1: 2014/06/21(土) 22:12:20.34 ID:YhjJL4ED0
★このSSはダンガンロンパとスーパードクターKのクロスSSです。
★クロスSSのため原作との設定違いが多々あります。ネタバレ注意。
★手術シーンや医療知識が時々出てきますが、正確かは保証出来ません。
★原作を知らなくてもなるべくわかるように書きます。


~あらすじ~

超高校級の才能を持つ選ばれた生徒しか入れず、卒業すれば成功を約束されるという希望ヶ峰学園。

苗木誠達15人の超高校級の生徒は、その希望ヶ峰学園に入学すると同時にモノクマという
ぬいぐるみのような物体に学園内へ監禁され、共同生活を強いられることになる。
学園を出るための方法は唯一つ。誰にもバレずに他の誰かを頃し『卒業』すること――

モノクマが残酷なルールを告げた時、その場に乱入する男がいた。世界一の頭脳と肉体を持つ男・ドクターK。
彼は臨時の校医としてこの学園に赴任していたのだ。黒幕の奇襲を生き抜いたKは囚われの生徒達を
救おうとするが、怪我の後遺症で記憶の一部を失い、そこを突いた黒幕により内通者に仕立てあげられる。

なんとか誤解は解けたものの、生徒達に警戒され思うように動けない中、第一の事件が発生した……


次々と発生する事件。止まらない負の連鎖。

生徒達の友情、成長、疑心、思惑、そして裏切り――


果たして、Kは無事生徒達を救い出せるのか?! 今ここに、神技のメスが再び閃く!!




初代スレ:
苗木「…え? この人が校医?!」霧切「ドクターKよ」【前編】
苗木「…え? この人が校医?!」霧切「ドクターKよ」【後編】

二代目スレ:
桑田「俺達のせんせーは最強だ!」石丸「西城先生…またの名をドクターK!」カルテ.2【前編】
桑田「俺達のせんせーは最強だ!」石丸「西城先生…またの名をドクターK!」カルテ.2【中編】

桑田「俺達のせんせーは最強だ!」石丸「西城先生…またの名をドクターK!」カルテ.2【後編】

前スレ:
大和田「俺達は諦めねえ!」舞園「ドクターK…力を貸して下さい」不二咲「カルテ.3だよぉ」【前編】
大和田「俺達は諦めねえ!」舞園「ドクターK…力を貸して下さい」不二咲「カルテ.3だよぉ」【中編】
大和田「俺達は諦めねえ!」舞園「ドクターK…力を貸して下さい」不二咲「カルテ.3だよぉ」【後編】




8: 2014/06/22(日) 01:29:06.99 ID:mFClvy8A0

人物紹介(このSSでのネタバレ付き)


・西城 カズヤ : 超国家級の医師(KAZUYA、ドクターK)

 学園長たっての願いで希望ヶ峰学園に短期間赴任しており、この事件に巻き込まれた。
黒幕に殺されかけたものの強靭な生命力で生存するが、その負傷が原因で希望ヶ峰にいた記憶の
大半を失い、内通者の疑惑をかけられる。持ち前の正義感や唯一の大人としての責任感で
少しずつだが生徒達の信頼を得ていっており、舞園、江ノ島、石丸、不二咲を手術で救った。


・苗木 誠 : 超高校級の幸運

 頭脳・容姿・運動神経全てが平均的でとにかく平凡な高校生。希望ヶ峰学園には
超高校級の幸運と呼ばれる、いわゆる抽選枠で選ばれた。自分は平凡だと謙遜するが、
K曰く超高校級のコミュニケーション能力の持ち主で誰とでも仲良くなれる特技がある。
前向きで穏やかなのが長所で、目立った活躍は少ないがKや仲間達からの信頼は厚い。


・桑田 怜恩 : 超高校級の野球選手

 類稀な天才的運動能力の持ち主。野球選手のくせに大の野球嫌いで努力嫌い、女の子が
大好きという超高校級のチャラ男でもあった。……が、舞園に命を狙われたことを契機に
自分が周囲からどう見られていたかを知り、真剣に身の振り方を考え始める。その後、
命の恩人で何かと助けてくれるKにすっかり懐き、今はだいぶ真面目で熱い性格となった。


・舞園 さやか : 超高校級のアイドル

 国民的アイドルグループでセンターマイクを務める美少女。謙虚で誰に対しても儀正しく
非の打ち所のないアイドルだが、今の地位に辿り着くまでに凄まじい努力をしており、芸能界を
軽んじる桑田が嫌いだった。真面目すぎるが故に自分を追い詰める所があり、皮肉にも最初に
事件を起こす。その後も自分を責め続け、とうとう限界を迎えた彼女は舞園さやかという一人の
人間を封印。「脱出のための駒」としての自分を演じることにし、現在は精力的に動いている。


・石丸 清多夏 : 超高校級の風紀委員

 有名進学校出身にして全国模試不動の一位を誇る秀才。真面目だが規律にうるさく融通が効かない。
苗木を除けば唯一才能を持たない凡人である。努力で今の地位を築いたため、努力を軽視する人間を嫌う。
堅すぎる性格故に長年友人がいなかったが、大和田とは兄弟と呼び合う程の深い仲になった。
 自身と生い立ちが似ているKにシンパシーを抱き医者になることを決意したが、大和田の起こした
事件で顔と心に大きな傷を負い、また度重なる重度の心労でとうとう精神が崩壊し、廃人となった。


9: 2014/06/22(日) 01:30:00.79 ID:mFClvy8A0

・大和田 紋土 : 超高校級の暴走族

 日本最大の暴走族の総長。短気ですぐ手が出るが、基本的には男らしく面倒見の良い兄貴分である。
石丸とは最初こそ仲が悪かったが、後に相手の強さをお互いに認め合い義兄弟の契りを交わした。
 実兄を事故で氏なせたことを周囲に隠している己の弱さがコンプレックスであり、不二咲の内面の
強さに嫉妬して事件を起こしてしまう。後に自ら秘密を告白し弱さを克服するが、自身のせいで石丸の
顔に傷をつけたこと、第三の事件を起こす切欠となり不二咲を瀕氏の状態にしたことを後悔している。


・不二咲 千尋 : 超高校級のプログラマー

 世界的な天才プログラマー。その技術は自身の擬似人格プログラム・アルターエゴを作り出す程である。
小柄で愛らしい容姿をした女性……と思いきや、実は男。男らしくないと言われるのがコンプレックスで
今までずっと女装して逃避していた。秘密暴露を切欠に強くなろうと決意したが、その精神的な強さが
大和田のコンプレックスを刺激し、殺されかける。石丸が自分を庇って怪我を負ったことに責任を感じ、
単独行動を取った結果ジェノサイダー翔に襲われ氏にかけるが、友情の力でギリギリ蘇生した。


・朝日奈 葵 : 超高校級のスイマー

 次々と記録を塗り替える期待のアスリート。恵まれた容姿や体型、明るい性格でファンも多い。
食べることが好きで、特にドーナツは大好物である。あまり考えることは得意ではないが、直感は鋭い。
モノクマの内通者発言により仲間達が疑心暗鬼に陥り、空気がギスギスしていることに心を痛めていた。
結果、いつも大親友の大神といるようになるが、それを友情ではなく依存だと指摘され混乱している。


・大神さくら : 超高校級の格闘家

 女性でありながら全米総合格闘技の大会で優勝した猛者。外見は非常に厳つく冷静だが、内面は
女子高生らしい気遣いや繊細さを持っている。由緒正しい道場の跡取り娘であり、地上最強の座を求め
日々鍛錬している……が、実は内通者。モノクマに道場の人間を人質に取られており、指令が下れば
殺人を犯さなければならない立場にある。覚悟を決めているが、同時に割り切れない感情も感じている。


・セレスティア・ルーデンベルク : 超高校級のギャンブラー

 栃木県宇都宮出身、本名・安広多恵子。ゴシック口リータファッションの美少女である。徹底的に
西洋かぶれで自分は白人だと言い張っている。でも餃子好き。脅威の強運の持ち主で、破産させた相手の
数は数え切れない。いつも意味深な微笑みを浮かべ一見優雅な佇まいだが、非常な毒舌家でありキレると
暴言を吐く。穏健派の振りをしているが、実は脱出したくてたまらない。


・山田一二三 : 超高校級の同人作家

 自称・全ての始まりにして終わりなる者。コミケ一の売れっ子作家でオタク界の帝王的存在。その同人誌は
高校の文化祭で一万部売れる程である。普段は明るく気のいいヤツだが、実は臆病でプライドが高い一面もある。
殺人を図ったメンバーとは軋轢が有り、KAZUYA達と十神達のどちらの陣営にも入れず孤独感を感じている。
セレスからは召使い扱いで毎日こき使われているが、本人曰く「ご褒美」だとか。


50: 2014/06/28(土) 16:35:02.02 ID:xo2FS/lH0

―俺達は誰一人として氏者を出さずにあの学級裁判を生き残った。


―俺達は勝ったのだ。





―……。


―勝ったのか?


―……勝ったはずだ。





では、一体何故こんなことになってしまったのだろう――


男は、壊れてしまった教え子の前で絶望した。


51: 2014/06/28(土) 16:35:33.10 ID:xo2FS/lH0





Chapter.3 世紀末医療伝説再び! 医に生きる者よ、メスを執れ!!  (非)日常編





52: 2014/06/28(土) 16:37:37.45 ID:xo2FS/lH0

月日が過ぎるのは早いもので、あの悪夢のような学級裁判から既に一週間が経とうとしていた。

KAZUYAは日課となった石丸のカルテを書いている。未だに正気を取り戻す気配がない石丸の、
どんな些細な変化も漏らさないようにと事細かに記録していく。ついでにその日あったことや
気付いたことなども簡単に記載していたので、半ばKAZUYAの日記のようになっていた。


「……………………」


KAZUYAは書き終わったカルテを無言で整理する。
そして、少しでも手掛かりはないかとまた最初から読み直し始めた。



― コロシアイ学園生活十五日目 石丸の部屋 AM8:54 ―


石丸は生きるのをやめた。則ち、生きるのに必要な生命活動を全てやめてしまった。
ほっといたら睡眠も食事も全く取ろうとしない。そのことに気が付いたKAZUYAは、
夜になったら薬と針麻酔を併用して無理矢理眠らせることにした。漸次的だが、
これで睡眠問題は解決する。次に問題となったのは、当然ながら食事についてだ。


桑田「お、上手く行ってる感じ?」

K「恐らく、な」

苗木「ここにお医者さんがいて本当に良かったよ」

舞園「不幸中の幸いでしたね」

石丸「…………ゴフッ」


53: 2014/06/28(土) 16:43:05.30 ID:xo2FS/lH0

K「ム!」

苗木「あ」


当初、KAZUYAは鼻腔から直接胃にカテーテルを通し流動食を流し込む経鼻栄養法を試みた。
石丸は自分の体に異物を入れているのにも関わらず、一切反応も抵抗もしなかった。
いけるとKAZUYAは思ったのだが、少しして石丸は胃の中の物を吐き出してしまったのである。
何度か試したが、どうやら胃に物が入ると拒否反応を示して吐いてしまうようだった。


「…………」

(不味いな……あまり何度も吐かせるのは誤嚥性肺炎の元だ。口腔や食道にも良くない。
 しかし、胃に物が入れられないとなると胃瘻(いろう)も出来んだろう……)

(どうする? 腸瘻(ちょうろう)ならいけるか? だが、長期間かかると確定しているなら
 考慮すべきかもしれんが、存外早くに戻るかもしれん。そもそも、経腸栄養が可能かも問題だ)


胃瘻:腹壁と胃に穴を開け体外から管を通し、そこから直接栄養や薬品を投与する処置のこと。
    経口摂取が不可能な患者に安定した栄養補給をすることを目的とする。

腸瘻:胃瘻の腸版。直接小腸に穴を空け専用チューブを通し、栄養を流す。胃を通さないため、
    下痢を起こしやすい。胃瘻・腸瘻共に六週間以上使用するかどうかが造成目処の一つ。


(一番の問題はどれぐらいで戻るか皆目見当がつかないことだな。鍵は不二咲だと思うが……)


54: 2014/06/28(土) 16:52:38.82 ID:xo2FS/lH0

流石のKAZUYAも精神の病に関しては専門外であり、まったく当たりがつけられなかった。
やむなく、今回は臨時に点滴をすることにする。だが、通常の点滴では人間の生命を
維持するのに必要な栄養素を取ることが出来ない。どうしたものかと思案していた時だった。

その時、モニターに画面が映りモノクマの放送が入る。


モノクマ『この学園では、裁判を経験するたびに新しい世界が広がります。舞園さんが最初に事件を
      起こした時みたいにね。そうでもしないとオマエラしらけ世代はすーぐしらけちゃうんだから』


桑田「シラけ世代って、オイ……」

苗木「新しい世界?」

舞園「どこかに行けるようになったということでしょうか?」


放送からさして間を置かずに、部屋に霧切がやって来た。


霧切「ドクター! 今の放送聞いたかしら?」

K「ああ。今現在行けないのは上の階のみ。つまり新しい世界とは四階のことだろうな」

桑田「マジかっ?!」

苗木「先生!」

K「石丸は俺が見ている。まずはお前達が行ってきてくれ」

苗木「はい!」

桑田「んじゃ、ちょっくら行ってくるぜ!」


55: 2014/06/28(土) 16:58:11.57 ID:xo2FS/lH0

そう言って四人は四階へと向かった。


K(果たして何があるのか……)


・・・


しばらくして苗木、霧切、桑田だけが部屋に戻って来た。彼等によると四階には二つの
教室と化学室、音楽室、職員室、情報処理室、学園長室があり、そのうち学園長室と
情報処理室には鍵が掛かっていて入れなかったとのことだった。


K「随分たくさん部屋があるのだな。何より学園長室……つまり奴の私室か?」

霧切「……恐らくは」

桑田「くそっ! 一番てがかりがありそうのはあそこなのに中に入れねーとか……」

K「仕方ないさ。……今は正直脱出どころではないしな。それで、情報処理室とは?」

苗木「少し変わった扉でした。なんか他の部屋と雰囲気が違うような。単なる印象だけど」

K「いや、気付いたことがあればどんどん言うべきだ。そこから何かの糸口を掴むこともある」

霧切「扉の上には玄関ホールみたいに機関銃が設置されていたわ。大事な部屋かもしれないわね」

K「フム。学園長室に情報処理室……か」

霧切「とりあえず、入れない部屋については後回しにしましょう。他の部屋については……」


残った部屋でKAZUYAが最も興味を惹かれたのは、当然と言うべきか化学室だった。


56: 2014/06/28(土) 17:04:23.01 ID:xo2FS/lH0

桑田「普通の学校の化学室と変わんねーと思うぜ。なんか変な薬がいっぱいおいてあった」

霧切「薬品棚の一覧表があったから持ってきました」

K「助かる。……ムゥ、これは」


薬品の一覧を見た瞬間、KAZUYAの顔が曇る。


苗木「……やっぱり、毒とかありますか?」

K「まずいな。こんなものをそのまま放置しておけば生徒に凶器を与えるようなものだ」

霧切「そう思って今は大神さんと朝日奈さん、舞園さんの三人に薬品棚を見張って貰っています」

K「手際が良くて助かる。……倉庫に、確か大工道具があったな?」

桑田「あったけど、それをどうすんだ?」

K「大和田は大工を目指しているそうだから、初仕事を頼もう。
  棚の一つに鍵をつけて、そこに危険な薬品類を全て収納する」

苗木「でも、肝心の鍵はどうするんですか?」

K「保健室で薬品の保管に使っていた南京錠があるからそれを流用する。
  どうせ保健室の薬品類は全て撤去して使っていなかったからな」


何故薬品の保管に棚の鍵だけでなく南京錠を併せて使っていたかは思い出せないが、
KAZUYAは誰かから薬品を守ろうとしていた気がする。確か女性だったような……


57: 2014/06/28(土) 17:08:28.04 ID:xo2FS/lH0

だが今重要なのは記憶ではなく、その鍵が役に立ちそうだということだけだ。


霧切「とりあえず、一度ドクターにも四階を見てもらう必要があるわ」

K「そのようだな。俺が戻るまで石丸を任せる」

苗木「はい」

K「霧切、すまないがもう一度俺と回ってもらっていいか? 詳しい説明が聞きたい」

霧切「わかったわ。行きましょう」


倉庫と保健室に寄って色々工作に使えそうな物を見繕うと、KAZUYAと霧切は四階に向かった。
部屋の配置や、使えそうな物を徹底的に頭に叩き込んで行く。それらの作業が終わると、
最後に化学室に向かった。中では、女生徒三人が気まずげな顔で並んで立っている。


朝日奈「あ、先生!」

K「見張りをしてくれたそうだな。助かった」

朝日奈「ううん。……だって、危険な薬がいっぱいあるって言うし……」

大神「薬品は我等ではよくわからぬ。ここは薬品のプロフェッショナルが扱うべきではないかと」


薬品は本来俺の専門ではないのだがな、とKAZUYAは内心で苦笑する。ついでに、薬品のプロという
言葉でとある大学同期の友人を思い出した。最近めっきり会ってなかったが元気にしてるかなと思う。


58: 2014/06/28(土) 17:14:39.99 ID:xo2FS/lH0

K「ここは俺と霧切に任せてほしい。あと、すまないが誰か不二咲の看病を少し
  変わってやってくれないか? 大和田を連れて来てほしいのだ」

朝日奈「わかった。私が交代するよ。大和田にここに来てって言えばいい?」

K「頼む」

舞園「私も行きます」

大神「我も行こう」


三人が部屋を去り、KAZUYAと霧切が薬品を危険度によって棚に振り分けて行く。
さほど待たずに大和田がやって来た。


大和田「俺に用ってなんだ?」

K「初仕事さ」


少し時間は掛かったものの、なんとか劇薬類を隔離することは成功したのだった。


大和田「ハァ……ひっでえもんだ。木の棚ならまだしも鉄の棚に力付くで穴空けて
     ムリヤリ加工したから、見た目がガタガタだぜ……」

K「とりあえずは開かなければ良いのだ。見た目は二の次でいい」

大和田「で、これで危険なモンは全部しまえたんだな?」


59: 2014/06/28(土) 17:19:28.49 ID:xo2FS/lH0

K「一応な。あと、劇薬というほどではないがやや危険で特に使い道のない薬品は
  俺が化学反応で中和させて処分しておくとしよう」

霧切「劇薬にばかり目が行っていたけれど……役に立ちそうな物はあるかしら?」

K「あった。非常に役立つ物がな。むしろなければ困る所だった、が……」


しかし、そう話すKAZUYAの顔はあまり明るいものではなかった。



               ◇     ◇     ◇


午後の、探索も一段落ついて少し落ち着いた時間に、KAZUYAは生徒達を一人ずつ石丸の
部屋に呼んだ。呼びかけてもらい、反応を見たかったのだ。上手くすればそれで戻るかもしれない。


