7: 2009/10/12(月) 19:46:57.27 ID:ekinjgvIO
 蒼星石の朝は早い。今日も午前五時、まだ空は薄暗く、空気も肌をさすように冷たい早朝、カバンの中から眠たげな瞼をこすりながらでてくる。

蒼「ん……ふぁ……」

 小さなあくびが零れ、重たい体をいっぱいに伸ばして、窓の外に見える空を眺める。

蒼「おはようございます」

 誰に言うわけでも無いけど。

蒼「マスターは起きたかな?」

 大きなベッドの中で、一葉の様子を見る。まだ眠っているようで、静かに胸が上下している。 

蒼「マスター、おはようございます。朝ですよ」

一葉「んん…………」zzZZ

蒼「マスター、マスター」

一葉「ん…………なぅ」zzZZ

蒼「………………」
薔薇乙女
11: 2009/10/12(月) 19:55:53.91 ID:ekinjgvIO
蒼「…………マスター」

一葉「………………」zzZZ

蒼「………………マスター……」

一葉「………………」zzZZ

蒼「………………見回りしよう」

 蒼星石は気持ちを切り替えた。
 広い屋敷。以前のマスターの家ほどではないが、現在の日本の住宅事情を考えれば十分すぎる広さを持つ屋敷の部屋一つ一つを、
蒼星石は朝の見回りとして調べていった。

蒼「寒い…………」

 冬の朝は寒い。一葉しか住んでいないこの屋敷、誰が朝起きて暖房を付けるのか。
それは一葉より先に目を覚ました蒼星石に他ならない。
寝室、リビング、玄関、廊下。一葉が使う主要となる空間の暖房を付けていく。

蒼「機械、慣れれば使えるんだな」

 はじめの頃、今まで見たこともない暖房器具に戸惑った。暖をとるには、蒼星石は暖炉しか知らない。
この屋敷にも暖炉はあるが、そのすべてが今では機能していない。

13: 2009/10/12(月) 20:00:05.58 ID:ekinjgvIO
~はじめの頃~

一葉「いいかい蒼星石。まず、これが電源だ」

蒼「電源?」 

一葉「えっと、電源というのはね……」

蒼「それより、炭はどこにあるんですか、マスター」

一葉「炭は使わない。ガスを使うんだ」

蒼「が、ガス!?危ないですよマスター!!」

一葉「いや、危険なことはないんだが……。それで、この電源を押すと暖房がつく」

蒼「電源を押す……」

一葉「以上だ」

蒼「………………」

一葉「………………」

蒼「………………えっ!?」

一葉「以上だ」

14: 2009/10/12(月) 20:05:24.41 ID:ekinjgvIO
蒼「はぁ……暖かい……」

 リビングの暖房に辺りながら、まったりとする。

蒼「すばらしいね、文明の利器」

 目を輝かせた先には、なんの変哲もない暖房器具が、少しだけ胸を張っているようだった。

蒼「そうだ、マスターを起こさないと、使用人の人がきちゃ……」

ゴンゴン ゴンゴン

蒼「ノック、ま、まずい!!早くマスターを起こさなきゃ!!」

16: 2009/10/12(月) 20:07:37.20 ID:ekinjgvIO
蒼「マスター、起きて!!マスター!!」

一葉「んー、少し、もう少し……」

蒼「使用人の人が来ましたよ!!マスター!!」

一葉「んー、…………」

蒼「マ、ス、ター!!!!」

一葉「こ、こうなったら……」



パシーン!!

