347: 2017/01/03(火) 22:36:03.36 ID:w352Jf4H0

349: 2017/01/03(火) 22:40:19.20 ID:w352Jf4H0

                  ╂


「――――」


知らない天井。

いや、見覚えがある?


「苗木君、その公式は――」

「ちょ、ちょっと待って。もう一回――」

「全然わかんねー。よくそんなの解ける――」


懐かしい声が聞こえた。よく知っている声だ。
しばらく黙って耳を傾けていた。

在りし日の思い出が胸に去来する。楽しかった、大切な思い出だ。


そう、


「……何もかもみな懐かしい」


「あれ?」

「? どうかしたか、不二咲?」

「今、何か聴こえなかった?」


350: 2017/01/03(火) 22:49:35.56 ID:w352Jf4H0

「な、何も聞こえないわよ。あんたの気のせいじゃない?」

「いや、我もあちらから何か聞こえたが」


ざわざわと少しずつ話し声が大きくなる。


「山田君……?」


横に目をやると、セレスと目が合った。


「やす、ひろ……」

「皆さん、山田君が!」

「山田?! 起きたの?!」

「みんな……」

(僕は戻ってきたよ……)

「山田君!」

「山田君!」


山田一二三は覚醒した。


「……ただいま」


――そして、この物語は終わりへ近付く。


351: 2017/01/03(火) 23:00:46.37 ID:w352Jf4H0

― 保健室 PM2:52 ―


慌てて彼を呼びにきた桑田と朝日奈を追い抜き、階段は
ほとんど飛び降りるようにしながらKAZUYAは保健室に飛び込んだ。


K「山田!」

山田「西城、先生……」


山田はぼんやりとした表情でKAZUYAを見上げた。
驚喜する生徒達を掻き分け山田のすぐ横に立つとKAZUYAは問い掛ける。


K「山田、俺がわかるか? 西城だ!」

山田「……はい」

K「よし。目は見えているな?」


KAZUYAは指を動かし、山田の反応を見る。


山田「見えていますよ。少しボヤけていますが」

不二咲「あ、そうだ。眼鏡!」


不二咲が脇机に置いてあった眼鏡を山田にかけてやる。


山田「……ああ、ありがとう。よく見えるよ」

K「体の感覚はあるか? 痺れていたり、おかしな感覚があったら言うんだ」

山田「…………」


その時山田は気付いた。


352: 2017/01/03(火) 23:15:17.58 ID:w352Jf4H0

山田「手が……!」

K「手が、どうした……?!」

石丸「!」

苗木「まさか……」


その言葉を聞いて苗木と石丸は青くなった。
医学の勉強をしているからわかる。脳が傷付いた場合、体に障害が残ることが多いということを。


山田「左手と左足が、なんだか痺れます」

K「……触るぞ」


KAZUYAは布団をどけると、慎重に山田の手足を触っていく。


K「ここは、どうだ?」

山田「わかります」

K「動かしてみてくれ」

「…………」


生徒達は固唾を呑んで見守っていた。その時、

バターン!


葉隠「山田っち!」

苗木「あ、葉隠君?!」


血相を変えた葉隠が保健室に飛び込んできた。


353: 2017/01/03(火) 23:23:20.44 ID:w352Jf4H0

桑田「なんだよ、おめー……」

腐川「何しに来た訳?」

葉隠「あ、いや、その……モノクマから聞いたんだべ。山田っちが目を醒ましたって……」

大和田「……そうかよ」

朝日奈「…………」


険悪になりかけた空気を破るように、涼しげな声が割って入る。


「今は喧嘩してる場合かしら?」


開いたままの扉から霧切が入り、しどろもどろになる葉隠と他の生徒達を交互に見た。


石丸「ウム! 今は山田君が目を醒ましたことを喜ぶべきだ。葉隠君のことは後にしよう!」

大和田「チッ、そうだな」

舞園「霧切さんもモノクマから聞いたんですか?」

霧切「ええ。残りの二人もすぐに来るでしょうね」


説明が終わる前に、廊下から足音が響く。

バタバタバタ……


江ノ島「山田が起きたって?!」

十神「フン、運の良い奴だな。命拾いした訳だ」


354: 2017/01/03(火) 23:33:25.02 ID:w352Jf4H0

江ノ島と十神も保健室にやって来た。江ノ島は明らかに驚き、十神は特に興味ないといった風である。


苗木「それで先生、山田君は……?」

K「落ち着いて聞いて欲しい」

「――!」


KAZUYAが一同を見渡し、頷く。


K「意識はしっかり戻っている。呂律も回っているし受け答えも問題ない。もう大丈夫だろう」

不二咲「良かった……大丈夫なんだね……」

朝日奈「まったく心配かけちゃってさぁ!」


不二咲と朝日奈は涙ぐんでいる。


大神「頭が大丈夫なのはわかった。……体の方はどうなのだ?」

K「ハッキリ言おう。後遺症として麻痺が少しある」

「!」

葉隠「…………」

セレス「…………」

K「だが、完全に感覚がない訳ではない。幸いにも指先が微かに動いていた。左半身が全て
  麻痺していたりすると実生活にも影響が大きかったが、その点山田はツイている」

K「人間の脳というものは、一部が機能しなくなっても他の部分が補うという性質を持っていてな。
  リハビリは厳しいものになるだろうが――諦めさえしなければほぼ元通りの生活が出来るだろう」

葉隠「な、治るのか? 治るんだな?! 良かった~!」


355: 2017/01/03(火) 23:47:01.16 ID:w352Jf4H0

江ノ島「あんた本当に喜んでんの?」

桑田「どーせ慰謝料請求されなくて良かったとでも思ってんだろ」

葉隠「そんなことないべ! 俺だってなぁ、少しは悪かったと思ってんだ!」

苗木「少しなんだ……」

霧切「葉隠君にしては多いと思わないと」

朝日奈「そうだね。なにせ葉隠だもんね!」

舞園「葉隠君ですもんね」

十神「葉隠だからな」

葉隠「厳しいべ!」

山田「裁判……学級裁判は?」

石丸「それについては問題ないぞ!」

セレス「もう、全部終わったのです」

山田「終わった?」

セレス「裁判で、何もかも明るみに出ました。終わったのです。
     わたくしとあなたの企みも、わたくしの夢も野望も全て――」

山田「……オシオキは?」

K「終わったんだ。大丈夫だ。誰も氏んでない」


山田は横に目をやった。そこには横たわり天井を見つめるセレスがいた。
KAZUYAが簡単に裁判の流れをまとめて説明する。山田は熱心に聞き、


山田「そう、ですか」


それだけ呟いた。


356: 2017/01/04(水) 00:00:28.57 ID:7RJm533N0

葉隠「あ、それでなぁ……その、殴って悪かったというか……すみませんでした!」

K「どうした? 今日はいつになく殊勝だな」

葉隠「俺だって自分が悪い時は素直に謝るって。ろくに話も聞かずいきなり
    殴りかかったのはやっぱりちょっとやりすぎだったんじゃねえかなと……」

十神「葉隠はこう言っている訳だが。山田、お前はどうなんだ?」

山田「……いいんですよ」

苗木「山田君?」

山田「もう、いいんです。僕が悪かったんです。勝手かもしれませんが、
    今回の事件はもう……終わったということにしてくれませんか?」

不二咲「仲直り、でいいのかな?」

江ノ島「で、でも葉隠はともかくセレスは? あんた騙されてたんだよ?」

山田「それについても、僕がみんなを信じていなかったのが原因です。騙される方が悪いんですよ」

江ノ島「え? それだけ?」

十神「ハ! やっと少しは学習したようだな。そうだ。このゲームは食うか食われるか。
    大体、騙されていたとはいえこの男は裁判で勝つつもりだったんだ。純粋な被害者ではない」

苗木「それは、そうかもしれないけど……」

「責めていいのですよ」


睨むような目でセレスが山田を見つめている。しかし、その瞳は微かに震えていた。


357: 2017/01/04(水) 00:12:42.69 ID:7RJm533N0

セレス「悪人を悪人として断罪しないと、いつぞやのようになります。
     無理に許す必要はないのです。わたくしには責められる覚悟があります」

山田「確かに、セレス殿はみんなから責められても仕方ないかもしれません。
    ……でも、少なくとも僕にあなたを責める資格なんてないんです」

山田「むしろ、僕も責められなきゃいけないんだ……」

K「では、本当にいいんだな?」

山田「はい。仲間を……友達を殺そうとした僕なんて、殺されたって仕方ない……」

「…………」

山田「……すみません。少し疲れました。休ませてもらっていいですか?」

K「あ、ああ。そうだな。今はとにかく体を治すことが最優先だ。しっかり休め」


山田が少し天井を眺めるとそのまま静かに目を閉じた。
KAZUYAは生徒達を下がらせ、山田のベッド周りのカーテンを閉める。


十神「…………」

十神(つまらんな。こいつが騒いでくれたら少しは目くらましになるかと思ったが。……ドクターKに
    賭けて脱出にシフトするべきか? あの男は俺の知らない情報をかなり隠している)

十神(利用出来るなら利用すべきだが。――いや、まだ早い。情報を隠しているということは
    ベクトルは違っても所詮黒幕と同じだということだ。完全に信用は出来ん)

セレス「…………」

石丸「山田君もやっと友情に目覚めてくれた訳だな! 僕は嬉しいぞ……!」

朝日奈「うんうん! 過ぎたことを責めても仕方ないもんね! 明日に生きないと」

葉隠「と、とにかく! これで全部解決だな! 慰謝料請求もなしだ! ワハハハハ!!」

苗木「葉隠君……」


358: 2017/01/04(水) 00:24:25.71 ID:7RJm533N0

桑田「おめーなぁ……」

江ノ島「あんた、そういうこと言うからダメなんじゃないの?」

不二咲「きっと、葉隠君なりの照れ隠しなんだよ……?」

大和田「絶対違うだろ、それ」

大神「やはり少し痛い目に遭わせた方が」

葉隠「ヒイィ! オーガはシャレにならんて!」

K「じゃあ俺ならいいんだな」

葉隠「それも勘弁!」


ワハハハハ!

久しぶりに場が笑顔に満ちる中、一人考え込む者がいた。


霧切「…………」チラ

霧切(モノクマが出てこない。今までだったら必ず水を差しに来ていたのに)


いつもなら山田の具合が悪ければ煽り、たとえ良かったとしても嫌味の一つは
言いに来ていたはずだ。何故この状況で沈黙する?


K「フフ……」

K(そうだ。俺は何も間違ったことなんてしていない。この笑顔が見たかったんだ)




K(――だから、これで良いんだ)


386: 2017/02/05(日) 16:34:07.68 ID:V04nAEtu0

帰ってきたぞ! 復活!

387: 2017/02/05(日) 16:35:17.19 ID:V04nAEtu0

― コロシアイ学園生活四十五日目 保健室 PM7:24 ―


山田がセレスを責めなかったこと、葉隠が素直に謝ったことによりとりあえずは
一件落着ということになった。十神の指摘した通り、山田は正確には加害者側の人間なのだが、
頭に包帯を巻きリハビリに勤しむ痛々しい姿が同情を呼び、山田を責める者はいなかった。

やっと取り戻した平穏な生活の中、今日もKAZUYAは苗木と石丸に授業をするが、
どうしても超えられない壁についてKAZUYAも考えざるを得なかった。


(いくら本を読み理論を学んでも実践しなければ何の意味もない。
 それに命の重みを知るためにも実際に解剖しなければ……)

(……どうする?)


その日の夜、山田の復帰パーティーというほど盛大なものではなかったが、
保健室に十神以外の全員が揃って夕食を摂った。その後、KAZUYAはおもむろに口火を切る。


K「大事な話がある」

桑田「なんだよ、また改まってさ」

K「お前達には少しショックな話かもしれないが聞いて欲しい」

舞園「ショックな話、ですか?」

K「ああ。今度植物庭園の鶏を一羽、絞めようと思う」

「?!」

不二咲「え?! な、なんで……?!」

石丸「本気ですか?!」


388: 2017/02/05(日) 16:46:45.76 ID:V04nAEtu0

大和田「なんでまた突然……」

山田「ら、乱心?!」

朝日奈「わかった! 唐揚げにするんだね!」

江ノ島「いいじゃん。久しぶりに新鮮な食料が食べられるし」

腐川「あ、あんた達何でそんな平然としてる訳?! 絞めるってことは……こ、頃すのよ?!」

葉隠「そうだべ! いくらなんでもあんまりだ!」

大神「しかし、厳しい言い方だが我等は常に他の生き物の命を奪って生きている」

セレス「わたくしたちが今食べているこの料理にも、お肉が入っていますわ」

舞園「可哀相ですが、仕方ありませんね」

苗木「それはそうなんだけど……」

桑田「やっぱなぁ……」

霧切「そんなに嫌がることかしら?」

大和田「フツー嫌だろ……」


意外にも、女子の方が前向きな意見が多く男子の方が尻込みをしていた。
希望ヶ峰学園の女子は本当に強いなとKAZUYAは内心苦笑する。


石丸「し、しかし……今のところは食糧に困っている訳ではないし、むやみやたらに殺生するのも……」

霧切「ドクターがこんなことを言い出すなんて、何か意味があると思うのだけど?」


389: 2017/02/05(日) 17:01:16.91 ID:V04nAEtu0

大神「怪我人に精のつく物を食べさせたいのではないか?」

朝日奈「唐揚げ、ヤキトリ、鶏鍋……水炊きや蒸し鶏も美味しいよね!」

腐川「あ、あんたドーナツの食べ過ぎで頭にドーナツ詰まってるんじゃないの……?!」

江ノ島「アタシはシンプルに丸焼きがオススメかな。塩とコショウで下味つけた後に
     その地域の香草をお腹に詰めて焼くんだ。素材の味が生きてて美味しいよ?」

舞園「香草なら植物庭園にたくさんありそうですね」

大神「ウム。美容と健康、両方に良さそうだな」

霧切「それは構わないけど、パクチーを使うのだけはやめて頂戴」


余談だが、霧切響子はパクチーが苦手である。パクチーに限らず香草類は
体質的に合わない人間も少なくないため、料理に用いる際は注意が必要である。


葉隠「いやいやいや! 精のつくものなら調理場や倉庫にだってたくさんあるだろ!
    何も率先してあいつらを殺さなくたって……」

K(ほう)

腐川「う、占いバカと同じ意見なのはシャクだけど、別に頃してまで
    あの鶏を食べることないんじゃないの? 第一、誰が裁くのよ……」

苗木「えーと、先生?」

K「俺はやらんぞ?」

山田「言い出しっぺが何言ってるんですか?!」

不二咲「じゃ、じゃあどうするの? やっぱりやめた方が……」


390: 2017/02/05(日) 17:28:00.17 ID:V04nAEtu0

江ノ島「ならアタシがやろうか? 慣れてるし」

桑田(なんで女子高生が鶏裁くの慣れてんだよ!)

大和田(こいつ本当に隠す気あんのか?)


やたらと活き活きしている江ノ島に桑田と大和田は心の中でツッコミを入れる。


朝日奈「江ノ島ちゃん、スゴイ! これで大丈夫だね! 美味しく食べて貰えてあの子達も満足だよ!」

腐川「も、もう食べたことになってる……?!」

舞園「朝日奈さん、気が早いですよ」クスクス

山田「朝日奈葵殿の食い意地テラオソロシス……!」

苗木「まあ、朝日奈さんだからね……」

葉隠「だから!」


既に絞めることは確定となっている中、珍しく葉隠が声を荒げた。


葉隠「何で頃すこと前提なんだって! あいつらだって生きてんだぞ?!
    無駄に頃したりしたら可哀相だべ!」

K「無駄ではない。ちゃんと意味のあることだ」

葉隠「意味だぁ?」

石丸「ま、まさか西城先生……僕達に鶏の絞め方を教える、というつもりでは?」

K「近いな。ほぼ正解だ」


391: 2017/02/05(日) 17:45:47.96 ID:V04nAEtu0

石丸「ぬなっ?! や、やはり!」

大和田「んなこと教えてどうすんだよ……」

霧切「まだわからない? ドクターはあの鶏を使って解剖実習を行うつもりなのよ」

「か、解剖?!」


その単語を耳にした全員の表情が瞬時に固まる。
特に少し前まで盛り上がっていた女子達も流石に閉口せざるを得なかった。


腐川「かかか、解剖って……?!」

苗木(ついに来たかって感じだ……)

石丸「そ、そ、そうだな。魚だけで済む訳がない。いつかは通らねばならぬ道だ。ウム……」

霧切「魚も鶏もそんなに変わらないと思うけど」

苗木「大きさが違うよ! 鶏は変温動物じゃないし」

石丸「魚は裁く時点で既に氏んでいるからな……解剖というよりは調理の
    延長のような感じだった。絞めて解剖するのはやはり一味違うというか……」

K「鳥で怖がっているようでは人間などまだまだだぞ」

苗木「まあ、そうですよね……」

K「鼠でもいればいいんだがな。こんなことなら実験用のラットを何匹か
  持ち込んでおくべきだったよ。欲を言うなら猿がいいが、流石に運べないしな」フゥ


392: 2017/02/05(日) 18:14:40.31 ID:V04nAEtu0

K「鳥と哺乳類では全然違うが、それでも魚よりはマシだ。とにかく
  今は一回でも多く解剖していかなければならん。開いた数がモノを言う」

桑田「お、おう」

大和田「……ガンバれよ。兄弟、苗木」

石丸「ウ、ウム……」

苗木「先は長いなぁ……」

不二咲「大変だね……」


淡々としているKAZUYAに対し生徒は引き攣り気味である。


K「……ちなみに、これは苗木と石丸だけの問題ではない。
  こんな状況にいるんだ。俺はお前達全員に命の重みを教えたい」

舞園「もしかして“命の授業”――ですか? 一時期テレビでよく取り上げてましたよね」

朝日奈「なんか聞いたことあるかも……」

大和田「どんなのだ?」

セレス「小学生に豚や鶏を育てさせ、それを食べさせる授業のことです」

江ノ島「? なんでわざわざそんなことするの? 買ってきて殺せばいいじゃん」

山田「わざわざ育てさせてから頃すなんて残酷ですよね……」

不二咲「う、うん……頭ではわかってるけど、僕ならきっと泣いちゃうなぁ……」


393: 2017/02/05(日) 18:37:54.71 ID:V04nAEtu0

大神「自ら育て終わりまで見届けることによって命の重みを知るのだろう」

K「その通りだ。俺はお前達一人一人に命の重みを知って欲しい。解体作業を行うのは
  苗木と石丸かもしれないが、お前達もその重みを一緒に背負ってくれないか」

セレス「命の重み……」

霧切「そうね。必要なことだと思うわ。私達は今、命のやり取りの最中なのだから」

舞園「本当は可哀相って言っちゃいけないんですよね。私達の代わりに誰かが
    裁いてくれているから、私達は手軽に食事が出来る訳ですし……」

桑田「ま、まあ……言われてみりゃそうかもなぁ。やっぱ一度は経験しとくもんかもしれねー」

K「了承が取れて良かった。ここにいない十神も含め全員に参加してもらいたい。日にちは
  山田がある程度動かせる三日後にしよう。その間、みんなでしっかり面倒を見てくれ」

苗木「わかりました」

不二咲「僕達みんなで心を込めてお世話するね」

葉隠「…………」

葉隠(命、命か……)

山田(何も考えずにいつもご飯を食べていたけど、もっと考えるべきだったのかな……
    そうすれば、バカなことをしでかさずに済んだのかもしれない)


KAZUYAの判断は、生徒達に否応無く命とは何かを考えさせることとなった。
それがどのような結果をもたらすかはそのうち明らかとなる。


394: 2017/02/05(日) 18:55:44.49 ID:V04nAEtu0

ここまで。

V3クリアしました。本当はもっと前に終わってたんですが、
あんまり早く戻ってくるとネタバレする人がいるかなと思ったのと
オマケがあまりにも面白かったのでそれをやりこんでました


406: 2017/02/17(金) 20:56:27.70 ID:NbijGcJDO
遅れてすみません。最近シリアス続きだったため持病のギャグSS書きたい病が出てきて
V3のギャグ書いてました。何本か書いたらまた本格的に復帰する予定


とりあえず自由行動安価出しときます。

と言っても霧切さんも親密度が上がり部屋選択が可能になったので
もう残ってるメンバー少ないし葉隠大神はオート選択でいいかな。いいよね?

