307: 2014/07/27(日) 17:02:41.81 ID:Mk+ntzl20
309: 2014/07/27(日) 21:34:54.03 ID:Mk+ntzl20
とりあえず慌てて江ノ島から離れた苗木だったが、
本当は行く当てなどなかったので緊急避難的に脱衣所に飛び込んだ。
「お、苗木か」
「あ、大和田君」
脱衣所には大和田がいた。ちょうど入る所だったらしく、上着を脱いでいる最中である。
「(……危ない。女子でなくて良かった)あれ? 不二咲君は?」
「ああ。もう大分傷も塞がってきて部屋の中程度なら動いていいって言われたし、いくら仲が
良くても四六時中一緒じゃ気をつかうだろ? だから時々お互いの時間を作ることにしてんだ」
「もちろん、鍵はしっかりかけさせてるし俺か先公以外の人間が来ても絶対開けるなって言ってある」
「そうなんだ」
(確かに、不二咲君が入院してる間はほとんどずっと大和田君がついてたし、そろそろ
お互いの時間が欲しくなるよね。……特に、大和田君は石丸君の件もあるし)
不二咲はまだ石丸のことを知らない。何も知らない不二咲に対し嘘をつき続けるのは、
不器用な大和田にとってはさぞかし苦行だろう。当の不二咲が苦しげな大和田の表情を察し、
大和田の前で極力石丸の話を出さなかったから今まで保っていたとも言える。
「で、オメエはなんの用でここに来たんだ? 脱がねえってことは風呂以外の用なんだろ?」
「あ、実はね……」
大和田は部屋に引きこもっていた時の情報を知らないので、その件の説明も併せてすることにした。
310: 2014/07/27(日) 21:38:32.50 ID:Mk+ntzl20
「……そうか。女子の何人かが怪しいのか」
「うん。今回の事件で腐川さんも内通者じゃなかったみたいだから、更に狭まるね」
「つーと……セレス、江ノ島、大神、朝日奈か。下手したら全員内通者ってことかよ?」
「あ、でも大神さんと朝日奈さんの両方はないだろうって先生が言ってたよ。だから、人数が最大の
場合はセレスさん、江ノ島さん、大神さん。もしくは大神さんの代わりに朝日奈さんになるのかな」
「セレスはほぼ確定でいいだろ。あの女、前から胡散臭い感じがしてたんだ。江ノ島は……
まあ要注意ってとこか? 霧切が頭の回るヤツってのは裁判で散々見せつけられたからな」
大和田は霧切とそこまで会話をしたことがなかったが、今までの行動や言動から
彼女が只者ではない、ということは既に薄々感じ取っていた。
「ハハ……霧切さんが内通者でなくて良かったよ」
「そういや、なんで霧切は内通者じゃねえってわかってるんだ?」
「元々KAZUYA先生の知り合いで身元がしっかりしてるかららしいよ」
「成程な。それにしても……残りは大神と朝日奈か。あいつらが内通者だったら、キツイな……」
「……うん」
あのいつも明るくて元気な朝日奈が内通者だったら、こちらの精神的ダメージが大きい。
大神も何かと味方をしてくれるし、何より戦力的に敵だと考えるだけで血の気が引く。
「セレスと江ノ島……いや、もっと欲を言えばセレス一人ならいいんだが」
「……そうだね」
311: 2014/07/27(日) 21:47:27.53 ID:Mk+ntzl20
しかし、口ではそう言ったがお互い江ノ島に対する疑惑は浅くなかった。特に大和田の表情は鋭い。
(……言われてみりゃ江ノ島のヤツはちょっと怪しいんだよな。こんな状況だってのに、
他のヤツらとつるんでるところをほとんど見たことがねえ。十神やセレスみたいに一人が
好きってタイプにゃ見えねえのによ。かと言って葉隠みたいにビビってるワケでもねえし)
「大和田君はこれからお風呂?」
「ああ、最近部屋にこもりっきりだったからな。久しぶりにサウナに入りてえと思ったし……」
そこまで言って、ふと大和田は何かを考えた。
「あー、そうだ……なあ、苗木。一緒にサウナ入らねえか?」
「え?! えーっと、僕は……」
「大丈夫だ。ムリはさせねえよ。すぐに出ても構わねえからさ」
「そう? じゃあ、少しだけなら付き合うけど」
大和田とサウナに入る、ということは苗木にとって非常に覚悟のいる行為であったが、
何だか大和田の表情が優れない気がしたので、苗木も付き合ってやることにした。
「…………」
「うう、やっぱり暑いなぁ。こんな所に長時間いられるなんて、流石大和田君だよね」
「……俺だけじゃねえ。兄弟や先公もだ」
「あっ、ごめん……」
「バカ。変に気ィつかうんじゃねえよ。俺達ゃ仲間だろーが」
312: 2014/07/27(日) 21:58:09.05 ID:Mk+ntzl20
石丸の存在を思い出させたことを苗木は謝ったが、大和田は苗木のそんな気遣いを逆に一蹴した。
「うん、そうだね」
「……つっても、一人でここに来るといろいろ思い出しちまいそうだからオメエを誘ったんだけどな」
「大和田君……」
「…………」
あの裁判で己の弱さを乗り越えた大和田だったが、仲間のこと――それもこと石丸に
関してはまた別の問題だった。ガシガシと頭を乱暴に掻くと、肩を落として大きな溜息をつく。
「ハァ……ダメだなぁ、俺は……」
「駄目じゃないよ。よく頑張ってるよ。昔の君だったら、今頃きっとヤケになってたんじゃないかな」
「そうだな。……今だって、オメエになにがわかるっつって殴りかかってただろうよ」
「……シャレにならないんだけど」
喧嘩を仲裁しようとして何度か殴られかけた身としては、縮こまる思いだ。KAZUYAや石丸が
止めてくれなかったら、自分は何回巻き添えで殴られていたのだろう。そう考えると、
確かに大きな失敗も犯してしまったが、自分達を何度も助けてくれたのもまた石丸だった。
(石丸君……)
サウナで感傷的になるのは何も大和田だけではない。苗木も、特に医療実習関連で
石丸とは一緒にいることが多かったので、他の生徒よりも色々思う所があった。
そうやって男二人は過去に思いを巡らせながらサウナの熱気に身を委ねていたが、そんな時だった。
――大和田が突然妙なことを言い出したのは。
313: 2014/07/27(日) 22:06:48.44 ID:Mk+ntzl20
「ところで苗木よぉ、聞きたいことがあるんだが……」
「何?」
「いや……なんか、変なんだよなぁ。ここに来ると暑くて苦しいはずなのに、カーッと頭が
熱くなる反面どっか体の芯の部分は冷えるって言うか、なんかを思い出しそうな気がしてよ」
「思い出す?」
「ああ。なんなんだろうな、この消化不良みたいな気持ち悪さは。オメエはこういうことってあるか?」
「うーん。ちょっと僕にはわからないかな」
そうだよなぁ、と呟きながら大和田は不思議そうに首を捻る。
「なにか、すっげぇ大事なことを忘れてる気がして――時々ゾッとすんだ」
そう漏らすと、この暑さにもかかわらず大和田はブルリと大きく震えた。
「大事なこと……」
言われてみて、苗木も何か凄く大切なことを忘れているような気がしてきた。まるで、自分の
人生の一部分がそのまま消されてしまったような……。もしKAZUYAがこの場にいたら、きっと
寂しげな顔をするのだろう。……? 寂しげな顔? 何故先生が寂しげな顔をするんだ?
……と、取り留めもなく苗木の頭の中に違和感や疑問が浮かんで来たが、
あまり深く考えると同じように気分が悪くなりそうなので、無理矢理考えるのをやめた。
「……もしかして、何かいいアイディアが閃きかけてるってことじゃない?」
「そうだといいんだけどな」
「きっとそうだよ」
314: 2014/07/27(日) 22:13:07.73 ID:Mk+ntzl20
その後、二人は久しぶりに他愛のない会話をした。苗木がバイクのパーツ名を間違えても
大和田は笑って許してくれたりして、本当に丸くなったなぁとしみじみ思ったりもした。
「じゃあ、ちょっとクラクラしてきたから僕はそろそろ出るね」
「おう、なんかムリさせちまったみてえで悪いな」
「そんなことないよ。大和田君と久しぶりにゆっくり話せて楽しかったよ」
「……俺もだ。また話そうな!」
大和田はあの二つ目の事件以来、初めて心から笑っていた。
苗木もその顔を見て安心し、その場を後にしたのだった。
・・・
(あぁ~……大和田君には平気だって言ったけどフラフラする。食堂で何か飲もう)
「……あ、苗木だ」
「朝日奈さん」
食堂では、朝日奈が一人で山盛りのドーナツを食べていた。
「大丈夫? なんか顔真っ赤だよ?」
「ハハ……大和田君と一緒にちょっとサウナに入ってて。朝日奈さんはまたドーナツ?」
「うん」
「相変わらず凄い量だね」
「そうでもないよ」
315: 2014/07/27(日) 22:18:58.67 ID:Mk+ntzl20
「大神さんは?」
「多分、体育館で武術の鍛練だと思う」
「そう……(多分、思う……か)」
(朝日奈さん、最近一人でいることが多いな。モノクマに言われたこと気にしてるのかな?)
朝日奈は元々プールや体育館で体を動かしていることが多かったため、苗木の行動範囲とは
あまりかぶらなかった。しかし、最近は手持ち無沙汰に学園内や寄宿舎にポツンといることが多い。
それも、一人でだ。大神と一緒にいる時も勿論あるが、
少なくとも前ほど楽しそうにしている姿は見られなくなった。
(僕的には朝日奈さんは内通者じゃないって信じたいんだよなぁ。それに、
もし内通者じゃないならあんまり孤立化させておくのはまずいんじゃ……)
「苗木」
「なに?」
「良かったら、一緒に食べない? ……その、イヤでなければ」
そう問い掛ける朝日奈の表情には、かつての明るさなど微塵も感じられなかった。
直感的に、苗木は非常に不味いものを感じ取り、同席することにする。
(うわ……朝日奈さん、精神的にかなり参ってるよ……)
「僕で良ければいくらでも付き合うよ」
「ありがとう」
「…………」
「…………」
316: 2014/07/27(日) 22:26:17.86 ID:Mk+ntzl20
(き、気まずい! そういえば最近はずっと石丸君や腐川さんや不二咲君のことに手一杯で、
他の人達とコミュニケーションを取ってなかった。朝食会もその話ばっかりだったし)
苗木はどちらかと言うと、あまりグループに囚われず誰とでも仲良く出来るタイプの人間である。
特に、モノクマのせいで生徒達が仲違いを起こしてからは、尚更別け隔てなく接するようにしていた。
が、最近はどうしても解決しなければならない問題がいくつかあったため、仲間内で
相談することが多くなってしまっていた。内通者問題が影を落としていたということもある。
もっと直接的な言い方をすると、内通者候補の人間を無意識に避けてしまっていたのだ。
「……石丸の調子はどう?」
苗木の気まずさを悟ったのか、或いは朝日奈も同じように
気まずいと思っていたのか、先に口を開いたのは朝日奈だった。
「え? えっと、前ほど独り言は言わなくなったけどまだ時々幻覚を見るみたい」
「……そう」
「朝日奈さんにもお見舞い来て欲しいな!」
「うん……ごめんね。あんまり行けてなくて……」
「あ、その、責めてる訳じゃないんだ。行きづらいっていうのは僕もよくわかるし」
「ううん、気にしないで。私もね、行かなきゃとは思ってるんだ……」
「……やっぱり、怖い?」
「うん……」
暫しの沈黙を挟み、朝日奈は話し出した。
317: 2014/07/27(日) 22:33:29.09 ID:Mk+ntzl20
「私の中のあいつってさ、いつもうるさいくらい元気で色々と周りを仕切ってて。
一見頼りになるかと思えば、とんでもなくズレてたり突然変なこと言いだしたり……」
「ハハ、そんな所あるよね」
「でも、基本的には責任感があって仲間思いのリーダーって感じで……そんなヤツが、
まさかあんな風になっちゃうなんて……正直私もまだ受け入れられないというか」
「うん、わかるよ……」
「ううん。苗木には、多分わからないと思うよ」
「えっ」
予想外の言葉に苗木は戸惑う。だが、朝日奈の言葉に悪意や敵意のような感情は
感じられなかった。そのまま朝日奈は淡々と続ける。
「KAZUYA先生も苗木も強いよね。先生は仲良くしてた桑田に殺されかかったのに、それをずっと
黙っててしかも庇ってあげた。苗木は舞園ちゃんに利用されても、すぐ許してあげたし」
「…………」
「私はなんで……あの時庇ってあげなかったんだろう。十神の言うことなんて無視すれば良かったのに」
「朝日奈さん、それは違……」
「違わないよ!! 確かに石丸のやったことはみんなを危険にしたかもしれないけど、
わざとじゃないんだし、そもそも精神的にかなり疲れてるみたいだった……」
苗木の言葉を遮ると、溜めていたものを吐き出すかのように朝日奈は叫んだ。
次の瞬間にはまた元のように視線と声を落としていたが、その言葉は切々としていた。
318: 2014/07/27(日) 22:40:30.12 ID:Mk+ntzl20
「思えば、いつもみんなのためにってどこかムリしてる感じだったし。
多分……裁判が始まった時には、もうどこかおかしくなってたんだと思う」
「せめて、あの時みんなで庇ってあげてたらここまで酷いことにはならなかったかもしれないのに」
「…………」
「大人の先生はともかく石丸は私達と同じ高校生なんだから、リーダーだからって
あれもこれも任せ過ぎちゃダメだったんだよ! もっと色々協力してあげてたら……」
「朝日奈さん!」
苗木の苦しそうな呼び声で、朝日奈は我に返った。
「あ、ごめん……グチばっかり言っちゃって……」
「ううん。愚痴ならいくらでも言っていいんだ。僕は平気だから。……でも、
もしあの時こうしていればって後悔しても、それは何にもならないよ」
「…………」
「大丈夫。石丸君は少し疲れて休んでるだけ。みんなで話しかければきっと良くなる」
「そうだね……」
「まだ気持ちの整理がつかないなら今は無理しなくていいから。落ち着いた頃においでよ。ね?」
「……うん」
(苗木は、強いな……)
石丸の見舞いには行けなくなった朝日奈だが、不二咲の見舞いには何度も行っていた。
だが、不二咲はいつも石丸は大丈夫だろうか。早く元気になって石丸に会いたいとそればかり
言うので、すっかり朝日奈は気が滅入って最近は不二咲への見舞いすら行けなくなっていた。
(私も、本当はもっとみんなのことを手伝わなきゃいけないのに……)
319: 2014/07/27(日) 22:55:51.79 ID:Mk+ntzl20
折角大神と離れて自由な時間がたくさん出来たのだから、他の生徒と一緒になって
積極的に病人の介護をすべきだと考えてはいたが、いざやろうと思っても出来ないのだ。
そんな自分の弱さを直視し、朝日奈は度々自己嫌悪に陥っていた。
……石丸が元気だったら、そんな彼女に大丈夫かと声をかけてくれただろう。鈍い男ではあったが、
落ち込んでいる人間に気が付かない程ではなかった。何より彼は内通者の存在など信じていなかった。
それが必ずしも良い結果を生み出すとは限らなかったが、彼女に対しては良い方向に作用しただろう。
「今はまだムリだけど、絶対行くから……先生にもそう伝えておいてもらえる?」
「うん、わかった。……でも、あんまりムリはしないでね?」
「……ありがとう」
そして、空いた皿を片付け朝日奈は食堂から去って行った。
一人その場に取り残された苗木は、朝日奈との会話を脳内で反芻する。
(……朝日奈さんは、内通者じゃないんじゃないかな。あんな表情が演技で作れるものだろうか)
(先生じゃないけど、女心って難しいなぁ……)
・・・
そうやって苗木があれこれ考えていると、食堂にある人物がやって来た。
「おや、苗木誠殿。お一人ですか? 珍しい」
「あ。山田君」
そこには盆にティーセットを載せた山田がいた。
「またセレスさんにお茶を淹れてるの?」
「はい。そうです……あ、そうだ! 苗木殿に、折り入ってお願いしたいことがあるのですが」
「?」
320: 2014/07/27(日) 23:03:19.91 ID:Mk+ntzl20
― 娯楽室 PM3:51 ―
苗木が山田と共に娯楽室に入ると、まず真っ先に目に入ったのは中央に陣取るセレスの姿であった。
次に、セレスから鬱陶しそうに睨まれているがそれに全く気付いていない葉隠の頭が目に入る。
セレス「あら、苗木君ではありませんか」
葉隠「お、苗木っちも遊びに来たんかー?」
苗木「やあ、セレスさんに葉隠君」
セレス「娯楽室に苗木君が来るなんて、珍しいこともありますわね」
苗木「まあ、たまにはね」
山田「な、苗木誠殿がどうしても来たいと言ったので、連れてきてしまったのですが……」
セレス「一緒にポーカーでもやりますか?」ニコリ
苗木「う、うん。そうさせてもらおうかな」
山田「…………」
山田に一瞥すらくれないセレスの態度に苗木は聞いていた以上に深刻なものを感じ、
とりあえずセレスの向かいの席に座った。羨ましそうに見つめる山田の視線が刺さって痛い。
葉隠「お、ポーカーすんのか? なら俺も……」
山田「葉隠康比呂殿! 僕はあなたにダーツの一騎打ちを挑みます! ささ、こっちへ……」
葉隠「え、ちょ、引っ張らないでくれって! おいおい!」
山田は無理矢理葉隠を引っ張ると、苗木に熱苦しくアイコンタクトを送る。
苗木はそんな山田に曖昧に頷き返すと、セレスへ向き直った。
苗木(山田君にセレスさんとの仲を取り持ってくれって頼まれたけど……どうしたものかな)
321: 2014/07/27(日) 23:08:34.61 ID:Mk+ntzl20
セレスと山田が揉めているのは朝食会の時の態度などでも明らかだったが、果たしてセレスと
以前のように仲良くなるのが山田にとってプラスなのかマイナスなのか苗木には判断つかなかった。
何故ならセレスは内通者かもしれないのだ。もしかしたら、これを機に彼女と距離を取る方が
山田にとっては結果的に良いのかもしれない。だが、万が一濡れ衣だったらと思うと……
セレス「苗木君、どうかされましたか?」
苗木「あ、ううん! 何でもないよ!」
セレスに話しかけられ、苗木は考えを中断した。なるようになるしかない、と腹を括る。
セレス「うるさいのがあちらへと行きましたし、早速勝負と行きましょうか。何を賭けますか?」
苗木「え?! 何か賭けるの?!」
セレス「当たり前です。わたくしは超高校級のギャンブラーですのよ?
ノーレートでの勝負など認めません」
苗木「でも、先生はノーレートで勝負したって聞いたけど……」
セレス「流石に教員相手に賭博は認められませんからね」
苗木「そんな、相手によって変える程度の矜持 セレス「お黙りなさい」
苗木「……はい」
セレスに押し切られ、苗木は山田の代わりにロイヤルミルクティーを淹れる権利や
半日パシリ券など適当な物を賭けて勝負をすることになってしまった。
セレス(フフッ、鴨が葱を背負って来るとはこのことですわね)
最悪だ、と内心呟く苗木に対してセレスは上機嫌だった。そう。元々庶民の苗木に対して
セレスは賭ける物など期待していない。そもそもここで金銭を賭けても使う場所がないのだから。
322: 2014/07/27(日) 23:15:00.34 ID:Mk+ntzl20
セレス(苗木君……一度は殺害対象として諦めていましたが、こうして一人でわたくしの所に
ノコノコ現れるとは、思っていたより警戒心は薄そうですわね)
セレス(まあ、苗木君は見たままの性格でしょうがよく観察する絶好のチャンスですわ。
ここでパシリの約束をさせておけば、後々役に立つ可能性もありますし)
苗木(セレスさん、笑顔が怖いよ。絶対何か悪だくみしてるよ……)汗
ポーカーフェイスは完璧のはずなのに、既にセレスの考えは苗木に読まれていた。
セレス「では、勝負です」
苗木「うん……(勝てる気がしない……)」
そして一時間後。
苗木「あ、ああ……」
セレス「まさかこれほど弱いとは思いませんでしたわ。本来なら一文無しで身売り確定ですわね」
苗木「う、セレスさん……それはちょっと……」
セレス「どうです? わたくしの執事となって一生わたくしに尽くすというのは?
