189: 2010/10/03(日) 12:28:35.07 ID:sDHzCwEM0

キョン「かまいたちの夜?」【前編】

「キョン、大丈夫?」

 ハルヒの声で俺は我に返った。
 ここはペンション『シュプール』の談話室。
 俺は、そこでしばし茫然自失してしまっていたらしい。
 ……あんな喜緑さんの姿を見ては無理もあるまい。
 その喜緑さんは、今、会長が自室であるスタッフルームへと運んでいる。
 誰もそれを手伝おうとはしなかった。
 いや、鬼気迫る会長の雰囲気に、手伝うことが出来なかったのだ。

「ああ…すまん、ぼうっとしてた。大丈夫だ」

 ハルヒに返事してから俺は周りを見渡す。
 会長が戻ってきた。その顔にはある種の決意のような物が浮かんでいる。

「これで……全員がこの談話室に集まったことになるわけか」

 俺は全員の顔を見回して言った。
 フロントの前に佇んでいるのは新川さん、森さん、会長。
 ソファに腰掛けているのが谷口、阪中、鶴屋さん、朝比奈さん、朝倉、古泉。
 古泉は鎮静剤で眠っていた所を無理やり集合してもらった。
 そして階段に座る俺の右隣にハルヒ。
 これで全員。

 くい、くい、と左側の袖を引っ張られた。
 ん? 左側?


 俺の左隣に高校の制服姿で無表情でショートヘアの女の子がいた。

涼宮ハルヒの憂鬱 「涼宮ハルヒ」シリーズ (角川スニーカー文庫)
191: 2010/10/03(日) 12:32:23.43 ID:sDHzCwEM0
「だれだあああああああああ!!!!!!」

 俺の叫び声に全員がぎょっとしてこっちを見た。
 当の女の子は無表情のまま、表情ひとつ変えずこちらを見つめている。

 おいおいおいおい!
 ここに来てまさかの新キャラ登場かよ!!
 犯人は結局隠れていた部外者でしたってオチかぁ!?

「ちょっとキョン、何言ってるの? 有希は最初からいたじゃない」

「ええ!? うそ!?」

「長門さんはミステリー小説家希望の高校生で、インスピレーションを求めてここに一人で泊まりに来てるって言ってたじゃないですかぁ~」

「そうなの!?」

 ハルヒと朝比奈さんが少女の存在を肯定した。
 そうなのか。間違ってるのは俺なのか。
 そうだ、言われてみれば彼女、長門有希さんは最初からこのペンションにいた気がしてきたぜ。
 立て続けに事件が起こったことで、俺は思いのほか混乱していたらしい。

「しかし、何て犯人にうってつけな設定だ……」

「あなたに」

「うん?」

 袖をつまんだままの長門さんが俺に話しかけてきた。

193: 2010/10/03(日) 12:36:07.19 ID:sDHzCwEM0
「あなたに説明しなくてはならないことがある」

「なんて奇遇なんだ。俺も君から説明されなきゃならないことがある気がしていたぜ」

「『あちら』の世界で私の部屋にあのツールが存在していたこと。あれは私の意思ではない」

「……ほう」

「あなたが私に対し、『こちら』の世界に関する何らかのアクションを起こすこと。おそらくはそれがスイッチになっていた」

「………………ほう」

「携帯電話による接触を終えた直後、私の部屋であのツールの構成が始まっていたはず。即座にあなたの元へ向かったことで私はそのことに気付けなかった。……迂闊」

「………………………………………………」

「この件に関して、あなたから誤解を受けることを私という個体は望んでいない。……信じて」


 ぎゃ。

 ぎゃあああああ。


 電波ちゃんだ! この子電波ちゃんだああああああ!!!!!!

197: 2010/10/03(日) 13:00:38.71 ID:sDHzCwEM0
 『あちらの世界』って言った!
 『こちらの世界』とも言ってた!
 何それ! 何それ!?
 あれか?
 前世的な何かか!?
 俺が王子でお前が姫か!?
 あ! でも携帯電話って言ってたな!
 近いな俺の前世!

「誤解しないで」

 もう一度言葉を重ねる長門さん。
 ああ言われなくても大丈夫だ!
 誤解なんてとんでもない! 俺は長門さんをしっかり理解したぜ!

「その呼称も止めてほしい。『あちら』の世界では、あなたは私をそんな風には呼んでいなかった」

「わかったよ姫」

「違う」

 違った。
 正解は呼び捨てだった。普通だな前世の俺。

198: 2010/10/03(日) 13:03:48.38 ID:sDHzCwEM0
「私は」

 おっと、長門の話はまだ終わっていなかったらしい。
 正直もうおなかいっぱいだが、彼女を無碍にして刺激するのも怖いのでちゃんと聞く。

「私はこちらの世界に介入するために能力の大半を行使してしまっているため、このままではシステムの解体に膨大な時間を要する。
 それでは、間に合わない。
 だから、このシステムを停止させるのは、あなた。あなたが、このシナリオをエンディングまで導かなければならない」

「……すまない。もう少しわかるように説明してくれ」

「この事件を解決するのは、あなた」

 つまり、俺に名探偵役をやれってことか。
 ミステリー小説家志望らしい発想だな。
 無理難題だ。分不相応だ。俺なんかじゃ役不足だ。
 おっと、役不足じゃ意味が違うんだったな。
 言い直すぜ。力不足だ。


 ―――努力はするけどよ。これ以上、誰も氏なせたくないからな。

199: 2010/10/03(日) 13:08:33.87 ID:sDHzCwEM0
 俺はひとつ大きく息を吸うと、全員の顔を見渡した。

「これで、この談話室にはこのペンションにいる人間が全て集まったことになります」

 俺の言葉に皆が頷く。

「……これから以後、絶対に一人だけで行動するようなことがないようにしてください。トイレはもちろん、どうしても二階の部屋に戻らなければならない事情が出来た時も、必ず二人以上で戻るようにしてください」

「……あの、一体何があったんですかぁ…?」

 俺のただならぬ様子に、朝比奈さんがおずおずと尋ねてきた。
 鶴屋さんと朝倉は気まずそうにそんな朝比奈さんを見遣っている。どうやらまだ何も説明していないようだ。

「喜緑さんが……ついさっき誰かに殴られて……」

 最後まで言う必要はなかった。
 朝比奈さんの顔が蒼白に染まる。その瞳からぽろぽろと涙がこぼれ出した。
 鶴屋さんがそんな朝比奈さんの肩を抱き寄せる。
 古泉が呆然としながら口を開いた。

「一体どうして…? まさか一人で外に出たんですか?」

 先程意識を取り戻したばかりだからだろう。
 古泉はまだ事態の変化に頭がついていっていない様子だった。

「いや、中にいた……でも……」

「……やっぱり、私たちは部屋に戻らせてもらうわ」

 朝倉が周りの人間を疑わしげに見つめながら言った。

200: 2010/10/03(日) 13:12:37.95 ID:sDHzCwEM0
「駄目だ」

「どうして? 私たちは何も関係ないわ!」

 にべもなく却下した俺に朝倉が食って掛かる。
 ……こういうことは言いたくなかったのだが、しょうがない。

「そういうわけにはいかないんだよ、朝倉……さっき喜緑さんが殺されたと思われる時間、二階にいたのは古泉とお前たちだけだったんだ」

「何が…言いたいんだい?」

 鶴屋さんが俺を睨みつけてくる。
 その眼光にたじろぎながらも、俺は続きを口にした。

「つまり……あなた達が喜緑さんを頃した可能性もある、ということです」

 俺の言葉に驚いた顔をみせたのは、鶴屋さんたちや古泉だけではなかった。

「何言ってんのキョン! 鶴屋さんたちに喜緑さんを頃すなんてこと、出来るわけないでしょ!」

 ハルヒの責めるような口調が胸に刺さる。だが俺は続けた。

「……一人でだと難しいかもしれない。他の二人に気付かれる心配もあるしな。だが、三人一緒なら……」

 全員がぎょっとした顔で鶴屋さんたちを見た。

202: 2010/10/03(日) 13:16:30.65 ID:sDHzCwEM0
「ち、違う! 違います! どうして私たちがそんな…! キョン君、なんで…! ひどい!」

 朝比奈さんが傷ついた様子で俺を非難する。いかん、弁明しなくては。

「彼は正論を言ったにすぎない」

 絶妙なタイミングで長門が口を挟む。
 違う。違うんだ長門。今そんなフォローはいらないんだ。

「私たちが犯人だというのが正論、ね……」

 ほら、鶴屋さんが凄い目で俺を睨んできたじゃんか。んも~。
 俺は慌てて鶴屋さんたちに弁明した。

「ちょっと待ってください。そういう可能性もあると言っているだけです。可能性だけの話で言えば、古泉にだって喜緑さん殺害の機会はあった」

 俺の指摘に古泉は疲れたような表情をみせる。

「僕はあなたに起こされるまで鎮静剤で眠っていたんですよ? 正直な所、今も頭痛でろくに頭も回ってくれませんし、歩くのすらままならない状態なんです」

「それは全部演技なのかもしれない。……反論はしないでくれ。俺が言いたいのは、これ以上犠牲者を出さないためには全員一緒にいることが、あらゆる意味でも、必要だということだけなんだ。
 俺たちの中に犯人がいるのかもしれない。ペンションのどこかに隠れているのかもしれない。吹雪の中でこちらの様子を伺っているのかもしれない……いずれにしても、俺たちが全員一緒にいれば、犯人は手出し出来ない」

 俺はあり得る可能性を思いつくままにまくしたててから、

「少なくとも、手を出しにくいはずだ」

 そう締めくくった。

204: 2010/10/03(日) 13:20:41.09 ID:sDHzCwEM0
 みんな黙り込み、お互いがお互いを探るような視線で見合っている。
 ……俺は、間違ったことは言っていないつもりだった。
 だが、俺の言葉が、今のお互いを疑わせる結果を生んでしまっている。
 俺は余計なことをしてしまったのだろうか。
 古泉や女の子三人組が喜緑さんを頃したなどということが、実際問題としてありうるのだろうか。
 可能性は、ゼロではない。
 ガラスの割れる音がした時にはみんな談話室にいたから、古泉にも女の子三人組にも田中さんを頃す機会はなかった。
 それに、機会のあるなしを別にしても、とても人をバラバラにするような時間はなかったはずだ。
 だから、古泉や女の子三人組には田中さんを殺せなかった。が、田中さんを殺さなかったからといって喜緑さんを殺さなかったということにはならない。
 しかし常識的に考えて、見ず知らずの古泉たちが、喜緑さんを頃す理由など考えられない。
 考えられることは……

「あ」

 俺は新川さんの言葉を思い出した。

「新川さん、喜緑さんは田中さんの部屋を見たいと言ってたんですよね? 正確になんと言ってたか、思い出せますか?」

 突然話しかけられて、新川さんは目をぱちくりさせてから、

「ああ、確か…『少し気になることがあるから』……いえ、違いますね。正確には、『ちょっと思いついたことがあるから田中さんの部屋を調べたいんです』と、そう言っていました」

 と、教えてくれた。
 『思いついたこと』。
 それは一体なんだろう?
 田中さんの部屋を調べる……そういうからには当然事件に関係のあることのはずだ。
 そこで彼女は何かに気付き、犯人の正体を知ったんじゃないだろうか?
 そして犯人を問い詰めたか、調べている所を見つかったかして、犯人に殺されてしまった。
 そう考えるのが一番自然な気がする。

206: 2010/10/03(日) 13:25:41.94 ID:sDHzCwEM0
 俺たちの中で田中さんを殺せたのは会長だけだ。
 だが会長には喜緑さんを頃す機会はなかった。
 喜緑さんを殺せたのは古泉と女の子三人組だけだ。
 しかし古泉たちには田中さんを殺せない。

「さっきから何ぶつぶつ言ってるの?」

 ハルヒが怪訝そうに声をかけてきた。

「いや、事件を整理していたんだが……うおっ」

 俺の左隣にいる長門有希がぐりんとこちらに顔を向けた。
 そのまま無言で俺の顔をじっと見つめ続けている。

「そんな期待するような目で見つめられてもな……成果なしだよ。余計に頭が混乱してきた」

「そう」

「余計なことばっかり考えてるからよ。探偵でもあるまいし、事件を変に考えたりしないで、私達は自分の身を守ることだけ考えてればいいのよ」

 と、怒ったようにハルヒ。
 いつものキャラなら自らが名探偵を名乗って事件の解決に乗り出しそうなものだが、こいつは身近な人間の危険が絡むと途端にその積極性を失くす。
 自身の常識を総動員して、周りの皆を守ることを最優先に動くのだ。

「そうなのね」

 珍しく阪中が口を開いた。

207: 2010/10/03(日) 13:29:23.35 ID:sDHzCwEM0
「お互いを疑いあったって、何にもいいことなんてないのね。今はみんなが信じあわなくちゃいけない時だと思うの」

「いーや、阪中。お前は甘いよ」

 そんな阪中を諫めるように言ったのは谷口だった。

「キョンの言う通りさ。どんなに嫌な可能性でも考えて、対応策を用意しとくに越したこたあねえ。
 それをなあなあの、お涙頂戴の、人情ごっこで怠って、それで命を失ったら目も当てれねえよ」

「で、でも谷口くん……」

「でもじゃねえよ。こういう時は女は黙って男に任せてればいいんだ」

 谷口はいつもこうやって阪中を黙らせているんだろうか。
 それとも人前で亭主関白を気取っているだけか?
 ……なんとなく後者のような気がした。

「さっき、あんなことを言っておいて、なんだが……俺だってここにいる皆を人頃しだなんて思いたくはない」

 何となく場に満ちた気まずさを打ち破るように、俺は口を開く。

「でも、このペンションは人の目が全く届かない氏角が出来てしまうような巨大なホテルじゃない。加えて戸締りだってしっかりしていた。
 そんな所に、たとえプロの泥棒みたいな人間がいたとしても、誰にも気付かれずに自由に出入りできるなんて考えにくい。
 ……正直言って、俺にはどちらを信じたらいいかわからない。神出鬼没の殺人鬼がペンションのどこかにいるのか。
 それとも一見虫も殺さないように見える人が、実は人頃しなのか。俺には……わからない」

 俺はそう言って首を振った。

208: 2010/10/03(日) 13:32:56.36 ID:sDHzCwEM0
「ククク……」

 心底人を馬鹿にしたような含み笑い。

「まるで自分だけは関係ない、って口ぶりだなKY野郎」

 会長が吐き捨てるように言った。

「……どういう意味です?」

「その通りの意味さ。お前だって容疑者の一人なんだぜ? 偉そうに物を語るのは控えろよ。虫唾が走る」

 会長のあまりの言い様に、俺は少しカチンときた。

「でも俺は夕食後に一度も二階に上がっていないんですよ? 田中さんを殺せるわけが無い! 喜緑さんにしてもそうだ!」

「そんなもの、お前が勝手に言ってるだけかもしれんだろうが。ああ、オーナーの姪が証言したって駄目だぞ? ガールフレンドの証言なんてなんの当てにもなりはしないからな」

「それなら俺も言わせてもらいますがね、会長」

 いいよ、あんたがそんなつもりなら俺だって容赦はしない。

「古泉を襲ったのはあんたじゃないんですか? 古泉は犯人を見ていない。つまり古泉の後ろにいたあんたが一番怪しいんじゃないか?」

212: 2010/10/03(日) 13:35:53.13 ID:sDHzCwEM0
 俺の言葉に会長はせせら笑う。

「そんなわけがあるか。倒れている古泉の所に辿り着いたのはオーナーの方が先だったんだぜ? ですよね、オーナー」

「え? あ、ああ、うん。そうだったかな」

 新川さんは曖昧な返事をした。
 何? そうなのか?
 古泉と一緒に歩いていたのは会長だ。
 当然、会長の方が古泉を襲う機会は多かったと思っていたが……そうなると、新川さんの方こそ怪しいのか?
 当の古泉は探るような視線を会長と新川さんの両方に送っている。

「やめて……もうやめて!」

 叫んだのは、森さんだった。

「これ以上、そんな風にお互いを貶めあうのはもうやめて…! 見てられない…醜いわ、あなた達…!」

 森さんは唇を噛み締め、痛いくらい拳を握り締めている。気丈なはずのその瞳に涙が浮かんでいた。
 新川さんと会長の顔に後悔の色が浮かぶ。きっと俺の顔にも同じものが浮かんでいるだろう。
 ハルヒからむけられる軽蔑の眼差しが耐えがたい。

 ぽっぽ。

 場違いな鳩時計の音が一回。いつのまにか十一時半になっていた。
 外の吹雪は依然として収まる気配も無い。

「テレビ」

 唐突に長門が口を開いた。

218: 2010/10/03(日) 14:04:14.08 ID:sDHzCwEM0
「なんだ長門。テレビが見たいのか?」

 俺が確認すると長門はこくりと頷いた。

「お前、こんな時に何も……いや、そうか。天気予報とか見れるしな」

 それに、今の険悪な空気を変えるのにもいいかもしれない。
 俺は長門の意見を採用し、テーブルの上にあったリモコンを取ってテレビをつける。
 チャンネルを次々と変えていくと、ちょうどニュースのヘッドラインをやっていた。

『全国的に降り続いている大雪で、各地で交通事故、雪崩などの被害が続出していますが、今の所氏者は出ていない模様です』

 氏者は出ていない。その言葉に、俺たちは自然、二階を見上げる。

『次にお届けするのは銀行強盗のニュースです。昨日、白昼堂々、三友銀行新宿支店を襲い、現金約二億円を強奪した犯人の行方は依然つかめておりません。
 目撃者の証言によれば、犯人は身長165cm前後、痩せ型の男だということです。
 逃走用に使ったと思われる黒のクーペを、警察は、各所に検問を設けて、捜索を続けています』

「そんなもん、一日も経ってたら検問したって意味ねえだろ。今頃は東南アジアかどっかに高飛びしてるんじゃねえか?」

 谷口が鼻を鳴らしながら言った。俺たちの気持ちをほぐそうとして、わざとそんな話をしているのかもしれない。
 俺もその話に乗ることにした。

「現金二億を持って飛行機には乗らないだろう。荷物のチェックの時に一発でばれるだろうし」

「そんなもん、なんとでもなるだろうよ」

「でも」

 ハルヒも乗ってきた。

220: 2010/10/03(日) 14:08:05.40 ID:sDHzCwEM0
「そもそも、日本に居続けようと思うからお金がいるんじゃないの? 外国に行くなら、物価の安い国なんていくらでもあるじゃない」

「まあ確かに、それはそうかもな」

「犯人はどこか田舎町に身を隠してるんじゃないかしら」

「浅い考えだな」

 会長も話に加わってきた。何か会話をしていたほうが気が紛れるのかもしれない。

「田舎町は人の出入りがすぐにわかる。日本に居続けるなら都会にいたほうがいい」

「でも、犯行現場の近くにいたくないのは人情ってもんでしょう」

「そこを堪えられないからみんなあっさり捕まるのさ」

 会長はふん、と鼻を鳴らしながら言った。

「都会でなくとも、人間が大勢出入りする場所はある」

 ぽつりと呟いたのは、長門だ。

「ふうん。それはどんな場所だ? 長門」

「観光地」

「ああ、なるほど。それはあるかもな。例えば……シーズン中の、スキー場…と…か……」

 言いながら、俺はぎくりとした。周りを見る。何人かは俺と似たような表情をしている。
 俺と同じ事を考えたのが、気配でわかった。

221: 2010/10/03(日) 14:12:21.92 ID:sDHzCwEM0
「なんだキョン。どうした?」

 谷口が俺を見遣って言ってくる。

「いや…もしかしたら……ってな。俺の考え過ぎだとは思うが」

 俺は言いよどんだ。
 あまりに突飛な発想だったので、口に出すのが憚られたのだ。

「なんだよおい、言えって」

「笑うなよ? ……あの殺された田中さんって人、逃走中の銀行強盗だったりして」

 誰も笑わなかった。俺は意を強くして新川さんに尋ねた。

「田中さんの身長、どれくらいでした?」

「結構高かったように思います。175cm以上はあったでしょう」

 新川さんはちょっと考えてから、そう答えた。
 175cm……違うか。ニュースでは165cmくらいと言っていた。

「だが確かに、まともじゃない雰囲気はあったな。でかいスキー用のバッグは持っていたが、どう見てもスキーをしに来たという感じではなかった」

 会長がメガネを上げつつそう言った。

「ちょっと待って」

 ハルヒが口を開く。

222: 2010/10/03(日) 14:19:39.77 ID:sDHzCwEM0
「普通、銀行強盗するときって、最低でも運転手は必要じゃない? 田中はきっと運転手の方だったのよ。そして仲間割れして、共犯者に殺された」

「それならあり得るな。ってことは犯人は、165cmくらいで痩せ型の男ってことになる」

 言って、俺はつい皆の体を見回していた。だが、俺たちの中にその体格に合致する人物は見当たらない。
 一番条件に近いのは俺か谷口だが、俺も谷口もギリギリで170cmは超えている。古泉や会長は背が高すぎるし、新川さんも条件には合致しない。
 まあ、元々が短絡的な思い付きだ。俺だってまさか本気でそうだと思っていたわけじゃない。
 しかしハルヒはなおも言った。

「でも、考える方向性はあってたと思うわ」

「方向性?」

「あの田中さんって人、どう見てもスキーをしに来たって感じじゃなかったわ。明らかに人目を避けてたし、何かヤバイ事情はあったのよ」

 銀行強盗じゃないにしろね、と締めくくるハルヒ。それはあの氏体を発見した時から俺も考えていたことだ。
 あれは、あんな殺され方は、異常だ。
 あんな光景は、俺たちのような凡人の日常とかけ離れた世界での出来事に決まっていると、俺は信じたかったのだ。
 実際、正気の人間があんな風に氏体をバラバラに切り刻もうと考えるか?
 少なくとも俺には無理だ。いくら金を積まれたってお断りだ。たとえ、どんな理由があったとしても……。
 ……ん!?
 俺はふと考え込んでしまった。
 犯人には、田中さんの氏体をバラバラにしなければならない理由が、何かあったのだろうか?
 あるとすればそれは……。

1.身元を隠すため?

