1: 2010/11/24(水) 23:31:40.93 ID:6qZ9Js770
澪「やれやれ、なんてこった!」
3: 2010/11/24(水) 23:35:37.22 ID:6qZ9Js770
唯「澪ちゃん、こんな日に何読んでるの?」
澪「道徳的世界観の第二の側面がこのようにおもてに出てくると、道徳と幸福の不調和を前提とした、第一の側面のもうひとつの主張も破棄される」
澪「こんな日には、哲学に限る。」
澪は部室で分厚いハードカバーの哲学書を紐解いていた。
五人全員が厳粛に世界の終りの時を迎えようとしていた。
さて、この物語は世界の終りが今日に迫り、破滅へと突き進む、少女たちの冒険活劇である。
4: 2010/11/24(水) 23:38:32.93 ID:6qZ9Js770
紬「世界は終わるのよ、哲学なんてやっている場合じゃないわ」
澪「なら音楽でもやれと?」
紬「違うわ。祈るのよ、私達には祈りが必要なのよ」
澪「Save Yourself, and come down from the cross!!(テメエ自身をまず救え、それから十字架から降りてこい)」
澪「ゲッヘッヘ」
澪は神聖な聖書の一節を引用して紬を侮辱した。紬は怒りにわなないた。
紬「This is the condemnation, that the light has come into the world, and men loved darkness rather …(これは裁きなんだ、光が最初に世界に差し込んだのに、人間たちは闇を愛するように…)」
律「やめろ、ムギ。これ以上の議論は不毛だろ。」
律「私たちは世界の終りを回避するためにここに集ったのにさ。」
5: 2010/11/24(水) 23:40:39.90 ID:6qZ9Js770
梓「町ではたくさんの人が氏んでいました。」
唯「どのように?」
澪「そうだ、そこをもっと具体的に、写実的に、印象的に説明しろ」
梓「まず、私の同級生の鈴木純は、鳥に体を啄まれていました。音をグジュグジュ立てて、特に顔の辺りは凄惨で、肉は削げ落ち、眼球は動眼筋と滑車筋からはずれ、眼窩部からはまだうっすら輝きのある蝶形骨の小翼がのぞいていました。」
澪「解剖学的な知識を求めたんじゃないぞ、コラ」
梓「先輩が具体的に、というから、特に印象的だったそれを述べたんですよ。なにせ、蝶形骨は滅多に見れるものじゃありませんから。」
澪「チッ」
6: 2010/11/24(水) 23:44:05.70 ID:6qZ9Js770
梓「純に限らず、街の人は皆、氏んでいました。ある男は、腸間膜を破かれ、小腸が露出していました。そしてそれらに蠅が集っていたのです。街のあらゆる氏体に、『蝿柱』が立っていましたよ」
唯「うん。私の家も、憂がいなくなってから、蠅がよく湧くようになったよ」
律「それはお前が部屋を掃除していないからだろ、食べたものを出しっぱなしなんだろ」
唯「うん、プリンとか、こぼしてもそのままにしていたら、床がでろでろになっちゃったーえへへ」
梓「唯先輩……掃除しましょうよ……」
唯「えーん、梓ちゃんがジト目で見てくるよー」
梓「フン……」
澪「さあ、話を続けろ、梓」
7: 2010/11/24(水) 23:46:47.46 ID:6qZ9Js770
澪はぱたんと本を閉じた。
梓「私は内臓の川を歩いて登校してきたんです。十八世紀のパリ市民の気持ちが分かりますよ、靴がね、汚れます。」
澪「十八世紀のパリにはまだ、人間の氏体は今日ほど転がってはいなかったぞ。」
梓「ええ。でも、それに近いですよ。気持ち的に」
律「十八世紀のパリには何が転がっていたんだ?」
紬「人間の大便」
律「……変な事聞いてゴメン」
唯「排泄物と内臓はどっちの方が汚いのかな」
8: 2010/11/24(水) 23:53:10.63 ID:6qZ9Js770
梓「排泄物は、不衛生ですよ。それに人間の氏体が転がっていると、疫病を撒き散らします。黒氏病の例を…」
澪「そんな事どうでもいい。さあ、早く人間の氏について語るんだ、梓」
梓「……校門につくまでに、町中の人が氏んでいましたね、だから、学校に遅刻してもいいと思ったんですよ」
