で溜息を吐く。だが周りではちょっとした騒ぎが起こっていた。


31: 2013/12/28(土) 01:24:57.25 ID:HjIFW/iK0

桑田「ぎゃああああっ! なんでこれがここにぃぃっ?!」

苗木「うわ…こ、これは…」

朝日奈「わわわっ、どうしてー?!」

舞園「…………」


KAZUYAは封筒を取りに行く際、さりげなく前の方に行っていた。生徒達の顔が良く見えるからである。


大和田「どこで…知りやがった…」

不二咲「ど、どうして…」

腐川「嘘でしょ?! な、なんで?!」

石丸「何で、こんなこと…!」

K(皆顔色は良くないが、特に酷いのは大和田、不二咲、腐川か。あとは…石丸?
  あんな生真面目で規則正しい生き方をしている奴が、意外だな)


生徒の様子を観察しているKAZUYAの元に桑田がけたたましくやって来た。


桑田「ヤッベー、マジヤベーよ! どーしよー、せんせー!」


32: 2013/12/28(土) 01:29:21.55 ID:HjIFW/iK0

K「どうした? そんなに取り乱すような内容なのか?」


KAZUYAが聞くと、桑田は声を抑えKAZUYAの耳元に囁く。


桑田「…せんせーには特別に教えるけどさ、実は俺甲子園優勝した後に
    家でチームメイトと祝賀会開いてよ、酒飲んじまったんだ!」

K「未成年飲酒か。さもありなんという話だが…」

桑田「それはどーでもいーんだけどさ!」

K「どうでもいいのか…」

桑田「問題はその後! 酔っ払ってとんでもねぇ格好してた時の写真撮られてさ!
    こんなのばらまかれたら俺もうプロの選手にもミュージシャンにもなれねえよ!」


そう言ってこっそり見せてくれた写真には、成程。服が半分はだけた凄い格好と
酔っ払ってふざけた表情をしているボウズ時代の桑田が写っていた。


桑田「ただでさえボウズ時代は黒歴史だっつーのによぉ!」ピンチ!

K「いや、確かに凄く恥ずかしい写真だが…一度謝ればなんとかなるレベルだ。なんなら俺のも見るか?」


33: 2013/12/28(土) 01:31:39.32 ID:HjIFW/iK0

桑田「え、見せてくれんの! …なんだよ、これ。単なる当てつけじゃねえか」アホクサ

苗木「先生と桑田君は見せても大丈夫な内容なの?」

桑田「いや、超恥ずかしいけど…お前の見せてくれるなら見せてやってもいいぜ」

朝日奈「あ! なになに? 見せっこしてる? あたしも混ぜて混ぜて!」

苗木「じゃあみんな一斉に見せようか。せーの!」


バッとそれぞれの秘密を出す。


桑田「ちょ、苗木マジかよ…子供っぽいのは顔だけじゃねえんだな。ブハハハハッ!」

苗木「桑田君こそ…ひ、ひっどい写真…プ、ククク!」

朝日奈「二人とも、もうヤダ~。アッハハハハハ!」

K「ところで、朝日奈の写真は何が問題なんだ?」

朝日奈「え、この頃のあたしめちゃくちゃ太ってない?! 水泳やる前だからさー」


苗木の秘密は小学五年生までおねしょをしていたこと。
朝日奈は水泳を始める前の、ちょっとぽっちゃりしていた頃の写真だった。


34: 2013/12/28(土) 01:34:45.68 ID:HjIFW/iK0

K「…まあ、かわいいものだな」

苗木「確かに、凄く恥ずかしくはあるけど…」

朝日奈「いくらなんでもこんなので人を頃したりはしないよね?」

K(だが現に青ざめている者が何名かいるからな。一体どんな秘密なのかは
  知らんが、モノクマ的にはこの動機で良いということだろう…あと)

舞園「……」


KAZUYAは封筒を握り締め微動だにしない舞園に近付き、小声で話し掛けた。
彼女の封筒の内容はもうわかっている。


K「…舞園、大丈夫か?」

舞園「大丈夫です。わかっていたことですから…大丈夫」


モノクマが知られたくない過去だと言い出した時点で内容はわかっていた。覚悟もしていた。


舞園(ずっと前からわかっていたはずなのに、覚悟していたはずなのに…
    実際に見るのはやっぱり苦しいものですね…)

舞園(アイドルのことは…もう忘れなきゃ。さっきの気持ちを思い出して…)


先程桑田に対して行った謝罪は心からのものであったはずだ。
だからもう、未練など持ってはいけない。執着してはいけない。

唇を噛んで俯く舞園を、モノクマはジッと見ていた。


35: 2013/12/28(土) 01:44:40.18 ID:HjIFW/iK0


        ◇     ◇     ◇



特に青ざめているメンバーの一人、石丸は封筒の中身を見つめながら忌々しげに呟いた。


石丸「な、何故…これを…」


石丸の封筒に書かれていたのはたった一行の短い文。


『石丸くんは友達がいない』


最も彼が直視したくない事実だった。常に清く正しい、人間として在るべき生き方を
してきた石丸にとって、たった一つの欠点であり最大の汚点は友人がいないことである。
正しい生き方をしているはずなのに何故なのか。いやむしろどこか間違っているから友人が
出来ないのではないか。わざわざ紙の端に小さい字で書かれているのが孤独感を煽る。


石丸(…そうだ。認めたくはないがこれは歴然とした事実なのだ…)


何故友人が出来ないのか。長年悩み続けたが、周囲の人間曰く自分は空気が読めないらしい。
しかしどう読めていないのか、どこがおかしいのか。家に閉じこもって勉強ばかりしてきた彼は
それすらもわからない程、世間と感覚がズレてしまった。努力こそ至高と考える彼にとって、
努力でどうにもならない人間関係こそが最大の課題だったのである。


36: 2013/12/28(土) 01:48:19.70 ID:HjIFW/iK0


―石丸くんは友達がいない。風紀委員のくせに人望なんて全くない。

―友達も作れないくせに風紀を正すなんてちゃんちゃらおかしい。

―君の言葉に説得力なんてない。政治家なんて向いてない。


―君はこれからもずっとずっと一人だよ?


余白に、そんな続きが書かれている気がした。


石丸(落ち着け石丸清多夏…! 確かに風紀委員のくせに友人の一人もいないと
    いうのはとても恥ずかしい! 絶対に言いたくないし知られたくない過去だ!)

石丸(…だが今の僕には友達がいる! 兄弟がいるじゃないか! 過去がどれほどのものだと
    言うのか。こんな秘密で人を頃すなんてあってはならない。…そうだ、言ってしまおう!)

石丸「み、みんな! 考えたのだが、今この場で秘密を公表してしまわないかね?
    そうすればこれが原因で事件などは起こらないはずだ!」

K「…一理あるな」

桑田「お、それ名案じゃね? スッゲー恥ずかしいけどよ」

朝日奈「私はいいよ。それで事件が防げるなら」

大神「我も構わぬ」

苗木「じゃあみんな言いづらいだろうし、僕から行こうか。ええと、僕はね…」

十神「――くだらん」


37: 2013/12/28(土) 01:53:09.88 ID:HjIFW/iK0

一斉に声のする方向を見る。最後尾に仁王立ちして苦い顔をしているのは予想に違わず十神だ。


石丸「何がだね?! これでこの動機は無意味なものになるのだぞ!」

十神「貴様は本当に馬鹿だな」


心底呆れたような、いや完全に軽蔑した眼差しで十神は石丸を見下している。


十神「この動機で重要なのは秘密を公表する相手が俺達だけではなく世間だということだ。
    恐らくいるんだろう。公表されると不味い秘密を持っている人間がな」

セレス「わたくし達はそれぞれ超高校級の称号を持ち、世間からも高い評価を得ています。
     故に、大したことのない秘密でも命取りになる方がいらっしゃるかもしれませんわね」

石丸「し、しかしだな…」


石丸は尚も食い下がろうとしたが、十神を援護する者がいる。それは本来なら自分の味方のはずだった。


大和田「…わりぃ、兄弟。今回ばかりは賛成してやれねえわ」

不二咲「ごめんね、石丸君…明日には絶対言うから、その…心の準備をさせて」

石丸「む、むう。そうか、心の準備はいるかもしれないな。すまない。気が回らなかった」

十神「大体貴様はブレすぎだ」


38: 2013/12/28(土) 01:55:52.35 ID:HjIFW/iK0

石丸「…僕がブレているだと?」


刺すような目線で十神は石丸を睨んでいる。


十神「貴様の言葉通りならこいつらは仲間であり結束しているから事件は起こらないのだろう?
    だったら明日まで静観していればいい。俺も明日になったら言うつもりだ」

石丸「…ム、そうだな。君の言う通りだ! 僕は無意識にみんなを疑っていたようだな。
    実に恥ずかしいことだ。すまない。それでは、戻るとしようか!」


全員が封筒と忘れたい過去を手に体育館を去ろうとした時だった。


モノクマ「ちょっとちょっと! まだ話は終わってないよ!」

K「…どういうことだ。動機以外にもまだ何かあると言うのか」


KAZUYAの直感が警告を始めていた。悪寒がする。





モノクマ「うん、あるよ。みんなに学級裁判のことを説明しないと」


39: 2013/12/28(土) 02:01:21.09 ID:HjIFW/iK0

一同「学級裁判?」

K「(ハッ)…初日に言っていた例の裁判のことか」

モノクマ「そうそう。賢明な何人かの生徒は気付いていると思うけど、校則の六番目。
      誰にも知られていないかどうかをどうやって判断するかが書いてないよね?」

モノクマ「そこで! 本当に完全犯罪が成立したかどうかを判断するために学級裁判を開くのです!」

モノクマ「ルールは簡単。オマエラみんなで議論して、犯人のクロだと思う奴に投票すればいい。
      当たっていればクロだけが処刑。ただし、もしクロが間違っていたら…」

苗木「いたら、何なんだよ…!」

モノクマ「もし正しいクロの指摘に失敗したら、その時は残りのシロを全員処刑します!!」

K「何だとッ?!!」


モノクマから伝えられた余りにも衝撃的な事実。つまり、一つ事件が起こる度に
この場にいる全員が等しく氏の危険を負うのだ。生徒達が大きくどよめく。


K(外道の考えることは訳がわからんな…これだけ大規模な計画だというのに下手をすれば
  最初の裁判で全て終わってしまうぞ。仮にそれで全滅したとしても面白いということなのか?)


KAZUYAは黒幕の思考パターンを理解しようと試みるが、江ノ島の主義思想はKAZUYAの
理解の範疇を遥かに超えていた。ただ一つだけわかったことは、この展開の違和感である。


40: 2013/12/28(土) 02:06:08.19 ID:HjIFW/iK0

K(黒幕が非常に強い嗜虐心を持ち、人の命を何とも思っていない奴だと言うのはわかった。
  だが、何故今の段階で裁判の存在を明らかにする? いかに動機が強力とは言え、
  裁判の存在はこれから殺人を起こそうと考える者にとって大きな抵抗となるはずだ)

K(……まさか!)


KAZUYAは考えた末に黒幕の狙いに気付くが、既に手遅れだった。


腐川「なにそれ…なんなのよそれええええっ!」

山田「で、ではこの間の事件…下手をしたら…」

セレス「わたくし達全員が氏んでいた訳ですね。舞園さやかただ一人を除いて」

「!!」


全員の視線が舞園に集中した。

舞園「っ……ぁあっ!!」


舞園は顔を大きく歪め、声にならない悲鳴を上げる。


苗木「し、知らなかったんだ…だって、舞園さんは…!」

十神「知らなかったが言い訳になると真剣に思っているならとんだ愚か者だな」


氷のように冷たい眼差しで十神は舞園の瞳を射抜く。


41: 2013/12/28(土) 02:11:11.93 ID:HjIFW/iK0

十神「何を動揺している、舞園さやか。一人頃すのは平気でも十五人頃すのは駄目なのか?」

苗木・舞園「!!」

十神「人の命は尊いから比べられない等と貴様ら愚民達は良く口にするが、結局そんなものは
    単なる建前で、嫌いな人間一人を頃すくらいなら大したことはないと本心では思っている」

十神「良かったな、桑田。お前の命は他の連中のものより軽いらしいぞ」

桑田「なっ……!!」


桑田の顔が怒りで紅に染まる。


K「ま、待て! 落ち着くんだ!」

K(不味い…この展開は非常に不味いぞ…!)


つまりはこういうことだろう。黒幕は裁判のことを黙っておくメリットより、裁判の存在を
明らかにしたことによる生徒同士の不和の方がずっとメリットがあると判断したのだ。


K(黒幕のターゲットは舞園だ…!)


49: 2013/12/28(土) 23:34:55.21 ID:mM+O71Go0

舞園を孤立化させ、居場所を奪い殺人への抵抗を薄れさせる。また、舞園を中心に
生徒同士の関係にも亀裂が出来れば、いずれそれが大きな不和となり周りの人間など
犠牲になってもいいという恐ろしい考えが生まれるかもしれない。


K(とにかく、嵐の中心は舞園だ。舞園をここから離し、双方を冷静にさせなければ!)

K「苗木、舞園を…!」


しかしKAZUYAが舞園を生徒達から引き離そうとするのは黒幕にとって想定済みだった。
モノクマは素早く合図を送り、それを受けた江ノ島が前に出る。


江ノ島「ちょっと、あんたの言ってることムチャクチャじゃない? 何が学級裁判よ!
     何がコロシアイよ! アタシそんなのに参加するのヤだからね!」

モノクマ「そんな身勝手な!」

江ノ島「身勝手なのはあんたでしょ! コロシアイは勝手にやって! アタシは関係ない!!」

K(江ノ島の奴、何をする気だ…?)


KAZUYAが訝しげに江ノ島とモノクマを見比べる。モノクマはわざとらしくガタガタと震え出した。


50: 2013/12/28(土) 23:37:14.14 ID:mM+O71Go0

モノクマ「目の前の圧倒的な悪の迫力に正直ブルってるぜ。だけどな、僕は悪に屈する気はない!
      最後まで戦い抜くのがモノクマ流よ! どうしても通りたいなら僕を倒してからにしろ」

江ノ島「はい、これで満足?」


わざとらしく江ノ島の前まで近寄ったモノクマを、江ノ島は思い切り踏みつけた。


モノクマ「…そっちこそ。学園長への暴力は校則違反だと言ったよね?
      召喚魔法発動! 助けてー、グングニルの槍ー!」

K「いかんっ!」

江ノ島「え」


体育館の床の一部がスライドし、何かの射出口のようなものが露わになる。
そしてその穴から高速で複数の槍が放たれた。

ドンッ! ザクザクザクザクッ!


K「クッ…!」

桑田「な…!」

苗木「先生! 江ノ島さん!」


慌てて生徒がKAZUYAと江ノ島に走り寄る。床には生暖かい鮮血が飛び散った。


51: 2013/12/28(土) 23:38:55.42 ID:mM+O71Go0

石丸「先生! 江ノ島君! 大丈夫ですかっ?!」

K「俺はマントが裂けただけだ。だが…」

江ノ島「そん、な…どうして…? じゅ…ちゃん…?」


危険を察知したKAZUYAが咄嗟に江ノ島を抱えて跳び去ったため命だけは助かったが、
江ノ島の左腕には槍が一本刺さっている。また、体中に裂傷が出来ていた。


K(用済みになったから処分ということか? 糞ッ!)

K「幸い神経や骨は貫通していないが、恐らく動脈を貫いている。裂傷は右足に一カ所、左足に二カ所、
  そして左肩に一カ所か。貫通した左腕は勿論、左肩と左足の傷はやや深いから縫った方がいいな…」

石丸「で、では手術を…!」

K「邪魔が入らなければだが…」


KAZUYAはギ口リとモノクマを睨む。


モノクマ「全く、KAZUYA先生は僕の妨害ばっかりするから困っちゃうよ。
      学園長の邪魔をするなんて、それでも先生?」

K「俺は教師ではなく医者だ! 怪我人がいれば治療を行う!」


52: 2013/12/28(土) 23:42:36.34 ID:mM+O71Go0

モノクマ「まあ、いいよ。僕はなるべく手を出したくないし、こんなんで生徒が氏んでも
      つまらないからね。今回は見逃してあげる。…良かったねぇ、江ノ島さん?」

江ノ島「……!」

江ノ島(盾子ちゃん、こうなることは全部予想済みで…)


しかし、KAZUYAが自分を助けられたのはあくまで偶然だ。もし失敗していたら…


江ノ島(私は氏んでも良かったってこと…?)


茫然自失となっている江ノ島にKAZUYAは治療を行い始める。
だが、周囲はそれを黙って見てはいなかった。


腐川「血…血ぃぃぃっ!」


まず腐川が倒れた。


葉隠「こ、こんなの冗談じゃないべ!」

不二咲「い、いやだよ…いやだ…」

山田「だ、誰か! 誰かああっ! 僕らをここから出して下さいっ!」


次に生徒達が恐慌状態に陥り始める。


53: 2013/12/28(土) 23:46:51.08 ID:mM+O71Go0

K「落ち着けお前達! 俺が絶対にお前達を外に出してやる! だから落ち着くんだ!」


KAZUYAはそう叫んで苗木に鋭く指示を飛ばす。


K「とりあえず苗木、舞園をここから連れ出せ!」

苗木「は、はい!」


舞園の乗った車椅子を押そうとした瞬間、苗木の顔が恐怖と困惑で引きつった。


苗木「あっ…!」


モノクマが車椅子の車輪を掴んでいた。ここから逃がさないとでも言うように。


モノクマ「逃げるの…?」

舞園「……!」

モノクマ「君ってさぁ、嫌なことがあるとすぐ楽な方へ逃げるよね? 今までだって、
      頂点に登り詰めるためにやってきたんでしょ。いやなこと」

舞園「そ、れは…!」

K「舞園、耳を貸すな!」


54: 2013/12/28(土) 23:50:54.71 ID:mM+O71Go0

モノクマ「みんなもさぁ、舞園さんを責めるのはやめてあげてよ。舞園さんはね、とっても
      可哀相な子なんだよ? 父子家庭で家にいつも一人で、寂しかったんだよね?」

モノクマ「そんな自分の寂しい気持ちを埋めてくれたのが、テレビの中の華やかなアイドル達。
      いつしか自分も同じ舞台に立って、自分のような寂しい気持ちの人を元気にしてあげたい。
      そう思って、辛い練習や過酷な下積み時代を超えて、いつしか頂点に立っていたんだよね?」


そう話すモノクマの言葉はやけに優しかった。だからこそ、次に続く言葉は殊更に厳しい。


モノクマ「…でもさぁ、人頃しに勇気づけてもらいたい人間なんていると思う?
      殺人犯の笑顔でみんなを元気にしてあげられるとでも?」

舞園「っ!!!」

モノクマ「超高校級のアイドルのくせにそんな当たり前のこともわからなかったの?
      いつも口癖みたいにファンが大事、ファンが大事って言ってるくせに、
      そのファンの気持ちなんて君はまるでわかってなかったよね?」

K「黙れ! モノクマァッ!」

舞園「あああああ…」

モノクマ「そんな可哀想なくらい愚かで浅はかな舞園さんをみんなでいじめるのはやめてあげてよ」

舞園「ぁああぁぁあああぁあああぁぁぁあああぁあああああっ!!」


舞園は車椅子から立ち上がり、頭を両手で抱えて絶叫する。
だがその姿を同情的に見る者は誰もいない…


55: 2013/12/28(土) 23:53:52.06 ID:mM+O71Go0

K「(いかん、傷が開く!)糞ッ!」


KAZUYAはやむを得ず舞園に駆け寄り、肩を掴んで無理矢理座らせる。
その流れでバサリと自身のマントをモノクマに覆いかぶせた。


モノクマ「えっ、ちょっと、なに?!」

K「苗木、今だ!」

苗木「! 舞園さん、行こうっ!」


モノクマが手を離した一瞬の隙を突いて苗木は全速力で車椅子を押し、
急いで体育館から逃げ去った。それを見届けるとKAZUYAはマントを回収する。


モノクマ「あーあ、また逃げちゃった。…まあいっか」

桑田「…テメェ、いい加減にしやがれッ!」


ヘラヘラと笑うモノクマに対し、激怒した表情で詰め寄ったのはなんと桑田だった。


56: 2013/12/28(土) 23:59:53.73 ID:mM+O71Go0

モノクマ「およ、なんで桑田君が怒るの? 君は舞園さんのことが嫌いじゃなかったっけ?」

桑田「そうだよ、大嫌いだよ! でもそれとこれは別問題だ。テメェの方がもっと胸糞わりぃんだよ!」

モノクマ「お、君もKAZUYA先生を真似して舞園さんは悪くない、全部僕が悪いとか言い出すつもり?
      全く高校生にもなってヒーロー気取りなんて寒いだけだよ?」

モノクマ「それをやるのが殺人鬼なら尚更ね」

桑田「……は?」


その言葉が余りにも予想外過ぎたのか、桑田は一瞬で勢いを削がれる。


モノクマ「おや、もう忘れたの? じゃあ僕が思い出させてあげようか」

K「よせ! 耳を貸すな!」


KAZUYAは江ノ島の縫合を始めたことを後悔していた。一度縫い始めて放置する訳にはいかない。


モノクマ「右手を怪我して逃げ回る丸腰の女の子を、刀持って追いかけ回して追い詰めたのは誰?
      わざわざ一度立て篭もった相手を、ドアノブ壊してまで引きずり出して刺したのは?」

桑田「そ、それは…!」


57: 2013/12/29(日) 00:05:37.02 ID:XcEDE7lS0

モノクマ「君言ってたじゃない。許さねぇ!ぜってーぶっ頃してやる!って。相手が戦意を失って怯えて
      悲鳴を上げてたのに、君は容赦なく頃したよね? 僕はね、監視カメラで一部始終見てたんだよ?」

桑田「…………」

モノクマ「君はあの時、絶対殺意がなかったって言えるの? 卒業のこと全く考えてなかったって言える?
      殺意があったのに正当防衛? そんなのちゃんちゃらおかしいよ!」

桑田「ち、違う! 俺は、そんなつもりじゃ…!」

モノクマ「……じゃあ、証明してあげようか。君が醜い殺人鬼だっていう証明を」

K「よせ! 言うな! やめろおおおおおっ!」


モノクマが何を言わんとしているか察したKAZUYAの絶叫が体育館に轟く。
…だが、全て無駄なことだった。無情にも全員の耳にモノクマの言葉がハッキリと届く。








モノクマ「だって君、先生を口封じに殺そうとしたじゃない」


58: 2013/12/29(日) 00:10:44.68 ID:XcEDE7lS0

場の空気が一気に冷え込んだのをKAZUYAは、いや生徒達全員も感じた。


桑田「あ、それ、は……」


さっきまで怒りで紅潮していた顔が一瞬で真っ青になり、桑田は力無くKAZUYAを見やる。


桑田「ち、ちが…ちがうんだよ…なあ、せんせー……」

K「わかっている! だから落ち着け!」


KAZUYAは叫ぶが、その言葉は誰にも届かない。静まり返った体育館に、震える声で話す者がいる。


石丸「桑田君…」

桑田「…!」

石丸「今の話は……その、本当なのかね……?」

不二咲「うそ……だよね……? だって、桑田君て……先生と、凄く仲が良いのに……」


59: 2013/12/29(日) 00:14:31.62 ID:XcEDE7lS0

桑田「…ち、ちがうんだ! ちがうんだってぇ!」

モノクマ「嘘はやめてよね! こっちには証拠の映像がバッチリ残ってるんだから!
      …なんなら今すぐここに持ってきてあげようか?」

K「みんな、俺の話を聞いてくれ! 確かに…モノクマの話は本当だ。だが、やめたのだ!
  寸での所で思いとどまったのだ! だからそいつを責めるんじゃない!!」


しかしKAZUYAが何と言おうと、桑田がKAZUYAを殺そうとしたという事実だけは消せなかった。


桑田「やめろ…やめろって…何で俺をそんな目で見るんだよ…?」


桑田が一歩踏み出すと、逃げるように全員が一歩下がる。


山田「ひ、人頃し!」

葉隠「犯罪者だべ!」

桑田「やめろ…」

セレス「まだ監禁当初の、あなたが嫌われ者だった頃から何かと親身になって下さった
     西城先生を保身のために殺そうだなんて…鬼畜にも劣りますわね」

桑田「違うんだ…」


60: 2013/12/29(日) 00:17:51.74 ID:XcEDE7lS0

十神「何が違うと言うんだ。当のドクターKすら認めているというのに」

桑田「やめてくれ…やめてくれよ…! そんなつもりじゃ…!」


なんとか弁解しようとしても、桑田が近寄ろうとするだけで生徒達は怯えて逃げる。


朝日奈「こ、来ないで! …さくらちゃん」

大神「むぅ…」


朝日奈が大神の背後に隠れ、大神が庇うように前へ出る。同じように大和田と石丸が不二咲を
守るように前へと出た。比較的親しくしていた人間達のこうした行動は、桑田の心を大きく傷つけた。


大和田「桑田…テメェ、やっぱりか。女を殺そうとした時点でどうかと思ってたが…!」

不二咲「桑田君…」

石丸「……」


不二咲は涙を浮かべながら悲しそうに桑田を見つめ、石丸は苦しそうに無言で目を逸らす。


61: 2013/12/29(日) 00:23:57.79 ID:XcEDE7lS0

桑田「…やめろ、やめてくれ! そんな目で、そんな目で俺を見んじゃねぇええ!
    やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


桑田は頭を抱え振り乱し、絶叫し、そして膝をつく。その目には絶望しか映っていない。


K「桑田! しっかりしろ、桑田!!」


KAZUYAの声すら、今の桑田には届かない。


K(くっ…せめてここに苗木がいれば!)


