1: 2010/10/14(木) 22:50:51.27 ID:TKp2Hme00
3: 2010/10/14(木) 22:53:40.16 ID:TKp2Hme00
澪「唯…」
唯「ご、ごめんね…、その、澪ちゃんスタジオにベース忘れちゃってたから…、その…、ね?」
唯は普段見せないような…、何て言うんだろうね、
緊張とも後悔とも判別し難いような表情を浮かべて私の部屋の前に立っていた。
私が言葉を返さないので、その沈黙に耐えられないのか、唯は次々に言葉を繋げる。
唯「あ、りっちゃんも気付いたし、最初りっちゃんが持ってこようとしてたんだけど、でも、私が持ってくよって言って、ほら、りっちゃんも澪ちゃんも気まずいかな、って…」
それでも良くならない、私達の間の空気の悪さに耐えられず、冗談めかした態度をとる。
唯「ご、ごめんね…、その、澪ちゃんスタジオにベース忘れちゃってたから…、その…、ね?」
唯は普段見せないような…、何て言うんだろうね、
緊張とも後悔とも判別し難いような表情を浮かべて私の部屋の前に立っていた。
私が言葉を返さないので、その沈黙に耐えられないのか、唯は次々に言葉を繋げる。
唯「あ、りっちゃんも気付いたし、最初りっちゃんが持ってこようとしてたんだけど、でも、私が持ってくよって言って、ほら、りっちゃんも澪ちゃんも気まずいかな、って…」
それでも良くならない、私達の間の空気の悪さに耐えられず、冗談めかした態度をとる。
4: 2010/10/14(木) 22:55:51.30 ID:TKp2Hme00
唯「あー、気が利くなー、私ぃー?みたいな…」
唯の必氏のユーモアはこの悪い空気をさらに調子付かせるエネルギーにしかなっていなかった。
この雰囲気に耐えられなくなったのは私の方で、さっき全てをあの防音扉を閉じた時に断ち切った筈なのに、思わず唯に優しい言葉を掛けてしまう。
澪「少し上がってきなよ」
唯は一瞬表情を明るくするが、私が無表情を「作った」ままである事に気付いて、その笑顔はまた萎む。
5: 2010/10/14(木) 22:57:47.74 ID:TKp2Hme00
だけど、私は、その様子から、相手がどんな気持ちでいるかとか、そう言う事にちゃんと気付ける唯の優しさを改めて実感して柔らかい気持ちになる。
でも、それが出来るなら今まで気付いてくれなかったのはどうしてなんだよ、と言う唯に対して理不尽な怒りも湧いて来て、その柔らかさみたいな感覚はすぐにそのどす黒さに覆われてしまう。
律に関しては…、まあ、ああ言う奴だから、私のこう言う感覚に関しては気付きにくかったんだろうな、とは思うだけだ。
自分でも、言ってる事が滅茶苦茶って言うのは分かってるんだ。
相手に自分を100%分かってくれ(ただし、私に都合良い形でね)って言うのは随分と偉そうなもの言いだよな。
でも、それが出来るなら今まで気付いてくれなかったのはどうしてなんだよ、と言う唯に対して理不尽な怒りも湧いて来て、その柔らかさみたいな感覚はすぐにそのどす黒さに覆われてしまう。
律に関しては…、まあ、ああ言う奴だから、私のこう言う感覚に関しては気付きにくかったんだろうな、とは思うだけだ。
自分でも、言ってる事が滅茶苦茶って言うのは分かってるんだ。
相手に自分を100%分かってくれ(ただし、私に都合良い形でね)って言うのは随分と偉そうなもの言いだよな。
6: 2010/10/14(木) 22:59:21.54 ID:TKp2Hme00
唯「おじゃま…、します…」
澪「なんで、遠慮がちなんだよ。何度も来た事あるだろ?」
唯「えへへ…」
澪「コーヒーで良いよな」
紅茶をムギほど上手く淹れられるはずもない訳でさ。
だったら、ティータイムなんてものは卒業してしまった方が良いんだ。
なあ、唯、それに律も。
そうだよな?
私達に放課後はもう無いんだ。
澪「なんで、遠慮がちなんだよ。何度も来た事あるだろ?」
唯「えへへ…」
澪「コーヒーで良いよな」
紅茶をムギほど上手く淹れられるはずもない訳でさ。
だったら、ティータイムなんてものは卒業してしまった方が良いんだ。
なあ、唯、それに律も。
そうだよな?
私達に放課後はもう無いんだ。
8: 2010/10/14(木) 23:01:31.48 ID:TKp2Hme00
・・・
澪「ちょっと熱いから気を付けな?」
唯「うん、ありがと…」
あ、言ったそばから、冷ましもせず、口を付けるとっ…。
唯「熱っ」
澪「はは、だいじょぶか?」
唯は、私が相好を崩したのを見て、にこりと笑う。
唯「あ、うん、大丈夫だよ」
わざとやったのか…。
意外と策士な唯だ。
澪「ちょっと熱いから気を付けな?」
唯「うん、ありがと…」
あ、言ったそばから、冷ましもせず、口を付けるとっ…。
唯「熱っ」
澪「はは、だいじょぶか?」
唯は、私が相好を崩したのを見て、にこりと笑う。
唯「あ、うん、大丈夫だよ」
わざとやったのか…。
意外と策士な唯だ。
9: 2010/10/14(木) 23:03:15.85 ID:TKp2Hme00
唯は今度はしっかりと吹いてから、一口。
そして、私の方を見る。
唯「ねえ、辞めないよね?」
唯はいつもと違って、いや今まで見た事無いぐらい真剣な表情だった。
澪「いや、もう一緒には出来ない」
唯「『何で?』って聞いても良いよね?」
澪「構わないよ」
唯「じゃあ、何で?」
澪「答えられない」
唯「澪ちゃん、聞いても良いって言ったよ」
澪「答えるとは言ってない」
唯「そんなの…、詭弁だよ…。屁理屈だよ」
澪「屁理屈も理屈のうちだと思うけど」
唯は黙り込む。
10: 2010/10/14(木) 23:04:24.11 ID:TKp2Hme00
閉じた口の端が震えている事から、上手く言葉に出来ない感情が唯の心の中でうねっている事が分かった。
澪「なあ、唯」
唯「…何?」
澪「唯はさ、音楽を真面目にやってる?」
唯「…、分からない…。だって、それって、自分が判断するような事じゃないって言うか…、結果が出ないって事は、評価されてないって事でもあるし…」
澪「その通り」
唯「あ、でも、高校時代よりはずっと練習はしてる…つもり…、だけど…」
澪「あー、それはそうだな。唯も、それに律だって…」
唯「うん」
澪「じゃあ、何で私達はこんなところでフリーター兼バンドマンをやっているんだろうね?」
澪「なあ、唯」
唯「…何?」
澪「唯はさ、音楽を真面目にやってる?」
唯「…、分からない…。だって、それって、自分が判断するような事じゃないって言うか…、結果が出ないって事は、評価されてないって事でもあるし…」
澪「その通り」
唯「あ、でも、高校時代よりはずっと練習はしてる…つもり…、だけど…」
澪「あー、それはそうだな。唯も、それに律だって…」
唯「うん」
澪「じゃあ、何で私達はこんなところでフリーター兼バンドマンをやっているんだろうね?」
11: 2010/10/14(木) 23:06:33.61 ID:TKp2Hme00
唯「それは…」
澪「唯はこのままやってて音楽で食って行けると思ってる?」
唯「それは…、分からないけど…、でも澪ちゃんの今日の言い方は…、なんだろ…、違うと思う。うん、違う」
唯の口の端の震えは止まっていた。
澪「良いよ。私が間違ってるかどうかは、唯と律が証明すると言う事だね」
私はわざと挑発的に唯に言ってやった。
唯は立ち上がる。
怒っている様子は無い。
ただ、少し悲しそうで、でも決心した様子に見えた。
唯「私達が澪ちゃんやムギちゃん、あずにゃんからもすぐに見つかるようになれば、私達の勝ちって事だね?」
澪「ああ、そうなるように願ってるよ。うん、唯ならきっと出来るだろうし、それに律は唯の側にいて支えてくれると思うよ」
澪「唯はこのままやってて音楽で食って行けると思ってる?」
唯「それは…、分からないけど…、でも澪ちゃんの今日の言い方は…、なんだろ…、違うと思う。うん、違う」
唯の口の端の震えは止まっていた。
澪「良いよ。私が間違ってるかどうかは、唯と律が証明すると言う事だね」
私はわざと挑発的に唯に言ってやった。
唯は立ち上がる。
怒っている様子は無い。
ただ、少し悲しそうで、でも決心した様子に見えた。
唯「私達が澪ちゃんやムギちゃん、あずにゃんからもすぐに見つかるようになれば、私達の勝ちって事だね?」
澪「ああ、そうなるように願ってるよ。うん、唯ならきっと出来るだろうし、それに律は唯の側にいて支えてくれると思うよ」
12: 2010/10/14(木) 23:07:46.19 ID:TKp2Hme00
唯「そ、そしたらさ…」
澪「そしたら?」
唯「戻って来てくれる?」
澪「良いよ。唯たちがいる場所が分かれば、世界のどこにいたって分かるなら、すぐ駆けつけるよ」
唯「約束して」
澪「ああ、約束する」
唯「指きりして」
澪「ああ、指きりしよう」
澪「そしたら?」
唯「戻って来てくれる?」
澪「良いよ。唯たちがいる場所が分かれば、世界のどこにいたって分かるなら、すぐ駆けつけるよ」
唯「約束して」
澪「ああ、約束する」
唯「指きりして」
澪「ああ、指きりしよう」
13: 2010/10/14(木) 23:13:50.44 ID:TKp2Hme00
こうして私と唯は指きりする。
馬鹿げた、いい歳した人間がするには馬鹿げた約束だ。
唯は最後に私にこう言う。
唯「ふふん、私達の勝ちは決まってるよ。りっちゃん隊長と唯隊員はやり遂げるんだよ。私達は滝みたいなんだからね」
You'll carry on through it all.
You're a waterfall.
私は負けることを祈ってる。
馬鹿げた、いい歳した人間がするには馬鹿げた約束だ。
唯は最後に私にこう言う。
唯「ふふん、私達の勝ちは決まってるよ。りっちゃん隊長と唯隊員はやり遂げるんだよ。私達は滝みたいなんだからね」
You'll carry on through it all.
You're a waterfall.
私は負けることを祈ってる。
14: 2010/10/14(木) 23:14:46.99 ID:TKp2Hme00
・・・
なあ、唯がどれだけ才能を持った人間か分かる?
高校時代、曲を書くのは小さい頃より本格的にピアノをやっていて音楽理論も少しは分かっているムギが書いていた。
歌詞は私の役割だった。
幸いにも私は文を書くのは好きで、携帯のメモは歌詞に使えるようにと書き散らされた言葉で一杯だった。
ちょっとばかりの自信もあったんだ。
なあ、唯がどれだけ才能を持った人間か分かる?
