141: 2010/06/05(土) 22:39:47.49 ID:3CE/.fEo


「〝愛してる……〟、〝好きだ……〟、〝お前しか見えない……〟…………」


―――――――――――――――


「なぁ、土御門。こんなんでいいのか?」

「オッケーオッケー! あとはこっちで勝手に編集するからカミやんの仕事はこれにてお終いぜよ」

「はぁ……。 どこの誰が好き好んで上条さんのこんな声を欲しがるんですかねー……、しかもこんな立派なスタジオで
 録音なんかしちゃって。あとでなんだかんだ言って代金請求しても絶対に払わないからな?」

「大丈夫だーって相変わらず心配性にゃー。それに需要は……、売り上げの一割がカミやんの口座に振り込まれるから
 すぐにわかるぜい」

「一割かよ! ってなんでそんなにニヤニヤしてるんだ? まぁ、期待してねぇけどよ。もう帰っていいか?」

「はいはーい、お疲れ様だったにゃー」

ひらひらと手を振り、帰る上条当麻の背を見つめる土御門。
そして完全に見えなくなったところで次の仕事へと乗り出す。

「レコーディング無事終了と、お次は――」
とある魔術の禁書目録 (電撃文庫)
142: 2010/06/05(土) 22:43:26.84 ID:3CE/.fEo

―――――――――――――――


数日後のイギリス清教徒女子寮。
食事の時間でもないのにその食堂で人だかりが出来ている。

「一体なんの騒ぎですか?」

「あ、神裂さんちょうどいい時に! これちょっと見てください」

そう言ってアンジェレネが神裂に一枚のチラシを手渡す。

「??? 何です? …………携帯型恋愛擬似体験ゲーム、……『幻想少年』!?」

〝英国王室も認める学園都市のアイドル、上条当麻!
 彼の思考、会話パターンを学園都市の科学力で完璧に分析し精巧にトレース!
 あの人と恋人になるなんて私には無理? その幻想をぶち壊す! 新感覚リアルタイム恋愛ゲームがついに登場!


 ~省略~

 注、完全受注生産。お一人様一つまで。
 〇月 ×日(日)発売。価格、五万八千円(税込み)。
                                       Tuchimikado Soft
                                                     〟
「………………………………本当に何ですかこれ、あの男は一体何を考えて……」

「ほ、本当なんですかこれ!?」

「シスター・アンジェレネ、欲望を少しは隠しなさい」

「あらあら?」

「ゲーム機本体も含めた値段とはいえ六万近くもするゲームなんてぼったくりもいいとこっすね、その前にこんなもん
 誰が欲しがりやがるんでしょうか?」

そんな中、一人のシスターがおずおずと一枚の用紙を呆れ顔だった神裂に差し出す。

「はい? 注文書? 何故私に……? え、あ、集める係?」

144: 2010/06/05(土) 22:46:01.57 ID:3CE/.fEo


「土御門…………!!」

『悪かったって、こっちがねーちんに説明するよりも早くチラシが貼られちまったんだにゃー。イギリスから学園都市に
 直接注文書を送るのはどっちも面倒に――、まっ! そ・ん・な・こ・と・よ・り! 何人くらい集まったのかにゃー?』

「………………一二名ほどです」

『ふむ、まずまずかにゃー。現物が届けばもう少し……、あ、ねーちんの分は入ってる?』

「入ってませんし! 要りません!!」

『えー、折角、人が親切で任命したっていうのにそれはあんまりぜよ……。ねーちんのことだからきっと恥ずかしがったり
 しちゃって注文書を人に渡せないだろうから収集係にしたのににゃー』

「切ります」

『ちょ――』

受話器を置き、神裂は溜息を吐く。

「誰がこんな……、こんなものを……、……………………………………………………こんなもの」

その時、コンコンと扉を叩く音が。来訪者はアニェーゼだった。

「あ、えと、その……非常に申し上げにくい……んですがね、その……」

注文者が一三名になった。


145: 2010/06/05(土) 22:47:39.86 ID:3CE/.fEo
―――――――――――――――


とある病院。

「ミサカ一九〇九〇号。それは本当の情報なのですか? とミサカ一三五七七号は正直に言って疑っています」

「か、確証はまだなのですが、このようなものをあの医師の机の上で見つけたのです! とミサカ一九〇九〇号はこの
 チラシをどどんと提示してみせます!」

「「「こ、これは……!?」」」


ミサカネットワークを介し、熾烈な論議が始まる。


「特定の人間を狙ったイタズラではないのですか? とミサカは~」

「しかし、先日とあるスタジオから出てくる姿を見たものもいるのです、とミサカは~」

「とりあえずこのミサカ一〇〇三二号が代表して一つ注文してみましょう、とミサカは~」

「それは抜け駆けではないのですか!? とミサカは~」

「代表を決めるというのなら、このミサカも立候補を表明する! とミサカは~」

「買いたい者は全員買ってしまえばいいのです、少々見も蓋もありませんがね、とミサカは~」

「しかし我々個人個人で購入するには資金が足りません!! とミサカは~」

「入電! 看護士の一人が先ほど注文書というものを!! どうやら本人も購入する気らしく、ミサカは~」

「どうやらここに入院している患者の中にも購入を希望する者がおり、このままでは! とミサカは~」

146: 2010/06/05(土) 22:49:35.69 ID:3CE/.fEo

―――――――――――――――


とある高校のあるクラス。

「ねぇ土御門君、これホントなの~?」

「面白そうだけどさ、高いよ? これ。粗利益絶対おかしいでしょ」

「うん、ちょっと高いね……」

「買う。この注文書はどこ」

「え、うちらだけ半額にしてくれんの? やったぁ!」

「待った! もう一声! 今月厳しいんだって!」

「これどうやって作ったの? あとちゃんと上条君に許可貰ってる? 一応は話した? 曖昧ねぇ……」

「その。注文書を」

「名前と生年月日とかこれ色々書くところあるけど何に使うの? へー、ゲームに反映されるんだ」

「ほらあんたも買うんでしょ? ほれ、さっさと書け書けっ!」

「うん……、でも、恥ずかしいよぉ……」

「上条当麻……、許さん!!」

「私にも。注文書を――」


147: 2010/06/05(土) 22:50:51.50 ID:3CE/.fEo

―――――――――――――――


常盤台中学寮、掲示板の前。

(……やっぱし朝見た時より注文書の残りが減ってる……まさか、この学校で私以外にもアイツと関わってるやつが
いるっていうの……?)

