632: 2017/07/31(月) 00:16:24.09 ID:KjOrS2qv0
大神「…もう決めたのだ。許せ」朝日奈「そんなの、嫌だよ…お願い、ドクターK!」カルテ.7【前編】
大神「…もう決めたのだ。許せ」朝日奈「そんなの、嫌だよ…お願い、ドクターK!」カルテ.7【中編】
大神「…もう決めたのだ。許せ」朝日奈「そんなの、嫌だよ…お願い、ドクターK!」カルテ.7【後編】
― 自由行動 ―
廊下を歩いていたKAZUYAは、ふと教室に人の気配を感じて中を覗く。
「朝日奈か」
「あ、KAZUYA先生……」
朝日奈は教室の席の一つに、頬杖をついてぼんやりと座っていた。
最近は解剖実習があまりに忙しいため、あまり自由時間が取れていない。
過去の失敗から、KAZUYAは生徒達とコミュニケーションが取れないことを気にしていた。
特に朝日奈は早い時間に解剖実習を抜けてしまうため、気になっていたのだ。
(担任教師の解剖に最も拒否感を持っていたのは恐らく朝日奈だろう。
みんなが参加するという状況だから一応参加するが、早めに抜けることが多い)
(他の生徒達が積極的にフォローしてくれているお陰で最近は大分明るくなってきたが、
だからといって俺が何もしなくていい訳ではない。ここはしっかり話しておこう)
朝日奈の前の席の椅子を引き、向き合うようにKAZUYAも座る。
「少し疲れているようだな?」
「ううん。そんなことないよ。ドーナツ食べてたくさん泳げばすぐ元気になるから」
「久しぶりに二人でちょっと話さないか?」
「いいの? 忙しそうなのに」
申し訳ない気持ちと、嬉しい気持ちを交互に見せながらおずおずと朝日奈は彼の様子を窺う。
633: 2017/07/31(月) 00:32:49.30 ID:KjOrS2qv0
「今は自習してもらっている。それに、俺だってたまには息抜きが必要だからな」
「そっか。じゃあ、今日はトコトン私のおしゃべりに付き合ってもらうね!」
(良かった。少しは元気になってくれたか)
ホッと息をついたのも束の間、朝日奈はガシッとKAZUYAの手を掴んだ。
「じゃあ、今すぐ私の部屋に来て!」
「え? ここでいいだろう」
「だってここだと他の人が来ちゃうかもしれないし、たまには独占したいし……ほら!」
「あっ、おい!」
(舞園や腐川の部屋にも入ってるから今更かもしれんが……いいのか?)
朝日奈に腕を引っ張られ、KAZUYAはまたも女生徒の部屋に入ってしまうのだった。
◇ ◇ ◇
「ジャーン! ドーナツたくさん持ってきたよ!」
「…………」
KAZUYAを自室に招待した朝日奈が食堂から飲み物と茶菓子を運んでくれたのだが、
その量に思わずKAZUYAは閉口する。何せ皿の上にはドーナツが山盛りになっているのだ。
「凄い量だな……」
「えー、このくらい全然普通だよ?」
634: 2017/07/31(月) 00:39:21.54 ID:KjOrS2qv0
「……まあ、最近は食欲自体なかったようだからな。何であれ
しっかり食べているなら文句は言わんが……それにしても、全部手作りか?」
「うん……私がね、一時期ご飯食べてなかったでしょ? それでさくらちゃんがドーナツなら
入るだろうって、一緒に作ってくれたんだ。不二咲ちゃんも時々手伝ってくれたし」
(最初に解剖を抜けていた組だな。不二咲は慣れてきたのか残ることが多くなってきたが)
意識したせいか、何となく髪や肌に残ったホルマリンの臭いが気になった。
(甘いのも油っこいのも得意ではないが、折角持ってきてくれたんだ。少しは食べよう)
比較的甘くなさそうな抹茶味のドーナツを渋めの緑茶で流し込みながら、KAZUYAは本題に入った。
「それで、最近のことについてだが」
「私が元気か気になってきてくれたんだよね? うん。大丈夫。平気だよ?」
「本当か?」
「うん。……正直に言うとね、やっぱり最初は辛い時もあったよ。初めて解剖した日は
吐いちゃったし、今まで黙ってたけど夜眠れなくて泣いたりもしたり……」
「気にかけられなくてすまなかった」
「そんなことないよ! もう、大丈夫なの。……今はみんながいるから」
「……そうか」
朝日奈は基本的に明るく友達思いの少女だが、たった一度だけ暴走したことがある。
それは自分の気遣いが足りなかったからこそ起こった事態であった。
635: 2017/07/31(月) 00:46:44.39 ID:KjOrS2qv0
あの時は本当に酷いことをしてしまったと今も思い出す度に胸が痛くなる。
「今はね、余裕があるからむしろ大変なのは先生達だなって思ってるよ」
「俺達か?」
「うん」
少しモジモジしながら朝日奈は話した。
「ほら、私って超がつくほど元気っていうかバカは風邪ひかないなんて
言われちゃったりするけど、あんまり病院て縁がないんだよね。健康診断くらい?」
「そんなワケだからお医者さんとか看護婦さんとか、遠い存在っていうか……
ここでKAZUYA先生に会ってからビックリしてばかりなんだ」
「フム」
「舞園ちゃんはさ、外に出たら罪を償って……その後は看護婦さんになるんだって。
もう将来のことをしっかり考えてるんだよ。スゴいよね」
「ほら、スポーツ選手って現役が短いじゃない? 私もオリンピックで金メダルを取るって
夢はあるけど、その後どうするかまではぼんやりとしか考えてなくて……」
「何となくコーチになればいいかなーって思ってたけど、優秀な選手が優秀な
コーチになるとは限らないんだよね。案外、現役時代はパッとしなかった人の方が
教え方が上手いってこともスポーツでは結構あったりするし」
(確かに。天才型のアスリートは頭で考えるより持って生まれたセンスで動くからな。
実力が高いからといって必ず指導力に結び付くという訳ではない。超高校級ともなれば
きっと本能のままに動いているだろうし、尚更だな)
朝日奈が擬音多用で指導している姿が容易に目に浮かぶ。
636: 2017/07/31(月) 00:53:17.72 ID:KjOrS2qv0
「しかも水泳って団体競技とかと違って戦略とかあんまりいらないし、結局最後は
自分との戦いなんだよね。そう思うとますます私が教える意味ってあるのかなって……」
「フム……確かに経験者としての発言は後輩にとって有用だろうが、教えることは少ないかもしれんな」
「やっぱり?! だよね……」
「だが、そう焦って将来のことを決めなくとも良かろう。やりたいことをすれば良い」
「あの、そのやりたいことなんだけど……」
「?」
朝日奈は顔を赤くして視線をあちらこちらへ落ち着きなく動かしている。
「笑わないで聞いてね。……ううん。KAZUYA先生ならきっと笑わないで聞いてくれるよね」
「考えていることがあるのか?」
「うん。私ね……私も、その……看護婦さん、を目指してみよっかなって」
「! ほう」
「そんなに頭も良くないし器用でもないけど、看護婦さんは体力勝負だって聞いたし。
それに、あんなに不器用だった石丸がお医者さんを目指してるのに言い訳したくないなって。
あのブブカも『僕が持っているものはすべて努力によって手に入れた』って言ってるし」
「たくさん怪我人が出てるのに、みんなみたいにテキパキ手伝えない自分がイヤで……
今も解剖実習には全部参加出来てないけど、でも少しずつ克服していきたいの」
「私も、看護婦さんになりたい。それで、先生やみんなと一緒に困ってる人を
助けたい! ……なんて。人に影響されるなんて単純って思われるかもしれないけど」
637: 2017/07/31(月) 01:08:53.02 ID:KjOrS2qv0
朝日奈はそう言ってはにかんだ。KAZUYAも思わず破顔する。
「単純だなんてとんでもない! 俺にはな、医者として人から言われると凄く嬉しい言葉が
二つあるんだ。一つは、ありがとう。医者にとって患者に言われる感謝の言葉ほど嬉しいものはない」
「もう一つは?」
「あなたに憧れて医者になりたいと思った、だな。俺は自分が大した人間だとは思っていない。
だから、俺の行動で誰かが医学の道を志してくれたと思うととても嬉しいんだ」
「そうなんだ。アハハ、もうこの学校だけで四人も影響受けてるよ?
これもひとえにKAZUYA先生の人徳のおかげだね!」
「是非君の夢を応援させて欲しい。何でも教えてやるぞ。……そうだ。少し待っていてくれ」
KAZUYAは保健室に行き、使い古された看護学の本を持ってくる。
「俺のではないが、これをあげよう」
「えっ、いいの?! 結構使い込んであるし勝手にもらったりしたら困るんじゃないかな?」
「いや、本の持ち主はこの本に書いてある内容なんてとっくのとうに暗記している。
それに、真に必要としている人がいるならきっと喜んで譲ってくれるだろう」
(……初心を忘れたくないからと、『彼女』は常にこの本を大切に持っていた。それが何故
ここの保健室にあるのかはわからない。そして彼女は現在どうなっているのか……)
(わからないことだらけではある……が、本は誰かに読まれてこそだ。彼女もきっと怒るまい)
「そっか。じゃあ、ありがたくもらっちゃおうかな! ……あ!」
「どうかしたか?」
638: 2017/07/31(月) 01:13:32.46 ID:KjOrS2qv0
「もらいっぱなしじゃなんか悪いし。私もKAZUYA先生になにかあげるね!」
「別にいいさ。この美味いドーナツで十分だよ」
「むー! それじゃ私の気が済まないの!」
悩んだ末、朝日奈が引き出しから取り出したのは箱だった。
「これ、先生にあげるね!」
「これは……!」
朝日奈が差し出したのはさほど大きくはないが、きらきらと金色に輝くメダルだ。
「これはね、私が始めて全国大会で優勝した時のメダルなんだ」
「そんな大事な物は貰えないよ。思い出の品だろう?」
「そうだけど、思い出はこれからもどんどん増えていくから。先生には何度も助けてもらったし」
「だが……」
「それに、もう一つ理由があってね……KAZUYA先生って、世界中を飛び回ってるでしょ?
ここから出ちゃったら、きっとあんまり会えなくなっちゃうよね?」
「…………」
「だから、持ってて欲しいんだ。これを見て、時々でいいから私のこと思い出してほしいの」
「……わかった。そこまで言うなら受け取ろう。大事にするよ」
思い出アイテム【朝日奈のメダル】を手に入れた。体力が上がった。
644: 2017/08/16(水) 00:15:18.16 ID:3WMVe0st0
◇ ◇ ◇
「さいじょーせーんせい!」
「うわっ」
朝日奈と別れたKAZUYAが保健室に戻ろうと寄宿舎を出た時、誰かに後ろから飛びつかれた。
「舞園か……。どうした?」
「部屋で自習をしていたんですけどわからないことがあって、先生に聞きに行こうと思ったんです」
「なんだ。そんなことか」
「少し教えてもらっていいですか?」
「構わないぞ」
舞園の部屋に行き、しばらく勉強を見てやる。
「ありがとうございました。先生は教え方が上手です!」
「そう言ってくれると教え甲斐もある」
談笑しながらKAZUYAはふと、舞園はいつから看護婦を目指し始めたのかと思う。
「なあ、舞園。聞きたいことがあるんだが」
「何ですか?」
「君は苗木達と一緒に保健室で勉強していて、その流れで自分も看護婦になると言い出したな?」
「はい。そうですね」
「……本当にそれでいいのか?」
645: 2017/08/16(水) 00:37:09.62 ID:3WMVe0st0
KAZUYAの問いに舞園は怪訝な顔を見せた。
「どういうことですか?」
「いや、成り行きと言うと少し言い方が悪いが、
無理に俺達に合わせてないか? 君が本当にやりたいのは……」
「いいんです」
「…………」
舞園はKAZUYAの言葉を遮って続きを言わせなかった。
「もう、いいんです」
男の目を見つめながらはっきり、そして厳然と言い切る。
「私、悪いことをしたんです。罪は償わなければなりません」
「それはわかる。だが君は未成年だしこんな状況だ。何より桑田が
もう許している訳だし、そこまで思い詰めることはないんじゃないか?」
「桑田君が許してくれても、私が許せないんですよ……」
「舞園……」
舞園さやかは真面目な人間だ。けして容姿や才能だけでのし上がった訳ではなく、
真面目でストイックな性格があったからこそ頂点に上り詰めたのだ。
646: 2017/08/16(水) 00:59:06.55 ID:3WMVe0st0
「私達アイドルは、みんなに夢を与える存在なんです。夢っていうのはいつも楽しくて
キラキラしていないといけないんです。恋愛とか遊びとか、我慢しなくちゃいけないものは
たくさんあるし辛いこともありますけど、絶対にそれを表に出しちゃいけないんです」
「自分で決めたことなのに、破ってしまいました。
……私にはもう、ステージに上がる資格なんてないんですよ」
「それは君が決めることじゃなくて君のファンが決めることじゃないのか?
君のことを待ってる人はたくさんいるだろう?」
「そうかもしれません。でも、私……歌えないんです……」
「歌えない?」
「はい。“歌”って誤魔化せないんです。どんなに隠そうとしても、自分の気持ちが
必ずどこかに出てしまって……もう、前みたいに楽しく歌えないんです……」
「今の私の歌は少しも心がこもってないし中途半端です。そんな中途半端な
歌をファンの皆さんに届けたら、その方がよほど失礼ですよ……」
「そうか……」
「でもっ!」
「!」
消沈していた舞園が思わず意気込んだ。
「私気付いたんです。今の私でも心の底から歌える時があるって」
「心の底から歌える時?」
「みんなが教えてくれたんです。あれは石丸君の退院パーティーの時でした」
今でも昨日のことのように思い出せる。気まずかった桑田と舞園が息の合った演奏を行い、
まるで本当のライブのようだった。あの時の舞園は――輝いていた。
647: 2017/08/16(水) 01:25:41.84 ID:3WMVe0st0
氏が目前に迫っているからだろうか。
それとも、今の舞園の瞳にあの時の輝きを見たからだろうか。
さほど昔のことでもないはずなのに、KAZUYAは懐かしさに目を細めた。
「桑田君が一緒に演(や)ろうって声をかけてくれて、苗木君が私の歌をもう一度聞きたいって
後押ししてくれて……みんなで、私達の衣装を用意したりステージを飾り付けてくれましたよね?」
「本物のステージに比べたらずっと小さくて突貫工事だったけど、
あの時は、今までのどんな舞台よりも緊張しました」
「…………」
本番前、珍しく舞園が弱音を吐いた時のことをKAZUYAは思い出す。
『先生……私、歌えるかな……』
『大丈夫さ。君は超高校級のアイドルだろう? 何度も練習してきたじゃないか』
『えっと、そういう意味じゃなくて……』
『?』
「……私が歌わないと駄目なんだ。私の歌が必要なんだ」
「そう思ったら、心をこめて歌えたんです」
「…………」
(そういえば、あの時は妙に不安がっていた。単に緊張していただけだと思っていたが……)
(そういうことだったのか……)
KAZUYAは舞園の秘めた葛藤を知り、得心した。
648: 2017/08/16(水) 01:33:04.21 ID:3WMVe0st0
「綺麗な衣装を着てキラキラしたステージで歌うだけがアイドルじゃないんだって思いました。
ただ夢を与えるだけじゃなくて、人を助ける歌もあるんだって知ったんですよ」
「だから私、歌って踊れるナースさんになるのが今の夢なんです!
病院から出られない人や、元気をなくしている人のために歌いたいんです!」
(では、もしやこれは……)
KAZUYAは舞園の机の上に山積みになっているカセットテープを見る。
演歌や歌謡曲など、舞園の世代にはあまり縁のない曲ばかりがあり不思議に思っていた。
「はい。音楽室にたくさんあったから借りてきたんです。
お年寄りの方も楽しんで貰えるように演歌も歌えるようになろうって」
「私、アイドルをやめる訳じゃないです。これからは全国の
病院や施設を巡ってみんなを励ますナースアイドルになるんです!」
「そうか……ああ、それがいいかもな」
(折り合いを付けないと前に進めない人間もいる。舞園にとっては、これがケジメなんだろう)
KAZUYAは頷いた。舞園自身が納得出来て、歌が続けられる。
そのためには、これが一番いい道なのだろうから。
「よくわかった。応援するよ」
「西城先生ならそう言ってくれるって思ってました。私、頑張ります!」
そう言って笑った舞園は、心の底から笑っているように見えた。
(……何だろう。舞園はいつも笑顔のはずなのに、なんだか久しぶりに笑った所を
見た気がするな。やはり見えない所で気を遣っているのかもしれん)
(俺がいなくなった後が少し心配だ。苗木や桑田に頼んでおくか……)
649: 2017/08/16(水) 01:39:40.14 ID:3WMVe0st0
ここまで。夏バテで体調崩し気味で遅れてます。ゴメンネ
オマケ
舞園「演歌を歌うためにこぶしの練習もしてるんです。是非聞いてください!」
K「あ、ああ……」
K(熱意は素晴らしいが、果たして舞園の可愛らしい声に演歌は合うのだろうか)
舞園「あと、デュエットの練習もしたいので先生が男性のパートを歌ってくださいね?」
K「?!」
653: 2017/09/03(日) 19:28:17.91 ID:GWhivuKo0
◇ ◇ ◇
「ドクターは人気者ね」
「ム、今度は霧切か」
舞園の部屋を出た所で今度は霧切と鉢合わせた。
「……もしかしてずっと見ていたのか?」
「たまたまよ。少しお話しようかと思って何度か訪れたのだけど、その度に先を越されてしまって」
「それは悪かったな。それで、俺に何か用があるんだろう? 何かあったのか?」
「あら? 用事がないと来てはいけないの?」
「? 君は用もなく来るタイプではないだろう?」
「…………」
霧切は髪を押さえてプイと横を向く。
「霧切?」
「……何でもないわ。ドクターはそういう人だから」
「何がだ? 意味がわからんが」
「なん・でも・ない」
(追及しても無駄なようだな……)
少し拗ねたような表情の霧切にKAZUYAは降参して両手を上げる。
654: 2017/09/03(日) 19:41:28.53 ID:GWhivuKo0
「それで、俺を探していたんじゃなかったか?」
「ええ。今までの報告をしたくて」
「脱衣所で話すか?」
監視カメラに拾われないように声を落とすが、霧切は首を振った。
「いつも同じ場所で話すのは良くないと思います。特に私とドクターは警戒されているでしょうし」
「では、植物庭園か?」
「いいえ。私の部屋じゃいけないかしら?」
「君が構わんのなら俺は構わないが」
「構わないわ」
本日三度目にしてもういい加減慣れたのか、KAZUYAはすんなり霧切の部屋に入った。
「わからない問題があるの」
勉強を見て貰う振りをして、霧切はメモを差し出す。
「ああ、これはな……」
KAZUYAは問題を教える振りをしながら、メモを読んで行く。
(……よく観察しているな)
655: 2017/09/03(日) 19:56:23.22 ID:GWhivuKo0
十神の態度が少し軟化してきており、今なら説得は可能かもしれないとのこと。
最近やけに偽江ノ島がモノクマと話していること。
元々寡黙な大神が、沈黙している時間が更に増えたこと。
山田の様子が少しおかしいことなどが書かれていた。
更に、アルターエゴの性能が上がっており隠し部屋からクラッキングが可能なのではないか。
情報処理室の鍵は特殊なタイプなので無理だが、学園長室なら時間を稼いでくれたら
ピッキング可能とまで書かれていた。
(必要なものがかなり集まってきている。これなら――)
クーデターだって起こせるのではないか?
「…………」
霧切はジッとKAZUYAの表情を観察している。そこには有無を言わせぬものがあった。
「…………」
KAZUYAは腕を組んで思案する。勉強を教える演技を続けながらも考え続ける。
そして……
『時期尚早。焦るな』
「!」
KAZUYAの走り書きに霧切は驚愕し目を見開いた。
656: 2017/09/03(日) 20:12:07.32 ID:GWhivuKo0
「ちょっと……!」
「あっ、おい!」
霧切がKAZUYAの腕を掴んでシャワールームに連れ込む。
「落ち着け! まず俺の話を……!」
「何故動かないんです!」
「動けないからだ」
「何故!」
KAZUYAが黙秘を決め込む前に、頭の回転が速い彼女はその理由を看破していた。
「また隠し事ね。何を知っているの?」
「……言えん」
「そうやって……! 私のことを信頼していないのね?」
恨むような目の霧切に、今度はKAZUYAが反撃する番であった。
「安広にも同じようなことを言われたがな、大人の俺とお前達では立場が違う!」
「万が一俺のせいでお前達が氏んだりすればお前達の家族は俺を怨むだろう。
だが、お前達のために俺が氏ねば俺の親はよくやったと言う。世間の反応も同じだ」
「……!」
「君のことは信頼している。……だが、基本的には俺一人で全て背負うべきなんだ」
「……ズルいわ」
心底悔しそうな顔で、いや実際悔しいのだろう。霧切は唇を噛んで俯いていた。
657: 2017/09/03(日) 20:24:55.17 ID:GWhivuKo0
「立場の違いを盾に取られたら、私達に反論は許されない……」
「――大人は狡いんだ。俺だって子供の頃、自分の非力さに何度も打ちひしがれたさ。
悔しいなら、君が大人になった時同じように誰かを守ってやればいい」
「それでは遅いのよ……!」
珍しく感情的になった霧切を見てKAZUYAも驚いた。彼女は何を焦っているのか。
「なんだか胸騒ぎがするの……事件が起こる時にはいつも感じる。
私はそれを【氏神の足音】と呼んでいるわ」
「氏神の足音か……」
(霧切が超高校級の探偵に選ばれた理由、学園長が自分には才能がないと言っていた所以はそれか?)
顔を上げた彼女は、強い確信を持ってKAZUYAに告げた。
「これから、私達にとって取り返しのつかない何かが起きる。あなたはそれを知っているんでしょう?」
「…………」
今更ながら、KAZUYAは黒幕の正体を霧切に話さなくて良かったと思っていた。
最初は打ち明けようと考えていたのだ。だが、江ノ島や戦刃の存在はこのコロシアイにおいて
核心とも言える情報であり、当然どうやってその情報を手に入れたかという話になるだろう。
嘘でごまかせる程霧切は甘くない。何らかの取引をしたと察するはずだ。
生徒達の中では冷静で大人びている彼女だが、やはり高校生らしくまだ幼い部分もある。
もしKAZUYAの処刑が決まっていると知れば、尚更動くべきだと主張するだろう。
最悪、黒幕側との全面戦争になりかねない。そうなったら――こちらに勝ち目はないのだ。
658: 2017/09/03(日) 20:34:48.19 ID:GWhivuKo0
(中途半端に材料が揃ってきている分、霧切もピリピリしている。ここで情報を
伏せ過ぎると、今後の連携に響くかもしれん。本来彼女は単独行動の多い人間なのだ)
(今早まった行動を取られては困る――)
「霧切、君にだけ話しておきたいことがある」
「……何?」
「俺は近々氏ぬかもしれん」
「! どういうことっ?!」
流石の霧切も予想外だったのか、或いは信じたくなかったのか狼狽の色を隠せなかった。
「あくまで可能性の話だ。が、ないとは言えない」
「一人で危ない橋を渡るつもりね……!」
「そうだ。だがどんな結果になっても俺はただでは終わらん。
アルターエゴに全てを託してある。もし俺に万が一のことがあったら真っ先に調べてくれ」
「私が手伝うと言っても無駄なんでしょうね……」
「ああ。俺が氏ねば、きっとみんなはパニックになるだろう。
その時、冷静にみんなをまとめる人間が必要だ」
「私はリーダーなんてガラじゃないわ……」
659: 2017/09/03(日) 20:47:48.82 ID:GWhivuKo0
確かにリーダーとしては十神や石丸の方が向いているだろう。
だが、十神が都合良く味方をしてくれる保証はないし、何より十神には人望がない。
石丸は人望はあるが、冷静さや打開策を編み出す戦術案に欠けていた。
「……ドクターがいたからよ。ドクターがいなかったら私は未だに自分が何者か
わからなかったかもしれないし、周りの人達と関わる余裕もなかった」
「そんなことはない。君は今まで本当によくやってくれた。
君の冷静で中立な意見に何度救われたかわからない。心から感謝している」
「遺言みたいな言い方をしないでっ! 守りたい人は
いつも私を置いて勝手にいなくなってしまう。あの時だって……!」
「霧切……?」
辛い記憶を思い出したのだろうか。氏体を見ても眉一つ動かさない彼女が、今に限って
青い顔をしていた。裂けそうになるくらい強く唇を噛み、手袋をつけた手をギュッと握りしめる。
きっと彼女も、誰か大切な人を喪った過去があるのだろう。
「まだ……まだやれることはあるはずだわ……! せめてあなたが
何をやろうとしているか話して。二人で考えれば他に何か良い策が……!!」
「霧切」
KAZUYAは霧切の両肩を掴み、不安定に揺れるその目を見下ろす。
660: 2017/09/03(日) 21:00:48.58 ID:GWhivuKo0
「――ないんだ」
「そんな、そんなの認められない! 認められる訳がないっ!!」
「頼む! これを頼めるのは君しかいないんだ!