2.どこかへ運ぶため?

3.恨み?

224: 2010/10/03(日) 14:23:11.67 ID:sDHzCwEM0
 どこかへ運ぶため?
 普通はこれが一番の理由だろう。
 だが今回、田中さんは自分の泊まっている部屋で殺され、氏体はそのまま放置されている。
 この理由は当てはまらない。
 ……しかし、何か気になる。
 いくつもの疑問が頭の中で渦巻き、得体の知れない形を取り始めていた。
 つかみとれそうでつかめず、もどかしさで頭がむずむずする。

「スキーなんか来るんじゃなかった……」

 朝比奈さんはまた泣き出している。
 その肩を抱く鶴屋さんの目にも涙が浮かんでいるようだった。

「帰りたい…私、なんにも悪いことしてないのに……帰りたい……」

 泣き声も、もはやすすり泣きにしかならない。
 森さんがふらふらと歩き出した。

「森さん、どこへ?」

 新川さんが驚いて聞く。

「……何か落ち着くようなものでも……ココアか何かを準備しようと思って」

「いやよ! 人頃しかもしれない人がいれた物なんて飲めるわけないじゃない!」

 声を荒げたのは朝倉だった。気丈に耐えているように見えていたが、やはり彼女も相当追い詰められているらしい。

225: 2010/10/03(日) 14:26:25.52 ID:sDHzCwEM0
 森さんは傷ついた様子を見せなかった。

「森さんが犯人なわけないじゃないか。それに、俺たちは今まで散々彼女が作ってくれたものを口にしてるんだぜ?
 森さんが俺たちを頃す気だって言うなら、俺たちとっくに氏んでなきゃおかしいだろ」

 俺は朝倉たちを落ち着かせるよう、できるだけ静かな声で言った。

「そうだ、キョンの言うことは筋が通ってる」

 谷口が俺の言葉に頷いてくれた。
 お前、そういう気遣いが出来るならもっと早くから……いや、何も言うまい。

「……すいません、取り乱しました」

 朝倉は渋々ではあったが、森さんに頭を下げた。

「じゃあ私が手伝うわ」

 ハルヒが立ち上がる。
 森さんを一人にしないためには確かに誰かがついていく必要があるのだが……少々不安だ。
 俺がそんな風にハルヒを見上げていると、ハルヒは笑顔を向けてきた。

227: 2010/10/03(日) 14:30:02.02 ID:sDHzCwEM0
「心配要らないわよ。もし犯人が出たら私がふんじばってやるわ」

「何かあったら大声で呼べよ」

「あら、助けに来てくれるの?」

「ああ。白い馬に乗って行ってやるよ」

「ばか。似合わないこと言ってるんじゃないわよ。でも……待ってる」

「おう。期待しとけ」

「未来で、待ってる」

「オチをつけるな」

 貴様、俺に時をかけろというのか。
 ハルヒと森さんがキッチンへ行ってしまうと、しばらく不気味な沈黙が訪れた。

「……これから、朝までこうしているしかないのか」

 会長がぽつりと呟く。俺は頷いた。

「それが一番でしょう。もし犯人が俺たち以外に誰かいるとしたら、マジシャンみたいに神出鬼没な奴です。
 部屋に鍵をかけて閉じこもったって、そんな奴がいるんじゃあとても安心して眠るなんて出来っこない」

「確かに安心など出来ないさ。だが、考えてみろよ。もし犯人が誰にしろ、俺たち全員を頃すつもりだったら、こんなまどろっこしい方法を取ると思うか?
 もしそのつもりなら、まだこんな風に警戒されていないうちにもっとたくさん頃しておくだろう」

「それは……確かに」

229: 2010/10/03(日) 14:36:06.41 ID:sDHzCwEM0
「こういうことも考えられるんじゃないでしょうか……」

 古泉が痛むらしい頭を押さえながら口を開いた。

「残った人間に恐怖を味わわせるのが目的…だと」

「恐怖を味わわせるのが目的?」

「ええ。つまり犯人は僕たち全員、あるいはこの中の誰かに、相当な恨みを抱いていた。
 ただ頃すだけでは飽き足らない。だから、周りの人間から始末していって、散々怯えさせた末に頃す。……そういうつもりでいるのではないかと」

 怯えさせた後で頃す。
 それが本当だとしたら、それは一体どれほどの恨みなのだろう。
 この中に、そんな恨みを買うような人間がいるのだろうか。
 あるいは。
 恨みではなく何か理由があるのか。
 目的の人物を最後に殺さざるを得ないような理由が。

「そんな…それじゃ、私たちみんな……?」

 朝比奈さんがもう見ていられないほど恐怖に顔を歪めている。

「ああ、いえ……どうでしょう」

 古泉は慌てたように言った。

「僕は頭を殴られたわけですが、不思議と殺意のようなものは感じなかったように思います。
 もちろん、他の人が来たからとどめをさせなかったというだけの話かもしれませんが……。
 もしかしたら、無関係な人間を頃すつもりはないのかもしれません」

230: 2010/10/03(日) 14:43:08.26 ID:sDHzCwEM0
「ふざけたことをぬかすな。喜緑は既に殺されている。無関係な人間を頃すつもりはない? 貴様の記憶力は猿以下か」

 会長が古泉に食ってかかった。その声には明らかに怒りが滲んでいる。
 対する古泉は、静かな物だった。

「無関係かどうか、あなたに何故わかるんです?」

「なにぃ…?」

 会長が一歩前に歩み出る。俺は慌てて会長の前に立ち塞がった。

「落ち着いてください会長! 古泉! お前もそんなに刺激するようなことを言うな!」

「……申し訳ありませんでした」

 古泉は素直に頭を下げる。

「別に彼女のことを蔑ろにするわけではないのです。ですが、色々考え合わせると、犯人はどうしても殺さざるを得ない時だけ頃しているような気がしたものですから……」

「殺されなきゃならない理由? 喜緑に、殺されなきゃならないどんな理由があったというんだ」

 それは、自分に言い聞かせるような、呟くような声だった。
 極めて冷静沈着な人物に見える生徒会長。その彼が、喜緑さんが殺されてから、かなり感情的な、攻撃的な物言いになっている。
 会長は、喜緑さんに対して、何か特別な感情を持っていたのだろうか。
 二人をよく知らない俺にはわかりようもないことだった。
 ……そう、これらは全て、演技なのかもしれないのだ。
 彼は喜緑さんを頃しておきながら、疑いをそらすためにこんな態度をとっているのかもしれない。
 冷静沈着な、彼のキャラクターらしく。

231: 2010/10/03(日) 14:47:02.09 ID:sDHzCwEM0
 くそ。最低だな、俺は。
 そんな風に考えた自分に心底嫌気がさした。
 だが全ては犯人の正体が分からないせいだ。
 俺たちの知らない誰かなのか。それとも俺たちの中の誰かなのか。
 それだけでもはっきりしないことには身動きがとれない。
 そういえば、さっきの古泉の言葉の中に気にかかる部分があった。

『犯人はどうしても殺さざるを得ない時だけ頃しているような気がしたものですから』

 どうしても殺さざるを得なかったから喜緑さんを頃した。
 さっきも一度は考えたことだ。
 喜緑さんは何故殺されたのか?
 何かを見たのか? たまたま犯人と出会ってしまったのか?
 俺は真っ先にしなければならないことに思い当たった。
 田中さんの部屋をくまなく調べることだ。
 喜緑さんはあの部屋に行くと言い、そして殺された。
 手がかりはあの部屋の中にあるはずだ。
 出来れば一人でじっくり調べてみたい。しかし、誰も一人にしてはいけないと言った手前、今更そうもいかないだろう。
 もちろん一人になるのが危険だということも分かっている。だが、犯人かもしれない人間を連れて入るのはもっと危険だ。
 では誰と?
 答えはすぐにでた。ハルヒだ。ハルヒとなら、安心して調べることが出来る。
 そのハルヒが森さんとともにたくさんのカップを乗せたお盆を持って戻ってきた。

「お待ちどおさま!」

 ハルヒは精一杯明るい声を出している。
 ついさっきは、同じ事を喜緑さんがしていたのだと思うと不思議な感じだった。
 熱々のココアが全員に配られる。
 朝比奈さんたちは、他の人が口をつけるのを見届けてから飲み始めた。
 暖かくて甘いココアは、ひどく心を落ち着かせる作用があるようだ。心の疲れも、体の疲れも何もかも溶けて流れていくようだった。

233: 2010/10/03(日) 15:02:14.52 ID:sDHzCwEM0
 そうして一息つき、みんな多少落ち着いたらしいのを見届けると、俺はハルヒに言った。

「今からちょっと俺についてきてくれないか?」

「どこ行くの?」

「田中さんの部屋を調べてみようと思うんだ」

 全員が、はっとこちらを向いた。

「何のために調べるんです?」

 新川さんが俺に尋ねる。

「喜緑さんは殺される前、あの部屋に行こうとしていた。そうですね?」

「ええ」

「彼女は多分、何か事件の真相について調べようとしたに違いありません。そして余りに真相に近づきすぎたために殺された。
 だったら俺たちがするべきことはあの部屋を徹底的に調べることだと思うんです」

「それを、お前が?」

 会長が目を細める。

「お前が犯人で、証拠を隠滅しないという保証がどこにある」

「だから、ハルヒを連れて行くんです」

「ガールフレンドが共犯じゃない、という保証もないだろうが」

234: 2010/10/03(日) 15:07:39.81 ID:sDHzCwEM0
「……なら、もう一人連れて三人で行きます。それなら文句はないでしょう」

 俺はそう言って、皆の顔を見回す。さて、誰を連れて行くべきか。
 つんつん、と左袖を引っ張られる感覚。

「……」

 長門がこちらをじっと見つめていた。

「お前が一緒に行くっていうのか?」

 こくりと頷く長門。
 俺は少し迷ったが、結局了解することにした。
 長門有希は、世界がどーだとか言い出す電波な女の子だけど、不思議と信頼できる気がしたのだ。
 俺たち三人が行くことに対して、特に異論は出なかった。

「行くか」

 俺はココアを飲み干して立ち上がった。

「警察の捜査の邪魔になるようなことは控えろよ」

 会長が釘を刺してくる。
 もちろん、なるべくならそうしたい。だが、何を探すかもわかっていない以上、確約は出来ない。
 とりあえず頷いておいて、俺、ハルヒ、長門の三人は二階へと上がった。
 田中さんの部屋の前に立つと、それだけで足元がひんやりしてくる。

「一体何を調べるつもりなの?」

「さあな」

235: 2010/10/03(日) 15:11:34.43 ID:sDHzCwEM0
 ハルヒの問いに曖昧に答えて、俺はドアを開けた。
 風が吹き込む音と、カーテンがばたつく音で部屋の中は騒々しい。
 窓際は相変わらず雪が乱舞していて、部屋の温度はさながら冷凍庫のようだった。

「寒い! こんな格好じゃあと5分といられないわ!」

 ハルヒが震えながら叫ぶ。
 避難するように、まず俺たちはバスルームへ入った。三人は入れないので、バスルームのドアは開けたままだ。
 少し広めのユニットバス。一見しておかしな所はない。
 まずは備え付けてあった石鹸を手にとってみる。石鹸はまだほとんど新品だった。
 洗面台は濡れている。どうやら石鹸は手を洗うのに使ったようだ。
 バスタオルは乾いたままで、使った様子は無い。バスタブにも濡れたあとは無く、使った痕跡は全く無かった。
 洗面台の下、洋式便器の中まで覗くが怪しい物は何も見当たらない。
 天井を見上げると四角い切れ目があった。天井裏があるのだ。
 当然、そこまで調べる必要があるのだろうが……さて、どうするか。
 迷っているとまた服の袖をつんつんと引っ張られた。
 長門有希がじっと俺の顔を見て、それから天井裏への入り口に目を移す。

「……お前が覗くっていうのか」

 こくりと頷く長門。

「……まさか、俺にお前を肩車しろと?」

 こくりと頷く長門。

「よし、じゃあ……」

 そう言って屈んだ所でハルヒに背中を蹴り飛ばされた。
 バスタブに顔面が直撃する。悶絶いてえ。

236: 2010/10/03(日) 15:17:59.17 ID:sDHzCwEM0
「な、ななな、なにばかなことやってんのよ!」

 何故か声を荒げて俺を罵倒するハルヒ。
 どうでもいいがお前ちょっとは加減しろ。
 俺鼻血出てきちゃっただろ。

「なんだよ、何でお前怒ってるんだ」

 俺はシャワーでバスタブについた血を洗い流しながらハルヒに問う。

「アンタ本気で言ってんの? 馬鹿なの? 氏ぬの?」

「むう、俺は馬鹿ではないし氏ぬつもりも無いぞ」

「じゃあ、目が腐ってるのね。有希の格好をよく見なさいよ!」

 言われて気付いた。
 どこぞの高校の制服姿の長門有希。
 ばっちりスカートである。
 肩車なんてしたらとんでもないことになるのは間違いない。

「仕方ない。ならハルヒ、お前が覗いてくれるか?」

「私の太ももの感触を楽しもうってのね!? なんてマニアックな変Oなのかしら!」

 どないせえOちゅーんじゃ。

237: 2010/10/03(日) 15:23:48.75 ID:sDHzCwEM0
 長門がふるふると首を振った。

「あなたよりも私の方が体重は軽い。彼への負担はなるべく軽減するべき」

「なっ!? 何言うのよ! 私そんなに重くはないわよ!」

「私とあなたの生体重では4kgもの差が生じている。ちなみに私の体重は」

「うわぁ~!! ストップストップ!! ちょっと有希黙んなさい!!」

 狭いバスルームで押し合いへし合いする俺たち。

「だ、大体有希はスカートなんだから、駄目よ! 肩車なんてしたら、キョンの首元に生パンを押し付けることになっちゃうわよ!」

「私はかまわない」

「え、えOち! 有希ってえOちな女の子だわ!!」

「おい、どうでもいいから早くしようぜ」

「なによ! ならアンタがどっちにするか選びなさいよ!」

 マジか。マジだ。マジっぽい。
 ハルヒと長門がじっと俺を見つめてくる。
 どうする…?

1.ハルヒを肩車する。

2.長門を肩車する。

238: 2010/10/03(日) 15:29:03.85 ID:sDHzCwEM0
 あくまで常識ある人間でいたい俺はハルヒを選ばざるをえなかった。
 俺がしゃがむと、ハルヒが俺にまたがった。
 ハルヒのほどよくむっちりした太ももの感触がジーンズ越しに伝わってくる。

「え、えOちなこと考えたら承知しないからね!」

「考えてない考えてない」

「ぼ、ぼっきしたら蹴り潰してやるから!」

「俺の股間の確認はいいから早く天井裏を確認しろ」

 ハルヒは頭上の四角い板を外して、天井裏に首を突き出した。

「何かあるか?」

「……なんにもない。なーんにも」

 これだけ苦労しておいて徒労に終わったわけだが、バスルームに何も無いことはわかった。
 俺はハルヒを下ろし、ずっと俺のそばで待機していた長門を伴い、バスルームを出る。
 次はクローゼットの中を調べることにする。
 人が隠れていないのは既に調査済みだが、荷物や服までは検分していない。
 カーテンを開け放ち、三人で中を覗き込んだ。
 ハンガーには、グレーのコートがかけられているだけだ。その下に、スキー用の大きなキャスター付きのバッグが置いてある。
 俺はしゃがんで手を伸ばし、バッグを引き寄せて中身を確認する。
 何も入っていない。脇のポケットなども調べるが、紙切れ一枚出てこない。

「犯人が盗んだのね」

「だろうな」

239: 2010/10/03(日) 15:33:28.55 ID:sDHzCwEM0
 俺はハルヒの言葉に同意する。

「しかし何を盗んだんだろうな」

「二億円……かしら?」

 どうやらハルヒはさっきの銀行強盗の話がまだ頭に残っているようだ。

「着替えが無い」

 長門が口を開く。
 言われてみれば確かに、着替えが無いのはおかしい気がする。いくらスキーする気が無かったとしても、着替えくらいは持ってきそうなものだ。

「用意する暇も無かったんじゃない? よっぽど急いで逃亡したのね、きっと」

 ハルヒは言いながらつるされたコートのポケットを探っていた。

「財布なんかもないわ。それも盗っていったのかしら」

「身元がわからないようにしたのかもしれないな」

 次は部屋の中を調べてまわるが、特に異常は見つからない。ベッドの下まで覗き込んだが何も目新しい物は見当たらなかった。
 あとは、氏体のある窓際だけだ。
 俺は目を閉じて、一度深呼吸してから窓際に向かう。
 窓際は降り込む雪がすっかり積もってしまっていた。バラバラ氏体は雪に埋もれて見えなくなっている。
 ぐ……ここまで来た以上、氏体を確認しないわけにもいくまい。
 俺はごくりと唾を飲み込んでから、恐る恐る雪を払いにかかる。
 氏体に触るなんて絶対にごめんこうむりたかったが、思いっきり指先に凍りついた髪の毛が触れてしまった。
 ぐあ、と思わず声を漏らしてから、そこからさらに慎重に雪を払い落としていく。
 バラバラの氏体が次第にその全容を現してきた。

242: 2010/10/03(日) 15:37:17.35 ID:sDHzCwEM0
「ぐっ…!」

 俺は込み上げてくる吐き気を押さえ、バラバラ氏体を観察する。
 何故かどこかで見たことがあるような気がする、その氏体を。
 窓から降り込む雪が、少しずつ少しずつ氏体に降り積もっていく。
 あれ、待てよ?
 俺はふと思う。
 あれだけ雪が積もっていたということは、喜緑さんはこの氏体には手を触れてはいないってことにならないか?