17: 2009/10/12(月) 20:09:50.68 ID:ekinjgvIO
使用人「お、おはようございます……」

一葉「あぁ、おはよう」

使用人「あ、あの……そのお顔は……?」

一葉「あぁ、蚊がいてね。力強くたたきすぎたよ」

使用人「こ、この季節にですか?」

一葉「いや、いるものだねぇ」

使用人「……はぁ」

蒼(ごめんなさい、マスター……)

18: 2009/10/12(月) 20:13:33.33 ID:ekinjgvIO
使用人「今日も、朝食はお一人で?」

一葉「あぁ、一人にしてくれ」

使用人「では、すぐに準備いたします」

 使用人が厨房に消えていくと、寝室の扉がそっと開き、隙間から蒼星石が申し訳なさそうにのぞいてきた。
一葉は微笑んでみせるが、蒼星石はそれでも表情に影を見せている。
 そして、扉はそっとしまった。

蒼(失礼だったよなぁ……)

19: 2009/10/12(月) 20:18:46.57 ID:ekinjgvIO
一葉「ほら、蒼星石、レーズンのパンだ。一緒に食べよう」

蒼「……その、申し訳ありませんでした」

一葉「良いんだよ。おかげで、目が覚めた」

 一葉のために暖房を付けたが、使用人は蒼星石を知らない。蒼星石のことは秘密なのだ。
ならば、一葉は使用人がくる前に起きていなければならない。
使用人には、暖房を付けたのは一葉だと思わせるためである。

蒼「けれど、僕はやっぱり失礼を……」

一葉「んー。じゃあ、こうしよう。この蒼星石の口には大きなレーズンパンを、一口で食べるんだ」

蒼「へ?」

一葉「そうしたら、私は許してあげるから、もう気にするのはやめるんだよ」

蒼「は……はぁ……」

21: 2009/10/12(月) 20:23:19.93 ID:ekinjgvIO
蒼「………………」

一葉「くっ……ふふっ……」

蒼「まふあー」もごもご

一葉「ぷっ……くくっ……!!」

蒼「のみこえあいえす」もごもご

一葉「はは、はははっ!!」

蒼「れんれん……のめらい……」もごご

 口いっぱいにレーズンパンを含み、頬を真ん丸に膨らませる蒼星石。ほんのりと、恥ずかしいのか顔が桃色に染まる。

一葉「はは、栗鼠みたいだな」

蒼「んぐ……おぐ、んー!!」もごもご

一葉「あっははは!!」

23: 2009/10/12(月) 20:28:31.92 ID:ekinjgvIO
 朝食の後、蒼星石は日課の薔薇園の手入れだ。広い敷地、蒼星石一人では時間が掛かる。しかし、今日は助っ人がいる。

