423: 2014/02/02(日) 18:20:56.82 ID:33uHGtI40

桑田「俺達のせんせーは最強だ!」石丸「西城先生…またの名をドクターK!」カルテ.2【前編】
・・・


用も済んだのでKAZUYAは校内の見回りを始めた。その途中、廊下に一人佇む大神を見つける。


K「大神、こんな所でどうかしたのか?」

大神「西城殿。いえ、特に何かしている訳ではないのですが」

K「一人とは珍しいな。今日は朝日奈は一緒ではないのか?」

大神「先程までは部屋で共に話をしておりました。もう朝日奈が落ち着いたのと
    考え事をしたくなったが故、今は一人で当てもなく歩いていた次第」

K「そうか」


少し話でもしようかとKAZUYAも何か話題を考えるが、ふと大神の暗い顔が気になった。


K「大神は…先程の動機の件は大丈夫なのか?」

大神「あれについては問題ありませぬ」

K(あれについて『は』か。では他に悩みがあるということか?)


425: 2014/02/02(日) 18:23:35.52 ID:33uHGtI40

長年様々な患者を診て数え切れない修羅場をくぐってきたKAZUYAだが、唯一苦手なものが女心だった。
女性の複雑怪奇な心の動き、嘘、演技。これだけはKAZUYAの高い洞察力と勘の良さを持ってしても
完全に読み切ることは不可能であり、過去に舌を巻かされたこともたくさんあった。


K(大神は生徒の中では特に精神が落ち着いているし、味方ならこのうえなく頼りになるだろうが…)


何故濁したか。それは内通者問題に端を発する。


K(モノクマは内通者が複数いるような表現をしていた。勿論、俺達の混乱を煽るための
   ブラフの可能性もある。だが、内通者があの江ノ島だけではな…)


江ノ島は腕はかなりのものだろうが、正直頭が回るとは言いづらい。自分以外にも、
恐らく洞察力の高い霧切あたりには正体を看破されているのではなかろうか。
…となると、黒幕が江ノ島一人に内通者としての役割を期待する可能性は低い。


K(もし俺が黒幕なら、江ノ島一人に全てを任せるのは心配だ。予備としてもう一人は
  動かせる駒を用意する。つまり、まだ内通者が潜んでいる可能性はゼロではない…)

K(そして断言しよう。男子の中に内通者はいない)


426: 2014/02/02(日) 18:27:41.21 ID:33uHGtI40

あまり限定し過ぎるとかえって疑心が湧くだろうと苗木には控えめに伝えたが、
実の所KAZUYAは十神、葉隠、山田の三人も内通者ではないと判断していた。


K(まず十神。あいつは仲間内の不和や不安を煽る役目としては優秀だが、他の生徒と
  敵対し過ぎだ。一歩間違えば対十神で他の生徒達が団結しかねなかった)

K(内通者としては江ノ島のように味方の中に入って暗躍した方が都合が良いに
  決まっている。そして頭の良いあいつがそんな下手を打つのは有り得ないだろう)


こういう訳でKAZUYAが内通者の存在に気付いた時、真っ先に疑いが外れたのは実は十神だった。


K(…かと言って葉隠と山田もない)


そこまで親しく付き合ってきた訳ではないが、あの二人があまり頭を使うのが得意ではなく
非常に臆病なのはKAZUYAにもわかった。場の空気に飲まれやすいので騙して動かすのは簡単だろうが、
内通者として不自然な行動を取れば自分なら一目で見抜ける自信がある。


K(問題は女子だ…)


正直霧切のことも、学園長の娘で数々の事件を解決した優秀な探偵という身元を知らなければ
到底信用出来なかった。そのくらいKAZUYAに対して女心とは鬼門なのである。


427: 2014/02/02(日) 18:34:54.36 ID:33uHGtI40

K(朝日奈は江ノ島と似た雰囲気だし、嘘をつけばわかりそうなものだが
  もしかしたらあの性格すら演技の可能性もなくはないしな…)


もしあれが嘘だったら人間不信になりそうだな、とKAZUYAは密かに思う。


K(腐川も陰気な性格かと思えばあんな明るい性格も持っていた。まったく、女心はよくわからん…)


そういう意味では不二咲が男で良かった気がしなくもない。そう、良かったのだ。


K(大神も見かけは立派な武人だが、一応女子高生だ。内面がどうなっているかまではわからん。
  …特にこの集団の中で最高とも言える戦力を持っている。黒幕としては押さえておきたい筈だ)


特に、時折大神はどこか遠くを見ていたり、楽しんでいたはずなのにふと我に帰って
他の生徒達をジッと見ている瞬間があった。セレスのようにあからさまに怪しくはないが、
どこか儚さを感じさせる大神は、KAZUYAとしても実は少し気になる存在だったのである。


大神「西城殿」


428: 2014/02/02(日) 18:45:48.57 ID:33uHGtI40

K「何だ?」

大神「……いえ」


大神は何かを言いかけたが、すぐにやめた。代わりに別の話を振る。


大神「…手合わせはやはりしてもらえませぬでしょうか?」

K「(いつもなら断る所だが…)受けてもいいが、俺は格闘家としては素人同然だぞ?」


大神の表情が気になり、KAZUYAは申し出を受けることにした。心を読むことは出来なくても、
武人ならお互いの拳を交わらせればわかることもあるだろう。問題は自分が武人ではないことだが。


大神「それでも構いませぬ」


ビシッ! ドシュッ! ズバァッ! スパァァン!

体育館中に激しい衝突音を響かせながら、KAZUYAと大神が戦う。


K「うおおおっ!」

大神「むぅんっ!」

K(クッ、やはり本物を相手にするのは辛いな…)


429: 2014/02/02(日) 18:52:21.59 ID:33uHGtI40

KAZUYAとて十分に鍛えているつもりだし、多少の使い手であってもパワーと経験で
十分に立ち回ることは出来た。しかし、大神のようにまさしく世界の頂点を目指すような、
幼い頃から徹底的に訓練をしている真の武人相手では流石に分が悪い。

それなりに粘りはしたものの、当然のごとく先に膝をついたのはKAZUYAだった。


K「フゥ…フゥ…女性でありながらこれほどまでとはな…」

大神「いや、西城殿もなかなかでございました。医者にしておくのは実に惜しい」

K「…よく言われるよ」


大神は多少息が荒くなっていたものの、さして疲労しているようには見えない。


K(…俺は、今のままで生徒を守りきれるか?)


相手が一応女性なのと本業は医者だからと今までずっと組み手を避けてきたが、
一度本格的に取り組む必要があるかもしれないとKAZUYAは考え始めていた。


K「もう一度頼んでいいか?」


430: 2014/02/02(日) 18:58:07.57 ID:33uHGtI40

大神「あれほど嫌がっておられたのに、よろしいのか?」

K「たまには運動するのも良いと思ってな。気分の晴れない時は運動で発散させるのもありだ」

大神「フッ、先程同じことを朝日奈も言っていた」

K「では行くぞ!」


― 保健室前の廊下 PM5:57 ―


保健室の前に怪しい動きをする大きな影が一つ。
その特徴的な髪型はたとえ百メートル先からでも彼だと認識することが出来る。


葉隠(さーて、どうすっかなー…)


辺りをキョロキョロと見回しながら廊下を行ったり来たりするその姿はどう見ても
不審者そのものだった。そこにもう一つ特徴的なシルエットを持つ大柄な人物が加わる。


山田「お、おやおや葉隠康比呂殿?! そんな所で一体何を…?」

葉隠「うおっ! …なんだ、山田っちか。驚かさないでほしいべ…」


432: 2014/02/02(日) 19:13:48.90 ID:33uHGtI40

山田「驚いたのは僕の方ですよ。そんな所でなにをしているんです?」

葉隠「い、いや~そのな…山田っちこそなにしてんだ?」

山田「えーと、それはですねぇ…」


お互いに口ごもる。壁を見たり足元を見て気まずそうにしていると、背後に突如巨大な影が現れた。


K「そんな所に突っ立って、俺に何か用か?」

葉隠・山田「ひ、ひえええええええええっ?!」


腰を抜かしそうになる二人の前には、全身から湯気を放ち少し濡れ髪のKAZUYAが立っていた。
大神との激しい組手の後、大浴場で汗を流しちょうど今戻ってきた所なのである。


葉隠「あ、いや…その…」

山田「ちょ、ちょっとお話でもと…」


気まずい雰囲気を漂わせる二人をKAZUYAは怪訝に睨む。


433: 2014/02/02(日) 19:19:15.97 ID:33uHGtI40

K「…今日は客が多いな。まあいい。二人とも中へ入れ」


保健室の中へと促し、KAZUYAは腕を組んで二人を見下ろす。


K「で、お前達が揃って一体俺に何の用だ?」

葉隠(あー、当然っちゃ当然だが…)

山田(怒ってますよねー。証拠もないのに内通者疑惑なんてかけられたんですから…)

葉隠「いや、なぁ。その…さっきのことを謝りに来たんだべ」

山田「おや、奇遇ですねぇ。僕もですよ」

K「謝りに来た?」


訳がわからない。二人共唐突に何を言い出すのか。


葉隠「その感じだと山田っちもか。いやー、実はな? さっき石丸っちが俺達の部屋に来たんだべ」

K「…石丸が?」


434: 2014/02/02(日) 19:25:18.81 ID:33uHGtI40

葉隠「そうだべ。でな…医学書開いて先生の授業に嘘なんて何一つなかったって熱弁されて…
    あと血まみれの白衣持ってきてな…先生が黒幕と繋がってるなら、殺されかけるなんて
    おかしいだろう! そのことをよく考えたまえ! とかめっちゃ言われてよ…」


血まみれの白衣。KAZUYAが襲撃された時に来ていた物だ。一応洗濯したのだが、ただでさえ
白地に赤は目立つ上、日が経っていたためかほとんど汚れが落ちなかった。石丸はよく
保健室に勉強に来ていたから、白衣を干していた時も確かいたし話した覚えもある。

ハッとKAZUYAは先程のやり取りを思い出した。石丸はKAZUYAの白衣を勝手に
持ち出したことを謝っていた。このために持ち出したのか!と思わず目を見開く。


山田「冷静に考えれば味方同士で狂言殺人なんて回りくどいことをするよりも、いっそのこと
    誰かを頃した方が手っ取り早いし、西城医師は江ノ島盾子殿も救いましたしね」

葉隠「授業の中身が正しいなら、先生は人を助けることしかしてないって結論になったんだべ」

K「お前達…」


KAZUYAは内心感激していた。正直な話、自分一人で今の事態を収めるのはかなり苦しいだろうと
判断していたのだ。だからこそ苗木や霧切と言った頭の回る生徒達に協力を仰ぐことにした。
そして今、KAZUYAが何もしていなかった所からも別の生徒によって新たな救済が来たのである。


435: 2014/02/02(日) 19:32:58.38 ID:33uHGtI40

K(…これなら何とかなるかもしれん)


追い風が吹いて来ている。そう感じた。…ただし、その追い風はまだ決して強くはない。
何故ならこの二人、KAZUYAは内通者の可能性が低いと判断しただけでまだ完全に
信頼していないからだ。…もっと言えば、下心があった。


葉隠(あーよかった。なんとか許してもらえそうだべ)

山田(我々の前で手術をしているから、この方が正真正銘本物の医者だということは確か。
    もしこの方が内通者でなかった場合、機嫌を損ねていざという時に見捨てられては
    たまりませんからな! パーティーに一人は回復役を入れておくものですぞ!)

葉隠(見た目からしてヤベーし、先生が味方なら怖いもんなしだ! 俺は強い奴の味方だべ!)


勘の良いKAZUYAは二人から漂うそんな邪な気配も感じていたが、それでもあからさまに
敵対されて場の空気を悪くされるよりはよっぽど良かった。


K「わかった。お前達のことを許そう。ただ…」

葉隠「桑田っちと舞園っちのことか? 悪りぃけどその二人はちょっと…」

山田「仮に内通者でなくとも前科者には違いありませんからね。仲良くするのは難しいです」


436: 2014/02/02(日) 19:40:50.20 ID:33uHGtI40

K「そうか…いや、無理強いはせん」

葉隠「と、とにかくいざという時は頼むべ!」

山田「ちゃんと僕も助けてくださいよ!」

K「わかったわかった」


そう言って二人はそそくさと去って行った。


K(さて、今なら俺の策も上手く行くか?)


あれやこれやと頭を回しながら、KAZUYAは保健室で一人思案した。



― 食堂 PM6:07 ―


夕食の時間は朝食会と違って時刻が決まっている訳ではないが、食事当番が作る時間は
決まっているのだから生徒達が集まる時間というものは大体決まっている。
桑田は恐る恐る食堂に足を踏み入れた。


「!」


437: 2014/02/02(日) 19:47:24.95 ID:33uHGtI40

一斉に視線が突き刺さる。食堂には苗木、舞園、KAZUYA、霧切を除く全員がいた。
あれだけ疑心暗鬼でも、やはり集団でいた方が安心だと思ったのかもしれない。
ただしいつも以上にグループ化が進み、一人で食事をしている者が半数を占めた。


桑田「あ、あのさぁ!」


食堂の真ん中へと歩み出ると、桑田は勇気を振り絞って大声を出した。


桑田「その、さっきは暴言吐いたりして悪かったよ! 俺、ちょっとカッとなっちまってさ…
    もう、やらねえように気をつける…あと俺は内通者じゃねえから! そんだけだ!」

「…………」


謝ったものの、相変わらず桑田を見る生徒達の視線は冷たい。


腐川「ふん、どーだか…」

セレス「まあ、口では何とでも言えますからね」


438: 2014/02/02(日) 20:01:52.02 ID:33uHGtI40

嫌みが聞こえたが聞かなかった振りをする。何を言われても我慢するとKAZUYAと約束したのだ。
一応謝罪はしたのだからもういいだろうと桑田は食事を取りに行こうとするが、
例によって全く空気を読まない男が立ち上がり大きな声をあげた。


石丸「偉い! 偉いぞ! 自分の失敗を反省して謝罪するのはとても勇気のいることだ!
    桑田君はそれが出来た! 彼は謝ったのだからみんなももう許してあげたまえ!」

「…………」

石丸「どうしたのだ、みんな? 何故目を逸らすっ?!」

「…………」


食堂を見渡し問いを発するが、仲間達はただ沈黙で返す。つまりはそういうことだ。


石丸「まさかまだ仲間を疑っているのかね?! いい加減に目を…!」

桑田「バ、バカ! いいって! 時間が経ちゃそのうちなんとかなるからさ」

石丸「しかしだな…!」


食い下がる石丸を桑田は何とか黙らせようとするが、その横から意外にも不二咲が口を挟んできた。


不二咲「僕も、桑田君は悪い人じゃないと思うよ」


439: 2014/02/02(日) 20:10:23.55 ID:33uHGtI40

大和田「…俺も兄弟と不二咲に同意見だ。お前みたいなヤツに内通者なんて務まんねーよ」

桑田「お前ら…」


思わず桑田は胸の中が熱くなった。しかし次の瞬間ハッとして周りを見渡す。彼らのやり取りを
他の生徒は注意深く観察していた。過度に仲良くすればまた無関係な人間が内通者扱いされてしまう。


桑田「…ありがとよ。気持ちだけもらっとくわ」

石丸「どうだ? 折角だから君も一緒に食べないかね?」

桑田「いや、いいわ。いくら謝ったって俺が要注意人物なのは変わんねーし、一人で食うよ」

石丸「しかし、それでは余りに偲びない!」

霧切「じゃあ私が桑田君に付き合おうかしら」


いつのまにか彼らの背後、食堂の入口には霧切が立っていた。


大和田「うお、お前いつ来たんだよ?!」


440: 2014/02/02(日) 20:16:24.47 ID:33uHGtI40

霧切「ほんの少し前よ。なんだか入りづらい雰囲気だったから入口の所に立っていただけ。
    私も一人だし、私が彼に付き合ってあげればちょうどいいんじゃないかしら?」

石丸「おお、霧切君! 先程も桑田君を心配して一緒にいたし、君はとても優しい女性だな。頼む!」

桑田(バカ、余計なこと言うんじゃねえ!)