K「頼んだぞ」

葉隠「おう、任せろって」


とりあえず葉隠を呼んでみた。年長だし、職業柄色々な人間と会って話してきた経験がある。
何より占い師としてのインスピレーションに期待していた。部屋に入ってすぐに、葉隠は机に向かう
石丸を見つける。その姿は、昨日見た時とは違い特におかしくない普段通りものに見えた。


葉隠「あれ? 先生、石丸っち勉強してるべ? なんだ、もう元気になったんかいな。
    俺がなんかする必要なんてなーんもなかったな。ハハハッ」

K「……違う。よく見てみろ」

葉隠「ん?」


石丸の横に回りこんで顔を見てみる。その目の焦点は、合ってなかった。手も全く動いていない。


60: 2014/06/28(土) 17:24:42.54 ID:xo2FS/lH0

葉隠「……えーと?」

K「石丸は長年規則正しい生活をしていたせいかな。食事も睡眠も取らないくせに、何故か
  こういった無意味な行動を時々取るんだ。……体に染み付いているのだろうな」


生きるために必要な行動を一切取らずに、勉強もどきや運動まがいの行動は時折取る。
その無機質な姿はまるでプログラムされた機械人形のように見えて、ただただ不気味だった。


K「……何でもいい。話しかけてやってくれんか?」

葉隠「お、おう……」


想像以上に重篤な状態になっていたことを知り、葉隠は半ば青ざめつつも石丸に声をかける。


葉隠「な、なあ。石丸っち? しっかりしろって」

石丸「……すまない。許してくれ」ブツブツ


葉隠が話しかけた途端、それがスイッチになったように石丸はまた止まらない独り言を始めた。


葉隠「別に怒ってないって。もっと前向きになった方が人生楽だべ? 大体石丸っちは
    ちょっとマジメすぎんだ。俺なんて、三ダブの上借金まであんだぞ!」

石丸「御免。ごめん。申し訳ない。すまない……」ブツブツ

葉隠「あのな、昔の偉い人が言ってた話なんだけど~……」


占い師だからか単に好きだからか、葉隠は意外と雑学に詳しくそれをあれやこれやと
述べたりしてみた。他にも適当に周りの状況やとにかく思いついたものを色々話してみた。
……が、何一つ目新しい反応はない。


61: 2014/06/28(土) 17:34:23.62 ID:xo2FS/lH0

葉隠「……ハァ~。さっきからなに言ってもこうだべ。もう帰っていいか?」

K「わざわざすまんな。もう戻ってくれて構わん」


言ってから、ふとKAZUYAは葉隠に問い掛けた。


K「待て。……石丸が治るかどうか占ってもらってもいいか?」

葉隠「あ、それならもうとっくに占ってあるべ。……本当に聞きたいんか?」

K「参考程度に、な」


葉隠は少し考えていたが、結果を教えてくれた。KAZUYAの予想通りではあったが。


葉隠「……治らんかった。で、でも! 俺の占いは三割しか当たらんしな!」

K「…………」

葉隠「えーと、その……」

K「ありがとう。戻っていいぞ」

葉隠「じゃ、じゃあまたな! 石丸っち、また来るべ!」ガチャ、バタン

K「…………」


無言で溜息をつくと、KAZUYAは次の生徒を呼びに行った。


・・・


62: 2014/06/28(土) 17:43:45.82 ID:xo2FS/lH0

その後も、次々と生徒を部屋に連れて話しかけさせる。


山田「石丸清多夏殿? 大丈夫ですか?」

石丸「僕は駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ……」

山田「はぁ~。まったく……めんどくさい人ですな」

江ノ島「元気出しなって! たかが一回のミスでなに落ち込んでんの!」

石丸「…………」

江ノ島「この程度のミスで落ち込むならアタシなんて……あ、ヤバ。なんか落ち込んできた」

石丸「すまない、許してくれ」

セレス「許しませんわ」

石丸「僕は駄目だ」

セレス「そうですわね」


しかし、全く改善の兆しが見えない。


セレス「慰めも世間話も言葉責めも全部やってみましたが無駄でしたわ。私もギャンブルで
     自棄を起こした方は何度も見てきましたが、ここまで酷い方は見たことがありません」

セレス「石丸君はダメになってしまったのです。いっそ、諦めた方がよろしいかもしれませんわよ?」

K「……諦められんさ。生きている限り、俺は絶対に諦めない」

セレス「そうですか……では、茨の道を歩いてくださいませ」


63: 2014/06/28(土) 17:55:14.47 ID:xo2FS/lH0

カチャ、パタン。

部屋に取り残されたKAZUYAは、今までに得た情報を何一つ漏らさずカルテに詳細に書いていく。


K「…………」

K(茨の道か。そうだな……それに、問題は石丸だけではない。腐川もだ)


そろそろ目が醒める頃だろうな、とKAZUYAは腐川のことを考えていた。
自分が望んで襲った訳ではないのにオシオキを受ける羽目になってしまったのだ。
その精神ダメージたるや、決して小さくはないだろう。KAZUYAは霧切を呼ぶ。


K「霧切、腐川の部屋に行ってもらっていいか? 俺の見立てではそろそろ目が醒めると
  思うのだが、俺は嫌われているし、第一女生徒の部屋に俺がいては障りがあるだろう」

K「火傷に効く軟膏を渡しておく。寝ている間に処置もしておいてくれ」

霧切「わかりました」



― 腐川の部屋 PM2:41―


全身を駆け抜ける鋭い痛みと共に腐川を目を醒ました。


「う、うう……」

(……痛い。なんなのよ、これは……!)


筋肉を針でつついているような、そんな鋭い痛みを至る所に感じる。
視界に積み上げられた本を見つけ、腐川はここが自室のベッドだと気が付いた。


64: 2014/06/28(土) 18:03:04.70 ID:xo2FS/lH0

「おはよう、腐川さん」

「!」


痛みと現状把握に意識を割いていたため気が付かなかったが、すぐ横に霧切がいた。
椅子に座って静かに本を読んでいる。怜悧な彼女が本を読む姿はまるで一枚の絵画のようだった。


霧切「あなたの本を読ませてもらっていたわ。恋愛小説を読むのは初めてだけど、とても面白いわね」

腐川「あんた……なんでアタシの部屋にいんのよ……痛っ!」

霧切「状況説明をしようと思って。……一応火傷はあなたが寝ている間に薬を塗っておいたわ」

腐川「火傷?! ま、まさかアイツがまたなにか……」

霧切「あなた、学級裁判でクロになってオシオキされたのよ。正確にはジェノサイダー翔だけど」

「!!」


腐川は思い出していた。そうだ。自分は学級裁判に参加していたはずなのだ。
自室にいるということは全て終わったということ。そして――予想通り犯人は自分だった。


腐川「ア、アタシじゃない……アタシがやったんじゃない!」


あの時――腐川は倒れている不二咲と石丸を見て、石丸が犯人だったら良かったのにと思った。


65: 2014/06/28(土) 18:09:14.79 ID:xo2FS/lH0

いや、頃した記憶はないのだ。もしかしたら本当に石丸が犯人で自分はたまたま居合わせた
だけかもしれない。状況から見てそれは限りなく0に近かったが、腐川はそれに縋った。自分が
頃したなどと思いたくなかった。だからより確実に石丸の犯行となるよう、凶器を用意したのだ。


霧切「落ち着いて。みんなわかっているわ」


学級裁判のその後や自分が知らない間に受けた地獄のようなオシオキについて、霧切は淡々と
説明してくれたが、腐川にとってもはやどうでも良いことだった。石丸がおかしくなったことも
四階が解放されたことも、あの十神のことですら今はまるで興味が持てなかった。

終わった。みんなにバレた。ただそれだけが今の彼女の思考を占めていた。


腐川(どどど、どうしよう?! アタシ、これからどうすればいいの?!)


もはや外に出ることが出来たとしても、何ら希望が持てない。十五人もいれば、一人くらいは
自分の秘密を漏らすだろうし、場合によっては口止め料を請求されて一生ユスられるかもしれない。

いや、そもそも無事に外に出れるかも怪しい。ただでさえ恐れられる存在の自分が
実際に人を襲ってしまったのだ。報復としてリンチに遭ってもおかしくなかった。

……特に大和田は、石丸を陥れたことも併せてどうしようもない程に激怒しているだろう。


腐川(こ、こ、殺される……!!)


腐川の全身から血の気が引き、カタカタと体が震え出す。


67: 2014/06/28(土) 18:17:48.43 ID:xo2FS/lH0

霧切「腐川さん?」

腐川「ど、どうして……どうしてアタシばっかり……好きで二重人格なんてなった訳じゃないのに……」

霧切「腐川さん、どうしたの?」


霧切は腐川の異常に気付いて声を掛けるが、逆にそれが彼女の神経を
大いに刺激して、腐川はヒステリックに叫び始めた。


腐川「ア、アタシのせいじゃない! アタシは悪くない!」

霧切「腐川さん、落ち着いて! 誰もあなたを責めてなんていないわ!」

腐川「嘘ばっかり! みんなアタシを頃す気なんでしょ?! 出て行きなさいよっ!」

霧切「腐川さん!」

腐川「出て行って! ここから出て行きなさい!!」


腐川は痛みも気にせず辺りにあるものを手当たり次第に投げ付ける。
これ以上ここで粘るのは危険だと判断した霧切は、仕方なく退散したのだった。


霧切(フゥ。厄介なことになったわね……)


KAZUYAの言ではないが、まさしく脱出所ではなくなってしまったのだった。


87: 2014/07/01(火) 22:54:42.87 ID:nI4D24SX0
ちょっと、どうしても愚痴が言いたくなったので読者の皆様には関係ないけど書く。飛ばして下さい


モノクマ「1がさぁ、たかがSSに背伸びして医療描写とかいれてるのは、別に知識自慢とか俺KAKKEEEを
      したい訳じゃなくて、なるべく原作の空気を再現したり読者のみんなを楽しませたいからな訳よ。
      裁判全カット発言でわかるように、医療描写も当初は全カットか原作流用で済ます予定だったし」

モノクマ「でもさ、たとえ間違いがあっても手術シーンとかあった方がより物語に深く入り込めるでしょ?
      裁判も途中グダってご迷惑をおかけしたりしたけど、やっぱりダンガンロンパって感じしたし、
      ああ、ドクターKってこんな漫画なんだって思ってもらえたらファンとしても凄く嬉しい訳です」

モノクマ「ただどんなに調べても1は所詮底の浅い素人な訳でミスも当然あるし、だからわざわざ1レス使って
      ※注意※医療描写はファンタジーですって何度もいれたし、そもそも>>1にも注意書きがある訳よ」

モノクマ「勿論、間違いはなるべく真摯に受け止めるつもりだけど、ただね……物語に現実と全く同じレベルを
      要求するのはちょっと違うというか……。あと、二次創作だからなるべく原作の描写を大事にしてるけど、
      原作が間違ってたり古い作品だから現在と常識が違うとか結構あって、それを言われても正直困るとしか」


モノクマ「うん……まさかね、注意書きと本文スルーで医療描写だけ流し読みして突っ込んでくる人がいるとは
      思わなかったんだ。これからは何かを解説するたびに、前後に注意書きしなきゃならんのかなぁ……」

モノクマ「以上、くだらない愚痴でした。ごめんね、絶望的につまらない物を視界にいれて。
      お詫びとして1が氏ぬまで続き書かせるから許してね。では投下」

88: 2014/07/01(火) 22:55:57.05 ID:nI4D24SX0

               ◇     ◇     ◇


八方塞がりの状況ではあるが、たった一つだけ良いことがあった。

ずっと眠っていた不二咲が目を醒ましたのである。


「ぅん……」

「不二咲?!」


現在、不二咲は大和田の部屋に寝かせられていた。不二咲の部屋は奥にあるため、
石丸の部屋に常駐するKAZUYAがいざという時すぐに駆け込めるようにということと、
大和田が身の回りの面倒を見たいと言ったので、それが一番良いという話になった。


大和田「ふ、不二咲! 俺がわかるか?!」

不二咲「大和田君……どうしたのぉ? 泣いてるよ?」

大和田「バッ、バカ! ちげえよ! これはな……汗だ! 目から汗が出てんだよ!」

不二咲「そうなのぉ?」

桑田「不二咲……不二咲……!」

不二咲「桑田君……」

桑田「不二咲、すまねえ! 俺がお前を置いて部屋を出てったせいで……!」


よく見たら桑田も泣いていた。不二咲はぼんやりしていた意識が
急速に覚醒し、自分の置かれていた状況を思い出す。


不二咲(ああ、そっか。僕、確か腐川さんに……)


89: 2014/07/01(火) 23:01:27.98 ID:nI4D24SX0

何だか様子のおかしい腐川に面白い物を発見したから来てほしいと連れ出されたのだった。
実際は腐川ではなくジェノサイダー翔だったのだが、直前に新発見をして不二咲は非常に
興奮しており、腐川も同じようなものだと思い込んでいた。むしろそのせいで違和感に
気付けなかったと言ってもいい。……まさしく、小さな不運が重なったのだった。


不二咲「みんな……心配かけて、ごめんねぇ……」

K「気にするな。お前が生き返ってくれて何よりだ」

不二咲「西城先生……」

K「お前の止まった心臓を動かすために、胸をメスで開いたのだが痛みはないか?
  痛むのなら、鎮痛剤を出さねばならんが……」

不二咲「大丈夫です。あの……」


部屋にいるのはKAZUYA、大和田、桑田の三人だった。何人か他のメンバーを
呼びに行ったのかもしれない。そう考えているうちに慌ただしく扉が開いた。


苗木「みんな連れて来たよ!」

山田「ち、ちーたんが目を醒ましたというのは本当ですか?!」

江ノ島「おー、良かったじゃん」

葉隠「おめっとさん。お祝いに、今日はタダで占ってやるべ!」

セレス「おめでとうございます」

朝日奈「不二咲ちゃん、もう大丈夫なの?!」

大神「不二咲!」


別に彼一人がいない訳ではない。他にも何人かいないメンバーは居る。しかし、ぞろぞろと
部屋に入って来たメンバーの顔を見ながら、不二咲は嫌な予感めいたものを感じていた。


90: 2014/07/01(火) 23:06:29.72 ID:nI4D24SX0

不二咲「ありがとう、みんな。……それと、あの」

桑田「あ? なんだ?」

不二咲「石丸君はどこにいるの?」

「!!」


全員気まずげに目を逸らす。不二咲は、最初石丸がいないのは他のメンバーを呼びに
行っているからだと思った。何故ならそれはいつも彼の仕事だったから。しかし、実際に
仲間を連れて来たのは苗木で、ほぼ全員揃っているにも関わらず石丸の姿が見えない。

そもそも彼は怪我人のはずだ。KAZUYAが怪我人を走り回らせたりするだろうか。


「…………」


不二咲が目覚める前に、怪我に障ると良くないので石丸についてはしばらく秘密にすると
あらかじめ話がついていた。誰もが黙り込む中、KAZUYAが生徒達に声をかける。


K「すまない、お前達。折角見舞いに来てくれた所を悪いが、不二咲に
  状況説明をしたい。今日はもう戻ってくれないか?」

大神「ウム、そうだな。我等がいたら不二咲は気を遣うだろう」

山田「ムリして体調を崩してしまったら大変ですしな。仕方ありません」

朝日奈「そっか。明日また来てもいい?」

K「ああ」

葉隠「じゃ、また明日な!」

江ノ島「じゃあねー」

不二咲「うん! みんな、またねぇ」


無理矢理笑顔を作って不二咲は手を振る。そして扉が閉まるとすぐにKAZUYAに向き直った。


92: 2014/07/01(火) 23:12:15.20 ID:nI4D24SX0

不二咲「それで、先生……石丸君は……?」

K「……石丸は今寝込んでいる」

不二咲「えっ?! 大丈夫なんですか?」

K「命に別条はないが、お前が襲われたことが相当堪えたようでな。
  実はお前が眠っている間に――我々は学級裁判を行ったのだ」

不二咲「えぇっ?!」


学級裁判という単語で思い出されるのは唯一つ――オシオキ。


不二咲「あ、あの……」

K「大丈夫だ。腐川は生きている」

不二咲「……良かった」


不二咲はホッと胸を撫で下ろした。

それからKAZUYAが、自分が倒れてから起こったことを順を追って丁寧に説明していく。
特に衝撃的だったのは、一度KAZUYAが氏亡宣告したにも関わらず諦めずに呼びかけ
続けてくれた二人の友と、腐川が二重人格でその正体がジェノサイダー翔だったことだ。


不二咲「腐川さん……そういうことだったんだね。無事みたいで良かった」

桑田「お前……腐川のこと恨んでねえの?」

不二咲「恨む? どうして? 一番苦しんでいるのは腐川さんじゃないかな……」

不二咲「僕もよく知らないけど、多重人格って辛い経験をした人がなる病気なんでしょ? 前に
     周りの人と上手くいってないって言っていたし、きっと一人でずっと悩んでたんだよ」

不二咲「いくら脅されたからって、腐川さんは元々人を頃したりするような人じゃないと思うし」

大和田「…………」


93: 2014/07/01(火) 23:15:32.26 ID:nI4D24SX0

不二咲の言葉に、大和田はグッと拳を握りしめる。不二咲はそう言って自分のことも
庇ってくれたのだろう。だが自分は違った。自分は人を頃してしまうような人間だったのだ。


大和田「不二咲……俺は、オメエに話さなきゃいけないことがある」

K「――席を外した方がいいか?」

大和田「いや、いてくれ。俺が謝るところ、ちゃんと見ててくれねえか?」

K「……わかった」


KAZUYAと桑田が見守る中、大和田は裁判で話したこととほぼ同じことを話した。
自身の秘密、醜い嫉妬、己の弱さ。全てを洗いざらい話して最後に土下座をした。


不二咲「大和田君……」

大和田「俺は! オメエにいくら謝ったって許されねえ人間だってのはわかってる!
     許してもらいたいワケじゃねえんだ。ただ、自分のしたことにケジメをつけてえ!」