強化したい生徒を選択してください。
()の数字は強化した回数。記憶頼みなので間違ってるかも
選択可能:苗木(2)、桑田(1)、舞園、霧切、石丸、大和田(1)、不二咲(1)、朝日奈、腐川


↓2


420: 2017/03/05(日) 22:20:37.47 ID:mNJ5Krbv0

― 自由行動 コロシアイ学園生活四十七日目 植物庭園 PM2:04 ―


「やはりここにいたか」

「……K先生か」


鶏小屋の前で葉隠が座っている。
今回はKAZUYAに背を向けることなく、葉隠はただぼーっと鶏を見ていた。


「随分ここが気に入っているんだな」

「まあな。動物は元々好きだし、人間みたいに面倒じゃねえから」

「…………」

「あー、美味そうに餌をつついてるべ。まさかあと数日の命なんて知りもしねえでよ」

「……やめて欲しいか?」

「うんにゃ。可哀相だとは思うけど、実験のためって言うなら仕方ねえべ。
 その後全部食うならこいつらの氏も無駄にはならねえしよ……」


溜め息をつきつつ、葉隠はサバサバと語る。
しかし、その顔は納得というよりは諦めに近かった。


「お前にそんな風に想って貰えてこいつらも幸せだな」

「なんだべ、急に」


421: 2017/03/05(日) 22:27:48.78 ID:mNJ5Krbv0

「いや、誰かに想って貰えるというのは本当に幸福なことだと俺は思う。
 お前の母親だってお前のことをとても思ってくれているんだろう?」

「そりゃそうだ。世界に一人しかいない俺の母ちゃんだしよ。
 ……ハァ、俺が急にいなくなって心配してんだろうな」

「他のみんなの家族も、お前の母親のようにきっと我が子を案じているはず」

「まあ、そうだろうな……」

「そして俺もだ」

「先生もか?」

「ああ。こんなに長い期間、同じ場所で寝食を共にしたお前達には単なる教師と生徒という
 関係だけではなく、歳の離れた兄弟のような……そんな特別な感情を持っているよ」


KAZUYAは軽く笑うと、次に真面目な顔で葉隠の瞳をじっと見つめる。


「だからお前のことも心配だ」

「…………」

「変なことをしでかさないかは勿論、みんなと軋轢が生じて仲間外れにされたりしないかとかな。
 今は上手く行ってるが、また孤立して欲しくはない」

「先生は不思議な人だべ。……ちょっと母ちゃんに似てるかもな」

「お前の母親に?」

「母ちゃんは看護婦だからな。俺と違ってとにかく面倒見が良くて優しくて出来た人なんだ」

「そうか」


422: 2017/03/05(日) 22:37:41.42 ID:mNJ5Krbv0

「ついでにイケメンの俺の母ちゃんらしくもの凄い美人だべ。若くてモテモテで頭も良くて優秀でよ」

「そうか……」

「……ま、考えとくべ。K先生の言ってることは大体当たってるからな。俺の占いほどじゃねえけど」

「三割よりは当たってるつもりだがな」

(良かった。この調子なら葉隠は大丈夫そうだ)


KAZUYAはフッと笑うとその場を離れた。


               ◇     ◇     ◇


(山田が目を覚ましてくれたお陰で、ゆっくり時間が取れるようになったな)

(どうする? 久しぶりにいつものメンバーと親睦を深めてもいいな。
 そういえば最近は舞園とあまり話していなかったし、たまには……)


スッ。


(? 気のせいか? 今何か気配を感じたような……)


スッ。


「?」


もう一度振り返るがそこには何もない。


423: 2017/03/05(日) 22:52:41.16 ID:mNJ5Krbv0

(俺の気のせいか……)

「西城せーんせい!」

「うおっ?!」


いつの間にか目の前に舞園が立っていた。


「そろそろ私の番かと思いました!」

「な、何の話だ?」

(こんなに近くにいるのに全くわからなかった。この子は忍者か何かなのか……?)

「私を探していませんでしたか?」

「確かに君のことを考えていたが、何でわかったんだ?」

「エスパーですから」フンス!

「はァ?」

「フフ♪ 久しぶりに言えました、この台詞。先生、これから私の部屋に来てくれませんか?」

「え? 女生徒の部屋に二人っきりは不味いと思うんだが……」

「では行きましょう! 逃しませんよ~」ガシッ

「ハハ……逆らえんな」ポリポリ


舞園の部屋は他の生徒の部屋に比べてほとんど私物がなく小ざっぱりとしている。
しかし、どことなく良い香りがするのは流石はアイドルと言ったところか。


424: 2017/03/05(日) 22:59:06.34 ID:mNJ5Krbv0

舞園はKAZUYAをベッド脇に座らせると脇のテーブルに持ってきた紅茶セットを置いて、
当たり前のようにKAZUYAのすぐ隣に座った。そして、こちらを見上げて微笑む。


「ウーム……」


純粋に可愛らしいなとKAZUYAは思った。
計算ではなく自然にこういう仕草が取れてしまうのはやはり才能なのだろう。


(いかんいかん。この子は自分のペースに持って行くのが上手い。乗せられんようにせんとな)

「最近はどうだ? 手首の調子は」

「はい! リハビリの成果が少しずつ出ていて、まだ完璧じゃないですけど
 日常生活には全く差し支えないです」ニコニコ

「それは良かった」

「ナース修行も順調です。採血くらいならもう一人でも出来ますよ」ニコニコ

「君はなかなか器用だからな。物怖じしないし、向いているかもしれん」

「じゃあ、ここから出たら看護婦になって先生に付いて行っちゃおうかな?」

「俺の職場は危険が多いからあまり勧められんが」

「大丈夫です。先生が守ってくれますから!」

「フッ。期待を裏切らないように頑張るよ」


その時、今までずっと機嫌良くニコニコと笑っていた舞園が
ふと真面目な顔になった。KAZUYAの手を掴むと、両手で強く握りしめる。


425: 2017/03/05(日) 23:07:43.41 ID:mNJ5Krbv0

「舞園?」

「約束ですよ。ここにいる間だけでもいいので、私達のこと……ずっと守ってください」

「勿論だとも」

「遠くに行ったりしないでください」

「……ああ」

「ずっと、ずーっとですよ?」


舞園は悲しそうな顔で、KAZUYAの腕に自分の頭を預けた。


「正直、私……みんなが無事ならずっとここにいてもいいかなって思い初めてるんです」

「…………」

「駄目ですよね、そんなこと考えちゃ」

「いや。焦るよりはずっといい。思い詰めないことだ。君は真面目だからな。ただ、何分こんな状況だ。
 誰かが怪我をしたり……最悪氏ぬことも有り得るということは忘れないでおいた方がいい」

「……はい」


しがみついたまま離れない舞園の頭をそっと撫でてやる。
すると、彼女の肩の力が抜けていくのがわかった。


(舞園は勘が良い。何か感じているのかもしれんな……)


426: 2017/03/05(日) 23:16:53.31 ID:mNJ5Krbv0

               ◇     ◇     ◇


舞園と別れると、KAZUYAはその足で腐川の部屋に向かった。
インターホンを鳴らすと、すぐに扉が開く。


「誰よ……」

「俺だ」

「あ! せ、先生……」

「特訓は順調か?」

「まあまあ、って所かしらね。……とりあえず、入って」


KAZUYAは空気が淀んでいる腐川の部屋に入った。これでも一時期よりは大分臭いも
マシになった方だが、先に舞園の部屋にいたためどうしても比較してしまう。


「腐川……部屋のことだが……」

「う、うるさいわね! これでも少しは綺麗になったのよ……!」

「まあ、そうだな。ゴチャゴチャしているが埃はさほど積もっていないようだ」

「そうよ。最近は頑張ってるんだから……」


綺麗好きのKAZUYAからしたらまだまだ汚い部屋だが、少しずつ頑張っている腐川に
頭ごなしに注意するのも良くないだろうと、KAZUYAは言葉を飲み込んだ。


427: 2017/03/05(日) 23:27:27.80 ID:mNJ5Krbv0

「風呂には入っているのか?」

「フ、フン……最近はちゃんと三日に一度は入ってるわよ」

「偉いじゃないか。次は一日置きくらいに入れるといいな。細菌の繁殖を考えたら
 最低でもそのくらいの頻度で体は清潔にした方が良い。病気になったら大変だからな」

「心配してくれるのね」ニヘラー

「当たり前じゃないか。俺は医者だぞ」

「はうっ?! そ、そうやって女に優しい言葉をかけてたらしこむ訳ね……!
 でも、先生ならいいわよ。全部、あげちゃうわ……う、うひひひひ……」

「……で、特訓は?」


KAZUYAは解剖実習に向けて、腐川に一つの課題を課した。それは血液恐怖症の克服である。
血を見るたびにいちいち気絶されてジェノサイダーに場を荒らされるのは双方にとってマイナスだからだ。


「まあまあ、て所よ。とりあえずやってみる?」

「ああ、やってみてくれ」

「…………」


腐川は指の絆創膏を外して、青い顔をしながら事前につけた傷をジッと見る。


「見なさいよ。この程度ならもう……」

「よし。成長しているな。ならもっと大量の血はどうだ?」


KAZUYAはマントからメスを取り出す。


428: 2017/03/05(日) 23:38:34.65 ID:mNJ5Krbv0

「ヒィッ?! まさか……」

「目を逸らすなよ」ザシュッ


薄皮一枚分の皮膚を切り裂く。


「」バターン!

「ム、まだ早かったか。腐川、しっかりしろ」ユッサユッサ

「……んんー?」


目を覚ますとバッと腐川は飛び上がって態勢を整える。


「お花畑の殺人鬼! ジェノサイダー翔でーす! あれま? カズちんじゃーん! 王子様がアタシを
 起こしてくれたって訳ー? 王子にしちゃあ、ちょーっとマッチョだけどさ! ゲラゲラゲラ!」

「血液恐怖症を治す特訓をしているのは腐川から聞いているな?」

「あたぼーよ。お陰で頻繁に入れ替わるからもう落ち着かない落ち着かない! コイントスかっての」

「出てきて早々悪いんだが、特訓のためにまた戻ってくれないか?」

「ハァ? 折角出てきてカズちんとお喋りしてんのに?」

「お喋りならあとで幾らでも付き合ってやる。頼む」

「しょーがねーな。センセの頼みじゃ断れないし」


ジェノサイダーは素直に置いてある胡椒を頭からかぶった。


(とりあえず、解剖実習までには間に合わせたい所だ……)


437: 2017/03/20(月) 18:26:57.51 ID:Cp/eObsX0

― 武道場 PM9:27 ―


「ハッ!」

「ぬぅん!」


ダンッ!

激しい踏み込みの音が板の間に響く。KAZUYAの拳を大神が受け止めビリビリとした衝撃が走った。


(西城――この短期間でこれほど食らいついてくるとは恐るべき男よ……!)


ここ数日、KAZUYAは毎日大神と組手をしていた。元々恵まれた体格を持ち、何度も
危険な橋を渡ってきたKAZUYAは戦闘者としての勘も持ち合わせていた。才能があったのだ。
そんな男がトップクラスの実力を持つ大神に直に鍛えてもらえば、その効果の程は言うまでもない。


(もはや我も手加減をする余裕はない。半端に手を抜けば必ずそこを突いてくる……)


勿論、大神やケンイチロウと言ったトップクラスの人間とはまだまだ隔絶した壁がある。
だがそこいらの格闘家には既に引けを取らない実力があり、油断すれば万が一ということが
絶対ないと言い切れない程度の実力を身に着けていた。


「…………」

「…………」


二人の間の会話は少ない。


438: 2017/03/20(月) 18:36:56.61 ID:Cp/eObsX0

何となく武道場に集まりいつの間にか戦っている。それが当たり前になってきた。
KAZUYAとて迷いも苦悩もあるが、体を動かすことでそれを発散していた。


(この時間が無駄かどうかなど考えん! ただ俺は俺に出来ることをするのみ!)


今この瞬間も刻一刻と、終わりの時間が迫ってきている。

モノクマは甘くない。KAZUYAもそれはわかっている。
だが、無駄だと切り捨てて何もしないということをしたくなかった。


             ・

             ・

             ・


「西城殿」

「何だ?」


激しい攻防を終え、二人で向き合って黙想をしていた時だった。


「――西城殿にはどこまで話しただろうか。我のことを」

「由緒ある古い道場の一人娘だろう? 大勢門弟がいるようだな」

「そう……。我は乳母車に乗る前から闘いを仕込まれた」


439: 2017/03/20(月) 18:53:02.09 ID:Cp/eObsX0

訥々と大神は自分のことを話し始める。跡取り息子がいないことで、
父は自分に全ての期待を懸けていたこと。その父を追い抜いた時のこと。

ケンイチロウという名のライバルがいたこと――


「超高校級の格闘家やら人類最強などと持て囃されているがとんでもない話だ。実際は奴の方が強い」

「……そうか。暗殺拳の使い手ともなると、気軽に表舞台には立てないのだろうな。俺と同じだ」

「それもあるが、もう一つ別の理由がある」

「別の理由?」

「……奴は今、病と戦っている」

「!」

「西城殿に頼みがある。ここを出たらケンイチロウを診てはくれないだろうか」

「……」


KAZUYAは一呼吸だけ間を置いて頷いた。


「言われなくてもそのつもりだ。俺は病に苦しむ人間を放ってはおけん」

「ならば、安心だ……」


スッと大神は立ち上がる。


「確かに約束したぞ」

「ああ。任せてくれ」


440: 2017/03/20(月) 19:04:08.76 ID:Cp/eObsX0

― 脱衣所 PM11:47 ―


誰もいないことを入念に確認して中に入ったKAZUYAが、脱衣所に一人佇んでいる。
正確には、不二咲の人格を模した人工頭脳アルターエゴと会話をしていた。


「……頼んだぞ」

『わかったよ。任せて。でも、そんな日は来ないといいな……』

「そうだな――」

「誰かいるの?」


バッと振り返るとそこには不二咲が立っていた。


「不二咲か。今来たのか?」

「うん。明日いよいよ解剖実習だから、緊張して寝付けなくて……
 あ、先生。アルターエゴと話してくれていたんだ」

「ああ」

「時々話してくれているんだよね。ありがとう。何を話していたのかな?」

「…………」

「?」


キョトンとする不二咲を見ながら、KAZUYAは僅かに逡巡する。


441: 2017/03/20(月) 19:13:00.25 ID:Cp/eObsX0

(……あまり黙っていても仕方ない。言っておいた方がいいか)

「俺に万が一のことがあった時のことを考えてアルターエゴにいくつか
 指示を出しておいた。もし何かあったらアルターエゴに相談するといい」

「えっ」


単なる雑談だと思っていた不二咲は、途端に顔を曇らせた。


「そっかぁ。そうだったんだね……」

「ああ。今まで平和すぎた。そろそろモノクマが動かないとも限らん」

「そうだよねぇ……」

「…………」


暗い顔をする不二咲を元気づけるには何を話せばいいだろうとKAZUYAは思案する。


「まだわからないさ。俺は立場上いざという時のための備えだけはしておかんといけないからな。
 強くなるんだろう? この程度でいちいち動揺したら強い男にはなれんぞ」

「うん……」

「――少し話をしようか」


二人は向かい合ってベンチに座る。


442: 2017/03/20(月) 19:22:42.38 ID:Cp/eObsX0

「確か不二咲にはまだ話していなかったな。アルターエゴも聞いて欲しい。記録してくれ」

『何を話すの?』

「俺の一族や生い立ちについてだ」


KAZUYAは話した。一族の掟、宿命。両親の自己犠牲。KAZUYA自身の過去の経験や覚悟――


「俺はオカルトを信じてはいないが、俺が今ここにいるのは何らかの運命を感じている」

「運命?」

「ああ。縁があったんだろうな。今まであった運命的な出会いの一つ一つと同じように。
 学園長の狂気的な執念が実っただけとも言えるだろうが……」

「先生にとっては迷惑だったよねぇ。こんなことに巻き込まれちゃって」

「いや、そうでもない」


KAZUYAは柔らかく笑う。


「学園長は君達の才能を人類の希望と評した。……だが、俺にとってそんなことはどうでもいい。
 ただ未来ある若者達を護ることが出来て、ささやかだが力になれて良かったと思っている」

「でも、大変でしょう? 特に、先生は一人でたくさん抱え込んじゃうから……」

「慣れっこさ。親父も祖父もそれ以前の先祖達もみんなそうやって生きてきた。
 俺にとってはこれは当たり前の生き方なんだ。むしろ、それ以外の生き方は知らない」

「だが、俺は一族に生まれて良かったと思っているよ。他人のために生きることが出来て、
 他人を救うことが出来る。時に人の人生の岐路に立ち会うこともある。本当に素晴らしいことだ」


KAZUYA達一族の人間にとってはもはや当たり前の真理であり、この話を聞いた人間は
大体K一族の覚悟の深さに感銘したりおののいたりするのだが、不二咲だけは反応が違った。


443: 2017/03/20(月) 19:52:24.74 ID:Cp/eObsX0

「――でも、そんなの悲しい」

「悲しい?」

「苦しんでいる人を助けるって凄いことだし、お医者さんて本当に立派だと思う。
 でも、先生だって人間なんだから僕達みたいに色々楽しんでもいいはずなのに……」

「今みたいに西城先生しかお医者さんがいない時は仕方ないけど、
 普段はもっと遊んだり息抜きしてもいいんじゃないかなぁ」

「他のお医者さんだって、もっと自分達のこと信頼してほしいって思っているんじゃ……」

「…………」


高品、大垣、七瀬、磨毛、岩動の顔が咄嗟に浮かぶ。


「あ……! ご、ごめんなさい……少し話しただけなのに、
 先生のこと知った気になって偉そうなこと言っちゃった……」

「いや……」

「でも、僕――ううん。僕達みんな、西城先生のこと大好きなんだ。大好きなんだよ?」


七瀬の思い詰めた瞳を思い出した。山荘に押しかけた彼女に自分は冷たい対応をしてしまった。
彼女が自分に好意を持ち、覚悟を持って訪れてくれたことはわかっていたのに。


(受け入れる勇気がなかった。俺には。宿命を語っているくせに、俺は一族の宿命から逃げている)

