1: 2008/06/09(月) 21:28:59.74 ID:sjzTXjMK0
落ちたようなので立てました


ローゼンメイデン・アパートメント
ローゼンメイデン・アパートメント2
ローゼンメイデン・アパートメント3

31: 2008/06/10(火) 00:18:48.76 ID:ScGmLZUx0
 鏡の前に立って、ヘアワックスで髪を整える。
 歯もきちんと磨いたし、香水なんか着けないけどデオドラントは使っておいた。

 一緒に外を歩くのに、さすがにこの前のようなジャージと500円Tシャツで会うわけには
いかない。とはいえ、僕はこういうときに着ていける服など一着も持っていなかった。
 だから午前中のうちに恥を忍んで一番近いパルポに行き、ファッション雑誌を参考にして
ジーンズとシャツを買ってきた。できるだけシンプルで、僕みたいなやつが着ても違和感が
ないのを選んできたつもりだ。

 お金はあのウェディングドレスの売れたお金が、家に入れた5万円を引いて、まだ3万6000円
残っていた。
翠星石「おーおーカッコつけてやがるです。買ってきたばっかの服に値札がついてやがるですぅ」
 後ろで翠星石が冷やかし続ける。さっきからずっとこの調子だ。
翠星石「なんですこの雑誌は。『メンズノノン』? チャラチャラしたやつらばっかり
    載ってやがるです。かぁああ、ぺっ!」
 痰を吐く真似までしやがった。
ジュン「おまえ、それがローゼンメイデンのやることか!」
翠星石「ローゼンメイデンだからできるんですぅ!」

 翠星石といがみ合う僕に、雛苺はのんびりした声で聞く。
雛苺「ねえジュン~、本当にヒナも一緒に行っていいの~?」
ジュン「ああ。僕からお前も一緒でいいかって、柏葉に頼んだんだ」
アリスゲーム

32: 2008/06/10(火) 00:20:33.27 ID:ScGmLZUx0
 僕は柏葉から、学校の帰りに会わないかと昨日電話で誘われていた。

真紅「レディにデートに誘われて、まさか子連れで行こうとする男がいるなんてね」
 真紅が大げさにため息をついて首を振る。
ジュン「誰が僕の子供だ、誰が!」
翠星石「聞きましたかちび苺。ジュンは、ジュンはお前を自分の娘だと認めようとしねーです」
雛苺「ジュン、ヒナは、ヒナはジュンの本当の子供じゃないの……?」
 当たり前だろうが。どこをどうすればそうなる。まったくこいつら。

ジュン「それに別にデートって訳じゃないぞ。学校帰りに会うだけじゃないか。
    雛苺を連れて行くのがその証拠だ。ヒナがいないと話題に困るかもしれないし」

 本当は違う。僕は話すためではなく、話さないために雛苺を連れていくのだ。
 二人きりで柏葉に会ったら、僕は草笛みつとのことを話してしまうような気がしたのだ。
 せっかく柏葉と会えるのに、あの日の気持ちを思い出したくはなかった。

33: 2008/06/10(火) 00:22:35.31 ID:ScGmLZUx0
 そろそろ出発の時間だ。僕は雛苺を大きなトートバッグへと入れた。柏葉に会うまでの道中は
これで隠し通していくつもりだ。

ジュン「よし雛苺、最後に確認しとくぞ。お前が僕にしつこく頼んだからつれてきた。
    いいな、柏葉の前ではそういうことにするんだぞ」
翠星石「小せぇ男ですこいつは。チビチビ、容赦なく真実を巴に話してやるです」
 雛苺は僕と翠星石を見比べて、困ったように「う~~~」と唸った。

 僕は雛苺の耳に口を寄せた。
ジュン「うにゅ~買ってやるから。な、雛苺」
雛苺「一個じゃお腹が減るの~。お腹が減ると、ジュンに頼まれてたこと忘れちゃうかもなの」
ジュン「わかったよ。2個な。2個買ってやるから」
雛苺「ヒナしっかり覚えたのよ。泥舟に乗ったつもりで安心するの、ジュン」
 ああ。本当に安心だよ。隣の家が燃えてるみたいにな。

 僕は靴をはいた。いつもどおりの『ダディダス』のスニーカーだが、靴まで新品だと
やりすぎだろう。これで行ったほうがいいはずだ。
 雛苺の入ったバッグをかけて、アパートのドアを開けて外にでる。
ジュン「じゃ、真紅、翠星石、留守番よろしくな」
 空は晴れていて、いくつか雲が浮んでいる。この分なら、きっと綺麗な夕暮れになるはずだ。