霧切「ええ、わかったわ。あまり空気が悪くなり過ぎると私も困るもの」


一瞬顔をしかめた桑田を目で制し、霧切は桑田を連れ立って一番奥の席に着いた。


桑田「せっかく時間差つけて食堂に来たのにあいつがバラしちまったら意味ねえじゃねえか」ボソボソ

霧切「大丈夫よ。このくらいならまだ変に思われないわ」ボソ


二人は小声でそれだけ話すと、あとは黙って食事を取り始めた。あくまで偶然を装わなければならない。
その時、食堂に新たな人物が現れた。苗木だ。自分の食事を取るとまっすぐこちらに向かってくる。


苗木「あれ? 桑田君、霧切さんと一緒なの? 珍しいね」

霧切「ええ、ちょっとね」


441: 2014/02/02(日) 20:24:28.36 ID:33uHGtI40

桑田「おい、苗木…その、今日は俺と飯食うのはやめておいた方がいいぞ」

苗木「どうして?」

霧切「…桑田君、さっきみんなと喧嘩してしまったのよ」

苗木「え、ケンカ? ダメだよ! ちゃんと謝った? 先生が心配するよ!」

桑田「一応さっき謝ったんだけどよ、その…」

苗木「そうなの? ならいいじゃない! 僕は気にしないからさ!」


そう言って苗木は笑顔で席に着く。そして席に着くなり低い声で囁いた。


苗木「大丈夫。先生から全部聞いてるから」

桑田・霧切「…!」


カムフラージュに適当な雑談を挟みながら、苗木は手短にKAZUYAから頼まれた内容を伝える。


442: 2014/02/02(日) 20:33:23.08 ID:33uHGtI40

霧切「そう、ドクターが…確かにその役目なら苗木君が一番適任でしょうね」

苗木「うん。これから忙しくなりそうだよ。ハハ…それにしても、大変だったね」

桑田「いや、いいんだ。全部俺のジゴージトクだしな。あそこは我慢しなきゃダメだった…」

苗木「桑田君は悪くないよ。ただ先生を庇っただけじゃないか」

桑田「…それだけじゃねえよ。せんせーから聞かなかったか? 俺があの夜何をしようとしたか…」


桑田は苦虫を噛み潰したような顔で苗木の顔を見た。もし苗木が知らないのなら自分は
言わなければならないだろう。だがこれを言ってしまえばもう苗木とは友人でいられなく
なってしまうかもしれない。そんな桑田の不安を打ち消すように苗木は優しく返事をした。


苗木「聞いたよ。…でも、僕は先生の意見に賛成だな。桑田君は確かに先生を襲おうとしたかも
    しれない。けど、やめたんだ。先生が怒っていないのに僕が君を責める権利なんてないよ」

桑田「そうか…」

苗木「全部モノクマとこの状況が悪いんだし、あんまり気に病まない方がいいよ。
    自分を責めたってどうにもならないし。…舞園さんにもそう言ってるんだけどね」

桑田「そういや舞園がいねえな…もしかして、出られねえのか?」


443: 2014/02/02(日) 20:42:17.86 ID:33uHGtI40

苗木「うん…食事はさっき僕が部屋に運んでおいた。とてもじゃないけど、
    今はみんなに会えるような精神状態じゃないから…」

桑田「…そうだな。俺だってせんせーが励ましてくれなきゃ冷静になれなかったかもしれねえし」


桑田の舞園に対する感情は今や非常に複雑となっていた。未だに完全に許せてはいないが、
自分と同じように罵られさぞかし傷ついているだろうということは痛々しいほどよくわかる。
霧切も女性らしい繊細な感受性で舞園の気持ちを察し、案じていた。


霧切「明日、舞園さんが今より落ち着いたら私も会いに行くわ。
    一人でも味方がいればきっと彼女も安心出来るでしょうし」

苗木「ありがとう、霧切さん。霧切さんが来てくれたら、舞園さんきっと喜ぶと思うよ」


少しだけ微笑み、そして苗木はまた表情を引き締めた。


苗木「それより、桑田君には先に謝っておくね」

桑田「あ? な、なにをだよ」


444: 2014/02/02(日) 20:48:45.21 ID:33uHGtI40

苗木「先生に頼まれたことをやるために、僕は先生や桑田君とはしばらく距離を取らなきゃいけない。
    もちろん今までと同じ程度には付き合っても問題ないと思うけど、もしまたモノクマが何か
    仕掛けてきたりみんなが揉めたら、僕は中立でいるために素っ気ない態度を取ると思う」

苗木「でも僕は何があっても絶対に味方だから。それを忘れないでね」

桑田「ああ、わかった。むしろすまねえな。なんかいろいろと気をつかわせちまって…」

苗木「気にしないで。僕達は友達でしょ? 今はとにかく助け合っていかないと、
    モノクマはちょっとした疑いやすれ違いにつけこんでくるんだから」

苗木「僕は先生と違って弱いし怪我人を治したりも出来ない。でも、誰かが辛い時に横に立って
    励ましたり支えることは出来ると思うんだ。だからなにかあったらいつでも気軽に話してね」ニコッ

桑田「苗木…」

霧切「……」フッ


小柄で何の才能もないただの凡人のはずの苗木だが、今はなんだか無性に頼もしかった。
こいつとダチになっておいて本当に良かったなぁ、と桑田は思う。


霧切「私も基本的には苗木君と同じスタンスで行くわ。一人一人が孤立していれば取り込みも
    そこまで難しくはないけれど、万が一二極対立にでもなったら和解は非常に困難よ」


445: 2014/02/02(日) 20:55:44.83 ID:33uHGtI40

霧切「あまりドクターの周りに派閥のようなものを作っては、それがプレッシャーとなって
    対立するメンバーが固まってしまうかもしれない。…もしそうなったら最悪ね」

霧切「だから、怪しまれないように私はもう行くわ」

桑田「おう、霧切も色々すまねえ。今日は付き合ってくれてサンキューな」

苗木「お疲れ様。霧切さんもあんまりムリしないでね」


ボソボソと挨拶を交わし、霧切は足早に去って行った。
そして霧切が去った少し後、入れ替わりのようにやって来たのはKAZUYAだった。


K「ちょうどいい。ほぼ揃っているな」

桑田「あ、せんせーどうしたんだよ?」

K「全員に話がある!」


席に着かず、食堂の入口に仁王立ちをしてKAZUYAは言い放った。


458: 2014/02/06(木) 00:15:08.73 ID:Kb8NeTYZ0
霧切さんが原作よりも積極的という話がありましたが、それはこのSSの霧切さんは他の生徒との
親密度が高いからですね。何故かと言うと、みんなでドッジやったり授業したり遊んだり全員で行う
強制イベントが原作よりも格段に多いためです。一緒にいる時間が長いと情がわきますから。

それと、霧切さんが積極的に動かないとマズイくらい今が非常に危機的な状況とも言えます。
霧切さんに限らずみんな凄く仲が良かったのにバラバラに砕けた訳ですから…


週の真ん中だけどこっそり再開


459: 2014/02/06(木) 00:17:37.19 ID:Kb8NeTYZ0

K「お前達は舞園と桑田を…更には俺まで内通者ではないかと疑っているな?」

苗木「先生、一体何を…?」

K「疑ってもらって結構! 俺はあくまで事件を防ぐために動く。そのために言っておくが…」

K「今日の夜時間に、俺は抜き打ちでお前達全員の部屋を訪れる」ギロリ!


KAZUYAの突然の宣言に食堂内は大きくざわめく。


朝日奈「えっ?! 先生が夜中に私達の部屋に来るの?」

葉隠「夜中にこんなゴッツイのが来ても怖いし開けるワケないべ」

K「開けなくても構わん。俺がインターホンを鳴らしたらお前達は扉越しに応対すればいい」

山田「ま、まさかそれは舞園さやか殿か桑田怜恩殿のアリバイを確保してあげて
    事件に協力するつもりなのではないですか?!」

セレス「山田君にしては頭を使いましたね」

山田「山田君にしてはって…あんまりじゃないですかね?」


460: 2014/02/06(木) 00:22:25.10 ID:Kb8NeTYZ0

その反論は想定していたのか、KAZUYAは大きく頷いて続ける。


K「確かに俺だけでは信用出来ないだろう。よって、一人俺の見張りを付けることにした」

苗木「見張り?」

K「俺と然程親しくない人間…例えば十神あたりならどうだ?」

十神「…!」

セレス「確かに、十神君ならまず先生を庇ったりはしないでしょうね」

腐川「びゃ、白夜様と二人…?! そそそ、そんなこと言って白夜様を頃す気じゃないでしょうね?!」

大神「落ち着け、腐川。この状態で十神を殺せば真っ先に西城殿に疑いがかかる。出来る訳なかろう」

葉隠「でもよぉ、十神っちと先生が手を組む可能性もあるべ?」

K「それはないな。校則をよく読み直せ。ここから脱出出来るのは実行犯であるクロ一人。
  たとえ俺が誰かと共犯関係になってその人物のアリバイを確保しても俺は処刑されるのだ。
  誰がそんな馬鹿な真似をするか」


462: 2014/02/06(木) 00:27:20.81 ID:Kb8NeTYZ0

腐川「で、でもあんたが内通者ならこっそり助けてもらえるかもしれないじゃない!」

K「…モノクマがそんな生易しい奴なら良いのだが」

腐川「そんなこと言って結局なんの証拠も…!」

十神「貴様、支配者たるこの俺が愚民と手を組むと考えているのか? 一方的に利用するなら
    なくもないが、誰がこの男に頭を下げたりするか。俺に限って言えば共犯は有り得ん」


シーン。


一同「…………」

苗木「十神君なら大丈夫じゃないかな…」

朝日奈「うん、間違いないね…」

葉隠「共犯とかバカバカしくなってきたべ…」

K「それで、引き受けてくれるか?」

十神「いいだろう。ただし貴様が妙な真似をした場合はそれも報告させてもらう」

K「ああ、頼む」


463: 2014/02/06(木) 00:34:25.22 ID:Kb8NeTYZ0

思ったよりすんなり引き受けてもらい、KAZUYAも少し安心する。


K「ちなみにこれは万が一事件が発生した時、お前達を守ることにも繋がるからな」

江ノ島「は? なんであんたの深夜徘徊がアタシ達を守ることになるのよ!」

セレス「簡単なことですわ。もし先生が部屋を訪れた時中にいない人物がいれば、
     その方は不審な行動を取っていたということになります。事件が起こらなければ
     問題ありませんが、もし事件が起きた場合その方は真っ先に疑われるでしょう」

セレス「おわかりですか? これは逆に言うと、夜時間の個室にいながら
     わたくし達は完璧なアリバイを手にすることも出来るのです」

十神「なんにせよこの男は釘を刺しているんだ。事件を起こそうと考えている人間にな」

腐川「ヒッ…!」

腐川(そ、それってアタシ?! 西城にはバレてるってこと?! …ああ、やっぱりアタシに
    殺人なんて無理だったのよ! 大体、ほとんどの人間には返り討ちに遭うだろうし…)

腐川(アタシの人生、終わった…ううん、逆に良かったのかもしれない。人頃しなんて、
    大嫌いなアイツと同じ場所に堕ちる所だった…その前に気付けて良かったのよ)

KAZUYA「複数回訪れる予定だ。真夜中や早朝にも来ると思うが、きちんと応対するように。以上」


いつもはマイナスにしか働かない腐川の被害妄想だが、今回ばかりはプラスに働いた。
腐川の切ない気持ちを知ってか知らずか、KAZUYAは説明を終えると食堂を立ち去る。


464: 2014/02/06(木) 00:39:20.13 ID:Kb8NeTYZ0

十神(フン、西城の奴考えたじゃないか。俺の動きを監視しつつ全員を牽制するとはな。
    面白くなってきた。難しいゲーム程やり甲斐があるというものだ。クククッ!)

セレス(チッ…余計な真似を。まあ、どうせまだ計画は完成してません。今夜だけだといいのですが…)


秘めた殺意を心に持つ二人は今夜も意味深に嗤うのだった。


・・・


桑田「あ! 苗木わりぃ。俺行かねえと。じゃあ、また明日な!」

苗木「うん、また明日ね」


桑田は食べ終わった食器を急いで下げると走ってKAZUYAを追いかけた。


桑田「おーい、せーんせー!」


呼ばれて振り返る。


465: 2014/02/06(木) 00:44:40.49 ID:Kb8NeTYZ0

K「どうした? また何かやったのか?」

桑田「いくら俺だってそんな短時間に何度も問題起こさねーから!
    その、さぁ…せんせー、なんか疲れてね?」

K「そんなことはない。今は疲れている場合ではないからな」

桑田「俺にまで気ぃつかうなって! なんか顔がすっげー疲れてるぜ?」

K「…………」

桑田「ちょっと俺の部屋来てくれよ。いいモン見せっからさ!」

K「良いもの?」


桑田に言われるままKAZUYAは桑田の部屋へと入ったが、その中を見て仰天してしまった。
ほとんど物が置かれていなかった苗木と舞園の部屋。壁に自作と思われる金言の
貼紙をしたり自分なりに工夫して飾り付けされた石丸の部屋。この三つはわかる。


K「随分と充実した部屋だな…」


466: 2014/02/06(木) 00:50:29.24 ID:Kb8NeTYZ0

桑田の部屋はまさしく私室と言うか、色々と物が置かれ壁にはポスターも貼られている。
これが本当に監禁されている人間の部屋なのだろうかとKAZUYAは首を傾げた。特に野球関連の
道具はわかるが、CDや音楽プレーヤー、ギターがあるあたり音楽も本当に好きなようだ。


桑田「全部モノモノマシーンから出たんだぜ! ホント便利だよなー、あのマシーン」

K「大概のものはあれで揃うという訳か…」

桑田「ま、あとは俺のコミュ力のタマモノだぜ! 誰がなにをゲットしたか毎日こまかく
    チェックしてさ、こっちが持ってる物と交渉して物々交換で集めてったっつーわけ。
    めっちゃメダルも探しまくったしまさしく探偵気分、みたいな?」テヘヘ

K「…凄いな」


苗木達の部屋がシンプルなのはあまり欲がないからだろうな、とKAZUYAはぼんやり思う。


K「それにしても汚い。脱いだ服くらいちゃんと畳め。ベッドも綺麗にしろ。あと…」

桑田「まあまあ、いいじゃん! せんせーはせんせーでもお医者さんの先生だろ?
    そーゆー親とか学校の先生みたいなことは言いっこなしで!」

K「…言いたくもなる」


467: 2014/02/06(木) 00:58:10.38 ID:Kb8NeTYZ0

呆れ顔のKAZUYAに桑田はマイペースに返す。ただ、招待しておいて座る場所もないのは
流石にマズイと思ったのか、手早くベッドを片付けてそこにKAZUYAを座らせた。


K「それで、見せたいものとは何だ?」

桑田「ジャジャーン、これだよこれ!」

K「ギター?」

桑田「そう。ほらさぁ、前にせんせーにきつく言われたことあるじゃん?」


あの糾弾会の夜、桑田はKAZUYAと話した時に言われた言葉が強く脳裏に刻まれていた。


K『お前は歌手を目指しているのだろう? だったら、一日3時間でもいいからとにかく
  一週間続けて練習をしてみろ。きっとお前の指や喉はボロボロになることだろう』

K『だがそれは全ての成功者が本来辿る道だ。お前は才能があるからと野球で楽をしすぎた。
  野球以外のことを真剣にしたいと思うのなら、他の人間と同じように努力する必要がある』

K『そしてその程度の努力も出来ないなら二度と野球以外のことをしたいと言うな。努力を
  嫌がる人間に夢を見る資格などない。男なら一度やると決めたことくらいやり通せ――』


468: 2014/02/06(木) 01:05:14.78 ID:Kb8NeTYZ0

桑田は練習で皮が剥けタコも出来た指をKAZUYAに自慢気に見せた。


桑田「マジでさー、あれから俺も改心してちゃんと毎日真面目に練習してんだよ!
    で、更にデビルかっこよくなった俺の演奏を披露しようと思ったワケ!」

K「ほう…自信があるのだな。では聴かせて貰おうか」

桑田「シビれてくれよ!」


そして桑田はギターを掻き鳴らして歌い始めた。はっきり言ってKAZUYAはあまり
こういう激しい系統の音楽はよくわからないのだが、昔面倒を見ていた加奈高の
生徒達のバンドを思い出し、なんとも言い難い暖かい気持ちを思い出したのだった。


