1: 2010/10/22(金) 01:00:08.80 ID:ECGgT1mi0
キョン「もしもし」

佐々木「やあ、キョン。久し振りだね」

キョン「佐々木か。どうした」

佐々木「ふふっ。実は君に話したい事があってね」

キョン「ほう。何だ?」

佐々木「……実は電話じゃ話しにくい内容なんだ」

キョン「?」

佐々木「明日、会えないかな」

キョン「おいおい」

2: 2010/10/22(金) 01:04:21.96 ID:ECGgT1mi0
佐々木「ゴメン。でも君の力が必要なんだ」

キョン「それってもしかして、宇宙人や超能力者や未来人関連の話か?」

佐々木「すまない。それも今は言えない」

キョン「……分かった。行ってやる」

佐々木「本当かい?」

キョン「友達の頼みだからな」

佐々木「助かるよ」

キョン「やれやれ」

5: 2010/10/22(金) 01:07:23.94 ID:ECGgT1mi0
~~~翌日・駅前~~~



キョン「よう」

佐々木「来てくれたんだ」

キョン「まあ約束したしな」

佐々木「ふふっ、ありがと」

キョン「で、他の連中は?」

佐々木「彼女たちは今日は来ない」

キョン「へ?」

佐々木「それより。さ、行こう」

キョン「行く?どこへ?」

佐々木「ちょっと遠い場所、かな」

6: 2010/10/22(金) 01:13:33.75 ID:ECGgT1mi0
~~~電車内~~~


