651: 2015/05/06(水) 22:24:01.11 ID:a20dGwkM0

十神「愚民が…!」腐川「医者なら救ってみなさいよ、ドクターK!」ジェノ「カルテ.5ォ!」【前編】
十神「愚民が…!」腐川「医者なら救ってみなさいよ、ドクターK!」ジェノ「カルテ.5ォ!」【中編】
十神「愚民が…!」腐川「医者なら救ってみなさいよ、ドクターK!」ジェノ「カルテ.5ォ!」【後編】

― 図書室 PM1:21 ―



「…………」


美術室を去った苗木は次に図書室へと入ると、医学書を取って十神の斜め前の席に座った。


「…………」

「…………」

「……何の真似だ」

「ん? 何が?」

「貴様程度の浅はかな小細工が通用すると思うか? はっきり言え。俺を見張りに来たと」

「十神君に用があるのは確かだけど、見張りに来た訳じゃないよ。……話がしたくて」

「俺は話すことなどない」

「……そうだね」


苗木は苦笑して少し肩を竦めると、再び本を読み始める。


「…………」

「…………」


しばらくそうしていたら、唐突に十神が声をかけた。


「……お前は何だ?」

「え?」

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652: 2015/05/06(水) 22:50:00.67 ID:a20dGwkM0

「ここにいる愚民達の中でも、更に何の才能も可能性もなくどうしようもないお前が何を足掻く?」


今まで本から顔を上げなかった十神が、初めて顔を上げて苗木を見た。
その瞳は氷のように冷たく、何者をも寄せつけない圧倒的な王者のオーラを放っている。
ただ崖の上から谷底を眺めるように、十神はごくごく自然に見下しているのだ。


「ドクターKになりたいのか? ハッ、身の程知らずとはまさにこのこと……」

「それは違うよ!!」

「…………」


苗木はいつもの穏やかな顔から一転、断固とした口調で否定し鋭い眼差しで十神を見据える。


「――僕は僕だよ。KAZUYA先生にも十神君にもなれないし、別になりたいとも思ってない」

「なら、何故無駄な努力をする。医師になりたいと思ったのは石丸の影響だけではあるまい?」


十神の視線は今にも苗木を刺し殺さんばかりに鋭いが、苗木も負けじと言い返した。


「今自分に出来ることがしたいんだ。十神君が脱出のためにコロシアイに乗るように、
 僕達は僕達の意志でコロシアイを止める。そのためにも医学が必要なんだ」

「お前は普通の医者が一人前になるのに何年かかるか知っているか? 海外の医大にでも
 行けば別だが、日本では通常六年。更にその後は研修医として数年修業する」

「…………」

「貴様はここに六年もいるつもりなのか? 俺は御免だな。そもそも、いくら超一流の医者が
 教えた所で、解剖用の献体も必要な機材も何もないこんな場所で、医者になどなれる訳がない!」

「じゃあ指をくわえて見ていろってこと?」

「そうだな。愚民は愚民らしく……」

「それは違う。そんなのおかしいよ!」

「…………」


普段はさほど自己主張しない苗木に明確に反駁され、この時だけは十神も僅かに怯んだ。


653: 2015/05/06(水) 23:06:46.51 ID:a20dGwkM0

その隙を突くように、苗木は毅然とした態度で滔々と反論する。


「確かに僕には才能がない。石丸君は努力をすれば何とかなるって言うけど、
 僕に石丸君並の努力が出来るとは到底思えないし、今だって知識は大分遅れてる」

「十神君の言う成功が、お金とか社会的な地位って意味ならきっと僕は永遠に成功出来ないと思う。
 でも、だからと言って僕達普通の人間が何もしなかったらどうなるの? この世界は僕みたいな
 平凡な人間が大半で、十神君達選ばれた人だって僕達の上に生活してる訳でしょ?」

「…………」

「十神君にとっては僕達はアリみたいな存在なのかもしれない。たとえアリが
 一匹いなくなっても群れには何の影響もない……。でも、僕達は人間なんだ」

「一人一人違う顔と名前があって、得意な物や苦手な物がある。僕が消えても社会に
 大きな変化はないかもしれないけれど、誰かには必ず影響があるはずなんだ」

「……黙れ」

「特に、この学園には僕達16人しかいない。なら、一人一人の影響力は
 普段よりもずっと大きくなるし、求められる義務や責任も大きいはずだよ!」

「黙れ……!」

「僕は才能がないことを言い訳に逃げたくないんだ。きちんと自分に与えられた
 義務や責任を果たしたい。それが僕にとって医学を学ぶ意味なんだ」

「黙れと言っている!」

「…………」


言いたいことを言い終えた苗木はやっと黙った。しかし、その目は黙ってなどいない。
言葉より雄弁に語り、未だに熱く激しく十神の心に訴えかけているのだ。

その目にKAZUYAの姿を垣間見た十神は、内臓に嫌な薄ら寒さを覚えた。


「説教くさいのはあの医者の影響か。全く……奴といい石丸といい貴様といい、うるさくて敵わん」


654: 2015/05/06(水) 23:34:54.60 ID:a20dGwkM0

頭にまとわりつく蝿を払うように、心底うっとうしそうな顔で十神は手を振る。

KAZUYAの知識や技術以外の部分、謂わば精神的な面を全く評価しない十神にとって、彼の人間性を
慕う苗木達は異教徒の信者同然だった。いもしない神を崇める偶像崇拝のようで、ただただ不快なのだ。


(噂に聞く宗教の勧誘というのもこんな感じなのか? 全く、気味の悪い……)

「もう言いたいことは言っただろう。さっさと帰れ。この俺にこれ以上説教するつもりか」

「僕は別にお説教に来た訳じゃないよ。先生や石丸君の言葉でさえ届かないなら、
 今更僕が何か言った程度じゃ十神君は変わらないでしょう? 僕が言いたいのは……」

「――“十神君がいなくなったら寂しい”ってことだよ」

(……は?)


心底寂しそうな顔をする苗木に、思わず十神も沈黙した。


「…………」

「言ったじゃない。ここには16人しかいないんだから、一人一人の存在感が大きいって……
 だから、僕は十神君がいなくなったらきっと寂しいと思うんだ」

「……馬鹿馬鹿しい。寂しいならさっさと誰か頃して外に出ればいいだろ。
 俺はお前達などいなくとも少しも寂しくないがな」

「ハハ、十神君ならそう言うと思ったよ。……十神君はさ、さっき六年もこんな所にいるのは
 御免だって言ったけど、僕は16人みんな揃っているならそれでも別に構わないかな」

「正気か? いくら影響力のない凡人でも、六年もいなくなれば本当に存在が消えるぞ」

「それでもいいよ。誰かを、自分にとって大切な人達を頃すくらいならさ――」

「……お前達と話していると俺の頭がおかしくなる」


十神はスッと立ち上がると、鋭い瞳で苗木を見下ろす。
それは今までの小馬鹿にしたものではなく、見定めるような挑戦的な目だった。


「――いいだろう。凡人にも意地があると言うのなら、最後まで足掻いてみせろ」

「言われなくてもそうするよ。僕は絶対に諦めない……!」


655: 2015/05/07(木) 00:04:50.55 ID:AKT+7By70

十神が去った後も、苗木は熱心に自習をしていた。しかしふと先程の会話が脳裏に蘇り、思う。


(どうしてだろう)

(僕の言葉なんかで十神君は変わったりなんてしない)

(コロシアイを思いとどめることは勿論、仲間になんて到底なってくれない)

(でも、さっきのあの一瞬だけ……)

(十神君と心が通じたんじゃないかって、そんな気がするんだ)

(……僕の思い上がりかもしれないけどね)


十神の目つきはいつもと何ら変わらない厳しいものだったが、それでもどこか穏やかに見えた。
それは、十神がKAZUYAと真剣にぶつかり合っている時の目に少し近いかもしれない。


(一緒に何かすることじゃなくて、たとえ敵対してでも正面から向き合うことが)

(十神君と仲間になる、ということなのかもしれない――)


ほんの僅かかもしれないが、あの一瞬十神は苗木を認めた。

その事実に、苗木は確かな手応えを感じたのだった。




666: 2015/05/19(火) 20:59:33.75 ID:PZa+1bm70

               ◇     ◇     ◇


「少しよろしくて?」


珍しくセレスがKAZUYAを呼び止める。いや、最近は以前に比べたら少しずつ
話すようになってきたからそう珍しくもないか、等と思ってKAZUYAは立ち止まる。


「構わないが」

「ここでは話しづらいので、わたくしの部屋に来てください」

「?!」


前言撤回。もはや珍しいどころか異常事態である。


(まさか、この女……俺を頃す気か?!)


元々疑いを持っていた相手にいきなり部屋に招待されたことも驚きだが、何より
それが動機を配られた日という驚異のタイミングである。警戒せずにはいられない。


(しかし俺を狙うとは……大胆と言うか、早とちりだといいが……)


違うなら違うで天変地異の前触れではないかと心配しつつ、KAZUYAはセレスについて行った。



― セレスの部屋 PM1:44 ―


部屋に入ると女性の部屋特有の何とも言えないほのかな甘い良い香りがしたのだが、
KAZUYAにそんなものを楽しむ余裕はない。悪い意味で心臓の鼓動が高まる。


(安広が華奢なのは間違いないはずだ。江ノ島のような鍛えた体でないのは見ればわかる)


そうなると、考えられるのは待ち伏せだ。


667: 2015/05/19(火) 21:09:57.15 ID:PZa+1bm70

(……大の大人が隠れられるとしたら、ベッドの下かシャワールーム)


特にベッドの下に刺客がいたら不味い。くるぶしを銃で
撃ち抜かれでもしたら、戦うどころか逃げることすら危うくなる。


「君の部屋は随分色々物があるな。全てモノモノマシーンで手に入れたのか?」


KAZUYAはおもむろにチェストの近くに近寄ると、置いてある小物を手に取った。


「あのマシーンは本当に便利ですわ。大きい物から小さい物まで何でも出てきますし」


チェストの上にはジャネル、アナスィなど名だたるブランドの化粧品が
置かれているが、男のKAZUYAにその価値がわかるはずもない。


「しかし、これだけ揃えるならかなりのハズレもあったろう?」

「あら、超高校級のギャンブラーを舐めてもらっては困りますわ。最小限のリスクで
 最大のリターンを得るのがわたくし。欲しいものくらい簡単に引き当ててみせます」

「それは凄いな。……おっと」


KAZUYAはマニキュアの瓶を戻す振りをして床に弾く。丸い瓶は狙い通りベッドの下に入った。


「失敬」


すぐに拾う振りをしてKAZUYAはベッドの下を覗き込む。


(ベッドの下には何もなし……あとはシャワールームか……)


KAZUYAはすぐに瓶をチェストに戻す。しかし、シャワールームは難関だ。
大の男が女性の部屋のシャワールームを覗いたりしたら変Oのそしりは免れないだろう。


「そういえば、女性の部屋のシャワールームは鍵が付いているそうだが、ちゃんと鍵はかかるか?」


苦し紛れに浮かんだ言葉を言ってみる。


668: 2015/05/19(火) 21:20:06.51 ID:PZa+1bm70

「鍵ですか? かかりますが、それが何か……?」

「いや、もし暴漢でも押し入ったらと思ってな」

(……やはり苦しかったか)


仕方ない、もし襲って来られたらそこのテーブルを蹴り上げてぶつけ、相手の武器を奪い……と
KAZUYAはどう考えても医者ではなく特殊部隊の隊員のようなシミュレーションをし始める。

……が、意外にもセレスは自分からツカツカとシャワールームの方に行き、ドアを開けて見せた。


「ほら、ちゃんと動きますでしょう?」ニコッ、カチャカチャ

「……そのようだな」

「女性の部屋のシャワールームが気になるなんて、見かけによらずウブなのですね」ウフフ

「そういうつもりはない……!」

「まあ、こちらに注意が行っていると落ち着いて話せないでしょうしね?」


苦い顔のKAZUYAを見て、セレスはクスクスと笑う。


(どうも彼女と話すとペースを崩される。苦手だな……)

「とりあえず座ってくださいな」


KAZUYAは椅子の背に手を掛けるが、セレスは何とベッドに座って横を手でポンポンと叩く。


(横に座れと言うことか?)


筋力のない彼女がKAZUYAを[ピーーー]なら、銃は必須だろう。セレスに付いて行く際、KAZUYAは
彼女のジャケットが不自然に膨らんでいたりしていないか注意深く観察していた。


(上着の下には何もなかった。だが、スカートの下はわからんな……)


もし武器を取り出そうとしても自分が取り押さえる方が早い。
そう判断して、KAZUYAは少し離れた所に座る。


670: 2015/05/19(火) 21:29:14.55 ID:PZa+1bm70

筋力のない彼女がKAZUYAを頃すなら、銃は必須だろう。セレスに付いて行く際、KAZUYAは
彼女のジャケットが不自然に膨らんでいたりしていないか注意深く観察していた。


(上着の下には何もなかった。だが、スカートの下はわからんな……)


もし武器を取り出そうとしても自分が取り押さえる方が早い。
そう判断して、KAZUYAは少し離れた所に座る。


「何でそんなに離れて座るんですの?」

「女生徒の隣に座るのは少し、な」

「舞園さんや朝日奈さん相手にもそんなに離れて座ります?」

「…………」

「……呆れましたわ。まさかそこまで警戒されているなんて。ボディチェックでもします?」


セレスがスカートのあたりをヒラヒラさせる。確かに何かを仕込んでいるようには見えなかった。


(ここまで言うのなら本当に大丈夫なんだろう。が……狙いがわからんな)


もしかして、腕力では敵わないから篭絡でもする気なんじゃ……とKAZUYAは心配になってきた。
元々マークしていたセレスにこのタイミングで呼ばれ、とにかく疑惑でいっぱいなのである。


「それで、部屋でないと話せないこととは何だ?」

(脱出についてか? ならば部屋ではなく脱衣所で話すのが妥当だが)


他に部屋でなければ話せない話題などあるだろうかとKAZUYAは頭を悩ませるが、
そんなKAZUYAの悩みなど吹っ飛ばすようにセレスはその上を行った。


「わたくし、実は出来てしまいましたの……」

「出来た? 何がだ?」

「先生の子供です」

「」


671: 2015/05/19(火) 21:38:53.77 ID:PZa+1bm70

一瞬己の耳を疑う。そして、ワンテンポ遅れて叫んだ。


「……ハァアッ?!」


ギョッとし、その勢いのまま思わず立ち上がる。


「な、何を言っているんだ君は……?!」

「ほんの冗談ですわ」

「冗談だとっ?!」


二度目の衝撃で思わず声が裏返りかける。しかし、KAZUYAの
そんな顔を眺めながらセレスは楽しげに笑っていた。


「冗談に決まっていますわ。それとも先生、まさか心当たりがおありで?」

「……ある訳ないだろう!!」


やっぱり苦手だ、この女……! と心の中で酷く毒づく。


「西城先生もそんな面白い顔をするのですね。良い収穫を得られました。
 こんなことなら写真に撮っておけば良かったですわ。ほら、こっちを向いて」


アルターエゴをKAZUYAが管理することになり、不要になったカメラは山田に返していた。
それを非情にもセレスが徴収したらしく、パシャパシャと不機嫌そうなKAZUYAを撮っている。


「……帰るぞ」

「まあ、お待ちになって。まだ何も話していないではありませんか」

「これ以上何を話すんだ……」

「素晴らしいお知らせです」

「知らせ?」


ろくなものではないだろうなと直感する。事実、彼にとっては心の底からどうでもいいことだった。


673: 2015/05/19(火) 21:45:36.77 ID:PZa+1bm70

「おめでとうございます。西城先生は本日を持ってCランクに昇格しました」

「Cランク?」

「はい。Cランクです」


ニコニコと語るセレスの顔を見ながら、彼女が他人をランク付けする癖があるのを思い出した。


「元々西城先生は素質だけなら十分Cランクに上がる資格はあったのです。
 超国家級の医師で地位も名誉もあり、頭も良くわたくしを守れる強さもあります」

「……ああ、うん」


言葉には出さないが、外見も悪くないしと付け足す。むしろ面食いのセレスにとっては
これが一番大事だ。他がどんなに良くても外見が標準以下なら眼中にも入らない。


「先生があのセンスを疑うダサくてボロボロの赤シャツをやめてくれて本当に
 良かったですわ。マントは今度わたくしが綺麗なのを買って差し上げます」

「?!」


確かに今のKAZUYAは両腕の包帯を隠すためにワイシャツを着ているが、世間的に
一番問題なのはあの仰々しい黒マントであろう。が、メルヘンな雰囲気を好み耽美好きな
彼女は例に漏れずヴァンパイアが大好きなので、黒いマントは問題ないらしかった。

しかし愛用の赤シャツを悪く言われたKAZUYAも黙ってはいない。


「ボロボロなのは確かに良くないとは思うが、赤いのはちゃんと理由があるんだ。
 返り血がついた時に目立たないようにだな……」

「いくら医師とはいえ、日本にいたらそんなにしょっちゅう返り血なんて浴びないでしょう?
 手術中は手術着を着ていますのに。大体ボロボロなのは衛生的によろしいのですか?」

「……洗濯はしている」


新人の看護婦が自分を見たら決まって服装についてヒソヒソしているのはKAZUYAも
重々承知しているので、ここを突かれると痛かった。適当に咳ばらいをして話を逸らす。


674: 2015/05/19(火) 21:55:34.71 ID:PZa+1bm70

「ウオッホン……それで? ランクが上がると何かあるのか?」

「Cランクになるとわたくしのナイトになる権利を得られます」

「ナイト?」


あまりにセレスの発言が突飛過ぎて、思わず夜を意味するNightを最初に浮かべる。
男女で夜に関連するものは……とここまで考えて、そんなことを思いつく自分に自己嫌悪した。


(いや、ここは普通にKnightか。何を考えているんだ、俺は……)


しかし、ナイトはナイトで意味がわからん。彼女の騎士って何のことだと
KAZUYAが思っていると、セレスは満面の笑みで言い放ったのだった。


「わたくしのナイトになれば、いつでもわたくしの側にいてわたくしを守る栄誉を得られるのです」

「…………」


く、くだらなすぎる……

KAZUYAはもはや隠しもせず盛大に頭を抱えた。


(……わざわざ部屋にまで招待して一体何を話すのかと思えば、まさかままごとの相手を
 頼まれるとは……俺を信頼してくれたのか? それともこれはブラフで他に何かあるのか?)


いっそブラフであってほしい。これは演技で言っているのだと思いたい。
しかし、残念ながらセレスはどこまでも本気だった。彼女はそういう人間なのだ。


「あら、嬉しくありませんの? Cランクの人間は現在西城先生一人。
 つまり世界中でたった一人のCランクなのですよ?」

「あぁ、そう……」

「しかも、先生にはまだまだ可能性を感じます。もしかすると史上初のBランク、いえ
 最高位のAランクにすら到達するかもしれません。これは本当に凄いことなのですよ?」

「……そーだな」


675: 2015/05/19(火) 22:03:52.78 ID:PZa+1bm70

珍しく興奮気味に話すセレスとは対照的に、KAZUYAは冷めていた。それはもう、冷蔵庫に
入れたコーヒー並に冷めていた。子供の遊びに付き合うには彼は大人過ぎたのだ。


「拒否権はありません。先生にはわたくしのナイトになって貰いますから」

「……付き合い切れん。帰る」


立ち上がろうとしたKAZUYAの手をセレスが掴む。そのまま彼女は間髪入れず真横に詰めてきた。


「安広?」

「……わたくし、怖いんですの」


セレスは見たこともない弱々しい表情でKAZUYAを見上げる。
その意外さに、思わずKAZUYAは立ち上がりそびれてしまった。


「また動機が配られて、今度こそ氏人が出てしまうのではないかと、恐ろしいのです」

「…………」


KAZUYAは男である。それも一般的な男よりもずっと男らしかった。
故に、女のこのような表情にはやはり弱いのである。


「出すものか。俺が絶対に防いでみせる!」

「ですが、既に三回も事件は起こってしまっていますわ。モノクマは
 人間の心理を読むことに長けている気がします。きっと今回も……」

「霧切か舞園あたりに聞いているだろう? 今日の夜時間に男子は男子、女子は女子で
 一箇所に集まり互いに見張り合うことになった。だから事件など起こしようがない」

「そう、ですわね……」


セレスはKAZUYAの手をギュッと掴む。その手は日焼けしてゴツゴツしているKAZUYAの
大きな手とは違い、小さくて白く繊細だった。少しだけ、握り返してやる。


676: 2015/05/19(火) 22:15:44.69 ID:PZa+1bm70

「…………」

「…………」


無言のまま、二人の視線が交錯した。その時――


「タってますね! それはもうビンビンにタってますよ!」

「!!」


いつの間にかモノクマが部屋に入って来てニヤニヤと笑っていた。


「ハッ?! 立っているだと? ……何がだ?」

「もう、先生ったらイヤらしい想像しちゃって~。立つって言えばフラグに決まってるでしょ?」

「フラグ? ……ああ、Flagのことか。それで、一体何の旗が立ったんだ?」

「わかってるクセにとぼけちゃってぇ~。『セレス、シャワーに入って来いよ』。
『……二人きりの時は多恵子と呼んでください』。なーんちゃってなーんちゃって!」ブンブンッ!

