621: 2014/09/08(月) 01:32:25.32 ID:2rcejf+Y0
ダンガンロンパ1・2 Reload 超高校級の公式設定資料集 -再装填- (ファミ通の攻略本)
622: 2014/09/08(月) 01:35:57.94 ID:2rcejf+Y0

― 寄宿舎廊下 PM4:17 ―


KAZUYAが生徒達を引き連れ、寄宿舎の中を歩いている時のことだ。


ドガッシャアアアアアン!!


(何だ……?)


学園エリアの方で何か物音が聞こえた気がした。


(気のせいだろう……朝日奈とは確かに和解出来たはずだし……まさか……)


そう思い込もうとした。だが、


「……なあ、なにか今聞こえなかったか?」

「私も聞こえました。物が壊れるような音が……」


音楽をやっているため耳が良い桑田と舞園の言葉で、それが気のせいではなかったと確定する。


「まさかあの女! また暴れてるんじゃ……?!」

「そんなことは……!」

(馬鹿な! そんなことあるはずが……!)


623: 2014/09/08(月) 01:42:37.46 ID:2rcejf+Y0

否定しながらも彼等は走る。だが、すぐにKAZUYAの考えは合っていることがわかった。

それが良いことかどうかは別問題だが。


「だ、誰か……! 誰か来て! 誰かーっ!!」

「この声は!」

「朝日奈さんだ!」


学園エリアに入り、廊下を曲がるとすぐ視界に朝日奈が映る。
保健室の横の壁にもたれながら、真っ青な顔で助けを呼ぶ朝日奈の姿が一同の目に映った。


「せ、先生!! 石丸が……」

「兄弟ィィッ!!」


保健室の扉を壊さんばかりの勢いで大和田が中に飛び込む。KAZUYAもすぐさま後に続いた。

……中は荒れていた。少し前に朝日奈と一緒に片付けたばかりというのに、机の上は再度散乱し
椅子はひっくり返っていた。床には蛍光灯の破片が散らばり、その中央に石丸はいた。



               ◇     ◇     ◇


KAZUYAが生徒達を呼びに行っている間、朝日奈は石丸と並んで座り熱心に話しかけていた。
自分を信頼してくれたKAZUYAに応えたかったのと、迷惑を掛けた石丸への謝罪のつもりもある。

ガチャ。


「あ、おかえ……」


そんな時だ。束の間の平和を破る第三者が登場したのは――


624: 2014/09/08(月) 01:53:08.19 ID:2rcejf+Y0

「…………」

「だ……だれっ?!!」


彼女が仰天したのも仕方あるまい。前触れなく現れたその人間は不気味な覆面で顔を覆い
白いコートを羽織った、まさしく不審者としか呼べない人間だったのだから。

しかも不審者が何も言わずナイフをかざしたのを見て、彼女のパニックは頂点を迎える。


「っ?! えっ、ぇえっ?!」

(だれっ?! 十神?! でも……!)


相手が何者かなど今はどうでも良い問題だ。

このままでは殺される。それだけ理解すれば今の彼女には十分だった。


(逃げなきゃ! ……でも!)


石丸を置いて一人で逃げる訳にはいかない。以前の状態ならまだしも、
今の石丸は無抵抗だ。放っておけばいとも簡単に殺されてしまう。


(ダメ! 石丸を置いて逃げられない! なにか……!)


朝日奈は急いで部屋を見渡すと、壁に立てかけられていた木刀に気が付き掴んで構えた。


「で、出ていって……さもないと、こっちも本気で……」


ナイフと木刀なら木刀に圧倒的なリーチが存在する。武道をやったことはないものの、
運動神経なら彼女も自信があるし、先に攻撃すれば優位に立てるはず……と思った瞬間だった。


625: 2014/09/08(月) 01:57:12.20 ID:2rcejf+Y0

タンッ、ガッ! パァン!


「ッ?!」


カランカラン……

何が起こったのか、すぐには理解が追いつかなかった。空っぽになった両手を見て初めて、不審者が
木刀を柄頭から蹴り上げたのだと気付く。すっぽ抜けた木刀は蛍光灯に当たって硝子を砕き、その
破片がパラパラと目の前を舞い落ちていく様子が、今の彼女にはやけにスローに見える。

――この不審者には勝てない。本能でそれを理解してしまった。


「あ……」


後ずさろうとして足がもつれ、尻餅をつく。逃げなければいけないと分かっているのに動けない。
蛇に睨まれた蛙とはまさしくこのような状態なのだと朝日奈は身を持って知った。

何かないかと辺りを忙しなく見回しているうちに、突っ立ったまま動かない石丸が目に入る。
と同時に、彼女は侵入者の目的に気付いた。……気付いても彼女にとっては何の意味もないのだが。


(……狙いは私なんだ)


ただ人を頃すのが目的なら、不審者にも全く反応を見せない石丸を襲えばいい。だが、あえて
石丸を無視し抵抗の意思を見せた彼女を襲うということは、初めから自分が狙いなのだろう。


(逃げて!)

「…………っ!」


彼女は叫ばなければならなかった。無駄だと分かっていても石丸に逃走を勧めるべきだし、
或いは悲鳴を上げて助けを呼ばなければならなかった。しかし声は思うように出て来ず、
ただパクパクと陸に揚げられた魚のように口を動かすばかりである。


「…………」


626: 2014/09/08(月) 02:01:11.29 ID:2rcejf+Y0

彼女が石丸に助けを求めていると思ったのだろう。不審者はあからさまに石丸の方を振り向いてから
再度朝日奈に向き直る。声は聞こえなかったが、マスクの下でニタニタと笑っているのがわかった。


『無駄無駄。誰も助けてなんかくれないよ?』


そんな幻聴すら聞こえてくる。


「や、やだ……殺さないで……お願いだから……」


緊張で渇ききった喉から、何とかしゃがれて掠れた声を搾り出す。


「いや……だれか……助けて……」

(さくらちゃん! 先生! だれかっ!!)


せせら笑うように不審者はナイフを振り上げると、突き下ろす。


「!!」


覚悟を決めた朝日奈は目と歯を強く食いしばった。
……しかし、来るはずの痛みはいつまでも襲って来ない。

恐る恐る目を開けて見上げると、そこにいたのは――


「ッ?!!」


no title



627: 2014/09/08(月) 02:06:43.30 ID:2rcejf+Y0

――――――――――――――――――――――――――――――


男は暗闇の中にいた。

誰もいない空間に一人でただぼんやりと立っていた。
ふと、遠くの方から何かが割れる音が聞こえた。次いで、悲鳴も……

石丸清多夏は視界に映るそれを見る。

侵入者が朝日奈葵を襲う様を、観客席から舞台を見上げるようにただぼんやりと眺めていた。
身近に起こっている出来事のはずなのに、彼には全てが他人事みたいに感じられる。

何故なら夢と現実が入り混じったこの空間で、何が本当の出来事で何が自分の
生み出した妄想なのか、彼にはもはやその区別がつかなくなっていたからだ。


(――また夢か。いや、)


時折目前に現れる夢は、いつか彼が夢見ていたような楽しい出来事ばかりを見せて、愚かで罪深い
自分を苦しめるための罰だと思っていた。その罰を甘んじて受けることが彼なりの償いだった。

だが残酷な現実とのギャップに苦しみながらも、どこかその夢を楽しみ懐かしんでいる自分もいた。


(もう終わりなのだな……)


とうとう夢に現実が侵食してきたのだと彼は思った。

夢でも現実でもコロシアイを要求され、仲間を傷付けられ――そして結局自分は何も出来ないのだ。


「――――!」


朝日奈がこちらを見ている。助けを求めているのだろうか。

……いや、違う。


628: 2014/09/08(月) 02:10:26.51 ID:2rcejf+Y0

彼女はかつての自分のように、とても仲間思いだった。優しい少女だった。
人一倍運動神経の優れた彼女のことだ。自分だけなら逃げることも出来たのに、
仲間を見捨てて一人だけ逃げるなどということが出来なかったのだろう。


『逃げて!』


彼女の声が、石丸には確かに聞こえていた。


(やはり、僕は何も出来ない……)


―…げるのか。


(僕はここにいてはいけないんだ……)


―逃げるのか。


(どうか、無力な僕を許してくれ……)


―逃げるのか?


(……すまない)


―逃げるのか!


「誇りを忘れたのか?」

「……!!」


そこに立っていたのは、自分によく似た他人だった。

いつもクラスの中心にいて、友達がたくさんいて、楽しそうで、
自信に満ち溢れた――夢の中で自分が演じていた理想の虚像だった。


629: 2014/09/08(月) 02:16:53.57 ID:2rcejf+Y0

(誇りなんて最初からない……持てるような人間じゃないだろう、僕は)

「超高校級の風紀委員として選ばれた時の気持ちはどうした」

(ぬか喜びだった。勘違いしていたんだ。努力をすれば何でも叶うと、子供のように思い込んでいた)

「自分が嫌いか?」


以前、KAZUYAにされた問いと同じことを問われる。


(嫌いだ……嫌いだとも……)

「ああ! そうだ! 大嫌いだよ! 僕は誰かに好かれる資格なんてない無価値な人間なんだ!!」

「だから使命を、責任を投げ捨てるのか?」

「…………」

「僕も今の君は嫌いだ。でも、みんなはどうだろうか」

「君に何がわかると言うんだ……僕の欲しいもの全てを持った、所詮妄想に過ぎない君に!!」

「――僕は君だよ」


そう言って、自分と同じ顔をした虚像は穏やかに笑った。
果たして、自分はあんな穏やかに笑えたことが今までにあっただろうか。


「消えてくれ……消えてくれ! 消えろっ!」


居たたまれない気持ちになった石丸は思わず叫んだ。

胸の奥が、ズキズキと痛い。


「仮に、世界中の人間に嫌われているのなら……」


630: 2014/09/08(月) 02:23:04.11 ID:2rcejf+Y0


消える代わりに、もう一度虚像は彼に向かって微笑みかける。


「せめて自分くらいは自分を好きでいさせて欲しいんだ」

「…………」


気が付いたら、虚像はいなくなっていた。

目の前ではサスペンスドラマのような惨劇が今まさに繰り広げられようとしている。


(……これが夢なのか現実なのか僕にはわからない)


侵入者は鈍く光るナイフを振り上げて、その切っ先を動けない少女に向ける。


(でも、たとえ夢でも、僕の妄想だったとしても……僕のすべきことは決まっている)

「――――んだ」

(僕は風紀委員だ!!)

「……?!」


彼は利き手で侵入者の右腕を掴む。腕越しに相手の動揺が感じられた。


―僕は、風紀を守る。


no title



――――――――――――――――――――――――――――――


631: 2014/09/08(月) 02:30:48.98 ID:2rcejf+Y0

「い、し……」

「……………………」


石丸が、無言のまま侵入者の腕を掴んでいた。

予期せぬ妨害に相手も動揺したのか、一瞬の隙が生まれる。その隙を逃さず
石丸は即座に足払いをかけて体勢を崩すと、そのまま背負い込んで机に叩きつけた。


「カハッ!」


侵入者は少しの間痛みにのたうつが、状況を不利と見たのか予想外の攻撃に
怯んだのか、何とか起き上がるとナイフを拾い一目散に外へ走り去って行った。

その様子を朝日奈はポカンと眺めていたがすぐに正気を取り戻し、助けを呼ぼうと廊下に這い出て
扉を支えに立ち上がる。既に寄宿舎の方からは、こちらに向かう複数の足音が聞こえてきていた。


・・・


「きょ、兄弟! おい、石丸! 大丈夫か?!」

「…………」


石丸は部屋が荒れていることなど特に気にしないように、ただ立ち尽くして床を見ていた。
相変わらず返事はないし虚ろな目なのは変わらないが、逆にそれで安心してしまうのが皮肉である。


「石丸! ……良かった。怪我はしていないようだな。何があったんだ!」


石丸の無事を確認すると、KAZUYAは朝日奈に向き直った。朝日奈は苗木の肩を借りながら叫ぶ。


632: 2014/09/08(月) 02:38:09.70 ID:2rcejf+Y0

朝日奈「ふ、不審者が……いきなりナイフで……!!」

K「不審者だとッ?!」


全く予期してない言葉であった。


桑田「不審者ってどんなヤツだよ!」

朝日奈「それが顔に変なマスクかぶってて……白いコートをはおってたよ」

大和田「おいまさか、十神じゃねえのか?」


大和田の言葉で一同に緊張が走るが、朝日奈は息を整えて冷静にそれを否定する。


朝日奈「ううん……多分、十神じゃないと思う……」

大和田「なんでだよ?! アイツが一番怪しいだろうが!」

朝日奈「スラッとしてたから、私も最初十神だと思ったんだけど……十神にしては背が低かったと思う」

霧切「詳しく特徴を教えてくれないかしら?」

朝日奈「特徴……それがね、ナイフに目がいっちゃってあんまりしっかり見てないの。
     身長は石丸と同じくらいか少し低かったから、体型的には桑田が一番近いかも……」

桑田「ハア?! 俺?! でも俺はずっとこいつらと一緒にいたんだぜ?」

朝日奈「わかってるよ! あんたは大和田達と一緒にいるはずだから犯人じゃないってことくらい!」

K「……つまり我々の知らない人物。文字通り不審者という訳だな?」

朝日奈「うん……」


633: 2014/09/08(月) 02:43:09.31 ID:2rcejf+Y0

苗木「部屋が荒れているのは、朝日奈さんが撃退したから?」

朝日奈「ち、違うよ! そう! 石丸が私を助けてくれたの!!」

不二咲「えぇっ?!」

K「何ッ?!」

大和田「どういうことだ!」


突然の不審者にも驚いたが、絶体絶命の朝日奈を救ったのが石丸だったと聞いて更に驚いた。

彼女は起こったことを順に説明していく。石丸が鮮やかに不審者を撃退したくだりで、
感極まった不二咲が石丸の手を握ってわんわんと泣き出した。


大和田「兄弟……オメェ……」

不二咲「壊れてなんか、なかったんだねぇ……おかしくなっても、
     やっぱり石丸君は風紀委員なんだよ……」

朝日奈「うん……ありがとう、石丸……本当にありがとう……」ボロボロ

「…………」


誰もが感傷的な空気になっていた中、一人霧切は冷静だった。


霧切「ねえ……感動的な空気に水を差すようで悪いんだけど」

舞園「何か気になることでもあったんですか?」

霧切「ここに不審者がいたという、物的証拠ってあるかしら?」


侵入者のナイフから逃れた朝日奈に、今度は言葉のナイフが突きつけられた。


644: 2014/09/11(木) 23:32:38.94 ID:tyeUx7AK0

朝日奈「えっ?」

霧切「不審者を見たのは朝日奈さんと石丸君だけ。でも石丸君は証言出来る状態じゃない」

朝日奈「えっ? えっ?」


唐突な霧切の発言の真意を読み取れず、朝日奈はただ困惑する。
だが、朝日奈以外の人間には彼女が何を言わんとしているかわかった。


苗木「もしかして、霧切さん……」

舞園「朝日奈さんを疑っているんですか?」

朝日奈「え?!」


不審者がいたという証拠がない。即ち、今回の一件が朝日奈による自作自演を
疑われているのだとやっと朝日奈当人も気付き、青ざめる。


朝日奈「私ウソなんてついてないよ!」

霧切「嘘だと断定してる訳じゃないわ。ただ可能性をあげているだけよ」

大和田「そういやあ、オメエが騒ぎ起こしてちょうど俺と先公がいない時に
     正体不明の不審者が襲ってくるなんざ、ちっとタイミングが良すぎるな……」

桑田「おーいおい……ウソだろ?」

霧切「私だって疑いたくはないけど、可能性がある以上安易に信じるよりはマシなはずよ」

不二咲「朝日奈さん……」

苗木・舞園・桑田・大和田「…………」

朝日奈「ね、ねえ石丸! いたよね? 本当に不審者、ここにいたよね?」

石丸「…………」

朝日奈「証言してよ! あんたが言ってくれたら、それで証明できるんだから……
     さっき、かっこ良く背負投げで私を助けてくれたじゃん! ねえ?!」


646: 2014/09/11(木) 23:40:54.80 ID:tyeUx7AK0

石丸「……すまない」


しかし、石丸は一言呟いただけで何も答えない。
疑惑の視線が飛び交う中、朝日奈は居心地悪く両肘を手で押さえる。


朝日奈(ど、どうしよう……せっかく信じてもらえたのに、これじゃあまた元通りに……)

朝日奈(もう一人はイヤだよ……)


視線はいつの間にか、KAZUYAの元へと向かっていた。
目を閉じて考え事をしているため、表情では何を考えているか窺えない。

……信じてくれるだろうか。あれだけ慎重で生徒の安全を再優先にする男が。


K「…………」

朝日奈「違うよ! 確かに証拠はないけど、でも本当に……!」

「信じるぞ」

朝日奈「!」


朝日奈は声の主を見る。そこには、優しい眼差しをしたKAZUYAの姿があった。


K「俺は朝日奈を信じる」

朝日奈「先生……」

K「大丈夫だ。もう散々疑ってきたんだ。君が嘘をついていないことはわかる。大体、
  こんな騒ぎを起こした所で自分に疑いの目が行くだけだ。メリットがないだろう」

桑田「そ、そうだよな! 朝日奈はそーいうことするタマじゃねえって」

舞園「嘘をつくにしても、石丸君に助けてもらったなんて言わないと思います」

不二咲「うん。僕は朝日奈さんを助けた石丸君を信じるよ!」

大和田「……まあ、そうか。この状態の兄弟が自主的に動いたなんて、俺も信じらんねえからな……」

霧切「…………」


647: 2014/09/11(木) 23:46:16.90 ID:tyeUx7AK0

未だ霧切の目線は鋭いが、とりあえず疑いが晴れたことに朝日奈は心底安堵する。


朝日奈「…………」ホッ

K「……ちなみに一つ聞いてもいいか?」

朝日奈「え、なに?」

K「不審者が女だった可能性はないか? 底の高い靴を履けば、ある程度は身長も誤魔化せるだろう?」

桑田・霧切「……!」

朝日奈「ごめん。さっきも言ったけど、頭が真っ白になっちゃって……」

K「……そうか」

朝日奈「あ、でもね! 私、ナイフに気を取られてずっとあいつの手を見てたんだけど、
     男の人にしてはちょっと華奢だったかも……断言は出来ないけど……」

K「ありがとう、それで十分だ」

K(まさか、江ノ島が動いたのか? ないとは言い切れん……)

苗木「桑田君、どうかしたの?」

桑田「……なんでもねえよ」

霧切「…………」


不審者の正体に当たりをつけた桑田は目つきが険しくなり、霧切は顎に手を当て考え始める。


舞園「男か女かもわからない、顔を隠した謎の不審者だなんて……何だか不気味ですね」

苗木「何者なんだろう? それに、どこから入ってきてどこに逃げたんだ?」

桑田「……あれ? つーか、まだそいつどこかに隠れてるんじゃね?!」

大和田「そうだ! 俺達とすれ違わなかったってことは
     まだ校舎にいるってことだろう?! 今すぐふん縛って……」

K「待て! 内通者にしろ黒幕の刺客にしろ、向こうの息がかかっているのは
  ほぼ間違いない。既に俺達の手が届かない所に逃げたと考えるべきだ」


648: 2014/09/11(木) 23:53:14.46 ID:tyeUx7AK0

K「しかも、朝日奈によるとかなりの手練れと見ていい。ここで戦力を分散すると、
  下手したら各個撃破されかねん……。まずは守りを固め、それから捜索するべきだ」

大和田「……それもそうだな。俺達がいなくなった時にまたここが襲われたらたまらねえ」

苗木「セレスさん達、大丈夫かな? 娯楽室にいることが多いから……」

不二咲「十神君を怖がってるから、不用意に出かけたりはしていないはずだけど……」

K「では念の為に俺が見てこよう。……さっきの攻撃で怪我でもしていてくれれば良いのだが」

桑田「ちょっと待てよ! 一人で行くのか? 俺も一緒に……」

K「いや、俺だけで十分だ。お前達は絶対にここを動くんじゃない。いいな?」

桑田「…………」


KAZUYAの顔は微かに強張っていた。もし不審者の正体が江ノ島なら、戦えばただで済むまい。


大和田「……おい、本当に大丈夫か?」

K「俺には経験がある。もし危険だと判断したら深追いせずすぐに退避するから心配するな。
  逆に、お前達がついてくると足手まといになる可能性がある。ここは俺に任せて欲しい」

K(ただでさえ俺は黒幕に目を付けられているからな。……連れて行ってはかえって危ない)

大和田「そこまで言うならわかった。ここは俺達に任せろ」

舞園「気を付けてくださいね……」


KAZUYAは頷くと、万が一負傷者がいた時のために医療カバンを手に取り駆けていった。


・・・


KAZUYAがいなくなった保健室では、それぞれが武器を構えたり廊下の様子を伺いながら
警戒を続けていた。そんな中、朝日奈は大和田におずおずと近付く。


朝日奈「大和田……」

大和田「…………」

朝日奈「あのさ……さっきは、ごめんね。私……」

大和田「…………」


649: 2014/09/12(金) 00:02:17.35 ID:/iHZfnlZ0

KAZUYAから絶対朝日奈を責めないよう彼等は事前に強く言われていたが、
それでも大和田から放たれるピリピリした空気はその場の人間全員を緊張させた。


朝日奈「本当に、ごめん……八つ当たりなんかして……」

大和田「……俺はいい。兄弟には……ちゃんと謝ったのか?」

朝日奈「うん。いくら頭に血がのぼってたからって……ひどいことしちゃったから……」

大和田「…………」


ジ口リ!と大和田は一度だけ強く朝日奈を睨んだが、その後は大きく息を吐いて肩の力を抜く。


大和田「じゃあ、いい。俺から言うことはなんにもねえ。……確かに、俺達もオメーを疑ってたしな」

舞園「ごめんなさい、朝日奈さん。辛かったですよね……」

不二咲「朝日奈さん、ごめんねぇ」

苗木「僕達が、もっと気を遣ってたら……」

朝日奈「い、いいの! もう済んだ話だし。わかってさえもらえれば。むしろ私こそごめんなさい!
     モノクマの言うことなんか鵜呑みして、みんなをまるで犯罪者みたいな目で見て……」

桑田「しゃあねーよ。実際、俺達犯罪者予備軍みたいなもんだし」

大和田「ああ。終わったことにしろなんて都合のいいことを言える立場じゃねえな」

舞園「無理をすればどこかにひずみが出ます。怖い、信じられないなら今は
    そう思っていた方がいいです。大丈夫です。そのうち自然と慣れますから!」

朝日奈「……本当に、ごめん」

朝日奈(私も強くなりたいな……)


・・・


五分後、KAZUYAは無傷で戻ってきた。幸いなことに、他の生徒達は全員寄宿舎にいたのだ。


K「とにかく、対策を練らねばならんな……まずは周知か。校内全てを捜索するには人手が足りん」

朝日奈「そうだ、さくらちゃん! さくらちゃんを呼ぼう!」

桑田「大神か……」


チラリと桑田はKAZUYAの顔を見る。だが、KAZUYAの決断は早かった。


650: 2014/09/12(金) 00:09:36.23 ID:/iHZfnlZ0

K「確かに、戦力的に大神がいれば非常に心強い。急いで呼んできてくれ」

朝日奈「わかった。呼んでくる!」

舞園「いくら学園側に逃げたと言ってもまだ一人は危険です。私も行きます」

苗木「女子二人じゃ危ないし、僕も行くよ」

桑田「じゃあ、俺も行く。怪我人に苗木だけじゃ心配だしな」

K「頼んだぞ」

朝日奈「行ってくる!」


四人は寄宿舎に向かって行った。そして、KAZUYAは険しい顔の霧切と向き直る。


霧切「……ドクター。確かに朝日奈さんは内通者ではなかったかもしれない。でも大神さんは……」

K「信じよう」

霧切「……! 正気かしら?」

K「ああ。朝日奈の件は明らかに俺の優柔不断な態度が招いてしまったものだ。
  よく見ればわかることだったのにな……今までの行動を見ていても、大神は
  無闇に他人を傷付ける人間ではない。君達の目から見てもそう見えるはずだ」

霧切「私も、そうは思うけど……」

大和田「上手く行きゃ一気に二人引き込めるワケか。特に大神の戦力は
     バカにならねえし、なんとか引き込みてえところだが……」

不二咲「……信じてくれないかなぁ。僕も大神さんが仲間になってくれたら嬉しいし……」

霧切「でも、戦力が大きい分リスクも大きくなるわ……どうなっても、私は知らないわよ?」

K「それでいいんだ。俺が間違えたら、そうやって君が修正してくれ。
  俺は君の慎重な姿勢が間違っているとは思わない」

霧切「そうやって何でもかんでも一人で背負って……ズルいのね」

K「大人だからな。泥をかぶるのは俺一人でいい」

大和田「おい、ふざけんなよ。なんでもかんでもテメエ一人で背負いやがって。こちとら
     いつまでもガキじゃねえんだ。テメエがそうするなら俺だって信じてやるよ」

不二咲「僕も、一緒に背負うよ! 少しでも、先生の負担が軽くなるように」

K「ありがとう」


651: 2014/09/12(金) 00:21:30.57 ID:/iHZfnlZ0

K(――これで九人。翔を入れれば十人か)

K(とうとう、俺が最初に目標とした三分の二を達成出来たことになる……)


KAZUYAは苗木と二人で話した時のことを思い出していた。苗木に協力を頼んだ日。
あれから既に半月が過ぎようとしていた。ここに辿り着くまで、短いようで長かった。


K「あと僅かだ。その残りのメンバーが難敵揃いなのだが」

霧切「そうね……」

大和田(山田に葉隠か……先公は詳しく話さなかったが、脱出のための策は
     もうあるらしい。あの二人さえ落とせればこっちのもんなんだがなぁ)

大和田(……一刻も早く、兄弟を家族のところに帰してやりてぇ)

大和田「なあ兄弟。あともう少し、もう少しなんだ。だから、もうちっとだけ辛抱してくれや」


そう言って、大和田が石丸の肩に手を置いた時だった。


石丸「………………わかった」

大和田「ッ?!」


驚愕の余り、思わず声が出そうになる。


大和田「せん……」


バターン!

大和田がKAZUYAに話しかけようとしたその時、大神が朝日奈達と共に保健室に駆け込んで来た。
恐らく、朝日奈が全てを正直に話したのだろう。大神は血相を変え珍しく狼狽していた。


大神「西城殿!」

K「大神か」

大神「……石丸は、無事ですか?!」


大神は石丸の状態を確認し、次にKAZUYAを見る。


K「ああ。最初は恐慌状態だったが、今は普段くらいには落ち着いている」

大神「左様ですか。他のメンバーもあらかた揃っているようだな……」


室内にいる面子の顔を確認すると、大神は勢い良く頭を下げた。


652: 2014/09/12(金) 00:28:55.72 ID:/iHZfnlZ0

大神「こんなことを言える立場ではないことは重々承知している。
    だが、朝日奈のしたことをどうか許してやってくれぬか!」

朝日奈「さくらちゃん……」

大神「朝日奈は最近疲れていた。いや! 全ては朝日奈と距離を取って寂しがらせた我のせいだ!」

苗木「落ち着いてよ、大神さん。僕達は怒ってなんていないから」

大神「しかし……危うく石丸に大怪我を負わせてしまう所だったのだ。
    少なくとも大和田、お主は許してはいないだろう?」

大和田「朝日奈から聞いてねえのか? 俺は許すって言ったはずだぜ」

大神「…………」

大和田「チッ、信用ならねえか。俺は短気が原因で事件を起こしてるしな」

大神「いや、すまぬ。そうだな。お主はもうかつてのお主とは違う」


そして、大神は元々険しかった表情を更に険しくしてKAZUYAに詰め寄る。


大神「……して、不審者とのことですが」

K「まずは全員に不審者のことを伝え、一箇所に固める。その後、校舎を捜索しよう」

K「不審者は相当の熟練者と見ていい。つまり、俺と君が中心となって捜索を行う。いいな?」

大神「我は構いませぬが……」

大神(どうした? 十中八九不審者は黒幕の手の者。最悪、不審者と我の挟み撃ちになると
    思わないのか? 西城殿はかなりの慎重派だ。気付いていないはずはないと思うが……)

K「女生徒にこんなことを頼むのは気が引けるが、戦力的に今は君が一番頼りになる」

K(もしかすると、黒幕の真の狙いは俺をおびき出すことかもしれん。大神は実は内通者で、
  これは自分の首を絞めることになるかもしれない。だが、俺は朝日奈の言葉を信じる……!)