大サービスと言いますか、むしろこの上ない最上級の名誉だと思いますが」
苗木「いや、えっと、それは……困るというか……」
苗木「あの、今はやらなくちゃいけない仕事とか当番とかあるから……勘弁してください」
セレス「…………」
苗木(どうしよう……この顔は何か無茶を言ってくる顔だ。
いや、今の時点でも十分無茶なこと言ってると思うけど……)
セレス「いいでしょう」
苗木「……は?」
323: 2014/07/27(日) 23:30:40.30 ID:Mk+ntzl20
予想外の言葉に苗木は耳を疑う。セレスは特に変わった素振りも見せず紅茶を口に運んだ。
セレス「今日の所は半日パシリ券三枚で勘弁して差し上げると言ったのです」
苗木「ほ、本当?!」
セレス(フフ……ここで恩を売っておけば、苗木君はわたくしに感謝して今後も色々
尽くしてくれるはず。……そうなれば、殺害のチャンスも自然とやってきますわ)
表面はニコニコと笑いながらも、セレスは未だに頃しの算段をしていたのだった。
セレス「ええ。ただし、その代わりといってはなんですが時々ここに顔を出してくださる?
いい加減あの二人の声を聞くのは飽き飽きしていましたので」
チラリとセレスが視線をやった方を苗木も見やる。
山田「葉隠殿! ババ抜きに占いを使うなど卑怯ですぞ!」
葉隠「うるせえ! 世の中勝った方が正義なんだべ! どんな手を使っても勝てばいいんだ!」
山田「あんまりです!」
葉隠「とにかく、この水晶ドクロは頂いていくべ! 実は前からずっと狙ってたんだ」
山田「ああー、折角ガチャガチャで出した僕のコレクションがー!!」
ワイワイギャーギャー。
苗木「……………………」
セレス「わたくしの言いたいこと、わかって頂けました?」
苗木「……うん」
324: 2014/07/27(日) 23:40:54.75 ID:Mk+ntzl20
セレス「苗木君は素直でよろしいですわね。もう少しでCランクに昇格出来ますわ」
苗木「Cランク?」
セレス「わたくし、周囲の人間をランクごとに分けるクセがありますの」
苗木(悪趣味なクセだな……)
セレス「平均はDランク。わたくしがなんの興味も抱かないレベルですわ。この学園の大半の方は
ここに該当します。そして、最低はF。存在も許せないレベルですわね」
苗木「ちなみに、あそこの二人は……?」
セレス「限りなくFに近いEでしょうか。本来Fの人間は機関に頼んで暗頃してもらうのですが、
あの二人に限ってはここに監禁されていてかえって幸運でしたわね」
苗木(え、冗談だよね? ……冗談であってほしい)
苗木はセレスの言葉の真偽がわからずただただ混乱する。でっち上げだと言い切れればいいが、
この学園に通うような人間だと実際に出来る気がするから困りモノである。
セレス「ちなみに、AはおろかBランクでさえ世界中探してもどこにも存在しません。
つまり、現段階ではCが最高ランクとなりますわね。頑張ってくださいまし」
苗木「あ、うん(何を頑張ればいいんだろう……)」
セレス「更に」
そこで会話は終わらずに、テレフォンショッピングのようにセレスは畳み掛けた。
セレス「Cランクとなれば、わたくしの下僕である“ナイト”になることも可能です」
苗木「へえ……」
セレス「苗木君なら良いナイトになれると思うのです。オススメしますわ」
苗木「はぁ。……あの、普通の友達じゃ駄目なのかな?」
セレス「わたくしのナイトでは不服と?」
325: 2014/07/27(日) 23:49:43.53 ID:Mk+ntzl20
苗木「いや、そういう訳じゃないけど……」
セレス「……舞園さんのナイトは喜んでやっているみたいですが」
苗木「なんでそこで舞園さんの名前が出るのさ?!」カァァ
舞園の名前を出され思わず苗木は赤面する。その反応を見てセレスはあからさまに顔をしかめた。
セレス「……チッ」
苗木「舌打ちはやめてよ……」
・・・
苗木(ハア、何とか身売りは避けられたけど散々な結果だった。結局セレスさんが内通者なのか
そうでないかはわからなかったけど、油断が出来ない相手だっていうのはよくわかったよ)
山田「なーえーぎーまーこーとーどーのー!!」
苗木「あ、山田君。どうしたの?」
山田「セレス殿の反応はどうでした? 僕のことは許していただけましたか?!」
苗木「あ……ごめん。勝負でいっぱいっぱいになってて、すっかり忘れてたよ……」
山田「ななな、なんとォッ?!」ガーン!
苗木「あ、えーと……ごめんね?」
山田「ぬおぉ。やはり、拙者はもう二度と許してもらえないのか……(´;ω;`)シクシク」
苗木「本当にごめん。次はちゃんと話しておくから……」
山田「頼みましたぞ……」
山田の恨めしげな目線から逃げるように、苗木は寄宿舎に戻った。
336: 2014/08/02(土) 01:29:39.12 ID:YN8x2M4Q0
◇ ◇ ◇
苗木は娯楽室から寄宿舎に戻ると、もう一度腐川の部屋に寄った。相変わらず反応が
得られなかったので、そのままローテーション通り石丸の部屋へと向かう。
「こんにちは」
「ああ。今日は、何かあったか?」
苗木はいつものようにその日あったことをKAZUYAに話し、KAZUYAは黙って聞いている。
(朝日奈か……難しいな。俺としても、内通者でないなら是非引き込みたい所ではあるが……)
KAZUYAとしては、毎朝朝食会の前に集まって仲良くしていたメンバーは信じたい。
あの楽しかった時間が嘘ではなかったと信じたい。信じたいが、自分の判断ミスで散々生徒を
傷つけることになってしまった手前、どうしても今一歩の所で煮え切ることが出来なかった。
「腐川はどうだった?」
「相変わらず、出てきてくれませんでした」
「そうか……」
「腐川さん、大丈夫かな……」
「ムゥ、翔がこの間食事を摂ってくれたがまた丸一日空いてしまった。
中で倒れられていたりしたら心配だ。いよいよ鍵を使うしかないな」
「石丸君は僕が見ているので、行ってあげてください」
「わかった。頼む」
337: 2014/08/02(土) 01:33:37.94 ID:YN8x2M4Q0
― 腐川の部屋 PM5:04 ―
KAZUYAは預かった鍵を使い腐川の部屋に侵入した。……ただでさえ密閉されているのに、
空気が澱んでいる。それに、女性の部屋にこんな感想を持つのはどうかと思うが、少し臭った。
「腐川」
腐川はベッドに力無く横たわっていたが、KAZUYAの声を聞き仰天して跳ね起きる。
「な、な、なんであんたがここにっ……?!」
「翔が、俺に鍵をくれた。君にもしものことがあれば助けてほしいと」
「ハァ?! アイツが?!」
「心配していたようだぞ」
「ば、馬鹿らしい! アイツは殺人鬼よ。アタシの身になにかあったら自分が困るからでしょ!」
「本当にそれだけだろうか?」
「……なによ」
「いや、とにかく外に出ないか? みんな心配している」
「嫌よ! 心配? そりゃ監禁されてるうえメンバーに殺人鬼がいれば殺されないか心配よね」
「そうではない! 君の心配だ。ハッキリ言おう。確かにメンバーの中には翔を
怖がっている者もいる。だが純粋に君のことを心配しているメンバーもいるのだ」
「嘘よ! アタシは不二咲を殺そうとしたのよ?! 人頃しじゃない!!」
「不二咲は怒ってなどいない。それに、他の誰がなんと言おうと俺は君を救いたいのだ!」
338: 2014/08/02(土) 01:43:30.42 ID:YN8x2M4Q0
KAZUYAがそう叫ぶと、腐川は少し俯いた。
「……まるで、小説の主人公がヒロインに言うような台詞ね」
「作り話と言いたいのか? だが、病院で様々なドラマや人間模様を見てきた
俺だからわかる。現実は時に物語を凌駕するぞ。俺の気持ちに嘘はない」
「ふん、救うってどうやって? 霧切から聞いたわよ。石丸がおかしくなったそうじゃない」
「…………!」
KAZUYAは、自分の顔が引きつったのを他人事のように感じていた。
「あいつ、あんたに憧れて医者になるとか言い出してしょっちゅう保健室に通ってたわよね。
そんな大事な教え子すら救えないあんたが、一体どうやってアタシを救う訳?」
「…………」
何も言い返せない。ここで言葉を失うのは説得力に欠けるとわかっているのに。
だが、それだけKAZUYAの心の中で石丸のことは大きく占めていたのだ。
KAZUYAが今まで生徒には見せたことのないような哀しげな顔をしたことに、逆に腐川が動揺した。
「ほ、ほら! 今だってアタシみたいなうざい根暗、どうなってもいいって考えたでしょ!」
「わかってんのよ、アタシには全部! アタシみたいな憎たらしい人間が
誰かから愛される訳ないってことくらい……! はっきり言えば良いじゃない!」
「それは違うぞ! 俺は……」
「出てって! 話はもう済んだでしょ! 出ていきなさいよ!」
339: 2014/08/02(土) 01:47:59.85 ID:YN8x2M4Q0
「落ち着いてくれ! とりあえず食事だけでも摂って欲しい! このままでは氏んでしまうぞ」
「望むところよ!」
KAZUYAは暴れる腐川の両腕を掴むが、一度起こったヒステリーは止まりそうにない。
(クッ、やむを得んか)
「すまん、腐川」
仕方なく、KAZUYAは持ち込んでいた胡椒を腐川に振り掛けた。
「ふぇ、ぶぇっくしょぉん!」
女子高生としては少々どうかと思う盛大なクシャミと共に、腐川は一変する。
「どーもー、意外と家庭的な殺人鬼でーす。アレ? KAZUYAセンセじゃないのー?」
「…………」
「どしたん? なんか泣きそうな顔してるけど。だいじょぶー?」
「……いや、大丈夫だ。それより、また腐川の代わりに食事を摂ってくれないか?」
「あー、あのバカまーだ絶賛ハンガーストライキ中ってワケ? どんだけ根暗なんだっつーの」
「俺が悪いのだ。腐川の説得に失敗した」
「別にセンセは悪くないっしょ。あいつのメンタルが豆腐なだけだし。そーやって、なんでも
かんでも自分のせいにしてると病気になっちまうぜ。これが本当の医者の不養生。なんちって!」
「……騒ぎになるとまずいから、俺が同行する」
340: 2014/08/02(土) 01:54:29.85 ID:YN8x2M4Q0
・・・
幸い、食堂にジェノサイダーを目の仇にする者はなく、ただ大神と朝日奈は無言でその場を離れた。
ガツガツと元気良く食事を楽しむジェノサイダーに、KAZUYAはふと問い掛ける。
「翔よ、一つ聞きたいことがあるのだが」
「なーに?」
「俺のことをどう思っている?」
ジェノサイダーはブフォッ!と盛大に吹き出してむせた。
「ちょ、ちょっとちょっといきなりなにぃ?! まさか愛の告白?! 悪いけど、
アタシにはもう白夜様って人がいるから愛人くらいならまあ考えてあげても……」
「違う」
「ですよねー。カズちんがそんな大胆なこと出来るワケないもんねー。ゲラゲラゲラ!」
「純粋に俺のことをどう思っているのか聞いてみたかったんだ。好きか、嫌いか」
「そりゃ好きに決まってんじゃーん。ぶっちゃけ一時期命狙ってたことあるし」
「……どうしてだ?」
「どーして、って萌える男を頃すのがアタシのアイデンティティだし、それをどーしてと言われても」
「いや、そうではなくどうして俺のことが好きなんだ?」
「えぇー? 言わせちゃう? それ乙女に言わせちゃう?!」
「俺は真剣に聞いてるんだ……」
341: 2014/08/02(土) 02:09:40.14 ID:YN8x2M4Q0
「今日のセンセ、ノリわるー。そりゃいくら殺人鬼だからって節操なく殺るワケじゃなくて
アタシは美学を持った真っ当な殺人鬼だからね。敵か味方かくらいは認識出来るわよ」
「俺は味方だから好きなのか?」
「ま、そういうこと。……マジメな話をすっとセンセはアタシのこと理解してくれるし」
「理解?」
すると、珍しくジェノサイダーは神妙な顔をして箸を置き頬杖をついた。
「根暗がここに来てから、アタシは治療っつー目的でいろんなヤツに会わせられたワケ。
脳科学者、心理学者、カウンセラーに神経学者とか。現役の超高校級もOBも問わずね。
それこそ、センセと同じ超国家級クラスのお偉方とも何人か会ってきたわよ」
(……やはり、ジェノサイダーは過去の記憶があるのか!)
それに対してはKAZUYAの想像通りでありさして驚きはしなかったものの、
ジェノサイダーがその後にした話は少なからず驚く羽目になった。
「でもさ、治療って目的よりもなんか実験目的みたいな空気をアタシは感じちゃってさぁ。
センセは病院で人間の表と裏を散々見てるから知ってんだろーけど、どんな聖人だって
裏側があんだっつーの! 一歩間違えばみんな反動でアタシみたいになるんだっつの!」
「それなのにアタシをまるで頭おかしいサイコ野郎みたいな目で見てよぉ。人を実験動物みたいに
扱いやがって。明らかに治療と関係ない実験も散々やらされたしさぁ! 多重人格の人間の
人権は無視かっての! あー思い出したらイライラしてきた。殺っときゃ良かったぜ!」
「それは酷いな……」
(誇張でないならば、希望ヶ峰の関係者が人体実験紛いのことをしていたということか? しかも、
話を聞く限りではどうも学園側の公認でやっていたように思えるが。一体何の目的で……)
342: 2014/08/02(土) 02:14:56.38 ID:YN8x2M4Q0
KAZUYAは不審に思ったものの、ジェノサイダーの言葉に意識を戻した。
「でさ! どうも根暗の方も同じこと考えてたっぽくて、それでセンセに相談に行ったんじゃーん」
「そうだったのか……すまん。実は、俺は頭部の怪我が原因で記憶の一部がないんだ」
「えぇ?! KAZUYAセンセったら忘れちゃったのーん? アタシとのあのあっつーい日々をさぁ!」
「……すまない」
「ま、いいけど。とにかくセンセは他のヤツらと違って、マジメにアタシらの話を
ちゃんと聞いてくれたし、専門外にも関わらず治療しようといろいろしてくれたワケ」
「だが、結局治せなかったんだろう?」
「ぶっちゃけなんの役にも立ちませんでしたー!」イェーイ!
「…………」
「あ、まーまー。そんな落ち込まないでって。治されたらアタシ消えちゃうしー、まあそこは
失敗してくれて良かった的な? それに実験とか抜きで殺人鬼と話したがる物好きなんて
センセくらいだから、アタシはセンセとのおしゃべり、そんなに嫌いじゃなかったわよ?」
「……そうか。しかし、腐川は俺のことを一体どう思っていたのだろうな」
「さあ? ま、根暗も多分同じじゃないの?」
「腐川も?」
「だって、センセのこと信用してなかったら自分から何度も行かないっしょ」
「…………」
343: 2014/08/02(土) 02:22:03.93 ID:YN8x2M4Q0
「翔、最後にもう一つ聞きたいことがあるのだが」
「なに?」
「腐川は今、俺に……いやここにいる全員に心を閉ざしてしまっている。
教えて欲しい。一体どうしたら俺は腐川を救えるんだ?」
「別にセンセを嫌ってるワケじゃないと思うけどねぇ」
「腐川が俺を嫌っていないだと? ……まさか」
「乙女心ってのは複雑怪奇! 単なる気まぐれでわがまま言ってるかと思えば、例の女の子の日で
機嫌悪かったり恋の駆け引きだったりツンデレのツンモードだったりとイロイロあるワケ!」
「はぁ……」
「特にアイツは根性ねじくれてるというか捻くれてるからさぁ。本当は構ってちゃんのくせに
それを素直に言えないワケよ。むしろ逆のこと言って後で後悔したり……あーメンドくせ」
「記憶を共有していなくてもわかるのか?」
「アタシ達記憶も人格も全くの別人だけど体と心は共有してるからね。アイツの考えくらいお見通しよ」
(……やはり、腐川と翔は一見真逆の存在だが根本的には繋がっているのだな)
「では、俺はどうすればいい?」
「鈍いねー、センセ。嫌われてないなら後はうざいくらいしつこくアタックするだけでしょーが」
「……それでいいのか?」
「むしろそれ待ってんの。自分からは動かないで王子様に助けてほしいタイプだし。あー暗え暗え」
「助けて欲しい、か」
(腐川は、俺を待っていてくれるだろうか……)
344: 2014/08/02(土) 02:30:25.16 ID:YN8x2M4Q0
腐川と繋がっているジェノサイダーが言うならそうなのかもしれない、と少しだけ勇気づけられた。
「ありがとう。諦めずくどいくらい声を掛けてみよう」
「ガンバガンバ。まーったくアイツもあんまりウジウジしてるとカズちんに見放されるっての。
ってそりゃないか。カズちんって実は相当頑固でしつこい性格してるもんね!」
「ああ。俺は絶対に見捨てたりなどしない」
腐川も石丸も他の生徒達もだ、と心の中で何度目かの決意をすると
ふとKAZUYAは思い付いたことがあった。
「そうだ、翔。石丸のことは腐川から何か聞いているか?」
「あん? きよたんがどーかしたの?」
「……そうか。会ってやってくれないだろうか?」
・・・
ジェノ「イエーイ! 呼ばれて飛び出て邪邪邪ジャーン!! ジェノサイダー翔どぇーす!!」
苗木「な、ジェノサイダー?!」
桑田「おわっ、テメエなにしにきたんだよ?!」
舞園「ジェノサイダーさん……」
霧切「舞園さん、下がって」
突然部屋に現れたジェノサイダーに生徒達は狼狽して警戒する。
345: 2014/08/02(土) 02:36:10.14 ID:YN8x2M4Q0
K「いや、大丈夫だ。俺が連れてきたんだ」
桑田「ハア?! なんで?!」
K「……今は少しでも刺激が欲しい」
ジェノ「イヤン、刺激だなんて~♪ 男と女が密室であんな所やこんな所を触りっこしたりぃ?!」
K・苗木・舞園・霧切「…………」
桑田「前から思ってたけどよ……お前下ネタキャラなワケ?」
ジェノ「なに今更なこと言ってんの。つーかレオちゃんだってそうじゃん」
桑田「俺はキャラチェンしたんだよ! そもそも、いくら前の俺でも女子の前じゃ言ってねーし!」
K「まあ待て。……ほら石丸、風紀が乱れてるぞ。お前の出番じゃないのか?」
石丸「……すみません」
ジェノ「ほらほらぁ、きよたんが止めないならここの男どもと不純異性交遊しちゃうよーん?」
石丸「…………」
ジェノ「あちゃあ。ホントにぶっ壊れたんだ……。まあ、でもこの顔も萌えるっちゃ萌える」
ジェノサイダーが鋏を取り出して構えると、生徒達が動く前に石丸が反応した。
石丸「ジェノサイダー君! 教室でハサミを振り回すのは危険だから
やめたまえと僕はいつも言ってるだろう! しまいたまえ!」
ジェノ「ここ教室じゃねーし。なに言ってんの? きよたんウケる。ゲラゲラゲラ!」
石丸「元気なのは結構だが、周りに迷惑をかけてはいけないぞ!」
ジェノ「はいはい。メンゴメンゴ」
石丸「ちゃんと反省しているのかね?」
その後も延々続く二人の会話を残りのメンバーは何とも言えない表情で見ていたが、
KAZUYAだけは違うことを考えていた。
346: 2014/08/02(土) 02:46:57.22 ID:YN8x2M4Q0
K(過去の石丸も翔の存在を知っていたのだろうか。現在の記憶と過去の記憶が混ざっているだけか?
それに、いつもなら一言話して終わりなのに今回は随分長いな。会話の流れも非常に自然だ)
K(もしや、記憶を取り戻しかけている? 記憶が完全に戻れば元にも戻るか?
