112: 2012/12/01(土) 00:02:19.44 ID:PXXB4vo30
続きのほうを載せようと思います。今回は旧エルフのお話です。

前回:エルフ「……そ~っ」 男「こらっ!」

113: 2012/12/01(土) 00:03:23.76 ID:PXXB4vo30
男「旧エルフ……」

旧エルフ「男……さん。泣いてますよ?」

男「バカっ……なんで、僕がそんな」

旧エルフ「うれ、しい。おとこさんが、ないてくれたってことは、わたし、すこしはだいじにおもってもらえたんです……ね」

男「そんな、もう氏ぬみたいなこと言うな! 大丈夫、すぐに手当すればまだ……」ギュッ

旧エルフ「だめ、ですよ。わたしを、受け入れてくれるところなんてないです。だから、もうこのまま」

男「やめろ、そんなこというな。僕はまだお前に……」

旧エルフ「……」パタッ

男「あ、ああ。うあああああぁぁぁぁぁ」

これは、過去の物語。エルフと男が出会う前、彼と共に日々を過ごした一人のエルフの物語。

葬送のフリーレン(12) (少年サンデーコミックス)
114: 2012/12/01(土) 00:03:51.62 ID:PXXB4vo30
△月×日

旧エルフ「……男さん、今日の朝食はどうですか?」ニコニコ

男「……普通だ」

旧エルフ「そうですか、普通ですか。では、これからもっと頑張って美味しい料理を出せるように頑張りますね」ニコニコ

男「……」プイッ

旧エルフ「さて、私は洗い物を」テクテク

男(なんなんだ、急に明るくなって。この間まで下をうつむいて僕の言うことに頷くだけだったのに。もしかして、旧エルフのやつ何か変なことを考えているんじゃないだろうな)

男(でも、この料理。普通だなんて言ったけどすごく美味しい。味付けとか僕が好きなように工夫がしてある……)モグモグ

旧エルフ「~~♪」ゴシゴシ

男「……なんだっていうんだよ、ホント」ムスッ

115: 2012/12/01(土) 00:04:49.37 ID:PXXB4vo30
△月□日

旧エルフ「あ、食材がもうありません。買出しに出かけないと」

旧エルフ「男さん、すみません」

男「……なんだよ」ムスッ

旧エルフ「食材の買出しに出かけたいのですが、お金をいただけないでしょうか?」

男「はぁ。ほら、これで足りるだろ」チャリン

旧エルフ「あ、ありがとうございます。すぐに買ってきますね!」パァァ

トテテテテ

116: 2012/12/01(土) 00:05:16.75 ID:PXXB4vo30
男「……何が嬉しいんだか」チッ

旧エルフ「では、行ってきます」ギイィィ、パタン

男「……」

シーン

男「静かだな。……ん? あれは……」ジーッ

男「あいつ、急いで行ったせいで買い物用の袋を忘れてるじゃないか。
 ……くそっ! あいつが買い物をきちんとしないと僕の飯もないからな。仕方ない出かけよう」チッ

117: 2012/12/01(土) 00:05:45.91 ID:PXXB4vo30
……



旧エルフ(今日必要なのは、トマトとジャガイモですね。市場にあるいいモノを見つけて美味しい料理を男さんに振舞わないと。
 美味しいもの食べれば、男さんも喜んでくれますよね……)

ザワザワ ミテ、エルフヨ ナンデコンナトコロニ

旧エルフ「……」

店主B「へいらっしゃい、新鮮な野菜はいかがかな?」

旧エルフ「あ、すみません。トマトとジャガイモをいただけますか?」

店主B「そうだ、そこの奥さん。旦那さんに美味しい野菜料理を食べさせてはどうかい? 胃袋を掴めば男は他所にいきゃしないで家に帰ってくるよ」

旧エルフ「……」

118: 2012/12/01(土) 00:06:18.38 ID:PXXB4vo30
旧エルフ(これって、やっぱり無視、されてますね。分かってはいますけど、辛いです。でも、私は頑張るんです。あの人にきちんと私を見てもらうために)

旧エルフ「あの! お願いします。私に野菜を売ってください!」ジッ

店主B「……」

旧エルフ「……」ソワソワ

店主B「ふ~ん。よく見たらなかなかいい身体してるじゃねえか。お前ちょっとこっちに来てみろよ」

旧エルフ「……」ムッ

店主B「へえ、結構大きな胸だな。これで、今まで幾度男をたぶらかしてきたんだか」

旧エルフ「そ、そんなことしてません!」

119: 2012/12/01(土) 00:06:50.83 ID:PXXB4vo30
店主B「嘘言ってんじゃねえよ! お前らエルフ、特に女共は誰彼構わず股開くような売女だろうがよ。そうでなきゃ非力な女が殺されずに生き延びているわけないもんな」

旧エルフ「ひどい……。そんなこと……」

店主B「だいたいよ、敗戦した一族が戦に買った俺たちに頼み事するならそれ相応の頼み方ってもんがあんだろ。例えば、こうしたりな!」ギュッ

旧エルフ「きゃっ! 急になにを」

店主B「なにって、そのいやらしく張ったてめえの尻を揉んでんだよ。こういうのが好きなんだろ?」

旧エルフ「やめ、やめてください!」ドン

店主B「うおっと。……てめえっ」

旧エルフ「……はぁ、はぁ。お願いします、私に野菜を売ってください」ペコリ

店主B「はぁ、つまらねえ奴だな。いいぜ、売ってやるよ」ニヤリ

旧エルフ「ほ、ほんとうですか!?」

120: 2012/12/01(土) 00:07:22.64 ID:PXXB4vo30
店主B「ただし、胸を揉ませろ。それが条件だ」ニヤニヤ

旧エルフ「……えっ」

店主B「それができなきゃ商品は売れねえな。もっとも、ほかの場所じゃ俺みたいに商品を売るような親切な奴はいないだろうけどな」ガハハハハ

旧エルフ(なんて、やつ。こんな気持ち悪い人間にベタベタと身体を触られるなんて想像しただけで吐き気がする。
 でも、このままだとあの人の食事を作ることができない……。
 あの人が笑ってくれるなら、これくらいのことっ!)