大神「…………」

K「…………」


しばし、無言で見つめ合う。腹の探り合いではない。KAZUYAは己の決意を示し、
大神はその決意に動揺を感じていたのだった。先に目を逸らしたのは大神だ。


大神「了解した。……どんなことでも言って頂きたい」

K「頼むぞ」


653: 2014/09/12(金) 00:37:19.69 ID:/iHZfnlZ0

・・・


KAZUYA達は十神を除く生徒達の部屋を順に回って行くことにした。
と言っても腐川は反応がないので、最初は江ノ島になるが……


K(もし不審者が江ノ島なら、部屋にはいないはずだ)


ピンポーン。


江ノ島「はーい。……なんの用? しかもこんな大勢で……なんかあったの?」

K(……いたな。まあ、隠し通路が存在する可能性もなくはないが)

K「実は、保健室に不審者が現れ朝日奈が襲われたのだ」

江ノ島「ハァ?! 不審者?! どういうこと?!」


大まかに状況を説明する。その最中の江ノ島の表情を見て、KAZUYAはあっさりシロだと判断した。


K(……違うな。江ノ島はあまり演技力が高くないし、予想外のことが起こるとすぐ顔に出る。
  突然の不審者の登場に本当に驚いているようだ。この様子では何も知らないと判断していい)

江ノ島「ア、アタシなにも知らないから! ずっと部屋でモデルガンの手入れしてたし!」

K「モデルガン?」

江ノ島「あ……ガ、ガチャガチャで出たヤツだよ! なんか、カッコ良かったから気に入って……
     それだけだし! 別に集めてたりしてないし! あとはほら、メイクの研究したり?とか」

K「……大変だな、色々と」

江ノ島「モデルは忙しいの!」

苗木(江ノ島さん、モデルガンとか好きなんだ。ちょっと意外)

桑田(苦しすぎだろ、言い訳……)


その後、残りの生徒に声を掛けて保健室に集めた。防衛は大和田と桑田に任せ、KAZUYAと大神の二人で
学園を捜索する。しかし、KAZUYAの予想通り既に安全な場所に逃げたのか、それは徒労に終わった。


654: 2014/09/12(金) 00:45:40.13 ID:/iHZfnlZ0

K「すまない。取り逃がしたようだ……」

苗木「仕方ないですよ。黒幕が手を貸しているなら上の階に逃げたのかもしれないし」

葉隠「全く……ただでさえ十神っちとかいるのに、不審者とか勘弁して欲しいべ!」

山田「本当に十神白夜殿ではないのですか?」

セレス「朝日奈さんは気が動転していたのでしょう? 見間違えた可能性は?」

朝日奈「う……すぐに転んじゃって下から見上げてたし、その可能性は否定出来ないけど……」

江ノ島「十神じゃないの? そもそもソイツ、朝日奈しか見てないんでしょ? 本当にいたの?」

朝日奈「いたのは間違いないよ! 危うく殺されるところだったんだから!!」

セレス「では、なかなかコロシアイをしないわたくし達に業を煮やしたモノクマさんが、
     外から危険人物を招き入れた、ということでよろしいのでしょうか?」

モノクマ「よろしくない! ボクはそんなことしていない!」

苗木「モノクマ!」

K「ほう、やっとお出ましか」


一同が扉に目をやると、のしのしとモノクマが中に入ってくる。


モノクマ「ボクは外部から不審者なんて入れてないよ! 今この学園の中にいるのは、
      最初からここにいた君達希望ヶ峰の生徒達と、イレギュラーのKAZUYA先生だけ!」

舞園「では、モノクマさんの扱いはどうなるんですか?」


舞園の問いにモノクマは露骨にギクリとした表情をする。


モノクマ「ボクは、ほら……学園長だからさ。例外だよ!」

山田「でも中の人がこの学園のどこかにいるはずですぞ!」

モノクマ「中の人なんていません! 中の人なんていません!」

葉隠「大事なことだから二回言ったんだべか?」

モノクマ「君達夢がなさすぎるよ! あの世界一有名なネズミにも中の人がいるとか言うつもり?」

山田「その話はストーップ!!! 夢の国の機関に消されてしまいますぞ!」

セレス「……話が脱線してますわ」


セレスが呆れながら溜息を付く。


655: 2014/09/12(金) 00:55:23.67 ID:/iHZfnlZ0

K「わかった。その話はやめよう。……それで、もう一度確認するがこの学園の中に存在する
  “人間”は最初からいたメンバーのみで、俺を除けば全員この学園の生徒という訳だな?」

モノクマ「そういうことになるね」

桑田「本当かよ? まーた俺達を疑わせる罠じゃねえの?」

モノクマ「今のは誓って嘘じゃありません!」

大和田「じゃあ、俺達の中の誰かが不審者ってことになるのか?!」

不二咲「そんなぁ……」

山田「僕は違いますよ!」

大神「安心せよ……お主なら体型でわかる」

モノクマ「十神君じゃないの? 彼ならやりそうじゃない、こういうこと」

江ノ島「やっぱ十神だって! 一番怪しいし!」

セレス「そうですわねぇ。散々危険な行動を取っていらっしゃいますし」

霧切「その場合、身につけていたというマスクやナイフはどこで手に入れたのかしら?」

モノクマ「モノモノマシーンじゃない? 基本的にはオモチャや日用品が多いけど、
      あの中には危険なものも多少入っているし。先生はよく知ってるでしょ?」

K「……そうだな」

不二咲「でも、僕達がずっと見てたのにどうやって寄宿舎に戻ったのかな?」

モノクマ「実際はずっと見てた訳じゃないでしょ。移動してたりしたじゃない。
      この学園は隠れる場所も多いから、一人二人じゃ捜索し切れないし」

山田「ぬおおっ! 十神殿め! 一体どれだけ僕らに迷惑をかけたら気が済むのか!」

葉隠「やっぱ……引きずり出してふん縛った方がいいんじゃねえか……?」

桑田「でもよ、逆上して暴れるかもしれないぜ?」

大和田「ナイフ持って暴れられたら、ちょっと厄介だな……」

大神「その場合、我が止める。朝日奈を襲った借りを返さねばならんしな」

K「いや、俺から十神に話そう。凶器を持っているなら取り上げる。それでいいか?」


結局、不審者の正体は十神ということで決着が付いた。その場はKAZUYAが収め、
今まで通りしばらくは単独行動や不用意な外出を控えるよう指示した。


656: 2014/09/12(金) 01:08:14.39 ID:/iHZfnlZ0

K(十神ではない――)


その場は余計な混乱を招かないために黙っていたが、KAZUYAは不審者の正体が見えてきていた。


K(モノクマはこの学園の内部には俺と希望ヶ峰の生徒しかいないと言った。
  ……それは、たとえ黒幕側の人間と言えど例外ではないのだろう)

K(モノクマを操作している人間、即ち監視者は本物の江ノ島盾子である可能性が極めて高い。
  この場合、江ノ島は希望ヶ峰の生徒なのだから先の発言にも矛盾しない)

K(だが……一つ気になることがある。希望ヶ峰の生徒しかいない――つまり、
  少なくともこの学園に潜んでいる実行犯は全員学生ということになるのか?)

K(朝日奈を襲った不審者の正体はそのうちの誰かか。もしかしたら、江ノ島本人かもしれんな)


不審者の正体は掴めた。しかし、KAZUYAの思考は止まらない。


K(人員の足りなさ、少数精鋭……確かにこれらの情報とも一致するが、一体何故こんなことを?
  以前アルターエゴから手に入れた情報と照らし合わせても、この学園は色々とおかしい――)

K(黒幕の目的は純然たる俺達の『絶望』で言わば愉快犯に近い。黒幕は狂った人間なのだ。
  しかし、それは学園によっておかしくなったのか、或いは元々おかしかったのか……)

K(そしてその中心人物が、自分と似た思考の人間をかき集めてこんな馬鹿げた計画を実行した……)

K(……考えれば考える程、気分の悪くなる話だ)



               ◇     ◇     ◇


「あーあ、失敗しちゃったよ」


学園の中を隅々まで監視する多数のモニターの前で、マスクを外した本物の江ノ島盾子は呟く。


(ちぇー、ぶっ壊れてるはずの石丸がまさか反撃してくるなんて。ツイてないなぁ、イテテ)


骨折などはしていないものの、思い切り叩きつけられたため全身の至る所に打ち身が出来ている。
しかし、痛みすら江ノ島にとっては心地の良い絶望の一種なのであった。


657: 2014/09/12(金) 01:16:21.44 ID:/iHZfnlZ0

(良い案だと思ったんだけどなぁ。あそこで朝日奈を頃して石丸にナイフを持たせれば、
 犯人は石丸になる。精神が崩壊したままオシオキなんてサイッコーに絶望的だったのにさ!)

(仮に失敗しても、アタシのことは朝日奈しか目撃してない。朝日奈はちょっと前に
 問題起こしたばっかりだし、みんなに構ってもらうために自作自演したってことになれば
 一気に信用を失う。一人が嫌な人間がますます孤立するなんて絶望的じゃなぁい?!)

(……って思ったのにさ。まさか朝日奈の発言を鵜呑みにするなんてね。
 霧切はちゃんと疑ってくれたのに。ちょっと甘すぎじゃないの、先生?)


そうぶつくさ言うものの、江ノ島は今の状況を楽しんでいた。


(もしかしたらアタシが介入したのがバレちゃうかもしれない。このハラハラ感がたまんないわ!)

(マンネリしたら内通者動かすのもありだしね。どっちに転んでも絶望的ィ! アハハ♪)


しかし幸いにもと言って良いのか、マンネリにはならなかった。



― コロシアイ学園生活二十七日目 セレスの部屋の前 AM10:02 ―


妙な雰囲気で廊下に佇む男女三人。どんな縁だか、最近はよく行動を共にしている三人組である。


セレス「……それでわたくしですか」

葉隠「頼むべ、セレスっち!」

山田「僕からもお願いします、セレス殿!」

セレス「殿方が二人も集まって恥を知りなさいな」

セレス「……ですが、良いでしょう。わたくしも最近は暇を持て余していたのです。
     大和田君が一体何をしようというのか、確かめに行きましょうか」


手に持っていたメモをヒラリと振ると、セレスは優雅に歩き出した。


665: 2014/09/21(日) 21:21:05.26 ID:CuZfIRug0

彼女が持っているメモと同じ物を葉隠と山田も持っている。その文面は皆同じだ。


『話がある。10時に食堂に集まってほしい。このメモは全員に出したから、一人で来るのが
 こええなら、他のヤツに声をかけていっしょにくればいい。ぜってぇに来てくれ。 大和田』


そして葉隠と山田は部屋が隣だったこともあり、廊下でばったり出くわしたのである。
二人で行けばいいのだが、お互いを信用していないからか二人だけではどうしても不安で、
最近よく話すセレスも誘おうという流れとなったのだった。


山田(三人いればまあなんとかなるでしょう)

葉隠(いざとなったら足の遅そうな山田っちとセレスっちを囮にして逃げれば平気だべ!)


そして、三人は食堂へとやって来る。食堂には苗木、朝日奈、大神の三人がいた。


苗木「あ、セレスさんに山田君と葉隠君。久しぶり」

セレス「久しぶりというのも妙な話ですわね。わたくし達は監禁されておりますのに」

苗木「ハ、ハハ。そうだね。でもほら、あんまり会わないから」

朝日奈「十神のせいだよ! おかげで私達、最近すっかり離れ離れになっちゃった……!」

大神「して、大和田の話とは何であろうな。もしや、それについてやもしれぬ」

桑田「オッス」

舞園「こんにちは」

葉隠「よ、よう! なんか久しぶりだべ? 元気か? ハハハ」タラリ

山田「…………」フイッ


話していると続々と生徒がやって来る。しかし、桑田と舞園に対しては露骨に態度が違った。


667: 2014/09/21(日) 21:28:54.05 ID:CuZfIRug0

江ノ島「チーッス! おひさー!」

山田「お久しぶりです、江ノ島盾子殿」

江ノ島「山田ー、何日ぶりだっけあんた? ていうか、こんだけ集まるのいつ以来?」

山田「最近朝食会にも顔を出していなかったですしね。バラバラになら、時々会うんですけど」

霧切「私が最後かしら?」

葉隠「霧切っちー! なんか久しぶりだべ?」

霧切「そうね。あなた達部屋にこもりっぱなしだったから。まとめて会うのは五日ぶりくらいかしら?」

葉隠「手厳しいべ。いつどこで十神っちと遭遇するかわからねえ以上、
    身を守るには引きこもんのが一番なんだって」

セレス「そういう霧切さんはどうやって過ごしていたのですか?」

霧切「読書かしら。この学園には立派な図書室があるから。あとはいつもどおり探索ね」

セレス「まあ、まだ諦めていませんのね。この学園は適応すればなかなか良い環境ですわよ?」

霧切「いくら設備が整っていても、十神君一人に怯えて外出も自由に
    ままならないのなら、良い環境とは呼べないと思うけど?」

セレス「うふふ……」

霧切「…………」


そのまま二人は無言で視線を交わす。牽制の意が込められているのは誰の目にも明らかだった。


葉隠「お、女の戦いだべ。こえーなぁ……」

大和田「全員そろったか?」


食堂の入り口からは、大和田が不二咲と共にやって来る。
中を見渡し、十神、腐川を除いたメンバーが全員揃ったことを確認した。


江ノ島「わざわざこんなもので呼び出して、なんの用よ?」


668: 2014/09/21(日) 21:38:41.94 ID:CuZfIRug0

今現在この場でKAZUYAに与していない生徒は四人。
けれども、その四人の考えはまさしく四者四様だった。


江ノ島(全員を集めるってことは一致団結を図るとか、決起集会を始めるのかもしれない。
     朝日奈さんの時は失敗しちゃったし、今度こそ上手く分断しないと。
     盾子ちゃん、見ててね! お姉ちゃん、がんばるから!)

セレス(新しい情報は今の所ありませんし、大和田君が発起人ということは十中八九
     石丸君のことでしょうね。場を見定めてどう動くかを決めましょうか)

山田(早く帰りたいな……ここ危険人物だらけだし。大体、大和田紋土殿の
    呼び出しなんてろくでもない内容に決まってる。帰りたい……)

葉隠(なーにするんかなー。ま、なにが来ようと安全な方につけばいいべ。
    人数も多いし、なんとかなるだろ。うん)

大和田「頼みがあるんだ。オメエら……俺に力を貸してほしい」

苗木「えーと、どういうことかな?」

大和田「またオメエら全員に兄弟の見舞いに来て欲しいんだ。頼む!」

大和田(あの時、確かに石丸は俺の顔を……目を見て『わかった』って言った! 今までは
     こっちを向いてたって俺のことなんかちっとも見ちゃいなかったのにだ!)

大和田(朝日奈のショック療法が効いたのか、今までの成果が出ただけなのかはわからねえ。
     もしかしたら不審者に襲われたのが良かったのか? ……いや、そんなこたどうでもいい。
     間違いなく石丸は回復してきてるんだ! 今ここで畳み掛けるべきだ!)


深く深く、大和田は頭を下げる。


葉隠「見舞いかぁ……別に構わねえけど、正直あの姿の石丸っちを見るのは辛いものがあるべ」

山田「そもそも、僕達は散々見舞いに行きましたよ。あれ以上効果があるとは到底思えませんが」

セレス「冷たい言い方かもしれませんが、治る見込みがないのならいくらお見舞いをしても
     意味が無い……つまり、わたくし達にとって無駄な時間ですわ」

桑田「ムダってなんだよ、ムダって!」

苗木「落ち着いて、桑田君!」


669: 2014/09/21(日) 21:48:41.96 ID:CuZfIRug0

霧切「確かに、私達に出来ることは全てしてきたわ。あの状態の石丸君に
    会いたくないという気持ちもよくわかるし、何か根拠はあるのかしら?」


霧切に冷静に指摘され、大和田の表情は曇った。そうだ。何の根拠もない。
もしかしたらただ焦って早とちりしているだけなのかもしれない。


大和田「根拠は、俺の勘だ……」


大和田は正直にそう答え、食堂は嫌な沈黙に包まれる。


「…………」

大和田「でも、今はチャンスな気がすんだよ! 頼む! 黙って協力してくれねえか?!」

セレス「そうですわねぇ」

朝日奈「協力しようよ! 部屋に行ってちょっとお話するだけだよ?」

大神「ウム。その程度で良ければいくらでも協力しよう」

苗木「僕も。大したことは出来ないけど……」

大和田「オメエら……」

大和田(よし! 山田も葉隠も基本的に周りの奴らに流されるタイプだ。朝日奈達が協力するって
     言ってほとんどのメンバーがそこに賛同すりゃ、少なくともこの二人は協力するだろ)


口々に生徒が協力を宣言しようとしたその時だった。


――場に嵐を巻き起こす闖入者が現れたのは。


「あっれー? みんな集まってなにやってんのー? 集会? パーティー??」

大和田「オ、オメエは……」

葉隠「ジェ、ジェノサイダーだべええええええ!」

山田「なああああ?!」

ジェノ「イエース! 呼ばれて飛び出てジェノサイダー! ジェノサイダー翔でーす!!」


鋏を両手に決めポーズを取るジェノサイダーの姿に、場が凍り付く。


670: 2014/09/21(日) 22:05:45.21 ID:CuZfIRug0

ジェノ「で、なにしてたん?」


静まり返る中、その場を代表するように一切動じていない舞園が説明する。


舞園「大和田君からみなさんに、石丸君のお見舞いに来てくれるようお願いしてたんですよ」

ジェノ「ふーん。ハイハーイ! 今のきよたんはなかなか萌えるからアタシも行ってあげても
     いいわよー。手厚ーく看病してやろうじゃないの。アタシ殺人鬼だけど。ゲラゲラゲラ!」

舞園「助かります! よろしくお願いしますね」

桑田「おいおい、石丸頃すんじゃねーぞ?」

ジェノ「わかってるってーの!」

「…………」

大和田(正直コイツに頼むのはシャクだ。ものすげえシャクだが……テンションだけは
     ムダに高えからな。コイツが来た時は兄弟もいつもより元気な気もするし)


少しの間大和田は逡巡するが、石丸のためだと無理矢理に割り切った。


大和田(先公はとにかく刺激を与えた方がいいって言ってた。まあ刺激にはなるだろ)

舞園「大和田君?」

大和田「(ハッ)あ……お、おう。なら、頼むぜ」

不二咲「……あの、よろしくね?」


ジェノサイダーに怯えて大和田の影に隠れていた不二咲が、少し顔を出す。
石丸の見舞いに来てもらった際、KAZUYA達は気を遣って不二咲とは会わせなかったのだ。

つまり、これが事件後初の遭遇となる。


ジェノ「あ、ちーたんじゃん! 元気ィ? つってもアタシがヤッたんだっけ? ギャハハハハ!」


その無神経な発言に最もカチンときたのは、元々不二咲に好意を寄せていた山田であった。


671: 2014/09/21(日) 22:15:16.17 ID:CuZfIRug0

山田「き、貴様ァ! ちーたんを殺害しようとしたくせに
    その態度はなんだあああ!! 土下座して謝れぃ!」

ジェノ「ハア? イヤだし。だってアタシ殺人鬼じゃーん。殺人鬼が人頃してなにが
     悪いってワケ? アタシに文句たれるならまずあの変なクマに文句言えっつーの」

桑田「お、おいジェノサイダー!」

大和田「テメエ……」

江ノ島「コイツ、全然反省してないよ!」

大神「クッ、やはり殺人鬼は殺人鬼か……」

朝日奈「ジェノサイダー……!」

苗木「み、みんな落ち着いて! 冷静に話し合おうよ!」

桑田(おいおい……なんか雲行きが怪しくなってきたんじゃねーか……?)

舞園「…………」

山田「謝れ!」

ジェノ「イヤでーす」

大和田「この野郎……!」ビキビキ

不二咲「あのさ、僕は別に怒ってないから……ね?」

桑田「バカ、大和田! おめーが怒ってどうすんだよ。とりあえず落ち着けって!」

舞園「翔さんは今は敵意がありませんから大丈夫です!」

葉隠「な、なに言ってんだべ! 大丈夫なワケあるか! 連続殺人鬼だぞ?!
    今だってちっとも反省してねえじゃねえか!」

セレス「……というか皆さん、随分自然にジェノサイダーさんとお話されるのですね?」

桑田「そ、それは……」

山田「やっぱり、人頃しは人頃しか……仲間意識でもあるんじゃないですか?」

「……!」


672: 2014/09/21(日) 22:22:21.59 ID:CuZfIRug0

江ノ島「なんであんた達ジェノサイダーの肩なんか持つのよ!」

葉隠「ま、まさかおめえら全員手を組んで俺を頃す気じゃねえのか?!」

山田「コイツがいる限り話し合いなんてしたくねえ! 僕は帰らせてもらう!」

不二咲「あ、ま、待って……やめて……!」

ジェノ「ふざけんなっ! 萌えねえ男子のくせに! ナメた口きくとタダじゃおかねーぞ!」

大神「よさぬか! 暴れるのなら我が相手になるぞ!」

朝日奈「えっと……ケンカはやめた方がいいよ!」

霧切「あなた達、少し落ち着きなさい!」

セレス「あら、これは当然の反応ではありませんか?
     本物の殺人鬼がわたくし達の前にいるのですよ?」


前に出ようとした霧切の前に、セレスが立ち塞がる。


霧切「……!」

苗木「ど、どうしよう……」

苗木(僕や霧切さんは建前上は中立の立場だからジェノサイダーを庇えない。かと言って桑田君達が
    庇えばみんなは怒るだろうし、一緒に糾弾したら今度はジェノサイダーが納得しない)


同じことを考えていたのか、舞園が視線を迷わせながら呟くのが聞こえた。


舞園「私達は、一体どうすれば……」

霧切「今は一旦場を解散させて落ち着かせるしかないわ。中立の大神さんあたりに働きかけて……」


その時、食堂に一つの怒号が響いた。


673: 2014/09/21(日) 22:28:09.30 ID:CuZfIRug0


「オメエらッ! 俺の話を聞いてくれッッ!!」


叫んだのは大和田だ。

そして、勢い良く両膝と額を床につけ――土下座をした。


不二咲「お、大和田君……!」

大和田「はじめからこうしておきゃあ良かった……いや、俺は最初からそのつもりだった」

江ノ島「ハア? なに、いきなり土下座したりして?」

大和田「オメエらが問題起こした俺達のことを怒ってるのはわかってる。許してくれなんて
     本来言える立場じゃねえ。でも! でも今だけは! オメエらの力を借りたいんだ!!」

大和田「ジェノサイダーについちゃあ、俺だってこええし許してねえよ。でも、兄弟のためならと
     思って頼んだんだ。だからオメエらも頼む! どうか、今だけは水に流して協力してくれ!!」

大和田「頼む! 頼む頼む頼む頼むッ!!!」

苗木「大和田君……」

大和田「許してくれるって言うなら俺はなんでもする!」


そう言うと大和田は――懐から包丁を取り出した。


葉隠「ぬあっ?! 凶器を取り出したべ?!」

大神「何をするつもりだ!」


675: 2014/09/21(日) 22:45:28.84 ID:CuZfIRug0

大和田「なんでもいいぜ。コイツを使って気が済むまで俺を刺してもいい。切腹しろって
     言われたら俺はやる。学級裁判があるから氏んで責任を取ることは出来ねえが、
     それ以外だったら俺はなんだってやってやる……!」


大和田はガクガクと震えながらもしっかりと包丁を掴み、額からは滝のような脂汗を流す。


朝日奈「あんた……本気なの?!」

大和田「本気だ! 俺はバカだから、他に方法が思い付かなかったんだよッ!
     俺は、なにがあってもアイツを元に戻してやらなきゃならねえんだ!!」

大和田「自分で手を汚しちまった俺とは違って、アイツのは完全に事故なんだ!
     俺が不二咲を襲ってアイツに怪我させなきゃ起こんなかった事故なんだよ!」

大和田「それでなにがいい?! なにがお望みだ! どんなことでもやってやろうじゃねえか!」

桑田「お、おい! やめろ! おめーだけの問題じゃねえだろ!
    だいたい騒ぎ起こしたっていうなら俺だって……」

舞園「いいえ。一番悪いのは私です。殺人計画を立てて二人の人間を利用し、コロシアイの
    口火を切った私に一番責任があります。大和田君が切腹するというなら、私もやります」

大和田「ハアア? お前はもう腹刺されただろうが!」

苗木「だ、駄目だ! 舞園さん!」


スタスタと大和田に近付いていく舞園を慌てて苗木が止めた。


不二咲「二人共やめて!」

ジェノ「え? なになに? 自殺願望? じゃあアタシが二人まとめて切り刻んであげよっか??」

朝日奈「あんたはひっこんでて!」

大神「お前の決意はわかったから包丁を下ろせ、大和田!」

舞園「そうです、私に貸してください!」

桑田「バカ! 女にんなことさせられるか! おめーがやるっつーんなら、その……俺だって!」


676: 2014/09/21(日) 23:05:13.39 ID:CuZfIRug0

霧切「馬鹿なことを言ってないで、三人共冷静になりなさい!」

大和田「じゃあどうしろっつーんだ?!」

セレス「したいなら勝手にすればよろしいんじゃないですか? それで本当に禍根を
     断ち切れるのなら、結構ではございませんか。わたくし達は特に困りませんし」


大和田達にとっては文字通り決氏の行動であるが、安全圏にいる人間の反応は実に様々であった。


葉隠「腹を刺すなんて馬鹿げたことはやめるべ! せっかくの内臓がもったいな……いやいや、
    とにかく刺すなら手足にしろって! 傷付けるくらいなら俺によこせっての!」

江ノ島(もっと煽らないと!)

江ノ島「そんなことで許されるなんて思わないでよね!」

大神「馬鹿なことはよせ! 万が一氏ねば再び学級裁判が起こるのだぞ!」

朝日奈「そうだよ、やめて! そんなことしても石丸は喜ばないよ!!」

ジェノ「いーじゃん。やるって言ってんだからやらせてあげればいーじゃん」

苗木「みんな、話を……!」


もはや収拾が付かなくなるかと思われたその時、予想外の人間が一石を投じたのだった。


「あーあ」


その人物とは――










山田「なんか、冷めちゃった」


――まさかの、山田である。


684: 2014/09/23(火) 23:40:19.92 ID:ANUzBnZO0

山田の一言が混乱の場を鎮めるなど、一体誰が予想出来ただろうか。


山田「この茶番劇、いつまで続くんですか?」

大和田「ハッ?! 茶番だ……?!」

山田「ええ、そうです。もっとハッキリ言いましょうか? お涙頂戴はもううんざりなんですよ」

「…………」


予想外の人間の予想外過ぎる発言によって、その場は一瞬で静まり返る。
そして、今まで脇に追いやられていた不満を晴らすかのように、山田の猛反撃が始まった。


山田「え、だってなにこのビックリするほど安っぽい展開。どうしていきなり包丁とか
    取り出してるんですか? 僕らの中の誰かにやれって言われたんですか?
    それとも単に紋土必氏だなwって言われたい? 同情してほしいんですか?」

大和田「それは……」

山田「いきなり好きなだけ刺せとか意味わかんないし日本語でおk。犯罪者じゃあるまいし常識的に
    考えてやるわけないでしょう? こちとらあなた方みたいなDQN思考じゃないんですよ?」

山田「正直ドン引きなんですけど。というかぶっちゃけ突然の急展開に萎えるしかありえないwww」

大和田「…………」


山田は凄まじい速さの弁舌でまくしたて時に煽りもいれていく。普段の社交的でコミカルな姿と
あまりにもかけ離れたその冷徹な表情に、一同は何も言えずただポカンと眺めていた。
元々口下手な所もある大和田に至っては完全に勢いに飲まれ、反論もせず目を白黒させている。

……しかし、突然の変貌に見えた山田の豹変だが、彼等は山田と深く付き合っていなかったから
知らなかっただけなのだ。実は山田の中に、根深く深い闇が潜んでいるということを。

追撃の手は緩むどころかますます勢いを増して、その場はまさしく山田の独壇場と化す。


山田「マジレスしてやりますけど、自分に酔ってるだけなんじゃないですか? 親友のために
    命懸ける自分カッコイイ!的な。そんなあなたに自己陶酔乙!の言葉を送りましょう」

大和田「そういうワケじゃ……」


685: 2014/09/23(火) 23:49:34.23 ID:ANUzBnZO0

山田「もしこれが漫画で、涙ながらの説得によりみんな改心して一致団結し、無事
    問題も解決しました。めでたしめでたし……だったら読者をバカにしてますよ。
    僕だったらそんなクッソつまらない作品は破り捨てますね」

山田「確かに反省は口でなく態度で示せって言葉はありますよ? でもここであなたが怪我して何か
    メリットあるんですか? 現時点で、十神白夜殿やジェノサイダーと言う脅威に対抗出来る
    人間は西城医師、大神殿とあなたくらいしかいないのに戦力減らしてどうすんです?」

山田「所詮暴走族に頭の良さなんて最初から期待してませんけどいくらなんでもヒドすぎますね。
    バカなの? 氏ぬの? あ、氏にはしないけど切腹する覚悟はあるんでしたっけ」

大和田「…………」

山田「自分かわいそうで読者を釣れると思ってるなら大したスイーツ脳(笑)ですよ。
    はいはいワロスワロスみたいな。そういうのは携帯小説でお腹いっぱいなんで」

山田「あなたのええかっこしいのために汚れ役任されるこっちの身にもなれって
    言ってんですよ。どうです? 図星刺されて顔真っ赤ってとこですか?」


そこで山田は一息ついて大和田の顔を見るが、その顔は赤いというより目に見えて青かった。


桑田「いくらなんでも言い過ぎだろ! 大和田だって、別にそんなつもりじゃ……」


見るに見かねて桑田が間に入るが、その行為がまた山田の神経を大いに刺激した。


山田「ハァ、あなた達っていつもそうですよね。アニメや漫画の敵キャラにありがちなタイプ」

大和田「……ハ? 敵キャラ?」

山田「散々問題起こしたくせに一度改心して主人公の味方になると、まるで過去の悪行は
    なかったかのように主人公と一緒にヒーロー面して、ハバを効かせ始める」

山田「それで今回みたいに過去のことが出てきて都合が悪くなると、
    あの時は仕方なかったんだ!とか被害者ぶって涙を誘って解決する。
    僕の大嫌いな三流バトル漫画でよくある展開の一つですよ」

桑田「……なにが言いてえ」

山田「ヒーローの仲間だから自分達もヒーローだなんて思い違いも甚だしいってことです! 確かに
    西城カズヤ医師は立派な方ですよ。それは僕も認めます。あの人は本物のヒーローでしょう」


686: 2014/09/24(水) 00:00:51.94 ID:kExHQLPt0

山田「でもあなた達がやったことはなんですか? 問題起こしてみんなに迷惑かけたくせに、
    西城医師が許したからと言ってあたかも最初からヒーロー側だったような顔をし、
    仲間にならない僕等を悪役扱いしている! 違いますか?!」

「!!」

山田「――僕達は、あなた達と違ってなにも問題を起こしていないのにね?」


誰かがゴクリと唾を呑んだ。それはある意味では的を射ている言葉だったからだ。山田が一体
何にこれほどまでの深い不満を溜めていたのか察し、その場は桑田も引かざるを得なかった。


葉隠「おい、山田っち……」

大和田「ち、違う……俺達は……!」

山田「違うっていうなら今の行動はどうです? 包丁持って決氏の覚悟で謝罪して、仲間達が
    美しい庇い合い(笑)を始めて、どう考えても糾弾する僕達が悪役じゃないですか!」

山田「友情とか仲間の絆とか、そういう大義名分を盾に相手が責められない状況を作って
    許しを請うなんて、そんなのもはや脅しと変わらないです。――卑怯だっ!!!」

「…………」


誰も何も言えなかった。大和田が落とした包丁の乾いた音だけが、広い食堂に響いた。


大和田「脅し、てたのか? 俺は……? 卑怯? そんな、そんなつもりなんかじゃ……」

不二咲「お、大和田君……」

山田「少なくとも今の時点では許したくなんてないです。あなた達の存在が不愉快ですから」

不二咲「そんな……」

山田「帰ってくれませんか? ……いや、僕が帰りますか」ガタリ

桑田「お、おい! 山田、待てって。おい!」

葉隠「山田っち、流石にちょっと言い過ぎじゃ……」

葉隠(お、おいおい……ここで無意味に騒ぎを起こしてK先生怒らせるのはまずくねえか?
    十神っちの件も解決してねえし、そもそもまだここに殺人鬼がいるんだぞ……?)