……断言は出来ないが、可能性の一つとして覚えておく必要はあるな)
ジェノ「ギャハハハハ!」
石丸「ハッハッハッ!」
苗木「……石丸君、笑ってるね」
桑田「あいつのせいで、おかしくなったも同然なのによ……」
霧切「でも、いつもと違う刺激は回復に繋がるかもしれないわ」
苗木「うん、そうだよ。僕もそう思う」
桑田「わかってるけどさぁ、なんかシャクだぜ」
舞園「…………」
そうして、一同はしばらく石丸とジェノサイダーの奇妙な会話を見守っていた。
ジェノ「じゃ、久しぶりに楽しくオシャベリしたしアタシはそろそろ帰るわ!」
K「良かったらまた来てくれないか?」
ジェノ「ラジャー! その調子で根暗の方もなんとか頼むわ。じゃーね」
ジェノサイダーを部屋に送り届けると、扉を睨みながらKAZUYAは心の中で呟く。
K(……また来る。それまで我慢していてくれ)
347: 2014/08/02(土) 02:50:12.12 ID:YN8x2M4Q0
◇ ◇ ◇
「…………」
腐川はいつもの部屋の中で意識を取り戻した。既にKAZUYAはいない。シャワーを浴びて着替えた形跡が
あったので、ジェノサイダーがシャワーを浴び、湯冷めしてクシャミしたといった所だろうか。
(お腹、空いてない……)
KAZUYAが無理矢理ジェノサイダーに交代させて食事を摂らせたのだと理解出来た。
その後、自分には何も言わずに去って行ってしまったのか。
「あ、当たり前よね……あんなこと言ったんだから……」
―大事な教え子すら救えないあんたが、一体どうやってアタシを救う訳?
絶対に言ってはいけない言葉だった。いつも極めて冷静なKAZUYAが血相を変えていた。
腐川は石丸の現状を直接見てはいないが、おかしくなったとは聞いている。
どのくらいおかしいのかはわからないが、会話が成り立たないレベルらしい。
何よりKAZUYAのあの顔を見れば、かなりの重症だと言うことはわかる。
(やっちゃった。また馬鹿なこと言っちゃった……どうしてアタシはいつもこうなのよ!)
いくら自棄になっているとはいえ、腐川とて氏にたい訳ではない。実は、食べようとはしたのだ。
ただ、ストレスで食欲が全くないし、無理に食べようとすると吐いてしまうのである。
腐川は幼い頃から自分を助けてくれる存在を夢想していた。その憧れを書いたのが彼女の小説だ。
彼女がKAZUYAに反発したのは、持ち前の卑屈さもあるが一番の理由は嫉妬だった。何故、舞園や
桑田や大和田は罪を犯す前に止めてもらえたのだろう。何故、あれ程の騒ぎを起こしたのに
庇ってもらえるのだろう。自分の手は血まみれなのに、庇ってくれる人などいないのに。
348: 2014/08/02(土) 02:58:13.25 ID:YN8x2M4Q0
(い、いいのよ……どうせアタシなんて終わりなんだから……!)
逆恨みなのも言い掛かりなのもわかっていた。だが、助けてもらえる彼等が羨ましかったのだ。
それで必要以上に噛み付いてきてしまった。一人氏ぬか氏なないかで大騒ぎする輩なのだから、
もう何人も氏なせた罪深い自分など、救ってもらえる訳がないと勝手に思い込んでいた。
――だが、果たしてKAZUYAはやって来た。腐川の元にも救いの手を差し延べて。
(何もかも、遅すぎたのよ……あれだけ派手に引っ掻き回しておいて、今更どの面下げて
助けてなんて言える訳? アイツもアイツを慕ってる奴にも散々悪口言ったのに……)
(第一、ア、アタシは不二咲をヤっちゃったのよ?! 許してもらえる訳ないじゃない!
義務感から手を差し延べてるだけに決まってるわ。これでアタシが氏んだら後味が悪いから!)
そうして、どんどん思考が自虐的な方向に進んで行く。あり余る想像力を誇る作家の
彼女には、物事をシンプルに考えるという本来簡単な作業が逆に難しくなっていたのだった。
(ふ、ふん……愚かな女に罰が当たったのよ……ただそれだけのことじゃない……)
「小説でも定番の展開よね。ただ、それだけの話……」
「う……ううっ……うえぇ……」
これはまだ腐川が小学生だった頃の話だ。彼女が渾身の想いを込めて書いたラブレターを、掲示板に
晒されるという事件があった。ショックを受けた腐川の前に、ある先生がやって来て言った言葉がある。
『素晴らしい、とても心を打つ手紙だったよ。君には文章の才能がある。物語を書いてみなさい』
この言葉がキッカケとなり、腐川は大作家への道を歩んだのだ。そして、外見はちっとも
似てないはずなのに、KAZUYAはどこかその先生に似ている気がした。思えば、恩師とも
呼べる存在なのに、卒業してから一度も会っていない。今、どこで何をしているのだろう。
そんなことを考えながら、誰もいない部屋で一人……腐川は泣いた。
361: 2014/08/03(日) 22:58:56.83 ID:o0rv4GjU0
― モニタールーム AM0:13 ―
そこにはよく似た顔をした二人の少女が、内緒話をするように額を寄せ合っていた。
「盾子ちゃん」
「何よ」
「楽しい?」
「楽しい楽しい! 見りゃわかんでしょーが!」
「うん、そうだね。すごく楽しそう」
「お姉ちゃんも楽しみなよ。今サイッコーに笑える展開でしょ!」
「そうだね」
「そうそう! 今日のアレ、お姉ちゃんにも見せてあげるわ。クッソ笑ったから」
「…………」
そう言って映像を見せてくれたが、何をしているのか正直わからなかった。ただ、KAZUYA達が
何かを試しそして失敗したのだろうと言うことだけはわかり、妹に合わせて適当に笑った。
「馬鹿だよねー。いくらやっても無駄なのにさ。あいつはもう完全に絶望してるのに」
「そうだね」
362: 2014/08/03(日) 23:02:28.69 ID:o0rv4GjU0
いつもは戦刃のことなど軽くあしらって時には追い返してしまうのに、江ノ島は上機嫌なのか
姉に向かって楽しそうに色々と話す。戦刃もそれに対し相槌を打って一緒に笑った。
ただ、いつもの戦刃なら妹の嬉しそうな顔を見ればそれで満足出来るのだが、
今日に限っては珍しく気が乗らなかった。なので、適当に話を切り上げて退室する。
(なんだろう……なんか、気が重いな……)
帰り道、薄暗い廊下を歩きながら戦刃は考えていた。
(ここ最近みんなの間に絶望的な雰囲気が蔓延してるから、私にもうつっちゃったのかも……)
同志である『超高校級の絶望』と呼ばれる集団からは、戦刃は江ノ島と並び絶望シスターズと
一緒くたにまとめられることが多いが、実は戦刃自身は特に絶望には固執していない。
むしろ、妹に目をつけられた哀れな犠牲者には同情すらしている。だが、そんな彼女が妹の暴走を
止めることは絶対にない。何故なら盲目的に妹に従うことこそが愛だと彼女は考えているからである。
――そう、言うなれば戦刃むくろは超高校級の絶望(的に残念な姉)だった。
「……!」
寄宿舎の廊下を歩いていると、突然扉が開く。
363: 2014/08/03(日) 23:07:54.65 ID:o0rv4GjU0
(まずい! 隠れる所がない!)
仕方がないので、そのまま突っ立って出てきた相手の顔を見た。
「……こんな時間に出歩いている奴がいるとはな」
扉から現れたのは、渦中の人間の一人である十神白夜その人だった。
「なによ、夜時間は外出禁止とでも言うつもり? あんたが一番破ってると思うんだけど」
「そんなつまらんルールについてどうこう言うつもりはない。それで、何をしていた?」
「……ちょっと、ランドリーに忘れ物を取りに行ってただけ」
「ほう」
(――嘘だな)
十神は即座に偽の江ノ島の嘘を見抜いた。
(葉隠なら水晶玉、山田ならリュックの中身など考えられるが、この女は普段から
小物を持ち歩くタイプではない。ランドリーに忘れるとしたら服だけだ)
364: 2014/08/03(日) 23:14:40.16 ID:o0rv4GjU0
しかし、江ノ島は何も持っていない。そもそも、深夜の誰もいない時間に出歩いて、
危険人物である十神に遭遇したらどうするのか。助けが来る可能性は絶望的である。
余程のものでない限り、次の日の朝に取りに行くのが普通のはずだ。
(この女……前々から少し怪しいと思っていた。内通者か?)
「で、そういうあんたはどこ行くワケ? また図書室?」
「答える必要はない」
「……あっそ」
江ノ島を無視しようとして、ふと十神は止まった。
「そういえば、ここ最近何か動きはあったか?」
「なんにも。石丸は相変わらずおかしくなったままだし、腐川は部屋に閉じこもってるよ」
「フン。予想通り過ぎて少しつまらんな」
「あんたは呑気でいいよね。……今も自由に部屋から出られるのは誰のお陰だと思ってるの?」
江ノ島は思い出していた。十神が自由に部屋から出られないよう、
せめて扉の前にバリケードを作るべきだと言われた時のKAZUYAの言葉を。
365: 2014/08/03(日) 23:21:36.00 ID:o0rv4GjU0
山田『十神白夜殿は危険です! 拘束できないなら、せめて扉の前にバリケードを作るのはどうです?』
朝日奈『そうだよ! それがいいよ! 十神のヤツ、いつも勝手な行動ばかり取ってさ!』
葉隠『そうすりゃあ、もう十神っちに怯えることもないべ!』
K『……それは駄目だ』
桑田『え?! なんでだよ、せんせー!』
大神『西城殿、何故にそのようなことを? 我もあやつの行動は制限した方が良いと思いますが……』
K『俺だってそうしたいが、万が一十神が急病にかかり外に出られず大事となっては不味い』
大和田『ハアァ?! あんなヤツ別にどうなってもいいだろうが! 俺の手でブチ頃したいくらいだ!』
K『そういう訳にもいかん。俺は医者だ。あんなヤツでも、氏なせたくない』
山田『納得できませんぞ!!』
K『あいつは頭が回る。殺人が起きれば真っ先に疑われる状況で、無茶な行動を取ったりはしない』
セレス『ですが、それは先生の希望的観測ではありませんの?』
K『否定は出来ん。だが……お願いだ。みんな、頼む』
大和田『なんで……なんであんなクソ野郎のためにあんたがそこまでするんだよ、先公……!』
霧切『……これからは、なるべく単独行動は取らないようにしましょう。そうすれば問題ないはずよ』
江ノ島『…………』
366: 2014/08/03(日) 23:27:48.68 ID:o0rv4GjU0
はっきり言って、江ノ島はKAZUYAのことがあまり好きではなかった。彼女は学園生活での
記憶を消されてはいないが、元々他の生徒達ほどKAZUYAと仲良くしていなかったし、妹から
既にこの計画について聞かされていたため、教員は全て殺害対象としか見ていなかった。
近いうちに頃す相手のことなどどうでも良かったのである。しかも、KAZUYAは自分の
完璧な奇襲を生き抜いた男だ。軍人としてのプライドにも少々傷が付いていた。
(……でも、西城先生って本当に良い人なんだよね。自分がかわいがってる生徒だけ
じゃなくて、腐川さんや十神君のことも本気で助けようって考えてるみたいだし)
初めは最愛の妹の宿敵としてKAZUYAに厳しく当たり、自身の命を助けられた時ですら
ろくに感謝もしていなかった江ノ島だが、その後のKAZUYAの行動や発言を間近で見続け、
少しずつKAZUYAに対する印象が変わってきていた。感化されたと言ってもいい。
「みんなあんたを閉じ込めろって言ってたのに、西城が反対したんだよ。中で何かあった時、
外に出られないのはマズイからって。西城のヤツ、あんたなんかのために頭まで下げたよ」
糾弾するような目と声の江ノ島に対し、十神は鼻で笑って返した。
「それがどうかしたのか? くだらんな。だから奴は甘いのだ」
「……アタシ、あんたみたいなヤツ嫌い」
そう言い残し、江ノ島は十神の横を通って部屋に戻った。
367: 2014/08/03(日) 23:33:33.83 ID:o0rv4GjU0
(反対側から回り込めると言うのに、わざわざ俺の横を通るとはな。余程腕に自信があるらしい)
だが、十神は特に追いかけたりはしなかった。いくら護身には自信があるとは言え、素手で人を
頃すのはどう考えても悪手である。どんな反撃を喰らうかわかったものではないし、トリックも
使わず江ノ島を殺せば十中八九犯人は自分になるだろう。ゲームを楽しんでいる身としては、
そんな呆気ない終わり方で満足出来る訳がない。運が良かったなと吐き捨てて十神も去った。
パタン。
ドアを閉め、戦刃はホッと胸を撫で下ろしていた。
(危なかった。十神君は頭がいいから正体がバレるかと思ったよ。上手くごまかせて良かった)
そして、裁判時や今の冷たい目つきを思い出す。
(十神君……入学当初こそ少し冷たかったけど、あそこまでじゃなかったのにな……)
いつも不機嫌そうな顔で嫌みや厳しいことばかり言っていたが、クラスで問題が起こった時は
率先してリーダーシップを発揮し、あの個性的なメンバーを見事にまとめてみせた。石丸のことも
口で言うほど嫌っている訳ではなく、彼が妙なことを言う度に十神が横で修正していたものだった。
(――みんな、変わってしまった)
368: 2014/08/03(日) 23:37:01.03 ID:o0rv4GjU0
良い方向に変わった桑田という例外もいるが、精神が崩壊した石丸、引きこもった腐川、
距離が出来た大神と朝日奈、ギスギスしているセレスと山田など多くの物が失われてしまった。
……それが寂しいという感覚なのだと普通の人間は知っているが、戦場育ちの戦刃はわからなかった。
ただぽっかりと心に大きな穴が空いた気がして、その穴を埋めるためにますます妹に心酔するのだった。
だからお姉ちゃんは残念なんだよ、という妹の言葉の真意もわからずに――
― コロシアイ学園生活二十一日目 大和田の部屋 AM8:22 ―
その日、誰もが緊張していた。KAZUYAが不二咲の外出許可を出すことになっていたからだ。
「わあ、もう外に出てもいいのぉ?」
「ああ」
「運動は駄目だけど、お風呂ならいいんだよね? 僕男友達と一緒にお風呂に入るのが夢だったんだぁ」
「そりゃあ良かったな」
「それに、早く石丸君に会いたい! 僕もお見舞いに行っていいんですよね?」
「不二咲……そのことについて話さなければならないことがある」
「え……?」
KAZUYAは至極真剣な顔をしていた。それだけで、何かあったのだと不二咲が悟ってしまうほどに。
369: 2014/08/03(日) 23:42:35.27 ID:o0rv4GjU0
・・・
タッタッタッ!
不二咲は走った。と言っても、隣の部屋だから、大した距離ではないのだが。
その短くて長い距離を、小さな体を弾ませながら全力で走った。
タッタッタッ、ガチャッ!
