1: 2009/02/11(水) 13:15:55.16 ID:icUwq8CY0
愛妻家の朝食
2: 2009/02/11(水) 13:17:08.78 ID:icUwq8CY0
昼過ぎに、珍しく、テレビをちょっとだけ見たわ。
というのも、なんだか身体の調子がおかしくて、学校を休んでい
たのよ。情報統合思念体にそのことを伝えたら、夕方くらいにもう
一度アクセスしてみてくれ、って言われて、ずっと寝てようかな、
とも思ったんだけど、惰眠を貪るのって、結構大変な試みじゃない?
だから、布団にもぐりながら、ちょっとだけテレビを見てたの。
少し、黒照かりのおじさんが、クリップをめくりながら、果物が
煙草の害を少し防ぐ、ということを必氏に説明していたわ。
それで、長門さんのことを思い出したの。何故かは分からないけ
れど、長門さんは大丈夫かな、って思ったのよ。
というのも、なんだか身体の調子がおかしくて、学校を休んでい
たのよ。情報統合思念体にそのことを伝えたら、夕方くらいにもう
一度アクセスしてみてくれ、って言われて、ずっと寝てようかな、
とも思ったんだけど、惰眠を貪るのって、結構大変な試みじゃない?
だから、布団にもぐりながら、ちょっとだけテレビを見てたの。
少し、黒照かりのおじさんが、クリップをめくりながら、果物が
煙草の害を少し防ぐ、ということを必氏に説明していたわ。
それで、長門さんのことを思い出したの。何故かは分からないけ
れど、長門さんは大丈夫かな、って思ったのよ。
3: 2009/02/11(水) 13:18:22.82 ID:icUwq8CY0
「長門さんのクラスの英語担当してるのって、もしかして河合?」
私の問いかけに、長門さんは静かに頷く。
「あの人って、すごい愛煙家なんでしょ?」
「そう」
「大丈夫なの? 煙の臭いとか」
「有機生命体には害があるけれど、私には関係無い」
確かに、長門さんの言っていることは正しい。けれど、心配だ。
私たちは、有機生命体よりかは、丈夫だと言えるけれど、決して
万能だというわけではない。
「あのね、煙草には、果物が良いんだって」
長門さんの無感情な目に、少しだけ色がついた気がして、私はつ
いつい笑ってしまう。
「果物」
「そう、果物。林檎とかバナナとか。……というわけで、明日から
のお弁当には、デザートに果物もつけておくわね」
「そう」
そっけない長門さんの返事には、しかし期待が混じっていることが、
私にはすぐに分かった。そんな長門さんを見て、私は純粋に、可愛いな
と思った。この感情の名前は一体何なんだろう。私は、有機生命体じゃ
ないから、よく分からないけど、きっと素敵な名前がついてるんだと思
う。
私の問いかけに、長門さんは静かに頷く。
「あの人って、すごい愛煙家なんでしょ?」
「そう」
「大丈夫なの? 煙の臭いとか」
「有機生命体には害があるけれど、私には関係無い」
確かに、長門さんの言っていることは正しい。けれど、心配だ。
私たちは、有機生命体よりかは、丈夫だと言えるけれど、決して
万能だというわけではない。
「あのね、煙草には、果物が良いんだって」
長門さんの無感情な目に、少しだけ色がついた気がして、私はつ
いつい笑ってしまう。
「果物」
「そう、果物。林檎とかバナナとか。……というわけで、明日から
のお弁当には、デザートに果物もつけておくわね」
「そう」
そっけない長門さんの返事には、しかし期待が混じっていることが、
私にはすぐに分かった。そんな長門さんを見て、私は純粋に、可愛いな
と思った。この感情の名前は一体何なんだろう。私は、有機生命体じゃ
ないから、よく分からないけど、きっと素敵な名前がついてるんだと思
う。
5: 2009/02/11(水) 13:19:35.26 ID:icUwq8CY0
私と居るとき、長門さんは時々、少しだけ笑ってみせるの。本当に時々
だけれど、私が話す世間話に、静かに笑ってみせるのよ。
それは、クラスの友達がくれるどんな笑いよりも、確かな笑いに見えて、
私はとても嬉しくなる。