桑田「どおどお? 俺の演奏? マキシマムかっこいい?」

K「俺は音楽はよくわからないが、なかなか上手いんじゃないか?
  昔校医をしていた高校のバンドの演奏を思い出したよ」

桑田「それ、あんま上手くねーってことじゃ…」

K「いや、そんなことはない! 俺の耳が良くないだけだ。絶対に成果は出ているさ。
  続けた方が良い。ちゃんと練習するならその筋の人間に紹介してやってもいいぞ」


469: 2014/02/06(木) 01:14:15.83 ID:Kb8NeTYZ0

桑田「マジで?! ちなみにどんな知り合いがいるんだ?」

K「俺は各業界に顔がきくからな。芸能界だけでも、芸能プロダクションの社長、
  監督、俳優、アイドル、モデルと多数の知り合いがいる」

桑田「え、アイドル?! アイドルにも知り合いいんのっ?! だれよ?!」

K「そうだな。九条沙樹や森山千夏なら名前くらいは知って…」

桑田「マジでええええええっ?! 知り合い?! その二人と知り合いなのかよっ!」

K「ま、まあな」

桑田「俺大ファンなんだよね! なあなあ、ちゃんと練習して上手くなったら紹介してくれる??」

K「し、真剣に今後も練習すると約束するならな」

桑田「やるやる! いやー、やっぱ努力も大事だわー。ヘヘっ!」

K(現金な奴め…)フゥ


その後、桑田と雑談をして元気を分けてもらいながらKAZUYAは保健室に帰った。


484: 2014/02/08(土) 00:28:39.71 ID:mL4YUmVn0

― 倉庫 PM9:52 ―


夜時間に入る前、不二咲千尋は自分がジャージを持っていないことを思い出し、慌てて倉庫へ
取りに来ていた。男の子らしい青のジャージをバッグに詰めていると、突然声を掛けられる。


「もうすぐ夜時間ですわよ」

不二咲「ヒッ!」


振り向くと倉庫の入口にセレスが立っていた。無表情に突っ立つその姿は人形のように見える。


不二咲「あ、セレスさんも何か荷物を取りに…?」

セレス「ええ。夜時間は外出禁止ですからね。化粧品の予備を取りに来ましたの」

不二咲「そうなんだぁ」

セレス「こんな時間にこんな所に一人でいると危ないですわよ」

不二咲「う、うん。そうだよねぇ」

セレス「もしかして、わたくしを警戒しています?」


485: 2014/02/08(土) 00:32:20.58 ID:mL4YUmVn0

口元に手を近付け、セレスは微かに笑う。不二咲は女子全般とそれほど親しくないのだが、
特にセレスはどこか苦手だった。アクが強いし、ポーカーフェイスで腹の内が全くわからない。


不二咲「そ、そんなことないよぉ。だって、みんな仲間だもん」

セレス「今朝まではそうでしたわ。でも今はどうでしょうか…?」


セレスの氷のような横顔に不二咲はヒヤリ、と背中に冷水を垂らされた気がした。


セレス「わたくし、不安で不安でたまりませんの…」

不二咲「…セレスさんも不安になったりするの?」

セレス「あら、心外ですわね。わたくしもあなたと同じか弱い女子ですのよ?」

不二咲「あ、ご、ごめんなさい…」


か弱い女子と言われてチクリと心が傷ついたが、不二咲はぐっとこらえた。
そうだ。弱い自分とは今日でお別れなのだからと言い聞かせる。


セレス「ええ、わたくしは今非常に不安ですの。幸いに、わたくしの秘密は公表されても大した
     問題はないのですが、人によってはまさしく身の破滅をもたらす内容のようですし…」


486: 2014/02/08(土) 00:36:36.67 ID:mL4YUmVn0

ここでセレスはチラリと不二咲を見る。心臓を鷲掴みにされたようで、一瞬息が止まった。


セレス「仮に折角ここからの脱出が叶ったとしても、自分の居場所や大切のものが
     なくなってしまっていたら、何の意味もありませんものねぇ?」


またチラリとセレスは不二咲に視線をやる。その視線が怖くて、不二咲は蛇に睨まれた
獲物のように首をすくめた。さっさとセレスを振り切って倉庫から出てしまいたいのだが、
入口をセレスが塞いでいる以上、無理に会話を途中で切って逃げたら怪しまれるだろう。


不二咲「え、えっと…」

セレス「西城先生は夜に見回りをすると仰いましたが、本当にするかわかりませんわ。単に
     わたくし達を牽制するためのブラフかもしれませんし。また本当だとしても、危険を
     差し引いても守らなければならない秘密のため、行動に移す方もいるやもしれません」

不二咲「…………」


セレスは一体自分に対して何が言いたいのだろうかと不二咲は悩む。
ただ、彼女の冷たい瞳はなんだかとても怖いと本能が伝えてくることだけはわかった。


セレス「…という訳です。わたくしは怖いので一刻も早く部屋に戻らせてもらいますわ」


487: 2014/02/08(土) 00:43:55.35 ID:mL4YUmVn0

そう言うとセレスは倉庫の中に歩き出し、不二咲のすぐ横まで来た。


セレス「不二咲さんも早くお戻りになられた方がよろしいですわよ」

不二咲「あ、う、うん! もう戻るよ。おやすみなさい!」


チャンスと言わんばかりに、慌てて不二咲はセレスの脇を通り抜け部屋へ帰っていく。
セレスはその背中を横目で見送ると、何も取らずにまっすぐ戻って行った。



― 廊下 PM11:03 ―


クリップボードに手製の名簿を貼付け、KAZUYAは生徒達の部屋を順番に回り始めた。
まず最初に十神を呼び、現在十神は個室とホールの中間の位置に立ってKAZUYAを見張っている。


十神「…………」

K(すぐ近くに立つのではなく、あえて離れた所から監視しているのは俺を泳がせて
  様子を見ているのだろうな。…単に近付くのが嫌なだけかもしれんが)


普通に話せばギリギリ聞こえる程度の距離。これがそのままKAZUYAと十神の心の距離でもある。


488: 2014/02/08(土) 00:48:22.89 ID:mL4YUmVn0

K(霧切は出た。次は苗木だ)


ピンポーン。


苗木『はい』

K「俺だ」

苗木『あ、今開けます』


別に出なくても構わないのに、苗木はわざわざ扉を開けて顔を出してくれた。


苗木「お疲れ様です。思ったより早い時間でしたね」

K「ああ。まずはちゃんと全員揃っているか確認しようと思ってな」

苗木「次に来る時は多分深夜ですよね? 僕寝ぼけてるかも」ハハ

K「寝ぼけていてもいい。チャイムに出てさえくれればな」フッ

苗木「はい。それじゃあ一旦おやすみなさい」

K「ああ。ではまたな」


パタン。


489: 2014/02/08(土) 00:51:11.17 ID:mL4YUmVn0

KAZUYAは扉を閉めすぐ隣、舞園の部屋のチャイムを鳴らす。


舞園『…はい。どなたですか?』

K「俺だ。西城だ」

舞園『あ、先生ですね? 今開けます』


…カチャリ。


K「夜時間にすまないな」

舞園「…どうかされたんですか?」

K「実は…」


KAZUYAはまだ説明をしていなかった舞園に見回りのことを話す。


舞園「事件を起こさないため…ですね」

K「そうだ。疲れているのに悪いが、協力してくれないか?」


490: 2014/02/08(土) 00:56:17.21 ID:mL4YUmVn0

舞園「もちろんです」


そう言って舞園は少し微笑んだが、その顔には明らかに疲れが見えていた。


K「…舞園、耳を貸してくれ」

舞園「?」


KAZUYAは舞園の耳元に顔を近付ける。


K「あと俺が来るのは十二時半前後と朝の四時だ」

舞園「! いいんですか? 十神君に見られているんじゃ…」


心配する舞園にKAZUYAは優しく笑いかけた。


K「ただでさえ疲弊しているのに、いつ起こされるかわからん状態ではゆっくり休めんだろう?」

舞園「気を遣って頂いて本当にすみません…私、いつもご迷惑を…」


491: 2014/02/08(土) 01:00:15.15 ID:mL4YUmVn0

K「そう思うなら笑ってくれ。お前の笑顔を見れば苗木が喜ぶ。…俺もな」

舞園「西城先生、本当に…いつもありがとうございます」ニコ…

K「ウム。ではまた後ほど」


パタン。

舞園の部屋の扉を閉め、次にKAZUYAは腐川の部屋のチャイムを鳴らすが…


腐川『…誰よ』

K「俺だ」

腐川『ちゃんといるわよ。じゃ』ブツッ。

K「…………」


仕方ないな、とKAZUYAはため息をついて隣の不二咲のチャイムを鳴らす。

ピンポーン…カチャ。


不二咲「(ソーッ)…はーい。あ、せんせーい!」


492: 2014/02/08(土) 01:05:29.90 ID:mL4YUmVn0

不二咲は少しドアを開け、相手がKAZUYAだとわかるやニコニコ笑いながら扉を開いた。
KAZUYAもその笑顔につられて笑うが、すぐに顔を引き締める。


K「不二咲、誰が来たか確認してから扉を開けないと駄目だろう」

不二咲「あ、ご、ごめんなさい…」

K「まあ、たまにはそういうこともある。次から気をつけてくれればいい」


不二咲が落ち込んだ様子を見せたのでKAZUYAはすぐさまフォローをいれた。頭では男だと
わかっていても、素直で可愛げのある不二咲は何だか守ってやりたくなるのだ。


K(性別を差し引いても小柄で小学生のように見えるのは変わらないしな)


不二咲は十神が離れた所にいるのを見ると、小声で囁く。


不二咲「エヘヘ。先生…僕ね、今とってもドキドキしてるんだ! 早く時間にならないかなって」

K「はやって勝手に部屋を出ないようにな。時間になったら俺が迎えに来る」


493: 2014/02/08(土) 01:10:24.35 ID:mL4YUmVn0

不二咲「わかってます。じゃあ、僕待ってますね!」フリフリ!


バイバイと手を振る不二咲にKAZUYAも右手を挙げて応えた。
次にKAZUYAは朝日奈と大神の在室を確認し、桑田の部屋のチャイムを鳴らす。

ピンポーン…ガチャッ!


桑田「ウーッス! せんせー、わざわざゴクローさんっ!」

K「…桑田よ。恐らく知らないのだろうが、目上の人間にご苦労は失礼に当たるぞ…」

桑田「え、マジで?? じゃあお疲れちゃーんならいい?」

K「…………」

桑田「あ、ちょっ、待ってくれよ!」


黙って踵を返そうとしたKAZUYAのマントを、桑田は慌てて掴んで引っ張ると部屋に引き込む。


494: 2014/02/08(土) 01:16:02.62 ID:mL4YUmVn0

K「…何だ?」


十神に聞こえないよう声を落として桑田は囁いた。


桑田「実は俺さぁ、寝起きがすっげー悪いんだ。だから、次何時に来るか教えてくれねえかな?」

K「お前という奴は…」

桑田「頼むよ! 爆睡してると起きられないかもしれねーじゃん! そうなったらマズイだろ?!」


KAZUYAは呆れるが、万一本当に寝過ごされたりしたら困る。この見回りは事件牽制の意味もあるが、
セレスが指摘した通り事件が起こった際に無実の生徒を守るアリバイ確保の面が強かった。
なので桑田が窮地になっては意味が無いのだ。仕方がないのでKAZUYAは教えてやることにした。


K「…ハァ。本来ならお前だけ特別扱いする訳にもいかんが、今日は嫌な予感がする。
  今回だけだからな? 次は十二時半頃に訪れる予定だ」

桑田「サンキュー! あれ、結構すぐだな?」

K「一度来たら当分来ないと思われたら抜き打ちの意味がない。故に間隔はランダムだ」

桑田「ふーん。わかった。じゃ、また後で!」


495: 2014/02/08(土) 01:22:50.19 ID:mL4YUmVn0

K「ああ。ちゃんと出るんだぞ」

桑田「へーい」


そう言って桑田と別れた。その後は葉隠、山田、セレス、江ノ島と順に回って行く。


ピンポーン…ガチャリ。


大和田「先公か」

K「大和田、さっき話したことは覚えているな?」

大和田「ああ、不二咲の件だろ? 忘れてねえよ。それにしても、あんたはまだしも
     なんでアイツ俺にまで秘密を打ち明けたいなんて言うんだろうな…」ボソボソ

K「お前に憧れているからさ」

大和田「ハ? 憧れ? 俺に…?」

K「それについては直接本人に聞いてくれ。…それより、もう一つ頼みがある」

大和田「あんだよ」


496: 2014/02/08(土) 01:29:07.82 ID:mL4YUmVn0

KAZUYAは大和田にあることを頼む。


大和田「ああ? …そりゃ俺は構わないが、いいのか? 不二咲はマズイんじゃ…」

K「問題ない。言い訳は俺がするから、お前はただ言われた通りに来てくれればいい」

大和田「…わかった。じゃあ後でな」ボソ

K「頼んだぞ」


そしてKAZUYAは扉を閉め、最後の一人・石丸の部屋へと向かった。

ピンポーン…


K(当然だが、こんな早い時間に寝てる人間は誰もいないな。特に今日は色々あった。
  生徒達は神経が高ぶっているし俺も疲れている。早く済ませて一旦部屋に戻ろう)

K「……?」


しかし、チャイムを鳴らしても反応がない。いつでも何があってもテキパキと動く
石丸にしては珍しいなと思いつつ、KAZUYAはもう一度チャイムを鳴らした。


497: 2014/02/08(土) 01:34:02.85 ID:mL4YUmVn0

ピンポーン。ピンポー…ガチャッ!


石丸「で、出るのが遅れて申し訳ない!」


この男、既に寝間着に着替え寝ぼけ眼をこすりつつ現れた。


K「いや…」

石丸「やあ! 十神君も、こんな時間に…」

十神「これで全員部屋にいたな。俺は戻るぞ」


スタスタスタスタ、ガチャン!


石丸「…………」

K「…………」


498: 2014/02/08(土) 01:38:26.13 ID:mL4YUmVn0

よっぽど石丸の熱苦しさが嫌なのか元々面倒だったのか、十神は石丸の顔を確認すると
競歩の如き早さで部屋に戻り扉を閉めてしまった。KAZUYAは気を取り直し石丸に向き直る。


K「お前…まさか寝ていたのか?」

石丸「勿論です! 夜時間ですよ? 人間は夜になったら寝なければいけません。
    適度に睡眠を取らないと体に悪いし、勉強の効率も落ちてしまいます」

K「…ああ、そうだな」


というかよく寝られたなとKAZUYAは思ったが、よくよく考えればこの男は
監禁初日の夜にも普通に寝ていたのだった。一体どういう神経をしているのだろう。


石丸「あ、ご安心を! 夜早く寝る分朝は早く起きて課題も早朝やっております!
    ちゃんと毎日欠かさず課題に励んでおりますので心配なさらずとも結構です」

K「いや、お前に関しては全く心配していないから安心しろ」


どんな状況でも規律をキッチリ守りペースを崩さない石丸の姿勢に、KAZUYAは感心と呆れの
両方を含んだ溜め息を吐いた。ある意味こいつを見てると安心するな、とすら思えてくる。


499: 2014/02/08(土) 01:43:28.27 ID:mL4YUmVn0

石丸「それにしてもお疲れ様です。もしや先生はこれを毎晩続ける気では…?」

K「俺はそのつもりだが」

石丸「いけません! 先生一人だけにこのような作業をさせる訳には! 明日からは
    二人一組の当番制にしましょう。明日の朝食会で僕から話します」

K「まあそうしてもらえるなら俺は助かるが…三人一組の方がいいな」


二人だけだとどちらかが殺意を持っていたり、あるいは先程の大和田のように
精神が不安定になっている時は危うい、とKAZUYAは危惧した。


石丸「それも含めて明日話し合いましょう」

K「ウム。あとそれとは別件なのだが…」

石丸「?」


・・・


512: 2014/02/09(日) 00:42:05.47 ID:HX2NqjU70

最初の見回りを終え、KAZUYAは保健室に向かっていた。
だが、まるでKAZUYAを待っていたかのように学園の入口にはモノクマが立っていた。


モノクマ「やあ、先生」

K「…………」


KAZUYAは無視してモノクマの横を素通りしようとする。


モノクマ「事件は起きないって本気で思ってる?」

K「…!」


思わず立ち止まる。それがモノクマの狙い通りだとわかっているのに。


モノクマ「先生さ、どうして江ノ島さんを助けたの?」

K「! …校医として生徒を助けるのは当たり前だ! それがおかしいのか?」

モノクマ「助けても先生にとってマイナスにしかならないかもしれないよ?」


513: 2014/02/09(日) 00:45:25.49 ID:HX2NqjU70

K「何故生徒を助けてマイナスになる? 俺にとって生徒は全員大切だ! 全員助ける!」

モノクマ「…それがどんな生徒であっても?」

K「江ノ島の外見が派手だからそんなことを言うのか? 俺はそんなことで差別しないさ」


KAZUYAは背中に冷や汗をかくのを感じた。これは誘導尋問だ。KAZUYAが江ノ島の
正体に勘付いていないとシラを切り通さなければ、彼女は消されてしまう…!