旧エルフ「……わかりました」

店主B「あ?」

旧エルフ「好きにしてくれて構いません。その代わり商品を売っていただいた後にしてください」プルプル

店主B「はっ! 話がわかるじゃねえか。ほれ、トマトとジャガイモだ。とっとと金をよこせ」

旧エルフ「……」ソッ

121: 2012/12/01(土) 00:07:58.05 ID:PXXB4vo30
店主B「ほらよ」ヒョイ

旧エルフ「……ありがとうございます」

店主B「礼を言うにはまだ早いんじゃねえか? ほらっ、とっととこっちに来い」グイッ

旧エルフ「あっ!?」

店主B「立派な胸してんな。張りがヤベえぜ」モミモミ

旧エルフ「――くっ、あっ……」

店主B「へへっ……」

男「……」ジーッ

122: 2012/12/01(土) 00:08:24.67 ID:PXXB4vo30
……



旧エルフ「……うぇぇぇ」ビチャビチャ

旧エルフ(ようやく、解放してもらえました。あの男、人の胸をいやらしく何度も、何度も揉んで。ずっと悪寒が走りました。我慢も限界だったみたいですね、吐いてしまいました。
 買い物袋を置いてきたのは本当に失敗でした。あやうく、買った野菜を私の嘔吐物で汚してしまうところでした。
 はやく、帰りましょう。帰って、あの人の顔を見たい……)

123: 2012/12/01(土) 00:08:55.66 ID:PXXB4vo30
……



店主B「へへっ、あの女エルフいい乳してやがったぜ。どこに住んでんのか知らねえが、今度会ったときは最後までやらせてもらうとするか」ヘヘッ

男「……おい」

店主B「ん? なんだい、兄ちゃん。なんか野菜買ってくか? どれも新鮮で美味いよ!」

男「ちょっと、話があるんだがいいか?」ジロリ

店主B「あ? なんだ、もしかしてさっきの女エルフのことか? お前も混ざりたかったとかか? まあ、いいや。店があるからなるべく早く話を済ませてくれよ」

男「ああ……すぐに終わる」

ドカ、バキ、ドンッ!

124: 2012/12/01(土) 00:09:31.27 ID:PXXB4vo30
店主B「ひ、ひぃぃぃ」

男「お前、誰に断って人のもんに手出してんだよ。ぶっ[ピーーー]ぞ」

店主B「す、すまねえ。あんたのもんだって知らなかったんだ。おれぁてっきり生き延びて行き場のないエルフが市場をうろついてるもんだと思ってよ……」

男「ふざけるな。いいか、二度とあいつに手を出すな。もし次同じようなことがあったらてめえの四肢を切り刻んでやるからな!」ギロッ

店主B「わ、わかったから。これ以上は勘弁してくれ!」ヒイイィィ

男「クソッ、胸糞悪すぎる」チッ

男「あいつ……もう家に着いたころか? そろそろ帰るとするか……」テクテク

125: 2012/12/01(土) 00:10:02.70 ID:PXXB4vo30
男「ただいま……」ギイィィ

旧エルフ「……」スースー

男(こいつ、寝てるのか。しかも、顔色が結構よくない。やっぱりさっきの件が原因……だろうな)

男(くそっ、買い物に行かせたのは僕だし、責任がないわけじゃない。しかたない、ベッドに運んで寝かせるとしよう)

男「……」ヨイショ

旧エルフ「……」ギュッ

男「……」テクテク

旧エルフ「……」ホロリ

126: 2012/12/01(土) 00:10:36.46 ID:PXXB4vo30
……



×月○日

旧エルフ「……うぅ。熱い、身体が熱いです……」アセアセ

旧エルフ(熱が出たみたいです。でも、男さんに心配をかけるわけにもいきませんし、起きないと)フラフラ

旧エルフ「……」フラフラ

ギイィィ、パタン

127: 2012/12/01(土) 00:11:08.63 ID:PXXB4vo30
旧エルフ「……」トントン、コトコト

男「ふぁあ。よく寝た」

旧エルフ「……あ、男さん。おはようございます」フラフラ

男「お前……どうかしたのか?」

旧エルフ「え? なんのことですか」

男「いや、なんでもない」

旧エルフ「今、料理を出しますからね。もう少し待っていてください」フラフラ

男(あいつ……やっぱり様子がおかしいな。なにかあったのか?)

128: 2012/12/01(土) 00:11:36.92 ID:PXXB4vo30
旧エルフ「……あぅ」ドタッ

男「……! お、おい!」

旧エルフ「……」キュゥゥッ

男「おい、しっかりしろ。ああ、もう! 世話が焼ける!」

129: 2012/12/01(土) 00:12:07.62 ID:PXXB4vo30
……



旧エルフ(……なんだかひんやりとして気持ちいいです。一体何が……)

男「……」スースー

旧エルフ「あっ……」

旧エルフ(男さん、寝ています。それに、ここは私の自室。今は……もう夜みたいですね。
 ああ、思い出しました。私、朝食を作っている最中に倒れて……。
 もしかして、男さん一日中私の看病してくださったんでしょうか?)

130: 2012/12/01(土) 00:12:33.57 ID:PXXB4vo30
男「……」スー

旧エルフ(そんなに優しくされると、勘違いしますよ? 私のこと大事にしてもらえているだなんて期待しちゃいますよ?
 たとえ冷たくされていても、ずっとあなたの傍に……)ゴソゴソ

ムクリ、テクテク

旧エルフ「男さん……」ソッ

……チュッ

旧エルフ「はむっ、んむっ、はぁ、はぁ……んちゅっ」チュパチュパ

旧エルフ「男さん、男さんっ!」チュッ

旧エルフ「……男さん、ごめんなさい。こんなにいやらしいエルフでごめんなさい。
 こんな私ですけれど、あなたをお慕いすることを許してください」ポロポロ

131: 2012/12/01(土) 00:14:07.10 ID:PXXB4vo30
……



×月×日

昨晩も男さんはお仕事を遅くまでしていました。体調を崩さないか心配です。相変わらず、私と男さんとの距離は縮まりませんが、でも私は満足しています。
毎日、同じ空間で共に生活をして、時折気にかけてもらえて……。男さんの傍にいられるだけで私は幸せです。
できることなら、この瞬間が永遠に続いてくれるといいななんて思います。男さんと、私。この家に二人でずっと、ずっと暮らしていけたら……なんて。
今日は、明日はどんなことをして過ごしましょう。最近は毎日を楽しく過ごせられます。
奴隷だなんて最初は嫌で、嫌でしかたなかったはずなのに、気がついたらそんな身分でも幸せはあるんだと感じます。
願わくば、この幸せな夢が覚めませんように……。

132: 2012/12/01(土) 00:15:10.78 ID:PXXB4vo30
旧エルフ「ふう。こんなところでしょうか」カキカキ

旧エルフ「我ながら恥ずかしいことを書いていますね。これはさすがに人に見せられません」テレテレ

旧エルフ「ひとまず、日記を書くのはこの辺で止めておいて朝食の準備に取り掛かりましょう。男さんももうすぐ起きてくるでしょうし」テクテク

旧エルフ「今日も一日頑張りましょう!」

ギイィィ、パタン

男「……」ファァ

旧エルフ「男さん、おはようございます!」

男「……ああ、おはよう」ムスッ

133: 2012/12/01(土) 00:15:42.45 ID:PXXB4vo30
旧エルフ「……!」パァァ

旧エルフ「おはようございます!」

男「……なんだよ、そんな嬉しそうな顔して」

旧エルフ「そんな顔してますか?」ニコニコ

男「まあ、なんでもいいよ」

旧エルフ「……あ、すみません。起きていただいたのですけれど、実はまだ朝食の準備が出来ていないんですよ。少し材料が足らなくて……。それで、今から市場にいこうと思うのですけれど、お金をいただけますか?」

男「……ん」チャリン

旧エルフ「ありがとうございます。それじゃ、買出しに行ってきますね」ニコッ

134: 2012/12/01(土) 00:16:29.20 ID:PXXB4vo30
男「……おい」

旧エルフ「……はい?」

男「早く帰ってこいよ。その、僕はお腹減ってるから……さ」

旧エルフ「……はいっ!」

トテトテ、ギィィ、パタン

男「……あ~もう。調子狂うな///」カアァァ

135: 2012/12/01(土) 00:16:55.16 ID:PXXB4vo30
旧エルフ(早く帰ってこいって言われちゃいました。えへへっ、嬉しいです。男さん、私のこと必要としてくれているんですね。
 そう考えると口元がニヤけるのを止められないです。嬉しいです、嬉しいですっ!)