何よりも嬉しいのは、長門さんがそんな風に笑ってくれるのは、私の前
だけだ、ってこと。
この間キョンくんが涼宮さんにごねているのを聞いたの。
「長門は、俺がどんなギャグを言っても笑わない」
「それでね、クラスの女の子が馬鹿にしたのよ」
今日も、私は長門さんに他愛もない話をする。少しでも笑って欲しくて、
他の人には見せない、私だけの長門さんが見たくて、でも、そんな下心がある
ということはバレないように、何気なく世間話をする。
「そう」
相槌を打つ長門さんの表情は、学校で見る長門さんの表情よりも、心なしか
柔らかい。
だけれど、私が話す世間話に、静かに笑ってみせるのよ。
それは、クラスの友達がくれるどんな笑いよりも、確かな笑いに見えて、
私はとても嬉しくなる。
何よりも嬉しいのは、長門さんがそんな風に笑ってくれるのは、私の前
だけだ、ってこと。
この間キョンくんが涼宮さんにごねているのを聞いたの。
「長門は、俺がどんなギャグを言っても笑わない」
「それでね、クラスの女の子が馬鹿にしたのよ」
今日も、私は長門さんに他愛もない話をする。少しでも笑って欲しくて、
他の人には見せない、私だけの長門さんが見たくて、でも、そんな下心がある
ということはバレないように、何気なく世間話をする。
「そう」
相槌を打つ長門さんの表情は、学校で見る長門さんの表情よりも、心なしか
柔らかい。
8: 2009/02/11(水) 13:20:48.08 ID:icUwq8CY0
長門さんの帰りが、すごく遅い日が、一週間に一回は必ずある。
SOS団で話し合いをしているらしい。
長門さんは、その間、ずっとあんな堅苦しい表情を浮かべているのかしら。考
えて、少し苦しくなる。
長門さんの苦痛を癒したい。
私はそう考えているつもりだけど、もしかすると、そうじゃないのかもしれない。
私が、長門さんに癒されているんだ。
「はあ」
恩着せがましい自分の思考回路に溜息を吐きながら、広い部屋を見回す。一人で
居るのが寂しくなる。
おかしい。こんなのプログラミングされていない筈なのに。
「やっぱり身体の調子がおかしいわね」
SOS団で話し合いをしているらしい。
長門さんは、その間、ずっとあんな堅苦しい表情を浮かべているのかしら。考
えて、少し苦しくなる。
長門さんの苦痛を癒したい。
私はそう考えているつもりだけど、もしかすると、そうじゃないのかもしれない。
私が、長門さんに癒されているんだ。
「はあ」
恩着せがましい自分の思考回路に溜息を吐きながら、広い部屋を見回す。一人で
居るのが寂しくなる。
おかしい。こんなのプログラミングされていない筈なのに。
「やっぱり身体の調子がおかしいわね」
9: 2009/02/11(水) 13:22:00.63 ID:icUwq8CY0
「あなたの髪は綺麗」
長門さんの細い指先が、私の髪をそっと撫でる。
「そんなことないわよ」
嘘でもなんでもない。
私の髪なんかよりも、私の髪を撫でている長門さんの指の方が、私にはとても綺麗
なもののように見える。というか、実際綺麗なんだと思う。
指だけじゃない。長門さんは、全部が綺麗。きらきらしている。
髪の毛も、私みたいな長いだけの髪より、長門さんの短くてさらさらしている髪の方
が、私は綺麗に思える。
「長門さんの方が綺麗よ」
本当にそう思って言ってるのに、長門さんは信じてくれない。だけど、信じてもらえ
なくたって、私が本当にそう思っていることに変わりはないの。
「私は、長門さんの髪の方が好きだわ。ううん、全部が好き」
10: 2009/02/11(水) 13:23:13.36 ID:icUwq8CY0
夕日が差し込む教室の中で、私は、今までのことを思い返していた。
――こつこつ。
彼の足音が聞こえる。
その足音が近づく度に、私の思い出は次々に壊されていく。
――こつこつ。
私の思い出は次々に壊されていく?
それは嘘だ。
だって、元々……。
――こつこつ。
彼の足音が聞こえる。
その足音が近づく度に、私の思い出は次々に壊されていく。
――こつこつ。
私の思い出は次々に壊されていく?