「だから、先生の力になりたいんだ。僕達じゃ頼りないかもしれないけど」

「……そんなことないさ。お前は本当に強くなったな。もう俺より強いかもしれんぞ?」

「もう、茶化さないでください!」

「本音なんだがな……」


苦笑すると、もう遅いからと不二咲を帰らせる。そしてKAZUYAは一人翌日の準備をしたのだった。


447: 2017/03/27(月) 21:36:00.05 ID:K29RTS+m0

― コロシアイ学園生活四十八日目 食堂 PM2:00 ―


食堂には一人の医者と16人の高校生が集まっていた。

怪我人の山田は入院着を着て車椅子に乗り、リハビリ中のセレスも一人椅子に座っている。
十神とセレス、そしてKAZUYAはいつも通りの格好だが、残りの生徒達はそれぞれジャージを
着て待機していた。これから行われる作業で服を汚さないためだ。


石丸「十神君! 来てくれたのか!」

十神「フン、珍しい物が見れると聞いてな」

江ノ島「あんたって、なんだかんだこういうイベントには顔出すよね」

朝日奈「本当は寂しいんじゃないの?」

十神「馬鹿なことを言うな。十神一族の当主がたかが鶏も絞められんとなっては
    恥ずかしいからな。いくら知識があっても経験がなければ意味がない」

K「やる気十分なのは良いことだが、残念ながら鶏の数は限られている。絞めるのは一人だけだ」

桑田「で、誰がやんだよ? メンタル弱そうっつーとイインチョか?」

石丸「僕は一応覚悟をしてきた。構わないぞ……」

苗木「僕も……」

不二咲「ゴメンね。僕は無理かも……もし先生に指名されたら、頑張るけど……」

大和田「ムリすんじゃねえ。俺は準備万端だぞオラァッ!」

葉隠「よし! じゃあオメーらでやってくれ。な?」

霧切「別に女子でもいいと思うわ」

舞園「私はやれます」

朝日奈「私も、やれって言われたらやるよ?」


448: 2017/03/27(月) 21:47:15.35 ID:K29RTS+m0

大神「我がやろう」

腐川「あ、あたしは無理よ! まだ血に慣れ始めたばかりだし……」

江ノ島「じゃあアタシがやる?」

山田「……今回ばかりは怪我してて良かったなぁ」

セレス「そうですわね……」


生徒達はお互い誰がやるかを議論し、その中心には鶏の入ったダンボールが置かれている。
これから自分に起こる不幸に気付いているのか、鶏は哀れに鳴いていた。


桑田「で、実際どーすんのよ? くじ引きでもするか?」

苗木「KAZUYA先生に決めてもらおうよ。それが一番いいと思うんだ」

K「誰に頼むかはもう考えてある」

腐川「あたしじゃありませんようにあたしじゃありませんように……」

大和田「おめえは大丈夫だろ。ジェノサイダーになられても困るしな」

K「――葉隠。どうだ?」

葉隠「そうか。俺か。そうだよなぁ。……って、ええええっ?!」


最初はうんうん頷いていた葉隠が両手を挙げてギョッとする。


山田「綺麗なノリツッコミでしたね」

朝日奈「うーん。葉隠かぁ。大丈夫?」

大神「心配だな」


449: 2017/03/27(月) 21:58:17.19 ID:K29RTS+m0

十神「いや、なかなか適切な人選だぞ。汚い仕事は汚い人間がやるのが相応というものだ」

セレス「鶏くらい絞められなくてどうすると言ったのはあなたですが」

十神「手が汚れる。汚れ仕事をこの俺にさせるつもりか」

セレス「変わりませんね、あなたは……」

石丸「うぅ……正直ほっとしている自分が情けない……」

大和田「気にすることはねえ、兄弟。俺だってそうだからな」

不二咲「大丈夫、葉隠君?」

葉隠「ムリムリムリムリ! なんで俺だべ?! 他にやる気あるヤツいっぱいいるだろ?!」

苗木「う、うん。嫌がってる人に無理やりやらせるのはどうかな?」

苗木(そもそも先生はどうして葉隠君を指名したんだろう?)

舞園「私が代わりましょうか?」

葉隠「そうしてくれ! 助かるべ!」

江ノ島「あんた、女子に代わってもらうって恥ずかしくないの……?」

腐川「す、少しは恥を知りなさいよ!」

葉隠「それとこれとは別問題だっての! こういう時だけ女子女子言って男女差別だべ!」

大神「まあ、躊躇うと苦しませてしまうやもしれん。代わった方がいいかもしれぬな」

不二咲「あんまり痛い思いをさせたら可哀想……僕、勇気を出してみようかな……」

桑田「やめとけって。具合悪くなっちまうぞ」


450: 2017/03/27(月) 22:07:04.76 ID:K29RTS+m0

K「葉隠、本当に無理か?」

葉隠「ムリだべ!」

K「――本当にか?」

葉隠「…………」


汗をだらだらと流しながら、葉隠は俯きがちに溜め息を吐いた。


葉隠「そういう顔で見ないで欲しいんだけどよ……」

大和田「先公のことだから、どうせなんか考えがあんだろ?」

霧切「聞かせてもらえるかしら? ドクターの考えを」

K「大した理由じゃない。この中で一番葉隠が鶏を大事にしているように見えたからさ」

モノクマ「一番大切に思ってる人にあえて殺させる! いいね! 最高に絶望的な展開だよ!」ハアハア


いつの間にか紛れ込んでいたモノクマが汗を流しながらガッツポーズをしている。


山田「ぬわあああっ!」

腐川「なんであんたがいるのよ……!」

モノクマ「だって何だか面白そうなことしてるし」

桑田「お呼びじゃねーっつーの」シッシッ

朝日奈「今大事な話をしてるから後でね!」シッシッ

モノクマ「ショボーン。ボク学園長なのにさ」


451: 2017/03/27(月) 22:19:40.31 ID:K29RTS+m0

舞園「帰ってください」

セレス「邪魔ですわ」シッシッ

モノクマ「はいはい。お邪魔虫ならぬお邪魔熊は帰りますよーだ」スタスタ

霧切「それで、何故鶏を大事にしている葉隠君に頼むの?」

不二咲「葉隠君が可哀想なんじゃ……」

K「これ以上の答えは自分で考えてくれ。何でも人から教えてもらうのでは成長しないだろう?」

葉隠「…………」

K「ちなみにこれは強制ではない。もし駄目なら、その時は石丸。お前がやれ」

石丸「ぼぼぼ、僕ですか?!」

K「不二咲は優しすぎるが、そこが長所でもあるからそれを無理に潰すことはない。
  腐川はまだ血液恐怖症を克服したばかりで、いきなり鶏を絞めるのは厳しい。
  他のメンバーは特に問題ないだろう。そうなると消去法でお前しかいない」

石丸「仰る通りです……」

K「で、どうするんだ葉隠? あまり時間はやれんぞ?」

葉隠「何でいきなりそんなこと言い出すんだべ……せめて、もっと考える時間があればよ……」

K「常に時間がある状況とは限らん。突然人生の重要な選択肢を迫られることなど
  この世にはザラにある。俺の親父は俺の目の前で事故で氏んだ。あっという間だった」

葉隠「うぅ……」


葉隠は額から流れる汗を腕で拭った。他のメンバーはその様子をジッと見ている。


452: 2017/03/27(月) 22:29:47.46 ID:K29RTS+m0

十神「早くしろ。この俺の貴重な時間を使っているんだぞ」

葉隠「しょうがねーだろ! 俺だってたまには真剣に悩むんだべ!」

K「十分以内に決めろ。それで駄目なら石丸にやらせる」

葉隠「クッソ……」


時計を横目でチラチラ見ながら、葉隠は考える。何故KAZUYAは自分にやらせるのか。

――その意図は何だ?


石丸「葉隠君……その、もし君が嫌なら無理をすることはないぞ!
    僕は既に心の準備が出来ているからな。僕に気を遣う必要は全くない!」


明らかな空元気で気を遣われると居心地が悪い。石丸に続きお節介なメンバーが声をかける。


苗木「無理しなくていいんじゃない? 葉隠君てよく鶏小屋にいたもんね」

朝日奈「ダメなものはダメなんだし、男子だからってムリすることはないよ」

舞園「そうですよ。気にしなくていいと思います」

葉隠「お、おう……」チラリ

K「…………」


KAZUYAは葉隠が決断するまでもう何も言うつもりはないらしく、腕を組んだまま目を閉じている。


葉隠(な、なんで俺なんだ?! 自分で考えろって言われても……)

桑田「悩んでんなー」


453: 2017/03/27(月) 22:42:14.70 ID:K29RTS+m0

江ノ島「そんな悩むこと? 一瞬で終わるっしょ」

十神「全くだ。たかが鶏一羽を頃すだけだぞ?」

大和田「オメエらな……」

山田「悩むに決まってますよ! 僕は直接見ていませんが、葉隠康比呂殿は一番鶏を
    かわいがっていたんでしょう? それを頃すかどうかって話なんですよ?」

セレス「悲劇的ですわね」

不二咲「――本当にそうかな?」

「!」


全員の視線が不二咲に向かう。


不二咲「あ、えっと、その……」

霧切「気にしないで、続けて」

大和田「おう。言ってみろよ。オメエはどう思うんだ?」

不二咲「あのね……大切な人に殺されるなんて絶望的だってモノクマは言ったけど、
     本当にそうなのかなって。だって、葉隠君がやらなくたって石丸君がやる訳だし、
     仮に石丸君が無理でもその時は別の誰かがやる訳でしょ?」

不二咲「結局誰かに殺されるんだったら、親しい人にやってもらった方が鶏にとっても
     幸せなんじゃないかなって……僕がそう思っただけなんだけど……」

葉隠「……!」


454: 2017/03/27(月) 23:00:42.36 ID:K29RTS+m0

大神「成程な。それは一理ある。時に武人は親しい人間に介錯を頼むものだ」

石丸「そういうものなのか? 僕は親しい人間だからこそ手を汚して欲しくないと思うが……」

桑田「んなもん人によるだろ。……俺だってイヤだし」

朝日奈「うーん。どっちだろう? 大切な人にしてもらいたいような、してもらいたくないような……」

霧切「私は大神さんの意見に賛同するわ。どうせ終わる命なら、親しい人に見守って貰いたいもの」

セレス「……そうですわね。同感です」

苗木「僕もそうかもしれない。実際にそんな状況になった訳じゃないからよくわからないけど」

葉隠「そっか。そういう考え方もあるんだな……」


俯いていた顔を上げ、葉隠は宣言する。


葉隠「俺がやるべ! それがこいつにとっても一番いいって言うならやるしかねえだろ!」

K「……良く言った」フッ

K(あくまで俺の予想だが、葉隠は大切なものを失うという経験をあまりしていない。
  優しい母親がいつも守ってくれたからだろう。故に、悪気なく問題発言をしてしまう)

K(鶏と家族や友人では比べるまでもないが、それでもやらないよりはマシだろう。
  小さなことかもしれんが、今日の決断がきっと今後の成長に繋がると俺は信じたい)

腐川「ま、まあそれでいいんじゃない」


455: 2017/03/27(月) 23:13:46.62 ID:K29RTS+m0

江ノ島「うーん、鶏の気持ちかぁ。考えたことなかったな……」

十神「鶏の気持ちが一番大事と言うならそもそもコイツは氏にたくないと思うが」


「……………………」


場が静まった。


葉隠「と、十神っちぃー!!」

桑田「おめーなぁ!」

朝日奈「あんたねぇ! 少しは空気読みなさいよ!!」

十神「お前達が鶏の気持ちとかいう訳のわからないことを言い出すからだろう。
    鳥にそんな高度な思考が出来る訳がない。せいぜい生存本能くらいしかなかろう」

石丸「十神君ッ!! 流石の僕も君がKYというものだということはわかるぞ!」

大和田「こいつ本当に空気読めねえな……」

舞園「まあ、十神君ですからね……」

苗木「は、はは……」

霧切「ハァ……」

K「…………」ハァ


こうして葉隠が担当することとなったのである。


462: 2017/04/02(日) 23:13:41.47 ID:Gbd4FU460

K「――では、いよいよ絞め方を教える」


ゴクリ、と誰かの喉が鳴った。床には木箱が用意され、その上には倉庫から
持ってきたガスコンロが置かれている。火の掛かった鉄鍋の中でグツグツと湯が煮えていた。


K「素人がやる場合は暴れないよう事前に吊るすのが有効だが、今日は俺がいるから省略する」

K「まず頸動脈を絞めて気絶させろ。その後一気に刃物で切断し頃す。……これだけだ」

葉隠「お、おう……」

山田「これだけって……そのこれだけが大変なんですけど……」

K「……そうだな。鶏も生きている。今回は特別に俺が針麻酔を使って痛みを取ろう」

不二咲「良かった。痛くないんだね……」ホッ

セレス「西城先生は鶏にすら優しいのですね――」

K「生き物だからな。鳥だって魚だって虫だって生きている。命に貴賤などない。
  ここに布を用意してある。無用に恐怖を与えないよう目も覆ってやれ」

苗木「じゃあ僕が持ち上げるよ。……暖かいね」

K「まだ生きているからな」

「…………」


しんみりする生徒達を見て、KAZUYAはあることを思いつく。


K「……そうだ。直接触った方がいいか。全員、持ってみろ」

不二咲「うん……」


生徒達は順々に鶏を抱え回していく。
以前だったら絶対嫌がっていたであろうセレスでさえ黙って抱きかかえた。


463: 2017/04/02(日) 23:36:24.30 ID:Gbd4FU460

セレス「…………」

山田「温かいですな……」

江ノ島(鶏の暖かさなんて考えたこともなかった……鶏も他人も所詮自分が生きていくための
     餌でしかない。それ以上の意味なんてない……でも西城は命の価値に差なんてないって
     言ってる。どうしてそんな風に思えるのか、私にはわからない……)

十神「おい……まさかこの俺にもやらせるんじゃないだろうな?」

霧切「嫌なら帰ればいいんじゃないかしら」


鶏を抱えたまま霧切が睨む。その後ろからKAZUYAと大神も無言の圧力を放っている。


セレス「もしや十神君は鶏が怖いのではないですか? 十神一族の御曹司が鶏も触れないなんて」アラアラ

朝日奈「えっ、そうなの?」

十神「チッ、そんな訳あるか。貸せ」


渋々十神も鶏を受け取った。が、


「コケーッ!」バサッバサッ

十神「あ、暴れるな?! この……!」

桑田「嫌われてやんの」プッ

石丸「やはり動物は人を見る目があるのだな!」

K「そのまま押さえておけ。舞園、目隠しを」

舞園「はい。目隠ししますね」


舞園が目隠しをし、KAZUYAが針麻酔を使う。そして、いよいよ葉隠の手にやってきた。


464: 2017/04/02(日) 23:48:01.56 ID:Gbd4FU460

K「よく見ろ。ここをこう持つんだ。親指と中指をここに当てて……」

葉隠「こうか?」

K「中途半端にやるとかえって苦しませることになる。思い切りよくやれよ」

葉隠「わ、わかったべ……」


言われた通りに首を持ち、葉隠は一気に絞めた。


葉隠「ひぃぃ……」

K「よし、落ちた。これを使え」

葉隠「これって、K先生のメスじゃねえか……!」

K「本来こういった用途に使うものではないが、俺のメスは特別よく切れる。――苦しませるな」

葉隠「……!」


葉隠はKAZUYAから受け取ったメスを見つめ、しっかりと握る。


石丸「頑張れ! 葉隠君、頑張れ!」

朝日奈「しっかり!」

大和田「一思いにやっちまえ!」

腐川「やる時は声をかけなさいよ。その時だけ目を逸らすから……!」


声援を受けながら、葉隠は構えた。


465: 2017/04/03(月) 00:02:39.94 ID:BiQaIDbs0

葉隠「い、行くべ……」

大神「覚悟を決めたようだな」

苗木「葉隠君……」


舞園と不二咲は祈るように両手を組んでいた。背中に脂汗が浮かんでくる。
葉隠は一度だけギュッと目を閉じ、そして手を振り上げた。


葉隠「でやあああああ!!」


ザシュッ!

床に敷かれた古新聞に鮮血が散る。


桑田「……やったか?」

K「いや、浅い」


KAZUYAの冷静な指摘通り、気絶から目を覚ました鶏は暴れ始める。


葉隠「うわ?! ちょっ……?!」

山田「アイエエエエ?!」

腐川「ヒイイイイイイ!!」

K「早くしろ! もう一回だ!」

葉隠「このぉっ!」


追撃し、押さえ込んだ。血が抜けるに連れて、少しずつ抵抗が弱くなっていく。


葉隠(許してくれよ……ちゃんと美味しく食べてやっから……)


466: 2017/04/03(月) 00:14:16.49 ID:BiQaIDbs0

K「……氏んだな」

葉隠「っはぁ」ドサッ


葉隠は思わず尻餅をついた。乱れていた呼吸が整い始める。


K「よくやったな。初めてにしては上出来だ」

葉隠「お、おぉ」


KAZUYAの差し出した手を掴んで葉隠は立ち上がった。周りの生徒も口々にお疲れ様と葉隠を労う。


K「勉強のためとはいえ、尊い命を奪ったのだ。まずは全員で黙祷しよう」

「…………」


KAZUYAの言葉により、生徒達はそれぞれ合掌し目を閉じる。そして、解剖の前の下処理を行った。
まずは逆さに吊るし血抜きを行う。その後は湯に漬けて毛穴を開かせ、羽をむしった。


江ノ島「本当はお湯に漬けない方が旨味が残って美味しいんだけどね」

K「仕方あるまい。羽を綺麗に抜くにはコツがいる。あまり時間をかけたくないから確実性を取った」

朝日奈「わあ、鶏肉っぽくなってきたね!」

大神「腐川よ。もう大丈夫なのではないか?」

腐川「ま、まだよ……これから解剖して内臓とか出すんでしょ?!」

K「無理はしなくていい。具合が悪くなっても困るしな」



467: 2017/04/03(月) 00:25:54.54 ID:BiQaIDbs0

机の上に敷かれている事前に消毒したビニールシートに、鶏の胴体を置く。


K「さて……では解剖の前に、まず鶏の体の構造や生態について簡単に説明しよう」

K「当たり前だが、鶏は鳥類なので歯がない。餌と一緒に食べる砂ですり潰して消化するんだ。
  その際に使われる臓器を砂嚢(さのう)と呼ぶ」

K「上から順に見ていこう。頭部には「鶏冠(とさか)」、顎に「肉髯(にくぜん)」と呼ばれる
  皮膚が発達変化した装飾器官があり、雌より雄のほうが大きい。何故赤いかわかるか?」