687: 2014/09/24(水) 00:07:57.46 ID:kExHQLPt0

流石に年の功か、一足早く冷静さを取り戻した葉隠が状況の不味さに気付く。
しかし、ここぞとばかりに江ノ島が割って入り分断工作を行う。


江ノ島「山田の言う通りだよ! いつもいつもアタシ達を仲間ハズレにして
     コソコソしちゃってさ! いったい何様のつもり?」

セレス「一方的に汚れ役を任せられるのはこちらとしても良い気はしませんわね?」

苗木「ま、待ってよみんな。彼らだって、恐らくそんなつもりは……」

舞園「ごめんなさい……山田君達のことを信頼してない訳じゃないんです。結果的にとはいえ、
    悪者扱いしたり不愉快な思いをさせてしまうなんて……本当にごめんなさい……」

朝日奈「で、でも! 私達だって大和田達のことを怖がって避けてたところもあるし、先生や
     同じ立場の人しか拠り所がなかったというか……お互いさまのところもあるんじゃ……」

不二咲「お、お願い……どうかみんなのことを許してあげて……悪気があった訳じゃないんだ。
     ただ、一生懸命過ぎて周りが見えてなかっただけなんだよ! どうか、お願い……」

山田「不二咲千尋殿……ちーたんがそこまで言うなら……」


山田とて今までの不満が爆発しただけでけして鬼ではない。涙目の不二咲に罪悪感を
覚えた山田が折れようとした時だった。空気の読めない殺人鬼が再び大きく場をかき乱す。


ジェノ「ギャーハッハッハッ! ゲラゲラゲラゲラ!!」バンバンバン!

山田「な、なにがおかしいんです!」

ジェノ「いやぁ、萌えねえ男子はほんと発言も萌えねえわ。つーかダッセーのなんのって」

山田「なにををっ?!」

ジェノ「はっきり言ったらどーお? 『犯罪者は犯罪者らしく仲間同士で部屋の隅に
     固まって埃でも食ってろ。うぜーから前に出てくんな!』ってさぁ!」

山田「僕は、別にそこまでは……」

ジェノ「お、ひふみん日和った? そうだよねー。逃げる所も隠れる所もないんだから、
     不満があるならいつでも直接言いにくりゃいいのに、自分が優位な状況じゃなきゃ
     言えねー臆病もんだものねー。ゲラゲラゲラ!」

苗木「やめろ、ジェノサイダー!」


苗木が制止しようとするがジェノサイダーは止まらない。元より止められるはずがなかった。
何故なら彼女は超高校級の殺人鬼であり、この学園で誰よりも自由な存在だからだ。


688: 2014/09/24(水) 00:12:29.77 ID:kExHQLPt0

ジェノ「卑怯だろうがなんだろうが使える手を使ってなにが悪いんだって話。しかも、
     卑怯な手を使わないとマズイほどそいつらは追い込まれてるんでしょ?」

ジェノ「それなのに上から弱い立場のヤツをいびってんだから、結局今のテメエは立派な悪役だろーが」

山田「ち、違う!」

ジェノ「そもそもさぁ、ヒーロー? 悪役ゥ? 正義だの悪の美学だの、そんなの語っていいのは
     白夜様とかKAZUYAセンセとか、格好良くて見映えのする男だけなんだよぉ!」

山田「グッ……!」


ジェノサイダーにとっては、それはいつもの軽口か特に意味のない煽りのつもりだったに違いない。


ジェノ「雑魚敵にすらなれないモブ以下のデブサイクは後ろにすっこんでろ!」

山田「な、な、な……!!」


――だがその言葉は、山田の奥深くにしまい込まれていたコンプレックスであり
   最大の地雷を鮮やかに、そして見るも無惨に踏み砕いたのだった……


山田「ふざけんじゃねえ……」


まだ山田が同人を始める前の頃、山田は人より少し絵が上手いだけの平凡な少年だった。
いや、はっきり言って平凡以下だった。勉強は並から並の下の間、運動はぶっちぎりで学年ビリ、
その上我慢が苦手で自分に甘かったため、子供の時からずっと肥満体型であった。

そんな山田が自分に自信を持てなくとも何ら不思議ではない。


山田「ふざけんじゃねえぞ……!」


山田は現実を忘れさせてくれる漫画やアニメが好きだった。それも、説教臭くて泥臭いストーリーは
嫌いで、ごくごく平凡な主人公がある日突然非日常に連れていかれ活躍するような話を特に好んでいた。
そういう話でないと感情移入出来ないのだ。……しかし、少年漫画の主人公に憧れていない訳ではない。

格好良くて頼りになって人望があって優秀でモテモテで――山田だって本当はヒーローになりたかった。


689: 2014/09/24(水) 00:24:13.35 ID:kExHQLPt0

山田「人頃しの分際でヒーローを語るんじゃねえッ!!」


……でも、自分はなれないとわかっているからその気持ちを押し込めていたのだ。

同人界で高い評価をされとうとう希望ヶ峰学園にまでスカウトされた時、山田は才能を認められたと
狂喜した。だが、かえって山田のコンプレックスは大きくなるばかりだったのだ。如何に超高校級と
いえど、結局同人はごく一部の人間にしか認められていない。オタクという言葉が市民権を得て
既に久しいが、まだまだ世間の中でその地位は低いし当分それは変わらないだろう。


ジェノ「ああん? モブが本当のこと言われて怒っちゃったぁ?」プゲラ


山田がKAZUYAの派閥に入らなかったのは建前上は前科組を信用出来なかったからだが、
本音は違う。彼等と一緒にいれば嫌でも自分と彼等を比較してしまうからだ。

桑田、石丸、大和田はみんな山田より背が高く顔立ちも良くて腕も立つ。それだけでも負い目があるのに
山田はコロシアイ学園生活に必要な頭脳や腕っ節を持っていない。平凡な高校生代表の苗木すら、意外と
頭の回転が早く高いコミュニケーション能力を活かして周囲の補佐を行っているのに、山田の才能は
ここでは輝かない。KAZUYAの派閥に入れば昔のように、山田は凡人以下の存在に戻ってしまうのだ。

そしてその事実は、山田が最も目を背けたい真実に他ならないのである。


山田「貴様だけは絶っっっ対に許さねえええええええええええええええええッッ!!!」


時々感情的になったりはするものの、やはり普段の温厚で丁寧な姿の方が印象強いのか、
鬼のような顔で激昂し叫ぶ山田の姿に生徒達も動揺を隠せなかった。


朝日奈「えっ、山田?!」

苗木「山田君?!」

山田「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


――全ての始まりにして終わりなる者。山田は日頃からそう自称していた。

現実はどうであれ、山田は心の中では常に崇高な戦士のつもりだった。如何に相手が恐ろしい
殺人鬼といえど、ここまで矜持を馬鹿にされて黙ってはいられない。山田は怒りを勇気へと変える!


山田(おお、プリンセスぶー子よ! 誇り高き戦士に力を与え給え!!)


690: 2014/09/24(水) 00:29:24.21 ID:kExHQLPt0

全身全霊の力を込めて、山田は踏み込む。


大神「やらせん!」

山田「?!」


……しかし哀しいかな。

山田の覚悟も、怒りも、乳母車に乗る前から闘争の中にいた真の戦士には全く敵わなかった。山田の
体格とパワーを鑑み、ただ羽交い締めにするだけでは勢いを殺せないと見て取った大神は、山田が
動いた瞬間当て身を食らわせ態勢を崩す。そのまま組み敷くようにのしかかり、腕の関節を極めた。

超高校級の格闘家の称号に相応しい、鮮やかな早業であった。


山田「いだだだだっ! いたいいたいっ!!」

大神「暴れるな、山田! 我も乱暴はしたくない!」


一方ジェノサイダーに向かったのは大和田だが、相手が女でしかも
凶器を持っているため迂闊には近付けず、間に割り込むように立ち塞がる。


ジェノ「どいて、もんちゃん! そいつ殺せない!」

大和田「殺らせるわきゃねえだろ、クソがっ!」

桑田「おい、ジェノサイダー! せんせーが味方してくれるからってあんま調子にのんじゃねーぞ!」

ジェノ「センセは関係ないね! アタシはアタシのやりたいように殺るだけ。なんなら
     レオちゃん殺ったげよーか? 最近殺ってなくてストレス溜まってんだよねぇ!」

桑田「コイツ……!」


鋏を向けて近付くジェノサイダーに、桑田は大和田が落とした包丁を拾って構えながら距離を取る。


不二咲「?! や、やめてぇ!」

葉隠「ヒィィィッ!」

朝日奈「危ないよ! みんな少し落ち着きなって!」


691: 2014/09/24(水) 00:34:46.03 ID:kExHQLPt0

江ノ島「そうやってまたいい子ぶるんだ?」

朝日奈「わ、私いい子ぶってなんか……!」

江ノ島「こんな所に閉じ込められて、こっちはいい加減ストレス溜まってんのよ!」

苗木「江ノ島さん! みんなも! 僕の話を……」

モノクマ「いいじゃん、いいじゃん! みんな、殺っちゃえー!」

苗木「な、モノクマ?! 何を……」

モノクマ「大変だ! 桑田君とジェノサイダーさんが頃し合ってる!
      みんなも武器を持って戦わないと! ほら!」

葉隠「おおー! ナイスだべ!」


モノクマからナイフを渡された葉隠はそれを持って後退する。


舞園「葉隠君! そんなものを持ってはいけません!」

霧切「危ないわ! 今すぐ捨てなさい!」

葉隠「う、うるせえ! 自分の身は自分で守るんだ!」ブンブンブン!

舞園「キャッ! やめてください!」

大神「葉隠!」

大神(クッ! 葉隠を止めたいが山田から手を離す訳にはいかぬ……)

セレス「これは……避難した方が良さそうですわね……」


流石のセレスも冷や汗を流しながら入り口の方へジリジリと向かっていく。


692: 2014/09/24(水) 00:39:52.14 ID:kExHQLPt0

大和田「俺が止める! 桑田はそいつを止めてろ!」

桑田「おい! 危ねーぞ!」

ジェノ「あれー? ウニ頭が発狂しちった?」

不二咲「大和田君、行っちゃ駄目!」

霧切「苗木君! ドクターを呼んで来るのよ!」

苗木「! わかった!」


文字通り転がりかけながら苗木が食堂を飛び出す。


大和田「おい、葉隠! ソイツをこっちに渡しな……」

葉隠「じょ、冗談じゃねえ。これは大事な武器だべ……」

大和田「んなもん持ってたらかえって危ねえっつってんだよ!」

葉隠「近寄んじゃねえ!」

不二咲「あ……あ……」


この騒ぎに、不二咲はコロシアイ学園生活十日目……二つ目の動機が配られた時を思い出していた。
あの時、不二咲は何も出来なかった。それは自分が弱いからだと思い、だから強くなろうとしたのだ。

……しかし、どうだろう。

秘密を打ち明け、以前より強くなったはずなのにまた自分は役に立てなかった。
結局、強くなったように思い込んでいただけで、自分はちっとも強くなってはいなかった。


693: 2014/09/24(水) 00:49:12.18 ID:kExHQLPt0

不二咲(やっぱり……僕じゃ駄目なのかな……)


大和田は責任を取るために男らしく切腹すらも厭わなかった。舞園も既に覚悟を決めているのか、
冷静に代わりを名乗り出たし、桑田は震えながらもそれに続いた。彼等はとても勇敢だった。

―○が○○ば、○んな○○○を○め○○れる○な。


不二咲(……思えば、僕はいつも守ってもらうばっかりで僕が犠牲になったことはなかったね)


不二咲は考えてはいけないことを考え始めていた。このバラバラになった仲間達の心を
元のように再び一つにするには、何らかの大きなキッカケが必要なのではないか。
そして、それを手っ取り早く実現させるには……誰かが犠牲となることではないかと。

―僕が○○ば、みんな○○のをやめ○○れるかな。


大和田「ほら、早く渡せ!」

葉隠「く、来んな!」

不二咲「大和田君!」

霧切「近付いては駄目よ! 刺激してしまうわ!」

大和田「なにもしねえから早く置け! な?」

朝日奈「葉隠!」

大神「葉隠……!」

セレス「馬鹿なことはおよしなさい!」

モノクマ「殺られる前に殺っちまえー!」

葉隠「う、うう……!」


694: 2014/09/24(水) 00:52:25.41 ID:kExHQLPt0












―僕が氏ねば、みんな争うのをやめてくれるかな。












695: 2014/09/24(水) 00:58:55.33 ID:kExHQLPt0

「……うっ!」










大きな呻き声を一つ上げると、そのまま不二咲千尋は床に倒れ込んだのだった。


738: 2014/10/06(月) 20:22:13.09 ID:jSd2i/lb0

大声で争っていた全員が、思わず黙りこんでそちらを見た。
不二咲は吐き気が酷いのか、勢い良く胃の中のものを吐いていく。


不二咲「お、おえぇぇ……ゴボッゴホッ、ゲホッ!」

葉隠「え? はへ……?」

大和田「ふ、不二咲……不二咲ィィィィィィ!!」

霧切「不二咲君?!」

山田「ふ、不二咲殿ォォ?!」

ジェノ「あら、大変! ちーたんがゲロったわ! ゲロって倒れちゃったわ!」

セレス「一体、何が起こったんですの……?」


すぐに逃げられるよう食堂の入口から様子を見ていたセレスも、驚いて警戒しながらやって来る。


朝日奈「し、氏なないで!」

大神「皆、争いはやめよ!! 不二咲を運ぶぞ!」

霧切「葉隠君、もう喧嘩は終わったのだからそれは置いて行きなさい」

葉隠「え、あ……おう」


不二咲を連れ慌てて食堂を出ていく生徒達に、流石の葉隠も冷静になって
ナイフを机に置いた。一人食堂に取り残されたモノクマは大袈裟に溜め息をつく。


モノクマ「ちぇっ。これからいよいよ血みどろフィーバーでアドレナリン大放出確実な
      超劇的クライマックスってところだったのに、邪魔が入るなぁ」

モノクマ「……ま、いいか。パーティーは終わっちゃったけど、今度は別の修羅場が始まるだろうし」

モノクマ「自分のいない所でこんな騒ぎが起こって、KAZUYA先生もさぞかしカンカンだろうね!
      うぷぷ。……さてさて、ではボクはまた高見の見物に戻りますか、と」


740: 2014/10/06(月) 20:27:58.05 ID:jSd2i/lb0

               ◇     ◇     ◇


慌ただしくなった保健室に、KAZUYAの怒鳴るような指示が響いた。


K「点滴用意! ぶどう糖液だ!」

苗木「はい!」

K「まだ吐くようなら背中をさすって手伝ってやれ。気管につまらせないよう注意しろ!」

大和田「わかった!」

K「脱水症状になったらまずい! 水分を用意!」

桑田「俺、自販機からスポーツドリンクと水取ってくる!」

K「あとは、脱水で体温が低下するからなるべく温めろ」

舞園「はい!」

霧切「……念のために湯たんぽも用意するわね」

朝日奈「私は……?!」

K「手を握ってひたすら呼びかけろ! 早急に意識を回復させないと危険だ……!」

朝日奈「う、うん! 不二咲ちゃん、しっかり! そうだ、石丸もこっち来て!」

石丸「不二咲君……」

朝日奈「ほら、一緒に手を握って! 呼びかけよう!」グイッ、ガシッ!

石丸「不二咲君不二咲君不二咲君……」

朝日奈「そうそう! その調子だよっ!」


朝日奈は反対側の手を石丸に握らせる。対処が早かったからか二人の呼びかけが効いたのか、少しずつ
不二咲は落ち着いてきた。テキパキと処置をしながらも、KAZUYAは不二咲の状態を観察する。


K(口内から林檎の腐ったような臭いがする。この症状は……)

K「大神、不二咲が倒れた時の状況を詳しく頼む」

大神「突然吐いたのだ……少し前まではどこもおかしくなかったのだが」

K「何か前兆のようなものはあったか? 変なものを食べたとか、最初から具合が悪そうだったとか」


741: 2014/10/06(月) 20:36:22.60 ID:jSd2i/lb0

大神「いや、そんなものは全くなかった。唐突に倒れて吐き始めたのだ」

K「では、倒れた前後の状況を詳しく聞きたい。何かあったはずだ!」

大和田「それは……俺がわりいんだ……また、早まっちまった……」

K「…………」


大和田の真っ青な顔を見ながら、KAZUYAは胸の中がチリチリと焦げるのを感じていた。


・・・


保健室の前の廊下には、生徒達が集まって中の様子を伺っている。バン!と扉が
開かれ、まずは険しい顔をしたKAZUYAが現れた。後ろからは項垂れた他の生徒達が続く。
朝日奈だけは不二咲の体調が急変した時のために中に残ってもらった。

またジェノサイダーは途中で腐川に戻り、慌てて部屋に逃げ帰ったためもうここにはいない。


山田「不二咲千尋殿は?!」

K「何とか峠は超え、今は小康状態を保っている」

山田「よ、良かっ……」


だが安堵する間もなく、KAZUYAは畳み掛けた。


K「これは一体どういうことだ……?」

「…………」

K「これは一体どういうことなのかと聞いている!!」


腹の底から振り絞られたKAZUYAの怒鳴り声に、生徒達は身を竦めながら俯くしかなかった。


K「……お前達に不二咲の病名を教えてやろう」

大和田「病気?! 不二咲は病気なのか?!」


動揺する大和田を冷たく見据えながらKAZUYAは続けた。


742: 2014/10/06(月) 20:44:36.62 ID:jSd2i/lb0

K「検査が出来ないから断言は出来ないが、諸々の症状から俺は自家中毒と診断した」

桑田「自家、なんだって? 中毒?」

K「自家中毒、正式名称アセトン血性嘔吐症だ」


自家中毒:過労、精神的緊張、感染などにより誘引される嘔吐症。人間は脂肪を分解することにより
      エネルギーを作るが、その際ケトン体(アセトン)が血中に発生する。それらが血中に
      溜まり過ぎるとなる病気で症状は主に嘔吐、倦怠感・腹痛・吐き気・食欲不振・頭痛等。


K「本来は主に二歳から十歳くらいの小児がかかる病気だ。稀に大人がなる場合もあるがな」

葉隠「なんだってまたそんな変な病気になったんだべ。しかも突然……」

K「この病気の原因を教えてやろうか。この病気の起こる原因はな――ストレスだ」

「えっ」

K「過剰なストレスに晒され心身のバランスが崩れ自律神経に異常をきたすと、
  この病気になる。だから……子供に多い病気なのだ」

K「不二咲はただでさえ体が小さく病弱なのに、ついこの間殺されかけたばかりなのだぞ?
  そんな時に過剰なストレスを与えたらどうなるか……素人にはわからないのか?」

「…………」


責めるようなKAZUYAの視線が、生徒達に突き刺さった。


K「大和田……俺はみんなに頼み込むだけだと、そう聞いていたぞ……
  何故俺に何も相談せず馬鹿なことをした……」

大和田「すまねえ……」

K「大和田だけではない。桑田、舞園。お前達は自分の置かれている立ち位置を忘れたのか?
  あれだけ周りを刺激するようなことはするなと、俺は何度も過去に言ってきたはずだ」

K「更に言うと桑田。何故すぐに大和田をその場から連れ出さなかった?
  そのまま放っておいたら大事になるとは思わなかったのか?」

桑田・舞園「…………」


743: 2014/10/06(月) 20:57:56.96 ID:jSd2i/lb0

K「お前達も……ただ必氏になって頼み込んでいただけなのに、何故それで争いに発展する……?」

山田・葉隠「…………」

K「他の者も、何故早く止めなかった? 今まで俺達は散々仲間割れをして状況を悪化させて
  きたはずだ。争いに発展したら無理にでも解散させるべきだと、いい加減わかるだろう?」

苗木・霧切・大神「…………」

K「俺はな……俺なりに少しずつ黒幕に対抗しようと情報を集め脱出の策を練っていたんだ。
  勿論それが可能かどうかはまだわからん。無駄な行為に終わるかもしれない……」

K「だが可能にしろ不可能にしろ、今の状況ではとてもじゃないが手を取り合うことなど出来んッ!!」

K「何故お前達は一つになれない?! 何故いつまでも小さなことで争い合うんだッ?!!」


ドゴォッッ!!


「!!」


こらえきれなくなってKAZUYAは生徒達に背を向けると、怒りのまま思い切り壁を殴る。
コンクリートにも関わらず壁には大きくヒビが入り、KAZUYAの拳の皮も裂けて血が付着した。


K「もし仮に不二咲が氏んだら、その場合犯人は誰になるんだ……? この学園にいる
  人間全員の連帯責任と言うことになるな。……ならば、全員仲良く処刑されるか?」

「…………」


その言葉に誰も答えられないまま、KAZUYAは振り返った。その顔は単に青いとか暗いとか、
鬼気迫る等という言葉では表せない。一言でそれを表現しなければならないのならば、そう――








――絶望。


744: 2014/10/06(月) 21:08:52.31 ID:jSd2i/lb0

KAZUYAは感情のままに絶叫した。


K「俺はそれでも全く構わないぞッッ!!!」


シィンッ――


「…………」


かつて、この学園で共同生活が始まってからここまでKAZUYAが生徒達に怒りを見せたことはなかった。
せいぜい最初の事件の際に一喝しただけだった。しかし今はどうだろう。裁判の時、十神に対して
向けた怒りとは比べ物にならない程の強い強い怒りと、そして――哀しみがそこにはあった。


K「…………。……いや、すまない。少し頭に血が上ってしまったようだ」

桑田「せんせー、本当にごめ……」


KAZUYAが頭を振って謝るとすかさず桑田が謝ろうとする。だが、何かがいつもと違っていた。


K「お前達は悪くないさ。――全部俺が悪いのだからな」

「!!」


そう呟く男の顔は暗く、目は濁っている。男が最も怒っているのは、自分自身に対してだった。


苗木「そんなこと……」

K「超高校級だろうが何だろうが、所詮はお前達は高校生だ。つまり大人でありながら
  お前達をまとめられない、お前達から信頼されない無能な俺が全て悪いんだ!」

桑田「せ、せんせー……?」

K「……元より俺の本業は医者だ。教師ではない。ましてやお前達の担任の先生でも何でもない!」

大和田「え……おい……?!」


746: 2014/10/06(月) 21:20:14.62 ID:jSd2i/lb0

K「赤の他人の俺にどうやってお前達をまとめられる? 骨の髄から
  医者の俺に、教師の真似事などハナから無理だったのだ!」

舞園「そ、そんな……」

K「先生ごっこはもう終わりだ! もう俺は元通りただの医者に戻る。怪我人や病人が出れば
  今まで通り治療はする。だが……今後俺がお前達に何かを指示することはないと思ってくれ!」

霧切「ドクター、それは……!!」


カチャ。

いつも冷静な霧切すら真っ青な顔で何かを言い募ろうとした時、保健室の扉が開いた。中から出てきたのは、
足元の覚束ない石丸だった。その顔はいつもより輪をかけて青く、酷く何かに怯えているように見える。


葉隠「い、石丸っち?」

大神「石丸? 何故……」

石丸「すみません、申し訳ありません、許してください……」


よろよろと歩きながら、石丸はいつものようにブツブツと謝罪の言葉を繰り返す。


セレス「……どうやら、いつもの発作のようですわね」

K「!」


だが、いつもとは決定的に違った。石丸は震える手でKAZUYAのマントを掴んだのだ。
そして子供が本を朗読するように、たどたどしく何かを言い始める。


K「……石丸?」

石丸「今回の件、は……風、紀委員、でありながら……みんな、を止められなかった、
    僕に……全、責任が……ご迷、惑をおかけして……本当、に申し訳、ありま……」

K「ッ!! そ、の、言葉は……?!」


749: 2014/10/06(月) 21:33:36.13 ID:jSd2i/lb0

山田「喋った?!」

セレス「元に戻ったのですか?」

霧切「……いいえ。目の焦点が合ってないわ」

桑田「なんだよ……期待しちまったじゃねえか……」

K「……ッ…………!」


だが、落胆する生徒達に反しKAZUYAの心は大きく震えその瞳は激しく揺れ動いていた。
石丸の言った言葉は、以前にも聞いたことがあったのだ。KAZUYAが取り戻した記憶の中でも
最も思い出深いと言える、生徒達との出会いの記憶。……その中での言葉だった。

あの時はまだ平和で、まさかこんな事件に巻き込まれるとは露ほども思っていなくて……


K「……帰ってくれ」

「……!」

K「さっきも言ったが、解散だ。……もう帰れ」


絞り出すようにKAZUYAはそう言い残すと、石丸を伴い保健室の中に入ろうとする。
扉を開けたら目の前には、涙を浮かべた朝日奈が蒼白な顔で立っていた。


朝日奈「せ、先生……」

K「すまない。聞いていたのだろう? ……君も帰ってくれ」

朝日奈「でも、でも……」


一言発するたびに、朝日奈の大きな瞳から涙が零れる。


K「一人にしてくれないか?」

朝日奈「…………」


KAZUYAに気圧され朝日奈は保健室から出ざるを得なかった。誰ともなく寄宿舎に向かい、
次から次へとその後を追う。誰もが俯き、朝日奈の上げるしゃくり声だけが廊下に響いていた。


朝日奈「ひくっ、へぐっ……!」


そのうち、とうとう朝日奈がしゃがみこみ大きな声を上げて泣き始める。


750: 2014/10/06(月) 21:53:18.66 ID:jSd2i/lb0

朝日奈「せっかく、仲直りできたのに! ……また一緒に遊んでくれるって約束したのに!!」

朝日奈「うわあああああああああん!! わああああああああああああああああ!!」

大神「朝日奈! しっかりせよ……」

舞園「朝日奈さん……」

山田「…………」

山田(どうしよう……今までの憂さ晴らしというかちょっとした仕返しのつもりだっただけなのに、
    つい頭に血がのぼって言いたい放題言ったら、まさかこんなことになるなんて……)

山田(謝った方がいいかな……でもあんだけ煽っといてこのタイミングで謝るのもちょっと……
    大体、元はと言えば向こうがこっちを仲間外れみたいにするのがそもそも悪いんだし)

山田(そ、そうだ。僕のせいじゃない……僕のせいじゃないぞ……僕は悪くないもん……)カタカタカタ…


何人かが朝日奈を励まそうとするが、慰める言葉が出ない。ともすれば涙すら出そうになる。


桑田(俺だって……泣きてえよ……)

大和田「すまねえ、朝日奈……全部、俺の責任だ……」

大神「よせ、大和田。責任の所在など論じても今は何の意味もない……」

セレス「あの場はみんな混乱していましたし、誰が悪いというのはありませんわ。
     強いて言えばここにいる全員にそれぞれ責任があるのです」


起こしてしまった事態の深刻さに生徒達は震えおののく。


大和田(いや、やっぱり俺のせいだ……包丁を掴んだ時、確かに俺の中にはここまですりゃあ許して
     もらえるだろっていう、甘え? 期待? ……そうだ、打算。打算みてえのがあった……)

大和田(……それをこいつらに見透かされたんだ。そりゃあ気分良くねえよな。
     自分達を汚れ役にされてよ……当然の結果だろーが……クソッ、クソッ!)