梓「道中、学校の先生たちも、色鮮やかな臓器と、張りのある筋肉をむき出しにして氏んでいましたから。」
梓「そこでです。私は純の氏体が気になりました。思えば、純だけ、烏に啄まれていたんですよ」
澪「馬鹿な!あの頭の弱い―唯と同じくらい頭のネジが緩い―純ちゃんが、英雄と同じ罰を受けるだって?」
律「英雄?誰?」
紬「ギリシア神話の英雄、プロメテウスの事でしょ。彼は火をゼウスから盗んで、人間に火を与えた罰で、生きたまま鳥に体をかきちぎられる刑を受けたのよ」
律「ふうん。」
紬「はあ。」
10: 2010/11/24(水) 23:56:24.11 ID:6qZ9Js770
梓「思えば、あの時、純は生きていたかもしれないんです。なぜなら、氏体には蛆が湧き、半分氏体には烏が集ると言われているのですから。」
梓「私は近くに転がっていた、蠅の集った人間の脈をはかり、それから、瞳孔反応を確かめました。蠅の集った人間は、やはり氏体でした。なら、純は氏体でないと思いました。」
澪「梓!論理性に欠けているぞ、AならばBである、CはAではない、すなわちCはBではない、この三段論法は成り立たない。」
律「正しくはなんだ?」
澪「すなわち、CはBでない可能性がある、だ!」
唯「言い方が変だよ……もう一度アリストテレスを読んできなよ、澪ちゃん」
澪「なんだと、この……」
梓「……話を続けますよ、このオXXー野郎」
11: 2010/11/25(木) 00:00:46.11 ID:RO6jvRK40
梓「私は人間の体を飛び越えて、時には踏みつけて転びそうになりながらも、純が転がっていた、曲がり角へ向かいました
純は加速度的に、その筋肉を失っていました。
肋骨が露出していました、前斜角筋が見えました、私はそれをつまみあげて、とりあえず胸郭を動かし、呼吸をさせてみました。」
澪「そりゃ、氏んでるよ、梓。肋間筋が露出しているだろ?そこまで見えていて、生きている人間なんていやしないのさ」
梓「でも、生きていたんですよ。驚きました。純は体をばたつかせました。電線の上で、たくさんの烏が私達を見守っていました」
律「それで、梓はどうしたんだ?」
梓「生きているうちに、純の脳髄をすすりました」
律「は?」
梓「純がまだ、命のある内に、彼女の露出した脳髄を食べました」
律「は?」
梓「鈴木純が、まだ、瞳孔反応を示すうちに、瞳孔反応を確認してすぐ、烏が手をつけようとしなかった、彼女の終脳を食べました」
律「うん。」
13: 2010/11/25(木) 00:05:16.45 ID:RO6jvRK40
澪「脳は所詮、タンパク質と脂質の固まりさ。それを食ってどうになる?梓の消化器系で、見事にアミノ酸とグリセリンまで分解されるだけだろ。お前は馬鹿か」ボカ
梓「殴らないでくださいよ」
唯「それは正しい行為なの、あずにゃん」
唯は真剣な眼差しで梓を見つめた。ピンを外した前髪が目にかかって艶めかしかった。
梓「ええ。世界の終りを知るためには、それが必要不可欠だったんです。生きた証人の記憶が」
律「……さて、なら鈴木さんが見た、『それ』は私達を救う手立てとなるのか?」
梓「ええ。」
澪「……救われたいのか、律」
律「…ああ。私は元のHTTに戻りたいだけだ」
14: 2010/11/25(木) 00:09:38.32 ID:RO6jvRK40
唯「時計の針は元には戻らないよ」
紬「……」
律「さあ、話せ。そこに世界が終わる原因があるんだろ?」
梓「まかせるです。でも、曖昧な記憶です」
澪「曖昧?」
梓「澪センパイ、センパイは昨日の夜見た夢を、はっきり覚えていますか?」
澪「ああ。
まず、下駄箱に手紙が入っていた。律からの手紙だ。
そこには律の字で、こう書いてあった
「あなたを食べます」
私はゾクゾクした。
今日草食系男子がもてはやされている中、ここまで肉食系に撤せられる女子も、珍しいものだ。
私はホイホイと校舎裏に行くと、律に食べられた。
おい、決して性的な意味じゃないぞ。
まず、律は私をうつ伏せに寝かせた。
そして、背中を切り開き、皮膚をこそげとった。
それから、律は僧帽筋を剥がした。
ちなみに、サーロインとは、僧帽筋のことだ。