十神「血の色だろう。皮膚が透けているんだ」

K「正解だ。この部分は毛細血管が集まっており、それが透けて赤くなっている。流石だな」

十神「フン、この程度も知らんと思うか? 馬鹿にするな」

K「まばたきは、下から上にかぶせるように行なう。常に首を前後左右に振っているのは
  眼球運動が出来ず視界を確保するためだ。鳥はそういう構造のものが多い」

桑田「おー、だから鳩とかも首振って歩いてんのか」

大和田「ハー、なるほどなぁ」

K「次にここを見てくれ」

苗木「えーと……(お尻、だよな……)」

K「これは「総排出孔」という。鶏は糞・尿・卵・精0が同じ穴から排出されるんだ」

山田「一箇所しかない?! なんというか、それは大変そうですな……」

葉隠「つーことは……ウOコ出す穴から卵出してるってことか?! ばっちいべ」

セレス「まあ、汚いですわね」

K「スーパーで売ってる卵は洗浄済みだからそこまで神経質になる必要はないが、新鮮な物を
  触った時はきちんと手を洗うことだ。生物の糞尿には様々な雑菌が含まれているからな」


468: 2017/04/03(月) 00:38:50.22 ID:BiQaIDbs0

K「受精から殻が出来て生み出されるまでは約1.5日かかり、雌は一年間に240個以上の卵を産む」

朝日奈「うわあ、忙しそう」

舞園「全部育ってしまったら、大家族になっちゃいますね」

K「足の指は4本だ。雄の足には横か後向きに角質が変化した「距(けづめ)」という部分が
  生えているが……この鶏は雌だから当然ついていない」

石丸「それでは、どこから捌きますか?」

K「まずは胸部からだな。メスを使って正中線に沿って切り開け。その後に皮膚を剥ぎ、
  大胸筋と小胸筋を観察していく。数がないから、俺は基本的に見ているだけだ」

苗木「じゃあ、まずは僕が……」


石丸からやらせると切断面が荒れる可能性があるため、器用な苗木が先行して切れ目を入れる。


石丸「次は僕だ」


苗木からバトンタッチし、更に切り開くと言われた通り皮を剥がしていく。


石丸「うっ、ヌルヌルする……」

K「十分に剥がせたら、股関節を脱臼させて足を広げるんだ。今のままだとやりづらいからな」

石丸「だ、脱臼……」


苗木と代わる代わるやってみるが、手が滑るのと心理的抵抗感からなかなか上手く行かない。


K「これは俺がやった方がいいかもしれんな。このまましっかり持っていろ」

苗木「はい……」


苗木の手の上から自分の手を重ね、少し力を入れるとゴキリと音がして股関節が外れた。
その後、大胸筋を胸骨から剥がしていく。大胸筋を持ち上げると、下には馴染みのある物が見えた。


469: 2017/04/03(月) 00:53:04.12 ID:BiQaIDbs0

朝日奈「うわあ、なんか見たことある。これってもしかしてササミ?」

K「そうだ。よくわかったな。大胸筋がいわゆる胸肉で小胸筋がササミに当たる」

朝日奈「美味しそうだね」ジュル

江ノ島「うん、早く食べたいかも」

大神「健康的な色をしている。調理しがいがありそうだな」

十神「そんな感想しかないのか、愚民が……」

桑田「オメーは知らないだろーけど、女子は最初からずっとこんな感じだぞ」

山田「でも確かにこういう姿ならスーパーでもよく見ますしね」

大和田「ササミって聞くと途端にウマそうに見えてきたな」

葉隠「最初は気味が悪かったってのに人間の適応力もバカにはできねえもんだべ」

霧切「何事も慣れよ。氏体だって何度も見ればすぐに見慣れてしまうわ」

葉隠「霧切っち、一体なにやってんだ?!」

霧切「……私じゃなくてドクターの話よ」


見学者がワイワイと話している間に、苗木と石丸は作業を終えて観察している。


K「よし、いいぞ。そこに指を差し込んでみろ」

石丸「ここですか……?」

K「軽く掴んで優しく交互に引っ張るんだ。胸筋と翼は繋がっているからな」

不二咲「本当だ。動いた」

K「この大胸筋と小胸筋が交互に収縮することで翼が動くのだ」

「へー」


477: 2017/04/23(日) 00:22:50.81 ID:QEcwN+150

胸骨を外すといよいよ内臓が現れる。


葉隠「う、うげえ」

セレス「気持ち悪いですね」

朝日奈「この黄色いの……なに?」

K「それは脂肪体だ。人間の脂肪も黄色い色をしているぞ」

桑田「てことは……山田の腹の中もこれがパンパンに詰まってんじゃね?!」

山田「ひぃぃ、気持ち悪いこと言わないでくださいよ!」

K「いや、実際そうだ。お前の腹の中はこんなものではないんだぞ。皮膚を切ればこれが大量に……」

石丸「ドロっと流れ出てくるのだな!」

山田「わ、わかりましたわかりましたよ! ダイエットします!」


内臓は潰れやすいのでまず苗木が外に取り出し、それ以降は石丸が処理する。


K「鳥類の心臓は哺乳類と同じく4室(二心房二心室)あり、右側の大動脈弓より
  体循環が起こる。それに対し、哺乳類は左側の大動脈弓によるのは覚えているな?」

苗木「はい。あと……下大静脈は、腎門脈系を経由して四肢からの血流を受け取る、でしたっけ」

K「その通り。ちゃんと勉強してるな」

石丸「毎日一緒に勉強してますからね!」

苗木(しっかり予習しておいて良かったよ……)

セレス「似た作りなのに逆側だなんて結構違うんですのね」


478: 2017/04/23(日) 00:32:29.31 ID:QEcwN+150

K「そうだな。魚類や爬虫類に比べれば大分俺達哺乳類に近付くが、それでも
  まだまだ大きな違いがある。解剖学とは関係ないが、一つ面白い雑学を教えてやろう」

K「以前学級裁判で、人間の性別はXとY二つの染色体で決まると説明したな?」

K「だが鳥類は全く別の、ZとWという性染色体によって決まるのだ。雄の鳥は、
  ニつのZ染色体 (ZZ) 、雌の鳥はW染色体とZ染色体 (WZ) を持っている」

不二咲「そうなんだ!」

舞園「知りませんでした」

十神「無知どもめ。そのくらい勉強しておけ」

朝日奈「知らないから今教えてもらってるんでしょ!」

K「さて、内臓が新鮮なうちにどんどん行くぞ」


その後、ストローで直接気管に息を吹き込み肺の動きを見たり、心臓を開いて内部の構造を観察する。


苗木「体の大きさに対して肝臓が凄く大きいね」

K「肝臓は極めて重要な臓器だからな。代謝機能、解毒機能を始めとした様々な機能を持ち、
  人間の肝臓を人工的な材料で代行するとビルが立つとも言われる」

石丸「消化管を伸ばします。確か、鶏の場合は約二メートルになるはず」

江ノ島「こんなに小さいのにそんなにあるんだ」

K「人間の場合はもっと凄いぞ。何せ成人なら7~9メートルあるからな」

江ノ島「ふーん(はみ出てるのはよく見るけど、大体ちぎれてるしなぁ)」

桑田「9メートルもあんのか? なげー」

苗木「長いとは聞くけど、あんまりイメージ沸かないよね」


479: 2017/04/23(日) 00:50:30.95 ID:QEcwN+150

K「長さと言えば、人間の血管の総延長は10万kmでおよそ地球二周半と言われている」

大和田「そんなにあんのか?!」

葉隠「はへー。スケールの大きい話だべ」

K「実際はもっと短いのではとも言われているが、それでも途方もない数字には違いない」


小腸を取り出すと大量の卵らしき奇妙な物体が出てくる。


江ノ島「うわ、気持ちワル……」

K「ここが輸卵管(ゆらんかん)だ。哺乳類にもある卵巣と子宮を結ぶ管だな。
  通常二つあるが、鳥類は左側のみが発達し右側のものは退化している」

K「ちょうど殻の付いた卵があるな。取り出してみよう」

葉隠「こ、ここになんかおぞましい小さな丸いのがいっぱいあるけどなんだ? 卵の元か?」

朝日奈「なんだろうね……ちょっと気持ち悪い……」


小さな黄色い球状の物体が葡萄のように集まっている見慣れない光景に生徒達は戦々恐々としている。


K「わかってるじゃないか。そうだ、卵の元である卵胞(らんほう)だ。黄身に当たるな」

霧切「いくつか大きく発達しているものがあるわね。確かに黄身に見えるわ」

石丸「その大きくなった黄身がこの漏斗部から子宮に向かう最中に卵白や卵殻が形成されて行くんだぞ!」

舞園「そうなんですか。卵って殻から出来るんじゃないんですね……!」

不二咲「怖いけど、今日一番勉強になったかも……」

十神「知識としては知っていたが、実際に見るのは初めてだな」

腐川「なんでもいいけどいつまで続くのよ、これぇ……」


480: 2017/04/23(日) 00:58:32.05 ID:QEcwN+150

K「そうだな。そろそろ頃合いだ。山田と安広は疲れただろう。
  一旦保健室に戻って休ませる。腐川も無理はしなくていい。よく耐えた」

山田「確かに少し疲れましたな……なかなか興味深い内容でしたが」

セレス「わたくし達は一度休ませてもらいますわ。また後でお会いしましょう」

腐川「あたしも行くわ。気を抜いたら倒れそうだもの……」

K「不二咲、お前は大丈夫か?」

不二咲「えっと……最初はちょっと気分が悪かったけど、少しずつ慣れてきたかも。
     事前に石丸君達と一緒にたくさん医学書を見てたし。大丈夫です」

K「よし。それでこそ男だ」

不二咲「えへへ。褒められちゃった♪」

大神「山田達は我と大和田が運ぼう。西城殿は授業を続けてくれ」

K「助かる」


五人が退室したが、KAZUYAは食堂を見渡し生徒達に改めて激励する。


K「さて、疲れたかもしれないがまだまだだぞ。むしろここからが本番だ。気合を入れ直してくれ」

「はい!」


その後も細かい内臓の説明や脳の解剖を行い、生徒達も熱心にメモを取っている。
それらが終わると、最後に最も重要な実技の練習が始まる。

切断された鶏の足に向き直る愛弟子二人を見ながらKAZUYAはボソリと呟く。


K「マイクロサージェリー用の顕微鏡があれば良かったんだがな……」


482: 2017/04/23(日) 01:13:06.72 ID:QEcwN+150

マイクロサージェリー(近年では主にマイクロサージャリー)とは、顕微鏡を用いて血管や
神経等の微細な部分を拡大して行う手術手技のことである。KAZUYAは苗木と石丸に本物の血管や
神経を縫合する実技をさせたかった。今回はそのための解剖実習と言っても過言ではない。

本来、そのためには専用の顕微鏡がいるのだがあいにく保健室にも置いてなかった。
KAZUYAは繊細な手術も肉眼でこなせてしまうため、設備の優先順位が低かったのかもしれない。


石丸「十分ですよ! 兄弟の作ってくれたこれのお陰でよく見えます!」


もはや愛用となっている持針器に針をセットしながら石丸が胸を張った。その前にはダンボールに
拡大鏡を取り付けただけの簡易な顕微鏡もどきが置かれている。ないよりはマシだろうと物理準備室に
置いてあった拡大鏡を使い、大和田に頼んで簡易的な顕微鏡セットを事前に用意していたのだ。


苗木「幸い、僕も石丸君も目がいいしなんとかなるんじゃないかな」

K「そうだな。お前達はまだ若いのだから頑張ってもらおう。それでは縫合開始!」

苗木・石丸「…………」


真剣に取り組む二人を他の生徒達が囲んで見守る。そこに、戻ってきた大和田と大神が加わった。


大和田「お! 俺が作った拡大ボックス使ってるじゃねえか」

大神「二人共なかなか様になっているな」

十神「…………」

霧切「どうかしたのかしら、十神君?」


顎に手を当てながら珍しく十神がジッと見ている。


483: 2017/04/23(日) 01:21:48.17 ID:QEcwN+150

十神「――フン、凡人だが形だけはそれなりになってきたようだ」

朝日奈「当たり前だよ! 二人共毎日練習してるんだからさ!」

舞園「私達は知っています。ずっと努力してましたもんね」

不二咲「頑張って……」


周りが騒いでいても、当の二人は集中しているためか無言だった。


苗木(うわ、想像以上に細かくてやりづらいな……)

石丸(トンネル状に縫わなくてはいけないのに、うっかり血管を潰して縫ってしまったぞ……!)

苗木(針が狙いからズレる! 不味い。だんだん手が震えてきた……)

石丸(うわああああ! 血管が裂けてしまったああああ!)

K「…………」

             ・

             ・

             ・


K「今日はこれで終わりにしよう」


ニ時間近く経ち、これ以上やっても二人の集中力が下がるだけと判断したKAZUYAは終了を宣言した。


苗木「つ、疲れた……目がチカチカする……」グッタリ

舞園「お疲れ様です。肩を揉んであげましょうか?」モミモミ

苗木「わ、悪いよそんな!」


484: 2017/04/23(日) 01:40:55.75 ID:QEcwN+150

石丸「うう……途中からは形になってきたと思うが、あれだけ練習したのに……」

K「出来るだけ感触が近いゴムやシリコンを俺が見繕って練習にあてがったが、
  所詮まがい物だ。質は訓練用の人工血管にも劣る。本物の感触を体に叩き込め」

不二咲「石丸君ならきっと出来るよ」

大和田「努力だろ、兄弟!」

石丸「ウム、その通りだな! まだまだ僕の技術が足りていないというだけだ。頑張るぞ!」

朝日奈「みんなー! ご飯できたよー!」


苗木達が実習している最中、時間が勿体無いからと使わない部位をKAZUYAが切り分けて女子達に
料理をしてもらっていた。食道や血管等の縫合練習に使える部位は冷凍してまた実習に使う予定だ。

途中から食道内に香ばしい香りが漂ってきて、それも大いに二人の集中を削いでしまったのは仕方ない。


大神「鶏冠や足で出汁を取り、鶏鍋にした。内臓は串に刺して焼いたぞ」

霧切「肝臓はレバー、心臓はハツ、臀部はボンジリ、腹膜はハラミ、それに砂肝と軟骨ね」


余談だが、ハラミと言うと通常横隔膜のことを指すが鶏に横隔膜はない。そのため腹膜をそう呼ぶ。


江ノ島「胃袋はふんどしって言うんだって。確かにそんな形だね。知らずに食べてたよ」

霧切「内臓は当たり前だけど少ししかないから、モノクマが追加の肉を
    厨房に置いておいてくれたわ。変な所で気が利くわね」

K「卵管を食べる機会なんぞそうないだろう。しっかり味わえ」

葉隠「鍋は具を食べたらラーメン入れるべ。出汁が効いててうめえぞぉ!」


485: 2017/04/23(日) 01:51:55.87 ID:QEcwN+150

桑田「じゃあ保健室組連れてくるか」

大和田「たまには手伝えよ、十神」

十神「何故この俺が肉体労働など……」

K「働かざる者食うべからずだ。少しは手伝え」


そして全員が再び食堂に集まる。


山田「食欲をそそる匂いですな!」

腐川「ダイエットするんじゃなかった訳?」

セレス「山田君の分は西城先生にあげればいいですわ」

K「俺か? 俺は不二咲が食べた方がいいと思うがな」

大神「良質なタンパク質は良質な筋肉には必要不可欠だ」

不二咲「うん。僕頑張ってたくさん食べてたくさんトレーニングするよ!」

桑田「あー腹減った。さっさと食おうぜ」

苗木「集中してたからお腹ぺこぺこだよ」

石丸「そうだな! それではみんな。手を合わせて」

「いただきまーす!!」


少し前の悲壮な空気はどこに行ったのか、生徒達は新鮮な鶏料理に舌鼓を打って喜んでいる。


K(トラウマになったりする生徒が出なくて良かった。また一つ俺も教えることが出来たな)

K(さて……)


――KAZUYAは三日前、夕食会でこの命の授業の提案した日の夜のことをハッキリと思い出していた。


486: 2017/04/23(日) 01:58:15.55 ID:QEcwN+150

ここまで。


490: 2017/05/14(日) 01:04:20.54 ID:z82tR4iU0

― オマケ劇場 32 ~ 80kgは女性1.5人分 ~ ―


山田「……ご馳走さまです」カチャリ

桑田「ん? オメーにしちゃあんま食べてなくね? どーした?」

朝日奈「どうかしたの? もしかして具合が悪いとか?」

大和田「そりゃ入院中なんだから具合が良いワケねえよな」

石丸「山田君! しっかり栄養を取らないと回復に響くぞ」

十神「妙だな。奴の皿には明らかに一人分とは思えない分量があったと俺は記憶しているが」

苗木「それは違うよ! 山田君は普段は普通の人の五倍くらい食べているんだ。
    つまりあの程度じゃ全然足りていないんだよ!」

セレス「あの体を維持するのにあの量で足りると思っているんですか、あなたは」

葉隠「十神っちなら脂肪こそ力だって言いそうなのにな。ハッ、もしやこの十神っちは偽物?!」

十神「…………」

K「それで、どうした? 胃腸に異常でもあるのか? それとも熱か?」

山田「いやそうではなく……単に、僕も少しダイエットしようかと思いまして」

腐川「い、いい心がけじゃない。あんた太りすぎだものね。玉転がしの玉みたいだし」

山田「そうなんですよ。今日の解剖で身に沁みたんですけど、自分の中にあんなものが
    たくさんあると知ったらなんか危機感みたいなものを感じちゃって」

霧切「いいと思うわ。重いと、ドクターや大神さん以外とてもじゃないけど運べないもの」

山田「それもです。今回の件で嫌でも色々考えさせられました」

不二咲「でも山田君、前より大分すっきりしたように見えるよ。痩せたよね?」


491: 2017/05/14(日) 01:14:06.31 ID:z82tR4iU0

大神「ウム。別人のようだ」

K「目を覚ますまでずっと点滴だったからな。元が多いから20kg近く減っているんじゃないか?」

江ノ島「20kg?! マジで?!」

葉隠「不二咲っちの半分だな!」

石丸「ならばもう20kg痩せたら不二咲君と同じ重さだと言うことか?!」

不二咲「その、僕で例えるのはやめて欲しいかな……」

山田「155kgあったので、半分くらいにしたいところです」

セレス「既に約20kg減っているということは、残りはマイナス58kgということになりますわね」

苗木「人間一人分以上がなくなるってなんか凄いね。想像もつかないや……」

K「最初から無理をすると続かんぞ。まずは100kgを目指すといい。
  無理な痩せ方は体に毒だからな。俺がしっかり指導してやる」

朝日奈「もうそんなに減ったんだ。すごい……よし、私もダイエットしよう!」

腐川「余計な脂肪が全部胸に行ってるくせに何がダイエットよ。あたしへの当てつけのつもり?」

桑田「ダイエットすんのか。じゃあ、デザートはいらないよな? 俺にくれよ!」

朝日奈「あ! だ、だめ!」

十神「フン。もう前言撤回か。いくらなんでも早すぎないか?」

朝日奈「……あ」

苗木「朝日奈さん?」

朝日奈「明日から頑張るから!! ねっ? いいよね?!」


全員(……ダメだろうな)


その時、全員の声が一つになった。


492: 2017/05/14(日) 01:25:25.03 ID:z82tR4iU0

― オマケ劇場 33 ~ サバイバル系女子 ~ ―


江ノ島「たまにはこういう風に凝ってる味付けもいいね」

舞園「いつもは香草を詰めて焼いてるんでしたっけ」

江ノ島「そうそう! 野菜やフルーツを入れても美味しいんだよ!」

苗木「フルーツも?!」※実際にある

江ノ島「カレーにリンゴ入れるみたいな感じ? 中に入れる詰め物はスタッフィングって
     言うんだけど、詰め物の中に混ぜ込む場合と香り付けだけして取り出す場合があるんだ」