高校時代、曲を書くのは小さい頃より本格的にピアノをやっていて音楽理論も少しは分かっているムギが書いていた。
歌詞は私の役割だった。
幸いにも私は文を書くのは好きで、携帯のメモは歌詞に使えるようにと書き散らされた言葉で一杯だった。
ちょっとばかりの自信もあったんだ。
15: 2010/10/14(木) 23:16:20.46 ID:TKp2Hme00
高校を卒業して大学になって、ムギが長期留学で外国に行ってしまって、梓が離れていってしまって、私は何時の間にか、バンドの中心として曲と歌詞両方を書くようになっていた。
プロになろうと言うバンドの行く先が私の双肩に掛かって来た。
その時初めて気付いたんだけど、私では駄目だった。
全然大した事無かったよ、私は。
歌詞はともかく…、歌詞はともかくサウンドに関しては特に。
16: 2010/10/14(木) 23:17:19.55 ID:TKp2Hme00
例えば、リフ。
何時だってこんな感じだった。
唯「あ、ちょっとストップ」
律「あんだよー唯ぃ、今丁度良い…」
唯「もう一度、今のところの…」
唯は自分の見つけたリフを再び奏でる。
私達はそこで初めて良いリフがあった事に気付くんだ。
何時だってこんな感じだった。
唯「あ、ちょっとストップ」
律「あんだよー唯ぃ、今丁度良い…」
唯「もう一度、今のところの…」
唯は自分の見つけたリフを再び奏でる。
私達はそこで初めて良いリフがあった事に気付くんだ。
17: 2010/10/14(木) 23:18:15.88 ID:TKp2Hme00
ベースリフに関してもそうだ。
唯「澪ちゃん、今のリフ良かったよね?もう一回聴きたい」
澪「あー、今の所だと…、こうかな」
唯「そうそう、超かっこぃー!」
18: 2010/10/14(木) 23:21:20.38 ID:TKp2Hme00
録音して聴き直して気付くんじゃないんだ。
その場で気付く。
唯の耳が気付く。
きっと、そのリフは唯がいなければ一度プレイされたきり、二度とプレイされなかったんだ。
だって、私は自分がそう言う良いリフをプレイした事すら意識してなくて…。
でも、唯にはしっかり意識出来ていたんだ。
19: 2010/10/14(木) 23:23:39.90 ID:TKp2Hme00
私は曲を書くようになった、と言ったね。
確かに唯は曲は書いてはいなかった。
全然曲は書かなかった。
でも、最終的に曲としてまとめているのは唯だった。
そう言う力があった。
唯「もっともっと、上がるようにしようよ!」
ってね。
そう言って、方向付けをしたのは全部唯だったんだ。
20: 2010/10/14(木) 23:26:53.88 ID:TKp2Hme00
私は隠れてしまいたかった。
律はなんで平気なんだ?
私は中心メンバー面して、作詞作曲のところに名前なんて載せられないよ。
21: 2010/10/14(木) 23:30:52.32 ID:TKp2Hme00
なあ、こんな感じはどうかな。
うちのバンドでは三人が一列に並ぶんです。
前から、ギター、ドラム、ベースと言う順番です。
これはバンドにおける精神的存在感の順番を示しています。
あはっ、こうなるべきだよな。
22: 2010/10/14(木) 23:31:42.95 ID:TKp2Hme00
私は唯への嫉妬に苦しめられた。
唯が前に出て来ない事に苛立った。
そして、親友にそんな感情を抱く自分への自己嫌悪が渦巻いた。
限界だった。
24: 2010/10/14(木) 23:34:31.55 ID:TKp2Hme00
>>23
澪なので無しです。
---
だから、私は降りることにした。
これ以上、唯と一緒にいたら親友である唯を傷つけてしまうから。
唯を傷付ければ間に入る律は苦しむ。
律と唯を苦しめれば、バンドは壊れて私は氏ぬしかない。
澪なので無しです。
---
だから、私は降りることにした。
これ以上、唯と一緒にいたら親友である唯を傷つけてしまうから。
唯を傷付ければ間に入る律は苦しむ。
律と唯を苦しめれば、バンドは壊れて私は氏ぬしかない。
25: 2010/10/14(木) 23:35:14.13 ID:TKp2Hme00
そして、私はバンドから降りた。
一人になった。
結局、友達を失った。
自分の居場所が無くなれば、人間は自分と言う存在を確認出来なくなるんだ。
ははは、結局私は氏ぬ運命だったんだんじゃないか。
もちろん、字義的な意味で言えば生きているよ?
自殺を選んだ訳じゃない。
ただ、人生を価値あるものにしていた全てを失って、猶、ただ生き長らえる事を「生きている」と言うならばだけど。
26: 2010/10/14(木) 23:36:05.58 ID:TKp2Hme00
アーティスト的エゴと自己嫌悪が私の心の中で戦争を繰り広げた結果、私の心は焦土となった。
もう、芽吹く花は無い。
27: 2010/10/14(木) 23:36:58.23 ID:TKp2Hme00
澪「律ぅ…、何で、何で助けてくれなかったんだよぅ…。私の、私のことなら何でも分かってくれるんじゃなかったのかぁ…」
携帯を解約した。
引っ越した。
関係は途切れた。
私は何者でも無くなった。
28: 2010/10/14(木) 23:38:01.09 ID:TKp2Hme00
私は生まれついてディアスポラだ。
私の父は母と結婚する際に、国籍を変更した。
それゆえ、父は血の繋がりを断ち切られた存在だった。
父と母の人生。
遡る事40年。
それが、私の過去の全てだ。
父は過去を持っているかも知れない。
周囲の世界との闘争。
重すぎる血の桎梏。
断ち切った関係、その反動。
そうした経験が父を作っている。
29: 2010/10/14(木) 23:42:07.17 ID:TKp2Hme00
だけど、私に過去は無い。
ルーツなんて知らないし、そこの言葉なんて話せない。
お前は「~だ」と言われたって現実感が無い。
分かる?
私には律達しかいなかったんだ。
そして、今全てを失った。
ルーツなんて知らないし、そこの言葉なんて話せない。
お前は「~だ」と言われたって現実感が無い。
分かる?
私には律達しかいなかったんだ。
そして、今全てを失った。
30: 2010/10/14(木) 23:56:58.83 ID:TKp2Hme00
私は知った人間のいない街で一人暮らしを始めた。
何も持っていないのだから、そこがどこだろうと一緒だった。
餓氏する勇気も無かったので、就職しようと幾つか応募した所、全てに受かった。
以前と違ってビックリするほど簡単に面接をクリアする事が出来た。
簡単な事だった。
ただ、相手の求める言葉を答えてやれば良かったのだから。
あはは、何で昔の私はこんな事を苦手にしてたんだろうな。
31: 2010/10/15(金) 00:10:54.89 ID:GP0fjaEm0
出社。
定時退社。
時々残業。
現場の男性社員。
同僚の女性社員。
派遣バイト。
全ての人たちに固まったような笑顔で形態反射的な挨拶。
帰宅。
自炊。
入浴。
睡眠。
これだけで私の生活の全てが説明出来た。
33: 2010/10/15(金) 00:18:35.08 ID:GP0fjaEm0
一人辺境に住んでいる。
友達も恋人もいない。
灯りも無く、家も無く愛も無い。
34: 2010/10/15(金) 00:19:15.47 ID:GP0fjaEm0
女「ねえ、秋山さんっていつも一人だね」
澪「ああ、そうみたいだ」
女「一人が好きなの?」
澪「そうでは無いけど、この街には知り合いもいないし」
女「じゃあ、今日から私は知り合いって事で良い?」
澪「○○さんがそう思うなら…」
女「ね、じゃあ今日はけたら飲みに行かない?」
彼女は私と飲みに行きたがっている。
答は出たようなものだ。
澪「良いよ」
35: 2010/10/15(金) 00:22:50.50 ID:GP0fjaEm0
女「ね、秋山さんって凄い美人だよねぇ」
澪「そ、そうかな」
女「うん、そうそう。もてたでしょ?」
…。
こう言う話は昔から苦手だ…。
女「あはは、赤くなった。見かけはクールビューティなのに、ギャップが激しい。こう言うのに男は弱いんだよねぇ」
澪「そんなこと無い。ちょっと酔っただけだから」
女「ねえ、夜の仕事とか興味無い?」
なんだ、そう言う目的で誘ったって事か。
最近は女でもスカウト業をするのか?