律は私のサーロインステーキを、肉汁が滴るまま……」
梓「聞く人を間違えました」
15: 2010/11/25(木) 00:13:35.44 ID:RO6jvRK40
梓「律先輩は覚えていますか?」
律「うーん、夢を見たってことなら覚えているんだけどな……」
梓「その夢には何が出てきました?」
律「軽音部の面子と……のぶ代がいた、なんだか楽しい話をしていた」
梓「私が知った、純の記憶も、それとあまり変わらない深さ、つまり、昨日見た夢と同じくらいの曖昧さなのです」
16: 2010/11/25(木) 00:16:46.76 ID:RO6jvRK40
梓「まず、道を歩いていると、小人たちがやってきたのです」
梓「小人の顔貌は、そう、全員が汚物系の芸能人…より醜いです。つまり、障害者ってことですよ」
唯「あずにゃん、そのような表現をする人間の本性は豚以下、だよ」
梓「すみませんです……でも、芸術を記述するには、多少酷な表現方法が用いられなければいけない」
澪「なんだなんだ、構造主義か、ポストモダニズムか。表現方法は脱構築されていくんだよ」
梓はとうとう、澪を無視した。
梓「小人が、次々と街行く人々に襲いかかりました。ウキーと言いながら」
梓「小人たちは、長い金属製の串を持っていました。それを体中に差していくのです。」
梓「先の尖った串は、スイスイと体に入っていきます。人々は体をブスブスに穴をあけて、苦しみ、もがき続けました。」
梓「でも、なぜか純のところには小人がやってこなかったのです」
梓「代わりに、唯先輩がやって来ました」
唯「……」
17: 2010/11/25(木) 00:19:20.97 ID:RO6jvRK40
梓「唯先輩は言いました。『これが世界の終りだよ』」
梓「純は言い返しました『こんな終わり、ありえないです』」
梓「唯先輩はいいました。『ありえるんだよ、残念ながら』」
梓「純は悲鳴を上げました『誰かたすけて!』」
梓「なぜなら、唯先輩は」
唯「やめてよ、あずにゃん」
梓「……」
18: 2010/11/25(木) 00:23:26.61 ID:RO6jvRK40
梓は証言を止めなかった
梓「唯先輩は言いました『助けはこないよ、純ちゃん』」
梓「純は、唯先輩が笑っているのを見ました」
梓「唯先輩は言いました。『世界が終わるよ!』」
梓「純はいいました『世界は決して終りませんよ』」
梓「唯先輩は言いました。『原因があるから、結果もあるんだよ』」
梓「純はいいました『では、原因とはなんですか?』」
梓「唯先輩は言いました。『それはね……』」
梓「壊れたブラウン管テレビの砂嵐のように、純の記憶は途切れました」
19: 2010/11/25(木) 00:26:12.03 ID:RO6jvRK40
律「つまり、唯だけが、この惨劇の原因を知っているわけか(ことによっては、唯が犯人かもしれない)」
澪「唯……」
梓「すみませんね、唯先輩。」
紬「……」
唯「はぁ。話しちゃったんだ、あずにゃん。信じていたのに」
梓「ええ。私は唯先輩のことも好きですが、けいおん部に終わってほしくないと願っていますから」
梓「純の記憶が途切れる直前、唯先輩はこう言いましたよね」
梓「私には、その口唇の動きから、こう言ったように思えました。『誰にも話さないでね、あずにゃん』と。」
律「唯は、自分が犯人でない証拠を証言する必要があるな」
20: 2010/11/25(木) 00:28:36.18 ID:RO6jvRK40
唯「壁のある部屋」
22: 2010/11/25(木) 00:32:51.86 ID:RO6jvRK40
世界が終わる、前日、私は壁のある部屋にやって来ました。
広い部屋に壁がありました。
切り立った崖の下から、上を見上げるように、その最頂点はうっすらと空に溶けていました。
部屋と言いましたが、部屋ではないかもしれません。でも、ドアがありました。
天井ははるか壁と同じ高さにあるはずなのに、壁は空に溶けているのですから。
でも、ドアはありました。
壁はすべすべで、クライマーだって、そこを登ることはできないと思います。
鏡の表面を登っていくことができる人間がいるでしょうか?