歯を食いしばりながら己を責める大和田を横から見ながら、桑田も悔恨に沈んでいた。


桑田(大和田のヤツ、めっちゃ自分を責めてんな。……でもちげーよ。本当は俺のせいなんだって)


751: 2014/10/06(月) 22:30:15.84 ID:jSd2i/lb0

桑田(今までだって散々ケンカしてきたし、あの時大和田を連れ出すべきだってのは流石の
    俺もわかってた。でも、やらなかった。俺には大和田の気持ちがよくわかってたから……)

桑田(ちょっとくらい痛くても苦しくても、もういい加減ラクになりてえ、終わらせてえって気持ちは
    俺にもあった……だから、これで終わりになるならと思って俺は連れ出さなかったんだ……)


拳を強く握りしめる。同じように、苗木達も思考の渦に飲み込まれていた。


苗木(ああ……先生の言う通りだ。大和田君達は冷静じゃなかったんだから、あの場は僕が
    何とかしなきゃいけなかったのに……つい、思ってしまったんだ。彼等の熱い気持ちが
    みんなに届くんじゃないかって。だから、黙って様子を見てた)

苗木(僕は建前は中立でも本音は大和田君達寄りだから、山田君達の不快な気持ちに
    気付けなかった。僕がもっと気を回していれば、こんなことにはならなかったのに……)

舞園(わからない……何がいけなかったの? 私は完璧に立ち回っているはずだったのに……
    私の演技が足りなかった? 何かを見逃していた? わからない。ワカラナイ……)

霧切(……見誤ったわね。いくらでも早く手を打てたはずなのに、私は出遅れてしまった。
    友情のために、己を投げうつ彼等の姿に心を打たれてしまったせいで……)

霧切(あれだけ他人に深入りしてはいけないとこの手に誓ったはずなのに……
    一体何をしているの、響子。同じ過ちは二度も犯せない。線引きを、しっかりしないと……)

苗木「もう、駄目なのかな……」


声の主は苗木だった。常に持ち前の前向きさで陰から仲間達を支えてきた
苗木が弱音を吐いたのは、全ての終わりを象徴するかのようであった。


752: 2014/10/06(月) 22:41:49.11 ID:jSd2i/lb0

霧切「苗木君……」

苗木「だって、どんなに辛い時も苦しい時も黙って僕達を助けて、守ってくれた先生に
    僕達はあそこまで言わせちゃったんだよ? これからどんな顔して会えばいいのさ……」


彼等の脳裏には、生徒を守るためいつも必氏な顔で叫んできたKAZUYAの顔が自然と浮かんでいた。


『俺が絶対にお前達を外に出してやる!』

『次の機会などない! 俺が防いで見せる!』

『俺は弱っている者、苦しんでいる者を見捨てることはどうしても出来ん! だから頼む!』

『お前達なら必ず真実に辿り着けると信じている』


空を仰いで、桑田が呟いた。


桑田「せんせーのあんな顔、初めて見たな……」

舞園「……そうですね。私達、絶対に超えちゃいけない一線を……とうとう超えてしまったんです」

江ノ島「仕方ないじゃん。だって……仕方ないよ」

セレス「…………」フゥ

葉隠「…………」

大和田「俺は、本当にどうしようもねえバカだな……兄弟、不二咲に続いて……
     先公までなくしちまうなんてよ……うぅ」

朝日奈「うええええええええええん……ひぐっ、えっく……また、前みたいに仲良くしたいよぉ……!」

大神「朝日奈……」

霧切「……過ぎたことを悔やんでも仕方ないわ。ドクターと喧嘩しようが嫌われようが明日は来るのよ」


唇を噛み、叱咤するように霧切が言うが返事はない。とうとう大和田も堪え切れず泣いた。
連鎖するように他の生徒達の目にも涙が浮かび、あちらこちらから嗚咽が漏れる。

泣きながら彼等は行進した。その光景は、まさしく黒幕が望んでいた“絶望”そのままだと知らずに。


774: 2014/10/12(日) 22:58:07.05 ID:3hiJvcKe0

「ひっく……ひっく……」

「ぐす……ぐす……」

「うう……」

江ノ島(本当……勘弁してほしいな、こういう空気……)ズキン

セレス(下手をすれば皆さんこれを機に引きこもってしまいそうな勢いですね……ただでさえ
     各人の行動が読めず計画作りに難航しているというのに、これではますます脱出が
     難しくなりそうです……わたくしは一体いつになったら出られるのでしょうか?)

セレス(それに……こう情けなくグスグスと泣かれると、殺る気も削がれるというものです)


嗚咽やしゃくりをあげながら、一団は寄宿舎のホールを通り抜け赤い照明の廊下へやって来る。


霧切「とりあえず、解散しましょう。今日はもう、みんな休んだ方がいいわ……」


霧切が彼女らしからぬ暗い表情で告げると、一同はバラバラと解散し始めた。


朝日奈「さくらちゃん……今日は久しぶりに泊まってもいい?」

大神「ウム。朝日奈よ、少し休め……」

舞園「大和田君……一人で大丈夫ですか?」

大和田「……逆だ。今は一人になりてえんだ。しばらく、そっとしといてくれ……」

桑田「俺も……」

舞園「苗木君は……?」

苗木「僕も……今日は一人がいいや。ごめん」

舞園「いえ……」

山田「……僕もそうしよ」

山田(もうなにもしたくない……こんな時はふて寝しながら妄想するしかない……)

葉隠「…………」


775: 2014/10/12(日) 23:12:24.40 ID:3hiJvcKe0

先程から葉隠は一言も発せず考え込んでいた。

葉隠康比呂と言う男は、よく飄々として掴み所のない人間だと言われる。もっとハッキリ明言すると、
他人と必要以上に関わらず周りがどうであろうと自分さえ良ければそれでいいと思っている節があった。
現に、金のために人を騙すことも日常茶飯事であり、その生き様は典型的エゴイストと言える。


(でも、この展開は流石にちょっとな……)


軽犯罪はするが殺人や放火はしないと心に決めている等、一応超えてはいけない一線は決めてあるし、
何よりこの男は自分に非常に甘い。恐ろしいことに葉隠は自分を良心的な人間だと信じて疑わなかった。
そんな男なので、自分より何歳も年下の少年少女達が泣いている様を見て多少胸が傷んでいたのである。


(どうすればいい? 俺は一体どうすればいんだべ……?)


廊下を歩きながら葉隠は占った。困った時は必ず占いに頼ってきた。過去に何度も
葉隠の窮地を救ってきた彼の占いだが……しかし、今回はその限りではなかった。


(なんでだべ?! なんでなにも視えねえ?!)


頭に浮かぶのは終わりのない暗闇。

まるで底なし沼の中でもがいているような、そんな息苦しささえ感じる。


(未来が、視えねえ……それも全く。当たるか外れるかは別として、こんなことは初めてだ……)


タラリと、冷や汗が背中を伝った。そして、あることに気が付く。


(俺は、俺自身のヤバイことはハッキリ占うことはできねえ。つまり、この状態を
 放置したら俺自身もかなりマズイことになるってことじゃねえか……?)


今までは単に同情心からだったが、次第に葉隠は現状を把握して血の気が引いていった。


(ヤバイ! 絶対に今の状況をほっとくのはヤバイ! でも、一体どうすりゃいいんだべ?!)


混乱している間にも彼等は寄宿舎に到着し、そのまま解散するという流れになってしまった。


776: 2014/10/12(日) 23:21:47.11 ID:3hiJvcKe0

葉隠「あ、えーっと……?!」

葉隠(おい、本当にここで解散しちまっていいのか? お、俺は……)


占い師故の鋭いインスピレーションが葉隠に告げる。もし今解散してしまったら、
彼等は二度と一つになれないと。ただただ絶望的な時間をこの学園で過ごすだけになると。

だが葉隠に良い案などない。去って行く仲間の背中を見ながら迷い、口ごもるが……


葉隠「その……ちょっと待つべ!」


――叫んだ。

葉隠の唐突な大声に、動き始めていた生徒達はピタリと止まる。


江ノ島「なによ? アタシ達もう疲れてんだけど」

葉隠「えっと、だな……」

葉隠(なにを言やぁいい?! 考えろ、考えろ俺!)


普段あまり使わない頭をフル回転させて、何とか足止めしようと葉隠は口を動かした。


葉隠「その……もう一回だけ話し合わねえか?」

山田「……なにを話すっていうんです?」

葉隠「いや、自分でもよくわからねえけど、とにかくもう一度話し合った方がいい気がするんだべ!」


てっきり難色を示されるかと思った。が、


セレス「……奇遇ですわね。実はわたくしも同じことを考えていました」

大神「そうだな。このままなあなあにするのは良くない」

霧切「さっきと違ってもう引っ掻き回す人間もいないものね」

「…………」


他のメンバーからも特に反論が上がらなかったので、一同は再度食堂に集まる。
ついでに床が色々と酷い状態になっていたので、みんなで掃除をした。


777: 2014/10/12(日) 23:29:23.01 ID:3hiJvcKe0

大神「用意する物がある。すまないが霧切よ、手伝ってくれぬか?」

霧切「わかったわ」

朝日奈「あ、私も……」

大神「大丈夫だ。お主はそこで休んでいるといい。疲れているだろうからな」

朝日奈「……ありがとう」


大神が霧切を伴って厨房に行き、残りのメンバーはそれぞれ席につく。初めて食堂で
会議をした時石丸が立っていた場所に、今は代理と言わんばかりに葉隠が突っ立っていた。


桑田「なんで突然みんなで話そうとか言い出したんだよ」

葉隠「そりゃまあ、俺は一応この中じゃ年長だしな。たまにはまとめ役をするのもいいかと思って」

桑田「…………」


成長した桑田はもう昔のように軽口を叩かなくなっていたが、その目も表情も如実に
『お前いつもパニクってばっかで全然年長っぽくないし役に立ってねーじゃん』と言っていた。


葉隠「そんな目で見ないでほしいべ……」


葉隠自身同じように思っていたのか、思わず引きつった笑いで返す。


大神「待たせたな」

苗木「あ、飲み物持ってきてくれたんだ。ありがとう」

大神「よく冷えたプロテインコーヒーだ。プロテインは筋肉のイメージが強いだろうが、
    タンパク質だから実際は頭の栄養にもなり、コーヒーは体を冷やす作用がある。
    これを飲めば、お主達も少しは冷静に話し合えるはずだ」

葉隠「お、おー! 流石オーガだべ!」

セレス「普段はロイヤルミルクティーしか頂きませんが、折角ですから頂きますわ」


全員がコーヒーを飲んで一息ついた所で、改めて葉隠は切り出した。


778: 2014/10/12(日) 23:38:32.56 ID:3hiJvcKe0

葉隠「ええっと、集まってくれて感謝するべ。ほら、みんな顔が怖いぞ。
    もっとコーヒーでも飲んでリラックスをだな……」

大和田「御託はいい。単刀直入に言ってくれ」


普段とは違った殺伐さを漂わせる大和田に葉隠が尻込みすると、大神が援護するように口を開く。


大神「背伸びしなくとも良い。ありのまま、思ったことを言えばいいのだ」

葉隠「じゃあ、言わせてもらうか。その、だな……さっきの騒動を横から見てた感想だべ」

葉隠「俺もすぐパニックになる所があるからあんまし人のことは言えねえけどよ、
    ちょっと頭に血が上り過ぎだ。あんなんじゃ話し合いなんてできるワケがねえ」

セレス「そうですわね。皆さん、お互いに言いたいことを言うだけでしたもの。
     あんなものは話し合いと呼べませんわ」

霧切「もう頭も冷えたでしょうし、改めて言いたいことがあるんじゃないかしら?」

大和田「……そうだな。じゃあ、俺から言わせてもらうか」

セレス「俺のせいだ、はやめてくださいね。もう聞き飽きましたので」

大和田「わかった……じゃあ、改めて山田達に謝らせてくれ」

山田「えっ」

大和田「さっきは、その……本当に悪かった。俺は自分のことでいっぱいいっぱいで
     お前らの気持ちをちっとも考えてなかった。本当に、すまねえ」

舞園「私も改めて謝ります。本当にごめんなさい」

桑田「その……悪かったよ。俺も大和田も頭わりいからさ。悪気があったワケじゃねえんだって……」

山田「あ、いえ……こちらこそつい頭に血が上ってしまって言い過ぎました。すみません」

山田(……良かった。謝れて。ここで言えなかったら多分もう言う機会もなかっただろうし)ホッ

葉隠「江ノ島っちは? 山田っち並に怒ってたろ?」

江ノ島「えっ?! アタシは……」

江ノ島(……もう和解ムードっぽいし、ここで意地を張ったり煽るのは逆効果だよね?)


誰かに――恐らくここにいない妹に心の中で言い訳をして江ノ島は答えた。


779: 2014/10/12(日) 23:48:30.43 ID:3hiJvcKe0

江ノ島「謝るならもういいよ。いつまでもグダグダ言うのはアタシのキャラじゃないっしょ」

セレス「では皆さん、これで仲直りしたということでよろしいでしょうか?」


全員無言で頷く。


葉隠「さて、こっからどうするかねぇ……」

大神「西城殿の怒りを解くのが最優先事項であろうな」

朝日奈「先生……」グスッ、グスッ

葉隠「あああ、なんもいい考えが浮かばねえ! やっぱり俺にリーダーは向いてないべ……」

大神「リーダー、か。もしこの場に石丸の奴がいたらどのように動いていたか……」

苗木「……もしここに石丸君がいたら、率先して先生に謝りに行くんじゃないかなぁ」


大神が何となしに呟き、苗木が答えると他の仲間も一様にその姿が目に浮かんだ。


桑田「いや、あいつだったら間違いなく『僕がこの場にいながらこんなことになるなんて
    風紀委員失格だ! 僕を殴ってくれ!』とか言ってガチ泣きしてるぜ?」

大和田「違えねえ。で、次の日になったらいつの間にか腹くくっちまって『僕が全責任を
     取る! 君達はそこで待っていたまえ!』とか言って突っ込んでくな」

舞園「クス、きっとそうしますね」

朝日奈「わかるわかる! もうちょっと時間を置いた方がーとかみんなが
     必氏に止めてる中、話を聞かずに一人で突っ走ってっちゃうの!」

山田「そこから石丸清多夏殿のストーキング伝説が始まるのですね。
    許してくれるまでひたすら後をついていって謝り続ける」

江ノ島「あー、あるある。めっちゃやってるわそれ!」

霧切「流石のドクターも困惑するでしょうね」フッ

セレス「とうとうあの西城先生も根負けして折れる姿が目に見えるようですわ」

葉隠「ハッハッハッ! 違いないべ!」


ひとしきり笑った後、再び沈黙が訪れた。


780: 2014/10/12(日) 23:58:21.56 ID:3hiJvcKe0

口火を切ったのは朝日奈だ。


朝日奈「やっぱり……あいつがいないとダメなんだよ。普段ちょっと空気読めないし
     抜けてる所もあるけど、でも! だからこそこういう時は頼りになるというか……」

桑田「……そうだなぁ。やっぱあいつリーダーだわ。せんせーもリーダーなんだけどさ、
    せんせーは大人だからちょっと立場が違うっつーか、俺達の中に代表がいるよな」

霧切「野球でも、大人の監督と生徒側のキャプテンと二人いるものね」

大和田「ったりめーだ! あいつは必要な人間なんだよ! ……なのに、自分は役に立たないとか
     必要ないとかバカな思い込みしちまいやがって……あの大バカ野郎が」

山田「そういえば、大和田紋土殿の見立てでは石丸清多夏殿は少し回復してきたとのことですが……」

大和田「ああ! 俺が兄弟にもう少しだけ辛抱してくれって言ったら、一言だけど
     ちゃんと俺の目を見てしゃべったんだ。『わかった』ってな」


大和田のもたらした新情報に一気に場がどよめいた。


桑田「マジかよ! 今初めて聞いたぞ?!」

葉隠「じゃ、じゃあ大和田っちが言ってた通りみんなで見舞いでもすりゃもしかして……!」


その時、意を決したように舞園が割って入る。


舞園「あの……」

苗木「どうしたの、舞園さん?」

舞園「実は、私も前から気になっていたことがあって。まだ確信は持てていないんですが、
    もしかしたら……これが石丸君回復の鍵になるかもしれないです」

朝日奈「なになに?!」

霧切「話して頂戴」

舞園「はい。……何人かの方はご存知でしょうが、以前私達は先生と一緒にある実験を行ったんです」

セレス「実験、ですか?」

霧切「石丸君をもし一人にしたらどういう行動を取るか、の実験ね?」

桑田「そういやあったな、そんなこと」

大和田「結果は兄弟が錯乱して暴れただけだったけどな……」


781: 2014/10/13(月) 00:03:01.45 ID:kR3iExMS0

舞園「あの時、石丸君は錯乱する前にこの食堂にやって来て何かを話していたんです。
    もしかしたら、そこにヒントがあるんじゃないでしょうか」

山田「石丸殿がここに来たんですか? なにをしに?」

苗木「それがよくわからないんだ。どうして馴染み深いサウナやトラウマのある
    教室じゃなく突然食堂に来たのか。それも重要なのかもしれないね」

大神「その時お主達はどうしていた?」

舞園「あまり近付き過ぎると石丸君に感付かれると思って、入り口のあたりから
    覗いていたんです。もし先生が許してくれるのならもう一度あの時と同じ状況に
    したいのですが、その前にどうすれば気付かれずに近付けるか考えないと……」

朝日奈「うーん。机の下に隠れるんじゃダメ?」

江ノ島「バレバレだよ……」

大和田「食堂は見通しがいいからな。隠れられるところなんてねえ」


その時考えごとをしていた山田が唐突に叫んだ。


山田「ティンときた! 閃きましたぞ!」ピーン!

苗木「何か良い案が受かんだの?」

山田「フフフ、この山田一二三の灰色の脳細胞にかかればこのくらい容易いこと……」

大和田「前置きはいいから早く言え!」

山田「その名もオペレーション・S! ある伝説的傭兵が潜入捜査の際に使う手法を利用するのです!」

江ノ島「伝説的傭兵?」


そこで山田が自信満々に作戦内容を話し出す。しかし、反応は良くない。


桑田「……おめーに期待した俺がバカだったわ」

山田「な、なんですとぉっ?! あんまりです!」

江ノ島「山田ー、あんた傭兵バカにしてない?」ヒクヒク


783: 2014/10/13(月) 00:11:24.08 ID:kR3iExMS0

セレス「まあ皆さん、所詮山田君ですから」

山田「もうやめて! 拙者のライフポイントはゼロよ!」

霧切「みんな、待って。案外有効かもしれないわよ?」

朝日奈「えー、どこがー?」

霧切「今の石丸君は正常な状態じゃないもの。明らかに不審な物が置いてあっても、
    それが動いたり音を立てたりさえしなければ気付かない可能性は高いわ」

大和田「じゃあ、試してみるか?」

苗木「やってみようよ! あの時とは違う。色々情報が増えてきて、みんなの気持ちも
    一つになってるし、今なら何らかの手がかりは掴めるはずだよ!」

桑田「そうだな。なんでも諦めないでやってみることが大事だもんな」

葉隠「そうと決まれば早速K先生の所に突撃だべ!」

朝日奈「……先生、許してくれるかな?」

大神「大丈夫だ。みんなの気持ちはきっと伝わる。もしまた朝日奈を泣かせるようなら我が容赦せぬ」

朝日奈「そうだよね! 先生は私を信じてくれたんだから、今度は私が信じる番! よーし、突撃ー!」

桑田「行くぜー!」

大和田「おう!」

山田「お待ちくだされ~!」

セレス「元気のよろしいこと。……全く、さっきまでの空気はどこへやら」


ある者は慌ただしく、またある者はマイペースに食堂を出て行く。一方葉隠はというと、
慣れないまとめ役が終わりホッとしたのか一息ついて机に寄りかかっていた。


葉隠「そんじゃ、俺も行きますかっと……」

大神「葉隠」


食堂を出ると、大神が一人残って葉隠を待っていた。


784: 2014/10/13(月) 00:24:37.19 ID:kR3iExMS0

葉隠「あん?」

大神「お主に、礼を言わせてくれぬか」

葉隠「えっ、なんだべ突然?!」

大神「いや、もしお主がこの場を設けなければ我らはずっといがみ合ったままのはずだった。
    話し合いの機会を――あやつらがお互い冷静になり和解する場を設けてくれて、感謝する」

葉隠「い、いやいやいや! 俺はなんもしてねえって! 謝れたのはあいつらが
    素直だからであって……オーガのナイスアシストの方がよっぽど光ってたべ!」

大神「機会を作るということが大事なのだ。その点ではお主の功績が一番大きい」

葉隠「い、いやぁ、その…それにしてもやっぱ十代ってなんだかんだ素直だよなー。
    俺みたいにひねくれてないというか。ははっ!」


ごまかすように笑いながら、ふと葉隠は大神を内通者扱いして避けていたのを思い出した。


葉隠(あの時はすまねえことしちまったなぁ。思えば、オーガはいつも混乱してる時に
    みんなを宥める側に回ってるし、とにかく冷静で凄い頼りになるべ)

葉隠(先生とオーガだけは内通者じゃねえな! この二人だけは信じられるべ!)

大神「では行こう。皆を待たせては悪いからな」

葉隠「おう」ハハハ


葉隠の肩をポン、と大神が触れた瞬間だ。
この日、この時、このタイミングでそれが来たのは果たして運命の悪戯だったのだろうか。

葉隠の脳内に、雷光のように鋭いインスピレーションが突き刺さった。


785: 2014/10/13(月) 00:32:00.88 ID:kR3iExMS0




















 【 ― ― 大神さくらは内通者である ― ― 】




















800: 2014/10/19(日) 15:46:34.22 ID:3Nz37+4X0


……。


…………。


………………。


……………………は?


葉隠「は?」

葉隠(なんだべ? 今のインスピレーション……)

大神「どうかしたか?」

葉隠「……あ、いや、なんでもねえ」

葉隠(ハァ……自分で言うのもなんだけど、ほんっと俺のインスピレーションて
    当たんねえなぁ……今のもどうせ七割の方だろ。オーガが内通者とかないべ~)


その強烈なインスピレーションを、葉隠はあっさり外れだと断定する。

……よもやそれが当たっていようとは、葉隠は夢にも思っていなかったのだった。


               ◇     ◇     ◇



生徒達を追い出した後、KAZUYAは心を病んだ生徒と肉体を病んだ生徒に挟まれ一人孤独に
苦悩していた。部屋には不二咲を呼び続ける石丸の声だけが低く反響している。


「俺はどうすればいい……一体どうすれば良かったんだ……?」


今までの事件は全てKAZUYAが見ていない場所で起こっていた。だが、何も手を打てなかった
最初の事件と違い、二つ目も三つ目もKAZUYAが十全に手を回していながら起こった事件であった。
これ以上事件を防ぐには、KAZUYAが生徒達を一切信用せず、常に目を光らせ監視しなければ
ならないのだろうか。だが、そんなことは不可能だ。それに、生徒を必要以上に疑いたくない。


(……事件だけではない。俺がいながら生徒達の争いを止められなかったことなど、今まで何度となく
  あったではないか。先程の争いとて、きっと俺がその場にいても止められなかったはずだ……)


802: 2014/10/19(日) 15:56:24.93 ID:3Nz37+4X0

「ん……」

「不二咲?! 気が付いたのか?!」

「先生……」


幸いにも、不二咲の昏睡状態は長くは続かなかった。目を醒ました不二咲の手をKAZUYAは強く握る。


「良かった……お前が無事で……本当に……」

「…………」

(僕、氏ねなかったんだ……でも、先生の顔を見たら……その方が良かったのかな……)

「先生……泣いてるの……?」

「俺は泣いてなど……」

「みんなはどこ……?」

「……!!」


しばしの沈黙を挟み、KAZUYAは不二咲に伝えた。


「俺が追い出してしまった……」

「……先生?」


その言葉の意味がわからなかったのだろう。不二咲は首を傾げ澄んだ瞳でKAZUYAを見つめた。
懺悔するように、KAZUYAは不二咲につい先程の状況を説明したが、不二咲は信じられないようだった。


「駄目だな、俺は……自分に余裕がないからと、生徒達を突き放してしまった……
 保護者を気取りながら、俺は一体何をやっているんだ……最低の大人だよ……」


KAZUYAの目に先程の絶望した生徒達の顔が浮かんでいた。縋りつく手を振り払ってしまったのだ。
泣きそうな顔をした彼等の顔がKAZUYAの網膜に、海馬に焼き付いて離れない……!


「そんな……駄目なんかじゃないよ!」

「いや、俺は本当に駄目な奴だ……少しは親父に追い付けたかと思っていたが、
 結局は手術の腕前だけで医師としての覚悟はその足元にも及ばない」


804: 2014/10/19(日) 16:07:51.64 ID:3Nz37+4X0

「お父さん……先生のお父さんとお母さんて、今は……」

「お袋は優秀な医師だったが、俺が幼い時に事故で氏んだ。……俺を助けるためにな。そして親父も
 俺が高校生の時に原子力研究所で事故に遭い、俺や他の人々を守るため自ら犠牲になった」

「あ、そんなことが……ごめんなさい」

「気にするな。……だが、そうやって生かされてきたのに一族の使命を忘れてしまうとは……」

「使命?」

「ああ。親父は俺に医者としての生き様を教えてくれたんだ。親父の遺言でもある」


―― 医者は人の命を救うためのみに存在する!! ――


「これこそ一族に代々課せられた使命。……親父は立派だった。最期まで使命を忘れなかった」

「俺も、そうやって生きねばならんのだ」

「…………」


余りにも重すぎるその言葉に、不二咲はその場では何も言えなかった。


「俺はな、医師として常に周囲と一線を引かなければならないのに、お前達の先生役を
 しているのが楽しくて……いつしかその線引きが曖昧になってしまったんだ」

「そしてお前達の理想の先生で在ろうとして、俺は自分が医者であることを忘れていた。
 教師じゃないなんて所詮は言い訳に過ぎん。己の分を忘れて余計なことをしようとしたから、
 結局どっちつかずになり、生徒の心をいたずらに傷付けてしまったのだ」

「だから、みんなにはもうお前達の先生はやめると……元通りただの医者に戻ると告げた」

「そんな! 嫌だよぉ……」

「……仕方ないんだ。俺には無理だったんだ……骨の髄から医者である俺には……」

「そんなことないよ! だって、だって僕も……みんなも! 先生のことが大好きだもん!
 いつも強くて、頼りになって、優しくて……お兄さんみたいな、お父さんみたいな……
 そんな先生は本当に尊敬出来る先生なんだよ! 先生が先生じゃなくなっちゃうなんて……」

「そんなの嫌だぁ……!!」

「不二咲……」


大きな瞳を真っ赤に染めて、不二咲はボロボロと大粒の涙を零す。
だが、KAZUYAの思考は既に医者の物へと回帰し始めていた。


805: 2014/10/19(日) 16:15:28.55 ID:3Nz37+4X0

(……自家中毒の患者にストレスを与えてはならない)

「わかった。ありがとう、不二咲。今のは少し弱音を吐いただけなんだ。俺は俺のままだよ」

「先生……」


だが不二咲は泣き止まなかった。不二咲はこの学園の誰よりも優しく、そして敏感だった。
口先だけでは不二咲を納得出来ないとKAZUYAが迷った時、盛大に保健室の扉が開かれる。

バーン!