金「……これ、本当に午前中におわらせるの?」

蒼「うん。とりあえず僕は塵を拾う。君はこのジョウロで水をあげて」

金「ジョウロで……。広いから、このジョウロじゃすぐには終わらないかしら……」

蒼「いろんなところに水道があるから、そこでくんでね」

金「スプリンクラーとかは使わないの?」

蒼「スプリンクラー?」

金「えっと、勝手に水をあげてくれる機械よ」

蒼「へぇ、便利なんだね。うん、無いよ」

金「…………かしらー」

24: 2009/10/12(月) 20:31:55.56 ID:ekinjgvIO
金「うぅ……なぜカナがこんな事を……」

蒼「薔薇の手入れなんてすぐに終わらせて、真紅の家に行こうといったのは君だろ?」

金「う、……うぅ……。のりにお昼ご飯もらう約束したから、早めに終わらせないと……」

蒼「僕はいつも、三時くらいに真紅の家に行くんだ」

金「カナだってそうかしら。でも、今日はお昼をご馳走になるかしら!!」

蒼「うん、だから手を休めないでねー」

金「うぅぅ……」

27: 2009/10/12(月) 20:39:42.11 ID:ekinjgvIO
金「……ところで、何でこの水には色がついてるの?」

蒼「害虫防止の薬が入っているんだ」

金「へー」

蒼「んー、明日からは水も良いかな……」

金「なぜ?」

蒼「冬になるし」

金「……花も咲いてないのに水やりするのはなぜ?」

蒼「え、しないの?」

金「え、するの?」

蒼「………………」

金「………………」


じいちゃんとばあちゃんで薔薇の育て方が全然違ったので、この辺よくわからないです。
じいちゃんは最後まで水やってたし、ばあちゃんは秋には刈り取ってたし。

30: 2009/10/12(月) 20:43:38.38 ID:ekinjgvIO
金「おわったー!!」

蒼「おつかれさま」

一葉「おお、おかえり。紅茶でもどうかな?」

蒼「使用人さんは?」

一葉「昼食と夕食のために買い物に行ったよ」

金「じゃあしばらくのんびりできるかしら!!」

蒼「前に、使用人が隣の部屋にいたのに翠星石は窓を割ってきたことがあったなぁ」

金「み、見つかった?」

蒼「いや。物凄い早さで暖炉の中に隠れたよ」

金「しょ、小動物……」

31: 2009/10/12(月) 20:46:12.30 ID:ekinjgvIO
蒼「じゃあ行ってきます、マスター」

一葉「桜田くんに迷惑を掛けないようにね」

蒼(……金糸雀が心配だけど)

蒼「はい、マスター」

金「いま失礼なこと考えなかった?」

蒼「んーんー。全然?」

金「なら、早く行くわよ!!」

蒼「はいはい。……ふふっ」

33: 2009/10/12(月) 20:50:48.54 ID:ekinjgvIO
 桜田家。ジュンの部屋、窓の外から、蒼星石と金糸雀は中をうかがった。中にはジュンが一人いるだけだ。
こんこん、と軽くノックをすると、ジュンはこちらに気付いてすぐに窓を開けてくれた。

金「おじゃましまーす」

蒼「失礼します」

ジュン「なんだ、今日は早いんだなおまえら」

金「今日はお昼をご一緒させてもらうかしら!!」

ジュン「ほぅ。……寒いだろ?早くはいれ」

金・蒼「はーい」

38: 2009/10/12(月) 20:57:03.20 ID:ekinjgvIO
 桜田家につき、金糸雀は早速一階に降りていく。下では雛苺のうれしそうな声が響く。
しかし蒼星石はすぐには降りなかった。なぜなら、蒼星石は少しばかり妙なものを目にしてしまい、それが気になって仕方がないからだ。

蒼「ジュン君、これ、どうしたの?」

 積み上げられた本の束。その下には閉じた翠星石のカバン。中からは微かに声が聞こえてくる。

ジュン「お仕置きだ。昼間では出す気はないからな」

 どうやらまた何か翠星石はジュンの怒りを買ってしまったらしく、そのお仕置きの真っ只中のようだ。
また何をやったんだか。呆れながらも蒼星石はカバンから聞こえてくる微かな声に耳をたててみた。