KAZUYAの最初のミスは、苗木を一人で行かせたことだった。桑田は元々苗木とよくつるんでいたが、
事件の際に苗木が見せた器の大きさに感心したのか、事件後はより一層つるむようになった。
KAZUYA一人ではなく、苗木もここにいて桑田を支えてくれればまだ今よりはマシだったかもしれない。

あるいは、桑田と舞園を一緒にいさせるのは良くないと無意識に引き離したが、あの時一緒に
退出させるべきであった。桑田とて、脛に傷があるのは舞園と同じなのだから。

63: 2013/12/29(日) 00:36:02.58 ID:XcEDE7lS0


邪悪な哄笑が体育館に響きわたる。


K(悪魔め…!)


血管の縫合は全て終了した。だがまだ皮膚を縫合しなければならない。
もう終わってくれとKAZUYAは祈るが、その想いを踏みにじるかのようにモノクマは続ける。


モノクマ「…さて、オマエラがなかなか良い顔になってきたので最後に出血大サービス!」

K(まだ何か言うつもりなのか?!)


やめろ。これ以上不和が広がれば修復不可能になる。今のままならまだなんとか…
そんなKAZUYAの淡い望みを、モノクマは容赦なく徹底的なまでに叩き潰した。


モノクマ「オマエラの中に…なんと僕の内通者がいまーす!」


そしてこの瞬間、KAZUYAの完敗が決定したのであった。


64: 2013/12/29(日) 00:51:43.23 ID:XcEDE7lS0

ここまで


72: 2013/12/30(月) 22:42:59.35 ID:PTHdk1zt0

モノクマ「人数は秘密でーす。一人かもしれないし、自分以外全員かもしれない。せいぜいお友達だと
      思っている人から背中をザクッ!なんてことがないようにね! …KAZUYA先生みたいに。
      いやー、僕って親切~! じゃ、もう用は済んだからバイナラ!」


そう言い捨てて、とてもとても楽しげにモノクマは去って行った。
モノクマの言葉を聞き、今まで身を寄せ合っていた者達が思わず距離を取る。


葉隠「い、一体誰が内通者なんだべ!」

朝日奈「そんな…さくらちゃんは、違うよね…?」

大神「……無論だ」

腐川「う…な、なに…どうした訳?」

不二咲「あ、腐川さん大丈夫?」

セレス「モノクマ曰く、この中に内通者がいるようですわ。人数は教えてもらえませんでしたが」

腐川「な、内通者ぁっ?! ど、どこ? どこにいるのよっ?!」

石丸「内通者など…いる訳がないっ! 僕達はみんな仲間だ! 先生、そうですよね?!」

K「…あ、ああ。そうだとも」


江ノ島の存在を知っていたKAZUYAは、返事に一瞬躊躇ってしまった。
しかしいつもの切れがないその言葉は、暗に内通者の存在を肯定してしまっている。


73: 2013/12/30(月) 22:47:37.62 ID:PTHdk1zt0


大和田「…いるんだな? おい、いるんだろ? この中に汚ねぇ裏切り者がよぉ!」

石丸「やめたまえ、兄弟! これは僕達仲間内で争いを起こさせるための黒幕の罠だ!」

腐川「そんなこと言って、本当はあんたが内通者なんじゃないの?」

石丸「何だと…?!」

山田「確かに。いつも何かと仕切っていますし、今だってモノクマが内通者の
    存在をバラしたことに焦って火消しをしようとしているのでは…」

大和田「テメェ、兄弟を疑うのか!」

K「よさないか、お前達!」


生徒達の理性は完全に限界を迎えていた。ただでさえ動機によって揺さぶられ精神状態は
不安定になっていた所に、衝撃的な学級裁判の存在、江ノ島処刑未遂、桑田のKAZUYA殺害未遂、
トドメの内通者宣言と来てもはや冷静でいられる訳がなかった。生徒達は完全にパニックに陥り、
その暴走は止まることを知らない。そして疑心暗鬼は思わぬ疑いを呼ぶ。


山田「ま、まさかあああ!」

腐川「何よ…?!」

山田「ぼ、僕はたった今恐ろしい可能性に気付いてしまいましたぞ!」

十神「全く期待はしていないが言ってみろ」


74: 2013/12/30(月) 22:51:46.58 ID:PTHdk1zt0

山田「それは…桑田怜恩殿、舞園さやか殿の二人が内通者の可能性です!」

K「なっ…?!」

桑田「………………あ?」


あまりの唐突さに、思わず呻いていた桑田も顔を上げた。


山田「つまりこういうことです! 誰かが事件の口火を切らないと、殺人なんて起こる訳が
    ないでしょう? だから舞園殿と桑田殿が狂言殺人を行った。医者がいるから怪我をしても
    治してもらえます。これなら桑田殿が西城カズヤ医師を襲っても何らおかしくないのです!」

腐川「なにそれ…桑田がKを襲った…?!」


それはあまりに突拍子もない意見だった。本来なら一笑に付されるような意見だが
冷静な判断力を失っている今の生徒達には説得力があるように思えたのだ。


葉隠「…そういやぁ、変だと思ったんだべ! 今朝の朝食会、桑田っちは自分を殺そうとした
    舞園っちと平気でしゃべってた。普通に考えたらあんなんおかしいべ!」

桑田「……ハァァッ?! お前ら、俺が…俺があの時、どんだけ我慢してたと…!
    みんなのためだって言われたから…お前らのために、ずっと…我慢してたのに…!」ワナワナ…


75: 2013/12/30(月) 22:54:54.98 ID:PTHdk1zt0

自分を殺そうとした恐怖の象徴であり、自分の好意を裏切った怒りと憎しみの対象――舞園さやか

生まれて始めて抱いた強烈な負の感情を、恩人であるKAZUYAに頭を下げられ、みんなのためだと
説得されて、桑田は必氏に抑えこんでいたのだ。我慢なんてろくにしたこともなかったのに。


K「(まずい!)石丸! 桑田を押さえてくれ!」


KAZUYAの第二のミス。いや、これは仕方のないことではあったが…KAZUYAが江ノ島の治療のために
皆に背を向けていたことであった。もし桑田や恐慌状態を起こしている他の生徒達の顔を見ていたら、
とても人に任せようなどとは思わず自分で止めに行ったはずだった。


石丸「わ、わかりました! 桑田君、話を…!」

桑田「近付くんじゃねえよ…! どうせお前らだって俺を人頃しだと思ってんだろ…!」

石丸「そ、それは…」

大神「やめよ、桑田! お主は頭に血が上っている」

桑田「うっせー!」


とうとう激しい言い争いが始まった。
混乱の最中、不二咲千尋は自分に今何が出来るのかと考えていた。


76: 2013/12/30(月) 22:58:35.40 ID:PTHdk1zt0


不二咲(みんな…どうして喧嘩なんてするの…? そんなの、悲しいだけなのに…
     見てるだけじゃダメだ。先生は今動けないんだから。僕が止めなきゃ…!)

不二咲(今までの弱い自分じゃダメなんだ。変わらないと!)


絶対誰にも知られてはいけない不二咲千尋の秘密――

それは女性の格好をしているが、彼が本当は男性だと言うことだ。
非力でひ弱な自分を隠したくて、男のくせにとなじられたくなくて、彼はずっと嘘をついてきた。


不二咲(男だって…どうせ明日にはバレちゃうんだし、もう誰かに守られるのは嫌だ。
     僕がみんなを守れるくらい、強くならなきゃいけないんだ!)

不二咲「みんな…喧嘩は、やめよう…」


しかし、強い決意とは裏腹に口をついて出たのは誰の耳にも止まらないか細い声だった。
不二咲には、KAZUYAのような圧倒的存在感も大和田のような迫力も石丸のようなよく通る声もない。

ただ、その代わり誰よりも賢く聡明であった。


77: 2013/12/30(月) 23:02:15.23 ID:PTHdk1zt0


K「桑田! お前は今すぐ部屋に戻れ!」

桑田「冗談じゃねえ! このバカどもにはまだ言わなきゃなんねえことがあんだよ!」

霧切「桑田君、落ち着いて。ここで議論してもあなたには何のメリットもないわ」

桑田「うるせー!」


不二咲は、この場で一番人生経験が豊富なKAZUYAと、常に冷静沈着な霧切の行動こそが
最も正しいだろうと、二人の言動を注意深く聞いていた。


不二咲(喧嘩してるのはみんな一緒なのに、先生も霧切さんも桑田君を止めようとしてる…
     桑田君は気性が激しいから、これ以上怒ったら取り返しがつかなくなると思ってるんだ)

不二咲(じゃあ僕も桑田君を止めなきゃ!)


だが、今の桑田に近寄るのはとても恐ろしかった。こめかみには青筋が浮かび目は赤く血走り、
歯を剥き出しにして怒鳴っている。皮肉にも、桑田のそんな姿は彼なら人を殺せるだろうと
周囲に思わせる悪い意味での説得力があった。


不二咲(で、でも…大丈夫。僕なら、きっと止められる)


今の自分は周囲から見たら小柄でか弱い少女なのだ。いくら桑田が頭に血が上っていても、自分が行けば
きっと止まってくれるはず。容姿を利用するのは卑怯な気がするが、この際手段は選んでいられない。


78: 2013/12/30(月) 23:06:47.25 ID:PTHdk1zt0

不二咲「く、桑田君!」

桑田「なんだ、不二咲?! お前まで俺を…!」

不二咲「ち、違うの! ぼ…私は、桑田君は内通者なんかじゃないと思う」

桑田「不二咲…」

不二咲「だ、だって…西城先生があんなに一生懸命庇ってる桑田君が、悪い人な訳ないよぉ…!」


不二咲にとってKAZUYAは憧れの人であり、その名前を引き合いに出したのはごく自然な流れだった。
KAZUYAに好感を持っている人間に対してなら、その言葉も重みがあっただろう。だが。


腐川「ドクターKだって内通者かもしれないじゃない!」

不二咲「…え?」

桑田「あぁっ?!!」

山田「そうですよ! 先程の話ですが、西城医師が確実に治す保障もないし、
    実は三人全員内通者というのが一番しっくりきます!」

葉隠「…そういや、先生って一番最初にモノクマから内通者って言われてたよな?
    あの授業だって実は嘘っぱちを教えて俺達を混乱させるもんかもしれないべ」


79: 2013/12/30(月) 23:11:03.65 ID:PTHdk1zt0

K「馬鹿な…」

石丸「…君達は、一体何を言っているのかね?!」


この暴論には流石に今まで傍観を貫いていた面々も反論した。


朝日奈「い、いくらなんでも言い過ぎだって! 先生はウソなんてついてなかったよ!」

大神「西城殿は最初から常に我等のことを考えた行動を取っていたぞ」

大和田「桑田もだがお前らもいい加減にしろよ!」


大神と朝日奈はKAZUYAの授業が嘘ではないと知っているし、大和田はサウナで何時間もKAZUYAと話をし、
KAZUYAの医者としての生き様を聞いている。KAZUYAが内通者ではないということは分かっていた。

特に勉強家の石丸は図書室から医学書を借りて読んでいたから、KAZUYAの知識の正確さも知っているし、
医療実習を通してKAZUYAの熱意もよく分かっていた。故に彼等の暴言は見過ごせなかった。


石丸「西城先生が裏切り者など…そんなことは断じて有り得んッ!!
    君達、さっきからどうかしているぞ! 少しは頭を冷やしたまえっ!」


だが目に狂気の片鱗が宿っている彼等に、そんな言葉は何の意味もなかった。
そして、内心に狂気を宿していたのは彼等だけではなかったのである。


80: 2013/12/30(月) 23:17:24.78 ID:PTHdk1zt0


桑田「ざっけんなよ……」ワナワナワナ

桑田「テメェら…もういっぺん言ってみろ…」ワナワナワナワナ

葉隠「何度だって言ってやるべ。オメェラ三人ともグルで裏切り者だってな!」


思えば、人間の生来の気質が一日二日で変わる訳がない。桑田はあの糾弾会で確かに心から反省し
改心したが、元々持っていた短気で感情的な部分が完全に改善された訳ではなかった。そもそも今日は
朝からずっと我慢の連続だったのだ。ここで限界を迎えてしまうのは致し方がなかった。


桑田「いい加減にしろよッ!!! この糞どもがあああああああああああああああッ!!」


とうとう我慢の限界を迎えた桑田は吼える。まさしくその姿は怒れる赤毛の獅子だった。

桑田は元々義理人情なんて物にまるで縁のない人間だ。今でもいい加減で軽薄な所は完全には
直っていない。だが、そんな桑田ですらKAZUYAには深い恩のようなものを感じていた。


桑田「オメェラ今までなにを見てたんだよッ! 人を殺そうとした俺や舞園なら我慢出来たけど…
    ずっと俺達を助けてくれたせんせーまで悪く言うのは我慢ならねぇ! 謝れッ!!」


81: 2013/12/30(月) 23:24:15.98 ID:PTHdk1zt0

腐川「何で謝らなきゃなんないのよ! この人頃し!」

桑田「ふざっけんなッ! 謝れ謝れ謝れっ!」


まだ自分が嫌われ者で周りからも浮いてた時に、気にかけて積極的に声をかけてくれた。
あの状況にも関わらず舞園が先に襲って来たということをすぐに信じてくれたし、
みんなから非難された時には熱く励ましてくれた。極めつけは先程の件だろう。


桑田「謝れっつってんだろ!」

K「桑田! 俺のことは気にしなくていいからとにかく部屋に戻れ!」


KAZUYAを殺そうとしたという事実を公開された時、桑田は心底絶望した。またみんなに嫌われる。
それも今度は今まで散々自分の肩を持ってくれたKAZUYAすら敵になる。本当に孤立してしまう。

…こんな状況で一人になるのは嫌だった。怖かった。だがKAZUYAは事実を聞いても全く態度を
変えないばかりか、いつもと同じように自分を庇ってくれた。それが何よりも嬉しかったのである。

いくら桑田が軽薄な人間でも、そんなKAZUYAに恩義を感じない程腐っていない。
むしろ、少しだけ持っていた正義感や義侠心がかえって激しく燃え上がったのだった。


K(いかん、桑田のやつこのままでは…!)

霧切「桑田君、いけない!」


82: 2013/12/30(月) 23:34:13.08 ID:PTHdk1zt0

石丸「桑田君!」

大神「落ち着け、桑田!」

不二咲「桑田君、駄目だよぉ!」


激怒して暴走する桑田をモニター越しに見ながら黒幕はほくそ笑んだ。


「人間の本質なんてそんな簡単には変わんないんだよ。桑田は元々感情的で周りの気持ちなんて
 まるで考えない自分勝手な奴だし、いつだって自分のしたいように生きてる。今だってそう。
 だからほら、言っちゃいなよ。あの言葉を……今の自分の気持ちをさ!」


――そして黒幕の思惑通り、桑田は絶対に言ってはいけない言葉を言ってしまう。

この閉ざされた世界で、コロシアイを強いられている状況で、それは絶対に許されない禁断の言葉であった。


桑田「テメェら絶対に許さねえ……ブッ頃してやるッ!!!!!」

「!!」


今ここに、崩壊を告げる狼煙が上がった。

KAZUYAに対し最も協力的な生徒の一人がその引き金を引いたのは――些か皮肉が効きすぎていた。



83: 2013/12/30(月) 23:42:51.49 ID:PTHdk1zt0


                 ―  モノクマ劇場  ―


モノクマ「高校生ってさ、もう大人の仲間です!みたいな顔してることが多いけど、実際は
      まだまだ子供の延長線な訳だよね。ここのメンバーは、超高校級の才能があるから
      いっちょ前にお金を稼いでる奴も多いけど、結局の所何かあれば親が出てくる訳だし」

モノクマ「だからこそ、監禁してコロシアイとか要求してあとはちょっと不安を煽る映像とか
      見せちゃえばもう終わり。勝手に殺人が起こって、せいぜい僕は燃料が切れないように
      時々動機を落としてやればいい。何もしなくたって勝手に崩壊していくからね」

モノクマ「で・も! これは子供しかいない場合の話なんだよね。このSSではさ、あの糞ウザい
      ガチムチマッチョで昭和から来たみたいな時代錯誤なオッサンが、舞園さんを
      助けちゃったでしょ? しかも医者のくせに教師の真似事とか始めちゃった訳でしょ?」

モノクマ「正直言って僕的にはかなり都合が悪いんだよね。生徒達の間に、先生がいればなんとかなる。
      先生が助けてくれる! みたいな空気が出てきて、つまり精神的な支柱になっちゃうのよ」

モノクマ「ですから! 僕は今回その空気をぶっ潰してやることにしたのです! 具体的には、先生が
      かなり気にかけている舞園さんと、先生と仲が良くて慕っている桑田君。この二人を
      徹底的なまでにぶっ潰してやることで、先生にもダメージを与えてやるのです!」

モノクマ「ここまで言えばわかるよね、>>68君? だからこそ僕は原作より鬼畜度が高いんだよ。
      ま、僕が本気出せば一人や二人絶望させるなんて簡単だったね。ぶひゃひゃひゃひゃっ!」

モノクマ「さーて、次は誰がどんな絶望を見せてくれるかな? という所で次回に続く! バイナラ!」


93: 2013/12/31(火) 21:23:26.62 ID:tbvGBTIy0

今年最後の投下


94: 2013/12/31(火) 21:24:36.76 ID:tbvGBTIy0

腐川「やっぱり…やっぱり人頃しよアンタ!」

山田「ヒィィ、桑田怜恩殿に殺される!」

葉隠「た、ただでやられると思うんじゃねえぞ!」

大和田「桑田、オメエって奴は…」

朝日奈「あんた、やっぱり…」

石丸「何ということを…」

桑田「このおおおおお…!!」

不二咲「や、やめてっ…!」

大神「桑田ッ!」

K「よせえええええええっ!」


殴り掛かろうとした桑田の前に、江ノ島を両手で抱えたKAZUYAが踊り出る。KAZUYAはもはや
他の部位のこの場での処置は困難と判断し、包帯での一時的な直接圧迫止血に切り替えていた。
そしてそれが済むと、江ノ島を抱えたまま桑田の制止に来たのだった。


95: 2013/12/31(火) 21:28:06.54 ID:tbvGBTIy0


桑田「どいてくれよ! あいつらっ!」

K「桑田、今すぐ保健室に来い!」

桑田「でも…!」

K「いいから来るんだッ!」


KAZUYAは両手が塞がっていて物理的に桑田を止めることは出来ない。
だがその鬼気迫る表情と強烈に訴えるような瞳が、わずかに桑田を冷静にさせた。


K「頼む! 俺の言う通りにしてくれ。頼むッ!!」

桑田「う、うう、クソッ…!」


KAZUYAの気迫に押され、桑田は渋々振り上げた拳を降ろす。まだ怒りの収まらない
表情の桑田と江ノ島を連れ、KAZUYAは去り際に石丸へ指示を飛ばす。


K「石丸! 今すぐ全員を解散させろ。部屋に戻せ!」

石丸「え…は、はい!」


基本的に石丸は気の利かない男だが、指示さえあれば的確に動ける人間である。すぐさま行動に移った。


96: 2013/12/31(火) 21:31:41.55 ID:tbvGBTIy0

石丸「みんな! さあ、部屋に戻ろう!」

葉隠「お前ら逃げんのかい!」

山田「ま、まだ話は終わってないですぞ!」

腐川「Kが庇った…やっぱりあいつらグルなんじゃないの?」

石丸「ほら、戻るんだ!」

大和田「兄弟の指示に従え! 従わねえなら殴るぞゴラ!」

朝日奈「さくらちゃん…」

大神「戻ろう、朝日奈。少し休んだ方が良い」

不二咲「ぼ、僕も…」

霧切「…………」


全員、疲弊しきった顔でぞろぞろと悪夢のような体育館を去って行った。


・・・


廊下を、唯一全く疲れの色を見せない男女の二人組が並んで優雅に歩いている。
世界を支配する一族の帝王・十神とギャンブル界の女帝・セレスだ。


97: 2013/12/31(火) 21:35:38.81 ID:tbvGBTIy0

十神「フン、時間の無駄だったな」

セレス「あら、そう思うのでしたら途中で帰ればよろしかったのでは?」

十神「…ゲームに役立つ情報かどうかを見定めていただけだ」

セレス「まあ物騒ですこと。わたくしは平穏な生活が破られてオロオロとしていましたわ」

十神「貴様にしてはつまらん嘘を言うな」

セレス「嘘だなんてそんな…適応力こそが生命力、と言うのがわたくしの持論です。
     それに、わたくしはいつも本当のことしか言っておりませんわよ?」


そう言ってセレスはお馴染みの薄い笑みを浮かべる。


十神「貴様の戯言に付き合うつもりはない」

セレス「つれないですわね」クスクス


実の所、先程の騒ぎを引き起こした影の功労者はこの二人であった。


98: 2013/12/31(火) 21:39:18.71 ID:tbvGBTIy0

山田達が桑田と舞園を内通者だと騒ぎ出した時、彼らはそれが単なる下衆の勘ぐりだと
言うことをわかっていた。先程の激しい狂乱を思い出し、十神は溜息をつきセレスは逆に笑う。


十神(それにしても、パニックに陥った愚民というものは愚かすぎて逆に恐ろしさすら感じるな。
    舞園はともかく、あの単細胞で感情的な桑田に内通者など務まるはずがないだろう)

セレス(西城先生が内通者と言うのもあり得ませんわね。手術にしろ授業にしろ、あの方は一貫して
     わたくし達を生かす行動しか取っておりませんもの。黒幕にとって不都合しかありませんわ)


二人は真相をわかっていた。だがあえてそれを口に出さず、黙って様子を見ていた。
それが結果的にあの騒動を引き起こしたのだ。腐川は十神が、山田はセレスが諌めれば
すぐに言うことを聞く。葉隠は根が臆病であるが故に、一人では大きな行動は取れない。

勿論頭の回る二人は当然そんなことも全て計算済みである。
つまり彼らは、自分達が黙れば大騒動に発展することをわかった上で傍観していたのだった。


十神(何の収穫もなかった。ただ愚民の愚民たるが故の愚かさをまざまざと見せつけられただけだった)


99: 2013/12/31(火) 21:44:57.85 ID:tbvGBTIy0

一般民衆より高みにいる十神からすれば、先程の騒ぎは滑稽ではあるが特に心を揺り動かす物はない。
ただ一つ、十神が関心を持つとすればそれはKAZUYAの動きだった。


十神(…ドクターKは多少は使える男かと思っていたが、大したことはなかったな。生徒に過度に
    肩入れし過ぎたせいで場の状況に飲まれ、何一つとして有効的な行動を取れなかった)

十神(精神的におかしくなっている舞園とすぐ感情的になって周りが見えなくなる桑田。
    使えないこの二人を切り捨てて周囲の混乱を収めるのが最も上策だったはずだ)

十神(それを、その二人や何の役にも立ちそうにないギャルを助けることに心血を注いで
    優先事項を見失うとは…馬鹿な男だ。間違いなくあれで生徒の人心を手放したぞ)


実は、十神は過去に図書室でKAZUYAに言われたことを少し根に持っていた。


十神(何が俺には決定的に欠けている物がある、だ。偉そうな説教をした割に、
    結局貴様とてその他大勢の愚民共と何ら変わらなかったではないか…)

十神(…愚民に期待などした俺が愚かだったと言うことだな)


二階に辿り着くと、十神はいつもどおり図書室に向かう。


100: 2013/12/31(火) 21:52:34.48 ID:tbvGBTIy0

セレス「では、ごきげんよう」

十神「…………フン」


そこで二人は別れ、セレスは三階へと向かった。
誰もいないのを見計らい、そこで始めてセレスは本心からの笑みをこぼす。


セレス(なかなか興味深い物が見れましたわ…!)

セレス(流石は西城先生…あの状況の中、気にかけている生徒が二人もおかしくなったのに
     最後まで冷静さを失いませんでした。やはり、伊達に人生経験を積んでいる訳ではなく、
     わたくしの計画にとって最大の障害となり得る人物のようですわね)


適応――セレスティア・ルーデンベルクが最も好んで使う単語である。

が、彼女はそんなことは本心では全く思っていなかった。そう、彼女はある野望のために一刻も早く
ここから出たいのである。その為、常に脱出に向けて計画を練り、周到に周囲を観察していたのだった。


セレス(次に、霧切さん…彼女は正直謎ですわ。ですが、立ち位置的には先生と近く常に冷静沈着。
     彼女も要注意でしょう。そして言わずと知れた十神君。先程はわたくしと同じ行動を
     取っていました。スタンスが近い分、思考を読まれる可能性もあります)


101: 2013/12/31(火) 22:01:35.99 ID:tbvGBTIy0

セレス(ですが! 先程のやりとりを見て確信しました。あの三人以外でわたくしの邪魔になる
     人材はいらっしゃいません。つまり、あの三人さえ押さえることが出来ればわたくしの
     勝利は確定したも同然。これは大きな収穫ですわね。うふふふ…)


気分的には高笑いでもしたい所だが、それは最後の楽しみにとっておくことにする。


セレス(…それに、西城先生に関しては既に弱点を見つけてしまいましたわ)

セレス(先生は見た目によらず…いえ、医者として考えれば当然ですが非常に慈悲深いお方。
     可愛い可愛い生徒達の様子が気になって仕方がないみたいですわね?)