「石丸君!」
そして、病み上がりにも関わらず不二咲は石丸の部屋に駆け込んだのだった。
「不二咲君!」
「不二咲!」
部屋にいた苗木達四人を素通りして、不二咲は石丸の側に走り寄る。KAZUYAと大和田も入ってきた。
「ねえ、石丸君! 僕だよ。わかる? ねぇ!」
「……不二咲君?」
石丸が、僅かに顔を上げて不二咲を見た。
370: 2014/08/03(日) 23:45:41.51 ID:o0rv4GjU0
「そうだよぉ。僕、元気になったんだよ!」
「兄弟! 不二咲が来てくれたぜ! だからオメェもいい加減元気になれや!」
「…………すまない」
だが、石丸は例によっていつものように謝るばかりだった。
「謝らないで! 石丸君のおかげで僕は今も生きてるんだよ?」
「申し訳ない。僕のせいで、君をあんな恐ろしい目に遭わせてしまって……」
「違うよぉ! 石丸君は何も悪くなんてない! 何も悪いことなんてしてないよぉ!」
「違うんだ。僕は誤ったんだ。罪を犯してしまった」
「自分が犯人だって誤解したこと? どうしてそれがいけないの? あんな状況で勘違いしても
仕方がないよぉ! みんなもきっと許してくれるから! 僕も一緒に謝るから! ね?」
「許してくれ……許してくれ、不二咲君。何も出来ない愚かな僕を、どうか……」
石丸は、またはらはらと涙を零した。聞いていた以上の状態に、不二咲は困惑を隠せない。
「僕、怒ってなんかいないよぉ……」
「しっかりしろよ、兄弟! 俺達を見てくれ! 兄弟ッ! 石丸ッ!!」
371: 2014/08/03(日) 23:53:39.93 ID:o0rv4GjU0
二人がいくら縋って叫んでも、それ以上の進展はなかった。
――最後の希望が、ここに潰えてしまったのだ。
(俺達は、心のどこかで期待していた。いや、高をくくっていたと言っていい)
石丸がおかしくなった直接の原因は、不二咲が氏にかけたあの事件だ。だから、
不二咲が元気になった姿を見せればそれで治るのではないかと誰もが考えていた。
(……だが、見立てが甘かった。石丸がおかしくなった最初のキッカケはもっと前。
大和田が不二咲に襲い掛かったあの事件だ。あの時既に石丸は己の非力さを恨み、
心にヒビが入っていた。石丸は、あれからずっと絶望していたのだ……)
もっと早く気がついていればと後悔してももう遅い。
取り返しのつかない所まで来てしまったのだった。
悲しげに泣き叫ぶ不二咲の声を聞きながら、KAZUYAもまた深く絶望した。
――しかしただ悲しんでいるだけの余裕は彼等にはなく、この日を境に大きな転換を迫られることとなる。
Chapter.3 世紀末医療伝説再び! 医に生きる者よ、メスを執れ!! (非)日常編
373: 2014/08/04(月) 00:14:16.50 ID:m/n8HFbN0
― モノクマ劇場 ―
モノクマ「久しぶりのモノクマ劇場~! ヤッホー。元気してるゥ?」
モノクマ「早速だけど、この章(編)が終わる時にはキリが良くなっていると言ったな。すまん! ありゃ嘘だ!」
モノクマ「というか、もうグダグダだよね。KAZUYA先生達がいくら頑張っても状況は一向に改善しないし、
変わらない、何もない日常という絶望を描いたつもりだったんだけど……流石にやりすぎだろうと」
モノクマ「本編投下しても感想やツッコミがほとんどついてないあたりから、グダグダなのは
1もなんとなく察していました。やっぱりこのSSはボクがいないとダメだね!」
モノクマ「そういう訳で、物語が全く動かなかった停滞期は終わり! 次編ではいよいよ大きな
イベントやトラブルがまたやって来ます。まさかあの人があんなことするなんてね!うぷぷ」
モノクマ「でも……あれれ? なんとかなりそうな目処が立った腐川さんはともかく、
もうどうしようもない石丸君はどうするのかな?」
モノクマ「見捨てて対黒幕に専念しちゃうのかな? それも絶望的な選択でいいよね!」
モノクマ「まあ、なんにしろボク的には美味しい展開になりそうだよ。ぶひゃひゃひゃひゃひゃっ!」
モノクマ「それでは、また次編もお楽しみに! バイバーイ!!」
374: 2014/08/04(月) 00:32:00.17 ID:m/n8HFbN0
ここまで。
無駄に長くグダグダしてしまった日常編にお付き合い頂きありがとうございました。
ここまで読むのをやめずについてきてくれた皆様のためにも、次編も気合の入れた
展開を書いていくことをお約束します。でも、とりあえず次回投下分はまだ平和……かな
あと、鬱はいい加減疲れたという皆様には短編ギャグSSを用意しましたのでそちらも
良かったら口直しにどうぞ。「苗木 マッチョ」で板検索すれば出るはず。本編は終了済み。
>>372
苗木行動の正解と言うか、もし桑田君と舞園さんが覚醒イベントを起こしていなかったら
実は一番マズイのはKAZUYAでした。普通の人が絶望度80くらいで発狂か絶望堕ちするところを、
KAZUYAはキャパシティが大きいので200くらい耐えられます。でも、モノクマと十神君の
執拗な集中攻撃、石丸君崩壊、腐川さんのことなどで心労が溜まりすぎていて180くらいに
なってました。桑田イベントでマイナス20、舞園さん渾身の演技というファインプレーが
マイナス50あったために、現在は100ちょっとくらいに戻っています
それでも一般人は十分おかしくなっているレベルですけどね……
375: 2014/08/04(月) 00:34:55.28 ID:m/n8HFbN0
あ、― 完 ― ていれてなかった。この終わり方じゃ意味不明すぎるだろ。馬鹿だ……
Chapter.3 世紀末医療伝説再び! 医に生きる者よ、メスを執れ!! (非)日常編 ― 完 ―
Chapter.3 世紀末医療伝説再び! 医に生きる者よ、メスを執れ!! (非)日常編 ― 完 ―
399: 2014/08/08(金) 13:04:23.54 ID:f1tjN5lO0
Chapter.3 世紀末医療伝説再び! 医に生きる者よ、メスを執れ!! 医療編
400: 2014/08/08(金) 13:06:16.57 ID:f1tjN5lO0
最後の希望であった不二咲の呼びかけすら何ら効果を出さないという絶望的な
状況だったが、ただ時間を無為に浪費する訳にもいかず、霧切が切り出した。
霧切「……それで、今後はどうするの? ドクターなら、私が言わなくてもわかっているでしょうけど」
K「ああ、俺もずっと考えていたが……今後は重点を石丸の治療から脱出へと移す」
大和田「まさか、兄弟を見捨てんのか?!」
K「違う。知っての通り、俺は外科医だ。人体を切ったり繋げたりするのは得意だが、精神系の
病の患者は今までほとんど診たことがない。患者の心のケアくらいならよくやっていたが、
石丸の状態はそんなものとはまるで訳が違う。……正直な話、専門外なのだ」
K「外に出てきちんとした専門医に診せた方が良いに決まっているだろう?」
大和田「……まあ、そりゃあそうだな」
ここから先は言うか言うまいか迷ったが、まだ大和田が納得しきれていないようなのでKAZUYAは続けた。
K「ここでするかわからない回復を期待するより外の刺激を試したい。――家族に会わせるとかな」
苗木・桑田・舞園「……!」
大和田「家族……」
不二咲「……そうだよねぇ。会いたいに決まってるよねぇ」
あまりこの話はしたくなかった。家族の話題を出せば、他の生徒達とて思い出してしまうに
違いなかったからだ。案の定、全員が暗い顔になってしまったが彼等は何も言わなかった。
優しい子達だな、とKAZUYAは内心で彼等に感謝すると同時に申し訳無さを感じていた。
401: 2014/08/08(金) 13:07:45.98 ID:f1tjN5lO0
大和田「わかったぜ。俺も兄弟を家族に会わせてやりてえ。多分、それが今の俺に
出来る償いだと思うしな。でもそのためにはどうすりゃいいんだ?」
K「実は、まだ形にはなっていないが俺には考えがあるのだ」
桑田「マジかよ! すげーじゃん!」
苗木「本当ですか?!」
K「だが、そのためにはまず生徒全体で結束する必要がある。今の状況では動くに動けん」
舞園「そうですよね。何とか和解出来たらいいんですけど」
そこに霧切が小声で加える。
霧切「……とりあえず、内通者ではないと思われる葉隠君と山田君の確保が最優先事項かしら」
苗木「今までみたいに各自がバラバラに動いてると厳しいかもね」
大和田「つっても、兄弟と不二咲をほっとくワケにはいかねえしなあ」
不二咲「僕は大丈夫だよ。鍵をかけて部屋に閉じこもっていればいいだけだし」
K「もう石丸について隠す必要はないのだ。俺の所にいればいい」
桑田「つーか、今それで思いついたことがあんだけど」
K「何だ?」
桑田「保健室で二人いっぺんに面倒見りゃあ、せんせー以外の手は空くよな? ベッドも三つあるし」
大和田「ハァ? なに言ってんだ、オメェ。個室以外で寝るのは校則違反だろが」
桑田「でも、保健室はせんせーの個室だろ?」
舞園「桑田君、言いたいことはわかりますけどそれは……」
全員が呆れた顔で見るが、桑田の目は至って真剣だった。
402: 2014/08/08(金) 13:09:58.59 ID:f1tjN5lO0
桑田「だって、校則に書いてねーじゃん」
K「校則?」
桑田「もしさぁ、保健室が個室じゃないのにせんせーだけ特別扱いするって言うなら、
そーゆー風に校則に書かねえとダメじゃね? 校則違反になるじゃん。でも実際は
なにも書いてねえんだから、実質保健室がせんせーの個室扱いってことじゃねえの?」
「!」
お互いに顔を見合わせる。完全に盲点だった。あの霧切ですら驚いた顔をしていた。
何より、この意見を出したのが桑田だと言うのが一番の衝撃だった。
K「お、お前……よく気が付いたな……」
桑田「あのさぁ、俺だってここ最近はちゃんとマジメに頭使ってるんすけど……」
K「そうだな。すまん」
霧切「今すぐモノクマを呼び出して確認するわ」
モノクマ「その必要はありません!」
話を聞いていたモノクマが堂々と扉を開けて中に入ってきた。
モノクマ「あー気付かれちゃったかー。気付かれちゃいましたかー」
K「つまり、桑田の言った通り保健室は俺の個室扱いで良いと言うことだな?」
モノクマ「校則に追加し忘れたボクのミスだからね。仕方ない。ま、怪我人の面倒でここ最近は
生徒達まで部屋に篭りっきりで可哀相だったし、そのくらいはいいでしょう」
モノクマ「どうせ脱出なんて出来ないんだし、無駄な努力をして絶望するのもまた一興、みたいな?」
桑田「うるせーバーカ!」
モノクマ「そもそもさぁ、脱出以前に君達は団結すら出来ないってわからない?」
403: 2014/08/08(金) 13:11:45.72 ID:f1tjN5lO0
ニヤニヤ笑いながら話すモノクマに、KAZUYAはまたかと身構える。
不二咲「ど、どうしてぇ?」
モノクマ「だって、ただでさえ先生の派閥は殺人犯が三人もいたのに、今回新たに連続猟奇殺人鬼と
狂人が加わったんだよ? 既に他の生徒達から避けられまくっているじゃない。壊れて
おかしくなった石丸君に恐れをなして、とうとうお見舞いもなくなっちゃったし」
「…………」
モノクマ「この状態で結束……だなんて、うっぷぷ。鼻からスパゲティを食べる方がまだ簡単だね!」
モノクマ「つーか、オマエラどんだけカオスなの。先生がわざと犯罪者集めてんじゃないかってくらい
問題児ばっかり。あ、もしかして先生も裏で色々やってたクチ? 類は友を呼ぶみたいな?」
桑田「ふざけんな!」
大和田「コロがされてえみたいだな!」
K「よせ、お前達」
KAZUYAは桑田と大和田の肩を掴むと代わりに前に出た。
K「俺の生徒に問題児などいない!! みんな自慢の生徒達だ!」
モノクマ「ふーん……十神君も?」
K「そうだ」
「えっ」
生徒達はギョッとした顔をするが、KAZUYAは淀みなく断言した。
404: 2014/08/08(金) 13:17:40.86 ID:f1tjN5lO0
そう、KAZUYAは思い出していたのだ。色々あって苗木のクラスの生徒達と親しくなったKAZUYAは、
十神とも何度か会っていた。一緒に食事をしたこともある。プライドが高く素直でないのは
今と変わらないが、その時の十神は今より遥かに丸く周りからも信頼されていた。
K(記憶を取り戻せば……いや、仮に戻らなくても平和にさえなればまたああなるはずなのだ)
K「俺の悪口ならいくらでも言わせてやる。だが生徒達の悪口は許さん! 出て行け!」
モノクマ「はいはい。わかったよ、もう。じゃあね」
今は分が悪いと判断したのか、珍しくモノクマは素直に去った。
大和田「先公……たとえあんたが許したとしても、俺はあの野郎を……」
K「俺もな、別に十神がやったことを許した訳ではないぞ。ただ、ここは異常空間だ。
お前達が過ちを犯したように、あいつも一時的におかしくなっているだけだろう」
K「今すぐ許せとは言わん。……だが、人を憎んで得る物などないということは忘れるな」
苗木「そうだよ。ここに来る前からああいうことをしてたならともかく、
本当は……多分違うよね。十神君も生き残るのに必氏なだけなんだ」
大和田「苗木……」
桑田「っかぁー、流石せんせーにマイフレンド苗木だぜ。俺はぜってぇそんな風に考えらんねー」
霧切「別に無理に許してあげる必要はないのではないかしら。私だって
散々彼に煮え湯を飲まされて、正直に言えばいい加減頭に来ているわ」
桑田「お、いつもクールで鉄仮面な霧切ちゃんが珍しく怒ってるー?」
霧切「……ちゃん付けはやめて頂戴
405: 2014/08/08(金) 13:19:36.94 ID:f1tjN5lO0
舞園「じゃあ、ここから出たらみんなで十神君に報復ドッキリでも仕掛けましょうか?」
不二咲「クス、いいねぇ!」
桑田「寝起きドッキリしてやろうぜ。で、部屋にジェノサイダーぶっこむ!」
大和田「もちろんビデオに録るよな。で、あいつのマヌケ面を全員の前で公開してやるんだ!」
K「フフ、面白そうだな! 普段はそういうことはやらないんだが、俺も一枚噛ませてもらうか」
談笑していると、舞園はあることに気付く。
石丸「…………」
舞園(また、石丸君がこっちを見てる……もしかして、本当は私達の会話が聞こえてるんでしょうか?)
その後、一同は拠点を保健室に移すことにした。石丸が外に出てくれるかが
唯一の不安だったが、不二咲が手を引くとすんなり外に出た。
K「よし。とりあえず、これで石丸と不二咲を一度に看れる。お前達は少し休んでくれ」
大和田「休んでなんかいられねえよ!」
舞園「じゃあ、今後のことをみんなで話し合いましょうか」
霧切「そうね……では今後どうやって葉隠君と山田君をこちらに引き込むかを考えましょう」
桑田「あちゃー。厳しいなぁ、それ」
苗木「でも、時間をかけさえすればきっとなんとかなるよ」
不二咲「ぼ、僕も完全に治ったら手伝うからねぇ」
大和田「おしっ、じゃあ食堂で作戦会議するぞオメーら!」
406: 2014/08/08(金) 13:20:58.20 ID:f1tjN5lO0
◇ ◇ ◇
(…………)
珍しく、朝日奈葵は自室に閉じこもっていた。
(今日はお昼までずっと一緒だったから、次は夜ご飯……)
モノクマから大神に依存していると指摘された朝日奈は、以前より大神と距離を
取るようにしていた。そのため、一緒にいるのは一日の半分までと決めている。
(これでいいんだよ……悔しいけどモノクマの言う通り、確かに最近はずっと一緒だったし、
さくらちゃんだって普通の女の子なんだから……頼られっぱなしはツライはず)
(私が我慢しなきゃ……)
しかし、一人は寂しい。水泳はチームスポーツではないが、常に対戦相手がいる。
ここにも対戦相手足り得る相手はいるはずだが……相手をしてもらえないならいないも同然だ。
(泳ごう。水泳は、結局は自分との戦いなんだから。きっと、今は試練の時なんだ)
そしていつものように朝日奈は水着を手に廊下を歩いていた。
ガヤガヤガヤ……
(なんだろう? なにかあったのかな?)
407: 2014/08/08(金) 13:23:41.54 ID:f1tjN5lO0
最近は十神のせいですっかり学園から生徒の影が消え、たまに見かけても石丸の件があるからか、
学校という場所に似つかわしくないくらい静かであった。こんなに賑やかなのは久しぶりだ。
苗木「あ、朝日奈さん」
朝日奈「みんな……どうしたの、集まって?」
大和田「……見舞いの帰りだ。兄弟と不二咲を保健室に移したからな」
朝日奈「そうなんだ」
朝日奈(お、大和田……)
無意識に、体が強張るのを朝日奈は感じた。大和田が恐ろしかった。
十神と石丸の件については、言っていることの正否は別にして十神のやり過ぎだと思っていた。
そもそも、朝日奈は何かにつけて周囲に悪意を振り撒き揉め事を起こす十神が大嫌いだった。
だから、大和田が十神に怒ったこと自体は妥当だと考えている。しかし……
大和田(ビビられてるみてえだな……まあ、当たり前か。あんな所見られちゃな……)
朝日奈は人より少し元気で運動が好きなだけの、普通の女子高生だ。そんな彼女にとって、人間の
本気の殺意は少々刺激が強すぎた。目を血走らせ、周りに目もくれず怒鳴り続ける大和田の姿が
瞼に焼き付いている。しかも、朝日奈が怯えている理由はそれだけではない。
朝日奈(十神の件は仕方ないにしても、大和田は過去に不二咲ちゃんを襲ってるし……)
大和田が何故そんな蛮行を働いたかは裁判で全て明らかになったが、頭では理解出来ても心では
理解出来なかった。何故なら、彼女はそれだけのプレッシャーも狂気も感じたことがなかったからだ。
想像力が足りない訳ではない。ただ、彼女は今まで普通に平和に生きてきただけなのだ。
408: 2014/08/08(金) 13:28:12.64 ID:f1tjN5lO0
霧切「朝日奈さんはこれからプールに行くのね」
朝日奈「う、うん」
桑田「…………」チラ
朝日奈(桑田……)
舞園「……風邪ひかないでくださいね」
朝日奈「ありがとう」
朝日奈(舞園ちゃん……)
行ってしまう――。
今自分が何も言わなければ、彼等とはもう和解出来ない気がする。
アスリートである朝日奈の鋭い直感が、そう彼女に告げていた。
朝日奈(ダ、ダメだよ……歩み寄らなきゃ……怖いけど、苗木だって霧切ちゃんだって
普通に接してるんだし。私だけなにもしなかったら、そんなの仲間じゃない……)
朝日奈「あ、あのさ……私にも出来ることがあったらなんでも言ってよ! 手伝うから、さ」
舞園「ありがとうございます」
いつもと変わりない笑顔で応じる舞園以外のメンバーは、複雑な顔をしていた。
桑田(つっても、朝日奈はもしかしたら内通者かもしれねえしなぁ)
大和田(兄弟と不二咲をこれ以上危険な目にあわせるワケにはいかねえ……)
霧切(朝日奈さんは限りなくシロに近いとは思うけど、まだ確定した訳じゃない)
409: 2014/08/08(金) 13:30:03.00 ID:f1tjN5lO0
苗木「えっと、それじゃあ……」
霧切「今度、石丸君達のお見舞いに来てくれるかしら? 大神さんも一緒に」
苗木の言葉を遮って、霧切が素早く間に割って入る。更に舞園が追撃を掛けた。
舞園「出来れば、他の皆さんにも声をかけて頂けると嬉しいです」
朝日奈「あ、そ、そうだよね! なんか、セレスちゃん達最近あんまり見かけないもんね」
そう答えながらも、朝日奈は自分と彼等の間に大きな溝があるのを感じていた。
朝日奈(私一人じゃ、来てほしくないのかな……?)
苗木「じゃあ、朝日奈さん。頑張ってね」
朝日奈「うん、バイバイ……」
桑田「~でさー。聞いてくれよ」
大和田「あん? またその話かよ」
苗木「まあまあ」
ガヤガヤガヤ……
朝日奈「…………」
ポツン。
410: 2014/08/08(金) 13:32:07.62 ID:f1tjN5lO0
朝日奈「……あ、早くプールに行こう」
しばらくその場に立ち尽くしていた朝日奈だが、自分が元々泳ぎに行くつもりだったことを
思い出し、二階の水練場へと向かった。女子更衣室に入ると、意外な先客に出会う。
江ノ島「よーっす。朝日奈じゃん」
朝日奈「江ノ島ちゃん?」
江ノ島は更衣室の中のランニングマシーンでひたすら走っていた。
江ノ島(あっちゃー。マズイところに会っちゃったなぁ。最近はあんまり
こっちに来てないみたいだったから、使い放題だと思ったのに)
朝日奈「珍しいね。あんまり運動やらないんじゃなかったっけ?」
江ノ島「まあ、流石に毎日部屋でゴロゴロするのもなんだし、たまには鍛えよっかなーみたいな?」
朝日奈「モデルだし、体型も維持しなくちゃいけないもんね」
江ノ島「そーそー! そんな感じ」
朝日奈「……良かったら一緒にやらない?」
江ノ島「えっと……」
江ノ島(散々プールの誘いは断ってきたし、ここで断るのも変な感じだよね)
江ノ島「もう結構やっててそろそろアガるから、それまでならいいよ」
朝日奈「ありがとう」
断られなかったことにホッとして、朝日奈も江ノ島の横のマシーンに乗る。
――そこでギョッとした。
411: 2014/08/08(金) 13:34:20.70 ID:f1tjN5lO0
朝日奈(江ノ島ちゃん……もう一時間以上走ってる……)
しかも尋常でない速さだ。プロのマラソンランナー並の速度と距離を走っていた。
朝日奈(モデルって実は大変な仕事だっていうしね。きっと普通の体力じゃダメなんだ)
そう無理矢理納得するが、流石の朝日奈もこれには違和感を覚えずにはいられなかった。
しばらく二人で他愛のないオシャベリをしていたが、いつしかその内容は愚痴になっていく。
朝日奈「だいたいさぁ、もっと私のことを頼ってくれてもいいと思うんだよね。なんかいっつも
同じメンバーで固まってる気がするし。江ノ島ちゃんもそう思わない?」
江ノ島「思う思う! アタシらのことなんだと思ってるっつーの!」
朝日奈「やっぱり? そうだよね!」
久しぶりに大神以外の人間と、それも愚痴を思い切り吐き出して朝日奈はすっかり
気分が良くなっていたが、逆に江ノ島は相槌を打ちながら色々と考えていた。
江ノ島(朝日奈さんは先生達に不満があるみたい。……この間は十神君についあんなこと
言っちゃったけど、私は内通者なんだからここは分断させるようにしないと)
江ノ島「つーかさ、アイツちょっとおかしくね?」
朝日奈「アイツって……KAZUYA先生のこと?」
412: 2014/08/08(金) 13:37:25.03 ID:f1tjN5lO0
江ノ島「同じヤツばっかりかまってさ、生徒のこと贔屓しすぎっしょ? 先生としてどうなの?
治療って名目だけど、ホントは気に入ってる生徒の部屋に入り浸ってるだけじゃん」
朝日奈「え? そう……?」
朝日奈(みんなほっといたらマズイくらい重傷なのは間違いないんじゃないかな……)
他の生徒の見舞いによく行っていた朝日奈は、甲斐甲斐しく生徒の世話をするKAZUYAを思い出していた。
江ノ島「アタシ達のことなんてホントはなんとも思ってないんだって!
慕ってくれるヤツ等さえ良ければ、他はどうでもいいんだよ」
江ノ島「アイツは結局外面がいいだけ! 人格者ぶってる偽善者なんだよ!!」
朝日奈「……それは、違うよ」
思わず朝日奈は反論していた。
江ノ島「なにが違うっていうのさ!」
朝日奈「だって……先生は腐川ちゃんのことを助けようとしてたよ。あんなにケンカしてたのに。
十神のヤツだって、万が一なにかあったら困るって言って結局閉じ込めなかったし」
朝日奈はKAZUYAがジェノサイダーを庇った瞬間を見ていないが、大神から事細かにその時の話を
聞いていた。そして、大神がいたく感心していたのも覚えている。親友である大神がKAZUYAを
高く評価しているのならば、そこには根拠があるはずだ。朝日奈は大神の言葉を信頼していた。
江ノ島「そんなの……単に医者だから、氏人が出たらマズイってだけでしょ」
413: 2014/08/08(金) 13:40:41.44 ID:f1tjN5lO0
朝日奈「でも、それだけなら江ノ島ちゃんのこと庇ったりするかな。だって、一歩間違えたら先生は
串刺しになってたんだよ? どうでもいいと思ってる相手に、そこまで出来るかな?」
江ノ島「そ、それは……」
思わず言い淀む江ノ島に、朝日奈は不自然さを感じていた。
朝日奈「もしかして、江ノ島ちゃんって……KAZUYA先生のこと嫌い、なのかな?」
江ノ島「…………」
そもそも、これ自体かなり妙な話だ。江ノ島はKAZUYAの手によって命を救われている。言わば
KAZUYAは命の恩人のはずである。その相手のことを、何故ここまで悪く言えるのだろう?
江ノ島「疲れた……アタシ、今日はもう帰るわ」
朝日奈「あ、江ノ島ちゃん……」
江ノ島「じゃあね」
スタスタスタ、パタン。
朝日奈「…………」
マシーンを止め、朝日奈は誰もいなくなった女子更衣室の中にポツンと立つ。
朝日奈(おかしいな……私、そんなに変なこと言ったのかな?)
変なのは江ノ島だったはずだ。だが、彼女は朝日奈の言葉に機嫌を悪くして去って行ってしまった。
思えば先程だって、協力を申し出たはずなのに軽くあしらわれて誤魔化されてしまった。
いつだってそうだ。自分が一体何をしたというのだ。朝日奈は心の中で呟いていた。
―私、なんでいつも一人なんだろう?