「何だ?!」


驚くKAZUYAの前に生徒達が次々と集まってきた。


大和田「不二咲! 目ェさましたのか!」

不二咲「大和田、くん……」グスグス

大和田「どうした?! なんで泣いて……」

「不二咲千尋どのぉぉぉおおおおおおおおお!!」


大和田の言葉を遮り、小山を思わせる巨体がスライディング土下座もとい勢い良く土下座をした。


大和田「や、山田?!」

桑田「え? なにやってんの、山田?!」

不二咲「山田君……?」


困惑する周囲を放置して山田は不二咲に縋り、その小さい手をギュッと掴む。


山田「う……グスッ。先程は申し訳ありませんでした! つい感情任せに暴言を吐いてしまって、
    心優しい不二咲殿がこれほどまでに胸を痛めていると僕はちっとも気が付かず……」

山田「そんな僕に、大和田紋土殿達を責める資格なんてない。……本当に、許してくだされ!」

不二咲「山田君……」

K「お前達……これは一体……」


806: 2014/10/19(日) 16:24:41.11 ID:3Nz37+4X0

KAZUYAが困惑しながら生徒達を見ると、意を決したように生徒も口を開く。


朝日奈「わ、私達ね! 反省して、仲直りしたの!」

桑田「せんせー……心配かけて本当にごめんっ!」

苗木「僕達、いつも先生に甘えていた気がします。さっきの喧嘩は僕達で止められるものでした」

葉隠「ま、そういうワケだべ! いわゆる雨降って地固まるってヤツだ! わっはっはっ!」

大神「どうか我らのことを許して欲しい」

K「……展開が急過ぎて付いていけんのだが」

大和田「先公、聞いてくれ」

K「…………」

大和田「俺はもう勝手なことはしない。自分の体を粗末に扱ったりもしない。俺はバカだから
     なにをすれば償えるのか、まだわからねえけど……でも、それだけは約束する」

K「本当だな?」

大和田「ああ。あと、舞園が兄弟を治すための手がかりを見つけたみたいなんだ!」

舞園「手がかりという程のものではありません。でも……」

霧切「やってみる価値はあるのではないかしら?」

セレス「先生は先程医者に戻られるとおっしゃいましたが、
     ならば患者の治療には勿論協力してくださいますわね?」

K「当たり前だ! 石丸が元に戻ってくれるなら、俺は何だってしてやるさ!」

山田「ではでは、僕の方からオペレーション・S(スネーク)について説明致しましょう!
    作戦立案担当並びに指揮官・山田一二三プレゼンツの作戦を……」

江ノ島「あんま調子にのるなっての!」

山田「アヒーン!」


・・・


作戦は実にシンプルなものだ。前回同様石丸を一人にして行動を見る。そして、向かうと
思われる食堂にあらかじめ段ボールを置いておき、その中に舞園が待機するというものだった。


K「……懸念事項が三つある」

苗木「何ですか?」


807: 2014/10/19(日) 16:33:34.25 ID:3Nz37+4X0

K「まず一つ目、石丸が必ず食堂に向かうかわからない」

霧切「その場合は予備の段ボールを使って後ろからつければいいわ」

不二咲「僕がやる! 僕なら体が小さいから、きっと気付かれないはず……ゲホッゲホッ」

苗木「不二咲君はまだ病み上がりだから僕がやるよ。僕も小さいから小回りが効くし」

朝日奈「振り切られたら私に任せて! 足には自信あるから!」

K「懸念事項その二だが……本当に気付かれないか?」


KAZUYAは疑わしげな目で段ボールを見つめる。


セレス「そればかりは賭けですわね。ですが、勝算は悪くない賭けだと思いますわ」

葉隠「超高校級のギャンブラーがここまで言うんだ。多分大丈夫だべ!」

K「多分では困るのだが」


フゥ、と溜息をついてKAZUYAは最後の懸念事項を伝えた。


K「そして最後だが、今回の実験で石丸の状態が悪化したらどうする?」

江ノ島「悪化もなにも、これ以上どう悪化するっての?」

セレス「もう来る所までとっくの昔に来ていますしねえ」

桑田「四の五の言わずに試してみよーぜ!」

苗木「今度こそ……今度こそきっと上手く行きます!」

大和田「俺は兄弟を信じる!」

大神「西城殿……」

朝日奈「やろうよ! 『乗り越えることのただ1つの方法、それはあきらめずに
     頑張り抜くことだ』ってダン・オブライエンも言ってるし!」


フゥ、と一回溜息をついてKAZUYAは頷いた。


K「……そうだな。よし、許可する」

桑田「ッシ! やるぜ!」

大和田「おう!!」

山田「頑張りましょう!」


808: 2014/10/19(日) 16:45:37.03 ID:3Nz37+4X0

僅かな希望に縋り表情を輝かせる生徒達に反し、KAZUYAの心は至極平静だった。
期待しては裏切られる。その連続だったため、安易に信じる気になれなかったのだ。

今のKAZUYAはけして絶望してはいなかったが、希望を持つことも出来なくなっていた。


(上手く行ったら儲け物。そのくらいの心持ちでいよう……)


生徒達には言わなかったが、今のKAZUYAの最大の懸念事項は失敗して
石丸の状態が悪化し……それをきっかけにまた生徒達が争わないかであった。


・・・


江ノ島「準備オーケーだって」

K「よし、配置につくぞ!」


前回と全く同じ場所と手順だが、違うのはシャワールームに潜んでいるのはKAZUYA、霧切、大和田だった。


大和田「そろそろか? そろそろだよな?」

霧切「大和田君、少しは落ち着いて頂戴。あなたのリーゼントが私の首筋に当たっているわ」

大和田「う、すまねえ」

K「シッ! 目を醒ましたぞ……」


前回の行動をなぞるように、石丸は全く同じ行動をした。部屋に誰もいないことに気付くと、
誰かを探しに行くようにフラフラと廊下に出て、学園側に行くかと思うと食堂へ入って行った。
そして以前と同じように、舞園以外の生徒達は食堂の入り口に集まって様子を伺う。


セレス「特にアクシデントもなく、スムーズに行きましたわね」

K「ああ、あとは舞園次第だ」

舞園「…………」


食堂の中央に不自然に置かれた段ボール。その中にかつて超高校級のアイドルと呼ばれた舞園がいた。

……はっきり言って、かなりシュールである。


舞園(来ました。もし私の考えがあっているのなら……)


空けておいた穴から外の様子を伺い、気付かれないようにジリジリと這って行く。
そして、舞園は石丸の言葉をハッキリと聞いた。


809: 2014/10/19(日) 16:54:41.91 ID:3Nz37+4X0

「ハハハ! また君はそんなことを言って! 冗談が上手いな!」


それは在りし日の思い出だった。


「兄弟、聞いたかね?!」

「フム、成程。為になるな」


石丸は幻の人間と楽しげに会話している。しかし、途中からそれがピタリと止んだ。


朝日奈「黙っちゃったよ?」

K「……これからだ」


一同に緊張が走る。


「まただ……また……そんな顔をしないでくれ……」

(石丸君……?)

「……嫌だ。僕のせいで……怒らないで、泣かないで……そんな顔をしないでくれっ!」

「どうしてみんな僕の前からいなくなる?! ……いや、本当はわかっているんだ。
 みんなは僕のことを怒っている。……許してくれるはずなどない」

「僕は無価値な人間なんだ。ここに存在してはいけないんだ。でも……」

(……!!)

「嫌だ……僕を置いて行かないでくれっ! もう一人にしないでくれっ!!」

「どうすれば、許されるんだっ?! 一体、僕はッ?!!」

「いかんっ!」


再び暴れ始めた石丸をKAZUYAと大和田が捕まえ、何とか以前と同じように宥める。


石丸「フゥー! フゥー!」

K「何かわかったか、舞園? ……俺はこれを何度もやりたくないぞ?」

舞園「十分です。石丸君がおかしくなった原因がわかりました。原因がわかれば対処も出来るはずです」

大和田「本当かっ?!」


810: 2014/10/19(日) 17:07:12.60 ID:3Nz37+4X0

舞園「ただ原因はわかりましたが、実際にどうやって治すかは皆さんで相談して案を出していきましょう」

朝日奈「そうだね! 三人寄ればもんじゃの知恵、だっけ?」

苗木「文殊、だよ」

朝日奈「ア、ハハ、まあまあ。監督入れて十三人ならラクロスのチームだって出来るよ!」

桑田「……確か、それ女子ラクロスの人数じゃなかったか?」


ラクロスは男女で一チームの人数が違う競技であり、男子は十人、女子は十二人である。


朝日奈「気にしない気にしない!」

大神「だが、人数が多ければ発想が豊富になるのは間違いない。この作戦とて山田が考えたのだからな」

山田「えっへん! 次も活躍してみせますぞ!」

大和田「その意気だぜ!」


そして、彼等は検討に検討を重ね会議を続けた。


霧切「チャンスは一回ね」

K「ああ。これで無理ならもう何をしても無駄だろう」

苗木「……あのさ、提案があるんだけど」

K「何だ?」

苗木「その、みんなは嫌がるかもしれない。……特に山田君は」

山田「僕ですか?」

苗木「ジェノサイダーにも協力してもらうってのは駄目かな? 彼女の勢いと
    テンションはきっとこの作戦の手助けになると思うんだけど……」

「……!」


苗木がジェノサイダーの名前を出した途端、空気が凍る。


江ノ島「え、いやムリっしょ。ムリムリ」

葉隠「そうさなぁ。ジェノサイダーはなぁ」

山田「…………」


811: 2014/10/19(日) 17:15:54.65 ID:3Nz37+4X0

苗木「……だよね。ゴメン。聞いてみただけなんだ」

K「…………」

K(話を聞く限り、翔は大和田達を庇った……のだと思う。単に山田の言葉が厳し過ぎて
  カチンと来ただけかもしれないが。桑田に刃を向けたのは馴れ合い過ぎると俺達に
  迷惑がかかるからで恐らく本気ではなかったはずだ。……が、如何せんやり方が悪い)


KAZUYAは端的にジェノサイダーと山田のやり取りを聞いただけだが、
それでも不味いと感じるには十分だった。


K(確かに山田も言い過ぎだったが、翔の言い方は話にならん。今後、和解は厳しいだろう……)

K(……そもそも俺の解釈も好意的過ぎるかもしれない。アイツは自分の本能のまま、気ままに
  生きている所があるからな。一応彼女なりの信念やポリシーもあるようではあるが……)


そんなことを渋い顔で考えていたKAZUYAだが、山田が俯いたまま何かを呟いたので思考を中断した。


山田「不二咲千尋殿は……」

不二咲「えっ?」

山田「不二咲殿は、本当にジェノサイダーのことを恨んでいないのですか?」

不二咲「…………」


今度は不二咲が俯く。


不二咲「……凄く、怖かったよ」

「…………」


不二咲「氏ぬってことが現実になって目の前に現れた時、僕は怖くて涙が止まらなかった……」

舞園「……わかります。怖いですよね」


同じくこの中で最も強く氏を感じた舞園が同調し、不二咲はコクリと頷く。


不二咲「今でも、怖い……凄く怖い……でもね、憎いかって言われると……わからないんだ」

不二咲「僕も人間だから、あんな酷いことをしたジェノサイダーに腹が立ったと言うか、
     ちょっとくらい恨みかけたことはあるよ。でもその時、腐川さんの顔が浮かんで……」


812: 2014/10/19(日) 17:25:46.57 ID:3Nz37+4X0

『アタシは……自分が友達だと思ってた人間から裏切られたことなんて、何回もあるわよ』

『アタシは全部知ってんのよっ!!!』


いつもおどおどしていた腐川が、机を叩いて立ち上がった姿を思い出す。


不二咲「……恨めなかったんだぁ。僕は腐川さんが今までどんな辛い想いや悲しい想いをしてきたのか
     何も知らないし、そもそもあれだけ単独行動しないようにって約束を破ったのも僕だし……」

不二咲「だから、もしジェノサイダーがここではもう殺人をしないって誓ってくれるなら……
     僕はもう何も言わない。協力してくれるんなら、僕だって助かるんだし」

山田「そうですか……」

「…………」


二人とも黙り込み、話が終わったと判断したKAZUYAが口を開く。が、


K「それで、実行のタイミングだが……」

山田「あの……」

K「どうかしたのか?」

山田「……協力、頼んでみましょうか」

苗木「え?!」

山田「もちろん、またあんな暴言吐いたり暴れたりしたら今度はもう許しませんよ。
    でも……被害者の不二咲殿がここまで言ってるんだし、一度くらいなら……」

苗木「山田君……!」

桑田「山田……」

大和田「ありがとよ、山田……」


口ごもりながら山田が話す姿を見て、KAZUYAも微かに笑みを浮かべた。


K「わかった。もう一度俺から話しておく」

K(やっぱり……未熟な所もまだまだあるが、みんな根は素直だな。俺がこの子達を護ってみせる)

K(たとえ、命に換えても――)


――そして入念な打ち合わせや準備を経て、いよいよ決行の時が来たのだ。


817: 2014/10/19(日) 23:50:51.40 ID:AXB4eih+0

― コロシアイ学園生活三十日目 保健室 AM11:00 ―


最初の係である苗木、舞園、朝日奈、山田、そしてジェノサイダーが部屋にやって来る。


「…………」

「…………」


目配せだけ交わすと、KAZUYAは不二咲を車椅子に乗せて部屋から出た。


舞園「……だったんです!」

朝日奈「え、それ本当~?!」

苗木「凄いな~!」

山田「ワッハッハッハッ!」

ジェノ「マジ笑えるし! ゲラゲラゲラ!!」


彼等は他愛ないおしゃべりを延々と行い、そのたびに不自然なくらい大声で楽しそうに笑った。


石丸「…………」

朝日奈「でね、その時さくらちゃんが……」

山田「なんと!」

ジェノ「ウケる~! ゲラゲラゲラ!」


しばらくそうやっているが、石丸には何ら変化はなかった。


山田(うーん。なんの反応もない……失敗ですかね)

苗木(駄目、なのかな。やっぱり……)

舞園(いいえ! 石丸君はこっちを見ています。不安そうな顔を見せてはいけません。もうちょっとです!)


この作戦の前、舞園はメンバーにあることを何度も念押ししていた。
それは、作り笑いでいいからとにかく大袈裟に笑うことだった。


朝日奈(今の石丸には普通の接し方じゃ伝わらない。……とにかくオーバーアクションで
     いくことが大事、だったよね。わかってる。私は舞園ちゃんを信じるよ!)


弱気になる山田と苗木を舞園がそっと小声で励まし、朝日奈がそれに応える。


818: 2014/10/19(日) 23:59:05.35 ID:AXB4eih+0

苗木「そういえばね! 僕の妹は『こまる』って名前なんだ。
    二人合わせるとまことにこまる……なんちゃって」

ジェノ「なにそれ?! ギャーハハハハハッ!!!」バンバンバン!

朝日奈「おもしろーい! あははは!」

山田「こまるちゃん……萌えキャラのような名前ですな。デュフフフ!」

舞園「クスクス、かわいらしい名前ですね」

苗木「そうでしょ? ハハハ(妹の名前で笑われるというのもちょっとアレだけど……)!」


とにかく思い付く限りの面白い話をして、この学園に来てから
ここまで笑ったことはないというくらい彼等は笑った。笑い続けた。


山田「ハイハーイ! 僕の特技、腹芸を見せる時が来たようですな!」

朝日奈「ちょっと山田やめてよー!」

ジェノ「キャー♪ セクハラだわ! ナチュラルにセクハラをかましてきましたわ!」

山田「ガーン、そんなつもりは!」


石丸に変化はない。


舞園「芸と言えば、芸人さんの知り合いも何人かいるんですけど、この間舞台裏で……」

苗木「え、それ本当?!」

ジェノ「芸能界って怖いトコロねーん! ゲラゲラゲラ!」


石丸に変化はない。


819: 2014/10/20(月) 00:12:05.74 ID:r+qcFpLx0

朝日奈「それでさー、水泳部あるあるなんだけど……」

山田「うわー、夢が崩れましたな」

舞園「女の子同士だと案外そんなものですよ?」

苗木「そうなのっ?!」

ジェノ「まこちんたら純情なんだからー。ここでアタシのスペシャルな話~!!」


ワーワーキャーキャー!

石丸に変化は、


「……しそうだな」

「えっ?!」


誰もがギョッとして振り向いた。石丸は確かにこちらを見ている。しっかりと目の焦点を合わせて。


               ◇     ◇     ◇



彼は自分の外で起こっている出来事をぼんやりと把握していた。霞みがかかったような、
どこか遠くで起こっているかのような錯覚はあるが、彼等の声自体は届いていた。


(……どうしたんだ?)


彼は遠くの方で突然始まった喧騒を、最初は他人事のように静かに眺めていた。
そこには彼が久しく見れなかった、夢ではない現実の笑顔が溢れ返っていた。


(……賑やかだ)


彼は、彼のせいで誰も笑わなくなった灰色の世界で生きていた。そこに再び
鮮やかな色が戻ってきたようで、胸の奥が仄かに暖かくなったのを感じたのだ。


「……楽しそうだな」


――ついに、石丸は外の世界に自ら働き掛けた。


838: 2014/10/24(金) 22:19:56.67 ID:Z6PznDmu0

(チャンスだ!)


全員が同じことを考え、無言で目配せをする。


「どうして、そんなに……笑っている?」

舞園「あはははは、決まっているじゃないですか!」


不気味な程満面の笑顔で舞園が笑う。


舞園「今日はパーティーなんですよ! うふふふふ!」

朝日奈「うん! そうだよ! パーティーパーティー!!」

山田「いやぁ、楽しみですな! ワッハッハッハッハッ!」

ジェノ「フィーバーしてやるぜーい! ヒャッハー!」

(パー……ティー……)

苗木「石丸君も勿論来てくれるよね?!」

「僕も……?」

舞園「勿論です! むしろ、石丸君が来てくれないと困ります!」

朝日奈「ほら、行こう! 今すぐ行こう!」


朝日奈が石丸の手を掴んで立たせる。苗木と山田も囲むように立ち、舞園だけ
さりげなく部屋から抜け出て食堂へと駆けた。飛び込んで来た舞園にKAZUYAが声をかける。


K「舞園!」

舞園「上手く行きました! 第一段階クリアです!」

大和田「本当か?! 本当にうまくいったのか?!」

セレス「確認は後でも出来ます。舞園さんは急いで準備を!」

舞園「はい!」

葉隠「よーし、スタンバイだべ!」

K「総員、配置につけ!」


慌ただしく配置に着くと明かりを消し、緊張の面持ちでその時が来るのを待つ。


839: 2014/10/24(金) 22:24:49.70 ID:Z6PznDmu0

・・・


朝日奈「ほら、石丸。あんたが開けて」

「…………」

朝日奈「早く!」


朝日奈に背中を押され、石丸は躊躇いながらも食堂の扉を開けた。中は薄暗かったが……

パパパパーン!!


「?!」

「退院おめでとう!!!」


たくさんのクラッカーの音と共にパッと明かりが点く。


「こ、れは……」

苗木「石丸君、今日の主役は石丸君なんだよ!」


石丸は無言で視線を上に上げる。食堂の中央には大きな横断幕が掲げられ、
そこには全員の似顔絵と共に大きな文字で『石丸清多夏退院記念パーティー』とあった。
隅の方に画・山田、題字・葉隠と書かれている。


(山田君と葉隠君が、あれを……)

桑田「いやー、マジで意外だよな! 最初はせんせーに書いてもらうはずだったんだけどさぁ、
    葉隠が『字には自信あるべ!』とか言うもんでやらせたらリアルに上手くてよ」

葉隠「いやー、それほどでもあるべ。でも山田っちのイラストあってじゃねえか?」

山田「心を込めて描かせて頂きました! 力作ですぞ!」

江ノ島「西城の眉間のシワとか細かいよね」

山田「笑ってと言ってもあんな顔になるんだから僕のせいじゃないですよ?!」

「…………」


呆然としている石丸の肩を掴んだのは大和田だ。


大和田「兄弟!」

「……兄、弟」


840: 2014/10/24(金) 22:32:52.59 ID:Z6PznDmu0

大和田「これ食ってくれ。食うっつーか飲むだけどよ。俺は料理は苦手だが、西城や大神と相談してさ、
     消化にいいスープを作ってみたんだ。ここ最近なにも食ってないだろ? なあ、頼む!」

石丸(兄弟が……これを……)


渡された椀を見つめる。男が料理なんて、と意地を張ってあまり手伝わなかった大和田が作ったのか。


不二咲「美味しいよ? とっても美味しい。あのさ、僕も今胃が悪くて……一緒に食べようよ!」

「不二、咲君……」

K「…………」


KAZUYAは思い出す。


大和田『俺も料理班に入れてくれ!』

大和田『俺が作ったもんなら兄弟だって食ってくれるかもしれないだろ?!』

大和田『不二咲の具合悪くしたのも俺だしな……。なんでもいいから、詫びをしてえんだ!』

大和田『それに……俺、思い出したんだよ。物を作るやり方なら、誰も傷つけねえって――』


石丸は椀を顔に近付けた。そして……実に二週間ぶりに食べ物を口に含んだのだった。


(……美味しい)

大和田「うめえか?! 吐かないってことはうめえんだろ?! ……そうか、そうか!!」


スープの味を噛み締めるように口を動かす石丸の肩に腕を回して大和田は笑った。
その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


苗木「見て! ショーが始まるよ!」

ジェノ「ヒャッハー! 盛り上がって来たわああああ!」

(ショー……?)

不二咲「石丸君のために今日だけ開かれるスペシャルライブなんだよ!」

K「よく見ていろ。こんな豪華なライブはきっと一生に一度だろうからな」

山田「スペシャルゲストもいますしね!」

(ライブ……ゲスト……)


841: 2014/10/24(金) 22:42:26.28 ID:Z6PznDmu0

石丸の右側に大和田、左側には車椅子に座った不二咲がそれぞれ肩と手を掴む。
すぐ後ろにはKAZUYAが見守るように立っていた。


霧切「……始まるわよ」


再び照明が落とされる。と、食堂の後ろに配置されたテーブルの上に葉隠と山田が乗り、
倉庫のガラクタでKAZUYAと不二咲が作った簡易スポットライトを掲げ舞台を照らす。

その瞬間厨房から走り出し、食堂の大テーブルで作られた即席ステージに向かうのは舞園だ。
いつの間にか華やかなステージ衣装に着替えた舞園を、大神がさっと抱きかかえステージに乗せる。

そして、もう一人客席側から舞台に飛び乗る。その人物とは、


桑田「オーッス! 今日は一日限りのスペシャルユニット『レオン&さやか』の
    ライブに来てくれてありがとな! 盛り上がって行こうぜー!」


桑田がマイクで呼びかけると、観客側も一気に盛り上がる。

ワーワー! 格好いいぞー! 舞園ちゃんかわいいー! ヒューヒュー! フゥー!


舞園「石丸君の退院をお祝いして、心を込めて歌います。曲は『ネガイゴトアンサンブル』」


【ネガイゴトアンサンブル】


すると、食堂に静かなイントロが流れ始めた。音楽室にあったコンポをKAZUYAが運んでおいたのだ。
恐らくモノクマが嫌がらせのつもりで置いたのだろうが、舞園のCDが全て揃っていたのは幸いだった。

そこに、桑田の生ギターが入る。アレンジして少し複雑なコードになっているが、桑田は華麗に
弾きこなしてみせた。よく見たら指には絆創膏が巻かれている。あの集中力もなく努力嫌いだった男が、
指がボロボロになるほど練習したのだと石丸は少し驚いていた。……だが、本当の驚きはこれからだ。


舞園「きっと Shooting Love Shooting Heart もっと 高く高く ~♪」


右手は完治していないものの、腹部の傷はすっかり塞がりKAZUYAからもお墨付きの出た舞園は、
なかなか激しい振り付けのダンスを踊りながらもその音程は一切崩れなかった。流石超高校級の
アイドルと言うべき見事なパフォーマンスである。ちなみに、動きが激しいのでテーブルが
ひっくり返らないよう、テーブルの脚は片側を大神、もう片側は苗木と江ノ島が押さえている。

舞園がAメロの前半を歌い上げ後半に入った。瞬間――


842: 2014/10/24(金) 22:49:37.30 ID:Z6PznDmu0

桑田・舞園「夜空の星たちに打ち明ける願いは 大人になるにつれて小さく小さくなってくのかな♪」


桑田がギターを弾きながら舞園の声に自分の声を重ねた。見事なハーモニーが奏でられる。
二人は歌いながら笑い、楽しげに手を叩いたり顔を近付けてパフォーマンスをしていた。


「……!」


石丸は無意識に驚喜している自分に気付く。桑田はKAZUYAに頼まれたから何とか負の感情を
抑えていただけで、舞園に対する怒りや恐怖は完全には消え去っていないはずであった。
それが今、手を取り合って二人は歌っている。それに、桑田の歌は想像以上に上手かった。

歌か、手を取り合う二人に感動したのか自分でも判然としないが、ツーと石丸の頬を一筋の涙が流れる。


K(二人共……よく頑張ったな)


その様子を見て、KAZUYAは満足げに何度も頷いた。

KAZUYAだけが知っている。桑田がこっそり舞園に頭を下げ、密かに音楽室でボイストレーニングを
受けていたことを。この三日間の大半を、デュエットやダンスの練習に費やしていたことを。


桑田「きっと Shooting Love Shooting Heart 見上げた空にプリズム ~♪」


桑田は元々声は悪くないのだ。きちんと練習さえすればそれなりのレベルにはなる。……が、
短期間の練習で舞園と同じステージに立つのは、石丸の命運が掛かっていることもあり並大抵の
覚悟では出来ないだろう。しかし、意外なことにこの提案をしてきたのは桑田からであった。



843: 2014/10/24(金) 22:52:35.29 ID:Z6PznDmu0

『俺、思うんだけどさぁ。ただのカラオケじゃダメだと思うんだよな』

『いや、舞園のパフォーマンスにケチつけてるワケじゃなくて……』

『今回の作戦はさ、“みんな”で協力するってのがミソなんだろ?』

『なら、ビミョーな感じだった俺と舞園が仲良く共同ステージとかしたら
  ……インパクトあんじゃね?みたいな感じなんだけどさ』


舞園「ずっと Shooting Love Shooting Heart 待ち焦がれてた未来へ ~♪」

桑田・舞園「もっと 高く高く 飛んでゆきたい Twinkle Twinkle Little Star ~♪」


二番のAメロは桑田がメロディーを歌い、舞園がバックコーラスを担当する。


『桑田君は頑張っていると思いますよ』

『結構細かく指導させてもらってるんですけど、何も言わずについてきてくれますし、とても熱心です』

『……え? 私は無理なんてしていないですよ? 顔色が悪いのは、
 久しぶりに運動して少し貧血になっているだけだと思います』

『当日は最高のパフォーマンスを見せますね。本番を楽しみにしていてください!』


そして盛り上がりも最高潮の中、ピッタリと息の合った二人が最後のサビを歌い上げる。

――曲が終わった。石丸は、無意識に拍手をしていた。


「あ……」








「まだ終わりませんわよ!」


844: 2014/10/24(金) 22:58:10.42 ID:Z6PznDmu0

「?!」


舞園と桑田がステージの端の方に下がる。絶対聞いたことはないはずなのに何だか聞き覚えのあるような
懐かしいイントロが流れ始めた。そして、黒を基調とした派手なドレスを纏った女王もとい――

セレスティア・ルーデンベルクが舞台に降臨する。ちなみに帽子に付けているバラと羽飾りは自作だ。


石丸(まさか……)


【 D A N G A N R O N P A 】


キャーキャー! セレス殿ー! セレスちゃんステキー!

大歓声を受けセレスは上機嫌のようだった。華麗に手を振り、くわえていたバラの造花を
観客席に投げる。石丸がそのバラを受け止めたのを見て、セレスはマイクを取った。


セレス「今日は特別に……本当に特っ別にあなたのために一曲歌って差し上げますわ」

セレス「……わたくしが誰かのために歌うなど世界で初めてです。光栄に思うことですわね」

石丸「えっ」


驚愕などという言葉では生温い。一瞬呼吸をするのを忘れる程の衝撃だ。

セレスと言えば、適応をモットーにする穏健派ではあるものの、とにかくマイペースで協調性がなく
面倒くさがり屋である。あからさまに場を掻き回すことはしないが、鋭い皮肉をよく言われたものだ。

そのセレスが自分のために舞台に立って……しかも、歌う?


K(フッ、流石に驚いているようだな。ショック療法としては上々だ)

苗木(わかるよ。僕達が一番驚いてるもん……)


苗木は会議が始まったばかりのことを思い出した。


舞園『石丸君は、全部自分が悪いと思い込んでいるんです。みんなが喧嘩をしているのも
    怒ったり悲しい顔をするのも、全部自分が悪い。自分はここにいてはいけないと……』

朝日奈『どうすればいいのかな……』

霧切『難しいわね……』

苗木『……逆のことをすればいいんじゃないかな』

桑田『逆? 逆ってなんだよ?』

苗木『自分のせいで今の状況になってるって思い込んでるんでしょ? じゃあ今の状況を
    ぶち壊せばいいんだ! 具体的には、みんなで仲良くするのはどうかな?』


845: 2014/10/24(金) 23:04:40.05 ID:Z6PznDmu0

山田『そんな単純な問題ですかねぇ』

舞園『いえ、有効だと思います。……観察していて気付いたのですが、石丸君は笑顔に反応するんです』

大和田『笑顔? じゃあ、ジェノサイダーが来た時やけに調子良さそうなのは……!』

舞園『はい。彼女がいつも元気に笑っているからだと思います。逆に、誰かが
    怒ったり悲しんでいる顔を見ると、不安になったり怯えるんです』

K『あの時保健室から出てきたのは、俺の怒鳴り声に反応したからか……』

葉隠『仲良くかぁ。じゃあ、みんなで盛大に見舞いでもすればいいんか?』

不二咲『お見舞いパーティー……とかどうかな』

朝日奈『それ、いいね! みんなでぱーっとパーティーしない?!』

セレス『何をテーマにするのですか? 親睦会? それとも監禁一ヶ月記念ですか?』

K『素直に石丸の退院記念ということでいいんじゃないか? 
  ……これを機に本当に退院してもらわないとこちらも困る』

舞園『いいですね。私も退院した時、皆さんがパーティーを開いてくれて凄く嬉しかったですし』

大神『料理は任せてくれ。豪勢に作らせてもらおう』


方針が決定し、担当を割り振っていたのだが。


苗木『えーっと、セレスさんも協力してくれるんだよね?』

セレス『勿論ですわ。と言っても……』

苗木『料理は朝日奈さん、大神さん、霧切さんに大和田君と四人もいるし』

葉隠『電気系統は先生に不二咲っち。あと俺が補助だな』

桑田『俺と舞園は舞台担当で?』

山田『飾りは僕と苗木誠殿と、江ノ島盾子殿、葉隠康比呂殿で十分ですし……』

大和田『力仕事は先公、俺、大神だ。そもそもセレスにゃムリだしな』

セレス『……わたくし、やることないのではありませんこと?!』

江ノ島『折り紙で輪飾り作れば? アタシにだってできるんだから、あんただってできるでしょ?』

セレス『そんな地味な仕事ではつまらないですわ』

苗木『う、うーん(普段は面倒くさがりなのに、こういう時に余ると怒るんだからタチが悪いな……)』


846: 2014/10/24(金) 23:09:50.99 ID:Z6PznDmu0

霧切『何か舞台で披露するのはどうかしら?』

苗木『あ、じゃあ僕と一緒に手品でもやる? 図書室で調べて練習すれば……』

セレス『わたくしに前座を務めろと? わたくし、やるからには主役でないとやる気が出ませんの』

苗木『えーっと……』

セレス『そうですわね。わたくし、実は歌にはちょっとばかり自信があるのですが……』チラ

舞園『?』

セレス『やるからにはトリを務めたいですわ』

桑田『ハァ? ワガママ言ってんじゃねーよ、お前!』

大和田『オメエなぁ、トリはアイドルの舞園に決まってるだろ?』

舞園『私は構いませんよ』

苗木『え?! 本当にいいの?』

舞園『それでセレスさんのやる気が出るならお安いものです。順番なんてどうでも
    いいじゃないですか。折角ですからバックコーラスもやらせてください』

セレス『まあ……』

大神(何と……舞園のアイドルに対する情熱はよく知っている。まさかここまで言うとは……)

霧切『舞園さんは大人ね?』

セレス『……わたくしに嫌みは通じませんことよ。ご安心を。やるからには
     このセレスティア・ルーデンベルク、本気を出させてもらいますわ』


……そして、本気を出した結果がこれである。

衣装や帽子は元々モノモノマシーンで過去に引き当てたものだが、細かい装飾やステージを
飾るバラの数々は全て自作である。また、何をどう交渉したのかわからないが、モノクマから
お目当てのCDをもぎ取り、自分専用のマイクスタンドもどこからか用意した。


『ふふ、わたくしが器用で意外ですか?』

『昔はお金がなかったので、必要な小物はこうしてよく自作していたのですよ』

『何せ、今回はわたくしが主役ですからね。手を抜く訳には参りませんわ!』

『……ああ、勿論主賓は石丸君ですわよ? 我々仕掛人側の主役ということですわ。うふふ』


KAZUYAはリハーサルや演出まで事細かに指示をするセレスを思い出していた。


847: 2014/10/24(金) 23:18:48.96 ID:Z6PznDmu0

K(目立ちたがりなんだな……一人だけ頑張りのベクトルが違うが、まあ今の石丸にはわからんだろう)

セレス「わたくしの歌に酔いしれなさい」

山田「セレスさまあああああああああ!」

セレス「時の扉よ、開け わたくしの道を照らせ ~♪」


実際、超高校級のアイドルを前に自信があると豪語するだけあって、セレスの歌は確かに上手かった。
ダンスや人を引き付ける総合パフォーマンスでは当然舞園の方が圧倒的に上だが、純粋な歌唱力だけなら
けしてセレスが劣っているということはない。これには誰もが驚かされた。


セレス「きらきらきら煌めく ドレスは幾万のダイヤ ~♪」

桑田(……リハーサルの時も思ったけど、こいつマジで上手いのな。っくぅ~、なんか腹立つぜ!)