佐々木「~~~♪」

キョン「えらく上機嫌だな」

佐々木「そう見える?」

キョン「俺の目が節穴じゃ無けりゃな」

佐々木「そっか。うん、そうかも」

キョン「何か良い事でもあったのか?」

佐々木「うん」

キョン「そいつは良かった」

佐々木「うん♪」

7: 2010/10/22(金) 01:20:37.24 ID:ECGgT1mi0
キョン「ところで佐々木、俺たちは何処へ向かってるんだ?」

佐々木「知りたいかい?」

キョン「そりゃ普通気になるだろ」

佐々木「だね。でもゴメン。今はまだ教えられない」

キョン「面倒な場所は勘弁してくれよ」

佐々木「大丈夫だよ。危険はないから」

キョン「本当だろうな」

佐々木「僕が君に嘘をつくとでも?」

キョン「それは思わないけどさ」

8: 2010/10/22(金) 01:30:38.76 ID:ECGgT1mi0
佐々木「そういえばさ、話は変わるけど、高校に入ってから友達はできた?」

キョン「そりゃまあ出来たが」

佐々木「そっか、何人くらい?」

キョン「何人くらい?改めて聞かれると困るが……取りあえずクラスの連中は
    全員友達だし…」

佐々木「ああゴメン。聞き方が悪かったね。仲のいい友達の人数で頼むよ」

キョン「ん~。そうだな……7、8人くらいかな」

佐々木「ふーん」

9: 2010/10/22(金) 01:38:23.09 ID:ECGgT1mi0
佐々木「それってさ、SOS団のメンバーも入ってるんだよね」

キョン「いつも一緒に居るからな。ちゃんと勘定にゃ入ってるさ」

佐々木「ふむふむ」

キョン「なんだよ?」

佐々木「ううん、僕は中学までの君しか知らないからね」

佐々木「高校に入ってから君がどんな風に変わったのか、ちょっと色々
    聞いてみたかったり」

キョン「そんなに頑張って探すほど変ってねえよ」

佐々木「そうかな」

キョン「そうですとも」

12: 2010/10/22(金) 01:44:18.29 ID:ECGgT1mi0

キョン「そういうお前はどうなんだよ。高校に入って」

佐々木「気になる?」

キョン「そr……」

       ガタゴトガタゴト  プシュー

佐々木「と、着いたみたいだね。降りよう」

キョン「なんだ、意外に早かったな」

佐々木「まあね。この話はまた後で」

キョン「へいへい」

13: 2010/10/22(金) 01:54:29.94 ID:ECGgT1mi0
~~~神社~~~


キョン「なあ、もしかしてお前が来たかったのって、神社だったのか?」

佐々木「もしかしなくても、うん」

キョン「なぜに神社?」

佐々木「ちょっと神頼みをしたくて」

キョン「古泉や橘が聞いたら変な顔されそうな台詞だな、ソレ」

佐々木「かもね」

キョン「別にいいけどさ。けど、これって俺が来る必要あったのか?」

佐々木「モチロン」

14: 2010/10/22(金) 01:59:28.57 ID:ECGgT1mi0
キョン「いやいや、冗談だよな?」

佐々木「冗談で僕がわざわざ君を呼び出すとでも?」

キョン「………なんかあるのか?ここに」

佐々木「……ねえキョン、君は神様っていると思う?」

キョン「どうしたんだよ、突然」

佐々木「ねえキョン、答えてくれないか」

佐々木「神様っているのかな?」

キョン「…………」

15: 2010/10/22(金) 02:11:23.54 ID:ECGgT1mi0
キョン「ちょっと前の俺だったら、『んなもん居ない』って即答してたんだろうけど」

キョン「未来人に宇宙人に超能力者まで現実に目の当たりにしちまったからな」

佐々木「……」

キョン「恥ずかしながら、もしかしたら居るかもしんないなと思ってるよ」

佐々木「そうか」

キョン「ああ」

佐々木「じゃあさ、キョンは……キョンも僕や涼宮さんが神様だと思う?」

キョン「…佐々木」

17: 2010/10/22(金) 02:18:37.94 ID:ECGgT1mi0
佐々木「聞いておきたいんだ、君の口から」

キョン「橘にまたなんか言われたのか?」

佐々木「そんなんじゃない。ただちょっと気になっただけ」


キョン「………古泉や橘なら、お前やハルヒがその神様ってのに等しい存在とでも
    言うんだろうな」

佐々木「………」

キョン「実際、自分の願望を実現する能力なんて反則だと俺も思う」

キョン「けど俺からしたら、お前もハルヒもそんな能力持ってるだけで、
    神様だとは思わない」

キョン「お前は俺の友達だよ、神様になんかなる必要ない」

18: 2010/10/22(金) 02:33:06.94 ID:ECGgT1mi0
佐々木「あ、ありがと」

キョン「おう」

佐々木「キョンてさ」

キョン「おう」

佐々木「結構恥ずかしい台詞も真顔で言えるんだね」

キョン「言うなよ、だんだん恥ずかしくなってくるんだから」

佐々木「きっと家に帰りついた頃には氏にたくなるんだね」

キョン「多分な」

19: 2010/10/22(金) 02:40:26.98 ID:ECGgT1mi0
佐々木「でも本当にありがと。随分気が楽になった」

キョン「なら良いさ」

佐々木「うん、肩の荷が降りた感じ。最近少し疲れてたんだ」

キョン「やっぱ橘あたりに、また言われてたのか」

佐々木「まあね。けど彼女も真剣だから…」

キョン「真面目すぎるんだよ、お前は」

佐々木「そうかな」

キョン「そうですとも」

61: 2010/10/23(土) 00:18:30.95 ID:lzZrNqmnO
佐々木「キョン…どうしたんだい?その姿は」

キョン「どうしたとは?」

佐々木「だからその姿についてだよ!」

キョン「俺の身体は別になんとも…ってなんじゃこりゃ!?」

佐々木「いやさすがにそのネタは古いと思うよ…それにしても大して驚いてはいないね」

キョン「まぁハルヒ達と一緒に過ごしていれば多少のことじゃ驚くことはなくなるさ」

佐々木「背が縮むのは大したことだと思うのだが…」

63: 2010/10/23(土) 00:35:11.60 ID:lzZrNqmnO
キョン「まぁそうだなこの姿をいろいろな奴らに見られるのはマズイ」

佐々木「そうなのかい?」

キョン「まぁそういうことにしておいてくれ」

佐々木「それなら深くは聞かないよ」

キョン「悪いな。じゃあ行くとするか」グイ

佐々木「どこに行くんだい?それとこの繋いだ手に意味はあるのかい?」

キョン「こういう時は長門に頼るのが一番なんだ。手については知り合いに会った時に姉弟という言い訳が出来るだろう?」


66: 2010/10/23(土) 02:39:13.71 ID:lzZrNqmnO