423: 2014/08/14(木) 21:39:05.74 ID:D0Zakwg/0
― コロシアイ学園生活二十一日目 脱衣所 PM2:45 ―
気分を一新するために、KAZUYAは石丸と不二咲を連れて風呂に入ることにした。
「石丸君、お風呂だよ」
「男ならサウナだ!」
石丸にとっても印象深い場所だからか、そう叫ぶと自分から脱ぎ始める。
「石丸君、今は普通に見えるのに……」
「いや、違う。よく見ていろ」
石丸は基本的に自分のことは自分でやろうとする。……が、途中で止まったり予想外のことが
起きると対応出来ずに妙な行動を取るのである。今も、制服の上着を脱いで畳んだまでは
良かったが、下に着ていたワイシャツのボタンを二つ目まで外して止まってしまった。
その姿は、さながら電池の切れた人形のようである。
「ほら、石丸。手が止まってるぞ」
「…………」
そしてそうなった時は、すかさず横にいるKAZUYAが声を掛けたり直接手で補助をしてやった。
今も声を掛けられて、石丸は無言のまま再び動き出す。そうやって、今まで何とか生活してきたのだ。
不二咲はそんな石丸の変わり果てた姿を見つめながら、目に涙を溜め呟いた。
「石丸君……本当に壊れちゃったんだねぇ……」
425: 2014/08/14(木) 21:49:19.72 ID:D0Zakwg/0
「……大丈夫だ。不二咲と話した時はいつもより少し会話が成立していた。
時間は多少かかるかもしれないが、諦めなければきっといつか戻るはずだ」
「うん、僕も頑張る!」
「…………」
素直に頷き元気を取り戻す不二咲を見て、KAZUYAの胸はチクリと傷んだ。
・・・
カポーン。
「嬉しいなぁ。僕、昔から男同士でお風呂に入ってみたくて」
「良かったじゃないか」
(ぬ、脱いだ所初めて見たけど……西城先生、すっごい筋肉してる……カッコイイ)ドキドキ
「先生。僕が先生の背中を流してあげるねぇ!」
「ム、本当か? ……フフ、嬉しいな」
(昔石田教諭が生徒達から背中を流してもらっていたが、こんな気持ちなんだな……)
短い間だが、同僚として何度か世話になった加奈高のベテラン教師・石田を思い出す。
(わっ、わっ、硬い! ボディビルダーみたいだよ! 僕もいつかこんな風になりたいなぁ……)
ゴシゴシゴシ。
「…………フゥ」
不二咲の恐ろしい考えを聞いたら全力で止めるだろうが、流石のKAZUYAもエスパーではないので
余計なことは考えずにリラックスする。久しぶりに生徒との一時を楽しめていた。
427: 2014/08/14(木) 22:04:19.42 ID:D0Zakwg/0
(不二咲がいてくれて良かった。やはり、不二咲は人を元気づける何かがあるな)
(……だが、俺にとってはそれだけではない。氏なないでくれて本当に良かった)
感慨深くなっているKAZUYAの背中を流すと、不二咲の目にまた静止している石丸が映った。
「あ、そうだぁ。石丸君の背中も流してあげるね!」
「良かったじゃないか。友人に背中を流してもらうなんて生まれて初めてじゃないか?」
「ほら、座ってぇ!」グイグイ
「…………」
ゴシゴシゴシ。
「ふふっ、背中を流してあげるような男友達が出来るなんて夢みたい」
「…………」
「僕が今こうしていられるのも、石丸君のおかげなんだよ!」
「…………」
「どう? 気持ちいいかなぁ?」
石丸は何も答えない。だが、反応は確かにあった。
「…………っ」ぽろぽろ
「泣いているな……」
「えぇっ?! どうかしたの? 大丈夫?」
「……いや、続けてやれ。良い刺激になっているのだ」
「う、うん」
(心が壊れた、と言っても存在自体が消えてなくなった訳ではない。反応があるということは
少なからず効果があるはずだ。観察し続ければいつかは突破口を見つけられるはず……)
(……そう思わないと、やっていられん)
428: 2014/08/14(木) 22:12:38.36 ID:D0Zakwg/0
二人で色々と石丸に話しかけながら風呂に入っていたが、ふと石丸の目に入ったものがあった。
「…………」ザバッ
「あれ? もう出ちゃうの?」
「いや、もしや……」
「…………」
「サウナを見てる……。入りたいのかな?」
「俺が見ていれば事故も起こらんだろうし、試しに少しいれてみるか」ザバッ
「あ、僕も」
サウナの扉を開けて石丸を中に入れてやる。……そこにいたのは、
「……よお。来たか、兄弟」
「大和田……!」
中には腕を組み、険しい顔をした大和田がいた。
「お、大和田君。いつからいたの?」
「さっきからずっとだ」
「……おい、お前無理をしていないだろうな?」
そういえば山田謹製の男子使用中のプレートが出ていたが、浴場に誰もいないので
KAZUYA達は単なる仕舞い忘れだと思っていた。しかし、サウナの中に大和田がいたのだ。
429: 2014/08/14(木) 22:17:44.54 ID:D0Zakwg/0
「大丈夫だ。何度もあんたの世話になるのはみっともねえからな。
適度に休憩入れてるし、ちゃんと水分もとってる」
「なら良いが」
「兄弟……兄弟……」
一方、石丸は何かを思い出しているのかうわごとのように呟いていた。
「おら、石丸! 俺と勝負しろ!」
「勝負? おい、こんな状態の石丸とか?」
「俺は頭使うのは苦手だがよ……サウナに篭ってずっと考えてたんだ」
「……サ、サウナで考え事をするのは危ないと思うよ?」
冷静に不二咲が指摘するが、大和田は気にせず続ける。
「でなぁ、思ったんだよ。サウナに長時間いれば、そのうち
極限状態になってもう余計なこと考えなくて済むんじゃねえかって」
「考えなくて済むと言うより、考えられなくなるという表現が正しいと思うが……」
「兄弟はおかしくなった。だから……逆に今の状態を一回ぶっ壊した方がいいと思うんだ」
「大体言いたいことはわかった。つまりショック療法と言うことだな?」
「ああ。俺と勝負すれば、あの頃の熱い気持ちを思い出してくれんじゃねえかって期待してる」
大和田の目は極めて真剣だった。記憶はなくとも大和田が石丸と一緒にいた時間は
長いのだから、自分よりずっと相手のことを知っているだろうとKAZUYAは思う。
「……そうだな。やってみよう。悪化の兆しが見えたら俺がドクターストップをかければいい」
「へへっ、頼むぜ」
430: 2014/08/14(木) 22:27:10.16 ID:D0Zakwg/0
・・・
不二咲を長時間サウナにいれるのは酷なので、適度に外に出してKAZUYAは石丸を見続けた。
「……君が根性なしだと僕が証明してやる」
「やってみろよ、もやし野郎」
「僕が勝ったらちゃんと学校には制服を着て登校したまえ!」
「……いいぜ。出来るもんならな」
「…………」
いつかの時のように、二人は自然に勝負を始めていた。
だが、会話の内容がKAZUYAの知っているものと微妙に違う。
(石丸の発言に俺は一切出てこない。それに、時折学校について言及している。
……恐らく、この二人は二年前にも同じように勝負をしていたのだろう)
なるべく過去を再現するために、KAZUYAと不二咲はただ黙って二人のやり取りを聞いていた。
「石丸君、本当におかしいのかな? 普通に話しているように見えるけど……」
「今はまだ過去を再現しているだけだ。再現の向こう……この先が一番重要だな」
やがて、また以前のように二人はお互いの身の上話を始めていく。
「……君のような人間がこの学園にいたとはな。僕は、この学園にいるのは
才能にあぐらをかく苦労知らずの天才ばかり……つまり、みんな敵だと思っていた」
(兄弟……オメエはまだそんなこと言ってんのか? 夢の中でもオメエは一人なのか?)
――だが、ここで大和田は間違えてしまった。
431: 2014/08/14(木) 22:50:05.83 ID:D0Zakwg/0
「俺が天才? バカ言うな。兄貴のおこぼれもらって、いつも兄貴の影に怯えてただけだ!」
「大和田君……?」
「聞いてくれ、兄弟。俺はな……本当はよええ人間なんだ。いつも見せてる強さも男らしさも、
本当は俺自身のものじゃねえ。ただ兄貴のマネしてるだけの、作り物で嘘っぱちのものだったんだ」
「何を……何を言っている? 君は、一体……?」
「でも、兄弟なら俺の弱さを受け入れてくれるって俺は思ってる。なにせ、オメーはつええ男だからな!」
「……違う……いや、違わない……? うう……」
ここでの正しい台詞は『敵ばっかり? バカ言うな。少なくとも俺はもうお前の味方だぜ』だ。
そして、二人は今と同じように義兄弟の契りを結んだのだが、今の大和田は知らない。
自分が間違えてしまったことすらわからない。
記憶の中の大和田と現在の精神的に強く成長した大和田との齟齬に、石丸は混乱し始めていた。
「……僕は才能にあぐらをかいている天才という人間だけが
楽をする訳ではない、本当に努力する者が報われる国を作るんだ」
―でも、努力する天才は?
「僕は……僕は……」
―凡人は結局天才には敵わないって、僕は知っていたはずじゃないか。
「おい……どうした、兄弟?」
「僕は、出来なかった……所詮凡人の僕には、何も成し遂げることなど出来ない……」
「石丸……」
―そうだ……ここに僕は要らないんだ。
432: 2014/08/14(木) 22:57:27.90 ID:D0Zakwg/0
「戻りたい……でも……」
「………………戻れない……」
433: 2014/08/14(木) 23:03:06.61 ID:D0Zakwg/0
「石丸……?」
(これは、石丸の本音か? もしや、重要な手掛かりなのでは……)
「……っ!」
「ム!」
「兄弟!」
「石丸君!」
サウナから飛び出した石丸をすぐにKAZUYAが捕まえる。幸い、いつかのように
暴れたりはしなかったものの、また無反応な状態に戻ってしまった。
「兄弟……」
「残念だったね。……でも、今までで一番反応は良かったんじゃないかなぁ?」
「お、おう。そうだな。俺は諦めねえぞ!」
「その意気だよ!」
「…………」
しかし、医者であるKAZUYAにはわかった。今が石丸を元に戻す最大の好機であったことを。
……そして、その好機をみすみす逃してしまったことも。
(大丈夫だ。忘れているだけで二年も一緒にいたのだ。きっとまた機会はある……)
そう強く自分に言い聞かせるが、KAZUYAの暗澹たる思いは消えないのだった。
434: 2014/08/14(木) 23:14:54.37 ID:D0Zakwg/0
◇ ◇ ◇
K(……残念ながら、ここで直すのは恐らく無理だろう。とにかく、大きく環境を変えなくては)
化学室のおかげでいくつか不足していた薬品の補充が出来た。中身がすり変わっている可能性が
あったので、毒に耐性のあるKAZUYAが思い切って自分の体でテストしてみたが、幸いにもそのような
ことはなかった。暮らそうと思えば数ヶ月は持ちそうだが、生徒達の精神が耐えられないだろう。
K(霧切にも言われたが、方針転換をする……今までは生徒の心のケアを第一に考えてきたが、
これからは脱出が最優先だ。とにかく腐川をなんとかして、他の生徒達も結束させる)
K(石丸を、切り捨てる訳ではない。俺は他の生徒達も守らねばならんのだ……)
苦渋の決断だった。生徒を守る義務があるKAZUYAに、選択肢などない。
……だが、どうしても石丸を見捨てたという感情がKAZUYAの心から離れてくれないのだった。
そんなことを考えながら、KAZUYAは石丸の抜糸をしてやろうと包帯に手を掛ける。
K「お前達は見ない方がいいと思うぞ」
大和田「いや、見る。……俺がやったことだしな」
不二咲「僕も……石丸君は僕を庇って怪我したんだし……」
苗木「たとえどんなに酷い傷でも、それで石丸君のことを見捨てたりなんてしません」
舞園「仲間ですから、ね」
K「……そうか」
435: 2014/08/14(木) 23:22:20.99 ID:D0Zakwg/0
包帯を外し、KAZUYAは石丸の顔と首から抜糸をした。
K(ああ、やはりスティッチマークが酷い……)
スティッチマーク:縫合の際、糸が皮膚を圧迫しその部分が壊氏して出来る黒い線。傷口自体より
スティッチマークが目立つことも多いため、昨今ではいかに皮膚を圧迫せず
傷を癒着させるかが重視されており、浅い傷なら縫わずにテープで済ます事もある。
石丸の顔面には、KAZUYAの予想通りムカデ状の大きな傷痕が二つ出来てしまっていた。
「…………」
生徒達が息を呑んでいるのがわかる。KAZUYAは消毒すると、改めて顔と首に丁寧に包帯を巻いた。
K「もう一つ、俺にはやらねばならんことがある。少し待っていてくれ」
桑田「なんだよ。やることって」
K「生きる上で必要なことだ」
KAZUYAはそう生徒達に言って部屋を出た。化学室に立ち寄り必要な物を調達すると厨房に向かう。
「…………」
無言でいつものように支度をする。この学園の化学室には、多量の薬品が置いてあった。
つまり、KAZUYAなら市販品に頼らずそれらを調剤して直接点滴を作ることが出来た。
だが今回作るのは、いつもの点滴とは少しばかり成分比率が異なっている。
436: 2014/08/14(木) 23:48:30.54 ID:D0Zakwg/0
(二週間以内ならたとえ絶食状態であっても、通常の点滴で問題ない。だが……頼みの綱であった
不二咲の呼びかけやサウナでのやりとりも効かなかった。長期治療を視野に入れねばならんだろう)
石丸は精神が崩壊する前から、既にほとんど食事を摂っていなかった。それ故、現在の栄養状態を鑑みて
KAZUYAはとうとう通常の点滴(末梢静脈栄養法)から中心静脈栄養法に踏み切ることにしたのだ。
末梢静脈栄養法:所謂、手首などから行う普通の点滴のこと。これだけでは生命維持に必要な
栄養補給が出来ないので、使用期間の目安は凡そ十日~二週間以内である。
中心静脈栄養法:完全静脈栄養法(TPN:Total Parenteral Nutrition )とも言う。
体の中心部に近い太い静脈から高濃度の輸液を直接点滴する方法。
絶食状態でも全ての栄養素を補給でき、長期間生存を可能とする。
高カ口リー輸液:中心静脈栄養法で使われる高濃度の輸液。通常の点滴と違い高濃度の成分で構成され、
これだけで必要栄養が全て摂取出来るが、成分が濃いため末梢血管から点滴すると、
末端の毛細血管が炎症を起こしてしまう。そのため、太い静脈からしか点滴出来ない。
KAZUYAは細菌が入らないように細心の注意をしながら、成分を調合していく。
(当座はこれでしのぐ……が、これは本来健康な若者にすべき行為ではない。
何とか、食事だけでも訓練して摂れるようにしないとな……)
日頃は既成品の輸液を使っていたため多少調剤に手間取るが、無事に用意すると保健室に戻った。
石丸の上着を脱がせ丹念に消毒し、右の鎖骨下静脈からカテーテルを通し点滴していく。
中心静脈栄養法で特に気をつけなければならないのは、衛生面だ。常に体外にカテーテルが出るので、
細菌などが血管に入り敗血症にならないようにしなければいけない。道具の消毒法などは事前に
教えていたが、流石に何度も経験して慣れていたからか生徒達もテキパキと手伝ってくれた。
437: 2014/08/15(金) 00:04:29.26 ID:Y5n+wmuD0
K「女性にはあまり見せたくない光景だが……」
霧切「心配はご無用よ」
舞園「こうやって先生の元で修行していたら、私達看護婦さんになれるかもしれませんね」
桑田「オメーら、よく平気で見れんな……」
大和田「……意外と女子の方が平気なのか?」
苗木「う……」
不二咲「痛そう……」
生徒達は痛々しげに点滴の様子を見ている。
――その時、KAZUYAの脳裏にチラリとある映像が浮かんだ。
(……まただ)
最近、部屋に篭って考えごとをすることが多いからか、KAZUYAは少しずつ記憶が
戻り始めていた。だが、そのどれもが楽しい学園生活でのものだったのだ。
(前は、一刻も早く記憶を取り戻したいと思っていたのにな……)
記憶の中の彼等は、いつも笑顔で輝いていた。学生らしい若さと生命力に満ち溢れていた。
ここにいる青白い顔をし、瞳から生気が失われている生徒達ととても同一人物には思えなかった。
けれど、抗いようのない絶望的な日々を……彼等はもがきながらも懸命に生きていたのだ。
――そして停滞した日々を打ち破るかのように、その事件は起こった。
459: 2014/08/17(日) 23:53:26.13 ID:4ipD8j/v0
何もない――特に問題も起こらないが、何の収穫もない日々を彼等は過ごしていた。
挽回に励む大和田を筆頭に何とか葉隠や山田にコンタクトを取ろうと試みたものの、
苗木以外の人間が近付けば彼等は露骨に警戒し、逃げてしまった。むしろ、これが切欠となり
部屋に引きこもることが増えたと言っていい。会うことが出来なければ話すことも出来ない。
KAZUYAは何とか腐川と再度コンタクトを取ろうとしたが、現れるのはいつもジェノサイダーであった。
どうも、最近はジェノサイダーが現れている時間が多いらしい。無理矢理戻して話すことも考えたが、
あまりショックを与えたくなかったので精神が落ち着くまで待つことにし、石丸の見舞いに来てもらった。
そして当の石丸の精神は相変わらず崩壊したままであり、全く回復の兆しは見えない……
― コロシアイ学園生活二十五日目 朝日奈の部屋 PM2:11 ―
(今日は、どうやって一日潰そうかな……)
大分前から、朝日奈は日々の生活に閉塞感を感じていた。この学園には極端に娯楽が少ない。
一人でなければ色々時間を潰す手段もあるのだが、一人だとせいぜい読書か運動くらいしかない。
朝日奈は読書をするタイプではないし、運動もみんなでわいわいとするのが好きだった。
(泳ぐの……あんなに好きだったのに……)
今や大好きな水泳の時間すら以前の半分以下になってしまった。やりたいと思わなくなって
しまったのだ。好きなことが出来なくなる、というのは鬱病の代表的な初期症状である。
つまり、この時の朝日奈は軽度の鬱状態に陥っていた。
460: 2014/08/18(月) 00:03:29.62 ID:Yogn4Krx0
「ドーナツ食べよ……ドーナツ食べればきっと元気が出る……」
そう呟いて部屋を出る。廊下は閑散としていて、静かだった。
監禁されているから狭いと錯覚しているだけで、本来この建物は高校生15人で使うには広すぎた。
誰もいない廊下を孤独な朝日奈が夢遊病患者のようにフラフラと歩いて行く。
「リングドーナツ、ツイストドーナツ、あんドーナツ、ジェリードーナツ、
マラサダ、サーターアンダギー、チュロス、フレンチクルーラー……」
ドーナツの種類を呪文のようにブツブツ唱えながら、朝日奈は食堂に入る。
そこには思いがけない先客がいた。現在、朝日奈が最も会いたくない人物の一人がいたのだ。
「あ、妖怪チチデカ魔人じゃーん」
「ジェノサイダー……!」
食堂にはまたいつぞやのように飲み食いしているジェノサイダー翔がいた。
「あんた一人? 珍しいわねぇ。オーガちんの金魚のフンのイメージあったけど」
「金魚のフン?! それってどういう意味!」
「そのまんまの意味だけど。いつもバカみたいに引っ付いてるって意味」
「最近は……引っ付いてないもん」
「あっそ」
461: 2014/08/18(月) 00:09:46.05 ID:Yogn4Krx0
しかし、それだけ話すとまたジェノサイダーは食事に戻る。あれだけ色々あったのに
平然としているその姿に、朝日奈は無性に腹が立つのを感じていた。
「あんた……なんでここにいるのよ……」
「はぁ? 腹が空いたからに決まってんでしょーが。食堂はメシ食う場所なんだし」
「そうじゃない! あんたのせいで腐川ちゃんは部屋に閉じこもっちゃったし、
石丸は……石丸はおかしくなったのに! なんで人頃しのあんたは平気なのよ!!」
「そりゃ殺人鬼ですから。人が一人二人氏んだくらいでやられるような豆腐メンタルじゃねえんだよ」
「……あんたがいなければ、不二咲ちゃんが氏にかけることもなかった……!