舞園や桑田に対するモノクマの言葉責めで自分のことのように顔色を変えたKAZUYAの姿を思い出す。


セレス(モノクマによって、舞園さんと桑田君の精神は既にボロボロ。まあ、能天気な桑田君は
     意外と早く持ち直すかもしれませんが、舞園さんはそう簡単には立ち直れないでしょう)

セレス(これで当分は手一杯となるはずです。動機の件で他の生徒も気になるでしょうし。
     わたくし自ら手を下すこと無く済んで、非常にラッキーでしたわね)

セレス(あとは具体的な計画と、それを実行する機会を伺うのみですわ――)


両雄、未だ相雌伏す。


102: 2013/12/31(火) 22:08:06.82 ID:tbvGBTIy0


        ◇     ◇     ◇



そこは無人の教室。室内は酷く荒れ、辺りには大量の古い血痕が散らばっている場所。
密閉されているため、未だに人間の血と脂の臭いが充満しているが、モノクマは気にしない。
監視カメラに向かって、まるで誰かに語りかけるかのように話し始める。


モノクマ「さてこの映像をご覧の皆様、如何でしたでしょうか?」

モノクマ「ほんの1時間前までは仲睦まじく共に学び遊んでいた生徒達が、たった数十分の
      やり取りで心はバラバラに! そう、彼等に絆なんて物はなかったのです。
      あってもそれは、ちょっとの刺激で砕け散る脆い脆い幻想だったのです!」


大仰なアクションをしながらモノクマは演説を始める。


モノクマ「お分かりの通り、僕のターゲットは舞園さんでした。でも、彼女はあくまで本命を
      崩すための誘爆用の爆弾に過ぎません。そう、僕の本命は最初から桑田君だったのです!」

モノクマ「見事、彼は感情の赴くまま先生が今まで気を遣いに遣い築いてきた空気を、
      僕の思惑通り盛大にぶち壊してくれました。結果、生徒達は疑心暗鬼に陥り、
      共に時間を過ごした友人ですら信用出来なくなったのです」


溜息を吐き、肩を落とす演技をするモノクマ。


103: 2013/12/31(火) 22:16:47.24 ID:tbvGBTIy0


モノクマ「さて、今後先生は二つの選択肢を迫られます。一つは、今まで通り舞園さんや
      桑田君と言った、自分が気にかかる生徒を中心に面倒を見る方法」

モノクマ「まあ、ぶっちゃけ依怙贔屓ですよ! 均等に生徒の面倒を見られず信頼関係を
      築けなかったのが今回の騒動の原因でもあるし。一部の生徒の不信を買うのは間違いなし」

モノクマ「もう一つは、先程の二人組…つまり問題を起こした奴らを潔く切り捨ててその他の
      メンバーで結束させること。ぶっちゃけこれが正しいよね! だって、問題を
      起こした方が悪いんだし、ちょっとくらい針の筵でも我慢しろっての!」

モノクマ「…ただこれを選ぶと絶望した二人がどんな行動を取るかわからないけどね。うぷぷぷ」


バッと両手を掲げ、演説は最高潮を迎える。


モノクマ「さて、どちらの選択肢を選んでも一部の生徒を切り捨てることになります! 医者のくせに
      誰かを切り捨てないと残りの生徒を救うことが出来ない。この事実に気が付いた時、
      果たしてKAZUYA先生ことドクターKは耐えられるのでしょうか?!」

モノクマ「今後の展開もワックワクのドッキドキだね!! 以上、モノクマ先生からの解説でした。
      それではCMの後もチャンネルはこのまま! 今後も絶望チャンネルをよろしくね~!」


そしてモノクマの演説は終わった。この映像を見ている人間達は、果たして何を思うのか――


128: 2014/01/02(木) 14:38:45.69 ID:OkMgCwF+0


― 保健室 PM3:02 ―


喧嘩の最中に無理矢理引き離され、桑田の怒りはまだ消えていなかった。


桑田「なんで俺達が逃げなきゃなんねえんだよ!」

K「あの場で揉めるのは逆効果だ! そんなこともわからないのか!!」

桑田「…!」ビクッ


珍しくKAZUYAは本気で怒っていた。KAZUYAが自分達生徒に怒ったのは、あの事件以来だ。
KAZUYAは抱えていた江ノ島をベッドに置き、冷蔵庫からペットボトルを取り出して桑田に渡す。


K「…これを飲んで待っていろ」

桑田「喉なんか渇いてねえよ…!」

K「いいから飲め!」クワッ!


一言怒鳴るとKAZUYAは江ノ島の治療を再開した。
仕方がないので桑田は言われた通り蓋を開けて飲み物を流し込む。


桑田「!!」


129: 2014/01/02(木) 14:42:51.34 ID:OkMgCwF+0

桑田は衝撃を受けた。喉なんて全く渇いてないと思っていたのに、実際はカラカラだった。
当然のことだ。あれ程の怒りと緊張に晒され引っ切り無しに怒鳴っていたのだから。


桑田(喉がカラカラになってるのに気付かねえほど頭に血が上ってたってことかよ…)

桑田(せんせーはこれを俺にわからせるために…)


喉が潤うのに比例するかのごとく、段々と頭が冷えてきた。
そして、自分が取り返しのつかないことをやらかしたと言う事実に気付く。


桑田(せんせーはずっと俺をとめてた…せんせーだけじゃねえ。他のヤツらも…)


霧切、石丸、不二咲、大神。積極的に自分を責めなかったメンバーも自分を諌めていた。
そのくらい目に余っていたということだ。そして自分はその忠告を聞かなかった。


桑田(ヤッベェなんてレベルじゃねえ……)


叱られるならまだ良くて、今度こそ愛想を尽かされるかもしれない。
他の生徒達には今回の件で間違いなく嫌われたはず。そうなったら自分は一人だ。


130: 2014/01/02(木) 14:48:17.76 ID:OkMgCwF+0


桑田(………………どーしよう)


江ノ島の治療をするKAZUYAの後ろ姿を見ながら、桑田の震えは止まらなかった。



        ◇     ◇     ◇



時は少し遡る。


舞園「いや! もう帰ってください!」

苗木「こんな状態の舞園さんをほっておけないよ!」

舞園「余計なお世話だと言っているんです!」

苗木「舞園さん! とにかく落ち着いて!」


舞園の部屋ではもう一つの争いがあった。


131: 2014/01/02(木) 14:56:00.37 ID:OkMgCwF+0

舞園「もう…もういいんです! 私には、関わらないでください…!」

苗木「舞園さんは、僕のために言ってるんだよね? 僕が孤立しないようにって。だったら
    僕も舞園さんのためにここに残る。大丈夫、みんなだって時間が経てばわかって…」

舞園「わかりませんよ…犯罪者の気持ちなんて」

苗木「舞園さん…」


舞園はわかっていた。わかってしまった。
いや、本当は気付いていたのに、ずっと目を逸らしていたのかもしれない。


舞園(私は、醜い……私は醜い!)


別にちやほやされたくてアイドルになった訳ではない。華やかな世界に憧れていた訳でもない。
舞園自身がそうされたように、自分も誰かを元気にしたかったから。自分の笑顔でみんなを
元気にしたいからと、彼女はアイドルになった。夢を目指した動機はどこまでも純粋だった。


舞園(でもそんなの嘘! 私は手に入れた夢を失いたくないだけだった。あの華やかな世界から
    離れたくないだけだった。忘れられたくなかった。みんなに見てもらいたかった…)


132: 2014/01/02(木) 15:03:15.83 ID:OkMgCwF+0

考えればすぐにわかることだ。自分の大好きなアイドルが、罪のない人間を頃したと知って
喜ぶファンがどこにいる。たとえ誰にも知られなかったとしても自分はきっと本心からは
もう笑えない。嘘の笑顔でファンを騙し続けることになるのだ。


舞園(ファンのことを一番大事に考えている? そのために全てを犠牲にしてきた?
    そんなの…全部嘘じゃない! 結局は全部自分のためだった。自己満足だった!)


秘密が公表されるからアイドルに戻れないのではない。元より自分にはその資格がなかったのだ。


舞園(アイドルや芸能界を馬鹿にしたのは桑田君じゃない。私自身だった!)


アイドルという仕事を侮辱したのも汚したのも自分。その事実に気付いた時、舞園は絶望した。


苗木「舞園さん! お願いだから僕の話を…!」


アイドルとしての自分が氏んだなら、残るのは舞園さやかという個人だった。
舞園自身が持っている物とは一体何だろう。


133: 2014/01/02(木) 15:10:38.46 ID:OkMgCwF+0

舞園(私には、何もない…ずっとアイドルとして生きてきたから…)


だがそこにたった一つ、舞園さやか個人としての感情が残っていた。


舞園(苗木君…)


舞園が苗木に好意を持ったのは中学の時、彼等の学校に鶴が迷い込んだのがきっかけだった。
大型の鳥のために教職員も困っていた所、当時飼育委員をしていた苗木が押し付けられ、
見事鶴を逃がしてやったのだ。それから何となく気になって目で追うようになり、
苗木の人の良さや優しさに好感を持つようになった。再会出来た時は本当に嬉しかった。


舞園(でも、私はアイドルと同じように苗木君に対する好意も穢した…)


結局の所、人の命を奪うことの重みを自分は何もわかっていなかった。
裁判については後出しだったものの、殺人犯の汚名を着せられた苗木がどうなるか。
何も考えていなかった。自分が卒業すれば容疑は晴れるからと軽く考えてすらいた。
卒業までどのくらいの期間が必要なのかも考えず、その間ずっと苗木に辛い思いをさせる所だった。


『一人頃すのは平気でも十五人頃すのは駄目なのか?』


十神の言葉が重くのしかかる。


134: 2014/01/02(木) 15:17:42.89 ID:OkMgCwF+0

事件の前、視聴覚室であのDVDを何度も見ていた。自分は桑田が大嫌いだったが桑田の両親から
見れば間違いなく自慢の息子だろうし、そんな彼を自分のエゴで頃すのはどうしても罪悪感があって、
後押しが欲しかった。でも今から考えれば、そんな行動すら自分に対する言い訳であった気がする。


舞園(私は本当は我が儘で自分勝手な人間だった。しかもそれを隠すためにアイドルの
    仕事や努力を盾にして…私なんて、いらない。私みたいな卑怯者は、いらない!)


舞園は苗木に対しずっと好意を持っていたが、はっきりと愛情を感じたのは
事件後に苗木が舞園を庇った時だった。それすらも彼を利用しているように感じられた。


舞園「私は、苗木君の優しさを利用してるんです。私は狡い人間なんですよ! 何でわかって
    くれないんですか?! あなたが優しくする価値なんて私にはないのに!」

苗木「そんなことないよ! 舞園さんだって僕を助けてくれたりしたじゃないか!」

舞園「全部利用してただけです。この監禁生活は本当の私を私に教えてくれたんですよ」


『何があっても…ずっと私の味方でいて…』


今となっては吐き気すらする。苗木はあの言葉に縛られて今も自分の味方でいるのだ。
苗木への愛情が深まれば深まる程、舞園は自分自身を強く憎んだ。

一度暴走を始めた感情は落とし所を見つけずには止まらない。


135: 2014/01/02(木) 15:24:19.40 ID:OkMgCwF+0


          ◇     ◇     ◇



時を同じくして、舞園同様に深い自己嫌悪に苛まれている者がいた。


江ノ島(盾子ちゃん…どうして…)


そう、江ノ島盾子…いや、正確には江ノ島に変装している戦刃むくろだが。


江ノ島(どうしよう…とうとう盾子ちゃんに嫌われちゃった…)


悲しいことに思い当たることは腐るほどある。
妹から残念な姉、即ち残姉と呼ばれてしまう程、彼女はつまらないミスが多かった。


江ノ島(な、何がいけなかったんだろう…こっそり部屋にモデルガン持ってきたの
     バレちゃった? 最近お化粧を手抜きしてたのが悪かったのかな…)


136: 2014/01/02(木) 15:29:14.23 ID:OkMgCwF+0

片っ端から思い当たることを考えていく。強いて原因を一つ挙げるなら、そういう彼女の
気の回らなさ全般と言えるのだが、そこに気が付かないのも彼女が残念だからである。


江ノ島(私が盾子ちゃんの理想のコロシアイ生活の手伝いが出来ていなかったから…?
     でも理想のコロシアイ生活って何だろう。バトルロワイヤルじゃダメなんだよね?)


嫌われた原因を考えていたのに、いつの間にか理想のコロシアイ生活について考えていた。
こうして二十分ほど、KAZUYAに治療をされている時も周囲が内通者騒ぎで揉めに揉めている時も、
箸にも棒にもかからないことを延々と考え続けていた。


江ノ島(いけない。話がズレてきてる。なんで盾子ちゃんに嫌われたかを考えなきゃ。
     …夜食をレーションにしたのがいけなかったのかな。好きじゃないって言ってたし)


散々無駄な堂々巡りの思考を続けていたが、とうとう江ノ島は正解の一端に辿り着く。


江ノ島(レーションといえば…そうだ! 一昨日Kからもらったレーション。おいしそうで
     つい食べちゃったんだった。きっとあれがいけなかったんだ! そうだよね。
     敵からもらったものをほいほい食べるなんて軍人失格だし…)

江ノ島(そもそも、盾子ちゃんからKには近付くなって散々言われてたのに
     それを破っちゃった…そっかぁ、それがいけなかったんだー)


137: 2014/01/02(木) 15:35:50.08 ID:OkMgCwF+0

原因がわかると少しホッとする。後で謝ろう、謝れば許してくれると呑気に考える。


K「…ノ島。おい、江ノ島」

江ノ島「……へ?」

K「終わったぞ」

江ノ島「あ…」


すっかり忘れていた。自分は負傷して仇敵たるKAZUYAに治療を受けていたのだった。


K「しばらくは麻酔が効いているが直に切れる。痛みだしたらこの痛み止めを飲め。
  あと、消毒と傷口の経過を見るために明日も保健室に来い。いいな?」

江ノ島「え、あ…その…」

K「…どうかしたのか?」


江ノ島の脳裏には、妹から言われたKに近付くなという言葉しかなかった。


江ノ島(そもそも、私の完璧な襲撃を受けたのに先生が生きてたりするから盾子ちゃんに
     怒られちゃったんだ! 盾子ちゃんに嫌われたのもさっきの攻撃も全部先生のせい!)


138: 2014/01/02(木) 15:42:17.44 ID:OkMgCwF+0

KAZUYAからしたら余りに理不尽な言い分だったが、江ノ島はキッとKAZUYAを睨む。


江ノ島「…別に手当てしてほしいなんて頼んでない」

K「…江ノ島?」

桑田「ハ?」

江ノ島「余計なことしないでよっ! もうアタシに関わらないで!」


そう叫んで江ノ島は保健室を飛び出して行った。


桑田「…なんだよ、アイツ。あれが命の恩人に対する態度か?」

K「……」


KAZUYAは察しが付いていた。恐らく、自分が仲間に切り捨てられた原因をKAZUYAに
求めたのだろう。だからと言ってその感情をあからさまにするのは明らかに悪手だが。

江ノ島がいなくなったことにより、桑田はKAZUYAと再び向き合うことになった。


144: 2014/01/03(金) 16:34:56.56 ID:/3yNamc30

投下


145: 2014/01/03(金) 16:37:21.95 ID:/3yNamc30

桑田「…………」

K「…………」


KAZUYAは何も言わない。厳しい顔をして無言のまま床を凝視している。
桑田は父親に叱られた子供のように肩を竦め、KAZUYAの出方を伺っていた。


K(……全て、俺の責任だ)


だが、実際の所KAZUYAは全く怒ってなどいなかった。
ただ自分の無力さにうちひしがれ、うなだれていたのだった。


K(桑田は悪くない。元々感情的な奴だし、何分まだ高校生だ。あの状況で怒るなと
  言う方が無理だし、むしろ桑田にしては今日はよく我慢していた方だ)


監禁当初はとにかく気分屋で自分本位な少年だった桑田が、仲間に内通者扱いされても
ギリギリの所で堪え、他人のKAZUYAが内通者扱いされた時に初めて本気で怒っていた。
その姿に確かな成長を感じて、KAZUYAは教師のような親のような気持ちになっていた。

ぼんやりと昨日の出来事を思い出す。


          ◇     ◇     ◇



147: 2014/01/03(金) 16:42:30.94 ID:/3yNamc30


昨夜、KAZUYAは桑田を連れ視聴覚室を訪れていた。この用件だけなら苗木でも良かったのだが、
後で話さなければならないことがあったので今回は桑田に頼んだ。


桑田「視聴覚室に工具なんか持ってきてなにすんだよ?」

K「この部屋に置いてあるパソコン…脱出に使えないかと思ってな」

桑田「え、でもいいのか? ほら…」


桑田は視線で監視カメラを示す。


K「問題ない。バレないように調べるのはどの道無理な話だ。ならば堂々とやるまで」


そう言ってKAZUYAは桑田から工具セットを受け取ると、一番端の監視カメラに映りにくい
パソコンに取り付き机ごと派手に解体し始める。


桑田「…いくらバレてるからって派手にやり過ぎじゃねーの?」

K「実は俺は機械にはそれほど強くなくてな。とりあえず適当にバラしてみたが、
  やはり無駄足だったか。生徒にメカニックでもいれば違ったかもしれんが…」ムゥ


148: 2014/01/03(金) 16:46:57.88 ID:/3yNamc30

言いながら、KAZUYAはカメラの氏角になる場所にメモを出して桑田に見せる。

『俺の狙いはこのパソコンの部品だ。何も収穫がなかった振りをしてくれ』


桑田「…!」


察した桑田はKAZUYAの手元を隠せる位置にさりげなく移動する。
そして当のKAZUYAはパソコンのマザーボードを一式盗みマントの下に隠した。


桑田「なんだよー無駄足かよー。つかせんせーがいじったからこのパソコン壊れたんじゃね?」

K「いくら俺でも解体した物を元に戻すくらいは出来る。問題ないはずだ。…多分」

桑田「多分てなんだよ!」

K「まあそう言うな。それより、折角だから無駄足ついでに風呂でもいかんか?」

桑田「行く行く。さっぱりしよーぜ」


そして二人はそのまま脱衣所に来た。例によってKAZUYAは盗聴器を移動させる。


桑田「で、どうなんだよ。なんに使うんだそれ?」


149: 2014/01/03(金) 16:52:04.98 ID:/3yNamc30

K「図書室に壊れたノートパソコンがあったのを覚えているか? どうやら不二咲はあれを
  修理して脱出に役立ちそうなプログラムを現在極秘に組んでいるとのことだ。ただ、
  何分旧型のパソコンだからな。部品が欲しいと頼まれたのさ」

桑田「ちょ?! マジかよ! スゴくねアイツ?! なんかちょっとずつ脱出の希望が見えてきたな!」

K「まだわからん。あまり期待し過ぎるのも良くないぞ。それに俺が手に入れてきた
  この部品。上手くノートパソコンの物と規格が合えばいいのだが…」

K「とにかく、ここで不二咲と待ち合わせをしているのだが、時間までまだある。
  さっき言った通り、一緒に風呂に入らないか? …大事な話がある」


そう、KAZUYAにとってはむしろこちらが本題だった。


・・・


カポーン。


桑田「で、なんだよ話って?」

K「……」


150: 2014/01/03(金) 16:58:57.39 ID:/3yNamc30

桑田は広い湯舟で伸び伸びと体を伸ばし、リラックスしているようだ。
今なら言っても大丈夫か?とKAZUYAは切り出す。


K「…明日、いよいよ舞園が退院する」

桑田「…ああ、そう。ふーん」


想像通り、桑田の反応は素っ気ない。


桑田「あ、わかったぜ。あれだろ? ケンカ売んなとか、そんな話? 安心しろって!
    俺もちょっとは大人になったからさぁ、なるべく近寄らねえようにするよ。
    視界に入れなきゃだいじょーぶだいじょーぶ。いないものだと思えばいいし!」ハハハ

K「……」


強がりなのか素なのかはよくわからないが、桑田はそう言って笑っている。だがKAZUYAが
これから頼むことは、そこから更に一歩踏み込む…桑田の善意を踏みにじる話だった。


K「桑田、すまん。…その、そうじゃないんだ」

桑田「んー?」


151: 2014/01/03(金) 17:05:25.62 ID:/3yNamc30

K「俺はお前に頼みたいことがある。非常に言いにくい話なのだが。
  ……明日はお前から、舞園に話しかけてやってくれないか?」

桑田「え、ぜってーヤダ」

K「……だろうな」


にべもなく断られた。あの事件の後はなるべく周りのことを考えて話すようにしていた
桑田だったが、思わず昔のように脊髄反射で返事をするくらい嫌だったのだろう。


桑田「マジありえねーし冗談じゃねーし!」バシャッ

K「まあ、気持ちはわかるのだが…俺の話を…」

桑田「ヤダよ、ヤダヤダ! つかなんで俺があの女のためにそこまでやってやんなきゃ
    なんないワケ?! 俺被害者じゃん? アイツ加害者じゃん? まずはアイツから
    俺に詫びの一つでもいれに来させるのがスジってもんでしょ、フツー!」

K「舞園は詫びをすると言っている。だが、俺が頼みたいのはその前のことだ。
  よく聞いてくれ。最初が肝心なんだ。もしここでみんなが舞園を受け入れられないと
  今後もずっとしこりを残すことになる。彼女を孤立させたくないのだ」

桑田「そんなん俺の知ったこっちゃねー! ハブられたってジゴージトクだろ!
    せんせーは被害者の俺の気持ちよりアイツの立場を優先するワケ?!」

K「…………」


152: 2014/01/03(金) 17:11:17.78 ID:/3yNamc30

とめどない不満を垂れ流しながらバタバタと暴れる桑田を見てKAZUYAは
どうしたものかと思案する。ただ、桑田も以前よりは多少成長していたので
KAZUYAの苦い表情に気が付き、多少表現をマイルドにして言い直してきた。


桑田「っつーかムリ。ぜってームリだって! 他ならぬKAZUYAせんせーの頼みだから聞いて
    やりてえのはやまやまだけどさぁ、俺アイツの顔見て冷静でいられる自信ないもん」

桑田「流石に日にちも経ってるから殴りかかる…とかはねーと思うけど、それこそ
    イヤミの一つや二つナチュラルに言っちゃうと思うしさー。俺とアイツは
    しばらく距離取るのがお互いに一番イイんじゃないの?」

K「いや、それでは駄目なのだ! 舞園が戻ってきて生徒達に動揺が生まれるその瞬間、
  恐らくモノクマは第二の攻撃を仕掛けてくる。その時までに少しでも生徒達の結束を
  強めるためには、被害者であるお前が形だけでも舞園と和解するのが一番なんだ」

桑田「…マジかよ。俺、チョー重要人物なワケ?」

K「そうだ。お前にみんなの今後がかかっていると言っても過言ではない」

桑田「…………」


渋い表情をする桑田にKAZUYAは頭を下げた。


K「苦しい、損な役回りだと言うのは百も承知だが頼む。この通りだ」


153: 2014/01/03(金) 17:18:00.48 ID:/3yNamc30

桑田「ちょっ、やめてくれよ! 頭あげてくれって!」

K「少しずつ脱出のための情報が集まって来ているのに、今ここで大きな問題が起これば
  その脱出も厳しくなるかもしれん。俺はもう生徒の手術などしたくはないし、生徒同士の
  殺人事件などはそれこそ真っ平御免なのだ。頼む、引き受けてくれんか?」


ひとしきり悩み、桑田は結論を出した。


桑田「……あー、あれだ。それがみんなのために一番いいんだろ? で、そのみんなには
    当然俺も入ってんだろ? じゃあ、引き受けるしかないじゃん。…勘違いすんなよ!
    自分のためにやるんだからな。みんなのためとか俺のキャラじゃねーし!」

K「嫌な頼みをして本当にすまん」

桑田「…まあ、命の恩人のせんせーにそこまで頼まれちゃ断れねーよなぁ…ハァ」


翌日のことを考えて、桑田は憂鬱げに溜息をついたのだった。

そして次の日、つまり今日の朝、朝食会の準備をしながらKAZUYAは席順について話した。
全員が無理だと主張した。短気な桑田が舞園を襲うのではないかという意見すら出た。
だが、見事桑田は役目を果たし舞園と他の生徒達の橋渡し役になったのだ。

それが、まさかあんなことになってしまうとは……


154: 2014/01/03(金) 17:23:19.98 ID:/3yNamc30


               ◇     ◇     ◇


K「…………」


怒るどころか誉めてやりたいくらいだったが、先程の失言を咎めない訳にはいかない。
その葛藤と、先程の騒動を止められなかった自分の不甲斐なさにKAZUYAは未だ沈黙しているのだった。