「何かわかりましたか?」

 かけられた男の声に、俺はおや、と思いながら振り返る。
 部屋の入り口に、いつの間に上がってきたのだろう、古泉が立っていた。

「なんだ、お前も来たのか古泉」

「なんだとは随分な言いようですね……僕に同行するよう求めたのはあなたでしょう?」

 古泉はよくわからないことを言う。

「あれ?」

 俺は部屋を見回し、ハルヒに尋ねた。

「長門はどこ行った?」

243: 2010/10/03(日) 15:41:14.48 ID:sDHzCwEM0
 ハルヒは困惑したような顔で俺を見る。

「キョン、何言ってるの?」

「おいおい、そりゃ俺のセリフだろう。長門だよ長門。さっきまでここにいたろ」

 「トイレか?」とハルヒの頭越しにバスルームに目を向ける俺。
 そんな俺をハルヒは困惑を通り越して怯えすら顔に浮かべて凝視している。

「な、なんだよ。どうしたんだよハルヒ」

 さすがに俺もそんなハルヒの様子にただならぬものを感じ始めた。

「ねえ、キョン……」

 ハルヒは恐る恐る、といった様子で口を開く。


「長門……って誰よ?」

244: 2010/10/03(日) 15:43:49.57 ID:sDHzCwEM0
 ――瞬間、俺の中で時間が止まった。

 頭の中で、何かが弾けた。

 駆け出す。入り口にいた古泉を押しのけ、廊下に飛び出す。

 たったひとつだけあった、誰も泊まっていないはずの空き部屋。

 何故か俺の足は吸い込まれるようにそこへ向かい―――

 ドアを開ける。








 そこで、長門有希が床に転がっていた。



248: 2010/10/03(日) 16:01:14.71 ID:sDHzCwEM0
「長門ぉ!!」

 俺は長門のそばに駆け寄って、その体を抱き起こす。
 長門の顔は、その左側がぐしゃぐしゃに潰れていた。
 まるで、何度も何度も執拗にその部分を殴られたかのように。
 赤く染まった口から、ひゅうひゅうとか細い呼吸音が聞こえてくる。

「長門! 大丈夫か、長門!!」

 長門のかろうじて無事な右目がうっすらと開く。
 長門は俺の顔を見ながら、ぱくぱくと口を開いた。
 何も聞こえない。違う。もう声が出ていないんだ。

「喋るな長門! 今新川さんたちを呼んでくるから……!」

 俺が止めても、長門は口を動かすのをやめようとはしない。
 長門がだらりと下がっていた腕をゆっくりと持ち上げた。
 息も絶え絶えに。
 おそらくは全身全霊を振り絞って。
 そして、その震える指先が俺の頬に触れ―――



 バチン、と電流を流されたように、俺の体が震えた。


250: 2010/10/03(日) 16:02:53.02 ID:sDHzCwEM0


 頭の中で、全てが繋がった。



 何もかもを思い出した。



 何が有意義なキャンパスライフを送る大学生だ。





 ――――俺は、SOS団の、団員その1だ。


251: 2010/10/03(日) 16:07:45.28 ID:sDHzCwEM0
 全てを思い出した俺は、全てを思い出したが故に、目の前の光景を認められずにいた。

「長門……」

 呆然と名を呼ぶことしか出来ない。
 そんな俺に、長門がほんの少しだけ微笑みかけたような気がした。
 それが、最後。
 俺の頬に触れていた長門の手がとさりと床に落ちる。
 それから長門はもう二度と目を開かなかった。

「長門……!」

 ぼろぼろと、俺の目から涙が零れ落ちる。

「うあ」

 胸に込み上げる激情を、抑えることが出来ない。

「うあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 叫んでいた。
 俺は形振り構わず声を上げていた。

256: 2010/10/03(日) 16:16:54.64 ID:sDHzCwEM0
「ごめん…ごめんな…長門……!」

 口をついて出るのはただひたすらに謝罪の言葉。
 長門は俺を助けるために、この世界に介入してきてくれたのだ。
 そのために能力のほとんどを制限されて、ただの女の子になってまで、俺のところに駆けつけてきてくれた。
 それを、俺は、電波だなんだと馬鹿にして、ちっとも長門の言葉を信用しようともしないで。
 結果が、これだ。
 俺は、最低だ。
 長門の体が輝きだす。
 元の世界で長門が喜緑さんにそうしたように、長門の体が光の粒子となって消えていこうとしている。

「駄目だ。待て、長門。行くな。消えるな」

 足掻くように懇願してみても、何の能力も持たないただの一般人である俺にはどうすることもできない。
 光を留めようと手を伸ばしても、光の粒子は指の間をすり抜けていくばかり。
 ほどなくして、長門の体は完全に宙に溶けて消え失せた。

「あああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 ガツン、と床に思いっきり拳を叩きつける。
 拳に血が滲むが、知ったこっちゃない。
 沸騰した頭を静めようともせず俺は立ち上がり、部屋を飛び出した。

257: 2010/10/03(日) 16:23:38.28 ID:sDHzCwEM0
 廊下にはハルヒと古泉も出てきていた。

「キョン……」

 心配そうに俺を覗きこんでくるハルヒに目もくれず、俺はさっさと階下に向かう。
 階段を駆け下りてくる俺を、何事かと談話室にいた皆が注視する。
 その中で、『ソイツ』も目を丸くして俺を見ていた。
 それが、ますます俺の脳みそに血を上らせる。
 そ知らぬ顔をしやがって。白々しいんだよこの野郎。

「朝倉ぁぁああああああああああ!!!!!!」

 俺は、怒りに任せ、朝倉の胸倉を思い切り掴み上げた。

「あう…!」

「今すぐ俺たちをこのくそったれなゲームから解放しろ!!」

 うめき声を上げる朝倉に構わず、俺はその目を強く睨みつけた。

259: 2010/10/03(日) 16:30:40.55 ID:sDHzCwEM0
「は、はなして…! いたい……!」

「痛い? 笑わすなよ……長門をあんな風にしといてよぉ!!」

 カッとなった俺は思わず右手を振りかぶる。
 ―――瞬間、俺の右腕は後ろ手にねじ上げられていた。

「あぐ…!」

 痛みに思わず声を漏らしながら、俺は肩越しに背後を確認する。

「何のつもりだい?」

 鶴屋さんだった。
 かつて、ハルヒが消失したあの冬の日。
 朝比奈さんに迫った俺を撃退したあの時と同じ目で、鶴屋さんは俺を睨みつけていた。
 ついでに言うなら朝比奈さんもあの時と同じ、怯えきった目で俺を見つめている。

「りょーこちんから手を離すっさ」

「ぐっ…!」

 さらに強く右手をねじ上げられ、俺は左手で掴み上げていた朝倉を解放する。

「けほっ、けほっ……! ひどいわ……いきなり何するの、キョン君……」

 どすんとソファに尻餅をついた朝倉は目に涙を浮かべ、喉元を押さえながらそんなことをほざいた。
 その態度が、俺の理性を完全に吹っ飛ばした。

261: 2010/10/03(日) 16:36:49.98 ID:sDHzCwEM0
「ふざけんなッ!! 白々しいんだよッ!! お前だろうが! 全部、全部、お前がやったんだろうがぁ!!」

 俺の言葉に全員が息を呑んで朝倉に目を向ける。
 全員の視線を受けた朝倉は目を見開き、絶句していた。

「そ、そんなはずありません! 朝倉さんは、朝倉さんはずっと私たちと一緒にいました! ちゃんとアリバイがあります!」

 朝比奈さんが顔を蒼白にして反論してきた。

「それに、それに、朝倉さんはそんな、人を頃したりできるような人間じゃありません!」

「そりゃあそうさ! 何しろコイツはマジで人間じゃないんだからな!!」

「え…?」

「なあ、そうだろう朝倉涼子。情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース!
 アリバイだなんだとくだらない。お前なら、どうにでも出来るもんなぁそんな些細なこと!!」

 朝比奈さんは、いや、この場にいる全員が言葉を失った。
 皆、完全に俺を狂ってしまった人間を見る目で見ている。
 構わない。構うものか。
 長門をあんな目にあわせてのうのうとしやがって。
 許さない。
 許せるわけが、ないだろう―――――!!

「おああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 鶴屋さんの拘束から逃れようと全力で身をよじる。

 パアン――! と頬に衝撃が走った。

263: 2010/10/03(日) 16:42:34.45 ID:sDHzCwEM0
「あ…?」

 ハルヒが俺と朝倉の間に割って入ってきていた。
 頬を張られた衝撃が、段々とヒリヒリした痛みに変わっていく。

「ハルヒ……? うおっ」

 呆然としていた俺の頭を、ハルヒがその胸にかき抱く。
 ハルヒの体は震えていた。

「しっかりしてよ……」

 その声は、涙交じりの声だった。

「あんたまでそんなになっちゃったら、私は誰を信じたらいいのよ……」

 ハルヒが、あのハルヒが、こんなにも弱々しい、懇願するような声を上げている。その事実が、沸騰していた俺の頭を急速に冷めさせた。
 ……何をやっているんだ俺は。
 白馬で迎えにいくなんて王子様を気取っておいて、この体たらくか。
 馬鹿が。冷静になれ。こんな力ずくで事態が解決していたんなら、長門がとっくにやっていただろう。
 そうだ。この世界から脱出するためにはちゃんとした手順が存在する。
 長門の言葉を思い出せ。

『このシステムを停止させるのは、あなた。あなたが、このシナリオをエンディングまで導かなければならない』

『この事件を解決するのは、あなた』

 そうさ。そのために、長門は最後の力を振り絞って俺を元の世界と繋げてくれたんじゃないか。
 それを無駄にするわけにはいかない。ああ、やってやる。やってやるとも。
 俺は、やる時はやる男なんだ。

264: 2010/10/03(日) 16:48:30.78 ID:sDHzCwEM0
 そうして、ハルヒに抱きしめられたまま俺は決意を固めたわけなのだが……。
 冷静になると、この体勢、どうしても意識してしまうものがあった。
 俺は今、ハルヒの柔らかいおっOいの感触を、顔全体で余す所なく味わってしまっているわけだ。
 それどころではないと知りつつも、生物としての生理的反応でよからぬことを考えてしまったりなんかしちゃったりして……。

 バガァン!! と顔面を床に叩きつけられた。

「今ちょっとえOちなこと考えてたでしょ! ばか! すけべ! 工口キョン!!」

 俺の頭部を床に叩きつけ、あまつさえごりごりと押さえつけるハルヒ。
 突然荒っぽい真似をするんじゃないこんにゃろう。
 鶴屋さんの拘束が緩んでいたからよかったものの、下手すれば腕が折れていたぞこんにゃろう。
 というか、なんかこの世界のお前は貞操観念が強すぎないか?
 元の世界じゃ男子の前で平然と着替えを始めるような女だった癖に。
 こっちの設定じゃお前(俺もか)大学生だったな。それまでの数年でお前に一体何が起こったんだ。

「みんな、ごめんね。この平伏に免じて、さっきのコイツの奇行は許してやってくれないかしら」

 俺の頭をぐりぐりと床にこすり付けつつハルヒはそんなことを言う。
 俺はハルヒの手を振り払い、立ち上がった。
 皆の顔を見回す。やはり奇異の目で見られることは避けられない。
 俺はもう一度、今度は自分の意思で頭を下げた。

「すまなかった。あまりに凄惨な氏体を目の当たりにして、パニックを起こしてしまったんだ」

「そんな脆弱な精神でよく部屋を調べに行くなんて言えたものだな」

「返す言葉もありません」

 吐き捨てられた会長の言葉にも、俺は素直に頷く。

266: 2010/10/03(日) 16:54:26.25 ID:sDHzCwEM0
「もうこんな真似はしないと誓う。本当に迷惑をかけた」

 俺は再度皆に向かって頭を下げる。
 それで、ようやく皆は俺が冷静になったと認めてくれたようだった。
 ただ、俺は一度も朝倉の方を見ようとはしなかった。
 本来もっとも謝罪すべき対象であるはずの朝倉に頭を下げることを、俺は拒絶した。
 確信があったからだ。
 ペンションで起こった出来事が現実世界にフィードバックするこのくそったれなシステム。
 その管理者は間違いなく朝倉涼子、お前なんだ。
 長門はこの世界に介入し、同時に最初から『長門有希』という高校生がいたのだと全員の認識を改竄した。
 そしてこの世界から長門を退場させた『何者か』は、喜緑さんや国木田の時とは異なり、『長門有希』という存在そのものを消去した。
 それは言わば『世界そのものの改竄』にほかならない。
 そんな真似が出来る『何者か』なんて、このメンツの中ではお前しかいないんだ。
 見ていろ、くそったれ。
 お前が何の目的でこんなシステムを立ち上げたのかは知らないが、俺がお前の目論見を台無しにしてやる。
 長門の――いや、長門だけじゃない。喜緑さんと、そして国木田の仇は、俺が必ずとって――――

 ―――待てよ?

 そこで俺は、奇妙な引っかかりのようなものを感じた。
 なにか、なにかおかしくないか?
 何だこの―――違和感は。
 何かがおかしい。この事件には、どうしようもない矛盾が存在している。
 おかしいのは……一体何だ?

1.国木田の氏

2.喜緑の氏

3.長門の氏

269: 2010/10/03(日) 17:00:57.72 ID:sDHzCwEM0
 おかしいのは、国木田の氏だ。

 ―――そうか。

 違和感の正体にはっきり気付いた時、俺にはこの殺人事件の真相が全てわかった。
 だが、これはとても推理なんて呼べたシロモノじゃない。
 これは長門によって元の世界と繋げられた俺だからわかったこと。
 全ての登場人物が俺の知り合いだったということが推理の土台になってるっていうんだから、これはとんでもない裏技だ。
 恐らく、本来の「かまいたちの夜」の主人公(確か透君だったか)はきちんとしたロジックの積み重ねの末にこの結論に至るのだろう。
 それを思うと若干後ろめたい気持ちにならなくもないが……いや、ならないか。
 この世界から脱出するのに、手段なんて選んでいる余裕はない。

「どうしたの?」

 ハルヒが俺の顔を覗き込んでくる。

「いや……」

 俺はハルヒに曖昧な笑みを返した。

「何よ。何かあったならはっきり言いなさいよ」

 ハルヒの顔がにわかに曇る。
 さっきの俺の暴走を思い出しているんだろう。

271: 2010/10/03(日) 17:05:17.37 ID:sDHzCwEM0
「大丈夫だ。俺は平静だよ」

 俺は努めて声を押さえ、言った。

「そう? でも、そうは見えないわ」

「まあ、正直に言えば少し戸惑ってはいる」

「戸惑う? どうして?」

「……わかったんだよ。全ての事件の真相が」

 ぎょっ、と全員の目が再び俺に集中した。
 そんな中で、ハルヒが疑わしげに口を開く。

「ほんとに? じゃあ、田中さんを頃した犯人もわかったっていうの?」

「田中さん……田中さん、ね」

 俺はハルヒの問いには答えず、皆の顔をぐるりと見回した。
 犯人である可能性がある人物は……ただ一人。
 俺は言った。

1.「犯人は俺だ」

2.「犯人は……お前だよ、ハルヒ」

3.「犯人は当然俺でもなければハルヒでもなく……」

272: 2010/10/03(日) 17:07:54.82 ID:sDHzCwEM0
「……お前が、犯人だったんだな」

 俺にそう言われたソイツは、しばらく自分のことを言われているとは思わなかったようだった。

「……もしや、僕のことを言っているのですか?」

 たっぷり3秒ほどの沈黙の後にソイツは――――









 古泉一樹は、ようやく口を開いた。



274: 2010/10/03(日) 17:12:59.07 ID:sDHzCwEM0
「ああ、そうだ。一連の事件の犯人はお前だよ、古泉」

 俺はもう一度、はっきりと宣言する。

「冗談で言っているわけではないようですね」

「俺は全く持って真剣さ。加えて言っておくが頭は全くの正常だぜ」

「正常というわりにはあまりにひどい物言いじゃありませんか? 僕は被害者なんですよ?」

「ああ、頭の怪我のことか。そりゃ自分でやったんだろ?」

「これはこれは。随分と身も蓋もないことを言いますね」

「そう考えるのが一番自然なんだよ。氏体をバラバラにするほどの手間をかける犯人だぜ?
 自分が疑われるかもしれない状況で、中途半端に殴るような真似をすると思うか?
 まあ、お前が必氏で抵抗したって言うんならまだわかるが、お前は犯人を見ていない。つまり不意打ちされたって言ってたよな」

 はっきり言ってしまえば古泉が生きていることそれ自体が理に合わないのだ。
 犯人は、喜緑さんを悲鳴ひとつ上げさせずに殴り頃すほどの力を持っているというのに。
 古泉は笑みを浮かべた。

「それだけはっきりと断言する以上、明確な根拠があると思っていいのでしょうか?」

「もちろんだ」

 俺は頷いた。

275: 2010/10/03(日) 17:19:21.09 ID:sDHzCwEM0
「ならば聞かせていただきましょう。ペンションに到着して以降、ずっとあなた達と行動を共にしていた僕がどうやって田中さんという人を殺害したのか。
 僕はいかにしてそんな不可能犯罪を成し遂げたというのか。実に興味深いですね。ああ、先に言っておきますが」

 古泉は笑みを浮かべたまま、俺を見据えて言った。

「僕に離れた人間を殺せるようなトンデモ超能力なんて備わってはいませんよ」

 ああ、もちろんそんなことは言わないさ。さあ、解決編を始めよう。

「順序良くいこうか。まずは俺たちの知らない第三者が犯人だという線を消しておこう。
 二階のバラバラ氏体が発見された後、俺たちはペンションの中を隅から隅までチェックして、犯人が侵入していないことを確認している。
 にもかかわらず、喜緑さんは二階で殺されてしまった。つまり犯人は何かしらの方法でこのペンションの中に再び舞い戻ったということになる。
 もし犯人が俺たちの知らない第三者だとしたら、そいつはどうやってまたこのペンションへ入ってきたんだろうか?」

「そんなもの、二階の割れた窓からに決まってるだろう」

 そう答える生徒会長の顔は、何を馬鹿なことを言っているんだと言わんばかりだ。

「その通りですよ会長。しかし見てください。ご存知の通り、俺はついさっき田中さんの部屋に入ってきた。
 わかります? 足が濡れてるんですよ。窓際は随分雪が積もっていましたからね。
 水滴が床に染みを作ってしまっているのがわかるでしょう? この染みは、暖房が特に効いたこの談話室でも未だ乾いてはいない。
 少し部屋に入っただけの俺でさえこうなんだ。外から舞い戻った犯人が廊下に出れば、もっと分かりやすい足跡が残ったろう。誰か、喜緑さんが殺された前後で、こんな染みを二階で見かけた人がいますか?」

 少し間をおいて返事を待つが、誰も何も答えようとはしない。

「つまり、犯人が二階の窓から出入りしているなんてことはありえない。第三者の出入り口が二階の窓に限られる以上、これで犯人が俺たち以外の誰かだという線は消える」

「ちょっと待てよ。じゃああのガラスが割れた音はなんだったんだ? 犯人はあの時に中に入ってきたんじゃねえのかよ」

 谷口が疑問を口にする。

276: 2010/10/03(日) 17:24:55.48 ID:sDHzCwEM0
「そう思わせることがまさしく犯人の狙いだったわけだ。その目論見は、喜緑さんを頃してしまったことでこうしてご破算になっちまったがな。
 まあしかし、そもそも考えてみれば、あの時に犯人が侵入してきたっていうのも考えづらいことなんだ。
 ガラスの割れる音が聞こえてから、俺たちが田中さんの部屋に入るまで15分程度しかかかっていない。
 そんな短時間で田中さんを頃し、バラバラにすることなんて出来っこないだろう?」

「そういえば、そんな話もしたな」

 谷口の言葉に俺は頷く。

「犯人は中に入るためにガラスを割ったんじゃない。かといって外に出る時にガラスを割る必要はないだろう? だから、ガラスは犯人が意図的に割ったとしか思えないんだ。
 それがつまり、俺たちに『あの時犯人はペンションに入ってきたんだ』と思い込ませることで、実際の犯行時刻を誤認させてアリバイを作るためだったわけだ」

 言いながら、俺は古泉の様子を確認する。
 古泉はやれやれ、と肩をすくめた。

「話がちっとも前に進みませんね。実際の犯行時刻がいつだろうが、僕には関係ありません。
 15分程度では人を頃し、あまつさえバラバラにすることなどできない。あなた自身が今言ったことです。
 僕がペンションに到着してから、荷物を置きに二階に上がったのはほんの数分のことですよ?
 それに、音が聞こえたときに談話室にいた僕が、どうやって二階のガラスを割ることが出来たというんです?」