佐々木「フフ僕としてはどちらでもいいんだけどね」

キョン「その割になんだか楽しそうなのは俺の気のせいか?」

佐々木「まぁ深くは考えないでおくれ」

キョン「まぁそうすることにしよう」


67: 2010/10/23(土) 02:42:21.16 ID:lzZrNqmnO
佐々木「ところでキョン?」

キョン「なんだ?」

佐々木「世間には姉萌え、妹萌えというジャンルがあるそうなんだが君はどっちなんだい?」

キョン「…お前の言う世間というのは凄く狭い範囲の奴らのことだと思うんだがな。
まぁあえて言うなら姉萌えだな」

佐々木「へぇそれはどうしてだい?」

キョン「俺には妹がいる」

佐々木「だから?」

キョン「実際に妹がいるのに妹に萌える奴がいると思うか?」

佐々木「なかにはいるんじゃないかい?」

キョン「それは世間一般でいう変Oと呼ばれる奴らであって断じて俺は変Oではない」

佐々木「だから姉萌えなのかい?」

キョン「そうだ。まぁあえて言うとだけどな」

佐々木「まぁそれでも僕は嬉しいよ」

69: 2010/10/23(土) 03:23:29.91 ID:lzZrNqmnO
キョン「なんでお前が嬉しいんだ?」

佐々木「僕も弟萌えだからね」

キョン「兄萌えじゃないのか?」

佐々木「違うよ」

キョン「どうしてだ?」

佐々木「フフそれは内緒さ」

キョン「まぁそれならそうでいいさ」


70: 2010/10/23(土) 04:40:00.24 ID:lzZrNqmnO
佐々木「ところでキョン僕達の呼び方はどうするんだい?」

キョン「どうするとは?今までどうりでいいじゃないか?」

佐々木「それじゃあ周りからおかしな目で見られるよ」

キョン「たしかに…一理あるな。じゃあ俺は姉ちゃんとでも呼ぶか」

佐々木「姉ちゃんか…フフ悪くないね」

キョン「ご機嫌だな。そんなに姉ちゃんと呼ばれるのはいいものなのか?」

佐々木「そうだね。特に君に姉ちゃんと呼ばれるのは悪くないね…いや、とても良いと言ってもいいぐらいだよ」

77: 2010/10/23(土) 10:41:50.79 ID:lzZrNqmnO
キョン「まぁ俺としても友達の趣味嗜好に協力出来て嬉しいよ」

佐々木「はぁ…僕はたまに君がわざとそんな態度をとってるじゃないのかと思う時があるよ」

キョン「どこか俺の態度がおかしかったか?」

佐々木「いや気にしなくても結構だよ。キョンらしいと言えばキョンらしいしね
…まぁ本当は多少傷つきもするのだがね」ボソッ

キョン「ん?何か言ったか?」


82: 2010/10/23(土) 14:46:26.74 ID:lzZrNqmnO
佐々木「…キョンのバカ」ボソッ

キョン「だからどうしたんだよ?」

佐々木「まぁ僕にも多少は精神病に対する理解が出来たということだよ」

キョン「…よくわからん」

佐々木「いやホントにそれならそれで構わないよ」

89: 2010/10/23(土) 16:36:43.63 ID:lzZrNqmnO
キョン「…まぁそうするよ」

佐々木「そうしてくれるとありがたいよ。それで長門さんに会って具体的にどうするんだい?」

キョン「とりあえず解決策を教えて貰おうと思う」

佐々木「解決策ってその身体を元に戻す為のかい?」

キョン「それ以外に何があるんだ?」

佐々木「例えばキョンは最初から僕の弟という情報に改変してもらうとか」

キョン「そんなことして何になる?」

佐々木「僕達はずっと姉弟でいられる」

101: 2010/10/23(土) 21:44:15.91 ID:lzZrNqmnO
キョン「それは俺にとってなんの得がある?」

佐々木「そうだねこれと言ってないかな。でも姉萌えが出来るよ」

キョン「…いや俺はあえて言うなら姉萌えなだけだ」

佐々木「そうかキョンはお姉ちゃんのこと嫌いなのか…」

キョン「別にそういう訳じゃ…」

佐々木「じゃあお姉ちゃんと呼んでくれないか?」

123: 2010/10/24(日) 18:13:44.89 ID:9RcwFFYw0
「……お姉ちゃん」

 幼稚園児でも使うような単純な日本語であるにもかかわらず、これほどまでに緊張を強いられるのはなぜだろうか。

 吐き出した言葉が引き金となったように、羞恥心が濁流となって胸からあふれ出してしまう。

「佐々木、これで満足かよ」

 顔が赤くなっているのだろう。額や頬が熱を帯びているのを感じる。

 しかし、佐々木はそんな俺の表情さえも満足そうに眺めて、

「キョン、キミがこれほどまでに僕の願いを叶えてくれるとは思わなかったよ。姉として本懐だ」

 くつくつと喉を鳴らす佐々木は、心の底から喜んでいるようで、俺は憎まれ口を叩く気力さえ削がれてしまった。

126: 2010/10/24(日) 18:19:06.89 ID:9RcwFFYw0
 佐々木の悪戯にこれ以上もなく敗北感を味あわされながらも、長門の家に行くという目的は辛うじて忘却せずに済んだようで、

 今は佐々木と二人、私鉄の各駅停車に揺られている。

 ちなみに切符は子供料金で購入した。大人料金では怪しまれるという自称姉の提案に従った形だ。

 自動改札を抜けるときの「ピヨピヨ」という効果音は、今までにない恥辱を俺に与えたことは言うまでもない。

 ああ、そうだ。それを満足げに眺める佐々木の姿についてはここで描写するまでもないよな。

 しろと言われようが断固拒否するがね。

127: 2010/10/24(日) 18:31:48.91 ID:9RcwFFYw0
 休日ということもあり、車内はそれなりの混雑を見せていた。

 乱暴に表現するならば、座れないが満員でもない、といった具合だ。

 しかしガキってのは不便にできてるもんだ。こんな成りでは吊革を掴むことさえできやしない。

 仕方なく、俺は座席脇にある乗降扉とのデッドスペースに身を埋めることにした。ここなら俺でも掴める安全バーがあることだしな。

 佐々木はというと、どういうわけだか俺の目の前に立っている。おい、そんなところに立っていると乗り降りする奴の邪魔になるぞ。

「ならばこうすればいいのだ」

 そう言い放った佐々木は、俺へと抱きつく。

 突然の異常事態に声を上げる間もなく、俺の顔は佐々木の(朝比奈さんほどではないが)ふくよなかカーブを描く胸へと拿捕されてしまった。

128: 2010/10/24(日) 18:43:02.72 ID:9RcwFFYw0
「お、おい! 何やってんだよ佐々木!」

 両手でしっかりと抱きすくめられてしまった俺は、満足に身動きすることさえできない。

 抗議の声も、佐々木の服に吸い込まれ耳に届いているかさえ怪しいものだ。

「キョン、そんなに暴れては注目を浴びることになるよ」