「……は?」


抱き着く仕草をして唇を尖らせているモノクマが何とも憎たらしい。


「何のためにシャワールームにはカメラが付いてないと思ってるの?! 人目を気にせず
 好きなだけキャッキャウフフしてアンアンちゅっちゅするためでしょっ!!」

「…………」

「アウトですわね」

「あぁ……」


もはや呆れ果ててKAZUYAは言葉も出ない。逆にセレスはつまらなそうに髪をいじっている。


677: 2015/05/19(火) 22:29:55.13 ID:PZa+1bm70

「…………」

「…………」

「……あれ? もしかして、ボクっておジャマ虫?」

「あなたがかつて邪魔でなかったことなどあったでしょうか?」

「今すぐ出て行け。出て行かないなら俺が出て行く」

「ショボーン。ボク、空気読めてなかったね。どこかの風紀委員並にKYだったね……ではではごゆっくり」


モノクマは掻き乱すだけ掻き乱すと、早々にその場を去って行った。
二人は気まずい空気の中取り残される。


(しかし、モノクマに邪推されても仕方ない。確かに女生徒の部屋に長居するのは良くなかった)

「では俺もこの辺で……」


だがセレスは掴んだ手を放してくれない。


「記念ですし、もう少しだけ……」

「昇格記念か?」

「…………」


そう聞くと、セレスは何も言わずに微笑んだ。

その笑みにいつもの妖艶で怪しげな雰囲気はなく、――どこか寂しそうに見えた。


「……少しだけだぞ」


KAZUYAは小さくため息をつくと、しばらくの間そのまま黙って付き合ったのだった。


686: 2015/05/31(日) 01:32:48.96 ID:iCwha6G60

               ◇     ◇     ◇


(少し疲れたが、まだまだ休んではいられん。次は……)

「あら、ドクター。そんな所に突っ立ってどうかしたのかしら?」


振り向くと、やや険のある表情をした霧切が立っていた。


(霧切か。この間の件もあるし、最近少しピリピリしているようだ)

「なに、今は生徒一人一人と出来る限り話すようにしていてな」

「お疲れ様ね。私は調査をしていたわ」

「何か発見が?」

「残念ながら……」

「……そうか。では休憩ついでに茶でも飲むか? お互い疲れているようだしな」

「そうさせてもらうわ」


食堂に入りKAZUYAと霧切はコーヒーを飲む。


「君は本当にコーヒーが好きだな」

「ドクターはどちらかというとお茶が多いですね」

「特にこだわっている訳じゃないんだがな。人が淹れてくれた物は何でも飲むよ。
 ……そう言えば、昔ある人からコーヒーは胃に悪いからやめろと言われたことがあった」


KAZUYAが入り浸っていた寺沢病院の名物患者であるその人物は、素人でありながら医者顔負けの
豊富な知識を持ち、通称氏神博士と呼ばれ医師と看護婦達からは大いに恐れられていた。


「確かに、ブラックでたくさん飲むのはあまり良くないかもしれん」

「あら、コーヒーはこの香りと苦みが良いのに。全てを飲み込むような
 この黒い色に、白を入れて台無しにするのは勿体ないわ」

「やはりこだわりが?」


687: 2015/05/31(日) 01:43:43.06 ID:iCwha6G60

「そうね。コーヒーは品種以外にも色々違いがあるから……ドリップだけでも
 通常の紙、布、水出しと三種類あるし、焙煎度だって日本では八段階も存在します」

「ほう。そうなのか」

「600年以上の歴史があるんだもの。品種も飲み方も国の数だけあるに決まってるわ」


ただ、と霧切は続ける。


「これはトルコの諺だけど『コーヒーは地獄のように黒く、氏のように濃く、
 恋のように甘くなければならない』。私も同じように考えています」


どこかミステリアスな雰囲気を持つ探偵の霧切が言うと、その言葉はより深みを感じられた。


「成程な。俺はちっとも知らなかった。……コーヒーだけじゃないな。服装も……ハァ」

「どうかされました?」

「みんな普通にワイシャツを着ていた方が良いという。そんなに普段の俺は酷い格好なのか?」

「…………」フッ


霧切は何も言わず、優しい微笑みを浮かべながらそっと目を逸らす。


「……そういう反応はこてんぱんに言われるより傷付くぞ」

「ファッションは個人の好みですから、私から何か言うことはありません。ただ一つだけ
 アドバイスをさせてもらうと、……裾が破れているのは問題外だと思います」

「そうだな……」


流石のKAZUYAもその点だけは素直に認めざるを得なかった。珍しく項垂れて落ち込む。


「……何と言うか、今時の子はみんなオシャレだな。君もこう、服の着崩し方とか
 片側だけの三つ編みが……えーと、シャレているというか」ポリポリ

「あら、無理に誉めなくてもいいのよ?」


688: 2015/05/31(日) 01:58:25.35 ID:iCwha6G60

「嘘は言ってないさ。俺の素直な気持ちだ」

「なら、私も素直に喜びますが」クスリ

「学園長が見せてくれた昔の写真でも三つ編みだったな。その時は確か両側だったが」

「片方だけにしたのは、あの事件からね。手袋と同じ、全てはあの事件を忘れないために……」

「……すまない。余計なことを言った」


希望ヶ峰の生徒はそのアクの強さを示すかのように奇抜なファッションが多いため、てっきり
霧切もオシャレの一環かと思ったが、予想外にシリアスな返答だったためKAZUYAも慌てる。


「気にしないで。そういう生き方を選んだのは私自身だもの」

「……もしかして、君が探偵にこだわる理由は一族の使命以外にもあるんじゃないか?」

「…………」


踏み込むかどうか逡巡するKAZUYAだったが、思い切って聞いてみた。


「父親との、繋がりでは――」

「馬鹿馬鹿しい。あの男は一族の誇りを捨てたのよ。私が探偵でいることとあの男に何の関係が?」

「いや……父親に見せたかったんじゃないかと。立派になった自分の姿を」

「…………」

「君が探偵として立派に一族の跡を継いでいれば、学園長が負い目を感じることはない。だから……」

「フゥ……何故私がこの学園に来たか。ドクターには特別に教えます」

「スカウトが来たからでは……?」

「ドクター、私は探偵よ? どんなにたくさん事件を解いて業界で有名人だったとしても、世間的な
 名声は皆無だわ。でも探偵としてはそれが正しい。探偵は表に出るべきではないと思います」


かつては探偵図書館なるものが存在し、その得意ジャンルや実績ごとにランク付けもされていたが、
霧切にとって忘れられないあの事件と共に闇に埋もれた。何より、図書館が閉鎖されなかったとしても
霧切は登録を抹消するつもりだった。だから、どの道一般人に彼女の名が知られることはないのだ。


689: 2015/05/31(日) 02:05:18.25 ID:iCwha6G60

「……だから、私は自ら希望ヶ峰に自分の実績を売り込んでこの学園に入学した」

「何のために? 探偵は目立ってはいけないのだろう?」

「――父に絶縁を言い渡すためです」

「…………」

「まあ、会う前にこんな事態に巻き込まれてそれどころではなくなってしまったのだけれど」

(霧切は気付いているのだろうか……)


本当に顔も見たくない程嫌悪しているのなら、探偵の矜持を捨てわざわざ自分を売り込んでまで
希望ヶ峰になど来るはずもない。そもそも、そんな面倒なことをしなくても電話一本すれば仁は呼び出しに
応じるはずだ。彼が娘に強い未練を持っているのは、付き合いの浅いKAZUYAにもわかる程なのだから。

第一、一度入学してしまえば折角絶縁を言い渡したのに最低三年間は顔を会わすことになる。


(……聡明な彼女がそれに気付かなかったとは思えないが)


気付かなかったのではなく、気付かない振りをしているのだろう。つまり霧切の本心は……


(――これ以上は野暮と言うものだ。彼女が自分で気付くべきだろう)

「疲れていたが、君と話せて良かった。そろそろ見回りに戻らなければならん」

「力になれたのなら何よりだわ。いつでも話しに来てください」

「ああ、君と話すのは楽しい。また話そう」


霧切と別れた。彼女と少し親しくなれたようだ。

……彼女が心を開いてくれるのもそう遠くない、とKAZUYAはぼんやり感じていた。


690: 2015/05/31(日) 02:10:26.19 ID:iCwha6G60

               ◇     ◇     ◇


(一通り回ってきたが、特に異常はないな……)

「ウーッス。せんせー!」

「桑田か」


廊下をぼんやり歩いていたKAZUYAに桑田が話し掛けた。


「見回り終わったか?」

「ほぼ、な。今のところは特に問題ないようだが」

「じゃあさ、少し息抜きしね?」

「?」


・・・


カキーン!

小気味の良い男が体育館に響く。


「そーそー! この音だよ、この音! 久しぶりに聞いてスッキリしたわー」

「……お前、俺をピッチングマシーン代わりにしたかっただけじゃないか?」

「そんなことねーって! 普段は大和田に頼んでるんだけどよ。やっぱパワーはせんせーが一番だな!」ヘラヘラ

「まったく……調子の良い奴め」

「お礼に後で茶でも出すから! な? な?」

「わかったよ。気が済むまで付き合ってやる!」ビュッ!


691: 2015/05/31(日) 02:19:10.06 ID:iCwha6G60

― 桑田の部屋 PM5:12 ―


「あー、久しぶりにがっつり打ってスッキリしたぜ!」

「別に俺でなくとも、例えば大神でも務まるんじゃないか?」

「大神かぁ。パワーは文句なしなんだけどさ、球技はイマイチとかでちょっとコントロール甘くて。
 その点、せんせーはストライクゾーンにしっかりバッチリ投げ込んでくるからな!」

「緊急時にメスを投げたりするから、コントロール力はそれなりに自信がある」

「へー、やっぱ医者ってメス投げたりするんだ?」

「いや、メスは本来投げる物ではないが……」


この話をすると大概の人間は驚いたり呆れたり場合によっては怒られることすらあるのだが、
漫画の影響なのか桑田にすんなり納得されてしまったため、自分でこっそり訂正する。


「ま、いいや。ほら、付き合ってもらった礼に茶でもどーぞ、と」

「お前が煎れた訳でもなかろうに」フフ


ペットボトルの緑茶をコップに注いで、二人は色々積もる話をする。


「舞園とは最近どうだ?」

「特に問題なくやってるぜ? パーティーの後も、時々ボイトレ付き合ってくれるし」

「フム、随分打ち解けたんだな」


前より会話が増えていたのはKAZUYAも知っていたが、パーティーの後も
自主的に会って練習しているというのは予想外だった。


「正直まだぎこちない時もあるけどよ。話さないともっと気まずくなるっしょ。
 ま、時間が解決してくれるってヤツ? 俺流にゆるーくかるーくやってこうっつーワケ」

「頼もしい限りだな」

(……良かった。実は心配していたんだ。舞園も無理をしがちだからな)


ほとんど顔に出さない舞園だが、今でも時折桑田の顔色を窺っている節があるのを
KAZUYAは知っている。だから、桑田の方から舞園に歩み寄ってくれて非常に助かったのだ。


692: 2015/05/31(日) 02:25:24.79 ID:iCwha6G60

「俺達のことは心配すんなって。苗木先生も間に入ってくれるしな」

「それ、流行っているのか?」

「たまたまさ、イインチョの真似して呼んでみたら苗木のヤツめっちゃおもしれー顔するからよー。
 それからハマっちまってさ。せんせーも今度やってみ? マジウケっから」ケラケラ

「程々にしとけよ?」

「でもさぁ、石丸ほど専門的なことは言わねーけど、ビタミンが偏るとどうなるとかストレスは
 脳のどこそかに悪いとか、なんか医者っぽくなってきたぜ? 二人も後継者できて良かったじゃん」

「フフ、そうだな」


意図せずに自然と笑みがこぼれる。肩に力が入りがちなKAZUYAにとって、桑田の緩さは時に薬となった。


「あ、そうだ。折角だし新曲披露しよっかな。最近の俺チョー絶好調でよ、舞園にも
 ここを出る頃には桑田君の方が上手くなってるんじゃないですかなーんて言われちゃって!
 マジで、LEONフューチャリングSAYAKAが実現しちゃうかもしれねー!」

「ほう、お前が舞園より上手くなるならあと二十年は脱出出来んな?」

「ひでー。そこはせめて十年にしてくれって」


ギターを担いで桑田は歌を披露し始める。


(まだまだ荒削りだが、それでも最初に比べたら随分と上手くなった。
 才能も大事かもしれないが、やはり一番重要なのは継続だな)

「前より更に上手くなった。良くなったよ」パチパチ

「それ、暗に前はヘタだって言ってね?!」

「そんなことないさ。また今度聞かせてくれよ」

「おう! ……あ、今日の夜は全員で保健室だっけ? 色々遊ぶ物持ってかねーとなぁ」ジャカジャカ♪

「詳しい話は夕食の時にするつもりだ。時間もちょうどいいし、そろそろ行くか?」

「そーだな」


桑田を伴い、KAZUYAは食堂へ向かった。


717: 2015/06/07(日) 23:29:00.61 ID:YcxeSJJD0

               ◇     ◇     ◇


十神と腐川が遅れてきたことを除けば、生徒達はほぼ同じ時間に食堂に現れ食事を取った。
ほとんどの生徒が食べ終わり落ち着いた頃、KAZUYAは生徒達と目を合わせおもむろに立ち上がる。


K「……食べながらでいいが、みんなに聞いてもらいたいことがある」

葉隠「なんだぁ?」

江ノ島「なにさ。なんかやるの?」

K「今日の夜時間についてだ。知っての通り、今朝モノクマから動機が言い渡されたな」

山田「……!」

十神「フン」

K「金なんかで人を頃す奴はいない。俺自身心の底ではそう思っているが、
  わざわざこの段階で出してきた動機だ。何の手だてもしないのは愚かだろう」

K「よって、今日の夜時間は全員に一堂に集まって過ごしてもらう。といっても
  男女は別で、男子は保健室、女子は舞園の部屋に集まってもらうことにした」

朝日奈「あ、さっき舞園ちゃんが言ってたお泊り会だね! 楽しそう!」

山田「楽しそうって……要はお互いの監視じゃないですか」

大神「そういうことであろうな」

K「否定はしない。だが、一人でいるとモノクマにたきつけられる可能性もあるし、
  そもそも百億円はフェイクで別に動機を配られている人間もいるかもしれん」

葉隠「あー、それはあるかもなぁ」

江ノ島「…………」

江ノ島(流石、西城……鋭い。内通者の存在はある意味別の動機に当たるからね……)

舞園「見張りだなんて堅く考えず、親睦を深めるパジャマパーティーのつもりでやりましょうよ」

腐川「パジャマパーティー? ……ア、アタシも行っていいの?」

舞園「勿論ですよ!」

腐川「うふふ……お泊り会なんて初めてだわ!」


718: 2015/06/07(日) 23:36:54.18 ID:YcxeSJJD0

石丸「僕も初めてだ! そう、お互いを見張るは口実でこれは立派な親睦会なのだよ!」

朝日奈「倉庫にトランプとかボードゲームとか色々置いてあったよね?!
     ジュースにお菓子も用意して、それから……みんなの恋バナ聞きたい!」

舞園「いいですね! 是非ともここはミステリアスな霧切さんの秘密を聞き出したい所です」

霧切「あら、私の話が聞きたいの? パーティーで話すにはディープ過ぎるかもしれないわよ?」

セレス「わたくしは大神さんと江ノ島さんの話が聞きたいですわ」

大神「ヌォッ?! わ、我か……」

江ノ島「アタシはこう見えて身持ち固いし、そんなたいした話はないんだけどなー……」

腐川「フ、フン! 汚ギャルの分際で清楚アピールなんて見苦しいわよ……!」

江ノ島「あんたにだけは言われたくない!」

桑田「ヒュー、女子は盛り上がってんなぁ」

葉隠「正直羨ましいべ。なにが楽しくてこっちはこんなムサいメンバーで集まんなきゃなんねえんだ……」

苗木「気持ちは痛いほどわかるけどそう言わずに……」

大和田「まあムサいのは否定できねえからな」

葉隠「そうだべ! マッチョのK先生と大和田っち、声が熱苦しい石丸っち、
    横幅の大きい山田っちの四人でその名もムサ男四天王だ!」

石丸「声が熱苦しいだと?! 声は生まれ持ったものだというのは僕はどうすればいいんだ?!」

苗木「もう少し静かに話せばいいんじゃないかな……」

桑田「うるせーってことだよ」

不二咲「僕は大きな声ではっきり話す石丸君の話し方は嫌いじゃないけどなぁ。自信があって男らしいし」

山田「横幅が大きいとは失敬な! あなたの髪だってだいぶ幅取ってるでしょうが!」

大和田「ヒゲと服装もムサいしな」

葉隠「そんなこたねえ。これが占い師の正装ってやつだ」エッヘン

朝日奈「……絶対ウソだ」ジト目


719: 2015/06/07(日) 23:45:19.96 ID:YcxeSJJD0

K「とにかく、夜時間が始まる十時には各部屋に集合するように。単独行動もなるべく控えろよ」

「はーい!」

十神「俺は行かんぞ」

桑田「ハァ?! お前まーだ飽きずに一匹狼気取ってんの?」


もはやこの流れはお約束である。


十神「貴様等みたいな、愚民の中でも更にふるいにかけてよりすぐったような
    馬鹿共と一緒にいたら、この俺の優れた頭脳が汚染されるからな」

葉隠「バカなのは否定しないけどそれは流石に言い過ぎだべ!」

大和田「まずバカを否定しろよ……」

苗木「十神君……」

K「まあ、想定内だ。十神はいつも通り単独行動だが、他のメンバーが全員集まればそれで良い」

セレス「西城先生がこれだけ目を光らせていますし、十神君もまさか
     このタイミングで行動を起こしたりはしないでしょう」

江ノ島「どうだか。逆に裏をかいて来るかもよ?」

石丸「正式な集合は夜時間からだが、なるべく早く集まろうではないか」

苗木「一晩一緒な訳だし、色々準備もしなきゃいけないからね」

不二咲「楽しみだなぁ。たくさん遊ぼうね!」

石丸「ウム! いつもなら夕食後も勉強しているが、今日は早めに入浴を済ませて保健室に行くぞ!」

桑田「じゃあ8時に集合な。人生ゲームやろーぜ」

大和田「よし、とりあえず風呂行くか」

苗木「じゃあ僕は飲み物持って行くね」

不二咲「僕もゲーム用意しなきゃ」

葉隠「俺は盛り上がる話を用意しとくべ!」

K(やれやれ、遊びではないのだがな。……だがこういう空気が大事かもしれん)


721: 2015/06/07(日) 23:54:18.15 ID:YcxeSJJD0

生徒同士がいがみ合い疑い合い、校内に殺伐とした不穏な空気が流れればまた
一気に崩れる。それでは黒幕の思うつぼだろう。和やかなことは良いことなのだ。


朝日奈「私達だって男子に負けないよ! かわいいパジャマ用意しようねー!」

舞園「はい!」

セレス「たくさん写真も撮りましょう」

腐川「い、いいわよね。外見に自信のあるヤツらは……!」

大神「…………」コクリ


のどかな光景だ。だからこそ誰も知らない。

この時点で既に、運命の歯車が回り始めていたことに――



― 保健室 PM8:00 ―


苗木「これで全員だね」

石丸「ム! 山田君と葉隠君がまだだぞ」

苗木「葉隠君なら少し遅れるって言ってたよ」

K「そもそもお前が勝手に時間を早めただけで本来の集合時間は夜時間からだ。山田はただでさえ
  むさ苦しいメンバーなのにあまり早く来たくない、夜時間から来ると言っていた」

石丸「そうでしたか。十神君は来ないし、なら男子はこれで全員だな」

桑田「待ってたら時間の無駄だし、先に始めちまおーぜ」

不二咲「うん! 僕、今日一日ずっと楽しみにしてたんだぁ」

石丸「僕もだぞ!!」

K(前の泊まり会は石丸も不二咲も病み上がりだったからな。徹夜で遊ぶのは
  初めてで興奮しているようだ。……最も、俺自身もこういう経験は初めてだが)