なんでみんながツライ思いしてるのに、あんただけ……あんたなんかが……!!」
朝日奈はジェノサイダーを睨みながら強く拳を握りしめるが、ジェノサイダーは意に介さない。
「あーあ、やーねー。女のヒステリーって」
「なに?! 私の言ってることがおかしいって言うの?!」
「別に。アタシがちーたんヤったのもそれできよたんと根暗がダウンしたのも事実だし。
……でもさ、テメェが本当にムカついてんのはそこじゃねえんだろ?」
「なによ……?! 私は別に……」
「ぶっちゃけ、自分がなんの役にも立ってないのにイラだって八つ当たりしてんだろっつってんの」
「?! 私は、そんなつもりじゃ……」
「じゃあなんでテメェはこんなところに一人でいるワケ? 他のメンバーは
仲良しこよしで一緒に今の状況なんとかしようと頑張ってるみたいじゃん?」
「そ、それは……」
462: 2014/08/18(月) 00:15:14.04 ID:Yogn4Krx0
残酷な言葉だった。朝日奈だって何度か歩み寄りを試みたのである。
しかし、モノクマが蒔いた内通者という不和の芽により、彼女の善意は拒まれてしまった。
ジェノサイダーはそんな事情を知らない。知っていても、恐らく斟酌しないであろうが。
「私は手伝おうとしてるもん! でも、先生達がいつもいいっていうから……大体先生が……」
「そのへんはよく知らないけどさぁ、そもそも、一番ツライのってセンセっしょ? センセはきよたんと
仲良かったからねぇ。いつも余裕ぶったクールな顔してたのに、最近は真っ青な顔してること多いし」
「でもセンセはアタシを責めるとか不毛なことはしないで、ひたすら黒幕や
自分を責めて前向きにきよたん達の治療にかけずり回ってるワケじゃん?」
「…………」
「――で、テメェは今までなにしてきたワケ?」
殺人鬼の瞳が、獲物を捉えたかのように小さくすぼまる。
「私、は……」
協力しようとは思っているが、今の自分でも出来る事――即ち、石丸の見舞いすら
最近は行っていなかったことを指摘された気がして、大きく心臓が跳ねた。
「どうせなにもしないでただ見てるだけか、被害者ぶって泣いてるだけなんだろーが?
だったらまだアタシの方が役に立ってんじゃーん。アタシは落ち込んだセンセを
慰めてあげたし? 根暗の件でも相談乗ってあげたりしたしねー」
「はっ?! えっ?!!」
予想外過ぎるジェノサイダーの言葉に、朝日奈は言葉を失う。KAZUYAの相談に乗った?
463: 2014/08/18(月) 00:21:14.32 ID:Yogn4Krx0
「なーに? まさかカズちんはスーパーマンだからほっといても平気だとでも? 確かに
凡人よりは遥かにタフだけどさぁ、あー見えて意外と思い詰めるタイプなのよん?」
「な、なんであんたなんかが……」
―先生を語るのよ……
「えー? だってアタシはKAZUYAセンセと仲良しだしぃ。カズちんだって役に立たない
あんたよりは、人頃しでも役に立つアタシの方が好きなんじゃないのぉー?」
「なんで……なんで……」
―なんであんたが私より信頼されてるの?
―私は……
―私は……!
―ひとりぼっちなのに!!
「…………」
青ざめた顔でブルブルと震える朝日奈にジェノサイダーは容赦なくとどめを刺す。
464: 2014/08/18(月) 00:29:27.04 ID:Yogn4Krx0
「悔しいならこんなところでうじうじしてないでテメーもなんかやりゃいいじゃん。
それとも、愚痴ばっか言って自分からはろくに動かない根暗の仲間になる?」
「い、言われなくても……やるわよ……! やってやる!!」
ダッ!
そう叫ぶと、朝日奈は勢い良く食堂から飛び出してどこかに行ってしまった。
「あー、やっとうるさいのがあっち行ったっと」
発破をかけたのか単に追い出したかったのかはわからないが、
一人になったジェノサイダーは再び黙々と食事に取り掛かるのであった。
◇ ◇ ◇
その少し前、KAZUYAは静寂極まりない寂しい図書室で医学書を読み漁っていた。
(鬱病、統合失調症……石丸の症状に一番近いのは統合失調症だろうか。だが、重度の鬱病の
症状にも部分的に当て嵌まるし、そもそも統合失調症自体現代でも定義が非常に難しい病だ)
(被害妄想より他害妄想が強く、幻覚や幻聴があるがそれらは過去の記憶が元になっている。
今の段階では、統合失調症の中の数ある症状に一部該当する物がある……としか言えんだろう)
肉体の病でも症状が多岐に渡り確定しにくいものはいくらでもある。だが、検査をすれば
どこが病巣なのか、大まかな当たりくらいはつけられる。それに対し、精神の病気は複雑多岐だ。
症状も一人一人違うし、複数の病気が絡み合うように入り組んでいることも少なくない。
薬や手術をすれば治るという決定打もなく、判断も治療も非常に難しかった。
465: 2014/08/18(月) 00:36:03.19 ID:Yogn4Krx0
(精神の病は単に心の病気で終わるものではなく、脳に異常をきたしている場合も多い。薬物療法を
試してみるか? ……だが、いくら専門書を読み漁ったからと言って外科の俺に出来るだろうか?)
向精神薬などKAZUYAは元々持ち歩いていなかったし、保健室にも置いてはいなかったはずだが、
いつの間にかそれらの薬が置かれていた。どうせそんな物を使っても無駄だというモノクマのいつもの
嫌がらせだろう。或いは外科のKAZUYAが気軽に薬を出せないことによるジレンマを誘っているのか。
(リスペリドン、クエチアピン、ペロスピロン、オランザピン、アリピプラゾール……
駄目だ。どれをどの程度出すべきか全く見当が付かないし、何より副作用を無視出来ん)
向精神薬は直接脳に影響を出すほど効果が強いが、その分副作用も非常に大きい。
確実に何らかの効果がある、と確信を持てなければ出せるものではなかった。
薬の処方は教科書で得た知識も勿論重要だが、実際に患者を見て投与してきた経験が物を言う。
(やはり、外に出て専門医に一度見せるべきだ。外科の知り合い程多くはないが、
一応何人か精神系の医者の知り合いもいるし、クエイドにも専門家が大勢いる)
(外の様子が気になるが、流石に医者が氏滅しているレベルではないだろう)
(……そう思いたい)
手に持っていた本を閉じ、KAZUYAは本棚を改めて眺めた。自然と、全日本医学大全に目が行く。
以前加奈高にいた時、KAZUYAがとある生徒にあげた思い出の本だ。基本中の基本だからか、
何故かここの図書室には二冊あったので、今回もそのうちの一冊を石丸にあげたのだった。
(石丸……)
今まで我慢に我慢を重ねてきたのに、とうとう込み上げてきた思いをこらえることが出来なかった。
思えば、KAZUYAは石丸のことをわかったつもりでいて結局何もわかっていなかったのだ。
466: 2014/08/18(月) 00:43:27.21 ID:Yogn4Krx0
初めて会った時、KAZUYAは石丸をしっかりした青年だと思った。勿論、その感想はすぐに
間違いだと訂正したのだが、基本的に石丸を芯の強い男だと思っていたのは変わらなかった。
それ自体はけして間違いではない。石丸は非常に意志の固い男であり、仲間や己の信念のためなら
どれほど自分を犠牲にしても厭わない強さがあった。だが、その強さは一方的なものだったのだ。
(例えるなら刀だ。正面や縦からの衝撃には極めて強い力を持つ。……だがその反面、横からの
攻撃には滅法弱い。物の性質としては普通のことだが、人間の精神としてははっきり言って歪だ)
――今ならわかる。何故石丸の精神はそんなに不自然な形をしていたのか。
KAZUYAは石丸を青年として扱っていた。それがそもそもの間違いだったのだ。
石丸は少年だった。この学園にいるどの生徒よりも、白く真っ直ぐで未熟な幼い少年だった。
元々本人が真面目な性格でお堅い家柄だというのもあるだろうが、身内のことで世間に
負い目を感じて生きていたこと、それ故に日本の一般的な高校生から遥かに掛け離れた生活を
長年してきたことが加わり、あの潔癖過ぎる性格が形成されたのだろう。
(俺は、外見や発言の立派さに惑わされていた。あいつは知識として知っているだけで本当に汚い物を
見たことがないし、現実の厳しさには到底耐えられない。何も知らなかったのだ、何も……)
思えば、こんな状況でも普段と同じ生活を貫いたのも、強さからではなく不器用さからだった。
発言の端々に年齢不相応な無邪気さがあった。今までに気付ける要素は十分あったのだ。
(大人として、俺が教えなければならなかった。俺が教えるべきなのは、学問ではなく
人間の弱さや汚さだったのだ。もっと早く、そのことに気が付いていれば……)
467: 2014/08/18(月) 00:48:48.92 ID:Yogn4Krx0
善人でも悪事を働くことがある。家族が嘘をつくこともある。時には友人が友人を騙したり
傷つけることもあると知っていれば、石丸はあんなにも深いショックを受けただろうか。
精神が未熟な子供達が監禁され頃し合いを要求されて、何も起こらないはずがない。
絆を築き、協力すればいつか脱出出来るなどと安易に夢見事を言うべきではなかった。
悔しいが、その点では常に現実を突きつける十神の発言は正しかったのだ。
(思えば、俺が生徒達と過ごしたのは僅か数週間だ。そんな短期間で、人間の本質などわかる筈がない)
(……俺は、自惚れていたのかもしれない。数え切れない人間に会って、様々なケースを
見てきたから対人観察には自信を持っていたつもりだった。だがそれは結局の所、幾つかの
パターンを作って無意識にそれに当て嵌めていただけだ)
(だから、そのパターンから外れた人間の考えや行動がわからない――真田もそうだったではないか)
真田武志――! KAZUYAを最も苦しめた、今は亡き宿敵の名だ。
KAZUYAの前に幾度も立ちはだかり、悪魔の頭脳を持って大勢の人間を苦しめた男である。
一度目はKAZUYAを、そして二度目はKAZUYAの仲間達までもを傷つけた。その悪逆非道の数々に
寛大なKAZUYAもとうとう激怒して一度は真田を殺そうと試みたが、結局頃し切れなかった。
だが、情けを掛けられたにも関わらず、真田は再び罪を犯したのである。
真田の心が堕ち切っていたことを、あの時のKAZUYAは見抜けなかったのだ。
その結果傷ついた人々は、間接的にKAZUYAが傷つけたと言ってもいいのではないだろうか。
「……ッ!」
468: 2014/08/18(月) 00:52:28.00 ID:Yogn4Krx0
KAZUYAはまたいつぞやのように目眩を覚え、とうとう踏ん張りが効かずに本棚へと倒れ込む。
頭に浮かぶのは過ぎ去りし日々だった。石丸のハツラツとした声が耳に蘇る。
『西城先生! ここがよくわからないのですが!』
『ああ、これはだな……』
『ありがとうございます! 先生の説明はいつもとてもわかりやすいです!』ニコッ
・・・
『俺が実際に遭遇したケースでは――だったな』
『凄いなぁ。先生は本当にたくさんの人を助けているのですね!』
『俺は別に大したことなんてしていないさ』
『そんなことありません! きっと今でも大勢の人が先生に感謝していますよ! 僕も含めて!!』
・・・
『……西城先生』
『どうした? お前にしては珍しく元気がないな』
『僕みたいな何の才能もない不器用な凡人でも、先生のような立派な医者になれるでしょうか?』
『なれるさ。お前くらい努力家な奴ならきっとどんな夢でも叶えられる』
『本当ですか? 尊敬する西城先生がそう言ってくれるなら、僕も無心に信じることが出来る!』
『また明日も頑張ります!』
『フ、あまり根を詰めすぎるなよ』
469: 2014/08/18(月) 00:58:45.11 ID:Yogn4Krx0
・・・
『先生!』
『先生』
『先生……』
…………。
…………。
嗚呼――!!
KAZUYAは本棚に手をついたまま、呻いた。
あのいつも明るく笑顔が輝いていた青年は――もういない。
470: 2014/08/18(月) 01:01:30.94 ID:Yogn4Krx0
(母さん、親父、そして――――カスミ)
(……俺が本当に守りたかった人達は、いつだって守れなかった)
―俺が此処にいる意味は何だ?! 俺は何のために生き残ったんだ?!
―俺は一体何をするためにここにいるんだ!!
―教えてくれ。誰か、誰か……
471: 2014/08/18(月) 01:06:45.52 ID:Yogn4Krx0
◇ ◇ ◇
失意の中図書室を後にしたKAZUYAが階段を降りていると、微かに何かが割れる音が聞こえた。
(何だ……?!)
胸騒ぎがする。KAZUYAは階段を飛び降りた。
保健室の方が何やら騒がしい。
――悲鳴が聞こえる。
「……にしやがんだテメェ!!」
「はなしなさいよ!!」
「やめてえええええええええええええ!!」
持っていた本を投げ捨ててKAZUYAは保健室に飛び込んだ。
「どうしたっ?!」
そこでKAZUYAが見た光景は――
472: 2014/08/18(月) 01:11:45.90 ID:Yogn4Krx0
朝日奈葵が馬乗りになって、石丸清多夏の首を絞めている姿だった。
495: 2014/08/22(金) 01:20:33.80 ID:R1L+Dt+N0
◇ ◇ ◇
……時刻を少し遡る。
何の脈絡もなくやって来た、それはまるで天災だった。バン!と保健室の扉が乱暴に開かれ
鬼のような形相で飛び込んできた朝日奈を、大和田と不二咲は呆気にとられた顔で見る。
「朝日奈さん?」
「お、おいどうした?」
不穏な物を感じた二人が話し掛けるが、朝日奈は相手にせず真っ直ぐ石丸の元に向かう。
「石丸」
「…………」
「ほら、ドーナツ持ってきたよ。食べれば元気になるよ」
しかし、石丸は何も反応を見せない。朝日奈は脇机に皿を置いて石丸に詰め寄る。
「…………」
「どうしてなにも言ってくれないの? 私のこと嫌いなの?」
「朝日奈君……すまない」
朝日奈の言葉に呼応するかのように、石丸はまた謝った。
いつも通りの反応だ。だが、対する朝日奈はいつも通りではなかった。
496: 2014/08/22(金) 01:24:07.06 ID:R1L+Dt+N0
「なんで謝るの……? ねえ……」
「朝日奈さん?」
「ねえ、ねえ――ねえっ! いい加減にしてよっ! もううんざりなんだよっ!!」
「おい! オメエどうした?!」
ベッドに座ったまま俯いている石丸に朝日奈は叫ぶ。
「なにやってんだ! 怒鳴って治るならとっくのとうに治ってる! やめろ!」
「どうして?! どうして治らないの?! 私のこと見てよ! ちゃんと私の話を聞いてっ!!」
「すまない。許してくれ、すまない……」
何を言っても変わらず謝り続ける男に、朝日奈はますますヒステリックに叫んだ。
遂には、肩を掴んで無理矢理こちらを向かせる。その気迫に石丸は怯え小さな悲鳴を上げた。
「なんでよ?! もうイヤなんだよっ!! みんながこれだけやってるのになんで戻らないの?!!」
「おい、朝日奈……!」
「わかったよ……あんたが、あんたがそういう態度をとるならこっちにだって考えがあるんだから……」
「あ、朝日奈さん? あの、少し落ち着い……」
「あんたがどうしても戻る気がないっていうなら――こうしてやるッ!!!」
497: 2014/08/22(金) 01:31:42.12 ID:R1L+Dt+N0
朝日奈は一瞬で石丸を押し倒すと、両手でその首を締め上げ始める。突然の奇行に
大和田と不二咲は仰天して硬直してしまうが、先に動いたのは大和田だった。
「なにしやがんだ、テメエッ!! やめろ!!」
大和田が朝日奈に組み付き、その衝撃で皿が床に落ちて割れる。
だが朝日奈も氏ぬ気で掴んでいるのか、簡単には引き剥がせなかった。
「はなしなさいよ! こうでもしなきゃ、コイツは目を覚まさないんだから!!」
「バカ野郎! 頃す気か?!!」
「うるさいっ! そのくらいしないともう手遅れなんだよ、邪魔しないで!」
「だからってなあ!」
「ぅ……うぅ……」
「ほら、ほら、悔しかったら私を頃してみなさいよっ! 石丸ゥゥッ!!!」ギリギリギリ
「……っが……っっ……」
「テメエ、正気じゃねえええええええええ!!」
「朝日奈さん、やめてええええええええええええ!!」
(助けて! 西城先生!!)
不二咲は口元に手を当て、叫ぶ。そして無駄を承知で朝日奈にしがみついた。
その直後、祈りが通じたかのように扉からKAZUYAが飛び込んでくる。
498: 2014/08/22(金) 01:38:40.33 ID:R1L+Dt+N0
「ッ――何をしているんだッ?!!」
あまりの驚愕に思わず声が変に裏返りかけるが、そんなことは気にしていられない。
「せ、先生ェー!! 朝日奈さんがっ!」
「私が戻してやるの! 苦しいでしょ? ツライでしょ? だったら怒りなさいよ!
やり返しなさいよ!! 私を頃してみなさいよオオオオオオオッ!!!」
「すま……ない……朝、日奈く……!」
「やめるんだっ!」
KAZUYAは大和田と不二咲に加勢して朝日奈をなんとか引き剥がした。
「ゲホッ! ……ゲホッゴホッ!」
「石丸君、大丈夫?!」
「しっかりしろ、兄弟! もう大丈夫だぞ!」
「はなしてっ! はなしてよ! はなしてぇっ!!」
「落ち着け! 落ち着くんだ、朝日奈!」
「もううんざりなの、こんな生活! 石丸がいつまでも戻らないから私達まで!!」
「こんなやり方では逆効果だ!!」
「うるさいっ! いい加減に戻りなさいよ! もう今の空気はイヤなんだよ! あんたのせいでしょ?!」
「テメエ! そんな理由で兄弟に暴力振るったのかッ?!」
500: 2014/08/22(金) 01:47:02.62 ID:R1L+Dt+N0
ここ最近はだいぶ丸くなったが、大和田は元々非常に短気で手が早い男である。普段は絶対
女子に暴力など振るう男ではないが、おかしくなった義兄弟に理不尽な暴力を振るった彼女に
平手打ちをしようと大きく手を振り上げる。朝日奈は咄嗟に強く目をつぶった。
「やめろ、大和田!!」
KAZUYAは大和田の手が当たらないよう、朝日奈を連れて大きく後ろに下がる。
「不二咲! 大和田を連れて部屋に!」
「待てよ! テメエ一人でそのアマを止めるのはムリだ!」
その時、タイミング良く来客がやって来た。桑田と霧切だ。
「お、おいおい! なんかスゲー声が聞こえてきたけど……って朝日奈?!」
「ドクター!」
「俺は大丈夫だ! 朝日奈は俺が説得するから、お前達は大和田を連れて行ってくれ!」
「えっと……」
「わかったわ! 桑田君、早く!」
「お、おう!」
「俺は冷静だ! 兄弟を置いて行けるか!」
「大和田君、行こう。ね?」
三人がかりで大和田を引きずり、保健室から連れて行く。
501: 2014/08/22(金) 01:52:37.59 ID:R1L+Dt+N0
「朝日奈……」
「…………!」バッ
朝日奈は少し落ち着いたのか暴れるのはやめたが、乱暴に腕を振り払ってKAZUYAを睨む。
「見ろ、石丸を」
「…………」
「うっ、ううっ……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
石丸は頭を抱えうずくまり、涙を流しながらガクガクと震えている。
その姿はさながら、親に虐待されて怯える子供のようだ。
「石丸……」
「さっきのやり方では逆効果だ」
「どうして……なんで謝るの! いきなり襲い掛かって、私が悪いのに!!」
「……もう石丸には、やり返す気力もないんだよ」
「…………」
「君の石丸を救いたいという気持ちは有り難いが、もう少し時間をかけて一緒に……」
そのまま、KAZUYAは朝日奈を諭そうと肩に触れようとするが――弾かれた。
502: 2014/08/22(金) 01:55:37.43 ID:R1L+Dt+N0
「……?!」
「うそだよ……」
「嘘? 一体何が嘘なんだ?」
「本当は一緒になんて……思ってないくせに……」
「朝日奈……?」
「先生の、先生の――」
「――大うそつきィっ!!」
朝日奈から放たれた予想外の言葉に、KAZUYAは動揺する。
「嘘……つき……?」
(俺が?)