ガタガタガタ

旧エルフ(男さん……今なら私の想いを受け入れてくれますか? 決めました、今日帰ったら男さんに告白しましょう。私の想いを、男さんに伝えましょう)

ガタガタガタ

旧エルフ(男さん、私はあなたの奴隷になれて本当に……)

ガタガタ ヒヒーン

旧エルフ(幸せですっ!)

ドカッ

136: 2012/12/01(土) 00:17:31.58 ID:PXXB4vo30
……



男(……遅い。いくらなんでも遅すぎる。まさか、また変な店主に捕まっているんじゃないだろうな……)

男(あんまり空腹のまま待たされても困るし、探しに行くとするか。本当に面倒な奴だよ)

ギィィ、パタン

タッタッタッ

男(……ん? 人だかりができてるな。なにかあったのか?)

137: 2012/12/01(土) 00:18:04.79 ID:PXXB4vo30
ヒソヒソ ミテ、エルフガタオレテルワ

ホントウネ、バシャニヒカレタラシイワヨ

デモマア、イイキミネ

ソウネ

ソウネ

男(馬車に引かれた? それに、エルフだって!? まさかっ……!)

男「すいません、どいて、どいてください!」ズイズイ

男「……あっ」ダダッ

男「旧エルフ……」

138: 2012/12/01(土) 00:18:48.77 ID:PXXB4vo30
旧エルフ「男……さん。泣いてますよ?」

男「バカっ……なんで、僕がそんな」

旧エルフ「うれ、しい。おとこさんが、ないてくれたってことは、わたし、すこしはだいじにおもってもらえたんです……ね」

男「そんな、もう氏ぬみたいなこと言うな! 大丈夫、すぐに手当すればまだ……」ギュッ

旧エルフ「だめ、ですよ。わたしを、受け入れてくれるところなんてないです。だから、もうこのまま」フルフル

男「やめろ、そんなこというな。僕はまだお前に……」

旧エルフ「……」パタッ

男「あ、ああ。うあああああぁぁぁぁぁ」

139: 2012/12/01(土) 00:19:48.04 ID:PXXB4vo30
あの日、エルフは馬車に引かれて氏んだ。この時ほど今までの自分の態度を後悔した事はなかった。
彼女に惹かれていたはずなのに、それを言葉にして伝えることもできず、僕はただ一人この家に残されることになった。
シンと静まり返った家。明るく笑ってくれた彼女はもういない。
どれほど涙を流そうとも、彼女がこの家に帰ってくることはもうない。
エルフというだけで差別にあい、墓地に入れられることすら許されなかった彼女。僕はそんな彼女の墓を街から離れた森の入口に作ることにした。

男「……ごめんな。結局最後までお前を拒絶することしか、僕にはできなかった」

男「僕のせいで嫌な思いをいっぱいしたと思う。今になって思えばお前にもっと優しくしておくべきだったなんて思うよ」

男「でも、もうそれも無理なんだな。話しかけても、お前はいつものように笑いながら返事をしてくれない……」

140: 2012/12/01(土) 00:20:18.50 ID:PXXB4vo30
男「僕、決めたよ。もし、次にエルフを家に迎えることがあったらお前の分も優しくするって。お前にできなかったことをそいつには全部してやるって……」

男「ここなら、お前に嫌がらせをしたり、いじめたりする人間もいない」

男「僕も時間をあけてここに来るようにするからさ……」

男「だから、ここで……安心して……眠ってくれ……」ボロボロボロ

141: 2012/12/01(土) 00:20:48.30 ID:PXXB4vo30
……



男「さようなら……旧エルフ」

エルフ「……そ~っ」男「こらっ!」 before days 旧エルフと男 ――完――

150: 2012/12/02(日) 00:20:31.83 ID:Ng/CQN0e0
>>143
一応奴隷売買の契約書は作っているんです。あと、奴隷だという証に焼印を押すといった設定もあるんですけれど、男がそれをしていないだけという裏事情がありますね。

>>147
すいません、一応以前公開していた順でこちらでも公開しているので、こういった順番になっています。

>>148
エルフと人間が争うようになった原因など諸々の話は後で繋がってくるのでここでは必要になっているんです。
エルフと人間が共存した世界観でのほのぼのとした話も書いてみたいですね。

>>144、145、146、148
こちらこそ、読んでくれてありがとうございます。

152: 2012/12/02(日) 00:21:56.58 ID:Ng/CQN0e0
さて、今からは旧エルフがいなくなってエルフが来るまでのお話になります。

153: 2012/12/02(日) 00:22:43.97 ID:Ng/CQN0e0
旧エルフがいなくなって、もう一年の月日が経とうとしていた。自分以外の人の温もりのなくなった家で、男は毎日を過ごしていた……。

男「……」モグモグ

あの日以来、なんとなく物事に対するやる気もなくなってしまい、外に出ることもめっきり減った。
一度家に引き篭もってしまうと人との関わりがこれほどまでに希薄で無意味なものだったのかとどこかで納得もしていた。
外に出かけることなんて食材の調達と旧エルフの墓参り。それから戦時中のように酒場で浴びるように酒を飲むことくらい。
それ以外は部屋にある魔法関連の書物を読み漁り、時折来る仕事をこなすことで毎日時間を消費していた。
自分で思っていた以上に旧エルフの氏は男に影響を与えていた。瞳に映る世界は灰色に染まり、空虚なものとなった。
人も物資も栄えている都市部とは違い、辺境の一角にあるこの街では、新しいエルフなど来るはずもなく、旧エルフの墓前で誓った約束は、一年が経った今もまだ叶えられずにいた。

154: 2012/12/02(日) 00:23:10.77 ID:Ng/CQN0e0
男「今日は、何をして過ごそうか……。旧エルフの墓参りでも行こうかな……」ブツブツ