「………………………………………………怪しいけど、敵を知れば何とやらって言うしね。……そう! これはその為に
 買うのよ。断じて、アイツなんかに、断じて――」

「お姉様……」

「く、黒子!? いつからそこに!? ち、違うのよ!? こ、これはアイツを倒すために!」

「そんなにやけた顔で仰られても説得力がございませんの……」

「え? えへ? えへへ?」


148: 2010/06/05(土) 22:52:15.47 ID:3CE/.fEo

―――――――――――――――


風紀委員、第一七七支部。

「初春~、これ買うの?」

「どうしようかなって迷ってて……。先輩たちの中にも買うって人いるみたいだし、クラスの子の中にもね――」

「ん~でも、ちょっと高いよねぇ~」

「うん……、でもちょっとだけ、ちょっとだけ……ハッキングしちゃえば…………」

「初春?」

「あ、ううん!? なんでもない!!」


149: 2010/06/05(土) 22:53:21.83 ID:3CE/.fEo

―――――――――――――――


ロンドン、日本人街。天草式十字清教詰め所。

「一千本買います!!!!」

「落ち着くのよ五和!?」


150: 2010/06/05(土) 22:53:54.85 ID:3CE/.fEo

―――――――――――――――


とある学生寮。

「とうまー、お腹空いたー」


151: 2010/06/05(土) 22:55:41.91 ID:3CE/.fEo

―――――――――――――――


そんなこんなで発売日。

イギリス清教徒女子寮。

またもや食堂に集まったシスターたち。
色んな意味で悲喜交々ざわつく中、神裂が購入した者(あの後も少しずつ増え二二名)にそれぞれに配っていく。
受け取った者たちは、そそくさと部屋に引き篭もったり。奇異、好奇心の目で見るシスターに囲まれながらさっそく
その場で電源を入れたり。

「(あなたの分は先に部屋に届けておきましたので……)」

「(……申し訳ねーです)」

と、配り始めてからずっとちらちらこちらの様子を窺っているアニェーゼの後ろを通り過ぎる。
彼女はギクシャクしながら自分の部屋へすぐに戻って行った。

「シスター・オルソラ!? いきなりその選択肢を選ぶのはいかがなものかと!」

「大丈夫でございますよ。こういった交渉は得意ですもの」

「それ違うのでは!?」

既に食堂に散らばるいくつかの山からはキャー! とかグアー! だとか盛り上がっている声が。

(ふむ、悪くない出来なのでしょうか……)

複雑な心境である。配り終え、その様子を少し眺めたあと神裂も自分の部屋へと戻って行った。

152: 2010/06/05(土) 22:58:25.27 ID:3CE/.fEo


扉を閉め、鍵をし、何となく辺りを警戒し、深呼吸をする。そして、緊張した面持ちで机の上に置かれた小包を手に取り
〝 神裂火織 様 〟と書かれた文字を凝視する。

(私は頼んでなどいない……! これは土御門が私の分と称し勝手に送りつけただけ、か、勝手に勘違いして……だから、
 やはり! ここはきっぱりと送り返して私の断固たる意志を……!)

『こんなに早く!? 大胆すぎますわ!』『なんというラブコメ展開! でもっ……!』『ふぅ……』『早く続きをっ!』

どたどたと去ってゆく足音とともに、廊下からそんな声が聞こえた。

「………………………………………………………………………………………………」

無言のまま、音も立てぬように丁寧に包装を剥いでゆく。

(そう、悪いのは土御門なのです! ちょっとだけ、ちょっとだけ遊んでつまらなかったと言って返してしまえば……)

電源を入れるとピコーン! という小気味好いサウンドとともにいくつかの製作に携わったらしい会社のロゴが表示される。
こういったゲームなんて殆どやったことはないのだが、わかる。本格的だ。
次に穏やかなBGMが流れ始め初回機動のメッセージとゲームの遊び方、キー操作などの説明画面。機械を扱うのは苦手な
神裂でも操作は実にシンプルなものであり説明書を読まずとも遊べそうである。そしてゲームスタート。

「まずは難易度を選択ですか……、いつもの、説教モード、相思相愛モード……。ここは普通にいつもので……、い、いえ、
この手のものは初めてですし、一番簡単であろう、そ、相思相愛モードを……!」

ピ口リーン! と、画面が暗転し今度はチュートリアルが始まる。

153: 2010/06/05(土) 23:00:38.90 ID:3CE/.fEo

【上条当麻】
『よぉ、火織!』

「は、はいっ!?」

びっくりした。声が出るのだ! しかも名前を呼ばれた! それに本人がそこにいるようなグラフィック、これはすごい。

『どうした? 具合でも悪いのか?』

「い、いえ! 至って健康そのもので――(ってあれ? 普通に会話をしている?)」

そこでメッセージが出る。

[このゲームは実際に会話や音声でコミュニケーションをとる会話パートと、選択肢やミニゲームで進めるイベントパートに
 分かれており、両方を攻略しながら好感度や親密度を高めハッピーエンディングを目指すものです]

(驚嘆です……、このようなものだったとは……)

[会話パートは本作の特徴でもある上条AIと当麻Voによる本人と変わらないほどの自由なコミュニケーションが可能~――
 ただし会話不能とみなされる話題に対しては~――
 現実世界の時間とも同期しており、時間帯によって様々な~
 また、ここでしか上がらない隠しパラメータがあり、これを伸ばすことでシナリオの分岐や特殊なエンディングに~――]

(お、奥が深い……!)

開始から三分足らずで、どっぷりと嵌っていく聖人の姿があった。


三十分後――

「ふふ……。あなたがいけないんですよ、いつもいつもそんな無茶をするから……」

154: 2010/06/05(土) 23:01:54.72 ID:3CE/.fEo

最初の言葉はどこへやら。だが熱中している神裂を現実に引き戻したのはコンコンっ! という強めのノックの音だった。
思わず直立して驚き、ゲームを落としそうになる。

(こんないい時に!! って違う! 聞かれてしまった!? いえ、その前に誰が! とりあえず私のを隠さなくては!!)

聖人の力を無駄にフル活用し冷静に行動する。幻想少年をいったん閉じて隠し、説明書やケーブル、箱などを一瞬で片付け、
表情を作る。その間、僅か三秒。

扉を開けると、ずらっと三十名以上のシスターたち。誰も一枚の用紙を持って列を成していた。先頭になり神裂の目の前に
立っていたシスターが言う。

「あ、あのっ! まだ間に合いますか!!?」


―――――――――――――――

525: 2010/06/07(月) 22:36:43.80 ID:hTS9p6Io


―――――――――――――――


『毎度ありー。……ところで、ねーちんはもうプレイしてくれたのかにゃー?』

「す、するわけないでしょう!?」

『えー、日頃頑張ってるからよしみでタダで差し上げたのにかにゃー? はぁ……、ねーちんにだけは特別に丸秘攻略情報とかも
 教えちゃったりしようかなーとか思ってたのに、がっかりだぜい……』

「……ッ!? (丸秘攻略情報!?)」

『あーんなイベントやこーんなイベントも自由自在、ベストエンディングへの条件なんかも――』

「か、関係ありません!!」

『カミやんもねーちんにはプレイしてもらえなかったって知ったらきっとがっかりすんだろうにゃー』

「関係ありませんから……ッ!!!!」

そう言って強引に話を打ち切り、神裂は受話器を置いた。
そしてまた溜息を吐く、数日前とは違う理由で。

「くぅっ……!!」

次に天井を仰ぎ見て、割と本気で自分の不器用さを倦んだ。

526: 2010/06/07(月) 22:39:01.39 ID:hTS9p6Io


―――――――――――――――


一方、学園都市。

「インデックス! 今夜は豪華に焼肉だ!!」

「とうま? 何を言ってるの、今日は四月一日じゃないんだよ?」

「…………ちょっとした臨時収入があってな、つっても一万くらいだが。いや、あれで一万円も儲けりゃ上出来すぎるか」

「???」

「ともかく出発だ!」

「!!! わーい!!」

527: 2010/06/07(月) 22:41:26.74 ID:hTS9p6Io


―――――――――――――――


発売から四日後。

常盤台中学寮。御坂、白井の部屋。

【上条当麻】
『ああ、俺と美琴は最高の親友(パートナー)だ!』

彼の笑顔とともに流れるエンドロール。ベッドの上で寝転びながら、最終イベントまでの感動の物語(シナリオ)と、ゲームを
クリアした余韻に浸りつつも、御坂美琴は少しだけ悔しがっていた。なぜなら……。