カバン「…………つぶれろ…………ひざまづけ……ひひ……ひれふす…………です」

蒼「怖っ!!」

ジュン「全然反省しないんだよ、そいつ」

44: 2009/10/12(月) 21:04:19.76 ID:ekinjgvIO
真紅「あら、あなたも来ていたのね」

 一階に降りると、二人仲良く絵を描く雛苺と金糸雀。ソファには紅茶を飲みながら本を読む真紅。
真紅は雛苺や金糸雀の二人とは違い、落ち着いているようだ。

蒼「隣、いいかな?」

真「ええ。あなたなら歓迎よ」

蒼「歓迎されない人もいるのかい?」

真「そうね。今の雛苺や金糸雀。あと翠星石に水銀燈ね。落ち着けないもの」

蒼「ジュン君やのりさんは?」

真「のりは……良いわ。ジュンも特別に許しましょう」

蒼「ふぅん。そっか」

45: 2009/10/12(月) 21:09:11.68 ID:ekinjgvIO
蒼「ん、これはおいしいね」

紅「私がいれた紅茶だもの」

蒼「めずらしいね。いつもはジュン君がいれていたのに」

紅「今朝、翠星石がジュンに悪戯してから期限が悪くて。紅茶を頼んだのに部屋にこもってしまったわ」

蒼「いったい翠星石は何をしたんだい?」

紅「ここに、油性のマジックがあるわ」

蒼「うん」

紅「これで、ジュンが寝ている間に、ジュンの体に悪戯書きをしたみたいよ」

蒼「うわぁ……それは、翠星石がわるいよ」

紅「擁護もできないほどにね」

46: 2009/10/12(月) 21:12:17.46 ID:ekinjgvIO
紅「そいだわ、あなたに聞きたいことがあったのよ」

蒼「なんだい、あらたまって

紅「いい?これは真面目な話よ」

蒼「う、うん……」

紅「………………」

紅「下は大火事で、上は洪水らしいの」

蒼「うん……」

紅「………………」

蒼「………………」

紅「………………」

蒼「………………え?」

52: 2009/10/12(月) 21:17:42.59 ID:ekinjgvIO
紅「だ、だから、下は大火事で、上は洪水らしいのよ!!」

蒼「う、うん」

紅「なんなのよ!?」

蒼「え、えぇ!?」

雛「あ、真紅昨日のなぞなぞ考えてるの?」

紅「ち、ちがうわ!!そ、そうじゃ……」

金「なぞなぞ?」

雛「昨日ジュンがなぞなぞだしてくれたの。考えてもさっぱりなのよ……」

蒼「なるほど。答えがわからなくて、僕と考えてみようと」

紅「わ、わかってるわよ!!答えはもうわかってるの!!」

蒼「じゃあ何で僕に?」

紅「その、あなたはわかるかどうか、テストを……!!」

蒼(わからないんだ……)

57: 2009/10/12(月) 21:23:57.92 ID:ekinjgvIO

紅「さ、あなたにはわかるかしら、この謎が……」

雛「な~ぞ、な~ぞっ!!」

蒼(下は大火事で、上は洪水?なんだ、それ……想像もつかない……)

蒼「………………て」

蒼「天変地異?」

紅・雛「っ!!!!」

紅「それ!!それだわ!!」

雛「早速ジュンのところに行くの!!」

 ダダダっと大きな音を立てて、真紅と雛苺はリビングから飛び出していく。
先程までの落ち着きはどこへやら、真紅は嬉々爛々と走る。そんな二人の後ろ姿を、適当な答えを吐き出してしまった蒼星石は、
すこしだけ罪悪感と不安を覚えた。

金「答えはお風呂よ」

蒼「あー、そっかぁ……」

62: 2009/10/12(月) 21:30:32.68 ID:ekinjgvIO
紅「………………」

雛「………………」

蒼「……ご、ごめん」

 戻ってきたのは、両手で顔を覆い隠している二人だった。耳まで赤い。きっとかなり自信満々に答えたのだろう。

蒼(……僕が考えたのに)

紅「どうして!?どうしてお風呂なの!?お風呂なんてあなた、オール電化じゃない!!」

雛「下に火なんてないわ!!そんなのお鍋よ!!」

紅・雛「………………鍋!!」

金「あー、そういう考えもアリかしら」

蒼「おぉ……」

紅「行くわよ雛苺!!」

雛「おーっ!!」

 ダダダっ、と再び走りだす二人。そんな二人を、金糸雀と蒼星石は微笑んで送り出すしかできなかった。

66: 2009/10/12(月) 21:35:30.35 ID:ekinjgvIO
ジュン「朝は四本足、昼は二本足、夕方三本足で、夜中は尻尾だけ。これなんだ?」

雛「こわいの……」

金「人間……かしら?最後のは幽霊?」

ジュン「プレゼントを蹴飛ばしている子がいるよ。なぜ?」

紅「いらなかったから」

金「サッカーボールだから?」

ジュン「待たなくても乗れる乗り物は?」

蒼「えっと……予約席?」

金「モノレールね」

ジュン「全問正解だな」

三人「えー……」

68: 2009/10/12(月) 21:41:52.17 ID:ekinjgvIO
蒼「こうもあれだと、負かしたくなるよね」

紅「………………」カタカタカタカタ

雛「真紅、おこってるの?」

ジュン「すごいな、金糸雀」

金「ざっとこんなもんかしら」

翠「………………れろ……頭……つぶ……ひひ………………です」

金「怖っ!!」

のり「みんな、ご飯できたわよー」

みんな「はーい」

72: 2009/10/12(月) 21:47:27.40 ID:ekinjgvIO
みんな「いただきまーす」

 桜田家の食卓は好きだ。賑やかで明るく、笑顔になれる。みんなでこうして一つの食卓を囲う。話に花が咲き、食の喜びを増幅してくれる。
姉妹達とこうして、笑いながら食事ができるなんて、本来思っても見なかっただろう。
できるなら全員で。そう、お父様も一緒に、今ここにいない翠星石や水銀燈とも、できるなら……。