「そうだな。どう考えても、お前に田中さんは殺せないよ」

 俺はあっさりと古泉の言葉を肯定した。

「おいおい」

 会長が鼻白む。俺はそれを無視して続けた。

「俺は氏体を発見したときと、さっき部屋を調べに行ったときと二回田中さんの部屋に入っている。
 窓ガラスが割れていることと、窓際に氏体があること以外、俺たちの部屋とそう変わらない部屋だ。でも、それっておかしくないか?」

277: 2010/10/03(日) 17:29:46.69 ID:sDHzCwEM0
「何がよ?」

 ハルヒが首を傾げた。

「血の跡が無さ過ぎるんだよ。人一人バラバラにしてるんだぜ? 綺麗に拭い去ろうったって床にはカーペットが敷き詰めてあるんだ。
 いくら犯人が染み抜きの達人だっていっても、もっとわかりやすい跡が残るはずだろうさ」

「それは……確かにそうね」

「だから俺は、犯人はバスルームで氏体を切断して窓際に運んだのだと思っていた。
 だが、バスルームは血液どころか水滴さえついていなかった。犯人はバスルームで切断したんじゃなかったんだ」

「なら……一体どこでやったというんだい?」

 鶴屋さんが顎に手を当て、ふうむとうなりながら聞いてきた。
 あんな醜態を晒した俺の言葉を皆がどれだけ真剣に聞いてくれるかが気がかりだったが、どうやらそれは杞憂ですんだらしい。

「わかったわ!」

 ハルヒが声を上げた。

「外で頃したのね? 外で頃して切断した後、窓の外から氏体を放り込んだのよ!」

「……いや、割れたガラスはほとんど中に落ちていなかったから、それはないだろう」

 俺は少し考えてから、その可能性を否定した。

「バスルームでもなければ外でもない。じゃあ犯人はどこで氏体をバラバラに出来たというんだ」

 会長がいらいらしたように言う。

278: 2010/10/03(日) 17:34:35.71 ID:sDHzCwEM0
「出来なかった、と言ってるんです」

「なに…?」

 俺の言葉に会長を始め、皆ぽかんと口を開けた。
 まさに鳩が豆鉄砲を食らったような、という顔だった。

「バスルームじゃない。部屋の中でも外でもない。つまり、田中さんをバラバラに出来た場所など存在しない。
 その事実は、俺たちの中の誰も田中さんを頃してないし、氏体をバラバラにもできなかったということを意味している」

 しばらく沈黙が続いた。
 やがて谷口がはん、と鼻を鳴らす。

「おいおい……まさかキョン。お前結局『かまいたち』みたいなのが田中さんを頃したんだとか言い出すんじゃないだろうな」

「もちろん違う。俺が言いたいのは、田中という人物は殺されもしなかったしバラバラにもされなかったということさ」

 そこまで言って、俺は再び古泉に目を向ける。


「なあ、そうだろう? ―――――『田中さん』よ」

279: 2010/10/03(日) 17:39:38.47 ID:sDHzCwEM0
 全員が絶句して古泉を見る。

「どうやら……本当に真実にたどり着いているようですね」

「あまり褒められたやり方じゃなかったがな」

 古泉はふっ、とその顔に笑みを浮かべた。
 そんな古泉に、俺も笑みを返してみせる。

「こいつが田中だと…? なら、上で氏んでいるのは誰なんだ」

 会長が口にする当然の疑問。
 『上で氏んでるのは俺のクラスメイトの国木田というんですよ』なんて答えるわけにはもちろんいかない。
 それはこの世界の俺には知りえるはずのないことなのだから。


 ――――田中さんの身長、どれくらいでした?

 ――――結構高かったように思います。175cm以上はあったでしょう。


 反則過ぎるよな。
 バラバラになった被害者のことをよく知っていた、なんて。
 ありえないんだよ。
 国木田が『田中さん』だ、なんてことは。
 国木田の身長は、170cmにやっと届くくらいの俺や谷口よりさらに低いんだぜ?

280: 2010/10/03(日) 17:43:58.17 ID:sDHzCwEM0
 国木田が『田中さん』なんてことはありえない。
 ならば『田中さん』は誰なのか。
 消去法。
 古泉以外の人間は『田中さん』がいた時からこのペンションにいた。
 しかし古泉が来てから『田中さん』は一度も確認されていない。
 身長も―――合致する。

 論理(ロジック)の積み重ねで答えに至るのではなく、答えありきで論理(ロジック)を積み重ねる。
 は。
 まったく、邪道極まりないぜ。

「誰かは知りませんが、田中さんでないことは確かです」

 俺は会長にぬけぬけとそう答える。

「あの氏体は田中さん、つまり古泉が頃してバラバラにしたんですよ。思えば、氏体のそばにサングラスが落ちていたことなんて、いかにもわざとらしい」

「田中だと思わせるためにわざと置いたってことか」

 谷口がなるほどというように頷く。

「でも、その殺された人は一体いつペンションの中に入ってきたのよ。誰も侵入しなかったってさっき言ったばかりじゃない」

 ハルヒが重要な点をついた。

282: 2010/10/03(日) 18:01:03.17 ID:sDHzCwEM0
「もちろん、正面玄関からさ。きちんと戸締りがされていた以上、そこしかない」

 そう答えた俺に、新川さんは首を横に振る。

「それはありえません。正面玄関から入れば絶対に誰かに、少なくとも私たち従業員の誰かにわかるようになっています」

「誰かと一緒に入れば別でしょう? バラバラにされた国……彼は、『田中』に扮していた古泉と一緒に入ってきたんです」

「いえ、田中さんが来たとき、彼は間違いなく一人でしたよ」

 新川さんは断言する。俺は言った。

「スキーバッグの中は調べましたか? ……被害者はそこにいたんですよ。既に殺され、バラバラにされた姿でね」

 ごくり、と誰かが息を呑む音が聞こえた。

「そう。『田中』のバッグが空になっていたのは盗まれたからじゃない。そこに入っていたのはもう既にバラバラになったあの氏体だったんだ。そもそも氏体をバラバラにしたのは、運びやすくするためだったのさ」

「窓は? 窓が割れた音がしたとき、古泉君は私たちと一緒に談話室にいたわ。彼は一体どうやって二階の窓を割ることが出来たの?」

 ハルヒが最後の謎に触れた。

「それに答える前に、少し古泉の行動を整理しておこう。『田中』に扮していた古泉は、夕食後、自分の部屋に戻ってから氏体を窓際に置き、ある仕掛けをした後窓から外へ飛び降りた。
 そして、離れたところ隠しておいた車に乗って少し走り、駅にいると偽ってどこかの公衆電話から電話をかけた」

「ある仕掛け?」

「それが、さっきの疑問の答え……窓ガラスが自動的に割れるような仕掛けさ」

286: 2010/10/03(日) 18:07:28.98 ID:sDHzCwEM0
「そんなこと……出来るの?」

 顎に指を当て、首を傾げるハルヒ。

「あるものを使えばわりと簡単に出来ると思う」

「あるものって?」

「古泉は雪を使ったのさ」

 どさり、と屋根から雪が滑り落ちる音を思い出しながら俺は言う。

「雪? 雪をどうやって使うのよ」

「正確にはわからんが、おそらくこういうことだったんじゃないかと思う。
 『シュプール』の客室の窓は外開きするタイプの物だ。犯人はその窓の片側から出るとする。
 そして、もう片側は風で煽られても動かない程度に固定しておく。それからその取っ手に1mか2mくらいのロープを軽く引っ掛ける。
 そのロープの、取っ手に引っ掛けた方の反対側には何か平べったい板のような物……バッグの底板のようなものをつないでおくんだ」

「窓と板をロープでつなぐわけ? それをどうするの?」

「外へ飛び降りる前に、その板は屋根に積もった雪の中に突っ込んでおくのさ。
 そうすれば、ある程度時間が経った段階で雪は滑り落ち、当然一緒に板も落ちる。
 窓は勢いよく引っ張られ、外壁に叩きつけられて……ガシャン、というわけだ。
 板とロープは窓から外れて雪の下に埋もれてしまう。
 その時間を古泉は12時頃と予想していたんだろうな。だから脅迫状にはあんな風に書いていた。
 結果的に時間はズレてしまったが、アリバイを作るのには間に合ったんでそれは大した問題にはならなかった。
 外で襲われたふりをしてみせたのは、あの部屋の下あたりをあまり調べてほしくなかったんでやむをえずやったってところだろう。
 ガラスが割れたときにアリバイが無かった会長を犯人に仕立て上げるつもりもあったかもしれないが」

289: 2010/10/03(日) 18:14:32.78 ID:sDHzCwEM0
 古泉はしばらくじっと俺を見据えていたが、やがて降参したように両手を上げた。

「参りました。概ねあなたの言うとおりですよ」

 遂に古泉は自らの犯行を認めた。
 「ひっ」と声を漏らす朝比奈さんをはじめ、全員がソファに座る古泉から距離を取った。

「確かに僕は最初、田中を名乗ってチェックインしました。それから氏体をあの場所に置き、古泉一樹として再びこのペンションに舞い戻った」

「どうしてそんな回りくどい真似をする必要があったの?」

 眉をひそめるハルヒに対し、古泉はくすくすと笑った。

「もちろん、その問いに僕から答えてあげても良いのですが……もしかすると、あなたの白馬の王子様はそこまで見抜いてらっしゃるかもしれませんよ?」

 ハルヒが驚いて俺を見る。
 いくらなんでもそこまでは……。きっとここにいる全員がそう思っていることだろう。
 俺はふん、と鼻をならした。

「ニュースに出ていた銀行強盗。あの犯人がお前なんだろ?」

「ご名答です。いやはや、半分冗談だったのですが、まさか本当に把握してらっしゃったとは」

「当たりかよ。半分冗談だったんだけどな」

 もちろん半分は本気だった。
 あの時テレビを見たいと言い出したのは他の誰でもない、長門有希だ。
 あいつが無意味なことを俺にやらせるはずがない。
 あいつの行動には、一挙手一投足に意味がある。

290: 2010/10/03(日) 18:20:27.60 ID:sDHzCwEM0
「上でバラバラになっているのは仕事の相方で、国木田さんと言いましてね。事件の時目撃されていたのは彼なんですよ。
 僕が計画を練る役で、彼が実行役ですね。ご存知の通り仕事は上手くいったのですが、分け前のことで彼と揉めてしまいまして。
 それで、まあ、その、頃してしまったわけなんですが、氏体をどう処理したものかと頭を悩ませましてね。
 ここはひとつ、隠すのをやめてしまおうと、今回の殺人事件騒動を演じることを思いつきまして」

 警察はバラバラになった銀行強盗犯を見て、仲間割れをして殺されたのだと判断するだろう。
 その仲間はまだ近くにいるはずだということで、警察は躍起になって捜査を進めるに違いない。
 ここら一帯の山狩りまでやるなんてことも十分考えられる。
 だが、警察は果たしてペンションに泊まっていた俺たちにまでその疑いを向けるだろうか?
 喜緑さんの氏さえ無ければ、皆口を揃えて古泉のアリバイを証言していたはずだ。
 あえて氏体を隠さないことで、その氏体を処理してしまう。
 そのために古泉はこんな大掛かりな真似をしでかした。
 それが、この殺人劇のシナリオ。

「だが、お前のそんな目論見は喜緑さんを頃してしまったことで台無しになってしまった。喜緑さんを頃したのは彼女に正体を見抜かれてしまったからか?」

「まさしくその通りです。廊下で会った時にはっきりと『あなたが田中さんですね』と言われてしまいまして。
 反射的にガツン、とやってしまいました。全く、こんな辺境のペンションに名探偵が二人もいるなんて反則ですよ」

 古泉は「やってられません」とでも言うように肩をすくめた。

「何をぬけぬけと余裕綽々にくっちゃべっている。貴様、自分が無事で済むとでも思っているのか?」

 生徒会長が鋭い目で古泉を睨む。
 睨むだけで人を殺せそうな目つきだった。
 いつ古泉に飛び掛っていってもおかしくない。
 俄かにその場の雰囲気が緊張していく。

291: 2010/10/03(日) 18:26:02.97 ID:sDHzCwEM0
「正直ね、決めかねているんですよ」

 古泉はふう、と息をつくと背中の方に手を回した。

「これからどう振舞ったらいいものか」

 前に戻したその手には、オートマチック式の拳銃が握られていた。

「なっ…!?」

 ドン! と耳をつんざくような破裂音。
 会長の足元に焼け焦げた穴が空いていた。
 ぶわ、と背中に汗が噴き出るのを感じる。
 拳銃。
 トリックの入る余地など無い、ミステリーにあるまじき、身も蓋も無い殺人道具。
 お前、ちょっとそれは、反則過ぎやしないか?

「こういうものが僕の手にある以上、いくらでもこの状況から逆転することは可能なんですよね」

 言いながら、古泉は俺たちの間で銃口をふらふらと動かしている。

「どうしましょうかねえ? 全員を身動きが取れないように縛り上げてしまうのが理想的なんですが」

 誰も動くことが出来ない。
 古泉がかちゃかちゃと拳銃を手の上で弄び始めた。

「もう一人くらい見せしめに氏んでいただいた方が物事はスムーズに進むのでしょうか」

292: 2010/10/03(日) 18:31:21.25 ID:sDHzCwEM0
 あっさりと、何でもないことのように、背筋が凍りつくようなことを口にする古泉。
 くそ。どうする?
 どうすれば、この状況を打破できる?
 周りを見回し、俺がめまぐるしく頭を回転させていると―――

「なんてね」

 どさり、と音をたて、古泉の手のひらに弾倉が落ちた。

「……え?」

 虚をつかれた皆が固まる中で、弾倉が抜け、空になった拳銃を、古泉は俺に放り投げてきた。

「お、わ…!」

 おっかなびっくり俺はそれをキャッチする。
 その鉄の塊はずっしりと重かった。

「そんな醜い悪あがきはしませんよ」

 古泉は取り出した弾丸を、まるでオセロの駒を扱うようにいじりながら微笑んだ。

「潔いのだけが取り柄でして」

 両手を上げて降参のポーズをとる古泉。
 それから古泉はまるで抵抗する素振りを見せなかった。
 その不気味な態度に、俺たちは皆唖然としてしばらく動けずにいた。


 その時、ふと、俺はオートマチック拳銃についてのおぼろげな知識を思い出していた。

294: 2010/10/03(日) 18:36:26.74 ID:sDHzCwEM0
 古泉はさっき会長の足元に向けて一発撃った。
 つまり弾倉からはまた新たな弾が『本体』の中に送り込まれているはずなのだ。
 その弾は、撃つか、遊底と呼ばれる部分をスライドさせない限り『本体』の中に残ったままだ。
 つまり―――!

「ええ。お察しの通り、その銃にはもう一発弾丸が残っています」

 声に、顔を上げる。

 古泉が、人差し指で己の額の真ん中をトントンと叩いていた。

 さっきまでとはうって変わって、その目は真剣そのもので。
 撃て――と。
 罪を裁け――と。
 まるで、俺にそう語りかけているかのようだった。

「ばーか」

 そう口にしながら、俺は銃を構える。
 違うだろ、古泉。
 お前はあくまで『犯人役』であって犯人じゃあない。
 犯人と呼ばれるべき黒幕は他にいる。

「なあ――そうだろう?」

 俺は引き金に指をかける。
 俺が銃口を向けた先にいた人物はもちろん―――

「犯人は罪を自白した。物語はもう転回しない。……結びの時間だぜ、朝倉涼子」

295: 2010/10/03(日) 18:41:01.51 ID:sDHzCwEM0
 ざわ…! と俄かに場の雰囲気が一変する。
 俺に銃口を向けられた朝倉は、微動だにせずじっと俺を見据えている。

「キョン、あんたまた……!」

 ハルヒが泣きそうな顔で俺を見ている。
 その後ろで、鶴屋さんも動き出そうとしていた。

「全員動くなぁぁぁぁあああああああああ!!!!!!」

 腹の底から声を振り絞る。

「俺を変に刺激してくれるなよ! かっこつけて構えちゃいるが、正直足はガクガクで、指先はプルプルだ! 何がきっかけで暴発しちまうかわからんぜ!」

 俺に駆け寄ろうとしていたハルヒも、おそらくは俺の背後に回ろうとしていた鶴屋さんも、びくりとその動きを止めた。
 そして、悲しみと怯えと哀れみがない交ぜになったような目を俺に向ける。
 まるで、狂ってしまった人間を見るような。
 二人だけじゃない、皆がそんな目で俺を見ている。
 くそ、何度経験しても慣れないな。正直堪えるぜ。
 だが、耐えろ。いいじゃないか。
 皆がこれで助かるのなら―――主人公発狂END、大いに結構だ!

296: 2010/10/03(日) 18:44:12.54 ID:sDHzCwEM0
「5秒だけ待ってやる。ことここに及んで余計な問答をするつもりはない。俺たちをさっさと解放しろ!」

 朝倉は何も答えない。
 ただじっと俺を見つめている。
 どうせ撃てやしないとたかをくくっているのか?
 ―――舐めやがって!
 お前は国木田を、喜緑さんを、長門を氏に追いやった。
 容赦など、一切するつもりはない!

「5、4、3、2、1―――――!」

 誰かが俺の名を叫んだ。
 誰かが俺の体に手を伸ばした。

 カウント、ゼロ。

 俺は引き金にかけた指先に力を込め―――瞬間、白い閃光が俺の視界を覆った。

297: 2010/10/03(日) 18:49:43.34 ID:sDHzCwEM0
 ツクツクボーシ――……… ツクツクボーシ――………
 みんみんとやかましかったアブラゼミの大合唱も鳴りを潜め、ツクツクボウシの声が目立つようになった。
 いつの間にか、夏も終わりか。
 しかし太陽は一向にその威力を衰えさせる気配を見せず、今年は残暑の厳しい秋になることを予感させた。
 ……そんな陽射しの中、こんなハイキングコースとしか思えないような通学路をエOチラオッチラ登らなきゃならんとは、もはや修行を通り越して苦行ですらある。

「あっづう……」

 あとからあとから噴き出す汗を、首にかけたタオルで拭う。
 くそ、着替えを持ってくるべきだった。
 黒塗りのタクシーが俺の横をスウ――と通り抜ける。
 運転席から新川さんが、助手席から森さんが軽く会釈してきた。
 森さんの花のような笑顔に涼やかな気持ちになったのもつかの間、後部座席まで目を通してその気持ちは180度反転した。

「くそ…ずりいぞ……。後でオセロでコテンパンにしてやっからな」

 道理であの野郎は朝から汗ひとつかかない爽やかイケメンを気取ってられるはずだぜ、ちくしょうめ。

299: 2010/10/03(日) 19:00:24.37 ID:sDHzCwEM0
 教室に入ると谷口と阪中が何やら顔を合わせて話していた。

「よっす」

「うぃ~す。今日もだるそうな顔してるなキョン」

「おはようなのね、キョン君」

 何の変哲も無い挨拶を交わしてから、俺は自分の席につく。
 盗み聞きするつもりなど毛頭なかったが、二人の会話が自然と耳に入ってきた。
 話の内容は進路のことだったり、教師への愚痴だったり、この時期の高校生としては実に一般的なものだった。
 ふ~ん、それにしても……
 こいつらって、こうして二人で話したりすることあるんだな。
 しかも結構気が合ってるみたいで、正直意外だ。

「なあお前ら、付き合ってみたらどうだ?」

 阪中と谷口は同時にこちらをぐりんと振り向き、

「バ、バカ言「 冗 談 じ ゃ な い の ね ! ! ! !」

 阪中、顔真っ赤で大否定。びっくりした。
 阪中さんけっこう大声出せる人だったんですね。
 あと、谷口。
 なんかゴメン。

300: 2010/10/03(日) 19:03:36.96 ID:sDHzCwEM0
「やっほーキョン君!」

 三年生の校舎に足を伸ばしたら、廊下で鶴屋さんに会った。
 思わずびくりと身構えてしまう俺。
 俺の不審な態度に首を傾げる鶴屋さん。

「どしたんだい?」

「いえ、迂闊に近づけば右腕を極められてしまう気がして」

 鶴屋さんはにはは、と屈託なく笑う。

「鶴屋流護身術は敵にしか使わないよ!」

「敵ですか」

「そう、敵! エネミー! もちろんキョン君は味方だよ! ラヴァー!」

「ラヴァーは違います」

 味方は英語でなんて言うんだろう? フレンド?