 羞恥に身悶える俺とは対照的に、佐々木の発言は冷静そのものだった。

「それに、仲睦まじい姉弟であればこのくらい普通ではないか」

 姉弟観について、俺と佐々木には埋めようもない齟齬があることについては、絶望さえ感じたが。

「それにね、キョン。これは痴漢対策の一環でもあるのだよ」

 痴漢だと? 聞き捨てならない台詞じゃねえか。お前にそんなことする下郎が居ようものなら、即アルカトラズ送りだ。

「ふふ、そこまで心配されてしまうと、僕としてもくすぐったいよ」と、胸を揺らす佐々木。

「でも、安心したまえ、今は女性専用車両なるものがあるからね。幸いにもそのような被害に遭った事はない」

132: 2010/10/24(日) 19:01:50.29 ID:9RcwFFYw0
「けれど、性別如何に因らず見ず知らずの人間に触れられるのは気味の悪いものだ。例えそれが肩や腕であったとしてもね」

 なあ佐々木、一つ重要なことをツッコみたいんだが、俺の体の前半分がべったりくっついていることについて、

 お前は気色悪いと感じないのか? それでも気色悪いと感じつつもそれを我慢しているのか?

「まったく、的外れもいいところだね。キョンは僕をマゾヒストにしたいのかい?」

 そう言った佐々木は、俺の背中へと回した腕により一層の力を込めた。

 胸に埋もれる俺は、ますます佐々木の甘い匂いを呼吸することとなる。

 今の質問は撤回する。お前はマゾヒストなんかじゃない、とびっきりのサディストだよ!

 俺の必氏の訴えが届いたかはわからないが、顔に押し付けられた肋骨の動きから、佐々木は嬉しそうに喉を鳴らしていることはわかった。

 俺の鼻腔を経由して、新鮮なミルクにヴァニラの種と大量の砂糖と溶かし込んだような匂いが、脳下垂体へと直接届いているようだ。

 体はじんわりと甘く麻痺しており、ピリピリと緊張する肌の内側は、コンデンスミルクのようにどろどろと液状化してしまった。

 佐々木、いい加減離してくれ! こんな状況が続くなら、俺は舌を噛み切って氏ぬぞ!

 一刻も早く開放されたいという俺の願いとは裏腹に、私鉄の各駅停車は遅々として進まなかった。

134: 2010/10/24(日) 19:22:06.63 ID:9RcwFFYw0
 本線からローカル線へと乗り換えて数分。電車はようやく最寄り駅へと到着した。

 主に学生が利用するローカル線はさすがに空いており、わずか3駅ばかりの距離ではあるものの佐々木の拷問を免れることができたのは僥倖と言っていいだろう。

 まったく、休日様様だよ。

「さて、キョン。お疲れのところ申し訳ないが、これからの予定を聞かせてくれないか」

 誰のせいで疲れたと思ってるんだよ……。そう愚痴りたいところだったが、辛うじて飲み込むことに成功した。

「目的地へ直行する。休日とはいえ、知り合いにあったらどんな目に遭うかわかったものじゃないからな」

 長門のマンションが放つ威容は、駅前からでもよく見える。幾度となく窮地を救ってくれた身としては涙が出るほど安心する光景だよ。

 佐々木の手を取り、マンションへと歩みを進める。本当は駆け出したいくらいなんだが、人目を集めるわけにもいかない。

 しかし、俺は注目を集めても走り出すべきだったと思い知らされることとなる。

 中河が長門を目撃したというスーパーに差し掛かった時のことだ。

 佐々木が不意に手を上げる。そして、次に発せられた言葉によって、俺は血の凍るような思いを味わうこととなった。

「やあ、周防さん」

136: 2010/10/24(日) 19:39:53.04 ID:9RcwFFYw0
 周防はぼんやりと薄墨を垂らしたような姿で立っていた。

 佐々木に対する返答も壊れたラジオのように脈絡がないところを見ると、今は観察対象のチューニング中であるらしい。

「おい、佐々木。そんなやつのことは放っておいて先に行くぞ」

 俺は佐々木を急かした。呼称については姉弟という設定を無視したものだが構わないだろう。こいつや長門の前で演技などする気にもならない。

 何より、俺はこいつが嫌いだ。かつて分裂した世界の片割れで、長門が倒れる原因となったからだ。

 それに誰かのパーソナルをコピーするという特性についても気に入らない。

 長門と接触した周防は、その思考を読み取り、長門の奥に秘められた情報を話したのだ。

 その後のコズミックバトルのせいで何を言っていたのかさっぱり忘れちまったが、学習と称して長門の思いを白日に晒した罪は許せないでいる。

 しかし、そんな俺の気持ちなど佐々木は気付いていないようで、周防に頼みごとをしているようだった。

「周防さん、キョンのまねをしてよ」

 頷いた周防は瞬時にその存在感を変化させた。顔つきもボンヤリしたものではなく、どことなく鏡で見たような表情であるように感じられる。

「えっと、その……。周防さん、キョンがわたしをどう思ってるか、その、聞かせて……」
 
『佐々木か? ああ、すげえ可愛いな。中学時代に噂されてたが、内心気分が良かったもんだぜ。もしあいつが異性に対する壁なんて作ってなかったら、俺は絶対に告はk――』

「ちょっと待てー!」

 俺は全力でタックルを敢行した。

140: 2010/10/24(日) 19:56:03.31 ID:9RcwFFYw0
 周囲の注目などこの際気にしていられるか。

 周防の鳩尾あたりに突っ込んだ気がしないでもないが、この非常事態に宇宙人の安否など考慮に値しない。

 決氏の思いが結実したのか、はたまた周防の急所に直撃したせいなのかは判然としないが、目論見どおり周防の口を封じることに成功したようだ。

「キョン! せっかくいいところだったのに、どうして僕の邪魔をするのだ!」

「お前にとっちゃいいところだったかもしれないがな、俺には生きるか氏ぬかのデッドラインだったんだよ!」

 俺が怒るのは当然だとしても、佐々木、どうしてお前まで怒り心頭なんだよ。

 一方で、クソガキにタックルを食らわされた哀れなお嬢様学校の生徒と周囲から見られているであろう周防は、やはり微動だにせず元の位置に直立していた。

 しかし、俺の突進もある程度の効果を発揮したのであろう。俺のパーソナルはリセットされ、再びチューニングモードに入ったようだ。

「周防、佐々木のまねをしろ」

「キョン、それは卑怯だぞ!」

 これ幸いと復讐を敢行する俺に、佐々木の悲痛な声がぶつけられるが、今さらやめられるかよ。先にやったのはお前なんだからな。

「佐々木が俺のことをどう思っているのか教えてくれ」
 
 視線の端で、佐々木の端正な顔が赤く染まっていく様子が容易に見て取れた。

144: 2010/10/24(日) 20:26:32.27 ID:9RcwFFYw0
『キョンかい? そうだね。あまりかっこよくなはいけれど――』