舞園(セレスさん、綺麗な声だからきっと歌も上手いと思ってました。私の見立て通りです)

セレス(ああ、下々の者の賞賛の眼差しが眩しいですわ……悪くありませんわね)

セレス(ですが――恐らくこれが皆さんと開く最期のパーティーになるのでしょう)


ひらひらと優雅に手を振り微笑を浮かべながらも、セレスは内心では全く笑っていなかった。
そう、計算高いセレスがただで協力する訳がなかったのだ!


セレス(わたくし、一旦場をフラットにすることにしましたの)


彼女は自分に殺人計画を立てる才能がないことを自覚している。そのうえ生徒達は引きこもりがちで
行動が読めない。つまり、一言で言えば手詰まりだ。だから、この場はもう終わらせることにしたのだ。

ギャンブラーに最も必要な資質は勿論運であるが、ただゲームが強ければ一流というものではない。
場の流れを読む能力こそギャンブルで求められるものである。流れが自分にないと判断した時に、
思い切って仕切り直しをしたり潔く手仕舞い出来るかが勝敗を分けると言っても過言ではないのだ。


セレス(十神君と腐川さんはよくわかりませんが、少なくとも石丸君さえ元に戻れば今ここにいるメンバーは
     また以前のような生活に戻るはず。そうすれば、過去に考えた計画を流用出来ますわ)

セレス(それに、少しずつ形になってきたのです。場を戻して、あともう一押しさえあれば……)


――宿願成就せん!!


セレス(ですから、その時が来たら改めて勝負ですわ。ねえ、皆さん……)


848: 2014/10/24(金) 23:23:19.40 ID:Z6PznDmu0

セレス「微笑む唇静かにふさいで 魔法の中であなたを虜にする歌 ~♪」

不二咲「セレスさーん!」

葉隠「いいぞー!」

朝日奈「Fu-Fu! イェイイェーイ!!」


ブラボー! パチパチパチパチパチパチパチパチ!!

渾身の力を込めてセレスはラストを飾る。スポットライトが消え、
余韻を楽しむように少しの間場が暗くなり……そして再び照明がついた。

今までの盛り上がりが嘘であったかのように場は静寂となる。


石丸「…………」

K「石丸……」

不二咲「石丸君……」

大和田「……なあ、兄弟。すごかったろ? 魂……ふるえちまったろ……?」

石丸「どう……して……」


石丸は喋った。

虚空ではなく、はっきりと仲間達を見渡しながら。


石丸「ここまで……してくれるんだ……?」

「!」

石丸「僕は……いつも……みんなの、足を引っ張っていたのに……」

山田「お互い様ってことじゃないですかね?」


テーブルから降りてきた山田が言う。


849: 2014/10/24(金) 23:28:59.85 ID:Z6PznDmu0

山田「……僕らだって、みんなに迷惑かけてるし。別にあなただけが問題起こしてるわけじゃないですよ」


『どうです? この似顔絵。最高の出来でしょう?』

『まだみんなの仲が良かった頃を思い出しながら描いたんです』

『……僕にも出来ることがあって良かった。本当は、僕もずっと悩んでたんですよ』

『僕ってなんの役に立ってないなって。石丸清多夏殿もこれを見て元気になってもらえたら……』


石丸「山田君……」

葉隠「そうだべ。もうちょっと気楽になってもいいんじゃねえか?」


『いやー、疲れる疲れる。まとめ役がこんなに疲れるなんてなぁ』

『思えば、いつも先生や石丸っちがまとめ役を引き受けてくれるから、それに甘えてた所があったべ』

『俺も一応この中じゃ年長だし、たまにはがんばらねえとな。はははっ』

『……と言っても、ずっとやるのは大変だから石丸っちにさっさと戻ってきてほしいべ!』


葉隠「責任感があるのはいいことだけどよ、石丸っちはちょっとそれが強すぎだべ」

霧切「そうね。もう少し周りの人間に頼ってもいいんじゃない? 
    私が言っても説得力がないかもしれないけれど……」


『またみんなと距離を取っているように見えるかしら?』

『……仕方ないわ。だって、そうでもしないと中立を保てなくなるもの』

『彼等は強いわ。確かに、何度も迷ったり争ったり間違えたりもしてきたけれど……』

『最終的には、立ち上がる強さを持っている。――だから、距離を取らないと呑み込まれてしまう』


霧切「――仲間を信頼するって、そういうことじゃないかしら?」

石丸「仲間……信頼……」


850: 2014/10/24(金) 23:35:32.07 ID:Z6PznDmu0

大神「一人では重い荷も、仲間と背負えば軽くなろう?」


『……今回の件でわかったことがある』

『我は、朝日奈の……仲間達の泣く姿はもう見たくないのだ』

『仲間が泣いているのに自分が何も出来ぬのは……辛い。本当に辛い』

『我にとって、仲間は……』


大神「我等を頼れ。みんなもそれを望んでいる」

朝日奈「そうだよ! 私達は今まであんたに頼りっぱなしだったし、これからはちゃんと手伝うからさ!」


『絶対成功させる! 絶っ対に! 成功っ! させるっ!!』

『……もうイヤだもん。おかしくなったアイツを見るのも、みんなとケンカするのも』

『アイツが元に戻れば、きっとみんなまた前みたいになれるはず!』

『そうなったら……先生も、また笑ってくれるよね?』


朝日奈「戻ってきてよ……お願いだから」

江ノ島「あんたも頑固だよね。みんながこんだけやってるんだから、いい加減戻れっての!」


『アタシは……あんまり役に立てないと思うけどね』

『あ、いや、その! やる気はあるよ? あるけど、結果が出るとは限らないというか……』

『ああいうウジウジしたヤツ苦手だし……そりゃ、戻ったら嬉しいけどね』

『…………』


851: 2014/10/24(金) 23:44:48.49 ID:Z6PznDmu0

苗木「これでわかったと思うんだ。みんな君のことが好きだし必要としてる」


苗木が一歩踏み出して石丸の前に歩み出た。


『……僕と違ってちゃんと超高校級の実力を持つ石丸君にこんなことを言うのは
 おかしいかもしれないけど、ちょっとだけ僕は石丸君の気持ちがわかる気がするんです』

『僕達は他のみんなと違って才能がない。特に石丸君は天才にコンプレックスがあるみたいだから、
 余計に頑張ろう、足を引っ張らないようにしようってプレッシャーがあったんじゃないかな』

『僕だって正直大したことは出来てないけど……でも、みんなを影から支えることくらいは出来る』

『僕が頑張る姿を見て、石丸君がまた自信を取り戻してくれたらいいな、なんて……』


苗木「君が自分を必要ないなんて思い込む必要も、自分を嫌う必要もないんだ!」

石丸「僕は……」

大和田「あ?! なんだ?!」

石丸「ここにいてもいいのだろうか……?」

不二咲「石丸君……」


石丸の手を、不二咲が一層強く握る。


不二咲「ここにいてもいいんだよ……むしろ、いなきゃ駄目なんだ……!!」


『先生、実はね……僕、倒れていた時の記憶があるんだ。夢を見ていたんだけど……』

『もし、こんな事件に巻き込まれずみんなと普通の学生生活を送れていたら……っていう内容なんだ』

『それでね、最初はただの夢だったんだけど、途中から大和田君と石丸君が泣き出したの……』

『多分現実の声が反映されたからだと思うんだけど……石丸君はこう言ってたはずなんだ』

『一緒に遊んだり、時にふざけあったり……そういう友達らしいことをしたいって』


不二咲「僕達、まだ友達らしいことを何もしてない! 折角、生きてるんだから、だから……!」

石丸「不二咲君……」


852: 2014/10/24(金) 23:54:16.27 ID:Z6PznDmu0

K「……石丸、もういいだろう?」

石丸「でも……僕は……」

K(なかなかしぶといな……もう半分以上落ちているはずだが)


KAZUYAが何か言おうとした時だった。


「いい加減うっとうしいんだよ、このウジウジ石頭がぁぁああああああああっ!!」


いつの間にか舞台から降りていたセレスが中指を突き立てて怒鳴る。


石丸「セレス君……」

セレス「他の方々がはっきり言わないようですからわたくしが言ってやりますわ! よろしいですか?!
     世の中の人間の99、9%は周囲から必要だなんて別に思われていないのです!!」

セレス「わたくしは他人をランク付けする習慣がありますが、最高でC。それもほんの一握りで、
     ほとんどの人間は生きようが氏のうが感心すら持たないDランク止まりですわ」

「…………」


嫌な習慣だな、と全員が半目になっているがセレスは止まらない。


セレス「当然あなたもD、むしろ散々迷惑をかけられましたからEやFでもよろしいくらいです」

石丸「そうだな……」

セレス「わたくしだけでなく他の人間も恐らくそう思っているでしょうね」

大和田「ハァ?! オメエ、なにを……」

K「静かに!」


思わず反論しようとした大和田をKAZUYAは止める。


853: 2014/10/25(土) 00:00:54.68 ID:8a4R7CQa0

セレス「そもそも人間とは、ごくごく親しい身内以外の他人は基本どうでも良いと思っているのです。
     いちいちこの人間は必要だとか不必要だなんて考えていませんわ。自分は周囲から必要と
     されていないからいらない、と言う考え自体が自意識過剰な思い上がりなのです!」

セレス「なんならわたくしがあなたに不必要だから氏ねと言えばあなた氏にますか?
     氏なないでしょう? あまりに理不尽過ぎますもの」

石丸「だが……僕は危うくみんなを氏なせることに……」

セレス「その点につきましてはご安心を。まとめ役というストッパーがいないからか、あなたがいない間にも
     散々トラブルは起こりましたし、むしろ危うく一触即発になる所でしたわ。あなたがいることで
     起こるリスクより、あなたがいないことで起こるリスクの方が皆さんは高いと考えています」

石丸「…………」

セレス「そもそもあなたと親しい大和田君達はともかく、わたくしを始めとした別にあなたと親しくも
     何でもない、むしろ嫌いだとすら思っている人間があなたを必要と感じてここまでしている――」

セレス「この意味がわからないのなら、いくらあなたが超高校級の馬鹿とは言え氏んだ方がよろしいですわね」


厳しいな、と思わずKAZUYAは苦笑するが……厳しいだけの効果はあったようだ。


石丸「そうか……ああ、そうだな……」


石丸は滝のように涙を流しながら何度も何度も深く頷く。


大和田「兄弟……」

石丸「僕は、本当に何もわかっていない大馬鹿者だったようだ……他人に必要とされないなんて当たり前。
    それでも……ここにはこんなにたくさん、僕を必要としてくれる人がいる……」

石丸「これがどんなに有り難い、恵まれていることか……僕は目が醒めた。醒めたぞ、みんな……!」

大和田「兄弟……!」

不二咲「石丸君……!」

石丸「みんな、ありがとう! 僕はもう迷わない!」

石丸「不出来で至らない所がたくさんある僕だが……またリーダーをやっていいのだな?」

葉隠「むしろ石丸っちしかいないべ」

山田「そうですよ!」

江ノ島「ホント、頼むわよ」



854: 2014/10/25(土) 00:12:29.16 ID:8a4R7CQa0

大和田「兄弟! この、バカ野郎……心配かけさせやがって……!!」ボロボロ

不二咲「良かった……良かったよぉ、本当に……!!」ボロボロ

朝日奈「バカ……! もうおかしくなったりしないでよね!」ボロボロ

桑田「まったくだぜ! 次におかしくなっても、もう助けてやんねーからな!」グス

舞園「良かったです……」

苗木「……うん、本当に良かった」

霧切「そうね」

大神「ウム……」


生徒達が石丸の周りに集まり、KAZUYAは自然と後ろの方に下がる。


(……俺の出る幕はなかったようだな)


生徒達は自分達の力だけで石丸を元に戻した。そこにKAZUYAの力は全く介入していない。
そんな生徒達の成長に、KAZUYAは嬉しいような寂しいような……やっぱり喜びながら目を細める。


「先生! 西城先生!!」


石丸が振り返ってKAZUYAを呼んだ。KAZUYAは笑みを浮かべながら一言だけ声を掛ける。


「石丸」

「はい!」

「――おかえり」

「!!」


何故だろう。その言葉に石丸は一瞬動揺したようだった。だが、次にはもう破顔している。


「……石丸清多夏、ただいま戻りました!」


軍人でもないのに何故か敬礼をして、石丸は答えた。

泣きながら笑っていた――。


864: 2014/10/26(日) 22:03:27.90 ID:qCFLBLER0

ジェノ「あり? 気付いたらきよたん復活してた感じ? なんか知らんけどおめっとさ~ん!」モッシャモッシャ

葉隠「オメエ、ブレねえな……」

舞園「まあ翔さんは自由人ですから」

セレス「これでやっと一つ問題が片付きましたわね」

石丸「申し訳ない。これまでの分も合わせて働かせてもらおう」

山田「頼みますよ。十神白夜殿のこともありますし……」

苗木「あ、山田君!」

朝日奈「十神のことはまずいって!」

石丸「十神君がどうかしたのかね? ……そういえば見かけないな」

「…………」


一瞬で沈黙となり、KAZUYAが代表で説明する。


K「実はな……」


十神の状況を聞くと、石丸は途端に険しい顔つきとなった。


石丸「……僕は十神君に会わなければならない」

桑田「つっても、会ってどうすんだ? まさかお礼参りでもするワケじゃねーだろ?」

石丸「いや、お礼参りだ!」

大和田「マジか?! ……そうか。とうとう兄弟もあの野郎に一発かます気になったか!」

石丸「行くぞ!」

大和田「おう!」


ダダダダダダダダダダッ!


865: 2014/10/26(日) 22:11:30.80 ID:qCFLBLER0

大神「西城殿、止めなくて良いのですか?」

K「まあ石丸ならやり過ぎんだろう。一発くらいならいいんじゃないか?」

苗木「KAZUYA先生にここまで言われるって……流石十神君だよね……」

朝日奈「十神ならいいよ! 一発くらい!」ブー!

舞園「朝日奈さん、だいぶ嫌ってるみたいですね」

霧切「仕方ないわ。彼はそれだけのことをしてきたもの……」


そういう霧切の目も少しばかり据わっている。


ジェノ「ま、一発くらいならいっか。きよたんに殴られて青筋浮かべる白夜様も萌えそうだし」ゲラゲラ

山田「そこに萌えを見出すとは……やはり、腐女子は強い……!」


・・・


ピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポピンポーン! ピンポーン!!

ガチャガチャガチャ!


「十神君! 早くここを開けたまえ!」


念のためにKAZUYA達も十神の部屋に向かう。余程積もりに積もった物があるのか、
石丸は絶え間無くインターホンを連打しドアノブをガチャガチャと動かす。

本来なら赤い顔をしているのだろうが、血が足りないのか生気がなく青ざめているため少し怖い。


『…………騒がしいぞ。誰だ?』

「僕だ! 石丸だ!」

『何、石丸だと……?!』


866: 2014/10/26(日) 22:21:30.15 ID:qCFLBLER0

最初は心底億劫そうだった十神だが、相手が石丸と知るや声だけでわかるほど明確に動揺していた。


『貴様……とうとう頭がおかしくなったと聞いたが?』

「そうだ。おかしくなっていた。全ては僕の弱さのせいでだ。……だが! 僕は戻ってきたぞ!」

「君が無意味だと切り捨てた、友情の力でだッ!!」

『…………』

「どうした? 君もいつまでもこそこそ引きこもっていないで、早く出てきたまえ!
 それとも、超高校級の御曹司ともあろう者が怖くて外に出られないのか!」

「帝王を名乗るくせに庶民を恐れて部屋に引きこもるとは余りにも情けない!」


カチャリ。

石丸の挑発が終わるか終わらないかのタイミングで、十神は出てきた。


「…………」


お世辞にも顔色が良いとは言えなかった。むしろ、健康なはずなのにどこか病人然とした雰囲気を
漂わせている。恐らく、昼間はほとんど外に出ることは叶わず部屋に篭りっきりで、かつ食事も
毎日同じような保存食ばかり摂っていたため、計り知れないストレスがあったのだろう。

お互いに頬が少しこけた、青白い不健康そうな男が無言で睨み合う。


「何の用だ」

「君にお礼参りをするために来たのだ」


一瞬たりとも目を逸らさず石丸が宣言すると、十神はいつものように鼻で笑った。


「フッ、何を言いに来たかと思えばお礼参りだと? 自分の不甲斐なさを
 棚にあげて暴力に走るとは、超高校級の風紀委員が聞いて呆れ……」

「十神君――――ありがとうっ!!!」

「呆れ…………ハ?」


十神にしては珍しく目を丸くし、間の抜けた声を出す。


867: 2014/10/26(日) 22:33:08.17 ID:qCFLBLER0

「ハァ……??」


……意味がわからない。

だが周囲の人間達はもっと混乱したようで、ワンテンポ遅れて騒ぎ出す。


「ハアアアアアアアッ?!!」

「ええええええええええええええええ?!!」

「石丸君?!」

「お、おい、石丸……お前、本当はまだ治ってないんじゃないのか……?」


しまいにはKAZUYAすら石丸がまだ狂っているのではないかと疑念を持つ。
だが、その心配を石丸は明確に否定した。


「いいえ。僕は頭がおかしい訳ではなく、真剣にお礼を言っているのです!」

「なんでだよ、兄弟?! なんでこんなヤツに礼なんて……!!」

「そうだぜ! むしろ謝らせるべきだろ!」

「……みんな、聞いてくれ。まず始めに、僕は十神君の思想にも理念にも全く賛同出来ない。
 こんな状況だと言うのはわかるが、やはり人間として最低限の倫理から外れるべきではないと思う」

「…………」


宥めるように話してから、石丸は視線を再び十神に戻す。


「だが、その点を除けば君は常に現実的であり正論を言ってきたな。僕がおかしくなったのは
 誰のせいでもない。僕が勝手に自分の独りよがりな友情や責任に呑まれ押し潰されただけだ」

「みんなは本当に優しくて……何度も僕を支えてくれたしお陰で元に戻ることも出来た。だが、
 もし彼がいなかったらそもそも僕は現実の厳しさを知ることもなかったように思う」


868: 2014/10/26(日) 22:39:47.48 ID:qCFLBLER0

「十神君のお陰で、僕は自分が如何に独善的で世間知らずな甘ったれだったかを
 知ることが出来た。……そして、弱さに気付いたからこそ強くもなれた」

「もう二度と僕は押し潰されたりしない。――だから改めて礼を言わせてくれ。ありがとう、十神君!!」


そして、90度腰を曲げて石丸は深々と礼をする。


「…………」


頭の回転には自信のある十神だったが、流石にこの展開には理解が追い付かず
彼を大いに悩ませることになった。必氏に考え、やっと一つの結論に達する。

ああ――この男は馬鹿なのだと。


(馬鹿も馬鹿。頭に超が三つは余裕でつく、純粋培養かつ真正の馬鹿なのだ)


ならば自分はどう対応するのが正解か。答えは一つ、いつものように鼻で笑い飛ばせばいい。

……十神は己の生い立ちに誇りを持っていた。だから、頭の固い石丸以上に頑なで強情だった。


「前からわかっていたが……貴様、馬鹿だろう?」

「ああ! 大馬鹿だぞっ!!」

「クククク……」

「ハハハハ……」

「「ハッハッハッハッハッハッ! ウワッハッハッハッハッハッハッハッ!!」」

「…………」


睨み合いながらも大声で笑う二人を周囲はポカンと眺めていた。


870: 2014/10/26(日) 22:52:41.52 ID:qCFLBLER0

ジェノ「あ、白夜様が! あのクールな白夜様が笑っていらっしゃるわ! 殺る気に火がついちゃう!」

桑田「やめろっての!」

大和田「まあ、兄弟が許すってんなら……俺はもうなにも言わないぜ?
     ……でも、やっぱり殴りてえなぁ。ドチクショウ……」

苗木「ま、まあまあ。ハハ」

不二咲「やっぱり、石丸君は石丸君だね!」ニコッ

山田「ハッピーエンドってことでいいんですかね?」

葉隠「いいんじゃねえか? ワハハハハ!」

K(……あとは腐川だな)

霧切(正確にはまだ問題が全て片付いた訳じゃない。……でも、今それを言うのは野暮でしょうね)


生徒達が賑わう中、KAZUYAと霧切は冷静に先を考えていたが今だけはこの空気を楽しむことにした。


石丸「十神君、君はずっと部屋に篭っていてろくな食事を摂っていないのではないかね?
    食堂に来たまえ。みんなが僕のためにパーティーを開いてくれたのだ。御馳走もあるぞ!」

十神「フン。別に興味ないが、どうしてもと言うなら行ってやってもいい」

桑田「じゃあ来るなよ……」

苗木「まあまあ」

石丸「あと、友情の力は確かに存在したぞ! 十神君にもいつか必ず認めてもらう!」

十神「馬鹿馬鹿しい」

大和田「やっぱり一発いれるかぁ?」ビキビキ

大神「その辺にしておけ」

舞園「じゃあパーティーを再開しましょう。折角だから私まだまだ歌います!」

朝日奈「あ、いいね! 聞きたい聞きたい!」

セレス「ではわたくしも……」

江ノ島「なにちゃっかり混じってんの、アンタ」


ワイワイガヤガヤザワザワ!


K「フ」


こうして、再び生徒が全員集合し学園に活気が戻って来た。

――実に二十日ぶりとなる。


886: 2014/11/02(日) 22:37:09.00 ID:N/UW4e8M0

― 保健室 PM2:13 ―


生徒達はまた以前のようにパーティーで騒いだりゲームをして遊んでいる。途中まではKAZUYAも
同席していたが、彼は折を見て部屋から抜け出すと一人保健室でカルテを書いていた。


(上記により、石丸の意識・会話能力は共に標準レベルに回復。今後、感染等に注意をしていくが……)

(――本日をもって退院扱いとする)


もはや長くなり過ぎて日記のようになったカルテの束を最後にパラパラと見返すと、
感慨深くKAZUYAはそれを棚に仕舞った。出来ればもう開きたくないものだ。

コンコン。


「ん?」


ノックの音の後に扉が開き、石丸が部屋に入って来た。


「失礼します。……やはりここにいらっしゃいましたか」

「ああ。騒がしいのは苦手でな。俺の歳になると学生のノリについていくのは少しキツい」


そう言ってKAZUYAは苦笑してみせるが、勿論本気ではない。


「お前こそ抜け出して良かったのか? 今日の主役はお前だろう?」

「西城先生にお礼が言いたいと言ったら、みんな快く送り出してくれました」

「そうか。丁度、お前の体に埋め込んだカテーテルを取りたいと思っていたんだ。もう必要ないからな」


上着を脱がすと丁寧に消毒し、慣れた手つきで処置を行う。その無骨な手を石丸はジッと見つめていた。


「西城先生には……言葉で言い表せない程お世話になりました」

「……いや、俺は何もしていないさ。俺は今回のアイディアにノータッチだったからな。
 みんなで意見を出し、何度も入念に議論を交わす姿を黙って見守っただけだ」

「お前を元に戻したいと言うみんなの気持ちが、奇跡を起こしたのだろう」


KAZUYAは淡々と話す。今回に限っては本当に何もしていなかった。医師である自分の手で
治すことが出来なかったのは残念に思うが、これで良かったとすらKAZUYAは思っていた。


887: 2014/11/02(日) 22:45:11.22 ID:N/UW4e8M0

「……嘘です。僕にはちゃんと伝わっていました」

「何がだ?」

「僕の手を掴んで、抱きしめて……そうやって先生はずっと励まし続けてくれたではありませんか」

「…………」

「あの頃の記憶はぼんやりとしか覚えていませんが、ですが……先生の温かさはハッキリ覚えています」

「……そうか」


そっと目を伏せる。自分の行為が無駄ではなかったと、想いが届いたというその言葉が
何よりも嬉しい言葉なのだ。患者の喜びこそが医師であるKAZUYAの喜びだった。


「僕は嬉しかった。今まで、あんな風に誰かに支えてもらったことがなかったから……」

「いや、それ以上はいい。本当にいいんだ。お前が元気になってくれただけで俺は満足なんだよ」

「はい」

「友人達が待っているだろう? 早く戻ってやれ」

「でも、先生も一緒でないと……」

「…………」


石丸は確かに元に戻った。もう幻覚を見たりしないし意志の疎通もきちんと出来る。

――しかし、KAZUYAは気付いていた。石丸が前とは変わってしまったことに。


(以前の石丸なら、無理矢理俺のことも一緒に連れて行こうとしたはずだ)


先程十神と相対していた時は興奮していたのか、或いはみんなの前で無理をしていたのか
そこまで大きな変化はなかったが、時間が経って落ち着いてきた今ハッキリと違いがわかる。

前ほど言葉に力がなく、勢いがない。思慮深く発言をするようになり、すぐに興奮しなくなった。
落ち着いた雰囲気で、どこか伏し目がちであり、実年齢よりもやや大人びて見える。


(……一言で言えば大人になったのだ)


誰よりも純粋な少年の心を持っていた男が、過酷過ぎる状況に置かれ精神的に大きく成長した。

それだけのことだ。……それだけのはずだ。


888: 2014/11/02(日) 22:58:58.98 ID:N/UW4e8M0

元に戻ったということは単に自分の行いを受け入れただけではなく、大和田の罪も……いや、
このコロシアイで起こった全ての出来事を許容できるようになったということに他ならない。


(しかし、何故だろう。俺は……石丸の成長を素直に喜べない)


成長とは、本来ならこれほど前向きで明るい言葉はないというくらいプラスの言葉だ。
人は大人になるにつれ失っていくものがあるが、その代わりそれ以上に大きなものを手に入れる。
それが本来の意味の成長なのだが……


(人間は歳と共に変わっていく生き物だ。変わること、成長すること自体は
 けして悪いことではない。……だが、石丸の変わり方は何か違う気がする)


得た物より失ってしまった物の方が大きいような、そんな感想をKAZUYAに抱かせたのだ。


「先生……?」


険しい表情で黙り込むKAZUYAを心配して石丸が覗き込んでくる。


(違うだろう、石丸……お前はそんな不安そうな顔で相手の顔色を窺うような、
 そういう真似はしなかった。前はそんなおどおどした目付きじゃなかった)

(もっと自分に自信があった。力強かった。後先考えず、周りを疑わず、自分が一度正しいと
 思ったらそこに向かって一心不乱に駆けていくような――お前はそんな男だったはずだ)


違和感だけが加速していく。ある意味、このような場に置かれた高校生としては普通になったのだ。
別に放っといても問題あるまい。見たところ前より多少空気も読めるようになったし、
きっと以前よりもより深く周りと馴染めるはずだ……。そう思おうとしていたが。


―先生、助けて……


声が聞こえた。KAZUYAは思い出してしまった。


―私、氏にたくないよ……


もはやKAZUYAにとって忘れられないトラウマとも言えるあの記憶が鮮烈に蘇る。


889: 2014/11/02(日) 23:05:28.04 ID:N/UW4e8M0

クリスマスイブの夜だった。

寒空の下、冷たい川にかかる橋の上に靴を脱いだ彼女は立っていた。

no title



――少女の名は阿佐田貴江。

外見以外特筆すべき点は一切ない、極めて平凡な普通の女子高生である。


『溺氏体がどういう具合になるか知っているかね?』

『!!』

『水ぶくれとガスによって体中がブヨブヨに膨らむんだ。
 女性にはあまり勧められない氏に方だと俺は思うがね』


少女は華の高校生と呼ぶには酷く膨れ上がった体で、お世辞にも美しいとは言えなかった。
告白した相手が陰で自分を笑い者にしていた現場を目撃してしまい、自殺を考えたのだ。


『必氏になってダイエットしたわ! ……でもダメだった。私を好きになってくれる人なんて一人も
 いなかったし、これからもいやしないわ! どうせ私なんか氏んだって誰も気にとめないわよ!』

(太っているのはほとんど胴体と顔だけ……手足は普通だ。これは……)


KAZUYAは少女が中心性肥満と呼ばれる、ホルモン異常による肥満だと見抜いた。
そして手術を行い、元々真面目で努力家だった彼女はみるみる美しくなっていき……

――その一年後、彼女は氏んだ。


890: 2014/11/02(日) 23:12:48.25 ID:N/UW4e8M0

『腹部を刃物で刺されたようです。男女関係のもつれのようですな』

『この娘が? そんな馬鹿な!!』


再会は警察病院の一室であった。傷は深く、失血も多かったためもはや時間の問題だった。


『何故、こんなことに……』

『あの男に……会ったから……』


かつて自分を傷つけた男が、彼女だと気付かず言い寄ってきたのである。その時、彼女は
ちょっとした復讐心に駆られた。けんもほろろにフッてやり、恥をかかせてやったのである。

……しかしその代償は余りにも大きかった。


(俺は迂闊にも、彼女の心が傷付いていたのを見逃した……医者はただ肉体を癒せばいい訳ではない)


黙ったまま俯いているKAZUYAの顔を、どこか自信のなさ気な石丸が心配そうに覗く。


「あの、先生……急に黙り込んで、どうかされたんですか……?」

『先生……私、綺麗になったでしょ……』


KAZUYAの記憶の中の彼女と今の石丸――瞳の奥に存在するほの暗い暗闇が、ぼんやりと重なった。

会話が出来れば、意識があればいいのではない。KAZUYAが取り戻したかったのは、
時間を見つけては保健室に来て力強く夢を語り、いつも屈託なく笑っていたあの姿だ。


(俺に出来るか? ……いや、出来る出来ないの問題ではない。やるんだ!)

