362: 2009/02/10(火) 08:24:05 ID:bEaxonSY

363: 2009/02/10(火) 08:24:36 ID:bEaxonSY

ねえそれを睦言と語るにはちょっとおかしいのかもしれないけれど、私の中では多分、それに近いものだと思う
んだ。


フラウ、手紙よ。
朝礼の後、ミーナがそう言って一つの便箋を差し出してきた。寝ぼけ眼だった私の目が瞬時に覚めて。あくびを
するために口許にあてた手を慌てて伸ばす。

「あ、ありがと──っと、わ、わわ!」
「ふふふ、焦らないの」

バランスを失って転びそうになって、すんでのとこでブリーフィングルームの教卓に手をついてとどまった。
そんな私の姿を見てミーナが笑う。ふわりと柔らかく、まるで子供を見るように。
伸ばした手の上に、乗せられる十数グラムしかないそれ。私がいつも握り締めているMG42に比べたらよっぽど
軽い、もうほとんど無いといっても良いくらいのその重みがひどく心地よい。裏返すとほら、連ねられているのは
私とよく似た癖を持った、私とは別の名前。その割には表書きにはこの部隊に宛てている事しか書いてないの
だ。それがなぜかは分からない。何も考えていないのかもしれないし、何かのこだわりがあるのかもしれない。
私なんかは逆にしょっちゅう差出人の名前を書き忘れるのだけれど、まさかこの手紙の送り主に限ってそう言う
訳ではないのだろうと思う。いつだったか手紙でミーナのことを書いたときに「この人なら君の名前だけで私に
宛ててると分かるんじゃない?」と冗談半分で書いたからだろうか、なんてそんなわけはないか。

「ありがとう、ミーナ」

受け取った後にもう一度そう言って頭を下げた。私が話したその通り、この素晴らしい上官はその差出人の名前
だけで間違いなく私に宛てたものだと察して、こうして私に手渡してくれるのだ。
すこし肩をすくめてミーナが柔らかく笑う。妙にかしこまるのね、なんてちょっと不思議そうに。だから私も朗らか
に笑うことにした。いつもいつも胸を一杯にしているこの感謝の気持ちが、少しでも伝わりますようにって。戦果
よりも仲間の命。一人でも多くの、なんて消極的なものじゃなくて"絶対"みんなで生き残る。理解されるはず
なんてないと思っていた私の気持ちを、いとも容易く汲み取って受け止めて受け入れてくれた。そんな人ミーナが
初めてだった。たぶんこの人にとって見たらそんなの当たり前すぎることで、なんてことでもないのだと思うけれ
ど。けれどもだからこそちゃんと気付いて欲しいと思うんだ。伝えたいと思うんだ。

「元気そうね、妹さん」
「うん。──うん。」

封筒を抱きしめて、思わず何度も頷いてしまう。半年に一度しか届かない手紙だ。遠い遠い北の国から届く、
大切な大切な私の半身からの便り。

「ゆっくりと読むといいわ。今日はお休みだもの」
「そうだね──そうする。」
「それに、明日は水曜日だし」
「…うん。」

小さなやり取りなのに、そこに確かなミーナの気遣いを感じられるのがとてもとても嬉しい。あまりにも自然に
振りまくからつい見落としがちになってしまうけれど、私はちゃんと、いつも感じている。感じ取れるように細心の
注意を払っている。だって気付けないのなんて、ミーナが可哀想じゃないか。

「ミーナも、」
「なあに?」
「ゆっくり、休んでね」
「…考えておくわ」

無理しちゃ駄目なんだからね。そういいたくなるのをこらえた。この口ぶりからすると、これから昨日の出撃の
報告書をまとめるつもりなのだろう。あの堅物のトゥルーデだって休むときはちゃんと休むのに、この人は無理
ばかりをするから困るんだ。
あとでサーニャに頼んでなにか美味しいものでも作ってもらおう。そんなことを考えながら、ブリーフィングルーム
をあとにした。


364: 2009/02/10(火) 08:25:39 ID:bEaxonSY
"こんにちは。わたしはとてもげんきです。"

一番最初に書かれているのはいつもそれ。毎回毎回どうしてかいつもかしこまったそれについ吹き出してしまう。
だって少し右上がりの癖さえも許さずに、そこだけ妙に丁寧なんだ、いつもいつも。
彼女が話すのと同じようにぽつりぽつりと書かれた短い文面を、ゆっくりと指でなぞりながら読み取っていく。
さっきミーナにしたのと同じように、ひとつひとつ気持ちを汲み取っていく。全然似ていない二人だけれど、少し
だけ似ているところがある。それは自分の気持ちを覆い隠すのが上手なところだ。すぐに本当の気持ちを覆い
隠そうとするところだ。