「周防さんやめて!」

 佐々木の悲鳴に、周防はあっさりと従ったようだ。俺もこうすれば良かったのかとさすがに後悔しちまうな。タックルし損じゃねえか。

「え……? そこでやめちゃうの?」と戸惑いを見せる佐々木は気になったが、俺たちにはやるべきことがある。

 被った心的外傷の大きさは著しくバランスを欠いているような気がしないでもないが、脱線もここまでだ。

「別に、これでおあいこだろ。周防で遊ぶのもこれくらいにしようぜ。俺たちには行かなきゃならない場所があるんだからな」

 まあ、もうちょっと色気のある返答を期待してたってのは否定しないがね。

 しかし、佐々木は渋っている。どうすりゃいいんだよと困惑する俺を前に、再び佐々木が口を開いた。

「周防さん、もうちょっと話して。ちょっとだけだよ、あんまり言っちゃダメだからね」

『あまりかっこよくはないけれど、すごく優しくて、僕のことをありのまま受け入れてくれてる唯一の男性だね。やっぱり結ばれるならキョ――』

 俺にとって非常に快い言葉を続けてくれる気配を感じていたのだが、聞き取れたのはここまでだった。

 なぜかって? 佐々木が俺の頭を抱え込んでしまったからな。耳まで塞がれちゃどうにもならないだろ?

 周防の暴走はしばらく収束しなかったようで、俺は自称姉に抱えられながら、キャーキャーという悲鳴を上げる佐々木の奇行に付き合わされることとなった。

 周囲の注目を避けるために行動していたはずがどうしてこんな顛末を迎えることになるのかね。

 中河あたりが偶然目撃してなければいいんだがな。やれやれ。

146: 2010/10/24(日) 20:48:04.77 ID:9RcwFFYw0
 周防との不意打ち的邂逅を果たした後は、比較的順調だった。

 駅から徒歩三分ほどの道中、他の知り合いと逢わなかったことについて素直に喜びたい。

 オートロックマンションの玄関に到着した俺は、いつものように708呼出とキーを操り、インターフォンの接続を待つ。

 ブツッという音に続く、長門的無声返答には安寧さえ感じてしまうほどだ。

「長門、俺だ。こんな声をしちゃいるが――」と、ここまでしゃべったところで、扉が開いた。

 さすが長門だな。こんな風になっても俺を俺と認識してくれる。なんとも心強い限りだ。

 エレベーターを待っている最中、佐々木が何か青ざめた表情でこちらを見ていることには気付かないことにする。

 キョンがヒモみたい……と、いう呟きについてもな。

147: 2010/10/24(日) 21:05:43.82 ID:9RcwFFYw0
「――と、こういうわけなんだ」

 リビングで向かい合う長門に、事のあらましを告げた。

 佐々木に誘われ遠出をしたこと、神社に行ったこと、そしてそこで体が縮んだこと、ところどころ端折っちゃいるが状況説明としては、これで充分だろう。

 隣に座る佐々木も口を挟まなかったことだしな。忘れていることもあるまい。

 長門は俺の言葉を飲み込むように、ほうじ茶を一啜りすると、

「想定されるパターンがいくつか存在する。しかし、その情報だけでは判断できない」

 じゃあどうすればいいんだ? 俺にできることがあれば何だってするぞ。

「あなたの身体的変化を測定したい。外的因子による情報改変の痕跡を調査する」

 なるほど、一番の問題は俺の体が縮んだことだからな。長門に調べてもらえるというなら、安心だ。

「服を脱いで」

「え?」

 思わず間抜けな声をあげちまった。それは驚きに端を発する行為だったのだが、長門は俺が聞き逃したのだと思ったのだろう。

「服を、脱いで。全部」

 ゆっくりと、しかし聞き間違いのないほどにはっきりとそう言ったのだ。

152: 2010/10/24(日) 21:26:04.42 ID:9RcwFFYw0
「待ってくれ! 診察はありがたい。だが、俺が服を脱ぐことに意味はあるのか?」

「被服が外的因子であることも想定される。正確な判断を行うには、あらゆる因子を除いた状態で行うのが最良」

 長門の言うことはいちいちご尤もである。俺にはさっぱり見当もつかない事態なんだ。言う通りにすべきなんだと思う。

 思うが、いくら幼児に立ち返った姿をしていても、思春期の少女を前に裸身を晒すのは耐え難いことなんだよ。

 そうむずかる俺に、長門は氏刑宣告にも似た言葉を発した。

「あなたは『何でもする』と言った」

 そうして、その長門的無表情に寂しげな色合いを滲ませる。

 数十秒前の俺を呪わずにはいられなかった。ここに朝比奈さんが居合わせたのなら、すぐにでもタイムリープの申請を頼み込んでたところだぞ。

 ああ、確かに俺は何でもすると言ったさ。しかし、それはお前のためには腕だろうと目だろうと、それこそ命だろうと投げ出してやるという意味での発言であって、

 こんな恥辱にまみれた行為を受け入れるなんて意味合いはなかったんだ。

 ――そう言えたらどれほど楽だっただろう。

 俺は何もかもを諦め、しかし、最後の抵抗を試みた。

「佐々木、お前は席を外してくれ」

154: 2010/10/24(日) 21:45:16.82 ID:9RcwFFYw0
 なぜか顔を赤くして事態の推移を見守っていた佐々木だったが、俺の言葉には語気も荒く反論した。

「僕だって原因を見定める役割を全うすべきではないか。キョンの変Oを見届けた当事者なんだ。長門さんに助言できるかもしれない」

 佐々木の発した単語の一つに、ツッコミを入れたい衝動に駆られたが、すんでのところでこらえることが出来た。

「佐々木、これは長門の診察なんだ。お前の力が影響するかも知れない。だから少しばかり席を外しちゃくれないか?」

「そんな、長門さんだけずるいよ……」

 長門の何がずるいのか俺の想像もつかなかったが、佐々木は腰を上げてくれそうだった。

 やれやれと一息つこうとした俺だったが、次に発せられた長門の言葉には、再び目の前が闇色に染まる幻視を感じずにはいられなかった。

「彼女も診察に立ち会うべき」

「長門、さっきお前は外的因子を除くべきとか言ってなかったか? 佐々木が居たら困るんじゃないのかよ?」

「彼女はこの事件での唯一の目撃者である。診察中に何か気付くことがあるかもしれない」

 待て! 待ってくれ! そのときの俺はめちゃくちゃだったかもしれない。ガキに立ち返ったせいもあり、精神的に弱くなっていたのかもしれない。

 涙声で、長門に別の方法がないかと文字通り泣きついたのだ。その成果もあってか、ようやく長門は俺の待ち望んでいた言葉を発してくれた。

「では代替案の実行を提唱する」

「長門、本当か!?」そんな俺の驚喜の声は、俺と佐々木による悲鳴の二重奏によって、かき消される事となった。