蒼「…………あれ、翠星石は?」

ジュン「怖くてカバン開けられない」

蒼「……まぁ、気持ちはわかるよ、うん」

ジュン「カバンに手を少しでも触れたら、その、食べられる気がして……」

蒼「ミミック…………」

75: 2009/10/12(月) 21:53:11.55 ID:ekinjgvIO
 結局僕が翠星石のカバンを開けることにした。まぁ、いくら翠星石でも開けた途端に何かしてくることはないと思ったからだ。

カバン「……ぶちまけ……頭から…………喰い付き…………です……」

蒼「怖っ!!」

 少し、いや、だいぶ迷いが出てきた。開けていいの、これ?

銀「あら、めずらしいじゃないこんなところで……」

蒼「す、水銀燈っ!!」

 いつ、どこから入ってきたのか。全く気配すら感じさせず、水銀燈は蒼星石のすぐ後ろで脚を組み、ジュンの机に座っていた。
銀色の髪を掻き上げ、紅い瞳は蒼星石を見下し捕えて離さなかった。

蒼「くっ……」

銀「ふふ、はじめましょうか。アリスゲームを……」

77: 2009/10/12(月) 21:56:35.13 ID:ekinjgvIO

蒼「……あ、あー、ナンテコトダー」

銀「……は?」

蒼「か、カバンー、カバンを、スイギントウにアケラレルマエニー!!」

銀「……………」

蒼「ナントカアケナキャー……」

 こんなことで、釣られる水銀燈だとは思っていない。思っていないけど……。

銀「そのカバンね!!いただいたわ!!」バシッ

蒼「わ、ワー、シマッター……」
 なんとかなるものだ。

79: 2009/10/12(月) 22:02:58.01 ID:ekinjgvIO
 ……それからの事はあまり思い出したくない。水銀燈がカバンを開いた瞬間から、僕の思考は停止したのだ。
カバンから勢い良く飛び出した二本の腕は、水銀燈の首を捕え、栗色の美しい髪はまるで一本一本全てが意志を持つように水銀燈に絡み付いた。
暴れる水銀燈の頭に喰い付くカバン。絹を裂くような悲鳴。暴れる水銀燈の手足は、無情にも、無意味、非力で、髪に囚われ次第に力を亡くした。
徐々に、まるで噛み砕くかのようにカバンは何度も水銀燈を上下からはさみ、少しずつ飲み込んでいった。
 水銀燈は何か言っていた。僕に、助けを求めていた?最後にカバンの隙間から、恐怖に歪み、涙を流した水銀燈の瞳と、
こちらにのばしたあの、白く美しい手だけが、今も強く頭に焼き付いている。


 …………これが、僕の見たすべてです。

80: 2009/10/12(月) 22:05:43.34 ID:ekinjgvIO
蒼「ただいまー」

ジュン「お、どうだった、翠星石は」

蒼「お昼いらないってさ」

ジュン「ふぅん。……なんか、顔色わるくないか?」

蒼「心配してくれてるの?ありがとうジュン君」

ジュン「……?」

蒼「大丈夫……ダイジョウブダヨ……」カタカタ

ジュン「ほ、本当に?」

蒼「う、うん!!」カタカタカタカタ

81: 2009/10/12(月) 22:09:12.93 ID:ekinjgvIO
 昼食の後、ジュン君の部屋に集まり、みんなでトランプをして遊んだ。真紅は黒い羽を見付け、あわてていたけれど、大丈夫。心配なんていらないよ……。
ジュン君も真紅も外を警戒していたけれど、無意味だから。