モノクマ「フーン、あくまでとぼけるつもりなんだ?」

K「何の話だ。訳のわからんことを言うな!」

モノクマ「本当は全部知ってるくせに。ま、いいや。ねえ先生、外に出たい?」

K「…当たり前だ。何故そんな当たり前の質問をする?」


KAZUYAが誘導尋問に引っ掛からなかったと見るや、モノクマは別のカマをかけてきた。


モノクマ「先生は知ってるはずだよ。外がどうなっているか」

K「何を言っている…何故唐突に外の話をするんだ?」


514: 2014/02/09(日) 00:48:37.76 ID:HX2NqjU70

モノクマ「ここから出る必要はない。むしろ出たくない。本当はそう思ってるんでしょ?」

K「そんな訳があるか! こんな所、一刻も早く脱出したいに決まっている!」


KAZUYAが気にかけているのは監視カメラだ。この会話も記録されているはずである。ただでさえ
内通者疑惑が再燃しているのに、会話を部分的に抜き出されて生徒を煽る道具にされては堪らない。
KAZUYAは発言に細心の注意を払いながら、モノクマの質問に答え続けギロッと睨みつけた。


K「もういいか? これで気も済んだろう」

モノクマ「――先生はわかっていたはず。あの場でどうするのが正解だったか」


去ろうとするKAZUYAに、モノクマは尚も畳み掛けた。聞きたくなどないのに、
その言葉は人を引き留める奇妙な力がある。KAZUYAは再度足を止めた。


K「…………」

K(……正解、か)


――そう、江ノ島を見捨てれば良かったのだ。


515: 2014/02/09(日) 00:53:21.85 ID:HX2NqjU70

江ノ島はけして軽傷ではないものの、致命傷ではなかった。プロの医師であるKAZUYAがきちんと
止血を施せば一、二時間放っておいた所で別に氏にはしない。しかも江ノ島は敵のスパイなのだから、
適当に処置して生徒達をなだめる側に回った方が当然良かった。だがKAZUYAの医者としての本能が
怪我人を放置出来なかったのだ。モノクマはそのことを責めたいのだろう。


モノクマ「ぶっちゃけ先生のせいだよね? 仲良しだったみんなの心をバラバラにしちゃったのは」

K「フン、舞園と桑田に続いて今度は俺をなじりに来たのか。飽きない奴だな。
  だが俺はその程度の揺さぶりにはビクともせんぞ。逆に答えてもらおうか」

K「貴様の目的は何だッ!!」カッ!


KAZUYAの眼に力が入る。だが、モノクマは不気味に笑い始めたのだ。


モノクマ「うぷぷ。うぷぷぷぷぷ…」

モノクマ「目的? 目的なんか別にないよ」

K「何…?」




モノクマ「強いて言うなら」


516: 2014/02/09(日) 00:55:47.19 ID:HX2NqjU70










モノクマ「          絶          望          」










517: 2014/02/09(日) 00:58:08.96 ID:HX2NqjU70


モノクマ「――それだけだよ」





機械越しに誰かに見つめられているような錯覚を感じ、KAZUYAは寒気がした。


K(違う…こいつは…!!)

モノクマ「先生には悪いけどさ、事件は起きるよ……絶対にね」

K「…………」


KAZUYAは今度こそ踵を返し保健室に向かった。ここにいたくなかった。


K(俺はずっと勘違いしていた…)


518: 2014/02/09(日) 01:01:51.64 ID:HX2NqjU70

KAZUYAは今までこの事件をスナッフムービー(流通目的で殺人の様子を撮影した映像)の
作成が目的だと思っていた。少なくとも、何らかの営利的理由だと。だが違ったのだ。


K(金が目的ではない…誰かのためにやっている訳ではないのだ…)

K(黒幕は純粋に! ただ自分の楽しみのためだけに! こんなたいそれたことを始めた…!)


今までの発言からここの映像を誰かに公開している可能性は高いが、それは黒幕にとって
あくまでオマケに過ぎない。一番の目的は自分の欲求を満たすために違いないのだ。


K(狂っている――!!!)


保健室に戻るとすぐさま扉を閉めた。安全な自分のスペースのはずなのに、
KAZUYAはどこか落ち着かず乱暴に椅子に座り腕を組んで考え始める。


K「そういえば…」


このタイミングでKAZUYAは非常に嫌な事実を思い出した。今まではあまり意識して
いなかったが、ここの生徒達は皆揃って何らかの記憶障害を起こしている。


519: 2014/02/09(日) 01:05:10.10 ID:HX2NqjU70

K「まさか…」


体を調べたか何かした時に発生した副作用だとKAZUYAは考えていた。
だが、もし記憶障害が起こることを黒幕が想定していたのなら。

…いや、むしろ生徒達の記憶を意図的に消すことが黒幕の目的だったなら。


K(ば、馬鹿な……そんな馬鹿げた話、あるはずが……)


KAZUYAがこの学園に来た時、生徒達は既にお互いを見知っていた。

“友人同士だった”

それがここに来た時はその事実を忘れ、今は互いに疑い合い憎み合い殺そうとすら考えている。


K(これが黒幕の真の計画だったというのか…?! いや、まだ何の根拠もない。ただの憶測に過ぎん!)


だが不思議なことに、外れて欲しいと思う直感ほどよく当たってしまうものなのである。
経験上、それは身に沁みてよくわかっていた。しかもKAZUYAの勘はよく当たるのだ。

全身に汗をかき、急に眩暈と吐き気を覚えたKAZUYAは栄養剤を飲み込み無理やり不安を押さえ込んだ。


・・・


モノクマ「うぷぷ…さーて、あとは最後の仕上げかな?」


520: 2014/02/09(日) 01:14:03.62 ID:HX2NqjU70

― 桑田の部屋 AM0:25 ―


ジャカジャカジャッジャーン♪

KAZUYAの二度目の巡回の後も、桑田は夜更かししてギターを掻き鳴らし真面目に歌の練習をしていた。
朝も叩き起こされるのだから本当は早く寝た方が良いのだが、今は最高に気分がノッているのだ。


桑田「yeah-yeah~♪」


昼間にあったことなどなんのその、上機嫌だった。桑田は現在この学園にいるメンバーのうち、
最も気分の切替が早い。勿論一番の理由はそれだが、今回はもう一つ理由があった。


桑田(ちゃんと練習したら芸能界に紹介してくれるってよ! 紹介! なんだよ、わざわざ
    希望ヶ峰通う必要なんてなかったじゃん! ここ脱出したらいきなりデビューかな~)

桑田(いやぁ~、真面目に努力してみるのも案外悪くねーわ! ウッヘッヘッヘッ!)


ニヤニヤ笑いながら、複雑なコード捌きに挑戦してみたりする。思えば、野球選手の桑田が
ミュージシャンになりたいなどと言うと、決まって周囲の人間は眉を顰めた。人によっては
説教をする。勿論チャラチャラした桑田の態度にも問題はあるのだが、野球の才能があるから
野球をするのが当然、という空気が桑田は嫌で嫌で仕方がなかった。


521: 2014/02/09(日) 01:22:55.79 ID:HX2NqjU70

桑田(ぶっちゃけ野球は好きだよ。ガキの時からずっとやってるし、プロになるのもいいなって
    思ってる。でもさぁ、歌うのも好きなんだよ! こう、カッコ良くギターを鳴らして…)

桑田(…親も学校のヤツもみんな俺に野球をやれって言う。好きだけどやれやれ!って
    言われたらやりたくなくなるっつーの! 野球だけが人生じゃねーんだからさ!)


思えば桑田の軟派さに大概の人間が敬遠してしまう中、桑田の言葉を真剣に聞き、そして
やるからにはちゃんとやれと発破をかけてくれたのはKAZUYAが初めてだった。KAZUYAの発言は
一つ一つ重みがあり厳しいものも多いが、その代わり常に相手のことを考えて話していた。

…桑田の演奏をちゃんと聞いてくれたのも誉めてくれたのもKAZUYAだけだ。


桑田(みんなお前みたいなチャラいヤツにはムリだろって見向きもしなかった。
    俺も意地になって別に本気じゃねーしって言ってろくに練習しなかった)

桑田(…でも、今は目標が出来たし応援してくれる人も今はいるしな!)

桑田「よーし、この調子で次行ってみよー! 次は…」


ピンポーン…


522: 2014/02/09(日) 01:29:36.22 ID:HX2NqjU70

桑田「あれ? また来たのか?」


突然のチャイムの音に、桑田は怪訝そうに首を傾げる。
もうしばらくKAZUYAは来ないはずだが、何かあったのだろうか。


桑田(そういやさっき来た時やけに顔色悪かったような…)


KAZUYAはモノクマとの対話で受けた衝撃を生徒達に気取られぬよう、細心の注意を払って
二度目の見回りを行ったが、付き合いの長い何人かの生徒には見抜かれてしまっていた。
もちろん、共に行動している時間が長い桑田もそのうちの一人である。


桑田「どうしたんだよ、せんせ…」


ガチャ。




桑田「う、うわああああああああああああああっ?!」


537: 2014/02/12(水) 00:30:43.76 ID:3sblCxdq0
前回カットしてしまったKAZUYAの二度目の見回りですが、やっぱりいれることにしました



― 寄宿舎廊下 AM0:02 ―


二度目の見回りだ。KAZUYAは何とか体調を整え再び十神を呼び出した。


十神「…随分早いな。まさか毎晩一時間おきにやるつもりではないだろうな」

K「偶々だ。安心しろ。毎日これではかえって疲労からトラブルが起きてしまう」


それだけ聞くと再び十神は定位置に着く。
先程と同じように霧切から順番に回り始めた。

ガチャ。


苗木「お疲れ様です。思ったより早かったですね」

K「次は流石に時間が空くから安心して寝ててくれ」ボソ

苗木「はい。あれ? …先生、どうしたんですか? なんだか顔色が真っ青ですよ?」

K「! …いや、特に何もないぞ? 少し疲れが出ているのかもな」


538: 2014/02/12(水) 00:35:02.99 ID:3sblCxdq0

苗木「本当ですか? 見回りは仕方ないけど、明日はしっかり休んでくださいね!」

K「ああ、すまん」

K(…苗木には見抜かれてしまったか。まあ、監禁当初からよく一緒にいるし、
  見た目によらずしっかりしてるというか、よく周りを見ているからな)


ガチャリ。


舞園「…先生」

K「舞園、わざわざ出てこなくても大丈夫だぞ? インターホンで応対してくれれば」

舞園「いえ、先生が折角来てくださっているのにそれではあんまりです。…西城先生」

K「何だ?」

舞園「何があったんですか?」

K「…大丈夫だ。何もない」


539: 2014/02/12(水) 00:37:53.67 ID:3sblCxdq0

ヒヤリとするが、苗木にも気付かれていたため舞園に見抜かれるのは想定内だった。
表情を微動だにさせずKAZUYAは落ち着いて返す。だが、舞園の勘は想像以上に鋭かった。


舞園「(嘘です…私に心配をかけないために)…あまり無理、なさらないで下さいね」

K「ありがとう。お前も今日はもう寝た方がいい」

舞園「はい。あの、おやすみなさい」

K「ああ、おやすみ」


腐川の在室を確認し、不二咲の部屋のチャイムを鳴らす。
今度はインターホンで確認してから開けてきた。


不二咲「先生~!」

K「ウム。これが終わったら迎えに来るからな」ボソ

不二咲「はい! 楽しみだなぁ…ん? 先生、ちょっと顔色悪いような…」

K「気のせいだ。ここは照明が暗いからな。まったく、今度モノクマに文句を言ってみるか」


540: 2014/02/12(水) 00:42:35.20 ID:3sblCxdq0

不二咲「そうですね。居住区に赤い照明ってなんだか落ち着かないですよねぇ」

K「では、また」

不二咲「はぁい」


再び朝日奈、大神を訪ね桑田の部屋のチャイムを鳴らす。


ガチャッ!


桑田「ウス! お疲れッス」

K「ああ」

桑田「じゃ、また!」

K「ああ」


バタン。


K(気付かれなかったな…まあその方が都合が良いが)

桑田(…あれ? なんか今変だったな。どこがって言われるとよくわかんねーけど…ま、いっか)


541: 2014/02/12(水) 00:46:32.80 ID:3sblCxdq0

その後、無事見回りを終えKAZUYAは不二咲の部屋に向かった。
紅潮した顔で、既に準備万端の不二咲が出てきた。


不二咲「なんだか、ドキドキする。…もし大和田君が受け入れてくれなかったらどうしよう」

K「大丈夫さ。あいつは弱っている人間を傷つけたりするような奴じゃないだろう?」

不二咲「うん! そうだよね。大和田君は男らしいし。余計な心配しちゃった」

K「…まあ、万が一アイツが動揺してパニックになっても俺がついているから大丈夫だ」

不二咲「えへへ。先生は頼りになるもんね!」

K「フ」


そのまま学園側に行こうとしたKAZUYAを不二咲が呼び止める。


不二咲「あれ? 一緒に行かないんですか?」

K「…一緒に行くと、秘密を告白する前に更衣室に入る方法で性別がバレるぞ。
  だから待ち合わせ場所は男子更衣室の中にしておいた」

不二咲「あ、そっかぁ」


不二咲は特に疑問を持たなかったが、一緒に行くとマズイ理由がKAZUYAにはあったのだ。
そして二人はそのまま夜の学園へと消えて行った。


542: 2014/02/12(水) 00:51:09.51 ID:3sblCxdq0

― 舞園の部屋 AM0:09 ―


モノクマ「こんばんは、舞園さん」

舞園「ヒィッ?! な、なんのご用…ですか?」

モノクマ「そんな怖がらないでよ! 別に取って食ったりしないからさ。僕は人間は
      食べないんだ。何せサファリパーク1グルメなクマだったからね」

舞園「…………」ガタガタガタ…


舞園は震えが止まらなかった。モノクマがわざわざ自分の所にやって来たのだ。
ただ遊びに来たなど有り得ない。何か恐ろしい理由があるはず。


モノクマ「だからー、そんな怖がらないでよ。君はさっき途中で体育館を抜けちゃっただろう?
      僕はその時何があったかを見せに来てあげただけなんだよ。僕ってば優しいー!」

舞園「…………」


舞園は直感した。何かあったのだ。自分がいなくなった後に…
そしてモノクマはそれを自分に教えようとしているのだ。


543: 2014/02/12(水) 00:56:37.71 ID:3sblCxdq0

モノクマ「じゃじゃーん、体育館の映像が入ったDVDとポータブルプレ~ヤ~!」


モノクマはどこからか一枚のDVDと再生機を取り出して舞園の机の上に置いた。
DVDでトラウマが蘇り、舞園は声を出すことも出来なずに震え続ける。


モノクマ「KAZUYA先生と苗木君は君に気を遣ってわざと教えなかったみたいだけどさ、
      君には知る義務があるよね? だって君のせいで起こった出来事なんだから」

舞園「…ぁ……」

モノクマ「ま、どうしても見たくないなら見なくても良いよ。そのままいつまでも
      二人におんぶにだっこしてもらえばいいんじゃないかな?」

舞園「…………」

モノクマ「これは後で適当に回収しておくから、たっぷり悩んでちょうだいな。バーイ!」


そう言ってモノクマは部屋から出て行った。残されたのは舞園の荒い呼吸音のみ。


舞園「ハァ……ハァ……」

舞園(私は、一体どうすれば…)


見ないという選択肢もなくはない。だが、自分以外の全員は何が起こったかを知っているのだ。
KAZUYAや苗木が如何に隠そうとしても、それこそ十神あたりから暴露される可能性がある。
いきなり暴露されて錯乱するよりは、今覚悟を決めて見た方が些かマシかもしれない。

…だが舞園は知らなかった。この学園生活にマシな選択肢などというものは存在しないことを。


544: 2014/02/12(水) 01:00:35.62 ID:3sblCxdq0


「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」


舞園は絶叫した。


舞園「嫌っ! 嫌っ! そんなっ?!」


流れた映像は確かに加工も編集もされていない本物の映像だった。だからこそタチが悪かった。
最初に配られたDVDと違い映っている人間は時にアップも交え、激しく動き話している。
会話に不自然な箇所もない。これが作り物の映像であったならどんなに良かったことか。


舞園「いやっ! 誰かっ! 誰かああああっ!」


仮に誰かが来たとして、舞園は何を望むのだろう。外に出ても彼女はもう元には戻れないのに。

映像に記録されていたのは、桑田が自分を庇った姿だった。自分なんかのためにそこまでしてくれた
桑田に胸が暖かくなったが、だからこそ叩き落とすかのようなその後の展開が耐えられなかった。
自分のせいで本当は何も悪くない桑田が殺人鬼と罵られ、周囲から孤立し挙げ句内通者呼ばわりされた。