ねえ、これを睦言と言うには少し自惚れているのかもしれないけれど。
まるで抜き足差し足をするように、恐る恐る書かれている文章の一つ一つを追いながら口の端を吊り上げる。
同じ部隊の仲間のこと、基地のこと、研究のこと。あえて自分自身の事には触れず、外側から内側へと渦を巻く
ように彼女の話は帰結へと向かっていく。私を中心にして広がっていく私のそれとは全く逆で、届くたびに笑い
がこみ上げてしまうのが止められない。私たちはどうしてこんなにもよく似ているのに全く違うんだろう。

"それでは。"

そうしてだんだんと私の望んでやまない話題へと進んでいるくせに、どうしてか最後の最後で彼女はそれに
触れずに手紙を終えてしまうのだった。自分のことなど一番最初の「とてもげんきです」で十分であると言わん
ばかりにぶっつりと、自身の話を打ち切るのだった。あまりにも唐突に途切れるものだから私はいつも拍子抜け
して、そして嘆息してしまう。それから笑う。なんて君らしいんだろうね、と。
確かに寂しいのに妙にほっとしてしまうのは、彼女自身のことが書かれていないことが一番、彼女が相変わらず
彼女であることの証明してるからだ。昔からそうだった。私は、私が私であることを主張したがったけれど、彼女
は多分逆だった。私がエーリカなら自分はウルスラだと、まるでままごとの役割ぎめの余りものを享受するか
のように納得して。私は多分、そうして彼女より先によいところばかりを奪っていったんだろう。それだのに私は
あの子に甘えてばかりで、そして彼女はそんな私にあきれ果てながらも、それでも世話を焼いてくれていた。

私はエーリカでありたかった。だってそうしないと手に入れられないものが、守れないものがたくさんあったから。
ウルスラとしてエーリカの後ろに隠れていることなんてまっぴらごめんだったのだ。その結果として、エーリカに
なれなかった彼女がそれを手に入れられないのだとしても、構わないと思えてしまうくらいに私は傲慢だった。
責められたって構わない。憎まれたって仕方がない。その代わり、私は彼女を愛すると決めた。彼女の姉である
ことを選んだその瞬間から、何があったって彼女を愛し続けると。彼女が私をどう思おうと、私は一生彼女を大切
にするのだと。それは彼女の幸せではないかもしれなかったけれど、私の責任であると思ったから。

ふ、と一つ息をついて、手のひらで一枚きりのその便箋をなで上げる。届かない彼女の頭を撫でるかのように、
優しく、優しく。
一週間に一度に対して、半年に一度。明らかに偏っていると誰かは言うのかもしれない。けれどそれでも十分
なんだ。たとえそこに私の望む、彼女自身のことが全くといっていいほど書かれていなくたって良いんだ。ささ
やかでも気持ちを返してくれる、それだけで私にとっては十分な睦言になる。義理なんだから、と君は言うかも
しれない。それだっていいよ、私は嬉しいよ。嬉しいんだよ、ウーシュ。

寝転がっていたベッドからがばりと起き上がって、部屋の隅のデスクへと向かう。一番上の引き出しが、ウーシュ
専用だと決まっている。今までに届いた手紙とこれから手紙を書くための便箋が入っている。鍵をかけていつも
封印しているから、トゥルーデだってこの中身は知らないんだ。何度も開いては整理するから、トゥルーデが
見たらのけぞるほど綺麗に片付いていることも。

365: 2009/02/10(火) 08:26:51 ID:bEaxonSY

便箋を数枚取り出したところで、そうだ、サーニャのところに行こうと考えていたことを思い出した。無理をする
気のあるあの素晴らしい上官に、美味しい料理を食べさせてあげたいから。そして私はそれを隣で見ていて、
いつかそれを妹にも振舞ってあげるんだ。口をあんぐりあけて、恐る恐る口にして、美味しい、と悔しそうに呟く
さまが目に浮かぶ。記憶に残る彼女はまだ幼いから、想像の中では私は大きなお姉さん気分なのだ。2人きりの
時間を邪魔したらどこかのスオムス少尉が怒るかもしれないけれど、だって私は我侭だからそんなことは気に
しない。サーニャの手料理が食べられるならきっとあいつも幸せでしょ?
そうだ、トゥルーデにも声をかけよう。だって放っておいたら拗ねちゃうもの。ミーナのためと聞いたら二つ返事
で了承してくれるだろうさ。きっとそうしたら彼女は私に包丁の一つも握らせてくれないだろうから、私はその横で
ひたすら手紙を書く。

今日はまだ火曜日だけど、だってほら、今回の手紙はきっと長くなるから。
たくさんの睦言を、届くまで送るから。届かなくても、伝えたいから。



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本文長すぎと怒られたので3レスになってしまいました、申し訳ない

引用: ストライクウィッチーズpart20