(友情エンド一位、ベストパートナー……)

このエンディングのタイトルのせいで。

この四日間、日中はほぼ全ての時間をこのゲームに充ててきた(ちなみに真夜中になるとゲーム内上条は眠ってしまうため
徹夜などは出来ない作りになっている)。プレイ時間も凄いことになっている。

様々なイベントに、選択肢が出るたびに、苦心し、悩み、恥ずかしがり、嬉しくなっては上条当麻らしい反応をされ乙女心を
凹まされたりなんかしてこのゲームを楽しんできた。

全力で最後まで楽しんだ。だが。だからこそ。

(友情エンド……ってことは……、あるのよね、愛情エンドが……!)

エンディングも終わり、またタイトル画面に戻ってきた。そこでふと気付く。白銀色の星印が左上に出現しているのだ。
やはり。そう思うと彼女の中で何かが熱くなり始めた。

「銀……、そうよね。もう一周、……挑戦してやろうじゃない!!」

学園都市第三位、彼女もまたどっぷり嵌ってた。

528: 2010/06/07(月) 22:44:34.37 ID:hTS9p6Io

(まずは一週目のどの選択肢がいけなかったのか考える必要があるわね……。それから隠しパラメータ……。一番初めの
 チュートリアルにもあったシナリオ分岐ってやつ、その条件……。でもダメだっ! こんなこと一々確かめるには情報が
 足りない……!)

数字のパズルのようなゲームなら、高い演算能力で簡単に解かれてしまっただろう、しかしこのシミュレーションは少し趣が違う。
ふーむ……。と考え、彼女は愛用している携帯端末を手に取る。もしかしたら……。

(望みは薄いかもしれないけど。多分そこそこの数が出回ってるんだから同じ悩みを抱えてる人はいるはず、行き着くのは……)


とある電子掲示板である。学園都市の流行、噂、話題や個人のどうでもいいニュースまで集まるここなら。

(……あった!! 『幻想少年って知ってるか?』!)

一つのスレッドを見つけ出した。作成されてから日が浅く、また局地的なネタのせいかあまり書き込まれていない、内容を追うのは
すぐに済んだ。書き込んでるのは十数人ほどで、その内クリアまでに達しているのはまだ二人。

(まぁ、当たり前なんだけどね……)

そう思うとちょっとだけここ数日の自分が恥ずかしくなったがそんなことはどうだっていい。
どうやら一人は友情エンド第三位、もう一人は愛情エンドで第三位だったらしく。何となく勝った気分になる。

(愛情エンド……やっぱし……。う~ん、知らないイベントの話も出てるけど、もう少しクリアする人が増えてきてからじゃないと
 参考にならないわね……。とりあえず……)

『誘拐イベントは負けた方が好感度上がりやすい?』
『多分。あと私は相思相愛モードで始めたから――』

(……二週目は相思相愛モードよ!!)

愛情エンド一位を目指し、彼女もここに書き込みを始めた。


529: 2010/06/07(月) 22:47:32.84 ID:hTS9p6Io


―――――――――――――――


戻って発売日から二日目のとある病院。

「これは一体どういうことですか? とミサカは少々狼狽しながら問いかけます……」

ここに預かられている四人のミサカの内の一人が検査から戻ってくると、十人以上のミサカたちが、一台のゲーム機を持っている
ミサカを取り囲んでいた。


購入前の熾烈な論議の決着。それは〝全ミサカに対し記憶の共有を頻繁に行う〟こと、また〝ミサカネットワークを用い可能な
かぎりの多数決を取り選択肢を決める〟こと。 妹達という特殊な彼女達だからこそ出来る方法ではあったが……。


「有体に言ってしまえば、ずるい、とミサカは他のミサカたちの思いを代弁させてもらいます」

「現実的に考えて、この案が最も優良であることは否定しません、とミサカはまず前回の決定に非があるのではないということを
 述べます」

「しかし、全てのミサカが大多数の意思として決められた選択肢に納得しているわけではありません! とミサカはこの案に対する
 問題点について申させていただきます!」

「ですが、我々の資金ではこの一台を購入するのが精一杯であり、また新たに購入するに当たってこれ以上関係者に迷惑をかける
 ことは……、とミサカはミサカたちの現状について再度確認を行います……」

530: 2010/06/07(月) 22:49:35.69 ID:hTS9p6Io

ゲームのプレイはここにいる四人が時間を決めて交代で操作していた。


「そんなことはわかっています、とミサカは~」

「本日ここに集まったミサカたちは何もクーデターを起こしに来たのではありません、とミサカは~」

「もちろんミサカネットワークで採られた決定に従い、それを覆したりはしません、とミサカは~」

「??? では一体何のために集まったのでしょうか? とミサカは~」

「…………………………」

気まずいような少しの沈黙に空気が張り詰めていく。そして、「つまりは……」今日集まったミサカの一人が呟くと一斉に。


「「「「「ミサカにも遊ばせろ!! とミサカはもう我慢の限界を叫びます!!!」」」」」


「……何やっているんですかね、あれ?」

「ゲームを取り合ってるように見えるけど?」




「良い事じゃないか、人間的で」


531: 2010/06/07(月) 22:51:38.78 ID:hTS9p6Io


―――――――――――――――


発売から一週間も過ぎた月曜日。

とある高校、あるクラス。

ここの学校の女子生徒の間では最近、昼休みを使って密かに幻想少年の情報交換が流行り始めた。

その日の昼休みもそうだったのだが、何やら他のクラスの女子までもが混ざり集まり、この教室の四分の一を占拠するほどの
いつもより大きな輪が出来ている。
大体がお弁当を、その下に幻想少年を隠して、持ち寄って。

休み明け、だから。休日の間にどれだけ進んだか? クリアした人はどのエンディングだったか? しかし話題の中心は違う。

「私にも見せて!」「うそっ! なんで私よりプレイ時間少ないのに!!」「ねぇ、どうやったの!?」

座った順で回しながら女子達は確認していく。一機の幻想少年のタイトル画面に浮かぶ、金色(こんじき)の一等星をである。
その女子達の視線を、注目を浴びる長く美しい黒髪の和風な少女……。


「………………。ちょっと緊張するかも」


姫神秋沙だっ!!!


532: 2010/06/07(月) 22:55:13.78 ID:hTS9p6Io

続く!! かもしれん!!