つい先月に行ったばかりの墓参り。いっそのこと日課にしてしまおうかと思うほど、男は頻繁に彼女の元へと通っていた。

男「いい、天気だな……」ジーッ

旧エルフ『男さん、今日はいい天気ですよ! そんなに部屋に篭ってばっかりいないで外に出かけたらどうですか?』ニコッ

聞こえるはずのない声を想像し、男は自虐的な笑みを浮かべた。

男「……出かけよう」テクテク

155: 2012/12/02(日) 00:23:40.31 ID:Ng/CQN0e0
……



ザワザワ ガヤガヤ

酒場の主「おう、兄ちゃん。なんだい、今日も昼間から飲みに来てるのか?」ニヤッ

男「……」グビッ

酒場の主「相変わらず、愛想が悪いねぇ。まあ、こっちとしては金を使ってもらえるから、愛想がよかろうが、悪かろうがあんまり関係ないんだがね」

男「……」

156: 2012/12/02(日) 00:24:18.74 ID:Ng/CQN0e0
酒場の主「そういや、兄ちゃん知ってるか? 戦時中の数々の逸話。たとえば、一個小隊でエルフたちの中隊を打ち破っただとかって話があるんだぜ。
 兄ちゃんくらいの年なら志願兵として採用されていたかもしれないが、そんな貧弱な身体つきじゃ前線には出ていないか……」

男「……その話だけど」チラッ

酒場の主「お!? なんだ、興味があるのか? まあ、やっぱり男なら誰しもそういう経験をしてみたいよな。憧れるよな!」キラキラ

男「おい、ちょっとは人の話を聞いてくれ。その話だけどさ、正確には一個小隊じゃなくて分隊だよ」ボソッ

酒場の主「何言ってんだよ。どこでそんな話を聞いたのか知らないけれど、こっちは戦争に出た人間から聞いたんだ。大体分隊と中隊なら人数比が十倍も違うじゃないか。さすがにそれは話を盛りすぎだ……」

ソウダゼ、ソウダゼ ギャハハハ

157: 2012/12/02(日) 00:24:45.31 ID:Ng/CQN0e0
男「……」スッ

酒場の主「おっ……?」

男「帰る……勘定を頼むよ」

酒場の主「なんだい、もう帰るのか。もっとゆっくりしていってもいいのに」

男「あいにく、今日は長居する気分でもないんだ。また来させてもらうよ」

酒場の主「あいよ。またよろしく頼むよ!」

158: 2012/12/02(日) 00:25:24.45 ID:Ng/CQN0e0
……



男(酒場を出たものの、特にすることもないな。どうしようか、やっぱり旧エルフの元にでも行こうか……)

男(情けないな、僕は。こんなに引きずるくらいなら、最初から素直に自分の思いを伝えるんだったよ)

男(といっても、それも今となっては後の祭りか。後悔したところで旧エルフが帰ってくるわけない……)

テクテクテク

159: 2012/12/02(日) 00:25:52.43 ID:Ng/CQN0e0
男(そういえば、僕あいつのこと何にも知らないんだな。好きなもの、嫌いなもの。何が楽しかったとか……)

男(あの部屋もあの日からずっと閉じたままだし。もし、開けたら彼女がいないことを改めて実感してしまうからってずっと開けないで……。未練たらたらじゃないか)

男(あの部屋を開けたら、また昔みたいに笑顔で彼女が迎えてくれるかもなんて夢見て、現実から逃げて)

男(旧エルフ……会いたいよ)

160: 2012/12/02(日) 00:26:20.01 ID:Ng/CQN0e0
……



男「……ん、ぅんん。もう、朝か……」ムクリ

男「今日は、どうしようかな……」ボーッ

男「とりあえず、朝食を作ろう」スタスタ

ギィィ、バタン

男「……」ジーッ

男(旧エルフの部屋……)

男(いや、あそこはあのままでいいんだ。彼女がいなくなった今、あそこを開ける必要なんて……ない)

男「……」スタスタ

161: 2012/12/02(日) 00:26:57.74 ID:Ng/CQN0e0
男「……」ジューッ サッサッ

男「……」モグモグ

男「……」カチャカチャ ザーッ

パリンッ

男「しまった、割っちゃった。旧エルフ、替えの皿を……」

シーンッ

男「……あ」ハッ

男「……馬鹿だなぁ、この家には僕しかいないじゃないか」

サッサッ パラパラ

男「割れた皿を捨てて、洗い物の続きっと……」ゴシゴシ


162: 2012/12/02(日) 00:27:24.06 ID:Ng/CQN0e0
……



男「へえ、この魔法研究の論文面白いな。着眼点と独自の発想がすごくいいや」パラリ

男「……」パラパラ

男「……」パラパラ

男「……しまった、また読みふけっちゃった。昼食食べるの忘れて夜になっちゃったよ。まあ、二食分まとめて食べれば大丈夫か」グウゥゥゥ

ギィィ、バタン

男「……」チラッ

男「このままで……いいんだ」スッ

テクテク

163: 2012/12/02(日) 00:27:56.54 ID:Ng/CQN0e0
男「……うぅぅ」ビチャビチャ

オイオイ、キタネーナ ハクナラベツノバショデヤレヨ

酒場の主「おいおい、大丈夫か? いくらなんでも飲みすぎだ。とりあえず、水でも飲んで一息ついておけ」スツ

男「……」ゴクゴクゴク

男「はぁ、少し楽になったよありがとう……」

酒場の主「なあ、あんたが何にも話さないから今まで聞かなかったが何かあったのか? 俺でよければ話を聞くぞ?」

男「……あんたは優しいな。だけど、話したところで僕以外に誰も理解できないよ」


164: 2012/12/02(日) 00:28:22.22 ID:Ng/CQN0e0
酒場の主「いいから話してみなって。話せば楽になることもあるぞ」

男「なら聞くけれど、あんたエルフのことをどう思う?」

酒場の主「エルフ? ああ、あいつらみたいな下等民族が人間様に盾突くなんていい気味だよな」

男「……もういい。これ、勘定だ。僕はもう帰る……」

酒場の主「あ、おい!」

テクテクテク

酒場の主「なんなんだ……?」

165: 2012/12/02(日) 00:28:49.41 ID:Ng/CQN0e0
ヒューッ、ビューッ

男(うぅぅ、寒い。さすがに飲んだ後の夜風は身に染みる。早く帰ってベッドの温もりに包まれたい……)

ギィィ、バタン

男(マズイな、足元がおぼつかない。それに……意識のほうも、もう)フラフラ

フラフラフラ

ギィィ、バタン

男(あ……ベッド。よかった、何とか部屋までたどり着いた。もう……限界)バタッ

男「……」スースー

166: 2012/12/02(日) 00:29:17.72 ID:Ng/CQN0e0
……



チュンチュン 

男「……ぅ、もう、朝、か」

男「ってぇ。頭が割れるように痛い。これは、二日酔いだな」ズキズキ

男「水、飲もう……」ムクッ

男「……あっ」ハッ

男「ここ、もしかして」サーッ

男「……旧エルフの、部屋?」

167: 2012/12/02(日) 00:29:43.36 ID:Ng/CQN0e0
ドクンッ、ドク、ドク

男「あっ、あ、あああ……」

男「は、ははっ。あはははははっ! 入った、入っちゃったよ……。僕は、なんて間抜けなんだ」

男「旧エルフがいないなんてのは分かってた、分かってたさ。でも、それを認めたくなかったのに……。確認しなければ逃げていられたのに……」ポロポロ

男「……」ポロポロ

男「……ん?」チラッ

男「これは……」テクテク

男「……」スッ

パラ、パラパラ

男「これ、旧エルフの日記……」

168: 2012/12/02(日) 00:30:11.13 ID:Ng/CQN0e0
男「あはは、あいつこんなの毎日書いてたんだ……」パラ

パラ、パラパラ

パラパラパラ

男「旧エルフ、お前ここにずっといたんだね。ここで、僕が来るのを待ってたんだ。ごめん、また永遠に待たせる羽目になるところだったよ」

男「ありがとう、旧エルフ。僕、頑張るよ」

169: 2012/12/02(日) 00:30:44.32 ID:Ng/CQN0e0
……



商人「さあ、さあ。寄ってらっしゃい、本日の目玉商品エルフの奴隷だよ! まだ幼い少女。働かせようと夜の相手にしようと自由! 使い方はあなたしだい。どうだい、早い者勝ちだよ!」