大和田「じゃあ、まずは乾杯するか」

不二咲「倉庫から紙コップ持って来たよぉ。ガラスだと割れたら大変だから」

大和田「お、気が利くな」


722: 2015/06/08(月) 00:00:53.26 ID:QexTG3tE0

苗木「僕がジュースいれるから回しちゃって」


KAZUYAが烏龍茶、残りのメンバーはジュースを注いだコップを手にする。


石丸「そうだ! 西城先生、乾杯の挨拶を!」

K「えっ、挨拶ゥ?!」

桑田「そういう堅いのいらねーだろ」

大和田「そうだぜ? もっと気楽に行けよ」

石丸「いや、折角のお泊り会なのだ! ここは是非先生に開会の挨拶をして頂きたい!」

K「えーっと……」

苗木「してあげたらどうですか? なんか、凄い気合い入ってるし」

大和田「短めにな」

K「いきなり言われてもな……それこそ、石丸がやった方がいいんじゃないか?」

桑田「ジョーダンきついぜ! こいつにやらせたらぜってー長えぞ?」

石丸「ムッ、失敬な。僕だってTPOは弁えているぞ!」

桑田「わきまえてないからKYって言われてたんだろ……」

K「二人共わかった、わかったから……やればいいんだろう? では、そうだな……」


KAZUYAはコップを手に持ち立ち上がった。


大和田「いよっ、センセイ!」

不二咲「頑張ってぇ~!」


パチパチパチと四人が拍手する。


K「えー、ゴホン……本日は日柄も良く……」

桑田「うわ、長そうな予感……」


723: 2015/06/08(月) 00:06:27.47 ID:QexTG3tE0

石丸「挨拶の最中だぞ! 静かにしたまえ!」

桑田・大和田(……お前が一番うるさいよ)

苗木「ハハ……」

K「……気楽に行くか。今日は集まってくれてありがとう。まあ発起人は俺じゃない訳だが。
  話すことが思い浮かばないから、今日は俺からお前達に――感謝の言葉を伝えたい」

「え?」

K「いつも、俺に協力してくれてありがとう。今だから言うが、この生活が始まった時は
  本当に苦しかったんだ。何せ、その時はまだ自分一人しか頼れなかったからな」

「…………」

K「初めてお前達に会った時、とても未熟だと思った。最近の高校生は本当に子供っぽいなと
  呆れたことも何度かある。……だが、そんなお前達もこの生活を経て変わった。本当に成長した」

K「俺が抱えているものは重すぎて、それをお前達に背負わせることは出来ん。
  だが、今のように少し肩を借りるだけでも俺はとても楽になるんだ」

K「今は、ただ守るだけの存在ではなく――この生活を共に生きる仲間として見ている」

苗木「先生……」

不二咲「…………」グスン

K「はっきり言ってまだ脱出の見通しは立っていない。全員揃ってここから出られるかと言えば、
  正直俺は五分五分だと思う。……だが、だからといって諦める訳にはいかないのだ」

K「これからも手を取り合ってお互い頑張ろう。乾杯!」

「かんぱーい!!」


全員が、グラスの代わりにコップを掲げ乾杯をした。


石丸「先生! 僕は先生の挨拶に心から感動しましたっ!! これからも粉骨砕身のつもりで
    お手伝いしていきます! 願わくば全員揃って脱出することを……!」

桑田「だからおめーは長いんだって。せんせーらしい挨拶だったけどさ」

K「挨拶した俺が言うのもなんだが、湿っぽいのはやめよう。今日は一晩遊ぶのだろう?」


724: 2015/06/08(月) 00:14:02.57 ID:QexTG3tE0

と言っても、KAZUYAは一人途中で抜けて何度か見回りに行くつもりである。彼等を仲間として
認めたKAZUYAだが、出来る時に好きなだけ遊ばせてやりたいという親心は未だ健在だ。


苗木「じゃあ早速ゲームしようか。人生ゲーム持ってきたし」

石丸「これがボードゲームというものか。トランプならやったことはあるが……」

大和田「マジでやったことねえのか。ルールとかわかるか?」

石丸「双六ならやったことがあるから、多分大丈夫だ!」

桑田「スゴロクって……」

苗木「勿論先生もやるんですよね?」

K「え? 俺は……」

不二咲「やりましょうよ!」

桑田「ちょうど六人まで出来るし、せんせーも参加な!」

K(実は俺もやったことないんだが……まあいいか)


・・・


不二咲「先生が就職一番乗りだね!」

K「えーっと、どうすればいいんだ……?」

苗木「このマスなら高収入な職業になれますよ。医者とか弁護士とか政治家とか」

大和田「やっぱ医者か?」

K「……いや。現実で医者なんだからゲームくらい違うものを選ぼうかな。弁護士にしよう」

桑田「弁護士かぁ。なんか討論するより殴って説得しそうだなぁ」

苗木「桑田君、それは失礼だって……!」ププ


そう言いながらも苗木は少し笑いをこらえている。


K「…………」ムスッ


725: 2015/06/08(月) 00:24:25.75 ID:QexTG3tE0

石丸「次は僕だな。……ムッ、西城先生と同じマスに止まったぞ!」

苗木「残りは医者か政治家だね。どっちを選んでも高収入で安定してるよ」

不二咲「石丸君ならやっぱり政治家?」

石丸「ウーム……よし、決めた! 政治家もいずれなるがとりあえず直近の目標である医者になるぞ!」

大和田「現実でも両方選べちまえるところがすげえよな……」

桑田「はいはい、エリートエリートっと」


・・・


大和田「うお、センセイまた子供出来たぜ。そろそろ車に乗りきらないだろ」

K「現実だと独身なんだがな」

大和田「でも実はモテるんだろ? なにせ天下の医者だもんな」

苗木「職業であれこれ言うのは良くないけど、やっぱり人気あるだろうしね」

不二咲「西城先生ってかっこいいもんねぇ。凄く頼りになるし」

K「……ノーコメントだ」

石丸「おや、僕の所も子供が出来たようだぞ。先生とは気が合うな!」

桑田「っかあー、俺も早く結婚してー!」

石丸「桑田君はその前に金遣いの荒さを直した方が良い!」

桑田「俺じゃねーっての! ……次のマスは、ゲッ! またアイドルのコンサートに出費かよ!」

不二咲「ご、ごめん」

苗木(不二咲君て現実でもアイドルいけそうだよな。主にネット系の……)


・・・


桑田「だあああ、チクショー! ぶっちぎりのビリじゃねーか!」

苗木「一位不二咲君、二位石丸君、三位KAZUYA先生、四位大和田君、五位が僕で桑田君がビリかぁ」

大和田「やっぱアイドルはつええな」


726: 2015/06/08(月) 00:32:02.37 ID:QexTG3tE0

不二咲「エヘヘ。何度もみんなからお金もらっちゃって申し訳なかったよぉ」

苗木「石丸君とKAZUYA先生は特に投資とかしないでコツコツ貯めてたからトラブルも
    ほとんどなかったし、浮気イベントもなくて堅実な家庭だったね」

石丸「当然だ! 僕がそのような不誠実なことをする訳がない!」ビシッ!

K「これはゲームなのだが……」

大和田「なんつーか、現実みたいな結果になったよなぁ」シミジミ

桑田「俺がフリーターでふらふらしてんのが?!」

石丸「桑田君はアイドルを狙って他の仕事につかなかったから転落したのだ!
    現実でも派手なことばかりしていると転落するぞ!」

桑田「うっせー! 余計なお世話だっつーの! ……こんなことなら野球選手なっときゃ良かった」

K「逆に、大和田がサラリーマンを選んだのは意外だったな」

大和田「まあそこそこ安定してるし無職よりはマシだからな。俺は仕事を選べる人間じゃねえし、
     現実でも土方だろうがコンビニだろうがやれる仕事はなんでもやるぜ?」

苗木(げ、現実的だ……大和田君て根は意外と真面目なんだよな)

K(フム……たかがゲームだが、みんなの性格が垣間見えて面白い)

K「苗木は惜しかったな。途中まではいい調子だったのに」

苗木「アハハ、僕ってツイてないから」


苗木は教師を選び、特に大きな問題もなく当初は四位だった。
……が、最後の最後で桑田の借金を肩代わりするイベントに巻き込まれ一気に転落。

しかし、そんな不運なところもどこか苗木らしいと思えてしまう。


K(子供の遊びだと思っていたが……人生ゲーム、恐るべし!)

桑田「もう一回! もう一回やろうぜ!」

石丸「桑田君! 人生に二度目はないのだー!!」

桑田「うるせーよ! 今度こそアイドルになってモテモテになってやる!」

K「まあまあ。また今度な」


727: 2015/06/08(月) 00:42:09.10 ID:QexTG3tE0








































― 学園廊下 ??? ―


「…………」

「…………」


コツコツコツ……

薄暗く人の気配が感じられない静かな廊下に、誰かの足音が響いていた。
まるで強い決意を示すかのように、その人物は不穏な空気を切り裂きながら歩く。


闇に蠢くその影の正体は――!



745: 2015/06/14(日) 21:47:43.03 ID:ZbVEUgcY0

               ◇     ◇     ◇


――その奇妙で都合の良い発見をしたのは、苗木誠が【超高校級の幸運】だったからだろうか。

或いはこれから起こる惨劇の予兆だったのだろうか……

かつて希望ヶ峰学園の入学を引き当てたように、苗木誠は日頃の不運を引き換えにして
またも驚異的な幸運を何万分の一、もしくは何億分の一の確率で発揮したのだった。


苗木「あ」


人生ゲームの小物を片付けている際に、手が滑ってベッドの下に入ってしまった。
ベッドの下にはKAZUYAが過去にモノモノマシーンで当てた凶器もといガラクタ類が
ダンボール詰めにされて仕舞われていた。ちょうどその間に入ってしまったのだ。


K「どうした?」

苗木「小物がこの中に入っちゃって……うーん。届かない」

K「どれ、ダンボールをどけよう」


KAZUYAがダンボールを引き抜き、苗木がベッドの下に体を突っ込む。


苗木「あったあった」

不二咲「なくさないで良かったねぇ」

苗木「うん。……あれ?」

K「どうかしたのか?」

苗木「先生、これ何だと思いますか?」

大和田「なんかあったのか?」

苗木「何だか、壁に変なカバーみたいなものがある」

桑田「はぁ?」


746: 2015/06/14(日) 21:58:04.46 ID:ZbVEUgcY0

石丸「きっとコンセントの蓋だろう」

苗木「コンセントに蓋なんて付けるかな……?」


何気なく、苗木はそのカバーを開けてみた。


苗木「あれ、スイッチ?」

K「……見せてみろ」


苗木は体をベッドの下から引き抜くと、KAZUYAに代わる。


桑田「電気のスイッチじゃねーの?」

不二咲「でも、そんな所に作るかなぁ?」

大和田「こんなとこにスイッチ作っても誰も気付かねえだろ」


彼等が口々に話している中、KAZUYAの頭に強烈にフラッシュバックする“ある記憶”があった。


(これは……! そうか、そういうことだったのか……こんな重要なことも忘れているとは)


最近は順調に記憶が戻ってきていると思っていたKAZUYAだったが、
それは大きな思い違いであることを予想外の所から知らされたのである。



              ◇     ◇     ◇


「…………」~♪


スタスタスタ……

その頃、保健室の前を誰かが通り過ぎる――。


747: 2015/06/14(日) 22:05:11.47 ID:ZbVEUgcY0

               ◇     ◇     ◇


朝日奈「見て見てー! このパジャマかわいくない?!」

舞園「かわいいです♪ 似合ってますよ」

朝日奈「舞園ちゃんのもかわいいー!」


コンコン。


霧切「飲み物を持ってきたわ」

朝日奈「あれ? 霧切ちゃんはパジャマじゃないの?」

霧切「寝る直前に着替えるわ。夜は長いし……いざという時のためにね」

朝日奈「霧切ちゃんは慎重だよね。みんな一緒にいるし、先生が防いでくれるからきっと大丈夫だって!」

霧切「……私もそう信じているけど」

舞園「さあ! 夜は長いです。今から何を話すか考えないといけませんね」

朝日奈「早くさくらちゃん達来ないかなー」


               ◇     ◇     ◇


大神「江ノ島」

江ノ島「! な、なに……?」

大神「……先に行っているぞ」

江ノ島「わかった。アタシはもうちょっとかかるかも」

大神「伝えておく」

江ノ島「…………」


748: 2015/06/14(日) 22:13:50.44 ID:ZbVEUgcY0

               ◇     ◇     ◇


不二咲「あ、僕携帯ゲーム機持ってきたよ!」

石丸「おお! これが噂に聞く『ぷれすて』というものか!」

大和田「……それは据え置き型の方だ」

K「ム、ゲームボーイではないのか? 入院してる子供達がよくやっていたな」

桑田「何年前の人?!」

不二咲「えっと、三世代くらい前の話じゃないかな……」

苗木「流石KAZUYA先生、昭和の人だ……」

石丸「それで、これはどう使うのかね!」ワクワク!

不二咲「じゃあまず石丸君にやり方を教えるね。みんな出来るようになったら通信で対戦も出来るよ!」

石丸「これ一台でか?!」

桑田「いや、俺達みんな自分の持ってるから」

大和田「兄弟、勉強ばっかであんまガチャ引いてないだろ。閉じこめられた最初の頃、あの機械に
     ゲームがあるってわかってみんな氏ぬ気でメダル探して購買通ってた時期があったんだよ」

石丸「……そういえばあったな。その頃の僕はまだ融通が効かなくて、ゲームのために
    メダルを探す時間があるならもっと勉強するべきだとよく怒っていた……」


監禁当初から娯楽室は開いていたが、当時はまだメンバー同士が
あまり仲良くなかったので、遊ぶ気になれずほとんど使われていなかった。

そんな時、最初にゲームを引き当てたのはセレスだ。本来なら最もゲームと無縁の彼女だが、
流石に退屈過ぎて暇潰し道具を探していたようである。彼女からゲームの存在を知った生徒達は
学園中から目を皿のようにしてメダルを探し回り、購買に殺到したのであった。


K(生徒達と仲良くなれるかと思って、俺も密かに狙っていたが……結果は散々だったな……)


749: 2015/06/14(日) 22:17:24.54 ID:ZbVEUgcY0

ちなみに、最初は興味を持っていなかった朝日奈、大神、江ノ島も
あまりにゲームが流行っていたので気になったらしく、こっそり手に入れていた。

あの霧切でさえ携帯音楽プレーヤー代わりに愛用しており、今も持っていないのは
生徒では石丸、十神、腐川の三人だけであった。そのくらい浸透しているのだ。


石丸「僕は想像力がなかった。この過酷な環境下で、コロシアイなどせず楽しく生活出来るように
    みんななりの努力をしていたと言うのに、それを安易に否定して……思いやりがなかったな」

不二咲「そんなことないよぉ……!」

K「お前がいなければみんなゲーム三昧で勉強しようなどとは思わなかったろう。
  外に出てからどうするかのビジョンを常に考えさせてくれたのはお前だ」

大和田「要はバランスだっつーの、バランス!」

苗木「もし今度モノモノマシーンでダブったら石丸君にあげるね」

石丸「ありがとう、みんな! ……それで、早速だがこれはどうするのだ?」

桑田「おま、上下逆だ! 右手で十字キー触るヤツとか初めて見たぞ」

大和田「……いや、向きより指だろこれは。親指後ろで他の指で押すとかいろいろと斬新すぎだろ」

不二咲「あのね、こう持って指はこう。それで、これが電源スイッチだよ」


小さく柔らかそうな手で優しく石丸の手を取って教える不二咲の姿を見て苗木は思う。


苗木(不二咲君、男なんだよなぁ。……ちょっと羨ましいと思ってしまった。
    ダ、ダメだ僕! 戻ってこないと山田君の二の舞だぞ……!)

K(微笑ましいな)フフ

不二咲「これが決定ボタン、こっちがキャンセル。十字キーでキャラクターを
     動かしたり選択肢を選ぶんだぁ。とりあえず、スタートしてみるね」ピロリロリン♪

石丸「ほうほう」カチャカチャ


ピチューン! タラッタタタタタン♪


750: 2015/06/14(日) 22:29:50.95 ID:ZbVEUgcY0

石丸「ム? 最初からやり直しになったぞ?」

桑田「敵に突っ込んだからだよ!」

大和田「氏んだらやり直しだ。左上のこれが残機で、ゼロになったらゲームオーバーだぜ」

K「フーム、成程な……」

石丸「敵を避けて進むのか?」

苗木「それでもいいけど、上から踏み付けて倒すんだよ」

石丸「踏んだら大怪我をしてしまうぞ。最悪氏んでしまうのではないか?」

桑田「それでいーんだよ。敵なんだから」

石丸「敵なら無用に命を奪っていいとでも?!」

大和田「ゲームになに言ってんだ……」

不二咲「あ、あのね……そういうゲームだから……」

石丸「こうやって残虐な心を育て子供を犯罪に導く……これがゲーム脳というものなのだな!」

K「それは、多分違うと思うぞ……」

桑田「ちげーよ、バカ! ゲームと現実の区別がつかねーのがゲーム脳だろ!
    ある意味今のお前がゲーム脳だっつーの!」

石丸「そ、そうか……! あくまで架空の世界であるゲームの中で、
    現実では出来ないことをやって楽しむものなのだな!」

大和田「考えるまでもなくわかるだろ、フツー……」

苗木「ま、まあまあ。初めてなんだし仕方ないよ」

石丸「しかし、たとえ架空の世界だとしても暴力は嫌いだ。なるべく戦わないで進めることにしよう」

不二咲「初プレイでいきなり不殺縛りなんて……流石、石丸君だね! 男らしいよ!」

大和田「不二咲、落ち着け。ぜってえ違うからそれ」

K「お前は男らしさを勘違いしている……」


やいのやいの!


751: 2015/06/14(日) 22:38:33.01 ID:ZbVEUgcY0

石丸「先生もやってみますか?!」

K「え、俺は……」

桑田「そもそさ、せんせーってもゲームとかやったことあんの?」

K「旅館に筐体が置いてあって暇潰しに少しだけやったことはある。
  確か、宇宙人が攻めてくる作品と上からブロックが降ってくるパズルだったな」

苗木「それってもしかして……」

不二咲「インベーダーにテトリス?」

K「そうそう、そんな名前だった」

桑田「古いって!」

K「あとボールをぶつけてブロックを崩すヤツは知っている」

大和田「アルカノイドか……」

桑田「昭和かよ!」

K「仕方ないだろう。俺は昭和生まれなんだから!」

苗木「…………」

苗木(あれ、KAZUYA先生ってまだ三十代前半だよな? 僕の両親が四十代だけど、明らかに先生の方が
    年代が上のような……い、いや、考えても無駄だ。この件はもう考えないようにしよう……)


何だか触れてはいけないことのような気がする。


石丸「ほら、先生もやりましょう!」

K「こういうのは苦手なんだが……」タラッタッタタッタッタン♪


しかし、石丸のプレイを一度横で見ていたためかKAZUYAは意外と上手かった。


大和田「うめえじゃねえか」

K「先に見てたからな」


752: 2015/06/14(日) 22:47:54.55 ID:ZbVEUgcY0

不二咲「反射神経がいいんだろうねぇ」

K「うおっと!」

苗木「凄い、ギリギリでかわした……」

桑田「操作方法わかってきただろ? じゃあそろそろ対戦しよーぜ」

不二咲「対戦は四人までだから順番に回そうね」

K「俺はいいからお前達でやるといい」

桑田「ダメだっつの。俺がボコボコにすっからせんせーも参加な!」

K「おい」

苗木「僕は後でいいよ」

K「すまんな、苗木」

苗木「見てるのも好きだから」

不二咲「じゃあ苗木君は僕と交換でやろうよぉ」

石丸「美しい譲り合いだ。ありがとう、二人共!」

大和田「よーし、やるぜ!」

K「…………」

K(全く、俺は友達じゃないんだぞ? ……まあ、たまにはこういうのもいいか)


夜時間になればKAZUYAは何度か見回りで抜ける予定なので、逆に今は相手をしようという気になった。
KAZUYAのそういう優しさすら逆手に取られていたとも知らずに……



               ◇     ◇     ◇


「――――」

「――――!」

「――――?!」

「――! ――!!」


753: 2015/06/14(日) 23:01:08.88 ID:ZbVEUgcY0

「ッ!!」

「あッ?!!」


ゴッ!!

ガシャーン!


……ポタッポタッ。


「やっちまった……」


ガタッ!


「ッ?!」










― 学園廊下 PM9:52 ―


夜時間であろうと、廊下の電灯はついているはずなのに、こうも暗いのは何故だろう。
気持ちの問題か、或いは出血のせいで強烈な眩暈を感じているからだろうか。

ポタッポタッと赤い液体の床に落ちる音が定期的に彼女の耳に届く。元々白かった顔が
今まで以上に白くなり、端正な顔が今は酷く歪んでいる。執念を持って彼女は進んでいた。

……たとえ這ってでも目的の場所に辿り着くことが出来れば、少なくとも彼女の勝ちだ。


「こんな所で……氏んで、たまるものですか……」

「このわたくしが……!!」


血の流れる腹部を抑えながら、鬼の形相で這うように廊下を突き進むその人物は――


何を隠そう、今回の動機で最も心を揺さぶられた人物であり実質モノクマのターゲットと言っても良い。

――セレスティア・ルーデンベルクその人だったのである。


785: 2015/06/28(日) 23:27:35.17 ID:yd0pPOmZ0

               ◇     ◇     ◇


人間がいくら血を流せば生命の存続が危うくなるか、以前KAZUYAの授業で習っていた。

血を流すこと、それは則ち命が流れていくということだ。少しでも血が体外に流れないように、
セレスは腹部に刺さったナイフを固定するように掴み、ゆっくり着実に前へと進む。


―あと、少し……あと少し……!