 ――診察は入浴時に行う。当事者は全て裸身となるため、あなただけ羞恥を感じることはない。

159: 2010/10/24(日) 22:18:33.96 ID:9RcwFFYw0
 夕食後の入浴時に俺の診察が行われる旨を、俺と佐々木は呆然と聞き流していた。

 反論の言葉さえ浮かばないほどに打ちのめされていただけなのだが、長門はそれを了承のサインと見たのだろう、今は夕食の準備に取り掛かっている。

 そして、夕食という単語に、ようやく俺は現在の時刻に気が及ぶこととなった。

 今日は土曜日だ。しかし、佐々木とあちこち移動していたために、もう夜と言って差し支えない時刻を迎えつつある。

 帰宅したいのはやまやまだが、この姿でそうするわけにもいかないだろう。それに長門の診察が終わっていないため、対抗策すら立てられない状況なのだ。

 ならば選択肢は一つしか残されていない。

 家主に宿泊の了承を得ると、佐々木から家に電話を入れてもらった。俺が電話すべきだとわかってはいたが、ガキの声で俺俺などと言っても詐欺未満の悪戯にしかならないからな。

 佐々木は、後ろ暗さを感じさせることもなく、流暢に受け答えしていた。なんでも俺は佐々木の家で勉強会をするために泊まるのだと言う。

 ついでに佐々木も家に連絡を入れていた。こいつは今、橘の家で宿題を一緒にしているのだそうだ。

 どうして佐々木がここまで付き合ってくれるのかはわからないが、お前だけ帰れなど言う気力すらなかった。

 佐々木が家に帰れば、一緒に入浴するという罰ゲームを回避できただろうにという疑問は残ったがな。

163: 2010/10/24(日) 22:32:17.66 ID:9RcwFFYw0
 佐々木は夕食の手伝いを申し出たのだが、やはりいつぞやの朝比奈さんのように断られた様子である。

 そんな長門の実直さには好意さえ感じてしまう。もちろん、あの代替案を言い出すような方向に暴走しなければ、だが。

 佐々木とともに、リビングのこたつでうなだれていると、何気なしに佐々木がとんでもない質問を浴びせてきた。
 
「ねえキョン、キミは僕の裸を見たいの?」

 見たいか見たくないかと問われれば、そりゃ答えは決まっている。

 だが、そんなスOベ心丸出しの答えなんて出来るわけないだろ。特に男に対して壁を作ってるお前にはな。

「ノーコメントだ」という返事が精一杯だった。

 しかし、俺の返答に不満があるようで、再び同じような質問を繰り返してきやがった。

「じゃあ、長門さんの裸だったら? 涼宮さんだったらどうなんだい?」

 長門はともかく、どうしてここでハルヒの名前が出て来るんだよ。佐々木の意図も理解できないままに、俺は同じ語句を繰り返す。

「ノーコメントだ」

 それで納得したのか、佐々木はふうんという言葉とともに、コタツテーブルに突っ伏した。

 気も重い俺もそれに倣う。ひんやりとしたテーブルの冷気が、のぼせた頭を醒ましてくれるようで気持ちがいい。

 しかし、コチコチと定期的に鳴り響く掛け時計の秒針は、刻一刻と迫る『診察』を否が応でも思い起こさせた。

164: 2010/10/24(日) 22:59:53.33 ID:9RcwFFYw0
 しゅる、しゅる、と衣擦れの音が、いやに大きく耳に響く。

 視界を塞がれているためだろうか、全ての意識を遮断しようと試みているにもかかわらず、ホックの外れる音さえ鮮明に聞こえてしまう。

 ここは長門の家の脱衣所であり、俺を含む三人は全裸同然の格好をしている。

 なお、同然という表現に誤りはない。現に、俺の腰と頭にはタオルがきつく巻かれているのだからな。



 いよいよ脱衣所というところで、俺はみっともなく悪あがきをしていた。タオルを巻かせて欲しいという切望だ。

 長門の持ち物なのだから、診察を阻害するはずがないという、こじ付けにも程がある言い草に長門が折れてくれたのだ。

 しかし、長門は一糸纏わぬ姿であり、佐々木もまた――なぜかはわからないが――それに倣っている気配を感じる。

「長門さん肌きれい……。水晶みたいだよ」

「あなたも」

 同性の二人にとっては何気ないやり取りも、Y染色体を有する俺にとっては、どうしようもなく想像を掻き立ててしまう。

「すまんが、二人とも、診察とやらを手短に済ませてくれないか?」

 無粋にも程があるというのは、俺が一番わかっている。だが、窮地を脱する術がない以上、次善の策は早く終わらせることに尽きるのではないだろうか。

 視界を奪われ身動きの出来ない俺は、佐々木と長門に案内され、いよいよ風呂場へと足を踏み入れる。

 促されるまま椅子に座った俺に 長門の手が伸びる。いよいよ診察が始まるようだ。

169: 2010/10/24(日) 23:25:29.03 ID:9RcwFFYw0
「うあっ……」

 思わず声を上げてしまった俺を誰が責められようか。俺の体に触れた長門の手は、やけにぬめり気を帯びていたのだから。

 ぬるぬると背中を這い回る手は、神経を直接撫で付けるような刺激を脳下垂体へと送り込む。

 その甘い刺激に全身の力が抜けそうになった俺は、支えを探すために手を泳がせると、何か柔らかいものを掴んでいた。

「や、やだ! キョン、どこを触っているのだ!」

 最悪だ、佐々木の裸体に触れてしまったらしい。焦った俺はのけぞるようにして、その場を飛び退った。

「…………」

 背中に柔らかい感触がある。それがぬるぬるとなめらかなのは、石鹸の匂いでそれだとわかった。

 ではこの柔らかいものはなんだろうか。それは俺の後ろにぴったりとくっついている。そして先ほどまで長門は俺の背中を触診していた……。

 長門じゃないか! その柔らかさの正体に気付いた俺は、いよいよパニックに陥ってしまった。

 こんなところに居ては俺の理性が氏んでしまう。一刻も早く、ここから退散しなければならない。


 俺はよほど追い詰められていたのだろう。出口を探すために、視界を塞いでいたタオルを取り去ってしまった。

 そして、俺の目に映ったものは――

 風呂場の熱気に当てられたのか、やや赤みの差した長門の白い肌と、

 驚きに目を開いた佐々木の、優美にカーブを描く裸身であった。

173: 2010/10/24(日) 23:48:16.68 ID:9RcwFFYw0
「んっ……」

「キョン、目が覚めたみたいだね」

 視界には天井が映っている。それがいつぞや見た形状をしているのは、俺が三年寝太郎となったあの和室だからだろう。

 布団は一組しか用意されておらず、そこには佐々木が、俺を抱きすくめるようにして横たわっているようだ。

 普段であればすぐに飛び起きるところなのだが、意識を手放す直前の光景がどうしようもなく脳裏に浮かび、俺は動く気力さえ起きなかった。