ワイワイ、ガヤガヤ

エルフデスッテ シヨウニンナラホシイカモシレナイワネ デモキョウボウダッタラドウシヨウ

エルフ(……うぅ、人の視線がいっぱいで息苦しいです。早く終わってください……)

商人「ほら、さっさとお客さんに笑顔を向けな、じゃないとお前さんいつまで経っても売れ残るんだから。処分されるくらいなら買い手に引き取られるほうがお前もいいだろうに」ボソッ

エルフ「……はいっ」ビクビク

エルフ「ど、どなたか私を買ってくださいませんか?」ニコッ

キャッ、シャベッタワ ヤッパリキミガワルイワネ

エルフ「……」シュン

170: 2012/12/02(日) 00:31:13.48 ID:Ng/CQN0e0
?「あの~」

商人「ん?」

?「もし誰も買い手がいないのなら僕が買いますけど」

商人「お! 買い手が一人あらわれたよ! 他にはいないかい、いないならこれで決まりだよ!?」

シーン

商人「交渉成立! じゃあ、さっそく契約に移ろうか」

エルフ「……あ、ついに私の買い手が決まったみたいですね。どんな人なんでしょう? 優しい人ならいいな……」

商人「毎度! ほら、顔を伏せてないでさっさとこっちにきな! この人がお前のこれからの主人だよ!」

171: 2012/12/02(日) 00:31:50.83 ID:Ng/CQN0e0
?「えっと、初めまして。これから君の主人になる相手です」

エルフ「……」スッ

男「あ、やっと顔あげてくれた。僕、男って言うんだ。これからよろしく」

エルフ「よろしく……お願いします」

心を覆う長い、長い夜が明け、ここに新しい出会いが訪れた。傷を抱え、それでも前に進んでいく青年とそんな彼の奴隷となったエルフ。
 やがて、過去を乗り越えて共に歩んでいく二人の物語が今、始まる。

エルフ「……そ~っ」男「こらっ!」 before days 男がエルフに出会うまで ――完――

172: 2012/12/02(日) 00:32:28.72 ID:Ng/CQN0e0
今回はここまでで。次はエルフが嫉妬する話になります。

180: 2012/12/02(日) 22:39:12.43 ID:Ng/CQN0e0
さて、今から続きの方を載せていこうと思います。今回はエルフが嫉妬する話です。
一応、この話では男の過去に関わりのあるキャラクターが出てきて今後の話に繋がることになります。

181: 2012/12/02(日) 22:43:35.43 ID:Ng/CQN0e0
エルフを受け入れるようになってから少し月日が流れた。今まで以上に過激なスキンシップを取り出したエルフに戸惑う男。
そんな二人の元にある少女が訪れようとしていた。

?「……ここが、先生のいる家……」

?「先生、ようやくあなたの元へ来ることができましたよ」

183: 2012/12/02(日) 22:44:13.54 ID:Ng/CQN0e0
エルフ「男さん! おはようございます!」ベタァー

男「こらっ、エルフ。ひっつくんじゃない!」ハガシ、ハガシ

エルフ「えへへへ~」ベタベタ

男「ええい、めんどくさい奴だな」ベリベリ

コンコン、コンコン

男「……あっ! ほら、エルフ。誰か来たから離れてくれ」

エルフ「はい、わかりました」ションボリ

184: 2012/12/02(日) 22:44:40.91 ID:Ng/CQN0e0
男「……」テクテク

ギィィ

男「はい、はい。どちらさまで……っ!」

?「お久しぶりです、先生」

男「え、え? なんで……」

エルフ「男さ~ん。誰が来たんですか?」

男「い、いや。それは……」アセアセ

?「あれ? 誰か中にいるんですか?」

男「すまん、ちょっと待ってて!」バタン

?「……?」

185: 2012/12/02(日) 22:45:21.96 ID:Ng/CQN0e0
男「エルフ、ちょっとこっちに来い」

エルフ「どうかしました?」トコトコ

男「いいか、今から僕の言うことを聞くんだ。これを破ったら本当に氏ぬと思え」ジッ

エルフ「きゅ、急にどうしたんですか……。そんな怖い顔されても困ります」

男「真剣に聞け! 今玄関の向こうにいるのは僕が軍にいた時に一緒の隊にいた人間だ」

エルフ「それって以前ここに来られた騎士さんみたいな方ですか?」

男「まあ、あいつも一緒の隊にいたけれどそれは別に問題じゃない。確かにあいつはエルフが嫌いだが無抵抗なエルフに手を出したりしない」

186: 2012/12/02(日) 22:45:50.45 ID:Ng/CQN0e0
エルフ「えっと、つまり?」

男「あの扉の向こうにいるのは騎士と違って隙あらば無抵抗なエルフだろうと頃すやつだ。それこそ、昔の僕と同じくらいエルフを憎んでる。
 一応君に手を出させないようにするが万が一ってことがあったら困る。だから、今日一日は森にでも行って隠れていてくれ。今なら、まだ裏口から抜け出せるから」

エルフ「わ、わかりました……。それで、男さん。一つだけ聞いてもいいでしょうか?」

男「なんだ? あまり待たせても怪しまれるから急いでくれ」

エルフ「今から男さんがお会いするのって女性ですか?」

男「そうだよ。わかったのなら、早く出る!」シッシッ

187: 2012/12/02(日) 22:46:23.22 ID:Ng/CQN0e0
エルフ「……いや、です」

男「なんだって?」

エルフ「嫌です、嫌です! 男さんと他の女性を二人っきりにさせるなんて嫌です! 私もここに残ります!」イヤイヤッ

男「言うことを聞いてくれ! このままじゃ、本当に洒落にならない……」

?「先生、もう入ってもいいですか?」

男「ああああああああぁぁぁ! 待って、もう少し。あと少しだから!」

?「そうですか。先生がそう言うなら待ちますね」

188: 2012/12/02(日) 22:46:52.58 ID:Ng/CQN0e0
男「もう時間がない……こうなったら力ずくで!」ヒョイッ

エルフ「あっ!? 男さん!」ジタバタ

男「こらっ! 暴れるな! いいな、お前は今日一日家に帰ってきちゃいけないぞ。街中で僕の姿を見ても近寄るな!」キッパリ

エルフ「い~や~で~す!」ジタバタ

男「じゃあ、そういうことで!」ポイッ 

バタンッ!