だから君にだけ話した! 黙って頼まれてくれ!!」
「本当に……ズルいわ……」
俯く彼女の表情は背の高いKAZUYAからは見えない。だが、声で察せられた。
「……最善を尽くす。俺だってまだ氏にたくはないからな」
それがKAZUYAの強がりであり優しい嘘であることを霧切は見抜いていた。
しかし、今はその言葉に縋らずにいられなかったのだ。
霧切は両手の手袋を外し、自身の肩におかれたKAZUYAの手を強く握る。
「お願い……生きて戻ってきて……」
「ああ」
いつも凛としていた霧切の声が、その時だけ震えて掠れていた。
664: 2017/09/19(火) 00:40:16.46 ID:r7HOonBF0
◇ ◇ ◇
霧切の部屋から出たKAZUYAは、シャワールームに二人で篭っていたことを
茶化すモノクマから逃げ回りそのままいつの間にか五階に来ていた。
「あ、西城先生。お疲れ様です!」
「石丸か。今日はもう授業は終わっただろう?」
「早めに明日の準備をしておこうと思って。ついでに掃除もしていました」
「そうか。ご苦労」
「あとはこれを保健室に戻して終わりです」
「一人じゃ大変だろう。手伝うぞ」
器具を運ぶのを手伝いながら保健室に入ると、久しぶりに無人だった。
山田はリハビリのため少しずつ起き上がっている時間を長くするようにさせているし、
セレスも最近は普通に出歩くようになっていたから当然だろう。
そもそもセレスはもう自室に戻って良いはずなのだが、何故かまだ保健室で寝泊まりしていた。
女生徒と同室で寝泊まりするのは問題のような気がしたから、何度かそのことについて
言及したのだが、上手くはぐらかされるだけなので今は放置している。
(……石丸とは少し話をしておいた方がいいかもしれんな)
どうしても精神的に脆い印象が抜けない石丸が心配になって、KAZUYAは石丸を引き止めた。
「少し時間はあるか?」
「はい! 何でしょう? 授業についてですか?」
665: 2017/09/19(火) 00:50:04.05 ID:r7HOonBF0
「特に用はないんだが、たまにはゆっくり話でもと思ってな」
「? わかりました!」
石丸は背もたれのない丸い椅子に座り、KAZUYAは医者と患者のようにその対面に座った。
「思えば勉強の話は毎日よくしているが、特に意味のない雑談はあまりしていなかったな」
「雑談も時には必要ですね。以前の僕なら時間の無駄と切り捨てていたかもしれませんが」
その後は、看護婦を目指す決意をした朝日奈をフォローして欲しいと頼んだり、
お互いの家族の話をしたりと特にテーマは決めず思いつくままに話をした。
(何か、言い残しておくことはあるか?)
思い返せば、石丸はこの学園生活でもかなり初めの方からKAZUYAと一緒にいたものだ。
なるべく万遍なく生徒と接しているつもりだが、それでも石丸と苗木が一番一緒にいる
時間が多い気がするし、その二人が今や自分の弟子となって医師を目指しているのだから
KAZUYAの感慨も一塩というものである。
(たった一月半というのに色々あったな……)
大和田との勝負に巻き込まれた時、人には色々な面があると話した。
初めて挫折して歎く石丸に、努力ではどうにもならないことがあると諭した。
あまり我慢をし過ぎないよう、もっと自分に素直になるようにと助言した。
既にたくさんのことを話した。
666: 2017/09/19(火) 01:04:45.50 ID:r7HOonBF0
(医師の心構え、はもういいな。これまでに十分過ぎる程伝えてきた)
あと伝えなければいけないのは、技術だった。だが、それに関してはもう諦めがついている。
(俺にとって初めての弟子だから、最後まで面倒を見てやりたかったが……)
溜め息を吐く。
「先生、浮かない顔をされてどうかされましたか? も、もしや僕の話がつまらなかったのでは?!」
「いや、違う。いい加減その包帯も邪魔だろう? 責任を果たしておこうと思ってな」
「責任を果たすとは?」
「横になってくれ。その顔の傷 ―― 綺麗にするぞ」
「!」
KAZUYAの最大の心残り、それは石丸の顔の大きな傷だった。
舞園の右手は日常生活に困らない程度には回復したし、山田の左腕もリハビリを
続ければある程度は治るはずだ。セレスの腹部の傷は服を着ている限り目立たない。
だが石丸の顔の傷は違う。日常生活に直結する問題だ。
「そ、そうですか!」
――しかし、石丸の口から出てきたのは意外な言葉だった。
667: 2017/09/19(火) 01:19:30.46 ID:r7HOonBF0
「有り難うございます! ですが、今はいいです!!」
「……何だって?」
予想外の答えにKAZUYAは思わず聞き返した。
「麻酔のことを気にしているのか? 化学室で調達出来たから気にしなくていいんだぞ?
今はお前も精神的に落ち着いているし俺には針麻酔もあるしな」
「いえ、そうではなくて!」
半分微笑み半分は決意を浮かべ、石丸は言った。
「僕はまだ半人前ですから!」
「…………」
その目は輝いていた。先程夢を語った朝日奈や舞園のように。
「この傷を見ると、以前の僕はなんて融通が効かなくて
周りに迷惑ばかりかけていたんだろうと……不甲斐なくなります」
「なら、取ってしまった方が……」
「いいえ」
石丸はハッキリと断る。そこには強い意志があった。
「この傷は僕にとって戒めなんです。独りよがりになるな。みんなの気持ちを考えないと、って」
(戒め……)
668: 2017/09/19(火) 01:34:06.69 ID:r7HOonBF0
「政治家とは国を治める人間です。国家は様々な人間で構成されているのだから
そこには当然、様々な考え方があります。それを忘れないためにも戒めが必要なんです」
「いつか僕が一人前の医者になって人間的にも成熟したら、その時は綺麗にしてください!」
拳を握り決意を語るその姿は、いつぞやの不安定な少年ではなく大志を抱く立派な青年だった。
KAZUYAが複雑な表情を浮かべているのに石丸は気付き、元気づけるように付け加える。
「それに、思い出すのは嫌なことだけではありません。みんなでパーティーをしたことや
協力して行った様々なことも思い出します! 西城先生が気にすることはありません!」
「あ、ああ。いや、それならいいんだ……」
KAZUYAは頭を軽く振って気を持ち直し、何気ない風を装いながら話を続ける。
「ただ、その……前に話した通り、俺も色々と危ない目に遭うからな。
こんなことは言いたくないが、いつまでも健在とは限らん。紹介状を書いておいたから、
もし将来俺に何かあったらこの人に治して貰うといい」
「お気持ちは嬉しいですが、必要ないです」
「必要ない? 何故……?」
「あまり考えたくはないですが、もし将来先生の身に何かあったとしたら
……その場合、この傷は治さないでこのままにしておこうと思います」
「治さない? 顔だぞ?」
「この傷は先生が必氏に僕のことを助けてくれた証ではないですか。だから、先生以外の人に
取ってもらうくらいなら、いっそ“思い出”として僕は残しておきたいです」
「!!」
鮮烈にあの日の記憶がKAZUYAの脳裏に蘇る。
669: 2017/09/19(火) 01:44:44.00 ID:r7HOonBF0
―この傷は……?!
―手術で綺麗に取ってもらったらって何度も勧めたんですけど、
―この傷は大切な“想い出”だからって……決して取ろうとはしなかったんですよ。
―いつか立派なお医者になったら綺麗にしてね。
―約束よ……
「…………」
(俺はまた約束を守ることが出来ないのか……)
生きてさえいれば、たとえ相手が地球の裏側にいたとしてもKAZUYAは会いに行き、約束を果たす。
だが、それはKAZUYAと相手の両方が生きていることが絶対条件だ。
どちらかが氏んでしまっては……
「西城先生?」
「いや、お前の気持ちはよくわかった。もう余計なことは言うまい」
「あまり先生を待たせたら申し訳ないので、これからも頑張ります!!」
「ウム……ところで、俺も少し疲れが溜まっているようだ。今日は休ませてもらっていいか?」
「あ、そうですね。先生は少し休養された方がいいと思います! 僕からみんなにも伝えておくので」
「……すまない」
一人になったKAZUYAは机に向き直り、手を組んだまま俯く。
静寂過ぎるこの空間が、今はただ怖かった。
673: 2017/09/24(日) 22:12:32.60 ID:F5PFh5z30
― コロシアイ学園生活六十六日目 保健室 AM1:17 ―
驚く程、期日はあっという間に迫って来た。KAZUYAは今、遺書をしたためている。
大垣、高品と言った頼りになる友人達は勿論、柳田を筆頭に帝都大関係者の
名前をありったけ書いた。特に外の状況が悲観的なこともあり、朝倉を始めとした
クエイド財団の知人や、ドイツのカイザーにさえそれぞれの言語で紹介状を作った。
(七瀬……)
紹介状だけでは味気ないので、特に世話になった友人達に感謝を伝える手紙を書いていたが、
七瀬宛の手紙を書き始めた時にKAZUYAの手は止まってしまった。
(なんと書いたものかな……)
いくらKAZUYAが女心に鈍いとは言え、流石に何年も付き合いのある
七瀬のひたむきな気持ちに気付かないほど愚か者ではない。
(俺のことなど忘れて幸せになって欲しい? ……思い上がりだ。そんな言葉は)
(――氏んだ人間のことを忘れられる訳がない)
それはKAZUYA自身がそうであったからだ。
七瀬と同じように彼を愛したカスミも秋吉美沙も、けして長く一緒にいた訳ではない。
だが、忘れられないのだ。未だにはっきり思い出すことがある。
「…………」
何度も書き直し、破り捨て、最終的に七瀬へ宛てて書いた手紙は僅か数行の簡潔なものであった。
674: 2017/09/24(日) 22:20:35.44 ID:F5PFh5z30
最後に財産の処分や特に気になる患者についてを書き残すと、彼は筆を置いた。
一人で便箋と封筒を一袋使い切ったKAZUYAは、その分厚い束を輪ゴムで束ねて引き出しの奥に隠す。
(もう思い残すことはないか?)
胸の中で自問する。
……あるに決まっている。ない方がおかしい。
数え切れない程の後悔ややり残したことに想いを馳せながら、KAZUYAは脱衣所に向かった。
「やあ、また来たよ」
『西城先生……』
「今日は何について話すか。ああ、そうだ。俺の祖先について――」
厨房からこっそり取っておいた酒をちびりちびりと飲みながら、KAZUYAは語り続ける。
後継者を作る前に逝く―― 一族の使命を果たせないKAZUYAは、まるで己のミームを
残そうとするが如く、毎晩ここを訪れてはアルターエゴ相手に己の人生を語っていた。
唯一KAZUYAから事情を聞かされているアルターエゴは、ただ黙って相槌を打つのみである。
「馬鹿だよね、あんた」
「!」
アルターエゴをしまい、保健室に戻ろうと振り返ったKAZUYAの前に立ちはだかった人物。
それは――
675: 2017/09/24(日) 22:33:34.47 ID:F5PFh5z30
「江ノ島……いや、戦刃むくろだな?」
「そこまで思い出したんだ、西城。じゃあもう隠す必要ないね」
江ノ島盾子、に紛した戦刃むくろは無造作にカツラを取った。
「そう。私は戦刃むくろ。超高校級の軍人」
まさしくいつもの陽気な姿とは真逆。必要なことだけを事務的に淡々と話す
戦刃の姿を見て、これこそ彼女の本当の姿なのだろうとKAZUYAは思う。
「不思議な感覚だ。久しぶりと言えばいいのか」
「無駄話はいらない。余計なお喋りをするほど私はあんたと親しくない」
「そうだな」
かつて頃し殺されかかった仲だ。殺伐とした空気が正しいのだろうが、
あらかじめ氏の予定がわかっているからか、不自然な程にKAZUYAは穏やかだった。
しかし、その穏やかさは嵐の前の静けさにも似た緊張感を孕んでいた。
ここに監視カメラはない。もし戦刃が不用意にKAZUYAに接近すれば彼は容赦なく
彼女を攻撃するだろう。氏を覚悟した人間の気迫は、時に予想外の結果を産む場合がある。
(どんな罠があるかわからない以上、警戒するに越したことはない。私は軍人。慢心はしない)
お互い一定の距離を保ちながら、二人は向き合う。
「それで、わざわざ君から出向いて来たんだ。何の用だ?」
676: 2017/09/24(日) 22:52:35.13 ID:F5PFh5z30
「あんたには一応助けてもらった借りがあるから。助言しに来てあげたんだよ」
「助言だと?」
「そう。……降参しちゃいなよ」
「何? 降参?」
「あんたは盾子ちゃんに負けたんだよ。完膚なきまでに完璧にさ」
「そうだな……」
「だったら、潔く負けを認めればいい。土下座して謝って命乞いしなよ。そうすれば、
もしかしたら気まぐれな盾子ちゃんが許してくれるかもしれない。外に出してくれるかもよ?」
戦刃は無力なKAZUYAを煽っている訳でも嘲っている訳でもなく、彼女なりに考えて
純粋に助言しているのは見て取れた。故に、KAZUYAも冷静に質問する。
「その場合、あいつらはどうなるんだ?」
「俺が惨めに土下座してそれであいつらが助かるというのなら、頭くらいいくらでも下げてやる。
だが実際は? 俺だけ外に出して、あいつらには俺に見捨てられたと言うんじゃないか?」
「…………」
戦刃は答えない。江ノ島の性格を考えたら十中八九KAZUYAの言う通りになるからだ。
「前からお前に聞きたいことがあった」
「……何?」
「お前が本物の江ノ島と双子の姉妹で江ノ島を大切に思うのはわかる。
だが、お前にとってクラスメイトはどうでもいい存在だったのか?」
「妹の悪ふざけに付き合って犠牲にしてもいい程度の――」
677: 2017/09/24(日) 23:16:12.43 ID:F5PFh5z30
「その質問に答える義務はない」
けんもほろろに断られるが、KAZUYAも食い下がった。情報が必要なのだ。
「俺はもう氏ぬ。お前の妹の邪魔をすることはなくなるんだ。せめて冥土の土産に教えてくれ」
「…………」
戦刃は黙り込む。言うか言わないか悩んでいるのだろう。
促すようにKAZUYAがじっと見つめていると、やがて重い口を開いた。
「……どうでも良くはない。頃すことしか能のない私にもみんなは親切にしてくれた。
普通の人間の人生っていうのがどんな感じか教えてもらったし、みんなでたくさん遊んだ」
「では、何故……」
「盾子ちゃんの方が大事だから。それだけ」
KAZUYAは知る由もないが、戦刃が妹に対して異常な執着を持つのは理由があった。
小学生にして国内のサバイバルゲーム大会で無敵を誇った戦刃は、ゲームだけでは
満足出来なくなっていた。本物の戦場に行き、本物の武器を使って戦いたくなったのだ。
しかし、戦刃と江ノ島の両親はこの二人の親とは思えない程平凡で良識的だった。
我が子を、それもまだ小学生の子供を戦場に送り出す訳がない。そのため戦刃は一計を案じ、
家族で海外旅行に出掛けた際に一人で抜け出す計画を立てたのだ。
(盾子ちゃんは最初は反対してた。私の意志が固いってわかったら協力してくれたけど、
本当は一人で取り残されるのがイヤだったんだ)
(私のワガママのせいで盾子ちゃんに寂しい思いをさせちゃった。だから、私が何でも
盾子ちゃんの願いを叶えてあげる。私が盾子を守るんだ。それが私の願いで希望)
678: 2017/09/24(日) 23:26:01.18 ID:F5PFh5z30
……戦刃は一つ大きな勘違いをしていた。
別に江ノ島は寂しいから戦刃を引き留めた訳ではない。戦刃には自分がいなくなった後、
残された家族がどんなことになるか、どんな行動を取るかを想像する力がなかった。
江ノ島は単に面倒な事後処理を押し付けられるのが嫌だったのである。
「あんたは盾子ちゃんのこと何もわかってないよ」
「どういう意味だ?」
「盾子ちゃんはね、悪ふざけでこんなことをやってるんじゃない。
本気でやってるんだ。本気で絶望しようとしてるんだよ」
「絶望させるではなく絶望する……?」
「そう。だから最後までみんなを取っておいた……。盾子ちゃんだってみんなとの生活が
楽しくなかった訳じゃない。でも、それ以上にその楽しくて平和な生活をメチャクチャにする
絶望に惹かれちゃったんだよ。盾子ちゃんは絶望をこよなく愛してるからね」
以前のKAZUYAならそんな馬鹿なと一蹴してしまったかもしれない。
だが、モノクマの数々の気まぐれな行動、そして江ノ島本人と直接対峙したことにより、
戦刃の言葉の意味がわかるような気がしていた。
「江ノ島は他人を絶望させて楽しむ単なる頭のおかしいサディストではなく、
絶望的な事象全てを愛し希望している、と言うことか?」
「そう! 盾子ちゃんは超高校級の絶望って呼ばれる程の絶望のプロで絶望ニスト。
いわば絶望ソムリエなんだよ? 盾子ちゃんクラスになると他人の絶望だけじゃなくて
自分自身の絶望すらも楽しめるって訳。現に松田君だって頃したしね」
「松田?」
「あっ」
明らかに不味いという顔をした戦刃にKAZUYAは続きを促す。
679: 2017/09/24(日) 23:52:53.74 ID:F5PFh5z30
「その松田とやらはもう氏んでいるし俺もすぐに氏ぬんだ。隠すことはないだろう。
なんなら、あの世についた後お前達の代わりに挨拶しに行ってやるぞ」
「まあ……そうだね。別に教えてもいいか。松田君は子供の頃近所に住んでた幼なじみの男の子。
超高校級の神経学者でもあったよ。希望ヶ峰での学年は私達の一つ上だったけど」
(また希望ヶ峰の生徒か……)
蜘蛛の糸より複雑に絡み合う因果に溜め息が出る。
(俺はその松田という生徒のことは知らん。つまり、氏んだのは俺が希望ヶ峰に来る前だ。
もしかしたら、五階の血痕にも関係しているかもしれんな)
「仲は良かったのか?」
「まあね。盾子ちゃんも結構気に入ってたと思うし、松田君は多分盾子ちゃんのことが好きだったよ」
「ほう……」
好意を寄せていた相手に殺されたという悲運な少年に同情しながら、KAZUYAは持ち前の交渉術で
的確に戦刃から情報を引き出していく。あまり頭の回転の良くない戦刃にとって、頭脳派のKAZUYAは
すこぶる相性の悪い相手であったのに加え、もう相手が氏ぬという油断が口を滑らせた。
(極端な飽き性、目的のためなら年単位で仕込みをする計画性……
まるで正反対の性質を併せ持っている。もはや怪物だな)
「……幼馴染を頃す時、江ノ島に躊躇はなかったのか?」
「所詮は他人だからね。盾子ちゃん自らの手で殺されたよ。一応泣いてはいたけど」
「…………」
戦刃はどこか他人事のように語るが、KAZUYAは奇妙な感覚を覚えていた。
680: 2017/09/25(月) 00:14:33.17 ID:c6QZu5wx0
「他人だからと言うが、お前だって以前殺されかけただろう?」
KAZUYAが咄嗟に助けなければ、グングニルの槍は確実に彼女の体を貫いていた。
しかも、泣きながら自らの手で頃したという松田と比べると、随分ずさんなやり方だ。
「あれは本気じゃないよ。盾子ちゃんはちょくちょくふざけて私の命を狙うんだ。
盾子ちゃんはああ見えて淋しがり屋な所があるし、スキンシップの延長みたいなもの」
「スキンシップ……」
「もし私が殺されるなら、それは盾子ちゃんが絶望するためのものが何もなくなった時……
世界で私と二人っきりになった時に、きっと私を頃して盾子ちゃんは最後の絶望をするんだぁ」
どこかうっとりとすらしている戦刃の表情にKAZUYAは底冷えを感じていた。
江ノ島盾子は自分がおかしいということを自覚している。だが戦刃は恐らく自覚がない。
自覚もなくただ感情の赴くまま、今まで趣味のため妹のためと人を傷付け殺めてきたのだ。
そしてそれを少しも悪いと思っていない。理由をつけては仕方ないと決めつけている。
江ノ島はそんな姉を絶望的に考えが足りない、絶望的に空気が読めない、絶望的に勝手の3Zと評した。
「……なら、自分の大事な姉がこの計画を台無しにしてみんなを助けたら
今よりもっと絶望して江ノ島は喜ぶんじゃないか?」
「……ハ?」
鳩がエアガンを食らったような、全く予想外のというような顔をする。
「江ノ島は自身の絶望すら快楽に変える絶望のプロで絶望ソムリエなんだろう?
だったら自分にとっても予想外の行動の方が嬉しいと思うが」
「そんなことないッ!!」
戦刃は思わず叫んでいた。
681: 2017/09/25(月) 00:25:41.33 ID:c6QZu5wx0
「有り得ないよ! 私が盾子ちゃんを裏切るなんて! 私はもう二度とあの子を置いていかないって
決めたんだ。もう二度と寂しい思いはさせないんだ! 私があの時盾子ちゃんを置いていったから……」
「私が盾子ちゃんを守るッ!! あの子だってそう望んでるんだよ!!」
その異様な姿に、KAZUYAの記憶がフラッシュバックする。
『しかし君のお姉さんだが、高校生で超高校級の『軍人』というのは
一体どういうことなんだ? 君達の歳ではまだ自衛隊には入れないはずだが?』
たまたま江ノ島と二人になった時、KAZUYAは戦刃のことを聞いてみたことがあった。
江ノ島はその質問に対し心底つまらない話題、と言った顔で説明する。
『あー、アイツ? まだ小学生の頃の話なんだけどさー、ミリオタこじらせてとうとう
本物の戦場を体験したいとか言い出しちゃってね。家族で海外旅行行った時にそのまま一人
抜け出して紛争地帯行ってさ。傭兵団に入隊しちゃったってワケ。有り得ないよねー』
『馬鹿な……君はその計画を知らなかったのか?』
『知ってたけど、お姉ちゃんて一回言い出したら聞かない所あるし、何せ絶望的に
馬鹿で残念だから止めても無駄。むしろ突拍子もない作戦考えた割りに無計画でさー。
あんまり情けなかったからアタシが代わりに色々手配してあげたわよ』
「…………」
戦刃の剣幕にKAZUYAは少し驚いたものの、心は冷静だった。
(……きっと、江ノ島は戦刃をうっとうしく思っているだろうな)
682: 2017/09/25(月) 00:30:08.49 ID:c6QZu5wx0
江ノ島盾子は小さな子供ではない。そのうえ周りの人間達より遥かに優れた人間なのだ。
姉の庇護などなくとも何も困らないし、むしろ彼女はイージーモードすぎるこの世界に飽きている。
江ノ島に心酔している戦刃が反旗を翻したら、そして万が一そのせいで苦境に陥ることがあれば、
彼女は逆に喜ぶに違いないというのは付き合いの浅いKAZUYAにすらわかることだった。
「あんたに盾子ちゃんの何がわかるの?! 他人が軽々しくあの子を語らないでッ!」
「……あぁ、そうだな。俺が悪かった」
激昂する戦刃を宥めるためにKAZUYAは口先だけの謝罪を言って誤魔化す。
憧れは理解から最も遠い感情とは何の言葉だったか。盲目的に江ノ島を信奉し
溺愛する戦刃こそ、江ノ島のことを全く理解出来ていなかったのである。
「君の言う通りだ。俺は考えが足りなかったようだ」
「フゥー、フゥー……ま、わかればいいんだけど」
(仲間割れでもしてくれないかと思ったが望み薄か……)
KAZUYAの狙いはけして悪くはなかった。
唯一の誤算は戦刃の妹に対する行き過ぎた崇拝だった。
「どうせもうすぐ氏んじゃうしね。多少のことは見逃してあげるよ」
「それにしても……何故お前が俺に忠告しに来てくれたかわからん。俺のことは嫌いなんだろう?」
「嫌いだよ。盾子ちゃんが考えた最高に絶望的な計画を絶望的にメチャクチャにする邪魔な存在」
「…………」
683: 2017/09/25(月) 00:57:38.67 ID:c6QZu5wx0
「――でもね、あんたがみんなのために何度も自分を犠牲にしてきたこと……それは認めるよ。
ずっと見てたからね。あんたは本当に立派なドクターで先生だった。希望ヶ峰のヤツらと違って」
敵である戦刃に認めてもらったことが嬉しくなかったわけではないが、
それ以上にKAZUYAは希望ヶ峰学園の実態に呆れていた。
「つくづく希望ヶ峰の教師達も嫌われたものだな」
「あんたは感づいてるんでしょ。あいつらがここで何をしてたか」
「ロクなことじゃないみたいだな」
「そう、ろくでもない。私達二人にはあんまり関係なかったけど。あんたももう関係なくなる」
「…………」
「私は軍人で武人じゃないから、普段は敵に対して敬意とか持たないし排除することに
何の感情も持たない。機械みたいなもの。だから、敵を認めたのは多分あんたが初めてだよ」
「そうか」
複雑な表情でKAZUYAは曖昧に相槌を打つ。
「盾子ちゃんが気まぐれを起こさなければ明日の晩、日付け的にはもう今日か――私があんたを頃す」
「…………」
「じゃあね。ドクターK。せいぜい最後の日を楽しむといいよ」
そう言い残して戦刃は去って行った。
684: 2017/09/25(月) 01:05:44.32 ID:c6QZu5wx0
― ドクターK処刑まで あと“0日” ―
690: 2017/09/30(土) 23:41:20.49 ID:vqG0NfIx0
― 5-B教室 AM11:36 ―
最後の日は、思いの他静かなものだった。
無事に解剖実習を一通り終えたKAZUYAは、久しぶりに通常の授業を開き教壇に立った。
ハードな実習に流石に疲れたのか珍しく十神も大人しく、生徒達は真面目にKAZUYAの話を
聞いていた。内容は、今まで散々話した医師の在り方や患者との向き合い方。
そして己の心の律し方だった。まさしくこれまでの集大成と言えよう――。
K「人生には良い時と悪い時がある。お前達は今が一番悪い時だと思っているだろうが、
今よりもっと悪い時が来るかもしれない。いや、残念だがその日は必ず訪れる」
葉隠「ま、まさかぁ……」
腐川「勘弁して欲しいわね……」
霧切「シッ! 静かに」
事情を知っている霧切の顔は険しく、苦々しかった。
K「だがそんな時、何があっても自暴自棄になるな。希望を捨てるな!」
K「大切なのは生きていることだ。命さえあればどうとでも出来る。どんなに辛い現実だろうと、
時間と支え合える仲間がいれば乗り越えられるのだ。俺がお前達に最も強く望んでいることは、
今後何があっても手を取り合い、いがみ合わないことだ」
「…………」
691: 2017/09/30(土) 23:53:24.17 ID:vqG0NfIx0
KAZUYAは神妙な面持ちで自分を見上げる生徒達の顔を順番に見回していく。
どこか不安げな表情をしているが、彼等は見違える程に成長していた。
K「正直に言うとな、俺も何度も折れそうになった。俺みたいに周りから強いと
思われている人間だってそうなんだ。不安になって泣くのは恥ずかしいことではない。
本当に情けないのは、何もかも投げ捨てていつまでも立ち上がれないことだ」
K「俺が辛い時、お前達のお陰で乗り越えられた。お前達一人一人は弱くても、
力を合わせれば俺一人より何倍も強い!! どうかそれを忘れないで欲しい……」
K「こんな最低で絶望的な環境だが、俺は一緒にいたのがお前達で良かったと感謝すらしているよ」
水を打ったように、教室は静寂に包まれていた。
KAZUYAの言葉は穏やかだったが、その言葉の裏に鬼気迫るものを感じない生徒はいなかった。
桑田「な、なんだよせんせー! そんな突然あらたまっちゃってさ!」
十神「まるで遺言だな」
山田「突然感謝の言葉を言うのは古来より氏亡フラグと言われていますぞ!」
腐川「あ、ああ、あんた! 縁起でもないこと言うんじゃないわよ……!」
生徒達が動揺する中、霧切が静かに立ち上がった。
彼女はKAZUYAに、この先の言葉を促さなければならなかったからだ。
692: 2017/10/01(日) 00:08:23.19 ID:5ik4YVOg0
霧切「……どうして突然そんなことを言うのかしら」
K「俺がもう長くないからだ」
「?!!」
江ノ島(えっ?!)