蒼「………………」

雛「蒼星石、お顔真っ青……」

蒼「だ、大丈夫だよ。さ、金糸雀、引いて」

金「ねぇ、なんか、カバンから銀の髪が……」

蒼「引いて!!」

金「は、はい!!」

84: 2009/10/12(月) 22:13:07.10 ID:ekinjgvIO
紅「……時間ね」

雛「時間なの……」

蒼「なんの?」

紅・雛「くんくんの再放送!!」

 素早くトランプを片付け、優雅に階段を下りる二人と、後に続く金糸雀。

ジュン「蒼星石は見ないのか?」

蒼「う、うん。……それより見張るものが……」

ジュン「……?」

 蒼星石は翠星石と水銀燈の入ったカバンが心配で、他の部屋に移ることをためらった。
目を離したすきに、奴は移動する。そして、次に桜田ジュンを狙うだろうと考えたのだ。

蒼「そ、そうだ、なぞなぞ!!なぞなぞ教えてよ!!」

ジュン「あぁ、いいよ」

85: 2009/10/12(月) 22:21:38.59 ID:ekinjgvIO
ジュン「お爺さんのオナラで走る車は?」

蒼「ガス…………暖房?」

ジュン「パンはパンでも食べられないパンは?」

蒼「フランスパン……かな?あ、消費期限……?」

ジュン「唇にキスすると咲く花は?」

蒼「き、キス!?えっと、その……あ、えっと……」

ジュン「おまえあれだな、なぞなぞ下手だな」

蒼「へ、下手!?」

87: 2009/10/12(月) 22:24:46.70 ID:ekinjgvIO
ジュン「じゃあ簡単な奴。猫が驚いた。どんなふうに驚いた?」

蒼「猫…………か…………」

ジュン「………………」

蒼「………………」

蒼「に……にゃぁ……」

ジュン「………………」

蒼「………………」

ジュン「もう一回やってみて?」

蒼「も、もう一回?」

89: 2009/10/12(月) 22:28:26.47 ID:ekinjgvIO
蒼「にゃぁ……にゃ……」

ジュン「驚いたんだよ、猫は」

蒼「恥ずかしいんだけど……」

ジュン「にゃーにゃー」

蒼「………………に、にゃ……」

蒼「にゃっ!?」

ジュン「お、驚いてる驚いてる」

蒼「驚いてるよね!?」

ジュン「うん、うん」

ジュン「……まぁ、答は間違ってんだけどな」

蒼「え、ええっ!?」

91: 2009/10/12(月) 22:35:20.83 ID:ekinjgvIO
ジュン「電球が驚いた。どんなふうに驚いた?」

蒼「今度は電球?」

ジュン「おう」

蒼「………………」

蒼「ぴ……ぴかっ……」

ジュン「………………」

蒼「ぴかぴか、ぴかっ!?キラッ!!」

ジュン「ブフッ!!」

蒼「うわぁぁぁん!!!!」

93: 2009/10/12(月) 22:38:24.60 ID:ekinjgvIO
金「一つ目はジープで、次にフライパン。チューリップに、キャットとワットかしら!!」

ジュン「何この子」

蒼「何このスキル」

ジュン「………………」

金・蒼「………………」

ジュン「キラッ!!」

蒼「や、やめてよジュン君!!」

ジュン「ぴかぴか、キラッ!!」

蒼「う、うわぁぁぁんっ!!」

金「……?」

98: 2009/10/12(月) 22:48:16.36 ID:ekinjgvIO
金「あなたは真っすぐ物事を考えすぎね」

蒼「はぁ……」

金「これ、この迷路。10円ガムのおまけだけど、やってみて」

蒼「ん」

蒼「………………あれ、これゴールできないよ?」

金「普通にはゴールできないかしら」

蒼「え?」

金「入り口から入らず、枠の外を通ればゴールよ」

蒼「……迷路入らないの?」

金「入らないの」

蒼「迷路なのに?」

金「答えに迷うという点では、蒼星石はすでに迷路の中かしら。くくく……」

蒼「えー……」

105: 2009/10/12(月) 23:14:41.22 ID:ekinjgvIO
>>103 纏め買い出来ない花はどんな花?