45: 2008/06/10(火) 01:52:23.08 ID:ScGmLZUx0
 ジュンの出て行った後のドアを、真紅と翠星石は見つめている。翠星石が訊いた。
翠星石「いいんですか、真紅」
真紅「人間は人間同士。それが自然なことでしょう」
 真紅は「当たり前のことを」とでも言わんばかりの態度をとった。

 しかし今日の翠星石は引き下がらない。
翠星石「真紅はいつもそうです。人の気持ちは見透かそうとするくせに、自分の気持ちは全然
    話してくれねーです」
 翠星石は真紅をまっすぐに見つめてくる。
翠星石「真紅、真紅はジュンのことどう思ってやがるです」
 真紅もまた、翠星石をまっすぐ見つめ返す。
真紅「そうね。私は、私はジュンを特別な存在だと思っているわ。
   いい機会だから、あなたには話しておこうと思うの。聞いてくれる、翠星石」
 翠星石はしっかりと頷いた。
翠星石「もちろんです」

 真紅は台所に向かうと、小さなアルミ袋を取り出した。
真紅「こういうときのために、少しだけのりに買っておいてもらったのだわ」
 真紅の嗜好に耐えうる、高級なオレンジペコーだ。アルミ袋を翠星石に手渡す。
真紅「翠星石、お茶を入れて頂戴」
翠星石「ってなんで翠星石がいれるですか! 真紅がやれです!」

46: 2008/06/10(火) 01:53:21.04 ID:ScGmLZUx0
 なんで私が、とぶつぶつ言いながらも翠星石はきっちりと適温で紅茶を入れてやった。
せっかくの良いお茶だし、翠星石もご相伴に預かるのだ。
 翠星石と真紅とは、しばらく無言で紅茶の味を堪能した。

 頃合を見て、翠星石が訊く。
翠星石「さあ、聞かせてもらおうじゃねーですか。真紅の言う『ジュンは特別な存在』ってやつを」
 真紅はカップを置き、翠星石をまっすぐに見た。
真紅「そうね。まず私たちローゼンメイデンは全部で7人。まだ誰も会ったことのない7人目を除いた、
   6人までがこの時代にそろって目覚めている。そんな特別な時代に、ジュンは私とあなた、
   契約を結んでいない雛苺も含めて、三体のローゼンメイデンと共に暮らしていることになる」

 翠星石は一瞬拍子抜けした。「特別な存在」の意味が違ったようである。あるいはもしかして
すかされたか。
 
 しかし真紅の表情は真剣そのものだった。
真紅「これはどう考えても多すぎる数よ。それにこの時代のミーディアムの中で、マエストロへと
   到達する素質を秘めているのはジュンだけなのだわ。
   この数ヶ月で、ジュンはその秘めたる力を開花させる重要なきっかけをつかんだ。
   同時に全てのローゼンメイデンと強い繋がりを持ってね」
翠星石「蒼星石とは双子である私を通して以前から。
    それに、翠星石が蒼星石を救えたのにはジュンのドレスの力もあったです」
 翠星石も、すでに当初の目的にこだわるつもりなど無い。
真紅「ええ。金糸雀の苦境を救い、水銀燈に至っては傷つき倒れたのを蘇らせた」

47: 2008/06/10(火) 01:56:42.98 ID:ScGmLZUx0
 真紅はここでいったん言葉を切って、紅茶を一口含んでから続けた。

真紅「それに、ジュンが成長を遂げるまでの過程も都合が良すぎるのだわ。
   私と衝突してアパートを飛び出したジュンの前に、修復不能なほど傷ついた水銀燈が現れる。
   どこにいるのか、生きているのかさえわからない槐を容易に探し出すことが出来る。
   私たちを恨んでいてもおかしくない槐が、ジュンに人形師としての技術と心構えを伝える。
   まるで全てが用意されたように整っていたのだわ」
翠星石「誰かの意思が働いているとでも?」

 真紅は頷いた。
真紅「それも、行動する本人には自分自身の意思と思わせてだわ。
   その最たる存在が私なのかもしれない。私はラプラスの魔にあって以来、
   ずっとジュンにドレスを作るよう働きかけていた。
   私はそれが自分の意思であることを疑わなかったけれど、水銀燈の登場やジュンが唐突に
   槐という名を口にするに至って、なにかのシナリオがあるような感覚に襲われたのだわ」
翠星石「だから槐がすぐ見つかると思ったんですか」
真紅「ええ。そしてその通りだった。
   あるいは恐ろしいことに、私がそう考えたこと自体もまた動かされていたのかもしれない」