付けたしまくったせいで、ちょっとつぎはぎっぽくなったかな

遅れたけど禁書二期ヒャッハー!

失礼しやした

534: 2010/06/07(月) 22:59:24.13 ID:.u9tO7U0
乙 続き待ってるぜ

785: 2010/06/16(水) 00:02:10.83 ID:H.jpee.o

愛情エンド一位。現在、学園都市でここに辿り着いた者は彼女一人。

購入した者の大半がクリアしたがその多くが友情エンドを迎え、愛情エンドを迎えた者もそんなにいない。
その中の最高位に、彼女は真っ先に到達したのだ。


「多分特別なことはしてない。……と思う」

さっきから質問攻めにされている姫神は戸惑い気味にまず答える。

というか自身も今日になってからこのエンディングが希少なものだと知ったし、そもそもゲーム自体の経験も全くといって
いいほど無かった。初プレイでまさかこんなことになるとは。

しかし、そんなことはお構いなしに、クラスメート達は姫神から攻略の手引を得ようとどんどん迫ってきて、
姫神には意味のよくわからない質問もあったが、とりあえずはとそれに答えていく。

難易度はいつものを選び、プレイ時間も集まった中の平均的で、ミニゲームのスコアも比べて悪くはないといったところ。
会話パートもまるで、普段、上条君と話しているのと差は無く感じたし、これだというきっかけのようなものは特に無い思う。
通ったルート、それも同じく愛情エンドに進んだ者たちと終盤こそ違ったがほとんど一緒。選択肢も大体そうである。

あとは? 初心者なりに真面目にプレイしたくらい。

ヒントになりそうなものは薄い。それでも周りは何かあるはずと訊くことをやめない。やがて質問は、

「で! で! 最後どんなエンディングだった?」「待って!!? ネタバレやめて!!」

「!! えっと。……――」

ついにそう訊かれて、姫神はほんのりと頬を染め、ごにょごにょと言葉を濁し始めた。

786: 2010/06/16(水) 00:03:22.54 ID:H.jpee.o

『〝愛してる……〟、〝好きだ……〟、〝お前しか見えない……〟…………』
そして…………、…………。


恋愛感情にとんと疎い上条当麻、だがそのギャップ。彼からの告白(もちろんフルボイスで)や、本当の恋人同士がするような
甘い展開のイベントの数々。

回想するだけで悶えかけ、説明なんて出来ず。なにより、その時の……、自分の姿といったら……!
あまりの恥ずかしさで黙って俯いてしまう。ただ口元は綻んじゃう姫神可愛い。

平素、感情の変化が少ない彼女の新鮮なその様子は、見ている者達にあれやこれやと妄想を掻き立てさせた。

「に、しても……、まさか秋沙がねぇ~、ホント驚きだわ」
「で、でも! ゲームだし! 現実の上条君とそんな関係になったわけじゃ――!」
「そりゃそうだけど……」


一人が嫉妬混じりにそんなこと言った時。 教室に、上条当麻は、戻ってきた。

空気は変わり、少女達は口を閉じて、お互いを牽制しあうような緊張感が作られる。


787: 2010/06/16(水) 00:04:22.73 ID:H.jpee.o

上条は、ふと視線を感じて、いつも以上の大所帯になった女子の一団を一瞥し「??」とした表情をする。しかし、
〝自分がゲームになって 彼女達に攻略されている〟 なんてことを知らない彼は、特に気にせずそのまま自分の席に着き、
昼休みが終わるまでの間、一眠りでもしようと机に突っ伏した。


それと同時に姫神はスッと立ち上がる。姫神は静かに、ある決心をしていた。女子達の視線がまた彼女に集まる。


(朝からこの時を。ずっと待っていた)

今朝から彼の姿を見るたびに抑えるのが大変だった。

(大覇星祭のあの日。無理だと。自分で言っていたあの日)

(模擬戦闘は。完璧)

周りなど気にせず、今日は頑張ってみようと思う。
小さな魔法の巾着を抱え、第一歩を踏み出す。


上条の一つ前の席を借り、向かい合うように座ってお弁当を広げると、その気配に上条は気付いて顔を上げた。

「……姫神?」


788: 2010/06/16(水) 00:05:47.42 ID:H.jpee.o


―――――――――――――――


同日、常盤台中学寮。御坂、白井の部屋。

その夜、御坂美琴はイラついていた。

ビリビリと危ない放電をしながら携帯端末で見ているのは例の掲示板。
スレッドはどこからか認知度が上がり人も増え、そこそこ役立つところになってきた。

そこは今、一つの話題に関する書き込みで白熱している。


『愛情エンド一位を出したものが現れた』


(落ち着きなさい私……、冷静になれ……。嘘の情報に踊らされ、一周無駄にしてしまったことを忘れたの?)

現在、三週目に突入。

実は、ここに書き込まれた全くのデマを信じ二週目は失敗に終わった。あまりの怒りに彼女はスレを荒らして規制対象に
なってしまい。今はハッキングすることでそれを逃れている状態である。

『どんな子なの?』
『上条と一緒のクラスの子。転校してきた子で可愛いけど大人しくてそんなに目立たない感じの――』

バチンッ!! と少し大きめの電流が走る。

789: 2010/06/16(水) 00:06:34.82 ID:H.jpee.o

後方でおろおろとする黒子など眼中になくスレを読み進める。

(ああ……、どこのどなたか存じませんが、これ以上お姉さまを怒らせないでくださいまし……)

このニ、三日、部屋にいては心の休まる時間がなかった黒子は呟くように願った。
だがその願いも空しく……。

読み進めていくうちに、さらに電流の勢いは増していく。

『――で、今日の昼休みなんだけど、その子とね上条君がお弁当をね――』

バチバチと雷を纏い始め、

『午後の授業もずっと幸せそうな雰囲気出しちゃってさ――』

次で爆発する。

『イギリスで愛情エンド一位出たんだって!!』


「不幸ですわ……」

790: 2010/06/16(水) 00:07:40.98 ID:H.jpee.o


―――――――――――――――


同日、ロンドン、聖ジョージ大聖堂。

「行きましょう、ステイル。時間が惜しいので」

「ちゃんと任務の内容を聞いていたのか神裂? 今回の任務は危険な魔術師が何人も……」

「わかっています、行って全員倒してしまえばいいのですよね。わかっています、早く行きましょう」

「いや、だから入念な下準備が……」

「早く行きましょう、日中は一分一秒たりとも時間を無駄にしたくはないのです」

「おっ、おい!?」


「仕事熱心になりしは実に良き事にありけるわね」

791: 2010/06/16(水) 00:09:42.90 ID:H.jpee.o
続くかも、それより前スレの姫神祭りに乗り遅れたことが無念だ!!