エルフ「……」グスン

エルフ「今から、どうしましょう……」

189: 2012/12/02(日) 22:47:37.07 ID:Ng/CQN0e0
男「……ふう。どうにか間に合った」

?「何が間に合ったんですか?」

男「うわっ! 気配を消して近づかないでくれ驚くから」

?「何言ってるんですか。これを教えてくれたのは先生ですよ」

男「そういえば、そうだっけ。ていうか、何度も言っているけれど、その先生ってのは止めてくれ」

?「先生は先生です。私の尊敬できるたった一人の男性です」

男「大体今の僕はもう軍に所属していないから君の上司でも何でもないんだ。だから普通の呼び方をしてくれよ、女魔法使い」

190: 2012/12/02(日) 22:48:33.58 ID:Ng/CQN0e0
女魔法使い「先生にそう言われたら仕方ありません。……男さん。これでいいですか?」

男「ああ、それでいいよ。久しぶりだね、女魔法使い」

女魔法使い「……はい。お久しぶりです」

男「今日はまた急にどうしたんだ? 今まで騎士が来ることはあったけれど女魔法使いが来てくれたのは初めてじゃないか」

女魔法使い「いえ、少しお話したいことがありまして」

男「そっか、とりあえず座ろうか」テクテク

女魔法使い「その前に男さん。一つ聞いてもよろしいですか?」

男「えっ? なにかな?」

191: 2012/12/02(日) 22:49:00.87 ID:Ng/CQN0e0
女魔法使い「この家、エルフの匂いがするんですけれど」ジーッ

男「き、気のせいだと思うぞ」アハハハ

男(女魔法使い昔と全然変わっていないな。こりゃ、エルフのやつを見つけたら問答無用で手にかけそうだ……)

女魔法使い「いえ、微かに匂います。男さんは感じないんですか? エルフ独特の匂いを」ジッ

男「さ、さあ?」ギクッ

女魔法使い「おかしいですね……」

男(し、心臓に悪い……)

192: 2012/12/02(日) 22:49:28.46 ID:Ng/CQN0e0
――外窓――

エルフ「男さん、何話しているんでしょう。分かってはいますが、全く声が聞こえません」ジーッ

エルフ「それに、あの小柄な女の子。随分と男さんに馴れ馴れしい感じで接している気がします。たしか、軍の人ですよね。ま、まさか男さんを狙ってわざわざここまで!?」グヌヌ

エルフ「男さんの心に住み着くのは私の役目です! あんなポッと出の女の子に男さんの隣を奪われてなるものですか!」

エルフ「決めました。今日は二人の様子を見ながら、男さんと、あの女の子が仲良くならないように妨害工作です」パンパカパーン

193: 2012/12/02(日) 22:50:02.70 ID:Ng/CQN0e0
男(うっ……悪寒が。まさか、エルフのやつが馬鹿なことを考えているとかじゃないだろうな……)

女魔法使い「どうかしましたか?」

男「いや、何でもないよ。それで、今日は一体何の用なんだ?」

女魔法使い「はい。単刀直入に聞きます。男さん、軍に戻ってきてください」キッパリ

男「こりゃ、また随分と直球だな」

女魔法使い「男さんがいなくなってからも私はずっと軍に残って世の中のために働きました。でも、やっぱり男さんがいた時が一番効率よく物事が進んでいました。軍にはまだ男さんの力が必要なんです!」

194: 2012/12/02(日) 22:50:41.28 ID:Ng/CQN0e0
男「それは買いかぶりすぎだよ。だいたい、僕が軍に所属していた時は下っ端もいいところだったじゃないか」

女魔法使い「何言ってるんですか! 男さんは下っ端なんかじゃないです。私たちの分隊が一体あの戦時中にどれだけの功績をあげたか……。今の騎士さんの立場を見ても分かることです」

男「それはあくまで騎士の話であって……」

女魔法使い「私、知ってるんですよ。騎士さんが何度も男さんの家に訪れて軍に戻るように説得しに来ていること。男さんを軍に戻すためにそれ相応の地位を用意しているってことも」

男「……」

女魔法使い「戻ってきてください、男さん! 私たちには……いえ、私には男さんが必要なんです! また、昔みたいに私に魔法を教えてください」

195: 2012/12/02(日) 22:51:38.59 ID:Ng/CQN0e0
男(……女魔法使いの顔、真剣そのものだ。これは、下手に誤魔化さないでありのままの思いを伝えるのが一番かもしれないな)

男「……ごめん。やっぱり、戻ることはできないよ」

女魔法使い「どうしてですか!?」

男「昔と今じゃ何もかも違う。状況も、心の在り様も。それに、あの時と違ってもう戦争は終わったんだ。軍なんてものが今あっても人々の脅威になるだけだよ」

女魔法使い「そんなことありません! 野生の魔物の脅威から人々を守ったり、まだ反逆の機会を狙っているエルフを捕まえて、起こりうる事件を未然に防ぐことだってできます」

男「だとしても! 今の僕は……軍に入って活動をしたいと思わない。都市部から離れたこの辺鄙な街で穏やかに静かに暮らして行きたいんだ」

女魔法使い「そん……な。本気、なんですか?」

男「ああ、本気だよ。騎士にも女魔法使いにも悪いけれど僕は軍に戻るつもりはない」

シーン

196: 2012/12/02(日) 22:52:10.87 ID:Ng/CQN0e0
女魔法使い「……」

男(ちょっと、きつく言いすぎたかもしれないな。でも、このくらい言っておかないと女魔法使いも引かないだろうし。仕方ないよな……)

女魔法使い「……うっ」

男「?」

女魔法使い「……うぅぅ。――ひぐっ、えぐっ。うわぁぁぁん」グスグス

男「……えっ?」

197: 2012/12/02(日) 22:52:48.50 ID:Ng/CQN0e0
女魔法使い「嫌です、嫌です。先生、戻って来てください。私、急に先生がいなくなっちゃって寂しかったんですよ? 必氏に行方を探して、それでも見つからなくて。やっと騎士さんが見つけて会いに行こうと思ったら
『しばらく俺が会いに行くからあいつのことは放っておいてやれ』って命令されて……。
 でも、いつまで経っても会いに行く許可が下りなかったから、こうして騎士さんの目を盗んでこっそりと来たんですよっ!
 なのに、なのに一緒に来てくれないってどうしてですか? 私たちのこと嫌いになっちゃったんですか?」

男「いや、そういうわけじゃ……」

女魔法使い「だったら、だったら一緒に来てください!?」

男「だからそれはできないって」

女魔法使い「……うわぁぁぁん」グスグス

男「困ったなあ……」ハァァ

198: 2012/12/02(日) 22:53:40.69 ID:Ng/CQN0e0
――外窓――

エルフ「むむ、あの女の子泣いてしまいました。これはもしや、男さんに告白して振られたと思われます!」ニヤッ

エルフ「これは、私が手を出すまでもなかったですね……」

エルフ「今日のご飯はおいしくなりそうです」フフフ

199: 2012/12/02(日) 22:54:12.97 ID:Ng/CQN0e0
男(ひとまず、女魔法使いを泣きっぱなしにするわけにもいかないし……。慰めるとしよう)