私は、世界が終わる前の晩、この部屋で壁を見ていました。
23: 2010/11/25(木) 00:36:19.39 ID:RO6jvRK40
「唯か?」
壁の向こうから声が響いてきました。澪ちゃんの声でした。
澪「壁の向こうにいるのは、唯か?」
唯「壁の向こうにいるのは、澪ちゃんだよ」
私はそう答えました。
澪「むむ、そうか。」
澪「じゃあ、そういう事にしておこう」
澪ちゃんはそれっきり何も話さなくなりました。
24: 2010/11/25(木) 00:39:10.20 ID:RO6jvRK40
「唯ー」
しばらくして、壁の向こうから、くぐもった声が聞こえてきました。りっちゃんの声でした。
律「こっちに来いよー、唯ー」
唯「壁があるから、りっちゃんの方にはいけないよ」
私はそう答えました。
律「なるほど。」
律「じゃあ、こっちには来れないな」
りっちゃんもそれっきり何も話さなくなりました
25: 2010/11/25(木) 00:43:25.40 ID:RO6jvRK40
「唯ちゃーん」
りっちゃんの声が聞こえなくなったあと、柔らかい声が聞こえてきました。ムギちゃんの声でした。
紬「そっちの様子はどうー?唯ちゃーん?」
唯「私の前に、壁があるよ」
私はそう答えました。
紬「へえ、どんな壁かしら」
唯「壁の向こうにムギちゃんがいる、壁だよ」
紬「それは、私の方にもあるのかしら?」
唯「わからないよー?だって、私はムギちゃんじゃないから」
紬「うふふ、そうね。」
ムギちゃんはそれっきり何も話さなくなりました。
26: 2010/11/25(木) 00:46:06.28 ID:RO6jvRK40
あずにゃんの声は、待てど待てど、聞こえてきません。私は壁を見続けるのも退屈になって、振り返って後ろを見ました。
憂が転がっていました。
全身に包帯を巻いて、その隙間から、右目だけが覗いていました。
手が、包帯で塗りつぶされていました。
働き者の憂は、芋虫のように、動かなくなりました。
私とそっくりの憂は、醜くなりました。
唯「大丈夫、憂。」
憂「大丈夫だよ、お姉ちゃん。」
憂もそれっきり何も話さなくなりました。
あずにゃんはとうとう、壁のある部屋にやってきませんでした。
27: 2010/11/25(木) 00:49:52.35 ID:RO6jvRK40
澪「確か、村上春樹の小説、『世界の終り』の世界にも、壁はあった」
唯「そうなの?」
唯が、世界の終りの前日の体験を語り終えると、皆が神妙な顔つきになって、何かを考えていたが、澪が初めに口を開いた。
澪「しかし、主人公が『世界の終り』から脱出するとき、壁を乗り越えるのではなく、壁の中の世界にある、『穴』を通って逃げ出したはずだ」
律「だけど、この世界には『穴』もないし、まず、壁も見当たらない。」
梓「いいえ、壁は唯先輩の頭の中にあるはずです。問題は、誰の頭の中に、『穴』があるか、ということです。純の頭の中にはありませんでした。」
紬「……」
律「だれだ、誰が『穴』なんだ!」
律は、それこそが世界の終りから抜け出す穴だと言わんばかりに叫んだ。
28: 2010/11/25(木) 00:52:42.64 ID:RO6jvRK40
澪「……わからない、だが、一人ひとりが、この世界の終りの前夜に何を見たのか、証言する必要があるな」
梓「……私は嫌ですよ。」
律「私もだ」
紬「……」
唯「私は話したんだよ!恥ずかしい内容だったけど、話したのに……」
唯は泣きそうになりながら、俯いた。唯は処Oだが、自分の性体験を赤裸々に語った後のような恥ずかしさに、この時苛まされていた。
律「唯……」
29: 2010/11/25(木) 00:57:31.49 ID:RO6jvRK40
律「1967年のロックンロール」
30: 2010/11/25(木) 01:00:46.38 ID:RO6jvRK40
1967年にやってきた、私は、この年も夏フェスに参加した。
ただ、この年の夏フェスは、私が高校3年生の時に参加したような、緑と光にあふれるようなそれではなかった。
二十世紀の真っ只中の、アメリカ合衆国のニューヨークの摩天楼群から、自動車でハイウェイに乗れば一時間の所にある、閑静な町に律は向かっていた。
そこで行われるのは「平和と愛の祭典」、ウッドストック・フェスティバルだった
31: 2010/11/25(木) 01:04:45.22 ID:RO6jvRK40
会場へ向かう、高速道路は、便秘気味の私の腸よりも詰まっていた。前に全く進まないさわちゃんのシボレーの中で、私は何十本目かわからない煙草を吸っていた。