706: 2010/06/20(日) 22:38:11.99 ID:yGMJckoo


―――――――――――――――


『新たなる光』隠れ家。

【上条当麻】
『だあァァああああああああああ!!!!!! ちょっとそこに直れ!!!!』

「んー? またしても説教されてしまいました。何が悪かったんですかね?」

「知らないって、あーもう今話し掛けんな」

「………………? レッサー、フ口リス、あなた達何をやっているの?」

「次代のイギリスを助ける貴重な戦力、そして私の旦那を将来担うあの少年を篭絡するための恋愛シミュレーションです」

「いつお前の旦那になったんだよ」

「それはもちろん! あのロシアでの熱く忘れられない一夜を――」


「くすぐ、あふぁあ、いひひ」


707: 2010/06/20(日) 22:39:01.83 ID:yGMJckoo


―――――――――――――――


同日、ロンドン、日本人街。天草式十字清教詰め所。

「教皇代理、頼みましたからね?」

「あんまし気が進まないのよな……」

「あなたがやらなくて誰がするんですか!! いいから行ってきてください!!」

溜息、そして鬱なオーラを全開で建宮斎字はトボトボと歩いていく、向かうは五和の部屋だ。
すぐに戸の前に着き、軽くノックして中にいる少女に話し掛ける。

「あー……、五和? 少し話がしたいのよな」

「建宮さん? はい、何でしょうか?」

その戸越しに声が返ってきた。辛い。それでも目的は果たさねば。

「…………最近ずっと部屋に篭りきりでみんながちょっと心配してるのよ。みんな楽しみにしてる食事の時も一人だけ部屋に
持って行って食べてるようだし……、たまには食卓を囲んで団らんもしたいのよな」

「大丈夫ですよ。睡眠時間はばっちしですし、食事だって一人じゃないですよ? 『彼』と一緒にとってますから」

「いや……」

「食事当番や、他のしなくちゃいけないことはきちんと全部やってます」

「えーっと……」

「大丈夫、私は大丈夫ですから――ちょっと、集中させてもらえます?」

「………………………………」

話は終わり。建宮はがっくり肩を落として情けなく下がるしかなかった。


天草式男衆の泣き声が聞こえる。


709: 2010/06/20(日) 22:39:58.85 ID:yGMJckoo


―――――――――――――――


「んー♪」

天草式の少女、五和。彼女は今 幸せだ。
遠き日本にいる想い人(近くにいても大体上手く話しかけられないし、二重の意味で)、その存在を手の中に収めているのだから。

【上条当麻】
『じゃあ、おやすみ五和』

「はいっ、おやすみなさい! …………ふぅ」

定刻である。ぱたん、と笑顔で幻想少年を閉じると次はノートパソコンを開いた。

(新しい情報はあるかな?)

五和は情報収集を欠かさない。
チェックするのは学園都市掲示板の例のスレッド、これが就寝前の日課になっている。

(……そういえば、この間の暴れてた人は規制されたそうですね、当たり前です。…………あれ?)

スレッドが大きく伸びていた、いつもの何倍だろう?
早速読み始めるが……、

(…………………………………………)

五和の顔はだんだんと感情が無くなっていく。それは他人からは何を考えているのか知ることの出来ない、全くの無表情へと。
カチカチとマウスの音だけが部屋に響く。


その中の一つの書き込みを見て、弾丸のように少女は部屋を飛び出した。
目的地はイギリス清教徒女子寮――。


「五和!! きっとわかってくれると信じてたのよざギャああああああああああああッ!?」

途中、建宮斎字が進路の邪魔をしたために跳ね飛ばされた。


710: 2010/06/20(日) 22:40:39.24 ID:yGMJckoo


―――――――――――――――


とある学生寮、土御門の部屋。

ひぃ~ふぅ~みぃ~よぉ~……。

そっちがイギリスの追加分。
ねーちんも黙ってよく働いてくれてるぜい、ばれてるんだからさっさと諦めて素直になっちまえばいいのによー。

こっちは大覇星祭で潜り込んだ中学校……からかにゃー?
あの最中フラグおっ立ててやがったのか!?

おおっ、これはこれはロシアからかにゃー! ロシア盛教にまで手を出すとはさすがぜよカミやん。
一体何人の女に旗立てれば気が済むんだ?

しっかし好調好調、ここまで売れちまうなんてにゃー。

アレイスターが気まぐれで作ったまま放置されてたカミやんAIを上条勢力を調べるためだなんて適当な理由引っ付けてゲームに
して売り出したのはまったく大成功だったぜーい! マネジメントの大体は俺の管理だし、儲けもほっとんど自由自在!

まさに濡れ手に粟ってやつかにゃー?
このまま舞夏とのラヴラヴハッピーマリッジ計画を大きく前進しちまうぜよ!

お次は何を出すかにゃー? 一度喰いついたお客様をしっかり満足させてあげないとにゃー!
ファンディスク、感謝パック、プラスシチュエーション……、キャラソンなんかもいい――

『とうまのばかァああああああッ!!』
『ぎゃああああああああああああっ!!』

今日もお隣は騒がしいし。
カミやんはホント幸せ者だにゃー。


861: 2010/06/22(火) 01:07:45.93 ID:djzRDm2o


―――――――――――――――


同夜、イギリス清教徒女子寮、神裂の部屋。

(遅くなってしまった……、ああもうあんな奴らなど構わず斬り捨ててしまえば……)

パタンと扉を閉め、彼女は早速電源を入れる。

「ただいま戻りました。当麻……」

【上条当麻】
『おかえり。遅くまでお疲れ様、火織』

その労いの言葉を聞くだけで、さっきまで波立っていた精神が安らぐのを感じる。しかしその時間は短い。

「今日もあまりお話できませんでしたね……」

神裂が焦っているのには理由があった。
ここ数日、出動が忙しくあまりプレイ出来ていない。そして何よりまだゲームクリアしていないのだ。

基本的にゲーム下手であり、さらに周りに隠れて(バレバレである)こっそり進めているのもあるのだが、寮の住人たちはよほど
暇なのかと疑ってしまうほどのめり込んでいる者達ばかり。食事の時など耳を傾けずとも入ってくる惚気なネタバレは毎度神裂を
苦しめていた。