舞園「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」


545: 2014/02/12(水) 01:09:12.17 ID:3sblCxdq0

極めつけはKAZUYAすら巻き込まれたことだ。人頃しの自分なんかを救ってくれた命の恩人であり、
今も苗木と共に自分を支えてくれているまさしく大恩人である。同じように恩義を感じているのか
桑田が逆上してKAZUYAを庇う姿を見た時は、胸が締め付けられて息が出来ないくらいだった。

…そして最終的に、今朝まで仲の良かったメンバーが今はバラバラになりいがみ合っている。


舞園「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

舞園「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!」


ジッとしていられなくて舞園は部屋をのたうちまわるが、次の瞬間シャワールームに
駆け込みトイレに思い切り吐いた。気持ち悪くて、胃の中の物を全て吐き出してしまう。
胃液まで全部吐いたのに、まだ吐き足らないと言わんばかりに便座にすがりついた。


舞園「ハァッハァッハァッハァッハァッハァッ…!」


すると、今度は呼吸が乱れる。舞園は苦しそうに何度も息を吸っては咳き込んだ。過換気症候群である。


546: 2014/02/12(水) 01:15:49.27 ID:3sblCxdq0

過換気症候群:俗に言う過呼吸と症状はほぼ同じであるが、過呼吸は運動後などに血中の酸素過多が
         原因で引き起こされるのに対し、過換気症候群は精神的不安が起因となって発生する。

対処法:過換気症候群や過呼吸の場合、吐く量を多めにしてゆっくり深呼吸する。あるいは袋をかぶって
     呼吸するなどして血中の酸素と二酸化炭素の量を調整すれば発作自体は数分で簡単に収まる。
    ※ただし袋を使う方法の場合、窒息防止のため袋に必ずある程度の隙間を開けなければならない。

短時間であまりに急激なストレスを受けたため、舞園は発作を起こしたのだった。
だが、医者でもスポーツ選手でもない舞園が対処法を知っているはずがない。


舞園「ハァッハァッハァッハァッ! うっ…ゲホッゲホゲホッ! ハァッハァッ…!」


幸い、過呼吸は滅多なことでは氏に至るものではなく、舞園も一度倒れはしたものの
しばらくして自然に回復した。…だが、シャワールームの床に倒れた舞園の目は虚ろだった。


547: 2014/02/12(水) 01:20:28.77 ID:3sblCxdq0





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――プツン。





548: 2014/02/12(水) 01:21:58.83 ID:3sblCxdq0


張り詰めていた糸が、今までぎりぎりの所で持ちこたえていた理性の糸が――とうとう切れた。










氏のう。

舞園はそう決意したのだった。


556: 2014/02/13(木) 23:20:35.59 ID:1Hh4Y2S00

               ◇     ◇     ◇


場面は再び桑田の部屋へと戻る。
相手はKAZUYAだと思い威勢よく扉を開けたその先の、予想外の人物の顔に桑田は静止した。


舞園「…………」

桑田「…………はい?」

舞園「桑田君……」

桑田「う、うわああああああああああああああっ?!」


持ち前の反射神経全てを導入して桑田はドアを閉め鍵を掛けた。その勢いのまま壁際まで後ずさる。


桑田「な、な、な…?!」パクパク…


扉の前に立っていたのは亡霊のような舞園だった。その澱んだ真っ昏な瞳はまるで底が見えない。


桑田(あいつ…また俺を頃しに来やがったのかっ?!)


558: 2014/02/13(木) 23:26:55.04 ID:1Hh4Y2S00
>>557はグロ画像です。注意

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

恐怖のあまり声も出せなかった。咄嗟に愛用の金属バットを手に取り、抱きしめるように
抱えて座り込み震える。しかし、追い撃ちのように立て続けにチャイムが鳴り響いた。

ピンポーン…ピンポーン…ピンポーン……


桑田「ひぃぃ!(だ、誰が出るかよ!)」


だがチャイムの音は一向に鳴り止まない。最初はブルブルと震えていた桑田だったが、
時間が経つにつれ多少は冷静さが戻ってきた。


桑田(落ち着け…落ち着け俺…せんせーや大神が相手ならまだしも、舞園にあのドアが
    破れるワケねえ。こうやってここに篭ってりゃ安全なんだ!)


部屋に置いておいたペットボトルの水を一気に飲み干し、桑田は篭城の構えを取った。


桑田「来れるもんなら来てみやがれ!」


そう叫ぶと同時にチャイムの音も止んだ。ホッと息をついたのも束の間、
しばらくしてもう一度チャイムが鳴ると、扉の下から一枚のメモが差し込まれた。


559: 2014/02/13(木) 23:32:19.95 ID:1Hh4Y2S00

桑田(またあの時と同じかよ…人をバカにすんのもいい加減に…!)


しかし、メモを拾い上げて桑田の怒りは止まった。止まらざるを得なかった。
何故ならそのメモには点々と血が付着していたからだ。怒りと共に思考も一瞬止まる。


桑田「……は?」


メモには大きさもまばらで、あの几帳面な舞園が書いたとは思えない乱れた文字が並んでいた。

『お願いです。少しでいいから話をして下さい。あなたが私を許せないのは百も承知してます。
 でも早急にお話したいことがあるんです。なんなら扉を開けて私のことを頃してもらっても
 構いません。お願いですお願いですからドアを開けて話を聞いて下さいお願いします…』


メモ一面にそんな文章がびっしり書かれていた。先程とは別の恐怖が桑田を襲う。


桑田(え、なに、こいつ…ヤベエんじゃねえの…?)


その時やっと、桑田は夕食時に苗木と話した内容を思い出した。舞園は昼間のやり取りのせいで
精神が非常に乱れているらしい。まさか、自分が無視をしたせいで自頃したりしないだろうか。


560: 2014/02/13(木) 23:35:14.50 ID:1Hh4Y2S00

桑田「おいおいおいおい…! 冗談じゃねえぞ…マジで…」


自分のせいで舞園に氏なれたらたまったもんじゃない。一度は頃してやりたいと
思ったくらい憎い相手だが、今の桑田にそこまでの殺意も憎悪も残っていなかった。


桑田「ああ! クソッ!」


メモの最後にはこう書かれていた。

『開けてくれるまで一晩中でも待っています。どうか…』

ここでメモの余白がなくなったため文章が途切れている。思えば舞園にしては汚い字だ。震えながら
一思いに書き上げたに違いない。桑田はバットを構えながらドアの前に立ち、そっと扉を開けた。


舞園「…………」


対面の壁際に、舞園は影のように佇んでいた。そこにいるはずなのにいないような、
生きているのに氏んでいるような、そんな不可思議な存在感だった。


舞園「開けてくれたんですね…ごめんなさい…こんな時間に…ごめんなさい…」

桑田「……!」


561: 2014/02/13(木) 23:40:18.90 ID:1Hh4Y2S00

桑田は思わず息を呑む。先程は一瞬だった上に舞園の顔に気を取られ気付かなかったが、
舞園の左腕は血まみれだった。小さな傷がたくさん開いてそこから血が流れている。
恐らく、女子の部屋に配られた裁縫セットの針で何度も刺したのだろう。しかし、何故?


桑田「お…お前…なにやってんだよ…」

舞園「氏のうと思ったんです…」

桑田「は?! なに言…」

舞園「私が全部いけないんです。私なんかがいるから…」

桑田「お前ちょっと落ち着…」

舞園「本当はもっと早くこうするべきだったんです。みんなに迷惑をかけているのにのうのうと生きて」

桑田「…………」


舞園は桑田の言葉などまるで聞いていない。ただ出しっぱなしの蛇口の水のように言葉だけ流れ続ける。


舞園「でも考えたんです。もし私が氏んだらどうなるか…私みたいな生きる価値のない最低の
    人間でも、氏ねばきっと苗木君と西城先生は悲しみます。二人とも凄く優しい人だから…」

舞園「だから氏ねないんです……氏にたいけど氏ねないんです……」

桑田「…………」


562: 2014/02/13(木) 23:42:51.14 ID:1Hh4Y2S00

舞園の顔は青白さを超えてもはや蝋人形のようだった。まるで生気が感じられない。ホラー映画の
ワンシーンのようで桑田の恐怖心も極限まで来ていたはずだが、ふと気になることがあった。


桑田(なんか…おかしくね? こんな状態の舞園をせんせー達がほっておいたりするか?)

桑田「お前…なんかあったのか?」

舞園「桑田君もごめんなさい。私なんかのせいでみんなに責められて…桑田君は悪くないのに…」

桑田「!」


あの時舞園はいなかったはず。つまり舞園はあの後の出来事を知って錯乱したのだと
桑田も理解した。理解はしたが、理解したからと言って現状が良くなる訳でもない。


舞園「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」

桑田「舞園……」

舞園「だからせめてお詫びをしようと思ったんです。本当なら桑田君に頃してもらうのが
    一番なんですけど、私が氏ねば今度は桑田君が処刑されてしまうので……」

舞園「私を氏なない程度に思い切り痛めつけてくれませんか?」

桑田「…………は、はぁあっ?!」


563: 2014/02/13(木) 23:46:23.65 ID:1Hh4Y2S00

苗木の元にもKAZUYAの元にも行けなかった舞園には、もう選択肢がなかった。
だから自分を憎んでいる桑田に救いを求めた。罰という名の救いを。


舞園「遠慮なんてしなくていいです。私はそうされても仕方のない人間ですから。
    他の皆さんもわかってくれます。私からもちゃんと言いますので」


舞園が一歩前に進み、逆に桑田は二歩後ろに下がる。


桑田「い、いやいやいや…なに言ってんのお前…?!」

舞園「そのバットで私を思い切り殴って下さい!」

桑田「バットなんかで殴ったら骨が折れちまうだろ!」


こんな状況で何を言ってるんだと自分でも思ったが、恐怖と混乱でまともに思考が働かない。


舞園「大丈夫です。手足が折れても人は氏にませんから」


ズイッと舞園は桑田の眼前に出ると、その目を覗き込む。


桑田「ひ、ひいいいっ!」


564: 2014/02/13(木) 23:49:38.67 ID:1Hh4Y2S00

あんなに可愛らしかった瞳が、今は底の見えない奈落の穴に見えて桑田は尻餅をつく。


桑田「く、来るな! 来んじゃねえええっ!!」

舞園「お願いです! 私を痛めつけて下さい!」

桑田「やめろ! 俺は殺人鬼じゃないっ!」

舞園「桑田君だけが頼りなんです!」

桑田「来るなああああああ!」


凶器を持った桑田が舞園に追いかけ回される。それは皮肉にもあの夜と真逆の光景だった。
珍妙な光景をひとしきり繰り返すと、桑田は舞園の肩を掴んで無理矢理椅子に座らせた。


桑田「お、お前混乱してんだ!」

舞園「混乱なんてしていません! 私は優しくしてもらう価値なんてないんです!」

桑田「ちょ、ちょっと待ってろ! 混乱してる時は飲み物のむのがいいんだ! 取ってくるっ!」


昼間体育館で自分が騒ぎを起こした時、飲み物を飲ませて冷静にさせたKAZUYAの姿が
頭に浮かんでいた。何か飲ませれば落ち着くはずだと桑田は部屋を飛び出す。


桑田(それにせんせーだ! KAZUYAせんせーに知らせねーと!)


565: 2014/02/13(木) 23:52:55.05 ID:1Hh4Y2S00

飲み物ならランドリーに自販機があるが、桑田は自慢の健脚で真っすぐ保健室に向かった。
KAZUYAに任せれば大丈夫。きっと舞園も落ち着くし自分の部屋から連れ出してくれる。


桑田「せんせー! 大変だ! 舞園が…!」


だが駆け込んだ保健室には明かりがついていなかった。


桑田「あ、あれ? せんせー??」


電気をつけて見回したが、明らかに無人である。真面目なKAZUYAのことだ。
個室の見回り以外に、学園の巡回などしているのかもしれない。


桑田「なんで肝心な時にいねえんだよー!」


文句を言うが、別に遊んでいる訳ではないので仕方がなかった。
しょうがないので桑田は机の上のメモに伝言を残す。


『オレのところにいきなり舞園が来たけど様子が変だ。昼間のことを誰かに聞いたらしい。
 いちおうオレが話してみるけどこのメモを読んだらすぐに来てくれ!  桑田』


桑田(これでよしっと。あー、これからどうすっかなぁ…)


566: 2014/02/13(木) 23:56:48.61 ID:1Hh4Y2S00

正直に言えば保健室でKAZUYAを待ちたかったが、学園を全て見回っているならすぐには
戻って来ないだろう。そうなると舞園が自分を探して部屋の外に出るかもしれない。
あの状態の舞園に一人でフラフラ出歩かせるのはあまりに危険だった。


桑田(しょうがねえ…戻るか。ああ、チクショー…)


舞園が心配だったので桑田は再び走って寄宿舎まで戻ると、ランドリーの自販機に立ち寄る。


桑田「こーゆー時はなに飲ませんのがいいんだろうな…」


ズラリと並んだ商品を見ながら桑田は考える。水、無難だが何の効能も期待出来そうにない。
コーヒー、眠れなくなりそう。酸っぱい物、体には良いが今は健康とかどうでもいい。
炭酸、舞園は好きじゃなさそうだし刺激物を与えるのはどうか。栄養ドリンク、論外。


桑田(やっぱ甘いもんかな。昔漫画かなんかで女がヒス起こしたら甘いもんを
    食わせるのがいいって読んだような気もするし…)


悩んだ結果、なんとなく気分が落ち着きそうなミルクティーを選択した。
そして自分は迷わず炭酸を選ぶ。こんな状態なので景気づけにスカッとしたかった。


568: 2014/02/14(金) 00:02:06.00 ID:IlCx5M280

桑田(そうだ。苗木…せんせーが来るまで苗木に頼むって手もあるよな)


苗木なら確実に部屋にいるはずだと、チャイムを押そうとしてふと指が止まる。
あんな状態の舞園を苗木に見せようものなら、苗木もパニックになるんじゃないか?
舞園をなんとかしようと必氏になる苗木にほっておいてほしいと叫ぶ舞園。あぁ…修羅場だ。


桑田(クソッ! せんせーが来るまで俺がなんとかするしかねえのかよ…)


ガチャ。


舞園「…………」


部屋に戻ると、出た時と全く同じ姿で舞園が座っていた。先程の激しさに対し
今の静かで微動だにしないその姿は、電池の切れた機械人形を思わせ不気味だった。


桑田「お、おい…戻ったぞ」

舞園「…ごめんなさい」

桑田「…ほら、これ飲めば落ち着くから、飲んでさっさと部屋に帰れよ」

舞園「でも私はまだ何も罰を受けていないんです」


569: 2014/02/14(金) 00:08:01.22 ID:IlCx5M280

一刻も早く部屋から出て行ってほしかったが、舞園は納得するまで出る気はないようだ。


桑田(…あれだ。せんせーだったらこんな時なんて言う? 感情的になるのは逆効果だよな…)


困った時に浮かぶのはKAZUYAの顔だった。KAZUYAだったら何と言うか桑田は頭を捻って考える。


桑田「(落ち着け…冷静に、冷静に。大人っぽくだ)もういいからさ、そーゆーの…
    お互いにいろいろ問題あっただろ。俺も頃したいくらいうざかったかもしれねーし。
    なんなら俺が今までの態度とか謝るからさ、今日はもう帰れって。な?」


多少投げやりではあるが、桑田にとって最大限の譲歩だった。
しかしこの言葉を聞いた舞園はカッと目を見開き、桑田の両肩を掴む。


舞園「どうして…どうして桑田君まで優しくするんですか?!」


あ、スイッチが入ったと桑田はなんとなく思った。


桑田「…は?」

舞園「態度が悪いのと殺人が同じな訳ないじゃないですか! 態度が悪い人は殺されて
    当然なんですか?! じゃあ桑田君はあの時氏ぬべきだったことになりますよ!」

桑田「……おい」


570: 2014/02/14(金) 00:17:00.70 ID:IlCx5M280

舞園「同じだって言うなら氏ねるんですか?! 私がまた殺そうとしたら氏んでくれますか?!」

桑田「…おい!」

舞園「桑田君なら憎んでくれると思ったのに! どうして桑田君までいい人になっちゃうの?!
    私を殴って下さい! 私を責めて下さい! もう優しいのは堪えられないんです!!」

桑田「…俺ならお前を責めると思ってここに来たのか? 俺は人間が出来てないからか?」

舞園「違います、桑田君! あなたは何も悪くないです! 私がズルくて弱くて卑怯なだけ…!!」


舞園に他意はない。冷静な思考なんてとっくに出来ていないのだ。それは桑田にもわかっていた。
しかし、いい加減話が通じなさすぎて桑田は苛々してきた。すぐ感情的になるのは悪い癖だな、と
どこか冷静に見れる自分も生まれていたが、今回ばかりは感情的になるのが正解かもしれない。


桑田(俺にせんせーの真似なんてハナっからムリだったんだよ!)