67: 2008/06/10(火) 04:09:58.69 ID:ScGmLZUx0
 翠星石は疑問を口に出してみた。
翠星石「そんなに簡単に他人の心を操れるですか?」

真紅「もともと本人にある強い気持ちを、すこしだけ後押しするものだからよ。
   水銀燈は当然傷ついた自分を救ってほしいと願っていたでしょうし、
   かつて私がジュンに救われたのを目の前で見て知っている。
   槐はあの薔薇水晶に届かない人形たちを作り続ける日々に変化を求めていたのかもしれない。
   そして私は、ジュンにマエストロとしての期待を懸けていたのだわ」 

翠星石「翠星石のドレスを作るようにジュンに頼んだのも、そのひとつだというですか?」
 真紅は一瞬目を見開き、少しの間沈黙してから口を開いた。
真紅「あのことは、あのことだけは違うのだわ。私は私の意志で、あなたにジュンのドレスを贈った」
 翠星石は頷いた。
 真紅がこう答えてくれただけで十分だった。

68: 2008/06/10(火) 04:10:53.61 ID:ScGmLZUx0
翠星石「でもだれがそんなことを。やっぱりラプラスの魔のやつですか」

 真紅は否定はしなかったが頷きもしなかった。
真紅「直接動いているのはそうかもしれない。でも私はラプラスの魔が言った、
   自らも流れに乗る木の葉に過ぎないというのは嘘ではないと思うのだわ。
   脚本家は他にいる。ただし、
 
  『われらはいかにあるかを知るも、われらがいかになるかを知らず。
   すべてをいますぐに知ろうとは無理なこと。雪が解ければ見えてくる。
   運命とは、もっともふさわしい場所へと貴方の魂を運ぶのだ』

   ラプラスの魔が虚空に残した言葉よ。私はこの言葉にこそ答えが隠されていると
   見るのだわ」

69: 2008/06/10(火) 04:12:38.96 ID:ScGmLZUx0
 真紅の推理もとうとう佳境へと入った。
翠星石「それは?」
真紅「ひとつには、これがジュン自身の運命だということ。
   ジュンにマエストロとしての天賦の才がもたらされたのも運命なのか。
   あるいは天賦の才こそがジュンにこの運命をもたらしたのか。
   いずれにせよ、ジュン自身の運命がジュンをふさわしい場所へと運んでいく。
   そしてもうひとつは、私たちローゼンメイデンの運命によるものということ」

翠星石「私たちの運命。それを決められるのは……」
 人の運命を決めるものは、運命の三女神か、あるいは絶対の創造主だろうか。
 ローゼンメイデンの運命を決めるもの。それは、
翠星石「お父様……ですか?」
真紅「そう。私はお父様こそが何らかの御意思をもって、ジュンの力を鍛え、ローゼンメイデン
    との繋がりを強めたのではないかと考えるのだわ」
翠星石「なんのためです?」

 「それは」と首を振った後、真紅は天を仰いだ。
真紅「……私にもわからないのだわ。お父様が何を思い、何を考えられているのかは」

70: 2008/06/10(火) 04:14:24.94 ID:ScGmLZUx0
 翠星石には、ひとつだけどうしても納得できないことがあった。それは推理の問題
ではない。
翠星石「真紅、すべてが決められていた運命だとしたら、真紅は、
    ジュンや私たちが自分で切り開く運命など存在しないと言いやがるですか? 
    なにもかも決められていることだと思ってやがるですか?」

 真紅はしばらく黙っていた。やがて立ち上がると、
真紅「すっかり話し込んでしまったわね。窓から夕日が差し込んでいる。
   翠星石、今日はきっと素晴らしい夕暮れだわ。
   アパートの屋根に上って、一緒に街並を眺めない?」
 そう提案した。