K(葉隠達三人にしてもそうだ…)


KAZUYAは葉隠、山田、腐川の三人を思う。今だからこそわかるが、彼等は常に怯えていたのだ。

昨日は葉隠のヤケ酒に付き合わされたが、思えば何故特段親しくもないKAZUYAをわざわざ
誘ったりしたのだろうか。いつも単独行動を取っている葉隠が、誰でもいいから側に
いてほしいと思うくらい内心では深く怯えていたのではないか。


K(思えば葉隠の部分的に未来を見ることが出来るという能力…あいつは今日の事態も
  予見していた。はっきりと内容がわからない分、その恐怖心も人一倍のはずだ)


KAZUYAは昨日葉隠が言っていた言葉を思い出した。


155: 2014/01/03(金) 17:28:29.19 ID:/3yNamc30


葉隠『…ここだけの話だけどよ』グビッ

K『何だ?』

葉隠『実は俺の占い、平均で当たるのは三割だけど、当たり方にちょっとムラがあんだべ』

K『ほう。どのようにだ?』

葉隠『…悪いこと程よく当たんだ』グビッ

K『……』

葉隠『しかもな、自分の悪いことはほぼ確実に当てられるんだが、具体的な内容が
    いっつもわからねえんだべ。だから、わかってはいんのに回避できねぇ』

K『…それではただ不安になるだけだな』

葉隠『まったくだべ! 先生なんとかしてくれ~。ついでに保証人になってほしいべ!』

K『俺が何とかしてやる。…だが、保証人にはならんぞ』


最後はいつも通りおちゃらけていたが、あれも不安の裏返しだったのかもしれない。
俺がもっと真剣に聞いていれば、もっと信頼関係を築けていればとKAZUYAは自責する。


156: 2014/01/03(金) 17:34:12.50 ID:/3yNamc30

K(思えば、葉隠は占い師で山田と腐川は芸術家だ。他の生徒達より感受性も強いはず。
  今まで普通に生活しているように見えても、彼等は内心では怯えていたのだろう)


最初の事件が起こる前、KAZUYAは内通者の嫌疑がかかり彼等とほとんど接触出来なかった。
疑いが晴れ、やっと話す機会も出来たのだが…


K『お前は超高校級の同人作家だそうだが…すまない。同人とは何だ?』

山田『なんと! いまどき同人を知らないとは! もしや、漫画もアニメも見たことがないのでは』

K『…すまない。そういったものは全くわからないのだ』

山田『石丸清多夏殿に続き、この限られた人数で二人もそんな人間に出会うとは!
    オタクはまだまだ少数派だとまざまざと見せつけられたようで些かショックですぞ…』

K『よくわからないが、わからないなりに話は出来よう』

山田『…無理ですよ。だって、コミケやラノベと言っても全くわからないでしょう?』

K『コミケ? ラノベ? フランス語か?』


157: 2014/01/03(金) 17:40:27.15 ID:/3yNamc30

山田『…もういいです。ハァ』スタスタスタ

K『あ……』


まず山田とは住む世界が違い過ぎて会話が成り立たなかった。次に腐川だが…


腐川『…な、なに? 急に話しかけてきてなんなのよ?!』

K『君は超高校級の文学少女らしいな』

腐川『…だから、なに? ば、馬鹿にしにきたの? そうよ、そうなんでしょ…!
    ブスのくせに恋愛小説なんか書いてって…そ、そうに決まってるわ…!』

K『そんなつもりは…高校生なのに大したものではないか』

腐川『こ、高校生でろくに人生経験ないくせに、なにが恋愛だ…そう言いにきたんでしょ…
   どうせ…どうせ、あんなの全部アタシの妄想よ! わ、悪い…?!』

K『悪くなどない。…君は、もう少し自分に自信を持った方が…』

腐川『キィィィ! どうせアタシなんて! アタシなんてぇぇぇ!』バタバタバタ

K『お、おい! 腐川! ……フゥ』


腐川の強烈な自虐心と被害妄想が邪魔をして、結局その後も余り会話がなかった。


158: 2014/01/03(金) 17:46:36.24 ID:/3yNamc30

K(だがそんなものはつまらん言い訳だ。苗木を見ろ。あれだけ気難しい面子を
  相手取りながら、全員とそれなりに上手く付き合えているではないか)

K(俺はこの場では生徒達の保護者も同然なのに、無意識に付き合いづらい生徒を避け、
   信頼関係の構築を怠り、その結果があのザマだ。俺以外の誰に責任があると言うんだ!)

桑田「…………ゴメン」


消え入りそうな声が聞こえた。目をやると、桑田が不安げな顔をしてこちらを見ている。
どうやら、KAZUYAの怒り顔を自分に対してのものだと思ったらしい。


K「…お前は悪くないさ」

桑田「でもさ…俺、取り返しのつかないことしちまった…俺のせいで…」

K「全て俺が悪いんだ」

桑田「えっ?! …な、なんでだよ! せんせーはなにも悪くねえじゃねーかっ!」

K「大人と子供では責任が違う。あの場を収められなかったこと、混乱する生徒達を
  恐怖心から救えなかったこと、その全ての責任は俺にある」


159: 2014/01/03(金) 17:51:52.51 ID:/3yNamc30

桑田「ちげーよっ! だいたいアイツらが…!」

K「葉隠達のことを悪く言うんじゃない! 彼等はただ怯えていただけだ!」

桑田「……でもよ!」

K「考えてみろ。あの短時間で、あれだけたくさんの恐ろしいことを吹き込まれ、
  実際に目の前で人が氏にかけた。あんな状態で冷静でいられる訳がなかろう」

桑田「……」

K「俺がもっと上手く立ち回るべきだった。全員が冷静になれるまでお前を
  引き離すべきだったし、すぐさま生徒達をあの場から解散させるべきだった」

K「全ては俺の判断ミスだ。結果、無用な諍いを呼び生徒達の間に禍根を遺してしまった…」


苦々しげに語るKAZUYAを桑田は黙って見ていた。誰かに…それこそこの事件の首謀者である
モノクマのせいにでもしてしまえば楽なのに、KAZUYAは誰のせいにもせずただ自分の責任を
淡々と論じていた。大人とはこういうものなのかと、その姿は強く印象に残った。


K「…お前にも彼等にも、嫌な思いをさせてしまったな。すまない」


160: 2014/01/03(金) 17:58:08.70 ID:/3yNamc30

桑田「っんで…なんでせんせーがあやまんだよ! 全部…モノクマがわりーんだろうが!」


悔しかった。あの場を最悪の状態にしたのは紛れもなく自分なのに、恩人のKAZUYAに
謝らせてしまったこと、そして全て自分のせいだとは言えずモノクマのせいにして
逃げる自分の幼さがたまらなく悔しかった。


K「そうだな。あの場の責任は俺にあるが、全ての原因はモノクマこと黒幕だ。
  反省は必要だがいつまでも引きずっていても仕方ない。今後の方針を考えよう」

桑田「…………」

K「とりあえず桑田、お前は今後誰に何を言われても絶対に相手をするな。
  たとえ人頃し呼ばわりされても、白い目で見られ避けられても黙って耐えろ」

K「残念だが、お前が殺人未遂を行ってしまったのは動かしようのない事実だ。
  お前が何かするだけで、また先程のような騒ぎに発展する可能性がある」

桑田「……!」

K「特に、お前がさっき言ってしまった発言。あれがここでは最悪の言葉だというのは
  お前もわかっているな? …ほとぼりが冷めるまで孤立することも覚悟して欲しい。
  苗木には後で俺から話しておくから、最低限のフォローはしてもらえるはずだ」

桑田「…………」


161: 2014/01/03(金) 18:08:28.00 ID:/3yNamc30

K「不安か?」

桑田「当たり前だろ…さっきまではみんなで楽しくワイワイやってたのにさ…」


桑田の不安を消し去るように、KAZUYAは拳を突き出した。


K「安心しろ! 俺は何があってもお前達生徒の味方だ!! お前も、舞園も、
  葉隠も、山田も、腐川も、他の全員もだ!! お前達が苦しい時、辛い時、
  俺が支えてやるし助けてやる! 何があってもだ! それを絶対に忘れるな!」

桑田「……は、はは。ほんと、せんせーって熱いキャラだよな」


KAZUYAの熱い宣言に、その日やっと桑田は本心から笑えたのだった。

コンコン

その時、誰かが保健室の扉をノックした。


162: 2014/01/03(金) 18:15:20.05 ID:/3yNamc30

ここまで。ダンガンSS読んでたら今日は桑田の誕生日だって言うカキコミを見たので、
前スレの方にオマケも投下しておきました。奇しくも今日は桑田メイン回でしたね


>>140
>「馬鹿な子ほどかわいい」

これはほぼ間違いないですね。KAZUYAがやたら桑田を構うのは心配だからでしょう
ちなみに苗木君と舞園さんの件ですが…ドクターKはマガジンの漫画とは思えないくらい
サービスシーンも恋愛シーンも全くない超健全漫画なので、このSSも健全で行きます。あしからず


172: 2014/01/05(日) 00:18:06.66 ID:cSQ3t67s0


― プール PM3:28 ―


朝日奈「……ハァー」


全力でプールを何往復もしていた朝日奈葵は、溜息を吐きながらプールサイドに腰掛ける。


朝日奈「思い切り体を動かしたら、少しはスッキリするかと思ったんだけどなー…」


朝日奈の頭の中にあったのは、勿論先程の衝撃的な出来事の数々である。考えることが
あまり得意ではない彼女は、短時間に多くの出来事が起こりすぎてすっかり混乱していた。
そこで少しでも頭を整理するために運動をしていたのだ。


朝日奈(えーっと、こういう時は順を追って考えろっていうよね。まず最初に…)


今日起こったことを順番に思い返していく。


朝日奈(最初は朝食会。舞園ちゃんが退院するって言うから、私達はちょっと緊張してた。
     しかも先生が桑田の席を舞園ちゃんの向かいにするとかいうからビックリして…)

朝日奈(…でも、あいつ我慢してたよね。先生が先にキツく言ったんだろうけど)


それから、授業を行ったり娯楽室でみんなで遊んだりした。


173: 2014/01/05(日) 00:20:22.17 ID:cSQ3t67s0


朝日奈(あの時は楽しかったのになぁー。…なのに、どうしてあんなことになっちゃったんだろ)


体育館に呼び出されて、動機を配られた。そして、モノクマが学級裁判について説明した。


朝日奈(…そうだ。あのあたりからおかしくなったんだ。舞園ちゃんのせいで、私達みんなが
     氏ぬ所だったって言われて、みんなが怒って…次に江ノ島ちゃんが怪我したんだ)


血まみれの江ノ島を思い出して、朝日奈はやや血の気が引く。頭を振って、無理やり追い出した。


朝日奈(モノクマのやつ、許せない…なにも悪くない江ノ島ちゃんにあんな怪我をさせて!
     …それでその後、モノクマが舞園ちゃんと桑田のことを悪く言い出して…)


モノクマに対しての怒りは抱いたが、舞園と桑田を素直に許せない自分もそこにはいた。


朝日奈(舞園ちゃんが、DVD見てすっごい取り乱してたのは私も知ってる。確かに怖いよ…
     でも、だからと言って人を頃すのは…桑田にだって人生はあるんだからさ)

朝日奈(ああ、でもその桑田も口封じに先生を殺そうとしてたんだっけ。ほんっとに最低。
     …でも、その話を聞いても先生はちっとも怒ってなんかいなかった。どうして…?)


174: 2014/01/05(日) 00:22:18.79 ID:cSQ3t67s0

朝日奈(もしかして、先生は知ってた? でも、知ってたならなんであいつと仲良く出来たの?
     内通者だから? でも内通者同士なら味方だから口封じなんて必要ないし…)


疑問が頭の中をグルグルと駆けまわる。朝日奈の記憶の中では、確かに彼らは仲が良く映っていた。
朝日奈だけではないだろう。だからこそ、桑田のKAZUYA殺害未遂はあれほどの混乱を引き起こしたのだ。


朝日奈(まあいいや。KAZUYA先生は大人だからきっと心が広いんだよね。そうだよ、うん)


ある意味正解とも言える答えを本能的に捻り出して、朝日奈は次に起こったことを考える。


朝日奈(最後は、そうだ。内通者…)


悪夢のような内通者宣告。これにより自分達の結束はズタズタに引き裂かれたのだ。
今も、生徒達はお互いを疑い合っている。そしてその中には自分も入っていた。


朝日奈(内通者なんて本当にいるのかな…モノクマの言った嘘かもしれないし、でももしいたら…)

朝日奈(先生は…さすがにないよね。怪我した舞園ちゃんを助けたり、応急処置の授業してたもん。
     でも、葉隠達が言ってたように舞園ちゃんや桑田はどうだろ…それに、逆かもしれない。
     もしかしたら二人を陥れようと葉隠達が嘘を言ってる可能性もあるし…でも…)

大神「朝日奈。やはりここにいたか」


175: 2014/01/05(日) 00:25:48.91 ID:cSQ3t67s0

朝日奈「さくらちゃん!」


考えこむ朝日奈に声を掛けたのは、彼女の大親友・大神さくらだった。


朝日奈「うん、ちょっと頭がこんがらがっちゃったから運動でもすればスッキリするかなーって」

大神「そうか」

朝日奈「…………」

大神「…………」

朝日奈「ねえ、さくらちゃん」

大神「何だ、朝日奈よ」

朝日奈「さくらちゃんは本当に内通者なんていると思う?」

大神「!」


答えに窮す。それは大神自身が答えを出していないからではない。では何故か。それは…


大神(もし朝日奈が知ったらどう思うであろうな。我が他ならぬその『内通者』であると――)


176: 2014/01/05(日) 00:30:11.99 ID:cSQ3t67s0


モノクマが生徒達に仕込んだ内通者は、偽の江ノ島盾子だけではなかった。
そう、大神さくらも黒幕の息のかかった内通者だったのである。

ただ江ノ島と少し違うのは、彼女の場合人質を取られているという逼迫した事情があった。


大神(我らは武に生きる者。負けて氏すのは致し方ない。ずっとそう思ってきた。
    …だが、実際に人質に取られた道場の者達を目の当たりにして、我は揺らいだ)

大神(気が付けば、我はモノクマの要求に頷いていた。要求の内容は、もし我らの間に
    事件が起こらずそのまま膠着状態に陥った時、我が誰かを頃すこと……)

大神(許されない裏切りだ。だが、我にも守る者があるのだ。どうか、許して欲しい)


そう思いつつも、大神は朝日奈の顔を見る度に堅いはずの決意が揺らぐのを感じていた。
他の生徒達に対する後ろめたさとはまた違う、心の奥底からの衝動だった。


大神(本当に今のままで良いのか…? 皆を、朝日奈を騙して……)


自問するが、まだ答えは出せない。


177: 2014/01/05(日) 00:34:21.34 ID:cSQ3t67s0


大神「…………」

朝日奈「ごめんね、さくらちゃん。いやなこと聞いちゃったね…」


大神の沈黙を、仲間を疑うことの後ろ暗さだと思った朝日奈は質問を打ち切る。


朝日奈「あ~! 考えこむとか慣れないことするから疲れちゃった! ね、食堂行こうよ。
     こんな時には甘いもの甘いもの。ドーナツ食べれば元気になれるし!」

大神「ウム、そうだな…」


二人は食堂へ向かう。そこには意外な先客がいた。


朝日奈「あっれー。あんたそんなところでなにしてんの?」

石丸「おお、朝日奈君に大神君か」


食堂には、難しい顔をして何かの器具と布を持った石丸がいた。


178: 2014/01/05(日) 00:38:16.03 ID:cSQ3t67s0

石丸「またドーナツかね? オヤツもいいが、甘いものの摂り過ぎは体に毒だぞ! 控えたまえ」

朝日奈「よけいなお世話だよ! ドーナツは世界を救うの!」

大神「ここで何をしているのだ、石丸よ」

石丸「ウム、これは西城先生から出された課題だ」

朝日奈「あ、それ私が貸してあげた裁縫セットだね。縫い物をするって言ってなかった?」

石丸「だから、しているだろう」

朝日奈「…なにそれ。なんで直接手で持たないの? 針」

石丸「僕は不器用だからな。手先の細やかなコントロールを学ぶため、器具を介して縫っているのだ」

朝日奈「ふーん。ま、いいや。せっかくだから一緒にお茶しない? ずっとコンを詰めるのは良くないよ」

石丸「そうだな。少し休憩するか。同席させてもらおう」


そして、調理場から紅茶を持ってくると朝日奈は倉庫から持ってきたドーナツの箱を開ける。


179: 2014/01/05(日) 00:44:03.53 ID:cSQ3t67s0

朝日奈「いい匂~い! ドーナツドーナツ!」

石丸「ハッハッハッ、朝日奈君は本当にドーナツが好きなのだな」

大神「ところで石丸よ、何故こんな所で課題をしていたのだ? いつもなら部屋でしているだろう」

石丸「……そのことか」


途端に石丸の顔は少し暗くなった。


石丸「最初は部屋でしていたのだがな。なんとなく、人寂しくなってしまってここに来てしまった」

朝日奈「それって、やっぱりさっきのアレのせい…?」


朝日奈が先程の騒動を示すと、石丸は赤い目をカッと開いて熱く叫びだす。
その瞳には狂気的とも言える光が煌々と宿り燃えたぎっていた。


石丸「僕らの中に内通者などいる訳がないのだ! 裏切り者なんていない! 僕達は共に
    ここから脱出を目指す仲間だろう? 何故みんなわかってくれないのだっ?!」

朝日奈・大神「…………」


180: 2014/01/05(日) 00:48:21.27 ID:cSQ3t67s0

石丸「君達も内通者はいると思っているのか? もしや、僕のことも心の中では内通者だと…?!」

朝日奈「そ、そんなことないって! あんたみたいなバカ正直なやつが内通者なワケないじゃん!」

大神「…そうだ。お主のような人間が内通者だとは到底思えぬ」

石丸「そうか…そう言ってもらえると、助かる…」

大神「…………」

朝日奈(石丸は内通者なんていないと思ってる。それとも、そう思い込みたいだけ?
     私は…私はどうなんだろう? うう、よくわかんないよぉ…)

朝日奈「ああ、もう! あんたのせいでシンキ臭くなっちゃったじゃん! ほら、あんたも
     ドーナツ食べて食べて! おいしいもの食べれば、少しは元気も出るからさ!」

石丸「……すまない。そうだな。僕は悪いように考えすぎていたようだ」


どうにか話を逸らそうと朝日奈は机の上に視線を回し、石丸の持針器が目についた。


朝日奈「そういえばさ! あんたのその課題、なんのための課題なの? なんか最近よく保健室に
     通ってるみたいだしさ、先生からなにか特別授業とか受けてたりするの?」


181: 2014/01/05(日) 00:53:27.15 ID:cSQ3t67s0

石丸「よくぞ聞いてくれた。実はだな…!」


石丸はここで見つけた夢を得意げに話し出す。こんな場所でも将来を見定め、黙々と努力を積み重ねる
その姿勢に朝日奈と大神は好感を持った。この二人も夢のために日夜特訓をしているからだ。


朝日奈「へえー、医者になって諸国放浪してその後は政治家か~。ロマンあるじゃん!」

大神「ウム、大した夢ではないか」

石丸「ありがとう」

朝日奈「将来は総理大臣になるの?」

石丸「ハハハ、まだわからないさ。だが、政治家を目指す以上は考えているつもりだ」

朝日奈「よっ、石丸総理! 総理になったら私を料亭に誘ってよ! 税金で私腹を肥やして
     いいモノたーくさん食べて、越後屋お主も悪よのうみたいな?」

石丸「な、何を言っているのだね君は?! この僕がそんなことをするはずないだろうっ!」

朝日奈「ちょっと冗談だって~。そんな本気にならないでよ!」

石丸「僕が政治家になったら税金の無駄遣いは徹底的になくすぞ! 汚職や癒着は厳しく取り締まるし、
    国民のために清く正しい政治を行う! そして頑張る人々が報われる美しい社会を作るのだ!」

大神「お主なら出来るやもしれんな」


182: 2014/01/05(日) 00:57:27.45 ID:cSQ3t67s0


熱っぽく夢を語っていた石丸だが、ふと二人の顔を見て止まる。


石丸「…そう言えば、僕の話ばかりしてしまったな。良かったら君達の夢も聞かせてくれないか?」

大神「夢? 夢か…」


大神は口ごもった。彼女には昔から夢がある。ライバルであり想い人でもある地上最強の男を倒し、
名実ともに世界最強になるという夢が。…だが、その夢はもはや叶わぬものとなっていた。
内通者となった時、彼女は罪のない人間を頃すという宿命が出来てしまった。もしここから無事に
出ることが出来たとしても、そんな薄汚れた自分が地上最強の座を背負うには相応しくない。


朝日奈「将来のことはまだ決めてないけど、とりあえず私はオリンピックだよ!」

石丸「おお、オリンピックか! 狙うは金メダルだな?」

朝日奈「もっちろん! 目指すは金! バカでも金! だよ!」

石丸「君は暇さえあればいつも泳いでいる努力家だからな。是非とも応援させてくれ!」

朝日奈「ありがと。あんたもガンバんなよ~」

石丸「それで、大神君は?」

大神「我か? 我は…」


183: 2014/01/05(日) 01:03:32.16 ID:cSQ3t67s0


答えられない。
彼らは真剣に将来の夢について語っているのに、自分がそれを言う資格はあるのだろうか。


朝日奈「さくらちゃんは世界一の格闘家だよ!」

石丸「大神君らしいな」

大神「ム……ああ」

石丸「こんな場所では満足なトレーニングも出来ず、さぞかしストレスも溜まるだろう?」

大神「そうだな…」

石丸「だが、共に出来ることを見つけて頑張ろうではないか。手合わせなら先生に頼めばどうだろう?」

大神「西城殿か。前に頼んだ時は逃げられてしまったのだがな。自分は医者が本業だからと」

石丸「僕からも頼んでおこう! 努力したいのに出来ない辛さは僕もよくわかるからな!」

大神「……恩に着る」

石丸「なに、僕は風紀委員だ! みんなのためならば僕は僕の貴重な時間をいくら割いても
    苦ではないのだよ。他にも、何か手伝えそうなことがあったら何でも言ってくれたまえ」


そう言って笑う石丸を見て、朝日奈はふと違和感を覚えた。なんだかいつもの笑い方と違うような…
朝日奈は頭を使うのは苦手だが、アスリートとして直感の鋭さにはそれなりに自信があった。


184: 2014/01/05(日) 01:09:04.10 ID:cSQ3t67s0


朝日奈「……あんたさぁ、もしかしてムリしてない?」

石丸「無理? 僕が無理だと?」

朝日奈「だってさ、誰かに会うたびに調子はどうか?とかなにか手伝おうとかそればっかり。
     別に風紀委員っていってもこんな状況だし、あんたばっかりムリしなくていいんだよ?」

石丸「…しかし、僕にはそれしか出来ないのだ。出来る事がないことほどもどかしいものはない。
    さっきだって、そうだ。君達も僕の無様な姿を見ていただろう?」

朝日奈「別に、なにもおかしなことなんてなかったけど…」

石丸「僕に医術の心得があれば、僕が江ノ島君の処置をして先生はみんなをなだめられたのだ…」

朝日奈・大神「…!」

石丸「僕はただ見ているだけしか出来なかった。しかも、僕自身モノクマの妄言に惑わされてしまって
    苦しむ舞園君や桑田君を支えることも、混乱するみんなをまとめあげることも出来ずに…」

石丸「結果、みんなの心はバラバラになってしまった…僕は超高校級の風紀委員と呼ばれながら、
    あの場で何もすることが出来なかったのだ! こんな馬鹿げたことがあるか…!!」

朝日奈「石丸、あんた…」


185: 2014/01/05(日) 01:15:24.51 ID:cSQ3t67s0

石丸「僕は、悔しい…あんな奴の目論見通りにしか動けない自分自身が…たまらなく悔しいのだ」

大神「……ならば、悔いのないよう動けば良い」

朝日奈「さくらちゃん?」

石丸「大神君?」

大神「お主は、自分に出来ることを探しそれを行おうとしているのだろう? なればこそ、
    氏力を尽くしてでもそれを探し求めるが良い。そして力の限りそれを行うが良い」

石丸「大神君……そうだ。君の言う通りだ。僕はその言葉を待っていたのかもしれない」

大神「良い顔になったな。お主はいつも一生懸命なのが似合っている」

石丸「ありがとう! そうと決まれば、こんな所で油を売っている暇はない!
    僕は行く! 後悔のないように今自分に出来ることをし続けるぞっ!!」

大神「ウム、行くが良い」

朝日奈「あんまムリしないでよ! 疲れたならいつでも休みにきていいんだし、
     ドーナツ食べながらグチとか言うといいよ。聞いてあげるからさっ!」


186: 2014/01/05(日) 01:23:10.20 ID:cSQ3t67s0

石丸「ああ、その時は是非頼もう。それでは、石丸清多夏行って参る!」


さっと荷物をまとめ、靴音高らかに石丸は走り去っていった。
頼もしいその後ろ姿を、朝日奈と大神は見送る。


朝日奈「まーったくあわただしいヤツ。でも、アイツは元気な方が合ってるかもね。
     それにしても、さっすがさくらちゃんだなぁ。いいこと言うね!」

大神「我は、あやつの背中を押しただけだ。迷っているように見えたのでな」

大神(だが、違うのかもしれぬ……内通者としては皆がバラバラになっている方が
    都合が良いに決まっている。つまり、本当に迷っているのは……我)


懊悩を隣にいる親友に悟られないよう、大神は静かに紅茶を口に運んだ。


195: 2014/01/06(月) 00:56:00.59 ID:vuVw86xo0

― 保健室 PM3:31 ―


霧切「…お邪魔だったかしら?」


ノックの後、保健室に入ってきたのは霧切だった。意外な来客に思わずKAZUYAと桑田は顔を見合わせる。


K「ム? 霧切か。どうかしたのか?」

霧切「…廊下で江ノ島さんを見かけたから、治療は終わったのかと思って」

K「何の用だ? 何かあったのだろう?」

霧切「いえ…特に用事はないのだけれど」

桑田「…用もないのに、なんで来たんだよ」

霧切「…………」


霧切にしては珍しく歯切れが悪かった。だが、その様子を見てKAZUYAはピンと来る。


196: 2014/01/06(月) 01:03:03.18 ID:vuVw86xo0


K「そうか。心配して様子を見に来てくれたのだな?」

桑田「心配~? 心配してるって顔かぁ? だいたいいつもクールな霧切が心配とかすんの?」

K「おい、こら…!」


やっと調子が戻って気が抜けたのか、桑田がまた昔のように放言をする。


霧切「…あら、私が心配をしてはいけないのかしら。桑田君」

桑田「いや、別に悪いってワケじゃねーけど」

霧切「そもそも、私はあなたのことなんて全く心配していないわ。あなたみたいな手のかかる
    生徒の面倒を見る羽目になって苦労しているドクターを心配して来たのよ」


眉をひそめトゲのある言い方をする霧切を見て、KAZUYAは内心頭を抱えていた。


K「謝れ、桑田。口ではああ言っているが、彼女はお前を心配して来てくれたのだぞ?」


197: 2014/01/06(月) 01:10:41.94 ID:vuVw86xo0

桑田「えー、マジで?! なんでなんで? 俺に気でもあんの??」

K「お前は馬鹿か!」スパーン!