生徒達がパニックになる。偽の江ノ島だけは違う意味で驚いていたが。
石丸「ど、ど、どういうことですか?!」
大和田「つまんねえ冗談ならいくら相手が先公でもぶん殴るぞ!」
半ば恐慌状態となった生徒達がKAZUYAに詰め寄る。
流石に本当のことを言う訳にはいかないが、生徒に覚悟を持たせる言葉を彼は事前に考えていた。
K「俺が昔、癌を患っていたのはみんな知っているな?」
朝日奈「えっ、確かプールの時の……」
不二咲「お腹にある大きな傷のことだよね……」
大神「まさか、再発したということか?」
KAZUYAは肯定も否定もしない。しかし生徒達はその姿を肯定と受け取る。
693: 2017/10/01(日) 00:30:34.98 ID:5ik4YVOg0
K「俺も人間だからな。流石に度重なるストレスで体にガタが来たようだ」
苗木「そ、そんな……!」
石丸「まだ決まった訳では……!」
K「CTも血液検査もしてないから断言は出来ん。だが自分の体のことくらいわかる」
葉隠「あんまりだって……そんなのねえだろ……」
舞園「嘘ですよ……西城先生がいなくなるなんて、そんなの嘘……」
セレス「外に……出れば……」
「!」
今まで黙って様子を見ていたセレスが白い顔を青くしながら呟いた。
セレス「再発したと言ってもまだ初期でしょう? 今すぐ外に出て適切な処置をすれば……」
桑田「そ、そーだ! ここから出られさえすれば……!」
K「余計なことはするなッ!!」
「?!」
K「何故俺が今までずっと黙っていたと思う? 俺が病気だと知ればお前達はきっと外に出たいと
考えるだろう。だが、そろそろ感づいている者もいると思うが、俺達を取り巻く状況は異常だ」
K「これだけ長期間大勢の超高校級の生徒が行方不明にも関わらず、いまだ助けは来ない。
ここが本当に希望ヶ峰学園かわからんし、外が今どうなっているかもわからん」
K「これは極端な例だが……もしかしたら外は絶海の孤島かもしれん。或いはどこぞの
辺境の地か。その場合、この学園の方が外よりも安全な可能性すらある」
「…………」
694: 2017/10/01(日) 00:43:18.00 ID:5ik4YVOg0
十神「だから出るなと言うのか? 一生ここで引きこもっていろと? 馬鹿馬鹿しい」
K「その通り。いつかは出るべきだ。だが、それは今すぐではない。
お前達が今何よりも最優先すべきは外に出ることよりもモノクマ、いや――」
K「――その背後にいる“黒幕”を倒すことだ!」
「黒幕……」
K「人は突然氏ぬ。俺も明日氏ぬかもしれない。それはとても辛いことだな。だが、だからといって
そこで進むのをやめるな。諦めるな。真の希望というのは才能ではなく、人の心の在り方だ」
K「俺にとってはお前達一人一人が希望でもある。お前達が無事にここから出られるのなら
俺はどうなってもいい。氏んでもいい。だからこれから先、モノクマが何か提案してきても
絶対に乗るな! 争うな! くどいかもしれんが大事なことだから何度でも言うぞ!!」
「…………」
K「さっき、遺言みたいだと言ったな。その通り、これは俺の遺言だ。くれぐれも忘れないでくれ」
「先生……」
「西城先生……」
K「――授業は終わりだ」
そう告げて、KAZUYAは教壇を降りた。
KAZUYAの告白がよほどショックだったのか、生徒達はいつも以上にKAZUYAの元に集い
離れたがらなかったが、逆にKAZUYAはいつも通りにした。むしろ少し厳しい言葉をかけたりもした。
そうして、約束の時が来たのだ――
695: 2017/10/01(日) 00:56:40.98 ID:5ik4YVOg0
― 体育館 PM11:54 ―
(もうすぐ今日が終わる。約束の時間だ)
KAZUYAは入り口に背を向け、立っていた。時折壁の時計で時刻を確認する。
そして――入り口の鉄扉が開く音が耳に入った。
(……来たか)
覚悟を決めた男はゆっくりと振り向く。そこにいたのは――
「……西城殿」
「大神っ……?!」
700: 2017/10/07(土) 20:45:45.41 ID:uF235zlB0
なんということであろうか。
KAZUYAを頃しにきた処刑人は、戦刃むくろではなく大神さくらだったのである!
(馬鹿なッ?!)
「大神、何故ここに?!」
「西城殿は知っておられるはずだ。我がここに来たことがどのような意味を持つか」
「そうか。やはり君が……!」
前々から疑っていた通り、大神さくらが内通者だったことを察したKAZUYAはそれ以上何も聞かなかった。
(戦刃の話では彼女が処刑人だったはずだが……クソッ、江ノ島の気まぐれか。予定が狂った)
KAZUYAの首筋を大きな冷や汗が流れ落ちる。
(カムクラという男の言葉を全て信じる訳ではない。だが、超高校級の軍人である
戦刃むくろが向こうにとって最重要戦力なのはハッキリしている)
元々この男に黙って殺される気など微塵もなかった。
氏ぬ前に、少しでも敵の勢力を削ぎ残される生徒達のために尽くしてやりたかったのだ。
具体的に言えば、黒幕側の最強戦力である戦刃を道連れにすることである。
KAZUYAは自らの命をもって戦刃むくろを頃すつもりだったのだ!
(事前に江ノ島に察知されたか、或いは俺に対する最後の嫌がらせか……)
真の理由など知る由もない。ただ、計画が狂った。今ハッキリしているのはそれだけだ。
701: 2017/10/07(土) 20:57:05.83 ID:uF235zlB0
現在KAZUYAの隠し持つメスには、猛毒が塗られている。だが、化学室の棚にある毒は
鍵をかけて厳重に封印したはずだ。勿論鍵はKAZUYAが持っているから入手自体は難しくない。
しかし、棚から毒薬を取り出せば監視カメラに映ってしまい黒幕に察知される。
ではどうやってKAZUYAは毒を入手出来たのであろうか?
理由は簡単だ。無害な薬を元に調合していったのである。
KAZUYAは医学及び薬品のプロである。素人にはまず出来ない繊細かつ
複雑な行程を経て人知れず猛毒を生み出すことなど彼には容易いことであった。
(どうする? ほんの掠り傷さえつければ相手は殺せる。しかし……)
大神は内通者だ。だが、頃していいのか?
朝日奈の顔がよぎる。
(今までの姿は嘘だったのか? ……いや、嘘ではなかった。二人は本当に親友だッ!!)
KAZUYAは ―― 隠し持っていたメスを出さなかった。
「好きにしろ。俺は何もしない」
ここでKAZUYAが大神と相討ちにならずとも、KAZUYAが氏ねば学級裁判が開かれ
大神は氏ぬことになるだろう。早いか遅いかの差だ。それでも、その少しの時間で
彼女は朝日奈と話をする時間が取れるし、別れをすることも出来る。
何もわからないまま、大事な人間を一度に二人失うよりはまだマシだろう。
「俺は今でも君を信じている」
「……!!」
702: 2017/10/07(土) 21:12:50.25 ID:uF235zlB0
大神の顔が悲しみで大きく歪んだ。
「朝日奈と約束したんだ。何か事情があるんだろう? 俺は君を恨んだり憎んだりはしない」
「……きたい」
「何だ?」
「西城殿、我と組み手をして頂きたい」
「……!」
(無抵抗の人間を攻撃出来ない、か……当然だな。彼女は何らかの
事情があって協力しているだけで悪人ではないのだから)
「いいだろう。受けて立つ」
KAZUYAはマントを脱ぎ捨て構えを取る。
この時点でKAZUYAが不意討ちを受けたのではないことは頭の良い人間ならわかることだ。
そうなると、戦刃の存在を知らない生徒達は大神を犯人指定して裁判を生き残れるはずである。
「ウォォッ!」
「来い、大神ッ!」
今までで最も激しい攻防が繰り広げられた。
少し前まではせいぜいアマチュア格闘家程度の強さしかなかったKAZUYAが、
全米で何百勝と戦い勝ってきた大神に食い下がれたのは奇跡だろう。
それだけ彼女は人に教えるのが上手かったのだろうし、手も抜いていなかったということだ。
703: 2017/10/07(土) 21:24:28.67 ID:uF235zlB0
「フンッ!!」
「ガハッ!」
しばらく粘ったが、決着が着く時というものは存外拍子抜けする程あっさりしているものだ。
KAZUYAは類い稀なる肉体と才能を持っていて付け焼き刃とは言え十分な程強かったが、
それ以上に格闘の才能を持ち幼少のみぎりから道場で鍛えてきた大神は強かった。
「……我相手にここまで粘るとは、大したものだ」
「俺は強かったか?」
「ある男を除けば、今まで戦った中でも一番だった」
「そうか。……もう十分だ。一思いにやってくれ」
「…………」
KAZUYAは大の字に倒れ天井を仰ぎ見る。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………?」
大神はその場に立ったままだった。立ったまま俯いていた。
704: 2017/10/07(土) 21:39:08.29 ID:uF235zlB0
そして、空を仰ぐように天井を眺め大きく息を吐いた。
「…………」
「どうした、大神?」
「……我は手合わせをしたいと言っただけだ」
「!!」
KAZUYAはすぐにその言葉の意味がわかった。
「大神、いいのか……?!」
「もう決めたのだ」
KAZUYAはおもむろに立ち上がり、大神を見つめる。その目には覚悟が浮かんでいた。
この展開に一番慌てたのは黒幕だろう。即座にモノクマが飛び込んで来た。
「ちょっとちょっと! どういうつもり?!」
「我はもう貴様の望み通りには動かぬ!」
「そんなこと言っちゃって良いわけ? こっちにはさぁ……」
(やはり人質か?)
KAZUYAの顔が強張る。だが大神は毅然とした態度を崩さなかった。
「道場の者のことなら構わぬ。貴様のやり方は今までに散々見てきた。
言う通りにしても約束通り無事に解放して貰える保証などどこにもない」
「クゥーッ! あいつらにはオマエに見捨てられたって言うけどそれで良い訳?!
恨まれるよ! きっと裏切られたって思うだろうね!」
705: 2017/10/07(土) 21:47:31.32 ID:uF235zlB0
「承知の上だ。西城殿はこんな所で氏んで良い人間ではない!」
「……氏んで良い人間なんていないさ」
特に罪のない子供はな……と心の中でつけ加える。
「わかったよ! ただし、もうどうなっても知らないからね!」
「好きにしろ」
モノクマは怒り心頭で体育館から出て行った。
「助かった、大神」
「西城殿……今まで申し訳ありませんでした」
大神は深々と頭を下げる。
「大神……」
「西城殿が気付いていることは薄々わかっていた。だが、我は何も言えなかった」
「俺のことはいい。だが本当に良かったのか? 道場の人達は……」
「我はもう退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ!」
「!」
「自分の命惜しさに罪のない人間を傷付けて何も感じない、そんな不甲斐ない者が
我が大神道場にいる訳がない。我はそう信じている!」
706: 2017/10/07(土) 22:02:06.40 ID:uF235zlB0
「……そうか。わかった。もう俺は何も言わん」
大神の目は烈火の如く燃えていた。同胞も一族の誇りも信じることが
出来なかった今までの弱い自分に憤りを感じているのだろう。
「それより……」
「どうかしたか?」
「いや、西城殿はやはり西城殿だなと」
「?」
「いくら人質がいたとしても我が皆に対して裏切り行為を行っていたのは事実。
責められても失望されても仕方ないというのに、西城殿は少しも我を責めないのだな」
緊張で筋肉が凝り固まっていたKAZUYAが、やっと息を吐いて少し笑う。
「心から反省してる人間を責められる訳ないじゃないか。君には人質という事情もあったのだし。
むしろ、君が決心してくれたお陰で俺は命拾いをした。礼を言わせてくれ。ありがとう」
「礼を言われるようなことは何もしていない。我は……」
「いいんだ。今は何も考えなくていい。君もこの二ヶ月、誰にも心中を言えず
ずっと隠し事をしていてさぞかし辛かっただろう。これからは俺が相談に乗る」
「先生として、でしょうか?」
「そうだな。ここでは俺がみんなの担任だ」
「フフ……では、頼らせて貰おうか、西城“先生”」
「俺に任せろ!」
KAZUYAはニヤリと笑い、大神もやっと笑顔を取り戻した。
707: 2017/10/07(土) 22:09:15.49 ID:uF235zlB0
「ただ、わかっていると思うが明日から厳しいことになるぞ?」
「わかっております。モノクマが黙っているはずがない」
「十神辺りは鬼の首を取ったように責めてくるだろうな」
「他の者達もそう簡単には許してくれまい」
「よりによってこの中で一番強い君が内通者だった訳だからな。何人かはしばらく
距離を取られるかもしれない。また揉める可能性も大いにある。覚悟しておいてくれ」
「ウム……」
大神は一瞬何かを考えたが、僅かな時間であったためKAZUYAも気が付かなかった。
― 情報処理室 ―
ここではモニター越しに一部始終を絶望姉妹が見ていた。
「盾子ちゃん!」
「あー、うっさいわねー! 耳元で大きい声出さないでくれる? あと息クサい」
「いくら私でも大神さんに裏切られたらまずいってことくらい流石にわかるよ!
早く西城と大神さんを殺さないと! いくらあの二人が相手でも銃さえあれば私は勝てる!」
「あー、そう」
「部屋に戻っちゃうよ?! 盾子ちゃん、早く銃を……!」
「この馬鹿っ! 残念っ!」
「へっ……?」
708: 2017/10/07(土) 22:20:08.98 ID:uF235zlB0
「仮に頃すとして、どういう名目で二人を頃す訳?」
「ええと、とりあえず大神さんは私達を裏切ったんだから裏切りの罪で……」
「そんなの他のヤツ等からしたら全く知らないこっちの事情でしょーが。
むしろ私達が仲間割れしてるって言ってるようなもんじゃない」
「あ、そうか」
「大体、銃を使えばそりゃ簡単に殺せるわよ。でもそうしたらコロシアイ学園生活じゃ
なくなるでしょ? 単なる殺戮。アタシはルールに基づいて頃したい訳」
「じゃ、じゃあ大神さんと別れた後に西城だけでも私が仕留めに行くよ。西城一人なら
ナイフ一本でも十分なはず。元々今夜処刑する予定だったんだし問題ないでしょ?」
「ハァ……姉のつくづく残念な頭に私は失望を隠せません」
「え? 今はそんなに変なこと言ってないと思うけど」
「西城と大神が別れる場所は?」
「え? 西城は保健室に寝泊まりしてるから保健室の前で別れるよね?」
「保健室の中にはセレスと山田がいる。万が一二人が起きて巻き込まれたら?」
「あっ」
「ほんっと使えねーな残姉は! セレスは西城の不審な動きに気付いてる。今も寝た振りしてるだけ。
つまり今行けばセレスが騒いで山田が起きて、百パーセント二人に目撃されるっつーの」
「じゃ、じゃあ明日以降に仕切り直すのは? 西城が一人の時に奇襲をすれば……」
「それも悪くないけどさー」
「もっと良い手があるのでは?」
709: 2017/10/07(土) 22:43:06.73 ID:uF235zlB0
「!!」
戦刃が振り向き様にナイフを突き付けた相手はカムクラであった。
「カムクラ……先輩……!」
(気付かなかった……この私の背後を取るなんて!)
「あ、カムクラせんぱーい☆ 来てくれたんだ!」
「もっと彼等を追い込む方法があります。貴方はそれを知っている」
「さっすがー。やっぱりそうだよね?」
「え? え? なにが??」
「オマエは何もやんなくていいってこと」
「そんなぁ~」
「…………」
二人のやり取りを感情のない目で見下ろしながら、カムクラは頭の中で冷静に考えていた。
(ごく僅かな可能性でしたがここまでの展開はありえると思っていた。だが、次の未来は確定のはず)
(そう、次こそがむしろ真の正念場。貴方はそれを防げますか? ドクターK――)
728: 2017/10/28(土) 22:48:43.14 ID:hTKPKzIN0
― コロシアイ学園生活六十七日目 体育館 AM8:32 ―
次の日の朝。朝食の後すぐさまモノクマの召集で一同は体育館に集められた。
苗木「今度は何だろう……?」
桑田「もー勘弁してくれよな……」
一度本物の氏体が出てきた以上、生徒達の緊張感は今までの比ではなかった。
少しでも気を紛らわすために生徒達はヒソヒソと話すが、かえって不安は増すばかりである。
十神「また新しい氏体かもな?」
葉隠「え、縁起でもないべ!」
セレス「ないとは言えませんわ。覚悟した方がよろしいですわよ」
大和田「マジかよ……」
腐川「今度こそあたし達の身内の誰かとか……」
山田「ひぇぇぇっ! やめてください!」
不二咲「で、でも今回は箱もないし……」
朝日奈「そうだよ。大丈夫、大丈夫だって……多分」
ネガティブな話題が生徒達を席巻してる中、霧切が凛とした表情で宣言した。
霧切「たとえ身内を殺されても私は黒幕の思い通りには動かないわ」
苗木「霧切さん……」
K(霧切……)
729: 2017/10/28(土) 23:05:21.08 ID:hTKPKzIN0
霧切「だって癪だもの。誰かを頃したって氏んだ人間は生き返らない」
十神「では、まだ生きていたらどうだ?」
江ノ島「人質ってこと?」
K・大神「!」
人質という言葉に否が応にも反応してしまう。
十神「動くだろう、お前達は。所詮大局的に物事を見られない愚民の集まりだからな」
舞園「動きません!」
K「舞園……?」
意外にも、十神の挑発を真っ先に否定したのは舞園さやかだった。
十神「ほう? この場で真っ先に行動した奴がどの口で言うんだ?」
舞園「人質なら、あの最初の映像が既に人質みたいなものじゃないですか。私達は今までの生活で、
モノクマの言葉が信用出来ないってことを学びました。だから、今度は動きません!」
石丸「舞園君の言う通りだ! 僕達は失敗もしたが、そこから学んでいる! もう迷わないぞ!」
モノクマ「それはどうかなぁ?」
苗木「モノクマ!」
生徒達がそうだそうだと続くのを遮るように、モノクマは壇上に飛び出した。
730: 2017/10/28(土) 23:10:31.59 ID:hTKPKzIN0
モノクマ「オマエラさぁ、忘れてない? オマエラの中にはボクと繋がってる裏切り者がいるってこと」
霧切「内通者のことね」
腐川「モノクマの言うことなんて信用出来ないわよ。どうせ、
内通者だってあたし達を仲間割れさせるための作り話でしょ」
葉隠「そうだそうだ! 俺達の結束に水を差すようなこと言わないでほしいべ!」
山田「葉隠康比呂殿がそれ言っちゃうんだ……」
江ノ島「まあいつものことだし」
モノクマ「人を嘘つき呼ばわりするなんてあんまりだ!