それは嘘だ。
だって、元々……。
11: 2009/02/11(水) 13:24:29.90 ID:icUwq8CY0
「なんだ、お前か」
「そう、意外でしょ」
驚いた表情を浮かべる彼に、私はそう返事をする。
夕日に照らされた彼の顔は、それは人間のものだった。当たり前なんだけど、でも、
酷く苛々する。
「ねえ、どう思う?」
私の突然の問いかけに、彼は眉を顰めてみせる。
「何をだ」
「全部、嘘なのよ」
「は?」
「全部、私の妄想なの」
昼過ぎに珍しくテレビを見たなんて嘘。
身体の調子が悪いと言っても、情報統合思念体は学校を休むことを許しはしなかった。
長門さんのお弁当に果物をつけたなんて嘘。
そもそも私が作ったお弁当を長門さんが食べたことなんて一度も無い。
私の話に長門さんが笑ってくれたっていうのも嘘。
世間話なんて、殆どしたことがない。私と彼女の間でなされる会話は、義務的なものばかり。
帰りが遅い彼女を待ちながら溜息をついたなんて嘘。
彼女の部屋で私が帰りを待つことなど、許される筈がない。
私の髪を長門さんの指先が撫でてくれていたなんて嘘。
触れ合ったことなんか、一度もない。
全部、私の妄想。
こうであったらいいのにな、っていう、勝手気儘な嘘。
12: 2009/02/11(水) 13:25:42.54 ID:icUwq8CY0
「長門さんの顔が、段々人間に侵されていくのが分かったわ」
私の話を、彼は黙って聞いている。ううん、多分聞いてないわね。意味が分からなくて呆然と
してるだけ。
でも、そんなの構わないわ。
「それは、私の仕業じゃない」
認めたくないけど、認めなきゃいけない。
「あなたの仕業よ、キョンくん」
本当は、私が、そうしたかった。
「あなたと一緒に居るときの長門さんの表情は柔らかかったわ」
本当は、私と一緒に居るときに、そんな表情をして欲しかった。
「人間の顔をしていたのよ」
本当は、私の言葉で、長門さんを人間にさせたかった。
「見てられなかった。そんな長門さんを、私は見てられなかった」
教室に差し込んでくる夕日にさえも、腹が立ってきた。
嫌だ。もう、全てが嫌だ。
有機生命体は、こんな感情を何て呼ぶの? 何て呼べば、少しは楽になるの? これは病気なの?
薬を処方してくれる人は居るの? それは、長門さん以外の人? 長門さん以外の人から貰った薬
で、この病気は治るの?
頭の中を、さまざまな言葉が駆け巡っては消えて、そして、消えてはまた駆け巡る。
13: 2009/02/11(水) 13:26:55.39 ID:icUwq8CY0
「まて、朝倉。お前が何を言っているのか、さっぱり分からん」
彼のそんな言葉も、わざとらしく聞こえて、私は唇を噛み締めた。
「別に、分かってもらう必要なんかないわ」
私の右手が握る光――ナイフ。
視界の端で、やけにきらきらと光ってみせる。
そうね、早く殺せ、って言ってるのね。
分かったわ。すべてをいま終わらせるわ。
「もう何も要りません。」
(完)
彼のそんな言葉も、わざとらしく聞こえて、私は唇を噛み締めた。
「別に、分かってもらう必要なんかないわ」
私の右手が握る光――ナイフ。
視界の端で、やけにきらきらと光ってみせる。
そうね、早く殺せ、って言ってるのね。
分かったわ。すべてをいま終わらせるわ。
「もう何も要りません。」
(完)
15: 2009/02/11(水) 13:28:08.23 ID:icUwq8CY0
ここはどこ?
ああ、そっか。私、消されちゃったのね、長門さんに。
うまくいくと思ったのにな。まさか、邪魔されちゃうなんて。
私、最後、上手に笑えてたかしら。長門さんは、最後まで、私の方を見てはくれ
なかったけど……。そんなに嫌われてたのかな、私。当たり前よね、命令を破って、
観察対象を殺そうとするバックアップの顔なんて見たく無いわよね。でも、私は見た
かったな。最後に、長門さんの顔。
いまでも思い出せる。輪郭や、瞼や、手首や、ふくらはぎや、声。……温度も知り
たかったけど、結局知らないまま、粒子になっちゃうのね。
変なの。こんなにされても、まだ大好きだなんて、また会いたいと思ってるなんて。
――朝倉涼子。
長門さん?