桑田「痛てっ」


余りに無神経な桑田の頭を軽くはたくと、KAZUYAが代わりに非礼を詫びる。


K「すまないな…後できつく言っておくから許してくれ」

霧切「…苦労されてるみたいね」

K「まあな」

桑田「悪かったって! 本気で驚いたんだよ! なんつーか、ちょっと意外だったからさ」

K「意外か? 霧切は確かにあまり感情を表に出さないからわかりづらいが、普段からとても
  気配りが出来て思いやりのある優しい女生徒だぞ? 俺も非常に頼りにしている」

霧切「……」


KAZUYAに面と向かってベタ誉めをされ、霧切が僅かに赤面して俯く。それを桑田は微妙な顔で見ていた。


198: 2014/01/06(月) 01:16:01.42 ID:vuVw86xo0

桑田「なあ、せんせー…今の発言って、計算?」

K「は? お前は一体何を言っているんだ?」

桑田「…ああ、そうか。こういうのがモテるんだな。参考にしねーと」

K「何をブツブツ言っている」

桑田「いや、せんせーってジゴロの才能あるよなぁって」

K「…今度はグーで殴るぞ」

桑田「ちょっ、マジ勘弁だって!」


そうやって騒ぐ二人の姿を見て、霧切はフゥと息を吐く。


霧切「そうね、ドクターがいるんですもの。無用な心配だったかもしれないわね」


そう言って踵を返した霧切をKAZUYAは呼び止めた。


199: 2014/01/06(月) 01:26:01.16 ID:vuVw86xo0

K「待ってくれ、霧切。頼みたいことがあるんだが」

霧切「…何かしら?」

K「特別なことはしなくていい。ただ…こいつのことを少し見てやってくれないか?」

霧切「…………」

桑田「え? なになに? なんだよ」

K「動機に加え、先程の騒ぎのせいで今生徒達の精神は不安定になっている。
  つまり、残念だがしばらくは事件が発生しやすいということだ」

K「事件が起こった時、犯人が追及から逃れるためには舞園がやったように
  身代わりを用意するのが一番手っ取り早いだろう。そして…」

霧切「…ドクターは舞園さんや桑田君がその身代わり役に選ばれると思っているのね?」

K「ああ。前科があるし、何より先程周囲と揉めている。犯人役にはピッタリだろう。
  …あまり生徒を疑うような真似はしたくないのだがな」

霧切「楽観的に考えて何も対策を取らないよりは私は現実的でいいと思います」

桑田「え、ちょっとマジかよ…今の俺って疑われたら一発アウトじゃん」


200: 2014/01/06(月) 01:29:42.50 ID:vuVw86xo0

K「そうだ。だから俺は霧切に頼んだのだ。お前もしばらくは辛いだろうが、
  出来るだけ一人にならないようなるべく人のいる所に顔を出せ」

桑田「…アリバイ作りってワケか」

K「なんなら夜は苗木の部屋に泊まりに行ってもいいかもしれんな」

桑田「いやー、女の子なら大歓迎だけど男の部屋はちょっとイヤ~みたいな?」

K「お前という奴は…」


危機感があるのかないのかわからない態度にKAZUYAは溜息を吐く。


K「とにかく、この暴れ馬を御せるのは常に冷静な霧切くらいだろう。俺がずっと
  見てやれれば一番良いのだが、今は他の生徒達が心配だ。頼まれてはくれんか?」

霧切「通常ならまずお断りしたい依頼だけれど、ドクターには借りがあるから…
    いいわ。お引き受けしましょう。どんな暴れ馬でも私が乗りこなしてみせるわ」

桑田「俺、馬扱いかよ…」


201: 2014/01/06(月) 01:35:04.76 ID:vuVw86xo0

K「丁度いいだろう」

霧切「あら、馬が嫌なら鹿でもいいわよ?」フフ

桑田「おいそりゃ、遠回しに“馬鹿”って言ってねえか?!」

K「プ、ククク。…なかなか上手いことを言うな、霧切」


珍しくKAZUYAが笑いをこらえ、霧切も自信満々に含み笑いをする。


桑田「もうやだ、この鉄面皮コンビ…」


桑田が嘆いていると、本日二度目の来客が現れた。

コンコン……ガチャ

控え目なノックを鳴らし、少し間を空けてから恐る恐る中を覗いたのは…


202: 2014/01/06(月) 01:38:56.06 ID:vuVw86xo0

桑田「あっれー、不二咲じゃん?」


おどおどと入り口から中の様子を確認しているのは不二咲だった。桑田を見つけ
一瞬怯えた顔をするが、既に桑田がいつもの様子を取り戻していることを確認し中へ入る。


不二咲「あれ、霧切さん…?」

霧切「……」

K「ああ、霧切は桑田の様子を心配して見に来てくれたのだ」

桑田「もしかして、不二咲も?! やっべー、俺ってチョーモテモテじゃん!」

K「調子に乗るな、馬鹿者」

不二咲「あ、その、桑田君のことも確かに心配だったけど…あ、あの…西城先生」

K「どうした?」

不二咲「あの、その…」チラ

霧切「…行きましょう、桑田君」

桑田「え、なんで?」


203: 2014/01/06(月) 01:44:32.25 ID:vuVw86xo0

霧切「見てわからないのかしら? 不二咲さんはドクターに何か相談があるのよ」

桑田「そーなのか?」

不二咲「う、うん…ごめんねぇ、二人とも…」

桑田「そっか。じゃ、また後でなー」


そう言って桑田と霧切は保健室を出て行く。


K「相談か。…先程の動機についてだな?」

不二咲「は、はい…」

K「…俺でいいのか?」

不二咲「はい。え? な、何でですか?」

K「相談する、ということは俺を信頼して自分の秘密を明かすということだろう?
  …先程の騒動でわかったと思うが、俺は君達が思っている程頼りにはならん。
  相談されても内容によっては手も足も出せないかもしれん。それでも構わないか?」

不二咲「頼りにならないなんて…そんなことないです!」


204: 2014/01/06(月) 01:52:30.13 ID:vuVw86xo0

K「不二咲…?」


いつもおどおどして遠慮がちな不二咲が、珍しく熱っぽく語り出した。


不二咲「だって、だって先生は今だって桑田君を救ったのに…!さっきはあんなに絶望して
     凶暴になってた桑田君が、今はすっかり元通りになってた…それは先生の
     おかげでしょう? 舞園さんだってさっきまでは確かに楽しそうにしてたし…」

不二咲「みんなが喧嘩しちゃったのは仕方ないよぉ。だって、急に色んなことを
     言われて凄く怖かったし…それは、先生のせいなんかじゃないです」

不二咲「西城先生は、最初から最後まで僕達を落ち着かせようと頑張っていました。
     今は混乱してるけど…冷静になったらきっとみんなもわかってくれます…!」

K「不二咲…不二咲は俺達を内通者だとは思わないんだな?」

不二咲「ありえないです! だって、だって先生は……僕の憧れの人だし」

K「…不二咲?」

不二咲「あ、言っちゃった…」


不二咲は恥ずかしげに赤面した。あれだけモノクマが場を掻き乱したにも関わらず、
未だに自分達を信じてくれる者がいる。KAZUYAは、やっと肩の荷が降りたように感じた。


205: 2014/01/06(月) 02:00:04.28 ID:vuVw86xo0

K(残念ながら俺には苗木のような高いコミュニケーション能力はない。
  気を回しているつもりだが、自分が思っている程は気も利かないかもしれん)

K(…だが、急がなくても良いのだ。一人ずつ確実に信頼関係を築くこと。
  何があっても揺るがない絆を作ること。それこそが今は最も大事なのだ)


今はまだ心の遠い生徒達がいる。けれど、時間があればいつかきっと信頼関係を結べるはずだ。
事件を起こさないことにのみ今は注力すべき。そう腹を括りKAZUYAは不二咲に向き直る。


K「それで、相談とは何だ? 俺で良ければ、可能な限り協力しよう」

不二咲「あのね、その、凄く…言いづらいんですけど…」

K「無理をしなくてもいいぞ。覚悟が出来たら言えばいい」

不二咲「ううん。西城先生には言うって決めてるから…その…」





不二咲「僕……本当は男の子なんだぁ」


206: 2014/01/06(月) 02:07:18.85 ID:vuVw86xo0


















K「……………………えっ」


KAZUYAが十数年振りに素を出した瞬間だった。


220: 2014/01/10(金) 23:41:25.43 ID:h/fLxiZY0

K「すまん。よく聞こえなかった。もう一度言ってくれないか?」

不二咲「僕…女の子の格好をしてるけど、本当は男なんです」

K「…………」


いやいやいやいや、小学生ならまだわかるがこれで男子高校生だと? そんな馬鹿な。

流石のKAZUYAも呻く。不二咲はそんな笑えない冗談を言う子ではない。
しかも、今は事態が事態なのだ。真剣な相談なのだろう。だからこそ困る。


K「嘘を言っているとは思わんが、念のため確認させてくれないか?」

不二咲「ふぇっ?! …あ、うん。そうだよね。いきなりこんなこと言われても
     信じられないもんね。先生はお医者さんなんだし、先生になら見せても…」

K「いや、違う! 脱げと言っているのではない!」


いきなりスカートを捲ろうとした不二咲を、KAZUYAは冷や汗を流しながら制止する。


K「…例えば、電子生徒手帳で性別がわかるはずだ」

不二咲「あ、そうだった。はやとちりしちゃって僕って恥ずかしい…」


赤面してモジモジとする不二咲の姿はどこをどう見ても可憐な少女にしか見えない。
受け取った電子生徒手帳を見ながらKAZUYAの胸中は複雑だった。


221: 2014/01/10(金) 23:44:57.85 ID:h/fLxiZY0

K「それで、何故隠していたんだ?」

不二咲「実は……」


不二咲の話を聞いてKAZUYAは何とも言えない気持ちになった。
性別を隠すのはどうかと思うが、そこに至るまでの苦悩を考えると一概に悪くは言えない。


K「辛かったな…」

不二咲「ううん、僕はただ嫌なことから逃げてただけだから…」

K「何故、俺に打ち明けようと思った?」

不二咲「西城先生は僕の憧れなんです。強くて、男らしくて、頼りになって、優しくて…」

K「そうか」

不二咲「いつも冷静で落ち着いてて、頭も良くて、何でも知ってて、手術も出来るし…!」

K「う、うむ」

不二咲「背が大っきくて、筋肉も凄くて、普段はクールだけど温かくて、それから…!」

K「い、いやもういいぞ。ありがとう」

K(こう面と向かって誉められると、何と言えばいいか…むず痒いものだな)


223: 2014/01/10(金) 23:51:15.41 ID:h/fLxiZY0

眼前の少年はキラキラと目を輝かせながら自分を仰ぎ見ている。
誉められて悪い気はしないが、ここまで来ると少し居心地が悪かった。


K(そういえば、あの事件の後よく不二咲が話し掛けてきたが、そういうことだったのか…)

K「それで、不二咲…明日になればお前の秘密も暴露される訳だが、お前はどうしたいんだ?」

不二咲「…モノクマに暴露される前に、自分から言いたいんです。もうみんなを騙したくないから…」

K「既に覚悟は決めてあるのか。なら俺の出る幕などないんじゃないか?」

不二咲「その…先生にお願いしたいことがあって…」

K「根回しか?」

不二咲「ううん、その…僕、体を鍛えたいんです」

K「ウム、良いことだな。俺で良ければ付き合おう」

不二咲「(パァッ)本当ですか? じゃあ、早速今日から…」

K「今日? 明日みんなに告白してから、堂々とやればいいだろう?」

不二咲「その…僕、どうしても自分に自信が持てないんです。それで、体を鍛えれば勇気が
     出るんじゃないかなって…だから、どうしても今日じゃなきゃダメなんです!」

K「今日、か…」


224: 2014/01/10(金) 23:56:18.81 ID:h/fLxiZY0

正直な所、KAZUYAは少し困った。今日は最も生徒達の動きに注意を払わなければいけない日なのだ。
不二咲の悩みも勿論重要であるが、見た所人を頃すようには到底見えないし他の生徒の様子が気になる。
しかし、自分を信頼して相談にきた不二咲を無下にするのは余りにも失礼だろう。


不二咲「あ、ごめんなさい…急にこんなこと言われても困りますよね…先生も忙しいし」

K「いや、そんなことは…」


そもそもたった一回鍛えただけで自信がつくのなら、今のままでも問題ないのではと
冷静なKAZUYAは思ってしまうが、そこは目を伏せておくことにする。


K(まあ、思い込みによるプラセボ効果も馬鹿には出来んしな…)

不二咲「しかも、深夜に僕なんかのトレーニングに付き合わされるなんて…」

K「ん、深夜?」

不二咲「はい。その…鍛えるまではみんなに言う勇気もないから、誰にも見つからないように
     夜中に付き合ってもらおうと思ったんですけど…やっぱり、やめます」

K「…いや! 逆だ。俺は深夜なら空いているんだ」


225: 2014/01/11(土) 00:01:20.64 ID:vwCO6Mzw0

不二咲「本当ですか?! じゃあ、お願いします!」

K「ああ、任せろ!」


この時KAZUYAの頭には妙案が浮かんでいた。



― 食堂 PM16:02 ―


石丸が去った後、朝日奈と大神の二人も長居はせずに部屋に移動して話し込んでいた。
つまり今の食堂は再び無人となっていたのだが、そこを訪れる一つの人影があった。


大和田「クソがッ!」


ドガッと不機嫌に机を蹴り飛ばしたのは大和田紋土である。
彼はこの学園に来てかつてないほどに苛々していた。


大和田(なんなんだよ…なんなんだよ、おい…?!)

大和田(裏切り者がいるだと?! ふざけんなよ! 一体誰が裏切り者なんだ?!)


226: 2014/01/11(土) 00:07:39.64 ID:vwCO6Mzw0


『せいぜいお友達だと思っている人から背中をザクッ!なんてことがないようにね~!』


モノクマの嫌な声が蘇る。


大和田(兄弟は違う! 絶対に違うッ!! あんな感情垂れ流しでバカ正直なヤツが、陰で俺達を
     裏切るなんてありえねぇ! 大体ヤツは風紀委員だぞ?! 内通者とは真逆じゃねぇか!)


つい先程の光景を思い出す。今まで仲が良かった分、その関係が壊れた時の心の影響は甚大であった。
それは大和田も例外ではない。ただ、時間が経っていたため多少は冷静さも取り戻していた。


大和田(落ち着け。落ち着くんだ、俺。冷静に考えろ…とりあえず、さっきは桑田の野郎に
     メチャクチャ腹が立ったが、アイツは多分内通者じゃねぇな…)

大和田(モノクマが内通者の話を出した時、西城のヤツは妙に反応が悪かった。恐らく、
     何かしら心当たりがあんだろう。…てことはアイツが庇ってる桑田は違うはずだ)


内通者でないと考えると、先程の桑田の荒れっぷりも理解出来る。KAZUYAに説得されて嫌々舞園と
仲良くさせられていたのに、その必氏の努力を内通者扱いで台無しにされたら頭に血が上って当然だ。
その上色々と恩のあるKAZUYAまで悪く言われたら堪忍袋の尾が切れても仕方ない。


227: 2014/01/11(土) 00:11:58.17 ID:vwCO6Mzw0

大和田(兄弟を内通者呼ばわりされた時の俺も多分似たようなモンだったろうしな…
     そうなると、誰が怪しい? やっぱ舞園か? 正直ウサン臭えんだよな、あの女)

大和田(…ただ、やたら騒いでた葉隠達三人も怪しい。先公や桑田を内通者に仕立てようと
     しやがった風にも見えた。…それにいつもならまっさきに場を荒らすくせに
     珍しくダンマリ決め込んでた十神とセレス! そうだ、アイツらが残ってたな!)

大和田(ってーと、なんだ? 確実にシロって言えそうなのは俺と兄弟と先公と桑田。
     そんだけか? …ああ、不二咲は違うな。アイツに裏切りとか出来る訳がねぇ)


もう一週間近く経つが、あの事件の後大和田は怯えて泣く不二咲を慰めたことがあったのだ。


大和田『お、おい。お前、大丈夫か?』

不二咲『ひぐっへぐっ…どうして、こんなことになっちゃったんだろう…怖い、怖いよ。
     舞園さんも桑田君もかわいそう…本当なら、みんな仲良くなれたはずなのに…』

大和田『…お前、舞園のためにも泣いてるのか?』

不二咲『うん…だって、舞園さんは元々親切な人だったんだよ? あんなことさえなければ、
     コロシアイだなんて酷いことはきっとしなかったはずなのに…』


228: 2014/01/11(土) 00:16:16.65 ID:vwCO6Mzw0

大和田『元気出せよ…先公のヤツもあんだけ言ってたし、もうコロシアイは起きねえだろ』

不二咲『本当?』

大和田『ああ、間違いねぇさ』

不二咲『良かった…! 大和田君がそう言うんならきっと大丈夫だね!』ニコッ!

大和田『…………』テレッ


あの時の涙や怯え方が作り物であったようには到底思えない。


大和田(苗木、朝日奈、江ノ島は単純そうだし違うと思いてえが、すごい親しいって
     ワケじゃねえからわかんねえ…大神と霧切にいたっては怪しいかすらわからん)


そうやって考えていくと、今いるメンバーのうち実に三分の二以上は
信用出来ないという事実に気付き大和田は愕然としたのだった。


大和田(おいおい、マジかよ…ほとんど信用出来ねーじゃねぇか…)


更にマズイことに、大和田はズボンのポケットへ乱暴に突っ込んだあの封筒の存在を思い出した。


229: 2014/01/11(土) 00:20:48.92 ID:vwCO6Mzw0

大和田(…それにどうする? 俺しか知らないことを、なんでアイツは知ってやがるんだ…)


彼の秘密――それはもし公表されれば兄と自身のチーム・暮威慈畏大亜紋土が崩壊する秘密である。


大和田(頃す? 秘密を守るために誰かを頃すのか? 俺が? …いや、俺はもう兄貴を
     頃してんだ…そういう意味じゃ人頃しみたいなもんだろ。でも、そんなことをして
     兄貴は本当に喜ぶのか? 確かに男の約束も暮威慈畏大亜紋土も大事だが…)


脳裏にはモノクマになじられ周囲から白い目で見られて絶望する舞園と桑田の姿が浮かんでいた。
ああはなりたくなかった。それに…ここに来て大和田はやっと悪魔のルールを思い出す。


大和田(そうだ……すっかり忘れてたぜ。学級裁判……)


学級裁判――要はサスペンスドラマでやっているような捜査と推理を自分達にやらせるシステムだ。
所詮捜査をするのはド素人の集団だし、科学捜査もないからそこまで悪い条件ではないのかもしれない。
だが、自分にKAZUYAや十神と言った頭脳派の人間達を出し抜ける頭があるとは到底思えなかった。


230: 2014/01/11(土) 00:24:37.05 ID:vwCO6Mzw0


大和田(…………いや、なに事件を起こすこと前提で考えてんだよ、俺は…?!
     学級裁判が起こったら俺か俺以外の全員は氏んじまうんだぞっ?!)

大和田(暮威慈畏大亜紋土は確かに大切だ。俺の命と言っていい! …大事な大事な
     兄貴の形見でもある。でも、そのために兄弟や不二咲を殺せねぇだろ!!)


そうだ。考えるまでもなく結論は出ている。自分に人頃しなんて出来ない。
だが一瞬でも卒業のことを考えてしまった自分に、大和田は激しく嫌悪感を抱いた。


大和田「あー、このヤロウッ!」


ガシャン!

今度は近くの椅子を強めに蹴り飛ばした。


「ぎゃっ!」

大和田「あん?」


振り向くと、食堂の入口にはいつのまにか腐川冬子が立っていた。


231: 2014/01/11(土) 00:29:46.31 ID:vwCO6Mzw0

腐川「な、な、な…!」

大和田「あ、わり…」

腐川「この乱暴者っ!」


驚かせるつもりはなかったので大和田は素直に謝ろうとしたが、それよりも早く腐川が叫んだ。


大和田「(ムカッ)別にお前に対してやったワケじゃねぇよ!」

腐川「同じでしょ!」


冷静な思考回路があれば腐川の行動は明らかに浅はかだとわかる。動機を配られ、ただでさえ精神が
不安定になっていた所に内通者疑惑による仲違いである。些細な喧嘩から一触即発になる状況の中、
よりによって最も短気で暴力的な男に喧嘩を売ったのだ。その上周囲には止めてくれる人もいない。


腐川「これだからイヤなのよ、頭の悪い不良は…!」

大和田「んだとゴラ!」


ただ、彼女がこれだけ攻撃的になるのも致し方ない事情があった。
何故なら生徒達の中で、最も公表されたら不味い秘密を持っているのがこの腐川なのだから。
もし公表されれば、文字通り身の破滅。そんな状況で冷静でいられるはずもない。


232: 2014/01/11(土) 00:34:56.64 ID:vwCO6Mzw0

腐川「事実じゃない! 気に入らないことがあるとすぐ暴力振るってさ!」

腐川(暴れたいのはこっちの方よ! 明日までに誰か殺さないとアタシの人生は終わっちゃうんだから…)


誰かを殺さないと…腐川は既に殺人を考え始めていた。だが、学級裁判のことがある。
見つかってしまえばその瞬間に終わりだ。しかも、自分が殺せそうな相手は限られている。
例えば今目の前にいる大和田のような人間は、殺せないばかりか返り討ちに遭うだろう。


大和田「暴れたい時だってあんだろ! さっきみたいなモン見せられたらよ!」

腐川「ふん! 暴れてすっきりするなんて脳みそが単純だからでしょ?」

大和田「テメエ、言わせておけば…いくら俺が女には暴力振るわねえって決めてるからってな、
     あんま調子のってんじゃねえぞ、オラァッ!!」

腐川「なによっ!!」

大和田「…………」

腐川「…………」


目に殺意すら込めて、二人は激しく睨み合う。…だが、意外にも最初に引いたのは腐川だった。
追い詰められた恐怖と混乱で冷静さを欠いていたが、命の危機に関して本能が働いたのだ。
相手が大柄な男であること、今この場に自分達しかいないことにやっと気が付いたのである。


233: 2014/01/11(土) 00:39:04.26 ID:vwCO6Mzw0

腐川「ヒィッ! ア、アタシを頃すのね?! 人頃し…こ、殺さないで…!」

大和田「殺さねぇよ! 落ち着け、根暗女!」

腐川「ほ、本当でしょうね…い、いやアタシは信じないわ…あんたが内通者かもしれないし…」

大和田「……チッ」


苛々もあって思わずカッとなりかけた大和田だが、腐川の怯えた顔を見て正気に戻る。
腐川の被害妄想は大和田もよく知っていたので、余計な言い合いは避けるために話を変えた。


大和田「…で、なにしにきたんだよオメェ? 十神のケツ追っかけてんじゃねぇのか?」

腐川「ケツを追いかけるなんて…い、いやらしい…確かに白夜様のなら興味はあるけど」

大和田「オメェなぁ…」

腐川「フ、フフン。そう、今日のアタシは白夜様のお使いで来たのよ。紅茶を入れにね。
    びゃ、白夜様がアタシに命令をしてくださったのよ…!」

大和田「…あーそうかい。じゃあさっさとやれや」


しかしここで、折角の大和田の気遣いを腐川は無駄にしてしまった。


234: 2014/01/11(土) 00:47:05.90 ID:vwCO6Mzw0

腐川「あ、あんたこそこんな所で何暴れてたのよ…? やっぱりアタシを待ち伏せしてたんじゃ…」

大和田「ちげぇっつってんだろ! いい加減にしろよオイ!」

腐川「…わからないわよ? 仮に内通者じゃなかったとしても…あ、あの動機…あんな
    危険な物を配られたら、誰だって正気じゃいられないわよ…! あんたも…!」

大和田「動機…」

大和田(なんで俺の動機がヤバいヤツだって知ってんだよ、コイツ…?!)