あ、人じゃなくて熊か。まあそれは置いておくとして」
モノクマ「内通者はいるよね、大神さん?」
大神「…………」
「!」
突然の指名に動揺しながら生徒達の視線は大神に集中する。
朝日奈「え、なんでさくらちゃんに聞くの?」
大神「それは……」
十神「……成程、そういうことか」
セレス「ああ、大神さんあなたは……」
朝日奈「な、なに? みんなどうしてそんな目でさくらちゃんを見るの? ねえ……」
K「落ち着け、朝日奈。彼女を信じてるんだろう? だったら大神の話を聞いてやれ」
731: 2017/10/28(土) 23:22:11.70 ID:hTKPKzIN0
KAZUYAは朝日奈の両肩をしっかり掴んで優しく諭すが、内心では緊張が高まっていた。
もしものことがあれば即座に仲裁せねばなるまい。これまでずっとそうやってきたように。
朝日奈「どういうこと、さくらちゃん?」
大神「それは我が……」
霧切「彼女が内通者だったということよ」
「えっ?!」
「ハアァ?!」
「嘘でしょ?!」
どよどよと生徒達がざわめく。
石丸「な、何かの間違いだろう……大神君だぞ?!」
桑田「そんなジョーク笑えねーって!」
腐川「い、今なら嘘でも許してあげるわよ……!」
山田「そそそそ、そうです! 大神さくら殿に限ってそんな……!」
葉隠「きっとなんかの陰謀だべ! そうなんだろ、なあ?!」
十神「大神が内通者でないなら、何故モノクマは大神に内通者のことを聞いたんだ?」
葉隠「なんとなく、とか……」
十神「馬鹿か!」
葉隠「だって、だって信じらんねえんだべ! よりによってオーガだなんて!」
苗木「大神さん……」
舞園(もしかしたらとは前々から言われていましたが、でも……)
732: 2017/10/28(土) 23:31:42.10 ID:hTKPKzIN0
不二咲「信じられない……いつも僕達を率先して助けてくれたのに……」
大和田「俺も信じらんねえよ……」
二ヶ月も寝食を共にして、ある種の信頼関係が生まれていたからこその混乱であった。
大神は常に冷静で力もあり、高校生離れした外見も併せてKAZUYAの次に頼りになると思われていた。
――その大神が内通者という事実は生徒達にとって重すぎたのだ。
大神「黙っていてすまなかった。我はずっとお主達を騙していたのだ」
「…………」
朝日奈「なにか理由があったんだよ! きっとモノクマに操られてたんだって!」
K「道場の人達を人質に取られていたそうだ」
朝日奈「やっぱり! さくらちゃんは理由もなく私達を裏切ったりしないもんね!」
朝日奈はすぐに納得したが、他の人間はそうかと言えばそんなことはない。
十神「何故西城は知っている?」
K「俺は昨晩彼女から相談を受けたのだ」
セレス「それであんな時間に一人で出掛けていたのですね……」
山田「え? なんでセレス殿知ってるの? 知らないの僕だけ……?」
霧切「今まで黙っていたのに、どうして突然告白したのかしら?」
大神「我がモノクマから命じられていたのは、状況が膠着した時に殺人を犯して膠着を打破すること。
ここしばらくの停滞にモノクマが痺れを切らし、とうとう殺人を犯すよう命じられたからだ」
733: 2017/10/28(土) 23:43:30.33 ID:hTKPKzIN0
腐川「だ、誰を頃すつもりだったのよ……どうせあたしでしょ?! 一番抵抗少ないし」
不二咲「そ、そんなことないよ」
葉隠「腐川っち、なにも自分から当たりに行かなくても……」
腐川「言っておくけどあたしじゃなきゃあんたよ!」
葉隠「だべ?!」
大神「頃すよう命じられたのは西城殿だ」
舞園「西城先生をっ?!」
桑田「せ、せんせーを頃すつもりだったのか?! ウソだろ!」
大和田「まあ、殺されて一番打撃が大きいのは間違いなく先公だろうからな……」
石丸「何ということだ……!」
朝日奈「で、でも! 殺せなかったんだよね?! そうだよね?!」
大神「ウム。西城殿のここでの立ち居振る舞い、医師としての見事な心構えの数々。
これほど立派な人物を殺せる訳がない。たとえ同胞を見頃しにすることになっても……」
舞園「良かった……」
桑田「まあ、言われた通り頃したってモノクマが約束守るかわかんねーしな」
石丸「どうせまた嘘をつくにきまっている! そうして右往左往する僕達を陰で笑っているのだ!」
苗木「そうだよ。モノクマの言葉なんて信じない方がいい!」
大神「ゆめゆめ承知している」
朝日奈「さくらちゃん……辛かったね……でももう大丈夫! 私は味方だよ!」
霧切「あなたが打ち明けてくれて嬉しいわ」
734: 2017/10/28(土) 23:56:05.08 ID:hTKPKzIN0
苗木「本当のことを言ってくれてありがとう、大神さん」
大神「……すまなかった」
大神は深々と頭を下げた。
十神「お前達、まさかそいつを許すつもりじゃないだろうな?」
K「!」
大和田「ああ? 大神は反省して謝ってんだろうが。それ以上何をさせるってんだ」
十神「謝れば無罪か。本当に愚民は頭が悪い」
苗木「何が言いたいの、十神君?」
十神「そいつの謝罪は上辺だけだと言ってるんだよ」
朝日奈「十神! あんたまた……!」
十神「人の話は最後まで聞け単細胞め。大神の話を聞いてお前達は何も感じなかったのか?」
不二咲「凄く悩んで反省したのが伝わったと思うけど……」
桑田「もったいつけずにさっさと言えよ」
十神「大神は今まで散々世話になってる西城をどうしても殺せなかったから
身内を見捨てるという苦渋の判断をした訳だ。美しい話だな?」
石丸「そうだとも! それに何の問題がある!」
735: 2017/10/29(日) 00:07:20.14 ID:9JVTg1U00
十神「つまり、西城と身内を天秤にかけて西城が勝ったから殺せなかった」
「!」
勘の良い数人が十神の言葉の意味を察した。
朝日奈「だから、それがなんだっていうの?」
十神「まだわからんのか? つまり」
十神「――西城以外の人間だったら頃していたかもしれないということだ」
746: 2017/11/05(日) 20:43:43.53 ID:JtvU0TpM0
朝日奈「そんなのあるわけ……!」
十神「ないと言えるのか? お前達と異なる立ち位置の俺、殺人鬼の人格を持つ腐川、
殺人計画を実行したセレスと山田、場を荒らすことの多い葉隠」
十神「このメンバーと身内を秤にかけて、絶対殺人を犯さなかったと言えるか?」
「…………」
全員が大神を見つめる。
大神「……信じてもらえないだろうが、我は本当に誰も頃すつもりはなかった」
十神「何故そう言える? 何を根拠に?」
大神「もう嫌だったのだ……誰かが傷付くのを見るのも、それで皆が疑い合うのも……」
十神「証明してみせろ」
朝日奈「そんなのムチャだよ!」
セレス「悪魔の証明ですわね……やったことを証明するのは簡単ですが
やっていないことを証明するのは不可能に近いですわ」
十神「大体何故ずっと黙っていた。二ヶ月も時間があればこれまでに言う機会はあったはずだ。
それをしなかったということは今までずっと機会を伺っていたということだろう?」
葉隠「そうだ……オーガ、なんで黙ってた」
大神「…………」
彼等がこの学園に来てからもう二ヶ月もの時間が経っていた。それだけの時間があれば
それなりに信頼関係も築ける。だからこそずっと秘密を黙っていた大神の責任は大きかった。
747: 2017/11/05(日) 20:56:47.54 ID:JtvU0TpM0
大神「すまない。何度か打ち明けようと思ったことはあったのだ。
だが怖かった。皆に……朝日奈に嫌われるのではないかと」
朝日奈「そんなこと……」
山田「今回ばかりは、僕も十神白夜殿と同じ意見です。いきなり全員には
言えなくても、もっと早く西城先生に相談することは出来たはずですよ」
「…………」
責めるまでは行かなくとも、何故言わなかったのかという視線は一つや二つではなかった。
大神は俯く。今この場で最も彼女を責めているのは他ならぬ彼女自身であろう。
不二咲「勇気が出なかったんだよ……キッカケがないと秘密って
なかなか打ち明けられないもん。大神さんだって人間なんだから」
大和田「人は見かけじゃわかんねえ……強そうに見えるヤツの方が案外弱かったりするんだよ」
セレス「良いことを思いつきましたわ。黒幕について何か情報を教えてください。
そうすれば証明になります。どんなことでも構いませんから」
石丸「それは良いアイディアだ! さあ大神君、どんなことでもいい。黒幕について話してくれ」
大神「すまぬ……何も知らないのだ。モノクマを通してしか話をしたことがない」
石丸「そ、そんな!」
「…………」
気まずい空気が辺りを覆い始めた。
十神「ハッ。尚更信用出来んな。今も繋がっている可能性があるぞ」
朝日奈「いい加減にして! さくらちゃんはそんな人間じゃない!」
748: 2017/11/05(日) 21:14:08.00 ID:JtvU0TpM0
十神「大神の何を知っているというんだ。内通者だったことも知らなかった分際で」
朝日奈「それは……!」
大神「やめてくれ。これ以上我のせいで争わないで欲しい」
朝日奈「さくらちゃん……だって!」
大神「全ての責任は我にある」
十神「よくわかっているじゃないか」
大神「我が責任を取る。たとえ黒幕と刺し違えても……」
朝日奈「なに言ってるの?!」
K「大神! やらせんぞ」
大神「……我は去る。これ以上ここにいれば争いの元だろう」
KAZUYAが釘を刺したが、大神は暗い顔をしたまま去っていった。
葉隠「まあ、オーガが黒幕をやっつけてくれたらそれが一番の証明になるよな……」
朝日奈「バカッ!! もしものことがあったらどうするつもり?!」
十神「どうもしないが? 大神が氏んでも黒幕側の人間が一人減るだけだ。むしろ都合が良いだろう」
桑田「おい、十神!」
大和田「テメエエエ!」
だが、誰よりも早く動いたのは朝日奈だった。
749: 2017/11/05(日) 21:33:59.74 ID:JtvU0TpM0
K「朝日奈っ!」
一瞬の隙を突いてKAZUYAの手から逃れると朝日奈は走り出す。
パン!と渇いた音が体育館に響いた。十神の眼鏡が体育館の床に落ちる。
朝日奈「この――人でなしっ!!」
十神「……気は済んだか?」
頬を張られても十神は少しも気圧されず、むしろ威圧的な姿で朝日奈を見下ろしていた。
朝日奈「あんた! あんたっていっつもそう! 人を責めてばっかりで自分は何もしないくせに!!」
K「よせ! 朝日奈!」
十神「当たり前だ。俺は上の人間だからな。動くのはお前達下の人間の仕事だ」
朝日奈「誰があんたなんかのために! あんたなんていなくなっても誰も困らないんだから!」
苗木「朝日奈さん!」
舞園「駄目です、朝日奈さん!」
朝日奈「あんたなんか……あんたなんか氏ねばいいんだよっ!!」
K「朝日奈! よさないか!!」
再び朝日奈が十神に掴みかからないようにKAZUYAが二の腕を掴んで引き寄せる。
だが、その瞳は烈火の如く燃え上がり憤怒していた。
750: 2017/11/05(日) 21:49:56.36 ID:JtvU0TpM0
十神「フッ、ククク……面白い。では頃してみるか? やればいい。それがここのルールだ」
十神は眼鏡を掛け直しながら、面白そうに挑発する。
朝日奈「――やれないと思ってんの?」
K「朝日奈、頼む。やめてくれ……!」
朝日奈「先生……でも!」
十神「いいか? 大神は自分で信用を失ったんだよ。愚かな貴様はその重みがわかっていない」
桑田「信用、か……」
石丸「確かに、確かに信用は重いが……うぐぐ!」
舞園・大和田「…………」
かつて問題を起こし信用を失っていた者達は苦い顔をする。
葉隠「十神っちの言う通りだべ」
腐川「ちょ、ちょっと葉隠! あたしでさえ空気読んでるんだからあんたも読みなさいよ!」
葉隠「朝日奈っち、わかんねえか? オーガだからだ」
朝日奈「さくらちゃんだから……?」
葉隠「俺は……この中でK先生の次に信用出来るのはオーガだって思ってた。
強いし、いつも冷静だし、ケンカの時とかいつも真っ先に止めてくれたろ」
彼は大神が内通者だという事実を知っていた。占いという自身の特殊な才能で、
誰よりも早く知り得ていた。だが何故今まで黙っていたのか。何故平静でいられたか。
それはひとえに大神を信じていたからだ。彼女がそんなことをする訳がないと信頼していたからだ。
751: 2017/11/05(日) 22:10:57.53 ID:JtvU0TpM0
自分が絶対の自信を持っている占いを否定してまでも、大神のことを信じていたのだ。
葉隠「それなのに、そのオーガが内通者だったなんて俺はこれから何を信じればいいんだ?」
朝日奈「そ、それは……」
山田「僕もです。大神さくら殿には色々お世話になりました。だからこそ信じられないです……」
桑田「まあ、正直な……俺だって今も信じらんねえ」
セレス「そうですね。わたくしもです」
舞園「大神さんは優しくて頼りになる人でしたから……」
いつも冷静で場が荒れた時はKAZUYAと共に周りを仲裁していた大神。中心人物でこそなかったが、
その腕力と人間性で常に周囲を陰から支え誰からも頼れる人物と思われていた。皮肉にも今、
その信頼感こそが大神の裏切りをより深刻で受け入れがたいものにしてしまったのである。
葉隠「オーガが内通者ならK先生はどうなんだ? 本当は今だけ俺達を
助ける命令受けてるだけで、後から手のひら返したりとか……」
朝日奈「そんなことあるわけ……!!」
葉隠「ないって言えないだろ!!」
舞園「やめてください!」
石丸「馬鹿なことを言うな!! 西城先生が僕達のためにどれだけしてくれたか忘れたのか!」
「…………」
K「…………」
張本人であるKAZUYAは何も言うことが出来なかった。ただ初めてこの場に現れた時……
即ち、彼が内通者の疑いを掛けられた時に戻ってしまったような錯覚を覚えた。
756: 2017/11/15(水) 20:12:38.14 ID:OzLuSg3H0
――ただあの時と違うのは、もうKAZUYAは一人ではないということだ。
――今のKAZUYAには心強い“仲間達”がいる!
苗木「みんな、落ち着いて! 葉隠君……君は見てるよね? KAZUYA先生が自分の体を
実験台にして素人の僕達に縫わせてたの。そんなの、生半可な覚悟じゃ出来ないよ!」
石丸「その通りだ! 西城先生を悪く言うなら僕が許さないぞっ!!」
腐川「せ、先生はあたしのことを助けてくれたわ。あたしのもう一つの人格に
殺されるかもしれないのに……先生を疑うならあたしだって容赦しないわよ!」
霧切「オシオキの邪魔をすれば大怪我をする可能性は高かった。一歩間違えば氏ぬこともありえる。
それでもドクターは躊躇わずに飛び込んだわ。それを見てもあなたは疑うの?」
セレス「仮に人質を取られていたとしても……私利私欲のために仲間を裏切り
殺人を行おうとした人間などのために自分の身を犠牲にする人がいるでしょうか」
日頃の行いの賜物か、生徒達は口々にKAZUYAを擁護してくれた。
特にセレスの言葉は葉隠も納得行くものだったようで、項垂れながらぼやく。
葉隠「わかってるって……K先生は大丈夫なんだろうって……でも信じらんねえんだ。
そんだけオーガが内通者だってことが俺にはショックだったんだべ」
K「葉隠……」
葉隠「俺は先生達とあんまつるんでなかったから、オーガとはよく話してたし……
頭でわかってても受け入れられないことってあるだろ?!」
大和田「痛いほどよくわかるぜ。俺も強くねえからな……」
江ノ島「でも、そもそも大神が悪いじゃん! 二ヶ月も黙ってるなんてさ。アタシ達仲間でしょ?!」
不二咲「大神さんを責めないで! 人質を取られて脅迫されてたんだ。大神さんも被害者だよ!」
757: 2017/11/15(水) 20:30:45.57 ID:OzLuSg3H0
十神「そんなことはどうでもいい。人質を取られれば大神ですら内通者になる。
――即ち、この場の誰も信用に値しないということが改めてハッキリした訳だ」
「…………」
十神「俺はこの俺以上に大事な人間などいないから人質など無意味だが、
お前達愚民は動くだろう? この場に仲間などいない。いい加減目を覚ますんだな」
朝日奈「十神! 待ちなさいよ! ちゃんと話を……!!」
十神「大神に俺に近付かないよう伝えておけ。生憎まだ氏ぬつもりはない」
去って行く十神を追いかけようとする朝日奈をKAZUYAは止めた。
K「やめるんだ! 今は何を言っても無駄だ」
朝日奈「でも……!」
葉隠「……もう誰も何も信じられねえ。俺はどうすればいいんだ」
苗木「葉隠君……」
葉隠「なんかもう……色々疲れちまった。俺のことは放っておいてくれ……」
投げやりに呟き、葉隠も足早に体育館を出て行った。
江ノ島「……アタシも」
朝日奈「江ノ島ちゃんまで……」
758: 2017/11/15(水) 20:44:52.51 ID:OzLuSg3H0
江ノ島「アタシを恨まないでよね。葉隠と同じで、信じてたから怒ってるんだよ?
大神はそれだけ信頼されてたし向こうが先に裏切ったんだからね」
去って行く江ノ島の背中を朝日奈は力なく見送る。
朝日奈「もう、いないよね……? みんなは、さくらちゃんのことを許してくれるでしょ?」
桑田「お、おう……」
セレス「……勿論ですわ」
朝日奈の手前、否定的なことは言わないが何人か生徒の歯切れは悪い。
大和田「少し時間をくれねえか?」
朝日奈「そんな! 大和田まで……?!」
大和田「わかってる! 俺は大神を責めるつもりはねえし、その資格もねえよ。
……ただ、いろんなことが起こっちまったから整理する時間が欲しいんだ」
山田「僕もです。少し時間をください。……そんなに簡単に割り切れるものじゃないんですよ」
腐川「い、いきなり信じろって言われても無理でしょ! あれだけ結束してたのに……」
K「わかった」
朝日奈「えっ?! でも……」
759: 2017/11/15(水) 20:59:44.28 ID:OzLuSg3H0
K「朝日奈、彼等は大神のことを責めてるんじゃない。むしろ許すために
自分の中で整理したいんだ。わかってやれ」
朝日奈「……うん」
帰り道、誰もが『あの大神さんが……』と口々に呟いていた。
朝日奈も彼等に悪意がないことはわかっている。大神は信頼されていたから
むしろ彼等の反応は自然なのだ。本当に悪いのは……
朝日奈(わかってる。みんなは悪くない。本当に悪いのは、悪い人は……)
ギュッと口を引き結んだ朝日奈の瞳は昏い――。
◇ ◇ ◇
K「ここにいたか、大神」
大神「……西城先生、来てくださったのか」
武道場の端の方に大神は立っていた。彼女の名の由来でもある桜の木をぼんやり眺めている。
K「心配だったからな」
大神「我は問題ありませぬ。それより皆のことを見ていて貰いたい。特に朝日奈を」
K「わかってる。すぐに向かうつもりだ。ただ、やはり君のことも心配でな」
大神「我が?」
K「君はとても責任感の強い人間だ。一人で黒幕に向かって行ったりしないだろうな?」
大神「ご安心されよ。“今はまだ”その時ではありませぬ」
K「“今は”?」
760: 2017/11/15(水) 21:14:42.84 ID:OzLuSg3H0
KAZUYAは聞き咎めたが、大神は応じない。
大神「武人には覚悟を決めねばならぬ時がある」
K「大神……!」
大神は手を上げてKAZUYAの言葉を遮った。
大神「止めないで欲しい。先生ならばわかって貰えるはず」
K「わかりたくはないがな……」
KAZUYAがずっと覚悟していたように、大神は多くのものを背負って生きてきた。
K「だが俺は黙って見ているつもりはないぞ」ギロ
大神「勿論、それはあくまで最終手段。軽率な行動を取る気はない。
まずは出来ることをするつもりです」
大神「朝日奈を頼みます」
それだけ言い残して大神はどこかへ行ってしまった。
ついて行っても良かったが、朝日奈のことが心配になりKAZUYAは一階に戻る。
「ぎやああああああああああああ!」
「どっひゃああああああああああ!」
K「?! 何だッ?!」
そんな時、悲鳴が聞こえた――。
770: 2017/11/26(日) 22:50:23.53 ID:EJMaA5yo0
山田とセレスの声だ。
まさかまた何か問題を起こしたのではないかとKAZUYAは現場である食堂に急行した。
K「どうしたッ!」
食堂の前には車椅子の上で慌てふためく山田とさほどでもないセレスが立っている。
そういえばセレスの悲鳴は少しわざとらしかったかもしれないが考えている余裕はない。
セレス「ああ、先生。わたくしが叫んだらきっと現れてくれると思いましたわ」
K「何があったんだ!」
山田「大変ですぞ! 朝日奈葵殿と葉隠康比呂殿が……!」
二人が言い終わる前にKAZUYAは食堂に飛び込んだ。
江ノ島「あ、西城……」
不二咲「先生……!」
舞園「二人を止めてください!」
見ると、朝日奈が葉隠に掴みかかっていた。
K「何をしている!!」
朝日奈「あ、先生……」
葉隠「ぬわっ?!」
771: 2017/11/26(日) 22:58:47.01 ID:EJMaA5yo0
KAZUYAに見られた朝日奈が急に力を弱めたため、朝日奈の手を振り解こうとした葉隠が
朝日奈を突き飛ばす形になってしまった。椅子の角に思い切り手をぶつける。
朝日奈「痛っ!」サシュッ
葉隠「……!」
K「大丈夫か?」
朝日奈「うん、大丈夫。ちょっとすりむいちゃったけど」
葉隠「…………」
KAZUYAに見られた葉隠は、バツの悪い顔をしていた。
朝日奈もKAZUYAに対しては気まずそうにしたものの、今も葉隠を睨んでいる。
K「君から掴みかかったのか?」
朝日奈「だって葉隠が……」
葉隠「お、俺は悪くねえ! おかしいことをおかしいって言って何が悪いんだ!」
K「……大神のことか」
舞園「葉隠君と朝日奈さんが口論になったんです」
不二咲「宥めようとしたんだけど僕が力不足で……」
K「そうか、わかった」
ちょうど力のあるメンバーが一人もおらずヒートアップしてしまったのだろう。
……いつもなら大神が仲裁してくれるのだが。
772: 2017/11/26(日) 23:09:54.73 ID:EJMaA5yo0
K「事情はわかった。二人とも言いたいことはあるだろう。
だが暴力は駄目だ。もう高校生なのだからわかるだろう、朝日奈?」
朝日奈「……ごめん」
K「俺ではなく葉隠に謝るべきなんじゃないか?」
朝日奈「掴みかかったのは悪かったけど、でも先に酷いことを言ったのは葉隠だし……
先生は友達の悪口を言われてもほっとけって言うの?!」
K(朝日奈は普段は仲間思いで協調性もあるが、
自分の好きなものに対しては少し熱くなりすぎる嫌いがあるな)
甘いものが苦手なKAZUYAによく好物のドーナツを強引に勧めてきたものだ。
食べ物に関しては好みの問題と朝日奈も諦めが付いたようだが、友人はそうもいくまい。
K(……ここで注意するより一度俺が収めるべきか)
K「すまん、葉隠。今回は俺が謝るから年長のお前が引いてくれ。朝日奈にはよく話しておく」
葉隠「いや、その……先生が謝ることじゃねえよ」
朝日奈「そうだよ! 葉隠はさっき先生の悪口も言ってたのに!」
K「俺の?」
葉隠「あ、その、ええっと……」
江ノ島「でもさ、そもそも大神が悪いんじゃないの? 葉隠だけ悪いみたいな言い方だけどさ」
朝日奈「だからそれは……!」
K「やめてくれ!」
773: 2017/11/26(日) 23:17:45.68 ID:EJMaA5yo0
K「人質を取られて言いなりになってしまった大神が悪いとは思えん。
だが裏切られた、他の人間も信用出来ないと感じる葉隠も悪くない」
K「本人のいない所で代理戦争をしても不毛だ。俺のためにお前達が
言い争っても俺は嬉しくないし、大神だってきっと同じ気持ちのはずだ」
朝日奈・葉隠「…………」
K「掠り傷だが手当てしよう。行くぞ、朝日奈」
朝日奈「……うん」
頭が冷えたのか、朝日奈は素直に付いてきた。そのまま保健室へ連れていく。
苗木「あ、先生に朝日奈さん! どうしたの?」
石丸「転んだのかね?」
K「いや、食堂で一悶着あってな」
保健室に集まっていたメンバーにKAZUYAが説明した。
桑田「葉隠の野郎、また騒いでやがるのか!」
大和田「なにも朝日奈の前で言うことねえだろうによ……」
朝日奈「ううん。私も少し頭に血が登っちゃったし」
霧切「どうしてそこまで怒ったの? 何か言われたのでしょう?」
朝日奈「酷いんだよ。さくらちゃんのことだけでも悔しいのに
KAZUYA先生のことまであれこれ言うから……」
苗木「え? 大神さんだけじゃなくてKAZUYA先生まで?」
774: 2017/11/26(日) 23:25:49.45 ID:EJMaA5yo0
石丸「葉隠君は治療こそして貰ったことはないが、先生には今まで散々お世話になってるだろう!」
朝日奈「そうだよね! 大体、江ノ島ちゃんも江ノ島ちゃんだよ!」
K「……江ノ島?」
朝日奈「うん。葉隠と一緒にさくらちゃん達の悪口言ってたの。もう結構時間が経っちゃったけど
先生に助けてもらったことあるのに。一歩間違えたら先生が串刺しになってたんだよ!」
「…………」
KAZUYAはピンと来た。いくら葉隠が脳天気な男でも、つい先程のいがみ合いを
見ていながら朝日奈の前で大神の悪口を言うような真似はしないだろう。
K(葉隠の不満を利用して江ノ島が煽り、俺達の陰口を言うよう誘導したのだな)
江ノ島のことを知らない石丸だけは相変わらず憤慨していたが、他のメンバーは大体察したようだ。
桑田「……あー、江ノ島か。あいつはほっとけよ。結構口悪いトコあるし」
大和田「だな。今はまだ言わせとけ。そのうちわかるだろ」
大神「朝日奈ァ!!」
話していると乱暴に扉が開き、大神が慌てた様子で駆け込んできた。
大神「朝日奈! 怪我をしたと聞いたぞ! 大丈夫か?!」
朝日奈「あ……大丈夫だよ。掠り傷だから」
775: 2017/11/26(日) 23:37:40.56 ID:EJMaA5yo0
K「俺が悪かったんだ。急に声をかけたからバランスを崩して……」
大神「だが、葉隠と揉み合いになったと聞いた! 我のせいで朝日奈が
傷付くとは何ということだ! 何ということだァァーーー!!」
ズ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ! ! !
苗木「う、うわっ」
桑田「うおおっ?!」
石丸「ヒイッ?!」
大神の怒りと嘆きによる凄まじい覇気に生徒達は怯える。
K「お、おい。落ち着け」
霧切「何をするつもりなの?」
大神「…………」
幸い、大神の怒りはすぐに落ち着いた。だが未だ尋常でない様子に霧切も警戒している。
大神「……何もせぬ。我は出来ることだけをする」
朝日奈「さ、さくらちゃん!」
大神「大丈夫だ」
大和田「あ、おい!」
776: 2017/11/27(月) 00:10:36.32 ID:c+WPCGv30
大神「…………」
大神はそのまま無言で去って行った。
朝日奈「追いかけないと……!」
K「待て! 君はここにいた方がいい」
朝日奈「なんで……?!」
K「もしまた大神が誰かに悪口を言われたら、君は黙って我慢出来るのか?」
朝日奈「それは……」
K「君がトラブルを起こせば、親友である大神の評判まで落とすことに繋がるんだぞ」
朝日奈「うぅ……」
K「霧切、頼みがある」
霧切「大神さんを見ていればいいのね?」
KAZUYAの依頼を寸分違わずに読み取り、霧切は阿吽の呼吸で応える。
K「ああ。俺だと目立つし、それに……」
朝日奈「さくらちゃん……」ギュッ
チラリと朝日奈の方を見やる。今は大神より朝日奈の方が心配だった。
777: 2017/11/27(月) 00:25:06.49 ID:c+WPCGv30
霧切「任せて。スニーキングは得意よ」
苗木「一人で大丈夫? 僕も行こうか?」
大和田「苗木じゃ頼りねえ。俺が行った方がいいだろ」
桑田「いや、俺が行く」
苗木と大和田を制し颯爽と立ち上がったのは桑田だ。
桑田「俺が一番足がはえーからいざって時にすぐ人を呼べるし最低限身も守れる。
大和田だとデカいから目立つだろ。苗木は今大事な勉強中だしな」
苗木「本当に何もしなくていいの? 僕も何か……」
K「いや、桑田の言う通りだ。もし俺に何かあったらお前と石丸だけが頼りとなる」
苗木「わかりました。じゃあ二人共、気をつけてね」
石丸「怪我はしないようにな!」
大和田「行って来いや。俺もちょくちょく校内の見回りに行くぜ」
桑田「おう。行ってくらあ」
朝日奈「また騒ぎを起こしてもマズいから私は行けないけど……さくらちゃんのこと、お願い」
霧切「任せて頂戴。何とかしてみせるわ」
廊下に出て大神を追いながら、桑田はしみじみと呟いた。
778: 2017/11/27(月) 00:44:26.75 ID:c+WPCGv30
桑田「なんか久しぶりにコンビ組んだよな、俺達」
霧切「そうかしら? よく組んでいる気がするけれど。でも、舞園さんが
復帰してからは確かに彼女と組んでいることが多いかもしれないわね」
桑田「あいつほっとけないからさー」
桑田は廊下の先を見ながらいつもの調子で軽口を叩く。
不意にその表情は見たことのないものへと変わった。
桑田「……でも、一番舞園のこと見てるのは苗木だと思うぜ。
元々あいつがずっと見てたのも苗木だろうしさ」
霧切「桑田君、あなた……」
霧切の言葉を遮るように、桑田は続ける。
桑田「そーいやさ、俺達が一番最初に組んだのっていつだっけ? けっこー前だよな」
霧切「あれは二番目の動機の時ね。あの時は人手不足で大変だったわ」
桑田「ま、今はみんなで回せばいいし大神だって暴れたら不味いことくらい
今までの流れでわかってるだろ。ラクショーラクショー!」
霧切「もう、桑田君たら……」フッ
霧切はあえて追及しなかった。桑田の中では既に終わったことなのだ。
ただ二人は並んで歩き、目的に向かって進むことだけを考えた。
790: 2017/12/10(日) 23:10:05.04 ID:23Zni/OF0
◇ ◇ ◇
一方、食堂ではどうなっていたか。騒動の中心であった葉隠と
影の立役者江ノ島は去り、残された者達がヒソヒソと雑談している。
セレス「まったく、直情的な方は困りますわね」フゥ
山田「セレス殿……正直あなたはどうなんですか?」
セレス「何がです?」
山田「大神さくら殿のことです」
セレス「先程言った以上のことはありませんが」
山田「嘘ですよね、それ」
舞園「本当は嘘なんじゃないですか?」
セレス「ええ、嘘です」
不二咲「?!」
純粋な不二咲だけがやり取りについていけない。
いけしゃあしゃあと口にしながらニッコリと不敵に笑う姿はかつてのセレスだ。
セレス「一度裏切る人間は何度でも裏切るものです」
山田「えっ、それセレス殿が言っちゃうの?!」
セレス「大神さんが改心したかどうかなんて誰にもわかりません。たとえ西城先生であっても」
舞園「なら、どうしてあの場でそう言わなかったんですか?」
791: 2017/12/10(日) 23:29:31.70 ID:23Zni/OF0
セレス「これ以上モノクマの手の上で踊るのが不愉快だったからです」
セレス「大神さんがどうであれ、わざわざあの場で内通者の発表を行ったのは
我々を分断するためですわ。今までのやり口から流石にわかるでしょう?」
不二咲「でも、その……」
不二咲が何かを言いづらそうにしている。
舞園「でも、セレスさんて今までは不安を煽るようなことばかり言ってましたよね?」
セレス「その方が都合が良かったからです。十神君と同じ理由ですわね」
山田「えええええ?! モノクマの作戦ってわかってて煽ってたんですか、セレス殿?!」
セレス「ええ」
不二咲「じゃ、じゃあ十神君も……」
セレス「少なくとも最初のうちはわざと場を荒らしていましたね。
その方がいざという時に動きやすいからです」
山田「な、なんという性悪……」
舞園「呆れました……」
セレス「ただ、十神君の場合あまり人の気持ちがわからないという部分も大きいですわね。
彼にとって庶民の感情など取るに足らないものなのでしょう」
セレス「現に今も純粋に大神さんを疑っていると思いますわ」
山田「そうでしょうなぁ」
舞園「でも、どうしてそんなことを話してくれるんですか?