 風呂場でパニックに陥った俺は、自分の手で視界を取り戻し、そして二人の裸体を目撃したところで意識を手放したのだから。

「佐々木、すまん」

 謝ってどうなるというわけでもないのだが、どうしてもこの言葉が口をつく。

「ううん、いいんだよキョン。僕たちもキミを追い詰めてしまったのだから」

「だが俺は……」

「キョン、大人しくしていたまえ。弟はお姉さんの言うことを聞くものだよ」

 そう言って、佐々木は俺の額に唇を寄せた。

 佐々木の胸元からこぼれる匂いが肺を満たす。やはりそれはどうしようもなく甘く優しい香りで、俺から力を奪い去ってしまう。

「長門さんの診察結果が出たようだよ」

 そう囁く佐々木を、実の姉を見るような眼差しで眺めていた。

176: 2010/10/25(月) 00:03:13.60 ID:Mr2fsLBG0
「キョンの体がこんな風に縮んでしまったのは、僕の力が利用されたためらしい」

 佐々木はごめん、と呟く。

「けれど、そのトリガーとなった因子については、力に紛れて判断がつかなかったそうだよ」

 そうか、と俺は答えた。

「あの場にいたのは、僕とキョンだけだった。そのトリガーとなる因子はそのどちらかにあると見ていいだろう」

 だから暗くならずに原因を探ろうではないか、佐々木はそう締めくくってくれた。

 長門の手を頼っても、原因ははっきりとわからなかった。

 しかし、なぜだろうか。佐々木と居ると安心する。その優しさがかつて恋焦がれた人を思い起こさせるからだろうか。

 いつしか俺は眠りについていたらしい。佐々木のやわらかなぬくもりと、甘い香りに満たされて。

178: 2010/10/25(月) 00:20:32.17 ID:Mr2fsLBG0
 俺は姉萌えだと思う。妹が居るからという消去的選択ではなく、かつて姉のような存在に心から陶酔していたのだ。

 そして佐々木の優しさは、かつて恋焦がれた女性を想い起こさせた。その人は実の姉のようで、また初恋の人だったのだ。

 しかし、その人は駆け落ち同然に、俺の前から姿を消してしまった。

 幼い俺にとって、それはひどく理不尽で不条理なことに思えた。そして俺のトラウマとなり、恋愛感を歪めている主因となっているのだろう。



 佐々木やハルヒは言っていた。恋愛なんてただの病気である、と。

 俺もそれには賛同したい。あんなもん麻疹みたいにのぼせ上がって、そして結局冷や水を浴びせかけられるのだ。本気になった分、胸に深い傷痕を残すのだ……。

 今でも胸の古傷が疼いてしまう。今日なんかは特にそうだった。鏡に映ったクソジャリが、あの人に打ち捨てられた自分とそっくりだったからな。



 いつか俺が誰かを好きになったとき、またあの時のように捨てられてしまうのだろうか。それを思うと全身が凍りつくような錯覚に陥る。

 今だって、気になる人ならすぐ傍に居る。けれど、本気になった時に、その人がいなくなるのではないかと思うと、足がすくむのだ。

 この縛鎖はいつになったら解けるのだろうか。あるいは一生俺につきまとうのだろうか。それを思うと、ますます心が重くなる。

180: 2010/10/25(月) 00:26:28.86 ID:Mr2fsLBG0
 ――お姉ちゃん、どこにいるの?

 うるさい、お前のお姉ちゃんはどこかの男と一緒に、遠いところへ行っちまったんだよ。

 ――お姉ちゃん、どこに行っちゃったの?

 うるさい、そんなの知るわけねえだろ。親戚全部に訊いて回ったんだ。誰にも言わずに消えたんだろ。

 ――お姉ちゃん、どうして僕を置いて行っちゃうの?

 うるさい、お前なんか相手にしてられなかったんだろ。



 ――お姉ちゃん、どこにも行かないで。僕を一人にしないで……。

 うるさい、うるさい、うるさい! お前がそうやって泣いてればお姉ちゃんが戻ってくるのかよ!

 俺があれだけ泣いてたのに、帰ってこなかったんだ! だから、絶対に戻ってこないんだ。絶対に――

181: 2010/10/25(月) 00:46:39.11 ID:Mr2fsLBG0
『長門さん、キョンの様子がおかしいの。なんだかすごくうなされてて』

『現象の暴走が見られる。このままでは危険』

『じゃあトリガーはキョンだってことなの?』

 なんだよ、佐々木と長門が騒いでるみたいだな。夢の中にまで出てくるなんざ、よっぽど恨みを買ったらしいな。

 こっちはこっちで、昔の俺を叱りつけるのに手一杯だってのによ。



 夢の中、俺は上も下もないようなだだっ広い空間で、かつての俺と対峙していた。

 クソジャリの俺は捨てられた悲しみを受け止めきれず、ただ泣き続けている。それは数年前に俺が経験したことであり、過去の現実だった。

 だがな、俺はガキの泣き言なんてのは聞き飽きたんだ。それを黙らせるには叱りつけるのが一番だろ。

 しかし、俺の怒声に、かつての俺はますます激しく泣き出し、いよいよ手のつけられないほどになってしまっていた。

 かつての俺は今もグズり続ける。胸の奥底で傷を抱えながら、表の俺が泣けない分をも肩代わりするように。

 ――お姉ちゃん、どこにも行かないで。僕を一人にしないで……と、呪詛のように繰り返しながら。

182: 2010/10/25(月) 01:16:52.88 ID:Mr2fsLBG0
 やがて、状況に変化が生じた。泣き叫ぶガキの声が天国へと届いたのだろうか。

 空から、優しく自愛に満ちた声が振り落ちる。まるで女神の福音のように。


 
 クソジャリの悲鳴に呼応するように、女神の言葉が優しく響き渡る。

 ――お姉ちゃん、どこにも行かないで。僕を一人にしないで……。

『大丈夫だよ、キョン。僕はどこにも行かないよ。キョンを一人になんかしないから』

 ――本当に? お姉ちゃん、僕と一緒に居てくれる?

『もちろんさ。僕はずっとキョンと一緒に居るよ。だって、僕はキョンのことが誰より好きなのだから……』



 あれだけ泣き喚いていたクソジャリが、今では嘘のように笑っている。我ながら現金にも程があるぜ。やれやれ。

 黒いオーラを撒き散らし、俺の古傷を朝倉のように抉っていたガキが、明るく霞み、その輪郭さえおぼろげである。

 悪霊の成仏シーンだな。そう思ったが、比喩ではなくそのままを言い当てただけであるように思えて、苦笑いをしてしまった。

 ――お兄ちゃん、バイバイ。

 いよいよ、幼少の俺が掻き消える。そうだな、こんな時は何て言えばいいんだろうか。「さよなら」か? 「達者でな」か? いや、言うべきことは決まっている――

「今まで無視してきて悪かったな。お前はどうしようもなく俺自身だよ。あとはゆっくり眠ってくれ、俺の心の中でな」

184: 2010/10/25(月) 01:27:32.62 ID:Mr2fsLBG0
「んっ……」