男「ごめんね、女魔法使い」ヨシヨシ

女魔法使い「……ひっく」ギュッ

男(服の裾握りしめて、相変わらず妙なところでかわいい仕草するな、この子は……)

男「いい子、いい子」ヨシヨシ

女魔法使い「……」ギュウゥゥッ

200: 2012/12/02(日) 22:54:38.78 ID:Ng/CQN0e0
――外窓――

エルフ「な、な、なんですかあれ! 男さんが、私以外の女の子の頭を撫でてます! そんな……」

エルフ「うぅぅ。こんなことなら、もっと身体を使って他の人に関心がいかないように男さんを誘惑しておくべきでした」ギリギリ

エルフ「こんな光景見ていたくないですけれど、いざという時にいつでも妨害できるようにしなければいけませんし……。もどかしいです」グスン

201: 2012/12/02(日) 22:55:24.52 ID:Ng/CQN0e0
男「ほら、もう大丈夫か?」

女魔法使い「はい……。すみません、ご迷惑をおかけして」グスッ

男「迷惑だなんて。僕と女魔法使いは家族みたいなものなんだからそんなこと思わないよ」

女魔法使い「家族……ですか」シュン

男「うん。軍には戻ることはできないけれど、こうして女魔法使いと僕との間に繋がりはちゃんとあるから、生きていればまたこうして会える。
 だからさ、軍っていう狭い場所ばかりに目を凝らさないで、もう少し広い視点で色んなものを見てみようよ。そうすれば、新しいものが見えたりするからさ」

女魔法使い「……はい」

男(これでひとまずは安心かな。それにしてもわざわざ会いに来てくれたのに、このまま返すなんて言うのも悪いよな……)

男「ねえ、女魔法使い。もしよかったら今から街を見て回らないか?」

女魔法使い「……はいっ!」パアァァッ

202: 2012/12/02(日) 22:56:01.39 ID:Ng/CQN0e0
――市場――

女魔法使い「へえ、この果物。都市部だとなかなか売られていなくて珍しいものですね」

男「そうなの? 普段当たり前のように食べているから珍しいものだなんて思わなくなってたよ」

女魔法使い「男さんはもう長い間都市部を訪れていませんからね……。向こうもこの数年でだいぶ様変わりしたんですよ」

男「そうなのか。また機会があったら都市部の方にも足を運んでみようかな……」

女魔法使い「ぜひ! その時は私が案内をしますね」

男「ああ、よろしく頼むよ」


203: 2012/12/02(日) 23:05:43.85 ID:Ng/CQN0e0
――遠くの壁――

エルフ「あうぅぅ。男さんとあの女の子、二人で楽しそうに市場を見て回ってます……。私でも最近は男さんとあんな風に出かけていないのに……」グスン

エルフ「でもでも。このまま二人の仲が良くなるのは阻止しなければなりません! ひとまず果物を買いましょう」スイマセーン

店主B「……」

エルフ「すいません! 果物売ってください」

店主B「……」プイッ

エルフ「……どうしましょう、このままじゃ男さんと一緒にいる女の子の妨害ができません」

店主B「……!」

――以下回想――

 男にボコボコにされた時……。

――回想終了――

204: 2012/12/02(日) 23:06:12.31 ID:Ng/CQN0e0
店主B「はん、エルフになんぞ売るもんはないな」ガクブル

エルフ「……そう、ですか」シュン

店主B「売るもんはないが、好きなのひとつ持っていっていいから、とっとと失せろ!」

エルフ「え? は、はい……」スッ

トットットット

エルフ「ふふふ……。この苦い果物をあの女の子に食べさせればきっと嫌な顔をするに違いないです。
 そうして、お腹を下して男さんの前で恥をかかせてあげます」フフフ

エルフ「完璧、完璧です!」ニヤッ

エルフ「早速行動に移りましょう。とりあえずこれを誰かに運んでもらわないと」キョロキョロ

エルフ「……」ハッ!

エルフ「しまった! 私、ここに頼れる人がいませんでした……」ショボーン

エルフ「これ、どうしましょう……」

205: 2012/12/02(日) 23:06:50.43 ID:Ng/CQN0e0
女魔法使い「……はぁ、はぁ、はぁ!」

男「女魔法使い、大丈夫?」

女魔法使い「え……? なにが、ですか?」

男「いや、かなり息切れてるけれど……。もしかして、まだ人ごみが苦手なの治ってない?」

女魔法使い「そ、そんなことないですよ。男さんと別れてからもう何年も経っているんです。その程度の弱点は克服しました……」ゼーハー

男「そ、そうなんだ」

男(相変わらず、自分の弱いところに対しての指摘にはムキになるな……。でも、この子は人に知られないところでこっそりそれを治そうとするんだよな。
 今もきっと、人ごみになれる努力はしているんだろうな……)


206: 2012/12/02(日) 23:07:21.12 ID:Ng/CQN0e0
女魔法使い「……はふぅ」ゼーハー

男「あ、あ~。ちょっと、僕喉が渇いたな……」チラッ

女魔法使い「……え?」

男「市場をずっと見て回るわけにもいかないし、ちょっと座って落ち着ける場所に行って休憩でもしようか」テクテク

女魔法使い「はい、分かりました」トコトコ

207: 2012/12/02(日) 23:07:50.91 ID:Ng/CQN0e0
――二人から遠く離れた人ごみの中――

エルフ「むむむ、だから男さんの横は私の居場所だって(予定)言ってるのに……」

エルフ「男さんの言ってた旧エルフさんがまだ一番ですけれども……。いずれは、私の場所になるんです! その場所を掠め取ろうだなんていい度胸です。次こそは目にもの見せてあげます!」テクテク

エルフ「……」ソーッ

男「……?」チラッ

エルフ「はっ!」ササッ

男「……気のせい、か?」テクテク

208: 2012/12/02(日) 23:08:22.11 ID:Ng/CQN0e0
エルフ「……ふぅ。危ないところでした。今見つかっていたら男さんにものすごい怒られるところでした。勝手についてきてるって知れたら、しばらく口も聞いてもらえなさそうです……」

エルフ「そういえば、家を出される前男さんが女の子のことについて何か言っていたような気がしましたが、なんでしたっけ?」ウーン

エルフ「忘れているってことは、たぶんたいしたことじゃありませんね。このままバレないように尾行を続けます」ササッ

男(なんだか、さっきから見られているような気がするんだよな……。でも、悪意とかは感じないし何だろうな、これ)

209: 2012/12/02(日) 23:09:31.15 ID:Ng/CQN0e0
女魔法使い「せんせ……じゃなかった、男さん?」

男「ん? あ、ごめん何だった?」

女魔法使い「いえ、ボーっとしていたみたいなので。それより、休憩するというお店はどこですか?」

男「ああ、それならもう……ほら、ここだよ」

ギィィ、バタン

酒場の主「ん? あんたは……」

男「久しぶりです。覚えてますか?」

酒場の主「ああ、あんた少し前によくウチに飲みに来てくれていた。なんだ、ずいぶん久しぶりだな」

男「ええ、色々ありまして……」


210: 2012/12/02(日) 23:10:12.76 ID:Ng/CQN0e0
酒場の主「まあ、なんだっていいさ。ウチは酒を出すのが仕事だからな。そういった個人の事情はあまり聞かないでおくよ。
 今日はゆっくりして行ってくれ」