廊下には保健室から漏れる談笑が聞こえる。辿り着けば、生き残れば、とりあえずは自分の勝ちだ。
このいい加減なコロシアイ空間において、唯一絶対と言える勝利条件はひとえに生き残ることなのだから。


―届いた……!!


ガチャッ!


「何だ?」

「えっ」


乱暴に扉を開け放つと、セレスは滑り込むように中に入る。

……そして、そのまま崩れ落ちた。


苗木「えっ、セレスさん……?」


何で……と誰かが呟くよりも早く、KAZUYAが飛び出していた。


K「何があった?! 誰にやられた?!」


KAZUYAはセレスを横抱きに抱え上げながら、口元に耳を近付ける。


セレス「――――」

K「何だとッ……?!」


786: 2015/06/28(日) 23:36:53.72 ID:yd0pPOmZ0

青ざめるKAZUYAの周りに、囲むように生徒達が集まった。


石丸「せ、先生?!」

桑田「一体なんなんだよ……なんでこんな……?!」

大和田「また起こっちまったってワケか……!」

不二咲「しっかりして、セレスさん!」

K「石丸、苗木! 手術の準備を!」

石丸「はい!」


だが、セレスはまだ何か言おうとしていた。


セレス「山田君が……まだ、娯楽室に……」

不二咲「ええっ?! まさか山田君も怪我を……?!」

石丸「何だとッ?!」

K「……!!」


血の気が引く。KAZUYAは即座に決断しなければいけなかった。


K「大和田、石丸! 担架を持って娯楽室に行くぞ! 苗木と不二咲は手術の準備!」

桑田「俺は他のヤツらを呼んでくる!」

K「桑田……お前にはもう一つ頼みがある」


KAZUYAは素早く桑田に耳打ちする。


桑田「……わかった! こっちは任せろ!」

K「苗木、安広にリンゲルを打っておいてくれ!」

苗木「は、はいっ」


787: 2015/06/28(日) 23:45:38.95 ID:yd0pPOmZ0

K「行くぞ!」


日頃の訓練の賜物か、生徒達は実にキビキビと的確に動いて頼もしかった。
KAZUYAは医療カバンと共に、棚から取り出したある箱を手に取り廊下に駆け出す。


K(安広は問題ない……問題は山田だ……)


強烈な胸騒ぎを感じながら、一足飛びに階段を駆け上がる。
娯楽室は階段の目の前だったため、すぐに到着した。

バァーンッ!


K「山田ァーッ!」


扉を壊さんばかりに開くと、KAZUYAは中の状況を確認する。
床に飛び散るガラスの破片、そして血痕――

山田は部屋の奥に仰向けに倒れていた。

……額から血を流しながら。





『ピンポンパンポーン! 氏体が発見されました。一定の自由時間の後、学級裁判を開きます!』


再び、学園にあの忌ま忌ましいアナウンスが流れた。


789: 2015/06/28(日) 23:54:18.96 ID:yd0pPOmZ0

石丸「山田君! しっかりしたまえ!」

K「動かすな!!」


KAZUYAはガラス片を飛び越えて山田の側に屈み込む。


大和田「お、おい……ウソだよな……氏んでないよな?!」

モノクマ「残念ながら氏んでまーす! 今度はバッチリしっかり氏んでるから! 残念っ!」


現れたモノクマを無視し、KAZUYAは慣れた手つきで動かない山田の脈と呼吸を確認する。


K「まずい……心肺が停止している……」

モノクマ「ちょっと! 無視しないでよ!」

大和田「なっ?!」

石丸「早く蘇生処置を! 気管挿管しましょう!」

モノクマ「だから無駄だってのー」


しかし、存在そのものを認めないように彼等は頑なにモノクマを無視し続けた。


K「…………」

K(……無理だ!)


折角訓練してきたのだ。フォーメーションとしては気道の確保を石丸に任せ、
KAZUYAが蘇生処置に回るのが最も効率的なはずである。

……が、再三KAZUYAが言っていた通り、気管挿管は非常に難度の高い手技だ。まだ数える程しか
経験のない石丸に全てを任せるのは不安が残る。何より問題なのは、山田の体型だった。
彼は太りすぎていたのだ。肥満体型の人間は首の周りに多量の脂肪が付いているので、倒れると
気管が圧迫される。そこに素早くカテーテルを通すのは、熟練の経験者でなければ至難だ。


K「挿管はしなくていい! まずは二人でCPR(心肺蘇生法)を二分! 確実に酸素を入れろ!」


791: 2015/06/29(月) 00:02:49.23 ID:CxK3RacY0

石丸「ハイ!!」

大和田「わかったぜ!」


石丸が人工呼吸、大和田に心臓マッサージを任せると、KAZUYAは注射器を準備する。


K「大和田、どいてくれ!」


KAZUYAは山田のシャツを力ずくで引き裂くと、開胸すらせずに胸の上から直接針を突き刺して、
心臓に強心剤を打ち込んだ。ほんの0.1ミリでも位置や深さを間違えれば心臓に穴が空く、
超国家級の医師KAZUYAだからこそ許される荒業である。

その後、KAZUYAは持ってきた箱からある機械を取り出した。


大和田「おい! 胸に手を突っ込む心臓マッサージは?! 不二咲の時にやっただろ?!」


てっきり以前のようにメスで胸を開くのかと思ったが、
KAZUYAが全くその素振りを見せなかったので大和田は混乱する。


K「もっと良い手がある!」

石丸「それは……!」

K「そうだ! AEDだ!」

モノクマ「フーン。なんか隠し持ってるなーと思ってたらそれか……」


倉庫の中に、壊れたAEDがあるのをKAZUYAは知っていた。前々から直したかったが、
専門家でないKAZUYA一人ではどうしても手が足りず、不二咲の力を借りて二人で一緒に直したのだ。


K「このAEDは特別製だ。不二咲に頼んで俺用にカスタマイズしてもらったからな」


通常のAEDより更に高い電圧を誇り、手動でショックの電圧やタイミングを変えることも出来る。
KAZUYAはパッドを山田の体に取り付けると、液晶画面の心電図を注視した。


792: 2015/06/29(月) 00:13:46.43 ID:CxK3RacY0

K(……心電図を見るにVF(心室細動)。適応だ!)


ここで説明を入れるが、心停止と一言で言っても実際には四つの種類がある。


①無脈性心室頻拍(pulseless ventricular tachycardia,無脈性VT)
 心拍数が多くなり過ぎると血液が十分に送れなくなり、結果的に脈がなくなってしまう状態。

②心室細動(Ventricular Fibrillation, VF):
 心室が小刻みに震えて全身に血液を送ることができない状態。

③無脈性電気活動 (pulseless electrical activity,PEA)
 心電図のモニターに波形を示しているにもかかわらず、脈拍や心拍を確認できない状態。

④心静止(asystole):
 心電図が平坦となる。つまり心臓が完全に静止している状態。


このように、心停止という言葉を聞くと完全に心臓が停止しているイメージがあるが、
実際には脈が無くなるだけで心臓自体はまだ動いていることもあるのである。

そしてカウンターショックとは、心臓の拍動異常の原因となる心室細動・心房細動等を強力な
電気ショックで一時的に遮断し、正常な心拍を再開させる治療法である。つまり、心臓に電気が通い
尚且つ動いている①と②のみが適応対象であり、電気は通っているが心臓が動いていない③、
電気が通っておらず心臓も完全に止まっている④は電気ショックをかけても何の意味もないのだ。

今回は適応対象であったため、KAZUYAは手早く手動で電気ショックをかけた。


K「カウンターショックだ!」


ドンッ!

山田の巨体がのけ反るように跳ねる。


大和田「お、おおっ! これなら……!」

K「まだだ! ショックをかけている時以外はCPRを止めるな!」


AEDの適応内でも必ず蘇生出来るとは限らない。KAZUYAは二人にCPRを続行させ、心電図を睨み続けた。


K(頼む……効いてくれ……!!)


793: 2015/06/29(月) 00:22:18.39 ID:CxK3RacY0

ドンッドンッとKAZUYAは何度もショックを与える。


モノクマ「だから無駄だって……」

K「戻ってこい……山田、戻れ!」

石丸「山田君ッ!!」

大和田「山田あああああ!!」

山田「…………」ピクッ

K「!」

K(今、微かに動いた!)


KAZUYAはバッと山田の胸に耳を当てる。


K「よしッ! まだ弱いが脈が戻ったぞッ!」

石丸「山田君……! スゥッ!」


石丸は変わらず息を吹き込む。普段なら強すぎると注意している所だが、
気道の狭い山田にはこれくらいでちょうどいい。


山田「…………ゴホッ!」

K「呼吸も戻ったな! 直ちに保健室に搬送する!!」

大和田「任せろ!」


KAZUYAと大和田で山田の上半身と下半身を支え担架に乗せる。そのまま彼等は部屋から駆け出した。
ほのかに血の臭いが残る娯楽室に、残されたのはモノクマただ一人。


モノクマ「ハァ~。まさか二回も蘇生を成功させるとはねぇ。ドクターKの名は伊達じゃない訳だ?」

モノクマ「でも、ここまではボクの計算通りなんだよねぇ!」

モノクマ「うぷぷ。うぷぷぷぷ!」


笑いを堪えきれないと言うように、モノクマは大きく肩を揺らす。


モノクマ「え? この陳腐でつまらなすぎる展開にどうしてボクが笑っているかって? 視聴者の
      みんなにヒントをあげようかなぁ。ほら、ボクってサファリパーク一優しいから」

モノクマ「ヒントは山田君の傷の位置です。ではまた来週~」


821: 2015/07/06(月) 00:17:04.80 ID:btgm306e0

― 保健室 PM10:05 ―


苗木「先生!」

朝日奈「山田?!」

十神「おい、何があった?」

江ノ島「誰にやられたの?!」


保健室の前にはアナウンスを聞き付けた残りのメンバーが勢揃いしていた。

……いや、正確には大神、葉隠の姿は見えない。


桑田「せんせー!」

K「……。わかった。そちらは後回しにする」


桑田がKAZUYAに何かを耳打ちし、KAZUYAは頷いた。生徒達に指示を飛ばしていく。


K「山田はまだ生きている! これから手術を行うから、可能な者は協力してくれ!」

不二咲「は、はい!」

腐川「ひ、ひぃぃぃ! 血! 血の臭いが!」

舞園「腐川さん! しっかりしてください!」


KAZUYAは改めてセレスと山田の状況を検分する。保健室組に関しては完璧だった。
既に手術着を着た苗木はいつでも手術を開始出来るようワゴンの上に道具を並べて待機している。

危うげなくセレスに点滴を挿し、止血もしっかり行っていた。傷も浅く呼吸も今のところ
しっかりしている彼女に、独断で習いたての気管挿管を行い悪化させるなどというヘマもしていない。


K(安広は問題ない。問題は……)

K「大和田! 今すぐ手袋をつけて山田の髪を全て剃れ。血は生理食塩水で流す!」

大和田「おう!」


822: 2015/07/06(月) 00:27:57.93 ID:btgm306e0

舞園「手伝います!」

モノクマ「無駄だよ」

腐川「ぎゃああああああ!」

江ノ島「モ、モノクマ!」


なるべく血を見ないよう廊下に待機し、必氏に目を逸らしていた
腐川の眼前へいきなりモノクマが現れたため、彼女は卒倒しそうになる。


苗木「二人も怪我人がいるんだぞ! 邪魔するなよ!」

霧切「……何が無駄なの?」

モノクマ「先生はわかってるんでしょ?」

K「!」

モノクマ「助けられるのはセレスさんだけだよ?」

石丸「そうやって妨害する気か! 今は一分一秒だって惜しいのだぞ!」


手術着を羽織り、手袋を装着した手を消毒しながら石丸が叫ぶ。


モノクマ「君さぁ、医者志望なんでしょ? じゃあ山田君が現在どんな状況かわかんないの?」

石丸「山田君は頭部に強い衝撃を受けたと思われる。恐らく頭部に血腫が出来……あっ!!」

モノクマ「わかったみたいだね?」


ニタニタとモノクマは嫌らしい笑みを浮かべた。


モノクマ「山田君の頭の中では、今も内出血によって血腫が出来て脳を圧迫しています。
      つまり、山田君を助けるには一刻も早くその血腫を取り除かないといけない……」

モノクマ「でも、ここにはそんな大手術をするための設備がありませーん!!」

「…………」

モノクマ「残念でした! 残念でした!! どう? 絶望した??」


823: 2015/07/06(月) 00:35:07.16 ID:btgm306e0

腹を抱えてモノクマはケタケタと笑う。生徒達は愕然としてKAZUYAの様子を窺った。


K「…………」

苗木「先生……!」

石丸「一体どうすれば!」


だがKAZUYAはモノクマのことなど全く相手にしていなかった。
いつの間にかセレスの手術を開始し、開腹器まで既にセットしている。


K「……何をボサッとしている。全員、手袋は嵌めたのか? 消毒を終えたら
  手術に参加して欲しい。手伝えない者は現場の保全でもしてくれ!」

腐川「ア、アタシは娯楽室の方に行くわ。目を逸らしててもそろそろ限界だし」

江ノ島「アタシも」

朝日奈「ごめん、私もそうさせてもらうね」


ぞろぞろと女子が保健室から出て行く。


十神「で、どうするんだドクターK? 何か策でもあるのか? それか潔く山田は見捨てるか」

K「俺は両方見捨てるつもりはない……!」

モノクマ「でもどうすんの? 助けようにも手術出来ないじゃん!
      仮にここが普通の病院でも一度に二人も手術出来ないし」

K「……お前は大人を見くびり過ぎたな。俺も、学園長も。一流の医者を用意しながら
  設備や道具を用意しない。あの男がそんなつまらないミスをすると思ったか?」

モノクマ「は?」

K「不二咲、先程苗木が見つけたスイッチを押してくれ!」

不二咲「はい!」


すぐに不二咲はベッドの下に潜りボタンを押した。すると――


824: 2015/07/06(月) 00:42:51.71 ID:btgm306e0

――――――――――――――――――――――――――――――


「――これの存在は生徒達にも秘密なんですよ」


蘇るは保健室の映像。

立って話すは在りし日の希望ヶ峰学園学園長・霧切仁。


「何故秘密に?」

「その前に耳に入れておくことが……部外者のあなたには話していませんでしたが、
 この希望ヶ峰には我々教師達が総力を挙げ隠蔽したある『二つの事件』があります」

「事件、ですか?」

「ええ、凄惨な事件でした。大きな声では言えませんが、既に何人も氏んでいます」

「あなたは……まだ私にそのような隠し事を……!」


KAZUYAの責めるような視線と声色に対し、仁は少しも悪びれず淡々と後を続ける。


「正義感の強いドクターには見過ごせないことでしょうが、全ては子供達の将来を
 守るためです。この学園に外部の人間、特にマスコミを入れる訳にはいかなかった」

「……………………」


偽善だ――!

KAZUYAは心の中で吐き捨てた。この男は何かあるといつもこうして無垢な生徒達を盾に取る。
だが、その実生徒のことなど本当は見ていなくて、その瞳には彼等の才能しか映っていないのだ。
しかし、この男に何を言っても無駄なのはKAZUYAもいい加減に理解していた。無言で睨み付ける。


(あの子達は才能のカタログではないのだぞ!!)


KAZUYAの怒りと不満に気付きながらも、仁は冷や汗一つかかず涼しい顔をしている。


「二つの事件の内、一つ目は犯人が判明しました。ですが、もう一つの犯人は未だにわかっていません」

「…………」


825: 2015/07/06(月) 01:07:20.06 ID:btgm306e0

「私も、こう見えて元探偵ですからね。……勘は働く方なんですよ」

「……回りくどいのは苦手だ。単刀直入に言ってもらいたい」

「その見つかっていない犯人ですが……私は生徒の中にいるんじゃないかと考えています」

「殺人事件の犯人が生徒達の中に? 馬鹿げたことを言うのはよしてもらいたい!」

「断言は出来ません。違っているのが一番です。しかし、判明していないのは二つ目の事件――
 学園内の警備レベルを最大まで上げた中で行われた、希望ヶ峰学園評議会メンバーの連続殺人です」

「連続殺人?! それも学園の評議会メンバーをかッ?!」

「はい」

「……よくそんな大事件を隠蔽しようなどと考えたな。それでも教育者か! 恥を知れ!!」


だが、話しながらKAZUYAは鋭く推理していた。どう考えても警察に届けるべき案件を、何故
希望ヶ峰は隠蔽したのか。二つ目の事件の方は、恐らく一つ目の事件が明るみに出るのを
恐れたというのが理由だろう。では、一つ目の事件はどうだ? 仁は犯人は判明していると言った。

犯人を警察に突き出したくないからか? 既に希望ヶ峰にはジェノサイダー翔という殺人鬼がいる。
仮に殺人を起こしたとしても、超高校級の才能を持つ生徒を手放したくないに違いない。

……しかし、本当にそれだけだろうか?

超高校級の才能は大事だが、他の超高校級の生徒を傷つけたらそちらの方が問題ではないか?
仁の言う通り希望ヶ峰の警備は非常に厳しい。一度事件を起こしておいて何の手も打っていないとは
思いがたい。となると、事情を知る内部犯が警備の隙を突いた可能性が極めて高いだろう。生徒が
犯人かもしれないという仁の推理は見当外れでもないが、ただの生徒にそんなことが果たして可能か?


(……犯人は、ただの生徒ではない? それこそが隠蔽の理由か?)

「責めはいずれ負うつもりです。でも、今はまだその時じゃない。
 現在、我々には為すべき共通の義務と責任があります。わかるでしょう?」


いつも腹の底を読ませないようにしている仁が、珍しく険しい表情を隠さなかった。
KAZUYAは仁の言葉を肯定も否定もせず、ただ黙って睨む。


「これはいざという時のための保険です。使う日が来ないのが一番でしょう」

「…………」

「でも、もし必要があればその時は……」


――生徒達をよろしくお願いします。


――――――――――――――――――――――――――――――


826: 2015/07/06(月) 01:21:01.17 ID:btgm306e0

「…………」

(今、これを使う時が来た……!)


先程思い出した学園長との会話を浮かべながら、KAZUYAはここが正念場だと感じていた。


(よもやあの男に感謝する日が来ようとはな。だが、今はそんなことを言っている場合ではない!)


正直に言えばいけ好かない男だった。生徒達に歪んだ愛情を注いでいた。
そんな仁のことをKAZUYAは嫌っていたが、その愛情が生徒を救うのなら利用しない手はない。


モノクマ「は? なんだよこれ? 聞いてないんだけど……!!」


低い駆動音と共に、保健室の壁の一つが上に開いていく。


霧切「これは……?!」

桑田「マジかよ?!」

苗木「し、信じられない……!」

K「そう、これこそ今の俺達にとって最大の希望――学園長の遺した遺産だ!」


壁の向こうにあったものは、手術台と機材の数々であった――!!


モノクマ「はぁぁあああっ?!?!!」


流石のモノクマもこれには動揺したようだった。パクパクと口を動かしているのに言葉が出ない。
当たり前だ。この設備はここ旧校舎へ生徒達を入れる前に突貫工事で作ったものなのだから。

――学園長と、KAZUYAの二人しかその存在は知らない!


大和田「よし、終わったぞ! 山田を手術台に運ぶぜ!」

石丸「先生、指示を!」


山田を移動させると、KAZUYAはメスを手に取る。


K「石丸、お前が執刀しろ。苗木は補助だ。安広はお前達に任せる」

「?!」


827: 2015/07/06(月) 01:32:27.11 ID:btgm306e0

石丸「ぼ、僕がっ……?!」

十神「貴様ッ?! 素人に手術をさせるつもりか?!!」

K「開腹はやった。あとは止血するだけだ。何かあれば俺が指示を出すからその通りにやればいい」

苗木・石丸「…………」


二人は一瞬だけ動揺し躊躇った。が、ここに至るまでに何度も師を
切り刻ませてきた甲斐もあったか、一度決心を固めたら後の行動は早かった。


石丸「苗木君! ペアンを!」

苗木「了解!」

十神「正気か、貴様等……!!」

K「なに、俺は小学生に母親の手術をやらせたこともある。知識と技術がある分、二人の方がマシだ」

十神「だが……大体、何故不器用で有名な石丸がメインなんだ! 苗木の方が実技は上のはずだろう!」

K「確かに、この場合は苗木をメインにするのが正しい。苗木なら出来るはずだ」

十神「では、何故?!」

K「だからだ。出来る方にやらせたら、残りはサブになる。俺は補欠を作る気は毛頭ない」

十神「狂っている……!」

K「文句は後で好きに言え。とりあえずしばらく話しかけるな。不二咲、そこにある吸引器と
  電気メスを準備してくれ。機械に強いお前ならセッティングくらい出来るはずだ」

不二咲「これかな?」

十神「…………」

霧切「覚悟を決めるわよ。もし氏人が出たら、今度こそ誰か処刑されるのだから」

十神「フン、その方が面白いがな」

舞園「十神君、手術の邪魔をするなら出て行ってくれませんか。みんな真剣なんです」

十神「協力はしてやるさ。……生きている限りはな」



渋々と言った感じだが、十神も半透明のゴム手袋を嵌めマスクをつける。

こうして、希望ヶ峰学園即席医療チームが二つの手術に当たることになったのだ!