「にゃはは! ならそれでいいにょろ! そんじゃ、またねキョン君!」

 俺の背中をバンバン叩いて鶴屋さんは去っていく。
 途中、ふと何かに気付いたように足を止め、こちらを振り返った。

302: 2010/10/03(日) 19:05:46.33 ID:sDHzCwEM0
「ん? 私キョン君の前で護身術使ったことあったっけ?」

「ええ、俺の夢の中で二回ほど」

 夢ってか、本当は二回とも異世界なんだけど。

「にょろ?」

 当然、意味が通じるわけもなく、鶴屋さんはしばらく首を傾げていたが、

「まいっか!」

 最後にはいつものように快活に笑って、今度こそ足音高く歩き去っていった。

303: 2010/10/03(日) 19:09:28.61 ID:sDHzCwEM0
 生徒会室の前を横切る。
 キィ、とドアの開く音が聞こえた。
 足を止めて振り返る。

「ん? お前は……」

 相も変わらずの仏頂面を引っさげて、生徒会長が姿を現し、

「お久しぶりです」

 その隣りで、喜緑さんが微笑んでいた。

「あんまり久しぶりって感じはしないんですがね、俺としては」

「あら、奇遇ですね。実は私もそうなんです」

「お元気ですか?」

「ええ、とっても」

「それはよかった」

 本当に―――よかった。

305: 2010/10/03(日) 19:13:34.16 ID:sDHzCwEM0
「貴様、何をこんな所でウロチョロしている。貴様の学年は現在夏課外の真っ最中のはずだろう」

 会長が、いかにも生徒会長らしいことを言ってくる。
 おかしいな。この人は元々嫌々生徒会長をやっていたのだと思っていたが、中々どうして板についている。
 環境は人を変えるとよく言うが、あれは案外マジなのかもしれない。

「まったくお気楽でうらやましいことだ。こっちは貴様等のトコの馬鹿女のためにいらぬ気苦労を背負っているというのに。
 あの女の手綱を握るべき肝心の貴様がそんなことではたまったものではないぞ」

「すいません」

 白々しく頭を下げる俺。

「会長も喜緑さんの手綱をしっかり握っておくことをオススメします。意外とあの人、あっさりとどこかに消えてしまうかもしれませんよ?」

「なっ!?」

「失ってからじゃ、遅いんです」

 顔を紅潮させて口をパクパクさせる会長。
 少し離れた所で喜緑さんがきょとんとこちらを振り返っている。

「き、貴様……!」

「深い意味はないですよ。それじゃ」

 会長の怒りが爆発する前にさっさと退散することにしよう。
 他人の恋路を邪魔する奴は云々というのはよく聞く話だし。
 俺は馬に蹴られて氏ぬ気は無いんでな。

306: 2010/10/03(日) 19:17:55.40 ID:sDHzCwEM0
 バチン、と暑さを振り払うかのように盤面に駒を叩きつける。
 8×8のマスで構成される盤上は、既に俺の黒が圧倒的な勢力を築き上げていた。

「今日は何だかいつにも増して容赦がなくないですか?」

 若干引きつった笑顔を浮かべる古泉。いやいやそんなことはないぞとそ知らぬ顔でゲームを続ける俺。
 勝負は俺が4つの角を独占し、盤面の半分以上が隙間なく俺の黒になった所で古泉が駒を投げ出して終わった。

「おつかれさまでしたぁ」

 朝比奈さんがメイド姿で熱いお茶を差し出してくれる。
 ズズズ…とすすって…うん、うまい。

「私、変な夢を見たのよね」

 パソコンを覗き込んでいたハルヒが突然そんなことを言い出した。

「ほう、どんな夢だ」

「よくは覚えていないんだけど、何だか金田一少年だとか、名探偵コナンの世界に迷い込んじゃったような気分だったわ」

「もう一度見たいか?」

 探るような俺の問いに、ハルヒは苦虫を噛み潰したような顔をして、

「冗談じゃないわ。二度とごめんよ」

 と、吐き捨てた。

「知り合いが氏ぬのなんか……一度で十分」

308: 2010/10/03(日) 19:21:38.89 ID:sDHzCwEM0
 パタン、と本を閉じる音がする。
 いつものように窓辺で本を読んでいた長門が出した、活動終了の合図だった。

「あら、もうそんな時間?」

 皆がいそいそと帰り支度を始める中で、じっとイスに座ったままの長門。
 長門有希。
 俺は長門の顔をマジマジと観察する。
 傷ひとつない、綺麗な顔だ。
 思わず右手を伸ばし、その左ほほをそっと撫でる。
 まるで透き通るように美しいその肌は、すべすべと心地よい感触をしていた。

「あ、あ、あんた、なな、なにしてんのよ」

「これはこれは」

「はわわ~~」

 声に振り返ると、ハルヒは顔を引きつらせていて、古泉は肩をすくめていて、朝比奈さんは顔を真っ赤にしていた。
 何だ? 変な奴等だな。
 俺は首をかしげて前を向き直る。
 目の前に長門の顔。その距離わずかに5ミリ。

「ち、近ッ! 長門ちっか!!」

 我に返った。あぶねえ。俺はいつの間にかこんなに長門に近づいていたのか。

310: 2010/10/03(日) 19:25:16.63 ID:sDHzCwEM0
「有希から離れなさいこの工口ガッパ!」

 慌てて飛びのいた俺の背中にハルヒのドロップキックが炸裂した。
 こ、この大馬鹿野郎が。
 当然長門に覆いかぶさるように吹っ飛ぶ俺。いかん。このままでは長門を巻き込んで転倒してしまう。
 俺は必氏で体を動かし、長門が怪我をせぬよう最善を尽くす。どしーん、と受身も取れず盛大に転倒した。
 自分の体をクッションにした結果、胸の上辺りに長門の頭が来る格好になる。
 その体勢は俺が長門を下から優しく抱きしめているように見えなくもない。ここがキングサイズのダブルベッドであったならば、さぞやムーディスティックな体勢であることだろう。

「あああんたたたたななななにしてててて」

「これはこれはこれはこれは」

「ひゃわわわわわわわわわわ」

 やかましい外野は放っておいて、俺は俺の胸あたりに頭を預ける格好になっている長門に目を落とす。
 目が合った。

「ありがとな」

 小さな声で、呟くように俺は礼を言う。

「かまわない」

 それはいつも通りの、無感情で平坦な声だった。


「かまうわよぉーーーーーーーー!!!!」

 長門の言葉をどう解釈したのか、ハルヒが絶叫した。

311: 2010/10/03(日) 19:28:12.20 ID:sDHzCwEM0
「なによ、帰んないの?」

 揃って正面玄関へ向かう途中、廊下を折れ、方向を変えた俺にハルヒは怪訝な顔をする。

「ちょっと野暮用でな」

 向かう先は二年校舎、というか俺の教室だ。
 俺のズボンのポケットの中では、一枚のメモ用紙がくしゃくしゃになっている。
 それは、朝、俺の下駄箱に入っていた物で、どこかで見たような字で、

『放課後、あなたの教室で』

 と、書かれていた。
 教室のドアを開ける。
 夕日で赤く染まった教室の中で、いつかのようにソイツは佇んでいた。

「何しに来たんだ?」

「もちろん、今回の件のネタばらしに」

 そう言って、朝倉涼子は笑った。

312: 2010/10/03(日) 19:32:07.23 ID:sDHzCwEM0
「ネタばらしも何も、どうせ例のごとくハルヒを観察するためなんだろうが」

「あのね、誤解してほしくないんだけど」

 疲れたように言う俺に、朝倉は困ったような顔を見せた。

「キョン君は私のことを黒幕だとか、諸悪の根源みたいに言っていたけど、今回の件は別に私が仕組んだってわけじゃないのよね」

「じゃあ誰が仕組んだっていうんだよ」

「誰がって言われると返答に困っちゃうな。ほら、情報統合思念体ってそういう風に個人に特定できる存在じゃないからさ」

 つまり私はただの使いっ走りに過ぎないのよね、と嘆息する朝倉。

「私は涼宮ハルヒを観察するためのゲームプログラム、『かまいたちの夜』を正常に運行するための管理人に過ぎない。
 イレギュラーを排除するためにのみある程度の情報操作が認められていただけで、それ以外は普通のOLとしてあの場に存在していた。
 だから最後、キョン君が私に銃を向けたときは本当に焦ったのよ。銃弾を止める力なんて、あの時の私には無かったんだから」

「でも、それで俺たちはあの世界から脱出することが出来たじゃないか」

「違うのよ。あの時キョン君が何も行動を起こさなかったとしても、ゲームから脱出は出来ていたの。
 ゲームの脱出条件は『探偵役が犯人を確信し、犯人役がそれを認めること』。
 だから、古泉君が自白した時点でプログラムの終了は始まっていたのよ。もう少し終わるのが遅かったら、私普通に氏んじゃってたわ」

 せっかく復活したのに、と朝倉は頬を膨らませる。
 何かわいこぶってんだ、と腹が立ったがナイフを取り出されたらたまらんので黙っておく。

318: 2010/10/03(日) 20:12:17.42 ID:sDHzCwEM0
「それとね、もうひとつ」

「まだ言いたいことがあんのか?」

「うん、こっちが本題」

 朝倉はあるひとつの机に目を落とす。
 それは、この夏休みから持ち主を失ってしまった机だった。

「国木田くんの氏は、私たちが仕組んだことではないわ」

 あのペンションで氏んだ人間は現実の世界でも氏んでしまう。
 それがあの世界のルールであるというならば。
 確かに、おかしいとは思っていた。
 国木田は全くの逆だ。現実で先に氏を迎え、ペンションで氏体となって登場した。
 ルールに則っていない。つまり。
 国木田の氏は、『かまいたちの夜』とはまったくの無関係であるということになる……らしい。

「プログラムを発動させるために国木田くんが氏んだのではなく、国木田くんが偶然に亡くなったことがプログラム発動のきっかけになったのね。
 ……一応重ねて言っておくけど、プログラムの発動のために私たちが国木田くんを故意に頃したってわけじゃないからね。
 そもそも、国木田くんの氏があって初めて情報統合思念体はこの『かまいたちの夜』に興味を持ったんだから」

「そうかい」

 ま、どっちでもいいよ。
 どちらにせよ――長門や喜緑さんとは違い――国木田が帰ってこないことに変わりはない。
 人の氏だけはどうにもならないのだ。ヒューマノイド・インターフェースとは違ってな。

320: 2010/10/03(日) 20:17:04.94 ID:sDHzCwEM0
「話はこれでおしまい……なんだけど、ねえキョン君」

 朝倉は微笑み、俺との距離を詰めてきた。

「私、こうやって復活したことだし、明日からまたクラスメイトをやらせてもらうから、よろしくね。
 もうキョン君の命を狙ったりすることはない普通の女の子だから、仲良くしてほしいな。
 今日こうやって誤解を解きたかったのは、実はそのためってこともあるんだよね」

「何かわいこぶってんだ」

 げ。言っちゃった。
 しかし朝倉はむ、と一瞬眉をしかめたものの、ナイフを取り出したりすることはなかった。
 普通の女の子になったってのはマジなのだろうか。
 朝倉は、それこそ普通の女の子のように悪戯っぽく笑って言った。

「それじゃあキョン君、一緒に帰ろっか」

「いいぞ」

「え?」

 俺の予想外の答えに朝倉は目をぱちくりさせている。

「て、てっきり断られると思ってたんだけど」

「か、勘違いするなよ」

 ツンデレのテンプレのようなセリフを吐きながら、俺は朝倉の手を取った。

「国木田の墓に連れてってやる。仮想世界とはいえ、国木田の氏体を弄んだこと、土下座させてやっからな」

321: 2010/10/03(日) 20:18:41.40 ID:sDHzCwEM0
 こうして俺たちは悪夢のような、悪夢そのものであった冬のペンションを脱出した。


 そして俺たちがいつもの日常に帰ってから、三日の時が経ち―――――





















 古泉一樹が自頃した。


  <終> 

324: 2010/10/03(日) 20:20:22.51 ID:sDHzCwEM0



   return to >>266



325: 2010/10/03(日) 20:21:07.82 ID:sDHzCwEM0
 ―――待てよ?

 そこで俺は、奇妙な引っかかりのようなものを感じた。
 なにか、なにかおかしくないか?
 何だこの―――違和感は。
 何かがおかしい。この事件には、どうしようもない矛盾が存在している。
 おかしいのは……一体何だ?

1.国木田の氏

2.喜緑の氏

3.長門の氏

338: 2010/10/03(日) 20:27:25.57 ID:sDHzCwEM0
 おかしいのは長門の氏だ。
 何故長門はわざわざ殴り殺されていたんだ?
 俺の脳裏をよぎる過去の記憶。
 夕日に赤く染まった教室。俺に凶刃を振るった朝倉涼子。
 もし朝倉が長門をゲームに邪魔な存在として排除したというのならば、あの時みたいに『情報連結の解除』だかなんだかやればよかったじゃないか。
 犯人は朝倉じゃないのか?
 あるいは……朝倉が元凶なのは間違いないとしても、殺人の実行犯は別に存在している?
 ならば……。
 バラバラにされて殺された国木田。
 外で殴られた古泉。
 二階で殴り殺された喜緑さん。
 長門の件は例外としていいだろう(この時は完全に皆の記憶に情報操作が為されたと断言できるからだ。アリバイなど当てにならない)。
 先に述べた三つの事件。
 不可能かと思われていたそれらの事件も、犯人がただの人間の身に過ぎないとしたら、そこには必ずカラクリが存在している。
 それさえわかれば……。

 どさり! と重たい物が落ちる音。
 俺は反射的に身を竦ませる。
 すぐに雪が落ちた音だったと思い出した。

「またびっくりしてる」

 ハルヒが茶化してきた。

「そりゃ驚くだろ。あんな音がしたら誰だって……」

 ……音?
 その時、俺の脳裏にある考えが浮かんだ。

339: 2010/10/03(日) 20:35:12.18 ID:sDHzCwEM0
「どうしたの?」

「すまん、少し黙ってくれ」

 俺の顔を覗き込んでくるハルヒを手で制して、俺は浮かんだアイデアを頭の中で慎重に吟味する。
 ……不可能ではない。
 この方法を使えば、何人かの人間には田中(国木田)の殺害が可能になるはずだ。
 かつ、外で古泉を殴り、二階で喜緑さんを頃すことが出来た人物となると……当てはまるのは、一人しかいない。

「犯人が分かった」

 全員がぎょっとして俺を見た。

「本当に…?」

 不安そうに問いかけてくるハルヒに俺は頷いてみせる。

「俺は今までガラスが割れたときにアリバイが無いという理由で会長が犯人じゃないかと疑っていた。
 でも、トリックさえ使えば、あの時談話室にいた人間にも犯行は可能だったと気がついたんだ」

「トリック?」

 会長が難しい顔で聞いてくる。

「時間差のトリック……とでも言えばいいのかな。ガラスが割れた音を聞いて、俺たちは二階へと駆けつけた。
 だが、本当にあの時に窓が割れたのかどうかなんてわからないんだ」

「しかし……実際に窓は割れていたではありませんか」

 新川さんは理解できないといった面持ちで首を傾げる。

341: 2010/10/03(日) 20:40:25.90 ID:sDHzCwEM0
「それが時間差だと言っているんです。窓は確かに割れていました。
 だがそれは、俺たちが音を聞いたその時に割れたものだとは限らない。そうでしょう?」

「音ね? 音だけを後から出せばいいんだわ」

 顎に手を当てながらハルヒは言う。
 さすがに察しのいい奴だ。
 俺は頷いた。

「……犯人は夕食後、『田中』の部屋を訪れ、殺害し、氏体をバラバラにした。そして音を立てないように窓を割った」

「どうやって?」

「いくらでもやりようはあるさ。有名なものじゃ、ガムテープを貼り付けてから割るとかな」

 他にも専用のカッターを使ったり、バーナーか何かで熱してから冷却スプレーで一気に冷やしたりとあるらしいが、一番簡単かつ現実的なのはやはりガムテープ法だろう。

「音を立てないでガラスを割ったのはわかったわ。でも、音は? 肝心の音を、犯人はどうやって準備したの?」

「それはな……」

 ハルヒの問いに曖昧に答えて、俺はポケットに手を突っ込んだ。
 ポケットの中にある『ソレ』を操作する。


 突然、救急車のサイレンが辺りに鳴り響いた。

343: 2010/10/03(日) 20:47:11.97 ID:sDHzCwEM0
 皆驚いた顔をして部屋中を見回している。

「何この音…!? キョンがやってるの!?」

「ああ」

 俺はポケットから手品のタネを取り出した。

「携帯電話…?」

 目を丸くするハルヒに俺は頷いてみせた。

「最近のケータイってのは中々の優れもので、その音質の良さは今皆が体感した通りだ。
 今俺が鳴らしたのは昔、『色々な効果音』っていうインターネットサイトで戯れにダウンロードした音だ。
 そこには他にも色々な音があった。雪を踏みしめる音、車の走り去る音……ガラスの割れる音、とかな」

「しかし…ここは圏外だったはずだろう」

 会長は納得がいかないといった様子だ。

「前もってダウンロードしておいただけでしょう。氏体をバラバラにまでしてるんだ。犯行が計画的だったのは疑いが無い」

 俺は皆の顔を見渡した。

「今時俺たちくらいの年齢になってケータイを持っていない人間ってのは考えづらい。実際この中にケータイを持っていない人はいますか」

 誰も手を挙げない。俺は意を強くしていった。

「つまりここにいる誰もが『偽の音』による時間差トリックを行えたことになる。
 だが、その中でも二階に行かなかったり、時間的に犯行を行うのは無理な人たちが存在する。その人たちを消去していこう」

344: 2010/10/03(日) 20:52:44.25 ID:sDHzCwEM0
「まず、俺とハルヒは夕食後も最後まで食堂にいて、結局二階にも戻っていない。それを裏付けてくれる人間は何人もいると思う」

「次に新川さんは、夕食後もフロントにいて、その後も俺たちと一緒にいた。森さんはしばらく見かけなかったが、当然キッチンで夕食の後片付けをしていたんだろう」

「古泉がここに到着したのは夕食が終わって大分経ってからだった。二階へ上がった時間もほんのちょっとで、犯行を行うのは不可能だっただろう」

「鶴屋さん、朝比奈さん、朝倉の三人は夕食後、脅迫状の一件があって一旦部屋に戻ったものの、すぐに一階へ降りてきている。やはり時間が足りない」


 そこまで言って、俺は黙った。

「……それで?」

 谷口が、引きつった顔で聞いてくる。

「……以上だ。谷口と阪中、そして会長の三人を除いて全員を消去した。犯人が俺たちの中にいるのなら、三人の内の誰かということになる」

 俺ははっきりと断言した。

347: 2010/10/03(日) 21:04:57.90 ID:sDHzCwEM0
「ば、馬鹿なこと言うなよ! 俺たちだってアリバイはちゃんとある! 俺と阪中は二人でずっと一緒にいたんだ! なあ阪中!」

「う、うん……」

 声を荒げて反論する谷口に、阪中は呆然としながらも頷いた。
 取り乱す二人の様子に胸が痛む。が、ここでやめるわけにはいかない。

「……次に古泉が殴られた件について考えてみよう。古泉が襲われた時、外にいたのは新川さん、会長、そして俺だ。
 他の人は皆談話室で待っているはずだった。ただ一人を除いては」

 全員の視線が谷口に集中する。

「お、俺か? 俺だってここにいたじゃないか」

「いいや。お前はずっとこの談話室にいたわけじゃない。後でハルヒに聞いた話だ。お前はケータイを試すために二階に上がっていた」

「い、いや、それは……でも、そうだとしても、二階にいる俺がどうやって外にいる古泉を殴ったりできるんだよ」

「古泉が襲われたのは『田中さん』の部屋の真下だ。そして『田中さん』の部屋のすぐ前に、廊下をはさんで谷口の部屋がある。
 誰にも見られずにその間を行き来することはそんなに難しいことじゃない」

 ハルヒがはっと息を呑んだ。

「じゃ、じゃあ谷口は田中さんの部屋から下にいた古泉君を……?」

351: 2010/10/03(日) 21:10:57.11 ID:sDHzCwEM0
「おそらくな。やり方は簡単だ。何かロープのようなものを用意して、その先に何か硬くて重い石か何かを結びつける。
 後は下に犠牲者が来るのを待って、投げ落とすなり振り子のように振り回してぶつけるなりすればいい」