人生経験豊富なKAZUYAなら、自分がそうされた時のように上手くなだめて落ち着かせることが
出来るだろう。ついでになんかタメになるいい言葉の一つや二つかけてくれるだろう。だが桑田には
人生経験も学も何もかもが圧倒的に足りなかった。ない頭をいくら捻ってもないものはないのだ。


桑田(舞園は俺に責められたくてここに来たんだ。だったらこたえてやろーじゃねーか。
    …優しくてカッコイイヒーローはせんせーや苗木に任せるぜ)


そして桑田は臨戦態勢を整え、思い切り息を吸い込んだのだった。


571: 2014/02/14(金) 00:22:43.37 ID:IlCx5M280

ここまで


591: 2014/02/15(土) 16:52:03.54 ID:Lp5zvMeC0

― 水練場 男子更衣室 AM0:32 ―


不二咲「先生、見て見て! ジャージは青色にしたんだぁ。今の僕、ちゃんと男に見える?」

K「ああ」


本音を言うとそんなに大差はないのだが、はしゃいでる不二咲が可哀相なのでKAZUYAは黙ってあげた。


不二咲「僕も鍛えたら先生や大和田君みたいになれるかなぁ?」


不二咲は壁にかかった大きな鏡の前でポーズを取ってみるが、自身の貧弱な体つきにガッカリする。
一方、KAZUYAはその微笑ましい光景を見て今のままでいいのにと心の底から思っていた。


K「言っておくが、俺だって学生時代はそんなに逞しくなかったぞ? 長い年月と
  たゆまぬ努力によって今に至るのだ。一朝一夕でこうなるとは思わんことだな」

不二咲「はい、そうですよね。…先生の学生時代はどんな感じだったんですか?」

K「体格なら大和田くらいか。医者としては何もかも未熟で貧弱だったよ」

不二咲(大和田君レベルで貧弱なんだ…)

K「親父という存在が常にあったからな。俺の親父も今の俺みたいな感じだったんだ」


592: 2014/02/15(土) 16:58:11.61 ID:Lp5zvMeC0

不二咲「うちはお父さんもちょっと体が弱いから羨ましいなぁ~」

K「フフ」


先程までは顔色も優れなかったKAZUYAだが、無邪気な不二咲と話していると元気になれる。
そうやって雑談しながら和んでいると、更衣室のドアが開いた。


大和田「よう」

不二咲「あ、大和田君!」パアッ


大和田の顔を見て顔を明るくした不二咲だったが、次の瞬間顔色を変えた。


石丸「西城先生、不二咲君、こんばんはだぞ!」

不二咲「い、石丸君?! なんで石丸君までここに…?!」


招かれざる第三の男の登場に、不二咲はすっかり動転していた。その姿を見ながらKAZUYAは
密かに詫びる。何故なら石丸を連れてくるよう大和田に指示したのはKAZUYAだったからだ。


593: 2014/02/15(土) 17:04:35.58 ID:Lp5zvMeC0

K(この反応は当然だろうな…恐らく石丸は、ここにいる生徒達の中で
   不二咲が最も秘密を知られたくない相手だろう)


大和男子であることに誇りを覚え、誰よりも自分に厳しい課題を課しているまさしく努力の
化身といえるこの男に、今までずっと性別を偽り努力することから逃げてきた不二咲が、一体
どんな顔で告白すればいいというのか。顔を青くする不二咲にKAZUYAがすまなそうに話す。


K「すまん、不二咲。その…俺は大和田だけ呼ぶつもりだったんだが、いつも横に
  石丸がいて話す機会がなかったのだ。それで、しょうがないから石丸にも話した」

不二咲「…………」

K「だがな、今言わなくとも結局明日には言うことになるのだ。逆に考えてみろ。
  一番言いづらい相手に先に言ってしまえば、明日他の皆に言う時楽なはずだぞ」

不二咲「あ、そ、そうですよね…どうせ明日には言うはずだったし…」


放心していた不二咲だが、なんとか気を持ち直そうとする。
そうだ。告白する時間が早まっただけじゃないか。どうせ明日には言わなきゃいけないんだ。
そう思ってはいるのだが、いざ言わなければならないと思うとなかなか言い出せずにいた。

葛藤する不二咲を見てKAZUYAは可哀相だと思ったが、石丸を呼んだのには理由があった。


594: 2014/02/15(土) 17:11:08.14 ID:Lp5zvMeC0

               ◇     ◇     ◇


一度目の見回りの後、石丸の部屋にて。


石丸「どうかされたのですか」

K「ウム、実は不二咲のことだ」

石丸「不二咲君が、何か…?」

K「今日配られた動機だが…不二咲は絶対他者にバラされたくない重大な秘密を持っていた。
  …しかし、殺人などしたくないからと俺にだけその秘密を打ち明けてくれたのだ」

石丸「それは素晴らしい話です! …ですが、それと僕にどのような関係が?」

K「俺が内通者扱いされたのはお前も見ていただろう。俺にあまり近付くのは不二咲のためにならん。
  だから、俺以外で秘密を打ち明けてもいい生徒はいるかと聞いたら、大和田を指名したのだ」

石丸「そこで指名されるとは流石兄弟だ! 僕も鼻が高い」


自分の名前は挙がらなかったのに素直に喜ぶ石丸を見て、本当良い奴だなコイツとKAZUYAは思う。


595: 2014/02/15(土) 17:18:59.13 ID:Lp5zvMeC0

K「…ここまでは良い。問題はこの後だ。…大和田の精神状態が著しく悪いというのは
  さっき伝えたな? これから俺の立会いの元、不二咲は大和田に秘密を告白する訳だが、
  今の大和田に不二咲のかなり衝撃的な秘密を伝えれば、非常に動揺すると予想出来る」

K「大和田は不二咲と仲良くしていたから、場合によっては激昂するかもしれん…」


不二咲にとっては単なる男友達に過ぎないだろうが、大和田にとっては違うだろう。
もしうっかり恋心でも抱いていたら、不二咲に騙されたと思うかもしれない。


石丸「まさか…まさか先生は、兄弟が不二咲君を襲うとでも?!」

K「落ち着け、違う。襲われるとしたら俺だ。いや、襲われるという表現は正しくないな。
  場合によっては喧嘩になる、くらいだ。元々アイツは俺に反発しがちだったからな」

K「普段なら手は出さない所でも、今は苛々しているから手を出してしまうかもしれない。
  そうなった時、不二咲はどうすると思う? 体格も考えずに止めに入るだろう」


KAZUYAの言わんとしていることを察し、石丸はサッと青ざめた。


石丸「た、大変だ。あんな小柄で華奢な不二咲君が兄弟に突き飛ばされでもしたら、
    それだけで大怪我をしてしまうかもしれない!」


596: 2014/02/15(土) 17:24:07.11 ID:Lp5zvMeC0

K「俺はそれを心配している。そこでお前の出番だ。お前がいてくれれば大和田の精神も
  落ち着くし、いざという時に不二咲を巻き込まないよう守ってやれるだろう?」

石丸「わかりました。僕が命に代えても不二咲君を守ります!」


軍人でもないのにビシッと敬礼して石丸は大袈裟に宣言した。しかし、その頼もしいはずの姿に
KAZUYAは一抹の不安を覚える。石丸がこうまで熱くなるのは不二咲を女だと思っているからだ。


K「…一応言っておくがな。不二咲の秘密は本当に衝撃を受けると思うぞ」

石丸「先生、僕は風紀委員ですよ? たとえそれがどんな衝撃的な内容だったとしても、
    クラスメイトの秘密を受け止め支えるのが風紀委員の仕事であり義務です!」

K「もしそれがお前から見てくだらない、馬鹿らしいと思える内容であってもか?」

石丸「……!」

K「お前みたいな強い人間からしたら些細な問題かもしれん。解決するための努力が足りないと
  思うこともあるだろう。だが、真剣に悩んでいる人間にそういった言葉は厳禁だ」

K「俺達にとってどうであろうが、その人間にとっては苦しく解決し難い問題に
  違いないのだ。そのことを、どうか忘れないでいて欲しい」

石丸「…わかりました」


597: 2014/02/15(土) 17:31:56.94 ID:Lp5zvMeC0


               ◇     ◇     ◇



場面は男子更衣室に戻る。気まずい空気の中、石丸があることに気付いた。


石丸「ム、そういえばここは男子更衣室なのに不二咲君はどうやって入ったのだ?」

大和田「あ? 先公にいれてもらったんじゃねえのか?」

石丸「いや、そんなことをすれば入口の機関銃で蜂の巣にされてしまう。
    自分の電子生徒手帳でなければ入れないはずだ」

大和田「じゃあどうやって入ったんだよ」

不二咲「あ…」


不二咲は困ってKAZUYAを見上げる。KAZUYAは文字通り不二咲の背中を優しく押した。


K「大丈夫だ。友人を信じろ」

不二咲「…………」コクン


意を決し、不二咲は二人に向き合う。


598: 2014/02/15(土) 17:40:13.16 ID:Lp5zvMeC0

不二咲「僕……んだ」

大和田「ああ? 聞こえなかった。もっとでけえ声で言ってくれねえか?」

不二咲「僕、実は男なんだ」

石丸「ハッハッハッ、そうだったのか。……ん?」

大和田「……ハァ?」


思考停止する二人に気持ちはわかる、と心中で同意しながらKAZUYAが助け舟を出した。


K「正真正銘不二咲は男子だ。ここにも自分の生徒手帳で入ったのだ」

大和田「は、はあああああっ?!」

石丸「なっ…?! …………一体、何故?」


事前にKAZUYAから何度も釘を刺されていたからか、石丸は思っていたより早く対応した。
衝撃のあまり叫びそうになりながらも、なんとか持ち直して不二咲に理由を聞く。


599: 2014/02/15(土) 17:45:56.62 ID:Lp5zvMeC0

不二咲「僕…僕ね、昔から体が弱くて泣き虫で…周りからいつも馬鹿にされてたんだ。
     男のくせにって言われるのが本当にプレッシャーで、それで…女の子になればもう
     言われないかなって、こんな格好を始めたんだ。そうしたらみんな凄く優しくなった」

不二咲「でも…それは結局嫌なことから逃げているだけだし、みんなを騙している訳だからいつも
     苦しくて堪らなかったの。だから、この秘密が暴露されるってわかった時に決めたんだ」

不二咲「もう弱い自分は嫌だ。変わりたい、強くならなきゃ!って。それでモノクマから
     秘密を暴露されちゃう前に、自分から本当のことを言おうって決めたんだ」

大和田「……そうか」

不二咲「今まで騙しててごめんね。僕のこと嫌いになったよね…」

大和田「いや! そんなことねえよ。その…男が一世一代の告白したってのによ」


そう言うが大和田の表情は非常に複雑だった。やはり好意があったのだな、とKAZUYAは同情する。
一方石丸は無言で固まっており、不二咲はおずおずと様子を伺った。


不二咲「あの、石丸く…」

石丸「偉いっ! 偉いぞ、不二咲君!!」

不二咲「」ビクッ


600: 2014/02/15(土) 17:51:01.81 ID:Lp5zvMeC0

石丸「…確かに過去の君は逃げていた。僕に言わせれば努力が足りない。…だが、そのことに自分で
    気付き、性別を偽っていた程の悩みをよくぞ打ち明けてくれた! 今の君は立派な男だ!」

不二咲「! 石丸君…ありがとう」


一番の難敵だったろう石丸に男だと認められ、不二咲も嬉しそうに笑う。


石丸「よし、善は急げだな! 今すぐみんなに告白しよう。僕がみんなを集めるぞ!」

不二咲「えぇっ?! こ、この時間に?! 今は夜中だよぉ!」

K「ま、待て! 何のためにお前達をここに呼び出したと思っているんだ?」


…石丸なりに気を遣ってはいたのだろうが、やっぱり最後は空気が読めなかった。


不二咲「あ、あの、僕ね…みんなに言う前にまず自信をつけたくて…そのために体を鍛えたいんだ」

石丸「うむ、良い心がけだ。健全な精神は健全な肉体に宿る。僕も毎朝毎晩鍛練してるぞ」

不二咲「…えっとね、でも僕一人じゃよくわからなくて。最初は先生に付き合ってもらおうとしたんだ」

K「だが大人の俺が付き添うより、友人同士で助け合ってもらいたい…そう考えお前達を呼んだのだ」


601: 2014/02/15(土) 18:02:59.13 ID:Lp5zvMeC0

大和田「なるほどな。いいぜ、そんくらい。いくらでも付き合ってやるよ!」

石丸「千里の道もまず一歩から、雨垂れ石を穿つだ! 応援するぞ!」

不二咲「うん!」


特訓の前に、大和田は持ってきたジャージに着替え始める。


大和田「あり? 兄弟は着替えねえのか? ジャージ持ってきただろ?」

石丸「いや、付き合うだけなら今のままでも十分だし、折角先生がいるのだから僕は課題を
    やらせてもらう。兄弟がスポーツ理論と異なる妙なことを言ったら横から訂正するぞ」

大和田「おう、わかったぜ(まあ元々呼ばれてたの俺だけだしな)」

K「不二咲はまだまだ華奢だ。あまりいじめんようにな?」

大和田「わーってるっつーの!」


そして実際に鍛練を始め、四人で楽しく話していた頃…KAZUYAは急に胸騒ぎを感じた。
何の根拠もない単なる直感だが、今日は色々とありすぎて神経が過敏になっている。
こういう時の勘はけして馬鹿には出来ない、と裏の世界に生きるKAZUYAは知っていた。


602: 2014/02/15(土) 18:08:57.24 ID:Lp5zvMeC0

K(大和田も石丸も不二咲の弱さを受け入れてくれたし、元々仲の良いメンバーだ。大丈夫だろう)

K「すまん、俺は少々保健室に用がある。すぐに戻るから任せるぞ」

石丸「はい、わかりました」


ベンチに座り手帳を使ってひたすら糸を結ぶ練習をしている石丸に声をかける。


K「…あともっと強く結んだ方がいい。縫合糸はナイロン製がほとんどだから簡単に解ける」

石丸「は、はい!」


そのままKAZUYAは保健室に向かった。距離的には遠くないのですぐに着く。


K「…………」


どこにも異常はない。机の上にある書き置き以外は。KAZUYAは机に近寄りサッと目を通す。


603: 2014/02/15(土) 18:17:17.14 ID:Lp5zvMeC0

『オレのところにいきなり舞園が来たけど様子が変だ。昼間のことを誰かに聞いたらしい。
 いちおうオレが話してみるけどこのメモを読んだらすぐに来てくれ!  桑田』


K(舞園の様子がおかしいだと…?!)


昼間のことを誰かに聞いたらしい――誰かに?

二度の見回りの時、どちらも舞園は普通だった。つまりその後KAZUYAが不在になることを知っている
人物が舞園に教えたのだ。だが、この外出禁止の中自分達以外に外を出歩く者がいるだろうか。


モノクマ『先生には悪いけどさ、事件は起きるよ……絶対にね』


K「やってくれたな、モノクマァッ!!」


KAZUYAはマントを翻すと保健室を飛び出し、全速力で寄宿舎へ駆けた。


604: 2014/02/15(土) 18:27:29.54 ID:Lp5zvMeC0

ここまで。

コピペミスで一箇所文章飛ばしちゃったけどわからないくらい絶妙に飛ばしたからいいか…
二章長すぎてこのスレで終わらない予感がしてきた…あばばば


615: 2014/02/16(日) 23:59:25.01 ID:eiIRy72W0


               ◇     ◇     ◇


パアンッ!