828: 2015/07/06(月) 01:43:07.62 ID:btgm306e0

ここまで。次回、Kチーム始動!


850: 2015/07/21(火) 00:14:21.14 ID:F11QxauJ0


※ お 約 束 ※

モノクマ「もう定番となりつつあるけど、それでもしつこく注意。無駄かもしれないけど注意」

ウサミ「注意は大事でちゅよ。先生は皆さんがマナーを守ってくれるって信じてまちゅ」

モノクマ「今回手術シーンが出てきますが、このSSの医療シーンは基本1の妄想です。
      信じないこと! いいですか? 知らない人の言うことを安易に信じちゃダメですよ」

モノクマ「何事も自己判断が大事です。その結果どうなるかの責任は取らないけどね!」

ウサミ「それはあえて言わなくてもいいよね?!」

モノクマ「それでは再開!」



851: 2015/07/21(火) 00:23:09.33 ID:F11QxauJ0


 !      ダ    ブ    ル    手    術    開    始      !



KAZUYAは十神と話しながらも、一切手を止めることなく器具の準備をし山田の気道を確保していた。


K「不二咲、そこにあるレスピレーター……人工呼吸器の電源を入れてくれ」

不二咲「これ、かな?」


KAZUYAの指示で、不二咲がレスピレーターの電源を入れ、大和田が側に運ぶ。


K(確認したが、予想通り山田の気管は非常に狭かった。何より、これだけの手術だ。
  すぐに意識を回復するか怪しいし、当分自力呼吸は厳しい。場合によってはこのまま……)

K(本来なら気管切開をしてカニューレを装着した方が良いかもしれんが、俺は山田を信じる!)


カニューレ:体腔・血管内等に挿入し薬液の注入や体液の排出に使うパイプ状の医療器具。
       今回は気管切開し空気の通路を確保するための気管カニューレを指している。

KAZUYAは通常の気管内カテーテルを熟練の技で気道に通し、酸素マスクとレスピレーターを繋げた。


K「次に、そこの心電図モニターの電源を入れてくれ」

不二咲「はい。えっと……これ、だね」


KAZUYAは山田の体に電極を取り付けた。モニタ画面に心電図を始めとした心拍数や血圧、呼吸数、
体温等のバイタルサイン情報が映り、心電図の定期的なグラフと共にピッピッという機械音が響く。


「…………!」


ピッピッ……ピッピッ……ピッピッ……ピッピッ……

誰もがテレビで目にした状況が実際に目の前に現れて、場が一層引き締まった。


852: 2015/07/21(火) 00:33:06.16 ID:F11QxauJ0

K「俺が麻酔を点滴している間に、レントゲンの準備をしてくれ。大和田、その間にこの器具を消毒!」

不二咲「は、はい!」

大和田「おうよ!」


KAZUYAは麻酔をかけると、不二咲が電源を入れた最新型可動式X線撮影機に手を伸ばす。初めて見る
機械も難なく使いこなす不二咲は非常に頼もしい。CTスキャンやMRIは時間の問題か設置スペースの問題か、
流石に用意出来なかったらしい。ないよりはマシだ、くらいのつもりで山田の頭部を単純撮影する。


K(……本来はこういった機械類は放射線管理区域を作って徹底的に管理すべきだが、仕方ないな)


教師である仁がそんなことも知らない訳はないだろう。それほど突貫工事だったのだと暗に示していた。


K(骨折はしているが血管溝付近に線状骨折はなし……硬膜外血腫の可能性は低いか? となると……)


ピッピッ……ピッピッ……ピッピッ……ピッピッ……

山田はただ失神していたのではなく、完全に意識がなかった。脳に何らかの異常があるのは間違いない。


K(――硬膜下血腫か)


単純に頭蓋内の出血と言っても、大きく二つに分類される。


硬膜外血腫:頭骨とその下にある硬膜の間で発生した出血が血腫となり脳を圧迫する症状。
       早期に対処すれば予後はそこまで悪くないとされるが、極めて重傷である。

硬膜下血腫:硬膜と脳の間に出血が発生し、それが硬膜とくも膜の間に貯留した状態。
       頭部に対する強い衝撃によって引き起こされた急性硬膜下血腫の場合、
       脳挫傷(脳が損傷を受けること)を併発していることが多いため、予後は良くない。


硬膜外、並びに硬膜下血腫の判断にはMRIが優れていると言われる。ただし、MRIは時間がかかるため
緊急の場合はCTスキャンが用いられるのが常だ。何にせよ、最低でもCTスキャンがないと判断は難しい。

何故なら、医療の現場で今も幅広く使われている通常のX線撮影では血液は写らないからである。
KAZUYAはどうせ開頭手術をするなら予後が期待出来、硬膜を開かなくて済む硬膜外血腫であって
欲しいと思っていたが、そう上手くはいかないようだ。愛用のメスを手に取る。


853: 2015/07/21(火) 00:44:36.05 ID:F11QxauJ0

K「頭皮切開。骨膜を反転固定する」


KAZUYA程のベテランなら開頭手術でさえ十分な経験があり、本来いちいち行動を
口にする必要はないのだが、生徒達に事前に自分の動きを伝える必要があった。

現に、外した頭皮を置けるよう大和田がステンレス製のトレイを用意してくれている。


大和田「う……」

K「あまり見ない方が良いぞ。これからもっと酷いことになる」


大和田が顔をしかめたのを察し警告する。特に、不二咲に対しては機械を見ているよう促した。
石丸が写真を見ながらよく呻いていたのを知っている。この二人は耐性がないから尚更キツイだろう。


K「まず、ドリルで六ヶ所穴を開ける。そこに線ノコを通し切断していく」

大和田「マジでやんのか……」

K「やらないと氏ぬ」


KAZUYAとてやらずに済むのが一番だ。しかし、開頭手術が必要だという結論だけは出ていた。
CTスキャンがないため正確な位置も大きさもわからない。今はKAZUYAの長年の勘と経験だけが頼りだった。


K(今までは外からある程度わかる傷が主だった。舞園の骨折という例もあるが、最悪放置しても
  命には関わらない。だが、今回は違う。俺の見立てが全てだ。判断を間違えれば山田は氏ぬ!)


ピッピッ……ピッピッ……ピッピッ……ピッピッ……

ジーコジーコと骨の削れる音が止んだ。


K「外すぞ。丁重にな」


KAZUYAは切断した頭骨をトレイに載せた。そして一切の見落としがないように中を観察する。


854: 2015/07/21(火) 00:56:24.62 ID:F11QxauJ0

K(やはり、硬膜下血腫だったか。既にかなり出血しているようだな……)

不二咲「先生……」

K「……硬膜を切開する。輸血の準備!」

不二咲「はい!」


授業で生徒達の身体情報は可能な限り開示して共有している。それも全てはこんな日が来ることを
想定してのことだ。不二咲はすぐさま山田の血液と同種の輸血パックを手にして戻ってきた。


K「剥離用の鉗子!」

大和田「どれだ?!」

K「左から三番目!」


一方、時を少し遡り場面はセレスの手術に移る。

手術を任されたものの初めて見る人間の内臓に石丸は圧倒されていた。


石丸(うっ、これが人間の内臓か……皮膚の下も十分グロテスクだったが、気持ち悪いな……)

苗木「石丸君? 大丈夫?」

桑田「イインチョ、頼むぜ」

石丸「え? あ、ああ……」

石丸(いや、何を考えているんだ僕は! 今はそんなことを考えている場合ではない!)


包帯の間から覗く赤い目をカッと見開き、日頃勉強で得た知識を総動員しながら患部を直視する。


石丸「ウム……止血のためにはまず出血箇所を見つけないとならないが……
    溜まった血が邪魔でよくわからないな。吸引器は先生が使うだろうし……」

舞園「ガーゼで吸い取るのはどうでしょうか?」

霧切「それがいいわね。吸い取って、流しに絞って捨てるわよ」

石丸「そうだな。そうしよう」


855: 2015/07/21(火) 01:05:47.08 ID:F11QxauJ0

舞園と霧切が流しと往復して吸い取った血を流していく。少しずつ明らかになっていく
仲間の腹腔に冷や汗を流しながら、二人の医者見習いは真剣な眼差しで覗き込んだ。


苗木「見えてきたね」

石丸「ああ。……腸圧定ヘラを頼む」

苗木「はい」


ピッピッ……ピッピッ……ピッピッ……ピッピッ……

山田の方から聞こえる規則的な電子音が、余裕のない石丸の心を更に急かす。受け取ったヘラで
傷付けないように腸をグニグニとかき分け観察したが、出血部位がなかなか見つからない。


霧切「……そこ、血が出ていないかしら?」

石丸「本当だ! この血管が切れて出血しているな。まず鉗子で結紮(けっさつ)し、絹糸を結ぶぞ……」

苗木「落ち着いて。石丸君なら出来るよ」

舞園「大丈夫です。いざとなったら西城先生もいます。ゆっくり確実にやりましょう」

桑田「ガンバレ、イインチョ!」

石丸「あ、ああ。すまない」


手が滑って結び損ねた石丸に苗木達が優しく声を掛ける。しかし十神だけは厳しい。


十神「そんなにグズグズしていいのか? 血圧が下がって来ているぞ」


心電図モニターは山田に使用しているため、血圧計を用いて十神は手動でセレスの血圧を確認している。


苗木「リンゲル、全開! 輸血もしよう!」

舞園「リンゲル全開にしました! 輸血も用意してあります!」

石丸「どうする? 昇圧剤を打った方がいいのだろうか……?!」


856: 2015/07/21(火) 01:13:49.11 ID:F11QxauJ0

ピッピッ……ピッピッ……ピッピッ……ピッピッ……

狼狽える石丸にKAZUYAが鋭く指示を飛ばす。


K「まだ大丈夫だ。それより他に出血点がないか確認しろ! 腸に変色はないか?」

石丸「変色? ……あ、あります!」

K「出血が止まっていないから組織が壊氏しかけているのだ。出血を止めろ!」

石丸「止めろと言われましても……」

苗木「石丸君! ヘラ、借りるよ!」

石丸「あ、ああ……」


バトンタッチした苗木がヘラで再び丁寧に腸を確認する。


苗木「あった! 小さいけど、ここが裂けてる!」

石丸「何だと?!」

桑田「よし、じゃあそれを塞げばいいんだな? とっととやっちまおーぜ」

苗木・石丸「…………」


しかし二人は同時に浮かない顔をした。


桑田「どした? 早く縫っちまえよ」

石丸「無理だ。僕達の縫合技術は高くない。内臓、それも特に繊細な腸を縫うなんて無理だ」

苗木「失敗したら、かえって傷が広がると思う」

桑田「ハァ?!」

十神「フン、当然だ。貴様、こいつらが素人だということを忘れていないか?」

桑田「じゃあ、どーすんだよ!」


857: 2015/07/21(火) 01:22:56.79 ID:F11QxauJ0

石丸「先生の手が空くまで輸血と昇圧剤で繋ぐしか……」


ピッピッ……ピッピッ……ピッピッ……ピッピッ……

混乱する生徒達に、KAZUYAは落ち着いた低い声で話し掛ける。


K「――もっと良い方法がある」

苗木「え?!」

K「傷の前後を丸々結紮すれば良い!」

石丸「なっ?! そんなことをすれば挟まれた部分の血流が止まって壊氏してしまいます!」

K「壊氏した部分は後で切除して繋げればいい。人間は腸を十センチ失ったくらいで氏にはせん!」

苗木「ほ、本当にいいんですね?」

K「開腹した時に大まかな状態は把握した。出血箇所が多かったり内臓をやられていたら不味かったが、
  幸い刺された箇所は一ヵ所で重要な臓器は外れていた。時間稼ぎ程度なら問題ない。やれ!」

石丸「では、指示通り結紮します!」

K「止血に成功したら自然と血圧も回復するはずだぞ。要は俺がそちらに行くまで保てばいいのだ」


石丸はKAZUYAの指示通り傷の前後を鉗子で丸々結紮する。


十神「……成程、確かに底を打ったようだ。安定はしている」

石丸「では、ひとまずは……」

苗木「安心てこと、なのかな」


ピッピッ……ピッピッ……ピッピッ……ピッピッ……

他方、KAZUYAの方も正念場を迎えていた。


K「出血箇所を電気止血器で止血する!」

不二咲「どうぞ」

K「ウム」

大和田(こんなちっぽけな傷、本当に止血できんのかよ……)


858: 2015/07/21(火) 01:29:54.31 ID:F11QxauJ0

目を逸らしながらも、大和田はちらちらと山田の剥き出しの脳を見る。
マスクをしていても尚鼻を刺激する、強烈な血の臭いと悪臭で気分が悪かった。

ジュッという何かが焦げる音がする。KAZUYAは既に電気止血器を下ろしていた。


K「吸引器」

不二咲「はい」


KAZUYAの指示に呼応し、不二咲は吸引器をKAZUYAに手渡す。


K(流石不二咲だ。初見の機械でも問題なく使いこなせている。何よりスピードを求められる
  この手術を俺一人で全てこなすのは正直辛かったから、補助があって助かった……)

K(だが、山田の傷は……)


ピッピッ……ピッピッ……ピッピッ……ピッピッ……


K(…………)

K(……今はオペに集中しよう)


止血と吸引を終え硬膜を閉じ、KAZUYAは外した頭骨を戻して傷を丁寧に縫い上げている。


K「よし! 山田の処置は終わった。安広の方に移るぞ!」


KAZUYAは身を乗り出して傷を確認し、苗木は後ろに下がってKAZUYAに譲った。


石丸「……あの、どうでしょうか」

K「止血は問題なく済んでいる」

石丸「フゥ、それは良かっ……」

K「続きだ。壊氏した腸を切除しろ」

石丸「えっ?!」


後は全てKAZUYAが引き継いでくれるものと思って安心していた石丸の顔が引き攣る。


859: 2015/07/21(火) 01:37:53.48 ID:F11QxauJ0

K「医者が一度受け持った患者を投げ出してどうする。どうしても技術的に
  無理なことは俺がカバーするが、それ以外は二人にやってもらうぞ」

K「折角だ。安広にも二人の訓練に協力してもらう」

十神「……医者の発言とは到底思えんな」

桑田「ヤハー……俺達だけだからいいけど、他のヤツらが聞いたらドン引きしてるとこだぜ、せんせー」

K「治療費の代わりと思えば安いものだ。ほら、どの剪刀(せんとう:ハサミのこと)を使う?」

石丸「え、あ……」

苗木「やっぱり、ここはクーパーかな」

K「よし。苗木、ここを切断しろ」

苗木「はい」


石丸の方はしどろもどろになりながらも、何とか二人にやらせ縫合はKAZUYAのみ行う。


K「癒着した腹膜を剥がすにはメッツェンを差し込んで開けばいい。やってみろ」

石丸「は、はい」

K「腹膜の処理は慣れるまで非常に難しい。大体初心者がつまづく所だし、
  プロでも処置の仕方で技術がわかるというものだ。よく見ておけ」

霧切「知識があれば応急処置に活かせるかもしれないわね」

舞園「しっかり見させてもらいましょう」

K「これが胃だ。これが右胃大網動脈。奥の方に、見えづらいが肝臓。下にあるのが胆嚢で……」

十神「…………」

大和田(いつのまにか全員で仲間の腹の中を見てる今の状況がこええ……
     目をそらしてる不二咲以外は平然としてやがるし)

桑田「……あらためて医者ってすげーと思うわ、マジで」


見せられるだけ体の内部を見せ、KAZUYAはセレスの傷口を縫合していく。


K「最後の二針はお前達で縫え」

苗木「えっ、いいんですか?」

石丸「しかし、僕達の腕では綺麗に出来るか……」

K「どうせここから出たら全員綺麗にするんだ。多少の引き攣れなら問題ない」

苗木「わ、わかりました」

苗木(女子の肌を縫うのか……気をつけないと)

石丸「う、うう……失敗しても恨まないでくれ……」


そして緊張の中最後の一針を縫い、糸を切った。


875: 2015/07/27(月) 00:53:53.15 ID:h/QJJewL0


!      手      術      完      了      !



K「――終わったな」

「…………」

K「手術完了(オペレーション・オーバー)だ!」


全員が呆けた顔をしていたので、KAZUYAは喝を入れるように手術の終わりを宣言する。


大和田「お、終わったのか……」

不二咲「長かったねぇ……」

舞園「二人共、大丈夫ですか?」

苗木「疲れた……本当に」

石丸「…………」

霧切「石丸君、大丈夫?」

石丸「…………」

大和田「おい、兄弟。どうした?」

桑田「気が抜けちまったんじゃねえの?」

K「石丸?」

石丸「…………うっ!」


石丸は急に口元を手で押さえると、バネ仕掛けのように飛び上がって廊下に駆け出す。
しかし間に合わなかったようで、苦しそうな呻き声が聞こえた。


石丸「おえぇぇええぇえええええ! ゲホッゴホッ、ゴホッ!」ビチャビチャ!

桑田「ちょ、ゲロかよ……」


876: 2015/07/27(月) 01:09:02.89 ID:h/QJJewL0

霧切「今までは極度の緊張のお陰で吐き気を抑えていられたのね」

不二咲「あ、う……安心したら、僕も気分悪くなってきちゃった。ちょっとトイレに……」

十神「フン、男のくせに情けない」


何でもないような顔をしているが、十神の白い顔も血の気が引いて青くなっていた。
本当に全く影響がないのは、KAZUYAと霧切だけのようだ。しかし、惨殺氏体に慣れている
霧切も仲間の生氏がかかった手術というシチュエーションにやや疲れを見せている。


不二咲「うう、弱くてごめんねぇ……」

舞園「気にしたら駄目ですよ」

桑田「おう。俺もちっと気分わりいし、どーせ十神も強がってるだけだろ」

大和田「まったくだぜ。お前らはそっちに集中してたから良かったけど、俺らは
     生で脳みそ見てんだぞ、脳みそ! ヤベ、思い出したら俺まで気分が……」

K「無理をするな。男だから女だからは関係ない。大体最初の解剖で具合が
  悪くなる生徒が出るものなんだ。逆に、女生徒の方が意外と平気だったりな」


KAZUYAは立ち上がると廊下に行き、その場でうずくまっている石丸を介抱した。


K「大丈夫か?」

石丸「ゲホッ……す、すみません……迷惑をかけてしまって……」

K「気にするな。初めての手術にも関わらず見事な手際だったぞ」

石丸「でも、医師を目指しているのに……こんなことでは……」

K「今度俺の同期の話でもしてやる。今でこそみんな一人前だが、酷い失敗談もたくさんあるぞ?」


背中をさすってやりながら、KAZUYAはぎこちなく笑いかけた。まだ山田の件もあるが、
少なくともセレスは助かったのだ。それも生徒達の手で。その点は素直に喜ばねばなるまい。


877: 2015/07/27(月) 01:28:38.92 ID:h/QJJewL0

舞園「廊下は私達が掃除しておきますから、先生はみんなの看病をしてください」

苗木「僕、不二咲君の様子を見てきます!」

大和田「俺は少し休ませてもらうぜ」

K「頭を下にし、深呼吸だ。吐き気が酷くないなら栄養ドリンクで水分を採るのもいいぞ」

十神「……フン」


具合の悪そうな石丸に肩を貸して保健室に戻ると、KAZUYAはテキパキと
冷蔵庫から飲み物を出したり汚れた床を掃除して器具の消毒をしたりした。

少しして苗木がまだ顔色の悪い不二咲を連れて帰り、ようやく彼等は一心地つく。


十神「……で、今回の場合学級裁判はどうなるんだ?」

苗木「あれ? そういえばモノクマは……?」


手術が始まってから一言も声を聞いていないので、既にどこかへ去ったのかと思った。

――だが、モノクマはいた。


現れた時と全く同じ場所で、無表情のまま沈黙を保っていた。
いつも騒がしいこの人形が無言なのはただただ不気味で不吉である。

顔色からは――無機物だから当然なのだが――何を考えているか伺い知ることは出来ない。


モノクマ「…………」

苗木「モノクマ……」

モノクマ「…………」


878: 2015/07/27(月) 01:43:38.18 ID:h/QJJewL0

桑田「なんだよ、気味わりぃな……なんか言えよ」

モノクマ「……え? あ、なに? 学級裁判? あ、ああ……そうだね……」

「…………」


その反応は、いつもとは明確に違っていた。

さながら、楽しみにしていた玩具を手に入れた瞬間目の前で叩き壊されたようだった。
普段の彼或いは彼女ならその絶望的な感情すら楽しむ所だが、今回はあまりに予想外過ぎたのだ。
また、今まで散々退屈な時間を待たされ我慢し続けていたということもある。

――詰まる所、モノクマにとって今回の件は絶望より怒りが上回ったのであった。


K「…………」

モノクマ「どーしようかねぇ。氏体発見アナウンス流しちゃったしなー」

霧切「山田君の状態によるのではないかしら? もし彼がすぐに目を覚ますなら、裁判は無意味よ」

モノクマ「それもそうだね。で、山田君の容態はどんな感じな訳?」

K「……わからない。今回は不二咲の時より更に深刻だ。俺ですらいつ目を醒ますか
  予想もつかない。ちなみに、今回ばかりは本当だ。ここにはCTも脳波計もないしな」


頭部による打撃の恐ろしい点は、必ずしも打撃を受けた場所に出血する訳ではないということだ。

脳は頭蓋の中にぎっしり詰まっているのではなく、脳脊髄液(のうせきずいえき)という
液体の中に浮かんでいる。そのため、強い衝撃を受けると慣性によって反対側の頭骨に衝突し、
そちら側にも脳挫傷(のうざしょう)や出血を起こすことがある。

このように打撃の反対側に生じる損傷を反衝損傷(はんしょうそんしょう)と言うが、
検査をしていない以上山田の脳内でそれが起こっていないとは断言出来ないのだ。


879: 2015/07/27(月) 01:56:00.31 ID:h/QJJewL0

モノクマ「じゃあほっとけば氏ぬ可能性もある訳だ? もしくは、氏ななくても一生このままとか」

K「……その可能性はないとは言えん」

石丸「そんなっ! 折角手術したのに!」

大和田「マジかよ……」

モノクマ「ふーん?」


その言葉で、モノクマは少し機嫌を直したようだ。頭の後ろで手を組みながら、
今後のことを思案する。一つ予想外なことと言えば、桑田が割って入ったくらいだ。


桑田「でもさ、今回は裁判やる意味なくね?」

舞園「どういうことですか?」

桑田「――だって、もう犯人わかってるし」


その発言に大きく場がどよめく。


石丸「何だとっ?!」

不二咲「えっ?!」

大和田「誰だ! 誰が犯人なんだ!!」

霧切「それは恐らく……」

十神「十中八九、今の段階でも姿を現さない奴が犯人だろうな」

苗木「それって……!」

K「――その通り」





桑田「犯人、葉隠だろ?」


880: 2015/07/27(月) 02:04:50.29 ID:h/QJJewL0


誰もが既に予想した衝撃の事実……!