 俺は腕を軽く振ってみせた。

「だからこそ、すぐ前後にいたはずの会長や新川さんが犯人を目撃していなかったんだ。何しろ、犯人は現場にいなかったんだからな」

 なるほど、と何人か頷いた。

「もちろん、会長が単純に後ろから古泉を殴ったという可能性もある。だが、喜緑さんが殺された三つ目の事件……会長は二階に上がってはいない」

 犯人は……たった一人に絞られる。

「ま、待てよ!」

 谷口はほとんど泣きそうな顔で携帯電話を取り出した。

「チェックしてみてくれよ! ガラスの割れる音なんて入ってねえんだ!」

「……データなんてトリックが終わった後にいつでも消せる」

「そんな……違う…俺は……俺は頃してなんか……!」

 瞬間、ぞくりと不穏な空気を感じた。
 俺の隣に立つ会長が、今にも谷口に襲い掛からんとしていたのだ。

355: 2010/10/03(日) 21:19:56.42 ID:sDHzCwEM0
「会長!」

 俺は慌てて会長を後ろから羽交い絞めにした。

「離せ! 何故かばう!? こいつは、こいつは殺人犯なんだぞ!」

「駄目だ! 谷口を傷つけさせるわけにはいかない!」

「は、な、せぇぇぇええええ!!!!」

 ガツン、という嫌な音と共に、鼻の辺りに激痛が走る。
 会長がでたらめに振り回した肘が俺の顔に直撃したのだ。
 溢れた鼻血がぽたぽたと床に落ちる。

「あ……」

 会長はそれで少し冷静になったらしく、暴れるのをやめてくれた。

「ぐ…!」

 痛みを堪え、呻く俺を、谷口は訳が分からないといった顔で見つめていた。

「なんだよ…なんなんだよ……キョン、お前は俺をどうしたいんだよ……」

「どうしたいかなんて、決まってるだろうが」

 ただ―――助けたいだけだ。
 このくそったれた世界から―――みんなを。

358: 2010/10/03(日) 21:26:02.59 ID:sDHzCwEM0
 結局、古泉の発案で谷口は地下にあるワイン倉に閉じ込めておくことになった。
 ワイン倉はこの建物の中で唯一外から鍵をかけられるようになっていて、谷口を入れた後はその鍵を新川さんに持っていてもらう。

「これでよかったのか?」

 俺は朝倉にそう声をかけた。
 朝倉は、何故自分にそんなことを聞くのかわからない、といった様子で、

「そんなこと私にはわからないわ。私達は今、キョン君の推理にすがるしかないの」

 そう言って朝比奈さん、鶴屋さんと共にさっさと部屋に戻っていった。
 結局最後まで呆然と成り行きを見守っていたままだった阪中も、ふらふらと階段を上がっていく。
 それを見届けてから、俺も部屋に戻ろうと階段に足をかけた。
 くい、と袖をつままれる感覚。
 ハルヒだ。

「ねえ……キョンの部屋に行っていい?」

 断る理由は無かった。

359: 2010/10/03(日) 21:29:22.40 ID:sDHzCwEM0
 ハルヒを俺の部屋に招きいれ、俺たちは二つあるベッドに向かい合わせで腰掛ける。
 俺は黙って手を伸ばし、ハルヒの手をそっと握った。

「キョン……私、怖い……」

 ハルヒがぽつりぽつりと、呟くように口を開いた。

「私ね、世の中はなんてつまらないんだろうってずっと思ってた。もっと刺激的なことが起こることをずっと望んでた。
 だけど……だけど……これは違う。こんなのはイヤ。こんなの……私は望んでない……」

 ハルヒの体は震えていた。
 俺はハルヒの隣りに移動し、その震える肩をそっと抱き寄せた。

「大丈夫だ。これ以上、事件を進行させはしない。これ以上……誰も殺させはしない」

「キョン……」

 ハルヒが潤んだ瞳で俺の顔を見上げてくる。
 唇を重ねるのに、抵抗は無かった。

361: 2010/10/03(日) 21:34:46.45 ID:sDHzCwEM0
 そっと唇を離して、ハルヒの頭をぽんぽんと叩く。

「少し寝ろ。俺が起きて見張っててやるから」

「うん……ありがと」

 ハルヒはベッドに身を横たえ、目を瞑った。
 程なくして、すぅすぅと規則正しい寝息が聞こえてくる。
 異常な状況の中で、ずっと緊張していたんだろう。相当疲れが溜まっていた様子だった。
 俺はハルヒを起こさないようそっとベッドから腰を浮かせ、空いているもうひとつのベッドに移動する。
 くそ。
 ぎり…と奥歯を強く噛み締める。

 ……終わらないのか。

 正直言って、さっきのハルヒとのキスには浅ましい打算があった。
 いつかの閉鎖空間のように、キスが脱出の鍵になっているのではないかと期待したのだ。
 だが、一向にこの世界から解放される兆しが見えてこない。
 事件の犯人は暴き出したはずだ。
 なぜシナリオは終わりを見せない?
 俺は間違っていたのか?
 底知れない不安が俺の胸を締め付ける。
 しかし、今はただ、このまま無事に夜が明けることを願うことしか出来ない。
 窓の外に耳を澄ます。吹雪は一向に弱まる気配を見せない。
 ふと、急激な眠気が襲ってきた。

「なんだ…?」

 しばらく俺はその眠気に抗っていたが……耐え難いまどろみの中、俺の意識は次第に闇の底に沈んでいった。

363: 2010/10/03(日) 21:41:07.21 ID:sDHzCwEM0
 気付いた時には、俺はベッドに倒れこんでしまっていた。
 慌てて身を起こす。
 ぞくりと背中に嫌な感覚が走った。

 ハルヒがいない。

「ハルヒ?」

 名を呼ぶがやはり返事が無い。
 バスルームの中にもハルヒはいなかった。
 時計を確認する。
 午前3時50分。くそ、随分長い間眠りこけてしまったらしい。
 俺はドアに近寄った。

「……嘘だろ?」

 ドアは開いていた。
 何故だ?
 ハルヒが何かしらの理由で出て行って、鍵を閉め忘れたのか?
 それとも、俺たちが眠っている隙に誰かが中に入ってきて……。
 頭の中に芽生えた嫌な想像を振り払う。
 とにかく、ハルヒは今どこかで一人でいるはずだ。
 早く迎えに行ってやらなくては。
 廊下に出る。
 廊下は不気味なほど静まり返っていた。
 まるで、この世界に俺以外誰もいなくなってしまったかのようだった。
 俺は、まずはハルヒの部屋に向かおうと足を踏み出す。


 その時だった―――階下から、ハルヒの悲鳴が聞こえてきたのは。

366: 2010/10/03(日) 21:45:06.53 ID:sDHzCwEM0
「ハルヒ!」

 弾ける様に駆け出して、俺は階段へ向かう。
 階段を中ほどまで駆け下りて、俺の足は止まった。
 止まらざるを得なかった。
 階段の上からは談話室が見下ろせるようになっている。
 談話室のソファに、誰かが座っていた。

「そんな……」

 呆然と呟いて、ふらふらと階段を下りる。
 談話室に辿り着いた。
 ソファに腰掛けた誰かは俺に何の反応も示そうとしない。
 脳みそをしっちゃかめっちゃかにかき回されたような感覚。
 俺の頭は混乱の極みに達していた。









 ソファに腰掛けたままの姿勢で。

 朝倉涼子が氏んでいた。



371: 2010/10/03(日) 21:51:23.56 ID:sDHzCwEM0
 朝倉の目は驚愕に見開かれていた。
 絶対に起こるはずのないことが起こってしまったというような。
 有り得ない事態に直面したような顔。
 朝倉の着ていた服は、胸の辺りから真っ赤に染まっていた。
 あの辺りをナイフか何かで刺されたのだろうか。
 しかしその割にソファやカーペットには血痕が無い。
 ヒューマノイド・インターフェースには人の血があまり流れていないんだろうか、と馬鹿なことを考えた。

「キョン……」

 振り返ると、ハルヒが泣きそうな顔で立っていた。

「キョン!」

 ハルヒは俺の懐に飛び込んできた。
 俺はしっかりとハルヒを抱きとめる。
 ハルヒは俺の胸に顔を埋めたまま、声を震わせて言った。

「新川さんが……新川さんと森さんが………!」




 もう、何がなんだかわからなかった。


372: 2010/10/03(日) 21:57:04.53 ID:sDHzCwEM0
 新川さんと森さんも殺されたのか?
 いったいどうして? いったい誰に?
 そんなもの決まってるじゃないか。
 全ての元凶は朝倉だ。朝倉が頃したに決まってる。
 ああ、でも、その朝倉はすぐそこで氏んでいるんだぜ?
 わけがわからない。何で殺人が続くんだ。
 犯人は俺が暴いたじゃないか。それでこのお話はエンディングのはずだろう。

 犯人?
 そうだ。
 谷口はどうなったんだ?

 俺は胸元からハルヒを引き離し、その手を取ってワイン倉へと足を向けた。

「キョン……どこに行くの?」

「谷口の様子を確かめる」

 ワイン倉の入り口に辿り着き、俺は戦慄した。
 入り口のドアが開いていたのだ。

373: 2010/10/03(日) 22:01:03.17 ID:sDHzCwEM0
 やはり谷口が新川さんたちと朝倉を頃したのか?
 しかし、ワイン倉の入り口は外から鍵をかけるタイプのものだ。
 いったいどうやって鍵を開けたんだ?

「谷口…?」

 地下に位置するワイン倉は、入り口を開けるとすぐ下に続く階段になっていて、中は薄暗くて見通せない。
 恐る恐る声をかけてみたが返事は無かった。
 ゆっくりと足を下ろし、一歩ずつ階段を下りていく。
 ぎしぎしと、嫌な軋みが鳴り響く。
 後ろに回した手はハルヒの手をしっかりと握ったままだ。
 階段を下りきる。
 裸電球が、冷え冷えとしたワイン倉の唯一の明かりだ。









 その明かりの下、谷口はうつぶせに倒れていた。



376: 2010/10/03(日) 22:07:00.19 ID:sDHzCwEM0
 顔は真横を向いていて、目はかっと見開かれている。
 その顔を中心として半径1メートルほどのどす黒い血だまりが出来ていた。
 殺された。
 谷口まで殺された。

「ふは」

 唇が変な形に歪む。
 もう、正常な思考が出来る状態じゃなくなっていた。
 推理だなんだと名探偵ぶっていた自分が滑稽で仕方が無かった。
 そもそも長門ですら歯が立たなかった時点で、俺の手におえる範囲を大きく逸脱していたのはわかりきっていたことじゃないか。
 ただの一般人にしか過ぎないくせに。
 皆を救おうなどと、おこがましい。
 俺にできる事なんて……自分が殺されないように、みっともなく立ち回ることぐらいじゃないか。
 心は折れた。
 誰かに頼りたかった。
 誰かにすがり付きたかった。
 長門はもういない。
 脳裏には一人しか思い浮かばなかった。

「古泉…!」

 俺はハルヒを引きずるようにして階段を昇り、古泉の部屋を目指した。

384: 2010/10/03(日) 22:12:02.48 ID:sDHzCwEM0
「古泉! 起きろ! 古泉!!」

 ドンドンと乱暴にドアを叩く。
 返事は無い。
 嫌な想像が頭をよぎる。
 馬鹿な。そんなはずはない。
 心臓が早鐘のように鳴っている。
 俺はドアノブに手をかけた。
 かちゃり、と拍子抜けするほどにあっさりドアは開いた。
 古泉は部屋にいた。
 ベッドに潜り、傍目にはただ眠っているように見える。


 でも、そのベッドは血で真っ赤に染まっていた。

「そんな…そんな……!」

 俺の後ろでハルヒがイヤイヤと首を振る。
 俺は覚束ない足取りで古泉の寝ているベッドに歩み寄る。
 掛け布団から血まみれの右腕が剥きだしになっていた。
 恐る恐るその右腕に触れる。

「ひっ」

 思わず手を引いてしまった。
 氷のように冷たくなっている。
 それはおよそ生きている人間の体温ではなかった。
 手首の辺りに手を添え、脈を確認する。当然のように脈は無かった。

386: 2010/10/03(日) 22:16:19.58 ID:sDHzCwEM0
「は、はは……」

 乾いた笑いが口から漏れた。
 古泉も氏んでいる。
 何だこれは。いったいこれから俺は何をどうしたらいいんだ。
 まだ自分の精神がもっていることが不思議だった。
 人間らしい理性を保てているのは奇跡だった。
 手の中に感じる温もり。
 ハルヒの存在だけが、俺の崩壊をギリギリで踏みとどまらせていた。

「生きている人間を……探すんだ」

 俺は自分に言い聞かせるように口にする。
 まだこのペンションには朝比奈さんを始めとして鶴屋さんや阪中、生徒会長が残っている。
 出来る限りの人間を助けなくては。
 俺は廊下に出て、まずは朝比奈さん達の部屋に向かった。

388: 2010/10/03(日) 22:22:06.76 ID:sDHzCwEM0
「朝比奈さん! 鶴屋さん! 開けてください!!」

 俺はドアを叩くようにノックを繰り返す。
 しかし、またしても反応が返ってこない。
 まさかと思いドアノブに手をかけると、しっかりと鍵はかかっていた。
 部屋にいないのか?
 いや、鍵をかけて部屋に閉じこもっている可能性もある。

「もしそこにいるのなら聞いてください。新川さんも、森さんも、谷口も、朝倉も、古泉も殺されてしまいました……!
 残った人間で団結しなければ、全員殺されてしまうんだ! 開けてください!」

 しばらく待つがドアが開く気配はない。
 ドアに耳を押し付けてみたら、誰かのすすり泣く声が聞こえた。
 ……生きている!
 だが、ドアを開けてくれないのはどういうわけだろう。
 そうか。もしかすると俺を犯人だと疑っているのかもしれない。

「……わかりました。開けてくれないというのであれば仕方ありません。ですが、いいですか?
 もし俺以外の誰かが部屋を訪ねてきても絶対にドアを開けないで下さい。そのまま、部屋から絶対に出ないこと。いいですね?」

 返事は無かったが大丈夫だろう。
 この分だと俺がいちいち言わなくても最初から誰かを中に入れるという気はなさそうだった。
 その場を後にしようとドアに背を向けたところでギィ…と音がした。
 朝比奈さん達の部屋ではない。
 見ると、廊下の向こうで、谷口の部屋から阪中が顔を出していた。

391: 2010/10/03(日) 22:26:23.60 ID:sDHzCwEM0
「阪中! 生きていたのか!!」

 よかった。本当に良かった。
 俺は心の底から安堵した。
 阪中は廊下に出ると、ふらふらとこちらに歩み寄ってきた。
 その顔はひどくやつれていて、まるで幽霊のような雰囲気を醸し出していた。

「キョン君……今の話、ホント?」

「え?」

「谷口君……氏んじゃったの?」

 俺の声が聞こえていたらしい。
 俺は沈痛な面持ちで頷いた。

「そう…なのね。それで、谷口君はどこで……?」

「地下のワイン倉で……ってオイ、阪中。待て」

 阪中は俺の制止も聞かず階段を降りていく。
 しまった。谷口の居場所を教えるべきではなかったか。
 阪中を一人にするのはまずい。犯人はどこに潜んでいるのかわからないのだ。
 と、そこで俺はとんでもないことに気が付いた。
 今生き残っているのは俺とハルヒ、鶴屋さんと朝比奈さん、そして阪中と―――生徒会長だけだ。
 ならば、もう犯人は……生徒会長しかいないじゃないか。

393: 2010/10/03(日) 22:30:26.18 ID:sDHzCwEM0
 ぞくりと背筋に怖気が走る。
 早く――早く阪中を追わなくては。
 だが、どこに会長が潜んでいるのかわからないペンションをうろちょろするのはあまりに危険だ。
 俺はともかく、ハルヒを連れて行くわけには絶対にいかない。

「ハルヒ、俺の部屋に戻れ」

「え…? あ、あんたはどうするの?」

「阪中を連れてくる。すぐに戻るから。いいか、誰が来ても絶対にドアを開けるんじゃないぞ」

「わ、私も一緒に……!」

「駄目だ。頼む…言うことを聞いてくれ」

 有無を言わせぬ俺の様子に、ハルヒは渋々であったが頷いてくれた。
 まずは一緒に部屋に戻り、安全を確認する。
 誰かが忍び込んでいたり…といったことはなさそうだった。
 そして俺はハルヒを部屋に残し、階下へと向かった。

396: 2010/10/03(日) 22:34:14.32 ID:sDHzCwEM0
 物置からモップの柄を拝借し、慎重に階段を降りる。
 どこに会長が潜んでいるか分からないので、物陰をひとつひとつ確認しながら足を進めていく。
 朝倉の氏体は変わらずソファに腰掛けたままだった。
 ワイン倉に辿り着いた。

「阪中?」

 入り口のところから中に声をかける。
 やがて、奥から阪中が階段を上がって姿を現した。
 その顔色は先ほどよりもなお白い。

「大丈夫か?」

 俺が声をかけると、阪中は弱々しく頷いた。

「部屋に戻ろう。天気が回復して、警察に連絡がつくまで部屋に閉じこもるんだ」

 足取りの覚束ない阪中に手を貸そうとして、俺はぎょっとした。






 今……人影が見えなかったか?