これ自体は特に深い意味のある発言ではなかった。大和田はKAZUYA達が秘密を見せ合っているのを
ぼんやり覚えていたが、腐川は周囲を見渡す興味と余裕がなかったので気付かなかった。
だから自分以外も相当危険な秘密なのだろうと勝手に思い込んでいただけである。


大和田(ま、まさか見たのか…?! 俺の秘密を?!)


見られた。誰にも知られてはいけない秘密。暮威慈畏大亜紋土が、自分の全てがバラバラになる爆弾を。


大和田(…殺るしかねえ)


頭の中が、真っ白になった。


250: 2014/01/11(土) 23:26:43.43 ID:N/pX6qz40

― 舞園の部屋 PM3:51 ―


一方こちらでは、未だに膠着状態が続いていた。
流石に二人とも疲れたのか不毛な言い争いはしていなかったが、苗木はなんとか
舞園の心を解きほぐそうと優しく説得を続け、舞園はそれを拒むという図が続いていた。


苗木「ねぇ、舞園さん。きっとなんとかなるよ」

舞園「…………」

苗木「みんなだって許してくれるし、ここからだってちゃんと出れる」

舞園「…………」

苗木(心が折れそう…なんて言ったらダメだ。本当に辛いのは舞園さんなんだから。
    大丈夫、絶対なんとかなる! 大切なのは諦めないことだ)


前向きさが苗木の最大の長所だったが、今回に限ってはそれはプラスではなかった。
再び何か言おうとした時、ノックが鳴り扉が開く。


251: 2014/01/11(土) 23:35:23.17 ID:N/pX6qz40

苗木「あ、先生」

K「調子はどうだ? 少しは落ち着いたか?」

苗木「その、落ち着いてはいるんですけど…」

舞園「…………」

K「…成程」


二人の間に流れる微妙な空気をKAZUYAは感じ取った。


舞園「あの、苗木君…」

苗木「な、なに? 舞園さん!」

舞園「その……西城先生と二人で話したいことがあるので、苗木君は……」

苗木「あ、うん。そういうことね。わかった。じゃあ、先生よろしくお願いします」

K「ウム、任せろ。お前も、少し休んだ方がいいぞ」


苗木が退室し、KAZUYAは舞園と向き合う。だが、話があると言ったにも関わらず舞園は黙ったままだった。


252: 2014/01/11(土) 23:38:39.64 ID:N/pX6qz40


K「話とは何だ?」

舞園「あの、すみません…その…」

K「本当は話などなくて、ただ苗木と離れたかっただけではないのか?」

舞園「…………」


肯定も否定もせず、舞園はKAZUYAに背を向け俯いた。


舞園「……先生」

K「ああ」

舞園「…私、昔から結婚するなら優しい人がいいって思っていました」

K「…………」

舞園「子供だったんですね。ただ自分に優しくしてくれればいいって思ってたんです」


KAZUYAは何も言わない。ただ舞園の華奢な背をジッと見つめて次の言葉を待った。


253: 2014/01/11(土) 23:42:46.70 ID:N/pX6qz40


舞園「…優しさが、時にこんなにも辛いものになるなんて知らなかった。いえ、優しさが
    悪いんじゃない。優しさを素直に受けられなくなった、汚れた私が悪いんです」

舞園「何度も、何度も思います。もしあの時に戻れたら、やり直すことが出来たなら…
    あの時の自分を頃してでも止めるのにって…」

K「だがそれは無理な話だ。過ぎ去った過去を変えることなど誰にも出来んのだからな」

舞園「はい。その通りです…」


ポロポロと、舞園の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。


舞園「ごめんなさい…泣いたら迷惑になるってわかっているのに…」


今まで苗木の前でずっと我慢していたのだ。とうとう我慢の限界を迎えてしまった。
泣いてはいけないと自分を叱咤するが、一度破れてしまった堰はもう元には戻らない。

…本当なら、誰でもいいから縋り付いて大声で泣きたかった。それが苗木なら尚良かった。
苗木なら間違いなく自分を受け入れてくれるだろう。彼は誰よりも優しいから。
だが、それでは駄目なのだ。一度やってしまえば自分は彼の優しさに甘えてしまう。


254: 2014/01/11(土) 23:48:23.05 ID:N/pX6qz40

舞園「う……うう……!!」


かと言ってKAZUYAに縋ることも出来なかった。KAZUYAは大人だし、あくまで教員として
未熟で幼い自分を受け入れてくれるだろう。だが、それでは苗木の代わりにしているだけだ。
苗木にもKAZUYAにも余りに失礼だろう。そう考えた結果、舞園は一人壁に縋り付き
声を押し頃して泣いていた。その姿はただひたすらに哀れだった。


K「……舞園」


KAZUYAは舞園が自分に遠慮しているのだと理解し、いたたまれない気持ちになる。KAZUYAにとって
高校生などまだまだ子供だ。子供が無理をしている姿を黙って見ていることなど出来なかった。


K「その…俺ではきっと苗木の代わりにはならんだろう。だが、流石に壁よりはマシなはずだ。
  泣きたい時は思い切り泣け。誰かに縋り付きたいなら遠慮せず来い。俺は受け止めてやる」

舞園「西城、先生……う、うわああああああああああああんっ!」


そして舞園はKAZUYAの胸に縋り付き、泣いた。力の限り泣いた。
KAZUYAは子供をあやすように優しく舞園の背中を叩き、もう何も言わなかった。


255: 2014/01/11(土) 23:54:45.93 ID:N/pX6qz40


K(この生活は、子供達には負担が大きすぎる…今のままの状態が続けばやがて…)


――崩壊。

それは既に始まっているのかもしれなかった。手遅れなのかもしれない。
だが、この男はそれで諦めるような男ではなかった。


K(俺は絶対に諦めん! 生徒達全員を必ず救ってみせる! 絶対にだ!!)


泣き疲れて眠った舞園をベッドに寝かし、KAZUYAは部屋を後にする。鍵はKAZUYAが
外から掛けることにした。どのみち今の状況で他の生徒との接触は悪影響しかないだろう。


苗木「先生」

K「苗木、ここで待っていたのか」

苗木「はい、どうしても気になって。あの、舞園さんは…」

K「大丈夫だ。少し泣いていたが、今は落ち着いて休んでいる」

苗木「…………」


完全防音だから中での出来事は一切わからないはずだ。しかし、苗木は何かを察したようだった。


256: 2014/01/11(土) 23:59:56.14 ID:N/pX6qz40

苗木「僕は…舞園さんの力になれないのかな…」

K「何故そう思う」

苗木「だって、舞園さん僕の前では絶対泣かなかったんだ。あんな酷いこと言われて
    辛かったはずなのに、泣きたかったはずなのに…僕の前ではずっと我慢してた」

苗木「それって、僕のことが信頼出来ないからじゃ…」

K「それは違うぞ」


落ち込む苗木をKAZUYAは優しく、それでいて確固たる強さを持って論破する。


K「舞園はお前を信頼していないのではなく、単に甘えたくなかった。負担をかけたくなかったのだ」

苗木「負担だなんて! 僕は舞園さんをそんな風に思ったことはありません!」

K「わかっているさ。だが、一度お前の優しさに甘えてしまえばこれから先もずっと
  甘えてしまう。舞園はそれを嫌がったのだ。彼女の性格を考えればわかるだろう?」

苗木「…!」


苗木は唇を噛む。そうだ。KAZUYAより自分の方が彼女のことをよく知っているはずなのに
頭に血が上って何も見えなくなっていた。


257: 2014/01/12(日) 00:10:11.90 ID:FJFJBOIM0

K「それに…厳しいことを言うが、お前が彼女に掛かり切りになればお前と他の
  生徒達の間に距離が出来る。そうなれば彼女の存在がお前を縛るのと同義だ」

苗木「そんな…」

K「あえて何もせずに遠くから見守る。それが優しさの時もあるぞ、苗木」

苗木「…………」


KAZUYAに諭され、苗木は力なく自嘲して笑う。


苗木「ハハ、僕ってやっぱりダメだな。いつも先生に教えられてばっかりで。舞園さんの
    ためにどうすればいいのか、舞園さんの立場で考えればすぐにわかるはずなのに…」

K「駄目ではない。今はたまたま状況が悪かっただけだ。俺とお前では生きてきた長さが違うのだから、
  卑下することはないさ。それに…舞園にとってお前の存在は本当に助かっていると思うぞ」

苗木「そうかな…」

K「ああ、彼女が一番信頼しているのは間違いなくお前だ。お前に許してもらえたからこそ、
  この状況でも何とか舞園の精神は保っている。…俺一人では駄目だった」

K「優しいお前が彼女をすぐ側で支え、俺は少し離れた所から客観的な意見を言う…それが
  一番バランスが良いのだ。俺の代わりは別の人間でも務まるが、お前の代わりはいない」


258: 2014/01/12(日) 00:17:20.97 ID:FJFJBOIM0

苗木「ありがとう、先生…舞園さんを助けるつもりが、僕が助けられちゃったな」

K「では、今度はお前が俺を助けてくれ」

苗木「そんな、僕なんかが先生を助けるなんて…」

K「いや、お前の力が早急に必要だ。…大事な話がある」

苗木「…え? あ……もしかして、何かあったんですか?」


KAZUYAはいつものように自分を励まそうとしているだけ。そう思っていた苗木だったが、
その真剣な…やや焦りすら浮かべている顔を見て、苗木は肝が冷えるのを感じた。


K「…ここで話すのは憚りがある」

苗木「じゃ、じゃあ僕の部屋で話しましょう」


二人は苗木の部屋に入る。KAZUYAに椅子を勧め、苗木はベッドに腰を下ろした。


苗木「また改めて招待するって言ったのに、まさかこんな機会で来るなんて…」

K「今はそんなことを言っている場合ではない。いいか? 俺の話を落ち着いて聞いて欲しい…」


259: 2014/01/12(日) 00:25:43.82 ID:FJFJBOIM0

・・・


苗木「…そんな! そんなことがあったなんて!」


KAZUYAは苗木へ、舞園を連れて体育館を去った後に何が起こったかを事細かに話していた。


K「信じがたいのもよくわかるが、全てつい今しがたあった出来事だ」

苗木「…信じられない。だって、ほんの少し前まで僕達はあんなに団結してたのに…舞園さんに
    怒りが向かうのはまだわかるけど、全員がお互いを疑い合ってるだなんて、そんな…」


KAZUYAの表情から苗木は最悪の結果を想定して臨んでいたが、実際に聞いた話はその予想より
更に酷いものだった。何より桑田が舞園を庇ったこと、逆にKAZUYAを襲おうとしたことを
モノクマに暴露されて仲間達から内通者呼ばわりされたことは、苗木にとって衝撃的過ぎた。


K「今、俺達を取り巻く状況は極めて悪い。昨日までなら殺人など到底起こり得ない
  空気だったが、ヤツめ…たった数十分のやり取りで見事にブチ壊してくれた」

苗木「僕は、何をすればいいんですか?」


先程の自信のなさは既に消え去り、苗木の目には力が戻っていた。
この何があっても諦めない前向きさこそが最大の武器だな、とKAZUYAは思う。


260: 2014/01/12(日) 00:30:44.86 ID:FJFJBOIM0

K「もう少しみんなが落ち着いたら、中立の立場に立ってとり成してくれないか?」

苗木「…出来ますか?」


不安げな様子ではなく、苗木は冷静に思案して可否を問う。


苗木「僕もどちらかと言えば先生や舞園さんに近い立場ですし、内通者扱いされるだけじゃ…」

K「その可能性はある。ただ、唯一の救いはあの最大の混乱の中にお前はいなかったことだ。
  直接争った人間よりは印象も悪くないはず。時間が経てば多少は冷静さも戻るだろう」

K「桑田は内通者扱いされた俺を庇おうとして他の生徒達と対立してしまった。お前は極端に
  どちらかに加担することなく、あくまで中立を貫いてくれ。たとえ俺が疑われたり
  悪く言われても気にするな。これはお前にしか出来ない仕事だ」


苗木はここにいる生徒達の中でもずば抜けてコミュニケーション能力が高い。
あの疑心暗鬼の嵐が荒れ狂っている中、上手く立ち回れるのは苗木だけだとKAZUYAは踏んでいた。


K(…本当は舞園にも頼めれば良かったのだがな)


舞園も苗木に匹敵するほど対人交渉能力が高く、その上非常に勘が良い。苗木と二人で
上手く立ち回れれば、生徒達の関係修復もそう難しくはなかったかもしれないが、
如何せん彼女は渦中の人間なのだ。今は苗木を頼りにする他あるまい。


261: 2014/01/12(日) 00:33:22.93 ID:FJFJBOIM0

苗木「それにしても…」

K「内通者か?」

苗木「はい…本当に、いるんでしょうか…? 全部モノクマの嘘なんじゃ…」

K「嘘だったら良かったのだが…」

苗木「先生はもしかして知っているんですか?!」

K「確証はないがな。ただ、今までの傾向から考えてモノクマはこういった
  重要な話で嘘をついたことはない。つまり、事実だと捉えていいだろう」


これは嘘だ。KAZUYAは内通者について確かな確信を持っていた。


K(黒幕が馬鹿でないなら、俺が江ノ島について勘付いているのはわかっているだろう。
  だからあっさり切り捨てたのだ。俺が黙っていたからか先程は見逃してもらえたが、
  この上生徒にまでその正体が露見すれば、情報の漏洩を恐れてどう動くかわからん)

K(…裏切り者とはいえ同じ釜の飯を食った仲だ。出来れば無為に氏なせたくはない。
  苗木達には悪いが、しばらく江ノ島の正体については伏せさせてもらう)

K「…ただ、誰が内通者かはまだわからんが絶対に内通者でないと断言出来る者はいる」


262: 2014/01/12(日) 00:38:19.98 ID:FJFJBOIM0

苗木「誰ですか?! えっと、まず僕と舞園さんと…あと桑田君?」

K「霧切、石丸、大和田、不二咲もだな。俺も入れたら約半数はいる」

苗木「良かった。半分は信用出来るんだ…」


ホッと息をつく苗木にKAZUYAは注意を促す鋭い視線を送る。


K「…ただ気をつけた方がいいのは、油断は禁物だがあまり警戒の色を見せないことだ。
  もし疑っていた相手が内通者でなかった場合、気分を害しそれが争いの元にもなる」

苗木「今はちょっとした喧嘩が大事になってしまうから、細心の注意が必要なんですね…」

K「そうだ。色々と難しい注文をしてすまない。だが、今頼れるのはお前だけなのだ」


いつも遥か高みにいて自分達生徒を導いてくれるあのKAZUYAが、自分をここまで信頼して
頼ってくれている。これは苗木にとってとても勇気と自信が生まれることだった。
どんなに難しい頼みでも必ず成功させなければならない。苗木は胸を張って応えた。


263: 2014/01/12(日) 00:48:03.33 ID:FJFJBOIM0

苗木「わかりました! どこまで出来るかわからないけど、やってみます」

K「ウム。そう言ってくれると思っていた。とりあえず、桑田のことは霧切に頼んである」

苗木「霧切さんに?! …桑田君とはあまり相性が良さそうに見えないけど」

K「大丈夫だ。霧切は大人だし、桑田も先程の騒ぎで懲りていた。あとは霧切が
  上手く手綱を引いてくれるはずだ。お前も余力のある時でいいが見てやってくれ」

苗木「はい。他に気になる人とかいますか?」

K「気になるのは当然葉隠、山田、腐川の三人だが…今日はまだ無理だろうな。
  明日以降、彼等が落ち着いたように見えたら順次接触して欲しい」


その三人はいずれ自分の手で助けてやりたい。そう思うKAZUYAだが、疑心暗鬼が
晴れるまでは自分が手を出すのは逆効果だろう。今は苗木に任せることにする。

…何より、今はあの二人の動きについても警戒しておかなければならない。


K「あと――十神とルーデンベルク。この二人は最初の三人とは別の意味で注意してくれ」

苗木「十神君はわかるけど、セレスさんもですか? セレスさんは以前から
    ここでの生活に適応するよう主張してるし、無害なんじゃ…」


264: 2014/01/12(日) 00:53:21.51 ID:FJFJBOIM0

K「…いや、彼女は曲者だ。口を開けば適応適応と言う割に騒ぎが起これば基本傍観を貫き、
  むしろ被害を拡大させようと動いている節すらある。頭が回るようだから軽はずみに
  動くことはまずないだろうが、今は事態が事態だ。それこそ寝首をかかれないようにな」

苗木「(ゴクリ)そんな、セレスさんまで信じられないなんて…わかりました」

K「残りのメンバーは俺に対してそこまで敵対心はないから、特に問題はないだろう。
  とにかく今日から数日が正念場だ。何が何でも事件を防がねばならん!」

苗木「はい! 絶対に全員揃ってここから脱出しましょう!」

K「…だが無理だけはするんじゃないぞ。小柄なお前が狙われる可能性もある。
  とりあえず今日一日は無事に過ごすことだけを考えてくれ」

苗木「先生も、あんまり無理しないで下さいね。僕らが倒れた時は先生が
    治せるけど、先生が倒れちゃったら誰も治療出来ないんですから」

K「すまんな。お互い頑張ろう!」


KAZUYAは協力者である苗木に右手を差し出す。その大きくゴツゴツとした手を苗木は握り返した。


苗木「はいっ!!」


見上げるその目に迷いはない。
二人は事件防止に全力を尽くすことを誓った。


265: 2014/01/12(日) 00:58:27.82 ID:FJFJBOIM0

ここまで


291: 2014/01/14(火) 01:26:19.31 ID:oszQGU5q0


               ◇     ◇     ◇



一方その頃、十神という絶対の存在がある腐川と違い頼る者のない葉隠と山田は部屋に閉じ篭っていた。


葉隠「絶対に殺されてたまるか…俺はだまされねぇ」

山田「ぼ、僕をだませると思わないでほしいですよね…!」


誰も信じられない、自分だけが正しい。自分と他の人間は違う。
お互いにそう思っているのに、二人の思考が非常に似通っているのは同じ人間だからか。
ただ、違う人間なので同じ結果に辿り着くまでの経過が多少、いやだいぶ違った。


  in 葉隠の部屋


葉隠「…占うか」


悩んだ結果、葉隠は自身の特技に頼ることにした。ベッドの上にドカッと座り座禅を組むと意識を集中させる。
内通者は…いやこの際内通者でなくてもいい。自分を頃す可能性のある者全員を占う。


葉隠「ムムッ! …やっぱりK先生と桑田っちか! それに霧切っちと江ノ島っち」


我が意を得たりとやたら頷く葉隠だが、ふと自分の占いは三割しか当たらないことを思い出しもう一度占う。


292: 2014/01/14(火) 01:30:36.95 ID:oszQGU5q0

葉隠「ムムッ?! 全然違う結果が出たべ…今度は大和田っちに石丸っちに不二咲っちか。
    …いくらなんでも不二咲っちはないべ。ハァ」


やはり自分の占いはあまり当たらないことが証明され落ち込むが、葉隠はがむしゃらに占い続けた。


葉隠「ムムッ…今度は苗木っち、舞園っち、セレスっちと山田っちか…怪しいメンバーだべ」

葉隠「ムムッ。十神っち、腐川っち、朝日奈っち、オーガか。…うおおっ?! オーガはヤバいべ!」


占いの結果を部屋のメモにやたら綺麗な字で書いていく。


葉隠「……あり? もしかして、これで俺以外の全員が出たんじゃ…」


更に、メモの名前一覧を見て呻いた。


葉隠「つーか、一部変則だけど基本的に仲良しグループ出しただけだべ……」

葉隠「もう一回! さっきのは集中力が足りなかったんだ。次はもっと…」


293: 2014/01/14(火) 01:33:20.51 ID:oszQGU5q0


そして出た結果は以下の通りである。


・二回目

【大和田・舞園・大神・山田・桑田】

【石丸・江ノ島・苗木・十神・朝日奈】

【KAZUYA・不二咲・霧切・腐川・セレス】


・三回目

【石丸・セレス・大和田・朝日奈・十神・桑田】

【舞園・不二咲・大和田・腐川・山田・江ノ島】

【苗木・石丸・KAZUYA・大神・不二咲・霧切】


葉隠「今度はものの見事にバラバラだなぁ。仲良しグループ避けるようにしたからか?
    パッと見た感じだと、石丸っちの名前が多いような…うーん、わからんべ」

葉隠「なんにしろ、これで一つわかったことがある!」


294: 2014/01/14(火) 01:36:32.58 ID:oszQGU5q0

二つの占い結果を見て自信満々に葉隠は宣言した。


葉隠「要は俺以外の全員が怪しいってことだべ!」


その結論は占う前と何ら変わっていないと言う事実に気付かない葉隠であった。



  in 山田の部屋


一方、葉隠のような超常的な特技のない山田はと言うと、


山田「ハァ…ぶー子…ぶー子が僕を助けに来てくれたらなぁ」


持ち前の豊富過ぎる妄想もとい想像力で現実逃避をしていた。


ぶー子『ヒフミ! 助けに来たぞー!』

山田『ぶ、ぶー子?! いや、ぶー子がこんな所に現れるわけ…』


295: 2014/01/14(火) 01:40:46.20 ID:oszQGU5q0

ぶー子『なに言ってんの? 私の世界にはAMD(山田が個人的に脳内で考えていた設定。
     次元管理局。Administration bureau of Multipul Dimensionの略)があるから
     ヒフミとこの世界のピンチを救いに来てやったんだぞ!』

山田『え、僕のピンチだけではなくこの世界のピンチをですか?』

ぶー子『そ、君にはつらい現実かもしれないけどさー。実はその学園はシェルターに
     なっていて、外の世界は荒廃しまくってるんだよねー』

山田『な、なんと?! パニック物の作品などではよくある超展開ですが…!』

ぶー子『私はヒフミと一緒にこの世界を再生させるために来たってワケ。一緒に戦う?』

山田『当然ですぞ! 生き残った者の使命です。それに、男としてブー子だけを
    危険な目に遭わせる訳には参りませんからな!』

ぶー子『キャー、ヒフミかっこいー!』

山田『共に頑張りましょう! この世界を再び再生させるために!』


脳内には大好きなアニメの感動的なEDテーマが流れ始めるが、そこでふと我に返る。
余りに現実離れしたことを考えすぎて、少し虚しくなってきた。


296: 2014/01/14(火) 01:43:14.23 ID:oszQGU5q0

山田(…さすがにちょっとご都合展開すぎましたかね。もうちょっとリアルに考えますか)


創作にもリアリティを追求しろ、と昔誰かが言っていた気がする。何の役にも立たない
単なる妄想だが、今後の予想を立てておけばいざという時スムーズに動けるかもしれない。
中学生等がよく自分の学校にテ口リストが来た時の妄想をするようなものである。


山田(最初に内通者に襲われるとしたら、やはりか弱い不二咲千尋殿でしょうかね)


不二咲が襲われる所を想像して山田は血の気が引いた。


山田(い、いやちーたんが殺されるなんてそんな…! そうですぞ。誰かが助けに入れば…)


不二咲『きゃああああっ!』

山田『危ないっ!』

不二咲『山田君、ありがとう! 山田君のおかげで助かったよ!』ポッ


山田(…いや、こうなれば最高で言うことなしですが、現実問題僕は部屋に
    閉じこもってますしなぁ…誰か別の人に助けてもらいましょう)


297: 2014/01/14(火) 01:46:36.24 ID:oszQGU5q0

いつのまにか、今後どうなるかの予想ではなく不二咲を助けることに目的が変わっていたが、
山田は一生懸命妄想を続ける。オタク故に、山田は一度何かにのめり込むと気が済むまで
それをし続けるという癖があった。特に妄想は得意中の得意なので、物語のように続きを考える。

生徒を助けるなら一番適任なのはKAZUYAだが、KAZUYAは内通者の可能性が高い。となると、


山田(やはり大神さくら殿が自然でしょうか)


しかし、ここで山田ははたと気が付く。不二咲は何故か女子とはあまりつるまないのだ。
せいぜい口数の少ない霧切くらいか。とにかく男子と一緒にいることが圧倒的に多い。


山田(まあ、ちーたんは大人しいし女子特有のノリには合わんのでしょう。本当は朝日奈葵殿が
    助けて百合展開キター!がやりたかったのですが。…今度自分で描きますかね)


不二咲が女子とつるまないのは彼が男だからだが、こればかりは気付かなくても山田のせいではない。


山田(ヒロインを助けるヒーロー…漫画ではお約束ですね。男子限定となると、よく不二咲殿が
    一緒にいるのは大和田紋土殿ですが…なんかムカつくので別の人にしましょう)


298: 2014/01/14(火) 01:52:35.05 ID:oszQGU5q0

正直に言うと、山田は大和田のことが嫌いだった。元々オタクと不良という生き物は相性が悪い上に、
大和田は何度か山田の体格に言及している。あの可愛い不二咲が暴力的な大和田を好んでいるのも許せない。


山田(しかし、他に該当者というと…………ハァ、しかたない。石丸清多夏殿にしますか…)


他の男子で考えると、桑田は内通者、苗木は小柄なので返り討ちに遭いそう、そして十神と葉隠は
見捨てそうという結論になった。石丸も口うるさいし熱苦しいしで個人的にはかなり苦手なタイプだが、
ヤンキーよりはまだ風紀委員の方が助ける役に向いている気がするし、とりあえずこれで行こう。


内通者『氏ねっ!』

不二咲『きゃああっ! 誰か助けて!』

石丸『不二咲君危ないっ! この! ……ぐああああっ! 負傷したぞっ!』


あ、ダメだ。


山田(何故だ…まるで勝てる気がしない…だと?!)