霧切「アメリカではサンクスギビングデー、つまり感謝祭の日には七面鳥の丸焼きを
    食べる習慣があるのだけど、スタッフィングにドライフルーツが入っていたりするわね」

石丸「ほう、そうなのか。勉強になるな」

江ノ島「でも気を付けて欲しいのは、あんまり水分の多いものを入れると
     中がベチャベチャになって切った時とか悲惨なことになるんだよ」

セレス「まあ、それは不味そうですこと」

江ノ島「時々さぁ、来たばっかりの新人がやらかすんだよね。まだ慣れてないからさ」

葉隠「へー、今どきのモデルは料理も必須なんだな!」

江ノ島「えっ?! そ、そうそう! 雑誌の特集とかでね。最近サバゲーとか流行ってるっしょ?」

山田「確かに一時期に比べるとサバゲーも随分メジャーになりましたなぁ」

江ノ島「めちゃくちゃメジャーだって! あんた達もやったら?」


493: 2017/05/14(日) 01:43:17.32 ID:z82tR4iU0

K・十神「…………」

大神「それで、水分を避ける場合はどうすれば良いのだ?」

江ノ島「米とかパンを入れると水分を吸ってくれるよ。まあ、アタシが行く場所は
     あんまり米が手に入らなかったからパンが多かったかな。ちぎって中に入れるワケ」

腐川「米が手に入らないって、あんた一体どこまで行ってんのよ……」

江ノ島「?! ほ、ほら! ロケで海外とかよく行くからアタシ!」

大和田(流石に苦しいぞ)

桑田(そろそろバレんじゃねーかな……)

石丸「モデルとはグローバルな仕事なのだな!」

江ノ島「ま、まあね。西城だって医者だけど砂漠とかジャングルとかよく行くっしょ?!
     似たようなもんだって! 今時はなんだってグローバルな時代なワケ!」

大和田(それを言われるとキツイな……)

桑田(せんせーも北極だの宇宙だの行ってるしなぁ……)

石丸「つまり、語学は大事ということだ! 諸君、勉強の大切さがわかったかね?!」

葉隠「確かにレムリア大陸を探しに行くには英語が必要かもしれねえべ」ウンウン

不二咲「江ノ島さん、海外によく行くんだねぇ。でも、治安とか大丈夫? 危なくない?」

江ノ島「ヘーキヘーキ! 悲鳴も爆音も聞こえないし銃撃戦なんてしてないって! マジだから!」

セレス「……随分治安の悪い所に行かれていたようで」

山田「モデルって体を張る仕事なんですね……」

江ノ島「?!」


その後も、江ノ島による残念過ぎるトークは続いた。


494: 2017/05/14(日) 01:46:56.67 ID:z82tR4iU0

― オマケ劇場 34 ~ 本音と建前 ~ ―


大神(我はいつもと同じように武道場で西城殿と組手をし、別れた後はなんとなく植物庭園に行った)

大神(特に理由はない。青く塗られた天井が、空を思い出させて少しだけ開放感を
    感じさせてくれるからやもしれぬ。或いは植物を見てると気が休まるからだろう)

大神(似たような理由でここを訪れる者は多い。今日も誰か先客がいるようだ)

朝日奈「あ、さくらちゃん!」

不二咲「大神さん」

葉隠「よう、オーガ」

大神(葉隠は鶏が好きなのかよく積極的に面倒を見ている。今日は朝日奈と不二咲も一緒のようだ)

大神「鶏の世話をしているのか?」

葉隠「ま、そんな所だべ。なーんかすっかり愛着湧いちまってな。
    この間とうとう石丸っちから正式に飼育委員の任命を受けたんだぞ」ハハハ

不二咲「僕も動物は好きだし、解剖実習で色々考えさせられたからお世話を手伝うことにしたんだ」

大神「フ、そうか。……生き物は良いな。見ているだけで癒される」

不二咲「かわいいよねぇ。懐いてくれると嬉しいし」

葉隠「だな! 人間相手だと色々メンドくせえけど、その点鶏は楽だ。朝日奈っちもそう思うだろ?」

朝日奈「……えっ?! う、うん。そうだね! 癒やされるよね~!」

大神「我もここで見ていて良いか?」

不二咲「勿論だよ! 大神さんもたくさん癒やされてね」

葉隠「ゆっくりしてけって!」

大神「フフ」

朝日奈「…………」




朝日奈(言えない。次はなんの料理にするかずっと悩んでたなんて……)


498: 2017/05/15(月) 23:31:02.21 ID:ZSfzkpEH0


『回想』


― コロシアイ学園生活四十五日目 学園廊下 ―


深夜。


「うっぷっぷー♪ うっぷっぷー♪」

「…………」


一人で校内の見回りをするKAZUYAの周りを、氏神のようにモノクマがついて来る。

楽しげに鼻歌も歌いながら。


「俺に話があるんじゃないか?」

「あれ? わかっちゃった?」

「……四階で話そう」


この話は絶対に生徒に聞かれたら不味いのだ。聞かれたら間違いなくパニックを起こす。

KAZUYAは職員室で話すことにした。部屋中に置かれたガーベラの鉢植えが不気味で、生徒達は
滅多にこの部屋には近寄らない。かくいうKAZUYAも、コピー機を使う時くらいしか立ち入らなかった。


「用件はわかっている」


職員室の中央に立ったKAZUYAは、一呼吸開けて続けた。


「――俺が邪魔なんだろう?」

「うぷぷ。頭が良すぎるってのも悲しいよねー」


やれやれと肩をすくめるモノクマは、背筋の凍るような薄ら嗤いを浮かべている。


499: 2017/05/15(月) 23:39:50.91 ID:ZSfzkpEH0

「聞かせてよ。先生の推理をさ」

「……俺は元々招かれざる客だった。それでも許されていたのは、俺というイレギュラーが
 いることによって発生する不測の事態をお前が楽しんでいたからだ」

「当初は予定通り事が進んだ。所詮見知らぬ大人が一人混じった所で、動き始めた
 歯車を止めることなど出来はしない。目論み通り、たて続けに事件は発生した」

「だが、そんなお前にも唯一つだけ懸念事項があった。それは俺が【医者】であるということだ」

「フムフム。で?」


モノクマは聞いているのかいないのか適当に相槌を打っている。
自分から聞いておいてもう飽きたのかもしれない。


「果たして、お前の懸念は的中した。俺が次々と事件に介入して片っ端から怪我人を
 治してしまったのだ。それだけだったらまだ良かっただろう。いくら治しても事件そのものが
 止まらなければコロシアイに対する完璧な抑止力にはなりえないからな」

「だが、ここでお前にとっても完全に想定外のことが起こった」

「お? 万能なるこのボクに想定外ですと? うきー! 認めないぞ! 一体何が起こったんだ?!」

「――不二咲が蘇生したことだ」


白々しく茶化していたモノクマが、やっとKAZUYAの方を見る。


「何で想定外だと思った訳? 何せここには超国家級の医師がいるんだよ?
 このくらいのミラクルはむしろ当然じゃない?」

「いや、想定外のはずだ。……何故ならあれは俺にとっても想定外だったからだ」

(不二咲は助からないはずだった。俺は確かに氏亡宣告をしたのだ。……だが実際は助かった)


500: 2017/05/15(月) 23:52:23.59 ID:ZSfzkpEH0

(医療の現場に長くいたら、稀にそういう場に立ち会うことはある。だが、俺は年に
 数千を超える患者を見てきているが、それでもそういったケースにはそうそう出会えない)

(しかも不二咲の場合は氏亡宣告までしたからな。あの状況から持ち直し、
 その上後遺症も見られないなど初めてのケースだ。まさしく奇跡と呼んでいい)

「専門家の俺ですらわからなかったことを、門外漢のお前がわかるまい。そして奇跡は続いた――」


山田が氏に、そして生き返った。

もはやモノクマにとっては無視していられない事態となったのだ。


「まさか二回も氏人を蘇らせるとは思っていなかったんだろう。お前は焦ったはずだ。
 このままではコロシアイゲームそのものが成立しなくなると――」

「…………」


プラスとプラスを掛け合わせるとプラスになるが、幸運もそうだろうか。
磁石の同じ極同士が反発するようにぶつかり合うのではないだろうか。

少なくとも、過ぎた奇跡には相応の代償が求められるのだ。


「……で? 先生の結論は?」

「俺の出番はもう終わりだ。そう言いに来たんだろう。――違うか?」

「うぷぷ」

「うぷぷぷぷ」

「あーはっはっはっはっ!」

「…………」

「頭がいいって悲しいね! キミの察しの良さをどこかの残念に分けて欲しいくらいだよ!
 だーいせーいかい! 西城先生にはもうこのゲームから降りてもらいます!!」

「やはりか……」


予想は出来ていた。それでも、直接声に出して通告されるのは心臓を握り潰されるような感覚だった。


501: 2017/05/16(火) 00:06:54.81 ID:Cd5HDV/L0

「山田君を蘇生した時からわかってたんでしょ? あの辺りからなんか必氏だったもんね、先生。
 急に命の授業をするなんて言い出した時は笑いが止まらなかったよ!」

「……いつまでだ? 俺はいつまで生きられる?」

「そうだねぇ。ずっとずっといてもいいんだけどね。絆が深まれば深まる程、
 先生が氏んだ時みんなは絶望するだろうし」

「絶望なんてしないさ……一時的に落ち込むことがあっても、あいつらなら必ず
 立ち上がってくれる。その強さをこの生活で学んだはずだ! あいつらはお前になど負けん!」

「お前も本当はそれを恐れているんだろう? 今より更に俺達が絆を深めると、
 俺がいなくなっても生徒達が団結し、自分に立ち向かって来るのを」


畳み掛けるようにKAZUYAは煽るが、モノクマは嘲笑しながらそれを受け流す。


「どうかなぁ? 人は脆いよ。砂のお城みたいなものだよ。何日も苦労して
 作り上げたのに、少し触れたらボロボロに崩れてっちゃう」

「なら試してみるか? 俺達の絆を……」

「んもう。先生のそういう誘導尋問みたいな交渉はボク好きじゃないなぁ。
 医者に刑事の真似事なんて向いてないって」

(今更見え透いた挑発なぞ効かんか……)


挑発が効かないと見るや、KAZUYAは即座に思考を切り替え情報を探る方向にシフトした。


「飽きたんだろう」

(黒幕は非常に気まぐれで飽きっぽい……もはや引き延ばすのは限界か)

「確かにさぁ、いい加減飽きたよ。ボクにしては長くもった方だね。でも、理由は別にあるんだ」

「別の理由?」


502: 2017/05/16(火) 00:20:17.53 ID:Cd5HDV/L0

「もう予想出来てるだろうし先生の残り寿命も短いから出血大サービスで
 教えてあげるけどさ、この生活って見てる人がいるんだよね」

「やはり……」

「ボクは基本的に飽きっぽいけど、目的のためなら綿密な準備もするタイプでね。
 だから別に先生の安い挑発に乗ってあげてもいいんだよ。でもさぁ、ボク達に
 付き合わされる視聴者の身にもなって欲しいんだよね」

「ダラダラダラダラ、特にオチもなく山場もない。そんな退屈極まりない平和な
 映像なんていつまでも見せてられないでしょ? 普通の番組ならとっくに打ち切りだよね!」

「そこでテコ入れとして俺の処刑か……」

「最高だよね! やっぱり悲劇的な絶望こそ誰もが興奮する最高の
 エンターテイメントだよ! これを見てるそこのキミもそう思うでしょ?」


モノクマはカメラに向かって指を指した。この画面の向こうで、
どれだけの人がモノクマに賛同しているのだろう。想像したくもない。


「歪んでいる……」

「そうかもね。否定はしないよ?」

「言っても無駄なのはわかっているが、言わずにいられん。他人の絶望を楽しむなど間違っている!
 お前に聞きたい。お前は、いやお前達は何故そんな歪んだ価値観を持ってしまったんだ?」

「何故そうなのだ……?」

「まあ人によるんだろうけどさ、とりあえずボクに関して言えばね」

「――生まれた時からこの世界に絶望しているんだよ」

(真性のサイコパスという訳か? 俺にも……手の施しようのない……)

「それに、別にボクは他人の絶望だけ楽しんでる訳じゃないけどね。
 このコロシアイはボクにとっての絶望でもあるんだよ」

「……何?」


503: 2017/05/16(火) 00:27:19.14 ID:Cd5HDV/L0

(モノクマにとっても絶望? 一体どういう意味だ?)


KAZUYAは訝しがったが、モノクマは考える時間など与えてはくれなかった。


「ま、話を戻すけど」

「今日から三日以内に氏んでよ。先生」

「…………」


こんなぬいぐるみに底知れない恐怖を抱いていることにKAZUYAは嫌悪と腹立たしさを感じる。


「本当なら今すぐって言いたい所だけどさ、ボクも鬼じゃないからね。
 ゲームを盛り上げてくれたキミの功績に免じて、身辺整理する猶予くらいは上げるよ」

「…………」

「で、返事は?」

「いいだろう」

「ま、それしかないよね。年貢の納め時ってヤツだね!」



最終的にKAZUYAは氏ぬしかないのだろう。

いつかそう遠くないうちに、その時が来るのを彼は理解していた。

それこそ、最初に襲撃を受けたあの時から。何せKAZUYAはあの時に氏んでいたのだから。


(不二咲や山田が生き返ったように、俺も何らかの因果か宿命で蘇った)

(それはきっと俺にまだやるべき使命が残っているからだろう……)


たとえ氏すべき運命(さだめ)だとしても、命尽きるまで彼は足掻き続けなければいけない。

彼が心の底から愛する生徒達のために……。


「俺が氏ぬのは別に構わん。――だがモノクマよ、これではルール違反じゃないか?」


504: 2017/05/16(火) 00:37:25.08 ID:Cd5HDV/L0

長くなりそうなので一旦ここまで。

今回は大事な回なので、今週末はちゃんと来ます。


足掻け、KAZUYA!


508: 2017/05/22(月) 00:13:57.99 ID:/ooQNeCg0

「およ? ルール違反?」

「本来処刑……オシオキは学園の秩序を乱した者に適用されるものだ。しかし、
 俺は人を頃していない。何もしていない俺を一方的に頃して生徒達は納得するか?」

「何もしてなくはないけどね。氏んだ人間を生き返らせるって立派な進行妨害だし」

「蘇生したのはたまたまだ。俺は超能力者ではない。俺は医療従事者として
 最低限の行為しかしていない。ここにいたのが別の医師でも同じことが出来た」


そうだ。KAZUYAは確かに高度な医療技術を持っている。だが専門性の強い山田の脳手術を除けば、
ここでKAZUYAが行った治療は経験豊富な外科医なら十分対応出来るレベルのものばかりだった。

【超国家級の医師】ドクターKでなければ起こせない奇跡ではなかった――。


「とにかく、お前はイレギュラーな存在であるこの俺を何時でも排除出来たにも関わらず、
 今までずっと黙認してきた。それは暗に俺をこのゲームの参加者として認めたということだ」

「それを今更、理由もなく排除すると言い出すのはルール違反だ!
 どう生徒達を納得させるんだ。この生活を見ている視聴者とやらもだ! 言ってみろ!!」


……これは賭けだ。

彼自身が言っているように、KAZUYAはこの学園の正規の人間ではない。モノクマが気まぐれに
KAZUYAを頃したとしても責められる謂われはなかった。当然モノクマもそのことをよくわかっている。


「うぷぷ。氏にたくないなら氏にたくないって素直に言いなよ? そうだねぇ。
 生徒達より自分の命の方が大事ですって命乞いするなら考えてあげようかなぁ」

「馬鹿を言え……貴様の思う通りになるくらいなら俺は今すぐにでも氏ぬ!」

「ただし、俺が何もせずに氏ぬと思うなよ……!」


歯を剥き出してKAZUYAは吠えた。手負いの獣じみて、その目には命の輝きと狂気が漏れ出ている。


509: 2017/05/22(月) 00:20:43.45 ID:/ooQNeCg0

「ふーん。考えがあるんだ?」

「そうだ。俺がこれを実行したらもうこの生活は終わりだぞ」

「…………」


ハッタリではないと感じ取ったのか、珍しくモノクマが押し黙った。


「お前が無理に俺を頃すというなら俺は生徒達を焚き付ける。全力でな。
 そうなったら最後、生徒達はお前に反乱を起こすだろう」

「! まさか、全員道連れにするつもり?!」

「俺の要求を飲まないならな……。あいつらだって、実験動物以下の飼い頃しにされるくらいなら
 命を懸けても戦いたいと思うはずだ。どうだ? お前が今まで温めてきた計画を台無しにしてやるぞ!」

「うぷぷ。うぷぷぷぷ……」


モノクマはいつものように不快な含み笑いを零した。
顔の左半分の裂けた口からは、血のように赤い色がチラチラと映る。


「ぶひゃひゃひゃひゃひゃっ!」


そして遂には腹を抱えて笑いだした。


「自分が苦労して積み上げてきた計画が台無しにされる絶望! それって最高に絶望的だよね!!」


モノクマを操作している人間の性格はある程度分析出来ている。ここまではKAZUYAの予想通りだ。


「…………」


背中に冷や汗が滲む。緊張で肩が震えそうになる。こんなことを言ったが、
当然KAZUYAには生徒を道連れにする考えなど毛頭ない。あくまで自分一人が氏ぬ気だった。


510: 2017/05/22(月) 00:30:38.36 ID:/ooQNeCg0

「……悩むなぁ。とりあえず要求を聞こうか」


KAZUYAが生徒を巻き添えにする気がないのはモノクマにも予想はついていただろう。
だが、実際問題万が一にもKAZUYAに抵抗されるのは厄介だった。


(下手に暴れられて他のメンバーを巻き添えにされたらコロシアイに支障が出る。
 それに折角だから裁判開きたいし、凶器に銃火器使う訳に行かないんだよね……)

(最近やたらと鍛えてるし、もし一発でも反撃を受けたら裁判は台無し。
 先生にはあくまで自発的に大人しく氏んでもらうのがベスト)

「どんな願いでもって言う訳にはいかないけど、思い残すことがないよう可能な限り
 キミの願いは叶えてあげるよ。何せキミはもうすぐ氏んでしまうんだからね!」

「要求は二つ。せめて山田が退院するまでは待ってくれ。その後俺は必ず氏ぬ」

「フムフム。まあそのくらいなら待ってもいいかな。一年とか言い出したらどうしようかと思ったけど」

「もう一つは……」

「献体が欲しい。そうでしょ?」

「…………」


献体とは、医学のために提供される遺体のことである。
医者を志す者にとって、献体の解剖は避けては通れない道だ。


「そうだよねぇ。今度鶏の解体とかするみたいだけど人間の体を弄らないと何の意味もないもんね!」


モノクマの言う通りだった。

今KAZUYAが最も欲しているのは解剖用の遺体だった。

悔しいがモノクマの言う通りなのだ。魚や鶏の解剖が無意味な訳ではないが、
やはり人体を触ったことがあるかないかは大きい。


511: 2017/05/22(月) 00:41:45.20 ID:/ooQNeCg0

(正直に言えば献体は欲しい。喉から手が出るほど欲しい。……だが)

「残念ながら不正解だ。お前にしては珍しく見当違いだな?」

「あれー? 違ったの? おかしいなぁ」


KAZUYAは献体が欲しいとは言わなかった。

もしモノクマにそんなことを言ったらどうなるだろう。
モノクマは献体を“一体どこから調達してくる”のだろう。
この悪趣味なクマを動かす悪趣味な人間のことだ。恐らく誰かを頃して献体として
用意するのではないだろうか。最悪、自分の知っている人間かもしれない。


(モノクマは今まで嘘はつかなかった。もし取引をすれば本当に用意するのかもしれん。
 だがここで安易に取引するのはあまりにも危険だ)


氏んだ後にここでの会話を生徒に公開される可能性があった。たとえ直接指示した訳でなくとも
KAZUYAの発言のせいで氏人が出たとなれば、生徒達はきっと大いに動揺するだろう。


「とにかく余計なことはするな。それは俺の要求ではない」

「うーん。じゃあ何だろう? 予想がつかないなぁ?」

「せめて氏ぬ前に答え合わせがしたいのだ」


「――お前の正体を見せろ」


「…………」


モノクマは黙っていた。流石に予想外だったのだろうか。


512: 2017/05/22(月) 00:53:19.42 ID:/ooQNeCg0

「俺の推理が正しければ、首謀者達の中に江ノ島盾子がいるはずだ。
 いや、むしろ江ノ島こそが普段俺達と話している貴様の正体ではないかと睨んでいる」

「…………」

「どうなんだ? お前は江ノ島なのか?」

「うぷぷ。うぷぷぷぷ」

「うぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷ……」

「笑っていないで何とか言え!」


「「アーハッハッハッハッハッ!!!」」


バターンッ!!