(医師として、病んでいる者を放置することは出来ない! ……それに)


この先は考えないようにした。


「……石丸。俺はこれからお前の心にメスを入れる」

「心に、メス……?」


891: 2014/11/02(日) 23:21:24.64 ID:N/UW4e8M0

「お前がおかしくなったことの根本に、お前の天才に対するコンプレックスがあるだろう?」

「!! それは……!」

「それを取り除かない限り、きっとまた今回と同じようなことが起きるぞ」

「…………」


KAZUYAの指摘に石丸は俯き、ぽつりと呟いた。


「僕は、負い目を感じていたのでしょうか」

「…………」

「天才を憎み努力こそ至高と言いながら、その反面いくら努力しても追い付けない自分に僕は負い目を……」

「それがそもそもおかしな話だ。お前は本当は天才が憎いんじゃない」

「――祖父が憎いのだろう?」

「!!」


それは、サウナで石丸の話を聞いた時からKAZUYAがずっと感じていたことだった。
以前の石丸だったら顔を真っ赤にして反論してきそうなかなりデリケートな話題であったが、
石丸は力無く項垂れ手で額を押さえると、最終的には肯定した。


「わからない。いや……そうなのかも、しれません」

「僕は弱いから、家族を不幸にした祖父を直接憎むことが出来ず……その代わり、
 世の天才達に祖父の罪をなすりつけていた。彼等だって、本当は陰で悩んだり
 努力していたりするのに……ずっと見て見ぬ振りをしてきた」

「そうだな。それは他人の過ちを認められないお前の弱さであり……責められない優しさでもあった。
 でも、今なら全部受け入れてやれるんじゃないか? 大和田の罪を認められたお前なら」

「……………………」


目を閉じ眉間に深い皺を寄せ、石丸は沈黙した。長い長い葛藤だった。
それでも、何とか自分の中で整理をつけることが出来たらしく、最後は素直に頷いた。


「そうですね……今なら、祖父とだってちゃんと向き合えるかもしれない……」

「……今更、かもしれませんが」

892: 2014/11/02(日) 23:30:28.29 ID:N/UW4e8M0

石丸はもう祖父を責めることも許すことも出来ない。何故なら祖父は氏んでしまったからだ。
それが心残りではあったが、自分の気持ちを認められて少しは楽になったようであった。


「ありがとうございます、先生。僕の天才に対する憎しみを解いてくれて……」


これで終わりでも良かったのだが、KAZUYAは一つだけどうしても納得出来ないことがあった。


「……俺に言わせれば、この世に完全な無才の人間や不必要な人間なんて一人もいないがな」

「先生、気持ちはわかりますが気休めは止して下さい。現に……」

「例えば気遣いの天才、笑顔の天才、ムードメーカーの天才とか……そういう才能の持ち主がいたとして、
 彼等が希望ヶ峰にスカウトされるかと言ったらされないだろう。実績がないし世間の評価もないからな」

「…………」

「結局は金になるか、世間の評価があるかないかだ。だが、そういった人達が要らないかと
 言えばそんなことはないだろう? 偉大な成功者は、大体口をそろえてこう言う……」

「『自分が成功出来たのは自分だけの力ではない。支えてくれた周りの人間のお陰である』と」

「…………」

「本人が気付いてないだけなんだ。どんな人間だって必ず何かの才能を持っている。
 そして、周囲の人間に何らかの影響を与えたり逆に与えられたりしているんだ」

「……まあ、中には桑田達のように本当に才能だけで突っ走っている真の天才もいるが、
 大半の人間は周囲の人間の支えあってこその成功だと俺は思うぞ? 現に俺は今も
 苗木に助けられている。ここの個性的なメンバーを円滑に回す潤滑油的存在――」

「――あいつは“気遣いの天才”だよ、全く」


ククク、と喉を鳴らしてKAZUYAは笑う。逆に石丸は呆然とした様子で呟いていた。


「みんな……気付いていないだけで才能を持っている……不必要な人間なんていない……」

「お前だってちゃんと持っているだろう? ――お前は“努力の天才”じゃないか」

「努力の、天才……」


893: 2014/11/02(日) 23:36:59.93 ID:N/UW4e8M0

「大したものだ。あんなに不器用なのに、時間をかけて何でも吸収していくのだからな」


ポン、とKAZUYAは石丸の肩に手を置く。


「俺は過去に希望ヶ峰とはまさしく真逆の、所謂落ちこぼれと呼ばれる子供が通う高校の
 校医をやっていたんだがな。……彼等が希望ヶ峰の生徒に劣っているとは少しも思わんっ!」

「みんな何かしらの素晴らしい長所を持っていた。俺から見たら、どちらも素直で可愛い生徒さ」


そう言って笑いかけるKAZUYAに対し、石丸は鼻声になりながら答えた。


「西城先生は……先生はきっと、人を励ます天才なんでしょうね……」

「フフ、それは俺にとって超国家級の医師よりも嬉しい称号だ」

「……染み、渡りました。先生の言葉……僕の魂に……!」


石丸の目に活力が戻る。赤い瞳が、以前のように煌々と燃え上がる。


「ご心配をおかけして申し訳ありませんでした! 風紀委員でありながら、何度も何度も先生の
 お手を煩わせ……本来は僕が前面に立ってみんなを纏めるべきなのに、恥ずかしい限りです!」

「もう二度と、このような過ちは犯せない。今まで以上に働いて汚名をそそがなければなりません!」


石丸はまた以前のような勢いを取り戻し、食ってかからんばかりにKAZUYAに迫る。


「ハハ、頑張ってくれ」

(そうだ。これが本来のお前の姿だ!)


894: 2014/11/02(日) 23:44:57.18 ID:N/UW4e8M0

「うおおおおおおおお! 燃えてきたぞおおおおおおおおおおお!!」

(まあ……正直な話、俺が出しゃばらなくても今のあいつらなら自分達の力だけで石丸の
 コンプレックスを取り除くことも出来ると思うが、今回俺は何もしていないからな)

(何か一つくらいしてやりたいじゃないか。……これがいわゆる親心というものなのかな)


朝日奈や不二咲に父親扱いされ、KAZUYA自身もだんだん満更でなくなってきてしまった。
結婚はまだ考えたくないが、子供は欲しいかもしれないなどと呑気に考える。


(その前に脱出の手立てを考えねばならんのだが)

「先生! また以前のように色々教えてください! 先生から学ぶべきことはたくさんあります!!」

「そう力まなくても良いんだぞ?」

「いいえっ! 僕は風紀委員ですからっ! やらなければいけないんです!」

(……ん?)

「まず何をすべきでしょうか? ……っと、ああ! 僕はもう二週間以上も勉強をサボっている!
 急いで勉強しなければ! それに課題も! 引きこもっている腐川君も放置すべきではないし……」

「何と言うことだっ! やるべきことが山積みだぞっ!!」

(……これは)


この時、やっとKAZUYAは気付いたのだ。石丸の心にはもう一つ病巣があるということに。

しかしそこに手を出すかは非常に悩んだ。天才に対するコンプレックスが除去すべき癌ならば、
これは言ってしまえば良性腫瘍だろう。場所と大きさによって取らなければならなかったり
逆に無理して取ったことにより傷を付ける可能性もある。心の病は目に見えない。


(もしかしたら、今度こそ触れるのは地雷かもしれんな……だが、俺は……俺は……)


916: 2014/11/10(月) 20:59:25.00 ID:tB+9MjpC0


「……お前、さっきから何々『すべき』ばっかりだな」








「え?」


917: 2014/11/10(月) 21:07:17.09 ID:tB+9MjpC0

石丸は何故KAZUYAが不機嫌そうな顔をしているのかわからず戸惑った。


「それは本当にお前の意志なのか? それともそれが周囲から求められた役割だからか?」

「先生が、何を……仰っているのかわかりません」

「意識的か無意識かは知らんが、お前はいつも周りの期待通りに動いていないか? 親が望むから
 勉強する、教師が望むから優等生でいる。規則を破れば周りに迷惑をかけるから破るべきではない」


目上であり教員のKAZUYAには比較的従順な石丸だが、流石に黙っていられず反論する。


「……それの何がいけないのですか? 先生は知っているでしょう? 僕の家庭の事情を。
 僕の両親はとても苦労しているのです。僕は家族に迷惑などかけられないのですよ!」

「それ自体は非常に立派な考えだと思うが、少し無理をし過ぎていないか? 周りの期待通りに
 動かなければと言うプレッシャーも、今回のことに大きく関わっているのだろう?」

「そうですけれど……もう、僕は足を引っ張ったりは……!!」

「聞いてくれ、石丸。俺が何故こんなことを言うかわかるか?」


KAZUYAは静かに見下ろした。その眼差しは非常に穏やかだったがどこか影を帯びていた。
有無を言わせぬその姿に、石丸も落ち着いて質問を返す。


「……何故ですか?」

「俺はな。お前に――俺のような人間になって欲しくないんだ」

「何故ですっ?! 先生はとても素晴らしい方ではありませんか!!」

「ドクターKとして見れば、確かにそうだろうな……」


KAZUYAは寂しそうに笑った。
その顔に、石丸は今まで見ていた人間とは別の男の顔を垣間見たのだった。


「え……?」


918: 2014/11/10(月) 21:23:45.60 ID:tB+9MjpC0

「よく聞いてくれ。俺にはな……プライベートと言うものがないんだ。仕事仲間と飲みに
 行くくらいはするが、結局いつも近況報告や仕事の話ばかりになってしまう」

「何故なら俺には趣味がない。遊びにも行かない。時間が空けば、全て治療か研究か
 トレーニングに割いている。ついでに言うと、医学部より前の友人は一人しかいない」

「今お前の目の前にいる男は“ドクターK”と言う医者であり“KAZUYA”と言う個人ではないんだ」

「…………」

「何故こんなことになったと思う? 前にポロの話をしただろう。……あれから俺は一切親父に
 逆らえなくなった。周囲の期待通り、医者になることだけを考え機械のように勉強した」

「親父が事故で氏んでからはその遺志を継ぐことしか考えられなくなった」

「その結果が今の俺だ――」


いつも暖かく優しいKAZUYAがこの時ばかりは機械のように見えた。KAZUYAの刺すような視線に
耐えられなくなったのか、もしくはその姿がどこか痛々しかったからか、石丸はつと目を逸らす。


「後悔……しているんですか?」

「少しだけな。俺はもう医師としての生き方以外は想像も出来ないんだ。
 普通の人間としては……空っぽなんだよ。お前にはそんな生き方をして欲しくはない」


KAZUYAは医師ではなく、純粋に一人の人間として言葉をぶつけていた。


「学生のうちだけだぞ? 仲間と馬鹿を出来るのは。大人になって社会に出たらそうはいかん」

「もっと好きなことをしていいし、我が儘を言ってもいいんだ。少しくらい周りに迷惑をかけてもいい」

「でも、僕は……」


919: 2014/11/10(月) 21:30:33.61 ID:tB+9MjpC0

「今のままだとお前は確実に俺と同じ道を辿る。だから言っているんだ」

「……今まで、たくさん我慢をしてきたじゃないか。もういいんだ」

「でも……」

「優等生なんてやめろ。お前が今本当にやりたいことは何だ!!」

「僕の本当にやりたいこと……」

「何でもいい。言ってみろ」

「…………」

「…………」

「…………です」


呟く。


「みんなと…………もっとたくさん、遊びたい……です」


まるで教師に追及されて悪いことを白状するかのように、その顔は苦しげだった。


「他には?」

「え?」

「まさか一つだけじゃないだろう? 折角だ。全部言え」

「え、そう言われても……ここで出来ることには限りが……」

「いいから全部言えっ!」クワッ!

「は、はい!」


KAZUYAに押され、石丸は指を折りながら思い浮かんだことをとにかく無造作に挙げていく。


920: 2014/11/10(月) 21:57:30.14 ID:tB+9MjpC0

「えっと、兄弟のバイクに乗せてもらいたいです。不二咲君も一緒に三人で遊びに行きたい」

「それから?」

「友達の家に遊びに行ってみたいし……あと、さっきのライブで思い出したんですが、
 一度はカラオケをしてみたいです。僕は寄り道を禁じてたから行けなかったけど、
 あれだけみんなが好きなゲームセンターも本当は少しだけ興味があったし……」

「それから?」

「遊園地とか、映画館とか行ったことがないから行ってみたい。友達とキャンプがしたい。
 春はお花見をして、夏は海で泳いで、秋は紅葉狩り、冬はスキーに行って……それから」


最初は遠慮がちだったのに、いざ言い始めてみると詮の開いた蛇口のように止まらなくなった。
自分はこんなにも内心に不満を溜めていたのかと、当の石丸本人が一番驚いていた。

逆にKAZUYAはさもありなんという顔をして見つめている。


(超高校級の肩書も、優等生でいることも確かに立派なことかもしれない。……だが、普通でいいんだ。
 俺はお前に普通の人間として普通の、当たり前の幸せを手にしてもらいたいんだ)

(――俺が手に出来なかった分も併せて、な)

「今まで我慢して言えなかったこともたくさんあるんじゃないのか?
 ついでに言っておけ。俺が全部受け止めてやる!!」


……勢いに任せKAZUYAがそう言った時だった。

石丸は紅い瞳をギラリと光らせ、跳ねるように顔を上げた。


「言えなかったこと? 本当はもっと両親と過ごしたかったことですか??
 授業参観に来て欲しかったこと? 僕の誕生日に家にいて欲しかったこと??」

「石丸……」


――瞳に狂気が宿る。


922: 2014/11/10(月) 22:22:04.90 ID:tB+9MjpC0

「帰った時家に一人なのは嫌だったこと? 他のクラスメイトみたいに家族で出かけたかったこと??
 一緒にお風呂に入ったりキャッチボールをしたり勉強を見てもらったりしたかったこと??」

「お父さんもお母さんもいつも仕事で学校の行事にもろくに来られなくて、
 でも二人共疲れてるから本当は学校の話もしたいのに言えなくて、それで僕は……!」

「…………」


一気に話しすぎて息が切れたので、一度止まって荒い呼吸を繰り返す。そしてとうとう、
感極まった石丸は叫んだ。いつの間にかその目からはとめどない涙が溢れ出していた。


「……そうですよ。我慢していました。僕はずっと我慢していたんです! ずっとずっと、ずっとッ!!」

「どうして僕達ばっかり我慢しなくちゃいけないんですか?! どうしてうちばっかり
 嫌な目に遭うんですか?? 一体僕や両親が何をしたって言うんですっ?!」

「そうだな……」

「何で誰も助けてくれないんですかッ?! どうして僕はいつも一人なんですかッ?!」

「……ああ」

「本当は凄く辛かったし苦しかった! でも誰にも言えなくて、それで……!!」

「わかった……わかった」


KAZUYAは自分にしがみついてわんわんと泣き始める石丸の肩を抱き、そっと頭を撫でてやる。
同じようにヒステリーを起こした朝日奈を思い出し、やはり深入りして良かったと感じていた。


(石丸は人一倍忍耐力のある男だ。だから、文字通り本当に壊れる限界まで我慢していたのだろう)


そのまま壊れないでくれて良かった。助けられて良かった。
顔はいつも通りだが、KAZUYAは心から安堵してホゥと息をつく。

一方、石丸の中にも変化があった。


(誰かに抱きしめられたり頭を撫でられたりするのは、一体いつ振りなんだろうか……)


遥か昔、物心ついた時にはもうそんなことはなかった気がする。
石丸は興奮しろくに回らない頭で、ぼんやりと彼の半生を思い返していた。


923: 2014/11/10(月) 22:36:06.25 ID:tB+9MjpC0

――――――――――――――――――――――――――――――


――僕の祖父は政治家だった。

それ故我が家は、周囲の普通の家とはかなり違う特殊な家庭だったのだ。

 まず一つ目だが、政治家というのは本人は当然のこと、実はその家族も非常に大変なのだ。
父は祖父に恥じないよう人並以上に働いた。母も祖父を支えるため、支援者に挨拶回りをしたり
町内会の活動に参加したりと、家を留守にすることが多かった。家には入れ替わり立ち替わり
祖父の関係者がやって来たが、幼い僕が邪魔をする訳にはいかず、いつも一人で遊んでいた。
……恐らく、みんなから僕は手のかからない子だと思われていた筈だ。

 そしてもう一つ、粗相をして祖父に迷惑をかけてはならぬと、とにかく我が家は躾に厳しかった。
三つ子の魂百までと言うが、僕が規律や規則に非常にうるさいのは専らこれに由来する。
毎日疲れて帰ってくる両親に迷惑をかけたくなくて、僕は一度言われたことは完璧にこなした。
 そんな優等生な僕を、祖父はとても気に入って可愛がった。……と言っても、祖父には
天才故の孤高さというか一種の気難しさのようなものがあって、膝に乗せたり頭を撫でたり
一緒に遊ぶなど、そういう普通の祖父母がするような行為は一切しなかった訳だが。

 いつも僕は和室に正座し祖父の話を聞いていた。或いは、囲碁や将棋を教わったりしていた。
才能がなかったからか単に祖父が強かったからか、何で勝負をしてもついぞ勝てたことはない。
両親に甘えられなくて多少は寂しい思いをしていたが、それでも僕は満足していたのだ。

全てが変わってしまったのは僕が小学生の時――

 祖父が汚職をして失脚した。当時のマスコミは今以上に酷くて、親類縁者ならたとえ子供だろうと
しつこく付け回した。学校にまでマスコミが押しかけ、クラスメイトはみんな僕の元から離れていった。

……そして、いじめが始まる。机に落書きをされたり陰口を叩かれた。時々物がなくなった。
でも、僕以上に大変な両親に心配をかけられなくて、僕は誰にも何も言わずただ一人でジッと耐えた。


924: 2014/11/10(月) 22:51:45.85 ID:tB+9MjpC0

 何より不味かったのは、焦った祖父が巻き返しを図ろうとよく知りもしない事業に手を出したことだ。
いくら祖父が天才肌といえど、基礎を全く知らずに応用が出来る訳がない。大学に行かずまともに
働いたこともない祖父に事業など到底出来るはずもなく、当然失敗。我が家には重い借金がのしかかった。
 その借金を返すため、父は今まで以上に働きほとんど家にいなくなった。母もパートを掛け持ちし、
元々専業主婦だったとは思えないくらいに働いた。家にはまだ祖父がいたが、あんなに社交的で
出ずっぱりだったにも関わらず、書斎に引きこもって出てこなくなってしまった。


ただいまと言ってもおかえりと言ってもらえない。家にいても学校にいても僕は一人ぼっちだった。


 以前は多忙の中でも何とか家族の時間を作ったりもしていたが、その余裕すらなくなってしまった。
家族がバラバラになってしまったのだ。こんな状況が嫌だった。元凶である祖父を憎みたかった。

 ……でも、あんなに溌剌としていた祖父が老いぼれて人間嫌いになり、世間を醜く怨んでいる姿が
どこか哀れで、僕はどうしても祖父を憎みきれなかった。代わりに祖父を狂わせた才能を憎むようになった。
才能なんてものがあっても中途半端に成功するだけで、結局最後は本人も周りも辛い思いをするのだ。

 努力で身につけた力は自分を裏切らない。努力し、苦労し、他人の辛さをわかる人間こそが
上に立てる、そんな世界を誰かが作るべきなんだ! 誰もやらないなら僕がやってみせる!!

 周りは祖父の雪辱戦などと言ったが、僕は僕の信念のために政治家を目指した。幸い、時間は腐る程ある。
同い年の子供が家族と過ごしたり友達と遊んでいる時間全てを費やして、僕はただひたすら勉強した。
 政治家は体が資本だ。いじめにも負けないよう、武道を始めた。風紀を正すのが政治家に繋がる気がして、
中学一年生の時からずっと風紀委員を務め、生徒会のメンバーにもなった。だが、外のことに熱中して
家のことを疎かにする訳にはいかない。仕事で家を空ける両親のために、家事も出来る限り手伝った。
みんなには言えなかったが、不器用な上に男の僕が料理を出来るのは実はこういう事情があったのだ。

家族からも教師からも僕の評判は良かった。家の外でも中でも、僕は非の打ち所のない完璧な優等生だった。


そして……


とうとう僕は長年の努力を認められ、政府公認の特別な学校『希望ヶ峰学園』に入学を認められたのだ!


925: 2014/11/10(月) 23:01:00.37 ID:tB+9MjpC0

嬉しかった。何の才能もない僕が、選ばれた天才達と肩を並べられる日が来るなんて。
努力の力で彼等を追い越す日も遠くない。そう、歓喜の涙を流したものだ……。




―でも。




―違うんだ。


―僕が本当に欲しかったのはそれじゃないんだ。




嬉しくなかった訳じゃない。あの時の気持ちは本当だ。
両親の涙ぐむ姿を見て、僕は喜びにうち震えていた。

この日のためにずっと頑張ってきたんだと思った。
諦めないで努力をし続けて、良かったと心から本当に……





―でも、けれども、だけど。




926: 2014/11/10(月) 23:10:50.55 ID:tB+9MjpC0





僕は、





本当は、


















普通の生活がしたかったんだ。




927: 2014/11/10(月) 23:17:26.34 ID:tB+9MjpC0

家には家族がいて、学校には友達がいて、遅くまで遊んで時々家族で遠出して……

そんな普通の生活がしたかった。


でも、言える訳がない。子供の僕でさえこんなに辛かったの だ。
両親は大人だから、もっと辛い思いを数え切れないほどしてきただろう。
そしてその思いを、息子にはけして悟られないよう生きてきたのだ。

だからこの思いは絶対に言えない。

氏ぬまで僕の胸にしまっておくんだ。


―そう思っていたのに。


―鋼より堅い決意のはずだったのに……


気付けば僕は西城先生の胸にしがみついて泣き叫んでいた。今まで、己の情けなさや不甲斐なさを
恥じて泣いたことは数あれど、子供のように我が儘を言って泣いたことはかつて一度としてなかった。

今から思い返すと、高校生にもなって子供のように泣きじゃくるなどみっともないことこの上ない。
しかも僕は、あれがしたいこれがしたいと小さい子供のように駄々をこね、たくさん我が儘を言ったのだ。

……生まれて初めて誰かに我が儘を言った気がする。

けれども、先生は少しも困ったそぶりを見せないばかりか、今度一緒に行こう、
みんなと遊ぼうと一つずつ約束をしてくれた。中には家に帰りたい、もうこんな場所は
嫌だといった無茶な内容もあったが、絶対に俺が出してやると先生は力強く宣言してくれた。

そうして、僕が落ち着くまで先生はじっと付き合ってくれたのだ。


――――――――――――――――――――――――――――――


928: 2014/11/10(月) 23:34:36.11 ID:tB+9MjpC0

「わああああああああああああああ! さいじょおぜんぜぇぇえ! うううう、グスッ、ヒグッ!」

「少しは落ち着いたか?」ハナヲカメ


人心地ついたと見ると、KAZUYAは石丸にちり紙を渡してやる。

ズルズル、チーン!


「ヒック、エグッ、あうぅ……」

「落ち着いて、深呼吸しろ」

「スーハー、スーハー……あ、あの、先生……僕、何だかその……大変お見苦しい所を……」

「子供はそんなこと気にしなくてよろしい。それより……これですっきりしたか?」

「――はいっ!!」


いつの間にか白くなっていた髪が元の黒髪に戻っていた。
何より、石丸の怨念がそのまま渦を巻いていたかのような狂気が瞳から消えている。


「じゃあ、さっさとみんなの所に戻って好きなだけ遊んで来い。……俺も用事が片付いたら行く」

「わかりました! 待っています!!」


一度去りかけ、バッと振り返ると石丸は改めて頭を下げる。


「あの、本当にありがとうございましたッ!!」ニカッ!


そのまま、また以前のように勢い良く扉を開けて元気に去って行く。


(……そうだ。それでいいんだ)


KAZUYAは穏やかな顔で笑うと、再び扉に向き直る。


929: 2014/11/10(月) 23:41:32.59 ID:tB+9MjpC0

「……次はお前の番だな。大和田」

「よ、よう……」


声をかけると、気まずそうな顔をした大和田がノソノソと保健室へ入ってきた。


「全部聞いてたんだろう?」

「?! なんでそれを……」

「ドアの窓にお前の髪の影が映っていた」

「……ああ、そうか。べ、別に盗み聞きしてたワケじゃねえぞ! 用があってここに
 来たら、兄弟とあんたのデカイ声が聞こえてきて、入るに入れなくてだ……」

「いや、いいんだ。話す手間が省けたからな」

「……なんだよ。今度は俺に説教でもするのか?」

「いや、逆だ。謝ると言う訳ではないが、少し話がしたかった」

「話?」

「前に体育館で偉そうなことを言ったが、本当は俺はお前にあんなことを言える資格はないんだ」

「……どういうことだよ」

「お前を見てると昔の俺を思い出すと言っただろ? 俺もな、ずっとコンプレックスを持っていたんだ」

「…………」

「俺の場合は親父だった。強くて優秀で職人気質の、如何にもな頑固親父だったよ。
 成長して医学の知識が増えれば増える程、俺にとって親父は強大な壁になった」

「その上、俺の一族は色々と特殊でな。周囲からの期待もあってとにかく
 プレッシャーが凄かったんだ。だから学生の時はお前以上に鬱屈して捻くれてたよ」

「親父の締め付けがきつかったのは小学生までだったが、中学に上がってからも俺はいつも周りと距離を
 取っていた。俺は彼等とは違うんだという思いが強かった。……今から思えば勿体ないことをしたな」

「……どうやって、乗り越えたんだ?」


大和田がKAZUYAの瞳を見上げる。


930: 2014/11/10(月) 23:48:29.90 ID:tB+9MjpC0

「確か、親父さんは氏んじまったんだろ? ……氏んじまったら、もう乗り越えられねえじゃねえか」

「……乗り越えられなかった。ただ、自分の中で整理せざるを得なかったんだ」

「整理?」


KAZUYAは大和田に事故の詳細を語って聞かせた。

放射線治療の可能性を探るため、父・一堡(かずおき)は友人であり帝都大教授の柳川慎一郎と
KAZUYAを連れ、原子力研究所に赴いていた。その際、想定以上の地震が発生し建物が部分的に損壊、
放射能が漏れ出すと言う事態になった。シェルターに避難した一同だが、扉に瓦礫が引っ掛かって
閉まらず、一堡はそれを除去するため氏を覚悟で一人外に残った。

怪我人が多数いたが、頼りの父親はいない。父は自分達を生かすために自ら氏地に立った。
その苛烈過ぎる経験が、KAZUYAを医者として覚醒させその使命を自覚させることになったのである。


「たくさん後悔したし悩んだよ。俺がもっと強ければ親父を助けられたのにとか、
 親父が救えなかった人々を俺が救わなければならない。俺にそれが出来るのかとか」

「……重ぇな」

「ああ、重かった。でも背負うしかないんだ。俺にそれ以外の生き方なんてない。だから、
 人を救うことを俺の生きる目的とし、親父の氏もその中に組み込んで無理矢理整理したんだ」

「……本当にすげえな、あんたは。俺には、到底出来ねえ生き方だ……」

「いや……俺の場合は親父が俺に道を示してくれたからというのもある。もしお前のように
 自分のコンプレックスのせいで親父を氏なせてしまったら、俺は道を間違えたかもしれない」

「ポロのことで懲りてなかったら、俺ももっと反抗的だったと思うしな」

「…………」

「だから、お前の気持ちがわかると言ったんだ。学生なんてわからないことだらけで
 迷うことも悩むこともたくさんある。お前は何もおかしくないし弱くもない。気負うな」

「……おう」


それで会話は終わりのつもりだったが、大和田は突っ立ったまま何かを考えていた。


931: 2014/11/10(月) 23:50:26.22 ID:tB+9MjpC0

「そろそろ俺も戻るとするかな」

「……なあ」

「ん?」

「頼みがあんだけどよ」

「何だ?」

「桑田じゃねえが……俺の髪も切ってくれねえか?」

「……俺は病院の人間かもしれんが美容院の人間ではないぞ?」

「頼むよ。あんたに切って欲しいんだ」

「まあ、どうしてもと言うなら構わんがいいのか? その髪にはこだわりがあるんだろう?」

「……いいんだ。どうせ大人になって働きだしたら切らなきゃなんねえしな。一種の断髪式だ!」

「わかった。そこまで言うなら引き受けよう。……失敗しても恨むなよ」

「そ、そういうこと言われっと不安になんだろ?! あんまバッサリはいかないでくれ!」

「……わかった、わかった。善処する」

「じゃあ、頼むぜ。センセイ!」ニッ!