男「ありがとうございます。とりあえずですね、酒じゃない飲み物を二つお願いします」

酒場の主「お? 言ったそばから酒を断るとはこりゃ、本当に何かあったみたいだな。可愛らしい彼女も連れて、あの時とは随分と様子が変わったみたいだな」ガハハハ

女魔法使い「……彼女」ボソッ

男「いや、この子は……」

女魔法使い「……!」ギュウゥゥゥ

男「いたたたたっ!? 女魔法使い、なんで急に腕をつねるんだよ」

女魔法使い「……」ツーン

酒場の主「はははっ、こりゃ聞いちゃいけないことを聞いちまったかな? ほら、ドリンクお待ち」ドン

男「ありがとう。今の時間なら酒場に来る人も少ないし、しばらくの間ここでのんびりとしてようか、女魔法使い」ニコッ

女魔法使い「はい、先生……」コクコク

211: 2012/12/02(日) 23:10:43.04 ID:Ng/CQN0e0
――酒場の入口――

エルフ「ぐぬぬぬ。男さんと女の子が二人で一つのアップルパイを分けあっています……」ムムム

エルフ「妨害しようにも中に入ったら隠れる場所もありませんし、こうして見ていることしかできないとは……」

エルフ「なんにも出来ないのは悔しいです。ただ二人の様子を見ているだけなんて、とても歯がゆいです……。男さんはやっぱり昔の友人と一緒のほうがいいんでしょうか?
 騎士さんと一緒にいる時の男さんはいつも楽しげですし……」ウゥゥゥ

エルフ(でも、我が儘を言えば、男さんにはずっとここで一緒に暮らして欲しいです。私と……一緒に///)カァァ

エルフ「男さん……一人ぼっちは寂しいです。早く、帰ってきてください……」


212: 2012/12/02(日) 23:11:11.27 ID:Ng/CQN0e0
……



男「結構長い間のんびりしていたな……。もう夕方か」

女魔法使い「なんだか、こんなにゆっくりしたのはすごく久しぶりな気がします」

男「あはは。普段どんな生活しているんだよ。といっても、軍に入っているんじゃそうそう休む機会もないか」

女魔法使い「一応休みは取れてはいるんですけど、普段は休みがあっても寝て過ごしているだけですので、こうして街を巡ったりすることがなかなかなくて。たまに女騎士さんに連れて食事に行くくらいですかね」

男「そうなんだ。女騎士も元気にしてるかな……」

213: 2012/12/02(日) 23:12:02.81 ID:Ng/CQN0e0
女魔法使い「気になるなら、都市部に来てくださいよ先生」

男「そうだね、近いうちに一度顔を出すとするよ。何も言わず勝手に出て行った手前、女騎士には殴られそうな気はするけれど……」

女魔法使い「それぐらいは我慢してください。私だって先生がいなくなった時、すごく悲しくて怒れたんですから……」

男「うん、ホントごめん。というより、結局呼び方戻っちゃってるな」

女魔法使い「あ、すみません。どうしても先生の方が呼び慣れていて……」

男「ううん、いいよ。なんていうか無理に直そうとしても無駄なんだってことが改めてわかったから……」

女魔法使い「それじゃあ、私はそろそろ帰ります。一応ここには黙ってきているので、帰って女騎士さんに怒られるのは覚悟しておきます」ションボリ

男「何かあったら僕のせいにしておいていいから。門のところまで見送るよ」


214: 2012/12/02(日) 23:12:32.39 ID:Ng/CQN0e0
女魔法使い「いえ、ここで結構です。それよりも先生は私たちの後をずっと付けてきていた人のところへ行ってあげてください」

男「……!」

女魔法使い「その人がどんな人なのか私はあえて聞きません。でも、私と一緒にいる間、先生がその人のことをずっと気にかけていたのに気づきましたから。だから、早く迎えに行ってあげてください」

男「女魔法使い……」

女魔法使い「その代わり、絶対に都市部の方に顔を出してくださいね。みんな、先生のことを待っていますから」ニコッ

男「ああ、約束する」

女魔法使い「……」

男「……」

女魔法使い「それじゃあ、行きますね」

男「ああ、また会おうな」

テクテクテク

215: 2012/12/02(日) 23:13:14.91 ID:Ng/CQN0e0
――男の家――

エルフ「結局二人とも長い時間酒場の中にいたので、途中で帰ってきてしまいました。いつ男さんが帰ってきてもいいように夕飯の準備もしなくちゃいけませんでしたしね!」トントン、コトコト

エルフ「あれ、玉ねぎを切っているせいか、目がしみます」グスグス

エルフ「だ、大丈夫ですよ。男さんは帰ってきてくれるはずです……だいじょうぶ、です」グスッ

エルフ「……ふぇ」

ギィィ、パタン

男「ただいま~」

エルフ「あ……」チラッ

216: 2012/12/02(日) 23:13:55.06 ID:Ng/CQN0e0
男「よかった、帰ってたのか。今日は悪かったな、一日放っておくことになっちゃって。女魔法使いも帰ったし、もう大丈夫だぞ」

シーン

男「あ、あれ? エルフ……?」

エルフ「男さんの……」

男「えっ……?」

エルフ「馬鹿ぁっ!」ポカポカ

男「いたっ! ちょ、ちょっとエルフ……」

エルフ「ばか、ばか! ひどいです、私のこと放っておいて女の子と仲良く遊んで……。私だって男さんと遊びたいのに……」グスッ

男「エルフ……」

エルフ「……ふぇぇぇん」ポロポロ

217: 2012/12/02(日) 23:14:21.35 ID:Ng/CQN0e0
男「ごめんな、エルフ。最近お前の相手をあんまりしてやれてなかったな」ナデナデ

エルフ「いいんです、仕方ないことですから。でも、ちょっぴり不安になるんです。私のこと本当は必要としていないんじゃないかって考えちゃうんです。私なんて、男さんの横に他の女の子がいるのも嫌な心の狭いエルフです」

男「嫉妬、してたのか? 女魔法使いに」

エルフ「……はい」グスッ

男「そっか。可愛いな、エルフは」ナデナデ

エルフ「……うう」テレテレ

男「なあ、エルフ」

エルフ「はい?」

男「明日、二人で遊びに出かけるか」ニコッ

エルフ「……はいっ!」ニコッ

エルフ「……そ~っ」男「こらっ!」 after story エルフが嫉妬する話 ――完――

218: 2012/12/02(日) 23:15:28.83 ID:Ng/CQN0e0
今回はここまでで。次は男の過去編、その一部である騎士との話になります。

エルフ「……そ~っ」 男「こらっ!」【3】

引用: エルフ「……そ~っ」 男「こらっ!」