72: 2008/06/10(火) 04:17:24.62 ID:ScGmLZUx0
 桜田ジュンは待ち合わせの5分前に駅前のロータリーに着いたが、制服姿の柏葉巴はすでに
彼を待っていた。傍らに彼女の物らしき自転車がある。
「柏葉っていつも自転車だったっけ?」
 巴は首を振って、
「今日だけ。雛苺も一緒だって聞いたから。ほら」
 と自転車のかごを指差した。 
 ジュンはなるほど、と雛苺の入ったバッグをかごに乗せる。こうすれば自分も雛苺も楽だ。
 ジュンが自転車を引き、二人は並んで歩き出した。
「その服、結構似合うよ」
と巴が言うのを聞いて、ジュンは首をかいた。
 「でも」と巴が肘の辺りに手を伸ばしてくる。
「値札がついてる。というかテープで貼り付けられてるよ」
 二人は立ち止まった。テープを剥がそうとした巴は結構な苦戦を強いられていた。
 ようやく取れた後で見せてもらうと、セロハンテープが何重にも貼ってある。
「きっと翠星石のやつだ。まさか自分で貼り付けるとは。気付かないようなとこ狙いやがって」
「わたし、きっと恨まれてるね」
 と巴が笑う。ジュンは決まりが悪くてまた首をかいた。巴と並んでいる側の半身が妙に熱い。
「ヒナは恨んでないのよ~」
 と籠の中の雛苺が言った。周囲の人間が小首をかしげてジュンたちを振り向く。

73: 2008/06/10(火) 04:19:49.59 ID:ScGmLZUx0
 鮮やかな夕日の輝きを見つめながら、水銀燈は病室の窓枠に座っていた。
 背後から少女の声が聞こえる。
「また氏にぞこなっちゃった」
「あなた結構頑丈なんじゃなぁい?」
 水銀燈が振り返ると、ベッドから上半身を起こしためぐが、砂の入った小瓶を振ってみせる。
「こんな薬、水銀燈が贈ってきたせいよ。効いちゃったじゃない」
「くすりぃ?」
 めぐは小瓶に書かれている模様を指差す。
「これね、キリル文字って言うんだって。調べてもらったらそれが笑えるのよ。
 心臓の薬って書いてあるんだから」
 めぐは肩を揺らして笑い始めた。
 つられて水銀燈も高い声で笑ってしまった。
 めぐがベッドから手を差し伸べる。
 水銀燈はふわりと飛びよると、そっとその手を握った。

74: 2008/06/10(火) 04:20:41.25 ID:ScGmLZUx0
 夕暮れの商店街には、寂れてきたとはいえそれなりの買い物客が足を運んでいた。
 しかしその中でも柴崎時計店を訪れる人は少ない。店主の柴崎元治は暇をもてあまして、
チラシのような紙を手にしていた。
 蒼星石はマスターに訊いてみる。
「マスター、その紙なにが書いてあるんですか?」
 柴崎元治はさほどの思い入れもなさそうに、チラシ紙を振る。
「いやな、商店街でもまだ若い連中が、『ここはまだ東京都心に近い沿線だから、駅を利用する人
 は多いし、駅近くに住宅街が広がっている。だからまだこの商店街は人を呼び戻せる』って言うんだ。
 それでうちにも協力してくれって言うんだが、こんな老いぼれの時計店……」
 そこまで彼のマスターが言ったとき、蒼星石は思わず割って入っていた。
「そんなことないです! その人たちが言う通り、人を呼び戻すことに成功した商店街はあるし、
 それに目標を持って努力することそのものが商店街に活気を……」
 柴崎元治はぽかんと蒼星石を見ていた。そして破顔一笑、笑い始めた。
「そうかそうか。蒼星石がそういうならうちも参加してみるか。うん、蒼星石が言うならやろう」
 蒼星石は紙を見せてもらう。商店街活性化計画の参加を呼びかけるものだった。
 希望は、意思のあるところに生まれるものだ。きっとそうなのだ。

75: 2008/06/10(火) 04:21:15.11 ID:ScGmLZUx0
 草笛みつは何の家具も無いがらんとした部屋を見渡す。
 6畳一間。小さな台所とユニットバスがついていて、50000円。少し駅から遠い立地でも、
このあたりではこれが相場といった家賃だ。
 もう少し都心から離れれば、同じ値段でもっといい部屋に住めるかもしれないが、金糸雀が
他のドールたちと行き来することを考えると、この街に住むのが一番いい。
 草笛みつは、ここに落ち着くことのできるお金をくれた少年に謝れるかわからない。
 もう見ることさえかなわなくなった遠い夢。その夢さえあの少年は、軽々と飛び越えていって
しまった。彼が悪いわけではない。それがわかっていても、自分はどうしても。
 草笛みつは自分の彼女の袖をひっぱる力を感じた。金糸雀が自分を見上げている。
「カナ、ちょっとやりたいことがあるかしら。みっちゃんは一分ほど部屋の外にいてほしいかしら」
 素直に指示に従ってみる。
 部屋を出て一分、「入っていいかしら~」と金糸雀の声がした。
 扉を開けた草笛みつに、金糸雀が微笑む。
「みっちゃん、おかえりかしら」
「た、ただいま、カナ……」
 涙があふれた。一年以上、交わしていなかった挨拶だった。