299: 2014/01/14(火) 01:56:02.41 ID:oszQGU5q0

助け役が石丸だとスムーズに勝てるイメージがまるで湧かないのだった。


山田(…ただ、根性だけはムダにありますからねーあの人。
    相打ちくらいならなんとか持っていけそうな気もしなくは…)


石丸『な、なんとか倒したぞ…うぐっ』

不二咲『石丸君、しっかりしてー!』

K『任せろ! 俺が手術する!』


あれ?


山田(ちょっと! どこから出てきたんですか、西城カズヤ医師?! あなた内通者でしょう!)


石丸『う、うぐぐぐぐ…このままだと氏んでしまう…!』

K『知らんな。俺は内通者だから手術なんてしないぞ』

不二咲『そ、そんなぁ?! 先生、助けてぇ!』


300: 2014/01/14(火) 02:00:11.32 ID:oszQGU5q0

山田(…うーむ、なんかしっくり来ないですねぇ)


この状況でKAZUYAが手術しないとは山田にはどうしても思えなかった。


山田(ま、まさか西城医師は…)


その時ッ! 山田の脳内に電流走るッ!


山田(西城医師は敵も味方も構わず手術してしまう極度の手術マニアなのではッ?!)


ある意味では、当たらずとも遠からずと言える。


山田(まあ、いいですよ。誰が内通者であろうとなかろうと、常に警戒すればいいのですから…)


色々脳内で思案してみたが、結局山田も全員疑わしいという結論から離れられることはなかった。


323: 2014/01/17(金) 23:09:39.46 ID:SQ3esvZ30


― 廊下(保健室前) PM3:38 ―


霧切「どうしてそちらに行くのかしら、桑田君」


保健室を出た桑田は、寄宿舎とは逆の方向へ歩き出していた。


桑田「いや、そのさ…人のいる所行けって言われたけどやっぱりまだ気まずいじゃん…
    今俺が顔出したらかえってまた騒動が起こるかもしれねえし。いざという時の
    アリバイどうたらってのは霧切がいてくれれば解決だろ?」

霧切「それは私があなたの行動に付き合うことが前提よね? ドクターは私にあなたを
    見て欲しいとは言っていたけれど、ずっと付き添うようにとは言わなかったわ」


そう言うと霧切はクルリと踵を返し、桑田は慌ててその手を掴んだ。


霧切「…!」

桑田「ちょっと待ってくれよ! …もしかしてさっき言ったこと怒ってんのか? 悪かったって!
    な? 謝るからさ! 少しだけ付き合ってくれよ。女神様霧切様、どーかこのとおり!」


顔の前に両手を合わせ頼み込むその姿は一見いつも通りの桑田だが、その表情には不安が溢れている。
何より…自分を掴んだ彼の手が、微かに震えていたことに気が付かない霧切ではなかった。


324: 2014/01/17(金) 23:13:19.85 ID:SQ3esvZ30

桑田「その代わりと言っちゃなんだけどさ、俺と一緒にいれば霧切だって誰かに
    襲われることもないだろ? 万が一の時は俺がしっかり守るしさ!」

霧切「フッ、あなたじゃ全くもって頼りにならないわね」

桑田「鼻で笑われたー!」ガビーン

霧切「私は護身術の心得があるの。桑田君くらいになら引けは取らないつもりよ」

桑田「あーさいですか…最近の女は強えこって」

霧切「でも今回はあなたの意見に賛成だわ。今行ってもみんなはまだ冷静でないはず。
    私の言う条件を叶えてくれるなら、少しくらい付き合ってあげてもいいけど?」

桑田「お! 話がわかるじゃん! で、なんだよ条件って?」

霧切「…そうね。朝食会と夕食の時必ず私にコーヒーを淹れてくれないかしら?」

桑田「あのー、お姉さん? それ、どこぞのセレスティアなんとかさんと同じじゃ…」

霧切「安心して。私はセレスさんと違って味が気に入らなくても淹れ直させたりしないから」

桑田「ハァ…まあ、そのくらいなら別にいいけどよ…味には期待すんなよ。
    俺コーヒーとか紅茶とかそんなシャレたもん飲む習慣ねえし」

霧切「炭酸ばかり飲んでいたら子供舌になるわよ」


うるせーと文句を言った後、桑田はマジマジと霧切の顔を眺めた。


325: 2014/01/17(金) 23:18:33.46 ID:SQ3esvZ30

桑田「…お前せっかくキレイな顔してんのになんかツンケンしてるよなー。もったいねえ」

霧切「そう? 普通だと思うけど?」

桑田「全然普通じゃねーよ! アレか? 笑ったら意外とかわいい系とか?」

霧切「あら、いつも笑ってるじゃない」

桑田「あのスカしたフッてヤツ? アレは笑ってんじゃなくてドヤ顔だろ!」

霧切「ドヤ…」

桑田「ほら、ちょっと笑ってみ? こうして口くいーっと上げてさ」


桑田が口の端を指でぐいっと上げてみせるが、霧切はまるで相手にしない。


霧切「それで、どこに行くのかしら」

桑田「ちょ、無視とかひでぇ…ん~、やっぱ体育館か。むしゃくしゃしてる時は運動に限るってな」

霧切「単純ね」

桑田「悪かったな!」


その時バタバタと激しい騒音と共に何かが近寄ってくる気配を感じた。


326: 2014/01/17(金) 23:22:08.86 ID:SQ3esvZ30

「くぅぅぅわぁぁぁたぁぁぁくぅぅぅぅぅん!!」

桑田「あん?」


声の段階で予想は付いていたが、案の定駆け寄って来たのは石丸だった。走ってきた勢いそのままで
スライディング土下座ならぬスライディング謝罪と言わんばかりに90度頭を下げ、叫ぶ。


石丸「先程はすまなかったあああああ!」

桑田「は?」


その迫力に思わず一歩下がるが、石丸は逃がさんと言わんばかりに桑田の手をガッと掴む。


桑田「え、ちょ、男に手とか握られるの嫌なんですけど…」


しかし石丸はそんなことは一切構わない。というか人の話を聞いていない。


石丸「僕を許してくれ!」

霧切「…石丸君、要点をきちんと言わないと相手に伝わらないわよ」


327: 2014/01/17(金) 23:25:28.43 ID:SQ3esvZ30

石丸「僕は先程、君と舞園君がモノクマにイジメられているのを見ながら、何も出来なかった!
    イジメはイジメている人間より傍観している人間の方が問題とも昨今は言われているのに
    僕はただ見ているだけだった! 本来なら風紀委員である僕が率先して助けるべきなのに!」

桑田「ちょ、近い近い近い近いって! ツバが飛ぶ! もうちょっと離れろよおい!!」


石丸は一生懸命謝っているが、正直桑田はそれどころではなかった。霧切はさりげなく
距離を取っている。なにお前だけ逃げてんだよ、と桑田は恨めしげに見るがサッと目を逸らされた。


石丸「クラスメートを見頃しにして保身に走るなど最低だ! 風紀委員どころか人間失格の屑だ!
    桑田君、不甲斐ない僕を思い切り殴ってくれ! そしてどうか許してやって欲しい!」

桑田「わかった、許す許す! むしろ俺が謝るから離れてくださいお願いします!
    なんでもいいからさっさとその手を離してくれぇええっ!」

石丸「そうか! 君は許してくれるのかっ!」パッ


やっと手を離した石丸から桑田は全力で後退し距離を取った。


桑田「…あー、氏ぬかと思った。うわ、鳥肌立ってるよ…」ウワ…

霧切「大変だったわね」

桑田「人事だと思ってるくせによく言うぜ…」


328: 2014/01/17(金) 23:31:02.32 ID:SQ3esvZ30

桑田がボヤいている横で、相変わらず人の話を聞いていない石丸はうんうんと何やら感慨深げに頷いている。


石丸「こんな僕を許してくれるなんて、君はとても良い人だ! やはり内通者などではない!」

桑田「おぉ、そりゃどーも」

石丸「内通者など最初から僕等の中にはいないのだ!」

霧切「そうかしら?」

石丸・桑田「!」


霧切の言葉に男子二人は反応する。特に石丸の反応は大きかった。


石丸「では霧切君! 君は内通者がいると考えているのかね?!」

霧切「さあ? 私はモノクマじゃないからわからないわ。でもいるのかいないのかすら
    私達にはわかる手段はないのだから、常に最悪を想定して動くべきではないかしら」

霧切「具体的には、表向きは波風を立てず普通に振る舞い、でも心の中では一線を引く。
    最低限の警戒さえ怠らなければ、それで事件は防げるはずよ」


329: 2014/01/17(金) 23:35:56.82 ID:SQ3esvZ30

石丸「しかし、それでは結局お互いを疑い合う心は消えないではないか! 先程の
    疑心暗鬼はそのようなお互いを信じられない気持ちが原因で発生したのだ!」


霧切に詰め寄ろうとする石丸を見て、桑田は嫌な予感を感じていた。もしこんな所を誰かに
見られたら喧嘩だと思われるだろう。また大騒ぎになるぞと直感が告げてくる。


桑田(あ、ヤバい。これほっといたら石丸がヒートアップして長くなる展開だ)

桑田「あ! 盛り上がってるトコ悪いんだけどさぁ…俺達ちょっと用があるんでこれで失礼するわ!」

石丸「ム、どこへ行くのかね?」

桑田「ほら、なんか気分がスッキリしない時は体育館で運動でもしようかなーってな」

石丸「それは良いことだ。…そうだな。僕もこれから舞園君の所に謝りに行くんだった」


その言葉を聞いて桑田と霧切は顔を見合わせた。


桑田(え、それヤバくね? 多分まだ苗木と一緒にいるんだろうけど…)

霧切(もしまだ彼女が落ち着いていない中に石丸君が乱入したりすれば、大惨事になるわね…)


330: 2014/01/17(金) 23:42:09.23 ID:SQ3esvZ30

桑田「ああ、そうそう! お前もちょっと俺に付き合えよ! 一緒に野球やろうぜ!」

石丸「しかしだな、僕は行かないと…」

霧切「急がなくても舞園さんは逃げないわ。彼に付き合うのも罪ほろぼしじゃないかしら?」

石丸「…そうだな。僕も運動したら頭が冴えるかもしれない。付き合わせてもらうか」

桑田・霧切「…………(単純で良かった)」ホッ


・・・


カキーンカキーン…

絶え間無く鳴り響いていたバットの音が止み、三人は体育館の観客席に座って休んでいた。


石丸「…しかし大したものだな。自分で言うのもなんだが僕のコントロールはけして
    良くはないのに、それでも全て的確に捉えて打ち抜くのだから」

桑田「確かにひどいけどノーコンて程じゃねえし、結構いい肩してるから鍛えりゃ
    そこそこ行きそうだけどな。どうよ? これから毎日一緒にやるか?」


331: 2014/01/17(金) 23:47:37.58 ID:SQ3esvZ30

石丸「構わないぞ! あれだけ練習嫌いだった桑田君が努力に目覚めるとは嬉しいことだ!」


だがここでふっと石丸は視線と声を同時に落とす。


石丸「しかし…運動して頭に血が回れば名案でも浮くかと思ったが、そう上手くは行かないものだな」

霧切「何を悩んでいるのかしら?」

石丸「説得だ! ただでさえお互いを疑い合う今の状況は危険なのに、医者の西城先生が
    疑われていてはもし何か事故が起こった時に取り返しの付かない事態になりかねん!
    だから、せめて西城先生の疑いだけでも晴らして指示が通るようにしたいのだが」

桑田「確かに、怪我人が出た時にお前の言うこと聞かねーって言われたらマズいもんな…」

石丸「うむ。…そうだ、霧切君! 理知的な君を説得する言葉がわかれば他のみんなも
    説得出来るかもしれない! どんな言葉を言われたら君は納得してくれるかね?!」

霧切「…そうね。ドクターの今まで…黒幕に奇襲され重傷を負ったこと、舞園さんと桑田君を
    助けたこと、授業の内容が正しいことを順を追って説明していくしかないわね。その時
    大事なのは、視覚に訴えることよ。証拠があればそれだけで人は信じやすくなるから」

石丸「証拠か。授業の内容は医学書でも見せれば良いが、それ以外だと…あっ!」


何かに気付き、石丸はすっくと立ち上がった。


332: 2014/01/17(金) 23:51:36.92 ID:SQ3esvZ30

石丸「どうやら、次にやるべきことが見えたようだ。僕は行くぞ! またあとで会おう!」タッタッタッ…


走り去る後ろ姿を半ば呆れ顔で見ながら桑田は呟く。


桑田「忙しいヤツだなー、アイツ…」

霧切「…彼は恐らく、自分の役割を果たすことで恐怖や不安から逃れようとしているのね」

桑田「ふーん、そういうもんか。まあ、俺みたいに荒っぽくなるよりはマシか?」

霧切「程度問題ね…頑張り過ぎて裏目に出ないといいけれど…」


探偵の勘とでも言うのか。霧切は何か不穏な物を自分の中に感じていた。



               ◇     ◇     ◇



そして同じ頃、食堂では一つの決着が付こうとしていた。


腐川「あ、あんた…なに?! 目つきがヤバいわよ?!」

大和田「…………」


333: 2014/01/17(金) 23:54:03.96 ID:SQ3esvZ30

腐川「やっぱり…やっぱりアタシを頃す気なのねそうなのね?! た、ただじゃ殺されないわよ!」


そう言うと、腐川は妙な行動を取る。自身の長い三つ編みの先を鼻先に持ってきてくすぐり、
呆気にとられている大和田の前で大きなくしゃみをしたのだった。


腐川「ふ、ふぇええっくしょん!」

大和田「あ、なんだぁ?!」


突然の奇行に大和田が一瞬怯むと、突然腐川はテンション高く笑い始めた。


腐川?「……あっらー、もんちゃんじゃなーい?! 久しぶりぃー! ゲラゲラゲラ!」

大和田「ひさしぶりって…今まで普通にしゃべってたじゃねぇか」

大和田(…なんだ、コイツ? 急に人が変わったみたいに…)

腐川?「アイツが人前でアタシを呼び出すなんて珍しいわねぇ。さては、なんかあった??」

大和田(もしかしてコイツ…恐怖で頭イッちまったのか? 俺が…)

大和田(…俺が殺そうとしたから)


そこまで考えて大和田は血の気が引いた。ついさっき人頃しなんてしないと固く誓ったはずなのに、
もう自分はこんな馬鹿げたことを考えている。衝動を止められない。失う恐怖から逃れられない。


334: 2014/01/17(金) 23:56:44.06 ID:SQ3esvZ30

大和田(ダメだ! ダメだダメだダメだダメだ!! 兄貴…バカな俺を叱ってくれ!)

大和田「…その、さっきはいきなり怒鳴ったりして本当に悪かった!
     俺はお前を頃したりなんてしねぇ! だから正気に戻ってくれ」

腐川?「あぁ。ふーん。要はもんちゃんに殺されると勘違いしたアイツがアタシを
     呼んだってワケね。つまんないの、どうせなら本当に殺ってくれればいいのに♪」

大和田「ハア? な、なにブツブツつぶやいてんだよお前…本当に大丈夫か?
     ヤバいなら俺が先公んトコロに連れてってやるぞ?」

腐川?「センキューセンキューノーセンキュー! アハハハハ! アタシはこれから
     愛しの白夜様のトコロに行かなきゃなんないのよ。薬品臭い保健室とか勘弁だから!
     ま、そんなワケで用もないならバイバーイ! ゲラゲラゲラゲラ!」


そう言うと腐川は慌ただしく走り去って行った。その様子をポカンと見送る。


大和田「あ、おい! …紅茶持ってくんじゃなかったのかよ」


とりあえず、人を殺さなくて良かった。大和田は力無く椅子に座り息をつく。

だが、秘密のためには殺人すら犯してしまいそうになる己の心の弱さと、兄への強烈な
コンプレックスを同時に自覚してしまい、その心は大きく揺れ動いたままであった。


335: 2014/01/18(土) 00:04:54.96 ID:rBxDwmFn0

― 自由行動 ―


K(ここが正念場だ…! 何としても、俺は事件を防がなくてはならない!
  時間の許す限り、生徒を見つけて話さなければならないだろう…)


今回はKAZUYAの危機意識が強いため、安価の回数が増えます。


K(人名安価は5、場所安価は2とする)

K(ただし…葉隠、山田、腐川は疑心暗鬼の度合いが強いから今は話せん。
  何か、キッカケでもあれば別だろうが…生徒に鍵があるかもしれんな)

K(人数が多いと混乱しそうだ。分けて安価をしよう。相談したい時や迷った時は
  安価下と書いて下に流すのもアリだぞ)


>>338 人名

>>340 人名

>>342 人名


358: 2014/01/18(土) 01:19:58.45 ID:rBxDwmFn0

量が多くてまとめるのが大変だった…

大和田 >>338
石丸 >>340
十神 >>342
不二咲 >>346
大神 >>348
娯楽室 >>354
桑田の部屋 >>356

ですね。


モノクマ「ちゃんと相談して綺麗に安価を取る姿に先生は感動しました! 頑張って1が続きを書くそうです」

モノクマ「ちなみに、いつもは安価した順に投下していきますが今回に限り時系列が複雑なので
     シャッフルします。ご理解ください。なんだか、Chapter.2はこのSSで最長になる予感だよ…」

モノクマ「それではまた明日or明後日に。バイナラ!」


371: 2014/01/19(日) 23:42:21.99 ID:Fdoiu+/B0

― 脱衣所 PM4:27 ―


KAZUYAが脱衣所に入ると、そこではパソコン相手に作業している不二咲がいた。


不二咲「あ、先生だぁ。今ちょうど起動する所だったんですよ」

K「そうか。では、始めてくれ」


盗聴器はKAZUYAに言われた通り、あらかじめ片付けてある。
KAZUYAに見守られる中、不二咲は例のプログラムを起動させた。


アルターエゴ『おはよう、ご主人タマ!』

K「おお…!」


画面には不二咲と同じ顔が浮かびあがり、それが本物のように表情を変えた。


アルターエゴ『あ、会話機能が追加されてるね。僕、上手く話せてるかな?』

不二咲「うん、ちゃんと話せてるよ。僕の言葉は認識出来る?」

アルターエゴ『出来てるよ! …あ、知らない人がいるね。外見の特徴から、その人が西城先生?』

K「そうだ。俺が西城だ」


372: 2014/01/19(日) 23:47:03.57 ID:Fdoiu+/B0

アルターエゴ『初めまして! いつもご主人タマがお世話になってます!』

K「…ウム」


表面的にはいつも通り冷静だったが、KAZUYAは内心とても驚いていた。クエイドを始め世界の様々な
科学的機関にも顔を出しているKAZUYAだが、ここまで精巧なプログラムは見たことがなかった。
しかも、これを十代の少年が数日で作り上げてしまったのである。冷や汗すら出てくる。


K(これが、『才能』というものなのか――)

K「…大した物だな」

不二咲「先生のおかげだよぉ。最初はキーボードでしか意志の疎通が出来なかったんだけど、
     あのマザーボードに積まれてた最新のCPUとメモリがあったから会話が可能になったんです」

K「上手い具合にパソコンの規格が合って良かった」

不二咲「まさかマザーボードを丸々持ってきてくれるとは思わなかったけど。
     おかげでアルターエゴの処理速度が倍になったんですよぉ!」

K「アルターエゴ…別人格。或いは他我、か。それでこのアルターエゴに何をさせている?」

アルターエゴ『僕は今ご主人タマの命令でこのパソコンの中のデータを調べてるんだ!』

K「どれくらいかかる?」

アルターエゴ『うーん、ロックが厳重だからまだ何日かかかりそう』


373: 2014/01/19(日) 23:51:28.38 ID:Fdoiu+/B0

不二咲「この子はまだ出来たばかりで解析力が高くないから、いろんな人とお話して
     学習すればもっと早く出来るかも。みんなにも教えた方がいいですか?」

K「いずれは知らせるべきだが、今はまずいな。最低でも内通者騒ぎが一段落つかんと厳しい」

不二咲「あ、そっか。内通者に見つかったら大変だもんねぇ…
     昨日桑田君に完成したら見せるって約束しちゃったけどどうしよう」

K「見せてやりたいのはわかるが、アルターエゴの存在を知っている生徒と
  知らない生徒がいれば、いずれ存在を明かした時に揉める。黙っておくべきだな」

不二咲「じゃあしばらくは僕と先生だけの秘密だね!」

アルターエゴ『ボクもだよ!』

不二咲「あ、ゴメンゴメン。えへへ」

K「…フ」


二つのそっくりな笑顔を眺めてKAZUYAも少し笑う。


K「そうだ。夜の話だが…」

アルターエゴ『夜に何をするの?』

不二咲「ふふっ、先生と一緒にトレーニングするんだよ! 僕もやっと男らしくなるんだぁ!」


374: 2014/01/19(日) 23:58:10.42 ID:Fdoiu+/B0

アルターエゴ『わあ! ご主人タマ、頑張ってね!』

K「ああ、その件だが…出来れば俺一人ではなく誰か信頼出来る生徒にも頼むのはどうだ?」


KAZUYAは再び自分に嫌疑がかかったことで、あまり生徒を自分に近付けすぎるのは
マイナスだと判断した。誰か他に親しい生徒がいれば、自分に何かあってもそちらに行ける。


不二咲「…えっと、他の人も誘うということですか?」

K「生徒にも一人か二人あらかじめ秘密を知らせておけば、明日告白する時も気が楽だろう?
  それに、どうせ俺は毎回は付き合えないのだ。誰か教えても良いと思う相手はいないのか?」

不二咲「えーと…じゃあ、大和田君にならいいかな」

K「大和田か…」

アルターエゴ『ご主人タマは大和田君が好きだもんね! いつも先生と大和田君の話ばっかりするんだよ!』

不二咲「あっ、は、恥ずかしいよぉ…」

K「…………」


どうやら無い物ねだりというか、不二咲は自分にない強さを持っている相手が好きらしい。


K「強さとは…肉体の強さだけではないがな」


375: 2014/01/20(月) 00:03:54.97 ID:is+KlVkx0

不二咲「…え?」

K「お前は確かにひ弱かもしれない。だが自分の嫌な所、認めたくない所を直視し
  受け入れることが出来るのも強さだ。そして心の強さは時に肉体の強さを凌駕する」

K「確かに過去のお前はずっと逃げていたかもしれん。だが、今のお前は逃げずに自分を
  変えようとしている。長年のコンプレックスに立ち向かうのは並大抵のことではない。
  お前はもっと自分と自分の強さに自信を持っていいのだ」

不二咲「先生…」


不二咲は何を言えばいいのかわからないようだった。そこに陽気なアルターエゴの声が響く。


アルターエゴ『やったね、ご主人タマ! 尊敬してる西城先生に誉められたよ!
     …あれ、あんまり喜んでないね? どうかしたの?』

不二咲「そ、そんなことないよ! すごく…すごく嬉しくて、僕…!」


やはりどんなに精巧に出来ていても所詮は機械だな、とKAZUYAは思った。不二咲の動揺が
わからないのだろう。だから、代わりにKAZUYAがアルターエゴに教えてやった。


K「人間とは極度に感情が高じると、戸惑ったり逆の感情を出してしまうものなのだ。
  笑い泣きがいい例だな。嬉しいはずなのに涙を流すのだから――」


376: 2014/01/20(月) 00:08:29.59 ID:is+KlVkx0

アルターエゴ『…そうなんだぁ。先生、教えてくれてありがとう! ねぇ、西城先生は
     ボクの先生にもなってくれる? ボクね、もっと賢くなりたいんだ!』

K「構わんぞ。時間のある時に来よう」

不二咲「良かったね、アルターエゴ。先生とお話出来ればきっとすぐに賢くなれるよ!」

アルターエゴ『うん! 嬉しいな!』


機械だとわかっていても、無邪気に笑うアルターエゴにKAZUYAもつい笑いかけていた。


K「さて、そろそろ行くか」

不二咲「あ、僕もうちょっとアルターエゴの調整をしたいな…」


構わないぞ、と言いかけてKAZUYAは何かに気付いた。慌てて脱衣所から廊下に顔を出す。
後ろ姿だったが、大声で笑いながら廊下を駆けて行く腐川が見えた。


K(腐川か? いつもと様子が違ったが、今のは一体…)

不二咲「先生、どうかしたんですか?」ヒョコッ

K「いや…」


377: 2014/01/20(月) 00:12:35.07 ID:is+KlVkx0

再び脱衣所に戻りKAZUYAは考え始める。


K(もし誰かが…特に女子が殺人を企んでいるならば、狙われるのは一人しかいない)

K「不二咲…大事な話がある」

不二咲「なんですか?」

K「先程の動機のせいで、今日はみんなピリピリしている。…もっと言えば、殺人を
  考える程追い込まれている人間も中にはいるかもしれん。考えたくはないがな…」

不二咲「そんな…」

K「約束してくれ。今日一日は絶対に単独行動を取らないと。部屋には俺が送ろう」

不二咲「わかりました…確かに、僕みたいな弱い相手がフラフラしてたら、
     その気がなくても魔がさしてしまうかもしれないですもんね…」

K「夜のことは俺が大和田に後で伝えておく。ついでに夕食の時も迎えに来てもらうよう頼んでおく」

不二咲「すみません…」

K「気にするな。悪いと思うならお前の得意分野で後から存分に返せばいい。
  アルターエゴを使いこなせるのは世界広しといえどもお前だけなのだからな」

アルターエゴ『そうだよ、ご主人タマ! 頑張って!』


378: 2014/01/20(月) 00:16:23.75 ID:is+KlVkx0

不二咲「うん、ありがとう…また今度来るからね」

アルターエゴ『じゃあその時までスリープしています。おやすみなさい…』


アルターエゴを仕舞い、盗聴器を戻してKAZUYAは不二咲を部屋に送った。


・・・


不二咲との約束を果たすため、KAZUYAは大和田を探していた。


K(他の生徒達は部屋に篭っているようだから大和田も自室にいるかと思ったが、
  留守だったな。どこにいるんだ? …いつもなら食堂辺りに人が集まるのだが)


念のために食堂を覗くと、一人席に座り虚空を見つめる大和田を見つけた。


K「(ここにいたか)大和田」

大和田「(ビクッ)な、先公か…」

K「少しお前に話があってな」


そう言ってKAZUYAは大和田の正面に回り込む。


379: 2014/01/20(月) 00:19:40.20 ID:is+KlVkx0

大和田「は、話だぁ…?」

K「…?!」


KAZUYAは驚愕した。大和田の瞳は大きく揺れて落ち着きを失い、見るからに様子がおかしい。


K「――何があったんだ?」

大和田「な、何もねぇよ!」


大和田はそう声を荒げるが、いつものような赤い顔ではなくその顔は目に見えて青かった。


K(そういえば、大和田はあの動機で特に大きく動揺していたメンバーのうちの一人だな)

K(放っておくのは危険だ…!)