場が荒れていた方が都合が良いはずですよね?」
792: 2017/12/10(日) 23:45:18.97 ID:23Zni/OF0
セレス「計画を変更しましたので」
したたかなポーカーフェイスを浮かべながら、セレスは紅茶を口に運ぶ。
セレス「先程裏切り者は何度でも裏切ると言いました。ですのでわたくしが怪しいなら
疑ってもらっても結構ですわ。ただこれだけは信じて貰いたいのです」
セレス「どんな言い訳をしようが負けは負けですわ。わたくしもプロですので勝敗には厳しいです。
一度失敗した作戦にこだわる程わたくしは愚かではありません。今度問題を起こせば
流石の西城先生も見放すでしょうしね。わたくしまだ氏ぬつもりはありませんので」
不二咲「本当?」
舞園「正直、やったことがやったことですからまだ信じられないんですけど」
前科のある舞園にここまで言われる程セレスのした行いは悪質だった。
それをわかっているからこしセレスは舞園の言葉を否定せずにむしろ同調する。
セレス「ですから疑いながら付き合えばいいのですよ。
それが大人の付き合いというものですわ。それに……」
山田「どうかしたんですか?」
セレス「いえ。西城先生の言った言葉が妙に引っ掛かるのです。仮にここから
出られたとしてもすぐに元の生活に戻れるかどうかわからないという」
山田「あー。ここが無人島かもしれないってやつですか」
セレス「突拍子もない例えですわ。でも……先生は何らかの確信を持っているようでした」
舞園「モノクマさんは相当意地が悪いですし、お金も持っているみたいですしね」
不二咲「でも、そんなこと可能なのかな?」
793: 2017/12/11(月) 00:04:35.76 ID:imI7hUmw0
セレス「例えば、わたくしも参加したことがありますが世界中の富豪が参加する闇ギャンブル。
ここでの出来事が彼等の見世物にでもなっているなら不可能ではありませんわ」
山田「そんな……漫画の世界ですよ!」
セレス「確証はありません。ただ、脱出して終わりという保証はどこにもないのです。
だったら、わたくしは西城先生と一緒にいるのが一番生存確率が高いと思います。
お金はモノクマと黒幕をこてんぱんにして強奪すればよろしいですしね」
山田「あ、やっぱりお金はほしいんだ……」
舞園「必要なのは西城先生であって私達ではないんですね……」
セレス「皆さんはオマケですわ」
不二咲「オマケ……」
セレス「はい。皆さんはいてもいなくてもどちらでも構いません」ニコリ
舞園「でも西城先生は欲しいと」
セレス「そうですね。あの方は特別な存在ですし」
山田「……なーんかセレス殿、助けて貰ってからやけに西城先生の肩を持ちますね。
まさかオシオキから助けてくれた勇姿に惚れちゃいましたか?!」
セレス「はい。実はそうなのです。オシオキの最中、あの方と密着している間心臓がバクバクと」
山田・不二咲「えぇ~っ?! そうなの~っ?!」
794: 2017/12/11(月) 00:17:26.55 ID:imI7hUmw0
セレス「……と、これが俗に言う吊橋効果です。まあわたくしは引っ掛かったりしませんけど」
山田「ズコー!」
不二咲「ハ、ハハ。流石セレスさんだねぇ……」
単純な山田と純粋な不二咲はセレスに振り回されっぱなしだ。
しかし、舞園だけは違うことを考えている。
舞園(本当に吊橋効果なのかな……?)
舞園は知っていた。セレスがKAZUYAを見ている時の目が以前と違うことを。
そしてそれは単純な尊敬や感謝の色ではないことを。
だが、その答えを導き出す前に思考を遮られてしまった。
セレス「それより皆さん――江ノ島さんに注意した方がよろしいですわよ」
舞園「えっ? 江ノ島さん?」
795: 2017/12/11(月) 00:25:51.56 ID:imI7hUmw0
◇ ◇ ◇
……その後のことを話そう。
何が起こったのか。
大神は自分に出来ることをしようとした。
誠心誠意言葉を尽くして説得するつもりだったのだ。
メモを使って葉隠、十神、そして江ノ島の三人を娯楽室に呼び出した。
十神は来なかった。
葉隠は一応来たが、早々に逃げ帰ってしまった。
そして。
そして――
「はいはーい。呼び出されたから来てあげましたよ」
「すまないな、江ノ島。来てくれて助かる。……ん?」
「お主、雰囲気が変わったか?」
「ええー? 気のせいじゃない? アタシはいつでもこんな感じだって!」
「最強にかわいくて最強にイケてる絶望的に最強のギャル江ノ島盾子ちゃんって言えば」
「この“ ア タ シ ”でしょー?」
796: 2017/12/11(月) 00:40:58.79 ID:imI7hUmw0
― 娯楽室 PM6:47 ―
江ノ島が去った後、掃除ロッカーの中にいた桑田とビリヤード台の後ろに
隠れていた霧切が出てきた。大神がやろうとしたことを察した二人は大神と直談判し、
何か問題が起こった際すぐに対応出来るよう陰から見張っていたのだ。
「…………」
「大神さん……」
「……すまない。わざわざ見張ってくれていたというのに。我がもっと上手く説得出来れば」
「ま、しゃーないって。その……元気出せよ! あいつは元々あーゆーヤツなんだって!」
(そもそも江ノ島はホンマモンの内通者だしな。大神がどうしてもって言うから
俺達が見張ってたけど説得する必要なんて最初からないし)
(それにしてもひでー言われっぷりだったな。やっぱと止めた方が良かったんじゃ……)
明らかに落ち込んでいる大神の顔を見上げ、桑田は気遣う。霧切も心配そうだ。
「……大神さん、あなた顔色が悪いわよ?」
「大丈夫だ。我は大丈夫。気にするな」
「せんせーも俺達もついてるからさ。ドンマイ!」
「ウム……」
797: 2017/12/11(月) 00:52:51.32 ID:imI7hUmw0
(さっきの江ノ島さん……まるで人が変わったようだった。何が起こったというの?)
時に激しくなじり時に嘲り笑い時に酷く罵倒し時に同情的になる。
アップダウンを巧みに混ぜて相手に主導権を渡さない怒涛の滝のような話術は
日頃の江ノ島とはまるで違っていた。あの大神ですら終始圧倒されっぱなしであった。
(大丈夫。私達全員できちんとフォローをすれば……)
もし、この時の霧切に絶望についての知識があれば気が付いただろう。
大神の瞳に絶望が渦を巻いていたことを。だが彼女は知らなかった。
――そして決定的な瞬間を見逃してしまったのだ。
805: 2017/12/25(月) 01:07:30.54 ID:G0kUKmC30
― コロシアイ学園生活六十八日目 体育館 AM6:42 ―
次の日の朝。
憔悴した朝日奈葵が保健室に飛び込む所から事件は始まる。
朝日奈「先生! KAZUYA先生!」
K「どうした?!」
朝日奈「さくらちゃんがいないの!」
K「何だと?!」
セレス「……何の騒ぎですか?」
山田「うるさいですぞぉ」
朝日奈「さくらちゃんが氏んじゃう! さくらちゃんが……!!」
山田「氏ぬって大袈裟な……って、ええっ?!」
K「落ち着け! どういうことだ!」
朝日奈「私達が毎朝トレーニングしてるの知ってるよね?! 今朝突然今日は休むって言いに来たの」
朝日奈「その時は疲れてるんだと思って部屋で休んでなよって言ったんだけど、
でもよくよく考えてみたらなんか様子が変で……!」
朝日奈「会えて良かったとかいつもありがとうとか言ってたし、気になったから
すぐ部屋に行ってみたんだけどそうしたらもういなくて、試しにドアを
開けてみたら鍵がかかってなかったの! それでこれがっ!!」
K「遺書だとッ?!」
806: 2017/12/25(月) 01:14:01.23 ID:G0kUKmC30
朝日奈が早口でまくし立てながらKAZUYAの眼前に突き付けたのは毛筆で遺書と書かれた白い封筒だった。
山田「ヒエエッ?!」
セレス「これは由々しき事態ですわね……!」
K「一刻の猶予もない! 俺と朝日奈で探しに行く! みんなを呼んでくれ!」
言い終わるか終わらないかという内にKAZUYAは医療カバンを掴んで保健室から飛び出した。
朝日奈「でもどこにいるの?!」
K「食堂は閉まっているから刃物は使えないはずだ! 部屋でないなら学園のどこかにいるはず!」
刃物がないならロープ類による首吊りが真っ先に疑われる。
だが、自室以外の場所で首を吊るとは考えにくかった。
それにこの学園にはもっと楽に氏ねる方法がある。もしかしたら……
そんなことを考えながらまずは保健室に近い体育館の扉を叩き開ける。
「おや、西城先せ……」
体育館には石丸がいた。几帳面なこの男が毎朝体育館でラジオ体操をしているのは知っている。
K「お前も来い、石丸! 緊急事態だ!」
石丸「えっ、えっ?!」
ついて行けない石丸を置いてKAZUYAは廊下に翻すと階段を駆け上がる。
807: 2017/12/25(月) 01:22:40.89 ID:G0kUKmC30
石丸「どうしたんですか?!」
朝日奈「さくらちゃんが自頃するかもしれないの!」
石丸「何ィッ?!」
朝日奈が石丸に事情を話し、KAZUYAは次々に扉を開いて中を確認していく。
幸いにもこの学園は一方通行になっていて捜索はしやすい。どうやら二階にはいないようだ。
「ドクター!!」
K「霧切?!」
階段を昇った先に霧切響子が立っていた。何かの瓶と大きなボトルを手に狼狽している。
K「大神が……!」
霧切「知ってるわ! こっちよ!」
彼女の案内に従い二人は娯楽室の前に立つ。
朝日奈「さくらちゃんッ!!」
扉についていた丸いガラス窓から中を覗き見ることが出来た。
部屋の中には椅子に座った大神さくらがいる。頭を下げグッタリとしていた。
K「大神ッ!!」
すぐさま扉を開けようとしたが、いくらドアノブを回しても開かない。
808: 2017/12/25(月) 01:31:14.59 ID:G0kUKmC30
朝日奈「鍵がかかってるっ?!」
K「待て! 壊すと校則違反になる!」
石丸「で、ではどうすれば?!」
K「壊すと校則違反になるのは鍵だけだ。ならばこうする!」
KAZUYAは朝日奈を退かせると扉についているガラスを叩き割る。
そして中に腕を入れ直接鍵を開けた。
K(扉の前に椅子が……?)
深く考えず障害物である椅子をどけると四人は部屋になだれ込む。
K「大神!」
氏体発見アナウンスは鳴らない。彼女はまだ生きているようだ。
だが、
K「毒を飲んだのか!!」
大神は呼吸困難になり、既に意識を失っていた。顔は紅潮しており、静脈は怒張して全身は痙攣を
起こしている。代謝性アシドーシスを起こしていると察せられた。口元には薄っすら血が付着している。
アシドーシス:人間の血液の酸塩基平衡は一定のpH (7.4) になるように保たれているが、
何らかの原因でそれが酸側に傾かせようとする力が発生している状態のこと。
呼吸が原因の場合は呼吸性、代謝が原因の場合は代謝性が頭につく。
acid(酸)から来ており、アルカリ性の場合はアルカローシスと言う。
809: 2017/12/25(月) 01:39:44.08 ID:G0kUKmC30
K(不味い! 症状が早いぞ! 一体何を飲んだ?!)
その時、KAZUYAの鼻腔を独特な甘酸っぱい匂いが刺激する。
K「この匂い。そうか……!」
霧切「これを飲んだのよ!」
霧切はKAZUYAに持ってきた瓶を突き付けた。
そう、何故彼女がこの場にいるのか。大神が飲んだ薬品を持っているのか。
それこそ超高校級の探偵・霧切響子の真骨頂『氏神の足音』の成せる技である。
霧切は妙な胸騒ぎを感じていつもより早く起き、校内を見回っていた。3階に来た所で、
上の階から降りてきた大神とすれ違ったのだ。そこで彼女は違和感を覚えた。
朝食後や午後なら武道場で鍛練することもあるが、この時間はほぼ朝日奈と一緒にいるはずだ。
まだ朝食の時間でもないのに、何故降りてきたのか。何故朝日奈と一緒でないのだろうか。
何故青い顔をしているのか。何故手に【タンブラー】を持っていたのだろうか。
――おかしい。
そう直感した霧切は階段を駆け上がり、化学室へと直行した。
「!」
やはりと言うか、霧切は荒らされた化学室を見て息を呑んだ。
毒薬類は勝手に取り出せないように棚に鍵を取り付けてあった。
だが、大神の力があればそんなものはないに等しいだろう。
校則で禁止されているのは元々施錠されていた扉の破壊であり、
KAZUYAが後付けでつけたこの鍵は対象に含まれない。
(何を持ち出したの……?!)
810: 2017/12/25(月) 01:48:09.41 ID:G0kUKmC30
慌てて大神の後を追いかけたい衝動を抑え、霧切は棚を見渡した。
大神はタンブラーを持っていた。つまり薬品を瓶ごとではなく中身だけ
持って行ったはずだ。すぐさま明らかに中身が減っている瓶を見つける。
(これを持って行ったのね!)
彼女を救うなら手がかりは多い方がいい。薬品のプロであるKAZUYAに伝えるため、
瓶を手にした。そしてその瓶のラベルを今、KAZUYAに突き出す。
K「やはりシアン化カリウム……青酸カリか!!」
朝日奈・石丸「せ、青酸カリ?!」
青酸カリ:正式名称シアン化カリウム(KCN)。胃酸と反応し生じたシアン化水素(HCN)が
呼吸によって肺から血液中に入り鉄と結合する。この結果全身に酸素を運ぶことが、
出来なくなり重要臓器が細胞内低酸素により壊氏。氏に至る。また、皮膚から
吸収しても同じように酸素の吸収を妨げ細胞を壊氏させるため有害である。
圧倒的な知名度があるからか、専門家ではない石丸と朝日奈も流石にその薬品の名前は知っていた。
言わずとしれた猛毒である。独特なアーモンド臭が特徴であり、匂いでKAZUYAも気付くことが出来た。
K「青酸カリを飲んだのか。ならば……」
KAZUYAは持っている知識で即座に適切な治療法を浮かべる。
霧切「胃洗浄をするでしょう?」
霧切が持ってきていたもう一つのボトル。それは化学室に置かれていた生理食塩水のボトルだ。
811: 2017/12/25(月) 01:54:56.14 ID:G0kUKmC30
胃洗浄:文字通り水や生理食塩水等の洗浄液を用いて胃の中の有害物質を除去する行為。
毒物を誤飲した場合は大体適応するが、強酸・強アルカリなど液体によっては
食道がただれ出血する可能性があるため先に水や牛乳を飲ませ希釈してから行う。
K「助かる!」
さほど時間は経っていないはずだが、毒薬の対処は一分一秒を争う。時間がない。
ここには救急治療の技術を持つ者が二人いて、生理食塩水もある。
何の疑問も躊躇も持たずKAZUYAは胃洗浄を行おうとした。そして気付いてしまった。
K(これは?! 何故こんな所に……?!)
机の上にバラ撒かれていた鈍い鉄色の物体。その鋭い形は見覚えのあるものだ。
K(折れた【カッターの刃】? それも複数……まさか)
――まさか。
サッと血の気が引く。己の心臓が早鐘のように打つ音が聞こえた。
K( 飲 ん だ の で は あ る ま い な ? ? ! )
青酸カリは皮膚を爛れさせる危険な毒薬だが、弱酸性でありすぐさま吐血する程の
強烈な症状はないはずである。だが彼女の口元には確かに血が付いている。
812: 2017/12/25(月) 02:01:53.96 ID:G0kUKmC30
K(ブラフだ。モノクマが俺を混乱させるために置いたのだ。そうに決まっている……!)
胃洗浄には上記の他にも幾つか禁忌があり、例えば食道静脈瘤がある場合や手術直後、鋭利な物体を
飲み込んだ等で【食道に穿孔や大量出血の恐れがある時】は実行してはいけない、とある。
この場合の胃洗浄は非適応だ。ではどうする?
通常なら内視鏡で食道の状況や胃の内部を観察してから判断を下し、危険物があるなら
当然取り除かなければならない。ただ、大神は大量の毒を飲んでいるので時間がない。
K(どうする……?!)
オーバーヒートしそうになる思考を必氏に押さえつけ、KAZUYAは優先順位を組み上げた。
K「……クッ! とりあえず毒ガスが発生している! マスクを付けて呼吸に気を付けろ!」
石丸「は、はいっ!」
青酸カリで有名なアーモンド臭のアーモンドとは収穫前のもので甘ったるい香ばしい匂いというよりは
酸味が強い。また有毒ガスなので、この匂いがした場合はすぐに鼻を覆いなるべく吸ってはいけない。
K「二人は亜硝酸アミルと亜硝酸ナトリウムを保健室に持って来てくれ! 大神は俺が運ぶ!」
朝日奈「わ、わかった……!」ダッ
霧切「行きましょう!」ダッ
822: 2017/12/30(土) 23:16:04.95 ID:Xt6a2Lgr0
横抱きに大神を抱えたKAZUYAは保健室に向けて走りながら次に起こす行動を考えていた。
幸いこちらにはレントゲンがあるためブラフならすぐにわかる。問題は本当に飲んでいた場合だ。
舞園「先生!」
不二咲「大神さん!」
保健室には既に数名の生徒達が来ていた。マスクとエプロンを身に着け準備も万端である。
だが、
K「苗木はどうした!」
舞園「まだ来ていません!」
K「何?」
苗木の部屋は校舎寄りだ。隣の部屋の舞園は来ているのに何故いないのだろうか。
K(クッ……苗木がいないのか。だが、今は一分一秒が勝負だ。待ってられん!)
KAZUYAはある決断を下す。
K「石丸! お前が気管挿管しろ!」
石丸「えっ?! 僕が?!」
K「大神はカッターの刃を飲んでいるかもしれん! 俺はレントゲンで
確認する! 不二咲、レントゲンだ! 舞園は石丸の補助を!」
不二咲「は、はいっ!」
舞園「わかりました!」
石丸(カ、カッターだって?! そんな物を飲んでたら胃洗浄が出来ないぞ!! どうすれば?!
……い、いや、先生なら何か考えがあるはず。僕は言われた通りにするだけだ!)
石丸「気管挿管します!」
舞園「行けますか?」
石丸「…………」
石丸(今は苗木君がいない。先生が別の作業をしている以上、僕がやるしかない。
……大丈夫だ。今まで散々練習してきた。努力は僕を裏切らない)
石丸「で、出来るとも! この日のために何度も練習してきたんだ!」
814: 2017/12/25(月) 02:19:12.99 ID:G0kUKmC30
石丸「で、出来るとも! この日のために何度も練習してきた!」
幸い大神には何度も被験体として気管挿管させて貰ったことがある。
如何に不器用な石丸とはいえ、反復練習は確実に実を結んでいた。
それに加え大神は喉が太いため、初心者の石丸でもやりやすかったのだ。
石丸がぎこちないながらも着実に処理をしている中、KAZUYAはレントゲン映像を確認していた。
不二咲「せ、先生、これって……」
K(やはり、飲んでいたか!)
大神は途中から医療実習に参加していたため、毒物を飲めば胃洗浄を行うことを知っていた。
より確実に氏ぬため食道を傷付けようと考えたのかもしれないし、モノクマの入れ知恵かもしれない。
どっちでも良い。どちらにせよ今は真相などわからないのだ。
K(とにかく時間がない。正しい処置ではないが……イチかバチかだ!)
KAZUYAはメスを取り出した。
823: 2017/12/30(土) 23:41:45.95 ID:Xt6a2Lgr0
※ 注 意 ! ※
モノクマ「はい。手術前に行われる定番の注意タイム」
ウサミ「なんだか投げやりでちゅね……」
モノクマ「お約束だからね。さくっと行かないと。テンポ悪くなるだけだし」
モノクマ「いつも言ってるけど手術シーンは素人の作者のイメージ図です」
ウサミ「今回、本当に嘘……というと人聞きが悪いけど現実ではやらないフィクションが
入ってまちゅ。それについては投下後に説明するのでご容赦くだちゃい」
モノクマ「では再開するよ~」
824: 2017/12/30(土) 23:48:18.26 ID:Xt6a2Lgr0
! 手 術 開 始 !
KAZUYAは躊躇うことなくメスで大神の腹部を切り裂いた。
石丸「せ、先生?! 何をされているんですか?! 何故開腹を?!」
K「手を止めるな! 挿管を最優先しろ!」
通常なら、まず内視鏡で食道の損傷具合を確かめながら胃のカッターの刃を取り出す。
食道に出血の恐れがないならばそのまま手順通り胃洗浄へ移行するはずだ。
開腹の余地などない。
K(わかっている! 今からやろうとしていることは賭けだ! だがこれしか方法がない!!)
KAZUYAは胃を露出させると、胃の幽門部(胃の下部で十二支腸に繋がる部分)を糸で
結紮(けっさつ)する。こうすればこれ以上毒が体内に入ることはない。また逆流しないように
胃の噴門部(胃の上部で食道に繋がる部分)も結紮した。これで毒は大神の胃の中だけに留まる。
その後のKAZUYAの行動はもはや狂気であった。
石丸「な、な、何をっ……?!」
不二咲「先生ぇっ?!」
気管挿管が完了し、空気バッグで大神の肺に酸素を送る石丸はKAZUYAを見て愕然とした。
彼がしていることは医学の知識のある者どころか、素人から見ても到底有り得ないことだったのだ。
825: 2017/12/30(土) 23:58:12.75 ID:Xt6a2Lgr0
「…………」
KAZUYAはまず露出した胃の上部に少しの切れ目を入れた。
胃酸と反応した青酸ガスが吹き出るが、KAZUYAは毒物に耐性があるため問題ない。
……問題はその後だ。
KAZUYAは開けた穴からカテーテルを通し、漏斗を付けると生理食塩水を胃の中に流し込む。
その後、――カテーテルから直接“口で”中身を吸い出しバケツに吐き捨てていたのだ。
舞園「何をやっているんですか?!」
石丸「ど、ど、毒が! 毒が先生の口に……!!」
K「俺は毒に耐性を持っている! 気にするな!」
不二咲「吸引器の用意出来ました!!」
石丸「早く口を洗ってください!」
K「平気だ! 貸してくれ!」
気にするなと言われても無理な話だ。だが止めても無駄である以上、
生徒達はただ言われた通りKAZUYAの補助をするだけであった。
KAZUYAが何故このような無理をしたかは理由がある。通常、毒物を飲んだからと言って
開腹することはまず有り得ない。何故なら開腹自体非常に体に負荷のかかる行為で
毒物を飲んで弱った体に追い打ちとなるからだ。
K(胃洗浄で済むなら体の負担も少ないし確実だ。だが、それは通常の話)
体内に残されたカッターの刃が全ての元凶である。
このまま胃洗浄を行えば刃が食道を傷付けて大出血に繋がる可能性が高かった。
826: 2017/12/31(日) 00:08:37.80 ID:rLpwyfew0
K(普段なら内視鏡で刃を取って胃を洗浄すればいいだろう。だが、今回は時間がない)
瓶に残った薬品の量を見て、大神の飲んだ青酸カリの量が尋常でないというのはわかった。
当たり前だ。彼女は氏ぬつもりだったのだから。確実に氏ねるように山盛りの毒を飲んだのだ。
誤飲であれば一度に大量に飲むことはそうそうないし、睡眠薬などは多量に飲んでも
氏なないように作られている。故に、胃洗浄で事足りるが大神の場合は一刻も早く
腸への道を塞ぐ必要があった。少しでも体内に吸収されないようにするためだ。
K(先にカッターを取り出せばその分毒が奥に行ってしまう……そうなればもう助からないだろう)
頑丈な肉体を持つ彼女にとって、多少体を切り刻んだダメージよりも
毒物をより多く吸収することの方がリスクが大きいとKAZUYAは判断したのである。
毒は体内に入った最初の5分が生氏を分ける。とにかくある程度
毒を取り除いて時間に余裕が出来てからゆっくり正規の方法を取ればいい。
だからこそ、このような荒業に臨んだのだった。
K「ムッ!」
KAZUYAはカテーテルに何か固い物が当たったと感じた。
石丸「どうしたんですか?」
K「カッターの刃があった。内視鏡を使って取り出す!」
KAZUYAはカテーテルを入れていた穴から内視鏡を通すと、
胃の内部を確認しながら鉗子で器用にカッターの刃を取り出していく。
827: 2017/12/31(日) 00:37:29.69 ID:rLpwyfew0
K「これで全部だ」
石丸「あの、先生は本当に大丈夫なんですか……」
K「大丈夫だ。お前はしっかり酸素を送ればいい」
K(……それにしても青酸カリか)
青酸カリ。言わずとしれた猛毒である。
推理ドラマや小説でも頻繁に出てくるため一般知名度が高い。
だからこそ大神もこの薬品を手に取ったのだろう。
しかし知っているだろうか。青酸カリは確かに猛毒であるがその致氏に必要な量は意外と多い。
具体的には体重一㌔につき5ミリグラム。体重60kgの成人ならば大体300ミリグラム程度である。
一円玉三枚分と考えれば思ったよりもたくさん飲まなければならないことがわかるだろうか。
しかもこれは半数致氏量(LD50)と言って、その量を飲めば約半分の人間は氏ぬはずという数値である。
即ち、大神のように大柄で頑丈な人間なら通常の致氏量の更に倍は飲まないと確実に氏なないのだ。
K(知識がなくて幸いだったというべきか。青酸カリではなく毒性の強いテトロドトキシンを
同量飲んでいたらもはや処置をする余地すらなかっただろう。或いは遅効性のα-アマニチンを
飲んで既に症状が出てしまったのならそれも手遅れだった)
余談だが、青酸カリの一番の氏因は上述の通り胃酸と反応して発生した青酸ガスである。
もし他殺なら体内に入る毒も少ないため、発見さえ遅れなければ即座に気管挿管して気道を
カフ(カテーテルを気道に固定する風船状の物体)で塞ぎ通常の胃洗浄をすればほぼ助かる。
・
・
・
828: 2017/12/31(日) 00:48:05.36 ID:rLpwyfew0
生理食塩水と活性炭の粉末(活性炭には毒物を吸着する性質がある)を注いでは中身を抜き
胃の中の毒素を除去する。そんな作業を何度も繰り返している内に霧切と朝日奈が戻ってきた。
朝日奈「先生っ!」
霧切「持ってきたわ!」
K「貸してくれ!」
KAZUYAは薬品を受け取り、即座に亜硝酸ナトリウムを静脈に注射する。
K「石丸、お前は亜硝酸アミルを吸入してくれ! やり方は知っているな?」
石丸「はい!」
次に、KAZUYAは内視鏡で食道の状況を確認した。
K(切ったのは口の中だけのようだな。小型のカッターだったからか、
奇跡的に食道の中はほとんど傷ついていない。これなら大丈夫だ)
そしてKAZUYAは通常の手順通りに洗浄を行う。といっても、胃に切れ目を入れてしまったので
結紮したまま胃に洗浄液は入れず、口や食道に残った毒だけを洗い流した。
K「これで毒物はほぼ落とせたはずだ。縫合する」
流石に今回はKAZUYAが縫合を行った。セレスの時より症状が重く余裕がないからだ。
まず胃の切れ目を塞ぎ、結紮を解除すると綺麗に縫合する。
こうして全ての処置は完了した。
! 手 術 完 了 !