大和田「本当にっ! すまなかった!! 一生かけて償わせてくれッ!!」

不二咲「大和田君、やめて……頭を上げて……」

K「大和田、もういいだろう」

大和田「でもよ……」

不二咲「だって、大和田君が諦めなかったお陰で僕は生きてるんでしょ?
     むしろ、僕は大和田君にお礼を言わなきゃいけないよぉ」

大和田「なに言ってやがる。そもそも俺が事件を起こさなきゃこんなことにはならなかったろうが!」

不二咲「そうかもしれないけど……でも……大和田君が話してくれたんだから僕も話さなきゃ……」

大和田「話すってなにをだ?」


94: 2014/07/01(火) 23:20:43.83 ID:nI4D24SX0

不二咲「僕も、僕もね……本当はずっと、大和田君に……嫉妬してたんだ」

大和田「!」

不二咲「僕が持ってないものをみんな持ってて羨ましかった。僕が事件を
     起こさなかったのは、ただ単に僕が弱くて臆病だっただけ……」

不二咲「僕達は友達でしょ? お互いを尊敬するだけじゃなくて、嫉妬したり喧嘩することもあるよ」ニコッ

大和田「不二咲……でもよ、それはお前が今生きてるからだろ? 一歩間違えればお前は氏んで……」

不二咲「――氏んでいても、僕の考えは変わらないと思うよ」

大和田「…………」

不二咲「むしろ、氏んだら幽霊になって大和田君が一人で苦しんでる所を
     ずっと見ることになったかもしれない。……尚更恨めなかったと思うよ」

大和田「不二咲……」


キラリと、大和田の目元が光る。だが、それが目から溢れる前に大和田は乱暴に手で拭った。


大和田「オメエは……オメエは俺なんかよりずっと男らしくてカッコいいヤツだぜ!」

不二咲「本当? 僕男らしい?」

桑田「おう! 今のお前マジでマキシマムかっけーから! 俺だったらそんな悟ったこと言えねーわ」

不二咲「ふふっ。ありがとう、桑田君」

K「優しさと臆病。力と暴力。表裏一体だな。使い時や量を間違えたらどちらも害になる。薬と同じだ」


95: 2014/07/01(火) 23:25:35.46 ID:nI4D24SX0

不二咲「西城先生は優しさと強さ、両方持ってるよね!」

桑田「でも反対にすっげーきつくて厳しくてこえーところもあるぜ!」

K「フッ、お前が怒られるようなことばかりやらかしてるんじゃないのか?」

大和田「ハハッ、ちげえねえな」

不二咲「クスクス、そうかも」

桑田「んだとー!」


問題は山積みではあるが、不二咲が生きていて良かった。
そして生徒達の心の成長を、我が子のように喜ぶKAZUYAであった。



― コロシアイ学園生活十六日目 石丸の部屋 PM10:32 ―


KAZUYAは何とか石丸に正気を取り戻させようと様々なことを試みていた。
まず真っ先に行ったのは、とにかく語りかけることだった。石丸から聞いたこと、友人達のこと、
自分のこと、医学のことから全く関係ないことまで思いつくままに色々と話し続けた。

大和田や他のメンバーと交代しながら終日話しかけ続けたが、どうにも石丸の反応は
要領を得ない。話者や話題によって微妙な反応の差があるのではないかと、KAZUYAは
つぶさに観察して記録して見たが、そこには何の法則性も見出だせなかった。


「駄目だ。僕がここにいては……駄目だ。駄目なんだ……駄目だ……」

「……石丸、そんなことはないぞ」


会話がまるで成り立たないことも問題だったが、KAZUYAが最も問題視したのは
石丸の発言内容だった。ただただ謝り、自分の存在を否定し続けているのである。
石丸が自分を拒み否定するたびに、KAZUYAは優しくそれを打ち消すのだった。

――しかし、それらの言葉はまるで届いていなかったのである。


96: 2014/07/01(火) 23:30:07.03 ID:nI4D24SX0

「許してくれ。許してください。許して欲しい……」

「…………」


夜時間になり、話し疲れた生徒達が部屋に帰った。石丸の呟く謝罪の言葉だけが経文のように
部屋に響いている。KAZUYAも、元々饒舌な人間ではないこともあって若干疲れていた。


(石丸は……聞いていない。いや、音として聞こえてはいるが心に届いていないのだ。
 心が傷付きすぎて、人の言葉を受け入れることが出来なくなってしまったのだろう……)


口でいくら言っても駄目ならと、KAZUYAは試しに直接的な刺激を与えてみることにした。
手始めに、手を掴んで強く握ってやる。が、KAZUYAはその瞬間ギョッとして目を見開いた。

石丸の手は冷えきっていたのだ。標準的な温度よりずっと低い。まるで、彼の心が
冷えきっているのを表しているかの如くであった。思わず強烈な憐憫の情に駆られた
KAZUYAは、雪の日に大人が子供にしてやるように息を吹きかけて温めてやる。


「頼む……俺の目をみてくれ、石丸! 石丸ッ!!」

「すまない。申し訳ない。すみませ……」


その時、独り言が止まった。


(これは……!)


確かな手応えを感じたKAZUYAは、更衣室で慰めた時と同じく父親のように肩を抱いてみた。


「俺のことがわかるか?」

「…………」

「石丸?」


どこか今までと様子の違うものを感じ、KAZUYAは石丸の顔を覗き込んで見る。


97: 2014/07/01(火) 23:35:42.20 ID:nI4D24SX0

「……!」

(泣いているのか……)


石丸は音も立てずに泣いていた。あれだけけたたましかった男が静かに涙を流す様は、
色が抜け落ちてしまった髪と併せて、KAZUYAの胸を強く締め付けた。


「大丈夫だ。俺も、みんなもついているぞ」

「…………」


――それだけだった。

確かに話し掛けている時とは違う反応が見られたものの、石丸が以前の姿を取り戻すことは
なかった。KAZUYAは嘆息をついて席に戻り、今のことをカルテに追記していく。


(まあ、積もりに積もった物が爆発したのだ。一日や二日で治ると思うのは都合が良いか)

(……しかし、果たして一体いつまでかかるのだろう?)


KAZUYAの嫌な予感は三度的中する。



― コロシアイ学園生活十七日目 石丸の部屋 PM4:17 ―


そろそろ、石丸のことだけに構っている訳にはいかなくなってきた。腐川のことは、
生徒達の中で最も会話していただろう苗木に頼んでいたのだが、いくらインターホンを
鳴らしても全く反応しないらしい。何よりも不味いのは、部屋の前に置いておいた食事に
全く手をつけていないそうなのである。緊急に対策を考えねばならない課題だった。


(どうしたものか……)


99: 2014/07/01(火) 23:40:27.75 ID:nI4D24SX0

場合によっては、自分がモノクマと交渉して部屋を開けさせるしかない。
そして、乱暴な方法になるが力づくでも監視下において管理する以外ないだろう。

そんな風に思案していた時だった。慌ただしく部屋にやって来る者がいたのは。


朝日奈「せ、先生!」

K「朝日奈か。どうした?」

朝日奈「大変なの! ジェノサイダーが……!」

K「何?!」

朝日奈「今、食堂にいるんだけど……」


すぐに行こうと考えたKAZUYAだが、ふと朝日奈に石丸を任せて大丈夫かと疑念が湧いた。
今の石丸なら誰だろうと簡単に殺せる。朝日奈を疑いたくはなかったが、状況が状況だけに
安直な行動だけは絶対に取れない。幸い、丁度良いタイミングで再び扉が開く。


苗木「先生! 食堂にジェノサイダーが現れました! 様子もなんだか変で……」

K「わかった。すぐに戻るから“二人で”石丸のことを見ていてくれ!」

朝日奈「……う、うん!」

苗木「はい!」


KAZUYAは部屋から飛び出ると食堂に向かう。幸いすぐ側にあるため、あっという間に着いた。


ジェノ「ギャハハハハ!」

葉隠「ひぃぃぃ!」


食堂では相変わらずハイテンションなジェノサイダーを、生徒達が遠巻きに眺めている。
葉隠が腰を抜かし山田が青ざめ舞園は警戒し、大神と桑田が庇うようにその間に立っていた。


101: 2014/07/01(火) 23:45:42.55 ID:nI4D24SX0

桑田「あ、せんせー!」

大神「西城殿、ジェノサイダーが……」


二人を手で制し、KAZUYAはジェノサイダーに近寄った。


K「俺に任せて欲しい。翔! こんな所で何をしているんだ?」

ジェノ「あらー? KAZUYAセンセじゃないのー。元気? なんか顔色悪いけど。ゲラゲラゲラ!」

K「……質問しているのは俺だ」

ジェノ「ちょっと、そんな怖い顔しないでよぉ! 少し部屋から出てきただけじゃなーい」

ジェノ「ここって素敵空間よねー。アタシみたいな殺人鬼が堂々と外を歩けるんだからさ!
     つっても、ここ屋内だけど。アハハハハ♪」

K「…………」

ジェノ「あら、無視?! 無視はしないでって! 今ちゃんと話すからぁ。別に誰かを
     襲いに来たワケじゃなくて単純にお腹減ったからご飯食べにきただけよん」

K「……食事?」


確かに、ジェノサイダーの前には食べ物が載った食器がいくつも置いてある。
周囲の好奇や嫌悪の目などものともせず、平然と飲み食いしていたようだった。


ジェノ「そうそう! どうもあの根暗、みんなの前でオシオキ受けたのがかなり
     ショックらしくて、飲まず食わずで部屋に閉じこもってたっぽいじゃん?」

大神「お主のせいであろう……」

山田「それに、一番の理由はあなたの存在がバレたからだと思いますが……」


102: 2014/07/01(火) 23:52:42.94 ID:nI4D24SX0

二人のツッコミが同時に入るが、ジェノサイダーは聞いていない。


ジェノ「別にアイツが根暗らしく引きこもってんのは全然構わないんだけど、アタシとアイツは
     腹立たしいことに同じ体を共有してるワケだからさー。今のままだと困るワ・ケ」

K「それで食事に来たと?」

ジェノ「そゆこと。おわかり~?」


用件を言うと、ジェノサイダーはもうKAZUYAには目もくれず再び食事を再開する。


K(……防衛本能、か? 乖離性人格障害は、元々は外圧から逃れようと新たな逃避人格を
  生み出す防衛行為が原因だ。ジェノサイダーは無意識に腐川を守ろうとしている……?)


断定は出来ないが、ジェノサイダーが腐川の代わりに飲み食いしてくれるなら願ったり叶ったりだ。
少なくとも、部屋から無理矢理引きずり出してベッドに縛り付ける必要はなくなる。


K「本当に危害を加える気はないのだな?」

ジェノ「今のとこはね。そっちが突っ掛かってきたらわかんないけどさー」

K「…………」

K(こいつは不二咲を殺そうとしたし、何より人を頃すことに全く抵抗がない。
  ……はっきり言って危険人物だ。本来は拘束して監視するのが妥当だろう)


103: 2014/07/02(水) 00:01:00.26 ID:ennctyLj0

K(だが、その場合腐川はどうなる? 自分の預かり知らぬ所で起きた事件の責任を
  取らされた上、拘束されて監視までされたら果たして彼女は耐えられるだろうか?)


KAZUYAの脳裏に浮かんだのは石丸の姿だった。腐川は今酷く傷付いている。もしここで
追い詰めて彼女までおかしくなってしまったら、どうすればいいのか? 折角黒幕への
対抗手段が少しずつ集まって来たと言うのに、廃人が二人もいては脱出など不可能だ。


K「俺と約束してもらいたい。もう誰も傷付けたりしないと。もし約束が
  出来ないのなら、俺は他の生徒を守るためにお前を拘束せねばならん」

ジェノ「約束したら自由に出歩いてい~い?」

K「良い、と言いたい所だがしばらくは無理だな。本当にお前が安全か
  俺は見定める必要があるし、他の生徒達を説得する必要がある」

ジェノ「あ、そう。……ま、いいけど。どうせセンセやオーガちんに力付くで来られたら勝てないし」

K「では約束するんだな?」

ジェノ「はいはい。約束ね、約束」

K(翔は裏表のない奴だ。まだ信用出来ないが、今すぐ何かするつもりがないのは本当だろう)

K「わかった。ならば俺もお前を信じよう」

ジェノ「アハ♪ 相変わらず物分かりがいい~。センセのそーゆートコ好きよ? ま、本命は白夜様だけど!」


104: 2014/07/02(水) 00:04:55.79 ID:ennctyLj0

桑田「ちょ、せんせー! マジでコイツほっとくのかよ?!」

大神「危険では……?!」

K「食べ終わったらすぐに部屋に戻せばいい。大神もいるなら問題ないだろう。
  もしこの中で殺人を犯せばすぐにバレる訳だからな。軽率なことは出来んはずだ」

大神「しかし……」

舞園「大丈夫ですよ。先生がそう言うなら信じましょう」

大神「ウム……」

桑田「まあ、せんせーがそこまで言うなら……」


まだ納得は出来ないものの、KAZUYAに押され桑田と大神は反論を飲み込む。
しかし、例によって葉隠と山田は納得していなかった。


葉隠「じょっ冗談じゃねえ! コイツは殺人鬼だぞ?! 殺人鬼を
    野放しにすんのか?! ふん縛って見張るべきだべ!」

山田「そうですよ! コイツはちーたんを襲った、にっくき殺人鬼! 捕まえるべきです!」

ジェノ「ああ?! ウニとデブが調子乗ってんじゃねーぞ! 切り刻んだろか?!」

葉隠「わあああ! 来んな! こっち来んじゃねえ!」

山田「ひっ! やっぱり!!」

K「よせ!」


ジェノサイダーが鋏を取り出し、構えた!


140: 2014/07/03(木) 21:15:32.41 ID:kbs8ilsj0

K「駄目だ!」


今にも駆け出さんとするジェノサイダーの肩を慌ててKAZUYAが掴む。
反抗されるかと警戒したが、意外にもジェノサイダーはすんなり引いた。


ジェノ「……チッ、しゃーねーな」

K「頼む。問題を起こさないでくれ。……お前達もだ! 危険だと思うなら
  尚更挑発するような真似はするんじゃない! いいな?」


KAZUYAが警告するが、葉隠と山田は怯えつつも未だジェノサイダーを睨んでいる。


葉隠「納得出来ねえ! なんで人頃しを野放しにすんだ!」

山田「そうですよ! 理不尽だー!」

K「確かに翔は殺人鬼だが腐川は違う。今回の件で腐川が部屋に篭ってしまったのは
  お前達も知っているだろう! これ以上腐川を追い詰めたくないのだ!」

山田「殺人鬼に人権なんかありませんよ!」

葉隠「そうだべ! 二重人格だかなんだか知らねえけど、結局そいつだって
    腐川っちの一部なんだろ? じゃあ同罪じゃねえか!」

ジェノ「ああ?! アタシとアイツは同じであって同じじゃねえって言ってんだろが!」

桑田「せ、せんせー……どうするよ? 確かに今回ばっかりはアイツらの言うこともわかるぜ?」

K「…………」


141: 2014/07/03(木) 21:24:12.63 ID:kbs8ilsj0

KAZUYAは俯いた。……そうだ。危うく不二咲は殺されそうになったのだ。しかも今回に限らず
ジェノサイダーは過去に大勢の人間を頃している。人を救う医者とは真逆の存在だ。

断じて許すべきではない……


K「……そうだな。お前達の言う通りだ」

舞園「西城先生……」

大神「西城殿……」


だが――


K「それでも……俺は腐川を助けたい!」

葉隠「ハァ? 正気かいな? オメーさん、腐川っちにはしょっちゅう嫌み言われてたじゃねえか」

K「関係ないさ。俺は腐川のことをあまり知らん。ほとんど話したこともない。
  むしろ、あの卑屈でネガティブな性格は正直扱いづらくて困るとさえ思っていた」

K「だが、これほど強烈な人格を生み出すということは過去に色々あったはずなのだ!」

山田「そんなの言い訳になるかぁ! 人頃しを庇うなんて見損ないましたよ、西城医師!」

K「俺は弱っている者、苦しんでいる者を見捨てることはどうしても出来ん!
  だから頼む! ここにいる間だけでいいから、翔を見逃してやってくれ」

葉隠「だーからってなぁ……」


142: 2014/07/03(木) 21:33:43.27 ID:kbs8ilsj0

山田「イヤですよ! 殺人鬼と一緒なんて!」

K「俺が頭を下げる。この通りだ!」

桑田「せんせー……」


いつまでも不毛な言い合いが続くかと思われたが、ガタンと椅子を蹴り飛ばす音で中断された。


ジェノ「あー、うっせーうっせー。お食事ーって気分じゃなくなっちゃったじゃないの!」

ジェノ「言われなくたってテメエらの汚ねーツラなんて見たくないから部屋に戻るっつーの」

K「翔?」

舞園「翔さん?」


バタバタと食堂を出て行くジェノサイダーをKAZUYA達は追い掛ける。


ジェノ「…………」

K(もしや、気を遣ってくれたのか?)

K「……すまんな」

ジェノ「べーつにー。つかセンセが謝ることじゃないっしょ。アタシのこともアイツのことも。
     アタシらが自分でやりたいと思ったことやってるだけなんだしさー」


144: 2014/07/03(木) 21:41:20.29 ID:kbs8ilsj0

K「……いや、ここにいる限り俺は保護者であり責任者だ。ここであったことは俺が全責任を負う」

ジェノ「あー、なんかカズちんのそーゆー健気でイジらしいトコちょっと萌えるかも」

K「茶化すな」

ジェノ「……あ! そうそう、ちょっと待ってちょ」

「?」


ジェノサイダーはそう言い残すと部屋に入った。一体何の用かとKAZUYA達は顔を見合わせる。


ジェノ「はい、これ。KAZUYAセンセに渡しとくわ」チャリ

K「?! これは……」

大神「部屋の鍵ではないか!」

K「……良いのか?」

ジェノ「センセなら信用出来るしね。もしアタシが外に出れなくて、アイツが
     ここで氏にかけたらアタシの代わりに引きずり出して助けといてくんない?」

K「言われなくとも。助かったぞ!」

ジェノ「じゃ、嫌われ者はそろそろ退散することにしまーす。バイバーイ!」


バタン!