「!」


その時、KAZUYAの目にかつてあった光景が浮かぶ。


『オス、KAZUYAセンセイ! これから飯っすか?』

『良かったら、僕達と一緒に食べませんか?』

『西城先生のお話、もっとききたいなぁ』


「…………」フッ

(大人になったら、か。――そう遠くないだろうな)


932: 2014/11/10(月) 23:57:18.44 ID:tB+9MjpC0

・・・


桑田「せんせー、おせーよ……おあっ?!」

朝日奈「KAZUYA先生、おそーい! あ、えっ?! 大和田?!」

山田「なんと! 桑田怜恩殿に続き大和田紋土殿までイメチェン?!」

江ノ島「うわっ、リーゼント以外の大和田初めて見た! けっこーイケルじゃん!」

ジェノ「ヤッバい。キタわぁ! でもでもアタシには白夜様がいるし~。あーん、どうしよ?!」

石丸「ウム! 男前になったではないか、兄弟!」

不二咲「格好いいよ、大和田君!」

大和田「へへっ、改めてよろしくな。オメエら!」

葉隠「うし、全員揃ったことだしもっかい最初からだべ!」

セレス「あなた、負けが込んでるからどさくさに紛れてなかったことにするつもりではありませんか?」

苗木「細かいなぁ。今日は凄く良い日なんだから、いいじゃない」ハハ

舞園「そうですよ。見逃してあげましょう」

十神「冗談ではない。負けは負けだ。そこで容赦するから貴様等は愚民なのだ」

大神「……お主は相変わらずキツイな」

霧切「構わないわ。十神君が優しくなったら天変地異が起こるもの」

石丸「よし! 兄弟と先生も含めてもう一回だ!」

K「俺はゲームは苦手だからお手柔らかにな」


ハハハハハハ! ワイワイキャーキャー!


933: 2014/11/11(火) 00:09:41.89 ID:fal1cIDX0

              ◇     ◇     ◇


誰もが笑っている団欒のさ中、一人黒幕は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「つまんね」

「つまんねつまんねつまんね!」

「あああああっ! つまんねっ!!!」

「え? 何なの? あんな安っぽい感動劇で元に戻っちゃうの? 何それ、茶番? ふざけてんの?」

「っつーか治るなよ! 空気読めよ! だからおめーはKYなんだよっ! このKY多夏!!」

「西城の奴もさ、今回何一つ役立ってなかったくせに何最後の手柄だけちゃっかり
 取ってんの? 一仕事したような顔つきしちゃってさ。いちいちドヤ顔うぜえんだよ!」


ひとしきり愚痴をこぼし、やけ酒ならぬやけ菓子を煽りながらやっと黒幕は落ち着く。


「……ま、いっか。動機はまだあるし、次の動機は確実に動く奴いるもんねーだ。
 こっちにはまだ内通者って切り札も残ってるし。状況は全然変わってないじゃん」

「それに、あれよ。あんま同じような展開ばっかり続けると視聴率にも響いちゃうし?
 ここらでちょっとした息抜き入れてもいいかもね。要はコマーシャル的存在な訳です」

「そう! そうなのよ! これは次に訪れる絶望的展開の前の前菜でありインターバルって訳!」

「アイツ風に言うなら……希望が大きければ大きい程、その後に
 訪れる絶望はより大きく深いものになる、って所かしらね」




「うぷぷ。うぷぷ。うぷぷぷぷぷぷ! キャッハッハッハッハッハッハッハッ!!」


934: 2014/11/11(火) 00:16:45.76 ID:fal1cIDX0

― 学園の外 とある廃ビルの一室 ――


古ぼけたソファーの上に、長い黒髪の男が座ってテレビを見ている。


『アハハハハ!』

『ワハハハハ!』


「…………」

「あれ、珍しいね? 君がテレビを見てるなんて」


後ろから声を掛けられるが男は振り返らない。後ろから誰かが近付いていることも
それが誰なのかも何を言うのかすら、その男にはわかっていたからだ。


「いくら僕でも、ただ座っているだけで頭に情報が流れ込んでくる訳ではありませんから」

「なら、わざわざ自分で見なくたって手っ取り早く誰かに結果だけ聞けばいいのに」

「人づてに情報を聞くのは不確かですからね。その情報がどの程度正確かは話者の
 記憶力や情報処理能力に依存しますし、余計な解釈がつくこともあります」

「ふーん。一切余分な要素のない生の映像を見たいんだ」


すると、後ろに立っている白髪の男はわざとらしい声を上げる。


「あれ? でも、先が予測出来るドラマはツマラナイって前に言ってなかったっけ?」


男が何と答えるかわかっていて悪戯っぽく問い掛けていると気付いていたが、意地にならずに素直に答えた。


「……予測が外れました」

「どんな風に?」


935: 2014/11/11(火) 00:32:32.71 ID:fal1cIDX0

「いかにドクターKと言えど、石丸清多夏の心の病は治せなかったはずです」

「何でそう断言出来るのかな? 確かに君の中には希望ヶ峰が集めた才能の全てが
 詰まっているはずだけど、その中に超国家級の医師や精神科医はなかったはずだよね」


試すような口ぶりで問いかけるが、黒髪の男は淡々と返事をする。


「馬鹿にしないで下さい。確かにその二つはありませんが、超高校級の保健委員、神経学者、
 カウンセラー、そして超国家級の脳科学者、心理学者の才能は持っています」

「それらを組み合わせれば、あまりにも簡単に導き出される結論です」

「でも結果は違った訳だ」


白髪の男は尚も挑発的な声色で話すが、男は逆に驚嘆の念すら感じさせる声で同意した。


「ええ。これには流石の僕も予想外、と言わざるを得ません」

「それで、珍しく興味を持ってテレビにかじりついているんだね」

「そういうことになりますね」

「これからどうなると思う?」

「まだ、何とも。……思えば、最初に江ノ島盾子の想定していなかった異分子が
 入り込んだ時点で、この計画は全く見当違いの方角に舵を切ったのかも知れません」

「だとすると、もしかしたら彼女にも僕にも予測のつかない終わり方をする可能性がある」

「もし、そうなるのなら……」




「――江ノ島盾子の考えたこの計画、オモシロイかもしれない」

no title






Chapter.3 世紀末医療伝説再び! 医に生きる者よ、メスを執れ!!  医療編  ― 完 ―


937: 2014/11/11(火) 00:36:04.75 ID:fal1cIDX0

ここまで。おやすみ。


956: 2014/11/16(日) 16:53:41.97 ID:TM/1hWfa0

  番外編  ― 宴の裏側で ―


ジェノ「ギャーハハハハ! そんでさ……ん?」

葉隠「お? どうした?」

ジェノ「ふぇ、ふぇ……やばっ」

山田「あー、これってもしや……」

ジェノ「ぶえっくしょおおおおおん!」

葉隠「うわ、きたねえ!」

山田「キャー! 拙者の顔に直撃しましたぞ! だ、誰かティッシュを持っていませんか?!」

大神「……不運だったな」つ【ティッシュ】

K「いつも思っているが、女生徒にその盛大なくしゃみはどうかと思うが……」

十神「無駄だ。そいつは女を捨てている」

朝日奈「ちょっと、そういう言い方はないでしょ! 確かにお風呂は入った方がいいと思うけど」

十神「散々追い掛け回された挙句、目の前で気持ちの悪い妄想を言われる俺の身にもなれ!」

腐川「あ、あれ……」

大神「腐川よ、久しぶりだな」

山田「……とりあえず僕は謝ってほしいんですけど、今日は特別に見逃してあげますよ」

腐川(え、え、なに?! なんなのこの状況はっ?!)

葉隠「おーし! 腐川っちも一緒にゲームすんべ?」

K「おい腐川、少し話を……!」

腐川「ひ、ひぃぃぃぃっ!!」


ダダダダダダダ!


957: 2014/11/16(日) 17:02:12.59 ID:TM/1hWfa0

K「あ、待て!」


走り去る腐川を追って、KAZUYAも飛び出す。


葉隠「あっちゃあ、ダメだったか」

朝日奈「腐川ちゃん……まだ気にしてるんだね」

不二咲「あれ、何かあったの?」

石丸「先生がジェノサイダー君を追いかけて行ったようだが」

大和田「ありゃあ、腐川の方じゃなかったか?」

十神「フン、放っておけ。まったく、奴のお人好しも大概だな」

セレス「お医者さんというものはみんなああいうものなのではないですか?」

江ノ島「他は知らないけど、少なくともあいつは……初めて会った時からずっとああだし」


・・・


バタン!


「ゼェ、ハァ、ゼェ、ハァ……」


腐川は扉を背にしながら荒い呼吸を整える。


(なに、なんなのよ……)

「パーティー? してたわけ?」

(ア、アタシ抜きで楽しく……そうよね。アタシなんていても楽しくないし……)


だが、そこで腐川はある事実に気付く。


958: 2014/11/16(日) 17:14:51.39 ID:TM/1hWfa0

(あれ? アタシ抜きならなんでアタシはあの場にいたのよ? ……!!)

(まさか、アタシじゃなくてジェノサイダーが参加してた――?)

(なんで……なんでアタシは受け入れられないのに殺人鬼が仲良くしてるのよ!
  馬鹿なの? あいつはアンタ達の仲間を頃しかけたのよ?! 人頃しよ?!)

(危険でも今が楽しければいいわけ? なに? あいつら全員刹那主義なの?!)

「ふ、ふふ……うふふふふふ……そう。そういうことって訳なのね……」


ヤケになりながら腐川は自嘲気味に笑い出した。
背後ではうるさいくらいにインターホンが鳴っている。


(根暗でうざいアタシより、たとえ殺人鬼でも明るくて楽しいあいつの方がいいって訳?
  そういうことなのね?! ああ、アタシの存在理由ってなによ、なんなのよ……)

(……このミジメな気持ちを小説にぶつけたら今までの中でも最高傑作が生まれそうだわ)


しかし、そうは言ってもちっとも書く気にならなかった。


(ジェノサイダーの方が人気なら、アタシなんて、アタシなんてぇ……)

「う、ううぅうううぅぅ……!」


ダラダラと涙だけではなく鼻水やヨダレを垂らして腐川は嘆いていたが。

ダンダンダンダンッ!


「(ビクッ!)な、なに?!」


個室の扉は防音のはずだ。つまり、少し強めに叩いたくらいではびくともしない。
少しどころではない衝撃が扉を振動させ、その揺れを腐川の体にも伝えていた。


959: 2014/11/16(日) 17:27:51.76 ID:TM/1hWfa0

(ヒッ! まさか西城のやつ、扉を破る気なんじゃ?!)


シーン。

幸い、音はすぐに止まり扉の振動もなくなった。


「なんだったのよ……ん?」


扉から離れてまじまじと見ると、下の隙間から一枚のメモが入れられているのに気付く。

スッ、ペラリ。


『廃人も同然となっていた石丸が無事元に戻った。今日はそれを祝う退院パーティーだ。
 もう君が責任を感じる必要はない。みんな君のことも待っている。安心して出てきなさい。西城』

「…………」


力強くそれでいて丁寧な文字で書かれたそのメモを、腐川はいつまでもじっと見つめていた。


               ◇     ◇     ◇



ガヤガヤ。ザワザワ。


舞園(お菓子が減ってきましたね。補充しましょうか)


スッと立ち上がると舞園は倉庫に向かう。


舞園(確かあの箱のはず……)


少し上の方に置かれているダンボールを取ろうとするが、彼女はまだ右手が使えない。
左手を伸ばして、少しずつ箱を手前に引き出して行く。


960: 2014/11/16(日) 17:41:31.00 ID:TM/1hWfa0

舞園(あと少し……)

「ムリすんなよ」

舞園「……え?」


振り向くと、桑田が立っていた。驚く舞園のすぐ横に立つと、軽々と箱を引き出す。


桑田「よっと。俺が持ってくわ」

舞園「ありがとうございます」

桑田「…………」

舞園「……?」


少しの間、妙な沈黙が流れるが桑田が口火を切った。


桑田「……お前さあ、あんまムリすんなよ?」

舞園「私は無理なんてしてないですよ?」

桑田「それがムリなんだって。お前マジで気付いてねーの?
    ……俺と二人っきりの時、いっつも顔が少しひきつってるぜ?」

舞園「?! そんなこと……」

桑田「あるんだって。ライブの練習もハードだったけどさぁ、ぶっちゃけ
    お前のそういう顔見続ける方がずっとハードだったんだからな?」

舞園「……ごめんなさい」


俯く舞園を見て、桑田は乱暴に頭を掻いてもごもごと話し出す。


桑田「別に責めるつもりで言ったんじゃねーって。その、な?」

桑田「…………」


961: 2014/11/16(日) 17:50:55.00 ID:TM/1hWfa0

舞園「……何ですか?」

桑田「俺、ずっと見てたから。――お前がこれまでやってきたこと」

舞園「…………!」


その瞬間、舞園の中に何とも言えない感情が溢れかかった。


桑田「俺はせんせーや苗木みたいにデキた人間じゃねーから、許すとか仲間だとか
    そんなカッケーことは言えないけど……お前のやってきたことは認めてっから」

桑田「そんだけ言いたかった。じゃな」


そのまま桑田は箱を持って倉庫から飛び出して行く。


舞園「駄目……まだ、駄目です……」

舞園(忘れてはいけない。私は駒、脱出のための駒……まだ、舞園さやかに戻ってはいけない……)


そう自身に何度も言い聞かせながらも、しばらく舞園は額から流れる汗を止めることが出来なかった。


               ◇     ◇     ◇


苗木「霧切さん!」

霧切「あら、苗木君?」


霧切は図書室で新聞を読んでいた。


苗木「こんなところにいたんだ。探したよ」


962: 2014/11/16(日) 18:01:21.30 ID:TM/1hWfa0

霧切「そう、わざわざ呼びに来てくれたの。ご苦労様」

苗木「うん。折角のパーティーだしみんなで過ごしたいしね。何を読んでいるの?」

霧切「十神君が復帰したら図書室でゆっくり出来なくなりそうだし、
    最後に少し調べ事をしようと思ったのよ」

苗木「書庫にあった未来の日付の新聞だね。……何でこんなものがあるんだろう?」

霧切「私達を混乱させるために黒幕が用意したか、或いは……」

苗木「実は僕達、ちょっとだけ未来に来てる……なんてね」

霧切「案外、そうかもしれないわね」


苗木は冗談のつもりで言ったのだが、意外にも霧切は真面目だった。


苗木「あれ? 笑わないんだ」

霧切「私はSFはあまり詳しくないけど、未来に行くのは過去に行くよりもずっと
    簡単らしいわよ? 例えば、何らかの薬や装置を使ってある程度の期間
    眠らせておけば、その人にとっては未来に来たも同然よね?」

苗木「あー、確かにそうなるね」

霧切「……このように、実際に肉体が別の時間軸に行ったりしなくても、人の意識や
    感覚を狂わせることによって簡単に時間の移動は出来るのかもしれない」

苗木「霧切さんは黒幕が僕達の体に何かしたと思ってるんだ?」

霧切「例え話よ。それより、私を呼びに来たのでしょう?」

苗木「あ、そうだった。そろそろ朝日奈さん特製ドーナツケーキを切るみたいだよ」

霧切「それは楽しみね。じゃあ、戻りましょうか」


最後にチラリと意味ありげに視線を送ると、霧切は新聞を元の場所に戻した。


963: 2014/11/16(日) 18:13:31.10 ID:TM/1hWfa0

               ◇     ◇     ◇


モノクマ「…………」チラッチラッ

江ノ島(あ、モノクマだ。なにしてるんだろう? ……もしかして、食べたいのかな)

モノクマ(くっそー。こっちはいつもインスタントで済ましてるのにメシテロしやがってぇぇ!)

江ノ島「……あのさ。食べる?」

モノクマ「! おい、馬鹿……!」

セレス「あら、江ノ島さん何をしているのですか?」

江ノ島「あ、え、ええと……!」

十神「モノクマと話していたのか?」

江ノ島「こ、こいつが物欲しげな目でこっちを見てるから! その、ちょっと……!」

不二咲「モノクマも食べる?」

大和田「……は?! お、おい不二咲……!」

モノクマ「え、ええ?! 何を言っているんだい、キミ達? ボクは別に欲しくなんか……」

石丸「ほら、少しだけだが持って行きたまえ」

十神「!! 何をしているのだ、貴様は……?!」

石丸「敵に塩を送るということわざもあるではないか。なに、今日だけだ」

大和田「兄弟……」

十神「……馬鹿な奴め」

セレス「お人好しですこと」

モノクマ「本当、馬鹿だよキミ達。……言っておくけど、これで借りとか思わないでよ」

大和田「チッ、こいつらはそんなケチくさい考え方なんてしねえよ」

モノクマ「あっそ」


964: 2014/11/16(日) 18:32:16.16 ID:TM/1hWfa0

江ノ島「えーっと、良かったじゃん! あはは」

モノクマ(オメーはもう黙れ)


モノクマがそそくさと去ると、入り口で腕を組んで立っていたKAZUYAとすれ違う。


K「……少し時間をくれ」


誰にも聞こえないように、KAZUYAはボソリと呟いた。


モノクマ「…………」

K(順を追って動機のレベルが上がっている。ならば、三度目の次こそ恐らくは本命……)

K「俺が必ず防いで見せる。その方がゲームとしてやりがいがあるだろう?」

モノクマ「本当に先生は口が上手いよね。感心しちゃう」

モノクマ「――ま、考えといてあげるよ」


・・・


「うぷぷ。あー、情けねえなぁ」

「こっちが未だに優位だって言うのに、勝負に負けたこの感じ。なかなか悪くないけどね」

「敵に情けをかけてもらって食べるケーキは絶望的でおいしー!」


希望に満ち溢れた宴の裏側では、息を潜めた絶望が次の出番を今か今かと待ち詫びていた。




→Chapter.3 非日常編に続く


982: 2014/12/21(日) 21:20:21.58 ID:FieuJxJj0


― オマケ劇場 24 ~ ウナギの思い出はタレの味 ~ ―


石丸が復活した日の夕方。


モノクマ「はいはいはーい! 無事に石丸君が復活したということでおめでとさん!」

苗木「モノクマ! 何しに来たんだ!」

K「……!」サッ!


KAZUYAは咄嗟に前に出ると、生徒達を庇うように立つ。


モノクマ「そんな警戒しないでよ~。ボクだっていい加減退屈してきた所だしぃ、
      快気祝いでもと思ってね。ってな訳で、ジャジャーン!」

山田「おおー! これは!」

葉隠「ウナギかぁ。気が利くべ」

霧切「……何を企んでいるの?」

モノクマ「別に。ボクはただみんなを喜ばせたかっただけだよ」

石丸「ううう、鰻だと?! 一年で土用の丑の日しか食べることが許されないあの鰻か?!」

大和田「……いや、気が向いたらいつ食べたっていいだろ」

石丸「いつも一切れを家族三人で分け合い、タレのついたご飯を味わっていたあの鰻がこんなに?!」

「…………」

桑田(え、なにこいつ……もしかして家めっちゃ貧乏なの? うちなんて
    俺がスポーツマンだから精つけろってしょっちゅう食べさせられてたのに)

セレス(貧乏くさいとは前から思っていましたが、まさか本物だとは思いませんでしたわ……)


983: 2014/12/21(日) 21:32:59.42 ID:FieuJxJj0

石丸「ありがとう、モノクマ! ああ、嬉しいなぁ! 本当に嬉しい!」ダラダラ

大和田「おいおい兄弟、ヨダレ出てるぞ?」ハハハ

K「あ、でも……」

霧切「ドクター?」

朝日奈「たまにはいいとこあるじゃん、モノクマ!」

モノクマ「まあ……」








モノクマ「石丸君は病み上がりだから食べられないんだけどね!!」

モノクマ「匂いだけ楽しめよ!!」


  ま  さ  に  外  道  ! ! ! ! !


石丸「う、うわああああああああああああああああ?!」

山田「これはツライ……」

江ノ島(さすが盾子ちゃん! 嫌がらせにかけては世界一だね!)

不二咲「ぼ、僕も胃が悪いから食べないよ。だから元気出してぇ」

苗木「冷凍すれば三日くらい平気のはずだよ! ね?」

大和田「俺の分わけてやる! だから泣くんじゃねえ」

K「ここから出たら俺が好きなだけ食わせてやるから……」

葉隠「ジップロックの先制攻撃だべ!」

石丸「みんな……」グスグス

十神「フン、貧乏人め」

K「十神!」


984: 2014/12/21(日) 21:49:06.75 ID:FieuJxJj0

大神「十神、傷に塩を塗るような真似は……」

十神「その程度のものすら手に入らんとは憐れだな。……閉じ込められてなければ
    この俺が二度と食べたくないと思うくらいには食わせてやったものを」

「 え っ ? ! 」

K(十神が慰めている、だと?! 明日は天変地異か……?!)

舞園(何か恐ろしいことの前触れなのでは……)

石丸「と、十神君……君という人は……」うるうる

十神「勘違いするなよ。貴様にとっては高い買い物でも俺にとってははした金だと言うことだ」

石丸「君は……君は本当は優しいのだな! うおおおおおん!」ブワッ

十神「だから勘違いするなと言っている!」

十神(まさか……この日本に鰻程度も満足に食べられない人間がいるとは……)ガーン


……実は、何不自由のない御曹司の十神にとって石丸の貧乏エピソードは余りにもショッキングなのであった。



― オマケ劇場 25 ~ What is 同人誌? ~ ―


時系列は初期。


K(そういえば、山田とちゃんと話したことがなかったな。監督者がそれではいかん)

K「山田、何をしているんだ?」

山田「おお、西城カズヤ殿。拙者は今同人誌の原稿を描いているのですよ」

K「お前は超高校級の同人作家だったな。……しかし、普通の漫画のように見えるが」

山田「チッチッチィ! 西城殿、それは大間違いと言うものですぞ! まず同人活動というと、
    アマチュアが自費で出版する物だと言うのはお分かりでしょうか?」

K「古くは有名な作家や歌人も仲間と共に同人誌を作っていたからな」

山田「その通りです。ですが、昨今では同人と言えば主にオリジナルではなく二次創作が主流です」

K「二次創作?」


985: 2014/12/21(日) 21:56:45.42 ID:FieuJxJj0

山田「わかりやすく言うと、元ネタがあってそこから個々人がネタを考えるのですな。
    西城殿にもわかるようにネタを出すと……吾輩は猫であるって小説があるでしょう?」

K「夏目漱石だな」

山田「あの物語の世界観と登場人物をそのまま流用して、作者以外の人間が
    勝手に後日談を作ったり、サイドエピソードを作るのです」

K「成程。例えば原作ではあれは猫目線の物語だったが、飼い主目線で別の物語を書いたりする訳だ」

山田「そうです。ではここで具体例を出しましょうか。僕だったら飼い主は
    冴えないオッサンなんかではなく女主人に変更しますね」

K「? 登場人物の設定を変えてもいいのか? 物語の根幹だと思うが」

山田「そこが二次創作の自由度なんですよ! 一つのオリジナルから無限の可能性! わかりますか?!」

K「フム、作家の腕次第でどうとでも料理出来るということか。面白いな」

山田「その通ーり! 如何に原作の空気を壊さず大胆なアレンジや解釈を加えていくかが勝負なのです!」

K「では、超高校級の同人作家のお手並み拝見と行くか。お前だったらどうアプローチしてみる?」

山田「グフフ……そうですねぇ。猫は♀にして更に人間に変身するのです!
    これで最後の鬱エンドも回避出来て一石二鳥ですな!」

K「……え?」

K(それはもはや原型を留めていないのでは……)

山田「もちろん、猫耳としっぽは残したままです! それで若い女主人と
    三人の娘達とイチャらせまくるほのぼの日常物にするかなぁ」

K「…………(捏造だ……)」

山田「ちなみに西城殿は猫が化ける時ご都合で服を着せる派ですか、それともやっぱり服はナシ派?」

K「」

・・・

K(少しも話についていけなかった。というか、ついて行きたくなかった……)


こうしてKAZUYAは、同人誌とは元ネタの一部を拝借して目茶苦茶に改変することだと認識したのだった。


986: 2014/12/21(日) 22:10:12.84 ID:FieuJxJj0

最後にスキル表

[ 霧切 響子 ]

通常スキル

・集中力
・記憶力
・護身術
・冷静沈着
・知識
・論破

特殊スキル

・探偵の洞察力
・探偵の分析力
・超高校級の推理力
・氏神の足音:危険を察知することが出来る(ただ記憶が足りないので本来より若干弱い)。

〈 m e m o 〉

 KAZUYAに次ぐ強キャラであり、推理・分析に限れば全メンバー中屈指を誇る。
運動面のスキルもしっかり持っており、バランスの良さでは他の生徒の追随を許さない。
唯一の欠点が冷静すぎて感情をあまり表現できないことであり、それが他の生徒達との
間に溝を作っている。そのため、相性の良い生徒が少ないのが難点である。


[ 大和田 紋土(改) ]

通常スキル

・筋力
・男気
・度胸
・カリスマ
・器用
・集中力

特殊スキル

・フルスロットル:頭に血が上った時の攻撃力1,2倍。
・男の根性:男の意地を見せなければならない場合に耐久力1,5倍。
・男の約束:男の約束のためなら一時的に全性能を上げられる。

スペシャルスキル

・クレイジーダイアモンド:大和田に指揮を任せた時、仲間の能力が大幅に強化される。

〈 m e m o 〉

 頭脳面の強化はないが、最大の問題であった短気がなくなりよく考えて行動できるようになった。
通常スキルに器用と集中力が加わり、どんな頼み事をしても大抵のことはこなしてくれる頼もしさがある。
 性格に落ち着きと余裕が生まれリーダーとしての才覚が出てきたため、桑田と同じく頭脳面を補佐する
生徒と組ませれば、KAZUYAの代わりに前線に立たせて指揮を取らせることも可能なポテンシャルを持つ。


988: 2014/12/21(日) 22:25:27.04 ID:FieuJxJj0

[ 真・石丸 清多夏 ]

通常スキル

・集中力
・観察力
・発言力
・カリスマ
・護身術
・応急処置

特殊スキル

・鬼気迫る努力
・凄まじい気迫
・鋼の忍耐力
・全国一位の頭脳
・超高校級の不器用×

スペシャルスキル

・精神の解放:体に入りすぎていた余分な力がなくなった結果、能力の基礎値が大幅に上昇。

〈 m e m o 〉

 石丸が長年に渡り縛られていた狂気や強迫観念から解放され、思考に柔軟さが出てきた状態。
相変わらず空気は読めないが、他人に対してあまり厳しくなくなったためバッドスキルとしての
KYは消えている。不器用なのは変わらないが、応急処置が新たにスキルに加わり使えるようになった。
以前より自然体になれたため、全体の能力値が大幅に上がっていることにも注目。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


以上で、このスレでの投下はお終いです。ご清覧頂きありがとうございました。

感想・意見・リクエスト何でもござれ。何か書くと1のモチベがアップ。1000は可能な限り叶える。



それでは束の間の平穏を満喫している5スレ目でまたお会いいたしましょう!
次の投下は多分火曜日です。それでは!


十神「愚民が…!」腐川「医者なら救ってみなさいよ、ドクターK!」ジェノ「カルテ.5ォ!」



引用: セレス「勝負ですわ、ドクターK」葉隠「未来が…視えねえ」山田「カルテ.4ですぞ!」