金「頭の体操が必要ね」

蒼「頭の体操……」

金「蒼星石は真面目すぎるかしら。もっと柔らかく考えて」

蒼「柔らかく……」

金「はい、5リットルと3リットルのボトルがあります」

蒼「うん」

金「これを使って、ぴったり4リットルの水を用意しなさい

蒼「4リットル?」

金「4リットル」

107: 2009/10/12(月) 23:16:21.16 ID:ekinjgvIO
ジャボジャボジャボ

蒼「とりあえず目測だけど、4リットル入れてみたよ」

ジュン「目測って……」

金「んー……」

金「…………ぴったり、4リットル……」

蒼「やたっ!!」

ジュン「逆にすげぇぇぇぇええ!!!!」

110: 2009/10/12(月) 23:22:25.75 ID:ekinjgvIO
金「目測じゃなくて、頭を使うかしら」

蒼「うーん……」

蒼「5リットルのボトルに水を入れて……」

蒼「……いや、3リットルのボトルか……」

蒼「5リットルボトルをからにして……」

蒼「3リットルから5リットルに入れて……」

つるっ

ジュン・金「あっ……」

バシャァッッ

蒼「………………」ビシャッ

3人「………………」

112: 2009/10/12(月) 23:31:16.82 ID:ekinjgvIO
金「お洗濯、お洗濯っ!!」

のり「外は寒いから、今日は部屋干しね」

金「か、カナじゃ届かない……。これじゃ手伝えないかしら……」

のり「じゃぁ抱っこしてあげる。それ」

金「ひゃっ、た、高い!!楽しい!!」

のり「それそれー」グルグル

金「きゃーっ、ひゃーっ♪」



蒼「ご、ごめんなさい……」

ジュン「ん、良いよ」

116: 2009/10/12(月) 23:43:34.08 ID:ekinjgvIO

ジュン「ドライヤー、熱くないか?」

蒼「うん、大丈夫」

 小さな頭を大きな手のひらがくしゃくしゃと掻き乱す。男の子の手入れだ。
それなのに不思議と悪い気はしないのは、手のひらからやさしさが伝わってくるからなのか。

蒼「本当に、ごめんなさい。迷惑かけたよね……」

ジュン「何言ってるんだよ。あいつらに比べたら全然だ」

 そう聞いて、普段の桜田家の日常はいったいどのようなことになっているのか、覗いてみたくなる。

ジュン「おわった。髪短いからな、すぐだ」

蒼「ありがとう、ジュン君」

ジュン「…………あ」

蒼「どうしたの?……あ」

ジュン「アホ毛が…………」

蒼「アホ毛が…………」

 蒼星石の頭のてっぺんにアホ毛ができた。

120: 2009/10/12(月) 23:52:03.29 ID:ekinjgvIO
ジュン「す、スマン!!ドライヤーが荒かったか?すぐなおすから」

蒼「いや、帽子かぶっらきっと治るよ」ミョンミョン

ジュン「いや、癖になったらまずいだろ。ん、あれ、治らない?」

蒼「大丈夫だよ。治らなくても僕普段帽子だから」ミョンミョン

ジュン「寝癖直し……は効かない!!ワックスは、いや、人形の髪にワックス?大丈夫?」

蒼「ジュン君聞いてる?」ミョンミョン

ジュン「でんぷんのり?いや、のりか。のりーっ!!のりの寝癖直し使うぞー!!」

蒼「ワイシャツって軽くていいなー」ミョンミョン

ジュン「からじゃねえかぁぁぁああっ!!!!」

蒼「アンテナみたい……」ミョンミョン

123: 2009/10/12(月) 23:56:40.99 ID:ekinjgvIO
のり「みんな、おやつよー」

金「はもはもっ」

雛「はむはむっ」

紅「………………」

蒼「おいしいホットケーキだね」

金(……アホ毛?)

雛(アンテナ?)

紅(ネジ?)