145: 2014/07/03(木) 21:46:36.29 ID:kbs8ilsj0

K「……フゥ。とりあえず腐川に関しては最悪の事態だけは避けられそうだ」

舞園「それにしても、翔さん……随分と先生に好意的でしたね?」

大神「ウム。十神に関しては惚れた弱みとも取れるが、西城殿に関しては何故だろうか?」

桑田「そんなの、せんせーの人徳のおかげに決まってんじゃんか。なぁ?」

K「……さあ、どうだろうな」


この件についてKAZUYAは心当たりがあった。だが、残念ながら今は確認している余裕はない。


K「では俺は戻る。後のことは任せた」

舞園「はい。先生も、あまり無理はなさらないでください」

桑田「あ……」


去り際に、桑田が何かを言いかけた。


K「桑田?」

桑田「せんせー、その……」

K「何かあったのか? 俺に遠慮などしなくて良いぞ」

桑田「……いや、やっぱなんでもねーわ」


146: 2014/07/03(木) 21:54:02.54 ID:kbs8ilsj0

K「そうか。お前も無理はするなよ」

桑田「おう……」


表情の優れない桑田の背を軽く叩くと、KAZUYAはまたすぐに石丸の部屋に戻った。



               ◇     ◇     ◇


夜、二人っきりになるとKAZUYAは石丸にその日あったことを話しかけるのが日課となっていた。
KAZUYAは連日石丸の部屋に泊まり込んで、その面倒を一手に引き受けている。大和田から交代の
提案も受けたが、KAZUYAの方がより大柄で力も強いのと、何より緊急時には医者の自分がいた方が
良いからと、今まで通り不二咲の面倒を頼むと言って断った。


K「(ピクッ)……誰だ!」


KAZUYAは何者かが微かに扉を開けたのに気付き、すかさず警戒体勢を取る。


モノクマ「やあ、ボクだよ」

K「!」


相手が誰だかわかると、より警戒を高める。


モノクマ「ちょっとちょっと! なんでそんなに警戒する訳? ただ遊びに来ただけなのにさ」

K「今の石丸には何を言っても無駄だぞ。帰れ!」


147: 2014/07/03(木) 21:58:33.71 ID:kbs8ilsj0

モノクマ「フーン? 本当に無駄なのか試してみようか?」

K「よせ!」

モノクマ「いいじゃん。だってもう来るとこまで来てるんだよ? 先生だって本当はわかってるんでしょ?」

K「そんなことはない! 石丸は必ず元に戻る!」

モノクマ「ま、これ以上悪化なんてしないって! むしろボクの言葉が
      キッカケになって元に戻るかもよ? ボクってば優しい~!」

K「…………」


そう言われると確かにその通りなのだが、KAZUYAは石丸を庇うように立った。
しかし、モノクマは気にせず石丸の視界に入るよう回り込んだ。


モノクマ「ヤッホー! 元気? 絶望してるゥ?」

石丸「…………」

モノクマ「いつまで落ち込んでるの! 君ってば本当に迷惑な奴だね!」

石丸「…………」

モノクマ「あ、そうそう! 不二咲君が目を醒ましたのはもう知ってる?
      君がすやすや寝てたせいで大怪我して氏にかけた不二咲君が起きたよ!」

石丸「…………」

モノクマ「なんとか言いなよ……。つまんないじゃん。ほら、モノクマ音頭踊ってあげるからさ!」ア、ソレ

石丸「…………」


148: 2014/07/03(木) 22:03:57.98 ID:kbs8ilsj0

全く反応を示さない石丸に、KAZUYAは安堵なのか落胆なのか自分でもよくわからない溜息をつく。


K「……わかっただろう。貴様が何をしても無駄だ」

モノクマ「ムッカー! こうなったら意地でも反応させてやるぞー!」

K(無駄なことを……簡単に反応するならどんなに楽か)

モノクマ「ねーねー、石丸君! 君にだけこの学園のす~っごい秘密を教えてあげるよ」

モノクマ「なんと! 物理室にあるあの巨大な装置は実は空気清浄機なんかじゃなくてタイムマシンなのだ!」

K(子供騙しな……)


言うに事欠いてそれか、とKAZUYAは冷めた目でモノクマを見るが、石丸に変化が現れた。


石丸「……タイムマシン?」

K「なっ?!」

K(馬鹿な?! 反応しただと!)

石丸「タイムマシンがあれば、僕の過ちを消せる……! 兄弟を止めて不二咲君も救える……!」

モノクマ「あ、言い忘れてたけど戻れるの一分だから」

石丸「い、一分……」


石丸が固まった。文字通り、石像にでもなってしまったかのように固まった。


149: 2014/07/03(木) 22:11:11.73 ID:kbs8ilsj0

K「お、おい! 石丸、しっかりしろ! おい!」

モノクマ「うっぷぷー! 一分じゃ何も出来ないよねー! キャハハハハ!」


KAZUYAはギリッと歯ぎしりをして怒鳴る。


K「出て行けッ!」

モノクマ「まあまあ。ボクはまだ先生とおしゃべりしたいんだよ」

K「俺はしたくない! さあ、出ろっ!」

モノクマ「そんなこと言っちゃってさぁ。ボクは知ってるんだよ?」


何を、とKAZUYAが聞く前にモノクマは怪しげな笑みを浮かべた。








「――この間の裁判の立役者が、実はKAZUYA先生だってこと――」


150: 2014/07/03(木) 22:23:24.75 ID:kbs8ilsj0

K「何のことだ?」


シラを切るKAZUYAに、モノクマはもったいぶったような足取りで近付くと囁いた。


モノクマ「先生……わざと学級裁判を起こしたでしょ?」


モノクマの機械の目が、KAZUYAの瞳を射抜く。


K「言い掛かりはやめろ……」

モノクマ「いやぁ、石丸君がこんな状態で良かったよね? 生徒に聞かれたらやばいもん!」

K「俺は知らんと言っている!」

モノクマ「じゃあボクの勝手な推測ってことでいいからさ。とりあえず黙って聞きなよ」

K「…………」

モノクマ「不二咲君が蘇生した時、先生は内心こう思ってたんでしょ。――不味いなって」

モノクマ「このままでは学級裁判が起こらなくなる。学園長であるボクがお怒りだ。
      最悪、武力で先生を排除する可能性があるし生徒も傷付くかもしれない」

モノクマ「だから、先生はわざと学級裁判が起こるように仕向けた。違う?」

K「こじつけだな」


モノクマの主張をピシャリと切り捨てたKAZUYAだが、実は図星だった。

――その通りだ。あの裁判が起こるように仕向けたのは実はKAZUYAだと言っていい。


151: 2014/07/03(木) 22:33:45.58 ID:kbs8ilsj0

K(本当は……不二咲は一度覚醒しかけていた。あの場で起こして犯人の名を聞くくらいは出来た)


だがKAZUYAはそれをやらなかった。それどころか、周囲に気付かれないよう
処置をしながら、こっそりと不二咲を針麻酔で眠らせたのである。


モノクマ「学級裁判が起こらないことによる不測の事態を恐れた先生は、あえて裁判を
      起こすことにした。ま、一番の目的はボクのガス抜きってトコかな?」

K(その通り。一度でも裁判が起これば黒幕も多少は満足するだろう。怪我人が増えてきた今、
  時間稼ぎが欲しかったし、生徒達が頃し合いに対して消極的になることも期待していた)


そしてKAZUYAはモノクマに交渉を持ち掛ける。勿論、オシオキを軽減する内容だ。
もしこの要求が通らなければ、氏人を出す訳にはいかないので薬を使ってでも
不二咲を起こすつもりだった……が、かくしてKAZUYAの要求は受け入れられた。


K(確かに、起こさなくていい裁判を起こしたという意味では、
  俺はモノクマの言う通りあの裁判の立役者なのだろうな)

モノクマ「うぷぷ。先生もなかなかやるよね。目的のためには手段を選ばないんだから?」

モノクマ「気付いた時点で言っても良かったんだけどさぁ、このボクの目を欺いたことに敬意を
      表して、あえてみんなの前では黙っといてあげたワケよ! 感謝してよね?」

モノクマ「ま、先生の狙い通り物の見事にガス抜きされちゃったって言うかー、初めての
      オシオキやみんなの絶望顔に大興奮して忘れてたっていうのも大きいけどさ」

K「たわ言は終わりか? 貴様はどうしても俺を悪人にしたいようだな」

モノクマ「悪人だなんてとんでもない! ボクはヒーローを労いに来てあげたんだよ?」



152: 2014/07/03(木) 22:43:38.10 ID:kbs8ilsj0

モノクマ「ヒーローって大変だよね? 信頼すべき仲間に隠し事はしなくちゃいけないわ、嘘つき
      呼ばわりはされるわ――時には守るべき生徒すら犠牲にしなくちゃいけないんだから」

K「…………」

モノクマ「そんなに辛くて苦しくて散々悩んでるのに、未だ生徒の半分以上は理解してくれないし」

K「一人でも理解してくれる人間がいれば十分だ。……いや、誰にも
  理解されなくたっていい。俺は俺の信念に従って行動するまで!」

モノクマ「……ホント、ヒーローって損な役割だね。ボクはヒーローなんて絶対なりたくないなぁ。
      悪役の方がカッコイイし、好き放題してそれで簡単に人気出るんだから。ボクみたいに」

K「俺はヒーローなんかじゃないさ。しがない医者だ、人を治す」

モノクマ「石丸君の心は治せないみたいだけどね」

K「…………」

モノクマ「ま、今日はこのへんにしといてあげるよ。それにしてもね、ボクは驚いているんだ」

モノクマ「なかなかコロシアイが起こらない、やっと起こったと思ったら先生に妨害される。勢いで
      オシオキを軽減する約束までさせられちゃって、本来ならボクはカンカンな訳だよ」

モノクマ「なのに、ボクは今すごくすごーく楽しいんだ! 自分でも本っ当に驚き。
      人が氏ぬだけが絶望じゃないんだね? ボク、絶望については知り尽くしてる
      絶望博士のつもりだったけど、勉強させられたよ。流石先生だ!」


動かない石丸の腕をポンポンと叩きながら、モノクマは子供のように無邪気に喜んでいた。


モノクマ「ねえ、先生。最初から絶望しかないのと、小さな希望を与えてそれを目の前で
      踏みにじるのってどっちが残酷かな? ボクは後者の方が残酷だと思うんだけど」

モノクマ「そういう意味じゃ、先生はみんなの味方のはずなのにまるでボクの手伝いしてるみたいだね?」


153: 2014/07/03(木) 22:55:21.50 ID:kbs8ilsj0

K(もう、やめろ……やめてくれ……やめろ……!)


モノクマの手前強がってはいたが、KAZUYAは心の中で悲鳴を上げていた。KAZUYAとて人間だ。
教え子のおかしくなった姿を前に何日も過ごし、何も感じないはずなどなかった。だが、それを表に
出す訳には行かない。それをしたが最後、モノクマは大喜びでKAZUYAの心を折りに来るだろう。

KAZUYAに出来る唯一のことは、モノクマから目線を逸らしただ黙って耐えることだけであった。
一分一秒でも早くこの厄災が去ることを静かに祈っていた。モノクマは口角だけ上げ、嗤う。


「先生、先生」

「先生はボクのことが嫌いだろうけど、ボクは先生のことが大好きだよ」

「どのくらい好きかって言うと、ゆっくり絶望させてから頃したいくらいにね」

「ボクね、一番期待してるんだ」

「先生の絶望した顔」

「きっと今まで見てきた中でも最高の顔だと思うんだぁ」

「諦めたっていいじゃない」

「今まで散々頑張ってきたんだから」

「もうやめちゃいなよ」

「いつまで無駄なことをすれば気が済むの」

「諦めちゃいなよ」

「楽になれるよ」

「待ってるからね」

「楽しみにしてるからね」

「だから」

「早く」








「絶望してね?」

「ぶっひゃっひゃっひゃっひゃっ、アッハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!」


154: 2014/07/03(木) 23:03:12.39 ID:kbs8ilsj0

モノクマは蔑称し、哄笑し、嘲笑していた。元々モノクマは石丸を弄ぶのが目的で
ここに来た訳ではない。非力で何も出来ないKAZUYAを嘲り、馬鹿にしに来たのだ。
耳を塞いでその場にうずくまりたい気持ちを、KAZUYAはただジッと孤独に堪えていた。


「――石丸君が早く戻るようにボクもお祈りしてるよ。それじゃ、お大事に」


去り際にそう言い残すと、ようやくモノクマは部屋から消えた。


・・・


モノクマが去った後、微動だにしない石丸の前でKAZUYAは数を数えていた。

記憶を失い内通者疑惑をかけられたこと、舞園の様子がおかしいと気付いていたのに
事件を防げなかったこと、一部の生徒としか親しくなれていなかったこと――


(一体、何回だ……)


モノクマが舞園を責めた時に止められなかったこと、すぐに桑田を
他の生徒達と引き離さなかったこと、生徒達の不和を止められなかったこと――


(これだけじゃない……)


腐川の二重人格に気付かなかったこと、大和田の心の弱さに気付けなかったこと、
傷ついていた石丸と不二咲へのフォローが不十分だったこと――


156: 2014/07/03(木) 23:20:47.25 ID:kbs8ilsj0

(まだだ! まだ他にも、たくさんあるはずだ! 俺は一体何度間違えた? 俺は一体何が出来た?)


縋るような目で、KAZUYAは石丸を見る。その何も映していない、虚ろな瞳を一心に見つめる。


「石丸……聞こえているか? 聞こえてなくてもいい。ただ聞いていてくれ」

「…………」

「お前は少しも自分を責める必要なんてないんだ。お前の過ちなんて
 俺が今まで犯してきたミスに比べれば、本当に微々たるものなんだよ」

「…………」

「本当に許しを乞わなければならないのは、俺の方なんだ……」

「…………」

「俺はヒーローなんかじゃない。普通の人間だ。人間の医者だ」

「…………」

「傷付いた教え子一人救うことが出来ない、非力で情けない医者なんだ」

「…………」

「……頼む。何でもいい。何か言ってくれ……何でもいいから頼む、石丸――石丸ッ!!」

「…………」


しかし、KAZUYAの悲痛な叫びは虚しく壁に吸い込まれて消えた。石丸は何も応えない。


「…………」

「――助けてやれなくて、すまない」


KAZUYAは許しを請うように空を仰ぐと、全てが見えなくなるよう静かに目を閉じた。


175: 2014/07/06(日) 21:49:09.15 ID:zpeA1Njv0

― モニタールーム PM11:59 ―


「やあやあ。こんな時間に呼び出したりしてすまないねえ」

「…………」

「ほら、今紅茶いれてあげるから遠慮しないで座って座って!」

「…………」キィ、カタン

「山田君みたいに本場英国(笑)のロイヤルミルクティーなんていれられないけど、
 ボクのいれる紅茶は美味しいと思うよ。なんてったってボクがいれるんだからね!」トポトポ


セレスは知らないようだが、ロイヤルミルクティーは日本生まれで英国には存在しない。


「勿論、毒なんて入ってないよ! ま、そんなの君が一番よくわかってるか」

「…………」

「え、それでなんで君を呼んだかって? いや、特に用事はないけど」

「ほら、たまには連絡取るべきなんじゃない。君はボクの“内通者”なんだからさ」

「――ねえ、大神さん?」

「……楽しそうだな、モノクマよ」


突然モノクマに呼び出された大神は、真夜中に黒幕と相対することになった。だが彼女に拒否権はない。
出された紅茶にミルクと砂糖を入れて、口にする。モノクマの言う通り毒など入ってはいなかった。


176: 2014/07/06(日) 21:57:51.93 ID:zpeA1Njv0

「楽しそう? そうかな? そうかも。うぷぷぷ」

「何かあったのか?」

「あったといえば会ったね」

「…………」


モノクマの言う良いことと言えば、彼女にとって悪いことでしかない。


(こんな時間に我を呼び出してお喋りに興じようとするとは……余程機嫌が良いのだな)


いよいよか、と大神は腹を括る。


「我に動け、と言うことだな?」

「いいや。それはまだいいよ」

「……?」


てっきりそのための呼び出しかと思ったのだが、違うらしい。


「本当はさー、バンバン裏切りや氏人が出てスリル溢れる学級裁判!ってのを予定してたんだけど、
 とりあえずこの間裁判もオシオキもやったし、今のギスギスした絶望的な雰囲気も悪く無いからね」

「いや、むしろこのどうしようもない閉塞感と崖っぷち感がたまらなかったりして」

「……そうか」

(疑い合い、憎み合い、とうとう廃人まで出した今の状況を心から楽しんでいるのだな。外道め……)


モノクマの酷薄な態度に大神は憎しみを覚えたが、それでも内心安堵している自分がいた。
まだ、殺さなくていい。たとえ確定的な未来だとしても、少しでも先であって欲しい。そう願う。


177: 2014/07/06(日) 22:03:07.13 ID:zpeA1Njv0

「ま、今の雰囲気だとまた第二、第三て事件が続くんじゃない? そうなったら君もお役御免かな?」

「それはどうであろうな……」

「まさか、KAZUYA先生みたいにみんなを信じる!なーんて言わないよね?」

「……わからぬ」


答えられなかった。裏切り者の自分が仲間を信じるなどと言うのは、滑稽でしかないからだ。


「特に用がないなら、もう戻っても良いか?」

「まあまあ、ボクも時には学園長としてでじゃなく気楽にオシャベリしたいなーみたいな?」

「…………」


話しているうちに、大神はあることに気が付いていた。いや、そう思ったのは何も
今回が初めてではないのだが、どうも自分以外にまだ内通者がいるような気がするのだ。


「モノクマよ……16人目の高校生とは何だ?」

「ブフッ! ゲホゲホゲホッ!」


モノクマは飲んでいた紅茶を盛大に吹き出す。今までにモノクマが口を滑らせた様子では、
どうも自分達の中に謎の16人目の生徒が潜んでいて、それが内通者のようであった。

ジェノサイダーの存在が明るみになった時、大神は彼女がもう一人の内通者かと考えたが、
直感的に違うと感じた。何故なら彼女は純粋にゲームをしているようだったからだ。
内通者は言って見ればゲームマスター寄りであり、正確にはゲームの参加者ではない。


「それは言えないなぁ。何せ、ボクの切り札だからね!」

「…………」


178: 2014/07/06(日) 22:11:12.56 ID:zpeA1Njv0

モノクマに切り札、とまで言わせる謎の存在がまだ残っている。
そもそも自分一人でも、他のメンバーにはかなり手に余るはずだった。


(敵は手強いぞ、西城殿――)


結局夜がとっぷりと更けるまで、大神はモノクマの暇つぶしに付き合わされたのだった。



               ◇     ◇     ◇


その晩、桑田は夢を見ていた。

そこは忘れもしない、あの裁判場だ。そして今現在、追及されているのは――


『LEON……桑田君の名前だよね?』

『な……?! なに、言ってんだよ……たまたまだって……』


(な、なんで俺が……誰か、誰か助けてくれ! せんせー!)


そう思って桑田はKAZUYAの方を見るが、そこには誰もいない。
ただ、誰もいない空席がぽつんと一つあるだけだった。


(?! なんでっそんな……?!)