「!」

「来ちゃったよ! とうとう出て来ちゃった!」


叩き付けるように盛大に扉を開いて少女が中へと飛び込んで来た。

ピンクゴールドの髪をツインテールにし、女子高生らしくマイクロミニにしたスカートを履いている。
KAZUYAもよく見知った少女の姿だ。ただ二つ違う点があるとすれば、この少女は人形のように完璧な
プロポーションの肉体を持っているということ。そして、猫のような瞳からは自信が溢れている。


「どうも。初めましてって言うべき? それともお久しぶり?」

「…………」

「ま、いいや。なんでも」


ひらひらと手を振る少女はニカッと歯を見せながら彼に笑顔を向けると、ポーズを取って叫んだ。


513: 2017/05/22(月) 00:59:55.16 ID:/ooQNeCg0



「アタシが! このアタシこそが!」

「全ての首謀者にして黒幕!」

「超高校級の絶望!!」


「江ノ島っ、盾子ちゃあああああんっ!!!!」ビシッ!








――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



                   黒   幕


              超 高 校 級 の 絶 望


              江  ノ  島   盾  子




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





514: 2017/05/22(月) 01:10:30.34 ID:/ooQNeCg0

ガーベラの咲き誇る部屋の中心で、希望と絶望が対峙する。


「貴様が本物の江ノ島盾子か?」

「その通りだ、人間よ」

「…………」

「って、あんた相手にいちいちキャラ変えても仕方ないか。面白い反応もしないし」

「ただのモデルではなかった訳か」

「超高校級のギャルは仮の姿。容姿端麗パーフェクト頭脳の超天才。それがアタシ。
 ま、テレビの前のあんた達にわかりやすく伝えるなら超高校級の分析能力ってトコかしらね」

「超高校級の分析能力……」

(……やはり天才だったか)


希望ヶ峰が誇る超天才、それが江ノ島盾子。そして、災厄。


「あんたって本当面白かったよ。同じくらいイライラもさせられたけどねー」

「…………」

(こうして見ても、ただの女学生にしか見えんな……)


KAZUYAの脳内に、急速に過去の記憶がフラッシュバックしていた。確かに、今ここにいる
江ノ島は彼の記憶の中の江ノ島盾子に相違ない。だが、改めて超高校級の分析能力者と知って
過去を眺めてみても、彼女は少し頭がキレるだけの高校生にしか見えなかったのだ。


(そして……そうだ。思い出したぞ。江ノ島といつも一緒にいた影のような女……)

(名前は何と言ったか……江ノ島の双子の姉だったな。確か……)


――戦刃むくろ。【超高校級の軍人】。


515: 2017/05/22(月) 01:17:30.33 ID:/ooQNeCg0

(名は、戦刃むくろ……何かと目立つ江ノ島とは逆に影が薄いからすっかり忘れていた)


影の薄さもあるが、戦刃はあまり自分のことが好きでないようだった。他の生徒達が
よく保健室に顔を出して遊びに来ていたのに反し、彼女はほとんど自分と接点がなかった。

いずれ頃す対象であるKAZUYAと仲良くする義理もないので、避けられていたのかもしれない。


(姉妹で参加している。ということはこの二人が限りなく主犯、と考えていいのか?)

「ハァー、またご自慢の推理ってワケ? フツー目の前に黒幕がいるんだからそっちに直接聞かない?」

「……本当にお前が黒幕なのか? 犯人の一人なのではなく?」

「イエース! 計画立案から実行まで、全て私様が行わせて頂きました。
 まあ、残念なうちのお姉ちゃん始め多少他の人の手も借りたけどさ」

「主犯は間違いなくこのア・タ・シ」

「絶望とやらのために……?」

「そう」

「何故、直接出てきた?」

「本当は出るつもりなかったんだけどさぁ、余りにも展開が遅すぎると見てる方も退屈でしょ?
 未だに飽きずに熱心に応援してくれてるファンに申し訳ないじゃなーい。要はサービスってこと」


そう言うと、江ノ島はカメラに向かって手を振り出す。


「いつも応援してくれてるみんなー! ありがとうねー!
 これからもアタシが届ける最っ高の絶望を楽しみにしててねー!!」

「…………」


背を向ける江ノ島にKAZUYAは密かに身構えるが、江ノ島は背を向けたまま呟く。


516: 2017/05/22(月) 01:26:13.65 ID:/ooQNeCg0

「不意打ちしようとしても無駄だよ。アタシに何かあればお姉ちゃんが動くから」

「……!」

「今、アタシを人質にすればお姉ちゃんも何とか出来るって思ったでしょ。それも無駄。あんたの
 動きは読み切ってる。確かに力づくで押さえられたら流石のアタシも少し厳しいけど、攻撃を避けて
 部屋から逃げ出すくらいなら可能。そしてアタシを逃した瞬間あんた達はゲームオーバーになる」


確かに江ノ島はドアの近くに陣取っていた。取り逃がす可能性はゼロではない。


「動けないでしょ? あんたはデカい図体してるくせに慎重派だもんね? 自分が危ない橋を
 渡る分には気にしないけど、生徒に流れ弾が当たる可能性を考えたらあんたは動けない」

「そもそも、アタシの話が嘘の可能性もあるもんね? もしアタシと残姉を
 何とかしても他に仲間がいたら結局アウト。やっぱり動けないよ、あんたは」

「…………」

(これが超高校級の分析能力か……!)


畳み掛けるように次々と己の思考を言い当てる江ノ島に、男は完全に気圧されていた。

すぐ目の前に黒幕がいるのに、手を出せない!


(何か、何か手はないか? 今が千載一遇のチャンスなのだ!
 この機を逃してしまえばもう二度とこんな機会が来るかどうか……!!)





「ツマラナイ」

「?!」


バッと振り返ると、そこには黒いスーツを来た長い黒髪の男がいた。


517: 2017/05/22(月) 01:34:37.67 ID:/ooQNeCg0

「だ、誰だッ?!!」


一体いつ入ってきた? いくら江ノ島に気を取られていたとは言え、生徒が
突然やって来ないとは限らないため、自分は入り口に注意を払っていたはずなのだ!

気配もなく、ピタリとKAZUYAの背後にいた男に流石のKAZUYAも狼狽した。


「カムクラパイセンじゃーん☆ どうしたのー? 突然やって来たりして??
 あ、もしかしてセンパイって先生の隠れファンだったとかー?」キャルン☆

「カムクラ……?」


長い髪が邪魔で顔がよく見えない。だが、この男の顔はどこかで見たような……?


「カムクライズルと名乗っています。これから氏ぬ貴方に意味はないでしょうが」

「希望ヶ峰学園創立者の名だな……」

「貴方は既に僕のことを知っているはずです」

(知っている? どこで……)


普段のKAZUYAなら即座に【カムクライズルプロジェクト】の単語が浮かんだだろうが、
突然の闖入者と黒幕に挟み撃ちにされているという状況が思考を許さなかった。


「で、どうしたのセンパーイ? 先生が氏ぬ前に一度会ってみたかったとか?
 ざんねーん。センパイの好きだった先生はもうすぐ氏んじゃうけど!」

「貴方は期待外れでした」

「何……?!」

「黒幕が目の前にいながら手を出すことも出来ない。それどころか自分の命すら護れない」

「…………」


518: 2017/05/22(月) 01:45:05.29 ID:/ooQNeCg0

「貴方は人より優れている。なのに、状況を変える決定的な力が足りない。
 才能が足りない。故に、強力な才能を持つ江ノ島盾子に抗うことが出来ない」

「……お前がどこの誰だか知らんが、俺を嘲りに来たのか?」

「いいえ。ただ、結末を見届けに来ました。貴方という人間の結末を」

「…………」

「勘違いをしているようですが、僕は江ノ島盾子の味方ではありません」

「アハハ! そーよね。アタシが超高校級の絶望なのに対して、センパイは
“超高校級の希望”って呼ばれてるもんね! むしろ対極の存在だし」

「超高校級の、希望……?」

「僕は貴方にとって敵でも味方でもない存在ということです。貴方が何をしようと
 僕は一切干渉しません。それは江ノ島盾子に危害が及んだ場合であっても変わらない」

「江ノ島の味方ではないのか?」

「一応一時的な協力関係は結んでるんだけどね。でも、カムクラセンパイは基本的に自分の
 興味が向いたことしかしないから。アタシがやられた方が面白いと思ったらそうするだろうし」

「…………」

(クソッ! 次から次へと訳のわからん連中が出てくる!)


もはやここまでかとKAZUYAは唸った。しかし、カムクラは予想外な事実を語り出したのだ。


「江ノ島盾子には配下となる絶望集団がいるが、彼等はこのコロシアイには干渉出来ません。
 たとえゲームが崩壊することになったとしても。それが江ノ島盾子の決めた【ルール】だからです」

「……何?」

「貴方がこのゲームを終わらせるのなら、江ノ島盾子と戦刃むくろを同時に対処するしかない。
 しかしそれは出来ない。戦刃むくろは貴方より遥かに強い。それに、仮に生け捕りにすることが
 出来たとして、江ノ島盾子は戦刃むくろを切り捨てる。故に打開策とはなりえない」

「…………」


519: 2017/05/22(月) 01:51:42.18 ID:/ooQNeCg0

「何より裏切り者の存在がある。裏切り者を対処出来なければ彼等に未来はない」

「もうヒッドーイ! センパイったら、西城にヒントなんてあげちゃってさ! 中途半端な
 希望は絶望にしかならないのにね。それとも西城を絶望させる協力してくれてるとか?」

「彼はもう氏ぬ。知った所でどうにもならない知識です。むしろ、中途半端に
 真相に触れたことにより、彼はより深く絶望することになるでしょう」

(ヒントを与えたつもりはない。不二咲千尋と山田一二三を蘇生させた時は、
 予想外だと感じたが、結局彼は江ノ島盾子の手の上で踊っているだけだった。
 何も面白くはない。彼は自分が設定したタイムリミットに処刑される)

(ただ西城カズヤ。ドクターK。彼がもし彼等にとって真の希望であるならば――)


カムクラはKAZUYAに背を向け、無言で部屋から立ち去る。


(何だ? まさか、ヒントを与えてくれたのか? いや、この期に及んでまだ嘘という可能性も
 否定出来ないが……とりあえず、超高校級の絶望とやらも一枚岩ではないということか)

「無感情な所がすっごくクールよねぇ。でさ、色々邪魔が入っちゃったけど」


江ノ島の声が一気にトーンを下げる。顔には不気味な笑みが浮かぶ。


「――いつ氏ぬの?」

「……二十日後の夜だ」

「なーる。ちょうど山田の手術から一ヶ月ってことね!」

「一ヶ月異常がなければ退院でいいだろう。腕のいい『医療スタッフ』もいるようだしな?」

「りょうかーい♪ じゃ、そういうことでバイバイ。二十日後を楽しみにしてるよー!」


デートか何かを決めたようなノリで、江ノ島はケラケラと笑いながら走り去っていった。
対照的にKAZUYAはヨロヨロと近くの椅子に座り、深い深い溜め息を吐く。顔は血の気を失い、
絶え間なく汗を流しているその顔は、まさに氏相が浮かんでいると言っていい。

保健室への帰り道。彼は男子トイレに立ち寄って、吐いた。



520: 2017/05/22(月) 01:56:43.68 ID:/ooQNeCg0





            ― KAZUYA処刑まで あと“二十日” ―





521: 2017/05/22(月) 01:58:38.66 ID:/ooQNeCg0

遂に、ドクターKに氏刑宣告が下された!

KAZUYAが生徒達に遺せるものは何か。残された時間で彼はどう生きるのか。


続く。

536: 2017/06/04(日) 01:35:04.99 ID:M6yuZGwq0


               ◇     ◇     ◇


「ハァ……ハァ……!」

「う、うぅん……ううう……!」


その日の夜、保健室の中で小さな呻き声が聞こえていた。

酷くうなされている者がいる。


「うう……ぐぅう……ハッ!」


カッと目を見開いて、山田は目を覚ました。全身にグッショリと汗をかいている。


「ハァ、ハァ……フゥ」


山田は息を整えると、起き上がって耳を澄ませた。

夜の保健室は想像以上に静かで、近くにいるはずのKAZUYAとセレスの寝息すら聞こえない。
非常時の際すぐ動けた方が良いからとKAZUYAが机に置いていた小型の常備灯が、
カーテンの向こう側でぼんやりと柔らかな光を放っている。

だが、僅かな明かりは逆に手前側の闇をより濃く深くしているように山田には感じられた。


「…………」


ここ連日連夜、山田は毎晩のようにうなされていた。KAZUYAも気付いていない。
この所疲れているのか、彼は今日も氏んだように寝入っている。

世界にただ一人取り残されたような孤独感を覚えながら、山田は再び布団に潜り込んだ。

けれど、その表現はけして単なる比喩表現ではなかったのだ。


537: 2017/06/04(日) 01:40:24.80 ID:M6yuZGwq0

(ごめんなさい……ごめんなさい……許して……)


今日も夢に見た。過去の記憶を。楽しかった頃の記憶を。


(僕が、僕がみんなを裏切ったんだ――!)


山田は思い出していたのだ。


(僕達はクラスメイトだったのにッ!!)


記憶を取り戻した山田は大いに苦悩し後悔した。アルターエゴに対する恋慕を
くだらないとまでは言わないが、仲間を犠牲にしてまで優先させるべきものではなかった。
自分の一時の盲愛とエゴが取り返しのつかない過ちを招いてしまったのだ。

山田がこの真実をすぐに打ち明けていれば、事態は大きく変わっていたのかもしれない。


(言えるワケない……! もしこのことを知られたら、僕は嫌われる……
 今度こそ許してもらえない……それはイヤだ……!)

(……大丈夫。今日も楽しかった。西城先生がいるからきっとなんとかなる……)


昼間は必要以上に明るく振る舞って不安な思いをかき消していたが、
夜一人になるとどうしても恐怖に襲われる。

誰も気付かなかったが、ここ数日ダイエットと偽って山田は普段より
ずっと少ない量の食事しかしていなかった。食欲が湧かないのだ。


(大丈夫……大丈夫……)


自分に言い聞かせるように何度も何度も大丈夫と呟きながら、山田はギュッと目を閉じた。


541: 2017/06/11(日) 18:35:01.35 ID:3Yludcwy0

― コロシアイ学園生活四十九日目 体育館 AM9:00 ―


それは翌日の朝のことだった。突然モノクマが召集をかけたのだ。
久しぶりに体育館に集められた彼等の顔にはただならぬ緊張が浮かんでいた。


桑田「な、なあ……なんなんだよ、今度はさ」

腐川「知らないわよ……ろくなことじゃないのは間違いないでしょうね……」

石丸「僕達に何をさせるつもりなんだ?」

葉隠「まあまあ。まだ悪いことだって決まったワケじゃねえぞ? 占ってみるか?」

江ノ島「あと数分でわかるのに占ってどうすんのよ」

十神「愚民共も少しは落ち着け。騒いだ所で何か変わるのか?」

朝日奈「そんなこと言ってもさ……怖いものは怖いよ。さくらちゃん、先生……」

大神「……我が皆を守る」

K「大丈夫だ。俺がついている」


KAZUYAはマントを掴んでいる朝日奈の手を握ってやる。


不二咲「そうだよね……大丈夫だよね、きっと……」

大和田「ビビっても仕方ねえ。いざとなったら俺が体張る!」

石丸「ついて行くぞ、兄弟!」

苗木「舞園さん、大丈夫?」

舞園「……大丈夫です」


542: 2017/06/11(日) 18:49:49.05 ID:3Yludcwy0

セレス「この状況で強がっても仕方ありませんわよ」

山田「定番の動機とかならいいんですけど。動く系のイベントだと僕めっちゃ氏亡フラグ立ってますし」


もし今敵が襲い掛かってくることがあれば、車椅子の山田と杖をついているセレスは逃げられない。


K(問題ないはずだ。邪魔者の俺は既に退場することが決まっているのだからな。
  わざわざ追い撃ちをかける必要は江ノ島にもないはず……)


本来ならそれは確信に近い感情であるべきなのだが、今までの黒幕の気まぐれな
行動がKAZUYAにも不安感をもたらしていた。何より……嫌な予感がするのだ。


霧切「手を出すならとっくにしているはずよ。恐らく、アレに関する発表でしょうね」


霧切が視線を向けたのは体育館の中央に置かれた謎の長方形の白い箱。
近寄れないように周囲に簡易なバリケードが置かれている。


K「…………」


KAZUYAが嫌な気配を感じているのはその箱が原因だった。

シンプルな大きな箱。まるでその形は――


山田「何だか不気味ですね……」

葉隠「そうかぁ? いいものかもしれねえぞ? 俺達へのプレゼントとか!」

十神「学習能力のないヤツめ。お前の頭は鶏と同じレベルなのか?
    ドクターKに開いて貰ってどのくらい違いがあるか調べてもらえ」

葉隠「辛辣だべ!」

セレス「今までモノクマがわたくし達にくださったものはろくなものではありませんでしたね?」


543: 2017/06/11(日) 19:25:55.94 ID:3Yludcwy0

大方の生徒があの箱を次の動機だと考えているようであり、KAZUYAもそうだった。


K(動機なら俺達にとって悪いものなのは間違いない。だが、何だ……)

K(あの箱にはとんでもないモノが入っているような……)