400: 2010/10/03(日) 22:37:47.42 ID:sDHzCwEM0
 廊下の向こう……新川さんと森さんの部屋や、会長や喜緑さんのスタッフルームがある方向で、何か人影のようなものが動いた気がしたのだ。
 俺はごくりと唾を飲む。
 心臓がバクンバクンと鳴り出した。
 モップを握る手はもう汗でぬるぬるだ。

「阪中……俺の部屋の場所はわかるな?」

「う、うん……」

「先に行っててくれ。ハルヒがいるはずだから、二人で部屋に閉じこもるんだ」

「え、え?」

「俺もすぐに行く。さあ……」

 阪中は少し混乱していたようだが大人しく階段の方に向かってくれた。
 阪中が二階に辿り着き、俺の部屋の方に向かっていくのを確認して、俺は新川さん達の部屋がある方へ向かった。
 食堂の前を通り過ぎ、角を曲がると新川さん達の部屋、喜緑さんの部屋、会長の部屋、一番奥が裏口と続く。
 ……さっきの人影は、やはり会長だったのだろうか。
 こっそりと俺たちの隙を窺っていたのだろうか。
 もちろん、ただの俺の勘違いということもある。
 むしろそうであって欲しいくらいだ。
 俺は息を頃しながら、そっと新川さん達の部屋の扉を開けた。

401: 2010/10/03(日) 22:41:27.08 ID:sDHzCwEM0
 新川さんは床に座り込むようにして氏んでいた。
 腹に包丁が突き刺さっている。
 新川さんは自分でその包丁を抜こうとしたのか、包丁の柄を両手で握り締めていて、さながら切腹でも行ったかのような有様だった。
 バスルームの扉が開いたままになっていて中の様子が見える。
 バスルームの中は血まみれだった。
 まるで出鱈目に絵の具を塗りたくったかのように、バスタブも、壁も、天井に至るまで血の跡がべったりとついていた。
 血の出所は森さんだった。
 森さんは全裸のままバスルームで仰向けに転がっていた。
 喉がぱっくりと一文字に切り裂かれている。
 虚ろな目が、まるで俺をじっと見つめているようだった。

 ハルヒは、この惨状を見て悲鳴を上げたのか。

 無理もない。これは、この光景は……むごすぎる。
 特に今のハルヒにとっては、この二人は他人ではなく、仲の良かった親戚なのだ。
 もし現実に俺の叔父叔母がこんなにもむごたらしく殺されているのを目の当たりにしたとしたら……俺は正気を保っていられる自信はない。

 部屋の中に会長が潜んでいる様子はなかった。

403: 2010/10/03(日) 22:45:41.59 ID:sDHzCwEM0
 喜緑さんの部屋、会長の部屋と見て回るが誰も居ない。
 やはりさっき人影を見た気がしたのは気のせいだったかと胸を撫で下ろしたが、今度は別の不安が頭をよぎった。
 ならば、会長は今どこにいるんだ?
 会長の部屋には居なかった。喜緑さんの部屋にも居なかった。
 まさか会長はこのペンションのどこかに身を隠し、今も虎視眈々と俺たちの命を狙っているのだろうか。
 俄かにハルヒ達のことが心配になる。
 俺はすぐに戻ろうと踵を返したが、そこでおかしなものが目に付いた。
 廊下の一番奥にある裏口のドア。
 そのドアノブに赤いものが付着している。
 近くに寄って見てその正体はあっさり判明した。
 既に見慣れてしまったソレは血の跡だった。
 何故こんな所に血痕が? 俺は首を傾げた。
 これはたまたま返り血か何かが付着したとかそんなレベルのものではない。
 血まみれの手でドアノブを掴んだりか何かしなければ、こうまでべったり血の跡は付かないだろう。
 しかし、ドアには鍵がかかっている。
 誰かがここから出たというのなら、鍵は開いていなければおかしいのだが……。
 それとも、一度出てから戻ってきて鍵を閉めたのだろうか。
 そうならばこれ以上ここで考えていても意味は無い。

1.ハルヒ達が心配だ。戻ろう。

2.何か気になる。きちんと調べよう。

404: 2010/10/03(日) 22:49:55.74 ID:sDHzCwEM0
 何か気になる。きちんと調べよう。
 俺は鍵を開け、ドアノブを回す。
 ドアを開けると猛烈な風と雪が吹き込んできた。
 俺は咄嗟に顔を庇い、闇の中に目を凝らす。

 血だ。
 この裏口から外に向かって、ずっと雪に血痕が続いている。

 俺は意を決して外に踏み出した。
 スリッパのままなので、一歩進むたびに足が凍る思いがする。
 血痕はペンションの壁伝いにずっと続いているようだ。
 恐る恐る足を進めていく。
 体が震えるのは寒さによるものか、それとも恐怖によるものなのか判別はつかなかった。

 闇の中を必氏で目を凝らしながら進んでいると―――雪の中に潜むように、ぎょろりと二つの目が輝いていた。

「なっ!?」

「おおぉぉぉォォオオオオオオオ!!!!!!」

 気付いたときには遅かった。
 まるで獣のような唸り声を上げて襲い掛かってきた何者かに俺は押し倒されていた。

407: 2010/10/03(日) 22:54:07.89 ID:sDHzCwEM0
 俺の上に圧し掛かってきた何者かは、そのまま俺の首を絞めにかかる。
 物凄い力だ。あっという間に気が遠くなる。

「だ、誰だ……!」

 俺は喉を押し潰されたまま、必氏で声を振り絞った。
 瞬間――俺の首を絞めていた猛烈な力がふっ、と消失した。

「なんだ……貴様か……」

 そんな声が聞こえて、俺の上に圧し掛かっていた何者かはどさりと横に崩れ落ちた。
 ごほごほと咳き込みながら俺は身を起こし、その倒れた『誰か』に目を向ける。

「な…!」

 俺は絶句した。
 俺の横に転がっていたのは―――顔を血で真っ赤に濡らした生徒会長だった。

411: 2010/10/03(日) 22:57:48.46 ID:sDHzCwEM0
 会長は頭からだらだらと血を流していた。
 ぐちゃぐちゃになった傷口に、思わず顔をしかめてしまう。

「会長! どうしたんです!? 一体何があったんですか!?」

 息も絶え絶えな会長に、俺は狼狽してしまう。
 今回の連続殺人の犯人であるはずの会長。
 その会長が、なぜ今こんな事になってしまっているのか。

「アイツだ……犯人はやっぱりアイツだったんだよ……」

 会長がぼそぼそと口を開いた。

「オーナーの部屋から妙な物音がして…俺はオーナーの部屋を覗き込んだ……その時に頭を殴られた……。
 アイツが……ドアの影に隠れてやがったんだ……くそ、この俺としたことが……まんまと……」

「あいつ…? あいつって誰なんだ!? 会長!!」

「俺は…俺は……」

 会長は俺の言葉が聞こえているのかいないのか、虚ろな目のまま続ける。

「俺は……初めて会った時からずっとアイツは何か得体が知れないと思っていた……その瞳の奥に……どろどろしたどす黒いものが隠れているような……そんな気がしていたんだ……」

「会長…?」

416: 2010/10/03(日) 23:01:20.66 ID:sDHzCwEM0
「本当であればあんな奴に関わり合いにはなりたくなかった…でも、立場上そういうわけにもいかなかった。
 俺は、俺の人生を有利に進めるために面倒くさい役割も引き受けていたというのに……この様だ……高い代償を払っちまった」

 俺は会長の物言いに違和感を覚えた。
 思い起こせば、喜緑さんが殺されたときもそうだったのだ。
 もしかして、もしかするとこの人は……!

「会長……あなたは……『繋がっている』のか?」

 俺の言葉がようやく届いたのか、会長はにやりと笑った。

「この期に及んで訳のわからんことを……とことん……KY野郎だな…貴様は……」

 嘘をついているようでも、誤魔化そうとしている風でもない。
 違う。この人は俺のように現実の世界と繋がっているわけではない。
 ただ、夢現のような状態で、向こうとこちらの記憶が混濁しているのだ。

「ふん…精々…気をつけろ……アイツは……恐らく全員を……」

 会長の体からはもう力が感じられない。
 さっき俺に襲い掛かってきたのが、正真正銘最後の力だったんだろう。

「会長! アイツって誰なんだ! 教えてくれ!!」

 もう、俺のそんな言葉も届いていないのか。
 会長はふっ、と微笑むと、ゆっくりと目を閉じた。

「……………………………………寒いな……」

 それが彼の最後の言葉だった。

422: 2010/10/03(日) 23:05:25.54 ID:sDHzCwEM0
 俺は会長の体を抱え、裏口からペンションに戻った。
 廊下に横たえた会長の体、その胸に耳を当てる。
 ……心臓の音はまったく聞こえなかった。
 会長が氏んだ。
 俺はすっかり会長が犯人なんだと思い込んでいた。
 だが、その会長も『アイツ』に殺されたという。
 くそ。またわけがわからなくなってしまった。
 アイツってのは一体誰なんだ。
 もう残っているのは俺とハルヒを除けば鶴屋さんと朝比奈さん、そして阪中だけじゃないか。
 この中に犯人がいるっていうのか?
 でも、残った3人の中で全ての犯行を行うことが出来た人間はいなかったはずだ。
 いや、待て。
 途中までは共犯だったとしたらどうだ?
 谷口と阪中が共犯で、これまでの事件を起こし、最後に仲間割れして阪中が谷口を頃した。
 それならば理屈が通る。
 もしそうであるならば最悪だった。
 ハルヒは今、犯人と二人きりでいることになる。
 俺は最悪の判断ミスをしてしまったということなのか――?
 認めたくはないがもう考えられる可能性はそれしかない。

 まさか、氏体が動き出して生者を襲っているわけでもあるまいに――――

 ふと、俺の脳裏にもうひとつの可能性が浮かぶ。



 そういえば俺は。
 朝倉の氏を、きちんと確認してはいない。

425: 2010/10/03(日) 23:09:41.55 ID:sDHzCwEM0
 精一杯の注意を払いながら、俺は談話室に戻る。
 朝倉の氏体は変わらずソファに座っていた。
 俺はゆっくりと近づいて、朝倉の体をモップの柄でつつく。
 反応はない。
 さらに歩み寄る。
 朝倉は動かない。
 俺は恐る恐る朝倉の手を取った。
 体温は生きている人間のソレではない。
 手首に指を当てる。脈拍は―――無し。
 だが、朝倉は人間ではない。コイツは有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェイスとやらなのだ。
 脈拍がないからといって、本当に氏んでいるとは限らない。
 俺は朝倉の服を捲り上げた。

「うっ…!」

 思わず声が漏れた。
 黒いブラジャーに支えられた大き目のO房。
 朝倉はその胸を……ズタズタに切り裂かれていた。
 何度も何度もナイフで突き刺されたのだろう。
 流石にこの状態で生きているとは考えにくかった。
 朝倉は、どうやら本当に氏んでいると判断してよさそうだった。

 と、その時。

 背後に気配を感じたときにはもう遅かった。

426: 2010/10/03(日) 23:13:12.35 ID:sDHzCwEM0
 右手を後ろ手に取られ、足を払われる。
 俺は一瞬で地面にうつ伏せに倒れ付してしまっていた。
 右腕に激痛が走る。
 長い髪が、俺の頬を撫でている。
 肩越しに背後を見上げた。

 鶴屋さんだった。

 鶴屋さんが、鬼のような形相で俺の背中を右腕ごと押さえつけている。
 よほど完璧に極められているのだろう、少しでも体を動かそうとしただけで右腕はぎしりと悲鳴を上げた。
 俺は驚きで声を上げることもできなかった。
 まさか―――鶴屋さんが犯人だというのか?

「やっぱり……キミがりょーこちんを頃したんだね」

 鶴屋さんはよくわからないことを言い出した。

431: 2010/10/03(日) 23:17:58.31 ID:sDHzCwEM0
「な、何を…」

「私はずっとキミを見張ってたのさ」

 鶴屋さんはぞっとするほど冷たい目で俺を見下ろしている。

「私たちは今日、ずっと部屋で起きておこうとしてた。けど、途中で不可思議な眠気に襲われて……起きたら、りょーこちんが消えていた。
 私はみくるに『私が戻るまで絶対にドアを開けるな』って強く言い聞かせてから様子を見に一階に降りてきた。
 そうしたら……こうやって、りょーこちんが氏んでいた」

 鶴屋さんの声に悲しみの色が混じる。

「私はあの眠気は人為的なものだと考えた。昨夜飲んだココアに妙なものを入れられていたんだと。
 私はオーナーとメイドさんの部屋を覗き込んだ。そしたら……もちろん知ってるよね……二人とも氏んでいた。
 どういうことなんだろうと固まってたら、足音が聞こえて、咄嗟に身を隠したんだ。
 部屋に来たのはハルにゃんだった。ハルにゃんは悲鳴を上げてすぐに出て行ったよ。
 それから、私は出て行くタイミングを失って……ずっと、キミ達の様子を観察していた」

 そうか……ならば、あの時見かけた人影は鶴屋さんだったのか。

「はっきり言うよ。キョン君、キミの行動はおかしい。あやしいんじゃなくて、おかしいんだ。
 どこに犯人が潜んでいるかもわからないペンションの中をうろちょろうろちょろ……
 ハルにゃんと一緒に助かりたいというのであれば、ハルにゃんと二人で部屋に閉じこもっていればいいじゃないか」

 違う。俺は、俺はハルヒだけでなく、皆を助けたかったから。

436: 2010/10/03(日) 23:21:46.88 ID:sDHzCwEM0
「私にはもう、キョン君が犯人だとしか思えない。犯人だからこそ、こんな状況の中を平気で一人でうろちょろ出来るのさ」

「違う! 俺は…!」

「確かにキョン君は田中さんや喜緑さんが殺された時にアリバイはあるのかもしれない。でも、その犯人と皆を頃した犯人が別だとしたら?
 可能性の話だよ。二つの事件が起きて、『恐怖でおかしくなってしまった誰かが、次々と怪しい人物を頃しにかかったとしたら』?
 ねえ、キョン君。私実はさっきまでキョン君を見失っていたんだけど、その血は何? その洋服にべったりついた血は誰のものなのかな?」

 言われて俺は自分の体を見下ろす。
 会長に馬乗りになられた時のものだろう、赤い血がべっとり俺の洋服を汚していた。

「こ、これは違う! 違うんだ!」

「犯人はみんなそう言うのさ。さあ、立って」

 ぎり、と右腕を捻られる。
 逆らえば一瞬で腕をへし折られるだろう。
 俺は言われるままに立ち上がらざるをえなかった。

「さあ、そのまま歩くんだ」

 鶴屋さんは冷たい声で俺の背中を押してくる。
 くそ……俺をどうするつもりなんだ。

439: 2010/10/03(日) 23:26:01.36 ID:sDHzCwEM0
「お願いだ鶴屋さん。俺の話を聞いてくれ」

「私は」

 俺の懇願を振り払うように鶴屋さんは口を開く。

「私は、みくるだけは助けてみせる。絶対にみくるだけは氏なせない。
 そのためにはたとえ1%の可能性だって見逃すわけにはいかないのさ…さあ、入って」

 鶴屋さんに連れてこられた先はワイン倉だった。
 俺が逡巡していると鶴屋さんは俺の背中を腕ごと勢い良く押した。
 俺は階段を転げ落ちないように必氏で体勢を立て直す。
 そうしている間に、バタンと入り口のドアは閉じられてしまった。

「鶴屋さん!!」

 慌ててドアノブを握る。
 しかし間に合わなかった。がちゃん、と無情な音が響き、ドアは鍵をかけられてしまった。

 閉じ込められた――!

442: 2010/10/03(日) 23:30:19.83 ID:sDHzCwEM0
「……最悪だ」

 俺はダン!とドアを強く殴りつけた。
 もちろんその程度ではドアはびくともしない。
 ドアに両手をつけたまま、うな垂れる。
 くそ。俺は犯人なんかじゃないのに。
 こうしている間にも真犯人は皆を狙って―――いや。

 待て。

 待て待て待て。


 おかしい。

 おかしいぞ。


 鶴屋さん。






 何故あなたがワイン倉の鍵を持っているんだ?



445: 2010/10/03(日) 23:35:48.42 ID:sDHzCwEM0
「あああああああ!!!! 開けろ!! 開けろ開けろ開けろぉ!!!!」

 俺は狂ったようにドアを殴りつける。
 拳の皮がむけて出血するのもまったく気にならない。
 鶴屋さんがワイン倉の鍵を持っていたという事実からは、二つの可能性が考えられる。

 ひとつはそのままシンプルに、鶴屋さんが犯人だという可能性。

 そしてもうひとつ。もし鶴屋さんが犯人じゃなかったとしたら?

 それは最悪な可能性だった。
 犯人はワイン倉に閉じ込められていた谷口を頃している。
 そのためには、どうしたってワイン倉の鍵が必要だ。
 でも、その鍵は鶴屋さんが持っている。
 じゃあ犯人はどうやってワイン倉の鍵を開けたのか。


 示唆されるのは―――マスターキーの存在だ。


 もしも犯人がそんなものを手にしているとしたら。
 鍵をかけて部屋に閉じこもるなんて、まったく意味を為さない――!

450: 2010/10/03(日) 23:40:20.22 ID:sDHzCwEM0
「があああああああああああああああああ!!!!!!!」

 駄目だ。ワイン倉の扉はびくともしない。
 俺は階段を駆け下りた。
 裸電球の下で、谷口が横たわっている。
 心なしか血だまりがさっきより広がっているような気がした。
 しかし、今はそんなことに気を取られている暇はない。
 俺は何か、ドアをぶち破れるものがないかと辺りを見渡す。

 ……くそ! 駄目だ! 何も見当たらない!

 諦めるわけにはいかない。
 俺は谷口がなにか持っていないかとその氏体に手を伸ばした。
 頭に血が上っていて、氏体に触れる気味悪さなどまったく気にならない。
 谷口の体はひんやりと冷たかった。
 ずっと暖房の効かないワイン倉にいたせいだろう。
 その体はすっかりと冷え切ってしまっていた。


 …………え?


 その瞬間、まるで雷に打たれたような衝撃が俺の体中を走りぬけた。




 犯人が、わかった。


455: 2010/10/03(日) 23:42:24.76 ID:sDHzCwEM0


 ガチャリ、とドアの鍵が開く音がする。



 ギシギシと階段を軋ませて、誰かが降りてきた。



 冷え冷えとした裸電球の下、俺の前に現れたのは―――





464: 2010/10/03(日) 23:46:34.58 ID:sDHzCwEM0
 ツクツクボーシ――……… ツクツクボーシ――………
 みんみんとやかましかったアブラゼミの大合唱も鳴りを潜め、ツクツクボウシの声が目立つようになった。
 いつの間にか、夏も終わりか。
 いや、夏どころか、この世の全てが終わってしまったような気さえする。
 何もかもが狂ってしまったような。
 何もかもがくるくると捻じ曲がってしまったような。
 そんな世界の中で、俺はハイキングコースとしか思えない通学路をエOチラオッチラ登る。
 校門の前に、黒塗りのタクシーが止まっていた。
 俺は何となく中を覗きこむ。
 運転席で新川さんが氏んでいて。
 助手席で森さんが氏んでいた。
 新川さんは腹に包丁を刺していて。
 森さんは喉をぱっくりと切り裂かれている。


 俺は校門を通り抜け、自分の教室へと向かった。

466: 2010/10/03(日) 23:48:42.39 ID:sDHzCwEM0
 教室では、谷口と阪中がそれぞれの机で突っ伏して氏んでいた。
 谷口は腹の辺りを刺されたのだろうか、腹部から零れる血が1mほどの水溜りをつくっていて。
 阪中は突っ伏した机の上からぽたぽたと血が零れている。
 近寄ってよく見ると、成程、頭を殴られているようだった。


 俺は鞄を自分の机の上に置くと、さっさと教室を後にする。

469: 2010/10/03(日) 23:50:50.05 ID:sDHzCwEM0
 三年校舎に足を伸ばしたら、廊下で鶴屋さんが氏んでいた。
 左目の上辺りがべっこりとへこんでいて、端正な顔立ちが台無しになっている。
 だけでなく、腹の辺りからも血がこぽこぽと噴き出していた。


 一体どっちが致命傷だったんだろうな、とどうでもいいことを考えた。

472: 2010/10/03(日) 23:52:55.78 ID:sDHzCwEM0
 生徒会室のドアをノックもせずに開ける。
 生徒会長用の立派な椅子に腰掛けたままで、会長が氏んでいた。
 氏んでなお偉そうにふんぞり返るその姿勢には頭が下がる。
 喜緑さんがいない。
 ああ、そうか。彼女は長門に氏体ごと消去されていたんだった。


 いかんいかん、とこつりと頭を叩き、生徒会室を後にした。

477: 2010/10/03(日) 23:55:09.94 ID:sDHzCwEM0
 SOS団の部室に行くと、メイド服の朝比奈さんがお茶を淹れる姿勢のままで氏んでいた。
 氏してなおお茶汲みの姿勢を崩さないとは、朝比奈さんはメイドとしていよいよ完成されたのかもしれない。
 ただ、メイドに一番求められる花のような笑顔は、今の彼女には望むべくもなかった。
 朝比奈さんの顔は恐怖に醜く歪み、そしてその切り裂かれた喉からはどばどばと血が流れ続けている。
 朝比奈さんの前に置かれた湯呑みに、零れた血液が溜まっていた。


 これがほんとの紅茶ってな。くだらないことを呟いて俺は部室を出た。

484: 2010/10/03(日) 23:59:09.80 ID:sDHzCwEM0
 俺は何となく食堂の屋外テーブルを訪れ、適当に腰掛ける。
 なんというか、あいつと話をするには、この場所が一番ふさわしい気がしたのだ。
 ことり、と目の前のテーブルに紙コップが置かれた。
 コップの中には、夏ももう終わりとはいえまだまだ暑さ厳しいこの時分に、熱々のホットコーヒーが満たされていた。
 一体何の嫌がらせだと憤慨しかけたが、一応はおごられている身分なので強くは言えない。
 ……おごりなんだよな?