「キョン、目が覚めたみたいだね」

 視界には天井が映っている。それがいつぞや見た形状をしているのは、俺が三年寝太郎となったあの和室だからだろう。

 布団は一組しか用意されておらず、そこには佐々木が、俺に抱きつくようにして横たわっているようだ。

 普段であればすぐに飛び起きるところなのだが、目覚める直前の光景がどうしようもなく脳裏に浮かび、俺は動く気力さえ起きなかった。

「佐々木、夢を見たんだ」

「うん」

 佐々木の吐息が耳をくすぐる。

「夢の中で、昔の自分に逢った。初恋の人に逃げられて泣いている自分だ」

「うん」

「一人にしないでだとか、置いていかないでだとか、自分勝手なことを喚き散らしてた昔の自分だよ」

「うん」

「恋愛なんて病気だっていう言葉に同調して、俺はそんな気持ちを縊り頃してたんだ。失恋するのが怖いだけの臆病者だっただけなのにな」

「そうだね」

 佐々木の唇が頬に寄せられる。柔らかい髪からこぼれる匂いが、胸にしみこんでいくようだった。

185: 2010/10/25(月) 01:39:58.95 ID:Mr2fsLBG0
「俺はもう恋愛が病気だなんて思わない。好きな奴ができたら、素直にその気持ちを受け入れるつもりだ。たとえどんな結果になろうとな」

「うん、キョンはがんばったね」

「いや、俺の力じゃない。夢に出てきた女神様の思し召しだよ」

「そっか、ならその女神様に感謝しなきゃね。こうしてキョンの体も元に戻ったのだから」

「佐々木? 今、お前何て言ったんだ……?」

 佐々木の言葉に、全身の血が凍りつくようだった。

 ちょっと待て。ガキの体だからこそ許された同衾が、元の体になっちまったら、犯罪行為になるじゃねえか!

 飛び起きた俺の視界に、さらなる悪夢が襲い掛かる。

「…………」

 長門の質実剛健な瞳が、絶対零度の冷気をもって、年頃の娘と閨を共にした不届き者へと向けられている。

 自分でも何を言ってるのかわからんが、このとき感じた気まずさは、かつて俺の経験したものを大きく上回るものだと思ってくれればいい。

 よりにもよって佐々木とのピロートーク(この場合意味が適切ではないかもしれないが)を聞かれたのだ。

 そして、何事もなかったかのようにキッチンへと向かう長門に、何と声をかければ良かったというのだ。

 けれどそんな恐慌も、甘く溶かされてしまう。背中に抱きつく佐々木の優しい温もりによって。

186: 2010/10/25(月) 01:52:48.07 ID:Mr2fsLBG0
 正直、無言の長門と食卓を囲むのは気忙しさを感じてしまう。

 薄桃色に色づく唇は微動だにしないくせに、その怜悧な瞳は何かを訴えるようにこちらへと向けられているのだから。

 一宿一飯、そしてトンチキな騒動を収束させてくれたお礼を言うと、転げ落ちるように階下へと向かった。

 命の恩人に対する礼儀を著しく欠いている気がしなくもないのだが、この埋め合わせはいつかしてやろうと思う。

 そうだな。例え長門に脱げと言われても、それを受け入れるくらいの覚悟でな。



 日曜の午前、朝と昼との中間くらいの時間帯、俺と佐々木は昨日と同じく電車に揺られていた。

 俺のチャリが、いつものSOS団の待ち合わせ場所に置きっぱなしであるため、回収する必要があったのだ。

 そして、緩やかに続く上り坂を佐々木を後ろに乗せて走る。

 なんだか二年前を思い出してしまうのは、無理からぬことだと自分を納得させながら、ゆっくりと確かめるようにペダルを踏む。

 俺も佐々木も無言だった。けれど、そんな静寂もなんだか心地よく感じられるのは、俺の頭がおかしくなってしまったせいなのだろうか。

 佐々木の腕が、自転車を漕ぐ俺の腰へと回され、後部に座る佐々木は俺の背中にもたれかかる。

 騒動のあとのエンディングにふさわしい一時だった。今でもそう思っている。



 そして、このまま全ての幕が落ちてくれれば良かったとも――

187: 2010/10/25(月) 02:01:30.90 ID:Mr2fsLBG0
 佐々木を家に送り届け、自分の家に着いたときのことである。

「あれ? キョンくん帰ってたんだ。昨日はどこに行ってたの?」

 玄関のドアを開けて早々、妹がびっくりしたように問いかけてきやがったのだ。

「何言ってんだ。俺は佐々木の家で勉強会するって電話しただろ? 聞いてなかったのか?」

「あのね、お母さんがキョンくんの着替えを届けに佐々木ちゃんの家に行ったんだけど、キョンくんも佐々木ちゃんも居なかったって」

 え? ちょっと待ってくれ、お前は何を言ってるんだ? そうツッコミを入れる間もなく、妹はその口を軽快に滑らせる。

「だからね、お母さん心配してキョンくんに電話したのに繋がらないからって、いろいろ聞いて回ったみたいだよ」

 妹の読み上げる名前に、戦慄を通り越して恐懼さえ感じていたのだが、事態はそれで収束しないようだった。

「っ!!」

 携帯の着信音が鳴る。誰だ? ハルヒか? それとも――

189: 2010/10/25(月) 02:08:59.06 ID:Mr2fsLBG0
『もしもし、キョンかい?』

 佐々木か、いいところにかけてくれた。俺もそっちに連絡したいところだったんだ。

『ならばちょうどいい。僕は今、父親から手厳しい追及を受けている最中なのだ』

 そんな修羅場にかけてくるんじゃねえよ。俺にどうしろってんだ。

『ふふ、それはね。僕とキョンが家族になれば丸く治まることなのだよ』

 おい、今さら姉弟設定を持ち出すのか? そんなの言ったところで俺の首が宙に舞うだけだぞ。

『キョン、何も姉弟だけが家族になる方法ではない。僕たちにはもっとより良い方法があるではないか。そうだね、例えば――』

 佐々木の問いかけにどんな回答をしたかなんて憶えちゃ居ない。

 俺が憶えているのは、回答を聞いた佐々木の嬉しそうな声と、それに続く爆弾発言だったからな。



 ――ねぇキョン。僕はキミのことが大好きだよ。

                                   <佐々木「ねぇキョン」 おわり>

193: 2010/10/25(月) 02:23:11.58 ID:Mr2fsLBG0
お疲れ様でした。

大筋は早々に固まっていたので、ID変更前に終わらせたかったのですが、
お風呂シーンや種明かしなどで時間を食ってしまい。遅くまでかかってしまいました。

長時間に亘り、ご支援いただきました皆様には、この場をお借りしてお礼を申し上げます。
多大なるご支援、本当にありがとうございました。

※なお、周防さんや佐々木さんなどの設定は個人の解釈によるものです。
  驚愕の予想をするものではありませんので、予めご了承下さい。

引用: 佐々木「ねぇキョン」