829: 2017/12/31(日) 01:09:48.05 ID:rLpwyfew0
大和田「大神は大丈夫か?」
桑田「なんか、毒を飲んだって聞いたけど……」
葉隠「なんでまた毒なんか……」
大神は保健室のベッドに横たえられ、レスピレーター(人工呼吸器)に繋がれている。
駆けつけた生徒達とKAZUYAは保健室の中でこの顛末について情報共有していた。
朝日奈「……ねえ先生、さくらちゃん助かる?」
K「わからん。五分五分だ。意識さえ戻れば……」
朝日奈「側にいてもいい?」
K「そうしてやってくれ」
朝日奈「…………」
セレス「大神さんの治療の邪魔になるといけませんね。わたくしは部屋に戻りましょう」
山田「えっと、じゃあ僕もそうしようかな。足が悪い訳じゃないし、
身の回りのことをすればリハビリになりますしね」
K「すまないな。安広はともかく山田はもう少し見てやりたかったが」
山田「大丈夫です。ムリはしませんので」
K「それより、苗木はどうした? 未だに来てないのだが」
セレス「インターホンを鳴らしたのですが、出ませんでしたわ。急いでいたので
他の方を呼びに行きました。出掛けているのでしょうか?」
舞園「えっ?! いない? この時間にですか?」
腐川「もしかして、事件に巻き込まれたんじゃ……」
830: 2017/12/31(日) 01:15:32.85 ID:rLpwyfew0
江ノ島「誰かに殺されてたり?」
十神「小柄な苗木なら襲いやすいだろうな」
桑田「縁起でもねーこと言うんじゃねえよ! まだそうだと決まったワケじゃねーだろ!」
舞園「わ、私! 探しに行きます!」
血相を変えた舞園が飛び出そうとした時だった。
苗木「……すみません。遅れました」
舞園「苗木君!」
石丸「無事だったか! 良かった!」
大和田「心配したんだぞ!」
十神「フン、悪運の強い奴め」
苗木「えっと、みんな集まってるけど何かあったの? って、大神さん?!」
霧切「大神さんが自殺を図ったのよ。毒を飲んで。少し前に処置は終わったわ」
苗木「自殺?! そんな……」
自分がいない間の説明を聞くと、苗木はショックを受けているようだった。
セレス「それより、何故わたくしがインターホンを鳴らした時に出なかったのですか?」
苗木「えっと、ゴメン。インターホンが鳴ったのは覚えてるんだけど、出られなかったんだ」
不二咲「出られなかったの? どうして?」
831: 2017/12/31(日) 01:25:06.48 ID:rLpwyfew0
苗木「うん、その、あんまり体調が良くなくて」
K「少し顔色が悪いな」
苗木「はい。ちょっと熱っぽいです。風邪でもひいたのかな?」
K「フム」
KAZUYAは苗木の体温を計り、聴診器を当てる。
K「恐らく過労だ。今日は一日寝ていた方がいい」
苗木「え……過労、ですか?」
K「ああ、そうだ」
この一ヶ月、KAZUYAは残された時間で少しでも生徒達に自分の知識を与えなければと朝から晩まで
解剖実習や講義を詰めていた。授業は必修ではなく、生徒達はそれぞれ参加したりしなかったり
していたが、医師を目指す苗木と石丸の二人は当然全ての講義に参加していた。
元々体も鍛えている頑丈な石丸は問題なかったが、あくまで一般的な普通の高校生である
苗木には負担が大きかったのだろう。その上、前日の騒動によって心的負担も加わりとうとう
今朝体調を崩してしまったというのが真相のようだ。
苗木「ハァ……情けないな。みんな頑張ってるのに僕だけ体調崩すなんて」
舞園「仕方ないですよ。苗木君はこの一ヶ月、本当に根を詰めて頑張っていたんですから」
石丸「ウム、その通りだ。それだけ頑張っていたということだろう。
気にすることはないさ。今日一日は僕達に任せたまえ」
桑田「そうそう。俺たちもいるからな」
苗木「ごめん。ありがとう。大神さんも早く意識が戻るといいんだけど」チラ
朝日奈「…………」
840: 2018/01/13(土) 21:20:39.12 ID:Xatsirjn0
苗木は部屋に戻ったため、朝日奈と医療チームだけが保健室に残り看病した。
舞園「バイタルはどうですか?」
石丸「今のところは安定しているが……とりあえず十分ごとに記録しておこう」
K「もう昼だ。お前達も順番に昼食を食べてくるといい」
KAZUYAは二人に休憩を促した。朝食は他の生徒が持ってきてくれた物を保健室で
食べたが、今は小康状態のため休めるうちに休ませようと思ったのだ。保健室には
KAZUYAと助手が一人いれば問題ないし、また苗木のように体調を崩されたくはない。
石丸「舞園君、お先にどうぞだ!」
舞園「ありがとうございます。すぐに戻ってきますね」
朝日奈「先生はどうするの?」
K「俺は離れられんさ。いざという時処置出来るのは俺だけだからな」
朝日奈「私もここで食べるし、じゃあ先生の分も持ってくるね」
K「頼む」
舞園と入れ違いに大和田達が入ってくる。
石丸「おお、兄弟」
大和田「よお。手伝いに来たぜ。ついでに昼飯も持ってきた」
不二咲「出来ることがあったら何でも言ってね」
841: 2018/01/13(土) 21:37:26.41 ID:Xatsirjn0
桑田「朝日奈、あんま根詰めるなよ。俺達もいるんだからさ」
朝日奈「……うん、ありがとう」
K「気持ちは有り難いんだが、人数が増えるとどうしても騒がしくなる。
衛生の問題もあるし、朝日奈以外は医療コースの人間だけにしてくれるか?」
セレスと山田の時は患者が二人の上、着替えなどの問題があったためスタッフは多い方が
良かったが、現在は大神一人のため実質保健室がICU(集中治療室)となっていた。
大和田「そうか。ま、こればっかりはしゃあねえな」
K「折角来てくれたのにすまん」
不二咲「じゃあお見舞いもダメだよね。山田君達が心配してたけど」
K「……ウム、面会謝絶だ」
桑田「わかった。伝えとくわ。俺らも体育館とか教室とかなるべく近くにいるからさ。
もしなにかあったら呼んでくれよな」
石丸「すまない、みんな。ありがとう」
苗木が回復すれば苗木、石丸、舞園、霧切が入るため人数的には申し分ない。
もっとも、如何にスタッフが揃っていても最終的には患者の体力が問題なのだが。
朝日奈「……みんな、さくらちゃんの心配をしてくれてるんだね」
石丸「当たり前だ。仲間じゃないか!」
朝日奈「仲間……」
朝日奈(でも、仲間じゃない人もいる……)
842: 2018/01/13(土) 21:52:36.89 ID:Xatsirjn0
― コロシアイ学園生活六十九日目 食堂 PM1:11 ―
昼食を終えた後も、生徒達は何となく食堂に残っていた。
苗木はすっかり体調が戻ったため、そろそろ保健室に合流する予定である。
葉隠「オーガに謝った方がいいのかねぇ……」
キッカケは葉隠のこの一言だった。
江ノ島「は? なんで?」
葉隠「いや、だってよ……まさか自殺未遂するほど思い詰めるなんて思わなくてさ……」
腐川「そりゃ、あんた達があれだけ責めれば当然よね」
江ノ島「単に裏切った責任取ろうとしたんじゃないの? 自業自得ってヤツ」
不二咲「そんな言い方は良くないよ……」
セレス「彼女は武人ですから、命を持って償おうと考えるのは自然かもしれませんわね」
山田「氏んだって仕方がないじゃないですか……」
苗木「その通りだけど、大神さんにだって弱さはあるんだよ」
大和田「そうだな……頭が真っ白になると氏んで責任取った方が
いいんじゃねえかって気になっちまうからな……」
舞園「責任感が強い人だからこそ思い詰めてしまう所があるのかもしれませんよね」
葉隠「い、生きてるうちに謝っとけば氏んでから枕元に立つこともねえだろ!」
桑田「氏ぬこと前提じゃねーか!」
843: 2018/01/13(土) 22:02:58.91 ID:Xatsirjn0
セレス「オカルトは信じなかったのでは?」
葉隠「オカルトじゃねえ! 幽霊じゃなくてエクトプラズムだべ!」
霧切「緊急事態だったからドクターの処置も通常のものとは違っていたわ。
それがプラスに働けばいいのだけど」
十神「大神が氏のうが生きようが関係ない。むしろ何故助けた? 裏切り者は氏んだ方が好都合だろう」
ガシャン!
厨房から何かが割れる音がした。
朝日奈「…………」
そして目を釣り上がらせた朝日奈が中から出てきた。
苗木「あ、朝日奈さん……」
腐川「ヒッ! なんでそんなところに……」
朝日奈「……先生の食器を片付けてた」
昨日から朝日奈は保健室に泊まり込んでおり、KAZUYAの食事も運んでいたのだ。
「…………」
勿論食堂の空気は最悪だ。
844: 2018/01/13(土) 22:12:14.81 ID:Xatsirjn0
朝日奈「……ねえ、謝ってよ。さくらちゃんに謝って」
俯く朝日奈の顔には陰がかかり、表情がよく読み取れない。
だが、ワナワナと手が震えているのは誰の目にもわかった。
葉隠「す、すまなかったべ……流石にちょっと悪かったなって」
江ノ島「まず大神が目を覚ましたらね」
危機に敏感な葉隠は朝日奈の異様な雰囲気を読み取ったことと、元々罪悪感を
持っていたこともありあっさりと謝罪した。江ノ島は明確に謝るとは言わなかったが、
朝日奈はその曖昧な言い方を肯定的な意味で捉えた。
二人の返答を確認すると、朝日奈は真っ直ぐ十神に歩み寄る。
朝日奈「あんたも謝ってよ―― 十神」
十神「……フン」
朝日奈「遺書に書いてあったよ……みんなに申し訳ない、愚かな自分に絶望したって。
さくらちゃんはね、ただみんなに謝りたかっただけなんだよ!」
朝日奈「それをあんたは話すら聞かずに……!」
十神「そんなものは自分のためだろう」
十神「自分のために裏切って自分が許してもらいたいから謝る。頭の弱い貴様はそれを
まるで崇高な自己犠牲かのように吹聴するが、人間は所詮自分のためにしか動かない」
845: 2018/01/13(土) 22:29:34.51 ID:Xatsirjn0
朝日奈「違う!! あんたに……あんたにさくらちゃんの何がわかるの?!」
朝日奈の悲痛な叫びが食堂に轟く。
朝日奈「さくらちゃんは私達のために自頃しようとしたんだよ! 折角まとまりかけてたのに
裏切り者の自分がいたらいつまでも一つになれない! 自分が氏んだら今度こそ
一致団結して仲良くしてほしい、そう思ってたのに!!」
セレス「……それが大神さんの遺書に書いてあったことなのですね」
腐川「あたし達のために……」
不二咲「大神さん……」
十神「フン、どいつもこいつも簡単に騙されおって」
朝日奈「あんた、いい加減に……!」
十神「人の話は最後まで聞け、単細胞。そもそも大神は『本気で氏ぬつもりなどなかった』」
苗木「えっ」
舞園「どういうことですか?」
十神「大神が自頃したのは早朝だったな。何故あんなに早く見つけられたんだ?」
朝日奈「それは、トレーニングの前に別れの言葉を言ってたから……」
十神「それだ、愚民。何故気付かん。大神は心配した貴様が大騒ぎして西城達を連れてくるのを
見越していた。氏ぬつもりなんてさらさらなかったんだよ。簡単だろう?」
朝日奈「そ、そんなこと……」
十神「何度でも言うが、他人のために氏ぬ人間などいない。誰だって自分が一番大切だからだ」
「それは違うぞ!!」
847: 2018/01/13(土) 22:55:10.70 ID:Xatsirjn0
「!」
K「それは違う、十神」
十神「……また貴様か。毎度毎度タイミングを図ったように現われおって」
マントをたなびかせ食堂の入口から現れたのはKAZUYAだった。後ろには石丸もいる。
朝日奈が十神と口論を始めた時点で霧切が保健室まで呼びに行っていたのだ。
石丸「十神君! 今日という今日は君の間違いを正させてもらう!!」
ちなみに石丸が十神を止めると言って聞かなかったため、現在大神は霧切に見てもらっている。
K「娯楽室には鍵がかかっていたんだがな、更にドアを塞ぐように
長椅子が置いてあったんだ。一体何故だと思う?」
桑田「中からドアが塞がれてたのか?」
腐川「それじゃあ開けられないじゃない!」
山田「密室殺人の演出でもしたかったんですかね?」
葉隠「不可能殺人ってヤツか?!」
セレス「まさか」
K「いや、その通りだ」
山田「え、今のが正解?! いやいやいや……」
848: 2018/01/13(土) 23:20:12.31 ID:Xatsirjn0
江ノ島「なにそれ。アタシ達を嵌めようとしたってこと?」
不二咲「大神さんはそんなことをする人じゃないよ!」
苗木「むしろ、逆なんじゃないかな?」
大和田「逆ってどういうことだ?」
K「大神は遺書を用意していたが、意地の悪いモノクマのことだ。もしかしたら
遺書を隠して事件に仕立てあげ、学級裁判が開かれるかもしれないだろう?」
K「その時、俺達が危険にならないようわざと密室を作りあげたのだ。
そうすれば誰も犯人になりえない。――則ち自殺と確定するからな」
苗木「そうか。僕達を守ろうとしてくれたんだ……!」
石丸「自分は氏ぬというのに、残される僕達のことを考えてくれたとは……」
十神「…………」
K「それだけではない。今までのように俺が手術して蘇生されてしまう可能性があった」
K「だから念には念をいれ……万一見つかっても蘇生されないよう、
カッターの刃を飲み込んでいたのだ!」
KAZUYAはこの情報を医療スタッフ以外には伝えていなかった。あまりにショッキング過ぎるし、
万が一大神のことを責める者がいた時のために、切り札として隠していたのだ。
十神「なっ?! カッターの刃、だと……?!」
849: 2018/01/13(土) 23:39:58.44 ID:Xatsirjn0
葉隠「ヒィィッ?! 想像するだけでノドが痛くなるべ!」
腐川「どうかしてるわ……!!」
K「なあ十神、お前はこれでもまだ大神が氏ぬつもりはなかったと言うのか?」
十神「…………」
K「カッターの刃を飲み込むなんて相当な覚悟がないと出来ないよなァ。大神はそれを
何本も飲み込んでた訳だ。そこまでして彼女が守りたかったものは自分自身だと思うか?」
K「確かに自分のためでもあるだろう。みんなに許してもらいたかった。裏切った罪を償いたかった。
だが、氏んだら人間はそれで終わりだ。折角みんなに許してもらっても自分が氏んでしまったら――」
K「――『本末転倒』。お前はそう思わないか?」
十神「…………」
流石の十神も今回だけはそれがどうしたとは言わなかった。
十神の中では常に人間は自分のために生きている。しかし、KAZUYAの言う通り氏んでしまえば
大神の行為は全て無駄になるだろう。世の中には後先を考えない、所謂『愚か』な人間も多数いる。
そういった人間は時に十神の予測から大きく外れた行動を取ることもあるが、大神はそういった
浅慮な人間ではなかった。だからこそ、氏んだ後のことも考えて遺書や密室を用意したのだ。
十神は顎に手を当て、しきりに考え込んでいる。
苗木「十神君……」
石丸「十神君!」
腐川「白夜様……」
それぞれの思いを乗せた二十六の瞳が十神を見つめていた。
852: 2018/01/25(木) 22:11:43.69 ID:bR4TOH8e0
十神「…………」
十神「…………」
十神「…………」
嫌な沈黙が続く。KAZUYAは教師として黙って見守っていた。
K「…………」
ひとしきり考えて納得したのか、十神は軽く頷く。
十神「成程……どうやらケジメはつけたようだ。それは認めてやろう」
―― とうとう十神は大神の決氏の覚悟を認めたのだった。
舞園「十神君、わかってくれたんですね!」
桑田「やーっとかよ、このゴーマン御曹司!」
セレス「本当、素直でないお方ですこと」
葉隠「セレスっちに言われたらおしまいだべ」
山田「まったくです」
朝日奈「……で?」
853: 2018/01/25(木) 22:22:48.07 ID:bR4TOH8e0
不二咲「え?」
大和田「どうした、朝日奈?」
K「…………」
朝日奈「さくらちゃんが私達のために氏のうとしたことを認めたんでしょ?
それで、そこまで追い詰めたのはどこの誰? ちゃんと……ちゃんと謝って」
プライドの高い十神にとって他人を認めるという行為は、
一般人で言うところの最大の賛辞であり彼なりの譲歩でもある。
だが、朝日奈にはそれが理解出来なかった。
……或いは、理解出来ても納得が出来なかった。
朝日奈「認めたのなら謝ってよ! 今すぐ!」
十神「認めるとは言ったがそれとこれとは別問題だ。何故俺が謝らねばならん」
朝日奈「どうして……謝ってくれないの……なんで、そんなに上から目線なの……
なんで、なんであんたはいつも……」
葉隠「あ、あー。これは年長者の俺からのアドバイスだけど、あんま意地張らない方がいいべ」
セレス「謝ってあげたらどうですか」
苗木「十神君。確かに大神さんにも悪い所はあったかもしれない。
でも言っていいことと悪いことがあるのは確かだよ!」
石丸「少なくとも仲間に対して氏んでいいなどとは言語道断だ!」
十神「知るか。俺は謝らんぞ」
854: 2018/01/25(木) 22:41:41.03 ID:bR4TOH8e0
朝日奈「…………」
朝日奈が求めていたのは大神に対する理解。
そしてたった数文字の謝罪の言葉。ただそれだけだった。
けして見下した傲慢な賛辞などではないのだ。
朝日奈「やっぱり……わかってくれないんだ……私……ギリギリまで我慢したのに……
一言……謝ってさえくれたら、許そうって思ってたのに……!」
朝日奈は俯き、その目からは大粒の涙が零れていた。
肩はワナワナと震えている。そして、震える手を後ろに回した。
江ノ島「! なに持ってんの、アンタ?!」
K「朝日奈っ!」
朝日奈「もう……もうこうするしかない!!」
朝日奈は上着の中から包丁を取り出したのだ。
855: 2018/01/25(木) 22:55:29.83 ID:bR4TOH8e0
K「やめないか!」
大和田「お、おいやめろって!」
葉隠「言わんこっちゃねえ! だからさっさと謝っとけって言ったんだ!」
モノクマ「盛り上がってきましたな!」
いつの間にかモノクマが椅子に座ってポップコーン片手に観戦している。
苗木「この! 他人事だと思って……!」ギリッ!
セレス「実際他人事なのですよ。結局モノクマの思い通りになってしまいましたね」
石丸「か、隔離だ! こういう時は当事者を引き離して……」
腐川「白夜様! お逃げください!」
十神「ハッ! こうなることくらいお見通しだ。この俺が何の対策も立てていないと?」
苗木「十神君、何を……!」
十神「喜べ、腐川。お前の出番だぞ」
腐川「えっ?! な、なに……?!」
江ノ島「あ、コショウ!」
856: 2018/01/25(木) 23:03:00.86 ID:bR4TOH8e0
不二咲「あれってもしかして……!」
十神は取り出した胡椒を腐川に振り掛けた。
桑田「ジェノサイダーを呼ぶ気か!」
舞園「腐川さん、耐えてください!」
腐川「そ、そんなこと言われたって! ハッハッ……」
K「馬鹿者! 早く鼻と口を塞げ!」
KAZUYAが叫ぶが、手遅れだった。
腐川「へあーっくしょんっ!!」
ジェノ「驚き桃の木山椒の木ー! 今日も素敵な殺人鬼ー! ジェノサイダー翔でーす!」
K「間に合わなかったか……」
ジェノ「あーら、皆さんお揃いで? ご機嫌麗しゅう。なーんつって! お嬢様みたいだった?!
ゲラゲラゲラ! ……てかこれどういう状況? ねーカズちん」
十神「おい、ジェノサイダー。命令だ。俺をそこの単細胞馬鹿から守れ」
ジェノ「え、なんなのあの乳袋女。なんで包丁向けてるワケ? ハッ! まさか白夜様を切り刻んで
快感タイムを味わうつもり?! 冗談じゃねーぞ! 白夜様はアタシの獲物だっての!」
ジェノ「人の獲物を横取りするようなふてえヤツは……バラッバラにしちまうぜぇ」
ジェノサイダーは鋏を取り出し構える。そこには本気の殺意があった。
866: 2018/02/12(月) 20:39:56.11 ID:JA3abNZw0
K「安心しろ、翔。お前の出番はない。朝日奈、包丁をこっちに渡すんだ!」
ジェノ「ヒュー! カズちんかっこいー」
朝日奈「とめないで、先生!! 大丈夫だよ。頃したりするつもりはないから」
葉隠「じゃあ安心だな!」
桑田「そんなワケあるかアホ!」
舞園「朝日奈さん、あなたは何をするつもりなんですか?」
朝日奈「……少し痛い目に遭ってもらうだけだよ」
いつもの明るい姿からは考えられない昏い瞳をギラリと光らせ、朝日奈は答えた。
朝日奈「私、私ずっと考えてたの。どうしてこいつはこうなんだろう?
どうしていつまで経っても十神だけ変わらないんだろうって……」
朝日奈「みんな、ここに来てから少しずつ変わった。もちろん、それは良い方にだよ」
一人一人の顔を、朝日奈は順に見ていく。それはこの狂った学園生活の総括でもあった。
朝日奈「焦ってコロシアイに乗っちゃった舞園ちゃんと桑田」
舞園・桑田「…………」
朝日奈「誰にも言えないコンプレックスを持ってた大和田と不二咲ちゃん」
大和田・不二咲「…………」
朝日奈「現実に耐えきれなくておかしくなった石丸」
石丸「…………」
朝日奈「自分勝手な理由でみんなを裏切ったセレスちゃん、山田、葉隠」
セレス・山田・葉隠「…………」
867: 2018/02/12(月) 20:56:39.17 ID:JA3abNZw0
朝日奈「そして、さくらちゃん……人質が心配でずっとモノクマと内通してた」
十神「…………」
朝日奈「私だって、焦って不安で周りに八つ当たりをしたりした……
今なら間違いだってわかる。みんなもそうでしょ? みんな変わったよね?」
「…………」
朝日奈「なのにこいつだけはずっと嫌なヤツのまま。……それはどうして?」
不二咲「朝日奈さん……」
十神「……フン」
朝日奈「それで、わかったの。こいつだけなにも失敗してない。こいつだけ
一度もツラい目に遭ってない。まだなにも失ってないんだって……」
K「朝日奈! その考えは……!」
山田「確かに、常にトラブルメーカーで周囲と距離を取っているからこそ、
逆に大きな問題や失敗はしていないとも言えますな……」
大和田「俺達が失敗した時、いつも笑いながら高みの見物してやがったぜ……」
桑田「……昔の俺とおんなじだ。要は思いあがってんだよ! 他人の気持ちがわかってねーんだ!」
朝日奈「そう!! だから、だから教えてあげようって……大怪我して、痛い思いをして
KAZUYA先生に助けてもらえば、十神もきっとわかってくれるって……そう思うの」
ジェノ「成程ねえ。栄養が全部胸に行ってると思ったけど、いろいろ考えてんだなぁ」ウンウン
苗木「だからって、だからってそんなの駄目だ! 良くないよ!」
朝日奈「良くないって、どうして?!」
苗木「どうしてって……そんなの良くないに決まってるじゃないか!」
石丸「そうだ! 暴力で解決など、そんなものはモノクマの思う壺ではないか!」
868: 2018/02/12(月) 21:29:55.79 ID:JA3abNZw0
朝日奈「じゃあ話し合いで解決するの?! 私達今まで何回話し合いした?! それで解決したのっ?!」
苗木「それは……」
江ノ島「解決なんてする訳ないよ。だって、なにも変わってないんだからさ……」
朝日奈「ねえ、先生! 教えてよ!! どうしてダメなの?!! じゃあ、なにが正解なのっ?!!」
K「朝日奈……」
KAZUYAは答えられなかった。
セレス「これは潮時なのかもしれませんね……」
不二咲「潮時って、そんなの……!」
葉隠「アワワワワ! 朝日奈っちの怒りはもう限界だべ! 女のヒステリーは止められねえ!」
朝日奈「みんなもわかってくれたでしょ……? じゃあ……」
K「馬鹿なことはよすんだ!!」
荒事に慣れているKAZUYAは刃物程度で怯んだりはしない。
多少手荒だが、近寄って一気に奪い取ろうと試みた。
だが、
朝日奈「来ないで! もし来たら――私氏ぬから!!」
朝日奈は包丁を自分の首筋に突き付けた。
頸動脈だ。万が一ここを切り裂けば助けるのは困難だろう。
869: 2018/02/12(月) 21:35:09.73 ID:JA3abNZw0
苗木「朝日奈さん?!」
K「何を言っているんだッ!!」
朝日奈「私は氏んでもいいっ! 友達が自頃しようとするほど苦しんで悩んでたのに私は
気付いてあげられなかった……。これで私が氏んだとしてもそれは罪滅ぼしなんだよ!」
舞園「朝日奈さん、いけません!」
葉隠「早まるなって! 氏んだら終わりだぞ?!」
K「クッ……!」
K(どうすればいい? どうすれば彼女を止められる?!)