76: 2008/06/10(火) 04:22:18.86 ID:ScGmLZUx0
 ジュンは巴とならんで、三年前、雛苺が一度止まってしまう前に三人で歩いていた土手を、いまも
また自転車のかごに雛苺を乗せて歩いていた。人通りが無いから、雛苺は鞄から顔を出している。
「こうしていると三年前を思い出すね。あのときもすごく夕日が綺麗で、素敵な夕方だった。
 覚えてる?」
 巴は夕陽を見つめている。ジュンは一瞬、その横顔に見とれた。
「あ、ああ。雛苺が柏葉に抱えられて帰ってきたときだろ」
 慌てて言葉を返す。もちろんジュンだって忘れてはいない。
「あのときにさ、戻れればいいのにね」
 巴が遠い夕陽を見つめたまま言った。
「柏葉、僕ちょっとやってみたいことがあるんだけど」
 向き直った巴にジュンは自転車を示した。
「そのさ、自転車の二人乗り。後ろに立って乗ってくれないか?」
 ジュンは自転車をこぎ始める。巴が後ろに飛び乗った感触があった。
「大丈夫か?」
「うん。私、結構運動神経いいほうだから」
 ジュンの肩に巴の体重が乗る。甘い香りが鼻をくすぐった。
 ペダルを踏み込んで速度を上げる。
「僕はさ、今のほうがいいな。あの日のことは僕もよく覚えている。すごくいい思い出だ。
 でも今の僕には、あの日の僕ができなかったことができる。
 例えば、こうやって柏葉と自転車で二人乗りすること。ありきたりだけど、やってみたかったんだ、これ」
 ジュンは夕陽を受けて笑った。
「なんか、いつの間にか私が置いていかれちゃった」
「え? 今なんて言ったんだ」
 巴の体重が、さっきよりも肩にかかってくる。熱を強く感じる。
 ジュンはペダルをもっと強く踏んだ。
 かごの中の雛苺が興奮して叫ぶ。
「うわぁあ速いのぉおおお」

77: 2008/06/10(火) 04:23:28.29 ID:ScGmLZUx0
 ジュンたちの暮らすアパートは、東京周辺にあるいくつかの台地、そのうちのひとつの
ちょうどへりに建っている。
 そのためアパートの屋根からは、その先の低地にひろがる街並を広く見渡すことが出来た。
 夕陽を受けて輝く雲と、どこまでも続いていくような街並。
 真紅と翠星石は、その美しいコントラストを、アパートの屋根の上に座って眺めていた。
 
 真紅は想う。
 自分を眠りから覚ましてくれた少年の運命を。
 運命は少年に何を望むのか。どこに運ぼうというのか。
 あるいは少年は、自らの力で運命を切り開いていくのだろうか。
 いずれにせよ、自分のすることは決まっている。
 少年と共に笑い、少年と共に傷つくだけだ。
 ずっとそばにいて、少年と共に生きていく。それだけだ。
 運命よ来るがいい。私と彼は逃げはしない。
 彼。そうだ。少年はやがて、青年と呼ばれるのだ。

 翠星石は知っている。
 少年が深夜、この上なく真剣な顔で針を動かしていることを。
 ドレスの色は深い青。ブロンドの髪をひときわ輝かせることだろう。
 ドレスは羨ましくて仕方ないほど素晴らしいものになり、彼女には認めるしかないほど
そのドレスが良く似合う。
 どんなに嫉妬しても、自分は彼女の美しさに魂を奪われ、一瞬すべてを忘れてしまうのだ。
 だから、だからなにもかも大丈夫。きっと。

 真紅と翠星石の手が重なった。
 並んで座る二人の姿を、夕陽が橙にそめていた。


ローゼンメイデン・アパートメント  完

78: 2008/06/10(火) 04:24:10.36 ID:ScGmLZUx0
これにて完結です。よろしければ、お好きな曲をEDにおかけください。

本当に、本当に読んでくださってありがとうございました。

79: 2008/06/10(火) 04:25:54.43 ID:gY9/UPweO
乙でしたッ!


とにかく乙でしたッ!

80: 2008/06/10(火) 04:26:27.32 ID:OT9LyTxu0
これは面白かった

引用: ローゼンメイデン・アパートメント4