モノクマ「ハイハーイ! 皆さんお揃いだね!」

K「モノクマ……」

苗木「お前が呼んだんだろ!」

モノクマ「もう。苗木君たら反抗期なんだからぁ」

十神「前置きはいい。早く動機を発表しろ」

モノクマ「はにゃ? 動機?」

大和田「動機だ、動機!」

桑田「どうせまた次の動機の発表で俺達を集めたんだろ?」

モノクマ「ヤダなぁ。そんなに動機が欲しいならまた次の動機考えておこうかな」

霧切「! ちょっと待って頂戴。私達は動機の発表で呼ばれたのではないの?」

モノクマ「違う違う。ボクもね、あんまりワンパターンだと良くないから趣向を変えてみました!
      ……どうせ動機なんて使わなくてももう少し待てば面白いものが見れるしね」

霧切「面白いもの?」

モノクマ「あ、キミ達には関係ないから。……まだね」

腐川「それって確実にそのうち問題になるパターンじゃないの……!」

舞園「それで、動機の発表じゃないなら何で私達を呼んだんですか? 理由があるんですよね?」


544: 2017/06/11(日) 19:38:57.07 ID:3Yludcwy0

モノクマ「当然! なに、ボクはこの学園の学園長だからね。
      たまには学園長っぽいことをしようと思いまして」

朝日奈「学園長っぽくない自覚はあったんだ……」

モノクマ「今日は皆さんにプレゼントを持ってきました!」

大神「プレゼント、だと?」

葉隠「ほら! 俺の言った通りだべ!」

腐川「まさか、葉隠の言ったことが正しいなんて……悔しいぃ!」

江ノ島「で、なになに?」

不二咲「本当にいいもの、なのかな?」

モノクマ「そりゃいいものだよ! ボクはね、感心しました! キミ達の勉強熱心っぷりにね。
      普通監禁されてみんなでコロシアイをしてる状況で呑気に勉強なんて出来ないよね!」

石丸「お褒めに預かり光栄だぞ!」

十神「馬鹿め。どう考えても皮肉だ」

桑田「まあ、感覚マヒしてきてる自覚はあるよなー」

山田「おかしくもなりますよ。空も見えないし娯楽もない空間にこんなに長時間閉じ込められて!」

舞園「熱中出来るものを見つけられたのは幸いですね」

苗木(やることがあるのは本当に救いだった。これだけの時間を
    何もせず過ごしていたらと思うと……ゾッとする)

モノクマ「で、キミ達の勉強が更に捗るように今日は教材を持ってきたのです!」

K「教材、だと?」


545: 2017/06/11(日) 19:50:17.14 ID:3Yludcwy0

霧切「それがそこに置いてある箱なのね?」

石丸「もしや、新しい医療器具か薬品かねっ?!」

K「待て!」


駆け寄って箱を開けようとする石丸をKAZUYAは慌てて制止した。


K「罠かもしれん。俺が開ける」

江ノ島「相手の興味を引きそうなものを置いて近寄った瞬間ドカン。ブービートラップの基本だね!」

不二咲「トラップって……」

朝日奈「爆発するの?!」

モノクマ「爆発なんてしないって! 毒も入ってない! 開ければわかるよ」

十神「とりあえず開けなければ話が進まん。早く開けろ、西城」

大和田「でもよ、もし危ねえもんだったら……!」

モノクマ「ボクどんだけ信用ないの……何だかんだ今までウソはついてないんですけど」シュン

K「そこまで言うなら大丈夫だとは思うが、念のためだ。お前達は下がっていろ!」

苗木「みんな、下がろう」

大神「ウム。放置する訳にもいかぬしな」


全員が十分な距離を取ったのを確認し、KAZUYAはバリケードをどけた。


546: 2017/06/11(日) 20:24:00.44 ID:3Yludcwy0


K「…………」


安全性を確かめるという意味は勿論ある。

だが、一番の理由は箱の中身の確認であった。真っ先にKAZUYAが確認する必要があったのだ。


K(…………)


ドックン、ドックン……

心臓の鼓動がやけにハッキリと聞こえた。
箱の蓋に指をかけ、とりあえずズラす。


K(爆発はしないようだ。ム! 煙……?!)

不二咲「な、何?!」

大神「毒かっ?!」


慌ててKAZUYAは鼻と口を手で覆って下がる。だが、箱の隙間から溢れ出てきた
白い気体はそのまま地面に流れて行く。KAZUYAは白い気体に指をかざした。


K(空気より重い白い気体……。冷気があるな。恐らくはドライアイスから出る白煙。
  中に入っているのは冷やす必要のある物ということか。それより……)

K(この臭いは何だ――?!)


547: 2017/06/11(日) 20:45:52.66 ID:3Yludcwy0

ドライアイスは無臭のため白い気体から臭って来ているのではない。
箱の中から臭う鼻をつくような強烈な刺激臭。KAZUYAはこの臭いを知っている。


K(まさか……)


額から汗が垂れる。

KAZUYAはゆっくりと箱の蓋を開いた。


K「これは……!」


中を見た瞬間、KAZUYAは慌てて蓋を閉じた。


桑田「な、なあ! なんだった?!」

石丸「一体何が入っていたのですか?! 医療器具ですか?!」

モノクマ「だから教材だって言ってるのに」

朝日奈「あんたには聞いてない!」

十神「どうやら危険性はないようだな」

K「ま、待て!」


ツカツカと歩み寄る十神の前にKAZUYAは立ちはだかる。


548: 2017/06/11(日) 20:59:10.45 ID:3Yludcwy0

十神「どけ。俺は中が見たい」

K「……見ない方がいい」

腐川「びゃ、白夜様! 西城が止めるならやめた方がいいかもしれません。危ないかもしれないし……」

大和田「先公がここまで言うなんて、どうやら相当ヤベえもんだったみてえだな……」

苗木「見ない方がいいって、中には何が入ってたんですか?」

舞園「危ないものなんでしょうか?」

K「…………」フルフル…

不二咲「先生?」

大神「どうしたのだ、西城殿?」

江ノ島「黙ってないでさっさと言ってよ!」


いつも冷静なこの男にしては珍しく言葉を失い、ただ青ざめたまま無言で顔を振るだけだった。


セレス「西城先生程の方がこの反応だなんて……どうやらパンドラの箱だったようですね」

山田「世の中には知らない方がいいこともあるっていうし、開けるのはやめときません……?」

葉隠「おーし! なら、捨てちまうか!」

モノクマ「ちょっと! ボクの善意を棒に振るつもり? 出し惜しみするならボクが開けるからね!」

K「あっ! よせッ!!」


KAZUYAの制止も虚しくモノクマが箱の蓋をひっくり返した。


549: 2017/06/11(日) 21:11:59.70 ID:3Yludcwy0

元々近付いていたため、中に何が入っているか生徒達の視界にはっきり映る。


「――ハ?」


中に入っていたのは、















――男性の氏体だった。




564: 2017/06/18(日) 21:22:45.00 ID:59i6SMYz0

朝日奈「え……誰?」

葉隠「ひ、人が入ってるぞ?!」

霧切「!!」

山田「あ、あぁ、そんな……!!」

江ノ島「…………」

不二咲「ね、眠ってるんだよね? そうだよね?」

霧切「……いいえ。触らなくてもわかる。この人は氏んでいるわ」

腐川「し、氏体ィィィ?!」


「キャアアアアアアアアアッ!!」

「うわあああああああああっ!!」


ショックで腐川が倒れる。
生徒達もこの学園で初めて見る氏体に衝撃を隠せず、一様に口元を覆った。


「…………」


霧切のみが毅然とした態度で氏体を調べ始め、他の人間はただその場に立ち尽くす。


セレス「あの……」

大神「どうした?」

セレス「いえ、突然のことに流石のわたくしも驚きを隠せないのですが、
     とりあえず確認したいことがあります」

十神「この名無しの権兵衛についてか?」


565: 2017/06/18(日) 21:37:57.93 ID:59i6SMYz0

セレス「はい。……この方は一体どちら様なのでしょうか?」

大和田「……知らねえ。俺の知り合いじゃねえな」

桑田「お、俺も。誰か知り合いいるか?!」

舞園「成人してる男性、ですよね? 歳は三十代くらいですか?」

石丸「この中にこの人の家族や友人はいるかね?!」

「…………」


誰も手を挙げない。


不二咲「僕達の知り合いじゃないみたいだね……」

石丸「よ、良かった。もし誰かの家族だったらシャレにならないからな……」

葉隠「もう十分シャレになってねえって! 氏体だぞ、氏体! 本物の!!」

江ノ島「ねえ? 腐川は? 腐川の知り合いかもしれないじゃん」

霧切「それはないと思うわ。もし知り合いなら顔を見た瞬間名前を言うか何らかの反応をするはず。
    でも彼女は何も言わずいつも通りに倒れただけ。純粋に氏体に驚いたんでしょうね」

十神「フン。コロシアイの場に誰のものかもわからん謎の氏体。面白くなってきたじゃないか」

江ノ島「あんたそれ本気で言ってんの?!」

大和田「どうかしてやがる……!」

苗木「で、でもなんで氏体なんか……!」

モノクマ「氏体なんかとはなんだ! これは立派な献体なんだぞ!」

葉隠「献体って……なんだぁ?」


566: 2017/06/18(日) 21:47:37.61 ID:59i6SMYz0

石丸「い、医学の発展のために提供された遺体のことを言うが、そんな……!」

モノクマ「医者の卵であるキミ達に学園長たるボクが用意しましたー! 感謝してよね!」

舞園「まさか! 教材って?!」

霧切「つまり授業のためにこの氏体を用意したということかしら?」

モノクマ「そ。授業も大分本格的になってきてそろそろ欲しいかなーと思ったんだよ。
      実際問題あれば助かるでしょ? 必要だとは思ってたはずだよ」

K「確かにこれ以上の知識を得るために献体が必要なのは事実だ。
  ……だが! 俺は貴様に献体が欲しいなどとは一言も言ってないぞ!」

モノクマ「わかってるって。これはボクからのサービスだよ。ほら、一応学園長だしボク」

K「ふざけたことを言うな!!」

朝日奈「人頃しッ!!」


耐えきれずに朝日奈が叫んだ。他の生徒も憎悪や恐怖の目でモノクマを睨みつける。


桑田「ありえねー……ありえねーだろ、こんなの……!」

舞園「頃したんですか、あなたが……?!」

大神「このような蛮行、許す訳にはいかぬ……!」

モノクマ「おや? みんななんか勘違いしてない?」

苗木「勘違いって何がだ?! お前がこの人を頃したんだろ!」

モノクマ「ボクは頃してなんかないよ?」

苗木「嘘だ!」

霧切「いえ、まだモノクマが頃したとは限らないわ」


567: 2017/06/18(日) 22:03:28.43 ID:59i6SMYz0

苗木「き、霧切さん?!」

桑田「どういうことだよ?!」

霧切「目立った外傷は見当たらない。毒殺された形跡もなかったから氏因は恐らく衰弱氏。
    拘束された跡もないからどこかの部屋に閉じ込められていたと思われるわ」

霧切「餓氏の可能性が高いけど、もし閉じ込められて食事も与えられなかったらあなたはどうする?」

苗木「そのままだと氏んじゃうから必氏で抵抗するよね。なんとか脱出しようとするとか」

霧切「必氏にドアを叩くとか窓を開けようとするとか、そういったことによる
    小さな傷や汚れがこの人の手には全くない。綺麗すぎるわ」

モノクマ「当たり前だよ。ボクはちゃんとご飯与えてたし」

セレス「つまりどういうことでしょう? その方は勝手に亡くなったということですか?」

モノクマ「その前にその人が誰か言った方がわかりやすいかもね。教えてあげてよ、先生」

K「!」

不二咲「西城先生、この人の知り合いなのぉ?!」

大神「まさか、友人か?」

山田「あ、あう……その人は……」


この時、山田は一人だけ明らかに違う種類の狼狽をしていたのだが、
目の前に氏体があるという異常な状況下のため、誰も気が付くことが出来なかった。


K「……友人という程親しくはなかったな」

十神「で、誰なんだ?」

K「…………」


KAZUYAは言うか言うまいか逡巡したが、観念して口を開いた。


K「この男は……お前達の担任だった男だ」


568: 2017/06/18(日) 22:14:23.25 ID:59i6SMYz0

苗木「担任?」

舞園「……どういう意味ですか?」

十神「成程。このような事態に巻き込まれてさえいなければ、本来俺達の
    担任となっていた希望ヶ峰の教師か。保健医である西城は面識があった訳だ」

石丸「せ、先生?!」

朝日奈「私達の先生なの?!」

不二咲「そんなぁ……」

山田「何故、こんなことに……」

舞園「酷い……」

モノクマ「まあそいつが勝手に氏んだんだけどね」

K「……勝手に?」

モノクマ「生かしておけば何か面白いことに使えるかもなーくらいの軽い気持ちで
      捕まえておいたんだよ。で、ずーっとここの映像見せてたの」

大和田「それでなんで氏んじまうんだよ……」

モノクマ「キミ達のせいだよ!」

不二咲「僕達のせい?」

モノクマ「さっさとコロシアイして誰か卒業してくれればコイツだって解放されたのに
      延々ここで生活してるわ、誰かさんのせいで一時期単なる鬱ビデオと化してたわ」

モノクマ「よっぽどストレス溜まってたんだろうね。少しずつ弱って行って、気が付いたらある日
      氏んでたってワケ。氏体を捨てないでとっておいたボクの機転を褒めて欲しいよ」

石丸「も、もしかして、僕のせいなのか……?」

舞園「いえ、最初に事件を起こした私のせいかも……」


569: 2017/06/18(日) 22:37:35.79 ID:59i6SMYz0

大和田「お前らのせいっていうなら当然俺にも責任があるぜ……」

苗木「それは違うよ! そもそも監禁したりこんなことを仕出かしたモノクマのせいじゃないか!」

K「そうだ。お前達が気に病むことはない! 気にするな!」

セレス「そもそも、最近はそれほど悪い空気ではありませんでしたが?」

朝日奈「そうだよ! ここ最近は雰囲気も良かったのに……」

モノクマ「もうその頃にはすっかり鬱になっちゃってて。映像を見る余裕もなかったんだね」

不二咲「そ、そんな……」

モノクマ「ま、オマエラが気にする必要なんてないよ。西城先生は
      知ってるだろうけどさ、正直ろくな人間じゃなかったよね、先生?」

K「…………」

モノクマ「氏んでも誰かが悲しむような人間じゃない。むしろ氏んでも
      オマエラの役に立つことが出来て光栄だと本人も思ってるんじゃない?」

K「そういう言い方はやめろ……」


希望ヶ峰の生徒達から深く慕われていたKAZUYAだが、実を言えば教師達とはほとんど会話を
したことはなかった。78期生とは特によく一緒にいたのだから、本来担任ともそれなりに
接触があって然るべきだが、その機会がなかったのだ。


K(……まるで生徒に興味がなかった。この男に限らなかったが)


授業はちゃんと行っていたが、ホームルームなどは生徒任せだった。
78期生はたまたま生真面目な委員長タイプの石丸がいて、他にも協調性の高い生徒も
多かったからクラスとしてまとまりがあったが、他のクラスはバラバラなのが普通だった。


570: 2017/06/18(日) 23:13:37.43 ID:59i6SMYz0

希望ヶ峰にとってはそれが普通のことなのだ。
教師は研究者も兼ねていることが多く、授業より研究の方が大事なようであった。

生徒達に才能以外の価値はなかったのである。


K(流石に氏んで当然とまでは思わないが)

K「…………」

モノクマ「沈黙って残酷だよねー。時にどんな言葉よりも雄弁に
      真実を伝えることが出来ちゃうんだからさ!」

十神「どうやら本当にろくな人間ではなかったようだな」

セレス「良かったですわ。あれだけ優しい西城先生がこんな反応をされるなんてきっと
     相当ろくでもない人だったのでしょう。わたくし達の罪悪感も減るというものです」

大神「氏んだ人間のことを悪く言うな……」

朝日奈「そうだよ。一応、私達の先生なんでしょ……? やっぱり悲しいよ……」

山田「こんなの、あんまりですぞ。うぅ……」

葉隠「なにしたか知らねえけどよ、いい気はしねえよな……
    どんな人間だって一つくらいは良いとこあるべ!」

江ノ島「あんたが言うと説得力が違うね」

モノクマ「とにかくさ、いるの? いらないの? キミ達が使わないって言うなら捨てちゃうけどさ」

苗木「え……えっ?!」

桑田「捨てるって、それは流石に……」

石丸「しかし、担任の先生を切り刻むなんて……」





K「――使わせて貰おう」


571: 2017/06/18(日) 23:27:30.75 ID:59i6SMYz0

「えっ?!」

十神「フ、そうこなくてはな」

朝日奈「解剖、しちゃうの?!」

桑田「マジかよっ?!」

大神「正気か?!」

山田「西城先生っ……!」

K「ああ……俺だって抵抗はある。だが、ここで遺体が捨てられたらこの男は本当に
  無駄氏にだ。それに、こいつの言っていることが本当なのか解剖して確かめたい」

セレス「モノクマの言ってることが嘘で、本当は殺された可能性もありますものね」

K「抵抗があるのはわかる。だが、医者にとって最も抵抗があるのは身内を切る時だ。
  残酷な話だが、今がそれを学ぶのに最も相応しい」

霧切「そうね。私もそう思うわ。この人の氏を生かすも頃すも私達次第でしょうね」

K「勿論無理にとは言わない。鶏の時とは訳が違う。俺が一人で氏因を確認し、
  終わったら荼毘に付して植物庭園の隅辺りに埋葬しておく。それでもいい」

K「……むしろそうするべきなのかもしれない」


KAZUYAの顔に浮かんでいたのは悲壮だった。氏体の解剖など彼にとってはもはや慣れた行動だが、
仮にも生徒達の担任だった男がこんな氏に方をし、何も感じない冷淡な人間ではなかった。


不二咲「で、でも先生は結局解剖するんだよね……」

K「そうだな。もしモノクマが嘘をついていたら、その時は覚悟しろ」

モノクマ「嘘じゃないから好きなだけ調べるといいよ」ウププ


解剖のプロフェッショナルがいる場でわざわざ嘘をつくとは思えない。
恐らくは本当なのだろう。だが、たとえ可能性が低くともKAZUYAには確認の義務があった。


572: 2017/06/18(日) 23:44:20.56 ID:59i6SMYz0
訂正

>KAZUYAの顔に浮かんでいたのは悲壮だった。氏体の解剖など彼にとってもはや慣れた行動だが、
>仮にも生徒達の担任だった男がこんな氏に方をし、何も感じない冷淡な人間ではなかった。

>――しかも、この氏体は未来のKAZUYAの姿なのだ。そこには抑えきれない苦渋と煩悶があった。



十神「フン、面白そうだな。人間が解剖される所などそう見られるものではない。
    しかもドクターKがやる訳だからな。勿論俺は見学するぞ」

朝日奈「あ、あんたねぇ! 今までの事件と違って本当に氏んじゃってるんだよ?!
     殺人事件が起こっちゃったんだよ?! しかも、殺されたのは私達の先生で……」