36: 2010/10/15(金) 00:25:01.31 ID:GP0fjaEm0
女「そんな目で見ないでよぉ」
澪「いや、そんな目では見て無い」
女「どんな目?」
澪「さぁ?」
女「あはは、チョー受ける。秋山さん、美人だし、面白いし向いてるよ」
澪「ま、待て、そんなのに向いてるなんて言われてもやる気は無いぞ」
女「夜のお仕事って言っても、キャバクラだよ?」
澪「職種で差別をするつもりは無いが、そこに微差があるからって『はい』と言う気は無いぞ?」
女「そっか、残念」
澪「大体、こう言うのって、路上スカウトとかで引っ掛けるもので…」
指を目の前に突き出される。
何だよ、ちょっと、感じ悪いぞ。
澪「いや、そんな目では見て無い」
女「どんな目?」
澪「さぁ?」
女「あはは、チョー受ける。秋山さん、美人だし、面白いし向いてるよ」
澪「ま、待て、そんなのに向いてるなんて言われてもやる気は無いぞ」
女「夜のお仕事って言っても、キャバクラだよ?」
澪「職種で差別をするつもりは無いが、そこに微差があるからって『はい』と言う気は無いぞ?」
女「そっか、残念」
澪「大体、こう言うのって、路上スカウトとかで引っ掛けるもので…」
指を目の前に突き出される。
何だよ、ちょっと、感じ悪いぞ。
37: 2010/10/15(金) 00:26:16.26 ID:GP0fjaEm0
女「ああ言うのより、私みたいな同僚から誘われた方が可能性高いと思わない?」
澪「それは、まあ…、認めるけど…、ね…」
女「やる気になった?」
澪「ならないよ」
女「大型新人のスカウト報奨金ゲットし損ねたー」
澪「申し訳ないな」
女「でも、やる気になったら私に声掛けてね」
澪「ならないよ」
女「路上スカウトに声掛けてその気になったとしても、なる時は私を通してだからね」
澪「だからぁ…」
女「ふふふ」
…。
澪「それは、まあ…、認めるけど…、ね…」
女「やる気になった?」
澪「ならないよ」
女「大型新人のスカウト報奨金ゲットし損ねたー」
澪「申し訳ないな」
女「でも、やる気になったら私に声掛けてね」
澪「ならないよ」
女「路上スカウトに声掛けてその気になったとしても、なる時は私を通してだからね」
澪「だからぁ…」
女「ふふふ」
…。
38: 2010/10/15(金) 00:30:09.09 ID:GP0fjaEm0
澪「週4で、ってきつくないか?」
何時の間にか、私達はタメ口で話すようになっていた。
女「そうだねー、ウチの会社が9時5時の会社じゃなきゃ続けられて無いかも」
澪「うちの給料は確かに高くない」
女「ストレートだね」
澪「でも、そんな頑張ってお金稼ぎたいものか?」
女「秋山さんはお金好きじゃない?」
澪「そりゃ、あるに越した事無いけど。でも、私は今はな…」
そう、何も欲しいものは無い。
ただ、生きているだけだ。
女「はあ…。わたしは幾らあっても、使っちゃうからなー」
澪「それは『悪銭身に付かず』って話なんじゃないか」
女「あはは、ひどい、でも、そうかも」
彼女はそのことを否定もせずに明るく笑った。
39: 2010/10/15(金) 00:34:26.68 ID:GP0fjaEm0
女「ねえ、今日仕事終わった後、空いてる?」
澪「構わないけど」
女「じゃあねえ、良いとこ連れてってあげる。しかもおごり」
澪「いや、割り勘で構わないけど」
女「昨日ねえ、向こうの仕事の給料が出たから」
澪「それでもなあ」
女「うーん、秋山さんの財政状況だとちょっとねー?」
澪「?」
40: 2010/10/15(金) 00:37:47.97 ID:GP0fjaEm0
店に入ると、彼女の贔屓であろうホストが彼女を出迎える。
ホ「○○ちゃ~ん。待ってたぁ。最近来てくんなかったからさぁ」
女「ごめんね、○○クン」
ホストは彼女の後ろにいる私に気付くと、にこやかな笑みを浮かべる。
ホ「あれ?御新規さん?」
女「そ」
ホ「初めましてぇ」
澪「ああ、こちらこそ」
ホ「堅いねー、カチカチだよ」
こう言うノリにはついていけない、昔も今も。
女「新しいお客になってくれるかも知れないから、優しくしてよね」
ホ「え、でも俺は○○ちゃん一筋だけどね」
女「そうじゃないと、私も悲しいぞぉ」
…。
42: 2010/10/15(金) 00:47:02.18 ID:GP0fjaEm0
この晩、彼女はリシャールとか言う酒を頼んだ。
たとえ、払いの比率を9:1にしたところで、私に払えるような額では無いような酒だった。
その値段なりの味だったかと言うと…、いや、私はお酒の味を論評出来るほどそれに詳しい訳でも無いのだけど。
客候補であり、また太客の連れである私を色々楽しませてくれようとしてるのは分かったが、正直楽しいとは思えなかった。
彼女のように、積極的にこの場を楽しもうと言うので無ければ楽しめないようなものなのだろう。
44: 2010/10/15(金) 01:09:18.22 ID:GP0fjaEm0
女「楽しかった?」
澪「どうかなあ…」
女「そっか…」
澪「いや、奢ってくれたことや貴重な経験をさせて貰った事はありがたく思うが…」
女「あはは、良いって」
澪「ごめん」
女「それに、秋山さんがあの人の客になっても、また私としては複雑だしね」
澪「そう言うもんか?」
女「そう言うものなのよ」
そう言うものらしい。
45: 2010/10/15(金) 01:13:26.82 ID:GP0fjaEm0
澪「でも、お金は大丈夫なのか」
女「そんな事気にしてちゃ駄目な遊びなのよ、こーゆーのは」
澪「でも、あの額はやっぱり大金だろう?いくら、キャバクラで売れっ子だったとしても」
女「そりゃあね…。あー…」
澪「うん?」
女「秋山さんはさ、きっとあれぐらいの楽しさじゃ我慢出来ないんだね」
澪「んー…?」
女「まあ、良いや。また今度飲みに行こ?今度は女二人で行くのにぴったりのとこにさ」
澪「ああ、うん。今日はありがとう」
あれぐらいの楽しさじゃ我慢出来ない?
確かに、私は自分の全てに等しい楽しさを知っている。
でも、今の私には何も無いよ。
女「そんな事気にしてちゃ駄目な遊びなのよ、こーゆーのは」
澪「でも、あの額はやっぱり大金だろう?いくら、キャバクラで売れっ子だったとしても」
女「そりゃあね…。あー…」
澪「うん?」
女「秋山さんはさ、きっとあれぐらいの楽しさじゃ我慢出来ないんだね」
澪「んー…?」
女「まあ、良いや。また今度飲みに行こ?今度は女二人で行くのにぴったりのとこにさ」
澪「ああ、うん。今日はありがとう」
あれぐらいの楽しさじゃ我慢出来ない?
確かに、私は自分の全てに等しい楽しさを知っている。
でも、今の私には何も無いよ。
46: 2010/10/15(金) 01:14:57.08 ID:GP0fjaEm0
私は、律達と過ごしていた時代と違って、(表面的にはともかく)周囲と深く付き合う事も無く日常を過ごした。
この同僚との、(主に昼の社員食堂に限られていたけれど)交友関係を除いて。
また、無駄に真面目で、シフト変更にも柔軟に対応する私の職場での評価は高くて…、つまりは、本当に何も無い穏やかな生活を送っているのが私だった。
日常生活をやり過ごして、週末のパーティを目指すのでもなく、ただ日常だけを過ごす。
それを苦痛に感じる心も今の私には無かったのだ。
この静穏なる生活がずっと続くように思えた。
あの日までは。
47: 2010/10/15(金) 01:19:51.04 ID:GP0fjaEm0
女「あ、ちょっとごめん、コール入った…」
澪「別に、そんな断り入れなくても」
女「一応さ」
彼女は携帯を抱えたまま、社員食堂を出て行く。
澪「忙しい事だね」
私は、彼女の背中を見ながら、付けあわせのモズクを口に運ぶ。
焼き魚定食、A定食、B定食、酢豚定食、牛すき定食。
月曜から金曜、曜日ごとに決まっている。
私の食生活は、私の生活そのままに変化が無い。
…。
澪「戻って来ないな」
49: 2010/10/15(金) 01:39:25.55 ID:GP0fjaEm0
彼女は戻って来なかった、就業時間になっても。
澪「すいません、ちょっとトイレに」
別に心配になったと言う訳でもない。
いや、気になっているのは事実だけどな。
50: 2010/10/15(金) 01:43:09.81 ID:GP0fjaEm0
?「だからぁ、今日は締め日でしょー?俺が三位になれるかが掛かってる訳だから、払って貰いたいのよ」
あれは…、彼女の担当さんか。
女「でも、今月お金が…、メールした時は来月末まで待ってくれるって…」
嫌なところに居合わせる形になってしまった。
ホ「本当に難しいの?」
女「来月は絶対払うから。それに次行った時、もう一本リシャールも入れちゃうから」
ホ「ふぅ、○○さんは俺のエース級だからさ…、こう言う風になっちゃうの辛いんだよね…」
どうしたもんかなね。
51: 2010/10/15(金) 01:47:16.74 ID:GP0fjaEm0
女「…」
ホ「ねえ、店紹介しようか?そうしたら、タワーだってして貰えるし…。○○さんにタワーして貰ったら、俺も凄ぇ感激しちゃうしさ」
女「う、うん…、考えて…」
ホ「考えるじゃなくて、今決めちゃお?」
よし、止めよう。
私は、何となく通りかかった風を装う。
かなり不自然な事は認めるけど、うん。
澪「ははは、ちょっと立ち聞きするつもり無かったんだけどさ。ほら、就業時間になっても戻って来なかったし、ね」
ホ「ねえ、店紹介しようか?そうしたら、タワーだってして貰えるし…。○○さんにタワーして貰ったら、俺も凄ぇ感激しちゃうしさ」
女「う、うん…、考えて…」
ホ「考えるじゃなくて、今決めちゃお?」
よし、止めよう。
私は、何となく通りかかった風を装う。
かなり不自然な事は認めるけど、うん。
澪「ははは、ちょっと立ち聞きするつもり無かったんだけどさ。ほら、就業時間になっても戻って来なかったし、ね」
54: 2010/10/15(金) 03:06:16.94 ID:GP0fjaEm0
女「秋山さん?!」
ホ「あれ、あの時の」
澪「今は、お互いにちゃんとした判断も出来なくなってるだろうしさ」
これで帰ってくれれば良いけど。
ホ「あンたには関係無いと思いますけど?」
澪「そ、それはそうだけど、ただ、このまま彼女が就業時間中と言うのに戻って来ないのはいかにもまずい、とは思わないか?」
思わないか、こう言う人は。
ホ「邪魔すんの?」
澪「い、いや、そう言う訳じゃないんだ。ただ、今日の所はお互いに冷静じゃないようだし、ね?また、日を改めてとか、そう言う」
ホ「今月の俺のランキングに関してはどう保障…」
澪「いやいやいや、人生は長いしね」
ホ「話になんない」
ホストは私との噛み合わない会話を打ち切って、彼女の肩を抱くようにして、連れて行こうとする。
ホ「あれ、あの時の」
澪「今は、お互いにちゃんとした判断も出来なくなってるだろうしさ」
これで帰ってくれれば良いけど。
ホ「あンたには関係無いと思いますけど?」
澪「そ、それはそうだけど、ただ、このまま彼女が就業時間中と言うのに戻って来ないのはいかにもまずい、とは思わないか?」
思わないか、こう言う人は。
ホ「邪魔すんの?」
澪「い、いや、そう言う訳じゃないんだ。ただ、今日の所はお互いに冷静じゃないようだし、ね?また、日を改めてとか、そう言う」
ホ「今月の俺のランキングに関してはどう保障…」
澪「いやいやいや、人生は長いしね」
ホ「話になんない」
ホストは私との噛み合わない会話を打ち切って、彼女の肩を抱くようにして、連れて行こうとする。
55: 2010/10/15(金) 03:08:00.70 ID:GP0fjaEm0
澪「ちょっと待ってよ」
ホ「うるさい女だな」
ホストは私を手荒く押しのけようとする。
私は争いに慣れない人間にありがちな事で、下半身を残したまま上半身だけ大きく避けようとして…。
勢い良く前に出たホストはその場に残ったままの私の片足に躓いて転ぶ。
手を振り回そうとするのに意識が行っていたためか、手を着くことも出来ずそのまま顔面から地面に倒れる。
うわっ、痛っ!
それが痛みによるものか、怒りによるものかは分からないけど、ホストは不自然なまでにブルブルと震えながら身体を起す。
ホ「うるさい女だな」
ホストは私を手荒く押しのけようとする。
私は争いに慣れない人間にありがちな事で、下半身を残したまま上半身だけ大きく避けようとして…。
勢い良く前に出たホストはその場に残ったままの私の片足に躓いて転ぶ。
手を振り回そうとするのに意識が行っていたためか、手を着くことも出来ずそのまま顔面から地面に倒れる。
うわっ、痛っ!