のり(把手……)

蒼「あむあむっ」

125: 2009/10/13(火) 00:03:00.91 ID:XFngSgpbO
 それから、リビングではいつものようにお茶会が開かれるが、みんなの視線は紅茶とお菓子、アンテナと順に巡る。
和やかな空気に混ざる、ピリッと辛いスパイス。誰もが蒼星石の動きに合わせ揺れるアンテナを気に掛けていた。

ジュン「かわいたぞー」

 助かった。その場にいたドールズ全員がそう思った。帽子をかぶれば、きっとアンテナが見えなくなる。
ドールズの目を引く悪魔の触角は、姿を消すのだ。……しかし。

蒼「着替えおわったよー」

紅「なっ!!」
雛「んっ!!」
金「だっ!!」
のり「と?」

蒼「みんな、どうしたの?」ミョンミョン

紅(なぜ帽子だけかぶらない……!!)

126: 2009/10/13(火) 00:07:23.68 ID:XFngSgpbO
>>124

① 3から5へ→3/5リットル
② 3から5へ→5/5リットル 3リットルボトルには1リットル残り

③ 5リットルボトルの中身5リットルを捨てる

④ 3から5へ→1/5リットル(②の残りを入れる)
⑤ 3から5へ→4/5リットル
金「かしらー」

130: 2009/10/13(火) 00:15:20.63 ID:XFngSgpbO

金「蒼星石、その、帽子は?」

蒼「うん、たまには頭が軽いのも良いかなって」ミョンミョン

 ほんの少しだけ頬を桃色に染める様に気付き、ドールズ全員の意見は一致した。

紅(……気に入ったのね、そのみょんみょん……)

雛(………………)ウズウズ

蒼「えっと、なんだっけ。そうだ、真紅が二階から落ちた話だったよね?」ミョンミョン

紅「え、えぇ……。そ、そう。そのあとが大変で……」

金(気になる……みょんみょん気になる頭)

雛「………………ぅー……」ウズウズ

132: 2009/10/13(火) 00:21:35.73 ID:XFngSgpbO
雛「うにゅあーっ!!」ガバァッ

蒼「うわぁっ!!」ミョンミョン

金「雛苺がおかしくなったかしら!!」

紅「電波よ!!電波にひかれてるのよ!!」

雛「みょんみょん!!みょんみょん!!」

蒼「やめ、やめて!!ちぎれる!!髪の毛ちぎれる!!」ミョンミョン

金「雛苺やめるかしら!!」

紅「月!?月を壊せば電波はとまるの!?」

ジュン「あーあ……」

136: 2009/10/13(火) 00:33:05.72 ID:XFngSgpbO
夜 薔薇屋敷

蒼「ただいまー」

 この季節、夜は早くに冷え込み、辺りはすぐに闇に飲まれてしまう。冷たい風のなか、白い息を零し小さな体で大きな玄関の扉の前に立つ。
すぐに蒼星石の声を聞いた一葉が出迎えてくれた。寒い中飛んできた蒼星石を思い、厚手の毛布を膝に乗せて。

一葉「お帰り蒼星石。寒かったろう。紅茶をいれてある。毛布も、さあ」

蒼「ありがとうございます、マスター」

 一葉の気遣いに心をあたためた蒼星石。蒼星石は肩に毛布を羽織ると、ゆっくりと扉を閉めた。

一葉「ところで蒼星石」

蒼「はい」

一葉「その、頭のアンテナは?」

蒼「ちょっと、色々ありまして」ミョンミョン

一葉「はぁ……」

137: 2009/10/13(火) 00:39:28.13 ID:XFngSgpbO
一葉「それで、今日はどんな一日だったかな?」

蒼「そうですね、今日は……」

 途端、拭えない違和感が脳を貫く。なにか忘れている、大切なことを。
言いえぬ不安に教われた蒼星石は思考をめぐらせる。何か、何か大切なことを……。

蒼「っ!!マスターっ!!」

一葉「ど、どうした、蒼星石?」

蒼「………………」

蒼「お砂糖二つでしたよね?」

一葉「あぁ、たのむよ」

蒼「はい、マスター!!」

 蒼星石の一日は、平和におわるのだ。

142: 2009/10/13(火) 00:55:38.57 ID:XFngSgpbO
おわり。

引用: 『みらくる蒼星石すぺしある』