「ええ、もちろんです」

 そう言って俺の対面に座った古泉は笑った。

「やっぱりお前が犯人だったんだな」

「ええ。僕が皆さんを頃しました」

 古泉はいつもの笑みを崩さないままそう言った。

490: 2010/10/04(月) 00:04:35.85 ID:sDHzCwEM0
「今の答えで確信できたよ」

 俺はコーヒーに口を付け、軽く唇を湿らせた。

「お前は『繋がって』いたんだな?」

「はい、その通りです」

 古泉は頷いた。

「長門を頃したときからか?」

「はい」

 やはりそうか。
 俺はある時ふと思ったのだ。
 長門は何故生きていたんだろうって。
 いや、もちろん長門は結局氏んでしまったんだけど、それでも氏ぬ間際に俺に会うことが出来て、結果俺を現実とリンクさせることも出来た。
 これって、このゲームを仕掛けた『何者か』にとっては大失敗だよな。
 そういうイレギュラーな事態を防ぐためにさっさと長門を排除することにしたんだろうに。
 何故実行犯は長門にとどめを刺さず、あんなにも中途半端なことをしたんだろうってのがひとつ。

492: 2010/10/04(月) 00:08:07.15 ID:qy72oAV60
 根拠はもうひとつある。
 長門はどうして俺を現実とリンクさせたんだろう。
 そんなもんわかりきってるよな。事件を解決するためだ。
 でもさ、実際はもっともっと簡単な方法があるだろう?
 あそこにいたメンバーは皆俺たちの仲間だったんだ。
 じゃあ話は簡単じゃないか。
 『犯人を現実とリンクさせて、犯行を自白させてしまえばいい』。
 それで事件はあっさり解決だ。探偵役の俺なんかをリンクさせるよりよっぽど手っ取り早いし、確実だ。
 そんな手段を、長門が取らなかったわけがないと思うんだよ。
 俺を繋げたのは、万が一の保険のようなもので、それがメインじゃなかったと思うんだ。
 直接体に触れるのが条件であったとしても、襲われたときにその機会はいくらでもあっただろうし。

 だから何となく、漠然と、俺は『犯人役』も現実とリンクしてるんじゃないかって思ってた。

 けれど、そんな考えは状況が一変してからはどこかへ吹き飛んでいたんだよ。
 だってそうだろう?
 もし犯人が現実とリンクしていたとしたら、さらに殺人が連続するはずなんてないじゃないか。

「答えろ古泉……お前はどうして……!」

「そうですね。ことここに至って隠し立てをするつもりはありません。全てお話ししましょう。ですがその前に僕からもひとつ」

「なんだよ」

「国木田さんを亡くされた時は、悲しかったですか?」

494: 2010/10/04(月) 00:11:46.60 ID:qy72oAV60
 当たり前だろうが。
 お前も知ってるはずだろう。俺があの時どれだけみっともなく取り乱したか。
 そんな俺を諌めてくれたのが他ならぬお前だったじゃないか

「ええ、そうですね。そうでした。その通りです。いえいえ、どうしてこんなことを言い出したかというとですね。
 その気持ちを思い出して頂けたほうが僕の心情の理解もスムーズにいくかと思いまして。
 実はですね。僕も友達を亡くしたんですよ。国木田さんが亡くなる少し前のことだったんですが。
 閉鎖空間でずっと共に神人と戦ってきた相棒のようなものだったんですが、ある日、神人に潰されて、アッサリとね」

 俺は思い出していた。
 人の氏だけはどうにもならないのだと、俺にとても真剣に語って聞かせた古泉。
 古泉はどうして長門でも氏者を生き返らせることが出来ないことを知っていたのか。

「それからですね。恥ずかしながら僕は誓いを立てまして。まあ、それはその、これ以上仲間を絶対に氏なせないぞと。
 僕の仲間は僕が絶対に守ってみせるといったまあ陳腐なものだったんですが、それなりに真剣にそんなことを考えていたんですよ。
 そしたらまあ、いきなりこれですよ。もう笑っちゃいますよね」

 古泉はどんな気持ちだっただろう。
 全てを思い出したその瞬間、長門を、他ならぬSOS団の仲間を殴りつけていた古泉は、果たして。

496: 2010/10/04(月) 00:16:24.89 ID:qy72oAV60
「新川さんの料理はおいしかったですよね」

 突然の古泉の質問に俺は曖昧に頷く。

「今でも鮮明に思い出せるでしょう? あの熱々のスープの喉越し。メインディッシュの肉の噛み応え。全て素晴らしいものでした」

 俺は古泉の言いたいことに察しがつき、ごくりと息を呑んだ。

「……今でも鮮明に思い出すんですよ。喜緑さんを……長門さんを殴り頃した感触を」

 古泉は自分の手を見つめながら笑った。
 いつもの笑みとは少し感じの違うそれは、どうやら自嘲の笑みらしかった。

「それで、本当なら全部思い出した瞬間即座に名乗り出て事件は終わっていたんでしょうが、なんというかまあ、僕も相当頭に血が上ってまして。
 俗っぽい言葉で言うなら、キレてたんですよ。いえ、もうその時には狂っていたのかもしれません。
 とにかく、全てを思い出した僕の怒りはあなたと同様、朝倉さんへと向かいました。よくも、長門さんを殺させやがって――ってね。
 それで谷口さんを犯人とするあなたの推理が一段落した頃、僕は朝倉さんに一枚のメモを渡しました。
 内容は『犯人役より、管理人へ。話がある。後で部屋に来て欲しい』とまあこんな感じですね。
 しばらく時間をおいて、彼女は僕の部屋を訪れました。同室のお二方をどうやって誤魔化したのか尋ねたら、眠らせたとのことでした。
 聞くところによると朝比奈さんや鶴屋さんだけでなく、ペンションにいた全員を眠らせたらしいですね、彼女」

 そうか。
 あの時襲ってきた耐え難い眠気。
 あれは朝倉の仕業だったのだ。

500: 2010/10/04(月) 00:20:34.20 ID:qy72oAV60
「部屋に招き入れてからはいきなり刺しました」

 まるで何でもないことのように古泉は言う。

「情報操作ですか? ああいった人外の能力を使われては厄介でしたからね。有無を言わさず、滅多刺しにしました。
 何回刺したかは数えませんでしたね。気付いたら彼女の体はぐったりと力を失っていました。
 結構刺し違える覚悟で臨んでいたんですが、正直拍子抜けしましたね。
 それでまあ、しばらくぼけーっとしていたんですが、我に返って、これはおかしいなと。
 システムの管理人である朝倉さんが氏んだのに、一向にシステムが崩壊する気配がない。いや、焦りましたよ」

 皆も解放されて、僕も復讐が果たせて、一石二鳥の手だと思っていたんですと古泉。

「どうしたものかと思ったんですが、この世界が進行していく以上、まずはとにもかくにもこの状況を誤魔化さなくてはと考えました。
 いえね、朝倉さんの血でベッドがえらいことになっていたんですよ。
 でもまあ、それはどうしようもなかったんで、とりあえず朝倉さんの氏体を談話室に移動させました」

 古泉の話を聞きながら、俺は一人で納得する。
 古泉のベッドを赤く染めていたのは、朝倉の血だったのか。
 談話室にあまり血痕が無かったのも、これで合点がいった。

「朝倉さんの体をソファに置いて……これからどうしようかと、泣きそうな気持ちでした。
 途方にくれるってああいう気持ちを言うんでしょうね。とにかく、部屋に戻ろうかと階段を上がったら……心臓が止まるかと思いましたよ。
 涼宮さんが廊下に出てきたんです」

502: 2010/10/04(月) 00:24:31.80 ID:qy72oAV60
「『どういうことだ! 眠らせたんじゃねえのかよ!』と心の中で朝倉さんを罵倒しながら、僕はとりあえず階段に身を伏せました。
 僕は信じられない思いで涼宮さんを見つめていました。いえ、涼宮さんが眠っていなかったのがそれほど衝撃的だったわけではなくですね。

 彼女ね、笑っていたんですよ。あんな状況の中で。頬を染めて、嬉しそうに微笑んでいたんです。

 僕は混乱しましたよ。でもすぐに答えはわかりました。彼女が出てきたの、あなたの部屋だったんですよね。
 ああ、なるほどと。そうですかと。僕がこんな気持ちになっている間にあんた達はよろしくやってたんですかと。
 あの時の僕の気持ちを包み隠さず言えばこんな感じでしたね。そんな顔しないで下さいよ。だってしょうがないじゃないですか。
 ……しばらく僕はそのまま階段に腰掛けて色々考えてました。本当に、色々……どうして僕はいつもこうなんだろうなあって。
 本当に選んで欲しい人には選んでもらえないのに、神人狩りの超能力者とか、冬の山荘の殺人鬼とか、そんなものにばっかり選ばれて。

 ふざけんなよ。ふざけんなよ。ふざけんなよ。
 僕だって。僕だって。俺だって。

 ずーっとぶつぶつ呟いてました。その時に、本格的に頭のタガが外れてしまったのかもしれません。
 そういえば新川さん達は今の彼女にとっては親戚だったっけ、とかなんとか思いまして、ふらふらと彼らの部屋に向かいました。
 新川さん達が殺されてるのを見たら、涼宮さんはどんな顔をするんだろう。あの笑顔はどうやって歪むのだろう。
 こうやって振り返ってみますと、つくづく下種な発想ですねえ。そりゃあ選ばれないはずですよ」

504: 2010/10/04(月) 00:29:35.97 ID:qy72oAV60
「それで、ずっと氏体のフリをして俺たちの目をごまかして、犯行を重ねたのか」

「そうです。ああ、そういえばどうして僕が氏んでないことがわかったんです?」

「体温だよ。寒いワイン倉に放置されていた谷口の氏体より、お前の体は冷たくなっていた。まるで、氷か何かで無理やり冷やしたみたいにな」

「なるほど。少し冷やしすぎましたか」

「考えてみればお粗末な氏体のフリだよな。もし俺が傷の確認までしてたらどうするつもりだったんだ?」

「別に。まあ、ばれたらばれたで構わないと思っていましたからね」

 何でもないことのように古泉は言う。

「ハルヒの悲しむ顔が見たいから、お前は皆を頃したといったな?」

「そう言葉にしてしまうと実に陳腐な動機ですが、まあ概ねそんな感じですよ」

「谷口を頃したのは何故だ? こういっちゃなんだが、ハルヒは谷口のことをあまり気にしちゃいない。
 お前の動機が本当にお前の言うとおりなら、谷口まで頃すことは無かったはずだ」

 同じ理由で会長も頃す理由はないはずだが、彼の場合は古泉の犯行現場に首を突っ込んでしまっている。谷口とは少し事情が違う。

「やれやれ、存外あなたも察しが悪い。今までの僕の言動で気づきませんか?」

 古泉は呆れたようにため息をついた。


「僕はね……あなたのことも嫌いなんですよ」

505: 2010/10/04(月) 00:32:57.66 ID:qy72oAV60
 ぐにゃり、と突然視界が歪む。
 歪んだ視界の中で、古泉が歪に笑っている。

「本当にあなたのお人好し加減には辟易しますね。まさか、僕から差し出された飲み物に何の疑いもなく口を付けるとは」

 歪んだ視界が、今度は周りから黒く塗りつぶされていく。

「さようなら」

 古泉が、最後にそんなことを呟くのが聞こえた。

508: 2010/10/04(月) 00:36:31.91 ID:qy72oAV60
 目を覚ます。
 がばっと、すぐに体を起こし、辺りを確認した。
 変わっていない。食堂の野外テーブルに俺はいた。
 古泉の姿が消えている。
 時計を確認する。まだそれ程時間は経っていない。
 俺は立ち上がり、何となくSOS団の部室がある校舎を目指す。
 渡り廊下を渡り、部室のある旧館に向かっていたところで、俺は足を止めた。
 中庭に一本の木が生えている。
 去年の文化祭のあと、あそこの木陰でハルヒは不貞腐れて横になっていたっけ。





 その木で、古泉が首を吊って氏んでいた。



 ―――潔いのだけが取り柄でして

 いつかのオセロの時の古泉の言葉を思い出す。
 鬱血し、醜く歪んだその顔は、しかし俺には穏やかな寝顔のようにも見えた。

512: 2010/10/04(月) 00:40:10.72 ID:qy72oAV60
「バッカ野郎……」

 俺はその場に立ち尽くしていた。
 拳を血が出るほど握り締める。
 自分の無力さに心底嫌気が差した。
 だが、そこで俺は一つの希望を掴み取る。
 その無力感に、俺はひどい既視感(デジャビュ)を感じていたのだ。
 この頭が朦朧とするほどの既視感には覚えがある。
 エンドレスエイト。繰り返されていた夏休み。

 そう、古泉が崩壊してしまった理由が、本当にハルヒが俺の部屋から出てきたことにあるのなら。
 きっと古泉にハルヒは殺せない。
 そしてハルヒが生きているのなら。
 あいつが、こんな夏の終わりを認めるわけがない。

「待っていろ古泉。そしてみんな……」

 俺は目の前で揺れる古泉の氏体をしっかりと睨みつける。
 この光景を胸に刻み付けるために。
 この後悔を決して忘れてしまわぬように。




「絶対に俺がハッピーエンドまで連れて行ってやる。そのためなら、たとえ15498回だろうが喜んで繰り返してやるさ」



   <終>

516: 2010/10/04(月) 00:43:42.50 ID:qy72oAV60
 夏が終わり、窓から吹き込む涼やかな風が俺の肌を心地よく通り過ぎていく。
 何回目のチャレンジの末かはわからないが、俺たちはあの冬のペンションを何とか無事に脱出した。
 いや、無事に、というと語弊があるか。
 実は俺、右腕にでっかいギブスを付けて病院に入院しているのである。
 どういう経緯を経てこんなことになってしまったかは冗長になるので説明しない。
 ここは『かまいたちの夜』の原作を知っている人だけにニヤリとしていただきたい。

「はい、あーん」

 俺の口元にウサギ型にカットされたりんごがずずい、と押し出されてくる。

「いや、だからよ……」

 俺は少し辟易しながら言った。

「左手でもフォークは使えるんだからさ、お前は皿のほう持っててくれたらそれでいいんだよハルヒ」

「なによ、アンタ何様? この私をただのテーブル扱いしようって訳?」

 俺の言葉に、見舞いに来てくれたハルヒはいたくご立腹のようだった。

521: 2010/10/04(月) 00:47:28.01 ID:qy72oAV60
「いやお前、だったらこの今のこの扱いには満足だっていうのかよ?」

 いわばお前は今全自動りんご食べさせ機と化してしまっているんだぜ?
 テーブル扱いの方がなんぼかマシだろうと思うんだが。

「は、はぁ…? ま、満足なんて……」

 ハルヒの顔が真っ赤になった。
 なんだ? 心なしか頭から湯気まで立ち昇っている気がする。

「ちょ、調子に乗るな! バカキョン!!」

「ぐああ!」

 ハルヒは突然激昂すると持っていたりんごをフォークごと投げつけてきた。
 くそ。そんなに腹を立てるならやらなきゃいいだろ。

「まあ『はい、あーん』なんて完全に恋人さん扱いですもんねぇ」

「み・く・る・ちゃん!!」

「ひゃわぁ~! ご、ごめんなさぁ~い!」

 ん? 良く聞こえなかったが朝比奈さんがハルヒの逆鱗に触れてしまったらしい。

「おい、古泉。ハルヒを止めろ」

「なーに。あれはただの照れ隠しです。じきに収まりますよ」

 そう言って古泉は微笑ましげにハルヒと朝比奈さんのやりとりを見つめていた。

524: 2010/10/04(月) 00:50:49.62 ID:qy72oAV60
 もちろん、ハルヒが一人で俺の見舞いになんて来るわけも無く、今日はSOS団総出で俺の病室を訪れてくれた次第である。
 喋りこそしないが、長門もちゃんといる。
 窓辺にパイプ椅子を置いて、じっと本を読んでいるのだ。
 まあ、ほら、来てくれただけでありがたいってことでさ。別に寂しくなんかないぞ?

「やっほー! キョン君元気ー?」

 鶴屋さんが片手を揚々と上げながら入室してきた。

「ええ、調子いいですよ」

「あは! そりゃ良かったにょろ!」

「ふん、調子はどうだ?」

「お見舞いに来ました」

 鶴屋さんの直後になんと生徒会長と喜緑さんまでやってきた。
 なんとも珍しいことだが、素直に嬉しいものである。

「な! なんでアンタがくるのよ!」

「同校の生徒の見舞いに生徒会長が来ることに、何の問題がある」

 早速ハルヒと会長がやりあい始めた。
 喜緑さんのほうを見ると、思ったとおり、ニコニコしてそのやり取りを見つめていた。

526: 2010/10/04(月) 00:54:26.35 ID:qy72oAV60
「どうもこんにちは」

「あらあら、すごい人だかりですね」

 新川さんと森さんまで現れた。
 なんだなんだ? たかが骨折のお見舞いなのに、随分と大げさなことになってないか?
 まあ、嬉しいからいいんだけども。
 新川さんと森さんが俺のほうに歩み寄ってくる。
 森さんが目配せすると、新川さんが恭しくメロンを差し出してきた。

「いやいや! こんな高級オーラ滲み出るメロンなんてもらえませんよ!」

「ご心配なく。職場の経費で落としてますから」

 そっか! ならいっか! いや、いいのか!?

「ようキョン! 調子はどう――ってなんじゃこの人数は!!」

「すごーい。キョン君人気者なのねー」

 谷口と阪中までやってきて、もう病室はしっちゃかめっちゃかだ。
 古泉の計らいで個室にしてもらっといてよかったよホントにもう。

527: 2010/10/04(月) 00:58:08.44 ID:qy72oAV60
 ハルヒがパイプ椅子の上に飛び乗り、仁王立ちを始めた。

「ふん! よくもまあ我がSOS団の雑用係のためにここまで雁首揃えたものだわ!
 ここで集まった皆に歓待のひとつも出来ないようじゃSOS団の名折れ! みんな! 宴会を始めるわよー!!」

「お前はここが病院だとわかってるのかバカタレ!!」

皆「「「おおー!!!!」」」

「ええ嘘ぉ!? 何で皆乗り気なの!?」

 もういい、止めるのは諦めた。
 ハルヒの隣に鶴屋さんが立ち、森さんや新川さん達『機関』が完全にサポートに回るとすれば、俺なんぞがその進軍を止めるなど土台無理な話である。

「まあ、たまにはこういうのもいいじゃないですか」

 やれやれと肩を竦める俺に、古泉が声をかけてきた。

528: 2010/10/04(月) 00:59:54.70 ID:qy72oAV60
「たまにならな。あの馬鹿といるとこんなのがしょっちゅうだ」

「はは。それは確かにそうですが」

「なあ古泉。お前の家ってどの辺にあんの?」

「……どうしたんです? 突然」

「いや、今度お前の家に泊まりにでも行こうかなーって思って」

「……え? えぇ? いや、どうしてまたそんなことを」

「どうしてってお前、そんなもん」



 ―――友達だからに、決まってるだろ。



 いつものおすまし面を崩して、あたふたとなる古泉。
 本気で狼狽する古泉の様子がおかしくて、俺は腹を抱えて笑った。

530: 2010/10/04(月) 01:03:25.87 ID:qy72oAV60
「よ、国木田」

 『国木田家之墓』と刻み込まれた墓石に俺は声をかける。
 あれからしばらくの時が経ち、ようやく病院から退院した俺は、国木田の墓参りに来ていた。

「遅くなっちまったけどな。感想を伝えに来たぜ」

 俺は国木田に見せ付けるように、『かまいたちの夜』とパッケージに書かれたゲームソフトを手に持った。
 長門曰く、あのペンションでの出来事は、俺以外誰も覚えていないらしい。
 それでいいと俺は思う。
 惨劇を乗り越えて、これからも俺たちは変わらず日々を過ごしていく。
 いや、少しは変わっていくのかもしれないな。
 変わったことの筆頭として、朝倉も戻ってきちゃったし。
 ま、それもいいさ。
 変わっていくことも受け入れて、俺たちは生きていこう。
 あとは約束を果たしてこの物語はお仕舞だ。
 俺が国木田にどんな感想を伝えるのか、そこは皆様のご想像にお任せするぜ。


 なぁに―――俺の抱いた感想は、こんなクソ長い俺の独白に付き合ってくれた皆が今抱いている気持ちと、きっとそうは変わらんさ。


「国木田」


「                                 」


             <完>

531: 2010/10/04(月) 01:04:28.57 ID:zKRRIhVL0
・・・終わった?
終わったのか?

532: 2010/10/04(月) 01:04:41.66 ID:+pxITjiw0

534: 2010/10/04(月) 01:05:12.55 ID:EIuAOkoz0
乙!
長時間、おつかれ!

538: 2010/10/04(月) 01:07:05.78 ID:qy72oAV60
終わったーー!!!!

まさか丸々24時間かかるとは思わんかったぜ

最後のキョンの感想は皆様のご想像にお任せします

流石に眠いので寝る ぐっない

引用: キョン「かまいたちの夜?」