よく周囲を見渡してみると、いくつか以前の裁判と大きな違いがあることに気付く。
まず、不二咲がいた。そして、舞園と江ノ島の席には遺影が置かれている。


179: 2014/07/06(日) 22:17:16.15 ID:zpeA1Njv0

(ああ、そうだった……)


桑田は理解した。これは本来自分が迎えていた未来――結末なのだ。

KAZUYAはたまたま奇跡的に生き残っただけで、元々黒幕に消されていたはずだった。
その場合どうなっていただろうか。舞園は氏んでいた。いや、自分が頃したのだ。


(俺が舞園を頃したんだった……)


手に蘇る。舞園を刺した感触や血の温もりが。

瞼に浮かぶ。青ざめた顔の彼女が崩れ落ち、動かなくなった瞬間が。

聞こえた気がする。誰かに向かって言った弱々しいごめんなさいの言葉が。


『んなもん、ただのこじつけじゃねーか!』


だが、夢の中の桑田は力一杯叫んだ。
見苦しいのはわかっていたが、それでも叫ばざるを得なかった。


『反論が……あるかって? あるよ、あるある!! あるに決まってんだろーがッ!!』


だって、認めたくなかった。自分が人頃しだなんて何かの間違いだと思いたかった。


180: 2014/07/06(日) 22:20:53.69 ID:zpeA1Njv0

『証拠がなけりゃ、ただのデッチ上げだ! そんなもん認めねーぞ!』


第一、認めるということは処刑されるということである。氏にたくなかった。


『ぜってぇーに認めねーぞッ! アホアホアホアホアホ!!』


だが、感情のままに頃してしまった桑田の犯行などあっという間に暴かれてしまう。
そして遂にやって来た運命の投票で、とうとう自分がクロに選ばれたのだった。


『や、やめてくれッ! 待って! 待ってくれッ!!』

『イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ!!』

『ここから出せッ! 出してくれえええええ! 出せよおおおおおおおおッ!!』


ドンドンと扉を殴り開けようとするが、微動だにしない。
桑田の懇願などまるで聞かず、モノクマは容赦なくオシオキスイッチを押した。


『イヤだああああああああああああああああああああああああ!!』


どこからともなく首輪が飛んできて自分を捕縛すると、そのままどこかへ引きずっていく。

処刑場は涙が出るくらい懐かしいあのグラウンドを模したものだった。

ベルトで全身を拘束され、身じろぎ一つ出来なくなった桑田の前に現れたのは、

兵器のようにそそり立つ巨大な厳ついピッチングマシーン――


181: 2014/07/06(日) 22:27:34.65 ID:zpeA1Njv0

―イヤだ、イヤだ……


―ボールは人に向かって投げるものじゃない……

―誰かを傷付けるためのものじゃない……!


―誰か、誰か助けてくれよ……

―なんでもするから、謝るから、反省するから……だから!!


機械は桑田の体に照準を合わせる。

そして、そして……――



            ― 千本ノック ―



ズドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!



               ◇     ◇     ◇


「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


絶叫しながら桑田は跳ね起きた。全身から滝のように汗をかいている。


「また、この夢かよ……」


182: 2014/07/06(日) 22:34:44.68 ID:zpeA1Njv0

あの裁判で壮絶にオシオキを受けるジェノサイダーを見て、モノクマから自身が
受けるはずだったオシオキを聞いて、それからだ。桑田は毎晩同じ悪夢にうなされていた。

ふと、自分が泣いていたことに気付く。


(夢で泣くとかクソダセエ……)


乱暴に手で目元を擦りながら心の中で毒づくが、それは強がりだった。
そのくらいリアリティを感じさせる夢だったのだ。

昔読んだ漫画で、パラレルワールドと言う単語を聞いたことがある。
もしあの時こうだったら、と言うIFが描かれた並行世界のことだ。


(……もし、ここにせんせーがいなかったら……俺は間違いなく夢の通りになってた……)


もしかしたら、この夢は本当は夢ではないのかもしれない。
どこか違う次元の、KAZUYAがいない世界の自分なのかもしれない。

だから何もかもあんなにリアルで、辛くて、痛くて、苦しいのかもしれない。


(俺は人頃しだ……!!)


折角少しずつ薄らいでいた舞園に対する恐怖や後悔の念が、再び込み上げてしまった。
桑田は乱暴に毛布を引っつかむと頭まで被る。いつもは、こうして固く目を閉じていれば
いつの間にか眠っているのだが、今日に限っては何故か目が冴えていた。


(眠れねえ……)


昼間、KAZUYAに相談しようかとも思ったのだが、KAZUYAの顔色がなんだか優れない気がして、
つい遠慮して言い出せなかったのだ。しばらくはそうして布団に潜り込んでいたのだが、
ふと時計を見ると時刻はもうすぐ深夜の二時になろうとしている。


183: 2014/07/06(日) 22:40:49.58 ID:zpeA1Njv0

迷惑だと思いながらも、桑田は寄宿舎の廊下に歩み出ていた。


「…………」

(……寝てるに決まってる)


少し躊躇って、ドアの隙間からメモを差し入れる。結局すぐに引き抜いてしまったが。
そのまま戻ろうとして――鍵の解錠される音が聞こえ、ゆっくり扉が開く。


「……こんな時間にどうした?」

「あ、いや、その……わりぃ、まさかまだ起きてるなんて思わなくて……」


気まずい顔をして口ごもる桑田をKAZUYAはまじまじと観察する。
薄暗い照明でもわかるほど、憔悴した顔をしていた。目の下にはクマが出来ている。


「眠れないのか?」

「…………」

「……実は、俺もなんだ。少し話さないか?」

「でも、石丸は……」

「今は俺の針麻酔で寝ている。普段は薬を使っているが、薬品漬けでは体に悪いからな」


結局KAZUYAに押し切られ、桑田は石丸の部屋に入った。


(…………)


その様子を、学校と寄宿舎の境の物陰に立って見ている人物がいた。


184: 2014/07/06(日) 22:46:22.14 ID:zpeA1Njv0

(あれは……桑田だな。それに、話していたのは西城殿か)


気配を頃して潜んでいたのは大神だった。やっとモノクマの長話から開放され戻ってきたのだ。


(見つからなくて幸いだ。もしこんな時間に出歩いている所を見られたら、
 不審がられ色々問いただされるのは避けられなかっただろうからな……)

(しかし、二人共こんな時間まで起きているとは……眠れなかったのか?)


だがよくよく考えれば、別におかしなことでもない。石丸は生徒の中でも特に、
KAZUYAと一緒にいた時間が長かったし、桑田も何度か庇ってもらっていた。
教え子や友人が廃人になって呑気に寝ていられるような人間ではないだけの話だ。


(…………)


そこに思い至ると、裏切りという十字架が心に重くのしかかって来る。
彼らが仲間のためにあれだけやっているのに、自分は一体何をしているというのか。


(いや……我は外にいる仲間を、彼等はここにいる仲間を重んじているだけの差だ)


そう心に言い聞かせる。あまり、彼等に情を抱いてはいけないのだ。
それでも消えないしこりを胸に感じながら、大神は部屋に戻っていった。


・・・


KAZUYAに言われ桑田が中に入ると、確かに石丸は眠っている。自分から睡眠を取らない分、
一度外的要因が入ると氏んだように眠るのだとKAZUYAが教えてくれた。

土気色の顔ですっかり痩せこけた石丸は、病人というよりまるで氏人だった。


185: 2014/07/06(日) 22:53:40.10 ID:zpeA1Njv0

(石丸……)


やっぱり帰ろう、と桑田は思う。


(俺よりよっぽど苦しんでるこいつやその世話してるせんせーの前で、
 夢が怖くて眠れません、なんてみっともねーこと言えるかよ……)

「こんな時間に来といてなんだけど、俺やっぱ……」

「俺の話は聞いてくれんのか?」

「え? いや、そうじゃねえけど……」

「まあ、座れ。どうせ眠れんのならいっそ起きているのも有りだ」

「…………」


KAZUYAに促され、結局座ってしまった。よく見たら、KAZUYAの顔色も桑田に負けず劣らず酷い。
まあ、当然だろう。教え子がこんな状態になってしまったのだから、と桑田はあっさり納得する。
KAZUYAもKAZUYAで、話があると言いながらもモノクマのことを話す気など更々なかった。


「それで、どうした? 何かあったんだろう?」

「…………」

「気を遣ってくれるのは有り難いが、隠されている方が俺はかえって心配だぞ?」

「……たいしたことじゃねえんだ、本当に」

「それでもいい。話してみろ。話せば楽になるかもしれんぞ」

「実は……」


・・・


186: 2014/07/06(日) 22:58:15.51 ID:zpeA1Njv0

「……そうか」


KAZUYAは表面上はいつも通りの顔だったが、その内心は非常に波立っていた。
モノクマの行ったオシオキがここまで生徒の心に悪影響を与えていたとは……


(桑田だけではない。舞園や大和田も心配だ。……他の生徒とて、放置は出来ん)


心配事は尽きないが、まずは今目の前にいる桑田をなんとかすべきだろう。


「とりあえず、今日はここに泊まっていけ。そこの布団を使っていいから」

「え?! でも……せんせーはどうすんだよ」


石丸の治療は長期的なものになるだろうと、KAZUYAはあらかじめ寝具一式を保健室から
持ち込んでいた。そこで寝ろと言うことだろうが、それではKAZUYAの寝る場所がない。


「俺はまだまだ仕事がある。眠くなったら適当に椅子で仮眠を取るさ」

「いいって! 話したらすっきりしたし、もう大丈夫だからさ!」


子供じゃないんだからと桑田は拒否するが、KAZUYAの顔は真剣だった。


「遠慮するな。頼れるうちは頼っておけ……大和田のようになりたくないだろう?」

「なんでそこで大和田の名前が出るんだよ……」

「大和田は誰にも頼ることが出来ず、何もかも一人で抱え込み過ぎた。――その結果があれだ」

「…………」


187: 2014/07/06(日) 23:06:20.99 ID:zpeA1Njv0

「確かに男なら意地を張らねばならん時もあるが、少なくとも今はまだ違うだろう?
 辛い時は辛いと言っていいし、苦しければ俺や仲間を頼ってもいいんだ」

「……でも、それじゃせんせーは頼られっぱなしじゃねえか」

「何を言っているんだ。俺も随分お前達を頼っているぞ?」

「頼りになるのは霧切とか苗木だろ。俺は運動バカだから見回りくらいしかやってねーよ……」

「この間の裁判では大活躍したじゃないか。もう忘れたのか? お前が秘密の暴露を思いつかなければ、
 俺達は十神に頼らざるを得なかった。アイツの鼻をあかせたのだ。これほど痛快なことはない」

「そう、だけどさ……」


そうだった。確かにあの件がなければジェノサイダーの存在は明らかにならず、
学級裁判はKAZUYA陣営の決定的敗北で終わっていたのだ。だが、未だ自信を持てず
黙り込んでいる桑田の肩を、KAZUYAは軽く叩いて諭すように話しかけた。


「俺はな――お前をうちのチームのエースだと思っているんだ」

「エース? 冗談だろ?」

「野球をやっていたお前ならわかるだろう。チームには様々な役割を持った人間がいる。
 例えば、俺が監督なら霧切はコーチ、苗木はキャプテン、舞園はマネージャーかな」

「野球なら、そりゃあ俺がエースだけどさ……でも……」

「エースの役割はただ強いだけではない。みんなが辛い時に、引っ張って行ったり
 試合で悪い流れになった時に、その流れを切り替えるのもエースの役目だ」

「俺……いつも怒鳴ったり暴れたり、空気悪くしてるだけだと思うけど……」


188: 2014/07/06(日) 23:18:00.67 ID:zpeA1Njv0

「逆に考えれば、お前がいつも感情的に動いてくれるおかげで他のみんなは冷静になれると
 思わないか? お前が汚れ役になってみんなの代わりに意見を代弁しているとも取れるしな」

「……いくらなんでも、都合よすぎじゃね?」

「いけないか?」

「前から思ってたけど……せんせーってさ、変な所で開き直るトコあるよな。ハ、ハハ」


桑田は少し笑った。つられて、KAZUYAも少しだけ笑う。


(エース……エースか)


懐かしい響きだった。すっかり非日常へと変貌してしまったこの空間で、
感覚を日常に引き戻してくれた。自分がエースなら、チームを支えなければならない。


「あと、勘違いしているようだから言っておくが、見回りは最も大事な仕事だぞ」

「俺は今ほとんど外に出られんからな。外の状況は全てお前達が持ってきた情報で
 把握しているし、お前達が俺の目となり足となってくれて本当に助かっている」

「…………」

「今日はしっかり寝て、また明日から頑張ってくれるな?」

「おう、わかった。……じゃ、おやすみ」

「おやすみ」


桑田はもう遠慮しなかった。いそいそと布団に入るとあっという間に寝息を立て始める。
KAZUYAはその様子を安心して眺めていた。氏人のような石丸と穏やかな桑田の寝顔を
交互に見比べ、KAZUYAは監視カメラをギ口リと睨む。


(見ているか、黒幕よ……俺は絶対に諦めてなどやらんぞ)

(守るものがいる限り、俺は負けんッ!! 絶対にッッ!!!)


189: 2014/07/06(日) 23:27:58.14 ID:zpeA1Njv0

― コロシアイ学園生活十八日目 石丸の部屋AM7:00 ―


『おはようございます! みなさん、朝です。今日も一日ハリキって行きましょー!』


耳障りな起床メッセージと共にKAZUYAは目を覚ます。結局、KAZUYAは固い床に直に
横になってマントを被って眠った。体中あちこち痛いが、これも生徒のためだと我慢する。


(放送は流れたが、朝食会までまだ間があるしギリギリまで寝かせてやろう)


未だ起きる気配のない桑田に気を遣って、KAZUYAはそっと立ち上がる。


「お早うございます、先生」


突然、誰かに話しかけられた。


「石丸ッ?!」


バッと顔を上げると、そこには以前と変わらぬ姿の石丸が立っていた。


「気がついたのか?! 体は、調子の悪いところはないか?!」

「ご心配なく。僕はいつも通りです!」

「本当か……?! 本当に、治ったのだな!」


KAZUYAの大声で目を覚ましたのか、桑田が目をこすりながら起き上がる。


190: 2014/07/06(日) 23:37:15.47 ID:zpeA1Njv0

「ふぁああ。なんだよ、せんせー。朝っぱらからでけえ声出したりして……」

「僕のことより桑田君の方が問題です! 全く、彼の生活態度には問題がある!」

「うるせーな! ……って、石丸?! お前、戻ったのかよ?!」

「桑田! みんなを呼んできてくれ!」

「わかった!」


転がるように桑田は寝間着のまま部屋を飛び出していった。


「石丸、何か食べたいものはあるか? したいことは?」

「学生の本分は勉強です!」

「……あ、ああ! そうか、そうだな! いくらでも俺が教えてやるさ」

「任せて下さい。期末試験に向けて、みんなにきちんと勉強させるつもりです」

「? 期末……試験?」

「この間の中間試験では一部のメンバーが散々でしたからね。……ですが、
 超高校級の風紀委員の名に掛けて、今度はちゃんと全員の成績を上げてみせます!」

「……石丸」

「ところで、このプリントは職員室に持っていきますか?」








「お前……一体、誰と話しているんだ?」


204: 2014/07/11(金) 22:07:27.11 ID:Rffcq70f0

桑田「とりあえず、食堂にいた二人を連れてきたぜ!」

朝日奈「石丸が元に戻ったって本当?!」


扉を乱暴に開けて、桑田、朝日奈、大神の三人が部屋に飛び込んで来た。まだ朝早かったため、
この二人しかいなかったのだ。しかし、部屋に入るとすぐに様子がおかしいことに気付く。


大神「……西城殿? どうかされたのか?」

K「…………」


普段は生徒を心配させまいとなるべく表情を変えないKAZUYAが、珍しく真っ青な顔をしていた。


K「……声を、掛けてみてくれ」

朝日奈「え? ……い、石丸! 元気になったんでしょ? なんか言ってよ!」

石丸「朝日奈君! 君はいつもドーナツの食べ過ぎだ」

朝日奈「あ、本当に戻った?!」

大神「おお、石丸。元に……」

石丸「大神君からも言ってやってくれないか?」

朝日奈「え」

桑田「ハ?」

大神「ヌ!」

K「…………」


205: 2014/07/11(金) 22:13:27.48 ID:Rffcq70f0

石丸が振り返った方向、そこにあったのは壁だけだった。


朝日奈「石丸……さくらちゃん、ここだよ……?」

石丸「ウム、流石大神君は良いことを言う。朝日奈君聞いたかね?」

大神「我は何も言っていないが……」

桑田「お、おい……これってどういうことだよ……」

K「石丸は、重度の意識変容で譫妄(せんもう)を引き起こしている」

朝日奈「え、センモウ?」


譫妄(せんもう):軽度の意識混濁に加え、幻覚、錯覚、不安、興奮、失見当識(時間や方向、場所等が
           わからなくなる)等が見られる状態。認知症に症状が似ている。原因は脳疾患、薬物、
           大手術の影響、アルコール中毒、心理的負荷など幅広く、症状も非常に多岐に渡る。

意識障害:通常人間の意識は清明度、広がり、質的と三つの要素があるとされ、そこに障害が起きることを言う。
      清明度の低下は意識混濁と言い傾眠、昏睡等を、広がりの低下は意識狭窄と言い催眠状態等を指す。
      意識の質に変化がある場合は意識変容と呼び、譫妄、朦朧等が起こっている状態を言う。


K「……幻覚と言えば良いか。夢を見ているのだ。もしここが平和な学園だったならと」

朝日奈「夢……」


勿論、本当は違うことをKAZUYAは知っている。恐らく、石丸が見ている夢は純粋に
彼が生み出した妄想などではなく、全て過去にあったこと。つまり記憶の残滓なのだ。

これで消された記憶がメモリごと消去されたのではなく、一時的にアクセス出来なくなっていた
だけとわかり、本来なら希望に繋がるはずなのだが……今のKAZUYAにそんな余裕はなかった。


206: 2014/07/11(金) 22:19:18.01 ID:Rffcq70f0

K「…………」

桑田「な、なあ、石丸! 俺がわかるか? なあ!」

石丸「桑田君、いくら希望ヶ峰が服装に緩いと言ってもその髪と髭は度が超えている。切りたまえ!」

桑田「もう切っただろ……よく見ろよ! 今の俺を見ろって! おい!」

大神「桑田、落ち着け」


青ざめて黙っているKAZUYAの代わりに大神が桑田を止める。その後、起きだした生徒達を
部屋に呼んで代わる代わる話し掛けさせたが、石丸は一時的に何かを話してまた黙り込むか、
或いは怒鳴られて以前のように謝り出すかのどちらかだった。