呆然とするKAZUYAに突き付けられた言葉は、ナイフのようにその胸を抉った。
「だっていつもそうじゃん! なにか頼み事をする時は苗木、桑田、大和田に
舞園ちゃんと霧切ちゃんばっかり! 私だけいつも仲間はずれっ!」
「それは……」
「前はそんなことなかった! 舞園ちゃんが入院してる時は私にもいろいろ頼んでくれた!」
「……!!」
503: 2014/08/22(金) 02:02:44.63 ID:R1L+Dt+N0
「先生、本当は疑ってるんでしょ私のこと?! だから前より距離が遠いんだ!!」
「朝日奈……」
この時、KAZUYAは始めて自分が大きな過ちを犯していたことに気付いた。
(……違う。朝日奈は内通者ではない)
そう。やはり朝日奈葵は内通者ではなかったのである。
こんな行動を起こせば、KAZUYAは騙せても大和田や不二咲の心証が悪くなるという理屈もあるが、
理屈などもはや関係ない。朝日奈の魂からの叫びが、KAZUYAの心を強く深く揺さぶったのだ。
「先生だけじゃないよっ! みんな、みんな私のことを疑ってる!! どうして? 私がなにかしたの?」
「私のことを信じてくれるのはさくらちゃんだけ……でも、だからって
さくらちゃんにばっかり甘えていたら、さくらちゃんの負担になっちゃう……」
「…………」
「私はずっとみんなと協力してたし、一緒にいたいのに……こんな生活もうイヤだよっ! イヤだっ!!」
「家に帰りたい! 思い切り外を走りたい! ドーナツ屋にも行きたいし、友達にも会いたい!!」
「朝日奈……」
「……パパやママに会いたい……」
そう言って泣き出す朝日奈に、KAZUYAは再び大きな衝撃を受けた。
504: 2014/08/22(金) 02:07:46.29 ID:R1L+Dt+N0
(色々な思いを、ずっと一人で我慢していたのだな……)
「すまなかった……」
思わず、謝罪の言葉が口をついて出る。
確かに朝日奈の言う通りだ。自分は彼女を疑っていたし、KAZUYAがそういう姿勢を
取ったせいでKAZUYAを信じる者達も同じようにしていた。だが、朝日奈は本当はずっと
そのことに気付いていたし、KAZUYAの優柔不断さが彼女を傷付けてしまっていたのだ。
「うそつきっ! どうせ口だけのくせに! 私のこと信じてくれない先生なんて……キライだよ!!」
「そうだな……俺も自分のことが大嫌いだ……」
「うわああああああああああああああああああああ!!」
朝日奈はこの学園では小柄な方にも関わらず、自分より二周り以上は大きいKAZUYAに殴りかかる。
KAZUYAはその拳を止めず、避けもしないでただ甘んじて受け入れた。アスリートだからか、
女子高生とは思えない力で思いきり胸板を殴られる。そのまま、何度も殴られ続けた。
「わああああああああああああああああああああ!」
だが、余程鬱憤が深いのか朝日奈のヒステリーはそれだけでは止まらない。机の上の物を
思い切り投げ付けられたり、爪で引っ掻かれたりした。けれども、KAZUYAは一切抵抗しない。
(俺が不用意に疑ってしまったばっかりに、この少女の心を傷付けてしまった。……俺のせいだ。
疑心暗鬼になってはいけないと生徒に言いながら、その実俺自身が最も疑心暗鬼に陥っていた)
(こんなことで俺の過ちが許されるとは思えないが……君の怒りは全てこの身で受け止めよう)
KAZUYAは静かに目を閉じ、ただされるがままに一つまた一つと傷を負っていった。
545: 2014/08/24(日) 23:44:07.78 ID:8tw0UyjC0
・・・
「ハァ……ハァ……う、うう……ひっく……」
流石に何十分もそうやって暴れ続けて疲れたのか、朝日奈は手を止めて泣き始めた。
「…………」
「なんで……なんでなにもしないの……? ひっく……」
「……全部、君の言う通りだからだ」
「…………」
「俺は確かに君を疑っていた。何の根拠もなく、あれだけ友好的に接してくれた君の想いを裏切った」
「――責められて然るべきだ」
朝日奈はもう口だけとは言わなかった。ただ、ぽつりと寂しげにこう漏らした。
「あの朝の時間は……楽しかった時間は、先生の中ではなんの意味もなかったの……?」
一瞬返答に窮したが、KAZUYAはゆっくりと首を横に振る。
「それは違う」
「俺も、二つ目の動機が配られる前のあの時間が好きだったよ。始めは大人として
校医として、君達に対し線引きをしていたがここで何日も寝食を共にしていく内に……」
「いつの間にかそれがなくなってしまった。――距離が近くなってしまったんだ」
「…………」
546: 2014/08/24(日) 23:54:09.67 ID:8tw0UyjC0
刺激の少ないこの環境で生徒達は人生経験豊富なKAZUYAに対し、朝のニュース代わりに色々な
話をねだったものだった。逆にKAZUYAが彼等に対し、日常や前の学校での生活を聞いたこともある。
夜勤が当たり前のKAZUYAにとって誰かと朝食を摂ることは実は頻繁にあることだったが、
言ってみればそれらは仕事の延長線上にあった。仕事仲間と仕事の会話をする仕事上の食事であり、
最初はここでもそれを貫くつもりであったが、いつしかそれは違ったものとなってきてしまった。
『ねえねえ先生! また外国の話聞かせてよー!』
『いや、僕は病院の話がいいぞ!』
『昨日話してくれた、裏の世界の続きも気になるなぁ』
『我は強敵と戦った話が聞きたい』
KAZUYAは額に手を置き、目を閉じてあの楽しかった朝の光景を思い出す。
「俺が父子家庭なのは昔言ったな? 親父はいつも仕事で家を空けがちだった。……いや、
たとえ家にいても医学のこと以外俺はほとんど親父と話せなかったんだ。親父は俺にとって、
父親というよりも偉大な師であり超えるべき壁のような存在だった」
「……だから、家にいても俺はいつも一人の気がしていた」
KAZUYAは、自分が何を言っているのか段々分からなくなってきていた。学生時代に父に抱いていた
コンプレックスによく似た複雑な感情は、今まで誰にも話したことがなかったはずだ。
けれども―― 一度吐き出された思いは、言葉は止まらない。
「長期間誰かと寝食を共にし、他愛のない会話をしたり遊びに付き合ったりするのは俺にとって
初めての経験だった。もし俺に兄弟がいたら、こういう生活が出来たのだろうなと思った」
「そんな風に考えていたら、いつしか俺は単なる校医としてではなく俺個人として、
歳の離れた弟妹達と暮らしているような……そんな錯覚すら覚え始めていたんだ」
「…………」
547: 2014/08/25(月) 00:03:02.28 ID:W2dRApQP0
既にKAZUYAの精神は限界まで疲れ果てていたのだろう。額に手をやったまま、
虚ろな目で滔々と語るKAZUYAの姿を、朝日奈はただ黙って見ていた。
「この状況下で大人がこんな発言をするのは不謹慎かもしれないが――それくらい、楽しかった」
「先生……」
「だからこそ……だからこそ、俺は今無性に自分が許せん!」
KAZUYAの額は、先程朝日奈が投げ付けた鋏によって既に血が流れていた。
そこに、追い撃ちをかけるように固い拳をぶつける。
ゴスッ!という鈍い音と共に傷が広がり、額からは血が噴き出た。
「! なにを……!」
「俺は馬鹿だった……生徒を守る守ると口では言いながら、結局傷付けてばかり……」
KAZUYAは再び自分を殴った。
「君が仲間を裏切ったりする人間じゃないなんて、見ればわかるはずだ!
俺の目は一体どれだけ曇っていた! 何故信じられなかった?!」
殴った。
「俺は一体何度繰り返せばいい……?! 何度過ちを繰り返せば気が済むんだッ!!」
殴った。殴った。殴った。
自分が許せなかった。自分が嫌いだった。自分を傷つけたかった。
誰かに罰を与えて貰いたかった。変わらない現実が嫌だった。
生徒を守りたかった。でも守れなかった。その事実が苦しかった。
もう何もかも否定して、拒んで、許さないで、絶望して――
「やめてっ!!!」
少女は絶叫する。
548: 2014/08/25(月) 00:13:41.70 ID:W2dRApQP0
「俺は、俺は……こんな自分に腹が立って仕方がない!!」
「やめて! やめてよ! もうやめてぇ……!!」
長身のKAZUYAの腕を掴めなかったからか、いつの間にか朝日奈がKAZUYAの体にしがみついていた。
その体から暖かさと柔らかさを感じると同時に、彼女が酷く震えていることに気が付く。
「朝日奈……」
KAZUYAは手を止め、血まみれの顔で彼女を見下ろした。朝日奈はKAZUYAに
縋り付きながら、しゃくりをあげて泣いている。何度も何度も謝りながら……
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「……どうして君が謝る? 気付かなかった俺が悪いんだ」
「そんなことないよ……」
俯きながら、朝日奈はKAZUYAの服をギュッと掴む。
「だって……だって、私も気付いてなかった。先生も、本当はずっと悩んでたんだね……」
「…………」
「そうだよね……大人で先生だからってなんでも出来るワケじゃないし、わからないことだって
たくさんあるはずだもん……事件を起こさないために、仕方なくみんなを疑ってたんでしょ?」
「……そんなもの言い訳にならん」
「それだけじゃないよ。先生は、私達が怖がらないようにいつもムリして平気なフリをしてた。
事件が起こったり石丸がこんなことになって、先生が一番責任感じてるはずなのに……」
「そんなことは……」
「なのに、自分のことばっかり言って石丸や先生に八つ当たりして……ごめんなさい、ごめんなさい」
「…………」
KAZUYAは朝日奈を抱きしめ、頭をそっと撫でる。
549: 2014/08/25(月) 00:18:59.94 ID:W2dRApQP0
(そうだ。この子は、いつだって真っ直ぐで素直な子だった。……俺は一体何を疑っていたのだ)
「先生……私のせいで怪我……」
「ああ、大丈夫だ。これくらい掠り傷だよ」
KAZUYAがそう言って笑うと、朝日奈も少しだけ笑った。久しぶりに彼女の笑った顔を見た気がする。
「あ、石丸は……」
「静かだな」
放置していた石丸のことが気になったので近寄って背中をさすったが、
不思議なことに既に泣き止んでだいぶ落ち着きを取り戻していた。
「…………」
「石丸、ごめんね。石丸は関係ないのに、私ヒドイことしちゃった……」
「朝日奈君……」
「先生、私が石丸にしてあげられることってなにかあるかな? なんでもいいから」
「そうだな。……ああ、そうだ。良かったら、手を握ってやってくれないか」
「手? そんなことでいいの?」
「ああ。今この男に最も必要なのは、人の温もりだと俺は思う」
「人の温もり、か。……そう言えば、手が冷たいね。石丸、私があっためてあげるよ」ギュッ
石丸はいつになく穏やかな表情で、微かに目を細める。
「……温かい」
550: 2014/08/25(月) 00:24:20.73 ID:W2dRApQP0
呟くが、声が小さくて二人には聞こえていなかった。
「朝日奈、最近は何をしていたんだ? 聞かせてくれないか?」
「うん。相変わらずだよ。ドーナツ食べて、走って、泳いで……ああでも、
最近はそんなに泳いでないかな。……一緒に泳いでくれる人もいないし」
「俺で良ければ、今度また一緒に泳ごうか」
「本当っ?!」
「ああ。また前みたいにみんなで競争しよう」
その後、KAZUYAは酷いことになっていた額の出血を止血しながらゆっくり朝日奈と会話をする。
朝日奈は嬉しそうに近況報告や最近感じたことを話し、KAZUYAは穏やかに相槌を打った。
「先生……ありがとう。私の話を聞いてくれて」
「なんなら、これから毎日話に来てくれてもいいんだぞ?」
「うん! そうするねっ!」
「フフ」
「……先生ってさ。前から思ってたんだけど」
「ん?」
朝日奈は満面の笑みで言い放つ。
「――お父さんみたいだよね!」
「お、お父さんか……」
551: 2014/08/25(月) 00:31:19.13 ID:W2dRApQP0
「うん! 大きいし、いつも落ち着いてて安心出来るし、大きいし!」
「……君の中の父親のイメージはよくわかった」
(俺的に君達は歳の離れた弟妹のイメージなのだが……)ウーム
KAZUYAの渋い表情を察したのか、朝日奈はおずおずと言い直した。
「あ、KAZUYA先生って本当は若いんだっけ。……お兄さんの方がいい?」
「いや、父親だと思って甘えてくれて構わんぞ」
(……もしかして、他の生徒達にもそう思われているのだろうか)
他の生徒達、特に舞園あたりの自分への接し方に何だか心あたりがある。
KAZUYAは同年代の中では特に父性の強い男であるし、小学生くらいなら我が子と思えなくもないが、
(流石の俺も、高校生の子を持つ親の境地にはまだ達していないな……)
そうこっそりぼやいたのであった。
「さて、大和田達を呼んで来ないとな」
「あ、私が……」
「いや、俺が呼んでこよう。君はここで石丸を見ていてくれ」
「……いいの? 石丸と二人っきりにして」
「もう疑うのはやめだ。俺は君を信じる!」
「ありがとう!」
朝日奈はパァッと顔を輝かせたが――すぐに表情を暗くする。
552: 2014/08/25(月) 00:35:37.34 ID:W2dRApQP0
「ねえ、先生……先生はさ、やっぱりさくらちゃんのことも疑ってる?」
「…………」
何と言うべきか悩んだが、嘘を言ってもきっと見抜かれるだろうと思った。
KAZUYAは、朝日奈の目を見つめながらはっきりと頷く。
「そうだ。疑っている」
「さくらちゃんは、仲間を裏切るような子じゃないよ!」
「わかっているさ。……だが、優しく真面目だからこそ内通者の可能性があるのだ」
「どうして?!」
「例えば、彼女は道場の娘だろう? 門下生を人質に取られていたりすれば或いは……」
「あ……」
KAZUYAは大神と拳を合わせた時のことを思い出す。冴え渡るような鋭い技や身のこなしのはずなのに、
どことなくキレが足りない気がした。彼女は何か人に言えない思いを抱えている。そう感じたのだ。
「……時々な、何かに悩んでいるように見えることがあるのだ。俺でさえ
そう感じるのだから、大神と親しい君なら何か思うことがあるんじゃないか?」
「それは……」
朝日奈は目を逸らす。どうやら思い当たることがあるらしい。
「でも、でも……それでも私はさくらちゃんを信じたいの……ムリ言ってるっていうのは
わかるけど、先生達にもさくらちゃんのことを信じてほしい。ダメかな……?」
「……わかった」
553: 2014/08/25(月) 00:43:02.09 ID:W2dRApQP0
予想外の答えだった。言っておいてなんだが、慎重派のKAZUYAが
ここで頷くとは朝日奈も思っていなかったのである。
「いいの?! だって……」
「俺はこの場の保護者であり責任者として生徒達全員の命を背負っている。
だから安易な行動は取れないし迂闊なことは言えない。それはわかるな?」
「うん」コクリ
「だが、疑うのはやめだとさっき言ったはずだ。大神は進んで人を裏切るタイプではない。もし仮に
本当に内通していたとしても、俺達が信じてやればいつか自分から告白してくれるかもしれん」
「勿論、内通しているということ自体が俺の勘違いなら言うことはないがな」
「KAZUYA先生……」
「これからは、二人にも俺の手伝いを頼んでいいかな?」
「うんっ!!!」
「では、俺が呼んで来る。ここで待っていてくれ」
・・・
大和田達はどこにいるのだろうかと思って探していたら、何故か苗木の部屋に集まっていた。
この中で一番力が強い大和田を抑えるには、全員で行くしかないと思ったのだろう。
現れた満身創痍のKAZUYAの姿を見て、一同は言葉を失う。当然だろう。止血はしたものの、
額には包帯を巻き、シャツには所々血が付いている。顔や首筋、腕など露出している箇所は
至る所に引っかき傷や痣が出来、傷は痛々しくミミズ腫れになっていた。
不二咲「先生!」
大和田「おい、兄弟と朝日奈はどうしたっ?!」
554: 2014/08/25(月) 00:47:54.26 ID:W2dRApQP0
K「落ち着け。朝日奈とは話をつけた。今は彼女に石丸を見てもらっている」
大和田「ハァアッ?! もしまたあの女がトチ狂ったらどうするつもりだ!!」
詰め寄る大和田に、KAZUYAは一枚の紙を突きつけた。勿論、監視カメラには映らないようにだ。
『朝日奈は内通者ではなかった』
大和田「!!」
他の生徒も近寄って来て、メモの内容を見ると一様に顔をしかめる。
K「石丸の件で、俺達はこの所ずっと彼女を放置していた。いや、彼女を部外者扱いして
避けていたとすら言っていい。……それで、随分寂しい思いをさせてしまったようだ」
桑田・舞園・大和田・霧切「…………」
無実の人間をずっと疑って避けてきた。その結果引き起こされた事件だと彼等も理解する。
不二咲「そっか……朝日奈さん、辛かったんだね……」
K「ああ。溜まりに溜まった感情が何かの拍子に爆発してしまったようなのだ。
だから、あくまで一時的に感情的になっただけで朝日奈個人には石丸を
傷つけようなどという意図はないし、今は冷静になって反省もしている」
K「彼女をどうか許してやって欲しい」
555: 2014/08/25(月) 00:56:02.54 ID:W2dRApQP0
大和田「…………」
苗木「勿論です! むしろ、謝らなきゃいけないのはこっちの方だしね」
桑田「それはいいんだけどよぉ……」
K「あまり自分を責めるなよ? 石丸の安全を守るためとはいえ、いつも同じメンバーにばかり
頼って任せきりにしていたのは俺だ。お前達はただそれを踏襲していただけに過ぎん」
桑田「うーん」
霧切「…………」
苗木「まあまあ、逆に考えようよ。これからは朝日奈さんにも色々頼めるんだよ! 違う?」
舞園「そうです! これで私達の負担も減りますし、良いことずくめじゃないですか!」
霧切「……過去の失敗を引きずっていても仕方がないわ。私達は他にやるべきことがあるのだから」
桑田「そ、そうだな! 良かったじゃん。へっ」
K「大和田、朝日奈を許してやってくれないか?」
大和田「…………」
不二咲「大和田君……」
大和田「……わかってるよ。それより兄弟のことが心配だ!」
大和田のことが気にはなったが、もう暴れることはないだろうと判断し、
KAZUYAは生徒達を保健室に連れて行った。
587: 2014/08/31(日) 21:16:22.57 ID:Z5FuGetu0
番外編
ローテーションで霧切と二人っきりになった時、KAZUYAは霧切の手の火傷を診ることにした。
「もし嫌なら、無理に見せなくとも良いが」
「医師に見せたくないと言う程、私は子供じゃないわ」
女子達曰く、風呂の時にも外さなかった鉄壁の手袋をスルリと外す。
KAZUYAの想像していた通り、それは確かに酷い火傷だった。
「……どうかしら?」
「フム。確かに酷いな。一度の手術では完全に綺麗には出来ないだろう」
「そうですか……」
「だが、手術を重ねれば人に見せられる程度には出来る。手なら針麻酔でも
問題ないし、君が良ければ今すぐにでもここで手術するが?」
「植皮をするんですよね? 植皮に使う皮膚はどこから取るのですか?」
「そうだな。植皮は大きく分けると分層植皮と全層植皮に別れるのだが……」
分層植皮:表皮と真皮の一部のみを植皮する。薄いので生着しやすく、全身のどこからでも
採取可能だが、収縮が強く生着後に引き攣れたりする。また、採取部は面状の傷が残る。
全層植皮:表皮と真皮全てを含んでいるので厚い。分層植皮より生着しづらいが、生着後は通常の
皮膚の触感に近く整容性も高い。但し、分厚く採取するので採取部は縫合する必要がある。
588: 2014/08/31(日) 21:23:07.70 ID:Z5FuGetu0
「君の場合は痕が深いから全層植皮でなければ駄目だ。分層は全身のどこからでも
調達出来るが、全層は主に鼠径(そけい)部、鎖骨部等から採取する」
「幸い大きさはさほどでもないし、衣服に隠れあまり人から見えない鼠径部を勧めるが……ん?」
「…………」
霧切は下を向いて黙っていた。心なしか顔が少し赤い。流石にいくら女心に鈍い
KAZUYAとはいえ、医師として必要最低限のデリカシーは持っていたのでその理由を悟る。
鼠径部:そけい部。脚の付け根のやや上で、股関節や下腹部の下付近のことである。
「……そうだな。見知らぬ医師ならともかく、知り合いの男に晒すのは躊躇われるか。
なら、腕の良い女医を知っているから脱出後に俺から彼女に頼んでも……」
「いえ、火傷の痕は手術をしてもすぐに綺麗になるものではないはず。
なら一日でも早く手術した方が良いに決まっています」
「では、いいんだな?」
「……はい」
石丸を一人にするのは心配なので、眠っている間に監視カメラのないシャワールームで手術を
行うことにした。きっちり道具が並べられ、いかにもオペを行うという雰囲気で霧切も少し緊張する。
「……今回はちゃんと術着を着られるんですね」
「今までは緊急事態ばかりだったから着の身着のままで手術をすることが多かったが、
本来は術着を着、衛生管理も徹底して行うのが手術の鉄則だからな」
そう、KAZUYAはコロシアイ学園生活五度目の手術にして初めて術着に袖を通したのだった。
いつも似たような服ばかり着てるKAZUYAが術着を着ている姿が珍しいのか、やけにジロジロ見られる。
589: 2014/08/31(日) 21:26:52.02 ID:Z5FuGetu0
(範囲はさほど広くないのが幸いだ。患者は妙齢の女性。なるべく傷を残さないようにしなくては)
本来、皮膚を採取するとどうしても傷が残ってしまうものだが、珍しく時間に余裕があったので
KAZUYAは神の手と称される実力を久しぶりに発揮し、細い縫合糸で丁寧に縫い上げていく。
(……石丸も、顔面でなければ。せめてもっと小さい傷なら、針麻酔で出来なくもないのだが)
針麻酔は直接神経に働きかけて麻酔をかけるので、あまり長時間の手術には向かない。また、万が一
途中で麻酔の効果が薄れた時のことを考えると、顔面や腹腔の手術には危険なので使えなかった。
「一週間程で生着し血が通い始める。それまではしっかり固定していてくれ。抜糸は十日後くらいだ」
「……はい」
霧切はじっとガーゼと包帯でグルグル巻きの両手を見つめていた。
KAZUYAは気付かなかったが、その時の霧切は珍しく冷静でなかったようだ。
何故なら、いくら包帯が邪魔だったとはいえあんなに肌身離さず付けていた
愛用の手袋を、部屋に忘れたまま帰って行ってしまったのだから。
(ム、霧切の奴手袋を忘れていったな。後で返しておこう)
そう思ったが、結局返し忘れるKAZUYAなのであった。
思い出アイテム【霧切の手袋】を手に入れた。KAZUYAの洞察力が上がった。
590: 2014/08/31(日) 21:30:34.25 ID:Z5FuGetu0
◇ ◇ ◇
無事、不二咲と共に石丸を連れて保健室に帰ってきたKAZUYAは二人を連れ、風呂に入ろうと
脱衣所にやって来る。その時、何かを思い出した不二咲は声を上げてKAZUYAの手を引っ張った。
「そ、そうだ! 忘れてたぁ! 先生、先生! 大変なんです!!」
「どうした? そんなに慌てて……」
「アルターエゴです!」
「! まさか、何か見つかったのか?!」
不二咲の興奮した表情から何か新情報を手に入れたのは明白だった。
KAZUYAはすぐにアルターエゴを開かせる。
「アルターエゴ!」
『あ、ご主人タマ! すぐに来るって言ってたのに、こんなに長期間ほっとくなんて酷いよぉ!』
「ご、ごめんねぇ」
「大変な出来事があったんだ。本当に大変な……」
『何があったの? あ、後ろにまた知らない人がいるよぉ!