『自分も早くエンディングが見たい!!』と。

862: 2010/06/22(火) 01:08:58.10 ID:djzRDm2o

【上条当麻】
『また話せるときに話せばいいだけだろ? どっかに行くわけじゃないんだからさ』

「そうなのですが……どうしてこんなに……」

神裂はどこか熱っぽい、だがゲーム内上条は徹夜させないというルールに従ってそれをさっと打ち切る。

【上条当麻】
『ほら、今日はもう一緒に寝ようぜ?』

「…………はい、おやすみなさい当麻」

仕方ない。そしてにっこりと笑う上条当麻には敵わなかった。
明日にはクリア出来るといいなという願いと、幻想少年を枕元に置いて神裂は眠りへと……


『女教皇様!! 開けて!! 開けてください!!!!』


神裂の安眠はドアを壊さんほどの乱暴なノックやノブを回す音、そして縋り付くような大声で阻まれた。

「その声は、五和……!? 何かあったのですか!!」

尋常で無いその様子にベッドから飛び降り愛刀を手にして――

『どうか!! どうか愛情エンド一位の攻略法をお教えください!!!』

「………………………………………………………………………………………………えっ?」


863: 2010/06/22(火) 01:10:44.07 ID:djzRDm2o


―――――――――――――――


同夜、イギリス清教徒女子寮、オルソラの部屋。

「……ねむねむ。アニェーゼさん、もう頭を上げてもらえないでございましょうか」

「恥を忍んでお願いします、虫のいい話だってのはわかってんです……けどっ!」

「何と言われましても私は、たまたま一位に辿り着いただけなのでございますよー?」


864: 2010/06/22(火) 01:11:42.58 ID:djzRDm2o


―――――――――――――――


次の日の夕方、学園都市、小萌のアパート。

「こもえー。遊びに来たんだよ!!」

「シスターちゃん、いらっしゃいなのですよー」

インデックスは小萌の家にお泊りにきていた。

「来て早々悪いんですけどー、お醤油切らしちゃってたのでちょっとの間お留守番を頼んでもいいですか?」

「はーい、いってらっしゃいなんだよこもえ! …………帰ってくるまで暇かも、う~ん」

相変わらず汚い部屋を見回して、

「掃除してあげるんだよ!」


「ふんふーんふんふー♪ あれ? 何なのかなこれ? ちょっと気になるかも」

目線が近いからこそ気付く、ぐちゃぐちゃな棚の下段に隠すようにある一つの箱……。
好奇心に負け、少女はそれに手を伸ばしてしまう。

「…………? これ、とうま……!?」

「シスターちゃーん! ちゃんとお留守番してましたかー?」

「「!!」」

「し、シスターちゃん……?」

「こもえ……、何なのかな、これ……」


865: 2010/06/22(火) 01:13:04.10 ID:djzRDm2o
次回で終わりたい!

失礼しました

324: 2010/07/07(水) 23:29:33.72 ID:oRg8/cko
おっし、17レスほど貰おうかー

前回
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4gep/1276704040/864

325: 2010/07/07(水) 23:31:11.92 ID:oRg8/cko


―――――――――――――――


スレッドは荒れていた。
『一位の子に上条が落とされるかもしれない』

不安、焦り。今日も一位へと繋がる攻略法は全く解明されず。その間もある女の子は上条と仲良く食事している。
苛立ちはやがて暴走に発展していく。


『自分たちも一位に辿り着けば上条を落とせるかもしれない』

どうすれば?

『製作者から直接、聞き出そう』


326: 2010/07/07(水) 23:33:50.80 ID:oRg8/cko


―――――――――――――――


(平穏だ……)

教室の窓から見える空は快晴、そよぐ風がツンツン頭の髪をやや揺らす昼休み。
ごく普通の、見た目だけはごく普通の男子高校生は、ぼんやりとそんなことを頭の中で呟いていた。

彼は、上条当麻は、不幸な少年である。

街を歩けば財布を忘れ、足元に注意していてもすっ転ぶ。スプリンクラーの誤作動を一人浴びてずぶ濡れになったり、便をずらして
飛行機に乗ればハイジャックにも遭遇できる。

ギャグのように降りかかるものから、その際限を知らず世界情勢に亀裂を起こすほどの問題に週単位で巻き込まれたりする。
そんなレベルの不幸だ。

「…………。美味しくなかった?」

一つ前の席を借りて向かい合うように座っているクラスメート、姫神秋沙が困った風に言った。

「――あ、ちがうちがう!」

はっとして上条は軽く手を突き出しぶんぶんと振って否定する。

先週からだろうか、上条は自身の運気が上昇し始めたような気がしていた。と言っても不幸プラスプラスが不幸プラスになった程度で
あるのだが、それがいつもの事とあまりにも馬鹿げたところに慣れてしまっているために、それだけでも彼は平穏だと思えてしまうの
だった。

こうして二人で一緒に昼食をとるようになって三日目。今日も姫神は上条にその料理の腕前を披露してくれている。

327: 2010/07/07(水) 23:35:12.03 ID:oRg8/cko

「?」

姫神の長い黒髪がほんの少し傾き、じゃあどうして? と疑問を尋ねる目線を送った。

「ええっと、ちょっと幸せだと思ってさ」

そう答えた彼の、ちょっと困ったような笑顔に、ガダンッ!! と彼女は椅子からずり落ちそうになった。

「――――――。ゎ。私………………も…………」

「ど、どうした、姫神? いや昼はいっつも醜い争いに貧相な食事ばっかだからさ、こんな平和的な時間を過ごしてることが……
 ……ん?」

上条はこちらを見ている視線に気付く。

不穏なオーラを発している吹寄制理がこちらを見ていた。吹寄は目が合うとキッ! と睨みつけ、そして『ふんっ!』っと息巻いて
自分の机の上に目を向けた。

(なんか変なこと言ったっけ……。それともまだ怒ってんのか……?)

「…………明日も。作るから」

「あ! いいのか? 俺ばっか味見しちゃってるけど……」

姫神は居住まいを正して、珍しく照れた様子でコクリと頷く。その仕草がまた可愛い。


328: 2010/07/07(水) 23:36:51.52 ID:oRg8/cko


(上条さんの生きてきた中でこんなにも平穏な日々があったでしょうか! いや無い!! 記憶喪失で半年そこそこの人生だけど多分
 今までにもなかったであろう!!)

いつも通りのちょっとした不幸は起きていた、無駄な労力を払わされたりもしている。

だが、姫神はお弁当のおかずを恵んでくれ。御坂は何故だか大人しく、会うたびジュースを渡してくるし。御坂妹は待ち構えていたかの
ように買い物を手伝ってきて。面識の薄い女子のクラスメートまでも上条が苦労しているとよく助けてくれ始めた。

(インデックスは相変わらずだが、運気は絶対に上がっている!)

少年はとことん鈍かった。

(わかんないのは吹寄だよな…………、こないだからずーっとあんな感じだし。そういや今朝の小萌先生もなんかおかしかったっけ……)

こないだ、というのはちょうど一週間前の話である。


329: 2010/07/07(水) 23:38:01.44 ID:oRg8/cko


―――――――――――――――


「上条当麻!! 貴様という奴はァあああああ!!」

その日も遅刻ギリギリで教室に入ってきた上条に、吹寄は猛牛のような勢いの頭突きを胸部目がけて炸裂させまた廊下へと突き飛ばした。
ここまで全力で走ってきて、さらに止めまで喰らった上条はもう立ち上がる気力を失くし、そのまま倒れた状態で怒鳴りつける吹寄と話す。

「俺が何をしたって言うんだ、吹寄……」

経験上、これを受け入れ、どこか諦めた声で上条は一応尋ねた。ピクピクと震え、さすがに涙目であったが。

「あんなもので金稼ぎをして!! 恥ずかしいとは思わないの!?」

吹寄がずんずんと近づいてきてそんなことを言った。はて? あんなもの……? と一瞬考えたが思い当たるものがあって、

「違う!! あれは土御門が――」

330: 2010/07/07(水) 23:39:20.09 ID:oRg8/cko

「何が違うこの馬鹿!!」

それは土御門が発案者であることは間違い無いのだが、仕事をしたのは上条で、既に報酬も貰ってしまった。

「ぎゃァああ!? 踏まっ、踏まないで吹寄さん!! 誤解なんですホントに売れるとか思ってなかったんです上条さんの『声』なんかを
 買う人がいるなんて微塵も思ってなかったんですッ!!」

それを聞いて勝手に納得でもしたのか、彼女は攻撃を一時中断する。

「……あー、そうよね。貴様はそういうやつだったわね、ったく」

「うう……? ふ、吹寄……!? 足どかせっ!」

「何よ? まだ終わっちゃ……?」

踏んづけて見下ろす、つまり股下にいる上条が目線をどっかに向けている。その意味に、その位置関係に吹寄が気付いた時、上条の
意識はしばしの間途絶える事になった。


331: 2010/07/07(水) 23:40:25.32 ID:oRg8/cko


―――――――――――――――


回想終わり。

(……まぁ、堅物な吹寄からしてみりゃあんましいい事やってるようにはやっぱ見えないんだろな。そういや昨日も一万振り込まれて
 たし、一体誰が買ってるんだ?)