それが痛みによるものか、怒りによるものかは分からないけど、ホストは不自然なまでにブルブルと震えながら身体を起す。
56: 2010/10/15(金) 03:11:08.90 ID:GP0fjaEm0
私は、中途半端な攻撃ではさらなる相手の怒りを生み、それは私の身を危うくすると思って、
相手の顔面を思いっきりサッカーボールキック。
相手の顔面を思いっきりサッカーボールキック。
57: 2010/10/15(金) 03:13:27.18 ID:GP0fjaEm0
予期せぬ攻撃に人間は弱い。
私が力を込める様子を見せてからならば、この細いホストであってもその腹筋を突破する事は容易な事では無いかも知れない。
だが、この蹴りは違った。
より速く立ち上がって、より速くこの生意気な女に一撃を食らわせてやろうと言う事ばかりに意識が行っていたであろうホストは予期しなかったであろう、その一撃を喰らい、完全に失神した。
私が力を込める様子を見せてからならば、この細いホストであってもその腹筋を突破する事は容易な事では無いかも知れない。
だが、この蹴りは違った。
より速く立ち上がって、より速くこの生意気な女に一撃を食らわせてやろうと言う事ばかりに意識が行っていたであろうホストは予期しなかったであろう、その一撃を喰らい、完全に失神した。
58: 2010/10/15(金) 03:21:44.36 ID:GP0fjaEm0
倒れているホストに彼女は駆け寄る。
女「○○君大丈夫?大丈夫?」
彼女は必氏で声を掛け、それから私の方を向いて睨む。
女「秋山さんは良いよね!こんな私と違って、ホストなんかのお手軽な救いなんか無くても生きていけるんだから!」
澪「いや、そう言う話では無くて」
女「心の中じゃ、こんなありがちな人間馬鹿にしてるんでしょ!ホストに縋って癒されたい馬鹿な女だって!『癒しい』人間だって!」
彼女の中で私は完全に悪者のようだった。
別に英雄願望があっての事では無かったけど、理不尽な気分を味あわされる。
でも、それを主張するのも馬鹿馬鹿しく思われて…。
澪「わ、私、取り合えず戻るから…。就業時間中だし…」
私は、もうその場にいたくなくなって、小走りで走り去る事にした。
59: 2010/10/15(金) 03:25:25.37 ID:GP0fjaEm0
その場からは逃げ出した。
彼女との(表面的なものとは言え、今の私に取っては貴重な人間関係だった)交友関係は終わってしまったのだろう。
それは仕方の無い事だった。
しかし、問題は「彼女と私の」ではなく、「ホストと私の」だ。
これは、大きな問題だった。
夜の職業にはケツ持ちと言うのが不可分であり、面子を潰されたホストは彼らに頼ると言うのは自然な成り行きだった。
そのことにより、私の日常は自意識的な危機に加えて、身体的な危機にも晒される羽目に陥った。
60: 2010/10/15(金) 03:28:31.53 ID:GP0fjaEm0
会社に、自宅に時間構わず押しかけられた。
今の時代なので、直接的な暴力も言葉も無かったが、ただひたすら私へ無言のプレッシャーを掛けてくる。
「秋山君、さすがにこう言う事態になるとウチとしてもだね…」
会社は首になった。
「秋山さん、ちょっとこう言う事あると困るんだけどねぇ」
大家からもすぐに荷物を纏めて出て行ってくれと告げられた。
今の時代なので、直接的な暴力も言葉も無かったが、ただひたすら私へ無言のプレッシャーを掛けてくる。
「秋山君、さすがにこう言う事態になるとウチとしてもだね…」
会社は首になった。
「秋山さん、ちょっとこう言う事あると困るんだけどねぇ」
大家からもすぐに荷物を纏めて出て行ってくれと告げられた。
61: 2010/10/15(金) 03:30:06.67 ID:GP0fjaEm0
実際、傷害事件と言っても良い様な事例なので、非は私にあるのだろう。
法律に則った裁きを求めるなら、まだ良かった。
納得出来るからだ
だが、理不尽な事に、彼らは真綿で首を絞めるように私をすり潰しに掛かった。
63: 2010/10/15(金) 03:32:34.93 ID:GP0fjaEm0
個人的な歴史の蓄積は、しばしば民族的な血族的な桎梏を拒否する事を選択させる。
私の父がそうだったように。
皮肉な事に、そこから離れた所を歩いて来た筈の娘の私は、再びそこに囚われる。
要するに、私は親族を頼ると言う決断をせざるを得なかった。
自分の人生と引き換えに。
64: 2010/10/15(金) 03:37:39.07 ID:GP0fjaEm0
そうなると、話は早かった。
ホストもそのケツ持ちも私の前で土下座した。
ホストはビビリ上がって、小便を漏らしかねない様子だった。
ホ「す、すいませんでした。秋山さんにご迷惑をおかけするつもりは無かったんです」
澪「彼女は結局、どうしたの?あれから話してないから分からないんだけど」
ホストはそれまでよりさらに一段高いレベルの怯えを見せる。
澪「あはは、結局ソープなんだ?」
65: 2010/10/15(金) 03:38:27.71 ID:GP0fjaEm0
ホストは私が笑って見せたのに追従するように、歯を見せる。
不愉快な奴だね。
澪「ねえ、顔面打った時、歯折れたんだよね」
ホ「は、はい」
澪「歯外して見てよ。見てみたいから」
ホストはビビりながら、自分の前歯を抜いて見せる。
前歯の無い間抜け面。
イケメンホストも形無しだ。
澪「それで一月勤務しなよ。そしたら許すよ」
私はわざと(だからわざとね)酷い振る舞いをする。
侮られると終わりとか、そう言う下らない決まり事が横行する世界に自分を放り込んでしまったからには、そうするしかない。
不愉快な奴だね。
澪「ねえ、顔面打った時、歯折れたんだよね」
ホ「は、はい」
澪「歯外して見てよ。見てみたいから」
ホストはビビりながら、自分の前歯を抜いて見せる。
前歯の無い間抜け面。
イケメンホストも形無しだ。
澪「それで一月勤務しなよ。そしたら許すよ」
私はわざと(だからわざとね)酷い振る舞いをする。
侮られると終わりとか、そう言う下らない決まり事が横行する世界に自分を放り込んでしまったからには、そうするしかない。
66: 2010/10/15(金) 03:43:35.36 ID:GP0fjaEm0
知ってるか?
心が氏んでしまった人間は何でも出来るんだ。
何でもだ。
だって、行動を押し留める鎖も無くなってしまっているんだから。
67: 2010/10/15(金) 03:46:22.00 ID:GP0fjaEm0
有名になりたい女の子をそう言うのにしか興奮しない業界人に宛がったりとか、有名になりたい男の子をそう言うのが好きなのに宛がったりとか。
逆にそう言う人間からの依頼で、仕事が欲しい子を見繕ったり。
女の私がそう言う女衒みたいな仕事をする事自体に興奮を抱くようなのも多かったし、女の子は特にそうだけど、男の子も間に入るのが私のような女である事に精神的な緩衝となるらしく、だから私は非常にこう言う仕事は上手くやれたよ。
ああ、この程度ことなら苦にしない人も多いかも知れないな。
68: 2010/10/15(金) 03:47:33.69 ID:GP0fjaEm0
他にも色々あるよ。
義理を欠いた芸能人を酷い汚名を着せて社会から抹殺。
色んなところと関係を結びすぎたせいで、関係がごちゃごちゃになってしまった組織をリセットさせるために社長を自殺に見せ掛けて…、とかその手の仕事も平気だった。
69: 2010/10/15(金) 03:49:49.51 ID:GP0fjaEm0
一例を上げると、こんな感じだったね。
私の座るソファの前に、二人の強面によって、一人の中年男性が引き立てられてくる。
中年男性は書類の束を大事に両手で抱えるようにしている。
澪「権利関係の諸々は全部持って来た?」
男はきつく口を結んで答えない。
それが男に出来る唯一の抵抗だからだ。
70: 2010/10/15(金) 03:55:36.47 ID:GP0fjaEm0
それはきっと、無駄な努力に終わるのだけど。
強面のうちの一人が、男の頬を張る。
男は吹っ飛んで、壁に身体を打ち付ける。
それでも書類束を離さないのは大したものだった。
強面は床に転がったままの男の上に馬乗りになると、顔面を張る。
一発、二発、三発…。
そのまま、10分。
男「うぅ…、勘弁してくれ…」
私は、強面に目で合図する。
強面は自分の仕事を完遂した、と言う満足そうな顔をして男の上から立ち上がる。
強面のうちの一人が、男の頬を張る。
男は吹っ飛んで、壁に身体を打ち付ける。
それでも書類束を離さないのは大したものだった。
強面は床に転がったままの男の上に馬乗りになると、顔面を張る。
一発、二発、三発…。
そのまま、10分。
男「うぅ…、勘弁してくれ…」
私は、強面に目で合図する。
強面は自分の仕事を完遂した、と言う満足そうな顔をして男の上から立ち上がる。
71: 2010/10/15(金) 03:57:01.10 ID:GP0fjaEm0
もう一人の強面がまた馬乗りになって再び顔面を一発張る。
男「渡す、渡すから…」
澪「はい、ストップ」
強面は既に抵抗する力を失った男の手から書類束を取り上げると、私に手渡す。
澪「ちょっとばかりの抵抗なんか無意味なのにね」
ゴミクズのように転がっている男が必氏で発声する。
男「わ、私の会社だ…」
澪「まだ喋れたんだ」
男「渡す、渡すから…」
澪「はい、ストップ」
強面は既に抵抗する力を失った男の手から書類束を取り上げると、私に手渡す。
澪「ちょっとばかりの抵抗なんか無意味なのにね」
ゴミクズのように転がっている男が必氏で発声する。
男「わ、私の会社だ…」
澪「まだ喋れたんだ」
72: 2010/10/15(金) 04:01:17.94 ID:GP0fjaEm0
男は涙を流していた。
男「わ、私の…」
澪「違うよ。あんたが運用した資金も、組織も何もかも、元々あんたのものじゃないよ」
男「わ、私が…、少しばかり、借りて…」
澪「それが間違い。返すとかそう言う事じゃないんだよ。あんたには最初から手札は渡されていないんだよ。あんたが、自分の意思を介在させて何かしようってのが間違いなんだよ」
男「わ、私の会社…」
私は、男のあまりのしつこさに辟易する。
澪「あんたの手元には結構な額の金が残る。ノウハウも人脈にも制限をかけないでやると言う話にした。随分な温情だと思うけど、何が不満なんだ?」
男は私の足に縋りつこうとする。
男「私の全て…」
澪「おい、こいつを連れてってくれ」
入って来た時と同様に、男は強面二人に引き立てられて部屋を出て行く。
入って来た時と違って、男はあらん限りの力で抵抗し、声を張り上げていたけど。
男「わ、私の…」
澪「違うよ。あんたが運用した資金も、組織も何もかも、元々あんたのものじゃないよ」
男「わ、私が…、少しばかり、借りて…」
澪「それが間違い。返すとかそう言う事じゃないんだよ。あんたには最初から手札は渡されていないんだよ。あんたが、自分の意思を介在させて何かしようってのが間違いなんだよ」
男「わ、私の会社…」
私は、男のあまりのしつこさに辟易する。