いや、そんなわけないわよね。でも、いま確かに長門さんの声が……。
――朝倉涼子。……助けて。
ああ、そっか。私、消されちゃったのね、長門さんに。
うまくいくと思ったのにな。まさか、邪魔されちゃうなんて。
私、最後、上手に笑えてたかしら。長門さんは、最後まで、私の方を見てはくれ
なかったけど……。そんなに嫌われてたのかな、私。当たり前よね、命令を破って、
観察対象を殺そうとするバックアップの顔なんて見たく無いわよね。でも、私は見た
かったな。最後に、長門さんの顔。
いまでも思い出せる。輪郭や、瞼や、手首や、ふくらはぎや、声。……温度も知り
たかったけど、結局知らないまま、粒子になっちゃうのね。
変なの。こんなにされても、まだ大好きだなんて、また会いたいと思ってるなんて。
――朝倉涼子。
長門さん?
いや、そんなわけないわよね。でも、いま確かに長門さんの声が……。
――朝倉涼子。……助けて。
17: 2009/02/11(水) 13:29:23.44 ID:icUwq8CY0
気がつくと、私は声がする方へと走っていた。
これは現実じゃない。分かってる。全部嘘かもしれない。私が見てる都合の良い夢かも。
幻かも。というか、そうじゃない方がおかしい。現実なわけない。
疑いながら信じながら、私は声のする方へ進んだ。
――朝倉涼子。
声が近くなる度に、見覚えのある光が私を包むのが分かった。
でも、私はどこでこの光を見たんだろう。
考えながらも走って、そして、声の主の前に立ったときに、ようやくその光をどこで見たのか
を思い出した。
「朝倉涼子」
これは現実じゃない。分かってる。全部嘘かもしれない。私が見てる都合の良い夢かも。
幻かも。というか、そうじゃない方がおかしい。現実なわけない。
疑いながら信じながら、私は声のする方へ進んだ。
――朝倉涼子。
声が近くなる度に、見覚えのある光が私を包むのが分かった。
でも、私はどこでこの光を見たんだろう。
考えながらも走って、そして、声の主の前に立ったときに、ようやくその光をどこで見たのか
を思い出した。
「朝倉涼子」
18: 2009/02/11(水) 13:30:36.08 ID:icUwq8CY0
そう、これは、私が彼を殺そうとする直前に握り締めていた光。
私は、ただのナイフの光だと思っていたけれど、それは大きな間違いだった。
私が握り締めていた光は、あれは、未来だった。
私と長門さんの、未来。
「朝倉涼子」
こんなところに、こんなに近くに、輝かしい未来はあったのに……。
「長門さん……」
私は、それを壊してしまった。
私は、その光で、全てを壊してしまった。
「朝倉涼子。たすけて」
そう呟いた後、長門さんは消えた。
長門さんが消えた後に、時空の歪が出来ているのが分かった。
「これは……」
もう一度、やりなおしたい。
今度は、ちゃんと長門さんと向き合いたい。
そして、私の手で、長門さんを幸せにしたい。
私の右手で輝いていた光を、握り締めるんじゃなくて、抱きしめてあげたい。
迷う理由などなかった。
私は静かに、その歪に手をかざした。
光り輝く未来を信じて――。
(涼宮ハルヒの消失へ続く)
私は、ただのナイフの光だと思っていたけれど、それは大きな間違いだった。
私が握り締めていた光は、あれは、未来だった。
私と長門さんの、未来。
「朝倉涼子」
こんなところに、こんなに近くに、輝かしい未来はあったのに……。
「長門さん……」
私は、それを壊してしまった。
私は、その光で、全てを壊してしまった。
「朝倉涼子。たすけて」
そう呟いた後、長門さんは消えた。
長門さんが消えた後に、時空の歪が出来ているのが分かった。
「これは……」
もう一度、やりなおしたい。
今度は、ちゃんと長門さんと向き合いたい。
そして、私の手で、長門さんを幸せにしたい。
私の右手で輝いていた光を、握り締めるんじゃなくて、抱きしめてあげたい。
迷う理由などなかった。
私は静かに、その歪に手をかざした。
光り輝く未来を信じて――。
(涼宮ハルヒの消失へ続く)
14: 2009/02/11(水) 13:28:05.51 ID:lbWd1S6h0
終わるの早いな
乙
乙
引用: 朝倉涼子「愛妻家の朝食」
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