「あの子は。元気?」

姫神は話題を探してそんなことを訊いた。まだ緊張気味で、よく見たならその顔にほんの少し紅をさしているのがわかる。

「インデックスか? あいつは昨日から小萌先生のウチに泊まりにいってるよ。そういや今日も小萌先生となんか話さなきゃいけない
 ことがあるとかで明日まで帰ってこれないとか言ってたな」

「……じゃあ。上条君は今日は一人なの?」

「うん」

そう、少年はどこまでも鈍かった。


332: 2010/07/07(水) 23:42:56.72 ID:oRg8/cko


―――――――――――――――


ムカつくことがある。三バカのうちの二人が作った怪しいゲーム機のことだ。
ふざけた中身、ふざけた値段。買うやつもバカだと思う、……そんなバカがこんなに多かったとは。

(あいつの何がそんなにいいわけ……? 良識を疑うわ……)

姫神さんには悪いけど、不真面目で、皆の邪魔ばかりして、それに人の下着どころか裸まで……、いいとこなんて一つも無いあんな
男のどこが!

ムカつくことはまだある。買った連中のことだ。

「…………」

今日もあいつを覗き見るように集まってる女子達に目を向ける。
彼女達は、月曜日からお昼を一緒過ごし始めた姫神さんに対して、よく聞き取れないがネガティブな言葉を吐いている。だがそんな
ことよりも、

(この一週間で皆の顔色、肌のつやが良くなってきてる…………)

もし原因があのゲームだとしたら? 人一倍の健康意識を持っている吹寄にはそれがとても気になるのだ。

ガダンッ!! と音がして、思わずそちらを振り返ると、姫神さんが慌ててるのが見えた。それからあいつがこっちに気付いて間抜けな
顔をした。ムカつく。

(絶対に買わない……!)

実際に効果があったとしても、あんなもの絶対に買わない! いや、そんな効果なんて元から無い!! あってたまるか!!
家に置いてあるコレクションを全部賭けてやってもいいわ!! 絶対に無い!!


333: 2010/07/07(水) 23:44:53.67 ID:oRg8/cko


―――――――――――――――


「なぁ、姫神。今さらだけどホントにいいのか? 今までのお礼ってのはわかったし嬉しいけどさ、別に今日じゃなくてもいいんだぞ?  それにほら、またインデックスがいる日でも……」

「…………。でも。今日じゃないとダメなの。今日を逃したら多分。次はずっと先になるから」

「……? そうなのか?」

「うん。そうなの」

橙色に染まる夕暮れの中、スーパーの買い物袋を両手に提げ、上条は隣を歩く姫神秋沙に聞いた。二人は上条当麻の住む学生寮へと向
かっている。何の話かというと、これから彼女は今晩の上条家の夕食を作りにいくのだ。

ところで、昼休みからの紆余曲折、暴走し始めるクラスメート達を蹴散らし奔走し、吹寄にまで承諾を得る涙ぐましい姫神の物語は
都合上、端折らせていただく。

(よくわかんねぇけど、姫神にも姫神の事情があるんだろうな。……にしても)

さっきから彼女は立ち位置が安定していない。上条にくっ付きそうになったり離れたりと主に横のベクトルでだ。具合でも悪いのかと
ちょっと心配になる。それに気のせいかもしれないがどこか息も荒いような……。

(そういや聞いてなかったけど姫神も一緒にメシ食べてくのかな……)

どうなんだろうかと聞いておこうと思ったその時。歩く二人の前に、道の茂みから二人の少女が現れた。正確にはそのうちの片方は
少女と言うと語弊があるのだが。

334: 2010/07/07(水) 23:46:42.90 ID:oRg8/cko

「インデックス? 小萌先生?」

「…………………………。どうして」

「とうま、何か言う事あるんじゃないのかな」

突然現れた上条家の居候シスターは、言葉に怒気を込めてこれまた唐突に尋ねてきた。その後ろにいる小萌先生は彼女の行動に
困り顔でおろおろしてらっしゃる。

「危うく騙されるところだったんだよ、急に焼肉なんて。それに……」

「えーっと、さっぱり何の話かわからないのですが……? それにお前、今日まで小萌先生のとこに泊まってくんじゃなかったのか?」

インデックスは姫神を一睨み。それに合わせて姫神はぷいっとあらぬ方向を向いた。

「…………姦淫は罪なんだよ、とうま。それに! やってることは売春夫と一緒なんだからね」

「かんいん??? ば、ばいしゅん?? 何だそりゃ。あっ、そういや今日のメシは姫神が作ってくれるんだぞ」

「…………これを見てもまだしらを切る!?」

「し、シスターちゃん!! なんで持って来てるんですか!?」


335: 2010/07/07(水) 23:48:22.07 ID:oRg8/cko

インデックスは袖から一台のゲーム機、小萌先生の家からこっそりと持ち出してきた幻想少年を取り出し上条に見せつけた。
ちなみにこの幻想少年は、土御門が小萌先生に目を瞑っていただくための賄賂として、タダで渡したものだったりする。

「あいさも買ったんだよね?」

「……………………。」

姫神はそっぽを向き、黙ったままの知らん振り。ただ素早く状況を理解していた。一方、全く理解出来てない上条は……、

「なんだそれ? 弁当箱か?」


上条の返答に、ぷつんっ! とインデックスの中で何かが切れた音がした。

すーっと手を挙げると、少女は箱型ゲーム機を上条に向けて投げつけ、小萌先生はそれを見て小さな悲鳴を上げ、急いで路上に落ちた
それを拾い上げた、殺意を全開にむき出す。

上条は後退りを始める。なんで怒っているのか、今投げつけられたものは何なのか、そんなことはどうだっていい。
彼の直感と肉体が告げている。ともかく逃げろよと。

両手に持っていた買い物袋が落ち、それが火蓋が切って。
少年達の叫び声が街へと響く。

「とうまの…………バカァァあああああああああああああああああああああああッ!!」


336: 2010/07/07(水) 23:50:37.63 ID:oRg8/cko


―――――――――――――――


「……………………姫神と小萌先生がいなかったら氏んでたな」


今、上条は学生寮の近くにある公園のベンチに座っている。

命からがら、それと二人の手助けで牙地獄から逃げおおせることは出来たものの、ダメージは深刻だ。全身に噛み付かれ傷痕だらけ、
走り続けた足は重く。日も沈みかけ、腹も減った。何もなければ今頃……、家に戻りたいがおそらく無理だろう、これからどうするか。

「よくわかんねぇけど、小萌先生の話だと土御門が悪い!! 悪いらしい!! 電話にもでねぇしあんの野郎――」

「いた。ねぇ、さっき一緒に歩いてた長い髪の子が噂の一位?」

見つけ出してぶん殴って、そう言いかけた言葉は、背後からのよく知った女子中学生の声と、頬の傍を通過した一筋の閃光がかき消した。

嫌な予感が止まらない。そーっと振り向くとそいつは、近づいただけで感電氏するのではないかという程の雷を周囲に撒き、一歩、また
一歩とゆっくりとした歩調でこちらへと寄ってくる。


(……神様、上条さんの冒険はここまでですか? あぁ、最近は大人しかったのになぁー……ってあれ?)