澪「あんたの手元には結構な額の金が残る。ノウハウも人脈にも制限をかけないでやると言う話にした。随分な温情だと思うけど、何が不満なんだ?」
男は私の足に縋りつこうとする。
男「私の全て…」
澪「おい、こいつを連れてってくれ」
入って来た時と同様に、男は強面二人に引き立てられて部屋を出て行く。
入って来た時と違って、男はあらん限りの力で抵抗し、声を張り上げていたけど。
73: 2010/10/15(金) 04:04:39.46 ID:GP0fjaEm0
結局、この男は一週間後に自頃した。
「私の全ては失われた」と言う遺書を残して。
警察の「公式発表」によれば「女性関係で家族に迷惑を掛けた」と言う遺書が発見されたらしい。
な、どこまでも良くある話じゃないか。
74: 2010/10/15(金) 04:07:03.99 ID:GP0fjaEm0
ほら、こんな事件を仕組んでも私は何も感じていない。
私に限った話では無いけれど、結局のところ、どれもこれも苦にしない人間は何も感じはしないんだ。
つまり、ギャングの社会はあまりに狂ったもので、でも、私もそんな世界を何も感じないで、日常として生きる人間の一人になっていた。
75: 2010/10/15(金) 04:10:19.31 ID:GP0fjaEm0
ヤ(親類)「おい、澪」
澪「なんです?」
ヤ「あの口リコンから話が来てる」
澪「また、あいつですか?」
絵に描いたような醜悪な人間だった。
父親が大物政治家だか何だか知らないが、本人はどうポジティブに評価してもボンクラ、普通に評価すれば屑か豚、としか言えないような人間だった。
屑である自分によほどコンプレックスがあるのか(ある意味、今の私より人間臭いのが皮肉な事だよ)、自分が特別な人間である事を確認するためだけに、若いアイドル志望を摘み食いする。
76: 2010/10/15(金) 04:15:08.29 ID:GP0fjaEm0
しかも、女の子の扱い方が極めて乱雑。
避妊具を使用しないぐらいならまだ良い方。
ドラッグは使う、暴力は振るうとこっちに取っても良い迷惑だった。
おまけに、そのアイドル志望の子達が自分の身を差し出す理由。
つまり見返りである、仕事やコネも用意するのは全てこっちまかせだと来ていた。
つまり、親だけでなく、私達にとってもかなりの厄介ものだった。
澪「で、今度はどんな娘を御所望なんです?」
ヤ「いや、俺は良く知らないんだが、最近CD出したシンガーソングライターって言うのか?そう言うのらしいだけどな」
澪「はあ…」
つまり、売れないアイドルじゃつまらなくなって来たから、アーティスト気取りの若い娘を嬲って、へこませて満足したいって言う事だ。
いやはや、絵に描いたような下衆野郎だな。
避妊具を使用しないぐらいならまだ良い方。
ドラッグは使う、暴力は振るうとこっちに取っても良い迷惑だった。
おまけに、そのアイドル志望の子達が自分の身を差し出す理由。
つまり見返りである、仕事やコネも用意するのは全てこっちまかせだと来ていた。
つまり、親だけでなく、私達にとってもかなりの厄介ものだった。
澪「で、今度はどんな娘を御所望なんです?」
ヤ「いや、俺は良く知らないんだが、最近CD出したシンガーソングライターって言うのか?そう言うのらしいだけどな」
澪「はあ…」
つまり、売れないアイドルじゃつまらなくなって来たから、アーティスト気取りの若い娘を嬲って、へこませて満足したいって言う事だ。
いやはや、絵に描いたような下衆野郎だな。
77: 2010/10/15(金) 04:17:20.65 ID:GP0fjaEm0
澪「んで、どいつですか?」
ヤ「ああ、この『YUI』ってので…」
私は、ユイと言う言葉を聞いて目の前が真っ白になる。
ユイ?!
唯?!
まさかな、まさか幾らなんでも…。
ヤ「ああ、確か写真が…、おお、これだ、これ」
差し出された写真はまさに唯だった。
私はまず眩暈がして、それから嘔吐した。
ヤ「どうした?!」
ヤ「ああ、この『YUI』ってので…」
私は、ユイと言う言葉を聞いて目の前が真っ白になる。
ユイ?!
唯?!
まさかな、まさか幾らなんでも…。
ヤ「ああ、確か写真が…、おお、これだ、これ」
差し出された写真はまさに唯だった。
私はまず眩暈がして、それから嘔吐した。
ヤ「どうした?!」
79: 2010/10/15(金) 04:24:24.32 ID:GP0fjaEm0
私が意識を取り戻すと、そこは病院だった。
私は嘔吐し、その後失神したらしい。
親類が少しばかりの人間らしさを見せて(いや、内側の人間に対しては過剰な程に優しさを見せて、外部に対しては過剰な酷薄な攻撃性を見せること自体がそうか)、私を労わる様な振る舞いをする。
ヤ「大丈夫か?今回の仕事は別の人間に…」
澪「いえ、やりますよ」
私は今この場に居合わせた運命と言うものに、感謝をする事にした。
80: 2010/10/15(金) 04:25:22.08 ID:GP0fjaEm0
下種男「あ?」
澪「すいません、ちょっと向こうが難色を示してるみたいんですよ」
下「使えねーな」
澪「すいませんね」
下「どうすんだよ」
澪「取り合えずのところはこれで勘弁お願いします」
私は数十粒の粒状のモノが入った小瓶を渡す。
下「大丈夫なんだろうな」
澪「ウチが都合付けたもんですよ?」
下「そうだな、ありがたく貰っておくよ。でも、出来るだけ早く用意しろよ」
これまでの貢献振りが功を奏してか、私をまったく疑う様子は無かった。
81: 2010/10/15(金) 04:29:19.85 ID:GP0fjaEm0
致氏量ギリギリの農薬入り。
殺虫剤入り。
一粒だってまともなのは無い。
粗悪品のオンパレード。
真に天国行きの片道切符で、人に「お裾分け」せずに個人使用に限定してくれる事を思わず願ってしまうような代物だ。
82: 2010/10/15(金) 04:32:42.40 ID:GP0fjaEm0
結局のところ、男はそれを飲んで失明したらしい。
イビサ島の馬鹿レイヴァーみたいに氏んでくれれば良いと思ったが、そこまでの事にはならなかった。
ただ、その替わりと言っては何だけど、巻き込まれた女の子もいなかったようで、私の中では一人、二人、まあ、その程度の犠牲は織り込み済みだったので、他に犠牲者が出なかった事は幸運な話ではあった。
上昇志向の強いタレント志望の子達の人生を救った事になるかどうかは分からないけど(「仕事」を奪ったと言う側面もあるだろう)、取り合えず唯達から遠ざけられたと言う今回の成果に、私は久しぶりの満足感と言うものを味わった。
83: 2010/10/15(金) 04:35:10.83 ID:GP0fjaEm0
今回の事を通して、私は唯が私との約束を達成しようと未だ苦闘を続けている事を知った。
そして、その脇には私が思った通りに律がちゃんといたのだ。
その事実は私にも感情が有ったのだと言う事を思い出させた。
だが、それは唯がPVなどで氏んだ目を見せているに対しての怒りや憤りに似た感情で、律への不満でもあった。
84: 2010/10/15(金) 04:36:27.38 ID:GP0fjaEm0
澪「お前が傍にいるのに、何で唯にそんな顔させてるんだよ!!」
私の言っている事が、論理的でない事は私自身が一番知ってる。
きっと、芸能界は律と唯に対して悲しい思いをさせるもので(例えば今回の事のように)、でも、二人にそれを選択させてしまったのは、私の言葉だったり、あの時の行動だったりするのだ。
悪い魔女である私は、二人に呪いを掛けてしまったのだ。
二人のところへ帰る資格の無い私は、ただ二人に降りかかる災厄を、少しばかり払ってやるぐらいの事しかしてはならないんだ。
85: 2010/10/15(金) 04:42:25.58 ID:GP0fjaEm0
和「あら、澪?」
澪「の、和?!」
懐かしい人間との再会。
それが予期せぬ場所や時間だったりすると、その驚きも一層のものになる。
95: 2010/10/15(金) 09:31:28.39 ID:GP0fjaEm0
私は、「親類」の付き添いで高級料亭に来ていた。
「親類」が誰と会うにしろ、その腐臭のする場に居合わせるのは…。
私は何も感じていない。
だけど、同席しないで済んだのは幸運ではあった。
私は庭に出ると、その景観をなしてる文化、厳粛さに泥を掛けるようなつもりで煙草を取り出し火を着ける。
糞みたいな世界の人間が使うような所がいくら表面的に取り繕った何がしかを醸し出したところで、そこは結局のところ糞でしかない。
私は煙を吐き出す。
風が吹いて煙を散らす。
?「ケホッ、ゲホッ」
あ…。
?「あら、澪?」
「親類」が誰と会うにしろ、その腐臭のする場に居合わせるのは…。
私は何も感じていない。
だけど、同席しないで済んだのは幸運ではあった。
私は庭に出ると、その景観をなしてる文化、厳粛さに泥を掛けるようなつもりで煙草を取り出し火を着ける。
糞みたいな世界の人間が使うような所がいくら表面的に取り繕った何がしかを醸し出したところで、そこは結局のところ糞でしかない。
私は煙を吐き出す。
風が吹いて煙を散らす。
?「ケホッ、ゲホッ」
あ…。
?「あら、澪?」
97: 2010/10/15(金) 09:33:53.55 ID:GP0fjaEm0
澪「へー、上司の接待の付き添いね。でも、この時期こんなところを接待で使えるなんて、業績も…」
和「見栄よ、見栄。自分達があまり良い状況じゃないなんて思われたら、上手く行く話もポシャるものよ?」
澪「ふふ、なるほど」
和「ねえ、澪はどうしてここにいるの?」
澪「そ、そりゃ…、そ、そう、和と同じようなものだよ、接待、うん、接待さ。上司がさ、見栄っ張りだからね、こう言うところじゃないと駄目だと思ってるんだよ。バブル入社の世代はさ…」
和「ふーん?」
澪「な、なんだよ」
和「嘘ね」
澪「う、嘘じゃないぞ。会社だ、うん会社」
ああ、「会社組織」である事は間違い無いぞ。
98: 2010/10/15(金) 09:46:34.03 ID:GP0fjaEm0
和「まあ、良いわ。それより…」
和は今までの軽口を叩き合っていたのと少し違う雰囲気。
和「私、澪は唯たちとずっと一緒にやってくと思ってたのよ」
…。
和「ねえ、私、唯とまだ結構やり取りあるのよ?まあ、唯達も忙しいから、今はメールで月に二、三回ってレベルだけど」
…。
和「唯ね、泣かなかったの。あの唯がよ?えっと、いつの話とかそう言うのは言わなくて良いわよね?」
澪「ああ」
和「私、ちょっと澪の事を恨んでるのよ、今でも。唯に随分悲しい思いを強いた訳だし」
澪「だろうな」
和は今までの軽口を叩き合っていたのと少し違う雰囲気。
和「私、澪は唯たちとずっと一緒にやってくと思ってたのよ」
…。
和「ねえ、私、唯とまだ結構やり取りあるのよ?まあ、唯達も忙しいから、今はメールで月に二、三回ってレベルだけど」
…。
和「唯ね、泣かなかったの。あの唯がよ?えっと、いつの話とかそう言うのは言わなくて良いわよね?」
澪「ああ」
和「私、ちょっと澪の事を恨んでるのよ、今でも。唯に随分悲しい思いを強いた訳だし」
澪「だろうな」
99: 2010/10/15(金) 09:53:39.67 ID:GP0fjaEm0
和「戻る気は無いの?」
どうやって?