・・・


石丸悪化の報が生徒のほとんどに知れ渡った後、KAZUYAは霧切に自分以外の人間をもう一人
部屋に常駐させて欲しいと伝える。今の一人体制だと緊急時に急に呼び出された時困るのと、
今後は図書室へ石丸の治療法を調べに行くなど、不在にする時間が増えると考えたからだった。

朝食会が終わって少し経った頃、早速苗木がやって来てローテーション表を見せてくれる。


(石丸を何とかしたい……譫妄まで現れるとは、場合によっては薬物治療も視野に入れねばならん。
 だが、精神系は俺の専門外だ。とにかく資料を読み込んで、出来るだけ多くの情報を集めねば)

(……いや、その前にまず舞園と大和田のフォローをするべきだな。石丸も大事だが、
 一人に集中して他の生徒の異常を見逃すということだけは絶対にあってはならん……)

(舞園は午後だ。先に大和田の話を聞こう)


207: 2014/07/11(金) 22:25:45.34 ID:Rffcq70f0

「早速だが苗木。少し不二咲の様子を見に行きたいのだが……」

「わかりました。石丸君は僕が見てるので行ってらっしゃい」

「頼んだ」

「……ほら、石丸君。一緒に勉強しようよ」


いつも前向きな苗木が、珍しく暗い顔で石丸に話しかけているのを
横目で見ながらKAZUYAは大和田の部屋へ向かった。



― 大和田の部屋 AM9:12 ―


不二咲「あ、先生!」

大和田「……先公か」


大和田はゲッソリとした顔でKAZUYAを迎えた。焦点が合わず生気を感じられない瞳の石丸に
兄弟と呼ばれ笑いかけられるのは想像以上に辛い出来事だったろう。それも、不二咲には
秘密にしなければならないのだ。大和田の心中を察し、KAZUYAは深い溜息をついた。


K「不二咲、調子はどうだ?」

不二咲「まだちょっと痛いけど、薬が効いてるから大丈夫です」

K「診せてくれ」


KAZUYAは不二咲の怪我の具合を確認し、点滴を替える。


208: 2014/07/11(金) 22:30:15.86 ID:Rffcq70f0

大和田「どうだ?」

K「ウム、順調だ。しかし、元々氏にかけた上に胸を開いている。
  抵抗力が落ちているから、しばらくは注意するように」

K「ところで、大和田に話があるんだが」

大和田「……あ? 俺にか?」


石丸のことだと思ったのだろう。口元が大きく引きつった。


K「お前、食事と睡眠はしっかり取れているか?」

大和田「ああ、特に問題ねえけど……顔色でも悪かったか?」

K「いや、この間のお仕置きを見て精神的に来ているのではないかと思ってな」

大和田「…………」


オシオキ、と言う単語を聞いて大和田の顔が更にこわばる。


大和田「キてねえワケじゃねえ。やっぱり最初の晩は悪夢とか見たぜ」

K(やはり……)

大和田が「でも、最初だけだ。今は、いろいろ忙しいからな。兄弟も……寝込んでるし。
      とてもじゃねえが、自分のことで手一杯になんかなってらんねえよ」


意外な答えだった。以前の大和田なら、もっと苦しんでいたはずだ。


209: 2014/07/11(金) 22:37:22.70 ID:Rffcq70f0

K「……強くなったな」

大和田「強くなんかなってねえ。むしろ逆だ、逆」

K「逆?」

大和田「弱くなった。すぐ弱音吐いちまうし、ビビっちまうし……情けねえったらねえ」

不二咲「そんなことないよぉ! 誰だって今の状況は辛いし怖いもん」

大和田「……で、こうしていつも不二咲に励まされる始末だ」

K「ほぅ」


しかし、言葉に反して大和田の顔は今までと比べるとどこか明るかった。


大和田「ただ、なんだろうな……すっげえ、楽になった気はするぜ」

K「楽に?」

大和田「ああ。……ほら、前はよ、俺は強くなきゃならねえ!っていつも力んでたろ? 周りに
     弱みとか見せらんねえし、男らしくとか、とにかくこうでないと!って気ィ張ってた」

大和田「でも今は、あんたや不二咲よりも俺はよええって認めちまったから、ムリする必要が
     なくなった。つれえ時はつれえって言えるし、たまにグチ吐いたり……なんかあったら
     周りに助けてもらってもいいんだって考えたら、すっげえ楽なんだ」

K「…………」

大和田「あ、でもだからって頼りっぱなしにゃならねえぞ! あくまで時々だ、時々!」

K「自分の弱さを認めるのも強さだ。――やはり、お前は強くなったのさ」

大和田「そ、そうかよ……」


210: 2014/07/11(金) 22:41:37.60 ID:Rffcq70f0

少し、照れ笑いをする。が、すぐに大和田は真面目な顔になった。


大和田「他のヤツは大丈夫なのか? 桑田とか舞園とか。特に舞園はヤベエんじゃねえか?」

K「桑田は少し堪えているな。お仕置きの内容を直接聞いてしまったのが悪かったようだ。
  今はなるべく誰かと過ごさせるようにしている。舞園は次のローテーションの時に話す」

不二咲「先生……」

K「何だ?」

不二咲「僕……ただでさえなにも出来ないのに、怪我人だけど……みんなのお話聞いたり、
     励ますことくらいなら出来るから、怪我人だから遠慮しないでって伝えて欲しいの」

K「不二咲……」

不二咲「それに、石丸君が……」

K「(ギクリ)石丸が、どうした?」

不二咲「ベッドから出られないくらい酷いんでしょう? 他のみんなも、きっと心配してると
     思うから、せめて僕だけでも元気な姿を見せてみんなを励ましたいんだ」

不二咲「そ、それにほら! みんなが遊びに来てくれた方が僕も嬉しいし……」

K「わかった。伝えておこう」

不二咲「うん!」

K「じゃあ、俺はもう戻る」

大和田「先公」

K「……ああ」


大和田はKAZUYAを呼んだだけで、その後は何も言わなかった。
だがKAZUYAにはわかっていた。大和田は、石丸を頼むと目で伝えていたのだった。


211: 2014/07/11(金) 22:46:41.61 ID:Rffcq70f0

               ◇     ◇     ◇


午後。決められた時間通り、部屋には舞園がやって来た。


舞園「こんにちは。先生、石丸君」

K「よく来たな」

舞園「何か変化はありましたか?」

K「いや……むしろ、何の反応も見られなくなってしまった」


元々、石丸の行動には三つのパターンがあった。一つは、一日のほとんどがこれに該当するが、
何もしないという状態である。二つ目は、過去の習慣をなぞった行為。そして三つ目が、謝罪や
自己否定の独り言である。そこに今回、新たなパターンとして過去の行動を再現するという物が
加わった。特徴としては、三つ目と四つ目は主に誰かが話しかけると発動しやすい。

だが、未だ確固たる法則のようなものは掴めず、ただひたすら観察するのみであった。
KAZUYAは今も机に向かい、カルテに追記し続けている。


舞園「そうですか……でも、諦めちゃ駄目です! 今日もたくさんおしゃべりしましょうね、石丸君?」

石丸「…………」

K「……その前に、君に一つ聞きたいことがあるのだが」

舞園「何でしょう? 他の皆さんの様子ですか?」

K「いや、君のことだ。この間、いよいよ生徒にお仕置きが執行された訳だが、何か影響はないか?」

舞園「ないですよ」

K「……?」


212: 2014/07/11(金) 22:53:28.93 ID:Rffcq70f0

舞園は表情一つ変えずあっさり言い切った。


K「全くないのか?」

舞園「はい。全然へっちゃらです!」

K「……そうか。なら良いが」


いくら女心に疎いとは言え、流石のKAZUYAも違和感を覚えた。思えば、これが初めてではない。
いつも別の出来事に気を取られていて、舞園の小さな違和感を見逃してきた気がする。


K(本当に、これがあの舞園なのか……?)


何度も自分を責めて、後悔して、耐え切れずにあの日KAZUYAの胸で泣いた彼女なのだろうか。


K(わからない……だが、今の舞園が精神的に安定しているのは確かだ)


薮蛇となるかもしれない。また新たな火種となるかもしれない。


K(今は、舞園を信じるしか……)


あえてKAZUYAは追及しなかった。これ以上の重荷は、如何にKAZUYAが鋼の精神力を
持っているとはいえ、避けたい所であったからだ。一方、舞園は心の中で笑っていた。


舞園(大丈夫、私は大丈夫)クスクス


213: 2014/07/11(金) 23:02:37.95 ID:Rffcq70f0

以前の自分なら、あのオシオキを見て耐えられなくなっていたはずだ。
自分は一体どんな目に遭うのか恐ろしくて恐ろしくて、眠れなくなっていただろう。


舞園(でも、私は舞園さやかじゃないから。私は脱出のための駒で舞園さやかという役だから!)


恐れるのは人としての感情があるからだ。だが自分は人間ではない。だから恐れるという
感情は存在しない。本来なら――それは本当の自分を隠す、偽りの強さだった。

しかし、偽りの強さに縋ったのは大和田と同じはずである。では何故大和田と違い、
舞園は安定しているのか。それは、人間性を捨てているかどうかの違いだ。大和田は秘密を
黙ってさえいれば問題ない、いわば守りの姿勢だった。それに対して、舞園は攻め……

弱い自分に強いと嘘をつくのではなく、弱い自分そのものを捨てて強さを得るかの違いだった。


舞園(私なんかよりも、むしろ先生の方が問題なんじゃないですか?)


朝からずっと顔色が良くならないKAZUYAを見て、舞園は危機感を抱いた。今や、この場の大黒柱は
KAZUYAである。もしKAZUYAに何かあれば、もはや脱出はおろか校内の秩序の維持すら危うくなるだろう。
表向きは普通に振る舞っているが、KAZUYAの心労が少しずつ限界に近付いているのを舞園は見抜いた。


舞園(……ここは私の出番ですかね)

舞園「西城、先生……」


視線を落とし、舞園は雰囲気をガラリと変えた。目に、涙をうっすらと浮かべる。


K「どうした……?!」


先程までケ口リとしていた舞園が突然泣き始めたのに仰天し、KAZUYAは慌てて立ち上がる。


214: 2014/07/11(金) 23:12:32.18 ID:Rffcq70f0

舞園「いえ……どうして私がオシオキを見てもなんともないか、わかりますか……?」

K「……わからない」

舞園「確かに、オシオキは怖いです。でも、それ以上に……生きているのが嬉しいんです」

K「……!」

舞園「私、本当はあの時氏んでいたんです。もう、笑うことも、歌うことも、みんなと
    遊んだりおしゃべりすることも、何も……何も出来なくなっていたはずなんです」

舞園「生きているのが凄く、凄く嬉しい……」

K「…………」


ポロポロと、溢れる涙を拭いもせずに舞園はKAZUYAを見上げる。更に、顔を少し紅潮させ、
上目遣いになりながら舞園はKAZUYAに近付いた。我ながらなんと計算高い女だろうと内心で
呆れ自嘲しながら、通常の男には必殺となる表情と声で迫る。


舞園「全部、西城先生の……お陰なんです。私、私……」

舞園「先生のこと、本当に大好きです……!!」

K「舞園……!」


普通の男が美少女のこんな艶やかな姿を見せられたら、照れて赤面するか
目線を逸らすのがもっぱらの反応である。……が、KAZUYAは勿論普通ではない。

ガッと舞園の肩を掴むと、KAZUYAは正面から力強く舞園の目を見返す。


K「ありがとう……! 俺も、君やみんなのことが好きだぞ! 君達に会えて本当に良かった!」


215: 2014/07/11(金) 23:19:46.44 ID:Rffcq70f0

その顔に照れなどは一切ない。まさしく真剣そのものである。


舞園(流石西城先生、全くブレませんね……見事なくらい予想通りな反応です。
    まあ、だからこそ信頼できるというか、安心出来るんですけど)


むしろ、こうなることがわかっていたからこそあざといくらいオーバーな演技をしたのだ。
舞園の狙い通り、あからさまな感謝と好意を示されKAZUYAは感極まっていた。


K(俺には理解者がいる。応援してくれる生徒達がいる。悪化がなんだ! 元より、すぐに
  治るようなものではないのだ。絶対に、石丸を元に戻し全員を救い出してみせる!)

舞園「元気になってくれたようで何よりです」


目論見通りに行った舞園がいたずらっぽく微笑むと、KAZUYAもようやく舞園の気持ちに気付く。


K「……心配させてしまったようだな。俺はあまり顔に出していないつもりだったが」

舞園「一人で無理しないでください。私達がついてますから。ね?」


KAZUYAの手を取り、舞園はそっと握った。


K「わかっている。君達の力も借りていくつもりだ。……しかし、ここに来てから
  俺もすっかり心配症になってしまってな。君は本当に大丈夫なんだな?」


216: 2014/07/11(金) 23:25:23.77 ID:Rffcq70f0

舞園「はい。逆に、みんなのために頑張ることが今の私の支えなので、それを奪わないでください」


舞園は大丈夫だ、と思いつつもどうもKAZUYAは彼女の様子が気になって仕方がなかった。
立ち居振る舞いが完璧すぎて、どこか無理をしているように見えたのだ。


K「……わかった。君を信じよう」

舞園「ありがとうございます!」

K「……君には敵わないな」


その晴れやかな笑顔に、やはり芯の部分で女性は強いなとKAZUYAは苦笑し、舞園はほくそ笑むのだった。








「…………」

舞園「あれ?」

K「どうかしたのか?」

舞園「いえ、なんでもないです」

舞園(今、石丸君がこっちを見ていたような……気のせいですかね?)


228: 2014/07/16(水) 20:18:29.96 ID:1KM+W5Hy0
最近更新速度が落ちている気がする。頑張らんと


>>227
貴重な情報ありがとうございます。助かります

そして、プロフィール……だと……?!
まさか各キャラの生年月日身長体重や血液型が?!

ヤバイヤバイヤバイ、早急に集めないと矛盾ががががが
そしてもしKAZUYAの身長載っていたら教えて下さい
あんなバカでかくてさくらちゃんより小さかったらどうしよう……
そこそこ背の高い朝倉とだって身長差あるし大きいと信じたい

229: 2014/07/16(水) 20:21:38.21 ID:1KM+W5Hy0

― 図書室 PM3:13 ―


他の生徒が石丸のことを見ていてくれるので、KAZUYAは久しぶりに外出し、図書室に来ていた。
そこはいつもなら、ここの主だとでもいうように十神が一角を占領して本を読んでいるはずだった。

今は誰もいない。寂しい図書室の中を突っ切り、KAZUYAは真っ直ぐ医療系の本棚に向かった。


「…………」


裁判が終わり石丸が壊れ、当然ながら元凶である十神を監禁すべきだと言う意見が出た。積極的に
ゲームに参加する意志を持ち、実際に他の生徒に攻撃を仕掛けた十神はあまりにも危険だった。
珍しく全会一致の意見となった訳だが、ここで問題となったのはどうやって監禁するかだ。

部屋に鍵をかけても中から開けられるので縛って拘束するしかないが、そうなると誰かが身の回りの
世話をしなければならない。全員十神の側にいるのを嫌がったが、最終的にはなんとか了承した。


(しかし、十神を捕まえに大神達が図書室に向かったが……奴はいなかった。それどころかどこにも)


この閉ざされた空間の一体どこに消えたと騒然となったが、何のこともない。自室にいたのだ。
そう、十神白夜は自ら自室に篭ってしまったのである。何故そんなことをしたのかと思ったが、
倉庫を調べた霧切の報告で合点した。倉庫からは水や保存食がごっそりとなくなっていたのである。


(抜け目のない奴だ……)


230: 2014/07/16(水) 20:27:54.24 ID:1KM+W5Hy0

要は裁判後、自分が拘束される流れになると予期していた十神は自ら軟禁状態を作り上げたのだった。
あまりのしたたかさと狡賢さにKAZUYAも舌を巻くが、これは完全にしてやられた。部屋に篭られては
こちらからは手を出せない。逆に十神は自由に外に出ることが出来る。行動が全く読めないのだ。
しかも、腹立たしいことに十神は高度な護身術が使えるらしく、一人の時に遭遇するのは危険だった。

KAZUYA達に出来ることと言えば、せいぜい十神が活動すると思われる夜時間の外出禁止を徹底し、
昼間もなるべく単独行動を取らないようにするくらいしか、対抗策を取れないのだった。


(幸い、十神が危険人物だという認識は全員にある。不二咲の時のように、安易に
 近付いていったりはしないだろう。見かけてもすぐに逃げれば問題はない……はずだ)


しかし、それはあくまで生徒の自主判断に任せただけで、実質放置することと同じだった。


(解決しなければならん問題は山積みだというのに……)

「……棚上げしてばかりだな、俺は」ボソ


しかし助けなければならない患者がいる限り、KAZUYAは鋼の精神力を誇った。
どんなに辛くて悔しくて泣き叫びたくても、それでもKAZUYAは堪えた。

今も尚、人知れず苦しんでいる石丸や腐川を救ってやりたかった。


(前から思っていたが、この図書室は医学の専門書――それも精神疾患系の本が充実している)


医学書が多いのは、恐らく自分が用意させたものだろう。KAZUYAはこの学園の
シェルター化計画に協力していたはずだし、医学書はいくらあっても困るものではない。


231: 2014/07/16(水) 20:35:34.15 ID:1KM+W5Hy0

(だが、健康な青少年にはあまり縁がないはずの精神疾患の本が多いのは異様だ。恐らく……)


……自分は過去にジェノサイダー翔と会っている。それも、治療目的でだ。


(だとすると、翔がやたら俺に好意的なのも説明がつく。俺が腐川の味方だと
 本能的に察し、腐川を守るために協力してくれているのだろう)


そして、これが本当ならもう一つ重要なピースに繋がる。
場合によっては今の状況を完全にひっくり返すことが出来る痛烈な一打だ。


(翔は俺を覚えている。即ち――過去の記憶を保持している可能性が非常に高い!)


多重人格者の記憶や精神構造はまだ仮説ばかりでハッキリ断言出来ることはほとんどないが、
腐川と翔が記憶を共有していないのは本人の証言で明らかだ。ならば、外力で腐川の人格の方の
記憶が消されたとしても、翔が記憶を保持する、と言ったことも有り得るのかもしれない。


(この仮説がもし真なら……強力な武器となろう。もし彼等が元々クラスメイトで、荒廃した
 外から避難するために自ら閉じこもったと理解すれば、もう頃し合いをする必要性などない!)