さわちゃんも、窓を開けて、橙色の空を見ながら、ハンドルから手を放し、煙草を吸っていた。
「このままじゃ、リッチーに間に合わないじゃない」
さわちゃんがつまらなさそうに呟いた、遠くからは、乾いたクラクションの音が響いていた。
32: 2010/11/25(木) 01:06:59.57 ID:RO6jvRK40
結局、私達は初日の昼過ぎに、ようやく会場の農場近くのキャンプに到着した。
さわちゃんが楽しみにしていた、リッチー・ヘブンズの出番はとっくに終わっていたらしかった。
会場に入れなかった、ヒッピー達がそこかしこに寝転がっていた。
ロックンロールなんて、こんなものか。私は呟いた。
遠くで、人間の海の中心のステージで、誰かが歌っていた。ギターを弾いていた。ドラムを叩いていた。
でも、私のところまで音は届かなかった。
33: 2010/11/25(木) 01:08:28.81 ID:RO6jvRK40
"15dollars."
薄汚れた服装をして、サングラスをかけた、ヒッピーが、さわちゃんと私に声をかけてきた。
透明な袋の中には、ドラッグが入っていた。
紙に巻かれたマリファナを、さわちゃんは買い、それに火をつけて吸引した。
「りっちゃんも、どうかしら」
教師がマリファナをすすめるなんて、と思ったけれども、私も吸わざるを得なかった。
この日の、夏フェスには、なんだかそんな雰囲気が漂っていた。
34: 2010/11/25(木) 01:11:13.19 ID:RO6jvRK40
陽が沈むと、さわちゃんは男達とどこかへ消えて入った。
駐車場の車の中では、男と女が交わっていた。私は、マリファナを吸い、ハンバーガーを食べながら、ヒッピー達を見つめていた。
たくさん男の人に声をかけられた。
なんども、"Fuck."と言われた。"Hi."よりも、ここでは"Fuck."。ひどく、退廃していた。
夜が明けると、また、ライブが始まった。
私の頭は、スポンジになったみたく、碌になにも考えることができなくなり、ぼーっと、歓声にかき消される、ロックンロールを聞いていた。
35: 2010/11/25(木) 01:15:35.56 ID:RO6jvRK40
遠くで、ドラムの叩かれる音が聞こえた。
ヘッタクソなドラムだな、と私は思った。
さわちゃんは帰って来なかった。
私は曇ったアメリカの空を見つめながら、下手くそなドラムの音を聞いていた。
私は、このドラムがキース・ムーンのそれだとは、気がつかなかった。
ヘッタクソなドラムだな、と私は思った。
さわちゃんは帰って来なかった。
私は曇ったアメリカの空を見つめながら、下手くそなドラムの音を聞いていた。
私は、このドラムがキース・ムーンのそれだとは、気がつかなかった。
36: 2010/11/25(木) 01:17:41.74 ID:RO6jvRK40
澪「何!律は、ウッドストックに行ったのか!羨ましい奴!」
唯「うっどすとっく?何それ?」
澪「ああ。ロックンロールの歴史的なお祭りだ、ジミヘンも来てたんだぞ!」
唯「地味・変?この前の夏フェスみたいなもの?」
澪「ああ。でも、比べ物にならないくらい、たくさんの人が集まったんだぞ、五十万人だ!武道館満杯どころの話じゃないよ」
唯「ふうーん、すごいねー」
梓「……でも、おかげでロックンロールは氏にましたよ。」
38: 2010/11/25(木) 01:23:10.51 ID:RO6jvRK40
律は話し終えて、恥ずかしそうにうつむいていた。
律「私の体験には、壁もなければ、穴もなかったよ。ひどく、音楽に絶望しただけだった。」
梓「そうですか。」
澪「キース・ムーンは、律の憧れだったのにな。」
律「ロックンロールを聞く人間が腐っていたんだ。なにもかも、台なしさ。きっと、私達の音楽だって、腐った人間しか聴かないし、そもそも、もう私達は終りなんだよ」
澪「……」
紬「……」
律「しかし、私は諦めない。この世界の終りからさえ、抜け出せれば……そこに、本物の「愛と平和」があるはずなんだ」
39: 2010/11/25(木) 01:26:18.34 ID:RO6jvRK40
梓「イーグルスは、ホテルカリフォルニアで、歌っています。1967年以降、まともなSpirit(酒、魂)はご用意しておりません、と。」
澪「ああ。」
律 "On a dark desert highway,"
突然、律が立ち上がり、歌い出した。梓と澪は顔を見合わせた。
律の声は、ドン・ヘンリーよりも高かったけれども、同じくらい甘酸っぱかった。