乾いた破裂音が部屋に響く。桑田が舞園を平手打ちした音だった。


桑田「いい加減にしろよっ! このクソアマッ!!」

舞園「」ビクッ


桑田は今まで溜めに溜めた不満を一気に爆発させる。打って変わった雰囲気に舞園はビクリと震えた。


桑田「いつまで悲劇のヒロインぶってやがる! 苗木を陥れようとしたのも
    俺を殺そうとしたのも全部テメエが自分で考えて実行したんじゃねーか!」

舞園「…………」

桑田「そん時の太い神経はどーした?! それともなにか? 後で後悔してビービー泣く程度の
    覚悟しかしてなかったのに人頃しなんてしようと思ってたのか? 俺をバカにしてんの?」

舞園「わた、私は…」


616: 2014/02/17(月) 00:02:34.23 ID:o/jtVxN+0

桑田「俺はなぁ! お前を殺そうとしたこと今でも後悔してねーよ! だって殺らなきゃこっちが
    殺られてたし、俺あの時マジでお前にムカついてたもん! 人の好意を利用しやがって!」

舞園「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

桑田「つーか反省したかと思えば今度は夜中に人の部屋やってきて騒ぐとかお前なんなの?
    お前本当はワザとやってんじゃないの? 今でも本当は俺のこと嫌いなんだろ!」

舞園「ち、ちが…! 違います! そんなつもりじゃ…!」

桑田「せんせーや苗木に悪いって思うならさっさと元気になれよ! どう考えてもそれが
    一番だろ! そんな簡単なこともわかんねーから人頃しとかすんだろうがアホッ!!」

舞園「…………」

桑田「ハァ、ハァ……これで気は済んだか?」

舞園「…………はい」


一応手加減して叩いたつもりだが、泣き出したり暴れたりしないか桑田は心配だった。
だが意外にも、舞園は少し落ち着いたようだった。そのまま俯き黙っている。


桑田「…まあ、ほら、せっかく持ってきたんだから飲めよ」


ペットボトルの蓋を開け渡してやると、今度は大人しく飲み始めたので桑田はホッとした。


617: 2014/02/17(月) 00:06:33.16 ID:o/jtVxN+0

桑田(もう大丈夫か…そういや、こんなすげー美人が自分の部屋にいるのに
    帰ってほしいとか思ったのって、生まれて初めてじゃねーか?)


視線を落とし憂い顔をしている舞園は、本当に美しく可憐だった。だが今の桑田は全く
彼女に惹かれない。そういえば、自分は舞園のどこが好きだったのかと考えてみた。


桑田(まあ、顔とかスタイルで決めてたよな…あとは清楚っぽい雰囲気とか…)


自分は舞園の、真面目で謙虚な頑張り屋で時に自らを追い詰める所も、それ故仕事に対し
高いプライドを持ち妥協しない点も、夢に対する執着も、そのために他者を犠牲に出来る事も
何も知らなかった。ただ器しか見ていなかった。その事実に気付き自然に表情が渋くなる。


桑田(そーいや、俺がまだ現役でモテのピークだった時も好みの子取っ替え引っ替えしてなぁ。
    深く考えずに手出しまくってたし。今から考えりゃマジで最低のクズ野郎だわ…)


何も学習しないで脱出してもいつか刺されていたかもしれない、と以前石丸に脅されたことが
あったが、あれは案外当たっている気がした。自分は恨まれても仕方のない人間だったのだ。
もやもやした気持ちを払うため、桑田は持ってきた炭酸の蓋を開け思い切りあおる。


618: 2014/02/17(月) 00:08:40.76 ID:o/jtVxN+0

舞園「…………」


一方、静かに紅茶を飲みながら舞園の心は非常に落ち着いていた。
桑田が言ってほしいことを全て言ってくれたのでやっと冷静になれたのだった。


舞園(エゴ…そう、エゴでした…)

舞園(人を殺そうとしたのも罰を受けようとしたのも、全部私の自己満足です。
    …私に出来ることってなんでしょう? 桑田君は元気になれと言いましたが、
    これだけのことを仕出かした以上、それだけでは足りないはずです…)

舞園「桑田君…」

桑田「な、なんだよ…まさかまだなんか言う気じゃねえだろうな…」

舞園(桑田君は思ったことを何でも包み隠さず言ってくれる。
    …だから、何かヒントをもらえるかもしれない)

舞園「いえ…良かったら、普通にお話しませんか? 思えば、あの事件以来
    私達がちゃんと話したことって一度もないと思うんです」

桑田「普通のおしゃべり? …まあ、それくらいならいいけどよ」


約一週間ぶりに、桑田と舞園は作った顔ではなく自然な姿で向き合って話す。


619: 2014/02/17(月) 00:12:58.92 ID:o/jtVxN+0

舞園「指先…皮が剥けてますね。ギターの練習をしてるんですか?」

桑田「ああ。今は毎日欠かさずやってる。せんせーにキツーク言われたんだよ。
    真剣に目指してるんなら練習くらいちゃんとやれってさ」

舞園「練習は嫌いだって言ってませんでしたか?」

桑田「まあな。ただ野球の練習は出来ることを延々やらされるのがイヤなんであって、
    ギターはそこまで上手くないからやりがいはあるぜ。上手くなれば楽しいし」

舞園「そうですね」

桑田「…………」

舞園「…………」

舞園(桑田君はこんな場所でも自分のすることを見つけてる。私は何をすればいいんだろう…)

舞園「…桑田君が今一番望んでることって何ですか? やっぱり、皆さんとの仲直り…」


だが舞園の問いに、桑田は当たり前だという顔で別のことを答える。


桑田「ああ? そりゃ外に出ることに決まってるだろうが。ここは退屈すぎるし」

舞園「そうですよね。外に出たいに決まっていますよね…」


620: 2014/02/17(月) 00:15:55.83 ID:o/jtVxN+0

そう言って俯く舞園に、桑田は舞園が外に出ても全てを失っていることを思い出した。


桑田「…まあ、元気出せよ。仕方なかったとはいえ、俺だってお前刺したりせんせーを襲おうと
    したから外に出りゃマスコミが黙ってないと思うし、当分普通の生活に戻れないかもな」

桑田「むしろこんな面白いネタをマスコミがほっとくワケねーか。面白おかしく報道されて、
    下手すりゃプロ野球の選手にもミュージシャンにもなれなくなったりして。ハハッ」


だが、深刻な話をしている割に桑田の表情は暗くなかった。エスパーを自称するくらい
読心術に長けた舞園にも、桑田が何故この状況で笑えるのか全くわからない。


舞園「どうして笑えるんですか…?! 私のせいであなたの人生が終わっちゃうんですよ?!
    私が憎くはないんですか?! どうして頃してやりたいと思わないんですっ?!」

桑田「お前のせいでもあるけど一番悪いのはモノクマだろ。まあ、軽いのが俺の一番の長所だしな。
    ちょっとお前重たすぎんだよ。生きてさえいれば人生なんてどーとでもなるっしょ」

桑田「最悪海外にでも高飛びすればいいじゃん? 今はせんせーって強力な味方がいるし、
    かなり顔広いらしいから困ったら多分コネとかで助けてくれるんじゃね?」

桑田「外に出さえすればいくらでもやれることあるじゃん。まずは久しぶりに野球だな!
    それからカラオケ行って漫画とゲームやって、上手いモン食いに行ってあとは…」

舞園「でも…もし友達が一人もいなくなったら…そうなったら一体誰と遊ぶんですか…?」


621: 2014/02/17(月) 00:18:23.70 ID:o/jtVxN+0

この質問にはどう答えるのか。いくら自由になっても一人ぼっちでは何の意味も
ないではないか。この舞園にとって最も恐ろしい質問にも、桑田はサラリと即答した。


桑田「? 苗木達誘えばいいじゃん。あいつらはここであったことも全部知ってるし、世間が
    うるさいからってダチを裏切るようなヤツらじゃないだろ? せんせーも言ってたけど、
    本当のダチが出来たって意味じゃここに来た意味もあったのかもなぁ…」シミジミ

舞園「…………」


それは目から鱗な言葉だった。舞園は外に出たい反面、出るのが恐ろしくて堪らなかったのだ。
自分の居場所がなくなっているのが、世間から責められるのが、想像するだに恐ろしくて仕方ない。
だが桑田は自分とは違う。外に何が待っていようとも、雑草のように力強く逞しく生きていける。


舞園「…前向きなんですね」

桑田「ノー天気の間違いだろ」ハハッ

舞園(桑田君は私と違って外に出ても生きていける。桑田君、私なんかを支えてくれた苗木君と先生、
    そして迷惑をかけたみんなを外に出してあげることが、私の本当の罪滅ぼしなのかもしれない…)




――答えが出た。


622: 2014/02/17(月) 00:20:33.36 ID:o/jtVxN+0

舞園(そうです。罰を受けたいのも苦しみたいのも、そんなものは全部私の独りよがりです。
    みんなはそんなことなんて望んでいない。みんなの望んでいることは外に出ること…)


スッと舞園は立ち上がる。その瞳には、先程までにはない強烈な決意が宿っていた。


舞園「桑田君」

桑田「お、おう。今度はなによ?」

舞園「ありがとうございました。私、桑田君のおかげでわかった気がします」

桑田「あ、そう? なら良かったけどさ…」


舞園は丁寧に深々と礼をした。


舞園「ご迷惑をおかけしました。もう遅いので私は戻ります。おやすみなさい」

桑田「そ、そっか。じゃ、またな!」


自分の退室にかなり安堵した様子を見せた桑田に別れを告げ、舞園は部屋に戻った。


623: 2014/02/17(月) 00:23:21.06 ID:o/jtVxN+0

舞園(やることは決まった。でも、どうすればいい?)


考える。


舞園(私一人が動いても何も出来ない。どうしたらみんなを脱出させることが出来る?)


考える。考える。


舞園(…西城先生はたった一人で黒幕側の情報を引き出してみせた。やっぱり西城先生を
    中心にして、私は裏から支える方がいい。きっとその方が向いているだろうし)


考える。考える。考える。


舞園(でも今の私じゃそれすらも出来ない。私は弱い。きっと足を引っ張ってしまう)


考える。考える。考える。考える。考える。そして……思いついた。


舞園「私では駄目。でも私じゃない誰かなら…?」


624: 2014/02/17(月) 00:29:34.27 ID:o/jtVxN+0

それに気付くと舞園はシャワールームに駆け込み鏡で自分をジッと見つめる。


舞園(弱くて卑怯で醜い舞園さやかではなくて、別の誰かなら? そう、例えば…)


咄嗟に受かんだのは三人の人間。


舞園(西城先生みたいに強く頼りになって、苗木君みたいに優しくて暖かくて、
    霧切さんみたいにいつも冷静で知的なら……そんな人間なら役に立てる)


人間が別の人間になんて生物学的になれる訳がない。


舞園「でも演じるのは出来る――」


舞園は単なるお飾りアイドルではない。努力と実績を兼ね備えた実力派アイドルであり
女優でもある。ドラマや映画の中で、舞園は何度も別人になってきたではないか。

鏡を見つめる。視線だけで割れるのではないかというくらいに強く見つめる。


625: 2014/02/17(月) 00:34:30.07 ID:o/jtVxN+0

舞園「私は舞園さやかじゃない」

舞園「私は舞園さやかじゃない…!」


私は舞園さやかじゃない。アイドルなんかじゃない。
私は舞園さやかじゃない。私は人間じゃない。

アイドルじゃないから世間体なんて気にしない。
人間じゃないから感情に振り回されたりしない。


舞園「私はみんなをここから脱出させるための駒。先生や苗木君達を支えて助けるための駒。
    そのためだけの駒。私は人間じゃない。私は駒。私は人間じゃない。ただの駒」


舞園「私は駒。私は駒。私は駒。私は駒。私は駒。私は駒。私は駒。私は駒。私は駒。私は駒。私は駒。私は駒。私は駒。私は駒。私は駒。私は駒。私は駒。私は駒。私は駒。私は駒。私は駒。私は駒。私は駒。私は駒。私は駒。私は駒。私は駒。私は駒。私は駒。私は駒。私は駒。私は駒。私は駒。私は駒。私は駒。私は駒。私は駒。私は駒。私は駒。」


627: 2014/02/17(月) 00:38:32.77 ID:o/jtVxN+0

何かの呪文、或いは呪いのように、舞園は鏡を見つめてひたすら呟き続けた。
駒の自分は彼等の期待通りに動ける。もう誰かを頼るのではなく、今度は自分が
みんなから頼られ助ける立場になるのだ。そう考えると、なんだか楽しくなってきた。
口から自然と笑みがこぼれる。無理をしないで笑えたのはいつぶりだろう…


舞園「ふふ…ふふ…うふふふふふ。あはは、あはははははははははははははははははははははははっ!」


壊れた三日月のような歪んだ笑みを眺めながら舞園は心から笑った。


舞園「笑えた! 笑えた! 笑えました! 笑えましたよ! あんなに笑うのが苦痛だったのに!
    もう二度と心から笑うことはないだろうって思っていたのに! 私は駒だから!!」


今なら何でも出来る気がする。大神に勝つ…のは流石に無理だが、セレスと勝負して
勝つくらいなら出来そうだ。十神に嫌みを言われても今なら笑顔で受け流せる。


舞園「おはようございます、苗木君♪」ニコッ


628: 2014/02/17(月) 00:42:37.96 ID:o/jtVxN+0

鏡には苗木と再会した時と何一つ変わらぬ笑みを浮かべた自分が映っている。


舞園(クスクス…この顔を見たら、苗木君喜ぶだろうなぁ。今から会いに行きましょうか?
    …ああ、ダメです。夜時間は出歩き禁止ですからね。朝一番に会いに行きましょう)

舞園「そうだ! 朝になれば西城先生が来るじゃないですか!」


パンッと両手を合わせて舞園は花のように微笑んだ。何せKAZUYAは命の恩人なのだ。
ならば元気になった姿を一番初めに見る権利もあるだろう。苗木には我慢してもらうか。


舞園「先生、早く来ないかなぁ。ふふ、うふふふふふ…」


きっと驚くだろうな。先生ってあんまり驚かないから、驚いた顔を見るのが少し楽しみ。
そしてKAZUYAの前で決意表明をするのだ。もう二度と足手まといになどならないことを。
これからは自分も前に立ち、KAZUYA達の駒となって脱出のために働くことを。


決意した舞園の姿は凛として力強い。だがその決意はあまりにも悲しかった。


629: 2014/02/17(月) 00:48:15.78 ID:o/jtVxN+0










― 苗木君。

― 苗木君。

― ここから脱出するまで、私は駒になります。

― みんなの希望のための道具になります。

― でも、ここから脱出できたら、その時は。

― 本当の私を、人間の舞園さやかを迎えに来て下さいね。


― 苗木君……



そして舞園さやかの意識は深く深く沈んでいった。


631: 2014/02/17(月) 00:52:58.90 ID:o/jtVxN+0

駒園さん爆誕!次回に続く…という訳でここまで

えっと、まあ、舞園さんが駒園さんになってもこのSSのことは嫌いにならないで下さい…


656: 2014/03/02(日) 22:56:36.98 ID:vuC9xJfB0
SS速報復活来たー!

投下しちゃうよー!

657: 2014/03/02(日) 22:58:55.80 ID:vuC9xJfB0

               ◇     ◇     ◇


KAZUYAが桑田の部屋に着いたのは、舞園が去ってから十分程後だった。

ピンポンピンポンピンポ…ガチャ。


K「桑田! 舞園は…?!」

桑田「あ、せんせーか……来るのおせーよ!」


ちょうど寝ようとしていたのか、着替えて眠そうな顔をした桑田が出てきた。
KAZUYAは不満げな桑田を押しのけ部屋に入るが、既に舞園の姿はない。


K「舞園はどうした…?」

桑田「ついさっき帰った。もうさー、大変だったんだぜ! 最初来た時は会話通じないし
    言ってることもなんか支離滅裂だし、見るからにこいつチョーヤベエって感じでさ」

桑田「…まあでも話してるうちにだんだん落ち着いてきたんだよ。やっぱ腹を割って
    話したのが良かったのかな? 最後はまた前みたいになって普通に帰ってったぜ?」

K「そうか…」


……そんな訳がない。


658: 2014/03/02(日) 23:01:25.48 ID:vuC9xJfB0

桑田を信頼していない訳ではないが、舞園は非常に弱い……脆い人間なのだ。
少し励ました程度で元気になるなら苗木もあそこまで苦労はしまい。


K「俺は舞園の様子を見て戻る。…大変な時に一人で任せてすまなかったな」

桑田「んー、まあいいってことよ! 俺もたまには役に立つだろ?」ハハハ

K「ああ、そうだな。今日はもうゆっくり休んでくれ」


桑田と別れるとKAZUYAは急いで舞園の部屋に行く。まるでKAZUYAが来るのを
待っていたかのように、チャイムを鳴らすとすぐに扉が開いた。


舞園「西城先生!」パアッ

K「ま、舞園?」


扉を開けた舞園は満面の笑みでKAZUYAを迎えてくれた。その姿に若干拍子抜けをする。


舞園「ちょうど良かった! 私、今西城先生に会いたかったんですよ!」ニコニコ

K「俺に会いたかった?」

舞園「はい!」


659: 2014/03/02(日) 23:05:09.33 ID:vuC9xJfB0

K「…桑田からお前の様子がおかしいと聞いて見に来たのだが」

舞園「はい。モノクマに昼間の映像を見せられて、私…取り乱してしまったんです。
    …でも、もう大丈夫です。桑田君のおかげで元気になれたんですよ!」

K「桑田のおかげ?」

舞園「自分のエゴで人を殺そうとしたくせに甘えるな、って叱られて…吹っ切れたんです。
    先生や苗木君にいつまでも頼っていられない。私も脱出のために協力しないとって」

K「そうか…」

舞園「今までご迷惑をおかけしてすみませんでした。明日からは私も先生に協力させて頂きます」ニコッ!