頃し合いの必要性がなくなれば、あの十神でさえ協力するだろう。あとは一致団結したメンバーで
内通者の偽江ノ島を締め上げ、可能ならばそのまま黒幕の所に攻め込めばいい。


(……ただ、翔一人だと証拠としてはまだ弱いな)


証拠がジェノサイダーの証言だけだと事前に口裏を合わせたと言われかねない。あと一つ、
生徒達を納得させられる客観的な証拠がいる。そして、KAZUYAはその糸口を既に掴んでいた。


232: 2014/07/16(水) 20:44:16.98 ID:1KM+W5Hy0

(アルターエゴ……! 不二咲が作ってくれた“希望”だ)


もしあのPCの中に、一つでもKAZUYAの証言を裏付けるものがあれば、それで終わりだ。
この馬鹿げた学園生活も、疑心暗鬼も、友人同士の憎み合いも……

そうすれば、また帰ってくるはずだ。あのいつも賑やかで楽しそうだった生徒達の姿が。


(いや、今はまだ……駄目だ)


半ば確信した勝利から一転、KAZUYAの心は暗雲に覆われた。

壊れた石丸、傷心の腐川。二人を何とかせずしてあの日々が取り戻せるだろうか。
そう思って、KAZUYAは何か手掛かりはないかと熱心に本の背表紙に視線を走らせていた。

……そしてあることに気付く。ここに置かれている医療書は、難解な専門書だけではなく、
KAZUYAにはまず不要な入門書が多く存在することも。シェルター計画を進めていた時の自分も、
ゆくゆくは生徒達に医療の知識を仕込もうと考えていたのだろうか。初心者用の易しい本も
なかなか充実していて、毎日石丸がそれを手に保健室にやって来たのを思い出した。


「……!!」


一瞬、強烈な感情に囚われKAZUYAは目が回りそうになるが、すぐに踏みとどまる。


(……止そう。感傷的になるにはまだ早い)


KAZUYAは強く頭を横に振り、参考になりそうな本を見繕って図書室を後にした。


233: 2014/07/16(水) 20:55:13.87 ID:1KM+W5Hy0

― 娯楽室 PM3:24 ―


葉隠「おりゃっ」


コン。

葉隠は手に持ったキューでボールを突く。ボールは転がり別のボールに当たるが、
穴には入らなかった。ビリヤード台の向こう側では山田がニヤリと笑う。


山田「フフッ、外しましたな」

葉隠「あっちゃー。こりゃ山田っちの勝ちか?」

山田「では、行きますぞ!」


山田は格好をつけてキューを構えると、ボールを突く。

コン! コン、コロコロコロ……カタン。


山田「イエスッ!」

葉隠「フゥゥ~! 山田っち意外と上手いなぁ」パチパチ

山田「運動は苦手ですが手先は器用なので。体を動かさないものはそこそこ出来るのですぞ」フンス!

葉隠「ほえー。なるほどな。でも、山田っちってそんなに運動苦手だったか?」


意外や意外、山田はその大きく膨らんだ体型に反し人並み程度には動ける男だった。
過酷すぎて氏人が出かねないことから夏の戦場とも称されるコミケで、軽やかに売り場を
飛び回り目当ての本を仕入れたりしていたので、身軽さとスタミナには自信がある。


234: 2014/07/16(水) 21:03:06.81 ID:1KM+W5Hy0

山田「一応動けるデブを自称しているので、デブの中では上位ランカーの自信がありますが、
    なにせここにいる運動系のメンバーは常識を超えていますからねぇ」

葉隠「まあ、確かにそうだな。桑田っちとか練習なしであれとか存在が嫌味だべ」


ガッハッハッと葉隠は笑うが、ふと仲間の顔を思い浮かべながら考えてみた。


葉隠(……あれ? もしかして、俺って下から数えた方が早い?)


男子の中で、確実に勝てそうなのが小柄な苗木と不二咲くらいしかいない。悲しいことに、
身長では葉隠の方が大きいにも関わらず桑田、石丸、山田には勝てそうになかった。

かと言って、女子も大神とジェノサイダーにはまず勝てないだろうし、運動系の朝日奈も
手強そうだ。霧切は護身術の心得があると小耳に挟んだ気がするし、江ノ島はなんか
女子にしては大柄でガッチリしている。舞園は容赦なく刺してきそうな雰囲気がある。


葉隠(…………)

山田「葉隠康比呂殿、どうされました? あなたの番ですよ」

葉隠「(……ま、いっか)おう、今やるべ」


帰ろうかなと一瞬思ったが、娯楽の誘惑には勝てず葉隠は再び山田と勝負を始めた。

娯楽室には現在三人の人間がいる。葉隠、山田、そして……


セレス「…………」


235: 2014/07/16(水) 21:11:42.88 ID:1KM+W5Hy0

セレスは不機嫌そうに、山田にいれさせたロイヤルミルクティーを一口飲んだ。
先程から一言も話さないセレスに気を遣って、葉隠が話しかける。


葉隠「いやー、しかし仲の良い山田っちはともかく俺まで誘ってくれるなんてどういう風の
    吹き回しってヤツだべ? ずっと部屋に篭りっきりはキツイから助かったけどな」

セレス「……何となくですわ。あと、別に山田君と仲良くなどないです」

山田「…………」シュン


セレスにギ口リと睨まれ、山田は竦み上がった。嫌な雰囲気を感じ取り、葉隠は話を終わらせる。


葉隠「そ、そうだ! ビリヤードも飽きたし、次はダーツやるべ!」

山田「……負けませんよ!」


落ち込んでいた山田だが、葉隠に誘われるとすぐに気を取り直してダーツ台に行く。
そんな二人をチラリと見て、セレスは本日何度目かの溜息をついた。


セレス(まさかこの二人に頼らざるを得ないなんて、我ながらなんと情けないのでしょう)


そう、娯楽室に山田と葉隠を誘ったのは他でもないセレスであった。勿論、天地が
ひっくり返っても一緒に遊びたいなどという理由ではない。そこには逼迫した事情があった。


セレス(……全く十神君には手を患わせられますわ)


十神を警戒していなかった訳ではない。元々危険人物だとわかってはいた。だが、まさか
犯人でもないのに白昼堂々殺人現場の撹乱をするなどと、一体誰が予想出来ようか。


236: 2014/07/16(水) 21:19:51.66 ID:1KM+W5Hy0

セレス(今までは、石丸君が筆頭となって何人か腕の立つ方々が校舎の巡回をしておりました。
     わたくしの計画にとっては邪魔でしたが、逆にわたくしの身を守る物でもありました)


今や石丸が廃人となり、KAZUYAと大和田はそれぞれ病人にかかりっきりである。
せいぜい桑田が空いている時間に警邏するくらいだが、明らかに頻度が少ない。

大神も時折見回りの協力をしているが、セレスは大神を信用していなかった。
最も、セレスは大神のみならず女子全員を信用していないのだが。KAZUYAの警戒心が
女心がわからない故のものに対し、セレスはその真逆……女心がよくわかる故の警戒だった。


セレス(わたくしの、女の勘とでもいうべきでしょうか。十神君を除けば、あとは女性陣しか
     脅威はない気がします。……カッとなっての突発的犯行を除けば、ですけれど)


所詮、男は単純なのだ。どんなにポーカーフェイスを形作っても、どんなに表面を
取り繕っても、女の直感や観察力には敵わない。だからこそ厄介と言える時も勿論あるが。

とりあえず、ずっと狭い部屋に閉じこもりっきりなのはもう飽きた。ホームである娯楽室で
のんびり羽根を伸ばしたいが、万が一十神と遭遇すれば確実に自分は殺されるだろう。
そんな時、逃げるための策としてセレスが用意した駒が山田と葉隠だった。


セレス(……まあ、葉隠君には元より全く期待していませんわ。
     間違いなくわたくしを置いてさっさと逃げるでしょうから)


葉隠は単なる時間稼ぎである。葉隠と逆の方向に逃げるか、最悪足を引っ掛けて転ばせる囮だ。
そして、山田はああ見えて意外と紳士というか、女の自分を置いて先に逃げるような真似は
しないだろう。なので、葉隠を囮にしても逃げ切れない時は山田を十神にぶつけ、セレスは
一人まんまと逃げ切るという作戦である。


237: 2014/07/16(水) 21:22:54.23 ID:1KM+W5Hy0

セレス(我ながら完璧な作戦ですわ。なんと狡賢い悪女なのでしょう)うっとり


西洋の城の豪奢な一室で、チェスの駒を弄ぶ妄想をしながらセレスは悦に浸る。


セレス(問題は……)チラ

葉隠「今度は俺の勝ちだな!」

山田「たまたまですよ。もう一回!」

葉隠「よっし、次はなんか賭けるべ」

山田「ぐぬぬ、調子に乗ると後悔しますぞ!」


ワハハハハ!


セレス(……うるさいですわね)イラッ


だが、今は仕方ない。KAZUYA達が石丸を諦めて外に出てこない限り、
十神の脅威は続くのだ。セレスは次に直近の障害である十神について考えてみた。


セレス(思っていたよりもずっと恐ろしい方でしたのね……)


あの裁判後、生徒達は部屋に閉じこもった十神とインターホン越しにちょっとした会話をした。
当然、お前のせいで石丸が廃人になったという怨み節も言われたのだが、十神はただ笑った。

その時の様子を思い出す。


238: 2014/07/16(水) 21:33:00.03 ID:1KM+W5Hy0

ダンダンダンダン!! ガッガッ、ドガッ!!


大和田『出てこい!! 十神ッ! 十神ィィィッ!!』


鬼のような形相で大和田は十神の部屋の扉を殴り、蹴飛ばしていた。拳が傷つくことも厭わない。
防音のため、その音は内部には聞こえないだろうが扉が震動しているのは目に見えるはずだ。


桑田『クソッ! このビビリ! ヒキョーモン!! 出てこいよッ!』

苗木『二人共、落ち着いて!』

大和田『これが落ち着いていられるかぁ?! 許さねえ! 引きずり出してブッ頃してやる!!』

朝日奈『ど、どうしよう?! 止めるべきなの? でも……』

葉隠『ヤ、ヤバイべ! いよいよ氏人が出るべ!』

セレス『少しは落ち着きなさいな。十神君もこうなるとわかっていたから部屋に篭ったのです』

大神『……最悪の場合、我が止めに入ろう』

霧切『十神君、どうせ聞いているんでしょ? 話がしたいのだけど』

江ノ島『あんたのせいで石丸がおかしくなっちゃったんだよ!』


その時、今までずっと沈黙を貫いていた十神がインターホン越しに発言した。


十神『……石丸がおかしくなっただと?』


239: 2014/07/16(水) 21:40:51.47 ID:1KM+W5Hy0

大和田『そうだよ! テメエのせいで兄弟の頭がおかしくなっちまった!
     会話もまともにできやしねえ! 責任とりやがれクソがあああああ!!』

十神『クッ……ハハハハハハハハハハッ!』

桑田『テメエ、どこまで人をおちょくってやがる?!』

十神『おちょくる? 敗者の末路だろう? 奴は弱かった。だから精神が耐えられなかった。
    それだけの話だ。人のせいにするなど貴様等も大概だな。ハハハハハハッ!』

大和田『この野郎おおおおおおおおおおお!!』


ダンダンダンダンッ!! ダンダンダンダンダンダンッッ!!


セレス『…………』


その後の大和田の荒れようはとにかく酷かった。巻き添えを恐れて、生徒達が部屋に避難するほどだった。
……だが、セレスにはわかったのである。扉の向こうの十神は、目が笑っていないということを。

石丸のことは確かに嫌いであったようだが、あの男にとってここにいる人間は所詮ゲームの
登場人物程度の重みしかなく、氏のうが廃人になろうが結局はどうでもいい存在だ。だから
廃人になろうが笑うほど喜ぶはずがなく、ただ大和田達を煽るためだけに意図的に笑っていたのだ。


セレス(あの方にとって、このコロシアイは本当にゲームなのです)


セレスとて命こそ懸けないが人生がかかるような大金を賭けて大勝負をすることは何度もあった。
だが、彼女は十神程割り切れないし今の状況をゲームなどと生易しく考えられない。

――この差は、どこにあるか。有り体に言えば覚悟だ。

ギャンブルに努力が全くいらないということはないし、セレスとて高度な駆け引き、洞察力、
知識等それなりに磨いてきたつもりである。だがビギナーズラックと言う言葉からわかるように、
ギャンブルで明暗を分けるのは結局の所運であり、セレスはその運を持っていた。


240: 2014/07/16(水) 21:46:32.50 ID:1KM+W5Hy0

セレス(生まれながらに勝利をプログラムされたわたくし。生まれながらに巨大財閥の
     御曹司である十神君。似たもの同士だと思っていたのですが……違うようですわね)


当然だ。十神は優れた資質や才覚を持っていたが、同じように優秀な才能と遺伝子を持つ
実の兄姉達と幼いながらに全てを賭けて戦ってきたのだから。多少の負けはあっても最後は
運で勝ってきたセレスと、全てを失うリスクを背負い綱渡りのような勝負をしてきた十神では
勝負に対する考え方も覚悟も格段に違う。この時のセレスには知る由もないことだが。


セレス(……関わらないのがベストなのでしょうね。それをわたくしが選べるかが問題ですが)


セレスは十神の事情を知らない。知らないからこそ恐ろしい。彼女も毒舌でドSを自称しているし、
嫌いな人間ならきっと容赦なく追い詰められるだろう。だが十神のように無感情で、ただ淡々と
決められたノルマをこなすが如く人を陥れ廃人に出来る人間は底が知れなかった。

大胆不敵などと生易しい物ではない。――神をも恐れぬ傲岸不遜だ。


セレス(ライバルくらいに考えていたのに、完全に甘く見ていましたわね。あの十神一族の
     御曹司だということを考えれば、むしろそれが当然なのでしょうが)

セレス(今までは西城先生や霧切さんの対応を最重要に置いていましたが、十神君に切り替えなくては)


また慣れない殺人計画を一から練り直さねばならないのかと、セレスは悩ましげに溜息を吐いた。


・・・


241: 2014/07/16(水) 21:57:17.36 ID:1KM+W5Hy0

その溜息を、山田との不仲から来るものだと勘違いした葉隠がセレスに声をかける。


葉隠「な、なあ。もう一人呼んで麻雀でもやらねえか? セレスっちもずっと一人じゃアレだろ?」

セレス「結構ですわ」

葉隠「そっか……」

山田「…………」


チラリと山田を見るとまた落ち込んでいる。今度は葉隠が溜息を吐く番だった。

職業柄人を見る術に長けているのは何もセレスだけではない。客商売をしている葉隠も同様だった。
特に同類だからか、占いにまで頼るような物欲が強い人間には鼻が利く。全員に大なり小なり疑心を
抱いている葉隠だが、要注意のセレスがやや注意な山田を引き連れ部屋に来た時は腰を抜かした。

最初は怯えて誘いを断ったのだが、セレスでは葉隠を頃すのは難しいことと、このコロシアイに
共犯は有り得ないと説明され、いい加減外に出たかった葉隠は気分転換に遊びに出たのだ。

……が、最初は楽しく遊んでいたのだが、どうにも様子がおかしい。


葉隠『なんか、セレスっちがいつも以上に冷てえ気がすんだが、なんかあったべ?』

山田『実は……』


242: 2014/07/16(水) 22:02:05.39 ID:1KM+W5Hy0

山田に聞いてみた所、セレスは山田が裁判で無実の自分を犯人扱いしたことをどうやら未だに
根に持っているらしいとのことだった。山田になんとか仲を取り持って欲しいと頼まれたので
安易に引き受けてしまったが、セレスの頑なな態度に葉隠は早くも後悔し始めていた。


葉隠(全く、なに考えてんだかねぇ……)


セレスは葉隠を取るに足らない男だと考えており、葉隠自身自分の頭が
良いとは少しも思っていなかったが、豊富な人生経験のお陰か変な所で頭が回った。


葉隠(山田っちは女子にどうこうするタイプじゃないし、なんだかんだセレスっちに
    あんだけ尽くしてるべ。冷たくするメリットなんてないだろーに)


むしろセレスにとっては数少ない味方なのだから、もっと大事にした方がいいのではと思う。


葉隠(そもそも、なんで俺を誘ったんだろうな。先生達が石丸っちや不二咲っちの
    面倒で忙しいってのはわかるけどよ、江ノ島っちとかいつも暇そうだし)

葉隠(……朝日奈っちなんて最近いつも寂しそうだから、誘えば大喜びで来そうだけどな)


自分で言うのもなんだが、メンバーの中でも特に胡散臭い葉隠を誘う理由が思い付かなかった。


243: 2014/07/16(水) 22:09:27.74 ID:1KM+W5Hy0

(もしかすっと……!)


瞬間、葉隠は閃く。


(うちの女子達って、本当はすっごい仲悪いんじゃねえか?!)