十神「相手にするな、西城。どうせ口だけだ。本気な訳がない」
朝日奈「私は本気だよ!」
十神「ならさっさと氏んでみせろ」
朝日奈「……!!」
火が付いたように朝日奈の顔が一瞬で紅潮した。刹那、スプリンターの如き俊足で駆け出す。
朝日奈「十神ィィイイイイッ!!!」
K「やめろッッ!!!」
ザクッ!!
朝日奈「あ……」
K「ヌゥゥ!」
870: 2018/02/12(月) 21:46:28.87 ID:JA3abNZw0
KAZUYAは咄嗟に右手を伸ばし、包丁の刃を掴んでいた。血が辺りに飛び散る。
朝日奈「あ、あ、あ……」
柘榴のように赤かった朝日奈の顔は、今やオダマキのように真っ青になっている。
石丸「西城先生ッ!!」
ジェノ「センセっ?!」
不二咲「指が……!」
K「……大丈夫だ。ギリギリ受け流した」
――結局KAZUYAにはいつものように力技で止めるしか方法が残されていなかった。
幸い指はちぎれなかったものの、けして軽傷ではない。
K「フンッ!」
KAZUYAは血まみれの指に力を入れ、朝日奈から包丁を奪い取ると遠くに放る。
朝日奈「あっ」
乾いた金属音が響いた。もう彼女の手には戻らない。
871: 2018/02/12(月) 21:58:49.82 ID:JA3abNZw0
K「朝日奈……」
朝日奈「どうして……どうしてあいつを庇うの?! なんでっ?!」
K「十神を庇ったんじゃない。俺が守りたかったのは……君だ」
朝日奈「私を、守りたかった……?」
K「俺は……どんな理由があろうと人を傷付けてはいけない、などとは言わん。そんな聖人じゃない。
確かに世の中にはどうしようもない奴もいるし、実際俺だって何度も傷付けたことがある」
朝日奈「じゃあ、なんで……」
K「君は本当に友達思いで優しい子だ。だからこそ、人を傷付けて平気ではいられないだろう?
確かにこのやり方で解決するかもしれない。何かが変わるかもしれない」
K「だが、君の心には人を刺したという傷が一生残る。――心の傷は手術では治せないんだ」
朝日奈「!!」
KAZUYAは朝日奈の肩を掴んだ。
K「わかってくれ。俺はもう生徒が傷付く姿を見たくない……!」
朝日奈「でも、でもぉ……!」
朝日奈の目から涙が溢れる。もう一歩だ、とKAZUYAが追撃しようとした時だった。
十神「貴様、自分がしたことをわかっているのか?」
苦々しく十神が朝日奈を弾劾する。
872: 2018/02/12(月) 22:07:56.43 ID:JA3abNZw0
十神「危うく超国家級の医師の右手を潰すところだったんだぞ? その意味をわかっているのか?
お前達愚民の命なんぞより余程価値のある代物だ。それに傷を負わせるとは」
K「十神!」
K(余計なことを!!)
朝日奈「あ、あ……ごめん、なさい……ごめんなさい、先生……!」
K「気にしなくていい。俺は自分の右手よりお前達の方が大事だ!」
朝日奈「でも、でも先生の指が! 私のせいで手術できなくなっちゃったら……!!」
K「大丈夫だ。神経は切れてない!」
ジェノ「ちょーっと、マジで許しがたいんだけどそのホルスタイン。もうちょっとでアタシの好きな
カズちんの指を切り落とすとこだったっつーのに無罪放免ってのは納得出来ねーな」
大和田「おい、ジェノサイダー!」
江ノ島「なにする気?!」
ジェノサイダーがジャキンジャキンと鋏を鳴らしながら近付く。
K「やめろ、翔!」
ジェノ「センセには悪いけど、アタシは女にゃ優しくねーんだよ。ま、男も切り刻むけどな! ゲラゲラ」
K「やらせんぞ!」
朝日奈を庇うようにKAZUYAはジェノサイダーに向き直り……信じられないものを目撃した。
873: 2018/02/12(月) 22:20:55.58 ID:JA3abNZw0
K「! 避けろッ!!」
「へ?」
889: 2018/02/27(火) 20:35:40.04 ID:70sNDJqE0
ジェノ「?」キョトン?
不二咲「えっ?」
葉隠「は?」
生徒達は動揺し硬直した。誰に対して警告を発していたかはKAZUYAの
視線の先を見ればわかるが、何故その人物が避けなければいけないかが
全く理解出来なかったからである。だが危難は待ってなどくれない。
KAZUYAは立て続けに叫んだ。
K「避けろッ、十神ッ!!」
十神「ッ?!」
その言葉に反応して十神はようやく自分に殺意を向けている存在に気が付いた。
十神「クッ!」
「チッ!」
伊達に幼少の頃から護身術を学んでいないのか、十神は瞬時に状況判断で転ぶと
受け身を取りつつ距離を離す。だが、刃が掠った右頬からは確かに血が飛び散った。
衝撃で十神の眼鏡が外れ、彼の血走った怒りの双眸が顕わになる。
モノクマ「これはこれは……まさかのダークホースですなぁ……」
十神「貴様……これは一体何のつもりだ……返答次第ではタダでは済まさんぞ!」
「…………」
襲撃者は何も答えない。凶器を構え直し、改めて十神に向き直る。
持っているのは包丁、KAZUYAが朝日奈から取り上げて投げ飛ばしたものだ。
890: 2018/02/27(火) 20:43:57.48 ID:70sNDJqE0
十神「答えろ」
十神「――舞園さやかァ!!」
舞園「…………」
891: 2018/02/27(火) 20:51:05.90 ID:70sNDJqE0
桑田「ま、舞園?!」
朝日奈「舞園ちゃん……?!」
舞園「…………」
山田「舞園さやか殿……ほ、包丁なんて持って何を……?」
石丸「君は、一体何をしているのかね? 自分が何をしているのかわかって……?!」
舞園「……わかっていますよ。全部わかってます」
苗木「じゃあ、何で?! 何で十神君を殺そうとしたの?! 舞園さん!!」
舞園「殺そうとした訳ではありませんよ。氏にそうな目に遭ってもらおうとしただけです」
江ノ島「ほとんど同じでしょ……」
セレス「舞園さん、とうとうおかしくなってしまわれたのですか?」
舞園「うふふ……」
舞園は包丁を持ったまま笑っていた。だがその目は笑っていない。
桑田「……冗談だったら笑えねーぜ」
舞園「冗談なんかではありませんから安心してください」
ジェノ「なんだぁ? 仲間割れか? 白夜様も嫌われてんねー、ホントに」
大和田「仲間割れとかそんなんだったらいいんだけどな……」
山田「今の舞園さやか殿には凄まじいヤンデレヒロインオーラを感じます……」
舞園「私なりに考えてみたんです。何が“正解”なのかって」
K「正解だと……?」
壊れた笑みを浮かべながら舞園は語る。人形のような白い顔には狂気が浮かんでいた。
892: 2018/02/27(火) 21:09:23.64 ID:70sNDJqE0
舞園「朝日奈さんの言葉はおかしいでしょうか? 人の痛みをわかって欲しいというのが
そんなにいけないことでしょうか? むしろ私は優しいと思います」
舞園「あれだけ親友を悪く言われて自分も傷付いてるのに、まだ仲良くしたいと思ってるんですから」
苗木「仲良く?」
舞園「朝日奈さんは十神君が憎くて仕方ないと思うんですが、改心して欲しいとも思ってるんですよ。
それって、裏を返すと改心して仲間になってもらいたいっていうことですよね?」
朝日奈「そうだよ……嫌いになるってツラいもん……怒ったり憎むのってすごく疲れるし……」
舞園「私も同じですよ。十神君にも変わって欲しいだけなんです。
変わって、優しくなってもらって、みんなと仲良くして欲しいんです」
舞園「……私もこうするのがいいんじゃないかって実は前々から思っていました」
私達おんなじこと考えてたんですね、と舞園はイタズラっぽく笑う。反対に十神の背筋は冷えていた。
十神「気色の悪い奴らめ……いよいよ宗教じみてきたな。自分達が気に入らないと力づくか……」
舞園「人聞きの悪いことを言わないでください。みんなずっとあなたの暴言を
我慢していたんですよ。人を傷付けていたのは私達じゃなくてあなたの方です!」
十神「自己主張とは個のぶつかり合いだ。ぶつかって勝利を掴むことで初めて我を通せる。
それに耐えられない方が悪い。自分の弱さを他人のせいにするなっ!」
その言葉の通り、舞園と十神の意見が真っ向からぶつかり合う。二人共一歩も退かない。
セレス「やりすぎたのですわ、十神君。わたくしはどちらかと言えばあなた寄りの人間ですが、
やはり自己を主張しすぎて失敗しました。社会とは個の集合体である以上、あまりに
強すぎる個性は削られるのです。人の上に立つ人間ならそのくらいご承知でしょう?」
十神「知っているさ。だが、超高校級という最も個の強い集団の集まりでさえこうではな。
失望を通り越してもはや反吐が出るというもの……」
893: 2018/02/27(火) 21:21:47.66 ID:70sNDJqE0
桑田「俺に言わせれば人にイヤな思いさせて平気なオメーにヘドが出るぜ!」
山田「そうです。人として問題ですぞ!」
十神「黙れ! 偽善者共め! お前達によって無理やり俺の考え方を変えるというなら、
それは俺という個性を持った人間を頃すのと同じではないのか?」
十神「――お前達は“俺を頃す”気か?!」
石丸「……!」
苗木「十神君……」
ギンッ!っと睨みつけ、十神が威圧する。こめかみには青筋が浮かび上がり、
顔面は怒りのあまり赤を通り越してもはや青くなっている。
葉隠「そ、そんな大袈裟な……表では適当に合わせて、裏で違う考え持ってるなんて
普通の社交術だろ? もうそろそろ大人なんだからあんまりワガママ言うもんじゃねえって」
十神「そんなことはビジネスで当たり前にしている! お前達にそこまでする価値がないだけだ」
江ノ島「あんた、人をバカにするのもいい加減にしなよ!」
苗木(馬鹿にしているのかな? これが十神君なりの表現の仕方なんじゃ……)
不二咲「十神君……どうしてここまで……?」
十神の固い信念、思想。それは幼い頃の過酷な経験に基いている。
血を分けた実の兄姉達とのいがみ合い、疑い合い、蹴落とし合い……
度重なる強度の緊張と重圧、そこから来るストレスによって十神の人格は歪んだ。
この話を知っているのは苗木、石丸、KAZUYAの三人だけである。故に、他の者は理解出来ない。
十神「何があっても俺は変わらんぞ……!! 自分を曲げるくらいなら氏んだ方がマシだッ!!!」
舞園「じゃあ氏んでくださいよッ!!」
894: 2018/02/27(火) 21:35:20.33 ID:70sNDJqE0
苗木「舞園さんっ!」
K「舞園ォッ……!!」
制止に入ろうとしたKAZUYAの腕を朝日奈が掴む。少女とは思えない力だ。KAZUYAが本気で
振り払おうと思えば当然可能だが、無理に突き飛ばせば怪我をする可能性がある。
朝日奈「先生、止めないで!」
K「離すんだ、朝日奈!」
朝日奈「どうして?!」
K「こんなことは間違っているからだ!!」
朝日奈「どこが間違っているの!!」
K「それは……」
KAZUYAはこの行為が間違っているということだけははっきりとわかっていた。
だがそれ以上の、則ち今この場でどうすることが正解なのかはわからなかったのだ。
十神は周囲の顰蹙を買い過ぎた。仮にKAZUYAが舞園を止めたとして、十神は改心しないだろうし
また同じように問題が起こる。その時こそ取り返しのつかないことになる可能性があった。
倫理や道徳や常識で諭しても、生徒達の不条理で非合理的な感情を
納得させることは出来ないだろう。そこまで不満が溜まっていたのだ。
……もう大人のKAZUYAでは止められない。
K(俺はどうすれば……!)
苗木「舞園さん!」
その時――苗木誠が舞園の前に立ちはだかった。
895: 2018/02/27(火) 21:51:02.48 ID:70sNDJqE0
苗木「舞園さん、駄目だ!」
舞園「どうして止めるんですか? これが一番いい方法なんです!」
苗木「駄目だよ……こんな方法……」
舞園「駄目? 何が駄目なんですか? じゃあ苗木君は十神君を説得できるんですか?
長い目で見たらこれは十神君のためでもあるんです!!」
苗木「わかってるよ。舞園さんの言ってることは正しいのかもしれない。
でも、らしくないよ……そんなことを言うのは『舞園さんらしくない』」
苗木は心を尽くして舞園を説得しようとした。このメンバーの中では
間違いなく苗木が一番舞園のことを理解していると言えたし、舞園も
苗木を最も信頼していた。普段ならば説得も可能だっただろう。
……ただ、今回ばかりは使った言葉が悪かった。
舞園「“私らしい”って、何……?」
苗木「舞園さん……?」
舞園「私らしいって何?!」
苗木「……舞園さん?」
舞園「どうすれば私らしいの?! 苗木君は本当の私のことを知っているの?
私も知らないのにっ? どうしてっ?!」
いつの間にか舞園の瞳からはとめどない涙が溢れだしている。
その姿はまるで助けを求めているかのようだった。
896: 2018/02/27(火) 22:10:44.65 ID:70sNDJqE0
舞園「ねえ教えて。私は誰? どうするのが私らしいの? 私は誰なのッ?!!」
苗木「ま、舞園さん……」
突然取り乱しはじめた舞園に苗木は言葉を失っていた。
今ここに立っている彼女は苗木の知っている【舞園さやか】ではない。
では、誰だ――?
苗木「舞園さん、君は……」
舞園「来ないで!」
大和田「危ねえッ!」
錯乱した舞園が包丁を振り回したため、大和田が苗木を掴んで引き寄せた。
苗木「舞園さん!」
大和田「とめてやるなよ、苗木」
苗木「で、でも……!」
説得しなければならないというのはわかっていたが、舞園の豹変が気にかかって
苗木は二の句を継げなかった。自分の思っている以上に愕然としているのかもしれない。
代わりにセレスが前に出る。
セレス「舞園さん、あなたは覚悟がおありですか?」
897: 2018/02/27(火) 22:22:05.20 ID:70sNDJqE0
セレス「あなたは既に一度前科がある。もしここで十神君を刺せば前科が二つになります。
この場にいる人も外の人達もあなたに対する見方は変わる」
舞園「構いませんよ。汚れ役をする覚悟は出来てます。だから――」
舞園「――止めないでくれますよね、桑田君?」
桑田「…………」
舞園の氏角に立っていた桑田は彼女から包丁を奪うことが出来た。
いや、止める気など毛頭ない。むしろ桑田がしようとしていたことは逆だ。
桑田「……やれよ。その場の思いつきとかじゃなくてずっと考えてたんだろ?
絶対に後悔しないって約束できるなら、俺はとめねえよ」
舞園「ありがとうございます。……でも、自分でやれますから」
桑田「わかってたのか……」
桑田がやろうとしていたことは、舞園から包丁を奪うことだ。
そして、舞園の代わりに【汚れ役】を引き受けること。
桑田「俺が共犯者になってやる。オメーは一人じゃねえ!」
朝日奈「舞園ちゃん、汚れ役を押し付けちゃってごめんね。私も共犯者になるから!」
舞園「…………」
舞園は微笑を浮かべた。それだけは演技ではない、本物の笑顔に思えた。
903: 2018/03/11(日) 20:56:29.71 ID:SvOHPnO30
モノクマ「生徒達の美しい譲り合いに先生は涙が出そうですよ。さあ、今こそ天誅ゥー!」
十神「馬鹿なことを……おい、ジェノサイダー! 今すぐあの女を止めろ!」
ジェノ「うーん。考えたんだけどさぁ。……このシチュエーションってすごい萌えねぇ?」
十神「……何?」
流石の十神も流れが変わったことを肌で感じ取る。
ジェノ「うん、決めた! アタシは黙って見てよーっと」
十神「?! ジェノサイダー! 貴様どういうつもりだ?!」
ジェノ「いや、だって頃すワケじゃないんでしょ? アタシ以外の人間が白夜様を頃すっていうなら
そりゃ黙ってないけど痛めつけるだけならいいかなって。妄想じゃなくてリアルで白夜様が
攻められるところなんてそうそう見れないし、なにより涙目姿が見たいっつーか」
十神「な、なんだと……?!」
予想外の発言に思わず十神の口元が引き攣った。
舞園「ジェノサイダーさんが物分かりのいい方で良かったです」
K「おい、翔! 何をふざけたことを?!」
焦ったのは十神だけではない。ジェノサイダーは今まで何だかんだKAZUYAに対して協力的だった。
そのため、最悪彼女に頼めばいいとKAZUYAも内心高を括っていた部分があったのだ。
ジェノ「ごめ~ん、カズチン。アタシも色々溜まってるっつーか面白いの見たいからさー。
お説教は後で好きなだけ聞くから今回は勘弁して~」ゲラゲラ
904: 2018/03/11(日) 21:04:57.09 ID:SvOHPnO30
不二咲「ま、待って……やっぱりダメだよ、こんなの!」
山田「不二咲千尋殿、時には厳しさも必要ですぞ。失敗した僕だからわかりますが、
人間痛い目を見た方がいい時もあるのです」
大和田「そうだ。これは全部あいつの自業自得なんだ。庇ったらあいつのためにならねえ!」
不二咲「そう、なのかな……本当にこれでいいのかな……?」
江ノ島「そうだよ。ぜーんぶアイツの自己責任なんだから気にしなくていいって!」
十神「何を……言ってるんだ、お前達……本気か……?」
いつになく十神の声に力がない。急速に喉が乾いていく。
葉隠「十神っち、許してくれ。これが民主主義ってヤツなんだべ。ナンマンダブナンマンダブ」
モノクマ「学級裁判じゃないけど、オシオキターイム!ってね。さあ、行っちゃいましょう!」
十神「…………!!」
完璧な四面楚歌の状況に、流石の十神も身の危険を感じていた。
何より、舞園を取り巻く異常な雰囲気に気圧され始めていた。
体格でも武術でも通常なら十神が負ける可能性など万に一つもない。
だが、何をしても舞園を倒せないという直感めいた感覚があった。
十神(何故だ……何故この俺が気圧されている……相手はたかがアイドルの
女一人じゃないか。体育系の才能ですらない。この俺が負けるはずが……)
しかしどんなに落ち着こうとしても冷や汗は止まらず、臓腑が震える。
普段の冷静な十神なら舞園を無傷で無力化する方法などいくらでも浮かぶだろう。
では何故こんなにも動揺し混乱し、膝が笑ってしまうのだろうか。
答えは明白だ。一言で表すと『本気の殺意にビビって頭が真っ白になっている』ということだ。
905: 2018/03/11(日) 21:16:33.72 ID:SvOHPnO30
十神(この俺が怯えている、だと……? そんな馬鹿な! 俺は十神の後継者として
何度も命を狙われてきているのだぞ! そう、身内にすら狙われてきたのだ!)
――結局の所、十神は勘違いをしていた。
実の兄姉達と行った蠱毒の争いによって十神はこの世の全ての
穢らわしいもの、人間の負の側面を見たつもりになっていた。
しかし蓋を開けてみればどうだろう。彼を心底憎み恨んでいたはずの
兄や姉達も、本気で末の小さい弟を殺そうとまでは思っていなかったのだ。
そこまで堕ちきったものは十神家に誰一人としていなかった。
故に、十神は身内から放たれる本気の殺意というものを知らないのである。
それは敵対者から放たれる悪意とはまた違う、氷のように冷たい感情なのだ。
十神「ヒッ! 貴様等全員どうかしている! 考え直せっ!!」
舞園「大丈夫です。少し痛いだけですよ。すぐに麻酔を打ちますから。わかってくれますよね?」
十神「そんな訳あるか! この人頃し共めッ!! 俺は絶対に貴様等を許さんぞ! 絶対にだッ!!」
K「馬鹿なことはやめるんだッ! 誰でもいい! 誰か舞園を止めろッ!!!」
苗木「舞園さんっ!」
大和田「やめろ、苗木っ!」
不二咲「西城先生もああ言ってるし、止めた方が……!」
山田「不二咲千尋殿、危ないです!」
葉隠「今は下がっとけって。後でK先生がなんとかしてくれるからよ」
「……………………」
906: 2018/03/11(日) 21:32:17.87 ID:SvOHPnO30
苗木と不二咲が動いたが、その他の誰も十神を助けなかった。彼は嫌われていたからだ。
何より、もういがみ合うことに疲れ果てていたのかもしれない。
これで終わりにしたいと内心では考えていた生徒達は、
足をその場に釘付けにされたがごとく、誰一人動かず見守っていた。
十神(クソッ、大神がいれば……)
十神(…………。いや、何を考えているんだ俺は。馬鹿なことを……)
十神白夜はこの時初めて過度に大神を追い詰めたことを後悔した。
誰かが暴走してKAZUYAだけでは手が足りない時、必ず彼女は制止する側に
回っていた。今だって、この場に大神がいたら止めに入っていたはずなのだ。
自分で自分の首を絞めていたことを、この期に及んでやっと十神は悟ったのだった。
舞園「十神君、生まれ変わってまた会いましょう……」
十神「く、来るんじゃない! 来るなッ……!!」
十神(何故だ?! 俺は間違ってなどいないはず……俺が間違えるはずなどない!
俺は十神家当主十神白夜だぞ! 常に勝者であり正しいはずだ……なのに何故……)
――誰も助けてくれない?
907: 2018/03/11(日) 21:42:19.42 ID:SvOHPnO30
舞園「フンッ!」
舞園は包丁の刃の部分を上向きにして腰だめに構え、足を踏み込んで突進した。
こうすることによって抵抗をなくし、より殺傷力高く確実に刺すことが出来るのだ。
十神(クソッ! 覚悟を決めろ!!)
十神「ウオオオオオオオ!!!」
仮に舞園を倒したところで、彼女に反撃すれば他のメンバーからのリンチが待っている。
今の十神にとっての最善は、どうやって彼女を倒すかではなく
如何に少ない被ダメージでこの場を乗り切るかであった。
そのためには正面から彼女の攻撃を受け止める必要があるのだが……
――視界を白い物が遮った。
ザクッッ!!
「う……くぅぅ……」
「えっ?」
「そんな、なんで……」
一瞬、時が止まった。
十神「貴様……何故……」
石丸「ぐぅぅ……」
908: 2018/03/11(日) 21:53:18.53 ID:SvOHPnO30
十神の前に立ち塞がったのは石丸だった。自慢の白い制服の腰の辺りから血が出ている。
舞園「えっ?! 石丸、君……? そ、そんな、私……?!」
十神「馬鹿な?! 馬鹿な馬鹿な馬鹿なッ?!」
舞園「ど、どいてください! 私は十神君を……!」
石丸「嫌だッ! どかないッ!」
舞園「どうしてっ! なんでそんな人を庇うんですか!」
石丸「……わからない!」
山田「わからないって……」
全員呆気に取られていた。だが一番驚いているのは当の石丸自身かもしれなかった。
石丸「わからない! わからないんだよッ! 正直僕も舞園君達の主張はわかる!!」
朝日奈「じゃあ、なんで?!!」
石丸「ハッキリ言って僕は十神君のことが嫌いだ! 散々譲歩したのに、理解しようとしたのに
いつもみんなの和を乱すし、平気で人を傷付けることを言う。もう我慢の限界だ!!」
石丸「人の痛みがわからなすぎる十神君にはもうこうするしかないのかもしれない!
これが一番なのかもしれない! でも!! ――嫌だったんだ!!!」
石丸はいつの間にか泣いていた。彼自身、何故泣いているのかわからなかっただろう。
不二咲「……何が嫌だったの?」
石丸「何もかもだ! だっておかしいじゃないか! 仲間が仲間を刺そうとするなんてッ!!」
「!!」
909: 2018/03/11(日) 22:04:13.05 ID:SvOHPnO30
誰もがハッとした表情をした。ほとんどの生徒は
もはや十神を『仲間』として認識していなかったのである。
桑田「でも、それはもう他に方法がないからで……」
石丸「人を傷付けたらいけないのに理由なんていらないッ!! 現に先生は反対されてるじゃないか!!」
朝日奈「それは……」
石丸「でも、一番嫌なのはそんな光景を見て間違ってるとすぐに言えなかった自分なんだ!!
苗木君は勇敢に立ちはだかったのに! 不二咲君だって止めようとしてたのに!」
石丸「風紀委員の僕がっ!! クラスメイトを守らないといけない僕がっ!!」
石丸「何も言えずに……僕は、僕はただ黙って見ていたッッ!!!」
「…………」
真っ赤になった顔と目からは止めどなく涙が流れていた。
静まり返った食堂に石丸の嗚咽だけが響く。
910: 2018/03/11(日) 22:11:27.98 ID:SvOHPnO30
興奮で所々言葉を詰まらせながら、彼は独白を続けた。
石丸「もう……嫌なんだ……何もかも、何もかも嫌だッ!!」
セレス「だから、罪滅ぼしに十神君を守ろうと?」
石丸「違う。そんな立派な理由じゃない……きっと僕はヤケを起こしてるんだ……
もう何が、何が正しくて何が間違っているのかもわからないんだよ……」
石丸「ただ言えるのはッ! こんな光景を見るくらいなら
僕はもう氏んでもいい。氏んでもいいんだッ!! 氏んでも……!!」
K「石丸……」
石丸は叫んだ。魂からの叫びだった。
舞園もその気迫に圧倒され、どうすべきか決めあぐねている。
十神「…………」
十神(こんなことがあっていい訳がない)
KAZUYAがあれだけ深い献身と自己犠牲を見せても十神の心に響かなかったのは、
皮肉にもKAZUYAが医者だからであった。医者という職業は人を助ける仕事であり
それで金銭を得ている。つまり、いくらKAZUYAが頑張ってもそれは地位と名誉の
ためであり多少の危険は将来への投資にしか見えなかったのだ。
だが石丸は違う。彼は一般人だ。今までなら超高校級の風紀委員という肩書のため、
彼のちっぽけな自尊心を満たすためと言えたが、今の彼に使命感などない。
ならば彼を掻き立てるものは何であろうか。何がここまで彼を突き動かしているのか。
911: 2018/03/11(日) 22:22:20.02 ID:SvOHPnO30
十神(氏んでもいいだと……?! 何故だ……何故そこまでする?!