短いけどここまで。

1は夏バテ気味です。最近暑いけど皆様もお体には気をつけて。


899: 2015/08/07(金) 13:25:46.75 ID:WWSFAbdV0

時刻は、手術の少し前に遡る――


―やっちまった……

―やっちまった。


―あぁっ! やっちまったぁぁぁ!!


葉隠康比呂は自室で盛大に頭を抱えていた。


「なんでこんなことになっちまったんだべ……」


自分は法にギリギリ触れそうなことはするが、完全にアウトなことはしてこなかった。
確かに真面目な人間とは言い難いが、一応真っ当にやってきたはずだと唸る。

……実際には色々アウトなこともしてきたのだが、葉隠本人は少なくともそう思っていなかった。


(あぁ、母ちゃん……)

『康比呂が本当は優しい子だって母ちゃん知ってるからね。ただ、お前は母ちゃんに似て
 少しやんちゃだから、警察の厄介になるようなことだけはするんじゃないよ』


思い浮かぶは母・葉隠浩子の姿である。浩子はいつもどんな時でも常に自分の味方をしてくれた。
それは正直甘やかしの領域にも入っていたが、その深い母の愛を受け葉隠は母を慕っていた。


(でも殺人はさすがにヤバいよなぁ……)


母ならきっと何か深い事情があったのだと言って味方してくれるだろう。
しかし、いくら葉隠が自分に甘すぎる男とは言え、全く常識がない訳ではない。

やはり殺人はアウトだ。


900: 2015/08/07(金) 13:34:20.94 ID:WWSFAbdV0

(舞園っち達だってなんかいつのまにか許されて馴染んでるし、俺も時間が経てば
 なんとかなるか? ……でも今まではなんだかんだ氏人は出てなかったしなぁ)


今すぐ保健室に行って助けを求めるか?


(いや、セレスっちはともかく山田っちはムリだべ……時間も経ってるし、
 大体K先生は一人しかいねえ。二人急患が出ても助けられるのは一人だけだ)


普段はけして頭が良いとは言えない葉隠だが、昔から妙なところで計算高かった。
この強かさや土壇場で発揮するしぶとさでどんな窮地も逃げおおせてきたのだ。


(……大体、仮に二人共助かってもよりによってセレスっちと山田っちだもんなぁ)


そう、似た者同士だからこそよくわかる。その二人は簡単に許してくれるような人間ではない。
思えば、過去に事件に巻き込まれた苗木も石丸も不二咲もお人好しの部類に入る。桑田は簡単に
許す人間ではなかったが、加害者でもあることとKAZUYAが間に立ったことで状況が変わった。


(あー、どうする。絶対許してくれねえ……俺だったら慰謝料一億くらい要求するべ)

(……そもそも助からねえか。夜は集まることになってるし、校舎には誰も行かないはずだべ)

(…………)


この時、葉隠の頭にある邪な考えが浮かんだ。


(二人には悪いが、この際しらばっくれちまうか? 俺が捕まってもどうせ二人は生き返らねえんだ……)

(……いや! 毒を食らわば皿まで! この際徹底的に否認してやるべ!!)


(俺は……俺は絶対に逃げ切ってやるからな!!)


901: 2015/08/07(金) 13:44:29.10 ID:WWSFAbdV0

この時、葉隠が少しでも反省して今の状況を振り返っていれば、彼はある重要な事実に
気が付いたはずであった。しかし、彼は持ち前の保身と自分への甘さで逃げることを選択した。

このことが、裁判に余計な混迷をもたらすこととなるのである。


ピンポーン。


「! だ、誰だ?!」


心臓が早鐘のように鼓動する。


(落ち着け……俺がやったなんて証拠はないはず。目撃したセレスっちも口封じに刺しちまったし……)

「逆にここで俺が出なかったら変に思われるべ。ここは冷静に、冷静にだな……」


葉隠は深呼吸していつもの軽薄な笑みを浮かべると、ドアを開けた。


「おー、誰だー?」

「……我だ」

「オォォガアアァアアァァアアアッ?!」


ギョッとして反射的にドアを閉めようとするが、桑田が割って入るのが早かった。


「葉隠。俺達さ、おめーにちょっと聞きてーことがあんだけど」

「ない! ない! 俺から話せることはなんもねえべ!!」

「この反応……なあ」

「……どうやら、この男が重要参考人なのは間違いなさそうだな」

「なんのことだべ?! 俺はなんにも知らねえ!」


その時、タイミングの悪いことにあの悪夢のようなアナウンスが流れた。


902: 2015/08/07(金) 13:50:35.20 ID:WWSFAbdV0


『ピンポンパンポーン! 氏体が発見されました。一定の自由時間の後、学級裁判を開きます!』


「!!」


「あ、あぁ……」

「山田……マジかよ……」


一瞬呆けた顔をし、力が抜けていく桑田をKAZUYAの代わりに叱咤したのは大神だ。


「待て、冷静さを失ってはならぬ。一度は氏んだが蘇生した不二咲の例もあろう!」

「……そう、そうだな。落ち着け、落ち着け俺!」

(決めつけはやめろ……俺だって前に似たようなことがあったんだ)


桑田は自分に言い聞かせるように呟き、大きく息を吸い込む。


「……俺達はおめーの身柄を確保するためにきたんだよ」

「だからなんでだべ?!」


自分でも白々しいと思いながら葉隠は抵抗を試みようとする。しかし、どだい無理な話だ。
何せ相手は哺乳類ヒト科最強、オーガこと大神さくらと天才アスリート桑田である。


「なんでって、セレスがおめーに刺されたって言ったんだよ!」

「……!」


生きていたのか!と、葉隠の中に安堵と絶望の気持ちが同時に湧き上がる。
それでも逃げなければ、と半ば本能のように葉隠はうわ言めいて否定を繰り返す。



903: 2015/08/07(金) 13:55:51.87 ID:WWSFAbdV0

「違う……俺じゃない……」

「……おめーがやったのか? 山田も?」

「し、知らねえ……俺は、なにも……」

「舞園の件もある。お主にも言い分があろう。故に、お主を見張るため我が遣わされたのだ」

「手術が終わったらせんせーがいろいろ聞きに来ると思うから、おめーはしばらく頭冷やしとけ」


だが、大神は一瞬思案顔をして桑田を振り返った。


「桑田、見張りは我一人で問題ない。お主は他の者を手伝いに行くといい」

「そりゃ大神なら一人でも十分だろうけどさ。俺が行ってもたいして役に立たねーし……」

「いや、お主は保健室の内部によく通じているし応援だけでもしてやれ」

「応援って……」


いらないだろ、という視線に大神は首を横に振る。


「西城殿の性格を考えれば、恐らく執刀は苗木か石丸にやらせるはず」

「いやいやいや、いくらなんでも……」

「……そういや先生、前に自分の体を切り刻ませてたぞ。練習っつって。頭おかしいべ」

「マジか……」


保健室の隅にこっそり置いてあった血まみれの包帯が頭をよぎった。確かに、KAZUYAならやりかねない。


904: 2015/08/07(金) 14:01:28.05 ID:WWSFAbdV0

「わかった。俺はなんもできねーけど、あいつらがテンパった時に
 横で落ち着けって言ったり励ますくらいならできるしな。行ってくる!」


ガチャッ! バタン!


「…………」

「…………」


桑田が去ったことにより、より一層重い空気が二人にのしかかる。


「……なあ」

「今は何も言うな」

「でもよ……」


沈黙に耐え切れず、葉隠は誰にともなく呟いた。


「……なんで、こういうことになっちまうのかなぁ?」

「我が聞きたいくらいだ」

「オーガ?」

「…………」


苦い顔をしたまま彼女はジッと虚空を睨んでいる。

それ以降、大神は一言も話さなかった。


923: 2015/08/21(金) 00:45:56.03 ID:j+af7TPq0

               ◇     ◇     ◇


そして再び舞台は保健室へと戻る。


桑田「犯人、葉隠だろ?」

大和田「本当か?!」

舞園「葉隠君が……?! 嘘ですよね?」

K「安広は気絶する前確かに葉隠に刺されたと言った。それで事情聴取のため身柄を
  確保しようと桑田と大神を葉隠の部屋に行かせ、現在は大神が一人で見張ってくれている」

霧切「だから大神さんは手術中一度も姿を見せなかったのね」

K「そうだ」

十神「奴らしいつまらん結果になったな。まあ、どうせ計画性のカケラもない衝動的な犯行だろう」

苗木(葉隠君の場合、絶対ないって言い切れないのが辛いよな……)

大和田「あいつ、刃物ぶん回してた時もあったしな……」

石丸「信じたくはないが、被害者であるセレス君の証言があるのならほぼ確定と見ていいだろう」

舞園「葉隠君、大丈夫でしょうか。自棄を起こして自頃したりとか……?」


経験者だからだろうか。青ざめた舞園の言葉は真に迫るものがあった。


十神「問題ない。ああいう輩は人を傷付ける度胸はあっても自分を傷付ける勇気はないからな」

K「そういう言い方をするな。あいつは臆病だ。きっと、臆病過ぎるが故に問題を起こしたのだろう」

モノクマ「うぷぷ……」


924: 2015/08/21(金) 01:00:25.47 ID:j+af7TPq0

この時点でKAZUYAは知る由ももないが、実際その通りなのであった。
葉隠の臆病さ、そして過度の保身が結果的にこの事件を引き起こす切欠となったのである。

生徒の特性をよく把握するモノクマにとって、葉隠は利用しやすい駒であったのだ。


十神「どうだか。貴様等が知っているかは知らんが、あの男は本当にどうしようもない奴だぞ?」

石丸「十神君! 仲間の悪口を言うべきではないぞ!」

十神「フン。犯罪者を仲間扱いすることについて今更どうこう言うつもりもないが、奴の
    お陰で俺達はまた学級裁判の脅威にさらされるんだ。恨み事の一つくらい言わせろ」

大和田「まあ……確かにあいつ、ちょっと問題あるところもあったしな」

桑田「ぶっちゃけいつかトラブル起こすとは思ってたわ。まさか殺人未遂だとは思わなかったけど……」

モノクマ「つまり今回の裁判は葉隠君の公開糾弾会になる訳だ。いいねぇ! 非常にそそられるよ!
      楽しい疑心暗鬼や激しい議論こそないものの、セレスさんは鬼のように責めるだろうし!」

苗木「そうやってまた僕達の結束を乱すつもりなんだな!」

モノクマ「乱すって何を? 風紀? 敵が一人いれば残りは結束するんだよ?
      むしろオマエラにとって願ったり叶ったりじゃないの!」

K「ふざけるな! そんな歪な結束はかえって不和の元だ!」

不二咲「それに葉隠君の言い分も聞いてあげようよぉ。何かあったのかもしれないし……」

霧切「相手がセレスさんだから厳しいけど……正当防衛の可能性もなくはないわね」

K「俺達は何よりもまず事件の状況を確認し、正確に把握する必要がある。憶測で語るべきではない」

モノクマ「ま、そのへんは自分達で捜査してよ。そのための捜査時間なんだから」

K「しかし、安広は腹部を刺されている。裁判への出席はドクターストップをかけさせてもらうぞ」

桑田「ドクターストップ、ってことは欠席か」

モノクマ「ハア?! 冗談じゃないよ! 久しぶりに面白そうなものが見れそうなのに!」


925: 2015/08/21(金) 01:07:33.34 ID:j+af7TPq0

苗木「ふざけるなよ! セレスさんと葉隠君をぶつけて潰し合わせる気なのはわかってるんだぞ!」

K「――いや、俺は裁判の延期を提言する」

舞園「先生?」

K「安広には出席して意見を言う権利がある。俺達が口を挟む問題ではない」

桑田「……まあ、そりゃそうだな」

モノクマ「延期ぃ? ボクは別に構わないけどさ、日にちが経てば経つほど記憶は
      曖昧になっていくものだし、また誰かさんが余計な横槍入れるかもよ?」

大和田「横槍なんていれようがねえだろ。犯人は葉隠で決まりなんだからな!」

K「……いや、待て。そうとも限らん」

石丸「しかし先生! セレス君の証言もありますし……」

霧切「セレスさんを刺したのが葉隠君でも、山田君を襲ったクロも葉隠君とは決まってないわ」

石丸「何だとっ?!」

霧切「今回の裁判で暴かなければいけないのはあくまで【山田君を襲った犯人】よ。
    セレスさんの事件とは切り離して考えるべきだわ」

舞園「まさか……別の誰かが?」

不二咲「そんな……」


KAZUYAは回想する。倒れ込んだセレスに駆け寄った時、彼女が何と言っていたか。


セレス『葉隠君に……刺されました……』

セレス『まだ、娯楽室に……山田君が……』


K「…………」


926: 2015/08/21(金) 01:16:42.33 ID:j+af7TPq0

K「俺が安広から聞いた言葉は『葉隠に刺された。娯楽室に山田がいる』だけだ。
  山田が葉隠に襲われた、とは聞いていない」

十神「つまり、平然とした顔でクロがこの場に紛れ込んでいる可能性もある訳だ?」

桑田「その場合オメーが一番怪しいんだけどな!」

霧切「真相を明らかにするために一刻も早く捜査をする必要があるわね」

不二咲「でも、証言とかはセレスさんの体調が落ち着くまで待ってあげたいなぁ……」

K「三日だけ裁判を待ってくれないか。ナイフが小振りだったからか、幸い安広の腹の傷は
  そこまで大きくない。三日あれば、なんとか裁判に参加出来る程度には回復する見通しだ」

K「……仮に山田が助かるとしても、恐らく数日は目を醒まさんだろう。だから裁判には支障ない」

モノクマ「三日ね。いいでしょう。ボクは気が長いから待ってあげるよ」

K「…………」

K(やけに素直だな……何かあるのか?)

十神「冗談じゃない。現場の見張りはどうする? 交代で寝ずの番でもさせる気か?」

大和田「しょうがねえだろ! 犯人が証拠隠滅しちまったらまずいしよ」

十神「原人並みの知能しかないお前達はもう忘れているかもしれんが、容疑者の葉隠の
    見張りもしないといけないんだぞ? 一度に何人必要か計算出来るか?」

K「ムゥ、確かに安広、山田、葉隠と三人も同時に抜けてしまうからな……」

舞園「西城先生は保健室から離れられませんし、現場に二人、葉隠君に二人だとして……
    三回に一回順番が回ってくる計算ですね。大変ですけど、出来なくは……」

桑田「たりーけどやるしかねえだろ」

十神「無意味だろ。捜査時間自体は本来短いはずなのに、余計な時間も見張りをさせるとは」

苗木「まあ、それはもっともな意見だと思うけど……」

石丸「みんな我慢するのだ! 十神君も我慢したまえ!!」

モノクマ「もう、しょうがないなぁ。……じゃあ今回だけは特別ルールとさせてもらうよ」

「特別ルール?」


937: 2015/09/07(月) 00:13:28.16 ID:5FDC/fiO0

               ◇     ◇     ◇


朝日奈「遅いね……二人共大丈夫かな?」


煌々と明かりが灯っているものの、どこか暗さを感じさせる娯楽室に三人の少女はいた。
最初は入り口付近に立っていたのだが、今はソファに向き合って座り俯いたり壁を見つめている。


江ノ島「あの西城が手術するんだから大丈夫っしょ」

腐川「それより、一体いつまでここにいなきゃなんない訳……!
    血の臭いはするわ、薄気味悪いわ。一刻も早く戻りたいものね」

朝日奈「本当だったら今頃楽しいパーティーだったのに、なんでこんなことになっちゃったんだろう……」

江ノ島「そんなの、誰かが山田とセレスを襲ったからに決まってるじゃん」


朝日奈の弱音に、イラついたような呆れたような口振りで江ノ島は言い捨てた。


朝日奈「それはわかってるけど……」

腐川「元気と胸の大きさしか取り柄のないバカが湿っぽい顔するんじゃないわよ。
    ……どうせ後で嫌と言うほど険悪な空気を味わう羽目になるんだから」

朝日奈「わかってるよ。……というか、元気と胸しか取り柄がないって酷くない?!
     バカなのは否定しないけどさ!」

江ノ島「そこは否定しなよ……あ、そういえばアタシも言いたいことあるけど
     人を汚ギャル扱いするのやめてくんない? あんたよりよっぽど清潔にしてるし」

腐川「そうかしら? ……あんた、自分のやりたいことのためなら
    一週間くらい普通にシャワー浴びなさそうな顔してるわよ」

朝日奈「えっ?! そうなの?!」

江ノ島「ちちち、違うよ! 確かにちょっとホームレス生活してた時はあるけど、
     それは特別な時で普段はちゃんと入ってるし!」

朝日奈「ホームレス生活って……」


938: 2015/09/07(月) 00:18:14.99 ID:5FDC/fiO0

言い訳をしたつもりが墓穴にしかなっておらず、朝日奈が引いた顔で見ている。


腐川「フン、どうかしらね。なんにしろ、よりによって運動バカと頭も尻も軽くて化粧が濃くて
    ただ派手なだけのギャルと一緒に待たされてるこちらの身にもなってよね……!」

朝日奈「言い方変えたらかえって悪口増えた?!」

江ノ島「あ、あんたねぇ……!」


反論しようとしたが、江ノ島は言葉が浮かばず黙り込んだ。作家なだけあって口では腐川に敵わないのだ。
しかし、そんな江ノ島の様子には少しも拘泥せず、腐川は腐川で悔しそうに溜め息をつく。


腐川「ハァ……血液恐怖症さえなければ、西城が格好良く手術している姿を見られたのに……」

朝日奈「あれ? 腐川ちゃん、もしかしてKAZUYA先生のこと好きなの?」

腐川「ば、ば、馬鹿言ってんじゃないわよ! あたしはいつだって白夜様ラブに決まってるでしょ!
    白夜様の魅力を書かせたら文庫本十冊でも足りないわ。シリーズ化して捧げたいくらいよ!」

朝日奈「十神なら拒否しそうだけど……」

江ノ島「つーか、そこまでやったらむしろ高度な嫌がらせじゃない?」

腐川「ただ、そうね……西城には色々してもらったし二、三冊なら書いてあげてもいいわよ?」

朝日奈「それ好きじゃん! すごい好きだよ!」

腐川「えっ?! べ、別にそんなんじゃないわよ……? マッチョも悪くないかな、なんて
    思ってないから。あの有り得ないマントも別に格好良く見えてきたりなんてしてないし」