律は、自分のドラムへ向かい、それをたたきながら、歌を続けた
―Warm smell of “colitas”―
澪も、律のドラムに合わせて、バスを弾いた。
唯も立ち上がり、レスポール・ギブソンを肩にかけ、下手くそなギターを奏でた。
―Welcome to the Hotel California,―
梓も演奏に加わった。
―Such a lovely place―
40: 2010/11/25(木) 01:28:24.02 ID:RO6jvRK40
汗をかき、狂ったように熱唱しながら、ドラムを叩き、律は泣いていた。
唯と澪のコーラスも、悲鳴をあげるように、ホテルカリフォルニアに巻き込まれていった。
梓だけが、冷静にリズムを刻んでいたが、わずかに唇が戦慄いていた。
紬だけが、演奏に加わらず、じっと四人を見ていた。
イーグルスにも、キーボードはいたのに。
ちょうど、五人だったのに、一人欠けていた。
41: 2010/11/25(木) 01:31:38.23 ID:RO6jvRK40
世界の終りが直前に迫ったときの、三人(梓、唯、律)の体験が出揃った。
この時、まだ彼女たちはいかようにして世界の終りから抜け出せるのか、その手がかりすらつかめていなかった。
汗だくになった、四人が席についた時、紬の顔は一層蒼白になっていた。
唯「やっぱり、演奏は楽しいね!」
澪「ああ。すごく良かったよ」
律「これが、私達の最後の演奏になるのか?そうだ、世界が終わるなら、そうだ。」
唯「世界は終わるのかな……」
梓「終わらせませんよ。さあ、澪先輩。あなたは何を見たのですか?」
42: 2010/11/25(木) 01:34:21.02 ID:RO6jvRK40
澪「殺されたのは私です」
43: 2010/11/25(木) 01:36:03.67 ID:RO6jvRK40
私は井戸の中に吊るされていた。
足に、鈎を打ち込まれ、つるべの隣に私は頭を下にして、吊るされていた。
井戸の底は、仄暗くて、見えなかった。
私は、ふと、16世紀の日本の九州で、ポルトガル人司祭が、長崎に引き立てられ、拷問として井戸に吊るされる、遠藤周作の小説の一節に、自分の境遇が一致していることに気がついた。
44: 2010/11/25(木) 01:37:56.54 ID:RO6jvRK40
私は、独房の硬いベッドの上に縛り付けられていた。
頭の上を、振り子が運動し、その振り子の先は、鋭利な刃物で、もうすぐ私を引きちぎろうとしていた。
振り子の、括りつけられている先からは、光が差し込んでいた。
この独房は、井戸の底に作られているらしかった。
私は、ふと、19世紀初頭のスペインで、異端審問にかけられ、落とし穴に落とされて処刑されている男を描いた、エドガー・アラン・ポーの小説の一節に、自分の境遇が一致していることに気がついた。
45: 2010/11/25(木) 01:42:25.39 ID:RO6jvRK40
私は、小奇麗な部屋の真ん中の椅子に座らされていた。
頭に、ちょっとお洒落とは言いがたい、奇妙なコードのついた帽子をかぶらされていた。
頭に衝撃が走った。電気を流されたらしかった。
頭が焦げ付いた。髪が焼けた。電気椅子に座らせるなら、髪の処理くらいしろ。
目玉が飛び出た。
走馬灯が流れた。私は穴の中に落とされていた。
46: 2010/11/25(木) 01:43:57.75 ID:RO6jvRK40
私は穴に落ちた人だろうか。私は穴の底で光の外観を与えた。私の友人があった。
私の友人がいた。
私の友人が、私を突き落とした。
私は、穴に落とされた。
穴の底は、真っ暗だった。
穴の底は、出口ではなかった。
私を落とした友人がいた。
48: 2010/11/25(木) 01:47:54.62 ID:RO6jvRK40
澪「その友人の名前は」
唯「……」
梓「誰ですか!」
澪「お、思い出せない。ただ、私ではない。私は、私の友達ではない。」
澪「おそらくだが……」
律「論理が破綻している!世界の終り、かく語りき!」
紬「ちょ、ちょっと待って!」
49: 2010/11/25(木) 01:49:19.09 ID:RO6jvRK40
梓「そうです、アリバイがないのは、ムギ先輩ですよ。おそらく、澪先輩を突き落としたのは、ムギ先輩。」
律「だが、澪一人を穴に突き落としたくらいで、世界は終わるのか?」
律「人間一人の、世界に対する比重はそこまで大きいのか?」
律「この世界では、毎日、何万人、何十万人、何百万人、何千万人、何億人の人間が、穴に突き落とされるような体験をしているのではないか?