やや詰問する調子でKAZUYAは大和田に問い掛けた。


K「誰かに会ったのか?」

大和田「! その…ちょっと、腐川にだな…」

K「腐川?」


380: 2014/01/20(月) 00:23:47.28 ID:is+KlVkx0

意外過ぎる名前にKAZUYAは驚く。少し前に謎の奇行を見せていた腐川と会っていたとは。


K(腐川…腐川もまた要注意人物の一人ではないか…!)

大和田「なにもしてねえ! 俺はなにもしてねえからな! ただあいつが勝手に
     様子がおかしくなっただけだ! 俺のせいじゃねえぞ!」

K「…わかった。腐川の様子がおかしいのだな? 俺が後で様子を見に行こう」

大和田「お、おう。そうしてくれや」


要注意人物の二人がニアミスして、危うく事件が起こりかける所だったのだと悟り、
KAZUYAも自身の血の気が引くのを感じていた。もはや一刻の猶予もない。


K(一人にさせておくのは危険だ! 俺の監視下に置くか、或いは逆に集団の中に入れておかねば…)


こうなってはいつどんな間違いが起こるかわからない。
焦るKAZUYAの姿を見て、大和田はボソリと呟いた。


大和田「…あんたも大変だな」

K「何がだ?」

大和田「俺達が事件を起こしたりしねえように、今も必氏に走り回ってくれてんだろ?」


381: 2014/01/20(月) 00:28:25.55 ID:is+KlVkx0

K「…………」


KAZUYAは視線を落とす。


K「…すまない。俺の力不足でお前達を不安にさせてしまって」

大和田「な、なにテメェが謝ってんだよ! 俺は、全然不安なんかじゃ…」

K「強がらなくていい。こんな状況で不安にならない人間などおらん。俺も今…とても不安だ」

大和田「…………」

大和田(なんで…なんでよりによって今気がついちまったんだ…)

大和田(こいつ…時々兄貴そっくりの目をしやがる…)


偉大な兄・大亜が仲間を護るために放つ鋭い視線、もしくは弟の自分を見守る時の
穏やかな眼差し…その二つを眼前の男は持ち合わせていた。最初から勝てる訳がなかった。


大和田(そうか…こいつがただの先公じゃねぇってことは会った時からわかってた。
     なのに、俺はなんかこいつが気に入らなくて最初のうちは反発ばっかしてたな…)

大和田(俺は無意識に…兄貴をこいつに重ねてたのか…)


382: 2014/01/20(月) 00:32:51.65 ID:is+KlVkx0

兄のことは尊敬していたが、同時に超えるべき壁でもあった。兄亡き今、大和田は乗り越える壁を失い
その不満やコンプレックスは気付かない内に心の奥底に滞積していたが、KAZUYAを兄の代わりと捉え
無意識に超えようとしていたのだ。その事実に気付くと、大和田は少しだけ心穏やかになった。


大和田(兄貴がこいつの姿を借りて俺に忠告に来てくれたんだ…俺がバカな真似しねぇようにって…)

大和田「そうだよ…俺、本当は不安で不安でしかたねぇんだ…! なぁ、助けてくれよ…!
     あんた先生だろ…?! 俺は一体どうしたらいいんだ?!」

K「落ち着け。あの封筒の中にどんなことが書いてあろうが俺はお前の味方だ!」

大和田「でも、あれのせいで俺の大切な物がなくなっちまうかもしれねぇ…
     兄貴との男の約束も守れねえ…そう思うと俺は震えが止まらねえんだ!」

K(大切な物…兄との約束…)


その時、KAZUYAは大和田がサウナで語った言葉を思い出した。


K(大和田にとって最も大切な物は兄と作り上げた自身のチーム。そして、兄は事故で氏んでいる…)

K(…恐らく、大和田の秘密はチームが崩壊するような内容なのだ。それが暴露されることを大和田は
  極度に恐れている。推測だが、兄と氏ぬ前に約束でもしたのだろう。絶対にチームは自分が守ると…)


383: 2014/01/20(月) 00:38:49.48 ID:is+KlVkx0

人頃しを決意させるような内容なのだから当然と言えば当然だが、思った以上に難解な悩みだった。
如何に暴走族といえど、兄との思い出があり日本最大を誇る組織を気軽に諦めろとは言えないだろう。


K「お前の苦しみはよくわかる。だが…だが、それでも誰かの命を奪う訳にはいかんだろう?
  男の約束は確かに重い物だ。お前は兄にチームを守ると約束したかもしれん」

K「だがお前の兄はお前に人頃しになってまでチームを守って欲しいと思っているだろうか」

大和田「…………」

K「暴走族も暴走行為や喧嘩など軽犯罪は行っているが、人頃しはしないだろう?
  自身のチームと亡き兄を誇りに思うなら人頃しなんてするんじゃない」

大和田「…………」


全て、頭の中ではわかっていることだった。だがそれでも、面と向かって誰かに
言われるのではその重さが全く違った。KAZUYAの言葉の一つ一つが胸に沁みていく。


大和田「わかってる…わかってんだよ、俺だって…」

K「第一、単に誰かを殺せば良いのではなく周囲にバレないことが必須条件だぞ?
  もしお前が誰かを頃してもあっという間にバレてお前は処刑だ。わかるな?」

大和田「処刑…」


384: 2014/01/20(月) 00:42:44.45 ID:is+KlVkx0

KAZUYAに言われ現実味が湧いたのか、大和田はガタガタと震え出した。


大和田「先公、俺はどうすればいいんだ…俺、すぐカッとなる所があるだろ?
     その気がなくてもこんな状況じゃうっかり誰かをヤッちまうかもしれねぇ」

K「一人でいるか、逆にみんなと一緒にいろ。誰かと二人っきりになるからいかんのだ。
  とりあえず、今は部屋に戻れ。ちょうど、不二咲にも似たようなことを言った所だ」

大和田「不二咲? あいつ、何かあったのか?」

K「いや…お前とは逆だ。あんな小柄な子がこの状況でフラフラ単独行動していては
  危ないだろう? だから部屋に篭るか誰かと複数で行動するように指示したのだ」

大和田「ああ、そうだな…もし内通者が女だったりしたらあいつが一番危ねえ」

K「…そこで頼みがある。不二咲はお前をとても信頼しているようだ。だから、
  夕食の時不二咲をここに送り迎えしてやってくれんか。石丸と一緒に」

大和田「不二咲が俺を? …おう、わかった。任せてくれ」

K「そしてお前の元には石丸に来てもらうように頼もう。いくらお前が短気でも
  まさかあいつを頃したりはせんだろう?」

大和田「ったりめーだ! 兄弟が無神経なのなんて今に始まったことじゃねえからな!」

K「よし。言ったな」


385: 2014/01/20(月) 00:48:40.40 ID:is+KlVkx0

KAZUYAは立ち上がって大和田の横に立つと、その両肩を掴んで屈み大和田に目線を合わせた。


K「俺と男の約束をしてくれないか。絶対に間違いを、人頃しなど犯さないと」


そう言って大和田の目を見据えるKAZUYAの瞳はどこまでも真っ直ぐで深かった。
目を逸らすことなど到底出来ない。大和田は心からこの信頼に応えたいと思った。


大和田「…ああ、わかった。とにかく気をつける」

K「石丸を見つけ次第お前の所に向かうよう伝えておく。とりあえずお前は部屋に戻れ」

大和田「…すまねぇ」


大和田が部屋に戻るのを見届け、KAZUYAは深く息を吐く。
今や、生徒一人一人が爆弾にでもなったかのようだ。油断すればあっという間に起爆する。


K(…急がねばなるまい)


KAZUYAは次の生徒の元へと急いだ。


394: 2014/01/24(金) 23:25:59.26 ID:doJOj3cW0

・・・


KAZUYAは大和田のことを伝えようと石丸を探していたが、見つからなかったので先に腐川の様子を
見ようと図書室へ移動した。図書室に入ると、案の定というか十神が本を読み、一瞥もくれずに呟く。


十神「…また客か」

K「また? 俺の前に誰か来たのか?」


KAZUYAの問い掛けには答えず、十神は独り言のように後を続けた。


十神「…それも目障りな正義漢気取りのうるさい奴ばかりやって来る」

K「石丸が来たのか…」


こんな所にいたのか。通りで見つからない訳だとKAZUYAは唸る。


K「何をしに来たんだ?」

十神「さあな。答える義理もない。本人に直接聞くか腐川に聞け」

K「腐川に?」


そうだ、自分も腐川に用があったのだと辺りを見回すと、椅子の上に倒れている腐川が見えた。


395: 2014/01/24(金) 23:30:52.54 ID:doJOj3cW0

K「腐川っ?!」


KAZUYAが慌てて駆け寄ると、どうやら腐川は気絶しているようだった。
念のために呼吸と心拍を確認するが別段異常はない。


K「何故倒れている? お前が何かしたのか?」

十神「俺じゃない。そいつの血液恐怖症は知っているだろう? 勝手に倒れただけだ」

K「そうか…」


十神の性格から考えて、倒れた腐川を運んでやるなどと殊勝な行為は有り得ない。
恐らく石丸が椅子を並べてベッド代わりにし、そこに腐川を寝かせてやったのだろう。


K(しかし、こんな場所で誰の血を見たというのだ? 見た所十神にも腐川にも怪我はない。
  石丸が怪我をしたのか? …そもそもあいつは何をしにここへ来たのだ?)


そこでふと、石丸も自分と同じように様子のおかしい腐川を見て、心配してここへ
やってきたのではないかと思いついた。ならば特にKAZUYAが気にすることはないだろう。


K「俺は腐川に話がある。起きるまで待たせてもらうぞ」

十神「…勝手にしろ」


396: 2014/01/24(金) 23:34:28.47 ID:doJOj3cW0

K「…………」


そうは言っても、貴重な時間だ。ただ手持ち無沙汰でぼんやりしている訳にはいかない。


K「十神よ。お前はまだこの頃し合いをゲームだと思っているのか?」

十神「他ならぬ主催者がそう言っているだろう。誰かの命を奪って脱出するか
    奪われて終わるか。いわばこれはゼロサムゲームなのだ」

K「奪われた者は命はおろかこれからの人生全てを失い、奪った方も負わなくていい
  罪と咎を今後一生背負っていかねばならん。これがゼロサムなものか!」

十神「言葉遊びには興味はない。俺は今までだって大勢の人間を踏み台にして勝ってきた。
    十神の家に生まれた以上、俺は常に勝ち続けなければならない宿命なのだ」

K「お前がどこの誰かなど関係ない。もしお前が誰かを頃すなら、俺は絶対に容赦せんぞ」

十神「好きなだけ言えばいい。だが最後に勝つのは俺だ」

K「この場に勝ち負けなど存在するものか。黒幕の思い通りに動けばその時点で敗北だ!」

十神「…………」

K「…………」


まさしく意見が平行線でいくら話してもラチが明かない。この男を口で説得するのは無理だ。
ならば物理的に事件を防ぐ他あるまい、とKAZUYAは苦い顔をするのだった。


397: 2014/01/24(金) 23:39:07.28 ID:doJOj3cW0

・・・


KAZUYAと十神がもはや交わす言葉もなく無言でいると、腐川が盛大にその沈黙を破った。


腐川?「おっはよーん! さっき戻されたのにもうアタシを呼び出すなんて白夜様ったら
     ツンデレなんだからぁー! 寂しかった? 寂しかった? ゲラゲラゲラ!」

K「ふ、腐川…?」


そこにはKAZUYAの知る腐川の姿はなかった。陰気でボソボソと話す腐川とはまるで真逆の、
言い方は悪いが変な薬でもやっているのではと思うほどテンションの高い腐川がいた。


腐川?「あっらー? お久しぶりじゃない、セ・ン・セ! 全然気が付かなかったわぁー」

K「あ、ああ」

腐川?「なになに? センセもアタシに会いに? でも悪いわねー! 前にも言ったけど
     アタシゴツいのはタイプじゃないの! 顔は全然悪くないんだけどね。うーん、惜しい」

K「その、腐川…?」

腐川?「ちょっと! 何度も言ってるけどアタシを呼ぶ時は…!」


398: 2014/01/24(金) 23:46:52.12 ID:doJOj3cW0

十神「腐川!」


腐川が何か言いかけようとすると、十神が制止の声を上げ恐ろしい顔で睨んでいる。
惚れた弱みというものか、流石のハイテンションも罰が悪い顔を浮かべた。


腐川?「あ…あーご機嫌ナナメな感じ? アタシが他の男と話したから? もう白夜様ったらぁ…」

十神「全く、折角一度戻したというのに奴が余計な真似をするから…」

K「余計な真似?」

十神「こっちの話だ。とにかく、腐川がこの状態になるとうるさい。貴様もさっさと帰れ!」

K「しかし…そもそも俺は腐川の様子を見にここへ来たのだ。腐川…その、大丈夫か?」

腐川?「大丈夫か?って大丈夫に決まってるじゃなーい! アタシが大丈夫じゃない時なんてあった?」

K(どちらかと言うといつも大丈夫なようには見えないのだが…特に今は酷いな)


長い舌を蛇のようにビラビラと動かし上機嫌な腐川にKAZUYAは違和感が止まらなかった。
ハッキリ言わせてもらうと少し気持ちが悪い。なんとも言えない不気味さがあった。


K「…さっき配られた動機について聞いてもいいだろうか?」

腐川?「え? そんなんがどーかしたの? それともセンセ、アタシのがそんなに気になるのぉ?」


399: 2014/01/24(金) 23:52:13.50 ID:doJOj3cW0

K「あ、いや、無理に聞き出すつもりはない。君が特に気にしていないのならそれで構わないが」

腐川?「ぜーんぜん。ほらアタシってばオープンな人間だから! 貴腐人コースまっしぐらな
     腐女子だってことも別に全然隠してないし、殺る時も殺る気隠さないし。なんちって!」

K(貴婦人? 婦女子? 隠すも何もないと思うが…)

K「…まあいい。問題がないなら俺は帰らせてもらうぞ」

腐川?「じゃーね、センセ! また今度お話しましょ~」ブンブン!

K「…………」


図書室を出ると、KAZUYAは腕を組んで悩み始めた。


K(確かに、様子が変だったな…あれを見てしまったのなら大和田の動揺もわかる。不自然だ。
   …ただ秘密がバラされるとわかって自棄になっている可能性もあるし、何とも言えん…)


ズキン、と唐突に頭が傷んだ。保健室で腐川と何かを話している映像が浮かぶ。


K「う、今のは一体…」

K(…何か思い出しかけたな。俺はあの状態の彼女に一度会っている…ような気がする)


しかしそれ以上は思い出せなかったので、KAZUYAは早々にその場を後にした。


400: 2014/01/24(金) 23:57:55.76 ID:doJOj3cW0

・・・


図書室へ来たついでにKAZUYAは娯楽室へと足を運ぶ。セレスの様子が気になったのだ。
案の定、娯楽室では退屈そうにトランプを弄ぶセレスがいた。娯楽室へ入ってくる
KAZUYAに気付くと、カモでも見つけたかのようにセレスは嬉しそうに微笑んだ。


セレス「あら、ごきげんよう。先生」

K「ああ」

セレス「今日はお忙しいのではありませんか?」


試すようなイタズラっぽい目で問いかけるセレスに、KAZUYAは少し疲れた様子で同意する。


K「…そうだな」

セレス「遊んでいる余裕なんてありますの?」

K「こんな状況だ。俺は生徒全員の様子を見る。前にも言ったはずだ」

セレス「そうですか…」

セレス(一言で言うと邪魔、ですわね。こうも頻繁にわたくしの所へ来ると
     言うことはわたくしを警戒しているということでしょうし)

セレス(ですがギャンブルは運だけではなく心理戦も重要。先生の思考パターンや
     行動の癖を把握しておくというのは決して無駄ではありません)


407: 2014/01/25(土) 01:37:36.29 ID:F/QVf6cC0

K「起こらないさ」


KAZUYAは力強く答えた。


K「俺は生徒を信じているし、もしもの時があれば全力で防ぐ。だから事件は起こらない」

セレス「…そうですか」

セレス(結局は感情論ですか。もっと冷静で論理的な思考の出来る方だと思っていましたが。
     クールな外見や物腰に反して、内面は石丸君のような熱血漢のようですわね。
     まあ、もう事件なんて起こらないと思い込んでいる石丸君よりはマシでしょうが)


淡々と感想を述べるセレスに対して、今度はKAZUYAが仕掛けた。


K「ちなみに、君はどんな動機だったんだ?」

セレス「聞かれて答えるとお思いですの?」

K「聞いてみただけだ」

セレス「ご安心を。こんなもので人を頃したりなんていたしませんわ」ニコッ

K「…………」


KAZUYAはセレスの反応を見たかっただけだが、流石ギャンブラーと言うべきか。
鉄壁のポーカーフェイスはこの程度では微塵も揺るがなかった。


408: 2014/01/25(土) 01:48:17.73 ID:F/QVf6cC0

セレス「疑っていらっしゃいますのね」

K「…いや、俺は生徒を信じる」

セレス「顔に出ていますわよ?」

K「少し疲れているだけだ…」

セレス「そうですか。では今日はゆっくりお休みなさいませ」


コロコロと笑うセレスを背後にKAZUYAは席から立ち上がり、娯楽室を出た。
してやられたな、と苦い思いを抱えながら溜息をつく。


K(セレスティア・ルーデンベルク…想像以上に手強い。難しいな…)


・・・


その後、当初の予定通り石丸を探していたが一向に見つからない。
相変わらず部屋には戻っていないようだし、一体どこをほっつき歩いているのかと唸る。


K(大和田のことを石丸に伝えなければならんというのに…)

K「…一度保健室に戻って頭を整理するか」


409: 2014/01/25(土) 01:53:12.94 ID:F/QVf6cC0

保健室に戻ると、なんとそこで何やら不審な行動を取っている石丸を発見した。


石丸「あ、西城先生」

K「灯台下暗しと言うが、こんな所にいたのか! 探したぞ」

石丸「僕を探していたのですか?」

K「ああ、重要な話がある。とりあえず座れ」


石丸と向き合うように愛用の椅子に座ると、KAZUYAは腕を組んで切り出した。


K「大和田のことだ」

石丸「…兄弟が、どうかしたのですか?」

K「単刀直入に言うが、精神状態が極めて悪い。今回のことでかなり追い詰められているようだ」

石丸「!」

K「さっき少し話したが、今のままだと何かの拍子で暴走してしまうかもしれないと
  非常に不安がっていた。…俺も正直今のあいつは危ういと思っている


410: 2014/01/25(土) 01:58:22.14 ID:F/QVf6cC0

石丸「しかし! 兄弟が人を頃したりする訳…!」

K「頃すつもりがなくとも事故で頃してしまう可能性はある。拳とて時には凶器となりうるだろう?」

石丸「…僕に兄弟のことを見ていて欲しい。そう仰りたいのですね?」

K「そうだ。すぐ横に誰かがついて、何かあっても止めに入れれば大丈夫だろう。
  お前が側にいてやればあいつも落ち着くだろうしな。絶対に大和田から目を離すな」

石丸「そういうことならわかりました」


力強く頷く石丸を見てKAZUYAは安心するが、ふとこの男もあの動機で青ざめていたことを思い出した。


K「そういえば、お前は大丈夫なのか?」

石丸「僕は大丈夫です!」

K「なら良いのだが…いや、あの紙を配られた時少し顔色が悪かった気がしてな」

石丸「あ、それは…」


KAZUYAが動機に言及すると、石丸の顔が急に暗くなる。これはマズイか?とKAZUYAは
一瞬警戒するが、石丸は次にはもう決意を固めた顔をしていた。


411: 2014/01/25(土) 02:06:58.48 ID:F/QVf6cC0

石丸「先生、僕の秘密を聞いてくれませんか」

K「…………」


石丸が語った過去は成程、想像に難くないことだった。いや、今までのこの男を見ていれば
当然のこととも言えた。しかし、誰よりも生真面目な男だ。この秘密は意外と堪えたのではないか。


石丸「恥ずかしい、情けない過去です…ですが、今の僕は違う! 今の僕には守るべき仲間達と
    兄弟という親友がいるのですから。だからもう、この秘密は何の意味も持たないのです」

K「そうか…安心した。ではお前を信頼して俺は頼む。大和田を助けてやって欲しい」

石丸「はいっ! 言われなくても!」

K「そういえば、お前は何故ここにいたんだ? もしや俺を待っていたのか?」


石丸が保健室を訪れる時は決まって勉強の話である。しかし、石丸は今回に限り否定した。


石丸「いくら僕が空気を読めないからと言って、流石にこんな時まで勉強しようなどとは
    言いませんよ。実は、先程ここからお借りしていた物を返しに来たのです」


412: 2014/01/25(土) 02:13:24.13 ID:F/QVf6cC0

K「借りていた物?」

石丸「そうだ! 謝罪するのをすっかり忘れていた。勝手にお借りしてしまい申し訳ありませんでした!」


そう言って石丸が取り出したのはKAZUYAにとってとても馴染み深いアレだった。
どうやら先程妙な行動をしていたのは、借りていたこれを戻していたからのようだ。


K「お前…こんな物を一体何に使っていたんだ?」

石丸「後できっとわかります!」


そう言って石丸はニコニコと笑っていた。KAZUYAは腑に落ちなかったが、有耶無耶にされたので
追求はしないでおく。石丸はKAZUYAに別れを告げ保健室を出ると、あることを思い出した。


石丸(まだやるべきことは終わっていないが…やむを得ん。彼女は後回しにしよう。
    今は先生に言われた通り兄弟の所に行くべきだな、うむ! 待っててくれ、兄弟!)


そして石丸は寄宿舎の方へ駆けて行った。


413: 2014/01/25(土) 02:23:53.51 ID:F/QVf6cC0

ここまで。

今回のようにセレスは安価やコンマで勝負を仕掛けてくることが多々あります。
まあ、ギャンブラーですしね

ちなみに連絡ですが、所用のため申し訳ありませんが今月はもう投下に来れません。
再開は2月に入ってからになります。レス返くらいはなんとか出来ると思いますが
まあ、その間は雑談でもしていただければ幸いです。続きはちゃんと書き溜めて
あるので、急に書き込みが途絶えたら事故にでもあったと思って下さい。それでは…


414: 2014/01/25(土) 02:48:44.59 ID:Udq9O4N2o

引用: 桑田「俺達のせんせーは最強だ!」石丸「西城先生…またの名をドクターK!」カルテ.2