もしかして、その人が石丸君かなぁ? 髪が白いけど』
「そうだよ。……石丸君、これはアルターエゴって言うんだよ!
ほら、見て見て! 僕が作ったんだぁ。お話してみてよ!」
「ム、アルターエゴ君か」
アルターエゴを見せれば二人いる不二咲に驚いて戻るかもしれないと思ったのだろう。
だが、石丸はジェノサイダー同様アルターエゴも知っていたようで、一言反応しただけだった。
591: 2014/08/31(日) 21:36:51.09 ID:Z5FuGetu0
「ほ、ほらアルターエゴ。何か話し掛けてあげて!」
『こんにちは、石丸君!』
「…………」
『どうしたのぉ? 聞こえてないのかな?』
「やはり駄目か。とりあえず、まずは今までにあったことをアルターエゴに説明しよう」
『そういえば、大変なことがあったんだよね? 一体何があったの?』
「実はな……」
KAZUYAは丁寧に順を追って説明していく。アルターエゴは、まるで人間のように
表情をくるくると変えながら、KAZUYAの説明に一つ一つ驚いていた。
『そんなことが……ご主人タマ、生きてて良かった』
「……うん。先生や大和田君、それに石丸君のおかげだよ」
『僕からもお礼を言うね。ありがとう』
「それで、何を見つけたんだ?」
「あ、そうだった」
不二咲はあの事件の日、こっそりアルターエゴに会いに行っていたことを話す。だから突然
単独行動を取ったのだなとKAZUYAは得心した。そして、不二咲は見つけた資料を見せる。
『あの後、更にいくつかファイルを開けたんだ! このフォルダはこれで全部だと思う』
「本当?! やったぁ。先生なら、きっと何が書いてあるか読めると思うんだけど」
「見せてくれ。――これは?!」
確かに読めた。語学が堪能で、実験レポートを読み慣れているKAZUYAはすぐにその内容を把握した。
592: 2014/08/31(日) 21:43:20.69 ID:Z5FuGetu0
(だが、これは……そんな馬鹿な……!)
しかし、読めるからその全てを理解出来るとは限らなかった。
何故ならここに書かれていた実験内容とは……
(これは生徒に対して行った実験レポートだ……! 実名こそ書かれていないが、
サンプル名や身体的特徴からほぼ間違いない。そして……何と言うことだ)
(……やはり、この学園は普通の学校などではなかった!)
それは生徒達に内容を伏せて行われた、非公式の実験であった。具体的に実験の内容を説明すれば
生徒に拒否されるからだろう。生徒達にはただ身体データを取るだけ、或いは才能についての
研究と称し、研究者達は通常なら投与を禁止されているような薬品を彼等に与えていたのだ。
(特に桑田は酷いな……もう引退を表明しているから、ドーピング検査に引っ掛からないと
考えたのだろう。まさか、飲み物に混ぜてくすりを投与していたとは……!)
微量だったのと、本人が気付いていないので依存症状を起こしていないのが幸いだった。
見たくないのにKAZUYAは画面から目を離せず上から順に手早く読んでいく。
(これは……石丸だな。それに十神、大神、大和田か? まだまだある……こんな酷いことが……)
はらわたが煮え返るのを感じた。レポートには、節操なく投与された薬品とその影響等が細かく
記録されている。他にも、睡眠薬や催眠術で眠らせている間に電気を流したり特殊な装置にかけて
その記録を取っていたりした。何より許せなかったのは、そのレポートでの生徒の書かれ方だ。
被験者ではなく、サンプルの一つとして扱われていた。つまり実験用のラットと変わらないのだ。
(むごい……よくも健康な若者にこれだけ危険な薬品を投与してくれたものだ……)
ワナワナと手が震える。薬品の名前とその効果が詳しくわかるからこそ、震えが止まらなかった。
594: 2014/08/31(日) 21:49:12.36 ID:Z5FuGetu0
――ここで、再び失われていた記憶が蘇る。そういえば、この学園の生徒達はやけに体調を崩して
保健室に通っていたのだ。本人達がトレーニングが厳しいから、超高校級の重いプレッシャー故だと
説明していたから鵜呑みにしていたが、その背景には間違いなくこの実験が影響していたはずだ。
(しかし、一体何のためにこんな恐ろしい実験を? 才能を伸ばす、人間の限界を超えるという
目標ならTETSUに近いものがあるが、明らかにそれ以外の目的と思われる実験も多い)
KAZUYAは好敵手であるTETSUのことを思い出す。KAZUYAと同等の知識と技術を持つ優秀な医師であり、
全人類のレベルを上げる研究をしていた。その技術を全て自分に使い、自分こそ地上最強の
人間になる!と豪語していただけあって多少危険な実験もしていたが、被験者を意図的に危険に
晒すような真似だけはしなかった。対する希望ヶ峰の実験は、内容が危険過ぎる。
(上手い具合に大会等は影響が出ないようにしているが、一歩間違えれば生徒の体が壊れるぞ。
すぐにおかしくならなくとも、将来的に異常をきたす可能性は十分ある)
(これではまるで才能を伸ばすというより、才能そのものを研究対象にしているような……)
いくら考えても答えは出なかったが、KAZUYAの思考は明無邪気な声に遮られた。
「ねえねえ先生! 何が書いてあるのぉ?」
「……!」
『役に立ったかなぁ?』
「これは、かつて希望ヶ峰学園で行われていた実験のレポートだ」
「実験レポート?」
「ああ。恐らく、このパソコンの持ち主が実験の関係者だったのだろう。残念ながら脱出には……」
「……そっかぁ」
「そう気を落とすな。きっと他にまだ有用なデータが入っているはずだ」
「はい。それで、そのデータはどうしますか?」
「――削除しよう」
595: 2014/08/31(日) 21:55:27.87 ID:Z5FuGetu0
「『えっ?』」
不二咲とアルターエゴは驚いた顔をするが、KAZUYAは既に決意していた。
(こんなもの、生徒達には到底見せられん……)
生徒達はその名の通り、この学園を『希望の園』だと信じてやって来たはずだった。
多少苦しい実験であっても、それが自分やひいては世界のためになると思ってずっと我慢していたのだ。
その思いを裏切られ、逆に利用されたと知ったらどう感じるだろうか。
「……これは非常に有用なデータだが、万が一黒幕の手に渡ったら悪用される可能性がある。危険だ」
『じゃあ削除する?』
「ああ」
放置しても大半の生徒はまともに読むことすら出来ないだろうが、KAZUYAが危惧したのは十神や霧切だ。
彼等は頭が良いし、語学にも精通していそうである。特に十神はほぼ確実に読めるだろうと推測した。
……本来なら石丸もかなり危ないのだが、そういう意味ではこのタイミングで戻らなくて良かったと思う。
『本当にいいんだね? じゃあ……』
「待って! 価値のある実験ならただ消しちゃうのは勿体ないよ。えーっと……
僕のUSBメモリに保存して、先生が持っていればいいんじゃないかなぁ?」
ゴソゴソとポケットからメモリを取り出し、不二咲はノートパソコンに挿す。
「……わかった。そうしてくれ」
本当は思い出すのも不愉快だから一刻も早く消し去りたいというのが本心だったが、ここで
拒否すれば不二咲が怪訝に感じると思い、仕方なくKAZUYAはそのメモリを受け取った。
(しかし、皮肉なものだ……)
596: 2014/08/31(日) 22:02:57.14 ID:Z5FuGetu0
このデータは生徒達が希望ヶ峰学園に通っていたという確かな物的証拠だ。KAZUYAと
ジェノサイダーの記憶にこのデータを合わせれば、生徒達を信じさせることも不可能ではない。
……にも関わらず、その貴重な証拠を闇に葬らなければならない。
その星回りの悪さに、今度ばかりはKAZUYAも苦笑いを隠せなかった。
思い出アイテム【不二咲のUSBメモリ】を手に入れた。KAZUYAの知能が上がった。
また、【希望ヶ峰学園の謎(Ⅰ)】を手に入れた。
◇ ◇ ◇
折角外出出来るようになったのだから、KAZUYAは石丸に気分転換をさせたいと思った。
そこで、唐突に走り出したりしないよう石丸を車椅子に乗せ、不二咲と一緒に校内を巡る。
なるべく広い空間に行きたかったので体育館に行ってみると、大神が鍛練に励んでいた。
一人かと声をかけたら、最近は朝日奈と別行動を取っていることが多いと答えた。お互いの時間も
必要だろうと言っていたが、その顔はどこか寂しげに見える。大神と別れ、食堂へとやって来た。
「どこに行くんですか?」
「いやなに、中庭でも見せようかと思ってな……」
監禁されている彼等にとって唯一の自然は中庭であった。そこから草木を見ることが出来た。
……しかし、中庭に出る出入口は塞がれているので見ることは出来ても直接触れることは出来ない。
すぐ側にあるのに手に入らないのはまるで砂漠の蜃気楼のようであって、かえって辛いことだった。
(せめて空が見えればなァ)
一度上の方がどうなっているか覗き込んだことがある。日が全く射さずいつも薄暗いことから予想は
出来ていたが、中庭には屋根がついていた。結局中庭に出れても空を見ることは出来ないのだ。
597: 2014/08/31(日) 22:10:04.13 ID:Z5FuGetu0
「見て、石丸君。緑が綺麗だねぇ」
「…………」
不二咲が石丸の手を握りながら絶え間無く話し掛ける。石丸は無反応だったり、時々独り言を呟いていた。
「さあ、戻ろう」
保健室に戻ると、大和田に加え苗木と舞園がいた。二人を彼等に託し、KAZUYAは石丸の部屋に向かう。
しばらく部屋の主は戻らないだろうから、簡単に整理をしておこうと思ったのだ。
「これは……」
掃除をしていたら、引き出しの中から血の付いた腕章が出てきた。あの夜は慌ただしかったから、
急いで適当に仕舞ったのだろう。石丸は予備の腕章をいくつか持っていて今もそれを付けているし、
血が付いて大分時間が経っているから、洗っても完全に綺麗にはならないに違いない。
――だが、それでも。
(アイツは超高校級の風紀委員として希望ヶ峰に選ばれたことを誇りに思っていた。既に地位や成功を
手にしている他の生徒と違い、自分の活動を――長年の努力を認められて誰よりも嬉しかったはずだ)
(この腕章には、そんなアイツの魂が篭っている。捨てられる訳がない――)
KAZUYAは腕章を持ち帰って汚れを洗い落とすと、それを丁寧に仕舞い込んだのだった。
思い出アイテム【血のついた石丸の腕章】を手に入れた。KAZUYAの忍耐力が上がった。
また、【風紀委員の魂】を手に入れた。
598: 2014/08/31(日) 22:17:40.29 ID:Z5FuGetu0
◇ ◇ ◇
保健室に移ってからは、生徒達も自然と保健室に集まることが多くなった。保健室は個室より広く、
座る場所も多いからだろう。ついでに冷蔵庫や手洗い場もあり、すぐ横にトイレもあるので
ちょっとした休憩所代わりにはなる。少しばかり賑やかさを取り戻したはずなのだが、一向に
良くならない石丸に少しずつ大和田が焦りを募らせているのをKAZUYAは見て取った。
K「…………」
大和田「…………」イライラ
K「……大和田」
大和田「あんだよ」
K「少し休んでこい」
大和田「……大丈夫だ」
K「今はみんないる。たまにはゆっくり休め」
霧切「ドクターの言う通りね。顔に疲れが出てるわよ?」
桑田「あんま心配かけさせんなって」
大和田「……チッ、わかったよ」
のっそりと立ち上がり、大和田は出て行く。
K「アイツはすぐ無理をしようとするタイプだからな。少しは休んでくれるといいんだが」
舞園「でも無理をしようとするのは先生も同じですよね?」
苗木「ついでに先生も休んで来たらどうですか? 石丸君は僕達が見てるので」
K「しかし……」
不二咲「僕達じゃ、頼りにならないかなぁ……」
K「そんなことはない。……そうだな。では、少し休ませてもらおうか」
599: 2014/08/31(日) 22:21:54.77 ID:Z5FuGetu0
桑田「たまにはさ、なんにも考えないで昼寝とかした方がいんじゃね? なんなら俺の部屋貸そーか?」
K「お前の部屋は汚いから落ちつかん」
桑田「ちぇー」
K「……気持ちだけ受け取るよ」フッ
KAZUYAも保健室を出るが、しかしいざ休もうと思ってもどこに行けばいいのか思いつかなかった。
そのままなんの気なしにフラリと体育館に向かう。特に理由はない。ただ、近かったからだ。
「……なんだ。先公じゃねえか」
「大和田」
体育館には、あの時のように大和田が一人立っていた。以前と違うのは、
殺気の代わりに虚無感のようなものが漂っていることだった。
「どうしたんだよ?」
「なに、俺も追い出されてしまってな」
苦笑して近付く。てっきり大和田の性格から皮肉の一つでも言うかと思ったが、
逆にKAZUYAが来たことでどこか安心しているようだった。
「なあ、少し話さないか?」
「……おう」
手で観客席を促し、並んで座る。しかし、話そうと言ったはいいが特に何を話すか
決めていなかったため、二人して黙り込む。先に口火を切ったのは大和田だった。
「そういえばよ」
「何だ?」
「……左手の怪我は、もう治ったのか?」
「ああ。まだ少し痕があるが、内部はもう塞がっている」
600: 2014/08/31(日) 22:28:35.60 ID:Z5FuGetu0
よく見えるように左手をかざす。
「あの時は……すまなかった。ちゃんと謝らなきゃいけねえって思ってたのに、ズルズルしちまって……」
「仕方ないさ。あの後色々あったからな」
そうだ。あの日だけで一体どれだけの事件が起こったのだろうか。
あの日を境に多くのものが失われてしまった。……だが、嘆いていても仕方ない。
苗木曰く、諦めたら駄目だそうだ。今だけ、苗木の前向きさを少し借りたい。
「俺は謝罪の言葉より礼の言葉の方がいいな」
「えっ」
一瞬、大和田は驚いてその後はあーだのんーだのと唸っていたが、
最終的には頭をボリボリと掻きながら、照れくさそうに小声で礼を言う。
「あー、その……ありがとよ。助けてくれて」
「素直でよろしい」フフ
しかし、意外にも大和田の言葉にはまだ続きがあった。
「あの時だけじゃねえ。動機で動揺してる俺を心配してわざわざ様子見に来てくれたし、
兄弟に怪我させて引きこもった俺の所にも何度も足運んで来てくれた」
「なによりあの状況だってのに関わらず、あんたは俺を信じて秘密を聞かないでくれたな……」
「…………」
「いや……思えば、最初っからだったか。怪我してるくせに率先して見回りしたり
授業おっ始めたり、サウナの時もいたしよ。だから、その……なんつーか」
大和田が何を言わんとしているかをKAZUYAは察したが、あえてその言葉を遮った。
601: 2014/08/31(日) 22:41:48.16 ID:Z5FuGetu0
「その先はまだ言わなくていい。石丸が治るか、無事に脱出出来たら言ってくれ」
自分に再確認するように、KAZUYAは呟く。
「――俺はまだ、ここでは何も成し遂げていないんだ」
「成し遂げてないって……手術で何人も助けたじゃねえか」
「それは事件を防げなかった責任を取っただけに過ぎん。言わば尻拭いだ」
「そうかよ……」
それ以上無理に続けなかったが、大和田はふと何かを思い出して頭を上げた。
「なあ、あの木刀どうした? 捨てちまったか?」
「あの後はバタバタしていたし、しばらく保健室は留守にしていたからな。まだあると思うが」
「あるなら俺にくれねえか?」
「元々お前の物だからそれは構わんが……折れているのに、一体何に使うつもりだ?」
「いや、あの時のことを忘れないようにしてえって思ってな……」
その後、大和田は木刀を引き取りに来た。折れたままでは危ないので、無理矢理くっつけて
上からテープでグルグル巻きにする。包帯みたいだな、と思わず二人で笑った。
そして、何故か大和田は代わりの木刀を持ってきた。貰うだけでは悪いから、と言うことらしい。
「貰うも何もお前のだが」
「いいんだよ。感謝の印みてえなもんだ。それに、万が一誰かが
保健室に攻めて来たりしたら、得物がねえと困るだろ」
「(武器は腐る程あるが……)わかった。受け取っておくよ」
思い出アイテム【大和田の木刀】を手に入れた。KAZUYAの男気が上がった。
602: 2014/08/31(日) 22:56:58.84 ID:Z5FuGetu0
ここまで。ルーター買ったのにねぇ、繋がらないってどゆこと…
聞く所によると今日は石丸君の誕生日だそうで、おめでとう。丁度この話を落とすなんて
タイミング的にピッタリだと思ったので絶対に今日中に投下したいと頑張った結果…
うん、ルーターは諦めて直接本線に繋いだよ。ルーター問題は明日以降何とかしよう…
シャーペン落書き
今回は模写とか抜きのガチ絵でラフと呼ぶのもおこがましい走り書きですが、
それでも良いという人は見てやって下さい。中庭は暗いイメージなので、あえて画質は悪いまま
セレス「勝負ですわ、ドクターK」葉隠「未来が…視えねえ」山田「カルテ.4ですぞ!」【後編】
603: 2014/08/31(日) 23:22:10.64 ID:YTq2dgceo
乙です
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