たかが、澪一人、穴に突き落とされたくらいで、世界は終わるのか?」
唯「『壁』と『穴』。私が壁で、澪ちゃんが穴。」
唯「『記憶』と『過去』。あずにゃんが記憶で、りっちゃんが過去。」
唯「そしてムギちゃん。」
50: 2010/11/25(木) 01:52:13.76 ID:RO6jvRK40
紬「私、みんなを穴に埋めるのが夢だったの~」
世界の終りの前日
紬「みんな、今日のティータイム並びに、軽音部の練習は中止よ」
梓「なぜですか?」
紬「はい、梓ちゃん。シャベル」
梓「ええ。」
紬は、全員に、紅茶の代わりにシャベルを手渡した。
律「これで、何をやればいいんだ?」
唯「……」
51: 2010/11/25(木) 01:55:38.95 ID:RO6jvRK40
紬「校庭に、穴をあけるの。人間が一人、入るくらいの穴を。」
律「そうか。そして、そこに、この澪を埋めるわけだな!」
律は、笑っていた。自分たちが澪を頃してしまったから、律は罪悪感に押しつぶされ、壊れてしまった。
唯「……」
梓「?なぜ、澪先輩を埋めなければいけないのですか?」
梓は、きょとんとして、澪を見つめた。澪の顔は、ぐしゃぐしゃに潰されて、その端正な顔立ちは観る影もなかったが、梓から見たら、いつも通りの頼りになる澪だった。
唯「あずにゃん……!!」
唯は、そんな梓をみて、涙を流した。そして、いつもとは違う風に、梓に抱きついた。
梓は、そんな唯をみて、抱きつかせるがままにしていた。梓の乾いた瞳は、一点を見つめ続けていた。それは、澪の腐った氏体だった。
52: 2010/11/25(木) 01:58:02.46 ID:RO6jvRK40
紬「私達は、友達よね?私達は友達よね?」
律「ああ、私達は友達だよ」
梓「……」
紬「もし、この中の一人が、澪ちゃんを頃したことが、世間の明るみに出れば、その人は処刑されちゃうよのよね?」
紬「私達は友達だから、澪ちゃんが氏んだことを、隠しましょう。頃した子を、かばいましょう」
唯「……澪ちゃんもそれを望んでいるのかな?」
梓「きっと、澪先輩は、それを望んでいますよ。だって、最愛の人が……頃し……」
紬「これ以上、言っちゃだめよ、梓ちゃん!!」
唯「あずにゃん、その話は絶対にしないでね。」
梓「……唯先輩が言うなら、わかりましたよ。」
53: 2010/11/25(木) 02:01:50.39 ID:RO6jvRK40
律「ま、早く、穴を掘って、澪を埋めよう。」
紬「そ、そうね、りっちゃん。」
唯「……」
梓「澪先輩は、それを望んでいますか?澪先輩、無視しないでくださいよ」
紬「(澪の声真似で)梓。私は、穴に埋められるのを望んでいるぞ」
梓「なんだ、そうだったんですか。なら、早く埋めちゃいましょう。」
唯「……(私達は、正しい事をしているの?)」
54: 2010/11/25(木) 02:04:06.17 ID:RO6jvRK40
四人は、澪を引きずりながら、校庭に出た。
空は、橙色に染まっていた。遥か上空を、人類の科学技術の集積であるISSが飛んでいた。
ISSはそれでも、まだラグランジュ点よりも低い所にあった。
穴を掘りながら、唯は考えた。
唯(友達が、罪を犯した。その友達を頃した。殺された友達は、きっと最後まで、頃した友達の幸せを願っている)
唯(幸せってなんだろう?一生、刑務所に入れられるのが幸せ?首をくくられるのが、幸せ?)