江ノ島「あ、あんた……しっかり毒されてるよ! なに? もしかしてツンデレってやつ??」

腐川「ええええっ?! ちちち違うわよ!」


ガチャッ。

その時、扉を開けて二人の人間が室内に入ってきた。


大和田「騒がしいな……」

霧切「…………」


939: 2015/09/07(月) 00:29:24.91 ID:5FDC/fiO0

江ノ島「あ、大和田じゃん!」

朝日奈「霧切ちゃんも!」

大和田「女が三人集まればなんとかって言うけどよ、事件があった直後だぞ?」

朝日奈「あ、ごめん……不謹慎だったね……」

大和田「あー、いや、責めてるワケじゃねえ。俺達が落ち込んだってどうしようもねえしな……」


大和田は気まずそうに頭を掻く。


腐川「そ、それで? 二人はどうなった訳?」

霧切「大和田君、説明は任せるわね」スッ

大和田「おう」


三人の対応を大和田に任せ、霧切は血が散乱する床に屈みこんだ。


江ノ島「なにやってんの?」

霧切「私のことは気にしないで。大和田君が説明してくれるから」

朝日奈「二人とも大丈夫だった?」

大和田「セレスは問題ない。ただ、山田がな……」

江ノ島「山田が、なに?」

大和田「昏睡状態だ。今回ばかりは目を醒ますか醒まさねえのかセンセイにもわからねえらしい」

朝日奈「そんな……」

大和田「突然急変して氏ぬかもしれないし、逆に二、三日すれば普通に目を醒ますかもしれねえ、
     だそうだ。……ただその場合も後遺症があるかもしれねえらしい。とにかくかなり悪い」

腐川「じゃ、じゃあ一生昏睡状態ってことも……」

大和田「――ないとは言えねえ」

「…………」


940: 2015/09/07(月) 00:35:44.27 ID:5FDC/fiO0

三人とも沈黙した。室内では、霧切が作業する何らかの音だけが聞こえる。


江ノ島「ねえ。モノクマはなにか言ってた? 今回の学級裁判はどうなるの?」

腐川「嫌なこと思い出させんじゃないわよ! ……そ、そうよね。
    あのアナウンスが鳴ったんだから、やっぱり裁判するのよね……」

朝日奈「また捜査しなきゃいけないんだ……」

大和田「そのことなんだが、いっぺん引き上げて来いって話だ」

腐川「ハァ?! 現場保全はどうすんのよ……!」

大和田「怪我人とか具合の悪いヤツが多すぎてまともに捜査できねえから、
     今回だけ特別措置としてしばらく三階ごと封鎖するんだってよ」


大和田はモノクマの提示した特別ルールについて説明した。


『特別ルール?』

モノクマ『そう。すなわち、セレスさんが裁判に復帰出来る三日後まで
     【三階ごと事件現場を封鎖】します!』

K『成程。現場のある三階に行けなければ証拠を隠滅することは出来なくなるからな』

苗木『だけど、もし三階以外に証拠があったらどうするんだよ』

モノクマ『知らないよ。どうせ学園全部に見張りを置くなんて出来ないんだしさ』

霧切『そうね。それは私達で対処していくしかない。仮に証拠を隠滅しても、
    ここが密室である以上隠滅したらしたで何かしら別の痕跡が残るはず……』

不二咲『あ、でも……もし証拠が時間経過で消えるものだったら……』

十神『完全犯罪になるな?』

桑田『おいお前! 犯人助けるためにそんな提案したんじゃねーだろうな!』

モノクマ『ショボーン。ボクって信用ないなぁ。ゲームに対しては公平なつもりなんだけど。
      じゃあ、封鎖するまで少し時間をあげるから今調べてきたら?』

舞園『三日間見張り続けるのは大変ですし、そうするしかないみたいですね……』


941: 2015/09/07(月) 00:41:46.77 ID:5FDC/fiO0

モノクマ『まあ、三日後にまた改めて捜査の時間は取るよ。つまり今回は
      前回よりも余分に捜査出来るという訳です! ボクって太っ腹~!』

石丸『ならば文句も言えない、か……』


こうして、最低限の捜査を済ませたら三階は封鎖するということになった。


江ノ島「モノクマがそんなこと許したの?!」

朝日奈「え? でも、証拠とか消えたりしないかな?」

大和田「それで、少しでも見落としが少なくなるように今霧切が調べてんだよ。
     ちなみに他のヤツらは別の部屋を手分けして調べてる最中だ」

霧切「…………」

大和田(兄弟は全員で娯楽室を調べた方がいいって言ったんだが、ジャマだって
     一蹴されちまったんだよな……センセイも霧切のことを信頼してるみてえだしよ)

朝日奈「そっか。霧切ちゃんて前の裁判の時も活躍してたし、捜査とか得意そうだもんね」

大和田「とにかくモノクマが、山田はともかくセレスは絶対に裁判に
     参加してもらうって言ってたしな。葉隠も年貢の納め時ってヤツだ」

腐川「は? どういう意味よ?」

大和田「わかんねえか? セレスは犯人に刺された後自力で保健室まで逃げてきたんだぜ?」

朝日奈「あ、もしかして!」

江ノ島「犯人の顔を見てるってこと?!」

大和田「そうだ。セレスは葉隠に刺されたって言った。……山田はまだわからねえがな」

江ノ島「じゃあ山田を襲った犯人も葉隠で決まりじゃん!!」

腐川「あのバカ! いつかやらかすと思ってたわよ……!」

朝日奈「許せない!! 絶対葉隠が犯人だよ!!」

大和田「えーっとだな……」


942: 2015/09/07(月) 00:49:20.72 ID:5FDC/fiO0

まだ確定した訳ではないと念を押されたものの、大和田自身葉隠を強く
疑っていたのではっきり否定は出来ないのだった。そこに凛とした声が割って入る。


霧切「まだ決まった訳じゃないわ」

朝日奈「霧切ちゃん! でも……!」

霧切「葉隠君が今回の事件で大きな問題を起こしたことはまず
    間違いないことだけど、それだけで全て決めつけてしまうのは早い」

腐川「でも、セレスを刺したのは確実なんでしょ?」

霧切「…………」


そう問われると、霧切は顎に手をやったまま無言で考え始める。


朝日奈「絶対葉隠だって! ひどい……女の子を刺すなんて許さない!」

大和田「まあ、そうだよな。あの野郎、タダじゃおかねえ……!」

江ノ島「サイッテーだよね!」

霧切「その辺にしておきなさい。モノクマの思う壺よ。モノクマは
    今回の裁判を葉隠君の公開処刑裁判にしたいみたいだから……」

腐川「望む所だわ! 前々からアイツに色々言いたいことがあったのよ……!」

霧切「…………」


霧切は密かに溜め息をついた。日頃の行動というのは大事だ。
彼女自身、葉隠を庇いきることは出来ないし、そこまでの義理もないと考えてしまうのだから。

――果たして、今度の裁判はどうなってしまうのだろうか。そして葉隠に未来はあるのか。


               ◇     ◇     ◇


一方、大神に進捗を伝えるため桑田と舞園は葉隠の部屋に向かっていた。


舞園「あれ、大神さん?」

大神「ム、桑田に舞園か」


943: 2015/09/07(月) 00:57:34.59 ID:5FDC/fiO0

何故か大神は葉隠の部屋の前の廊下に立っていた。


桑田「おい、見張りはどうしたんだよ?」

大神「……いや、少し一人にして欲しいと葉隠に言われてな。奴も整理したいのだろう。
    安心せよ。鍵は我が持っているから、中にはいつでも入れる」

舞園「一人にして大丈夫ですか?! 自頃したりとか……」


舞園の焦りは経験者らしい心配であった。


桑田「大丈夫だろ。あいつ、そんなことできるタマじゃねーし」

舞園「一応メモを持って来たんですが、正解だったかもしれないですね……」

大神「メモ?」


話しながら舞園はメモをドアの下から差し入れた。


舞園「はい。とにかく今は葉隠君を落ち着かせることを最優先にした方がいいと思って」

舞園「きっと今、凄く混乱してると思いますから……私達は怒っていないということと、
    なるべく早くみんなに謝った方があなたのためにも良いと説得します」

大神「まずはお互い冷静にならねば話にならんからな。こんな状況の時にみんなで
    責め立てれば動転して何をしでかすかわからん。また暴れられてはたまらぬ」

桑田(否定できねー……)

桑田「ま、あいつはムリヤリ引っ張り出すよりも安全地帯にいた方が冷静に
    なれるタイプだと思うし、問題は他のヤツらじゃねーの?」

大神「……そうだな」

舞園「葉隠君については、みんなにちゃんと謝れるよう私と大和田君で誘導します」

大神「大和田もか。……そうだな、あやつが一番今の葉隠のことをわかっているだろう」

舞園「はい。何があったかまではわかりませんけど、葉隠君も後悔してると思いますし」

桑田「そもそもなんであんなバカなことしちまったんだ? 金に目がくらんだにしても、
    なにも二人も襲わなくたっていいだろーに……」


944: 2015/09/07(月) 01:05:46.65 ID:5FDC/fiO0

舞園「詳しい事情はセレスさんが話してくれると思います。彼女は全て知っているはずなので」

桑田「セレス待ちか。とりあえず、それまでどうするよ?」


話していると、ドアの下からメモが出てきた。


大神「ム! 葉隠から反応があったぞ!」

桑田「なんだって?」

大神「まだ心の準備が出来ていない。すまないが時間をくれとのことだ」


印刷物のように綺麗な葉隠の文字が、今回ばかりは多少乱れていた。
だが、かつての舞園の文字に比べれば大分マシではある。


舞園「……とりあえず、自棄を起こしたりはしなさそうですね」

大神「逃げようにも逃げ場がないのだ。如何にあやつが往生際の悪い男でも腹を括る他あるまい」

朝日奈「さくらちゃーん!」

大神「朝日奈か」


廊下を曲がって朝日奈が駆け寄ってきた。


朝日奈「手術の間もずっと見張ってたんだってね。お疲れさま」

大神「朝日奈達は現場の見張りをしていたそうだな」

朝日奈「うん、もう終わっちゃったけど。さくらちゃんは?」

大神「交代時間までここで葉隠を見張る。……今日は長い一日だった」

朝日奈「……そうだね」

桑田・舞園「…………」

桑田(あーあ、折角最近はいい空気だったのにな。これでまた険悪になるのか……)

舞園(モノクマさん、本当に手強いです。本当に……)


こうして見張りの大神と桑田を残して彼等は解散し、一度各自の部屋に戻った。


945: 2015/09/07(月) 01:13:12.74 ID:5FDC/fiO0

ここまで。いよいよ後がなくなってきた……

今数えてみたら、コトダマは前回の倍以上ありますね
捜査編を書き終え次第スレ立てしてそちらで再開します。
このスレの余りは以前リクエストされた番外編でも書こうかな

それでは、半月後くらいに……


978: 2016/01/16(土) 23:29:08.97 ID:Pwa3vmmV0

IF ③  ~ もし朝日奈が殺されていたら ~


『ピンポンパンポーン! 氏体が発見されました。一定の自由時間の後、学級裁判を開きます!』


――鮮血。

保健室に戻った彼等の目にまず映ったのは、清潔な床に飛び散った夥しい量の血痕だった。
それが誰のものであるかは、赤い池の中央に横たわる人間を見れば一目瞭然である。


K「朝日奈……!!」

大神「朝日奈ァアアッ!!」


KAZUYAは絶句し、大神が絶叫をあげて倒れ伏す朝日奈に駆け寄った。
その側に、石像のように立ったまま動かない人間がいる。


大和田「おい……嘘だろ……」


枯れた声を絞り出すように大和田が呟いた。
その視線の先には、純白の学生服を血に染め右手にナイフを持ったままの石丸がいた。


桑田「なんでだよ……なんでお前……」

苗木「ち、違うよ……きっと何かの間違いだって……そうだよね、石丸君……?」

不二咲「そうだよ……だって……だって!」

モノクマ「結果を見なよ~。現に凶器を持ってるじゃーん!」


あまりにも場違いな、明るい声が割り込む。全員が声の主を睨んだ。


K「モノクマ……!」

モノクマ「最近の石丸君て現実と妄想がごっちゃになることがよくあったし、
      それでつい殺っちゃったんじゃないの?」

大和田「たとえ妄想でも兄弟は人を頃すヤツじゃねえだろ!」

モノクマ「でも現に氏んでる訳ですしおすし」

霧切「……ねえ、モノクマ。あなたは石丸君が犯人だと言うの?」

モノクマ「はにゃ? それがどうかしたの?」


979: 2016/01/16(土) 23:41:51.96 ID:Pwa3vmmV0

霧切「おかしいわ。だってあなた、あれだけ学級裁判を楽しみにしていたじゃない。学級裁判の、
    特にお互いの疑心暗鬼を楽しんでいたあなたが、何故私達にあっさり答えを教えるの?」

「!」


霧切の視線は鋭い。全てを見透かすような目でモノクマを貫く。

……だがモノクマは動じなかった。事件が起こった以上、全てが手遅れなのだから。


大和田「そうだ! おかしいだろうが! 仕組まれてたんじゃねえのか?!」

モノクマ「別にボクは石丸君が犯人だなんて言った訳じゃないよ。
      ただ、状況を見たら明らかだよね?って言っただけ」

苗木「そんなの屁理屈だ!」

モノクマ「屁理屈を言ってるのは君達でしょ! プンプン。とにかく、ハイ。モノクマファイル」

K「俺達が何を言っても無駄か……」

モノクマ「そうだよ。とっとと捜査しなさい! キミ達が無為に過ごしてるその時間は
      誰かが過ごしたかった時間なんだよ! 時間を無駄にしない!」


そういうとモノクマは足早に去って行った。途方にくれた者達を残しながら……


K「……捜査を開始しよう」


絞り出すように声を出したのはKAZUYAだった。生徒達の辛さはわかっている。
だからこそ、最年長で大人のKAZUYAが彼等を導き背中を押してやらねばならなかった。


霧切「……そうね」

大和田「兄弟の無実を証明するんだ!」

桑田「ああ。石丸はこんなことするヤツじゃねーしな」

不二咲「石丸君、少し待っててねぇ……」

石丸「…………」


当の石丸は変わらず動かなかった。石像のようだ。


980: 2016/01/16(土) 23:50:16.92 ID:Pwa3vmmV0

大神「…………」


同じく、大神も硬直していた。俯いたまま、まとまらない思考に心を苛まれていた。


大神(……本当に石丸が朝日奈を? 我にはわからぬ……)


                    ╂


十神「フン、折角学級裁判が開かれたというのにつまらな過ぎる幕切れだったな」

江ノ島「あんたねぇ、人が氏んでるんだよ!」


人が氏んでさえいつもと変わらない様子の十神に江ノ島が突っ掛かる。
普段だったらその役目は朝日奈だったはずだ。


大和田「兄弟が犯人だって決まったワケじゃ……」

十神「じゃあ、本人に聞いてみるか? 犯行現場で凶器を持ったまま突っ立っていたその男に。
    そいつが犯人でないなら真犯人を目撃したはずだ。――どうせ、何も言わないだろうがな」

石丸「…………」

桑田「おい石丸、なんか言えよ! お前犯人じゃねーんだろ!」

大和田「兄弟! 頼む!」

不二咲「石丸君……!」

石丸「…………」

葉隠「なんも言わないってことはやっぱり石丸っちが犯人だべ!」

セレス「葉隠君の意見に同意するのは癪ですが、わたくしも同意見ですわ」

山田「状況証拠が揃っちゃってますしねぇ。気持ちはわかりますがいささか往生際が悪いかと」

大神「……もしや、またジェノサイダーでは?」


ギ口リと大神は睨む。現在腐川は血まみれの氏体を見て人格が切り替わりジェノサイダーとなっていた。


ジェノ「ああん、あたしぃ? 確かにあたしは前科あるけどよ、二度もヘマするほど三流じゃねえのよ!
     カズちんにもここでは大人しくしろって言われちゃったしね。って言われて
      大人しくするようなあたしじゃないけど☆ ゲラゲラゲラゲラ!」

霧切「みんな、落ち着いて頂戴。ドクターが保健室を離れた時間はけして長くないわ。既に一度
    失敗しているジェノサイダーがそんな不確実な状況でもう一度犯行を犯すとは考えにくい」

舞園「そう、ですね。ジェノサイダーさん、こんなキャラですけど意外と頭が回るようですし」

ジェノ「意外とは余計だっつーのこの枕アイドル!」


981: 2016/01/17(日) 00:05:37.48 ID:9TNNEeQz0

モノクマ「誰に投票するか決まったぁ~? そろそろ投票タイムにしていい?」

桑田「おいおいおい、ヤベーって! まだなんもわかってねーぞ!」

大和田「十神……」

十神「なんだ、プランクトン」

大和田「……オメエがやったんじゃねえのか?」

十神「言うに事欠いてそれか。人を犯人呼ばわりするなら証拠を提示してからにしろ」

大和田「だったら言うけどよ! オメエもアリバイねえだろうが!」

十神「フン、それだけか? これだから愚民は……」

苗木「十神君はさ、図書室にいたんだよね? なら、先生と鉢合わせせずに殺せたんじゃないかな?」

十神「……馬鹿なことを言うな。言い掛かりも大概にしろ」

桑田「そうだ! 十神が怪しい! オメー前の事件であんなことやったしな!」

十神「いい加減にしろ……!! 根拠もない妄言で場を撹乱し、現実逃避か!」

K「…………」

十神「おい、さっきからだんまりを決め込んでるドクターK。貴様の見解を聞きたい」

K「俺は……」

桑田「せんせー!」

大和田「先公!」

K「俺には…………わからん」

十神「わからんだと? 貴様がここの議長ではなかったのか? 最年長がそれでは困るな」


十神は鼻で笑う。その姿がますます自分への憎悪を募らせるともわからずに。


K「石丸は……犯人ではないと思う」

セレス「思うでは困りますわ、先生。あなたはお医者様なのだから、それに基づいた見解をして頂かないと」

山田「そうですぞ。なんとなく、程度なら僕にだって言えます!」

K「いや、全く根拠がない訳ではない。ここにこの二週間の石丸の行動を詳細に記した俺のカルテがある」


KAZUYAが取り出したのは、もはやちょっとしたレポートと呼んでもいい分厚い紙束だった。


葉隠「そのカルテがなんだってんだべ?」

K「石丸の行動にはある程度の規則性が見られ、時にその法則から外れた変則的な行動……
  いわゆる錯乱状態に陥ったことは何度かあった」

江ノ島「じゃあ、やっぱそいつが……!」

K「……ただし、錯乱状態で暴れてもあいつは他人に危害を加えるような行動は取らなかった」

不二咲「石丸君……」


982: 2016/01/17(日) 00:10:23.21 ID:9TNNEeQz0

K「精神に異常をきたすと、周りの人間がみな自分を憎んでいるのではないかという被害妄想に
  陥りがちだが石丸にはそれが見られない。むしろ自分が周囲を傷付けているのではないかという
  重度の他害妄想に囚われており、自分を傷付けようという行動が頻繁に見受けられた」

大和田「ほら見ろ! 兄弟はおかしくなっても周りを傷付けるようなヤツじゃねえんだ!」

十神「貴様は馬鹿か? 他害妄想に囚われているなら、その妄想のまま
    他人を傷付けようと動いた可能性もあるだろうが」

セレス「どうなんですか、西城先生……?」

K「確かに、可能性という意味ではゼロとは言い切れんな……」

大神「……結局、真実はわからぬと言うことか」

K「すまない。俺の力不足だ……」

モノクマ「もうここまで来たら堂々巡りっしょ? 投票行っちゃうよ?」

大和田「ま、待ってくれ! 待ってくれえええ!」

桑田「――俺は十神に入れるぜ!」

十神「何だとッ?! 貴様言い掛かりで自分も氏ぬ気か?!」

桑田「だってさ! だっておかしーじゃんか! 石丸は常に俺達の
    誰かと一緒にいたのに、どっからナイフなんて調達出来たんだよ!」

舞園「そ、そうです! この学園のどこにもあんなナイフはありませんでしたし、
    仮にモノモノマシーンに入っていたとしてもいつ手に入れたんですか!」

K(凶器の出所……?! しまった、盲点だった!)