和はわざとらしく大きなため息をつく。
和「唯ね、契約を蹴ったらしいわ。『メジャーは糞。おさらば御免だよ!』って言ってたわ」
?!
和「でも、安心して。音楽は続けて行くし、もっともっと上に昇ってみせるからって言ってたわ」
澪「和は唯とどこまで話してるんだ?」
和「さあ?あ、私もう仕事戻るわね」
なんだよ、「さあ?」って。
和は手を振って去って行き、私は一人取り残された。
鹿威しの音がうるさくて、思わず蹴飛ばす。
澪「どうすれば良いんだよ!」
どうやって?
和はわざとらしく大きなため息をつく。
和「唯ね、契約を蹴ったらしいわ。『メジャーは糞。おさらば御免だよ!』って言ってたわ」
?!
和「でも、安心して。音楽は続けて行くし、もっともっと上に昇ってみせるからって言ってたわ」
澪「和は唯とどこまで話してるんだ?」
和「さあ?あ、私もう仕事戻るわね」
なんだよ、「さあ?」って。
和は手を振って去って行き、私は一人取り残された。
鹿威しの音がうるさくて、思わず蹴飛ばす。
澪「どうすれば良いんだよ!」
101: 2010/10/15(金) 09:56:26.23 ID:GP0fjaEm0
二人に取って幸運だったのは、唯が真に才能のある人間で、かつ律がそれを理解していて、すぐ行動に移せる人間だったことだ。
私が聞くところによれば、レコード会社の方は晴天の霹靂だったらしい。
レコード会社側は、当初他社への移籍と考え、芸名の使用禁止など、様々に条件を付けたが、それらによって二人の翻意を引き出す事は出来なかった。
102: 2010/10/15(金) 09:58:46.57 ID:GP0fjaEm0
YUIのCDが売り場から撤去されるのは早かったし、まだ新人だったYUIはあっと言う間に世間から忘れ去られた。
103: 2010/10/15(金) 10:01:20.99 ID:GP0fjaEm0
和「ねえ、澪」
和からの電話に私は不機嫌に答える。
あんな風に言い捨てて去って行ったのに、電話掛けて来るなんてどれだけ面の皮が厚いかと言う話だ。
澪「なんだよ」
和「唯ね、CDリリースしたのよ。インディーズで」
澪「ふーん。そうなんだ」
和「興味深々って感じね。表面的には平静を装ってるけど、丸分かり」
嫌な分析メガネだ。
澪「なんとでも」
和「五十枚ぐらい買って欲しいのよ」
澪「は?!」
何枚買えって?
104: 2010/10/15(金) 10:04:51.00 ID:GP0fjaEm0
和「五十枚よ。私も、突然100枚ぐらい家に送りつけてこられて困ってるのよ。50枚ぐらいは友達親類に売って回ったけど、それだけじゃ赤字が出ちゃうし…。澪、同学年の子らに比べたらお金持ってるでしょ?」
何から突っ込んだら良いか分からない。
澪「送り付けられて来たって、お金は払ったのか」
和「だって、唯からメールが来て『着払い、代引きで荷物送ったから、よろしくね』って言うから」
想像出来る。
きっと律が言い出したんだ。
---
律「よっしゃー、和には100枚販売ノルマって送りつけようぜぇ。つか、桜高の同級生全員に送りつけるとそれだけで3000ぐらいは掃けるよな」
---
私は噴き出す。
澪「ぷっ、ぷはは、分かった、分かったよ。代金は口座に振り込んどくから、送って来てくれ」
和「じゃあ、よろしくね」
何から突っ込んだら良いか分からない。
澪「送り付けられて来たって、お金は払ったのか」
和「だって、唯からメールが来て『着払い、代引きで荷物送ったから、よろしくね』って言うから」
想像出来る。
きっと律が言い出したんだ。
---
律「よっしゃー、和には100枚販売ノルマって送りつけようぜぇ。つか、桜高の同級生全員に送りつけるとそれだけで3000ぐらいは掃けるよな」
---
私は噴き出す。
澪「ぷっ、ぷはは、分かった、分かったよ。代金は口座に振り込んどくから、送って来てくれ」
和「じゃあ、よろしくね」
105: 2010/10/15(金) 10:25:35.33 ID:GP0fjaEm0
私の部屋には50枚のCDタワーが出来た。
残り49枚をどうするかと言う予定は立たなかったけど、このCDは私の大切な宝物だ。
---
すいません一時間ほど席外します。
その後、また投下して、会社行って、会社から投下します。
108: 2010/10/15(金) 12:27:34.71 ID:GP0fjaEm0
自分には部分的にしか責任の無い人生を甘受する事。
それがブルース歌手に取っては重要な事らしい。
ロバート・ジョンソンが言うにはそう言う事らしい。
希望など無いように見える完璧な絶望は時に、奥深いは満足を人に与えるのだと言う。
唯の音楽はそんなブルース歌手の歌と一緒で、世界に服従し得ない人間の通る暗い道に、ささやかな、本当にささやかだけど光を灯す深い力があった。
109: 2010/10/15(金) 12:28:59.15 ID:GP0fjaEm0
YUIは世間から消え失せた。
だが、平沢唯はそうはいかなかった。
最初に出した作品からインディーズチャートを賑わした。
リリースする作品リリースする作品全てが賑わした。
時には、メジャーからリリースする作品をチャート上で喰う勢いを見せた。
110: 2010/10/15(金) 12:35:45.42 ID:GP0fjaEm0
こうなると、当然の事ながら所属していたレコード会社は面白くない。
自分達が育ててやったのだと言う意識があるからだろうか。
私達の社会に依頼が降りて来る。
「あいつらを排除しろ。義理とコネの世界を乱す異物は排除されるべきだ」
さあ、私の出番がやって来たよ。
二人の前に出て行けないのに、こう言う時には出番だとばかりにアップを始める私は本当に滑稽な人間だ。
111: 2010/10/15(金) 12:39:22.27 ID:GP0fjaEm0
次の週の大手週刊誌にそのレコード会社所属のアイドルグループのメンバーが会社幹部に供されている、と言う実名告発の記事が載る。
「喜び組」と言うスキャンダラスな見出しとともに。
その会社の内部に詳しい人間で無ければ、出せないレベルの詳細さで書かれた記事だった。
会社内部は上に下への大騒ぎで、唯達の排除どころでは無くなっているはずだ。
凄いだろ?
誇れる訳でも無いけど、これが今の私なんだ。
117: 2010/10/15(金) 15:06:18.70 ID:N1DzzTIt0
何時の間にか、二人の元には梓が戻って来ていた。
梓の帰還を得て、HTTは勢いづいているようだった。
118: 2010/10/15(金) 15:08:25.72 ID:N1DzzTIt0
私はCDだけでは我慢出来なくなって、少しばかり皆のやろうとしている事を体験したくなって、梓が始めたと言うパーティにも出向いたりもした。
本当はライブが一番良いんだろうけどね、惜しいことにタイミングが合わなかった。
でも、負け惜しみじゃなくて、そう言う特別なのじゃなくて普段着に近いものの方が良いとも思っていたしね、うん、これで良いんだ。
119: 2010/10/15(金) 15:14:45.53 ID:N1DzzTIt0
馬鹿みたいな話だけど、私は念入りに変装して、普段の日常生活の自分を覆い隠すように変装して出かけた。
ちょっとした緊張感を抱きながら。
これでは「変わり果てた私だけど、本当の私を見つけて下さい」って言う、そんな古い少女漫画の主人公みたいなもので、我ながら、苦笑してしまう。
120: 2010/10/15(金) 15:18:51.22 ID:N1DzzTIt0
22:00オープン。
私はそう言う場に不慣れな子供のように、開始前から扉の前に並んだ。
開始すぐには、当然の事ながら、フロアは人影もまばらだった。
DJブースには懐かしい人間が立っていた。
それを見て、私は、まずブースが良く見えるような場所(丁度二階に登る階段からDJブースが良く見えた)を探す。
そこには男の子がDJの勉強しようと言うのか、先客としていたけれど、それを押し退けると、そこに陣取って梓の動きを注視する。
121: 2010/10/15(金) 15:32:41.51 ID:N1DzzTIt0
梓は少し遠慮がちにThe UpsettersのWalk The Streetsをターンテーブルに乗せる。
今ここで隠れて見ている私のために用意されたんじゃないか、と私に思わせるようなメランコリーな曲。
私は、ここにいるのが自分であるとばれないようにと、さらにもう一段階隠れる為に伊達メガネを懐から取り出す。
今ここで隠れて見ている私のために用意されたんじゃないか、と私に思わせるようなメランコリーな曲。
私は、ここにいるのが自分であるとばれないようにと、さらにもう一段階隠れる為に伊達メガネを懐から取り出す。
123: 2010/10/15(金) 15:46:52.47 ID:N1DzzTIt0
一時間、二時間と時間が経つに連れ、次第に人が集まりだす。
それに伴いBPMはアップされ、フロアの熱狂を煽るようになっていく。
何時の間にかフロアは、客の肩が触れ合うような満員状態になっていた。
客は皆エキサイトしていて、アピールするように派手に振舞う奴、俯く様にして頭を振る奴、上を向いてライトの眩しさに目を細めるようにしている奴、大声を上げて喚く奴、皆が皆ワイルドになっていた。
何時の間にかDJは梓から、モップみたいな髪型の子に変わっていたけど、客は気にもしていないようだった。
124: 2010/10/15(金) 16:14:35.64 ID:N1DzzTIt0
皆、人生相手の苦闘をしている。
そして週末のパーティに繰り出す。
週末が来れば、音楽を感じて身体を揺らす。
パーティーピープルって言うのはそう言う事だし、人生を音楽が変えると言うのはきっとそう言う事なんだ。
こんなに今の私の状況に当てはまるものは無い。
125: 2010/10/15(金) 16:21:25.81 ID:N1DzzTIt0
時間は3時を回ってピークタイムを迎えていた。
私はリズムが少し変わった事に気付いてブースの方を見る。
ブースの横には唯が立って…。
127: 2010/10/15(金) 16:34:47.17 ID:N1DzzTIt0
唯はマイクを握った、
それは、歌うような、フリースタイルのような、ポエトリーリーディングのような、うなり声のような何かだった。
唯の「それ」は私達を完全にロックし、私は呆けたようになって、ブースの方を向いて身体を揺らし続けた。
128: 2010/10/15(金) 16:53:35.24 ID:N1DzzTIt0
唯が「それ」を続ける間、DJはモップの子からまた梓に変わって、でも唯のそのパフォーマンスは続いていた。
フロアから少しづつ、人が引け始めるころ、唯はマイクを置いてブースからそのままフロアに飛び降りると、まだフロアに残っているハードコアなダンサー達とハイタッチして退場していった。
鈴木さんはその退場に合わせる様に、If I Ever Lose This Heavenを掛ける。
129: 2010/10/15(金) 17:07:52.30 ID:N1DzzTIt0
この夜は(例え私の一時の思い込みだったしても)、孤独な私を繋ぎ止めるコミュニティー的なもので、人を音楽の暖かさで様々な苦難から解放させた。
唯達のやった事はそう言う超越を可能にしていた。
131: 2010/10/15(金) 17:10:46.16 ID:N1DzzTIt0
例えば、皆はどういう理由で音楽を聴く?