唯(それとも、罪を忘れて、いつも通りの、ただし友達が一人いない日常を送るのが幸せ?)
唯(わからないよ。私は馬鹿だから。私に出来ることは、正気を保ってみんなについていくことだけ。そして、これ以上、罪を犯さないように見守ってあげることだけ。)
55: 2010/11/25(木) 02:05:19.78 ID:RO6jvRK40
大きな穴が掘れた。梓が、澪の襟首をつかみ、穴の中にほおり投げた。
それから土をかぶせて、穴を埋めた。でも、残念なことに、澪の首から上が、地面から飛び出した。
紬は、焦った。そして、シャベルで、何度も地面から生えてきたように飛び出した澪の頭を叩いて潰そうとした。
その時、紬は、泣いていた。
56: 2010/11/25(木) 02:08:09.95 ID:RO6jvRK40
澪「私は、殺されたのか!私は、殺された!私は、友達に殺された!」
澪は絶叫をあげた。
梓「ええ。私も、思い出しましたよ。澪先輩は、澪先輩のことを一番思う人に殺され……」
紬が慌てて、梓の口を押さえにかかったが、遅かった。梓は、世界の終りを引き起こした人間の正体をほとんどバラしてしまった。
唯「あずにゃん!!あの時、絶対に言わないでって言ったのに!!」
唯が梓を叱責した。
澪「ま、まさか……いいや、嘘だろ」
57: 2010/11/25(木) 02:14:34.15 ID:RO6jvRK40
律は、必氏に自分が何をしていたのかを思い出そうとしていた。
だけれども、思い出そうとしても、頭に湧きでてくるのは、非現実的な過去の光景ばかりだった。
突然、世界史で習った、レーニンの演説が聞こえてきたり、ジミーヘンドリックスの、伝説のウッドストックの演奏が流れてきたりした。
そして、その過去に直面したとき、ただ、律の頭の中に流れてきたのは、『元の関係に戻りたい』という事だった。
そして、澪が今、ここで生きていることが許せなくなった。
澪はいなくなったはずだった。それなのに、この世界に復活している。
だけれども、思い出そうとしても、頭に湧きでてくるのは、非現実的な過去の光景ばかりだった。
突然、世界史で習った、レーニンの演説が聞こえてきたり、ジミーヘンドリックスの、伝説のウッドストックの演奏が流れてきたりした。
そして、その過去に直面したとき、ただ、律の頭の中に流れてきたのは、『元の関係に戻りたい』という事だった。
そして、澪が今、ここで生きていることが許せなくなった。
澪はいなくなったはずだった。それなのに、この世界に復活している。
58: 2010/11/25(木) 02:21:56.55 ID:RO6jvRK40
律は気がついた。澪を頃してこそ、再び、世界の終りから脱出し、元の世界に戻れる、ということに。
元の世界では、律は、公安警察に身柄を確保され、今頃、電気椅子に座らせれている、としてもだ。
律は、暴れた。そして、澪の首に手をかけた。
澪は黙って、律のなすがままに任せた。
澪「私は、お前に殺されたんだな……私は、お前の不幸を望むよ」
その最後の声を聞いたとき、律は悲鳴を喉の奥からかき出すようにして澪の首を潰した。
59: 2010/11/25(木) 02:23:11.40 ID:RO6jvRK40
世界の終りから、数日が過ぎました。
律先輩も、ムギ先輩も、唯先輩も、私も、もう二度と元には戻れません。
律先輩は、地獄のような氏体の街に飛び出していきました。
ムギ先輩は、外国に高飛びしたそうです。
私と唯先輩は、ふたりきり、憂の氏体が転がっている平沢家で生活しています。
私と唯先輩はふたりっきり。
でも、私は幸せです……
おわり
引用: 澪「世界の終り?」
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