337: 2010/07/07(水) 23:52:44.88 ID:oRg8/cko


「お姉様、あくまでも保護が最優先です、とミサカは目的の再度確認を――」

「わかってるわよっ!! 今度は逃がさないって……。行くとこないんでしょ? 来なさい」

その後ろに御坂妹が隠れていた。どうやらこっちの事情を知ってる様子なのだが……。

「そ、そんなこと言って上条さんをどうするつもりであらせまするか!?」

「ど、どうもしないわよ!! いいから来なさい!」

「い、いやだ!! なんでそんなハァハァしてるんだ!?」

「お姉様、涎が――」

またしても魂が逃げろと命ずる。危ない、御坂美琴の顔が危ない。捕まれば一体どうなってしまうのか。しかし、駆け出そうにも
今の傷ついた上条の体力では、とても逃げ切れそうに無いのだ。

どうする? 右手を握り締め覚悟を決めようとした時、上条の身体は宙を舞っていた。

「おぁわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ~~~…………………………!?」

「なっ!? 逃がすかあぁ!!」

上条の絶叫。そして先程とは比較にならない閃光が走り、ドォン!! という音が同時に後方から聞こえて、木が三本ほど吹っ飛んだ。
彼が自分は宙を舞ったのではなく、誰かに抱えられその木の上を跳んでいるのだとわかったのは、もう公園の外へ出た後だった。


338: 2010/07/07(水) 23:54:16.24 ID:oRg8/cko


―――――――――――――――


上条はあるビルの屋上で降ろされた。途中で気付いてはいたが、改めて自分を助けた人物を見て上条は驚く。

「神裂!? なんでお前がここに!?」

「…………当麻。……火織と、呼んでください」

二メートルを越す日本刀を、その豊満な胸で抱きしめ、際どく太腿の付け根まで露になった片足で挟みながら、顔を赤らめて俯き気味に
そんなことを言う神裂は工口さがいつもの三割り増しになっている。工口い。だが上条はそれ以上に違和感を覚える。

(…………神裂ってこんなキャラだったっけ? それに下の名前で呼べって……)

またもや彼の何かが囁く。選択肢を誤るなと。

「………………か、火織? ありがとう助かった」

「………………………………はい」

恐る恐るそう言うと、神裂はまた一段と頬を赤らめた。なんだか可愛らしいと上条はそんな風に思った。とりあえず、どこかおかしいが
神裂は敵ではないようだ。少し安心してその場に座り込もうとする。

だが、残念ながら落ち着く暇は彼には無かった。


339: 2010/07/07(水) 23:55:34.93 ID:oRg8/cko


「当麻さん!!」

ズンッ! と空から降ってきた何かが沈む様な衝撃とともに、また背後から声をかけられる。今度も聞き覚えのある声だった。振り向く
と、槍を携えた少女の姿が。

「五和……! なんでお前までここうのぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおお!?」

「女教皇様!? 逃がしません!!」

言い切る間も無く、神裂がまた上条を抱きかかえビルの上を跳躍していく。
途中、一段低いビルに飛び降りる時、眼下に数十人のシスターの集団が駆けてくのが見えた。

不幸な少年の長い夜は、まだ終わらない。


340: 2010/07/07(水) 23:57:26.65 ID:oRg8/cko


―――――――――――――――


「アビニョンの時よりも!! ハードだぜい……ッ!!」

土御門は追われていた。学校を出てからずっとである。
誰に? わからない、突然に様々な人たちにともかく襲われたからだ。だから、追われている理由すらもまだわからなかった。

(まぁ、思い当たることなんてそこそこの数あるけどにゃー……)

現在、ビルとビルの隙間、その物陰にどうにか隠れている。そこから周囲を偵察すると偶然にもすぐ前の通りに指示を出していると
思われる人物を発見できた。

(建宮斎字……! 変な武器持ってところ構わず襲い掛かってきたのは天草式か!!)

学園都市の日常にとけ込み、姿は隠してはいるが殺気は隠しきれていない。「五和を、五和を取り戻すのよ……」よくわからないことを
周りいるメンバーと思われる者たちと呟き合ってる。しばらく監視していると数人のシスターが建宮に寄ってきた。

(どうなってる!? ランベスにいるはずの元アニェーゼ部隊!! 警備の連中は何やって――)

「いた!?」「こっちにはいないよ!!」「いい? 必ずあのグラサン猫男を見つけ出すのよ!!」

後方から駆けていく音と声。常盤台の制服に、同級生。あれは柵川中学だろうか、白衣を着たものまで。全員が土御門を探しているのだ。
彼女達も皆ごく普通の一般人だったなら土御門はこれほど苦労して逃げ回る必要は無かっただろう。

(ここも危険か。カミやんにも連絡取らないとな……。…………ッ!?)

「お姉様、目標を発見しました、とミサカはここに我々の勝利を確信します」

「土御門ね、余計なことせず大人しくついて来てもらえれば命の保証はするわ……って逃げんなァァああああ!!」


341: 2010/07/08(木) 00:01:16.90 ID:JPVQvkoo


―――――――――――――――


(超電磁砲!! 妹達!! あいつらまで俺に一体何のようだッ!!)

逃走の限界を感じる。
この手に関してもエキスパートでもある土御門だが、自信はすり減り、いつ捕まってもおかしくなくなっていた。


「ねぇねぇっ! 助けてあげよっか? ってミサカはミサカはすっごい魅惑的な助け舟を出してみたり!」

「……!! お前達は……!?」

追っ手を撒くため入り込んだ裏路地に、今度は十人ほど、別の妹達が待ち構えていた。彼女達を代表するように、幼いミサカが誇らしげに
先頭に立っている。

「大丈夫、ここにいるミサカはなんにもしないよ、ってミサカはミサカはちゃんと説明してあげてみたり!」

「……助けてくれるのか?」

「うん! でもねー、そ・の・代・わ・り・に……」

肩から斜めにかけていた小さなバッグからごそごそとあるモノを取り出す。

「これ! ここにいるミサカの分と――」

小さな彼女は微笑んだ。

「ミサカにも一つ、あの人で作ったこれが欲しいなっー、ってミサカはミサカはおねだりしてみる!」


                                                         おしまい

引用: ▽ 【禁書目録】「とあるシリーズSS総合スレ」-9冊目-【超電磁砲】