明日に希望を見出して、人生にロマンを感じたいからじゃないか?
だとしたら、そう言うもの全てがそこにあったんだ。
132: 2010/10/15(金) 17:12:36.22 ID:N1DzzTIt0
澪「あ、唯、待って…」
私は、唯の姿を追い掛ける。
いた…。
チルアウトスペースには唯がいて、梓がいて、二人はソファに身体を埋めて、まるで高校時代と同じように手を繋いでいた
そして、その脇には律がいてグラス片手に周囲の人間と談笑している。
だから、やっぱり皆のいる場所は高校時代のあの部室と一緒で、ちゃんとそう言う空気のままだったんだ。
ただ、そこに私はいない。
133: 2010/10/15(金) 17:15:37.87 ID:N1DzzTIt0
なんで、あそこで律と話をしているのが私じゃないんだろう。
私は視線を外そうとして、でも、未練がましく視界の隅に入れるようにする。
あ、律が手を上げて…。
気付いた?!
律「お疲れー」
純「どもー」
私の横を鈴木さんが通り過ぎていく。
134: 2010/10/15(金) 17:18:00.72 ID:N1DzzTIt0
純「唯先輩、やっぱ、ばっちりですよね」
唯「あはは、それほどでもないよー、ただ、ライブとかよりずっと長時間マイク握るから疲れるは疲れるけどねー」
律「でも、DJに合わせてってのは良いアイデアだよな」
純「あれ、梓が言い出したんですよ」
唯「そうなの?」
梓「あ、いや、はい…」
135: 2010/10/15(金) 17:19:11.77 ID:N1DzzTIt0
純「いや、バンド入れてライブって言うとどっちつかずって言うか、私の経験上でもどちらにも良い影響が無いって分かってましたし、だから、ナイスアイデアだなって」
唯「あずにゃん、凄い!」
梓「い、いや、そこまで考えてじゃなくて、機材の搬入もあるし、ブースとは別にステージ組んだり、機材入れたりするのにもお金かかるし…」
律「なるほどねえ…」
唯「あ、りっちゃん、何か思いついた表情」
律「いや、まだまだだから、もうちょいアイデア固まったらなー」
唯「楽しみー、あはは」
唯「あずにゃん、凄い!」
梓「い、いや、そこまで考えてじゃなくて、機材の搬入もあるし、ブースとは別にステージ組んだり、機材入れたりするのにもお金かかるし…」
律「なるほどねえ…」
唯「あ、りっちゃん、何か思いついた表情」
律「いや、まだまだだから、もうちょいアイデア固まったらなー」
唯「楽しみー、あはは」
137: 2010/10/15(金) 17:24:54.88 ID:N1DzzTIt0
私はその場にいるべき人間では無いから、そっとその場を後にする。
大事な人達を遠くから守ることが、唯一私のすべき事だと思って、その場を去る。
138: 2010/10/15(金) 17:27:08.49 ID:N1DzzTIt0
唯たちはいつのまにかカルトスターになっていた。
大手レコード会社が汚い手で潰せないほどにスターだ。
139: 2010/10/15(金) 17:32:22.48 ID:N1DzzTIt0
その事と比例するように、二人の周りには好事家や新しいもの好き達が集まるようになっていた。
彼らは旧来的な地下世界とは繋がっていないようで、繋がっていて、だからいずれそれは律達を侵食していくかも知れなかった。
当然、律達はその事に気付いていない。
140: 2010/10/15(金) 17:34:06.59 ID:N1DzzTIt0
だけど、そんな風にして世界は回っていく。
上下するメリーゴーランドみたいに。
人々も変わり行く、回り続けるメリーゴーランドみたいに。
地下の世界はどうなっていると思う?
そこも世界と共にあるものなんだよ。
142: 2010/10/15(金) 18:01:35.05 ID:N1DzzTIt0
ライブツアーでのはしゃぎ様やその交友関係は明らかに律達の行く先をあまり良くない方向に向かわせている事を示していたけど、だからと言って、どうすれば良いのか私には分からなかった。
なあ、どうすれば良かったんだ?
だって、私はもうこんなとこに来てしまっていて、皆の前に顔を出せるような人間じゃ無いんだよ。
143: 2010/10/15(金) 18:03:10.55 ID:N1DzzTIt0
私が戻りたい唯一の場所。
私が愛するひとつのもの。
けれど、それは決して私に近寄らない。
144: 2010/10/15(金) 18:05:46.86 ID:N1DzzTIt0
HTTレーベルの突出の仕方と三人(いや、主に唯と律だけどね)の派手な振る舞いは、人々の好奇の目だけで無く、ある種のマスコミも引き付ける様になっていた。
彼らは律達にこう告げるためだけに存在しているような連中だ。
お前達は必ずバッドエンドを迎える。
その時を用意するために私達は存在している。
さあ、私達にお前らの弱みを握らせろ、と。
145: 2010/10/15(金) 18:09:09.38 ID:N1DzzTIt0
コンクリ打ちっ放しの壁と言うのは、モダンかも知れないけど空気をささくれ立たせる。
その空気に相応しい様子で男が床に転がされていた。
男の顔は何度か殴られたか蹴られたのかしたのだろう。
口の端は切れ、目尻は大きく腫れあがって、完全に片側の視界は塞がっているようだった。
私は、男の頭を軽く蹴り上げる。
男は大袈裟に呻く。
男「うぐわっ」
澪「はは、痛そうだね」
146: 2010/10/15(金) 18:11:08.67 ID:N1DzzTIt0
男「うぅ…」
澪「手を引く?」
男「引く…」
澪「私は上同士の話合いで手打ちとかそう言う事しないから。次に同じことしたら、頃すよ?」
男「分かった…」
澪「指切りする?」
酷いユーモアだと思ったのだろう。
返答は帰って来なかった。
澪「手を引く?」
男「引く…」
澪「私は上同士の話合いで手打ちとかそう言う事しないから。次に同じことしたら、頃すよ?」
男「分かった…」
澪「指切りする?」
酷いユーモアだと思ったのだろう。
返答は帰って来なかった。
148: 2010/10/15(金) 18:23:14.48 ID:N1DzzTIt0
私はあらゆる手段を用いて、皆に悪い状況をもたらす可能性のあるものを潰していった。
その代償か、私の心は軋むような音を立てるようになっていた。
心?
氏んだ筈の心?
そんなものがまだ私にあったんだとすればだけど。
149: 2010/10/15(金) 18:28:37.28 ID:N1DzzTIt0
澪「おぇっ、うぼぁっ、ぶぇ~」
帰宅すると同時に風呂場に駆け込み嘔吐するのが日課のようになっていた。
150: 2010/10/15(金) 18:30:27.31 ID:N1DzzTIt0
唯と梓はレコーディングのためと日本を離れたらしい。
最近はネットで何でも分かる。
「薬抜きだろ」と書かれているのも分かる。
153: 2010/10/15(金) 18:33:54.94 ID:N1DzzTIt0
それはそれ程多く無い数だろうが、流出したみんなのファミリービデオと言うのが根拠だった。
最初は本当にファミリービデオで、でも、コアなファンを自称する人々と言うのは関係者面したがるもので、そう言うところから流れ出したんだろう。
きっと、律はそう言う連中にもオープンだったに違いない。
その事が自分達を蝕んでいる事に気付かずに。
158: 2010/10/15(金) 19:00:14.36 ID:N1DzzTIt0
当然の事だけど、そこには律達の姿が写っていた。
それは本当になんの取りとめも無い映像を集めたビデオだった。
撮影者は皆の中の誰かで、回し撮りしたような素人撮影のビデオ。
友人達の動く姿は、私を優しい気分にさせる。
かけがえのない宝物。
とてつもなく優しい宝物。
でも、確かにそこに写った皆の姿には、ネットの噂を肯定するようなものも含まれている。
160: 2010/10/15(金) 19:02:30.66 ID:N1DzzTIt0
恐らく、どこかのクラブのチルアウトスペース。
律は腹一杯に吸い込んだ煙を吐き出す。
ソファに深く身体を埋めた唯はその様子をケラケラ笑いながら見ている。
梓は唯の腰辺りに抱き付いて、肌を触れ合わせる事の気持ち良さに酔っているようだった。
唯も梓の耳から首筋辺りに手を這わせて…。
ははは。
ビデオ撮りされた親友同士のペタペタを見るのはあまり言良い気分じゃないね。
変な気分になる。
もし、二人が真に恋人同士だったとしても、覗き見は悪趣味過ぎるし、それが恐らくアレの影響に酔っているように見える物なら尚更の事だ。
161: 2010/10/15(金) 19:06:43.78 ID:N1DzzTIt0
私の感想を置いてきぼりにしながら、皆の映像は流れ続け、現れては消えていく。
くすり撲滅と言う立て看板を指差し大笑いする、律と鈴木さん。
何故か、ライブハウスの裏でヴォーギング合戦をする唯と律。
それを呆れて見ている梓。
律が最近作ったと言うスタジオの入り口に、唯がスプレーで「HTT、Tea time is never end!!」と落書きして、律は親指を立てて、その唯の落書きを肯定する。
梓も苦笑しながら、でもカメラを回されるとその事を肯定するように、ピースサイン。
路肩に止めた大型SUVのボンネットに寄りかかった唯が手を開くと、高校時代に何となく決めたHTTのマークがそこに書いてあり、もう一方の手を開くと「Do U Luv Me?」の文字。
そこに梓、律、鈴木さんが「Yes、Yes!」と飛び付く。
162: 2010/10/15(金) 19:10:49.01 ID:N1DzzTIt0
どれもこれも皆の日常で…、そう皆の日常は既にこう言う形だったんだ。
私が皆でいた頃の私では無いように、律達もあの頃の律たちじゃない。
唯が帰国時に、違法薬物の持込で逮捕された事が新聞の片隅に載った。
唯達はしょせんはカルトスターでしか無いので、TVを騒がす事は無かったけれど。
164: 2010/10/15(金) 19:16:47.10 ID:N1DzzTIt0
でも、終末は近づいていた。
新譜を出せないアーティスト。
借金塗れのレーベル。
こんな状況で尚、続いてく組織なんてあるわけが無い。
166: 2010/10/15(金) 19:21:56.34 ID:N1DzzTIt0
律が何でレーベルを作ったり、ビルを買ったかって言うのは何となく想像出来るよ。