KAZUYAはハッとする。彼は保健室に隠した凶器の数々を知っていたため、凶器の入手方法について
あまり疑問を持っていなかった。だが、生徒達にとってはそうではあるまい。


十神「保健室と購買部は近い。武器を調達しに購買部に行ったらたまたま手に入れたのだろう」

霧切「そんな偶然があるのかしら? 大体、朝日奈さんが精神不安定の彼を一人にする?」

大神「朝日奈は、ああ見えてとても責任感があった。フラフラ外へ出ようとする石丸を止めぬはずがない」

セレス「ですが、それを証明出来る本人はもういませんわ。あくまで仮定の話ですわね?」

「…………」

苗木「おかしい……絶対おかしいよ! もしかしてモノクマが関わってるんじゃ……」

モノクマ「タイムアーップ!!」

「なっ……?!」

モノクマ「それでは皆さん、お手元の投票スイッチを押してくださいな!」

大和田「ちょ、待てゴラアアア! まだ議論が終わってねえだろうがよ!」

桑田「そうだ! ふざけんな!」


983: 2016/01/17(日) 00:18:20.93 ID:9TNNEeQz0

モノクマ「議論が終わってない? ボクにはとっくに水掛け論になってた気がしたよ?」

霧切「待ちなさい! 不自然だわ。もう少しで何か糸口が……」

モノクマ「待ちません! もうボクは飽きたの! 飽きたったら飽きた! 投票しないとオシオキだよ!」

大和田「クソッ……」

K(いくらなんでもこんな横暴が通る訳がない。モノクマの様子がおかしいのは明白だ。恐らく、今回の
  事件にモノクマは何らかの形で関わっている。だが、それを証明する手段はこちらにはない!!)

K「……やむを得ん。投票しよう」

不二咲「誰に投票すればいいのぉ……?」

大和田「十神だ! 今度こそ本当に十神がやったんだ!」

桑田「俺も十神に入れるぜ! うさんくせーからな!」

十神「ふざけるなよ、単細胞ども……! 絶対に石丸だ!」

セレス「わたくしも、イメージだけで命を賭けるつもりはありませんわ。石丸君に入れさせてもらいます」

葉隠「俺もだべ。現場に凶器持ってるヤツがいたんだから普通に考えたらそいつが犯人に決まってる!」

山田「全ての状況証拠が石丸清多夏殿が犯人だと示しているのですよ!」

大和田「クソッ、どいつもこいつも……! オメエらはどっちだ?!」

苗木「僕は……十神君にするよ。石丸君が朝日奈さんを頃したなんて、僕にはどうしても思えないんだ」

舞園「私もです。だって……みんなでずっと見てたんですよ……?」

不二咲「十神君、ごめんね……僕、石丸君を信じたいんだ……」

江ノ島「あ、あんた達バカじゃないの?! そりゃアタシだって信じらんないけどさ、
     どう見ても石丸が犯人じゃん! アタシは石丸に入れるから!」

ジェノ「KAZUYAセンセには悪いけど、白夜様があー言ってるしあたしもきよたんに入れるわ。メンゴ」

桑田「霧切、大神……せんせー」

大神「すまぬ。我はやはり石丸に入れる。これだけ証拠が揃っている以上、石丸に入れざるを得ぬ」

霧切「……私は十神君に入れるわ。あまりに状況が不自然だもの。もしこの中に犯人がいるのならば、
    学園側にいた十神君にしか犯行は行えないはずよ。――この中に犯人がいるのなら、ね」

十神「で、ドクターK? 貴様は? まさか貴様までくだらんセンチメンタルに流される訳じゃないだろうな?」

K「悪いが俺もお前に入れされてもらう」


その言葉を聞いた瞬間、十神の眉間に深いシワが寄り額とこめかみに青筋が浮かんだ。


十神「いい加減にしろよ……! 貴様それでも教師か! 生徒を贔屓するのが貴様の本性な訳だな!!」

K「違う。わからないか? ――これで石丸と十神に対する票はそれぞれ七対七。同票だッ!!」

十神「!!」


984: 2016/01/17(日) 00:26:08.26 ID:9TNNEeQz0

十神はハッとする。

石丸に票を入れたのは十神、セレス、山田、葉隠、ジェノ、江ノ島、大神。

十神に票を入れたのは桑田、大和田、苗木、舞園、霧切、不二咲、そしてKAZUYA。


――見事真っ二つに意見が割れているのである。


K「心神耗弱状態の石丸に投票など出来ん。よって裁判のやり直しを要求する!」

モノクマ「ハァアッ?!」


これには流石に予想外だったのか、モノクマはポカンと口を開けて静止している。


K「今回の裁判、極端に捜査や議論の時間が短く何かがおかしい。貴様何かを隠しているだろう!」

大和田「そ、そうだ! 凶器はどこから出てきやがった!」

苗木「こんな裁判、フェアじゃない! 卑怯だぞ!」

桑田「ふざけんじゃねー!」

霧切「裁判のやり直しを要求するわ!」

モノクマ「…………」

山田「さ、裁判のやり直しなんて可能なんですかねぇ……?」

セレス「わたくしは犯人がわかればどっちでもいいですわ。氏にたくありませんもの」

葉隠「そうだべ! 票が割れた場合はどうなるんだ? もう一回やるんか?!」

モノクマ「…………」

十神「どうせ石丸が犯人だろ。時間の無駄だ」

江ノ島「え、えっとアタシは……」

ジェノ「ギャハハハ! 裁判のやり直しを要求する!だって。カズちんかっけ~!」

大神「……我はどちらでも構わぬ。ただ真実が知りたいのだ」


喧々囂々と生徒達はそれぞれに自己主張する。しかし、肝心のモノクマは動かなかった。


モノクマ「うぷぷ……うぷぷぷぷ……」

霧切「何がおかしいの……?」

モノクマ「ぶひゃひゃひゃ、アーハッハッハッハッハッ!!」

K「モノクマ……!」

モノクマ「やり直し? そんなの認められないに決まってるじゃーん!」


985: 2016/01/17(日) 00:38:44.38 ID:9TNNEeQz0

苗木「ふざけるな! 裁判のやり直しは実際に法律でも認められてるだろ!」

モノクマ「ああ、法律ね。でもそれって外の世界のルールだよね?」

モノクマ「ここのルールはボクが作った校則だけだから。校則に裁判のやり直しを
      認めるなんて記述ないでしょ? ドューユーアンダスターン?」

K「……では、意見が真っ二つに割れている場合はどうなる?」

モノクマ「その場合はクロを当てるのに失敗したと見なし、クロ以外全員オシオキでーす!」

K「な、何だとッ……?!」

山田「冗談じゃないですぞ!」

葉隠「ふざけんな! 俺はまだ氏にたくないべ!」

江ノ島「どうすんのよ! あんた達が余計なことするから!」

大和田「余計なことってなんだ! ろくに議論もしねえで兄弟を犯人だと決めつけやがって!」

セレス「今はそんなことを話している場合ではないでしょう! 責任を取ってくださりますこと?」

モノクマ「まあまあ、みんなそう慌てなくても。まだ投票は終わった訳じゃないでしょ?」

霧切「……どういうこと?」

モノクマ「石丸君が投票を終えていないじゃない。投票が終わらないと学級裁判も終わらないよ」

山田「な、なんだ……ならオシオキもされないということですね……」

モノクマ「ま、裁判が終わらない限りオマエラはここから出ることが出来ないけどね!」

山田「全然解決になってなかったああああああ!」

舞園「投票を保留にしても、私達はここに閉じ込められて飢え氏にしてしまうということですか……?!」

モノクマ「まあそうなるね」

「そんな……!!」

十神「…………」


ダッ!

突然、十神が席を離れ駆け出した。石丸の方に向かっているように見える。
不穏な気配を感じた大和田も駆け出し、その前に立ちはだかった。


大和田「なにするつもりだテメエ?!」

十神「どけ! 奴の代わりに投票ボタンを押すんだよ!」

大和田「ハァ?!」


986: 2016/01/17(日) 00:49:39.36 ID:9TNNEeQz0

苗木「そんなことが認められるの?!」

十神「知るか! だが試す価値はあるだろ!」

桑田「んなのズルだろ!」

セレス「ですが、このまま膠着状態になるのなら十神君の策に賭けるのも……」

大和田「押させてたまるかよ!」

十神「江ノ島! 舞園でもいい! 石丸の投票ボタンを押せ!!」

『えっ?!』

江ノ島「い、いいワケ? それ……」

舞園「大丈夫なんですか?」


江ノ島はチラチラとモノクマの様子を伺うが、モノクマからの指示はない。


モノクマ「うぷぷ、面白いことになってきたね!」

桑田「だ、大体押すにしてもどっちを押すんだよ!」

十神「石丸に決まっているだろうが、阿呆共め!」

大和田「ふざけんな! 舞園、十神を押せ!」

葉隠「石丸っちだべ!」

苗木「み、みんな待ってよ! 冷静になろう!」

K「落ち着け、お前達! 時間制限されている訳ではないのだ! 逆にじっくり議論すべきだ!」

霧切「そうよ。焦ったらモノクマの思うツボだわ!」

山田「でもこれ以上なにを議論しろって言うんですか!」


その時、動いた男がいた。


「…………」


――押さねば……

――投票スイッチを押さねば。


スッ。


――僕が。


不二咲「ッ?! 石丸君っ?!」

「えっ?!」


987: 2016/01/17(日) 01:00:34.88 ID:9TNNEeQz0

不二咲の悲鳴に釣られ、全員が石丸の方を見た。

彼は確かに手を動かし、投票スイッチを押そうとしていたのだ。


十神「な、何ッ……?! まさか今まで意識のない振りをしていたのか?! 貴様ァッ!!」

大和田「よしッ! そうだ、兄弟! 十神のボタンを押せッ!!」

十神「ふざけるなッ! やめろオオオオッ!!」

「…………」


カチリ。


桑田「よっしゃ! 十神だな!」

霧切「待って頂戴! もしかしたら、みんなの動きを真似して適当に押したのかもしれないわ……」

K「今までの行動を見れば、確かにその可能性は高い。となると、不味いな……」

大神「まさか、投票失敗で全員オシオキか……?」

山田「ヒィィィッ?! 嫌ですよ!!」

苗木「十神君と石丸君以外の名前を押してたらアウトだから、15分の13の確率だよね……?」

桑田「う、うそだろ……」

モノクマ「うぷぷ! 皆さん、投票結果が気になるようですな。
      それではドッキドキワックワクの結果発表~!!」

大和田「た、頼む!」


モニタにスロット画面が現れ、生徒達の顔を模したイラストが回転する。

ドラムロールが流れる中、揃った顔は……


「ハッ?!!」

大和田「お、おい……嘘だろ……」

モノクマ「大正解~! 朝日奈さんを頃したクロは超高校級の風紀委員石丸清多夏君でした!」

大和田「ちょっと待てやァ!!」

モノクマ「なにかな~? 投票のやり直しは受け付けてないよ?」

大和田「ふざけんなゴラァ! 投票は兄弟と十神で半々だったはずだぞ?!」

モノクマ「うん。そうだよ。それがどうかした?」

大和田「じゃあなんで兄弟がクロになってんだ!!」


988: 2016/01/17(日) 01:06:55.72 ID:9TNNEeQz0

大和田「じゃあなんで兄弟がクロになってんだ!!」

モノクマ「そりゃあ、石丸君が自分で自分の名前を押したからだよ」

「?!」

K「石丸が自分の名前を……?!」

桑田「ど、どういうことだよ?!」

苗木「どうして……?!」

モノクマ「さあね~。罪の重さに耐えかねたんじゃないの? もしくはたまたまとかさ」

大和田「きょ、兄弟! 兄弟! どうしてだ?! どうして自分の名前を押しやがった?!」


大和田が石丸の肩を掴んで揺さぶる。だが、石丸はいつものように呟くだけだった。


石丸「すまない……」

十神「……ハ、ハハハ! この男は自白したんだよ! いい加減認めろ!」

大和田「違う……なんかの間違いだ……押し間違えたんだろ? そうなんだろ?!」

石丸「すまない……すまない……」

大和田「んなことはどうだっていいんだ! 本当のことを言ってくれェッ!!」

K「大和田! よせ!!」


尚も揺さぶる大和田を羽交い締めにするようにKAZUYAが引き離す。


大和田「だってよ! だって! このままじゃ兄弟が犯人ってことになっちまうじゃねえか!
     なあ先公! 違うだろ?! 兄弟は殺ってなんかいねえだろ?!!」

K「わかってる! わかってるから落ち着け!」

モノクマ「じゃあ、クロも決まったことだしそろそろオシオキと行きましょうかね?」

霧切「! クロが決まったってどういうこと? もしかしてこの事件にクロは存在しないんじゃ……?!」


霧切が鋭く攻め立てるが当然のごとくモノクマは耳を貸さない。


989: 2016/01/17(日) 01:17:01.13 ID:9TNNEeQz0

モノクマ「超高校級の風紀委員である石丸清多夏君のために――」

大和田「待てよ! 待てって!! 俺はまだアイツからなにも聞いてねえんだぞ?!」

モノクマ「スペシャルなオシオキを――」

大和田「犯人にしろ違うにしろ、こんなの納得できるか!!! おい!!」

モノクマ「――用意しました!」

大和田「だから! 待てっつってんだろうがアアアアアア!!!!!」


モノクマが無慈悲にハンマーを振り下ろすと、オシオキ開始のボタンが押された。
奥から現れたモノクマ達に従うように石丸が歩いて行く。

大和田は暗闇に消えていく友に叫んだが、その言葉が届くことは遂になかった――。


               ◇     ◇     ◇


大通りで盛大なパレードが行われている。

といっても、建物は張りぼてで道路の両脇にいる通行人はみなモノクマだ。
作り上げられた異常な熱狂の中、街宣車に乗って観客に手を振っている男がいる。


「…………」


胸にかけられたタスキには石丸清多夏首相就任記念と書かれていた。
そう、これは石丸の首相就任記念パレードなのだ。

――勿論、嘘っぱちである。


「…………」


焦点の合わない目を忙しなく動かし、石丸は周囲を見渡していた。

彼は未だ夢を見ている。けして叶うことのない夢を……


(……違う)


しかし、石丸は心の中で否定した。


(これは、現実ではない……)


彼が観客に向けて振っている手には鎖が巻きつけられている。無理やり振らされているのだ。


990: 2016/01/17(日) 01:31:43.95 ID:9TNNEeQz0

何という皮肉な運命だろうか。現実に近い夢を見続けていた石丸に夢の様な現実を見せた結果、
彼は奇跡的な確率で正気を取り戻していたのだった。いや、その兆候は裁判時にも既に現れている。

石丸はぼんやりとした意識の中で、朝日奈を頃した“真犯人”の姿を思い出していたのだ。
あれは十神ではなかった。勿論、自分でもない。――では、この事件のクロは誰だ?

投票スイッチは、この場にいる15人分の名前しかない。
しかも、自分か十神以外の名前を押したら投票は失敗となり全員オシオキとなる。

直感的に、自分がボタンを押した人間が氏ぬのだとわかった。


…………。


迷わず自分の名前を押した。


大和田の叫びは実は届いていたが、何も言わなかった。朝日奈を守れなかった自分は
間接的に殺人に関与したも同然であり、彼こそがクロと言っても差し支えなかったからだ。

余計なことを言って大和田を混乱させたくはなかった。彼が犯人であっても違っても、
大和田が絶望するのは確実であり、石丸は真実を闇に葬ることに決めたのだった。

しかし、彼にとって一つだけ計算外のことが起きてしまった。それは――


「石丸ーッ!!!」


ドォンッ!!


                      ╂


素直にモノクマに付いて行く石丸の姿を見ながら、KAZUYAはずっと考えていた。


―本当に石丸が犯人なのか?

―俺は何か大事なことを見失っていないか……?


(わからない……俺が一番間近でアイツを看ていたはずなのに……)


KAZUYAは揺らいでいた。もし石丸が犯人だったのなら、二人を保健室に残して
席を外した自分の責任だ。……いや、責任問題で言えば仮に十神が犯人でも同じだ。

二人を置いて出掛けた自分が悪い。
自分の監督不行届きなのに、今生徒がその責任を負って氏のうとしている。


991: 2016/01/17(日) 01:53:22.02 ID:9TNNEeQz0

そもそも、KAZUYAがこの場にいるのは何のためだ?


(俺がこの場にいるのは……生徒を護るためだッ!!!)


オシオキ場と生徒達の間には、乱入を防ぐためフェンスが設置されている。
だがKAZUYAは、暴れる大和田を大神に抑えさせ自身はオシオキ場に突っ込んだのだ。


「俺も行く!! はなしやがれ!!」

「駄目だ!! 西城殿の意志を無駄にするなっ!!」

「先生!」

「せんせーッ!」

(すまない、みんな……後は頼んだぞ……)


校則違反を覚悟して、KAZUYAは一人オシオキ場に乱入する。


……しかし、全ては遅すぎたのだ。


パンッ!という乾いた銃声と共に、石丸の左胸に紅い華が咲く。
そして無残にも、駆け寄るKAZUYAの目の前に彼の体は落下してきたのだった。

冷たく固いアスファルトに叩きつけられた教え子を無我夢中で抱きかかえる。


「石丸ッ!」

「先、生……すみま、せ……」


KAZUYAが視界に入った途端、明らかに石丸は瞳に何らかの強い反応を見せた。
何かを伝えようと、必氏に手を伸ばそうとする。


992: 2016/01/17(日) 02:02:31.60 ID:9TNNEeQz0

「もういい! 喋るな! もう謝らなくていいんだ……!!」

「朝日奈君を――」

「何……? 朝日奈がどうした?」

「――守れ、なくて」

「!!」

「…………」


今まで散々世話になったKAZUYAには真実を伝えても良いと思ったのかもしれない。
或いは、KAZUYAならば真実を受け止められると思ったのか。今となってはその答えはわからない。

ダラリと石丸の手が落ちる。その目が開くことはもう二度となかった。


「――ッ!!」


しかし、真実は時として大いに人の心を蝕む。それは強い精神力を持つ
KAZUYAとて例外ではなかった。声にならない叫びを上げる。

何故最後まで生徒を信じてあげられなかったのだろう?

友と最期の言葉すら交わすことなく、一人氏出の旅路へ向かった石丸の心境は如何ばかりか?

何故、もっと早く飛び込まなかった?

自分の中に、石丸が犯人ではないかと疑念があったからではないか?


何故、何故、何故――?


「何故だッッ?!!」


後悔と自責の叫びは、もう届かない……。



993: 2016/01/17(日) 02:17:34.85 ID:9TNNEeQz0

ここまで!

>>215でリクエストされていた番外編IFでした。もう一年も経ってるのか……

石丸君のオシオキはファンが作った有名なムービーがあるのでこれをイメージしてください
http://www.youtube.com/watch?v=hjMWtDSm2SE


この展開だと、真相を知ったKAZUYAが病みます。かなりガッツリ
ちなみに余談ですが、石丸君が犯人指名されるSSを1は三つくらい知っているのですが、
そのどれも大和田君はその場にいないんですよね。既に氏んでいたりして不在

もしかしたら大和田君健在で石丸君処刑されるSSは初めてだったり?かもしれない


994: 2016/01/17(日) 03:11:28.32 ID:9d1IAPdYO
乙!

1000: 2016/01/24(日) 15:26:20.01 ID:aQughv7M0

最後にお約束のスキル表をぺたぺた。


[ 朝日奈 葵 ]

通常スキル

・瞬発力
・直感
・閃き
・器用
・ムードメーカー

特殊スキル

・抜群の集中力
・水泳で鍛えたスタミナ:一日中走り回っていてもほとんどバテない。
・さくらちゃん頑張れ:大神さくら限定で能力を大幅に上げる。また、逆も可。

〈 m e m o 〉

 分析推理系のスキルはないものの直感力と閃きに優れており、キッカケさえ与えてあげれば物事に
対する理解はさほど悪くない。運動系でガサツかと思いきや、料理が出来たり意外と女子力が高く
器用な面も。特殊スキルは友情パワーでお互いにパワーアップするという友達思いの朝日奈らしいもの。


[ 腐川 冬子 ]

通常スキル

・分析力
・集中力
・直感
・閃き
・後ろ向き×

特殊スキル

・妄想力:その逞しい妄想力によってヒット小説を書ける。
・一途な恋心:十神のためなら性能アップ。また、十神関連の情報は大体把握している。
・ジェノサイダー召喚:気絶かクシャミで裏人格であるジェノサイダー翔に変わる。

〈 m e m o 〉

 小説家なだけあって分析力や集中力は高く、直感や閃きもある。……が、バッドスキルである
後ろ向きと妄想力が悪い具合に組み合ってネガティブな発想ばかりしてしまいあまり役に立たない。
しかし、裏人格であるジェノサイダー翔に変われば高い判断力と戦闘力を併せ持つ存在となる。

……しかし、当然ながら主人格は腐川であり腐川はその事実を快く思っていない。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


以上で、このスレはお終いです。ご清覧頂きありがとうございました。

感想・意見・リクエストはいつでも募集中。特に感想は作者のモチベに繋がります。


それでは二度目の裁判を控えている6スレ目でまたお会いいたしましょう!


モノクマ「学級裁判!!」KAZUYA「俺が救ってみせる。ドクターKの名にかけてだ!」カルテ.6



引用: 十神「愚民が…!」腐川「医者なら救ってみなさいよ、ドクターK!」ジェノ「カルテ.5ォ!」