これが、肝心な所でいつも抜けている葉隠の限界であった。しかし、葉隠は気付いていないが
女性陣がそれぞれ目に見えない派閥を作り、お互いに牽制しあっているのは事実なのである。

結果だけ見れば満更間違っていないのは占い師故の勘の良さなのか。それは神のみぞ知る所である。








山田「さあ葉隠殿、早くセレス殿を説得してくだされ!」

葉隠「いや、ムリだべ。これ以上は有料だ」

山田「そんな殺生な……」

葉隠「現実はタダでなんでも出来るほど甘くねえんだ!」

山田「ヒ、ヒドス……」(´・ω・`)ショボーン


256: 2014/07/21(月) 21:40:24.74 ID:iQk3pP+90

お待たせしました。投下します

今日は久しぶりに安価があります。
最後の方なので一時間後くらいに来て頂ければ

258: 2014/07/21(月) 21:43:08.82 ID:iQk3pP+90

― 石丸の部屋 PM4:26 ―


霧切「……と言う訳です」

K「どうなるかはわからないが、今はどんな些細なことでも試してみる価値はあるな」


現在石丸の部屋には苗木、桑田、舞園、霧切、大和田とKAZUYAに協力的で五体満足な
生徒が全員集結していた。不二咲は見舞いに来た朝日奈、大神、山田に任せてある。
ローテーションで空いたメンバーと霧切で協議を重ね、その結果をKAZUYAに伝えていたのだ。


大和田「で、でも本当に大丈夫なのか? 俺達が目を離した隙に不二咲みたいなことになったら……」

霧切「問題ないわ。そのための監視よ。もし急に駆け出したりしても、寄宿舎は二階に行けない。
    学校エリアは二階まで一方通行だから、廊下に二人程配置すればそこで捕まえられるわ」


作戦はある一つの疑問から始まった。今までは必ず石丸の側に誰かがいたが、もし長時間一人にしたら
どんな反応をするかという話になったのだ。……正直、放置して正気に戻るとは到底思えなかったが、
今はどんな些細な情報でもほしいと、思い切って反応を見ることにしたのだ。


K(それに……今以上に症状が悪化することはなかろう。今は藁でも縋るしかない)


霧切「初期配置は、ドクターと私がシャワールームに隠れる。桑田君は寄宿舎奥の廊下、
    大和田君はランドリーに待機。苗木君と舞園さんが学校エリア入り口辺りで待機」

霧切「推測では学校エリアの方に向かうと思われるわ。石丸君が近付いて来たら、苗木君達は一定の
    距離を保ちながら先行して頂戴。桑田君が一番遠いけれど、足が速いから大丈夫よね?」

桑田「任せろよ! ここ最近はいざって時のためにちゃんと走り込んでたからな。
    ずっと寝込んでた石丸なんかに負けるかってんだ!」


259: 2014/07/21(月) 21:52:49.37 ID:iQk3pP+90

霧切「では、異論はないかしら?」


顎に手を当てて考えていたKAZUYAが、口を開いた。


K「……配置を、変更してもいいか?」

大和田「どこを変えんだ?」

K「霧切と舞園をスイッチする」

霧切・舞園「!」

桑田「なんで? 観察力で言えば霧切を近くに置いた方がいいんじゃねーの?」

K「ああ、霧切の観察眼や洞察力は俺も一目置いている。ただ、舞園の対人観察能力も俺は買っているんだ」

苗木「確かに舞園さんの勘の良さは凄いよね。僕なんてしょっちゅう考えてること読まれちゃうし」

K「舞園は表情や細かな仕草、人間心理、そういうのを見抜く能力が非常に高い。どうだ?」

霧切「私は構わないわ。正直、細かい人間心理の観察にはそこまで自信がなかったし、
    私も舞園さんの方が向いていると思います」

K「舞園は?」

舞園「私は……ご期待に添えるかどうかはわかりませんが、やってみます」

K「よし。では各自配置について待機していてくれ」


・・・


260: 2014/07/21(月) 22:01:44.83 ID:iQk3pP+90

石丸「…………」パチッ

石丸「…………」ムクリ

舞園「起きたみたいですよ」

K「ああ」


石丸の部屋のシャワールームの扉を少しだけ開け、そこから手鏡を使って二人は中の様子を伺っていた。


石丸「…………」キョロキョロ

K「何かを探している……?」

舞園「先生のことじゃないですか?」


それはいつもKAZUYAが見てきた反応とは違った。もしかしたら、突破口になるのではと緊張が走る。


石丸「…………」

舞園「部屋の中を行ったり来たりしてますね」

K「そうだな」


小声で話しながら、二人は注意深く石丸の様子を見守っていた。


石丸「…………ない……」


261: 2014/07/21(月) 22:07:57.50 ID:iQk3pP+90

カチャ。


舞園「あ」

K「馬鹿な。部屋を出ただと……?!」


KAZUYAの記憶の中では、石丸は部屋の中をフラフラすることはよくあるものの外にはけして出ようと
しなかったのだ。気分転換に外の空気を吸わせるは無理にしても、せめて広い空間に行けば多少は
気も紛れるのではないかとなんとかKAZUYAは外に出させようとしたが、石丸は頑として動かなかった。


K(……外へ出てどこへ行く?)


真っ先に思い浮かんだのは彼にとって思い出深い場所、保健室やサウナだった。そこならいい。
だが次に浮かんだのは教室だった。石丸にとってはトラウマしかない場所だが……


K(本当に悪化しないだろうか……)

K「追うぞ」

舞園「はい!」


二人は扉を少しだけ開け、石丸の背中を探す。霧切の予想通り、石丸はまずホールに向かった。
振り返る様子はないので、思い切って廊下に出てみる。そこで桑田が合流した。


桑田「どこに向かってんだ?」

K「……わからん」


262: 2014/07/21(月) 22:16:51.96 ID:iQk3pP+90

しかし、予想外のことが起こった。石丸はKAZUYAの予想とは違い、食堂に入ったのだ。
食堂は行き止まりなので、他のメンバーも全員やって来る。


大和田「兄弟……なにしに食堂なんか……」

桑田「ハラが減ったからなにか食いにきたんじゃねえの? あいつ点滴しかしてねえし」

苗木「いや、それはないんじゃないかな……」

霧切「そのくらい図太ければいいのだけど」

舞園「……何か話していませんか?」

石丸「…………」ブツブツ

K「何をやっている……?」

石丸「……ハッハッハッ!」

苗木「わ、笑った……?!」

霧切「きっと、また幻覚を見ているのね」

大和田「……兄弟」


ひとしきり石丸は見えない相手と会話をしていたようだが、ふと唐突に黙り込んだ。


K「何だ?」

苗木「なんか、様子が変ですね」

石丸「……うして…………のだ……」


263: 2014/07/21(月) 22:28:33.99 ID:iQk3pP+90

石丸は何かを独白しているようだった。しかし、声が小さいためよく聞き取れない。


――その時だった。


石丸「あ、あああ……あああああ! わああああああああああああああああああ!!」


石丸は唐突に頭を抱えて泣き叫び始めたのだった。そして、机に思い切り頭を叩きつけ始める。


K「発作か?! いかん!」

大和田「兄弟!」


KAZUYAが駆け寄り後ろから抱きつくように押さえ込み、大和田と桑田がそれぞれ腕を掴む。


石丸「ああああああああ! うわああああああああああ!!」

大和田「落ち着いてくれ、兄弟!」

桑田「しっかりしろよ、バカ!」

石丸「うがああああああああああああああああ!」

霧切「落ち着いて、石丸君! 私達の声を聞いて頂戴!」

K(クッ! 錯乱している! どうすれば石丸を落ち着かせられる……?!)


その時、KAZUYAの脳裏にある光景が閃いた。


264: 2014/07/21(月) 22:39:46.16 ID:iQk3pP+90

K「……そうだ、手だ! 手を握れ!」

大和田「手?! こうか?!」

舞園「石丸君! ……大丈夫、大丈夫ですよ。みんなここにいます」

苗木「そうだよ。怖がらないで、落ち着いて」


KAZUYAに言われた通り大和田と舞園がそれぞれ手を握り、全員で宥めるように
優しく語りかける。それで、やっと少しだけ落ち着いたのだった。

だが酷く何かに怯えているようで、未だ涙は止まらずガクガクと震えている。
引きずるようにして部屋に戻したが、今もベッドの上で頭を抱えてうずくまっていた。


K「悪化させてしまった……」

苗木「し、仕方ないですよ! だって、今はとにかく思いついたことを試すしかないし」

霧切「それに一つわかったこともあるわ」

桑田「なにがわかったんだ?!」

霧切「今の石丸君を一人にすると大変なことになると言うことよ」

大和田「そんなのわかったうちに入るか! 兄弟の状態は悪化しちまったんだぞ?!」

舞園「落ち着いてください、大和田君」

K「そうだ。悪化の可能性があると言うのは事前に話して、それでもやるとみんなで決めただろう?」


265: 2014/07/21(月) 22:46:11.21 ID:iQk3pP+90

未だ震える石丸の背中をさすってやりながらKAZUYAが宥める。苗木と舞園もそれぞれ肩を
さすったり手を握ったりして励まし、それに呼応するように石丸はフゥフゥと荒い息を吐いていた。
頭に巻かれた包帯には赤い血が滲んでいる。その痛々しい姿を見つめ、大和田は冷静になった。


大和田「……わりい。そうだったな。ついカッとなっちまった。すまねえ、霧切」

霧切「気にしてないわ。私も言い方が悪かったし。それに、人がいないのが駄目なら逆に人が
    たくさんいるのは良いことかもしれない。ローテーション制は正解かもしれないわね」

K「今まで通り、諦めずに何度も語りかけることが俺も肝要だと考えている」

苗木「うん、絶対に諦めちゃ駄目だ! 石丸君はまだ生きてここにいるんだから!」

舞園「希望を捨てずに頑張りましょう!」

「おう!」  「ああ!」  「そうね」



― コロシアイ学園生活十九日目 石丸の部屋PM0:20 ―


KAZUYAはローテーションメンバーである霧切と二人で精神疾患系統の専門書を読み漁っていた。
霧切が本を読み終えパタンと閉じると、KAZUYAも顔を上げる。


K「何か、関係のありそうなものは見つけられたか?」

霧切「いいえ」


霧切は暗い表情で首を横に振ると、また別の本を手に取る。
そうやっているとインターホンが鳴って、扉が開いた。


266: 2014/07/21(月) 22:55:29.75 ID:iQk3pP+90

舞園「こんにちは~」

苗木「お疲れ様です」


鼻をつく強烈で香ばしい香りと共に、舞園と苗木が入ってきた。


霧切「あら、この匂いはもしかして……」

K「良い匂いだが、なんだそれは?」

舞園「えへへ~。料理本を見ていたらおいしそうだったから作ってみました。と言っても、
    私はまだ右手を怪我しているので苗木君に手伝ってもらいましたけど。ラザニアです!」

K「らざにあ?」


幼少のみぎりから質素で和風な生活をしてきたKAZUYAは、時折患者や関係者から美食を
振る舞われることはあるものの、根本的にあまり外食をしないので洋食の種類には疎かった。


苗木「えっ?! 先生、ラザニア知らないんですか?」

舞園「そんな……じゃあ今覚えてください。ラザニアとは平たい板状のパスタのことで、それを使った
    料理のことも指します。イタリアの代表的な家庭料理の一つであり、グラタンのマカロニを
    ラザニアにして間にミートソースを挟んだ感じでしょうか。グラタンは流石に知ってますよね?」

K「え? ああ……うん」

霧切「…………」クス


やたら押してくる舞園にKAZUYAは若干引きながら頷く。霧切が珍しく少し笑っていた。


267: 2014/07/21(月) 23:00:22.80 ID:iQk3pP+90

苗木「舞園さん、ラザニアが好きなんだって」

舞園「凄く美味しく出来たから、今日はご機嫌なんですよ~!」


そう言って、舞園は盆に載せたそれを見せてくれる。確かにとても良く出来ていた。
程よく焼けたチーズの匂いと肉汁、そしてトマトの酸味が鼻腔をくすぐる。しかし、KAZUYA達の
昼食にしては何故か一皿しかない。と思っていたら、舞園は石丸の前に盆を持って行った。


K「なんだ。俺達の昼飯じゃないのか?」

舞園「残念! 今回は石丸君のために特別に作ったんです!」


ズイッと舞園は石丸の鼻頭にラザニアを突き出す。


舞園「ほーら、石丸君! ラザニア作ってみました! ラザニアって食べたことありますか?
    とっても美味しいんですよ~。今日は石丸君のために私が腕によりをかけて作ったんです」

苗木「石丸君! アイドルの舞園さんが直々に手料理を振る舞ってくれるなんて、
    こんな機会滅多にないよ! 羨ましいなぁ! ほら、ほら!」

石丸「…………」

舞園「熱々を召し上がれ! チーズが冷めちゃいますよ!」

苗木「わ、わー! すごい良い匂いだ! ヨダレが出てきちゃうなー! 僕もお腹が減ってきたよ!」


二人が何をしに来たか察し、KAZUYAと霧切は黙って石丸の様子を観察する。


268: 2014/07/21(月) 23:18:03.82 ID:iQk3pP+90

石丸「…………すまない」


チラリと視線が動いたような気がしなくもないが、結局いつもと違う反応はしなかった。


舞園「駄目ですか……」

苗木「うーん。石丸君は何も食べていないし、食欲は人間の三大欲求の一つだって聞いたから、
    そこを刺激してみれば何か反応があるんじゃないかと思ったんだけどなぁ……」

K「二人で考えたのか?」

舞園「はい。案を出したのは苗木君です」

苗木「すみません。専門知識とかないし、僕なんかの案じゃ力不足だったな……」

K「そんなことないさ。なかなか良いアプローチだと思ったぞ」


確かに成果は出なかったが、いつもと違うアプローチは病気の治療に不可欠だ。そういう意味では、
ここには個性溢れる生徒達が大勢いるから、自分一人で臨むよりはよっぽど心強かった。


苗木「ありがとうございます。そうですね。諦めたら駄目だ! また別の手を考えよう」

舞園「はい! ……あ、でもこれどうしましょう。もう一つ持って来るので
    お二人で食べてもらっても良いですか? 私達はもう食べたので」

霧切「喜んで頂くわ」

K「有り難く頂戴しよう」


実は、ラザニアから発せられる強烈な匂いのせいで二人ともかなり食欲が湧いていたのだった。


269: 2014/07/21(月) 23:26:33.25 ID:iQk3pP+90

苗木がもう一つラザニアと、ついでに自分達用の茶も持ってきて四人で話し込む。


苗木「何かいい手はないかなぁ」


色々と今後の方向性などを議論するが結論は出ない。ポツリとKAZUYAが漏らす。


K「とにかく、みんなで地道に話しかけて刺激を与えていくしかないと思うのだが……
  如何せんメンバーが固定されてしまっているのがな」

「…………」


最初は他の生徒達も積極的に石丸を訪ねて来てくれたのだが、最近はさっぱりだった。
未だ音沙汰ない十神を恐れて無駄な外出を控えているのもあるだろうが、一番の原因は
間違いなく石丸の奇行だろう。KAZUYAは石丸が過去の夢を見ているのだろうと推測出来たが、
生徒達にとっては意味のわからない不気味な独り言や行動にしか見えない。


K(正直、今ここにいるメンバーでさえ半分は義理で来ているようなものだ。俺だって意味の
  わからない行動をされたら戸惑うし……親しい間柄でなければ疎遠になるかもしれない)


そういう意味では苗木の前向きさやバイタリティは本当に助かった。苗木は何度へこたれても
時間が経てば必ず立ち直ったし、常に仲間を鼓舞してきた。KAZUYA自身励まされたこともある。
舞園がこんなに元気で頼りになったのも、きっと苗木の影響なのではないかと思った。


苗木「僕からも、みんなにお見舞いに来てくれるように頼んでみます!」

K「……頼む」


270: 2014/07/21(月) 23:34:33.34 ID:iQk3pP+90

               ◇     ◇     ◇


ピンポーン。ピンポーン……

また苗木は腐川の部屋のインターホンを鳴らしていた。


苗木「腐川さん……」


いくら鳴らしても反応はない。それでもなんとなく立ち去りがたくて、しばらく立ったまま
扉を凝視していた。よく見たら、ネームプレートに描かれたドット絵の腐川も目を逸らしている。
今後彼女と目を合わせて話す機会があるのかと、苗木は不安に思った。


(本当は、寂しいはずなんだ……)


けして仲良くしていた訳ではないし、特段話していた訳でもない。少し話をしただけだ。
それでも、その少しの会話の中から苗木は腐川の孤独を垣間見たのだった。


(先生に頼まれたからじゃない。僕自身気になってるんだ。腐川さんとは、ちゃんと話さないと駄目だ)

「よーっす、苗木じゃん」

「あ、江ノ島さん」


声を掛けられ振り向くと、そこには江ノ島がいた。


(……マズイ。確か霧切さんによれば江ノ島さんは内通者の疑いがあるんじゃなかった?)


271: 2014/07/21(月) 23:46:04.05 ID:iQk3pP+90

慎重な霧切は遠回しな言い回しをしたが、逆に霧切がそう言うということは
何らかの根拠があるということだ。警戒せねばならないだろう。


(よりによって僕は今一人だ。襲われたら一たまりもないぞ……)

「そんな所でなにしてんの? ……あー、腐川か」

「うん、ちょっとね」

「気になんの?」

「そりゃあ、気になるよ。あんなことになっちゃったけど、腐川さんは悪くないんだし……」


苗木が何気なくそう言った時、江ノ島の視線が急に鋭くなったのを感じた。


「悪くないってなんで言えんの?」

「え?」

「だって、二重人格とか言ってるけど裏人格がジェノサイダー翔だって知ってたんでしょ?
 しかもそれをずっと黙ってたんだよ? もっと早くに事件が起こってもおかしくなかったじゃん」

「そうだけど……言えなかったんじゃないかな。だって、腐川さんは
 いつも一人だったし、家族ですら信頼出来ないみたいな感じだったし……」


腐川が家族のことを語った時の、暗い表情を苗木は思い出す。


「きっと言わなきゃとは思ってたはずなんだ。でも、勇気が出なかっただけなんだよ。
 それって悪いことかな? 弱さって、誰にでもあるものだと思うんだけど」

「……そうかもね。苗木は優しいんだ」


272: 2014/07/21(月) 23:54:58.35 ID:iQk3pP+90

「江ノ島さんにはないの? そういう弱さ」

「え、アタシィ?」


聞いてからまずかったかと苗木は焦る。こういう突っ込んだことはいきなり聞くものじゃないだろう。


「あ、ゴメン! いきなりこんなこと聞いて失礼だったね」

「別にそんなこと……」

「僕、行く所があるから! じゃあ!」


そう言うと、苗木は去って行ってしまった。


(話……聞いてもらいたかったのにな)





― 苗木行動 ―

えー、久々の苗木行動でございます。仲間も選べます。
ちなみに、とあるキャラの絶望度が結構ヤバイ感じになってますので要注意。
相談する時は安価下を使いましょう。

まず一人目(十神、腐川、江ノ島、石丸以外)>>275


286: 2014/07/22(火) 00:23:53.15 ID:tpZyhE+B0
大和田、朝日奈、セレスですね。了解しました

今日はここまでです。いつまでも鬱々グダグダしてしまってすみません
もう何回か投下したらまた大きめのイベントが来ると思いますので、
どうか気長にお付き合いくだされば幸いです

あと、ダンガンSSを読んでる人なら多分気付かれたと思いますが、舞園さんのラザニア好きは
ダベミ先生へのオマージュです。1がダンガンSSにハマった切欠は偶然ネットサーフィンで
先生の作品を読んだことなので。今やってる大泉洋クロスとろんぱっちも面白いのでオススメ

セレス「勝負ですわ、ドクターK」葉隠「未来が…視えねえ」山田「カルテ.4ですぞ!」【中編】

287: 2014/07/22(火) 00:28:44.31 ID:pekGo+r4o
乙です

引用: セレス「勝負ですわ、ドクターK」葉隠「未来が…視えねえ」山田「カルテ.4ですぞ!」