きっと、ペリー・ゴーディと一緒だ。
メジャーからの独立性。
その独自の音を保証するレコーディング・スタジオ。
同じ哲学を共有する集団。
その利益はレーベルやそれを含めた自分達の共同体のためにと言う有り方。
結局、モータウンは自分達のアーティストが有名になり過ぎたために、コントロール出来なくなった。
アーティスト達を引き戻すためにカリフォルニアに移った。
バックグラウンドを捨てた。
自分達をインスパイアしてくれるそれらを捨てればマジックは消える。
それでモータウンは崩壊した。
167: 2010/10/15(金) 19:23:37.70 ID:N1DzzTIt0
律達はそこまでいかなかった。
経営と言うほどのものがあったかどうかは怪しいし、それも上手くいかずに失敗した。
当人達に取って見れば最高の悲劇かも知れないが、傍から見れば喜劇そのものだ。
168: 2010/10/15(金) 19:30:27.31 ID:N1DzzTIt0
マスコミ連中の高笑いが聞こえる。
そら、終末がやって来たぞ。
だから、言っただろう。
お前達は絶対バッドエンドを迎えると。
世界中から悪意が私の耳を通じて流れ込んでくる。
ベイエリアからリヴァプールから。
私のアンテナが世界中の悪意をキャッチする。
皆を、たとえこっそりとでも守ることで、自分の空っぽな何かを埋められると思っていたんだ。
でも、それももう終わりだね。
169: 2010/10/15(金) 19:37:16.63 ID:N1DzzTIt0
ベッドに腰掛けて、窓の外を見る。
星は見えない。
絶望だけが窓から入り込んで来る。
澪「大好き…、大好き…、大好きをありがとう…、歌うよ…、歌うよ…、…、…」
その先は出て来なかった。
私が愛について歌えたら何かが違っていたんだろうか。
170: 2010/10/15(金) 19:39:48.38 ID:N1DzzTIt0
和「澪、聞いてるの?」
澪「ああ、聞いてるよ、理解は出来て無いけど」
和「唯達のことよ」
澪「ああ、聞いてる」
和「ねえ、澪はどうしてそこにいるの?」
澪「さあ、どうしてだろうな…」
和は大きなため息をつく。
和「哀れね。それなら、澪はずっと辺境で一人そうしてれば良いんじゃない?」
…。
和「そうだ、澪。あなたは私なんかよりも色んな人間を見て来てると思うけど、そうね、自分の拠り所を無くしてしまった人間てどうなるのかしらね」
172: 2010/10/15(金) 20:00:55.95 ID:N1DzzTIt0
---
「私の全てを盗まれた」と言う遺書を残して氏んだ男。
氏んだ私の心。
和「自分の拠り所を…」
---
澪「唯…、梓…、律…、律…、律…」
和「答は出てるんじゃないかしら」
澪「ああ、そうだな。ありがとう、和」
「私の全てを盗まれた」と言う遺書を残して氏んだ男。
氏んだ私の心。
和「自分の拠り所を…」
---
澪「唯…、梓…、律…、律…、律…」
和「答は出てるんじゃないかしら」
澪「ああ、そうだな。ありがとう、和」
174: 2010/10/15(金) 20:07:45.01 ID:N1DzzTIt0
私は、メルセデスプルマン600のアクセルを踏み込む。
夜明けまで、もう一時間。
私はさらにアクセルを、床を踏み抜かんばかりの勢いでもう一踏み。
私は自分の事しか見ていなかった、最初から。
律も唯も、きっと梓も、私のことを考えてくれていたのに。
私が世界のどこからでも戻れるようにと、考えてくれていたのに。
HTTビルの前に車を止める。
既に太陽の光がビルの間から差し込むような時間になっていた。
175: 2010/10/15(金) 20:11:20.23 ID:N1DzzTIt0
ビルのエントランスから律が出てくる。
太陽に眩しそうに目を細めながらなので表情は良く見えないけど、でも、律には珍しく泣きそうなんだと、私にだけは分かる。
澪「久し振り」
律は、少し驚いて、でもすぐ自嘲気味に、
律「戻って来てくれたとこでなんだけどさ、もう全ては終わりなんだよ。澪が言ったとおりだ。『祭りは終わり』なんだよ。私達の場合だと『HTT、Tea Time Is Over.』って感じか?」
177: 2010/10/15(金) 20:15:03.33 ID:N1DzzTIt0
澪「いや、『Tea Time Is Never End』だろ?」
律はキョトンとしてから、でもちょっと不貞腐れたような拗ねた表情になる。
律「そうなって欲しいとずっと考えてやって来たつもりだけどさ、もう、おせーし」
そのために、私はここに戻って来たんだからさ、そうなってくれなきゃ困るんだ。
私は、律を力づけるように言ってやった。
澪「いや、遅くねーし。私は、そのために帰って来たんだ」
律はキョトンとしてから、でもちょっと不貞腐れたような拗ねた表情になる。
律「そうなって欲しいとずっと考えてやって来たつもりだけどさ、もう、おせーし」
そのために、私はここに戻って来たんだからさ、そうなってくれなきゃ困るんだ。
私は、律を力づけるように言ってやった。
澪「いや、遅くねーし。私は、そのために帰って来たんだ」
179: 2010/10/15(金) 20:18:11.89 ID:N1DzzTIt0
私と律は駆け足でビルに戻る。
梓は私の姿を見て、言葉を失う。
唯は…、私を見て不敵に笑って、
唯「やっぱり私達の勝ちだね」
澪「ああ、やっぱり私の負けは決まってたみたいだ」
律と梓は私と唯の会話が理解出来ないようだった。
当然だ。
これは私と唯の二人の約束なんだから。
180: 2010/10/15(金) 20:23:53.50 ID:N1DzzTIt0
律「なんか…、疎外感感じるな…?」
梓「律先輩に同意するのは不本意ですけど…、私もです」
律「おい…」
梓「何ですか?」
澪「律、権利書関係は持って来たのか?あと、実印もだぞ」
梓が噴出す。
梓「ぷーっ、いい歳して怒られてる…」
律「中野ぉ!?」
唯「あはは、二人仲良いねー、嫉妬しちゃうかも」
律・梓「どこが!(どこがですか!)」
澪「ハモるとことかだろ?」
律「澪しゃーん…」
唯・澪・梓「あはは」
私は笑えていた。
律達がいてくれるから、私は笑えていた。
梓「律先輩に同意するのは不本意ですけど…、私もです」
律「おい…」
梓「何ですか?」
澪「律、権利書関係は持って来たのか?あと、実印もだぞ」
梓が噴出す。
梓「ぷーっ、いい歳して怒られてる…」
律「中野ぉ!?」
唯「あはは、二人仲良いねー、嫉妬しちゃうかも」
律・梓「どこが!(どこがですか!)」
澪「ハモるとことかだろ?」
律「澪しゃーん…」
唯・澪・梓「あはは」
私は笑えていた。
律達がいてくれるから、私は笑えていた。
181: 2010/10/15(金) 20:29:46.43 ID:N1DzzTIt0
紬「澪ちゃーん」
ムギはカウンターの向こうからもう私を発見して、手を振る。
私はムギほどオーバーアクションを取るのが恥ずかしくて、ちょっと遠慮がちに手を振る。
ムギは息を切らしながら小走りに掛けてくる。
澪「ムギ久し振り」
ムギは外国暮らしの影響なのか、まずはハグ。
首に巻かれたブルーフォックスのファーがくすぐったい。
紬「澪ちゃんもお久し振り」
澪「忙しいのに、呼び戻しちゃって…」
紬「友達以上に大切なことなんて無いわ。そうでしょ?」
…。
澪「ああ、そうだな」
紬「うん、そう。まずはそこが全てでしょ?私も、澪ちゃんも」
ああ、まったくその通りさ。
182: 2010/10/15(金) 20:34:13.04 ID:N1DzzTIt0
私の運転する1971年型のメルセデス・プルマンは180kmで高速を疾走していた。
ハンドルを握る私の横で、さっきまでのテンションとは打って変わってシリアスな表情を浮かべている。
澪「ん?ムギ?」
紬「ね、澪ちゃんは大丈夫なの?」
澪「ん?」
紬「私…、私達は澪ちゃんがいなくなるのとか、許さないからね」
私だって、逮捕されたりとか、命を狙われたりってのは御免こうむる。
澪「あー、うん。引き時は心得てるよ。もうずっと、ああ言う世界で生きて来た訳だしね。それにこう言うのもこれが最後だよ」
だって、私には戻る場所があるんだ。
紬「ちゃんと私達を頼ってね。私なら…、ね」
澪「うん、分かってる」
分かってる。
結局、私達は誰一人が欠けたって碌なことにはならない。
それが、例え他のメンバーを思いやってのことでも、最後には破綻してしまうんだ。
183: 2010/10/15(金) 20:41:20.28 ID:N1DzzTIt0
ホテルの部屋を開けると、そのままムギは駆け寄って律、唯、梓に抱きつく。
律「ムギ、ちょっと?!」
唯「ムギちゃーん!」
梓「ムギ先輩…?」
私も遅れてはならないと、四人に抱きつく。
律「澪も?!」
澪「悪いか?」
律「いーや、最高!」
ああ、本当に最高だ。
私の心に暖かいものが満たされるのを感じる。
きっと、私だけで無くて皆の心にも同じ様な暖かさが注がれているに違いないと断言できる。
唯が歌を口ずさむ。
それは、うん、きっと愛についての歌だ。
184: 2010/10/15(金) 20:50:13.86 ID:N1DzzTIt0
言葉に出来ないエネルギーが私達の心を駆動させる。
今、喜びと音楽は私達をこの世界から抱え上げる。
私達は年を取って、将来も過去になるだろう。
でも、きっとこの不思議な力は私達の中に永遠に留まる。
私達の日常や思い出の襞に隠れながら、でも、ずっと私達と共にあり続ける。
この不思議な力は年輪を刻みつつ、崩壊や欺瞞、堕落の中を生き延びるため、私達の間にある絆を媒介にして駆け巡る。
こうやってティータイムは続いていくんだ。
「The Beginning of the End of the End of the Beginning.」
186: 2010/10/15(金) 21:14:17.42 ID:JccfMbgm0
終わりかな
乙
語り口が好きだ
次は制作速報でやった方がいいかもね
乙
語り口が好きだ
次は制作速報でやった方がいいかもね
187: 2010/10/15(金) 21:16:59.89 ID:o0vQSvHy0
あれ、終わったのかw乙w
残るはムギ視点か・・・
残るはムギ視点か・・・
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