事件前と変わらぬ笑顔でニコニコと笑う舞園に、KAZUYAは一瞬違和感を覚えた。


K「…それは良かった。では俺は戻る。また後でな」

舞園「はい。また明日!」


だが、そのまま別れた。違和感はあったが、特に無理をして笑っているようには見えなかったので
KAZUYAは見逃した。元々女性の機微には疎いのと、舞園が女優の才能を持っていたのが大きい。


660: 2014/03/02(日) 23:08:42.21 ID:vuC9xJfB0

舞園「…西城先生、喜んでくれた」

舞園(勘の良い西城先生が気付かないんだから大丈夫。待ってて下さいね、苗木君!
    明日にはとびっきりの笑顔を見せて、元気にしてあげますから。クスクスクス…)



               ◇     ◇     ◇



K(…俺の思い過ごしで良かった。いや、桑田のおかげか。あいつも大分頼もしくなってきたな)フフ


最大の懸念事項とも言える舞園の件が思わぬ形で解決し、KAZUYAは少し心が軽くなった。
これで今日一日無事で過ごせばなんとかなる。そう思いながら更衣室の機械に手帳をかざし、

カチャリ。


K「悪かったな。今戻った」


扉を開けたKAZUYAの前に広がっていたのは――血の海だった。


661: 2014/03/02(日) 23:16:15.48 ID:vuC9xJfB0

K(何だ……これは……?!)


不二咲「あ! せ、先生えええっ! 助けてっ!!」

大和田「先公ォ! 頼む! 助けてくれっ!」

K「何があったッ!!」


涙混じりの二人の悲鳴とKAZUYAの怒号が更衣室に響く。大量の出血の主は勿論…


石丸「う、ぐぅ…」


石丸だった。壁にもたれかかり、顔面と首筋から流れた夥しい量の出血が、
彼のトレードマークである純白の学生服をドス黒い紅に染め上げていた。


K(俺のいない間に……一体何が起こった……?!)


視界には何らかの衝撃で割れ、血が付着した壁の鏡がある。そうだ。きっと運悪く足を滑らせ鏡に
衝突したのだ。或いは三人でふざけていた際に事故が起こったのだろう。…そう、単なる事故なのだ。
だがKAZUYAの願いは、希望は石丸の悲痛な絶叫によって無残に掻き消されたのだった。


662: 2014/03/02(日) 23:22:42.53 ID:vuC9xJfB0

石丸「先生! これは…事故なのです! 兄弟は不二咲君を襲おうとした訳じゃない!!」

K「!!!」

石丸「兄弟がダンベルを持った手を滑らせてしまっただけなのです! そしてその先にたまたま
    不二咲君がいて、僕が間に入っただけなんです! だから、これはただの事故ですっ!!」


KAZUYAは後頭部を思い切りハンマーで殴られたような衝撃を感じた。


K(大和田が、不二咲を…………襲った?)


馬鹿な。有り得ない。つい先程まで仲良くしていたではないか! それに男気のある大和田が小柄で非力な
不二咲を襲う? やはり騙されていたことを恨んでいたのか? しかしそんな様子は全くなかった筈…


K「傷を見せろ!」


だが余計なことを考えている時間はない。KAZUYAは医者の本能で体を動かし患者となった教え子を診る。


不二咲「先生……先生……石丸君を助けて……ふえぇぇん」

大和田「た、助かるのか…?」

K「…………」


663: 2014/03/02(日) 23:27:34.87 ID:vuC9xJfB0

二人はKAZUYAが授業で教えた応急処置を的確に実行していた。まず倒れていた石丸を壁に
寄り掛からせ、傷口が心臓より高くなるようにしている。また更衣室に置いてあった
清潔なタオルで直接傷口を圧迫し、首の付け根を指で押して間接圧迫止血も試みていた。


K(適切な処置のおかげで出血は最低限に抑えられている)

K「……二人ともよくやった。あとは俺の出番だ」

石丸「先生! これは事故なんです! 兄弟を、兄弟を責めないで下さい!」

K「わかった! わかったから落ち着け。これから麻酔を打つ」


だが石丸は意識を失うまで叫び続けていた。その様子を大和田は沈痛な面持ちで見下ろしている。


大和田「せ、先公……俺は、俺は……!」

K「話は手術が終わってからゆっくり聞く。とりあえず急いで輸血を持ってこい」

大和田「わ、わかった。…頼んだぞ!」


慌ただしく大和田が更衣室から飛び出した。KAZUYAは必要な道具を用意し消毒していく。
そしてこの学園生活で望まぬ三度目のメスを執ったのだった。


664: 2014/03/02(日) 23:40:23.70 ID:vuC9xJfB0


※ 注 意 ! ※


モノクマ「前スレでも書いたけど、もしかしたらこのスレしか読んでないっていう
      読者さんも中にはいるかもしれないから、あらためて注意文を書くよ」

モノクマ「このスレは一応医療SS謳ってるので手術シーンとかその他医療関係のシーンが
      随所に入りますが、>>1は医療関係者でもなんでもありません!」

モノクマ「つまり、手術シーンは全てファンタジーとしてお受け止め下さい!!」

ウサミ「特に、実際のレポートを参考にしながら書いた舞園さんの時と違って、今回はある
     トラブルが手術のテーマになっているでちゅ! なので、多分こうだろうとか
     こうなんじゃないかな~という>>1の妄想が過分に含まれているでちゅ!」

ウサミ「なんで○○しないの?とか、Kなら~くらい出来る的なツッコミは厳禁でちゅよ!」


モノクマ「それでもおkな人は先に進んで下さい。では投下続行」



665: 2014/03/02(日) 23:44:50.48 ID:vuC9xJfB0


 !      手      術      開      始      !



KAZUYAはまず怪我の状況を正確に視診していく。


K(患者(クランケ)は顔の左半分に大きな裂傷二つと首筋に深い裂傷を負い、出血の色から
  どうやら頸静脈を傷つけてしまったようだな。…とりあえず頸動脈が無事で良かった)


血の色:動脈を流れる血は通常鮮やかな赤い色をしており、静脈はドス黒い暗赤色である。
     これは血液の色は赤血球の中にあるヘモグロビンに由来しており、体中に酸素を
     運ぶためヘモグロビンが酸素と結合している時が赤色、離した時が暗赤色となる。


K(顔の傷は浅いが…よりによって瞼(まぶた)を切るとは)


傷口の状態を検分しながら、KAZUYAは背筋が凍りついた。


K(あと、一ミリ傷が深ければ左目は失明していた…)


運が悪いかと思ったが、この男は運が良かったのだ。もしもう少し傷が深ければ、
或いはここにKAZUYAがいなければ、石丸は間違いなく氏んでいただろう。


666: 2014/03/03(月) 00:00:58.00 ID:RGfglc580

K(首の傷は切断面がやや荒いな。鏡の破片で切った訳ではないのか?)


周りを見渡すと、鏡の近くのトレーニング器具の少し尖った所に血が付いていた。どうやら
勢い良く鏡に衝突し、倒れた所を思い切り引っ掛けてしまったらしい。再びKAZUYAは青くなる。


K(石丸の制服の襟(カラー)に切れ目が入っている。ここに当たって勢いが落ちたのだろう)


一度は着替えて寝ていた石丸が、生真面目に着替えてきたから助かったのだ。もし面倒だからと
寝間着やジャージで来ていたら今頃……頸動脈は完全に裂け更衣室に赤い噴水が舞っていただろう。
頸動脈と頸静脈を同時に損傷すれば、如何にKAZUYAといえど助けるのは至難の業である。


K「大丈夫だ。この程度なら助けられる」

不二咲「ほ、ほんとぉ…?」

K「ああ、俺に任せろ!」


KAZUYAはまず出血の多い首筋の傷に取り掛かる。傷口から皮膚と広頸筋を左右に広げ、
ガーゼで出血を取り除き内部をよく観察すると、外頸静脈に傷が付いているのがわかった。

頸静脈:首の左右を通っている静脈。外側にあるのが外頸静脈、内側にあるのが内頸静脈である。


667: 2014/03/03(月) 00:05:25.44 ID:RGfglc580

K(ここが主な出血源か。創の深さは胸鎖乳突筋の手前で済んだようだな。大耳介神経と
  頸横神経は無事。血管が真っ二つになっていないのは幸いだ。すぐに結紮・縫合する!)


胸鎖乳突筋:胸骨と鎖骨から耳の後ろ辺りを繋ぐ筋肉。首を曲げたり回転させる役目を持つ。
        頭を横や後ろに向けた時、反対側の首筋に浮き出ている筋肉である。

大耳介神経・頸横神経:共に頸神経叢(けいしんけいそう)を構成している神経の種類。

神経叢:しんけいそう。脊椎動物の末梢神経の基部や末端部で、多数の神経細胞などが枝分かれして
     網状になっている部分。わかりやすく言うと神経の配電盤的存在である。神経集網とも言う。

神経を切断するとその神経の支配領域に麻痺や痛み、しびれなどが出てしまう。KAZUYAなら
再接合は可能だが、なるべく切らないに越したことはない。血管を手早く縫合すると創表面に移る。


K(切断面が粗いため、少しデブリをする)


デブリ:デブリードマンのことである。感染した組織、壊氏した組織、異物などを
     除去して、縫合しやすくしたり他の組織に悪影響を出さないようにする処置。

引きちぎれたせいか切断面が波を打っていて荒いため、メスで傷口が直線上になるよう余分な皮膚を
すっぱりと切除し、縫合した。この方が仕上がりが綺麗になるのだ。次に顔の傷に取り掛かる。


――だが、ここで予想外の事態が発生した。


668: 2014/03/03(月) 00:08:59.44 ID:RGfglc580

大和田「取って来たぜ!」

K「よし! 輸血する」

大和田「な、なあ…助かんのか?」

K「ああ、問題ない。お前は黙って見ていろ」


ピクリ。


K(な……?!)


微かに石丸の指が動いた。有り得ない。麻酔が効いている間は全身弛緩しているはずだ。


K(麻酔の効きが悪いだと?! …そうか、極度の興奮のせいか!)


手術前、石丸は親友が別の友人に襲い掛かるという衝撃的過ぎる光景を目の当たりにして、
酷く錯乱し興奮していた。そのせいで、通常時より麻酔の効きが極端に悪くなっていたのだ。


K(不味いことになったな…)


669: 2014/03/03(月) 00:15:39.80 ID:RGfglc580

KAZUYAはここに来てある大きな選択を迫られた。


K(本来なら追加麻酔をかければ問題ない――が、今は手持ちの薬品が限られている)


現在までに舞園、江ノ島、石丸と三人が怪我をしている。今後怪我人が出ない保障などどこにもない。
むしろ、出ないはずがないというのがKAZUYAの考えだった。実はこの考えは江ノ島の手術の時から
既にあって、一番重傷な左腕の貫通傷以外は得意の針麻酔を使い、麻酔を節約していた。
今回も、出来るだけ麻酔は温存しておきたいのだ。


K(……麻酔の問題だけではない。むしろ石丸のメンタルの方が深刻かもしれん)


今回石丸は顔面に大きな傷が出来ている。勿論、如何に大きな傷といえどKAZUYA程の優秀な
外科医なら傷痕一つ残さずに綺麗に縫合することは可能だが……それは何も支障がない場合だ。
通常、傷痕を残さないようにするには特殊な縫合方法を用いなければならない。

その説明の前に、まず縫合法には大きく二つの方法があることを説明しなければならないだろう。

結節縫合法:一針ごとに糸を結んで切り、その糸は独立する。一つ一つの糸が繋がっていないので、
        一本ずつ結ぶ力を調節したり、部分的な抜糸が可能。が、その分手間がかかる。

連続縫合法:縫い物のように一本の長い糸で連続して縫っていく縫合法である。結節縫合と違い、
        時間もかからず糸の消費も少ない。しかし、部分抜糸が出来ないため感染時には
        不適であり、また一箇所が切れると傷全体が開く危険性があるという欠点がある。


670: 2014/03/03(月) 00:21:53.14 ID:RGfglc580

K(整容性を考えるなら埋没縫合法(真皮縫合)か皮下連続縫合法で縫合するのが妥当だろうが…)


埋没縫合法:皮下組織から真皮にかけて縫い合わせ糸を結ぶ。そのため、糸が創の表面に出ない。
        真皮縫合とも言う。極細の縫合糸で一針ずつ結節縫合していく。最も綺麗に仕上がるが、
        非常に繊細な技術が必要で時間がかかる。ちなみに、縫合糸は吸収系・非吸収系の
        どちらを使っても抜糸せず皮下に入れっぱなしであり、時々体外に出ることがある。

真皮:皮膚は【表皮】【真皮】【皮下組織】の三層構造になっており、真皮は中間部の層である。

皮下連続縫合法:皮下で連続縫合する方法。糸が表面に出ず創外面が綺麗になる。連続縫合なので、
          真皮縫合よりも時間がかからないが、通常の連続縫合と同じ欠点を有する。


K(真皮縫合は無理だ…あれはこの俺をもってしてもそれなりに時間がかかる。今回は傷も大きいしな)


真皮縫合をするには時間が、麻酔が足りない。


K(皮下連続縫合ならギリギリ間に合いそうだが…今の石丸の状態だと、恐らく目を覚ませば錯乱して
  暴れるだろう。そうなると、折角縫合しても糸が切れ創が開いてしまう可能性が出て来る…)


傷が残らないようにするには細い糸で丁寧に繊細に縫わなければいけないが、細い糸は切れやすい。
特に連続縫合の場合は一本の糸で通して縫っているため、どこか一箇所が切れれば一気に傷が開くのだ。
皮膚は繊細なので、再縫合を繰り返せば皮下組織がボロボロになり肝心の傷が癒合しにくくなる。


671: 2014/03/03(月) 00:29:10.81 ID:RGfglc580

K(縫合不全になれば傷口から感染して炎症を引き起こす可能性がある。創の癒着が最優先だ。だが…)


KAZUYAは悩んでいた。悩む間にも麻酔は薄れていく。


K(痕が、残るな…)


結論として、KAZUYAは追加麻酔をかけずに太めの糸でやや強めに手早く縫っていった。
それはKAZUYAの知り合いが見たら驚愕する、ドクターKとしては有り得ない縫合だったろう。
暴れても糸が切れないこと、とにかく傷を生着させることを最優先に処置した結果だった。


K(許せ、石丸……ここから出たら必ず消してやるからな…)


最後の一針の糸を結び、ハサミで切って手術を無事終えた。



 !      手      術      完      了      !



672: 2014/03/03(月) 00:34:22.28 ID:RGfglc580

……KAZUYAの脳裏に忘れられない苦い思い出が蘇る。

あれはKAZUYAがまだ中学生だった時の話だ。林間学校に行っていたKAZUYAは、事故に巻き込まれた
同じクラスの少女を緊急手術した。しかし当時のKAZUYAの腕は未熟で、命は助けられたものの彼女の
顔に大きな傷を残してしまったのだ。いつかこの手で傷を治すと約束したが、彼女は家庭の事情で
夏休みの間に密かに転校し、再会を果たしたのは彼女が亡くなってからのことだった――


K(あの時は俺の腕がまだ未熟だったからだが…まさか、また同じ後悔をすることになろうとは…)


新たな後悔を抱えながら、KAZUYAは器具を片付け始める。一段落ついたはずだった。

だが、震えながら立っている大和田と不二咲を見た時、新たな波乱が再びこの学園生活と
生徒達に襲い掛かるだろうことを、KAZUYAは予感してしまったのだった。








Chapter.2 週刊少年マガジンで連載していた  医療編  ― 完 ―



673: 2014/03/03(月) 00:39:23.68 ID:RGfglc580

ここまで。いやー無事復活して良かった!
いい加減医療サイト巡りも飽きてたし早まって避難所に投下しなくて良かった

そしてまさかの二章長すぎるため三分割とかwwwバカスwwwwww
今回が中編で次回から二章後編となります。計画性なさすぎィ。はぁ…


桑田「俺達のせんせーは最強だ!」石丸「西城先生…またの名をドクターK!」カルテ.2【後編】


引用: 桑田「俺達のせんせーは最強だ!」石丸「西城先生…またの名をドクターK!」カルテ.2