嫌いな相手のためにそこまでして、その行為に何の意味がある?!)
十神「ど、どけ! よりによって貴様なんぞに情けをかけられるなら刺された方がマシだ! どけ!」
舞園「そうです、石丸君! どいてください!」
石丸「どかない!」
十神「俺のことが嫌いなんだろう?!」
石丸「ああ、嫌いだぞッ!! 君なんか大嫌いだッ!!!」
十神「だったらどけ!!」
石丸「どかないッ!! 氏んでもどくものかッ!!!」
十神「何故だっ!!」
石丸「わからないっ!!!」
十神「ああああああッ?!!」
支離滅裂な石丸の主張に十神は苛立ちを隠せず力づくで押しのけようとする。
だが一回り小さいはずの石丸はテコでもどこうとはしなかった。
十神「いい加減にしろッ!」
ドンッ!
十神が掌底で石丸を突き飛ばした。と言っても一応手加減はしているが。
912: 2018/03/11(日) 22:36:49.83 ID:SvOHPnO30
大和田「テメエ……!」
石丸「そっちがいい加減にしろッ!!」
バキィッ!
十神「?!」
江ノ島「えっ?!」
山田「なぁぁっ?!」
ガッシャアアアンッ!
石丸が十神を殴った。手加減なしの全力である。まさか石丸に殴られるとは
思っていなかったのか、十神は吹っ飛んで近くの椅子ごと倒れ込んだ。
更に、そのまま石丸はマウントを取って十神を殴り付ける。
石丸「この! この! このっ!!」
大和田「きょ、兄弟……?!」
不二咲「石丸君?!」
江ノ島「人を殴った? 石丸君が?!」
舞園「え? えっ……?!」
品行方正な石丸が暴力を奮ったことに驚き、大和田は間に入り損ねた。
舞園も包丁を持ったままその場に立ち尽くしている。
913: 2018/03/11(日) 22:46:21.65 ID:SvOHPnO30
苗木「先生! 止めないと!」
K「……いや、やらせておけ」
セレス「いいのですか?」
葉隠「青春て感じの爽やかな雰囲気じゃねえけど……」
ジェノ「むしろあれは溜まりにたまった恨みつらみって感じがプンプンするねぇ」
朝日奈「当然だよ。石丸だって十神から散々いじめられてきたんだし!」
桑田「おう、今までの恨みだ! トコトンやっちまえ!」
K「俺はそういう意味で言ったんじゃない」
KAZUYAは既に臨戦状態を解き、指にテーピングを行い止血をしている。
何もする気がないのは明らかだ。
苗木「そういう意味じゃないって……」
K「まあ、見ていろ」
話している間にも二人の殴り合いはより苛烈になっていた。
十神「このっ! 石頭めっ!」
石丸「そっちが石頭だっ!」
ゴスゴスッ! ドガッ!
914: 2018/03/11(日) 22:56:51.54 ID:SvOHPnO30
最初はマウントを取った石丸の一方的な展開になるかと思われたが、
十神は腕の長さを活かして石丸の髪に掴みかかり頭を引き寄せ猛烈な反撃を加える。
不二咲「誰かとめて! このままだと二人共大怪我しちゃうよ!」
K「大丈夫だ」
苗木(大丈夫って、何を根拠に……)
大和田「本当に大丈夫か? ケンカにも流儀ってもんがあるんだぜ? 慣れてない
素人が力の入れどころを間違えて相手に大ケガさせるとかよくある話だぞ」
山田「そうです! 今も石丸清多夏殿が一方的に殴られております!」
苗木「えっ、石丸君?!」
桑田「おい、なにやってんだよ!」
圧倒的有利なマウントポジションを取っているにも関わらず、いつの間にか形勢が逆転している。
苗木(違う! これは……!)
K「…………」
突然ピタッと十神が殴るのをやめた。そして項垂れる石丸を忌々しげに見上げる。
十神「……おい、何故攻撃をしない?」
石丸「ううっ……ぅうう……ぐぅぅ、グズっ……」
915: 2018/03/11(日) 23:07:15.14 ID:SvOHPnO30
石丸は何も言わず泣いている。鼻血と涙が入り混じり、十神のスーツの上に垂れた。
十神「おい、貴様。何とか言え」
石丸「……僕は、今日生まれて初めて殴り合いをした。今……凄く痛い……」
十神「殴り合いなんだから当たり前だろ。何を馬鹿な……」
石丸「違う……」
十神の言葉を遮って、石丸は自分の手を見つめる。
石丸「殴られた場所だけじゃない……拳が、それに胸が凄く痛むんだ……」
十神「!」
石丸「人を傷付けることがこんなに痛くて苦しいなんて、僕は知らなかった……!」
十神「…………」
石丸「西城先生は、知っていたんですね……人を傷付ける痛みと苦しみを……
だからあんなに必氏になって止めようとしたんだ……」
K「…………」
苗木「先生……」
KAZUYAは何も言わなかった。だがその瞳は雄弁に全てを語っている。
916: 2018/03/11(日) 23:23:58.21 ID:SvOHPnO30
黙ったままのKAZUYAの代わりに発言したのは舞園だ。
舞園「……知ってますよ。そんなこと」
般若のような表情で、包丁を構えた舞園が吠える。
舞園「私が一番先に失敗したんですから! 馬鹿な私が、真っ先にコロシアイなんかに
乗った私が、クラスメイトを殺そうとしたんですから!」
舞園「だから、誰よりも痛みを知ってる私が汚れ役になれば……」
不二咲「やめてよっ!!」
舞園の前に不二咲千尋が立ちはだかる。
舞園「不二咲さん……!」
不二咲「やっぱり、間違ってるよ! 成長って無理やり傷を付けてまでするものじゃない。
自分で考えるものだよ。自分で反省したり後悔したり……それが本当の成長なんだよ!」
不二咲「それに……舞園さんを汚れ役にするなんて間違ってる!
誰かが泣いている所なんてもう見たくないんだ!」
不二咲「だから、もうやめてよっ!!」
917: 2018/03/11(日) 23:32:14.85 ID:SvOHPnO30
小柄な体格と可愛らしい容姿から見違えるほど、不二咲は毅然とした態度で
はっきりと主張した。そこにはかつての弱々しい少年の姿はなかった。
舞園「…………」
苗木「舞園さん!」
苗木も不二咲の横に立つ。
苗木「もう、やめよう」
舞園「苗木君まで……! どうして、どうしてわかってくれないの?!」
しかし舞園は往生際悪く抵抗した。彼女の思考ではこれ以上の解決策など
もう浮かばなかったし、この場の誰の頭にも良いヴィジョンなど存在しなかった。
舞園「もうこれ以外に解決方法なんてない! その人は絶対に変わらない!
またいつもの繰り返し! 私達はいつまでも争っていがみ合って……!!」
苗木「“信じよう”よ!」
舞園「……信じる? 信じるって、何を?」
苗木「確かに僕達は何度も間違えたり失敗したり争い合ったりもしてきた」
苗木「でも、その内容は毎回違ったよね? 同じ失敗をしてしまうことも
中にはあったけど、僕達は少しずつ前に進んで変わってきた」
舞園「だから、それは私達の話であって【十神君は変わらない】って何度も……」
苗木「それは違うよ!!」
918: 2018/03/11(日) 23:43:40.61 ID:SvOHPnO30
B R E A K ! !
苗木「僕は十神君も少しずつ変わってきてると思うんだ。確かに僕達とは次元が違うというか、
考え方とか表現とか違う所はあるけど、でも確かに前より打ち解けてるでしょ?」
苗木「それに今の僕達では良い解決策が浮かばなくても、進歩し続けてる『未来の僕達』なら
暴力なんかに頼らなくても解決出来るはずだ! そう信じようよ!」
舞園「それって、要は先延ばしにするってことですよね?」
苗木「そういうことになっちゃうね」
舞園「そんなの、そんなの何も解決なんかしてないじゃない……」
苗木「そうかもしれない。でも、舞園さんを犠牲にするよりよっぽどいいよ」
舞園「何で信じるなんて言えるの? 何で根拠の無いものを信じられるの、苗木君?」
苗木は今までの力強い目から、フッと力を抜いて微笑んだ。
苗木「知ってるでしょ? 僕の唯一の長所は、人より少し前向きな所なんだ。それに、今まで
ここで起こってきた様々な奇跡を見てきたら、そのくらい簡単に信じられるよ」
苗木「今の自分が無理なら未来の自分、一人が無理ならみんなで! みんな一緒なら乗り切れる!」
舞園「ズルいよ……苗木君……そんなこと言われたら、私……」
舞園は揺らいでいる。あと少しだ。その時――
933: 2018/04/05(木) 22:45:07.74 ID:o3O2Ue8h0
混迷する舞台にモノクマが躍り出た。
モノクマ「信じる? 希望? 馬鹿じゃないの? イヤなことを先伸ばしにしてきたツケが
今じゃない! そんなのただ現実逃避を綺麗な言葉で言ってるだけでしょ!」
不快な声で、絶望的な現実を告げるモノクマ。その言葉で舞園は我に返った。
舞園「…………」
いつもならここでモノクマのペースに乗せられ、逆転してしまう所だ。
この学園の支配者たる絶望の化身に立ち向かうには、生徒達はあまりにも非力だった。
だが――
苗木「違う!! 逃げなんかじゃない! 僕達は時には立ち止まったり後戻りもしてきたけど、
でも、少しずつ前に進んでいるんだ! お前はその事実を認めたくないだけだ!」
モノクマ「ボクが認めたくないだって? 認めるも何も、実際は何も変わってなんか……!」
苗木「今までだったら高見の見物を決めこんでいたのに、そうやって慌てて介入してきたのが証拠だ!
お前は恐れているんだろ! 僕達の希望の力を! だから邪魔をしようとしているんだッ!!」
苗木「“今”はわかっていても“未来”はわからない! お前に否定することなんて出来ないはずだ!!」
モノクマ「……!!」
K「…………」
モノクマは思わず反論の言葉を失った。苗木は今まで周囲への仲裁やサポートが
主でこうやって前面に出ることがほとんどなかった。――それはKAZUYAの役割だった。
いつもなら追撃をしているKAZUYAだが、今はあえて何も言わない。生徒の力を信じている。
苗木の後ろに静かに立つKAZUYAと苗木の瞳が並んでいた。同じ色と同じ熱を持ったそれは、
静かにそれでいて激しく煌々と燃えている。江ノ島盾子の嫌いな希望の光だ。
934: 2018/04/05(木) 22:58:53.71 ID:o3O2Ue8h0
モノクマ「だから何さ……」
希望の光から目を逸らし、形勢を整えつつモノクマは冷静に反論する。
モノクマ「あの頑固な十神君が変わるとでも? 確かに未来は見えないよ。天才的分析能力を持つ
このボクですら読めないことはある。じゃあ十神君本人に聞いてみようか?」
モノクマ「他人の未来はわからなくても自分のことくらいはわかるでしょ?」
その言葉が合図になったかのようだった。十神が吠える。
十神「もう、もう沢山だッ! 愚民共の茶番はッ!!」
石丸「うわっ?!」
「?!」
十神は油断していた石丸を渾身の力で突き飛ばし立ち上がった!
大和田「十神ッ!!」
桑田「オメーしょうこりもなく……!」
十神「黙れ……!」
十神はギ口リと睨む。調子づいたモノクマがせせら笑った。
モノクマ「ほーらね! だから言ったじゃない!」
十神「フン、その通り。俺は俺だ」
936: 2018/04/05(木) 23:07:46.69 ID:o3O2Ue8h0
十神「他人の影響なんぞ受けるものか。俺のことを決められるのはこの俺自身だけだ!」
苗木「十神君……」
不二咲「そんな……」
舞園「…………」
モノクマ「流石十神君! 期待を裏切らないね! これでわかった?
キミ達のやったことなんて結局ぜ~んぶムダムダムダ……!!」
十神「調子に乗るなよ、小物がッ!!!」
モノクマ「はっ?!」
「!!」
十神はピシャリとモノクマを切り捨てる。
そこにいたのは先程狼狽し暴れていた姿とは完全に別人。
余裕を取り戻し、全てを見下し、そして絶対的な地位と十神の名を約束された男。
――真の支配者・十神白夜である。
ジェノ「白夜様……?」
セレス「十神君、何を……」
十神「元々俺とお前達では次元が違う。だから成り立つ訳がなかったんだよ!
対等な勝負など出来ようはずもなかった……!!」
十神「この俺としたことがそんな簡単なことに気付かなかったとはな。まったく自分に腹が立つ!」
山田「つまり、何が言いたいんです?」
十神「わからないか? もうお前達とは付き合いきれんということだ。……おい、モノクマ!」
モノクマ「は、はい。何でしょう?」
937: 2018/04/05(木) 23:27:59.64 ID:o3O2Ue8h0
十神「現時刻を持って」
十神「――俺はこのゲームから降ろさせてもらう」
938: 2018/04/05(木) 23:34:09.11 ID:o3O2Ue8h0
「!!」
腕を組み不機嫌そうに鼻を鳴らすと、若き王者はそう宣言した。
その姿は傍若無人で、傲岸不遜で、そして唯我独尊といった様だった。
モノクマ「……は?」
セレス「あら? とうとう負けを認めましたの?」
十神「貴様と一緒にするなよ、セレス。俺は勝負すらしていない。
この学園の中に俺が勝負するに値する程の敵はいないからな」
セレス「まあ、そういうことにしてあげましょうか」
ジェノ「ああん、白夜様が覚醒した! 覚醒したわ! 冷静に聞いたら
負け犬の遠吠えなのに最高に素敵! 一生付いていきますぅ~!」
葉隠「え? え? つまりどういうことだべ?」
大和田「なにが言いてえんだゴラア!」
十神「お前達を少しでも対等な敵だと思っていた俺が馬鹿だったということだ。この場に
この俺の敵足り得る人材などいない。だからゲームは成立せず、俺は降りると言った」
十神「この学園の裏にいるゲームマスター気取りを追い落とす方が遥かに面白そうだしな」
朝日奈「え……?」
舞園「十神君……?」
予想外過ぎる十神の発言に、他の生徒達は動揺する。突然の事態に理解が追いつかない。
939: 2018/04/05(木) 23:40:54.98 ID:o3O2Ue8h0
石丸「ゲームから降りる……つまりもうコロシアイには乗らないと、そう取ってもいいのか?」
十神「愚民相手に勝負にならないゲームなどしてもしょうがないからな」
桑田「なに言ってんだよ。これだけ敵が多いともうムリゲーだから諦めるってことじゃねーか」
不二咲「十神君、やっとわかってくれたんだね……!」
石丸「そうかそうか。コロシアイをやめる……って、なにいいいいいいいいい?!」
イマイチ実感が湧いていなかったが、時間差でようやく理解したらしく石丸は絶叫した。
石丸「アイタタタタ! 叫んだら傷が……」
大和田「兄弟っ?!」
苗木「石丸君、大丈夫?!」
山田「そう言えば石丸清多夏殿は刺されていたんでしたー!!」
舞園「あ、あ……ごめんなさい……」
不二咲「先生! 石丸君を助けてぇ!」
K「その必要はない。石丸、上着を貸してみろ」
石丸「え?」
言われた通り石丸が上着を脱いでKAZUYAに渡す。
K「やはりな」
苗木「ああー、そうか!」
940: 2018/04/05(木) 23:43:22.21 ID:o3O2Ue8h0
KAZUYAが石丸の学生服の裏側を生徒達に見せた。ちょうど刺された脇腹の辺りに、
手縫いでポケットがありその中には布製のケースに医療道具が入っている。
K「縫合術を教えたから、非常時の時すぐに使えるよう俺が前に縫ってやったんだ。
ハードケースじゃないから多少貫通してしまったが、皮膚くらいしか切っていないはず」
K「見たところ既に出血も止まっている。消毒して止血しておけば問題ない」
葉隠「あー、だから刺されてんのにピンピンしてたんだな。変だと思ったべ!」
桑田「ウソつけ。絶対わかってなかったろ」
苗木「僕も同じようにしてもらったのにすっかり忘れてた。大したことなくて良かったよ……」
不二咲「本当に良かった。誰も氏ななくて……」
不二咲は緊張が解けたのか、床にへたりこんでグスグスと鼻をすすっている。
舞園「…………終わったんですか?」
未だ包丁は構えたものの、舞園は放心したように呟き、もう一度確認した。
舞園「本当にもう、全部終わったんですか……?」
苗木「そうだよ、舞園さん」
不二咲「もう無理しなくてもいいんだよ」
舞園「…………」
舞園はチラリとKAZUYAを見る。KAZUYAは優しく舞園の肩に手を置いた。
941: 2018/04/05(木) 23:49:32.04 ID:o3O2Ue8h0
K「――ああ、終わったんだ」
舞園「…………」
舞園は小さく良かったと呟いて、包丁をテーブルの上に置いた。
KAZUYAの腕に寄りかかりながら倒れそうになる体を気力で支え、大きく深呼吸する。
その目は涙ぐんでいた。
朝日奈「舞園ちゃん!」
舞園「朝日奈さん……」
朝日奈「舞園ちゃん、ゴメンね……私が言い出したことなのに、辛い思いをさせちゃって……」
舞園「いいんです。それが私の役割なんですから……」
苗木(――『役割』?)
苗木は舞園の一連の不自然な言動が気になったが、朝日奈の言葉に思考を遮られる。
朝日奈「みんなも、迷惑かけてごめんなさい……特にKAZUYA先生は、またケガさせちゃった……
私……偉そうなこと言ったのにちっとも進歩してないね……一人で空回りしちゃって……」
朝日奈「私……本当にダメだ。ごめんなさい、ごめんなさい……」
K「…………」
ボロボロと泣きじゃくる朝日奈に静かに歩み寄ると、KAZUYAは無言で肩を抱いた。
朝日奈「先生……」
942: 2018/04/05(木) 23:54:05.48 ID:o3O2Ue8h0
K「正直今回は流石の俺も肝が冷えた。少し怒っている」
朝日奈「…………」
K「だが、進歩していないというのは違う。以前は衝動のままに動いていたが、
今回はギリギリまで悩んで考えたんだろう? だったら前より進んでるじゃないか」
朝日奈「……でも私、頭使うのって得意じゃないから結局いい考えが浮かばなくて……失敗しちゃった」
K「仕方ないさ。俺だって何が正解かわからなかった。人生経験の少ない君達では尚更だろう」
朝日奈「うん。だから私、もう余計なことはしないようにするね……
私が何かするといつもみんなに迷惑かかるし……」
K「いや、無理に変わる必要はないんだ。友達の悪口を言われて怒るのは当然だろう。何もしないで
見てるだけなんて君らしくないじゃないか。友達思いで優しい所まで変える必要はない」
K「朝日奈は真面目だから、少し極端な解決方法を取ろうとする傾向がある。
だから、次からは一人で抱えずみんなに相談すればいい。そうすれば大丈夫だ」
朝日奈「でも……」
葉隠「デモもストもねえって! K先生の言う通り朝日奈っちは
肩に力が入り過ぎなんだべ。大人の言うことは素直に聞いとけって!」
セレス「年齢の割りに一番大人っぽくない方がよく言います」
桑田「気楽に行こーぜ。どうせ、せんせー以外未熟者なんだからさ!」
大和田「ついでに俺達のほとんどが前科者だしな」
石丸「僕も極端な人間だから朝日奈君の気持ちはよくわかる。
だから、これからはなるべくみんなで話し合おうではないか!」
朝日奈「みんな、私……いいのかな……?」
朝日奈は全員の顔を見回す。真っ先に口を開いたのは最も意外な人間だった。
943: 2018/04/06(金) 00:01:49.58 ID:jr2sKYR00
十神「いつまでうじうじしているんだ、単細胞め。まったく本当に不甲斐ない。お前達のような
大馬鹿共はこの俺のような優れた人間が率いてやらんとまとまらんな?」
苗木「十神君……!」
山田「と、十神白夜殿がデレた?!」
舞園「結構です」
朝日奈「…………」
十神は朝日奈のことを見ている。朝日奈も十神を見ている。
だがその目は憎しみに満ちたものではない。口火を切ったのは十神だ。
十神「俺は自分が間違っているとは思わないし、大神に対しても少し言い過ぎたことは
認めるが謝るつもりはない。あいつが俺達を騙していたことは事実だ」
朝日奈「うん……」
十神「だが、大神の覚悟は認める。……お前達の覚悟もな。どうやら平民にも
平民なりのプライドがあるようだ。それを侮っていたことは認めよう」
朝日奈「うん……」
朝日奈は少しためらっているようだったが、KAZUYAが軽く背中を押した。
K「朝日奈……あとは君次第だ。君らしさを見せればいい」
朝日奈「私らしさ……」
十神「…………」
ジェノ「ちょっと?! この二人なんかフラグ立ってない?! 白夜様は渡さねえぞ!」
朝日奈は胸に手を当てると、フッと破顔した。
944: 2018/04/06(金) 00:15:26.43 ID:jr2sKYR00
朝日奈「冗談じゃないよ、こんなかませ眼鏡!」
十神「かませ眼鏡だと?!」
朝日奈「かませでしょ! もう、手間取らせちゃってさー!
最初からそのくらい素直になっていれば良かったのに!」
大和田「まったくだな! 手間取らせやがってこのかませメガネ!」
十神「おい、そのふざけた呼び名はやめろ」
石丸「ハッハッハッ! アダ名は親愛の証だと聞いたぞ、十神君。良かったじゃないか!」
山田「かませ白夜殿爆誕ですな!」
桑田「よ、かませメガネー!」
十神「お前等わざと言ってるだろう!」
セレス「うるさいですわよ、かませ君」
葉隠「まったくみんな子供だな。ワッハッハッ!」
不二咲「可哀想だけど笑っちゃうね。ふふっ」
苗木「アハハハハハ!」
舞園「フフフ!」
K「ハハハ」
何日かぶりに生徒達は笑った。KAZUYAも笑った。
945: 2018/04/06(金) 00:24:10.21 ID:jr2sKYR00
K(今、生徒達の心は一つになった! もう二度とコロシアイになど乗らないだろう――)
K(行ける。行けるぞ。今なら力を合わせて脱出だって……!!)
モノクマ「うぷぷぷ」
K「……モノクマ?」
そうだ。ここにはモノクマがいたのだ。
生徒達が楽しげに笑い合っている姿を黙って見ている訳がない。
モノクマ「ねえ、先生。――“何か”忘れてない?」
K「…………」
946: 2018/04/06(金) 00:31:04.22 ID:jr2sKYR00
KAZUYAは生徒達の顔を見た。
苗木
舞園
桑田
朝日奈
石丸
大和田
不二咲
セレス
山田
葉隠
腐川
十神
K(何か強烈な違和感がある……)
947: 2018/04/06(金) 00:36:33.08 ID:jr2sKYR00
K「!!!」
その時KAZUYAは気付いた。
気付いてしまった。
気付くのが遅かった。
今この場には全員揃っているはずだ。
保健室に残っている大神と霧切以外は――
K「……こだ」
苗木「KAZUYA先生?」
「――江ノ島は、どこだ?」
959: 2018/04/29(日) 23:56:52.43 ID:+thxY/Is0
◇ ◇ ◇
保健室の冷たいタイルの床に霧切は俯せに倒れている。
そのすぐ横にはナイフを持った暗殺者、否――戦闘マシーンがいた。
「甘いよね」
江ノ島盾子、いや彼女に化けた戦刃むくろが呟く。
「結局先生は甘いんだよ」
十神が生徒達と和解した。
即ち、その時点でこのコロシアイは成り立たなくなってしまうのだ。
ゲームが破綻した以上、ゲームマスターは次の手に移るに決まっている。
そう、
今まで禁じてきた物理的な介入である――。
(ドクターKは間違いなく間に合わない。霧切さんは気絶させた)
大神は呼吸器を付けられ静かに横たわっている。
容態が安定しているのか、その胸は静かに上下していた。
960: 2018/04/30(月) 00:09:24.64 ID:bBMD0Uzt0
(大神さん……)
特に親しかった訳ではない。
それでも、クラス全体でのイベントには当然彼女もいたし
同じ武闘派として格闘論について語り合ったこともある。
みんなで女子会をしたり、寮でお泊まり会をしたこともあった。
何もないかと思ったが、こうして思い返してみると存外思い出はあるものだ。
(あなたに恨みはないけど、盾子ちゃんのためだから……)
(……ごめんね。本当にごめん)
「さようなら」
そして戦刃は持っていたナイフを高々と掲げ、
――真っ直ぐ振り下ろした。
Chapter.4 オール・オール・フォー・ア・ポリシー 非日常編 ― 完 ―
961: 2018/04/30(月) 00:20:24.44 ID:bBMD0Uzt0
ED「絶望性:ヒーロー治療薬」
http://www.youtube.com/watch?v=E4xPtdJdNTU
オウサマゲーム キョウセイサンカ キョヒケンナンテ キイチャクレナイ~♪
恒例のEDを聞きながらやっと四章完結。
最近本当に忙しくて、次スレはすぐに立たないと思います。
でも、スレタイ投票だけは近日中に行うかも?
その時はよろしくお願いします。それではまた!
962: 2018/04/30(月) 02:30:46.77 ID:tPPIySczO
乙
大神がヤバいな
大神がヤバいな
979: 2018/07/08(日) 22:47:17.31 ID:sgIdvRvl0
新スレ立てました。
江ノ島「明日に絶望しろ!未来に絶望しろ!」戦刃「…終わりだよ、ドクターK!」カルテ.8
今すぐ更新……と行きたいのですが、ちょっと今ヤバい頭が痛いです。
頭痛は血管が収縮してるか拡張してるのが原因だから、多分風呂に入れば
治ると思うけどダメだったら来れるかわかりません
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