十神「全てはこの男が弱かったからだ」


ピシャリと十神は切り捨てる。


苗木「弱かったって……」

十神「モノクマの言葉通りなら、この男は勝手に絶望して勝手に氏んだのだろう?
    ……生きてさえいればチャンスはあったものを」

十神「そんな弱い人間にこの俺が教わることなど何もない。教わらずに済んで良かったというものだ」

不二咲「やめようよ……そういう言い方……」

石丸「世の中には、弱い人間だって大勢いるのだ! 君は強いから、弱者の気持ちがわからない!!」

セレス「確かに十神君の言う通り、この方は弱かったのかもしれません。
     ですが、弱い人間だから氏んでもいいとはならないはずですわ」

大神「言い争いはやめよ。十神に対してこの手の議論は不毛だ」

舞園「信じられません……」


その発言は十神に言ったのか、はたまた今の状況に対して言ったのか誰もわからなかった。


573: 2017/06/18(日) 23:54:31.52 ID:59i6SMYz0


霧切「それで、みんなはどうするの? 私は参加するつもりだけど」

石丸「僕は……うぅ……」

苗木「そう、だね……」

苗木(僕の中では元々答えは出てる……多分、他のみんなも……)

「…………」


無言の肯定だった。

生徒達もここまで来るとある種の諦観のような境地に達していたのだろう。


こうして、狂気ともいえる生活が始まった――。





Chapter.4  オール・オール・フォー・ア・ポリシー (非)日常編  ― 完 ―



583: 2017/07/03(月) 01:06:14.68 ID:aXcUBvN00





Chapter.4  オール・オール・フォー・ア・ポリシー  非日常編





584: 2017/07/03(月) 01:08:25.26 ID:aXcUBvN00

「……始めよう」


KAZUYAが遺体に礼をして合掌すると、生徒達も無言で倣う。


「…………」


実際の教育現場では、一つの献体を一月近く時間をかけて丁寧に解剖し講義していく。
だがKAZUYAに残された時間はなかった。結果的に朝から晩まで解剖浸けの日々を送ることとなる。


「うえぇ……」

「全員マスクは持ってきたな? 付けた方がいい」

「はい……」


人体解剖において最も厳しいのは、実は視覚ではなく嗅覚だ。人間を解剖する前に
魚や鶏、ネズミ等を散々解剖してきているから、医学生達も今更血や内臓では怯まない。

だが、劇薬であるホルマリンから放たれる刺激臭は別だ。


(遺体を常温で保存するには、細菌等で腐敗しないよう強力な殺菌作用を持つホルマリンなどの
 保存液を動脈から投与し、全身に行き渡らせる。そのため遺体からは強烈な激臭がするのだ)

(俺にとっては懐かしさすら感じる臭いであるが……生徒達には厳しかろう)


この臭いは慣れるまで人間の目や鼻腔を酷く刺激して、ダイレクトに体調を悪くさせる。
そのため最初のうちはマスクをしたり、目を保護する眼鏡等を装着する生徒も少なくない。
服も悪臭がこびりついてしまうため、汚れてもいいジャージを着用させた。


585: 2017/07/03(月) 01:17:52.07 ID:aXcUBvN00

「酷い臭いですね……」

「大丈夫、舞園さん?」

「私は平気です。苗木君、講義に集中しないと」

「うん……」


生徒達はKAZUYAの指示に従い、マスクや眼鏡を事前に倉庫から持ってきていた。
だが、掃除用の透明な大型眼鏡は人数分なかったため、苗木や石丸、それに元々眼鏡を
つけている生徒を優先し、足りない分は代わりに水中眼鏡を着用していた。

事前にしっかり装備していたためホルマリンの臭い自体は耐えられたが……問題はこの先だ。


「俺は基本的に口しか出さない。間違っていたらその都度教えるから、自分で開腹してみろ」

「……はい」


学問として純粋な感動もあった鶏の時と違い、生徒達はほとんど無駄口を叩かず淡々と作業した。


「…………」カチャカチャ

「…………」グチャ


中には、辛くて涙を浮かべる生徒もいた。


「先生……」

「うぅ……」

「朝日奈、それに不二咲よ。大丈夫か?」

「だ、大丈夫……ありがとう、さくらちゃん……」

「ごめんねぇ。僕は平気だから……」


586: 2017/07/03(月) 01:34:29.76 ID:aXcUBvN00

気持ち悪くなって吐いた生徒もいた。


「あ、あ、なんだか吐き気が……うぷ」

「おいおい、やべーって! 吐きそうな感じ?!」

「おい、腐川。吐くならこのバケツに吐け! 背中さすってやるから!」


一人、また一人と気分を悪くして退室して行った。


「すみません、皆さん。僕はそろそろ……」

「申し訳ありませんがわたくしも戻らせて貰いますわね……」


元々山田とセレスは体調も良くないため参加しなくて良いとKAZUYAは言っていたのだが、
本人達がせめて最初くらいは参加すると主張し途中で抜けることになっていた。

その後、少しして朝日奈と不二咲、付き添いで大神も退室する。


「お、俺も、なんか気分悪くなってきたしいい加減帰りたいべ……」

「アタシもー」


疲れた顔をした葉隠と平然としている江ノ島も去っていった。


「そもそも医者志望組以外は無理にいなくても構わん。遠慮しないで戻っていいぞ」

「……じゃ、俺も遠慮しねえで帰らせてもらうわ。大丈夫か、腐川?」

「だ、大丈夫って言いたいところだけど……」


587: 2017/07/03(月) 01:48:04.11 ID:aXcUBvN00

早々にギブアップし、入り口のすぐ外でへたり込んでいた腐川に大和田が手を貸す。
腐川は余程ダメージが大きいのか、珍しく素直に肩を借りて去っていった。


「全く情けない愚民共め。この程度で音を上げるからいつまで経っても上に上がれないのだ」

「みんなは医者志望でもないのに参加してくれたのだぞ! 僕はその努力を認める!」

「舞園さん、あなたは大丈夫なの? 何だか顔色が悪いように見えるけど」

「大丈夫です。私はまだ参加します」

「あなたがそう言うならもう何も言わないけど、気分が悪くなる前に抜けることを勧めるわ」

「舞園さん、あまり無理をしない方が……」


霧切と苗木が心配そうに舞園を見ている中、


「おら、行くぞ」

「えっ」


渋る彼女の手を掴んで引っ張ったのは桑田だった。


「で、でもっ……」

「そんな真っ青な顔で大丈夫なワケねーだろ。どーせ明日も明後日もやるんだしさ」

「舞園君! 心がけは立派だが、体調管理も勉強には必要だぞ!」

「……わかりました。では、また後で」


どこか安心した顔で、舞園は桑田と共に教室を出る。


588: 2017/07/03(月) 02:03:43.67 ID:aXcUBvN00

「昔に比べると桑田君は随分周りを見るようになったわね」

「フン。昔が酷すぎただけじゃないのか?」

「みんな成長してるんだよ」

「ウム! 苗木君の言う通りだ!」

(ああ、そうだな。俺がいなくなってもお前達ならきっと大丈夫だ)

「……もう退出する者はいないな? 時間が勿体無い。続けよう」


最終的に残ったのはKAZUYA、苗木、石丸、十神、霧切の五人のみであった。


               ◇     ◇     ◇


――数日が経過した。

人間の氏体、それも自分達と縁のある担任教師の氏体。
それを突然解剖することになった生徒達の精神的負担はとてつもないものであった。

髪や、皮膚にこびりついたホルマリンの臭いが洗っても洗ってもなかなか落ちない。
それはちょっとした恐怖だった。このまま氏の香りが体にこびりついて取れない錯覚に
陥るのだ。彼等はゴム手袋をしていたが、それでも何度も手や顔を洗った。

……ただ人間の適応力というものはなかなか馬鹿に出来ないもので、始めの数日は
吐いたり食欲不振に陥っていた生徒達も、今では普通に食事をしているのだから恐ろしい。
最初は早々に離脱していた腐川でさえ、今は最後まで遠目に参加している。

ちなみに、担任の教師が氏んだと聞かされた時のジェノサイダーの反応は実に淡泊だった。


『あ? あいつ氏んだの? ふーん。ま、数える程しか会ってないしどうでもいいけど!』


ジェノサイダーは腐川と感情を共有している。
腐川が薄情だからという訳ではなく、そのくらい生徒と関わりが薄かったのだろう。


589: 2017/07/03(月) 02:18:14.02 ID:aXcUBvN00

『うっうっ……何でぇ……何でこんなことに……』


一方腐川は、氏体の正体が担任教師だと説明された時さめざめと泣いていた。
縋りつく彼女を慰めながら、もう少し教育熱心で生徒を大事にしていた教師ならば、彼等の
失った記憶を取り戻すキッカケになれたのだろうか……とKAZUYAは溜め息をついたものだ。



― コロシアイ学園生活五十四日目 保健室 PM1:04 ―



「山田、体の調子はどうだ?」

「へ?! だ、大丈夫ですよ! 僕は元気です!」

「最近あまり食べてないように見えるが」

「ダイエット中だからですって! どうです? だいぶ痩せたでしょう?」


確かに目を覚ましてからの山田は見る見る痩せていた。それがダイエットの成果というなら
劇的成功と言えるのだが、端から見ると大きな風船が急激に萎んでいるようにしか見えないのだ。


「確かによく頑張っている。しかし、その気持ちは立派だがお前が今最も優先しなければならないのは
 回復とリハビリだ。そしてそのためにはストレスを溜めないことが重要だ。わかるな?」

「…………」

「何か悩みでもあるんじゃないか? 俺で良ければ相談に乗るが」

「あ、い、いえ! ……別に、悩みとかそんなんじゃないんです。
 強いて言うなら、そうですね。やっぱりあれが……」


590: 2017/07/03(月) 02:23:47.89 ID:aXcUBvN00

「そうか……いや、よくよく考えれば当然のことだな」


担任の氏体は普段は生物室の遺体安置ロッカーの中に保管してあるため、解剖実習も
五階の教室で行われている。山田たっての希望でKAZUYAや大神が背負って何度か参加させたが、
肉体的にも精神的にも山田の負担が大きいとKAZUYAは判断した。


「みんなが参加しているからと無理に苦手な解剖に参加しなくていい。
 ……見ていて気持ちの良いものではないだろう」

「はい……」

「ただ、短期間でこんなに痩せたのは本当に偉いぞ。皮がたるんでしまっているだろう?」

「あ、は、はい。もうズボンを脱ぐとビロンビロンで、お風呂の時とか邪魔なんですよねぇ」


ビローン。

山田がズボンを下ろしてシャツをたくしあげると、余った皮が垂れているのが見えた。


「これは酷いな」

「トレーニングしたら治るでしょうか?」

「ウーム。お前はまだ若いし皮膚というのはある程度の伸び縮みはする。
 多少は効果があるだろう。ただ、何せ急激に痩せて相当弛んでいるからな」

「一年くらい真面目にトレーニングして、それでも治らないならいっそ手術で切除するのも手だ」

「お、では先生が手術してくれるのですな?」

「!」


591: 2017/07/03(月) 02:29:55.40 ID:aXcUBvN00


一年後、KAZUYAはいない。


「ああ。俺に任せろ」

「それなら心強いですな」

「だが運動はしろよ。激しい運動はかえって皮膚が伸びるから逆効果だ。ゆったりした有酸素運動でいい」

「了解です」


山田は一見笑っているが、心から笑ってはいない。それはKAZUYAにもわかった。
しかし、何が山田の心をこうまで乱しているのかまではわからない。


(一体何を悩んでいるんだ、山田……一人で抱え込んでもどうにもならんぞ。
 誰でもいいから誰かに打ち明けられるといいんだが……)


もし、この時点で二人が失われた記憶を持つ者同士であるとわかっていれば……

生徒達は全員団結し、KAZUYAの処刑も避けられただろう。

しかし、運命の神の悪戯かはたまた氏神の嫌がらせか……
彼等は答えまであと少しの場所にいながら、またも致命的なすれ違いをしてしまうのであった――


594: 2017/07/14(金) 23:48:05.84 ID:eLjhRp2a0

               ◇     ◇     ◇


今日もKAZUYAは授業で使う資料をまとめている。
生徒達はまだ氏体に慣れてはいないが、いつまでも触れないのは困るので
実習の準備はほぼ彼等に任せていた。資料を手に取り、KAZUYAは保健室から出る。

KAZUYAが一人になると、大概モノクマが近寄ってきて彼を煽った。


「今日も解剖? 飽きずによくやるよねぇ」

「…………」

「だってさぁ、仮に何年もここにいて授業してそれでどうなるの?」

「たった一回献体を解剖した所で本気で医者に出来ると思ってるの?
 無理でしょ? ぶひゃひゃひゃひゃっ!」

「…………」


そんなこと百も承知だ。国家試験を合格して医師免許を手に入れてもそれは
あくまでスタート地点なのである。実際に研修医として病院で働き、何年も何年も
修業を重ねやっと一人前の医師として独り立ち出来るのだ。

ここでは時間も経験も何もかもが足りない。いくらKAZUYAが超国家級の医師と
呼ばれるスーパードクターであっても、患者を用意は出来ない。


(俺がやっていることは無駄なのか……?)

(……いや、そんなことはない! 奴の言葉に耳を貸すな!)


眉間にシワを寄せ、早足で引き離す。


595: 2017/07/15(土) 00:04:44.45 ID:yfCUxba90

               ◇     ◇     ◇


「なんだか最近、顔色が悪いですわね」

「ム、そうか?」

「見ればわかります」


リハビリに付き合って欲しいと言われ、KAZUYAはセレスと体育館にいた。

彼女の傷は一箇所の腹部刺創だけであったが、舞園より華奢なのとオシオキで一度傷が
開いたこともあって、若干回復が遅れていた。しかし、杖があれば普通に歩き回れる程度には
回復していたし、歩行や簡単なストレッチをするだけならわざわざKAZUYAを呼ぶ必要はない。

何か用があるのだろうとすぐに察し、黙ってついてきた。


「ここ最近忙しかったからな。疲れが出ているんだろう」

「そうですか。……最近前より笑っていることが多いですわね?」

「あんなことをやらせているというのに、みんな弱音を吐かずに頑張っているからな。
 山田も順調に回復してきているし、ここで俺が頑張らなくてどうするんだ」

「西城先生は不器用な人です。そんなに愛想の良い方ではなかったでしょう?」

「なんだ。俺が笑っているのが不満か?」

「いいえ。ただ……」


セレスはKAZUYAを見上げた。その瞳は微かに憂いを帯び、沈んでいる。


「わたくしには先生が無理をしているように見えます」


596: 2017/07/15(土) 00:22:26.30 ID:yfCUxba90

「……無理だと?」

「保健室に入院してから、西城先生のことは四六時中見ておりましたから。違いくらいわかります」


KAZUYAのことを見ていたのはその前からで、彼を見ていたのはただ
ぼんやりと観察していたからではなかったが、今そのことは問題ではない。


「まさか君に心配される日が来るとはな」

「あら? わたくしはいつだって先生を心配しておりますわよ?」

「そういう意味じゃないさ」

「…………」

「…………」


皮肉ではなく純粋に予想外だったのだ。
あのセレスが本心から自分を心配しているという状況に。

確かに命を救いはしたし、彼女の犯行をこの環境のせいにして
庇ってやったりもした。だが、あの訳のわからない動機を平然と口にする
図太い神経のセレスだ。以前だったら、違う理由で心配していただろう。

監督者のKAZUYAに何かあったせいで、自分まで共倒れになりたくないと。


「西城先生」

「何だ?」

「ここにいる全員にとって西城先生はなくてはならない方ですのよ。
 一人で何でも解決しようとは思わないで欲しいのです」

「わかっているさ」

「わかってなどいません!」

「!」


597: 2017/07/15(土) 00:30:56.11 ID:yfCUxba90

セレスはギュッと手を握り、俯きがちに囁いた。


「西城先生だけが犠牲になるくらいなら、みんな命を懸けて戦う覚悟があります。
 ――その“みんな”に、今はわたくしも含まれていますわ」


流石に付き合いが長くなってきてKAZUYAも少しずつわかってきたのだが、
セレスは嘘をつく時、相手の目を正面から真っ直ぐ見ることが多い。
自信満々な表情で事実と嘘を巧みに織り交ぜるからこそ、対象は迷い騙されてしまう。

勿論、弱気な演技をすることもあるが今のセレスの発言は彼女にとっても危険なものだ。
エゴイストであり保身的な彼女が積極的にKAZUYAを煽る理由はない。


「……本気か?」


過去の彼女とあまりにも違う殊勝な態度に、KAZUYAは思わずそう返した。


「わたくしは本気です。今まで散々嘘をつき周囲の人間を利用して
 生きて来ましたが、ことここで命の恩人を騙すほど厚顔無知ではありません」

「…………」


セレスはいつだって余裕を見せようとしていた。その過剰に作られた虚偽の余裕こそが
同時に彼女の幼さでもあったのだが、今のセレスにそんな無駄な装飾はない。
等身大の少女であり、覚悟を決めた一人の女でもあった。

KAZUYAはこの目を知っている。彼の周りの女達はいつだってこんな目をしていた。


598: 2017/07/15(土) 00:42:49.31 ID:yfCUxba90

「君はいつから心配性になったんだ。何を恐れているのか知らないが、今は特に何もない。
 モノクマが大人し過ぎて不安に思う気持ちはわかるがな。……それにだ」


KAZUYAはギラリと一瞬目を光らせ、厳しい口調で切り捨てる。


「仮に、もし仮に俺が何か困っていたとしても」

「俺はお前達には言わない。大人と子供では責任が違うのだ。対等には並べん!」

「…………」


セレスは無言で顔を伏せた。KAZUYAとて、心配している相手にこのような
突き放す言葉は言いたくない。だが、自分はどうせもうすぐ氏ぬのだ。

中途半端に甘い言葉をかけるなら突き放した方が相手のためになるだろうと思っていた。

――だが、気付いていないだけでそれは彼の『エゴ』でもあったのである。


「西城先生は、普段は勘がいいのにある部分は本当に疎いですわね」

「何?」

「あなたは相手のためと思っていても、それが相手の幸せとは
 限らないということですわ。少なくともわたくしにとってはそうです」

「西城先生は、そうやって今までに何人も友人や女性を拒絶して傷つけてきたのでは?」

「……!!」


599: 2017/07/15(土) 01:02:03.49 ID:yfCUxba90

自分の半分程しか生きていない少女に思わぬ痛い所を
突かれ、男は思わず息を呑んで反射的に目を逸らしてしまう。

けれど、その行為は暗に彼女の言葉を肯定したのと同じことだ。


「安ひ……」

「……失礼しますわね」


彼が何かを言う前にセレスは去ってしまった。その背中を見ながら、KAZUYAは呟く。


「俺は……本当は臆病者なんだよ……」


母のように、父のように、大切な人が目の前でいなくなってしまうのが耐えられない。
結果的に、自分を犠牲にしてでも無難で安全な道を選ぼうとしてしまう。

かつて七瀬恵美を拒絶したあの時のように――


ただ、あの時と違ってKAZUYAには時間がなかった。

……時間がなかったのだ。





            ― ドクターK処刑まで あと“十ニ日” ―



600: 2017/07/15(土) 01:11:46.67 ID:yfCUxba90

引用: 大神「…もう決めたのだ。許せ」朝日奈「そんなの、嫌だよ…お願い、ドクターK!」カルテ.7